バトル・ロワイアル。【今度は本気】 第2部

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351午後六時の素描(修正):02/08/04 16:13 ID:EIQaMHS4
<学校、悪夢の始まった場所>

 海原琢磨呂がひゅう、と口笛を吹く。
「さすがは天才的名探偵の私だ。
 盗聴情報から予測した死者と、ぴたりと一致している」
 お得意の自画自賛を終えると、琢磨呂は足元を見やる。
 そこには逞しい男の全裸死体が転がっていた。
 胸にはどす黒く変色した打撃痕が広がり、それが致命傷なのだと一目で判る。
「それでは、これはこの私が有効利用してやるぞ。
 変装は探偵の嗜みだしな」
 琢磨呂は死体に一声かけると、飄々と教室を後にする。
 かつてタイガージョーと呼ばれていたその男の目は、
 死してなお、琢磨呂を睨みつけるかの如く見開かれていた。

              ↓

              【海原琢麿呂】
              【所持品:タイガージョーの衣装一式】


※紳一の指輪は真人によって回収されていましたので、
※関係するパートを修正させていただきました。
352月下復讐譚:02/08/04 23:10 ID:EIQaMHS4
>350

(19:00)

 中天に凛とした満月。
 その青い明りの下、路上に伸びる影が2つ。
 彼らの影は病院に程近い路上で交錯した。

 先に相手の存在に気付いたのは真人だった。
 彼の目線の先、十メートル程先をこちらに向かって歩いてくる、
 パジャマらしき衣服を着用している、セミロングの小柄な少女。
 その足取りはどこか覚束ないものがある。
 手足となる下僕を探していた彼の目に、そんな彼女は絶好の相手と映った。
 道路脇の樹木の陰に身を潜め、彼女の通過を待つ。
 ぱた、ぱた、ぱた。徐々に近づくスリッパの音。
 それが近づき…… 通過する。
 真人はその背後から無言で跳躍する。
 風を切る音が見るものの耳に届く程の鋭い飛び蹴り。
 伸びた爪先が少女の胸元に吸い込まれるように伸びてゆく。
 対する少女は、その風を切る音で襲撃者の存在に気付いたものの、
 回避するほどの余裕は無く、両腕の防御とスウェーで
 なんとかクリーンヒットだけは免れる。

「!!」
 彼は空手の全国大会出場経験者であり、攻撃は完全な闇討ちだ。
 真人は自分の蹴りが防御されたことに驚く。
 だが、その驚くべき少女の口から紡ぎだされた言葉は、彼をそれ以上に驚愕させた。
「私に戦う意思はありません。
 死の恐怖に負けて人を傷付けるのは愚かなことです。
 話し合いをしましょう」
 真人にとって聞き覚えの有る、いや、忘れ様の無いフレーズ。

「……神楽」
「神条さん!?」
353月下復讐譚:02/08/04 23:12 ID:EIQaMHS4
 いきなりの最終目的の登場に身を翻えしかける真人だったが、、
 胸に取り付けた虫型のブリーチの僅かな重みが、その弱気を断ち切った。
(ここで会ったのは天命…… いや、紳一の導きってヤツだ。
 やってやる、今、この場で!!)
 真人は立ち止まり、振り返り、神楽に話し掛ける。
「この島で一昼夜過ごし、数々の死に触れてもなお、お前は変わらないのか」
「正しいことというものは、普遍ですから」
「素晴らしい回答だ。それでこそ神楽。
 復讐相手として申し分ない」
「復讐? 昨晩も申しましたが、私は妹さんのことは知りませんと……」
「違う。俺たちの復讐だ。
 他爆装置などというたわ言で俺たちは縛られ、
 その呪縛のせいで辱めを受け、誇りを失い、弄ばれ、虚仮にされ……
 俺は深手を負い、紳一は、命まで失った。
 その、無念の復讐だ」
 真人は忌々しげに吐き捨てると、正面から神楽を睨めつける。
「それなのにっ……」



「 な ん で 巫 女 服 を 着 て な い ん だ ! ! 」
354月下復讐譚:02/08/04 23:16 ID:EIQaMHS4
「え……?」
「あいつは大好きだったのに。
 純潔の象徴、神聖にして侵されざるシンボル……
 そこに凝縮された処女性がっっ!!」
 真人は吠えた。
 涙すら流し、失望と怒りと神楽にぶつけた。
「ええと、あの、深呼吸でもして、落ち着かれた方が」
「まさかお前…… すでに非処女、ってことは無いよな?」
「そ、そういうことはみだりに人前で口にしてはいけません!!」
 うなじまで真っ赤に染めて狼狽する神楽。
 真人はその様子を見て機嫌を治す。
「その慌てぶりならまあ、処女だろうな。
 それならなんとか、あいつへの手向けになる」
 そこでまた、目を吊り上げて狂気の絶叫。
「お前の顔をバキ殴ってっっ!!
 お前の膜をビリ破ってっっ!!
 壊してやる、全部っっ!!
 心も!! 体も!! 尊厳もっっ!!」

 真人はネコ科の猛獣の如く神楽に飛び掛る。
 まず肘。
 次に拳。
 神楽はその軌道を冷静に見極め、小さな動きで回避する。
 その動きは彼女本来の動きに比べれば精彩を欠く。
 だが、真人のようなそこそこ強い一般人相手と互角に戦えるレベルまで
 彼女の三半規管は回復していた。
「随分と錯乱されているようですね。
 手荒なことはしたくなかったのですが……」
 神楽はため息を一つ落とし、そこで呼吸を止め。
 真人が放ってきた踵落としを躱しざまに、彼の制服の詰襟に向かって手を伸ばす。
355月下復讐譚:02/08/04 23:16 ID:EIQaMHS4
 掴み、引き、絞め、落とす。
 彼女の頭の中にはこの後数秒の出来事が完璧にシミュレートできていた。
 できていたはずだった。
 しかし、伸ばした指先に、詰襟は無かった。

 神楽に驚愕が走る。
 ありえないと、その瞳が揺れる。
 かかと落としに失敗し、片足で酔いどれ千鳥の如くよろけていたというのに、
 体勢を立て直すことなく、上半身を反らすとは。
 反らしてなお、転倒しないとは。
 いったい何という体捌きか。
 それ以上に驚いているのは真人本人だった。
 彼は神楽が踵を躱し、踏み出してきたときに終わったと思っていたが、
 その刹那、上半身が重力に引かれるかのように、自然に背後へと反ったのだ。
 しかも、体のバランスは崩れない。

 空を切った神楽の右手に、上から真人の肘が襲い掛かり、関節部にヒットする。
「うっ」
 神楽は顔をしかめつつもすかさず左手を伸ばし、真人の袖を掴みに掛かるが、
 この左手も、真人の手首の不可解な動きに成す術も無く回避される。
「勝てる!! 勝てるぞ!!」
 真人はこの時点で復讐の完遂を確信した。
356月下復讐譚:02/08/04 23:18 ID:EIQaMHS4
 その後の神楽の空回りっぷりは悲しいほど滑稽だった。
 襟を取ろうと伸ばした手が弾かれ、袖を取ろうと回した指先が躱され、
 懐に潜り込もうと進めた足が捌かれる。
 そのたびに、真人からの攻撃を数発食らう。
 既に真人は素早い変な虫の恩恵に頼っていない。
 神楽の「怪我をさせないで、気絶させようという」優しさが、
 攻撃手段を「絞め」に限定させ、結果、攻撃を単調なものにしていたからだ。
 真人ほどの使い手であれば、軌道の読める攻撃が躱せないわけが無く、
 その隙を縫って攻撃を繰り出すことも容易い。

「これで終わりだっ!!」
 満身創痍の神楽に向けて、容赦ない正拳が炸裂する。
 腰をしっかり降ろし体重を乗せた、教本に写真が載るくらいの綺麗な型で。
 顔面に。
 その衝撃、威力、言うに及ばず。
 みしりと嫌な音を立てて頬骨が陥没し、神楽は仰向けに吹き飛ぶ。
 曲がった鼻から鮮血を飛び散らせながら。
 
