阿部「俺はいつ、三橋と幸せになれるんですか。」

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633張り紙の悪戯
>>http://set.bbspink.com/test/read.cgi/eromog2/1201860283/305
※棒心理注意エロ無し

奔放にはねる茶色い癖っ毛は風を含むとふわふわに見える。犬とか猫とかを見て、そうせざるをえない抗い難い衝動があるのと同じで、俺も我慢できずに三橋の頭を撫でていた。
男の髪なんかどんなに見てくれがよくたって女のそれとは全然手触りが違う、硬質で指に引っ掛かる大型犬の首の後ろの毛みたいなものだと言うのに。
案の定、ごわごわと指に引っ掛かった髪がグイグイ後ろに引っ張られて、三橋は痛そうな顔をした。俺も冷たい毛先の隙間に入れた指が寒くて。その行為自体は心地よさより不快感が勝るのに。
「ありがとう、ございます」
「うん」
後ろ髪まで綺麗に撫で付けて手を放すと、三橋は大きな口を半月形に弛めて笑う。じわり、と自分の口元に滲んだ笑みに慌てて咳払いした。
利き手でない方の肩に食い込んだスポーツバッグのショルダーを、やりにくそうに左手で背負いなおす仕草に、温めたら放すつもりだった右手をまだ握っているのに気がつく。
硬い皮膚、隆起した胼胝、摩擦で分厚くなった指の腹。
あー、こいつの女房はこいつのためになら寝る間を惜しんで余暇を潰して、一日中でも配球考えてスコアボードと睨めっこするんだろう。
尽くして尽くして身を削いで。何が何でもこの男をいっぱしにしてやろう。立ててやろうって思うんだろうなあ。
三橋を追いかけてきたんだろう、切符売り場の柱の影から肩で息をしてこちらを凝視していた垂れ眼には見覚えがあった。
あれは確か捕手だ。酷く驚いた様子で目を瞠った後、剣呑な目つきで三橋の背中を睨んで佇んでいた。
服の袖を引っ張られたのに気を取られて視線を逸らした隙に踵を返してしまって。肩を怒らせて踵で床を蹴っ飛ばすように歩く背中が拗ねた子供みたいだったのを思い起こして、つい笑ってしまう。
一年の癖に随分と計算高くてふてぶてしい印象を持っていたが、防具を外してユニフォームを着ていないあの後姿は歳相応に思えた。
「そ、それで、俺がピロリジン爆散さしちゃって教室中に臭いが…。…?か、和 さん?」
頭にいっぱい?を浮かべてこちらを見上げる三橋が、あと一歩で攻略し損ね辛酸を味わわせられた投手とは別物に見えるのと同じに。
「あ、いや別に」
なんでもないと手を振りかけ、ふとチームメイトを心配するにしてはきつ過ぎる犀利な眼光を思い出して、俺は必死に化学実験の失敗談の続き ――栗の花の臭いってどんなだ。西浦は面白い授業やってんなぁ…―― を話そうとする三橋を見下ろす。
そう言えばホームで俺を防ぎきれなくて吹っ飛んで、三橋にバックホームしてもらえなかった時、アイツ試合中にも関わらずマウンドのど真ん中で投手の襟首つかんで怒鳴り散らすなんてDQNな真似してたな。
逆らうなとか何とか…。あんな悋気の強そうな、癇癖の性のある奴と組んで大丈夫なのかお前。
バッテリーなんて固定じゃ無いし俺だって準太の他に峯ちゃんとも組んでたし、だから三橋にもあのちっせえ四番打者みたいな他の捕手が居るのかもだけど。
俺と二人で居るとこ見られたのはまずかったか。どうせ悪戯に乗ってやるならさっさと駅の外に連れ出してればよかった。変な誤解されて部内でのこいつの立場が悪くならなきゃいいが。
高架下に差し掛かるあたりでチラッと一瞥した三橋は歩調が競歩でもしてるみたく、てってこてってこしてたので歩幅を合わせてみる。
緊張のせいかポケットの中で冷たく湿っていた手は、今はすっかり温かく乾いていて、何となくそれが嬉しいと感じる自分の心が理解不能だった。こんなにも他人の肌が優しく沁みるなんて。
「誤解、か」
グチャッと冷たいヘドロが鳩尾に落ちた。
『誤解』、どの口が言う科白だ、俺はこいつを抱いたのに。
昼間とはまったく違う顔を見せるシンと静まり返った路地の奥、真っ暗で微かな溜息が反響する音だけが篭る寂しいこの場所で。もし突っ撥ねられていたら目が醒めていただろう。
だが、三橋は何の抵抗もせず…それどころか俺の胴をしっかり抱いて背中を撫でた。