卓上ゲーム板作品スレ その3

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1NPCさん
ここは自分が遊んだ卓上ゲームのプレイレポートやリプレイ、卓上ゲーム同士のクロス、
公式キャラやリプレイのSSなど卓上ゲームに関係する文章作品を総合的に扱うスレッドです。

・不要な荒れを防ぐ為に、sage進行で御願い致します。
・次スレは>>980を踏んだ方、若しくは480kbyteを超えたのを確認した方が宣言後に立ててください。
・801等、特殊なものは好まない人も居るので投下する場合は投下前にその旨を伝えましょう。
・各作品の初投下時は、元ネタとなるゲーム名も一緒に書き込んでもらえると助かります。
・内容が18禁の作品は投下禁止。 相応しいスレへの投稿をお願いします。

前スレ

卓上ゲーム板作品スレ その2
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/cgame/1204870381/

初代スレのログ

卓上ゲーム板作品スレ
http://pantomime.jspeed.jp/test/read.cgi/monament6/1054980691/
2NPCさん:2008/10/13(月) 19:51:08 ID:???
>>1乙!

書き手も増えてきたし、楽しみになってきたぜ!
3NPCさん:2008/10/13(月) 21:25:23 ID:+ErNqwVO
>>1乙。
使うのはこっちでいいんだよね?
4mituya:2008/10/13(月) 21:44:08 ID:???
来ました!ってこっちでいいんですよね?(ビクビク)
まさか二つのスレに跨ることになろうとは………

今から投下します! うりゃ〜!
5NPCさん:2008/10/13(月) 21:44:11 ID:???
支援待機中ー
6“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/13(月) 21:50:16 ID:???
【裏切り者】

「───飛竜ッ!」
 聞きなれた声に名を呼ばれ、飛竜は森の中を走る足を止めた。
「………楓………」
 応えた声は、己でも意外なほどに憔悴していた。
 域を荒げて走り寄ってきた幼馴染の娘は、彼が手にした剣を───そこについた赤いものを見つめて、泣きだしそうに、顔をくしゃくしゃに歪める。
「───間に、合わなかったんだ………やっぱり………」
「………悪ぃ………」
 何に対する謝罪か、己でもわからぬままに、飛竜はそう呟いた。
「月が消えたから………わかってたけど………けど───」
 楓は何かをこらえるようにぐっと両の拳を握って、その拳で己の目元を拭う。
 そうして、飛竜の顔を真っ直ぐに見上げ、告げた。
「───飛竜、その剣、あたしに預けて」
「………なに?」
 予想外の言葉に、飛竜は目を見開く。その彼に、楓は笹の書簡を懐から取り出して見せた。───その宛名の筆跡は、確かに飛竜が笹から預かった書簡と同じ筆跡。
「笹ちゃんの手紙………遺書、かな。───ここに、書いてあったの」
 楓は飛竜に書簡を渡すことなく、懐にしまう。───ここには、笹の飛竜への思いが綴られている。彼女が最期に語ったにせよ、そうでないにせよ、見せるべきものではない。
 飛竜はそのことに異を唱えることなく、ただ一言。
「───なんて?」
 楓も、短く応える。
「“神殺し”の力を後世に残して欲しい、と」
7“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/13(月) 21:51:32 ID:???
 “神殺し”───“神子”の因果律を絶つために、笹が飛竜の剣に宿した力。

 ───運命(さだめ)打ち破る力。

 笹は、楓への手紙にそう記していた。
「その力は、神だけでなく、かつて神であった侵魔に対しても強力な刃となる。
 ───だからこそ、今ここで、万一にも“金色の魔王”の手に渡らぬように、と」
 確かに、“金色の魔王”がこの剣の存在を知れば、奪取にかかるかもしれない。
 彼の魔王にこの剣が渡れば、どのように悪用されるか───そうならなくとも、人類にとっての希望が一つ刈り取られる。
「───わかった。任せる」
 言って、飛竜は楓に剣を手渡した。───自身の身を守る術がなくなるが、それよりも笹の願いを叶える方がずっと大切だった。
 楓は剣を受け取って、気づいたように飛竜に向き直る。
「そうだ───時雨さん………時雨さんに遇わなかった?」
 問われて、飛竜は目を伏せて、答える。
「───笹の最期を、見せ付けることになっちまった」
 楓が息を呑んだ。痛々しげに顔を伏せて、ややあって、きっと顔を上げる。
「あたし、笹ちゃんが遺した時雨さんへの手紙、預かってるの。剣を封じたら、渡しに行ってくる。
 ───飛竜は、社に戻ってて。今、時雨さんに会うのは………」
 お互い、辛いでしょう───そう言う楓に、飛竜は素直に頷いて、踵を返す。
「───頼む」
 その一言に、言い表しきれぬ思いを全て込めて。
「───うん、また後でね」
 楓もまた、短く返し───二人は別れる。

 ───“また”が、もうないことを、知らぬままに。
8NPCさん:2008/10/13(月) 21:52:02 ID:???
支援を、しましょう
9“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/13(月) 21:52:34 ID:???
 “星の巫女”の社へと一人戻り、飛竜はそれに気づいた。
 ───何の騒ぎだ?
 社が妙に騒がしい。もしや、自分のしたことが伝わったのか───そう思って、庭からやや遠巻きに、中の声へ聞き耳を立てる。
「───“星の巫女”はどこにいる!」
「わかりません、一人飛び出されて───それきり───」
 ───正仁に、瑠璃か?───
 楓が一人飛び出したのが騒ぎになってるのか、そう思いかけて、違和感に気づく。
 ───“星の巫女”?
 正仁は、いつも楓のことを“楓様”と呼んでいた。もし二つ名で呼ぶにしろ、呼び捨てというのはあの男の性格にそぐわない。
 眉をしかめた飛竜に、とんでもない言葉が届いた。

「───己が危機を感じて逃げたか………災いを齎す巫女よ!」

 ───何だって?───
 意味がわからない。───災いを齎す? 誰が?
「何をおっしゃっているのです、正仁様!」
 飛竜の思いを代弁するように、瑠璃が問う。
 正仁は、いつもの温厚さからは想像も出来ない猛々しい口調で告げる。

「“星の巫女”は人々を束ね、星を読んで時を見る、侵魔に抗う我らの柱。
 ───しかし、稀に災いを呼ぶ“星の巫女”もいる! 楓はその災いを招く巫女だ!」

 ───ありえない!───
 思わず、飛竜がそう叫ぶより早く、叫ぶ声があった。
10“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/13(月) 21:53:22 ID:???
「何を言うのです、正仁様! 楓様は今まで我々を正しく導いてくださったではありませんか! それが、何故突然、災いを齎すなどと!」
 抗弁する瑠璃の声。しかし、正仁は一言の元に断言する。
「天に赤い星が昇ったのだ! あれは“星の巫女”目掛け、大いなる災いとなって地上に降り注ぐ!」

 ───赤い星───

 その言葉に、飛竜は天を仰ぐ。双月の消えた空に、金の月はなく───

 ───赤々と妖しく輝く、星の姿があった。

「───災い齎す“星の巫女”は、あの星を地上へと誘う道標なのだ!
 巫女自身の意志も、感情も関係ない! 巫女の存在そのものが世界を滅ぼすのだ!」
「………そんな………!」
 狂ったように叫ぶ正仁の言葉に、瑠璃が悲鳴のような声を上げる。
「───災いを回避するには、もはや巫女を殺すほかにない!」

 ───なんだよ、それ───

 正仁の言葉に、飛竜は呆然と立ち尽くす。

 ───楓の意思も感情も関係ない? それなら、楓は何も悪くないじゃないか───

 それで、何故───

 ───楓が死ななきゃいけない!?───

 そう、思った刹那、

 ───笹だって、何も悪くなかったのに───

 胸の中で、誰かが、そう言った。
11“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/13(月) 21:54:04 ID:???
 それは確かに自分の声で、その声は容赦なく、飛竜の罪を暴き立てる。

 ───彼女もただ、うちに宿る力を利用されただけなのに───

 ───彼女は必死に皆を救おうとしていたのに───

 ───自分(おまえ)は、彼女をすくう手立ても考えようともせず───

 ───ただ、文字通り彼女を切り捨てただけじゃないか───

 とめどなく湧き出続ける、糾弾の言葉。

 ───だって、それは、笹がそう望んだから!───

 必死で抗弁した言葉は、

 ───じゃあ、自分(おまえ)は、楓が世界を救うために死を望んだら、受け入れるのかよ───

 その一言で、打ち崩された。

 そうして、気づく。気づいてしまう。
 笹のためとか、里のためとか、世界のためとか、そんな言葉に全てを転嫁して───

 ───自分(おまえ)は、楓を守るのに一番楽な道に逃げただけだろうが───
12NPCさん:2008/10/13(月) 21:55:01 ID:???
支援で?
13“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/13(月) 21:55:14 ID:???
「───は、ははっ………」
 乾いた笑いが、喉から漏れる。
「は………はははははははははっ!」
 壊れたような、哄笑。喉から溢れて止まらない。
 その声に気づいてか、瑠璃と正仁が庭に下りてきた。
「───飛竜………!?」
「何事だ、飛竜!?」
 口々に問う二人にも答えず、飛竜はただ嗤う。
 二人は飛竜の様子を案じるように───また気味悪げに見つめ───
 瑠璃が、気づいた。
「───飛竜………服の裾………?」
 もともと、赤を基調とした色彩のために目立たないが、その服の裾に見える染みは───
「───血………?」
「───そうだよ」
 ぴたりと哄笑を止め、飛竜は答える。
 何の感情も窺えぬ───不気味な、能面じみた表情で。
「笹の───“碧き月の神子”様の、血だ」
 息を呑んで凍りつく二人に、飛竜は一転して、笑って───嗤って、告げる。

「───神子は、俺が、殺した」

 二人は、目をこれ以上なく見開き───瑠璃が叫ぶ。
「───飛竜、言っていい冗談と悪い冗談が───!」
「………冗談?」
 くくっ、と喉の奥で飛竜は笑う。
 その様に───瑠璃は絶句し、後退る。
「───あなた………誰………?」
 気味が悪いものを見るような目で問われ、飛竜は笑う。
 得体の知れぬ嗤いではなく───いつもの彼の笑みで。

「───飛竜だよ。ただ、楓を守るためだけにこの里に来た、未熟な小童だ」
14“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/13(月) 21:56:41 ID:???
 その言葉に、正仁がはっとなったように叫ぶ。
「まさか、貴様───“星の巫女”を逃がすために、神子様を手にかけたのか!?」
 飛竜はただ肩を竦める。───その仕草をどう取るかは相手の勝手だ。
「───貴様っ!」
 走り寄りざまに振り行かれた刃を後ろに飛んで躱し、着地と同時に今一度地を蹴る。
 大きく飛び上がって、背後の塀に着地。そこから、社全体に───里全体に響くように、叫ぶ。

「───我が名は飛竜! 私情にて神子を殺めし大罪人! 赦されざる裏切り者!
 仇討ちたくば───追って来るがいい!」

 そうして、ざわめく社に背を向けて塀の外に飛んで───
 森とは逆に───楓のいる場所から離れるように、駆け出した。
15NPCさん:2008/10/13(月) 21:57:29 ID:???
支援
16“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/13(月) 21:57:57 ID:???
 走り、奔り、飛んで、跳んで、回り、捻り、躱す。
 迫り来る者、迫り来る物、全て躱して、走り続ける。
 己の名の如く、飛ぶ竜のように、迅く。

 ───少しでも、少しでも遠くへ。

 何を賭しても守りたい娘から、この脅威を遠ざける。
 己の身を守る刃はない。あったとしても、そもそれを振るう資格ももはやない。

 ───俺は、楓を守るために、笹を犠牲にした───

 その時からもう、己に、正仁(かれ)らを責める資格も、留める言葉もありはしない。

 ───彼らは、世界のために楓を殺す───

 それは、飛竜が楓のために笹を切り捨てたのと同じで。
 だから、もう飛竜は彼らに向ける刃も、留める言葉も持たない。

 ───だったら、せめて、この身一つで。

 言葉も、刃もなく、ただこの身一つで、いけるところまで。

 ───彼らから、楓を守り抜く。

 例え、それで世界がどうなっても───

 ───楓が死んだら、俺の世界はどの道終わりだから───
17“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/13(月) 21:58:41 ID:???
 幼い頃から共に在った。共にあるのが当たり前で、それ以外の状態など認識の外だった。
 好きとか嫌いとか、そんな次元ではなく、もはや自身の一部だった。
 両親や姉は口々に、楓が嫁に来るのが楽しみだ、大切にするんだぞと、冷やかすように、楽しげに笑っていて。
 その言葉にいちいち、そんなんじゃないと叫び返しながら、結局彼女以外の相手と生涯を共にする姿は思い浮かばなくて、結局いつかはその通りになるのだろうと思っていた。
 けれど───その世界は三年前に、終わった。
 楓が“星の巫女”になって、手の届かない遠い存在になると知った時───彼の世界は一度、終わっていたのだ。
 それをもう一度取り戻す機会をくれたのが、“七星の剣”だった。
 ───これをもって戦えば、楓の傍にいることを許される。
 ならば、何を厭うことがあるか───

 ───そう、最初から、自分は楓(じぶんのせかい)を守るためだけに、剣を振るっていたのだ。

 それ以外は全部おまけ。楓が望むから、楓のためになるから、楓が悲しむから───でもそのどれも、楓自身の安否の前には塵芥のように吹き飛んでゆく。

 ───俺は、裏切り者だ───

 そう、裏切り者だ。世界に対して、“人”として死にたいといった友に対して、憎まれ口を叩き合った男に対して───最も大切な彼女に対しても、赦されざる裏切りを犯した。
 でも、今更取り返せない。ならば───

 ───最期まで、このまま走り抜いてやるさ。

 そう思った時───楓がいるはずの森から、赤い閃光が天へと迸った。
18“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/13(月) 21:59:22 ID:???
 地に剣を突き立て、楓は空を見上げる。
 この“神殺し”の刃を封じるのに、星を読もうと天の輝きを見る。
「───え?」
 まず目に付いたのは、見覚えのない赤い星。
 その気配はあまりに禍々しく───恐ろしい、と思った。
 けれど───
「───そんな場合じゃない」
 強く、一度頭を振って、楓は改めて星を読む。
 ───この剣をどこに封じるべきか。
 ───いつまで封じるべきか。
 読んで、合わせ、呪を紡ぐ。

「───“星の巫女”が命ずる。“七星の剣”よ、星の彼方にて汝が担い手を待て」

 一度、宝玉が赤く輝く。

「───“大いなるもの”が希む。“運命(さだめ)打ち破る力”よ、時の果てに未来を切り拓け」

 今一度、赤い煌き。

「───ゆけ、汝が宿命を果たすために!」

 声と共に、赤い閃光が辺りを包み───天へと奔る。

 その光が収まるまで見送って、楓は前に向き直る。
「時雨さん───今、行くよ」

 ───あなたの大切な人が、あなたに遺した言葉を、届けるために。
19NPCさん:2008/10/13(月) 21:59:28 ID:???
しえん
20“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/13(月) 22:00:50 ID:???
「───何だったんだ………? 今の………」
 口々に呟く追っ手たちの声に、飛竜は内心歯噛みする。
 今のはおそらく剣を封じた光で、楓に何かあったわけではないだろうけど───
 ───まずい。このままでは───
 楓の方に、追っ手が行ってしまう───そう思って、
 思考の乱れが、動きを乱した。
「───がッ!」
 振るわれた刃、それを躱しきれず、脇腹を貫かれる。
 動きを縫いとめられて、そこへ更に刃が迫る。
「───ぐッ………がぁッ!」
 次々と身を貫かれ、灼熱の痛みが全身を襲う。

 ───笹も………きっと、痛かったよな───

 そう思って、

 ───楓は、こんな思いしなければ、いいな───

 この期に及んでそう思う自分に、呆れた。


「見つけたぞ、“星の巫女”」
 聞き慣れた声が、聞き覚えがないほど冷たい声音で呼ばわるのに、楓は森を行く足を止めた。
「………正仁?」
 どうしてこんなところに───そう思った楓が問うより早く、彼が口を開く。
「───全く、もう少しで引っかかるところだった。あの男は囮だったのだな」
「………囮?」
 意味がわからない。一体、何の話をしているのか。
「忌まわしき災い招く“星の巫女”よ、世界のために───その命、貰い受ける」
 言葉と共に、振るわれた刃は、無慈悲に───否、いっそ慈悲深いほど正確に───

 “星の巫女”の名を負わされた娘の、命を一瞬で刈り取った。
21NPCさん:2008/10/13(月) 22:01:32 ID:???
支援ー
22“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/13(月) 22:05:56 ID:???
 全身から熱が逃げていく。痛みが、痛みとして認識されなくなってゆく。
 自分はここで死ぬのだと、嫌でも、悟る。
 けれど───

 ───今度は………

「───強く、なって…………戻、……てっ、くる……」
 荒い息の下、宣言する。追っ手に対してではない。誰が聞いていようといまいと関係ない。
 己自身に、宣言する。

「───…………っ、にっ」
 ───自身の弱さに───

 そう言ったつもりの声は、喉から溢れたものに遮られたけれど、構わず、続ける。

「……負け、ない……二度、と……」
 ───今度、生まれ変われたら、守り抜いてみせる。

 何も犠牲にしない。自分の守りたいものを犠牲にしないために、どんな犠牲も許容しない。

 ───楽な選択肢に逃げる、弱い人間になったりしない。
23“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/13(月) 22:06:32 ID:???
「───裏切り者が……!」
 誰かが低く呻いて、身体に異物が突きこまれる感触があった───もはや、痛みは麻痺してそうと感じられない。

 ───ああ、もう死ぬのか───

 そう思って、笑みが零れた。

 ───楓と、笹と、時雨と、一緒に生まれ変わってやり直せるなら───

 彼らと一緒に生まれ変わるために、この裏切りという大罪を洗い流す必要があるというなら───

 ───地獄に行くのも、悪くはないさ───

 そう思って───

 ───後世に、“裏切りの飛竜”と名を残す男は、息絶えた。


 神子の娘は、己の思いのまま、笑んで逝き───
 巫女の娘は、己が何故殺されぬかも知らぬまま、そうと悟る間もなく逝き───
 剣士の青年は、己の所業を悔いて、決意と共に逝き───
 唯一生き残った男は、無知ゆえに、怨嗟を膨らませて、記憶を捨てた。

 そうして───五百年の時が、流れる。
24NPCさん:2008/10/13(月) 22:06:53 ID:???
支援…ご入り用ですか?
…読みながらなもんで、もう目から汁が出て来たよぅ…
25mituya:2008/10/13(月) 22:10:35 ID:???
いったんここまで!
まだ終わりじゃないですよ!(<まだ続くのか)

今日中、いけるかなあ………脳みそはアドレナリン全開だけど、なんか左手首が痛いんですよ?
これ、もしかして腱鞘炎寸前?(汗)
26NPCさん:2008/10/13(月) 22:22:56 ID:???
お体はご自愛なさってください〜(汗)。

ともかくGJです。
なんというのか、こう……やりきれねぇなぁ……。
この終わりはわかってるのに、苦しいですな。
時雨だけが取り残されて、一人500年過ごすわけですね。切ないなぁ。
星の勇者はやっぱり空気読めない子だった(笑)。いや、展開上仕方ないんだけども。
ちょうど「あなたは今どこでなにをしていますか この空の続く場所にいますか」ってフレーズが耳の中にある時だったからマジ泣きするかと思った。

次の更新はゆっくり待ってるんで大丈夫ですよー。


今日一日この板覗いてたから落差がすごい(苦笑)。
27mituya:2008/10/13(月) 22:36:06 ID:???
皆さん、支援ありがとうございました! ってさっき言いそびれたので言いに来ました(笑)

>>26さん
感想ありがとうございます〜vv 空気読めない勇者でごめんなさい(笑)
うちの時雨は、笹を守れなかったというより、生きる理由として復讐を選んだがゆえに、その障害になる記憶を捨ててしまったって感じですかね。
だから、飛竜がつけた“笹”という名も忘れてしまっているのです。
ああ………あの曲は泣けます。寧ろ泣きます。………うぅ………(<泣くな)

完結まで、後ちょっとなんで、気長に待っていただければ………
………右手オンリーのタイピングはきついですね………(汗)
28NPCさん:2008/10/13(月) 23:07:29 ID:???
やばい、これはやばい、GJ過ぎるっ……!
飛竜の選択と、その裏にあったほんのありふれた想い、
そしてそれを裏返した時に悟った自らの真なる罪……
そして、我らが柊の魂に繋がる、強烈な悔恨……!

これはすさまじくヤバ過ぎるくらいにGJだっ!





あと何がすごいって、あの時雨に存在感を(ry
29泥ゲボク ◆265XGj4R92 :2008/10/14(火) 00:21:17 ID:???
今日は凄いなぁ。
ここでも一本完結(ベル様)、三ツ矢氏もクライマックス終了(?)
地下でも長々と続いた作品が二つも完結したし、フィーバー?