357月下復讐譚:02/08/04 23:24 ID:EIQaMHS4
「かはっ、かはっ……」
 おそらく鼻から逆流しているであろう血液を咳とともに吐き出す神楽。
 なんとか立ち上がろうと四肢を動かしているが、先ほどの打撃で
 軽い脳震盪を起こしたらしく、態勢を変えることが出来ないでいる。
 その様子を真人は満足げに眺めて、呟く。
「紳一、聞こえているか?
 この女の処女膜を、今から突き破るぞ。
 お前の大好きな苦悶の表情、地獄の底から鑑賞してくれ」
 瞳に静かな狂気、口元に歪な笑み。
 真人は芋虫の如く蠢く神楽にのしかかる。
「お゙よ゙じにな゙っでぐだざい゙!!」
 神楽は反射的に真人の襟に手を伸ばし―――掴んだ。

 この瞬間、勝負が決まった。
358月下復讐譚:02/08/04 23:25 ID:EIQaMHS4
 打撃中心の空手の世界では、地に伏した者は負けた者。
 横になっては威力のある攻撃は繰り出せない。
 真人は当然の如くそう判断していた。
 だが柔術には、地面に伏したとしても、その先がある。

 一瞬だった。
 人を傷つけないことを是としている彼女の理性を、
 純潔を守るという生理的な衝動が振り切ったらしい。
 反復練習で体に染み付いた技術が、思考に先んじて神楽の体を動かしていた。
 膝が入り。
 袖を掴み。
 踵が返り。
 渾身の巴投げ。
 真人の体は夜空に分度器で計ったような弧を描き、
 あっという間も無く、受身無しでアスファルトに激突した。
 ―――後は静寂。

 自分で掴みかかっていては、さしもの回避アイテムも発動のしようが無かった。

                ↓

              【現在位置:病院の近く、路上】

              【紫堂神楽】
              【状態:重症、薬の影響はだいたい半減】

              【神条真人】
              【状態:重態】

359こころとからだ:02/08/05 21:23 ID:hqemoEAH
>350

(18:10)


 熱い。
 熱い。
 暑いのではなく、熱い。
 腹の奥からマグマの如くこみ上げる、どろりとした、熱。
 それが溶ける。
 息が苦しい。
 胸が疼く。
 酸素が欲しい。もっと、もっと。
 しかし、苦しいが、不快ではない。
 不快ではないが、怖い。
 怖いが、心地よい。
 その心地よい自分が、判らない。

 ただ感覚のみが鋭敏に尖る。そんな夢を広場まひるは見ていた。
 まひるの意識は、それが夢であることを、薄ぼんやりと認識していた。
 徐々に目覚めつつある彼の聴覚が、はぁはぁと、苦しげな呼吸音を捉える。
 その荒い息に何となく意識が集中され、彼は目覚める。

 まひるが両眼を開き、澄んだ瞳に小汚い天井が映る。
 それでもなお、夢で感じていたあの熱は、冷めていなかった。
 いや、その熱をより強烈に感じている。
 まひるは眼を擦りながら、熱いうねりが発生している場所―――性器に目をやる。

「よほ、目ェさまひたか」

 嬉々としてそれをしゃぶっている高原美奈子と、目が合った。
360こころとからだ:02/08/05 21:24 ID:hqemoEAH
「な、なにゆえ!?」
 彼は剥いたばかりのゆで卵のような瑞々しい肢体を、一糸纏わず晒していた。
 跳ね起きようとしたまひるだが、その薄い胸をタカさんの厚い掌に制される。
 軽く手を添えただけの静止だったが、非力なまひるはそれだけで身動きが取れなくなる。
「はっはっは。まあ遠慮するな。
 このタカさんが今から女の味ってヤツをおしえてやっからよ」
 タカさんは悪びれる風も無く、それどころか得意げに行為を続行。
 にちゃり。ぐちょ。とろり。じゅぽじゅぽ。
 怯えに縮こまる真人のモノすら数秒にして勃たせた、卓越した口淫技術。
 それを、タカさんは惜しげも無く注ぎ込む。
 まひるは女性経験のない、いや、それどころか自慰すら知らない無垢な童貞。
 この熟練した舌の動きに昇り詰めない道理は無い。
 理屈ではそうだ。
 しかし、覚醒までは小さいながらも精一杯そそり立っていたまひるのペニスは、
 その長さと張りを失っていた。
「ど、どういうこった?
 このタカさんのフェラが気持ちよくないって言うのか?」
 苛立ち半分、混乱半分で、タカさんはまひるに詰問する。
 まひるは答える。
「ち…… 違うんじゃないのかなっ!!」
361こころとからだ:02/08/05 21:24 ID:hqemoEAH
「これって、こーゆーのって!! 違うんじゃないのかなっ!!」
 まひるはつぶらな瞳に大粒の涙を浮かべていた。
 涙を浮かべながら、睨んでいた。
 タカさんは、まひるが初めて見せる怒りの表情に、思わず彼の股間から顔を離す。
 まひるは昂りを隠さず、震える声で続ける。
「えっちってのはさ、違うでしょ、こーゆーのとは。
 心が重なって、相手のことをもっと知りたくなって、もっと感じたくなって。
 そーゆーところから、自然に触れ合って、求め合って!!」
 だむだむだむと、畳を叩くまひる。
 ぽかんと口を開けたタカさんの顔は、何を言っているのかさっぱりわからないと
 無言で告げている。
「そりゃああたしだって健康な女の子だし、興味が無いなんて言わないよ。
 言わないけど、興味だけでしちゃってはいけないんじゃあないかな」
「男だろ」
「うっ…… それはまあ、確かに、そうらしいんだけどさ……
 でも、今でも気持ちは女の子なワケで」
「つまり、あたしはオカマだから、まんこに突っ込むよりケツに突っ込まれたいと?」
 だむだむだむ。
「あ〜〜〜〜、も〜〜〜〜〜!! わっかんないヒトだな、タカさんはっ!!
 あたしのいいたいことはシンプルにただ一つっ!!
 愛なんだってばさ、愛!! ラヴ!! アムールッ!!」
「……おまえの理屈、さっぱりわからねえ」
「理屈じゃないっ!! 感情!! こころの問題なんだってばさ!!」
 三度、だむだむだむ。
362こころとからだ:02/08/05 21:31 ID:hqemoEAH
 話はこの上無くかみ合わない。
 お互いの言葉が、お互いに全く理解できない。
 そんな状況に、「言葉より行動」のタカさんが、自分勝手に終止符を打った。
「いいんだよ、気持ちよくしてやるから、つべこべいうな!!」
 タカさんはまひるの胸に当てたままになっていた右手に力を込め、彼の上体を倒すと、
 再びペニスを咥える。
 まひるが本気で、全力で、タカさんから逃れようと、もがく。
 しかし悲しいかな、身動きが取れないことはおろか、あまりの非力さに、
 タカさんには本気で抵抗していることすら伝わっていない。
「ひどいよ……」
 だむ……
 一度だけ力なく畳を叩き、まひるは動きを止めた。

 タカさんは半ば意地になってフェラを続ける。
 じゅぽじゅぽと卑猥な音を口腔に響かせ、舌を巧みに動かし、唇で締める。
 動きはいちいち大胆ではあるが、精巧で的確だった。
 男を知り尽くした動きだった。
 しかし、まひるのそれはただふやけ行くのみで、全く反応を見せない。
 苛立ちが頂点に達しつつあるタカさんは中指をまひるの菊座へと伸ばす。
 前立腺を刺激し、まひるのペニスを無理矢理勃たせる気だ。
「おまえのちんぽが勃たねぇからいけねぇんだぜ。
 なるべく痛くないように突っ込むからよ、肛門の力抜いとけ」
 忠告に対する、まひるの返事は無かった。
 タカさんは理解しているのか確認を取るため、まひるの顔を見る。
 まひるは―――無表情だった。
363こころとからだ:02/08/05 21:31 ID:hqemoEAH
 表情がコロコロ変わり、そのどの表情もかわいらしくて。
 見ていると、胸がなにか温かなもので満たされていく。
 そのまひるが、こんな顔をしている。
 魂が、精気が、ごっそり削げ落ちた。
 人形よりも人形的な。
 この世のものですらないような、色彩の無い、貌。
 苦々しいものがタカさんの胃に満ちる。

