∇M.ナイト・シャマラン監督作品について語る∇

このエントリーをはてなブックマークに追加
393 ◆Rt8kBQ3uPM
シャマラン監督、とてもいい。好きな監督です。
「サイン」が評判良くないのはわかる。あの映画のテーマは信仰なのだから。
宇宙人の描き方、それと対峙する人々の無知な恐怖、素朴で貧困な想像力、ドタバタ描写は、
聖書に出てくる寓話そのもの。タイトルバックも聖書の表紙ふうだった。
映像の暗いトーンも牧歌的な笑いも、意識して演出されてる。これは聖書の一節なのだと。

何故牧師が信仰を捨てたか。何故また信仰を取り戻すことができたか。
いや、「取り戻した」んではなく、「水」や「妻の残した言葉」など、さまざまな「サイン」が
最後の最後に意味を持つ瞬間、初めて牧師は信仰を持つことができた。
何故彼が聖職者を捨てたか。その理由が最後にやっとわかって泣けました。
すばらしい映画だと思います。そして、彼のすべての映画に同じテーマが流れているのがわかる。

「我々の生にはそれぞれに意味があるのだろうか? 喪失、苦痛、様々な苦難に出会うのは
自分がなすべきことがあり、そこに導くためのサイン(兆候、知らせ)なのではないのか?」

「アンブレーカブル」でその問いに気づいていたのはS.L.ジャクソンが演じたキャラだけ。
シャマランが描くテーマは生きる苦痛とそれを救うであろう宿命。宗教的な悲しい問いかけ。
そしてシャマランの出す答えは「神は神ゆえに何も答えず」。彼の映画はすべてリンクしてる。
異色で、悲しくて、シャマランでしか出せないトーンを持っている。すばらしい監督だと思います。
394名無シネマ@上映中:03/06/02 04:31 ID:TOeVJrw2
世界中でばんばん犠牲者でてるのにまわりの人の死にしか考察が
及ばない信仰心ってどうなん?て気もするけどね
395 ◆Rt8kBQ3uPM :03/06/02 04:37 ID:wYlCPP1D
異性人の描写をみんな茶化してるけど、つい数十年前まで人間はあのくらいしか
異性人への想像力がなかった。昔の少年雑誌に挿絵つきで出てくる宇宙人遭遇話とか
UFO目撃談(だいたいアメリカの片田舎だったりする)、「サイン」に出てくる宇宙人は
メタファーでしかなくて、聖書に出てくる「悪魔」とかモンスターのたぐいだと思えばいい。
古臭い演出で、人間の無知でコミカルなパニックを描くところが、楽しかったけどなあ。

人間は未知のものに対しては愚かでコミカルな反応をするもの。
ミステリーサークルで、宇宙人がいるという妄想に恐怖したりわくわくしたりする。
「サイン」の人々とあまり変わらない原始的な反応をするのじゃないかな。
そして集団ヒステリーを起す。知りえないことが存在するからそこに信仰が生まれる。
しかしその信仰もいつかは恐れを別なものに昇華させるための形骸化された儀式でしかなくなる。
信仰を説く聖職者自らが、神の存在を心のどこかで疑い、儀式のみを伝達しているだけだと
愛する者の死と向かい合って気づいてしまったら…。
「サイン」は深い問いかけに満ちていて、私にはスリリングで優しくて愛情に溢れている映画でした。
396 ◆Rt8kBQ3uPM :03/06/02 04:51 ID:wYlCPP1D
>>394
信仰の一歩は周りの、それも愛する誰かの死から始まるものだろうから。
「サイン」の牧師はローマ法王でもなくしがない田舎町の教養レベルも普通の人。
愛する人を救えなかった瞬間、彼は「神の存在を最初から信じていなかった自分」に
気づいて聖職を去る。妻の残した言葉も啓示とは思えず、ただ死に際のうわ言と思い。
自分の役目は偽りだったと思い…。

それが宇宙人という現代の未知なる恐怖と対峙する時に啓示としてのサインがたくさん
彼に向かって告げられていたことに気づく。野球選手になるという人生をとうの昔に捨てた
弟もまた、啓示によって自分の役割を知る。それは素朴すぎるほど素朴な啓示であり
役割であったけれど、愛するものを救うことができた。生には意味がある。啓示は本物の
啓示だったのだとわかる時、彼らは救われた。

ちなみに私は宗教が苦手なんだけど、それでもシャマランの映画に流れる悲しみとか
優しさ、神の存在を疑いつつも信仰をどこかで求める姿に、泣かされたりするんだよね。
397 ◆Rt8kBQ3uPM :03/06/02 04:52 ID:wYlCPP1D
>>395
あう。「異星人」をずっと「異性人」って書いてました。恥ずかしい…。