【物語は】ETERNAL FANTASIA〜TRPSU【続く】
2 :
藤岡ハルヒ ◆qLA1or76bc :2006/07/17(月) 22:07:27
2getしたので褒めてください。
4 :
名無しになりきれ:2006/07/17(月) 22:14:30
だが断る
「キミの夢の中にお邪魔しちゃった〜♪」
気付くと、見知らぬ場所にいて、隣には僕に圧し掛かっているはずの少女がいた。
「ここは……どこ?」
「知ってるはずだよ♪」
そこは木々が生い茂る緑深き森。こんな場所……知らない。
対峙する二人の人影。
『久しぶりだな』
『今すぐ立ち去れ、混沌の民よ!』
『この程度か、この程度の奴に……』
「やめろ…なぜ……言う事を聞かない!?」
なす術も無く。狂ったシルフに、サラマンダーに
レプラコーンに、生命の精霊に甚振られる長い銀髪の娘。
『死ね!!』
狂える戦乙女の槍に打ち抜かれ、腰まで届くほどの銀髪が地面に散る。
その情景は夢にしてはあまりにも鮮明だった。
「騙されないよ!全部君が見せる夢なんだよね?」
「違うよ♪ これはキミ自身の心。心の奥深くに眠る
決して表には出てこない闇を引きずり出す……それがファムの切り札
プリンス・ナイトメア」
僕自身の……心?
「悪いけど……君と遊んでる場合じゃないんだ!もう起きる!」
「それは無理♪ 次いってみよーう♪」
周囲の風景が歪み、移り変わっていく……。
大樹の根元によりそうように腰掛ける男女。
一人はまたさっきの長い銀髪の女の子、もう一人は意志の強そうな瞳をした青年。
誰かに似ている……誰だろう。
『ザナック、また人間界に行ってたでしょ?
ダメだよ、ボク達は人間とは一線を画さないといけないの』
『まーた説教が始まった。そんなことよりさ、目ぇ瞑って』
『……え?』
『いいから』
しぶしぶと目を瞑る娘の頭に、青年は大きな葉のあしらわれた冠を載せた。
世界樹の葉の冠、人間の婚約指輪に相当するものだ。
『ザナック……これって』
『ああ、そうだよ』
無邪気に満面の笑みを浮かべる、銀髪の娘の顔は……。
違う……!そんなはずがあってたまるか!?
「何だよ……これ!? ふざけるな!!」
「バカップル見ても面白くな〜い♪ 次♪」
また周囲の風景が崩れ、現れたものは……。
またこの二人だ…。
『……もう一度考え直して! それが何を意味するか分かってるの!?』
『メリィ……、ごめん』
『許さない……許さない、許さない!どうして……人間の女なんかに!
勝手にすればいい!いつか後悔するがいい!』
「アハハ♪ 修・羅・場♪」
「いい……加減…に…しろ……!!」
唯の夢、単なる幻に過ぎないはずなのに……気が狂いそうだ……。
そして、なす術も無く、また場面は移り変わる。
『やはりザナックが…裏切り者だったようだね。メダリオンを世に出してはいけない。
あの家族を抹殺しろ、森の秩序を乱した大罪人だ。一切の情けはかけるな!』
誰……!? 誰だよ、これ! 違う、違う、違う!!
『待ってくれ! こいつだけは……!!』
巨大な地割れを閉じゆくときの彼女は……。
『戯言を……。せめて一瞬で葬ってやる!! ありがたく思え!』
この世のものとは思えないほど……冷たい目をしていた……。
「うわああああああっ!!」
魂が、心が、バラバラに砕け散っていく……。
「キミがその気になればすぐ楽にしてあげるよ?」
「楽に……?」
「そう、全ての苦しみから解放してア・ゲ・ル♪」
ああ。それも悪くないかな……。
そう思ったとき、遠くから歌が聞こえてきた。
「……?」
最初は微かだったけど、次第にはっきりと。
目を開けると、そこは街の一角で、少女が覆いかぶさっていた。
僕は…長い長い悪夢から覚めた。
「ちょっと〜…今日ってば邪魔され過ぎ〜♪マジでムカつくんだけどぉ〜?」
普通に喋ってる。もう【ミュート】の効力が切れたのか。侮れないな。
少女の視線の先を見ると、ライラック商会の受付嬢が他の二人と立っていて、
それはまるで……ロックバンド!? うっそお。
「さあいくわよ!ワッツ、キャリー、今からアタシ達《FRAME HEARTS》のデビューライブだよ!!」
少女が僕から体を離し、立ち上がる。
「ああもう、めんどくさい〜♪」
彼女の姿が、紫色の光に包まれて変化してゆく。
美しく恐ろしい一羽の巨大な胡蝶と姿を変えた!
「精霊獣!? 継承者だったんだ……!! みんな、気をつけて!」
夢の精霊獣は巨大な羽を一振りする。
「みーんなまとめて片付けてアゲルよお♪」
そして、天使のような声で、本気の虐殺の始まりを告げた!
「精霊獣!? 継承者だったんだ……!! みんな、気をつけて!」
夢の精霊獣は巨大な羽を一振りする。
『みーんなまとめて片付けてアゲルよお♪』
妖艶な響きの声がその場にいる者全てに染み込んで来る。
しかしレベッカはリュートを掻き鳴らし、精霊獣となったファムを挑戦的な目で見据えた。
「アンタにゃ無理だね!アタシのココロは…今、ブッチギリに熱くなってるから!!」
「YO♪レベッカ、何時でもイイぜ!?」
ドラムを担当する大男、ワッツがスティックを器用に回して合図を送る。
「私も、準備完了ですわ♪」
大きなノッキングベースを抱えた少女、キャリーもどうやら準備が整ったようだ。
「OKOK♪それじゃあいくよ!たっぷり聴きな!アタシ達の歌を!Shining Tomorrow!」
〜♪〜
未来は何時でも 限りなく(果てなく)
手にした地図には 道なんて載ってないけど
Try againチャンスは 何度でも(掴むさ)
きっときっと 辿り着けるから さあ!飛・び・出・せ GO!!
今ドアを開けて走り出せ まだ見ぬ明日へ
あれやこれや邪魔も入るけど ブッ飛ばして
隣には君がいて 笑ってくれるから
ボクはゼッタイ!強くなれる!
明日は必ず 輝いて(煌めいて)
時には転んで 凹んでしょぼくれるけど
Fry awayもう一度 飛べるさ(何処までも)
もっともっと 強くなれるから!
未来は何時でも 限りなく(果てなく)
手にした地図には 道なんて載ってないけど
Try againチャンスは 何度でも(掴むさ)
きっときっと辿り着けるから
さぁ!カ・ガ・ヤ・ク明日へ!(Shining Tomorrow)
未来へ!(Shining Tomorrow)
君とボクと 2人で行けるさ!!
〜♪〜
『く………ぁ……こん…な……歌…』
ファムが苦しみの声をあげた。レベッカの歌の威力が、メダリオンを上回ったのだ。
「えぇーッ!?ちょ…嘘でしょ!効いてるの!?」
パルスは驚愕のあまり、思わず叫んでしまった。当然といえば当然の反応である。
『ああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!』
絶叫するファムが手当たり次第に周囲の建物を破壊していく。
『認めない認めない認めない認めない認めないこんな歌なんかーッ!!!!』
「アンタの歌に、魂の火は燃えてる!?アンタの歌に、自分の心はあるの!?」
レベッカがファムを指差し、怒鳴る。
「自分の魂に嘘ついて唄っても、アタシの心は砕けないんだよ!!」
『………うる…さい……うるさいよオマエ…』
「アタシはね、誰からも認めてもらえなかった!アタシの目指した歌は世の中の歌とは違ったから!」
レベッカは屋根から飛び降り、そのままゆっくりとファムの方へと歩き始める。
「ちょっ!?レベッカさん危ないよ!?」
「喧しいッ!!」
「え…エェーッ!?」
止めようとするパルスの手を振り払い、一喝すると再び歩いて行く。
「だけどね、アタシは諦めたりしなかった!自分の魂に嘘ついたら負けだって分かってたから!」
『………………………』
「アンタだって分かってんでしょ!そんな歌を唄いたいんじゃない!アンタがマジで唄い
たい歌を唄いなよ!誰のものでもない、アンタだけの、アンタの歌を!!!」
すぐ側にまで詰め寄り、レベッカが一気にまくし立てる。ファムは身動きすら出来なかった。
レベッカの言葉、自分の唄いたい歌……
精霊獣の姿がぼやけ、ファムの姿に戻る。
「そのリュート、飾りなんかじゃないでしょ?弾いてごらんよ、魂が教えてくれる」
「……た…まし…い?」
茫然自失のファムがボソリと譫言のように呟く。そして、その瞳から涙が零れた。
――ファムの歌でママはいつも元気になれるのよ?
『ファムはね〜ママが元気でいられる歌を、た〜っくさん唄うね♪』
――ありがとう、ファム…大好きよ…
『大好きだよママ♪ファムだけのとっておきの歌、唄ってあげる♪』
「…ファムだけの……歌?」
「あぁ!アンタだけの歌だ!!絶対に唄える!!」
ファムの両肩を掴んで、レベッカは揺さ振る。
「ファムっていうんだね。アタシはレベッカ、いつか世界一の楽士になる女だよ!」
「…レベッカ…ダメ…もう……ファムには……唄えないよ…」
わなわなと震えながら被りを振るファムに、またもやレベッカが激を飛ばす。
「絶対に唄えるッ!!!」
「だって……だってもうママはいないんだもん!!みんな!みんな死んじゃったんだもん!!」
「ファム!!」
頭を抱えて悶え苦しむファムのメダリオンが強烈な輝きを放つ。
『みんないなくなれええええぇぇえ!!!』
―たったったった…
一定のリズムで時計塔内部に足音が響く。
「はぁ…はぁ…」
時計塔の最上部を目指して5分程度。螺旋階段を駆け上がる。
「ちっ…階段が長過ぎる…。重労働だ…」
愚痴の様な独り言を呟きながらヒロキは走り続けた。
「待ってろよ…雷鳴のメダリオン。絶対…絶対に…!」
今まで以上に早く走る。マントがなびき、汗がどっと吹き出る。
「はぁ……はぁ…」
時計塔最上部の手前で止まる。息を整え集中する為に。
左手の銃に力を込めいつでも撃てる準備をする。接近戦用のナイフも右手に持っている。
「よし…いく…ぜ!?」
言いかけた瞬間に最上部から矢が飛んでくる。身をかがめ一気に最上部へと出る。
最上部の中心には…不気味に笑う派手な服の男がリピーターを構え立っていた。
「貴方が…ヒロキですか」
「っ…!?何故俺の名前を知ってやがる…」
不意の問い掛けに驚きつつも左手の銃を男に向けて構える。
「とある街の銃士ギルドで『閃光と斬撃を兼ねし者』とまで呼ばれた貴方を僕が知らないとでも?」
「ちっ…そんな所まで知ってやがるのか。なら俺が何を探しているのかも知っているな?
お前の持つ《雷鳴》のメダリオン…俺に渡しな」
『みんないなくなれええええぇぇえ!!!』
ファムは再び精霊獣へと姿を変えた。
「きゃあ!」
レベッカさんが風圧で吹き飛ばされる。
「ファムの唄、聞きたいよ……!」
「ファム!」
僕は精霊獣と化したファムの前に立ちはだかった。
「お母さん、ファムのことみて悲しんでるよ!!」
『うるさい! だまれ!! ママはもうどこにもいない!』
次の瞬間、巨大な羽を叩きつけられて倒れ伏していた。
それでも立ち上がって叫ぶ。
「それは……違う! 今からお母さんに会わせてあげる」
『ふざけるな!そんなのできるわけない!』
今度は吹き飛ばされて建物の残骸に突っ込む。瓦礫から這い出して……
ファムの方に歩みを進める。
「できる!……できるよ。人が死んでも、心は決して消えない!
強く、強く、願って! お母さんの魂を呼ぶんだ!」
『本当に…会えるの?…ママ……会いたい……もう一度、ファムの唄聞いてよ!!!』
霊法師のもう一つの力、それは精霊を自分の体に乗り移す能力。
人が死んだ時、その精神の精霊は再び世界へと散る。精霊は無数にして唯一つの存在。
ファムは少女の姿に戻って叫んだ。
「ママ……どうしてファムを置いて死んじゃったの!?
会いたい……もう一度だけでも、会いたい!!!」
ファムの想いに応え、今は亡き者の心のカケラ、精神の精霊が集まってきた。
いける!
「御霊よ! 我が身に、入れ!!!」
ファムのお母さんの心が流れ込んでくる!
僕は自分の意識を捨て、全ての領域を明け渡した。これが僕のできることの全て。
あとは……ファム次第。
ファムの目の前に、懐かしい姿が立っていた。ファムは目を何度も瞬き、呟く。
「……ママ?……ママなの!?」
「何してるの、ファム!? 貴方の人を元気付ける唄はどこへいったの!?」
「だってぇ……ママ死んじゃったんだもん、誰に聞かせればいいの?」
ファムは泣きじゃくった。
「ファムの唄を必要とする人なら、たくさんいる」
「本当?」
「本当よ。貴方は……たくさんの人を殺めた。
だから、これからは、償いなさい。その唄で、もっとたくさんの人を救いなさい」
ファムは、目の前の人物に抱きついた。
「ママ……ファムのこと、ずっと見てたんだ……」
「そうよ。今までも、これからも、ずっとね。
もう行かなければ。ファムと話せてよかった」
「嫌だよ、ママ……」
「我が侭言わないの。ファムはいい子でしょ?
ママをもう一度ファムに会わせてくれたこの人、心に深い闇を抱えてる。
聞かせてあげて。いつか……乗り越えられるように」
「ママ……分かったよ。ありがとう」
突然意識が戻ると、僕はファムと抱き合っていた! うわああ!? 何故に!?
そういえば何してたんだっけ?
「きゃあ♪ エッチ!何やってんの!!」
「あ〜れ〜〜!!」
ファムに力の限りつき飛ばされる!
ずざざざーと地面をスライディングしつつ、気付いた。
ファムの様子が、今までとどこか違う。
ああ、そういえば……ファムのお母さんに意識を明け渡して……。
「やったね!…いきなり女言葉で喋り始めた時はどうしようかと思ったけど」
そう言って、レベッカさんが含み笑いをしつつVサインを決める。
やったんだ、ファム……救えたんだ!
「レベッカさんの唄が救ったんだよ!」
そう言って、Vサインで返すと、リュートを抱えたファムが尋ねた。
「ファムの唄、聞いてくれる?」
「「もちろん!」」
二人で声をそろえて大きく頷いた。
ファムの歌声を聞きつけて、街の人々が集まってきた。
だが、人々の顔は怒りにゆがみ、手には武器を持っていた。
「この、悪魔!」
「お前の呪歌のせいで、あたしの母さんは…絶対許さない!」
人々は思い思いの武器を構え、じりじりとファムに迫ってくる。
「なあファム、アタシ達と来ないか?バンドに入って一緒に唄うんだよ!」
レベッカが笑いながらファムの手を取る。
「……え!?………いいの?」
「当たり前でしょ?なぁワッツ、キャリー!構わないよな!?」
レベッカは屋根から降りて来る2人に尋ねる。2人共笑顔で答えた。
「んぁ?オレは構わないゼ?ツインヴォーカルってのも悪くねぇ」
「勿論、私も賛成ですわ♪フロントにリュートが2人いれば曲にも幅が出ますもの♪」
パッと顔を輝かせ、レベッカがウインクする。
「よぅし決まりッ!今日からファムも《FRAME HEARTS》のメンバーだ!!」
「ファム…が…?」
「そう、仲間だよ!!」
「な…かま…」
ファムがずっと探し続けていたもの…
(ママ…ファムは唄ってもいいんだよね?ファムの歌を)
絶望の暗闇の中をさ迷い続けた少女の心に、一筋の光が射した。
全てを奪われ、明日を見失った少女に希望の手が差し延べられた。
(唄うよ…ママ!ファムの歌を唄うよ!)
少女は差し延べられた手を掴もうとして…
掴む事は出来なかった。
街の人々が集まってきた。だが、人々の顔は怒りにゆがみ、手には武器を持っていた。
「この、悪魔!」
「お前の呪歌のせいで、あたしの母さんは…絶対許さない!」
人々は思い思いの武器を構え、じりじりとファムに迫ってくる。
「待って!そりゃ確かにファムの歌は沢山の人を傷付けたよ、でも…」
「うるせー!あの小娘を捕まえるんだ!」
群衆は既に暴徒と化していた。止めようとしたレベッカは突き飛ばされ、ファムは羽交い締めにされる。
「…あ……ぅぁあ……!」
ファムのメダリオンが再び、不気味に輝き始める。
「ダメだよファム!!アンタはもうさっきまでの人殺しじゃないんだ!!」
「レベッ……カ……」
ファムがレベッカに手を延ばし、レベッカもその手を取ろうとした瞬間、群衆は深紅の焔に飲み込まれた。
「…ファムゥゥーッ!!!」
爆炎に弾き飛ばされたレベッカが、炎の中に残されたファムに向かって絶叫する。
「精霊獣!?あれは…マグナシア!まずい!みんな、早く逃げて!!」
パルスの目線の先には、深紅の獅子が居た。燃え盛る炎の渦の中、兇悪な眼でパルスを睨みつける。
『グルルルルルルルルル……』
低く唸りながら、炎の渦を抜け獅子はその姿を現した。
『オモイダシタゾ…オマエハ…アノオンナトイッショニイタ…』
「え?僕の事!?知らな……あぁーっ!蠍の爪のーッ!!」
パルスは先程ファムが殺そうとしていた赤毛の女性の顔を思い出した。
(うわぁ…なんで気が付かなかったんだ!僕のバカーッ!!)
『…アタシノイカリハ…コンナンジャ……オサマラナインダヨ!!!』
「レベッカさん!早く逃げて!」
パルスが叫ぶが、レベッカは立ち尽くしたまま動かない。
「くそぅ…僕が何とかするしかないよねッ!!」
パルスは精霊獣と対峙する。
『ゴアアアァァァァアアア!!』
深紅の獅子は吠えた。その怒りは全てを焼き尽くす地獄の業火……
「……痛ッ…!?」
しまった!意識が飛んじまってた!どれくらい俺は……公国軍!?
遠く見えるのは、死の軍隊。ざっと見てもゴレムが6騎…このままじゃ街は……
そうだ、ヒューアさんは?…いない!?
まさかさっきの砲撃で?いやそんな訳ない、あの人が大砲程度で死ぬ筈がない。
それじゃあ一体何処に?
クソッ、今はそれどころじゃないんだった。奴らを止めなきゃ…街を守るんだ!!
メダリオンはまだ使える。ヒューアさんはやめろって言ってたが、今使わなくて何時使うんだ!!
「来い!ルールーツ!俺に力を貸せ!!」
メダリオンが強烈な光を放ち、俺の身体に力が流れ込んでくる。
意識を研ぎ澄まし、精霊獣と1つになる。
凄まじいエネルギーに体が融け合い、俺は…別の姿へと変わっていく!
『オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!』
解放が終わり、俺は精霊獣ルールーツとなった。すまねぇヒューアさん、俺は街を守り抜く!
そのためなら、この体がどうなったって構うもんか!俺は『砕く拳』のリッツ、公国をブッ潰す男だ!!
「ほう、ルールーツか…以前倒した時とは姿が違うな…」
黒騎士!やっぱり生きてやがったか!!
「さて、部隊も到着したようだ。さっさとお前も片付けるとしよう」
片付ける?………テメェ、ふざけやがって!
『ソコヲドキヤガレ!クロキシィーッ!!』
地を蹴り一気に間合いを詰めると最速の連撃を叩き込む!防御なんざさせてやらねぇ!
速攻で捻り潰す!時間が無いんだ、終わらせるぜ!黒騎士!!
「ふむ…姿こそ違えど、やはり精霊獣か…侮れんな」
『ズイブントヨユウジャネェカ!!』
「当然だ、余裕なのだよ。私の剣は“何を斬る”か知るまい?」
『…グ……ァッ』
ずぅんと音を立てて、少し離れた場所に俺の右腕が転がった。
マジかよ…大砲の直撃にすら耐えるルールーツの身体を…“斬った”!?
「黒剣インヴァルシュヴァルト…その切れ味、とくと味わえ」
黒騎士は剣を振り、血を払うと俺にその切っ先を向けた。
夜の帳が下りた街を、地獄の業火が紅く染める!!
僕は荒れ狂う真紅の獅子を見据え、言霊を紡いだ。
「【エレメンタルウェポン・ウンディーネ】!!」
本当は恐くて逃げ出したかった。一人で精霊獣と戦ったことなんて無かったから。
最近はいつも前に最強のバニーガールがいて…。
「ウンディーネ、シルフ、僕に力を!!」
でも、彼女は今はいない。いや、いなくて……よかった。
「【フライト】!!」
精霊力を結晶化して作り出した巨大な水の鎌を掲げ、風に乗った!
一歩でも引く素振を見せれば見境なしに辺りを燃やし尽くすだろう。
そしたらレベッカさん達が危ない。だから、行くっきゃない!
『ツッコンデクルカ!ココマデバカダトハ…!!』
真紅の獅子は巨大な前足を振り上げた!
「ほっとけ!【フル・ポテンシャル】!!」
生命の精霊が活性化し、身体能力が飛躍的に向上していく。
横になぎ払われた前足の同線が見えた!
普段なら見ることすらできなかったであろうその一撃を掻い潜り、
手に持った青い輝きを放つ水の鎌を振り下ろす!!
輝く水滴が散り、真紅の獅子が苦悶の声を上げる!
『キサマ……ユルサン!! モエツキロ!!』
その声と同時に、真紅の獅子の体全体が燃え上がり、灼熱の炎に包まれていく!!
炎が燃え盛る轟音と共に、視界が紅く染まる。
「きゃあああ!?」
レベッカさんが悲鳴をあげるのが聞こえた。でも大丈夫、これぐらいでやられてたまるか!
『クズガ……』
「危うくこんがり焼けるとこだったよ!」
とっさに唱えたのは【ウォーター・スクリーン】。体全体に水の膜をまとった僕は
真紅の獅子の背後へ回りこみ、上空から滑空して切り込む!
『イキテイタノカ…コンドコソ!』
熱気に息が詰まってきた。水の壁を作り出すには精霊力が足りない。
でも……負けるわけには、いかない!
「らあッ!!!」
炎に炙られ、水が蒸発する音が響く!
蒸発した部分を即座にウンディーネが修復してゆく。
『サッサト……シネ!』
僕は焦っていた。武器であり防具である水の精霊力の消耗が激しすぎる!
修復する精神力が無くなったら、一貫の終わりだ。
その前に倒さないとみんな死んでしまう!
精霊獣がその牙をむき、巨大な口を大きく開いた!
全てを焼き尽くす炎の息が……来る!!
灼熱の獅子の中でのたうちまわる黒い影、怒りの精霊フューリー。
(そうか!短期間の間に精神に作用する呪歌やメダリオンの効果を受けたから…)
パルスは近くの噴水から、ありったけの水を集めて壁を作る。
(防ぎ切れるかどうか…一か八か!)
水の障壁が完成するのと同時に、全てを灰に帰す紅蓮の津波が押し寄せる!
「う……ぁ…!」
炎と水がぶつかり合う事で発生した水蒸気が、街を覆って行く。
(もう少し…もう少しだ!)
局地的な濃霧に覆われた商店街の一区に、水の精霊ウンディーネが集まって来る。
パルスは霧をウンディーネ達の通り道にしたのだ!!
『……ナンダ?カラダガ…オモイ……!?』
「ハァ…ハァ…やっと、できた…これで……」
『オマエ…ナニヲシタ!?』
額に大粒の汗を浮かべ、パルスは息を切らしながら獅子に応えた。
「君は炎の精霊獣でしょ?だから…その周りを水の精霊で囲んでしまえば……力を弱める事ができるのさ…」
【ウォータースクリーン】は決して高等術ではない。
しかし、炎の精霊獣による攻撃を防ぎ続けるのは、並大抵の精神力では不可能だ。
今やパルスは限界に達していた………
どこからか、天使のような歌声が聞こえてきた。
「そんな……こんな事って……」
レベッカが喘いだ。
ファムだった。
炎の向こう側で、業火に焼かれながらもファムは歌っていた。
それは狂気を誘うものではなく、人々を癒すための呪歌だった。
自分のために歌ったとしたら、あるいは業火の中からでも生還できたかもしれない。
だが、ファムはそうしなかった。
限界に近かったパルスの身体に、再び力が宿る。
『コザカシイマネヲ・・・・シネ!』
炎の勢いが更に増した。
歌は次第に細く途切れがちになり、やがて炎の中に消えた。
(歌えたんだ…本当の歌を……よし!僕だって!!)
パルスの魂に希望と勇気の灯が燈る!
「まだまだこれからだ!精霊獣!!僕は絶対に諦め……うわーッ!!」
雨のように降ってくる火の玉にパルスは吹っ飛ばされてしまった。
「くそう、まだまだー!!」
フラフラになりながら立ち上がって、精霊獣に向かって行く。
『シネェ!!』
超特大の火の玉が発射された!
『ゴアアアアアアアアアアアア!!!!!』
獅子の身体が膨れ上がる!周囲の温度が急激に上昇して、乱気流が吹き荒れた!
「しまっ……た…霧が…」
(まずい…もう精神力が残ってない…魔昌石も……)
魔昌石も【フルポテンシャル】等の連続詠唱で使い果たしたばかりだ。
戦う力は既に尽きた。パルスは悔しさに涙が零れた。
『ソロソロキエナ…エルフ!!』
獅子が再び大きく息を吸い込む。次の瞬間には灼熱の吐息が身を焼くだろう。
パルスはギュッと目を閉じ、死を覚悟した。
「!!…………………あれ?」
いつまで経っても、炎の吐息は襲って来ない。パルスがそっと目を開けると…紅い翼が見えた。
『ナンダオマエハ!?』
「私ですか?そうですね、まだ…名前を決めておりませんので、どうとでもお呼び下さいな」
パルスの目の前に立つ、真紅の翼を持つ“女性”が獅子に答える。
その後ろ姿はパルスの知っている楽士の“男性”に酷似していたが…その美しい声は“女性”のものだ。
「れ…レーテさん…なの?」
思わず問い掛けるパルス、紅い翼の女性はゆっくりと振り返り微笑む。
「はい、つい先程までは」
「イルヴァン!駄目です!!どうして貴方が消えて無くならなければいけないんです!?」
レーテはイルヴァンにしがみつき、泣いた。
『レーテ…これは運命なのだ…だが我輩は満足している……お前に会えて良かった』
優しく諭すように、イルヴァンが語りかける。
徐々に消え始める身体を決して離すまいとその手に力を込めるレーテ。
「私は……貴方と……生きたい!!ずっと!ずっと一緒に生きたい!!!」
泣きじゃくりながら自らの想いを叫ぶレーテを見て、イルヴァンは決心した。
紅星龍の願い、レーテが願った事をイルヴァンは叶えていなかった…
何故なら、それはイルヴァンが願い続けた事だったから…
だから…イルヴァンは今度こそ願いを叶えると決心したのである。
『その願い、叶えよう!ずっと…永遠に共に生きよう!レーテ、我輩はお前の願いを受理したぞ』
紅い光がイルヴァンとレーテを包み、やがて光が消えた跡には、1人の女性が立っていた…
人でなく、龍でもない“紅き龍の巫女”その誕生である!
「歌が…止んだ……?レベッカさんに何か!?」
紅き龍の巫女はレベッカの歌が聞こえていた方角を見て、翼を広げる。
「ありゃなんだ!龍人か!?」
「あの人、羽が生えてるよママーッ!」
周囲の人々が驚きの声を上げる。しかし、紅き龍の巫女は無関心だった。
今の彼女には、あの人懐っこい元気な少女の事しか考えてる余裕は無いのである。
(急がなくては…しかし、悪意の歌も止んでいる……一体何があったのでしょうか…)
風を切り裂き、一直線にレベッカを目指す。やがて霧に包まれた商店街が見えて来た。
炎が燃え盛り、乱気流が吹き荒れるそこにいたのは彼女が知る触角の霊法師!
そして、炎の渦を呆然と眺めるレベッカ!
(居た!レベ……あれは!?)
触角の霊法師と対峙するは、深紅の体毛に炎を揺らめかせる灼熱の獅子!
今にも獅子の攻撃によって、触角の霊法師は絶対絶命の危機に瀕しているではないか!
「そうはさせません!」
獅子の口から灼熱の吐息が吐かれた瞬間、紅き龍の巫女は稲妻の如き速さでその間に飛び込んだ。
「今の私はレーテではありません。パルスさん、少し下がって。巻き込むといけませんから」
そう言うと紅き龍の巫女は再び灼熱の獅子を見据え、凜とした声で告げた。
「いますぐにこの場から立ち去って下さい!そうすれば命までは取りません!」
『……ル……ナ…』
「え?今何とおっしゃいましたか?」
『フザケルナァアアアアアアッ!!!』
獅子の咆哮と共に爆発的な勢いで炎が燃え上がる。しかし紅き龍の巫女は動じない。
「紅き災いの龍より祝福を受けし我が身を灼く亊、能わず…です」
「炎が…吸い取られてる!?」
パルスが唖然として呟く。獅子の身を包む炎は、紅き龍の巫女の翼に吸収されているのだ。
『!?…バカナ!ホノオハアタシノオモウガママダッタノニ!!』
「火を以って灼く、この理に於いて私は貴女より優れているが故に炎は私を選んだ…」
紅い翼が大きく広がり、炎の粉塵を煌めかせる。
「…ただ、それだけの亊です」
火炎の毛皮を剥ぎ取られ、獅子は赤毛の女に戻っていく。
「火に善し悪し在らず 唯々燃やし灼く亊のみ 悪しき在らば 其は火を焼べる者なり……です」
精霊力を使い果たした赤毛の女は倒れ込み、動かなくなった。
もう、嫌なんだ…誰かが死ぬのを…誰かが傷付くのを…見るのは嫌だああぁッ!!
ドクンッ!
熱い何かの鼓動…お前は……そうか…お前だったんだな…
今までありがとう、ずっと俺を助けてくれてたんだよな?
初めてこうして話をするのに、なんだか変な感じだよ。ずっと一緒にいたのに…
え?奴の剣?あぁ、分かってる。お前の腕を普通にぶった切るなんてな…
そうか、よっしゃ分かったぜ!安心しろよ、俺があの剣をへし折ってやるさ!
なぁに、お前と一緒なら絶対にできる!やってやろうぜ!あのクソッタレに教えてやるんだ!
“俺達”の強さを!!
『黒騎士、こいつで終わりだ…もうこれ以上テメェと遊んでる時間は無ぇんだ』
「な…何だ?お前は……一体、何者だ…」
黒騎士の奴、うろたえてるな。今ならテメェをブッ倒せる!影の技も、剣の事も把握済みだ。
この姿になったんだ、ここでテメェを潰して、軍隊もブッ潰して!街を…俺のもう1つの故郷を守るんだ!!
リッツと黒騎士の戦いを、遠くから見つめる人影が2つ。
「珍しいものを見たね、アレってルールーツだよね?」
「そうだね、しかも本来の姿だよ。適合した人間は誰だろ?」
「ねぇ、見にいこっか?ケテル」
「ダメだよネツァク、僕達はティフェレトの手伝いに来たんだからね?」
「ちぇ〜、なんで僕達がこんなところまで来なきゃいけないのさ〜?」
「仕方ないよ、ティフェレトがちゃんと仕事をしないから」
「でも、ティフェレトのラーが消えちゃったよ?さっきまではあの辺にいたのに」
「多分、下に行ったんだ。だから感じる事が出来ないんだと思う」
「そっかぁ〜、じゃあ僕達も急ごうよ。ティフェレトはちゃんと埋めてないんだもんね」
「そうだね、だからこんな事になるんだ…アグネアストラが人間に見つかったらどうするんだろう」
「その時はまたイルドゥームを起こして闘わせれば良いんじゃない?」
「多分…無理だね。イルドゥームはもう3回も分離してるんだし。勝てないと思うよ?」
「じゃあ僕達が倒すしかないじゃん!」
「うん…だからティフェレトには困ってるんだよ。とりあえずあの街は壊して埋め直そうか」
「よ〜し、ドカーンて掘っちゃうよ〜」
「ハァ疲れるなぁ…中間管理職の哀愁ってヤツだね」
「ちゅいきゃんきャ!?…ちたかんら〜」
白銀に輝く人型の存在、それが精霊獣ルールーツの真の姿。
輪郭は無く、純粋なエネルギーそのものの集合体は、眩しい光を放ちながら立ち上がる。
《精霊昇華(スピリットフォース)》
精霊獣と完全に一体化し、その真の力を引き出す継承者だけに許された究極の進化。
『黒騎士、これで終わりだ…』
「貴様…何を……ぐあああああああ!!」
突然、黒騎士が苦しみだした。それだけではない、周囲の草や木も、枯れ始める。
『命は…あらゆるモノに宿ってるんだ。ルールーツが何の精霊獣だか忘れたか?』
「…ま…さか…」
黒騎士がどさりと倒れ伏す。龍人といえど生命力を奪われてはどうする事も出来ない。
名を聞いておこう 私は国の為に戦っている! ディオール様、良い紅茶が入りました
私は世界に復讐する!! この剣が何を斬るか知っていよう 俺はリッツ!砕く拳のリッツだ!
お前にも働いてもらうぞ黒騎士
「……ぐ…ぬおおぉぉおお!!」
渾身の力を振り絞り、黒騎士は立ち上がる。甲冑の留め具が弾け飛んで、彼の素顔が顕れる。
『……!?』
「よくも…よくも私を操ったな…ジュリアアアアスッ!!!」
憤怒の表情で右手を天に翳し、手の甲にある黒い鱗から巨大な翼が現れた。
『黒…騎士?』
「リッツ!勝負は一旦預ける!私は奴を止めねばならん!!」
『奴を止める?…って一体どういう事だそりゃ!?それにテメェは…』
「お前もレジスタンスの1人なら知っているだろう!この街の地下に“何が在る”のかを!」
『テメェら!そんな事まで!でもあのバカでかいゴレムは壊れたまんまで動かねぇよ』
「ゴレムだと!?お前は本気でそう思っているのか!あれはゴレムなどではない!あれは…」
「はいそこまで〜」
黒騎士の言葉を遮ったのは、見馴れぬ奇妙な衣服に身を包んだ2人の子供だった。
『な、何だテメェら?』
「どうする〜?もう人間達に見つかってるっぽいよ、ケテル」
「らしいね、面倒臭いなぁ…“処理”しなきゃ。いくよ、ネツァク」
そう言うと、2人の手に何処からとも無く剣が現れた。
「アハハ、こいつら僕達《十剣者》と戦り合うつもりみたいだよ!笑えるね、ケテル」
「人間風情が、随分と調子に乗ってるようだね、ネツァク」
謎の子供達2人と、リッツと黒騎士が激突する!!
〜♪〜
限りない願いは いつか夢見た未来に
きっと… 届くよ!
同じ夢を見た君と ずっと歩けるのならば
どんな苦難の道でも 必ず乗り越えられる
ひび割れた空に 一欠片の希望を
投げ掛けて
限りない願いは いつか夢見た未来に
きっと… 届くよ!
信じる気持ちが 無限の力に変わって
きっと きっと 君の中で
ずっと ずっと 燃え続ける!
さぁ!立ち上がれ さぁ!走り出せ!!
〜♪〜
レベッカの歌が響き渡る。ほんの僅かな時間ではあったが、確かに通じ合った友に向けた鎮魂歌。
涙を流しながら、声を枯らしながら、レベッカは唄う。
「レベッカさん…きっとあの子は、唄ってるよ…きっと…」
パルスも拳を握り締め、夜空を見上げた。
満天の星空にレベッカの歌が届くようにと、願いながら。
「シルフ、届けてあげて…【ウインドボイス】」
最後の精神力を振り絞り、風の霊法を発動させた。
声を遠くまで運ぶ霊法、それは今のパルスにできる“たったひとつの”贈り物。
「とりあえず、まだ生きてます。精霊力を使い果たしたのでしょうね」
紅き龍の巫女は、倒れた赤毛の娘を担ぎ上げると、翼をはためかせた。
「何処に行くの?」
「診療所へ運びます。怪我は大した事はありませんが、休める場所は必要でしょう」
「でもこの騒ぎだよ?診療所も多分混雑してると思う。それに、その人は…」
バツが悪そうにパルスが口ごもる。そう、この赤毛の娘はメダリオンの持ち主なのだ。
「お?パルスじゃねーか、大丈夫か?」
路地からひょっこり現れたのはDだった。全身至る所から血を流した跡がある。
「ちょ!?Dさんこそ大丈夫なの!?凄い怪我してるじゃない!!」
「あ?これか?別にどうってこたぁねぇよ。メダリオンの保有者なら、すぐに直る」
慌てるパルスを尻目にDはケロリとした感じで答えた。
「メダリオンの反応を追って来てみたら…まさか2人もいやがったとはな…」
難しい顔で頭を掻き、Dは呟いた。
これでメダリオンは…
《灼熱》《疾風》《光輝》《激震》《水流》《深緑》《蒼氷》《夢幻》
の、計8枚が同じ場所に揃った事になる。
夜空に聳え立つ時計塔を睨み、Dが静かに口を開いた。
「さてと、次は時計塔だな……ヒロキの奴、無事だといいんだが…」
「ずっと……忘れない」
歌い終わったレベッカは、地面に何かが落ちているのに気付いた。
それはファムのリュートだった。
灼熱の火炎に焼かれたにも関わらず、全くの無傷で。
「うそ……」
拾い上げようと手を伸ばす。指先が触れた瞬間。
――娘よ――
何かが、レベッカに語りかけてくる。
「……!? 貴方なの?」
レベッカは両手に抱えたリュートを見つめた。
――初めまして。私は星晶の瞳――
「星晶の……瞳?」
――はるか昔、私は忌まわしい呪いをかけられました。
それから数百年にもわたり、不幸を背負い、世界の全てを怨んだ者に
受け継がれてきました。でも、たった今、呪縛は解けた。
ファムが最期に自分の唄を取り戻す事ができたから――
そう、漆黒の常闇では無い、輝く星空、それがアーシェラの瞳二作目の真の姿だったのだ。
「……ファム……」
――娘よ、私の弾き手になってくれませんか?――
「弾き手……アタシが?」
――ファムを救ってくれた貴方なら、任せられます――
レベッカは笑顔で大きく頷いた。
「なるよ、当然でしょ! アタシに任せなさい!」
――ありがとう……――
「ファム、あんたの分まで……歌うよ!
そして、世界最高の楽士になってみせる……!」
友から受け継いだリュートをしっかりと抱え、レベッカは夜空に向かって誓った。
「雷鳴のメダリオンですか…貴方はまだ諦めないのですね?適合者になれなかった物をまた…」
――まただ…。何故この男は俺の過去を知っていやがるんだ!?
「黙れ!俺は過去を捨てたんだ!今は…新しい運命を開く為に…そのメダリオンが必要なんだ」
自分の過去を知る男に銃を向けつつも気はそれていた。何故過去を知っているのか…。
それが不思議で仕方ない…そう思った時だった。
「戯言を…。君では僕には勝てないですよ…」
言い様に目の前の男がリピーターの引き金を引く。
全く油断していた俺は急所である心臓を外すのが精一杯だった。
「っ…!!!」
左肩を霞めた矢が後ろの壁に刺さる。血が服に染みだし痛みが走る。
「ほぅ…心臓を外しましたか。しかし今のは僕だけの力です…。
《雷鳴》メダリオンの力を使えば…貴方を楽にころしてあげましょう…。
この『魔弾の射手』リゼルがね…」
リゼルが不気味な笑みを浮かべ再びリピーターを構える。
「なっ…!?公国軍のリゼルか…。厄介な奴だ…。
だがな、今の俺はDやパルスの為にも負けられないんだよ」
痛みに唇を噛みながら左腕を上げ…リゼルを睨みながら銃を向けた。
「アハハハハハ、貴方は愉快な人だ。この期に及んで、まだボクに勝とうと思っている」
リゼルは余裕に満ちた顔でヒロキを見る。更にクロスボウを仕舞ったではないか!
「貴様…何のつもりだ!?」
「何のつもり…ですか?簡単な事ですよ、貴方を“片付ける”のにコレは必要ないですから」
「…貴様!!」
ヒロキが疾風迅雷の一撃を繰り出す!しかしそのナイフは空を切っただけに終わった。
(何だ?確かに俺のナイフは奴を捉らえた筈なのに!?)
「くっ!」
続けざまにもう一撃、だがこれも虚しく空を切るだけだった。
「クソッ!!」
銃を撃つ為に狙いを定めようとして、ヒロキは異変に気付いた。
まるで、何かに引き寄せられているかの様に、腕が引っ張られているのだ。
(な…!何だこれは!?どうなってるんだ!?)
「ハハハ、不様なダンスですねぇ。ほら、もっと腰を入れて」
リゼルの蹴りが容赦なく腹に叩き込まれる。
「ぐぁッ!!」
(身体が思うように動かない!何故だ!?)
ヒロキは焦る。今まで戦ってきた敵とは別次元の存在に、身を潜めていた恐怖がじわりと這い出して来る。
「成る程、金属繊維を編み込んだ防弾マントですか。随分と高価な品をお持ちのようで」
リゼルの言葉にハッとする。“金属繊維”!!
「そうか…そういうカラクリかよ……」
ヒロキはそう言うと、マントを脱ぎ捨てた。異変の正体、それは磁力。
《雷鳴のメダリオン》によって作り出された電磁領域内では、鉄は磁石に変わる!
この時計塔はドワーフの最新技術で建造された鉄骨式の建物だ。則ち、ここで戦う事はリゼルの思う壷である。
「おやぁ?気付いたみたいですねぇ。しかし貴方は身を守る盾を失った」
「ハッ…そんな物、要らないさ…貴様を倒すのにはな!!」
『おい黒騎士!!こいつら何者だよ!?』
「うるさい!私に聞くな!……くっ!」
クソッタレ!何なんだよこいつら!めちゃめちゃ強えぇ!?
「無駄だよ、僕達《十剣者》は精霊の加護や龍の祝福から“切り離された”存在だからね」
「効かないもんね〜べろべろべ〜♪」
ウゼェーッ!この糞餓鬼!!《十剣者》って何者だよ!俺や黒騎士の技が効かないなんて…
「さて、キミはいつまで持つのかな?《精霊昇華》に人間の体はそう長くは持たないと思うけど?」
こいつら、マジで何者なんだ?どうして精霊獣の事とか知ってるんだ!?
『だったら…直接ブン殴りゃどうだ!?』
まともに入った!……って…マジかよ…ピクリともしねぇ…
「軽いね、キミは馬鹿なのかな?効かないって言ったよね?どうして抵抗するの?」
この感覚、前にも……そうだ、ヒューアさんと戦ってた時と同じだ!この得体の知れない感覚は!
「ねぇケテル、コレ動かなくなっちゃったよ。そっちのと交換してよ」
黒騎士!!嘘だろ!?ちょっと見ない間に…そんな…
『おい黒騎士ィィ!テメェはまだ俺とケリ着けてねぇだろうが!!んな所で寝てんじゃねーよ!!』
「どこ見てるの、キミ…やる気あるの?」
脇腹に鈍い痛みが走る。と同時に俺は跳ね飛ばされて転がった。
『……ぐ……ぁ………!?』
視界が霞む…意識が朦朧とする…このまま俺は…負けるのかよ…ちくしょう!!
「ネツァク、ほら見て人間が沢山来たよ。アレも邪魔だから“処理”しよう」
「いいね〜虫けらを蹴散らすのって僕、大好きだよ〜」
ヤバイ!あいつら公国軍を!?…って俺はバカか!公国軍は敵じゃねーか!!
……あーッ!!クソッ!!連中の心配なんかしてる場合じゃないってのに…ちくしょう!!
〜♪〜
限りない願いは いつか夢見た未来に
きっと… 届くよ!
同じ夢を見た君と ずっと歩けるのならば
どんな苦難の道でも 必ず乗り越えられる
ひび割れた空に 一欠片の希望を
投げ掛けて
限りない願いは いつか夢見た未来に
きっと… 届くよ!
信じる気持ちが 無限の力に変わって
きっと きっと 君の中で
ずっと ずっと 燃え続ける!
さぁ!立ち上がれ さぁ!走り出せ!!
〜♪〜
歌が…聞こえる…この歌は何だ…力が…湧いてくる!!
『このマントは銃弾や打撃に強い素材で出来ておる。これはこのギルドの宝だ…。
それをこの【滅びし遺産】である銃と共にお前に授けよう。』
このマントは銃士ギルドの長に貰った物だ。銃を隠す事にも使うが戦闘にも長けている。
これを脱げばリゼルの磁力束縛からは逃げる事が出来る。だが防御の面では半減以上だろう。
さっきの矢もこれだけの傷で済んだのはマントのおかげだ。
「貴方は身を守る盾を失った」
そんな事は分かっている。だが俺にはまだ勝算が二つあった。
「そんな物、要らないさ…貴様を倒すのにはな!!」
マントのポケットから小さな袋を取り出す。そしてマントを脱いだ。
「これで貴方は丸裸も同然…。ほら…!!」
リゼルがしまったリピーターを取り出し俺に撃つ。また同じ様に心臓を。
しかし今度の俺はそれに当たる事はなかった。既にリゼルの目の前から姿を消している。
「なっ…何!?どこだ!!逃げる気ですか…?」
頂上の入口の外に身を隠す。そして袋から魔晶石を取り出し握り締めた。
「パルス…お前の力…使わせて貰うからな。」
腹の底から湧き出る恐怖を抑える様に…強く強く握り締める。
〜♪〜
限りない願いは いつか夢見た未来に
きっと… 届くよ!
同じ夢を見た君と ずっと歩けるのならば
どんな苦難の道でも 必ず乗り越えられる
ひび割れた空に 一欠片の希望を
投げ掛けて
限りない願いは いつか夢見た未来に
きっと… 届くよ!
信じる気持ちが 無限の力に変わって
きっと きっと 君の中で
ずっと ずっと 燃え続ける!
さぁ!立ち上がれ さぁ!走り出せ!!
〜♪〜
遠くから…不思議な歌が聞こえて来る。腹から湧き出る恐怖が勇気に変わっていく様だ。
「誰だか知らんが…ありがとう…。俺は…必ずメダリオンを持って行く!」
『おい………待てよ…クソガキ………』
膝は震え、立つのも精一杯といった様子だが、リッツは立ち上がった。
「おや?まだ生きてたのキミ…頑張るね。でも、もうやめた方がいいと思うけど?」
ケテルはつまらなさそうにリッツを見て、言った。
『…うるせぇんだよ……テメェは…………月までブッ飛べ!!!!!!』
渾身の一撃。拳は輝きに変わり、ケテルの頬にめり込んでいく。
「!!??」
信じられないといった表情と、おそらく唯の1度も体験した事のない“痛み”にケテルの顔が歪む。
水面を跳ねる小石の様に、小さな体が吹き飛び、街の外壁に叩き付けられて轟音を上げた。
『ハァ……ハァ…効かねぇんじゃ…ハァ…なかったのか…あぁ!?』
肩で大きく息をしながら、粉塵を舞い上げる外壁に向かってリッツが怒鳴る。
「うわぁ…すごいすごい!ケテルがあんなに飛んだよ!あっはははは!」
ネツァクが腹を抱えて笑い転げる。仲間が攻撃されたというのにも関わらずだ。
『…ハァ…何…笑ってんだ……』
「え〜?決まってるじゃん、僕らに刃向かうヤツなんて749228年246日19時間ぶりだもん」
『あぁ!?……何だそりゃ!?』
予想外の答えに、困惑するリッツを見て更に笑うネツァクが意地の悪い笑みを浮かべる。
「特別に教えてあげるよ。僕達《十剣者》はね、この世界の裁定者なのさ」
『…裁定者?……って何だ?』
「あれれ…う〜ん、えーっとね……………つまり偉いんだよ」
『さっぱりわかんねぇよ!!』
リッツの回し蹴りがネツァクを捉らえるが、ネツァクは軽々と避けてみせた。
「ダメダメダメ、さっきのは不意打ちだったからね。じゃないとケテ……何これ?」
ネツァクの胸から漆黒の刃が“生えて”いた。
『裁定者だかなんだか知らないけどよ、呑気に喋り過ぎだ、クソガキ』
ネツァクの胸を貫いたのは、黒騎士の持つ黒剣だった。
「え?なんで……壊れたんじゃ…」
『ルールーツは生命の精霊獣、命を奪うも与えるも自由自在…ってか遅せぇぞ黒騎士!』
黒騎士が黒剣を引き抜き、ネツァクは倒れた。
「すまんな、だが私とて好き好んで地べたに伏していた訳ではないぞ?まぁ…礼は言うが」
『…ったく、メロン畑に感謝しろよ?』
そう言ってリッツが指差したのは、郊外一面に広がる“枯れ果てた”メロン畑だった。
ほんのりと暖かい、力の結晶。友より託された力・・・
(パルス・・・ありがとうな・・・これで、決める!)
魔晶石に秘められた魔力が、ヒロキの中に流れ込む。ゆっくりと流れる力の奔流を手にした銃に“装填”する!
「フン・・・かくれんぼですかぁ?退屈なんですけどねぇ」
リゼルが手を翳し、メダリオンを発動させた。
バチバチッ!と鋭い破砕音と共に、紫電が疾り、大気が震える。
「“かくれんぼ”よりも“モグラ叩き”の方が愉しいですよ?」
爆音が塔を飲み込んだ、落雷である。
「うあっ!?」
突然の落雷にヒロキはバランスを崩し、危うく塔から落ちそうになった。
「くそ・・・これが《雷鳴のメダリオン》の力かよ!」
鉄柵を乗り越し、非常用階段に飛び込むと柱の陰に身を潜めた。
ここなら落雷の直撃はない、そう判断したからだ。しかし、これがリゼルの思惑通りとは気付いてなかった。
「ふふふ・・・“穴”に入りましたか。それじゃあ始めましょうかね、“モグラ叩き”」
リゼルがあの5時の襲撃に使用した弩弓の箱から、死の雨が詰まった筒を取り出す。
おもむろにそれを地面に叩きつけると、筒は割れて小さな鋼鉄の粒がばら撒かれた。
(撃てるのは2発・・・確実に当てないと・・・・・・俺は死ぬ)
ヒロキは意を決して非常用階段から身を乗り出し、一気に展望台へと駆ける。
そして、ヒロキを待ち受けていたのは・・・数千にも及ぶ、鋼の死神だった。
「何!?」
咄嗟に身を伏せて死神の“群れ”を避ける。大理石の壁が粉々に砕け散り、破片がヒロキに降り注ぐ。
「しまっ・・・!?ウアアアアアアアア!!」
続く第二波が容赦なくヒロキを襲う。床に伏せていたヒロキは対応に遅れた。
一瞬の遅れは即刻、死に繋がる。
ボロ雑巾の様になりながら、ヒロキは階段まで跳ね飛ばされた。
意識が遠退いて行く。身体に力が入らない。辛うじて右手の銃は離さずに済んだ。
・・・が、このままでは確実に死ぬ。
(・・・俺は・・・負けるのか?)
「おやおや、呆気ないですねぇ。もう少し頑張ってくれるかと思ったんですけど・・・」
リゼルが手を上げると、周囲の弾丸が一斉に集まっていく。
「これで終わりにしましょうか」
意識と無意識の狭間で、ヒロキはあてもなくさ迷っていた。
俺は何故、戦うんだろう・・・
〔それはお前が決めた道だからだ〕
俺が・・・決めた道?
〔そうだ、お前は力を求めて戦う事を選んだ〕
・・・それは・・・違う!俺は、俺が戦う・・・
〔いいや、違わぬ。お前は唯の・・・〕
黙れ!!貴様に何が分かるんだよ!!俺の何が分かるってんだ!!!
「黙れーッ!!!」
それはまさに電光石火!!
ヒロキはバネ仕掛けの人形の様に瞬時に跳ね起き、常人の限界を越える速度で照準を合わせ、引き金を弾いた!
銃口より放たれたエネルギーの爆流が、リゼルを直撃する。
「俺はお前の言いなりにはならない・・・俺が力を求めるのは・・・俺・・・が・・・」
限界がきた身体から、力が抜け去り、ヒロキはその場に崩れ落ちた。
バチッ・・・バチバチッ!!
雷が集まっていく・・・倒れたリゼルの身体へと・・・
焼け焦げた皮膚を引き剥がし、リゼルがゆっくりと起き上がる。
「死ぬかと思ったじゃないですか。貴方は合格だ・・・最高に残酷な殺し方で・・・・・・いない?」
ヒロキの倒れた場所には夥しい血痕が残されてはいたが、ヒロキの姿はなかった。
「よぅよぅ、兄ちゃん気が付いたかー?」
ヒロキが目を覚ますと、そこは時計塔の展望台ではなかった。
そして、ヒロキを興味津々な表情で覗き込む、異国風の衣装を纏った少女がいる。
「だ・・・れだ・・・」
「おー?ケセドの事かー?ケセドはケセドだー♪」
そう言って、ニコニコ笑う少女の顔がぼやけ、再びヒロキは意識を失った。
『貴様に何が出来る?そんな魔力も無い、ただの人間が…』
『お主では我を倒す事すらままならぬ。腕を磨け、英知の果てを知れ』
『貴方では僕を倒す事なんて出来はしない。適合者にすらなれないんだ』
…五月蠅い…黙れ。俺は力が欲しいのではない。
『ならば何故、貴様は力を欲した。何故メダリオンに固執する』
…力を欲する理由か…。せめて誰かを守る盾となれるだけの力…それを求めていた。
『だが今の主はどうだ?力のみに執着し、期を見誤り、敗北した』
そぅだな…。言われてみれば…いつからか、力を求めた理由を忘れていた。
ギルドの崩壊を招いた事件を勝手に背負い込んだ…だけだったのか…。
『さぁ、貴方は目覚めるのです。貴方はもぅ、「道」を、踏み外す事は無い。』
あぁ…分かったよ。もぅ…誰も俺の目の前で死なせはしない。涙はもぅ捨てたんだ。
「…ありがとうな。親父…マスター…ユリフィス…」
「よぅよぅ、兄ちゃん、二度目の目覚めはどぅだー?」
「…ケ…セドとか言ったか…?すまない。介抱してくれたんだな」
全身に包帯が巻かれている。痛みは全くなかった。
「ケセドがやってやったさー♪お前うなされてたー。
でも自分でちゃんと答えを見つけれたご褒美に魔法を使ってあげたさー♪」
なるほどな。だから痛みは無い訳だ。左肩を回してみるが腱もちゃんと機能していた。
「で…ここはどこだ?何故俺を時計塔から助けた?一体どれ程の時間…俺は寝ていた?」
「一気に聞くなー!一個づつ言うから少しまてー!」
「まずここは時計塔から少し離れた商店の屋上さー♪
お前を助けた理由は強くなる可能性を、お前のその弱い心に感じたからー!
死なせるにはもったいないと思ったからだー。」
…強くなる可能性か…。こんな少女に見込まれても…なぁ…。
「お前今、ケセドを子供だと思っただろー?お見通しだぞー!プンスカ!」
おいおい…ムクレて拗ね出したぞ…?どぅすりゃいいんだ…?
「すまんすまん。レディに失礼だったな…?俺の名前はヒロキだ…。」
「レディー?ケセドがレディー?やったねー♪キャハ♪」
元気だな…。パルスやDを思い出すな…。
「はっ…!和んでる場合じゃ無い…!で、俺はどれ程の時間寝むっていた…?」
「お前良く寝てたさー。ざっと…」
ケセドは指を折りながら数えている…。完全にレディよりいたいけな乙女…か。
「丸三日くらいかなー?」
「なんだと…!?そんな…馬鹿な…。街は…世界は…?」
「街の人は皆が殺されたさー…。世界も…もぅ手遅れだ…。ケセドはヒロキを守るのが精一杯だったからさー!」
「そ…んな…もぅ手遅れなのか…?パルスも…Dも…この街…世界…くっ…」
涙が頬を伝って地面に落ちる。止めどなく溢れ出る。
「また…何も守れなかった。折角…力の意味を…また気付けたのに……!!」
悔しくてただ拳を握る事しか出来ない。ただただ泣くだけだった…。
「ヒロキ…悲しいのか?人が、この街が消える事が悲しいのかー?」
「あぁ…悲しいさ…。また何も守れなかったんだ…。悲しくて…悔しいんだよ…」
ケセドという少女は俺の返答を聞くと何かを考える様に目をつむった。
そして少しの時が流れた時…ケセドは、おどけた感じもなく…真剣にこう俺に言った
「もし…もしも過去に戻してやると言ったらどうする?」
「その話が…真剣にならば…俺はもぅ一度リゼルと戦う。そして今度こそ勝つ。
俺は俺の見たこの未来を変えてやるよ。仲間が…目の前で死ぬ事が無い世界をな…」
また少し悩む素振りをしながら辺りを歩くケセド。そしてぶつぶつ呟いた後、一人頷きこう言った。
「わかった。なら過去に戻してあげる♪ただし…今度はもぅ助けないし二度目の未来は変えられないかもしれない。
次会う時は…多分敵同士なの。それでもヒロキは過去に戻る?」
少し悲しそうに…でも熱い瞳で見つめられ息を飲む。
本当にこんな少女にそんな力があるとは思わなかった。
だが、結局変えられない未来なら、小さくても夢を持ちたかった。
「あぁ…俺に…もぅ一度だけ力を貸してくれ…。」
ケセドの手を握り懇願する形になっていた。
「わかったさー!ならこの『審判の狭間』から出してあげるさー!」
…は?俺は耳を疑った。ここはでは無いと言うのだ。
「『審判の狭間』はねー!ケセドの力なんだよ〜!ケセドが時間をあげたい人に、時を止めて時間をプレゼントしてあげれるの〜♪
でもでも、ここから出られた人も入った人もヒロキが初めてなんだけどねー♪///」
急に顔赤らめながらバシバシ俺の肩を叩くケセド。
「良かった…!本当に…あいつらを…守る事が…。ありがとうケセド!」
小さなケセドを抱き締め涙を拭く。そして立ち上がった。
「もー!急には恥ずかしいさー…///
じゃー!『審判の狭間』を解くからねー!
『《十剣者》ケセドが命ずる。時の神よ、審判の時を超え、今生の世へと帰還せし…』」
……バリンッ
ガラスの割れる様な音が頭に流れ込んだと共に辺りは喧騒に包まれていた。
暗黒の雲の空から雷鳴が轟く空へ…無音の世界から人々の戦う音、悲鳴、喜び、悲しみ…。
「ケセドはねー!ちゃんとヒロキを見てるよー!嘘ついたら…知らないよー!
また会えたら…次はどぅなるかお楽しみ〜♪」
そんな声が…響いた。そんな声に俺は微笑みをこぼし、綺麗に拭かれていた銃とナイフを持つ。
そして綺麗に畳まれていたマントを羽織り、時計塔に目を向けた。
「あぁ…ちゃんと見てろ。俺が俺を…過去を捨てた奴の、未来を創る様を…」
そぅ呟き時計塔に向けて走り出した…。
37 :
???:2006/07/23(日) 19:38:02
「ケセド…何故、人間に力を貸した?まさかお主までティフェレトと…」
「それは違うよー。だってーケセドは誰の味方でもないんだよー?」
「フン……まぁ良い。いずれにしろ、人間がアグネアストラを起こす前に、全てを終わらせるぞ」
ケセドの隣に立つのは身の丈3mはゆうに越す大男だ。
「判ってるさ〜イソェド〜そのためにケセド達は《最深部(ボトム)》から出て来たさー」そう言ってケセドはニヤリと笑う。その笑みは、とても冷たく…
メロメーロは大陸屈指の規模を誇る商業都市である
人口約四万五千。八つの門と街壁に守られた市内には、その地理的政治的条件も相まって南方大陸中央部の文明の粋が凝縮されている。
ギルド製に支えられた健全な商館運営。数多くの商売人、大道芸人、芸術家、冒険者――およそ都市の活気に必要なものには事欠かないと言っていいだろう。
この大劇場もそうだ。他にも五つの公共浴場や運動場、音楽堂に大娼館なんてのもある。
娯楽関連施設の充実振りたるや、もはや近隣で並ぶのは王都くらいなものであろう。
高度な文化の街である。
そして当然、それらは緊急時の避難場所としても造られているわけだ。
いつ公国が攻め入ってくるのか定かではない今の時勢のこと、突然街を襲った災いに対し、市民たちの行動は素早かった。
どこから降り注いだやも知れぬ鋼の雨から逃れるため、とるものもとりあえず近場の避難所へと……。
この大劇場の客席を埋め尽くしている人の大半は、そんな無辜の市民たちであった。
「剣士さま〜、どこですか〜?」
まだまだあどけない宿屋一家の長男が大劇場のロビーに突っ立ち、あちこちと視線を彷徨わせる。
ざっと見ただけでわかる。剣士様はいない。
「すいません、人を探してるんですけど……」
見るからに冒険者といった風情の男を見上げ、下手に尋ねる。商売柄、この手の輩は目端が利くものとよく心得ているのだ。あの目立つ剣士様を見かけたのなら、きっと覚えているはず。
「人っつったって坊主……こんなごった返してちゃあなあ。オッチャンちょっとわかんねえと思うぜ?」
「いえ、正確には人じゃなくてですね――猫です」
「ネコぉ?」
「あ、そこで顔洗ってるのじゃなくて、背は僕より少し低いくらいで、羽のついた鍔広帽子に膝丈までのポンチョ姿の猫です。――もちろん二本足ですよ?」
「……モンスター?」
冒険者の困惑顔は予想できたものだった。
そりゃそうだろう。長男だって、宿の入り口を開けて初めて見た時は腰を抜かしそうになったのだ。
「ウチの泊り客ですよ。南の端の方にしかいない種族らしくて、僕もよく知らないんですけどね。――見かけませんでした?」
「いいや、ボルニタに誓って見てねえよ。っつうか、見てみたいな」
「そうですか。もう劇場にはいないのかな? ――ありがとうございました」
「いいっていいって。それより、外に探しに行こうだなんて思うなよ。危ねえんだからな」
「ええ、わかってますよ」
頭を下げて冒険者から離れ、窓ガラスの向こうを覗く長男。
見える限りにある建物の屋根には、例の鋼の雨による破壊の跡が点々としていた。都市の中心部はあらかたやられてしまったのだろう。
無事なのは、剣士様を泊めた長男の宿屋だけだ。
彼は事が起こる一分前に白いヒゲをピクピクと上下に揺らし、危険が来ると言うやいなや本物の猫もかくやという動きで屋根に上り、宿に降り注ぐ鋼のすべてを打ち落としてしまったのである。
人間業では――猫なんだけど――ない。
ため息を吐く長男。
避難のゴタゴタでそれっきりになってしまったが、せめて一言、しっかりとお礼が言いたかった。
宿帳に振るわれた、その可愛い手からは想像もつかないほどの達筆を思い出す。
剣士の名は、クロネ・コーフェルシュタインといった。
食べ残しはいけません。残さず綺麗に食べましょう。
テーブルの上に置きっぱなしになっていた食事を皿が艶々になるまで舐め上げ、クロネはグシグシと顔を洗った。
「いやはや、ここの魚料理は絶品でござった。内陸の地であるにもかかわらず、これ程のものを振舞えるとは……この宿の一家に猫神様の加護のあらんことを」
薄桃色の肉球がついた右手を二回、招くように振り、手を合わせる。
「にゃ〜〜〜む〜〜〜」
クロネの種族に伝わる、神を始めとしたすべてへの感謝の意を表す仕草である。
平たく言えば、ただのお祈り。
「馳走になった」
懐より取り出した金貨を爪で弾き、カウンターの上に落とす。宿帳にもちゃんと挨拶の肉球印を押したし、これでここを発っても無礼にはなるまい。
腰のカタナを差し直し、悠々と通りに出る。
白いメッシュの入った明るい黒色の毛並みが、陽に当たって照り映える。今日も一段、男前。
鍔広帽子に膝丈ポンチョ、足元の拍車付きブーツまでもを茶色で統一するという比較的地味な旅装束ながら、クロネは恐ろしく目立つ人物であった。
帽子を飾る千年大白鳥の羽根のせい? ポンチョを抜けて見える銀色の鞘のせい?
いいや違う。それは彼がどっから見ても直立した猫だからだ。
種族名ニャンクス。大陸の南端に生息する世界で最も希少な亜人種である。
その歴史は、古い。
「――よっとっはっ」
裏路地から三角跳びの繰り返しで宿屋の屋根に着地。サファイア色の瞳で辺りを見渡し、ヒゲをピクピク。
「戦場(いくさば)の気配、でござるな。……メダリオンよ。幾度封ぜられようとも、常に戦乱の引き金となるか」
重々しく呟き、クロネは天を仰いだ。
太陽は一つだ。いつだって唯一として輝いている。
もし仮に十二に分かれ飛び散ったとして、また一つとなることを求めるのだろうか?
……わからない。
「拙者は常に、その光を遮る雲を……払うのみ」
気持ちよく吹く風にヒゲを遊ばせ、クロネはポンチョの中でカタナの柄を握りしめた。
「イルドゥームの欠片か…随分と集まっているな…アレが目覚めたら、アグネアストラもまた、目覚める」
身の丈3mを越す巨漢、イソェドが商店街のD達を見ながら呟いた。
「後顧の愁いは断つとしよう、世界の平穏の為だ…」
「ダメだよイソェド〜、可能性の芽を摘んじゃうなんてー。人間は無限の可能性を持ってるんだゾー」
イソェドの肩にちょこんと腰掛けた少女、ケセドが諭すように言い含める。
「《十剣者》の長ともあろうお主が、それでどうする。やはりティフェレトを人界に置いたのは…」
「それは違うなー、ティフェレトはティフェレトの意志で《最深部》に還らなかったのさー」
「…………しかし、平穏は秩序により創られる、イルドゥームも、アグネアストラも、この世界には不要」
イソェドの左手に、奇妙な形の剣が顕れた。
「我々《十剣者》の、役目を果たすまでの事、邪魔立ては無用、参る!」
イソェドの身体が消え去り、ケセドはふわりと着地する。
「ねぇティフェレト…ティフェレトはどう思うのさー。ケセドは人間が好きだ〜、やっぱり迷うのさ〜」
ケセドの濡れた瞳が見つめる先には……
「ぐ……いてて…ん〜、此処は………まさか!?アグネアストラ!!」
意識を取り戻したヒューアは、周りの景色を見て驚愕の声を上げる。
「馬鹿な!何故掘り起こされているんだ!?……そうか、そういう事だったか…」
いくらメダリオンの保有者を数人集めたところで、公国に敵う筈がない。
ならば何故、コリンはあれほど強気に公国と敵対するような政策をとったのか…その答えがこれだ。
聖獣アグネアストラ、暴走したイルドゥームを倒す為に創られしもう1体の聖獣……
「そうか、3年前の震災…あの時の区画整理でコレに気付いたのか…クソッ!!」
ヒューアは拳を地面に叩き付け、歯ぎしりした。なにもかも遅すぎた…そんな自責の念が彼を苛む。
「お目覚めかな?剣聖…いや、《十剣者》と言った方がよろしいかね?」
眠りについたアグネアストラの上に立ち、ヒューアを見下ろすのは仮面の男ジュリアス。
「どういう事だろうな…俺の耳がイカレてなけりゃ、貴様は俺の事を《十剣者》って呼んだ気がするが?」
ヒューアの表情が変わる。それはまるで、冷たく、一切の慈悲を持たぬ残酷な人形…
「お前の耳は正常だよ。よかったじゃないかね、ティフェレト」
「貴様!?何故その事を知っている!?」
「何故?お前はどうやら我々を忘れたようだな。嘆かわしい…我々はずっと待ったというのに…」
ジュリアスが大袈裟に天を仰ぎ、悲しげに被りを振った。そして再びヒューアを見据え、続ける。
「ふむ…本当に忘れているか…ならば思い出させてやろう。我々がお前達《十剣者》に
封印されてからの1万と2千年の苦しみを込めてな!!」
影が形を変え、襲い掛かる。しかしヒューアは避けなかった。自らの身体を覆う“隔離”があるからだ。
だが…ヒューアの腕は切り裂かれ、鮮血が舞う。
「効かないとでも思ったか?ティフェレト。確かにお前達は《最も古き創造》より生まれ
し存在だ。龍も精霊も遮断するだろう。普通に考えれば、お前達は無敵だ」
何が起きたのか、全く理解できないといった表情のヒューアを嘲笑い、ジュリアスは続けた。
「だがしかし、いくら遮断するとはいえ完全ではない。所詮はお前も生物だ、殺す事も
出来る…こんな風にな。フフ…単純な物理的な衝撃までは無効化はできまい?」
その通りだった。《十剣者》の持つ絶対結界は龍や精霊を媒介とした攻撃を無効化する。
しかし、純粋に物理的な衝撃までは完全に防ぐ事は出来ないのだ。
「…成る程、どうやら俺はとんでもないミスをしてたようだな…その“仮面”」
「ようやく思い出したか?ティフェレト」
「あぁ…おかげ様でな!まさか貴様とまた戦うとは夢にも思わなかったよ、ビアネス=ヘテス!!」
ヒューアは獣の如く吠えた。それは怒りと憎しみが入り混じる業怒。
「囲め!『シャルタラ』!!」
ヒューアの剣が粉々に砕け散り、周囲に漂う。《十剣者》の持つ剣は、剣で在って剣ではない。
それぞれが特殊な能力を持つ、独立した金属生命体…所有する《十剣者》に呼応してその能力を開放する!
「フッ…守りを固めたか。《十剣者》最高の防御力を誇る剣…流石に私でも貫くのは至難の業だ」
ジュリアスが影を戻し、自分の影に消えていく。
「どうやってあの中から出て来たのかは知らないが、もう一度封印するまでだ!!」
「優しいな、この期に及んで封印だと?お前のつまらない慈悲が、世界を壊すのだよティフェレト」
ジュリアスの嘲笑う声が地下空洞に響き渡った。
ヒューアは周囲に展開させた剣の破片を盾に変え、アグネアストラの外殻を駆け上がる。
「ビアネス=ヘテス!!貴様の存在だけは絶対に認める訳にはいかん!!」
「ハハハハハ…もう遅い。お前は私を止める事はできんよ」
姿は見えないが、確実にこの地下空洞内に居る。ヒューアはジュリアスの気配を捜す。
「貴様が乗っ取った身体はイルドゥームの欠片に取り込まれている筈だ、アグネアストラ
と同化は不可能!何をする気だ!?貴様にはもう逃げ場は無いがな!!」
「確かにこの身体は便利であったな。強い憎しみに囚われた心は実に利用し易い…
しかしこの身体には用はない、役目を果たしたからだ…私の目的の為に、よく動いてくれた…
勿論、感謝しているとも。ようやく私は手に入れる事ができたのだから…」
地響きが起こり、ヒューアはアグネアストラから飛び降りる。8千年の眠りから、全てを滅ぼす獣が目覚めた。
「な、何?地震!?」
突如として発生した強い縦揺れに、パルスがよろけて尻餅をついた。
「随分とデカイな…こりゃやばいぞ。広場に行こう、周りの建物が崩れそうだ!」
Dの意見に皆が頷き、広場を目指す。
そんな一行の前に、身の丈3mを越す巨漢が立ち塞がる。その手には奇妙な形の大剣を握っていた。
D達がいる大通りから少し離れた位置にある雑貨店の屋根の上。
「あーあ…始まっちゃったよー。こりゃケセドもうかうかできねーなー」
頭をポリポリ掻きながら、《十剣者》の長であり最も強い剣を持つ少女、ケセドが立ち上がる。
尻を叩いて埃を掃うと、その小さな手に剣を“喚び出し”た。
「切り取るつもりですか?ケセド様」
いつの間にか、ケセドの背後に立っているのは、布をすっぽりと頭から被った人物だった。
一応、目・鼻・口に穴が開いているそれは子供の「お化けごっこ」の様な、滑稽な姿である。
「あ、ビナーかー、やっぱダメかー?」
「なりませぬ、ケセド様」
「どーしてだー?ケセドは人間が頑張るの見てるの好きだゾー?」
「ケセド様、我々の役目はあくまでも世界の管理でごさいます。むやみに人間へと
干渉すべきではありません。まして貴女様の剣は…」
「私はな…もう《十剣者》は必要無いと思っているんだよ」
先程までのおどけた口調は消え、威厳すら感じられる声でケセドは語り始めた…
あ〜あ…こりゃダメだなぁ…もうじき収穫祭だってのに、こんなんじゃ台無しだ。
にしても…あの十剣者とか言ってたガキ共、一体何なんだ?
明らかに普通じゃないし、それにあの感覚…ヒューアさんと……同じ?いやまさか!
「リッツ、軍が来るぞ!どうする!?」
黒騎士の言葉に、俺は我に帰る。そうだった!公国軍の事、すっかり忘れてた!!
「ホントに…ケテルの言う通りだ…人間のくせに………調子に乗り過ぎだよ?」
『…おいおい、冗談だろ?』
突然起き上がったネツァクとかいうガキが、ブチ切れた目で俺を睨んだ。
と同時に外壁が爆発して、土煙の中から俺がぶっ飛ばしたガキまで出てきやがった!?