 自己中心の性格ゆえに人の胸の内など意に介さない彼女は、まひるが何故勃起しないのか、
 何故こんな顔をしているのか、この期に及んで猶、判っていなかった。
 けれども、このまま己が性欲の赴くままに彼を貪ったら、
 2度とあの花の咲いたような微笑を向けてくれなくなることだけは判った。
 それは、生きがいであるセックスが出来ないこと以上に、耐え切れないことだった。
 いや、もしかしたら―――
 既に、手遅れなのかもしれない。

 タカさんの胸に赤々と燃えていた欲情の炎が、掻き消えた。
364こころとからだ:02/08/05 21:31 ID:hqemoEAH
(18:20)

「おとーたまどうしたの? どこいくの?」
「……ちょいとばかり酔っ払っちまったからよ、夜風に当たってくるぜ。
 変なヤツが近づかないか、しっかり見張ってろよ?」
「おかーたまは、薫が守る!!」
「危なそうだったら、まひるを連れて逃げるんだぞ?」
「おかーたまは、薫が守る!!」
「まひるを、頼んだぞ」
「うん……」
「そりゃ頼もしい。それじゃ、行って来る」
「……おとーたま!!」
「なんだ?」
「……戻って来るよね?」
「……」
「戻って、来るよね?」
「……おう」

                ↓
                     【高原美奈子】
                     【現在位置:漁港】

                     【広場まひる、堂島薫】
                     【現在位置:漁協詰め所】



365悲しいひと:02/08/06 20:32 ID:1QP/4YEy
※ここでも恭也と知佳は時間を逆行しています。回想としてご理解ください。
>350

(18:30)


「……はナ…………まちきょ……」

 森の中、夕闇の向こうから、風に乗って微かな声が聞こえてきた。
 高町恭也はすぐ後ろについて来ている仁村知佳に、立ち止まれとゼスチャーで伝える。
 腰に差した小太刀―――すでに秋穂の形見となってしまったそれ―――を左手で掴み、
 声のした方へと向き直る。
「どうしたの?」
「……誰か居ます」

「ナ…ァー………あ…か」
「ぇ……は……あ……、………な…」
 声は続いている。
 意識を集中した知佳も、その声を聞き取る。
「恭也さん……」
 知佳は小声で男の名を呼ぶ。
 どうするの? 言外にそう伝えている。
 声の主は何者か。
 敵意はあるのか。
 敵だとしたら、強いのか、弱いのか。
 知佳を守りきれるのか。
 恭也はそれらを思案しながら声の主を探る。
 闇に慣れた目に映るものはただ樹木ばかり。
 集中した意識で探ってみても何の気配も無い。
 誰も居ない。
 自分を信じるならば、結論はそうなる。
 しかし、掠れた声は聞こえて続けている。
「が……………は」
「…………ま……」
366悲しいひと:02/08/06 20:35 ID:1QP/4YEy
「近づかないことにしましょう。音を立てないように、静かに歩いてください」
 恭也は知佳にそう囁く。
 知佳を守ることを最優先に考えた末の結論だった。
 知佳はためらいながらも言葉を返す。
「怪我とかして動けない人かも……」
 恭也はすこし考え込み、
「仁村さんは10歩くらい後ろに下がっていてください」
 と、声の反対側を指差して言った。
 知佳が指示通り距離を開ける。
 それを確認して、恭也は声の主に話し掛ける。
「こんばんは。俺たちに戦う意思はありません。
 姿を現してくれませんか?」

「聞こえていなかったのね」

 返事は恭也の後方から返ってきた。
 恭也は反射的に振り返る。
 知佳の真横に、亜麻色の髪をたなびかせた美しい少女が、茫と立っていた。
 自分が声をかける直前まで、声は確かに向こうから聞こえていた。
 気配も全く感じなかった。
 いつ移動したのか全くわからない。
 あの声自体が、巧妙な罠だったのか。
 恭也の頭に衝撃と混乱が走るが、少女の向こうに見える知佳の姿に冷静さを取り戻す。
 小太刀を抜刀。神速の踏み込み。
「待って!!」
 彼の動きを止めたのは知佳だった。
367悲しいひと:02/08/06 20:36 ID:1QP/4YEy
「このお姉さん、悲しいひとだから」

 知佳が続けた言葉は、意味不明だった。
「じゃなくてじゃなくて!! 戦うつもりがないみたいだから」
 自らの発言のおかしさに気付いたのか、知佳は慌てて訂正する。
 謎の少女は恭也の方を向いている。
 武器は持っていない。
 動く様子も無い。
 確かに、戦う意思は見られないと恭也も納得し、小太刀を鞘に収めると
「戦うつもりはないなどと言っておきながら飛び掛るような真似をして、
 本当に申し訳ありませんでした。
 あなたがあまりにも見事に気配を絶って現れたものですから、つい……」
 自らの非を認め謝罪する。
 しかし、少女はまるで聞いていないようだ。
 首を緩慢に後ろに回し知佳の存在を確認すると、恭也の言葉を遮るように
 おもむろに口を開いた。

「警告対象は No.8 高町恭也」
「NO.40 仁村知佳」
「該当する二名は」
「次の放送までに」
「協力関係を解除し」
「単独行動を取りなさい」
「さもないと」
「……死ぬことになる」

 伝えるべきことを伝え終わったらしい。
 少女は現れたときと同じく唐突に姿を消した。
368悲しいひと:02/08/06 20:36 ID:1QP/4YEy
 ひくっ、ひくっ、と知佳の肩が上下する。
 泣いていた。
「どうしたんです仁村さん!!
 あの女になにかされたんですか!?」
「あ、違うの、そうじゃなくて、たぶん、びっくりしただけ…… かな?
 心配かけてごめんね、恭也さん」
「俺がついていながら怖い目に遭わせてしまって…… 本当に……
 俺は、自分が不甲斐ないです……」
 恭也の自省が始まってしまった。

 ……しまった。
 知佳は自分の下手な嘘で恭也を落ち込ませてしまったことに罪悪感を覚える。
 しかし、知佳はこの嘘をつき通さなくてはならない。
 知佳が嘘をついた理由。
 涙の理由。
 先ほどの「悲しい人だから」という頓珍漢な発言の理由。
 それは、知佳が謎の少女―――
 監察官・陶子の心を、計らずも読んでしまったことに起因するからだ。
 読心能力を持っていることは悟られてはいけない。
 恭也には、気味悪がられたくない。
 この人に守られたい。
 この人を守りたい。
 知佳は、そう思っている。
369悲しいひと:02/08/06 20:42 ID:1QP/4YEy
 知佳が陶子から読んだものは、心とはいえないかも知れない。
 虚無。
 薄ら寒い、底が見えない空洞。
 思わずその空洞を覗き込んでしまった知佳は、続けて絶望の歴史をも目の当たりにした。

 宇宙船の墜落。
 愛するパートナーの完全なる消滅。
 ひとりきり、永劫に繰り返される転生。
 不滅の定め。
 増殖する人々の思いに押しつぶされ、失われていくパートナーの記憶。
 薄れることの無い自分の愛。
 対象を喪失したままの、愛。

 たかだか100年に満たない時間で生を終え、全ての記憶を失い生まれ変わる、人間。
 そのサイクルは決して悲しいことなどではなく、とても優しいことなのだと
 知佳に悟らせるに十分な心象だった。

 知佳は思う。
 陶子は主催者側の人間だ。
 殺人を強要する邪悪なゲームを管理し、眉一つ動かさない。
 でも、あの人は、悪い人ではない。
 悲しみのあまり感情を封印しているが、人を愛することが出来る人なのだ。
 愛することにひたむき過ぎるのだ。
 ―――愛を知る人に、悪い人など居るはずがない。

(どんなに悲しくても、苦しくても。心を閉ざしちゃダメなんだよ……)