しかし、マジで星の勇者空気嫁。
誰も真実を知らぬままに、金色に踊らされたままに飛竜を処刑してしまったわけで……
リプレイを見る限り、誰も500年後まで真実を知らぬまま、か。
踊らされ続けて、ただ正義を成したと信じるほうが幸せか。
それとも真実を知らぬままに愚行を犯し、その罪すらも嘆けない不幸を悲しむべきか。

色々考えさせられますねぇ。
次回もまってます!
30NPCさん:2008/10/14(火) 00:38:42 ID:???
>>29
みんなバイオリズム似てるんじゃないっすかね>書き手
つーか自分も一つ完結させてるくせに何言ってんですかい兄さん(笑)

正直前スレ立つ時は埋まるのに何年かかるかなーと思ってたし……また、このスレが完走出来ることを祈って。
31NPCさん:2008/10/14(火) 01:34:47 ID:???
アリアンロッドハートフルの話とかも読んでみたいな…
ファムとヴァリアスの微妙な関係とか実にいい
32泥ゲボク ◆265XGj4R92 :2008/10/14(火) 02:23:56 ID:???
こんな時間だけど、続きを投下します!
迷錯鏡鳴 竜の巻 最後です!
33NPCさん:2008/10/14(火) 02:27:20 ID:???
無茶なww支援
34迷錯鏡鳴 竜の巻:2008/10/14(火) 02:27:26 ID:???
 それは苦悶の声に満ちた空間。
 和式の部屋の中で、一人の少女――竜之介は上半身が裸のままに、苦悶の声を漏らしていた。

「いててて。くそ、マジでいてえ」

 布団の上、うつ伏せに倒れたまま竜之介が呟く。
 幸いなることにその白磁のような肌に抉られた傷口は浅く、まどろむように深く誘っていた疲労は抜けて、ただ発熱のみが彼女の体を蝕んでいた。

「――人影もなく、気配もなく、突如傷ついたか」

 その横で手を翳し、治癒魔法を掛け続ける竜作が呟いた。
 老人の姿、氣を巡らせて集中するまでもないということ。

「主の超感覚でも悟れなかったのか?」

 動物特有の超感覚。
 人間では決して追いつけぬほどの敏感な感覚に竜作は頼るように訊ねるが。

「ああ。私の感覚には何も感じなかった。断言してもいい、風呂場に居たのは竜之介だけだ」

 その横でパジャマを着たあげはが断言するように頷く。

「となると、竜之介の奴が転んで怪我でもしたのか?」

「んなドジしねーよ!! って、つつ〜!」

 竜作の言葉に反論しようとして、涙目で喘ぐ竜之介。
 ここに別の男がいれば心拍数をすこぶる高めることになったろうが、部屋のいるのは彼の祖父である老体と人狼少女であるあげはだけだ。
 何の間違いも起こるわけがない。
35迷錯鏡鳴 竜の巻:2008/10/14(火) 02:29:28 ID:???
「となれば……呪詛じゃな」

 顎に付いた立派な顎髭を撫でながら、竜作はぼつりと呟いた。

「呪詛、ですか?」

 唯一年長者として、或いは実力者として竜作を敬っているあげはが目を丸くし、問い返す。

「さよう。見よ」

 そう告げると、竜作は治癒魔法を止めて、竜之介の背中から手を離した。
 そこには蚯蚓腫れのようにうっすらと残った切り傷――そこから“僅かに染み出る出血”。

「本来ならばこの程度の傷は一息に完治するわい。気息を練り、新陳代謝も操れるワシらの治癒能力は人狼ほどではないが中々のものじゃぞ?」

「それが治らないと言う事は?」

「何者かがこの傷の治癒を阻害――否、保ち続けておる」

 そう告げると、竜作は傍に用意しておいた薬瓶を手に取ると、中からねっとりとした無数の薬草を練り合わせた止血剤を手に取った。
 悪臭にも似た臭いを放つ緑色の薬液。

「竜之介。しばし、歯を食いしばれよ」

「え? ま、ま――」

 ずいっと傷口に止血剤を練りこむ。
36NPCさん:2008/10/14(火) 02:29:44 ID:???
無理と無茶と無謀はほどほどにね、支援
37迷錯鏡鳴 竜の巻:2008/10/14(火) 02:31:06 ID:???
「ガァアアアア!!!!!!!!!」

 その途端絶叫が上がった。
 暴れ出そうとする竜之介、その両手を咄嗟にあげはが押さえつける。同時にタオルを噛ませて、呻き声を殺した。
 さらに竜作は止血剤を手に取ると、たっぷりと竜之介の背中に練りこんだ。
 その度にびったんびったんと海老が跳ねる様に暴れ狂い、竜之介の髪が、乳房が、全身が激しく震える――電気ショックをかけられた蛙のような有様。

「うー!! うー!! ううぅぅううう!!!」

 血走った目で睨み続け、叫び声をあげ続ける竜之介。
 かつてないほどの殺意を叩きつけられたあげはが戸惑いながら、竜作に訊ねる。

「今の止血剤……どのようなものなのですか?」

「そうじゃのぉ。よく効くんじゃが……山葵を練りこまれたぐらいに染みるんじゃ。わしも若い頃は付けられるたびに泣き叫んだものじゃ、ヒッヒッヒ」

「……」

 もはや拷問だった。
 あげはが同情の目を竜之介に向ける。竜之介は白目を剥いて、倒れ付していた。
 しかし、それだけの成果はあったのか、止血剤を練りこまれた背中からは出血もなく、治まっている。

「まあ気絶したのは丁度ええわい。あげはちゃんはちょいと包帯を巻くのを手伝ってくれんかの?」

「あ、はい」

 テキパキと竜之介の体に包帯を巻きつけながら、竜作は告げた。
38NPCさん:2008/10/14(火) 02:32:26 ID:???
しえりますかー?
39迷錯鏡鳴 竜の巻:2008/10/14(火) 02:33:17 ID:???
「これは一時的な処置に過ぎん」

「というと?」

「呪詛の根本を断たねば――いずれ竜之介は死ぬ」

 それは簡単に想像できることだった。
 今ならば傷の出血を一時的に食い止めることは出来るだろう。
 だが、他にも傷が増えれば?
 さらに傷口が広がれば?
 ――答えは簡単だ。
 竜之介は治療すらも空しく死に果てる。

「っ!」

「しかし、どのような場所でこのような呪いを受けたのか……あげはちゃんには心当たりはないかのぉ?」

 穏やかな声。
 のんびりとした言葉遣いだが、その声音に僅かに焦燥の色が浮かんでいるのがあげはには感じ取れた。

「竜之介が……ですか?」

 普段は家にいるあげはは竜之介の行動範囲をよく知っているかどうかと言われれば首を捻るだろう。
 一緒に出るといえば、野良エミュレイターなどを討伐する時ぐらいだ。
 しかし、それすらも今まで特に問題なく討伐を行っている。
40迷錯鏡鳴 竜の巻:2008/10/14(火) 02:37:00 ID:???
「高倉の……いや、時期が外れすぎているな」

 高倉 幹弥。
 元輝明学園の生徒会長であり、かつて賢明の宝玉を巡って争った人物。
 今は竜之介たちによって敗れ去り、行方不明になっている。
 その従者だった二人の仕業か? と一瞬考えるが、事件が終わってからもう数ヶ月以上も音沙汰もなく、ただ高倉の帰りを待つ彼女達が何かをするとは考えにくい。
 動機はあるが確証が出来ない。
 となれば、他の呪詛を受けるような機会があるのは――

「輝明学園、かもしれません」

「ふむ?」

 顎鬚を撫でて、あげはの言葉の先を促す竜作。
 そのサングラスの下に隠された目は真剣そのものだった。

「竜之介の行動範囲は基本的に輝明学園とこの家の間だけ。エミュレイターの討伐には私も付き添っていますし、それらでは野良の下級侵魔、全て無事に討伐しています。
 あとは竜之介の幼馴染である香椎 珠実に連れまわされて新聞部の活動などもしていますが、大体学校内の活動だけの筈です」

「接触する要素は学校内しかないというわけか」

 一番可能性が高い推測だったが、確信としては曖昧すぎる推論だった。
 ないよりはマシ程度の推理、何の解決にもなっていない。
 それがあげはには口惜しい。

 しかし、竜作はぽんっとあげはの頭を撫でた。

「うむ。助かったぞ、あげはちゃん」

「……竜作老」
41迷錯鏡鳴 竜の巻:2008/10/14(火) 02:39:20 ID:???
「すまんが、明日も登校じゃろ? 竜之介に学校に行かせてきてくれ、あげはちゃんも学校に付き添ってくれんか?」

「竜之介……をですか?」

 幾ら止血をしているとはいえ、傷もちの身である。
 休ませるべきでは、とあげはは考える。

「――降りかかる火の粉は自分で払え。出来うる限りはな」

 竜作は冷たく、或いは冷徹さを装うような口調で告げた。

「この程度のことを自分で解決出来ぬようならばどちらにしろ竜之介はいずれ死ぬじゃろう」

 それは長年にも渡るウィザードとしての戦歴が語るものだった。
 仲間とは尊いものだ。
 けれど、仲間に助けられ続けるのも違う。
 竜之介はウィザードであり、戦う力を持つ戦士なのである。
 己の災厄に立ち向かえぬようであれば先はない。
 竜作はそう告げていた。

「わしは他の原因の究明、それに呪詛の解除を出来る人物を探してみる。もしかしたら、学校内で逢うかもしれんがのぉ」

「学校内?」

 何故に学校内で出会うのか。
 あげはが首を捻ると、竜作はにやりと笑う。
42NPCさん:2008/10/14(火) 02:39:22 ID:???
勇気ある支援を
43迷錯鏡鳴 竜の巻:2008/10/14(火) 02:43:11 ID:???
「そうじゃ」

 竜作のサングラスが光る。
 鈍く、刃物のように、煌めくのだ。


「錬金術師ヴィヴィ――確か今は輝明学園のスクールメイズ、それの管理人をしておったなぁ」

 偉大なる錬金術師。
 その名を上げてる竜作に、硬直するあげはを見て、笑い声だけが木霊した。


 こうして人物と伏線は並べ終わる。

 物語は配役を揃えて、舞台の幕を引くばかり。
 
 さあ始めよう。
 
 誰かが仕組んだ茶番劇を。

44泥ゲボク ◆265XGj4R92 :2008/10/14(火) 02:46:34 ID:???
投下終了です。
うっかりトリップ忘れでしたw
これにて竜の巻は終了です。

予定外ですが、冥き迷宮のバーレスクと深く関わるかもしれません(登場人物的な意味で)
とはいえ、さほど長くはならない予定ですのでご安心下さいw

皆さん投下しまくっている姿を見て、自分も投下したくなった泥げぼくでした〜
45mituya:2008/10/14(火) 06:27:38 ID:???
おはようございます。今日の午前中に終わりまで投下しようと早起きしてきた子です。
手首はサポーターで誤魔化す! 昨日湿布はって寝たらマシになったし!
これから続きの執筆に入ります。これが終章になるか、もう一章増えるか………そんくらいです。
ともかく目指すは今日中完結! 書けるの昼までだけど!
多分昼の11時くらいまでに投下に来ます!その時は支援よろしくです!

で、何はともあれ感想!
泥の方GJですよ! 小説やリプレイの既存キャラをイメージを崩さす描けるのがうらやましい………
おじいちゃんはかっこいいですね! 孫をあえて谷に突き落とす、愛の鞭vv
バーレスクのキャラは皆大好きなので、楽しみにしてますよ〜!
46mituya:2008/10/14(火) 11:38:19 ID:???
書き終わったーーーーーーーーーー!(絶叫)

“裏切りのワイヴァーン”終章、投下します!
皆さん、支援よろしく!
47“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/14(火) 11:39:14 ID:???
【五百年後】

「───あー、ったく………思いっきりこき使いやがって………」
 ぼやいて、歩きながらごきごきと首を鳴らすのは、年の頃十六、七の少年。
 無造作ヘアというにも無造作すぎる茶の髪に、夏物の制服の襟元も、第二ボタンまで開いている。
 どこからどう見ても、柄の悪い高校生にしか見えないが───
「くれはのやつ、何がストーカーだよ。ぜってぇ部活手伝わせる口実じゃねぇか。帰りに毎日毎日………」
 ぼやく内容は、どこか情けない。
 彼の名は柊蓮司。制服からそうと知れる通り、この秋葉原にある輝明学園高等部の生徒である。
 彼には幼少の頃から付き合いのある、いわゆる幼馴染がいた。
 それが、赤羽くれは。近所にある神社の長女である。彼はどうにも彼女に頭が上がらない。───ぶっちゃければ、一生に関る秘密を握られているので、逆らえない。
 小中だけでなく、高校も同じところに進み、去年はクラスも同じだった。さすがに高校からは彼女の部活動のことなどもあって一緒に登下校することはなくなったから、今年二年に上がってクラスが分かれた時、自然に縁が切れてもおかしくなかったのだが───
 五月頃から、登下校時に妙な視線を感じる、といわれ、半ば脅されるようなかたちで、今まで二ヶ月近く学校と彼女の家の間を毎日送り迎えしている。
 それで、帰りは決まって、彼女の部活動の手伝いをさせられている。
「あー、もう………なんであいつ部活掛け持ってんだよ………雑用多いって………」
 とか言いつつ、なんだかんだでまじめに手伝って、きちんと彼女を家まで送っているのだから、相当のお人よしである。
48“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/14(火) 11:39:54 ID:???
 部活動の後、寄り道して帰っているのだから、夏とはいえ既に日は暮れている。
 空を見上げれば、もう真ん円の満月が───
「───ッ!?」
 見上げた先に見えた、その月に柊は絶句する。

 ───あまりにも大きな、赤い紅い月───

「───なん、だ………ありゃ………?」
 呆然と、呟く。───赤い月、というのは見たことがないでもないが、それにしても大きすぎる。見慣れた月の数倍はあるのだ。
「大気の屈折とか、そういうのか? それにしたって………」
 ぶつぶつと、首をかしげて呟いた時───

 彼の歩いていた場所のすぐ脇───何かの建設予定地らしい空き地に、凄まじい勢いで何かが落下してきた。
49“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/14(火) 11:40:36 ID:???
「───あははは! ほら、さっさと“神殺し”を渡しなさいよ!」
 哄笑が、真空の世界に響き渡る。
 声の主は、まだあどけない容貌の黒髪の娘。愛らしいはずのその面に醜悪な笑みを貼り付けて、嗤う。
「───くっ! 絶対にあれを手渡すな!」
 少女の言葉に抗って叫んだのは、一人の男。
 何かの制服のような衣服を纏った聴診痩躯、声からしてまだ若い。しかし、それ以上のことを測り知るのは難しかった。なぜなら、その男の面には顔の上半分を覆う白い仮面が張り付いているから。
 その男の言葉に頷いて答えたのは、数人の男女。中には男と同じような格好───何かの制服に仮面、という姿のものもいる。
 それは、異様な光景だった。
 一人の少女に、大の男を含めた数人が圧巻されている。
 否───そんなことより、最も異常なのは───
「───コイズミ、目標は回収した! これより宇宙空間から離脱する! 早く“箒”へ!」
 一人が叫んで、仮面の男───コイズミは頷く。
 そう、彼らがいるのは、星々瞬く真空の世界───宇宙。
 彼は地表にいるときと同じような姿で、そこにいた。
 普通ではありえない。地表にいるのと同じ服装で真空空間などにいれば、窒息するか凍りつくか、いずれにせよ、即死亡。小学生にもわかる“常識”。
 だが───その“常識”は、彼らにとって何の意味も持たない。
 ───夜闇の魔法使い(ナイトウィザード)。
 彼らは、常の世の法則を無視し、超常の力を持って、人知れず世界の裏側から現れる魔性を狩る者達。
 そして、今彼らの前に立ち塞がっている少女こそ、その魔性───侵魔(エミュレイター)と彼らが呼ぶ存在。
 それも、人の姿を取っているということは、相当に力あるもの───エミュレイターの中でも、“魔王”と呼ばれる存在だった。
50“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/14(火) 11:42:05 ID:???
 しかし今回、彼らの目的はこの魔王の討伐ではない。
 この座標に存在する小惑星に、五百年間封じられていた“あるもの”の回収。
 ───“神殺しの剣”。
 世界に存在するありとあらゆる因果律を断ち切る力を宿すという、とんでもない魔剣。
 五百年前に、“裏切りの飛竜”と呼ばれるとあるウィザードが、とある“大いなるもの”を殺害するのに用いた剣。
 長らくの間、その魔剣の存在は時の中に埋もれていたが、つい先日、ある古墳から発見された資料から、その存在が確認された。
 元は手紙らしいその文書は、しかし破損が激しく、読み取れたのはごく一部。
 ───“飛竜”、“神殺し”、“運命(さだめ)打ち破る力”、“剣”、“星の巫女”、“封印”───
 しかし、それらの語群と伝わっている史実と照らし合わせて、その剣の存在を推察するのは難しいことではなかった。
 ウィザード達を導く亜神、“守護者”アンゼロットは、その剣の力がウィザードにとって貴重な戦力になると判断。また、エミュレイターにその剣が渡った際のリスクも鑑みて、早急な剣の回収を自身の抱える精鋭部隊“ロンギヌス”に命じた。
 しかし、大変だったのはここから。資料には全く封印場所を示すようなことは読み取れなかった。唯一のヒントが、“星の巫女”。
 もしや、宇宙空間に封じられているのでは、と推察し、宇宙にまつわる超常事象を専門とする組織、“コスモガード”に協力を要請。
 “コスモガード”の調査の結果、この小惑星に結界らしい魔力反応を感知。
 そして今日、“ロンギヌス”と“コスモガード”の精鋭達が共同で、未だ開発途中の宇宙航行用“箒”───“魔法使い(ウィザード)”の乗り物は総じてこう称される───“シルバースター”の試運転も兼ね、彼の剣の回収に来たのである。
51NPCさん:2008/10/14(火) 11:49:18 ID:???
支援 リアルタイムでできるとは思わなかったけど・・・
 一つ突っ込み 聴診 → 長身 ? 
52mituya:2008/10/14(火) 11:51:16 ID:???
やっちゃった! 誤字そうです(汗)
53“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/14(火) 11:52:10 ID:???
 しかし───そこに、どこから嗅ぎ付けたのか、一人の魔王が剣を奪おうと彼らの前に立ち塞がったのだ。
「───逃がすと思って!?」
 仲間の言葉に“箒”へ向かうコイズミに向けて、魔王が魔力光を放つ。
「───くッ!」
 コイズミは咄嗟に躱して───己の失態に気づく。
 己の脇───魔力光の向かう先には、仲間と魔剣を回収したシルバースターの姿。
「しまった!」
 叫んだ先で、防御結界の輝きが展開、魔力光と衝突する。
 光はその場で爆散、直撃を免れたシルバースターはしかし、その爆発に大きく煽られる。
「私に構うな! 離脱しろ!」
 叫ぶと同時、魔王に向かって突っ込んでゆく。
「───っち、邪魔よ!」
 魔王はコイズミに向けて魔力光を放ち───コイズミは、今度は避けず、防御魔法を展開して受け止めた。
 爆散───閃光が辺りに満ちる。
 その隙に、シルバースターは、そこから離脱した。
54“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/14(火) 11:52:43 ID:???
「───くっ! “剣”だけでも、アンゼロット宮殿に転送できないのか!?」
「だめです! さっきの衝撃で、搭載していた転移装置がやられて───」
「くそっ! 試運転機はこれだから───」
 何とか戦線から離脱したシルバースターの中はしかし、かなりの混乱状態だった。
 所詮、試運転機というべきか。先ほどの衝撃がかなりのダメージをシルバースターに与えていたのだ。
 それでも何とか、地球の大気圏突入までこぎつけた、その時。
「───魔王級魔力反応、接近!」
「………コイズミ………!」
 コイズミが一人引き付けていたあの魔王が、シルバースターに追いつく。
 そして───

 二度目の爆撃を受けた“箒”は、半ば落下するように地上に向かう。
 引き寄せられるように─── 一直線に目指すように、そこへ。
 ───日本は東京、秋葉原の地へ。
55“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/14(火) 11:53:36 ID:???
「───な、なんだあ………!?」
 突如、空から落下してきた巨大な物体に、柊は愕然と呟く。
「………ス、スペースシャトル………?」
 そう、落下の衝撃でひしゃげてはいるが、そのフォルムはどうみても、テレビなどで見知ったスペースシャトルそのもの。
「───な、何でこんなもんが振って来んだ!?」
 常識的に至極最もなツッコミを叫んで───気づく。
 ───なんで、誰も出てこねぇんだ?───
 相当の落下音が響いたのに───周りの建物からは、誰も出てくる様子がない。それどころか、外を窺う様子も───
 ───そもそも、人の気配が、ない………?───
 見慣れたはずの街並み、それが姿だけ同じの異境になった気がして、柊はうろたえる。
 ───なんなんだよ、これ!?───
 巨大な紅い月、落ちてきたシャトル、異様な雰囲気の街───全てが柊の混乱を助長する。
 と、その時───
「───ッぐぅ………ッ!」
 苦しげな呻きと共に、シャトル───らしきもの───の残骸から、幾人かの人影が這い出てくる。
「だ───大丈夫か!?」
 柊は我に返ってそちらに駆け寄る。───目の前に怪我人がいるのに、呆けている場合ではない。
「すまないな………君は、ウィザードか?」
 駆け寄ってまず助け起こした男は、意外にしっかりした声でそう言った。
56NPCさん:2008/10/14(火) 11:54:06 ID:???
すいません、細かい所に突っ込んで… 。
とりあえず支援
57NPCさん:2008/10/14(火) 11:54:09 ID:???
支援
58NPCさん:2008/10/14(火) 11:55:15 ID:???
支援の時間?
59“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/14(火) 11:55:16 ID:???
「………ウィザード?」
 言葉の意味が判らず、柊は眉を寄せる。その仕草で男は勝手に納得したようで、柊に聞かせる風でもなく、呟く。
「違うか………この異常事態に気がふれるでもなく、紅い月の元で動けるということは、その素質があるんだろうな………」
「───おい、何の話してんだよ?」
 柊が思わず訊いた、その時。

「───あらら、ちょっとやりすぎちゃった?」

 軽やかな、若い───幼いともいえる女の声が響いた。
 その声に、男の身体が強張るのを、支えていた柊は感じ取った。
「………来たか………!」
 低く呻く声も、堅い緊張の色。剣のある眼差しを空へ向ける。
 柊も、意図せずその視線を追って───目を見開く。

 ───虚空に、少女がいた。

 長い黒髪を緩やかに揺らす、柊よりも三つ四つ幼く見える少女。彼女は何の足場もない宙に、確かに浮かんでいた。
「まさか肝心の“神殺し”までオシャカになってないでしょうね? まあ、それならそれでいいけど」
 少女は地に突き刺さるようにひしゃげたシャトルを一瞥し、面白くもなさそうに言う。
「───マ、マジック………か?」
 浮かぶ少女の姿に、柊は思わず呟く。だが、そんなものでは───種や仕掛けによるものではないと、胸の奥の何かが叫んでいる。
 その声は、こうも叫ぶ。