「リッツ、この者達は…!」
黒騎士が剣を構えて俺と背中合わせでガキ共を迎え撃つ。
『そっちは頼んだぜ黒騎士!コイツは俺が殺る!!』
公国軍はすぐそこまで迫ってる。コイツらを速攻で倒さねぇと…街が!!
「食べていいよ『パラモネ』お腹空いただろう?」
ネツァクがそう言った途端、奴の持っていた剣がぐにゃぐにゃに歪み、形を変えた!
「ハハハ、『パラモネ』はね…育ち盛りだからたくさん食べるんだ」
何だありゃ…まるで顎…?呆気にとられた隙に、顎が勢いよく俺に向かって突進して来る!
『うおわっ!あぶねーッ!!』
かろうじて避けたが、問題はその後だった。無くなってる…!?あの顎が突っ込んだ場所が…
まるで“最初から無かった”かの様に、無くなってる!!
たくさん食べるんだという奴の言葉の意味が判った…あの顎は何でも“喰って”しまうんだ!!
「全く…苛々するね下等な存在のくせに、裁定者たる僕達に反抗するなんて……」
ケテルが殺意を剥き出しにして、剣を振るう。
「生み出せ『エンナージ』!」
ケテルの言葉と共に、剣が霧の様に霧散した。
「剣が…形を変えた!?」
霧はゆっくりと広がりつつある。だが、この霧に一体どんな力があるというのだろうか。
答えはすぐに判明した。砕けた建材に霧が触れた途端、建材が異音を立てて怪物になったのだ!
「馬鹿な!!何だこれは!?」
霧によって変えられた怪物に取り囲まれる黒騎士。怪物の包囲網はじりじりと狭まっていく。
「この『エンナージ』は触れた物に命を与えるのさ。僕達に刃向かった罰を受けろ」
怪物の数は既に30を越えて尚、増え続ける。
やがて黒騎士に1体が飛び掛かり、続いて数十体が一斉に襲い掛かった。
『!?…黒騎士ぃ!!』
リッツが顎の猛攻を躱しながら、叫ぶ。
「ほらほら〜、よそ見してていいのかな〜アハハ」
『く……くそがぁ!!おるぁあああああ!!』
顎の突進を潜り抜け、リッツがネツァク目掛けて駆け出した。肉体能力の強化による爆発的加速。
一瞬にして間合いを詰め、無防備なネツァク本体を狙ったのである。
『喰らいやがれ!!』
リッツが拳を振り上げた瞬間、リッツの脚に何かが噛み付いた。
間を置かずに胴、腕にもいびつな生物が食らい付いてくる。ケテルの剣が造った怪物だ。
「ネツァク、貸しにしておくからね。さっさと処理しちゃいなよ」
「ありがと、ケテル〜今のはちょいと危なかったよ〜失敗失敗♪」
(マジかよ!?黒騎士のヤロー、またやられやがって!!)
リッツは食らい付いている怪物を振り払おうとするが、牙は身体に食い込みびくともしない。
(ちくしょう!マジやべぇ!!!)
リッツが後ろを振り返った時、迫り来る巨大な顎が見えた……
広場に向かう僕らの前に、巨大な何者かが立ちふさがった!
見上げてみると……信じられない、人間の姿をしている。
ただし……身長3メートル以上の巨漢!
有り得ないよ、何食ったらそうなったんですか!?
Dさんすごいケガしてるし……えーい、仕方ない!
「ちょっと! 邪魔だからそこどいてくれる!?
さっさとのかなきゃぶっとばしちゃうよ!?」
遥か上を見据えて精一杯のハッタリをかます!
「ほう、お前が……あいつが助けた愚かなエルフェンか。
封印が解けかけているな……いや、奴の事だ。時が来れば解けるようにしたのか……?」
意味が分からない事を言い出した。ボケ老人だろうか。
「のいてって言ってる! 聞こえてないの!?」
「それはできん」
「…………」
うわー、どうしよう!?
それはできんといわれたら沈黙するしかない精神力切れ魔法使いの悲哀。
「ぶっとばしちまいな!」
その沈黙を打ち破ったのは後ろのレベッカさんだった!
リュートをかき鳴らし、歌い始めたのはさっきまでとは比にならないほど強烈な呪歌!
しかもブッチギリに燃える歌だ! ぶっとばしてやるー!! 許せ、ボケ老人!
「【エアリアルスラッシュ】!!」
突風が吹きぬけると共に強烈な真空の刃が大男を撃つ!
「参ったかー!? …………って、えー!?」
僕のファイト一発な霊力3倍拡大の霊法を喰らってよろめきもしない!?
「無駄だ」
しかしレベッカさんが不敵な笑みを浮かべた。
「アタシに任せて、みんな、耳ふさいで!!」
そう言って歌い始めたのは……耳をふさいでいても分かる
生命を削り取る強烈な攻撃呪歌!! しかし、大男は動じる様子も無く……。
「くっ……ウソでしょ……!?
この決して歌ってはいけない呪歌が効かないなんて……」
「〈霊法〉も〈呪歌〉も意味を成さない。我らは精霊や龍から切り離された存在だからだ…」
精霊や…龍から切り離された存在!?
身の丈十尺、その巨躯に相応しい――いや、それでもまだ足りぬかと思われる無骨な大剣が、振り上げられ、爆ぜよとばかりに振り下ろされる。
驚きと戦慄に歪みながらも、天真爛漫なる笑みを絶やさぬエルフの少年の頭上へと……。
瞬間、風が唸った。
影が飛んだ。
風は、少年の触覚と到達前の大剣の僅かな隙間を絶妙に抜け、巨漢イソェドが踏みしめる石畳を打ち砕いた。ぐらりとたじろぐ身の丈十尺。
「……な――んぐ!?」
影は、思わず開かれた大口へと狙い済ましたかのように入り込む。
「……毒か?」
「うんにゃ、煮干しでござる」
口内に広がる風味豊かな塩の香りに眉をひそめ吐き出すイソェドに、荒野を旅する者の装束を身にまとった剣士は厳かに告げた。
「……莫迦は煮干しを食すべし」
羽根付き鍔広帽子の下には、明るい黒毛にサファイア二つ。ピンと張り立つヒゲ六本。
――剣聖クロネ、ここに在り。
懐かしい友の突然の参上に、パルスが口を開いた途端、
「お主も煮干し食え」
「んがーぐおがん……!?」
その口に六尾の煮干しが詰め込まれる。
つまり、クロネにしてみたらパルスも相変わらずで莫迦者だということなのだろうか?
何にせよ、心を許した友へ送る再会の挨拶には違いなかった。
「一目で侮れぬとわかる相手に対し、後先考えずの増強霊法とは何事かでござるか。――術者ならば常に冷静な目で戦局を見据え、不敵なまでの豪胆さでもって唱えよ」
人差し指で帽子の鍔をくいっと上げ、クロネは愛嬌たっぷりに目を細めた。
「お主の母君の有難〜いお言葉であるぞ? まさか忘れたわけではあるまい? いや、さすがに百年経てば忘れるか? 莫迦君様(ばかぎみさま)よ」
むくれる少年に肉球付き手の平をヒラヒラとやりながら、自らの倍以上ある巨漢を見上げ、相対する。
両者の間に、剣気が走る。
まったく同じタイミングで地面を擦り、足幅を広げる。
お互いに一目で理解し、悟りの領域まで至ったからこその、無為なる動きだ。
共に剣士。剣を帯びることへの覚悟と誇りと狂熱を胸に秘めた――生粋の剣士……!
恐らく、彼らに並ぶ剣技の持ち主は、人界広しといえども両手の指に満たぬだろう。
「十剣者……鼻持ちならぬ神様気取りばかりかと思いきや……武士(もののふ)がいるものだな」
ぎらり、クロネの瞳孔が殺気を含んで縦に伸びる。
猫は決して気紛れ屋の愛玩動物などではない。牙と爪を備えた、天性の狩人なのだ。
「莫迦君、そこのハーフエルフの手当てを優先せよ。ついでに自身も休息をとれ。どの道、此奴に霊法は効かん」
柄に手をかけ、抜刀の構え。周囲の者を巻き込まぬようにジリジリと摺り足で移動する。
同じくイソェドも摺り足、大上段の構えにて呼気勇ましく間合いを保つ。
頭上にて、彼を十剣者足らしめる一振りが大きな影を地に落とす。
「……使うか?」
「使わん」
両雄笑顔。通じ合った者同士の会話は極端である。
イソェドは、剣を使わず剣にて戦うと言ったのだ。
……ああ、莫迦莫迦莫迦莫迦大莫迦者よ! 誇り高き莫迦者よ!
ならば、莫迦にて応えるのみ。
『――かっ――――――――――――――!!!!!!!!!!!』
黒猫は踏み込み、抜き放つ。巨漢は絞り、振り下ろす。
寸分違わぬ、まったくの同時。
――今、世界に唯一つだけの美しい火花が散った。
「リゼル…俺は貴様を超えてやるよ。力の真意と…正しき未来を…」
ヒロキは走り続けた。時計塔へ…。自分の見た未来を変える為…。否、自分で未来を作る為に。
「はっ!!何故かは分かないが…笑いが込み上げてくる。今が楽しいのか…。今を生きる事が…」
時計塔に着いた。が、足を止める事はなかった。一気に展望台まで上り詰める。そして…展望台に着いた。
展望台のリゼルは空へ向かいもぅ一度鋼の筒を構えていた。
――パァァァン!!
リゼルの持っていた筒は展望台から落下し、地に落ちた。リゼルの振り返った視線の先に…銃を構えた男がいた。
「なっ…!?お前は…ヒロキ!?あれ程の重傷を…何故立っている。たった数時間で何故だ!」
リゼルは驚いていた。それもそうだろう。
数時間前に重傷を負わせた奴の体から傷が癒えピンピンして目の前にいるんだから。
「驚いたか…?貴様を倒す為に…地獄から未来を掴みに戻ったんだよ…」
我ながらなかなか阿呆な事を言っているとも思った…少しな。
だが…半分は事実だ。あんな未来は誰も望んでいないはずだから。
「フフッ。くだらない事を言う男だ。たった数時間逃げて傷を治して来ただけの事だろう。
言ったでしょう?貴方は僕には勝てないのですよ」
冷静に戻ったリゼルがリピーターを撃ってくる。
――ガキィィィン!!!
リピーターから射出された矢は俺の目の前で真っ二つに折れ、床へ落ちた。
「不意打ちか…?同じ手は二度も食らわない…。もぅ力に溺れる俺じゃ…無いんだ…」
俺の右手に握っているナイフで矢を切り、矢尻を叩き落としたのだ。
「っ…!?何!たった数時間でこれ程まで…。ならばこれではどぅですか!!」
リゼルがメダリオンを発動する。金属の時計塔は帯電し、磁力を有する。
「ははは!また踊ってもらいましょうか!」
リゼルがリピーターの引き金を次々に引く。今度の矢は磁力により直線的に飛んでこずに、曲がりくねる。
「貴方にこの軌道が読めますか?そんなマントを着たままで…」
だが俺は体を動かそうとはしなかった。リゼルだけを見つめ、矢を目で追う事すらしない。
「フフッ…諦めて死を覚悟しましたか。張り合いの無い…。ならば望み通り死ね!」
――ザクザクザクッッッ…
無数の矢がマントに突き刺さる。
「あははは!ヒロキ!貴方は結局僕には勝てないんです…よ…っ!!?」
笑っていたリゼルの顔に苦痛の色が浮かび、右足から血が吹き出る。
「慢心したな、リゼル…。まさか本気で…同じ手が通用すると思ったか…?」
リゼルの視線の先には、マントを脱ぎ捨てた姿で自分を見据えるヒロキがいた。
「何故だ!貴様は確かに僕の矢に当たったはず!!何故そこにいる!何故そこに立っているんだ!」
「簡単な事だ…。貴様の撃った矢の『早さ』より…俺がマントをギリギリに脱ぎ捨て走り銃を撃つ方が…『速かった』。それだけだ」
遠距離射撃者の弱点である、『速さ』…弾速、動き、動態視力…この三点を活用した。
俺の銃は中近距離用である為に常に動き、的確に当てる必要がある。
冷静に状況を判断し、己の力を過信せず、確実に相手を出し抜く。
それがケセドの『審判の狭間』で見つけた…己の中にある本来の力だった。
「わざと急所を外した。次は確実に当てるぜ…?」
「情けのつもりですか…?その余裕が…自分の首を絞めるとも気付かずに…クククッ!!!
《雷鳴》のメダリオンよ、我と共にあれ!!!」
リゼルの持つ《雷鳴》のメダリオンが急激に強くひかり、閃光が迸った。
展望台から光が漏れる。町中のどこからでも、この光が見られるのでは無いかと思うほどに強く。
そして時計塔が大きく揺れだし展望台が崩れ出した。
「ちっ…ここは危険だ…!」
目の前が全く見えない状況の中、手探りでなんとか展望台の出口を見つけ階段を駆け下りる。
時計塔の外に出て、元展望台があった場所を見上げた時…
そこにはとてつもなく大きな、雷を体に纏う『獣』が姿を現していた。
『ヒロキ…キサマヲ…ユルサナイ。カナラズ…コロシテヤル…!』
『キイィィィィィィイイイイイイイイイイ!!!!』
耳鳴りのような不気味な咆哮が、大気を揺さ振り、黒光りする金属質の甲殻が現れた。
雷の精霊獣イリシオン、とてつもなく巨大な『百足』に似た雷撃の魔獣!!
「………あれが…精霊獣!?」
あまりにも悍ましい姿に、ヒロキは我を忘れて立ちすくむ。
無理もない。
この世に全長20mの百足など存在しない。巨大な虫を見て生理的に拒否反応を示すのは当然である。
イリシオンの甲殻が鮮やかな紫に光った。と、次の瞬間には落雷がヒロキを襲う!
「うわ!うわああああっ!?」
衝撃に弾き出された先には、地面が存在しなかった。すぐさまヒロキの体は自由落下を始める。
(くそっ!しくじった!!)
咄嗟にナイフを抜き放ち、塔の外壁に突き立てる!火花が舞い散り、夜の闇へと溶けていく。
「ちぃ!止まれーッ!!!」
ガキィンッ!!鈍い音を立ててナイフが根本で折れたと同時にヒロキは壁を蹴り、落下の衝撃を分散させた。
着地には少々失敗したが、地上70mの高さから落ちて無傷なら上出来だ。
「はぁ…はぁ……ちくしょう!!」
怒りを露に、塔の頂上を睨み据え、銃を握り締めた。
折れたナイフの刃が5m程の高さに突き刺さっている。あのナイフはヒロキにとっても大切な品だった。
刃が綺麗に無くなったナイフの柄をポケットに捩込み、ヒロキが吠えた。
「リィゼェルゥウウウウッ!!!!!!」
(殺してやる!殺してやる!殺してやる!!)
純粋な怒りは殺意に形を変え、ヒロキの中で荒れ狂い、その力は銃に流れ込む!!
轟音が6発、爆発が6回…
ヒロキの怒りと殺意がフルチャージされた魔導銃の攻撃である。
「降りてこいよ!お前という存在を消し去ってやる!!!」
憤怒の表情で引き金を弾き続けるヒロキ。そこにはもう、未知の力に、己自身に怯えていた頃の面影は無かった…
物凄い勢いで目の前まで迫って来たあの顎を見て、俺は諦めた。
(勝てねぇ…こいつら人間が勝てる相手じゃねぇ……)
身体中から力が抜ける…限界が来たんだと、そう気付いた。《精霊昇華》は1度っきりの隠し玉だ。
もう…今の俺には……戦う力は残ってねぇよ……
あの時と同じだ…初めて公国軍と戦った時、初めて死にそうになった時…
ゴレムのバリスタの矢が、めちゃくちゃゆっくりに見えた、あの感じだ…
あの時は助かった、でも今度ばかりは無理っぽいな…とてもじゃねぇけど、助かりそうにないか…
迫って来る…どんどん近くなって…俺は気付いた。
自分がアホみたいにさっさと諦めて、負けた理由を考えようとしてた事に!
(終わりじゃねぇ!まだこれからだ!!)
《精霊昇華》を強引に解除する、普段なら絶対に無理なやり方だが、精霊力が空っぽの今だったら!!
俺の身体を覆っていたエネルギーが消え、怪物達がボトボトと落ちていく。
そりゃそうだ、でかいサイズの俺に食いついてたんだからな!元の姿に戻りゃ、振りほどける!
「………な!?」
それが、ネツァクとかいうガキの最後の台詞だった。
「“何でも食べる”んだったよな?」
自分の剣に“喰われ”て、ネツァクの上半身が…この世から“消えて無くなった”。
「確かに、好き嫌い無しってのは…褒めてやるよ、クソガキ」
取り残された下半身が、ペシャリと崩れ落ちる。
目が霞む…もう…立ってんのも…キツ…イ…ぜ…………
「そんな馬鹿な!!ネツァクが…下等な人間ごときに!!!」
修羅の形相でケテルが倒れたリッツに怪物をけしかけた。
「イルドゥームの欠片ごと葬り去ってやる!!微塵も残すな!!」
ケテルの剣によって創られし怪物が、リッツに群がった……
絶体絶命のピンチに現れたのは!!!
「……莫迦は煮干しを食すべし」
「あ…あはは……」
どう見てもネコです。本当に有難うございました!ついに幻覚までみえてきました。
それにしても誰彼かまわず煮干を食わせるネコ
僕はそんなネコにどこかで会った事がある……。
〜100年位前〜
朝焼けが染める森の中、少女が横笛を吹いていました。
そこにネコが来ていいました。
「素晴らしい音色だ……お初にお目にかかります、森の民の若君よ」
なんとネコは直立二足歩行をしていました。
しかし少女はそこにはあえて突っ込みませんでした。
「どうやって【メイズウッズ】の結界を抜けここに入ってきた?
悪いことは言わない。今すぐ出て行くんだ。ここは余所者の来るところではない」
「そんな硬い事言わないでいいではないか。我が名はクロネ・コーフェルシュタイン。
世界中をウロウロニャンニャンと……」
「君の名前を聞いてるんじゃない。さっさと立ち去れ。
知ってはいけない事を知ってしまったら口封じに抹殺しなければいけなくなる」
しかしネコはそんな言葉にも動じませんでした。
「これはこれは物騒なことをおっしゃる。平和を愛する森の民の長ともあろう者が」
「あははっ……そんな風に思われてるんだね。大間違いだ。本当はね……
大義名分のためなら平気で人を抹殺するとんでもない冷酷な種族なんだよ……」
「でもお主はそうではなかろう」
「そんな目で……見るな! ついこの間とある家族を抹殺した。
世に出してはいけない物を盗んだからだ。でもそれは無実の罪だった……」
「…………」
ネコは少女の話を何も言わずに聞いていました。
「ひどいだろう? こんなのと話すのも嫌だよね。だから早く行きなよ」
「……莫迦は煮干を食すべし」
ネコはいきなり煮干を少女の口に突っ込みました。
「んぐぅ!?」
そうだ、クロちゃんだ、よく分からないけど煮干で友情成立したんだ!
「助けに来てくれたの!? クロちゃ…」
「お主も煮干し食え」
「んがーぐおがん……!?」
この味……すごく懐かしいよ。僕は……誰なんだろう。
「莫迦君、そこのハーフエルフの手当てを優先せよ。ついでに自身も休息をとれ。どの道、此奴に霊法は効かん」
「パルス、あいつ何なんだ!?」
「昔の友達だよ」
そう言ってDさんに【ヒーリング】をかけた。
「昔の友達って……どうみてもネコじゃねーか!」
猫だ…よな?うん、猫だな。……………って、んな訳あるか!?
「パルス、あいつ何なんだ!?」
「昔の友達だよ」
そう言ってパルスは何食わぬ顔で俺に【ヒーリング】をかけた。
「昔の友達って……どうみても猫じゃねーか!」
目をパチパチさせて、猫人を凝視する俺を見て、
「もちろん、猫じゃないよ?スゴイ猫さんなんだよ!」
と力説する。俺はポカーンとしたまま、突然の珍入者を眺めていた…
絶え間無い刃と刃がぶつかり合う音が、廃墟と化した商店街に響き渡る!
「ほう…やるな貴様」
巨漢の剣はその大きさには見合わない速度で、猫人に襲い掛かる。しかし猫人もその剣撃を見事に捌いていた。
「フッ…そう言うお主こそ、良い太刀筋よ」
猫人がニィっと口元を吊り上げて笑う。…………笑うのかよ…俺、猫が笑うところ初めて見たよ……
「ぬぅん!!」
横薙ぎに払った一閃が、突風を起こす!あんなのまともにくらったら…死ぬな…絶対。
しかし、両者共に凄まじい剣技だな。チェカッサも凄かったが…あの猫人も相当の腕っこきだ。
「よし、もう大丈夫だ。ありがとなパルス」
俺は立ち上がると、腰のククリを2本共抜いて駆け出す。もちろん猫人の助っ人だ。
「むぅ…待たれよハーフエルフ。これは拙者とあの“もののふ”との一騎打ち、要らぬ手助けは無用」
巨漢の剣を受け流し、猫人が静かに俺を拒絶する。
「………そうなの?」
「どけぃ!イルドゥームの欠片に魅入られし者よ、貴様は後で消し去ってくれようぞ」
更に、巨漢までもが俺を邪魔者みたいにシッシッと手で払う。
「……………そうなんだ」
あれ?おかしいな…なんか…この汗、スゲェしょっぱいんだが……何故だ!?
「ん?Dさん泣いてるの?」
「な!?…泣いてなんかないやい!!」
キョトンとした顔で尋ねるパルスから、速攻で顔を隠し、涙を拭いた。バレてない筈だ。
「今絶対に泣いてましたよね?」
「泣いていましたねぇ…珍しいものを見たなぁ」
「うわぁ…オッサン泣いちゃってるよ…」
レーテとエド、レベッカがヒソヒソと俺をちらちら見ながら話している…………
「てめえら!!俺は絶ッ対に!泣いてねぇからな!!!」
「かなり必死ですね」
「一応、歳が歳ですからねえ…」
「アタシ、なんか切なくなったよ…」
レーテとエド、レベッカがDをちらちら見ながらヒソヒソ話をしている。
「ちょ!?お前ら!だから俺は泣いて…グスッ…ないてなんかうわあああああああん!!!!!」
「「「 泣いてるって 」」」
すまん、
>>53は避難所に投下するつもりだった…誤爆orz
上下左右、地対空、間断なく真っ向から咬み合った刃が鋼の硬きを打ち鳴らす。
黒猫跳躍、横薙ぎ一閃。巨漢身を引き、十文字。
――特大の火花、散る。
当然ながら、膂力では遥かにイェソドが勝る。クロネが彼と刃を合わせられるのは、その衝撃を逃がす技術と柔軟性あればこそだ。
振るわれる刃の重みが違いすぎる故、今までは打ち合う度に間合いが開いた。
――今度は違う。
火花散るやいなや、クロネは刃を滑らせ背を反らし、衝突を攻撃に転じさせたのだ。
その現象は当たり損ね≠ニ呼ばれるものに近い。
自分に向かって飛んできた石などを棒切れで打った場合に起きるそれは、予想外な方向に弾け、時に自分を傷つける。
この瞬間、イェソドにとってのクロネは当たり損ねの石と同義であった。
狙い済ました当たり損ね。巨人の顔を縦に割るべく、風車の如き縦回転にて飛翔候。
……名付けて、断流・旋風車(だんりゅう・つむじぐるま)
「ひゅっ――!」
巨漢首を曲げ、魔速のこれを紙一重にとどめる。
すかさず黒猫とどめの二撃目。顔を過ぎた空中にて風車を崩し、頚椎目掛けて旋風となる。
――またしても、断つに至らず火花散る。
イェソドが背後にかざした剣の峰で防いだのだ。
振り切った体勢から流水のように立て直しての速き応え。彼にとって自身と得物の巨大さは、何の妨げでもなかった。
極めているのだ、お互いに。
そのまま空中で軽く必殺のやりとりをし、広く間合いをとって構える。
「……使うか?」
「使わん」
見上げ見下ろす剣鬼二方、もちろん笑みは湛えたままだ。
すべては、ゆったりとした一呼吸の攻防であった。
一見ただの脱力に見える動きで構えを直し、
「……莫迦君とその連れたちよ、ここからは少しばかり激しくなる。他に行くがよかろう」
クロネは背後で一塊になって座っている集団に気遣いの言葉をやった。
特に莫迦君、どこから持ってきたのやら御座を敷いて体育座り、観戦の構えである。位置からして十数秒後の真っ二つは避けられない。
「クロちゃん、尻尾可愛いねえ」
「上等な毛並みですね。金回りのいい貴族御用達の風格があります」
「ああ、膝の上でニャーって鳴いてるやつね」
「ニャー!」
呑気に歓談しだした中心に向けて抜刀一閃。巻き起こった小さな竜巻が彼らを近くの民家の屋根へと運び去る。
「こういう具合に巻き込まれるから離れろと言っているのでござる。メロメーロ――世界の危機はここだけで起こっているわけではないのだ。此奴の同輩共が、他にも来ている」
「なんだって!? 一体――」
ハーフエルフがいち早く立ち直り、真剣な顔を向ける。
クロネはヒゲを上下にピクピクやりながら、
「わかりやすい所だと北門付近の外壁でござるな。三…いや、四つの異質な――やっぱり三?」
「だから何なんだって……?」
『一人死んだ!?』
黒猫と巨漢は、同じく北を向いて同時に叫んだ。
真面目な驚きなのだが、敵味方でこうも上手く重なると、いささか場の緊張が緩くなる。世の中そんなものである。
巨漢が、渋面を左右に息を吐いた。
ため息である。
「……預けよう。乱れた秩序を正さねばならん」
「行くのか?」
「違う所にだ。色々と所用を帯びているのでな」
「ふむ、ならば、拙者も所用を済ませよう」
「……ああ」
鍔鳴り高く、カタナを納めるクロネ。イェソドも力を抜いて大剣を肩に担ぐ。
互いに試しは充分、次は本気で……。
絡み合う視線は、百の言葉よりも熱く深く胸の内に届いた。
「次は、使うか?」
「使わんさ」
普段では鉄板よりも固い無表情を貫いているであろう口の端を上げ、イエソドの姿が音もなく掻き消える。十剣者お得意の転移というやつだ。
「……石頭め」
僅かに残る余韻を噛み締め、緩やかな風が吹くとともに反転するクロネ。
「自己紹介が遅れ、真に申し訳ござらん。――拙者の名はクロネ・コーフェルシュタイン。古の種族ニャンクスの剣でござる。剣の道を究め、世の闇を払わんと放浪の日々を送る者也」
鍔広帽子を胸に当て、毛を膨らませた勇壮な名乗りを上げ、
「以後、お見知り置きを」
猫背とは程遠い一本筋の通った一礼で締める。
「……煮干し、食べる?」
顔を上げ、煮干しを差し出すサファイア色の瞳。その瞳孔はすでに真ん丸く、愛嬌を含んだものになっていた。
「おい!あれを見ろ!」
鋼の雨からも呪歌からも生き延びたメロメーロの街人が一斉に時計塔の光の先を見る!
「なんじゃ…、あれは。」
「見てるだけで…悪寒が…」
「あぁ!!時計塔が!街が…」
今やメロメーロの象徴の一つ、時計塔は雷を纏う金色の『百足』に破壊されていた…。
「イルドゥームの欠片ごと葬り去ってやる!!微塵も残すな!!」
ケテルの剣によって創られし怪物が、リッツに群がった……その瞬間!!
怪物の影がグニャリと歪み、その中から漆黒の刃が迫り出した!
リッツに飛び掛かった怪物は残らず串刺しになり、本来の瓦礫に戻っていく。
「なにぃ!?何だ!何なんだ!?」
ケテルが喚き散らす。ありえない敗北、それはケテルから完全に冷静さを奪い去っていた。
倒れたリッツのすぐ脇に、黒い剣を構え佇むのは…黒き甲冑に身を包みし黒騎士!
「……え?どうして…お前は僕の…」
「黒星龍の《ブレス》…例え貴様に通用せずとも、使い道は他にある」
黒騎士が習得している《ブレス》の一つ、【影匿転穏】
そう、黒騎士は怪物の群れが飛び掛かる瞬間に合わせて、影の中に身を潜めたのだ。
黒騎士はゆっくりとケテルに向かって歩いて行く。
傷だらけの身体とはいえ、その重厚な威圧感は冷静さを欠いた今のケテルには効果があった。
「さて、貴様達の目的について話して貰うぞ。先ずは……!?」
突然の強い地震にケテルと黒騎士はよろけてしまう。それほどに激しい揺れだった。
「しまった!!アグネアストラが!!」
ケテルが明らかに動揺している。
そして黒騎士にはケテルが叫んだ《アグネアストラ》という単語に聞き覚えがあった。
「何があった?ケテル、ネツァクはどうしたのだ!?」
いきなりケテルの横に現れた巨人が、ケテルに問い掛ける。大きい、軽く3mはあるだろう。
「イェソド!?まずい事になった!アグネアストラが!!」
「馬鹿な!?あれは同調者無しに動く筈がない、一体何があったのだ!?」
ケテルはやはり錯乱状態のままだ。巨人の問いにもまともに答えられていない。
(厄介な事になりつつあるようだな…ここは退くが得策か)
黒騎士はリッツを見る。全ての力を使い果たしたのだろう、身動き一つしない。
「ケテルとやら!この戦い、一旦預ける!」
黒騎士はリッツを担ぎ上げると、再び《ブレス》を発動させた。
影の中に沈む黒騎士を巨人が睨み、また黒騎士を巨人を睨み据える。
言葉は無かった、しかし黒騎士は確かに感じていた。再びあの者達と刃を交えると……
「どういう意味です!?」
ビナーが狼狽した。当然だ、人間を管理し世界のバランスを保つのが《十剣者》の存在意義。
それをケセドは「必要無い」と言い切ったのだから。
「ビナー、私は人間達を見ていてこう思ったのだ…我々の庇護が無くとも、人は歩いて行けると」
ケセドは淋しさに似た表情でビナーに振り返る。
「だから…許せ、ビナー。これから私は人間を解き放つ!切り取れ『コーコース』!」
「け…ケセド様!?」
ビナーの周囲が立体的に“浮き上がり”、瞬く間にビナーの姿が消えた。
「ティフェレト…私は覚悟を決めたぞ……」
そう言ってケセドは自分の周りを切り取った……
「く…まずい!奴をどうにかして止めなければ!!」
ヒューアが額の汗を拭い取り、剣を構え直す。既にアグネアストラの体は完全覚醒に近い。
∵やった…やったぞ…はははははははははははははははは∴
ジュリアスとは別の、濁った声が響く。
「もう…間に合わないのか…」
ヒューアの顔に諦めの影が射す。この世界にアグネアストラを倒す手段は…無い。
同じ聖獣であるイルドゥームも、今は12の破片となっている上に、過去に3度に渡って倒されている。
聖獣に枷られた安全機構、暴走の際の危険性を抑える為に設けられた能力。
それは、『倒される度にその力を半減させる』というものだった。
しかし今回はその能力が裏目に出た。更にアグネアストラはイルドゥームと違い、あらゆる加護を遮断する。
強過ぎた力を押さえ込む為に創られし力を…止める術など存在しないのだ……
「何しとるんじゃティフェレトォ!!ワシらがどないかせな、いかんじゃろが!!!」
怒鳴り声と共に地下空洞の壁を突き破り、厳つい顔の中年男性が現れた!
「マルクト!?何故ここに!?」
「おんどれがしょーたれとるけぇ…ワシらが出張ったんじゃ、こんヴォケが!!」
マルクトと呼ばれた中年男性が、手にした剣をアグネアストラへと向けた。
「ワシらは人間守るんが仕事じゃけぇ、このクサレはちゃちゃっと木っ端じゃあ!!」
マルクトの剣が輝き始める。あまりに眩しいその輝きは地下空洞内を隈なく照らす。
「燒き入れたれや!!『アギュモス』!!!」
マルクトの怒声と共に、光が全てを塗り潰した。
「ケテル、落ち着け。今のお前は冷静になる必要がある」
しかめ面ではあったが、そう言って肩を叩くイェソドの口調は優しかった。
「ネツァクのラーが消えたのを察知してここまで来たは良いのだが…参った……」
光は臨界を超え、アグネアストラを飲み込む!
「やったのか!?」
「い〜や、殺れとらん…面の皮ァ1枚剥がした程度じゃけん…こらぁいかんのぅ」
∵無駄だ…十剣者共よ…我が身を滅ぼす事はできん∴
「しゃっとんじゃワレェ!!……おいティフェレト、頼むぞ!!」
もう一度、マルクトが剣を発動させる為の集中に取り掛かる。
ヒューアは頷き、防御壁をマルクトの周囲に展開させた。マルクトの剣は先程とは違う輝きを放つ。
「コレで殺れんのじゃったら、ケセドに切ってもらうしかのぉなるぞ…」
「あぁそうだな、俺もこれで片付く事を願ってるよ!囲め『シャルタラ』!」
「まぁいい…とにかく今はアグネアストラをなんとかせねばならんなケテル、来い!」
イェソドが空間転位を行おうとした時、大地がめくれ上がり、光の柱が立ち昇る!
「まさか…下にマルクトがいる!?」
「そのようだな、行くぞケテル今ならまだ間に合うやもしれぬ!!」
ケテルとイェソドは徐々に細くなる光の柱が作り上げた亀裂に飛び込んだ。
「マルクトーッ!!」
イェソドが着地と同時に同じ《十剣者》の仲間である男の名を叫ぶ。
「イェソドか!助かった、来て早々アレだけどさ、手伝ってくれないか!」
答えた声の主はイェソドが呼んだ者ではなかったが、同じ《十剣者》であるティフェレトだ。
「俺1人じゃ防ぎ切れないんでね……ぐうっ…お前さんの剣を借りたい!!」
既にヒューアは全身が血塗れだった。いくら最高の防御力を持つとはいえ、360゚全方位
からの一斉攻撃を受け続ければ、ヒューアとて無傷では済まない。
ただでさえ、今は“砲撃”に備え集中しているマルクトを守るのに精一杯なのだ。
「承知した!轟け!『バランダム』!!」
イェソドの剣が実体を失い、地下空洞に爆音が轟き駆ける!イェソドの剣能力は音。
そして、音とは大気の振動。
「雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄!!!!!!!」
振動は収束し、やがて衝撃波となる。
「よくぞ堪えた、ティフェレト!これより、お主の背中は我に預けい!!」
イルドゥームの欠片に魅入られし者、確かにあの大男は俺にそう言った。
どういう事だ?もう誰も覚えていない筈の聖獣の名前を知っているなんて…何者なんだ?
「…煮干し食べる?」
「間に合ってるよ、それより奴は一体何者何だ?」
クロネと名乗った猫人が差し出した煮干しをやんわりと突き返し、尋ねる。
俺の予想じゃこの猫人は何かを知っているに違いない。
それに、さっきの地震からメダリオンが妙な共鳴を続けているしな。この事も関係がある筈だ。
そうだ、今までなかった感じの激しい共鳴…まるで、“何か”に脅えるような…
「《最深部》の使徒…裁定者であり、調停者…ですか」
レーテが口を開いた。…最深部?
「いかにも、その名は《十剣者》也。むぅ…御婦人よ、そなた人ではごさらんな?」
「だとしたら、何か?」
クロネがすうっと目を細める。獲物を観察する、獣の眼だ。慌てて俺は2人の間に入った。
こんな時にいざこざが起きるのは困る。ただでさえ非常事態だってのに。
「まあまあ2人と……」
「「来る!!」」
いきなりレーテとクロネが口を揃えて、空を見上げた。
2人の目線を辿ったら、時計塔の展望台が爆発し、巨大なムカデが現れたのが見えた。
「まだか!?マルクト!!」
イェソドが迫り来る光弾をたたき落としながら尋ねる。その顔に若干の焦りが見える。
「こっちも……もう…もたない!!」
「ティフェレト!僕も手伝うよ、あれは絶対にここで止めなきゃダメだ!!」
ケテルが怪物を大量に作り上げ、ヒューアの盾として周りに配置する。
先程までとは違い、目に強い意思が宿っていた。
「遅いぞ…ケテル、しかし……上出来だ」
「ゴメンよ、ティフェレト、イェソド…僕はどうかしてた。ネツァクが倒されて気が動転してた」
ケテルがアグネアストラを睨み、続ける。
「だが僕達は《十剣者》、その使命を果たさなければいけないんだ!!」
「どうしよう!精霊獣を相手に勝てるのかな…」
「なに、ヒロキなら大丈夫だ。奴の腕は俺が保証する、負ける訳が無ぇ」
不安そうなパルスの頭をくしゃくしゃと撫でて、俺はその場にいる全員を見回した。
レーテ、エド、レベッカ、クロネ、パルス…みんな真剣な面持ちで俺を見ている。
「みんな…すまねぇな、絶対に死ぬなよ?」
レクス・テンペストを発動させて、俺はみんなの前から姿を消した。
「Dさん?………Dさんッ!?」
突如として皆の元を去ったDに、パルスが慌てふためく、それはエドも同様だった。
「まさか…1人で…?無茶だ!彼にはもう……」
「落ち着かれよ、お二方。あの者はおそらく……北門に向かったのであろう」
クロネがパルスとエドを嗜め、落ち着かせると全員に提案した。
「今、この地には途方もなく大きな力がぶつかり合っているでごさる。聖獣の欠片たる
メダリオン、十剣者、そして……総てを創り変えし者…」
「アグネアストラ……」
レーテの呟きにクロネは頷くと、更に続ける。
「メダリオンが揃えば聖獣は目覚め、この世は乱れる、がしかし揃わなくとも
対となる総てを創り変えし者は目覚める…どちらに転ぼうと、この世は乱れる」
「なんかスケールがとんでもないデカさになったね…で、アタシが世界を救うって訳?」
「然様、拙者達でやるしかあるまいて」
レベッカはこの様な状況にも係わらず、ワクワクした顔でリュートを掻き鳴らした。
「随分とまぁ肝っ玉の据わった娘子でごさるな…」
ヒゲを弄りながらクロネは感心した様に唸る。
「では私達も二手に別れましょう、私とレベッカさんとエドさんは、時計塔へ向かい
ヒロキさんとやらを拾ってから、そちらへ合流します。よろしいですね?」
「ふむ、丁度拙者もそれを云おうとしていたのだ。ならば拙者と莫迦君は北門へ向かうと致そう」
レーテの提案に賛同し、クロネはパルスの背中を軽く叩く。
「ちょっとさぁ、莫迦君莫迦君ってやめてよね。僕がまるで莫迦だと思われるじゃないか!」
「……煮干しを食え」
「んがぐっぐ!!」
時間が無い。俺にもう時間は残って無い…
クロネの言った事が本当ならこの先に全ての黒幕がいるに違いない。
だったら…俺は行くまでだ!!
北門が見えてきた…“くれてやるよ”フィーヴルム!!
クロちゃんったら進行方向に家があろうとひょいひょいと屋根を乗り越えて行く。
「莫迦君、速く来い」
いや、速く来いって…それについていけるのネコぐらいだ。
しかも僕は【フライト】で全速力なんだけど追いつけないのはどういうことだろう。
なんとか横に並んで聞く。
「あのさ、クロちゃんはどうしてそんなに色々知ってるの?」
「何を言っておる。昔、莫迦君が“クロちゃんだけに教えてあげる。
絶対秘密だよ☆”ってぺらぺらしゃべったのではないか」
「えうあああ、僕が!?」
「全く、拙者が口が固かったからよかったものの下手すると
世界中に知れ渡っていたぞ」
クロちゃん、知っているんだね……昔の僕を。
「100年前の僕って……どんな感じだった?」
おそるおそる聞いてみる。
「大して変わってないぞ」
それならいいけど。
「強いて言うなら……」
「強いて言うなら?」
「あの頃は娘子だった気がするのだが」
なんてファイアストーム級の発言をさらりとかました!
「○×△◇☆!!!」
つい【フライト】の制御を失い街路樹に激突!!
その音に前のクロちゃんが振り返って。
「む?何で樹に張り付いているのだ?」
張り付いたままずり落ちていく僕を樹から引き剥がす。
「とおっ」
と、そのまま肩に担いで走り始めた。屋根とか普通に飛び越えながら……
これはものすごい恐怖だ!
「降ろしてー降ろしてー!!!」
その絶叫もどこ吹く風。
「そう言えば……忘れていた。莫迦君に返さないといけない物があるな」
そう言って煮干の皮袋の中に手を突っ込む。
「あう……もう煮干は充分だよ!」
「いや、煮干ではない」
そう言って煮干の中から取り出したのは……一本のフルートだった。
ただし、しっかりと煮干の香りが染み付いている……。
〜100年ぐらい前〜
「クロちゃん、行っちゃうの……?」
「拙者は放浪の身でござるからな」
「じゃあ……これ持っていきなよ。この笛すっごいんだよ。おしゃべりするの」
「いくら話しかけても全然しゃべらなかったではないか」
当たり前です。笛がしゃべったら恐いです。
「それにしても莫迦君の吹く笛の音はなかなかのものだった。
吹いてみるがよい」
「ええっ!? 楽器なんてできないよ!」
よく分からないうちに煮干の香りがするフルートを渡されてしまった。
そしてまた走り出す。
「え、あ、ちょっと……降ろしてよ〜」
その時……目の前の空間が歪み、一人の人物が現れた……。
「行くのはおやめなさい……貴方達に敵う相手ではありません……」
不安げな顔で埋め尽くされた、避難所となった大劇場。
正体不明の突発的な災害ゆえに外に様子を見に行く者は少なく、またその野次馬も一人として戻ってこない。
空気が淀むのも仕方がない。
更に休む場所もロクに選べないとあっては、堪え性のない人間は大変である。
「だぁからどけっつってんだよ! 女子供がいるんだから!」
「くせー!? どんだけ風呂入ってねえんだ!??」
「ママーーーーーーーっ!!! ママァァーーーーーー!!!!」
「ガキ黙らせろ!」
「おもらしちゃったあぁぁーーーーーーーー!!!!」
「あーーーーーっくそ……!!!!」
訂正、並大抵の忍耐では、ちょっと持ちそうにない。
そんな中、宿屋の息子は鼻歌混じりに知らない赤ん坊のオムツを取り替えていた。生来の働き者であるものだから、とにかく誰かの世話を焼いていれば気が紛れるのだ。
できるだけ、ある一点を見ないようにして、一心不乱に泣く子をあやす。
周りの男たちは、みんな揃いも揃ってその一点に釘付けだった。
赤ん坊以外のすべての男が、その一点が何気なく動く度に、まるで阿呆のように注目する。
宿屋の息子も、気にならないわけではなかった。でも、見るのはやめておく。
その一点とは、つまるところ一人の女性である。
かの生き物が美しければ美しいほど、男どもの視線を集めるのは至極当然宇宙の真理――ながらも、彼女の性的魅力は常識の範疇を大きく逸脱していた。
俗に流人と呼ばれる民族がいる。総じて美しい褐色の肌を持つ、国を持たない流浪の民だ。
彼らは旅芸人や占い師などに身をやつして町々を渡り、男女を問わず春をひさぐ。
皆、妖しげで美しく、それでいて立場の弱い者ばかりであるからだ。
世界の高級娼婦の約半数がこの流民の血を引いていると言われており、欲深い権力者は後宮にどれだけその血縁の者を揃えるかで血眼を上げた。
今も続く、人の歴史と切っては語れぬ流民の境遇である。
女は、どこから見てもその美しく妖しげな流民の出であり、また連綿と続く淫靡の血筋の至高なる結晶であった。
まず、胸。
精緻に織られた最高級の黒更紗を必要最低限の面積で用い、乳当てとした豊かな胸は、少し深い呼吸をこなすだけで母性溢れる漣となった。
腕を組み直す度に、こぼれ落ちんと高波が上がる。
それはまさしく、母なる海の縮図であった。
海を支える腰は、見事に豊満と虚弱の境を往き、かつ健康的な仕上がりを見せている。
浅く、ほんのりと割れた腹は、どんなによじれようとも決して形を崩さず、柔らかでしなやかな理想の肉に包まれていた。
その、女神を超えようかと挑むような美の曲線は、腿で膨れ、緩やかに続き、最後まで見る者を落胆させずに終わりを告げる。
特に黒髪流れるむき出しの背中からの丘陵が物凄い。
重力は消えたとばかりに盛り上がった尾?骨から下など……まるで草原の国の伝説にある天の使い、白き雌鹿のようではないか。
一流の彫刻家ですら製作途中で発狂しかねない至高の女体が。そこにあった。
顔は、誰もが期待し食い入るように見つめる顔は、黒更紗のベールで覆われ定かではない。
ただ、銀のアイラインで縁取られたアーモンド形の目が、扇情的に伏せられていた。
それだけで充分、それだけでわかる超美人。
むしろベールは、男の淫らな想像力をかき立てる小道具なのではないかと思えた。
「――?」
ただ一人、目をそらし続けていた宿屋の息子の耳に争いの音が届く。
騒がしい中でもはっきりと聞き取れる。奥の方でわだかまっていた荒くれ者の集団が、ついに我慢の限界を越えたのだ。
止めに入った何人かを傷つけ、十人近い腕力自慢の男たちは女を担ぎ、元は役者の控え室だった部屋に押し入った。
部屋から追い出された避難民も、周りの大人たちも、どうしようもなく腐った顔をしている。
宿屋の息子だけが、なけなしの勇気を振り絞った。震える足で控え室へと突き進む。
息を吸い込み、ドアに手をかける。
この時、部屋の中で上がった声は、近くにいた彼の耳にだけはっきりと届くことになった。
「ききききけぇきえきえっぎぼぢいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!」
「ぢょおっぎもぢいいイいいいィいいいいいいいいぃぃいイィいいいいいいいいい!!!!!!!!!」
「おがぢゃ――おッがッぢゃ嗚呼ぢゃぢゃァアアやあああああああぁっぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!??!!」
嬌声――いや、狂声?
地獄の亡者さながらの叫びに宿屋の息子の意気は挫けた。泣き出したり漏らしたり腰を抜かしたりしなかっただけで、彼は勇者と言えるだろう。
ややあって、控え室のドアが開いた。
出てきたのは、女性だけ。着衣のどこにも乱れはなく、妖しく煌く瞳にも興りはなかった。
天上の星の輝きが、鉢合わせになった棒立ちの宿屋の息子に注がれる。
「…………」
よく聞き取れない。淡々とした物言いで、どうしてか褒められたような気がした。
男を殺す気かと問い詰めたくなるような歩きで通路の向こうへと消えていく女性を見送り、ドアを開ける宿屋の息子。
――ただただ、絶句。
目を瞑り、黙ってドアを閉め直す。
部屋の中には見慣れた液が恐ろしい量で床に広がっているばかりで、男たちはどこにもいなかったのだ。
『その力があれば…全てを守れると思った』
そんな言い訳をした…あの惨劇の後。
街は破壊され、人々は殺され、全てが無に帰った。たった一人、俺を残して。
『力』を求め、勝てない戦いに挑み、敗れた代償だった。
それから一人…常に人を拒み己の力のみを信じた。
他人を否定する事で己の安心を生み出した。
だが…今の俺は変わった。『力』ではなく…『強さ』が必要だと気付いた。
そして…目の前の敵は、『力』に溺れる者。それを超えなければ…未来に希望が無いと悟った。
「リゼル!!貴様に強さを教えてやる…!!そして…貴様を超えてやるよ…!
さぁ…降りてこい。俺と勝負しろ…!!」
時計塔の頂上にいる金色の『百足』、その異質な程の力に身も竦むのが普通だろう。
だが…俺はそぅならなかった。超えたいと願う気持ちが、純粋な怒りが震えを無くし力を与えた。
『キサマニナニガデキル!!!』
巨大な『百足』が時計塔を這う様に降りてくる。近付いてくるにつれ、更に感じる圧。
「リゼルゥゥゥ!!!」
左手の銃を右手に持ち替え、伊達眼鏡を捨てる。
「お前に俺の本気を…見せてやるよ!!俺の手で未来を!!!」
『ギャシャァァァァァァァァア!!!』
百足が地面に着いたと同時に銃に力を込め、引き金を引く。
――ガァァァァン!!
雷を纏う堅い装甲の百足には傷一つ付かない。
だがヒロキは攻撃を止めなかった。夢中で走り、跳び、撃つ。
体内のエネルギーを弾に変える魔導銃の乱射により、肉体はとうに限界だった。
だが、撃つ事を止める事はしなかった。たとえ此所で朽ち果てようとも、こいつだけは倒したかった。
『ギャァァァァァァァァァ!!!』
百足は容赦なく吠え、雷を空から降らし、己からも雷を飛ばす。
だがその全てをヒロキは避けた。『力』の限界を超えても尚、高速移動をし続けた。
だが、とうとう肉体の限界が来た。百足の足が俺の体を捕らえ、地面へ叩き付けた。
「かはっ…はっ…」
『キサマノメイウンハ…ツキタノダ!!!シネェェェ!!!』
そして、百足は俺を捕らえた足を上げ…もぅ一度振り下ろした…
「のけい! 拙者共は急いでおるのだ!」
クロちゃんが僕を降ろし、純白のローブに身を包んだ女性に対峙する。
「我が名はコクマー、叡智を司る者。
無智な一途さゆえに全てを失った哀れな森の民よ……」
……なんか難しげなことを言われた。
クロちゃんが即座にあまり嬉しくない翻訳をしてくれた。
「要するに莫迦ということだ」
「つまりはそういうことです」
やたらと威厳のある声でそう言われても……。
「みんなして僕をバカバカって……」
「それでは……バカではないと証明してみなさい」
女性はすらりとした長剣に手をかけた。
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
何なのさ、この流れは!
僕は助けをもとめてすがるような目でクロちゃんの方を見た。が……
「調度よい。この腑抜けに喝を入れてやってくれ」
えええええええ!? 煽ってるーーーッ!?
「場合によってはこの場で斬り捨てます。行きますよ!」
さ、さりげなく今怖い事いったよね!?
世界が危機だというのにこんな流れで斬り捨てられたら最悪だ!!
「それとそやつに〈霊法〉は効かぬぞ」
うわあああああっ!? クロちゃんがさらりと絶望的発言を!
僕は……どうすればいいのでしょう!?
莫迦君の邪魔にならぬよう、家一軒へだてた三角屋根の頂点に着地する。途中で入れた六回転半は、まあお遊戯である。
「あの母君から秘奥を授かっているのであれば……勝てぬ相手ではないぞ」
帽子の角度を直しながら、呟き、遠き彼方に思いを馳せる。
あまりいい思い出ではない。だが、神の視点を持たぬ身としての最善を尽くし、戦い抜いたという事実と誇りがあった。
――瞬時に、瞳孔が縦に伸びる。
「や、初めまして。賢しい猫さん」
振り向いた先には、痩せぎすで顔色の悪い白髪の男が嫌な笑いを浮かべ、だらりと脱力の姿勢で立っていた。
その右手には、やはりだらんと異形の一振り。
「私はゲプラー。君は知らないだろうけど、君達のことはずうっと見ていたよ。龍人戦争は見応えのあるドラマだったからね。山場山場で活躍する中心人物の行動、台詞、結末……すべて覚えているさ」
言わずと知れた、十剣者。
実際、転移というのは厄介だ。場に現れるまで気配が感じられないのだから。磨かれた超感覚も、これでは宝の持ち腐れである。
「敗者である龍人側の者達でさえ、私は見ていた。戦争物に限らず、ドラマは敵役の魅力次第だからね。その中で一際異彩を放ち、最も激しく戦い、生き残った君。
――四英雄が五英雄として後世に伝わるなら、私は間違いなく剣聖クロネを推すだろう。
……いや、断龍クロネと呼ぶべきか? 大逆のクロネ? 断絶者クロネ? 英雄殺し? 竜殺し?」
ゲプラーという男は、自らの語りに酔う性質(たち)であるらしい。身を折り曲げて悦の言葉を紡ぐ彼の目は、在らぬ所を追って暗く輝いていた。
「……でも、やはり歴史には残らない。猫達がどれ程の勇者だったかなど、吟遊詩人は謳わない。何故なら、彼らは敗者だからだ。
君もそうだクロネ。敗れた側にいた者だ。だから歴史は語らない。君に感謝しない! ――真に残酷なるは人の世よ!」
彼の何かが最高潮に達したと同時に、右手の剣が無造作に振るわれる。
「偉大なすべてを切り払おうとする傲岸不遜な野良猫に、このゲプラーが恐怖に満ちた死をくれてやろう!」
やっと終わった長い語りに対し、クロネの言葉は短かった。
「……それは、何だ?」
「なに?」
「それは剣か? 穴空き包丁ではないのか?」
「はっ! 見る目のない――」
「仮に剣だとして、貴様はどれほどにそれを振るえるというのだ? ガキ大将が棒ッ切れを振り回すのとは違うのだぞ」
「あぁん? 何だ? 君が言いたいのは、イェソドみたいに頭悪く剣の練習をしろということかい? ナンセンスだ。
十剣者に鍛錬など必要ないし、これは一応剣の形をしてはいるものの、正体は遥かに高度な武器なんだよ。剣というより、神の杖と呼んだ方がいいくらいのね」
「――ふっ……」
ここで黒猫、ただ凄惨なる笑みにて返す。
ゲプラーは、これを無知なる者の嘲りと受け取った。
彼にとって、最も許しがたい行為である。
「何を笑う!? 惨めなのはお前だ、この畜生が! すで大気は僕の意のままに姿を変え、お前の体を蝕んでいる! どうだ野良猫! もはや声も出まい!?」
確かに、クロネの周りの空気はねっとりと重く、まとわりつくようなものに変化していた。
まるで水中――いや、油か水銀にでもどっぷり浸かったかのような感覚。これでは満足に動けるはずもない。
これがゲプラーの剣の力というわけだ。
「ほぉら! これがお前やイェソドが一生懸命に尊がって練習してる剣の技の限界だ! もはや動けまい! 呼吸もできまい! 恐怖と苦しみの理想的な交響曲である溺死がお前の結末だ!!!」
高らかに告げる死神。そう、それは、ただの剣ではどうにもならない理不尽の鎌。
――おお! だが、見よ!
死を待つしかないないはずのサファイアは、更に爛々と、必殺の剣気を孕んで輝いていた。
この世界の根源たる《最深部》より遣わされし使徒《十剣者》、そして総て創り変えし者…
聖獣アグネアストラ
古き龍人達が、創りし過ち…決して目覚めさせてはならない破滅の力…
「よっしゃあ!そんじゃアタシ達も行こうか!」
レベッカが妙に張り切っている。
この先に例えどのような苛酷な運命が待っていようと絶対にくじける事はない、そんな決意が見て取れた。
「しかし…この人を放っておくのはまずいかと思われますが…いかが致しましょうかね」
エドワードが意識を失っているソーニャを見て、首を捻る。確かに放置して行く訳にはいかないだろう。
レベッカも先程までの勢いが消え、ソーニャを覗き込む。彼女にとって、ソーニャは微妙な立場だ。
歌を通じて解りあえた友の命を奪った女。
しかし、ソーニャを怨むのは間違いだと、レベッカは思う。
(誰かを憎んでりゃ楽かもしれない…でも、それって逃げるのと変わんない!)
「コイツってさ、火がないと死んじゃうんだよね?レーテさん、コイツに火をあげて」
「!?何を言ってるのです!また暴れだしたら…」
「ダメだよ!ここらでハッキリさせた方がいい、ファムだって解ってくれた!コイツだって!」
エドワードの制止を即ぶった切り、レベッカは炎の様に熱い眼差しを紅き龍の巫女に向ける。
「その想い、承りましょう」
慈愛に満ちた女神の如く微笑み、紅き龍の巫女はその手に真紅の炎を生み出す!
「………んん…?」
頬を薄紅色に染め、灼熱の獅子ソーニャは目を覚ます。黙ってそれを見つめる一同。
「気が付いた?」
「………お前……!?」
声をかけたレベッカを見てソーニャの表情が途端に険しくなる。
無理もない、彼女からしてみれば、先程まで戦っていた相手なのだから当然の反応であった。
その時、塔で立て続けに大きな爆発が起きた。それを見てソーニャが驚く。
「あれは……リゼル!《解放》したのか!?」
「ふむ、やはり〔魔弾〕でしたか…《雷鳴のメダリオン》ですな」
エドワードが塔の頂上にのたうつ大百足を見据え、呟く。その表情には何故か不安が見え隠れしていた。
「あんた…エドワード!?」
「ええ、ご無沙汰しております。ソーニャお嬢さん」
そう言ってエドワードはぎこちなく笑った。
「うあっ!?」
横薙ぎに払われた剣を半ばこけそうになりながら避け、後ろに跳び退る。
「剣の力を使うまでもありませんね……」
威厳のある静かな声で呟き、切っ先を突きつけ近づいてくる……。
黙ってやられるほどひ弱じゃない!
石畳が砕け散った地面に手を着き、大地の霊法を唱える!
「【ストーンサーヴァント】」
大地の精霊の力で足元に石が集まってくる。
「何をやっているのです?」
剣が払われた瞬間!
轟音をたてて足元の地面が隆起し
2階建ての建物の高さほどある石の巨人……ストーンサーヴァントが完成した!
僕はその肩の上から白い服の女性を見下ろす。霊法が効かないなら殴るまで!
「いっけえッ!!」
サーヴァントに命じ、蹴りを叩き込む!
相手はその攻撃を真正面から受け、吹っ飛んだ! 確かに入ったはずだ。
しかし女性は器用に着地して、相変わらず威厳のある口調で言った。
「思ったよりやるようですね……。これならどうでしょう」
そう言うと同時に、手に持つ剣が、掻き消えるように姿を消した。
「……消えた!?」
その瞬間。僕は何の前触れも無く瞬時に落下し、地面に叩きつけられた。
乗っていたサーヴァントが音を立てて一瞬にして崩れ去ったのだ!
「私の剣能力は……何か一つの力を完全に消し去る事」
“完全に”消し去る!?
「先程は大地の力を消しました。今度は精神の精霊を消してみましょうか……」
それは即座に死を意味する……。消されて……たまるか……!?
「ぐっ……あぁ……」
ダメだ!早くDさんの所に行かなきゃいけないのに……こんな所で……。
「安心しなさい。所詮あなたが行ったところでどうにもならないのです」
たとえ……役に立たなくても……いい。
この世界が……好きだから。儚くて激しくて……優しい人間達の世界が……大好きだから。
「どうしても行きたいならもう……逃げるのはやめなさい。
力の封印はとっくに解けているはずです。あとは貴方がそれを望むかどうか……」
そう、ずっと逃げてきた。あえて思い出そうとしなかった。
でも……強くなれるのなら……みんなを護る力が手に入るのなら……
僕が僕でなくなっても……構わない。
やはり、お前は馬鹿だ。ボクを越える?冗談も休み休みに言って下さいよ。
ハハハ・・・雷鳴のメダリオンがある限りボクは誰よりも強いんだ!
お前の戯れ言は弱者の言い訳だ・・・力が無ければ死ぬだけだからね!!これがルールなんだよ!!
リゼルの振り下ろした鉤爪がヒロキの身体を引き裂こうとした瞬間、鉤爪が粉々に砕け散った!
『ダレダ!?』
「はい、オレサマちゃんで〜す♪」
リゼルの誰何の声に応じたのは、見たことの無い奇妙な巻頭衣に身を包む少年だった。
歳は10代後半といったところか。しかし、その人を小馬鹿にした笑顔の奥には獲物を見つけた獣が潜む。
「何だ・・・あんたは・・・?」
ヒロキの身体は限界を迎えており、まともに動かすことすら適わない。そんなヒロキに、謎の少年は言った。
「キミさぁ、コンジョウあるねぇ〜エラいッ!うん、ソウトウエラいよマジで」
「????」
「でもさぁ・・・ジャマだからどいちゃってくれっかな?いやマジで」
そう言うなりヒロキを蹴り飛ばし、軽々と吹き飛んだヒロキは噴水の中に落ちた。
「はい、オレサマちゃんナイッシュ〜!センセイテンをキメましたぁ♪」
『ジャマヲ・・・スルナァーッ!!!』
リゼルが電撃を一斉に放つ。だが、謎の少年は相変わらずニヤニヤ笑いながら微動だにしない。
「テイコウするってコトがムダってオシエてやろっか?てかさぁ、おとなしくしようよ」
少年の手に、円状の刃を持つ剣が現れる。
「どーせオマエはニゲられないんだしさ・・・いやマジで」
『メダリオン・・・イヤ、イリシオンノシンノチカラヲミセテヤル!!!』
それは突然始まった。百足の体が何倍にも膨れ上がり、凄まじいエネルギーの放出が起こる。
《精霊昇華》・・・精霊獣と完全に一体化することによって、その力を解放する継承者だけの能力・・・
「おぉ?スゲースゲー!完全体のイリシオンなんて488ネンブりだぁ♪マジで!」
手を叩いて大喜びする少年にリゼルが最大級の電撃を放射した。
あっという間に少年は紫電の奔流に呑まれ、その姿は掻き消されていく。
『ボクが1番強いんだよ、分かったか?雑魚・・・え?』
「あ〜あ、チリチリになっちまったよ・・・サラサラだったのに・・・マジで」
アフロヘアになった少年がやはりニヤニヤと笑いながら立っていた・・・
あれだけ大出力の電撃放射が直撃して、無事である筈がない!!リゼルは戦慄した。
「あ〜でもこのチリチリモコモコもなかなかいいなぁマジで」
『・・・嘘だ・・・そんなのありえない・・・』
「ん〜ザンネン!ありえるんだな、いやマジで。じゃあツギはオレサマちゃんのハンゲキかぁ?」
少年が剣を振り上げ、
「爆ぜろ!『アプツェン』!!」
声高に唱えると同時に、勢いよく振り下ろす。すると、大小様々な虹色の球体が噴き出した!
一見普通のシャボン玉にしか見えないそれは、ふわふわと漂いながらリゼルを取り囲んでいく。
「はい、ドンドンいくよドンドン♪あたったらダメだよォ?いやマジで」
シャボン玉の数は更に増え続ける!とうとうリゼルは完全に包囲されてしまった・・・
「あ〜キミキミ!アブないから〜!マジでシんじゃうから〜!ダッシュダッシュ!!」
噴水の池から這い出したヒロキに、少年がジェスチャーを交えて勧告した。
そしてヒロキの勘も、このシャボン玉がとんでもない危険物であると告げている。
断る理由は無い筈だった。
しかし、決闘に乱入してきた揚句、蹴り飛ばされた怒りが脳内に響くアラームを叩き壊す!
「テメェ・・・ふざけんなよ?誰が逃げるか!!」
気力・体力共に限界を越えたというのにも拘わらず、ヒロキが立ち上がり思い切り怒鳴る!
『こんな泡でボクを倒せると思うな!!』
リゼルが電撃を全方向に一斉放射した瞬間、メロメーロの中央広場が消し飛んだ・・・
「うは♪スッゲー!!イきてるよマジで!オレサマちゃんマジでカンドーしたよォ!!!」
中央広場はクレーターに変わり果て、時計塔も無くなっている。
広場だけではない、周囲の建物も吹き飛んだのだろう。クレーターの大きさは明らかに広場よりも広い。
そんな中で少年は倒れたヒロキの頬をペチペチと叩いて起こそうとしていた。
「ありゃりゃ?ダメかなぁ?ま、いっか♪カケラもカイシューしたしな、マジで」
そう言って立ち去ろうとした少年の服の裾をヒロキの手が掴む!
「・・・待て・・よ・・それは俺が・・・」
「うは♪キがツいたかぁ!キミってツエェなマジで!オレサマちゃんマジでビックリだ!」
パァッと顔を輝かせて、少年がヒロキの頭をパンパンと叩いて大笑いする。
「・・・・テメェ・・」
ヒロキの怒りは臨界点を越えた。
ますます粘性を増す空気の中、クロネは黙ってカタナを抜いた。
背を反らし、顎高く上げ縦に抜き、切り下ろす。
先程の神速の閃きは完全に失われていた。まるで、どろりと濁った水に湧いたボウフラのような緩慢さである。
続いて、落ちた切っ先を上に向け、切り上げる。
重力に逆らう動きだけあって、こちらは更に鈍く、ゆっくりとしていた。
ゲプラーは喉を鳴らさず、顔だけを老猿みたいに醜く歪めて腹を抱えた。
水より遥かに重い液体に浸った状態で、その切っ先彼方の自分をどうしようというのか?
無力な身に訪れる醜い死への抗いか。大型スライムに丸呑みにされた新米冒険者の足掻きを見るようで、恐怖を司る者にとっては上々の見世物であった。
刃を頭上高くにまで切り上げたところで、黒猫の動きが止まった。
多大なる負荷の中、無酸素で二度の大振りを敢行したのだ。鍛えられた肺でも、そろそろ息の限界であろう。
「……じゃ、さよならだ猫君。地獄の悪魔のペットにでもなるんだね」
舌を出し、二歩三歩と下がるゲプラー。嘲ろうとも油断はしない。起死回生など真っ平御免だ。
最後まで、近づかない。間合いの遥か外からゆったりと殺せばいいだけなのだから。
「……ふん」
やはり動かぬ猫を見て、ゲプラーが勝利を確信した瞬間――微かな違和感が生じた。
一陣の風が、ひょおと彼の体を抜けたのだ。
……正面から? 風が吹く? ――馬鹿な。すでにそこの大気は鉛なのだぞ。
余裕一転、血走った目で猫を凝視するゲプラー。
いつの間にか、かの切っ先は下にあった。油断なく、目を離していなかったにもかかわらず、である。
「……かつて――」
――っ!? 何故、喋れる……!!?
「かつて剣聖と呼ばれた男は、水中にいながらにして水面に映る月をも斬ったという」
斬った……? 斬ったというのか!?
「万物を斬るに真に必要なのは、速さでも鋭さでもござらん。――ならば何かとは、人それぞれでござるがな」
否定の叫びを上げようとした途端、ゲプラーの口から熱い物が滴り落ちた。
真っ赤なそれは際限なく彼の喉を攻め、息と言葉を奪う。
「…ううぅぅ――ぁあぁっ……うわ……!? うぅぅっわ……!?」
左右の視界が、静かにずれる。何もかもが真っ赤に染まる。
「……断流・一文字(いちもんじ)。――それが、貴様が人に与えてきた恐怖というやつだ」
最後の見えなかった切り下ろし。その一撃が真空の刃を生み出し、ゲプラーの頭頂から股間までを真一文字に断っていたのだ。
あまりの鋭さに、死はどうしようもなくゆっくりとやってくる。
苦しみ悶えるゲプラーに、クロネがしてやれることは一つだけ。
――――――――キンッ。
踵を返し、鍔を鳴らして納刀あるのみ。
背後で、二つの塊が民家の屋根を汚して落ちた。
「餓鬼が…首突っ込むんじゃねぇ…!!!」
肉体の限界などさっきの爆発で更に突き抜けた。だが、俺は立ち上がった。怒りがそうさせた。
「ガキ…?このオレサマが…?」
俺の一言で目の前の少年は態度を一変させた。ギラギラと獲物を狙う様な目で、
立つことがやっとの俺を睨み付ける。
「オレサマはなぁ…オマエなんかより、もっとナガイキしてんだよ。
《十剣者》であるトウトいソンザイのこのオレサマ…『ホッド』サマに…『ガキ』だと?コロすよ、マジで」
「《十剣者》…?」
聞き覚えのある言葉だった。いつ…聞いたか…。
「ケセド…?てめぇ…ケセドの仲間か?」
ケセドは確かに俺をあの空間から出す時に言った。《十剣者》ケセド…と。そして…次は敵かもしれない…と。
ならこの少年はケセドの仲間…つまり敵…か。
「ケセド…だとぉ!?オレサマのケセドサマをヨビステ…?うん、キミはコロス。ケッテイね、マジで」
不可思議な剣を振りかぶり、切りかかってくる。
「ちっ…こっちは立ってる事すら面倒なんだ…ウザイよ…餓鬼」
剣の軌跡に合わせて銃を構え、盾にする。
「なっ…キれない…」
ホッド…と名乗った少年は驚き目を見開く。
「魔導銃を見るのは初めてか?」
「マドージュウだと!?そんな…1000ネンもまえに…けしたはずだ…」
ホッドは目の前の現実にうろたえ後退りをした。
その瞬間を俺は狙った。無理やり体を動かし、懐に飛び込み…奪った。そして、一気にその場から走りだす。
「悪いな…餓鬼…。俺は端からてめぇに勝てるとは思ってなかった。だから、これだけを狙ったんだ…」
俺は走り続けた。その手には《雷鳴》のメダリオンを握り締めて…。
純白のローブを纏った女性は無様に倒れて動かなくなったエルフを
寂しげな瞳で見つめた。
「事切れてしまいましたか」
コクマーの手に剣が実体を現す。
「やはり……人界は我らが管理しなければならないのですね……」
僕は闇の中を彷徨っていた。
もう逃げない。たとえどんな真実があろうと……。
そして僕は……自分自身に出会った。
「やっと……見つけた」
闇の中で震えている少女がいた。
膨大な知識を持ちながら本当に大切な事を何一つ知らず
強大な力を持ちながらその使うべき時を知らず
真実を見抜く目も、善悪を判断する目も無く
硝子のように脆い心故に虚勢を張っていた少女。
――違う……違うよ。貴方はこんなに酷い奴じゃない――
「違わない……」
僕はあの日、一度死んだ。
助けてくれた“彼”に僕は死にたいと叫んだ。
もう生きてはいけないと……こんな過去を背負って生きてはいけないと。
だから、“彼”はその願いを叶えた。
記憶も力も封印し、別の人物に作り変えた……。
「僕は……酷い奴だよ」
少女にそっと手を差し伸べる――
『ザナック、人間界に行くのはやめてよ!』
『パルメリス……貴方の父親は立派な人だった』
『あーあ、族長様怒らせちゃったー、アメあげるから機嫌直しな』
『このヘタレ。仕方ないな、青汁飲め』
『ぎゃああ! 滝に打たれる修行に何の意味が……ぎゃあ!』
『いいか? 霊法師たるもの……いかなる時も……』
全ての記憶が……知識が……流れ込んでくる。
ファムが見せた夢は、全て真実だった。僕は……とんでもなく酷い奴だった。
自らの愚かな想いゆえに憎しみの種を撒き、そのせいで大切な者達を死に至らしめた。
誰も好きになってはいけない、生きる資格も無い……。
それでもいい。こんな酷い奴でも、誰かを救う事ができるのなら、行く。
……人間達の作る未来が途絶えて欲しくないから。
今なら、君がどうして人間を選んだか、分かるよ。
とても……優しいから。儚いからこそ……強いから。
僕は、目を覚まし、飛び起きた。
「こんな技なんか……お母さんの修行に比べたら痛くも痒くも無いッ!!」
「!?」
白いローブの女性はすっかり油断していた。今さら剣を抜いてももう遅い!
空間に指を躍らせ、一瞬のうちに霊法が完成する!
「【マテリアルアタック】!!」
あらゆる精霊力が純粋な力へと姿を変え、女性に襲い掛かる!
「―ッ!?」
吹き飛ばされた白いローブの女性は、驚きの表情を浮かべる。
霊法にやられたから驚いているのだろう。
「精霊力を物質化したまでさ……」
女性は僕の方をじろじろと凝視して言う。
「そういうことだったのですね……。
なぜティフェレトが貴方を助けたのか分かりました……」
あれ? 会話が噛み合ってないような。
「ケセド様……私も人間を信じます。
人界バカ代表のこの者でも目を覚ます事が出来たのですから……」
嬉しくない、激しく嬉しくない!!
「何でもありません、早くお行きなさい!」
それだけ言い残すと、女性は姿を消した。そうだ、早くDさんの所へ行かなきゃ!
何を言われても、どれだけ罵られてもいい!少しでも力になれるのなら!!
