ペルソナTRPGイデアルエナジー

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205海棠 美歩 ◇97SsGRff6g:2013/08/10(土) NY:AN:NY.AN T
アウラニイスから放たれた幾条もの光線が水晶ドクロに吸い込まれてゆく。

野中エミコは泣きそうな顔。

「あたし、あのとき、盗み聞きしちゃったの。トーラスさんと須藤さんの話を。
お客さまから力を奪うって話。
でも、あたしは歌いたかったの。
だからずっとずっと迷っていたの。
そんなの嘘っぱちって信じたかったの」

アウラニイスの体が透明になってゆくのに比例して、
野中の瞳も虚ろになってゆく。

「……お願い。海棠さんを止めて。このままじゃあの人、操り人形だもん。
きっと、ジョーカーに騙されてるのよ。
このままじゃ、あたしみたいにもうひとりの自分に飲み込まれちゃう。
人が神様になるなんて、おかしなことなんだから……」

野中の語尾は聞き取り辛くなり、それに追い討ちをかけるかのように警察のパトカーの音が近づいてくる。
須藤は黒マントをひるがえして

「どうやら潮時のようね。それとさっきの質問だけど、
私は健康と引き替えにジョーカー様に忠誠を誓ったのよ。
だから仮面党に逆らうものは容赦なく殺すから。
それじゃ、さよなら」
先程のスサノの問いに答え体育舘をあとにする。
同時にアウラニイスが砂像のように砕け散る。

それを呆然と見ながら海棠は立ち尽くしていた。

【須藤竜子:逃走】
【野中エミコ他多数、影人間と化す】
206スサノ ◆V5QNkCKgUg :2013/08/20(火) NY:AN:NY.AN 0
207スサノ ◆V5QNkCKgUg :2013/08/20(火) NY:AN:NY.AN 0
申し訳ない、間違えた! 避難所はこちらだ
http://774san.sakura.ne.jp/test/read.cgi/hinanjo/1376925354/l50
208神部衣世 ◆IPyOZPMOukv6 :2013/08/29(木) NY:AN:NY.AN 0
>「前口上省略! プリンパ!」

須佐野の峰打ちをくらい野中は倒れ伏した。
衣世は思わず、ぐったりとした彼女の身体を抱き起こす。

>「あたし、あのとき、盗み聞きしちゃったの。トーラスさんと須藤さんの話を。お客さまから力を奪うって話。」
「どうして、なんで、それを私に伝えてくれなかったの……!そうすれば、みんなも貴女こんなことにはならなかった!」
>「でも、あたしは歌いたかったの。だからずっとずっと迷っていたの。そんなの嘘っぱちって信じたかったの」

途切れ途切れの声に、衣世は何も答えられない。
彼女はただ“歌いたかった”。
野中に対し感じていた隔意と絶望が、徐々に悲しみへと移り変わっていく。
(野中エミコ。……あなたはあまりにも。)

あまりにも純粋すぎた。

>「……お願い。海棠さんを止めて。このままじゃあの人、操り人形だもん。
きっと、ジョーカーに騙されてるのよ。このままじゃ、あたしみたいにもうひとりの自分に飲み込まれちゃう。
人が神様になるなんて、おかしなことなんだから……」

独り言のようにそう囁いた後、彼女はゆっくり目を閉じ、動かなくなった。

「そうしたい、そうしたいよ、私だって」

サイレンの音。警察だ。遠くから徐々にこちらへ向かってくる。
遅い。衣世ははばからずに舌打ちした。
後一足早ければ役に立ったものの、今となっては……。
意識を失った野中の身体を丁寧に床へ寝かせ、衣世は立ち上がる。

「私達は、逃げないといけない。……海棠さん、特にあなたは。
いくら眉唾の超常現象と言っても実被害が出てしまったのだから。
 この状態で立っているのは私達だけ、疑われない方がおかしいわ。」

実際、手を下したのもミューズのメンバーであり仮面党なのだから、取調室で自己弁護のしようもない。
そしてそれに加担したのは紛れも無く衣世自身だ。

「本来ならば、私は自首すべきなんだろうね」

舞台から観客席を見下ろせば、数えきれないほどの無秩序な人の群れがある。
ケタケタ笑う者、ぼんやり空中を眺める者、座り込む者、倒れる者。
彼等に共通している意志のない表情。罪悪感に眼を背けたくなる。

「――ただ、今は皆のイデアルエナジーを取り戻すのが先。
牢屋に入って反省大会をするのはそれからでも遅くない。私は頭のお固い国家権力よりも、仮面党を知っているもの」

仮面党は皆から吸い上げたイデアルエナジーを使う。
それまでに水晶髑髏を取り戻さねば、犠牲はこの体育館だけに留まらない。

「私は、人の魂をこんな風に安く道具扱いするジョーカーが許せない」

そう言い放ち、衣世は海棠の目を真っ直ぐ見つめた。
>(……お願い。海棠さんを止めて。) ――野中の最後の言葉を噛み締めながら。

「さっきまでは貴女個人の問題だから深くは追求しなかったけど、こうなってしまった以上ぬるいことは言ってられない。
……貴女だっておかしいって分かってるでしょ。
貴女が仮面党の幹部として私の足止めをしようとするなら、私は、」

アクラシエルが背後で光を増す。

「――私は貴女の敵にだってなるよ。海棠さん」
209スサノ ◆T0eVR7g5H. :2013/08/29(木) NY:AN:NY.AN 0
峰打ちは確かにアウラニイスに叩きこまれた。
後は事態の行く末を息を呑んで見守るのみ。
野中エミコは力が抜けたように大人しくなった。とりあえずは成功――か。

>「わたし、いつも不安なの。でも歌ってるときは安心できるの。
でも、その安心もずっとじゃないでしょ。だから不安なの。
不安で不安でしょうがないの」

「……!」

この少女を黒幕、なんて思った自分の愚かさを思い知る。
寂しさに押しつぶされそうなこの少女は、歌っている時だけは確かに自分はここにいるって感じる事が出来たんだ。
“歌いたい”とても単純でとても純粋ゆえに、何より強いその想いを利用された――
拘束から抜け出したカイドーちゃんが水晶ドクロを構える。

「駄目だ! それを吸い取られたら彼女は……!」

アウラニイスの前に立ちはだかり、両手を広げて首を振る。
しかし無情にもアウラニイスから放たれた光が僕の体をすり抜け、水晶ドクロに吸い込まれていく――

>「あたし、あのとき、盗み聞きしちゃったの。トーラスさんと須藤さんの話を。
お客さまから力を奪うって話。
でも、あたしは歌いたかったの。
だからずっとずっと迷っていたの。
そんなの嘘っぱちって信じたかったの」

「もういい! しっかり!」

次第に瞳が虚ろになっていく野中エミコの体を揺さぶりながら必死に声をかける。

>「……お願い。海棠さんを止めて。このままじゃあの人、操り人形だもん。
きっと、ジョーカーに騙されてるのよ。
このままじゃ、あたしみたいにもうひとりの自分に飲み込まれちゃう。
人が神様になるなんて、おかしなことなんだから……」

「分かった! 分かったから……!」

アウラニイスが砕け散ると同時、糸が切れた操り人形のように野中エミコは気を失った。

>「どうやら潮時のようね。それとさっきの質問だけど、
私は健康と引き替えにジョーカー様に忠誠を誓ったのよ。
だから仮面党に逆らうものは容赦なく殺すから。
それじゃ、さよなら」

「それじゃあ……逆らった瞬間に君は!」

――おそらく、健康を失う事になるのだろう。
人の純粋な願いにつけこむとは何たる卑劣。野中エミコだってそうだ。
一歩間違えたら僕が野中エミコの立場だったのではないだろうか、とさえ思う。
野中エミコは空虚な現実の寂しさを忘れるために歌い、虚構の中の光輝くアイドルになりたいと願った。
正常な思考ができなくなるほどにただ只管に願った。ならば僕は――
周囲の燦々たる状況に気付き、思考を中断する。
目に飛び込んできたのは、魂を奪われた観客達。大変な事になってしまった。
210スサノ ◆T0eVR7g5H. :2013/08/29(木) NY:AN:NY.AN 0
>「本来ならば、私は自首すべきなんだろうね」

「実際どうなんだろうな……。魔法や超能力による殺人が認められた前例は無い……と思う」

イヨカン隊員の呟きにどうこたえていいか分からず、場違いなマジレス。

>「――ただ、今は皆のイデアルエナジーを取り戻すのが先。
牢屋に入って反省大会をするのはそれからでも遅くない。私は頭のお固い国家権力よりも、仮面党を知っているもの」

「少なくともその前に前代未聞のトンデモ裁判があると思うが……暫くお預けだな!」

イヨカン隊員の言葉に大きく頷き、並び立ってカイドーちゃんと向かい合う。
須藤竜子と野中エミコの言葉から分かった事は、ジョーカーは人の願いに付けこむ天才だということ。
カイドーちゃんがこうまでして叶えたい願い、それが分かれば糸口が掴めるかもしれない。

>「さっきまでは貴女個人の問題だから深くは追求しなかったけど、こうなってしまった以上ぬるいことは言ってられない。
……貴女だっておかしいって分かってるでしょ。
貴女が仮面党の幹部として私の足止めをしようとするなら、私は、」
>「――私は貴女の敵にだってなるよ。海棠さん」

強気に攻めるイヨカン隊員。ならば僕は――逃げ道を提示する役だ。

「カイドーちゃん、奴は人の願いに付けこむ天才だ。須藤竜子は健康を人質に取られて逆らえない。
野中エミコは甘言に乗せられ心の影に乗っ取られて正常な思考が出来なくなっていたんだ。
でも……君は違う。健康な体を持っているし今はまだ心の影に乗っ取られてもいない。
君の願いは何? こうまでして叶えたい願いは何?
教えてくれれば……力になれるかもしれない。 そうすればジョーカーにすがらなくたっていいだろう!」
211海棠 美穂 ◇VcwhPOLs3Jya:2013/09/09(月) 00:47:03.40 0
>「――私は貴女の敵にだってなるよ。海棠さん」

神部の強い意志を孕んだ瞳に、海棠は思わず見つめ返してしまう。
内気な海棠なら普段は反らしてしまうはずの他人の目をだ。
それにしても神部はなんて悲しい目をしているのだろう。
海棠の心が痛む。

そう、痛む。

痛む故に、海棠はやっと気がついた。
神部との間には、仲間意識が芽生えていたということに…。

(だから、私はそれをぬぐい去るために…)

視線を落とした瞳に映るのは、人形のようにぐったりとしている野中エミコの姿。
次に須佐野の爪先。

>「カイドーちゃん、奴は人の願いに付けこむ天才だ。(略)
そうすればジョーカーにすがらなくたっていいだろう!」

須佐野の必死の説得にも、海棠は落ち着いた様子だ。

「……私は、ジョーカーにすがってなんてません。
願い事だってありませんでした。こんな世界で叶えたいことなんてなかったから…。
だからジョーカーをバカにするかのように言ったんです。
私に願い事なんてない。ただこの世界が、終わるところを見ていたいって。
これはきっと、能天気で挫折を知らない貴女にはわからない気持ちでしょう。
でもジョーカーは、悲しそうな仕草を私に見せてくれました。だから……」

――アクアダイン!

水の気が迸る。水流が、水の壁が神部に向かって押し寄せる。
もしも神部がまともにこれを受けたら、水流に流され足止めをくらい
警察に捕まってしまうことだろう。
そして須佐野は神部を見捨てない。
二人が仲良く警察の取り調べを受けている数日間の間に、インラケチは成就するのだ。

「神部さん。貴女に私は止められない。仮面党の野望も、何もかも…」
212神部衣世 ◆IPyOZPMOukv6 :2013/09/16(月) 20:40:24.55 0
>「神部さん。貴女に私は止められない。仮面党の野望も、何もかも…」

衣世はアクアダインを正面からまともにくらった。
しかし、強力な敵を一掃できるだけの力を有するはずのそれを受けたにも関わらず、衣世の体は傷一つ負わなかった。
彼女には確かにあったのだ。衣世へ攻撃を向けることへの躊躇いが。
(私はその“躊躇い”を彼女の叫ぶ助けの声だと信じる)
濁流に飲みこまれる間際、衣世は須佐野に向かって叫んだ。

「海棠さんを追って!」

遠い距離と激しい水音にも関わらず、衣世の声はすんなりと須佐野に届いているようだ。
ペルソナ同士が何らかの形で二人間の意思伝達補助の役割を担っているのだ、と衣世は推察する。

「私に考えがあります。あまり上策とは言えないけど、警察の目をかい潜る方法が1つだけ…!」

床に倒れ伏す野中が溺れぬよう、衣世は彼女を背負った。
体勢を崩させない為に、濁流に沿う形を取りながらじりじりと壁に近づき身を寄せる。

「後から絶対に追いかける、だから行って……美帆さんを追うことができるのは、命さん、貴女だけです!」

 元より衣世は足が遅く体力もないのだ。無理に二人で行くとすれば確実に須佐野の足手まといになるだろう。
いくら超常と言えどペルソナの力も有限。どうやら水高は、太ももから上まではあがってこないようだ。
しかし海棠がいる場所からかなり流されてしまった上に水流を遡るのは至難の業である。
背中に負っている野中エミコの体が重い、けれどその分暖かくもある。
衣世は彼女に向かってつぶやいた。

「野中さん、待っててね…。貴女のお願い、ちゃんと叶えるから。――命さんと私で、絶対」

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

さて、濁流が引いた後、代わりに場を制するのは煩わしいサイレンの音だ。
体育館は一見して死屍累々、立っている者は衣世だけ。自他共認める怪しい黒幕候補である。
唐突に、衣世は父の顔を思い浮かべる。
連日の仕事漬けでこの頃はまともに話せていなかったが、下手をすると今日にでも再会できるかも知れない。
――取り調べ室の机を挟んで、という嫌な制限付きで。
父を筆頭に複数人の大人を騙しきる才などなく。ならば衣世が取れる行動は限られている。
 木を隠すなら森の中。では人を隠すなら?答えは簡単。
衣世は舞台を降り、学生が折り重なって倒れている場所近くで適当に仰向けに転がった。