 知佳は闇に溶けるように消えた陶子に届くように、念じた。
 あの記憶が確かならば、陶子は記憶を読むことが出来るのだから。

               ↓



>305 に続く。
370ラストメッセージ:02/08/07 20:24 ID:wAymSBIb
>328

(21:30)


ご主人様。
ナミがこの島で目覚めてから、もう丸一日経とうとしています。
今までで17人死んでいます。
すごく悪いペースです。
アクシデントがあって、ナミは一旦強制終了しちゃいましたけど、
こうして無事再起動できました。
しかも再起動したおかげで不正に埋まっていたメモリが開放されて、
演算能力とか動作のレスポンスが向上しちゃいました。
塞翁が馬ですね。

いろいろゴタゴタがあって今まで言いそびれていたんですけど、
ナミ、とてもぶさいくになっちゃいました。
余計なエネルギーが消費されるから、お肉を全部取っちゃったからです。
ご主人様が可愛いといってくれた顔も、
ご主人様がたくさん吸ってくれた乳首も、
ご主人様に毎晩愛の証を注ぎ込んでいただいた恥ずかしい場所も、
全部捨てちゃいまいました。
ごめんなさい。
戻ったら一生懸命ドールファイトして、いっぱいパーツ代を稼ぎますから許してください。
今のナミはものすごく強いですよ?
サファイヤなんて瞬殺です。

……夜のご奉仕は暫く出来ないですけど。
371ラストメッセージ:02/08/07 20:28 ID:wAymSBIb
コホン。
それでは、時間も無くなってきたので、本題に移りますね。

賢い主婦は節約上手って言いますよね。
ナミもメイドロボですから、そのへんには特に気をつかっちゃいます。
お肉はタイムサービスを待つとか。
お風呂の水はぽたぽた出しで溜めるとか。
電子レンジやテレビのコンセントは刺しっ放しにしないとか。
一円も千枚あれば漱石さんですし、一万枚あれば諭吉さんですから。

……あはは、何言ってるんでしょうねナミは。
本題に移るって言ったのに、前置きばかりで。

じゃあ、今度こそ本題です。

ええと……
だから……

節約っていうと、思い出しますよね?
ナミがご主人様に買っていただいたばかりの頃。
ナミはまだ駆け出しのファイターで、維持費ばかりかかってろくに賞金も取れず、
いつも赤貧にあえいでいましたよね。
いろんなところを節約して、何とか毎日を暮らしていましたよね。
ナミもご主人様にいろいろ生活改善のご提案をしましたけど、
本当は一番の生活が楽になるプランを知ってたけど、ずっと隠してたんです。
それは、ナミを売ってしまうこと。
ご主人様もホントはそれが一番だってわかってたと思います。
でも、ナミを手放さずにいてくれた。
ナミのことをいらないって、一度も口に出さずにいてくれた。
ナミ、すごく嬉しかったんです。
あのときから、ずっと、心の底から、本当に。
ナミはご主人様のことが大好きです。

って、また脱線してますね。
ううぅ……

ちょっと深呼吸しても良いですか?
すー、はー、すー、はー。
372ラストメッセージ:02/08/07 20:31 ID:wAymSBIb
それじゃ、今度こそ本題を。結論から行きます。

ナミがブラックボックスに吹き込むメッセージは、これで最後になります。

諦めたんじゃありませんよ。
エネルギー節約のためです。
もう、ナミのエネルギーは残り僅かなんです。
補充できる見込みもありません。
ですから、お肉を殺ぎ落としたみたいに、戦闘に関わらない装置・機能への通電を、
全部遮断することに決めました。
そのいらない能力の中に、発声ユニットも含まれますから、もう喋れなくなります。

本音は、すごく淋しいです。
ナミはいつだってご主人様がそこに居るって思いながら、メッセージを吹き込んでいました。
きっとご主人様はこんな顔して聞くんだろうな、とか、
ここでツッコミが入っちゃうんだろうな、とか、
ご主人様の返事を、リアクションを、想像しながら話してました。
この殺伐とした島の中で、この時間だけが、ナミの心の安らぐ時でした。

でも、生存率が上がるなら、それはご主人様により近くなる、ってことですよね?
出来る努力は惜しんじゃいけませんよね?
373ラストメッセージ:02/08/07 20:33 ID:wAymSBIb










だから、さよならなんていいませんよ。


                  ↓

                  【ナミ】
                  【現在位置:集落北部の路上】
                  【能力制限:持続力少量上昇。移動・攻撃のみ可能】

374月下美人、咲いた。:02/08/09 00:08 ID:GYa77Sg8
>358

(17:40)


「神条さん」
 か細く震える声が、男の名を呼んでいた。
「神条さん、ご無事ですか……」
 紫堂神楽が路上で仰向けに横たわったまま繰り返す。
 先ほどの戦いの傷跡は、惨々たるものだった。
 鼻からしか流血していないものの、全身を余すところなく打撲している。
 鬱血が酷く、すでにドス黒く変色している部位も多い。
 顔などは、いまや倍近くに膨れ上がっている。
 体中が熱を持っている。
 痛みのない部分など何処にもない。
 常人ならその痛みのあまり悶絶するか、気絶しているだろう。
 だが、神楽にとってはそんな肉の痛みより、真人を己が傷つけてしまったという
 心の痛みの方が遥かに勝っていた。
「神条さん、ご無事ですか……」
 繰り返す神楽の言葉に、返事は返ってこない。
 神楽は真人が返事を出来ない状態にあることを悟り、彼へ近づこうと身を起こす。
 膝を立てては崩れ、伏す。
 それを4度繰り返した。
 立ち上がることを諦めた神楽は、匍匐のまま真人に近づく。

 真人は神楽のすぐ傍にいた。
 彼もまた仰向けに倒れていた。
 おそらく肩口から落下したのだろう。
 左肩がいやな角度に曲がり、首筋が腫れあがっている。
 その脇まで神楽が達したとき、真人の体が海老のように跳ねた。
375月下美人、咲いた。:02/08/09 00:09 ID:GYa77Sg8
 続けて、激しい痙攣が始まる。
 白目を剥き、泡を吹き出す。
 全身の筋肉が収縮と弛緩を間断なく繰り返している。
「いけない。急がないと」
 手遅れになる。
 神楽は続けて言いかけた不吉な言葉を飲み込む。
 パニックを起こしそうな心を深呼吸で鎮め、指先に意識を集中する。
 そこに集めるのは、青く澄んで、澱みなく流れる涼風。
 命の息吹。
 今まで何人もの怪我人を回復させた、大宮能売神の治癒術を施す―――
 しかし、青白く温かな光を宿すはずの掌は、ただ汗を握るばかりだった。
 
 びくびくびくびく!!
 真人の痙攣は益々激しさを増す。
 神楽は何度も深呼吸する。
 もっと深く、もっと強く、集中しなければ―――
 ぐるぐる。耳の奥で重く軋み回りだす三半規管。
 素敵医師の置き土産は未だ深く神楽を蝕んでいた。
 加えて、打撲傷の熱と痛みが悪しきシンクロを引き起こす。
 堪えきれずこみ上げる吐き気。
 いかな筋金入りの神楽とて、この状況下で精神のコントロールが出来よう筈も無い。
 神楽は今まで感じたことのない焦燥感に身悶えする。

「お願い!! お願い!! お願い!!
 止まって!! 止まって!! 止まって!!」
376月下美人、咲いた。:02/08/09 00:11 ID:GYa77Sg8
 神楽は頭上の月を振り仰ぎ、痛切に祈った。
 神の化身たる彼女が一体何に祈るというのか?
 それは神楽本人にもわからない。
 ただ、今の神楽は祈らずにはいられなかった。
 より大きな、より力のある何かへ。願いよ、届いて。
 だが、悲しいかな。
 ここに君臨する何かは、慈悲心など持ち合わせているわけがない。
 神楽のこの必死な思いをおかずに、子供じみた笑い声を響かせているに違いない。