残された腕に、剣を持つ手に力を込め、彼はなんとかして這いずろうと足掻いた。
呪詛の言葉でもと口を開けば、また血が溢れ出すだろう。奥歯を砕けそうなほどに食いしばって激痛に耐える。
いや、開かなくとも血は傷口から止め処なく流れ続けていた。
少しの距離を進むだけで臓物がこぼれ、視界が歪む。そうやって彼が必死にもがいたお陰で、民家の庭は何か悪魔的な儀式でも行ったかのような惨状になっていた。
ゲプラーである。
正確にいうなら、真っ二つにされて屋根から落ちたゲプラーの右半身だ。
本来なら即死の状態でありながら、彼は執念と人を超えた生命力でもって生き長らえていた。
「満…た、せぇぇぇぇぇぇ……メルグドゥド…………っ!!」
半分になった舌と声帯で、どう言葉にしたのか。ゲプラーの意志を受け、刀身にいくつもの穴の空いた片刃の剣が淡く光った。
傷口付近の大気組成が変化し、圧力によって出血が止まる。
十剣者の剣は特殊な武器というだけの代物ではない。彼らの身体機能を補助、増幅させる働きもあるのだ。触れるだけで感覚が研ぎ澄まされ、治癒力が増す。
右半身にかろうじて息があったのは、この剣を握っていたからである。身に受けた斬撃が鋭すぎたのも幸いだった。体が左右に分かれる間に、剣の力をすべて生命維持に回せたのだから。
「………っす!! 賽、の目斬りに…して、下水に流してや、る……!!!」
恐るべきは生にしがみつくこの執念。半分残った顔には、もはや人間性の欠片すら見受けられなかった。
「へへ…へへへ、へへへへ、へ、へ、へ……」
人は稀に、生きながらにして怨霊となる。まさに今のゲプラーにこそ相応しい表現であろう。
ふと、憎悪に満ちた瞳に黒い物が映った。
靴だ。黒いハイヒール。そこから伸びる美しい褐色の脚。
「………?」
首を傾けると、静かに見下ろす女の黒い瞳があった。目から下を黒更紗のベールで覆った、流民の女。
まるで、死を告げる女神のようだ。
そう、いつだって、そういう不吉な女は美しい。
女は無残な有様のゲプラーを見ても眉一つ動かさず、黙って右手をベールの下に差し込んだ。
ぴちゃぴちゃと舌を動かす音が聞こえてくる。下半身をくすぐるような、独特の音色だ。
自らの唾液で濡れそぼった手を、女は抵抗できないゲプラーに向けて、ゆっくりと進めた。
やっと血が止まった断面へと……。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!??!!!」
いっそ殺してくれ。
誰にも知られぬゲプラーの最期は、苦痛と快楽の瞬きにも似た繰り返し。悪魔の成せる明滅の果てであった。
>>61 怪物が俺を守るようにアグネアストラの前に立ちふさがる。
「ゴメンよ、ティフェレト、イェソド…僕はどうかしてた。ネツァクが倒されて気が動転してた」
ケテルはアグネアストラ一点を見つめている。
「だが僕達は《十剣者》、その使命を果たさなければいけないんだ!!」
やっと覚悟が決まったみたいだな…
「そうだな、そしてこれが俺達の最後の使命だ、」
この言葉と僕の寂しげな表情に疑問を抱いたのか問いかけてくる。
「どういうこと?」
「……俺達、十剣者はもう必要ないってことさ」
「血迷ったかティフェレト!?人間を管理するもの無くしてどう世界に平穏があるというのだ!」
「人間はそんなに弱くない、そして俺等はそんなに強くない、見てみろよ。」
俺は二人に周りを見るよう促す、先ほどよりも更に数を増やした光弾によって
ティフェレトの周りの怪物がやられていく、このままで数分ともたない。
イェソドの音はだんだんと強くなっていく光弾や相手の放つ衝撃波をほんの少し弱めるだけ。
そして僕のシャルタラも数々の攻撃によって既に効果があるかどうか分からないほど力を失ってしまっている。
「見ろよ、これが世界を統べる十剣者の剣の力さ、なんのこたないじゃないか」
「…………でも人間なんかよりは強い!」
「だがネツァクは人間に倒されたんだろ?ラーを辿れば対峙してたのはリッツ君じゃないか、
ほら、十剣者はこんなもんだ、人間に負けたんだよ。」
「違う!ネツァクは自分の剣を利用されただけだ!あんなの負けじゃないよ!」
「そんな事を話している場合ではないぞケテル!マルクトまだなのか!?」
「じゃあかしいんじゃボケ!もうちょっとじゃって言ってんじゃろ!」
∵ 足掻いても無駄だ、貴様等はここで滅び去る ∵
怪物が全て消え去り『シャルタラ』も力を使い果たし元の剣へと戻る。
そして数mに及ぶ最大級の光弾がこちらへと迫りつつあった。
「もう、ダ、ダメなのか……っ!!」
「…………無念か」
其は魔を阻み 邪を拒むもの
外なる害意より我等を護る壁よ 今ここにそびえ建て
地面から半透明の巨大な壁がせり上がる。
光弾は光と熱を発しながら壁と対消滅し爆音と空気の爆ぜる音が地下空洞に響く。
「これは……、」
「躁術、「人間」のね、さぁてと、マルクトどうだい?」
「よくやったぁああ!どデカイのぶっ放すから退いとれぇえ。
全て消し飛ばしてたれや!『アギュモス』!!」
剣から放たれた光は一直線の弾道を描きながら全てを焦がしていく。
辺りの岩は熱で太陽のように光りを帯び。『隔離』があるはずなのに熱で呼吸すら出来ない。
そしてその光りはアグネアストラを飲み込み奴の断末魔が響き渡った!
走り去るヒロキの背をぼんやり眺めながら、ホッドはゆっくりと立ち上がる。
「あ〜あ・・・ニゲちまったよ。オっかけんのメンドくせぇなぁ・・・マジで」
モコモコフワフワの頭を弄くり回してぼやくホッドだったが、その表情は嬉々としたものだった。
獲物を見つけたのだ。
簡単に死なず、また十剣者に対抗する事ができる遺産を所持している・・・最高級の獲物を。
「ったくよぉ・・・ティフェレトのヤロー、トりコボしスギなんだよなァ・・・マジで、
まぁオレサマちゃんはタノしめるからイイんだけどな、マジで」
再び剣を振り上げて、ホッドは爆発するシャボン玉を作り出す。
「コータイも10マンネンじゃなくて1マンネンにすりゃイイのにな、マジで。
そうすりゃもっとセカイはヨくなるってオレサマちゃんはオモうワケで・・・」
シャボン玉は風に乗り街中に広がって行く。数百もの数が一気に爆発したら街は荒野となるだろう。
しかしホッドにとっては些細な事なのだ。
アグネアストラを地中深くへと埋め直すには、メロメーロの街は邪魔だからである。
「引き裂け!『プロップト』!!」
何も無い空間が突然歪み、ねじくれて・・・奇妙な恰好の人物、ビナーが現れた。
「まさか二重に切り取られていたとは迂闊でした・・・ケセド様」
まるで子供だましのオバケ衣装、そんな表現がぴったりの姿ではあるが、れっきとした十剣者の1人だ。
先程までそこにいたイェソドと人間達の姿は見当たらない。既に決着は着いたのだろうか?
ビナーは精神を集中させ、他の十剣者達のラーを探知した。近くに1人いる、おそらくホッドだ。
しかし、イェソドや他の者達のラーが探知出来ない。という事はアグネアストラと交戦中だろう。
「急がなければ・・・皆に伝えねばなりません、ケセド様が乱心されたと!」
ビナーは再び精神を研ぎ澄まし、転移の術を発動させた。
「こんだけありゃあキレイになるな、マジで」
シャボン玉は既に千を越え、ほぼ街全体に広がった。後は、それに強い衝撃を加えるだけ。
それで街は地上から消えて無くなる。
その時、街の北側に光の柱が立ち昇った。ホッドはそれを見て、途端に不機嫌な顔になった。
「ズッこいなぁ、マジで!さっきからみんなのラーがキえてるとオモったら・・・ナカマハズレかよ!」
ヒロキは必死に走った。全身に痛みがひしめき合い、気が遠くなりそうになりながらも、走り続けた。
(・・・!?あのシャボン玉か!)
気が付けば街中の至る所にシャボン玉が漂っているではないか!
あのシャボン玉の爆発の威力を知っているだけに、ヒロキの背筋が凍る。
(まずい!これが全部爆発したら・・・どうなっちまうんだ!?)
だがヒロキにはどうする事もできない。いつ爆発するか分からない中で、ヒロキは走り続けるしか出来なかった。
「マルクトのおっちゃんがブッパナしたんならしょーがねぇなぁ・・・そんじゃカタヅけるかなマジで」
祭に乗り遅れた悔しさもあったが、ホッドは自分の使命を全うする為にシャボン玉を斬り付けた。
・・・筈だった。しかし刃が当たる寸前で、何者かによって受け止められたのだ。
「おやおや、不粋な真似はいけませんね・・・シャボン玉は風に揺られているべきでしょう?」
眼鏡をクイッと直しながらそう言った男・・・その名は東風のエドワード!!!
「ヒッドイ事するね!街がメチャクチャじゃないのさ!!」
亜麻色のポニーテールをぴょこぴょこ揺らす、リュートを持った少女レベッカが憤激する。
「えーと・・・ドチラさん?オレサマちゃんシラネーんだけど、マジで。つーかジャマすんならケすよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・エドっち、殺っちまいな!!マジで!!!!」
レベッカがキレた。愛らしい顔を怒りに歪め、エドワードに命令する。
「ヤレヤレ・・・まぁ言われずとも、そのつもりでしたがね」
エドワードは眼を細め、薄く笑い、そして・・・もう一度眼鏡をクイッと直した。
僕は煮干の香りがするフルートに語りかけた。
「〈暁〉、100年ぶりだというのにどうして黙ってたんだい?」
――・・・・・・・・・――
「なんか言ってよ!!」
――……お・ま・え・なあ! お前のせいで100年間も煮干漬けだったんだぞ!――
やばっ、怒ってる。
「それは……その……許してちょ」
――猫にフルートって諺があるだろ! おまけにやっと会えたと思ったら
ヤローになってやがるし……。
男にキスされるのはまっぴらだからな。戻ってくれてよかったよ――
「ええっ!?」
――・・・・・・・・・――
「……………ああぁあああれええええぇ!? ど、どどどどどうしよう!?」
――気付くの遅ッ!! どーするもこーするもないだろ!――
当然といえば当然なんだけど……一応驚いてしまうのです。
「何を一人で騒いでおるのだ?」
屋根の上からクロちゃんが飛び降りてきた。
「何でもないよ〜、行こう!」
ヒロキは走っていた。後ろを振り向きもせずにひたすら走り続けた。
その時、メダリオンを強く握る手の中で焼けるような熱を感じてヒロキは立ち止まる。
「…共鳴ってやつか。て事は近くにメダリオンを持った奴がいるのか?」
ヒロキは辺りを見渡したが、それらしき人影は見当たらない。まだ遠いのだろうか。
メダリオンの事にはさほど詳しい訳ではない為、ヒロキは戸惑うしかなかった。
目の前に銀色の竜巻を纏う「豹」に似た巨大な獣が現れるまでは………
――時間はほんの少し遡る。
北門が見えてきた…確かに“いる”!!間違いない、メダリオンの保有者だ!
俺は《疾風のメダリオン》から精霊力の全てを引き出した。どのみち時間は無いんだ…
「さぁ!待たせたなフィーヴルム!!」
俺の声に応えるように風が巻き起こり、身体が溶け合い、俺の意識は…途絶えた。
「ビアネス…私を裏切るとは………ぐぅ…だがこれで世界は…終わる……フ…ハハハ」
影を利用した空間転移により、地下空洞から脱出したジュリアスが北門に寄り掛かり倒れ込む。
「…この時を……ずっと待ち望んでいた…やっと…やっと私は……!?」
ジュリアスは最後まで言葉を続ける事は出来なかった、何故なら…
彼を取り巻く時の流れが“切り取られ”たからだ。
「悪いな〜、お前にはまだ消えてもらったら困るんさ〜。もうちょっと我慢しろ〜」
そう言って優しい微笑みを浮かべる少女は…《十剣者》の長ケセド、全ての時を統べる支配者。
「やっと来たな〜待ちくたびれたゾ?」
ケセドが声をかけた先には、体長6mあまりの巨大な「豹」に似た、風の精霊獣フィーヴルム。
身体の至る所に竜巻を巻き付け、その周囲には嵐の如く暴風が荒れ狂う、全ての風を統べる獣。
「む〜、ココロが無くなってるな〜…お前の時間はもうちょい延ばしてやるからな〜」
雄叫びをあげて飛び掛かるフィーヴルムに、ケセドは剣を振るう。
時を切り取る能力、それはまさに全てを支配すると言っても過言ではない。時の支配は世界の支配と同じだ。
隔離が完成する瞬間、フィーヴルムが身を捻り空間の隙間をくぐり抜ける。その疾さ、まさに疾風迅雷。
『グルルルルルルルルルル……』
ケセドを睨んだまま、フィーヴルムが後ろに跳ねた。心を無くしても戦い方は無くしてはいないのだ。
戦いは始まった。
「精霊獣…まさか…Dなのか!?」
目の前に突然現れた精霊獣にヒロキは思わず問い掛ける。その獣は風を纏っていたからだ。
しかし、獣は答えない。答える心を持っていないのだ。
これがメダリオン…則ちイルドゥームの欠片に取り込まれた者の末路なのだ。
ようやくヒロキは理解する。自分が長年求め続けた“力”の正体を…そして、その“力”が何なのかを。
(俺は……何をやってたんだ…こんな………こんな物を俺は!!)
苛立ちと恐怖が絡み合い、ヒロキは震えが止まらない。更に、激しい悔悟の念が何よりもヒロキを打ちのめした。
「むむッ!?これは…急ぐぞ!!」
「え?何!?何かあったの…………って精霊が!?」
クロネが気配を感じ取り、北を見た。ヒゲはピンと張り詰め、そこで起きている戦いの苛烈さを物語る。
そんなクロネの尋常ではない緊張感に、飲まれそうになりながらもパルスがクロネに尋ねようとして…
パルスも気付いた。
「ケセド…どうしてだ!?」
ヒロキは力の限り叫んだ。ヒロキの側にはフィーヴルムが横たわり、荒く息をしている。
あれほど凄まじかった嵐の衣は見る影も無く、その姿も徐々に輪郭を失いつつあった。
圧倒的なまでの力の差、いや差と呼べるようなものではない、既に次元が違う。
ケセドは戦いが始まってから、1歩も動いていない。それどころか片手しか使用していなかった。
フィーヴルムの猛攻は全て…弾かれ、掃われ、たたき落とされた。まるで為す術も無く一方的な戦いだった。
(とてもじゃないが…あのホッドとかいう奴と、同じ十剣者とは思えない……強過ぎる!)
「ヒロキ、また会ったな〜。ケセドは言ったゾ?次に会う時は…」
「敵、なんだな?」
「無理するなヒロキ、ヒロキはたくさん怪我してるゾ〜?」
「うるせーッ!!俺が今握り締めてるコレはもう、俺が求めてた強さじゃない!俺が掴んだのは…」
ヒロキは目を閉じ、大きく息を吸い込み、叫ぶ!
「俺自身だ!!!!」
「そっかぁ、ケセドは嬉しいゾ?人間はホントに強いなぁ…やっぱりケセドは選んでよかった」
相変わらず微笑んだままでケセドはゆっくりとヒロキに向かい歩いて来る。
「もっと強くなれヒロキ…人間の強さを、可能性を、私に見せてほしい… これから始まる人間の未来を!!」
マルクトの剣より放たれたエネルギーの爆流が、目を灼く程の輝きとなってアグネアストラを直撃する。
「仕留めたか!?」
4人は既に限界が近付いていた。特に負傷が激しいのがヒューアだ。全身から血を流している。
マルクトの剣『アギュモス』は《十剣者》の中でも最強の攻撃力を誇る。
今の一撃で葬り去る事ができない物は、この物質界には存在しない。
筈だった。
∵成る程…それが貴様の切り札という訳か。中々に“痛かった”ぞ?∴
「な…馬鹿な!?」
普段から表情を変える事のないイェソドが驚愕のあまり叫ぶ。
イェソドだけではない、他の3人も驚きに顔を強張らせていた。ありえない事が起きたのだ。
この反応は当然といえる。
「ここまでか……俺達に…戦う力は…」
ヒューアが膝をつき、倒れ込む。マルクトを庇い続けたヒューアはもう身動き一つ取れない。
「8000年前より…強くなってる!?どうして……」
∵さらばだ、十剣者よ…私はようやく還る事ができるのだ!!ハハハ…ハハハハハハハハハ!!!∴
「あの声まさか…ビアネス=ヘテス!?」
「…あぁ…奴が……甦ったんだ…最悪の形でな…」
「どないなっとるんじゃ?ワシらが封印したやろが!?アレはそない簡単に解けんぞ!?」
「今は奴を何とかするのが先決、絶対にセフィラから出す訳にはいかん!!」
「ちょこまかウザったいね、マジで!!」
攻撃を軽々と避け続けるエドに苛々するホッドだが、決して攻撃の手を休めはしない。
アクウィラの翼、オーガの血液、地竜の鱗
3種類の劇薬により身体機能を爆発的に上昇させたエドに、ホッドの攻撃はまるでスロー映像だ。
見てからでも十分に避ける事が可能だった。しかしエドも避けるだけではない、ちゃんと仕掛けている。
「さてと、そろそろですね。チリチリ頭さん、覚悟はよろしいかな?」
「テメェはマジでシねよ!!」
互いに人間の範疇を越えた能力でぶつかり合う、そんな超越者達をただ黙って見ているレベッカではない。
「よっしゃあ!エドっち!景気よくいこうか!!」
ファムから受け継いだリュート《星晶の瞳》を構え、思い切り掻き鳴らす!!
北門付近の路地の闇から、黒騎士が現れる。影を媒介にした転移術を使ったのだ。
「ここまで来れば心配はあるまい、起きろリッツ」
リッツの肩を揺さぶるが、目を醒ます気配すら見せない。龍人である黒騎士は精霊の力に疎い。
「……まずいな、私では治すのは不可能だ…精霊獣になった以上、このままで…はーッ!?」
突然目の前に現れた巨大な獣を見て黒騎士が素っ頓狂な声をあげる。
家屋を押し潰しながら獣が迫る。しかし獣は黒騎士達を襲いに来たのではなかった。
何者かと戦っている最中に吹き飛ばされて、その先がたまたま黒騎士達の前だっただけだ。
「これは…一体何事だ!?」
動かないリッツを抱え、黒騎士は剣を抜いた。
走り去るエルフェンの少女の背中を見つめ、コクマーは静かに呟く。
「運命はどんな敵よりも手強い。しかし貴女なら…きっと運命を変える事ができる…」
十剣者として世界創世より戦い続けてきたコクマーにとって、運命は絶対だ。
自分が創られた意味は決して変える事はできない。それ故にコクマーは人間を、可能性を信じた。
「さて…どうしましょうかね、ビナー。私は貴方とは戦いたくありません」
ゆっくりと振り返りコクマーは背後のビナーに剣を向けた。
「やはり貴女もか…コクマー!?ケセド様が今から何をしようとしているか、解ってないのですか!?」
「勿論、存じ上げております。セフィラの開放…人間は真の自由を手に入れるのです。
我々の庇護という籠から、人間自身の手で作る未来…私は見てみたいのですよ、ビナー」
「その為にアグネアストラを…下手をすれば人間は滅びるではありませんか!?」
「いいえ、滅びません。人は我々が思っている以上に強い生き物ですから。それより、
アグネアストラと戦っている皆を助けに行きましょう。仲間が死に逝くのは辛い」
ビナーは納得できないという顔だったが、渋々頷くとコクマーと共に転移する。仲間の待つ決戦の地へ。
瓦礫や破片が散る道を必死で駆ける。
「Dさんが……Dさんが……ッ!!」
「……落ち着くのだ」
励ましてくれるクロちゃんの声は硬い。
北に行くほど強くなる荒れ狂う風の精霊力。
あってはいけない事が起こってしまったのか……その疑念は確信に変わり
止め処無く胸を締めつけた。
「しっかり掴まって!」
クロちゃんを引っ掴んで地面を蹴る。
今度は木にぶつからない高さで、いくつもの家々の屋根を越え、全速力で飛んだ。
「そんなに速く飛べるんだったら最初から速く飛ばんか!」
「止められなかった……」
「何だ?」
「Dさん精霊獣になっちゃったよ!!」
「…………」
それはずっと恐れていた事。
Dさんはこうなる事をずっと前から受け入れていたのだろうか。
それでも笑っていたのだろうか。だとしたら……
「残酷すぎる……」
家屋が崩れ去る音が夜の闇を切り裂く!
ついに見てしまった……。
風を統べる獣、巨大な豹の姿をしたフィーヴルム。
その獣が、人間の青年を抱えた鎧姿の男性に襲い掛かろうとしている!
豹に似た獣の姿は……痛々しくて……誰かにこっ酷くやられた後みたいで……
彼の前に降り立って叫んだ。
「Dさんッ……やめてよ!」
次の瞬間、問答無用で巨大な前足が振り上げられる。
「―ッ!」
鋭い爪が顔のすぐ前の空間を薙いだ!
気付くと猫の手に抱えられて後ろに跳び退っていて……
「莫迦!霊法師なら分かっておるだろう!」
「だって……、だって……!」
必死に心が少しでも残ってないか探した。でも見つからなかった。
あるのは荒れ狂う風の精霊だけ。
本当に、周りの物を見境なしに破壊するしかない精霊獣になってしまったのだ。
クロちゃんが刀を抜いて言った。
「そこの青年が危険な状態のようだ……、診てやるがよい」
「霊法師なのか…!? リッツを……頼む!」
そして二人は、豹の姿をした獣と対峙する!
「無理だよ……戦えないよ……」
鎧姿の男性から引き渡されたリッツというらしい気を失っている青年を
少し離れた場所まで引きずっていく。
「!?」
横たえた青年の精霊力を見て、気付く。彼もメダリオンの保有者だということに。
「生命のメダリオン……」
僕は迷った。ここで生命の霊法をかけたらまた前みたいに
侵食を助長してしまうかもしれない……。でもしなければ死んでしまうかもしれない。
そして、決断した。生命の精霊に語りかける。
「【ヒーリング】」
淡い光が青年を包み込む!
「俺は何処にいるんだ…?真っ暗で何も見えないや…しかも寒いし…マジ最悪なんだけど」
果てしない暗闇、どんなに歩いても走っても、終わりは見えてきやしない…まるで今の俺自身だな…
『そうだよ、此処は君の心の世界』
俺の前に小さな子供がふわふわ浮いていた。俺はこの子供を知ってる…ルールーツだ。
『ゴメンよ、君を助ける事が出来なかった…なるべく他のカケラに逢わないようにしてたのに』
しょんぼりと肩を落とすルールーツ、どうしてコイツが謝るんだ?悪いのは俺なのに…
「いいさ、気にすんなって。お前がいてくれたから、俺は今まで戦えたんだ」
そうだった。いつもコイツがいたから俺は戦えた、むしろ謝るのは俺の方なのに…
「それより、ここが俺の心の中だとして…どうやって出るんだ?俺はまだやらなきゃいけない
事があるんだ。それに奴と約束したからな、絶対に決着つけるってよ」
バンッ!拳を手の平に打ち付けると、乾いた音が響く。そうさ、俺はまだやる事がある!
『……………………』
だけどルールーツは相変わらずしょぼくれた表情で俯きがちなままだった。
何となく嫌な予感が脳裏を横切る。当たってほしくない類の予感に限って絶対に当たる。
俺は昔っからそうだった。多分、今度のもそうに違いない。
「あのさ…言いたくないんだけどな、まさか俺って死んだとかじゃないよな?」
『……………………』
「…おい…嘘だろ?なぁコレは笑えないって、ホントに……………マジかよ」
人間、どうしようもなくなるとその場に立ってられなくなるらしいけど、事実っぽいな…ハハハ…
『ゴメンよ…リッツ……』
「いい…大丈夫だ、軽くショックだったけどな」
なんてこった!!洒落になってねーよ!!こんな所でもたもたしてる場合じゃねぇってのに!!
ちくしょう…ホントにこれで終わりかよ…黒騎士は、あいつはどうなったんだ!?
「なぁ、外の様子とか分からねぇか?」
『一応は…でも、どうして?』
「決まってるだろ、気になるんだよ!こんな所で呑気に……待てよ。なぁルールーツ、
この際隠し事は無しにしようぜ。なんで死んだのに、こうやって話しとかできるんだよ」
俺が問い詰めると、ルールーツは“しまった”という感じの顔になって目を逸らす。
やっぱり何か隠してやがるなコイツ…
「頼む!俺の体はどうなったって構わねぇ!戦わせてくれ!!」
『できないよ…もうこれ以上戦ったらリッツは死んじゃうんだよ!?できる訳ないじゃないか!!』
「男にはな…絶対に背を向けられねえ喧嘩ってのがあるんだよ!大事な物を…守るための戦いがな!!」
「俺は今までずっと守るために戦ってきた…これからだってそうさ、変わらない筈だ!!
ここで何もできないままじっとしてるなんてできるか!!ルールーツ、頼む!!!」
『僕は…リッツを失いたくない……でも、でもリッツがそこまで覚悟を決めてるなら…』
ルールーツの姿が消え、暗闇だった世界に光が差し込む。暖かい…まるで…命!?
急速に流れ込む熱い力に、俺の意識は現実に引き戻されていく!俺は…戦える!!
「どうして!メダリオンが生命の精霊を拒絶するなんてありえないよ!!」
パルスは思いもよらぬ事態に焦った。メダリオンはその属性に対応する精霊を吸収する。
しかし、この《躍動のメダリオン》はパルスが使った【ヒーリング】を完全に拒絶したのである。
これは明らかに異常な出来事だった。精霊の性質を知り尽くしたパルスが狼狽するのも無理はない。
「どうしよう…どうすればいいの!?」
「何だ!何があったのだ霊法師!?リッツは助かったのか!?」
フィーヴルムの猛攻に、防戦一方の黒騎士がパルスの方を見ずに大声で尋ねた。
「精霊が……どうしてなの?どうして君は受け入れないの?死んじゃうじゃないか!!」
泣きながらパルスはメダリオンに向かって叫んだ。
『リッツ、よく聞いて。多分僕らが使う最後の解放だからね…そしたらリッツは消えて
無くなっちゃうんだ。完全に僕の一部になってしまうから…だから……』
「構うもんかよ、いつかはこうなるって分かってたんだ。覚悟は済んだ!いつでもいいぜ!!!」
周囲を漂っていた拒絶された【ヒーリング】のエネルギーは、リッツに突然吸い込まれていく。
「…!?これって、まさか解放!!?」
慌ててパルスはその場から飛び退いた。凄まじいエネルギーが生み出され、リッツを取り囲む。
今までの解放とは全く違うその姿…
金色に輝く髪をたなびかせ、雄々しく立ち上がる精霊人…
その名は、“果て無き永遠の主(インフィニティ・キング)”。あらゆる命を司る、万物の父!!
「なっ…強いとかの…次元じゃねぇ…反則だろ…これは」
倒壊寸前の建物の影に隠れ息を整える。もぅすぐ日が沈みそうな空だ…。
「ヒロキ、もぅ終わりか〜?ケセドは知ってるぞ〜?ヒロキは強くなったんだろー?」
無垢な笑い声で俺に呼び掛けるケセド。冗談じゃない。
ボロボロの状態で更に体力を弾として銃に込めて撃ってるんだ。
それをケセドは容易く消し、弾き、微動だにしない。
「Dさんの解放ですら…無理だったんだ…」
段々と弱気になりかける自分に気付く。これが原因でリゼルに負け、ケセドに助けられた。
―もぅ…俺は変わったんだ…。
敵わないだとか関係ない…今…全力でやるだけだ!
「ケセド!待たせたな…。俺が掴んだ俺を…見せてやるよ…」
「おぉー!ヒロキ、見違える程強く…心が強くなったなー!」
建物の影から出、ケセドに笑いかける。不思議に笑えた。ケセドも嬉しそうに笑う。
「俺は一人じゃ無い。Dの…あの姿を無駄にしないように…パルスの笑顔が…ずっと見れる様に…」
ケセドに銃を向け、撃つ。
「ヒロキの未来、人間の想いを受け止めるぞ。」
ケセドは剣を振るい弾く。その瞬間一気に間合いを詰め剣を押さえた。
「ケセド…悪い。もぅ…これが限界みたい…だ。」
ケセドに銃をぴったり付け、引き金を引いた。その後…俺の意識は遠くへ…落ちた。
空間をぬって突如現れた風の精霊獣フィーヴルム。
襲い来る刃となった風をかわし、背後のパルスに届きそうなものはすべて打ち落とし、霧散させる。
次の瞬間、黒猫は地を蹴り、一刃と化して巨豹の喉へと斬りつけた。
――浅い。
風の精霊力が生み出す気流によって護られた、分厚い毛皮が裂けただけだ。
だが、相手の力を推し量るには充分な一撃であった。
歴戦のクロネがフィーヴルムと戦うのはこれで三度目。その中でも目の前で荒れ狂うこいつは、一番小さく、一段遅い。
負傷のせいもある……が、素体となったあのハーフエルフの魂の抗いが、その最たる理由であろう。
……このまま斬るか?
今なら決着は一撃でつく。クロネは、まだ丸いままの瞳を風の中で堪える黒鎧の龍人に、続いてパルスに、そして今起き上がった金髪の青年へと順に走らせ、静かに目蓋を閉じた。
一瞬の逡巡の後に、
「…………!」
かっと見開かれた瞳は、鋭利なるサファイア。
されど、彼の双眸は豹の頭を越え、北へと向けられていた。
ヒゲから伝わる気配の一つに、十剣者と同質のものを感じとったのだ。
大きさはイェソドと同等、錬度は劣るが格において優る、といったところか。強敵であるのは間違いない。
しかしこれは……余りにも澄み切っている。
……今すぐに、斬らねば危うい。
天啓の如く浮かんだ直感に従い、クロネは豹の足元を走った。
「先に行く! フィーヴルムを仕留めたくば喉を、眠らせたくば耳の後ろを強く打てい!」
後ろも見ずに一方的に告げ、駆け抜けざまに一刀を振るう。
神速にて豹の左後ろ足を抜けた刃は、皮を斬らず、骨を絶たず、健のみを深く痛く傷つけた。
置き土産だ。これだけやれば、後は容易いはず。
ポンチョををなびかせ、黒猫は北門へと吹く風となった。
黒騎士は剣を抜き、即座に身構える。彼自身のダメージも相当なものだが、後ろにはリッツがいる。
退く訳にはいかなかった。勝負を預けたままだから、そして…何よりも解り合えた強敵(とも)だから…
故に黒騎士は決して退かない。彼の信じる正義が、信念が、退く事を許さない。
決意という名の刃を手にした黒騎士に、断てぬもの無し!!
「リッツ、決してお前を死なせはせん!!もう一度、私と戦うまでは絶対に死ぬな!!!」
黒騎士は気力を振り絞り、フィーヴルムと対峙する!
黒騎士の黒剣は、十剣者コクマーの剣を模して作られた、精霊獣を倒す為だけの存在。
その切れ味は精霊獣と化したリッツとの戦いにて証明されている。
更に黒騎士には精霊とは異なる原理で発動する《ブレス》がある、相手が精霊獣といえども負ける要素は無い。
「うおおおぉぉ!!!!」
互いに傷付き、果てる間際であるにも拘わらず、激しい攻防が繰り広げられる!
黒騎士の剣が薙ぎ、フィーヴルムが跳ね、決めの一手が入らぬまま戦いという名の舞踏は続く。
その時、空から突如乱入してきた者がいた。エルフェンの少女だ。
何を思ったか、真空の刃を纏う前足を振りかぶるフィーヴルムの前に降り立って叫ぶ。
「Dさんッ……やめてよ!」
次の瞬間、当然の如く問答無用で巨大な前足が少女目掛けて振り下ろされた。
「―ッ!」
鋭い爪が一瞬前まで少女がいた空間を鋭く薙いだ。
どうやら、乱入者はもう一人いたらしい。
漆黒にてらてらと煌めく艶やかな毛並みの猫人族、その腰にはカタナと呼ばれる剣を携えていた。
「莫迦!霊法師なら分かっておるだろう!」
猫人がエルフェンの少女をきつく叱責する。あの間合いから攻撃を躱すのは至難の技。
おそらくかなりの力量の持ち主であると簡単に推測できた。
「だって……、だって……!」
今にも泣き崩れるかのような表情で少女が何かを言おうとはするものの、上手く口が回らぬ様子。
猫人がカタナを抜いて言った。
「そこの青年が危険な状態のようだ……、診てやるがよい」
「霊法師なのか…!? リッツを……頼む!」
そして黒騎士と猫人は、フィーヴルムと真っ向から対峙する!触れると切れそうな剣気が辺りを覆う!
騎士道と武士道、姿形は違えど根底に流れるは同じ志。今ここに異なる二つの道が交錯する!!
二つの漆黒が風に舞う!双方共に剣を極めし猛者、それ故に互いに巧みな連携が自然と組み上がる。
クロネが斬り、黒騎士が突き、フィーヴルムを追い詰めていく。全く隙の無い連続攻撃。
「騎士殿気をつけられよ、きゃつは風を纏うが故、切っ先を“ずらす”ぞ!」
「成る程、先程からの違和感はそういう事か。かたじけない、サムライ殿!」
一方でフィーヴルムもただ攻められているだけではない。人間らしさが残らぬ闘争本能の結晶。
二人の達人を相手取り、決して引くことはない!剣気と怒気が火花を散らし、夜の町並みを吹き抜ける。
戦いの転機は早々に訪れた。クロネが突如、あらぬ方を見遣り、黒騎士に告げる。
「先に行く!フィーヴルムを仕留めたくば喉を、眠らせたくば耳の後ろを強く打てい!」
瞬く間に加速するクロネ。駆け抜けざまの一刀が神速にてフィーヴルムの左後ろ足を払う。
浅いと見えるがそれは違う。クロネはフィーヴルムの動きを止める為に足の健のみを断ったのだ。
「承知した!ここは任されよ!!」
風の如く駆け去るクロネに応え、黒騎士はさらなる怒涛の攻めを繰り出す。
そして、黒騎士の背後で金色の光が爆発した。
「…!?これって、まさか解放!!?」
慌ててパルスはその場から飛び退いた。凄まじいエネルギーが生み出され、リッツを取り囲む。
先程までとは全く違うその姿…“果て無き永遠の主(インフィニティ・キング)”
≪待たせたな、黒騎士≫
「フン、遅いぞリッツ…」
≪うるせぇよ、俺だって好きで地べた……って、コレどっかで聞いた台詞だな≫
「フッ…よく帰ってきた。戦れるか?」
≪“その為だけ”に戻ってきたんだからな!それに…風のメダリオンにゃ個人的に用がある≫
世界崩壊の危機が刻一刻と迫る中、金色と漆黒と暴風、人知を越えた力の激突が始まる!!
全ての力を使い果たし、ヒロキは倒れた。
「アグネアストラ…もうそろそろちゃんと起きろ〜、せっかく中身を用意したんだからな〜」
ケセドは北門の向こうへむけて笑いかける。無垢な笑顔が見つめる先には破滅の根源。
もう後戻りは赦されない。例えその手段を持ち合わせていたとしても……
「やはり貴女であったか…」
民家の屋根から飛び降りた黒い影は艶やかな黒、ニャンクスのクロネ。
鋭い視線をケセドに突き刺し、クロネは言った。
「何故このような事をするのだ?汝らは世を守るのが使命ではなかったか」
「久しぶりだなー、元気だったかー?ケセドは元気爆発だー♪」
「拙者の問いに答えるつもりは無い、と?」
クロネの瞳が鋭さを増す。その身より放つは修羅の鬼気。返答によっては…斬る、そう物語っていた。
「あれから97年かぁ…早いな〜、ケセドは嬉しいゾ?猫ニャンはどれだけ強くなったんだ〜?」
クロネは剣の柄に手を延ばす。既に何時でも斬る事ができる。だがクロネはまだ迷っていた。
はたして、ケセドを斬ったところでこの世は救われるであろうか?それはほんの僅かな迷い。
クロネは考える。目の前でニコニコ笑う少女は、過去に闘ったどの敵よりも強い。
それは確実だ、何故ならその強さをクロネ自身がよく知っているからだ。
だがそれでもクロネは斬らねばならなかった、この世の全ての惡を断つと誓ったあの日から……
「Dさん………どうして…どうしてなの?辛いなら言ってよ…1人で抱え込んだって…」
大粒の涙をポロポロと流してパルスは嗚咽した。
いつも不敵な笑みを浮かべて自信たっぷりに困難に立ち向かっていたハーフエルフは、
誰よりも孤独で、誰よりも苛酷な運命と戦い続けていたのだと知った。
そして、その運命へと誘ったのが自分であるという事も全て。
(僕はまた同じ事を繰り返してる…今度こそ絶対に止めなきゃ!!)
泣いて諦めるのは楽な生き方だろう、それを選んで良いならば、どれだけそう願ったか。
けれどもパルスは選ばなかった。選びたくなかった。
音楽に命を懸けたと豪語する少女の言葉が脳裏に甦る。
『アタシは諦めたりしなかった!自分の魂に嘘ついたら負けだって分かってたから!』
(僕はもう逃げないよ、Dさん……それにザナック!)
魂は輝き、美しきエルフの女王は立ち上がった。
柄に手をかけた黒猫の体より発せられる剣気の奔流に、二人の間の空間が軋んだ。
来る――そう思ったケセドは、無垢なる表情のままに軽く剣を振った。
空間から時空列までもを自在に切り取る彼女の剣に、武道の基本にして境地たるは間合いの深さは意味を成さない。
生まれながらに最強の体と武器を備えた少女の目には、すべての命は脆く、儚く、愛しくすら見えるものなのだろうか?
「……あれ〜?」
剣を振るっても何も起きない。生まれて初めてのことにケセドはぽかんと口を開き、首をかしげた。
「猫ニャン、何かした〜?」
「……偏愛だな」
「え? そう、変だよ〜? どうして斬れなかったのかな?」
とぼけているのか聞いてないのか、試しに近くの塀を切り取ってみて安心する少女の目を、クロネは灼熱の視線にて焼き貫いた。
「この百年近い歳月で貴様がどう変わったかなど、知らん。だが、十剣者はどいつもこいつもこの世の平安を謳い、世界中の革新の芽を摘み取ってきた存在だ。――小さな夢を見た弱き者を斬り続けるその所業、その罪、
何を持ってしても贖えぬと知れ」
「うん、そうだゾ〜。だから、十剣者はもう必要ないんだ。ケセドは人間を信じることにしたんだゾ。世界は人間に託すことにしたゾ〜」
嬉しげに、何度も笑顔で頷くケセド。そうしていると、愛情に富んだ天真爛漫な少女に見える。
――が、この世で最も敏感な猫のヒゲが、鋭いサファイアが、その奥底にある空虚なものを見逃しはしなかった。
「信じる? 人間を信じるだと?」
「そうだゾ。だから――」
「貴様は何を見てきたのだ? 拙者よりも遥かに長く生きてきたその目で、何を見てきたのだ?」
「ずっと…ずっと、人間を見てきたゾ?」
「ならば! 人間を信じるなど、世界を託すなど口が裂けても言えぬはずだ。貴様は高みから人の世を眺めていただけに過ぎん。人の世に立って見てはいない」
迸る怒りを押し殺したクロネの言葉に、少女の黄金の瞳がびくんとなった。
次いで、電光の速度で右腕を振るう。
――それ以上は言わせぬ、と。
これを読んでいた黒猫が、神を冒涜する魔獣の笑みにて抜き放つ。
同時に、互いの、渾身の一閃が絡み合った。
驚いたのはケセドである。世の理を斬る剣を、人智を超えて進む刃を、たかが猫一匹の振るう鋼が止めたのだから。
「すごいゾ〜? イェソドみたいだ」
「――違うな。あの者は、貴様を斬るのを躊躇うだろう。拙者は、それほど優しくはない」
繰り広げられたのは、無言にて極速なる刃の応酬であった。
抜刀、一閃、息を合わせたかの如き阿吽の斬撃。
――空中にて衝突霧散。
すでに十を超えて繰り返されている、この必殺の剣舞。互角に見えた両者の間合いが、徐々に一方の後退によって開かれていく。
退がっているのはクロネだ。その瞳に焦りの濁りはなくとも、踏みしめる足には苦い力が込められていた。
「猫ニャン! これ、すっごく楽しいゾ〜〜〜?」
はしゃぐケセドも一撃ごとに呼気が乱れ、頬の赤みが増し、額に浮かんだ汗が流れ落ちている。
これは当然だ。彼女に剣術の心得はないのだから。その永い永い人生において、修行や練習など一度もしたことがないのだろう。余りにも雑で、稚拙で、重みのない剣だ。
されど……おお、されど、生まれながらの存在の理不尽よ。
素人臭さ丸出しの子供の刃は、更に更に速度を増し、理に適ったものへとなっていくではないか。
天分――ただ、その一言に尽きる。
彼女は、クロネから剣の速きを学んでいるのだ。
「えいや〜〜〜!」
ついにここで、踏み込み、腰の捻り、腕の振りが連動する。二十数度目にして完成されたケセド自慢の太刀は、クロネのそれを超え、猫の体を弾き飛ばした。
「どうだ〜? まだやれるか〜?」
肩で息をしながら汗を拭うケセド。達成感に満ちた活き活きとした笑みだ。
殺し合いではない。今この時、剣は彼女にとって、晴れやかに楽しむべき遊戯となった。
己の何も賭けてはいない。安く、軽く、覚悟のない剣に……。
「……確かに、貴様は人間を思っているのだろう。幼子が子犬を繋いで走らせるように、鳥篭の小鳥を愛でるように、な」
「まだ……そんなこと言うの?」
「言うさ。そして、貴様は信じたのではない。――飽きたのだ。口当たりの良い事柄で自分を誤魔化して、カビの生えた使命に見切りをつけたのだ」
崩れ、うずくまった姿勢のまま目を細め、黒猫は嘲笑を浮かべる。その形は人間などよりもずっと残酷で、濃い影があった。
「生まれと使命と義務を貫くこともできぬ、この、覚悟なき木偶人形め……!」
「……っ!!」
ケセドの完成された一刀が、容赦なく、断たれよと殺意を込めて放たれる。
そう、完成された――クロネによって導かれた、間違い極まる遊びの刃。
……そんなもの、初っから見切り放題で候。
全力で地を蹴り、這うように駆けるクロネ。
「え……? この――っ」
黒き災厄となって迫る猫に、ケセドは四度刃を振るった。それは究極にまで速く、鈍い剣。
クロネがそうなるように成長を促した太刀筋である。簡単に修正できるものではない。
すべては、この一撃のため。
「ひ――」
懐に深く潜り込んできた魔獣の瞳に、ケセドは短く息を漏らした。
小さな少女の体を、静かに猛る暗黒の虎が抜けた。
――からん、と、石畳の上を硬い物が二転三転する。
ケセドの剣だ。柄には、赤い断面を見せる手首が握られたままになっていた。
動揺は、前に転がるクロネの方にあった。
「……はっ!」
腹を横に裂かれて、血を吐きながら不敵に牙を剥いて笑う。
彼は首を狙ったのだ。決して手首などではない。交差の瞬間、ケセドの神懸かり的な斬り返しに遭ったのである。
「……不覚也。かの天分を安く見積もりすぎたわ」
呟く猫に振り返った少女の顔は、まったくの無表情であった。
慈悲と無慈悲を表裏一体だ。状況次第で容易くその相を変える。
「ようやっと、本当の顔を見せたな。――そう、それが貴様だ。悠久の歳月を経ても、何の真も見つけられなかった虚無の貌だ」
後一刀、後一刀と、内臓まで傷ついた己の体に渇を入れる黒猫。
空間を変質させる絶対零度の殺意が、両者の間に霜を下ろした。
「セフィラから出すな?」
僕は三人に言う、当たり前だがふと言ってしまった言葉。
「そうだ、出してはならん!なんとしてでも」
僕はイェセドの言う言葉なんて耳にも入れず考える。
そうか、気がついた、そういう事かケセドの野郎。
「そうだ、出せばいいんだ!そうだった、馬鹿だな僕は、それこそが解放なんだ。」
先ほどまで傷付いてボロボロなのを忘れたかのように立ち上がる。
といっても実際はそこまで喰らっちゃいないけどね。
「なに言ってるんだよ!開放を止めるのが僕らの使命なんだよ!?
人間は滅びるかもしれないんだよ!?僕ら十剣者はそれを止めるために…」
「大丈夫ですか?」
ケテルが全部言い切らないうちにビナーとコクマーが地下へと降り立ってくる。
「悪いお前ら、もうちょっと我慢してくれ、ちょっと俺ケセドに聞かなくちゃいけない事がある。」
僕は地下から飛び上がり駆け出す、「元仲間」を置いてけぼりにするのもなんだか気が引けるが。
周りの風景が後ろへと吹き飛んでいく、ケセドのラーを辿り奔る。
「やれやれ、空間の飛び方なんて忘れちまったよ、走るしかないとはね。」
見えてきた、ケセドの姿、だけどそれと同時に信じられない状況に気付ちまった。
「ティフェレト!奴は何を考えて、昔からあの者は理解し難かった!
昔もそうです、この世界に下るなど、十剣者としての自覚があるとは到底。」
「でも久しぶりにあったティフェレトはもっとおかしかったよ、」
「あのような輩はもう不要、あとで叩き切ってくれる、」
ティフェレトの逃亡に騒ぎ立てる十剣者、
「いいではないですか、行かせて上げましょう、それよりもこちらをどうするか考えないといけませんね」
ビナーの言葉の先にはもはや完全に力を取り戻し、
セフィラから放たれようとしている世界喰らいの魔獣が居た。
吹き抜ける殺意の風、睨み合う両者の間に見えぬ火花が咲き乱れて舞い散る。
「ぬぅ…思うたより深い、か」
牙を剥き、クロネが唸った。その脇腹からは血が滲み、着物を朱に染め上げる。
「すごいゾ〜猫ニャン!ケセドを斬ったのは猫ニャンが初めてだぁ♪」
クロネの背後より聞こえた、有り得ない声。目の前には確かにケセドがいるというのに。
「な…!?これはどうなっておるのだ!?」
驚きを隠し切れず、クロネが叫ぶ。背後に居たのは、やはりケセドだった。
しかし切り落とされた筈の腕は無傷。
「猫ニャンが斬ったケセドは、世界創世から11246811年54日18時間37分41秒時点のケセドだゾ♪」
「??」
「あ〜ちなみにケセドは世界創世から11246811年54日18時間36分13秒時点のケセドだからな〜」
ニコッと笑い、また新たに現れたケセドがクロネの頭を優しく撫でる。
クロネは戦慄した。いつの間にか、周囲を見渡す限りにケセドが存在していたからだ。
「猫人よ…」
クロネと斬り合ったケセドが静かな、威厳に満ちた声で語りかける。その顔にはただ、哀しみがあった。
「お前の言う通り、私は《世界樹(セフィロ)》の《最深部(ボトム)》より創られた儡人形…」
別のケセドが続ける。
「その役目は《樹の枝(セフィラ)》を守ることのみ。それ以外に何も無い、虚ろな儡人形だ…」
「だからこそ私は人間に焦がれた…望む未来を掴むことができる人間に…」
ケセド達は夜空を見上げ、溜息を吐く。
絶対の存在でありながら、何一つ持つ事を赦されぬ者の哀愁。
「我々は必要無いのだ、猫人よ…庇護という名の鳥籠は人間の可能性を摘み取るだけだ」
「お前の言うように、我々の存在は人間にとって不要なのだよ。私は見たい、人間の強さを」
辺り一面のケセドが次々に言葉を繋いでいく。
「人間が真の自由を手にした時、その先には何があるのかを」
「人間が作る新しい世界を、私は望む…それ故にアグネアストラを放ったのだ」
「《樹の枝》に、穴を開ける…その為に」
腕の無いケセドが剣を拾い上げ、一振りすると一斉にケセド達が消え去った。
ケセドの剣『コーコース』が持つ能力…それは時間を切り取り、独立した世界に作り替える力。
その一瞬一瞬毎に切り取られた時間の数だけ、ケセドは存在できるのである。
再び北門の前にはクロネとケセドの二人だけとなる。遠くに聞こえる破砕音はおそらくフィーヴルムだろう。
クロネは痛む傷を堪え、立ち上がる。今や黒い狩人の怒りは頂点に達していた。
「お前は強くなった…私が望んだ強さだ」
「吐かせ、拙者の強さは…」
「自分の強さは自分だけのものだッ!!」
クロネの台詞を遮り、響き渡るのはヒロキの魂の雄叫びだった。
「誰かに貰うもんじゃねえ!自分の手で掴み取るもんだ!!ケセド!人間をなめるな!!!」
突然の事にキョトンとなるクロネとケセドだったが、それも僅か一刹那のみ。
「ヒロキ、立ち上がるな…私はヒロキが死ぬのは悲しいぞ?」
「うるせえよ!!さっきから黙って聞いてりゃ散々好き放題言いまくりやがって!!!
テメエら何様だよ!?可能性?鳥籠?そんなもん、出て行きたい奴が出て行きたい時に
ぶっ壊して出て行くんだよ!!!テメエらに蓋を開けてもらわなくたってな!!!!」
ヒロキが一気にまくし立てる。既に身体は動く事すらできなかった筈なのにも拘わらずだ。
「そうか、お主がヒロキ…ならば都合が良い。拙者はバカ…ではないパルスの連れだ」
再び刀を構え直し、クロネが目配せする。
「パルスの?そっか、あいつも無事なん…!?」
そう言いかけた途端、鋭い剣閃が走る!刃の煌めきはヒロキの真横を抜けて民家を両断した。
「さぁ、見せてくれヒロキ、そして猫人よ…人間の強さを私に見せてほしい。私が選んだ道が…
正しかったという証を…私には与えられなかった…可能性を!!」
ケセドの姿が歪み、少女は消え、顕れたのは人の型をした超越存在…《世界樹の使徒(アポストロフィ)》
せめて全てが終わるまで……涙は封じよう。吹き荒れる暴風の中、立ち上がる。
荒れ狂う竜巻を纏うフィーヴルムに立ち向かうは、黒鎧の龍人と、もう一人は……
輝くように神々しい金髪の精霊人……!!
見たことも無いほど巧みな連携で飛び交う真空の刃を弾き攻撃を叩き込む機会を狙う。
「気をつけろ、こいつは風を纏う!」
《余計なお世話だ!》
「あれは……インフェニティ・キング!!」
果て無き生命の主、一回限り許された解放。
そこまでしてあの青年は戦うことを選んだというのか。
どうして……こんなにも強いのだろう? 違う、僕らが弱いのだろうか。
永い生命と引き換えに大事な事を忘れてしまった種族。
力の代償として強さを失った、人間の下位種なのかもしれない……。
「風よ、……鎮まれ!!」
空間に指を踊らせ紋章を描く。
君と君の大切な人が夢見た未来を奪い去った穢れた手。
無垢な子供を残酷な運命に突き落とし復讐の化身に仕立て上げた呪われし力。
それでも、今までに出会った全ての人へ、せめてもの償いと感謝を込めて……
この世界を……。
「――北風の王、天空に住まう大気の精霊よ」
語りかけるのは大地でも炎でも激流でもない。
「――偉大な汝の名において」
唱えるものは自然の猛威を呼び起こす通常の物とは真逆。
「――全ての風を凪ぎ鎮めよ!!」
精霊を封じる守護者としての真の力、究極の霊法。
「【ニュートラライズエレメンタル】!!」
風の上位精霊……ジンの声が聞こえてくる。
〈この前とは比べ物にならない……素晴らしい力だ……〉
そういえばDさんはジンに好かれてたんだっけ。Dさんにも聞こえてくれないかな……。
「……こっちが本当だよ」
一瞬、爆発的な精霊力が巻き起こり、荒れ狂っていた風が掻き消えるように凪ぐ。
風の精霊力が中和されていく。
フィーヴルムが纏う風も掻き消えていく……。
「眠れ……フィーヴルム!!」
俺が動く度に命の波紋が波打った。この世界に生きる全ての命の源…
傷付いた人達を…満たしてやってくれ!!
≪【Life Stream】!!≫
命の輝きが、街に広がっていく。これでいいんだ、街の人達の心配は無くなった…
後は、コイツをブチのめすだけだ!!!
≪いくぜ黒騎士!!≫
「応ッ!!」
風の精霊獣フィーヴルム、コイツの宿主がラトルとエリサを殺した奴だ!!
復讐なんざとっくに興味ないけどな…
とりあえず1発キツイの叩き込んでやらねぇと、あいつらに会わす顔がないからな!!
「リッツ、喉が急所らしい!私が黒剣で狙う!引き付けてくれ!!」
≪よっしゃあッ!!任せな!!でええりゃあああああああ!!!!≫
真っ正面からがっちり組み合って、力任せに殴る。どうやら踏ん張りが効かないみたいだな。
それなら、このまま押し切らせてもらうぜ!!巨人族も軽く越える怪力で、締め上げた。
『ゴアアアアアアアアアアアア!!!!!』
奴を覆う裂風の毛皮に、俺の身体がスダズタになるが構いやしない!
≪黒騎士ッ!!今だ、ぶった斬れぇぇ!!!≫
バキバキと骨が砕ける音が、直に伝わってくる。フィーヴルムは暴れ狂うが絶対に逃がすか!
フィーヴルムの必死の抵抗に、俺の体もそろそろやばくなってきた…
視界に飛び込んで来たのは剣を真っ直ぐ構えて突撃して来る黒騎士の姿。よし、これでトドメだ!!
ドクンッ!!
な…!?マジかよ!!こんな時に……身体が……力が……消える!?
最初に使った【Life Stream】のツケが回ってきたってのかよ!?時と場合を考えろよ!!
『ゴアアアアアアアアアアアア!!!!!』
フィーヴルムが特大の竜巻を発生させて、俺は振りほどかれた!ヤバイ、このままじゃ黒騎士が!!
≪黒騎士ーッ!!避けろぉぉお!!!!≫
「何ィーッ!?…ぐおぁッ!!!」
竜巻に巻き込まれて、黒騎士が吹き飛んで街の外壁に激突した。
『アトスコシダッタノニ…チクショウ……』
俺の姿は《精霊人》から《精霊獣》に戻ってしまった。この状況はかなりヤバイ…そう思ったその時!
「【ニュートラライズエレメンタル】!!」風が掻き消えるように…フィーヴルムが纏う風も掻き消えていく……
「眠れ……フィーヴルム!!」
凜とした声が、風の無い辺り一帯に響く。
「眠れ……フィーヴルム!!」
凜とした声が、風の無い辺り一帯に響く。
キッと引き締めた表情に、もはや迷いは微塵も感じられなかった。
「もしも…もしも僕の声が届くなら、ごめんね…Dさん…」
風の精霊力が完全に消滅して、北風に愛された男は、風となって消えた。
『本当に…このままでいいのか?』
――まだ…死ねないんだ…
『あぁ…まだお前はこちらに来る程生きちゃいない。』
――何を言う…お前…俺より若くて死んだ…くせに…
『だから、俺の分まで生きろ…さぁ…行け、ヒロキ。その心の強さ…ぶつけてこい』
――またお前に助けられ…た…な…。ユリ…フィス…
目が覚めた時。体の節々の痛みに顔が歪むのが分かった。
「こんなボロボロで…何が出来るか分からない…
だが、俺の生きる今を…未来に繋ぐ戦いだ…自分でやらなきゃ…誰がする!」
魔導銃を握り締め、壁に寄り掛かりながら立ち上がる。
そして猫がいた。デカい…人と同じくらいの…猫。その向かいにいるのは…ケセド、ケセド、ケセド。
「人間の強さの先を…」
「鳥籠…」
声が聞き取れない…。だが…異様に腹の底から怒りが込み上げた。
――人間は…俺は…お前らの玩具じゃ…無い。
傷だらけの猫と大量のケセドに俺は歩み寄っていった。
「お前は強くなった…私が望んだ強さだ」
「吐かせ、拙者の強さは…」
「自分の強さは自分だけのものだッ!!」
思わず…叫んでいた。俺の強さは…誰かに利用される為の物じゃ無い。
自分の為の強さだ…。それを…否定したケセドを許せなかった。
「ヒロキ、立ち上がるな…私はヒロキが死ぬのは悲しいぞ?」
悲しそうな…それでいてどこか瞳の奥には楽しそうな顔を浮かべるケセド。
猫の方は…まだあっけに取られている様だ。
「うるせえよ!!さっきから黙って聞いてりゃ散々好き放題言いまくりやがって!!!
テメエら何様だよ!?可能性?鳥籠?そんなもん、出て行きたい奴が出て行きたい時に、
ぶっ壊して出て行くんだよ!!!テメエらに蓋を開けてもらわなくたってな!!!!」
腹から声を出し叫ぶ。もぅ頭が痛いし、腕も上がらない。
血が出過ぎているみたいだ…。意識も朦朧とする。
「そうか、お主がヒロキ…ならば都合が良い。拙者はバカ…ではないパルスの連れだ」
猫が…パルスの連れ…いや、そぅじゃない。パルスは無事だ!
「そぅか…パルスも無…じ!?」
言った刹那、右頬を斬撃が抜けた。ケセドだった。
「さぁ…見せてくれヒロキ、そして猫人よ…人間の強さを見せて欲しい。
私の選んだ道が…正しかったという証拠を…
私に与えられなかった可能性を」
そして…ケセドは俺の知るケセドではなくなった…。
「ヒロキ!奴はもはや《十剣者》では無いのだ。
『全てを超越したもの』《世界樹の使途》《アポストロフィ》…」
猫人も顔がしかめる…。嫌な空気が漂っていた…。
聞き慣れない言葉…というか、全く分からない。だが、今、こいつを倒さなければ…
世界に未来が無いって事は分かった。
「なんでもいい…倒すさ…それが俺の未来ならば。」
満身創痍の俺に…何が出来る…?ぐっと胸の辺りを握り締め…何かを持っている事に気付いた。
「出来るさ…俺なら…」
握り締めるは《雷鳴》のメダリオン。
「唸れ…我が銃『ユリフィス』よ…《雷鳴》のメダリオンの力を借りて…」
肉体の限界を超越しても尚、魔導銃を発動させる。肉体の限界を…
「あれ…?力が…湧いてくる…。傷が…癒えていく…」
「《躍動》のメダリオンよ…覚醒したのか…」
猫人がそぅ呟く。やはり猫人の体からも傷が癒えていた。
「ありがたい…。無駄死にすることはなくなったが…」
「そろそろ…いいかい?」
待ちわびた様に、アポストロフィが伸びをする。それだけの事のはずだが…メダリオンが…疼く。
「あぁ…。俺の全力で…」「拙者の全力で…」
「「切り開くは自らの未来!!!」」
風の精霊獣が姿を消していくときに……鮮明に思い浮かんだ事は
Dさんと出会ってから今までの出来事全て。
最後まで騙したままになってしまったね……。
でも自分さえも騙していたからこそ平気な顔して一緒にいられた。
そして……Dさんと仲間になれてよかったのもまた本当の気持ちなんだ。
「もしも…もしも僕の声が届くなら、ごめんね…Dさん…」
その言葉を言い終わった時……そこは単なる荒れ果てた夜の街だった。
まるで何事も無かったかのように辺りに広がる静寂の中
乾いた音を立て、一枚のメダルが落ちた。
銀色のメダルを拾う。それはなぜか前よりも一段と小さく見えた……。
「こんな形でしか解放してあげれなかった……」
これこそがDさんを呪縛し、食い尽くした疾風のメダリオン。
僕にとっては小さな小さなメダルに過ぎない精霊王イルドゥームの欠片……。
ここで立ち止まるわけにはいけない。泣くのは全てが片付いてから。
「……倒した……のか?」
瓦礫の中から起き上がった黒鎧の龍人が尋ねる。
「精霊獣は倒した。でもまだ安心はできない……。
先に行った仲間がもっととんでもないものと戦ってる……今すぐ行かなきゃ」
そう言って【フライト】の詠唱を始める。
「……倒した……のか?」
瓦礫の中から起き上がった黒騎士が尋ねる。
「精霊獣は倒した。でもまだ安心はできない…。先に行った仲間がもっととんでもないものと戦ってる…」
エルフェンの少女の瞳に宿るは、揺るぎ無き意志。
その手に握り締めたメダリオンの…そして先程迄精霊獣だった者への決別。
「…今すぐ行かなきゃ」
エルフェンの少女は、そう言って【フライト】の詠唱を始める。
「待て、何か来るぞ!?」
黒騎士が北門の向こう側を見て、叫ぶ!
地を裂き、轟音と共に顕れたのは《世界を創り換えし者》…
光り輝く36枚の翼を広げ、アグネアストラは浮上する!!
世界樹の意志がケセドの肉体を借りて現れたのか。それとも、元からあの少女自体には自我などなく、世界樹の操る木偶人形でしかなかったというのか。
わからぬ――が、恐らくは後者であろう。自身の同一存在を無数に傍に置くなどという狂気の所業を、あの少女ができるとは考えにくい。
そう、初めからケセドなどという少女はいなかったのだ。
ただ、世界樹セフィロが、その容姿に似つかわしく振舞って動かし続けていただけの、操り人形。
「……なるほど、根本から病んでおったということか」
中空に佇む、一見ではドライアードとも見える女性を見上げ、クロネは帽子の鍔を直した。
すべての母なる原初の命、世界に最初に根を下ろした偉大な樹は、自身の破滅を望んだのだ。
連綿と果てなく続く命の営みに、機械のように無心にはなれず、狂うこともできず、百万年が過ぎ、ついには耐えられなくなって……。
今日この日に、悲願の自滅を果たそうとしているのだ。
「情けなきかな。子は親を選べぬものよ」
アポストロフィに向け銃を構えるヒロキを見やり、素早く勝利への重ねを計る。
奴の倒し方は、すでにお見通しだ。問題は、どのようにしてそこまで至るかである。
母は自ら死を望んでいる。とはいえ、自分の意志ではどうしようもない防衛機構が働くと見ていいだろう。
十剣者然り、人間を信じるというおためごかしも然り、すべては……伐採を受け入れるための下準備に過ぎない。
「ヒロキよ、銃とメダリオンを両手に『アームド・オープン』と唱えるのだ」
「は――あ、アームド・オープン!」
有無を言わさず、指示を出すクロネ。全力でかからねば、この介錯は成功しない。
「うえっ?」
メダリオンの干渉とキーワードによって変形、真の姿を見せた銃ユリフィス。撃鉄部分が大きく広がり二つに割れ、四角い穴を覗かせる。
「続けて『メダル・スロット』と唱え、雷のメダリオンを開放せよ!」
ヒロキの顔に理解の電流が走る。そう、銃との付き合いは彼の方が長い。わからないはずがないのだ。
「メダル・スロット!」
頭上で銃とメダリオンを華麗に交差させ、四角い穴に納めるヒロキ。
そこからの構え、狙い、雄叫びを上げて引き金を引く一連の動作は、まさしく雷の如く。
「シューーーーット!! イリシオンッ!!! 」
銃口より、紫電まといし百足現われ、天駆ける。
「けあ――――っ!」
黒猫は、その背に飛び乗り、鯉口を切った。
疲弊しきった、覚悟なき母の首を断つために……。
『リッツ…ありがとう…』
何言ってんだよ、感謝するのは俺の方だ。今までありがとな、ルールーツ。
さすがにもう動けねぇや…黒騎士、決着はどうやら無理みたいだ…すまねえな…
ラトル、エリサ、仇は取ったぜ?まぁ俺が倒した訳じゃないけどな…これで、やっと……おま!?
凄まじい地震に俺は現実へと引き戻された。一体何が起きたんた!?
「待て!何か来るぞ!?」
黒騎士が指差した方を見た。俺は心臓を鷲掴みにされたような気がした。
“それ”はとんでもないデカさで、とんでもない威圧感で、誰がどう見てもヤバイと分かる。
『リッツ!逃げて!!アグネアストラだ!!』
ルールーツが叫ぶ。
街の北側より現れたのは、レジスタンスが発掘した超大型のゴレムだと思ってた。
だが全然違うらしい。そういえば黒騎士も何か言ってたな、十剣者のせいで途中だった。
「く…黒騎士!ありゃ何なんだよ!?」
痛む身体を堪えて立ち上がると、エルフと黒騎士の所に向かう。
「リッツ、無事のようだな。しかし非常にまずい事になった…イルドゥームより先に目覚めたか!」
何を言ってんのかサッパリ分からない。でも黒騎士がこんなに取り乱してるって事は…
洒落にならねえ事になってるって訳か!
――数分前、地下空洞内部
「くそッ!ティフェレトめ、肝心な時に!!」
悪態をつくイェソド、普段の彼からは考えられない。事態はそれほどに悪化していた。
「構いません、どのみち彼は力を使い果たしました。ここにいても仕方ありません!」
ビナーが剣を構える。それに頷きイェソドも剣を抜く。
「でもどうやってアグネアストラを止めるのさ?マルクトの剣で倒せなかったのに!」
ケテルも既に力を使い切っている。今戦えるのはビナーとコクマーだけだ。
∵ハハハハハハハハハ!!!ようやく私は帰るのだ!私の世界へ!!∵
不気味な声が地下空洞内に響き渡り、アグネアストラがまばゆい光を放つ!
「ビナー、貴女はイェソド達を連れて脱出なさい。私が時間を稼ぎます」
コクマーの剣能力ならば確かに可能だろう。そう判断したビナーは剣を発動させた。
「引き裂け!『プロップト』!」
空間に亀裂が走り、ビナー達はその中へ入って行く。
「さあ、お行きなさい。ビアネス=ヘテス」ビナー達が去った後、コクマーは静かに微笑んだ…
数百mにも及ぶ光の翼を広げ、地上へと現れたアグネアストラ。
その姿を見て黒騎士の表情に諦めの色が浮かぶ。どう考えても人間の勝てる相手ではない。
「なんという事だ・・・」
「おい黒騎士、ありゃ何なんだ!?」
駆け寄って来たリッツが黒騎士の隣に立ち、アグネアストラを睨みつけた。
「暴走したイルドゥームを倒す為に造られた、もう一体の聖獣・・・それがアグネアストラ」
パルスが冷や汗を拭い、リッツの問いに答える。
「このままだとアグネアストラは世界律を書き換える!お願い、僕に力を貸して!」
パルスの言葉に、リッツと黒騎士は顔を見合わせ頷いた。
「なぁあああ!?やっべ!マジでやっべぇよ!!」
ホッドが街の北側を見て突然叫びだした。と同時に凄まじい地揺れがやってくる。
「ぬぉ!?一体何事です!?」
エドワードも突然の出来事に普段の冷静さを欠いて立ちすくむ。
それもそのはず、街の北側から数十の光が立ち昇り、それが一斉に動きだしたからだ。
「エドっち!もしかしてアレって猫さんが言ってたヤツじゃないの!?」
レベッカがエドワードに向かって叫ぶ。彼女もかなり動揺しているようだ。
「おい!ヒゲメガネ!!オレサマちゃんはシゴトだからよォ、ケリはアトマワしだッ!
あのクソタレでけぇのブッとばすからよォ!!『アプツェン』!!イけぇ!!」
ホッドがそう言い終えると、街中に拡散していたシャボン玉が北側を目指し始めた。
「テメェらはぜってーコロすからな!マジでニゲんなよコラ!!」
転移の術を発動させてホッドの姿が消えた。
その場に残されたエドワードとレベッカも走りだす!!
世界の運命を賭けた決戦の舞台へと・・・
『この樹はいつからあるのだろう?』
『精霊が生まれるよりもずっと前、龍が世界を支配していた時から。
それは…《世界樹(セフィロ)》のこの世界に目に見える形で現れたほんの一部分なんだよ。
時間や空間を超越しあらゆる世界の根底を形作る存在、それが《世界樹(セフィロ)》。
でも昔の龍人達が作った世界喰らいの獣はその《樹の枝(セフィラ)》に穴を開けてしまう。
もしそうしたらこの世界はどうなる事か分からない』
『アグネアストラ……7800年前に《最深部(ボトム)》からの使い
《十剣者》が倒したと言われる…』
『倒したんじゃない。深く封印されて眠っているだけ…今も復活の時を待ち続けている。
その時が世界の終末《ラグナロク》だ……』
昔まるで他人事のように話していたこと。
あの頃は戦後の混乱ながらもそれなりに平穏な日々がずっと続くかと思っていた。
何もかもがはるか昔の事、そうでなければ永遠に先の事で……
だから世界が終わるなんて平気で言えた。
でもそれがまさに今なんだ。今立ち向かわなければ未来は無いんだ!
「このままだとアグネアストラは世界律を書き換える!お願い、僕に力を貸して!」
頷いて駆け出す二人。
僕は光の翼がはためく度に走る衝撃波に耐えて全力で飛んだ。
「破壊される前に倒す!」
光の衣を纏っていて姿は未だよく見えないがここまでくれば霊法の射程範囲内だ。
「ジン、また頼むよっ!!」
手始めに地上に叩き落すべく【ウインドストーム】の詠唱を始める。
その時、唐突に無数のシャボン玉のような物が横を通り過ぎて行った。
次の瞬間、アグネアストラの周りで大爆発が巻き起こる!!
少し離れていたからよかったものの巻き込まれたら一瞬で消し飛んだかもしれない。
「!?」
下を見てみると町並みは見る影も無く…いや、単なる大きな穴になっていた。
そして問題はそこではなく……アグネアストラはその爆発に少しも影響を受けた様子は無かったこと。詠唱をやめる。今のを見て大変な事を思い出してしまった。
アグネアストラはあらゆる加護を遮断する。あの光はおそらく…全てを遮る絶対結界。
∵無駄なあがきはよせ! 私を倒すことなどできはしない!∵
不気味な声が響く。あいつが……喋った?
聖獣が喋るなんて考えられない事だったけど反射的に叫び返していた。
「負けない……絶対!!!」
かくして、決戦の火蓋は切って落とされた!!
ヒューアは走る。唯ひたすらに全力疾走してケセドのラーを辿る。
「ヤレヤレ…走って息を切らすなんて1600年ぶり…だったっけかな?」
苦笑しながらも、決して速度は緩めたりはしない。北門が見えてきた、その時…
「ん〜1623年217日3時間44分52秒ぶりだナ〜♪」
能天気な少女の笑い声が聞こえた。ヒューアの耳元で、だ。
「…ケセド!?いやそんな筈は…」
驚きのあまり転倒しかけたが何とか堪えたヒューアの様子を見てケラケラと笑うのは…十剣者の長、ケセド。
「ラーが2ヵ所に!?どうなって………そうか…そういう事だったのか…ケセド!!」
「この事知ってるのはコクマーとケセドだけだゾ〜♪ティフェレトも仲間入りだなッ♪」ニコニコと笑顔のケセドとは対象的に、ヒューアの顔が怒りに歪む。
「アンタだったのか!?“奴”を“澱”から出したのは!?何故だッ!!?」
「ん〜それはナイショなんだナ〜♪よ〜く考えてみるんだゾ?」
ヒューアは気付いてしまった。一瞬自分の考えを全否定したかったが、出来なかった。
「あの時…奴を倒す事ができたにも拘わらず、アンタは“封印”した…アンタの剣で
隔離した後でマルクトのアギュモスを真開放すれば、奴を倒せた筈なのに!!」
ヒューアの言葉を黙ったまま笑顔で聞くケセド。
「最初からこの為に奴を封印したんだな!?このセフィラにもう一度穴を開ける為に!!!」
「世界は分岐と選択で作られる…無尽蔵に拡大するエントロピーを収束させる唯一の手段
それは“世界律の書き換え”だよ、ティフェレト。故に私は“造らせた”のだ」
先程までとは違い、十剣者の長としての威厳に満ちた声でヒューアに語りかけるケセド。
「私は見たいのだ。人間が我々の庇護が無くとも生きていけるという証明を…我々には
与えられなかった可能性という名の“強さ”を…」
ケセドの姿が、徐々にぼやけ始める。そしてヒューアはかつてない程の強大なラーを感知する。
「僕らは“十剣者”なんかじゃなかった…最初っから“9人”しか“いなかった”って訳か!!」
歯を食いしばり、最後の気力を使い果たす覚悟でヒューアは剣を抜く。
目の前に顕れたのは《世界樹の使徒》
神々しい光を放ち、破滅を望んだ支配者は降臨した。
「ティフェレト、お前は人間を愛したからこそ《最深部》に還らなかった、違うか?」
《世界樹の使徒》はそう言うと、ヒューアの身体のダメージを癒す。
「私はまだやり残した選択がある…全時間に同時存在する私は世界を形作る選択を
操作してきたが…やはり人間の持つ無限の可能性はそれを邪魔するらしい」
《世界樹の使徒》の姿が消えていく!!ヒューアはその“選択”の意味を理解して駆け出した。
(そういう事か!!全てはケセドの書いたシナリオ通り……ならば彼を!!)