「アクラシエル、“タルンダ”お願い。」

『タルンダ』は精神に作用を及ぼすスキル。
当たりどころが悪ければ、外傷なしに昏睡状態に陥らせることすら可能だ。
気配で分かる。アクラシエルはかなり渋っている。衣世はそれに構わず続けた。

「当てる相手は、……いい?――わたしよ」
213スサノ ◆T0eVR7g5H. :2013/09/19(木) 23:54:35.90 0
>「……私は、ジョーカーにすがってなんてません。
願い事だってありませんでした。こんな世界で叶えたいことなんてなかったから…。
だからジョーカーをバカにするかのように言ったんです。
私に願い事なんてない。ただこの世界が、終わるところを見ていたいって。
これはきっと、能天気で挫折を知らない貴女にはわからない気持ちでしょう。
でもジョーカーは、悲しそうな仕草を私に見せてくれました。だから……」

「”世界が終わるところを見ていたい”それが……君の願い……」

なんて悲しい願いなんだろう。
逆説的だが世界に強い憎しみを抱いて世界を滅ぼしたいと願っている方が、まだある意味生きる原動力を持っているとも言える。
何か言わなければ。この世界は生きるに値するって、生きる事は素晴らしいって言ってあげなきゃ。
でも……何を根拠に? 根拠なんて無いけど理由ならあるかもしれない。
そう思ってないと闇に引きずり込まれてしまうからではないのか? ペルソナが心の投影だとしたら、僕の心の奥底には、底知れぬ闇が――

>「神部さん。貴女に私は止められない。仮面党の野望も、何もかも…」

「イヨカン隊員危ない……!」

まるで自ら立ちふさがるかのように、アクアダインをくらい流されていくイヨカン隊員。
激しい水音の中で、イヨカン隊員の声が確かに聞こえる。

>「海棠さんを追って!」
>「私に考えがあります。あまり上策とは言えないけど、警察の目をかい潜る方法が1つだけ…!」

「何を……!」

>「後から絶対に追いかける、だから行って……美帆さんを追うことができるのは、命さん、貴女だけです!」

「信じて……いいんだな!? ――君は最高の探検部員だ、だから信じる!」

イヨカン隊員の言う通り、水のペルソナを駆るカイドーちゃんと組するには、海神としての属性を持つスサノオが適しているだろう。
美しき海原の女王を従えたカイドーちゃんと再び対峙する。

「能天気で挫折を知らない、そう見えるか。自分でもそう思う。でも残念ながらそうじゃないみたいなんだよな……」

ペルソナは深層心理の投影。だとすれば僕の本質には、抗えぬ破滅への衝動があるのだ。
何故なら、スサノオは海神であると同時に冥界神。
気付いていないわけじゃなかった、気付かぬはずはなかった――スサノオが人を即死に至らしめる事の出来る力を秘めている事。
その力事態もさることながら、それが自分の一面だなんて恐ろし過ぎて、目を背けて気付かぬ振りをしてきたのだ。

「世界が終わるのを見たいと言ったな……。僕のペルソナならすぐに叶えてあげられる。
自分が死んでしまえば自分にとっては世界が終わるのと等しい事なのだから……。
言葉で分かり合えないなら……人格《ペルソナ》同士で語り合えばいい!
死にたくなければ君の人格《ペルソナ》で抗ってみせろ――ムド!」

賭けに出る。抗ってくれると半ば確信しつつ、もう半分はどうか抗ってくれと願いながら。
もちろん抗う素振りを見せない時は寸止めするつもりだが、そうなってはもう打つ手がない。
それは一撃必殺の構え――大剣がカイドーちゃんの命を刈り取らんと迫る!
214海棠 美帆 ◇GiRbJTu4qI:2013/09/23(月) 20:04:34.84 0
体育館から抜け出し校舎の裏に出た海棠は
しばらく走ったあと、歩きはじめた。
少し呼吸は乱れているものの、中学生の頃よりも長く走れたような気がする。
これも水泳をはじめた結果なのか。そう思うと苦笑がこぼれた。

そしてここまで来たらもう大丈夫と安堵しつつ
後ろを振り返り驚愕する。
なんとそこにはスサノがいたからだ。
きっと神部がよこしたのだ。
神部の仮面党の野望を阻止するという意志は本物らしい。

>死にたくなければ君の人格《ペルソナ》で抗ってみせ ろ――ムド!」

突如スサノの大剣が迫る。
それでも海棠は虚ろな目で立ち尽くしたまま。
だがその切っ先がその身を貫かんかと思われた刹那、少女の体は宙に舞った。

そう、海棠はアクアの水流ジェットで跳躍したのだ。

「……死に場所くらい選ばせてよ」
海棠の目の色が変わる。
あの夏、プールの中で味わった
何処までも広がってゆくような感覚を思い出す。
今の海棠には、水を自在に操れるような気持ちがした。
スカートを手で押さえながら着地すると一呼吸おいて、スサノを見据える。

あろうことか、この女は自分を殺そうとした。それを恐ろしく思う。
まさか大剣を寸止めしようとしていたことなど知るよしもなく
海棠のスサノに対する軽蔑の色は深くなる。

夢見がちな人に多い浮き世離れした感覚。
理由も考えず、己が悪行と認識したことへの容赦ない鉄槌。
このスサノミコトという女は、自分が正しいと思ったことを
何処までも信じて、真っ直ぐに貫くことの出来る人種なのだ。
それは仮面党にとって、もっとも厄介な人間だろう。

「……わたし、スサノさんの苦しむ顔を見てみたいって思いました。
その理由、貴女にはわかりますか?」
そう言って海棠はペルソナの指先から水流を放つ。
215スサノ ◆V5QNkCKgUg :2013/09/25(水) 23:21:43.57 0
大剣の切っ先が迫ってもカイドーちゃん自身は動く気配はない。
しかし、彼女のペルソナの躍動を確かに感じた。
刹那、水圧で宙に舞いあがり大剣をかわす。
水を自在に操り舞うその姿は、まさに海原の姫君だ。

>「……わたし、スサノさんの苦しむ顔を見てみたいって思いました。
その理由、貴女にはわかりますか?」

ひとまず今の所狙い通りの反応。
他人の苦しむ顔を見たいなんて決して前向きな願いではないけれど
それでも世界が終わるのを見てみたいよりは大分いい。
奇しくも、同じ水属性を持つ海神対決。
相手が水流を放ってくるのに応えるようにこちらも水流を放つ。

「さあ、完全に分かるはずなんてない。……でも嫌いという事は確かだろうな。
知ってるか? 人が誰かを嫌いになるよくある理由のうちの一つが、自分の似姿だ――」

ぶつかりあい拮抗する激流。
双方ともペルソナが水の海神なので当たっても死ぬ事は無いだろうが、気を抜けば押し流される。
押し流された方が負けだ。

「……昔僕もいじめられてたんだ。それで父上から月光館を勧められた。
偏差値は高いけどそれだけの価値のある、どんな個性だって存在を認められる校風だって……
それからもう猛勉強したよ。あの校庭の隅の探検部はそうやって勝ち取った居場所だ。
だから世界が終わるのを見たいなんて理由で潰されちゃあ困る!」

世界と非公式の部活を天秤にかけるなんてギャグにしか聞こえないが
よくありがちな少年漫画だって主人公達が世界を守りたい理由なんて実も蓋も無く言えばそんなもんじゃないだろうか。
取るに足らない事に抗ってほんの小さな居場所を掴んだ僕と、全てを受け入れて世界の終わりを望んだカイドーちゃん。
高天原を追放された後に地上で豊穣の姫君を救い英雄となったスサノオと
深い水底から出る事も地上の光景を見るのを願う事すらなく、訪れた者を甘い誘惑に陥れ甘美な破滅へと導くオトヒメ。
道はそこで決定的に分かたれた……と思っていいのだろうか。
否。スサノオの神話にはまだ続きがあり、最終的にスサノオは冥界の神となっているのである。
もしも僕もまた神話と同じ道を辿るとしたら……

幾度となく激流をぶつけあう。
そうしているうちに、カイドーちゃんの方が世界の真理のようなものを見ていて
僕の方がくだらないちっぽけな事にこだわっているように思えてくる。
もしかしてこの世界は、一度滅びた方がいいのだろうか――

「どこまで知ってるんだ? 奴らはどうして世界を滅ぼそうとする? 世界が終わった先には何が……」

その言葉を最後まで言う事はできなかった。
ほんの少し意志が揺らいだ瞬間、拮抗を保っていた水流が押し負ける。
あっと思った瞬間、大量の水が覆いかぶさってくる。
普通なら流された後に水が引くはずだが、いつまでたっても水が引かない。
この時校内の池に落ちていた事は後に知る事になったのだが……とっさの事で訳が分からず意識が遠のいていく。

(もう、駄目なのか……? ごめん、ごめんよイヨカン隊員……)

そんな時、見えてきたのは羽が生えた光輝く人型、まるで前衛的絵画のような”天使”……。
意識が朦朧としている時特有の幻を見ているのか、どう見てもイヨカン隊員のペルソナだった。
216神部衣世 ◇IPyOZPMOukv6:2013/10/11(金) 23:32:26.69 0
――タルンダ。

手足に掛かる重圧、酩酊感、三半規管が渦を巻く。
くらり、くらくら 膝を突く。
そのまま床にうつ伏せると 頬に冷たく硬い感触。
それも徐々に消える刺激、衣世は暖かい泥に意識を委ねる。

(眼が醒めたら病院か、な。…みんな、お願いだから、無事でいて。
美帆さん、お願いだから無茶は、止め、て。
……あ、あぁ。眠い、もうなにも…考えら……ない、……みこと……さ)

アクラシエルもまた、その輝きを鈍らせシルエットを薄める。
時を置かずして体育館の扉が開いた。通報を受けた警察が到着したのである。

局所的に水浸しのフロアと、折り重なるように倒れる生徒達、教師達を見、
彼らは立ちすくんだ。
「何をぼさっとしてる、早く、早く救急車を呼ぶんだ!意識のある人間を探せ…!」
一拍置き我に返った幾人かが本来の役割を思い出した。慌ただしい雑音が館にこだまする。
しかし、衣世がそれを認識することはなかった。


意識の冥界にたゆたう。現実と意識の境界が曖昧な。朝靄に溶ける夢のような。
暗くも明るくもなく、白くも黒くもない、目を閉じると視える瞼の裏の世界に、衣世は漂う。

(病院で死を待っていたころの私はベッドの中で常に考え事をしていた。
人の心は大きな根であり、深く深く、地中の奥底で1つに繋がっているのではないかと)

ここでは体という殻がない。
心を守る器を無くし、文字通り『心許ない』状態であると同時に、
自我と非我の間に隔てられている障壁もまた、無い。
意識はより自在に、より遠くへかけめぐる。
217神部衣世 ◇IPyOZPMOukv6:2013/10/11(金) 23:33:17.86 0
(自分のペルソナに仕込まれた”タルンダ”で意識を飛ばすだなんて……
警察の目をかいくぐらなきゃいけないとはいえ‥…。
 きっと体育館の床に、間抜けな私の殻が横たわっている)

思考は泳ぐ。

(命さんは美帆さんをちゃんと止められただろうか。
彼女達は今どこへいるのだろうか。
私は野中エミコの最後の願いを叶えられるのだろうか)

ふいに水の音が聞こえた。川の流れと海の波音がぶつかり合う音。
――違う。あれは。
足下から泡沫が浮き上がり、耳元で弾けた。

>(「……わたし、スサノさんの苦しむ顔を見てみたいって思いました。
その理由、貴女にはわかりますか?」)

これは海棠の声。続いてもう一つの泡が弾ける。

>(「どこまで知ってるんだ? 奴らはどうして世界を滅ぼそうとする? 世界が終わった先には何が……」)

須佐野の声。どうやら間に合ったようだ。衣世はひとまず安堵した。
けれど。
次に来た泡はおびただしい数だった。無数の小さい泡が舞い上がる。衣世は圧倒された。
細かな空気の群れは形を変え続け、やがて一枚のスクリーンとなる。
 青みがかった少女二人のシルエットが映った。
振り上げられた海棠の手と、それに追随するオトヒメの袖と、水流と。
次の瞬間、あっけなく須佐野が流されてしまった。
スクリーンの泡から光が消えたと同時に、須佐実物がこちらへ落ちてきた。
 しかし衣世の意識はうろたえなかった。

(命さん、命さん。…ねえ、スサノ隊長。池の中を探検する時はシュノーケルくらいつけなきゃあ)
アクラシエルが優しい光の糸を紡ぐ。
”パトラ”……須佐野が陥ってる意識混迷という『異常』を回復させる。
続いて”ハンマ”。 その光鎖は水中から地上へ伸びる。
本来は攻撃手段であるはずのこのスキルが、
使いならすことによってあらゆる用途に応用出来るようだ。
海棠の元へ戻るのであれば、この直線を辿ると良いだろう。

(私の体はここにありませんけど、私の意識とペルソナは貴女と共にある。
……今度は一人にさせないよ、一緒に美帆さんを止めましょう)
218海棠 美帆 ◇GiRbJTu4qI:2013/10/14(月) 21:52:29.55 0
(自分の似姿?)
ずいぶんと古典的なことを言うと海棠は思った。
それに的外れとも。現実を知らないインテリが
本の知識だけで物事を判別するような感覚に似ていると思った。

