◆参加者(○=生存 ×=死亡)
○ 01:ユリーシャ DARCROWS@アリスソフト
○ 02:ランス ランス1〜4.2、鬼畜王ランス@アリスソフト
○ 03:伊頭遺作 遺作@エルフ
× 04:伊頭臭作 臭作@エルフ
○ 05:伊頭鬼作 鬼作@エルフ
× 06:タイガージョー OnlyYou、OnlyYou リ・クルス@アリスソフト
○ 07:堂島薫 果てしなく青い、この空の下で・・・。@TOPCAT
○ 08:高町恭也 とらいあんぐるハート3 SweetsongForever@ivory
○ 09:グレン Fifth@RUNE
× 10:貴神雷贈 大悪司@アリスソフト
× 11:エーリヒ・フォン・マンシュタイン ドイツ軍
○ 12:魔窟堂野武彦 ぷろすちゅーでんとGOOD@アリスソフト
○ 13:海原琢磨呂 野々村病院の人々@エルフ
○ 14:アズライト デアボリカ@アリスソフト
○ 15:高原美奈子 THEガッツ!1〜3@オーサリングヘヴン
○ 16:朽木双葉 グリーン・グリーン@GROOVER
○ 17:神条真人 最後に奏でる狂想曲@たっちー
× 18:星川翼 夜が来る!@アリスソフト
○ 19:松倉藍(獣覚醒Ver) 果てしなく青い、この空の下で・・・。@TOPCAT
○ 20:勝沼紳一 悪夢、絶望@StudioMebius
× 21:柏木千鶴 痕@Leaf
○ 22:紫堂神楽 神語@EuphonyProduction
○ 23:アイン ファントム 〜Phantom of Inferno〜@nitro+
○ 24:なみ ドリル少女 スパイラル・なみ@Evolution
○ 25:涼宮遙 君が望む永遠@age
○ 26:グレン・コリンズ EDEN1〜3@フォレスター
× 27:常葉愛 ぶるまー2000@LiarSoft
○ 28:しおり はじめてのおるすばん@ZERO
× 29:さおり はじめてのおるすばん@ZERO
× 30:木ノ下泰男 Piaキャロットへようこそ@カクテルソフト
○ 31:篠原秋穂 五月倶楽部@覇王
○ 32:法条まりな EVE 〜burst error〜@シーズウェア
× 33:クレア・バートン 殻の中の小鳥・雛鳥の囀@STUDiO B-ROOM
○ 34:アリスメンディ ローデビル!@ブラックライト
× 35:広田寛 家族計画@D.O.
○ 36:月夜御名沙霧 Rumble〜バンカラ夜叉姫〜@ペンギンワークス
× 37:猪乃健 Rumble〜バンカラ夜叉姫〜@ペンギンワークス
○ 38:広場まひる ねがぽじ@Active
× 39:シャロン WordsWorth@エルフ
○ 40:仁村知佳 とらいあんぐるハート2@ivory
◆運営側(○=生存 ×=死亡 ?=未定)
○ 主催者:ザドゥ 狂拳伝説クレイジーナックル&2@ZyX
○ 刺客1:素敵医師 大悪司@アリスソフト
○ 刺客2:カモミール・芹沢 行殺♥ 新選組@LiarSoft
○ 刺客3:?
○ 監察官:御陵透子 sense off@otherwise
3 :
七草出立:02/02/03 11:08 ID:M+LUwqe1
>#1 433
(12:15)
雨は止み、涼しげな北風が羊歯の茂みを揺らしていた。
その奥―――朽ちかけた古木の手前に、幻想的な情景があった。
手のひらサイズの人形が七体、横一列に整列していたのだ。
彼ら全ては立烏帽子に真白な狩衣、漆黒の指貫といった平安風のいで立ちで、
目鼻はなく、白いのっぺらぼうと言った風情を醸し出している。
『私たちは、お姉さまをお守りしなければなりません』
老木の中―――いや、その老木の根付近、蔦に覆われたウロの奥から
声ではなく脳に直接響く何かが、そう告げた。
『お姉さまは今、重い怪我に意識を失っています。
私たちが手当てをしなければ、命を失ってしまうでしょう』
人形たちはその言葉を理解したかの如く、恭しく頭を垂れる。
彼らを吊っている糸はなく、体内にからくりも仕込まれていない。
それでも動くのは、陰陽師・朽木双葉が和紙を方代に作った式神たちだからだ。
『お姉さまに成り代わって命じます。
せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ。
あなたたちは、薬草を集めて来なさい。
棕櫚・芍薬・葛の根、紫蘇・水鬘の葉。青黴であれば、
この森に自生しているはずです』
人形のうち五体が胸前に笏を立て、一礼する。
『すずな、すずしろ。
あなたたちはお姉さまの周囲を見張りなさい。
近づく者あらば、私にすぐさま報告しなさい』
列の左端に位置取る残りの二体もまた、作法に適った承諾の合図を返す。
こうして、春の七草を模された小さな貴族たちは
それぞれに下された役割を果たすべく、森の中に散っていった。
↓
【双葉】
【スタンス:待機潜伏、治療】
【能力制限:意識不明、怪我により重傷】
>#1-283、353及び372
グレンは1人、灯台の階段を上っていた。
先程の2人組は逃げていったものの、
いつまた自分からマナを奪う者が現れるか分からない。
「マナ…もう2度と離さない。マナを奪っていく奴は、
み〜んなお父さんがコロシテあげるからね…」
そうつぶやくグレンの目には、最早狂気しか映っていなかった。
………2度と会えないはずの最愛の「娘」に「再び会えた」という「事実」は、
彼から残り少ない正常な思考をも奪っていたのだろうか。
グレンは、気がついていなかった。
2人組を追い払った後、灯台の鍵をかけ忘れている事を。
今まさに、灯台の最下層に、1人の若者が侵入してきた事を。
そして………その結果が彼に決定的な「終局」をもたらす事を。
「ここからなら、島の大半は把握できるか。」
秋穂と別れて数刻。開け放たれた扉から灯台へと彼…恭也は入ってきていた。
…猪乃から受けた精神的ダメージは少し、回復してはいた。
元々の冷静沈着な性格に加え、幼少の頃から父と共に、
また父亡き後も武者修行を繰り返してきた恭也である。
死なない限り、敗北が終わりではない事は、十分承知していた。
落ちつきを取り戻した彼は、先程の自分を恥じ、
取りあえずこの島の現状を少しでも多く知るべく動いていたのだ。
この灯台を見つけ、入ったのも、この地の把握に役立つと思ったからである。
だが、奥義である「神速」を破られた事実、そしてこの「ゲーム」の掟が
彼を言いようのない不安に陥れる。
(神速が通用しない以上、俺は…本当に「誰か」を守る事ができるのか?)
(そして………万一の時、俺に人が殺せるのか?)
思考は堂々巡りを繰り返し、一向に答えは出そうにない。
「ん?」
ふと、恭也は歩みを止めた。彼が今いるのは、元は灯台守の為のものだったであろう部屋。
その奥から、微かに明かりがもれていたのだ。
(誰か…いるのか?)
懐の小太刀に手をやりつつ、半開きの扉から、慎重に中を覗きこむ。
…簡素なベッドの上に、1人の少女が横たわっていた。
上半身だけを起こして、あらぬ方向を見つめている。
(何故……こんな所に?)
恭也がそう思った瞬間…。
それまで検討違いの方向を向いていた少女が突然、扉の方を向いたかと思うと
「誰か…いるの?お父様?」
恭也は慌ててその場を離れようとしたが、少女の言葉に、どこか違和感を感じた。
出発前にざっと見た限り、参加者に親子連れはいなかったはずだ。
それに、その声色には、どこか聞き覚えがあった。
(神咲さん?…いや、まさかな。参加者の中に彼女は居なかったはず……)
一瞬、妹の親友を思い出し踏み留まる恭也だったが、すぐさま立ち去ろうと踵を返す。
これが、誰かの罠でない保証もないのだ。
だが、少女の次の言葉は、彼を引き留めるのには十分すぎた。
「お父様…?ううん、違う。おと…『おじさん』じゃない!お願い、助けて!」
わたしにとって、それは大きな賭けだった。窓のないこの部屋では「光合成」もできない。
このままでは間違いなく、あのおじさんのなすがままにされてしまう。
そして、おじさんをずっと欺き続けられるほど、自分の演技にも自信がなかった。
だから…わたしは、今扉の向こうにいる「おじさんじゃない誰か」に賭けるしかなかった。
もしも悪い人だったら…そうも思ったけれど、どのみち殺されるなら同じ。
それなら、僅かな可能性にも縋った方がいい…はずだよね。
「なっ!……どういう事です?」
扉の向こうの誰かが、初めて声を出した。若い男の人の声。悪い印象は受けないけれど…
「とりあえず…入ってください。わたし、動けないので……」
ドクン、ドクン、ドクン………
胸の鼓動が高鳴る。お願い、悪い人じゃありませんように……!
ギィッ。
扉が完全に開いて、人が入ってきた。わたしよりすこし年上っぽい、男の人。
なんでだろう、とっても懐かしい感じ……。
理由は、すぐに分かった。
(あぁ、この人、耕介お兄ちゃんに似ているんだ。)
背格好も、顔も違うけれど、目の前にいる男の人は、
耕介お兄ちゃん…わたしの住む寮の管理人さん…と同じ、暖かくて、優しい感じがした。
男の人は、ベッドの隣にある椅子に腰掛けると
「一体、どうしたのです?何故こんな所に?」と、話しかけてきた。
その時、さっきは見過ごしてした男の人の服が、目に入る。
見覚えのある、学生服。それに、胸の校章……これって、………まさか………
嘘……そんな偶然って……
「…?どうかしましたか?」
男の人が、不思議そうにわたしの顔を覗きこむ。
わたしは、意を決して男の人に尋ねました。
「あの…その前に、その制服…もしかして、風芽丘の…海鳴の方ですか?」
男の人の顔色が、さっと変わった。まるで、思いがけない場所で忘れ物を見つけたような…
「そう…ですが、もしかして!?」
わたしは、おおきく頷く。
「はい、わたしも…です。」
「そうですか…まさか同じ世界の人が他にも居るとは…失礼、自己紹介がまだでしたね。
俺は風芽丘3年、高町恭也です。」
礼儀正しく、頭をさげる男の人…恭也さん。
「わたしは…聖祥女子2年、仁村知佳といいます。国守山のさざなみ寮に住…」
そこまで言うと、恭也さんが驚いたように聞き返してきました。
「仁村…さざなみ寮…ひょっとして、仁村真雪さんの妹さんですか?」
「知っているんですか!お姉ちゃんを!」
今度は、わたしが驚く番でした。
この娘が、真雪さんの妹…話には聞いていたが、こんな場所で出会うとは…
降って沸いたような、奇妙な出会いに、俺はただ、驚くしかなかった。
「そうですか。寮にも何度かみえた事があるんですね。気がつかなかったなぁ、わたし。」
しきりにそう言って頷く仁村さん。
だが…俺は、何か違和感を感じていた。
彼女の姉である真雪さんの話では、仁村さんは彼女の6つ年下、今は24歳のはず。
それにしては若い…というか、まだ少女のような外観。
しかも、先程確かに「聖祥女子2年」と……
それに、俺が初めてさざなみ寮を訪れた時、
仁村さんは国際救助隊に入隊してさざなみ寮を出ていた。
だが、今目の前にいる「仁村さん」は「今も寮に住んでいる」ような口ぶりで話している。
これは、一体どういう事だ?
……彼女の話からして、偽者という事はあり得ない。
そもそも、「知ってはいるが面識のない人」に化けて罠を仕掛けるような者はいないはずだ。
だとすれば、考えられる答えは…
この地に連れて来られる際、俺と彼女の間に、何年かの時間の隔たりがあったという事だ。
それを確かめるべく尋ねようとした俺だったが、
仁村さんは思い出したように真剣なまなざしになると、
「あ、ごめんなさい。他にも同じ土地の人がいると分かってつい嬉しくて…………でも、
こういう事を話している場合じゃないんです、早くこの場所を出ないと…」
そうだ。元々俺は、仁村さんに助けを求められた身。しかも、現状から言って
彼女が「助けを求める要因」が近くにあるのは間違いない。
となれば、ここに長く居るのは危険だ。
「…わかりました。お話はここを出た後で聞きましょう。……歩けますか?
見たところ大分消耗しているようですが……」
「あ、すみません…少し、無理かも。」
そう返す仁村さん。確かに、彼女の顔色は大分悪く、
今こうして上半身だけを起こしているのもつらそうだ。
「そうですか。……それでは、失礼。」
そう言って、俺は傍にあった彼女の支給品の入った鞄を背負うと、彼女を抱きかかえる。
「あ、あの……ちょっと、はずかしいかも……」
仁村さんが、遠慮がちに口をひらく。
「場合が場合ですから、勘弁してください。なんなら後でひっぱたいてもらっても構いませんから。」
「え!?あ、す、すみません……」
一言、そう言うと仁村さんは押し黙ってしまった。
「さ、それでは…いきますよ!」
仁村さんにそう声をかけ、俺は一気に灯台を駆け抜ける。
扉をくぐり、外に出る。長時間暗い所にいたせいか、太陽の光が一瞬、目を射た。
「とりあえず、南の方に向かいます。集落が見えたから、おそらく休める場所も…」
あると思います、そう続けようとした瞬間……
「『お兄ちゃん』、あぶないっ!」
一瞬、誰の事か分からなかったが、自分の事を指していると気付き、とっさに身を翻す。
ブオォン!
さっきまで立っていた位置を、突風…いや、かまいたちのようなモノが通りぬけてゆく。
地面の雑草が、根元の部分を残して切り裂かれていた。
俺は、何事かと後ろを振り向く。
………そこには、「闇」が立っていた。
人の心の奥に住まう「狂気」という名のドス黒い「闇」。それを身に纏ったかのような男が。
マナ!どうして、どうしてそいつをかばうんだい!?
マナが言わなければ、そいつの足は使い物にならなくなっていたのに…
マナが連れていかれる事もなかったのに……!
「マナ…どうしてだい?」
そう言うと、マナを抱えている男が不思議そうに、マナを見つめる。
マナは、男に何事か言っているみたいだけど…
「あの……じさんが…わたし…娘…かん…がい……じゃ…ないと……たら殺…れ…」
風のせいで、よく聞こえない。
やがて、男がこちらに向き直る。
「グレンさん…と言うそうですね。お気の毒ですが…この娘はマナちゃんじゃない、違うんです。」
……?この男は、何を言っているんだ?マナが、マナじゃないって?
「そんなはずはない!マナはマナだ!父親である私が間違うはずがない!」
……そうだろ?マナの事はなんだって知ってるんだ、そう、なんだって。
マナ……そうだよね?
「おじさん…ごめんなさい。騙すような事をしてしまって……でもわたし、本当にマナちゃんじゃないんです。きっと、本当のマナちゃんはどこかでおじさんの……」
え?マナ?何を言ってるんだい?悪い冗談はお父さん、好きじゃないぞ?
「…だから、このまま行かせて欲しいんです。お願い……!」
そう言って、男の方に向き直るマナ。
そうか…そうなんだね。その男が…ソイツガ、マナニムリヤリイワセテルンダネ……
「地の砂に眠りし火の力よ…目覚めて縁舐める赤き舌となれ!」
ボンッ!
私ノ詠唱ニ合ワセテ、男ノ足元カラ炎ガ噴キ出ス。
モエロ!モエツキテシマエ!ワタシカラマナヲウバウモノ、スベテ、スベテ、キエテナクナレェ!
「……くくく、はははははは、あ〜ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃヒャ……」
サア、マナ…ワルイヤツハコロシタカラトウダイヘカエロ……
「…危なかった。もう少し避けるのが遅かったら……」
?…ナゼダ、ナゼイキテイル?ナゼモエツキテイナイ?
「くっ…戦うしか、無いというのか…俺は……やれるのか?
…仁村さん、暫く待っていてください。何とか…してみます。」
オトコガ、マナヲジメンニオロシテ…カタバノケンヲヌク。
…ワタシヲ、コロソウトイウノカ?…オモシロイ。
ワタシハシナナイ。マナノタメニ、マナトノアタラシイセイカツノタメニ!
ジャマモノハ………スベテハイジョスル!
↓
【グループ:高町恭也・仁村知佳】
【現在位置:灯台前】
【高町恭也】
【スタンス:力無き人を守る】
【所持武器:救急医療セット、小太刀】
【能力制限:悩み中(技のキレに若干の鈍り)
膝の古傷(長時間戦闘不可)】
【仁村知佳】
【スタンス:恭也について行く】
【所持武器:不明】
【能力制限:超能力(消耗中につき読心、光合成以外不可)
疲労・大(屋外に出た事で能力「光合成」発動、
時間とともに徐々に体力回復)】
【グレン】
【スタンス:マナ(知佳)に近づく者を皆殺し】
【所持武器:鍵束(うち一つは灯台の鍵。残りは不明)】
8 :
錯綜する想い:02/02/06 15:35 ID:QOaERD3I
>前スレ433
(1日目 11:52)
「おじさん。ねえ、おじさん。起きて」
松倉藍(No.19)は、廊下にのびている魔窟堂野武彦(No.12)を起こそうと、数分前から声を掛けてそ
の体を揺さぶっていた。
魔窟堂は、様子のおかしい隣の病室へ行こうと廊下に出た途端、何故か気絶してしまったのだ。
藍は、突然倒れた魔窟堂の事が心配なのと、一人で隣の病室の様子を見に行くのが怖かったために、
今まで彼を起こそうとしていたのだが、全く目覚める様子はなかった。
(おじさん、起きてくれないよ。
……神楽ちゃんの事が心配だから、怖いけど隣の部屋に行ってみよう)
藍は勇気をふりしぼり、隣の病室へと向かった。
そして、開けっ放しのドアの向こうを見ると――中は鮮血で埋め尽くされ、数人の男女が倒れていた。
「ひっ!」
藍は思わず悲鳴をあげた。
無意識の内に病院は安全な場所だというイメージを持っていた藍にとっては、予想外の光景だった。
思わず病室から逃げ出そうと後ずさる。
が、壁際に紫堂神楽(No.22)が倒れているのにふと気付くと、慌てて駆け寄った。
「神楽ちゃん! 神楽ちゃん! しっかりして。死んじゃやだよ!」
床に倒れている神楽を抱き起こし、涙を流しながら呼び掛ける。
重傷を負っていた自分を助けてくれた人、自分を守ってくれると言ってくれた人。
何時の間にか、藍にとって神楽は安曇村の友人達と同じくらい大切な存在になっていた。
『……泣かないで、藍。大丈夫。この人は血を浴びてるだけで、怪我はしてないょ』
突然、神楽と会ってから今まで沈黙していた“獣”が藍に告げた。
『え!? 本当に?』
『うん。気絶してるだけだょ』
『よかった。神楽ちゃん体中血だらけで倒れてたから、死んじゃうのかと思ったよ』
“獣”の言葉に藍は心の底から安堵した。
『藍、怪我も治ったし、今のうちに病院から出ようょ』
『どうして?』
『さっきも言ったけど、この人は危険なんだょ。藍はこの人に気を許し過ぎだょ。
今まではこっちの事は訊かれなかったからいいけど、これからは訊かれるかもしれない。
その時、藍が口を滑らせて、わたしの正体や安曇村のことを喋ったりしたら……』
そこで、“獣”は言葉を切る。藍は不思議そうに尋ねた。
『喋ったりしたら……どうなるの?』
神楽と遭遇する直前に“獣”に言われたことは忘れているようだ。
『殺されちゃうんだょ』
『そんなことあるわけないよ! 神楽ちゃんは私の事を守ってくれるって言ったんだから』
『わたしみたいな“妖”を狩るのが、この人のような神人の使命。使命には誰も逆らえないんだょ』
『そんな……そんなのってないよっ!』
神楽が使命に従い自分を殺すかもしれないと言われて、藍は激しく動揺した。
そんな藍に、“獣”は更に追い討ちをかける。
9 :
錯綜する想い:02/02/06 15:37 ID:QOaERD3I
『それに、堂島を殺さないといけないんだょ。
この病院に集まってる人達は、殺し合いをしたくないと思ってる。
だから、この人達と一緒にいたら、堂島を殺すのを邪魔されるかもしれないんだょ』
『……堂島を殺したら第三界に還るんだったよね。それで、もう帰ってこれないんだったよね?』
『そうだょ。でも、堂島を殺さないと、安曇村のみんなやお兄ちゃんが、ヤマノカミ様の祟りに遭っ
ちゃうんだょ。藍はそれでもいいの?』
『それは……嫌だよ。お兄さん達が苦しむのは』
『だったら……』
『でも、神楽ちゃんと離れるのも嫌だよ』
そう言って、藍は神楽の顔を心配げに見詰める。
その時、12時の定時放送が聞こえてきた。
『……以上七名がこの6時間で死んじゃった訳。チェックできた?……』
『まだ、堂島は殺されてないょ。誰かに守られてるのかもしれない。
だから、わたしがあいつを探して殺さないといけないんだょ』
死者の発表を聞き終えると、“獣”は放送の続きには関心を払わず藍にそう言った。
『そ、そうだ。ね、獣の力が使えるようになる夜までは一緒にいてもいいよね?』
『駄目だょ。堂島がどこにいるか探すのに時間がかかるから』
『……分かったよ。じゃあ、行こう』
藍は“獣”に説得され、病院から出ることを承諾した。本当は神楽と一緒にいたかったが。
未だ意識を取り戻さない神楽を床に横たえ、藍が廊下に出ようとしたちょうどその時、
目の前に人影が現れた。
(1日目 12:03)
「イタタ、何だったんじゃ? さっきの真っ赤なのは。いきなり人にぶつかって。
それに、肝心な時に立て付けが悪くなるドアもそうじゃ。
仲間の危機に颯爽と駆けつけるのがヒーローの王道じゃというのに……」
病院から逃げようとする朽木双葉(No.16)とぶつかってから今までずっと、廊下に倒れていた
魔窟堂は意識を取り戻すと、床で強打した後頭部を抑えてひとしきり愚痴る。
「……ハッ! いや、そんなことより隣の部屋じゃ。確か銃声が響いておった。急がんと……」
愚痴よりも重要なことを思い出し、魔窟堂は急いで隣の病室に向かった。
そして、中に踏み込もうとしたその瞬間、出て来ようとしている藍とぶつかりそうになった。
「おっと、またぶつかるところじゃった。どうしたんじゃ、藍?」
「え、えっと、みんな血だらけで倒れてて……」
口ごもりながらそう言うと、魔窟堂が部屋の中を見れるように藍は脇に寄った。
「こ、これは一体っ! どうしてこんなことに!?」
開けっ放しになっていたドアから室内の光景を見てそう叫ぶなり、魔窟堂は絶句した。
部屋の中央には、首の無い無残な姿となったエーリヒ(No.11)と、全身が血で真っ赤な
星川翼(No.18)が倒れていた。
床や壁にはエーリヒのものと思われる、血や脳漿や頭皮や皮膚が飛び散っている。
天井には幾つか弾痕があり、動かされた形跡のあるベッドの周辺には、蛍光灯の割れた物らしき
破片が落ちている。
老人と少年から少し離れた左の壁際には、翼と同じく体を血に染めた紫堂神楽(No.22)と
涼宮遙(No.25)が倒れている。
そして、右の壁際には、右半身が血だらけで左眼も血に染まっているアイン(No.23)が倒れていた。
「ええいっ、どうしてこうなったか考えるのは後回しじゃ。とにかく早く怪我人の手当てをせんと」
数秒の間、茫然自失していた魔窟堂は、そう自分に言い聞かせると、倒れている者達の傷の具合を確かめ始めた。
「クッ、エーリヒ殿とホッシー君はもう……何故じゃ。何故なんじゃっ!
ワシがもっと早く駆けつけていればっ!」
魔窟堂は悔恨と共に叫びながら、拳を床に打ちつけた。
「私がこの部屋に入ったのは、その少年によってエーリヒが殺されていたわ」
その音で、アインが意識を取り戻し、自分の見た光景を魔窟堂に告げる。
「アイン! 無事じゃったか」
「……あまり無事とは言えないわ。
左眼は失明、右肩と右太股を散弾数発が貫通、脇腹に散弾が数発残っている。そして、大量の失血。
一言で言えば、瀕死の状態ね。ぐっ」
アインは、左眼に入っていた蛍光灯の破片を左手で取りながらそう自分の状態を分析すると、痛み
に顔を歪めた。
普通なら既に死んでいてもおかしくない程の重症だった。
「それはいかん! 神楽を起こして治療してもらわんと……」
言うが早いが、魔窟堂は神楽に駆け寄り、活を入れた。
それを見て、“獣”は藍に告げる。
『あの人が意識を取り戻す! 藍、またしばらくの間はわたしは出てこれないから』
『じゃあ、病院から出ていくのはやめるの?』
『残念だけど、また次の機会を待つょ』
『良かった』
『村の事とかは絶対に話しちゃ駄目だょ』
『うん、分かった』
『じゃあ、心配だけどしばらくお別れだょ』
『うん』
(1日目 12:09)
「う、ううん。!……星川さんは!?」
神楽は目を覚ますと、傍にいた魔窟堂に問い掛けた。
「ホッシー君はワシが来た時にはもう……」
「あなたが殺したんですね!? どうして? あれは事故だったのに!」
神楽は魔窟堂の言葉を聞き、事切れている星川に気付くとアインを糾弾した。
「彼はアイスピックを持って血だらけだったわ。
殺意を持ってエーリヒを殺したと考えるのが妥当でしょう? だから、私が殺した」
アインは力の無い声ながら反論する。
「違います。あれはきっと事故だったんです。星川さんもあの結果が予想外で呆然としていました」
「初めて人を殺したことにショックを受けていただけという可能性もあるわ」
「あなたはっ!」
神楽は憎悪を込めた目でアインを見詰める。アインは目をそらさずその視線を受け止める。
藍は先程からどうしたらいいか分からずおろおろしている。
パンパン
「やめんか、2人とも。今はそんなことで争っている場合ではないじゃろ。
アインの容態はかなりひどい。治療してやってくれんかの? 神楽」
魔窟堂は手を叩いて、2人の気勢を削ぐと、神楽にそう頼んだ。
「……分かりました」
「そ、そうか。では頼む」
神楽が承諾したので、魔窟堂とアインは少々意外そうな顔をする。
2人とも、神楽はおそらく断るだろうと思っていたからだ。
神楽は倒れているアインに近寄り、手をかざす。
「こ、こら。まだ、脇腹から銃弾を摘出しておらんぞ……」
魔窟堂は慌てて神楽を止めようとする。
「この人には、星川さんを誤解で殺した咎を背負ってもらいます」
冷たい眼差しで、神楽はアインに告げると、その手から光を放つ。
「そう。別にそれで構わないわ」
「いいのか? アイン」
平然と言うアインに、魔窟堂は驚いて尋ねる。
「死なければそれで良いわ。私はまだやることがあるから」
「そ、そうか」
そして、治療が終わった。
アインは起き上がると、体を軽く動かしてみる。
神楽には礼を言わなかったし、神楽もそれは期待していなかった。
そして、柄だけになったスペツナズナイフの代わりに床に落ちていたスバス12を手に取ると、
そのまま病室を出て行こうとする。
「待ちなさい。どこへ行くつもりじゃ?」
魔窟堂はアインを止めようと声を掛ける。
「少年と一緒にいた少女を殺しに行くわ。先程は反撃を受けて逃がしたけど、次は仕留める」
「あなたはまだそんなことを言っているのですか!? いい加減にしてください!
きっと、双葉さんは恋人の星川さんがあなたに殺されてパニックになったから反撃しただけです!」
神楽は激昂する。
アインはそれを無視して廊下に出て行った。
(1日目 12:14)
静寂に包まれた病室には、魔窟堂と神楽と藍、そして遙が残された。生きている者は。
神楽は遙がまだ意識を取り戻していないことに気付くと、駆け寄って抱き起こした。
「気絶しているだけで、怪我は無いようですね」
脈などを確認して、神楽はそう言った。
魔窟堂は言いづらそうに口を開く。
「神楽、すまんが…」
「あの人を連れ戻すんですね?」
「ああ。怪我は治ったとは言え、失血がひどかった。あれでは途中で倒れてしまうじゃろう。
それに、アインに双葉を殺させるわけにはいかんしの。
おそらく神楽の言う通り、エーリヒ殿は事故で死んだのじゃろうしな。
ワシが病院にいない間、藍と遙を頼むぞ、神楽」
「分かりました。安心して行ってきてください。2人は私が必ず守りますから」
「すまんのう」
魔窟堂は神楽に感謝すると、エーリヒの傍らに膝を付き落ちていたレーザーガンを手に取った。
「エーリヒ殿、お主の志をワシは必ず実現してみせるからの。どうか見ていてくれ」
決意と共に、魔窟堂は立ち上がり病室から出ようとする。
「魔窟堂さん。エーリヒさんにお借りしていたライターはどうしますか?」
神楽はライターを取り出し声を掛ける。
「エーリヒ殿のライターか」
「おお! エーリヒ殿、それはもしや軍用のオイルライターでは?」
「その通りだが、それが何か?」
「この島から無事脱出できた暁には、ぜひそのライターをわしに譲ってくれんかの」
「別に構わんが、これは、形が弾丸に似ている以外はこれと言って特徴のないアルミ製のライタだぞ」
「いや、そんな事はない。
わしにとっては、ドイツ軍で使われていた軍用ライターというだけで価値のある物なのじゃ」
「……そうなのか。日本人はドイツ軍の事をそんなに愛してくれているのか」
魔窟堂は数時間前にエーリヒと交わした会話を思い出した。
「それは、神楽が持っていてくれんかの。例のトラップに必要じゃし……もらうのはみんな無事に
島から脱出できた時と決めておったしのう。……もう果たすことのできない約束じゃが」
寂しげに魔窟堂は答えた。
「……分かりました。では、私がまた預かっておきます」
頷いて神楽はライターを戻す。
「では、行くかのう」
魔窟堂は病室を出ると、別の部屋に寄ってそこに置いてあった自分のバッグを背負い、玄関へと向かった。
(1日目 12:17)
アインは森沿いの道を北に向かって歩いていた。双葉のいる森の中ではなく。
普段の彼女なら、病院の傍の森の入口付近にうっすらと残っていた血痕――雨でほとんどは洗い流
されていた――に気付いただろうが、失血により霞む右眼だけの視界で、脇腹に鈍い痛みのある現在
の状態では無理な話だった。
(あの少女には、おそらく重傷を負わすことができた筈。
だから、それほど遠くまでは逃げていないだろうけど。
何にしろ、再び病院を襲撃したりしないように排除しておくべきだわ)
少々ふらつく足取りながら、アインは黙々と道を歩く。
その片目に強い意思の光を宿しながら。
彼女は知らない。自分が離れている間に、病院が本当の意味で襲撃されようとしていることを。
↓
【グループ:松倉藍(No.19)、紫堂神楽(No.22)、涼宮遙(No.25)】
【現在位置:病院・病室】
【スタンス:変化なし】
【補足:神楽と遙は全身血だらけ】
【アイン(No.23):単独行動】
【スタンス:ゲームに乗った双葉を殺す】
【現在位置:東の森沿いの道】
【アイテム:×スペツナズナイフ→○スバス12】
【魔窟堂野武彦(No.12):単独行動】
【スタンス:@アインを病院に連れ戻す】
【 :Aアインに双葉を殺させない】
【現在位置:病院・玄関】
【アイテム:レーザーガン】
>7
(12:20)
グレンは元々学者肌で実戦経験はゼロに等しい。
初弾さえ躱せば、心得のある者なら悠々と懐に潜める。
恭也は奥義の歩法・神速を温存したまま摺り足でグレンに詰め寄り、
「徹!」
顎先をかすめる鞘の薙ぎ一閃で、あっけなく彼を倒した。
「…死んじゃったの?」
「いえ、気絶させただけです」
「良かった……」
胸に両手を当て息をつく知佳の態度は、本当にほっとしているように見える。
(優しい人なんだな…)
恭也はその態度に好感とを覚える。
「仁村さん、彼がいつ目を覚ますとも限りません。
体は大変だと思いますが、早々に立ち去りましょう」
「ごめんね…。体が動くようになるまで、お世話になるね」
知佳は薄幸そうな笑顔を浮かべ、遠慮がちに恭也の背に負ぶさる。
こうして2人は、北へと向かった。
>#1 314
(12:25)
ランスは上機嫌だった。
海岸で手に入れたアリスの配布物―――バスタード・ソードが、
彼の愛剣に似た長さと重さを備えていたからだ。
ひゅん、ひゅん。
左腕一本で何度か素振りをしながら、彼は手に剣を馴染ませる。
「ランス、ちょーぜつ凄いよ。そんなおもおもな剣を、
片手でぶんぶんなんて!!」
「ガハハハハ。凄いだろう。もっと褒めろ」
お調子者ギャラリーの黄色い声援に、さらにいい気になるランス。
そんな折だった。
「ん?」
振り下ろした剣先のはるか南に、北上する人影を見つけたのは。
「……よし、肩慣らしの仕上げをするか。アリス、南下だ」
「あいあ〜い!」
こうして2人は、南へと向かった。
(12:30)
恭也たちも南下してくる2人組に気付いていた。
しかし、恭也は知佳を降ろし、2人組の到着を待っていた。
「がはははは」
「あはははは」
風に乗って聞こえてくる場違いなほど明るい笑い声に、
敵意なしと判断したからだ。
恭也も知佳もこの殺人ゲームに乗る気はなく、
志を同じくする仲間を欲していたことも大きな要因だった。
やがて、相手の姿がはっきりと見えてくる。
中世の戦士風の鎧とマントに大剣を背負った男と、
燃えるような色の髪に肌を大胆に露出させた衣装の角の生えた少女。
時代錯誤・国籍不明な2人だ。
「む、試し切りに出向いてみれば、清楚で病弱そうな女の子……グッドだ」
最初に口を開いたのはランスだった。
かなり剣呑なセリフだが、あまりにもあっけらかんとした口調に
恭也たちは「試し切り」の真意に気付かない。
「こんにちは」
「こんにちは」
恭也と知佳が続けて挨拶をする。
「むう、声も可愛らしくてポイント高いぞ。名前は何ていうんだ?」
ランスは知佳ばかりに目をやり、恭也には一瞥もくれない。
「えと……仁村知佳です」
「俺は高ま」
「男はどうでもいい」
恭也は名乗らせてももらえなかった。
「女の子たちを助ける。主催者をすぱっと殺す。
それで、アイスに帰る」
知佳にどうするつもりかと尋ねられたランスは、即座にそう答えた。
「だったら、俺達と一緒に行動しませんか?」
「知佳ちゃんは望むところだが、おまえはいらん。
男なんぞ経験値以上の意味はない」
恭也の中で、違和感が少しずつ膨らんでゆく。
(俺がぞんざいに扱われることはどうでもいい。
でも、仁村さんに対する目付き……態度……なにか、嫌だ)
「え〜、いーじゃんか、お兄さんも一緒でも。
お友達はたくさん居たほうが楽しいかったり、楽しくなかったり」
「俺、多少は戦えます」
「むう……解った。俺様の部下になりたいと言うんなら、
盾代わりにしてやらんこともない。俺様は寛大だからな。
ただし、知佳ちゃんは俺様がもらうぞ」
ランスはそう言いながら強引に知佳の手を引く。
その時、知佳の心に響いた思念は、大檜の様に太くてシンプルだった。
【 犯る 】
「いゃっ……」
反射的にランスの手を払い除ける知佳。
それで、恭也の違和感が嫌悪感に変わった。
覚悟も決まった。
「仁村さんは、渡せません」
だが知佳の言葉は、恭也の覚悟に反するものだった。
「ランスさん。わたし……あなたのところに行く」
「仁村さん!!」
「だから、恭也さんとは戦わないで。恭也さんは関係ないの。
わたしが巻き込んでしまっただけだから」
「違う!!俺が仁村さんを助ける道を選んだんです。
守ると決めたんです。
仁村さんが責任を感じることなんてありません!!」
知佳は自分の身をランスに捧げることで恭也を守ろうと思い、
恭也は立ちふさがるランスを倒すことで知佳を守ろうと思っていた。
「いらいらいらいら……面倒臭い!!
男は殺す、知佳ちゃんは持ち帰るに決定だ!!」
その人として尊い―――
しかし、人によってはとてつもなく鬱陶しい譲り合いに、
ランスの短い堪忍袋の緒が、ぶちりと切れた。
素早く移動したランスが恭也と知佳の間に割って入り、
ザ!
背から放ったバスタード・ソードを一直線に振り下ろす。
恭也の頭目掛けて。
「つっ!」
剣風を感じた恭也は、転がるような、側転のような体捌きで斬撃を躱す。
「恭也さん!」
「アリス!知佳ちゃんが戦いに巻き込まれないように、抑えとけ!」
ランスはそう言いながら恭也に詰め寄り、擦り上げで二撃目を放つ。
さらに2歩下がってやり過ごす恭也。
「人を助け、主催者を倒すんじゃなかったのか!?」
恭也は怒りと無念さを込めて叫ぶ。
「バカ、人の話は良く聞け。
女の子を助けて、主催者を倒すと言ったのだ。
男は殺す。当然だろう」
恭也はまず、逃走を考える。
一人だけなら十分可能だ。
このまま背を向け、神速の1つで逃げ切れるだろう。
しかし―――
知佳を連れてとなると、話はがらりと変わってくる。
彼女を背負い、あるいは抱いて神速を使うとすると、
その速度は大幅に落ち、足の古傷にも大きな負担がかかる。
先ほどの斬撃に移るまでのランスの体捌き、移動速度からして、
逃げ切ることは不可能だろう。
(戦うしかない)
恭也は、小太刀を鞘から抜いた。
御神は戦場の剣ではない。
その本質は、隙、油断、夜陰。
音も無く忍び寄り、反撃する間を与えないことを至是とする暗殺剣だ。
白日の下、武装した相手と向かい合う為の技術ではない。
加えて、ランスの得物が140a超のバスタードソードであること、
全身をプレートメイルで覆っていることも、不利さに拍車をかける。
小太刀は50aと少々。有効範囲が違いすぎる。
重量にも負ける。
受けることも捌くことも不可能だ。
また鎧を渾身の力で突いたとしても、小太刀が砕けるに終わるだろう。
つまり、恭也にとってはこの状況を作られた時点で、
相当に不利な状況と言える。
ひゅっ!
しゅっ!
さっ!!
恭也は培った歩法と体捌きを駆使して、かろうじてランスの連撃を躱す。
ランスの剣には、速度があるわけではない。
また、技術があるわけでもない。
全く洗練されていないでたらめな剣だ。
しかし―――遊びが無い。
一振りが、一薙ぎが、明らかに命を狙ってくる。
荒削りで、プリミティヴな、野獣のような剣。
それが通常よりはるかに早いペースで、恭也を困憊させる。
それでもなお、恭也は攻撃に転じない。
彼は待っているのだ。
ランスが隙を見せるのを。
(―――首だ。
大きく振り下ろす斬撃が来たら、神速で躱し様に抜刀。
片薙旋の要領で動脈を切り裂く)
恭也はそのチャンスをうかがっていた。
明らかに対象の命を奪う攻撃だが、この恐るべき野獣剣士を止めるには、
一撃必殺の攻撃を見舞うしかない。
覚悟は、もう出来ている。
そして十五撃目。
「これで最後だ!!」
恭也の疲弊を嗅ぎ取ったランスが、恭也のイメージ通りの斬撃を放ってきた。
必殺の大上段を。
(ここだ!)
神速、第一歩。
……しかし、恭也の体はイメージ通りには動かなかった。
古傷の疼痛。
連戦による疲弊。
そして、自信の揺らぎ。
それらが絡み合った結果、神速に入り切れなかったのだ。
完璧な神速に比して4/5程の速度。
(……いけるか!?)
ランスの力量を考えると、微妙な賭けだ。
だが。
(次の隙まで、俺の足が保たないかもしれない)
その判断で、恭也は前方へ二歩目を踏み出した。
びょおっ!!
間一髪。
ランスの斬撃は、恭也のTシャツの左袖を切り裂くに止まった。
恭也はそのままランスの懐に飛び込み、呼吸を置かず抜刀。
小太刀の刃先は銀光を放ち、流れるようにランスの首へと向かい、
(な?)
足下から迫る何かを感じた恭也は、小太刀の進行角度を変え、
自らの胸の前へと降下させた。
ガキィ!
次の瞬間、衝撃音と共に火花が降下地点に散る。
そして―――静止。
そこには、恭也の顔面を目掛けて放たれた、ランスの膝があった。
鋼鉄製の膝あては、それだけで十分凶器足り得る。
武器は、剣だけではなかったのだ。
「ガハハハ、お前、なかなか速いな!」
ランスは全く焦った様子を見せず、不適に笑う。
その曇りない哄笑を耳に、恭也は確信した。
(この男は、命のやり取りを楽しんでいる)
じわりと額に浮かぶ汗。
しばしの力比べののち、止めと攻めの力点となっているその膝を軸に、
ランスのつま先が伸びてきた。
獲物の喉元を狙う肉食獣の牙の様に、恭也の水月へ向けて、一直線に。
しっ!
恭也は咄嗟の体捌きで身をひねり、急所への直撃を回避。
蹴り上げられた勢いを利用して、大きく後方に飛び退き、転がる。
恭也にダメージを与えられなかった事を悟ったランスも一歩引き、体勢を整える。
刹那。
ささささぱぁっっ!!
2人が鍔迫り合いをしていたその場所を、
良く研いだ刀よりなお鋭い圧縮された空気が切り裂いて行った。
「マナ!!お父さんが!!今!!
お前のお父さんが助けに来たよぉぉぉぉ!!」
乱れた呼吸、青い顔、滝のように流れる汗。
濁った目に狂気と狂愛を宿らせた、ドブネズミの如き賢者が迫っていた。
「行け行けGoGoラ・ン・ス!」
無邪気に声援を送るアリスの背に触れ、知佳は注意深く彼女の心を読んでいた。
【ちょ〜ぜつカッコイイじゃんかランスてばも〜おちんちんも大きい】
【し強いしサイコーこのコもランスのでずんずんされたらもー虜にな】
今の知佳には攻撃手段も、防御手段も、逃走手段も無い。
庇護者の情けに縋らないと生きてゆけない。
(寄生虫みたい…)
幼い顔立ちに余りにも似合わない自嘲の表情が浮かぶ。
(……でも。寄生虫には寄生虫の、戦い方がある)
それは、読心。
(見つけるんだ……この子の隙を)
暫く彼女の心を読んでいた知佳は、利用できそうな思考を掘り当てた。
【この子とあの兄ちゃんは恋人どうしかなや〜ん愛の逃避行とかだっ】
【たら女のロマンじゃんかいいないいなだったら応援しちゃったりし】
「あの……」
「ん?なになに?」
「わたしと恭也さん、恋人なの……」
「マジで!?」
(……乗ってきた)
【駆け落ち華族の娘さんと庭師の兄ちゃんとかだったらロマンチック】
【じゃんそれとか案外重病で余命いくばくと無かったりするのもドラ】
「実はわたし、重度の腎臓病で……毎日透析しないと、死んでしまうの。
でも、この島にはそんな医療設備は無いし……」
「マジで!?」
……あとは簡単だった。
アリスの心に浮かぶ純愛ストーリとやらに沿ったエピソードを
それっぽくぼかして、語るだけだ。
「ちょ〜〜ぜつかんどお〜〜〜。涙じょびじょば〜〜〜」
「だから……お願いですアリスさん。私たちを逃がして下さい」
「全然OK」
恭也とランスの戦いにグレンが乱入したのは、ちょうどその時だった。
ランスは迷うことなくグレンに向かってゆく。
恭也は知佳の安否を気遣い振り返り―――
「!」
手招きする知佳と、大泣きするアリスに気が付いた。
「火の赤子よ!風の童女よ!」
グレンはマッチをこすると、ふ、と炎に向けて息を吐く。
すると、その炎は見る見るこぶし大の火の玉となり、
ランスに向けて勢い良く飛んでゆく。
これまで、グレンの相手は魔法の無い世界の者達ばかりだった。
それゆえ意表をつき、機先を制することができた。
だが―――ランスの世界では魔術は日常だ。
恐れることも無ければ、驚嘆することも無い。
「なんだ、へっぽこ魔術師ではないか。
この程度の炎、マジ・スコに毛が生えたようなものだ」
ランスは真紅のマントを放り投げる。
それはばふりと音を立てて火の玉を包み込み、地面に落ちた。
ランスはその間もグレンに詰め寄り、投げ捨てたマントを一顧だにしない。
「な―――」
慌てて次のマッチを取り出すグレン。
「火の赤」
「ガハハハ、遅いわ!!」
ランスは3メートル弱の距離まで詰め寄っていた。
そして。
「ランスアタ〜〜〜〜〜ック!!」
豹のようなバネを生かしたハイジャンプから、
渾身の力と体重を込めての上段斬りを見舞った。
斬!!
ランスが着地すると同時に、グレンの右1/3がどさりと地面に崩れた。
その指先に火の付いたマッチを握ったまま。
「むう、思った以上になまくらだな。
ランスアタックの2、3発しか保ちそうにないぞ」
彼は不機嫌そうにそう言うと、噴水の様に血液を噴き出すグレンに蹴りを入れた。
しかし、グレンは倒れなかった。
左半身に頭を乗せたグレンが、中身をボトボトとこぼしながら、
怒りの形相すさまじく、ランスに倒れ掛かかって来のだ。
「……كلِ المقاهي ضضلِ ، لهياMana هنكهةٌ واحدئق」
それどころか、ひゅうひゅうと空気が漏れる声にならない声で、
ぶつぶつと呪詛の言葉を
その執念。
「しつこい」
ランスは面倒臭そうな声でそう言うと、瀕死のグレンに剣を突き刺す。
口から喉を貫き、後頭部から生えるバスタードソード。
ごぷり。
その口から迸った飛沫が、ランスの下半身を赤黒く染めた。
「mAnaل」
―――愛する娘の名を呟き、グレンは今度こそ沈黙した。
「…さて、次はお前だ」
ランスはそう言って恭也の方を見るが、そこには誰もいない。
「知佳ちゃん!?」
慌ててアリスと知佳の待機する場所を見やるが、
「びええええん、ふええええええん」
何故か涙を流すアリスが一人でいるだけだった。
「おいアリス、知佳ちゃんはどうした?男は!?」
「逃げた」
「なんで俺様を呼ばなかった?脅されたのか?」
「ん〜にゃ」
「…黙って逃がしたのか?」
「うん」
「なーーーーーんて事してくれるんだ。
知佳ちゃんは俺様への勝利のご褒美なのに!!」
「だってさだってさ、赤いシリーズだよ?花王・愛の劇場だよ?
兄妹なのにらぶらぶで、誰にも祝福されない大禁断の愛なんだよ?
逃がしてあげるのが人情じゃんか」
「俺様に都合の悪い人情などいらん。追うぞ。どっちへ逃げた!?」
「ゆえないよ……ゆえるわけないじゃんか!!
ぐしっ……ひくっ……
だって、病が体を蝕んで、明日には死んじゃうかもしれないコなんだよ?
最後の時は、愛する人の傍で迎えさせたいと思ったり思わなかったり」
「むむむ……」
「ランスにはわたしもユリーシャおねえさんもいるんだからさ、
一人くらいいいじゃんかぁ。ね、ね?
わたしがすんごいサービスしちゃうからさぁ?」
「すんごい…サービス?よしわかったアリス!!
あいつら、今回だけは見逃してやるからケツを出せ!!」
「いますぐ?」
「今すぐ!」
「ここで?」
「ここで!」
「やぁぁあん、もーランスてばちょ〜ぜつえっちぃ」
嫌がっていたりいなかったりするアリスを四つんばいにさせ、
ランスは質感のある尻から黒のひもぱんをすぽーんとめくった。
(13:00)
「れろれろれろ……んぐ……ちゅぱちゅぱちゅぱ」
ランスはアリスにその小さな口で奉仕させていた。
しかし、彼の顔には喜悦の表情が浮かんでいない。
高笑いもしていない。
バックに東ドイツ国家も流れていない。
「ん〜〜やっぱダメだね」
「ああ……」
「わたしがにょ〜どおにベロの先っちょ突っ込んでれろれろしても、
ふにゃふにゃのまんまだよ」
「ああ……」
ランスがアリスの尻を剥いてから約20分。
未だ、ランスご自慢のハイパー兵器は、ハイパーになっていなかった。
「だ〜〜〜〜〜っ!!むかつくむかつくむかつく〜〜〜〜〜っ!!」
ランスはだだっ子の様に地面に転がり、手足をじたばたさせた。
「なんでだなんでだなんでだ!!
こんなにいい尻なのに、こんなにいい乳なのに、ぬれぬれなのにっ!!」
「……そーいえばさ、汚いおじさんが死ぬときに、変なこと言ってたね」
「おまえ、あの訳のわからん言葉を聞き取ったのか?
それで俺様が勃たんのと、関係あるのか?」
「ま〜ね。闇夜を総べる大魔王だし。ルーン語くらいとぉおぜん!
おち○ちんのことは、関係あるかもしれないし、無いかもしれないけど。」
「で、なんていってたんだ?」
「『お前のようなケダモノにマナは汚させん、呪われよ』ってさ」
↓
【グループ:ランス・アリス】
【現在位置:東の海岸】
【ランス】
【アイテム:バスタード・ソード・棍棒もどきの枝】
【能力制限:ランスアタック 使用限度3回】
【能力制限:グレンの呪いで勃起障害】
【グループ:恭也・知佳】
【現在位置:東の海岸 → 東の森】
No.09 グレン死亡
――――――――残り26人。
28 :
激突:02/02/08 11:46 ID:bWaoD/HF
(1日目 13:28)
魔窟堂はアインと双葉を捜して森の中を走っていた。
病院を出てから既に1時間ほど経過しているが、依然として2人は見つからない。
一旦立ち止まり、これからどうするか考えてみることにした。
(2人ともどこに行ったんじゃ。全然見つからん。早く見つけないといかんというのに……)
魔窟堂は焦っていた。脳裏には最悪の状況――アインが双葉を銃殺する光景――が浮かんでいる。
(ワシはこれ以上人が死ぬのを見たくないんじゃ。絶対に阻止せんと。
この調子では、2人が見つかる頃には日が暮れるかもしれん。…ここはアレを使うしかないかのぅ)
魔窟堂は奥歯に力を入れスイッチを押した。
カチッ、という音と共に加速装置が起動する。
魔窟堂は再び走り出す。その速度は先程までとは比べ物にならない。
視界の端を次々に木々が通り過ぎていく。
「……葬いの鐘が、よく似合うぅ。地獄の使者と、人のいうぅ。
だが我々は、愛のため。戦い忘れたぁ人のためぇ」
数分後、魔窟堂は魂の燃え歌の1つを口ずさんでいた。尋常でないスピードで走りながら。
同志のエーリヒと星川を失った悲しみと、アインと双葉の安否への不安を紛らわせる為に
歌い始めたのだが、だんだんノってきて今は2番を熱唱していたのだ。
歌詞が心の琴線に触れたのか少々涙ぐんでいる。
「……サァイボーグ戦士、誰がために戦うぅ。
ふう、やはり歌は良いものじゃな。しかし、走りながら歌うのは少々疲れるわい。
次は、みなみおねえさんの歌を聴くことにするかの」
そう言って、魔窟堂はポータブルMDプレイヤーを操作しようと、ポケットに手を伸ばす。
MDプレイヤーには、長崎みなみの歌ばかりを集めたオリジナルMDがセットしてあった。
「キャッ!」
と、その時、前方から少女の悲鳴が聞こえてきた。
「む、何じゃ」
魔窟堂は慌てて声の方に注意を向ける。
数メートル先の開けた場所に、少女と少年がいた。
普通なら簡単に止まることができ、ぶつかることは無いだろう。
だが、今の魔窟堂は加速状態。この距離では止まりきれず、進路上にいる少女に激突してしまう。
(くぅっ、止まれっ。止まるんじゃっ。ワシの足っ)
何とか止まろうとするが、無情にも少女との距離は縮んでいき……魔窟堂は少年とぶつかった。
少年が咄嗟の判断で少女を庇ったのだ。
少年を突き飛ばし、魔窟堂は何とか止まった。
29 :
激突:02/02/08 11:46 ID:bWaoD/HF
「ふぅ、すまなかったのぅ。少々余所見をしていてな。
ああ、ワシは君らに危害を加えるつもりはないぞ。ゲームには乗っていないからの」
魔窟堂は地面に倒れた少年を引っ張り起こすと、取りあえず2人に謝り、自らに敵意がない
ことを説明した。
「は、はぁ」
「そうなんですか」
突然の乱入者に、少年と少女は反応に困っていた。
「ふむ。どうやら、また若き男女の恋路を邪魔してしまったようじゃな。すまんのう」
魔窟堂は1人納得する。
「は?」
「ち、違います。わたし達は別に恋人じゃないです」
「まあまあ、照れなくてもいいんじゃよ」
少年は鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をし、少女は真っ赤になって魔窟堂の言葉を否定した。
魔窟堂はそんな二人を微笑ましく見る。
「と、こんな事をしている場合ではなかったんじゃ。
君らは、黒髪でショートカットの無口な少女か、紫のストレートロングに黄色いキャップを
かぶった強気な少女には会っていないかの?」
魔窟堂は真面目な顔に戻り、2人に訊ねた。
「え、俺は会っていませんが」
「……わたしも会ってません」
「では、アインという名前や朽木双葉という名前に聞き覚えは?」
「無いです」
「わたしも」
「そうか。では、邪魔者はもういなくなるからの。愛の語らいの続きをしてくれ。では…」
2人がアインと双葉に会っていない事を確認すると、魔窟堂はその場を立ち去ろうとした。
「待ってください。あなたは一体? それにゲームには乗っていないって」
少年が魔窟堂を呼び止める。
「ワシの名は魔窟堂野武彦。ゲームに乗っていないというのは言葉通りじゃ。
ワシらは、島からの脱出、あるいは主催者の打倒を目指しておる」
「え、本当ですか!」
少年が驚きの声をあげる。
「ああ、本当じゃ。
見た所、君らもゲームには乗っていないようじゃから、できればワシらの本陣へ案内したい
んじゃが、あいにくワシは人を捜していてのう。
ワシらの本陣は病院じゃ。気が向いたら訪ねてみてくれ。では、さらばじゃっ!」
そう言うと、2人の返事を待たずに魔窟堂は再び加速装置を発動させ走り出した。
魔窟堂は気付いていない。少年と激突した際に、ポケットからMDプレイヤーが落ちたのを。
彼がその事実に気付き、死ぬほど後悔するのは十数分後のことである。
【魔窟堂野武彦(No.12):単独行動】
【スタンス:変化なし】
【現在位置:東の森】
【アイテム:×ポータブルMDプレイヤー】
>26
東の森(13:18)
「………っ!?」
知佳をおぶって、長時間走ったせいか、恭也の膝が悲鳴を上げはじめた。
(そろそろ俺の膝も限界だな、
…周囲に人の気配は………ないな)
「……追って来る気配はないみたいです。…少し休みましょう」
恭也は知佳に休息を提案した。
「…はい、すみません恭也さん」
「…いえ、気にしないで下さい」
まず、おぶってきた知佳を地面に座らせ、
恭也は自身は背後からの不意打ちを避ける為に大木を背にして休息した。
先の戦いでの出来事を一人考る。
(…なんとか逃げられたな。
……遠目で見ただけなので断定は出来ないが、
グレンさんはランスという男に斬られた……。
…あの凄まじい攻撃が当ったのだ。……たぶん即死)
犠牲となったグレンのために少しの間手を合わせる。
―――御神の剣は「剣道」ではなく『剣術』『人殺し』の剣。
幼少の頃から父「士郎」に言われてきた事。
(…そんな事は昔からわかっている!わかりきっていることなのだが…)
「…人が殺される所を見て動揺するとは……、御神の剣士失格だな」
自嘲気味に恭也は呟き、いまは亡き父のことを思う。
(…とーさんも、初めて人が殺される所を見た時は動揺したのだろうか?)
(……………とーさんのことを考えてもしょうがないな。
今は目の前にいる人を守る!……まずはこれを最優先しよう
そして、次の優先事項は主催者打倒の同志を集めることだな…。)
自分の心の中にある不安にケリをつけ、守るべき人――知佳の方へ目を向ける。
(…呼吸も整ったみたいだな…。まずは、お互いの情報交換をするべきだな…)
落ち着きを取り戻した二人は、お互いの情報を交換することにした。
―――この島に集められた約40人の人達は自分達とは違う世界の住人であること。
――今までのこと。
―そして、これからのこと。
「………つまり、恭也さんは『みんなで助かろー』と考えているわけですよね?」
―知佳は恭也に自分自身の能力を言わなかった。
――普通ではない自分が嫌われないために…。
「…まぁ、簡単に言うとそんなところです」
―恭也もまた知佳にある情報だけ隠した。
――その情報を隠す事が知佳のためだと信じて…。
情報交換を終えた二人は休息のついでに、しばし雑談モードに移行した。
同じ世界の、同じ町の出身だけあって話の話題が尽きることがない。
「へぇー、翠屋の店長さんの息子さんなんだー。恭也さん」
「……ええ、今度、店に来た時はおまけ……!?」
恭也はこちらに向って来る謎の気配を察知して、会話を中断した。
(……何かが来るっ!…物凄いスピードで!!)
―――――!!
「……!?あぶないっ!!」
「キャッ!」
―――ドン!!
まだ、動く事の出来ない知佳を恭也は庇う事に成功した。
(13;32)
(なにかがぶつかったが!?………俺の体は、…問題ないな)
「大丈夫ですか仁村さん!?怪我はないですか?」
「う、うん。大丈夫だよ『お兄ちゃん』」
知佳の言った言葉が気になったが、頭の隅に追いやり、
恭也は目の前の老人を見据える。
(………この老人隙がないっ!……できる!?)
知佳を庇うようにして立ち老人をにらむ。
「ふぅ、すまなかったのぅ。少々余所見をしていてな。
ああ、ワシは君らに危害を加えるつもりはないぞ。ゲームには乗っていないからの」
「は、はぁ」
「そうなんですか」
二人は老人の予想外の台詞を聞き、間抜けな返事をする。
「ふむ。どうやら、また若き男女の恋路を邪魔してしまったようじゃな。すまんのう」
老人は一人勝手に納得する。
「は?」
「ち、違います。わたし達は別に恋人じゃないです」
「まあまあ、照れなくてもいいんじゃよ」
恭也は鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をし、知佳は真っ赤になって魔窟堂の言葉を否定した。
老人はそんな二人を微笑ましく見る。
「と、こんな事をしている場合ではなかったんじゃ。
君らは、黒髪でショートカットの無口な少女か、紫のストレートロングに黄色いキャップを
かぶった強気な少女には会っていないかの?」
老人は真面目な顔に戻り、2人に訊ねた。
「え、俺は会っていませんが」
「……わたしも会ってません」
「では、アインという名前や朽木双葉という名前に聞き覚えは?」
「無いです」
「わたしも」
「そうか。では、邪魔者はもういなくなるからの。愛の語らいの続きをしてくれ。では…」
「待ってください。あなたは一体? それにゲームには乗っていないって」
恭也は老人を呼び止めた。
「ワシの名は魔窟堂野武彦。ゲームに乗っていないというのは言葉通りじゃ。
ワシらは、島からの脱出、あるいは主催者の打倒を目指しておる」
「え、本当ですか!」
自分達と同じ考えのものが多くいることを知り、驚きの声をあげる。
「ああ、本当じゃ。
見た所、君らもゲームには乗っていないようじゃから、できればワシらの本陣へ案内したい
んじゃが、あいにくワシは人を捜していてのう。
ワシらの本陣は病院じゃ。気が向いたら訪ねてみてくれ。では、さらばじゃっ!」
そう言うと、2人の返事を待たずに魔窟堂は再び凄いスピードで走り出した。
(……仁村さんの恋人…)
(……恭也さんの恋人…)
魔窟堂が去った後、二人の間には気まずい空気が流れていた。
「…………あのーさっき『お兄ちゃん』って」
魔窟堂に知佳の恋人と言われて動揺したのか、恭也は強引に話題を変えた。
……それも悪い方向に。
「す、すみませんー、さっきも言っちゃいましたね。
え、えっと〜、恭也さんとが頼もしいから、思わず……」
たどたどしく知佳は説明する。
「いいですよ。……別に気にしていませんから…」
(うう。恭也さん、気にしていないと言いつつも、怒ったような顔してるよ〜)
恭也が怒ったような顔をしている時は、嬉しさのあまりに顔がニヤけない様に
必死で堪えているということを、
知り合って間もない知佳は知る由もないのであった。
(…さ、更に気まずくなったよ〜。
…あ!足元に何か落ちている)
知佳は魔窟堂が落としたモノに気付いた。
「あ、MDプレィヤーだ。MDも入っている、…聴いてみてもイイかな?恭也さん」
今度は知佳が強引に話題を変えた。
恭也が拾い、罠が仕掛けられてないか調べ、知佳に渡す。
「…どうぞ、…仁村さんは歌とかよく聴きますか?」
「うん♪いろんなジャンルの曲を聴きますよ。ちょっと聴いてみるね♪」
『(;´Д`) < ヴォエ〜』
「(;´Д`)……………………………」
みなみおねえさんの歌は、知佳にとって未知のジャンルだった…。
「仁村さん、どうですか?」
「(;´Д`)……き、聴いてみますか?」
「……はい」
周囲に気配が無い事を確かめて恭也は曲を聴き始めた。
(………!?フィ、フイァッセの声だ!
…………歌詞は非常に独創的だが!!)
「あはは、恭也さん、どうかな?」
ぎこちない笑みを浮かべながら知佳は感想を尋ねた。
(……たしかリスティ先生がフイァッセの声には、ヒーリング効果があると言っていたな…)
「(´▽`)いい声ですね。仁村さん、この曲を聴き続けてみては?」
(この歌、精神的に疲れている仁村さんの役に立ちそうだな…)
「……え゛!わ、私が聴き続けるんですか!?」
予想外の答えが返って来て知佳はうろたえた。
「ええ、俺の知っている医者が、この声にはヒーリング効果があると言っていました」
……善意で言っているのは分かるが、
…正直、知佳はこの電〇ソングを聴きつづけたいとは思わなかった。
「で、でも恭也さんの方が疲れているみたいだから、恭也さんが聴いてて下さい」
(こ、この理由なら聴かなくてすむかも)
少し考え(あくまでも善意から)恭也は提案した。
「……では、こうしましょう。
イヤホンは二つに別れていますから、お互い片方の耳に付けましょう」
(…うう。ここで変に断ったらまた気まずい空気が流れてしまう)
「……………………………はい」
これ以上気まずい空気に耐えられないと判断し、知佳は承諾してしまった…。
(うー。…もしかして恭也さんわざと?
もし、そうなら「耕介お兄ちゃん」や「真雪お姉ちゃん」より意地悪のような気が…)
そんな事を考えながら、知佳は少し頬を膨らまして恭也を見つめた。
♪げっちゅ〜げっちゅ〜げっちゅげっちゅ
♪きみ〜の〜こと〜らぶいんにゅ
【グループ:高町恭也・仁村知佳】
【現在位置:東の森(休息中)】
【高町恭也(No8)】
【スタンス:力無き人を守る】
【所持武器:救急医療セット、小太刀、ポータブルMDプレィヤー】
【能力制限:疲労・なし(´▽`)
膝の古傷(長時間戦闘不可)】
【仁村知佳(No40)】
【スタンス:恭也について行く】
【所持武器:不明】
【能力制限:超能力 (消耗中につき読心、光合成以外不可)
疲労・中(;´Д`)「光合成」発動中】
>>前スレ438
(一日目 12:36 灯台)
「………誰も、いないみたいね……?」
灯台の中をひょこっと覗きつつ法条まりな(No、32)が言った。
その後からグレン・コリンズ(No,26)も恐る恐る顔を出す。
「はて、さっきは確かにあの男が……?」
そこには、確かに人のいた形跡があった。
部屋の中央の机には少し前に作られたであろう昼食が盛られ、その近くに支給された
ディバッグが置かれている。
「戦闘があった……って訳じゃなさそうね……」
まりなはゆっくりと部屋の中に入り、床の痕跡を調べる。
床に残った足跡は2種類。おそらく一つがグレンの言っていた男のものだろう。
スニーカー履きのもう一つはそれよりは少し若い……青年か少年だろうか?
「あー、コホン。ミス法条、ちょっといいかね?」
その時、背後のグレンが咳払いをして言った。
「何?グレン」
「あ、あー、できれば……だな、私は早く『グ……』もとい、『アレ』の調査をしたい
のだがねぇ……。先に行っておいてよいかね?」
「………そうね」
少し考えてからまりなは頷いた。今の最優先事項は確かにソレだ。
「わかったわ。それじゃ先に行って使えるものかどうか調べておいて。
私はココをもう少し調べてから行くわ」
「くははははっ!任せておくが良い!ではミス法条、『アレ』をよこしたまえ!」
高笑いするグレンに一抹の不安を覚えつつも、まりなは懐の首輪を渡した。
「……期待してるわよ、グレン・コリンズ」
「ふははははは!無論だっ、私を誰だと思っているのかね!?」
誇らしげにグレンは言い切ると、奪うようにまりなの手から首輪を取った。
そしてそのままぬとぬとと触手を蠢かしながら出てゆくグレン。
その足取りは、実に楽しそうであった。
―――それは、一見単なる鉄屑であった。
―――否、よく見ても焼け焦げた鉄屑であった。
その外見を一言で説明するならば、前衛芸術家がスクラップ置き場で材料を集めてそれを
インスピレーションのままに組み上げた代物。と言った所だろうか。
大気圏突入時の摩擦熱で気泡ができているその表面を、グレンは懐かしげに撫でた。
「ああ……帰ってきたぞ!我が『グレン・スペリオル・V3』よぉ……!!」
月面調査隊基地の資材を寄せ集めて作り上げた、グレンだけの箱舟。
「そぉぉうっ!コレこそが我を再び救うのだっ!ふはっ、ふはははははははは……!
っと、笑っている場合ではないな。動くかどうか確認せねば……くっくっくっ、これが 稼動できるならば、あんなクソ生意気な娘ごときの指示なぞ……」
そう毒づきつつ、ハッチを探り当てて開く。
それは、本当に小さなハッチだった。人間ならば赤ん坊でなければ無理だろう。
「ふんっ!」
まるでタコツボに入る蛸の如くにそこに触手をにゅるにゅると突っ込んでゆく。
「ん・ん・ん・ん・ん〜〜」
最後に頭をひねりつつ挿入する。
「ぷあっ!」
ようやく完全に全身が入ったグレンは非常電源のスイッチを入れた。
ヴゥゥゥゥ………ン
眠りを覚まされる事に抗議するかのような音と共に、ゆっくりと照明が点灯してゆく。
グレンはそれらの起動してゆく様を満足げに見ていた。
「ふむふむ、どうやら電力系回線は大方無事のようだな……。では、燃料は……と」
右手の棒型のゲージを見る。
数本並ぶそのゲージは、皆一様に赤いラインに達していた。
「ギリギリ……か……うむむっ、突入時の軌道修正用に使い過ぎたか……!?」
更に慌しく5本の触手を動かして、次々と状況を点検してゆく。
「ブースターは後で外部点検の必要があるな……
……ぐぬぅっ!前方モニター以外は全滅か……!