走って行くヒューアを眺め、《世界樹の使徒》は呟く。
「それでいい…ティフェレト、お前は間違ってなどいない。間違ったのは私なのだから……」
「焦熱の嵐となりて焼き滅ぼせ!【ファイアストーム】!!」
エルフの女王、パルメリスの放った炎の上級霊法がエフェメラとユリウスを飲み込んだ。
2人は瞬時に灰燼と化し、消えていく。
ジュリアスにはこの光景に見覚えがあった。いや、正確には今の霊法で死んだ筈だった。
「これは……一体…」
「思い出したか〜?お前はまた失敗したんだゾ?」
「な…!?貴様は!?」
ジュリアスの隣にはいつの間にか、剣を持った少女…ケセドがいた。
「ありゃ?おかしいなぁ…“前の時は”もうビアネスの精神支配が解けてたのに〜」
「貴様…何を言っている!?何故私は過去にいるのだ!?」
「う〜ん…それじぁあ、こうだッ!」
ケセドが剣を振り、ジュリアスに突き立てる!その瞬間、ジュリアスは全てを思い出した。
「これが…俺……なのか…!?」
ジュリアスが顔を蒼白にしてケセドに尋ねる。眼下に映るは、世界に復讐を誓った少年…ドゥエル……
【クラック】の地割れから逃げ延び、川に落ちて流されて女王の処刑を免れた少年…
「そうだゾ。しっかし変だナ〜、やっぱり3回目だとズレてくるのかな?」
「さ…3回目?………そうだ、俺は俺を止める為に…いや待てよ、いつから俺は兄さんになった!?」
「2回目のやり直しからダヨ?混乱してるな〜アハハ♪」
地上に現れたアグネアストラを横目に、ヒューアは街を駆け抜ける。全ての始まりを止める為に…
やがて見えてきたのは3人の男女、ヒューアの知っている3人だ。
「おい!!急いで疾風のメダリオンを“消す”んだーッ!!!」
ヒューアは力の限り叫んだ。
突然のヒューアの大声に、パルス達は驚いて振り返った。
あまりに必死な表情から、何か事情がありそうだとリッツが気付き駆け寄る。
「ヒューアさん!?無事だったんスか!?」
「リッツ君も無事のようだね。よかった、だがこれからだ!パルメリス、久しぶりで
いきなりだが今すぐに疾風のメダリオンを破壊するんだ!!」
ヒューアが早口でまくし立てる。その表情に一切の余裕が無かったが故に、パルスはキョトンとなる。
「事情は後で説明する!とにかく急いで!…彼が選んでしまう前に!!」
「この世界に同一存在が同時に存在できるのはケセドだけだカラなぁ〜、
だからお前は別人になる必要があったんだゾ。でも2回目はそれが原因で失敗したんだナ〜」
ジュリアス(ドゥエル)はケセドの言っている事の意味を理解した。というよりは思い出した。
自らの記憶と姿を変えて、歴史をやり直す為にケセドの誘いに乗ったという事実を。
最初は上手くいった。ドゥエルは復讐を諦め、メダリオンは集まる事はなかった。
しかし同一存在であったのは彼らだけではなかった。やり直した際にジュリアスが未来
から持ち込んだ黒影のメダリオンが、全てを失敗に終わらせたからだ。
2回目は兄のユリウスとして、ドゥエルを説得した。
しかし歴史の塗り替えによって発生した歪みは、予想以上に深刻な問題だった。
結局ドゥエルはアグネアストラを復活させてしまう結果となってしまった。
そして3回目は再びユリウスとなり、ドゥエルよりも先に復讐を果たし、自ら悪となって
ドゥエルを復讐者ではなく、復讐者となった兄を止める存在へと変えた。
だがそれは立場が入れ代わっただけで、結局は世界は崩壊の危機に瀕しているのである。
「なんてこった…俺は何をやってたんだ……」
力無くその場に崩れ落ち、ジュリアスは絶望する。
「またやり直すか〜?ケセドは力を貸してあげるヨ〜♪今度は記憶の一部を消さ…!?」
ケセドは驚愕した。ジュリアスが影の刃で自らの心臓を刺し貫いたからだ。
「…もう…やり直し……たり…しねぇよ……これで……終わ…り…だ…」
そう、ジュリアス=ドゥエルが消滅すれば歴史は根源から修正される。
2つの同一存在が消えた以上、残された方が歴史の大河に修正されて正しい歴史に組み込まれるのだ。
「テメェが……何故…“俺だけを”切り離したか…ようやく解ったぜ…」
そう言って不敵に笑うジュリアスを、ケセドは全く感情の無い人形のような表情で見つめる。
「ハハッ……全部の“元”になる俺は1人しか居ねぇ…そうだろう?だったら簡単だ…
居なくなればいい…歴史は塗り替えられた今……オリジナルの俺は俺だけだからな!」
その通りだった。最初にやり直した時点で歴史は変わり、それまでの過去と未来は消滅する。
ケセドは何も言わずにジュリアスの言葉を聴き続け…しかし、剣はゆっくりと構えた。
「……テメェが…俺を使ってやり直したのは…俺がミスったからだ……違うか?
俺が世界を“滅ぼせなかった”からだ!!そうだろう!?3回も繰り返しゃバカでも分かるぜ?」
ジュリアスが残る全ての精神力を振り絞り、最後の霊法を完成させる!
「我が父ザナック・エル・アルドゥールの名に於いて、来たれ!!ゼーブル=ファー!!!!」
ジュリアスの影が凄まじい速度で広がり、そこから顕れしは…3頭333眼を持つ闇の巨人!!
「…最後にいい事を教えてやるよ。黒影のメダリオンは向こうに“置いて来た”ってな…」
それを聞いた途端、ケセドが剣を構えてジュリアスへと瞬時に肉薄する。しかし闇がそれを遮った。
「遅ぇんだよ、支配者気取りのクソ野郎!人間を…な め る な!!!!」
ジュリアスが叫ぶと同時に、闇の巨人はその拳を振り下ろし、ジュリアスを叩き潰した。
狂った未来と共に……
「メダリオンを消すって…どうやって!?」
「こうするのさ!!」
狼狽するパルスからメダリオンを取り上げると、ヒューアはそれをアグネアストラ目掛けて投げ付けた。
力を失った疾風のメダリオンは、アグネアストラの絶対障壁に激突し、粉々に砕け散る!
「何でそんな事をするのティフェレトさん!!」
パルスがヒューアの胸倉を掴んで思い切り揺すぶる。
そんな2人を、??といった顔で眺めるリッツと黒騎士。
「こうするしかなかったんだ。彼が再びやり直す事を“選択”してしまったら、今度こそアウトだからな」
苦い顔をしながらヒューアが答えた。
「何で出てきとるんじゃ!?コクマーはどないした!?」
突如ヒューア達の目の前に、ビナー達が転移して来る。
「これは…どうして!?」
ビナーは愕然として空を見上げた。
「お前達!大丈夫か!?丁度よかった、今からケセドの所まで飛ばしてくれ!」
ヒューアがビナー達に手を振って声を掛けた。向こうもヒューアに気付くとこちらに向かって来る。
「ケセドの所とはどういう事なのだティフェレトよ!一体何が何やら、さっぱり分からんぞ!!」
「全部ケセドが仕組んだんだよ、奴を出したのも!全部だ!!説明している時間は無い!」
ヒューアは必死に仲間達に訴えるが、皆はどうにも納得しかねる様子だった。
当然といえば当然の反応ではあるが、今のヒューアにはもどかしくて仕方ない。
「オイオイオイ!そりゃキキすてならねーなァ!マジでよォ!!」
突然アフロヘアの若者が転移して来る。十剣者の1人、ホッドだ。その顔は怒りに歪んでいる。
「ティフェレトよォ!メッタなコトいうもんじゃねーぞゴルァ!!ありえねーんだよマジで!!」
「それが有り得たんだからしょうがないだろ!?嘘だと思うなら行けば分かる!イェソド頼む!!」
「…………お主が虚言を申すとは考え難い。分かった、行こう。ケテルとビナーは
アグネアストラを任せる。我等はケセドに真意を問い質しに参る!」
イェソドの提案に全員が頷くと、ヒューア、ホッド、マルクトはイェソドと共に転移した。
あ〜、行っちゃったよ…
「どうなってるんスかヒューアさん…」
説明は後って…どんだけ後なんスか!?てかやっぱり連中と同じだったんスね…
どうりで俺の攻撃まともにくらって平気な訳だ、…って感心してる場合じゃないか。
『リッツ、どうしよう!疾風のメダリオンが無くなっちゃったよ!?』
「んぁ?無くなったらヤバイのか?」
『そりゃそうだよ!だってボクらは12体揃って初めて完全なんだよ!?1つでも欠けたら…』
「……あ!」
『まずいよ…アグネアストラに対抗する手段が…』
ルールーツは泣きそうな顔でオロオロし始める。確かにヤバイな…でも待てよ、そしたら
もうメダリオンが元に戻らなくて済むじゃんか。世界が少し平和になったんじゃね?
「大丈夫だ!お前は1人なんかじゃねぇよ、俺とお前で、2人だ!!違うか?」
『え!?……2人?』
「あぁそうだ、12もいらねえよ!!俺とお前の2人で十分だってこった!!いくぜルールーツ!!」
『ちょ!?《解放》すら出来ないのに、通常発動だけで戦うなんて無茶苦茶だよ!!』
そうだな…無茶苦茶かもな。
でもな、男にゃ絶対に退けない喧嘩があるって言ったよな?
今がその時なんだぜ?ルールーツ!!
「リッツ!!来るぞ!!」
黒騎士が叫ぶと同時に、アグネアストラから無数の光弾が一斉発射された。
光の流星雨が俺達に向かって降り注ぐ!
「引き裂け!『プロップト』!!」
へんてこな被り物を着た十剣者が剣を振ると、空間が裂けて穴が開く。光弾のほとんどが穴に消えた!?
「人間達よ!お下がりなさい!これは我々のやく…」
「「「喧しいッ!!!」」」
俺と黒騎士とエルフさんの声が面白いくらいにハモった。まさかの反撃にたじろぐ十剣者。
「世界が滅ぶかもしれないのに!」
「指ィくわえて黙って見てろってか!?」
「ふざけるのも大概にして貰いたいものだな!!」
俺達に同時に反論されて、被り物の十剣者とケテルは唖然としている。
冗談じゃねえよ!人間を…舐めんじゃねえぞゴルァ!!!
「これは遊びではありません!人間程度が介入すべきこ…」
「俺達はな…テメェらが何様だか知らねえがよ…人間舐めんのもいい加減にしやがれ!!
守りたいモンがあるから人間は強くなれるんだよ!!!」
十剣者の言葉をぶった切って、俺は力の限り吠えた。
雄叫びを上げ、闘気を爆発させるリッツ。
全身から溢れ出す生命の精霊力がまばゆい光となる。
「よくぞ言った!!それでこそ我が強敵(とも)よ!!この黒騎士も、渾身の力を以て
お前と共に戦おうぞ!!人の強さ、とくと見せてやろう!!!」
「おーっ!!!」
黒騎士の気合いの篭った呼び掛けに応えたのは……リッツではなく隣にいたパルスだった。
「「……え?」」
リッツと黒騎士が間抜けな声と共にパルスを見る。
「…ゴメンなさい、つい返事しちゃったよアハハ……コホンッ、よーし!僕も頑張るよーッ!!」
「…おう!!頼むぜ!!」「よろしく頼む!!」
パルス、リッツ、黒騎士、3人の心が1つになる…人間、エルフ、龍人という人種の壁を越えて!!
「疾風のメダリオンが消えた今、風の精霊も消えてる…だったら、こうだッ!!」
パルスは両手を大きく広げて、超大型霊法の導印を結んでいく。
空中に描かれた精霊文字が大地へと流れ込む。
「堅き岩、不動の土、命の寝床、その姿…我に委ねよ!!【グラウンド・ドミネイション】!!」
霊法の完成と同時に、大地が隆起し始めた!!数十の巨大な円柱が天を目指し突き進む!!
「な!?なんじゃこりゃあ!!??」
リッツと黒騎士はそれぞれに柱の上で慌てふためくが、すぐにその意図を理解した。
今や2人の目線の高さはアグネアストラと同じ、それはつまり…
「落っこちたら死ねるから気をつけてねーッ!空飛ぶアイツには“足場”が必要だよね!?」
強気な笑顔のVサイン、リッツと黒騎士も親指を立てて応える。高さの問題は無くなった。
後は有りったけの力を叩き込むだけだ。
「動かすよーッ!!そぉおれえええぇっ!!!!」
パルスが柱を移動させた!!地霊ベヒモスの加護を得て、地面そのものを変質させているのだ。
「よっしゃあ黒騎士!俺が壁をブチ破る!そこに1発…喰らわせてやれ!!!」
「任せた!…黒星龍よ、其の祝福!黒より黒し闇より来たりて数多を呑めよ!!
我は討ち、貫く!【死天星槍・奈落】!!!」
黒騎士が黒星龍の《ブレス》で最大級の破壊力を秘めた漆黒の槍を作り上げる!
そしてリッツが思い切り跳躍してアグネアストラに拳の一撃を叩き込んだ!!
絶対障壁は単純な物理衝撃を防ぐ事は不可能。波紋が広がり、障壁に綻びが発生する!!
「容赦なしの全力でッ!ブチ込むッ!!コイツを喰らいやがれえええええ!!!」
俺の拳がアグネアストラの表面ギリギリに張り巡らされた防御壁に激突した。
衝撃が接触面を中心に波打って広がる、だがこれで終わりじゃねえ!!これじゃ意味が無ぇぞ!!
更にもう一発、身体全部をねじって反転させて勢いを倍加したヤツを叩き込んで穴をブチ開けてやる!!
「月までぶっ飛べ!!このクソ野郎が!!」
ズドオオォォォン……!!!!
拳が防御壁を突き破って、アグネアストラの表面装甲に肘までめり込んだ!!
手応えアリだ、そのまま皮を引っぺがしてやる!!ちらっと後ろを見る。
黒騎士が術を発動させたようだ。黒騎士の前にデカい黒いランスが浮かんでいるのが見える。
アレをブチ込むなら、こんなちっぽけな穴なんかじゃダメだ!待ってろよ、黒騎士!!
「ルールーツ!もうちょいだ、しっかり頼むぜ!?おおおぉおぉぉお!!!」
バキバキバキバキッ!!
死に物狂いで突き込んだ腕を、そのまま引き抜かずに思い切り横に向けて圧し広げる!
∵小賢しい真似を!!無駄だという事がまだ判らぬか!?∵
「分かってたまるかクソタレが!!無駄かどうかなんてな、俺達が決めんだよ!!!」
豪快な破砕音を立てて表面装甲の一部を無理矢理に引き剥がす。穴は開いた!
「黒騎士!!!」
「離れろ、リッツ!!!!」
黒騎士が漆黒の槍を射出した。空気を引き裂きながら全てを貫く槍が迫って来る!
∵馬鹿め!!その程度の攻撃なぞ予測済みだ!!所詮は猿知恵だと……ぬぉ!?∵
高度をずらして直撃コースを強引に外すアグネアストラ。だがその時、信じられない事が起きた。
「逃がさないからぁーッ!!!」
エルフさんが地面に手を叩き付けた途端、アグネアストラの真下の地面が勢いよく伸びて
巨大なワニの顎のようにガッチリと“噛み付いた”からだ!!それを見てルールーツが叫ぶ。
『そうか!アグネアストラが精霊力を遮断してもそこには変化した地面が残る!ダメージは
与えられなくても、奴の動きを“封じ込める”事はできるんだよ!!』
「なるほどな!オルァ!!」
完全に装甲を引っぺがすと、槍の巻き添いを防ぐためにその場を飛びのく。
∵ば…馬鹿な!?ヌウウゥウアアアアオオオッ!!!!∵
漆黒の槍が深々と突き刺さった!!
黒き尨毛を風に揺らし、猫の剣士が宙を舞った。
雷電の百足が、それに続いて空を行く。
右手の剣を大きく軽く、胡乱そうに振る世界樹の使徒。空間を拉ぎ、軋り、ねじ捻り、無惨と変えつつ太刀波走る。
真っ向受け太刀、其は剣聖とても雲散霧消。
ここにて黒猫、獣眼煌り。剣を縦にし円らと化す。
此れ、魔技――断流・旋風車也。
身動き適わぬ空中にて弧を描く飛鳥の剣。母なる敵の幾斬を抜け、その喉元へと、廻り廻りて仕手候。
「――――っっ!!」
人ならざる者の血、飛沫となりて陽に透け咲き散る。
必勝形にて振るわれた太刀は、狙い過たず母の首を刈り取っていた。
一つ、二つ、三つもの、空虚に笑う緑のそれを……。
空を、地を、視界一面として埋め尽くすアポストロフィ。
果たして悪夢か地獄の釜か。ヒロキは絶句し、クロネは息吹を絞った。
時を切り取り操る剣コーコース。同じ時の流れの中に異なる時空の自分を置くことのできる存在アポストロフィ。
無数に在るそれは、まさしく不滅というに相応しい。
斬る事容易し。倒す事いと容易し。されど、おおされど……。
その根を絶つ事、儚き虫が大海を越えるが如く也。
『……今、落ちたのは……11246811―62―9―23―164355の私と、その五分後と二日前の首だ』
空気を震わせる類のものではなく、頭の中に直接響く声で、母なる樹の映し身は言った。
『どうだ?』
淡々と、
『どうなのだ?』
ただ、淡々と、
『どうであったのだ?』
だが、どこか優しく儚げに、
『神殺しの気分は?』
首を傾げて、純然と問いかけてくる。
いつの間にか、声は唱和となっていた。草原が波打つように、無数の母がそよいでいた。
『発芽創世より百万余年。お前が初の神殺しにして母殺しだ。全世界の支配者になるよりも稀有なことだぞ?』
言われてみればその通り、一応は世界の母を殺したことになるのか。
街路樹の頂点に降り立ったクロネは、その言葉の意味を噛み締めるように下を向き、帽子の羽根を弄った。
おお、猫よ。黒き猫よ。正邪善悪に染まらぬ剣の徒よ。
何故、何故に、何の興り故に、お前の肩は揺れ動くのか?
ほんの一拍、されど一拍、ゆうらりと時が流れた。
無数の母に足場をなくし、クロネの立つ樹にしがみついていたヒロキは、我知らず息を呑んだ。
極限にまで張り詰めた間というのは、飛ぶ鳥の心の臓すら止めるのだ。
ヒロキの心臓、頭上の獣に鷲掴みにされ早鐘の如く候。
猫、文字通りに総毛立ち、帽子を押さえて天を仰ぐ。
響き渡るは、
「ハーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッーーーーーーーーーーア」
明快至極なる高笑い。
『何故、笑う?』
一斉にそよぐ母、母、母の草むら。黒猫は適当なそれに爪の鋭い指を突きつけ、舌を出した。
「これが笑わずにいられようか! 何が神だ! 何が母か! 語るなっ! 死に方すらロクに定められぬ大根が!
我が子を愛してもおらぬくせに母を語るか! ましてや神などと……そうであっても己から言っては貫目が落ちるわ!!」
この哄笑に、草原は無言をもって応えた。
何の昂ぶりもなく、ただそよぐ。常に起こるは虚無の漣。
今だかつて、誰にも本気で笑われたことのない百万年を生きてきた彼女には、返す言葉が思いつかないのだろう。
なんと虚しくつまらぬことか……。
「ヒロキぃ!!」
「はい!」
「撃て!」
「はいぃっ!」
「この鈴なり瓢箪大根畑! 撃って放って灰汁も残らぬくらいに焼き尽くしてしまえぇぇいっっ!!!」
猫、眼光爆裂。背を反らし、足場の樹を弓の如くしならせ、今宵三度の旋風車――発っ。
「イリシオンイリシオンイリシオンイリシオンッッ!!! GOGOGOGOGOシューーーーーーーーーーーット!」
ヒロキの自棄に銃輝く。それに共鳴した中空の百足は大きさを増し、極彩色の装甲をまとった。
後は、ただ薙ぎ払うに徹するべし。
雷稲妻猫猫猫――縦横無尽に破壊が翔る。
斬られ焼かれて割ける草原。しかして、束の間待たずに照り茂生える。
明らかに、切り――――なし。
『どうした? どうする? 足掻くだけでは何も起こらぬぞ?』
諦めにも似た唱和が起こる。母は、望まぬ勝利を確信したようだ。
「ほざくな!」
元より一体一体が超常の怪物である。戯れ程度の攻撃でも気を抜いては危ういのだ。こうして薙ぎ払ってはいても、クロネは必殺の域に踏み込んではいなかった。
……確実に仕留めるには、後数手足らぬ。
「どうだヒロキ? 最も偉大な者を手にかける気分は!?」
「けけ、結構、いいぃ匂いじゃないですかこれ!?」
確かに、雷に撃たれたアポストロフィからは中々に香ばしい煙が棚引いていた。
必至な若者の虚勢に牙を剥き出しにして、猫は声を張り上げた。
「そう! そうそうそうそうその通り! こんなものは、野菜を切るが如きものよ!!」
この言葉は、百足の背にいるヒロキにでも、母なる草原にかけたのでもない。
後一歩が踏み込めぬ、一人の莫迦にかけたのだ。
風が鳴り、緑が弾けた。
「ふははは――――っ!」
その様を見てとり、猫上機嫌。くるくるしたりと着地を決める。
身の丈十尺の巨漢の肩に担がれた、太き鋼の鎬の上に、である。
「……確かに、大根と思えば手も鈍らぬか」
その恐れ多い行為に唖然呆然と呆け立つ十剣者仲間を後ろに、巨漢イェソドは相変わらずの無表情で言った。
漆黒の槍を打ち込まれ、アグネアストラが苦悶の叫びをあげる!
絶対障壁の破れた部分から罅が広がっていく。
「やったか!?」
傷ついた今なら障壁を撃ち破れるかもしれない!
「二人とも、下がって!」
特別に大きく、それでいて素早い動作で光の上位精霊に呼びかける。
「四英雄モーラッドの娘、パルメリスが命ず!
夜を照らす光、瞬く星の輝き、我が力となりて絶望をうち砕け!!」
満天の星空に精霊文字が拡がる。
「【セレスティアルスター】!!」
天空から降り注ぐは、星の輝きを何万倍にもしたような強烈な光線!
何千もの光の槍が次々と絶対障壁にぶつかっていく!
∵精霊を媒介にした攻撃など効かぬ!∵
それはどうかな? 障壁はもうボロボロなんだよ?
「最後の一発!!いけええぇええ!!」
星空にありったけの気合いで叫ぶ!
超特大の光線……というよりも巨大な光の柱が真上からアグネアストラに直撃する!
その瞬間、障壁に大きな罅が走る。
∵なっ!?∵
そして……ガラスのように砕け散った。
装甲の下から現れたのは、あらゆる動物を混ぜ合わせたような混沌とした姿の獣!
「うわ……なんでも混ぜればいいってもんじゃないよ!」
「出来損ないだな!いくぜ、黒騎士!」
「おうっ!ここからが本番だ!」
リッツさんが人間技ではない程高く跳躍すると同時に、黒騎士さんが《ブレス》を発動させた!
「受け取れ、リッツ!!【決壊闇拳・深淵】!!」
リッツさんの拳が漆黒の闇を纏う!
「月まで吹っ飛べ!!!」
気合いのかけ声と共に、質量を持つ闇をまとった拳が叩き込まれた!!
「入ったあ!!」
∵人間達よ、見事だ……だが……∵
アグネアストラは莫大なエネルギーを収束させる!
「来る!!」
「まずいぞっ!逃げ場がない!」
隆起した地面の上、風の精霊がいないから【フライト】も使えない。
∵そろそろ消えてもらおう!∵
全方向に同時に破壊光線が発射された!!……はずだった。
「消し去りなさい!《アルティナ》!」
透き通るような、それでいて威厳のある女性の声と共に
収束された莫大なエネルギーが胡散霧消する。
「!?」
転移してきた《十剣者》コクマーが剣の能力を発動させたのだ。
「大地に生きる者達よ……私は信じて良かった。決して諦めてはいけません。
そうすれば道は開ける」
助けてくれてありがとう。でもね……一言多い!!
「余計なお世話だ!」
「言われなくたって…」
「絶対諦めたりしない!!」
コクマーはその言葉を聞いて、優しく微笑んだ。
「それでいいのです……」
再び転移して姿を消す。
「……なんだ今の人?」
それには答えられなかった。目の前でとんでもないことが起こっていたからだ。
「……絶対障壁が復活してる……!?」
砕け散ったはずの絶対障壁がいつの間にか元通りになり再び光の装甲に包まれていた!
「ウソだろ……!?」
「待て!翼が一枚減ってないか!?」
そう言われてみれば片側が一枚少なくなっているみたいだ。
「なるほど……エサがないから自分の脚を食うタコと同じ原理だね!」
「……まあそういうことだな」
「それならあと35回ぶっとばしてやる!!」
「あいつら邪魔なんだけど……」
「困りましたね……」
ぼやくケテルとビナーの前にコクマーが転移してきた。
「大丈夫です。人間は本当に強い」
「コクマー!? 目を覚まして下さい、人間に倒せるはずないではありませんか!」
「よくご覧なさい」
36枚あったアグネアストラの翼は、35枚になっていた。
「あと三人ここに向かっていますね……もうじき“鍵”が集まる……」
それは、作られた意味はすでに遙か昔に忘れ去られ、なお幾人もの呪歌士の手を渡り続けた
対アグネアストラの秘密兵器。3つ一組で真の力を発揮する!
体から湧き上がる力…初めてこの銃を持った時に似た…この感情。
――全ては無常。ならばどれだけ…己を保てるか。
「力に溺れず…使い果たしてやるよ!俺は…貴様を倒すだけだ!」
イリシオンの雷を全力で銃から射出する。
弾を作るのに必要な体力は在りあふれた。
その力で眼前にある敵をことごとく撃つ、ただひたすらに。
眼前の敵は無限、ならば同じ無限の弾を撃つ。そう考える事に集中する。
「どうだヒロキ?最も偉大な物を手にかける気分は」
「結構いい匂いじゃ無いですか?これ」
生き物とも植物とも相反する無尽のそれは今、雷でやかれ、刃に切り刻まれ、肉塊を積み上げる。
腹の底に恐怖はある。だが、それは今必要無い。
ただ、この世で最も偉大な『それ』に戦いを挑んだ時、
全てを捨てる覚悟は出来た。基、何もなかったから。
だからこそ、信頼のおける仲間の力になりたいと…今必死になるんだ。
「そうそう、その通りよ!
こんな物、野菜を斬るが如きものよ」
そうクロネの叫んだ言葉は、俺に宛てた物では無く…
俺の後ろに立っていた、巨漢に…だった。
そして…その後ろには、忘れもしない…アフロがいた。
「おうおう…こりゃぁイッタイどうなってんだ、マジで…」
ホッドは眼前に広がりし光景に目を疑う。
「世界を統べし者の…『全てを超越する者』《アポストロフィ》の…成れの果て…か」
ホッドの肩に手を乗せなだめる様に話しかける男も…いた。おそらくは…十剣者…。
そして更にもう一人、スラッとした長身の男もいる。眼前の全てを…睨んでいた。
「ティフェレト…!マルクト…!これが…ホントにケセド…なのか?」
目に涙を浮かべ、ホッドは問い掛ける。
「あぁ…だからこそ…止めるのだ…。我らでな…!!!」ティフェレトと呼ばれた青年はそう答え、走り出す。そして斬る、ひたすらに。
「そうじゃ…!人間の可能性だのよぉ分からんがのぉ…。これだけは言えるんじゃぁ!
今は…わしら本気で行く時なんじゃぁ!」
マルクトと呼ばれた中年の男は唸り、飛ぶ。そして刀を抜き様、地に広がるものを薙払う。
「ち…っくしょぉぉぉぉぉぉ…!!!やってやるぜ、マジでよぉぉぉぉ!!!!」
ホッドは、涙を拭い、剣を抜く。そして叫び、姿を消す。
現れた先で…斬り、払い、薙ぐ。
「さぁ…後はお主だけじゃな、イェソド。」
クロネは巨漢に優しく問い掛ける。
今や共に生きて来たケセドは形を変え、世界を変える物となっている。
そして、それと戦う…同じく仲間。
「何も恐れるな…、イェソドよ。今はただ、やるしか無かろう?
やった後の事は…後で考えれば良い。さぁ…行くぞ、お主の道は…主で決めよ。」
「ふっ…やはりうぬなら…そう言うか。ならば…ヤるしかあるまいか。
クロネよ…ありがとう。先に…行くぞ…!!」
イェソドは姿を消し、仲間の元へ転移した。そして居合いが如くアポストロフィを斬る。
「すまぬ…だが、これが我の決めた道だ!」
「さて…ヒロキ、休憩はもういいか?
奴等《十剣者》にばかりさせては酷というものだからな」
にやり…と笑い俺にクロネが問い掛け走り出す。
「あぁ…もう十分だ。行くぜ、クロネ!俺の力を…イリシオン、GO!」
走り出したクロネにそう叫びながら、メダリオンと銃を掲げ再びイリシオンを撃つ。
そして、戦場へ…その力…仲間の為にと…。
絶対障壁を失い、アグネアストラは今や丸裸も同然だった。
しかしアグネアストラは依然として余裕を見せ付ける。その理由が、残酷な現実となって現れた。
「くそ…何回でもぶちのめしてやるよ!!……って何だ!?力が入らねぇ!!」
リッツがうろたえる。それを見たパルスは嫌な予感に身を震わせた。
「そんな…世界律を書き換えられたの?」
試しにベヒモスの声に耳を傾けるが、やはりその声は聞こえては来なかった。
アグネアストラとイルドゥームが持つ能力、それが『世界律の書き換え』である。
1万2千年前にイルドゥームが暴走した際に『龍の祝福』という世界律は書き換えられて精霊が生まれた。
それと同じように、今この世界の『力』となる世界律は『精霊の加護』ではなくなったのだ。
黒騎士がブレスを使えるのは、その力の根源となる龍がまだ存在しているからで、
疾風のメダリオンの消滅によってその存在が成立しなくなったイルドゥーム(精霊)の加護
は事実上、完全に消え去ったのである。
しかし書き換えられたと言うように、今度は新しい世界律が発生する筈だ。
あらゆる事象に宿る『力』の法則が存在しなければ、世界は成り立たないからだ。
「やべぇ!どうなってんだよオイ!?返事しろよルールーツ!!」
∵無駄だ…世界律を変えた以上、貴様達は無力!!もう私を止める者は存在しぶべらッ!?∵
「フッ…私を忘れて貰っては困るな。例え精霊が消えようと、龍のブレスは消えん!」
黒騎士が再び漆黒のランスを撃ち込む!そう、まだ龍の祝福は僅かながら存在する。
「奴を守る壁が無いならば、まだ人には勝機は残されている筈だ!!諦めては駄目だ!!」
黒騎士が激を飛ばす。するとパルスとリッツの表情にまた強い意思が甦る!!
「だよね!まだ終わってなんかいないもんね!!これからだよッ!!」
「そうだったぜ……諦めたら、それこそ負けだよな!!助かったぜ黒騎士!!」
∵無駄だというのがまだ判らぬのか!!愚かな!!∵
アグネアストラの翼は残り34枚、今のパルス達では厳しい状況だ。だがそれでも諦める事はしない!!
護りたい世界がある。護りたい人がいる。護りたい未来がある!!
必ずアグネアストラを倒し、平和を掴み取るまでは、決して諦める訳にはいかないのだ!!!
「黒騎士!さっきのやつ、もう一回頼む!奴がぶっ倒れるまでブン殴るッ!!」
「無理はするなよ、リッツ!」
再びリッツの拳に闇が絡み付き、その破壊力を増大させた。リッツは拳を打ち据えて跳躍する。
「どらぁああ!!!」
強烈な一撃。アグネアストラの巨体が地上にたたき落とされ、粉塵のカーテンを広げた。
「な…ありえない…人間なのに……ただの人間なのに…」
ビナーが青ざめた顔で呆然と呟く。わなわなと震える手が、持っていた剣を落とした。
「た、確かにあれは凄い…僕らと戦ってた時よりも強くなってるのか!?」
ケテルも驚きを隠せないようだった。
無理もない。数百mにも及ぶ巨大なアグネアストラの身体を素手で叩き落としたのだから!!
「あれが人間の強さ、ケセド様が願った強さですよ。人はもう我々に護られるだけの
弱い存在ではありません。その手に無限大の可能性を握り締めて、歩き始めたのです」
コクマーは静かに語る。幼子を見守る母親の眼差しで、アグネアストラに挑む3人を見つめながら。
「ハァ…ハァ…こんだけブチ込んで…ハァ…まだ羽2枚かよ…」
∵五月蝿い虫けらがァ!!!!!∵
アグネアストラが触手を伸ばし、リッツを弾き飛ばす!…筈だった。
「ありゃ?どうなってんだ!?」
当のリッツ自身が驚きに目をぱちぱちさせていた。なんと、触手の攻撃を蹴りで弾き返したのだ。
「これは…そうか!世界律だよ!!新しい世界律が施行されたんだ!!」
パルスが駆け出す。真っ直ぐにアグネアストラを目指して。
「へ?いや…ちょ、意味わかんねぇよ!?」
∵何だと!?私が書き換えた世界律と違うぞ!何故だ!!∵
パルスがリッツの横を擦り抜けてアグネアストラにパンチを叩き込む!!
「僕は負けない負けない負けないッ!てやぁあッ!!」
ベグキッ!!
不気味な音を立ててパルスの手首が有り得ない方を向いた。何とも言えない空気で静まり返る一同。
「………痛い」
涙目のパルスがトボトボと来た道を引き返して行く。アグネアストラも唖然として見送った。
「何をするつもりだったのだ?」
黒騎士が尋ねると、ショボンとなったパルスが弱々しい声で答える。
「うん…『想いの強さ』がそのまま実際の強さになるかな〜って…」
「「そんな訳あるか!!」」
黒騎士とリッツの声がが見事にハモった。
2人同時に責められて更にショボンとなるパルスを指差してケテルがコクマーに問う。
「人間の…強さ?」
「………………つ、強さですよ?」
「今の間は何?今の間は!?やはり人間は我々の庇護無くして生きてはゆけぬ存在です!」
落とした剣を拾い上げ、ビナーがアグネアストラに向かって突進する。
〔それでいいんだ…パルミィ……想いが世界を変える…お前の想いは…何に宿る?〕
突如パルスの頭の中に響く声、懐かしくて暖かくて…大好きだった力強い声。
「ザナッ…クなの?」
パルスが辺りを見回すが、姿は見えない。
〔……想いを込めろ…その想い…それが世界を………変える約束の…〕
「ザナック!?わかんないよ!僕には…僕には……もうこれしか…」
ギュッと握り締めたのは、腰に提げた1本のフルート…《暁の瞳》!!
「そうだ…まだ僕にはこれがあるじゃないか!!僕の想い、宿るのは音色だッ!!!」
パルスが《暁の瞳》を用意して、1番大好きだった思い出の曲を演奏し始める。
辛い時、悲しい時、いつもこの曲を吹いて自分を励ましていた頃の記憶が色鮮やかに蘇る。
(奇跡だって起こせる!何度でも、僕らが諦めない限り!!)
夜空に澄んだ笛の音色が染み渡る。聴く者の魂に直接響き渡る命の賛歌!!
「ヒャッホゥ!!最ッ高のステージが出来てるじゃん♪」
耳に飛び込んで来たのは、諦めない事の意味を教えてくれた少女の歓喜の声!!
「うわぁ…間近で見るとさらにデカイね♪アイツが客だろ?ヘヘッ、最強の歌を聴かせてやるさ!!」
その少女、レベッカがリュート《星晶の瞳》を勢いよく掻き鳴らしてウインクした。
そしてその隣には、炎の如く紅い翼を持つ女性、《紅き龍の巫女》レーテが立っている。
「少し寄り道していましたから、遅くなって申し訳ありません」
ぺこりとお辞儀して、レーテも自分の楽器であるハープシコード《黄昏の瞳》を準備する。
今ここに、伝説の名工アーシェラが手掛けた3種の奏器(じんぎ)が集結した!!
「さぁて、起こしてやろうよ!超特大の奇跡ってヤツを!!!」
レベッカの掛け声に、パルスとレーテが頷き、演奏が始まる!遥か古に忘れ去られた曲が時を越えて今、蘇ったのだ!!
「三人そろってなんだッ!?」
「おそらく龍に願いを乞う儀式だ。気を抜かずにいくぞ!」
レベッカさんは力強く歌い始めた。
〜♪〜
暗闇の中に差し込んだ光
星空の下で交わした約束
叶えることはできなかったけど
信じる意味を教えてくれた
同じ世界に生を受けたこと
偶然なんかじゃない
君に会いたいと願ったから巡り会えた
涙を勇気に変えて歩き出して
いつか全てが優しい思い出になるから
〜♪〜
アグネアストラの翼が一枚、また一枚と砕け散っていく!
∵ぐわあああ!? なぜだ……呪歌ごときが私に効くはず……∵
触手が縦横無尽に黒騎士さんとリッツさんに襲い掛かる
「はあっ!!」
黒騎士さんが剣を一閃すると切り落とされてバラバラに散らばった!
「おあいにく様、これはもうただの《呪歌》じゃないよ!
アタシ達の想いがこもった魂の歌だ!!」
レーテさんがリュートをかき鳴らしながら答えた。
レーテさんも続く。
「全ての思い出、様々な人との出会い、心を通わせた者との絆が人を強くするのです」
300年を越えるほど生きてきたから、今までに数え切れないほどの人と出会った。
嬉しい事も悲しい事も数え切れないほどあった。
それを全て強さに変えられるんだ。だから僕は絶対負けない!!
「よっしゃあ!2番行ってみようか!」
〜♪〜
迷宮の中で差し伸べられた手
葉風の中で交わした誓い
成し遂げられなかったけど
生きる事の意味伝えてくれた
同じ時代にを生を受けたのは
運命なんかじゃない
君に会いたいと願ったから巡り会えた
だから涙を勇気に変えて駆け出そう
出会いが間違いではなかったと思える日が来るから
〜♪〜
∵穢らわしい歌を……聞かせた事を後悔させてやる!!∵
アグネアストラの咆哮と共に、大地を衝撃波が走る!
触手が伸ばされる。前の二人にではなく、歌っていたレベッカさんへと……
「!!」
次の瞬間!
「引き裂け、《プロップト》!!」
空間が裂け、触手がその中へと消えた。
「……あなた達は……?」
お化けごっこのような《十剣者》ビナー
その後ろにはコクマーと、子供の姿をしたケテルがいた。
「“共に”戦いましょう、強き人間達よ!!」
「なんか分かんないけど手伝ってくれるんだね!?じゃあ早く行った行った!」
三人は転移し、リッツさんと黒騎士さんの横に並ぶ!
「また来たか、邪魔するなよ!」
「気を取り直していこうか!」
「りょーかい!」
「ええ!」
再び僕らは奏で始める。絶望の化身を打ち砕くための希望の旋律を――。
やがて歌は広がり、世界を包む。
慈愛に満ちた魂の旋律が、世界に満ち溢れていく!
――メロメーロ大劇場
「・・・歌?誰が歌ってるんだ?」
「きれい・・・まるで、心が暖かくなってくるみたい」
「ママ、あたしこのうたしってるよぉレベッカお姉ちゃんだよ」
――メロメーロ郊外 公国軍
「何だ・・・この歌は・・・」
「ロンデル司令、メロメーロ北部にて聖獣と交戦中の人物を確認!」
「・・・そうか。よし、我々はライン大河まで後退する」
「了解しました!」
――メロメーロ市街地
「なんだか力が、勇気が、湧いてきたーッ!!」
「やべえよ、ママンの子守歌ばりにクルよコレ・・・」
「メリルちゃーん!俺と結婚してくれええええええええええ!!!!」
「うん、いいよ」
「マジでえええええええええええええええ!!!!!!奇跡キターッ!!!!!」
――評議会議長邸宅
「コンラッド・・・私は間違っていたのだな・・・人の上に立つ者として失格だ」
「コリン、まだ早い。これからやり直したらいいじゃないか。もう一度あの頃のように」
「・・・そうか。ハハハ・・・そうだったな。あの頃か・・・」
――蠍の爪宝物庫
「うぅ・・・サッコの兄貴ィ・・・俺は実家帰って畑を耕すよ・・・」
「おい、ルドワイヤン。お前はどうするんだ?」
「ん?俺ですかぁ・・・そうだなぁ、冒険者にでもなろうかなぁ・・・トム先輩は?」
「あぁ?決まってるだろ、新しい山賊団でも旗揚げするさ!!」
勇気が、そして希望が、人々に宿る!!
世界を護り続けてきた剣の使者達は言う。「人は弱い生き物だ」と。
しかし、そんな時代は終わったのだ。
これからが始まりなのだ。人間の、本当の時代が幕を開けた瞬間だった・・・
∵調子に乗るな虫ケラどもがぁああああああああああああああ!!!!!!∵
アグネアストラが輝き、凄まじい衝撃波を放つ!
全員が吹き飛ばされて、地面に叩き付けられた。
「く・・・負けてたまるかよ・・・奇跡は・・・・・・何度だって起こしてやる!!」
リッツが立ち上がる!
「世界を救うという事は、祖国を救うという事だ!!」
黒騎士もそれに続く!
「僕達は…絶対に諦めるもんか!!!」
パルスが叫ぶ!
「皆さん、もう少しだけ・・・耐えてください!謌は・・・届きましたから!!」
レーテの身体が紅い炎に包まれて、その炎から現れたのは…
紅き天災は紅星龍イルヴァン!!!
そして、空より舞い降りし五つの流星・・・
白き光明は白星龍ラハツェン!
黒き深淵は黒星龍レプツェン!
青き激流は蒼星龍ウルヴァン!
緑の繁茂は翠星龍オルホーン!
紫の轟雷は紫星龍モグホーン!
遥かなる時を経て、伝説の彼方より地上に帰還せし《六星龍》!!!
狂える草原との戦いは、非常に危ういながらも、それなりの均衡が保れたものになっていた。
流される形で加勢に入った四人の十剣者のお陰――というのは少々買い被り過ぎだろう。
自分たちが辛うじて生き残っているのは、此れひとえに母の意欲のなさ故である。
母は自らの滅びを望んでいるのだ。今までの散発的な斬撃も、無尽蔵な出現も、すべて彼女の意思ではなく、防衛本能によるものなのだろう。
「轟け! バランダム!」
最先頭で、ティフェレトという名の十剣者が張った剣の結界の外で、母なる海の真っ只中で、己の身を省みぬ狂戦士と化した男の叫びが天を衝いた。
何度も、何度も……幾重にも絶え間なく、イェソドの雄叫びが緑を散らす。
「……イェ――――かっっっっがふっがふっ!!」
剣の結界に護られ、ぐったりと横たわっていた十剣者マルクトが、その大きな背中に何かを告げようとして――言葉の代わりに大量の血反吐をぶちまけた。
胴の右半分が完全に消失している、致命傷である。
最高火力のアギュモスは、こういった仲間の支援を充分に得られない大乱戦になると、どうしようもなく潰しの利かない代物になってしまう。
「……ワシも、イェソドの鍛錬と…やらに、付き、合えば……よかったん、かのう……」
もう長い付き合いになって久しい巨漢が振るっているのは、剣の力ではなく、仲間たちから冷やかされながら黙々と打ち込んできた剣の技であった。
それが彼を、この理不尽の大草原を刈り散らす鬼神たらしめているのだ。
「どうだろうね。……多分、彼の真似は他の誰にもできなかったと思うよ」
「コンキがスゲェんだよアイツは。おんなじことあきもせずナンマンネンもよぉ〜。……ムリムリ、ゼッタイムリ」
結界の維持に集中するティフェレトが背中越しに、極度の疲労で大の字になったホッドが息を荒げながら、マルクトに言葉を返す。
……情けない。
マルクトは血が流れ続ける口元を吊り上げ、無理矢理に笑みの形を作った。
その右手のアギュモスが淡く輝く。歯を食い縛る気概を、軽口を叩く気力を、悔しさに泣く体力すらもつぎ込んで、彼は最後の大花火としたのだ。
突如、上空で獅子奮迅と雷を吐き続けていたイリシオンの姿が消えた。
「――う――――あ――――――っっっ!!?」
その背中で踏ん張っていたヒロキの体が宙を泳ぐ。
待ち受けそよぐ草原の餌食となる前に、一陣となって吹き抜けたクロネの手が、銃を握り締める右手首を掴んでいた。
人一人引っ張ってなお、羽根のような軽やかさで樹上を駆ける黒き猫。仕舞いに大きく一跳びして、
「……邪魔をする」
「はい、どうぞ遠慮なく」
受け入れのタイミングも完璧な、ティフェレトの結界内部に着地する。
「クロネさん! メダリオンが急に――」
「うむ、世界律の書き換えだな。遥か昔にもあったことだ」
ティフェレトとホッドの舌打ちが響く。解き放たれたアグネアストラが、遂にその本領を発揮し始めたのだ。
精霊は力を失い、直接この世界に影響を及ぼすことができなくなった。
まあ、それもいいのだろう。――と、クロネは思う。
元々が忌々しい獣から発生した理なのだ。失われたとて何するものぞ。
そして、今の理もまた……失って然るべきものなのだ。
暗い笑いを浮かべる猫の前に、ぬっと輝く刀身が突き出される。マルクトの剣アギュモスだ。
「持ってけぇぇ……どろぼぉ………ぶっっ………ッ放せぇぃ……!!」
そう言うやいなや事切れる十剣者。その場の皆に思わずながらの苦笑が浮かんだ。これはこれで、らしい死に様というべきなのだろう。
「行って参る」
焼けた剣を小脇に抱え、簡潔な言葉を述べ、結界開放の刹那目がけて猫跳ねる。
今こそ死地に立ち、武士と肩を並べて剣渦とならんがために……。
信じられない光景が目の前に広がっている。お伽話とかでしか聞いた事のなかった存在…
星の龍、かつてこの世界の支配者だった者達…
それが今、目の前に実際に居るってのがヤバイ!凄すぎだろ!なんだよこれは!?
「奇跡が…起きた?」
パルスさんが呆けたような顔で龍達を眺めている。そりゃそうだよな、俺だってそうだし。
「…………………………え?」
黒騎士がスゲー間抜けな顔で立ち尽くしていた。龍人にとって龍は神様みたいなもんだ。
まぁ至極当然の反応だろうな。
顎が外れるんじゃないかってくらいに口をあんぐり開けてる様子はちょいと笑えるけどさ。
∵馬鹿な……何故だ!?何故私の書き換えた世界律が施行されないのだ!?∵
アグネアストラが吠える。
世界律ってのがよくわからねぇけど、とにかくこっちに勝ち目が出たって事だよな!
「よっしゃ!一気にカタ着けるぜ!!」
『待ちなさい人よ、傷付いた身で何を急ぐのか。我が祝福を受けるがよい』
白い龍がふわふわした光る粉を撒いた。するとみんなの怪我がみるみる内に治っていく!
「そっかぁ!寄り道ってこの事だったんだね、レー…あれ?今はイルヴァンさん?」
パルスがぽんと手を叩き赤い龍に話し掛けた。それに赤い龍は応える。
『えぇ、世界律の書き換えは予想済みでしたからね。皆さんを信用しなかった訳では
ありませんが、一応の手は打っておこうと思いまして。やはり正解でした』
なんか釈然としねぇが…止められなかったのは事実だしな。まぁ、しょうがないか。
『書き換えの瞬間はあらゆる法則が存在しない状態になる。その隙を点いたのだよ、小童』
青い龍が俺に話し掛けてきた。確かにアンタらにとっちゃ俺は小童だろうけどよ…
『我等の祝福無しにアレを倒そうとは…たまらぬ!愉快痛快よのぅ!!ぶははははは!!』
緑の龍が笑い転げる。なんだよ、どいつもこいつも人間を馬鹿にしやがって!!
「おいコラ、緑トカゲ!!何が可笑しいんだゴルァ!!!」
『いがみ合いをしている時ではありませんよ、早くアレを始末しましょう』
紫の龍がアグネアストラに雷撃を発射した。その威力、流石は龍だと思った。
一撃で奴の身体半分を消し飛ばしたからだ!俺達があんなに苦戦したってのに……
「すごい!これが龍の力!?」
パルスさんも驚きを隠せないみたいだった。『よし、このまま押し切る!我が子よ、剣を貸せ!!』
その声に黒騎士が黒剣を振り上げ、黒い龍が剣に何か術を掛けた。すると剣が数十メートルに伸びる。
「おおおおおおおおおおおお!!!」
一刀両断!アグネアストラが再生する前に、黒騎士がその身体を更に真っ二つにぶった切る!!
『忌まわしき獣よ!塵1つ遺さぬ!!』
6体の龍がアグネアストラ目掛けて一斉にブレスを放った。
閃光の奔流、漆黒の螺旋、紅焔の爆発、凍氷の剛槍、大地の噴激、紫電の豪雨……
凄まじい爆発が巻き起こり、衝撃がやって来る。だが俺達の周囲に白い光の壁が発生して守ってくれた。
∵な…何故だ……私は……私…は…帰る…筈だった……何故だあああああああああ!!!∵
アグネアストラが断末魔の叫びと共に消えていく!勝ったのか…?俺達は勝ったんだな!?
「…何か変だよ!?奴のラーが消えてない!!」
ケテルが叫ぶと同時にクレーターの中心から極彩色の輝きを放つ光の柱が立ち昇った!!
∵そういう事か……《世界樹の使徒》よ!貴様は私を謀ったな!?∵
虹のような様々な色が混ざり合った人影が、そこに立っていた。
はっきりとした輪郭を持たない人の形をした何か…
「現れたか、ビアネス=ヘテス!!!」
十剣者達が敵意を剥き出しにして剣を構えた。要するにアレが本体って事か。
だけど龍がいるんだ、もう一度一斉攻撃すりゃ勝てる筈だ。俺は龍達を見た。
「…!?」
どうなってるんだ!?なんで龍があんなに脅えてるんだよ!?
∵書き換えには失敗したが…まぁ良い。穴を開けるには充分だ∵
そう言って空に手を翳すと、空にひび割れが走る!それはどんどん広がって、やがて空が砕け散った!!
「どうして!?アグネアストラから分離してるのに!穴を開けた!?」
ビナーとケテルが驚愕の表情で空を見る。そんな中でコクマーだけはほくそ笑んでいた。
「コクマー!これはどぅ……アグッ!?」
ケテルは最後まで喋る事は出来なかった。コクマーの剣が心臓を貫いたからだ。
「何をしているので…くぁッ!!」
コクマーはビナーを袈裟斬りにして、高らかに笑い始める。
「さぁ、戦いなさい。人間達よ…世界は開放された、さぁ貴方達の力で守り抜きなさい!!」
突然の仲間割れに、俺やパルスさん達も唖然として見守るしか出来なかった。
「どうしちゃったの!?なんで仲間割れなんて…それに、戦えってどういう事!?」
「十剣者は既にその役目を終えているのです。セフィラが開放された今、十剣者は邪魔なのですよ」
コクマーは優しい笑みを浮かべたまま、パルスの問い掛けに答えた。
なにがなにやらサッパリだが…仲間を笑いながらぶった切る奴にロクな奴はいねぇ!!
「黒騎士!どうやらヤバイ事になってきたぜ!!」
「守護者たる十剣者がアグネアストラを復活させたというのか…信じられん!!」
「ンな事言ったってよ!実際に奴は仲間を斬ったんだ!てことは敵じゃねーかよ!!」
こういう時に限って、無駄に頑固なんだよなコイツは!!俺はコクマーに向かい走りだす。
あの虹色野郎とツルんでるなら、まずはこっちから先に叩く!!コクマーの剣能力はもう知ってるしな!
「そう…それで良いのです、戦いなさい。その力を以ってして、自らの未来を守り通すのです」
「うるせぇよ!!テメェに言われなくたってなぁ!俺達は大切なものを守るために戦ってんだ!!」
よし、間合いは詰めた!この密着状態であの剣は使えない筈だ!ぶっ飛べクソタレ!!!
直撃した筈だった……それなのに、コクマーは微動だにしない!?……ってしまった!!
コイツらはなんだかバリアみたいなので守られてるんだったっけか!!
ケテルをぶん殴った時は《精霊昇華》で今よりも強かったから効いたんだ…
メダリオンが無い今の俺じゃあ、まともにダメージを与える事すらできねぇ!!
「まだですよ、まだ貴方は新たな世界律を完全に理解していない…この戦いの中で掴みなさい」
世界律?意味がわかんねーよちくしょう!!さっきはあんなに力が漲ってたのに、どうなってんだ!?
コクマーの剣が目前まで迫る!
もう駄目だ…絶対避けられねぇ!!そう思った瞬間、突風が吹き抜けた。
「何とかギリギリで間に合ったな…あのクソが、俺の次はコイツかよ…」
俺とコクマーの間に割って入って来た男が苦笑いしながら呟いた。
なんだかどっかで見たことあるような恰好をしたそのハーフエルフの男は俺を見ると、
「よぅ、さっさとルールーツを“起こせ”よ?これでも地味にキツいんだからな」
と言ってニヤリと笑った。
「嘘…でしょ?……Dさん…なの?」
パルスさんが信じられないものを見たというような顔で、ハーフエルフに尋ねる。
「ん〜、少し違うな。だが“元々は同じだよ”ってか忘れたか?」
「え………まさか!?ユリウス!どうなってるの!?」
どうやら知り合いみたいだな。どういう関係かは分からないが、驚くって事は敵か?
『リッツ、リッツ!!』
「な!ルールーツ?なんでお前が!?消えたんじゃなかったのかよ!!」
俺の首に下げたメダリオンが前のように光っていた。メダリオンが復活したのか!?
「お前どうして…いや、それは後だ!今は目の前にいる敵を片付けるのが先だ!いくぜ!!」
『うんッ!!』
インフィニティ・キング!俺の全身に生命の精霊力が満ちていく!
何がどうなってんのかさっぱり分からんが、これなら奴をブチのめす事ができるぜ!!!!
「何故…!?貴方はケセド様が過去に送った筈ではなかったのでは!?」
「残念だったな、俺は最初から奴の計画をブッ壊すために“選ばなかった”んだよ」
コクマーは狼狽して後ずさる。ハーフエルフの男は、逃がさんと言わんばかりに“霊法を発動させた”!
影が形を変えてコクマーに絡み付く。しかしコクマーは剣で影の精霊を消し去る!
「フン、我々の力を…がは!!!?」
「がら空きだぞ、お前」
俺が真横から渾身の一撃をコクマーの脇腹に叩き込む!!
バキバキと骨が砕け、肉が引き裂かれる感触が拳に伝わってくる。完全に入った!!
「上出来だな」
ハーフエルフが親指を立てて、笑った。
「ユリウス!貴方は本当にあのユリウスなの!?」
パルスさんが走り寄って来る。そんなパルスさんにユリウスと呼ばれたハーフエルフは笑いかけた。
「“あの時”はすまなかった。パルメリス様、“俺を”止めるためにはあぁするしかないと
思ったんだよ。結果的には大失敗だったがな。まぁ、詳しい事情は後にしようか」
そう言ってユリウスは虹色の存在へと振り向く。
「奴を倒さない限り、“この歴史は何度でも”繰り返す事になる」
「…何度でも?」
「そう、何度でも。その連鎖をブチ斬るには、貴女の力が必要になる」
ユリウスはパルスさんの手を取り、握り締めた。
「さぁ、今こそ約束の言葉を!」
その声に精霊が集まって来る!世界中の精霊達が、パルスさんを目指して!
「なるほど…いい刀だ…」
「当たり前だ!《十剣者》である証しと力の象徴だ。
鈍刀とは質も…込められた『想い』も違う!」
戦場を狭しと翔ける剣技の黒猫、戦場に広く轟く剣技の巨漢。
2つの剣技は相似し、この無限の戦場を駆け抜ける。
「すげぇ…マジで…」
「えぇ、戦場の華々とでも言うべきですかね…」
「で…ニンゲンのオマエは何してんだよ、マジで」
「私はここを守るのが精一杯ですから…貴方にかかってるんです」
「いや…その…あの…」
ホッドとティフェレトに痛い所を突かれ、うろたえる。しかし、どうしようもない。
今まではメダリオンの力任せに魔導銃を撃ちまくった。
だがそれが反応しなくなった今、体力を削る形での弾供給しか無い。
――フルパワーで行かなきゃ負ける。でもそれじゃ体が持たないんだ
つい…そんな弱音を吐きそうになる。だが、ホッドの言葉で覚悟を決める。
「オマエのオモイ…そのマドージュウにかけたオモイは…そんなもんか?マジで…
ミライをカえるなら、ツッコンでイケ、マジで!」
そうだ…。俺が未来を変えるんだ…。
「はっ!そんな事は分かってる…先に…行くぜ!ホッドはそこで…休んでるんだな…」
ティフェレトの結界を抜け、走る。
「人間代表…なんて柄じゃ無いが…他人の作った未来じゃ…ツマらないからな…。
さぁ…《アポストロフィ》よ…未来を創らせてもらうぜ…」
握り締めた銃には強く強く込められた想い…
その想いは強さとなり、力を与え…銃は光に満ちる。
「なんか知らねぇが…力が湧いてくるぜ…。いい感じだ…。」
前方に迫る敵を撃ち、回し蹴りで弾き飛ばす。
地を踏み締め、飛び上がり、眼下に見据え、渾身の限り撃ち放つ。
そして着地した刹那、結界から短い刀が飛翔し、背中の鞘にハマる。
「うけとれ、しゃぁないでカしてやるよ…マジで。
オマエのセナカのサヤをミたらすぐにワかったよ、マジで。
オマエは『ジュウケンシ』だろ、それにオレはもうスコしキュウケイだ…。
だから…コウエイに…オモってアリガタくツカえよ…マジで……」
「素直じゃ無い人ですね、ホッドも。ヒロキ、ホッドは眠っただけです。
さぁ、貴方の力を…あの2人に負けない程の力を」
ホッドから受け取った刀を抜き、銃を構える。
「ありがとう…ホッド。これでこそ…銃剣士の…本領だ…!!」
その時、空が光り輝き、流星が落ちるのが…見えた…。
「………約束の…言葉?」
パルメリス様はキョトンとして俺を見上げる。まさか…忘れてるんじゃないだろうな?
「あぁ、約束の言葉だ。エルフの長が代々受け継ぐ解放の鍵だ」
「…………………鍵?」
ちょ!半泣きになってやがる!マジかよ!?信じられねぇ!こんな大事なモン普通忘れるか!?
「えーと……やばいなこりゃ……」
「…ゴメン……」
どうする?精霊は既に集まって来てる。こんなの精霊が見える奴が見たら、腰抜けるぞ。
「どうなっているのだ?龍の様子が変だ!」
黒騎士がうろたえる。龍にとってセフィラの外壁が崩れるというのは“昔”を思い出させるのだろう。
1万2千年前に、イルドゥームを倒した時に開いた穴…そしてその穴より現れた異界の存在を…
「パルメリス様、時間が無いからよく聞いてほしい。今は世界律が《世界樹の使徒》に
よって書き換えられている。『物に宿る想い』だ。奴は最初っからビアネスを利用して
アグネアストラを起動させたのさ、世界律を書き換える為だけにな。それがどういう
意味かは解るな?そう、《世界樹の使徒》は責任を放棄したんだよ」
空に広がる亀裂が、空を覆い尽くした時…ビアネス=ヘテスが宙に舞い上がる。
「さっきまでの世界律は『精霊の加護』だったが、その本当の意味は別のところにあった。
それは“あらゆる事象に心を持たせる”というもの、それが精霊だ。今は新たな世界律
と古い世界律全てが混在している状態だ。だからこそ、倒せない筈のアイツを倒せるんだ」
「そっかぁ!龍や精霊達の想いも全部1つにしちゃえば…でも、どうやって?」
ようやく思い出したか…と思ったら駄目だこりゃ!!
「そんなもん俺が知ってたらとっくにやってる!言ったろ?長に代々受け継がれるって!」
ベチッと軽くデコピンすると、また半泣きだよ……チクショーッ!!
∵フハハハハハハハハ!!!さらばだ!と、言いたいが…置き土産をくれてやる!!∵
ビアネス=ヘテスが光の雨を降らせた。数百kmの範囲に渡り、大爆発が起こる。
クソタレが…時間がもう残ってねぇのに!!
龍も精霊も、今の攻撃でかなりの痛手を負ったようだ。このままじゃ…世界はマジで終わるぜ!?
「なっ…流星…!?」
突然、街の方向に落ちた五つの流星に驚く。
「ふむ…恐らくは…」
「龍だ…」
言いかけたクロネの言葉を遮りイェソドは続ける。
「アグネアストラと戦っている誰かが呼んだ…いや、召喚したのだろうな。
上手く行けばもしかしたらもしかするやも知れぬな。」
俺には龍だの何だのは伝説上の話でしか知らないから分からない。
「また俺はおいてけぼりか…」
愚痴りながらも確実に敵を退け数を減らす。それでも尚、広がる母なる者達…
「ちっ…うじゃうじゃうじゃうじゃと…」
一層銃を撃つ手に力を込め、撃ち、受け、斬り刻む。
「しかし…龍が来たとなると…因果律が噛み合わぬな…
いや、もしや…そうか、そういうことか…。
ヒロキ、メダリオンだ!早く!」
クロネが何かに気付いた様ににやりと笑みをこぼし、叫ぶ。
「メダリオンって…さっき力が無くなっ…て…」
しまったメダリオンを取り出すと、それは再び息吹し、金色の光を放つ。
「これなら…いけるかも…
アームド・オープン!メダルスロット!シュート!イリシオン!!!」
唱えしは失われし力の解放、再び放つ金色の毒牙…『イリシオン』。
咆哮を上げるや否や、纏う雷は力を強め、金から紫へと色を変える。
「やはり、共鳴したか…。紫星龍モグホーンと…
ヒロキよ!今の力は、精霊力だけでは無く…龍の力もまじっている。
さぁ…力の限り撃ち放て。紫電の雷を!」
クロネの叫びに応える様に、俺は撃つ…ただひたすらに、雷を。
運命を掴む為に…生死を賭して…
流星煌き、六龍現る。
あの時と同じだ。遥か星海の高みから世界を見下ろしてきた彼奴らが、またしてもその絶大な危機に際して降りてきたのだ。
「ふふ……」
猫は笑った。
「ふふ、クククククククックックックック…………!!!」
例え、親の仇を目の前にしたところで、果たして何者がここまでになれるであろう。――そんな、笑み。
目の前で母を引き裂かれる子供の、最愛の妻を踏み躙られる夫の、子を貪り食われる母の、絶望と慟哭を超えたところにある、そんな笑み。
「クロネさん!?」
足を止めた黒猫の背中に、上空の百足の背に立つヒロキが声をかけてくる。
彼のような若者は、この顔を見なくて幸いだ。見れば、また色々な情が彼を縛るのだろうから。
「イェソド! どうした!? 何故、使わぬっ!!!」
何でもないとヒロキに手を挙げて返し、クロネは横で剣を振るう巨漢に喝を送った。
無表情のまま足を止め、その手に握った巨大な剣をふっと掻き消し、
「バランダム!!」
破壊の音を放つイェソド。
「いい加減にせぬか――――っ!!」
同時に、クロネの右手のカタナも掻き消え、アポストロフィが爆ぜて舞い散る。
その同様の現象に驚きの声を上げたのは、当のイェソドではなく、後ろで見ていたヒロキとティフェレトであった。
「……そうか、使えるのだな。お前ならば」
静かに、穏やかな呼吸の後にクロネを見下ろす身の丈十尺。
「断流・響紋発破(きょうもんはっぱ)という技だ。――そう、剣の技だ。御主の剣の力などでは、断じてない」
見返し放たれた猫の言葉に、母なる大草原が微かに震えた。
『イェソド?』『イェソド?』『イェソド?』『イェソド?』『イェソド?』……………………………………………『イェソド?』
まともな頭であれば割れ砕けてしまいそうな、唱和の漣。
ただ一点、寡黙な我が子イェソドへと、寄せて寄せては儚く候。
『謀っていたのですね? 生みの親たる私を、百万年を共に戦ってきた兄弟達をも……』
この真面目で、誰よりも世界の安定という使命に忠実であった男が手の内を隠していたとは……。
ティフェレトは、確信すると共にうなじに嫌な汗が流れるのを感じた。
そう、彼はアグネアストラ飛翔の際にさえ、剣の力を解放しなかったということになる。――いや、しなかったのではなく、できなかったのか?
……あの世界食らいと己が力を両天秤にかけ、まさか前者の方が安全だなどと考えたのか?
だとすれば、それはどういう……?
『おお、イェソド』
草原が、ここで初めて虚無以外の大きな感情の波を立たせた。
『おお、おお、イェソド……! 清廉で忠実な賢く強い犬のような顔をして、この母を殺せる剣を隠していたいただなんて……なんて、なんてなんて悪い子なの?』
喜び、悲しみ、怒りに寂しさ。言葉では言い表せないそれらが混ざり合ったこれは、母性というべきなのか?
何にしても、歪みすぎている。
ヒロキは気分が悪くなった。まるで、息子を求める淫堕の母だ。
『さあ、それで母を切り裂いて。さあ、それで母を滅ぼして。――さあ、さあ、さあ、さあ、さあ、さあ――――最も愛しき私のイェソド!』
いつの間にやら熱い吐息のようなものまで混ざり始めた、このそよぎに対し、イェソドはあくまでも厳かに答えた。
「……私は、ずっと考えていました。――このバランダムの力に脅え、それでは駄目だと無心に剣の技を磨き続けながら、粛々と世界の秩序を護り続けながら、考え続けてきました」
『…………何を言うの?』
「何故、私は…何故……私達は、使命遂行を妨げるような雑念を持って生まれてきたのか、と」
ティフェレトは目を細め、唇を噛み、アポストロフィは巨体にしな垂れかかるようにまとわりついた。
「私が、私の方が、剣ならばよかった。黙々と振るわれ、何も感じることなく、何にも動じることなく、世界を護る一振りの鋼であればよかったのに、と……!」
自らの根源を搾り出すかのような、苦しみに満ちたイェソドの告白は、草原に虚無を貫く沈黙をもたらした。
この愚かな母は、想像もできなかったに違いない。
まさか、自分と同じ苦しみを、まさか我が子が抱えているなどとは、夢にも思わなかったに違いない。
走る走る。動揺、困惑、驚愕の波――雷よりも、劇的にして電光石化。
爛々とサファイアを絞り光らせる猫。そこに、今其処に、必勝の機を見たり。
街壁の上で風になびく艶やかな黒髪を押さえ、その流人の女は眺めていた。
公国との緩衝地帯である北の荒野を。他の三方のそれよりも広めに造られた北門前広場を。
どこまでも艶かしく官能的な佇まいで、舐めるように眺め回す。
職業病なのかもしれない。一々が性的。そういう仕草が体に染み込んでしまっているのだろう。
たっぷりと、居もしない観客に向けて肢体を見せ付けるかのような間をとった後、女は自らの豊満極まりない胸の谷間に手を差し込んだ。
少しだけ、せわしなく手首を動かし、あっけなく引き抜く。
一体どうしまってあったのか。信じられないことに、彼女の手には巨大な金属の塊が握られていた。
乳房の揺れが収まるのも待たずに、女は淫靡に左の指を動かし、塊を愛撫した。
《チェンジ・スナイプ》
その無感情な冷たい声は、女の口から発せられたものではなかった。
塊の各所が開き、展開する。
ある所は逞しい男性自身のように伸び、膨らみ、ある所は猛禽のように翼状の部品を広げ、それは一個の武器となった。
《ガン・オブ・マギウス=クリシュナ――スタンド・アップ》
そう、それは銃であった。
金で縁取られた濃厚な紫の銃。羽根を広げた悪魔の形と最も高貴な色を兼ね備えた――魔導銃クリシュナ。
この怜悧な声は、銃が自らの状態を告げているものなのだ。
女は、そこから更に愛撫する。
《アームド・オープン》
口を開けるクリシュナ。女が彼女に差し込むべく胸のの谷間から取り出したのは、ガラスの様に透き通った一枚のメダルであった。
――挿入る。
《メダル・スロット=アンヴェセス》
――愛撫する。
《ブリッド=エレメンタル・ケイオス》
そのまま、悩ましげに肩と腰を動かし、構える。
《フル・チャージ》
狙い所は、この大陸に来た時から決まっている。外すわけにはいかない。そのために、確実な瞬間が訪れるのを待っていたのだ。
もう、間もなく。後、ゆっくりと数呼吸の間に、引き金を引く時が来る。
遂行されようとする使命への絶頂を想い、女の肉体は珍しく熱く火照っていた。
クロネのヒゲが、空気に混じった膨大な精霊力のうねりを感じてピンと張った。
ヒロキの銃が、存在を同じくする物の脈動を感じ高く鳴いた。
「クロネさん! ……よくわかんないですけど、これ、多分…近くで別のメダリオンが開放されています!!」
猫、嬉しげに牙を剥く。
……流石也。この絶好の機に、拙者と呼吸を合わせてくるとは……真に以って流石也。
「街壁の上です! ――女の人! あれ……撃ってきますよ!?」
「かまうな。こちらの加勢だ」
「知り合いですか?」
「うむ、拙者の雇った殺し屋だ」
「ぶっっ!!?」
突拍子もない答えに吹き出すヒロキ。
もちろん嘘だが、まあ、大した違いはないだろう。真実を話すのは時間がかかるし、何よりも賢明ではない。今ここで、敵味方に分かれてしまうのは愚の骨頂であるからだ。
「行くぞ!! 次の手ですべてが決まる! 拙者の渾身の撃に、御主の剣を重ねるのだ!」
「え!? 次で!? 決まるんですか!!?」
「応ともさ――――っっっっ!!!!!!!!」
猫が奔る。銃剣士が続く。目を血走らせて、牙を剥いて、殺気の塊となって、時間の止まった草原を駆け抜ける。
目前の滅びを叩き潰し、次なる滅びとせんがため、闇の獣が疾く抜ける。
「……母よ。我らが母よ。貴女が、この矛盾に満ちた生に耐えられなくなったのならば、私は秩序の刃を振り下ろしましょう」
『おお! では――イェソド!!』
いよいよと感じたアポストロフィが、突き抜けんばかりの歓喜にそよぐ。
遂に、遂に世界は――私の体は引き裂かれ、役目を終えて眠りにつくのだ。
永久に永久に、そう、永久に……!
「……ですが、その期待には添えますまい」
『!?』
イェソドの呟きに目を見開いた瞬間、走りこんで来る黒猫の姿が、緑の瞳一杯に映し出された。
『あ……?』
巨漢の剛剣、風を巻き上げ、舞い上げ候。
空中に放り出された十数体の世界樹の使途。猫は、落下するそれらの角度と体勢を一目で測り、最も打ち込むに適した一体を導き出した。
仕上げ候。狙いは一つ。唯一つ。
猫――極限まで捻り、引きつけ絞りて抜き放つ。
アポストロフィは、この地上で待ち構える剣士に、反射的に刃を振るった。
狙いは、その白刃也――――っ!!!
「断流・砕破砕十文字(さいはさいじゅうもんじ)―――――――――――――ぃぃぃいいいっっ!!!!」
真っ向から火花を散らす鋼と刃金。それは、相手の剣を叩き折るために編み出された剣の奥義であった。
片や、数多の龍の血を吸いし、ニャンクス至高の名刀断龍コロ丸=B常勝千年を越えて今、その刃紋に亀裂走る。
片や、生誕より百万余年、天地万物時空心魂を斬る究極神剣コーコース=Bその無敵の果てに、軋みを上げる。
『嘘――――!?』
初めて起こった信じられぬ事に、そして猫の真の狙いに、世界樹は心胆を震え上がらせた。
「続けえええっぇぇぇい!!!!」
「うおおおおおおおおああああああああああああぁぁぁぁ!!!!」
ぎりぎりと噛み合う二振りの上に、もう一振りが、天高く大上段にて振り下ろされる。
イリシオンの背から飛び下りて斬りつけてきたヒロキの剣プロップト≠ェ、コーコースをへし折るべく重ね合わされた。
――更に、軋む。
『馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿なことをお前達は!! これを砕けばどうなるか、わからないのか!!?』
「知るかっ!! けど、お前の嫌がる事なら大歓迎だ!!!」
ヒロキの正直な叫びに乗せたかのようなタイミングで、もう一本の剣が打ち重ねられる。
『イェソド!!? いぇそどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』
バランダムまでもが加わった三対一の剣対剣。
今にも亀裂の入りそうなコーコースを手に、アポストロフィの理性は深遠の彼方へと弾け飛んだ。
――震えた。
世界が、震えた。
埋め尽くす草原の発した悲鳴で、甲高く凍てつきそうな女の絶叫で、世界がひび割れそうに泣き叫んだ。
無数のアポストロフィが一斉に、悲鳴を上げながら、コーコースを折ろうと足掻く三人を捕らえる。
「いけないっ!」
テェフェレトが渋面を作り、彼らの周りに残りのすべての力を注ぎ込んだ結界を発生させる。
母たちは、もう彼らしか見ていない。全力で剣の破壊者を倒しにかかるつもりだ。
コーコースがまさかの危機に晒されたことで、世界樹の防衛本能が母の心を完全に占め出したのだ。
『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜』
草原が狂気の唱和と共に、高く速き流星となった。
余りの大音量に頭が割れそうだが、耳を押さえてはいられない。
両手は、剣を握るためにあるのだから。
クロネ、ヒロキ、イェソドの三人は、その悲鳴に精神を持っていかれないように、肺の中身を搾り出した。
彼らを護っていたティフェレトの結界が砕け散る。アポストロフィの超高速衝突の雨に打たれて数十秒、実に良く保せてくれたと賛辞を送るべきだろう。
無防備な頭上に流星が堕ちるよりも早く、猫は地面に突き立てていた剣を、左手で思いっきり放り上げた。
中空で回転するそれは、眩く輝くアギュモスであった。
自身を溶かしかねない程にまで高められた輝きが、その持ち主の最期の命令に従って解き放たれた。
光の雨が、絶え間なく降り注ぎ、正確にアポストロフィを貫いて焼いていく。
「上手い! ――マルクトめ! 拡散追尾に設定してあったのか!!」
ティフェレトがガッツポーズをとった。
最高火力アギュモスを絶対的多数に対して用いる場合の破壊の形だ。チャージと発動に時間はかかれど、追ってくる光から逃げ切れる者など、この地上には居はしない。
これで、また少しの時間が稼げたことになる。
魂を燃やし尽くす、ほんの僅かな運命の時を……。
母は幼子のように激しく首を左右に振った。
悲鳴を上げ、顔を歪ませ、コーコースを引き抜こうと、もがきもがいて血の涙。
必死なのは、対する三人も同じである。すでに体力は底を尽き、意地と気力で力を込める。
黒猫、ここで剣聖の面目躍如。限界を超えた踏み込みを見せ、四剣の重なりを頭上高くに掲げて候。
――――女よ! 今ぞ! 今ぞ撃てい!!
六本のヒゲに、飛来する精霊力の震えが走る。
街壁上より撃ち出された混沌の塊が、他の三本を抜け、見事の見事にコーコースの刀身に命中した。
大絶叫を超えし、不協和音鳴り響く。
すべての精霊力を織り交ぜ、圧縮させることにより生み出される混沌の絶対破壊弾。規模は違えど精霊獣の必殺のそれと同等の破壊力を受け……遂に、おお、遂に……!
