>>135-137より
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さるにても、もろに侘しいわが心
夜な夜なは、下宿の室に独りゐて
思ひなき、思ひを思ふ 単調の
つまし心の連弾よ……
汽車の笛聞こえもくれば
旅おもひ、幼き日をばおもふなり
いなよいなよ、幼き日をも旅をも思はず
旅とみえ、幼き日とみゆものをのみ……
思ひなき、おもひを思ふわが胸は
閉ざされて、黴生ゆる手匣にこそはさも似たれ
酷薄の、これな寂莫にほとぶなり……
これやこの、慣れしばかりに耐へもする
さびしさこそはせつなけれ、みづからは
それともしらず、ことやうに、たまさかに
ながる涙は、人恋ふる涙のそれにもはやあらず……
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黴(かび 本当は「酉ヘン」に「ツクリ」は「熏」で「酉熏」と書いて「かび」)
手匣(てばこ) 寂莫(しじま)