(ばーか。私と貴女なんて、ぜんぜん似てないじゃん)
そう思った矢先、スサノはかつて苛められていたことを独白。
続けて努力して月光館学園に入ったこと。
そこで新しい部活を創設したこと。
つまりは自分の居場所を掴みとったことをべらべらと語った。

(……なるほどね)
海棠はわかった気がした。スサノのことを嫌いな理由が。
今までは何もかもを最初から手に入れているお気楽な人と思っていた。
でも本当はちがう。
スサノは失いかけたものを自身の力で掴みとったのだ。

海棠は奥歯を噛み締める。
悔しい。妬ましい。
スサノのようにそんな真っ直ぐな気持ちを、自分も何時までも持っていられたら。

「……この世界は、私の居場所なんて用意してくれなかった。
それならこんな世界、いらないじゃないっ!」
心の奥底から溢れだすほの暗い感情。
濁流と化した水の気はとどまることを知らない。

本来なら緩やかに、溶けてゆくように
破滅へと埋没してゆくだけのはずだった。
その先には今見ている世界はなく、
ただ違う現実があるだけのはずだった。
きっとそこが、自分の新しい居場所になる、そう信じていた。
219海棠 美帆 ◇GiRbJTu4qI:2013/10/14(月) 21:53:27.22 0
海棠のペルソナ「オトヒメ」の水撃によって、スサノミコトの体は宙に舞い池に落下。
小さな水柱をあげたあと水面に波紋を作り上げる。

それを海棠は呼吸を乱しながら虚ろな目で凝視していた。
頭に浮かんでくるのは影人間となった野中と春日高校の生徒たちのこと。
そして水撃で吹き飛ばした神部のこと。
彼女たちに対しての罪悪感はあったがそうしなければ自分は今の自分のまま。
何も変わりようがなければ、それはまるで、死んだまま生きてゆくようなことだ。
スサノが言っていた「自分が消えたら世界も消える」と
海棠の「世界が終わるのを、じっと見ていたい」はイコールではないのだ。
海棠は、かぶりをふって迷いを払おうとする。

そんななか、目に飛び込んできたものは池のなかの光。続けて光鎖。
それはオトヒメの右手に巻き付き離れない。

「……アクラシエル?神部伊世?どうしてここに」
なんとそれは錯覚ではなかった。
無意識の海を経由し空間を越えて現れた天使の意識。

「……もう。邪魔をしないで。
私は世界の終わりを、ジョーカーと一緒に見ていたいんです。
きっとそこが、私の唯一の居場所になるんですから」
オトヒメは右手に巻き付いた光鎖をほどかんとする。
が、ほどくこともままならず、次の瞬間に見たものは複数の人影だった。
220海棠 美帆 ◇GiRbJTu4qI:2013/10/14(月) 21:54:27.86 0
彼等は戦隊ヒーローのような出で立ちで
その顔はフルフェイスで覆われており
様々な武装をしていた。
きびきびとした動きにはまるで無駄というものがなく
いわゆる人間らしさというものがない。

彼等は怪事件が多発するこの街に、須藤龍蔵の財力によって新設された特殊部隊だった。

「前方にペルソナ反応あり」

「直ちに無力化せよ」

特殊部隊の一人が海棠のいる池に向かって、魔力の帯びた宝石を投擲する。
その宝石はジオンガジェム。
雷の力を秘めており、発動されれば辺りに電撃の効果を発揮することだろう。
221スサノ ◆T0eVR7g5H. :2013/10/19(土) 01:13:50.54 0
>(命さん、命さん。…ねえ、スサノ隊長。池の中を探検する時はシュノーケルくらいつけなきゃあ)

優しい声が聞こえる。
イヨカン隊員の声が頭の中に直接響いてくる。
幻聴、と言ってしまえばそれまでだが、集合的無意識、という言葉をおぼろげに思い出す。
全ての人々の意識――もしかしたら人以外の魂も繋がる広大な海、神話の源泉。
お互いに意識混濁している今、無意識の連結のラインが出来ているのかもしれない。
いや、普段は肉体の枷に捕らわれて気付かないけど……本当は誰とでもいつだって繋がれるのかもしれない。
優しい光の糸に包まれる。
意識にかかった靄が晴れたような感覚。
これは気のせいなんかじゃない。
ペルソナは深層心理の投影――だとしたら、天使のペルソナを従えるイヨカン隊員は全き光なんだ。

>(私の体はここにありませんけど、私の意識とペルソナは貴女と共にある。
……今度は一人にさせないよ、一緒に美帆さんを止めましょう)

光の鎖を辿り、地上へ――
天界(一般的学校社会)を追放された問題児は豊穣の姫君(櫛稲田姫子)に導かれ(そそのかされ)英雄(ある意味)となった。
しかしまたしても闇堕ちしかけた英雄は――今度は天使に導かれ……
やっぱりヒーローにはヒロインがいないとダメダメなのだ。
そして守られ系ヒロインは今は昔、後方支援系ヒロインを経て今や一緒に戦う系ヒロインが花形なのである!

(好奇心旺盛な天使と、光に憧れる問題児か――今更だけど僕達いいコンビだよな)

水面から飛び出て、そのまま大上段に剣を振り上げる。
そこには、光鎖に拘束されたカイドーちゃんとオトヒメがいた。

「真面目に考え込んでそうなるなら、いっそ馬鹿になってしまえばいい! ――プリンパ!」

僕はカイドーちゃんに、スサノオはオトヒメに。殺傷能力の無い、相手を混乱に陥れる技をクリーンヒットさせる。
きっとカイドーちゃんは考え過ぎなのだ。
この世界で生きている意味なんて、考えたってきっと誰にも分からない。
拘束されたままのカイドーちゃんに語りかける。

「居場所ならある! 探検部はいつだって大歓迎だ!
僕だってこの世界に意味があるのかなんて分かりゃしない。でも生まれてしまったもんは楽しまなきゃ損だろう!
一緒に馬鹿な事して、くだらない事で笑って……悲しい顔してきた今までの分も、たくさん……」

突然光の拘束が消える。まるでそうしなければいけない状況が起こったかのように。
その予感に従い神経を張り巡らせると……

>「前方にペルソナ反応あり」
>「直ちに無力化せよ」

怪しげな人物が、さっき僕が出てきたばかりの池に向かって何かを投げるのが見えた。

「……お喋りしてる場合じゃないみたいだ!」

地面に水流を発射し跳躍、カイドーちゃんを抱えるようにして池から離れる。
222神部衣世 ◇IPyOZPMOukv6:2013/10/27(日) 23:42:01.40 0
>(好奇心旺盛な天使と、光に憧れる問題児か――今更だけど僕達いいコンビだよな)
須佐野の声に衣世はにやっと笑う。
(命さんったら問題児って意識はあったんだ。でも、問題児のその方が相方としては面白いです。100点満点)

二人は糸を辿って水から浮かび上がった。
もちろん水面を波立たせるのは須佐野一人分のみだった。
日の光の元に立つとより顕著に認識できる。今の自分は幽鬼そのものだ。
利き手をかざせば薄ぼんやりと背景が透けて見え、声は出せない。
その代わり伝えたいことは考えればそのまま相手に理解させてしまえるようだった。
海棠が衣世の登場に呆気にとられ、中々対応に困っているところを見て、衣世は感慨深く思った。
17年という短い半生にして2回も幽体離脱を経験してしまったのだな、と。

>「……もう。邪魔をしないで。
私は世界の終わりを、ジョーカーと一緒に見ていたいんです。
きっとそこが、私の唯一の居場所になるんですから」

海棠の言い放った言葉に、衣世は俯いた。彼女の意思は固い。

>「居場所ならある! 探検部はいつだって大歓迎だ!
僕だってこの世界に意味があるのかなんて分かりゃしない。でも生まれてしまったもんは楽しまなきゃ損だろう!
一緒に馬鹿な事して、くだらない事で笑って……悲しい顔してきた今までの分も、たくさん……」

悲しい顔と聞いて、衣世は海棠に伝えねばらなぬ事を思い出す。

(野中さんが影人間に成り果てる前、私達に言った事があるの)

その口からポツリとこぼれるのは、雨の雫のような小さな言霊だった。

(あの子は仮面党の駒になって、助けられもせず、使い捨てられた。
その事実を知りながらも 彼らを怨まなかったし、自分の悲劇を嘆かなかった。
……ただ、あなたを最後まで心配していた。海棠さんを助けてって、言って、気を失ったよ。
そしてもう二度と……歌う事も、踊る事も……考える事もできなくなった)

野中エミコの居場所は、カイドウの隣だったのだ。
でもその逆は――カイドウの居場所は、野中エミコの隣ではなかった。
しかし衣世はこうも思った。もし野中エミコの海棠を思いやる気持ちが、本人に伝わっていれば、
今のような悲劇は起こらなかったのではないか。

(自分の居場所はジョーカーの隣だけって美帆さんは言ったけど…けど、
きっと今までだって居場所は作れていたと思う。…あなたが気づいてないだけで)

私の絵を褒めてくれた時。廃工場で皆とシャドウを倒した時。私の傷を治してくれた時。
ならば今度こそ、私は気づかせてあげたい。

(私はあなたと友達になりたかった。けれど美帆さんはそのチャンスすらくれない……
お願いだ、海棠美帆。少しだけ私達を信じてください)

衣世は海棠に透明がかった手を伸ばし、そっと触れようとした。
なのに。
223神部衣世 ◇IPyOZPMOukv6:2013/10/27(日) 23:43:11.03 0
>「前方にペルソナ反応あり」
>「直ちに無力化せよ」

”ジオンガ” その雷は池を襲った。
衣世の背後に控えていたアクラシエルは咄嗟に双翼を広げてシールドを作る。
実体が無いのだからダメージだって通らない、などと話が上手くいくわけでもなく。
ペルソナが追撃に対して構えを取る中、衣世は彼にそっと命じた。
「次は守らなくてもいい。その代わり美帆さんに”パトラ”よ」
須佐野の”プリンバ”が効いてる内は、あの集団には対抗できまい。
またしてもアクラシエルは躊躇っている。けれど最終的には否と言えないことを衣世は知っている。

二つ目のジオンガジェムが池に投げられたのと、アクラシエルの”パトラ”が発動したのは同時だった。

■ ■ ■ ■ ■ 

体育館裏には幾台もの救急車が停車していた。
意識はないものの促されると歩行可能の生徒もいた為、救助活動は比較的にスムーズに進行している。
衣世の身体は担架の上に乗せられており、複数名の救急隊員がそれを車内に運び込む直前であった。
常人には不可視の光線が衣世を貫いた。
 突然、AEDで電気ショックを与えられた心配停止患者みたいにその体がもんどりうった。
衣世を囲んでいた隊員はその衝撃にたじろく。
さらにその身体がベッドから転がり落ち、弱々しく立ち上がろうとしているのを見て、彼らは激しく動揺した。

「大丈夫か!……何が起こったんだ、重体患者の意識が戻ってる!?」
「う、裏の……池へ行って、女の子が、二人、お、おそわれ、てる……」
224スサノ ◆T0eVR7g5H. :2013/11/04(月) 22:46:00.66 0
スサノオによって、海棠にプリンパがかけられた。
だから海棠は混濁した意識でスサノの言葉を聞くことになる。

>「居場所ならある! 探検部はいつだって大歓迎だ!
僕だってこの世界に意味があるのかなんて分かりゃしない。
でも生まれてしまったもんは楽しまなきゃ損だろう!
一緒に馬鹿な事して、くだらない事で笑って……
悲しい顔してきた今までの分も、たくさん……」

その言葉は昔、海棠が夢見ていたことだった。
でも今は捨ててしまった言葉。
それを大嫌いなスサノミコトが語っている。

ゆえに海棠は思う。
苦しみを与える世界を憎むことが、果たして悪いことなのだろうか。
かごのなかの小鳥は逃げることを考えるよりも、死ぬまで餌に困らないことを幸せ
と思って、ただ盲目的に生きてゆくべきなのか。
混濁の渦へと埋没してゆく憎悪が、自身の存在を認めぬものたちへの怒りへと変わってゆく。

が、その時だった。神部の意識が流れ込んで来たのは…。

>(あの子は仮面党の駒になって、助けられもせず、使い捨てられた。
その事実を知りながらも彼らを怨まなかったし、自分の悲劇を嘆かなかった。
……ただ、あなたを最後まで心配していた。海棠さんを助けてっ て、言って、気を失ったよ。
そしてもう二度と……歌う事も、踊る事も……考える事もできなくなった)

神部は野中エミコの最後の言葉と一緒に
自分たちを信じて欲しいと、その手を差し出していた。

「……エミコ」
海棠の脳裏に、エミコとの思い出が蘇る。
一緒にお弁当を食べたこと。
いつも子犬のようにあとを着いてきてうざかったこと。
チョコレートの匂いのする消しゴムをプレゼントしたら使わないでいつまでも大切に持っていたこと。
それなのに自分はエミコのことを心の何処かでバカにしていた。
友達と認めていなかった。
それはエミコもいじめられっ子だったからだ。
クラスメイトたちに拒絶されていたから海棠さえもエミコを拒絶していた。
他の子と同じようにランク付けして下にみていた。

それなのにエミコは海棠を慕ってくれていた。
こんな最低な自分なのに。

(ごめんね……エミコ……)
後悔しても、エミコはすでに影人間になってしまっている。
自分が変わるために、すべてのことを振り切るために、
仮面党として生きることを決心した結果がこんなふうになってしまうなんて
これほど悲しいことはない。
225◇GiRbJTu4qI:2013/11/04(月) 22:47:22.55 0
さらに神部の言葉は続く。

>(自分の居場所はジョーカーの隣だけって美帆さんは言ったけど…けど、 きっと今までだって居場所は作れていたと思う。…あなたが気づいてないだけで)