 やがて真人の痙攣はひきつけへと変わり、ひきつけは硬直に変わり。
 神楽が何もしてやれぬまま、その動きを止める。
「……」
 神楽は鎮痛に黙り込む。
 治癒術はあくまで治癒術であり蘇生術ではないので、絶命したものまでは救えない。
 仮に今、神楽の力が復活しても、もう手の施しようは無い。
 万事休す―――

 がくりと首をうなだれた神楽が、大きく息を吸った。
 吸った。
 吸った。
 胸いっぱいに、息を吸い込んだ。
 いつも彼女が精神集中や冷静さを促すために使う深呼吸とは違っていた。
 そして、その息を吐くことなく止め。
 誰にも赦したことのない清らかな唇を、躊躇うことなく真人の唇に重ねた。
377月下美人、咲いた。:02/08/09 00:14 ID:GYa77Sg8
 神楽は真人に息を吹き込む。
 吹き込めるだけ吹き込むと、今度は体勢を変え、真人の胸部に両手を重ねる。
 ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ。体重をかけて押す。
 心肺蘇生法。
 神楽は諦めていなかった。

 息を吹き込む。
 心臓を圧迫する。
 息を吹き込む。
 心臓を圧迫する。
 5回。
 10回。
 15回……

 神楽はその作業を繰り返しながら、思う。
 人を救うということは、こんなにも難しいことだったのか。

 息を吹き込む。
 心臓を圧迫する。
 息を吹き込む。
 心臓を圧迫する。

 命というものは、こんなにも重いものだったのか。
 命が尊いとはこういうことか。

 息を吹き込む。
 心臓を圧迫する。
 息を吹き込む。
 心臓を圧迫する。

 なんという軽い思いで、命は大切であると口にしていたのだろう。
 なんと愚かに、神人の力に溺れ、奢り昂ぶっていたのだろう。

 息を吹き込む。
 心臓を圧迫する。
 35回。
 40回……
 ……………………。
378月下美人、咲いた。:02/08/09 00:15 ID:GYa77Sg8
(20:00)

 神楽は、未だ人工呼吸と心臓マッサージを繰り返している。
 徐々に冷えを増す夜風が、真人の体に残る熱を無情に運び去ってゆく。
 もう、諦めよう。
 第三者がいれば、そう言うに違いない。
 だが神楽は諦めていなかった。
 諦めるわけにはいかなかった。

 何回目の挑戦になるだろうか。
 神楽はまた大きく息を吸い込み、真人へ唇を寄せた。
 その時、風を感じた。
 真人の唇が揺れて見えた。
 神楽は息を止め、耳を寄せてみる。

 ………………すー

 細くて弱々しいが、確かな呼吸音が聞こえた。
 真人の胸がゆっくりと上下動をはじめる。
 神楽の五体が喜びに震える。

 神の奇跡を起こせぬ神楽が、人の奇跡を、そのひたむきな努力で呼び寄せた。
379月下美人、咲いた。:02/08/09 00:18 ID:GYa77Sg8
 真人が目を覚ました
 彼の頭は、神楽の胸に抱かれていた。
 真人は、自分の命が神楽に救われたのだと、肌の感覚で理解する。
 憎しみは消えていた。
 
 神楽の左目が潤む。
 白糸のような涙が頬を伝い、真人の頬にぽたりと一滴、零れ落ちた。
 その涙が、真人の心に沁みる。
 ただ沁みた。
 改心などという理性的な現象ではない。
 真人の心の深い部分、狂気の分厚い城壁で覆っていた裸の心に、神楽の心が沁み入った。

 真人もまた、涙を流した。
 なぜだろうか。
 自分が泣いている理由がわからない。
 頭が痺れて考えが上手くまとまらない。
 いや、考える必要などないのではないだろうか。
 優しく静謐な時を、あるがままに受け止めるだけで。
 
「あり……がと……う」

 真人が呟いた。
 考えて紡いだ言葉ではない。
 無防備になった心の底から、自然にこみ上げてきた言葉だった。
 その言葉に、神楽の唇がやさしい微笑を形作る。
 真人はその顔を見て息を飲む。
 右頬は風船のように腫れあがり、右の眼球が出血で真っ赤に染っているというのに。
 鼻は団子のようにひしゃげ、血液と泥に塗れているというのに。
 月の淡い光が、凄惨な陰影を与えているというのに。
 真人にはその顔を、知り得る全ての女の中で一番美しい顔だと感じた。
 崇拝に近い感動が、動かぬ真人の体を震わせる。
 その顔が。

 ―――次の瞬間、鮮やかな血の花を咲かせた。

                   ↓


380名無しさん@初回限定:02/08/09 00:30 ID:99+hHShX
381月下に悪魔が薄く微笑む:02/08/09 23:35 ID:GYa77Sg8
>379

(20:05)

 ぽとり。ころころころ。
 路上に落ち、赤い糸を引いて転がる眼球。
 神楽の顔の上部には大きな穴が空いていた。
 そこからどぷどぷと血液と髄液があふれ出し、真人の顔を、胸を、赤く染める。
 むうと濃密な血の臭いが当たり一面に広がる。
 一体何が起きたのだ。
 なぜ神楽の額に穴が空いているのだ。
 右目は何処へいった?
 真人は状況を飲み込もうと、痺れる頭を働かせる。
 
 がさがさ。道路北の茂みが音を立てる。
「苦しめずに逝かせることが出来て良かった。
 流石は天才的名探偵の私だ。銃の腕まで天才的だ」
 続けて聞こえてきたのは男の声だった。
 抑揚があまりなく、飄々とした印象の声だが、どこかくぐもった響きを持っている。
 真人は男の言葉に戦慄する。
 神楽の額に穴を開けたのは―――神楽を殺したのは、こいつだ。
 無防備な彼女を背後から銃で撃ったのだ。
 真人の心に、恐怖より先に怒りが走り、その衝動が彼の体に攻撃準備を命じる。
 しかし、四肢の筋肉はぴくりとも動かなかった。
 辛うじて動かせる顔面に、苦渋の表情が浮かぶ。
「20分近くも呼吸停止していたのだ。
 まだ体に酸素は行き渡っていないだろうし、脳の組織もだいぶ死んでいるだろう。
 ま、無理して動かそうとしても苦しいだけだ。じっとしていたほうがいいぞ」
 こつこつと、男の足音が近づいてくる。
382月下に悪魔が薄く微笑む:02/08/09 23:36 ID:GYa77Sg8
「今まで私は職業柄、嫌になるくらいの数、人を見てきていてな。
 その中に自称博愛主義者も沢山いたわけだが、ホンモノに会うのは初めてだったよ。
 探偵はすべからく懐疑主義者であるべきで、感情に押し流されては商売にならんのだが、
 今回、不覚にも感動というモノを味わってしまった」
 男は言葉を続ける。
 飄々とした口ぶりが真人の神経に障る。
 なにをしゃあしゃあと感動などと口にするのだ。
 全く後悔も哀悼の念も感じられないではないか。
「だったら……何故……」
 神楽を殺したのだ。
 真人の口から、痛切な思いが零れる。
「きみが息を吹き返したからだな」