外部耐熱板は……!?」
―――それから数分が経過した。
「……………ぬぐぐぐぐ…………」
グレンは厳しい顔でモニターに表示されたデータを睨んだ。
燃料の残量。
生きているロケットエンジンの本数。
「G・S・V3」の全重量。
その他あれやこれや。
総合的に見て出た結論は―――
「……成功確率……28%……か……」
あくまで現状のままで実行した場合の確率だが、お世辞にも高いとは言えない数字であった。
ふと、一本の触手に通したままの首輪に目をやる。
「むう、あの小娘の話に乗ってやらねばならんか……」
ここは一つ、脱出以外の可能性も模索した方が良さそうだ。グレンはそう判断した。
奇妙な事に、グレン自身それが悪い事とはさほど思っていなかった。
―――そういえば、他人から期待を寄せられる事なぞは何時以来だろうか?
「………!ええいっ、何を下らん事を考えている!?私は偉大なる人民皇帝なのだぞ!」
一瞬自分の中に芽生えた考えを強引に否定し、彼は再び作業に没頭する。
ピー、ピー、ピー……
その時、別のモニターからビープ音が発せられた。
脱出時の発射角算定の為の現在地の計測が完了したのだ。
「ふむ、これでここはどこかが……」
呟きつつモニターを見る。
「……………?」
触手をキーボードに走らせる。再計算―――
「……………!?」
更に再計算。
「……………!?………!………!?」
再計算、再計算、再計算―――
「………バカな………」
グレンの口から言葉が漏れる。少し語尾が震えていた。
ザッ、ザッ、ザッ……
外で誰かが砂を踏む音がする。
「……どう、グレン。何か分かった?」
まりなの声。どうやら灯台内の調査は終わったようだ。
「こっちは誰も居なかったわよ。どうも二人か三人かの人がさっきまでいたみたいなんだ
けど……結局、あったのは変な鍵束だけ」
「………………」
グレンは答えない。
「………?ねえ、ちょっと……」
ハッチが開かれ、まりなが顔を覗かせる。
ゆっくりと彼女に向き直るグレン。
「………どうしたの、顔が青いわよ?」
「………バカな………!」
誰に言うとでもなく呟くグレン。けげんな表情を浮かべ、まりなは更に尋ねた。
「何。どうしたの!?」
「……バカな………バカなバカなバカなバカなっ!」
一層激しく混乱するグレン。
「だから何がっ!?」
「ありえんっ!ありえる筈がないっ!」
計測された緯度、経度、また周囲を飛んでいるはずの電波の受信……。
それらの数値は一つの結論を叩き出していた。
―――ここが地球では無い事を。
―――否、星ですらない事を。
↓
【No,32 法条まりな】
【No,26 グレン・コリンズ】
【備考:首輪調査開始】
>#1-440
>13
(13:00)
へ、へひひひ……
へけけけけ……
わかった。
やーーーーっとわかったが。
入院患者用のパジャマに着替えちゅうから誰だかわからなかったけんど、
ありゃあ巫女さんやき。
「エーリヒさん、星川さん……あなたたちの遺志は、必ず私たちが継ぎます。
どうか安らかにお眠りください……」
病院脇の植え込みに、こんもり盛り上がった土が2つ。
そのてっぺんにゃ、何ぞ掘り込まれた杭が立っちゅう。
ははーん、お墓を作ったがだな?
けんど、死体を埋めるらぁて、こじゃんと勿体無いことをしちゅうな。
腐敗速度を8倍に速めるお薬や、即効で水分蒸発させるお薬の実験を
しようと思っちょったががやき、これではようせんがね。
……ま、ええがええが。
目的は女の子たちやきな。
生きちゅうほうが楽しいやき。
ほいたら、そろそろあのいとさんを片付けるきね。
お注射を包帯に挟み込んで……
「あひーあひーひあああああああ!!
あきゃきゃきゃきゃかはひゃー!!」
「どちら様ですっ!?」
「その声、その訛り……朝の放送の方ではないですか?」
「へ、へけひきへけ……た、たたた助けとおせ!
先生は今まで、しゅ、しゅ主催者に監禁されちょったが。
隙を見て逃げ出したやけど、手えずい拷問ば受け続けて体はボ…ボロボロやか?
お願いするがで!いとさんらぁ、助けとおぉせぇぇ!!」
我ながら演技派ばいね。
リアルリアリティってやつがか?
「まあ、そうでしたか、お気の毒に……
大丈夫です、落ち着いて呼吸を楽にして。
傷口を見せていただけますか?」
……本当、馬鹿が付くくらいお人よしだな、いとさん。
けんど、ま。
いとさんがお人よしでなかったら、先生みたいな無免許医師に付け入る隙らぁてないんじゃけ。
世の中、上手くできちゅうな。
……ちく。
「え?
今、なにw……」
「3時間ばかし寝とおせ。
パンクロニウム、サクシン、アンチレクス、硫酸アトロピン、
エーテル、バルツビール、ツェツェ蝿の唾液、それと……
ま、ええがええが。
要は素敵医師の素敵ブレンド麻酔&睡眠薬ってことやき」
ぱたり。
臨床実験でも折り紙付きの効果をあげたお薬やか。
……まあ、目覚めた被験者は4割やけど。
神人のいとさんなら、多分なんちゃーがやないき?
「へ、へけけけけ……
ついでにこの薬も試しちょけ」
ちく。
ちゅー……
ほいたら、病院に乗り込むがか?
中にゃ非力な絵本作家の卵と、力の出せない妖がおるだけやと解っちゅうからね。
へ、へひひひ……
へけけけけ……
↓
【素敵医師】
【現在位置:病院脇→病院】
【スタンス:@薬の実験 A薬品収集】
【所持武器:謎の薬品群】
【神楽】
【現在位置:病院脇】
【能力制限:麻痺・睡眠3時間 謎の薬品投与】
>13, >40
(13:10)
しゃーー……
シャワーがわたしの体を洗い流していく。
くんくんくん……
匂いを嗅ぐと、石鹸とシャンプーの匂い。
血の臭いはしない。
「血の……」
そう思ったとたん、髪の毛から嫌なにおいがしてきた。
生臭くて、ねっとりと鼻腔にからみつく、血の臭いが。
「やだ……まだ落ちてない」
しゅこ、しゅこ。
吐きそうになる口元を押さえながら、またシャンプーを手に取る。
髪を洗うのは7回目。
体も5回洗ってるから、二の腕やおなかがひりひりする。
でも臭いは、まだ落ちない。
―――本当はわかってる。
臭いなんて、とっくに落ちてしまってることを。
目覚めたときの部屋の状況が頭から離れなくて、臭いがするような気がしてるだけ。
でも……我慢できないの。
「駄目だ……駄目だよ、こんなことじゃ」
わたしって、涙腺の涸れない女の子だ。また泣いてる。
「守られるのは嫌なのに。みんなの役に立ちたいのに」
魔窟洞のおじさんと、アインさんを探しに行かないといけないのに。
神楽ちゃんといっしょにお墓を作らないといけないのに。
藍ちゃんと一緒にお料理しなくちゃいけないのに。
わたしは血が怖くて、死ぬことが怖くて、お風呂に逃げてる。
なんて、弱いんだろう。
しゃーー……
ごしごしごし……
シャンプーを洗い流して、くんくん、また匂いを嗅ぐ。
「あれ?」
嫌な臭いがした。
垢と、汗と、お薬と、泥と……汚いものをいっぱい混ぜた臭い。
お風呂から、一番かけ離れた臭い。
「くさい……」
「し、し、失礼な女がやきね!!
先生はとっても傷ついたが!!」
「え!?」
入り口を振り返ると、体中を包帯でぐるぐる巻いたミイラ男のようなひとがいた。
目が……目が、変な場所にある。
おでこよりも上に。
「きゃあああっ!!」
おおおおお、お、落ち着いて、落ち着くの、遙。
「ふ、ふんじんばくはつのやりかた。
@こ、小麦粉を」
えと、じゃなくて、
「アインさん!」
は、居なくて、
「エーリヒさん!!」
は、あの、死んじゃってて……
死―――
わたしも!?
「へ、へひひひひ……い、いとさんが涼宮遙がか?」
「い、いや!お願い、殺さないで、来ないで、助けて!!」
「へ、へけけけけ……
先生はいとさんの味方ぜよ。安心しとおせ」
「い、いや!お願い、殺さないで、来ないで、助けて!!」
「あー、まー、とにかく落ち着くが」
ミイラ男は私の口を押さえた。
じわっと鼻と口に広がる、くらくらする何か。
へなへなへな……
その何かのせいなのか、恐怖のせいなのかわからないけれど。
わたしの腰は、そこで抜けた。
……もう、逃げられない。
犯されちゃうのかな?
殺されちゃうのかな?
そんなのイヤ!!
そんな怖いこと……
……怖いこと……
……だったはず
……の、
よう
な……………………
―――もう、いいや。
なんだか、考えるのが面倒になってきた。
シャワーは温かいし。
気分は悪くないし。
ふわふわしてるし。
「あー、涼宮遙。先生の声、聞こえちゅうか?」
「えー、あー…… はい……」
「とりあえずシャワー止めて、体拭いて、服を着るが?」
「あのー…… えと…… あなた……だれ?」
「先生はいとさんの主治医がよ」
「あー、そうですかーー………」
そう……なんだ。
主治医さんだったんだ……
だったら、何にも心配しなくて……いいんだよね。
「ちくと先生からも質問。あしは誰?」
「わたしのーーー、……しゅじい、さん?」
「よし。『マキシマム精神安定剤』は効いちゅうな」
「まきしま、む……せーしん、あ……あん?…あんて……」
「あー、今のはオフレコやき、きれいさっぱり忘れとおせ」
主治医さんが忘れたほうがいいっていうなら、きっと忘れたほうがいいことなんだ。
「わすれる………」
「よしよし、ええ子やか。
実は先生、いとさんの願いを叶えてあげるために来たがやきす」
「ねがい……かなえ……」
「いとさんはぎっちりゆうちょったがよね?
足を引っ張りたくない、役に立ちたい、能力が欲しいと」
「あーーーーー、そうですかーー?」
「よー思い出しとおせ。
アインがゆうちょったが?『力ある者は取り込み、ない者は―――捨て置く』」
アインさん……
わたしは力ない者だから……捨て置かれるの?
「エーリヒがゆうちょったが?『ハルカは、戦力にならない』」
エーリヒさん……
わたしはお荷物ですか?
「紫堂がゆうちょったが?『遙さんと藍ちゃんは、私がお守りしますから』」
神楽ちゃん……
わたし……守られるの……いやなの……
「な?悔しかったがよ?情けなかったがよ?力が欲しい、そう思ったがよ?」
「せん、せー……わた、し、いやです……
どう、したら……い、いんで、すか?」
「簡単なことやき。いとさんが強くなれば、ほき万事解決やか」
「でも……わたし、なんのとりえ、も、ない……ふつうのおんなのこ……」
「そんなことはわかっちゅう。ほうやき、先生が来たがよ。
素敵ブレンドお薬をプレゼントするために。
ほれ、これ見とおせ!!
これをたっぷりぶっ込めば、あっという間ににいとさんはパワーアップやか」
「ホント……です、か?」
「ホントホント。
最大筋力常時使用可!感覚も自分比150%!おまけに痛覚麻痺の急所無効!!
疲れ知らずで馬車馬の様に戦えるがよ?」
「せんせー、あ、り、がとうご……ざいま、す……」
「ほうやき―――誰か倒すがやきす」
「たお、す……? だれ、を?」
「いとさんのとぎ(仲間)で、誰が一番強いと思うがか?」
「アイ、ン……さん……かな……」
「ん〜〜〜〜、じゃったらアインはどうなが?
もし殺せば、みんないとさんの強さを認めるにかぁーらん?」
「……えーーー? ころ……す、ですか?
ころしたら……しんじゃいません、か……」
「なんちゃーがやない。殺しても死んだりしやーせんよ。
お医者さんが言うのやき間違いないきね。
アインば殺したら、あいと女もにっこり微笑んで、いとさんを見直すに違いないき」
「そうーー、なんですか……よかったぁーー」
「ほいたら、忘れんうちに復唱しとおせ。
ほれ、『アインを』」
「アイン……さん、を」
「殺すと」
「ころ……す……とー」
「私は」
「わ、たし、はーーー……」
「認められる」
「みとめ……られる……」
「じゃ、今のを続けて」
「アインさん、を…… ころすと…… わたし、はーー…… みと、められーー、る……」
「もういっさん、一気に!」
「アインさんをころすとわたしはみとめられる」
「へひひひ。……ほいたらお注射の時間やき」
(13:30)
「まだ頭はぼーっとしちゅうがか?」
「あの、だいぶはっきりしてきました」
「体の調子はどうなが?」
「え、えとあの、体中が熱いのに、頭だけ凄く冷えてて……不思議な感じです」
「へひひひひ……よかよか。それが正しい状態やき」
「神楽……神楽、どこだ……」
入り口の方から、くぐもって不明瞭な声が聞こえてきました。
なんだかちょっと苦しそう。
「あ、アインさんみたいです」
「またいいタイミングで戻ってきちゅうな」
「あの、先生。わたし、いってきますね」
「ほいたら、頑張るいとさんのために、先生からプレゼントやか」
とても切れ味の鋭そうなメスが3本。
それと、一本の注射。
「筋弛緩液やか。油断させて近づいて、これをぷっすし射すがやきす?
それが出来ればいとさんが必ず勝つが」
「わたしなんかのために、こんなものまで……頑張ります、先生」
先生の思いやりを胸に、頂いた道具を手に、更衣室を後にします。
アインさん、殺したらどんな顔するかな?
『私を殺すとは、遙、あなたもなかなかやるわね』
とか、言ってくれるかな?
『これからは遙とコンビを組みましょう』
って言われたらどうしよう。
……ちょっとどきどきしてきたかな?
「神楽……どこ……?」
あ、薬剤室の前に、アインさん発見。
お注射を隠して……
「アインさん、お帰りなさい」
↓
【遙】
【アイテム:メス×3、筋弛緩剤入り注射器】
【能力制限:筋力を限界まで使用可能、感覚鋭敏、痛覚麻痺、急所無効】
薬が切れると酷使した神経・筋肉に揺り返しあり】
西の森の南、ごく浅いところ。
血と泥にまみれたメイド服の少女を発見した遺作は、しおりを少し離れた木に繋ぐと、
用心深く日本刀を構えながら、声をかけた。
「おい、生きてんのか?」
もちろん助けようなどと思ったからではない。
安全に犯せるか、その確認の為だ。
少女の右腕には乾いた血をからませたチェーンソーが直接繋がっている。
接続部には溶接痕が見て取れた。
「コイツ、人間じゃねえ。ロボットだ」
そう言いながら遺作は足元に転がる小石を、ナミに向けて投じる。
彼はカンと適度な響きを持った音が帰って来るものとばかり思っていたが、
意外にもぽふりと、柔らかそうな音が帰ってきた。
「結構精巧に作られてるみたいだぜ……
これでおま○こがついてりゃ、それはそれでそそるモンがあるな、おい」
今までの反応からナミが壊れていると判断した遺作は彼女に詰め寄る。
メイド服の前を引き裂き、ブラジャーをたくし上げる。
「おお!これまたいい乳じゃねえか!」
嬉しそうな声をあげると、彼は形の良い胸にしゃぶりつく。
ちゃぴ、ちゃぴ……
指でこねくり回し、唇で挟み、舌で突付き、歯を立てる。
「で、肝心のこっちはどうかね?」
遺作の汚い左手がナミのスカートの下から下腹部へと潜り込む。
毛虫のような指をショーツの隙間へと這わせる。
「……お、ちゃんとあるじゃねえか。よさそうなお道具がよ!」
彼は下品にへひひと笑うと、ナミの顎から額にかけて、ね゙ろんと一気に舐め上げた。
「……え?」
ナミがデフラグを終え、目を覚ましたのはその時だった。
「やめてください!」
ナミがそう口にする前に、遺作は飛びすさっていた。
彼はナミが壊れていると思っていたから手を出していたに過ぎない。
本来の彼女は、皮膚感覚感知機関が毎秒120回感覚で全身にかかる圧力をチェックしており、
遺作のような狼藉者が指を触れた瞬間気付くように出来ている。
だが、今の彼女は被曝により、皮膚感覚を始めとする殆どの機関が動作不能になっている。
この点、チェーンソーで一刀両断されなかった遺作は非常に幸運といえた。
しかしこの遺作の幸運―――言い換えればナミの不運は、これだけに止まらなかった。
「ご主人様のためのこの体を……許しません!」
ナミはチェーンソーを振り上げ、遺作に飛び掛ろうとしたが、
!:右腕に過負荷がかかっています
タスクを強制終了します
「え!?」
チェーンソーの重量、回転の振動。
補助機構なしの右腕ではそれを持ち上げられなくなっていた。
飛び掛るというタスクは辛うじて実行できたのが、またいけなかった。
よろめきながら遺作の元まで進み、そこで彼の胸に身を預けるように倒れこんでしまう。
「……なんだ、ぽんこつか。脅かすんじゃねえよ」
「あれ、あれ???」
やはり、チェーンソーは持ち上がらない。
ならばと、ナミは左手をチェーンソーに添える。
ヴィィイイイイ!!
「うげっ!」
今度は何とかチェーンソーで斬りつけることに成功。
遺作の胸に、浅い亀裂が走る。
反動で崩れかけた体勢を建て直し、次の攻撃へと移ろうとするナミだが……
「そうはさせねぇよ」
状況判断力に優れる遺作の手によって、左腕を押さえつけられてしまった。
がくり。
右腕はまた、垂れ落ちた。
「そんな……」
「けへっ。ちっと怪我もしちまったが、完璧に壊れちまってるよりゃ楽しめるよなぁ。
泣き叫ぶ声と苦悶の表情の分、お得ってモンだぜ」
「や、やめ……」
がばり。
遺作はナミを押し倒した。
「やめてっ!くださいっ!」
じたばた、じたばたとナミは遺作の腕の下でもがく。
しかし―――今のナミは、遙や藍と変わらない非力な少女。
本気になった大人の男を跳ね除けることなど出来ない。
分析の結果、そのことを悟った彼女は、一切の抵抗をやめる。
「なんでぇ、もう死に体かよ……根性ねぇ機械だなぁ、おい」
つまらなそうにかっ、とタンを吐く遺作。
吐いた汚物はナミの顔にかかるが、彼女はそれにも反応しない。
(何か、方法は……)
ナミは、全タスクを中枢コンの演算に集中していた。
力、攻撃……それ以外の方法を求めて。
遺作は、再び胸に集中していた。
どうも、かなり気に入ったらしい。
「いいぜぇ……いいよぉ……お前のちちは最高のちちだぜ。
プリンプリン張ってよぉ、仰向けにしても形が崩れねぇ」
彼は左手で右の胸を揉みしだきつつ、左の乳首を甘噛みしていたが、
次第に興奮が高まったらしく、乱暴に噛みつきひっぱり始める。
そのとき、無表情だったナミの瞳に光が射した。
command:シリコンパーツ左胸部、剥離。
「んをっ!?」
遺作は驚愕した。
咥えていたナミの左の乳房が彼女の胸部を離れ、まるごと持ち上げられていた。
しかし、遺作の腹の下で始まった異変は、それだけに止まらなかった。
command:シリコンパーツ右胸部、剥離。
command:シリコンパーツ顔面部、剥離。
command:インサートパーツ、排出。
command:アナルパーツ、排出。
「な、な……」
数々の修羅場を越えてきた遺作にとっても、余りにも異様な光景だった。
ぺりぺりと皮膚が剥がれ、いかにも機械らしいメタリック・グレーの装甲部が露わになる。
ずるりと性器が抜け落ち、只の空洞と化す。
ナミが取った自衛方法。
それは自身の女性たる部分を削ぎ落とすことで、レイプ行為そのものを無効とさせること。
「ご主人様以外の男性にご奉仕する部分なんて、ナミには1パーツもありません!」
「萎えるぜ、畜生っ!!」
遺作は、ほんの10秒前までは美味しそうにしゃぶっていたナミの胸パーツを蹴り飛ばすと、
怒りに任せて拾った石で殴りかかる。
がいぃぃぃん!
しかし、人工皮膚の下にある装甲は、人の力で叩き付けた石などではビクともしない。
却って石から伝わる振動に、遺作は手を痺れさせてしまう。
「くそっ!弱っちいクセに硬ぇと来てやがる」
ナミの破壊を諦めた遺作は憎々しげにべっと唾を吐き捨てると、そのまま立ち去った。
遺作が立ち去ってのち―――
ナミはよろよろと立ち上がると、剥離させたシリコン顔面部を手に取る。
若干の角張りを見せつつも、愛らしく垂れている目。
ふっくら気味の頬におちょぼ口。
でしゃばりすぎず、しかし、愛くるしく。
男の庇護欲求と支配欲求を掻き立てる。
それが、ナミ型メイドロボの外見的コンセプトだ。
それは、ナミがナミとして認識されるための記号のようなものだ。
しかし―――
「5パーツを捨てただけで、6kg以上の軽量化が出来ました。
身体能力が著しく低下した今、他の不要パーツも排除したほうがよさそうです」
ナミは、躊躇うことなく、そう決断した。
するりと衣装を脱ぐ。
ばさりと髪を落とす。
ぺりぺりと皮膚を剥がす。
数分後―――
「11kgの軽減―――生存確率、0.009843%に上昇。
まだです。
まだまだです。
ナミは、まだ諦めません、ご主人様」
思いをブラックボックスに託すナミは、人の輪郭を持っていた。
だが、既に人の姿はしていなかった。
「あぎいいいいいいいっっ!!!」
「おめぇはまだルールが見えてねえようだな、おお?」
遺作は、またしおり(さおり)の指を折った。
叫ぶしおり(さおり)を蹴り飛ばして黙らせた。
彼女が遺作の居ぬ間に、不自由な手でロープを解こうとしていたから。
その罰であり躾けだったが、その意味以上の怒気と暴力性を孕んでいた。
それはナミを犯せなかったことでの八つ当たりだった。
また、斬り付けられたことでの八つ当たりでもあった。
浅い怪我ではあったが、服は裂けてしまった。
なぜかまだ血が止まらない。
「……」
何かむず痒さを覚え、ガリガリと頭を掻く遺作。
ごそり。
「ん?」
その指先には、大量の髪が、束になって絡みついていた。
「っかしいぜ。ウチは禿げる家系じゃねぇんだけどなぁ……」
それがまた面白くなかったので、彼はどうやってしおりに八つ当たりしようかと思いを巡らせた。
↓
【グループ:伊頭遺作・しおり】
【現在位置:西の森 → 湯治場】
【遺作】
【能力制限:被曝(4シーベルト程度)、失血止まらず】
【しおり】
【能力制限:二重人格、右手親指と人差し指骨折、右足裂傷につき歩行に難】
【ナミ】
【現在位置:西の森 → 廃村】
【能力制限:身体能力、やや上昇】
>#1 444
(14:30)
陽光が優しく森を包み込んでいた。
数時間前の雨の影響は殆ど消え、乾いた北風が木々の間を吹き抜けてゆく。
そんな東の森北部を、秋穂は右肩上がりにひょこひょこと、
バランス悪く歩いていた。
「あれ?ここはさっき見たような……」
もとい、さ迷っていた。
ブルーグレーのスーツとタイトスカートは生乾きでよれよれ。
その下のブラウンのストッキングは、藪や隆根に破れずたずた。
そしてさらに、その下。
彼女は、靴を履いていなかった。
ユリーシャに洞窟を追い出された時、脱いでいたヒールを回収できなかったからだ。
彼女の全身から、匂うように漂う疲弊と憔悴。
しかし、その瞳には確かな意志が感じられ、背筋はピンと伸びている。
篠原秋穂は、そういう女だ。
気付くと、地面が腐葉土からごつごつした岩場と苔に変わりつつあった。
「いつつつつ……」
彼女は苦痛に顔を顰めつつ座り込み、捻挫した足首をさすろうとして……
「……あれ?」
なんとは無しに目をやった地面の苔に、一組の足跡を発見した。
「この足跡は……ヒールね。
私みたいなフツーのOLが、他にも連れて来られてるのかな?
……ヒール……私みたいなOL?
……と、言うことは、よ?」
彼女は何かにひっかかりつつ、視界を前方に戻す。
―――見覚えのある洞窟がぽっかりと口を開けていた。
「はぁ……やっぱり戻って来ちゃったってわけね……」
秋穂はユリーシャの思い詰めた眼差しと、可憐な笑顔を交互に思い出す。
と、その時。
「くそぉぉぉぉ!!」
洞窟の中から、若い男の怒りに満ちた叫びが響いた。
続いて、ドガッという破壊音が耳に届く。
「!?」
秋穂は反射的に生い茂る羊歯に身を隠した。
(ユリーシャちゃんが襲われている?)
彼女は咄嗟にそう思い立ったが、暫くしてもユリーシャの悲鳴は聞こえてこない。
それどころか、
「ランスはユリーシャおねえさんに弱かったりぃ〜」
いかにも緊張感のない頭の悪そうな声の、揶揄する言葉が聞こえて来た。
(どういうこと?)
気になった秋穂はこそこそと洞窟に近き、中の様子をこっそりと覗き見た。
↓
52 :
悪魔、召喚:02/02/15 21:39 ID:5GQm8itC
>#1 444
>26
(14:40)
「うがぁぁぁ!!俺様のハイパー兵器がぁぁぁ!!」
薄暗い洞窟の中で、全裸のランスが頭を抱えて叫んでいた。
海岸での戦闘の後、再び洞窟に戻ってきたランスはユリ−シャで
自身の性能を試したが、結果はアリスとの時と同じであった。
立たないのである。
「あのクサレ魔道士めぇぇぇぇ!大した魔法も使えんくせに、
俺様にこんな呪いをかけるとはぁ!!」
ドガッ
洞窟の壁にランスのキックが炸裂する。
「くそぉぉぉぉ!!」
そんなことをしてもただ壁が少し崩れるだけで、
ランスの鬱憤はまったく晴れることは無く、ランスはまた叫ぶだけであった。
「ランスさん…少し落ち着いてください」
ユリ−シャがそっとランスの腕に抱きつく。
ギロッと、ランスがユリ−シャをにらむ。
「ひっ…」
ユリーシャは息を飲んだ。
ただでさえ凄みのあるランスが、ハイパー兵器を失っているのである。
その睨みは、常人なら腰が抜けるような凄みがあった。
しかし、気丈にもユリ−シャは目を逸らさなかった。
慈しむような、怯える子犬のような目でランスを見上げる。
ユリーシャの身体は震えていた。それがランスの腕にも伝わる。
「……ちっ」
ランスはユリ−シャのそんな視線から逃げるようにその場にどかりと座り込んで
頭をガリガリとかきむしる。
その姿を見て、ほっとユリーシャは胸をなでおろす。
「ランスはユリーシャおねえさんに弱かったりぃ〜」
場の空気から緊張感が取れたからか、いきなりアリスがランスに抱きつく。
「うるせぇ!」
ゴッチン
ランスの拳骨がアリスの頭に落ちる。
「ちょ、ちょ〜〜ぜついった〜〜!なんでアリスが二度もゲンコでゴッチン
されないといけない〜〜」
アリスは頭を抑えてゴロゴロと地面を転がると、涙目になってランスに抗議した。
「大丈夫ですよ。ランスさんはちゃんと手加減していますから…」
そんなアリスをユリーシャは、ランスを弁護しつつまるで母親のようにあやしてやる。
「フン…」
ランスは仏頂面をして、そんなユリーシャを見た。
『シィルみてぇなこと言いやがって……さっきだって、
ユリーシャとアイツが重なって見えやがった…
シィル…シィルか…』
ピンクのぽわぽわした髪の少女がランスの脳裏に浮かんで、消えた。
53 :
悪魔、召喚:02/02/15 21:42 ID:5GQm8itC
「アリス!お前は闇夜を統べる大魔王なんだろう。
それなら、あのヘタレ魔法使いの呪いくらい、ずばっと解けんのか!?」
あれからしばらくたったが、ランスがいまだ素っ裸であるところを見ると、
まだ諦めていなかったらしい。
「ちょ〜〜ぜつ無理だったり。
あたしはマホーなんて複雑なものべんきょ〜してないもん」
「か〜、ほんとにお前は役に立たんな!」
「ちょ〜〜ぜつおこれる!
マホーなんて人間が、魔力を制御するためにめんどくさく考えただけじゃん!
悪魔なわたしが知るわけないじゃん、ぷんすか!」
まるで子供のけんかである。
「あの…とりあえずここを脱出することを考えては…」
同じファンタジー世界でも魔法という物が存在しない世界出身のユリーシャは、
自然と二人の諌め役にまわっていた。
魔法という概念がない分だけ冷静なのである。
「俺のハイパー兵器が使い物にならなくなったこと以上の問題があるか!」
がーっと、ランスが吼えた。
「まったく…悪魔なくせにエッチ以外に役にたたんとはフェリスと一緒だな……
……………………フェリス?」
キラーンとランスの頭に閃くものがあった。
「がははははは!そうだ、フェリスだ!
あいつならこの呪いを解けるに違いない!!
さすが、俺様だ!」
「ランスがついにこわれちゃったり〜〜」
「あの…ランスさん?」
突然立ち上がって馬鹿笑いをするランスを二人は心配そうに見上げた。
が、そんな二人の声はランスに聞こえていない。
「がはははは、ご主人様がお呼びだ!フェリーーース!!」
ぼん
小さな爆発が起きると、三人の前にいかにも悪魔という
格好をした一人の悪魔の少女が立っていた。
「お呼びでしょうか…ご主人様」
悪魔の声は……凄く嫌そうだった。
54 :
悪魔、召喚:02/02/15 21:45 ID:5GQm8itC
突然目の前に現れた悪魔の姿にユリーシャとアリスは唖然とするしかなった。
その姿は同じ悪魔であるアリスメンディより、悪魔らしい。
「お呼びでしょうか…ご主人様」
「がははははは!当然だろう。用が無ければ呼ばんわ!」
「はぁ…この状況でよくそんなことが言えるわね…」
「がははははは!俺様はスーパーで無敵な男だ!
どんな状況であろうと変わりはせんわ!」
さっきまでハイパー兵器を無くして暴れまくっていた男の台詞とは思えない。
『…えっ?』
自分の素晴らしい(と思い込んでいる)アイデアに酔いしれているランスと、
フェリスを見て呆然としているアリスは気付かなかったようだが、
ユリーシャはフェリスの言った重大なことに気付いた。
「あの、ランスさん」
「フェリス!お前を呼んだのは他でもない!俺様にかけられた呪いを解け!」
ユリーシャの声はランスに届いていなかった。
「呪いを解けって・・・無理ですよ、ご主人様。
かけるのならともかく、解くのは悪魔の領分じゃないですから」
「なにぃ!お前もか!」
「あの……ランスさん」
「それに、同じ世界ならまだしも、異世界の呪いなので……」
「かーーーーっ、使えん!」
「あの……」
ユリーシャの声は、ランスとフェリスに無視されるたびに小さくなってゆく。
その様子に気付いたのは、やはり会話に参加できていないアリスだった。
「はいはいは〜〜〜〜〜〜〜い!!」
アリスはランスの首っ玉に飛びつくと、強引に顔の向きをユリーシャへと向ける。
「ユリーシャおねえさんが聞きたいこと、あるとかないとか」
「え、あの……」
「はいそれでは、は〜〜〜りきっていってみよお!
3、2、1、きゅー!!」
55 :
悪魔、召喚:02/02/15 21:46 ID:5GQm8itC
「あの・・・私達がどうしてこんな事になったのか知っているのですか?
まるで、この世界がまるで私達の居た世界とは違うようにお話しになられてますが・・・」
ランスの陰に隠れるようにして、ユリーシャはフェリスに尋ねた。
危害は加えないだろうと思っていても、人とは異なる肌や雰囲気は、
ユリーシャにとって馴染めるものではなかった。
「なに?フェリス、知っているのか!?」
さすがのランスもことの重大性に気付いたようだ。
「だから、呼ばれたくなかったんですよ…はぁ…」
「むぅ!本来なら今すぐ!お仕置きだが、後回しにしてやる。
ちゃっちゃと説明しろ!
「結局はするんじゃないですか…」
ギロッ
ランスはフェリスをにらみつける。
「解りました!説明しますよ!」
「うむ、さっさとしろ」
「はい、良いですか。この世界は私達の世界、
つまりはご主人様たちの住んでいたところ違います。」
「そんなことはとっくに解っていらぁ!
俺様達が知りたいのは誰がどうして、どうやって、何の目的で俺様たちをここに呼んだか!
そして、どうやって帰れるかだ!」
「説明しますから聞いてくださいってば!」
「ランスさん、聞いてあげましょう」
ユリーシャは先ほどと同じようにランスの腕をとる。
「……ちっ、続けろ」
「ご主人様たちをここに集め、この島を作り上げたのはルドラサウムです。」
「ルドラサウナ?なんだそりゃ?」
「ルドラサウムです。ご主人様たち人間や大陸を作り上げた創造神です。」
「聞いたことが無いな…ユリーシャとアリスはどうだ?」
「いえ…私も聞いたことがありません。」
「わたしもしんな〜い。」
「ルドラサウムはご主人様たちの世界においての創造神ですから、
そちらの二人が知らないのも当然ですし、ルドラサウムの名前は
ご主人様の時代では既に知っている者の存在自体が稀有です。」
「前に俺様をユプシロンに飛ばした光の神とかいうヤツの親玉みたいなものか?」
「ちょっと違いますけど、ニュアンス的には合ってます。」
「けっ、その創造神サマが何の目的で俺様たちを呼び出しやがったんだ?」
「そこまでは……」
56 :
悪魔、召喚:02/02/15 21:48 ID:5GQm8itC
「だーーーっ、じゃあ宿題だ!」
「宿題?」
「そのルドラサムウとやらが何でこんなアホみたいなことをやっているのか!
どうしたらアイスまで戻れるのか!
ナマイキな主催者どもをズバッとやっつけるにはどうすればいいのか!
それを、次に呼び出すまでにぜーんぶ、完璧に調べ上げておけ!」
「全部ですか……
念のため聞きますけど、次っていつですか?」
「俺様の気が向いたときだ」
「はぁ〜っ。そう言うとは思ってましたけど」
フェリスは聞いたものに疲れが伝染してしまいそうな深い溜息を付くと、
「あんまり期待しないで下さいよ。
私にだって雲を掴むような話なんですから」
恨めしげな上目遣いでランスを見上げながら、煙と同化してゆく。
「あー、待て!
あと俺様のハイパー兵器の……」
宿題が追加されようとしている事に気付いたフェリスは、慌てて姿を消した。
ぼん。
57 :
悪魔、召喚:02/02/15 21:51 ID:2O3/wySI
「どどどど、どーするよどーするよ!?
そーぞー神とかゆってたよ?
そーぞー神てゆうと、アレだよ、ほら、神様の神様みたいなヒト!!
てゆーかキングオブ神様?」
アリスはランスの周りを意味も無くくるくる回りながら、
整理されないままの言葉を矢継ぎ早に浴びせ掛ける。
「……」
ユリーシャは小さくか細い両手にいっぱいの力を込めて、
ランスの右手をぎゅっと握り締めたまま、ランスの顔をただ黙って見ている。
顕れ方は正反対だが、2人は恐怖と混乱をランスに伝えていた。
暫くして、ようやくランスが口を開く。
「ルドなんちゃらとか言うヤツについては、俺達は何も知らん。
知らんものを考えても時間の無駄だ。怯えるのもな」
「でもでもでもでも……」
「……おっしゃることは、よくわかるのですが……」
「お前たちは俺様の女だ。
そして、この腕の中は世界で一番安全な場所だ」
ランスは右腕にユリーシャ、左腕にアリスを抱きかかえると、
「安心しろ」
力強くそう告げた。
相手は神で、ランスはただの人間だというのに―――
何の根拠もない言葉なのに―――
それだけで、2人は安心した。
58 :
悪魔、召喚:02/02/15 21:54 ID:2O3/wySI
(????)
どこなのかはわからない。
深い所。
深く、深く、深い―――その底で。
……暗闇がもぞりと蠢いた。
『クククッ、マサカ「魔ノモノ」ヲ呼ベル人間ガイルトハオモワナカッタナァ』
年寄りのような、若者のような、男のような、女のような声が空間に響いた。
よく解らない声の中、ただひどく喜んでいるというのは読み取れる。
『我々ノ存在ガ知レタトコロデ何モ問題ハナイダロウガ、
「魔ノモノ」ニ、セッカクノ舞台ヲ壊サレルノハ面白クナイ……』
暗闇の中心がぶるりと震えると、目に見えない波動が広がった。
まるで、油に広がる波紋のように重くどろりとした波動が…
↓
(一日目 13:17 灯台内の一室)
「(ぴらっ)……何コレ?」
「ハッ、こんな事も理解できんのかね?これだから(すぱあんっ!)……
……デ、データを元にしたこの世界の構造図だ」
「……コレが?」
再びグレンが描いたそれを見る。
「………(じいぃぃぃ……)」
「何故私を哀れむように見る!?」
「グレン、貴方……脳、大丈夫?」
それは、どうお世辞に見ても現代人の書いた図面ではなかった。
図の中央に大きな目玉焼きが描かれている。
どうやら黄身に当たる部分がこの島で、白身は海を示しているらしい。
「どういう意味だっ!?」
「言葉通りの意味よ!冗談にも程があるわっ!」
「冗談ではないのだよッ!冗談ではッ!!」
触手をブンブン振って力説するグレン。
「間違い無く、この世界は平板になっている!しかも……この世界には
この島しか陸地は存在していない!!」
「……マジなの?」
「本気と書いてマジと読む位本気だっ!!」
そのグレンの焦りっぷりに、流石にまりなも真面目になる。
「………」
「いいかね!この島の存在する位置は本来の地球ならばユーラシア大陸
南西部、すなわち中国の真ん中辺りの筈なのだっ!それに加えて太陽の
移動速度が……!」
声高に喋るグレン、対して一方のまりなは無言で天井を見詰めている。
「……ミス法条ッ、聞いているのかねッ!?」
「……ねえ、グレン」
「ん、何だね?」
「誰が……そんな芸当ができると思う?」
既にまりなの思考は次の段階に移行していた。
すなわち、ここが別世界とするならば―――誰が、何の為に行ったのか。
そして、その結論はあっさりと出た。
―――あまりにも馬鹿げた結論ではあったが。
「そっ、そんな事分かる訳……」
「考えて!全く違う筈の言語疎通を可能にして、世界を丸ごと一個作れる奴!
誰がいる!?」
「む、むう……それは無論神のような……」
その瞬間、グレンの表情が一変した。怯えるような表情で彼女を見る。
「………ま、まさかミス法条、そんな訳は………」
誤魔化すようにへらへらと笑うグレンに、まりなはため息を一つゆっくりと
吐き出して言った。
「………ええ、多分………アタシ達の敵は、神様よ」
数秒の嫌な沈黙が流れた。
「…………ハハ、バカな……ハハ………」
グレンが力無く笑う。
彼とてそれに気付いていなかった訳ではない。ただ―――認めるのが恐かっただけだ。
「それ以外の可能性、ある?まあ、どこぞの大金持ちが太平洋級の巨大ドーム
を作って、そこにアタシ達を入れてるって案もあるわよ。―――この場合、
言葉については説明できないけど」
「で……では何故!?」
「さあね……でも、これではっきりした事があるわ。……連中がアタシ達の
やってる事を無駄だと思ってる訳。そりゃ神様が後ろにいれば強気にもなる
ってものよ……」
そう言いながらも、まりなの瞳からは未だに闘志が見える。
「だからって……はいそうですか、従います……とは行かないわよ……!」
まりなは怒っていた。この馬鹿げたゲームその物に、そしてその背後の主催者達に。
まりなはかつて自分が担当した、国一つを動かした事件の事を思い出した。
大人達の欲望と狂気の為に、死者の依代として生きる事を強要された少女の事も。その少女を救えなかった自分の不甲斐なさも。
もうあんな思いはごめんだ。まりなはその想いによって立っていた。
―――だが、グレンは?
「………無理だ………」
微かな呟き、それは呪文のように繰り返され、次第にその大きさを増し―――。
「無理だ……無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だッッッ!!」
部屋全体に響く絶叫となった。
「無理だッ!ハハハハハッ、勝つ!?神に!?無茶だ、無謀だ!」
「やってみなきゃ分からないわ!第一グレン、アンタ普段自分の事神様扱い
してる癖にこんな時だけ凡人顔しないでよっ!」
しかし、まりなのその言葉は既にグレンの脳には届いていなかった。
ここでグレンの現時点での思考回路を解説しよう。
・『G・S・V3』での脱出はもはや不可能。
↓
・相手が神ならば例え首輪が解除できても無駄。
↓
・今からでも生き残るスタンスに変えればOKかも。
↓
・では、手始めに……。
―――血走った瞳が、まりなを睨んだ。
「え?」
まりなが言葉を発する前に触手が素早く動く。
「なっ!?」
その動きは、今までまりなが見なれていた触手の比ではなかった。
一瞬の内にまりなの両手足を縛り上げ、高々と持ち上げる。
ぬるぬるとした粘液がまりなを濡らしてゆく。
「ちょ……グレン!なんのつも……キャアッ!?」
ビリィッ!
それでも何とか抗議しようとしたまりなの言葉は、グレンの更なる行為によって
遮られた。
スーツの前面が荒々しく引き千切られ、ベージュのレース下着が露わになる。
「コッ、コラッ!いい加減に……!」
「……ククッ、ククククク……」
グレンは、麻痺しかかった思考の中で優越感に浸っていた。
もはやこの女の運命は私の掌中にある。
生かす事も、殺す事も、犯す事も。
犯す事も?
犯す事も!
ギリッ!!
「くっああッ!」
苦悶の悲鳴をあげるまりな。その声がグレンの官能を更に刺激する。
もっとだ、もぉぉぉっとだっ!
私に許しを乞え、喘げ、苦しめっ!
ニチャ……プツッ。
触手の先端がまりなのブラに伸び、前のホックを外す。
ぷる……ん。
「やっ……!」
まりなの豊かな、それでいて張り切っている乳房が揺れた。
「ほう……まだピンク色か……遊んでいるように見えたのだがな……」
「…………ッ!」
グレンの辱めの言葉に紅潮するまりな。
ヌルッ……タプン……。
ニチャ……プルッ……。
「んっ……やっ………ダメぇ……」
既にまりなはすっかり抵抗する力を失っていた。2本の触手がゆさゆさと彼女
の美乳を弄る。
「ククク……何だ、貴様も所詮雌犬か……幻滅だな……」
嘲りを込めつつグレンは更に一本の触手を伸ばす。今度はまりなの下半身に。
「ッッ!だっ、駄目ッ!!」
「なにがダメなのだね?本当は欲しいのだろう?」
ズルッ……!
太い触手がまりなの脂の乗った太股の間に分け入る。
「嫌あっ!」
「……んんん〜〜〜!いい、実に良い悲鳴だ!」
ズリッ……ズリッ……
「いっ……嫌……嫌ぁ……」
「嫌ではなかろう?これから神の体を味わえるのだからな……」
そして、グレンはショーツの中に触手を―――
「………はい、そこまで♪」
その時、まりなの顔に不敵な笑みが浮かんだ。
同時に彼女の右手が微かに動き、コートのポケットから何かが落ちる。
瞬間、グレンの目が見開かれた。
「なあっ!?」
それは、かつて軍医であったグレンにとっても見慣れた物体であった。
―――手榴弾。
見れば、手榴弾とまりなの右手の指輪がテグスで結ばれていた。
しかも、ご丁寧に手榴弾のピンに。
「一つ教えといてあげる……女の操は高いのよ♪」
さも愉快そうに笑うまりな。
「バッ、バカなあっ!心中する気かっ!?」
グレンはかつて読んだ日本文化についての本を思い出した。
カミカゼ・アタック。
『誇りを何より尊重する日本人は辱めよりも死を選ぶ』と。
「わたたたたたたたっ!」
慌ててまりなの触手を解き、後ろに飛びのこうとするグレン。
「甘いわよッ!!」
着地と同時にピンを戻し、床を蹴る。
―――1秒後、まりなのドロップ・キックがグレンの顔面を直撃した。
「はぎゃあああああぁぁぁぁぁッッッッ!!!」
盛大に鼻血を吹き出しつつ、コンクリートの床に叩きつけられるグレン。
がすっ!
その頭部に更にヒールの踵が打ち込まれる。
「のほおおおぉおぉぉぉぉっ!!」
ぐりぐり……!
「なかなか良い動きだったわよ、この調子で首輪の解析もお願いね♪」
微笑を崩す事無くヒールを食い込ませるまりな。
「はがががががががっ!」
「はい、お返事は?」
「おっ、おのれぇっ、あと一歩で………」
ガスガスガス!!
容赦ないストンピング。
「にゃっ、のっ、とおっ!?」
「……お返事は?」
「わっ、分かったっ!もうしないから足をどけてくれえェェェッッ!」
「首輪の解析、してくれる?」
「するっ、何でもするッ!」
「はい、よろしい♪(ひょい)」
ようやく足が上げられ、ふらふらと立ちあがるグレン。
「ううっ、なんと乱暴な……」
「アンタよりはマシよ」
そう言いつつ、まりははグレンに明るく微笑んだ。
「……期待してるわ、グレン」
ちゅっ。
「!?」
軽いフレンチ・キスがグレンの頬に触れる。
「ななっ!?」
何故か赤面するグレンに悪戯っぽく笑うまりな。
「―――アンタだけが頼りなんだから」
「あっ、あ……ああ」
呆けたように答え、グレンはよたつきつつ出ていった。
(―――犬の躾にはアメとムチのバランスが重要、ってね)
内心でグレンに言葉を送り、まりなは服を拾い上げる。
とりあえず代わりの服があるかどうか、それが彼女にとって最大の問題であった。
↓
【法条まりな:変化なし】
【グレン・コリンズ
:まりなへの忠誠心アップ】
>13,>45
(13:30)
体内遺留弾が、絶えず内臓を刺激する。
左脇腹。
位置的には大腸か腎臓のあたり。
振動のたびに感じる鈍い痛みが、そのどちらかとの接触を告げている。
内臓の破壊も心配だけれど、最も憂慮すべきは失血ね。
この全身を気怠さ、身の重さから判断すると、出血量は優に1000ml以上。
比して、私の体重はおおよそ42kg。
単純計算で2400mlの出血が命のボーダーラインになるわ。
それに加え、雨が標的の足跡や血痕を洗い流してしまったこと。
視力が著しく低下していること。
いくら標的が戦いの素人とはいえ、これらの理由から追跡の長期化は避け得ないから……
だから私は、病院に戻ってきた。
長期の追跡にも耐えられる体に戻すために。
「神楽……どこ……?」
まず、体内遺留弾を神楽に摘出させないといけないわ。
あの子の思考パターンは驚く程に単純で、まぬけな程に善良よ。
私が「心を入れ変えた」演技をして、涙の一つも演出すれば、治療を拒めないはず。
輸血はそれからね。
「アインさん、お帰りなさい」
病院の奥から、意外にも遙の声が聞こえた。
遙もあの惨劇の只中にいたのだし、それからあまり時間も経っていない。
だから私は、目覚めた遙は寝込んでいるだろうと予想していた。
ところが実際の彼女は、普段と変わらない調子で挨拶をしてくる。
思った以上にタフな精神力があるということかしら。
「ただいま、遙」
近づいてくる遙から、清潔な石鹸の匂いが漂ってくる。
遙の髪は適度に湿り気を帯びていて、血色がとてもいい。
おそらく、シャワールームから出てきたところね。
よかった。
血と、死の臭いは消えたのね。
そういう世界は、あなたにはふさわしくないから。
太陽の下、変わらぬ平和な日常の中で、ささやかな幸せに身を浸せるのがあなた。
戦いは、私のような汚れた人間に任せておけばいいわ。
「えと、お疲れ様でした。お茶を淹れましょうか?」
遙が私に歩み寄りながら、そう聞いてくる。
その時、微かに―――異臭。
この臭いは、腐敗臭?
それが、石鹸の匂いに混じって、遙を包んでいる……?
違和感。
戦いの最中に、襲撃の直前に、生と死の狭間に感じる感覚が膨れ上がる。
それは私の生命の危険を告げる、予兆。
どうして?
それが今、遙から感じられたの?
目線―――
常に俯き加減に、目線を逸らして話す遙が、私の目を真っ直ぐ見ている。
それがおかしい。
血色―――
腕、うなじ、頬はバラ色に染まっているのに、額だけ青白い。
それがおかしい。
声の響き―――
死の影から鬱に入っている印象を受けない。
かといって、躁に転じて興奮覚めやらぬ、というわけでもない。
心がとても落ち着いている印象を受ける、普通の声。
それがおかしい。
観察すればするほど、遙には遙らしくない、あるいは人としてどこかおかしい、
そんな点が見えてくるわね。
遙の背後にはまず間違いなく、第三者がいるわ。
とすると……
少しカマをかけてみるべきね。
「遙。神楽がどこにいるかわかるかしら?」
「えと、あの、外でエーリヒさんと星川さんのお墓を作ってると思います……」
「そう」
私はあえて遙に背を向け、病院外に出る動きを見せる。
意識を背中に集中させて。
直後、背中に腕が伸びてくる気配。
―――やはり、ね。
トッ。
振り返りざまに遙の首筋、その急所に手刀を浴びせる。
もちろん、殺さない程度に力は抜いて。
「え?」
注射器を握った腕を私のほうに伸ばしたまま、遙は崩れ落ちた。
遙の体を観察する。
その二の腕、内肘の少し上に、赤く不自然に腫れあがった部位を発見。
注射痕。
おそらく、遙は薬物投与された上で、催眠もしくは洗脳術をかけられたのね。
どの程度の薬物を与えられたのかは専門家ではない私にはわからないけれど、
先ほどの会話からは遙の自我らしきものは感じたから、人格崩壊には至っていないはず。
私がここから離れてから3時間と経っていないことから考えて、投与回数は1回〜2回。
大丈夫。
今ならまだ、元に戻せる。
短い悪夢で済ませられるわ。
それにしても、このやり口はまるで……
「サイスのような…」
ふと、口を突く名前。
かつて私がマスターと呼んでいた男。
薬物投与とマインド・コントロールは、彼の常套手段だったわ。
―――だとしたら。
敵がサイスのような特性を持った人間だとしたら。
今この瞬間も、おそらく遙と私の様子を伺っている。
自分が弄した策の、結末を見届けるために。
臭覚に意識を集中して、遙の匂いを嗅ぐ。
遙から微かに感じられた腐敗臭は、敵から移ったと考えられるわ。
これは、敵の所在や痕跡を発見する上で重要なヒントになる。
……これで臭いは覚えたわ。
「……狩り出しの開始ね」
立膝で抱きかかえていた遙をソファに寝せる。
SPAS12のセイフティロックを解除し、マニュアルモードに固定。
そして、私は遙に背を向け、病院の奥に向き直る。
―――それが、痛恨のミスだった。
「あ、あの。…隙アリ、です」
遙の済まなそうな声と共に、足首に軽い痛み。
いつのまにか伸びていた腕が、注射針を突き刺していた。
―――危険。
私はその腕を取り、肘関節を逆手に拉いで、体重をかけ床へと落とす。
あ、
ダメ、
これ、
遙の腕なのに。
バキ。
……やってしまったわ。
訓練のせいで、身に危険が迫ると反射的に防衛してしまう。
相手は遙だと解っていたのに。
「遙、大丈夫?」
「やっぱりアインさんは強いなぁ……
ほら見てください。腕、折れちゃいましたよ?
ぶらーん、ぶらーん、って……なんだか笑っちゃいますよね」
「痛みは……無いの?」
「えと、ご心配なく。 今のわたし、痛覚が麻痺しているので」
……迂闊だったわ。
遙は落ちてなんていなかった。
相手が薬物使いなら、急所をリンパや毛細血管の膨張で閉ざすことも可能…ということね。
「テストしてください」
テスト…?
その発言の意図、内容ともに不明。
さらにワナを仕掛けているとも考えられるけれど…
「あの、アインさん、言ってたましたよね。
『力ある者は取り込み、ない者は―――捨て置く』って」
確かにそう言ったわ。
でも、それはあなたを守る為で……
「わたし、戦う力とか知恵とか無い普通のおんなのこだから……
病院に捨て置かれてるんですよね?」
サイスが言っていたわ。
『催眠にしろ洗脳にしろ、術がかかるには受け手の心に隙間が必要になる。
欲望、悔恨、コンプレックス……
渇望という名の淵が深ければ深いほど、暗示もより深くかかるのだよ』
「わたし、いやなんです。
お荷物になったり、腫れ物扱いされるのは。
だから、アインさん、わたしをテストしてください」
つまり、私が遙を追い込んだ……?
「わたし、頑張ってアインさんと戦います。
戦って、アインさんを殺してみせます。
それが出来たら―――
わたしのこと、仲間だって認めてくれますよね?」
遙、あなた……なんて健気で、悲しい渇望を持っていたの。
私はあなたがとても繊細で、感受性が強いひとだって解っていたわ。
でも、本当に感受性が強いと、そんな風に感じてしまうなんて
……私には解らなかった。
だとしたら、痛恨のミスは遙に背を向けたことではなく、遙を病院に残してしまったこと?
遙に、孤独感を抱かせてしまったこと?
「あ、あの、アインさん。どうしてさっきから黙ってるんですか?」
―――駄目。
今は心を使っては駄目よ。
感傷は判断を狂わせる。
使うのは、頭脳と体だけにしなさい、アイン。
まず、遙から距離を措かなくては。
予想外の事態に直面し判断が即座に下せないときには、撤退が基本だもの。
がくん。
―――え?
足が……動かない!?
さっきの注射、局部麻酔だったと言うわけね。
だとしたら、
さっきまでの会話は……悲しい訴えは、麻酔が回るまでの時間稼ぎ?
どこまでが真実?
どこまでが演技?
……また、私の心が動いているわ。
駄目、だから、考えては駄目よ、アイン。
ここはもう、戦場なのよ。
「わたし、それだけアインさんを戦いに集中させているんですか?
それってわたしが頑張れてるって事ですよね?
嬉しいな」
にっこり。
柔らかく儚く、照れと憂いを同時に内包した笑み。
やめて、遙。
今、その笑顔を私に向けないで。
―――でも。
遙はその眩しい表情のまま、研ぎ澄まされたメスを懐から取り出した。
「えと、あの。
それじゃ、いきますね」
↓
【現在位置:病院・待合室】
【遙】
【スタンス:アイン殺害】
【能力制限:筋力を限界まで使用可能、感覚鋭敏、痛覚麻痺、急所無効】
薬が切れると酷使した神経・筋肉に揺り返しあり
右腕骨折】
【アイン】
【能力制限:右目視力低下、大量失血、体内遺留弾:脇腹×1
右足の筋弛緩で歩行不可】
>#1 299
(1日目 15:00)
アズライト(No.14)は焦りに、顔を真っ青にしていた。
(どうして?どうしてなの?)
『どうされましたんです、アズライトさん?
お顔色が優れないようでございますが……』
そんなアズライトの焦りを敏感に察し、鬼作(No.5)は気遣うように言葉を繰る。
『あ、ご、ごめんなさい。
じ、じつは、その……回復しないんです。』
『はて?この鬼作めには、火ぶくれが随分収まったように見えますが……』
鬼作のこの書き込みは、決して目の狂いではない。
事実、アズライトの火傷はかなり回復していた。
上半身に余すところなく発生していた火ぶくれの幾つかは既に収まり、真新しく健康な皮膚が生まれている。
だが……それはあくまでも人間の目から見たら、ということに過ぎない。
彼が泉に身を浸して8時間余。
デアボリカの超回復力ならば、既に火傷の大部分が完治するに十分な時間なのだ。
それなのに。
(胸と左腕筋組織の一部が断裂したまま。
左の眼球もどこか故障してるみたい。遠近感がずれてる……)
最初の2時間はただ、泉の心地よさにたゆとうていた。
次の2時間は、思索と鬼作との会話に費やした。
その次の2時間で、余りにも遅い回復に違和感を覚え、
この2時間で胃をキリキリ痛めている。
(ぼくたちデアボリカは、大陸の……世界の寄生虫。
世界の全ての命から、余ったエネルギーをちょっとずつ分けてもらって生きてる。
回復が出来ないのは、そのエネルギーが得られていないということ。
つまり……)
アズライトの吸収力に制限がかけられているか、この世界の命の総量が極端に少ないということ。
どちらにしろ、彼の能力をはるかに超える、巨大な何者かの力が働いていることは確かなようだ。
アズライトは、そこで、ふと恐ろしい連想をする。
(変性、できないんじゃ……)
『あ、あの、鬼作さん。
今から、ちょっと変性してみるので、その……驚かないで下さい。』
『……変性?
ああ、そういえば、アズライトさんには本当の姿がおありなのでしたね。』
『あの……結構気持ち悪い姿ですから……気分を害しちゃったらごめんなさい。』
『いえいえ。この鬼作、アズライトさまとはお仲間でございますから、
どのようなお姿に変わろうとも驚きませんし、気分を害したりもしませんよ。』
そこで、またジンと来てしまうアズライトであり、それを計算している鬼作だった。
『それでは、やってみます。』
アズライトはもう一度鬼作に目をやり確認すると、変性を試みる。
ヴン……ヴン……
アズライトを中心に空気が渦を作る。原子が熱く踊る。光が解け、闇へと落ちてゆく。
爪が尖る。歯が牙と化す。角が生える。皮膚がどす黒く染まる。
みしみしと骨が軋み、ぐねぐねと皮膚がうごめく。
……ヴン…………
だが……そこまでだった。
人の姿を保ったまま、サイズが変わらない。
変性が完全に行われれば、人の名残は見出せない異形へと変わり、身長は5メートルを超えるのに。
(やっぱり……)
アズライトは中途半端な変性を解除しながら、大きく溜息を付いた。
『駄目です……本性を出し切れません。』
『と、申しますと、つまり……』
『あの、ものすごくがっかりさせちゃうと思うんですが
怪我の治りも遅いし、人形態のままでは力を出し切れないので……
ぼく一人では、主催者と渡り合えないかもしれません。』
『なるほど……それは確かに、いささか残念でございますねぇ……』
鬼作は大袈裟な溜息を付く。
アズライトは身の置き場が無いと言った体でその長躯をちぢこめる。
『ですが、お気にされることはございませんよぉ……』
アズライトが顔を上げると、鬼作は優しげに微笑んでいた。
『鬼作さん……』
そして彼はアズライトの肩にそっと手を置き、
『凶とやらを作ればよろしいだけではございませんかぁ。』
鬼作には、手駒を主催者にぶつけるにあたり、憂慮している点が3つあった。
1つに、主催者の戦闘力。
2つに、首輪に仕込まれているらしい爆弾。
3つに、主催者の手下の存在。
1は、成り飛車に匹敵するアズライトという駒を手に入れたことでクリアできていた。
2についても、アズライトは手榴弾の直撃を耐え切るバケモノゆえ、
首輪に仕込まれた微量な爆薬程度ならば十分耐えることが可能だと踏んでいた。
(問題は……主催者の手下どもだよなぁ。
4人も居やがるしよぉ。
タダの人って可能性もあるし、主催者みてぇなおっかねえ連中かも知れねぇ。
ま、それはぶつかってみねぇ事にはなんともわかんねえが……)
(欲を言やぁ、もう一枚、二枚、手札が欲しいところだよなぁ。
かといって、俺が手綱を捌ききれないような相手じゃ意味ねえし、
首輪の爆発でおっ死んじまっても、資源の無駄遣い、ってなもんだぁ。)
そんな一人討論の中で、彼が最も手に入れたいと判断した第2の駒こそ、「凶」だった。
では、その「凶」とは何か?
デアボリカには吸血という手段で下僕を作り出す力がある。
言うなれば吸血鬼が人間の血を吸うと、その吸血鬼の下僕の吸血鬼にできるようなものだ。
この下僕こそ、「凶」だ。
その特徴は、個体差はあれど、大まかには以下のようなものとなる。
一つ、血の主の命に絶対服従。
一つ、食事も睡眠も必要とせず、不老。
一つ、獣相を持ち、顕れた獣に応じた身体能力を持つ。
一つ、生殖能力なし。
鬼作は、長い休息時間の間に、これらのことをアズライトから聞き出していた。
(ぐらっつぇ!
戦闘能力が保障された、アズやんに絶対服従のお人形。
これを利用しない手はねぇ。)
彼はその時、心の中で万歳三唱と供に三々七拍子を高らかに唱えたのだが、
凶のことを記したアズライトに躊躇いと嫌悪感を見出したことから、あえてそのことに触れずにいた。
そして虎視眈々と、凶を作り出すことを提言するチャンスを狙っていたのだ。
それが、今、来たのだ。
しかし、アズライトは悲しげに首を横に振った。
『それはできません。』
予想外の意思の硬そうな拒否に、鬼作は一瞬たじろぐ。
『なぜなんでございましょうか?』
『人の意思を……人生を奪ってしまうのは、いけないことだから……
自分の意思と感情で、思い思いに生きられるのが、輪廻の内に在る生の素晴らしさだから……』
『凡人の鬼作めにはよく分かりませんが、アズライトさんほどのお方がそうおっしゃるのであれば、
きっとそうなんでございましょうねぇ。
よく分かりませんが、甚だ感服いたしましたよぉ。』
鬼作は、今のところ説得の余地なしと見るや、あっさりと提案を引いた。
強引に我を押し通し、アズライトに不信感を抱かれることは、彼が最も避けねばならない事項だったから。
しばしの沈黙の後、アズライトが自信無さ気に、詰まり詰まり、筆を走らせた。
『あの……、凶に頼らなくても、この島で強い人がいます。
ナミさんとか、黒い獣の女の子とか…
そのひとたちにお願いして、一緒に戦って貰うことは出来ませんか?』
『それはできません』
今度は鬼作が首を横に振る番だった。
『この鬼作めは某国の工作員にございます。
そして、このゲームに参加している者共の殆どは、敵国の人間。
それを機密である工作船に乗せることが出来ましょうか?
いいえ、出来ませんです。
アズライトさんにお声をおかけしたのは、そのお力に感じ入ったこともさることながら、
日本人ではないことが最大の理由なのでございます。
痩せても枯れても、鬼作は軍人でございます。
祖国を裏切る位なら、この島で潔く散ることを選びます!!』
鬼作は一気にその言葉を書きなぐった。感情の滲み出た、筆圧が高く荒々しく……計算された文字で。
確かに、アズライトの提案には魅力的な部分も、説得力もある。
だが、鬼作にとっては「制御できない力」を持つことは、力を持たないこと以上に回避したいところだった。
彼が「凶」を欲した理由も「アズライトの命に絶対服従」であるところが大きい。
究極のところ鬼作にとっては、主催者に歯が立たず玉砕するなら玉砕するで、問題ないのだ。
彼の安全が保証されている限りは。
『そ、そうですか……』
アズライトは残念そうに俯く。
彼はとても孤独で消極的な人間だ。
緊張からくる赤面。吃音。のぼせ。
余人を仲間に加えるため説得する術を持たないことは彼自身が最も良く知っていた。
だから、鬼作に頼るほかなかったのだ。
その鬼作に断わられた以上、この提案もまた、立ち消えるしかなかった。
74 :
進めと止まれ(5):02/02/26 22:06 ID:10CydSBc
『わ、解りました。それでは今から学校に向かいましょう。』
「え!?」
アズライトの突拍子も無い発言に、鬼作は思わず声を漏らしてしまった。
『アズライトさん、なぜ、今なんでございましょうか?
もう暫く待ちませんですか、もう暫く。』
鬼作は続けて「参加者がなるべくたくさん死ぬまで」と書きそうになり、慌てて言葉を選びなおす。
『アズライトさんのお火傷が、回復するまで。』
(危ねぇ危ねぇ……イカスミよりなおどす黒い、おれの腹の底を見せちまうところだったぜぇ。
おれはとんだうっかり者だぁ。)
『あ、あの、鬼作さん……ごめんなさい。
ぼくの火傷は、1日2日では治りそうにないので……
今向かっても、後で向かっても、結果は変わらないと思います。
だったら……
一人でも多く生きている、今、行動を起こしたほうがいいと思ったので。』
アズライトは、逸っていた。
怪我による能力低下。回復の超遅延。変性の制限。全てが彼の不利に働く。
そしてまた、鬼作という対話相手を得たことで、彼本来の心優しさが頭をもたげても来ていた。
そんな様子を察した鬼作は、慌てて引き止め工作に出る。
『確か、アズライトさんは、夜目がお利きになるとか?
本来の力が出せなくなってしまった今、あの恐ろしい主催者と刃を交わすのは、
少しでも有利な状況を作らないといけないと、こう、鬼作めは考えるのでございますよ。』
『あ、あ、なるほど。そうですね。
でも、そうなんですが、あの……』
『アズライトさんが只の駒でしたら、鬼作めも止めはいたしません。
ですが、アズライトさんは、鬼作の、いわば戦友でございますよ?
鬼作め、アズライトさんに死んで欲しくないのです!
この気持ちを、友情を、お汲み頂けませんか!?』
そう書き記して、鬼作はアズライトの手を固く握った。
(き、鬼作さん、ぼくなんかのことを心配してくれて……)
……アズライトはまたしても涙ぐみ、またしても鬼作の言うとおりにした。
(お・ば・か・さ・ん がよぉ……
人が沢山生きてるからこそ、今は動きたくねえんじゃねえか。
つってもこの気持ちは、心の奥の引き出しにそっと仕舞っておかなきゃいけねぇがな。
とりあえず夜まで引っ張って、それから、どうするかなぁ……
森の中で迷った振りして、もうちょい時間を稼ぐかなぁ……)
↓
【グループ:鬼作(No.05)・アズライト(No.14)】
【現在位置:山麓・泉】
【アズライト】
【能力制限:回復力大幅低下。完全変性不可。
右腕喪失。火傷多数。運動能力低下】
>#1 453
(1日目 15:48)
ぐつぐつぐつぐつ……
鍋の煮える音と共に、カレーの刺激的な匂いが室内に漂っている。
「まひるー、まだぁ?」
「ま〜だぁ。」
畳にうだぁ〜〜っと転がりながら、だらけた声で空腹を訴えるタカさん(No.15)。
「おかーたま、まだぁ?」
「ま〜だぁ。」
監禁陵辱ペア戦での連携プレイの影響か、タカさんを恐れなくなった薫ちゃん(No.7)も、
彼女の脇で同じようにうだぁ〜〜っと転がり、同じく空腹を訴える。
90分に渡るノンストップ・ハードSEXで気絶してしまった真人と紳一は漁具倉庫に放っぽって、
倒錯おままごとチームは『ウチ』こと漁協詰め所に戻ってきていた。
「まひるー……」
「だからまだだってばさ!」
くすくすと笑いながら、コンロ前のまひる(No.38)が振り返る。
「んなこと言ってもよ。減ってるもんは減ってるんだ。」
「ヒヒ……へってるもんはへってるんだっ!」
薫ちゃんは、タカさんの真似ばかりしている。
「ほんとにもー、男ってやつらは……」
「まひる…… 一応突っ込んどくと、アタシは女だぞ。」
「でへっ、こりゃ失礼。」
気分を害したタカさんだったが、振り返ったまひるの笑顔を見ると、なんだかどうでもよくなってしまう。
その時、ぽん、と炊飯器から音がした。
「あ、ご飯炊けたみたい。
そろそろカレーもざおざおになってきたし、準備できたよん。」
いただきますが終わってすぐ。
「あなた。
はい、あ〜〜〜んして?」
まひるはそう言いながらカレーを掬ったスプーンをタカさんの口元に持っていった。
「な、な、な……
なにこっぱずかしい事やってんだよ、まひる」
真っ赤になって伸びてくるスプーンから顔を逸らすタカさん。
まひるにはその態度がたまらなく可愛く見えてしまい、さらに揺さぶりをかけたくなってしまう。
「ぜーんぜん恥ずかしくないよねー、薫ちゃん?