 ───“あれ”は、危険だ───

 相容れないもの、人とは根本的に違うもの───人に仇為すものだと、叫ぶ。

 本能の警鐘───それに従い、柊は後退りかけ───自身が、怪我人を支えていることに気づく。
60“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/14(火) 11:56:00 ID:???
 怪我人を放り出して逃げるわけにはいかない───その思いで何とか踏みとどまった、刹那。
「───君は、逃げてくれ」
 言って、その支えていた相手の方が、柊から身を離した。
「な、何言ってんだ! あんたふらふらじゃねぇか! 他に怪我人もいるのに………あいつ見るからにやばそうだしっ………!」
「───“あれ”が危険だとわかるなら、なおのこと逃げろ!」
 柊の抗議に、男は怒鳴りつける。
 柊は一瞬怯み、しかし、即座に怒鳴り返す。
「怪我人放って、ただ逃げられるか!」
 その言葉に───真っ直ぐに見返すその眼に、男は何かを感じたのかのように言葉を呑み───
「………では、これを持っていってくれ」
 言うと、虚空に手を伸ばす。拳を握って引き寄せた時、その手には、一振りの長剣が現れていた。
 ───柄に輝く真紅の宝玉、その先に伸びる白銀の刃。
「………これは………?」
「───あいつの狙いはこの魔剣だ。これは決してあいつに───あいつらに渡すわけにはいかない」
 言いながら、男は柊に剣を手渡す。と───
「あら、あんたが持ってたんだ」
 少女が柊に手渡された剣を見て嗤う。
「ねぇ、お兄ちゃん。それ、あたしにくれたらあんただけは生かしてあげても───」
「───《ヴォーテックス》!!」
 言いかけたその言葉を遮って、男が掲げた手から漆黒の闇を放つ。
 同時に、柊を背後に───少女から引き離すように突き飛ばし、叫ぶ。
「その剣を輝明学園の校長の元へ! 彼なら事情を察してくれる!」
 柊は、突き飛ばされて転びかけたのを何とか立て直し、頷きかけ───

 ───だめだ───

 それを、留める声が、あった。
61“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/14(火) 11:56:48 ID:???
「何をしている! 早く行け!」
 立ち尽くす柊に、男が焦れて叫ぶ。
 男の様子からして、彼らではあの少女には敵わない。このまま自分がここに留まれば、この剣はあの少女に奪われる。
 そう、思って、柊はその場から駆け出そうとして───

 ───逃げるな!───

 胸のうちから響いた叫びに、足を止めた。

 ───男達の願いだからとか、このままでは剣が奪われるとか、そんな言葉に逃げるな!───

 柊は目を見開く。───そうだ、自分は今、ただ逃げようとした。

 ───あの少女が狙う剣を持っているのは自分。このままここに留まれば、自分が狙われる───

 ───ここで男達を犠牲にして逃げても、男の頼みで剣を守ったと思えば、罪悪感は薄れるから───

 色んなものに言い訳して、ただ逃げようとしたのだ。

「───冗談じゃねぇ………」

 呻いて、手渡された剣の柄を強く握る。
 睨むように、闇の残骸から再び現れた少女を見据える。
 決意と共に───男に告げた言葉を、繰り返す。

「怪我人放って、ただ───逃げられるかぁ──────ッ!」

 叫んで、魔剣を振りかぶり───駆け出した。
62NPCさん:2008/10/14(火) 11:57:10 ID:???
し・え・ん
63“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/14(火) 11:57:34 ID:???
 真っ直ぐにこちらを見返す瞳に、圧された。
 この少年は、きっとただ逃げろといっても決して逃げない。そう、悟って。
「………では、これを持っていってくれ」
 言って、己の月衣から、そこに納めた魔剣を引き抜いた。
 ───“神殺しの魔剣”。
「………これは………?」
「───あいつの狙いはこの魔剣だ。これは決してあいつに───あいつらに渡すわけにはいかない」
 言って、少年に剣を手渡す。
 ただ逃げろといっても、正義感、もしくは義侠心の強そうなこの少年は、きっとできない。
 なればこそ、これを守って、届けて欲しいと───そう言い換えればきっと、断らない。
 そう、思った時───
「あら、あんたが持ってたんだ」
 魔王が、少年に手渡した剣を見て嗤う。
 ───この魔王は、自分達には倒せない。
 この“闇夜の魔女”は力はそれほどでもないが、満月の夜でしか倒されないという、妙な因果律を持っている。今日はあいにく、新月だ。
 ───因果律を破る剣を手にしながら───
 男は歯噛みする。だが、この魔剣は自分達には扱えなかった。
 ───魔剣は、自ら主を選ぶ。
 そうして、その主にしか、己の真の力を示さない。
 男の葛藤など知らぬげに、魔王は少年を惑わす言葉を紡ぐ。
「ねぇ、お兄ちゃん。それ、あたしにくれたらあんただけは生かしてあげても───」
「───《ヴォーテックス》!!」
 言いかけたその言葉を遮って、掲げた手から漆黒の闇を放つ。
 同時に、少年を背後に───魔王から引き離すように突き飛ばす。
「その剣を輝明学園の校長の元へ! 彼なら事情を察してくれる!」
64“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/14(火) 11:58:21 ID:???
 少年は二、三歩たたらを踏んで、何とか踏みとどまると、男の言葉に頷きかけ───硬直する。
「何をしている! 早く行け!」
 焦れて、促すように叫ぶ。少年は我に返ったように駆け出そうとして───再び、踏み止まった。
 その瞳が、何かに気づいたように、見開かれる。
「───冗談じゃねぇ………」
 呻くように、少年が言う。
 ぎりっ、という音と共に、手渡した剣の柄を握り締めた。
 真っ直ぐに、射抜くように、闇から再び現れた少女を睨み据える。
 そうして、先ほど男を気圧した言葉を、叫んだ。

「怪我人放って、ただ───逃げられるかぁ──────ッ!」

 絶叫と共に、少年は今度こそ駆け出す。

 ───倒せるはずもない、魔性へと向かって。

「───止せ、無茶だ─────ッ!?」
 叫びかけた、男の声は、

 少年の手元から放たれた赤い紅い閃光に、遮られた。
65NPCさん:2008/10/14(火) 12:12:09 ID:???
しえん
66NPCさん:2008/10/14(火) 12:16:07 ID:???
規制・・・? 支援
67NPCさん:2008/10/14(火) 12:22:45 ID:???
もひとつ、おまけにしえん。
68NPCさん:2008/10/14(火) 12:42:51 ID:???
さるさんかな?
支援しとく。
69mituya:2008/10/14(火) 15:44:41 ID:???
規制食らった後に寝落ちしました(汗) すいません、中途半端に切って(汗)

続き、いきます!
70NPCさん:2008/10/14(火) 15:45:36 ID:???
あいよっ!
71mituya:2008/10/14(火) 15:46:48 ID:???
 手にした剣の柄から───そこに埋まった宝玉が閃光を放った。
 途端、どこか冷たく拒むようだった柄の感触が、手に吸い付くように馴染むものへと変わる。

「───なに!?」
 目指す少女が驚愕の声を漏らした。
 ついで、慌てたように掲げた手に光を集わせる。

 ───しかし、そのどちらも構わず、柊は走る。

 少女の───少女の姿をした魔性の手から、己目掛けて光が放たれる。しかし、不思議と恐怖も焦りも心に生まれない。
 凪いだ心に湧き上がるのは、一つの言葉。
 ───右に───
 湧き上がった言葉に従い、僅かに進路を右にずらす。光は彼が先ほどまでいた空間を空しく灼いただけ。
「───このっ!」
 むきになったような声と共に、魔性が次々光を放つ。
 その度に柊の胸に言葉が湧き上がり、それに従えば、光はどれも空しく虚空を灼くだけ。
 その胸の言葉は、もしかしたら柊自身のものではなく、手にした魔剣のものかもしれなかったけれど───手にしっくりとなじんだその刃は、既に彼の一部で。
 だから───どちらにせよ、同じこと。
 “彼”のうちから来る言葉に、変わりはない。

 その言葉は命じる───彼の魔性を斬れ、と。
 その言葉は告げる───自分ならできる、と。

 だから、柊はその言葉に従って、地を跳んで、地に突き刺さった残骸を蹴り上がり───虚空に留まる魔性へと飛ぶ。

「───ば、ばかな─────ッ!?」

 驚愕に満ちた、その声ごと───

 振るった刃は、その魔性を断ち斬った。
72NPCさん:2008/10/14(火) 15:48:22 ID:???
なんか煮えたセリフ支援でもするべきかしら支援
73“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/14(火) 15:48:26 ID:???
「───彼(か)の魔剣が、主を選びましたか………」
 部下の報告を受け、アンゼロットは小さく呟いた。
 穢れを知らぬかのような銀の髪、清楚な面立ち。あどけなさを残した容貌ながら、そこはかとない威厳を纏う少女は、一つため息を吐く。
 “神殺し”の力───それが、ウィザードの側の手に入ったのは喜ばしいこと。
 しかし───
「───その少年、あなたはどう見ましたか?」
 アンゼロットの言葉に、その少年と直接話したコスモガードのウィザードは、一言。
「愚直───ですね」
 笑って言う。
「退けといわれて退けない、転じろといわれても前しか向けない。後ろに、守るものがある限り───そんな印象でした」
「───そう………」
 アンゼロットは頷いて、苦笑する。
「その性格では、ロンギヌスには向きませんね」
 ロンギヌスはアンゼロット直下の精鋭部隊、アンゼロットの命のまま、アンゼロットの意のままに動く手足。
 その言葉に、男は笑う。
「では、うちで引き取っても構いませんか?」
「ええ───その代わり、こちらの協力要請には応じてくださいよ?」
「勿論です、白鳥氏にも異はないでしょう」
 日本支部代表の名を上げて、男は笑って快諾する。
 あまりにもにこやかな男に、アンゼロットは少し意地悪げに言う。
「そんなに喜んでいていいのですか? 彼の“裏切り者”が残した剣、いかにその少年が真っ直ぐでも、いつ主を惑わすかも知れませんよ?」
74“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/14(火) 15:49:17 ID:???
「彼は、何かに惑わされるようなタマじゃないですよ」
 あっさり返されて、アンゼロットはため息を吐く。
「随分、買ってますのね」
「命の恩人ですから」
 笑って、男はふと思いついたように言う。
「そうだ───彼に、二つ名を考えてあげようと思っているんですが………何か、いい名はありませんか?」
 問われて、アンゼロットは軽く目を見開き───どこか悪戯げに笑って、答えた。

「では───“裏切りのワイヴァーン”、と」

「───それは………」
 男は一瞬目を見開いて、笑う。
「では、そうしましょう。───しかし、アンゼロット様も存外皮肉屋ですね」
「あら、失礼な。同じ轍を踏まぬよう、訓戒のつもりですのに」
 さも心外、といえば、男は苦笑して、
「そうですか───では、私はそろそろ、失礼いたします」
「ええ、また」
 アンゼロットの言葉に送られて、男は退室する。
 残された幼くも麗しい姿の女神は、一人、目を伏せる。
「───“強くなって、戻ってくる”………ですか」
 “裏切りの飛竜”が遺したという言葉。
 五百年前のその事件に、アンゼロットは関ることがなかった。だから、その男がどんな人間だったのか知らない。
 だから、他の者が言うように、その言葉は怨嗟の声だと思っていた。
75NPCさん:2008/10/14(火) 15:50:16 ID:???
なにしてんだコイズミww支援
76“裏切りのワイヴァーン”:2008/10/14(火) 15:50:21 ID:???
 けれど───

「あなたが求めた強さは、他者に打ち勝つためのものではなかったのかもしれませんね………」
 呟いて、銀の女神は謳うように告げる。
「───“裏切りのワイヴァーン”よ、裏切りなさい」

 ───彼(か)の言葉を、怨嗟と聞いた者達を───


 魂は、再び巡る。時は繰り返そうとする。
 それでも───

 一人の男が定めた決意が───
 二人の娘が遺した剣が───

 ───未来を拓いて、変えてゆく。



Fin.
77NPCさん:2008/10/14(火) 16:08:59 ID:???
しぇん
78mituya:2008/10/14(火) 16:11:46 ID:???
終わった………(ガクリ)
これにて、“裏切りのワイヴァーン”は終わりです。本当に長々とありがとうございました。
色々タイトルミスやら、誤字やら脱字やらありますが、楽しんでいただけたなら幸いです。

んで、一応裏話的なことを、ちょいと。
書き始めにも言いましたが、この作品は、このスレのその1にあった
“夢物語”“らむねと〜”の作品に感動して書き始めました。
でも、話の種は脳内にその前からありました。あわせみこのリプレイを読んだときから。
GMきくたけさんの、「飛竜の印象は柊に被る」というのがきっかけでした。

印象が被る、というのは、他人じゃないということ?
つまり、飛竜=柊の可能性もあり? そう思えば、翠が柊にラブラブなのもマジで神子様が飛竜に惚れてたんじゃ………?
じゃあ、時雨があんなに柊に殺意を向けるのも前世からの嫉妬とか………!

ってな感じで膨らんだのがこの話です(笑)

あと、ナイトウィザードのテレビゲームのOPの曲が、イメージソング。
「いつか変わる未来が 居心地をよくすると信じてる この先が地獄でも」
このフレーズは、かなり、キました………

まあ、語るのはこの辺で。少しでも、この作品が皆さんに何かを残せたなら幸いです。
最後に、支援、感想をくれた皆さんに心から感謝を!
では〜〜〜〜〜!
79NPCさん:2008/10/14(火) 16:17:34 ID:???
魔剣使いは魔剣を持った瞬間から戦士。しかし、このss時空だと柊は最初から注目されてたんですね。
で、二つ名を授けたのはアンゼロット。…そうか、最初からこき使う気満々だったわけか。
ともあれお疲れ様でした。良い話だったと思います。
80NPCさん:2008/10/14(火) 16:22:55 ID:???
終わってたのに支援って…ハッズカシー俺(゚∀゚) 

お疲れ様でした、今はその体を休める事だけを考えてください…特に左手の方ご自愛をば。

決して逃げない愛すべき馬鹿の手に神殺しが渡り(いや、決まってることですが)、
せめて救われた…と思いたいっす。
81夢物語・らむねとの中身:2008/10/14(火) 18:54:38 ID:???
では。長編の完結を祝ってわたくしもあえて名無しのカラを脱ぎましょう。恥ずかしいけども。

>ひりゅーさん
お疲れ様でした。ゆっくり休んでいってね(言葉まんま的な意味で)!
あはは。わかります、発想は自分も同じですので。
同じもとから派生した、まったく違う二つのお話のストーリーがあるっていうのは、なんだかTRPG的で素敵ですね。

……後からこんなすごいの出されると自分的には小一時間ほど部屋の隅っこでさめざめと泣きたくなりますが(壁に向かって独り言中)。

まぁ。『夢物語』は飛竜の話っていうより翡翠の話なんですが。まさか飛竜の話が読めると思わなかったなー当時。
人へのレス返しでやることじゃないが相違点を書いておくと
・『かえで』は『楓』と違って星の巫女ではないとか
・飛竜を殺す相手とか
・京子姉ぇは実は……だけど柊はそうじゃないとか
・最終的に『かえで』の方は赤羽神社の始祖だったりします。『ずっと待っててあげる』の約束は果たされた形になります。だから文献残ってた。
……とかかな?いや、本当にどうでもいいんだけど書いた本人が混乱してきたんで(汗)。

ひりゅーさんの書く物語は情景がとても綺麗でした。丁寧な描写で、最後まで突っ走るとこうなるんだな的な感じの。自分はタメができない性分なのでうらやましい。
またひりゅーさんの書いたお話が読んでみたいです。
大丈夫ですよ。ものっそ恥ずかしい言葉で言うと、あなたに自分(一人称)の書いたもので何かしらの衝動が起こせたように、きっとそれは誰かに伝わってるはずです。
このできたてのスレに素晴らしいお話をありがとうございます。住人の一人としてお礼申し上げます。
と、とりあえず腕はちゃんと治さないとダメですよ(照)?

ではまたここで、あいましょう。
82NPCさん:2008/10/14(火) 22:26:14 ID:???
GJGJGJGJぐっじょーーーーーーーーーーーぶ!!

もうね、今までの積み重ねから、満を持して放つ>>61の流れに、
もう全身トリハダ。
83泥ゲボク ◆265XGj4R92 :2008/10/14(火) 23:46:30 ID:???
>>三ツ矢氏

裏切りのワイヴァーン、完結おめでとうございます。
いやはや凄い作品を読ませていただき感謝の極みです。
500年前からの悲劇、その物語をこれほどまでに感動的に仕上げられるともうぐーの根も出ません。
GJ! その一言だけですねw
どのキャラクターも輝いてましたw

しかし、碧き月の神子……昔はあんなにまともだったのに、今はあんな三下(ぉ)
涙が止まりませんw


感慨深い作品をありがとうございました。
うー羨ましい。
こっちはこじんまりとした内容ですので、壮大な話も書いてみたい!
ああ、けどまだ書いている途中だから出来ない!(苦悩)
などなど思いつつ、次回作を楽しみにしてます。頑張ってください。

描写が丁寧で憧れます。
84ゆにば:2008/10/15(水) 00:42:12 ID:???
別板での投下を昨夜ようやく終えて、一息ついた今夜顔を出してみたら…なんというレスの伸びだー!?
こ、これは私もこうしてはおれんっ(なんでだ)。投下に参上でございます。
>泥のお方
あなた、なんというバイタリティーですかっ!?連投に次ぐ連投、でも決して崩れぬクオリティ。
ほんと、頭下がる思いですよ…どこの板のどこの作品でも、キャラ立て上手いし、こいつは見習わなければ、と身が引き締まります。
>みつやんさん
誰もまだ言ってないから言わせてください。
なんか、アンゼロットがすてき。まるで世界の守護者のようじゃないかっ!(笑)
いや冗談はさておき、全知ゆえのしたたかさ、とか、カッコよさ美しさがそこはかとなく
感じられて、イイですね。ギャグ担当じゃない、シリアスアンゼも好きー。
ちょっとしたら投下させていただきマース。
ではでは。
85NPCさん:2008/10/15(水) 00:52:51 ID:???
あぁ……やっぱりここか(苦笑)。
向こうではなんか勘違いされてたみたいだけど、待ってたよエリス大好きな兄さん。昨日はお疲れ様。
つーか掛け持つ人多いねここ(苦笑)。前スレでは一日に100オーバーの絨毯爆撃かました翌日に投下しにきた人がいたっけか。

……ん?つーかひょっとしたら兄さんの柊vs隼人があっちで拝めるかもってこと?
うわ。ぐだぐだブクロも楽しみだがそっちも期待していいのかな(苦笑)?
86ゆにば:2008/10/15(水) 01:00:47 ID:???
 雑踏と喧騒の街を歩く、少女が二人。
 通行人たちの視線を、自覚も意識もないのにぐいぐいと引きつけながら往来を闊歩する。
 身に纏った服はメイド服。ここアキハバラではさほど珍しい光景ではなくなったのかもしれないが、ひときわ人目
を引くのはその服装のせいではない。メイド服の中身が ――― そろってハイグレードの美少女二人であったか
らである。
 ひとりはとても小柄な少女。左眉の辺りで前髪を留めたピンが質素なアクセント。唇も鼻も造りはちっちゃいが、
瞳は大きくとってもつぶら。華奢な身体に黒いメイド服がしっくりと収まり、純白のフリルつきエプロンが、その愛
らしさをことさらに強調しているよう。時折、頭の上のこれまたフリルつきカチューシャを、「んしょんしょ」と直してい
るのは、見栄えが悪くないかどうかを一生懸命気にしているせい。その度に、自分の背後を歩く連れの、すらりと
した姿を見上げるようにして、
「ねえ、おかしくないですか ? 私、変じゃないですよね、智世さん?」
 そう、何度となく尋ねるのであった。それはまるで、これから恋人に会うのに何度も身だしなみを整えるデート前
の女の子のようであり。智世さん、と呼ばれた背後の少女は問われるたびにニコリと微笑を浮かべ、
「大丈夫です。可愛いですわ、結希さん」
 そのつどそうやって、小柄な少女 ――― 薬王寺結希を安堵させるのであった。
 彼女こそが、かつて北国のとある町のとある支部で、『全滅支部長』『死神支部長』の異名を(不本意ながらも)
欲しいままにした、UGNきっての天才少女である。現在は新設されたアキハバラ支部において、陣頭指揮を取る
立場にあった。
 社会の裏から表舞台に進出を開始した敵対組織ファルスハーツ ――― 通常、レネゲイド犯罪と呼ばれるテロ
行為の立役者となることが多い ――― の新たなるプロジェクトを頓挫させるため………という名目で創設された
はずの新支部は、上層部の趣味とこの街の独特な空気が絶妙なコラボレーションを産み出した結果、なぜかは
知らぬが世を忍ぶ仮の姿として、『メイド喫茶』というカモフラージュをするに至った。
87ゆにば:2008/10/15(水) 01:01:29 ID:???
 支部で活動するエージェントやイリーガルは、女性はメイド、男性はウェイターという仮初めの姿に身をやつし、
日々、卑劣なる悪党どもの野望を挫くため、日夜『お帰りなさいませご主人様』の発声に余念がない(?)。
 結希も、本来の任務がないときは喫茶ゆにばーさるのマスターメイドとして働く日々を送っていた。
 天然、小動物系、どじっ娘という三種の神器を備えた可愛らしい店長さんの、人気はとても根強かったりする。
「ほんとですか……… ? ケイトさんに笑われたりしませんか……… ?」
 眉毛を八の字にして頬を染め。結希は、やっぱり不安げに智世に尋ねる。
 智世と呼ばれた少女は、結希の斜め後ろにつかず離れず、一定の距離を置いて彼女に同道している。
 結希と比べて背が高い。後ろで一本に編んだ豊かな長い黒髪を肩口から前へと垂らし、その口調や物腰を見
るならば、彼女がメイド服を身につけているのが至極当然に思える、優雅な立ち居振る舞いであった。
 もっとも ――― 鋭く細められた瞳に時折宿る殺気に、気づかなければの話ではあるのだが。
 頚城智世。喫茶ゆにばーさるに勤めるUGチルドレンの一人であり、マスターメイドである結希にどういうわけか
首ったけな、ちょっと危険なメイドさんである。
「大丈夫ですわ。もし、ケイトさんが結希さんを笑ったりしたら、私が叱って差し上げます」
 唇の端をひくひくさせて。こめかみにかすかに青筋を立てながら。
 智世は結希にそう言った。
 これは彼女にしてはとても控え目な表現であり、結希の前でもなければ、
「もし、ケイトさんが結希さんを笑ったりしたら、あの××野郎の■■■を▲▲して、●●●してやりますわ」
 とでも口走っていたところである。
88NPCさん:2008/10/15(水) 01:02:07 ID:???
支援を。
89ゆにば:2008/10/15(水) 01:02:50 ID:???
 本日何回目かの、智世の「大丈夫ですよ」に、ようやくほっとした表情を浮かべる結希。
 小首を傾げながら「えへへ」と照れ笑いをして、薄い桜色に頬を染めながら、両手の指をもじもじと組み合わせる
なんともいえない仕草(智世にとって)で、
「ケイトさん………」
 無意識のうちに、そうつぶやくのであった。
 ふと ――― 智世がくるり、と背後を振り向く。
 口元を手で押さえ、うつむき加減になりながら。肩がぷるぷると小刻みに震え、呼吸を乱し始める。
「はにゃっ !? ち、智世さん、どうしましたかっ !? 具合でも悪いんですかっ !?」
 特徴のある “鳴き声” を上げ、結希が智世に駆け寄った。
 うつむいてもなお届かない智世の背中に、背伸びをして手のひらを置き、優しくさする。
 なでなで。なでなで。
 智世の身体が「びくん」と跳ねた。
「はにゃっ !?」
「へ、平気ですわ、なんでもありません。ただちょっと………」