コーコースに、目に見えし痛恨の亀裂――走り、広がる。
この身に、周りのアポストロフィの流星が降り注ぐまで、恐らくは後数秒。
猫、総毛を立たせて乾坤一擲。
ヒロキ、血を吐き散らして雄叫び候。
イェソド、ただ無言にて歯を食い縛る。
アポストロフィ、今、世界に産まれ落ちたが如く狂乱す。
それは、この四者の生において、最も長い、永久にも感じられる数秒であった。
「おい、龍!! 何とかしてくれよ!!」
「これは……まずい!」
リッツさんと黒騎士さんが慌てふためいている。
エルフの長に伝わる解放の鍵……混乱する頭で必死に記憶をたどるも思い出せない。
ある事に思い当たって背筋が凍りつく。龍人戦争で命と引き換えに精霊王を倒した先代の長。
彼に会ったことも無いのに伝わっているはずは無いのだ。伝える前に死んでしまったのだとしたら……。
「……無理だよ、忘れたんじゃなくて最初から聞いてないんだ……」
「!?」
それを聞いてDさんとしか思えないユリウスは力無く崩れ落ち、地面を拳で打ち嘆いた。
「終わりだ……、3回もやってやっと気付いたっていうのに…なんて事だ!」
上を見上げてみると虹色の存在……ビアネス=ヘテスが今にもセフィラの外に出ようとしていた……。
「どうしよう……どうすれば……」
その時。聞きなれた声を聞いた。
〈パルス……パルメリス!!〉
「!?」
霊法師になってからずっと一緒だった文字通り空気のような存在。
〈さっきからずっと話しかけてるのに気付いてくれないんだから!
エルフの長としての使命、今こそ果たすのよ!〉
そうできればどんなにいいだろう。でも……また何も救えない……。
「ダメだよシルフ……僕は約束の言葉を受け継げなかった」
〈それならちゃあんと受け継いだよ!このアタシが!〉
「……!?」
何を言っているのだろう。
〈思い出すなあ、アイツったら偉そうな振りして本当は弱虫で泣き虫でさ、
なのに自分が死ぬなんてちっとも思って無くていつも戦争が終わった後の話ばっかりしてたの〉
「それって……お父さんの事? お父さんの従属精霊も君だったの?」
〈そう。でも命に代えてでも守りたい物があったんだろうね……。
そして最期の時……アタシに約束の言葉を託した。必ず伝えるようにって〉
少し胸につかえていたものが落ちたような気がした。
決して迷わない、世界のためなら自分の命など何とも思わない英雄なんてどこにもいなかったんだね……。
〈その言葉は――〉
∵お前たちと遊ぶのはもう終わりだ!私は還らせてもらう!!∵
そんな……間に合わないの!? そんなの……無いよ!!
しかし、次の瞬間に聞いたのは、ビアネス=ヘテスの驚きの声だった。
∵ぐあっ!? 誰だ!? 誰が邪魔をしている!?∵
ビアネス=ヘテスに光の帯がからみついている。
「どういうこと!?」
空中にまばゆい光が集まる!
そして現れたのは……人間と同じような姿の、それでいて直視するのもはばかられるほど
神々しい存在達!
「マジ!? マジで神様!? うわっ、本当に出てきたよ!!」
なぜか近くの屋根の上でいつぞやの見習い神官が叫んでいたりした……。
って……神様!? 一万二千年前にこの世界に降り立って人間とエルフを作り出した存在。
度重なる聖獣との戦いで力尽きて姿無き存在になった新しき神々……。Dさんが呟いた。
「全ての世界律が混在する今だから……姿を現すことができたってわけか」
『龍よ……貴方達が怖気づいてどうするのです?』
美しい女性の姿をした大地母神メローネの全てを包み込むような声が響く。
『かつて敵だった汝らにそのようなことを言われようとは……』
黒星龍が応えた。
『不思議ですね……我らの子と龍が…それも人間に最も恐れられていた
紅星龍が融合するなんて思ってもいませんでした』
『ああ……今思えばどうしてあの頃我らは争わなければならなかったのだろうな……』
『昔話は大概にしておきましょう。さあ、我らの子に、彼ら自身の手で紡ぐ未来を!!』
そして彼女は僕のほうに向き直って言った。
『守護者の始祖の血を引く者よ……、あの者は私達で足止めしておきます。今こそ約束の言葉を!!』
「はい……!」
世界は終わったりしない。まだ始まってもいなかったのだから。
支配者がその使命を放棄し、この世界は子供が砂遊びをする箱庭では無くなったのだ。
あれを倒した時が本当の始まり。限りなく繰り返してきた悲劇の連鎖を断ち切るのは今!
空に向かって掲げた手に世界中の精霊達が集まってくる。
自然界に宿った想いが、最後に僕たちのために……力を貸してくれるのだ。
「みんな……今までありがとう」
〈そんな顔しないで。これから本当のキミ達の世界が始まるんだから。
アタシ達は聖獣が作り出した幻……精霊王が見る夢だったの。さあはやく!夢が消えないうちに!〉
ビアネス=ヘテスは狂ったように笑いだした。
∵ハハハハハ!! どこまでも愚かな奴らだ…《世界樹の使徒》も貴様らも!
創造主に見捨てられても生き続けることを望むか? 夢から覚めても存在し続けることを望むか?
たとえどのような悪夢でも現実ほど残酷では無い。
滅びを受け入れれば何の矛盾も苦しみも無い世界へ行く事ができるというのに!∵
「うるせーよ!お前!!」
「つまらん負け惜しみ言いやがって……」
そうだね、そうかもしれないね。自分達の手で紡ぐ未来は決して全てが上手くいくわけではないだろう。
それどころか今より酷い事になるかもしれない。でも不思議と信じられる。
何があっても乗り越えていける! きっと…、いや、絶対!!
「僕たちの未来は僕たちが決める!!」
そして、紡ぐ言の葉は解放の鍵!
「――目覚めよ! 生命の樹!!――」
そう、この世界は……生命という名の実がなる樹!
リッツはルールーツの声を聞いた。
『僕は行くよ』
「行くって……どこに行くんだよ!?」
『悪夢を終わらせるために。リッツは消えなくていい……。消えるのは僕の方なんだ』
「消える!?」
『世界は目覚める……。リッツ…、生きて! これから始まる君の、君達の世界を!』
精霊の想い、そして龍の想い……世界中の想いが一つになる。
永遠とも思える数秒、静謐の時が流れる。本当に凄まじい事が起きてる時って案外静かなんだ。
その間、起こっていることが全て見えた……。膨大な力が炸裂する!!
緑を育む大地は黄土。大気を巡らせる風は銀。大地を流れる水は蒼。燃え盛る炎は紅。
「消えるんだ……永遠に!!」
明滅する光と闇。揺らめくは幻、閃くは雷。
いける! そう思った矢先。急に力が抜け、気付くとがっくりと膝をついていた。
意識が遠のいていく。精神力の限界を超えたのか……!?
こんな時にそれは無いよ!! もう少し……もう少しなのにッ!!
∵残念だったな……! 所詮貴様には無理なのだよ!!∵
「くっ……」
その時、僕の手にもう一つの手が重ねられた。純血種では持ち得ない程の力、
それでいて、温かくて優しい力が流れ込んでくる……。
「Dさん……」
Dさんはいつものように自信満々に笑っていた。
「もう一息だ!」
∵な……なんだと……!?∵
「その言葉、そのまま返してやろう! 残念だったな、ビアネス=ヘテス!!」
膨大な生命のエネルギーがビアネス=ヘテスを飲み込む!!
「「これで……終わりだ!!」」
∵ぐわあああああっ―――――!!!∵
今度こそ、本当の断末魔の悲鳴。
∵貴様らは……なぜ……生きる事を……の……ぞむ………∵
力の残滓が消え、世界がゆっくりと戻ってくる。さっきまでとは違う世界。聖獣も精霊ももういない。
「終わった……の?」
「終わったんじゃない。始まったんだ」
Dさんは空を見上げて言った。
空では、何事も無かったかのように星がきらめいていた。
『よくやりましたね……我が子よ……』
神が語りかけてきた。今にも姿が消えそうだ。その前に聞いておきたい事がある。
「待って、まだ消えないで! もう精霊を封じる守護者はいらない……。僕たちはどうなるの?」
しかしその問いが答えられる事は無く……神々の姿は跡形も無く掻き消えた。
「あーあ、消えちゃった」
Dさんが僕の肩を軽く叩く。
「ま、なるようになるだろ」
Dさんのほうに向き直る。
「謝らなくちゃね……。あの頃のこと……それからずっと騙してた事も……」
「もういいんだよ、お互い様だ」
涙が頬をとめど無く伝う。Dさんが帰ってきたことが嬉しくて。
さっきのあの手は、幽霊なんかじゃない。
「Dさん……帰ってきてくれて良かった……どうやって帰ってこれたの?」
本当はどうやって帰ってきたかなんてどうでもよかった。
ただあまりに嘘みたいで、本当に生きている事を確信したかったから……。
『ごめんね…リッツ……僕は行かなきゃ…みんなの所に…』
ルールーツ?お前…まさか!?駄目だ!行くな!!
『君に会えて…本当によかった…』
「ルールーツ!!!」
俺は叫んだ、声が涸れるほどに。ルールーツが何処に行こうとしてるのか、分かったから。
『約束の…時が来たんだ……お別れだよリッツ』
メダリオンが光になって空へ飛んで行く!全ての精霊が集う光の中へ。
そして、その光はやがて世界を包み込んで…
世界から全ての精霊が消えた……
「ルールーツ…ありがとな。俺…生きるよ。俺の世界を生き抜いてやるよ!!」
涙が止まらなかった。どんなに我慢しても、どうにもならないくらいに涙が溢れた。
世界がどう変わったかなんて、ぱっと見た限りじゃ分からない。
でも、きっと変わったんだ。
だから俺も変わる!お前が教えてくれた希望、お前が俺にくれた勇気、絶対に忘れねぇから!!
それに思い出したしな、まだまだやる事が山のように残ってる!!
公国を…絶対にブッ潰すって事が!!!!
「うぉぉぉぉぉ!!!!!」
プロプットを握り締める手に血が滲み、既に感覚が無い。
コーコースの亀裂が広がり母なる者の叫びは最早断末魔でしか無かった。
「ちくしょうがぁ…早く…折れやがれ…!」
クロネとイェソドの顔にも苦痛が浮かび既に限界だった。
――キィィィィィィン!!!!
金属の乾いた音が響きコーコースから光が迸った。
草原に溢れた母なる者の声が体を包みこんだ。
『この世に命が生まれし日より…全てを見守ってきた。
神と呼ばれる龍も、全ての祖としての精霊も、
果ては全能なる可能性を持ち得し人間になるまで、
長く永遠とも思える時間を…干渉し続けた。
それも…今宵、この時で終わった…。我は眠ろう…我が子達を抱いて。』
光は一層強くなり心の中に母なる者の最後の声が響いた。
『全ての生けるものよ。
命を忘れるな。生きるものの命の重みを知る事はケテル(至高)なり。
分別を忘れるな。大切な者を分かる時と別れる時を知る事はビナー(理解)なり。
学ぶ事を忘れるな。全てを認識し優れた知識を持つ事はコクマー(叡知)なり。
愛する事を忘れるな。過ちを許し慈しむ事はケセド(慈愛)なり。
磨く事を忘れるな。己を磨き高みを目指す事はティフェレト(美)なり。
終わる有る事を忘れるな。命には終わりが有り生きる事はゲプラー(恐怖)なり。
誇る事を忘れるな。胸を張り歩み続ける事はホッド(栄光)なり。
負ける事を忘れるな。負けを知り次に生かす事はネツァク(勝利)なり。
道を忘れるな。物事を正しく行い正道を進む事はイェソド(秩序)なり。
生きている事を忘れるな。全てのものの犠牲の上に立つ事はマルクト(繁栄)なり。
さぁ…終わりではない。全ては始まったのだ』
目が冷めた時…夜明けと共に全ては元に戻っていた。
握り締めた銃と剣の感覚を確かめ安堵する。この二つが…俺の道標。
「にゃ〜む…ヒロキよ、大丈夫か…?」
朝日の眩しさに目を細めながら声の主を見る。
「クロネ…アポストロフィは?ホッドやイェソド達は…?」
朝露輝く髭をかき、二本の刀を腰に差している黒猫は…笑顔だった。
「母は…我らの心に還った。そしてその子達もまた…共に還ったのだろう。」
「そう…。あっ!メダリオン…」
銃の傍に落ちたメダリオンは光を無くしただの硬貨になっていた。
「精霊も…還ったんだね。」
探し求めた力を手にした時には、世界を救う事になるとは思わなかったけど…
その力を失ったの代償に、強さと友を手に入れた。
「さぁ…行こうか…Dさんやパルスの元に…」
「ふむ…歩みを止めず…か。」
俺の力を求めた戦いは終わった。ただそれは始まりだった。
「まだ…これからだ。俺の中で全てが始まったばかり…か。」
夜明けの太陽を背にし…Dたちの元へ歩き出した…
「どうやって?決まってるだろ、こうやってさ」
俺は握り拳をそっと開いて見せた。そこにあるのは、豆粒程度のとても小さな光。
「え!?それってもしかして…疾風のメダリオン!?」
パルメリス様は驚きに目を見開く。そりゃそうだよな、精霊は消えた筈だから。
でもコイツだけは、絶対に消す訳にはいかないんだ。俺が“帰る”為にも……
「越えて来たんだよ、時間を…この疾風のメダリオンを使ってな」
闇の巨人がジュリアスを叩き潰した!
「…あ!……あぁ…計画が!!…………修正しなければ……修正しなければ……修正しなければ……!!」
ケセドは狂った様に叫びながら消えていく。再び歴史を変える為、新たな手駒を捜すのだ。
だが1つだけ見落とした事があった。召喚者が死んでいるのに、闇の巨人はまだ存在している事に…
ケセドは自らを滅ぼす計画が狂った事に焦るあまり、ジュリアスが本当に死んでいるか確認しなかったのだ。
ケセドが消えて暫く後、闇の中から現れたジュリアスは溜息をつき、ぽそりと呟いた。
「さて…あれを見つけるのにどんだけ時間が掛かるかが勝負だな」
疲れきった顔だったが、その瞳には揺るがぬ強い意志の輝きがあった。
「久しぶりだな、[風塵]…ってもお前はまだ俺に出会ってなかったか」
眠る男の枕元に立つジュリアス。【サイレンス】で完全に音を消し、そっとメダリオンを盗み取る。
「全部カタが着いたら返すからな…ちょいと借りていくぜ?」
そう言うと、ジュリアスはメダリオンを起動させた。疾風のメダリオンが持つ能力…
レクス・テンペスト
時の法則を越える超加速。それは文字通りの意味を持つ!
「さぁて…後はアイツがちゃんと未来のコレを消してくれてるかどうか、一か八かだ!」
そう、同じ存在は同一時間軸には存在する事は赦されない。
だからこそ、あの男に運命を託したのだ。
ドゥエルに代わってエルフの森に復讐したのも、全てこの瞬間の為だった。
ヒューア・フォン・ヒッター、またの名を十剣者のティフェレト。彼ならば気付いてくれる筈だと信じた。
パルメリスを蘇生させ、ケセドの作る運命に抗う様子を見て、ジュリアスは託したのだ。
「頼んだぜ?ヒューア!」
凄まじい勢いで流れ去る時の中で、ジュリアスは不敵な笑みを浮かべた。
滅びかけた未来を目指しながら……
「ちょ!Dさん!?体が透けてる!!!」
パルメリス様は慌てふためく。あぁ、時間切れか…時の大河が歴史を修復し始めたんだ。
「全く…よく頑張ったな、上出来だ」
そっと優しく頭を撫でてやると既にパルメリス様は涙を目一杯に貯めて、今に泣きだしそうだ。
「やだよ…まだまだいっぱい話したい事があるのに…」
あ〜あ、泣きだしちゃったよ…ったく泣き虫だな、姫様は。
「でもな、俺はこの時代には存在できないのさ。俺を時の連鎖に組み込んだ張本人が
くたばったみたいだしな。それにコイツを元の時間に戻さないと、今が変わっちまう」
そうだ、過去から疾風のメダリオンを持って来たからには、このままにしたら歴史がまた変わる。
「最後の1回分の発動で俺の身体はメダリオンに喰われるだろうよ。そして…
俺は《疾風のメダリオン》としてドゥエルを見守るって訳だ」
「そんなの…そんなの絶対嫌だよ!」
パルメリス様は俺の肩を掴もうとしたが、擦り抜けて転んでしまう。
とうとう実体すら保てなくなったか…ホントにギリギリだったな…
「そんな顔するなよ、俺がここに残ればお前達の掴んだ未来は全部無駄になるんだ」
「…………うぅ…」
埃も掃わず涙でくしゃくしゃになりながら俺を見るパルメリス様を見て、少し胸が痛んだ。
これでお別れだ…結局3回も泣かせちまったな…最後ぐらい笑わせてやりたかったが…もう…
「…俺は……く解放……る………らな…パル………様……元…で…」
もう声も届かない。さてと、そろそろ行くか…俺の役目は終わったしな。
あぁ…最高の気分だ……やっと、やっと終わったんだ………ハハッ、元気でな“パルス”。
さぁ行こうぜ!フィーヴルム、最後の大仕事だ!!気合い入れろよ!?
時を越え世界に縛り付けられ続けた男は、その鎖を引き千切り、自らの意志で最後の時を越えた……
コーコースを破壊する。
それは、同時空においてアポストロフィという存在を無数に存在せしめる楔を引き抜くようなものであった。
数え切れぬほどの中の、たった一振りを砕くだけで時の矛盾は成り、無限の地獄が開かれるのだ。
力尽きて早々に意識を失ってしまったヒロキは、この光景を見ずに済んで幸いであったというべきだろう。
ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、あああああああああああああああああああああああ……!!!!
コーコースを失った一体に、すべての母が吸い寄せられ、ひしめき合い、混ざり合って、まるで心を病んだ子供がかんしゃくのままに筆を振るった画用紙みたいになっていく。
母が泣いた。世界樹の精神が、一斉に、飛べなくなった小鳥よりも空虚に苦しくさえずった。
……嫌だ。これでは死ねない。これでは安らげない。ただ、時の牢獄に繋がれるだけではないか。
全時空から排除され、永遠に時の外の虚無の世界へと追放される。それが、在り得るはずのない同一存在が辿る末路であった。
生きながら、地獄すらも生温い暗く寂しい所へと……。
疲れた母の精神は、喘ぐ亡者の群れさながら、渾然一体となって吸い込まれていった。
ワタシハ、IYADAAAaaaaaa………………。
亀裂が入り、ひん曲がってしまったカタナを納め、クロネは帽子の鍔に手をやった。
「……かくして、母の肉体だけが残り、世界を支え続ける事となったか」
一切の感情を排した淡々とした猫の呟きを聞いてか聞かずか、イェソドは彼方の空へと黙祷を送った。
猫、その岩のような後姿を見て目を細める。
「どうした? 世の秩序とやらは保たれたのだぞ? 御主の、いや、世界中の大多数が最も望むであろう形でな」
「ああ……だが、母の精神は永劫の孤独と無力の虜となった」
「フッ――」
「貴様、この結末を狙っていたな?」
黒猫を見下ろす巨漢の眼光が、一際強く射るように灯る。それは、世界の敵を見るに等しい険しさであった。
「そして、どこへ行く? コーコースの欠片を手に入れ、何を企む?」
破砕の瞬間、電光の如く掴み取った破片を、隠そうともせず肉球の上で弄びながら、猫は黙って喉を鳴らした。
巨大な手が、力なくバランダムの柄へと伸び、
「…………」
途方もなく重い息と共に下げられる。
そう、イェソドに斬れるはずはなかった。剣を持たぬ剣士を、自らが唯一として認めてしまった剣士を、無抵抗のまま一刀の元になど、できるはずがなかったのだ。
「……傷を癒し、新たな剣を帯びろ。またいずれ、俺は貴様の前に立つ」
果たしてそれは、剣士としての決着の時なのか。世界の脅威を止める時なのか。
「次こそは、使うか?」
本人達にすらどのような空の下で行われるかわからぬ――だが、はっきりとした対決の予感を胸に、猫短く、ただ訊いた。
「使わんと誓った」
巨漢も簡潔に、一息で答えた。
彼は恐らく、たった一人となっても十剣者で居続けるのだろう。
不器用に、愚直に、覚悟をもって、世界の秩序の護り手たらんとするのだろう。
……ならば、激突は必至である。
ヒロキが健やかな心地で目を覚ましたのは、残った三人の十剣者が思い思いの地へと飛び立ってからのことであった。
∵ばかな…私は…ワタシハァアアアア!!∵
精霊の、そして想いの光がビアネス=ヘテスを飲み込んでいく!
『我々のセフィラは既に滅びた…。ビアネス、何故貴方はそれを認めないのです』
地母神メローネが悲しげに問い掛ける。その言葉に周りの全てが驚愕した。
「我々の…セフィラだと!?」
黒騎士が呆然として呟く。まるで信じられないものを聞いたといったように…。
『滅びた故郷を後にした移民船が不時着したこのセフィラで、我々は同じ過ちを繰り返さぬよう、
このセフィラの人々に様々な事を教え、与えてきました…。しかし…』
『それを認めなかった我々がいた…という事か』
黒星龍が静かに頷く。人間が神と崇めた存在は、神などではなかったのだ。
異なるセフィラより移り住んで来た来訪者。
異なる世界律によりこの世界の人間とは違う進化を遂げた、同じ人間だったのだ!!
『1つのセフィラに異なる世界律は複数存在できない…故に貴方達は力を失ったのですね?』
紅星龍がメローネをそっと支える。神々はビアネスとの戦いで消耗しきっていた。
∵メローネ=アッシェ…貴様達には……解らぬ…故郷を捨てた…貴様…∵
光はやがて消え去り、ビアネス=ヘテスもそれに伴い消滅する。
その最後の言葉を噛み締めるように、神々は黙り込む。
『彼は、ただあまりに故郷を愛し過ぎた故に己を見失ったのでしょう』
メローネは消え去ったビアネスを想い、静かに目を閉じ祈る。その魂に平穏在れ、と。
『どうやら、時間が来たようだな。久しい地上を楽しめた。我等も空へ還るとしよう』
蒼星龍が他の龍を促す。龍達はそれぞれ頷くと、天に昇っていく。
『忘れないで下さい。私達は空の果てから、皆さんを見守っていますから』
紅星龍であり人間でもあるレーテがパルス達に別れを告げた。龍を受け入れた以上、地上には留まれない。
深紅の翼を広げ、空高く舞い上がるその姿は、やがて小さな光点となり、夜空を流れる星となった。
『我々もこの度の戦いで力を失いました。しかし、人間はもう我々がいなくとも
生きて行けるでしょう。お行きなさい、人間よ…貴方達の作る未来を見届けましょう』
メローネと神々も姿が消えていく。
この世界に存在し続ける為には、少し力を使い過ぎたのだ。
『ありがとう…我が子達…』
女神の声が夜空に響き渡った。
龍は去り、神々は姿を消し、残されたのは半日前までは賑わいに満ちていた街の残骸。
「やっと終わったんだな…」
リッツが両手を上げて大きく背伸びをしながら言った。
世界の危機は回避された、少なくとも今は。
「違うなリッツ、これから“始まる”んだ」
黒騎士はそう言うと、踵を反し歩きだす。
「ん?黒騎士、どこに行くんだ?」
リッツは不思議そうに黒騎士の背中を見て、尋ねた。
「忘れたか?私は公国の騎士で、お前はレジスタンスの一員だ。いつまでも一緒にはいられん」
その答えにリッツの表情が固くなる。その通りだ、共通の敵が現れたが故に共闘した。
ただそれだけの事。
「じゃあ、次に会ったら…」
「当然決着を着けるさ。それまでに死ぬなよ?リッツ」
黒騎士は振り返らずにそう告げると、《ブレス》を発動させて闇へと消えた。
――ライン大河 公国軍駐屯地
「全ては片付いた。南部方面軍はライン大河から撤退。バニスの街まで北上して待機」
黒騎士が士官に指令を出す。その隣に立つロンデル大佐は満足そうな顔でカップを差し出す。
「ご苦労様、ディオール殿。旨い茶が入ったよ」
「メロンティーか?むぅ…確かに旨そうだな。ありがとう大佐、いただくよ」
ティーカップを受け取ると黒騎士は一口飲んで穏やかに笑う。
「今回の件、上には何と報告を?」
「そうだな…ありのままを伝えるのは難しいよ。実際あの場にいたからこそ、尚更な」
黒騎士は残ったメロンティーを一気に飲み干し、ロンデルに言った。
「何にせよ、忙しくなるぞ?今回の件で王国も黙ってはいまいて」
この日を境に、メロメーロ半壊の噂は1週間程で大陸全土に広まった。
人知を超える存在の実在を証明した、この事件をきっかけに世界が動きだしたのだ。
南方大陸を二分する大国、クラーリア王国とドラグノフ公国、両国の激突は近いと誰もがそう予感した……
そうだ、これだけは言っとかなきゃ……!
涙で枯れた声で、時を越えるDさんの背に向かってたった一つの言葉を叫んだ。
「ありがとう!!」
ほんの少しの間だけどDさんの仲間になれたこと、一緒に世界を救ったこと、忘れない。
Dさんが教えてくれた立ち向かう勇気、乗り越える強さ、忘れない。100年たっても、1000年たっても!
そして……Dさんが僕たちにくれた未来……絶対無駄にしない!
「レーテさん……? レーテさんは!?」
気を失っていたレベッカさんが起きたみたいだ。
「空に還ったよ……」
「そ……んな……」
どうやら違う意味にとってしまったようなので慌てて訂正する。
「違うよ、星の龍として……ずっと僕たちを見守ってくれるんだ……」
暁の瞳を取り出し、大好きなあの旋律を奏でる。
時の鎖から解き放たれたDさんへ、紅き星の龍になったレーテさんへ、
そしてたった今始まったばかりのこの世界へ捧げる曲。永遠に受け継がれゆく命の旋律。
その名は“ETERNAL FANTASIA”!!
長くて短かった、嘘みたいな本当の冒険。
満月の夜の出会い。次々と襲い掛かる強敵。メダリオンを巡る悲劇の数々。
出会った本当の自分。生まれ変わった世界。そして……別れ。
エルフの長としての使命、精霊を封じる守護者としての役目は終わった。
これからは、人間と一緒に生きていこう。Dさんが残してくれたこの世界で……。
やがて、フルートの旋律にリュートの和声が重なる。そして……少女の歌声が。
〜♪〜
長い長い夢を見ていた
ずっとずっと探し続けていた
君が道しるべになってくれたから
大切なもの見つけることができたよ
君がくれた希望
両手いっぱいに抱きしめて
どこまでも歩いていくよ
〜♪〜
もしかして……僕のことなの?
レベッカさんのほうをちらりと見ると彼女は悪戯っぽく笑った。
〜♪〜
悲しい時だってあるけど
全てが強さに変わるから
不安なんて笑顔で吹き飛ばせ!
ずっと待っていたこの瞬間
無限の可能性と共に
僕らで作っていく未来
新しい世界が
今こそ幕を開ける!
〜♪〜
またやられた……。僕のほうが何十倍も生きてるのにね。
奏で終えたとき、不思議と涙は止まっていて、空は朝やけにそまっていた。
夜明けの太陽の中から……人間の青年が歩いてくる。
そうだ、僕は一人なんかじゃない。涙の跡を手の甲で拭う。
この姿見たら……腰抜かすかな? そう思ったら自然と笑えてきた。
そして笑顔で、彼の名を呼んだ――。
この世で1番、優しく、切ない風が吹いた・・・
「そうだったのですか・・・普通ならばメダリオンの侵食に人間は2年と耐えられない・・・
なのにドゥエルは7年もの間、耐える事ができたのは・・・彼が守っていたからなのでしょう」
エドワードが一筋の涙を拭い取り、言った。
レベッカの歌声は空を駆け巡り、パルスの笛の音は大地を包む。
風の彼方に消えた1人の男に捧げる鎮魂歌、そして・・・新たなる世界の誕生を祝う生命の賛歌!!
これが後の歴史に聖獣戦争という名で残る事件の知られざる結末である。
そして、この日を境に世界は生まれ変わり、新たな世界が始まった。
だがそれはこの世界だけではなかったのだ。
全てのセフィラは解き放たれ、激動の時代が始まったのだ。これからこそが人間にとって本当の試練の始まりなのだ。
さぁ人間達よ、終わらない物語を紡げ・・・その存在を、その想いを世界に刻むために・・・
そして・・・物語は続く!!
CAST
触角の精霊使い パルス(パルメリス)
酒場のウェイトレス ジーナ
流れ者のD(ドゥエル)
冒険者 ロシェ
紅き龍の巫女 レーテ
東風のエドワード
十剣者 ティフェレト(ヒューア)
砕く拳のリッツ
道化師 チェカッサ
重戦士 ミニャ
フェンリル
見た感じ軽兵士 ハインツェル
黒騎士 ディオール
漆黒のローブを纏いしグノーシス
閃光と斬撃を兼ねし者 ヒロキ
魔弾の射手 リゼル
胡蝶の夢 ファム
猫侍 クロネ
「おーい!そっちの柱はもうちょい右だ右!!」
大工の親方の怒鳴り声が響く。
復興に向けて進み出したメロメーロの街は、再び人々の活気に溢れている。
「ほれ、知ってんだろ?世界の危機を救った英雄の事!」
「ああ知ってるよ、触角の生えた黒猫だろ?」
「……………え?」
CAST NPC
商隊の責任者 キャメロン
聖ルシフェル騎士団の皆さん
水鏡のアンジェリカ
紅蓮のドノヴァン
熱き魂の楽士 レベッカ
灼熱の獅子 ソーニャ
「どりゃあああああ!!!」
凄まじい拳の一撃が、ゴレムを粉砕する。
あの日から早くも1ヶ月が過ぎ去り、リッツは再び公国軍と戦っていた。
「リッツさん数が多すぎですよ!これじゃ押し切られます!!」
レジスタンスの仲間が悲鳴混じりな叫び声をあげる。
「気合いと根性ッ!!そんだけありゃ負けねえ!!!」
「えぇ!!?無茶苦茶だぁ〜!!」
CastNPC
商工評議会議長コリン
メロンジュースのお姉さん
街の人々ABCDEFG...
剛岩のラトル
艶樹のエリサ
葉っぱのジョニー
蠍の爪部隊長 サッコ
狂える銀狼 ルドワイヤン
たった一人、エドワードは荒野を歩いていた。
「ドゥエル・・・私は貴方に教えられましたよ、本当にいろいろと・・・」
自嘲気味に笑いながらエドワードは呟く。遠い空を見上げて、今は亡き友へ想いを馳せる。
「だから私も捜す事に決めたのです・・・私の生きる意味と・・・そして、大切なものを」
荒野に一人佇むエドワードを、何処までも広がる空が見下ろしている。
そう、まだ始まったばかりなのだ。東風のエドワードの物語は!!
CAST NPC
議長補佐官 コンラッド
南部方面軍司令官 ロンデル大佐
執事のボイド
オーウェン伯爵
公王ギュンター・ドラグノフ
復讐の死神 ジュリアス(ユリウス)
「馬鹿な!?陛下は王国と全面戦争をするつもりか!!」
私は驚きの余り、つい大声を出してしまった。だが…いくらなんでも早過ぎる!
メロメーロの件で各方面にまだ混乱が尾を引く中、王国領内に攻め入るなどと…無茶だ!!
「ディオール様、いかがいたしましょう。このままでは…」
ボイドが神妙な面持ちで聞いてきた。
「分かっている、遅かれ早かれ戦争は起きた。ならば仕方あるまい…しかし、気になる」
私はしばし考え込む。確かに混乱に乗じて攻め込めば有利に戦局を展開できるだろう。
しかし、陛下の決断が早過ぎるのは引っ掛かる。
あの件で陛下は幾分か慎重に事を運べと全軍に通達したばかりだ、何か変だ…
私は胸騒ぎを無理矢理押さえ込むと、屋敷を後にした。
向かう先は公王の住まう城、自ら陛下の意志を確かめなければ…
ジュリアスのように何者かが陛下を操っているのなら、それを暴かねばならない!
CAST NPC
至高 ケテル
理解 ビナー
叡知 コクマー
慈愛 ケセド
美 ティフェレト
恐怖 ゲプラー
栄光 ホッド
勝利 ネツァク
秩序 イェソド
繁栄 マルクト
「久しぶりだな…ユフィリス」
草原の小さな墓石の前にしゃがみ手を合わせ小さな花を置く。
顔には幼さの抜けた青年の凛々しさが漂う。
「じゃ…俺は行くぜ?世界を旅して…周るから…」
墓石に背を向け歩き出す。行き先は決まっていない。
「どこへでも行けるさ。俺の進む道だから」
力を求め、強さを知った証が首のネックレスの先で…少しだけ輝いた。
物語の始まりを…告げる様に…
CAST NPC
白星龍 ラハツェン
黒星龍 レプツェン
蒼星龍 ウルヴァン
紅星龍 イルヴァン
翠星龍 オルホーン
紫星龍 モグホーン
森の中を風が吹き抜けていく。あの頃と一つも変わらない風景。
「お父さん、お母さん、もう僕は大丈夫だよ。だから安心して」
そして……誓いを交わしたあの樹の下へ。
「ザナック……君が会わせてくれたの? もしも……もしもだよ?
いつか僕に子どもが生まれたら、その子の名前は……“ドゥエル”だ!」
ああ、Dさんがこんなの聞いたらきっと爆笑するだろうな。
「みんなの分まで生きるから……!」
過去に別れを告げ、歩き出す。
大切な人との思い出を胸の奥にしまい、新しい一歩を踏み出した。
劇中挿入歌
♪環滅の哀歌
♪戦の誉れ
♪眠りの淵
♪悠久を徃く者
♪♪BRAVE HEART
♪♪Shining Tomorrow
♪♪BATTLE ALIVE
♪♪♪Melody of Life
♪♪♪ETERNAL FANTASIA
※Vocalist
♪=レーテ
♪♪=レベッカ
♪♪♪=パルス&レベッカ&レーテ
夜空を翔ける流星、それは星の龍の姿…
遥かな高みより地上を見守る古き守護者達…
〜♪〜
祈り届かぬ果て 深き深淵の渦
巡り巡りて 今一度の
奇跡を願いたまへ
命尽きるるは律 命生まれるは栄
巡り巡りて この人世の
軌跡を描きたまへ
虚ろい 彷徨い いつしか彼の地へ
求めば永遠に 叶ふは刹那に
宿命の戒し 徃き交うままに…
〜♪〜
紅き龍は謌う、久遠の空を翔けながら…
紅き龍は謌う、地に住まう人を想いながら…
SPECIAL SERVICE
名無しさん
――東方大陸中央部、大帝都スメラギ・アウグスタ。
――王城、謁見の間。
今の地上において最も広大で歴史ある帝国の心臓部に、黒猫は足を踏み入れた。
広間を埋め尽くす、屈強の戦士達の間に歓呼の波がざわめき広がる。
「剣聖殿っ!」 「剣聖クロネ……っ!!」
「師匠」 「お師匠様っ!!」 「先生!」 「友よ!!」
「先生! 先生!」 「断龍卿!!」 「隊長!」
その黒い毛に覆われた顔を一目見て、皆が口々に彼の敬称を紡いでいく。
クロネは熱狂の瞳をどこ吹く風と自然体で受け流しながら、玉座へと顔を向けた。
かの視線を遮ってはならぬと、割れる群衆。
謁見の間の最奥に鎮座する存在の気配が、真っ直ぐに、平伏する猫へと導かれる。
『…………』
普通ならば、ここで労いの言葉がかけられるところである。――が、黒猫に注がれたのは声ではなく、圧倒的な存在が生み出す意志の波動であった。
――ただ、大儀であった、と……言葉にすると、そんな風に味気ないものになってしまう、思いの奔流。
「……ハッ」
クロネは短く、この労いの意志に対し答え、顔を上げた。
玉座に在る、彼らの象徴ともいうべき偉大な君主を、平静なサファイアがゆらりと見上げる。
それは、おお、それは――果たして人間と呼べるものなのか?
それは巨大な、頭の頂は大広間の天上にまでとどくのではないかと見える、豪華絢爛たる鎧の君であった。
さながら、鋼の神像とでも……。
神の像が、ゆっくりと、滑らかに右手を挙げた。そう、彼はなんと生きているのだ。
瞬間、広間が沸いた。
爛々と瞳を殺気と歓喜に漲らせ、広間の者達は一斉に高揚の雄叫びを発した。
その中の誰一人として、東方大陸において人間種族とされる姿の持ち主はいなかった。
この王城も、帝都も、大陸の広大な版図もほとんどが、人間のものであるはずなのに……ここに、人はいなかった。
誰も、誰一人として、人間ではなかった。
殺せ根絶やしにしろ聖地を取り戻せこの大陸のように一人残らず人間を殺せ絶滅させろ我らのときを取り戻せ
――東方大陸の人間を絶滅させた、一般にモンスターと認識されるデミヒューマンの大軍勢が、今だ戦乱収まらぬ南方大陸に上陸するのは、この少し後のことであった。
一つのセフィラに、今――最期の戦いの唄が、血と死に狂える戦女神の勲しが、張り裂けんばかりに鳴り響こうとしていた……。
166 :
サスケ ◆E5xojIqhUo :2006/09/11(月) 12:38:05
氏ね
【ETERNAL FANTASIAU ルール説明】
∇基本的な約束事∇
このスレッドは『リレー小説型なりきりスレッド』です。
自分のキャラだけではなく、他の人のキャラも自在に演出する事が可能です。
それ故にスレッドをよく読み、物語を把握する事が最も重要となりますので注意して下さい。
参加希望の人は本スレ全部(第一部過去ログ含む)に目を通して下さい。
また、全部読めとは言いませんが避難所も軽く読んでおく事も大切だと思います。
以上の約束事を、参加する上での最低条件とします。
∇基本用語∇
・PC…プレイヤーのメインとなるキャラです。トリップの使用が前提条件です。
・NPC…ST(後述)が管理するキャラです。当然、自由に演出する事が可能です。
・ST…物語の進行役となる人物です。NPCを管理したり、様々な演出を用意します。
∇スレッド基本ルール∇
『文の書き方は、なるべく一人称で書く(なりきりである為)』
『PCを死亡させるレスは禁止orスルー』
『PC(NPC)のイメージを、著しく壊す類のレスは禁止orスルー』
『変換受け有り』
『どう書いていいか判らなくなった場合、避難所にてしっかりと相談する』
『最低でも6日に1度はレスを投下する』
『長期間不在となる場合、避難所に事前連絡を徹底する』
『6日を過ぎても投下が無い場合、STによってキャラが管理される(一時的処置)』
『名無しさんの投下は最低3行以上の中〜長文のみ採用する(例外有)』
『避難所でのレスもPCになりきってレスをする(補足参照)』
『名無しによる設定の投下は、それぞれのテンプレを使用して簡潔に纏める』
以上の項目が、このスレッドの基本ルールとなります。必ず守って下さい。
∇ルールの補足∇
基本的にレスアンカーやシングルアンカーは必要ありません。
レスの投下に順番や連投の制限はありませんが、場面的に暗黙のターンが発生するでしょう。
その場合、STが避難所で各PCに相談する事があります。
PCの皆さんはなるべく相談に乗ってあげて下さい。スムーズな進行を維持する為です。
避難所でのレスですが、中の人として発言したい場合は〇〇の中の人と名前を書いて下さい。
名無しさんのネタ振りも、他のTRPGより制限が厳しくなっています。
これは今までの本スレから導き出した結論です。どうかご了承下さい。
このスレッドでは一般の名無しさんからアイディアを広く募集中です。
こんなネタどうかな?って感じのアイディアを、以下テンプレに書いてご応募下さい。
応募宛先↓
【物語は】TRPS避難所【続く】
http://etc3.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1153308410/ ※応募の際には、名前欄に設定と書いて下さると助かります。
☆街テンプレ
街名:
所属国家:
人口:人
統治形態:
統治者:
軍の有無・規模:
文化水準:
宗教:
気候:
特産物:
街解説:
☆地域テンプレ
地名:
位置:
気候:
危険度:
出現モンスター:
地域解説:
危険度の目安
A=マジでヤバイ!!
B=・・・・ヤバイ
C=危ないかもしれん
D=普通じゃね?
E=まだまだ余裕
F=安心と安全
+や-によってさらに細かい区分がある
☆モンスターテンプレ
名前:
分類:
危険度:
生息地:
攻撃力:
防御力:
敏捷力:
特殊能力:
モンスター解説:
攻撃・防御・敏捷の目安
A=ありえNEEEEE!!!
B=やべえな…強い!!
C=うお!強ッ!?
D=普通だな
E=ちょろいなwww
F=うはww楽勝なんですけどwwww
☆文化テンプレ
名前:
分類:
解説:
魔法、歴史、アイテム(遺産)、等の区分を明確にするために分類の項目を設けました。
169 :
名無しになりきれ:2006/09/27(水) 12:13:37
目の前には、満天の星空。それを一緒に眺めているのは丁度今の空のような声と
磨きぬかれた美貌、そして誰よりも熱い心を持つ少女。彼女が口を開いた。
「そろそろ教えてくれたっていいんじゃない?何聞いたってもう驚かないからさ」
「ん、何を?」
「とぼけるんじゃないの!何でいきなり女の子になったのよ!?」
興味津々といった感じで聞いてくるが、今まで何回もかわしてきた。
それを説明するには、全部を話さないといけないだろうから。
でも、彼女になら話してもいいのかもしれない。
それに、全部彼女が生れるずっと前…人間の少女にとってははるか昔の事だ。
「分かった、話すよ。でも、長くなるよ?」
全てを語る気になったのは、星があまりにもきれいだったからだろうか。
僕の正体、決して許されない罪、あの事件の裏に隠された世界の真実まで全て……。
慈愛という名の創造主に育まれた一つの世界があった。
ありとあらゆる事象が彼女の思うがままだった。でもいつのことだろう。
彼女は自らの子でありながら無限の可能性を持つ人間に焦がれてしまった。
ついに、彼女は世界を人間に委ねた。開かれた禁断の扉の先には、何があるのだろう。
これは、そんな世界に生きる者達が織り成す永遠という名の物語……
【ETERNAL FANTASIAU】
「……と、いうわけなんだ」
話し終わって、レベッカちゃんの方を見る。彼女の僕を見る目は少しも変わらなかった。
あっけらかんとこんなことを言う。
「ふーん、随分と酷い創造主ね」
「そうだね……。でも、彼女の気持ちが少しだけ分かる気がする。
彼女はきっと人間を愛していた。愛するが故に狂ってしまったんだ……
なーんてね、レベッカちゃんはもう寝なきゃ」
レベッカちゃんはすぐに寝息を立てはじめた。
「……そっか。この前まで普通の人だったんだもん、疲れるよね」
エルフは数日寝なくても平気だったりするので見張りをすることにした。
こういう時は暇なので楽器兼魔法の発動体兼ペットの暁の瞳とおしゃべりしている。
―前から思ってたんだけど…―
「何?」
―無理してるんじゃないか?剣で戦うのは辛いだろ?それにその剣は―
「……」
今思えば、少しだけ年上の剣の師匠に出会ったときから
狂った支配者の仕掛けた罠に落ちていたのかもしれない……。
自由に生きる事が許されない立場だったから、何者にも縛られない彼に焦がれた。
今はいつも身に着けてある一組の剣と盾。昔、彼と何度も打ち合ったものだ。
想い砕け散ったあの日、二度と見なくて済むように地中深くに埋めた。
その時からずっと封印していた剣の技、想い人が授けてくれた力。
今度こそ、正しい道に使おうと心に決めた。
「心配してくれてありがとう、でもね……目を背けるのはもっと辛い。
たとえ全部が罠だったとしても…あの気持ちだけは本物だったって信じたいんだ」
目を背けたら、今までに出会ったすべての人を…何より自分自身を裏切る事になるから…。
そんなこんなで。例の大騒動から数ヶ月。今は住所不定無しょ……もとい、
これでも一応暁の瞳の継承者なので、世界最高の楽士を目指すレベッカちゃんの
パートナーをしつつ、今時流行らない人助けの旅をしている。
この身に刻まれた罪が決して消える事が無いのは分かっている。
それでも、だからこそ一人でも多くの人を助けてあげたいと思うんだ。
「もうすぐハイフォードかあ、思えば遠くに来たもんだ」
次の日。唐突に茂みからウマウマガメが出現したので剣を突きつけて宣言する。
「許せ、ウマウマガメ!お前には貴重な食料になってもらう!」
堅い甲羅には刃の付いた武器は不利。そこで!地面を蹴って身を宙に躍らせる。
空中で反転し、剣先を真下に向け、全身で回転して高速スピンをかける。
「必・殺!竜巻トルネードアタック!」
落下の勢いを利用し、剣をつきたてる。が、しかし!ウマウマガメは神がかり的な動作でひらりと身をかわした。
下手な弓矢も36回打てば当たるという諺があるように、36回に一回起こるか起こらないかの珍現象である。
「うっそー!? 避け…アッー!」
勢いあまってキリモミ状態で落下し、地面に上半身がめりこんだ。
このままでは食用ガメに食われてしまう!何てことだ!やっとの思いで地面から抜け出す。
「さっきから一人で何やってるの?」
レベッカちゃんがさりげなく登場してウマウマガメを持ち上げてひっくり返した!
「すごいよ!? さっき必殺技を放ったらウマウマガメがひらりと…」
「見間違いよ、カメがひらりと避けるわけ無いでしょ」
僕の証言をさらりと流し、レベッカちゃんはあっさり気絶したカメを持った。
「やったね、高級食材じゃない! これは街に着いてから料理してもらおう」
というのもこの前、焔の旋律で火を起こしたら火力が強すぎて食材を消し炭にしてしまったからだ。
まあ食材を持参する客って普通いないと思うが。とにかく。ハイフォードの街まであと少し。
「何故なのだ!?私は本当に無実だ!!信じてくれぇーッ!!!」
薄暗い牢獄の中、私は鉄格子を掴み力の限りに叫ぶ。
「うるせぇよ!この豚がッ!!」
衛兵が槍の柄で私を殴り付け、眉間を直撃した痛みに私は悶絶する。
「明日には貴様は死刑だからな、せいぜい短い余生を楽しめ!」
そう言って嘲笑う衛兵を睨んだ後、私は目を閉じて仰向けに寝転がった。何故こんな事になったのか…
それを振り返りながら……
――半日程前、公王の間
私は陛下に真意を問う為、謁見を取り付けた。
これでも私は公国12貴族の1つ、ライヒハウゼン家の当主だ。陛下に謁見を求めるなぞたやすい事。
少し早めに城へと向かい、詰め所で衛兵達とのんびり談笑して時間を潰していた、その時。
謁見の間から爆発が起こる!!かなりの規模の爆発だ、陛下の安否が気になり即座に転移の《ブレス》を発動させた!
駆け付けた時、既に爆発は収まり瓦礫が散らばる謁見の間に陛下は倒れ伏していた。
「陛下!!」
私は急ぎ駆け寄り陛下を抱き起こす。そして同時に兵士達がなだれ込んで来る。
「「「一体何があったのです!?陛下はご無事ですか!!?」」」
「判らん!しかし陛下はかなりの重傷を負われた!!急ぎ救護の者を呼べ!!!」
私は近衛兵達にそう命じた時、入口から1人の男が現れる。
公国軍元帥、ミュラー・アイゼンボルグだ。12貴族の1家であり、私の家とも親交は深い。
頼もしい友の出現に私は一瞬安堵の溜息を吐く。
しかし安堵は次の瞬間、ミュラーの一言によって驚愕に変わった。
「その男を捕らえよ!陛下の暗殺を企てる逆賊だ!!」
「馬鹿な!!私ではない!何故私が陛下を…ちょ!?離せ!!うわなにするきさまらー!!!」
どうしてだ…どうして私がこんな目に遭わねばならんのだ。
私は国の為に身を粉にして戦ってきたのに……
おのれ…こうなったら私が公国を救うしかあるまいて、陛下にあのような仕打ち…絶対に赦さぬ!!
そして何より……この屈辱……真犯人を見つけ出し、必ずやブチ殺…じゃない制裁するのだ!!!!
ここは鉱山都市ハイフォード、北方の公国領内でも更に北に位置する寒い所。
なんでこんな北の辺境くんだりまでやって来たかって?
答えは簡単、星晶の瞳のミスリル弦を張り替える為。それにあちこちガタがきてるしね。
ファムはチョーキングのやり過ぎだよ…ペグがゆるゆるになってるし、ホールポストも傷だらけ…
最高の楽器が聞いて呆れるくらいボロボロになってるんだもん、直す必要があるでしょ?
世界一の楽士に相応しい楽器は、やっぱし世界一の楽器じゃないとね♪
とりあえず街に着いたらソッコーで御飯にするって決めてたし、手頃な酒場に入った。
『吠える坑道』亭っていう冒険者の店は、1階は酒場で2階は宿になってる典型的な造り。
この店はそこそこ繁盛してるみたい。真昼間からがやがやと荒くれ者の喧噪。
「へぇ…随分と混んでるねぇ。他の店にする?」
穴が開きそうなくらいメニューを見つめる隣のパルにアタシは尋ねた。
「ぇえ〜お腹空いたよ…もうここでいいよぅ」
なんだかなぁ…ホントに元姫様?どう見てもだらし無いエルフにしか見えないよ…
「おい!そこの2人!入るのか入らねぇのかどっちだ!?」
主人らしいオッサンがカウンターの向こうから怒鳴る。当然ながらアタシ達にだ。
「レベッカちゃん…僕はもう空腹で動けましぇん」
「……ったく、分かったからそんな目で見ないでよもぅ。じゃあここで御飯にしようか」
「やった♪ウッマウマガメ〜♪ウッマウマガメェ〜♪」
意味不明の鼻歌を歌いながら、パルは道中で捕まえたウマウマガメを鞄から取り出した。
「それ…ホントに食べるの?」
「もっちろん♪」
「パルぅ〜あんた太るよ?」
アタシは目の前に山積みになった皿と、その山を築き上げた張本人を交互に見てそう言った。
「らぁ〜いりょうふらって(大丈夫だって)へるふはふとらひゃいもん(エルフは太らないもん)」
もぐもぐもぐもぐもぐもぐ…
凄まじい勢いで皿を空っぽにするパルを見て、アタシは少しムカッときた。
アタシだって食べたいのにぃぃぃ!!最近ウエスト回りが気になるからダイエット中…
デザートだってすごい美味しそうだったけど、1種類で我慢した。血の涙を流しながらね。
でもエルフが太らないって本当かな?確かメロメーロには太ったエルフがいたような…
「ラヴィ!2番テーブルに爆裂パスタとマグマスープだ!!急げコラァ!!」
「あぅ〜…ラヴィは料理を運ぶより作る方が得意だよぅ…」
ぶつぶつと文句を呟きながら、小さな女の子がアタシ達のテーブルに料理を運んで来た。
「は〜い、おまちどーさま〜」
そう言って料理皿をひょいひょいとテーブルに乗せていく。歳は10歳くらいかな?
「パパのお手伝いかな?偉いねぇ」
アタシが女の子の頭を撫でてあげようとした瞬間、
「馬鹿なコト言ってんじゃねぇよ!?俺ァまだ独身じゃあッ!!独身貴族なんじゃあ!!」
って怒鳴り声が店中に響き渡る。あのオッサン…耳いいな…フツー聞こえる?
「ラヴィはお手伝いしてないよ?こき使われてるんだお…」
しゅんとして女の子が俯いた。その目にはうっすらと涙を溜めている。
「ちょっと!クソ親父!!こんな小さな女の子をこき使うたァどういう事よ!?」
思わず身を乗り出し、カウンターの向こうにいるオッサンに怒鳴り返す!
「アァ!?どうもこうもねぇよ!ソイツは料理人として雇ったのにマトモなもん作らねぇ
からウェイトレスとして使ってんだ!!ゲテモノ料理で客足遠退いたからな!!文句あるかゴルァ!!」
…ありゃ?何か変なの聞こえたよ?ゲテモノ料理?
「ラヴィのお料理、みんな美味しいって言ってたじゃん!おっちゃんの分からず屋!!」
「味以前に見た目がアウトなんだよテメェの料理は!モンスターが素材の料理なんざ客に出せるか!!」
ん〜…どうなってんの?さっぱり話の筋が読めないよこりゃ…
「あーッ!!ウマウマガメーッ!!!!」
突然の叫び声に、言い争っていたオッサンと女の子がギョッとして振り返る。
もちろん叫び声の主はパルだ。ウマウマガメの事、すっかり忘れてたらしいね。
「ねぇねぇ!このウマウマガメを料理してよ!料理人さんなんでしょ?」
「ちょっとパル、あんたまだ食べる気かいッ!?」
キラキラと目を輝かせてウマウマガメを差し出すパルに、アタシは思わずツッコミを入れた。
大陸有数の鍛冶場として知られる鉱山町、ハイフォードは
戦時体制下の公国領にあっては駐屯軍による直接統治を受け、通りの賑わいにも幾分かの陰りを見せはじめている。
それというのもこの数ヶ月来、衰えを知らぬままに前進し続ける、クラーリア王国の一大攻勢が原因だった。
精霊消滅が、ライン大河を間に挟んで布陣していた王国・公国両軍の混乱を誘った。
川向こうを狙って長弓、バリスタ、大砲の射角を取るため、
河岸段丘の傾斜角測量へ狩り出された霊法師たちが、皆一斉に脱走を図ったのだから無理もない。
どうにか一方が戦端を拓いた後も、斥候と操術探知は魔道師だけでは人手が足りず
軍備においては先手を取っていた公国軍も、地形を活かした精霊術を封じられたため有利性は減じていた。
混乱は続き、終いには、王位継承者帰還の報に士気を鼓舞された王国正規軍が、勢いばかりで初戦を押し切る形となった。
公国軍内部で権限が強い、古参の龍人将軍たちは
久しく経験のなかった敗走による軍団の士気低下を懸念し、慎重を期して後続部隊を待った。
如かして援軍は、潜伏していた反公王派レジスタンスの妨害によって到着が遅れ、
ラインの本軍もまた深く下がり過ぎていたために反撃の機を逃した。
その間にもクラーリアのギルドは、臨時徴用された農民兵数万で傭兵軍を編成、
地方都市の商工組合を起点として兵糧の補給線も確立され、後顧の憂いを絶たれた王国軍は更に勢いづく。
結果、公国の戦線は尽く内地へと追いやられ、方面軍の陸戦主力たる機甲大隊すら半数を失ったと聞く。
私にとっては商売の幅を広げる絶好の機会で、実際今も商談の最中。
「運命の牙」を始めとする民兵組織の水面下の努力によって、
公国領内で地歩を固めつつあった抵抗活動を足掛かりに、商工ギルド下請けで大口の仕事を取りつけた。
しかし子供の使いでもあるまい、本業は往々にして儲けの足りないものと知れる。
だからとサイドビジネスには事欠かないこの町で、小口の注文を当たっているのが今日だ。
寒さは盛りにないにしても、陽のない曇りに午後も遅くは冷え込む土地柄、
戦争にむしろ客足を増やす剣客商売と三流魔道師で混み合う店内には、火酒の瓶が始終行き交う。
町の入り口に程近い『吠える坑道』亭、
店の隅のテーブルに、適当に食べかけの皿を並べて長居しながら、私とゴブリンの小商人は話していた。
「いちいち声を細めるこたあねえよ、嬢ちゃん。
こんな場末で安酒飲む手合いなんざ下っ端もいいところさ。
お国に忠義立てなんかねえ。南方からしょっ引かれて来た徴発兵と、カッペの傭兵ばっかだ」
一言話し終えるたびゴブリンは食器のナイフを滑らせて、テーブルにこびり付いた油汚れをちまちまとこそぎ取る。
人混みの熱気で蒸す店内にも関わらず、彼は革製の分厚い防寒具を脱ごうとしない。
椅子に座っても決して下ろす事のない、小さな茶色の背嚢とか、
顔面を覆う黒い革の目出しマスクと大きな色付き眼鏡が、隠された本当の人相に代わって
やくざ仕事に相応しく、いかがわしい、昆虫じみた印象を彼の宣伝看板にしていた。
ハイフォード亜人集落の顔役「ゴミムシ」が人前で剥き出しにする肌は唯一、
小枝のようにか細く節くれ立った、それでいて恐ろしく滑らかに動く、灰色の両の手だけだ。
「どこまで話したかな? ああ、そうだ。
レジスタンスさんの荷物運びだよ。俺の子分を使ってくれるなあ、そんだけでありがたいけどよ」
マスクの中ではくぐもる筈の声も不思議と、彼の場合は聞き苦しさがない、明朗な喋りとなる。
地声はさぞかし良く響くのだろう――後ろのテーブルに座った、二人の旅装束の少女のように。
相方のエルフが大盛りの料理をやっつけようと、食器をぶつける音、咀嚼音、
騒がしい店内でも取り分け騒がしい彼女の食事に辟易しながらも、私は「ゴミムシ」の話に集中するよう努めた。
「おたくら、スパイ入れるのにガナンの市民カード偽造してるって聞くじゃねえか。
麓まで荷物運んだら嬢ちゃん、俺の分を一枚工面しちゃくれねえかな。礼は出すよ?」
「市民カード? 私の仲介が必要な件で?」
尋ねた。すると「ゴミムシ」はかぶりを振って、
「連中――人間やエルフは、俺たちゴブリンをあんまり信用しちゃくれねえ。
お互い、疑う事も商売だってんだから仕方ないっちゃないんだが……
冷ってえじゃねえかよ、なあ? 連中に武器卸してんのは、メロメーロのギルドが口利きの俺だってえのに。
そりゃ一度は頼んださ、で断られたから嬢ちゃんに仲立ちして貰おうってんだよ。
何、難しいこっちゃない。麓のアジトで偽造屋に直接掛け合ってくれよ。
つまんねえ使いっ走りで失礼するが、子分使っても符牒が合わねえだろ? だから――よ」
ポーズだけ考える風に見せるため、少し間を置いて勿体振ってから、私は答えた。
「現物支給」
ゴブリンはナイフの背で軽くテーブルを叩くと、
「差し当たって、五人分。血印状を用意しとくぜ。必要なんだろ? 証文作るにゃ」
知らないが、頷いた。
「いいぞ、嬢ちゃん。今のご時世、暴力仕事ばかりじゃ儲けにゃならんよ。賢く稼ぎな。
ついでと言っちゃナンだが、他にも悪くねえ話、耳に入れてんだよ。アレさ」
彼がそう言って、私の背後の席ではしゃぐ給仕の少女をそっと指差した。
まだ幼い女の子で、客のエルフから差し出された亀を受け取ると、嬉々として厨房へ駆けていく。
「ウマウマガメ?」
「俺らも時々獲るぜ。美味いよ?
あー、いや、亀じゃねえ。『南』の連絡員。民草じゃねえ、『獅子』だ。俺と市長と、鍛冶場に。
現地の盗掘屋を探してる。それと、あの子供の事。ケチりやがるから蹴ったが、嬢ちゃんに回してもいい。
その気になりゃ俺が『獅子』に通すし、斡旋料の相談は算盤を貸してやる。発つ三日前までにゃ考えときな」
「ゴミムシ」は混雑した店を急ぎ足で、しかし誰ひとりともぶつからずに出口のほうへと消えていった。
今日の仕事は終わり。
私は厨房から聞こえる悲鳴に気付かない振りをしながら、冷めた食事を処理し始めた。
食欲は無いけれど、一日ニ食は少しでも胃に入れておくという普段のセオリーを、ここでも守る。
それに、「ゴミムシ」の話を聞いたせいか、給仕の少女とゲテモノ料理に一抹の興味を覚えていた事も。
魔法文明を生み出した国、そして後世に滅亡したと伝記されている国
―セレスティア―
高度な魔法により生命すらも操れるほどの力を持った国だ。そして今滅びの時を迎えようとしている。
セレスティア国には爆音が轟き粉塵が舞い、建物はその形を崩し遥か下への大地と落ちていく、
そしてその破壊の中心にいるのが後に呼ばれるところの聖獣達、
味わったことのない恐怖を前に全ては裸になる、もちろん俺もその一人だった。
「死にたくない……」
それ出ない、いやそれしか思うとこがないんだよ。
俺は死にたくない、絶対に死にたくない。
しかも、こんな形でなんて、こんな風に滅んでいくなんて絶対に嫌だ、
「だれか…だれか!だれでもいい!俺を助けてくれぇぇええええ!!」
何かに引っ張られる感覚がしたんだ、ほら、こう襟首を掴まれるみたいな感覚。
反射的に目を瞑ったよ、ぐるぐると回される感覚に吐き気を覚えた、
そして引っ張られる感じがなくなって、目を開けたら、
俺は 一 万 年 の 未 来 へとジャンプしちゃってた。
「そりゃあたまげたもんだなぁ」
ボクの過去を聞いていた店主のオジサンはびっくりしている、
当ったり前だ、こんな凄い歴史的な話しを聞けるなんて、ラッキーミドルだよ。
この話しを知っていれば友達への自慢、素敵な女の子へに知識を見せつけられる、
そして身長も5pアップ間違いなし!…多分!
「でしょでしょ?スッゴイっしょ?」
ボクはオジサンにラッキーと言わんばかりに相槌を打つ。
「ああ、お前の頭がな、医者に行くか?」
―ガタンッ!!
心無い一言に椅子からスベリ落ちる、ひりひりしてるお尻をさする。
なんで信じてくんないかなぁ、もう百年間もずうっと言ってるんだよ色んな人に、
「オジサン、信じてくんないの?」
「食い物以外に何か頼んでくれたら信じてやってもいい」
なんてハードボイルドなオジサンなんだ、渇いてる!渇いてるよ!
でも何か頼めっていうならこちらにも最終手段があるんだ。
息を吸い込み少し大声でボクはオーダーを頼んだ、
ウ ォ ー タ ー !!
―ビシュゥゥーーーッ!!
「ほらくれてやるよ」
蛇口の一部を指で塞いでボクの顔にオジサンは圧力がかかった水を吹きかける。
「あぶぶっ、それ違っ…あがががっ!!」
そんなこんなでホームに帰れる手がかりは一向に見つかりませんが、
今日もボクは元気です、
「さぁてと、そろそろ帰るよ」
「当たり前だっ!もう閉店時間過ぎてんだぞタコ!てか普通水かけられたらすぐ出て行くだろ!」
全身水まみれになるまで今日はもう粘るのはダメと分からないボクは鈍いんでしょうか?
「じゃあっ!また明日!」
「明日も来て無事でいたいならツケじゃなく金払えっ!」
ボクは舌打ちをして財布を取り出す、さぁてと、幾らかな?
………………燃え尽きたぜ、ああ、燃え尽きたよ、
「おい、早く払えよ、聞いてんのか?」
「ははは払いたいのは山々なんすけど、どうにもこうも無いものは出せないというか―」
オジサンの強打をベット、罵倒を枕代わりにボクは今日は眠りへとつくことにした、
さあ明日はどんな楽しいことがボクを待っているんだろうか?
そして帰れる日はくるんだろうか?
「ブァカヤロオォォーッ!!!。」
カミナリどーん!!ってな感じの怒鳴り声がラヴィの耳を突き抜けたよぅ・・・・。
「これが料理な訳があるかッ!?いやッ断じてないッ!!!あってたまるか!!!。」
「えぇ〜・・・・料理だょう・・・・。」
ラヴィはちゃんと作ったのに、人食いカブトガニのソテー・・・・かなり自信作だったんだょ・・・・。
「おいしいもん!!食べたら分かるもん!!。」
「分かってたまるか!見た目が駄目な料理じゃあ食欲が削り取られるわぃ!!!。」
おっちゃんは唾を撒き散らしながら、超必死に叫んじゃってる。
料理は味が命だって分かってないなぁ・・・・。
「とりあえずテメェは今日たった今からウェイトレスだッ!!い・い・な!!!?。」
「あぅ〜・・・・。」
こうしてラヴィは料理人じやなくなったんだよぅ・・・・。料理人募集の貼紙見て応募したのにぃ!
あたしの名前はラヴィ、いつか大陸・・・ううん、世界一の料理人になるって決めて旅してるんだ。
でもね・・・お金が無いと旅はできないでしょ?だから、いろんな街で料理人の仕事をしてるんだよ♪
このハイフォードでもラヴィの自慢の包丁を研ぎ直して貰いに来たんだけど・・・・。
高いんだよね、研ぎ代が・・・・。モンスター退治で稼いだお金がいっぺんに無くなっちゃった。
そういえば最近モンスター退治ばっかりで、あんまり料理のお仕事してないなぁ・・・・。
って思ってたらちょうど『吠える坑道』亭で料理人を募集してたの。
・・・・で、たった今ウェイトレスになっちゃいました。
*********************************************
「ねぇねぇ!このウマウマガメを料理してよ!料理人さんなんでしょ?」
キラキラしてるエルフの人がウマウマガメを差し出してくれたよぅ♪
しかもそのウマウマガメ、大きさからして8齢から9齢の最高級素材だょ!?
スッッッッッッッッッゴク料理したいッ!!!!こんな逸品に巡り逢えるなんて!
ラヴィは今サイコーに運が良いよ〜♪♪♪
「あぅ〜・・・・でもラヴィは今ウェイトレスさんなんだよぅ・・・・。料理はできな・・・・」
「 で き る ッ !!!!!!!」
「ぁ・・・・あぅぁ・・・・。」
エルフの人がスゴイ勢いで詰め寄って来たから、ラヴィは思わず逃げちゃいそうになったよ。
「君なら・・・君なら最高のウマウマガメ料理を作れるよ!!!。」
「ちょっと待てーィお嬢ちゃんッ!!いきなり勝手な事言ってもらっちゃ困るだろが!!
ウチは決められたメニュー以外の料理は出さないからな、絶対に!!。」
おっちゃんはガンコだからね、絶対に無理だよぅ。ラヴィの料理を「おいしい」って言っ
てくれた人が居たけど、おっちゃんはラヴィを認めてくれなかったもん・・・・。
でもエルフの人も諦めずに食い下がる。なんでそこまでして・・・・ウマウマガメが食べたいの?
ラヴィには分かんないよぅ、そりゃあれだけの逸品は滅多に見ないけどさぁ、そこまでは・・・・。
「君は作りたくないの!?自分の気持ちに嘘をついてまで我慢しなくちゃいけないの!?。」
ががーん!!
エルフの人の言葉がラヴィの胸に突き刺さったよ!そうだったよ、ラヴィは料理したい!!
あのウマウマガメをサイコーの料理にしてみたい!!
何がいいかな・・・・酒蒸し?それとも豪快に丸焼き?むぅぅ〜やっぱし甲羅は盛り皿にしたいなぁ・・・・。
「ちょっとパル、あまり我が儘は言わないの!そのオッサンは自分に料理の才能が無いからって
あの子に嫉妬してるんだよ。だから絶対に料理させてくれないって。ねぇ?オッサン?。」
「なッ!?ば・・・・バカヤロゥ!!なんで俺がこんなのに嫉妬しなきゃいけねぇんだよ!!。」
ラヴィの頭を撫でてくれたお姉さんがニヤニヤしながら、おっちゃんを煽るように見下したょ。
プライドだけは無駄に高いおっちゃんはアッサリと罠に掛かっちゃったよ・・・・おっちゃん・・・・。
「よぅし!じゃあこうしよう!俺とラヴィ、どっちが美味い料理を作れるか勝負しよう
じゃねぇか!!こんな小娘に宿の厨房を35年間守り通した俺が負ける訳がねぇ!!。」
「よっしゃ!その勝負、受けて立とうじゃないの!いいわよね、ラヴィちゃん!?。」
パチッとウインクしてお姉さんがラヴィに向けて親指を立てたよ。
「よし、それじゃ審査員は・・・・そこのアンタ、よろしく頼む!!。」
おっちゃんがそう言って指差したのは、隅っこのテーブルにいた少し怖い感じのお姉さんだよぅ。
レベッカちゃんは、すっかり年下の女の子だと思い込んでしまったみたいだが
ラヴィちゃんというらしい女の子はおそらく人間ではない。
10歳ぐらいの外見にくるくるの髪の毛、軽やかな身のこなし、そして独特の雰囲気から推測して。
俊敏さや器用さでは人間はもちろん、エルフにも勝る種族、ホビットと見た。
料理人のホビットは聞いたことは無いが彼らの
他の種族の追随を許さない器用さをもってすれば料理も上手いに違いない!
ラヴィちゃんはおじさんと料理対決をする事になり、カメを受け取って嬉しそうに厨房に入っていった。
まず負けることは無いだろう。これでラヴィちゃんは料理人に戻れるし一石二鳥。
あとは料理ができるのを待つだけだ。その時。店の端っこに倒れてる人がいるのに気付いた。
「おじさん、あの人どうしたの!?」
「ああ〜?アイツか、ほっとけ、頭が可哀想なやつだよ!」
決然と椅子から立ち上がる。可哀想な人をほっとくことができようか? いや、できはしない!
「パル……変なのと関わらないほうが……」
レベッカちゃんの制止をふりきり倒れている人の方へ向かう。
「おにーさーん、もう昼だよー」
暁の瞳で全体的に不思議系なお兄さんをつついてみる。が、起きない。
お兄さんにターゲットロックオン。目覚めの旋律、アーリィバード発動!
「おいっ、うちは店内で芸能活動禁止だ!」
おじさんが叫んでいるが気にしない。ものの五秒もしないうちに効き始めた。
まもなくぱっちりと目を覚ます。エルフの魔力を舐めちゃいけないのだよ。
「……ああ〜、今いい所だったのに!もう一回寝るか!おやすみ〜」
手強い!! そう思ったその時!
バシャアッ!! お兄さんにバケツ一杯の水がぶっかけられた。
もちろん巻き添えを食らったことは言うまでも無い。
「何がもう一回寝るかだ!目障りだから出て行け!」
店主のおじさんが空のバケツを投げつけて追い討ちをかける!
「オジサンこれくれるの? やった!」
お兄さんはバケツを持ってすたこらさっさと出て行った。
「うををををを!!バケツ持ち逃げしやがった!!」
おじさんの怒声が響く中、髪から水を滴らせながらすごすごと席に戻る。
「可哀想な人行っちゃった……」
本当なら追っかけたい所だが僕にはラヴィちゃんの料理を褒めちぎるという崇高な使命があるのだ!
精霊が消滅した
この歴史に刻まれるであろう事象が、王国と公国の両陣営に混乱を引き起こし、
学者達が頭をかかえてから早数ヶ月、いま正に大陸全土に激動の時代がやってきている。
始まりは、小国である公国の自国の強化というものだった、
だがそれが過去の遺物を発掘したことと焦りが侵略という手段を取る。
そしてここまでの戦いへと膨れ上がり、今の戦争を作り出している。
王国では農民を兵化することによって戦力を確保、そして王位継承者の帰還に勢い付く兵達、
これに対し、元々小国の公国は広がっていく戦線に兵が回りきらず、受け身に回っている、
そして先月には機甲大隊の敗北に焦った公国は平民を戦争に駆り出し始めた、
おのずと見えてくる勝敗、頭が良い奴ならこの戦いが負けに向かっていることが分かる。
今後は泥沼の戦いになるんだろう、お互いを滅ぼすまで戦い続ける、
もう少し経てばおそらくこの戦いは意味のないものだと全員が気付く、
だが戦争は止まらない、気付いたところでどうにかなるものでもないのが泥沼の戦いだ。
もちろん俺も同じだ、ここまで予想できていながら、なにもできていない。
♪ ♪
〜♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪〜
酒場にラグタイム調のゆったりしたリズムが響く。
俺は今日も知り合いの演奏者とステージに立っている、
少し前、まだ戦争が始まる前は良かった、客も拍手を送ってくれたり、
演奏をただ聴きにくる客もいた……、
だが今は飲んだくれしかいない……ただ酒に溺れに来る奴がほとんどだ、
余裕を失い切羽詰り、そして酔うことで紛らわすことしかできない、
飲めば飲むほど虚しくなるのは分かっているはずなのに、
こうなっているのは何もここだけの話ではない…数ヶ月前の勢いはどこへいったのか、
いま公国ではどこにいっても陰気なものだ、
まだ勝っている分にはいいんだがな。負けているのだからどうしようもない。
演奏を止め俺は相棒であるローラをトランクにしまう、
「行くのか?」
「……演奏を聴いている奴はここにはいない、演奏は置物じゃない。」
他のジャズ奏者もやってられないような顔をし次々に楽器を片付け始める。
俺と同じ心境なのだろう、軍部では旋律士という風にしか見られない。
そしてステージではただそこにあるだけのハリボテだ。
俺達の演奏が存在できる空間はもはや限られたものになってきている。
「いつからだ、音楽がこんなにも矮小になったのは……」
酒場を抜け空を見上げる、昼間だというのに暗い、
雲と黒煙が混ざり合い日を覆い隠している。
「この天気は……まるで公国の未来そのものだな。」
虚しい気持ちを抱えながら、俺は立ち尽くすしかなかった。
185 :
クロネ ◆qN1f4.vM.c :2006/10/13(金) 19:43:47
中央の桜並木を抜けた風が拙者のヒゲを揺らし、芳醇な春の香りが湿った鼻を甘くくすぐる。
天守閣から見下ろすスメラギ・アウグスタ。その絢爛たる様は、流石東方大陸一の都といったところであろうか。
戦乱明けての人々の賑わいもまた、ピンと立てた耳に心地よい。
ただ、どこにも人間種族の姿が見当たらぬというだけで、城の主が変わったというだけで、花の皇都は少しもその美しさを損ねることはなかった。
……それでこそ、尽力の甲斐もあったというものよ。
人間の造った物とはいえ、良い物は良いのだ。ここの占拠を拙者の弟子と隠衆の方々に任せた我ら『八翼同盟』の方針は間違ってはおらなんだ。
まあ、今までのところは……と言うべきかもしれぬが。
…………む、いい日差し。
「先生、何を丸くなっておられるので?」
ニャンクスの本能から、さっそく毛繕いでもと喉を鳴らし始めた矢先に、この春の陽気すら霞むかと思わせる爽やかな声が耳を撫でた。
ごろんと向きを変えて細目で見やると、陽光を受けて煌く鉢金が拙者の視界を刹那奪った。うむ、細目で正解。
「おお、青霧(アオギリ)か。いや、余りにもお天道様が笑顔で見下ろしてくるものでな」
上方で結って背中に垂らした艶やかな黒髪と最高級の黒真珠のような瞳の輝き、東方人種の特徴を備えたこの少年の顔立ちは、まさしく初々しい若武者といった風情であろうか。
これ以上柔いと女々しく見えてしまう絶妙な造りである。
「はははっ、相も変わらずですね。遂に手の届く所にまで漕ぎ着けた宿願を前に、凪の如き平常心。見習いたいものです」
天上の陽にも負けぬ快活な笑みで拙者を褒めちぎる青霧。いや、別に落ち着いてるわけじゃにゃいんよ?