はい、あ〜〜ん!」
「あ〜〜〜ん!」
薫ちゃんはとても嬉しそうに、まひるの差し出したスプーンを咥える。
「美味しい?」
「すごくおいしいッ!!」
元気いっぱいに咀嚼する薫ちゃん。
「ね、だからタカさんも。
あ〜〜〜ん!」
「やめろっつてんだろ?」
タカさんは差し出されたまひるの手を退け、自分の皿を顔の前まで持ち上げると、
しゃこしゃこしゃこ……
それが丼物であるかのように、ひたすら掻き込んだ。
「大体、なんでカレーがこんなに甘ぇんだよ……
カレーは辛ぇからカレーだろうが……ぶつぶつ。」
「……そんなにイヤ?」
タカさんのその否定の態度に、まひるの声の調子が、変わった。
その顔から笑顔が消え、しゅんと俯く。
「もしかして、こーゆーの、迷惑だったりした?
ホントは家族ごっこなんてイヤだった?」
「あー、グジュグジュと鬱陶しい!!
これだから女ってのは面倒臭え。」
「ご、ごめんねタカさん。
あたし、一人ではしゃいじゃって、タカさんの気持ちとか、全然考えてなかった。」
和気藹々となるはずだった食卓が、どんよりと沈む。
「ダメなの〜〜〜っ!!」
重々しい沈黙を破ったのは薫ちゃんだった。
「ふーふは仲良くしなきゃダメなのっ!!
ご飯は楽しく食べなきゃダメなのっ!!」
薫ちゃんはタカさんに向けて拳を伸ばすと、親指を経てて鼻先へと擦り付けた。
「おとーたま、めーなのっ!!」
声が震えている。彼は真剣に怒っていた。
「薫ちゃん……いいから。
お母さんが調子に乗りすぎちゃっただけだから。」
「いや、アタシが言い過ぎたよ。ごめんな、まひる、薫。
迷惑とかそんなんじゃねーんだ、そんなんじゃ、よ。
まひるは悪くねぇ。全然。本当に、悪くねぇ。
ただ……なんつーか。
こーゆーの、わかんなくってな。」
タカさんは食事の手を止め、ぽりぽりと頭を掻きながら、迷い迷い、そう弁解した。
まひるは沈黙でもって、続く言葉を促す。
「アタシん家は、まあ…… ちょいとばかり変わった家だったからさ。
母親の顔だって見たことねぇし。生きてるのか死んでるのかも知らねぇ。
親父も仕事が忙しかったからよ、アタシや麻紀子にかまけてるヒマなんて無かった。」
思いも寄らぬ告白だった。
今を強烈に生きている、楽しんでいるタカさんだ。
その口から、過去のことをが出るとは、まひるには思いも寄らなかった。
「だからかな…… 正直、家庭とか愛とかって、アタシにゃわかんねぇんだな。
どんなことして、どんな言葉交わして、どう接したらいいのか。
義理とか人情ってなら解るんだけどよ。」
そこまで言うと、タカさんはふ、と、今までに見せたことの無い、歯の輝かない笑みを浮かべた。
そんな淋しげなタカさんの横顔を見て、まひるは何故か胸が締め付けられるような気持ちになる。
(この人にも、あるんだ、そーゆーの……)
まひるの数少ない語彙では、そーゆーの、が何であるかが思いつかなかった。
それは孤独感であり、郷愁であり、恨みであり、後悔であり、自嘲であり。
様々な苦悩と想い出から、少しずつ要素を抽出した、切ない胸の痛みだった。
「はい、あーん。」
「……あーん。」
タカさんは、やっぱり真っ赤になって照れたが、今度は差し出したスプーンを口にくわえた。
まひるは、遠く、逞しく、絶対に届かないと思っていた彼女の背中に、
触れることが出来たような気がした。
(16:29)
ぐがーーーーー、ぐがーーーーー。
「『メシの後はフロに決まってんだろ!』
ってあなたが言うから、沸かしたのにな。」
食事を終えて、まひるが風呂を沸かしているほんの10分ほどのうちに、
タカさんは大きないびきをかいて眠ってしまっていた。
「ありゃりゃ、お臍出して。風邪引くぞぉ?」
まひるは押入れの奥から煎餅布団を一枚引きずり出すと、タカさんにかぶせる。
タカさんの体は大きくて足が入りきらなかったので、もう一枚かぶせた。
「あなた、今日はありがとう。お疲れ様。」
タカさんの寝顔を立膝で眺めながら、その耳にまひるは囁く。
「うーーーん。」
暑かったのだろうか。
タカさんは布団を蹴っ飛ばすと、無造作にズボンの前に手を突っ込み、
ぼりぼりぼり。
大胆な動きで、おそらく彼女の女性自身があろうかという位置を掻いた。
(タカさん、これで、女だってんだから、もう……)
まひるはその様子を見て苦笑する。
(そんで、あたしはこんなですが、男のコなワケで。)
(つまり、あたしとタカさんは男と女……)
(でぇえええええ!!
マジですかぁ、ちょっと。)
今更再認識して戸惑うまひる。
だが、その戸惑いは、少しだけ心地よい種類のものだった。
きょろきょろ。
と、突如まひるは挙動不審にあたりを見回す。
そして、薫ちゃんが押入れの中でなにやらドタンバタンと一人遊びに夢中になっているのを確認するや、
ちゅ。
タカさんのほっぺたに素早く口付けた。
「でへへぇ……
ま、おままごとでも、このくらいの愛情表現はかまわないよね?」
それから5分と経たないうちに、沸かしていた風呂が適温に達した。
一番風呂はタカさんに譲ろうと思っていたまひるだったが、
気持ちよさそうに眠っている彼女を起こすわけにもいかなかったので、自分が先に入ることにした。
「それじゃ、お母さんお風呂入ってくるから。」
押入れで「基地ごっこ」をやっている薫ちゃんに軽くその旨を告げたまひるだったが、
「薫も入る!!」
上着を脱ぎながらてててと走り寄ってくる彼に辟易してしまう。
「え、……いや、その……マジでおっしゃってる?」
「マジ!」
「え、えっとね?
お母さんとして、それは倫理的にどうかな〜って」
「おかーたまは」
薫ちゃんは潤んだ瞳で真っ直ぐまひるを見つめそこまで言うと、俯き、肩を震わせて
「……薫が嫌いになったの?」
そう、か細い声で呟いた。
(ゔ……罪悪感。)
まひるの心に迷いが生じる。
しかし、数時間前にレイプ未遂にあっていること、タカさんの強チンを目の当たりにしていることが、
彼の心の中に強く性に対する嫌悪感と不安感を募らせていた。
薫ちゃんは幼い子供に戻っている。
それは十分理解しているのだが、やはり外見は髭ヅラの50男。
そんな彼と、裸で母子のスキンシップなど、どう考えても、譲歩しても、出来そうに無かった。
「あ、そうそう!
だってね、薫ちゃん。
またさっきみたいな変な人がくるかもしれないでしょ?
その時に誰かが見張っててくれないと、またひどい目にあっちゃうかも知れないよね?」
「おかーたまがひどい目にあうの、薫やだ。」
「でしょでしょ?
だからね、お母さん、薫ちゃんに見張りを頼みたいんだぁ。
お父さんいろいろあって疲れてるから、寝せておいてあげたいし。
薫ちゃんににしか頼れないんだあ。」
薫ちゃんにしか頼れない。
その言葉に、彼の目がキラキラと輝く。鼻息も荒くなる。
この年頃の男の子にとって、母に頼られることほど、奮い立つことは無い。
「うん、わかった! 薫、見張りする!!」
「うわー、薫ちゃん立派!かっこいい!さすが男の子!!
頼りになるなぁ!!」
「ヒ、ヒヒ……」
笑いながらもじもじと指先を絡み合わせる薫ちゃん。
まひるは自分よりも高い位置にある彼の頭を、爪先立ちになってなでなですると、
「それじゃ、頼んだわね。」
友人称すところの「最強の笑顔」を薫ちゃんに向け、まひるは浴室へと向かった。
↓
『暗殺』とは純粋な技術である。
『格闘技』のような精神面の修練を持たない―――単純に殺す為の技術。
そこには美学も、感傷も、誇りも存在しない。
ただ殺意と結果、それだけが存在できる世界。
あらゆる手段を用いて、標的の生命活動を停止させる為だけにある世界。
その世界の頂点に立つ少女―――望まずとも、そこに立たざるを得なかった少女。
亡霊の如く姿を現し、亡霊の如く消える。
故にその名は、ファントムと呼ばれた。
(一日目 13:34 病院 待合室)
アインはゆっくりと重心を左足に移動させ、姿勢を立て直した。
既に右足は殆ど麻痺し、棒を一本括り付けられたような感覚しかない。
「えっと、それじゃあ行きますね」
遙は恥らいつつそう言うと―――アインの視界から消えた。
「!?」
次の瞬間、彼女の眼前に遙の笑顔があった。
「(早っ……!?)」
頭で理解するより早くスパスの銃身を両手で持って右に掲げる。
キィンッ!
衝突音。
アインの首筋から数cmの所で止められたメスが銃把に食い込んだ。
「凄い……!流石アインさんですね!」
遙は心から楽しそうに笑った。しかし、その手は引く事無く更にアインに向けて
押し込まれてゆく。
「(この力……!?)」
自分を押すその力にアインは驚きを隠せなかった。
確かにアインは小柄だがその筋肉は一片の無駄なく鍛え上げられている。
並みの成人男性位なら軽く投げ飛ばし、その背骨を折る位はできる程に。
手負いの身とはいえ、平均以下の体力の持ち主の遙に押し負ける筈は無い。
だが、今こうしてアインが感じる重圧は成人男性のそれ―――否、それ以上であった。
ギチ……ギチ……。
数ミリずつ、均衡が崩されてゆく。
「どうですかアインさん?私、こんなに力持ちになったんですよ」
腕にかなりの力を込めている筈なのに、遙の明るい表情には変化が無い。
それどころか、まるで親に自慢する幼い子供のように一層嬉しそうになる。
その笑顔がアインを更に苦しくさせる。
プチ……プチ……。
遙の腕から音が聞こえた。何かが次々に切れてゆく音。
彼女の筋肉組織が破壊されているのだ。
(筋力増強剤まで投与されているっていうの……!?)
彼女の向こう側にいるであろう「裏方」は余程薬が好きらしい。
許すわけには行かない、絶対に。
だが、そこにたどり着くためには……遙を止めねばならない。
「フッ!」
アインは上体を後ろに反らし、一瞬腕の力を完全に抜いた。
「ええっ」
肩透かしを食らい、大きく右に揺らぐ遙。
「………ッ」
とっさにくるりとスパスを回転させ、銃身で遙の膝をすくいあげる。
骨を砕かない程度に押さえて―――
「えいっ」
「!!!」
しかし、遙の反応は更に早かった。
崩れた姿勢から左手だけを強引に引き戻し、メスを一閃させ、
「クッ!?」
先端をアインの右上腕に深く食い込ませる。
こてん。
そのまま頭から床に転がる遙。
「(ぽりぽり)ハハッ……転んじゃった……」
呑気に頭を掻きつつゆっくりと起き上がろうとする。
一方アインは苦痛に顔を歪ませつつも銃身の方向を変え、強く床を叩いた。
同時に左足をステップさせ、遙との距離を僅かながら開ける。
瞬間、ある物が彼女の視界の端に入った。
「………!」
悲鳴を挙げる右腕を無理やり掲げ、左手でスパスのスライドを引く。
手に響く装填の感触。
それが収まるのを待たず、アインは引き金を引いた。
ドゥゥンッ!!
「ッッ!!!」
反動の衝撃に、危うく意識が飛びそうになる。
だが、スパスから放たれた散弾は遙よりかなり手前の壁に打ち込まれた。
「んしょ……焦ってるんですか?アインさん。嬉しいなぁ……」
にこっ。
立ち上がり、再度突撃しようとする遙。
だが、
……………ブシャアアアァァァッッ!!!
刹那、周囲は真白な煙に包まれた。
「わあっ!?……ケホッ、ケホッ!?」
完全に不意を突かれ、激しく咳き込む遙。
見れば、破壊された消火器がホースを暴れさせつつ消火剤を噴出していた。
化学薬品の嫌な匂いと刺激が遙の喉を焼く。
「ケホッ!……ゲホッ!」
―――十数秒後。
次第に噴射の勢いが弱まり、視界が晴れてゆく。
「コホ、コホ……もう、逃げちゃうなんてひどいなぁ……」
既に先程の場所にアインはいなかった。腕からのものであろう血痕が点々と
残り、数m先の階段へ続いている。
「それじゃ、行きます♪」
先の転倒で足をひねったのか、少しひょこひょこした歩き方で遙が進む。
正直、遙はまだ不満だった。
何故かアインは手にしていたショットガンで自分を狙わなかった。
(……手加減、されてるんだ)
それが悔しい。
(まだ……『遥なんて、手加減で十分』って思われてるんだ)
それが悲しい。
(……悔しいな。もっと頑張らなきゃ)
あの人が全力で向かって来れる程に。本気で自分を殺しに来る程に。
そうしなければ自分は何時までも役立たずのままだから。
薬漬けの脳が、歪んだ熱意を彼女に送る。
「……待ってて下さい、アインさん」
小さく呟き、階段にたどり着く。
血痕は、その大きさを増しながら階上へと続いていた。
(13:37 病院二階廊下)
「クッ……!」
無限に思えた階段を登り切り、アインは右腕の傷に目をやった。
傷口は鋭いものの、幸い動脈には達していないようだ。
しかし……出血ばかりはどうしようもない。
(血が……足りないわね)
あと、どれだけ失血すれば意識を失うだろう?
おそらく致死量まで1000ccも残っていない筈だ。
既に階下からは遙の足音が聞こえていた。音の不規則さからして足を痛め
ているようだが、それでも確実に登ってくる。
「………ッ!」
(まだ、持ちこたえて……!)
自分の体に頼みつつ、スパスを杖代わりにずるずると動く。
彼女―――遙を殺す方法ならば無数にあった。
真正面から突っ込んでくる遙にスパスを撃つ。
メスを持つ手を流し、彼女自身の喉に突き立てる。
背後を取り、頚椎を破壊する。
確かに遙の肉体能力は爆発的に高上しているが、その他の注意力等は以前と
変わる所が無い。
今のアインでも、少しのフェイントでも絡めれば難無く殺す事はできる。
―――だが、彼女を無力化する事は?
(……駄目よアイン。それができる程の体力は、貴方には残っていないわ)
彼女の戦闘を司る部分がそう警告する。
「……ええ、分かってる」
わざわざ口に出す必要は無い。
だが、何か口にしていなければ今にも体が崩れ落ちそうだった。
「……分かってる」
もう一度言う。
「……いいえ、分からなくちゃ……いけない」
そうしなければ、自分が殺される。
自分が遙を殺さなければ、遙に自分が殺される。
だから、分からなければならない。
「だから、私は遥を……」
言ってしまえば、形になる。
「……私は、遥を……」
言ってしまえばいい。そうすれば、迷いは消える。
今までがそうであったように。
「……………」
アインの口がゆっくりと動き―――
「……嫌」
―――拒絶の言葉が、発せられた。
「私は……殺したくない……!」
一体、どうしてこうなったのだろう?
自分が校舎の前で彼女を抱え上げた時から?
目覚めた彼女の前に、返り血を浴びたナイフを見せてしまった時から?
「弱い者は不用」と彼女の前で言い切ってしまった時から?
―――ひとつだけ言える事は、もう取り返しがつかないという事だ。
「……アインさ〜ん……どこですか〜?」
その時、アインの背後から遥の声が聞こえた。暖かく、柔らかい声。
「……………ッッ!」
その声から逃れるように、アインは更に速度を上げる。
「私は、殺したくない……」
その為に、アインには必要な物が3つあった。
一つは、数分の時間。
一つは、大量の血液。
一つは、窓。
「……殺させない」
その条件が揃う場所まで、あと少し。
アインの眼には、未だ絶望は無かった。
↓
(13:39 同病院二階・階段前)
「……アインさ〜ん……どこですか〜?」
と言っても、アインさんの事だから返事してくれないんだろうな。
……まあ、血痕がはっきり残ってるから場所は分かりますけど。
ひょこっ、ひょこっ……。
少しもつれた足取りで私は進みます。
この方向にあるのは病室―――さっき、星川さんが死んじゃった所です。
それと藍ちゃんがいた病室、あとは薬品庫が……あったと思います。
うぅ……こんな事ならちゃんと病院の中、覚えておけば良かったなぁ……。
血の跡は点々と続いています。
先生のお話では、もうアインさんはいっぱい血が出てしまったから、少し
の出血でも致命傷になるって言ってました。
……でも、それじゃちょっとつまんないなぁ。
私、まだアインさんにちっとも強くなった所見せてないんですから。
アインさんにもっと強くなった所を見せて……
アインさんを直接この手でころして……
認めてもらうんだ。私が役立たずじゃないって。
「ん?」
―――血痕が途切れました。
ここは―――星川さんが死んだ病室です。
ドアは閉まっています。
コンコン♪
とりあえずノックしてみました。
「アインさ〜〜ん、居ますよね?」
……………。
返事はありません。
ノブに手をかけてみますが……やっぱり鍵が掛かってますね。
「フゥ……しょうがないなぁ……」
いつもの私なら無理だけど……今なら……。
大きく息を吸って、少し後ろに下がります。
「せぇ……のっ!」
ドガッ!
私は、全力でドアにぶつかりました。
木造のドアが大きく揺れます。
「よいっ……しょっ!」
更に二度、三度……。
ドガッ!……ドガッ!!
あ、ドアにひびが入ってきました。
……ビキィッ!!
……………?
何だろ?
私の肩が変な音を立てました。
まあ、痛くないから気にしません。
先生も「痛みは気からっちゅうてね、痛くないと思ったら痛くないもんやき」
って言ってましたし。
それに……もうちょっとで……
ベキャアッ!
その時、やっとドアが壊れました。そのまま転がるように中に突っ込みます。
「………え?」
―――そこには、誰もいませんでした。
部屋の中にはつい一時間程前のエーリヒさんと星川さんの血の跡がべっとりと
残っていて、今も鉄臭い匂いが充満しています。
「………あ」
窓が―――開いてました。
血痕はそこまで一直線に進んで、窓枠にべっとりと掌状に残っています。
フフッ、無茶な事をアインさんもやるもんですね。
あんな体で飛び降りても遠くに行けないに決まってるのに……。
でも、私もうかうかしてられません。
先生からもらったあの麻酔の薬は、効きが早い分回復も早いんだそうです。
私は窓枠から下を見下ろしました。
窓の一部が破られ、そこにアインさんの着ていたボディスーツが結ばれています。
見てみると、ボディスーツの端には更に下着が結ばれていました。
なるほど、これだけ高度を下げれば今のアインさんでも着地できますね。
私も同じ方法で降りたい所ですけど、右手がポッキリ折れてるから……
どうしようかな……?
うん、それじゃ……
「………んしょ、んしょっ」
窓に足を掛けて……。
「えいっ!」
そのまま一気に飛び降ります。
「(ピキッ)……あわわっ?」
ちょっと着地で転んじゃいました。
また足から変な音がしましたけど、気にしません。
服の埃をぱんぱんと叩いて、周りを見回します。
もう、アインさん、どこにいるのかなぁ……?
(13:42 同病院二階・同病室)
(物陰から素敵医師、ふらふらと現れる)
けへ、けへへへへへ……
遙、がががんばっとるみたいでセンセ嬉しいがよ。
まーったく、あのアインっちゅうのは無茶苦茶強いき、センセでは叶わん
けねェ……案の定、遙嬢ちゃんの前では骨抜きが。
世界一の殺し屋も逃げるばかりっちゅう感じですこぶる良好じゃき。
リチャード・キンブルばりの逃亡者っちゅう奴がか?
……きひっ、にしても、アインの嬢ちゃんも豪快がね。
今は全裸で逃げ回っとるんじゃき……。
(窓から下の景色を眺める)
おーおー、遙の奴張り切っちゅうてあんなとこまで……。
……ん?
………んんんんんん?
………ななな……なーんか変がよ?
………アインの嬢ちゃんは、ここから飛び降りた筈がね?
………なな、何で地面に血痕が……
「それはここにいるからよ」
あ?
(どがっ!)はぎゃあっ!?
センセ、いきなり棒か何かでふっとばされたがよ!
「そう遠い所から観戦してはいない、と踏んでたわ」
殴られた方に、片腕をシーツに包んだ素っ裸の娘っこが一人立って……
……アアア、アインの嬢ちゃん!?
「あ、あーあーあー……」
なーるほど、最初から脱出はブラフやったっちゅう訳がね。
シーツで止血して血痕隠して、センセを誘き寄せるために……
……って、ヤバイがよっ!冷静になっちゅう場合じゃないき!
「……ままま、待つがよ!」
「待たないわ」
(ぐしゃっ!)はぎょっ!?
センセ、殴られた勢いで壁に叩き付けられたが!
こここ……これは危険な状態じゃき……嬢ちゃん、完全にキレとるぜよ!
「……遙の中和剤、持ってるわね?」
「ちゅっ?ちゅーちゅーちゅー……あーあー……も、持っとるがよ!」
そう言いつつセンセ、懐から一本注射を出し……。
(ガッ!)へきゃっ!?
なんで叩き落とすがか!?
「……本物を出しなさい」
……………。
流石……世界一の暗殺者っちゅう所がね、いい勘してるぜよ。
今のは素敵医師オリジナルブレンド筋力増強剤【Ver.2,02】じゃったき……。
ここは素直に、一応従った方が賢明がよ。
「わわわ悪かったがよ!ちょっとしたウィミィジョークやき(ごそごそ)。
……ここここれが本物の中和剤が。これ一本で今の遙嬢ちゃんの諸症状は
全部リセットされるき……」
「……そう」
「あーあーあー、こここ、これで一件落着やき」
「……いえ、まだよ」
そう言ってアインの嬢ちゃん、「すぱす」をセンセに向けたが!
「すすっ、すまんかったがよォッ!」
センセ、ここぞとばかりに土下座したがよ!
……頭下げるだけなら只じゃき。
「センセ、ザドゥの大旦那に脅されちょっただけじゃき!これからは改心して
一日一善品行方正清廉潔白に生きていくが!ななな、なんじゃったら名前を
無敵医師とか善良医師とかに改名してもいいがよ!どーかっ!どーか先生を
許してたもーせッ!」
「……………」
「ど〜〜〜〜かっ!」
……な〜んて、ちゃーんとセンセ知っちゅうがよ?
嬢ちゃんが、無抵抗の相手は殺せない性分がっちゅう事は……
今ごろ嬢ちゃん、迷ってる所がね……。
「……頭を上げて。もう……いいわ」
そ〜ら来た♪
「かかか、感謝感激ぜよっ!これからは……」
センセ、そこまで言って―――
「さよなら」
デっかい音が鳴って―――
「……へきゃっ?」
―――撃たれたがよ。
腹に至近距離で「すぱす」撃ち……込まれて……。
センセ……そのまま仰向けに倒れて、ピクリとも……動けなく……なったが。
「最初から許すつもりは……無かったわ」
そ……う嬢ちゃ……んは……言い残す……と……部屋……か……ら……
…。
……。
………。
…………。
……………。
……あ〜〜〜〜〜………。
(むくっ)びっ……くりしたがよ〜〜〜……。
今のはとどめ刺されてたらヤバかったがね。
ししししっかし、あのアインって嬢ちゃんはポイント高いが。
こっちじゃデカオがおらんし、できればおクスリで手下にしたいがね。
………けへ、けへへへへへへへ……しっかし、まだ甘い、甘すぎやき。
あーあー、まだおクスリが効いてた時に殺した方がお互い幸せじゃったけねぇ……。
ま、せーぜー泣いてもらうとするが。
体はともかく、壊れた心っちゅうがはセンセにも治せんき……。
夜空に星が瞬くように……
壊れた心は戻らない……ちゅうてねェ……。
けへっ、けへっ、けへへへへへへへへへへへへへ………!
↓
だれがこまどりをころしたか?
それはわたしとすずめがいった
わたしのゆみとやで
わたしが ころした
―――童謡集「マザーグース」収録
『誰がコマドリを殺したか』より
(13:45 病院からやや離れた通り)
「!?」
病院から銃声が聞こえた瞬間、既に私は走り始めていました。
「アインさん……もうっ!」
―――悔しいな。
あ、騙された事が悔しいんじゃないですよ?
私以外の誰かにアインさんが本気になった事が悔しいんです。
「ひょっとして撃たれたのって、先生かなぁ?」
それなら安心です。先生は殺されるのには慣れっこだそうですし。
玄関が見えてきました。そのままの勢いで突っ込みます。
そのとき、廊下の奥の方から声が聞こえました。
『……遙!遙!?』
アインさん、私を呼んでます。
『………遙、私はここにいるわ。決着を着けましょう!』
ア、アインさん……嬉しい……!
やっと本気で殺し合ってくれるんですね!?
更に速度を上げます。
何だか右腕が重い気がしますけど、気になりません!
えっと、メスは……ちゃんと3本入ってます。
『……どうしたの遙、今更怯えてる訳でもないでしょう!?』
今行きます。アインさん、待ってて下さい!
頑張ってアインさんを切り刻みますから!
声のする場所は―――あそこです!
急停止してその扉の前に立ちます。
そこには、
「霊安室」
と書かれていました。
確か……死体を保存しておく場所だったかな?
フフッ、アインさんも結構ロマンチックな所あるんですね。
うかつに入ると不意打ちの可能性もあるけど、もう待てません。
「えいっ!」
勢いをつけて一気に中に転がり込みます。
「アインさん!?」
ひんやりした空気と、並ぶスチール棚。それに大きな―――多分死体さん達
を保存しておくのに使うんでしょう―――沢山の袋。
―――でも、そこにアインさんはいませんでした。
(13:50 同病院・霊安室)
「……………」
死体袋の中、アインは一糸纏わぬ姿で横になっていた。
スパスは無く、その手に一本の注射器が隠し持たれているのみである。
「……遙!私はここにいるわ。決着を着けましょう!」
荒い息を吐きつつも叫ぶ。
「どうしたの遙、今更怯えてる訳でもないでしょう!?」
あえて相手を挑発するかのような口調。
(遙……早く、出てきて……)
既にアインの体力は限界に達していた。
頭痛、眩暈、嘔吐感、腹部の鈍痛―――
(……もって十分、って所かしらね……)
それも、この後激しく動かず、怪我も負わず―――での話だ。
(チャンスは一回、失敗は許されないわ)
足音が聞こえてきた。
急速に大きさを増すその足音は一旦霊安室の前で止まり―――
「えいっ!」
妙に緊張感を削ぐ掛け声と共に入って来た。
「アインさん!?」
その足音の主、涼宮 遙は即座に周囲を見回し―――戸惑った表情を浮かべた。
「あれ?……アインさ〜ん?」
不安げに、更にきょろきょろと見回す遙。
ここまではアインの予測範囲だ。
あとは―――運と、遙の判断力次第。
今、アインは遙から見て右の棚の死体袋に入っていた。
本当は確実に一番上の段の袋に居たかったが、既に上がる体力が無かった為
一番下段の棚の袋に入っている。
袋に入る時は、あえてシーツをはずして血痕を残しておいた。
遙がまだ常人並みの観察力をを持っているなら、すぐ気づけるように。
「あ♪」
早速、この袋に目をつけたようだ。
「フフッ、駄目ですよアインさん。ちゃんと止血しないと……
手跡がべったり残ってます♪」
そう言いつつ、細い手がアインの袋のファスナーに伸び―――
「……な〜んて、もう同じ手には引っかかりませんよっ!?」
次の瞬間、遙の体は180度回転して背後にあった死体袋を切り裂いていた。
驚いた事に、死体袋には中身がまだ入っていた。
誰の物かは不明だが、既に木乃伊化した死体が切り口から少し覗いている。
「……あれ、おかしいなぁ?ここだと思ったんだけど……」
小首をかしげて、遙は更にその棚の死体袋を切る。
完全にアインの袋からは意識が離れているようだ。
(……ここまでは、よし……)
少しずつ、音を立てないようにファスナーを下ろしてゆく。
あとは背後への警戒を完全に解いている内に、注射する。それで完了だ。
(あと、少しで……)
その時、遙の動きが止まった。
「……これじゃきりがないですね、アインさん」
ポケットからハンカチを取り出し、メスを折れている右手に硬く結ぶ。
更に左手にはもう一本のメス。
(……?)
その行動にアインも動きを止め、遙の様子を伺う。
「一気に、いきます!」
突然遙はくるくると回り始めた。
左足を軸に、信じられないスピードで回る。
(ッ!)
それは、正に竜巻だった。
大きく広げている遙の手の先に触れた物体が、全ての区別なく切り刻まれてゆく。
重い衝撃音と共にスチール棚の一部が崩れ落ちた。
(これは……!?)
次第に接近する刃の竜巻。
アインはとっさに袋から脱出した。麻痺している右足を引き摺るようにして
立ち上がる。
「アインさん、やっと会え……」
遙は回転を止め、心底嬉しそうにアインを見つめた。
が、
「あ、あれっ?」
急にその足がよろめき、倒れる。
すかさずアインは飛び掛ろうとするが……こちらも右足の為に動けず、転んでしまう。
「……あ、あははっ、ちょっと目が回っちゃった……」
照れながら起き上がる遙。その笑顔だけは正気だった時のままだ。
「ねえアインさん、今のどうでしたか?私、今考えてやってみたんですけど……?」
「……ええ、やるじゃないの……」
無邪気に尋ねてくる遙に、アインはふらふらと立ち上がって答えた。
「本当ですか!?……嬉しいなぁ……」
更に嬉しそうに紅潮する遙。
対してアインは既に蒼白である。
(もう不意打ちは無理……残ってる手段は……)
まだ動く左足で床を蹴り、一気に遙との距離を詰める。
(正面から……やるしかないわね)
姿勢を低くして、体をひねる。
その勢いで右足が揺れた。棍棒で打ち込むかのように遙の足首を狙う。
「わわっ」
慌てて遙は飛び上がった。
その隙に注射を打ち込もうとするアイン。
だが、空中の遙はそのまま両手のメスをアインに振り下ろす。
「!」
アインはわざと足をすべらせて横に転がった。
直後、彼女のいた空間を2本のメスが通過する。
(早い……!)
転がった状態で、アインはあえて遙の方に突っ込んだ。
「アハハッ!アインさん、やっぱり凄いです!」
メスの刃というのは鋭さこそあるものの、その刃部の長さは極めて短く、
至近距離では振りまわせない。
とっさにメスの持ち方を変えようとするが、先にアインが動いた。
アインの左足と右腕がカエルのように曲げられる。
(これが……ラスト……!)
一気に跳躍する。
双方の息がかかる程の距離。
一方の表情は笑顔。
一方の表情は焦りと決意。
アインの左手の注射器が構えられる。
同時に遙のメスの持ち替えが完了した。アインの肩に垂直に振り下ろす形。
(これで……)
「アインさん……」
(終わらせる……っ!)
「とどめですっ!」
二人の腕が動き―――
―――止まった。
アインの左手は遙の首筋の手前で。
遙の左手はアインの肩口に食い込んで。
アインの肩から更に血が吹き出る。今度は動脈まで傷ついたようだ。
「フフッ、もうおしまいですか?」
「……………」
その時、遙の左手にアインの右手が弱々しく当てられた。
「!?」
遙の目が見開かれる。
アインの口元に微かな笑みが浮かんだ。
押し出そうとするのでなく―――更に自分にメスを食い込ませる。
「なっ、何で……!?」
「今よ、藍!」
アインが叫ぶ、その目線の先は……遙の背後。
「えっ!?」
慌てて遙は首だけ背後に向けた。
誰も……いない。
「あ」
瞬間、遙の首筋に注射器が打ちこまれた。
「……………!」
そのまま中の液体を全て注入する。
「あ、あ、あ……?」
よろめきながら後退する遙。
メスが床に落ち、アインも開放される。
崩れ落ちそうになる体を必死に支えるアイン。
(……まだよ……!)
正直このまま倒れてしまいたかったが、それは許されなかった。
遙の様子を見届け、確認するまでは。
「あ、ああ、あああ……」
呆けたような顔で天井を見つめる遙。その瞳には何も写っていない。
「あああ、あああああ、あああああああ……!」
次第にその口から出る音は声となり、
「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁっっ!」
絶叫となった。
座り込み、苦痛の叫びをあげる遙。
「痛!痛っ!痛いっ!何、これ……!!痛いよ、痛いよぉ!」
全身を押さえようとして、更にその痛みで苦しむ。
無理もなかった。アインが確認できただけで右手骨折、筋肉損傷、その他
無数の擦傷、打ち身……それらの痛みが一斉に遙を襲っているのだ。
「落ち着いて遙。もう……大丈夫だから……」
アインは体を引き摺り、遙に近づいた。
「アッ、アイン……さん……!?痛いよ、痛いよぉ……!」
そこで初めて遙はアインに気づいたらしい。体を丸めたまま、左手を声の
する方向にさまよわせる。
その手をアインが握った。優しく、柔らかく。
「大丈夫、大丈夫よ遙……命に別状は無いわ。心配いらない……!」
「わっ、私、どうしちゃったの……!?」
「覚えてないのね……貴方、包帯姿の男に薬物で……」
「………!!!」
その時、ぴたりと遙の動きが止まった。
ゆっくりと、まるで恐ろしい物でも見るかのように本当にゆっくりと顔を上げる。
「アイン……さん……!?」
遙の目が、アインを見た。
肩口の真新しい傷口。
まだじくじくと血を流している右腕。
そして、明らかに不自然に伸びている右足。
「あ……あ……わ、私……!」
次第にその瞳が混乱から抜け出し、衝撃へと移ってゆく。
「私なら大丈夫。……単なるかすり傷よ」
果たしてこの蒼白な顔で言ってどれだけの説得力があるだろう?
貧血ではっきりしない意識の中、アインはそう思いつつも言った。
「……………」
遙は答えない。その肩が震え、たちまち大粒の涙が流れ落ちる。
「わ、私……何てこと……なんてこと……!」
「泣かないで遙。本当に……大丈夫だから……」
言いながら遙の横に回りこみ、彼女を立ち上がらせる。
自分が動ける内に遙を病室まで運ばなくては。
(それから神楽を探して……間に合うかしらね……?)
「………………」
ふと、アインは遙の様子がおかしい事に気づいた。
足元をじっと見つめたまま、微動だにしない。
ついさっきまで苦痛の叫びを上げていたというのに。
「……遙?」
「……残念だなぁ。お薬が効いてる間に殺したかったのに……」
「は……る……」
―――その言葉の意味を理解する前に、アインは遙を突き飛ばしていた。
(っ!?)
「きゃっ……!」
よろめいて倒れる遙。
それはアインの意思ではない動きだった。
既に判断能力を失いつつある意識の代わりに、非常時の対応を叩き込まれた体が
反射で彼女への危険を排除しようとしているのだ。
同時にそれは、完全に手加減が出来ない事も意味していた。
(……何故なの、遙……)
さっきまでの行動―――苦痛を訴えてからのものは全て演技だったのか?
否、それなら自分を仕留める隙はいくらでもあった筈だ。
では……遙は正気で自分を殺そうとしているのか?
「……今度こそ……貴方を……殺しますね……」
ふらふらと立ち上がる遙。その手には、一本のメスが握られている。
どうやらメスを遙は3本以上持っていたらしい。
「さっ、さあ……アイン……さん……どう、します……か……?」
(……!?)
遙の声は、かすかに震えていた。
「もう……私を、殺すしか……あり……ませんよ……!」
その顔が上げられる。
―――泣いていた。
目を赤くして、涙をぽろぽろ流しながら、遙はアインを見つめていた。
その瞳に移るものは苦しみ、痛み、怯え、―――そしてそれ以上の覚悟。
「私は、他の人も……殺します……!アインさんっ!生き残りたかったら、
私を……殺すしか……ないですよ……ッ!」
「遙……!」
その時、アインは遙の意図を理解した。
「ダメ、ダメよ遙……!」
伝えたい感情があるのに、言葉が出てこない。
遙は、ゆっくりとメスをアインに向けた。
「優しいですね、アインさん……」
「遙……っ!」
「でも、もう……私、これ以上……みんなの……」
「遙……やめて、誰も貴方を責め……!」
「行きます……!」
遙が動いた。さっきまでとは比べ物にならない遅さ。
(ダメ……ッ!)
だが、
(来ないで……!)
アインの体は、的確に動いていた。
(は)
走ってくる遙の勢いを流して背後に回る。
(る)
そのまま腕を遙の喉に食い込ませ、すとんと真下に全体重を掛け―――
(か)
ごきっ
首の骨が折れる音。
吐き出される血。
急速に力を失う遙の体。
―――それらの感覚を最後に感じ、アインは意識を失った。
(14:03 同病院・一階診療室)
目が覚めると、アインはベッドに寝かされている自分に気づいた。
全裸だった筈の体は消毒液の匂いがするパジャマに着替えさせられている。
口を開け、何か言おうとしてみる。
「ア……」
だが言葉は出なかった。舌が思うように動かない。
いや、舌どころか全身が麻痺したかのようになっていた。
麻酔でもかけられているのだろうか?
「お、おーおーおー……嬢ちゃん、もう気がついたがか?」
その時、アインの視界に突如包帯姿の男が現れた。
「!?」
(そんな……この男はさっき……!?)
アインの目が見開かれる。間違いなく自分が撃ち殺した筈の怪人。
その包帯男―――素敵医師はそんな混乱しているアインの様子を楽しげに眺め
つつ言った。
「あー、気にせんでもええき、センセは不死身じゃき」
「ア……ウ……!」
「あーもー、輸血終わるまでじっとしとりゃーせ!」
(……輸血?)
そこでアインは初めて、自分の腕に刺さっているチューブに気がついた。
それらの先にぶら下がる輸血パック。
(…………!!!)
更にもがこうとするアイン。素敵医師はわざとらしく肩をすくめると腐臭を
発する顔を近づけた。
「ししし、心配せんでええがよ。別に変なのは入っとらんき。純度100%の血液
じゃき……。ここっこ、これはセンセからのボーナスやき」
(ボー……ナス?)
ぱちぱちぱち。
急に素敵医師はぞんざいな拍手をすると、懐から一個のクラッカーを出した。
ぽんっ。
安っぽい紙テープが飛び出し、アインの顔にかかる。
「嬢ちゃん、殺人数単独トップおめでとーう!……がよ」
99 :
Who killed Cook Robin?(10):02/03/07 13:00 ID:WH67aTzJ
(な……!)
瞬間、数分前の光景がアインの脳裏にフラッシュバックする。
遙の涙。
反射的に動いてしまった自分の体。
へし折った細い首。
「ぶぶ、ぶっちゃけた話アイン嬢ちゃんみたいに殺しまくる人はまだ生きていて
欲しいがよ。……これはセンセからの特別さーびすやき」
彼女の心境を知ってか知らずか一方的にしゃべる素敵医師。
「……………!」
アインはその包帯で巻かれた顔を睨みつけた。その視線に気づき、素敵医師も
正面から睨み返す。だが、その口元には哀れみの笑みが浮かんでいた。
「にしても、嬢ちゃんもバカなマネしたもんがよ……。遙の嬢ちゃんが正気に
戻れば、ああなる事くらいわかっとったがね」
「ア……グ……!」
「たた、只でさえ自分が役立たずっちゅーて落ちこんどる娘が、気づいたら
その落ち込みが許で更に人殺しかけたんやき……まあ普通じゃったら死のう
思うが普通がね……けひゃ、けひゃひゃひゃひゃははははははは!」
「ウ……ウァ……!」
圧倒的な絶望と屈辱がアインを襲っていた。
遙を救えなかった自分。
彼女の苦しみを理解できなかった自分。
結局、敵の掌の上で踊る事しかできなかった自分。
―――だが、それ故にアインは目を逸らす事はできなかった。
この男の顔を絶対に忘れない為に。
それは、アインの中に長らく存在していなかった感情であった。
「何か」の為に殺すという「殺意」ではなく、
「自分」の為に殺すという「感情」―――憎しみ。
かつて、愛する人―――ツヴァイが狙われた時に感じた感情。
「ままま、もう少し休むがいいがよ。30分位で麻酔も切れるき………。
あ、あと内臓の弾も抜いといたがよ。感謝しとーせ!」
そう言って、素敵医師は背を向けた。相変わらずの足取りで部屋を出てゆく。
「へきゃっ、へきゃきゃきゃきゃきゃ……!」
その去りゆく背中を、再び白濁する意識の中、最後までアインは見つづた。
(遙……ごめん……)
ああ、私はこの言葉を結局一度もあの人に言えなかった。
アインはそれに気がつき、少しだけ、泣いた。
↓
【No,23 アイン】
【スタンス:素敵医師の殺害が追加】
【備考:輸血により血液量正常に戻る】
【 内臓の弾丸摘出完了】
No,25 涼宮 遙 死亡
―――残り25人。
世の中には、2種類の人間が居る。
優しい人と、優しくない人。
優しい人とは、私のことを最優先に考えてくれる人。
優しくない人とは、私のことよりも自分のことを優先してしまう人。
それが、松倉藍(No.19)の認識だ。
それは、とても甘ったれた、自己中心的な考えだ。
しかし、彼女の生い立ちを鑑みると、その幼い認識も仕方がない部分がある。
彼女は10年前に「獣」に取り憑かれて以降、殆どの時間を獣の意識下で過ごしてきたからだ。
社会生活で学ぶべきことは獣が学び、彼女はその深層から眺めているだけだったからだ。
彼女の心と知性、そして判断力は、小学校低学年のまま成長する機会を与えられなかったからだ。
では、そんな彼女にとっての獣とはどちらに属するのか。
「どちらにも属さない」が答えだ。
なぜなら獣は彼女のもう一つの顔。もう一つの心。もう一つの声。
藍にとっての獣とは、鏡に映ったもうひとりの「藍」そのものなのだ。
憑依当初、獣は、自分の記憶を持っていなかった。
獣は、藍と対話し、藍を模倣し、藍を演じることでゼロから自らを作り上げた。
この10年間、経験と記憶、対人関係の全てを共有知識として価値観を育ててきた。
その意味では客観的に見ても、クローン的な見地で、獣と藍は同一人物と言えるかもしれない。
だが、それもこの秋までのことだ。
悠夏の神社が堂島によって燃やされた時……獣の現世での本体である絵馬が焼失した時、
獣はイズ=ホゥトリャの記憶を取り戻し、番人として為すべきことを思い出したからだ。
藍はもうひとりの自分が、全く別の価値観や、全く知らない知識に基づいた言動を
取るようになったことに、戸惑いと違和感を隠しきれないでいた。
それが、この島に来る直前のことだ。
そして、今……
>13, >99
(1日目 13:36)
病院の南、渡り廊下の先にある民家(病院主の自宅)のキッチンで、藍は御飯が炊けるのを待っていた。
食卓の上には、下手なりに努力したという苦労の跡が見られるおかずが並べられている。
(早くご飯炊けないかな……神楽ちゃんは美味しいっていってくれるかな?)
頬杖をついて、ぼうと炊飯器を見つめている藍。
彼女のその様子に、危機感は感じられなかった。
自分が他の参加者に殺されるということはまるで心配していないからだ。
神楽が「守る」と約束したその言葉を、迷うこと無しに信じ込んでいたから。
獣が手を出せない存在であること、死にかけた藍を瞬時に回復させたことで、
彼女の中の神楽像は絶対的な……崇拝対象に近い存在となっていたのだ。
しかし。
彼女の中で神楽の存在が膨らめば膨らむほど、獣に対する不満が、相対的に膨れ上がって来る。
(どうして堂島を殺さなくちゃいけないの? 殺したら私まで死んじゃうのに。
私は死にたくないのに。それが決まりだからって、あんまりだよ。
大体あの子は……)
「……あの子?」
思わず口をついたその言葉は、とても奇妙で、新鮮な響きだった。
「あの子……」
もう一度口にする。
今まで漠として正体が見えなかった戸惑いと違和感が、輪郭を持ったものとして感じられてくる。
「あの子!!」
もう一度口にする。今度は確信を込めて。
藍が10年来自分と同一視していた獣を、初めて別の人格と認識した瞬間だった。
(そうだよ、あの子だよ。あの子がおかしくなっちゃったんだよ!!
あの子は、優しい神楽ちゃんを敵だって言う。
あの子は、お兄さんよりもヤマノカミのほうが大事って言う。
全部、私と違う考えだよ。全部私が嫌だって思うことだよ。)
「全部あの子の……
ううん、こいつのせいなんだ。」
獣を自分と切り離して考えることで、ジレンマが氷解してゆく。ぱらぱらと音を立てて。
目の前が、ぱあっと明るく開ける。
それは藍が今まで感じたことのない、壮大で気分の良いカタルシスだった。
(いつもこいつは「決まり」って言葉で片付けるけど、
良く考えたら、それは第三界とかの決まりで、私の世界の決まりじゃないよ。
私が守らなくちゃいけない理由だって全然無いよ。
それなのにこいつは、私の嫌なことを私にさせようとする。
自分ひとりでやればいいのに、私まで巻き添えにする。
全然優しくないよ。ひどい子だよ。
だったら……)
確かに、堂島の件については、藍の思うとおりだった。
だが、藍の甘ったれた幼い精神は、全ての不都合の責任を獣に押し付ける形でエスカレートさせてしまう。
(大体、こいつが私に取り付いたから、私は変な風になっちゃったんだよ。
猫少女とか言われて。お友達みんなが離れてっちゃって。
そうだよ! こいつが居なければ、お兄さんだって私だけに優しくしてくれたはずなんだ。
こいつは私じゃないのに、私の体を使って私の真似して、お兄さんになでなでとかしてもらって。
それってすごくズルいよ!)
そして、棚の上げどころを見つけて興奮状態にある頭脳が、
(こいつが居なければ嫌なことは全部なくなるんだよ!!)
という短絡的な考えに行き着くまでに、さほど時間はかからなかった。
『ねえ、ねえ、起きてる?』
『……。』
『本当に寝てるの?ねえ?』
『……。』
藍は獣が睡眠中であることを確認すると、民家の玄関に向かい、靴を履く。
病院脇で墓を掘っているであろう、神楽の元に駆け寄るために。
(神楽ちゃんに全部話して、こいつを私から取ってもらおう。
もし取れなかったら、やっつけてもらおう。
死んじゃっても第三界に還るだけだって言ってたし。)
(それから神楽ちゃんに、ヤマノカミっていうやつもやっつけてもらえば、
お兄さんも安曇村も呪われないで済むよ!!)
藍は神楽の都合も能力も何一つ考えず、自分勝手で都合のいい未来予想図に頬を緩める。
神楽は優しい人だ。
自分のお願いを全部聞いてくれるに決まっている。
……幼く危険な思い込みを胸に、藍は玄関を後にする。
藍が玄関から渡り廊下に出た時だった。
パン!!
ブシャアアアァァァッッ!!
乾いた破裂音と、得体の知れない発泡音が耳に届いたのは。
その音は、間違いなく病院の待合室から聞こえて来ていた。
「な、なに!?」
出鼻を挫かれ狼狽する藍の言葉に呼応して、心の奥から、舌足らずな声が響く。
『昼の放送までに単独行動を取らないと死ぬことになるって、警告のお姉さんが言ってたょね。
……今のは多分鉄砲の音だょ。』
響く銃声に身の危険を感じた獣が、目を覚ましていた。
「うそ……どうして? 神楽ちゃんが居るのに!?」
『神楽も無敵って訳じゃないょ。あいつの気配は、病院から感じない。
たぶん、逃げたんだょ。』
「だって神楽ちゃんは守ってくれるって言ったよ?
逃げるなんて、そんなはず絶対にないよ!!」
『じゃあ死んだんだょ。
それよりも、これが主催者側の介入なら、わたしたちもターゲットだょ。
……逃げるょ。』
「ダメだよ!絶対神楽ちゃんが守ってくれるから、じっとしてようよ。
逃げちゃったら神楽ちゃんに守ってもらえなくなっちゃうもん!!」
『……。』
現実を直視せず、駄々をこねる藍を見かねて、獣は主導権の奪取を試みる。
宿主・藍の人格をそれなりに重んじている獣なので、強奪は滅多に行わないのだが、
正体を出せないこの時間帯での判断の遅れは、死に繋がりかねないという緊急時ゆえの強権発動だった。
しかし。
(なんで!? 浮上できないょ!?)
獣は主導権を握ることが出来なかった。
藍に今までにない強い意志で浮上を阻害されたからだ。
それは、阻害というより拒絶だった。
また、浮上の拒絶以上に、獣そのものの存在に対しての拒絶感が強かった。
獣は気付かぬうちに藍と自分との間に深く掘り込まれた、溝にたじろぐ。
(神楽め……藍を誑かし)
獣は心の中で溜息を付く。
『……解ったょ。
じゃあ、危険が去るまで隠れてょうょ。』
『うん、神楽ちゃんが来るのを待とう。』
獣は不倶戴天の天敵・天津神にこれほどまでに傾倒している藍に怒りを覚えつつ、
心の奥底から藍の心を注意深く観察する。
主導権を取って代わる為の隙間を見つけるために。
(1日目 14:10)
『静かになってからだいぶ経つね……』
『それに、争いの気配ずっと消えたままだょ。
そろそろ外に出てみょうょ?』
『うん。』
キッチンシンクが内側から開き、中から藍が這い出てくる。
彼女は、そろりそろりと足音をたてないように民家の玄関へ向かい、
渡り廊下の陰から病院の様子を伺う為に顔を出すと……
目線の先、病院の1階の窓。
明らかに藍の出現を待ち構えていた素敵医師が、藍に向かって手を振っていた。
「やっと出てきよったがか、松倉藍。
センセ待ちくたびれてしもうたがよ。」
「うぁ!」
出会い頭の衝撃と狂気の目を直視してしまったショックで、藍は一瞬、茫然自失となる。
獣は、その隙を見逃さなかった。
猛烈な勢いで浮上し、電光石火の主導権ジャックを敢行。
「あ、だ、だめd……」
「非常事態だからね。」
それを成功させる。
そして獣は、その勢いのまま、東へ向けて一直線に逃げ出す。
「あー、松倉藍。
いとさんが探しちゅう堂島な、港におるぞ。」
「な!?」
ぴたり。
背後からかけられたあまりにも意外で有用な言葉に、獣の足が止まる。
「そんな情報を流して…… おまえの目的は何?」
獣は鋭く貫く目線で素敵医師の真意を探りつつ、言葉を待つ。
「ゲームの円滑な進行と、そのための殺意の後押しがよ。」
シンプルな答えだった。
そして、納得の行く答えだった。
また、自分が堂島殺害を狙う限り、主催者組織は敵では無いと言うこともはっきりした。
「……情報、感謝だょ。」
藍は感情の篭らない礼を述べると南へと方向転換し、猫を感じさせるしなやかな足取りで南へと歩み出す。
その頬には、微笑が浮かんでいた。酷薄そうな。
「へひひひひ……」
素敵医師はハンカチを手に藍を見送りながら、喘息の発作のように笑い続けていた。
「病院組が完全分裂したがで、これにてお仕置きは完了やき。
さて、次は森の眠れる魔女か、灯台の女王様とそのペットなが。
どっちから行こうやかね……」
↓
【藍】
【現在位置:病院 → 港】
【スタンス(藍):@神楽捜索 A獣封印・分離】
【スタンス(獣):堂島殺害】
【備考:獣が主導権掌握】
秋穂は見ていた。
インポになったことが我慢できず暴れ回るランスを。
悪魔を呼び出し、傍若無人に振舞うランスを。
裏で糸を引く創造神の影に怯える少女たちを力強く抱きしめたランスを。
(こういうタイプ、あたいには馴染みがあるね)
秋穂は腕を組んだまま目を閉じ、少女時代を追憶する。
荒れていた10代中盤。
彼女はレディースの総長として君臨していた。
よく暴走族と徒党を組んでは、夜の湾岸を暴走したものだ。
剥き出しの感情と無根拠に漲る自信、そして後ろを顧みない若さ。
彼女の目には、そんな昔の仲間たちとランスの姿が重なって見えていた。
尤も、彼らとランスでは自衛隊員とゴジラくらいスケールの違いがあるのだが。
それでも、秋穂にとって扱いやすく、頼り甲斐がある人間であることは確かだ。
彼女はランス一行への参加を申し出るため、洞窟へ足を踏み入れようとする。
(肇―――)
その時、別れた想い人の横顔が頭を翳める。
自分で終わらせた関係ではあるが、今なお、秋穂の心に棲んでいる男。
(私は……)
ランスは現在勃起障害を起こしているし、仮に障害が回復したとしても、
鍛え上げたセールストークで性交渉を回避するつもりではいる。
だが―――相手が女性としての秋穂を望むであろうことが明白である上で
身を寄せるということは、前歴に似合わぬ一途さを持つ秋穂には、
肇に対する裏切りだと感じられてしまうのだ。
そこに、躊躇いが生じる。
愛と命。
天秤が激しく揺れる。
秋穂は目を閉じ、肇との別れを思い出す。
「一流のOLになることが、私の夢だから。
あなたがいると、あなたの事しか考えられなくなるから。
―――夢を、追えなくなるから」
不器用な秋穂には、バランスを取って恋と夢を両立することが出来なかった。
中途半端は許せないという性格も、両立の道を閉ざす要因になった。
それが、別れの理由だ。
今も後悔がある。
しかし、例え夢を捨て恋を取っていたとしても、
やはり後悔はしているだろうと、秋穂は自身を分析していた。
(だったら迷わずに、仕事に打ち込め。
それが選択に対する義務だし、肇に対する誠意だろ!)
その一念でこの一ヶ月、秋穂は生活していた。
―――強い北風を身に受け、秋穂は目を開ける。
(死んだら夢に手が届かなくなるじゃねえか。
夢に向かう道で努力を惜しんじゃ、肇に対して失礼ってもんだ)
その目には、強い意志が宿っていた。
(あたいは、今を生きて、未来を掴む)
不器用な秋穂は、肇の面影を振り切り、決断した。
今度こそ、力強く洞窟内へ踏み出す。
「あー、お取り込み中のところ悪いんだけど。
ちょっといいかな?」
「ぬ!」
洞窟の入り口から聞こえて来た声に、反射的にバスタードソードに
手をやるランスだったが、彼女の姿を認めるや、
「気の強そうな眉に、くりくりの目。成熟したボディ……
グッドだ!!」
と、いつもの調子で寸評を入れ、戦闘体勢を解いた。
「私も、仲間に入れてもらえないかな?」
秋穂は緊張を見せず、さらりとランスにそう告げた。
彼女には断わられない―――少なくとも危害は加えられない自信があった。
「つまり、あれか?
お前もこの2人同様に、俺様の魅力にメロメロなわけだな?」
「うーん……ランスさんはとても強そうだし、男らしく女の子を守ってるから、
ちょっと惹かれてる部分はあるわね」
腹を決めている秋穂の言葉に躊躇いは見られなかった。
尤も、それはリップサービスでしかなかったが。
「じゃあ問題ない。お前も俺様の女になれ」
「そうね……今後のランスさんの活躍次第で検討する、ってところかしら?
ゲームの終わりまで、私たちを守り抜いて。
そうしたら私、考えるわ」
「むぅ……面倒だがまあいいだろう。
俺様の強さとカッコ良さを十分知って、らぶらぶになったお前……
お前、名前は?」
「篠原秋穂よ」
「らぶらぶになった秋穂を抱くのも悪くない。
よし、そうしよう。それに決定だ」
「んじゃ、妹に自己紹介とかそんなのをいっちょ」
ニューカマーとの会話に混じりたくてウズウズしていたアリスが、
ランスと秋穂の合意を察し、割り込んできた。
「あたしはアリスメンディ。
ふつーのかわいい女の子に見えて、じ・つ・わ・っ!!
なんとっ!! 闇夜を統べる大魔王だったりするのです……」
「……アリス、さっきウィリスより位が低いって言ってなかったか?」
「うわ、ランスてばそ〜〜〜んな細かい突っ込み入れなくてもいいじゃんか。
おこれる、ぷんすか!!」
アリスはぷうと頬を膨らませ、ランスをぽかぽかする。
「聞いていたと思うけど、私は秋穂。仲良くしましょうね」
「おまかせっっ! 3P4Pぜ〜〜んぜんOKッ!
でも、おちん○んの独り占めはダメだよ?」
「あの…… 仲良くってそーゆー意味じゃないんだけど」
淫猥なことをあっけらかんと口にするアリスに、秋穂は曖昧な笑みで答える。
それから目線をランスの背後に移すと、
「……ユリーシャちゃん、今度は、いいかな?」
ランスの背中に張り付き、隠れるように立っている少女に手を振った。
「今度は?」
ランスは少しだけ訝しげに秋穂に聞き返す。
「さっきちょっとね。
ユリーシャちゃんにここを追い出されたものだから」
「ユリーシャ、どういうことだ?」
ランスはユリーシャを振り返り、説明を求めようとしたが、
それより早く、ユリーシャが彼のマントにすがり付いてきた。
「ランスさんごめんなさい。
ランスさんごめんなさい。
ユリーシャが悪い子でした。
お願いです、捨てないで下さい……」
大きく幼い瞳をこれ以上無い程に見開き、惜しみなく真珠の涙を零し、
ランスだけを見つめて。
路地裏のダンボール箱から見上げる子猫の瞳で怯え、懇願する。
「え、あ、」
ランスはユリーシャのあまりの仰々しさ、悲痛さに絶句する。
「捨てないで下さい。捨てないで下さい。捨てないで下さい」
「……いや、な。俺様はお前に留守番を頼んだわけだから、
お前は間違ったことをしたわけじゃない。
俺様の女ならばもうちょっと気を利かせろと、それだけのことでな」
「私も気にしてないから。仲良くしましょ、ね?」
「捨てないで下さい。捨てないで下さい。捨てないで下さい」
「……どうしたもんだ、秋穂」
捨てないでと繰り返し呟き、静かに涙を零し続けるユリーシャに困惑し
ランスは実に彼らしくない、情けない表情で秋穂に救いを求める。
「んー、抱きしめて、優しい言葉をかけてあげたら?」
郷愁に似た気持ちを味わいながら、大人の笑みを浮かべて秋穂は答えた。
(ふふ……
ランスが不良のリーダーなら、ユリーシャちゃんは彼に恋しちまった
後輩の純情真面目少女、ってところだね)
ランスはついさっきの「安心しろ」発言の折とは打って変わって、
落ち着きも余裕も無い態度でとりあえずユリーシャを抱き寄せる。
それからしばらく頭をポリポリと掻いて、発した言葉がこれだった。
「……まあ、なんだ、ユリーシャ。
お前は俺様の女だから、捨てるなどと言う勿体無いことはしない。
泣き止んでくれ」
歯切れの悪い言葉だったが、ユリーシャはそれでようやく我に帰ったのだろう。
「……ありがとうございます」
すぐそばにあるランスの耳にも届かないような小さな声でそう囁いて、
遠慮がちに彼の背中に細い手を回した。
ランスは、ユリーシャの慟哭がどうにか落ち着いたとき、
いつもなら煩いくらいに絡んでくるアリスが沈黙を保っていたことに気付いた。
黙られていたら黙られていたでなんとなく物足りなかったらしく、
彼は洞窟の入り口あたりでしゃがみ込んでいるアリスに声をかける。
「おい、アリス。えらく大人しいじゃないか?」
かさ、かさ。
彼女の足元から、小さな衣擦れのような音がしている。
「なんか音がしたから、なにかななにかな〜って思って見に来た。
そしたら……」
そういいつつ、アリスは壁面の一点を指差す。
指先を視線で追ったランスの目に、衣冠束帯姿の小さなのっぺらぼうが映る。
それは、壁面に生えている黴を勺でコリコリと削っていた。
「ほう、ずんべらの小人さんか」
「違うよランス、これ式神」
「式神?」
「陰陽師ってゆ〜お仕事の人がね、お人形に魂吹き込んで……て、あ!!
ぴろりん!!」
アリスは人差し指を立てると、ランスに向かってウインクを決めた。
「ランスランス、 陰陽師だよ、陰陽師!!
もしかしたらふにゃちん、元に戻せるかもしんないよ!!」
「何っ!?」
「陰陽師てば、ほら、呪いのエキスパートじゃんか?
せ〜め〜誘い受けでひろまさ攻めの平安☆ラヴウォーズ!!
やあぁぁん、野村萬斎ちょ〜ぜつかっこいい〜〜!!」
ランスとユリーシャにはさっぱり解らない言葉だったが、
秋穂には意味が伝わったらしく、あはははと健全な笑い声を洞窟に響かせた。
「よくわからんが、つまり、この小人さんの後をつければ、
その陰陽師とやらに行き着くわけだな?」
「そ〜ゆ〜こと!」
「でかしたアリス!!」
「と、言うわけで」
ユリーシャの介添えですっかり鎧を着込んだランスが、秋穂に向き直る。
「お前との熱く激しいセックスの為に、俺様のハイパー兵器の呪いを解いてくる。
あそこをぬれぬれにして待っていろ、秋穂」
「それはいや。
言ったでしょう? 私は強い男が好きだって。
私を抱きたかったらゲームが終わるまで守り通して」
「がはははは、任せろ。
ハイパー兵器さえギンギンになれば、俺様は無敵だ。
ルドムサラウなど屁でもない!!」
「期待してるわ」
秋穂は言葉と裏腹に期待している様子は見せず、さらっと流す。
それに気付かない幸せなランスは彼女の腰を唐突にぎゅっと抱きしめた。
「きゃっ!」
「がははは、結構引き締まった体をしているな。激しいSEXが期待できそうだ!」
「んもう……」
「それじゃ、秋穂。留守番を頼むぞ」
「任せておいて」
「あの、」
「何だ、ユリーシャ?」
「あ〜〜〜、ランスてば早く早く!!
式神が森の奥にずんずん入ってっちゃうよ〜〜!!」
「……お気をつけて」
「おう」
くるりと背を向け森に向かうランスと、その背中を見送る秋穂には、
その後ろで俯いたユリーシャの表情に気付かなかったし、
彼女が、本当は何を言おうとしていたのかもわからなかった。
↓
【グループ:ランス・ユリーシャ・アリス・秋穂】
【ランス・アリス】
【現在位置:洞窟 → 南(式神追跡)】
【スタンス:陰陽師捜索を最優先に。他は変わらず】
【ユリーシャ・秋穂】
【現在位置:洞窟】
【スタンス:待機潜伏】
>>105は、
>51, >57 (15:40)です。
>#1 355, >#1 452
(1日目 13:55)
その2人は港の西の外れでそっと肩を寄せ合い、揺れる波を見つめていた。
膝を抱え、小さく背を丸め、体育座りをしていた。
そこには、傍目で見た者の胸すら締め付けてしまいそうな、淀み沈んだ空気が漂っていた。
「真人……」
「……」
「俺達は、弱いな」
「……ああ」
タカさんにお株を奪われたというか、格の違いを見せ付けられたというか。
今まで自分たちが散々行ってきた狼藉のダイジェスト版を、こってり&ずっぽり体に刻み込まれ、
屈辱に沈み込んでいる17番 神条真人と20番 勝沼紳一だ。
「女どもは―――こんな思いをしていたのだな」
「……」
「悔しさと怒りに心を燃やしても、体に与えられる痛みと快楽に強く支配され、
やがて失望と無力感が満たしてゆく……」
「……」
「因果応報、か……」
筆舌に尽くし難い屈辱のひとときを思い出したのか、じわりと涙を浮かべる真人。
自嘲に口元を歪ませ、はははと乾いた笑いを零す紳一。
そしてまた、沈黙のヴェールが2人を覆う。
正午に比べ幾分柔らかくなった潮騒が、2人を包み込む。
その時、
「……キャアアアアアアアアァァァァァッッッ!!!」
西風が少女の悲鳴を運んできた。
「女の声だな」
「……ああ」
「殺されそうになっているのだろうか」
「……」
「それとも、犯されそうになっているのだろうか」
「……さあな」
「―――どちらにしろ、我々には関係の無い話か」
紳一はまた唇を歪め、真人は悲鳴が聞こえた方向に黙って顔を向けたままだ。
普段の彼らであれば一も二もなく飛び出しているところだが、
(また、怖い目に会うのではないか)
(次は殺されるかもしれない)
拭い去れない恐怖感が植え付けられた今、彼らはそう怯えてしまうのだ。
しかし―――真人は顔をゆっくりと紳一の方向へ向け、噛み締めるように言った。
「……いや、行こう、紳一」
その表情は真剣そのものだった。
「行ってどうする?」
「……犯す」
「本気か?」
「このままじゃ、俺たちはダメになる。
陵辱によって失われた誇りは、陵辱によってしか取り戻せねえ。
だから……犯す」
「……無理だ」
紳一は吐き捨てるようにそう言うと、責める様な口調で続ける。
「お前は、出せるのか?」
「それは……」
「90分で7本も搾り取られて、それからインターバルが30分とない今、
お前は陵辱の証であるところのザーメンを放てるのか?
赤剥けて触らずとも痛む陰茎を立たせ、突っ込み、摩擦させることが。
途方もない虚脱感に沈む睾丸で精液を製造し、沸騰させることが。
疲れ果て、傷を負った心でSEXに快楽を得ることが出来るのか!?」
「わからない―――未だかつて、これほどの精力を消耗したことはねえからな。
だが、出す。出してみせる。
たとえ粉しか出ないとしても、赤玉が出るのだとしても。
俺の誇りを取り戻すために、犯す」
「誇り……」
「そう、誇りだ。陵辱されたままじゃ鬼の監禁陵辱魔の名が廃る。
お前もそうだろう? 処女膜50枚破りの鬼畜だろう?