 ただちょっと、結希さんの愛らしさに身悶えていただけですわ ――― とは、さすがの智世も口にはしない。

(檜山ケイト………結希さんにあんな貌をさせることのできる男………憎らしい………)
 結希に背中をなでなでされる至福に身を任せながらも、思い浮かべてしまうのはあの少年 ――― 檜山ケイト
のどこか頼りなさそうな顔である。
90ゆにば:2008/10/15(水) 01:03:41 ID:???
(ああ………組織の命令でなければ………いいえ、あの男が結希さんの想い人でさえなければ………)

 こんな事態、全身全霊をかけて阻止してやりますのに ――― 智世は憂鬱な思いに、身をよじるのであった。



 事の発端は些細なこと。
 三週間ほど前からの、人によっては気づくことさえない微細な違和感が、すべての始まりであった。
 その違和感に最初に気がついたのは、一人の女性。
 無機質なスチールテーブルに座って事務仕事をてきぱきと片付けながら、濃い色のサングラスの奥で見えない
はずの双眸がキラリと光る。手にした書類の束を丁寧に机の角にそろえて置くと、コホンとひとつ咳払いをして室
内の中央に顔を向けた。
「 “リヴァイアサン” 」
 呼びかけた声に、一人の壮年の男がゆっくりと振り向く。
 清潔に刈り込んだ髪を整髪料で油断なく整えた長身の男。瞳に湛えた穏やかな色は、大人の男の余裕と度量
の深さを物語るようである。手にしたティーカップをゆっくりと持ち上げ、湧き上がる香気を満足げに吸い込むと、
かすかに眉をひそめながら、自分に呼びかけた女性にこう、応じる。
「なんでしょう、 “フロアマネージャー” ?」
 ここでは、自分のことを『コードネーム』で呼ばないで頂きたい ――― そんなたしなめをこめた口調である。
 いまの私はただの霧谷雄吾。喫茶ゆにばーさるの営業サポーターにすぎませんよ、と。
91NPCさん:2008/10/15(水) 01:04:11 ID:???
しえ
92ゆにば:2008/10/15(水) 01:04:31 ID:???
「失礼しました。霧谷さん」
 苦笑を漏らしながら、サングラスの女性が訂正する。そう。私もいまは、ただの鈴木和美 ――― ゆにばーさる
のフロアマネージャー、渉外担当兼一メイドにすぎないのだ。 “謎の女” のコードネームも、ひとまずは棚上げに
しておこう、と。
「いえ、お気になさらずに………では、伺いましょう。なんでしょうか、改まって」
 話の続きを促す霧谷に、和美は形の良い眉をひそめてみせた。つい口に出してしまったが、これを報告するべ
きか。いや、そもそも報告するほどのことなのだろうか、と迷っているようでもある。溜息混じりにかぶりを振ると、
「たいしたことではないかもしれないのですが………」
 そう前置きした上で、彼女の現在抱えている懸案項目についての報告を始めたのである。



 和美がそのことに気がついたのは、ゆにばーさるの営業も終わった深夜、ひとりで店舗の棚卸し業務を黙々と
行っているときのことであった。メイドやウェイターたち、そしてコックに至るまで、とにかく徹底した備品管理を行う
ように指示を徹底していた甲斐あって、スプーン一本、布巾一枚ですら在庫確認の取れているゆにばーさるでは
(こういう細かい管理の基本ができていないと営業者としては失格なのだ)、こうして週に一度、和美自らが在庫
チェックを行っている。
93ゆにば:2008/10/15(水) 01:05:27 ID:???
 帳簿と備品の現物を付け合せ、その数量誤差がプラスマイナスゼロであることに満足した和美が、従業員たち
からの『購入・補充希望備品リスト』に目を通し始めたとき、その違和感に気がついたのである。
「あら………」
 深夜の備品倉庫で、和美が不審の声を上げる。
 
『スプーン八本。コースター二十枚。カップ十個。テーブルクロス五枚。花瓶一個。ポット一個。以上、補充予算の
割り当てをお願いします。ごめんなさい。          ゆき』                   

 店長の薬王寺結希の筆跡で書かれた、補充希望品のリストであった。
 ぱらぱら、と帳面をめくり、他の従業員たちからの希望品にも目を通す。

 ………………………。

 すべてのメイド、ウェイターが、破損等の理由で購入依頼を提出している総数よりも、結希ひとりのリスト記載数
がはるかに多いのである。一応のルールとして、店内の備品を自分のミスで壊したり汚したりした場合、このリス
トには、当人が責任をもって補充依頼を出すこと、というのがゆにばーさるの不文律である。
 つまり、今週だけでこれだけ、結希がダメにしてしまった店内の備品があるということだ。
 なにかに思い至ったように、過去一ヶ月のリストをチェックし始めた和美が、唇に指を当て思案深げな表情を見
せたのは、それからわずか十数分後のことであった ―――
94NPCさん:2008/10/15(水) 01:05:28 ID:???
支援、いたしますわご主人様
95ゆにば:2008/10/15(水) 01:06:14 ID:???


「ふむ………天然系どじっ娘メイドの面目躍如―――というところですね」
 和美の話を黙って聞いていた霧谷が、我が意を得たりというように手を鳴らし、無駄にカッコいい声でそう言っ
た。いや、いくら渋い声で言ってもダメでしょう、と内心でツッコミ。
「各週ごとに、破損品が増えているんです。結希さんの天然ぶりはいまに始まったことではありませんから、前か
らも毎週一つや二つは備品の補充はしていました。ですが、ひとりで週四十個以上というのは ―――」

 ちょっと、ただごとではありません ―――
 和美はそう言って口をつぐんだ。

「なるほど。喫茶店の営業はともかく、我々の本来の任務にまでその不注意が及ぶようなことがあれば問題だ、
と貴女は言いたいわけですね」

 なかなかどうして。喫茶店で紅茶ばかり淹れちゃあ飲み飲みしていて、すっかり昼行灯が身についたかと思っ
たが、和美の言いたいこと、危惧していることはキチンと把握しているようである。

「ええ。気になって、私も先週一週間、彼女の様子を影から窺っていたんですが」

 和美の報告によれば、その週の結希の様子はそれはもう惨憺たる有様だったようである。
96ゆにば:2008/10/15(水) 01:07:01 ID:???
 歩けば転ぶ。転べば、その被害は自分ひとりにとどまらない。備品をひっくり返すわご主人様(お客様)の足は踏
むわ、同僚と正面衝突してトレイをひっくり返すわの大騒ぎ。こんなものはまだ序の口で、一番ひどかったのは結
希がキッチンでボヤを出しかけたときであった。
 それは、結希がゆにばーさる人気メニューのひとつ、『愛情たっぷりメイドさんのオムライス』を作っている最中の
こと。
 フライパンを火にかけたまま突如として “放心” してしまった結希が、卵を焦がしていることにも気がつかず、そ
のままの姿勢で十分間、硬直していたという ――― はたから見れば不可解極まりない状況が起きたのだ。
 結希が放心状態から覚めたのは、同僚のウェイター ――― 上月司が、水の入ったバケツをキッチンにぶちま
けたそのときだった、というのだから呆れ返るより他がない。
「おいおい、支部………じゃなくて、店長、しっかりしてくれよな。 “伝説のコック” はウチの馬鹿兄貴だけで十分
だぜ」
 そのときの司の言葉が、結希にどれほどの衝撃を与えたのかは推して知るべし。
 型破りと破天荒を突き抜けて、常識の枠をはみ出した司の兄と比較されたことがよほどのショックであったのだ
ろうか。

 その日のゆにばーさる店内に、結希の「は、はにゃあぁぁ〜〜〜っ !(泣)」の声が、閉店間際まで鳴り響いて
いたという ―――
97NPCさん:2008/10/15(水) 01:07:23 ID:???
援護を、射撃です支援
98ゆにば:2008/10/15(水) 01:07:49 ID:???


 事態は思ったより深刻そうですね ―――

 和美から事の顛末を聞き終えた霧谷が、重々しくそう言った。
 どじっ娘メイド萌え、などと呑気なことを言っている場合ではないことは明白で、
「申し訳ありませんが、薬王寺店長の不調の原因を、それとなく探ってはもらえませんか」
 と、霧谷は正式に和美へと依頼したのであった。
「ええ、もちろん。私もそのつもりでした」
 和美の返答に淀みはない。
「ですから、できれば霧谷さんにも立ち会っていただいて、彼女から話をきいてみようと思うのですが、いかがで
でしょう ?」
 サングラスの下の瞳がかすかに笑ったようだった。そう言って指し示した扉をノックする音が、見事なタイミング
でそれに重なる。
「どうぞ。お入りなさい」
 和美の入室許可を得て、扉の向こうの人物がドアを開けた。

「失礼いたしますわ」

 UGチルドレン。喫茶ゆにばーさるのメイドの一人。
 どことなく剣呑なオーラを身に纏いながら、頚城智世が入室した ―――
99ゆにば:2008/10/15(水) 01:08:30 ID:???


 ああ。
 あのとき和美さんに呼び出された結果がこんなことになろうとは。
 いまさらながらに、智世は自分の迂闊さ加減を呪っていた。
 あの日、和美に呼ばれて店舗内の事務所に顔を出したとき、霧谷雄吾までが揃って自分を出迎えたことへの
不審はあったのだ。いったい、なんの用事で呼ばれたのであろう。久しぶりの、『組織』としての仕事ではないだ
ろうか。そこまで気負っていたところに、

『最近、結希さんの様子がおかしいことに、貴女は気づいてる ?』

 と、こうきたのである。
 拍子抜けした、というのが正直な感想だった。
 しかし、ここ何週間かの結希の異変に気づいてヤキモキしていた自分が、ここへひとり呼ばれ、そんな質問を
受けたことで、
「そうか。和美さんが私を呼んだのは、結希さんのことだったのか」
 そう納得した。納得したと同時に、和美がそのことで自分に声をかけたことに、少なからず自尊心をくすぐられ
たとしても、誰が彼女を責めることができるだろう。結希さんを、ゆにばーさるで最も気にかけている自分、最も
観察している自分、最も愛でている自分、最も………キリがなくなるのでもう止めにするが、とにかく彼女のこと
で相談を持ちかけるのならば、店内広しといえども自分以外にいないと認められたような気がしたのである。
100NPCさん:2008/10/15(水) 01:08:38 ID:???
しえんなのですー!
101NPCさん:2008/10/15(水) 01:09:07 ID:???
支援。うわーだめだー。
102NPCさん:2008/10/15(水) 01:10:03 ID:???
そこは俺の領域だ(いい気になってる) 支援!
103NPCさん:2008/10/15(水) 01:15:14 ID:???
あー……規制はいったな、たぶん。
経験上、ここ二回ごとに支援入れても10投でさるさんだし。
104NPCさん:2008/10/15(水) 01:17:57 ID:???
さるさん規制の回避方法
つ OO分ごとにリセットされるので、大量投下の場合50分頃から投下開始するといいです。
それと投下は二分ごとに行うとさるさんが着難い。

最後に、この板だと知らんが特定数以上の書き込みで一時的に解除される場合もあります。
というわけで、ワーディング支援!
105NPCさん:2008/10/15(水) 01:20:50 ID:???
>>104
ほー……二分ごとの法則は知らなんだ。勉強になるなあ

っつーわけで規制解除願い支援
106NPCさん:2008/10/15(水) 01:24:20 ID:???
しえんー
107NPCさん:2008/10/15(水) 01:26:14 ID:???
つーかここ今何人いるんだww
108ゆにば:2008/10/15(水) 01:28:46 ID:???
 だから。
 よせばいいのに喋った。喋ってしまったのである。
 このところ、結希の元気がない理由。なにをするにも上の空な理由。いつも以上のどじっぷりを発揮してしまう
理由。
 いつもなにかにつけて結希のことを気にかけ、彼女にべったりな智世であればこそ、知りえた事実。
 それは ―――

『最近………ケイトさんと連絡とってないな………』
 ぽそり、とこぼれたそんな言葉が思い出される。
 ある日のお昼の休憩室、智世と二人きりの昼食を済ませ、食後のお茶を飲んでいたときのことである。
 結希が、その手で可愛らしいピンク色の携帯電話をころころと転がしながら、すごく淋しそうにそんな独り言を
漏らしたのであった。
『ケイトさん、と………ですか』
『………声、聞いたのいつだったかなぁ………メールも、最近はやり取りしてなくて………』
 ふにゃふにゃと頼りない泣き笑いのような笑顔で、結希が言う。
『そ、それなら結希さんのほうからかけてみたらいかがです ? ケイトさん、そういうことはマメになさらない方の
ような気もいたしますし』
 そんな、敵(ケイト)に塩を送るようなことを言ってどうするのか、と思わないでもなかったが、目の前でこんな淋
しそうな、雨に濡れた仔犬のような結希の様子を見て「あ、そうですか、ふーん」で済ませることが出来る智世で
はない。ついつい、親身に乗って相談に乗ってしまうところが、彼女の業の深さといえようか。
109NPCさん:2008/10/15(水) 01:30:25 ID:???
あ、ここも支援解除あるんだ支援
110ゆにば:2008/10/15(水) 01:30:33 ID:???
『でも、こっちからかけるのは………うーん………なんだか緊張しちゃうんです。任務を手伝って欲しい、とかい
う連絡なら出来るのにな………おかしいですよね、私』
 些細なすれ違いで、ちょっと疎遠になり始めると、普通に連絡を取ろうとするのでさえ躊躇われてしまう ―――
不思議と、そういうことはあるのである。
『もう、どれくらい会われてないんですの……… ?』
『んー………一ヶ月近い、ですかねー………』

 びしぃいいぃぃぃっ !!

 智世のこめかみに、太い血管が浮き出た音であった。

(あの▲×■野郎………)

 智世の心中に、憤怒の表情を浮かべた不動明王だかなんだかのような物騒なもんが浮かぶ。
 一ヶ月 !? つまり檜山ケイトは一ヶ月もの間、結希さんをほったらかしにしているということなのか !?
 彼女が元気がないのも当然だ。上の空なのも頷ける。
 いままで、気に入らないと思っていただけのケイトに、このとき初めて智世は『殺意』のようなものを抱いたので
あった ―――
111NPCさん:2008/10/15(水) 01:31:23 ID:???
卓ゲー者は1人見たら30人はいるのさw
完全獣(けだもの)化 支援!
112ゆにば:2008/10/15(水) 01:31:22 ID:???


 ………というようなことをぺらぺらと和美の前で話してしまったのが、智世の失敗である。
 智世の憤りの告白を、なぜかニコニコしながら聞いていた霧谷が、
「そうですか。それなら話は早いでしょう」
 と、今回の一件に関する手続きすべてを済ませたのはその当日のこと。
 まさしく電光石火、有無を言わせぬ段取りの早さであった。
 つまり。
 結希がケイトと会えていないことで落ち込んでいるなら。
 強引に会わせてやればいい、と。

「そうだ。それだと公私混同だと言われてしまいますから、檜山ケイト君を正式に、この喫茶ゆにばーさるへ迎え
てしまうというのはどうでしょうか。UGNから、イリーガルへの正式な依頼ということにして」
 智世が口を差し挟む余裕などこれっぽっちもなく、あれよあれよという間に事態は進展していった。
 霧谷発、和美経由で『仕事の依頼』として結希に通達が入ったのは、それからわずか三十分後のこと。
 もちろん、結希がそれを二つ返事で承諾したのは言うまでもなかった。
113ゆにば:2008/10/15(水) 01:32:06 ID:???
                                                                      


 再び、時間と場所は秋葉原の郊外へと戻る。
 買出し帰りの二人の少女が、それぞれの明暗を心に抱きながらゆにばーさるへと帰着した。
 結希はウキウキと。
 智世は ――― 恐ろしいので割愛する。
 可愛らしい装いの、色とりどりの硝子で装飾されたチャペル付きの扉を、結希が待ち焦がれたように押し開ける。
 きょろきょろと店内を見回した結希の姿を、「なんだか餌を探す仔リスのようだ」と、智世は思った。

 次の瞬間。

「ケイトさんっ」

 たとえるなら、蕾を開いた花。
 たとえるなら、水平線から昇り来る曙光。
 たとえるなら、まあとにかく、そんな感じの超極上の笑顔であった。

「おかえり、結希さん。仕事の話なんだって ?」

 よくもまあ、いままで結希さんが落ち込んでいたことなど露にも知らぬといった風情の太平楽な顔をして。
 檜山ケイトが、店内のテーブルのひとつに腰掛けながら。
 ランチセットをぱくついている姿を、智世は憎々しげに睨み付けたのであった ―――

(to be continued)
114NPCさん:2008/10/15(水) 01:32:50 ID:???
支援一丁!
115NPCさん:2008/10/15(水) 01:33:19 ID:???
俺の名はブラストハンド! 支援
116ゆにば:2008/10/15(水) 01:33:44 ID:???
た、大量支援と有難い情報に感謝です……
ここの勝手がまだよくわかってなく申し訳ありません。
>85さま
え、えーと………ひーらぎ、ばーさす、はやと………?
そ、それはきっと別人です………エリスは好きですが(笑)。
それにしてもこんな遅くに援護していただいた皆さんどうもありがとうございました。
次回の投下のときまで。
ではでは。
117NPCさん:2008/10/15(水) 01:38:35 ID:???
>>ゆにば氏
 お疲れ様でしたー。
 昨日からの投下に引き続き、精力的ですねw
 そして、死亡フラグが着実に立っているケイト乙。
 イ キ ロ。
 はにゃー死神支部長がかわいくてたまりませんw

 伝説の殺し屋とか所持金24円とかもっと出して欲しいと思いつつ、これからさらなる人物達が現れてくるのでしょうね。
 ゆにば氏の構成力に期待してます。
 次回も頑張ってください!
11885:2008/10/15(水) 01:41:56 ID:???
>ゆにばの方
GJ!智世が全開で素晴らしい。むしろフルスロットルで(さらにアクセルベタ踏みGo)。

はにゃ、人違いでしたか。
なんかタイミング的にそんなこと言ってた方がいたのでてっきり同じ人なのかと。大変失礼しました(猛省)。

では、次回更新を楽しみにしております。
119NPCさん:2008/10/15(水) 03:01:56 ID:???
>三ツ矢氏
グッジョーっ!!お疲れ様でした、手をお大事に。

>83
…マトモだった因果律も生命と一緒にぶった切られたのでは…w<三下

そしてゆにばは楽しみに続きを待とう。…椿出ないかなぁ… ・w・
120mituya:2008/10/15(水) 08:19:03 ID:???
ども! 昨日の今日でまた来ました(汗)ものすごくありがたい感想がいっぱいきてるから、まずレス返しです!

>>75さん
返答遅れてすいません(汗) コイズミは完全にネタで出しました(笑)多分きっと、「仮面がなければ即死だった」とかいいながらアンゼ宮殿に帰ってきたんだと思われますvv

>>79さん
そうですね、アンゼこき使う気満々ですねvv(笑) まあ、そもそも魔剣の力を戦力にしようと回収に動いていたわけですしね。

>>80さん
飛竜の絶望と悔恨の果てに、生まれた希望………そういう風なつもりで書きました。
救いが感じ取れていただけたなら、良かったです。

>>81こと、夢物語とらむねの方
あのような素敵な作品をいくつも書かれた方に“すごい”なんていわれると、何かそれこそ、自分悶死しそうなんですが………ッ!///
もし、自分の書いたものが誰かに何かを与えられたなら、本当に嬉しく思います。

>>82さん
この話は、ある意味あのシーンが書きたくて書き始めたとも言えるので、そこで感動していただけたなら、感無量です………

>>83こと泥の方
か、感無量………壮大………/// 過ぎたお褒めの言葉、恐縮です。描写は自分でも力を入れているつもりなので(未熟ですが)、そういってもらえると嬉しいですvv
笹>翠の変化は………貧乏が悪いんです、きっと、全部(汗)

>>84ことゆにばの方
今回は、こぐれろtt………げふんげふん、エキセントリックなアンゼ様には自重いただきました(笑)
たまには女神らしいアンゼ様もどうかと思ったのですが、お気に召していただけて幸いですvv
見切り発車とおっしゃいながら、キャラクターをきちんと立てたお話を構成される構成能力にただただ脱帽です。
はにゃ可愛いですよはにゃvv 続きを楽しみにしています。

>>119さん
ありがとうございます。
………そうか、貧乏じゃなくて、魔剣のせいだったのか………(笑)
121mituya:2008/10/15(水) 08:19:34 ID:???
と、ついでに、作中に書くつもりで書ききれなかった話を少し。

・飛竜が公の席を嫌ったわけ
本当は、【神子に生まれし〜】の会話シーンで飛竜自身に語らせるつもりだったのですが、巧く入れられず………(汗)
彼が公の席を嫌ったのは、そこで楓に向けられる、“星の巫女”に対する言葉を聞いて、自制できる自信がなかったからです。
どんな美辞麗句でも、それが“星の巫女”に対してのものである以上、楓にとっては重荷になり得る言葉。
それを聞いて、怒鳴らずにいられる自信がなく、またその行為が楓の意思を踏みにじるものであるから、彼は公の席を避けていたのです。

・ベル様登場の理由
突然出てきた、といいましたが、本当に直前まで出す気はありませんでした。
もともと、村への襲撃は金色の狂言───配下の侵魔に村を襲わせ、出てきた里の人間が聞きに陥ったところを助け、
それによって里に入り込む口実を作るもの、だったのですが───
よくかんがえたら、生半の侵魔じゃ、飛竜が返り討ちにするんですよ(汗)
んで、魔王級を出そうとして───ルー派の魔王のキャラがいまいちつかめなくて(汗)
じゃあ、いっそのこと、ベルがルーの計画を潰そうと、里の戦力を分断するために行ったもの、ということにしようと。
そんなわけで、あのベル様は、ルーの計画潰すつもりが寧ろ計画の手助けをするというポンコツぶりを発揮することになってしまったのでした。

まあ、こんどこそ、語るネタもつきましたので、休ませていただこうかと思います。
以前ちらりと語った“柊くれはほのラブ(仮)”は、またいつか………
本当に、皆さん、温かいお言葉をありがとうございました。
では、お休みなさい………
122NPCさん:2008/10/15(水) 22:08:49 ID:???
とりあえず保管庫ぽいのを作ってみました。
まだ初代スレ分しか纏まってません。
てか初代スレ編集してたらSAN値がごりごり下がってく罠・・・

http://www20.atwiki.jp/takugess/
123泥ゲボク ◆265XGj4R92 :2008/10/15(水) 22:15:05 ID:???
どうも泥ゲボクです。
二十分ぐらいから、迷錯鏡鳴 鏡の巻(終の巻は後ほど)を投下してもよろしいでしょうか?
124NPCさん:2008/10/15(水) 22:19:04 ID:???
>>122
おつです。

一応参考までに自分が知ってる部室シリーズ
1:http://trpg.h.fc2.com/other/11-146.html(※18禁、地下スレ)
2:(作品スレ)
3:http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/game/6774/1056541271/192-205(駄コテ板)
125NPCさん:2008/10/15(水) 22:20:28 ID:???
>>122
あなたが神か。
うわ。1スレ目に書いた身としては、「夢が現実になっちまったよどーすんだオイっ!?」的な感じ。
うわすげー。神様がいるー、具体的には神様にごほーし(リクエストSS的な意味で)しろと言われたらしたいくらいの感謝の心。ありがとう。

>>123
らじゃ!待ってる!
126迷錯鏡鳴 鏡の巻 ◆265XGj4R92 :2008/10/15(水) 22:24:11 ID:???