それを聞いた海棠はうつむき沈思。
否、それは気付いていなかったわけではなく、認めていなかったのだ。
認めることが怖くて逃げていたのだ。

自分は暗い人間。
面白いことも言えないし、運動も苦手。
誰かに好かれるわけなんてないと逃げていたのだ。

>(私はあなたと友達になりたかった。けれど美帆さんはそのチャンスすらくれない…… お願いだ、海棠美帆。少しだけ私達を信じてください)

そう、今まで海棠は逃げていた。
だから何事にも真正面から立ち向かうスサノを嫌悪していたし
嫉妬していたのだ。

(私は、許されるものなら、エミコと一緒に、もう一度笑いあいたい。
だから、だからエミコ…。私に勇気をちょうだい)

海棠は神部の手に触れようとする。
これからはできるだけ逃げないようにする。そう誓った瞬間だった。

>「……お喋りしてる場合じゃないみたいだ!」

刹那、凄まじい電撃が迸る。
池の中のアクラシエル、つまり神部は無事なのだろうか。

(逃げて!)
そう叫びたかったものの海棠は混乱していてうまく声がでない。
だがその時、浄化の光が海棠を包み込む。
それはアクラシエルのパトラだった。

海棠はスサノに抱えられたまま、スサノオの水流で高速移動。
それを見ていた謎の集団も人間とは思えない速度で二人の退路を絶つ。
彼等はいったい何者なのだろう。
でも海棠は、あのフォルムには何処と無く見覚えがあった。

(あ、スサノミコトのサークレット……。それに廃工場で見た機械仕掛けの化け物)

彼等はそれに似ていた。

「あなたたちは何者ですか?まさか仮面党ではないですよね?」
海棠は問う。
仮面党に海棠を襲う理由はない。
謎の集団は抑揚のない声で海棠の問いかけに答える。

「我らは、この街をジョーカーの魔の手から救うために結成された、ヒーローズだ!」
226◇GiRbJTu4qI:2013/11/04(月) 22:48:30.27 0
>「大丈夫か!……何が起こったんだ、重体患者の意識が戻ってる!?」
>「う、裏の……池へ行って、女の子が、二人、お、おそわれ、てる……」

「なんだって?それは本当かい!?」
救急隊員が近くの警官にその事を伝えると
数人の警官が裏の池に急行。
そこで彼等が見たのはヒーローズ。須藤竜蔵の私設戦隊だった。

「警部、あいつらヒーローズですよ!女の子を襲ってる奴等ってあいつらだったんすかね?」
ヒーローズの存在は警官たちも知っているらしい。
警察官の連続殺人事件やジョーカー絡みの怪異を追うために組織されたのだという情報は警察まで流れていた。

「よし、少女たちを重要参考人として確保するぞ」
警部の指揮のもと、警察官隊も隊列を組み立ちふさがる。

このままでは捕まってしまう。
彼等に捕まってしまっては、多分自由に行動できなくなってしまう。
そう思った海棠はスサノにこう語った。

「私は、あなたたちを信じてみたい。だからあなたたちも、私を信じてほしい」
そう言ってアクアダインを放ち
水流をヒーローズの一人に直撃させる。

「ピギーっ!」
すると水流を受けたヒーローズはバランスを崩し転倒。
頭を地面に打ち付けると奇声をあげ大暴れ。

「小娘が、いい気になるなよ!」
そして跳び跳ねるように起き上がると
先程までの無機質な声とは違った怒気を孕んだ声を響かせる。
しかし彼の目に海棠の姿が映ることはなかった。
乙姫は水のペルソナ。
水を自在に操るとそれを霧に変化させその場を去ったのだった。
227◇GiRbJTu4qI:2013/11/09(土) 23:16:35.18 0
13年前――
昔から古墳ではないかと噂されていた蝸牛山で、人類史を覆すようなものが発掘された。
それは巨大な施設であり発見当初はそれが何か誰も理解できないでいた。
しかし、一人の男がそれを日本神話の「アメノトリフネ」(宇宙船)と推測し私財で発掘と研究活動を始める。
その男の名前は須藤竜也。
外務大臣須藤竜蔵の息子であり、須藤竜子の父であった。
彼は日本中から知識人を集め、極秘利にトリフネの調査と修復を開始。
その知識人の中には機械工学のスペシャリスト、須佐野命の父もおり、
彼はオーバーテクノロジーを解読し、人型の作業機械「模擬人間」(後のヒーローズ)を制作したりしていた。

そんなある日。トリフネの奥で巨大な召喚器が発見される。
研究員たちはそれがなんであるかを証明するために
模擬人間を憑り代とし、俗に天使と呼ばれるものの召喚に成功。
当初は神話の世界が何らかの形で実在したと考えられていたが
結論としては人知を超えたエネルギーが、人類の精神世界を媒体として具現化したものと結論付けられた。
(その時の天使には安定性がなく、数秒で消失してしまう)

そして、運命の日――あの事件が起きたのだった。
228◇GiRbJTu4qI:2013/11/09(土) 23:17:22.67 0
月見原大夢(つきみがはらひろむ)

大夢「今日は竜子ちゃんのじっけんの番だね。がんばってね竜子ちゃん」
竜子「うん、今日こそは神様に会いたいよぉ」
大夢「あのね。いよちゃんは、もう少しで神様に会えたんだってさ」
竜子「え?ウソよ。そんなのぜったいウソだもん!
いちばんさいしょに神様に会うのはこのわたしだもん。
神様にあったらこの世界からウエやセンソーをなくしてほしいってお願いするの。
大夢くんは何をお願いするの?」
大夢「えっと、ぼくはね。いよちゃんの病気を治してもらうんだ」
竜子「……」
大夢「どうしたの?竜子ちゃん」
竜子「……しらないっ」

数分後、召喚室。
須藤竜子が魔法陣の中央に横たわっており、
それを別室の窓越しから見ている研究員たちがいた。

須佐野博士「もう子どもたちを使った召喚実験はやめた方がいいと思う。
神部博士の娘さんの伊世ちゃん、彼女の持病は悪化するいっぽうだそうだな。
竜子ちゃんも頑張りすぎて精神的に不安定になっているそうだ。
実験ならば疑似人間で充分のはず…。
今すぐに実験は中止するべきだ!」

月見原博士「あのね。あなたの作った模擬人間の模擬人格では、神を召喚するには不充分なのよ。
それにあなたはね。いつだって綺麗事を語りすぎ。
少しはその身を削るようなことをやりなさいな。
科学の進歩には犠牲がつきものなのよ。
あ、思い出したわ。あなたにも娘さんがいたわよね。
たしか名前はミコトちゃん。あら〜、今日は一緒じゃないのかしらぁ?」

研究所内保育室

みこと「あ、やっぱりここにいた」
いよ「!」
みこと「こんなとこにとじ込もってないで、一緒に遊びましょ?」
いよ「で、でもぉ」
みこと「わたし、ねこのいる場所しってるんだ。ねこ、見たくない?
ふわふわのねこなの」
大夢「うーん、むにゃむにゃ…。どうしたの?」
いよ「このこが、ねこを見せてくれるんだって」
大夢「え、そうなの?じゃあお昼寝してる場合じゃないよ。はやくねこを見にいこうよ」
229◇GiRbJTu4qI:2013/11/09(土) 23:18:48.60 0
ミコトに促されて、こどもたちは穴のなかにもぐっていく。
そこでは模擬人間たちが作業をしており子どもたちに気が付いたようだった。

模擬人間「ミコト。どこへゆく?ここは危険。博士、心配する。もどれ」
ミコト「ねこをみせてあげたいの」
模擬人間「ねこ?こんな地下に、ねこいない。いきものはここにはいない」
ミコト「さっきみたの。ほんとよ。わたし見たんだもん!」

ミコト「いこっ!」
三人はさらに奥に進むと、広大な空間に出る。
そこは闇で、床に描かれたマントラが赤黒く光っていた。

ちりんちりん。
鈴の音が聞こえる。

ミコト「ほらね。ねこがいる」
ミコトはマントラの中央へ。
伊世たちもそれに続き、気がつけば三人は
召喚室へと瞬間移動していた。

月見原博士「え?あの子たち、どこから入ったの!」

召喚室では須藤竜子が神様の召喚の真っ最中で
それはもう少しで成功と言えた。
しかし突如現れた子どもたちに集中が乱されてしまうのだった。
230◇GiRbJTu4qI:2013/11/09(土) 23:19:23.42 0
竜子「なんで大夢くんと、伊世がいっしょにいるの?
大夢くんと、伊世はいっしょにいちゃだめなのぉ!
……ちねぇ。ちねぇ!」

魔法陣に巨影が浮かぶ。
それは大鎌をもち、血の涙をながしている天使サリエル。
サリエルは咆哮し手の甲でミコトを払い壁に叩きつけた。

須佐野博士「実験は中断!模擬人間発進。子どもたちを死守しろ!」

大夢「マ、ママー!」
月見原博士「大夢ー!」
須佐野博士「行くな!危険だ!」

サリエル『汚レタ魂ニ死ヲ…』

大夢「うあああああママぁ!!」

須佐野博士「月見原博士ぇ!
……くっ、トリフネに残存しているイデアルエナジーを全て開放。
サリエルに注入し奴をオーバーフローさせる!」

研究員「し、しかしそれでは、一時的に個体形状が維持出来なくなるだけなのでは!?」

須佐野博士「……かまわん。その後はサリエルを、模擬人間たちの疑似人格に小分けに封印すればいい!」

研究員「でも、模擬人間だけでは容量が…」

須佐野博士「かまわん。やれ!」

その後、サリエルは分裂。
模擬人間たちに封印される。
だが……

(すまんミコト……。強力な精神体の檻となるものは、やはり人間の精神体しか、この世にないのだ)

蠢動する黒い心臓のようなものを、須佐野博士は特殊な装置を用い
ミコトの意識の奥に封じ込める。
かくして神の召喚実験はこの日を境に凍結されたのであった。
231海棠 美帆 ◇GiRbJTu4qI:2013/11/17(日) 21:10:05.78 0
ここ、珠阯レ市(すまるし)は人口128万人を誇る政令指定都市だ。
真円を基本とした区画整理は戦国時代からの名残で、
現在は出版局やテレビ局、新聞社などの
メディア企業が位置する大都市に成長している。
表の顔は人々の活発な暮らしを感じさせる魅力的な街だが
裏の顔は怪異の蔓延る恐ろしい街である。



季節は秋。
春日山高校の学園祭は数々の爪痕を残し終わった。
今回の事件で、警察もやっと重い腰を上げ始めたようだった。

数日後、月光館学園では一度中止になりかけた学園祭が行われており、警察の警備も厳重であった。
生徒たちは怪異に警戒しながらも奇妙な連帯感を各々の胸に秘め、学園祭を満喫しているようだ。

「やあ…ミコト」
スサノの前には少年が立っていた。
透明感のある、何処と無く影のある、けれど美しい少年だっ
た。
彼の名前は月見原大夢(つきみがはらひろむ)
スサノミコトのクラスメイトである。

「君はたしか、探検部だったよね。
……探検部って、いったい何をやっているんだい?だいたい想像はつくけど…。
すこし、興味があるんだ……」
そう言って、少年は微笑していた。



森本病院は蝸牛山にある総合病院だ。
山中にある隔離棟には、かつて須藤竜子が入院させられており
その地下には謎の研究施設があったという噂があった。

神部はそこに入院させられていた。
窓から見える風景は鬱蒼とした山林で不気味そのものである。

「ほんっとに何も覚えてないんだ」
神部の病室で、若い刑事は困った顔。

「もう一人のアイドルの子、彼女は君のお友だち?」

もう一人のアイドルの子とは海棠のことだ。
野中エミコら影人間となったものは皆、隔離棟に収容されているらしい。

事件が事件だけに、刑事たちは知っている情報を聞き出す術しかないといった感じで
次々と神部に質問攻めをしていた。
232スサノ ◆T0eVR7g5H. :2013/11/17(日) 21:51:45.38 0
>(私は、許されるものなら、エミコと一緒に、もう一度笑いあいたい。
だから、だからエミコ…。私に勇気をちょうだい)

イヨカン隊員の説得により、ついにカイドーちゃんの心が動く。
しかし、伸ばした手が届くことは無かった。
水撃の力を借りて飛び退った直後、池に凄まじい電撃が走る。
それを見てはっとする。
アクラシエルがあの中にいるとすればイヨカン隊員は……。
気付けば、カイドーちゃんが正気を取り戻していた。これもアクラシエルの力か。
その瞳には強い意思が宿っている。
騒ぎを聞きつけた警官隊までやってきた。このままでは捕まってしまう。

>「私は、あなたたちを信じてみたい。だからあなたたちも、私を信じてほしい」

カイドーちゃんはヒーローズと名乗った人物を水撃でひるませ、辺りを霧で覆い隠す。

「信じる――だからまずはここを切り抜けるぞ!」

†   †   †   †   †   †   †   †   †   †

こうして僕達は逃げおおせ――現在。
イヨカン隊員はあの後病院に運ばれたと聞き、まだ入院中。後でお見舞いに行こう。
そして我が月光館学園では、学園祭が開催されている。
といっても特にやる事はない。
探検部の活動発表として展示などを用意していて、ネタとして黙認されていたのだが
昨今の物騒な社会情勢を鑑みてシャレにならないという事で流石に却下されてしまったのだ。
というわけで適当に出店を冷やかしながら回っていると……意外な人物が話しかけてきた。

>「やあ…ミコト」

「む、月見原君か」

変人奇人揃いのクラスメイトの中では大人しい部類になるし、普段あまり話す相手ではない。
どちらかというと暗い感じがして地味な印象を受けるが……実はよく見ると美少年だったりする。