だから行こう、紳一。俺達が俺達を取り戻すために」
真人の鼓舞に、紳一は迷う。
その迷いを打ち消すかのような真人の強い目線が、紳一を射抜く。
「……そうだな。
あの叫び声には、処女の気配が感じられた。
であれば、彼女を女にしてやるのが私の役目だからな」
「直感だが俺も、あの女は妹の死に関係している気がする。
だから、陵辱して、剃毛して、浣腸して、拷問して、中出しして、妊娠させてやる!!」
―――こうして失意のどん底にある2人は、立ち上がった。
言葉の不敵さとは裏腹に、その顔に余裕は無い。
よく見ると膝も震えている。
恐怖感がまだ2人を苛んでいる。
それでも2人は進む。
己の足で、再び前に進むために。
失われた誇りを、取り戻すために。
ま、ありていに言えば女を犯しに行くだけなんだが。
↓
【No.17 神条真人 No.20 勝沼紳一】
【現在位置:港 → 磯】
◆ 家庭に潜む意外な危険@ ◆
家屋内の事故の約半分を占めるのが浴室の事故です。
そして、浴室の事故の中で、最も多いのがスリップ、つまづきによる転倒です。
濡れていること、石鹸やシャンプーが床面に残ってしまうことから、大変滑りやすくなっており、
毎年1万件以上の事故、100人を越える死者が報告されています。
足元には十分注意してください。
(1日目 14:15)
<事故例>
「これは……血痕か?」
少女の悲鳴を頼りに西へ西へと駆けた2人は、ゴツゴツした岩場の手前で赤い滴りを発見した。
それがポタリポタリと南のへと続いている。
壮絶というほどの量ではないが、軽傷というには多すぎる―――そんな量だった。
「誰か助けて……血が、血がとまらないの……
怖いよ……死にたくないよ……」
と、波打ち際から聞こえて来るか細い少女の声。
姿こそ岩場のせいで見えないものの、震えている様が想像できるような、弱々しい声だった。
「声の感じだと、どうも女1人っぽいな」
「ああ、大方殺されそうになったところを、必死で逃げてきたというところだろう」
監禁陵辱魔たちはいやらしく目配せすると、少女が助けを求めている岩場に向かい、足を踏み出す。
つるり。
ごちん。
その第一歩で紳一は豪快に転倒した。
「つ… 腕を切ってしまったな」
「それにしてもこの岩場は良く滑るな、気をつけろ、紳……うわっと!」
ずでん。
言っているそばから転倒する真人。
しかし、それも仕方の無いことだ。
ただでさえ滑りやすい岩場には、素肌用ベビーオイルが満遍なく蒔かれていたのだから。
血痕を―――いや、血痕を模した食紅の雫を辿ってしまった時点で
紳一と真人は、沙霧の世界に足を踏み入れてしまっていたのだ。
◆ 家庭に潜む意外な危険A ◆
例えばサンポールとカビキラーなど、酸性タイプの洗浄剤と塩素系のカビとり剤を混ぜて使うと、
毒性の強い塩素ガスが発生し危険です。
このガスは黄緑色で空気より重く、カルキ臭いものです。
3〜5ppmの低濃度で鼻や口の粘膜に刺激を感じ、涙や鼻汁が止まらなくなったり咳が出たりします。
致死量は100〜1000ppmで、上記製剤に於いてはキャップ一杯の混合で十分発生する分量です。
換気には十分注意してください。
<事故例>
歩く、滑る、転ぶ、打身と切り傷が増える。
歩く、滑る、転ぶ、打身と切り傷が増える。
僅か20M程進んだだけで、2人の体には数多くの傷痕が刻まれることとなった。
真人はここに来てようやく歩き方のコツが掴めてきたようで、ここ数Mは転倒していないが、
虚弱体質の紳一は未だに足を踏み出すたびに転倒している。
「うぁ!」
「…ほら、デイバッグを渡しな。俺は歩くのに慣れてきたから、持ってやるよ」
「すまない真人」
「俺達は他爆装置で一心同体だからな。距離開けるわけにもいかねえもんな」
紳一は、真人にバッグを渡そうと腕を伸ばした拍子にバランスを崩し、また転倒してしまう。
地面と何度目かの衝突をした彼の尻の下で、くしゃ、と音がした。
それは今までの硬い岩盤とは違う感触を持つ何かだった。
「おい紳一、早く立てよ」
自分のバッグと紳一のバッグを両方の肩に一つずつ掛け終えた真人は、
転んだまま立ち上がる気配を見せない紳一に声をかける。
紳一は、倒れたままだ。
―――目を開いたまま、舌をだらりと伸ばして。
「紳一!?」
異変を察知した真人は、紳一に肩を貸そうとしゃがみ込み、彼の腕を引っ張る。
位置が少しずれた紳一の尻の下から、潰れた紙コップとビニール袋が顔を覗かせた。
その周囲が、微妙に黄緑色に濁って見えた。
「なんだ、これは?」
途端、強烈な刺激臭が鼻を突く。
間を置かずに、目に、鼻に、下に、喉に、猛烈な乾燥感と痛みが走る。
「ごほっ! ごほっ! ごほっ! ごほっ!」
喉が痛くてたまらないのに、咳が止まらない。
涙も、鼻水もかつて経験したことが無いくらい大量に流れる。
(まさか……毒ガス!?)
◆ 家庭に潜む意外な危険B ◆
食品乾燥剤で使われることの多い「生石灰」(酸化カルシウム)は、
水分を吸収すると「消石灰」(水酸化カルシウム)になります。
普通は商品の包装中(空気中)のわずかな水分を吸っていますが、
急激に多量の水に触れると激しく発熱してしまいます。
通常包装は通気性の関係から紙製なので破れやすく、多くの火傷事故が報告されており、
温度上昇からの自然発火、火災という事例も挙がっています。
国民生活センターの調査では、360℃まで温度が上昇することもあるそうです。
火傷には十分注意してください。
<事故例>
黄緑色の毒ガスらしき気体が地面すれすれの所に低く広がっていることに
気付いた真人は、急いで紳一の上半身を起こす。
「もう動けないの……誰か助けて……」
少女の声は止まない。
しかしもう、真人は悟っていた。
これは罠なのだと。
自分たちは、敵の用意した地雷原に誘い込まれたのだと。
ずるっ、ずでん! ずるっ、ずでん!
何度も何度も転びながら、紳一を引きずる真人。
一刻も早くこの地から逃れるため、20M以上あるスリップゾーンを逆行する。
擦り傷も切り傷も打身も、気にしている余裕はない。
ぱしゅ!
その彼の耳に、今度は南西から、炭酸飲料を開栓したときのような音が届いた。
真人はその音の方向に目をやるが、大きく隆起した岩が邪魔で何も見えない。
ぷしゅうううううううう……
その音は続いて上空へと移る。
空を見上げた真人の目に、飛来してくる影が映る。
「うおっ!」
真人はその軌跡を見極め、回避するために物体を注視する。
それは筒状のものを巻き付けた、1.5Lペットボトルだった。
下部から水を噴出している。
「がはっ、ペッ、トボトルロケット!? ごほ、ふざけたマネを……」
焦りと憤りをない交ぜに呻く真人。
しかしロケットは推進力である水を吐き切ると速度がガクリと落ち、真人が避けるまでも無く
彼の手前数Mの地点に落下した。
「狙いは、がはっ、外れた、よう、こほっこほっこほっ、だな」
ペットボトルにガムテープで巻きつけられていたのは、画鋲と硝子片。
そして、沢山の生石灰製の食品乾燥剤。
岩場に衝突した衝撃でそのうちの幾つかは包装が破れ飛び散り、幾つかは包装が擦れ、薄くなっていた。
そして―――ここは、磯。
波涛を受け、水気にぬめる岩場。
主成分である生石灰が急速過熱する条件は揃っていた。
―――狙いは外れていなかった。
◆ 家庭に潜む意外な危険C ◆
スプレー缶は、噴射剤と呼ばれるガス成分の圧力で内容物を噴射する仕組みです。
噴射剤としては、かつては不燃性のフロンガスが使用されていました。
しかし、オゾン層を破壊するという理由でフロンの使用が規制されたため、
現在では可燃性のLPガス(液化石油ガス)やジメチルエーテルなどが使用されています。
このため、加熱による破裂、爆発事故が毎年200件以上報告されています。
保管場所には十分注意しましょう。
<事故例>
じゅー……
急激に水分を吸い上げた生石灰は、消石灰へ化学変化をする。
膨大な反応熱と水蒸気を放出し、その水蒸気がまだ反応を起こしていない乾燥剤を刺激する。
そして、その乾燥剤を巻いた芯となっていたのが、
お馴染みの赤い鶏をトレードマークにした殺虫剤のスプレー缶だった。
……ぱんっっっっ!!
真人の背後で炸裂したキンチョールが、釘や画鋲を機銃掃射の様に撒き散らした。
↓
>122
(1日目 14:40)
「お願い、死にたくないの… 助けて…」
おや?
まだ波打ち際から夜叉姫の声が聞こえているね。
もちろん、彼女の姿はそこには無いんだけど。
あるのは雑貨屋で手に入れた、小型カセットテープレコーダーだけでさ。
あの慎重な夜叉姫がさ、自分の位置を特定されるようなことをするわけがないからね。
え、じゃあ彼女はどこに居るのかって?
さっきまで2人の西側の岩場をちょこちょこ移動していたけど、
今は、やや北西の岩の陰からちらりちらりと倒れた2人を観察しているよ。
……あれ?
よく見ると、なんだか微妙な顔をしているね。
ちょっと様子を見てみようか。
<沙霧の思考>
…レーダーの光点は、まだ消えませんね。
あの2人、倒れたまま動く気配は見せませんが… 気絶しているだけでしょうか?
それとも、もう絶命しているのでしょうか。
もう少し近寄れば判りそうなものですが、身を隠せる場所はこの先にはありませんし…
どうしましょうか。
もう一発、駄目押しでペットボトルロケットを発射しましょうか。
でも、そうすると塩素ガス地雷とスプレーボムの効率性を分析し辛くなりますね。
そうですね…
幸い、今のところこちらに向かってくる光点はないようですし、
暫くこのまま観察を続けることにしましょう。
それにしてもこの2人、少しは状況に疑いを持たなかったのですかね。
周囲の状況を確かめもせず、仕込んだカセットテープに向けて一直線……
普通、訝しみますよね?
きっと性欲だけでなく、頭のほうもトガリネズミ並なんでし
こほっ、こほっ。
何だか煙たいような……
―――え!?
何ですか、このもうもうと立ち込める白煙は。
いつの間に?
どこから?
あの2人は!?
…あ、煙に包まれて、彼らの周囲が見えない!?
こんな状況、私の想定外です。
仮にスプレーボムが、私の設置した他のトラップを破壊したり引火させたとしても、
この煙の量は有り得ません。
彼らの保持していた武器での反撃が開始されたということでしょうか?
レーダーの光点は移動していませんね。
あれだけのダメージを与えたのですから、普通に考えると彼らは気絶したままでしょう。
だとすると、所持していた何らかの道具が偶然反応したのでしょうか。
ですが、困りましたね。
この煙の量だと、遠目にも見えてしまうでしょうし、お肌にも悪そうです。
それに、彼らを目視観察できませんしね。
目視観察……?
考えてみれば、目視に拘らなくても死亡確認はできますね。
親切な主催者さんたちが、死亡者報告の放送をしてくださるでしょうから。
6時間おきの定時放送のようですから、次は18:00あたりですね。
その時の光点の状態と、「紳一」「真人」の名前が読み上げられるか否かで、
レーダーの死亡判定能力の真偽確認を取ることにしましょう。
おや?
村落にあった光点が北へ移動していますね。
これで、村落は久しぶりに無人になりましたね。
そうですね……
この地を撤退し、再び道具調達に向かうとしましょう。
昨晩は慌しくて、道具の吟味が十分に出来ませんでしたからね。
ついでに食料品店と井戸に、ここで試せなかったトラップでも設置しましょうか。
でも、暗くなる前には竜神社に到着しておきたいですね。
村落には16:30まで、と区切っておきましょうか。
<沙霧の思考、終了>
126 :
バンカラ夜叉姫・転進編:02/03/14 22:02 ID:E3jI33VH
あ、見てよ、ほら。
夜叉姫が荷物を纏めて撤退するね。
この慎重すぎるほどの慎重さと、柔軟な状況判断力が彼女の強さなんだろうなぁ。
謎の煙のタネを明かすとね、スプレーボムで破れた紳一のデイバッグからね、
発煙筒がこぼれ落ちたんだよ。
で、同じくスプレーボムが吹っ飛ばした消石灰がそれに付着して引火、
結果、偶然発煙しちゃっただけなんだ。
筒の先端から定量の発煙をする分にはこれほど広がる煙じゃないんだけどね、
筒を熱で破って、一気の発煙だったから、霧状に広がったんだ。
―――あ、そうそう。
勝沼総帥と神条学園長は意識不明の重態だよ。
片や塩素ガスを大量吸引、片や背面にスプレーボムの散弾を多数被弾だからね。
ま、彼らはどっちかって言うと死んだほうが世のため人のためだから、
このまま悲願の彼方まで旅立っちゃっても、全然かまわないんだけど。
こういう奴等だけをピックアップして殺すんなら、夜叉姫を応援するんだけどね。
次は遺作あたり、殺っちゃってくれないかなぁ……
↓
【36番 月夜御名沙霧】
【現在位置:磯 → 北】
【17番 神条真人 20番 勝沼紳一】
【現在位置:磯】
【能力制限:両者共に意識不明・重態】
【所持武器:パーティーガバメント(真人)必勝はちまき(紳一)】
>#1 377, >40
(1日目 16:10)
気が付くとベッドの上にいた。
薄い布団を顎の下まで被っていた。
目に映る木製の古びた天井と、鼻を突く黴の匂い。
(ここは……)
22番 紫堂神楽の意識はそこで完全に覚醒した。
次いで彼女は意識を失う前の出来事を、包帯男の襲来を思い出す。
(いけない、みんなは!?)
彼女はベッドから勢い良く飛び起きる。
しかしその途端、世界が歪む感覚に襲われ、天地左右の境界を失って転倒する。
ドタ。
冷たく埃の溜まった木製の床にしたたかに顔を打ちつけた神楽は、
その痛みよりも、自分の体が思うように動かせないことに激しく戸惑う。
(な、これ、一体……)
耳の奥でグルグルと渦巻きが回転している感覚が、全ての感覚に優先されていた。
咄嗟に按手の治癒術を自分に施そうとする神楽だったが、
回転体の影響は肉体だけでなく、意識の集中をも不可能なものにしていた。
平衡感覚失調―――
素敵医師が投与した謎の薬は、うずまき管から前庭神経への信号発信をブロックし、
自分の位置・姿勢を肉体に把握させない作用をもたらす薬品だったのだ。
「むう、目覚めたようだな。…それにしても随分と寝相が悪いな」
ガラガラガラとスライド式のドアが開かれ、13番 海原琢麿呂が廊下から入ってきた。
ヨレヨレのトレンチコートを羽織り、飄々とした表情でタバコを咥えている。
神楽は彼が見知った、しかも人命救助をスタンスに据えている男であることに胸を撫で下ろす。
「病院の脇で君が倒れているのを発見したのだが、意識が戻らなかったのでな。
ここまで運んできてやったのだ」
「あの… ここはどこなのでしょう?」
琢麿呂は無言で南の窓を覆っていたカーテンをサァッと開く。
―――窓の向こうには運動場が広がっていた。
「保健室だ。学校の」
「主催者たちは、ゲームの趣向に反しないかぎり寛容なのだとわかったのでな。
潜伏している分には学校が一番安全だと推理できてしまった訳なのだ。
わざわざ恐ろしい主催者の本陣に立ち入ろうというバカはいないからな」
琢麿呂は、現在置かれた状況を今ひとつ把握しきれていない神楽に、状況をこう説明した。
神楽はそれを黙って聞いていたが、琢麿呂の説明が終了したのを確認すると、
彼女が今最も気になっていることを、おそるおそる口にした。
「あの、病院は……遙さんと藍ちゃんは……」
「倒れた君を発見した時―――病院内から銃声が聞こえた。
争う声と、狂ったような笑い声も」
「銃声!?」
「戦う術を持たん私には、君を助けてやるので手一杯だったのでな。
後ろめたさはあったが、病人には背を向けさせてもらった」
琢麿呂はもちろん、病院で起こった全ての出来事を把握していた。
アインと遙の悲劇的な結末も、藍が自ら単独行動を取ったことも、素敵医師の正体と目的も。
神楽の救助からして、素敵医師とアインが病院から離れたのを確認してから行っていた。
しかし、それを神楽にそのまま伝えては琢麿呂の本性が割れてしまうので、
彼は臆病さと後悔の念を演出することで、この問題を逃れることに決めていた。
「済まない。私に勇気があれば……」
「いえ、琢麿呂さんは悪くありません。
責められるべきは私です。
私が油断をしたばかりに、相手を見極められなかったばかりに、病院は……
守ると、約束したのに……」
「…その2人が上手く逃げているようにと祈ってやろう」
「……」
自省に重く沈み込む神楽。
「ところで……いつまでそんな格好をしているつもりだ?
ぱんつが見えているぞ」
長く続くと思われた沈黙は、琢麿呂によってすぐに破られた。
「え、」
神楽は自分の格好を慌てて確認する。
ベッドの上に残った左脚の影響で、パジャマのズボンが太腿までずり落ちていた。
雪の様に白い神楽の肌が、かあっと真っ赤に染まる。
「え、あの、いやです、そんな、その、…見ないで下さい」
「…もしかして、動けないのか?」
「お恥ずかしながら、そうなんです……
意識を集中しようとしても眩暈がするので、治癒術も使えなくて……」
「そうか」
申し訳なさそうに目を伏せる神楽に手を伸ばした琢麿呂は、ふわりと彼女を抱き上げた。
途端、神楽は昼過ぎの「許してちょんまげ」なるワイセツ行為を思い出し、身を硬くする。
「な、何をなさるのですかっ!!」
「……ベッドに寝かせてやるだけだが」
「え、あ、そ、そうですよね… ありがとうございます」
性的なことに全く免疫の無い神楽は、琢麿呂に抱き上げられたことで、
平衡感覚失調を起こしている内耳異常に、頭と心をグルグルさせてしまう。
ぽふりとベッドに寝かされて、琢麿呂の手が離れても、グルグルとドキドキは止まらない。
彼女は恥ずかしさの余り頭までスッポリと布団を被ると、
なだらかでつつましい胸に手をあて、脈打つ鼓動を鎮めようとする。
―――そこで偶然、気付く。
胸ポケットにしまっておいたはずの大切な物が無くなっている事に。
神楽は布団を跳ね除けると、激しい眩暈に意識が遠くなりかけるのをこらえ、
先ほどまで自分が落ちていた床下を覗き込む。
しかし、そこには彼女が無くした物は落ちていなかった。
「…どうしたのだ?」
「スイッチが……他爆装置のスイッチが、無いのです」
「他爆装置?」
神楽は首をひねっている琢麿呂に、他爆装置と、それを嵌めた紳一と真人について説明する。
「なるほど。死なないためにはお互い守り合わなくてはいけないわけだな。
それは厳しいお仕置きだな。
君も可愛い顔をしてなかなかやるではないか」
「それが… スイッチは入れていないのです」
「……ほう」
「私はお2人に冷静に戻って頂きたかったから、協力の素晴らしさを知って頂きたかったから、
つい、差し出がましい真似をしてしまいましたが……
尊い命を奪ってしまうかもしれない賭けまでは出来ませんので」
「ふむ。まあ君の性格からすると、そうだろうな」
「ああ、私は何と言うことを……
あれを拾った誰かが、誤ってスイッチを入れてしまったら……」
神楽は顔面蒼白になってうろたえる。
琢麿呂はそんな彼女の頭にぽんと手を置くと、力強く頷いて見せた。
「よし。
それではこの私が、そのスイッチとやらを探してやろうではないか」
「琢麿呂さん……」
「むぅ、しかし…
考えてみれば、君を一人で放っておいてしまうことになるか…
身動きすらままならないと言うのに」
「私のことは大丈夫です。
たぶん、暫く安静にしていたら動けるようになるでしょう。
私は、普通の人間とは違いますから」
力弱い笑みで、琢麿呂を促す。
「琢麿呂さん、ですからどうか、お願いいたします」
「むう。君は健気で優しい子だな。
わかった。装置の捜索と回収は、この名探偵・琢麿呂様に任せるといい。
それでは、形状と大きさを教えるのだ」
神楽から必要な情報を聞き出し、琢麿呂は颯爽と保健室を後にする。
と、にゅうと顔だけ出して、
「ついでに病院の様子も見てきてやる。
君もあまり自分を責めるな。ポジティヴシンキングだ。
遙ちゃんも藍とか言う子も、きっと逃げ延びている。
そう信じておけ」
それだけ告げると、琢麿呂は今度こそ保健室を後にした。
神楽は琢麿呂の言葉で、少しだけ、心が軽くなったような気がした。
(同日 16:30)
琢麿呂は保健室から出たあと外へは出ずに、離れた位置にある教室に入り、腰を降ろしていた。
口では調子のいいことを言っていたが、この男に人助けをする気などサラサラ無い。
神楽を助けたのも、「薬箱」としての彼女の能力を利用・独占するためでしかなかった。
そんな彼にとって今の神楽は使えないお荷物でしかなかったが、
回復の見込みがありそうだったので、懐のCOLT.45の使用は見送っていた。
「…なるほどな。他爆装置のスイッチというわけか」
彼は己のデイバックの中から鈍く光る小さな機械を取り出し、確かめる。
その機械こそ、先ほどの話題に上ったスイッチだった。
琢麿呂は神楽救出の折に、彼女の所持品チェックを行っており、
この妖しげな装置に探偵の嗅覚が反応したので、こっそりと失敬していたのだ。
「確か指輪をつけられたという紳一と真人は、昼頃15番の女に犯されていた奴らだ。
アホらしいのでその後あいつらは無視して来たが……
今どうしているのか、ひとつ盗聴してやろうじゃないか」
彼はそうひとりごちつつ、盗聴器の「20」と刻まれたボタンを押す。
↓
【13番 海原琢麿呂】
【現在位置:学校1F・教室】
【所持武器:他爆装置のスイッチを取得】
【22番 紫堂神楽】
【現在位置:学校1F・保健室】
【能力制限:平衡感覚失調につき移動不可、治癒術使用不可】
>29 >64
(一日目 14:25 灯台・「G・S・V3」)
「ふむふむ……呆れたものだな……」
「G・S・V3」内のモニターに映し出される解析図を見つつ、
グレン・コリンズ(No,26)が言った。
「何が?」
外の砂浜で森を眺めつつ法条まりな(No,32)が答える。
ちなみに彼女のスーツは先ほどのグレンの攻撃によって破れてしまった為、
やむなく灯台内にあった物を着込んでいるのだが―――
よりによって残っていた物は、男物のワイシャツ一枚であった。
そのため今の彼女は下着にワイシャツ一枚。その上から毛布という
非常にマニアックな姿となっている。
閑話休題。
「くっ、くはははははっ!単純だっ、実に構造が単純なのだよミス法条!
この程度ならば何の事も無い!夜までには完璧に解析できるっ!」
「……そう、良かった……」
思わず安堵のため息が出る。
ここで幸運だったのは、グレンのいた世界が2067年だった事であろう。
首輪の技術は最新鋭でこそあったが、それは現代(つまり2002年)においての話である。
「ねえグレン、私に手伝える事は無い?」
「ふははっ!不要、不要、さ〜ら〜にぃ〜不要ッ!この私の宇宙的頭脳に助力など要らぬわッッ!」
自信満々に答えがかえってくる。日頃鬱陶しく思える言動がこういう時ばかりは頼もしい。
(我ながら勝手ねぇ……)
まりなは苦笑した。
「OK。それじゃ、何か展開があったら言って。私は灯台から……」
その時、まりなは「それ」に気がついた。
「ん?」
誰かが森からこちらに向かってくる。
「ッ!?」
とっさにまりなは傍らに置いたスタングレネードを持った。
その手元を見られないよう、すっぽりと毛布で隠す。
その人影は少しずつこちらに歩み寄って来ていた。
かすりの着物にソフト帽を被った、老人である。
「待ってくれお嬢さん、攻撃する気はないからの!」
老人が言った。その外見からは思いもよらない大声だ。
両手を上に掲げ、無抵抗のポーズ。
その姿はあくまで堂々としており、無言の説得力を感じさせる。
(アラ、結構渋いオジイサマかも……♪)
思わずそんな事を思いつつ、まりなは警戒を解いた。
「分かったわ!でも、一応そのままの姿勢でこっちまで来て」
「(……オーイ、ミス法条?)」
中のグレンからの声。外の状況が分からず不安のようだ。
「(どうしたのだね、一体……?)」
「グレン、少しの間静かにしといて」
「G・S・V3」のハッチに顔を近づけ、小声でグレンに言う。
「(何故だね?誰か来ているのではないのか?)」
「私が相手するわ。アンタはそのまま解析を続けてて……いい?」
「(わ、分かった……)」
納得はしていないようだが、一応承諾する。
その間に、老人は既にまりなから数メートルの所まで近づいていた。
「ややっ!?これは失礼……!」
「え?……あっ!?」
老人はまりなの姿に驚いたようだ。
まあ、普通浜辺でワイシャツ一枚の格好ならならそう反応するだろう。
あわててまりなも毛布で体を隠す。
「ごっ、ごめんなさい。さっき戦闘で服が破れちゃって……」
気恥ずかしそうに笑う。
老人もそれに応えて笑い返した。
「いやはや、そちらも大変だったようですなァ……」
快活な笑顔。
(どうやら本当に敵意は無いみたいね……)
そう判断し、まりなは緊張を解いた。
「ワシの名は魔窟堂野武彦、このゲームには乗っておらん。見たところ、
お嬢さんもそうみたいじゃの」
「ええ、私は法条まりなよ。よろしくねオジイサマ♪」
そういって手を伸ばす。がっちりとした握手。
「さて、本来なら法条殿にもワシ等の本拠へ一緒に来て欲しい所なんじゃが、
あいにく今人探しの最中でのう……すまんが法条殿、小柄で黒髪のショートカットの
少女か、黄色い帽子を被った紫の髪の娘を知らんか?」
そう魔窟堂に言われて、まりなは少し考えた。
(黒髪……小柄……ひょっとして……)
「その、黒い髪の子って……もしかして凄く強くて身軽じゃありませんか?」
「おお、そうじゃ!知っておるのか!?名前はアインと言うんじゃが」
「オジイサマ、多分それは何かのコードネームよ。そいつはファントム。
……世界一の殺し屋よ。私も襲撃を受けたわ」
「な、何とっ!?」
この言葉には魔窟堂も驚いたらしい。
「にわかには信じ難いかもしれないけど、本当よ。アイツは―――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ法条殿!……アイン殿はワシ等の仲間なんじゃが……?」
「……………ええっ!?」
今度はまりなが驚く方であった。
その反応を見て、魔窟堂が腕を組んで言った。
「どうやら……ここはお互い詳しく話をする必要がありそうじゃなぁ……」
時間が無かった事もあり、情報交換はその場で非常に慌しく展開した。
「……つまりその病院を本拠にして、オジイサマ達はいる訳ね」
「うむ、既に一人、いや二人失ってしもうたがな……にしても、アイン殿は何故
法条殿を襲ったのか……?」
「ああ、多分それはうちのグレンを見たからだと思うわ」
「グレン?北条殿の仲間の方ですかな?」
「……まあ、そんなモンかしらね。見た目はともかく頼りにはなるわよ」
「そのグレン殿は、今は?」
魔窟堂の問いに、まりなは灯台下の「G・S・V3」を指差した。
「アソコの宇宙船の中よ。さっき言った解析を続けてるわ」
「ふむ、頑張って欲しいのう……」
「本人は夜までには完了するって言ってるから、安全性を確認次第病院にも
行かせてもらうわ。オジイサマ」
「すまんの……で、アイン殿の事はやはり……」
「ええ。私達が最後に彼女と遭遇したのは今日の午前中だから、それ以上は……」
「そうか……分かった」
そう言って魔窟堂はディバッグを持ち直した。
「もう行くの?」
「急がんと手遅れになってしまうでな。また会おう、法条殿」
再び握手を交わす。
「ええ、また……」
と、その時。
軽い音と共に「G・S・V3」のハッチが突然開き、
「お〜〜〜い、ミス法条〜〜〜っ!」
「ッッ!?」
そこからうねうねとグレンが首を出した。
狭いハッチから首と触手の一部だけが突き出たその姿は、往年の蛇使い芸人の
持ちネタを思わせる。
「すまんが、喉が乾いたので私のバッグから飲料水を……」
……すこーんっ!
「あうっ!?」
「この……バカァッ!出てくるなって言ったじゃないっ!」
ピンが刺さった状態の手榴弾をグレンの顔面に叩きつけ、まりなが叫んだ。
「なっ、いきなり何をするのだっ!この私の高貴な顔にっ!?」
「いいから引っ込んでて!順序立てないと貴方を紹介できないじゃないのっ!」
「何を言うのかねっ!?このグレン・コリンズ、何人にも臆する所は無い!」
「アンタが平気でも相手が臆するのよッ!」
そう言いつつ、まりなは魔窟堂の方を向き直り―――
「………え?」
目が点になった。
「……………」
魔窟堂が、泣いていた。
澄んだ瞳を潤ませ、両の目から滝の如き涙を流していた。
だが―――それは悲しみや、怒り、恐怖の涙ではなかった。
感動。
一点の曇り無き、純粋なる感動。
シーラカンスを発見した生物学者。
トロイの都を発見したシュリーマン。
ラピュタを発見したパズー。
それらの発見者達も、感動の瞬間はこのような表情をしていたのだろう。
根拠は無かったが、そう思わせる程の感動の涙であった。
「あ、あの……オジイサマ?」
「……………」
魔窟堂は答えない。ただ黙してグレンを見つめている。
グレンもこの異様な展開に少なからず面食らっているようだ。
おずおずとまりなに近づき、小声で尋ねる。
「……何が一体どうなっているのだね、ミス法条?」
「さあ……?」
「……かつて……」
その時、魔窟堂が口を開いた。
「かつて、あの最終決戦の時もここまで見事な姿には……」
「あ、あー……ご老人、何か……?」
たまりかねてグレンが触手を一本魔窟堂に差し伸べる。
「お会いできて光栄じゃ!まさかこのような場所でウェルズ型宇宙人に出会えるとはっ!」
その触手を硬く握り締め、ぶんぶん振る魔窟堂。
「う、うぇるず?」
理系であるグレンにとって、オーソン・ウェルズを知らなかった事はある意味
幸運だったかもしれない。
もしどんな代物かを知っていれば、ショックの余り再度暴走していたであろう。
だが、とりあえずグレンは自分が賞賛されていると判断した。
多少ひくつきながらも笑顔を返す。
「こっ、こちらこそ光栄だご老人。我が名はグレン・コリンズ!天の意思により
愚昧なる世の民人を救済せんとする究極の超生命存在だっ!」
「グレン殿、首輪の解析の方はどうですかな?」
「フハハハッ!簡単ですともご老人!これしきの解析なぞ、宇宙的超頭脳の
所有者であるこの私、グレン・コリンズにとっては朝飯前である!」
「これは頼もしいですなあ、まりな殿!」
「えっ!?……ええ、本当に。おほほほほ……」
笑顔で話を振られて、これまたひきつった笑顔を返すまりな。
そこで魔窟堂は初めて何かを思い出したかのように手を放した。
「っと、いかんいかん。思わず感激して我を忘れてしまったわい。
……それでは法条殿、グレン殿、また!」
136 :
遅すぎた出会い(5):02/03/20 05:55 ID:6sbypOES
そう言うや一瞬にして魔窟堂の姿は掻き消え、あとに砂煙だけが残った。
「「!?」」
信じられない速度で遠ざかって行く魔窟堂の姿を、二人は呆然と見送る。
「……なあ、ミス法条……」
「……何?」
「……日本人の男性とは、皆『ああ』なのかね?」
「……違うと、思うわ……」
「……世界とは……広いものだなぁ……」
「アンタが言うと説得力あるわね……」
魔窟堂は加速装置を使いつつ、再び森の中に入った。
「ふむ、多少時間を食ってしまったが、これは朗報じゃわい」
もしこれで首輪が解除できれば、ようやく主催者側に攻勢に転じる事ができる。
「……となれば、早く探さねばの!」
更に加速。夕暮れまでには何としてもアインと双葉を見つけねばならなかった。
―――既に、それは手遅れだったのだが。
↓
137 :
名無しさん@初回限定:02/04/02 21:53 ID:+2lQBKNL
保全age
(1日目 14:16 主催者用地下通路)
ぱたぱたぱた……(ごろごろごろ)
「ねーねーザッちゃん!」
薄暗い照明の灯っている通路をザドゥ(大会主催者)は歩く。
その後方からカモミール・芹沢(刺客No.2)が追いかける。
ちなみに彼女が引き摺っている物は、黒光りする88ミリ砲―――通称「カモちゃん砲」である。
「………何だ?」
「何で今更学校からこっちに移動すんの?あのままあそこからでも全体の
様子って分かったじゃん?」
「フフ……芹沢よ、本当にそう思うか?」
ザドゥの剛毅な顔に微かな笑みが浮かんだ。
「??」
「開始より14時間―――ここまで生き残っている連中は甘くは無い。
中には既に我々の寝首を掻こうとしている奴等もいる。
我々が万全を期さねばならん事、お前にも分かろう?」
―――お前の望みが何かまでは知らんがな」
サドゥの言葉にカモミールは途中までは不服な様子であったが、最後の一言は
彼女にとっても重要な物であったらしい。
それきり無口になり、ただザドゥの後ろを随行する。
追い詰められた弱者が最後に見せる膂力を、ザドゥは決して甘くは見ていなかった。
「絶対」が無い事を、彼自身が一番知っていたが故に。
14:25 運営本部)
無数の計器類が明滅する中、彼女はそこにいた。
シミ・シワの一つも存在しない白衣に身を包み、眼鏡の奥の三白眼を細めつつ。
一見、ただ金属製の豪奢な椅子に座ってぼんやりしているように見えるが、さにあらず。
首筋のコネクターから入り込んでくる複数の情報を同時に集約させ、要約し、
次の判断を下す。
主催者側の一人、御陵透子が参加者の思考を読み取る存在であるならば、
彼女―――椎名智機はそれ以外の一切を把握するのが役目であった。
このゲームが始まってから、当然のごとく彼女も一睡もせずにこの任務を遂行している。
しかしながら彼女の目には微塵の疲労も見えず、一滴の汗も浮かんではいない。
ぷしー。
その代わりとして、時折彼女の首筋から蒸気が吹き出し排熱を行っているようだ。
椎名智機、彼女もまたなみ等と同様の人に造られた人―――アンドロイドなのである。
そして今、彼女の情報端末にはこの本部へ帰還した人物の情報が流れ込んでいた。
「……フム、筋肉馬鹿とお侍の御帰還……と言った所か」
自分の上に立つ者への言葉としてはあまりに不遜な言葉を発しつつ、智機は情報管理モードを
自動処理に切り替え、首のコネクターを引き抜いた。
僅かに発生するノイズにわずかに眉をひそめる。
果たして同時に彼女の背後のドアがスライドし、ザドゥとカモミールが入ってきた。
「ご苦労だな、椎名よ……」
「光栄です、ザドゥ様」
労いの言葉をかけるザドゥに対し、智機は切り揃えられた銀髪を揺らしつつ礼をする。
しかしながら、その表情は到底敬意には程遠い。
明らかにザドゥを自分より格下と見て、彼女は話していた。
「……智機ちゃん、アンタ……!」
「……カモミール」
「ザッちゃん!?」
ザドゥの背後に控えていたカモミールが何か言おうとするのを、ザドゥが片手で制す。
意外な事にザドゥは、彼女の性質を知りつつこの不遜な態度を許容していた。
渋々と引き下がるカモミールに一瞬視線を投げ、ザドゥが智機に尋ねる。
「現在の状況は?」
「約30分前に涼宮遙が死亡して現在残り25人。変化は今の所ありません。
―――もっとも、間も無く何人か死者が加わるようですが」
「と、言うと?」
「17番・神条真人及び20番・勝沼紳一の組が36番・月夜御名紗霧と接触しました」
知機の口元に酷薄な笑みが浮かぶ。
「現行までのデータによれば彼等が紗霧に勝利する確率14%……おそらく、
二人とも間も無く死亡すると推測されます」
「それは分からんぞ、椎名よ」
「は?」
けげんな表情の智機に、ザドゥは真顔で言う。
「人は死を間際に追い詰められた時、真の全力を出す……『火事場の馬鹿力』
というものが存在する。案外、追い詰められるのは紗霧の方かもしれん」
「……ナンセンスですね」
まるで異国の宗教歌を聞かされたような顔で智機は答えた。
「まったく、貴方がたは何時も下らない事を言う……」
自らを作ったマスターを父、科学力を母とする智機にとって、ザドゥの言う精神論こそ
最も忌むべき存在だった。
彼女にとって、科学を信奉しない人間は全て自分以下なのである。
「……智機ちゃん、いい加減にしなよ」
今度こそ溜まりかね、カモミールがザドゥの前に立った。
「……貴方もだ、カモミール殿」
対して智機の口調は、この状況にも関わらずあくまで冷ややかである。
「私はあくまで数学的ロジックに基づき話をしているに過ぎない。
―――形も無い物を引き合いに出す貴方がたこそナンセンスでは?」
「形が無くても存在する物って……確実にあるもん。アンタが知らないからって
偉そうに言わないで」
日頃の能天気さが想像できないほど、今のカモミールの表情は険しい。
だが、そのカモミールの言葉を智機は一笑に伏した。
「フフ……かつて貴方のいた新撰組が時代に取り残され、消えた理由が分かるな……」
「………何?」
「貴方のようにあいまいな物を信奉し、熱狂し……現実を見なかった。
………それでは滅んで当然だと言っただけですが?」
瞬間、カモミールの右手が掻き消えた。
同時に悠然と右手を掲げる知機。
―――澄んだ金属音。
いつ抜いたのか、カモミールの刀が智機の顔の横まで振り抜かれていた。
その一閃を受け止めたのは智機の手に嵌められた金属製のグローブ。
否、智機の手そのものである。
「おやおや……口論で勝てないと踏んで、実力行使ですか?」
「……智機ちゃん、アタシの事なら何でも言っていいよ……それはアタシが悪
んだから。
………でもね、アタシがいた新撰組のみんなを侮辱するのは……」
「……許さない、と」
「……………ッッ!」
カモミールは刀に込めた力を更に込めた。
だが、智機の手は微動だにせず彼女の刀を持ったままである。
「やはり……」
今度は智機の手が微かに動いた。
首から再び拭き上がる蒸気。
「……馬鹿、だな」
その瞬間、
「……………アアッ!?」
カモミールの体が激しく震えたかと思うと弾け飛んだ。
床に落ちる刀。
見れば、智機の手に紫電が発生していた。
「心配は要りませんよ、カモミール殿。せいぜい弱めのスタンガンレベルの電流
です、すぐ動けるようになる……」
もはやカモミールを見ようともせず、智機は再び椅子に座った。
彼女の背後で無表情に立っているザドゥに言う。
「……まあ、現在の主権者は貴方です。ザドゥ様。その限りは私は本分を尽くさせて頂きます……」
「……礼を言う」
そう言って、ザドゥはカモミールの体を抱きかかえるとドアを開けた。
「個室は右手奥です。よろしければ……」
「ああ、利用させてもらおう……今から一時間、私の個室のカメラを休止しておけ」
「……了解しました」
ザドゥの言葉の意図を理解し、智機の目に嘲りが浮かぶ。
その視線に気づかぬ振りをしてザドゥは退室した。
(14:35 ザドゥ個室)
カモミールの体を抱えつつ、ザドゥは自分の個室に着いた。
「ウッ………」
その時、ようやくカモミールが目を覚ました。
「……あれ、ザッちゃん?」
「気づいたようだな……立てるか?」
「……ううん、このままがいい♪」
ぎゅっ
そう言って甘えるようにザドゥの首に手を絡め、顔を彼の肩に乗せる。
だが、その態度が偽りである事をザドゥは分かっていた。
カモミールの背中をぽんぽんと叩き、静かに言う。
「……泣け」
「え?」
「……泣け、泣き喚いて全て吐き出せ」
「なっ、何言ってんのよ!?あんなのアタシ全然……」
「……本当か?」
「ほっ、本当……
だよ……アッ、アタ……シ……泣い……て……」
「……………」
「……うっ、うえぇぇぇ……!」
言葉が途切れ途切れになり、ザドゥの首にかかる力が強くなる。
せめて泣き顔を見せたくないのだろう。必死にしがみついている。
「……悔しいのか?」
「悔しいよ……悔しくない訳……無いじゃない……!」
「ならばそれを忘れるな。屈辱が明日の強さを産む」
「……アイツ……アイツ……アタシ達の新撰組が滅んで、当然だって……!」
「耐えろ、あのような奴でも必要な存在だ。いずれその身をもって知る時が
来るだろう」
「でも……でもぉ……ッ!」
「何も言うな……只、泣け。そうすれば抱いてやる」
「……………うん」
その返事を最後にすすり泣きのみになるカモミール。
ザドゥはその体を、優しく撫で続けた。
↓
>74
(PM15:30)
鬼作は嘆息する。
それを見てアズライトは身を縮めてしまう。
変性も出来ず、再生も不完全な自分に対するものだと思ったのだ。
が、本当の原因はそうではない。
確かにアズライトに向けられた溜め息ではあったが、
それは当の本人が考えているようなことのためではない。
この伊頭家の邪悪な三男はそんなことを考えていたのではなかった。
彼は生存のための手段が一つ失われたのを苦々しく思っていたに過ぎない。
(しかし、このアズやんがあんなに強く否定しやがるとは思わなかったぜぇ。)
『凶の作成』を拒絶されたことを思い出し心の中で舌打ち一つ、
無論、表情には出さない。
(どうするよ、オイ。
アズヤンは俺なんかよりはよっぽど強い、それは認めようじゃねぇか。
だが片目・片手で主催者に対抗できるとは思えねぇ。)
無論、アズライトが主催者を倒す必要はない。
そのアズライトの倒れたその瞬間に
生き残っているのが鬼作一人なら何ら問題がないからだ。
(だがよ、いずれにせよ『切り札』は必要だぜ。『切り札』はよぉ。
これまでのケーケンからいって、最後の瞬間にはこれがものを言うんだ。
そのための凶だったんだがなぁ。
仕方がねぇ、とりあえず保留にしようじゃねぇか。
眉間にしわを寄せて何事か考え込んでいる鬼作を見て
アズライトは目を潤ませつつ恐縮する。
(仕方がないよね。
鬼作さんはお仕事忙しいのに僕のために時間を割いてくれているんだもの・・・。
うん、こんな僕にとても良くしてくれるこの人のためにできる限りのことはやろう。
たとえ、それで死ぬことになったとしても…)
アズライトの脳裏に屈託なく笑う少女の姿がよぎる。
(レティシア・・・)
「どうかなさいましたか、アズライトさん?」
いつもの人当たりの良い、しかしどこか卑屈にも見える笑みを浮かべて鬼作は問うた。
が、人にやさしくされることになれていないアズライトには
そんなことも分からないほどに舞い上がってしまう。
「い、いえ。なんでもないんです。ただ・・・」
「ただ、何でございます。何でもおっしゃってください。
鬼作めはどのような些細なことでもアズライトさんと分かち合いたいと思っております。
それでこそ信頼するにたる間柄と申せるのではありませんでしょうか?」
「ほ、本当になんでもないんです。」
と、アズライトが記すのを見ているうちに、鬼作はフトあることに思い至った。
(くくくくく、はらしょー、やっぱ冴えてるぜ、俺様はよぉ〜。
よく考えてみたらアズやんの武器がなんだか聞いてねぇままじゃねえか。
なんか重そうなもん下げてやがったから、相当なものをもらってんじゃねえか、オイ。)
内心で拍手喝采、自己賛美の嵐である。
「つかぬ事をお伺いいたしますがアズライトさん。
あなたに配布された武器はどのようなものでございましょうか?」
一瞬何のことかわからずアズライトは目をしばたたかせる。
水も食料も摂るが必要なく、武器など使わずに人間を殺める彼は
最初に配られた鞄を律儀に持ち歩いてはいたものの
その中身を検めてみることもしなかったのだ。
「えーと、まだ見てないんです」と書いて、ますます恐縮してしまう。
「では、この鬼作めが確認してもよろしいでしょうか?」
もちろん、アズライトにいやはない。
先の爆風で傷みきっているズックを開く。
「・・・これはちょっと、戦闘には不向きでございますねぇ・・・」
その中から現れたものに流石の鬼作も唖然とする。
(畜生、畜生、畜生。何考えてやがる。
こんなもんで人を殺れってぇのかぁ?
馬鹿にしやっがってぇ。
くそくそくそくそ、くそがぁ。)
態度にこそ出ていないものの、それでも鬼作の落胆振りはわかるのか、
まるで自分の責任であるかのごとくしょげ返るアズライトに気づいて、
鬼作は苦笑いを貼り付けて慰めにかかる。
「ま、まぁ仕方がございません。これはこれとして、今後のことでございますが・・・」
そこでいったん言葉を切る。
(さぁ、ここからが大事だぜ。なんせ俺の命がかかってんだ。
絶対にへまはできねぇ。
打って出るか、それとも時機を待つかだ。)
鬼作‐すーぱーこんぴゅーたーはここでフル回転をはじめた。
↓
【アズライト】
【現在地:泉】
【スタンス:鬼作と行動】
【武器:???】
【備考:変性不可、左眼負傷、左手喪失】
【鬼作】
【現在地:同上】
【スタンス:らすとまんすたんでぃんぐ】
【武器:コンバットナイフ・警棒】
>50
(PM:14:30)
「痛いのはいやだろーがよぉ?」
ここは森の北に広がる火山灰が敷き詰められた原野、
ただただ広く二人の姿をさえぎるものすらない。
遺作の当たり前な問いかけに少女は弱々しくうなずく。
「だったらよぉ!!」
「あうっ」
首に巻きつけてあるワイヤを
四つん這いになっていたさおりの膝が浮くほどに引き、
互いの顔をつき合わせる。
「だったら、俺の言うことにはおとなしく従ったほうがいーんじゃねぇのか?」
「でも・・・」
さおりの控えめな抗議を聞き、汗でぎらつく遺作のこめかみに青筋が浮かぶ。
「デモもヘチマもねぇ!!」
大量の唾を撒き散らしながらしゃがれただみ声でわめき散らすと、
ワイヤでさおりを引き倒し、彼女の左の手の甲を足で踏みつけた。
「いいか。 やるか、やらねぇかだ。 やらねぇのならぁッ・・・」
ズドンッッ!!
右手に握っていた日本刀をさおりの手のすぐそばの地面へと力任せに突き立てる。
「こいつで一本ずつ指を落とす。」
「ひっ」
思わず息を呑み、男の顔を見る。
冗談を言っている顔ではない。
「おれぁ別に穴さえ残ってりゃぁそれでいいんだぜぇ?
・・・3秒だけ待ってやる、決めろ。」
言い放つ、声が低い。
さおりは踏みつけられて動かせない己の手と無情な男の顔を交互に見る。
「3・・・・・・」
(どうしよう、しおりちゃん?)
(ど、どうしようって言われても・・・どうしよう、さおりちゃん?)
カウントダウンは容赦なく続く。
「2・・・・・・」
(このままじゃ指なくなっちゃうよ。そんなのいやだよぅ)
(でも、こいつ言うこと聞いて・・・『あんなこと』、ぜーーーーったいに出来ない!)
(でも、でも・・・しおりちゃん)
「1・・・・・・」
ジリッと刃がちいさな指のほうに移動する。
(だめぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!)
次の瞬間には少女の中からしおりは消え、大声で屈服の宣言をしていた。
「なんでもするから、それだけはやめてぇ・・・」
最後のほうは涙にのまれて言葉にならない。
「お〜お、よしよし、そんなに泣かなくてもいいんだぜぇ。」
先ほどの怒りはどこへやら、一転していやらしく破顔する。
そして、涙に濡れた血の気のない顔をベロリと舐め上げる。
「最初から言うとおりにしてりゃ怖い目にあわなかったんだぜ。
俺は自分のものは大事にするタチだからなあ。」
遺作の戯言を聞いているのかいないのか、
さおりはこれから行うであろう『あんなこと』を思ってうなだれ、
瞳に大粒の涙をたたえて震わせている。
「じゃあ、さっそくやってもらうか。」
・・・・・・抜けるように青い空の下、
・・・・・・火山灰をベッド代わりに寝そべる自分とは祖父ほどの年の差のある男。
・・・・・・その男の股間の前に四つん這いになってひざまずくと・・・・・・
・・・・・・・・・さくらの花のように可憐な唇を
・・・おずおずと遺作の後ろのすぼまりに近づけた。
「ふぃ〜」
遺作は大きく息を吐き出し、満足げに目を細める。
「やっぱり真昼間から青姦ってぇ〜のはいーい気分だぜぇ。」
言いながら腰をトントンとたたいては背筋を伸ばす。
傍らには陵辱の証も生々しくさおりがうつぶせのまま倒れており、
その全身に飛び散った体液と荒い息が行為の激しさを物語っている。
「さーて、こんな人目に付くとこにいつまでもいるはバカのするこった。
オイ、たたねぇか。」
「あ・・・う・・・」
どんよりとにごった目を動かすだけで、言葉にならない。
「へへへへへ、そんなに俺のびっぐ・まぐなむが気に入ったのか?」
にやけて相好をくずす。
「だがよぉっ!!」
「アウウウウッ!」
次の瞬間、遺作の足はさおりの背中を容赦なく踏みつけていた。
「どんなときでも、
ご主人様が立てと言ったら何が何でも立つのが、
奴隷の『心構え』ってもんだろーがよぉ?」
泥まみれの靴底で踏みにじられた小さな背中は赤みを帯びていく。
(さおりちゃん、頑張って。
こんなやなやつなんかに負けちゃダメなんだから!)
(うん、でも、いたいよぉ、しおりちゃん・・)
よわよわしい反論を聞いてしおりは口ごもってしまう。
(・・・どうしたのしおりちゃん?)
(ゴメンね。さおりちゃんにばっかり辛い思いさせて・・・)
しょんぼりと落ち込むしおりに何か言おうとするが、
肺が押しつぶされるような感覚に思わず口をつぐんでしまう。
(・・・そ、そんな、いいんだよ。しおりちゃん)
何とかこれだけのことは言えた。
(ううん、よくない。 絶対によくないよ!
私とさおりちゃんはいつでも一緒、
うれしいこともいやなことも、いつでも一緒だよっ!!)
この島に来てから何度泣いたろうか、
にごっていたさおりの目に少し光が戻り、ほおを涙が伝う。
(うん・・・、そうだね。ありがとう、しおりちゃん。
きっとふたりで帰って、もう一度おにいちゃんに会おうね。)
しおりが嬉しそうにうなずいて消えた。
「へっ、踏みつけられてんのに涙流して悦んでやがるのか?
末恐ろしいがきだぜぇ。」
踏むことに飽きたのか、穏やかな笑みを浮かべるさおりに侮蔑の言葉を投げかける。
「しっかし、俺のせーえきですっかり臭くなっちまったなぁ。」
ぶあつい唇をだらしなくゆがめ、胸元の傷をまさぐる。
「チッ、まだとまんねえぇのか。」
べったりと血がついた指先を見て、遺作は少し不機嫌な顔をした。
↓
【遺作】
【現在地:荒地】
【スタンス:女は犯す】
【武器:日本刀、連射式モデルガン】
【備考:被曝】
【さおり】
【現在地:同上】
【スタンス:生き残っておにーちゃんと再会】
【備考:二重人格(しおり)
:右手親指・人差し指骨折
:右足に裂傷→移動難】
>111
(15:50)
ユリーシャは下に座り込んで、じっと自分の手を見ていた。
固く固く両手を組んでいる為に、指が白くなっている。
しかしそれを気にせず、先程からずっと同じ事を考えていた。
(ランスさんには…、私だけじゃない。他にも、女性は沢山いる。
きっと、あの方は皆に優しく…でも)
小さな溜息を吐いた。
(私には、もうあの方しかいない。ランスさんが他の女性に
目を向けないで、私だけを見てくれたら…)
叶わない思い、それは解っている。
ランスにとってユリーシャは一人の女でしかない。
その優しさは、個別差はあるにしてもほぼ平等だろう。
今はまだ良くてもそのうち耐えられなくなる。
横にいる秋穂に目を向けた。
秋穂も、最初のうちは一生懸命ユリーシャに話し掛けていたが、
上の空の少女に話し掛けるのに疲れたのか、黙っていた。
篠原秋穂。
自分とは正反対の彼女。
行動的でさばさばとしており、同性から見ても魅力的だと思う。
あのランスとも、対等にやりあっていた。
(…私に、敵うはずがない)
立てていた膝に顔を埋める。
徐々に嫉妬と言う名の暗い闇が、ユリーシャの心を覆い始めた。
汚れたスカートの中で、ユリーシャは目を閉じた。
暗闇の中、冴えていく思考。
そこに一点の光が見えた。
(…一つだけ、ある)
ランスが自分だけを見てくれる方法。
余りにも、危険な方法。
しかし不可能ではない。
自分に勇気があれば。
心を決めた時、ユリーシャは立ち上がって秋穂に声を掛けた。
「少し、外に出ませんか?」
森の中を歩く二人。
先を歩いているのはユリーシャ、その後に秋穂は付いていく。
『用を足したい』
ユリーシャの突然の誘いに、秋穂は戸惑っていた。
(さっきまでは、相手にしてくれなかったのにね。
それが自分から声かけて、しかも外に出ようなんて。
確かに、ずっと洞窟の中じゃ用も足せないし、
一人で出るのは不安だろうけど…。
…少しは信用してもらえたのかな)
ユリーシャの感情は『信用』と異なるものだが、
秋穂はそれに気が付いていない。
数歩先を行くユリーシャの背中を見た。
彼女の手には弩弓がしっかりと握られている。
(余り洞窟から離れると、敵に会った時に危険だから…)
「この辺で良いんじゃない?」
樹々の開けたところで、前を歩くユリーシャに声を掛けた。
ハッとして、振り返るユリーシャ。
どうやら歩くのに一生懸命で、どれだけ歩いたのか
気が付かなかった様だ。
「じゃ、私はあっちの影で用を足してくるから」
少し離れた場所を指して、秋穂はユリーシャに背を向けた。
「では、私は反対側で…」
そう言って、秋穂と反対側の茂みに向かうのが気配で判る。
ふと、ユリーシャの小さな声が耳に届いた。
「…ごめんなさい」
その瞬間、秋穂の耳に風を切る音が聴こえた。
「…!?」
秋穂は咄嗟に振り返るが、間に合わない。
胸に何かが突き刺さり、もんどりうって倒れる。
「な…?」
胸から突き出ているのは、ユリーシャの持っていた弩弓の矢尻だった。
喉から血が溢れ出し、咳き込む。
「…ど、どうして?」
見上げたユリーシャの顔に、怯えはない。
むしろ、その瞳は冷え切っていた。
「あなたがいると、ランス様は私の事を見てくれないですから」
少しずつ、ユリーシャが近づいてくる。
弓を持った手は震えていない。
「ランス様には、ユリーシャが付いてます。
…他の女性は必要ありません。私だけがあの方と一緒にいれば、
それで…きっと…あの方も私だけを見てくれる…」
呟きと共に、無表情の瞳からぽろぽろと涙が零れた。
秋穂から数歩離れた所で足を止めた。
秋穂は必死になって身体を起こし、傍にある樹に肩を預けた。
ユリーシャの顔を見て、呟く。
「…馬鹿なことを…したね…。あの男は…一人の女で
満足する様な男じゃ…ないってのに…」
そこで、血を吐く。
「…そんな…独りよがりな想いじゃ…いつか疎まれて…
捨てられる…。あんただって…気が付いて…ないわけじゃ…」
「言わないでっ!!」
ユリーシャの叫び声で、秋穂の言葉は遮られた。
「ランス様はユリーシャを捨てたりしない。そんなことない…。
そんなことない…」
それは、秋穂に向けた言葉ではなく、独白だった。
涙にぬれたその瞳には、もはや正常な光は存在しない。
暫くの間、血を吐き弱い呼吸をしていたが、それはやがて動かなくなった。
死体に軽く頭を下げて、ユリーシャは洞窟へと足を向けた。
(…次は、誰かしら? ランス様の為に、私の為に、
…女の人を殺します)
そう心の中で呟いたユリーシャの顔には、うっすらと
微笑が浮かんでいた。
もう、迷いはない。
↓
【No.1:ユリーシャ】
【現在位置:洞窟】
【所持武器:弩弓】
【スタンス:ランスと一緒にいる、ランスに近づく女は殺す】
NO.31 篠原秋穂 死亡 ―――残り24人
あぼーん
>104
(一日目 PM16:00)
堂島は港にいる。
奇怪な男はそう言った。
本来の人格たる藍を抑え、
主導権を得た獣に必要な情報はそれだけである。
(地図によると・・・、港は南だね。)
地図をしまい、コンパスを取り出すとテクテクと歩き出す。
別段急ぐ様子はない。
それというのも彼女の力は夜の闇とともに、
月の光とともにあるものだからである。
まだ日が出ているうちは彼女の時間ではない。
敵を避けるための行動であろうが、
まばらな建物の影や死角になる箇所を選んで通るさまは
どことなく猫科の動物を思わせる。
右手の寂れた村落の向こうに太陽が没するのが見える。
獣の瞳を捕らえてはなさない光景。
その光景は10年来彼女が過ごした村を思わせる。
安曇村。
時代から取り残された時間の中で
「お兄さん」と呼んだ人と過ごした村。
まもなく、そんな記憶も全て消えてしまう。
堂島を殺せば・・・・・・
ある感情が獣のうちに滲み出す。
しかし、彼女は契約の獣である。
堂島は殺さねばならない。
目に見えぬ何かを振り切るようにして、
そこから視線をそらす。
堂島は港にいる。
奇怪な男はそう言った。
あたりに人影はなく、一軒のプレハブがぽつねんと建てられている。
その戸口に生真面目な顔で何かを守るようにして立っている男がいる。
「見つけたょ、堂島薫。」
待ち焦がれた恋人に再会した少女のように、
頬を紅潮させ、夢みるように呟く。
契約の獣は闇を待つ。
まだ日が出ているうちは彼女の時間ではないから。
↓
【松倉藍】
【現在地:港周辺】
【スタンス:獣:堂島殺害
:藍:@、神楽捜索
A、獣の封印/別離】
【備考:主人格=獣】
(一日目 15:02 病院)
「……これは……!」
魔窟堂野武彦(No.12)は病院内の惨状に驚きを隠せなかった。
入ってすぐの玄関ホールには消化剤が撒き散らされ、その片隅に幾つもの穴が
穿たれた消火器が転がっている。
(これは……アイン殿が持っていったショットガンか!?)
更にところどころに点々と残された血痕が、ここで戦闘が行われた事を如実に物語っていた。
「………ッッ!神楽!神楽ッ!」
声を張り上げて神楽の名を呼ぶ。
だが、その声は廊下に吸い込まれたまま帰ってはこない。
(ぬうっ、まさか……!)
魔窟堂の脳裏に最悪の展開が浮かぶ。
「神楽ッ!神楽ーッ!?おらんのかっ!?」
叫びつつ足早に廊下を進む。血痕はどうやら二階に続いているようだ。
「涼宮殿ーッ!ワシじゃ、魔窟堂じゃ!無事かーっ!?」
返事は無い。
「藍殿!聞こえておるなら出てきてくれっ!藍殿ーッ!」
やはり返事は無い。
「くっ……ぬかったわい……!」
その時、魔窟堂は廊下の先の扉が開け放されている事に気づいた。
(あそこは……確か霊安室か……?)
敵の待ち伏せを警戒しつつ徐々に扉に近づき、中を伺う。
「!?」
そこには、一人の少女が倒れていた。
「涼宮殿ッ!?」
あわててその少女―――涼宮遙に近づき、抱き起こす。
くてん。
遙の座ってない首が、不自然な方向に曲がった。
「涼宮……殿……!?」
手をとる。
冷たい。
既に死後硬直が―――
「何故じゃッ!!何故ッ!?」
叫び。
返事は無い。
「何故、涼宮殿が死なねばならんっ!?
何故この老いぼれが生き残り、この子が死なねばッ!?」
返事は無い。返るはずもない。
充分ありうる話だった。予測しうるべき状況だった。
病院という目立ちやすい場所を拠点としていたのだ。「殺る気」になっている参加者が
襲撃をかける可能性は充分にあった。
だが、病院にロクな武器が残っていただろうか?
せめてレーザーガンは置いておくべきだったのだ。
魔窟堂自身は、いざとなれば加速装置で退避できたのだから。
「……すまぬ、涼宮殿……ッ!」
だが、ここで後悔している余裕が無い事も魔窟堂は理解していた。
ゆっくりと遙の死体を寝かせて、合掌する。
「後できっちり葬るからの。少しこのままでおってくれ……」
そう言い残し、霊安室を出る。
「む?」
ふと、魔窟堂は床に妙なシミが点々と続いている事に気づいた。
血痕とは明らかに異なる、黄緑っぽい染みである。何かの薬品だろうか?
「これは……!?」
床を見つめたままシミを追う。どうやら別の病室へ伸びているようだ。
「ここか?」
『第1診療室』と書かれたドアを開ける。
そこには誰もいなかった。ただ、部屋の隅のベッドに純白のシーツが掛かっているだけである。
その時、魔窟堂の手が何かに当たった。
バランスを崩した棒状の「それ」は大きな音を立てて床に転がる。
「ぬ?」
それは、アインが持って出たはずのスバス12であった。
銃把の所に一枚の紙が貼られている。手紙のようだ。
かなり急いで書いたのであろう、最初は日本語で書かれていたものが途中から
英語に変わっている。しかもかなりの達筆だ。
「アイン……?」
読み違えの無いよう、魔窟堂はそれをゆっくりと読み進めた。
魔窟堂、藍、神楽へ
みんなが無事でいる事を願いつつ、これを書きます。
もう遙の死体は発見したでしょうか?
あれは私が殺しました。
遙は、敵の包帯姿の男に薬を打たれて操られた状態でした。
無力化しようとしまし―――(ここから先数行、書いた上から斜線が引かれている)
いいえ、私が殺しました。
その事実だけが真実です。
私はこれから、遙を操っていた男を追います。
遙が蘇生する訳がないのは理解しています。
これは私の感情の問題です。だから、私は一時貴方達から離れます。
その男を殺してから、再度、許されるならば合流させて下さい。
スパスは置いておきます。
魔窟堂、どうか残った二人を守ってあげて下さい。
アイン
「………馬鹿者が………ッ!」
肩を震わせつつ、魔窟堂は手紙を握り締めた。
しかし、手紙に書かれていた名は魔窟堂のみではなかった。
ということは、少なくともアインがいた時点では神楽・藍は無事だった事になる。
「ならば、うかうかしとられんな!」
そう言って再び魔窟堂は走り出した。
「神楽ーッ!藍殿ーッ!おらんのかーッッ!?」
(16:20 2階病室)
それから一時間。
「フゥ……」
頬を流れる汗を拭いつつ、魔窟堂は病室の床に座り込んだ。
「病院内にはおらん……ということか……」
病院の中を全て捜しても、二人はいなかった。
死体が無かったのがせめてもの幸いといった所だろう。
となると、二人はどこへ行ったのか?
病院を襲ったその包帯男から逃れる為にどこかへ避難したか、あるいは何者
かに拉致されたか。
いずれにせよ―――
「ワシ……一人か……」
それだけが重たい現実であった。
静まり返った病院内にただ一人、魔窟堂だけが残されていた。
「……………」
流石に応えたのだろうか?魔窟堂の眼には日頃の輝きが見られない。
(……ワシ等のやろうとした事は、無駄だったのか?エーリヒ殿……)
ポケットの中のライターに手を伸ばそうとして、それを神楽に渡した事を思い出し
引っ込める。
(……いや、まだじゃ……)
魔窟堂は、スタート時に並んでいた参加者の姿を思い出した。
あの中には、まだ年端の行かない少年少女達がいたではないか。
―――それを救うのが、魔窟堂の愛するヒーローの姿ではないか。
―――いわんやヒーローがピンチから立ち上がる姿を見て。魔窟堂は幼い頃
オタクの血に目覚めたのではないか。
ならば、今魔窟堂がやるべき事は何か?