 宿縁というものがあるのならばこの瞬間に生み出されたのだろう。
 その日、奇なる理由において対峙する二人。
 忍者――斉堂 一狼。
 龍使い――藤原 竜之介。
 異なるスタイルの二人、顔すらも昨日まで知らなかった二人が殺し合いを行うなど誰が想像しようか。
 推測出来ぬ。
 予想し得ない。
 されど、その二つのスタイルを見合わせて、その対峙の様相を見ればおそらくは宿命だったのだろうと感嘆のうちに告げるだろう。
 それは何故か?
 求めるものは同じであれど、道を違えた決して相容れぬ流派だからである。
 忍者。
 それは古来から伝わる技巧術、鍛錬術、薬学、或いは精神操作によって越常の身体能力と技巧を手に入れたウィザードの一派。
 肉の伸縮、骨の繋ぎ、皮膚の硬度、血流の勢い、それら肉体のポテンシャルを尋常ならざる鍛錬の果てに、血反吐をぶちまけて、臓物が裏返り、肉が裂け、血が滲み出るような修行をこなし鍛え上げ続けるある種の狂人。
 指先一本で崖を登り、つま先のみで天井にぶら下がり、その一足にて風をも追い抜かす超人である。
 武術家ではなく、武道家でもなく、それらはつまるところの技巧者。
 殺すための、仕えるための、要求に応える為の、不可能を可能とするべく鍛錬を重ねるもの。
 その思想は中国武術における外家功夫に近い。
 身体能力の精錬に、技の研磨を主な修練とする“剛”の武術である。
 数多く知られる中国武術はこれに属していた。
127NPCさん:2008/10/15(水) 22:26:01 ID:???
支援にゅ
128迷錯鏡鳴 鏡の巻:2008/10/15(水) 22:39:23 ID:???
 それに対して、龍使い。
 それも九天一流は外家功夫ではなく、内家功夫に属していた。
 外家が肉体の鍛錬を主にするに対して、内家は心を精錬し、心技を極めることを修練とした“柔”の武術である。
 ただ単純に肉体を極めれば力が手に入る外家と異なり、その習得は厳しく、多くの外家武術家が大成を成すのに比べて、内家武術家の数は如何に少ないかという面から見て分かるとおりだった。
 入り口は狭く、その先もまたさらにか細い、成功するのは本の一握り。
 されど、内功を極めた者は外功に匹敵する――否、凌駕するであろう功夫を持つ。
 剣を振るえば真っ向から鉄すらも断ち切り、跳ねれば羽毛のように舞い、対峙すれば旋風の中に優雅に舞い踊る木の葉のように打たせず、捉えられず、翻弄されるのみ。
 生物である人間の肉体には少なからず限界があるが、心技には果てはない。
 外家に極限はあれど、内家には究極はないのだ。
 故に内家功夫は数が少なくとも、外家に匹敵するだけの存在意義を保有していた。
 極めれば内功に敵無し。
 それが現代武術界における認識である。
 されど、それは本当だろうか?
 心技を習得した内家功夫に、本当に外家功夫は勝てぬのか。
 外道の手段は取り、肉体置換などの果てに人外の速度を持ってすれば勝てるかもしれない。
 金剛石をも砕く手足に、跳ねればロケットのように跳び上がり、対峙すれば閃光のように砕く機構を兼ね備えれば内家は圧倒できるだろう。
 事実、肉体強化の果てに同等の性能を保有する強化人間や、設計段階から見直され、人外としての能力を保有する人造人間ならば内家をも圧倒するかもしれぬ。
 されど、試したいのだ。
 本当に肉体の鍛錬のみでは、技術の研磨だけでは心に追いつけぬのか。
 体術技巧の極みの果てにあるものと。
 心技精錬の極みの果てにあるものと。

 人は心が上なのか、体が上なのか、試してみよう。

 心行くまで。
129迷錯鏡鳴 鏡の巻 ◆265XGj4R92 :2008/10/15(水) 22:40:21 ID:???
ナイトウィザード 異説七不思議録

 【迷錯鏡鳴】 鏡の巻




 活気溢れる登下校。
 春の日差し眩しい朝の光景、輝明学園秋葉原分校へと向かう途中の坂道をふらふらと血の気の引いた顔つきで歩く人影があった。
 瓶底眼鏡に、ピンッとどこかしら寝癖が飛び出ただらしない髪型、落ち込んだかのように猫背の姿勢で歩く中肉中背の目立たない少年。
 つまるところ藤原 竜之介だった。
 登校時間としてもそれなりにギリギリな時間で、ふらついた足取りで歩いている。

「あー死ぬー……」

「しっかりしろ、竜之介」

 その横で歩いている一匹の三毛猫――猫状態のあげはが一目がないことを確認してから、短くエールを飛ばした。

「しっかりなんかできねえって……背中は痛みは感じないけど、なんか引き攣るし、熱いし……」

 制服に隠れて見えないが、その上半身には息が絞まるほどにきつく包帯が巻かれている。
 今日は体育のない日付でよかったと思うべきか。あっても見学は確定だが。
 朝気付けに飲まれたHPヒールポーションと、ぼやきながらも続けている気息によって血流を操作し、竜之介は体を動かしていた。
 体調はすこぶるよくない。
 普通なら休むべきだ。
 しかし、それを祖父の竜作は許さなかった。
130迷錯鏡鳴 鏡の巻 ◆265XGj4R92 :2008/10/15(水) 22:43:02 ID:???
「竜之介。お前には呪詛が掛かっておる。その手掛かりを自分自身で探すんじゃ」

 その一言で着替えと朝食もそこそこに放り出され、手助けをしてくれるらしいあげはと一緒にひこーらへーこらと登校するはめになっている。
 秋葉原分校への坂がこんなにもきついと思ったのは産まれて初めてじゃないだろうか?
 規則性のある呼吸を繰り返し、血流に流れる酸素分量すらも把握しながら、瓶底眼鏡の奥で竜之介は必至に前へと前へと足を進める。
 その横をとてとてと歩くあげは。
 輝明学園までの道はそんなに汚れているわけではないが、去年から活動を開始したエコ部によりゴミを毎日取り除かれており、綺麗な道となっている。
 道の端のほうをあげはと一緒に歩いても、何の障害もないといえば分かるだろうか。
 そんな調子で十分ほど歩いた頃だろか。
 坂を上り終わると、校門が目の前に見えた。

「はぁ、やっとついた」

 肩から脱力し、気息を行うことによって神経を削ったプレッシャーによる汗が竜之介の額に浮かんでいた。
 風紀委員らしい生徒がそろそろ時間だぞー! と大きな声で叫んでいる、ご苦労なことである。

「あげは。んじゃ、先に入っててくれ。放課後になったら0−PHONEで電話するからさ」

「ニャー」

 一目があるため、猫の鳴き声で一声答えると、あげはは俊敏な足取りで校門を乗り越えて、輝明学園の中へと消えていった。
 それじゃあ自分も続くかと足を踏み出した時だった。

「わるい、退いてくれ!」

 どんっと慌てて走る大柄な男子生徒が肩にぶつかる。
 瞬間、突然の驚きと衝撃で気息が乱れた。
 規則性のある呼吸が止まり、テンポが乱れる。
 ビキリと体の何処かで音がしたような気がした。
131迷錯鏡鳴 鏡の巻 ◆265XGj4R92 :2008/10/15(水) 22:46:37 ID:???
「っ!」

 走り去っていく大柄な男子生徒を見ながら、竜之介は背筋に走る激痛に呻き声を上げて、よろめいた。
 傷は開いたわけじゃない、けど気息が乱れたのが痛かった。
 支えていた体調がプツンと息が切れたように途切れて、一瞬膝の力が入らず。

「あ」

 そのまま崩れ落ちる――と思った時。
 すっと竜之介の体を支える手があった。

「大丈夫か?」

 それは男子の手だった。
 掬い上げるかのように注し伸ばされた手が、倒れこむ竜之介を支えていた。

「え?」

 細い腕の割には硬い感触を感じながら、竜之介が視界を上げると――どことなく見覚えのある中肉中背の男子学生が居た。
 その横には酷く可愛らしいと思える女子生徒……見覚えがあった。

「あれ? お前……確か藤原だよな?」

「えっと、そっちは――」

 咄嗟に名前が出てこない。
 自分の頭を殴ってでも思い出そうと焦る竜之介に、女子生徒は救いの手を差し伸ばすかのように告げた。
132迷錯鏡鳴 鏡の巻 ◆265XGj4R92 :2008/10/15(水) 22:49:02 ID:???
「あ、藤原くんだよね? 私、姫宮 空。そっちは斉堂くん。昨日からクラスメイトだけど、憶えてなかったかな?」

「あ、ああ。思い出した」

 姫宮 空。
 斉堂 一狼。
 昨日教室で見かけたカップルの二人だった。

「大丈夫? 気分が悪いんだったら、保健室に連れて行こうか?」

「呼吸が荒いけど、貧血持ちか?」

 二人の心配するような言葉。
 それに竜之介は慌てて首を横に振ると。

「いや、ちょっと昨日夜更かししただけだからさ」

 あははと笑って誤魔化した。
 幾らなんでも背中に刀傷がありますよーなんてイノセントに言える訳がない。
 それに確か保険医もウィザードだったと思うが、連れ込まれて注目なんて引きたくないのが竜之介の心情だった。

「少し休めば自分でいけるからさ。先にいけよ。時間ないだろ?」

「あ、本当だ」

 空が校舎上の大時計を見て、焦ったように声を上げた。
133NPCさん:2008/10/15(水) 22:52:11 ID:???
しまった、遅かった……orz
134迷錯鏡鳴 鏡の巻 ◆265XGj4R92 :2008/10/15(水) 22:52:49 ID:???
「斉堂くん」

 どうしょうっかと空が首を傾げる。
 一狼は少しだけ考えるように顎に手を当てた。

(さっさといってくれ)

 竜之介としては二人が立ち去ってくれると嬉しかった。
 気息を建て直し、少し休めば教室までは行けるだろうと思っていたからだ。

「姫宮。先にいってちょっと先生に事情を説明しておいてくれないか? 僕が藤堂を運ぶから」

「わかった」

 空が承知とばかりに頷くと、てってってと駆け出して走っていく。
 スカートを翻し、走るその後姿と眩しい臀部は綺麗だとちょっとだけ思った。

「え? いや、そんなことしなくても――」

 竜之介は焦って声を上げるが、一狼の少し冷めた目で一瞥されると何も言えなくなった。
 全身を観察するような目つき、怪しんでいるのか、心配しているのか曖昧な鋭い目。
135NPCさん:2008/10/15(水) 23:00:09 ID:???
しえん、しときますか
136迷錯鏡鳴 鏡の巻 ◆265XGj4R92 :2008/10/15(水) 23:04:44 ID:21DvYbra
「どうみても体調が悪いだろ。ほら、肩貸してやるから」

 しょうがないなぁとばかりに息を吐くと、一狼は竜之介に肩を貸して、歩き出した。
 傍にいた風紀委員に、「この人、体調不良なんで」と一言告げた。

 こうして、竜之介は一狼に運ばれて教室まで行くことになった。


 ……なんでこんなことになったんだろう。

 そんな竜之介の疑問を挟みながら。



 竜之介と一狼の出会いはこんな始まりからだった。



137泥ゲボク ◆265XGj4R92 :2008/10/15(水) 23:07:20 ID:???
ageてしまい、すみません。
投下終了です。

どうにも投下行数の制限が厳しく、回線にも嫌われたので時間がかかりました。
ご迷惑をおかけして誠に申し訳ないです。

一応迷錯鏡鳴の本番となる鏡の巻です。
沢山の容量投下は厳しそうですので、チマチマと投下していきますがよろしくお願いします。
138NPCさん:2008/10/15(水) 23:07:43 ID:???
支援かな、とか。
139NPCさん:2008/10/16(木) 02:11:25 ID:???
>>122
 乙&GJ!

 誰も名乗りでなかったら、週末にでも自分で保管庫作ろうかと思って作品をテキストにまとめてたけど、必要なかったかな…。
 とりあえず、俺は初代スレの初期の方のをまとめるのは早々に諦めてたし…。いや、コテハンネタとかわからなかったもんで。
140139:2008/10/16(木) 03:28:09 ID:???
いちお、その3の今日の分までの卓ゲネタの作品はテキストに落とし込んであるので、週末でもよければうp可能と言っておく。

…wikiって誰でも書き込めるんだよな?
141NPCさん:2008/10/16(木) 06:42:07 ID:???
泥の方、GJですよ!
少しずつ張り詰めるような緊張感が素晴らしいです。マネ出来ない………
続きを楽しみにしていますvv

>>122さん
お疲れ様です、そしてありがとうございます!
これで初代スレでの名作が気軽に読み返せるのですね!

>>139さん
うp、頑張ってください〜。
………ところで、まとめサイトに上がった分は、手直しってできるんですか?
142139:2008/10/16(木) 07:35:03 ID:???
>>141
 おや、こんな時間に住人が…。文面からしてmituya嬢かな?(違ったらごめん…)

 ここの保管庫では確認してないけど、管理人しかいじれないように設定していないのであれば、誰でも登録 or 修正は可能なはず。
143122:2008/10/16(木) 16:35:56 ID:???
とりあえず誰でも書き込めるようにはしてあるんでお暇な方はよろしくw
テンプレも何も無いんでお好きなように弄って下さい。
144141:2008/10/16(木) 16:51:43 ID:???
>>142さん
ご返答ありがとうございますvv
うわ、バレバレ(笑)

>>122さん
自分の書いた文が上がったら、手直しに行きたいと思います〜。
気になってる誤字脱字、文章の破綻が………山ほど………(汗)
145ゆにば:2008/10/16(木) 19:11:24 ID:???
祝・保管庫創設!
>>122さま
お疲れ様でした。そして、
>>139さま
作業、大変でしょうが頑張ってください。

三十分ごろから投下させて頂きたく、報告がてらではございますがやってきました〜。
ではでは後ほど〜。
146ゆにば:2008/10/16(木) 19:43:47 ID:???
 たった一ヶ月の疎遠が、永久の別離のように思えるときがある。
 顔を見ることができない。声を聞くことが出来ない。言葉を交わすことができない。
 触れてくれる温もりが。触れられる実感が。そこに居て欲しい誰かの手がかりが、ぷつんとどこかで途切れたま
まの不安な日々。結希の一ヶ月は、だからこそこの邂逅の為にあったと言っていい。
 思い浮かべてみればいい。
 そこは月も星もない夜の世界だ、と。夜の天蓋で覆われた入り組んだ迷路だ、と。
 手探りで出口を探す。おそるおそると壁に手を伸ばす。
 導いてくれる光はない。手を引いて連れ出してくれる人も ――― いない。
 そんな世界で一ヶ月もの間、結希はひとり、とぼとぼと歩き続けていたようなものだった。 
 でも、いま。
 目の前に、会いたかった人がいる。
 声を聞きたかった人がいる。
 それだけで、いままで存在の希薄だった世界に色が甦る。
「ケイトさんっ」
 名前を呼ぶのは、そこにある現実を確かに摑まえるため。私はここにいるのだ、と彼に伝えて認識してもらうた
め。そして、それ以上に ――― 大好きな彼の名前が、なにより結希の耳に心地良く響くためなのだ。
147NPCさん:2008/10/16(木) 19:44:29 ID:???
支援びーむ
148ゆにば:2008/10/16(木) 19:45:35 ID:???
「おかえり、結希さん」

 彼の声。
 どこかこちらの反応をおずおず窺うような、いつもの、あの応えかた。
 ああ、もう。言いたかったこと、言いたいことはいろいろ山盛りだけど。
 なんだかどうでもよくなってしまって、結希は彼の元へと駆け出した。
 少し遅い昼食中のケイトが座る丸テーブルの横。ぴとっ、と張り付くように彼のすぐ側に立ちながら。
「もう。お帰りなさい、をご主人様に言わせちゃったら、メイドさん失格じゃないですか」
 わざと拗ねたようにケイトに囁いた。一瞬きょとんと目を丸くしたケイトが、しばし黙考した後で、
「そういうものかな」
 と、首を傾げる。アキハバラの、もっと言うならメイド喫茶の作法というものが、いまいちしっくりこないようであっ
た。でも、すぐに慣れてもらわないと困りますからね ――― 心の中で悪戯っぽく笑う結希。ケイトを呼び出した
理由。仕事の依頼といって来てもらったわけ。ぶっちゃけて言えば、その仕事の内容を聞いたときの彼が、一体
どんな反応をするのだろうか。それを考えると、なんだか可笑しくてたまらない。
「………っと、ちょっと待って。いま、残り食べちゃうからさ」
 トレイに残った一枚のトーストにポークウィンナーをごろりと乗せ、即席サンドイッチにしたかと思うと、口を目一杯
開けてぎゅうぎゅうと中に押し込んだ。頬っぺたをパンパンに膨らませて、ミルクで流し込みながら一息に咀嚼する
姿に、「ああ、ケイトさんも普通の男の子っぽいところがあるんだなあ」と、結希はそんなことを思ってみたりする。
 普段はどことなくのんびり構えているように見え、むしろ地味で大人しい印象のあるケイトだが、こういう少し粗野
な行動をするときなど、「がさつな普通の少年」っぽく見えて。
 なんだか、新鮮かも ――― 結希は、うふふ、と小さく笑った。
149ゆにば:2008/10/16(木) 19:46:08 ID:???
「………ごちそうさま。それじゃ、さっそく………裏の、事務所のほうがいいんでしょ ?」
 ゆにばーさる従業員休憩所のさらに奥、倉庫や雑用品置き場に隣接するスタッフルームのことを、ケイトは言っ
ている。平素は鈴木和美女史がオフィス代わりに使っている部屋なのだが、彼女たちの本業 ――― つまり、対
レネゲイド事件に当たるときのUGNとしての活動時には作戦本部として活用されるのだ。
 今回、結希からの連絡で仕事の依頼だと告げられているので、ケイトは自然とそこで話があると思っている。
「はいっ。私、いろいろ用意もありますから先に行ってますけど、場所、もうわかりますよね ?」
「あ、うん」
 頷くケイトに、にこにこと笑いながら、結希がくるりと身を翻した。
「んー、と。それじゃ、お先に失礼しますね ? ご主人様」
 とてとて、と店舗の奥へと歩き去っていく結希の姿を見送るケイト。結希にご主人様って呼ばれるのは、なんだ
かとてもくすぐったいな ――― そんなことを思う。
(でも、こういう場所に通う人の気持ち、少しわかってきたかもしれない)
 甲斐甲斐しく給仕をしてくれるメイド服の女の子が結希みたいな娘だったら ―――
 ………まあ、通いつめちゃうよなあ ―――
 などと。素で、こんなことを考えてしまうところが、バカップルの片割れ ――― もう一方の片割れが誰なのかは
当然言うまでもない ――― たるゆえんである。