>「君はたしか、探検部だったよね。
……探検部って、いったい何をやっているんだい?だいたい想像はつくけど…。
すこし、興味があるんだ……」

願っても無い申し出。

「実は今日活動内容を展示する予定だったんだがお蔵入りになってしまった。
良ければ部室まで見に来るかい?」

もし部室まで行ったら櫛稲田副隊長がノリノリで今までの事件の顛末を解説する事だろう。
233海棠 美帆 ◇GiRbJTu4qI:2013/11/23(土) 23:19:17.51 0
「そうだね。お願いしようかな。
個人的にはお蔵入りという言葉がとても気になるよ」

そう静かに言って、月見原は部室に入った。
すると鼻孔をくすぐる紅茶の匂い。

「あ、いらっしゃいであります」
目と目があって櫛稲田が微笑む。
部屋の中央には優雅なテーブルが置かれており、
そのまわりには猫足の小椅子が並べられ、そこはまるで宮殿のお昼休み。

そして事情を聞いた探検部副部長こと櫛稲田は、
これまでの探検部活動内容をぺらぺらと喋り始めるのだった。

まず始めに失踪した久我浜を捜索し、遭遇した廃工場での化け物(大型のシャドウ)のこと。
つぎに春日山高校での学園祭で起きたイデアルエナジーの搾取事件のこと。
これらに隊長のスサノミコトと 隊員の神部衣世が関わっていたこと。
知りうる限りのことを副部長は月見原に語った。

「ここまでの探検で私たちのわかったことは、
ジョーカー率いる仮面党は、単なるオカルト集団ではないということであります。
インラケチが成就されてしまったら本当に世界が滅びてしまう
かもしれないということであります」

「……ふーん。にわかには信じられない話だね。
お蔵入りということも頷ける、
怖くって震え上がってしまいそうな話だよ」
月見原はテーブルに頬杖をつき、どこ寂しげなようすだった。

「話は変わるんだけど。
君たちはアメノトリフネ伝説って知ってるかい?
かつてこの地を統治していた澄丸清忠という武将が
望龍術を用いて一夜にして不気味な城を建てたとも、
トリフネを出現させたとも言われてるとても摩訶不思議な伝説だよ。
でも彼は、天下統一の志し半ばにして討たれてしまった。
どうだい?探検部としては興味の沸く話だよね」
月見原は流麗に口元に紅茶を運ぶと、その香りを楽しんでいる。
234神部衣世 ◆IPyOZPMOukv6 :2013/11/27(水) 09:25:21.44 0
 森本病院に搬送され目が醒めてから、回復の為に安静にしておけなどという優しい言葉は一向に掛けられなかった。
看護士は事務的な態度を貫くし、同じ時刻に搬送された患者とは離れ離れとなった。
さらに追い打ちをかけるように刑事が訪れ、病室は取調室と化す。

>「ほんっとに何も覚えてないんだ」  「はい。先程申し上げた事以外は」
「もう一度確認するよ。君達は数日前の文化祭で、駆け出しアイドルユニット”ミューズ”として舞台に立っていた。
そして一曲目『ジョーカー』の歌唱途中に……ある種の集団ヒステリーが起こったと。
 で、会場にいた観客百名近くと舞台に立っていた一名が気絶し、現在に至るまで心神喪失状態になった」「はい」 
「でもどうして神部さんだけは軽症で済んだのかな?」「しりません」
>「もう一人のアイドルの子、彼女は君のお友だち?」「私はそう思っていますが?」
 
最後の質問に対し衣世は少しムキになって肯定した。言い切った後、その答えが質問の趣旨に即していないと気づく。
彼は二人の関係の微妙な距離感について言及したい訳ではなく、単に参考人としての海棠を知りたがっている。

「……海棠美帆は今回の事件の被害者です。仮面党に唆されたんです。彼女は悪くない」
「……」
「もう、よろしいでしょうか。少し気分が悪くなってきて」

 彼らに帰って欲しい一心で、いかにも辛そうな振る舞いを試みた。
緩慢な動作でサイドテーブル上の水差しを手に取り、ガラスコップに水を注ぐ。透明が波打つ。
刑事はまだ何か言いたそうな顔をしていたが、それを遮って衣世はやや強めの口調で続けた。

「ごめんなさい。……何も思い出せない、頭が痛い、お願いです。一人にさせて」
「……では日を改めて、また」

刑事達が病室を去る気配を背中で感じる。
本当にごめんなさい。衣世は息を吐き、ことさら深く掛け布団の下に潜った。
もしここで彼らに真実を告げれば、刑事達は仮面党本部へと向かうだろう。
そして邪魔立てする彼らになんの情けもかけず、須藤竜子はペルソナの力を行使する。
 守らなければ。例え善意の人々を欺いてでも。これ以上、犠牲者を出してはならないのだ。
でもどうやって?分からない。警察が仮面党に出向くのも時間の問題だ。
ぎゅっと目を瞑り、枕に顔を埋めれば、睡眠は案外すぐ手の届く場所にあった。

   夢を見た。

鈴の音が聞こえる。
わたし、ねこのいる場所しってるんだ。ねこ、見たくない?
――で、でもぉ
え、そうなの?じゃあお昼寝してる場合じゃないよ。
――■■■くんがそういうなら、いく

  二時間ほど寝た。夢はおぼろに消えた。

病室に人の気配は未だあった。しかし刑事ではなかった。看護師でもなかった。
それは白衣を着ていたが森本病院の医師ではなかった。あの背中には見覚えがあった。男は振り返った。
衣世と目があった瞬間、彼はにこりと微笑みを返した。
235神部衣世 ◆IPyOZPMOukv6 :2013/11/27(水) 09:28:17.84 0
「や。衣世ちゃん、おめざ〜」
「あ、浅賀先生。どうしてここに?」

 浅賀 智(あさか さとる)は、神部衣世の主治医を務めている。
白衣の下にはチャコールのベストとネクタイ。スラックスもおそろいの色。四十後半の男性が好みそうな服装だが彼は至って若かった。
衣世が物心つく前から、浅賀はちっとも変わらない。冴えた美形であるとは首肯しづらいが、人を惹きつける魅力はあった。
つまり浅賀は風変わりな男だった。口調が子どもっぽいのだ。顔つきもあいまって、少年が大人の振りをしていると錯覚してしまうことが稀ではない。
ただ、名医であることは事実なので勤務先の院長は彼の奇行奇癖には目を瞑る。衣世が変人に対し一定の理解と興味を示すのは、浅賀の影響が少なからずあった。

「医者が病院にいちゃおかしい?森本病院とは昔から何かと縁があってねぇ。
今回のことで一気に重篤患者が増えちゃって、人手が足りなくなくなった訳で。だから僕は助っ人なのさ」

あ、これお見舞い品ね と浅賀はビニール袋を引っ掻き回す。大粒の林檎が3つ、立て続けに衣世の手に渡った。
どうやら手土産というよりは自分が食べたかったようで、浅賀は中からさらに一つ取り出し、無造作に白衣の袖で表面を磨きだす。
先生は相変わらずだと衣世は思った。もらった林檎は一つだけ手元に残して窓際に並べた。

「一つ、疑問に思うことが」「ほい、なんでしょう」

程よい大きさの林檎を両手で転がして遊びながら、衣世は浅賀に問い掛ける。

「なぜ患者達は全員が全員、この病院に収容されているのですか。失礼ですけど、ここは見たところ廃墟みたいに古びていて手狭だわ。
総合病院の方がベッドに余裕もあるし、機器も最新の物を導入しているはず。わざわざ浅賀先生が派遣されるのもおかしい気がします」

その問いに対して、浅賀は衣世へ哀れみの視線を寄越した。衣世はその真意を図りかねた。

「衣世ちゃんも分かってると思うけどー。彼らの存在は世に出しちゃいけないんだよねぇ。病院だなんてとんでもない。
ここは、街の怪異に関わってしまった者が死を待つだけの場所だ。現状では彼らを治す手立てなんてないもの」
「では先生がこの病院に派遣された理由も、他にあるってことですね 「どうでしょう」
「先生は、なにをしっているのですか」「さぁねぇ」「教えて下さらないの」 
  浅賀は曖昧に笑った。
「君は今影踏み鬼をしている」 「……はぁ?」

浅賀は捉えどころの無い笑顔のまま、言葉を続ける。

「影踏み鬼。衣世ちゃん昔好きだったろ?でも普通の鬼ごっこじゃないんだ。鬼に捕まったら、影を奪われて一発アウトの即死ゲーム」
「浅賀先生、からかわないでくださ」
「時間が経つにつれて追われる方は不利になる。陽が傾けば影は伸びるもんね。仲間は一人ずつ鬼に影を踏まれて倒れていくんだ」

逢魔時。窓から挿す赤色の陽射しが、浅賀の顔に深い影を落とす。

「でも君は逃げ方をわきまえてる。自分の影を前にして走れば後ろから踏まれることはないし、いざとなれば大きい影の中に隠れたらいい。
そう、君は賢く逃げてきた!逃げて、逃げて、逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて鬼ごっこしてるってことを忘れるほど逃げた!」

私が逃げている?いつから?何から?誰から?――頭に広がる違和感。神部衣代は何かを忘れている。
  
    ちりんちりん。 どこかで鈴の音が鳴った。
  (>こんなとこにとじ込もってないで、一緒に遊びましょ?)
  (>はやくねこを見にいこうよ)
   窓際に並んだ二つの林檎が嘲う。

「でも思い出さなければ。そうじゃないと君まで鬼に捕らわれる。でもね、さっき言ったようにこれは普通の影踏み鬼じゃないんだ。
……他ならぬ君の影が、鬼から君を守ってくれる。君は逃げるだけが能じゃない。そして逃げているのは君だけじゃない」
「ごめん、なさい……何も思い出せない!......あ、あたまが痛い、お願いです、ひとりにさせて......っ」
「衣世ちゃんは馬鹿だなぁ。これもさっき言ったけど、僕は助っ人だから。君達の味方だから」

(い、よ、ちゃん。私のことをそう呼ぶ子は、たしか他にもいた。)
うずくまる衣世をさして心配する風も見せず、浅賀は綺麗に磨いた林檎に歯を立てた。が、彼はすぐに顔を顰めて咀嚼を止める。

「うへぇ、綺麗なの選んだつもりなんだけど中腐ってたや、これ。損しちゃったなあ。君にあげたのはどう?
ま!とりあえず、この林檎みたいに手遅れになりたくなければお友達と一緒に反撃に出るべきだよ。そろそろ彼女達も君に会おうとしてここへ来るんじゃないかなぁ?」
236スサノ ◆T0eVR7g5H. :2013/11/28(木) 01:17:37.44 0
月見原君は、副隊長の話すにわかには信じがたい話を
端から否定するでもなく面白半分でからかうでもなく、真面目に効いていた。
そしてこんなことを言い出す。

>「話は変わるんだけど。
君たちはアメノトリフネ伝説って知ってるかい?
かつてこの地を統治していた澄丸清忠という武将が
望龍術を用いて一夜にして不気味な城を建てたとも、
トリフネを出現させたとも言われてるとても摩訶不思議な伝説だよ。
でも彼は、天下統一の志し半ばにして討たれてしまった。
どうだい?探検部としては興味の沸く話だよね」

「もちろん知ってるとも。
実はミッション候補にあがってはいるのだがそこには古墳っぽいものがあるらしく外務省管理下で立ち入り禁止。
噂では古墳は宇宙人との交信装置で、宇宙人との外交のために外務省が管理しているとか何とか。
何回か現場を見に行ったこともあるが警備が厳重でとても入れそうにない。
どこかに隠しルートでもあればいいのだが……」

副隊長の情報収集能力のおかげで、探検部の情報網には抜け目がない。
尤も主なソースがネット上の噂なので信憑性の無い嘘情報だらけなのだが。

「優秀な副隊長だね。ところで……他の隊員は?」

「実はイヨカン隊員という七姉妹学園の生徒がいるのだが現在悪の組織に監禁されている。
これから奪還作戦に行くところだ。よければ君も一緒に行くか?」

「翻訳すると入院患者をお見舞いに行くということであります」

常識的に考えれば副隊長の翻訳の方が合ってるのだが
僕が言った言葉の方に近い事態になるとは、この時はまだ知る由も無かったのだ。

「森本病院……。随分古い病院でありますねえ。
今回の事件の被害者は全部ここに運ばれたそうでありますが。
でも雰囲気が合って探検部のミッションにはぴったりでありますよ」
237スサノ ◆T0eVR7g5H. :2013/12/02(月) 23:39:08.63 0
「ご一緒させてもらうよ、体験入部といこうじゃないか」

快く承諾する月見原君。
躊躇なく付いてくるというあたり、大人しく見えて意外ととんでもねースペックを秘めているのかもしれない。
そして僕達は件の森本病院へやってきた。
普通に入り口から入って受付に話しかける。

「須佐野命という者だが友人の面会に来た。友人の名は神部伊世という者なのだが」

「少々お待ちください。……そんな名前の者は入院していませんね」

「そんなはずはない。学園祭の毒ガス事故で患者がこの病院に大勢運ばれてきただろう」

表向きにはあの事件は毒ガス散布の疑いで調査中ということになっている。

「いえ、ここには来ておりません」

「……そうか、ではこちらの勘違いだな。これは失礼した」

きな臭い空気を感じ、いったん大人しく外に出る。
強行突入すれば摘まみだされるだけの上に相手の警戒態勢が強化されるだけだからだ。

「今の態度、明らかに何か隠してるな……作戦変更。
正面突破を諦め別ルートからの侵入を試みる」

古い建物ゆえに防犯意識が甘いのか、裏に回ってみると案外簡単に入れそうな所があった。
非常階段の踊り場によじ登って内部に侵入。月見原君に手を貸して引っ張り上げる。
入った場所は入院病棟らしく、廊下にそって病室が並んでいる。
一つずつ部屋を除きながら廊下を進むが、どの部屋もぴくりとも動かず眠っている患者ばかり。
やはりあの時イデアルエナジーを吸われたのだ……。
途中向こうから足音が聞こえてきて危ない隠れろ!なんて危機を切り抜けつつ何十個目かの病室を見た時。
見知った顔が目に飛び込んできた。