―――決まっている。
「………う〜ちゅうにぃ〜き〜ら〜め〜く〜エメラルドォ〜………♪」
突然、魔窟堂は歌い出した。
「ちぃ〜きゅうのぉ〜さ〜い〜ご〜が〜来ると言うぅ〜〜……♪」
1974年放映・ウルトラマンシリーズ6作目『ウルトラマンレオ』の主題歌である。
「誰かがやらねばならぬ時ぃ〜♪誰かがやらねばならぬ時ぃ〜〜ッ♪」
ウルトラ戦士の中ではマイナー扱いされているが、レオこそは全ウルトラマンの中でも
最も過酷な運命を背負っていたヒーローだった。
故郷であるF77星雲をマグマ星人によって滅ぼされたレオには、他の戦士と違って
帰るべき場所が無い。地球で生きるしかないのだ。
そんな彼の味方にして帰るべき場所であった防衛組織・MAC。
それすらも只一匹の怪獣によって殲滅(文字通り一人残らず、である)される。
本当に宇宙でひとりぼっちになってしまったレオ。
しかしそれでも、レオは戦いを止めなかった。
「ち〜きゅうのぉ〜へ〜い〜わ〜を〜こわしちゃいけ〜ない〜♪」
一人の宇宙人として、同時に地球人として、只一人の少年の成長を見届ける為に。
「しぃ〜しぃ〜のぉ〜瞳がぁ〜か〜が〜やいぃ〜てぇ〜〜♪」
オイルショックの余波覚めやらぬ時代、ちょうど青年と壮年の過渡期にあった
魔窟堂がいかにレオの姿に感動したか、励まされたか。
そして、憧れたか。
「ウルトラマ〜ン♪レェ〜オォ〜♪」
魔窟堂は立ち上がった。
「レオッ!レオッ!レオッ!レオッ♪」
まず遙を埋葬せなばなるまい。
それから向かうべきは灯台、先程の二人と合流して首輪の解析に協力する。
病室には書置きを残しておこう。
必ず戻るという誓いのために。
「も〜え〜ろぉ〜レオッ!もえ〜ろよぉ〜♪」
魔窟堂、再起。
↓
【No.12:魔窟堂野武彦】
【所持武器:レーザーガン
スバス12】
【スタンス:主催者打倒
まりな&グレン組との合流】
【備考:特に無し】
>150
(一日目 PM16:00)
「少し辺りの様子を見てまいります」
そう紙に認めて鬼作はさらに山奥深くへ赴いた。
泉に残されたアズライトは空を眺めている。
一人になった彼の胸に様々なことが浮かび上がっては消えていった。
この不思議な大会のこと、癒えぬ体の傷のこと、火炎王のこと、
斯様なことを考えていても、最後に辿り着くのは
やはり彼女のことだった。
(レティシア・・・)
記憶を落とし、何かを求めて彷徨うこと幾星霜、
ついに彼が巡り会ったもの、一人の少女。
(レティシア・・・)
目を閉じる。
目蓋の裏に彼女の面影が浮かび上がる。
彼女のつややかな金色の髪、小さくて白い手、
ほっそりとした体に華奢な肩、あごの曲線、
そして・・・彼と眠るときにこぼす幸せそうな笑顔。
(レティシア・・・)
彼がそれまでに生きてきた無限の時間に比べれば、
彼女と共にあった時間はわずかのものでしかない。
それでも、彼は・・・・・・
171 :
レティシア (2):02/04/14 12:08 ID:Kywmt+k5
どれほど愛しく思っていても、彼女は死に至るべき人の身、
やがて彼女との別離のときはやってくる。
駆け寄る彼の目の前で彼女は死んだ。
彼もろともに貫いた槍で、彼の胸の中で。
今わの際の彼女の笑みは今となってもなお消えることなく息づいている。
絶望に飲まれた彼は、彼女を死に追いやった人々を手当たり次第に殺害した。
(レティシア・・・)
動くものの消え去った町で、彼女の亡骸を抱きながら彼は泣いた。
あの時、太陽は地平の彼方に沈もうとしていた。
(・・・僕は何も出来なかった・・・)
じっと自分の手を眺める。
今でも冷えてゆく彼女の体の感触を鮮明に思い出せる。
(・・・・・・もしも、あの時・・・)
考えて、首を振る。
そうして、もう一度目を閉じた。
今度は何も考えないことにした。
遠くからこちらに向かう足音が聞こてくる。
見回りに行っていた鬼作が帰ってきたのだろう。
ゆっくりと目を開く。
没しゆく太陽を仰ぎ、
アズライトは何かを振り切るようにもう一度首を振った。
↓
【アズライト】
【現在地:泉】
【スタンス:鬼作と行動】
【武器:???】
【備考:変性不可、左眼負傷、左手喪失】
>150
(一日目 PM16:00)
山を歩きながら、鬼作はこれからのことを考えた。
ひとしきり考えた末、鬼作は泉を離れることにした。
山頂の火口より少し降りた視界の開けた場所に立つ。
地図とコンパスを取り出して、現在地を確認する。
島の中央より北西よりの山にいることが分かった。
ここから東に大きな森があることも分かった。
さらにいくつか確認すると、鬼作は彼の手駒のもとへ帰ることにした。
辺りに誰もいないことを確認すると、
茂みを抜けアズライトの待つ泉に近づいた。
何か良からぬことでも考えていたのか、
アズライトの表情には翳りがある。
無論、それを見逃す鬼作ではない。
(きちんと「めんたる・けあ」もしてやんねぇとな。
やれやれぇ、手間のかかる兄ちゃんだぜ。)
「いかがなさいましたか?」
真剣な面持ちを取り繕ろってノートにそう書くと、
アズライトの瞳を覗き込む。
自分の心を見透かされたように思ったのか、少し目を泳がせる。
「いえ、何でもないんです。」
そこまで書いてアズライトの手が空をさまよう。
視線を瞳からそらさずに、力づけるように鬼作は強くうなずいてやる。
「少し、昔のことを思い出してしまって・・・」
几帳面な文字が紙面に並ぶ。
「レティシア様のことで・・・ございますね?」
そこまで書いて、一呼吸置く。
「鬼作めには何も出来ませんが、大丈夫でございます。
きっともう一度お会いになれましょう。」
そういって人のよさそうな笑みを浮かべる。
いささか的外れなこの男の励まし
――実際には励ましですらないが――でも、
自分のことを心配してくれるのだと考えると、
アズライトは申し訳ないような嬉しいような、
なんともむず痒い気持ちになる。
(うん、この人に心配かけちゃダメだ。しっかりしないと。)
アズライトの表情が平静を取り戻したのを見計らって、
鬼作は出発のことを切り出した。
「このままここに留まりつづけては、
誰かに殺されるのを待つのと同じことでございます。
遭遇戦において『いにしあてぃぶ』を取るためにも、
積極的に行動をすべきなのではないでしょうか?」
メモを書く手を休めて、アズライトの反応をうかがう。
アズライトが続きを促すように首肯すると、短い黒髪が揺れる。
「ありがとうございます。
ではまず我々の行動の方針を説明させていただきます。」
そういって、ズックから地図を取り出し一点を指差す。
「我々の現在地はここ、そして通信設備のある学校はここでございます。
もちろん、直行して救援を求めるのが目的なのでございますが、
この状況では人目を避けつつ進むのが上策と申せましょう。
・・・そこで、まず夕闇に乗じて森へと参ります。」
地図の上で指をスライドさせて、再びアズライトのほうに向き直る。
先の「凶」については拒絶されたものの、
この程度の提案ならアズライトは絶対に断らないことを
鬼作はすでに見抜いている。
この狡猾な男がその上で「確認」という形をとるのは、
それがアズライトを喜ばせることを知っているからである。
175 :
鬼作、泉より発つ。 (4):02/04/14 20:11 ID:Kywmt+k5
「ついで森の東側外周を移動しまして夜のうちに廃村を抜けます。
おそらく朝方には学校につけましょうが
行動は隠密性を以って最上といたします。
・・・ですので日中を校舎北の森にて過ごし、
再び闇にまぎれて校内に進入しようと思うのですが・・・」
再び手を止めてアズライトの意見を求めるポーズをとる。
アズライトは短く「はい、それで良いです」と書き込んだ。
鬼作はそれを見て短くうなずくと
「では、参りましょう」と言って立ち上がり
二人分の荷物を一つにまとめてそれを背負った。
アズライトも慌ててそれに倣って泉から出ると
おずおずと鬼作の肩をたたき膨らんだ鞄を指差す。
そして自分を指差す。
鬼作は「いいんでございますよ」というように首を振る。
自分に向けられた笑みを見て、
アズライトはまた少し幸せになってしまう。
(おーおー、真っ赤になっちまってよぉ。
おまえさんにゃ、これから俺を守ったり、
主催者どもとしこたま戦ってもらったり、
色々とやってもらわなきゃら何ねぇからなぁ。
荷物くらいは俺が持ってやるさぁ。)
【アズライト】
【現在地:泉】
【スタンス:鬼作と行動】
【武器:???】
【備考:変性不可、左眼負傷、左手喪失】
【鬼作】
【現在地:同上】
【スタンス:とりあえず学校へ
:らすとまんすたんでぃんぐ】
【武器:コンバットナイフ・警棒】
(一日目 15:50 東の森・南部)
走る、走る、走る。
少し止まり、匂いを探る。
感じ取る。
再び走る、走る、走る。
枝に引っかかっている包帯を取る。
更に走る、走る、走る―――
森の中を一つの小柄な影が走っていた。
影の名を、アイン(No,23)と言う。
彼女の手に握られているのは、一切れの変色した包帯の切れ端。
薬品と膿で彩られたそれは、あの素敵医師と名乗る怪人が纏っていた包帯である。
最初に彼女が奴と遭遇し、スバスを撃ち込んだ際に飛び散った欠片だ。
麻酔が解け、起き上がったアインが真っ先にした事は素敵医師の残した痕跡を探る事だった。
腐臭と刺激臭を発するこれを手に入れた後、魔窟堂への書き置きを残して現在に至る。
スバスは残し、今はかつて素敵医師が遙に渡したメスのみを持っている。
正直このメスを使う事に迷いはあったが、それ以外の刃物が無い以上やむをえない選択だった。
神楽と藍についてはアインも知らなかった。そこまでの余裕が無かったのだ。
病院を出て、微かな匂いを頼りに追いかける。
そして、彼女は確実に素敵医師との距離を狭めつつあった。
森に入ってからはあちこちの枝に包帯が引っかかって破れた跡があり、追跡を
より容易にしている。
しかし、アインは考える。
―――相手にとって、彼女の動きは筒抜けなのではないか?
充分ありうる仮定だった。
彼女の首に嵌り、相変わらず不吉な存在感を放っている首輪。
これに発信機や盗聴機が仕掛けられている可能性は高い。
(アイン自身は遭遇しなかったが)病院に警告を告げる少女が出現した事。
素敵医師がアインや遙の事を把握していた事などはその証拠と言えた。
―――それでは諦め、素直に狩る側に回るか?
否。
それはアインにとって許されざる選択肢だ。
理論上では理解していても、彼女の感情がそれを拒否していた。
あの時の奇襲が成功した事から考えると、相手は常時自分達の動きを把握
できる訳では無いらしい。
それが、彼女が頼りとする一本の藁と言えた。
(いいわ、掌の中で踊ってあげる)
新たな痕跡を発見し、アインは再び走る。
この程度の動きならば傷口はまだ大丈夫なようだ。
(……貴方達の手を砕くまで)
走る、走る、走る―――
(同時刻 東の森・東部)
「あ〜らぁ……」
わざと枝に腕を引っ掛け、
「よっ……がよ」
枝に包帯の切れ端を残す。
「けひゃひゃ、い〜い感じじゃき……」
満足げに頷き、またよろよろと歩く。
追われる立場の者、素敵医師はこうして故意に痕跡を残しつつ移動していた。
白衣のポケットから小さな通信機を取り出し、スイッチを入れる。
「あー、あーあーあー……本部?ほーんーぶー?こっちら素敵医師がよ。応答しとーせ?」
数秒の雑音の後、無愛想な椎名智機の声が返ってくる。
「……こちら本部だ。どうした?」
「アアア、アイン嬢ちゃんの現在位置の確認をしたいが」
「分かった、少し待て……ふむ、お前のいる森の南部から反応があるな。
これは……少しずつお前に近づいているようだ」
「ひきゃっ……いーがねいーがね!べすとぱたーんがよ!」
一人ではしゃぐ素敵医師に、智機は冷静に言う。
「何を考えているか知らんが、やり過ぎるな。お前の目的は―――」
「『大会運営の障害となる参加者の排除・妨害』……わわわ、分かっちゅうがよ……」
「……ならばいい。引き続き行動を継続しろ」
その言葉を最後に、通信が切られる。
素敵医師はさも愉快そうに笑った。
「へきゃ、へきゃきゃきゃきゃきゃ……!さてさてアイン嬢ちゃん、第二幕の
始まりがよ……けひっ、けひひひひひひひひ………ッッ!!」
↓
【No,23 アイン】
【スタンス:素敵医師の追跡・殺害】
【所持武器:医療用メス×3本】
【備考:腹部に傷口の縫合跡。
開く可能性あり】
>111
(15:45)
森の中を進む男女の影。
ランスとアリスメンディである。
音を立てない様、慎重に前を行く小さな影を追っていた。
どうやら、小さな影は南に向かっているようだ。
進む速度は人間の小走り程度か。
「ねね、ランス〜〜?」
小声でアリスは隣を進むランスに声をかけた。
「なんだ」
不機嫌そうに、ランス。
「あの式神、何のためにあんなもんとってんたんだろって
思ったり思わなかったり」
「…知らん。だが、あいつの飼い主が俺様の
ハイパー兵器を治せるんだろう? ならば問題ない」
むむ〜、と唸ってアリスが囁いた。
「でもあれ、薬草だよ。かびかびだけど、おくすり。
何でかなぁ〜〜?」
小さい声で、続ける。
「薬草ってことはさ、きっと誰か怪我しちゃったとか。
んでんで、もし、陰陽師な人がやられてたら、
ランス、ど〜すんの?」
「うむ…」
アリスの指摘に、ランスは渋い顔をする。
ランスもそこまでは考えていなかった。
隣ではアリスがむーむーうなっている。
暫く思案顔だったランスだが、いい考えが浮かんだのか、
「…よし」
「ん、ランスは何か思いついたのか?」
「恩を売って治して貰うか」
そこにはいつものいたずら小僧の笑みが浮かんでいた。
「もしその陰陽師とやらが動けないようなら、
俺様が治すのを手伝ってやろう。
それが他の奴でも、まぁ、同じ事だな。
その代わり、俺様のハイパー兵器を治して貰う。
そして、相手がうはうはの姉ちゃんなら、
俺様の治ったハイパー兵器でお礼をしてやればいい。
うむ、グッドだ」
相手の都合など一切考えない、ランスらしいといえば、
ランスらしい理論だった。
アリスもそこまで深く考えていなかったのか、
結論が出てしまうと、そこで考えるのをやめた。
「うん、そだね。そしたら、そのお姉ちゃんと、私と
ランスで3Pだ〜〜! やぁぁ〜ん!!
ランス、ちょーぜつえっちぃ〜〜!!」
「声がでかい」
興奮し、だんだん大きくなるアリスの声に、ランス。
アリスは思わず手を口にあてる。
幸い、前を行く式神には気付かれなかった様だ。
暫くの間、アリスは想像の世界で悶えていたが、
ふと、思いついた疑問を口にする。
「でもでも、相手が男だったらど〜すんのさ?」
「殺す」
即答だった。
「治して貰った後に、殺す。
怪我人なんざ、治ったとしても俺様の敵じゃねぇ。
男に用はない」
野獣の笑みを浮かべ、ランスは吐き捨てた。
そして、意志を固めたのか、きっと前を見て走り出す。
アリスもそれに続いた。
↓
【2番 ランス・34番 アリスメンディ】
【現在位置:森中央部、更に南下】
【スタンス:陰陽師捜索を最優先に、他は変わらず】
(1日目 PM16:30)
北の森の中を小人の後ろについて歩くこと数十分。
日も傾き始め、ただでさえ薄暗い森の中は
真夜中もかくや、と思わせんばかりの暗さである。
「んがーーー、まだかっ!」
剣を振り振りランスがわめく。
「そーんなこと言われても、アリスちゃんにも分か〜んな〜い」
「俺様にこんなに歩かせるとは、見つけたらただじゃおかん。」
そういってがなり散らしていたランスだが、
緑が切れ、森が開けた場所に出た途端、
ピタッ、と動きを止めゆっくりと辺りを見渡す。
「ム、どうやらここらしいな。」
そしてトテトテと前を行く小人の襟口を摘み上げる。
眼前には茸のかさのように光沢のある葉が鬱蒼と生い茂った
幹の直径数メートルはあろうかという一種荘厳な巨木が聳え立ち、
とぐろを巻く蛇のごとく幾重にも絡みついた蔓草に
咲き乱れたる見目鮮やかな色とりどりの花々が馥郁たる香りを漂わせる。
その古木に侍るようにして腰の高さほどの低木が、
大人の腕ほどもある木の根の間を縫うように群生し、
思い思いに広がる枝に小さな白い花が無数に咲き誇る。
秘めやかなこの地には華やぐ静謐こそが似つかわしい。
その神秘的な静寂を打ち破るようにして、
雑多な植物の塊に向かって森を揺らさんばかりの大音声を張り上げる。。
「オイ、オンミョーなんとか、おまえに頼みがある。
この人形の命が惜しけりゃ、出て来い。」
返事は無い。
「アハハハハ、ランス〜、ダメだよ。
相手はけが人さんなんだからー
もっとやさし〜く、声かけたげたほうが、吉。」
笑いながら、バンバンと背中をたたく。
「えぇ〜い、叩くなうっとうしい。」
そういって、大きく一息吸うと、
「5秒待ってやる。
いいか。
5秒で返事がなけりゃ、こいつを殺してランス・アタックだ。」
言うが早いか、早口にカウントをはじめる。
アリスも嬉しそうにカウントしている。
「・・・2,1。ターイム・オーバーだ。
フン、脅しとだと思ってるのか?
残念ながら俺様はやるときはやる男だ。
こいつは殺す。」
「ランス、ランスー、この子殺しちゃかわいそー」
アリスが手足をじたばたさせて抗議する。
「うるさい、黙れ、
俺様はやるといったら、やるんだ。
・・・・・・・・・・・・ん?」
妙に軽い右手を省みる。
小人はいつのまにかランスの手から消えていた。
「おりょ?式神さん消えちゃったねー、ふっしぎ〜。
長生きするといろんなもんが見れてたのし〜ね〜、ランス。」
「くっそー、どこに消えやがった。
その前に、誰が消しやがったんだ。」
くやしがるランスは地団太を踏んでいる。
そのとき、
「はぁ・・・、またアンタなの?」
どこからともなく聞こえてくる、かすかなくぐもった声。
はしゃぐアリスと、いらだつランスは同時に動きを止め、
グルッと辺りを見渡す。
すると再び、
「見逃したげるから、死にたくなかったら、
さっさと向こうへ行きなさいよね?」
遠いような近いような不思議な声があたりに響く。
「ムム、その声はいつぞやのナマイキナイチチ娘だな?
かーーーっ、ナマイキ、ナマイキ、ナマイキ。
俺様のハイパー兵器が治ったあかつきには死ぬほどいかせて
俺様無しでは生きていけない身体にしてやる。」
言って、木の根を蹴りつける。
「ランス、ランス〜、だからこの人にランスのオチ○チン、
治してもらうんじゃなかった〜?」
荒れるランスに鋭い突っ込みを入れる。
「ム・・・・・・・・・・・・
あー、コホン。
俺様は心が広い、今までの無礼は許してやる。
ガハハハハハ、感謝しろ。
・・・そこでだ。感謝ついでに俺様と取引しねぇか?」
応えはない、が気にせず続ける。
「実は、俺様は今たいへん困っている。
気色悪いジジイの呪いで俺様のハイパー兵器が使い物にならん。
おまえがなんとかいう魔法でスパッと直してくれたら、
俺様が一晩中しこたま可愛がってやろう。」
「いや〜ん、ランスと3Pだ〜。
考えただけで、ちょーーぜつ盛りあがるーーーー」
アリスがもじもじと身をくねらせて
陽気に合いの手を入れる。
「うむ、生意気なおまえもすぐにウハウハのメロメロだ。」
アハハハハ、ガハハハハ、
2人は胸をそらせて大笑いする。
「あんた、何考えてんの?マジでそんなことで喜ぶと思ってんの?」
幾分エコーのかかったような声に侮蔑の色がありありと感じられる。
「当たり前だ。俺様のハイパー兵器を見たら、女なら必ず股を濡らす。」
「そーだよ、ランスのはちょーーすっごいんだから。
アジア+白人だよ、アジア+白人!!」
・・・・・・再び沈黙。
「取引に応じないことも無いわ。・・・ただし、こっちにも条件がある。」
「心配するな、たっぷりと可愛がってやる。」
胸を大きくそらし、どんとたたく。
「違うわよ、一つ頼みがあるの。」
「なんだ、変態趣味でもあるのか?残念ながら、俺様はノーマルだぞ?」
「えーー、ランスってストレートなんだ〜。ちょーーぜつ意外〜〜」
まるで十年来寄り添った夫婦漫才師のように、2人に息はぴったりだ。
「違うって言ってんでしょ!・・・ある女の首を持ってきて欲しいのよ。」
「ム?」といって、ランスは戦士の顔に戻る。
「残念ながら、俺様は女は殺さん。なぜなら・・・」
言いおえる前に女の声がした。
「あら、そう。だったら、交渉決裂ね。さようなら。」
言うが早いか、前触れもなく大地を覆ういくつもの木の根が脈打ち始めた。
震える足場に2人は立っていられなくなる。
「ウワワワワワ、ちょ、ちょっと待て、分かった、分かった。」
慌てて、そう言うと揺れも収まった。
「分かってくれて、嬉しいわ。
その女は黒いショートカットでセーラー服を着てた。
あんたセーラー服、分かる?」
「フ、フン、俺様を誰だと思ってる・・・」
気を取り直して、得意げに答えるランスが言いおわらないうちに、
「そう、ならいいわ。そいつの首をここに持ってきて欲しいの。」
「ムカムカ、そいつの首を持ってきたら、俺様のハイパー兵器を・・・」
「その必要はないわ、今治してあげる。」
「だーーーー!
さっきから人がしゃべってる途中でしゃべりやがって、
たまには最後までしゃべらせろっっっ!!
・・・・・・・・・・・・なんだと、今治すだと?」
毒気を抜かれたようにきょとんとするランス、
「ええ、そうよ。いま治す。首は・・・あとでもいいわ。」
「むぅ、そうか。
まあいい。グッドだ。
よしやれ、いまやれ、すぐにやれ!」
呪文らしき虚ろな声が辺りに漂うと、
応えるように森全体がほのかに白い光を放ち始める。
光の粒が浮かび上がると、ランスのほうに揺らめきながら集まりだす。
「おお、なんだか分からんが、とにかくグッドだ。
ガハハハハハハ。
・・・・・・おー、下半身にみなぎるこの感触は!」
「や〜ん、ランスのオチ○チン、
カッチンコッチンのギンギ〜〜ン」
「ガハハハハハハハハ
生意気ナイチチ娘、取引の件は考えといてやる。
な〜に心配するな、俺様にませておけば、OKだ。」
不能から復活したランスはすこぶるご満悦だ。
188 :
復活 (7):02/04/19 20:31 ID:Dnmfgyt/
森の中に再び静寂が戻ってきた。
薄暗いうろのなかから話し声が聞こえる。
「・・・・・・行ったね。」
双葉の耳元に背後から優しく囁く。
「彼ら、ここに戻ってくるかな?」
後ろから抱きすくめると再び囁いて、
片手で梳るように双葉の髪を撫でる。
「別に、どっちだっていいのよ。ただなんとなく・・・ね。」
腰の辺りに回された腕に手を添えると振り返り、
優しく微笑むと無言で身をゆだねた。
↓
【ランス】
【現在地:北の森】
【スタンス:女は食う(?)、男は殺る】
【武器:鎧(持参)、バスタードソード、棍棒のような枝】
【備考:ランスアタック回数制限】
【アリスメンディ】
【現在地:北の森】
【スタンス:飽きるまでランスとH】
【朽木双葉】
【現在地:北の森】
【スタンス:静観】
>>156 (1日目 PM16:00)
「ふぃ〜、さすがにこの年になると山登りは答えるぜぇ。」
肩にかけた手ぬぐいで汗を拭き拭き遺作は一人ゴチる。
森を抜けた後、北へ北へと進みつづけた2人は
山の中腹辺りに差し掛かっている。
というのも遺作は山向こうの湯治場を目指していたからだ。
曰く、「じょーちゃんも臭くなってきたから、洗濯しねぇとなぁ。」ということだ。
そしてそこで、ゲーム終了のときまでしおりを玩弄することにしたのだ。
立ち止まって体をほぐしていた遺作は、
「おめぇもそろそろ疲れてきただろうが?」
そう言って犬のように四足で歩くしおりを見下ろす。
その好色な目つきはサテュロスのごとしである。
「よし、ここらで一つ御休憩とするかな」
分厚い唇をゆがめると、黙りこくるしおりの意向を全く無視して
いそいそと近くの枝にワイヤの端を結わえ付けた。
四つん這いでここまで登ってきたしおりの体には
あちこちに細かい擦り傷が生まれている。
それにくわえて酷くなる一方の指の熱と腫れ、足の傷。
にじみ出る脂汗がじっとりと体にまとわりつく。
痛みからくる吐き気と眩暈も一向に治まる気配を見せない。
木の枝と首の間のワイヤが緊張する。
いまや絞首刑に処される囚人のような格好になったしおり。
唯一違うのは足を目一杯伸ばせば
死神の手を免れえるという点である。
とはいえ、傷ついた足で体重を支えるのは容易なことではない。
喉に食い込む鉄の紐が首に食い込み、何度も息が詰まる。
それでもしおりは声を殺して耐えていた。
幾度も大声で助けを呼ぼうと思ったけれど、
そんなことをすれば何をされるか分からない。
最悪の事態を考えれば、何もできなかった。
不意に声が聞こえた。
(心に壁を作るんだよ、しおりちゃん!)
(心に・・・壁?)
隣で囁く妹の言葉をオウム返しに問う。
(そう、からだがどんなに汚されたって、こころまで汚されちゃダメ)
(からだが汚されても、こころは・・・)
うわごとのように同じことを繰り返す。
(おにーちゃんだけのもの、でしょ?)
(うん・・・そうだね。こころはおにーちゃんだけのものだものね?)
しおりの返事に満足したのか、。
さおりはにっこり笑ってうなずくいた。
(しおりのこころはおにーちゃんだけのもの)
しおりは体を大きく震わせた。
体の中で異物がうごめく感触と、
べたべたと体を這い回る舌の感触は不快感を覚えさせるが、
今となってはまるで遠くのだれかの出来事のような気がした。
目を細め、汗を撒き散らしながら遮二無二になって腰を振る。
奇妙な声で何ごとかうめいて
ひときわ強く腰を打ち付けると、臀部を大きく震わせ
少女の太股に夥しい精液を撒き散らした。
射精時に特有の弛緩しきった満ち足りた表情、
遺作はとても幸福そうに見える。
(このおじさん、なんだかとってもバカみたい)
しおりは萎えてゆく陰茎をみて薄く笑った。
「ヘっ、もう俺様のムスコの虜になっちまったかぁ〜?」
遺作はご機嫌でうそぶいた。
>>175 茂みの向こう側の光景にアズライトは思わず声を上げそうになった。
男が、傍らの男と同じ顔をした男が幼な子と行為に及んでいたからである。
不意に肩をたたかれ、見入っていた彼はまた、あやうく声を上げそうになる。
振り向くと、鬼作がノートにペンを走らせ突き出す。
「あの男は敵国の工作員で鬼作めの命を狙うものにございます。
なぜ同じ顔をしておりますかと申しますと、
言うまでも無いことでしょうが、
そのほうが私めの身辺に何かと干渉しやすいからでございます。」
「ああ、なるほど」という顔をして、アズライトはしきりに首肯する。
そして、「ひょっとして、もう一人そういう人がいませんか?」
とノートに書き込んだ。
・・・しばし沈黙が二人を支配する。
「そうでございます。もしや・・・」
「・・・はい、鬼作さんに会う前に・・・殺しました。」
「左様でございましたか・・・、重ね重ね感謝いたします。」
そういうとアズライトの手をとり、力の限り強く握り締める。
頬にはあふるる涙が滂沱のごとく流れている。
もちろん、嬉し涙ではない。
(今、予感から確信に変わったぜぇ。
やっぱり、てめぇが兄貴を殺してやがったのか。
あの、やさしい兄貴をよぉ〜〜〜!!)
不気味な笑顔を張り付かせ、さらに強く手を握る。
アズライトは頬を染めながらも、恐縮してしまう。
194 :
こころの壁 (6):02/04/21 12:20 ID:IdYj9K79
やがて牛の鳴くような不快ないびきが聞こえてきた。
「とりあえず、ここは様子を見ることにいたしましょう。
彼奴めは勘の鋭い男にございます。
衣ずれほどのわずかの物音も聞き逃しません。」
腰をおろす鬼作にならって、アズライトもその隣にしゃがみこむ。
視線は男から、桜色の服を着た少女に移っていた。
↓
【遺作】
【現在地:南の山道】
【しおり】
【現在地:同上】
【アズライト】
【現在地:同上】
【鬼作】
【現在地:同上】
(一日目 16:20 村落西部・衣装小屋)
「ガッ、ガァ………ッ!」
苦悶の声をあげつつ、神条真人(No.17)は小屋の戸板を引き空けた。
「こ……ここならば……」
ゆっくりと、背負った勝沼紳一(No.20)を下ろす。
「グッ……ゲハッ!!」
直後、真人は激しく咳き込んで床に倒れ込んだ。
喉は焼けるように熱く、眼からは涙、鼻からは鼻水が止まらない。
学生服は鋭い岩場で幾度も切り裂かれ、もはや原型を留めず―――
とどめに背中には無数の鉄片、ガラス片が突き刺さっている。
正直な所、ここまでたどり着けた事自体が奇跡と言えた。
「女一人に……手も足も出ないまま……煙に紛れて……逃げて……」
うつぶせの状態で真人が言った。
「とどの……つまりが……このザマか……クク……クハハハ……」
乾いた笑い。
隣で自分と同じように倒れている紳一を見る。
微動だにしないが、生きている筈だった。
その証拠に彼の指に嵌められた指輪―――他爆装置はまだ爆発していない。
「紳一……俺は、諦めないぞ……絶対に犯してやる……!」
「……………」
「だって、そうだろう……ここまで……やられっぱなしで……」
「……………」
「………紳一?」
その時、真人は嫌な違和感を感じた。
紳一の体が冷たい。
体が冷えているとかではない、根本的な冷たさ。
「……ッッ!」
悲鳴を上げる体に鞭打ち、真人は立ち上がって紳一の体に手をかけた。
顔は床に向いており、こちらからは見えない。
その頭を体ごと向ける。
苦しげに眼を見開いた紳一の顔。
紫色の唇と土気色の顔。だらりと伸びた舌。
彼の瞳孔は、完全に開いていた。
「……………」
自分が今見ているものの意味を確認し―――結論に至る。
紳一は死んでいる。
間違い無く死んでいる。
とっさに真人は自分の左手を見た。
その薬指には、相変わらず銀色の指輪が嵌っている。
同じく紳一の左手薬指を見る。
やはりこちらも相変わらずの光沢を放っていた。
「……爆発……しない……?」
考えよりも先に言葉が出た。追って、自分が口にした言葉の意味を確認する。
「…………」
真人の肩が揺れた。
「ク……クハハハ………!」
少し収まっていた涙が再び溢れ出す。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……!!」
笑いが止まらなかった。
情けなかった。
悔しかった。
何の事はない、自分達は最初から踊らされていたのだ。
「ハハハハハハ!!紳一ィ!我々は……ハハ、ハハハハハハッ!」
真人の中の陵辱者としての誇りが、崩壊を始めていた。
筋骨隆々の大女に搾り取られ、
姿すら見ないまま一人の少女から敗走し、
今、最初に出しぬかれた潔癖女からの『贈り物』の正体も知ってしまった。
何が外道か。
何が無敵の監禁陵辱魔か。
だが、誇りを捨て切る前にやらねばならない事があった。
「ハハ…………このままでは、終われんよなァ、紳一……!」
あの神楽とか名乗っていた巫女。あの女だけは壊す。
最後の定時放送から数時間、まだ生きているかは分からないが―――壊す。
否、例え死体であろうとも徹底的に陵辱してやる。
全てを狂わせたあの女の体を、汚し尽くしてやる。
ふと、真人はある事を思いついた。紳一の死体からそっと指輪を抜き取る。
案の定、指輪はあっさりと抜けた。
果たしてあの女の言っていた通りに、これが爆発するのかは知らない。
いや、この際どうでもいい事だった。
神楽が自分達にやった方法を他人に仕掛ける。
この場合、相手の指輪が受信機だと説明すればそう抵抗はできないだろう。
例えハッタリだとしてもそうそう確認する勇気はあるまい。これは他ならぬ真人自身が体験済みだ。
一度そうすれば、相手は真人の言うがままにするしかないのだ。
まずは女を一人捕まえ、下僕とする。それが急務だ。
「紳一……」
冷たく強張った紳一の手を握りつつ真人は言った。
「待っていろ……お前の所にも、すぐに沢山女を送ってやる……。
俺の使い古しだがな……まずは、あの潔癖症のメス豚からだ……!」
手を離し、真人はよろめきながら廊下に上がった。
「………ん?」
廊下の先の食堂らしき場所に、大きな物体が転がっている。
更に近づくと、それが太った男性の死体である事が分かった。
外傷は無い。横の机には、冷め切った食事が並んでいる。
既に死んでから結構な時間が経過しているようだ。
「先客がいるとはな……どうやら毒殺……か……?」
それを横目に、真人は食堂隅に置かれたディバッグを広げて探った。
「俺達のバッグは置いてきたんでな……悪いが、もらってゆくぞ……」
言いつつ、バッグの中から非常用包帯を取り出す。
痛い話だが、自分で背中の異物は抜かなくてはならないだろう。
「グッ……気は進まんな……」
―――40分経過―――
ブツッ……
「グアッ……!」
ようやく最後のガラス片を抜き終わり、真人は大きく息をついた。
背中を飲料水で流し、タオルとガーゼで丁寧に拭う。
本来なら気絶してもおかしくない作業であったが、真人は執念で耐えた。
水気を取り、包帯を巻きつける。
最後に安全ピンで―――
「………無いな」
真人は傍らの死体を見た。
「チッ……しょうがない……」
舌打ちしつつ、男の死体を探る。留める物の一つくらいはあるだろう。
「……む?」
指先が何か乾燥した物に当たった。学生服のポケットからそれを取り出す。
「?」
それは、実に奇妙なブリーチであった。
虫のブリーチ、そこまでは普通である。問題は、その虫が本物の虫の死体だということだ。
「……悪趣味だな」
正直こんなものを付けるのは真人の美学的に受け付けなかったが、背に腹は変えられない。
真人はやむなくそれを包帯に刺して止めた。
瞬間、
「!!!?」
200 :
逆襲するは吾にあり・6:02/05/01 11:18 ID:AibgS0pH
突然、真人は自分の体が数十分の一になったような感覚に襲われた。
「これは……!?」
体を動かしてみる。
「ギッ……!」
痛みは先ほどと同様に感じる。
だが、体の軽さはまるで別物だ。
まるで自分だけが早回しの世界にいるような状態。
真人は先ほどのブリーチを見た。
「まさか……!?」
ブリーチを外してみる。
再び体がずしりと重くなった。
付け直す。
やはり体が軽くなる。
回避力アップアイテム『素早い変な虫』の効能である。
「…………ハハ、ハハハ……!どうやら俺はまだ見捨てられてはいないようだ……!」
いける。
これなら―――いける。
笑いながら真人は腰にさしたパーティーガバメントを抜いた。
「ハハハ……ここからが始まりだ……!」
ぽんっ♪
軽い音と共に、万国旗が飛び散った。
↓
【神条 真人:No.17】
【スタンス:弱い女を狩る
神楽を破壊する】
【所持武器:他爆装置(指輪×2)
パーティーガバメント
素早い変な虫】
【備考:重傷。しかしアイテム効果により
行動制限はそれほど無し】
No.20 勝沼紳一 死亡
―――残り23人
私は森の植物から創られた。
朽木双葉様。
それが私の主人の名前だ。
うろのうちにて眠ること数刻、
私の仲間たちが運んできた薬草と食料のおかげで
意識を保っていられるようになられた双葉様は私を創られた。
このような森の中、何の準備もなく複雑な式を組み上げたところから察するに
我が主人はかなりの術者なのだろう。
(あとで聞いた話によると、彼女は千年来続いた術者の家系なのだそうだ!)
命を受け、初めて目を開いた私に双葉様は言われた。
「あなたの名前は星川翼、いいわね?」
その名前は知っている。
森の仲間から双葉様の話
――植物の声を聞くことのできる少女の話――
を聞いていたから。
そしてその傍らに会った少年の話も。
「分かりました、双葉様」
答えると,
「双葉様なんて呼ばなくていいわよ」
とおっしゃられた。
「しかし主人を呼び捨てにはできません」
「・・・・・・双葉ちゃん」
少し思案され、そのように呼ぶように言われた。
この呼び名も知っている。
あの少年が主人を呼んでいた呼び方だ。
だから、私は「双葉ちゃん」と呼ぶことにした。
「痛みは引きましたでしょうか、双葉ちゃん?」
すると今度は言葉遣いを注意されてしまった。
薄暗いうろの中二人きり、
僕の胸に背を預けた双葉ちゃんは訥々と語り始めた。
自分の生家のこと、これまでの自分のこと、
山の中にいたはずなのに覚醒するとここにいて甚く驚いたこと、
ここで出会った王子様を名乗る少年のこと、
そして、その少年が目の前で死んだこと。
「それで双葉ちゃんはこれからどうするつもり?」
彼女と話すこと数時間、話し方を注意されることもずいぶん減ってきた。
「どうしよう、星川?」
問い返す彼女は迷っているように見えたが、
人に意見を求めるときは往々にして自分の中で答えは出ているものだ。
「双葉ちゃんは、どうしたいの?」
「私は・・・しばらく様子を見ようと思う。」
「うん。どんなことがあっても」
しなだれかかる双葉ちゃんの重みを感じながら答えた。
「僕が守ってあげるよ。」
振り返って嬉しいような悲しいような顔をして僕を見る。
僕の素直な気持ち。
僕のレーゾンデートル。
僕は何を引き換えにしても彼女を守らなければならない。
彼女はときおり僕のほうを見る。
花の匂いのする彼女の髪から覗く双眸に宿った暗い光が気にかかる。
204 :
追憶の澱み(4):02/05/03 14:18 ID:oyPfgIYo
やがて、先ほど放った最後の式神が戻ってくる気配がした。
どうやら余計な闖入者も連れてきたようだ。
「どうしようか?」
意識が戻ったあと双葉ちゃんは少しずつこの洞の防備を固め始めた。
そう簡単にはここまで突破できないだろう。
「さっさと追っ払うわ。」
うろに通された枯れ木は空洞になっており、伝声管のように音を運ぶ。
(はぁ・・・、またアンタなの?)
↓
【朽木双葉】
【現在地:北の森】
【スタンス:静観】
205 :
名無しさん@初回限定:02/05/09 16:16 ID:pbSHHAHV
スレ汚ししたくはないが保全age
>79
(1日目 17:08)
湯煙越しに見える大海原は夕焼けに真っ赤に染まり、心地よいさざなみが耳朶をくすぐる。
まひる(No.38)は漁協詰め所の湯船に身を浸しながら、うっとりとそれを眺めていた。
「む〜、実にム〜ディ〜ですなぁ。」
ほんのり桜色に染まった肌とそのなだらかな曲線は、色気というにはやや足りないものの、
十二分に少女としての魅力を感じさせる。
だが…… まひるは少女ではない。少年だ。その心はさておき、肉体的には。
(あ〜あ…… これが露天風呂だったりしたら、もっと雰囲気いいのになぁ……)
まひるは少女の心で夢想する。
(オヤに嘘ついて、カレとの初めてのお泊り旅行とかでさ。
渋好みのカレは古風で和風な温泉旅館なんかをチョイスして。
あたしはドキドキしながらこっそりとカレしかいない男湯に忍び込んで……
湯煙の向こうに見えるカレの背中がなんだか思ってたよりもずっと広いことに感動して、
あたしは後ろからぎゅって抱き付いちゃったりしてこんちくしょ〜!!
そこから始まるスキンシップ……って何言わすんだいも〜、このこのこのっ!!)
エスカレートする妄想に、でへへぇ、と頬を緩ませてしまうまひる。
それがいけなかった。
刺激的なイメージが、まひるの股間につつましくぶら下がるそれの頭をもたげてさせたのだ。
(なななな? こ、この変化は一体どんな化学変化!?)
初めての勃起に目を白黒させるまひる。
(これってぇと、つまり…… その…… 勃ってる、ってヤツですか?
でぇえええ、マジで!?)
(ダメだって、ダメだって、このっ!! 女のコがこんな風になっちゃあ!!)
勃起という状態はある程度知っていても、なぜ勃つかという仕組みをまひるは知らない。
とりあえずなんとか鎮めることが先決だとばかりにそれを撫でさするが……
(ん!! んあ……、な、なに、この感じ……)
もちろん逆効果だ。
薄い包皮に包まれたままのそれは、さらに力を増してしまう。
(ど、どうしよう…… あたし、女の子なのに、女の子なのに……)
その時だった。
ガラガラガラ……
立て付けの悪い引き戸が湯気で湿った音をたてて開いたのは。
「抜け駆けで一番風呂とはずるいぜ、まひる。」
全裸のタカさん(No.15)が手ぬぐいを肩にかけ、大股でのっしのっしと浴室に入り込んできた。
「な、なにゆえ!?」
あわててザブリと湯船に浸かりなおすまひるは、勢い余って鼻まで沈めてしまい、がはげへごほとむせ返る。
その慌てぶりを見てタカさんは、ははは、と腹筋をよく使った健康な笑い声を浴室に響かせた。
「か、薫ちゃんはどーしてるのかな?」
「『おかーたまは薫が守る!』ってよ、鼻息荒く玄関を張ってる。まったく健気な息子だぜ。」
「そ、そだね……」
かけ湯をしているタカさんの背を用心深く見つめながら、まひるは暖かなお湯の中で、冷たい脂汗を垂らす。
その緊張感は、まひるのそれを縮み上がらせるどころか、かえっていきり立たせる。
(ヤバいよ…… ヤバいって、マジで。)
貞操の危機。
その予感が紳一と真人に捕らえられたときよりもずっと重い現実感を伴ってまひるを襲う。
バレたら、ヤられる。
タカさんの天下御免の性剛っぷりはいやというほど目の当たりにしている。
ふてぶてしいヒゲ面のオヤジが、端正な顔の強姦魔たちが、嫌だと泣き喚き、きもちいいと半狂乱でわめく。
肉と肉の交わり。弱肉強食の獣欲。粘膜の饗宴。
タカさんに確かな好意を抱きつつあるまひるではあったが、あんな夢のない行為は嫌だった。
「な〜にカタくなってんだよ、まひる。」
「ないないないない、全然硬くなってないよ。ふにゃふにゃのへにゃへにゃなんだってばさ!!」
「そうか?アタシにゃ随分肩に力が入ってるように見えるんだけど。」
「肩? ……あはははは、そう、そうね。そっちのカタさね。」
「そっちじゃなけりゃ、どっちがカタくなるってんだ? 乳首でも硬くしてたのか?
まさかオナニーしてたとか?」
「おおおおお、オナニー!?
ないないないない。まさかタカさんじゃあるまいし、そんないやらしいこと。」
「ばーか。アタシがオナニーなんて勿体無いことするかよ。性欲の発散はセックスに限るぜ。」
「あはははは……」
(せーよくの発散はセックスに限る!? 隠し通さなきゃ、おち○ちんだけは。)
股間を隠すように添えている両手に力がこもる。
まひるは、タカさんが浴場を出るまで湯船の中から身動きしないと、心に決める。
「だからそんなカタくなんなって。女同士、気楽に裸の付き合いとしゃれ込もうぜ。」
「は、裸のお付き合いっ!?タカさん、まさかそっちのケまであるんじゃ……」
「ねーよ。」
タカさんはぽかりとまひるの頭を小突く。力は抜いているが、それでも充分痛い。
「お前はアタシをなんだと思ってるんだ?」
「色欲魔人。」
「うるせえ。」
間髪を入れず答えるまひるの頭に、もう一つゲンコツが飛ぶ。
「あいたたた…… 手加減してよタカさん。あたしは華奢なんだからさ。」
「ふむ。華奢、ね。」
タカさんの頬が悪戯っぽく歪み、同時に浴槽の中に手を伸ばした。
もにゅ。まひるの平らな胸を軽く摘む。
「んひゃん!!」
「はははは、確かに華奢だ。揉もうとしても掴み所がねえ。」
「うぅ……どうせあたしは乳が尻が牛乳がぁぁっ!!」
うがうがと泣きながらぽかぽかとタカさんを叩くまひる。
が、タカさんはそんな攻撃など意に介さず、遠慮のない目線でと湯船の中のまひるの裸体を観察する。
その目線が、まひるの両手で止まった。股間を隠している両手で。
「はは〜〜〜ん、お前、もしかして……」
タカさんはそこまで言うとまひるの目を覗き込む。シリアスに。
……ごくり。
心臓が止まってしまうかと思えるほどの緊張が、まひるの四肢に走る。
「毛が生えてねえんだろ?」
「……へ?」
自分が男であると言い当てられると思っていたまひるにとって、
その答えは拍子抜けなものだった。
へなへなと全身の力が抜けてゆくのが感じられる。
「その薄ーい胸を見りゃ分かるって。まだまだガキの体だもんな。
パイパンなのが恥ずかしくて隠してんだろ?」
「で、でへへぇ。バレちゃいました? 実はそんなだったりするんで。」
その誤解にほっと胸を撫で下ろすまひる。
「やっぱりなぁ…… アタシの睨んだとおりだぜ。
この成熟したタカさんの裸体を目の当たりにすりゃ、コンプレックスも感じるってもんだ。」
かけ湯を終えたタカさんは、うんうんと一人で納得すると
前を隠しもせずまひるの前にさらけ出し、ずかずか湯船へと踏み込んだ。
「だー、ぬりぃっ!!こんなの水じゃねえか。」
片足を突っ込んだ途端、タカさんはまひるを睨む。
「ぬるめのお湯にゆーっくり使ったほうが、お肌には良いんだってばさ。」
「んなこと知るか。風呂は熱いから風呂だろうが。」
まひるの意見には全く耳を貸さないタカさんは、そう断言しながら湯温設定のパネルを何度も押す。
ピ、ピ、ピ。
40℃、41℃、42℃……45℃。
「よし!! 風呂ってのはこれくらいじゃねえとな。」
「でぇえええええ、マジですかぁ!? 煮える〜〜〜っ!!」
「だったら上がりゃいいじゃねえか。」
「う、それは……」
(上がれるものなら上がりたいって。
タカさんが上がるまで上がれないから困っているんだってばさ!!)
心の机をだむだむだむと叩くまひる。
そんな彼女の「早く出てけぇ!」という祈りと言うか呪詛が通じたのか、
タカさんは1分と立たないうちにざぶりと立ち上がった。
「おっと、いけねえいけねえ。」
そして、そう呟きながら脱衣室へと向かう。
(なんか知らんけど、出てってくれるみたい。これって、天のお恵み地の助け?)
まひる、ほっと安堵の溜息。
が、そのまひるの思いは、すぐにぬか喜びと知れる。
「へへへ。やっぱ風呂にはこれがねえとな。」
戻ってきたタカさんは一升瓶をちゃぷちゃぷと振って、ばちりとウインクを決めたのだ。
(保つかな、あたしの体……)
……まひるは長期戦を覚悟した。
(17:57)
……約一時間が経った。
湯温も45℃に達してから随分経つ。
それでもなお、まひるは体中を真っ赤にして頑張っていた。
「い〜い湯だな、ハハハン、とくらぁ。」
充分に出来上がったタカさんは暢気に鼻歌を歌いつつ、まひるに相槌を求める。
普段なら好感を抱くはずのその陽気さが、今のまひるにはたまらなく憎々しい。
(なにがいい湯なもんか。
タカさんのサイみたいな皮膚と違って、あたしの玉のお肌はデリケートなんだってばさ。
あう〜〜っ、低温火傷してしまう〜っ。脱水症状おこしてしまう〜っ。)
「なぁ、まひる?」
「……」
「まひる?」
「……え?」
「いい湯っだっなっ?」
「……ハハハン♪」
「はははは、いいねいいね、阿吽の呼吸ってヤツだぜ。」
ちょっとでも気を抜けばどこかに飛んでしまいそうになる意識をタカさんの目線と動きに集中し、
まひるは土俵際で踏ん張り続ける。
「まあまあ、まひる、飲みねえ飲みねえ。」
タカさんは酒臭い息をまひるに吐きながら、一升瓶を突き出す。
ぷん、と鼻をつく辛い刺激臭に、吐き気をこらえて首を左右に振るまひる。
「ガキだからって遠慮すんな。このタカさん、ポン酒なんざ4つの頃から…… お?」
彼女は少しだけ不機嫌な声を出すと一升瓶を逆さに振った。
ぽたぽたと数滴が湯船に落ち、波紋を広げる。
「酒ぇ、切れちまったな。 ま、体もいい按配に温まったし、そろそろ上がるか。」
そう宣言したタカさんは、ざぶりと立ち上がると湯船から出て、
頭に乗せていた手ぬぐいを伸ばし、ぴしゃりと股間から背中へ叩き付ける。
ついに、まひるの待ち望んだ瞬間がやってきたのだ。
「あれ? まひるは上がらねえのか?」
「あはははは、も〜ちょっとだけ。」
「大丈夫か?顔、真っ赤だぜ?」
「あはははは、へーき、へーき。ぶい。」
まひる、へろへろとピースサイン。その手も真っ赤に、紅葉のように、茹で上がっている。
タカさんは疑問を抱いた風でもなく、そっかと軽く頷くと、浴室を後にした。
脱衣室から体を拭く、しゃっしゃっという音が聞こえてくる。
それが数十秒続き、がらがら、ぴしゃんと脱衣室を出てゆく音がした。
「勝った!!」
まひるは45℃の熱湯から逃れるように勢い良く立ち上がる。
もう我慢の限界だった。
「良く耐えた!! 君は立派に成し遂げ……」
くらっ。
自らを讃える言葉を言い終わらないうちに、まひるの視界は貧血でじゅわっと闇色に溶けた。意識も。
びしゃん!!
今出てきたばかりの浴室から大きな水音が聞こえ、タカさんは慌てて浴室に飛び込む。
「まひる?」
湯船には海藻のように赤い髪が浮かび、広がっていた。
「のぼせたのか。しょうがねえなぁ……」
タカさんはやれやれと溜息をつきながら、まひるを浴槽から抱きかかえるように引きずり出す。
華奢な体を腰のあたりまで浴槽から引っ張り出したとき、タカさんの胸部を繊細な感触がくすぐった。
「なんでぇ、まひる、まん毛生えてるじゃねえか……」
だが、胸部をこすり上げる感覚は柔毛だけでは無かった。
「なんだぁ?」
タカさんは素っ頓狂な声を上げ、胸に触れた何かを確かめるためにまひるの体を少し離す。
そしてその目が、異物の正体を捉えた。
「……ち○ぽまで生えてやがる。」
↓
【グループ:タカさん(No.15)、まひる(No.38)、薫(No.7)】
【現在位置:漁具倉庫】
【まひる】
【能力制限:気絶中。天使化進行。爪は鋭利な刃物並】
【薫】
【所持武器:M72A2、グロック17:弾16】
>131(17:40 学校内)
「………成る程な、これで21番死亡……と」
古びた学校内の一室、海原琢磨呂(No.13)は机に広げている紙に何か書きこんだ。
次に盗聴機のスイッチを『15』に切り替える。
聞こえてくるのは陽気な声。少し反響している所からして入浴中だろうか。
『ングッ……ングッ……ぷぁ〜〜〜っ!美味え〜〜〜っ!』
「…………まだ風呂に入っているのか?大したものだ……」
その豪胆さに舌を巻きつつ、再び記入。
「フム、とりあえずこれで現状の生存者の状況は出揃ったか……」
そう言うと琢磨呂は盗聴機の電源を一回落とし、改めてその紙に向き直った。
そろそろ生き残りも半数を切ろうとしている。今後の自分の動きの方針を決める上で
再度全体の『流れ』を把握する必要があった。
「それができるのもこの盗聴機を持っている私にしかできない行為……名探偵
の選ばれし特権と言う奴だな、ウム」
そう嘯きつつ更に紙の上にペンを走らせる。
「現在の私と神楽を除く生存者が……」
チームA(目的・主催者打倒。主に02の気分次第)
01(女/個人名ユリーシャ)・02(男/個人名ランス/リーダー)
34(女/個人名アリス)
チームB(目的・日常生活)
07(男/個人名薫)・15(女/個人名タカ/リーダー)
38(女/個人名まひる)
チームC(目的・主催者打倒。及び首輪の解除)
26(男/個人名グレン・コリンズ)・32(女/個人名法条まりな)/リーダー)
チームD(目的・主催者打倒)
08(男/個人名恭也/リーダー)・40(女/個人名知佳)
チームE(目的・表面上は主催者打倒。ただし疑問点多し)
05(男/個人名鬼作/リーダー)・14(男/個人名アズライト)
チームF(目的・生存。自分達以外の殺戮及び陵辱)
03(男/個人名臭作/リーダー)・28(女/個人名しおり、もしくはさおり)
個人行動中
12(男/個人名魔窟堂)・17(男/個人名真人)
19(女/個人名藍)・23(女/個人名アイン又はファントム)
24(女/個人名ナミ)・36(女/不明)
不明
16(不明/不明)
一部不明となっているのは、対象が誰かに呼ばれたり、また名乗ったりしていない
為である。
「まず用心するべきはA、及びEだ……」
共に戦闘力では群を抜いている参加者がいるチームである。
特にチームEの14番アズライトは、05番と合流するまで様々な相手を瞬殺してきている。
その早さがどの程度か実際には分からないが、現参加者の中でトップ級なのは
疑い無いだろう。
一方、チームAの02番ランス、これはこれで危険な相手である。
この異常な状況に全く動じておらず、強力なリーダーシップを発揮してチーム
を引っ張っている。また、人を斬る事にも迷いが無い。
おそらく似たような状況を幾度も経験しているのだろう。
このゲームにおいて、それは強力なイニシアチブとなる。
「……だが、ここには爆弾がある」
01番ユリーシャ。彼女はランスに自分が役立たずと思われるのを恐れるあまり
31番秋穂を殺害している。
現在は02番・34番と別行動となっているが、再合流した場合34番を殺害する可能性もある。
結果どうなるかまではまだ予測できないが、弱体化は避けられないと思われる。
いずれにせよ、この2チームとの現時点での接触は可能な限り避けるべきだろう。
その反面、琢磨呂としても接触を試みたいチームもあった。
「とはいえチームBは漁港、Cは灯台か……少し遠いな……」
チームBに関しては、最も予想外の行動を取ったチームである。
主催者打倒を念頭に置くでもなく、生存の為に殺戮側に回る事も無く。
本来ならば終盤まで無視しても構わない存在と言える。
だが、リーダーである15番タカの肉体能力及び彼女が所持するバズーカは最終的
にどちらに回るにせよ、かなりの脅威となるだろう。
その時を見越して、今から友好的な接触をしておけばゆくゆく有利となる筈だ。
「まあ、アイツらと同じ目に会うのだけは避けたいが……」
数時間前、彼女に文字通り搾り取られた男達のうめき声を思い出し、琢磨呂の肌に鳥肌が立った。
更に重要なのがチームCである。
今もがっちりと琢磨呂の首に嵌っている銀の首輪。
これを取り外せそうなのは、今の所このチームしかいない。
幸いにして彼女等のスタンスは主催者打倒である。同志のような顔をして行けば
すぐに解除してくれるであろう。
加えて、32番法条まりなのような頭脳派かつ行動派の女性は、琢磨呂にしても
一男性として好みとする所であった。
神楽が普通に動けるようになったら接触を試みるのも良いかもしれない。
チームD,Fについては未だ未知数な面が多い。もう少し様子見が必要だろう。
「あとの問題は……こいつらだな……」
そう呟きつつ指で紙をトントン叩く。
チームを組まないで、もしくは存在していたチームが崩壊して個人行動を行っている者達。
いずれも注意が必要な連中だが、特に琢磨呂が気にかかっているのは36番と16番だった。
36番は少女である事は分かるのだが、それ以外に付いては殆ど不明である。
誰かと接触する事自体が存在せず、独り言も滅多にしない。
ただ、あちこちに罠を張り巡らしているであろう事が、おぼろげに分かる程度である。
おそらく、ランスやファントムと同様このような事態に慣れていると思われる。
一筋縄ではいかない相手だろう。
「……だが、こいつはまだいい……」
16番。
これについては全く分からない。
琢磨呂が盗聴機の存在に気がついた時点で、16番からの応答は無かった。
既に死亡したのかとも思ったが、その後の定時放送でその番号は呼ばれてはいない。
つまり、16番は既に首輪から解放されている事になる。
完全なイレギュラー。
これがどう動くのか、またどうやって解放できたのか。重要な問題だった。
「……さて、これからどうする?」
自分に問い掛ける。
自分の手札は回復能力を持つ(今は無理だが)巫女さんが一人。
あとは盗聴機と―――拳銃が一丁。
周囲の相手の手札と比べると、いささか見劣りは否めない。
手札を増やすために動くか、まだ時を待つか。
……ザ……ザザッ……
と、その時外からスピーカーのノイズが聞こえた。
「……もうそんな時間か……」
そう小さく琢磨呂は言うと、再び紙を手にして耳をすませた。
この島に来て3回目の定時放送が、始まろうとしていた。
↓
218 :
黒い心:02/05/13 00:42 ID:ggUnkxUV
>159 >181
(17:30)
ごつごつとした岩壁に背を当て、ユリーシャは眠りの世界に
堕ちかけていた。
今までは精神的に張り詰めたものがあったせいか、
何とか睡魔を退けていたが、秋穂を殺害したことにより、
彼女の緊張の糸は切れてしまった。
その状態で意識を保つのは、年端のいかない少女には
困難なことだった。
しかし、まだ完全には寝入っていない、うたた寝の状態。
手には弩弓を抱えていた。
子どもがぬいぐるみにすがる様に、しっかりと抱えていた。
(ランス様、早く帰っていらっしゃらないかしら?)
靄のかかった頭で、少女が考えていたのはそれだけだった。
「…おい、戻ったぞ。ユリーシャ」
ふと、耳元で声がする。
乱雑で、粗暴で――― 慕う人、ランスの声。
いつの間にか本格的に眠ってしまったらしい。
ユリーシャは重い瞼を手で擦って、開ける。
目の前にはランスの顔があった。
慌てて身体を起こし、弩弓を下に置く。
さっと、辺りを見渡した。
「ユリーシャおねえちゃん、とっても可愛い寝顔だったり♪」
しゃがみ込むランスの隣に立っていたアリスの台詞に
ユリーシャは真っ赤になり、俯いた。
「おい、ユリーシャ」
ランスの声に、ユリーシャは顔を上げる。
対するランスの表情は、少し険しい。
「…どうか、なさいましたか?」
「秋穂はどうした?」
篠原秋穂の名前が出た瞬間、ユリーシャの心は大きく揺れた。
しかし、それは自分の犯した罪に対して揺れたのではなく、
彼女に対する嫉妬心からだった。
(…私では、ないんですね)
冷めた心が呟く。
「…そういえば、いらっしゃらないですね。
すみません、私は寝ておりましたので…分かりません」
自分が手を下した事を相手に感じさせない口調。
黒い感情が、ユリーシャの口を突き動かしていた。
ランスは少しの間、ユリーシャの瞳を除きこんでいたが、
「そうか」
と呟き、悔しげに舌打ちをした。
彼女に逃げられたとでも思ったのだろうか。
「だいじょ〜ぶ! 私もいるし、ユリーシャおねえちゃんもいるし。
ランスのおちんちんも満足するって! 問題ないじゃん!」
アリスの論点のずれた根拠のない発言に、
「…治ったんですか?」
頬を赤く染めて、ユリーシャはランスに問い掛けた。
その対象物を何度も目にしているとはいえ、
面と向かって問い掛けるのは、やはり恥ずかしい。
ランスが口を開く前に、アリスが胸を張って言った。
「うんうん。だって、治ってすぐに試したもんね〜?」
「うむ、ばっちりだったぞ」
ずくん。
心が疼いた。
知らないうちに、スカートの裾を強く握っていた。
嫉妬心が、徐々に大きくなっていくのを押さえることができない。
「ユリーシャおねえちゃん、顔色悪いよ。だいじょぶ??」
無邪気なアリスの声に、ユリーシャは我に返った。
「はい、大丈夫です。…少し、疲れたのかもしれないですね。
こんなに長い間、外に出ていたのは初めてなので」
ユリーシャは静かに微笑を浮かべた。
荒れ狂う心の内はおくびにも出さない。
「…すみません、もう少し、横になっていてもよいですか?」
「う〜ん、仕方ないよ〜。ずーっと動いてて、私も疲れたもん。
休も? ねね、ランス、いいよね?」
「…そうだな、フェリスが帰って来るまで少し休むか」
そう言って、ランスとアリスは腰を下ろす。
さすがに、荒事に慣れているとはいえ、長時間神経を張り詰めていた
ランスの顔にも疲労の色が濃い。
二人の同意を得て、再びユリーシャは身体を横たえた。
220 :
慕う心:02/05/13 00:49 ID:ggUnkxUV
少し離れて、寝息が聞こえる。
どうやらアリスは寝てしまったようだ。
暫しの間、静寂が辺りを支配する。
「…ランス様」
それを破ったのはか細いユリーシャの声だった。
「…ん、なんだ」
物思いに耽っていたのか、少し遅れて頭上からランスの言葉が
返ってくる。
「一つ、お願いがあるんですけれど、聞いていただけますか?」
「…ああ」
「…あの…、少し身体を寄せても、よろしいでしょうか…?」
「…」
無言を肯定と取ったのか、ゆっくりとユリーシャは身体を起こす。
ランスの身体に自分の身体を寄せて、横になった。
彼の膝に頭を乗せ、瞼を閉ざす。
ランスに身を任せていると、先程までざわめいていた心が、
穏やかになっていくのが解る。
「…男の膝枕じゃ固いだろう。…痛くないのか?」
「いえ、大丈夫です」
心なしか浮わついたランスの声に微笑を浮かべる。
そしてまた、静寂が支配する。
「…ありがとう、ございます」
暫くして、聞き取れないくらいの微かな呟き。
「ランス様…」
やがて、ユリーシャも小さな寝息をたて始めた。
↓
【グループ:ランス・ユリーシャ・アリスメンディ】
【現在位置:洞窟】
【No.1:ユリーシャ】
【所持武器:弩弓】
【スタンス:ランスと一緒にいる、ランスに近づく女は殺す
情緒不安定】
【No.2:ランス】
【スタンス:女は喰う、男は殺る】
【武器:鎧(持参)、バスタードソード、棍棒のような枝】
【備考:ランスアタック回数制限】
【No.34:アリスメンディ】
【スタンス:飽きるまでランスとH】
"Willst du diess noch einmal und noch unzahlige Male?"
>194
(1日目 PM16:30)
少女の目の前を虹で刷いたかのように美しい翅の蝶がゆらゆらと飛びまわる。
遺作は数刻前に「次の放送で起こせ」と言ったぎり、寝入ってしまった。
虜であることを余儀なくされた少女は、これを逃亡の絶好機と考えた。
無論、遺作とて阿呆でない。
あのような吊り方を施してあったのも故あってのことなのだ。
しかしながら人の浅知恵は往々にして覆されるものであり、
そして、今回とてもその例に漏れることはない。
少女は男の誤算に気づいた。
だから、それを利用することにした。
男の誤算、それは少女を「木の幹の近く」に括りつけてしまったこと。
少女の目はまだ死んでいない。
クシャクシャに乱れた栗色の髪、土で汚れた頬、精液の匂いのする薄手の服、
折れた二本の指、傷ついた足、そして度重なる暴行を雄弁に物語る痣の数々。
それでも、ためらうことなく木の幹に手をかけ、よじ登ろうとし始める。
少女の屈服を信じて疑わなかった男は
彼女のこの抵抗を夢想だにしなかったに違いない。
窮鼠猫を噛む、古人の偉大な経験則である。
今、反攻の狼煙は静かに上げられた。
最初は上手くいかなかった。
体のあちこちはひどく痛むし、そのたびに気を失いそうになる。
何よりも、ピンと張られたワイヤが絶えず首を圧しつづけている。
幾たびも滑り落ちては呼吸を害され、まなじりに涙を浮かべてはむせ返った。
それでも少女はあきらめなかった。
「おにーちゃん」に会うために、
彼女は何度も何度も挑戦した。
このあからさまな抵抗を男に見咎められたなら、
用心深い男のことだ、二度と再びチャンスは巡らないだろう。
慎重に、慎重に、けして物音を立てぬように続ける。
そうしてどれくらいの時間が経ったであろうか。
弥が上にもはやる心を懸命に抑えながらも漸々とコツがわかり、
やがて彼女を頚木する忌まわしい枝に取り付くことに成功した。
枝に跨り太股で挟むようにしてバランスをとり、結び目に手をかける。
男の力で結わえられた鉄紐は容易なことでは解けない。
しかも、男は曲がりなりにも用務員である。
結び目も素人がやるようなヤワなものではない。
作業の中、折れた指に振動が伝わるたび思わずうめき声を漏らしてしまう。
それでも、ここで解くことが出来なければ全ての道は閉ざされる。
遺作の玩具として生きるか、他の参加者に殺されるか、
そのいずれにせよしおりの願いがかなうことはない。
そんなことは百も承知だからこそ、
少女は全身を汗みずくにしながらもやめはしない。
指の皮が擦り切れて血が滲んでもやめはしない。
爪が剥がれて血が噴きだしてもやめはしなかった。
しかし、そんな彼女を嘲笑うかのように滴り落ちる鮮血を潤滑油代わりとして
ワイヤは力をこめてひくことすら困難なほどぬめりを帯びていく。
ワイヤにかかずらっている間も背後で眠る男のことが気になって仕方がない。
極力集中しようと思っていても、ついつい振り返ってしまう。
見ると相変わらず、眠りこけている。
一息つき、ふと気が緩んだ瞬間、引いたワイヤが彼女の掌をすべり抜け、
余勢で大きくバランスを崩してしまう。
手は何者にも触れることなく空しく宙を掻き、
支えるもののない上体がグワリと傾ぐ。
栗色の豊かな髪が空間に広がり、絡めていた足も解け、
重力が消失したかのような奇妙な浮遊感を覚える。
落下。
先ほどまで見下ろしていた結び目は、
今や彼女と同じ目の高さにあり、
次の一瞬にはそれを見上げることになった。
ごうと空気が唸る音が聞こえる。
とっさに彼女は両手を遠ざかりゆく枝に伸ばす。
左手は求めて得られぬ者の如く空を切る、
右手は叩きつけるようにして、かろうじて指をかけることは出来たのだが、
「いっ…たぁいっ!」
総身が粟立ち、いやな汗がいっせいに噴き出す。
叩きつけられた衝撃に折れた指が奇妙な方向に曲がり、
物悲しげにぶらぶらと揺れている。
覚えず大声をあげてしまったことに気づき、遺作のほうをそろそろと見やった。
天定まって亦能く人を破る。
運は彼女に味方した。
体勢を整えなおし、再び鉄条と格闘すること十数分、
血まみれのワイヤはわずかにたわみ、
ついには解けた。
(ねぇ、どうしようさおりちゃん?
今ならこのおじさんから逃げられるけど・・・)
痛む体を引きずるようにして木から降りたしおりは
放心したようにその場にペタリと座り込んでしまう。
逃げなくてはならないことはわかっている。
けれども、解放された安堵感からか思わず力が抜けてしまったのだ。
(とりあえずどこに逃げよう?
また森の中がいいかな?
それともどこか他の場所のほうがいいかな?)
体中が悲鳴をあげ、ともすれば失神してしまいそうになりながらも、
痛みを必死にこらえ、提案してみる。
しばらく黙って返事を待ってみるが、一向に応えがない。
(どうしたの、さおりちゃん?
・・・何か考えごとしてるの?)
姉の問いにゆっくりと上げた顔は
なんとなく笑っているように見えた。
(うん、ずっと考えてたんだけどね。
あいつ・・・殺しちゃったほうがいいんじゃないかな・・・)
(え・・・・・・)
突然のことに言葉を失う姉に意を払うことなく言葉を継ぐ。
(だって、今逃げたとしても
また、あいつみたいなやなやつに会うかもしれないよ?
だったら、そのときのためにあのカタナは持っていったほうがいいと思うの。)
(でも・・・・・・ でも、さおりちゃん。
それならカタナだけ持って逃げたらいいんじゃ・・・)
(うん、でもね、しおりちゃん。
最初の怖いおじさんが言ってたけど、
ここからは一人しか帰れないんだよ。)
そういって鼻先で人差し指をピンと立てる。
(だけど、私達が最後まで残って、それで一生懸命お願いしたら
優勝のごほうびに私達二人だけなら助けてくれるかもしれない。)
しおりは心の中にこだまする妹の声を身じろぎもせずにじっと聞いている。
(だったら、生きてる人は一人でも少ないほうがいいと思わない?)
さおりちゃんの言ってることは、分かるよ。
分かるけど…
そんなことをしたらおにーちゃんに嫌われちゃう…
だって、どんな理由があっても人を殺すなんて、
ぜったいによくないことだもの。
(だからって、逃げ出すだけじゃ解決にならないよ?)
(えっ?)
(でしょ、しおりちゃん。)
(う、うん。 そ、そうだね、さおりちゃん…)
どうして考えてることが分かっちゃったんだろう?
でも、さおりちゃんの言うとおり。
いま、おじさんから逃げ出しても
ここから生きて帰れるかどうかわかんないんだよね。
帰れなかったら……
もしも、私とさおりちゃんが帰らなかったら,
おにーちゃん,きっと悲しむよね?
だったら、
だったら、少しでも帰れる可能性が高いほうが…いいのか…な?
(そうだよ。ね、いこう、しおりちゃん♪
絶対に大丈夫だよ。)
「う、うん・・・」
答えてうなずくしおりの頬は蒼ざめていた。
夏の夕暮れを思わせる、圧倒的な西日の下、
そよ風にたわむれる葉がかさかさと鳴る。
南洋性の極彩色の花が揺れ、下草がやわらかにそよいでは,揺り返し、凪ぐ。
濃厚な緑が萌えるなかに浮かぶ,青と黄色,そして赤
そういった色の塊であったものが少しずつたしかな輪郭を持ちはじめ、
やがてその上に黒と黄の段だら模様も不吉な蜘蛛がとまっているのが見えてきた。
蜘蛛を眺めているのか、それとも蜘蛛がとまる血に濡れた胸を眺めているのか、
遺作は赤茶けた土の上にある扁平な岩の上で
幸福な戦死者のようにして眠っている。
少女は無言のままそれを見ている。
おじさんが眠っていて、すぐそばにカタナが転がっています。
今はだらりと投げ出された手でからだ中いろんなところを触られました。
開かれた大きな口からは黄色い歯と赤いベロが覗いていて、
その歯でいろんなところを何度も噛まれたし、
ざらつくベロでいろんなところを舐められました。
この人にはおにーちゃんにもされたことのないようなことをされたし、
おにーちゃんにもしたことのないようなことをさせられました。
あんなこと、こんなこと、口に出したくもないような
とても恥ずかしいことをいっぱい。
とっても、とっても、くやしい。
私は全部おにーちゃんのものなのに・・・・・・・・・
おにーちゃんだけのものなのに!