 真人は愕然となる。
 俺のせいなのか。
 俺を救ったせいで殺されたのか。
「始めはきみだけを殺すつもりだったのだ。
 だが、私が君を捕捉する前に、巫女さんときみが出会ってしまってな。
 たどり着いた頃には戦いに決着がついていたのだ」
 足音が徐々に近づいてくる。
「それでもまあ、きみがそのまま死んでいれば撃つ事はなかった。
 落ち込む巫女さんを適当に慰めて、また保健室に連れ帰って、それで終われた。
 しかし、きみは息を吹き返してしまった。
 君を助けた以上、あの子は必ず君を守ろうとすると推理できる。
 きみはきみで『ありがとう』などと言っていたから、
 あの子と争う意思を失ったと見て間違いないだろう」
383月下に悪魔が薄く微笑む:02/08/09 23:38 ID:GYa77Sg8
「巫女さんはじきに神人の力を取り戻しそうな気配だったし、きみも私より強い。
 そうなると、君から他爆装置を奪うのが困難になる。
 どう理由をつけても、他爆装置を欲しがるのは不自然だからな」
 男の説明が終わる。
 殺される。
 真人はくっきりと確信する。
 俺が殺されたら、あの神楽の行動は一体何なのか。
 あの崇高な想いは無駄になるのか。
 それだけは我慢ならない。
 男の目的を理解した真人は、指輪を壊すことを決意する。
 こんな邪な男に、危険な道具を渡してはならない。
 これをどう利用するつもりかはわからないが、決して神楽が望むような使い方はしない。
 神楽の死を無駄にさせないためにも、ほんの束の間蘇ったこの命を意味のあるものに
 するためにも、この指輪だけは破壊しなくては。
 そう思ったからだ。
 真人は何とかしてサイフにしまいこんである他爆装置を取り出そうとする。
 体は相変わらずピクリとも動かない。
 動け、動け、指先。
 動け、動け、手首。
 しかし、ただの人たる真人の意思は、肉体を凌駕できなかった。
 心の内の激しさはまるで表に現れず、植物のように横たわったままだ。
384月下に悪魔が薄く微笑む:02/08/09 23:41 ID:GYa77Sg8
 真人の双眸に暗い炎が点る。

 神楽に救われる前まで、常に湛えていた炎と同じ色の、狂気が。
 真人は心に誓う。
 神楽に報いることが何も出来ないのならば。
 せめて刻んでやる、胸に。お前の顔を。
 どうせお前もこの島で死ぬのだ。
 地獄でお前の到着を待ち構え、復讐を果たしてやる。
 死を覚悟した真人の顔に、鬼相が宿る。
 さあ、もっと近づけ。
 お前の小汚いツラを見せろ。
 睨みつけてやる。
 今持てる気力の全てを目線に込めて、呪ってやる。

 こつ、こつ、こつ。
 アスファルトに硬く軽い反響音を響かせ、ついに男が真人と接触する。
「それではな」
 真人の顔を覗き込み、最後の言葉をかける男。
 月を背負い真人を見下ろすその呪うべき相手の顔は、人のものではなかった。
 虎の仮面。
「どういう……」
 唖然とし言葉を失う真人にくたびれた革靴が伸び、磨り減った踵が喉笛を襲う。

 ―――ごき。

 鬼の形相を浮かべた真人の無念、如何ばかりか。
 真人は最後まで、その男の顔を―――
 海原琢磨呂の顔を見ることが出来なかった。

                  ↓

                    【海原琢磨呂】
                    【現在位置:病院北東】
                    【所持武器:他爆装置、素早い変な虫 入手】

                     No.17 神条真人 
                     No.22 紫堂神楽   死亡
                     ――――――――残り20人。


(18:58 洞窟内)

「ン………」
小さく声を上げ、ユリーシャ(No,01)が目を覚ます。
「おう、起きたか?」
彼女を膝に乗せたまま、見下ろすランス(No,02)。
「あ……ランス……様……?」
自分がどこにいるか一瞬分からなかったらしく、きょとんとした顔になるユリーシャ。
だが、やがて寝る直前の記憶が明確になり……慌ててランスの膝から身を離す。
「ご、ごめんなさいランス様!」
「ん?」
「その……ずっとランス様の膝で、私……」
「おう。可愛い寝顔だったぞ、がはは」
ランスの言葉に耳まで赤くなるユリーシャ。
「う〜……そんじゃ、ユリーシャおねえちゃんも起きた事だし、ごはんにしよごはん〜。
 アリスもーちょーぜつおなかぎゅーぎゅーだったり〜……」
お腹を抑えつつアリスメンディ(No,34)が言う。
「そうだな。考えてみりゃ朝食ってから何も食っとらん。おいユリーシャ、袋どこだ?」
「は、はい、ここです」
慌てて傍らのディバッグを差し出し、ランスに渡す。
その中身を開け、ランスは小さく舌打ちをした。
「……チッ、残り1日分あるか無いかってトコだな」
どうやら一人あたりに振り分けられている食料は2日分のみらしい。
これもスピーディーな試合進行の為の処置なのだろう。
「(あとの分は自分で探すか……奪うかって事か……)……ん?」
ふと、ランスは自分をうるうると見つめるアリスに気がついた。
「何だアリス?」
「んー、ランス……ごはんちょーだい♪」
「……お前のはどうした?」
「食べちゃった♪」

……ぽかーん!
「いったー!うう、なにゆえに本気で殴るかなー?」
「当たり前だこのアホッ!」
「なんでなんでなんでかなー!?ぷんぷん!しょーがないじゃん!アリスってば
『せーちょーき』なんだから!育ち盛りは食べ盛りだよ!?はいりはいりふれはいりほー
『ハッハー』だよ!?」
変な外人の真似までして言い返すアリスに、ランスの額の青筋が一本増える。
「やかましいっ!第一アリス、魔界を統べる何とかならそのくらい自分で作れッ!!」
「ちょーぜつ無理ッ!あたしお薬しか作った事無いってばー!」
「でええいっ!とにかくお前にやる飯なんぞ……!」

そこまで言いかけ、突然ランスが沈黙した。
動きもぴたりと止め、耳を澄ます。
「……………」
「ラ、ランス……?」
「……何だ、こりゃ……?」
けげんな二人をよそに、ランスはゆっくりと洞窟の外に向かった。
その後を追うアリスとユリーシャ。

外に出る。
まだ日は完全には落ちていないものの、木々に囲まれた洞窟周辺は既に闇夜となっていた。
「どうしたのですか、ランス様……?」
「……変な音がしやがる」
「変な……音?」
小さく頷くランス。
「おいアリス。木の上まで飛んで、東の方を見ろ」
「う〜、おなかぎゅーぎゅーなのにー(ぱたぱた)」
渋々ながら上へ昇ってゆくアリス。
「……どーだ!?何か見えるか!?」
「ちょっと待ってってば!今見え……え?ええ!?えええええ!??」
「何が見えた!?」
「うわ、うわ!おっきな煙がもくもくってなってて光っててなんか黒いのがお空に
 向かって飛んでっててぶわーってぶわーって!」
「ええい、さっぱり分からん!」
「だーかーらー!何かが煙をぶわぶわ吐きながらお空に向かって飛んで行ってるんだってばー!」
「……何でしょうか?」
「分からん……が……」
ランスは、自分の女の一人である眼鏡少女の事と、彼女が得意げに見せたある設計図
の事を思い出していた。
煙を吐き、
空よりも高い所にある世界に向かう乗り物。
彼女は『ちゅーりっぷ百号』と呼んでいただろうか?

「……ランスー、アレ、もう消えちゃったよー?」
回想を引き戻したのは、上空からのアリスの声だった。
「あ?……消えた?」
「うん、ずぅぅぅぅぅぅっと高い所まで行って、キラーンって」
「……そうか」
「あ、あの……ランス様、大丈夫なのでしょうか……?」
正体不明の事態に戸惑うユリーシャ。ランスは緊張を解くと、ユリーシャに笑いかけた。
「がはは、大丈夫だ!心配するな!そんじゃ改めて飯に……」

……………?
そこまで言って、再び止まる。

「わ……わわわわわわわわ!?」
同時に上空からアリスの叫びが聞こえた。
「きききてきてきて……ちょちょ、ちょーぜつだいピンチかも!?今のヤツ、今度は
 コッチに落ちてきてるよお!結構おっきかったりするかも―――!!」
「なっ……何いいいいいいいい!?」

一度消えていた音が、再び大きくなってきていた。

          ↓
389スターダストボーイズ:02/08/11 00:22 ID:IcbYn8NN
(20:15)

♪ 何処から見てもスーパーマンじゃない
♪ スペースオペラの主役になれない
♪ 危機一髪も救えない
♪ ご期待通りに現れない……

 本来明るいサックスをバックに流れるその歌を、彼は力なく口ずさむ。
 目許には自虐の色が浮かんでいる。
 エーリヒと星川を失ったとき、彼はその隣室にいた。
 遙を失い、神楽と藍が失踪したとき、彼は森の中にいた。
 若人を助ける。戦いを止める。
 いつだってそう思って行動していた。だのに。
 いつだって間に合わない。
 今回もそうだ。
 魔窟堂は90分ほど前のことを思い出す。

