阿部「世界を革命する三橋を!」

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俺この時間に投下すんの始めてかも
※色々捏造注意

http://pie.bbspink.com/test/read.cgi/eromog2/1192366698/344


箸に手を伸ばしつつ、ちらりと目線だけで男を伺い見る。男はその視線にすぐに気付いて、「いいから食いな」と苦笑に近い笑みを唇の端に乗せて、少年に食事を促した。
その笑みに、少年は僅かばかり肩の力を抜き、唇を歪めて笑みを返す。
笑うということ。それを教えてくれたのもこの男だった。しかし、笑みにも大変な種類があること――それを知ったのはこれから行われるであろう、宴の中であった。
少年は微かに眉を顰める。口をつけた椀の中身が、急激に味を失ってしまう。
「廉」
様子の変化に気付いたのか、男は少年の名を呼んだ。少年はその声に慌てて瞳を上げ、拙く笑みを返す。
「…お、おいしい、です」
男から教わった、言葉を使って男の機嫌を損なわぬよう、努める。廉にとってこの――叶 修悟という名の下働きは絶対であった。勿論、叶がそう強いたわけではない。
「旦那方に粗相のないように」宴の席を整えながら叶が嗜めるのは、この男、ひいては廉を所有する家長への忠義のみ。自分に従えと言われたことは今だ嘗て一度もない。
しかし、廉にとってこの男の命は家長の命より重く、絶対的なものであった。
全てを、少年はこの男から与えられた。食事、衣服、霜の下りる季節になれば火鉢を入れてくれる。言葉、知識、思考する力。自分を構成しているのは全て、この男から与えられたもの。
まるで隔絶されたこの暗い世界で、少年は雛が親鳥を慕うように、唯一絶対的に男を慕った。
叶は与えるだけであった。決して奪いはしない。少年が小鉢を手に取るのを、ひっそりとした視線で見守っている。さながらそれは親が子を見守るような視線でもあり、廉は時折思う。親というもの。それが自分にいたならば、きっと叶のような存在なのだろう、と。
しかしながら、じっと見つめられる中で食事を続けるのも少々居心地が悪い。廉は何度も膝を直しながら、椀を手にしたまま男を見遣る。
「…し、修ちゃん、は」
たどたどしく男の名を呼ぶ。男は少年に、下の名で呼ぶよう言いつけていた。この空間に訪れる人物の中で、そのような奇特な真似事をするのは叶のみであり、それは少年の中で、叶をより、唯一的なものに近づけさせていた。
「俺はもう済ませたから」
白痴じみた、とつとつとした少年の言葉を、叶は不足なく捉える。言葉にするのが追いつかない少年の意思を漏らさずに汲み上げて、柔らかく笑む。それもまた、少年がこの男を慕う一端でもあった。
「いいからほら、早く食え」
そうして促される。恐らくそれには食事が冷めてしまう前に、という気遣いが含まれていたのであろうが、少年はその裏の意を本能的に嗅ぎ取って、またしても急激に味を失っていく平目の透き通るような白い身を、奥歯で噛み締めた。
窓から覗く空は夜の帳を下ろし始めた紫色。
食事が終われば、夜が来る。



改行制限に俺涙目