「イヨカン隊員! ここは危険だ、早く脱出するぞ!
表向きには誰も入院していない事にされていたんだ!」

そう言って駆け込んでから、見知らぬ顔と目が合う。かじりかけのリンゴを持った……医者?
いや、白衣を着ているからには医者なのだろうが、只者ではない不思議なオーラがあった。
だからだろうか、普通なら「ヤバイ見つかった!」というところだが、何故かそうは思わなかった。
どちらかといえば味方のような気がする、という根拠のない感覚。

「イヨカン隊員、彼は……?」
238イヨカン ◇IPyOZPMOukv6:2014/01/08(水) 22:12:19.54 0
感情の波が岸辺から引く。
と同時に喉元までせり上がってきた記憶もまた、無意識の底へ引きずられてその全貌を隠してしまった。
衣世の心は穏やかで空虚な気持ちに満たされた。

>「イヨカン隊員! ここは危険だ、早く脱出するぞ!表向きには誰も入院していない事にされていたんだ!」
「命さん!どうしてここが・・・・・・それに、そちらの人は」

衣世が言い終わるより早く、浅賀がずいっとベッドの前を遮った。彼は目を輝かせて両者を交互に見る。

「やぁやぁ須佐野ちゃんに月見原くん、久しぶり、じゃなくて初めまして!?とうとう真打登場って感じだね!」
>「イヨカン隊員、彼は……?」

須佐野がめずらしく困惑している。

「僕は浅賀智!衣世ちゃんの主治医をしてるんだ!」

衣世の紹介を待たず飛び出してきた浅賀本人は、素早く二人の手を取る。
その握手は彼なりの友好の証なのだろうが、ぶんぶん振り回されている様はある種の暴力にも見えた。
 呆れるほどパワフルな浅賀のせいで、須佐野に連れ添っている男子生徒についての情報を衣世は知り損ねる。
数秒、月見原と呼ばれた者の横顔を盗み見る。絵になる、と思った。
造形に調和がある。華やかではないが安定した均整感が伺える。
躍動的でヴァイタリティ溢れる須佐野と並ぶとコントラストが鮮やかだ。

「あの」

声をかけようとしたが、いつものような勇気が沸かない。
そこにあるひっかかりをあえて思考から排除し、衣世は不躾になる前に月見原から視線を外した。

「命さん、あのね、先生のペースに嵌められたらダメです。無視して本題に戻りましょう。
・・・・・・助けに来てくれてありがとう。私もこの病院は少なからず胡散臭いところだと思ってたの。こんなところ、一刻も早く」
「逃げるの?また?」
「・・・・・・っ」

目だけで笑う浅賀。

「ねえ、須佐野ちゃん、月見原くん、思い出せない?まだ?うぅーん刺激足りないかぁ。
――じゃっさぁ、とっておきのトコ行ってみる?」

どこへ、と聞かずとも衣世には分かる。
暗い場所。寒い場所。静かな場所。狂った何かが蠢く場所。

「地下室。いやだ、わたし、行きたくない」

過去を知る重要なピースは全て揃っている。
後は当事者がその1つ1つを手に取り、あるべき場所に戻すだけだ。
239スサノ ◆V5QNkCKgUg :2014/01/14(火) 20:25:12.19 0
>「やぁやぁ須佐野ちゃんに月見原くん、久しぶり、じゃなくて初めまして!?とうとう真打登場って感じだね!」

「どうして僕達の名前を!? 前に何処かでお会いしただろうか。それに真打って……!?」

この医者、何かを知っている!? でも一体何を……?

>「僕は浅賀智!衣世ちゃんの主治医をしてるんだ!」

「う、うむ。うちの隊員がお世話になっている……!」

手をぶん回されつつとりあえずはイヨカン隊員の治療をしてくれた礼を述べる。

>「命さん、あのね、先生のペースに嵌められたらダメです。無視して本題に戻りましょう。
・・・・・・助けに来てくれてありがとう。私もこの病院は少なからず胡散臭いところだと思ってたの。こんなところ、一刻も早く」
>「逃げるの?また?」
>「・・・・・・っ」

「”また”……?」

>「ねえ、須佐野ちゃん、月見原くん、思い出せない?まだ?うぅーん刺激足りないかぁ。
――じゃっさぁ、とっておきのトコ行ってみる?」

「あなたは何を知っているんだ……?」

どこかに行く事を提案する浅賀。
どこに行こうとしているのかを察したらしいイヨカン隊員が、まるで駄々をこねる子どものようにそれを拒否する。

>「地下室。いやだ、わたし、行きたくない」

この医者、果たして敵か味方か――
僕達を言葉巧みに変な場所に連れ込んで罠に嵌めようとしている可能性もあるのだ。

「地下室……」

――わたし、ねこのいる場所しってるんだ。ねこ、見たくない?  ふわふわのねこなの
――このこが、ねこを見せてくれるんだって

その時、ちりんちりん、と鈴の音が聞こえてきた気がした。
その方向を見ると一瞬、扉から出ていく猫の姿が見えた気がした。

「イヨカン隊員こっちだ、猫がいる……!」

自分でも何故なのかは分からない。
まるで何かに操られるように、猫の影を追っていたのだった。
240海棠 美帆 ◇GiRbJTu4qI:2014/01/22(水) 00:28:15.33 0
>「地下室。いやだ、わたし、行きたくない」

>「イヨカン隊員こっちだ、猫がいる……!」

「……ねぇ、彼女は行きたくないって言っているのに、どうして先に進もうとするんだい?
顔に似合わず、君はスパルタな隊長さんだったんだね」
微笑の仮面の奥、スサノの好奇心と勇気に感心しつつ
月見原は不思議に思っていた。
猫が地下室に向かうと、自分を含めた皆が
暗黙の了解で知っていたかのようだったからだ。
自分はこれをなんと思えばよいのか?
浅賀は自分の名前を知っていた。
彼は自分たちの知らない何かを知っているかのようだ。
月見原は目を半分ほどに細めて
神部に手を差しのべる。

「大丈夫、怖くないよ。僕が君を守ってあげるから一緒にいこう」
月見原はこれから先、彼女たちがいなければならないと直感していた。
理由はよくわからない。
修得した望龍術からくる予見か、デジャヴか。
神部の薄い手のひらを握り月見原は思う。
運命というものがあるのならそれを回避してはならない。
すべて受け止めて操るべきだ。
そんな力を自分は手にいれている。
神の力の片鱗を。ペルソナの力を。

そして一同は猫を追った。
一方で浅賀は何も考えていないのかのような不思議な顔で後をついてくる。

(変な顔。いったい何の感情の顔なんだろう)
彼の無の顔は自分たちに選択権を与えているかのようでもある。

……ちりん。

猫が曲がり角で消える。
曲がった廊下の奥にはエレベーターが見えた。
一同が地下に降り、エレベータの扉を開くとそこは洞窟。
剥き出しの岩肌を仮設の照明が煌々と照らしており、
その最奥には不気味に光る金属の壁と入り口があった。

「あれがアメノトリフネだよ。今はほとんど埋まっちゃってるけどね」
浅賀の声が背後から響く。
241海棠 美帆 ◇GiRbJTu4qI:2014/01/22(水) 00:29:35.20 0
トリフネの内部の通路には、仮設の照明が均等に設置されておりその道は緩やかなカーブを描いていた。
きっとこの施設は途方もなく巨大な円形を描いているのだろう。
通路の幅も広く、人が人のために設計したような雰囲気も感じられない。
まさに神話に登場する神の船と言えた。

(大当たり…)
月見原は思った。
あとは須藤竜子たちに集めてもらったイデアルエナジーを
水晶ドクロからトリフネに移し変え、この船を生き返らせる。
そうすればインラケチの成就に一歩近づく。

「今、何時かな」
月見原は須藤と連絡を取るべく、携帯を取り出してみた。
しかし携帯は圏外。物事はそんなにうまくゆかないものだ。

……ちりん。

すると再び聞こえる鈴の音。
やはり猫は、皆を何かに導いているのだろうか。
浅賀は遠く仮設の照明で照らされている廊下の奥を見つめながら呟く。

「やっぱり須藤大臣はコントロールルームに向かったみたいだね。
孫娘にでもこのトリフネを奪われるのは嫌なのかな。
ほ〜んと、強欲だね。あのおじいちゃんは…」

「!?」
浅賀の口から出た予想外の言葉に月見原は驚く。

「須藤大臣って、あの外務大臣の?
どうしてそんな人がこんなところに?」

「ふふふ、彼も焦っているんだろうね。
もう、先は長くないみたいだから…。
そう、孫の竜子ちゃん。彼女たち仮面党が地下鉄からトリフネに侵入したって聞いたら
慌てて手下を連れてトリフネに向かったんだよ。
おまけにヒーローズの追っ手を竜子ちゃんにかけてね。
たぶん仮面党はヒーローズに皆殺しにされちゃうよ。
大臣は裏じゃ容赦ないからね」

「……僕はおじさんが何を言ってるのかさっぱりわからないよ」
そう言いながらも、月見原には外務大臣の裏が読めた。
彼はコントロールルームで待ち伏せし、地下鉄方面から追っ手をかけ須藤竜子を挟み撃ちにするつもりだ。
そして彼女のもつ水晶ドクロごとイデアルエナジーを奪取してアメノトリフネを奪うつもりなのだろう。
だがそれにしても、すでに須藤竜子も地下鉄経由でトリフネに侵入していたとは驚きだった。
それは女の勘というものなのだろうか、それとも……。

猫は照明の道から外れ階段を降りて行く。

「さあ、どうするの?」
浅賀の問いに月見原は少し苛立った。
この男はただの神部の主治医ではない。
現状から過去まで、物事を知りすぎている。
242海棠 美帆 ◇GiRbJTu4qI:2014/01/22(水) 00:30:25.93 0
「正直言って僕はここに始めて来た感じがしないんです。
この階段にも見覚えがあるし、あの猫も昔みた感じがする。
たぶんあの階段を降りたら仮眠室がある。
その先には工事中の場所があって、その先には……」

一同が進めば、月見原の言った通りだった。
視線の先には赤く光る魔法陣。
月見原はその先で母が死んだことまで思い出していた。

深呼吸をして魔法陣に踏み込めば、
視界は一瞬にして変わり
一同は広大な空間へと移動する。
空間の中央に幾つもの巨大な召喚器の銃口が向けられているのは
ここが神の召喚場となっていたからだろう。

「母さんはここで死んだんだね……」
ぽつりと月見原が呟く。
辺りには沈黙が落ちている。

果たして浅賀は、皆の記憶を甦らせて何をしたいのだろう。
真実を知った者たちはいったい何を得るのだろう。

「母さんが死んだのは事故だったんだ。
それは誰も悪くない。ここでの実験も誰かのためにって
大人たちが思ってやってたことだったんだからね。
そうさ、誰も悪くない。悪いのは運命なんだ!」
だから、インラケチは必ず成就させる。
どんな犠牲を払っても……。
何者も運命に翻弄されない世界を創造する。
月見原の、否、ジョーカーの決意は強固なものとなっていた。
243神部 ◇IPyOZPMOukv6:2014/01/30(木) 19:46:28.62 0
>「イヨカン隊員こっちだ、猫がいる……!」
>「大丈夫、怖くないよ。僕が君を守ってあげるから一緒にいこう」

月見ヶ原は衣世の手を引く。
それはいわゆる"ジェントルマン"の所作でなく、仲の良い子供が親しさの表現としてするようなものだった。
初対面の、しかも男の子だというのに、その接触には不思議と嫌悪感は一切なく、衣世は奇妙な安堵感を得るのだった。

前へ急ぐ須佐野、月見ヶ原と神部は真ん中に、浅賀は最後尾で鼻歌を歌っている。

>「あれがアメノトリフネだよ。今はほとんど埋まっちゃってるけどね」
>「やっぱり須藤大臣はコントロールルームに向かったみたいだね。
孫娘にでもこのトリフネを奪われるのは嫌なのかな。ほ〜んと、強欲だね。あのおじいちゃんは…」
>「須藤大臣って、あの外務大臣の?どうしてそんな人がこんなところに?」
>「ふふふ、彼も焦っているんだろうね。もう、先は長くないみたいだから…。
そう、孫の竜子ちゃん。彼女たち仮面党が地下鉄からトリフネに侵入したって聞いたら
慌てて手下を連れてトリフネに向かったんだよ。おまけにヒーローズの追っ手を竜子ちゃんにかけてね。
たぶん仮面党はヒーローズに皆殺しにされちゃうよ。大臣は裏じゃ容赦ないからね」
「自分の孫さえも?……狂ってる。それに、仮面党を皆殺し、ですって。それじゃ、海棠さんが危ないわ、あの子今一人よ?」
>「さあ、どうするの?」

浅賀は皆を試している。

>「正直言って僕はここに始めて来た感じがしないんです。この階段にも見覚えがあるし、あの猫も昔みた感じがする。
たぶんあの階段を降りたら仮眠室がある。その先には工事中の場所があって、その先には……」
「その先は行かせてもらえなかった。仮眠室にはウォーターサーバーがあって、その隣にはインスタントコーヒーを淹れる場所があった。
子供にカフェインはダメだからって飲ませてもらえなかった。そうだよね、大夢くん、命ちゃん」