風が吹いてきて、木立がざわざわと哭いています。
見下ろした男の顔は安心しきった顔で、
何か楽しい夢でも見ているのかもしれません。
気がつくと手にはカタナが握られていて、
深々とおなかの辺りに刺さっていました。
真っ赤な血がたくさん、たくさん流れて、
薄茶けた土の上で水溜りみたくなってぼんやりとわたしの顔を映します。
目を覚ましたおじさんは恨めしそうな顔でこっちを見ています。
口をパクパクさせて何かを言ったようだけど、
何を言っているのかは聞きとれませんでした。
それからあとのことはあまり覚えていません。
風が吹きすさび、
やがて、ムクリと上体を起こす……男。
「あーあーあー、せっかくこれからみっちりと
可愛がってやろうと思ってたのによぉ。」
遺作は苦々しい表情でそう吐き捨てて立ち上がると、
血だまりに転がる少女の体を蹴りつける。
「まったく、人の寝込みを襲うなんざ、
一体どんな躾されてたんだ?
ちっ…………まぁ、いい。
とりあえず最後にもう一発抜かしてもらうか。」
日本刀を足元に転がすと、下着ごとジャージをずり下ろし、
体を痙攣させるしおりに取り付きいそいそとズボンを下ろす。
そして、しゃがみこんで幼い性器にペニスをあてがおうとしたとき、
左手の茂みが揺れ、何者かが少女の体を奪い取っていった。
(一日目 PM17:00)
「しばらく様子を見ましょう」
そう紙に認めて鬼作は藪の中に身を潜ませた。
隣で息を殺すアズライトは少女の死を眺めている。
屈みこむ彼の胸にかつての光景が浮かび上がっては消えていった。
沈みゆく夕日のこと、人々の澱んだ瞳のこと、血と砂の匂いのこと、
斯様なことを考えていても、
最後に辿り着くのはやはり彼女のことだった。
(レティシア・・・)
左の瞳を失っても、残された右目に今も焼きつく光景、
彼の胸奥にて鮮やかに蘇る、それは彼の唯一の思い人。
(レティシア・・・)
目を閉じる。
眼前の死にゆく少女がその面影に重なる。
少女の柔らかな栗色の髪、女の子らしい小さな手、
ほっそりとした体に華奢な肩、あごの曲線、
そして・・・愛する人にこぼすであろう幸せそうな笑顔。
(レティシア・・・)
失われた彼女を求め歩いた時間に比べれば、
少女と邂逅してからの時間はわずかのものでしかない。
それでも、彼は・・・・・・
かつての思い人の面影を見出そうとも、少女は死に至るべき人の身、
いまや少女との永別のときは間近に迫る。
あのとき、駆け寄る彼の目の前で彼女は死んだ。
彼もろともに貫いた槍で、彼の胸の中で。
今わの際の彼女の笑みは今となってもなお消えることなく息づいている。
彼女を愛した彼は、少女の死すら冒とくしようとする男に憤りを覚えた。
(レティシア・・・)
男のほかに動くもののない世界で、少女の消えゆく命を見ながら彼は考える。
あの時も、太陽は地平の彼方に沈もうとしていた。
(・・・僕は何も出来なかった・・・)
じっと自分の手を眺める。
今でも冷えてゆく彼女の体の感触を鮮明に思い出せる。
(・・・・・・もしも、あの時・・・)
考えて、立ち上がる。
そうして、いま一度目を閉じた。
もう何も考えないことにした。
ゆらぐ夕日が世界を茜色に染め上げてゆく。
まもなく全てを覆う夜がやってくるのだろう。
ゆっくりと目を開く。
没しゆく太陽を仰ぎ、
アズライトは何かを振り切るようにして走り出した。
見慣れた顔の男から奪い取った少女を胸に抱き、
夕日を背に受けて立ち尽くすアズライトからは、
少女がどんな様子なのかはよくわからない。
ただ、胸の辺りから溢れる血が大輪の薔薇のように咲き誇り、
薄桃色のワンピースを紅色に染め上げていくのだけがはっきりと分かった。
少女の弱々しい吐息が躊躇うアズライトの胸にかかり、
膝上に抱え上げた少女の体が不意にふっと軽くなった。
沈みゆく日の残光に世界は朱に彩られていく。
地面も木立も少女の身体も、何もかもが燃えるように赤みを帯びてゆき、
目の前が真っ赤になった。
おそらく、いま口を開けば喉からも火が吹き出たのではないだろうか。
轟々と何かが流れ去り、呑まれてゆく音を聞いた気がして
アズライトは呪わしい言の葉を口にのぼせる。
少女の首がかすかに揺れたように見えた。
黒く潤んだ瞳はそれを見て、
蒼白な顔に息づく、
色を失った唇に
そっと口づける。
それは親愛の情を表す行為。
そしてデアボリカのそれには、
もう一つの意味がある。
遠クカラ死者ヲ悼ムカノヨウニシテ鳴リ響クオゴソカナ鐘ノ音ガ聞コエタ
↓
235 :
夢:02/05/18 23:05 ID:PjWv2FVY
>220
姉様と話をしていた。
恋の話だった。
「大好きな人がいると、とても幸せな気分よ」
複雑な表情を浮かべていたけれど、きっと微笑んでいたのだと思う。
「今はもう、会えないけれど」
その目には涙が滲んでいた。
目尻を擦って、くすりと笑った。
「貴女も恋をすれば解るわ」
姉様はそう言った。
姉様、今、私があの方を慕うのは恋でしょうか?
でも、幸せ?
幸せよりも、心が苦しい。
涙が、止まらない。
…楽に、なりたい。
↓
見渡せど、映るものは無し。埋め尽くすは黒。それ以外の色は無い。
果てしなく深い闇があたりを覆い尽くしている。
「ここは・・・どこだ?」
屈強な身体付きをした長髪の男が闇の中に一人。男の名はザドゥ。
拳一つでのし上がったこの男のことを、闇社会に生きる者で知らぬものはいないだろう。
「俺は確かに・・・」
山篭りの修行を終え、下山していたはずである。
下山した時刻は昼。否、新月の夜であったとしてもこのような暗闇を作ることは不可能に思える。
何故このような場所にいるのか、ザドゥ自身にも見当がつかない。
「・・・ん!」
果てしない闇の中、気配を感じた。視覚や聴覚、五感からは何も得られない。
だが、武道家としての感覚が、それ以上に生物としての本能が警鐘を鳴らす。
「・・・・・・・何者だ」
問いかけに答えるものは無い。
再び訪れる静寂。
汗が掌を塗らすほどの緊張感がザドゥを包む。
『キャハハハハハハハハハハハ!!!』
突如として、真後ろから子供のような笑い声が響く。
否、子供以上に純粋で、それ故に嫌悪を催す。そんな笑い声が闇を埋め尽くした。
「ようこそ・・・ザドゥ君。キャハハハハハハ」
降り返り見れば、闇に相反するような白き巨体。その姿は巨大な鯨。
そして、なにより気を引くのはその紅く無垢な瞳。
その紅い瞳がいやらしく歪み、見下している。
「なに・・・ものだ」
「ボク?ボクはルドラサウム。全知全能なる創造神だよ。君の世界のじゃないけどね。キャハハハハハ」
「創造神・・・神だと?笑わせてくれる」
目の前に神がいる・・・己が拳一つで全てを支配したザドゥにとって、いや普通の人間にとっても信じられる話しではない。ましてや、目の前にいるのは物語に出てくる白髭の老人ではなく、喋る白鯨だ。
それを誰が神と信じようか。
「人間というの本当に疑りぶかいなぁ」
ルドラサウムは楽しげに嘯く。
「その神が俺になんのようだ。天国にでも連れて行ってくれるというのか?だとしたら願い下げだ。俺にはやらねばならんことがある」
「キャハハハハ、残念だけど、それは外れ〜。実は君にね、大事なお願いあるんだよ」
「お願いだと?」
全知全能を名乗る神が人に頼み事をするというのは理解しかねる。
ましてや、ザドゥは物語の中で神の信託を受けるような人間ではない。むしろ逆である。ザドゥ自身、それを理解しているからこそ疑問に思う。
「そう、お願い。ボクね、人間を集めてねぇ、コロシアイをさせようと思うんだ」
「殺し合い・・・それと俺に何の関係がある?」
殺しとは破壊だ。創造を司る者が破壊を行うのはナンセンスとしか言いようが無い。
「あるんだよ。君には、そのコロシアイの監視をしてもらいたいんだ。ホラ、人間ってすぐに馴れ合おうとしちゃうでしょ?ソレを君に防いでもらいたいの」
「全知全能な神なら人の意を操るなど造作ないのではないか?」
ザドゥの考えは至極当然。何故、それをザドゥにやらせようというのか。
その問に対することはこの上なくシンプルで、嫌悪すべき答えであった。
「できるよ。だけど、それだと面白くないんだよね〜。最近さ・・・魔人同士の戦争にチョット飽きちゃってさ。アレはアレで面白いんだけど、偶には人が恐怖に慄きながら死んでいくところとか、
殺したくない相手を生きるために泣きながら殺すところとか、その後に後悔して悶え苦しむところとか、そういうのが見たいんだ。なんていうのかな・・・自主性が大事なんだよ」
魔人とは何か解らないが、戦争を楽しんでいるというのは理解できる。
ザドゥは戦いで人を殺す。だが、ザドゥにとっての喜びは強きものとの戦いそのものであり、死は敗北としての結果だ。ザドゥ自身も負ければ死ぬ。
しかし、この神は同じ土俵に立つことなく、人が苦し様を、人が殺されるのを、人の死そのものを楽しもうというのだ。武道家たる彼が、それを二つ返事で了承できようか。
「下衆め・・・・そのようなことを俺が承諾するとでも思っているのか・・・・?」
「うん、君は絶対に断れないもんね」
クスッと勝ち誇るようにルドラサウムは笑う。
「なん・・・だと?」
「君は絶対に断れないよ。なぜなら、ボクは君の願いをかなえて上げられるから。
君のそのプライドが壊れるくらいまで虐めてあげるのも手だけど、自主的にやってもらわないとつまらないからね〜」
「願いを・・・・叶える?」
「キャハッ、興味持ったね。そう、君の願いをかなえてあげるよ。それが君に対しての報酬だ」
ザドゥの顔を見て、ルドラサウムはいやらしく顔をゆがめる。
古今東西、神が人を使役するときに使う殺し文句は常に”願いを叶える”だ。
あきれるほど陳腐だが、最も効果的な言葉でもある。
そして、あまりにもザドゥの失ったものは多すぎた。地位も名声も全てを失った。
もしかしたら、それら全てが元に戻るかもしれない。甘い言葉に心が揺らぐ。
クスクスと勝ち誇ったルドラサウムの笑いが静寂な空間に響く。
「ふ・・・ざけるな!そのような言葉に踊らされる俺だと思っているのか!」
だが、地位や名声を取り戻したところで何を喜べようか。
彼の望むべきものなど、二度と手にすることはできない。山での修行で何度そう自分に言い聞かせたか。
今のザドゥの願いは唯一つ、自身を陥れたものへの復讐である。
それを他者に叶えて貰うなど愚の骨頂、自身で成し遂げなければ意味の無いことだ。
「クスクス、人はす〜ぐに自分の心を偽る・・・。復讐?それは君の本当の願いじゃないね。本当の願いは・・・これだろう?」
ザドゥの目の前に突如として現れたのは3mほどの巨大な氷の塊。
淡く光る不思議な氷は無色透明。中には−氷の中には一人の亜人間。
かつてはザドゥ配下の四天王の一人。そして、ザドゥの愛妾であっ少女が封じられていた。
「チャーム!?」
少女の名はチャーム。
同じ四天王の一人、シャドウがザドゥに反旗を翻した際に、ザドゥを庇って命を落とした少女だ。
「君の願いはこの個体を生き返らせることだろう?言っておくけど、人間を生き返らせるなんてボクには簡単すぎることだよ。キャハハハハハハ」
生気の無い顔を見れば、これは人形ではないかとザドゥさえ思う。
確かに死亡した時期を考えれば、チャームは死体すら残っていないはずなのだからそう考えても不思議ではない。
「証拠を見せてあげるね。キャハハハハハ」
ザドゥの疑心を読むかのようにルドラサウムの紅い瞳が怪しく光り、同時にチャームの身体も淡く輝く。この神をもってして、その光は神々しく見えた。
光が消えると氷の中にも関わらず、肌に朱が刺し、見れば呼吸をしているのか胸が微かに上下している。意識は無いが、先ほどまでのが嘘の様に生を感じさせ始める。
魂の鼓動を感じて、ザドゥはチャームが本物であると実感できた。
数多くの女性を犯した。犯させた。時には発狂させたこともある。
ザドゥにとって女性を犯すことは自身の欲望を満たす対象でしかなかった。
だが、チャームに対しては違った。自身の欲望を満たす対象であったのは間違いないだろうが、それ以外の’なにかが二人にはあった。
だからこそ解るのだ。このチャームは本物であると。
「ぐっ・・・チャーム、今出してやる・・・・・狂撃掌!!!!」
諦めていたはずの希望を前にして、あらゆる感情が爆発する。
それに突き動かされるようにザドゥは渾身の掌打を放つ。
ルドラサウムは、ただそれを面白そうに眺めていた。
「ぐおっ・・・・」
鈍い音ともに鮮血が氷を塗らし、ザドゥの手が奇妙な方向へと折れ曲がる。
砕けたのはザドゥの腕の方であった。
「キャハハハハハ、無駄だよ。む〜だ。それはただの氷じゃないからね」
予想通りの結果に大はしゃぎする創造神。この神の態度は一々、神経を逆撫でする。
「貴様!なにをしたい!!」
「だ〜から、いったじゃない。君の願いを叶えるってさ。もちろん、先の条件を飲んだら・・・だけどね〜。キャハハハハハハ」
「ぐっ・・・」
それはこの腐った神の走狗になるということだ。
人として、ソレは受け入れられるものではない。
「どうする〜?どうする〜?ホラホラ、チャームが見てるよ。助けて〜ってさ。クッ、キャハハハハハハ」
ルドラサウムから視線を逸らせば、氷漬けにされたチャームが視界に入る。
虚ろな視線はなにも答えてくれない。それがザドゥを追い詰める。
答えは、一つしかなかった。
「わか・・・・・った。その話・・・飲もう」
「キャハハハハハハハ、当然だよね〜。愛しい愛しいその個体を見捨てられないもんね〜」
血を吐き出すような声でザドゥは答えた。否、答えざるを得ない。
それを聞いたルドラサウムは心底嬉しそうに笑った。
ザドゥの苦悩を見て楽しんでいるのだ。
「俺はどうすればよい・・・・」
「君の役割は言った通り・・・他の人間が互いにコロシアイをするように動かすことだよ。人
手が要るだろうから何人か・・・そうだねぇ、君に習って4人ほど部下をつけてあげるね。」
「やり方は俺の自由でよいのかと言っている」
「キャハッ、そこら辺はまだ考えてないんだよね〜。大丈夫、大丈夫、そんな顔をしないでよ。ちゃ〜んとシナリオを考えてあげるからさ。それと・・・」
「まだ、なにかあるというのか?」
「君はまだボクのこと信じてくれてないから、前金を払ってあげる。君たちはそうやって信頼を得るんだろう?」
「前金だと・・・・?」
「そう、前金に君のもう一つの願い・・・“死光掌”をあげる。」
「キャハハハハ、飲み込んでき死光掌・・・神気流宗家に、表の奥義を越えるものとして存在する代々口伝でのみ許される裏の奥義。気の流れを統べ、相手の気の流れを乱すも正すも自由に操る。
使い手によって、その性質が180°変わり、その資質を試す。
そしてその奥義は、かつてザドゥが追い求め、裏切りの原因となった奥義でもある。
ザドゥにとって、全ての始まりを意味する奥義。それが死光掌である。
「貴様が何故、死光掌を知っているかなど・・・愚問なのだろうな」
たようだね。そう、ボクの言うことは素直に聞いていた方がいいよ〜。損するのは君だからね〜」
「そのようだな・・・」
ザドゥは歯を食いしばって怒りに耐えた。全てのイニシアチヴはルドラサウムにある。
ザドゥにできることはこのゲームを無事に終らせ、ルドラサウムが願いをかなえてくれる事を祈るしかない。機嫌を損ねるわけにはいかない。
「君の活躍に期待してるよ。あ、そうそう、その怪我は治しておいてあげるね。
身体が資本なんだから怪我なんかしてちゃダメ〜」
チャームのときと同じ様に折れた腕が淡く輝くと、怪我は治っていた。
飛び出した骨も、断裂した筋肉も元通りになっている。
「礼は言わん・・・・」
「構わないよ。君はボクを楽しませくれればそれでいい。
んじゃ、次にあうのは大会が終った時だろうね〜。始まるまでゆっくりとオヤスミ〜、キャハハハハハ」
ルドラサウムの紅い瞳を見た瞬間、抗い難い睡魔に襲われる。恐らく何かしらの術をかけたのだろう。意識を失う最後まで、ザドゥの耳からルドラサウムの笑い声が聞こえ続けた
「思い出すだけで忌々しい・・・」
すっと瞼を開けると、ザドゥはそう呟いた。
「なにか?」
コンソールパネルの前に座っていた椎名智機が答える。
「いつの間にやら寝ていたようだな」
ザドゥは芹沢との情事の後、ベッドを芹沢に譲り、本部のソファで休んでいた。
戦闘と芹沢との情事がザドゥを眠りに誘ったのだろう。
「人間とは不便なものですね。食事、睡眠・・・余計なものが多すぎる」
首の接触デバイスからコードを抜く仕草は、まるで髪留めを取ったかのように見える。
彼女のメタリックな手を見ても、機械故の不調和を感じさせない。
「無駄を省くが最良ではない。元来、自然に与えられたものに無駄は存在せん」
「解せぬ話しですね」
無駄なものは省き精錬していくが、科学の基本だ。
科学を信奉する椎名智機にはそういう古い考え自体が無駄な考えであると薄く一笑する。
「そろそろ、時間だな。カモミールはどうした?椎名智機」
ザドゥは汗でへばりついた長髪をかきあげ、問う。
芹沢は普段はふざけた態度をしているが、流石は新選組局長と言うべきか、物事の機微を理解している。
その芹沢が定時放送の時間に司令室にいないというのはありえないことだ。
「4thピリオドで最も危険と断定される人間への教育のために動いてもらいました。
医師殿が独自の行動を取られている今、まともに動かせる駒は彼女だけですので」
「例の奴らか・・・・?」
「はい、そろそろ牽制が必要でしょう。でなければ収拾がつかなくなるかと・・・」
「情報に関することは貴様に一任してあるとは言え、一言言って欲しいものだな」
「芹沢から、疲れて寝ているのを起こすなと言われましたので・・・。ふっ、仲がよろしいですな」
「貴様も抱かれてみたいか?椎名智機」
「ええ、お疲れで無ければ喜んで」
だが、ザドゥが椎名に手を伸ばすことが無ければ、椎名がザドゥに凭れ掛ることも無い。
冷たい沈黙が司令室を覆い尽くし、不穏な空気が流れる。
ゴーン、ゴーン、ゴーン・・・
その沈黙は鐘の音によって破られた。3rdピリオド終了の鐘だ。
「定時放送の時間になりましたが、いかが致しましょう?」
「フム、定時放送は貴様がやれ、椎名智機」
互いの侮蔑など無かったかのように冷静な椎名の声。
答えるザドゥの声もまた冷静。それが椎名にとっては気に食わない。
「・・・了解しました」
しかし、ソレを態度に表すことなく椎名は一礼すると、定時放送用の外部スピーカーマイクを手に取る。
元よりそのつもりであったらしい。
「定時放送の時間です。この六時間にて死亡した人間は、09、グレン。20、勝沼紳一。25、涼宮遙。31、篠原秋穂・・・以上の四名。
生存者は引き続きゲームを続行してください」
鐘の音と椎名の声が淡々と響く中、ザドゥは思う。
(三回目の定時放送か・・・・かなりの人間が消えたな)
この18時間の間死亡した人間は17人。半数近い人間が消えたことになる。
死亡者を調べれば、中にはこのような事で死ぬはずではない人間が多く見受けられる。
本来なら、幸せな未来が待っていたはずだったろう。
―己のために殺し合えとは何たる傲慢−
タイガージョーの言葉が思い出される。
(確かにその通りだ。タイガージョーよ・・・)
かつての自身も奪うことによって全てを得ていた。
しかし、シャドウの裏切りによって全てを、チャームを失ったことで、ザドゥはその虚しさを知った。そして、人の死とはいかなるものか、ザドゥは初めて学ぶことができた。
今のザドゥは確かに人の死の中になにかを見出している。
カモミールに共感できるのも、そういったところがあるからだろう。
(だがな・・・)
それでも、もう一度失ったものを得られるならと、全てを犠牲にする覚悟でルドラサウムに従っている。そのような考えは邪魔以外の何者でもないのだ。
ザドゥに引くことは許されない。
たとえ相手が赤子であろうと我が道を邪魔するなら殺さなければならない。
まさに修羅の道である。
あらゆる死と罪を踏み潰しながら、歩まなければならない修羅の道。
自身で選んだ道とは言えあまりに過酷である。
それ故に、この大会が終ったときに、今のザドゥの死に対する感情も消えるだろう。
人であって人でなき鬼となっているだろう。
(タイガージョー、貴様が最後に見せたあの哀れむような眼差しの意味解るぞ・・・)
次に目が覚めた時には自身に一片の迷いもないと確信しながら、ザドゥは再び眠りについた。
ザドゥの消えた後の空間−
「さてと・・・・プランナー」
ルドラサウムは自身の忠臣を呼び出す。
それが現れたのは、ルドラサウムの呼び声とほぼ同時。
「主よ・・・お呼びでしょうか?」
その姿はルドラサウムより異形。丸い身体に指のような腕が6本生えている。
ただ、その瞳はルドラサウムと同様に無垢な紅い瞳をしていた。
「ボクのしたいことわかるよね?君にはその舞台の設定を任せるよ。ステージは用意したからさ。」
「はっ、よろしいので?」
「ボク自身が一から十まで考えたら、ドキドキ感が味わえないからね。
後は君が、ボクがたのし〜〜〜く感じるような設定を考えてよ。」
「御意」
即答。ルドラサウムの命は絶対の言葉。
否、プランナーにルドラサウムに逆うという思考自体が無い。
「うんうん・・・君はハーモニットやローベンバーン・・・他の三超神の二人より、こういうことが得意だからね。期待してるよ」
「主よ。いくつか質問をするご無礼をお許しください」
「なにかな〜?」
「強者といえどもザドゥは人間、表立った監督者には魔人あたりを置くべきでは?」
「でも、魔人なんかおいたら監督する側が苦労しないからつまらないなぁ」
ザドゥを選んだ理由はとどのつまりそういうことであった。立場が違えどゲームに関わる全ての人間が苦しまなければ、ルドラサウムにとっては面白くないのだ。自身の存在を隠すだけなら、プランナーの進言通りに魔人でもおけばよい。
「なにか対策練ります」
プランナーの役目はルドラサウムを楽しませることだ。
無理があろうとも、ルドラサウムを楽しませるためなら何があってもそれを実行しなければならない。プランナーの答えは常にYESである。
「任せるけど、よく考えてね。絶対に逆らえないようにしたらザドゥ君を選んだ意味が無いんだから」
「御意」
「ま、ザドゥ君があっさり負けちゃうようだったら、次からは魔人でも置けばいいじゃない。」
次があると、ルドラサウムはさらりととんでもない発言する。
だが、プランナーの答えは常にYESである。主の命に疑問を持つことは無い。
「御意・・・もう一つ質問がございます。我が主」
「はいはい。なんでしょ?」
「ザドゥを含めた終了後の生存者の始末はいかが致しますか?」
「う〜ん・・・面倒だから舞台の島・・・あ、これは適当な世界から持ってきたんだけどね。
それごとふっ飛ばしちゃおうかと思っていたけど・・・・いいや、君に任せるよ。設定から後始末まで君にぜ〜んぶ任せる。殺すなり、元の世界に戻すなりスキにして良いよ。
どうせ、君のことだからアフターサービスもばっちりなんだろうからね。キャハハハハハハ」
ルドラサウムの答えにプランナーはニヤリと笑う。その笑みはルドラサウム同様のもの。
蟻を捕まえて、これから行う処刑を想像して笑う子供ように残虐で純粋な微笑。
「では、早速準備にかかります。」
「うん、早くしてね〜」
プランナーは一礼するとその姿を消す。
恐らく、その頭の中にはすでに様々なアイデアが浮かんでいるのだろう。
「うん、ほんと楽しみにしてるよ・・・キャハッ、キャハハハハ・・・・キャハハハハハハハハハハハハハ・・・・・・・・・」
深い闇の中でルドラサウムの笑いがいつまでも木霊し続けるのであった。
↓
……and therefore never send to know
for whom bell tolls
it tolls for thee
>234
(第1日目 PM18:00)
夕焼けに暮れなずむ孤島に割れんばかりの鐘の音の残響が細かい霧のように漂う。
「へっ、ガキにゃぁチト過ぎた"れくいえむ"だぜ」
空を見上げてそれを聞いていた遺作は一人せせら笑う。
「まぁ、あのガキも死んだからあと二十二人か?」
地面に転がしてあったH&KMP5Kを模したモデルガンを拾い上げると
ゆっくりと簒奪者のほうに視線を向けた。
少女を膝に抱きピエタのような格好のまま動こうとしないアズライト、
風に揺れる黒髪が影を落とすその頬は夕日のせいか光っているように見える。
「まったく、近頃の若造はどいつもこいつもよぉ」
遺作はズカズカと大股に歩みよると
有無を言わさず力任せにアズライトを蹴り倒し、睥睨する。
「人様のものに手ぇ出すなって、
学校で習わなかったのかぁ、ああん?」
地面に転がり落ちてしまった少女には目もくれず、
アズライトの胸倉を取り乱暴に引きずり起こす。
「今ごろ泣いても遅いんだぜぇ、にーちゃん?」
相手が抵抗しないことに気をよくした遺作は
顎下にクルツを突きつけて、悪意に満ちた笑いを浮かべた。
涙で潤んだアズライトの黒い瞳は何も映していない。
まるで遠くの誰か思いを馳せているかのように、ぼんやりと
夕焼けも、風にざわめく木々も、詰め寄る遺作のことも、何も。
その虚ろな瞳には何一つとして映っていなかった。
「・・・僕は、また。」
ただ、おぞましいものを見るかのように己が手だけをじっとを見る。
「何をブツクサ言ってやがるッ!
いいかぁ、にーちゃん。
こいつはなぁ、この俺の奴隷だぁ。
遺作様のための肉便器なんだよ。
たとえ死んじまって動かねぇ人形になったとしても、
おまえなんかが馴れ馴れしく触っていいもんじゃぁねぇんだよぉぉ!!」
眠るように地に横たわる少女に銃口を向けながら、
うなだれるアズライトに顔を寄せていよいよ激しくまくし立てる。
「・・・・・・僕は・・・また・・・」
うわごとのように繰り返して少女が倒れていたはずの、
誰もいない空間を暗い憂いに沈んだ目で見やる。
そして大きく息を吸い頤をそらすと、何かを観念したかのように目を閉じた。
直後、
ヒュンッ
空を切り裂く鋭い音がして、
少し遅れて何かが地面に落ちる音が続いた。
「…………………………………っ!?」
一瞬の沈黙、そして絶叫。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!
うおっ、うぅぅ、っぃぃぃっぃあぁぁぁぁ!!」
叫ぶ遺作を眺めるアズライトの全身が見る見る真っ赤に染まっていく。
彼の胸元をつかんでいた遺作の腕は肘の下あたりからスッパリと消え失せ、
その熟れた柘榴のような禍々しい切断面から、間欠泉のごとく鮮血が吹き出ている。
「きったならしい手で、私のマスターに触んないでよねッ!」
舌足らずな声。
地獄の業火のごとくに燃えさかる太陽を背負い、
しなやかな両の足で大地を踏みしめて立つ亡霊のような影。
その幼さを残したふくよかな右手には、たったいま男の腕を落とした白刃が閃く。
「へっ、てめぇ、生きてやがったのか?」
うそぶきながら手早く傷口にタオルを巻きつけると
遺作は首を振り振り大仰なため息をつく。
そして、狂ったように笑い出した。
「クククックククククククククククククククッ
ヒャハハハッハッハッハッハッハハハフヘへへへッへへへへへッへッヘェ
まったくよぉ、おめぇってガキはよぉ。
堕ちたかと思ったら人の寝込みを襲ったり、死んだフリしてみたりよぉ……」
そう言って一歩跳び退る。
「ふざけたガキだなぁぁぁぁぁっ、てめぇはよぉぉぉぉぉぉっっ!!」
気を吐きMP5のトリガーを引く。
タタタタタタタ、と軽快な音を立てて至近距離から無数のBB弾がばら撒かれる。
血まみれの少女は避けようともせず、
豊かな髪に風をはらませて平然とそれを見つめている
セミフルオートで乱射された初弾が少女を見舞おうとしたそのとき、
わずかに空気が揺れ、弾丸は正確に真っ二つに割れた。
続いて飛来する弾丸も一つとして彼女に届くことなく、
奇術のように次々と中空で両断されてゆく。
血の赤が見目鮮やかに宙に舞い散る。
文字通り目にも止まらぬ速さで振るわれるたび
刀身を這う血が飛び散った。
その冗談のような光景に遺作はトリガーを絞ることも忘れて唖然とする。
少女もまた沈黙でそれに応えた。
「こんちくしょーがぁっ!」
一声吼えて静寂を破ると、遺作ははじかれたように照準も定めずに再度引鉄を引く。
「無駄だよ」
「うおっ!?」
驚愕の声とともにMP5を放り出す。
炎が、
ありうべからざる炎がモデルガンを包んでいる。
そして瞬時に焼き尽くされたそれは、大地に触れると風に流された。
「てめぇ……いったい、どうなってやがる………」
じっとりと脂汗を浮かべた遺作は空しく身構えるが、気圧されたように後じさりする。
巨大な憎悪を宿す氷のように冷たく美しい瞳が微笑う。
「アンタなんかにはもう、私を止めることなんて、絶対に、出来ない。」
正対する遺作の視線上に切っ先をピタリと据え、言い放つ。
鋩子に音もなく火がともる。
その己が与えた揺らめく炎を見て、
アズライトは臓腑を猛禽についばまれているかのような心持がした。
血に染まった深紅のワンピースを風に優雅にはためかせ、
少女の言葉はさらに続く。
「死ね」
短くそう言うと地を蹴り、一足飛びに間合いを詰める。
そして、身じろぎすら出来ずにいる遺作のがら空きの首めがけて抜き身を一閃させる。
切っ先の炎が尾を引いて走り、空を切り裂き、風を切り裂く。
「やめて…」
その声に唸りを上げる刃は首の皮を一枚切ったところでピタリと止まる。
「どうしてですか、マスター。こいつはっ!」
そのままの姿勢を崩さず応える少女の手の上に
アズライトの震える手が重ねられる。
「これ以上、君が損なわれる必要なんてないんだ…」
そっと刃を下ろさせる。
「もう、いいんだ」
「でも…」
振り返って見上げてくる少女の顔、
それを見て神前に立たされた咎人の如く嗚呼と一言うめくと、
こらえきれずついにその場にくずおれた。
そして縋りつくようにして少女を抱きしめる。
一つしかない腕で、ひどくもどかしげに、
無垢であったもの、彼の忠実な僕と成り果てたものを。
凶、呪わしきそして忌むべき被造物。
三人から少し離れた場所には、
節くれだった腕が前衛的なオブジェのように無造作に転がっていた。
「どうして泣いてるんですか、マスター?」
少女は跪いて許しを請うかのように嗚咽する主人の頭を不思議そうに見ている。
「何でもないんだ。」
これ以上話し掛けることが憚られる気がして、そうですか、とだけ答えた。
彼女の不倶戴天の敵はこの機を逃さずすでに逃げ去っていたが、
そんなことはもうどうでも良いことに思えた。
目の前の主人の姿を見ていると、自分もいたたまれない気持ちになってくる。
(なんだろう?胸がキュンキュンする…)
どうすることも出来ない歯痒さに少女の瞳にもうっすらと涙が浮かぶ。
長い長い沈黙のあと、
「…………君の、名前は?」
少女のなよやかな腹部に額を当てたまま、ようやくそれだけ言うと、
「さおりです、マスター!」
パッと顔をほころばせて、はじけるように元気な返事が返ってきた。
↓
253 :
誰がために鐘は鳴るあるいは天上の火(7):02/05/25 03:00 ID:ZElow73i
【アズライト】
【現在地:南の山道】
【スタンス:鬼作・さおりと行動】
【武器:???】
【備考:変性不可、左眼負傷、左手喪失】
【しおり】
【現在地:同上】
【スタンス:アズライトといっしょ!】
【武器:日本刀】
【備考:凶(まがき)with発火能力】
【遺作】
【現在地:同上】
【スタンス:女を犯す】
【備考:被曝、左腕喪失】
>136
(一日目 17:40 東の森・東端)
薄暗くなりつつある森の中を、よたよたと、しかしながら速いペースで進む
影が一つあった。
「や〜れやれ、前の時間はあんまり人死ななくてセンセがっかりやき……」
狂える包帯男、素敵医師である。
「こここ、ここはやっぱりセンセがテコ入れせないかんっちゅー事やね。
死亡率アップでスポンサー大喜びがよ……けひっ、ケヒャヒャハハハ!!」
けたたましく笑いながら、素敵医師は白衣の中からトランシーバーを取り出した。
「あーあー。本部?ほーんーぶー!?応答するがよー!?」
『……大声を出さずとも聞こえている』
レシーバーの向こうの椎名智機が応える。
「ちち、智機嬢ちゃん声が大きいがよ!センセ今隠密行動中がね!」
『……全く貴様は……まあいい。で、何だ素敵医師?』
「アインの嬢ちゃんの現在位置を教えて欲しいがよ」
『またか?ちょっと待て……フン、相変わらずだ。貴様の進んでいるルート
を確実に追尾している。もう距離は数百mも無いな』
「……けひゃ、いーがよいーがよ。そろそろみっしょん開始やき……!
あー、あの主従コンビはまだ灯台にいるがか?」
『No.26とNo.32だな?ああ、まだ灯台近辺で例の作業を続けて…………何?』
突然、智機が驚きの声を上げた。
「あ?智機嬢ちゃんどーしたがよ?」
『……素敵医師、早急に灯台に向かえ。たった今No.32の反応が消滅した。
どうやら、計算よりも早く首輪解除装置が完成したらしい』
「あ〜らららぁ……智機嬢ちゃん自慢のハイテク首輪も大した事ないがねぇ」
『……私を侮辱するつもりか?』
「いやいや、センセ正直者やき、思った事が素直に出てしまうんよ。許してたもーせ」
『……いいか、目的は解除装置の奪取、もしくは破壊だ。抵抗する場合は
抹殺しても構わん、手段を選ばず遂行しろ』
通信は強制的に切られた。愉快そうに素敵医師が笑う。
「きひひひ……ムキになって、まだまだ青いいとさんやき……さて、センセも
さっさと行くとするがね……?」
座らない首をカクカク言わせつつ、彼は再び歩き始めた。
その先には砂浜、そして灯台があった。
(同時刻 灯台一階・詰め所)
「………やった……」
たった今床に落ちた自分の首輪を見つめながら、法条まりな(No.32)は小さく呟いた。
「………やった……のか?」
同様に半ば呆然とした表情でグレン・コリンズ(No.26)が言う。
「成功……だわ」
次第に喜びがこみ上げてくる。
「う……む……!」
「やった……やった!凄いわグレン!アンタ天才よ!」
「はっ……わはっ、ワハハハハハハハハハ!!と、当然ではないかミス法条!
この全宇宙一のちょぉぉぉう天才!!グレン・コリンズの手にかかれば、
この程度の、この程度のヘナチョコ首輪なんぞ赤子の手をひねるようなもの!
すなわちベビーのハンドをブレイクするより容易!容易!容易ィッ!!
朝飯前、否、前日の深夜の夜食前と言えっようっ!!!」
興奮した口調でまくし立てつつ、グレンは触手の一本を天高く掲げた。
その先に、テレビのリモコン大位のサイズの機械が握られている。
これぞグレン・コリンズ謹製首輪解除装置『グレン・ジェイルクラッシャーG4』
(略称GJG4・命名者グレン本人)である。
その理論は、彼の(自慢話が50%以上混ざった)説明によると、首輪に死亡信号を
外部から与え、首輪のシステムを騙す構造らしい。
一つの首輪には故障防止の為に複数のシステムが稼動しているが、それらを全て
解除すれば首輪は着用者の死亡を誤認し、外れるそうだ。
「んん〜〜〜〜ッ!では早速、私自身の首輪も取るとしようッ!」
ひとしきり勝ち誇った後、グレンは自分の首に『G・J・G4』を押し当てた。
「ん?」
だが、その動きがピタリと止まる。
「あらっ?よっ?くぬっ!?」
更に、グレンはくねくねと奇妙な動きを始めた。
「……何やってるの、グレン?」
「いやっ、それがっ、だねミス法条!じっ、自分の首輪の解除位置が、見つか
ら、ないのっ、だよ!」
何とか自分で自分の首を見ようとするグレンに、まりなは呆れつつ言った。
「……見える訳無いでしょーが……」
「し、しかし、それでは私の首輪はどうなるのだ!?」
「……しょうがないわね、私がやるわ。コイツの操作法は貴方が指示して」
「なっ!?……いや、それは、その……」
「……助かりたくないの?」
「……むう」
ありありと不安を顔に浮かべつつ、グレンは手にした『G・J・G4』を手渡した。
「うわっ!?何コレ、べとべとじゃない!」
「し、仕方ないではないか!私は舌か道具でしか繊細な作業はできんのだっ!」
「もう……(ふきふき)そんじゃ、始めるわよ……まず、どこからやればいいの?」
「あ?ああ、まず小さなランプを探してくれ、そこから2cm程右側に……」
「えっ……と、あ、ここね」
「そこに微かに接合面があるだろう?で、手元のの目盛りを……」
グレンの指示に従い、まりなは静かに作業を進める。
ふと、グレンは前から思っていた疑問を口にした。
「……なあ、ミス法条……一つ、質問してもいいかね?」
「……ん、何?」
「君は、何故他の者を助けようとするのだ?」
「何故って……」
「そうは思わないかね?スタート地点にいた案内役の男でさえ、素手であの
虎の覆面男を殺すほどだ。しかも……仮にそいつを倒してもその先には……
神がいる。勝率なぞあるまい?この『G・J・G4』さえあれば、他の参加者に
とって絶対的な抑制力になる。他人の解除なぞ……(すぱーんっ!)あうっ!?」
瞬間、どこから取り出したのかグレンの顔面にハリセンが叩き付けられた。
「ななな、何をするのだっ!?」
「バカな事言うからよ。……よし、一つ解除完了っと。次いくわね」
「ババ、バカとは何だっ!?私は寛大にもミス法条の事を心配してだな……!」
「なら、その心配を他の参加者にも向けてあげて」
「む、むう……」
あくまで静かなまりなの言い方に、グレンは何となく黙ってしまう。
しばらくの沈黙の後、まりなが再度口を開いた。
「何故助けるのか……か。そうね……私はこの大会をぶち壊す任務を受けてこ
こにいるわ。それが戦う理由の半分」
「……もう半分は?」
そう問われると、まりなは口元に微かな苦笑を浮かべた。
「……………意地」
「……………呆れた物だな。ミス法条、君はもっとクレバーな女性だと思って
いたが……違ったようだ」
「ハハッ、おあいにく様……」
呆れ顔のグレンに笑いかける。だが、その眼は笑っていない。
「……昔……ある任務でね、一人の女の子を護衛する任務を受けたの。正直、
変な所は多かったけど、楽な任務だと思ってたわ。……でも、最後にはその子
に助けられて……私だけ生き残った。その時ついでに恋人も死なせちゃった」
「恋人……?」
「渋いオジサマよ。素敵な人だったわ……」
「……………」
「………私だって全部の参加者を助けられるとは思ってないわよ……でも、
少なくとも私の会った人だけでも助けたいの」
「……あー……ミス法条、ひょっとして私は、その、悪い事を聞いてしまった
のではないのか?」
「……ええ、かなり♪」
「あうっ……」
「ハハッ、相手の言う事を気にするなんて、貴方らしくないわよ?」
「なっ!?わっ、私はだな……!」
「はいはい……っと、これ……で……」
小さな電子音と共に首輪が外れる。
まりなは立ちあがると、グレンに『G・J・G4』を返した。
肩をほぐしつつ、部屋の隅に置かれたディバッグに向かう。
「さてと、それじゃさっそく行動開始よ。グレン、貴方も荷物をまとめて」
「ど、どうするのだ?」
「まずは村落の病院に行って魔窟堂のオジイサマと合流するわ。そこを拠点に
変更して、それから……」
「きへへへへ……そそそそ、その前にちょっと美味しい話があるぜよ!!」
「「!?」」
突然、外からの笑い声が響く。
同時に灯台の扉が激しく開かれ、包帯姿の怪人が悪臭を放ちつつ現れた。
その唐突過ぎる出現に、二人はとっさに迎撃する事も忘れ怪人―――素敵医師
を迎え入れてしまう。
「ひへ、ひへへへへへ……始めま〜してぜよ、まりなの姐さん♪」
続けて、やはり呆然としているグレンに向けて、
「あーあー、ググ、グレンの大将もご健勝で、なな何よりが……」
「あ、貴方は……!?」
ようやくまりなは自分を取り戻した。即座に素敵医師との距離を離し、スタン
グレネードを右手に握る。
だが、当の素敵医師は手をパタパタと振って、夢に出てきそうな笑いを向けた。
「ままま、待っとーせ!センセ、姐さんの敵じゃないき!センセ、味方やき!
仲間に入れて欲しくて、病院の方から来ただけぜよ!」
「病院?それじゃ魔窟堂オジイサマの知り合いなの!?」
「あーあー、ととと当然じゃき!病院の方で偉いコトになったき、センセ
姐さんに伝えよーと来たがよ!まま、そそそそのブッそうなモノ下げて話
聞くが吉っちゅーもんぜよ!」
「……………いいわ、話を聞きましょう」
まりなはしばし迷った後、手榴弾を置いた。
正直、この包帯男が尋常な相手ではない事は一目で分かるが、病院の事を言っている
以上無視はできない。何より、グレンと組んでいる自分がいるのだ。こういう奴と
魔窟堂が組んでいてもおかしくはない。
「きひひひ……さっすが姐さんやき……」
「し、正気かミス法条!このような胡散臭い奴の話を……!」
「………あー、センセ、大将にだけは言われたくないき。ささ!そんじゃ座って
センセの話を聞くがよ!」
260 :
グレン様・完成する(7):02/05/27 12:08 ID:icMH0JmK
(18:01 灯台外・窓の下)
(一体……どういう事なの?)
窓の向こうで宇宙人とミイラ男とワイシャツ姿の女性が車座で座っている。
何か話をしているようだ。
(奴等も主催者側だった……という事かしら)
納得のいく話ではあった。
人を遥かに凌駕する戦闘能力を有する謎の生命体二匹。主催者側が送り込んだ
刺客の可能性は十分にある。
ならば、迷う事は無い。
あの時は偵察が主任務だったから撤退したが、今度は―――
(―――仕留める)
窓の下、アイン(No,23)は静かにその好機を待っていた。
↓
【No,32 法条まりな】
【所持武器:スタングレネード×5
ハリセン
鍵束 】
【スタンス:首輪の解除
大会の調査】
【能力制限:なし】
【No,26 グレン・コリンズ】
【所持武器:解除装置『G・J・G4』】
【スタンス:まりなにとりあえず同行】
【能力制限:なし】
【No,23 アイン】
【所持武器:メス×3】
【スタンス:素敵医師 及び
宇宙生物二匹の抹殺】
【現在位置:灯台外】
【能力制限:激しく動くと縫合が開く可能性あり】
>163
(第1日目 PM18:20)
ケモノは、
岩陰に身を潜めるようにして、夕暮れどきの海を一人眺めている。
ちょうど自分の背後から照る太陽が水平線の向こうまでオレンジ色に染めている。
きらきらと輝きを返す水面は、
この島で起こっていることやケモノの願いとはおよそそぐわないほどに美しい。
何を見るでもなく無心に、きらきら光る海をじっと見ている。
彼方まで雲ひとつなく晴れた空と同じように、その心は澄みきっている。
もうすぐケモノの時間がやってくる。
そして契約は果たされるだろう。
彼岸の住人であるケモノにとっては、
此岸の時間は瞬きほどのわずかな時間でしかない。
ことがすめば、あるべき世界へ還るだけだ。
何の感慨もない。
ケモノとは、そういうものだ。
だから、静かに光る海を眺めていた。
262 :
静淵(2):02/06/01 21:01 ID:IRpL2Ya3
藍は、
ケモノに支配された瞳を通して、まどろみのなか海を眺めている。
時とともに様々に表情を変える海の安らかな潮騒を聞いている。
(太陽が沈むのを止められないと同じように)
――藍は考えた――(私にはこの子を止めることはできない。)
深い深い海の底のように、静かで暗い無辺の空間を漂っているような気がする。
そんな彼女を嘲笑うかのように、空は憎らしいほど晴れきっている。
今夜はきっとよい満月になるだろう。
そして月の光はあの子を誰よりも強くする。
此岸の住人である彼女にとっては、
契約の完遂は彼岸への旅立ちを意味する。
ことが成れば、否応無しにそうなるのだ。
何もできやしない。
人間であるということは、とても無力だ。
だから、静かに光る海を眺めていた。
↓
【松倉藍】
【現在地:港周辺】
【スタンス:獣:堂島殺害
:藍:@、神楽捜索
A、獣の封印/別離】
【備考:主人格=獣】
263 :
名無しさん@初回限定:02/06/07 02:14 ID:7n/fSp6G
保守あげ
(一日目 18:28 灯台内)
『あいやぁぁぁぁぁっ!!』
雄叫びと共に、丸太程の太さの触手がうねうねと動く。
「ったく、あの馬鹿……!」
法条まりな(No,32)は舌打ちを一つすると、傍らのアイン(No,23)を見た。
百戦錬磨の暗殺者とはいえ、流石に謎の巨大生物と戦うのは初めてなのだろう。
僅かな動揺は隠せないようだ。
「………私は、どうすればいいの?」
「とにかく触手を引き付けて。……20秒でいいから!」
「そう……」
言うが早いか、アインは床を蹴った。肥大化した触手を踏み付けつつ
グレン・コリンズ(No,26)に肉薄する。
『こここここの無礼者メガメガメガあぁぁぁぁっ!あいぃぃぃぃぃっ!!』
もはや意味不明な言葉を叫ぶグレン。その目は血走り、今にも飛び出そうである。
唸りを上げてアインに襲い掛かる触手群。しかし彼女はそれら全ての軌道を読み、
捌き切る。
同時にまりなもアインと反対方向に動いた。目指すはただ一点。
「ホントにもう……何でこうなったのよ!?」
毒づきつつ、そのポイントを目指す。
巨大化したグレン。そして共闘するまりなとアイン。
何故こうなったか、時間を10分程遡る―――
(1日目 18:15 灯台内)
「あーあー、つつつまりそーゆー事がよ。センセ、大将と姐さんの手伝い
したいだけやき」
「……むう、だが勝算はあるのか?」
へらへら笑いつつ語る素敵医師の言葉に、グレンが渋い顔で尋ねる。
素敵医師の話は、極めて単純な物であった。
自分はもともとこのゲームに反対であり、主催者側を裏切り、病院組に
協力していたがその病院組が壊滅してしまった。
壊滅前に灯台の二人の話は魔窟堂から聞いている。協力させてくれ。
素敵医師独特の言語を翻訳すると、おおむねこんな感じである。
「ままま、それは協力の約束してくれるまで言えんぜよ。万一他の悪い人に
バレたら一大事やき」
「フゥ……ミス法条、君はどう思うかね?」
露骨に胡散臭い話であった。グレンですらその胡散臭さに気づく位だから
相当なものである。
「……………」
一方、話を振られたまりなは無言で素敵医師を見た。
先程から彼女は全く発言していない。ただ、何かを計るようにじっと話を聞いている
だけであった。
「あああ姐さん、どーぜよ?センセの事信じてくれりゅうがか?」
今度はまりなに向き直る素敵医師。
まりなは、彼の包帯まみれの顔を正面から見据えながら静かに口を開いた。
「……むかしむかしのお話です……」
「へ?」
「へきゃ?」
突然の脈絡の無い言葉。
意味を二人が受け止める間もなく、まりなは更に続ける。
「ある所に、一人のおいしゃさんがいました。彼はとっても腕のいいおいしゃさん
でしたが、ある時、爆弾によって大火傷を受けてしまいました……」
「ミ、ミス法条?」
不安そうなグレン。だが、まりなは彼に目線を送った。
「(黙っていろ?)」
その意味は計りかねたが、とりあえずグレンも見守ることにする。
話は更に続く。まるで子供に語るかのような柔らかい口調で。
「火傷が痛くて堪らなかったので、そのおいしゃさんは痛いのを消すクスリを
使いました。するとどうでしょう、おクスリの量を間違ったおいしゃさんは、
頭がおかしくなってしまったのです……」
「きひっ、きひひひひひひひひ……」
その時、素敵医師が笑った。大声でこそ無いが、地の底から聞こえてくるような
不気味な笑いである。
対して、まりなも不敵な微笑を素敵医師に向けた。
「きひっ、ああ姐さんも人が悪いぜよ……センセの事最初から知ってたちゅう
が、センセ馬鹿みたいやき……」
「いえいえ、私も昔犯罪史の講義でチラッと聞いただけだったから。
まさか日本犯罪史に名を残す有名人に会えるとは思わなかったわ。長谷川均」
「は、長谷川……?」
「ええ、戦後最大の大量毒殺事件『四万十川毒物投与事件』の主犯。長谷川均。
その他、違法手術、殺人、薬物法違反も数知れず。……私のいた世界では、
大阪のヤクザ抗争に巻き込まれて死亡した事になってるけどね。
まあ、誰かと協力するなんて間違っても言わないような人物よ。
……さあ、ホントの所、話してもら……」
素敵医師との距離を詰めつつまりなが言う。
だが、素敵医師の次にとった行動はまりなにも予測できなかった。
「きひゃああぁぁぁっ!!」
突如跳ねるように立ち上がり、今までとは比べ物にならない大声で叫ぶ。
「ま、窓の外に誰かいるぜよぉ!」
瞬間、窓が割れ、影が飛び込んできた。
(同時刻 灯台外)
小声で交わされていた室内の会話。アインが初めて聞き取れたのは叫び声だった。
「ま、窓の外に誰かいるぜよぉ!」
その叫びが収まる前にアインは動いていた。
一歩後ろに下がり、窓に向かって飛ぶ。長い潮風に晒されていた窓はあっさりと
砕け、無数の硝子片となって室内に降り注ぐ。
「なっ!……ファ、ファントム!?」
部屋にいた3人―――いや、『匹』と呼ぶべきか―――の一人、ワイシャツ姿の
女性が叫び、素早く手元の何かを投げつけた。
「(手榴弾!?)」
アインはそれが何かを認識したが、勢いは止めなかった。
「(仲間のいる室内で使うとしたら……!)」
目を閉じて床に着地、一瞬も間を置かず再び跳躍する。
同時に炸裂音。目を閉じているアインにも強い光が発せられた事が分かる。
「(やはり閃光手榴弾ね)」
「クッ!」
女性の方もアインが目を閉じている事に気づいたらしい。飛び退いたのか、
声の位置が僅かに遠のく
アインは目を開けた。
室内には、既にアインと女性しかいなかった。
「(あとの二人は……?)」
素早く視線を巡らせる。
窓から見て右側。二階への階段に続くドアが開け放たれている。
「(外ではなく、二階……?)」
その行動に疑問は残ったが、とりあえずアインはそこで思考を打ち切った。
いずれにせよ、眼前のこの女怪物を倒さなくては。
全身の筋肉が引き締まる。
腰のメスを引き抜き、アインは女性に飛びかかった。
「(じょ、冗談じゃないわよ……!)」
内心、まりなは叫んでいた。
いくら内閣調査室の調査員と言っても、その主任務は情報収集だ。
007じゃあるまいし、戦闘訓練はそれなりにしか受けてはいない。
それなのによりによって世界最高の暗殺者を相手にせねばならないとは。
閃光が収まった後、グレンと素敵医師の姿は消えていた。
そっちの方も気にはなったが、その前に自分の身を守らないと話にならない。
「(話……聞いてくれるかしらね……!?)」
その瞬間、目の前のアインの姿が消えた。
「!?」
殆ど本能レベルで反応し、とっさに後ろに下がる。
閃光。
まさにそう言うしかない動き。
ワイシャツの端が鮮やかな切断面を作って床に落ちる。
再び対峙。当のファントムは先程と同じ姿勢でメスを胸の前に構えている。
「(何か……何か得物は……!?)」
まりなはじりじりと下がりつつ、室内を見る。
「(!?)」
またアインが動く。
同時に、まりなの足が何かを探り当てた。
「ッ!?」
掃除用のデッキブラシ。その長い柄を蹴り上げ、手に握る。
「ハッ!」
首筋に迫っていたメスを受け、その勢いをそのまま受け流す。
だが、アインもその勢いを無理に殺すことなく突進し、転倒する直前に跳躍する。
猫のように回転し、音も無く床に立つアイン。
化け物じみたバランス感覚と筋力あっての業であった。
流石に世界一の呼び名は伊達ではない。
「………痛ッ!」
その時、初めてまりなは自分の腿が切られている事に気付いた。
幸い動脈に達してはいないようだが、結構な深手だ。
おそらくは最初の一撃によるものだろう。
「(こりゃヤバいわ……)」
時間が経てば経つ程、まりなには不利になる。それはファントムも理解してるだろう。
だが、同時にまりなはファントムの攻撃に違和感も感じていた。
本来ならば、まりなが得物を持つ前に連続攻撃で無力化するのが普通の筈だ。
ところがファントムはまるでこちらを値踏みするかのように攻撃→離脱を繰り返している。
「(どういう……事なの)」
いずれにせよ、これはまりなにとって交渉の好機と言えた。
「ちょ、ちょっとタンマ!」
右手を掲げてファントムに言う。
「貴方、魔窟堂さんの仲間でしょ!?」
「……………!?」
まりなの言葉にファントムは動きを止めた。少なからず驚いた表情で彼女を見る。
「……何故、それを……?」
「魔窟堂さんに会ったのよ!お願い、とりあえず武器を下げて!」
「……素敵医師から聞いたとしても、そのくらいの事は言えるわ」
「違うってば!アイツは私達を騙……」
『みょげえええええぇぇぇぇぇッッ!!!』
更にまりなが言葉を続けようとした瞬間、突如人間のものとは思えない絶叫が
響いた。
「!?」
「な!?」
その凄まじさに二人とも止まる。
『あいやあああああぁぁぁぁッッ!!ミラクル!ミラクル!!
まっさァァァァにミィラァクゥルゥゥゥゥゥッッッ!!!』
再び絶叫。明らかに二階から聞こえてくる。
「……何が、起こってるの?」
「分からないけど……誰が原因かは分かるわ……あのバカ……!」
流石に動揺を隠せないアインにまりなは一言いうと、彼女に背を向けた。
「!?」
「ファントム、一緒に来てくれる?信じられないなら、このまま私を殺してもいいわ」
「……………」
アインはしばしの間まりなの真意を計っていたようだが、やがてメスを腰に戻した。
「……いいわ。行きましょう……」
(同時刻 灯台二階)
「ふい〜〜〜、ここまで来ればオッケーがよ!」
「ちょちょちょっと待て!ミス法条がまだ……!」
「あーあー、姐さんなら大丈夫やき」
灯台の二階、展望室に繋がるその部屋にグレンと素敵医師は逃げ込んでいた。
いや、正確には素敵医師がグレンをここまで引きずってきただけなのだが。
「いや、しかしあの小娘は只者ではない!やはり……」
ここまで言って、グレンはようやくある事を思い出した。
「……ちょっと待て、貴様は確か私達を騙そうとしてたのではないか?
何故私を助ける?」
「きひひ、そりゃセンセ、大将のファンだからぜよ……」
「ファ、ファン?」
「そーぜよ、大ファンぜよ!大将のその姿、知性!どれもセンセの憧れじゃき、
大将だけでも助けよーと思っただけがよ!」
普通の相手なら一片の信憑性も与えない言葉。だが、相手はグレンである。
「ク、クハハハハ!当たり前ではないか!この私こそ……!」
あっさりとおだてにのり、笑いながら大きく頭をのけぞらせる。
ぷすっ
その首筋に、一本の注射が刺さるのが見えない程に。
「がっ!?」
ちうぅぅぅ……
一瞬にして注射器内の液体が注入される。
「が、がが……」
グレンの苦悶の声。激しい耳鳴りと頭痛が彼を襲う。
一方の素敵医師は注入と同時に飛び退き、距離を置いた。
「ぎ……ぎざ……ま……」
「いやいや、ホントに大将の事センセ大好きがよ?その単純な所なんて最高
やき……けひゃ、けひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
素敵医師の哄笑。それを聞きながら、グレンは床にぐったりと触手を投げ出した。
白目を剥き、ひくひくと痙攣しているその顔を素敵医師は覗きこんだ。
「……変がね?センセ打ったのは麻酔薬じゃったき……間違って毒使ったかも
しれんね。まま、まーええき。とっとと解除装置探してトンズラがよ……」
そう呟くと素敵医師はグレンの触手を持ち上げ、体を探りだした。
まだ階下からは戦闘音が聞こえる。誤解が解けるまでまだ少しはあるだろう。
「ふんふんふ〜ん♪」
鼻歌を歌いつつ作業を続ける素敵医師。
「……ア……」
その時、グレンの首が微かに動いた。
「へきゃ?」
首の方向を見る素敵医師。だが、見た目の変化はない。
「……気のせい……がか……?」
「アア……!」
再び声。さっきよりも大きい。
「きひ!?」
同時にグレンの触手が脈動を始めた。
動悸音が聞こえるほどの激しい脈動。
「ななな……こここれはどーした事がよっ!?」
素敵医師の表情に焦りが浮かぶ。
そして、グレンの眼に光が戻った。
『アイヤアアアアァァァァッッッ!!!』
血走った瞳。血管の浮かんだ顔。
『ギッヒヒャアアアァァァ!!』
「!?」
突然、グレンの触手が肥大化した。
今まで成人男性の太腿程度の太さしかなかった触手が、一瞬で丸太程の太さに
膨れ上がる。
その時、ようやく素敵医師は理解した。
確かに素敵医師の薬の効果は(自身を含む)無数の人体実験で証明済みだ。
だが―――宇宙人には?
その結果が、ここにある。
「ここ、興奮剤+筋力増強剤っちゅう所がか……?」
『フ、フハハハハハハッ!!これぞマサに奇跡ィィィィィッ!!』
どうやら頭部もちょっと巨大化したらしい。7~80cmはあろうかという顔が
素敵医師を見下ろす。
「き、きへへへ……」
それに笑い返す素敵医師。だが、微かに見える素肌にはびっしり汗が滲んでいる。
『私コソは神ッ!偉大なる神ッ!!更に、更に更にその偉大さを増しィ!!
グレン・コリンズ・マキシマムッ!!光臨ンンンンッッ!!』
そう叫びつつ触手を一振りする。
直撃。
「はぎゃあああぁぁぁぁ!!」
限りなく断末魔に近い絶叫を残して、素敵医師の体が壁に叩き付けられた。
『アイヤアアアァァァッッッ!!」
更に一撃。
「ぎゃ………!」
コンクリート製の壁が砕け、細身の体が外に放り出される。
『ミラクル、ミラクル、まっさァァァァにミィラァクゥルゥゥゥゥッ!!』
勝利の雄叫びを上げるグレン。既にその脳内には圧倒的な高揚感と破壊衝動しか
存在しなかった。
『キヒェエエエエエェェッッ!!』
無茶苦茶に触手を振り回す。机が砕け、椅子が飛ぶ。
その時、激しい足音がグレンの背後から聞こえてきた。
「ッッ!?グレン!」
「………これは……奴の能力なの?」
「違うわよっ!……多分……」
今のグレンにとって、彼女達が語る言葉に意味は無い。
只、二匹の得物が来た。それだけだ。
『アイヤァァァァァッ!!』
自分の足元に解除装置が落ちている事にも気付かず、グレンは吼えた。
―――そして、状況は冒頭に戻る。
(18:30 東の森・東端)
そのほぼ、同時刻。
「(ガラガラ……)ニャハハ、森の中行くのは無理があったかな〜?遅くなっちゃった♪」
この場に似つかわしくない陽気な声。
新撰組局長、カモミール=芹沢である。
「(がらがら)ひとーつ!士道不覚悟切腹よ〜♪」
88mm砲台「カモちゃん砲」を引っ張りながら、カモミールは歩く。
もう少しで、灯台が見えようとしていた。
↓
【No,32:法条まりな】
【所持武器:デッキブラシ
スタン・グレネード×4】
【能力制限:右足太腿に裂傷あり】
【No,23:グレン・コリンズ】
【備考:素敵医師投与の薬品により暴走中】
274 :
名無しさん@初回限定:02/06/12 16:27 ID:jeXwjRlu
馴れ合いばかりで、誰も死なないんだけど、いつ決着がつくの?
(一日目 18:30 灯台内)
怪獣の如き叫びと共にグレン・コリンズ(No,23)の触手がアイン(No,26)
に向けて横薙ぎに迫る。
「……………」
だが、アインは床を蹴り、グレンが振ってきたその触手の上に手を乗せ、そのまま
鉄棒の要領で両足を振り上げる。
そこに叩き込まれるもう一本の触手。
とっさにアインは腕を折り曲げ、両腕の筋肉だけで体を真上に飛ばす。
直後に触手同士の衝突音。
「あああああ痛アアアアァッッ!?おおおオノレ小娘エエエェェェ!!」
苦悶の声を上げるグレン。更に激昂し、触手を振り回す。
その注意は完全にアイン一人に向いていた。
「よしッ!」
まだ出血の止まらない右足をかばいつつ、法条まりな(No,32)が部屋の壁沿いに走る。
一定の所まで進んで横っ飛び。
その手が解除装置を掴んだ。
「OKよアイン!」
「了解」
まりなの声に、アインの動きのパターンが変わる。
後退から前進へ。
「アアアアギイィィィィィッッ!」
雄叫びと共に繰り出される触手群。しかし、アインから見ればその動きを見切る
事は容易い。
大上段から振り下ろされる一本の触手。
アインは跳躍してその触手の上に乗り、そのまま駆け上がる。
「ナッ!?わ、わたっ私を踏み台にいいぃぃぃぃ……」
「……遅いわ」
グレンが台詞を言い終わる前に、アインの足がグレンの顎の先端に命中した。
「ハガッ!?」
血液とも異なる妙な色の物体を撒き散らしつつグレンの頭部が床に落ちる。
すかさずその延髄に両足で突き蹴り。
「ハンギャアアアアァァァ………!」
断末魔の声を残し、グレンは白目を剥いた。
同時に、彼の体が再び縮小を始めた。どうやら薬の効果が切れたらしい。
「………流石ファントムね……」
「……アインでいいわ。その名で呼ばれるのは好きじゃないから……」
荒い息で言うまりなに対し、アインは息切れ一つ無く答える。
「それで、これからどうするの?」
「……とりあえずコイツが起きたら、貴方の首輪を解除させるわ。
それまではお互い、情報交換といきましょ……」
(18:35 東部海岸)
「うぃっつ、らぁぶ・ねごしえーたー♪……あれ?」
主催者側からの刺客その2・カモミール芹沢が『それ』に気付いたのは
灯台に間も無い砂浜であった。
赤黒い『それ』は異臭を発しつつ、ずりずりと這いずっている。
砂と血にまみれた体―――そう呼んでいいものか―――から伸びた四肢は関節の
判別がつかず、蜘蛛のような節足動物を連想させる。
「何かな?」
虎徹の鞘でつんつんとつつく。
「ん〜〜〜、まあいっか♪吹き飛ばしちゃお」
そう言ってカモミールがカモちゃん砲に点火しようとした瞬間、
「……ま、まま待つ……がよカモミール……」
『それ』が言葉を発した。
「せせせ……センセ、88mm砲はノー……サンキューやき……」
「……あ?まさか素っちゃん!?」
『それ』は自分よりも先に出撃していた素敵医師だった。
「あらら、随分やられちゃったわね〜。一体どーしたっての?」
「きひっ、きひひ……センセとした事が、とんだ医療ミスしたぜよ……。
宇宙人が巨大……化してセンセ……飛ばされたき……」
「???……なんだかよくわかんないけど、仕留め損ねちゃったワケね?」
「ぶぶぶ、ぶっちゃけそーゆー事ぜよ。カモミール、油断はノーグッドじゃき、
注意しとーせ……センセ、流石にヤバいから一旦帰還するき」
そう言い残し、素敵医師はずるずると移動を始める。
「ニャハハ、素っちゃん安心していーよ?アタシは素っちゃんと違って策略って苦手だから」
その背中にカモミールは軽く答えた。
「……これで全部吹き飛ばすだけだからサ」
カモちゃん砲が不吉な光沢を放つ。
カモミールは、再び灯台に向けて歩き出した。
(18:47 灯台内)
「おいミス法条、本当にいいのかね?彼女は……(がすっ!)あうっ!?」
「……いいからさっさと解除して。大体、私達をさっきまで殺そうとしてたアンタの台詞じゃ
ないでしょーが(ぐりぐり)」
「あたたっ!食い込ませるな!わ、分かった!」
「……貴方達、いつもこんな感じなの?」
「ふ、フン!黙っていろ、始めるぞ」
……………
……………
……………
解除音。
「………フゥ〜〜〜ッ……よし、解除できたぞ」
「……………」
首輪が取れて外気に晒された部分を、アインはしばらく撫でた。
「……ありがとう」
「む?……う、うむ」
言われ慣れない礼にとまどうグレン。
だが、その返事を待たずアインはまりなに向き直った。
「それでまりな、今後はどうするの?」
「そうね……今までの話を総合すると、魔窟堂さん達がそのまま病院にいる
可能性は低いでしょうね。とりあえず……」
瞬間、轟音と衝撃がが灯台を襲った。
「のわあっ!?」
「……………!?」
「ちょ……っ!?」
再度轟音。コンクリートの屑がぱらぱらと振り落ちる。
「な、何よコレ!?」
「………まさか……」
「………ななな何だと言うのだ!?これではまるで……!」
三度衝撃、今度はまりな達の部屋の外壁が弾け飛んだ。
「キャ……ッ!」
「………やはり砲弾、それもかなりの大口径ね」
「れれ冷静に判断してる場合かねッ!?」
四発目。グレンの真横の壁が大穴を空ける。
「ひええええっ!?」
「……徹甲弾なのが幸いね。これが榴弾、または焼夷弾だったらもう私達は
全員死んでるわ」
「チイッ、真打ち登場ってワケ!?」
「(ガ……ガガッ……)」
その時、砲撃が止んだ。続けてスピーカーのノイズ音。
『……ニャハハハハハハハハ!!ビックリした!?ビックリしたでしょ?』
そして外から響く能天気な女の声。
『コホン、あー、聞こえてる?アタシはカモミール芹沢。カモちゃんって呼んでね♪』
「「カ、カモちゃん??」」
思わずハモって呟くグレンとまりな。
『えっとね、アタシザっちゃん……あ、コレ主催者の偉い人のコトね。その人の
めーれーで来たんだけど、そこにいるでしょ!?26番グレン=コリンズ、
32番法条まりな!アンタ達のやってる事はゲーム運営の障害になるの!