「失礼します ――― こちらお下げしてもよろしいですわね、ご・主・人・様っ」

 地の底深く、どんよりと濁った沼地の中から響くような呪詛じみた声。
150NPCさん:2008/10/16(木) 19:46:41 ID:???
あなたを、支援致しましょう
151ゆにば:2008/10/16(木) 19:46:48 ID:???
「う、うわっ。ち、智世さんっ !?」
 身をかがめながら、ケイトに覆い被さる勢いで。顔を覗き込み ――― というよりは上からケイトをねめつけるよ
うな体勢の智世が、いつのまにやら背後から回り込んでいた。ばさり、と垂れた前髪の隙間から暗い瞳がこちら
を睨みつけている様は、まるでホラー映画。ほら、アレだ。テレビからぬばーっ、と女の人が出てくるアレだ。
「よ・ろ・し・い・で・す・わ・ね・ご・主・人・様っ」
 一言一節を力強く区切り、智世が返答のないケイトに念を押す。言葉の端々に混じる「ぎしぎし」という音は、彼
女の歯軋りの音に違いなかった。
「は、はいっ、よろしいですっ」
 座ったままで背筋を伸ばし、硬直しながらケイトが答える。てきぱきとテーブルから取り上げられる食器類。
 軽く優雅に曲げられた腕にトレイやらカップやらを重ね持った智世は、そわそわしながら目線をあちらこちらに泳
がせるケイトをしばらくの間ジト目で見下ろしていたが、ついには大きな溜息を吐き出した。
「もう少し………ものの言いよう、態度のありようというものを考えられてはいかがですの ?」
 呆れ果てた口調であった。どうして私がこんなことを言ってあげなければならないのかしら、とは思うのだが、口
に出さずにはいられなかった。そして、案の定なにもわかっていない様子のケイトが、
「ええと、どういうことかな……… ?」
 本当に自覚のない顔で、助けを求めるように智世に尋ねる。
 よくわからないけど、自分がなにかまずいことをしたなら教えてほしい ――― そう言いたげな感じである。
152NPCさん:2008/10/16(木) 19:47:43 ID:???
昇竜支援
153ゆにば:2008/10/16(木) 19:48:34 ID:???
 再び鎌首をもたげそうになる殺意をぐっとこらえ、
「もっと、結希さんのことを気遣って差し上げてください、と言いたいのですわ」
 身を切る思いで言葉を搾り出す。本当ならば、結希が落ち込んだり、困ったり、助けを必要としているのならば、
誰よりも自分が彼女の側にいてあげたい ――― それが偽らざる智世の本音なのだ。だが、それはいけない。
 結希がなにより望むこと。結希にとってなにが一番なのか。結希が幸せになるために本当は誰を必要としてい
るのか。
 結希のことをよく知っているからこそ、そんなことまでよくわかってしまう。通したくても通せない想い。貫きたくて
も貫けない我儘。結局は自分が一歩身を引いて、このニブチンの背中を押してやる ――― いや、蹴り飛ばして
やるぐらいのつもりで、サポートをする羽目になるのだった。
「聞きましたわよ。このところ、お二人が連絡を取り合っていないということ。結希さん、それはそれは気にしてらし
て、とても落ち込んでいたのですわ」
 智世の言葉にはた、と考え込むケイト。慌しくポケットをまさぐり携帯電話を取り出すと、コタコタとボタンを押し始
め、なにごとかを確かめている様子。発着信履歴を調べているんですわね ――― 智世はすぐさまピンときた。
「うあ………」
 電話の発着信に引き続いてメールの送受信も確認し終えたケイトが、世にも情けない声を上げ、また世にも情
けない顔をする。たぶん、自分が結希とどれだけ連絡を取り合っていなかったのか、自分の目で改めて見て、初
めて実感したのに違いなかった。眉根を寄せ、難しい表情を造ったケイトが、ようやく顔を上げた。
154ゆにば:2008/10/16(木) 19:50:35 ID:???
「智世さん」
 うってかわって、真剣な顔。いや、真摯といってさえいい眼差しでケイトは智世と真正面から対面する。
 普段はどことなくうつむき加減の、目立たない少年。そんな印象のある彼がときどき見せる、しっかりとしたひと
りの「男の子」の顔をした瞬間だった。 
 すくっ、と立ち上がり居住まいを正すと、
「どうもありがとう。気づかせてくれて。僕、またやっちゃったみたいだ」
 ペコリ。折り目正しいお辞儀を智世に返すのだった。
 その表情から、彼が本気で結希に申し訳ないことをしたと反省していることがありありと窺える。
 基本的には、根が真面目なケイトである。しかも、結希のことをかけがえのない女の子だと大切に思っているの
も確かである。ケイトがこんな姿を思い出したように見せ付けてくれるものだから ――― 智世は本気で彼のこと
を憎めなくなってしまうのだ。こういうところが私もまだまだ甘いですわね ――― そう思う。
「私に礼をおっしゃる暇があるなら、結希さんを追いかけてはどうですの ? いまはあなたに会えたばかりで気持
ちが高揚してらっしゃいますけど、落ち着いたとき、なにかの拍子で爆発するかもしれませんわよ」
「そうだね。うん、そうかもしれないな。結希、怒らせると怖いから」
 はにかむように、ケイトが笑う。仕事の話が終わった後でキチンと話をするよ、と言いながら。
 きびすを返して結希の後を追う彼。その背中を、智世はなにか眩しいものを見るように見送った。
 レジの脇を抜けて店舗の奥へと消えていくケイトの姿が見えなくなると、智世はもう一度深い溜息を吐く。
「結希さんのためですから仕方ありませんけど………癪ですわ、まったく」
 そして誰にも聞こえないようにつぶやくと、いそいそと本来の業務へと戻るのであった ―――
155NPCさん:2008/10/16(木) 19:51:42 ID:???
支援波ー。
156ゆにば:2008/10/16(木) 19:53:23 ID:???



「あなたにしかできない仕事です。よろしくお願いしますよ」

 霧谷雄吾の別れ際の言葉は、いつもの仕事の依頼を終えたときとまるで同じような調子であった。
 ゆにばーさるスタッフルームで結希から依頼の説明を受けるのだと思っていたケイトは、揉み手をしながら笑顔
で霧谷が待ち構えていたことにまず驚き、続いてその仕事の内容が「ゆにばーさるでウェイターとして働いてもら
えませんか」というものだったことに二度驚いた。
 UGNが、この喫茶店を隠れ蓑として本来の活動拠点としていることは知っている。
 アキハバラに表立った進出を開始したファルスハーツに対する牽制として、急遽設立された支部であることも当
然知っている。ケイトがわからないのは、じゃあなんでそれがメイド喫茶なんだ、ということぐらいで、「ゆにばーさ
る」が各地から選び抜かれた精鋭中の精鋭で構成された、各支部でも抜きん出た存在であることは間違いのな
い事実であった。
 だけど、なんで自分だ !?
 わざわざ僕にウェイターを頼むほど、人手が足りていないのだろうか。
 霧谷の言葉に唖然として口をぽかんと開けたケイトが、デスクの真横に立つ結希へと慌てて目をやると。
 ケイトへ出してくれた紅茶を載せてきた丸いトレイで、顔の下半分を隠しながら。
 上目遣いで、ちらちらとケイトの顔を窺って。
 だけど瞳は、期待と喜びとちょっぴりの不安が混じり合った色を湛えてうるうるしている。
 ちょっぴり頬が赤い。結希のこの表情は、ケイトになでなでをお願いするときとよく似ていた。
 テレパシーなど使えなくてもわかる。結希は、自分にこの依頼をぜひ受けてもらいたいと思っている。
157ゆにば:2008/10/16(木) 19:55:03 ID:???
 だけど自分に接客業なんて出来るのか。しかも、メイド喫茶のウェイターなんて。

 少し考えさせてくれないか、と言おうとしてそれを思い直す。
 脳裏に浮かぶ、ついさきほどまでの智世との会話。自分が無意識のうちに、結希に淋しい想いをさせていたこ
とを反省したばかりじゃないかと、もうひとりの自分が頭の片隅で騒ぎ立てていた。
 ゆにばーさるでウェイターとして働ければ、結希と共有できる時間は格段に増えるだろう。それこそ、いままで疎
遠になってしまった時間を埋めて余りあるほどに。罪滅ぼし、というわけじゃないけれど、この依頼を引き受けるこ
とが、ケイトはなんとなく正しいことのような気がしてきていた。
 結希の顔を見る。祈るような視線と、視線がぶつかった。
「………僕で、よければ」

 ぱあっ、と花が咲いたように笑う結希を見て ―――
 ケイトは、自分の選んだ選択肢が完全無欠の大正解だったことを確信した。

 こうして ――― 喫茶ゆにばーさるに新しい仲間が増えることとなったのだ。

 このことが、UGNアキハバラ支部を襲う騒動の発端となることを、いまはまだ誰も知らない ―――

(to be continued)
158NPCさん:2008/10/16(木) 19:55:22 ID:???
百烈支援
159NPCさん:2008/10/16(木) 20:06:03 ID:???
投下乙!

この智世さんは、普通に面倒見のいいおねーさんだw
つーか支部長いちいち可愛いな?!
ケイトを憎む智世さんの気持ちがよく判るぞ?!
160ゆにば:2008/10/16(木) 20:08:47 ID:???
ちょっと短めですが投下、でした。
上月兄弟や椿を見たいと仰ってた方たちにはスイマセン、キャラ増やせませんでした……(笑)
というか、アキバステージはそれぞれ単品で一本SS書けるくらい濃いキャラばかりなんで……(笑)
へたにキャラ増やすと、テキスト膨大になる予感が(汗)。
三回目にしてやっと体裁が整いかけてきたかも(SSとして)なので、私自身の混乱を避けるためにもキャラはあまり増えないかな?(多分、ですが)
それでは次回投下のときまで。
ではでは。
161139:2008/10/17(金) 05:30:53 ID:???
>>143さま
 うぃ。言質を取ったので好きなように弄ろうと思ったら、デザインとかは管理者でログインしないと弄れないのね…。
 残念だけど仕方がないので、ちまちまとwikiの編集方法を調べつつ、テキストに落とし込んだ作品整理に勤しみます。

>>144 こと mituya嬢さま
 編集できるのを確認しました。
 とりあえず、ある程度登録したら、ここに報告します。
 …たぶん、週末中には何とか…。

>>145 こと ゆにばの方
 ありがとうございます。まあ、ぼちぼちとやれる範囲で頑張ります。

 っていうか、手が早いなぁ…。いい意味で。
 支部長が可愛くてとても良いですね。
 個人的には支部長だけでも全然OKですよ?(ぉぃ
 次回も期待しています。
162mituya:2008/10/17(金) 07:48:30 ID:???
ゆにばの方、GJですよ〜vv 仕事の休憩時間ににまにま読みました(笑)
はにゃ、ほんとに可愛いなぁvv つかちゃん出番少なくてちょっと残念だけど、彼が出ると兄貴も出てきて場を引っ掻き回しますしね(汗)
はにゃの可愛さと、ケイトのへたれカッコいい(?)姿で十分お腹いっぱいですvv

>>139さん
わざわざありがとうございますvv
そちらもお忙しいでしょうから無理に急がないでくださいね〜。


ところで、“柊くれはほのラブ(仮)”もまだなのに、“ワイヴァーン”の番外的な話が脳内でむくむく………。
時雨、ちょっと大人しくしてて! 今、自分には君の話を書く余裕がないの!(汗)
っていうか、どっちも書きたくてもかけない〜……… まだ、右手オンリータイピング………(汗)
でも、誰かが読みたいといってくれたら、多少無理しても書くかも。っていうか、自分が書きたいんですが。

しかし、このカキコ書くのに25分もかかるとか、非効率すぎる………片手打ち………
163NPCさん:2008/10/17(金) 20:31:17 ID:???
…敢えて言おう。
書くな、それよりも手を大事にしてやってくれ。
治ったら三倍の速度で書けばいいから。
164NPCさん:2008/10/17(金) 21:04:55 ID:???
そうだな。俺も>>163に賛成だ。
無理してもしかたない。まずはしっかり養生してくれ。

そして回復してから、ゆっくり4倍の速度で書いてくれればいいから。
165NPCさん:2008/10/17(金) 22:42:39 ID:???
原稿用紙につらつら書くのはどうでしょう?
鉛筆を削ったり、万年筆の重さを確かめたりするのもいいかも。

サウスポーだと駄目か
166139:2008/10/18(土) 00:20:10 ID:???
>>162 こと mituya嬢さま
 手首とかは普段から使い続ける部分なので、地味に疲労が蓄積しているから、ちょっと休んで痛みが引いても、またすぐに痛み出すと思いますよ?
 なので、とりあえずは手を休めがてら、紙にでも構想を書いてまとめてみるとか、頭の中でプロットやらネタやらをこねくり回すとかすると良いかも。
 ネタは生物な場合もあるけど、じっくりと熟成させると味わい深い物になったりもしますし。…希に発酵させすぎて腐ったりもしますが(ぉぃ
 まずはゆっくりとご自愛ください。


 …といいつつ、まとめにて“裏切りのワイヴァーン”のうpが終わってたり。(・ω・)



 こっちもあと一息で全部登録終わりそうだけど、続きは明日にしておこうかな…。
 なんか手首痛いし。
 というわけでお休みなさい…。
167mituya:2008/10/18(土) 08:00:24 ID:???
>>166さん
ご丁寧なアドヴァイスありがとうございます〜。
ご指摘の通り、実は以前から左手首の調子は慢性的におかしかったんですよ(汗)
今回はそれがどかんと来ちゃったようなんですが………
とりあえず、お医者さんできちんとしたサポーター(っていうんですか? 手首に巻く奴)を貰って、
普通に左手を使っても痛くはなくなりました〜。
なのでちまちま(また調子に乗ってガーッと書くと悪化しそうなんで)、また作品を書いていこうと思います〜。
作品を書く上で、166さんのアドヴァイスを生かしていければと思いますvv

………って、“裏切り”うp終了!? 早っ!(汗) 早速手直ししてくるのですよ〜!

166さんもご無理はなさらず、お体にはお気をつけて〜。ゆっくりお休み下さいね〜。
168mituya:2008/10/18(土) 09:24:13 ID:???
手直し終了! もしかしたら見落としあるかもだけど、自分で気になってたとこは直した!
166さん、うpの際に大分誤字の修正もしておいてくださったんですね!ありがとうございますvv
とっても感謝なのですよ! 具体的には、166さんのリク作品一作書きたいくらい(笑)
まだまだ力量不足なので、リクされてもきちんと応えられるかは怪しいんですけどね(汗)
そんなわけで166さん、こんなへっぽこ物書きにもしもリクがあれば、どうぞいってくださいね〜!
169ゆにば:2008/10/18(土) 10:18:13 ID:???
>mituyaさま
強力な支援装備入手、とはいっても油断禁物アンドご無理はなさらずに〜。
SS書きも身体が資本ですから(笑)。
私も書いてる最中の肩こりとか目の痛みには悩まされることしばしばですが、
そういうときにはあえて休憩いれるように心がけております。
書きたい気持ちをぐっと堪えることも時には必要で、
『ああ、推敲とか考える時間を誰かがくれたんだな』とポジティヴに考えたり。
そんなわけですから、どうかご自分に負荷をかけすぎないようにお気をつけくださいね。
で、私のほうの続きの投下ですが、十一時前後を狙っております。また後ほど〜。
ではでは。
170ゆにば:2008/10/18(土) 10:58:01 ID:???
 無機質なスチールの扉の前で結希は待つ。
 胸元で組み合わせた指をわしゃわしゃと忙しなく動かしながら、落ち着かなさげな様子を隠しもしない。
 そわそわ。もじもじ。そして、またそわそわ。
 扉の向こう側にはわずかに人の気配があって、ときおり衣擦れの音が聞こえてくる。
 その音を聞いているうち、じっとしていられなくなったのであろうか。
 結希はちまちまと、扉の前を行ったり来たりし始めた。
「ケイトさぁん、もういいですかぁ ?」
 呼びかける声に、
「ちょ、もう少し、あとネクタイだけだから」
 戸惑ったようなケイトの声がそれに応じた。
 扉上部に掲げられたプレートの文字が『男子更衣室』と読める。表向きは喫茶ゆにばーさるのウェイターとして、そ
して実際はUGNのイリーガルサポーターとして霧谷雄吾に招聘された形となったケイト。世を忍ぶ仮の姿であるウェ
イターのユニフォームは当然のことながら必須装備である。スタッフルームを退室したケイトは、結希の案内で更衣
室に連れてこられ、さっそく衣装合わせを始めましょう、ということになったのである。
 がさがさ、ごそごそ、と音がして ―――
 そして、静寂。
 姿見で自分のウェイタースタイルをチェックしているのだろうか、と結希は想像する。
 スタッフの更衣室には男女ともに等身大の姿見が置かれ、就業前には必ず身嗜みを各個人でチェックすること、と
いう鈴木和美女史からのお達しがある。女性陣は言うに及ばず、それは男性スタッフも同様だ。接客業に従事する
以上、それは最低限のマナーであることは言うまでもない。
171ゆにば:2008/10/18(土) 10:59:49 ID:???
 しかし、女性スタッフはともかくとして、男性陣にそれが徹底されているかというと実は疑問があって、『やるからに
は、ウェイターであろうと執事であろうと完璧にこなして見せよう。フッ』などと、案外ノリノリな黒須左京以外の男子
メンバーは、そういう面には案外と無頓着なのである。
(ケイトさん、ちゃんとしてくれてるかなぁ)
 ケイトのウェイター姿が楽しみで仕方がない半面、ちょっぴり不安もないではない。
 なんといっても、彼のフォーマルな姿といえば学校の制服ぐらいしか見たことがない結希である。普段のケイトの
ファッションといえば、地味な色のシャツかトレーナーにジーンズ姿、寒ければその上からだぼっとしたコートをなん
となく羽織るだけ、という実にお気楽お手軽なものなのである。学校の制服はブレザーだから、ネクタイに手こずっ
ているというわけでもないであろうに、ケイトがそれから扉を開けて姿を現すまでには、実にもう五分という時間を
経過しなければならなかった。

 かちゃり。

 躊躇いがちに扉が開かれ、ケイトがようやく結希の前にウェイター姿を披露する。
 そこには ――― 黒を基調とした執事風のウェイター服に身を包んだ ―――

 訂正。

 執事風のウェイター服に “着られてしまっている” ケイトの姿があった。
172ゆにば:2008/10/18(土) 11:03:22 ID:???
 第一印象で言うならば―――なんというか、『ピシッ』としていない。黒の制服自体は折り目正しいきちんとした下
ろしたての新品なのであるが、ケイトが身につけた途端、まるで洗いざらしのTシャツのように ――― そう、彼が普
段着ている服と同じように ――― 着ていくそばから着崩れていく………そんな感じであった。
 慣れない服装とはいえ、あんまりといえばあんまりである。結希は「はにゃっ」と言ったきりケイトの姿をまじまじと
見つめ。
「ぷっ」
 ――― つい、噴き出してしまった。
「ひ、ひどいな、笑うことないじゃないか」
 ちょっと傷ついた顔をするケイトを、結希は思わず可愛い、などと思ってしまう。
「ごめんなさい、ちょっといいですか ?」
 結希の浮かべた笑顔がひどく柔らかくて、ケイトは息を飲んで彼女の顔を見つめる。嬉しそうに目を細め、ちょっと
だけ爪先立ちになった結希が、ケイトの肩に両手を置いた。さら、さらり、と。ケイトの肩の形に執事服を馴染ませて
いくように、優しく撫でていく。肩から腕、腕から袖口へと手が伸びていき、シャツの白い袖を静かにきゅきゅっ、と
引っ張ると、丁寧にケイトの身嗜みを整える。シングルのベストのボタンが外れかけているのを見て、くすりと笑いか
け、「もう、ケイトさんったら」と結希がつぶやいた。
 フロアにぺたん、と膝をついた結希が、為すがままのケイトのボタンをひとつひとつ付け直してやる。
 ズボンの裾を伸ばし、小さな皺もきちんと直し。着崩れた制服をケイトの身体のサイズに合わせ直し終えると、
「はい、もういいですよ」
 口元に指を当てて愉しそうに微笑み、結希が立ち上がった。
 最後の仕上げというように、ケイトの首へと手を伸ばし、少し右に曲がったネクタイを直しつつ、
「ケイトさん、執事サンなんですから猫背はダメですよ」
 人差し指を立てて、「めっ」と言った。
173ゆにば:2008/10/18(土) 11:06:11 ID:???
「く、癖なんだ」
 結希の仕草が可愛らしすぎて(メイド服効果も相まって、だろう)、ケイトが顔を真っ赤にして言い訳をする。
 根は真面目だが、同時にちょっと根の暗いケイトは、普段どうしても身体をかがめて地面を見ながら歩く癖がある
のだ。
「癖でもダメです。お客様 ――― ご主人様やお嬢様には失礼のないようにしなきゃ、ですよ ?」
「お、お嬢様………ああ、そうか。女の人が来たら『お、おかえりなさいませ、お嬢様』だっけ………」
 スタッフルームで霧谷から受けた教え、メイド喫茶の執事としての心得の基本を思い出し、ケイトが口ごもりながら
も復唱する。ケイトの初々しさと困惑ぶりがなんとも可笑しい。
「そうそう。その調子です」
 頷いた結希が、そのときなにかに気がついたようにケイトの顔を見遣る。
「なに ?」
「えと、ケイトさん、ちょっとしゃがんでくれますか………あ、腰を少し落とすだけでいいですから」
「 ?」
 言葉どおりに身をかがめたケイトの髪に、結希の手が触れる。
 エプロンのポケットから携帯用のヘアスプレーとブラシを取り出した結希が、
「 ――― 寝癖、ついてますよ ?」
 と、ケイトの髪を直してくれた。鼻腔をくすぐる柑橘系の香り。普段着でいたときは気がつかなくても、こういう『いか
にも』な服装をしてしまうと、ほんのちょっとの見栄えの良し悪しがひどく目立つのに違いなく、結希は随分と長い事、
ケイトの髪を整えるのに時間を割いていた。
「………やっぱり、女の子はこういうのいつも持ち歩いているものなの ?」
 なんとなく間が持たなくなって、ついつい切り出した取りとめもない会話。ブラッシングを続けながら「うーん」と首を
傾げた結希からは『人によるんじゃないでしょうか』という差し障りのない答えが返ってきた。
174NPCさん:2008/10/18(土) 11:07:59 ID:???
175ゆにば:2008/10/18(土) 11:09:21 ID:???
「ここでは私だけかも、です。椿さんとか狛江さんは、あまりこういうの好きじゃないみたいで。智世さんとか和美さん
は、もっと大人の ――― 香水とか、使ってるみたいです。綾ちゃんは、和美さんが面白がっていろいろ試させてる
んですよ。二人、同じ香りがするときありますもん」
 なにげない返答に、場を持たせるためのケイトの繋ぎの言葉 ――― これがまた秀逸で。
 言ったのがケイトでなかったら、どこの色男が言ったかと思わせるような台詞 ――― 。

「そっか。それじゃ、いまの僕は ――― 結希と同じ香りなんだね」
「―――――― は、はにゃっ !?」

 特有の “あの” 鳴き声を上げて、結希の顔がゆでだこのように真っ赤になった。
 結希の突然の赤面にいぶかしげな顔をしていたケイトが、慌てて自分の口を押さえる。

 オイオイ、ボクハイマナンテハズカシイコトヲイイマシタカ………

「ご、ごめん ! いま、変なこと言った ! わ、忘れてくれると助かる………っ !」
「い、いえ、そんな………」
 とかなんとか言いながら、結希の表情はまんざらでもないようで。上目遣いでケイトを見上げる視線は熱を帯び。
 潤んだ瞳が、なにかを期待するようにケイトの顔を映している。
「そんな………むしろ嬉しいです ――― 私とケイトさんが、同じ香り………って ――― 」