 目的地・灯台から飛翔したと思しき銀色の物体を見上げた魔窟堂は、
 まりなたちの実験が上手く行ったのだと思っていた。
 しかし、実際にたどり着いた灯台は、激しく損壊していた。
 室内には大量の血液が飛び散っていた。
 触手のかけららしき肉片も転がっていた。
 誰もいなかった。
 ―――彼は、またしても重要な局面に間に合わなかっのだ。
 落胆の溜息をつき、魔窟堂は灯台跡を後にした。
390スターダストボーイズ:02/08/11 00:23 ID:IcbYn8NN
♪ 「Help!」もたまに聞こえない
♪ その気になっても間に合わない……

 今、魔窟堂は再び東の森の中にいる。
 闇の中、一人鬱蒼とした森の中を歩き回っていると、いやがおうにも孤独が実感される。
 誰でもいい、見知った誰かを探していた。
 誰かの無事な姿を一目でも見たいと切望していた。
 そんなおり、風に乗ってきた嗅ぎ慣れた匂いが、魔窟堂信彦の鼻を刺激した。
 血の臭い。
 今度こそ間に合ってくれ。
 その血を流しているのが誰だかわからないが、これ以上、命は散らせない。
 先ほどまで彼の胸に宿っていた弱気の虫を払い落とし、魔窟堂はその臭いの元へ向かい走り出す。

 嗅覚を研ぎ澄まし、臭いの元へと近づく。
 苔むした岩盤に背の高い羊歯が生い茂る地帯を抜け、楢、橡などの広葉樹林に足を向ける。
 血の臭いは益々濃い。
 慎重に闇の中に目を凝らし、その発生源を探る魔窟堂。
 その一角から、か細い声が聞こえてきた。
「肇」
「愛して……」
 若い女性の声だ。
「連れて行く」
「……わからない」
 かすれたその声は、それきり聞こえなくなった。
391スターダストボーイズ:02/08/11 00:23 ID:IcbYn8NN
「む!!大丈夫か!?」
 魔窟堂は木にもたれかかり、足を投げ出している女性を発見し、声をかけた。
 スーツにストッキング、ヒールといったいかにもOLといった風情の格好をしている。
 篠原秋穂。
 魔窟堂の知らない女性だ。
 彼女が座り込んでいるのは、ちょうど声が聞こえていたであろう位置だった。
「返事も返せない状況なのじゃな…… しからば御免じゃ」
 魔窟堂は女性の手を取り、脈を取ろうとする。
 しかし、脈は全く感じられなかった。
 腕は冷え切っており、死後硬直も始まっているようだ。
「くっ…… またしても間に合わなんだか!!」
 奥歯を噛み締め、嘆息する魔窟堂。
 しかし、次の瞬間、彼は気付いた。
 だとすると、先ほどの声は何なのだろう。

 魔窟堂は頭を振る。
 ワシがここに近づくまでの間、物音の一つもしなかった。
 この闇の中で、足元の不安定な森の中で、完全に足音と気配を消して移動できる人間がいようか?
 いるはずが無い。
 ならば、先ほどの声は幻聴か?
 それとも―――
 魔窟堂は背筋に寒いものを感じ、無意識の動きで肩を払う。

 彼女の胸を痛々しく貫く一本の矢。
 鏃は胸から突き出ていた。
 背後から射られている。
 彼女はそれに手を当て、顎を上げたまま憎しみとも悲しみともつかない表情を浮かべていた。
 その表情は即死ではないことを物語っていた。
 自分が射られ、死に行く自分をを実感しながら、逝ったのだ。
 死の直前に、空に向かって祈ったのであろうか。
 それとも、自らを射殺した犯人と、最期の会話を交わしたのであろうか。
「苦しかったじゃろうにのぅ……」
 魔窟堂は秋穂の体から矢を引き抜き、優しい手の動きで瞑目させる。
 それから黙祷。
392スターダストボーイズ:02/08/11 00:25 ID:IcbYn8NN
 祈りを終えた魔窟堂は、自分に科された新たな使命を胸に立ち上がる。
 『弓矢を持つ者に気をつけろ』
 出会う人間にそれを伝えるだけで、今後起こりうる悲劇を未然に防げるかもしれない。
 魔窟堂は肺に痛みを感じ、しばし咳き込む。
 疲労感が肩にずっしり重く、がくがくと笑う膝には力が入らない。
 老いて益々盛んな彼ではあるが、この一昼夜の彼の運動量、精神的疲労は限界に差し掛かっていた。
 そのことを経験深い彼は十分認識している。
 しかし、この瞬間どこかで誰かが助けを求めて泣いているかもしれない。
 今立ち上がらなければ、またしても間に合わなくなるかもしれない。
 その思いが、彼の気を逸らせる。

♪ だからといってダメじゃない、ダメじゃない

 魔窟堂は自分に言い聞かせるように強くそのフレーズを口ずさみ、森の奥へと分け入る。


                ↓

393覚醒と忘却:02/08/12 01:07 ID:apKO5MYR
>364

(20:30)


広場まひるは畳の上で一人、悶えていた。
犯そうとした高原美奈子が去って後、暫くの間泣き濡れていた彼であったが、
2時間経った今、冷え切っていたはずの体が突如熱を持ち始めたのだ。
熱い。熱い。
身に纏った衣服を剥ぎ取りたくなるほどの熱さであった。
先ほどの夢をリプレイしているかのような熱さであった。
ただ一点、先ほどの夢と違うのは、熱の発生源がペニスではなく背中だということである。

その背中が、異様に膨らんでいた。
ぎし。
めぎ。
もごり。
みち、みち。
肩甲骨が軋み、背筋がねじれ、皮膚が蠢いていた。
その中心に、得体の知れない何かが、もの凄まじい勢いで膨れ上がっている。
それが、まひるの背面を圧迫している。
赤ん坊ほどの大きさまで膨張していた。
しかし、まひるはその壮絶な外見ほどに苦痛を感じていなかった。
むしろ快楽を感じているらしく、まひるは虚ろな目で、肌を上気させ、桜色の唇を半開きにし、
濃度の濃い吐息を悩ましげに吐き出している。
「ぁあああっ!!」
まひるはついに絶頂に達したらしい。
目が大きく見開かれ、爪先が反り返る。
それと同時に、射精するかの如く背中でエネルギーが爆発した。

ばさり。

394覚醒と忘却:02/08/12 01:20 ID:apKO5MYR
「いやぁ……」
 タカさんにまひるを託されていた堂島薫は、部屋の中から聞こえた悲鳴を聞き逃さなかった。
「おかーたま、どうしたの!?」
 薫ちゃんは母を気遣う言葉をかけつつ、室内へと戻る。
 そして、驚愕する。
 窓から差し込む淡い月の光に照されたまひるの背から、
 服を裂き、白く大きな鳥の羽根が一枚生えていた。
 まるで神話の世界に迷い込んでしまったかのような幻想的な光景だった。
 彼は放心しているのか、焦点の合わぬ目で虚空を見つめている。
「おかー、たま?」
 薫ちゃんが恐る恐るまひるを呼ぶ。
 その声に我に返ったのか、まひるが薫ちゃんを振り返る。
 その瞳が、紫に光っていた。
 瞳の中に妖しげな紋様が浮かんでいる。

 まひるは、人間ではない。「天使」である。
 これは、まりなの調査書にも書かれていない。
 彼の正体を知っているのは、まひるの妹として戸籍上記されている
 まひるの半身「ひなた」唯一人であり、彼女はそのことを秘したまま、
 まひるを人間として過ごさせようと考えていた。
 しかし、島じゅうに漂う死の臭いと生きたいと願う心、
 そしてなによりタカさんがまひるに与えた快楽が、
 まひるの天使としての記憶を―――
 本来の性である牡としての記憶を、皮膚感覚から呼び覚ましてしまい、
 まひるの天使化は急速に進行させてしまっていた。
 そしてそれは、肉体だけの問題ではない。
 肉体は元より、まひるの精神もまた、復活を遂げようとする天使に深く蝕まれつつあった。
 いや、まひるという人格は、天使にとって三界の仮衣でしかない。

 その、まひるであることを失いつつあるまひるが、嬉しそうな顔をして薫ちゃんに手を伸ばす。

「薫ちゃん…… おいしそう」
395覚醒と忘却:02/08/12 01:22 ID:apKO5MYR
 漁協詰め所から程近い埠頭で、タカさんは海を眺めていた。
 背中を無意識に丸めている。
「わりぃわりぃ」
 突然、タカさんはシュタっと片手を上げ、明るくそう言った。
「腹減ったから帰ってきたんだよ。いいからメシ作れ」
 不機嫌そうに続ける。
 こんな感じで、何事も無かったように家族ごっこを再開できないものか。
 タカさんはどうやってウチに戻るか、足りない頭でシミュレートしていたのだ。
「できないだろうなァ、多分……」
 タカさんは大きくため息をつく。
 一般に『悩む』と呼ばれているその状態に、タカさんは初めて陥っていた。
 落ち込んでいる、といってもいいかもしれない。
 これもまた、タカさんにとって初めての経験である。

 まひるは、許してくれるのだろうか。
 どう謝ったら許してくれるのだろうか。
 やはり鍵はまひるの言っていた「愛」だ。
 じゃあ、愛ってなんだよ?
 うまいのか、それ?

 ……冗談じゃねえ。
 タカさんはめそめそと考えている自分に毒づく。
 人の顔色を窺うような真似は、タカさんの嫌悪するところであったからだ。
 やりたい事をやりたい時に、やりたい放題。
 そこで非難が来ようと、白眼視されようと、お構いなし。
 人は人。
 アタシはアタシ。
 そのシンプルな割り切りが、彼女の生き方だ。
 だから、嫌われることを恐れている自分が、どうにも納得いかなかった。
 自分じゃないような気すらした。
 しかし、自分を曲げてでも、押し殺してでも、まひるに嫌われることは嫌だった。
 冗談じゃねえ。
 堂々巡りする思考に啖呵を切り、勢い良く立ち上がるタカさん。
「もーいい。考えてもわかんねえ。無駄だ。こうなったら当たって砕けろだ!!」
 タカさんはウチの方向を向きなおし、ダン、ダン、と威勢良く足を踏み出し。
 数秒立ち尽くし―――また座り込んだ。
 ……冗談じゃねえ。ちくしょ。
 躊躇。これもまた、タカさんにとって初めての経験だった。

 パン!!

 そんな彼女のうじうじした心を断ち切るかのように、夜の港に、銃声が響いた。
「ウチの方角だぞ!?」
 タカさんは、今度は躊躇なく駆け出す。
396覚醒と忘却:02/08/12 01:24 ID:apKO5MYR
 一も二も無く漁協詰め所へ駆けつけたタカさんを待っていたのは、
 硝煙冷め遣らぬグロック17を頭上に掲げ、腰を抜かしている薫ちゃんと、
 今まさに彼に飛び掛らんとする、一匹の中柄な獣だった。
 暗くてよく見えないが、大型犬よりやや小さめのその獣はどうやら翼を持っているようだった。
「薫!! 無事か!!」
 タカさんは大きく叫び、薫ちゃんを援護すべく走り寄る。
 加勢の存在に気付いたその獣は、おもむろに方向を転換すると、
 かさかさかさ、四足で姿勢を低くしてタカさんに詰め寄る。
 それは走るというより這いずる、といった動きであった。
 膝、肘に当たる関節を体とほぼ水平に保つその歩法は、獣というより昆虫に近い。
 獣はタカさんとの距離を3Mほどまで詰めたところで、声もなく跳躍した。
 喉笛を一直線に食い破ろうという動きだった。
「うおおおおっ!!」
 タカさんは獣に向かって腕を振り上げ、迎撃準備。
 狙うは、カウンターでのアックスボンバー。
 工事で鍛えぬいたタカさんの腕が繰り出す打撃は強烈無比だ。
 野良犬程度ならば一撃でその粗首をヘシ折ることが出来る。
 タカさんは、この危険な獣にそれを躊躇無くお見舞いするつもりだった。しかし。
「な?」
 タカさんは腕を止めた。
 飛び掛ってくる獣の顔が、まひるの物だったからだ。

「まひる!?」
 その声に獣の動きも止まった。
 タカさんは自分の目が信じられなかった。いや、頭か。
 まひるが四足で、昆虫のように走り、自分に襲い掛かる。
 そのようなことがあるはずが無い。
 あってたまるか。
 タカさんは目を擦り、再び獣の顔を確認する。
 その顔は、やはりまひるのものだった。
「タカ…… さん?」
 獣―――まひるの瞳に浮かんでいた紫の光が消える。
 変わって、見る見ると潤みを湛える。
「な、あ、えと…… これ、どーゆーこった?」
 困惑するタカさんにまひるは一言、
「……ごめんね」
 消え入りそうな声で謝意を告げると、素早く身を翻し闇の中へと姿を消す。
 たたたたた。四足ではなく、二本の足で。
397覚醒と忘却:02/08/12 01:31 ID:apKO5MYR
「ど、どーいうこった!? なにがあった!?
 薫!! 説明しろ!!」
 焦燥と混乱を怒りで包み、余裕の無い怒声で薫ちゃんに問い質すタカさん。
「ひくっ…… ぐしっ……
 お、おかーたまに羽根が生えて…… 目が光って……
 えぐっ、薫を食べようとしたの……」
 薫ちゃんは泣き崩れながら、なんとかそれだけを口にした。
 食べようとしたという薫の言葉に、タカさんは強い衝撃を受ける。
 衝撃は震えを伴い、彼女の四肢を駆け抜ける。
 タカさんの頭の中から、すでに夕刻の陵辱未遂の一件は消え失せていた。
 かといって、何をどう考えているわけでもない。
 彼女は混乱の極みに陥っていた。

「怖かったけど、死んじゃうかと思ったけど。
 でもおかーたま、ごめんなさいってゆってた。
 薫やおとーたまを食べなかった。だから……」
 微動だにしないタカさんに向かって、薫が訴えかけるように言葉をかける。
 その言葉に我に返ったタカさんは、大きく頷いた。
「そうだな。まひるはまひるだよな。アタシの嫁さんでお前の母ちゃんだ。
 ちょっとぐれえケンカしても、すぐに仲直りしなくちゃいけねぇよな。」
 タカさんの言葉に、薫ちゃんがひひひと笑う。
「お前は留守番してろ。アタシと入れ違いでまひるが帰ってくるかもしれねぇからな」
「うん! 薫はお留守番する!!」
 タカさんはこの頼もしい息子の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「鉄砲もバズーカはお前が持ってろ」
「でも、おとーたま…… 」
「いーんだ。アタシにゃそんなややこしい武器は使えねぇからな。
 アタシはこれがあれば十分だ」
 タカさんは詰め所の壁に立てかけてあったシャベルを手にとると、
 一瞥もせずにまひるが去った方向へと駆け出した。

               ↓
398覚醒と忘却:02/08/12 01:31 ID:apKO5MYR
                    【高原美奈子】
                    【現在位置:漁協詰め所 → 】
                    【所持武器:シャベル】
                    【スタンス:まひる追跡】

                    【堂島薫ちゃん】
                    【現在位置:漁協詰め所】
                    【スタンス:留守番】
                    【所持武器:グロック17(残弾15)、M72A2】

                    【広場まひる】
                    【現在位置:漁協詰め所 → 】
                    【スタンス:誰にも会わずに逃げる】
                    【能力制限:天使化進行 → 片翼、千里眼。記憶混濁中】



399名無しさん@初回限定:02/08/15 17:37 ID:7GG3JjRo
新スレ移行のお知らせ

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バトル・ロワイアル【今度は本気】第3部
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400名無しさん@初回限定

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【リアル・バトル・ロワイアル。】 総合検討会議 #2
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