―――今から5分待つわ。5分以内にアンタ達の持ってる首輪の解除装置を
コッチに引き渡して、ゲームに復帰してよ」
「……………クッ、誰が……」
まりなが呟くと同時に5発目。
『アハハハハハ!そーすればこれ以上のカモちゃん砲は勘弁したげる♪
待ってるわよ―!』
―――カモミールの声が途切れた。
沈黙が部屋―――というには風通しが良くなり過ぎているが―――を支配する。
それを打ち破ったのは案の定グレンだった。
「どどどどどどどどどどうするのだミス法条ッ!?」
「……決まってるでしょう。絶対に渡す訳にはいかないわ……」
「しょしょ正気かね!?このままでは木っ端微塵ではないか!?」
「分かってるわよ!」
珍しく激しい口調でまりなが返事を返す。少なからず彼女も焦っているのだ。
「……アイン、脱出できそう?」
「無理ね」
空けられた穴から外を伺いつつ、アインが即答する。
「周囲に遮蔽物は無いし、足場は砂浜で走り辛い……相手は少なくとも数百m
先から砲撃してるから、隠れての脱出はほぼ不可能ね。せめて日が完全に落ちて
くれれば望みはあるけど……」
そう言いつつ水平線を見る。太陽はかなり沈んでいたが、完全に落ち切るまで
はもう少しかかりそうだった。
「……間に合いそうもないわね……」
唇を噛むまりな。
『あ〜と四分よ〜〜〜♪』
外からの呑気な声。
同時に砲声。あくまで威嚇らしく、今度は衝撃は無い。
「……………ダメなの、オジサマ……!」
自分に首輪を残して死んだ木之下泰男の姿を思い起こす。
一方、グレンは顔をうつむかせ、何かを呟いていた。
「嫌だ……何で、なんで私ばかりがこんな目に……私だけ……いつもいつも私
だけ……」
ふと、その呟きが止んだ。
「…………私だけ?」
突然、グレンの頭の横に豆電球が点灯した。
「………分かった。私も男だ。腹を決めようじゃないか……」
「!?」
グレンはまりなにそう言うと立ち上がった。
「ミス法条、何とか脱出しようではないか!」
「え、ええ……そうね?」
その変貌に半ば呆然とするまりな。
「とりあえず解除装置の予備部品を取ってくる。その間に、何とか脱出法を考えて
おいてくれ給え。……頼んだぞ」
そう言ってグレンは自分の横にできた大穴からぬめりつつ出ていった。
砲撃の方向とは逆の向きである。
後に残されたアインは、けげんな表情でまりなに尋ねた。
「……ねえまりな、彼は……ああいう人なの?」
「いや、間違ってもあんなの言う奴じゃ……」
そこまで答えて、まりなはある事を思い出した。
「(……『私だけ?』)」
ちょっと待て、あの男はそもそも何の為にここを目指していた?
「!!」
まりなは突然傍らのディバッグを持つと、グレンが出て行った穴に向かう。
「まりな!?」
「分かったわ……アイツ……!」
(18:50 「G・S・V3」)
無数の計器類が明滅する中、グレン・コリンズは独り言を繰り返していた。
「わわわ、私は悪くない……これは一人乗りで、私しか乗れないんだ……し、
仕方無いじゃないか……私は悪くない、私は悪くない、私は悪くない……」
「G・S・V3」発射まであと5分……。
↓
「身体の傷はもう大丈夫?」
ハイ、マスター、と元気よく答える少女に
アズライトは少し困ったように首を傾げた。
「僕のこと、マスターなんて呼ばなくてもいいんだよ」
「でもでも・・・」、しおりはそう言って
「マスターは、マスターです。」やはり困ったように彼女の主人を見上げる。
山中の泉より南へと少しく下った山道の途中で
向かいあう二つの人影――アズライトとしおり――は
それだけ言うと互いに黙り込んでしまう。
二人を囲む木々の間をそよ風が陽光はじくクチクラをさわさわと揺らして通り抜け、
彼らの頬を軽く撫でながら吹き抜けてゆく。
風があたりにわだかまった血の匂いと、それに混じったほのかな緑の匂い、
そして少女の甘い香りを運びアズライトの鼻腔をくすぐる。
「僕はさおりの好きなように呼んでくれたほうが、嬉しいな。」
頬を掻きながらアズライトはためらいがちに提案してみる。
その言葉にしおりはわずかに口を開きかけるが、
少し迷ってまた恥ずかしそうに口をつぐんでしまった。
ちらちらと主人のほうを伺い見るが視線が合うとすぐに目をそらす。
再び風が吹き、また甘い匂いがする。
つぎに主人と目が合ったとき、しおりは意を決して言った。
「だったら、あの…えと………その……お……おっ…」
顔を真っ赤にして、再び口ごもる。
「お?」
アズライトが先を促すように繰り返すと、しおりは目を閉じ深呼吸をし、
「おにーちゃん!」
小さな両の手で刀の柄をきゅっと握り締め、半ば叫ぶようにして言う。
「お…おにーちゃんって呼んでも…いいですか、マスター………?」
消え入るようなか細い声は言葉尻になるほどに声は小さくなってゆく。
愛らしい瞳は潤み大粒の涙が浮かんでいる。
ややあって、アズライトはとまどいながらもゆっくりとうなずいた。
再び照れたように頬を掻く。
「さおりがそれでよければ……」
しおりはその言葉にパッと顔をほころばせると、
「えへへっ、おにーちゃんっ♪」と声を弾ませて飛びついてきた。
屈託のない無邪気な笑顔に、思わずアズライトも破願する。
少女がおにーちゃん、おにーちゃんと小さな声で甘えるようにくり返して
きゅっと抱きしめてくる。
アズライトはしおりの頭におずおずと手を伸ばすと、恐る恐る頭を撫でてやった。
そうするのがふさわしい気がしたからだ。
突然のことにしおりは一瞬身を震わせたが
すぐに気持ちよさそうに目を細めるとさらにぴったりとしがみついてきた。
この少女に自分は慰撫されているのだと思った。
そして、自分にはそんな資格はないのだとも思った。
「あ…」
「え……?」しおりの漏らした一言にアズライトはわれにかえった。
今までじゃれついて微笑んでいたしおりがうつむいて表情を曇らせている。
「どうかしたの?」
「あの…もうひとつわがまま、いいですか?」
上目遣いでたずねてくる。
「ん、何?」
「どこかで体を洗いたいな…」
いろんな体液で汚れた自分の体とワンピースを悲しげに見る。
「ああ、うん、そうだね。それじゃ、えーと、鬼作さん?」
安心させるようにもう一度軽く頭を撫でてやると、
首だけを動かして茂みのほうへ呼びかけた。
(まったく、おせぇんだよ、アズやんよぉ。待ちくたびれちまったぜぇ。)
事の成り行きを独り静観していた鬼作は心の中で悪態をついた。
が、放置されていた不満などはおくびにも出さない。
(ふぁーすと・いんぷれっしょんは大事にしねぇとなぁ。)
裏腹に、何でございましょう、などとうそぶきながら
藪をワシャワシャと揺らしながら足取りも軽くまかり出でて、
揉み手でもしかねないほどに愛想のよく二人に近づいていった。
藪から二人までの距離はそれほど遠いものではない。
しおりがそこから出てきた男を認めると間もなく、鬼作が二人の前に辿り着いた。
とその瞬間、空気が震えはらりとその前髪が数本宙を漂った。
そして、驚いて尻餅をついた鬼作の喉元には
いつの間にかどす黒い血がこびりついた刃先が向けられている。
「ウォッ!?」
息を呑んで刀の先を見つめる鬼作の脇腹あたりを噴き出した大量の嫌な汗が這いおちる。
「…………」
その刃の先にいるのは、無言のまま威圧的に不吉な切っ先を向けているのは少女。
その少女の凍てつくような、燃えるような視線に射抜かれ、
鬼作は魔物に魅入られたかのように動けないでいる。
「今度は逃がさない」
そう言うと、少女の瞳に危険な光が宿り、
鬼作の目の前で刃が鈍く閃きゆらりと揺れる。
「ち、違うんだよ、さおり。この人は違うんだ。」
「でも、おにーちゃん!」
「この人とさっきの男の人は別の人なんだ。」
「……………………………え?」
目をまん丸にして、キョトンとする。
「ごめんなさい、鬼作さん」
特徴ある彼女の耳をしゅんとさせ、しおりはぺコリと頭を下げた。
アズライトは己の背に隠れて畏まるしおりの髪を優しく撫でつけてやる。
「い、いいんでございますよ。さおりさん。
誰しも間違いはあるものでございます。」
人当たりのよい笑みを浮かべた鬼作は首にかけたタオルで噴き出した汗を拭ぐう。
「本当に大丈夫ですか,鬼作さん?」
おずおずと尋ねるアズライト。
「ええ,ええ,ご心配には及びません。
こちらこそ咄嗟のこととはいえ、とんだ醜態をさらしてしまいまして。
……ところでアズライトさん、何か鬼作めに御用がおありでしたのでは?」
計算高い男はあくまでやわらかな物腰を崩すことなく慇懃に受け答えする。
「ハイ、」と言って少しためらいがちに目を伏せて視線を外す。
「おっしゃりにくいことでしたらばこの鬼作、
無理に聞き出すような無粋はいたしませんよ?
人には言いたくないことの一つや二つはございますものです。」
「いえ、言います。聞いてください。」
眉根を寄せて、小刻みに震えるアズライトの顔は幾分蒼ざめて見える。
あの時と同じ空気だとしおりは思った。
そして今度もまた何も出来ないことがひどくもどかしかった。
だからしおりはただ黙って主人の服の裾をきゅっとつかんだ。
「この子・・・今僕が助けた子なんですけど…僕の」
喉がコクリと動く。
しばしの沈黙の後,震える声でアズライトは吐き出すように呟いた。
何か言いたげ見上げる少女と悄然とうなだれるアズライトの目があう。
少女は主人に彼の痕を見た。
主人は少女に己の業を見た。
しおりの胸はちくりと痛んだ。
「ふむ、なるほど,そういうことでございましたか。」
告白のあと、筆談に戻ることを提案した鬼作は、
しきりと首を縦に振りながら素早くペンを走らせている。
「…では,とりあえず先ほどの泉に戻り、
そこで水浴びなどなされてはいかがでございましょう?」
告白を聞いても別段責めるでもなく、かといって慰めるわけでもない。
何気ない風を装ってアズライトの心をほぐしにかかった。
そして、その「何もおっしゃらなくても結構です。」という態度が
いまのアズライトにはたまらなく心地がよかった。
そして彼は、傍らで自分のことを不安げに見つめる少女ために、
自分がこの少女から奪ったもののために出きるだけのことはしてあげようと思った。
「いっくよーーー、おにーちゃんっ♪」
大はしゃぎで言うと、しおりは泉の中に立つアズライトに跳びつく。
「わっ!?」
一糸もまとわぬ格好の少女を何とか受け止めたアズライトだが
勢いあまって大きな飛沫を上げて二人とも倒れこんでしまう。
「ぷはっ、いきなり飛びついたら、危ないよ。」
「はーい、ごめんなさい。おにーちゃん。」
ぺろりと舌を出して、悪戯っぽく笑うしおり。
悪びれたところのない少女を見て、アズライトは少し苦笑した。
――いまをさかのぼること数分。
しばらく山道を登り、泉を目の当たりにしたしおりは
鬼作に「見張り役」をお願いした。
その提案に最初はしぶっていた鬼作だが
アズライトの「お願いできませんか?」という意外な申し出は無碍には出来なかった。
(最強のりーさる・うぇぽんずの機嫌を損ねるなんてのは阿呆のやるこったからなぁ)。
さりげなく、しかしたっぷりと恩を着せることにも抜かりなく、彼は承諾した。
――というわけで、自然彼らはいま二人きりである。
互いに裸なのだが、少女の方はけろりとした顔で
青年の肩に頭をもたれさせてご満悦である。
一方の青年は隣の少女のあられもない格好に頬を赤らめて
できるだけそちらを見ないようにあたりの風景に視線を走らせている。
夕焼けがその最後の光であたりをやわらかく包み込むなか、
二人は仲良く肩を寄せて泉につかっている。
「あの……」
しおりが自分の膝小僧を眺めながら小さな声で傍らのアズライトに話かける。
「おにーちゃんは、さおりのこと、キライ?」
「え?」突然の質問にしおりのほうに向き直り、あわてて目をそらす。
「そんなことないよ、どうして?」
「だって、さっきからさおりのほう、ちっとも見てくれないんだもん。」
頬を膨らませてうつむいてしまう。
「え、いや、だって。その、それは…」
「キライ、なの?」
たずねるしおりは涙声になっている。
「キライじゃないよ。」
アズライトはじっとしおりの目を見て答えた。
「キライじゃ、ないよ。」もう一度繰り返す。
「ア・・・」真摯な眼差しで瞳を覗き込まれ、しおりはさっと頬を赤らめる。
そして、はにかむように笑った。
289 :
キズアト (9):02/06/18 01:57 ID:fO0ZVIVx
「おにーちゃんとお風呂、なんだかとっても久しぶりな気がするね?」
先ほどより体を密着させて座るしおりの言葉は少しアズライトを困惑させた。
「初めて…だけど」
「え………?」
「さおりといっしょに、その、こういう事するの初めてだと思うんだけど…」
今度はしおりが困惑する番だった。
「え、えーとぉ。
そか…、そうだよ…ね。
どうして久しぶりだなんて思っちゃったんだろ?
他の人のことと間違っちゃたのかな?」
しおりはえへへと笑った。
アズライトは悟った、これもまた己の罪なのだと。
だから、泣きそうになりながらもできる限りの笑顔を浮かべて、
「髪、洗ってあげようか?」と言ってみる。
「ホント!」
無邪気に喜ぶ少女の笑顔が余計にこたえた。
↓
290 :
飛翔・1:02/06/25 22:53 ID:RqV1atTk
(18:51 砂浜)
「あ〜と三分よ〜♪」
そう言うと、カモミール=芹沢は空に向けて空砲を撃った。
「さてと、出てくるかしらね?」
正直な所、カモミールとしては出てこずに抵抗してもらう方が嬉しかった。
彼女が慕うザッちゃん―――ザドゥの苦しみを減らし、カモミール自身の願いを
叶えさせるには一人でも早く死んでもらわなければ困るのである。
無論、カモミールとて良心が痛まない訳では無い。
だが、彼女の中の天秤は参加者の命よりも願いに傾いていた。
新撰組の生存。
彼女がルドラサウムに見せられた未来。それは時代の流れに残され、死んでゆく
新撰組の仲間達であった。
北風に晒される近藤勇子の首。北海道、無数の銃弾に蜂の巣となる土方歳江。
黒い血を吐き病死した沖田の死体、倒れ付す原田、永倉、斎藤。
そして……全身を切り刻まれたカモミール自身。
「これらの結末を変えてやる」それが、あの自称神様からの条件だった。
果たしてそれらの画像が真実であるのかどうか、カモミールには判別する手段は
無い。ただ、嘘と断じるにはあまりにもその映像は真実味があった。
「ま、悪く思わないでよね……」
手元の懐中時計を見て時刻を確認する。先程の空砲からちょうど秒針が一周
した所である。
「あ〜と二分〜!」
そして、空砲―――
291 :
飛翔・2:02/06/25 22:55 ID:RqV1atTk
(同時刻 『G・S・V3』)
「ハァ、ハァ………グレン・コリンズッ!!」
一見鉄屑のような宇宙船「グレン・スペリオル・V3(略称G・S・V3)」
の外装に手を当て、法条まりな(No,32)が叫んだ。
同時に宇宙船内のグレン・コリンズ(No,26)が身をすくませる。
「そこに……いるんでしょ……!?」
まりなの息が荒い。傷を負った足で全力で走れば無理も無い事である。
「開けなさい、グレン!」
激しいまりなの声。グレンは狭い船内で更に触手を縮ませた。
「ミミ、ミス法条……一緒に逃げようというなら無理だぞ、これは一人乗り……」
「いいから!」
グレンの言い訳を封じ、三度まりなが言った。
「ヒッ!」
本来なら開けなくても大丈夫なのだが、やはり今までの経験が物を言ってるのだろう。
思わずグレンはハッチの解除スイッチを入れた。
時間カウントが一時停止し、ハッチが空気音と共に開く。
「わわ、私は悪くないぞ!しかた無いじゃないか!第一……」
しかし、そこから飛びこんで来たのは怒声ではなかった。
一冊の手帳がグレンの額に当たる。
「痛ッ!?……て、手帳?」
「……私の手帳よ。全員とはいかないけど、参加者のデータが入ってるわ。あと、これも……」
続けてハッチから投げ込まれる物品の数々。
「まずこれ、灯台に落ちてた鍵束よ。一つはここの扉の鍵だったけど、他のは
分からなかったわ……で、あとスタングレネード。2個だけ持って行って。
使い方は分かるわね?」
「……あ?ああ……」
「OKよ、それじゃ……」
当たり前のようにまりなは話を進める。
「……何故だ?」
「……え?」
それがグレンには全く理解できなかった。
292 :
飛翔・3:02/06/25 22:58 ID:RqV1atTk
「ミス法条、何故……君は怒らないのだ?私は……」
それが当然の筈だ。現に今までグレンがそのような行動を取った時、
ある者は怒り、また軽蔑した。
「……そうね、本来ならここは怒る所なんでしょうね……」
ハッチからかすかに見えるまりなの口元に苦笑が浮かぶ。
「でもグレン、貴方の行動は正しいわ……今の状況で確実に逃げ切るにはコレしかない……」
そうだ、だからグレンは(例え爆発の可能性があったとしても)この手段を思い出した。
遮蔽物が存在しない砂浜で大砲から逃れる方法―――空からの脱出。
「……だから、託すの。貴方にしかできない方法だから」
瞬間、グレンはまりなが自分に何をさせようとしてるのかを悟った。
「む、無理だ!私一人で……」
「できるできないの問題じゃないの、やるしかないのよ」
―――グレン=コリンズ。アンタにこの馬鹿げたゲームの参加者、全員の運命を預けるわ」
「……………」
「発射までに必要な時間は?」
「……あと、5分弱だ……」
『あ〜と二分〜〜〜♪』
同時に外から響く能天気な声。
「……分かった、何とか時間を稼ぐわ。貴方は発射を少しでも早めて」
「……ああ……」
「それじゃ、幸運を祈ってるわよ!」
その言葉を最後にまりなはハッチを閉じた。再び船内が暗くなり、カウントが
再開される。
その中、グレン=コリンズは呆然と呟いた。
「私は……何をやっている……?」
293 :
飛翔・4:02/06/25 23:00 ID:RqV1atTk
(18:53 灯台内)
「……どうだったの?」
「全部預けてきたわ……。ただ、発射まであと三分時間を稼がないと……」
「そう……」
アイン(No,23)の表情に変化は無い。
だが、少々疑問を感じてるのは言葉の端から感じ取れた。
「信頼……してるの?」
「え?」
「彼の事……逃げようとしてたんでしょ?」
「……まあね。でも、アイツは本当はいい奴よ。ちょっと臆病なだけ。
まあ、このゲームじゃそのくらいが丁度いいわ」
「……そうね」
「さてと……次は貴方ね、アイン」
「私?」
「貴方にも逃げ切ってもらわないと困るからね。……いい?外で光が見えたら
北に向かって走って。足音消して走るくらいはできるでしょ?」
「ええ」
『あ〜と一分よ〜〜〜♪吹っ飛ばされたくなかったら、出てきなさ〜い』
外からの声と砲声。
「……OK。それじゃ行って来るわ」
「死ぬ気ね、まりな」
「……………そう思う?」
「仕事柄、そういう表情を見慣れてるから」
「……そう」
まりなはバツが悪そうに苦笑した。
「ま、簡単に死ぬ気は無いわ。また後で会いましょ」
「……ええ、必ず」
アインの言葉にまりなはひらひらと手を振ると、自分の荷物から二個のスタン・
グレネードを取りだした。
294 :
飛翔・5:02/06/25 23:01 ID:RqV1atTk
(18:55 灯台外)
「あらら、ホントに出てきちゃったんだ。つまんないの」
灯台から出てきたまりなを見て、カモミールは心から残念そうに言った。
「ま、いっか♪そのままこっちに来なさい!」
「本当に解除装置を渡したら砲撃を止めてくれるのね!?」
両者の距離は大体50mと言った所か。
ゆっくりと彼女に向かって歩みつつ、まりなが大声で言った。
「ホントだよ。アタシ達としても参加者同士で殺し合ってくれないと困るし。
……そっちこそ変な事は考えないよーにね。言っとくけど、この距離なら
絶対に外さないよ」
「……ええ、分かってるわ……」
できる限りゆっくりと歩く。
瞬間、砲声が砂浜に響いた。
「もっと早く来てくれる?アタシ、気が長くないの」
「せっかちねぇ……」
軽い調子で答えつつも、まりなは歩調を速める。
相手が人を殺す事に躊躇いが無いこと、ここで少しでも逆らえば彼女が本気で
砲撃を再開することがまりなにも理解できたからである。
(大体、もう一分位は稼げたかしらね……?)
残り―――二分。
「はい、そこまで」
カモミールまであと10m位の所でまりなは止められた。
「そんじゃ、そこから投げてくれる?」
「待って!その前に大砲を収め……」
砲声。
「……もう一度だけ言うよ。投げて」
「……………ッ!」
もうこれ以上会話で伸ばす事はできない。
「分かった……」
右手のスタン・グレネードのピンに手をかけ―――
「わッ!」
まりなは全力で放り投げた。
295 :
飛翔・6:02/06/25 23:04 ID:eSwS/l/4
「ん?」
とっさにまりなが何を投げたか分からず、カモミールの判断が一瞬遅れる。
その隙を逃さず、まりなは一気に後方へ飛んだ。
体重が掛かり、更に出血する左足に堪えてそのまま走り出す。
同時にスタン・グレネードが落ち切る寸前に炸裂し、閃光を放った。
「なッ!?」
本能的に体を丸め、光の直視を防ぐカモミール。
「……やってくれんじゃないの!」
だが、そのままの姿勢で手にした発射栓を引く。
砲声と共に砂が吹き上がる。
しかしこれはまりなにとって好都合だ。その砂に紛れて更に南へ走る。
続けて砲声。とはいえ見えない状態で滅法に撃ってる代物だ。当たる筈は無い。
(あと……一分くらいかな……!まだなの、グレン……!?)
「しょーがないなぁ、コレ使いたくなかったんだけど!」
装填音。続けて砲声。
だが、その音は今までの砲声と微妙に違っていた。
(ヤバ……ッ!)
本能的に危険なものを感じ、まりなは砂浜に身を伏せる。
炸裂音
(炸……?)
思うよりも前に、まりなの体を幾つもの衝撃と熱が襲った。
「クッ!?」
小さな榴弾がワイシャツを突き破り、腕、足、背中に食い込んでいる。
頭部への直撃が無いのがせめてもの幸いだった。
「アアッ!」
焼け付くような痛みに思わず声が出る。
「そこねッ!」
カモミールの声と同時に砲声。
直撃でこそ無かったが近くに着弾し、その衝撃でまりなの体が飛ばされる。
「ゲホッ!ゲホッ!!」
肺に無数の砂が入り込み、激しく咳き込む。それが更にカモミールにまりなの
位置を伝えてしまう。
だが、悶えながらもまりなは左手のグレネードを持ち替え、ピンを抜いた。
(まだ……いけるッ!)
296 :
飛翔・7:02/06/25 23:06 ID:eSwS/l/4
(『G・S・V3』内)
計器類が薄暗く明滅する中、カウントは進んでいた。
膝を―――とりあえず彼にとって膝にあたる部位を―――抱えるグレンの眼前で、
そのカウントは進行する。
発射まで、あと30秒―――
(砂浜)
二度目の閃光が砂浜に放たれる。
「グッ……!」
立ち上がるだけでも全身が痛む。
まりなはよろめくように走り出した。
が、その足がすぐに止まる。
「……ゲームセット、かな?」
彼女の目の前に立つカモミールが言った。
「同じ手は二度は通じないよ。投げるタイミングに合わせて直視を避ければ、
何てこと無いしね―――あとは、咳が聞こえる場所を狙って動けば」
「―――この通りって事?」
「そ♪」
発射まであと15秒―――
297 :
飛翔・8:02/06/25 23:08 ID:eSwS/l/4
「残念だったねぇ、いい線いってたよ」
腰の虎徹を引き抜きながらカモミールが言う。
まりなは、弱々しくも笑みを返した。
発射まで、あと10秒―――
「大砲と刀、どっちがいい?」
「そうね……大砲の方が楽そうだから、そっちでお願いするわ」
あと5秒―――
装填音。
あと4秒―――
「何か言い残す事ある?」
あと3秒―――
「ええ、一つだけ……」
あと2秒―――
「何?」
1秒―――
「私の―――」
ゼロ
「―――勝ちよ」
噴射音と砲声が、同時に響いた。
298 :
飛翔・9:02/06/25 23:11 ID:eSwS/l/4
「な、何!?爆発!?」
灯台から爆煙が吹き上がる。そこから上空へと向かってゆく一つの物体。
「何よアレ……!?ちょ、智機ちゃん、あんなの聞いてないわよ!?」
通信機に叫ぶが、その間にも当の物体は更に上昇してゆく。
「もうっ!」
毒づきながらカモちゃん砲の砲身を最大角まで向けるが、遅い。
今から再装てんして撃つ間に、アレは射程外まで行ってしまうだろう。
カモミールはまりなの最後の言葉を理解した。
そして、あの物体に何が入っているのかも。
「……やってくれんじゃない!」
カモミールは物体を追って、カモちゃん砲を引きずりつつ走り出す。
あとには、強烈な硝煙の匂いと、かつて法条まりなと呼ばれた赤黒い肉片だけが残った。
その最後を看取る者は、誰もいなかった。
↓
【No,26 グレン・コリンズ】
【現在位置:「G・S・V3」内】
【スタンス:参加者の救出
首輪の解除】
【所持武器:まりなの手帳
スタン・グレネード×2
鍵束
首輪解除装置】
【備考:首輪解除済み】
【No,23 アイン】
【現在位置:東海岸北部】
【スタンス:素敵医師の殺害
主催者打倒】
【所持武器:メス】
【備考:首輪解除済み】
No,32 法条まりな 死亡
―――残り22人
人生てぇのはよぉ。
何が起こるか分からねぇもんだ。
考えてみりゃぁ,ほんの数日前までは互いに離れて暮らしてるとはいえ、
俺達は仲のい〜い兄弟だったんだ。
それがよぉ〜、まさかこんなことになるたぁ思わなかったぜ。
ガキの水浴びが終わって泉を離れたあと,
今度こそ学校に向かうことにした俺様達一行、
俺は暗い山道をアズやんとアズやんにべったりの凶のじょーちゃんの後ろをついていったんだ。
今もガキンチョはおにーちゃん、おにーちゃんとはしゃいでやがる。
まったくうるせぇったらありゃしねぇ。
アズやんもアズやんだぜ、どうせ凶にするんなら、
もっと色気のある女にすりゃあいいのによぉ。
まぁ、そんな楽しいおしゃべりに夢中だった二人は気づかなかったよーだが、
俺様の「鬼作さんイヤー」は聞き逃さなかった。
道を挟むように下草が生えてる中そこだけぽっかりと途切れてやがったんだ。
足場がもろいとこでよぉ、
たぶん段差も朝方にあった地震かなんかでできたんだろうな。
足元に5メートルくらいの崖が途切れた道の奥にあったんだ。
その下から、なんか人がうめくような声がするんで、恐る恐る覗いてみたんだ。
もしも女が怪我して動けねぇのなら、俺様の『美学』を披露できるしな。
ところが、ところが、だ。
女なんかいやしねぇ。
いたのは男、しかもいい加減に見飽きた俺様と同じ顔ときたもんだ。
凶のじょーちゃんにやられたあと、どこへ行ったかと思えば、
こんなところにいやがった。
真っ赤に染まった手ぬぐいで腕の傷をおさえて、
ブルブルガクガク震えてやがんだ。
真っ青な顔が今にも泣き出しそうにして脂汗をだらだら流しながら、
俺のほうを見上げてんだが、
その顔が、「見逃してくれ、俺達は兄弟じゃねぇか?」って頼みこんでるみてぇで、
俺様は堪らなく愉快になって思わず笑っちまった。
俺様の豪快な笑い声に気づいたアズやんが振りかえるもんだから、
慌ててズボンを下ろして息子をまろび出させて愛想笑いを振舞ってやったんだ。
したら、小便をもよおしたと勘違いしたのか、
アズやんはこっちに会釈すると
相変わらず「おにーちゃん」に縋りつくじょーちゃんといっちまった。
別にそういうわけじゃねぇんだがよぉ、
いまの俺の動きをみて怪訝な顔してる兄貴をみたら
いーいアイデアが浮かんできたんだ。
やっぱ、俺様は天才だ。
へっ、あんたはよぉ、日ごろの行いが悪いからこーなっただぜぇ、遺作おにーちゃん♪
イチモツに手を添えると、
兄貴は俺の考えを察したのか急にうろたえだしやがった。
へっ、さすが兄弟だ。なんでもお見通しってか?
だがよぉ、それは俺も同じことなんだぜ、兄貴ぃ。
あんた、そこから動けねぇんだろ?
登ろうにも片手じゃ辛かろうし、
なにより足が変な方向に曲がっちまってるものなぁ?
大方,あわくって逃げてる途中ここに転げ落ちて折ったんだろがよぉ,
あんたってやつは、肝心なときに間抜けこったなぁ。
クッ,ククククククッ,カハハハハハハハハハハハハ
こいつはよぉ、あんなにも優しかった臭作兄ィを
俺達の誇るべき長兄臭作兄ぃを侮辱しやがった罰だ。
こいつでその腕の傷,消毒してやるよぉ、
たぁっぷりとうけとりなぁっっ!
俺が下腹部の緊張を解くと
筒の先から"ごーるでんしゃわー"が勢いよく降り注ぐ。
きれーな放物線を描いて兄貴の体中いたるところに降り注ぐ。
ヘッ、黄金プレイもなかなかに乙なもんじゃねぇか。
ぶるっと体を震わせると、俺は手ぬぐいでその先を拭った。
年取るとキレが悪くなってよぉ、こうしないとパンツに黄色いしみができちまうんだ。
まったく、年はとりたくないもんだぜぇ。
俺様の聖水でべったべたに濡れた兄貴を見下ろすと、顔が緩んじまった。
さーて、あんまり遅くれるとあの御人好しどもに怪しまれるってもんだ。
そろそろ追いかけるとするかぁ。
あばよ、運がよければまた会おーぜ、遺作おにーちゃん?
↓
302 :
おにーちゃん (4):02/06/29 18:47 ID:EYloRLos
【鬼作】
【現在地:山道】
【スタンス:らすとまんすたんでぃんぐ】
【武器:コンバットナイフ・警棒】
【遺作】
【現在地:山道下崖】
【スタンス:???】
【備考:被曝、右腕喪失、左足骨折】
303 :
名無しさん@初回限定:02/07/06 23:55 ID:OiRRd54d
保守あげ
304 :
名無しさん@初回限定:02/07/11 00:47 ID:es7wpP9X
続き激しくキボンヌ
(第1日 PM20:00)
MDに収められた楽曲が一通り終わると、
魔窟堂が去ったあとのなんだかぎこちない二人に戻ってしまった。
二人とも話しの糸口を探すことに忙殺されて、黙り込んだまま時が過ぎてゆく。
時々、ちらちらと互いを盗み見ては地面を眺めることのくり返し、
初心な二人には魔窟堂老人の「恋人」という言葉が引っかかっていた。
だから恭也は知佳が隣で静かな寝息を立てて眠りはじめたとき、ホッとした。
けれどもすぐに、疲労している彼女に対して
そんなことを考えている自分を不謹慎だとなじった。
空を見上げる、星は見えない。
(仁村さんが目を覚ましたら、どうするべきだろうか。
俺は膝、彼女は疲労、どちらも万全というわけではない。
いっそのこと…魔窟堂さん……信用できる人のようだったし、
あの人が言うように一度その病院へ行ってみるというのもいいかもしれないな…)
もちろん、罠である可能性は消えない。
一箇所に集まるということは、同時に他の参加者を一挙に抹殺できる、
ということの裏返しでもある。
一人なら、一縷の望みを託して躊躇することなく向かっただろう。
けれど、彼には今背負っている者がある。
守るべき人が、いる。
「俺一人で、」
呟いてしばし沈思する。
「傷ついた膝を抱えたままで。
たとえば、たとえばランスのような手だれともう一度遭遇したとして、だ。
お前一人で、仁村さんを守り抜くことができるのか、恭也?」
「あ…」
「え……?」
隣から聞こえたか細い声に振り向くと、
知佳がさっと目をそらし、真っ赤な顔を隠すようにしてアリさんを数えだす。
「あ……」
今度は恭也が顔を赤らめる番だった。
そわそわと落ち着き泣く自分の荷物の整理などはじめる。
「あの、身体、大丈夫ですか?」
照れ隠しもあるのか、あくまでさりげない風を装って伺う。
「え、あ、ハイ。おかげ様でずいぶん回復しました。」
ぺこりと頭を下げる知佳、目はあわせない。
夜の帳が下りた森の中で沈黙、遠くから鳥が一斉に飛び立つ音が聞こえた。
恭也は意を決して口を開いた。
「ど、どこから聞いていたんですか。」
「な、何も聞いていないですよ。」
恭也は少しめまいを覚えた。
「そ、そうですか。」
「ハ、ハイ。そうです。」
「そう、ですか。」
「ハイ…」
紅潮した頬が、あまりにも雄弁に事実を語っているが
恭也はもう何も言わなかった。
それよりも、彼女の嘘が下手なことを好ましく思った。
知佳はいっそう頬を赤らめてうつむいた。
「これからのことなんですけど、」
照れくさいような、嬉しいような、
はにかんだ空気を振り払うため恭也は少し硬い声を出した。
「僕は魔窟堂さん、さっきのおじいさんのこと、信用できると思います。
だから、志を同じくする人がいるのなら病院へ行ってみるのも一つの手でしょう。
もちろん罠かもしれませんが、少しでも可能性のあるほうが…」
「ハイ、私も…あのおじいさんは信用のできる人だと思います。」
少し考えて、知佳は返事を待っている恭也に向かって頷いた。
無言で頷き返すと、恭也は立ち上がり少女に手を差し伸べる。
「じゃあ、行こう、仁村さん。」
「ハイッ!」
応えて、自分よりも少し大きな手を取った知佳は
二人を包むこの空気に親密な居心地良さを感じた。
数歩先すら見通せぬ暗い森を南に向かって手をつないだままの二人は歩く。
名も知らぬ草木が生い茂る道なき道をどこまでも、どこまでも。
時折遠くから聞こえてくる鳥の鳴き声がもの悲しげに木霊するなか、
はたと知佳は立ち止まった。
「あの、恭也さん、あそこなんだか光っていませんか?」
言われて目を凝らすと、行く手にほのかな燐光のようなものが確かに見える。
「確かに、光っていますね。」
「どうしましょう?」
なんとも決めかねているのか、無言のまま光を眺める恭也に
「行って…みませんか?」
知佳はためらいがちに、しかしはっきりと告げた。
そして、繋ぐ手に少し力をこめると恭也のほうにすっと身を寄せた。
華奢な肩が震えているのが、恭也にははっきりと分かる。
「たぶん、危険なことはない……と思います。
あそこからは悲しい空気しか流れてきていませんから…」
と言って少し目を伏せ睫毛を震わせた。
「悲しい、空気ですか?」
「え?いえ…そんな感じがするんです。」
「仁村さんって、なんだか超能力者みたいなこと言いますね。」
冗談めかして恭也が言う。
「そんなこと、ないですよ。私なんて…そんなことないです。」
黙りこんでしまった知佳を見て、恭也は気まずそうにぽりぽりと頬を掻いた。
「わぁっ…」
目の前に広がる光景に知佳が歓声を上げる。
「これは、スゴイな。」
夜の闇の中、そのあたりだけが暖かな午後のようなやわらかな光の粒子が漂っていた
草と木と花の、光の城。
植物の楽園。
中心には互いに重なり合った濃密な緑をそのかしらに戴いた、
周囲の森を圧するようにして聳え立つ、目を瞠るばかりの老巨木。
そのふた抱え以上もある逞しい幹に女の手のように絡みつく夥しい蔓草と茨。
生い茂る下草を掻き分けるようにして群生する低木には
鈴なりに小さな花、静かに揺れながら光を放つ小さな花。
薄明かりに照らし出されて、暗がりの中にひしめくように浮かぶ花の色。
秘密のおとぎ話のような光景。
言葉もなく立ち尽くす少年と少女。
「キレイですねぇ…」
同じく見入っていた恭也に知佳が溜息をつきつつ、ポツリとこぼす。
恭也が、ああ、と返事しようとしたとき、
「そうだろう?」
「えっ!?」
背後からの聞きなれぬ男の声に、二人は声をそろえて驚いた。
「やぁ」
「君は…」
反問する恭也の背筋が粟立つ。
(気配を全く感じなかった…かなりの使い手か、それとも…)
咄嗟に身構えた恭也は、目の前に立つ彼と同年輩の少年を仔細に眺めた。
整った目鼻立ち、すらりと伸びた手足、涼しげな目元とやわらかな笑顔。
「綺麗だろう、ここは?」
澄んだ声、優雅な身のこなし、周りの風景も手伝って
おとぎ話の王子様といった感じの少年、まるで人ではないような感じすら漂っている。
この状況のなか、まるで警戒する様子もなくかの少年は知佳のほうに近寄る。
ジリ…
進路をふさぐようにして恭也が間に立ちふさがる。
「止まれ、それ以上近づけば君を、斬る。」
恭也の言葉にも躊躇なく歩み寄る少年、顔には笑みさえ浮かべている。
短く一息はくと、恭也は腰に佩いた小太刀に手をかけ、間合いをはかりはじめた。
一歩、二歩、三歩、四歩、五歩目で少し腰を落として溜めをつくる。
ついに少年が射程内に入ってきた瞬間、恭也は迷わず抜刀し、強く踏み込んだ。
その瞬間、揺れる空気に光る花びらが舞い上がり、恭也の姿が掻き消える。
御神の一刀。
神速の一刀が、放たれた。
常人では目にも止まらぬ速度、それが御神の技。
恭也の目には景色が跳ぶように後ろへと流れ、線に変わり、像を結ぶことなく過ぎ去る。
小太刀の刃は返してある、峰打ちだ、殺すつもりはない。
幾分威力をセーブして放った一撃、
とはいえ、素人なら何が起こったかわからぬうちに地を這うことになる。
しばらくは動くこともままならないだろう。
しかし思わぬ事態に恭也は覚えず息をつめた。
インパクトの瞬間、恭也の目を捉えたものがあったからだ。
二つの目が、涼しげな目が、こちらを見ている。
残像すら捉えられぬほどの高速で動く恭也の瞳をじっと見すえて、笑った。
(なっ…………………………!!)
唸りをあげて振り下ろされる小太刀、少年へと放たれた一撃はむなしく空を切る。
神速の勢いを殺しつつ急いであわてて後ろを振り返ると、
少年は何ごともなかったかのように一歩また一歩と知佳へと近づいていく。
(しまったっ!)
と思う暇も有らばこそ、恭也は切り返してふたたび地を蹴る、膝が悲鳴をあげる。
(間に合えっ!)
恭也は敵かもしれない相手に対して手加減してしまう自分の甘さを呪った。
震える知佳の前に立つ少年。
「そう、この森はとても美しい。でも…」
「あ……」
知佳の頤に指をかけると、揺れる瞳を覗き込んで少年はこう言った。
「君のほうがもっと、綺麗だ。」
「えーと、じゃあ星川さんと朽木さんはゲームを降りたということですか?」
まだ頬を赤らめたまま直視できないでいる知佳の問いに星川は、
そういうことになるかな、とだけ答えた。
「だったら」
そこで言葉を切って、もの言いたげな顔で見上げてくる知佳の言葉を恭也が引き取った。
「だったら……だったら俺達と一緒に来ませんか?」
恭也の誘いに、しかし星川は笑みを浮かべて首を振った。
「ありがとう、でも病院はあまり好きじゃないんだ。
…嫌な思い出があるんでね。」
「そう…ですか。」
残念そうに答えたけれど、知佳は理由は聞かなかった、
誰にだって聞かれたくないことは、ある。
「それに」と星川は続けた。
「僕はここで僕の可愛い人を守らなきゃならないしね。
だから、すまないが、君達の力にはなれない。」
星川の言葉に二人は古木のほうを見やった。
「じゃあ、俺達はこれで失礼します。」
「高町君。」
去りゆく恭也を呼びとめると耳元で囁く。
「高町君、君の彼女のこと、ちゃんと守ってあげなよ。」
「彼女だなんて、そんな…、俺達は…」
慌てて否定する恭也の肩を叩く。
「まぁまぁ、そんなに力一杯主張しなくても分かってるって。」
星川は笑いながら心中で、本当に守ってやりなよと繰り返した。
「恭也さーん」
森への入り口あたりから知佳が呼んでいる。
「引き止めて悪かったね。」
いや、と応えると恭也は一礼して小走りで知佳の側へと駆け寄ると、
二言三言と言葉を交わし、歩き始めた。
星川は寄り添うようにして歩む二人を眺めながら
振り向いて手を振る知佳に少し手を上げて振りかえす。
彼らの姿がすっかり消えるまでそうしていた。
そして、彼のあるべき場所へと引き返した。
314 :
彼らの事情 (10):02/07/13 13:44 ID:y07pdvEL
暗がりの中で双葉はまどろむような目をして何もない空間を見ている。
死に絶えなんとする人間が見るという過去の映像が
ぽっかりと開けた虚無のうちに過ぎ去ってゆくのを見ていた。
そっと目元を拭ってみる、指の腹にしっとりと張りのある肌が触れる。
涙は流れていない。
「行ったの?」
「ああ。」
「幸せになれると、いいわね。」
「そうだね。」
「うん…」
彼らの森に再び静けさが戻った。
↓
【高町恭也(No8)】
【スタンス:力無き人を守る】
【所持武器:救急医療セット、小太刀、ポータブルMDプレィヤー】
【能力制限:膝の古傷(長時間戦闘不可)】
【仁村知佳(No40)】
【スタンス:恭也について行く】
【所持武器:不明】
【能力制限:超能力 (消耗中につき読心、光合成以外不可)
疲労・小】
【朽木双葉】
【スタンス:静観】
315 :
名無しさん@初回限定:02/07/17 21:08 ID:jR1p+RyK
保守
316 :
名無しさん@初回限定:02/07/21 07:23 ID:DYlZ0EZU
期待あげ
>289
(第1日目 PM21:00)
月光の下を連なって歩く影が三つ。
やがて木々に囲まれた山道を抜けると、不意に空が開けた。
「わー、星がきれいだねぇ、おにーちゃん」
いびつなこの世界にあっても同じく輝く星を仰ぎ見てさおりが歓声を上げた。
「あんまり、走ると危ないよ。」
嬉々として緑もまばらな火山灰の上をかけてゆくさおりをほほえましく思いながら
その背中に声をかける。
「えへへ、だぁーいじょーぶだよぉーー」
振り返ってぶんぶんと力いっぱい手を振ると、ふたたび走っていってしまった。
「すっかり御加減もよろしくなられたようで、ようございましたね。」
苦笑しながら嘆息していると、傍らを歩く鬼作さんがそう言ってくれた。
「そう、ですね」
しなやかな足で遠ざかってゆくさおりを遠めに見やりながら、
自分に言い聞かせるように答える。
少し素っ気無い言い方だった。
気のない返事だと思われなかったろうか。
さおりから目をそむけるようにして空を見上げると
星々に囲まれるようにして照る月がやわらかく蒼ざめた光を投げかけていた。
(闇夜を照らすこの月が幾度となく世界を照らしてきたみたいに)
ふたたび視線を先ゆく少女の小さな背中に向けると少し眉をしかめた。
(僕もいつまでもいつまでも同じことを繰り返すのかな…)
そう考えると、己の不死の肉体が恨めしく思えた。
罪を塗り込めながらでしか生きられない自分を恥じた。
そして、結果を知りながらも、もう一度同じ場面に出くわしたなら、
自分はきっと同じ事をするであろうことを確信していた。
だから、何かを吐き出すように長嘆息して、
溢れ出しそうになるものをぐっと堪えた。
「ささ。あまり離れるのはよろしくありません。さおりさんを追いましょう。」
知ってか知らずか、鬼作さんは明るい声で言った。
ちらほらと見える程度だった木々が少しずつその数を増してくるあたりでようやく追いつくとさおりは何かにおびえるようにして森と草原との境界に立ち尽くしている。
月の光に照らし出されて、淡い陰影をその身に落として佇む少女は
ほっそりとした腕で痛々しげに己の体を抱いている。
幻のように儚げで美しかった。
「どうしたの?」
こちらに気付いたさおりがはっとした様子でふり向くと、
数歩よろめくようにして歩み寄り、はじかれるようにして駆けよって、
勢いそのままに抱きついてきた。
何かにおびえているかのように激しく身体を震わせている彼女の亜麻色の髪を撫でてやる。
「どうしたの?」
先ほどより心持ちトーンを落としてたずねてみると、
じっとこちらを見上げてきて短く「イヤ…」と呟いて
腰にまわした細い腕にさらに力をこめて抱きついてきた。
しばらくの間、繊細な硝子細工を扱うような手つきで髪を撫で続けて
震える彼女の次の言葉をじっと待った。
けれども、彼女は何も言わなかった。
きっと彼女自身にも自分が何を恐れているのか分からないのだろう。
ただ、おそらく自分せいなのだという確信めいた思いがあった。
ふたたび煌々たる遥けき月夜空を仰ぎ見た。
思えばこのゲームが始まったときも、
ガラス窓の向こうから同じ月が空々しくのぞいていた。
(それから…………………………)
自分の所業を思い出して、思わず眉根を寄せた。
こんなときに一緒にいてほしいと望む人、彼が望む唯一の人、
世界を彷徨い、その末にたどり着いた人、彼が心から求める人、
いつでもいっしょにいたいと思う人は、今ここにはいない。
心の中で、美しい金色の髪をそよ風に靡かせて笑いかけている愛しい人の名をそっと呼んでみる。
応えは、ない。
そのとき、さっと風が吹き抜けて少女の柔らかな細い髪を散らした。
ふわりと広がる彼女の髪から少女の甘い匂いが立ちこめる。
「もう大丈夫だよ、ゴメンね。おにーちゃん。」
少し蒼ざめた顔でさおりは健気にも言った。
その一言で現実に引き戻されて、無理しなくてもいいんだよ、
と何とかそれだけ言った。
「ううん、大丈夫、おにーちゃんがぎゅってしてくれてたから、もう大丈夫。」
「うん……」
つとめて明るく振舞うその笑顔に影がちらつくのも痛ましく、
返事はしたものの動けないで立ち尽くす。
「ほんとぉに、大丈夫だよ。
さおりの側にはおにーちゃんがずぅっといてくれるんでしょう?」
自分の言葉に不安を覚えたのか、消えそうな言葉でたずねてくるさおりに頷き返す。
だったら大丈夫、と笑みを浮かべて
手をとり歩きだす彼女に引きずられるようにして足を繰り出す。
それまで枯れ木の根元に腰を下ろし、無言のままで抱き合う二人を見ていた鬼作は、
彼らの耳には届かぬ声で小さく「やれやれ」といって腰をあげた。
森の外縁を、森と外との境界を、さおりと二人で寄り添うようにして歩く。
メルヒェンの中にでてきそうな黒々とした森が
いつ果てるともなく切れ間なく右手に広がる。
「ねぇ、おにーちゃん。」
「うん?」
さおりが歩みを止めて袖を引く。
「何か、聞こえてこない?キュルキュルって、ちょーしの悪い機械みたいな音…」
「どうかなさいましたか?」
立ち止まって耳を澄ませていると、
やや後ろを歩いていた鬼作さんが怪訝な顔をして尋ねてきた。
「しっ!!」
人差し指に唇を当て、鬼作の言葉をさえぎったさおりが神経を研ぎ澄まさせる。
風の音、波の音、木の葉の揺れる音、かすかな虫の音
それらの音に混じってキュルキュルキュルという人工物の音が聞こえる。
「おにーちゃんっ。」
頷き返すうちにも、場違いな音はどんどんとこちらに近づいてくる。
物憂げな月明かりが異様なコントラストを作り出し、あたりの影を際立たせる。
この音は、聞いたことがある。
森の奥から風に運ばれてきたその音は、すぐ側にまで迫っていた。
ギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウンッ
ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド…………………
耳慣れぬ爆音が静かな森に響き渡る。
「来たっ!!」
そういうが早いか、さおりは真っ赤なドレスを翻しながら跳び退った。
少女がいた空間を死者が通り過ぎる者。
こけた頬、窪んだ眼窩、骨格と申し訳ていどに残された筋、
そして闇夜に不気味な光の残像を閃かせた二つの眼、
鋼鉄の死者が、音もなく、森の闇から。
「約束が違うじゃないですか、アズライトさん。」
立ち止まりチェーンソーを止めた金属の骸、
振るわせる声帯を持たないそれは多分にコケトリーを含んだ声でそう告げた。
「なみはご主人様に会うために戦います。
あなたはレティシアさんに会うために戦うんじゃなかったんですか?」
答えられず、視線を落とす。
姿こそ違えど、彼女に間違いなかった。
「…そうですか。
だったら、仕方ありませんね。
これ以上ゲームを続ける気がないのなら、
最強の敵であるあなたを、
アズライトさん
なみは今、ここで残された力を全て使ってでも、倒します。
1%でも可能性がある限り、なみはあきらめたりしません。」
小型のエンジンが派手な音を立てて、チェーンソーが再び回転をはじめる。
「あなたがいる限り、なみに未来はありません。
だから、遠慮も出し惜しみもしません。
全力で叩き潰してあげます。」
目の前の見知らぬ敵意にさおりが日本刀を抜き放ち、
隣で身構えるのをそっと手で制して、
「下がっていて、これは僕となみさんの問題だから…」
「でも、おにーちゃん……」
まだもの言いたげな顔をしているさおりに背を向け、なみさんに対峙した。
「覚悟はいいですか?」
前置きをするなみさんに頷くと、残された右手を不完全な形ではあるが変性させる。
二人の姿がゆらぎ、消える。
「あれからまだ一日も立っていないのに、アズライトさん。
ずいぶんと変わり身が早いですね。レティシアさんはもういいんですか?」
「…………」
言い返せずにいると凶暴な唸りをあげて、なみのチェーンソーが脇腹あたりを薙いでいく
紙一重でそれをかわすと同時に繰り出した闇色の手が大気を大きく震わせる。
同じく間一髪のところで避けられるがそのまま勢いを殺すことなく肩から突っ込む。
スピードの乗りきった体当たりを受けたなみは一瞬よろめきかけるが、
右手に装着された凶器を振り上げつつ切りつけ、
重心を移動させることでバランスを回復する。
「なみはっ、まだっ、ご主人様のことっ、あきらめませんよっ!」
叫びながらふたたび切りかかってくるなみに対してバックステップで距離をとると
「僕だって…まだ……」
苦々しげに呟いて、距離を詰めつつも続けざまに斬撃を繰り出すなみのチェーンソーを潜り抜けると一気に攻勢に転じる。
まず足もとに牽制の蹴りを放つ、さらに胸のあたりに向けてもう一発フェイントを入れる。
さらにいくつも重ねられた高速での捨て動作がなみの処理速度を上回る。
「はぁっ!」
気を吐くとなみの剥き出しの喉元に本命の掌底を叩き込む。
何かがひしゃげるような音を立てて打たれた首が一回転してありえない方向を向いて止まる。
「これで、とどめっ!」
加速して一瞬動きの止まったなみの鋼鉄の肋に保護された心臓部に向け
さらに一撃を加えようとしたとき、
プシュゥゥゥゥゥゥゥゥ、という音ともになみの胸部から勢い良く高温の蒸気が噴射された。
なみの動力源のオーバーヒートを抑止するための冷却水を圧縮して放出したそれは一瞬にして両者の視界を奪い取る。
思わずのけぞるが、間に合わず炎の如くに熱い蒸気を顔面からまともに被ってしまう。
一瞬失われた視界の向こうから、「…形勢逆転…ですね。」という声が聞こえた。
次いでチェーンソーがこちらに向かって振り下ろされる空を切る音が聞こえた。
とりあえずサイドステップでなんとか第一撃をかわすが、
いつまでも避けつづけることは出来そうにもないことを肌で感じた。
なみ型には無視界戦闘のためのセンサー類もデフォルトでふんだんに搭載されている。
この程度の水蒸気の壁ではハンデにすらならない。
一撃ごとに精度を増していくなみの攻撃を何とか聴覚を頼りに避けつづけるが、
それももう限界だった。
このままいけば次の一撃で間違いなく腹を真一文字に切り裂かれるだろう。
一瞬真っ暗な目蓋の裏側にレティシアの寂しそうな顔が浮かんだが、すぐに消えた。
もう間もなく視界が戻りそうなのは分かったが、あまりにも遅すぎた。
死を覚悟した瞬間、記憶を落としてからの長い長い記憶が、
とはいえ彼の本来の生の中では瞬くほどの長さでしかない短い期間の記憶が、
一挙に溢れ出した。
走馬灯の如く駆け巡るそれを見たとき、自分は死んでも仕方のないだけの罪を負っていること、
むしろ死ぬべき存在ではないのだろうかという思いが彼の胸を締め付けた。
(火炎王…君だったら、こんな思いは感傷だって笑うんだろうね。)
少し自嘲気味に笑んで、いつまでたっても訪れない死の一撃をいぶかしんだ。
「クゥッ……」
(クウッ?)
奇妙な声が聞こえた。
恐る恐る目を開いてみる。
視界は戻っていた。
はっきりと見える。
月明かりも、揺れる木の葉も、赤い色をした土も、
そして、土を赤く染め上げているもの、
背中を切り裂かれ、深紅のドレスをさらに知で染め上げて震えている少女も。
「さおりっ」
「…………あなたも……ご主人様を…守りたかったんですか?」
満月を背に負った金属製の死神が二人を見下ろすようにして立っている。
死神は、死を運ぶ。
「で…もまだ。た・・たかぅいの途…中でずよ。アズ……る…ぁイト…さん?」
そこまで言ったとき、なみの右腕が痙攣するかのような動きを見せ、
チェーンソーの回転が停止した。
「あ……れ…おーかし…いです・・・ね?」
ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR
ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR
ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR
ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR
ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR
何度信号を送っても、なみの内部ではエラーが繰り返される。
「こん…にゃ……時………に…」
(……御主人さまぁ………………………………)
ギィギィと金属同士が軋みこすれ合う音がして、やがて完全に止まってしまった。
メインコンピュータが先の頭部への衝撃で著しく負荷を受けたため、
システムの再起動が始まったのだ。
328 :
Never More (12):02/07/21 23:48 ID:gYxBN9dr
「そんな顔しなくても、大丈夫だよぉ。
まだちょぉっと痛いけど、おにーちゃんを助けることが出来たんだもの。」
熱にうかされたかのうような赤い顔に
玉のような汗をいくつも浮かべたさおりが笑いかけてくる。
いじらしい彼女に曖昧な表情で頷くことしか出来ない。
生命力と自然治癒力に優れた人外・凶、
無残にも切り裂かれた背中の傷は既にして閉じ、出血は止まっている。
それでも傷から来る発熱が引くにはいま少しの時間がかかるようだ。
なみの動きが停止したあと三人は森の中に入り、火を囲んでいる。
さおりが望んだので彼女を自分の膝のうえに抱いたまま焚き火の前に座り、
震える彼女の上に羽織っていたハーフコートをかけてやった。
まだ痛むのかときおり顔をしかめるさおりの顔を、
しかしまともに見ることができず逃れるようにして揺れる火の方を見やる。
いつしか寝息を立て始めたさおり。
凶である彼女には本来睡眠は必要のないものなのだが、
寝ることが悪いことだというわけでもない。
ただ、黙って炎にくべられた枯れ枝がパチパチと音をたてて爆ぜるのを眺めていた。
(燃えてしまえば…いいのに…)
【アズライト】
【現在地:西の森外周】
【スタンス:鬼作・さおりと行動】
【武器:???】
【備考:変性不可、左眼負傷、左手喪失】
【しおり】
【現在地:同上】
【スタンス:アズライトといっしょ!】
【武器:日本刀】
【備考:凶(まがき)with発火能力】
【鬼作】
【現在地:同上】
【スタンス:らすとまん・すたんでぃんぐ】
【武器:日本刀】
【なみ】
【現在地:同上】
【スタンス:殲滅戦】
【武器:チェーンソー】
【備考:身体能力やや上昇
:再起動中】
329 :
名無しさん@初回限定:02/07/21 23:50 ID:dipCxKTX
>301
(第1日目 PM21:30)
(ちくしょぉ、血がとまらねぇじゃぁねぇか。
いったいぜんたいどうなってやがる。)
北側の山道を血の気が足りぬせいかふらふらと
よろけるようにして足をばたつかせて行く男、遺作。
いつまでたっても止まらない左腕の出血に業を煮やして
傷口をシャツの切れ端できつく縛って物理的に血を止めたため、
圧迫された肘の傷口付近は青紫色に鬱血している。
対照的に鉄分が大量に失われた彼の肉体は
ところどころ黄味を帯び始めまだらになっていた。
(あぁ〜、ダリィ。欲望の楽園だったはずがよぉ。
何だってこんな面倒なことになっちまってるんだぁ、
身体も小便くせぇしよぉ。)
もはや独り言をこぼすだけの体力も残っていないのか、
朦朧とした意識でなおも延々と悪態をつく。
暗さとかすむ目とがあいまって、数歩先すら見えず、
手探り状態で深い闇に覆われた山道を下る。
よろよろと歩く足元も怪しく、案の定しばらく進んだところで、
(うおぅっ!?)
急な段差に気付かずに足をとられ、バッターンと音を立てて顔から派手にすっ転ぶ。
(つつつつつつぅ。やってられねぇ。やってられねぇよ。
なんだって俺様がこんな目にあわなきゃなんねぇんだ。
それもこれも皆あのクソふざけた弟のせいだ。
何もかも皆、俺様を裏切りやがったあいつのせいだぁ。
大体、鬼作のくせに生意気なんだよぉ、あいつはよぉ。)
したたかに打ち付けた顔をさすりつつ、
人知れず呪詛を送っている遺作の目に入るものがある。
(おおっ?)
地面から数cmのところで大きくカサを開いたキノコ。
色はいたって一般的で茶色がかった白と濃い茶色のカサである。
(ごくり・・・)
喉が鳴り、続いて思い出したかのように腹が鳴る。
(腹ぁ減ったなぁ。そういやぁ、昨日の晩からろくに物も食っていやしねぇ。)
立ち上がることもできないまま、じっと揺れるキノコを見つめる。
(………これを食ってオワリなんつーおちじゃぁねぇだろうなぁ、えぇ?)
湿った土の上を片手で身体を引きずるようにして近づいてみる。
恐る恐る手を伸ばし、覚悟を決めてふっくらとしたキノコの石突をむんずとつかみむしりとる。
ちぎりとったキノコを顔に近づけてためつすがめつしてみるが、
やがて意を決して口を開きパクリ、恐る恐る口にする。
「うっ!?」
びくっ、と感電したかのように身体を大きく一度震わせると、
一瞬にして死人のように蒼ざめる鬼作。
かっと見開かれた目は白目をむき、口からは泡を吹いている。
そして、うずくまるように倒れるとその後はぴくりとも動かなかった。
>280
「へケケケケ、えらい目におうたがよ。」
へらへらと狂人じみた笑いを漏らしながら、
ふらふらとおぼつかない足取りで歩く素敵医師こと長谷川均。
「なんでもかんでもおくすり打っちゃいかんちゅうことがか。」
灯台を抜けた素敵医師、
「アインおじょーちゃんが愛しいセンセのこと追ってきてくれるなら、好都合やき。
ちぃっと罠でも仕掛けてみるのも面白いかもしれんがよ。」
愉快そうにくるくると回りながら、右手にズラリと持った四本の注射器を首筋に一気に突き立てる。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ〜、来た、来た、きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁー。
ヒヘヘェ、セェンセの注射は相変わらずよぉ〜効くがよ。」
どんよりとした目で森の木々を踊るようにして避ける素敵医師。
「おじょーちゃんはどんなトラップがお好みがか〜?」
真っ暗な森の中で、歌うように叫んだ。
「へケキヒヒヒ、…おんやぁ?」
森を北に抜けて本拠地であるところの神社に戻る途中の山道で、倒れている者がいる。
「ア〜ア〜ア〜。食中毒じゃねぇ。センセは名医じゃき、見ただけで分かるがよ。
ほ〜れ、しっかりしとおせ。センセが来たからもう大丈夫やき。
お目々すっきり、まるで別人になったみたいに目覚められるがよ。」
さも愉快そうに頬をぺしぺしと平手で打つと、
薄汚れた包帯の奥で真っ赤な口をニタリとゆがませる。
そうしてグレンの野太い触手に殴り飛ばされてもなお放さずにいた革の鞄から、
数本の注射器と数種の錠剤とを取り出して、
「ア〜、これは無粋やき、いらんね。」
包帯の奥ですこし眉をしかめると取り出したばかりの錠剤を放り出す。
ピュッピュッと数滴針の先端から内容液を滴らせると、
プス、プス、プス、脈の位置を確認することも躊躇いを見せることもなく
注射器の針を無造作に差し込む。
「ハァ〜〜〜〜〜〜、これだから医者は辞められんがぁ。」
押し込まれてどんどんと減っていく注射機内の溶液を見て、
素敵医師は恍惚とした溜息をついた。
キノコの衝撃から目が覚めると鼻が曲がるかと思うような臭いがする。
腐臭とでも言えばよいだろうか。
「お目覚めかな…?」
遺作は臭気に耐えつつまだぼんやりとしたままの目をこすって、
それきり黙りこんでいる声の主を確認しようとする。
「ブヒャッ、ブフプフル。ふひぃ〜っヒヒヒヒヒひひぃひひいぃけへへへへへへエ」
堪えきれないという感じに噴き出すと、
堰を切ったかのようにさながらキチガイのように大声をあげて笑い出す。
実際に彼はキチガイなわけだが、遺作にはいまだ知る由もない。
「お目、お目、ブフゥ。「お目覚めかな?」は良かったが。ひひひいひひぃ。
どうなが、センセはたいした役者と思わんがか?」
まだ収まりきらぬ笑いに方を小刻みに震わせながら問う素敵医師。
「ついでに増血もしといちゃったがよ。ホレホレ、センセにお礼言うが。」
「テメェ。薬くせぇキチガイ野郎がなに言ってやがんだぁ?」
「へケケケケケェ、命の恩人さんに対してキチガイ野郎とはご挨拶なが。
まぁ、ええが。センセは素敵医師ちゅうがよ。昨日放送したの覚えてないがか?」
突然目の前に現れ出た異形と異臭にも動じることなく、
顎に手を当ててフンフンとうなずくと、狡猾そうな瞳で探るようににらみ返す。
「あ〜、思い出したぜぇ、あの胸糞悪い放送か。
てぇことはお前主催者側の人間だろうが。
俺を助けるたぁ、……一体何が望みだ。」
「ヒヒヒ、話の分かる頭のいい患者はセンセ大好きやき。
実はここだけの話、センセはアインちゅうこわーいおじょうちゃんに追われてるがよ。
そのアインおじょーちゃんを何とかして欲しいが。」
「へッ、そのアインてぇのは手ごわいのか?」
「ヒキキキキ、どうしてそう思うがか?」
「体がいやに軽い、どー考えても普通じゃねえ。
今ならあの糞忌々しいガキにも勝てそうな気がするぜぇ。
どんな薬を使ったかは知らんが…てめぇ<どーぴんぐ>しやがったな?」
互いに、愉快そうに見つめ合う。
「ヒヘへへへ、降参ぜよ。遺作さんにはかなわんき。
確かにおじょーちゃんはかなり手ごわいおじょーちゃんやき、
センセも手ぇ焼いとるがよ。」
「そんでその厄介な小娘の相手を俺にさせようってのか。
虫のいい話だな、オイ?」
先ほどまで愉快そうに笑っていた遺作の表情が不意に硬くなり、
素敵医師に巨大な悪意を叩きつけ、ぎょろりと睨みつける。
互いに瞳をそらすことなく押し黙ったままの二人の耳にかすかな虫の音が空しく飛び込んでくる。
やがて、口を開くタイミングを注意深く探るかのようにのらりくらりと怒気を受け流していた、
素敵医師がついに何か大事なことを思い出したかのように口を開いた。
「へヒ、あー、そうそう。言い忘れちょったが、
ただで助けたら、センセが怒られるき。ちょっとしたルールをつけたがよ。」
「アァン、ルールだぁ?お前なんかの都合なんざ知ったことか。
俺はこの力を使って、雌どもを狩るだけだぁ。」
「ヒヒヒヒ、センセのお話は最後まで聞くなが。
遺作さんに注射したお薬の中には常習性のあるものも混じっとるがよ。
明日の昼までにセンセに注射打ってもらわんと禁断症状が出ておっそろしいことになるき、
そのことには、じゅーぶん気ぃつけて欲しいがよ。」
「テメェ…」
語気も荒く答える野獣のような遺作を素敵医師は手で制して言った。
「キヒヒヒヒ、まあまあ、拗ねずにちぃッと耳貸してみとーせ。
センセの話には続きにはまだいーい話があるがよ。」
遺作の耳元に口を寄せると素敵医師は声を潜める。
眩暈がしそうなほどの異臭に遺作は眉をしかめる。
「ここだけの話がやき、この大会に優勝したら、願い事が一つ叶うっちゅう話がよ。」
「何だと?」
遺作の眉がぴくりと跳ね上がるのを見て素敵医師は満足げに笑う。
「ヘケケケケケ、センセはおまえさんのよーな野心家が大好きやき、
特別に手助けしちゃったがよ。
傷の応急処置も被曝の進行もサービスで止めてやったが?」
ズラリと薬品をならべ、素敵医師が薬品の入ったアンプルと注射器とメスを
それぞれ数個ずつ遺作に手渡しながら説明をはじめる。
「とりあえず、最初のガッコが狙い目とセンセは思うが…、へケケそこはお前さんに任せるき。」
339 :
素敵な約束 (10):02/07/27 22:42 ID:0Q2Rq2jP
「へっ、そいつをつれて来るのが解毒剤の条件てわけか。
で、アインって小娘をどうして欲しいんだ。
ひっ捕まえるか、殺すか、それとも…犯すか?」
最後の言葉に遺作の口の端がつりあがる。
「ヒヒヒヒヒヒヒ、センセはアインおじょーちゃんの身体に興味があるき、少し調べたいことがあるがよ。
やけど、参加者にセンセが手を下したら怒られるき、とりあえず遺作さんにはここに連れてきて欲しいがよ。」
「だったらそのあとは……」
下卑た笑みを浮かべた遺作に、素敵医師の感情の分からない笑みが答える。
「へケケケケケ、そのあとのことはセンセは興味ないき、遺作さんの好きにすりゃええがよ。フォルマリンにつけて鑑賞するなり、腑を煮て喰らうなり、何でもOKやき。」
説明が終わると遺作はさっさと立ち去ってしまった。
その背中を眺めながら、素敵医師がポツリとこぼす。
「叶うのは、センセのお願いやき。しぃっかりしとおせ。」
宵の山野に狂人のけたたましい哄笑が響き渡った。
↓
【遺作】
【現在地:北の山道五合目】
【スタンス:女は犯す、優勝、アイン捕獲】
【武器:薬品数種、メス】
【備考:被曝、右腕喪失】
>262
(第1日目 PM11:50)
「ン…」
波の音が聞こえる。
ぼやける目をこすってあたりを見わたす。
とうに夜の帳の落ちた島内はほのかな月明かりに照らし出されて
何もかもみなが幾分蒼ざめて見える。
はぁっ、と一息つくと藍は衣服の乱れを直し、頭上の月を眺めた。
まるい、まるい満月が欠けたところもなく見下ろすように超然と輝く。
「もう少し…かな?」
そっと口に出してみて、何かを確かめるように
手のひらを伸ばしたり握り締めたりを繰り返す。
もう一度ゆっくりと頭をもたげさせて月を眺めると
やがて立ち上がり、
身を寄せて眠っていた彼女の身体をすっぽりと隠す大きな岩から離れた。
341 :
見上げる空には満月 (1):02/08/01 01:31 ID:21bc2Oua
50mほど先に冷ややかな月明かりとは違う
人工の暖かい光が漏れ出ているのが見える。
「あそこに、堂島はいる。」
確認するように、その言葉を一つ一つ転がすように、小さな声で呟く。
月が南中するとき、真の獣の時間がやってくる。
静かな夜に、寄せては返す波の音だけが鳴り響く。
既に藍は眠っている。
だから、この身体は獣のものだ。
まぶたを下ろし、深く息を吸い、ゆっくりと時間をかけて吐き出す。
獣の時間がやってくる。
契約の時間がやってくる。
堂島薫を殺す時間がやってくる。
↓
【松倉藍】
【現在地:港周辺】
【スタンス:獣:堂島殺害
:藍:@、神楽捜索
A、獣の封印/別離】
【備考:主人格=獣】
>?