この地下室の何かに触れる度、何かを嗅ぎとる度、何かを見る度に脳の皺に刻まれた記憶が呼び覚まされていく。

>「母さんはここで死んだんだね……」

その言葉を聞いて、衣世は間近にあった月見ヶ原の顔をまじまじと見つめる。
解かれた記憶、被験体として扱われていた衣世の世界で、月見ヶ原大夢は大きな部分を占めていた。
彼は優しく、良い友であった。人見知りな自分とまっさきに友達になってくれたのは彼だし、体調のすぐれない時はいつだって寄り添ってくれた。
他の子供達もそう、竜子は自分と違った視点で世界を捉えていた。分かり合えはしなかったが憧れはした。
そして須佐野…。彼女は3人とは異なり自由の身だった。衣世は時々見かける彼女の、その屈託の無さに憧れを抱いていた。

>「母さんが死んだのは事故だったんだ。それは誰も悪くない。ここでの実験も誰かのためにって
大人たちが思ってやってたことだったんだからね。そうさ、誰も悪くない。悪いのは運命なんだ!」

小さい頃の恩人、という側面以外にも、月見ヶ原大夢に思うところがあった。
(運命、事故、実験、アメノトリフネ、母さん……月見ヶ原大夢、あなたはもしかして)
いや、“もしかして”などという言葉で自分の直感を弱めてはならない。
彼は、自分の右手を握っている彼の名は。

「私、思い出したよ。今まで忘れていてごめん。分かるかな、あなたの友達だった、いよ、です。
私はあなたのことを、昔と変わらずにひろむ君と呼びたい。……でも今、あなたには別の名があるわよね」

心に立ち込めているのは月見ヶ原への不信感だろうか?それでも繋いだ右手は離せなかった。離さなかった。

「ジョーカー。運命を変えてどうするつもりなの」
244海棠 美帆 ◇GiRbJTu4qI:2014/02/04(火) 00:12:45.17 0
>「私、思い出したよ。今まで忘れていてごめん。
分かるかな、あなたの友達だった、いよ、です。
私はあなたのことを、昔と変わらずにひろむ君と呼びたい。
……でも今、あなたには別の名があるわよね」

手をつないだまま、月見原は無表情。
でもどこか、悟ったような顔をしていた。

(こんな宿命もあるんだね……)

>「ジョーカー。運命を変えてどうするつもりなの」

「……運命を変えるんじゃなくって、変わらないようにするんだよ。
人の運命というものは羽虫の命のようにうつろいやすい。
何か大きな意識を前にすれば簡単に追われ、
圧迫されて潰されてしまう。
だから揺らぐことのないものに変える。
運命じゃなくって人間そのものを変えるんだ。
そのためのインラケチなんだ」

――イン・ラケチ。わたしは、もう一人のあなた。
月見原が言う大きな意識とは無意識の海。
人は無意識に誘われ超自我と葛藤を続ける不思議な生き物だ。
彼はそれに終止符打ち安寧を手に入れるつもりらしい。

月見原は真っ直ぐな瞳で神部にそう語った。
ここでの嘘は幼馴染みと自分の気持ちにたいしての冒涜になるからだ。

「ここは危ないから、君たちはもうお帰り。
たぶんもうすぐ、このトリフネは浮上する。
地上に珠間瑠市を乗せたままね」
大臣とヒーローズが動いているということは
事態は切迫した状況にあるということだ。
月見原は寂しく微笑。

「最後に君たちに会えてよかったよ」
月見原は神部の手からそっと手をひき、踵を返した。
振り向いた視線の先、召喚場の奥が赤く光っている。
遠くから聞こえる爆音。
続いて地下から響いてくる無数の靴音。

「もうっ、しつこいったらない!」
現れたのは須藤竜子だった。
彼女が階段をかけ上がって来ると
続いてヒーローズが三体、そのまわりを取り囲む。
須藤に海棠の所在を聞けば、
「そんなのはぐれちゃったわよ!」と答えるだろう。
245海棠 美帆 ◇GiRbJTu4qI:2014/02/04(火) 00:13:47.89 0
――ギガンフィストっ!

須藤のペルソナ、エリスがヒーローズの一体に襲いかかった。
彼女はジョーカーの存在に気づいていた。

「おりゃあぁ!」
れっぱくの気合いとともに、ヒーローズの一体を壁に押し潰すエリス。
背中がすきだらけだった。
しかし――

「サリエル!」
白く美しい天使が月見原から出現していた。
まるで月光を放っているかのような美しいペルソナ。

――ゴッドハンド。

白い拳がヒーローズの体を貫く。
貫かれた体からは歯車や小さな部品が弾け飛んでいた。

それを見届けながら
須藤は床に転がり荒い呼吸。
スサノを睨み付けている。

「はぁ、はぁ。あんたのパパの造ったガラクタ。うざったいのよ!」
やはり須藤も記憶が戻っているようだ。

その刹那。

「きゃあぁ!」
マハガルの疾風が一同を襲う。
すると須藤のポーチから吹き飛ばされた水晶ドクロが
コロコロとスサノの前に転がった。

「それをよこせぇ。たつぞうさまのためになっ!」
ヒーローズこと模擬人間が飛びかかってくるも
ジョーカーによって胴体から真っ二つにされる。

「が、ががぁ……。み……こ…と……?」
模擬人間から何か魂のようなものが
吹き出したと同時に、それは正気を取り戻したかのようになっていた。

一方でジョーカーの様子がおかしい。
ペルソナの影が深くなった印象も受ける。

「……ミコト。それをお渡し。僕にそれを渡したら、ここから早く逃げるんだ」
右顔を右手で鷲掴みにしている月見原はとても気分がわるそうだった。
246スサノ ◆T0eVR7g5H. :2014/02/04(火) 01:24:52.83 0
>「正直言って僕はここに始めて来た感じがしないんです。この階段にも見覚えがあるし、あの猫も昔みた感じがする。
たぶんあの階段を降りたら仮眠室がある。その先には工事中の場所があって、その先には……」
>「その先は行かせてもらえなかった。仮眠室にはウォーターサーバーがあって、その隣にはインスタントコーヒーを淹れる場所があった。
子供にカフェインはダメだからって飲ませてもらえなかった。そうだよね、大夢くん、命ちゃん」

「ああ、一体どんな凄い物が隠してあるんだろうと思ったものだ……」

そうだった。イヨカン隊員、月見原君、須藤竜子、みんないた。
皆親がここの研究員で、僕も例に漏れず両親とも研究員だった。
そして忌まわしき運命の日――僕のせいで大夢君のお母さんが死んだ。

「う……ぁああああ!」

>「母さんはここで死んだんだね……」

「ごめん、ごめんよ……! 僕があの時猫を追いかけたりしなければ……!」

>「母さんが死んだのは事故だったんだ。
それは誰も悪くない。ここでの実験も誰かのためにって
大人たちが思ってやってたことだったんだからね。
そうさ、誰も悪くない。悪いのは運命なんだ!」

それは僕に対してというよりも、自分自身の決意の決意を固めるような言い方。
それを見た瞬間に確信に近い疑念が沸き起こる。
確認するか否か迷う暇もなく――イヨカン隊員が切り込んだ。

>「私、思い出したよ。今まで忘れていてごめん。分かるかな、あなたの友達だった、いよ、です。
私はあなたのことを、昔と変わらずにひろむ君と呼びたい。……でも今、あなたには別の名があるわよね」
>「ジョーカー。運命を変えてどうするつもりなの」

>「……運命を変えるんじゃなくって、変わらないようにするんだよ。
人の運命というものは羽虫の命のようにうつろいやすい。
何か大きな意識を前にすれば簡単に追われ、
圧迫されて潰されてしまう。
だから揺らぐことのないものに変える。
運命じゃなくって人間そのものを変えるんだ。
そのためのインラケチなんだ」

「なんということだ……」

この展開にはうめくしかなかった。ジョーカー。一連の事件の黒幕。
いたいけな少女達を手玉に取って弄び、全ての事件の裏で糸を引き、高みで高笑いしている最強にして最凶にして最後の敵。
よくゲームに出てくるような、世界の滅亡を目論む極悪非道の大魔王。
そうであるはずだった、そうでなければならなかった。それなのに――
彼もまた、運命に翻弄されたいたいけな少年に過ぎなかった。
しかも、心優しい少年がジョーカーへと変貌するきっかけを作ったのは他ならぬ自分だったのだ。
247スサノ ◆T0eVR7g5H. :2014/02/04(火) 01:26:06.99 0
>「ここは危ないから、君たちはもうお帰り。
たぶんもうすぐ、このトリフネは浮上する。
地上に珠間瑠市を乗せたままね」
>「最後に君たちに会えてよかったよ」

「何を言っているんだ……」

須藤竜子が現れ、ヒーローズと交戦を始める。
大夢くん――ジョーカーが須藤に加勢するべくペルソナを召喚する。
そのペルソナとは……

>「サリエル!」

「サリエル……だと!?」

全ての元凶となった忌まわしき死の天使――
それは分割されてヒーローズに封じられ、核は僕の中に封印されたはずだ。
しかしジョーカーが使う其れは、禍々しい死の化身では無く、まさしく光に愛された存在に見えた。
俗説では悪名高いサリエルだが本来は、癒し手としての力を持ち、生と死の全てを司る最高位の天使なのだ。
乱闘の中、水晶ドクロが足元に転がってくる。

>「それをよこせぇ。たつぞうさまのためになっ!」
>「が、ががぁ……。み……こ…と……?」

憑きものが取れたような態度を見せるヒーローズ。

「そうだ、みことだ! 一体須藤竜蔵に何をされた!?」

>「……ミコト。それをお渡し。僕にそれを渡したら、ここから早く逃げるんだ」

もはやどうしていいのか分からない。
水晶ドクロを持ったままうろたえていると、ちりん、と鈴の音がした。
黒猫がジョーカーに歩み寄っていく。
黒猫は伝承によると……悪魔の使い、悪魔の化身。
そう、あの日僕達を残酷な運命へと誘ったのも黒猫。
僕の中に封印された死の天使サリエルの核。
そして先刻、どこからともなく突如現れた黒猫……。
それは、何らかの理由で封印が緩んだ拍子に僕の中から出てきたと考えられなくもない。

「駄目だ……そっちに行ったら駄目だ……」

ジョーカーが元々癒しの熾天使としてのサリエルをペルソナとして持っていたとして。
死の天使としての暗黒面が分かれて存在していたとして。
それがジョーカーのペルソナと合わさる事であの忌々しい事件が起きたとしたら……。
ジョーカーと黒猫の間に割り込み、無我夢中で水晶ドクロを向ける。

「大夢君に触るなぁあああああああああ!!」
248海棠 美帆 ◇GiRbJTu4qI:2014/02/16(日) 22:12:52.13 0
銀色のシベリアンハスキーを連れた男が雑踏の中を歩いていた。
男はトーラスだった。
彼は歩を止めると悩ましげな顔でウィンドウガラスに映った自分を見つめる。
が、なんと鏡に映ったその顔はまるで別人。

「お前が、向こう側のオレか」
須藤竜子の話では、この世界は何度も繰り返されているらしい。
にわかには信じられない話だが
フリーシナリオのゲームのデータが
分岐点から分かれて複数存在するといった感じなのだろう。
そしてそれを操作しているものが人類全体の無意識。
この世界のジョーカーは、そのゲームをハッピーエンドでクリアしたいらしい。

「だからデジャヴを感じたり、
向こう側の記憶があるものは予言ができたりするわけか」
ぶつぶつと呟く姿はまるで危険人物だった。
今の彼に、以前のような人を食った感じは存在しない。
それもそのはずで彼は須藤竜子にとんでもない命令をされていたのだ。

「やはり、やるしかないのか」
ポケットのなか、握ったリモコンタイプの起爆スイッチを押す。
すると遠方にそびえるビルが
爆発とともに大炎上。

それはテロ行為だった。

「ぐひひ」
泣きそうな顔で笑うトーラスを傍らの犬が見上げている。

「しょ、しょうがないよな?アクエリアス。
これは予言なんだって。
こうしないとインラケチは成就されないんだからさ」
悲鳴。逃げ惑う人々。
トーラスの頭の中ではあの歌が繰り返されていた。

空に瞬く昴の星に、止まった刻は動き出す。
享楽の舞 影達の宴 異国の詠
贖罪の迎え火は天を照らし、獅子の咆哮はあまねく響く。
冥府に輝くは五なる髑髏、天上に輝くは聖なる十字架。
天に昇りて星が動きを止める時、マイヤの乙女の鼓動も止まる。
後に残るは地上の楽園。そして刻は繰り返す……
249海棠 美帆 ◇GiRbJTu4qI:2014/02/16(日) 22:14:07.34 0
水晶ドクロの光のなか、彼女たちの青春は終わるのかもしれない。

スサノの叫びを耳にし、召喚場にたどり着いた海棠美帆は神部の姿をみた。
そしてジョーカー。
海棠はひとめみて月見原をそれと理解した。

水晶ドクロは妖しい光を放ちながら
ジョーカーのイデアルエナジーを吸いはじめている。
否、正確には負のサリエルのエナジーだ。
ゆえに堕天使はもがき血の涙を流しながらスサノを足げりにした。
だがそれもただの悪あがきに終わる。

負のサリエルが封印され、辺りが静寂に包まれると
ジョーカーと海棠が何やらはなし、少女は崩れ落ちて泣いていた。
きっと野中たちのことを話しているのだろう。

「安寧は必ず君にも訪れるから心配しないで」
とジョーカーはいう。

しかし海棠は

「私、エミコを元にもどしたい。
私は私のままでいいから」
そう返し後退りするとスカートの中から拳銃のコルトポニーを取り出す。
すると須藤竜子が、背後から海棠を羽交い締め。

「やめなさいよバカ。イデアルエナジーを取り戻す方法なんて水晶ドクロを破壊するしかないのよ。
でもそんなことをしてみなさい。エネルギーが元に戻るってことはどういうことか。
わかるでしょっ!」

どん!
須藤が海棠の腹部にパンチ。
海棠はうずくまる。
それにジョーカーは悲しげな顔。

「ごめんね海棠さん。
……みことも大丈夫かい?」
スサノを介抱するジョーカー。

「もうっ、ジョーカー!」
金切り声をあげる須藤。
250神部衣世 ◇IPyOZPMOukv6:2014/02/24(月) 00:42:38.99 0
>「……運命を変えるんじゃなくって、変わらないようにするんだよ。 人の運命というものは羽虫の命のようにうつろいやすい。
何か大きな意識を前にすれば簡単に追われ、 圧迫されて潰されてしまう。 だから揺らぐことのないものに変える。
運命じゃなくって人間そのものを変えるんだ。 そのためのインラケチなんだ」

月見ヶ原大夢は大悟している。他者に冒されない確固たる信念を持っている。
彼の絶対的な意思の前に衣世は言葉を紡ぐことができなかった。大夢の目をただ見つめ返すことしかできなかった。
 大夢は沈黙する衣世からそっと離れた。場の静寂が一転したのはその直後だった。

模擬人間、ジョーカー、竜子、須佐野の、一連の動作。

激しい「動」の渦の取り囲まれながら衣世はかかしのように突っ立っている。
争いごとは嫌だ。人が傷つくのは嫌だ。そう思いながらも、衣世の内にあるアクラシエルがサリエルに強く呼応する。
少し前までは現界するのにも召還器という外部装置に頼らなければならなかったものが、
今では意識しなければ外へと放たれてしまうくらい、このペルソナは力ある存在になってしまった。
どちらにせよ制御が危ういという点に関しては五十歩百歩ではあるが。
(どう抗っても私は運命に翻弄され続ける。それが嫌なら大夢君の言うイン・ケラチを成就させればいい……)
無気力感に苛まれる。諦めが大夢の意思に迎合せよと誘う。

「衣世ちゃん、ぼやっとしてちゃだめだよ、折角生き延びたのに死ぬよ」

唐突に肩を後ろへ強く引かれ、衣世はバランスを崩して2歩後ず去る。
時をおかずして今いた場所に銃弾が打ち込まれ、さらにヒーローズの残骸が飛び散った。
「ああ」 それは死ぬ前に息をこぼした。模擬人間にも痛覚はあるのだろうか、死を恐怖しているのだろうか。
無残に手足を失った彼らの体が地面に転がる。ゴミみたいに。
動揺は生まれない。今のこの凄惨な情景はまるで、テレビに映される、どこか遠い国の紛争を見ているようだった。あまりに実感が湧かなかった。

「今までさんざん偉そうなことを言ってましたけども。この状況を生み出した元凶って実は10年前の僕達なんだよねえ」
「…………」
「ペルソナの存在はあの時から、公表されないながらも真面目に取り扱われる分野だった。僕達はどうしても他国に先駆けて研究を始めなければならなかった」
251神部衣世 ◇IPyOZPMOukv6:2014/02/24(月) 00:43:38.74 0
>「それをよこせぇ。たつぞうさまのためになっ!」
>「はぁ、はぁ。あんたのパパの造ったガラクタ。うざったいのよ!」
>「ここは危ないから、君たちはもうお帰り」

その寸劇を遠目に観察しながら、浅賀はかつての被験者へ懺悔とも言い分けともつかない告白を続けた。

「須藤竜蔵は自分の孫すら被検体にするような人格破綻者だけど、政治のセンスと金儲けに関してはずば抜けた才覚があってさ。
あのプロジェクトにはそういった賢い出資者がどうしても必要だった。でも研究者は所詮お勉強しかできない人種でね。
老獪な爺さんにまんまと全てを乗っ取られて、目的が変質してしまった。後はお察しの通り、計画に携わった7割の人間が死んで、
生き残った2割はなんらかの記憶改竄を行われた。最後の1割――僕や大臣達は――今でも事件の尻拭いに徹している」
「私に逃げるなと言ったのも、その尻拭いを手伝って欲しいからだったのですか。私達を好き勝手使った癖に、まだ利用し続けるんですか」
「否定しない。でも逃避は君に何も与えないということも理解して」

遠くでは、騒ぎに乗じてもう一人のペルソナ使いであり……神部をこの世界へ再び招いた少女が――海棠美帆が、姿を表していた。
ジョーカーと彼女の話し合いを神部は聞いた。

>「安寧は必ず君にも訪れるから心配しないで」
>「私、エミコを元にもどしたい。 私は私のままでいいから」

浅賀はプロジェクトの暴走を阻止できなかったことを悔いている。しかしそれは衣世にとり過去の出来事だ。今更捕らわれることではなかった。
では何から逃げてはならないというのか。何が正しく、何を止めるべきなのか。
須藤大臣の思惑は分からない。ジョーカーの願いは理解できる。かといって今まで彼がしてきたことに賛同できるはずもない。
迷い、惑い、同じ場所を巡る。何も解決できないが、一つだけはっきりとした思いが残った。

(もう私みたいにペルソナに振り回される子を出してはならない)

自分と同じ犠牲者を生み出さない為に衣世が選択した道は、ジョーカーにも須藤にも抗うという最も困難なものだった。

>「やめなさいよバカ。イデアルエナジーを取り戻す方法なんて水晶ドクロを破壊するしかないのよ。
でもそんなことをしてみなさい。エネルギーが元に戻るってことはどういうことか。 わかるでしょっ!」
「あらいいの、須藤さん、そんな重要な情報を私なんかに教えてしまって。……イデアルエナジーを取り戻せばみなは再び意識を取り戻すんだね?」

一度分離した魂と身体を再び繋ぎ合わせる。その芸当なら衣世にも二度ほど経験があった。
……ならば彼らにも、望みはある。
その楽観にすぎる未来予測を肯定したのは、以外にも浅賀だった。

「可能性は0じゃなくなるってくらいだけど、幸い我が国の科学は世界でも類を見ないほど発達している。
医者としてもかなり興味のそそられる分野だしね、モノさえ渡してくれたら力は尽くす」
「大夢君、いいえジョーカー。いくらあなたが私の大切な人であるとはいえ、これだけは、絶対に譲れない。分かってとはいいません。
あなたにはあなたの崇高な理想があり、私には果たさなければならない義務がある。でも。
……でも、これしか方法はなかったの?――他人を犠牲にして自分の理想を実現させるだなんて、そんなの10年前の須藤大臣の行為と本質的に変わらないじゃない…!」
252海棠 美帆 ◇GiRbJTu4qI:2014/02/24(月) 00:44:50.04 0
> 「大夢君、いいえジョーカー。いくらあなたが私の大切な人であるとはいえ、これだけは、絶対に譲れない。
分かってとはいいません。 あなたにはあなたの崇高な理想があり、私には果たさなければならない義務がある。
でも。……でも、これしか方法はなかったの?――他人を犠牲にして自分の理想を実現させるだなんて、
そんなの10年前の須藤大臣の行為と本質的に変わらないじゃない…!」

「譲れないもの?義務?」
ジョーカーはスサノを床に寝かせ立ち上がると神部を凝視。
言葉から推測するに、彼女はジョーカーの行いを否定しているかのようだ。

「たしかに、僕は目的のために手段を選ばなかった。そう、あの須藤大臣と同じさ。
でもあの人の心の中にあるのは私怨だよ。
彼は日本が敗戦国となった時からアメリカを憎んでいる。
このトリフネを復讐の道具になり下げようとしている。
たしかにやってることは同じようなことだけど
僕と彼の差は月とすっぽんほどあるんだよ」

その時、月光のような光がジョーカーに降り注ぐ。
するとサリエル(聖)が現れ、少年に仮面と大鎌を与えた。
その変貌した姿はまさに悲しき道化師、ジョーカーだった。

「誰かがやらなきゃこの哀しみは終わらない。
犠牲になった人たちと共に、僕はイン・ラケチを成就させる。
君はきっと、人には人としての幸せがある
と思っているのだろうけど……」

空間に沈黙が落ちる。耳朶をうつ靴音。
ジョーカーは壁際に転がっている水晶ドクロのもとへと歩んでゆく。

「……もしかしたら、ミコトには僕の気持ちがわかるかもしれない。
だって、君は好奇心の塊だから……。
さっきだってイヨのことよりも
好奇心が先にたっていた。
きっと人間がイデアリアンへと進化することを
受け入れてくれるかもしれない。
ね、そうだよね。僕の邪魔はしないよね?
邪魔する理由もないよねミコトには……」
そう語るジョーカーの胸は、悲しみで溢れていた。
自身がミコトに求めている答えは希望的観測だ。
彼女たちと自分は、とうていわかりあえることはない。
それは人として生まれてしまった宿命でもある。

一方で、須藤竜子は剣呑とした顔で、歩くジョーカーの背を見つめている。
その表情が語る通り、やはりその胸中は穏やかではなかった。

「神部の言ってることって、ほとんど宣戦布告じゃないの!?
同じ幼馴染みなのにどうして大夢は神部に甘いのよっ!」
有翼の女神、エリスが大槍を片手に飛来。

「マハラギダイン!」
刹那、大火炎の火柱、炎の壁が
一同に立ちふさがり、
その火力が勢いをましてゆく。

「邪魔者は焼け死ねばいいっ!
いいえ、その前に熱風で肺を焼かれて悶え苦しみ死ねばいいっ!」
炎を操り須藤竜子は満面の笑みを浮かべている。
その姿はまさに災いの女神エリスと言えた。
253スサノ ◆T0eVR7g5H. :2014/02/28(金) 00:39:42.12 0
水晶ドクロが負のサリエルのエナジーを吸い取っていく。
僕は負のサリエルの熾烈な抵抗を受けることとなった。
猫が堕天使の姿になり足蹴をくらわせてくるが、負けるわけにはいかない。
堕天使が無言の断末魔をあげ吸い込まれつくしたのを見届け、がっくりと膝をつく。

>「やめなさいよバカ。イデアルエナジーを取り戻す方法なんて水晶ドクロを破壊するしかないのよ。
でもそんなことをしてみなさい。エネルギーが元に戻るってことはどういうことか。 わかるでしょっ!」
>「あらいいの、須藤さん、そんな重要な情報を私なんかに教えてしまって。……イデアルエナジーを取り戻せばみなは再び意識を取り戻すんだね?」

「そうか、水晶ドクロを破壊すれば……。!! でも……」

たった今、負のサリエルを水晶ドクロに吸収したところなのだ。

>「ごめんね海棠さん。
……みことも大丈夫かい?」

「ああ、どうってことない……。海堂隊員、早まるな!」

大夢君が介抱してくれる。純粋に僕を心配しているのが伝わってくる。
今水晶ドクロを破壊してしまえば、あの時のように再び制御不能の死神が降臨する。
いや、あの時と同じく本人から分離して制御不能ならまだいい方とすら言えるかもしれない。
大夢君が根底の部分であの時と変わらず持っている優しい心を失い、完全なる死神へと変貌するかもしれないのだ。

>「大夢君、いいえジョーカー。いくらあなたが私の大切な人であるとはいえ、これだけは、絶対に譲れない。
分かってとはいいません。 あなたにはあなたの崇高な理想があり、私には果たさなければならない義務がある。
でも。……でも、これしか方法はなかったの?――他人を犠牲にして自分の理想を実現させるだなんて、
そんなの10年前の須藤大臣の行為と本質的に変わらないじゃない…!」

>「……もしかしたら、ミコトには僕の気持ちがわかるかもしれない。
だって、君は好奇心の塊だから……。
さっきだってイヨのことよりも
好奇心が先にたっていた。
きっと人間がイデアリアンへと進化することを
受け入れてくれるかもしれない。
ね、そうだよね。僕の邪魔はしないよね?
邪魔する理由もないよねミコトには……」

>「神部の言ってることって、ほとんど宣戦布告じゃないの!?
同じ幼馴染みなのにどうして大夢は神部に甘いのよっ!」

大夢君――ジョーカーが僕に同意を求めてくる。
負のサリエル……あらゆる人間が潜在的に持つ破滅を望む深層心理の具現化。
僕の好奇心が、それが牙をむく引き金を引いてしまった。
そして今もまた性懲りも無く、好奇心のために――
254スサノ ◆T0eVR7g5H.
「残念ながら理由ならある……。
もしもこの世が完全な世界になったら……探検する場所がなくなってしまう!」

倒れていた僕は立ち上がる。
好奇心は猫を殺すと言うように、好奇心とは元来破滅と隣り合わせの物なのかもしれない。
ジョーカーは世界を破滅させようとしているわけではなく、言わば絶対破滅しない世界を創ろうとしているのだ。

『少女よ、力が欲しいか――?』

「――欲しい!」

スサノオの声が聞こえてきた。
スサノオも大概、大人しくしとけば穏やかに暮らせるものをそれが出来なかった、破滅的な神。

『その力が呪われた破滅の力であったとしても――?』

「望むところだ!」

ペルソナ発動――今までにない強力な力。
僕は今、自分の本当の役回りを知ったのかもしれない。
有翼の女神エリスが飛来し、行く手には、炎の壁が聳え立つ。

「――マハアクアダイン!」

水の壁が炎の壁を迎え撃ち、それと同時にスサノオの大剣がエリスの槍を受けとめる。

「僕はとんでもない勘違いをしていたようだ。
英雄の前に立ちはだかる大魔王は――僕の方だったんだ。
来い! 信念を貫きたいなら……僕の屍を踏み越えて行け!」

考えても誰にも正解の分からない問題は、世界の選択に委ねてしまえばいい。
どちらが正しいかは、神のみぞ知る――だからこそ、全力で立ち向かう。

「イヨカン隊員! 水晶ドクロの回収を頼む!」

水晶ドクロに封印した負のサリエルをどうするかは、後で考えればいい。
もしかしたら浅賀先生ならいい方法を思いつくかもしれない。今はとにかく回収するのが先決だ。