まあ、ちょっと寝るから向こう行けと可愛い弟子を邪険にするわけにもいかず、拙者は表情だけを引き締めて口を開いた。
「ふむ……その口振りでは、随分と急いておるようだな。軍議もはかどっておらぬと見える」
「ええ、御恥ずかしい話で恐縮ですが……割れています」
此奴も一休みにと、ここに足を運んだのだろうか? 四本の脚をたたんで拙者の横に腰を下ろす青霧。
上半身は美しい人間の若武者だが、その下半身は馬そのもの。彼は半人半馬の種族ケンタウロスの長であり、我ら『八翼同盟』を率いる八翼将の一人でもあるのだ。
本来なら数も少なく統制もバラバラな獣人達。それらをまとめ上げて強大な東方皇国を滅ぼし、大陸の覇者にまでしてしまったのは、すべて彼ら八翼将とその直属の部下達のお陰といっても過言ではなかった。
彼ら八人は皆、かの龍人戦争を戦い抜いた英傑であり、個人にて龍殺しを果たし不老長寿の血を飲み干した戦鬼達である。
いつか必ずの聖地奪還を誓い合い、各地へ散った戦友達……。
永き雌伏の時を経て、一つの象徴を創り出し、彼らは集い、遂に悲願は東方大陸制覇という形となって芽吹いたのである。
……そう、ここは足掛かりに過ぎぬ。
目指すは聖地。遥か昔に失われた、遥か彼方の尊き大地。
だがまさか、この地を得てしまったことで、その足並みが狂うことになろうとは……。
250年という月日が、我らの心を変えてしまったのか?
色褪せぬと思われたあの誓いの日のこと。拙者など、今だに目蓋の裏に煌々と…………。
「……先生、今お眠りになられてましたよね?」
「うんにゃ、聞いておるよ〜。んむ、けしからんな。色々と」
「そうですか……では、行きましょうか?」
「……どこに?」
「軍議に、です」
「えー、拙者そんな責任ある立場にないし」
「誰も文句は言いませんよ。そもそも、先生ほどの御方が何もせずに日向で丸まっているのが間違いなのです」
変わったといえば、まあ、拙者も変わってしまったのかもしれぬ。
これも長く人の世を渡り歩いてしまったせいか……ふっ、我ながら、ここにきて優柔不断なことよな。
怒声とともに振り下ろされた握り拳に、地上唯一であろうアダマンテイン製の巨大な円卓が体に響く軋みを上げた。
「とやっ」
衝撃で盛大に舞い上がった世界地図を空中にて掴み取り、錐揉み状の回転を見せた後に、青霧が上げ示した人差し指の上に着地する拙者。
……ん〜〜〜む。
場を和ませるためにわざと大袈裟に動いてみせたのだが、やはり焼け石に水であったか。
千年以上もの長い間、皇国の未来を決める重要な議題を担ってきたここ紅鶴の間に、ぺちぺちと乾いた拍手が虚しく響く。
「青霧様、猫先生は少し丸くなられましたわね。……色々と」
桃色の口元を扇で隠し、人魚族の女王ヒムルカが清涼な鈴の音さながらに控えめな笑みをこぼしていた。お義理にも拍手をくれたのは彼女だけだ。
250年経った今でも変わらぬ慈愛に満ちた――と言いたいところだが、その淡い海の色の瞳によぎるほんの僅かな蔑みの影を見逃す拙者ではなかった。
……まあ、立場が変われば人は変わるものだ。そこに長い年月が加われば、いつまでも一英雄の気分ではいられぬのだろう。
わからぬではない。――が、拙者の胸には寂しさにも似た空洞が広がっていた。
ざっと、円卓を囲む顔ぶれを右回りに再度見回す。
古の文明に祭られた獣神キメラの八枚の翼、その一翼一翼に準えられた将達の顔を……。
徒手格闘兵団を率いるニャンクスの指導者にして我が最愛の友、大僧正ゴロナー・ゴスフェル。
全水生種族(アクアノイド)の代表にして七海を統べる人魚族の偉大なる女王、七海聖君ヒムルカ・クラド・マーキュス。
昆虫種族クラックオンの筆頭戦士、灼熱の溶岩を糧とする黒き甲殻の殺戮者、煉獄の志士スターグ。
あらゆる翼持つ者の支配者、史上最も天高くして苛烈なるハーピーの歌姫、空魔戦姫リリスラ。
爬虫類種族リザードマンの祭司長、空前絶後の魔術の使い手、大祭司ザルカシュ。
犬種族コボルトとノールの覇者にして隠密集団『隠衆』の長、失われた秘伝を受け継ぐ最後にして最強の忍者、影帝ゴウガ。
獰猛な巨大種族の手綱を取るミノタウロスの王、拙者を始めとした万人が認める地上最強の重戦士、大将軍ギラクル。
そして拙者の足元に佇む凛とした若武者、草原を駆ける偶蹄種族の裁定者、天弓神槍アオギリ・コクラク。
皆、拙者と共に戦った誇れる戦友達である。
歴史の闇に埋もれた真の勇者達である。
だが、東方大陸の統一に従って一同に会した我らの間に走ったのは、敵意にも似た違和感であった。
何人かは、確実に変わってしまった。
まあ、この250年を飄々と旅の空で生きてきた拙者と、この大陸を統べる身の上となった彼らとの今までは確かに違うものであったのだろう。強かに変わらずにはおれなんだのやもしれぬ。
そう、例え友情が失われようとも、あの日の誓いだけが色褪せなければ、それでいいのだ。
それなのに……。
そんな拙者の切ない思いとはまったく関係なく、円卓を取り巻く空気は淀み、我欲に塗れた言葉が広間を飛び交っていた。
……お前ら、いくらなんでも変わりすぎでござろう。
「いやぁ、ラッキーラッキー」
バケツを片手にスキップしながら町を進む、このバケツは、
『吠える坑道』でオジサンから譲り受けた友情の証なのだ!
しかし、お金のないボクにご飯を食べさせてくれただけではなく、
バケツをくれるなんて、ああ、友情とはなんと素晴らしいのだろうか。
本当ならばお礼を言いに戻りたいのだが、友の洗礼と激励を無駄にするわけにはいかないもんね。
ボクはリュックから紙の束と羽ペンを取り出し歩いた場所を図で書き込んでく。
要するにマッピングという地図を作る作業みたいなもん、
ボクがこれをするのは浅いか深いか分からないワケがある。
むかーしむかしのこと、知らない場所に放り出されたおじいちゃんことボクは、
地図を持ってなくて自分がどこにいるか分からず途方にくれていた、
そしたら閃いた、なかったら自分で作ればいいと、なんか本末転倒な感じだけどそれからずっと地図を作っているそうな。
作業も一通り終わり、今まで書いた地図を見ていく。
紙とはいえこれだけ枚数があると凄い量になる、ここまでくれば感無量の域。
何かを成し遂げたような充実感を余所にこうるさく近くで噂話をしている人達がいた。
「この前聞いたんだけどよ、ジャジャラ遺跡でなんかあったらしいぜ」
「あそこといえばよく財宝だの秘宝だの聞くからなぁ、お前のいう『なんか』ぐらいいくらでもあるだろ」
俺は話しを聞いていてがっくりする、遺跡といえば古代文明に通じている。
だけど大抵の遺跡自体が古すぎて形骸化している、
俺には歴史的価値しかないガラクタのような秘宝も財宝も必要じゃないんだ。
「そういうことじゃないんだって、なんか遺跡自体が生きてるとかなんとかって、
昔と違ってなんかちゃんと遺産が動いてるとか、」
「そ、それは本当なのか!!」
思わず俺は噂をしている男の方の肩を強く掴みゆさぶる。
「だ、だれだよお前」
もっともなセリフだが今は答えている余裕はなかった、遺跡のことについて詳しく知りたい。
それだけが俺の頭の中を支配してる、でもそれも仕方ないだろ?
だって、もしかしたら、遺跡に何らかの力があるのなら……
帰れるかもしれない。
「頼む!遺跡がどこにあるのか教えてくれ!頼む!この通りだ!」
地面に頭が付くぐらいの土下座をして俺は頼み込む。
その必死さに同情したのかは知らないけど男から色々なことを聞けた。
「ありがとう!これはほんのお礼だ!受け取って!」
「いるか!そんなもん!」
バケツを男の頭に被せてあげたんだけど、どうやらお気に召さなかったみたいだった。
「さあ!目指すはジャジャラ遺跡!そしてゲットバックホーム!」
男にバケツは被せたままで俺は走る、今まで終わりそうで終わらなかった長い旅が終わる、
俺はそんな予感がしていた……
おかしい、前に進まない、ホームまでもう少しかもしれないのに。
なぜ?もしかして、神はボクを邪魔するというのか、
「やっと見つけた、さあ吠える坑道に戻ろうか、」
後ろで声がする、振り返ると大男に襟を掴まれていた、通りで進まないわけだよ。
「ど、どちらさま?」
「あの店主に頼まれたもんだよ、無銭飲食野郎を連れ戻してくれって」
……旅は……やっぱり終わらないかも。
ただ待っとくのも暇なので“3分クッキングのテーマ”で応援してあげましょう。
すると厨房からおじさんの怒鳴り声が聞こえてきた。
「その気の抜ける曲はやめろ三流笛吹き! 大体店内で笛を吹くなと何度言ったら……」
「そんなことないよぅ。だってラヴィはすっごく調子いいもん!」
「おまえの意見は聞いてない!」
おじさんの怒りメーター急上昇。
「どんな環境でも料理を作れないと一流の料理人とは言えないわねぇ」
「うおおおお!!お前ら少しは黙っとけええ!!」
レベッカちゃんの言葉がとどめとなりおじさんプッチーン!
どう考えてもこのおじさんはキレすぎである。こんなんじゃ長生きできない。
バトル勃発かと思っていると、ドアが開いてどこかで見たことあるような人が入ってきた。
「マスター、冒険者の募集を頼みたいんだが……」
そこまで言って店内の状況を認識する。
「相変わらず賑やかでなによりだ」
「俺は静かでムードあふれる店を目指してるのにこいつらが勝手に騒ぐんだよ!!
何?こんな辺境で冒険者の募集?」
「そうだ。出来ればそこそこ強そうな奴がいいんだが」
「じゃあそこの暇そうな笛吹きとリュート弾きみたいなのは論外だな……」
その人はこっちの方をちらっと見た。
「うーんちょっと無理……んあ!?」
「あら、キャメロンさん? 久しぶりー!」
レベッカちゃんが人懐っこい笑顔で手を振る。
「ライラック商会の……レベッカ!? なんでこんなところに……」
「聞いて驚け、アタシ冒険者になったのよ♪」
キャメロンさんは狐につままれたような顔をした。
「いや、冒険者になったって……この前まで普通の街人だったんじゃ……」
レベッカちゃんは構わずに続ける。
「そうよ〜。でもベテラン冒険者と一緒だから平気」
僕は適当にごまかし笑いしながら会釈した。
「あはは、どうもー、レベッカちゃんの相方でーす」
「お、お前はまさか…!?」
やっぱりバレたか。キャメロンさんは哀れむような目で僕を見つめるのであった。
「うう……そうか、凄腕の霊法師だったもんな……」
キャメロンさんは再び店主のおじさんのほうに行って小声で話す。でも残念、エルフには聞こえてる。
「いくらなんでも一般人あがりとショックで女装趣味に目覚めてしまった
哀れな元霊法師のコンビに頼むわけには……」
そうきたか! そう思ってもらっといた方がいい。
キャメロンさんは普通の感性を持った人なのでそうでも思わないと発狂しそうだ。
「そうか……。はあ。何でうちの店には頭が可哀想な人が集結……そうだ!!」
店主のおじさんが頭が可哀想な人つながりで思い出したらしい。
「無銭飲食したあげくにバケツ持って逃げた奴がいるんだよ!
依頼受けさせて払わせるから探してきてくれないか?俺は今手が離せないからな」
「無銭飲食!?けしからん奴だ!よし、探してきてやろう!!」
商人にとって無銭飲食は許せないらしい。キャメロンさんは意気揚々と探しに行った。
それにしても何の依頼だろう? まあいいや。ウマウマガメ早くできないかな〜♪
またしてもアダマンテイン製の円卓が大きく拉ぐ。
しかし、よくもっておるな。さすが皇国の結束の象徴として神匠の手によって造られただけのことはある。
「だぁっっから……何べん言やあ気が済むんだっこのクソ虫野郎がっっ!!」
……まあ、時間の問題かもしれぬが。
先程からリリスラの奴めが引っ切り無しに意匠を凝らした刺青の入った細腕を叩きつけておる。
「その耳は飾りか!? あん!? 鼻の穴じゃねえのか!!? そんでもって頭は空っぽか!? おお、フンコロガシ!!?」
この娘、昔からお世辞にも品があるとは言えなかったが、今程に粗暴極まってはおらなんだような……。いや、確かに美人だが、これで歌姫とは恐れ入る。
しかも以前と比べ腕力が物凄い。連続の十数撃目して、ついに数十トンの円卓の端が持ち上がったのだ。
よもやこの場にこれの下敷きになる間抜けはおるまいが……いやはや、これでは有翼種族に同情の念を禁じえんな。
「落チ着ケ、聞ク耳ヲ持タヌノハ君ノ方ダロウ」
倒れ掛かる円卓を、組んだ姿勢から無造作に伸ばした右足の一本で止め、昔と変わらぬ無機質な声でスターグが言った。
あれだけの罵声をを浴びてなお冷静沈着、泰然自若たる様は、まさしくクラックオンの大英雄に相応しいものだ。
――が、
「私ハタダ、過去ノ誓イヲ果タサネバナラヌト言ッテイルダケダ。一刻モ早ク、ナ」
その石頭ぶりは、昔の頑固者とからかえた程度のそれではなく、一種病的なまでに一途に凝り固まった性格となっていた。
「っっっっから、すぐになんてぇのは無理だっつってんだよ!!」
スターグの頼り甲斐のある足を支えに辛うじて縁でバランスを保っていた円卓に、リリスラの激情の蹴爪が叩きつけられる。
まるで裏表でも当てようかと誰かが投げたコインの如く、高速で回転する大陸の至宝。
「誓イ、約束、誇リヲ持ッテ他者ト交ワシタソレラノ成就ハ、何ヨリモ優先サレル」
巻き込み式の立派な虐殺鈍器と化したそれを、座ったままからの見事な足捌きで受け止め、更に加速をつけた逆回転にて返すスターグ。
「下のモンはウチらとは出来が違うんだよ! こんなペースじゃ十分の一もついてこれねえだろうがっっ!!?」
まったく同じようにして、リリスラも極悪回転円卓を返す。
「ソレデ充分デハナイカ。我ガ同胞ノ勇者達ハ誰一人トシテ欠ケルコトハナイ。君達ハ後方支援ニ徹シテクレレバイイノダ」
スターグまったく声を荒げず、これを倍にして返し返す。
「ハッハー!! 結局は独り占めか! 本音が出たな!!? ええ、オイ!!!?」
更に更にリリスラが……と、これはまるで独楽の打ち合いでも見ているようだな。
技以上に常軌を逸した筋力が要求される応酬だ。拙者には到底できぬ芸当である。
まあ、する気もないわけだが……うん、腕を上げておるなあ……その点だけは結構結構。
「まあ、終始この通りですが……この御二方はまだわかりやすくて気持ちが良い方です。問題は――」
「うむ」
拙者を下ろして苦笑を漏らす青霧に皆までは言うなと、顎に手をやり頷く拙者。
見れば、この騒ぎをまったく無視してヒムルカとザルカシュが何やら小声でやりとりをしている。
耳を立てて聞いてみるに、各種族への土地や資源の割り当てから複雑な条約、果ては細かい交易品の約束事までを取り決めているではないか。
大陸を納める程の大所帯ともなれば、決して見過ごせぬ実務的なあれこれではあるが……他の皆が生粋の武人なのをいいことに美味しいとこ取りをしてるのがありありと見えてしまって……中々に気分の悪いことよ。
ゴロナーとゴウガも密談中。この二人、拙者を超えた超感覚の持ち主であるものだから盗み聞きは困難至極。まあ、有体に申して不可能でござるな。
そして、余りにも静か故、その巨体にも関わらず誰の注視も浴びぬギラクル殿。
……この御方の佇まいは賞賛抜きに悟りの境地だな。今となっては万に一つも勝てる気がせぬわ。
そう、これら史上稀に見る猛者達を黙らせ率いることができるのは、この地上に彼を置いて他にはおるまい。
だがしかし、早々に匙を投げた拙者の熱い期待のこもった眼差しを受けても、ギラクル殿は一向に瞑想を解く気配を見せぬのであった。
…………あ〜、煮干しが香ばしい。
「そ、そんなに引っ張んないでよ、服破れちゃうだろぉ」
「お前な、一応犯罪者なんだぞ?分かる?無銭飲食なんだから」
半分体を引きずられながら『吠える坑道』に向かう。
あーあー、やっとこさ過去に帰れる目処が立ったかもしんないのに、
なんでこんなことに、あのバケツは友情の印ではなかったのだろうか?
「ところでお前、なんでそんな変な格好してんだ?」
「変じゃない!このすっばらしく格好いい服装が変なわけないっ!」
「本当に『吠える坑道』には変人ばっかり集うらしいな」
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「さあ、連れてきたんだが、」
店に入るとすぐ厨房にオジサンの顔が見える。
「またあったなオジサン、別れの時だ」
ダッシュして逃げようとするが男に首を掴まれて身動きできない。
しかも
オジサンはこっちを見るなり勢いよく包丁を投げてきた、
「このキチ○イ野郎!ヘラヘラしやがって!まずお前を三枚に下ろしてやろうか!?」
更にもう一本包丁持ったオジサンにすごまれてはもう何もできないよ。
仕方ないからここは一端大人しくするしかない、優秀な男は逃げ時もちゃーんと見極めるものなのだっ!
「でもさ、本当にお金がないんだよ、これは本気でっ、」
消え入るように呟くボクに哀れみを抱いたのかボクを連れてきた男が肩に手を置く。
「ああ、その点なら心配ないぞ……、ちゃんと仕事がある、あと一つ聞いておくが、冒険者だよな?」
男の質問の答えを考える、これはもう明らかにただ働きということになる。
しかも冒険者か聞いてくる時点で厨房の手伝いや皿洗いよりハードに決まってるんだ。
そしてボクの思考回路はすぐさま答えを出す。
「いや、ボクは戦えもしないし体に自慢できるとこないんだ、むしろ弱い。
護衛どころか足手まといになっちゃうかもよ。」
この言葉を聞いて困る男、可哀相だけど、まだ皿洗いを一週間かそこらやって
遺跡に向かった方がいいってもんだよ、それに実際ボクは戦い好きじゃないんだもん。
「ところでどういう仕事なの?」
飲み物を飲みながら(もちろんお金は持ってない、)ボクは男に聞く。
どうせハードに決まってるだろうけど一応こういう事を聞いておくのがせめてもの情けだと思う。
「いやなに、ジャジャラ遺跡の調査を頼まれて……」
―ブフッー!!
思わず飲んでいたものを拭く、向かい側の触覚ついたよく分かんない女の子にぶっ掛けたのは置いておいて。
なんというご都合主義!まるで童話のような展開に唖然としちゃったよ。
「あ、あのそれは本当?」
「ああ、だがあそこは危険だからな、あんまり志願者も集まりが悪くて……」
「行くよっ!行かせてもらう!いつ?今すぐでもいいよ!というかもう行こう!」
畳み掛けるような『行く』の連呼に男は耳を塞ぐ。
「そんな今すぐにいけるわけないだろ、落ち着け、というかお前は弱いとか言ってなかったか?」
ふふふっ、この言葉を待っていた、オレは勢いよくテーブルに乗り出しポーズを取る。
「ある時は食い逃げ常習犯、またある時はひ弱な冒険者、はたしてその実態は!?」
みんなが呆気に取られているのを無視して進める。
「そう、過去から来た超絶コマンダー!ハイアット:スタングマンとはこのオレだぁ!」
静まり返る『吠える坑道』、みんなオレの正体を知ってきっと驚いているのだろう。
ふふふっ、完璧、落ち度はなかった……今回はちょっとキマりすぎだね。
「やっぱいいです、他の人を探すことにさせてもらう。」
なんじゃそりゃぁぁぁあああああ!?
ふと視線を感じて横を見てみると、歴史的料理対決の審査員に抜擢されたラッキーガールが
この大騒ぎにもかかわらず無表情でこっちを見ているのだった。ちょっと怖い。
笑えばレベッカちゃんみたいに可愛いだろうに!
☆☆☆数十分経過☆☆☆
キャメロンさんが不思議なお兄さんを連れて戻ってきた。
そのとたんに信じられない事が次々と起こった!
おじさんの目がキュピーンと光り、その手から放たれた白銀の刃が閃く!
要するに包丁を投げたんだが…なんというスピード、なんという正確さ!
このままではウマウマガメどころの騒ぎではなくなり、明日には
“吼える坑道亭の店主、無銭飲食男を殺害!”というビラが配られてしまう!
でもそうはならなかった。そう、何より信じられなかったのは
近距離で放たれたおじさんの必殺技を何気ない動作でよけたお兄さんの方。
審査員の方を見てみると相変わらず冷静だった。
その後、今の殺人未遂は無かった事のように話は進められた。
このお兄さんは本当に貧乏らしく、服を買えないから変な服を着ているのだろう。
「いや、ボクは戦えもしないし体に自慢できるとこないんだ、むしろ弱い。
護衛どころか足手まといになっちゃうかもよ」
今の動きを見たら分かる。これは絶対嘘です。
「ん……甘い……」
ぼーっとしていると顔にレモンスカッシュを吹きかけられてしまったので
お礼にオレンジジュースをかけてあげようと思っていると……
お兄さんは軽やかな動作でいきなりテーブルに飛び乗った!
僕は唖然としていた。それは他のみんなも同様である。
もう何度もやっているのだろう、洗練された決めポーズに、決めゼリフ!
そしてそして、二つ名は“過去から来た超絶コマンダー”!!
竜巻トルネードアタック並みにかっこいいネーミングセンスだ。
ただキャメロンさんはこのあまりのセンスについていけなかったのである。
「この人普通じゃないわね……」
レベッカちゃんがぽつりと呟いた。
「うん!普通じゃなくナイスだね」
「どこがだ――ッ!?」
レベッカちゃんのツッコミが店内に響く中、ラヴィちゃんとおじさんが厨房から出てきた。
満を持して完成したようだ!!
「負けないもん!」
「こっちこそ!」
二人は視線の間に火花を散らしながら審査員の魔法少女のテーブルに料理を持っていった。
こっちの状況は見えていないのか、はたまた見えていても気にしている場合ではないのか。
この期に及んで冷静沈着な魔法少女といい、かなりシュールな光景である。
「とりあえず降りてきなよー」
僕はテーブルの上のお兄さんに声をかけた。
しばらくして私は、とうに冷めていた料理の皿を諦める事にした。
例の対決料理が運ばれてきたし、
店主から頼まれた審査の基準に、作り置き料理の味を含めては不公平だからだ。
立ち上がり、まずは偃月刀と荷袋を掴んで、発端となったウマウマガメの持ち主たちのテーブルへと、そっと席を移す。
無銭飲食から連れ戻された男と、銀髪エルフの酔狂で静まり返った店内では、
身動きひとつすら物音を立てないようにと、つい慎重になってしまう。
「料理対決の審査員さん? よろしくぅ。
アタシはレベッカ。あのコのためにも、公平な評価で頼むね」
グラスを掲げて微笑む短髪の少女に軽く会釈を返し、運んできた荷物を下ろすと、槍を取りにまた元の席へ戻る。
吟遊詩人だろうか、彼女は空いた椅子にリュートのケースを置いていた。
彼女がはおった上着は長旅のせいか擦り切れ、埃っぽかったけれど、革は安物のなめしでない。ズボンも。
服のあちこちに打たれた鋲や、ポケットからぶら下げた銀細工も黒ずんではいるけれど、物は良い。
僅かな間での見立てなので当てにはならないが、これだけでもおおよその職種はうかがえる。
相方は笛を吹いていた、たぶん呪歌手――「冒険者」。
槍を担いで来た私に人懐こい笑顔を向ける少女だが、私は冒険者を信用しない。槍を置いた。
最後に料理皿を取ってきて、新しい席に着いた。
冒険者など、私に言わせれば単なる山師だ。
彼らが英雄だったのは遠く昔、おとぎ話か詩人の歌の中だけ。
洞窟のドラゴンを屠るには、伝説の剣士に頼るまいとも、
訓練された兵隊と腕の立つ魔道師の幾らかで事足りてしまうというのに、
巡礼の騎士を気取る時代錯誤は純粋だが愚昧な童心。私の眼にはただ醜く映る。
それでも害獣駆除の人手には、そういった流れ者やごろつきが適任だったし
田舎町では未だ根強い英雄信仰があって、冒険者の需要も少なくない。
こと戦争に関しては、何の物種にもならない連中だけれど――
「パル……だからアブナイのには関わるなって言ったのに」
「えー、その、だって暇だったし。料理来るまで」
レモンスカッシュにまみれた相方を見て、レベッカがぼやく。
「失礼?」
「あーあー、コレ連れね、『元』霊法師のパルス。エルフの。腕は立つんだけどね……変わり者で」
銀髪に、間の抜けた触角を突き出したエルフは尚もテーブル上の男へ声をかけ続ける。
私はわざわざテーブルを移した理由が、例の恰幅の良い商人風の男にあった事を思い出す。
「遺跡」
「依頼の? うん、知り合いが募集してるみたいなんだけど、ちょーっとアタシらにゃ荷が重いって」
「鉄砲玉じゃないですか?」
「でも、報酬は正直な人だから」
「死んでしまえば、稼ぎも何もあったものじゃないでしょう」
「さあねぇ。アタシは頼まれる側、アッチは頼む側。
手に負えるものは引き受けるし、負えないものとは関わらない。そういう世界なんでしょ?
アタシもまだまだトーシロだから、偉そうな言い方出来ないけどさ。アンタ、冒険者?」
一緒にされては困る。適当に笑顔を繕って答えた。
「いえ、戦争屋」
「傭兵さんかぁ」
「盗掘は遠慮するべきでしょうか」
まともな人間ならあんな依頼、遠慮するに決まってる。
せいぜいが金銀財宝を掘り当てても、喜び勇んで地上に戻れば公国の騎竜部隊がズラリ、だ。
件の料理に手をつけた。
店主の皿は牛の薄切り肉のソテーで、見た限り材料は上等だし、実際口に運んでみても、火の通りは申し分ない。
ソースも――勝負に躍起になって、高い葡萄酒を開けたのだろう――きっと、悪くない出来。
悪食の私でも、店主の腕の程は口上に相当と思えた。亀の皿を試すまでは。
「ラヴィ」の皿は二枚。
甲羅を器にしたスープと、もう一品は身を酒蒸しにしたのだろうか。
スープを一口飲んで、食欲減退中にあっての口当たりの良さに驚いた。
程好い塩味と、後に残る風味は恐ろしく上品な作り。
二枚目の皿は亀の、スープに使わなかった部位らしいが
少々乱暴な盛り付けに反して、スープ以上に上品な味付け。そこいらの田舎料理とはまるで違った調理をしている。
作り手とはまるで違った料理の印象に、ただ驚くばかり。そしてその出来は、先までの料理とは比べるべくもない。
そこで、「ゴミムシ」の助言にピンと来た。
貧乏人の試食なので憶測の域は出ないが、多分「ラヴィ」は「獅子」の厨房を知っている。
例えば王位継承者の帰還という一大事件に、彼女の存在が関係するとすれば――まさか、だけど。
「ごめんなさい、私はラヴィさんの方で」
料理は一口ずつしか食べていない。皿をレベッカとパルスへ押し遣る。
店主が大慌てで横合いから、酒蒸し肉の一欠けらをつまんだ。見るみる内に、彼の顔から血の気が引いていく。
これで私の審査も用済みとなり、成り行きを見守るばかり。
店主のおじさんはラヴィちゃんの料理を一口たべると真っ青な顔をしてプルプル震え始めた。
「え、もういいの!? いっただっきまーす!」
「何それ何それ!?ボクにもちょーだい!」
美味しそうな香りに、テーブルの上に乗っていたお兄さんことハイアットさんが駆けつけてきた。
「うん、じゃあ一緒に食べよ!レベッカちゃんは食べないの?」
「いや、アタシは……遠慮しとく」
なんでだろう。こんなに美味しそうなのに。まさか……俗に言うダイエットというやつか!?
いや、レベッカちゃんみたいなプロポーションでそんなはずはない!
それは置いといて、食べてみて驚いた。美味しいのはもちろんだけど、ただそれだけじゃない。
「うわあああああ!? まったりとしてそれでいてしつこくなく…」
「絶妙な塩味と甘みが織り成すハーモニー!」
文字通り魔法がかかっていた。レベッカちゃんの歌に宿るものと同じ……。
ひたむきで一途な心を持つ者だけがかけることができる、世界で一番素敵な魔法。
これじゃあいくらおじさんが料理がうまくてもラヴィちゃんには勝てないわけだ。
「勝負あったようね、オッサン?」
おじさんは背に嫉妬の炎を揺らめかせつつ呟いた。
「………認めん」
「へ?」
そして……本日最大の雷が炸裂した!
「俺がこんな小娘に負けるなんて認めん!イカサマだ!
……クビ!今すぐクビ!出てけ!二度と姿を現すな!」
「ラヴィ一生懸命作ったもん! おっちゃん……どうして認めてくれないの?」
「往生際が悪いわよ!素直に負けをみとめな!」
ここでおじさんに負けを認めさせたとしても…ラヴィちゃんをいじめ続けるに違いない。
ラヴィちゃんはここにいるべきではないと思った。
「ラヴィちゃん……出て行こう!」
「……?」
跪いてラヴィちゃんを見上げ、彼女の手をとる。
「ラヴィちゃん……只今より君を誘拐させていただきます!」
ラヴィちゃんは大きな目を何度も瞬きして……僕をみつめる。
「僕たちの専属料理人になってください!」
その瞬間、時が……止まった。ラヴィちゃんはすごく幸せそうに微笑んで……
「はい終了!」
レベッカちゃんが手を叩く。今のはNGだったらしい。
「あのねえ……その子だって困ってるでしょ!」
「誘ってくれるのはすっごく嬉しいけど……ラヴィできないよぅ」
ラヴィちゃんは両手をわたわたと上下させる。
「ゴメン……そうだよね……」
「だって、包丁研いでもらってないもん……最高の包丁じゃなきゃいい料理は出来ないもん!」
『へ?』
僕とレベッカちゃんの声が見事にかぶった。
ラヴィちゃんはキャメロンさんの方にとことこと歩いていった。
「商人のおっちゃん!その仕事報酬はいいの?」
さっきの騒ぎは聞いてないようでちゃんと聞いていたらしい。
「ああ……そこそこいいが……どうした?」
「ラヴィにやらせて!お願いします!」
「な、なんだってええええ!?」
キャメロンさんはあまりに予想外の展開にずっこけた。
「そういえば、カメは一匹しかいないのに料理人は二人、どうすんの?。」
優しいお姉さんが??な顔をしてウマウマガメを眺めてるよ。でもラヴィはへっちゃらだよぅ♪
「ちゃんと半分こにできるんだよぅ♪。」
ラヴィは自慢の包丁を取出して・・・気合い一閃!チンッと澄んだ音を立てて真っ二つだよぅ。
「・・・マジで?」
「す・・・凄いかも・・・」
エルフさんと優しいお姉さんが、ポカーンとして真っ二つになったウマウマガメを見つめるよ。
でもね、コレただ真っ二つじゃないんだよ?ウマウマガメの髄には旨味が詰まってるから
真ん中で一度横に切り返して、前と後ろで髄を半分に斬り分けたんだよぅ♪
「ウマウマガメの甲羅って確か相当硬かったんじゃなかったっけ?」
エルフさんが切断面を指でなぞりながら呟くよぅ。
「そう?結構あっさりとぶった切るもんだから・・・ってそういや確か硬かったわ・・・・。」
サーッと青ざめていくお姉さん。なんだかヤバイものを見るような目でラヴィを見てるよ。
「まぁこんなナリだが、このチビは猟理人だからな。」
常連の冒険者のお兄さんがラヴィの頭をポンポン叩く。チビは余計だよぅ!!
・・・とにかく食材はキレイに半分こできたし、後は作るだけ!よぅし、頑張っちゃうよぅ!!
******************************
結果はラヴィの大・勝・利♪やっぱり最高級の食材は最高級の料理になるのだ♪
でも、おっちゃんはラヴィの料理を認めてはくれなかったんだよぅ・・・・。
そうこうしてる内に、なんだか冒険の話になってるよ。ラヴィはあんまり冒険した事ないから・・・・。
でも・・・ラヴィはもっともっと世界を見たい!まだ見た事のないモンスターを料理してみたい!!
ラヴィは髭を生やした商人のおっちゃんに詰め寄ったよぅ。
こんな狭い宿の厨房を飛び出してとんでもない大冒険に出発するんだよぅ!!
ラヴィを認めてくれたエルフのパルちゃん・・・優しいお姉さんのレベッカちゃんと一緒に!!
「ちょっと待て待て待て!!危険な仕事なんだぞ!?。」
キャメロンって呼ばれた髭のおっちゃんが慌ててラヴィにダメダメと首を横に振る。
「大丈夫だよぅ、ラヴィは五つ星だからね〜♪。」
「・・・へ!?・・・・・・い、五つ星ーッ!!!!。」
髭のおっちゃんは顎が外れるんじゃないかってくらいに、口をあんぐり開けて固まったよ。
「ねぇねぇ、五つ星って何?。」
パルちゃんがラヴィに尋ねる。そっかぁ、普通の人はそんなの知らないよねぇ・・・・。
「えっとねぇ・・・五つ星ってのは猟理人の凄さの印しなんだよ〜♪。」
そう言ってラヴィはコック服の襟に付いた金のバッジと、包丁の刻印を見せる。
「これはラヴィが王宮の厨房で働いてた時に王様から貰ったんだよぅ♪。」
その瞬間、お店の中が「しーん」って静まりかえったよぅ。ラヴィ、何か変なコト言ったかなぁ?
「まさか・・・お嬢ちゃん、あの『黒包丁のラヴィ・コッカー』か!?。」
髭のおっちゃんがプルプル震えながら、その場にへたり込んだよぅ。ラヴィはそんなに怖くないのに・・・・。
でもラヴィはそこまで有名人だったっけ?あんまり心当たりないよ?むぅぅ・・・・。
「猟理人ってアレだろ?モンスターを生きたまま料理してしまうんだよね?。」
「知ってるの?レベッカちゃん。」
「そりゃあね、去年メロメーロ近郊でボーリングワームが大発生してさ、猟理人や冒険者
を雇って退治したんだよ。あれは壮観だったなぁ。まさにサーガの題材にピッタリ。」
腕組みしてうんうんと頷くレベッカお姉ちゃん、そして髭のおっちゃんも付け加える。
「南部じゃあ猟理人ってのは割とメジャーな職なんだが、北ではまだまだ知名度は低いからな。」
「で、その中でも最強の猟理人の一人が、『黒包丁のラヴィ・コッカー』って訳なのよ。」
ありゃりゃ?ラヴィそんなの聞いた事ないよぅ、多分それ普通に人違いなんじゃあ・・・・。
「特に水竜グルムルを倒して活け作りにした伝説は有名だよ!・・・あれ?でも変だねぇ
ラヴィ・コッカーの武勇伝はアタシが小さい頃の話だから・・・この子じゃない?。」
ちんぷんかんぷんな顔になるレベッカお姉ちゃん、対照的にサーッと青くなるパルちゃん。
「レベッカちゃん・・・この子、ホビットだよ。多分・・・てゆーかフツーにマジで本人かも!!!。」
「そうだよ〜、ラヴィはホビットでこう見えても28歳だよぉ。二人ともよろしくね」
水竜グルムルを倒した伝説の猟理人は愛らしくぺこりとおじぎをした。
「ええっ!?てっきり人間かと……というか本当にアタシ達と一緒に来るの!?」
「うん!レベッカお姉ちゃんたちのおかげで決心がついたんだよ!
世界を回って色んなモンスターを料理するんだよぉ♪」
僕はあまりの幸運にゾクゾクしていた。最高の料理人にして伝説の猟理人が
仲間になってくれるとは!これでわびしい食生活ともオサラバだ!
片手を天井に向かって振り上げて高らかに宣言する!
「その依頼、僕も乗ったー!」
専属料理人になる人を一人で危ないところに行かせるなんて言語道断!
「ちょっと待てーい! お前は来るな!」
「そうよ、かなり危ないらしいじゃない」
キャメロンさんとレベッカちゃんにダブルで止められてしまった。
レベッカちゃんはいつも慎重だけど、念のため言っておくと
彼女は伝説に残ってもいい程の呪歌手だったりする。でも危険は最小限に抑えておくのが
僕みたいな一流の冒険者というものだ。
(↑色々疑問がわくが50年生き残ってしまったので一流ということにしておく)
そこで、過去から来た最強コマンダーを連れて行けば完璧だ!
「じゃあ、ハイアットさんも一緒に依頼を受けよう!もちろん受けるよね!?」
ハイアットさんは謎のポーズで答えた。
「もっちろん!これで万事解決!!」
「お前ら……頭の可哀想な奴が一人増えただけじゃないか!何一つ解決して無いっ!」
キャメロンさんの悲鳴じみた抗議はとりあえず無視し、親睦を深める。
「お兄ちゃんもよろしくー♪」
「はっはっは!このボクが来たからにはかの有名なタイタニックに乗った気分でいていいぞ!」
「それなら絶対大丈夫だね!」
これだけのメンバーがそろえば僕は後ろでタリラリラーと笛を吹いてればいいのだ。
人生それでいーのだ。
「とても止めきれない……」
「ホント、一緒にいると退屈しないわ……」
キャメロンとレベッカは顔を見合わせて哀愁の漂う会話をするのだった。
「……お前も大変だな。で、あいつと一緒に依頼受けるんだろ?」
「受けるしか……無いわねえ」
かくして、時を越え再び起動した遺跡に向かうことになった4人の若き(?)冒険者達!!
彼らを待ち受ける遺跡の罠とは!? そして今までに無い強敵が立ちはだかる!!
次回! ETERNAL FANTASIA U〜古代への扉編〜 始動!!
ハイアット:可愛い女の子3人と冒険できるなんてなんてラッキーなんだ!
キャメロン:喜んでるところ悪いんだが……触角エルフは女装した男だ。
ハイアット:な、なんだってー!?
こうしてアタシ達はジャジャラ遺跡に出発することになったけど…
なんだかキャメロンさん、スゲー不安そうな顔してるし。大丈夫だと思うんだけどねぇ…
パルはあんなだけど、冒険者としての腕前は結構なもんだし、ラヴィだって伝説の猟理人だし。
それになによりアタシだって歌がある。ちょっとやそっとじゃ問題なしってヤツだよね。
でも………あのハイアットって人は…どうなんだろうねぇ…
よっしゃ、ここは1つ本人に聞いてみるかな。
「ねぇ、アンタは随分と張り切っちゃってるけどさ、何が出来るの?」
「…………え?」
「いや、「え?」じゃないでしょーが。ほらさ、剣が使えるとか魔法が得意とかあるでしょ?」
「……………………??」
キョトンとしてるハイアットを見て、アタシは猛烈に不安が込み上げてきた…
――ドラグノフ公国、最北端の都市ルフォン
切り立った崖から、眼下に広がる小さな都市を眺めながら白髪の青年が呟く。
「なぁ…ここが5年前は火の海だったなんて信じられるか?」
青年の言葉には怒りと憎みが染み込み、仄暗い復讐の焔が見え隠れしている。
青年は更に言葉を続けた。
「あの日から俺は公国を叩き潰すって誓ったが…正直言って自分でもよく判らなくなったよ」
ひとひらの雪が舞い落ち、じわりと青年の服に溶け込んで消えた。
あの日も、雪が降っていたのだ。
青年から命以外の全てを奪い去った、公国の侵略が始まった日も…
「コラ、風邪ひくわよ?ディランが作戦会議を開くから来てくれだって」
青年の背後から声をかけた若い女性が、山から吹きおろす冷たい風に思わず身震いした。
「そっか、わかったよ。すぐに行く」
そう返事をして、女性の方を振り返る青年の名は、リッツ=フリューゲル。
かつてのルフォン侵略から今に至る、唯一の生き残りだ。
結局、円卓は軍議の終わりまで歪み一つ……どころか一つの傷さえ生じる事はなかった。
リリスラとスターグ、この剛勇無双の両者の挟打に合っては泰山すらも砂塵と化すことを免れない。如何に最硬の鉱物である純アダマンテインといえども同様である。
そう、本来ならば砕けるはずの物だったのだ。
最後にくらわせた踵落としで床に空いた穴を見下ろし、乱れた頭の羽根飾りを直しながら、リリスラは半ば呆れたといった顔でスターグを見た。
クラックオンほど表情や仕草における意思疎通が困難な種族はいない。その中でも特に落ち着いて構えた戦士ならば尚更である。
この場で彼の顔色を読めるのは長く深い付き合いの彼女だけだ。触覚の微妙な動きを見て、呆れ顔が苦笑になる。
スターグも同じくだったのだ。
「いやぁ〜、世界律が変わってからちょっと経つけど……ようやく実感したわ、これ」
「永久ノ繁栄ヲ願ッテ作ラレタ円卓ハ、不滅ノ強サヲ得ルニ至ッタトイウコトカ。――カケラレタ思念ノ数ト年月ノ重ミハ侮レンナ」
「へっへー、あっさりくたばったクズどものモンにしちゃあ、中々骨があんじゃねえか」
今さっきの争いの事など忘却の彼方といったリリスラの言葉に、ヒムルカの扇越しの上品な声が続いた。
「皇国で初めて気骨ありと思えたのが、まさか物言わぬ円卓とは…とんだお笑い種ですこと」
お笑いと言いながら、美しい瞳はうっすらとも笑んではいない。
ヒムルカとザルカシュ、血の通わぬ為政者に付き物の冷たい空気を発する二人を横目で見やり、リリスラはわざとらしくそっぽを向いた。
「……では、聖地奪還の件については今まで通り、両国に対しての表立った干渉はせず。あくまでも裏から共倒れを働きかけていくという事でよろしいかな、各々方?」
一応の進行役であるゴロナー大僧正が、覇気に満ちた朗々たる声を響かせた。
ニャンクスにしては破格の体躯を持つ彼の姿は、その白く荒い毛並みと眼光の力強さと相まって、さながら白虎の猛々しさである。
これに対し、黒く艶やかな毛並みと鋭い眼光のクロネは黒豹のそれといえるだろう。並ぶ様はニャンクス戦士の両極であった。
「ええと、ゴロナー殿、働きかけとは具体的にどのような……?」
誰も聞く気配がないのでとりあえずと、遠慮がちに手を挙げるアオギリ。
「南方大陸に対する工作活動の一切は、ゴウガ王に一任しておる」
金色の瞳を重々しく、影帝の異名を持つ黒装束のノールへとやり、ゴロナーは短く答えた。
詳しい事は、この天下一の秘密主義者から直接聞けというのだろう。
アオギリは困った顔で頭の後ろをかきながら、尻尾を右に一回転させた。無理の意思表示である。
軍議が終わり円卓を囲む者がいなくなった紅鶴の間で一人、下に六階層抜けた大穴の修理に追われるリリスラの部下達の様子を眺めながら、クロネは眠るでもなく漠然と丸くなっていた。
ヒゲだけを動かし、しばし思案に耽る。
……我が友は、果たして気付いておるのであろうか?
我らの真の目的と、ニャンクスに伝わる伝承との奇妙な合致に……。
凄く不安そうにボクを見ている女の子、このままだとこの依頼を下ろされるかもしれない!
とりあえずアプローチをかけないとマズイかもしんない!
「いやぁ、確かに剣も使えないし魔法もできないよ!でもボクはこう見えても学者でね」
「いや、絶対に嘘だからそれ」
「嘘じゃないさ!だって古代魔法文明時代の人間なんだから詳しくって当たり前なのさぁ〜」
「いや、もう本当にいいよ、だいたいアンタのことは分かったから」
わかってくれたみたいでホッとする、これでボクの位置は確保できたってわけだ。
しかも戦わなくてすみそうだし、安心したのでずうっと思っていた疑問を依頼主さんに聞いてみた
「あ、そうそう、バナナはおやつに入るの?」
「それボクも聞きたかった!」
触覚の子が話しに入ってくる、話しが合う人なんて何十年ぶりだろうか。
「あのな、子供の遠出じゃないんだぞ!」
「分かってる分かってる、ということはバナナはデザートなわけか」
「もう勝手にしてくれ…………」
憔悴した依頼主さんを気遣いこれ以上は話しかけないことにした。
どうしようもない虚無感の中を悶え苦しむ日々、そんな時に事件は起こった。
謁見の間で起こった陛下の暗殺未遂、
犯人は公国の英雄に与えられる黒騎士の称号を授かったディオール、
なんでもレジスタンスと通じていたということらしい。
陛下は死ぬことはなかったものの重症を負った。
この話しは一日で城下町に伝わり民の一番の話題となるのだろう。
明日にはディオールの死刑が執行される、英雄の裏切りに失望を隠せない部下は多いだろう。
しかし、これは明らかに『おかしい』のだ。
暗殺に爆発を使う時点で既に十分おかしい、確実に他に分かる上に、
場合によっては生き残る可能性も出る。忍びこみ首をかききる方がどれほど安全で楽か、
そして次にディオールが犯人ということだ、犯人ならばその場に留まるか?
普通は留まらない、留まるだけ無駄な危険をおかすのだから。
次に死刑が確定していること、レジスタンスだったらなぜ殺すのか?
尋問によって情報が得られるかもしれない、やろうと思えば拷問もできる。
なのに明日には死刑だ、これらから見えてくることは一つだけだ。
―穴だらけの偽装した暗殺―
何よりも情けないのは、これらの真実を見抜けず、
いや、見抜こうともせずにただ命の通りに牢屋へといれた兵士達、
ただ命令に従う兵士は今後腐敗するかもしれない権力者のただの手駒へと堕ちる。
「いたるところに歪が見られる以上、すでに、この国は終わっているのかもしれない……」
今までこれだけは言いたくなかった言葉が他人が発したように口からいとも簡単にすべり落ちる。
どうやら俺はこの国を心の奥底では見限ってしまっているのかもしれない。
このままこの国を捨てることなど簡単だ、
しかし
自分の発した言葉なのに、他人が発したように聞こえるということは。
やはり俺はこの国が好きなのだ……どうしようもなく。
この国を捨てることもできず、この国を変えることもできない、
ただ終わっていく国を眺めるしかできない。
何よりも腐っているのは……俺自身だと気付いた。
聞くところによると今回の依頼はクラーリア王国からの下請けで
遺跡の調査と、もしあれば古代王国の遺産のお持ち帰り。
でもここって公国領じゃなかったっけ?いいのかな。まーいっか。
「友情の証だ。受け取ってくれ!」
毎度のごとく二人に半強制的に棒つきアメを渡す。
「わーい、アメちゃんだぁ♪」
「なんて優しいんだ……」
ハイアットさんがめっちゃ感動してるし。棒つきアメでこんなに喜んでもらえるのは初めてだ。
「出発は明日だからな…今日は枕投げせずに早く寝るよーに!」
僕たちは、半ばヤケクソになって叫んでいるキャメロンさんを尻目におやつを買いに行く事になった。
「ボクは貧乏すぎておやつ買うお金も無いんだ!」
「よーし、君の分も買っちゃうぞー」
「おやつは10ギコまでだよぅ」
「ちょっと!いつの間におやつ買いに行く事が決定してんの!?」
☆☆☆☆☆一方その頃☆☆☆☆☆
そんな4人を少し離れた場所から双眼鏡で見つめる怪しい人影が……。
耳には集音機を装着している上に、4人の声のでかさも相まって遠足さながらの会話が筒抜けである。
「ひゃーっはっはっは!……あいつらがライバルとは笑いが止まらないな」
その横で部下らしき一人が手を上げて言った。
「質問! あのー、俺らって一応山賊じゃん? 今回、公国の回し者に依頼受けた
わけだけど……これって普通に冒険者じゃね?」
笑っていた人が身振り手振りを交え演説を始める。
「……千里の道も一歩から!これは我が“トカゲの尻尾”が世界を又にかける大盗賊段に
なるための布石なのだ!そのためには今は地道な資金調達が最重要課題だ!!
というわけで!ジャジャラ遺跡に潜りお宝をガッポリ奪取するべし!!」
「へいへい…」
もちろん誰も聞いていない。
「で、あいつらどうします? 先に持っていかれるとまずいし早めに始末しますか?」
「その必要は無い。あのような冒険者ごっこの子供たちは我らの敵ではないどころか
遺跡に入った瞬間に勝手にくたばるだろうから全く気にしなくていいぞ」
「さすがトムの兄貴!心強いお言葉、おみそれしました〜!」
トムはもう一度双眼鏡を覗き込んで目を凝らし、首をかしげて部下に尋ねた。
「ところで…触角って流行ってるのか?前にも見たんだが……」
「うーむ、最新の流行ですかねえ……」
この時はまだ、同一人物だなんて知る由も無いのであった。
いよいよ明日かぁ…メロメーロを出発して、ここまで来たけど冒険って感じじゃなかったんだよね。
でもアタシの冒険者デビュー!くぅ〜ッ♪♪いいねぇこの響き!
『冒険者』…小さい頃に本で少し読んだ程度の知識しかなかった。
でも、大きくなると親父の商いを手伝うようになって、外の世界に飛び出したいって思うようになってた。
そして今、アタシは冒険者になろうとしてるんだ…本物の、物語の中だけの存在じゃない冒険者に!!
「どしたの?ニヤニヤしちゃって〜」
パルが不思議そうにアタシの顔を覗き込む。ありゃ?そんなにニヤけてた?
「う〜ん、ちょっとね。感慨に耽ってたってトコかな」
「ん〜?」
ますます訳分からない顔になるパルの髪を、くしゃくしゃに掻き回してベッドに潜り込んだ。
ここ最近ずっと野宿だったから、布団がすっごく!恋しいのだ♪
「あーッもぅ!せっかくブラシかけたばっかりなのにぃ!!」
ぷぅっと頬を膨らませてパルが拗ねちゃった。ゴメン、今のアタシはワクワクを独り占めしたいのよ〜♪
「おやすみッ!」
最近アタシは毎晩、同じ夢を見る。
そこは真っ白な世界、何も無い世界…
そんな中でアタシは、ぽつねんと1人で立っている。
暫くするとアタシの目の前にうっすらと現れる大きな真っ白なピアノと、小さい女の子…
女の子はゆっくりとピアノを弾き始めるけど、アタシにはまるで聞こえない。
その世界には音が無かったから…
ゆっくり、ゆっくりと…でも一心不乱にピアノを弾き続ける女の子に、アタシは懐かしい気持ちを感じる。
最初は小さい頃の自分だと思った。でも、よく見ると違う人。アタシじゃない。
なのにアタシはその子を見て、胸がギューッと締め付けられるような悲しい気持ちと…
心の芯から暖かくなるような優しい懐かしさを、確かに感じるんだ。
やがて演奏は終わり、スツールから降りた女の子はアタシをじっと見つめる。
視線が合った瞬間、その瞳に吸い込まれるような感覚と同時に、いつも目を覚ますんだ。
ここで夢はおしまい、結局のところ女の子がアタシに何を伝えようとしてるのか、サッパリ分からない。
でも不気味な夢だとは思えない。だからアタシもあんまり気にしないようにしてる。
それが大切なメッセージだなんて、その時のアタシはまだ知らなかったから……
階下から話し声が聞こえてくる。閉店時間は過ぎてるはずなんだけど……。
降りてみると、店主のおじさんとハイアットさんが仲良く語り合っていた。
「お前なあ、今日もいすわるつもりか!?言っとくが何も出さないぞ」
「今日はオジサンと語り明かしたい気分なんだ…」
「勘弁してくれ、こっちまで気がおかしくなる!」
おじさんは僕の姿を見るなり、懇願してきた。
「頼む!こいつの話し相手をしてやってくれ!」
その直後。僕の前ではハイアットさんが、過去から来た話を熱く語っていた。
「君がいた時代ってどんな所だった?」
もちろん信じたわけではない。ただ一つ、気になる事がある。
彼は確かにセレスティアから来たといった。
その国の名は人間の世界ではとうに忘れられたはずなのに……。
「よっくぞ聞いてくれました。それはね……」
古代セレスティア。小さい頃に聞いた伝承によると、史上最古にして最大の文明を作り上げた国だ。
六柱の龍が住まう星の都、聳え立つ天空の楼閣、物に意思を宿し、生命すらも作り出す脅威の技術……。
彼が語ったのはまさにそんな世界の話だった。話し終わると、僕に尋ねてきた。
「この話、本当だと思う?」
おぼろげだけど少しだけ眩しい夢のような話。カーテンの隙間から差し込む月明かりのように。
「僕にはわかんないよ。でも…もし本当だったとして……」
立ち上がって窓の外を見ると、満月が輝いていた。きっと明日は絶好の冒険日和だ。
「未来を見てしまって……自分の生きる文明の行く末を知ってしまって……それでも帰りたいの?」
返事は無い。しばらくたって振り返ってみる。すると……
「くー……」
「寝てるッ!?」
今のほんの少しの間に寝るという秘儀を披露してくれたのだった。
☆☆☆☆☆次の日☆☆☆☆☆
「それではジャジャラ遺跡へ……」
「「れっつらごー!!」」
ハイアットさんと元気よく号令をかけると、キャメロンさんがこっちを見てため息をついた。
「お前らなあ……、遠足じゃないんだぞ!」
「分かってるって!」
「今回は僕を相手にとって不足のない骨のある遺跡なんだよね」
アメ玉をなめながら答えた。
「どう見ても分かってない!というかお前らが不足だよ!!」
バナナをたくさん調達したしどこが不足だというのだろう。
キャメロンさんは救いを求めるようにレベッカちゃんとラヴィちゃんの方を見た。
冒険初心者組のこっちは別の意味で盛り上がっているようだ。
「古代の遺跡に眠る竜……」「そして伝説の秘宝!」
「……ああ……不安だ……」
キャメロンの苦悩は続く……。
ぼんやりと包丁箱を見つめて、ラヴィは思ったんだよぅ。随分とモンスターを猟理してきたけど・・・・。
まだ最高の猟理を作ることができてないって。
ハイフォードには包丁を鍛えに来たけど、まだ1番から3番までしか鍛えられてないし。
成り行きで冒険に出掛けることになって、ラヴィはちょっぴり不安だよぅ。
一般的なモンスターを捌くのに使う4番と5番が未調整な状況で、みんなを危ない目に合わせちゃったら・・・・。
猟理人になりたての頃は毎日が楽しかったし、不満も不安も全然無かったのに。
もしかして疲れてるのかなぁ・・・ラヴィが弱気になっちゃダメッ!!頑張らなきゃ!!
***************11年前***************
「ラヴィに任せてッ♪こんなの晩御飯のおかずにしてやるんだからッ♪♪」
ギィイイインッ!!!
振り下ろした包丁が硬い甲殻にぶつかり、火花が散る。相手はパンツァータートルという、
名の通り戦車の如く頑強な甲羅に身を被われた、凶暴な性格を持つ肉食の大型亀だ。
人間でいえば子供の体格でしかないラヴィにとって、パンツァータートルは少し大き過ぎた食材である。
「こりゃ!ラヴィ!!こうりゃ(甲羅)を傷付けてはならんぞ!!!」
ラヴィの後方で壮年の男が大声で注意する。
「先生・・・凍え死んじゃうよぅ!!」
「いや、だから『こりゃ』と『甲羅』をじゃな・・・・。」
「説明しなくていいよぅ!!」
ラヴィは横殴りの尻尾をヒラリと躱し、そのまま返す刃で尻尾の根元から斬り飛ばす。
雑多で粗削り、だがしかし恐ろしい程の剣の冴え。天才的戦闘センスは、怪物を次々と葬り去る。
レゾナ平原に大発生したパンツァータートルの駆除。それがラヴィと師匠であるドラッドの請けた依頼だ。
メロメーロとフラーリンを結ぶ十字街道が横断するレゾナ平原は、中央部の比較的穏やかな地域だった。
だがここ数年でモンスターの数が急増し、商隊を襲っている為、冒険者や猟理人がそれらを駆除している。
「ふぅ・・・やっとこ片付いたよぅ!」
既にラヴィの周囲は数十匹のパンツァータートルの死骸が広がっており、その中でラヴィは満足そうに笑っていた。
群れの発見から約半刻足らず。
圧倒的な討伐速度といえるだろう。だが猟理人にはそれが当たり前の世界なのだ。
「ねぇ先生〜ラヴィも黒包丁を使ってみたいよぅ。ちょっとだけ貸して♪」
愛くるしい仕種でねだるラヴィの額に強烈なデコピンを叩き込み、険しい表情でドラッドは応えた。
「アァ!?百万年と二ヵ月早いわぃ!もうちょい精進せい、この馬鹿弟子が!!」
「え!?ホントに!?やったぁ♪」
「???」
ドラッドはてっきりしょげ返るとばかり思っていたのか、突如として喜びはしゃぐラヴィを訝しい顔で見た。
「フツーの人よりも百万年と二ヵ月早いんだよね!?ラヴィってば天才だよぅ♪♪♪」
「お前は馬鹿かーッ!?どんだけ前向きな解釈しとるんじゃい!!!」
もう一発のデコピンがラヴィを捉らえたその時、指先からラヴィの姿が消えた。
いや、正確には消えたように見える程の速度でドラッドの背後に回り込んだのだ。
ホビット族の俊敏性は他種族を遥かに上回る。特にラヴィはホビットの中でも素早い方だった。
弟子をとらない伝説の猟理人、ドラッド・グレゴリーがラヴィを弟子にしたのは、その天賦の才に目を掛けたからである。
猟理人にとって最も重要視されるのが、『速さ』だからだ。食材を一秒でも早く新鮮な状態で猟理する。
これこそが猟理の基本にして極意。刻一刻と変化する戦闘の中で正確に、丁寧に、迅速に。
ゼアド大陸の猟理人でその境地に辿り着けた者はいない。伝説とまで言われたドラッドですら、だ。
故にドラッドは自らの成し得なかった猟理の極意の全てをラヴィに託したのである。
しかしラヴィは単に「美味しい料理作るお♪」程度の考えしかないらしく、ドラッドは少し人選を失敗したと悩んでいた。
***************再び現在***************
ガタゴトと揺れる馬車の中、ラヴィは包丁箱をギュッと抱きしめるの。先生との思い出が詰まってるから。
この黒包丁を受け継いだ時から、ラヴィは絶対に究極の料理を作るって決めちゃったしね♪
柄にもなくショボーンしたけど、こっから先は気分一新!バッサバッサ斬り斬り舞いするよぉ〜♪♪
「どんなモンスターでも・・・か か っ て こ い や ぁ!!!!」
急激にテンション上がっちゃって、思わず荷台の上に仁王立ちして叫んじゃったよぅ・・・・。
・・・あぅ〜恥ずかし過ぎて死んじゃうかもぉ・・・・。
「二人とも……さっきからずっとバナナ食べてない?」
「バナナはおやつに入らないから」
「そうそう」
バナナを侮ってはいけない。その皮は人を転ばせる事において絶大なる威力を発揮するのだ。
こうして何事も無く、秘密兵器たるバナナの皮が量産されていく……と思われた。
が、そうはいかないのが世の常。
「どんなモンスターでも・・・か か っ て こ い や ぁ!!!!」
御者台のキャメロンさんが前を向いたままラヴィちゃんに声を掛けた。
「荷台から落ちないように気をつけ……ぐわあああああああッ!?」
その言葉が突如として叫び声に変わる!
食べかけのバナナを置いて見てみると
横の茂みから伸びた触手のような物に締め上げられてもがいていた!
「お…おっちゃん!?」
ラヴィちゃんが驚いて叫ぶ。それと同時に
キャメロンさんが軽々と持ち上げられ巨大な袋の中に放り込まれるのが見えた。
蛇が這うような不気味な音と共に姿を現したのは、高さ約3メートルにも達する植物……エスノア!!
蠢く六本の触手と体のほとんどをしめる袋……何度見ても気持ち悪い姿だ。
「へえ…随分でっかいのが出てきたじゃないの!」
レベッカちゃんがリュートを弾く準備をする。
「まずい…早く倒さないとキャメロンさん溶かされちゃう!」
あの袋の中は強酸で充満していて、犠牲者を溶かして養分にするのだ。
逃がしたら一巻の終わりだ。でもその心配は必要なかった。なぜなら
一人では飽き足りないのか、六本の触手をフル稼働して襲い掛かって来ようとしているのだから!!
腰に挿した剣を抜き放つ!その時後ろでハイアットさんが叫ぶのが聞こえた。
「な、なんじゃありゃあああああ!?」
どうも今気付いたらしい。レベッカちゃんが呆れ声で言った。
「……もういいから足引っ張らないようにじっとしてて!!」
「うわぁ、気持ち悪いなアレ、そういえば依頼主さんはどこいったの?」
「あーもう!さっきどこ見てたのよ!とにかく危ないから下がってて」
呆れた様子でボクを見ている、でもバナナを食べていたんだから仕方ないじゃない。
だって人間だもの、とにかく言われた通りに下がってバナナを食べ続ける。
「しっかし、なにが起こったの?オレがバナナを食べている間に」
「キャメロンさんが!あの化け物に食べられちゃったんだよっ!」
ん?どういうことだ、確かキャメロンさんは依頼主さんで合ってるんだよな?
ということは……依頼主さんがキャメロンさんなんだよね?
「ということは依頼主さんはあの化け物に食べられてしまったということじゃないか!?」
「「「気付くの遅っ!?」」」
三人からツッコミを受けるけど今はそれどころじゃない、
今は依頼主さんの一大事なんだ、だけど、どうすれば……そうだ!
「あれしかない!!」
ボクは大声でバナナの皮を大量に抱えて触手のお化けに向かって走り出す。
そう!バナナの皮で相手を滑らせ、その拍子に依頼主さんを助けるのだ!!
「ちょっとなにやってんのあんた!?」
「なにってそりゃあ、もう分かる人も……」
その時、たまたま落っこちていた一枚のバナナの皮に足が取られる。
ボクは一瞬宙を舞う、脳が揺さぶられ思考が停止する、そして手の皮は下へと落っこちていく、
しかもこれで終わりでなかった、落っこちた大量の皮が滑走路の役目を果たす。
「うぉぉぉぉぉおおおおお!!予想GUYの展開だぁぁぁあああ!?」
ボクはそのままウルトラマンのポーズを取り、
凄い勢いで滑走路となったバナナの上をスベリ、荷台から飛び立ち触手のお化けに……
――食われた
「んっ……よ、よかったぁ、生きてるよ」
なんかよく暗くて分からないけど生きている、ああ、生きているって素晴らしいなぁ。
「お、おい!だれか居るのか!?」
「ん?もしかして依頼主さんなの!?」
ちょっと顔を動かしてみると依頼主さんがそこにはいた。
「お、お前なにやってるんだ!?食われたのか!?」
「いやだなぁ。超絶コマンダーのボクがそんなミスを冒すわけないって!」
「じゃあなんでここにいるんだ!?」
「助けにきたんだよ!この超絶コマン……」
「そ、そうか!じゃあここから早く出よう」
出ようかぁ、なるほどぉ、そうきたか。
まあボクの返答はすでに決まってるのさ。
「分かった!けどどうやって出るの依頼主さん!」
こう言った途端に何度も凄い痛いコブシが飛んできた。
そう、敵はこの触手おばけじゃない……敵は身内に居たんだ。
ヤバイ!!あのバカとキャメロンさんが捕まった!?予想外の展開に皆が慌てる。
奇怪な植物は長い蔦のような触手をうねうねさせながら迫って来る!
「このやろッ!上等だよ、アタシの新曲で……」
「駄目だよレベッカちゃん!!植物には呪歌は効かない!!」
パルの声が聞こえた時には、既に触手はアタシに絡み付いて凄い力で引っ張り回される。
「くぁ…!は、早く言って…よ!!」
ギリギリと締め付けられて、息が苦しい!骨が軋み、手に持っていた星晶の瞳を落としてしまう。
意識が遠くなっていく…嘘でしょ?まだ出発して半日しか経ってないってのに……
徐々に薄れていく意識の中、アタシは見た。
稲妻の如きスピードで駆け抜け、黒い刃で触手を瞬く間に繊切りにしたラヴィの姿を…
黒鋭鉄、この世で1番固いと言われる金属で打たれた包丁は、光沢の全く無い真の黒。
最強の猟理人のみが所持する事を許された、至高の逸品。
その切れ味はアタシの想像を遥かにぶっちぎった凄まじさだった。
触手から解放されて尻餅をついたアタシは、大きく咳込みながらも傍らのリュートに手を延ばす。
歌手の喉を思っきし締め付けやがって…許さないからね!!
「ラヴィ!!ブッた斬ってやんなさい!!」
アタシは叫ぶ!次の瞬間、胸の奥底から熱い力が漲ってくる!!歌を歌う時はいつもそう。
魂が…最高に熱くッ!!燃え上がるッ!!!!
〜♪〜
キミが目指す明日が 例えどんな辛い闇でも
駆け抜けて行ける
もう想いは止まらない 何が起きても平気さ
この手で 掴み取るまで!!
時代を切り開くToughなHeartで 立ち塞がる
全てを乗り越えろBrakeUp!!
予測不可能 無限のSoulが
熱く!激しく!!燃え上がるDetonation!!
もう誰も 止められやしない
〜♪〜
新品のミスリル弦に取り替えただけあってか、最強に音のノリが良い!高かったけどね…
この新曲、『Soul Detonation』は聴いた人の闘志を極限まで高めると同時に、潜在能力を引き出す!
「あの2人が化け物のランチになる前に、ケリ着けてよ!!」
「おっけ〜なんだよぅ!!!」
バク転から馬車の荷台に跳び移り、例の包丁箱を引っ張り出したラヴィが不敵な笑みを浮かべた。
あれよあれよという間にハイアットさんまで食われてしまった、なんてことだ!
いつもなら炎の旋律術で燃やせば済むんだけど…今それをやると二人の蒸し焼きが出来上がる!!
しかもレベッカちゃんまで捕まったし!
剣を抜いた物の……チンピラ追い払うのには結構使ったけど本格的にやるのは百年ぶりなのですっかり忘れていた!!
「えーと…どーするんだっけ」
次の瞬間にはラヴィちゃんが人間離れした技で救出してくれて……
ここはラヴィちゃんに任せて見物しよう、そうしよう。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
レベッカちゃんの歌が辺りに響き渡る。来た来た来たキタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!
僕は何をやっていたんだろう! 百年前なんてついこの間の事じゃないか!
なんていう滅茶苦茶な理論で思い出した“ファイアステップ”を踏みつつ前に躍り出る。
「紅き炎、我が剣に宿れ!」
剣を弧を描くように一回転させると、大親友の紅き龍の力が降りてきた。
現代では作れない素材の透き通った刀身が魔法の炎をまとう!
丁度その時、包丁を持ったラヴィちゃんが風のように駆けてきた!
「ラヴィちゃん、外は任せたぁ!!」
そう言ってバナナを一つ空高く放り投げる! エスノアの触手の一本がそれを捕らえ
袋に持っていこうとした瞬間!
「でやあああああッ!!」
触手に飛び乗って一気に上まで駆け上がる!
「ちょ!?なにやってんのよ!?」
レベッカちゃんの悲鳴じみた声を聞きながら跳躍し、そのまま強酸性のプールの中へダイブ!!
倒すには本体を攻撃する必要がある。でも外から攻撃するには触手が邪魔な上に
うっかり中の人を切ってしまう危険もある。
そこで中から切り刻むのが最善の策という結論に達した次第だ!
「おじゃましまーす!!」
剣の魔法の炎で照らされた密室内ではハイアットさんとキャメロンさんがごにょごにょやっていた。
腰のあたりまで消化液が充満している。
「また変なのが危険物持って入って来た!!」
「いいところに来た、早く出して〜!」
いくらエスノアが巨大とはいえ、三人も入ったらほぼ密着状態で大変危険。
いや、別に変な意味ではなく。エスノアが動きを止める瞬間を待つべきだろう。
「もう少し待って!」
キャメロンさんはついに泣き始めた。
「うわぁああ……なにが悲しゅうて頭の可哀想な奴と女装したエルフと心中せにゃならんのだ……」
それは放置して、チャンスを狙う。そしてその瞬間を捉えた!
「二人とも、下がって!」
一拍間に、剣を一閃、ニ閃、……じゃなくて十閃ぐらいさせる!
緑色の体液が飛び散り、内壁に縦横無尽に切れ込みが入る。
次の瞬間、エスノアがもだえ苦しみ始めたのか大地震発生!
「ぎゃああああああ!!酔う、酔っちゃう〜!!」
ハイアットさんの叫びもとりあえず放置し大きく息を吸う。
「やあッ!!!」
不安定な足場ながらも、渾身の力を込めて止めの一撃を突き立てた!
だんッ!!
馬車の荷台に飛び移ってラヴィは包丁箱を引っつかむよ。この中には、自慢の6本が入ってるんだ。
箱の止め具を外して取り出したのは・・・二番包丁『唐紅(からくれない)』!!
『熄焔石(きえんせき)』っていう石は、衝撃や圧力を加えるとスッゴク熱くなる石なんだよ〜♪
唐紅の峰には、この熄焔石が取り付けられてるの。文字通り『焼き切る』ために!!
そんでもってもう一本、三番包丁『徒櫻(あだざくら)』!!
見た目は包丁には見えないかも。・・・でもね、これも猟理人の包丁なんだょん♪
柄から延びるのは刃じゃなくて、七本の鈎を付けた錐、そして柄から握りを覆うS字の刃!
この二本は植物や甲殻類を捌くのに使うんだ、そう♪目の前にいるエスノアみたいな食材をね♪♪
「さぁて!豪華剣嵐!!ラヴィのお猟理タ〜イム♪♪いっくよぉ〜♪♪♪」
ギィインッ!!!
唐紅の峰を思い切り馬車の荷台に叩き付けて、平受け鍋を鈎に引っ掛け準備完了!
パルちゃんが袋に飛び込んでるから・・・先ずは茎からいってみよ〜う♪
黒かった唐紅の刃が真っ赤になって、エスノアの触手に食い込んで行く!ジリジリと焦げる匂いが広がった。
「もうッ・・・じたばたしちゃダメッ!!」
暴れ回るエスノアの触手がラヴィを捕まえようとしてるけど、そんなの無駄だよ〜♪
徒櫻で触手を逆に捕まえてザクッとちょん切るよ。でもって切った触手は即行刻んで鍋にほうり込む。
唐紅を幹に突き立て、鍋の底を蹴り飛ばしたら勢いよく火が燃え上がったの。鍋底にも熄焔石が付いてるからね。
ジュウウウウウウッ!!!
エスノアの体液は油を多く含むから、鍋に油を引かなくてもちょうど良い具合に炒めることができるんだよぅ♪
「次ッ!!」
唐紅を引っこ抜き、ラヴィは次々に触手を短冊にしちゃうのさ〜♪何故って?答えは簡単♪
エスノアの触手にはかなり歯ごたえがあって、調味料をじっくり染み込ませれば長く口の中で楽しめるから。
それに炒めたら丸くなっちゃうからバラバラに刻むよりも、短冊にした方が結果的に食べやすいんだよね☆
あっという間に触手を全部斬り飛ばして、残すは幹と袋のみ。でもエスノアの美味しい部位は触手だけ・・・・。
つまり、もう用は無しってコト。待っててね、今から外に出してあげるからぁ〜!!
「てやぁああああああああっ!!!」
袋の渕に徒櫻のS字鈎刃を引っ掛けて、一気に切り下げるッ!!袋の繊維は縦に走ってるから楽チン♪
バシャア!
消化液と一緒に三人が滑り出して来た。・・・一応無事っぽいから一安心かなぁ?
後は鍋にスパイス各種と味を締めるのにワインを少々・・・ありゃ?ワインが無いよぅ!!
「レベッカお姉ちゃん!!ワインあるっけ?」
「へ!?あ・・・アタシ!?え〜と・・・ワインあったかなぁ?」
レベッカお姉ちゃんはポリポリ頭を掻きながら荷台を漁り始めたよ。急いでね、ラヴィの予定では後二分くらいだから。
「わ・・・ワインならあるぞ。右隅の木箱は中身全部ワインだ・・・・。」
あ、髭のおっちゃんタフだね。結構平気っぽいよ。でも黙っとこう・・・かわいそうだもん。
「お?これかな、・・・あったよラヴィ。で、これ何に使うの?まさかぶっかけるとか?」
「お姉ちゃん正解だよぅ♪赤ワインはエスノアの繊維をギュッて引き締めるんだよぅ♪」
ニコニコ笑顔でワインの瓶を受け取ると、トポトポと鍋に注ぐんだよぅ♪身が締まれば旨味を逃がさないからね〜☆
ラヴィの『豪華剣嵐クック・マカブル』これにて終了!『エスノアのペッパー炒め』でごさぁ〜い♪♪
ジャジャ〜ン☆と差し出しけど・・・袋に閉じ込められてた三人は、何となく複雑な表情だったよぅ・・・・。
***************近くの茂みの中***************
「ちょ!ヤバイって!あんな化け物揃いのパーティーに勝てる訳ねーッスよ!!」
「バカヤロウ!!誰が真っ正面から突撃するか!!寝込みを襲うんだよ寝込みを」
「なるほど〜!流石はアニキだ、頭脳戦もハンパねぇッスよお!」
「おいコラ!声がでかいだろが、気付かれたら俺達死ぬぞバカヤロウ!!」
「す、すいません・・・・。」
さぁ大変!元山賊の一味が、みんなを虎視眈々と狙ってるゾ☆
「……あれ?」
とどめの一撃のはずなのに通らなかった。剣にまとった魔法の炎がいつの間にか消えている。
多分湿気が多いから持続時間が短くなったんだ。
「無理だった、てへっ」
「あれだけ派手な演出だったのに!?」
ハイアットさんがずっこけた!
「……そんなことより、火がついてるぞ!?」
見ると内壁の上の方で出火していた。ああ、何たる悲劇!
「そうだった!体液の油に燃え移ったらしい!!」
「うおあああ!?お前らに少しでも期待した俺が馬鹿だった!!オラオラオラオラオラ!!」
錯乱したキャメロンさんが百烈拳を放ってきた!もちろんハイアットさんも巻き添えに!
「「ぎゃああああ!!」」
阿鼻叫喚!! 地震雷火事オヤジとはよく言ったものだ!
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ラヴィちゃんに救出されなければどうなっていたことか。
元気なキャメロンさんとは対照的に、僕とハイアットさんはやつれきっていた。
「依頼主さんの知られざる一面を見てしまったよ……」
「うん……でもこれは二人だけの秘密にしとこう。あんな状況だと誰だってああなっちゃうよ、きっと」
☆☆☆☆☆一方、トムと愉快な仲間達☆☆☆☆☆
「でもあれ……美味しそうだなあ」
「そこ!くれぐれも分けてもらおうなんて考えないように!」
「はあ……お弁当あいつに食われちゃったもんなあ」
実はキャメロンが食われる少し前に、こっちも襲われかけたのだが
お弁当の入ったリュックを投げてなんとか逃げたのだ!
憂鬱という言葉はきっと彼の為に用意されたものなのだろう。先程から何度目の溜息なのか。
「俺は…一体何をやっているんだ?」
霊峰都市ガナン、生活ブロック第2階層の古びた酒場。表通りのきらびやかなネオンの当たらぬ影。
歓楽街でありながら、1歩裏路地に入れば…そこには都市の闇が広がっている。
勿論の事だが、その闇の中でしか存在を許されぬ者、そして自ら闇を選んだ者達も蠢く場所。
ブルーディ・ザ・サウンドライフ…先程から溜息を吐いては、ブランデーのグラスを傾ける男の名だ。
「よぅブルー、随分とシケた面してるじゃないかよ。また貴族殿の機嫌を逆撫でたか?あ?」
ブルーディの隣のスツールにどっかり腰を降ろしたのは、ずんぐりむっくりな初老のドワーフだった。
そんなドワーフの老人を横目でちらりと見遣ると、また溜息を1つ。
「モグラの爺さんか…今日は非番かい?こんな時間に珍しい」
「ガハハァ!おうともさ、毎日毎日穴蔵に篭りっきりじゃあ息が詰まるわい」
そう言って豪快に笑うモグラと呼ばれた老人は、バーテンダーにビールを大ジョッキで注文する。
「それにな、明日は騎士様の処刑って言うじゃあねぇかよ!俺ァ運がいい、滅多に見れるモンじゃねぇ」
モグラはグビグビと喉を鳴らし、ジョッキをみるみる内に空にしてしまう。
ダンッ!と勢いよく置かれたジョッキが飛沫を撒いた。それを興味なさ気に眺めるブルーディ。
しかし、内心はそうではなかった。
明日の処刑には公国の誇るゼーベンドルツ交響楽団による、鎮魂歌が披露される事になっている。
ブルーディは今回、その指揮者としてタクトを取る事となったのだ。
この霊峰都市ガナンにおいて、龍人以外の人型種族の価値は、はっきり言って家畜も同然である。
故にブルーディのような人間が、公国最高峰の楽団の指揮を取る事はまさに奇跡と言えるのだ。
だがブルーディは正直乗り気ではなかった。当然である。
崇高なる音楽を殺人の飾りに使うのは勿論、それを自分にやらせようとしている貴族に腹が立つのだ。
そして黒騎士は無実の罪を着せられ、処刑されるのに自分はその鎮魂歌を指揮するのである。
ブルーディは沸々と煮える怒りをどうやって明日処理するか…先程からそれだけを考えていたのだ。
繰り返す溜息は、例えるなら冷却の為の放熱である…
その日は公国という巨大な怪物が、その身を大きく揺らいだ1日だった。
12貴族に名を連ねるライヒハウゼン家当主、ディオール=ライヒハウゼンによる謀叛。
『最も忠義に厚き騎士』と呼ばれたディオールの反逆は、軍関係者並びに騎士団に衝撃を与えた。
ディオールは現場にて近衛兵により捕縛、刑務所に投獄されて明日には公開処刑が決定している。
しかし、ディオールを知る者は彼が犯人とは露程にも思っていない。
理由はとても簡単だ。
黒星龍の《ブレス》に、あのような大規模な爆発を起こす類は存在しないからである。
黒騎士の名の象徴である黒星龍の《ブレス》は、攻撃手段が直進・貫通型のものだけなのだ。
それ故にディオールには、あの大爆発を起こす事は“絶対に不可能”なのである。
この事実にいち早く気付いた騎士団長カルナートは、公国軍元帥ミュラーに訴えた。
しかしその訴えは黙殺され、カルナートは南部方面軍の視察を命じられ、首都から遠ざけられた。
この事から今回の公王暗殺未遂が、侵略派貴族による陰謀であると囁かれるようになる。
そして翌日、黒騎士ディオール=ライヒハウゼンの公開処刑の時が訪れた。
――時間は遡り、2日前…北端の都市ルフォン
近郊の廃鉱から発掘された、古代の超大型兵器を強奪する為レジスタンスが集結していた。
兵器の名は《グレナデア》
射程距離数百kmの霊子砲2門を筆頭に、千にも及ぶ重火器を搭載した怪物である。
もし《グレナデア》が起動すれば、形勢は再び公国に傾くだろう。
王国は何としてもそれを阻止する必要がある。
既に王国獅子十字軍3個連隊、ギルドの全面協力を経て集められた4600の傭兵がルフォンを目指し進軍を開始。
更に公国領内に点在する反乱組織を纏め上げ、先行部隊として《グレナデア》強奪作戦を決行。
リッツが所属する《運命の牙》もその強奪作戦に参加しているのである。
この世の中は虚偽で溢れている、そしてその虚偽を信じ過ごす者が多くを占める。
では真実を知るということはどういうことなのか?……俺は真実など知りたくはなかった。
「さっきからどうしたぁ?いつもより一段とブルーだな、今にも死にそうな顔してるぜ」
モグラの爺さんはいい人だ、こんな俺に飽きもせず語りかけてくれる、そして、
俺の身を案じてくれているのも嬉しい、だがその全てが今の俺にとっては煩わしさの根源でしかない。
「なんでも……ないんだ、本当になんでもない。」
素気ない返事しかできない、俺は明日濡れ衣の男を送るのだ。
いや、これはもう見殺しといえる、貴族の覇権争いというものを見せられて、
俺に一体なにをさせたい……
「貴族……か」
「あ?ああ、全く嫌な奴らだぜ、」
あの城など一皮剥けば魑魅魍魎の巣、自らの権力を保持するためならば
味方を殺すことも厭わないということだ、奴らに怒りを覚えることは多い、
だが俺は溜め息をし怒りを虚しさに隠すしかできない。今の生活は城の、
貴族に支えられている節も少なからずある、生きていく上でのしがらみは容赦なく俺を押さえつける。
そして、考え込んでいる内に夜が明けていた、
止めるべきなのか、それとも保身のために従うのか、いや、実際は分かっている、
勇気がないんだ。自分に反吐が出ながらも俺は畏れている。
そして俺は交響楽団を引き連れ鎮魂歌の指揮を取ろうとしていた。
野次馬の数は圧倒的で、よく見るとモグラの爺さんもいる、
俺はこの野次馬の目が耐えられなかった、黒騎士の死を見に来ているのはわかってる。
公開死刑なんだから当たり前だ、だが、それが俺にはどうしようもなく辛いんだ。
俺は指揮をやめる、演奏が止まり、辺りはざわめきで広がる、しかし、俺の中には静寂が戻ってきた。
この世の中は虚偽で溢れている、そしてその虚偽を信じ過ごす者が多くを占める。
では真実を知るということはどういうことなのか?……後悔の念を消し、
何かを変えることができるのか?その答えは……いまここで出る。
「みんな!聞いてもらいたいことがある、今日、この場で、今まさに死刑になろうとしている男。
彼は無実の罪で死刑を受けようとしている!彼は潔白だ!」
この言葉に野次馬も楽団のみんなも、そして見に来ている貴族もただ黙る。
「なぜならば、彼は暗殺を行なえるわけがないからだ!暗殺は爆発を持って行なわれた!
しかし!彼には爆発を起こす術を持たない!」
全てを明かした時には貴族の命令により近衛兵が俺の周りを囲う。
これもまた、一つの結果だと受け入れようとしたとき、放物線を描きトランクが俺の前に落ちる。
当たり前のように、トランクを開ける、そして吸い寄せられるかのように俺の手元にくるローラ。
静かに深呼吸し、肺を空気で満たしていく、最大まで溜めたものを、いま全て解き放つ!
――――ッッ!!!――――
音と言えない音が空気を伝わり、俺の周りに居る兵士達が倒れていく。
もちろん、殺しなどしていない、ただ脳震盪を起こし一時的に倒れただけだ。
黒騎士のほうに駆け寄りギロチンを外す、
「わ、私を助けてくれるのか?」
「……ただ、俺は、俺を裏切りたくなかっただけだ。」
手を差し出しひっぱり上げる、なぜ俺はこんな簡単なことをするのに迷い、
畏れていたのだろうか?あまりの馬鹿らしさに笑いが込み上げてくる、
「この状況、逃げることは叶うか?ディオール卿」
「こう見えても黒騎士という名誉をもらっているのだが?」
お互いに笑い合う、なぜだか知らないが、昔から友人だったようにも思える。
「……そうだったな、本当ならば剣の腕前を見せてもらいたい所だが、逃げ足の方をまず先に見せてくれ。」
黒騎士はニヤリと口の端を上げ、影を使い俺たちを覆っていく、それと同時に兵士達は俺たちを見失うだろう。
そして今日この時、俺は誇りを守った裏切り者となった。
「用事は済んだかの?」
『吠える坑道亭』を出て来たジンレインに声を掛けた小柄な黒装束の女が、腕組みして壁に身を預けている。
「済んだわ…それと、面白いモノを見た」
そう黒装束に応えるジンレインの顔は、獲物を発見した狩人の笑み。
「面白いモノ?」
「そう、面白いモノ。直に分かる。それより例の品は用意出来そう?」
黒装束を見もせずに、早足で通りを歩く。黒装束はその傍らを同じく早足にて並ぶ。
「ゲートの認識パスは全部で12枚だの、予定よりも少し余分に入れた」
「そう…上出来ね。後は向こうと合流して出方を伺うわ。『獅子』も足止めを喰った様だし」
「だの。この遅れが厄介にならねば良いが…そうはいかんかの」
「無理よ、連中は戦争を知らないもの。盤上の“お遊戯”と勘違いしてるんじゃないかしら」
2人は裏通りの安宿に入る。部屋のドアに鍵をかけ、ジンレインは黒装束に指で合図を送る。
「ふぅ…息苦しいのは好かんのだがの。致し方ないかの」
フードを取って現れたのは、猫の頭。黒装束の女の正体は南方の獣人族、ニャンクスだったのだ。
「文句を言わない。公国領では獣人じゃ動き難いのは貴女が1番よく分かってるでしょ」
そう言って荷物を降ろし、ベットに腰掛けたジンレインはニャンクスの女の服を脱ぐのを手伝ってやる。
「シャミィ、気をつけて。ゴミムシだって窮屈なのを我慢してる」
「にゃむぅ…分かってはいるんだがの…毛繕いが出来ぬのは辛い故…」
まるで子供に言い含めるかの様に注意を促すジンレインに、不服気な顔になるシャミィ。
ジンレインはシャミィの滑らかな毛並み、銀めいた美しい白灰色の毛にブラシを透していく。
「それとシャミィはよせ。我が名はシャムウェル=アルフェミィだと…何度も言うて……おろう…が…」
宝石のような琥珀色の瞳を細めて、シャミィは抗議したが…ブラシの心地良さに眠ってしまった。
静寂が支配する室内では、小さいはずの音もよく響くようだ。
規則正しく時を刻む柱時計と苦しそうに続けられる呼吸音。
ベッドに埋もれるように横たわる父コル・ウーヌム(至上の至福)の寝息だ。
深く刻まれた皺、枯れ木のような腕、力なく乱れる白髪。
100を越えた老人のような姿だが、実年齢は50を少し過ぎたばかり。
これが父に科せられた代償・・・。
1000年程前、一人の操術師が星界の秘密の一端に触れた事が始まりだった。
彼は次々とその秘密を解き明かし、体系化し、黄道聖星術を確立した。
それが始祖、ギアルデ・ドラド(黄金の導き手)だ。
星界の秘密はあまりにも深遠にして久遠。
故に彼はこれを命題として一族に託した。
その為に行われたのが知識の継承。
通常学習によって後世に知識を継承していくのだが、その時間すら惜しかったのだろう。
秘術を使い、生まれながらにして先人の知識と魔力を継承していく。
その結果、一族は代を重ねるごとに加速的にその知識と魔力を蓄えていった。
この秘術のおかげで本というものの必要性がなくなり、おかげで黄道聖星術に関する本は一冊もない。
だが、この秘術には致命的な欠陥があった。
それは二十三代目カリギュラ・モルテスバーデ(暴帝の交剣印)によって知らしめられることになる。
彼はその名の通り暴虐を尽くし、一族を破滅の手前まで追い込んだ。
何ゆえ彼がそう駆り立てられたのか・・・
それが代償、だった。
秘密保持と知識継承の秘術の為、近親交配を重ねる事によって生まれてくる者の「何か」が代償として失われていたのだ。
カリギュラには自制が代償として欠けていたのではないか、と言われている。
その後も一族は知識継承を続け研究を重ねるが、代償はますます大きくなっていった。
父の代償は「老化」だ。
通常の倍のスピードで老いていく恐怖はどれ程のものだったろうか?
そう思えば私は幸せなのかもしれない。
私は代償として左腕と左脚と両目と色素、そして女としての機能が欠けた者として生まれてきた。
他に兄弟姉妹は11人いたが、皆10歳の誕生日は迎えられなかったのだから。
生きていく為に必要な器官が欠けていたり、知識継承に耐えられない精神だったからだ。
一族の者は皆短命、脆弱で結局生き残ったのは父と私だけになってしまった。
生殖機能のない私が生き残ってしまい、嘆かれていると思ったが大事に育てられた。
秘術の粋で作られた義手・義足を与えられ、義眼には宝珠が使われた。
これだけ考えてもどれだけ手間をかけられたか自覚するに値する。
「××××よ・・・いるか・・・?」
「はい。」
父が目を覚まし、私を呼ぶ。
もはや私の姿が目に映らないほど体の機能が低下しているのだろう。
私の義眼は映像だけでなく、体温・発汗状態・オーラ・周辺気流なども脳裏に映し出してくれる。
全ての生体反応が死へと向かっている事が見て取れた。
「我ら一族1000年の歴史はここに終焉を迎えた・・・」
そう、私が子を産めないから・・・
だけど父の顔には一族の終焉への悲哀の表情はない。それどころか満足そうですらあるのが不思議でならない。
「・・・お前ももう、16歳か・・・まだ早いが、お前に名を授けよう。太極天球儀をこれへ・・・」
父が何を考えているかわからなかった。
一族の歴史が終わるというのに、今更私に名を与えたとてどうなるというのだろう?
そんな私の考えを他所に父は術を行使する。
「・・・汝が名は・・・ アビサル・カセドラル!」
「アビ・・・サル・・・!」
厳かに宣言する父の言葉を思わず反芻して絶句した。
【奈落の大聖堂】、という意味だ。
なんという呪われた名だろう・・・でも私には相応しいのかもしれない・・・
「ふふふふ・・・くはははは!一族最後を飾る我が娘に相応しい名だ。
一族にとっては終焉を告げる奈落の大聖堂。だが、父としてはこれこそ我が名の通り至上の至福だ!
××××・・・いや、アビサル・カセドラルよ。もはやお前を縛る一族の楔はない。人として自由に生きよ。」
今すぐにでも老衰で死んでもおかしくない状態の父から発せられる覇気に驚いた。
そして父の愛に感動し、涙を流せない自分の目を呪ったほどだ。
私はずっと自分が生きている事に疑問を抱いてきた。
子を産むことのできない身体の私が生き残り、次代に継承する機能を有する兄弟姉妹が死んでいく。
罪の意識に苛まされ続けてきた。
けれど父のこの言葉でその想いから解放された気がした。
「一族は1000年星を見てきました。ですから私は地を見てこようと思います。」
父の愛に涙を流せないのならば、言葉にて応えよう。
「それもいいだろう。次の定期便の船に乗り外の世界に出るといいだろう。
だが、女の一人旅は危険だからな、男装をしていくが良い。
この島のモノは全てお前のものだ。好きなものを持っていき、存分に楽しんで来い。
そして、いつでも帰って来い・・・。」
「はい!」
父の最後の言葉に強く頷き、死出の旅を見送った。
数日後、腰まであった髪を短く切り定期船の上で揺られる私がいた。
自分で髪を切ったことがないので多分に乱れているが、これから始まる旅のことを思えば気にならない。
カルダン諸島には行った事があるが、更にその先に広がる大陸まで行くつもりだ。
まだ見ぬ大陸でも旅を思い空を見上げる。
数週間後、私はカルダン諸島から大陸へ渡る客船に乗っていた。
乗船から既に数日が過ぎ、航海も明日には終わる。
そんな夜、私は甲板に出て満天の星空を見上げる。
真っ暗な海とは対照的に煌く星空は、退屈な船旅に潤いを与えてくれる。
「坊や、甲板は冷えないかね?」
「え、あ・・・い、いえ・・・」
急に話かけられたのでうまく返事ができない。心の中で唇を噛んだ。
話しかけてきたのは初老の船乗りだ。
出航してからの数日、よく見かける顔だが他人と話す時は緊張してしまう。
「そ、その、星が綺麗だし、あの・・・」
「三等船室は空気が澱んでいるからなあ。かっかっか、気持ちはわかるぞ?」
私の言葉を継ぐように初老の船乗りが代弁してくれた。
旅費を節約にしようと三等船室を選んが、そこは船底に近い大広間で雑魚寝、という状態だった。
窓もなく空気は澱み、寿司詰め状態なのであまり居心地がいいところではないのも確かだ。
でもそれ以上に、私の服装が幅を取るので周りの人に申し訳ない気持ちがあって出て来てしまったのが本当のところ。
「それにしてもいやでも目立つ格好だな。何の装束なんだ?」
至極もっともな疑問だと思う。
両肩と胸元に浮く宝珠、そして頭に載せている仮面。星見曼荼羅の赤地のローブ。
自分でも目立つと思う。
「ぼ、ぼ、僕は星占い師、でして。こ、これは、その、い、衣装なんです。」
そう言いながら頭の上に乗せていた仮面をおろして被る。
仮面は長方形で人の顔を模しているが、珍しい特徴があった。
縦目・・・。
仮面の大きな瞳部分が円柱状になって10センチほど伸び出ているのだ。
「僕みたいな若い占い師は、こうやって顔を隠して神秘性を演出するのです。」
仮面を通した私の高い声は、くぐもって程よく重厚さを醸し出してくれる。
それにこれを被ると落ち着いてどもることもなくなるのも理由の一つ。
「占い師だったのか。演出も大変なんだな。
羅針盤ができる前までは船には必ず星占い師がいたもんだけどな、もう若い奴は知りもしねえよ。
それじゃあいい機会だから、この船の航海についてでも占ってもらえるかい?」
一人ぽつんと甲板に佇む私を気にかけて話しかけてくれたのだろう。
その気持ちに感謝を表すためにも、戯れの依頼を受け占いをすることにした。
精神を集中させる。胸元の太極天球儀に手をかざす。
僅かな光を放ち太極天球儀の内部に小さな煌きが顕われ、それを読み取る・・
「・・・身中の虫・・・危険の到来・・・助けの力・・・」
自分の乗っている船に危険な暗示・・・。
驚いて顔を上げた時には*ゴッ*という音とともに目の前にいたはずの船乗りの姿が視界の隅に移動していた。
普通の人間の目なら消えたとしか思えないだろうけど、私の義眼の視野は人間のそれより広い。
その片隅で初老の船乗りは頭に斧を生やして船の縁に叩きつけられていた。
その横にはもう一本、斧が刺さっている。
「おいおい、外すか、普通?」
「的が小さすぎるんだよ。いいじゃねえか、餓鬼一匹くらい。すぐに始末する。」
反対の視界の隅に男が二人。
この二人もこの数日で見ている。この船の船乗りのはずなのに、なぜ?
義眼の採光率を上げると、二人の後ろにもう一人男がいることがわかった。
「しかし坊主も運がねえな。甲板に出ないで寝てれば死なずにすんだのによ。」
「俺たちに殺されるのと、海を彷徨ってのたれ死ぬのとどっちが幸せかはわからねえぞ?」
「ぐだぐだいっていないで、さっさと餓鬼を始末して仲間へ合図を送れ。」
嘲り笑う二人を後ろの男が窘め指示する。
この会話で私は理解した。
この三人は海賊なのだ。
船乗りとして潜入し、密かに内部破壊をして仲間を引き入れ略奪をする。
普通に襲って戦闘するより、合理的な事で感心するが、略奪される側にしてはたまったものではない。
即座に太極天球儀を展開させ呪文を唱え始めた。
「太極天球儀展開!天是、黄帝含枢紐!急急として汝を名召すこと天下知る・・・鎮星召喚!」
この状況で問答は意味を成さない。
呪文を唱える必要がある私にとっては順応スピードが生死を分ける。
三人は子供と侮ったのか夜闇で気づかなかったのか、呪文の詠唱にいたって私が術者だと慌てたように飛び掛ってきた。
二振りのカトラスが振るわれるが、既に召喚は完了していた。
私を中心に二メートルほどの球体の立体映像。
それが魔方陣であり、障壁でもあるのだが、白刃はその障壁に触れることすらなかった。
展開した太極天球儀を囲うように召喚された鋭い輪が砕いたからだ。
まるで土星の様に輪を纏っている状態だ。
輪の正体は極微の隕石の集合体。斬るのではなく、触れたものを全て抉りとる。
私に襲い掛かってきた二人の海賊は、まるで齧られた様に肉塊と血溜まりと化す。
響き渡る断末魔に、船内から他の船乗り達が駆け出てくる。
残った海賊は照明弾を床に叩きつけると、一呼吸もおかずに海へと飛び込んでいった。
仲間だけ呼び寄せ、自分は安全の為に逃げる。この状況では最も理にかなった行動だ。
縁に向かい見渡すと、帆も船体も黒塗りの中型船がこちらに向かってくるのが見えた。
それを教えると船乗りたちがうろたえる。
どうやらあの三人は見張りを殺し、腕の立つ者には薬を盛っていったそうだ。
まともに戦いになれば勝ち目はない。ならば戦いにさせないのみ。
「群れ星召喚!」
船の縁に立つと、新たなる星を召喚した。
展開された太極天球儀に無数の影が浮かび上がる。
星界を漂う無数の星になれぬ星たち。その小ささゆえに決まった軌道を持たず召喚もしやすい。
映像としての影は実体を持ち、迫り来る船に向かい発射される。
五センチほどの塊の速度は、地上においては摩擦で火を発するほどになっている。
無数の赤く燃える塊が海賊船に降り注ぎ、破壊していった。
「ふう・・・これで安心、ですね。」
仮面を外しあげて船乗りたちに振り向くと、盛大なる拍手が待っていた。
みんな見ている・・・注目されるのはどうも苦手・・・
自分の顔が熱くなっているのがわかる。きっと真っ赤になっているのが間違いない。
色素がないから血管が膨張するとすぐに真っ赤になってしまうのだ。
恥ずかしい・・・逃げ出したい・・・
「大変だ!奴ら羅針盤まで壊していきやがった!」
歓喜に沸いていた甲板がまた凍り付いてしまった。
あと一日の距離とはいえ、大海原で羅針盤を失えば陸地にたどり着くことは難しいからだ。
「・・・あ・・あ・あの、よろしければ、ぼ・僕、星を見て方向とり、とりますけど・・・」
恥ずかしいけど野垂れ死ぬわけには行かない。
翌日、天球儀の中に極星を召喚して方向を示し続け、無事に港に着くことができた。
船長をはじめ主だった者が死亡・負傷し、羅針盤まで壊された状態での帰港は奇跡といってよかったのだろう。
船を下りようとする私に群がる船乗り、船会社の役員、海上警備員たち。
すごい人数だ。カルダン諸島最大の村の人間よりも船着場にいる人達の方が多そうだ。
人ごみに酔って疲れてしまう・・・
感謝してくれるのはわかるけど、恥ずかしくってとてもその場でいられなかった。
「ご・・ごめんなさい・・・重力反転、斥力生相・・・」
そう言い残して自分にかかる重力を遮断し、空に向かって落下して三階建ての建物の屋根まで跳躍。
そして姿をくらますように跳躍を重ね、裏路地へ通りついた。
「星辰よ、我が行き先を指し示せ。」
呪文を唱えると、太極天球儀が鈍く光ってこの街全体の立体映像を映し出してくれる。
街の地図には人の気の流れも表れているので、それを避けるように道を選び無事街道に出ることができた。
まったく見知らぬ大陸に一人。心細くないといえば嘘になるけど、それ以上の気持ちが私の心を占めていて気にならない。
「あてのない旅だけど、とりあえず力使いすぎておなかがすいちゃった・・・。」
港町での食事は逃げた時点で諦めているけど、このままだと空腹で行き倒れになるかも・・・
それを予感させるように私のおなかがきゅーっとないていた。
ともあれ、私は旅の第一歩をここに踏み出した。
港町ロイトン、ゼアド大陸を縦横に延びる十字街道の西の終着地であり、大陸西部の交易の中心でもある。
位置的には公国領ではあるが、街の性格上これまで大きな戦闘も無く、戦時下においても平和といえた。
しかしそれもつい先月までの話。
公国海軍が南のルシナに南下して以来、この近辺の治安は急速に悪化している。
アビサルはそんな世界情勢に疎く、ここから北に50km離れたノッキオールで先日大規模な戦闘があった事も知らない。
ロイトンは今や戦争と海賊、2つの脅威に不安を抱え、街全体に張り詰めた緊張感はアビサルに重くのしかかった。
「と、とりあえずご飯…かな?」
故郷の島を旅立ってから、あまり食事が喉を通らなかった。だが体は正直だ。
先程から警告音を鳴らし続けている。アビサルはキョロキョロと辺りを見回し、食事のできる店を捜した。
「やあ坊や、どうしたのかなぁ?迷子かなぁ?それとも、何か探してるのかなぁ?」
不意に後ろから声を掛けられ、アビサルは飛び上がりそうになる。
軽くパニックに陥り、慌てて駆け出そうとしたが、鞄を掴まれてアビサルは前につんのめってしまった。
「おやおや、逃げる事ぁないだろ?俺達は親切で声掛けたんだぜ?」
ガラの悪い、いかにも海賊といった格好の男が7人。ゆっくりとアビサルを取り囲む。
「あ…あの…ぼ、僕は……ぇと……」
「あぁ!?聞こえねぇよ!!」
海賊達に凄まれて、アビサルはすっかり脅えて縮こまり震えている。船の上での戦いぶりが嘘のようだ。
無理もない。中央の商業都市メロメーロに比べれば小さいが、ロイトンも大きな街なのだ。
生まれてからずっと、辺境の島で育ってきたアビサルにとって人込みは初めての光景なのだから。
軽度の対人恐怖症ともいえるアビサルは、普段の冷静さを完全に失っていた。
武術の心得も無く非力なアビサルは、簡単に海賊達に捕まってしまう。
「おいコラ待ちな…〇〇〇野郎、1人相手に寄ってたかってウザイんだよクソが!」
凜とした鋭い美声が、汚い言葉遣いで響き渡る。海賊達が振り返り、声の主を見た。
燃え盛る炎の如く赤い髪を潮風に揺らし、その手に身の丈よりも長い槍斧を持った少女が居た。
「ったく、アタシはこんなのばっかりだねぇ…」
そうぼやくと少女は槍斧を軽々と振り回し、すぅっと構えてニヤリと笑った。
「てめぇ…何者だ?俺達が誰だか分かっ…ぐはァ!?」
リーダー格の男は言葉を最後まで言い終える事も出来ぬまま、地に倒れ伏した。
赤毛の少女が槍斧の柄を、神速の突きで叩き込んだからだ。海賊達にどよめきが走る。
「次は誰だい?来ないなら…アタシから行くよ?」
ぎらつく獣めいた切れ長の瞳が、品定めする様に海賊達を見回していく。
「チッ…!行くぞ!!」
海賊達は少女に戦いを挑むかと思いきや、さっさと逃げ出したではないか。少女は呆れ顔でその背を見送った。
「あ、あ、ありがとう…ございました…」
「ったく、ちっとは抵抗しなよ?ああいう連中はほっとくと付け上がるからね」
赤毛の少女は倒れたリーダー格の懐から、金の入った革袋を抜き取ると、アビサルに向き直る。
「は、はい…すみません…」
「なんでアンタが謝るの。ホントにもう、前にも同じような奴を助けちまったけどさ、大体アンタ…」
きゅるるるるるう……
先程までより一際大きな腹の虫が鳴き、少女の言葉を遮った。それをキョトンと見つめる少女。
しばし沈黙………
「プッ…あっはははははははは!!」
アビサルは恥ずかしさに真っ赤になり、少女の笑い声が通りに響き渡った。
「でさ、海賊なんてのは船が無きゃタダのチンピラだろ?調子に乗りやがっていいザマだよ」
「……はぁ…そ、そうなんですか…」
2人はあれから近くの定食屋で昼食をとっていた。互いに自己紹介を済ませ、ある程度は打ち解けたといえる。
「そうそう、海賊なんかよりも山賊の方がよっぽど強いっての。連中は分かってないんだよねぇ」
「そ、ソーニャさんは、こ、これからどうするんですか?」
「ん?アタシ?…そうだねぇ、北に…」
「あーっ!こんな所にいた!ソーニャさん勘弁して下さいよぉ…捜したんですから!!」
ソーニャの台詞を遮って現れたのは、使い込まれた革鎧を着た若い男だった。
どうやら随分と走り回ったらしく、息を切らして額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「おやビット、どうしたのさ。そんなに必死になっちゃって」
「そりゃ必死にもなりますよ!昼過ぎたら出発だって言った張本人が、昼過ぎても来ないんですから!!」
「あ…悪ィ、フツーに忘れてたわ」
そうは言うものの、悪びれた様子もなくサラダを頬張るソーニャを、アビサルは不思議そうに見つめた。
「ホンットに勘弁して下さいよぉ…みんな準備も完了して待ってます。早く来て下さい」
今にも泣き出しそうな、ビットと呼ばれた青年はソーニャに詰め寄る。
「ゴレム狩りのギルビーズ部隊はハイフォードを出発したんですよ!?先を越さ…はぅあ!?」
突然ビットの胸倉を凄まじい速度で掴み上げ、ソーニャが牙を剥いて凄惨な笑みを浮かべた。
「そぉいうのはもっと早く言いな!全員に伝えるんだよ!今から即出発だってね!!!」
「り…了解しましたーッ!!」
全力疾走で逃げるように走り去るビットには目もくれず、残りのサラダを一気に平らげてアビサルを見た。
「よし、アンタも来るんだよ!もたもたしないでさっさと食いな!!」
「ぼ、僕も?…………え!?えぇえええええ!!!??」
店内に可哀相な少女の悲鳴が響く。
後の世に『星道の導き手』と呼ばれる偉大な星占術師が、自らの運命の扉を開いた瞬間であった。
「そんな作戦あるか!!俺は絶対嫌だからな!!仲間を見殺しになんざできるかよ!!」
リッツの怒声がテントを僅かに震わせた。その場にいた全員が沈痛な面持ちでリッツから目を背ける。
「だが、これが最も確実な作戦だ。犠牲無しに平和は…」
「うるせぇ!!犠牲だと!?ふざけんじゃねえよ!!」
ダンッ!!っと机を叩きリッツは叫ぶ。今回の大型兵器強奪作戦はこのようなものだった。
山岳地帯であるルフォンは天然の要塞。しかしそれ故に守りに人員を割かれておらず、
逆に正面からの強攻突入に弱い。部隊の大半を正面突入に割き、守備の兵を集める。
その隙を突いて別動隊が兵器格納庫へ侵入し、グレナデアを奪取するという作戦だ。
これだけならば普通の作戦と言えるだろう。だがリッツが反対するには理由があった。
ルフォンに配備された公国軍も馬鹿ではない。
重要施設を狙うこのような反乱組織の作戦に対処する為、新型の重装ゴレムを多数用意していたのだ。
既に新型ゴレムとの戦闘で、『運命の牙』を始めとして複数のレジスタンスが多大な被害を出している。
その新型ゴレムの戦闘能力は、既存のゴレムとは比較できない程で、リッツ自身もかなりの手傷を負った。
「明日にはあの『ゴレム狩り』も合流する。戦力が整い次第、作戦は決行だ!」
「テメェ!!まだ分かんねぇのか!?」
作戦指揮を任された王国騎士アルト=サイカーチスはリッツを睨み、リッツもアルトを睨み返す。
両者の間に目に見えぬ火花が散った。
会議の場は静まり返り、何ともいえぬ緊縛感が漂っている。そんな沈黙を破り捨てたのは呑気な欠伸だった。
「〜っと、終わったかい?……って俺タイミング悪ぃな〜たははは」
ボサボサ頭を掻きむしりながら、大欠伸をかました巨漢は苦笑する。眠そうな目を擦り、また欠伸。
「騎士の坊ちゃまにはマイベスト作戦かもしれねぇが……駒の兵達はたまらんねぇ」
「ジーコ、お前まで反対するというのか!?」
デュランが巨漢に非難の眼差しを向けた。巨漢の名はジーコ=ブロンディ。
王国獅子十字軍北方大隊長、またの名を『不動の砦』。先の中央戦線では数多くの功績を挙げた武人だ。
「まあまあ落ち着きなって。男のヒスはみっともないぜ?なぁ、白髪小僧」
リッツを見ながらジーコは豪快に笑った。
ジーコはゆっくりと立ち上がると、机の上に広げられた作戦地図をくしゃくしゃに丸めて投げ捨てる。
「なあ白髪小僧、ようするにオメェはこう言いてぇんだろ?『テメェらも戦え』ってな」
何が可笑しいのやら、ジーコは笑いながらリッツの肩を掴む。
「だったらこうしようじゃねーか、明日正面突入は俺とオメェの2人だけだ」
その言葉に一同がどよめく。当然だ。どう考えても無謀としか言いようのない事だからだ。
しかしジーコの眼は真剣そのものである。この男は本気だと、リッツは瞬時にそう理解した。
「いいぜ!敵方のゴレムが出たら、そん時は専門の連中に任せりゃいい。明日来るんだろ?」
リッツが拳を打ち鳴らし、勢いよく答える。そしてジーコと拳を突き合わせて不敵に笑った。
「貴様達!!ふざけるな!!明日の作戦が成功するかどうかで戦局が変わるんだぞ!?」
アルトの我慢が限界を突破したようだ。無理もない。会議はずっとリッツが文句を言い続けたし、
なによりも会議に出席した傭兵団の幹部達は皆、アルトの高圧的な態度に反感をあらわにしていたからだ。
「そう熱くなるな坊ちゃん、戦争ってのは机の上でやるもんじゃねえだろ?認めてほしけりゃ…」
ジーコはアルトの顔を鷲掴むと、軽々持ち上げて優しい諭すような口調で続ける。
「身体張って戦場に出て来るんだな。それが出来ないってんなら諦めな、
ここに“いていい”のは命懸けで戦ってる“兵士”だけなんだよ」
その口調こそ優しいものであったが、全身から滲み出る怒気はテントの中の気温を、
一気に氷点下にしたかのような錯覚さえ感じさせる程に強いものだ。
(スゲェ…このオッサンとんでもなく強い!)
リッツは震える拳をきつく握り、高鳴る鼓動を押さえ込む。強い者と戦う事はリッツにとって生き甲斐だ。
目の前にいる武人と…思い切り戦いたい。そんな感情が心の底から沸いてくる。
「まあつまりだ、作戦なんざいらねえって話だよ。セオリーもクソもねぇ、それぞれが好きに暴れ回れ」
アルトは失神したらしく、ぐったりと糸の切れた人形のように動かない。
「へへッ、随分とまぁ馬鹿みたいにシンプルな作戦じゃん」
リッツがそう言うと、ジーコは困った風に苦笑いしながら答えた。
「当たり前だ、馬鹿にもわかるように話をしたんだからな。これでわからねぇなら俺ァお手上げだ」
エスノアのペッパー炒めが美味しかった事は言うまでも無いだろう。
キャメロンさんは終始微妙な表情をしていたが。こうしてその後は順調に……いかなかった。
「おっちゃん、夕方には着くんじゃなかったの?」
「おかしいな……そろそろ着いてもいい頃なんだが……」
辺りはすでに薄暗くなり始めたのにまだ着かなかった。要するに道に迷ったらしい。
でも調度いい物がたくさんあるじゃないか!
「そんな時はこれ!通り道ポインター!」
「黄色くて見やすい上にとってもエコロジー!今なら10個セットで10ギコ!これはお得!」
ハイアットさんと即席路上販売を実演して手に持った黄色い物体を後ろに投げる!
「単にバナナの皮じゃん!それにぼったくり過ぎ!」
レベッカちゃんが必要にして充分なツッコミをいれた。
僕と旅に出てからツッコミがめっきり上手くなって嬉しい限りだ。
そうして、バナナの皮を撒きながら進むこと小一時間。
「またバナナの皮……」
「あっちにもあるし……」
全員にげっそりとした雰囲気が漂っていた。それもそのはず。
気付くといつの間にか辺り一面バナナの皮だらけになってたのだ。足元が危険極まりない。
普通に道に迷っただけでこんなになるだろうか。おそらく魔法的な力が働いているとみた。
「もしかしてさ、もう着いてるんじゃない?」
「どういうこと?」
「魔力感知するからよく聞いて」
僕は暁の瞳で短いフレーズを吹いた。
すると案の定、これでもかというほどはっきりと木霊が返ってきた。
「じゃあ道に迷ったのは遺跡の魔力のせい!?」
「多分幻に囚われてるんだろうね」
キャメロンさんがせまってくる。
「よく突き止めた!早く幻を解いてくれ!」
「いやー、それが……すごく強い魔力だから僕には無理っぽい」
そう言った瞬間、辺りの空気が固まった。あれ?そんなに期待してた?
「そ、それじゃあ……ここで野たれ死ぬのか!?
期待させといて役立たずめ!とりゃあ……あああぁあああ!?」
キャメロンさんがまた百烈拳を放ちかけてバナナの皮に滑って転んだ!
やだなー、僕には無理っぽいって言っただけなのに。
☆☆☆☆☆再びトムと愉快な仲間達☆☆☆☆☆
バナナの皮が散乱する中をゆく御一行。
「仲間割れはじめましたよ!チャンスじゃないっすか!?」
「それもそうだが問題は俺らも迷っているという事だ。
残念ながら俺らには魔法みたいなの扱える奴がいないからな、
ここはあいつらにどうにかしてもらった後でボコるのがいいだろう」
「なるほどー!敵を利用するとは見事な作戦!
……それにしても、歩きにくいなあ、あのバカ二人のせいで」
天守閣に双翼の影が落ちた。
「先生、ちょっといいか?」
「むにゃん?」
皇都に着てから日がな一日そこで丸くなっているだけの黒猫を見下ろすのは、朱を引いた鋭い瞳。空魔戦姫リリスラである。
「リリスラ殿、少し右に寄っていただけませんか? いや、先生の上に影が落ちているもので」
足をたたんでクロネの耳の裏を掻いていたアオギリが、相変わらずのにこやかさで言った。
リリスラ、部下には決して見せない苦笑を浮かべ、注文通りに蹴爪で手すりを掴み歩く。
「アオギリもいるんなら丁度いいや。内輪で話すんならこの三人で――って思ってたんだ」
真に気を許せる者の前だからであろう。終始不機嫌なはずの顔には、やや明るい色が浮かんでいた。
「スターグのことなんだけどよ」
「……ああ」
彼女の話しの切り口はいつだって単刀直入である。師弟二人はその一言だけで内容まで手に取るようにわかってしまった。
「心配かの?」
「へっ」
「そう悲観することもないでしょう。ゼアドに攻めるには何はなんともイグレア大海を越えねばなりません。ヒムルカ殿の助けがなくては――」
「奴は一人でも行く」
リリスラの断言に押し黙るアオギリ。
スターグとは、即ちそういう男なのである。
ガレオン船すら一打ちでひしぐイグレアの荒波を越え辿り着いたその一人の、ゼアドでは在り得ぬ異形の男は、東部沿岸諸国を滅ぼすであろう。
東部へのニ大国の干渉を防ぐ天然の要害、大ガラン山脈を越え、彼は公国王国合間見える最前線に現れるであろう。
今の情勢から鑑みて――いや、例え展開中の両軍主力とぶつかってしまったとしても、恐らく王都にまでは辿り着くであろう。
そこから先、聖地に至れるかどうかは……神のみぞ知る。
――と、いったところか。
三人の脳裏に同様の仮定が駆け巡り、場を沈黙が支配する。
そうなった場合、果たして賽はどう転ぶのであろうか?
「あの方、先駆けとしては文句なしなのですがねえ……」
「先駆けすぎだバカ。誰も後に続かねえと混乱なんざすぐに収まるぞ」
「ふむ、両国が手を取り合うのは確実。最悪の場合は聖地に気付かれるやもしれぬな」
目を瞑り、腕を組むクロネ。
この心に今更の霞がかれど、真の目的への疑問は尽きねど、ともかく聖地の再封印だけは避けなければならない。
「……行くか」
一人気ままな身の上の剣聖は、至極簡潔な答えを出した。
シャミィをベッドに寝かしつけると、私はそっと宿屋を抜け出した。
これから始める仕事はあまり感心出来たものではないし、
相方に知られれば、卑怯を嫌う彼女の機嫌を損なう事は想像に難くない。
外は日没後の急な冷え込みに、道行く人の吐息も白む。私は町外れの亜人集落を目指した。
鍛冶場の灯を右手に眺めつつ、大通りを真っ直ぐ北の方角へ。
仕事の内容は単純、ラヴィを「獅子」に売る。
ラヴィがいつかの王位継承者失踪事件、
クラーリアの王子と「駆け落ち」した宮廷料理人ともなれば、王国領にあっては重罪人だ。
それに、彼女の下手な振る舞いで王子の名を汚すような真似があったり
ともすれば敵国の人質に取られて、公国との戦局を覆される始末となれば取り返しがつかない。
丁度良くもラヴィは国外逃亡中の身、面倒が起きる前に彼女を抹殺しようとする王国貴族は少なからず居るだろう。
直接手を下す必要はなく、簡単に裏を取って後は情報を売るだけだ。
酒場の事件の顛末を見ていて、連中の足取りは分かった。上手くすると、遺跡で勝手に死んでくれる公算も。
せせこましいシノギだけれど、小遣いの足しには悪くない。この程度で胸が痛むほど私は小娘でもない。
「ゴミムシ」に会う用事なら取引の品を確認するついでもある。
本業。レジスタンス「運命の牙」に武器の配達と用法指導、数回の作戦指揮。
取り扱い商品のメインは吸着地雷、それと蛸壺掘りの工作道具に、布製の簡易魔方陣。
商工ギルドがレジスタンスに、私の名前を「ゴレム狩り」として大層売ってくれたものだから
こちらとしても対ゴレム用の武装をあつらえてやらねばならない立場な訳だ。
客が鍬や鋤で戦争していないのがもっけの幸い、単身最前線に投げ出される心配こそないが
契約期間中、作戦顧問としての身分に落ち着いていられるかどうかは怪しい。
技術者は不足しているだろうから、生徒たちが慣れるまで初めの一、二発を実地で実演させられる覚悟だけは決めている。
それにしたって、あまり戦況が酷でなければ、様子を見てシャミィに継いでしまえばいい。
現場へ到着後の予定をあれこれ思案しながら、気付けば「ゴミムシ」のアジトの入り口まで着いてしまっていた。
アジトは古い炭鉱、落盤で行き止まりになった短い坑道を繋げて作られており、
貧しい亜人たちが暮らす、粗末な木造バラックが立ち並ぶ界隈を通り抜けた先、
廃坑の入り口に、武装したゴブリンの門番が数人屯している。
焚火を囲んでサイコロ博打に興じる彼らを呼び止め、口早に符牒を合わしてしまうと、一人が「ゴミムシ」の居場所を教えてくれた。
そこから話は早かった。「ゴミムシ」は太っ腹にも、手付けを王国の連絡員に代わって払ってくれた。
彼は直に連絡員を強請って、仲介料をふんだくるつもりらしい。
亜人集落のゴブリンたちは公国ともコネがある、脅しは容易い。納得して、今度は商品を確かめる。
案内された狭く暗い穴倉の奥に武器庫は用意されていて、明日の朝一で運び出し。
各品につき箱一つを開けてもらい、
ランタンの仄かな灯りの下で吸着地雷は天然磁石(ロードストーン)にトリモチ、信管、魔晶石と検めた。
他に工作道具、魔方陣、火薬樽、全て問題無し。
「これでも正真正銘の純ハイフォード製だ、粗はねえ。
公国の兵隊さんが睨んでるんで、派手に戦争道具を構えちゃヤバかったのさ。
だから部品をな、顧客の受注品に混ぜて作って、一度納入してから余剰分として払い戻しさせたんだ。
それから組み立てだもんで、この数揃えるのに半年は掛かったぜ。
にしても嬢ちゃんの雇い主、商工ギルドな。えらく戦争に肩入れしてるじゃないか。
分かるよ、コイツは儲け話だ。一枚でも二枚でも噛まない手はない。
これからは戦争が金を生む時代さね、割りが良い。違うか? 商売人を肥やすのは戦争だ」
彼の言葉に、黙って頷いた。
マスクの下の表情は覗えないが、多分彼は笑って返したつもりだろう、顎をしゃくった。
点検を終え、「ゴミムシ」の部下が箱を閉め直す。油で汚れた手を拭いながら、
「市民カードの件ですが――行き帰りの切符だけなら直ぐにでも」
「流石だ、嬢ちゃん。お代は現物って話だったな、注文書きはあるかい?」
また考える「振り」をしてから、
「火薬をもう二割増しと、魔晶石……三ダースばかり」
注文に、「ゴミムシ」は片手の二本の指で丸を作って応えると、
「やっぱり市民カードも別に頼んでおこう。帰りに血印状を受け取っておいてくれ」
私が宿に戻った頃にはシャミィは目を覚ましていて、
ブラシを使った毛づくろいの不得手な彼女が手鏡に向かい、
頬についた寝癖をつねったりねじったりで直そうと躍起になっていたところだった。
灯りを点けず、光源の無い部屋は真暗のままだ。彼女はランプも使えない。
「何処へ出かけておった?」
ドアを開ける前から足音で気付かれていたようで、入るなり尋ねられる。
私は帽子とマントを脱いで壁に掛け、剣を腰から降ろした。それからカーテンを開いて月明かりを少し入れ、
「荷物を見に」
窓際のランプを探し当てると、殆ど手探りで灯りを点した。
切れかけた油に泳ぐ光は弱く、外の方が幾らか明るいくらいだ。今度は差し油を探さなければならない。
「まだブラシ使えないの? ランプの点け方も覚えたら? また瞳孔開いてるよ?」
「銃さえ使えれば、おぬしには良かろうが」
「火の扱いを知らない砲兵とは」
ニャンクスの銃士はごろごろと何事か呟いたが、それ以上は口答えせず、また寝癖直しの作業へ戻った。
「さっぱり分かりませんね、むしろそのような短絡的作戦を推す貴方が一番の馬鹿なのではないでしょうか?」
アルト=サイカーチスの横で人形のように黙っていた男が口を開く、
口調の丁寧さ、紳士さが全て台無しになるような嫌味のある含み、切れ長い目、印象は最悪に近い。
「なんだなんだぁ、今度は騎士の坊ちゃんお気に入りのお人形の出番か?」
余裕のある表情でジーコは皮肉を言い、それに同調し鼻で笑う周り、
「人形は喋りませんよ、もう少し良識を持ってもらいたい。
質問に質問で返すところも今後の反省材料かと思いますが?。
そういう態度でよく今まで生き残ってこれましたね、どうやら悪運が過ぎるようです。」
周りが一斉に敵意の目を男に向ける。それを分かりながらも男はカカシのように立ち、ジーコだけを見つめている。
真先に男に向かっていったのが『白い牙』ことリッツだった、ジーコがなだめなかったら鉄拳が飛んでいただろう。
「悪かった、悪かった、今後は反省させてもらおうじゃねぇか、そんで?なにが分からねぇってんだ?」
優しい口調で聞くジーコは流石ベテランというべきだろう、普通ならばこんな態度をされると口調が荒くなるものだ。
「貴方の言っていることそのものですよ、ここに居ていいのは“命懸けで戦っている兵士”と仰られた。
しかし、それならばなぜこの作戦を否定するのか、皆“命懸け”なのでしょう?
それならばどのような作戦であろうと『勝利』できるなら命など惜しくないでしょうに。」
淡々と語る男に全員が黙る、確かにさっき『不動の砦』ことジーコがそう言っていたのを思い出したからだ。
「なぁ、そういうことじゃないんだよ、分かるか?それにいいじゃねぇか、俺とこの白髪小僧で正面突入するって言ってるんだからよ。」
命を張っているから言える言葉をジーコは面倒くさそうに言う、そろそろこの会議に飽きてきている雰囲気だ。
「よくありませんね、貴方こそ論点が分かっていない、この作戦は王国の命運がかかり、
そしてこの作戦の成否は正面突入にかかっている。」
「なにが言いてぇんだ?」
「要するに私はお二人に命運を賭けるのは不安なのですよ、いくらお二人の勇猛であり、
ゴレム狩りが後ろに控えていようとあまりにも危険極まりない。
貴方の狂気によって別働隊が潰される可能性は非常に高いですよ、」
男の言葉に幹部達の間でざわめきが起こる、冷静に考えれば正面突入が二人などということは
有り得ないことだと分かる、いくら『白い牙』と『不動の砦』の二人だろうと、
常識からいって無駄死にするに決まっている、戦場では尾ひれが付くのが当たり前。
元々通り名はプロパガンダとしての役割が多いのだ、そう、その活躍が大きければ大きいほどに、
通り名が力を持っていればいるほど、逆にその胡散臭さも増す。
「正直いって、私は貴方たちの力をさっぱり信用していない、特に白い牙のリッツ殿を。
レジスタンスは王国と共闘はしたことがない、どれほどの力を持っているのやら。」
沸騰した薬缶のように湯気を立てているリッツを皿に逆撫でする言葉を言う男。
空気が読めないというわけではなく、周囲に無関心というのが正しいのだろう。
「王国では、リッツ殿は戦力的が乏しいレジスタンスが力を誇示するために祭り上げられた
プロパガンダとなっておりますことですし。」
この言葉が引き金となり、リッツは男に拳を突き出す、寸前で止めたのはリッツの理性が残っていた証だろう。
ざわついていた辺りが静まり返る、しかし、それはリッツが飛び掛ったからではなかった。
この状況で瞬き一つせず、置物のようにその場を動かずにただリッツを見つめる男が途方もなく異常に映ったからだ。
「黙って聞いてりゃあ好き勝手言ってくれやがって!!」
リッツは突き出した拳を開きそのまま男の胸倉を掴む。
リッツは自分の力には絶対の自信を持っている、だからこそ弱者といわれるのを嫌う。
ましてや目の前の大した力も持ってないような男に言われたのだ、怒りはとうに沸点を超えている。
「オレはこの拳だけで全て勝ち取ってきたんだ!テメェにオレのなにが分かる!」
「ですから分かりませんよ、見ていないのですから、貴方のその拳で勝ち取った全てが分かりかねます。」
殺意をあらわにして睨むリッツに男は何もない何時も通りの冷ややかな目で答える。
そう、動揺も敵意も無い、文字通り『何の感情も無い』目で。
両者の間で止まっている時間を打ち砕いたのは氷のような男の言葉だった。
「まさかそこまでプライドが高いとは予想外でした、分かりました。
では見せてさい貴方の力とやらを、明日、正面突入は貴方とジーコ殿。
そして私の三人で参りましょうか?その場で力を見せてもらいたい、」
まさかの言葉に会議に参加している幹部達は驚きを隠せず。そしてようやく起きたアルトもまたもや気絶する。
「ですが、もしも無理だと私が判断した場合、アルト様の代わりに撤退命令を下しますので。」
「面白ぇじゃねぇか、撤退命令なんて忘れさせてやる!」
リッツは拳を軽く男の胸に当てる。男は少しだけ微笑んだかのような表情を見せる。
「それでは、決まりということで、自己紹介がまだでしたね、私の名前はレオル・メギドと申します。
王国では、主に『味方殺し』などと言われているものです。」
まるでニックネームを言うように味方殺しの名を口にするレオルという男にリッツも、
そしてこの場に居る全員が言い様のない不安を憶えた。
公国西北端の都市ルフォン。
かつて公国鉱物資源の三分の一を担うとして活気に湧いた町並みも今は昔。要であった第一、第二鉱山が枯れてからは、その戦略的価値も数ある鉱山の町と変わらぬところにまで落ち込んでいた。
しかし、しかしてグレナデア。
下火となった炉に、今再びの火が投げ込まれたのだ。
都市に活気をもたらす明るい火でなく、災厄を呼び込む暗い暗い凍りつくような火が……。
廃坑となった第一鉱山の手前、町の他の建物とは明らかに赴きの異なるカマボコ型の巨大な建造物が兵器格納庫である。
ベルファー・ギャンベルは、急ごしらえで所々岩肌が剥き出しの格納庫内部を飄々と見回し、黙って右の手に持った物を口につけた。
……驚いたことに、哺乳瓶である。
たっぷり数秒、頬をすぼめて中身を吸い出し、彼はようやく人心地ついたという風に口元をぬぐった。
「ベルファー伯爵」
暗がりから、この痩身の若者を呼ぶ声が響く。
「おや、早いじゃないか。長引くと思ったんだけどねえ……意外なまとめ上手がいたのかな?」
「ほっほっほ――いやいや、足並みは見事にそろっておりませぬ。あれでは勝ちを収めたところで次なる一歩は踏み出せますまい」
どこに潜んでいるとも知れぬ姿の見えない相手に対し、十二貴族ギャンベル家の当主は薄く笑って舌を出した。
彼の公国での肩書きは《万学長》、通り名は《博乱狂気》。
公国軍の主力兵器ゴーレムの生みの親であり、超兵器開発部門のトップにして霊峰学府名誉学長。公国で学ぶすべての者の頂点に立つ存在なのである。
押しも押されぬ名門の重鎮。公国の頭脳とでもいうべき彼が、このような寂れた町にいる理由は唯一つ。
グレナデア故であった。
「――して、グレナデアの調子はいかがですかな?」
「いかがも何も順調そのもの。何千年も土の中だったくせに新品同様だったよアレは。
まあ、メンテは終わったから動かそうっちゃ動かせるけど……」
「けど?」
「気味悪いからヤダね」
肩をすくめておどけるベルファー。
まさか、大陸で最も偉大な狂人として有名なこの男が臆したというのか?
暗がりの声が、力の抜けた自然体の白衣姿をざっと見直す。
慧眼を持ってしても見抜けぬ、いつも通りの傲岸不遜の彼である。
「ああ、公国内での起動実験はやめた方がいいってことだよ。スイッチを入れたが最後、アレがどう動くかなんて全っ然わかんないんだから」
「まるで生き物ですな」
「生き物さ。世界律のせいでアレは歪んだ命を得たんだ。未練タラタラの古代人の怨念が苔みたいにこびり付いてるんだよ。
僕様霊魂のことは専門外だから、手なずけるのはちょっと無理」
そこまで一息に言った後、再び哺乳瓶に口をつけ、ベルファーは声の主に報告を促した。
「うん、やっぱり陽動作戦でくるのか」
哺乳瓶を咥えたまま、腕組みするベルファー。
思索に耽るのは楽しい。悪知恵を巡らせるのも、中々どうして乙なものである。
「正門に向かうのが三人だけって、馬鹿みたいにも程があるけど……お爺さんの目から見てどうだったの?」
「三人ともにやりますな。突破力を最低限に見積りましても、新型数体ばかりでは心許ないかと」
「ああ、ギガント≠ヘ都市戦で使うもんじゃないから、全部外に出すよ」
「では、正門前は新型ゴーレム十四体で固めると。なるほど、守勢に徹するのであれば万の兵とて敵いますまい」
「本隊の方は任せていいのかな?」
「まあ、防ぐだけなら容易いですな。お引き受けしましょう」
しわがれた声の色よい返事にベルファーは頷き、哺乳瓶を揺らして暗がりを見た。
契約を結んで久しいにもかかわらず、彼は一度として声の主の姿を見たことがなかった。
東方より渡ってきたという触れ込みの隠密集団隠衆=B恐らくはかの大陸よりの尖兵なのであろうが、ベルファーにとってはどうでもいいことである。
自身の研究に新たな息吹を吹き込んでくれた。それだけで、何も言うことはないのだから。
「それじゃ、向こうの出方もわかったことだし、早速意表をついてあげなくっちゃね」
「ほう?」
「連中が来るのはゴーレム狩りの到着を待ってのことなんでしょ? ならどんなに早くても明後日だ。その前に出鼻を挫くんだよ」
「夜襲でもかけますかな?」
ルフォンの南は赤土混じりの見通しのいい平野である。奇襲には向かない地勢なのは敵味方とも周知の至り、声もそれをわかっての相の手であった。
ベルファー、哺乳瓶を傾け笑う。
その双眸には、高貴なる竜人特有の熱気が漲り燃え上がっていた。
「ザッツライト!」
「いや、横文字で言われましても……」
「盤上の外から攻めるのが天才って、我ながらいい響きだねこれ! 君達が教えてくれた精錬法と僕様の頭脳がいよいよもって夢のコラボを見せる時が来たのさ!」
「おお、では、完成したのですな?」
「ザッツライト!!」
自分の中だけで盛り上がってきたのだろう。先程までの飄々とした科学者の面影はすっかり消え失せてしまっていた。
白衣の裾をはためかせ、高々と指を鳴らす。
果たして誰が仕込んでいたのか、奥まった格納スペースが煌々と照らし出される。
そこに鎮座する巨大な異形に、声の主が低く呻いた。
「革命が起これば真っ先に断頭台逝き、普通の天才ベルファー・ギャンベルがお送りするベルベル印のスーパーゴーレムシリーズ第一弾っ!!
神話的強行奇襲型試作一号《ハイドラ》!!! おもむろにスイッチオーーーーッン!!!!」
爪先を視点に回転しながら、哺乳瓶の側面にあるボタンを押し込む。
閉じられたハイドラの三十二の瞳に、一斉に深紅の光が灯った。
「作戦名潜ったり食いついたり叩かれたり℃n動!!」
ベルファーが指差し叫ぶやいなや、ハイドラは猛烈な勢いで堅い岩盤を掘り抜き、姿を消した。
後に残るは、軽い地響きと、
「……クフフ、王国軍とレジスタンスの諸君には、せいぜい童心に帰って命懸けのもぐら叩きに勤しんでいただこうじゃないの……っ!」
ベルファーごと格納庫の床を埋め尽くす、大量の土砂のみであった。
「…誰か……優しく僕様を掘り起こして………」
「くっくく…ブァーッハハハハハッゲハッ!!?!ゲホッゴホ……」
レオルの言葉に笑い転げるジーコ。あまりに笑い過ぎたか咳込んで苦しげである。
「はぁ…はぁ…いや〜最高だ!ワハハハハハ、最近は退屈だったからな。ちょうどいい」
「おい……大丈夫か?オッサン」
リッツが呆れ顔でジーコに手を差し出した。その手をジーコが掴んだ途端、ひょいと引き上げる。
「ぬぉ!?」
驚いたのはジーコだった。彼は見た目通りの体重だ。大人が数人掛かりでやっと動かす事ができる程の巨体。
しかし、リッツはまるで机の上のコップを持ち上げるかのような調子でジーコを引っ張り上げたのだ。
その場に再び沈黙が流れた。誰もが驚愕のあまり、言葉を失ったためだ。
「まぁ作戦も決まったし、寝るかな…それからテメェ、俺がハリボテかどうか明日見せてやるよ」
リッツはテントを出て行く間際に振り返り、レオルへ向けてニヤリと笑う。
レオルは全く動じる事なく、真っ直ぐにリッツを見据えて何かを言おうとしたが、飲み込んだようだった。
鉱山の麓の渓谷地帯を利用した石切場跡に、『運命の牙』の野営地がある。
ルフォンの町並みの明かりが僅かに届き、月の無い夜でも視界はさほど悪くはない。
砂利を踏む音に、リッツはゆっくり振り向き声を掛けた。
「俺はもうちょいで寝るからな、話なら明日の作戦が終わってからにしてくれ」
「リッツ…本当にいいの?ルフォンは貴方の故郷なんでしょ?」
ブロンドの長髪を夜風に靡かせ、王国騎士のレニー=カーライルはリッツの隣に列んだ。
「レニー、俺の故郷は…ルフォンは5年前に俺の地図から消えたんだよ…あの街は故郷じゃない」
そう言って目を閉じると、リッツは静かに拳を街の明かりに向けた。
「叩き潰すべき…公国の街だ」
暫くの沈黙の後、リッツはそのまま歩いて行き、レニーは1人取り残される。
リッツの震える声に、レニーはとうとう掛ける言葉を見つける事は出来なかった。
例えどのような言葉も、今のリッツに届かないと、分かっていても…
「本当にグズね…私は…」
自嘲気味に笑うレニーの頬を、一筋の輝きが軌跡を描いて夜風に散った。
明日の作戦にそれぞれが想いを馳せ、夜は更けて行く。
だが、皆はまだ知らない。
もうすぐそこにまで近付いた、機械仕掛けの魔獣に…
夕日も落ちて、周りは真っ暗になっちゃったよぅ。ラヴィ達は見事に迷子だしぃ・・・・。
「こいつはマズイな・・・できれば昼間のうちにガリアト湿原は抜けたかったんだが・・・・。」
髭のおっちゃんは難しい顔でウ〜ンって唸ってる。
そうなんだよ、ガリアト湿原は危険なモンスターがたくさんいるけど・・・ホントに怖いのは別にいる。
リザードマン。トカゲの獣人さんなんだけど、あんまり人間とは仲良しじゃないんだね。
ラヴィは東のルイズの街からガリアト湿原を横断してハイフォードまで来たんだけど・・・怖かったもん。
ちなみに湿原で採れた食材は、全部食べちゃったよ〜♪
「あ〜あ・・・買ったばっかりのブーツなのに、ぐちゃぐちゃだよ!もぅ!!」
レベッカ姉ちゃんは足元のぬかるみを苛々して睨んでるし、パルちゃんはバナナで遊んでるし・・・・。
これって、結構ヤバイかもぉ!?帰り道だってわからないし、ど〜しよう!?
『あれ?ねぇねぇ僕の事忘れてない?忘れてたよね?』
ハイアットくんが、そんな悲しそうな目でラヴィを見てるよぅ。困るよぅ、見ちゃダメ!
がさがさッ!!
いきなり近くの茂みが音を立てて動いたから、みんなビックリして注目しちゃったよ。
その茂みを掻き別けて出て来たのは・・・リザードマン!?嘘ーッ!噂をすればなんとやら、だよぅ!!
「人間カ、オマエ達、早ク去レ。ココ、人間居テイイ場所チガウ。」
「うぉ!?しゃ、喋ったーッ!!!」
そりゃ喋れるよぅ・・・リザードマンは賢いもん。この人が腕に着けてる飾りはボボガ族だぁ♪
「あーっ!!!ゴゴさんだーッ!!!」
一ヵ月くらい前に、出会った恩人だと判った瞬間にラヴィは思わず抱き着いてたよ。
「このリザードマンはゴゴさん。ラヴィを助けてくれた人なんだよ〜♪」
「え!?知り合いなの!?すごいじゃないラヴィちゃん!!」
「意外と交遊関係広いんだね・・・・。流石にアタシもビックリしたよ。」
パルちゃんもレベッカ姉ちゃんも驚いてるよ。
普通はホビットのラヴィにリザードマンの知り合いがいるなんて・・・考えないよね〜。
「らびぃダッタノカ・・・ドウシテココニ居ル?街ニ行ッタノ、違ウノカ?」
ゴゴさんは心配そうにラヴィ達を気遣ってくれたよ。とりあえず、今夜の宿は確保だね♪
「ツイテコイ、我ラノ村、案内スル。」
処刑会場は大混乱に陥っていた。無理もない、演奏指揮者ブルーディの言葉が民を驚愕させたからだ。
兵士を振り切って逃走した黒騎士とブルーディを、特別観覧席から見つめるミュラー。
「ディオール…それで良い、逃げて逃げて逃げ延びろ。お前にはまだ価値があるのだからな…」
まるでこの非常事態が起こるのを知っていたかのような口調で、ミュラーはワイングラスを傾けた。
――ガナン生活ブロック商業地区物質搬入通路
黒騎士の転移術によって処刑会場から脱出した2人だったが、更なる問題が発生した。
この物質搬入通路は人が通る所ではない。物質を詰め込んだコンテナが行き来する為の通路なのだ。
ゴオオオオオオオオオオオオオ!!!!
「すまん!出る場所を少し誤ったようだ!!!」
「“少し”だと!“かなり”の間違いじゃないのか!?」
背後から迫り来る搬入コンテナから逃げる2人、全力疾走するも差はみるみる縮まっていく。
「「うおああああああぁ!!!」」
轢き潰されると思われた瞬間、ブルーディが黒騎士を掴み通風孔に飛び込む!
荒い息でへたり込んだ2人を嘲笑うように過ぎ去るコンテナを、黒騎士が苦笑して見送る。
「ハァ…ハァ…あ、危なかったな……」
「ハハ…あんたを助けた事をほんの僅かだが後悔しているよ」
額の汗を拭い取ると、ブルーディは悪戯っぽい笑みで黒騎士に手を差し出す。
それを黒騎士は軽く叩いて返し、2人は笑った。
「しかしよくこんな場所を見付けたな、視界は悪いし…なによりあの轟音だ」
「だからさ。音の流れが違う一点があったからな、この狭い通路なんかは音の反射角が
窮めて小さい。後ろから大きな音がすれば、前の音は塗り潰されて道になるんだ」
ブルーディは自らの耳を指差して続ける。
「俺の耳はそういう音の通り道を“見る”事が……!?」
突然ブルーディの顔が険しいものに変わる。こちらを目指してやって来る“何か”を聞き付けたらしい。
「どうした!?」
「どうやら、俺達は罠に掛かったようだな…………来るぞ!!」
ドオオオオオオオオオオオオオオン!!!!
通路の壁を突き破り、駆動音を響かせながら現れたのは、市街地制圧用ゴレム『ゾルダート』
その数は4騎。目に相当するセンサーの赤い光が2人を捉らえ、ゾルダートは一斉に向かって来た!
僕は誰だったんだろう・・・
目が醒めて、最初の感情は疑問だった
霧が立ち込めた様に不透明な記憶
ここにいるのは何故なんだろうか・・・
この手に持ってる剣は本当に僕の物だろうか・・・
答えはまるで見つからなかった
あの日、人間の街でケモノを見るまでは・・・
どうして僕がここにいるのか、やっと解った
だから僕は帰って来たんだ
僕が守る場所、僕がいる場所、僕が造られた場所
そして僕がいつか死ぬ場所
ただいま、アーシェラ・・・
僕は帰って来たよ。今度こそ・・・君を守る為に・・・
━ボボガ族の集落━
「着イタゾ、ココガ我ラノ村ダ。今夜ハココデ寝ルトイイ」
ゴゴが案内した村は大きな村ではなかったが、活気に満ちた平和な村だった。
「うわぁ・・・リザードマンの集落なんて滅多に見れるもんじゃないよね!?スゴイかも!!」
パルスが興奮気味に村の風景を眺め回し、大はしゃぎである。他の面々も皆同じだった。
このボボガ族は人間と交易する珍しい部族で、ハイフォードでも時折その姿を見る事がある。
「異文化!!コミュニケーションッ!!」
ハイアットが早速女性のリザードマンに話しかけて、無限ビンタを見舞われたりしている。
「一体何がしたいんだ?あいつは・・・」
「さぁ?でも気持ちは分かるよ、ほんと珍しいんだもん。アタシもいろいろ話とか聞きたいし」
呆れ返るキャメロンにレベッカが応える。
「みんな〜、こっちこっち〜早く来てね〜♪」
遠くでラヴィが手を振っているのが見えた。隣にはゴゴもいる。
どうやら族長の家のようだ。明らかに他の家よりも大きく、造りもしっかりしている。
キャメロンとレベッカは顔を見合わせると、ラヴィに向かって歩いて行った。
・・・奏で・・・て・・・しい・・・
「え?」
レベッカが急に立ち止まり、辺りを見回した。透き通る美しい女性の声を確かに聞いた。
しかしレベッカの周りには女性はいない。隣にキャメロンがいるが、当然彼の声ではない。
「おいどうしたんだレベッカ、何かあったか?」
不思議そうにレベッカを見るキャメロン。
「・・・ん〜気のせいみたい。さ、早く行こう」
そう言ってレベッカは再び歩きだした。
急速に小さくなる港町ロイトン。
揺れる荷台の上で私はそれを見ている。
ソーニャさんに連れられるまま町を出て、レジスタンスの秘密のアジトへと到着。
アジトには既に仲間の人達が待っていた。
私は食料や武器、見た事のない部品が満載された荷馬車の荷台の隅に乗せられて出発した。
そっと縦目仮面を被り太極天球儀に手をかざすと、大陸北西部の立体映像が浮かび上がってくる。
最北端の都市ルフォン。険しい山に囲まれた天然の要塞であることが見て取れる。
その周辺に高まる気。人々が集まり、一つの事に向かっている大きな流れ。そう・・・戦争だ。
私は今までの公国の侵攻、聖獣戦争による六星龍の降臨、王国の反撃・・・。全て星を通じて『観測』してきた。
でも、今この場でつくづく思い知る。
喩えるなら、木の葉が大河を眺めていたようなものに過ぎなかった、と。
高い処から見る大河は、その形・流れがよくわかる。
だけど今の私は木から落ち大河の流れに乗った葉だ。
激流に呑まれあたりを見ることすらままならない。
ロイトンで人の多さに呑まれ、海賊に絡まれなす術もなかった私。
ソーニャさんに助けてもらえなかったらどうなっていただろう?
知識より、魔力より、術より、何よりもまず状況順応能力が重要なのに・・・。
自己嫌悪に陥ってしまう。
それにしてもソーニャさんのオーラには驚いてしまった。まるで篝火の様な強い波動。
でも、彼女の本当のオーラはそんなものじゃなかった。
ビットという人を掴みあげた時のオーラは天を焦がす焔。気炎万丈というに相応しい。
激しく、綺麗なオーラに魅入られてしまった・・・というのがここにいる一番の理由かもしれない。
想像以上の激流に戸惑うけど、これが私の望んだ道なのだから。
勿論、断れなかったって言う理由もあるけど・・・
「いたっ・・・」
公国領であるロイトン周辺でレジスタンスの行軍というのはさすがに都合が悪いらしく、秘密の道を通っている。
ソフィアさんは昔、蠍の爪という大規模盗賊団の首領の娘で、今でも山賊の人たちと親交があってこういった秘密の道をいくつも知っているといっていた。
けれどやっぱり道が悪いから酷く揺れる・・・というか跳ねる。
「我、星の理を知りてその及ばざる気を纏う。重力遮断。」
常時私にかかっている術。荷台への重力の影響を1/10程にするように。
そうすれば跳ねるのも収まるかなって・・・でもこれが大間違いだった。
かかる重力が弱まれば跳ねた時に戻らずその勢いのまま飛び上がってしまう、なんて思わなかったから。
「きゃっーーー!」
思わず声を上げてしまったけど、ここでただ悲鳴を上げているだけなんていられない。
経験不足による適切な呪文の選択能力欠如なんて原因分析している場合でもない。
勢い良く宙を舞う荷台。こぼれる荷物。重力の影響が少ないから落ちるまでは少しだけ時間があるからそれまでに何とかしなくちゃ。
「我・星の理を知りて地軸の力を賜る。地軸航法展開。」
宙を舞いながら大急ぎで呪文を唱える。一般で言う飛行呪文。
重力と星の自転のエネルギーを調節して飛行、そして周囲のものにもその影響を与えることができる。
そう、ちょうど浮遊する私の周りを公転するように回る荷物と荷台のように。
荷物と一緒にゆっくりと着地して仮面をはずした時、先頭を走っていたソーニャさんが異変に気づいて引き返してきた。
「どうしたぁ!?」
大きな声には反射的に身体が萎縮してしまう。
「す・す・すいません・・・!.い、今すぐなおし、ま、ます。」
慌てて荷物を荷台に載せていたから、私は後ろでソーニャさんが唖然としていたなんて知りもしなかった。
華奢な私が大の男が数人がかりで持ち上げる重機や食料の詰まった箱を片手で運んでいるのだから驚かれるのも無理ないのだけれど。
「すいませんじゃなくて、アンタ何したんだ?」
「そ、その、僕の黄道聖星術は星占いだけじゃなくって、星界や星の力を扱う術で、い、今は荷物のにかかる重力を操って軽くしているんです・・」
「黄道星占術じゃなかったのか?」
「はははい・・・黄道聖星術なんです・・・す・すいません・・・!」
さっきから暁の瞳が何か言いたそうにしている。
「どしたの?」
―・・・・・・―
あまり高尚じゃない曲ばっかり吹いてるのでへそを曲げたんだろうか。困ったやつだ。
族長の家の前には、金ピカのエリマキトカゲ像が建っていた。
「ソレハコノ集落ノ守リ神ダ。族長様ガ大金ハタイテ人間カラ買ッテキタ」
「「……」」
キャメロンさんとレベッカちゃんが微妙な表情で顔を見合わせる。
族長さんは怪しい物品がてんこ盛りの部屋に僕たちを通してくれた。
「コンナ夜更ケニドウシタ?」
「ジャジャラ遺跡の調査に行ってたら道に迷っちゃったんだょ」
ラヴィちゃんが答えると、族長さんはすごい迫力で立ち上がった。
「アノ遺跡ニ近ヅイテハナランゾ!!」
「……そうなんですか?」
「ソウダ、ココ数ヶ月ハ特ニ不穏ナ空気ガ流レテオル」
世界律が変わった頃からだ。そして、族長さんは何を思ったか床に置いてある壷を持ってきた。
「ソレヨリ……コノ壷ヲ買ワンカネ?」
そのまま壷の解説を始める。話題の転換が早い人だ。
「コノ壷ハ三回マデ願イガ叶ウトイウ……」
「絶対騙されてるぞ…族長」
「そうね……」
壷を断ると間髪入れずに今度は壁に立掛けてある巻物を持って来て、広げて解説を始める。
「コレハ破幻ノ詩トイッテ……呪歌手ガ曲ニノセテ歌ウ事ニヨリ……」
それって良くない!?と思ったそのとき。
外から人間のものらしき話し声が聞こえるのに気付いた。僕たち以外には人間はいないはずなのに。
「いいマスコットになりますね!」
「声がでかい!」
駆けつけると、変なおじさんたちが4人がかりで金ピカのエリマキトカゲ像を持っていこうとしている!
「何してるの?」
「よくぞ聞いてくれた!お前らの馬車の荷台に忍び込んでここに来た所いい物があったので
持って帰ってうちの賊“トカゲの尻尾“のマスコットにしようと思ったのだ!」
馬車が重さで地面に沈んでいくから全員おりて歩いてたのになんてことだ!
「バカ!言ってどうする!」
「あ」
気まずい沈黙があたりを支配する。その沈黙を破ったのは族長さんの叫ぶ声だった。
「ソレハイカン!コノ集落ノアリガタイ守リ神ナノダ!!」
「こっちだってなあ!経営難で賊の存続がかかってるんだあ!!」
なんか見たことあるようなおじさんが逆ギレしたので、暁の瞳を吹く。
今宵の曲目は……“DO ME ”。これにかかったものは、本人の意思に関係なく、
腕をまっすぐに下ろし手首を外側に90度向けるというペンギンに似た姿勢を取り
膝を大きく曲げながら歩き回る踊り…ヒゲダンスといわれる物をしてしまう恐ろしい旋律術だ!
「ど、どうしましょう!ヒゲダンスが止まりません!」
「こ、こんな……アホな技にやられてたまるかー!?このまま突撃だ!」
なんとヒゲダンスをしつつ突撃してきた!
「ふふっ、往生際が悪いやつらねぇ!相手してやるわよ!」
それを三人が迎え撃つ!僕が後ろ、他の人は前といういつもと少し違う陣形で戦闘開始ッ!!
霊峰都市ガナン、第三階層政策ブロック。
公国の貴族階級が住まう絢爛豪華な一画に、その一際贅を凝らした門構えのお屋敷はあった。
つい先日、御当主が謎の変死を遂げて以来、客足がばったり途絶えたパルモンテ邸である。
口さがない者は、この名門もこれまでかやれやれなどと社交界で触れ回っていたが、当事者に危機感はまったくなかった。
今日もまた、屋敷の裏庭でイアルコ坊ちゃまの明るい声と、執事ジョージの叫びが交差する。
コート上を縦横無尽に笑顔のイアルコ。
「やっぱりスポーツはいいのう! 特にテニスで汗を流すのは爽やか極まりない!」
「ひえっひぇっひえーー!!」
息を弾ませ、爽やかな笑みでラケットを振るう。
「そう思うじゃろ、爺!?」
「はひはひっ……!」
バウンドするボールに左右に揺さぶられ、息を切らして執事が走る。
「思うわけないでしょうが!!」
目元と口元を覆い隠す立派な眉と髭は白一色、かなりの高齢であろうにもかかわらずジョージの動きは鋭かった。
「うん? 思わんのか? 何故じゃ!?」
「こんなボールでっっ!!」
すくい上げるような目一杯高めのロブで返しながら、お髭を揺らしてジョージが叫ぶ。
「こっちゃ命懸けですぞ若っ!?」
「そうかのう? スリルがあっていいと思うんじゃが……」
太陽をバックに迫り来る黒いボールを眩しげに見上げるイアルコ。
回転するそれには一本の紐がついており、先っぽではバチバチと火花が死のダンス踊っていた。
球面にはわっかりやすいドクロのマーク。
OH! これこそ噂に聞く命懸けの貴族遊戯――BAKUDAN TENNIS!!?
「ふむ、爺も情け容赦がない。導火線が短くなったのを見て高めの球で返すとはのう」
「必死ですからぁっ!」
「だぁがまだまだあっ!! 見切りがコンマ2くらい甘いわ!!」
イアルコ坊ちゃま、余裕たっぷり不敵な笑みでタイミングを計り、ジャンプ!
「っとお!」
「のお!?」
渾身のダンクスマッシュがジジイの眉間に突き刺さる。
「も一つ追加じゃ!」
懐からもう一個の爆弾ボールを取り出し、これもスマッシュ。
ZUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUN!!!!!
今日もまた、パルモンテ邸に日常的な爆発音が響いた。
「いや愉快痛快! これで余の二十八連勝じゃ!」
「か、か、体が…若、からだがもちましぇ〜ん……」
黒こげ状態で呻くジョージ。生きてんのかヨ!?
「では、風呂にしようぞ――っとっとっとっはっと……」
スコアボードに花丸を描き、イアルコはラケットを額の上にバランスをとりながら屋敷に戻った。
「いやあ、さっぱりしたのう! やはり遊戯にはスリルがなくてはの!」
湯船で存分にアヒルの玩具を遊ばせ、爽快な表情で風呂から上がるイアルコ。
前も隠さず、意外と引き締まった裸体を鏡の前にご披露する。
横から差し出されたバスタオルを受け取り、御髪を拭き拭き快活に言う。
「爺もあれくらいせんと長生きの有り難みが実感できんじゃろう? ……ん?」
見ると、陶磁器のように滑らかな肌のクールビューティーがバスローブを持って控えていた。
爺かと思えば、メイドのメリーである。
「なんじゃメリーか。爺はどうした?」
「医務室で唸っております」
「まだ回復せんのか? あれくらいで寝込むとは、爺もいよいよ歳かのう」
「メリーにはわかりかねます」
バスタオルを放り、恥ずかしげもなく両手を広げてバスローブの袖を通してもらうイアルコ。メリーも手馴れたものである。
「今日の予定は何かあるのか?」
「公王陛下より、旦那様の喪が明けるまで公務は控えるようにとの御命令です」
メリーの冷え切った鋼のような返事に、イアルコは口をへの字に息をついた。
「まあ、仕事はのう……余がまだ未成年故任せられぬのは仕方あるまい。聞きたいのは他の予定のことじゃ」
「御座いません」
「誰ぞから食事にお呼ばれしとらんかの?」
「御座いません」
「パーティーの招待状など、何枚かくらい来とるじゃろ?」「御座いません」「一枚も?」「御座いません」「では、何でもいいから人と会う予定はないのか?」「御座いません」
「外に用事――」
「御座いません」
「…………」「…………」
冷たく重い、嫌な沈黙が場に落ちた。
「お前はオウムか!?」
坊ちゃま爆発。
「もう少しくらい気の利いた返事をしてくれてもいいじゃろうが!!?」
「坊ちゃま、メリーはメイドでオウムでは御座いません」
「大体なんじゃ! この若く美しく健康な余に、いつまで暗く沈んだ屋敷に閉じこもってろというんじゃ!?? 余はお外に出て遊びたいぞ!!パルモンテの新当主は77で引きこもりかとか、いらぬ噂が立てられでもしたらどうするんじゃ!!?」
「坊ちゃま、ご安心を。噂はすでにその域を超え、自殺説にまで発展しております」
「NOーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
豊かな御髪を振り乱し、バスローブに素足の格好のまま玄関に突撃するイアルコ。
このままお外へと一直線のコース上に、包帯だらけの小さな影が立ちはだかった。
「なりませぬぞ若っ! 外出は断じてなりませぬっ!!」
「うがうあぐあがいあがいあがいあがいあがーーーーーーーっっ!!!」
「若っ! フラストレーションはお察し致しますが、御気を確かに若!!」
「ッきいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーっ!!!!」
「バカっ!!!!!!!」
「なんじゃと!?」
「いえ、若っ! 落ち着いてくだされ! 今目立った動きをなさっては侵略派にあらぬ疑いをかけられるやもしれません! 御父上が彼奴らめの手にかかったことをお忘れですか!?」
「……へ?」
ミイラ男スタイルながらも、トレードマークの髭と眉だけはしっかりと露出しているジョージの言葉に、イアルコは気が抜けた顔で硬直した。
「父上って、殺されたのか?」
「そうですとも!」
「ほんとに?」
「あの御遺体を見て、なんとも思われなかったのですか!?」
「いやあ、てっきり趣味のSMプレイの行き過ぎで死んだとばかり……」
「若っ!? 御父上を何だと……っ!!」
「だって、葬式も随分ひっそりで気まずかったから、これはきっと公にできない恥ずかしい死因なんじゃと……そう思うじゃろうがっ!!?」
「バカっ!!!!!!!!!!!!!!!」
「こらー!!」
「いえ、バカっ! ……あ」
「言い直すくらいせんか!!」
懐から取り出した木製ハンマーで、執事の頭をグワンとどやかす。
そんな混乱などとは無縁の怜悧な顔で、メイドのメリーはイアルコ坊ちゃまのお着替えを手に控えていた。
「ストンピンッストンピンッストンピンッ!!」
「め、め、めりー…ヘルプミー。へるぷみーメリー」
イアルコ坊ちゃまのストンピング攻撃に晒され、虫の息のジョージ。震える手で傍のメリーに助けを求める。
だが、メリーの表情は冷たく、返事は冷酷なものだった。
「メリーは、坊ちゃま以外の方の命令を聞く立場に御座いません」
「ひ、人でなし……」
「人ではなくメリーはメイドで御座います」
「ぬううぅぅ……」
観念の呻きを上げ、ジョージは包帯の乱れからポケットに手を入れた。
取り出したるは、一枚のドラグノフ金貨。
チーンと音高く、親指でメリーへと弾く。
金貨がメリーの手に握られてから、坊ちゃまがの攻撃が止むまで、僅か0.02秒。
「ストンピンストンピン――へぶっ!?」
電光石火の右フックが、イアルコの体をくの字にかっ飛ばした。
よく磨かれた大理石の床の上を数回バウンドし、ツツ〜〜っと滑って血の跡を引いていくパルモンテ家の当主様。
「坊ちゃま、お着替えで御座います」
「め、めりー……いまなにが……?」
「メリーにはわかりかねます」
メリーの態度はあくまでも冷たい。死に体のイアルコからバスローブを引っぺがし、テキパキと最上の服に着替えさせる。
「……お話を続けますぞ若」
「……うむ、苦しゅうない」
杖を突き突き寄ってきたジョージの言葉に、頷くイアルコ。開いた口から真っ赤な塊が漏れ出したが、気にしない気にしない。
「御父上が穏健派の急先鋒であったことはご存知ですな?」
「そんくらい知っとるわい。父上は争いを好まぬ御方じゃったからな。お陰で余はいい迷惑じゃ。侵略派貴族連中のバカ息子どもに臆病者のそしりを受ける始末。
あの親父、息子の学校での立場とかまったく考えておらなんだな」
「御父上も、余裕がなかったのです」
「ふん、大の男だからこそ、どんな時で余裕のヨっちゃんでおらねばならんのじゃ。息子にとばっちりをかますようではのう……」
「まあ、故人に鞭打つのはそれくらいになさいまし」
「うむ、で、父上は侵略派の手の者に殺されたと?」
「その通りです」
重々しく頷くジョージに、イアルコは真っ直ぐ指を突きつけた。
「何故、殺った!?」
「お月様が綺麗だったからあああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜!!!!!」
「そうでなくてっ!!」
「なんだ違うのか」
「当たり前でしょうが! …実は、旦那様がお亡くなりになる三日前の晩、ミュラー元帥閣下が当家を訪ねて来られたのです」
「ニャラー?」
「ミュラー! ご存知の通り、閣下のアイゼンボルグ家は侵略派の中核。王国と単独和平を結びつけるべく奔走していた旦那様を説得しようとなさって来られたのです。
話し合いは一向に妥協へとは向かず、御二方はお互いを激しく非難し始めたのです」
「なるほど、最後通告を跳ね除けてしまったというわけじゃな」
「はい、その晩はそれ以上何事もなく収まりましたが、今思えば直接の原因はあれであったのございましょう」
包帯で熱くなった目頭を抑えるジョージ。
「申し訳御座いませぬ若っ! 私どもの力が至らぬばかりに、このような……っ!!」
「どのような?」
「そのような!」「あのような!」「屁のような!」
悪ノリする執事を再び懐のハンマーでどやかし、イアルコは快活に笑った。
「なんだそんなことか!」
「そ、そんな事とは御無体な……」
「御無体なもゴムタイヤもあるか! 聞けば何のこたあない。父上はつまりアホだったから死んだのじゃ!
情勢も読めず、己の力量も計れず、自制もできず! あのミュラーを怒らせてしまったのがとにかく悪い! 残された我らには、まったくもって大概なとばっちりじゃ!」
「そのように思うのも無理からぬ事ではありますが、ここは一先ず御父上の意を汲んで――」
「じゃからっしゃい!」
三度ハンマー。若、絶好調である。
「よいか! パルモンテ家は、これより侵略派に回る! 兵を集めよ! 王国のゾウリムシどもを一掃してくれるわ!!」
「そ、そんな…御父上の御尽力は……」
「日和見の年寄りの苦労など、とうの昔にそっくりオジャンじゃ! 今は戦うべき時なのじゃ!!」
「……はっ、若がそうお考えならば私めは最後までお供する所存で御座います……が、しかし若!」
「なんじゃ? 別に先陣を切れとは言っとらんぞ?」
「いえいえ、私は若の後ろに……でなくて、先立つ物がないのです!」
ジョージの言葉に、イアルコは呆けた顔で首を傾げた。
「何故じゃ? 我が家の財力は十二貴族中でも一、ニを争う――」
「当家の主だった資産はすべてミュラー閣下に接収され、侵略派に分配されたので御座います!!」
「……いつの間に?」
「御父上がお亡くなりになって間もなく、執務室の机よりそのような書類の束が……」
「…………」
「…………」
「なんで処分しちまわなかったんじゃあああああああああああっ!!!??」
「遺言書かと思ったんですううううううううううううううううううううううう!!!!」
きっと侵略派が用意した偽造書類に違いないが、今となっては後の祭り。
「おのれミュラーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!! あんのホモ野郎ぶっ殺してやるわ!!!!」
若、怒髪天を衝く。
「あの……自制は?」
「辞世の句を書く間もなく地獄に送ってくれるわああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
火を吐かんばかりにいきり立つ主人の方を見ようともせず、メリー一人、黙々とお茶の用意に勤しんでいた。
今だ混迷の中にある大陸に、凄絶な少年貴族の嵐が吹き荒れようとしていた。
「おりゃああああああああ!!」
ゴロツキ風の四人組が、雄叫び上げながらジグザグにヒゲダンス状態で突進して来たよ!!!
「うわキモッ!?ちょ!動きキモい!!!パル!その曲ストップストップ!!!」
レベッカ姉ちゃんが顔面蒼白になってパルちゃんの笛を取り上げちゃった!?
「フゥーハハハハーッ!!妙な音楽がなけりゃ俺達は負けねえ!!いくぜ野郎ども!!」
「「「おう!!俺達の恐ろしさ、その体に刻んでやる!!!」」」
まずいよぅ!ラヴィは・・・ラヴィは・・・・。
「燃える山賊ド根性ッ!リーダーのトム!!」
「小さな事からコツコツと!副リーダーのジョン!!」
「頑張る姿勢に意義がある!副リーダーのボブ!!」
「負けるな不屈の雑草魂!副リー・・・ギボアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
四人目の人が名乗ってる途中で、レベッカ姉ちゃんが股間を蹴り飛ばしたッ!?
「何人副リーダーがいんのよ!?アホか!!」
確かに副リーダーばっかりだよぅ・・・・。ラヴィもツッコミ入れそうになっちゃうとこだったぁ。
「「「だ・・・大丈夫かサム!?おいしっかりしろサアァァァアムッ!!!」」」
「ぐ・・・お、俺の雑草・・・魂・・・がぁあ・・・」
股を押さえてブルブル震えるサムって人が、くの字に折れて悶絶ッ!『不屈』って言ってたのにッ!!
そういえばレベッカ姉ちゃんのブーツは、爪先と踵に鉄板が入ってるって言ってたっけ・・・・。
「おぉのぉおれえええ!!!サムの仇、とってやるぜええええ!!!!!」
リーダーのトムが血の涙を流してラヴィ達を睨みつけたよ・・・・。怖すぎるヨーッ!?
ピピピピピ〜ピ〜ピッ♪ピ〜ピ〜ピ、ピ〜ピッ♪♪
「はぅあ!?またこの曲か!?あ・・・足が勝手にぃぃいいいいいッ!!??」
またまた踊り始める三人が、かわいそうになっちゃうよぅ。でもラヴィにはどうにもできないの〜。
だって、猟理人の鋼の戒律に
『猟理は人を喜ばすもの、包丁を人に向けるは猟理人に非ず』
っていうのがあるからなんだよぅ。だからどんな荒っぽい猟理人でも人を傷付ける事はしないんだ。
一騎当千の強さの猟理人が戦争とか表舞台に出てこないのは、その戒律があるからだよぅ。
だからラヴィは何にもできないんだよ〜!!大ピンチかもぉ!?
通路を破壊しながらこっちに突き進んでくるゴレム、
戦うためだけに造られたものが放つ鈍い光沢と触れたら切り裂かれるような鉄。
俺はゴレムが式典でしか見た事がない、ゴレムが動くところを見たことがない。
なぜなら貴族のお抱えで奴らの加護の下でのうのうと暮らしていたのだ。俺は少なくともゴレムの凄まじさは知ってはいた。
しかし、目の前で見る殺戮兵器は俺の中でのイメージを打ち壊す、人間を殺す為に造られたというものが、
王国にとっての恐怖の象徴であるということが、どういうものなのか少し分かった気がした。
「よりにもよってゾルダートだと!?なぜ私が自らの軍に追われているのだ!!納得いかん!」
この絶望的な状況で竦むよりも自分の今の立ち位置で憤慨できる、大した男だ。
「……それで、どうする?ディオール卿の方がああいった兵器に通ずるはずだろう」
「あのゴレムは無人機だ、単純なことしかできないが、耐久力は折り紙つきだ!」
「……分かった、様子を見てみよう。」
俺はトランクから素早くローラを取り出し口に咥える、そしてすでに人間の耳では音と判別できないほどの音を放つ。
指向性を無視しての音ではないために威力が落ちはいるが、壁ぐらいなら破壊できる音だ。
しかし、ゾルダートの装甲に音が到達しても装甲は崩れなかった、ただ鉛を殴ったような鈍い音しかしない。
何度も何度も音を重ねるが効果は同じだった。俺の中の何かが揺らぐのが分かる。
「そ、そんな……これが、これがゴレムというものなの……か……」
音を知り尽くしているというのもまた時によっては厳しいものだ。
今の鈍い鉄音で全てが分かってしまった、反響音である程度の鉄の厚み判別できる。
あの装甲の厚さは尋常じゃない、敵に回して初めて分かる恐ろしさというものもある。これがまさにそれだ。
額から冷汗が流れ、足が震え体が竦み恐怖が止まらない、どうやって倒せばいいのか分からない、初めて驚異的な殺戮兵器との戦い。
それは俺の頭の中を真白にするには十分すぎ、先ほどまでの黒騎士を助けるという決意が薄っぺらだったのかを教えた。
「ブ……ディ…!…は………けろ!!」
黒騎士が俺に向かって叫ぶ、だけど、何ていっているか分からない、口だけが動いているように見える。
前を見るとそこには距離を詰めてきて今にも俺と黒騎士に致命傷を与えようとしていた。
気付かなかった、いや、気付くわけがない、なぜなら俺は黒騎士の声すら聞き取れなかったんだから。
どんな『音』であれそれが『音』ならば絶対に聞き取れると自負していたこの耳は、
恐怖の前では何も聞き取ってくれなかった。
港町ロイトンを出発してから一週間ほど。
ようやく私も荷台に座っているのに慣れてきた。
道の悪い秘密の山道を一気に駆け抜けた私達は、合流予定日より一日早くルフォンまで十数キロの地点に辿り
着いていた。
「よーし、今日はここで野営するよ。しっかり休んでおきな。
明日夜明けとともにルフォン到着。ギャルビーズ隊の到着を笑って迎えてやる。」
強行軍で疲れが溜まってきている事と、早く着き過ぎると嫌味な作戦指揮官の王国騎士に挨拶しなければいけな
いからという理由でわざわざ到着を朝にするんだって。
簡易テントが張られ食事の用意をみんながする時、私はいつも手持ち無沙汰になる。
私ができることはなにもないから。
だからそっと占ってみる。これからのこと。
ルフォンに禍々しく赤く輝く星。その周囲に強い星がいくつも・・・。そして、ルフォンから放たれる凶星・・・
「ソソソーニャさん。ルッルフォンのレジスタンスの人達の危機です。今夜しゅ、襲撃をうけ受けます。」
「襲撃?アビサル、アンタは知らないだろうけどね、ルフォン南部は山岳地帯にあって珍しく平野なんだ。
だから奇襲はできないから、襲撃されてもあたしの仲間はちゃんと対応できる。安心しなよ。」
「いいいいえ。襲撃はちっ地下からです。ここのままだとか・・・壊滅!」
「地下?それこそ余計ないだろ。山岳地帯にあって岩盤がしっかりしているんだ。
明日は激しい戦闘になる。忙しいんだから休ませておかないと役に立たなくなるんだ。駄々捏ねてないでさっさと
飯をくいな。」
「だっ駄々じゃありません。」
明日の戦闘を前に、ソーニャさんはぴりぴりしていて怖い。
普段の私ならなら一睨みで逃げちゃいそうな鋭い目・・・でも引けない。
私とソーニャさんは数秒にらみ合う。
ほんの数秒だけどまるで数時間に感じる。
私の全身から汗が出て、脚が震えだしてしまう。もう、気が遠くなりそう・・・
私の意識を繋ぎとめてくれたのはソーニャさんの笑みだった。
「ぷっ。おどおどしているだけかと思ったらなかなかいい表情できるじゃないか。
そんな睫まで真っ白な顔で睨まれるなんてね。
アンタがそこまで引かないのならあたしは乗る義務があるね。無理矢理連れてきたようなもんだから。
いいだろう、あんたの占い信じてやる。」
意識は繋ぎとめたけど、足の力が抜けて立っていられない。
崩れ落ちそうなところをソーニャさんに抱えられる。
「お前ら、野営は中止だよ。
ルフォンが奇襲される情報を掴んだ。今すぐ出るからすぐにたたみな!」
抱えられながら見上げるソーニャさんの顔は凛として・・・
とても眩しくて、ドキドキする。
「それにしてもこれ邪魔だねえ、何とかならないのかい?」
抱えると両肩の上に浮く日輪宝珠と月輪宝珠が邪魔になる。
「す、すいません・・・でもこれがないと困るので・・・」
にっこり笑ったつもりだけど、引きつっているようにしか見えなかったかもしれない。
でも一つソーニャさんは間違えている。
無理矢理連れて来られたんじゃない。この一週間何度も占ってみたけれど、ここにいるのは星辰の導きなのだから。
「アイタタタッ……ボクもしかして女運ないのかなぁ?」
パンパンに腫れた頬を俺はさする、赤く腫れ上がってふぐみたいになってるかもしれない。
それもこれも女性リザード族と異文化コミニケーションの結果がこれなんだ、
俺はボーっと異文化溢れるリザードマンの村の風景を見渡す、見るものは目新しくて、
まるで違う世界みたいで、俺の目指すものとは遠い溝があるように感じた。
近くの草むらに大の字に寝て空を見上げる、空を見ると安心する、今も昔もあり続けるから過去に通じているようで。
「……なんか眠くなってきちゃったな」
景色がまどろみ、視界がだんだんと暗くなっていったのは憶えてる。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++
音が聞こえる、自分の一部だったあの風と、慣れ親しんだピアノの音が聞こえる。
「やっと起きたの?」
「ん……?えっと、おはよう。」
目を開けるとそこには慣れ親しんだ顔があり、いつもと変わらない日常があった。
そして彼女はいつもと同じように屈託のないそのままの笑顔を僕に見せてくれた。
「とても不思議な夢を見たよ、ありふれた日常でなくなっちゃう夢だった。」
寄り添いさっきまで見てた夢のことを話す、彼女は笑って聞いてくれたよ。
おとぎばなしを楽しそうに聞く子供のように、ね。僕も夢だったせいか思い出を語るように話した。
「好きそうじゃないそういうの。あなたって興味心旺盛だし。」
「うん、楽しかったよ、いや、楽しいよ、色んな新しいものがあった。色んな人が居て。」
夢の中は驚きの連続だった、種族もそうだし文化も。
一つや二つじゃない何千っていう文化がこの大地の存在してた。
「でもね、一方でとても怖かった、新しいものに触れるたびに、新しいものを見るたびに。」
「どうして?」
ちょっと不思議そうに聞いてくる彼女に、僕は夢の中でずっとあった不安を打ち解けた。
「ここを忘れていくんじゃないかって、不安なんだ、新しいものを見るたびに不安になるんだ。
ここに戻れるのか不安なんだ、怖いんだ。君もここも風化してしまうみたいで。」
そう、いつも不安だった、寝て起きたら忘れてるんじゃないかって。
いつもその夢では怖いんだ。もしかしたら帰れないんじゃないかって、
見知らぬ町に行くたびに、新しい種族と会うたびに、新しい店に行くたびに思ってしまうんだ。
震える僕に彼女がにっこり微笑んで銀色の十字架を手へと持たせてくれた。
「らしくない、どんなことでも楽しんで生きていけるのがあなた。大丈夫きっと戻れる。」
「うん……え!?ちょっとまって、アレは夢じゃあ……」
僕の言葉に彼女は反応せず、うっすらと影が薄くなるように消えていく。
―――待って!行かないで!
言葉と共に伸ばした腕は生き倒れかと様子を見に来た女性のリザード族の胸を鷲?みにする。
「あ、あれ?……おかしいな、いやぁ、えっと……ごめんなさい。」
そう言っても許してくれるわけなく物凄い連続パンチが腫れた顔に追い討ちをかける
「ギャ――――――ス!!!!」
ボロ雑巾のようになって、もう一度倒れる僕の手の中に太陽の光りを受けて輝いている十字架が確かにあった。
「ラヴィ!触手の怪物の時の勢いはどうしたの!?」
「ラヴィは人とは戦えないんだよぅ!!」
な、なんだってー!?それはヤバイかも!
サブリーダーのうちの一人がヒゲダンスのままラヴィちゃんに突撃かと思われたその時!
「オラオラオラオラオラ!!」
キャメロンさんの百裂拳が炸裂する!!
「「ボブううううう!!」」
残る二人の絶叫も虚しく、サブリーダーのうちの一人が倒れ伏した。
「そうだジョン!根性で“超強力耳栓”をつけるんだあああ!」
しまったあ!そんなものを持ってたのか!この曲は聞かなきゃ効かないやつなのに!
必死の形相で耳栓をとりだし……顔の横に持っていく。そして……耳に装着した!!
ヒゲダンスがぴたりと止まる。
「やっと止まった……おのれ、二回にもわたってよくもコケにしてくれたな!
前の分もまとめて返してやる!!」
リーダーさんとサブリーダーさんがじりじりと迫ってくる……。
もちろんこんな時は笑顔であとずさり。
「えーと、何のことでしょう!?」
「ふざけるな――!触角つけたエルフなんて何人もいるか!?」
ヒゲダンスが止まった以上百烈拳は通用しないだろう。
レベッカちゃんの呪歌なら耳栓の防御を軽々破れるだろうが、補助の歌を歌ったら相手も元気になるし
まして対人用の攻撃呪歌を歌おうものならこの場にいる全員が阿鼻叫喚の事態となる。
つまり。大ピンチ!!
「「うおりゃああああ!!」」
ショートソードなんて抜いて切りかかってきた!どうしよう!?
すぐ目の前まで迫った時、とっさに剣を抜く。
二人の隙間をすり抜け様に、掠るように浅い斬撃を無数に閃かせる!
深くは入らないように、それでいて戦意を喪失させるように。
「何!?避けやがった!」
ヤバイ!切られたことに気付いてないし!浅すぎたああああああ!!
「どうせ偶然だ……ん?」
「きゃああああああああ!!変態!!」
「うわあああぁあああう!?」
レベッカちゃんとラヴィちゃんの悲鳴が聞こえたので何事かと思って振り返ってみると……
リーダーさんの服の右半分、サブリーダーさんの服の左半分が無くなっていて
その欠片らしきものが地面に落ちていた……。
「「はうあああああああ!?」」
自らのあられもない姿に気付き地面にうずくまるお二人……。
別の意味で戦意を喪失させてしまったようだ。ご愁傷様です、わざとじゃないとです……。
「まあ……とりあえず、勝った……かな?」
キャメロンさんに同意を求めてみる。が、次の瞬間には百烈拳が飛んできた!
「こういうのは痛み分けって言うんだああああ!!オラオラオラオラオラ!!」
「ぎゃああああああ!!」
「ヨク守リ神像ヲ助ケテクレタ、大変感謝スル。是非御礼ヲシタインダガ……」
そう平然と言う族長の前には、未だ顔面蒼白のレベッカとラヴィ、百烈拳をくらい昏倒したパルス、
そして縄でぐるぐる巻きになった4人組と、一人だけ元気なキャメロンがいた……。
―獅子十字軍北方大隊司令テント―
「くぁ〜冷えるなぁ、雪とかありえないよホントにもう…」
ぶつぶつと愚痴を吐きながら、見張りの交代を終えた青年がテントに入って来た。
「ガハハハ、ロシェは確か南の生まれだったっけか?」
「いえ、セプタですよ。でも寒いのは苦手…というより大ッ嫌いですね」
ガチガチと震える青年、ロシェにジーコがコップを渡す。
「やっこさんはどうだい?まだ動かねぇか?」
「うわ!?辛い!何ですかコレ!辛ッ!!!……ぁ〜まだ何にも無しですよ…辛い…」
ジーコが手渡したのはルフォンの地酒『スチーム・ソウル』。度数は94。
ほとんどアルコールだ。いやむしろ酒と呼んでいいのかすら微妙である。
「向こうさんは今夜仕掛けて来ますかねぇ。こうも寒いとテンション下がって中止とか?」
「オメェじゃあるまいし、んな旨い話はありえねえよ。必ず来る、今夜はこの大雪だ。
こちとら視界も悪けりゃ手もかじかむ。やっこさんにゃ都合が良いからな」
呑むのを諦めたのかコップをテーブルに置いて、ロシェが渋い顔をした。心底嫌そうである。
内通者の存在は随分前から発覚していたが、今日まで泳がしていたのは、夜襲に対し
一斉に戦力を固めて迎撃と同時に攻め込む作戦のためだった。
当然この作戦の存在をアルトは知らない。ジーコが率いる部隊とレジスタンスの共同作戦だ。
作戦に参加しているのは『鷹の翼』『曉旅団』、そしてジーコの部隊で計58人。
『鷹の翼』は拿捕したゴレムを2機所有するため、この作戦における要と言えるだろう。
既に各部隊共に迎撃準備は整っている。後は敵の襲撃を待つだけだ。
「ふぁ…ふ…なんか眠くなってきましたよ、こうして待ってるのが馬鹿みた……いッ!?」
欠伸をしたロシェがテントの外を見た瞬間、轟音と共に機械仕掛けの魔獣が大地を裂いて現れた。
積雪は衝撃で吹き散らされ、視界は無きに等しい。完全な不意打ちとなった。
「ロシェ!!外だ!!ここにいたら挽き肉にされるぞ!?」
ジーコが手元のウォーハンマーを引っ掴み、テントを転がるように飛び出す。
その巨体には不釣り合いな俊敏さだ。迷わずロシェも腰の長剣を抜き放ち、ジーコの後に続く。
ロシェが飛び出すと同時に、テントは《ハイドラ》の2本の頭によって布切れと化し、残す14の首が2人を捉らえた。
なにが起こった?何も分からない。状況はどうなっている?
音は?ゴレムの音は?黒騎士の心臓の鼓動は?……何も聞こえない。
ただ……強い衝撃で体が吹き飛んだのだけが分かる。
「はぁはぁ……ぐうっ!!ゲホッ!ゴホッ!」
口から血が出ている、なにがなんだか分からない。痛いとも感じないのが更に俺の恐怖を増徴させる。
『周りを見なければ』
ただその一つだけを考え周りを見渡す、状況を確認しなくてはどうしようもない。
「あ……うあっ……ああッ!!」
見上げるとそこには鈍い光を放つ冷酷な殺戮兵器が『居た』
声が出ない、向かってくる恐怖そのものが、俺の全ての思考を停止させる。
もう終わりかと思った、いや、彼がなんとかしてくれなかったら終わりだった。
「落ち着け!私たちはまだ終わりじゃない!!」
黒騎士ことディオール、化け物に臆することなく向かっていく男。
そして俺を助けようとしてくれている男だ、
「……ディオール郷」
「生きてここから出るぞブルーディ。」
そう語る黒騎士の目には迷いも虚勢もない、迷わずに『生き残る』ことを口にしている。
俺は今も震えが収まらず、死ぬことしか浮ばないというのに……
「うおおぉぉっ!!」
黒騎士はゴレムの装甲と装甲の隙間に一撃を入れる。
だがいくら黒騎士といえども、ゴレムの力の前ではただ吹き飛ばされ崩れるしかなかった。
「ディオール郷!!」
倒れ血を流す黒騎士を目にして、俺は震えが消えた……
そして……俺の耳に音が戻った。今までの難聴が嘘のように、全ての音が入ってくる。
黒騎士の鼓動も確かに聞こえる。相手の動く音も、一体どの程度で走行しているのかも。
全てが聞き取れた。そして目の前のゴレムの違和感も聞き取れた。
「…ふうっ………目が覚めた、感謝する、そして安心して休んでいてくれディオール」
立ち上がりローラに軽く息を吹き込む、やっぱりというべきか肺に血が溜まっている。
だがそんなことはもう微々たることだ、俺は吹き慣れた旋律を奏でる、リズミカルに。
一台、また一台とゴレムの動きが止まっていく、無論それもこれも狙ったものだ。
……やっぱりだ、どんなものでも内側はもろいものだ。ディオール感謝する。
お前の一撃がなかったら内側の故障には気付かなかった。機械っていうのは精密だと聞いている。
最後の一台の駆動音が鈍くなっていき、そして次第に停止した。
「時計と同じだ、歯車一つ飛んだだけで動けなくなる……歯車一つ壊す。
その程度なら旋律でも可能なんだ、少し風を起こせば良い、特に力は要らない。」
だれに言うまでもなく俺は語る。導いてくれた黒騎士への敬意も勿論こもっている。
ギギッ!!
さび付いたものがこすれあったような音がする。
振り向くとゴレムが黒騎士に最後の突進を放ってきていた。迂闊だった。
旋律は間に合わない、この間合いでできることは一つだけ。肺に空気を溜めながら走る。
いまできること、それはこれだけだ、黒騎士とゴレムとの間に割ってはいる。
――――ッッ!!!――――
つんざく音とともに俺の周囲の床が壊れる、ギリギリ黒騎士を巻き込まないように。ゴレムを巻き込むようにして。
俺と殺戮兵器は下へと落ちていく、俺はローラをそっと抱きかかえる。
死に近いというのに特に絶望も後悔もない。むしろ、いえることは一つだけだった。
「こういうのも……まんざらじゃないな……」
自陣の各所で揺らめいていた篝火が次々と消えていく。
何年ぶりかの故郷の雪に足をとられて短く悪態をつきながら、火の番の交代を知らせるためにリッツが天幕に顔を出した時のことである。
「ゴレムか! 奴ら何体出してきやがった!?」
地響きの度合いからして相当な数に違いない。
見張りの連中は何をやっていたなどとは責めもせず、リッツは吠えた。
「片っ端からぶち砕いてやる!!」
蹴り起こす時間も惜しいとばかりに、足元の雪をすくって天幕内の仲間に投げかける。轟々たる非難を背中に受けつつ近くの無事な篝火へと向かう。
「あ、リッツさん!」
「敵襲でしょうか!?」
篝火の前で浮き足立つレジスタンス兵を手だけで制し、リッツは天幕の屋根に跳んだ。
ざっと視線を巡らせる。
暗い寒空の下で消えていく炎の点を目で追ってみるが、どれも不規則で敵の位置は定かではない。
一つが消えても、その隣は無事というのがちらほらとあるのだ。外からの飛び道具かとも思ったが、それらしき影はなかった。
――いや、
「なんだ……?」
地面から立ち上る巨大な影にリッツが呟くのと、足元で悲鳴が上がったのは、ほぼ同時であった。
見下ろすと、篝火を中心とした地面がすり鉢上に陥没して沈んでいくところだった。まるで巨大なアリジゴクだ。
「……っ……っけ…!!」
流れる土に溺れるレジスタンス兵の手をとるべく、リッツは跳んだ。恐れなく迷いなく。
右手でもって素早く掴み、左手で支えられる物はないかと探す。
自身もアリジゴクに足をとられて踏ん張りが利かなくなってしまったのだ。これでは跳んで逃げることはできない。
虚しく空を切る左手、諸共に沈み行く両足。
冷たい汗が背中を伝った瞬間、左腕にロープが巻き付いた。
振り向くと、アリジゴクの縁から見下ろす暗い瞳と目が合った。黒髪の長髪に鍔広帽子、襟元ではためく深紅のスカーフなどという気障な格好の男はリッツの知る限りでは一人しかいない。
寡黙なレジスタンスの凄腕スカウト、ギルである。
天幕の支柱にでも結びつけたのだろう。ロープの確かな手応えを確認し、リッツは上半身の筋肉を激しく隆起させた。
「よい――っしょおおおおおおおおおっ!!!!」
右手のレジスタンス兵を引っ張り上げざまに放り上げ、無事に天幕の屋根を揺らしたのを見るや、猛烈な勢いでロープを伝って確かな地面に帰還する。
「ありがとよ! 恩に着るぜ!」
「……来るぞ。新型だ。」
礼の言葉を無言で受け流し、顎で前方を示すギザ。
土を撒き散らして姿を現したのは、巨大な蛇に似た頭部であった。
「おお、こいつぁ食いでがあらぁ……蒲焼にすると何人分だあ?」
「……肉は生で食うに限る」
ギルが自分の軽口に応えてくれたことに薄く笑いながら、リッツは大蛇ゴレムの全貌を目分量で測ってみた。
頭部は横4メートル縦3メートルといったところか、その直径がそのまま胴体になって長く続いている。大口を開けば大の大人の十人は楽に呑みこめるだろう。呆れたデザインだ。
「……っ!!」
鎌首をもたげ、矢のように飛びかかってきた。今までの無機質なゴレムとは一線を画す、生物の如き滑らかさである。
しかし――それじゃあただのクソでかい蛇だろうが!!
「ボケぇっ!!!」
深く沈みこんでのライトアッパーでカウンターをとり、長くうねる巨体を天へと衝き上げる。
手応えに妙な弾力を感じたが、まあ問題ない。
このまま一気にラッシュで仕留める。
両の拳を打ち合わせつつ前に出るリッツ。
「……下にもう一匹」
ギルの淡々とした注意に足を止めた時には、すでに遅かった。
ゴッッッッッッッッッッッッ――――!!!
「うおわあああああああああああああああああああああああああ!!!?」
地面からのぶちかましをくらったリッツもまた、雪の降る天へと衝き上げるられることとなったのである。
「ブ…ブルーディィィッ!!!」
不意を打たれた黒騎士を庇って、ブルーディは崩れ落ちる床と共に階下に消える。
手を延ばすも届かず、ガラガラと瓦礫の落ちる音だけが虚しく響き、黒騎士は力無く膝を折った。
「馬鹿な……何故だッ!?」
ぽっかり開いた穴の渕を殴り付けて叫ぶ。言い知れぬ悔悟の念に、黒騎士は打ちのめされた。
だがしかしそれも長くは続かなかった。増援のゾルダートが現れたからだ。
「ぬう…これでも当たらんのか!?」
黒騎士のブレスがゾルダートを襲うが、その攻撃は全て回避されてしまう。
彼の使う黒星龍のブレスは影を利用したものだ。
光源感知センサーを持つゾルダートには、影の発生する角度方向が完璧に探知される。
何処から来るのか事前に判った攻撃が当たる筈がないのである。
「もう駄目なのか…」
黒騎士の口から諦めの言葉が洩れた時だった。彼の真横を白い突風が駆け抜けたのは。
「ダブルスクリューねこぱ〜んち!!」
鋭い覇気を感じさせる、よく通った声が通路内に響く。
そして、息を呑む程に鮮やかな回し蹴りがゾルダートの1機を派手に吹き飛ばす。
突然の乱入者の姿を見て、黒騎士は驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。
その姿、果てしなくバニーガールである。
白を基調とした露出度の高い衣装、ふわりと翻るボアコート。
「どの辺が“パンチ”なんだ!?」
黒騎士の悲鳴じみたツッコミが爆音に掻き消され、同時に黒騎士の姿も爆炎の中に消えた。
「…ここは…痛ッ!?」
再び目を覚ました黒騎士は、起き上がろうとして全身を駆け巡る激痛に顔をしかめた。
「あら起きた?久しぶりね、ディオ」
ふと見上げると懐かしい顔。幼い頃からずっと黒騎士を虐めていたレジーナ=ハイネスベルン。
この時ようやく自分が膝枕をして貰っている事に気付き、黒騎士は悲鳴を上げた。
「ちょっ!?…何なんだ!?何でこんな所に…ってその破廉恥な格好は一体!!」
「ちょっと〜、久しぶりに再会した幼馴染みを見て悲鳴って…もう少し気の利いた台詞の
1つや2つ言えないものかしらねぇ。さ・ら・に!今の私は貴方の命の恩人なのよ〜?
あぁそれからコレ、結構動きやすいのよね。夏場は涼しいし〜♪」
ゴレムの機関銃の如く喋るレジーナに、公国最強の騎士はすっかり圧倒されてしまっていた。
山賊四人組をやっつける事ができたけどぉ・・・ラヴィの中にトラウマが残ったよぅ・・・・。
当分の間はキノコ食べられないよぅ!!うわああああああん!!!!
「トリアエズ宴ジャ!護リ神像ヲ見事ニ守ッテクレタ勇者ノタメニ宴ヲスルゾ!!」
「やったー♪御馳走だーッ♪ラッキーだ・・・ね・・・・。」
族長さんの提案に大喜びのパルちゃんだけど、ラヴィ達を見て『あっ!ヤバイ!』って顔したよぅ。
ラヴィとレベッカ姉ちゃんは、モロ見ちゃったんだよ?でもパルちゃんはチラ見だもん!
心の傷は簡単には治らないよぅ・・・・。うわあああああああああん!!!!
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宴に出す料理は、村の人達が湿原で捕まえて来た食材で作るんだけど、ラヴィも手伝いするよ。
だって湿原で採れる食材には珍しい物がた〜っくさんあるから。
エッジメイビルっていう魚の肝は世界三大珍味だし、グリーパーレゴスの肩ロースは高級食材だしぃ。
包丁箱から取り出したのは、1番包丁『東雲(しののめ)』薄刃包丁だよ〜。
食材は既に揃ってるから、今回は秋雨や唐紅の出番は無し。細かい切り分けはやっぱり東雲で決まり。
猟理の包丁は基本的に戦いの最中に使う物だけど、東雲は戦いの後で使う唯一の包丁なんだよぅ♪
猟理人はまず最初にこの包丁から修行を始めるから1番っていう番号なんだよぅ。
さぁてさて、毎度お馴染みのラヴィちゃんが魅せますクックタ〜イム!始まりだよーッ♪♪
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ラヴィが料理に取り掛かったその頃、ハイアットは村の外れをフラフラと散歩していた。
夜空には煌めく星々の絨毯が敷き詰められ、央天に輝くは目の醒める様な満月・・・・。
「あの晩もこんな感じだったっけか・・・・。」
ぽそりとぼやき、夜空を見上げたままで目を閉じた。
瞼の裏に甦るのは・・・戦いの記憶。そう、突如として襲い掛かって来た破滅との戦い。
だがハイアットは戦えなかった。
理解不能の現象によって、遥か未来へと時を越えてしまったためだ。
「本当に・・・帰れるのかな・・・・。」
ハイアットの問いに、答えられる者はいなかった。
「貴様!なぜ勝手に会議を進めた!いいか!?貴様はあくまで私の補佐なのだぞ!!」
会議に参加していた全員がそれぞれの塒に戻ったあと、テントの中では罵声が響いていた。
アルト・サーカチス、今レオルを罵倒している男だ、騎士としてのプライドか自らの作戦が決定しなかったのがよほど悔しいならしい。
「しかも!あのような傭兵崩れや細々とやっているレジスタンスの作戦を認めるなど!!」
「確かに、レジスタンスは信用できかねます、ですが、アルト様の作戦には私は反対でしたので、」
レオルの発言に対して怒りの表情をあらわにするアルト、しかしこれは当たり前のことだ。
アルト・サーカチスは断じて無能な指揮官というわけじゃないのだから。だが見逃していることがある。
いや、未だに気付いている者自体が少ないのかもしれないが、先ほどの作戦には決定的な穴があり、
たった三人で正面突入するという一見無謀な作戦も、今は非常に合理的になっているのだ。
レオルがそれを知っているかいまいかは分からない、だが“今の世界”ではアルトの作戦は危険極まりない。
「貴様っ!!私が貴様を拾ってやらなければ!貴様は今頃死刑になっているんだぞ!“味方殺し”!」
「アルト様、世界は変動したのです、今までの人海戦術による強大な敵との戦闘は、この世界では通用しなくなってきているのです。」
アルトの威圧に対してただ淡々といつもと同じように話すレオルの目は冷たく凍えている。
まるでこの世のものではないかのように凍えている、食えない男という次元ではない、人形のような無機質さがそこにある。
「じゃあどうやって戦うというんだ、どうやってぇ!!」
興奮しているアルトに対しレオルは背を向け、言葉に詰まったかのように一瞬とまり、背を向けたまま話しだす。
「……。ゴレムが一人を殺すとしましょう、その周辺にいた十人は危機感を覚える。
そしてその十人がゴレムに殺される、そうすると周りの百人が恐怖を覚える。」
「だからなんだと言うんだ!?」
「恐怖は“伝染”する、そして味方に伝染した恐怖はどのような敵よりも手強い。
百年前ならば直接的害はない、しかし、“世界律”が書き換えられた今はそれが戦力に直結する…。」
世界律、その言葉を聞いてアルトはただ意味も分からずレオルの次の言葉を待つしかなかった。
それも当たり前だ、通常ならば世界律を知りえる人間などいるわけがない。
「百人の戦力よりも一人の英雄、いま世界は、王国はそれを求めている。
必要なのです、不条理に怒り、犠牲を許さず、何よりも人間らしい英雄が。」
レオルはアルトに向き直る、そこには冷たき仮面のような表情はなく、
確かに人間の感情が溢れていた、憤怒、嘆き、憎しみ、喜び、ま喜怒哀楽、その他全ての感情が混ざったような表情。
読めるような簡単なものではない、複雑で何十にも重ねられた感情。
「英雄?……そ、それがあのレジスタンスのリッツやジーコだっていうのか!?」
「ですから、“それ”を明日確かめたいのです、」
地面が少し揺れる、地震と慌てるアルトをよそにレオルはいたって冷静だ。
「やはり、このまま簡単に明日にしてくれるわけではなかったですね。」
レオルは慌てているアルトを気にも留めずにテントを出て行く。
「だれも死なせたりはしません。“味方殺し”の名に誓って。」
遥か昔に滅び去った都市の変わり果てた姿を前に、その青年は1人佇んでいた。
冷たい夜風が吹き付ける中で表情一つ変える事なく、とある一点をじっと見つめている。
「なにもかも・・・無くなったんだな。僕は今ここに存在しているというのに・・・」
抑揚の無い呟きは吹きすさぶ夜風に消え、青年は都市の巨大な門に向けて手を翳す。
幾星霜の時の流れに朽ち果てた門が、突如として動き出した。
地響きと共に門は開き、青年は中へとゆっくり歩いて行く。
都市の名はジャジャラ。かつて空に浮かび、セレスティア文明の栄華の象徴だった幻の都・・・
━ボボガ族の集落━
夜も更け、宴の盛り上がりは最高潮に達していた。
「フハハハハハハハ!!凍え死ねぇ!!商いは・・・飽きないッ!!!!」
酔っ払ったキャメロンが魔王の如く高笑いをしながら、冷気系最強の呪文を連発していた。
「さ・・・寒いよ・・・ザナック・・・暖めてよ・・・」
「寝ちゃダメだよぅ!パルちゃん死んじゃうよーッ!!」
「・・・アハ・・・アハハ・・・この店のデザート全部アタシのもの〜」
「ヒィ!?レベッカ姉ちゃんまでッ!?」
寒さのあまり頭がおかしくなった2人を交互に見やり、ラヴィは半ベソ状態だ。
「グハハハ!!我に平伏せ愚民共め!んんッ?貴様何故ダメージを受けていないのだ!?」
「ラヴィは・・・慣れてるもん。先生のダジャレに比べたら、おっちゃんは全然マシだよぅ」
気まずそうに答えたラヴィに、リザードマンの村を壊滅させた魔王が、驚愕する。
よほどショックだったのか、よろよろとふらつき倒れ込む。そしてその直後には大いびき。
屍の平野と化した宴会の場は静まり返り、ラヴィが途方に暮れていたその時、背後から声がした。
「ゆ・・・勇者だ。今この瞬間、勇者が爆誕した!!新たな勇者伝説の始まりか!?」
「あ・・・ハッちゃんだ。何処行ってたのーッ!!ラヴィだけ大変だったんだよぅ!!」
「ゴメンゴメン。ちょっとトイレ探してたら迷子になってさ・・・」
駆け寄って来てプンスカ怒るラヴィに、ハイアットは苦笑しながら謝る。
迷子というのは嘘だ。いくらなんでも3時間近く迷子になる程、この集落は広くない。
普段と何か様子が違うとラヴィは思ったが、その雰囲気ゆえに、それを尋ねる事はできなかった。
寒さで昏倒中に見た夢は、木漏れ日の中の風景……。
「モーちゃん、聞いて欲しい曲があるんだ!!」
エルフの娘の手には、一本の笛が握られている。
「えーと……その牛みたいなニックネームはやめてくれるかなあ?」
そう言うのは輝くような銀髪の青年。
「いーからいーから、痺れさせてあげる!」
娘がそう言って美しい旋律を奏でると……なぜか火花が散って電撃がはじけた……。
「痺れたよ。痺れて動けないよ!」
「まんまと引っ掛かったな……! いただきまーす!!」
一気に接近してゆっくりと顔を近づけていく。感電して動けないのをいいことに唇を奪うというのか!?
「パルちゃん、いや、その僕は師匠だし君は弟子だしそんな関係になるのは……うわあああああ!」
嬉しい悲鳴あげてるし! 過酷な運命を辿ったはずなのに夢の中に出てくる二人はいつも幸せそうで……。
きっと、悲しかった事や辛かった事よりも、楽しかったことだけ覚えていたんだね……。
ちなみに今のは暁の瞳の先代所有者の怨念である。そうなのだ。新しい世界律は昔の人の怨念……もとい、想いも物に宿ってしまうのだ。
おかげで、剣を拾ってくるついでに変な分厚い日記帳を枕代わりに拾ってきたのはいいんだけど……枕にするとこんな感じの夢ばかりみてしまうので閉口している。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
なんか正気を取り戻してみると辺りは凍死体の山・山・山。しかもトカゲは変温動物だ。熱くして生き返らせる必要がある。
「レベッカちゃん……アレだ!!」
「うん、あれしかない!」
レベッカちゃんは凍えながらも力強く頷いた。と、いうわけで。レベッカちゃんと楽器を構えて手を振る。
「宴会のオオトリは美少女バンド“暁の星”が務めさせていただきます!!」
僕は美“少”女では無いというツッコミは入れてはいけない。
「熱く燃える呪歌だったりするんでみなさん生き返ってね♪」
ラヴィちゃんとハイアットくんの拍手がぱらぱらと響く。
「レベッカちゃん作曲・歌。作詞と副旋律は僕ことパルスでお送りします。“暁の星”のデビュー作、“Morning Star”、どうぞ!!」
初めて作った歌、みんなに届くかな? いや、レベッカちゃんならどんな歌でも届けてくれるだろう。だから僕も、届けよう。この音色に乗せて!
〜♪〜
夜明けの空を見上げ 少年は呟いた
どうして 星が見えないかって?
暁の空を 照らすこと許されるのは
君みたいな とびっきりの一等星だけだから!
Morning Star!! 暁の星のように
Morning Star!! 輝いて!!
その思いは いつかきっと
絶望を打ち砕く 光になる
空の彼方に輝く 暁の星のように
〜♪〜
「二人とも、サイコーだよぅ!!♪」
歌い終わった瞬間、割れんばかりの拍手喝さいが響いた。凍死した人たちが見事に生き返っている。
「感動した!!!」「何してんのよ!?」
ハイアットくんが感動のあまりレベッカちゃんに抱きついていって張り倒される!
「ぐわああ!?」
スライディングして机をひっくり返し、食べ物が入っていたボールが頭にかぶさった!不覚にも大爆笑。
「アハハハハ!!」
ハイアットくんが憤然と抗議。
「人が張り倒されてるのに何笑ってんの!?」
「だって頭上注意の人みたいになってるんだよぅ!」
「……ホントだ。アハハハ!!」
「もう、バカねー!」
とても会ったばっかりとは思えないぐらい、しょーも無い事ではしゃいで笑いあって、本当に楽しくて……。
できるならずっとこの4人で冒険したいって、こんな日々が続けばいいって思った。
でも、僕は何も知らなかったんだ。他の時代に飛ばされるってどういう事なのかも。
君が背負った宿命も……。その笑顔はあまりに眩しかったから……。
こんな夜はもう本当にどのくらい無かったんだろうか?夜がこんなに綺麗だとは思わなかった。
まさかこんなに楽しい夜が来るなんて考えたこともなかった。
みんなが笑い合って、昔はこんな夜は当たり前だったような気がする。
「……」
「どうかしたの?」
今みたいに心配そうに聞いてくる人だって居るんだ、それが当たり前って思う人もいるんだろうけど。
その当たり前に長いこと触れてなかったような気がする。
仲間っていう感じがこんなにも良いものだとは思わなかった。
「ん?いやぁ、きっと僕は、この夜のことをきっとずうっとしつこく思い出すんだろうなって思ってね。」
「大袈裟だなぁ、そんなまるでもうお別れみたいな言い方。」
大袈裟?そうだね、大袈裟だ、また会えるって信じることもできるんだから。
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宴も終わってあたりは静まり返り、かすかな寝息だけが聞こえる。
荷物を肩にかけて、ぐっすり寝ている「仲間達」に頭を下げる。
「ありがとう、きっと僕は今日のことをいつになってもしつこく思い出すよ。」
そしてまっすぐに歩き出す、暖かい焚き火と「仲間」達に引っ張られるような感じがするのを無視して村を抜ける。
あっという間だった、村を抜けるのは、本当は戻りたい、まだ話していたい、でもここでまた輪に入るわけにはいかない、
だって、今ここで戻ったら、僕はもうあそこから抜けれそうにない、その勇気がない……
――だから僕は心に刻むんだ。
――この果てない生の中で、終わりが見えない旅の中で出会った、
――夜の帳が下りてからの安らぎを、ね。
空高く跳ね飛ばされたリッツに、蛇達が息もつかせぬ連携で追撃を仕掛ける。
まるでお手玉の様に跳ね回るリッツだったが、ギルはそれを助けようともしない。
何も言わず、ただ蛇達の動きをじっと観察し続けていた。
先程から感じていた違和感の正体を突き止める為だ。
ギルのいる場所はハイドラから離れている訳ではない。しかし蛇は一定距離から先へは来ない。
その気になればリッツ共々包囲できる筈なのだ。しかし蛇達はそうしない。
「試してみるか…《フェイト・オブ・フィート》」
ギルの言葉に、天幕に結び付けられていたロープが生物の様に動き出した。
そう、このロープは普通のロープではない。古代の《遺産》なのである。
リッツを蟻地獄から救い上げた時、ロープが腕にしっかり巻き付いたのもそのおかげ。
《フェイト・オブ・フィート》所有者の意思のままに自在に伸縮・行動が可能なロープ。
そしてそのロープは決して切れる事はない。
「ぐっ…このやろう!!」
相変わらずお手玉状態でリッツは跳ねている。空中では踏ん張りが利かず、反撃もままならない。
その時ロープがリッツの足に巻き付き、勢いよく引っ張った。
急な加速にリッツが悲鳴を上げ、そのまま少し離れた地面に叩き付けられて雪を舞い上げる。
「てめぇギル!!もうちょいマシな助け方はねえのかよ!!」
「…知るか」
猛抗議するリッツを尻目にギルは再びロープを手元に戻すと、反対方向に走り出す。
蛇はギルを追おうとして、身を乗り出したが突如その動きが止まった。
「…やはりな…そういう事か」
ギルは薄く笑うとロープを引き伸ばす。その長さはあっという間に数百mを越え、蛇の群れに巻き付いた。
「リッツ、手伝え。奴を引き吊り出す!」
ギルの呼び掛けに、ようやくその意図を理解したのかニヤリと笑った。
リッツは大きく息を吸い込むと身体の芯から力を込め、内に秘めた《力》を解き放つ。
音をたて膨脹する筋肉、褐色の肌が雪の様に白く色彩を失い、不気味な紋様が浮かぶ。
《修羅》と名付けられたその力は、化け物じみたリッツの怪力を更に強化する!!
「三つまで開ければ充分だろ。……よっしゃ!!ブッチ抜いてやるぁ!!!」
一つ跳びでギルの隣に着地、ロープを掴み全力で引いた。途端に地面が隆起し、大蛇の全貌が明らかになる!!
それは異形の姿だった。
今まで戦っていた蛇は一匹の巨大な蛇の口から延びたものだったのだから。
「…さっきのは取り消しだ。ありゃ食えねえわ」
大蛇の正体を見てげんなりした口調のリッツに、ギルは無言で頷き同意する。
地上に引き擦り出したのはいいが、その長さは軽く100mを越え、太さも30m近い。
そんな怪物を引っ張り出したリッツの腕力に、普通は驚愕してもおかしくはないのだが…
ギルは全く驚いた様子はなかった。いつも通りの仏頂面。
「……やれるか?」
「たりめーだ!四つめを開けりゃ秒殺だよ」
「そうか、なら任せた。他の連中を誘導しに行く」
「おうよ!頼んだぜ!!」
ギルのロープが解かれ、暴れ狂うハイドラが自由を取り戻しリッツを目掛け襲い掛かる。
「ハハハ、さぁて…月まで飛んでもらうぞゴルァ!!!」
―ルフォン近郊
ソーニャ率いる傭兵団『紅蓮の爪』は、レジスタンスの戦闘を目視で確認し、速度を上げた。
大雪で馬車は足止めをくらった為、全員徒歩による進軍を余儀なくされたが。
「ホントに当たってるよ、たいしたモンだねアンタの占いは」
ソーニャが横のアビサルを感心した様に見やると、異変に気付いた。震えているのだ。
何かに怯える様に。彼女周囲に展開した球体の一部に突然穴が開いた。
「せ…せ……世界が無くなっ…てる?」
彼女は意識を失う寸前といった様子で、恐怖に震えながら徐々に広がっていく穴を見ていた。
「どうしたんだい!?ちょっと!アビサル!?」
ソーニャが驚き、慌ててアビサルを支えようとしたが、球体に阻まれてしまう。
「そ…そんな…どうして獣が…」
そう言い残しアビサルが気絶したと同時に、遥か前方で大爆発が起きた。
爆発の規模は相当なものだというのは簡単に推測できた。遅れて届いた爆風がソーニャ達を打ち付ける。
ソーニャは猛烈に嫌な予感がした。占いだとかそんなもの以前の問題だ。
何故ならソーニャには感じる事ができたからだ。
自分と同じ滅び去った獣の力を宿す者の存在を……
―『運命の牙』野営地近辺
「驚いたな…まさか人間がアレを使えるとは…」
「ここで始末しておくか?センカ殿」
「いや、今はまずい。しかし何れは…」
先程から戦闘を観察していた2人組は、まるで人とは思えぬ身のこなしで、その場を後にした。
263 :
ジーコ:2006/11/17(金) 21:05:06
今までのとはまるで違う新型か・・・随分と厄介なのを出してきやがったな。
俺は一旦間合いを取り直すと、愛用のハンマーを構えた。
口の悪ィ奴に言わせりゃ「でかい鉄の塊に棒を付けただけの代物」らしい。
ひでぇよな、最初はちゃんとしたハンマーだったんだぜ?まぁ長い間使ってると形が崩れてこうなったが。
「ちょ!?ジーコさん後ろ後ろーっ!!」
ロシェの声に即座に反応して横に跳ぶ。あと1秒遅けりゃ死んでたな・・・クソッタレ!!
「おいロシェ!ありがとよ!!後で酒奢ってやる!!」
「・・・あの酒なら遠慮しときますね」
あの野郎、酒ってモンを分かっちゃいねえな。後でたっぷり飲ませてやるか。
俺とロシェが蛇みたいな新型ゴレムに次々と攻撃を食らわせてるが、一向に埒があかねえ。
まるで本物の蛇だ。ハンマーを叩き込むと体がうねって衝撃を殺しやがる。
かといって斬撃もあまり効果はなさそうだ。普通のゴレムと違って表面が「直」じゃなく「曲」だからだ。
こんなとんでもないゴレム・・・いつの間に作ってやがったんだド畜生が!!
苛々してきた俺が左右から挟撃してきたゴレムの頭をハンマーで殴り飛ばした時、遠くで爆発が起きた。
かなりでかい爆発だ。しかもそれは・・・あの白髪小僧達のテントがある方角じゃねぇか!?
「ジーコさん!何なんですかね今の!?」
ロシェが頭同士を上手く誘い込み、共倒れさせながら大声で俺に尋ねた。
「オメェが分からねえのに俺が分かる訳ねぇだろが!!」
思わず怒鳴り返したが、俺には思い当たる節があった。あの白髪小僧だ・・・。
3週間前、公国の補給路を断つために王国の連中はノッキオールに攻め込んだ。
だが鋼鉄の虎の異名を持つ公国の猛将、ゲルタ=ロンデルの仕掛けた罠だった。
見事に引っ掛かった王国軍は壊滅。そこに現れたのが白髪小僧のいる運命の牙だ。
奴らは王国軍の連中が止めたにも拘わらず、ノッキオールに突入しやがった。
仕方なく援軍に向かった俺達が到着した時、目の前には信じられねぇ光景が広がっていた。
ガキの粘土細工みてぇに捩くれたゴレムの残骸と、公国兵の死体が山積みになっていた。
一体どんなバケモンが暴れ回りゃこんな風になるのか、ずっと気になってな。
だから俺は今度の作戦に参加したんだ。あの白髪小僧の本性を確かめるために・・・。
展開している太極天球儀に異変が起きる。
それは映像として現れる前に、私の脳に直接知らされた。
捕らえようのない喪失感。そしてそれの意味すること。
これは間違いなくあの技術・・・でも、なぜここで?
もたらされた情報とそれによる混乱は強行軍と戦闘への緊張感で満たされた私の精神では、とても耐え切ることはできないものだった。
視界が暗くなり、声が遠くなる・・・。
意識を失ってどれだけ経っただろう?
5分?一時間?
気付いたときにはソーニャさんに抱えられて雪に埋もれていた。
私が気絶していたのはほんの数秒。
でも、その数秒で爆発が起こり、私達は雪に埋もれることになった。
「くそっ!何がどうなっているんだ!急ぐよ!」
宿営地は遠めに、巨大な蛇が蠢いているのがわかる。
ソーニャさんは爆発以上に、何かに駆られるように声を上げ駆け出す。
私は黙って縦目仮面を被る。動悸が治まり、冷静になってくるのがわかる。
遠見の術で見えるそこには顔の半壊した巨大な鋼鉄の蛇が蠢いている。
そしてその蛇と退治する一人の男。
すさまじく高い力場。余りの高さに気が読み取れない程に・・・
「ソーニャさん、待ってください。今、行っては駄目です!
あそこにいるのは鋼鉄の蛇です。しかも内部にはガスが充満して倒せば爆発が起こります。さっき以上の!
それに・・・あそこには・・・星によれば味方、ですがとても危険な力・・・。
これ以上戦わせてはいけません。」
「なんだってぇ!?」
そう叫んで隊を止めるソーニャさん。
よかった・・・。血気に逸ってあの中にソーニャさんがいってしまったら私は術を使えなかった。
きっと引き摺りだす時に危ない目に・・・いいえ、多分殺してしまうから・・・。
吹き上がる雪煙と怒号を尻目に私はソーニャさんにこれからやることを説明した。
「そんなことができるのかい?それはいいが・・・だが待て、それだと味方も巻き込むぞ?」
「巻き込みます。でもそれが最善、です。少しでも味方の犠牲を少なくするように、ソーニャさんに・・・」
賛同はしてくれるけど、やっぱりソーニャさんは気付いてしまった。
私がやろうとしていることがどれだけの事態を引き起こすか、を。
ちょっと不機嫌なオーラを出しているけど、仮面を被っている私には影響を与えない。
ただその事実が【情報】としてだけ認識される。
既に用意されていた返答とともに幻灯機を取り出し、幽星体転写の術をかける。
「え、何?もう始まっているのかい?おわ!あたしが・・・!」
幻灯機に照らされて驚くソーニャさんの視線の先には空に浮かび上がる巨大なソーニャさんの姿。
「あ、あ・・・ゴホン!みんな、得体の知れない化け物に襲われているようだけど、あたし達紅蓮の爪が来たからにはすぐに片付けてやるよ!
だからここは任せて散りな!この混乱を見逃す程あたしらの敵はヌルくないからね!
さっさと行かないと埋まっちまうよ!」
空に浮かぶソーニャさんが勇ましく斧槍を振るいながら演説をする。
人からは「ソーニャか?」「なんだありゃあ!」「でけえ!」という声が聞こえてくる。
ソーニャさんが演説してくれている間に私は術の準備をする。
遺伝子レベルで継承されてきた知識、1000年練りこみ高純度になった気、先人達の作った宝珠、そして天の運行は夜、十六夜。
これだけ条件が揃っていればできるはず。問題は私という器がどこまで持つか、というだけ・・・。
「太極天球儀展開。日輪宝珠、月輪宝珠作動。」
太極天球儀が再度展開し、2m程の立体映像が陣として私を包む。その力場によって私は50センチほど浮くことになる。
展開させている陣図が先ほどとは違うので【穴】はない。
陣に煌く無数の光点。手の動きに合わせて陣も回転する。
「陽門、陰門、座標固定・・・」
いくら知識と気を受け継いでいても、人間の脳の処理能力には限界がある。
そこで開発されたのが二つの宝珠。
陰陽思想で成り立つ黄道聖星術のそれぞれ両極を補助してくれる。
そして周囲の気を吸収し、術者に補給する外巧気吸集機でもある。
だけど外巧気が吸収できない・・・やっぱりさっきのは・・・こうなると自分の持つ気だけでやるしかない・・・
私は覚悟を決め、呪文の詠唱を始める。
「星界に棲むハラカラよ!我は黄道の導き手が一族アビサル・カセドラル也!今、星門を開きて汝の名召すこと天下知る!我が導きに依りて来たれ、青蛇琴!」
厳かに呪文の詠唱を終えると、空に映るソーニャさんの姿が消える。
そして、空が割れた。
まるでガラスが割れるかのような音とともに空間が砕ける。
そこには夜闇も、雪雲も、降りしきる雪もない。まるで切り取りはめ込まれたような別空間がそこにあった。
真なる闇、そしてそこに浮く巨大な青い蛇。
その蛇は三対の翼をもち、身体をCの字に曲げ、その内側に糸を無数に張っている。
正に蛇で作られた琴。名を青蛇琴という。
余りに巨大で遠近感を疑う者もいるが、その大きさは200mを超える。
青蛇琴は鎌首をくゆらせ、地下に身を沈める鋼鉄の蛇を見つめると嬉しそうに大きな口を開く。
胴体部分に張られた無数の弦が響き、三種類の音を奏でる。
地上に響き渡る不協和音。それぞれの音は何の意味も持たない音でしかない。
だが、それが交錯する一点では恐るべき旋律術となる。
青蛇琴は星界に住まう蛇。
星の鉱脈を食らう鋼食管蟲を主食としている。
地下鉱脈に潜む鋼食管蟲を捕獲するため、地下に浸透して「その一点のみ」に影響を及ぼす旋律術を身に着けている。
何より不思議なのは、蟲自体に影響を及ぼすのではなく、その食生活のために鉱物化した外皮、無機物に影響を与える点にある。
鉱物化した外皮に磁性を与え、地磁気と反発させて地下からはじき出し食するのだ。
そう、ちょうど私の視界の先で大地を砕き、大きな雪煙を上げながら地上に浮かび上がった巨大な蛇のように。
遠見の術で大量に巻き上がる土砂に巻き込まれていくレジスタンスの人たちの姿がはっきり見える。
その姿を目の当たりにしながらも私の心は微動だにしない。行動に基づく当然の帰結なのだから。
でもその反面、そこにソーニャさんがいなくて安心する自分もいる。
「ソーニャさん、いって!」
術の最中でそれだけ言うのが精一杯。でも、それだけで十分だった。
ソーニャさんは天と地に現れた二匹の巨大な蛇にうろたえる仲間を一喝して走っていってくれた。
「やるじゃないか!」
その一言を残して。この一言で私の気は更に膨れ上がる。
正直正解との門を開けた時点で既に体は悲鳴を上げていたけど、これで最後まで維持できる!