くっくっく・・。
こんなことじゃ死ねねぇよなぁ
くっくっく・・。
正直に言いなよ・・な?
本当は俺のこと好きなんだろ?
さぁ、俺と一緒にまた楽しもうじゃないか
お前は気づいてないだろうが・・
俺はお前で、お前は俺なんだぜ・・
第一日目 AM.3:30
「ちくしょう、なんなんだあのブルマー女は」臭作が苦々しげにはき捨てる。
先ほど出会った女は突然自慰行為を始めたかと思うと、
彼と彼の兄弟をふっ飛ばしたのである。
未知の恐怖に中てられた臭作は、無我夢中で森の中を逃げ回り、
いつしか彼の弟達ともはぐれてしまっていた。
「生き残れるのは一人だ。結局やつらとも殺し合うことになるんなら、
もう少し利用したかったがな…」
配給袋から水を取り出し,口元から水が零れ落ちるのもかまわずに一気に飲み干す。
その時、臭作は遠くにかすかな足音を聞いた。
「来やがったな」
間断なく襲ってくる石つぶてを、身を伏せてやり過ごす。
(!・・そんな)
夜の闇に動揺が走った。しかし……。
「うおっ」
臭作は、胸から血を流して、倒れた。
そして遅れることわずかに数秒、彼を一瞬のうちに葬った男が音もなく現れる。
「この人・・まるで攻撃を予測していたみたい・・」
臭作の命を絶ったのはただの石ころである。
アズライトの放った七つの弾丸の一つが、命中したらしい。
「悪く思わないで…なんて言えないよね…」
アズライトは一瞬悲しげな表情を臭作のほうへ向け、再び闇にとけた。
しばらくして。
くっくっく・・。
「とんだ甘ちゃんだぜアズやん」
臭作はアズライトの気配が消えたことを確認して立ちあがる。
その胸から、血まみれになったネズミの死体が出てくる。
「伊頭家流死んだふりの術ってかぁ?」
くっくっく・・。さぁ、俺と一緒にまた楽しもうじゃないか。
【伊頭 臭作】
【現在地:小屋周辺】
【スタンス:歴史の改竄】
【備考:何度でも復活】
↓
343 :
名無しさん@初回限定:02/08/04 02:24 ID:RUtj7t1/
>126,>131,>169,>200,>212,>217,>235
以下の登場人物は時間を遡っての登場となります。
回想としてご理解ください。
恭也 >34 → >306
知佳 >34 → >306
ナミ >50 → >328
(18:00)
「定時放送の時間です。この六時間にて死亡した人間は、
09、グレン。20、勝沼紳一。25、涼宮遙。31、篠原秋穂……
<洞窟の奥>
アリスメンディがうろたえ、ランスにすがりつく。
「ね〜ね〜、ランスってば聞いた聞いた!?
ど〜なのよど〜なのよ、秋穂ってゆってたよ?
これってば死んだってこと?」
「……」
ランスは無言で虚空を睨むばかり。
その膝の上で子猫のように眠るユリーシャはどんな夢をみているのだろうか。
安らかな微笑が浮かんでいる。
<東の森、南端>
魔窟堂野武彦が激しく咳込む。
加速装置を使いつづけたことでの疲労は並大抵のものではなく、
年相応に老化が進行している呼吸器が、悲鳴をあげているからだ。
「若人の明日を守るために、老いぼれが命を賭ける。
それがワシらのスタンスじゃよな、エーリヒ殿」
瞑目すること数秒。
今は亡き盟友との約定を心に刻み、再び魔窟堂は東へと走り出す。
<竜神社>
月夜御名沙霧が本殿に腰を降ろし、レーダーを注視する。
(消えた光点は一つ、死んだ人間は紳一だけ……
レーダーは信頼できる、ということですね)
狭霧はその結果に満足し、中断していたトラップ設置を再開する。
<西の森>
ナミが演算処理を実行している。
「4人死亡で、残り22人……
エネルギー残量を予測値6%すると、生存確率は……」
ナミの心のディスプレイに、絶望的とも言える数値が表示される。
「でも、ナミは諦めませんよ。
ご主人様に山ごもりで伝授してもらった『気合』と『根性』で、
ナミは絶対にご主人様の元へ戻ります」
音声発生ユニットを振動させ、彼女はブラックボックスに想いを吹き込む。
<学校>
紫堂神楽が声を押し殺して泣いている。
「遙さんごめんなさい。わたしが油断してしまったから……
勝沼さんごめんなさい。わたしが余計なことをしてしまったから……
でも……」
言葉を止めた神楽は、深く息を吸い、細くゆっくりと吐き切る。
そんな呼吸を10回も繰り返した頃、彼女の涙は止まっていた。
「……今は、生きている人のことを考えます」
松倉藍の怯えた瞳が、しがみつく小さな手が、神楽の脳裏に蘇る。
彼女はよろめきながらも自力でベッドから降り、ふらふらと歩き出す。
「藍ちゃん」
神楽の瞳が碧に輝く。
薬の効力が、徐々に切れてきていた。
<集落の外れの家屋>
海原琢磨呂が肩をすくめてひとりごちる。
「2人まとめて死んでいれば楽だったのだが」
足元には不自然に変色した勝沼紳一の死体。
その指から抜き取った指輪を掌で転がしながら、琢磨呂は悠々と歩み去る。
<病院>
神条真人が笑みを浮かべる。
柔和で女性的な顔立ちとはかけ離れた、暗く、狂気を湛えた笑みを。
「待っていろよ、神楽。 俺はお前に必ず復讐してやる。
陵辱して、剃毛して、浣腸して、拷問して、中出しして、妊娠させてやる!!」
傷だらけの左腕に包帯を巻きながら、邪悪な誓いを吐き出す。
<漁協詰め所前>
堂島薫が武者震いしている。
「おかーたまは薫が守る」
読み上げられた死者たちの名が、彼を奮い立たせる。
グロック17を握りなおし、油断なく周囲を見張りながら、彼は何度も呟く。
「おかーたまは薫が守る」
<漁協詰め所>
高原美奈子が難しい顔で腕組をしている。
「それにしても、男だったとは」
その視線は、全裸で横たわる広場まひるに向けられている。
より正確には、まひるの股間に向けられている。
凝視している。
「こいつ、ちんぽまでかわいいのな」
そして、舌なめずり。
放送は耳に入っていない。
<東の森、楡の木広場南>
高町恭也が歩みをぴたりと止める。
「どうしたの、恭也さん?」
「……」
返事を返さない恭也に不安感を覚えた仁村知佳は振り返る。
その途端、知佳の心に流れ込む激しい感情の奔流。
【死んだまさかそんな秋穂さん俺は守れなかった俺が弱いから御神の名折
れだいやなにがダメだダメだ仁村さんは仁村さんだけは守らなくてはこ
の命に代えてもでも守れるのか俺は秋穂さんを死なせてしまった弱くて】
胸が潰れるような悲痛な自責と自問。
知佳はここにきて初めて、本当の恭也を知った。
強靭な肉体とは裏腹の繊細な心の持ち主だと言うことを。
その心があと一押し、あと一言で破裂しそうなほど張り詰めていることを。
そして悟る。
恭也には励ましも慰めも逆効果になる。
ひたすら彼を信じ、無力に縋り、庇護を求める。
『頼る』
それだけが彼の力になることを。
―――この好漢は、人の為にしか生きられないのだ。
ぎゅ……
知佳は恭也の手を握り、不安げな上目遣いで恭也を見つめる。
「仁村さん。あなたは、俺が守ります」
恭也の瞳に力が戻る。
知佳は黙って頷く。
恭也には決して知られてはならない決意を胸に。
(わたしは、このひとに守られることで、このひとを、守る)
350 :
午後六時の素描(6):02/08/04 03:00 ID:EIQaMHS4
……以上の四名。
生存者は引き続きゲームを続行してください」
↓
【海原琢麿呂】
【所持武器:他爆装置(指輪)片方入手】
【ほか、変化なし】
<学校、悪夢の始まった場所>
海原琢磨呂がひゅう、と口笛を吹く。
「さすがは天才的名探偵の私だ。
盗聴情報から予測した死者と、ぴたりと一致している」
お得意の自画自賛を終えると、琢磨呂は足元を見やる。
そこには逞しい男の全裸死体が転がっていた。
胸にはどす黒く変色した打撃痕が広がり、それが致命傷なのだと一目で判る。
「それでは、これはこの私が有効利用してやるぞ。
変装は探偵の嗜みだしな」
琢磨呂は死体に一声かけると、飄々と教室を後にする。
かつてタイガージョーと呼ばれていたその男の目は、
死してなお、琢磨呂を睨みつけるかの如く見開かれていた。
↓
【海原琢麿呂】
【所持品:タイガージョーの衣装一式】
※紳一の指輪は真人によって回収されていましたので、
※関係するパートを修正させていただきました。
>350
(19:00)
中天に凛とした満月。
その青い明りの下、路上に伸びる影が2つ。
彼らの影は病院に程近い路上で交錯した。
先に相手の存在に気付いたのは真人だった。
彼の目線の先、十メートル程先をこちらに向かって歩いてくる、
パジャマらしき衣服を着用している、セミロングの小柄な少女。
その足取りはどこか覚束ないものがある。
手足となる下僕を探していた彼の目に、そんな彼女は絶好の相手と映った。
道路脇の樹木の陰に身を潜め、彼女の通過を待つ。
ぱた、ぱた、ぱた。徐々に近づくスリッパの音。
それが近づき…… 通過する。
真人はその背後から無言で跳躍する。
風を切る音が見るものの耳に届く程の鋭い飛び蹴り。
伸びた爪先が少女の胸元に吸い込まれるように伸びてゆく。
対する少女は、その風を切る音で襲撃者の存在に気付いたものの、
回避するほどの余裕は無く、両腕の防御とスウェーで
なんとかクリーンヒットだけは免れる。
「!!」
彼は空手の全国大会出場経験者であり、攻撃は完全な闇討ちだ。
真人は自分の蹴りが防御されたことに驚く。
だが、その驚くべき少女の口から紡ぎだされた言葉は、彼をそれ以上に驚愕させた。
「私に戦う意思はありません。
死の恐怖に負けて人を傷付けるのは愚かなことです。
話し合いをしましょう」
真人にとって聞き覚えの有る、いや、忘れ様の無いフレーズ。
「……神楽」
「神条さん!?」
いきなりの最終目的の登場に身を翻えしかける真人だったが、、
胸に取り付けた虫型のブリーチの僅かな重みが、その弱気を断ち切った。
(ここで会ったのは天命…… いや、紳一の導きってヤツだ。
やってやる、今、この場で!!)
真人は立ち止まり、振り返り、神楽に話し掛ける。
「この島で一昼夜過ごし、数々の死に触れてもなお、お前は変わらないのか」
「正しいことというものは、普遍ですから」
「素晴らしい回答だ。それでこそ神楽。
復讐相手として申し分ない」
「復讐? 昨晩も申しましたが、私は妹さんのことは知りませんと……」
「違う。俺たちの復讐だ。
他爆装置などというたわ言で俺たちは縛られ、
その呪縛のせいで辱めを受け、誇りを失い、弄ばれ、虚仮にされ……
俺は深手を負い、紳一は、命まで失った。
その、無念の復讐だ」
真人は忌々しげに吐き捨てると、正面から神楽を睨めつける。
「それなのにっ……」
「 な ん で 巫 女 服 を 着 て な い ん だ ! ! 」
「え……?」
「あいつは大好きだったのに。
純潔の象徴、神聖にして侵されざるシンボル……
そこに凝縮された処女性がっっ!!」
真人は吠えた。
涙すら流し、失望と怒りと神楽にぶつけた。
「ええと、あの、深呼吸でもして、落ち着かれた方が」
「まさかお前…… すでに非処女、ってことは無いよな?」
「そ、そういうことはみだりに人前で口にしてはいけません!!」
うなじまで真っ赤に染めて狼狽する神楽。
真人はその様子を見て機嫌を治す。
「その慌てぶりならまあ、処女だろうな。
それならなんとか、あいつへの手向けになる」
そこでまた、目を吊り上げて狂気の絶叫。
「お前の顔をバキ殴ってっっ!!
お前の膜をビリ破ってっっ!!
壊してやる、全部っっ!!
心も!! 体も!! 尊厳もっっ!!」
真人はネコ科の猛獣の如く神楽に飛び掛る。
まず肘。
次に拳。
神楽はその軌道を冷静に見極め、小さな動きで回避する。
その動きは彼女本来の動きに比べれば精彩を欠く。
だが、真人のようなそこそこ強い一般人相手と互角に戦えるレベルまで
彼女の三半規管は回復していた。
「随分と錯乱されているようですね。
手荒なことはしたくなかったのですが……」
神楽はため息を一つ落とし、そこで呼吸を止め。
真人が放ってきた踵落としを躱しざまに、彼の制服の詰襟に向かって手を伸ばす。
掴み、引き、絞め、落とす。
彼女の頭の中にはこの後数秒の出来事が完璧にシミュレートできていた。
できていたはずだった。
しかし、伸ばした指先に、詰襟は無かった。
神楽に驚愕が走る。
ありえないと、その瞳が揺れる。
かかと落としに失敗し、片足で酔いどれ千鳥の如くよろけていたというのに、
体勢を立て直すことなく、上半身を反らすとは。
反らしてなお、転倒しないとは。
いったい何という体捌きか。
それ以上に驚いているのは真人本人だった。
彼は神楽が踵を躱し、踏み出してきたときに終わったと思っていたが、
その刹那、上半身が重力に引かれるかのように、自然に背後へと反ったのだ。
しかも、体のバランスは崩れない。
空を切った神楽の右手に、上から真人の肘が襲い掛かり、関節部にヒットする。
「うっ」
神楽は顔をしかめつつもすかさず左手を伸ばし、真人の袖を掴みに掛かるが、
この左手も、真人の手首の不可解な動きに成す術も無く回避される。
「勝てる!! 勝てるぞ!!」
真人はこの時点で復讐の完遂を確信した。
その後の神楽の空回りっぷりは悲しいほど滑稽だった。
襟を取ろうと伸ばした手が弾かれ、袖を取ろうと回した指先が躱され、
懐に潜り込もうと進めた足が捌かれる。
そのたびに、真人からの攻撃を数発食らう。
既に真人は素早い変な虫の恩恵に頼っていない。
神楽の「怪我をさせないで、気絶させようという」優しさが、
攻撃手段を「絞め」に限定させ、結果、攻撃を単調なものにしていたからだ。
真人ほどの使い手であれば、軌道の読める攻撃が躱せないわけが無く、
その隙を縫って攻撃を繰り出すことも容易い。
「これで終わりだっ!!」
満身創痍の神楽に向けて、容赦ない正拳が炸裂する。
腰をしっかり降ろし体重を乗せた、教本に写真が載るくらいの綺麗な型で。
顔面に。
その衝撃、威力、言うに及ばず。
みしりと嫌な音を立てて頬骨が陥没し、神楽は仰向けに吹き飛ぶ。
曲がった鼻から鮮血を飛び散らせながら。
「かはっ、かはっ……」
おそらく鼻から逆流しているであろう血液を咳とともに吐き出す神楽。
なんとか立ち上がろうと四肢を動かしているが、先ほどの打撃で
軽い脳震盪を起こしたらしく、態勢を変えることが出来ないでいる。
その様子を真人は満足げに眺めて、呟く。
「紳一、聞こえているか?
この女の処女膜を、今から突き破るぞ。
お前の大好きな苦悶の表情、地獄の底から鑑賞してくれ」
瞳に静かな狂気、口元に歪な笑み。
真人は芋虫の如く蠢く神楽にのしかかる。
「お゙よ゙じにな゙っでぐだざい゙!!」
神楽は反射的に真人の襟に手を伸ばし―――掴んだ。
この瞬間、勝負が決まった。
打撃中心の空手の世界では、地に伏した者は負けた者。
横になっては威力のある攻撃は繰り出せない。
真人は当然の如くそう判断していた。
だが柔術には、地面に伏したとしても、その先がある。
一瞬だった。
人を傷つけないことを是としている彼女の理性を、
純潔を守るという生理的な衝動が振り切ったらしい。
反復練習で体に染み付いた技術が、思考に先んじて神楽の体を動かしていた。
膝が入り。
袖を掴み。
踵が返り。
渾身の巴投げ。
真人の体は夜空に分度器で計ったような弧を描き、
あっという間も無く、受身無しでアスファルトに激突した。
―――後は静寂。
自分で掴みかかっていては、さしもの回避アイテムも発動のしようが無かった。
↓
【現在位置:病院の近く、路上】
【紫堂神楽】
【状態:重症、薬の影響はだいたい半減】
【神条真人】
【状態:重態】
>350
(18:10)
熱い。
熱い。
暑いのではなく、熱い。
腹の奥からマグマの如くこみ上げる、どろりとした、熱。
それが溶ける。
息が苦しい。
胸が疼く。
酸素が欲しい。もっと、もっと。
しかし、苦しいが、不快ではない。
不快ではないが、怖い。
怖いが、心地よい。
その心地よい自分が、判らない。
ただ感覚のみが鋭敏に尖る。そんな夢を広場まひるは見ていた。
まひるの意識は、それが夢であることを、薄ぼんやりと認識していた。
徐々に目覚めつつある彼の聴覚が、はぁはぁと、苦しげな呼吸音を捉える。
その荒い息に何となく意識が集中され、彼は目覚める。
まひるが両眼を開き、澄んだ瞳に小汚い天井が映る。
それでもなお、夢で感じていたあの熱は、冷めていなかった。
いや、その熱をより強烈に感じている。
まひるは眼を擦りながら、熱いうねりが発生している場所―――性器に目をやる。
「よほ、目ェさまひたか」
嬉々としてそれをしゃぶっている高原美奈子と、目が合った。
「な、なにゆえ!?」
彼は剥いたばかりのゆで卵のような瑞々しい肢体を、一糸纏わず晒していた。
跳ね起きようとしたまひるだが、その薄い胸をタカさんの厚い掌に制される。
軽く手を添えただけの静止だったが、非力なまひるはそれだけで身動きが取れなくなる。
「はっはっは。まあ遠慮するな。
このタカさんが今から女の味ってヤツをおしえてやっからよ」
タカさんは悪びれる風も無く、それどころか得意げに行為を続行。
にちゃり。ぐちょ。とろり。じゅぽじゅぽ。
怯えに縮こまる真人のモノすら数秒にして勃たせた、卓越した口淫技術。
それを、タカさんは惜しげも無く注ぎ込む。
まひるは女性経験のない、いや、それどころか自慰すら知らない無垢な童貞。
この熟練した舌の動きに昇り詰めない道理は無い。
理屈ではそうだ。
しかし、覚醒までは小さいながらも精一杯そそり立っていたまひるのペニスは、
その長さと張りを失っていた。
「ど、どういうこった?
このタカさんのフェラが気持ちよくないって言うのか?」
苛立ち半分、混乱半分で、タカさんはまひるに詰問する。
まひるは答える。
「ち…… 違うんじゃないのかなっ!!」
「これって、こーゆーのって!! 違うんじゃないのかなっ!!」
まひるはつぶらな瞳に大粒の涙を浮かべていた。
涙を浮かべながら、睨んでいた。
タカさんは、まひるが初めて見せる怒りの表情に、思わず彼の股間から顔を離す。
まひるは昂りを隠さず、震える声で続ける。
「えっちってのはさ、違うでしょ、こーゆーのとは。
心が重なって、相手のことをもっと知りたくなって、もっと感じたくなって。
そーゆーところから、自然に触れ合って、求め合って!!」
だむだむだむと、畳を叩くまひる。
ぽかんと口を開けたタカさんの顔は、何を言っているのかさっぱりわからないと
無言で告げている。
「そりゃああたしだって健康な女の子だし、興味が無いなんて言わないよ。
言わないけど、興味だけでしちゃってはいけないんじゃあないかな」
「男だろ」
「うっ…… それはまあ、確かに、そうらしいんだけどさ……
でも、今でも気持ちは女の子なワケで」
「つまり、あたしはオカマだから、まんこに突っ込むよりケツに突っ込まれたいと?」
だむだむだむ。
「あ〜〜〜〜、も〜〜〜〜〜!! わっかんないヒトだな、タカさんはっ!!
あたしのいいたいことはシンプルにただ一つっ!!
愛なんだってばさ、愛!! ラヴ!! アムールッ!!」
「……おまえの理屈、さっぱりわからねえ」
「理屈じゃないっ!! 感情!! こころの問題なんだってばさ!!」
三度、だむだむだむ。
話はこの上無くかみ合わない。
お互いの言葉が、お互いに全く理解できない。
そんな状況に、「言葉より行動」のタカさんが、自分勝手に終止符を打った。
「いいんだよ、気持ちよくしてやるから、つべこべいうな!!」
タカさんはまひるの胸に当てたままになっていた右手に力を込め、彼の上体を倒すと、
再びペニスを咥える。
まひるが本気で、全力で、タカさんから逃れようと、もがく。
しかし悲しいかな、身動きが取れないことはおろか、あまりの非力さに、
タカさんには本気で抵抗していることすら伝わっていない。
「ひどいよ……」
だむ……
一度だけ力なく畳を叩き、まひるは動きを止めた。
タカさんは半ば意地になってフェラを続ける。
じゅぽじゅぽと卑猥な音を口腔に響かせ、舌を巧みに動かし、唇で締める。
動きはいちいち大胆ではあるが、精巧で的確だった。
男を知り尽くした動きだった。
しかし、まひるのそれはただふやけ行くのみで、全く反応を見せない。
苛立ちが頂点に達しつつあるタカさんは中指をまひるの菊座へと伸ばす。
前立腺を刺激し、まひるのペニスを無理矢理勃たせる気だ。
「おまえのちんぽが勃たねぇからいけねぇんだぜ。
なるべく痛くないように突っ込むからよ、肛門の力抜いとけ」
忠告に対する、まひるの返事は無かった。
タカさんは理解しているのか確認を取るため、まひるの顔を見る。
まひるは―――無表情だった。
表情がコロコロ変わり、そのどの表情もかわいらしくて。
見ていると、胸がなにか温かなもので満たされていく。
そのまひるが、こんな顔をしている。
魂が、精気が、ごっそり削げ落ちた。
人形よりも人形的な。
この世のものですらないような、色彩の無い、貌。
苦々しいものがタカさんの胃に満ちる。
自己中心の性格ゆえに人の胸の内など意に介さない彼女は、まひるが何故勃起しないのか、
何故こんな顔をしているのか、この期に及んで猶、判っていなかった。
けれども、このまま己が性欲の赴くままに彼を貪ったら、
2度とあの花の咲いたような微笑を向けてくれなくなることだけは判った。
それは、生きがいであるセックスが出来ないこと以上に、耐え切れないことだった。
いや、もしかしたら―――
既に、手遅れなのかもしれない。
タカさんの胸に赤々と燃えていた欲情の炎が、掻き消えた。
364 :
こころとからだ:02/08/05 21:31 ID:hqemoEAH
(18:20)
「おとーたまどうしたの? どこいくの?」
「……ちょいとばかり酔っ払っちまったからよ、夜風に当たってくるぜ。
変なヤツが近づかないか、しっかり見張ってろよ?」
「おかーたまは、薫が守る!!」
「危なそうだったら、まひるを連れて逃げるんだぞ?」
「おかーたまは、薫が守る!!」
「まひるを、頼んだぞ」
「うん……」
「そりゃ頼もしい。それじゃ、行って来る」
「……おとーたま!!」
「なんだ?」
「……戻って来るよね?」
「……」
「戻って、来るよね?」
「……おう」
↓
【高原美奈子】
【現在位置:漁港】
【広場まひる、堂島薫】
【現在位置:漁協詰め所】
※ここでも恭也と知佳は時間を逆行しています。回想としてご理解ください。
>350
(18:30)
「……はナ…………まちきょ……」
森の中、夕闇の向こうから、風に乗って微かな声が聞こえてきた。
高町恭也はすぐ後ろについて来ている仁村知佳に、立ち止まれとゼスチャーで伝える。
腰に差した小太刀―――すでに秋穂の形見となってしまったそれ―――を左手で掴み、
声のした方へと向き直る。
「どうしたの?」
「……誰か居ます」
「ナ…ァー………あ…か」
「ぇ……は……あ……、………な…」
声は続いている。
意識を集中した知佳も、その声を聞き取る。
「恭也さん……」
知佳は小声で男の名を呼ぶ。
どうするの? 言外にそう伝えている。
声の主は何者か。
敵意はあるのか。
敵だとしたら、強いのか、弱いのか。
知佳を守りきれるのか。
恭也はそれらを思案しながら声の主を探る。
闇に慣れた目に映るものはただ樹木ばかり。
集中した意識で探ってみても何の気配も無い。
誰も居ない。
自分を信じるならば、結論はそうなる。
しかし、掠れた声は聞こえて続けている。
「が……………は」
「…………ま……」
「近づかないことにしましょう。音を立てないように、静かに歩いてください」
恭也は知佳にそう囁く。
知佳を守ることを最優先に考えた末の結論だった。
知佳はためらいながらも言葉を返す。
「怪我とかして動けない人かも……」
恭也はすこし考え込み、
「仁村さんは10歩くらい後ろに下がっていてください」
と、声の反対側を指差して言った。
知佳が指示通り距離を開ける。
それを確認して、恭也は声の主に話し掛ける。
「こんばんは。俺たちに戦う意思はありません。
姿を現してくれませんか?」
「聞こえていなかったのね」
返事は恭也の後方から返ってきた。
恭也は反射的に振り返る。
知佳の真横に、亜麻色の髪をたなびかせた美しい少女が、茫と立っていた。
自分が声をかける直前まで、声は確かに向こうから聞こえていた。
気配も全く感じなかった。
いつ移動したのか全くわからない。
あの声自体が、巧妙な罠だったのか。
恭也の頭に衝撃と混乱が走るが、少女の向こうに見える知佳の姿に冷静さを取り戻す。
小太刀を抜刀。神速の踏み込み。
「待って!!」
彼の動きを止めたのは知佳だった。
「このお姉さん、悲しいひとだから」
知佳が続けた言葉は、意味不明だった。
「じゃなくてじゃなくて!! 戦うつもりがないみたいだから」
自らの発言のおかしさに気付いたのか、知佳は慌てて訂正する。
謎の少女は恭也の方を向いている。
武器は持っていない。
動く様子も無い。
確かに、戦う意思は見られないと恭也も納得し、小太刀を鞘に収めると
「戦うつもりはないなどと言っておきながら飛び掛るような真似をして、
本当に申し訳ありませんでした。
あなたがあまりにも見事に気配を絶って現れたものですから、つい……」
自らの非を認め謝罪する。
しかし、少女はまるで聞いていないようだ。
首を緩慢に後ろに回し知佳の存在を確認すると、恭也の言葉を遮るように
おもむろに口を開いた。
「警告対象は No.8 高町恭也」
「NO.40 仁村知佳」
「該当する二名は」
「次の放送までに」
「協力関係を解除し」
「単独行動を取りなさい」
「さもないと」
「……死ぬことになる」
伝えるべきことを伝え終わったらしい。
少女は現れたときと同じく唐突に姿を消した。
ひくっ、ひくっ、と知佳の肩が上下する。
泣いていた。
「どうしたんです仁村さん!!
あの女になにかされたんですか!?」
「あ、違うの、そうじゃなくて、たぶん、びっくりしただけ…… かな?
心配かけてごめんね、恭也さん」
「俺がついていながら怖い目に遭わせてしまって…… 本当に……
俺は、自分が不甲斐ないです……」
恭也の自省が始まってしまった。
……しまった。
知佳は自分の下手な嘘で恭也を落ち込ませてしまったことに罪悪感を覚える。
しかし、知佳はこの嘘をつき通さなくてはならない。
知佳が嘘をついた理由。
涙の理由。
先ほどの「悲しい人だから」という頓珍漢な発言の理由。
それは、知佳が謎の少女―――
監察官・陶子の心を、計らずも読んでしまったことに起因するからだ。
読心能力を持っていることは悟られてはいけない。
恭也には、気味悪がられたくない。
この人に守られたい。
この人を守りたい。
知佳は、そう思っている。
369 :
悲しいひと:02/08/06 20:42 ID:1QP/4YEy
知佳が陶子から読んだものは、心とはいえないかも知れない。
虚無。
薄ら寒い、底が見えない空洞。
思わずその空洞を覗き込んでしまった知佳は、続けて絶望の歴史をも目の当たりにした。
宇宙船の墜落。
愛するパートナーの完全なる消滅。
ひとりきり、永劫に繰り返される転生。
不滅の定め。
増殖する人々の思いに押しつぶされ、失われていくパートナーの記憶。
薄れることの無い自分の愛。
対象を喪失したままの、愛。
たかだか100年に満たない時間で生を終え、全ての記憶を失い生まれ変わる、人間。
そのサイクルは決して悲しいことなどではなく、とても優しいことなのだと
知佳に悟らせるに十分な心象だった。
知佳は思う。
陶子は主催者側の人間だ。
殺人を強要する邪悪なゲームを管理し、眉一つ動かさない。
でも、あの人は、悪い人ではない。
悲しみのあまり感情を封印しているが、人を愛することが出来る人なのだ。
愛することにひたむき過ぎるのだ。
―――愛を知る人に、悪い人など居るはずがない。
(どんなに悲しくても、苦しくても。心を閉ざしちゃダメなんだよ……)
知佳は闇に溶けるように消えた陶子に届くように、念じた。
あの記憶が確かならば、陶子は記憶を読むことが出来るのだから。
↓
>305 に続く。
>328
(21:30)
ご主人様。
ナミがこの島で目覚めてから、もう丸一日経とうとしています。
今までで17人死んでいます。
すごく悪いペースです。
アクシデントがあって、ナミは一旦強制終了しちゃいましたけど、
こうして無事再起動できました。
しかも再起動したおかげで不正に埋まっていたメモリが開放されて、
演算能力とか動作のレスポンスが向上しちゃいました。
塞翁が馬ですね。
いろいろゴタゴタがあって今まで言いそびれていたんですけど、
ナミ、とてもぶさいくになっちゃいました。
余計なエネルギーが消費されるから、お肉を全部取っちゃったからです。
ご主人様が可愛いといってくれた顔も、
ご主人様がたくさん吸ってくれた乳首も、
ご主人様に毎晩愛の証を注ぎ込んでいただいた恥ずかしい場所も、
全部捨てちゃいまいました。
ごめんなさい。
戻ったら一生懸命ドールファイトして、いっぱいパーツ代を稼ぎますから許してください。
今のナミはものすごく強いですよ?
サファイヤなんて瞬殺です。
……夜のご奉仕は暫く出来ないですけど。
コホン。
それでは、時間も無くなってきたので、本題に移りますね。
賢い主婦は節約上手って言いますよね。
ナミもメイドロボですから、そのへんには特に気をつかっちゃいます。
お肉はタイムサービスを待つとか。
お風呂の水はぽたぽた出しで溜めるとか。
電子レンジやテレビのコンセントは刺しっ放しにしないとか。
一円も千枚あれば漱石さんですし、一万枚あれば諭吉さんですから。
……あはは、何言ってるんでしょうねナミは。
本題に移るって言ったのに、前置きばかりで。
じゃあ、今度こそ本題です。
ええと……
だから……
節約っていうと、思い出しますよね?
ナミがご主人様に買っていただいたばかりの頃。
ナミはまだ駆け出しのファイターで、維持費ばかりかかってろくに賞金も取れず、
いつも赤貧にあえいでいましたよね。
いろんなところを節約して、何とか毎日を暮らしていましたよね。
ナミもご主人様にいろいろ生活改善のご提案をしましたけど、
本当は一番の生活が楽になるプランを知ってたけど、ずっと隠してたんです。
それは、ナミを売ってしまうこと。
ご主人様もホントはそれが一番だってわかってたと思います。
でも、ナミを手放さずにいてくれた。
ナミのことをいらないって、一度も口に出さずにいてくれた。
ナミ、すごく嬉しかったんです。
あのときから、ずっと、心の底から、本当に。
ナミはご主人様のことが大好きです。
って、また脱線してますね。
ううぅ……
ちょっと深呼吸しても良いですか?
すー、はー、すー、はー。
それじゃ、今度こそ本題を。結論から行きます。
ナミがブラックボックスに吹き込むメッセージは、これで最後になります。
諦めたんじゃありませんよ。
エネルギー節約のためです。
もう、ナミのエネルギーは残り僅かなんです。
補充できる見込みもありません。
ですから、お肉を殺ぎ落としたみたいに、戦闘に関わらない装置・機能への通電を、
全部遮断することに決めました。
そのいらない能力の中に、発声ユニットも含まれますから、もう喋れなくなります。
本音は、すごく淋しいです。
ナミはいつだってご主人様がそこに居るって思いながら、メッセージを吹き込んでいました。
きっとご主人様はこんな顔して聞くんだろうな、とか、
ここでツッコミが入っちゃうんだろうな、とか、
ご主人様の返事を、リアクションを、想像しながら話してました。
この殺伐とした島の中で、この時間だけが、ナミの心の安らぐ時でした。
でも、生存率が上がるなら、それはご主人様により近くなる、ってことですよね?
出来る努力は惜しんじゃいけませんよね?
373 :
ラストメッセージ:02/08/07 20:33 ID:wAymSBIb
だから、さよならなんていいませんよ。
↓
【ナミ】
【現在位置:集落北部の路上】
【能力制限:持続力少量上昇。移動・攻撃のみ可能】
>358
(17:40)
「神条さん」
か細く震える声が、男の名を呼んでいた。
「神条さん、ご無事ですか……」
紫堂神楽が路上で仰向けに横たわったまま繰り返す。
先ほどの戦いの傷跡は、惨々たるものだった。
鼻からしか流血していないものの、全身を余すところなく打撲している。
鬱血が酷く、すでにドス黒く変色している部位も多い。
顔などは、いまや倍近くに膨れ上がっている。
体中が熱を持っている。
痛みのない部分など何処にもない。
常人ならその痛みのあまり悶絶するか、気絶しているだろう。
だが、神楽にとってはそんな肉の痛みより、真人を己が傷つけてしまったという
心の痛みの方が遥かに勝っていた。
「神条さん、ご無事ですか……」
繰り返す神楽の言葉に、返事は返ってこない。
神楽は真人が返事を出来ない状態にあることを悟り、彼へ近づこうと身を起こす。
膝を立てては崩れ、伏す。
それを4度繰り返した。
立ち上がることを諦めた神楽は、匍匐のまま真人に近づく。
真人は神楽のすぐ傍にいた。
彼もまた仰向けに倒れていた。
おそらく肩口から落下したのだろう。
左肩がいやな角度に曲がり、首筋が腫れあがっている。
その脇まで神楽が達したとき、真人の体が海老のように跳ねた。
続けて、激しい痙攣が始まる。
白目を剥き、泡を吹き出す。
全身の筋肉が収縮と弛緩を間断なく繰り返している。
「いけない。急がないと」
手遅れになる。
神楽は続けて言いかけた不吉な言葉を飲み込む。
パニックを起こしそうな心を深呼吸で鎮め、指先に意識を集中する。
そこに集めるのは、青く澄んで、澱みなく流れる涼風。
命の息吹。
今まで何人もの怪我人を回復させた、大宮能売神の治癒術を施す―――
しかし、青白く温かな光を宿すはずの掌は、ただ汗を握るばかりだった。
びくびくびくびく!!
真人の痙攣は益々激しさを増す。
神楽は何度も深呼吸する。
もっと深く、もっと強く、集中しなければ―――
ぐるぐる。耳の奥で重く軋み回りだす三半規管。
素敵医師の置き土産は未だ深く神楽を蝕んでいた。
加えて、打撲傷の熱と痛みが悪しきシンクロを引き起こす。
堪えきれずこみ上げる吐き気。
いかな筋金入りの神楽とて、この状況下で精神のコントロールが出来よう筈も無い。
神楽は今まで感じたことのない焦燥感に身悶えする。
「お願い!! お願い!! お願い!!
止まって!! 止まって!! 止まって!!」
神楽は頭上の月を振り仰ぎ、痛切に祈った。
神の化身たる彼女が一体何に祈るというのか?
それは神楽本人にもわからない。
ただ、今の神楽は祈らずにはいられなかった。
より大きな、より力のある何かへ。願いよ、届いて。
だが、悲しいかな。
ここに君臨する何かは、慈悲心など持ち合わせているわけがない。
神楽のこの必死な思いをおかずに、子供じみた笑い声を響かせているに違いない。
やがて真人の痙攣はひきつけへと変わり、ひきつけは硬直に変わり。
神楽が何もしてやれぬまま、その動きを止める。
「……」
神楽は鎮痛に黙り込む。
治癒術はあくまで治癒術であり蘇生術ではないので、絶命したものまでは救えない。
仮に今、神楽の力が復活しても、もう手の施しようは無い。
万事休す―――
がくりと首をうなだれた神楽が、大きく息を吸った。
吸った。
吸った。
胸いっぱいに、息を吸い込んだ。
いつも彼女が精神集中や冷静さを促すために使う深呼吸とは違っていた。
そして、その息を吐くことなく止め。
誰にも赦したことのない清らかな唇を、躊躇うことなく真人の唇に重ねた。
神楽は真人に息を吹き込む。
吹き込めるだけ吹き込むと、今度は体勢を変え、真人の胸部に両手を重ねる。
ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ。体重をかけて押す。
心肺蘇生法。
神楽は諦めていなかった。
息を吹き込む。
心臓を圧迫する。
息を吹き込む。
心臓を圧迫する。
5回。
10回。
15回……
神楽はその作業を繰り返しながら、思う。
人を救うということは、こんなにも難しいことだったのか。
息を吹き込む。
心臓を圧迫する。
息を吹き込む。
心臓を圧迫する。
命というものは、こんなにも重いものだったのか。
命が尊いとはこういうことか。
息を吹き込む。
心臓を圧迫する。
息を吹き込む。
心臓を圧迫する。
なんという軽い思いで、命は大切であると口にしていたのだろう。
なんと愚かに、神人の力に溺れ、奢り昂ぶっていたのだろう。
息を吹き込む。
心臓を圧迫する。
35回。
40回……
……………………。
(20:00)
神楽は、未だ人工呼吸と心臓マッサージを繰り返している。
徐々に冷えを増す夜風が、真人の体に残る熱を無情に運び去ってゆく。
もう、諦めよう。
第三者がいれば、そう言うに違いない。
だが神楽は諦めていなかった。
諦めるわけにはいかなかった。
何回目の挑戦になるだろうか。
神楽はまた大きく息を吸い込み、真人へ唇を寄せた。
その時、風を感じた。
真人の唇が揺れて見えた。
神楽は息を止め、耳を寄せてみる。
………………すー
細くて弱々しいが、確かな呼吸音が聞こえた。
真人の胸がゆっくりと上下動をはじめる。
神楽の五体が喜びに震える。
神の奇跡を起こせぬ神楽が、人の奇跡を、そのひたむきな努力で呼び寄せた。
379 :
月下美人、咲いた。:02/08/09 00:18 ID:GYa77Sg8
真人が目を覚ました
彼の頭は、神楽の胸に抱かれていた。
真人は、自分の命が神楽に救われたのだと、肌の感覚で理解する。
憎しみは消えていた。
神楽の左目が潤む。
白糸のような涙が頬を伝い、真人の頬にぽたりと一滴、零れ落ちた。
その涙が、真人の心に沁みる。
ただ沁みた。
改心などという理性的な現象ではない。
真人の心の深い部分、狂気の分厚い城壁で覆っていた裸の心に、神楽の心が沁み入った。
真人もまた、涙を流した。
なぜだろうか。
自分が泣いている理由がわからない。
頭が痺れて考えが上手くまとまらない。
いや、考える必要などないのではないだろうか。
優しく静謐な時を、あるがままに受け止めるだけで。
「あり……がと……う」
真人が呟いた。
考えて紡いだ言葉ではない。
無防備になった心の底から、自然にこみ上げてきた言葉だった。
その言葉に、神楽の唇がやさしい微笑を形作る。
真人はその顔を見て息を飲む。
右頬は風船のように腫れあがり、右の眼球が出血で真っ赤に染っているというのに。
鼻は団子のようにひしゃげ、血液と泥に塗れているというのに。
月の淡い光が、凄惨な陰影を与えているというのに。
真人にはその顔を、知り得る全ての女の中で一番美しい顔だと感じた。
崇拝に近い感動が、動かぬ真人の体を震わせる。
その顔が。
―――次の瞬間、鮮やかな血の花を咲かせた。
↓
380 :
名無しさん@初回限定:02/08/09 00:30 ID:99+hHShX
>379
(20:05)
ぽとり。ころころころ。
路上に落ち、赤い糸を引いて転がる眼球。
神楽の顔の上部には大きな穴が空いていた。
そこからどぷどぷと血液と髄液があふれ出し、真人の顔を、胸を、赤く染める。
むうと濃密な血の臭いが当たり一面に広がる。
一体何が起きたのだ。
なぜ神楽の額に穴が空いているのだ。
右目は何処へいった?
真人は状況を飲み込もうと、痺れる頭を働かせる。
がさがさ。道路北の茂みが音を立てる。
「苦しめずに逝かせることが出来て良かった。
流石は天才的名探偵の私だ。銃の腕まで天才的だ」
続けて聞こえてきたのは男の声だった。
抑揚があまりなく、飄々とした印象の声だが、どこかくぐもった響きを持っている。
真人は男の言葉に戦慄する。
神楽の額に穴を開けたのは―――神楽を殺したのは、こいつだ。
無防備な彼女を背後から銃で撃ったのだ。
真人の心に、恐怖より先に怒りが走り、その衝動が彼の体に攻撃準備を命じる。
しかし、四肢の筋肉はぴくりとも動かなかった。
辛うじて動かせる顔面に、苦渋の表情が浮かぶ。
「20分近くも呼吸停止していたのだ。
まだ体に酸素は行き渡っていないだろうし、脳の組織もだいぶ死んでいるだろう。
ま、無理して動かそうとしても苦しいだけだ。じっとしていたほうがいいぞ」
こつこつと、男の足音が近づいてくる。
「今まで私は職業柄、嫌になるくらいの数、人を見てきていてな。
その中に自称博愛主義者も沢山いたわけだが、ホンモノに会うのは初めてだったよ。
探偵はすべからく懐疑主義者であるべきで、感情に押し流されては商売にならんのだが、
今回、不覚にも感動というモノを味わってしまった」
男は言葉を続ける。
飄々とした口ぶりが真人の神経に障る。
なにをしゃあしゃあと感動などと口にするのだ。
全く後悔も哀悼の念も感じられないではないか。
「だったら……何故……」
神楽を殺したのだ。
真人の口から、痛切な思いが零れる。
「きみが息を吹き返したからだな」
真人は愕然となる。
俺のせいなのか。
俺を救ったせいで殺されたのか。
「始めはきみだけを殺すつもりだったのだ。
だが、私が君を捕捉する前に、巫女さんときみが出会ってしまってな。
たどり着いた頃には戦いに決着がついていたのだ」
足音が徐々に近づいてくる。
「それでもまあ、きみがそのまま死んでいれば撃つ事はなかった。
落ち込む巫女さんを適当に慰めて、また保健室に連れ帰って、それで終われた。
しかし、きみは息を吹き返してしまった。
君を助けた以上、あの子は必ず君を守ろうとすると推理できる。
きみはきみで『ありがとう』などと言っていたから、
あの子と争う意思を失ったと見て間違いないだろう」
「巫女さんはじきに神人の力を取り戻しそうな気配だったし、きみも私より強い。
そうなると、君から他爆装置を奪うのが困難になる。
どう理由をつけても、他爆装置を欲しがるのは不自然だからな」
男の説明が終わる。
殺される。
真人はくっきりと確信する。
俺が殺されたら、あの神楽の行動は一体何なのか。
あの崇高な想いは無駄になるのか。
それだけは我慢ならない。
男の目的を理解した真人は、指輪を壊すことを決意する。
こんな邪な男に、危険な道具を渡してはならない。
これをどう利用するつもりかはわからないが、決して神楽が望むような使い方はしない。
神楽の死を無駄にさせないためにも、ほんの束の間蘇ったこの命を意味のあるものに
するためにも、この指輪だけは破壊しなくては。
そう思ったからだ。
真人は何とかしてサイフにしまいこんである他爆装置を取り出そうとする。
体は相変わらずピクリとも動かない。
動け、動け、指先。
動け、動け、手首。
しかし、ただの人たる真人の意思は、肉体を凌駕できなかった。
心の内の激しさはまるで表に現れず、植物のように横たわったままだ。
384 :
月下に悪魔が薄く微笑む:02/08/09 23:41 ID:GYa77Sg8
真人の双眸に暗い炎が点る。
神楽に救われる前まで、常に湛えていた炎と同じ色の、狂気が。
真人は心に誓う。
神楽に報いることが何も出来ないのならば。
せめて刻んでやる、胸に。お前の顔を。
どうせお前もこの島で死ぬのだ。
地獄でお前の到着を待ち構え、復讐を果たしてやる。
死を覚悟した真人の顔に、鬼相が宿る。
さあ、もっと近づけ。
お前の小汚いツラを見せろ。
睨みつけてやる。
今持てる気力の全てを目線に込めて、呪ってやる。
こつ、こつ、こつ。
アスファルトに硬く軽い反響音を響かせ、ついに男が真人と接触する。
「それではな」
真人の顔を覗き込み、最後の言葉をかける男。
月を背負い真人を見下ろすその呪うべき相手の顔は、人のものではなかった。
虎の仮面。
「どういう……」
唖然とし言葉を失う真人にくたびれた革靴が伸び、磨り減った踵が喉笛を襲う。
―――ごき。
鬼の形相を浮かべた真人の無念、如何ばかりか。
真人は最後まで、その男の顔を―――
海原琢磨呂の顔を見ることが出来なかった。
↓
【海原琢磨呂】
【現在位置:病院北東】
【所持武器:他爆装置、素早い変な虫 入手】
No.17 神条真人
No.22 紫堂神楽 死亡
――――――――残り20人。
(18:58 洞窟内)
「ン………」
小さく声を上げ、ユリーシャ(No,01)が目を覚ます。
「おう、起きたか?」
彼女を膝に乗せたまま、見下ろすランス(No,02)。
「あ……ランス……様……?」
自分がどこにいるか一瞬分からなかったらしく、きょとんとした顔になるユリーシャ。
だが、やがて寝る直前の記憶が明確になり……慌ててランスの膝から身を離す。
「ご、ごめんなさいランス様!」
「ん?」
「その……ずっとランス様の膝で、私……」
「おう。可愛い寝顔だったぞ、がはは」
ランスの言葉に耳まで赤くなるユリーシャ。
「う〜……そんじゃ、ユリーシャおねえちゃんも起きた事だし、ごはんにしよごはん〜。
アリスもーちょーぜつおなかぎゅーぎゅーだったり〜……」
お腹を抑えつつアリスメンディ(No,34)が言う。
「そうだな。考えてみりゃ朝食ってから何も食っとらん。おいユリーシャ、袋どこだ?」
「は、はい、ここです」
慌てて傍らのディバッグを差し出し、ランスに渡す。
その中身を開け、ランスは小さく舌打ちをした。
「……チッ、残り1日分あるか無いかってトコだな」
どうやら一人あたりに振り分けられている食料は2日分のみらしい。
これもスピーディーな試合進行の為の処置なのだろう。
「(あとの分は自分で探すか……奪うかって事か……)……ん?」
ふと、ランスは自分をうるうると見つめるアリスに気がついた。
「何だアリス?」
「んー、ランス……ごはんちょーだい♪」
「……お前のはどうした?」
「食べちゃった♪」
……ぽかーん!
「いったー!うう、なにゆえに本気で殴るかなー?」
「当たり前だこのアホッ!」
「なんでなんでなんでかなー!?ぷんぷん!しょーがないじゃん!アリスってば
『せーちょーき』なんだから!育ち盛りは食べ盛りだよ!?はいりはいりふれはいりほー
『ハッハー』だよ!?」
変な外人の真似までして言い返すアリスに、ランスの額の青筋が一本増える。
「やかましいっ!第一アリス、魔界を統べる何とかならそのくらい自分で作れッ!!」
「ちょーぜつ無理ッ!あたしお薬しか作った事無いってばー!」
「でええいっ!とにかくお前にやる飯なんぞ……!」
そこまで言いかけ、突然ランスが沈黙した。
動きもぴたりと止め、耳を澄ます。
「……………」
「ラ、ランス……?」
「……何だ、こりゃ……?」
けげんな二人をよそに、ランスはゆっくりと洞窟の外に向かった。
その後を追うアリスとユリーシャ。
外に出る。
まだ日は完全には落ちていないものの、木々に囲まれた洞窟周辺は既に闇夜となっていた。
「どうしたのですか、ランス様……?」
「……変な音がしやがる」
「変な……音?」
小さく頷くランス。
「おいアリス。木の上まで飛んで、東の方を見ろ」
「う〜、おなかぎゅーぎゅーなのにー(ぱたぱた)」
渋々ながら上へ昇ってゆくアリス。
「……どーだ!?何か見えるか!?」
「ちょっと待ってってば!今見え……え?ええ!?えええええ!??」
「何が見えた!?」
「うわ、うわ!おっきな煙がもくもくってなってて光っててなんか黒いのがお空に
向かって飛んでっててぶわーってぶわーって!」
「ええい、さっぱり分からん!」
「だーかーらー!何かが煙をぶわぶわ吐きながらお空に向かって飛んで行ってるんだってばー!」
「……何でしょうか?」
「分からん……が……」
ランスは、自分の女の一人である眼鏡少女の事と、彼女が得意げに見せたある設計図
の事を思い出していた。
煙を吐き、
空よりも高い所にある世界に向かう乗り物。
彼女は『ちゅーりっぷ百号』と呼んでいただろうか?
「……ランスー、アレ、もう消えちゃったよー?」
回想を引き戻したのは、上空からのアリスの声だった。
「あ?……消えた?」
「うん、ずぅぅぅぅぅぅっと高い所まで行って、キラーンって」
「……そうか」
「あ、あの……ランス様、大丈夫なのでしょうか……?」
正体不明の事態に戸惑うユリーシャ。ランスは緊張を解くと、ユリーシャに笑いかけた。
「がはは、大丈夫だ!心配するな!そんじゃ改めて飯に……」
……………?
そこまで言って、再び止まる。
「わ……わわわわわわわわ!?」
同時に上空からアリスの叫びが聞こえた。
「きききてきてきて……ちょちょ、ちょーぜつだいピンチかも!?今のヤツ、今度は
コッチに落ちてきてるよお!結構おっきかったりするかも―――!!」
「なっ……何いいいいいいいい!?」
一度消えていた音が、再び大きくなってきていた。
↓
(20:15)
♪ 何処から見てもスーパーマンじゃない
♪ スペースオペラの主役になれない
♪ 危機一髪も救えない
♪ ご期待通りに現れない……
本来明るいサックスをバックに流れるその歌を、彼は力なく口ずさむ。
目許には自虐の色が浮かんでいる。
エーリヒと星川を失ったとき、彼はその隣室にいた。
遙を失い、神楽と藍が失踪したとき、彼は森の中にいた。
若人を助ける。戦いを止める。
いつだってそう思って行動していた。だのに。
いつだって間に合わない。
今回もそうだ。
魔窟堂は90分ほど前のことを思い出す。
目的地・灯台から飛翔したと思しき銀色の物体を見上げた魔窟堂は、
まりなたちの実験が上手く行ったのだと思っていた。
しかし、実際にたどり着いた灯台は、激しく損壊していた。
室内には大量の血液が飛び散っていた。
触手のかけららしき肉片も転がっていた。
誰もいなかった。
―――彼は、またしても重要な局面に間に合わなかっのだ。
落胆の溜息をつき、魔窟堂は灯台跡を後にした。
♪ 「Help!」もたまに聞こえない
♪ その気になっても間に合わない……
今、魔窟堂は再び東の森の中にいる。
闇の中、一人鬱蒼とした森の中を歩き回っていると、いやがおうにも孤独が実感される。
誰でもいい、見知った誰かを探していた。
誰かの無事な姿を一目でも見たいと切望していた。
そんなおり、風に乗ってきた嗅ぎ慣れた匂いが、魔窟堂信彦の鼻を刺激した。
血の臭い。
今度こそ間に合ってくれ。
その血を流しているのが誰だかわからないが、これ以上、命は散らせない。
先ほどまで彼の胸に宿っていた弱気の虫を払い落とし、魔窟堂はその臭いの元へ向かい走り出す。
嗅覚を研ぎ澄まし、臭いの元へと近づく。
苔むした岩盤に背の高い羊歯が生い茂る地帯を抜け、楢、橡などの広葉樹林に足を向ける。
血の臭いは益々濃い。
慎重に闇の中に目を凝らし、その発生源を探る魔窟堂。
その一角から、か細い声が聞こえてきた。
「肇」
「愛して……」
若い女性の声だ。
「連れて行く」
「……わからない」
かすれたその声は、それきり聞こえなくなった。
「む!!大丈夫か!?」
魔窟堂は木にもたれかかり、足を投げ出している女性を発見し、声をかけた。
スーツにストッキング、ヒールといったいかにもOLといった風情の格好をしている。
篠原秋穂。
魔窟堂の知らない女性だ。
彼女が座り込んでいるのは、ちょうど声が聞こえていたであろう位置だった。
「返事も返せない状況なのじゃな…… しからば御免じゃ」
魔窟堂は女性の手を取り、脈を取ろうとする。
しかし、脈は全く感じられなかった。
腕は冷え切っており、死後硬直も始まっているようだ。
「くっ…… またしても間に合わなんだか!!」
奥歯を噛み締め、嘆息する魔窟堂。
しかし、次の瞬間、彼は気付いた。
だとすると、先ほどの声は何なのだろう。
魔窟堂は頭を振る。
ワシがここに近づくまでの間、物音の一つもしなかった。
この闇の中で、足元の不安定な森の中で、完全に足音と気配を消して移動できる人間がいようか?
いるはずが無い。
ならば、先ほどの声は幻聴か?
それとも―――
魔窟堂は背筋に寒いものを感じ、無意識の動きで肩を払う。
彼女の胸を痛々しく貫く一本の矢。
鏃は胸から突き出ていた。
背後から射られている。
彼女はそれに手を当て、顎を上げたまま憎しみとも悲しみともつかない表情を浮かべていた。
その表情は即死ではないことを物語っていた。
自分が射られ、死に行く自分をを実感しながら、逝ったのだ。
死の直前に、空に向かって祈ったのであろうか。
それとも、自らを射殺した犯人と、最期の会話を交わしたのであろうか。
「苦しかったじゃろうにのぅ……」
魔窟堂は秋穂の体から矢を引き抜き、優しい手の動きで瞑目させる。
それから黙祷。
祈りを終えた魔窟堂は、自分に科された新たな使命を胸に立ち上がる。
『弓矢を持つ者に気をつけろ』
出会う人間にそれを伝えるだけで、今後起こりうる悲劇を未然に防げるかもしれない。
魔窟堂は肺に痛みを感じ、しばし咳き込む。
疲労感が肩にずっしり重く、がくがくと笑う膝には力が入らない。
老いて益々盛んな彼ではあるが、この一昼夜の彼の運動量、精神的疲労は限界に差し掛かっていた。
そのことを経験深い彼は十分認識している。
しかし、この瞬間どこかで誰かが助けを求めて泣いているかもしれない。
今立ち上がらなければ、またしても間に合わなくなるかもしれない。
その思いが、彼の気を逸らせる。
♪ だからといってダメじゃない、ダメじゃない
魔窟堂は自分に言い聞かせるように強くそのフレーズを口ずさみ、森の奥へと分け入る。
↓
>364
(20:30)
広場まひるは畳の上で一人、悶えていた。
犯そうとした高原美奈子が去って後、暫くの間泣き濡れていた彼であったが、
2時間経った今、冷え切っていたはずの体が突如熱を持ち始めたのだ。
熱い。熱い。
身に纏った衣服を剥ぎ取りたくなるほどの熱さであった。
先ほどの夢をリプレイしているかのような熱さであった。
ただ一点、先ほどの夢と違うのは、熱の発生源がペニスではなく背中だということである。
その背中が、異様に膨らんでいた。
ぎし。
めぎ。
もごり。
みち、みち。
肩甲骨が軋み、背筋がねじれ、皮膚が蠢いていた。
その中心に、得体の知れない何かが、もの凄まじい勢いで膨れ上がっている。
それが、まひるの背面を圧迫している。
赤ん坊ほどの大きさまで膨張していた。
しかし、まひるはその壮絶な外見ほどに苦痛を感じていなかった。
むしろ快楽を感じているらしく、まひるは虚ろな目で、肌を上気させ、桜色の唇を半開きにし、
濃度の濃い吐息を悩ましげに吐き出している。
「ぁあああっ!!」
まひるはついに絶頂に達したらしい。
目が大きく見開かれ、爪先が反り返る。
それと同時に、射精するかの如く背中でエネルギーが爆発した。
ばさり。
「いやぁ……」
タカさんにまひるを託されていた堂島薫は、部屋の中から聞こえた悲鳴を聞き逃さなかった。
「おかーたま、どうしたの!?」
薫ちゃんは母を気遣う言葉をかけつつ、室内へと戻る。
そして、驚愕する。
窓から差し込む淡い月の光に照されたまひるの背から、
服を裂き、白く大きな鳥の羽根が一枚生えていた。
まるで神話の世界に迷い込んでしまったかのような幻想的な光景だった。
彼は放心しているのか、焦点の合わぬ目で虚空を見つめている。
「おかー、たま?」
薫ちゃんが恐る恐るまひるを呼ぶ。
その声に我に返ったのか、まひるが薫ちゃんを振り返る。
その瞳が、紫に光っていた。
瞳の中に妖しげな紋様が浮かんでいる。
まひるは、人間ではない。「天使」である。
これは、まりなの調査書にも書かれていない。
彼の正体を知っているのは、まひるの妹として戸籍上記されている
まひるの半身「ひなた」唯一人であり、彼女はそのことを秘したまま、
まひるを人間として過ごさせようと考えていた。
しかし、島じゅうに漂う死の臭いと生きたいと願う心、
そしてなによりタカさんがまひるに与えた快楽が、
まひるの天使としての記憶を―――
本来の性である牡としての記憶を、皮膚感覚から呼び覚ましてしまい、
まひるの天使化は急速に進行させてしまっていた。
そしてそれは、肉体だけの問題ではない。
肉体は元より、まひるの精神もまた、復活を遂げようとする天使に深く蝕まれつつあった。
いや、まひるという人格は、天使にとって三界の仮衣でしかない。
その、まひるであることを失いつつあるまひるが、嬉しそうな顔をして薫ちゃんに手を伸ばす。
「薫ちゃん…… おいしそう」
漁協詰め所から程近い埠頭で、タカさんは海を眺めていた。
背中を無意識に丸めている。
「わりぃわりぃ」
突然、タカさんはシュタっと片手を上げ、明るくそう言った。
「腹減ったから帰ってきたんだよ。いいからメシ作れ」
不機嫌そうに続ける。
こんな感じで、何事も無かったように家族ごっこを再開できないものか。
タカさんはどうやってウチに戻るか、足りない頭でシミュレートしていたのだ。
「できないだろうなァ、多分……」
タカさんは大きくため息をつく。
一般に『悩む』と呼ばれているその状態に、タカさんは初めて陥っていた。
落ち込んでいる、といってもいいかもしれない。
これもまた、タカさんにとって初めての経験である。
まひるは、許してくれるのだろうか。
どう謝ったら許してくれるのだろうか。
やはり鍵はまひるの言っていた「愛」だ。
じゃあ、愛ってなんだよ?
うまいのか、それ?
……冗談じゃねえ。
タカさんはめそめそと考えている自分に毒づく。
人の顔色を窺うような真似は、タカさんの嫌悪するところであったからだ。
やりたい事をやりたい時に、やりたい放題。
そこで非難が来ようと、白眼視されようと、お構いなし。
人は人。
アタシはアタシ。
そのシンプルな割り切りが、彼女の生き方だ。
だから、嫌われることを恐れている自分が、どうにも納得いかなかった。
自分じゃないような気すらした。
しかし、自分を曲げてでも、押し殺してでも、まひるに嫌われることは嫌だった。
冗談じゃねえ。
堂々巡りする思考に啖呵を切り、勢い良く立ち上がるタカさん。
「もーいい。考えてもわかんねえ。無駄だ。こうなったら当たって砕けろだ!!」
タカさんはウチの方向を向きなおし、ダン、ダン、と威勢良く足を踏み出し。
数秒立ち尽くし―――また座り込んだ。
……冗談じゃねえ。ちくしょ。
躊躇。これもまた、タカさんにとって初めての経験だった。
パン!!
そんな彼女のうじうじした心を断ち切るかのように、夜の港に、銃声が響いた。
「ウチの方角だぞ!?」
タカさんは、今度は躊躇なく駆け出す。
一も二も無く漁協詰め所へ駆けつけたタカさんを待っていたのは、
硝煙冷め遣らぬグロック17を頭上に掲げ、腰を抜かしている薫ちゃんと、
今まさに彼に飛び掛らんとする、一匹の中柄な獣だった。
暗くてよく見えないが、大型犬よりやや小さめのその獣はどうやら翼を持っているようだった。
「薫!! 無事か!!」
タカさんは大きく叫び、薫ちゃんを援護すべく走り寄る。
加勢の存在に気付いたその獣は、おもむろに方向を転換すると、
かさかさかさ、四足で姿勢を低くしてタカさんに詰め寄る。
それは走るというより這いずる、といった動きであった。
膝、肘に当たる関節を体とほぼ水平に保つその歩法は、獣というより昆虫に近い。
獣はタカさんとの距離を3Mほどまで詰めたところで、声もなく跳躍した。
喉笛を一直線に食い破ろうという動きだった。
「うおおおおっ!!」
タカさんは獣に向かって腕を振り上げ、迎撃準備。
狙うは、カウンターでのアックスボンバー。
工事で鍛えぬいたタカさんの腕が繰り出す打撃は強烈無比だ。
野良犬程度ならば一撃でその粗首をヘシ折ることが出来る。
タカさんは、この危険な獣にそれを躊躇無くお見舞いするつもりだった。しかし。
「な?」
タカさんは腕を止めた。
飛び掛ってくる獣の顔が、まひるの物だったからだ。
「まひる!?」
その声に獣の動きも止まった。
タカさんは自分の目が信じられなかった。いや、頭か。
まひるが四足で、昆虫のように走り、自分に襲い掛かる。
そのようなことがあるはずが無い。
あってたまるか。
タカさんは目を擦り、再び獣の顔を確認する。
その顔は、やはりまひるのものだった。
「タカ…… さん?」
獣―――まひるの瞳に浮かんでいた紫の光が消える。
変わって、見る見ると潤みを湛える。
「な、あ、えと…… これ、どーゆーこった?」
困惑するタカさんにまひるは一言、
「……ごめんね」
消え入りそうな声で謝意を告げると、素早く身を翻し闇の中へと姿を消す。
たたたたた。四足ではなく、二本の足で。
「ど、どーいうこった!? なにがあった!?
薫!! 説明しろ!!」
焦燥と混乱を怒りで包み、余裕の無い怒声で薫ちゃんに問い質すタカさん。
「ひくっ…… ぐしっ……
お、おかーたまに羽根が生えて…… 目が光って……
えぐっ、薫を食べようとしたの……」
薫ちゃんは泣き崩れながら、なんとかそれだけを口にした。
食べようとしたという薫の言葉に、タカさんは強い衝撃を受ける。
衝撃は震えを伴い、彼女の四肢を駆け抜ける。
タカさんの頭の中から、すでに夕刻の陵辱未遂の一件は消え失せていた。
かといって、何をどう考えているわけでもない。
彼女は混乱の極みに陥っていた。
「怖かったけど、死んじゃうかと思ったけど。
でもおかーたま、ごめんなさいってゆってた。
薫やおとーたまを食べなかった。だから……」
微動だにしないタカさんに向かって、薫が訴えかけるように言葉をかける。
その言葉に我に返ったタカさんは、大きく頷いた。
「そうだな。まひるはまひるだよな。アタシの嫁さんでお前の母ちゃんだ。
ちょっとぐれえケンカしても、すぐに仲直りしなくちゃいけねぇよな。」
タカさんの言葉に、薫ちゃんがひひひと笑う。
「お前は留守番してろ。アタシと入れ違いでまひるが帰ってくるかもしれねぇからな」
「うん! 薫はお留守番する!!」
タカさんはこの頼もしい息子の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「鉄砲もバズーカはお前が持ってろ」
「でも、おとーたま…… 」
「いーんだ。アタシにゃそんなややこしい武器は使えねぇからな。
アタシはこれがあれば十分だ」
タカさんは詰め所の壁に立てかけてあったシャベルを手にとると、
一瞥もせずにまひるが去った方向へと駆け出した。
↓
398 :
覚醒と忘却:02/08/12 01:31 ID:apKO5MYR
【高原美奈子】
【現在位置:漁協詰め所 → 】
【所持武器:シャベル】
【スタンス:まひる追跡】
【堂島薫ちゃん】
【現在位置:漁協詰め所】
【スタンス:留守番】
【所持武器:グロック17(残弾15)、M72A2】
【広場まひる】
【現在位置:漁協詰め所 → 】
【スタンス:誰にも会わずに逃げる】
【能力制限:天使化進行 → 片翼、千里眼。記憶混濁中】
400 :
名無しさん@初回限定: