阿部「風が語りかけます」

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706fusianasan
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中間考査の答案を見て、でへへ、と笑み崩れる。かどの折れ曲がった皺くちゃのソレを、一限目から何度も鞄から引っ張り出しては眺めてニマニマしている三橋。田島や浜田は「よかったなあ」って一緒になって笑ってるが、オレは笑えなかった。
「それ、数学?」
「あ、うん、そうだ よ!平均点、以上 取れたんだ!」
うわ、マジだ…。もっとも苦手科目であるはずの数学で68点って。普段の真っ赤っかな点数を知っているだけに俄かには信じがたい。
恋の相乗効果ってやつか。そう言えば、勉強教えてもらってるっつってたっけ。カラダだけじゃなく性格の面でも余程、相性いいんだろうな。三橋とあの桐青の捕手。
でなきゃ、阿部があんだけとち狂ってビシバシ教えてもなかなか平均点まで届かない三橋がこうまでなるまい。
目の錯覚かと思って確認するが、68点は68点のままだった。反射的にブスッと不機嫌極まりないふくれっ面をした阿部が脳裏をよぎる。
オレの記憶が正しければ今回、三橋は一度も阿部に教えを請うていない。
試験期間の一週間前になっても、試験休みの三日前になっても。いつもならとっくに「あ、阿部くぅん」と泣きついているはずなのにいっこうに慌てた気配を見せない三橋に、阿部の方がソワソワ落ち着きを無くしていたくらいだ。
毎日、昼休みになると9組まで忘れてもいないだろう教科書を借りに来るに到っては、鬱陶しいを通り越して不気味だった。わざと教室内を遠回りに回遊して(三橋の席は扉から一番遠い窓際だ)廊下側のオレの席まで…。テメェいい加減にしろ。だ。
あくまで「三橋から」教えを請われるスタンスは崩したくない、けど自分から促したり誘ったりはこっちが折れてやるみたいで嫌だ!と言うへそ曲がり頑固な姿勢が滲み出ている。傍目にもその挙動不審っぷりは異常だった。
当然のごとく試験前には毎回行われる勉強会でも、三橋は理数系の科目には殆んど目もくれず文系が得意の栄口にひっついているばかり。
阿部の心臓の真裏まで貫通するような「クソはほっといてこっち来な!」とむさ苦しい熱視線も、こっちがびっくりするぐらい綺麗にシカトこいていた。
その様はクールと言うよりむしろドライ。
力みすぎてブルブル震える阿部の右手の中で、シャーペンが半ばから見事にボキリとへし折れる瞬間を目撃している。
「………へえ」
「?」
口の端っこに笑顔の余韻を残したまま首を傾げ、キョトンとしてる。
何もわかっていない様子に少しばかりイラッときたが、これが三橋だ。寄りそうになった眉間の皺を意識的に伸ばす。普段ならば返事に間が空いた時点で、ワンテンポ遅れて「あ…、あ、ご、ごめん」と慌てふためくだろう三橋は、予想に反して再び答案に眼を落とし笑った。
「…?」
今度はオレが首を傾げた。
あれえー、と思う。おかしい。変に中身の無い謝罪されてもムカつくしお門違いだし、流してくれて正解だけど…。
…疎くてトロいように見えて機微には聡い奴だと思ってた。いや、今でもその見方に誤りは無いと思ってる。だが、最近の三橋は本当に本物のにぶちんだ。
自分に向けられる他人の負の感情を、常ならば犬より正確に素早く嗅ぎ分ける三橋の鼻は近頃さっぱり鈍感になっている。
「阿部に点数訊かれたら適当に濁しとけよ」
じゃねえと、またこないだみたいに厄介なことになるぞ。
三橋に釘を刺したところで狙い済ましたかのように携帯がブルブル震えた。