 なんてことを言うのか、この中学生。
176ゆにば:2008/10/18(土) 11:12:00 ID:???
「ゆ、結希………」
「………………はにゃ………」
 それっきり二人は黙りこくる。だけど、この沈黙は決して不快なものじゃない。
 なんていうか、いま二人は通じ合ってる。僕らは、いまきっと同じ想いでお互いを見つめている。
 ゆっくり、ひどくゆっくりと流れる時間がケイトと結希の間を通り過ぎていき ――― 二人は、背後に近寄る人影にも
気づかない。
「………おーい、そろそろいいかー ?」
 そこには。呆れ顔をした司が二人を生温かい視線で見守っていた。
「はにゃっ !?」
「ちちちちがうんだつかちゃんっ !?」
 どこかで見たような展開、どこかで聞いたようなやり取りであった。
「なんつーか………声かけるタイミングつかめないっての?………あんまり二人が帰ってこないからさぁ………」
 にやにや。にやにや。
 そんな擬音が聞こえてきそうな司の意地の悪い笑み。
 上月司 ――― かつて北の街S市において繰り広げられた、世界の命運をかけた戦いにおいて、兄・永斗と共に
ケイトたちに協力したオーヴァードであり、現在はやはり喫茶ゆにばーさるのウェイターとして働く一人である。
 霧谷の提示した好条件のアルバイトに、赤貧に耐え兼ね食いついた ――― とのことであるが、当の本人は黙し
て多くを語ることは決してない。
「さて、さっそくで悪いけどさ。もう三時回ってるから店のほう顔出してくれよ ? 学校帰りの学生もそろそろ増えて
くっからさ」
 五時過ぎりゃサラリーマンやらOLも押し寄せてくるだろうしな、とぼやく司。
 なかなか帰ってこない二人を案じてというよりは、大量の客を捌ききれなくなって自分が大変な思いをしたくない
から、わざわざケイトたちを迎えに来たといったところであろうか。
177ゆにば:2008/10/18(土) 11:15:29 ID:???
「はにゃっ !? ご、ごめんなさい司さんっ、えと、あの、それじゃ私お先に言ってますからっ」
 こっぱずかしいケイトとのだだ甘な会話を盗み聞きされ、軽いパニックに陥った結希がぱたぱたと店のほうへ走っ
て逃げる。どたん、がしゃん、ぱりーん、はにゃー、と立て続けに聞こえてきた騒音を、ケイトも司も聞かなかったこと
にした。おいおい、大丈夫かよ支部長………司が誰に言うわけでもなくそう言って、ケイトのほうをくるりと向き直っ
た。にかっ、と今度はその吊り上がり気味の猫のような目を愛嬌のある笑いの形に変えて、
「また、一緒だな、ケイト」
 どことなく弾んだ声でそう言った。熾烈な戦いを共に駆け抜けた旧知の友だ。時間が経ち、また再び同じ場所で
働くことになったことが、やはり少しは嬉しいようだった。
「うん、よろしく。つかちゃん」
 自然と右手が上がり、司に握手を求めるケイト。その手を握る司の掌から、なにか固いものの感触が伝わる。
 二人の手と手が離れ、ケイトは司と握手したときに感じた違和感の正体を知った。 

 「けいと」 ――― そう書かれた真新しい丸いネームプレートが、ケイトの手に握られていた。

 こちらこそよろしくな、ケイト ――― 司が言う。
 喫茶ゆにばーさる見習い執事・檜山ケイト誕生の瞬間であった。



 アキハバラ、午後六時。
 雑多な人並みの中に。街の灯りで駆逐しきれぬ闇の中に ――― その男はいた。
178ゆにば:2008/10/18(土) 11:17:03 ID:???
 近くのコンビニで買い込んだペットボトルの紅茶と菓子パンをぱくつきながら、行きかう人々の交わすざわめきに
耳を澄ます。男には時間がない。時間があっても、それで足りるということがない。職務に没頭し、邁進するものは、
だから極力時間の無駄を減らそうとする。
 食事を摂るならレストランなど使わない。ファーストフードですらも、時間の無駄だからだ。
 コンビニで買うにしても、弁当惣菜の類いには目もくれない。レンジでチン、の時間が無駄だからだ。
 だから、パンやおにぎり。調理要らずの買ってすぐ食べられる食材を、栄養補給源として好むのだ。
 午後六時という少し早めの夕食も、だから戸外で食べる。食事と同時に街中での情報収集 ――― マーケティン
グリサーチやその他諸々の噂話を、肌で感じる。古代の為政者は、市井のものへと身をやつして雑踏の中に立ち、
流れる言葉や噂を聞いたというが、男の行動原理もそれに近かった。街を飛び交う煩雑な生の噂。これが存外、馬
鹿にできないものなのだ。
 一個目のアンドーナツを紅茶で流し込む。ふと、なにかに気がついたように男は呟いた。
「そういえば………最後にまともな食事をしたのはいつだったか……… ?」
 すぐさま、自分の漏らした発言の馬鹿馬鹿しさに、苦笑しながら男は首を振る。
 そんなことを考えることは無意味だ。
 自分が与えられた職務、これを遂行することがまず第一。たとえいま、満足のいかない境遇であろうと、不満のあ
る仕事であろうと、それをこなさなければいけない。いや、それすらこなせないものに、自分が望む大きな仕事など
そもそもできるはずがないのである。最近は、そう自分に言い聞かすようにしている。
 気を取り直す。
 気を取り直して、二つ目のアンドーナツをつまみ上げる。
 耳をそばだてながら。一言も、街の噂を聞き漏らすまいと注意を払いながら。
 そんなとき。男の耳に聞き捨てならない単語が聞こえてきた。
179NPCさん:2008/10/18(土) 11:18:49 ID:???
180ゆにば:2008/10/18(土) 11:21:05 ID:???
「今日見た “ゆにば” の新人クン、よかったよね〜」
「うんうん、ちょっとキョドってるのが初々しいっていうか可愛いっていうか〜」

 男のセンサーは、確かに『ゆにば』という単語を耳に捉えた。
 このアキハバラでゆにばといえば、喫茶ゆにばーさる ――― メイド喫茶という仮の姿に隠れてはいたが、れっき
としたUGNの支部である。それも、各支部選りすぐりの精鋭たちが集まる、目下、もっとも精強な支部と目される要
注意スポットだ。そこに、新人が配属されたということは ―――
「ここへきての戦力増強、だと……… ?」
 シリアスに呟き、男は近くのゴミ箱に夕食のパンの包みを放り投げる。
 銀縁眼鏡の奥の神経質そうな目がギラリと光った。
 こうしてはいられない、とばかりにきびすを返すと、目に痛いくらい鮮やかなオレンジ色のハッピが風にひるがえる。
 おでこには、鉢巻。くっきりと黒字で、『売上倍増活動強化中』と文字が書かれているそれも、ド派手な蛍光オレン
ジである。そして ―――
 身体をわなわなと震わせ、男は叫んだ。

「おのれーーーーっ ! どいつもこいつも私の邪魔ばかりしおってーーーーっ !」
 シリアスな雰囲気が途端に台無しになった。
 ファルスハーツのエリートエージェント改め、ファイナルハーツ家電販売員、春日恭二。

 ――― 表舞台に、またひとり騒がしい役者が躍り出た瞬間であった。

(to be continued)
181ゆにば:2008/10/18(土) 11:24:16 ID:???
新キャラ増やさないとか、どの口が言いましたかー。
椿も永斗も出さずになんで春日恭二っていうかDXなら出さなきゃ春日恭二(笑)。
というわけでございまして、ひとまず投下終了。
次回まで〜。ではでは〜。

182mituya:2008/10/18(土) 12:17:35 ID:???
来た春日恭二──────ッ!(<絶叫)
大好きですよあの負け越し大王ッ!! うわーうわーもうだめだーvv
っていうか、ケイト何口走りますかへたれ君。はにゃ何を言いますか中学生vv
そして何よりつかちゃんがつかちゃんがーッ!(ばしばし!<机を叩く音)

………ふぅ………すいません、興奮で訳わかんない感想になってます(汗)
自分的にストラーイク!だったもんでvv
183mituya:2008/10/18(土) 12:48:39 ID:???
って、興奮のあまり、レス返し忘れてしまいましたよ………(汗)
>>ゆにばの方
お気遣いありがとうございます。身体が資本………本当にそうですね、まともにキーボード打てない日々で思い知りました。
とりあえず、無理をしない範囲でちまちま書きますよ〜。


まずは、“柊くれはほのラブ(仮)”か“裏切り時雨番外(仮)”かなぁ………
でも、ちびはの話も書きたいんだよなぁ……… フレイスのガーネットの話も書いてみたいし………
あー、アリアンでシリアス大首領のネタも……… あとダブクロの鴉の話とか………
………え? む、無理しませんよ? ええホント。………無理じゃない、無理じゃないんだッ!(<この量は無茶だ)

………ちょっとずつ、形にしていこうと思います……… まずは………時雨かな?
184166:2008/10/18(土) 16:23:44 ID:???
 うっしゃ〜。まとめの登録作業が一段落つきました。
 これで一応、現時点で投下されている分までは全部登録されているはずです。
 …なにか抜けがあったらこっそりと教えてください。

 wikiの記述方法とか手探りでやってたんで、あとは最初の方に登録したヤツをちょこっと修正するくらいかな〜。

>>168 こと mituya嬢さま
 …うん? あんまり誤字を直した記憶はないんですが…。投下中に指摘されてたとことかは直した記憶がありますけど。
 あとは読み易い(と思われる)ようにレイアウト整えたりとか、(ふりがな)をルビにしたくらい…しかしてないはず。

 とりあず、夜にでも“裏切り”読み返しますね。
 手元に登録時のテキストがあるので、どこが変わったのか一目瞭然なのだ!w

 リクですか…。
 そうだなぁ……。んじゃ、短編でも良いので、柊×アンゼロットでも。
 いや、“裏切り”読んだからリプレイ読み返したんですが、「合わせ鏡〜」の最後でほのかにいい雰囲気だったのを見て、
「そういやあんまりアンゼロットがヒロインっぽいのって見ないなぁ…」とか思ったので。ベル様ものはたまに見るのに。
 というわけで、無理も無茶もしない範囲で、可能であればお願いします、ってことで…。
185mituya:2008/10/18(土) 16:52:11 ID:???
ひ、柊×アンゼ………ですか(汗)

今、柊×くれはを書こうと模索してて、改めて気づいたんですが………
柊って、カップリングもの、書きやすそうで書きにくいんですね………フラグ立てまくるくせに踏み砕いてくもんだから(汗)

なんで、寧ろアンゼ→柊の雰囲気になっちゃいそうな………気がするんですが………
それでもよろしければ、頑張ってみようかと思います。
186166:2008/10/18(土) 19:48:40 ID:???
>>185 こと mituya嬢さま
 まあ、我ながら無茶な要求だとは思いますw
 昔はアンゼヒロイン物もちらほら見かけたのですが、守護者の立場とか色々制約が厳しいですからね…。
 柊は所詮柊なので、その辺りもあって相手が誰だろうと、ヒロイン→柊という一方通行になりかねないという…(笑)

 まあ試しに言ってみただけですので、あまりお気になさらずに、まずは養生してください。
187NPCさん:2008/10/18(土) 21:31:24 ID:???
>>186
はいはーい、それみっちゃんさんでなくてもチャレンジ可ー?
ちょいとやってみたいシチュがあるのですよおいらは。
期待に添えるかはわからんが、おいらの話いくつも載せていただいたのだ、短くともお礼の一つくらいさせていただきたい。

……管理人氏にもお礼したいなぁ、と言ってみるテスト
188mituya:2008/10/18(土) 21:50:33 ID:???
>>186さん
ぜぇ、ぜぇ………っ! か、書きましたよっ!
やっぱりアンゼ→柊なっちゃったけど、ヒロインアンゼは達成した………と思いたい(汗)
アンゼの美少女っぷりを表現しようと思って、描写書き込んでたら、何かくどくなったかも………
すいません、話自体は短いです………
189あなたと見上げる蒼い月:2008/10/18(土) 21:56:09 ID:???
「───と、いうわけで、私の質問に“はい”か“Yes”でお答え下さい♪」
「………あのなぁ………」
 心底楽しげで軽やかな声に、どこかげっそりとした声が答える。
 眼下に青い星を臨むように、どことも知れぬ虚空に浮かぶ宮殿───その一室に、一組の男女の姿があった。
 一人は、まるで穢れなき月光をそのまま人の姿に転じたような、幼くも麗しい少女。鏡のような銀の髪に、幼い面に不似合いなほどの深い思慮を湛えた瞳。
 綻びかけた蕾を思わせるあどけない可憐さの中に、どこか成熟した色香すらも漂わせる微笑を浮かべ、目の前の相手を見つめている。
 いま一人は、青年へと移り変わる年頃の少年。上背のある体躯に、それに見合った肩幅。制服らしいブレザーの上下を纏った細身の体躯は華奢なのではなく、余計なものを削ぎ落とした刃物のような鋭さがある。
 やや眦のきついその眼差しを半眼に細めたその表情は、疲れたようなうんざりしたような、少なくとも、とてもではないが機嫌がよいとも調子がよいともいえない表情だった。
 少年は、目の前の麗しい少女の容姿に見とれるでも感嘆するでもなく、寧ろ忌々しいものを見るかのような色すら浮かべ、睨みつけるように言う。
「もう聞き飽きたんだよその台詞はよ!? 俺を学校に行かせろこらッ!?」
 事情を知らぬものが傍からみれば、柄の悪い少年が可憐な少女を恫喝しているようにしか見えない光景。しかし、少年の言葉をよくよく聞けば、恫喝の内容がやや間抜けである。しかも、後生大事とばかりに学生鞄を抱きしめているので、余計である。
「あらあら、柊さんこそ毎度毎度そればかり。それこそ聞き飽きましたわよ?」
 何より、怒鳴りつけられている少女が余裕綽々の様子でこう返せば、この場のパワーバランスが見目から来る印象とは逆であることが容易に窺い知れるだろう。
190あなたと見上げる蒼い月:2008/10/18(土) 21:57:21 ID:???
 柊と呼ばれた少年は、その鋭い眦にうっすらと涙すら浮かべて叫んだ。
「学生は学校行くのが務めなんだよ! 飽きるも飽きないもないだろうが!?」
「あら、それならウィザードは世界を守るのが務めですわ」
 まさに、ああ言えばこう言う。
 少女は聞き分けのない子供を諭すような口調で言い含める。
「それなのに、嘆かわしい。柊さんはそんなに世界を守りたくないのですか?」
「世界を守りたくないんじゃなくて、俺は学校に行きたいんだっての!
つか、他にもウィザードはいるだろうが!?」
 もう完全に涙声で、少年は叫んだ。
 ───ウィザード、エミュレイター。
 ごく普通に世界に生きる人々には縁のない、世界の真実を知る者たちだけがその意味を知りえる単語。
 ───世界は、常に狙われている。
 裏界───文字通り、世界の裏側から紅い月と共に現れ、この世界を侵さんとする魔性、侵魔(エミュレイター)達に。
 そして、人々に忘れられた超常の力を用い、人知れずその侵略を食い止めんとする者達が、世界の真実を知る者達からこう呼ばれるのだ───夜闇の魔法使い(ナイトウィザード)、と。
 この宮殿は亜空間に浮かぶ、ウィザード達を束ねる“世界の守護者”の宮殿。その主たる亜神の少女の名を取って、アンゼロット宮殿と称される。
 その銀の髪の麗しい亜神は、目の前で今にも本泣きしそうな少年を悪戯っぽく見遣った。
「だって、柊さんを送り込むのが一番早いですし。出席日数気にして、超高速で仕事片付けてくださるじゃないですか」
「そんな理由かぁぁぁあああッ!?」
 言われた側はもはや悲鳴のように絶叫する。
 彼の名を柊蓮司。見目年下の少女───実年齢は言わぬが花───に、いいように遊ばれている様からは想像しにくいが、幾度も世界の危機を救ってきた世界有数の戦士───英雄、と呼ばれてもおかしくない戦歴の持ち主だった。
 つい先日も、紅と碧の双月を用いて世界を掌握せんとした魔性、現在裏界で最も力あるといわれる“金色の魔王”を、仲間と共に退けたばかりなのである。
 しかし、彼はその華々しい戦果の代償として、ごく普通の学校生活を多大に犠牲にしてきたのだ。───具体的には、高校の卒業が危ぶまれるくらいの勢いで。
191あなたと見上げる蒼い月:2008/10/18(土) 21:58:18 ID:???
「まったくもう、わがままですわね」
「どっちがだよ!? つか、他のウィザードは学校に手回しして課外授業扱いとかにしてんのに、何で俺だけ普通に欠席なんだよっ!?」
 溜息まじりのアンゼロットに、柊は結構本気で泣き入っている。
 それも無理はない。柊自身の計算では、今日の午後に入ってる教化は、単位的にもう休むことが出来ないのだ。この単位を落とすと、卒業そのものが危うい。
 いつにも増して意固地に拒否する柊に、アンゼロットは一つ嘆息して、
「仕方ありませんわねぇ………では、今回だけ特別に、柊さんに“No”の選択肢をあげる余地を与えてあげましょうか」
「───本当かッ!?」
 途端、ぱっと顔を輝かせる柊。しかし、次の瞬間顔をしかめて、
「………とかいって、別の無理難題押し付けるつもりじゃあ………?」
「失礼ですわね、私を何だとお思いなんです?」
 日ごろの行い思い返せ───さも心外というアンゼロットに、そう突っ込みそうになったのを、柊は何とか踏みとどまる。ここで機嫌を損ねて機会を不意にするのはあまりに馬鹿馬鹿しい。
「柊さんには、私の出した問題に答えていただきます。正解でしたら、柊さんに“No”の選択肢を差し上げましょう。ただし、回答権は一回こっきり。間違えたら即任務に向かっていただきますわ」
 アンゼロットの言葉に、柊は大きく深呼吸して、
「───よし来いっ!」
「………相撲の稽古じゃないんですから。───でもまあ、行きますわよ」
 妙な張りきり方をする柊に、アンゼロットは一つ嘆息してから───出題した。
192あなたと見上げる蒼い月:2008/10/18(土) 21:59:45 ID:???

「───今夜は、月がとても蒼いですね」

「………は?」
 目を瞬く柊に、アンゼロットは笑って促した。
「この言葉の意味を、答えてくださいな」
 柊は露骨に狼狽した様子で、待った、と手を掲げる。
「ちょ、ちょっと待て。これ、なぞなぞかっ? ───ノーヒントじゃ無理だろおい!?」
「………そうですわね、このままでは確かに難しすぎるかもしれませんね」
 軽く首を傾げると、アンゼロットは指を一つ立て、
「では、一つだけヒントを。一回しか言いませんから、よーく聞いててくださいね」
「お、おうっ」
 柊が頷くのを待って、アンゼロットは口を開く。

「私にとって、柊さんと見る月が蒼いのですわ」

 そう、告げた瞬間、柊は眉をしかめて固まった。
「………それが、ヒント?」
「はい」
 沈黙の後に搾り出すように問い───あっさり頷くアンゼロットにまた硬直した。
 ついで、ぶつぶつと呟き始める。
「蒼い月………紅い月、はエミュレイターが出てくる徴(しるし)だよな………
 その逆の蒼だから………でも、俺がアンゼロットんとこにいるときって、たいてい世界の危機だしな………
 ああ、でも、本当に危機のときはもう現場に送られてるからな………うーん、これか?」
 一応の結論が出たらしく、柊はおずおずとアンゼロットに向かって口を開く。
「───今日は、世界が平和だ………とか?」
 その答えに、アンゼロットは満面の笑みで返す。
「はい外れ。行ってらっしゃい♪」
 言うなり、どこからともなく取り出したボタンとぽちっと押した。
 瞬間、柊の立っていた場所の床が消え、
「───おい待てアンゼロットせめて答え合わせしてからぁぁぁぁ………───ッ!?」
 絶叫の余韻と、落下した反動で手から床に放り出してしまったらしい鞄を残し、柊は眼下の青い星へと落下していった。
193あなたと見上げる蒼い月:2008/10/18(土) 22:01:11 ID:???
 放り出された衝撃で開いてしまった鞄、そこから床に散らばった何冊もの教科書。
 白く華奢な手が伸びて、そのうちの一冊を取り上げた。
 使われた形跡の殆どないそれのページを、一枚一枚、丁寧に手繰りながら、銀の女神はこの本の持ち主に思いを馳せる。

 ───最初は、ただ“神殺し”の力は戦力として貴重、それだけだったのに。

 因果律を破る力を宿した、柊蓮司の相棒たる魔剣。その力が貴重なものだから、気にかけていた、その程度だったのに。
 どんな絶望的な現実に直面しても退かず、どんな犠牲も許容せずただ守るために走る、その様に───いつしか、惹かれてた。

 ───私は、どんな犠牲を払っても、世界を守らなくてはならない存在(もの)だから。

 どんな汚い手段を用いても、誰に恨まれようと、世界を守ることが第一で。
 だから───

 ───あの、眩しいまでに真っ直ぐな生き方に憧れた。

 その己の感情に気づいた当初、アンゼロットは狼狽した。

 ───私は、また同じ過ちを犯そうとしているの?───
194あなたと見上げる蒼い月:2008/10/18(土) 22:03:56 ID:???
 アンゼロットが守護者として任されたのは、この世界で二つ目だ。
 彼女は、前の世界である神に恋をした───彼女はその恋に溺れ、結果、その世界は滅びの危機に見舞われた。
 彼女自身が一度、その生を賭したことで、辛うじてその世界は滅びずに済んだ。しかし、それでアンゼロットの過ちが消えるわけではない。
 けれど───

 ───あの男(ひと)相手に、その心配は要りませんものね。

 そう、気づいた。
 朴念仁で、女心に疎くて───でも、肝心なところは妙に鋭い、あの男は、

 ───私が、私の為すべきことを疎かにしたら、黙っていませんもの。

 真っ直ぐなあの少年は、きっと自分がやるべきことを放り出すようなまねをしたと知ったら、きっと、許さない。
 叱咤して───最悪、頬を張るぐらいのことをしてでも、自分のやるべきことへと向き直らせようとする。

 ───だから、大丈夫。

 彼は、この想いに自分を溺れさせてくれるほど、甘くないから───

 ───私は、安心して彼を想っていられる。
195あなたと見上げる蒼い月:2008/10/18(土) 22:05:30 ID:???
 そう、思って、ページを手繰る指を止める。そこに書かれた文章に、微笑した。
 それはある文豪の作品本文の隅に、小さく囲われたコラムのページで、そこには、アンゼロットが柊に出題した一文が書かれていた。

 ───今日は、月がとても蒼ひですね───

 それはその文豪が、ある英文を直訳した学生を窘め、その学生に手本を求められて答えた意訳。
 その、英文は───

 ───I love you.

「───できるだけ長く、蒼い月を眺めていたいものです」

 ───だから、長生きしてくださいよ?

 その時の少女の顔は───
 見る者がいないのが惜しまれるほどに、可憐に、艶やかに、笑っていた。


Fin.
196NPCさん:2008/10/18(土) 22:07:22 ID:???
しえん
197mituya:2008/10/18(土) 22:14:05 ID:???
………ってな感じでアンゼ→柊?です
時間軸はあわせみこ直後くらい。って、こういうのは普通投下前に書きますね、すみません(汗)

“I love you”を「今日は月が蒼ひですね」と訳したのが、誰の訳だったか、思い出せない………
何か、有名な文豪だったはずなんですけど………誰だっけ〜(汗)

えと、186さん、とりあえず、こんなのでご満足いただけますでしょうか………?
187さんの作品も是非読みたいので、書いて欲しいなぁ………vv
198NPCさん:2008/10/18(土) 22:35:01 ID:???
>ゆにばの人
ケイトのナチュラルな誑し台詞、見事にかわたなキャラを再現してますよ。GJです。
そんでもって最後まで気づけなかったよ春日恭二。でもDXにこの男はつきものですよね。モノローグとのギャップのひどさに吹きました。重ねてGJです。

>mituyaさん
おわ−、意欲的ですね。それだけ書きたい物があるとどれから書くか悩みそうですね。
どれかを本格的に書く前にそれぞれの一番書きたい場面などを書き出しておくと後から書く時にいいかも知れませんね。
多分ですがその方がこれを書きたいッていうなんと言うかリビドーの様な物を保存?できる気がするんですよね。
199mituya:2008/10/18(土) 22:45:01 ID:???
って、なんでもう今上げた話がまとめの方に!? 早っ!(汗)
186さん!? やったの186さんなんですかー!?
誰にしろ、やった人、すごすぎ………(汗)
200198:2008/10/18(土) 22:57:50 ID:???
って、うわーなんて間抜け。198のコメントは188まで読んだところのコメントです。まさかこのタイミングで投下されるとは。
そういや今日は土曜日。mituyaさんの活動日だった。ってなわけで感想です。
なんていうか素晴らしく乙女チックなアンゼロットですね。まるでアンゼじゃないみたいだ。(酷
柊はフラグクラッシャーですが、このアンゼも隙が無いですね。
と、いうか好きな男にここまで容赦なくできるもんなのか?と、いう疑問にも設定を踏まえてきちんと解答が示されてSSとしても隙が無い。うまい。僅か二作目にしてここまでとは、mituyaさん、あなたはただ者ではありませんね?
201186:2008/10/18(土) 23:10:17 ID:???
>>187さま
 おお…っ! それはなんかとても嬉しい申し出っ!
 といっても、アンゼも立場的に色々ありますし、柊は所詮柊なので、かなり難度の高いお題だとは思うのですが…。
 そこら辺をどう料理してくれるのか、非常に楽しみです…♪
 というわけで、ご無理でなければ是非ともお願いします。

>>188 こと mituya嬢さま
 はやっ!? て、手首とかは大丈夫なんですかっ!?
 いやぁ、あんな難解そうなお題にこうも迅速に対応されるとは…。
 しかもアンゼロットが非常に綺麗に書かれていて、物語的にもしっとりした感じでとても良いですね…!

>「だって、柊さんを送り込むのが一番早いですし。出席日数気にして、超高速で仕事片付けてくださるじゃないですか」
>「そんな理由かぁぁぁあああッ!?」
 あまりの「らしさ」に吹いたw
 うん、やっぱアンゼは希に妙に俗っぽい台詞を吐かないと…。

 何はともあれ、GJ&ありがとうございましたっ!!

>って、なんでもう今上げた話がまとめの方に!? 早っ!(汗)
 あれ…、バレてる? おかしいなぁ、こっそり(?)とやったはずなのに…(笑)
202201:2008/10/18(土) 23:12:28 ID:???
>>199 こと mituya嬢さま
 嬉しかったので、速攻で登録したのですw
203187:2008/10/18(土) 23:15:35 ID:???
うむー、そんじゃ許可も出たことだしやりますか。


……アニメ版と小説版、どっちがいい?
204186:2008/10/18(土) 23:30:21 ID:???
>>203さま
 わーい♪ …って、

>……アニメ版と小説版、どっちがいい?
 難しいですねぇ…。うーん。
 アニメ版と小説版でどう違うんだろうというか、正味な話し両方見てみたいというか…。
 ん〜…………………………………………………………じゃあ、小説版でお願いします。
205NPCさん:2008/10/19(日) 00:04:45 ID:???
ところですみませんが、ここって単発の作品とかって投下してもいいんですかね?
NWでかなりマイナーな趣向なのですが。
206NPCさん:2008/10/19(日) 00:10:36 ID:???
>>205
前スレで相談してた人かな?
別になんの問題もないぜい?>単発
207NPCさん:2008/10/19(日) 00:11:23 ID:???
>>1にあるローカルルールをある程度守ればいい
マイナー?そもそもこのジャンルが(ry
208NPCさん:2008/10/19(日) 00:11:39 ID:???
>>206
いや、前スレとは別人なのですが、アニメで出てきた安藤来栖とかがめっさ濃厚な剣戟SSってどうなのだろう?
と、少し心配になりましてw
209NPCさん:2008/10/19(日) 00:11:45 ID:???
mituyaさんGJ!
相変わらず素敵な文章をお書きになりますね。

“I love you”を「つきが〜」と訳せと言ったのは
私の記憶が確かならば夏目漱石だったと思います
210NPCさん:2008/10/19(日) 00:17:32 ID:???
>>208
……剣戟モノの書き手っつったら一人しか思いつかんのだが(苦笑)。
もしあんさんがあの人なら前にぽろっと言ってた不凍湖の騎士VS下がる男もみたいなーと言ってみるー
211NPCさん:2008/10/19(日) 00:24:15 ID:???
>>210
……何のことですかな?
でも、個人的には書きたい組み合わせベスト1です。
ラース=フェリアで剣聖クリシュ=ハーゲンとか凄い書きたいなぁ。
きっと不凍湖の騎士よりも強いんだ、技量だけなら。
212NPCさん:2008/10/19(日) 05:41:04 ID:???
“ブルー・アース”vs嵯峨童子とか?
213mituya:2008/10/19(日) 08:11:30 ID:???
おはようございます〜。昨日はあの後すぐに寝てしまった早寝の子です(汗)
っていうわけでありがたいお言葉へのレス返しです〜。

>>200さん
過分なお褒めの言葉、ありがとうございます、恐縮です(汗)
いや、そんな深く考えて書いてないです。このキャラの立場なら、こんな感じ? ぐらいにしか考えてません(<ぉ)
お言葉の通り、自分、基本ここでの活動は土曜日になるかと〜(笑)

>>201&202さん
お気に召していただけてよかったですよ〜。突貫工事だったんで(笑) 手首は平気ですよvv
あの後、意外にすぐネタが脳内に振ってきたので、「ネタが腐らんうちに………!」と即書き。
アンゼはやっぱりあーゆー台詞吐いて何ぼですよねっ! 共鳴していただけてよかったvv
即まとめサイトに上げてくれるほど気に入っていただけたなんて………嬉しいっ(感涙)

>>205&208さん
新しい書き手さんですか? ようこそですっ! ってあれ? 何かベテランさんの雰囲気?(汗)
おお〜、剣戟っ! 自分には絶対書けないジャンルだ(汗) 安藤さんも好きなキャラなので(<オヤジ好き)楽しみにしてますっ!

>>209さん
そうか夏目漱石だ! ありがとうございます、もやもやがすっきりしましたvv お褒め戴いて恐縮ですよ〜(汗)

さて、何かこれからいろんな作品が来そうでわくわくですvv 嬉しいなぁvv
214211:2008/10/19(日) 11:23:10 ID:???
……40KBを越える内容になったので、夜にでも投下開始しますね。
なげえ、長いよ 俺
ORZ
215ゆにば:2008/10/19(日) 14:03:14 ID:???
遅ればせながら。mituyaさんのアンゼ様がすごくいいんですけどー!?
神々しい美少女で、可憐で、でもしたたかで、それでいて過去の経験から
少しひねた愛情表現をしてしまうなんてもうどうすればいいんですかこの
世界の守護者様。別板でアンゼ書いた経験ありますけど、どうしてもこの
コケティッシュな部分とか、小悪魔(可愛い意味で)的な部分が出せなくて
kgrロットにしかならなかったというのは私とあなただけの秘密です(笑)。
お身体に触らぬ程度に次回作期待してます。うひひ。
>214さま。
アニメでも小説でもいい味出してましたもんね、安藤さん。
バトルものというか剣戟ものは、苦手ジャンルなんでそういうの前面に
押し出せる人は真面目に尊敬。頑張って頂きたく、夜を待ちましょう。

で、続けてしまってアレなんですが、ちょい短めの投下でーす。
216ゆにば:2008/10/19(日) 14:04:29 ID:???
 事の発端は、頚城智世のうっかり発言であったかもしれない。
 それを受けた鈴木和美が思いついた提案を、霧谷雄吾があっさりと承諾してしまったことにも問題があったのかも
しれない。
 あまりにも唐突な依頼内容は、メイド喫茶ゆにばーさるでウェイターとして働いてもらいたい、という突拍子もないも
ので、結希の導きで霧谷と事務所で引き合わされるまでは、まさか自分がそういうところでアルバイトをすることにな
ろうとは、思ってもみなかったケイトなのである。
 しかし、そういう羽目に陥ってしまった一番の原因が、実は自分にあることも十分承知しているケイトは、ことさらそ
のことについて文句をいうつもりは毛頭ない。それどころか、海よりも深い反省の気持ちで一杯なのである。
 一ヶ月もの間、出会う機会を作るどころか結希と電話ですら話をしていなかった。メールのやり取りですら忘れて
いた。しかしそれ以上にケイトが反省したのは、「一ヶ月も経ってたっけ ?」と思ってしまった自分自身の呑気さと、
それを智世に指摘されるまでなんとも感じていなかった自分の鈍さ、結希への気配りの足らなさであった。
 聞けば、ケイトと会う機会が持てなかった結希の落ち込みぶりは物凄かったらしく。
 『檜山ケイト分不足によるうっかりどじっ娘促進病』との診断を下されるにいたって、この度の要請と相成ったわけ
である。
 午後三時から、ちょっと遅れての仕事始め。執事のユニフォームに身を包み、店舗前の清掃から始まって、気心の
知れた上月司の簡単なレクチャーを受けたケイトは、
「ま、試しにやってみ」
 という、実に気楽な発言に後押しされて、ぎこちなくではあるが数人の来客対応までこなしてみせた。
 入り口の扉が開き、小さなチャペルが軽快な音を鳴らす。
 数人の女性客が、わいわいと談笑しながら店内へと入ってきた。司を初めとして、メイドやウェイター一同が声を揃
え、「お帰りなさいませ、お嬢様」と唱和する。なんとかみんなとテンポをずらさないように、ケイトもなんとか執事の
決まり文句を言うことができた。
217ゆにば:2008/10/19(日) 14:05:31 ID:???
「ほれ、オーダー取ってこいよ」
「ええっ !? つかちゃん、いきなりは無理だってっ !?」
 どすん、と背中を小突かれたケイトが、司に小声で叫ぶ。
「なーに、目ぇ泳いでんだよ。へーきへーき。お前、結構本番に強いタイプだし、それにこれは俺のカンだけど………
ま、上手くいくはずだから」
「む、無責任なこと………」
 抗議しかけるケイトをぴたりと指差し、司がドスの聞いた声を出した。
「いまさらビビんなって。ほら、待たせるんじゃねーぞ ?」
 ばんばん、と背中を叩かれた。
 ケイトが教えてもらったのは簡単な定番の決まり文句に接客時の言葉遣いや対応の仕方、それも基本中の基本
としか呼べないようなことを二、三分で叩き込まれただけなのである。「うう………ひどいやつかちゃん………」と情
けない捨て台詞を残し、ケイトがよろめくように今しがた来店した女性たちのいるテーブルへとまろびでた。
 丸テーブルに腰掛けた妙齢の女性たち。みな、二十代半ばであろうか。おそらく、仕事を終えたOLのお姉さまたち
だろう。ケイトの近づく気配に、彼女たちが揃って顔を上げる。
 どういうわけか、ケイトの顔を見るなり、
「あらっ」
 と目を丸くし、喜色を浮かべてニコニコし始める。
「……… ? お、お待たせいたしまた、お嬢様方。ご、ご注文を承りますっ」
 緊張で固くなりながら、なんとかかんとか最初の台詞は間違えずに言うことができた ――― 多分。
 いまかいまかとオーダーを待つケイトが、固唾を呑んで立ち尽くす。二秒。三秒。なぜか、お姉さまたちはなにも言
わずに、愉しそうにケイトを見つめ続けていた。
218ゆにば:2008/10/19(日) 14:08:44 ID:???
「あ、あの………」
 なにか自分はおかしなことを言ったのか。言葉遣いを間違えたり、もしかしたら失礼なことをしてしまったのか、と
背筋を冷たい汗が伝う。就業初日から、なにかとんでもない粗相をしでかしてしまったのだろうか、と息を飲むケイト
に、OLの一人が唐突に声をかけた。
「私、ケーキセットのA。ダージリンのホット、チョコケーキで ――― ねえ、キミ、新しい執事さん ?」
「えうっ、あ、は、はいっ !?」
 マニュアルにないっ !? こういう質問をされたときの対応は、つかちゃんに教わってないっ !?
「じゃあ、私も。あ、アイスコーヒーとショートがいいな。ふーん、『けいと』クンっていうんだー」
「は、はいっ、あの………」
「ダイエット中だし、私ケーキはパス。あ、これいい。玉露と和菓子のセットなんてあるんだー。私、これにするわね。
ね、『けいと』クン、これならカロリー低いよねー ?」
「え、た、たぶん、そうじゃないかな、と………」
「それじゃ私は気にしないで食べちゃおー。チョコレートパフェ、カプチーノ、それと持ち帰りでクッキーセット包んでも
らっちゃおー」
「えーっ !? そんなに食べちゃうー ?」
「あははは、後で後悔するわよ、絶対」
 賑やかで華やかな喧騒に圧倒されて、ケイトが口をぱくぱくさせた。頭の中が真っ白になる。
 ジャームやファルスハーツとの戦いでだって、ここまで自分を見失ったことはない。立ち尽くしたケイトに振り向い
たお姉さまの一人が、「じゃ、そういうことでよろしくね」とウィンクを投げてくる。まずい。非常にまずい。ケイトは自分
が絶体絶命のピンチに、いま追い込まれてしまっていることに気づいて、乾ききった唇を舐めた。
219NPCさん:2008/10/19(日) 14:11:50 ID:???
はにゃ支援
220ゆにば:2008/10/19(日) 14:13:09 ID:???
「お、お嬢様方。た、大変申し訳ありません。実は」
「んー ? なに、切れてるメニューでもあったりするー ?」
「そ、そういうことではなくてですね、あの………」
 思わず口ごもるケイトである。しかし、言わなければならない。恥を覚悟で、お客様に怒られる覚悟でこれだけは
言っておかなければならない !

「も、もう一度、オーダーを仰っていただいてもよろしいですか………」

 沈黙が、店内に落ちた。
 だってしょうがないじゃないか。あんなオーダーのされ方するなんて思ってもみなかったんだから。なにを注文され
たかなんて、言われた端から忘れていったさ、ああそうさっ !(泣)

 ああ、最初から失敗しちゃったな ――― 落ち込みかけるケイトを救ったのは、しかし意外にもオーダーを忘れら
れた当のお姉さまたちで。どっ、とみんながみんな、目に涙を浮かべて笑い出す。しかも口々に、「かわいー」「この
新人クンそれ系かー」「ゆにばにいなかったタイプだよねー」「萌えるー」となぜか非常にウケがよろしい。

「あ、あのー………」
「あはは、ああ、ごめんね。オーダーね。ホットダージリンとチョコケーキのAセット、同じくアイスコーヒーとショートケー
キ。ここまでおっけ ? で、彼女が玉露と和菓子の和風セットで、あと単品、チョコパフェ、カプチーノ。帰りにクッキー
セットのお持ち帰り………書けた ? 大丈夫 ?」
 ウィンクをくれたお姉さんが、すらすらと言ってのける。なんか面倒見のいいくだけた調子の人だ。なんとなく、ちえ
りさんに似ているな………一抹の寂寥感と懐かしさと共に、ケイトはそんなことを思い出している。
221NPCさん:2008/10/19(日) 14:14:51 ID:???
《アドヴァイス》支援
222ゆにば:2008/10/19(日) 14:15:04 ID:???
「は、はいっ、ありがとうございましたっ」
 悪戦苦闘してオーダーを取り終えて。そのテーブルから逃げるように立ち去り厨房へと向かうケイトの姿を、お姉
姉さまたちは目を細めて微笑みながら見守っていた。

「あ−、やっぱ俺の見込み通りだわ。上手くいくとは思ってたけど、まさかここまでとはなー………」

 半分呆れ、半分感心し。
 無理矢理送り出した手前、一応はケイトの初オーダーを見守っていた司がつぶやいた。
 なにか失敗しても、なにかやらかしちまっても、それを許してもらえるというのは ――― もっと言うなら、あばたを
えくぼと思ってもらえるのは、本人の資質に負うところが大きい。それはたとえば、トレイをひっくり返しても可愛いの
一言で許してもらえる結希であり、空手メイドという珍妙なジャンルを受け入れさせてしまった狛江の、天性のキャラ
クターと天真爛漫な明るさだし、口が悪くても「ツンデレ」の一言で萌えさせてしまう桜であったり、と。
 それぞれの個性を「萌え」として認識させることのできる稀有な資質の持ち主だけなのだ。
 ある意味、そういうキャラを持った人間だけが、メイド喫茶という特殊な空間で生き残ることの出来るものたちとい
えようか。
 薄々感付いていたことであったが、やっぱりケイトは ―――

「ふーむ。檜山ケイトの持つぴーしーいち能力………さすが、といったところだな」
「うわっ !? て、てめえ、この馬鹿兄貴っ、なに勝手に厨房から出てきてわけわからねえこと言ってんだよっ !?」
 ケイトを見守る司の背後に、不可解極まりない言葉を吐きながら現れた上月永斗 ――― 認めたくはないが、司
の実の兄 ――― が立ち、しきりに感心している。
223ゆにば:2008/10/19(日) 14:16:10 ID:???
「弟よ。ヤツは選ばれた星の下に生まれた恵まれし男。我々のようなみそっかすが太刀打ちできる相手ではない」
 黒のロングコート。長身で痩身。鋭い眼光で辺りを睥睨する姿は、なみなみならぬ迫力があるのだが。
 普段の珍妙な言動のおかげでイマイチ軽んじられがちな男。それが、上月永斗である。
 いまは、頭にかぶった白い三角巾のおかげもあってか、なおさらコミカルに見えてしまう。喫茶ゆにばーさるの厨房
を預かる自称 “伝説のコック” は、普段に似つかわしくない思案顔をして司に声をかけた。
「こいつは………荒れるぜ。嵐の予感、だ」
「あん ? 嵐って、どういうことだよ」
 片方の眉を吊り上げていぶかしむ司。ああ、それはな………と、意味深な表情を作る永斗。
「………………」
「………………」
 がさごそ。すっ。かちっ。しゅぼっ。ふーーーーっ。
「おい、馬鹿兄貴、タバコ吹かすなよこんなところでっ !?」
「ふっ………」
「つーか、わからねえくせに気分だけでなんか言う癖、いい加減に直せよっ !?」
 電光石火のツッコミである。
 要するに、さもなにかに気づいたかのように登場し、いかにもな台詞で場を攪乱し、もっともらしい態度でカッコつけ
ているだけなのだ。別段特別な思案や意見を持っているわけではなく、ただ単に目立ちたいか、もしくは司に構って
もらいたいだけなのであろう。
 だがしかし、永斗言うところの『ぴーしーいち能力』というのが、普段の彼の妄言にしてはやけにリアリティがあるの
が不思議である。なんとなく、司も「ああ、そういうものなのかな」と納得しかけてしまうところが恐ろしい。
224ゆにば:2008/10/19(日) 14:19:30 ID:???
 店内に再び目をやると、こまねずみのようにくるくるとテーブルとテーブルの間を行き交うケイトの姿。
 不思議と、今日は女性客の入りが普段以上に盛況で、なぜか一様にケイトの『受け』がよさそうだ。

 ふと ―――

 背後になにやらうそ寒い不穏な空気を感じて、鳥肌が立つ。
 この感覚は ――― !?

「………兄貴」
「なんだ弟よ」
 司が躊躇いがちに口を開く。
「兄貴の言うとおりだぜ………来るな………嵐」

 ついーっ、と目だけを動かして、その異様な感覚の出所で視線を止める。
 柱の影で。店内のケイトの様子をジト目で面白くもなさそうに ――― というか、明らかにふてくされた顔をして。

 薬王寺結希が「うーうー」と涙目で唸り声を上げていた。

「ああ………それも大嵐が、な………」

 永斗が―――なぜか愉しげに、そう言った。

(to be continued)
225ゆにば:2008/10/19(日) 14:20:31 ID:???
なんか書いているうちに、DXなんだか、なんなんだかわからなくなってきました(汗)。
書いてる本人は変に楽しいんですけど、いいんだろうかこれ。
どこがダブクロなんだかわかりませんが、まあ最初に「ぐだぐだぶるくろす」って言ってたから
たぶん大丈夫(なにがだいじょうぶなのか)。
キャラが思いがけずに増えてきてしまいましたけど、最後のドタバタへむけて仕込みをそろそろ開始しようかな。
それでは、次回まで〜。
ではでは。
226NPCさん:2008/10/19(日) 17:19:31 ID:???
ゆにばの方、乙です!

さすが以蔵の中身の外側だあんちゃん!PC1を騙らせれば大惨事な男だぜ!!
ダブルクロス?
ああ、ケイトがはんにゃを裏切る訳ですね!
227NPCさん:2008/10/19(日) 18:13:51 ID:???
あんちゃん「チッ、ぴーしーいちけろりあん値が尋常じゃねえぜ…」
つかちゃん「だから面妖な用語を勝手に作るなっつーの!」

>>266
智世さんが、営業が終わったらゆにばの裏で待ってるってゆってた。
228NPCさん:2008/10/19(日) 18:14:38 ID:???
レス番間違えたorz
229203の中身:2008/10/19(日) 18:17:08 ID:???
>>204

書けた。ちょっと上げます。


元ねた:ナイトウィザード 時間軸的には小説版TISとの別れ直後。
内容:柊×アンゼ……を目指したがやっぱ一方通行っぽい(汗)。
   ついでに言うならラブがあるかも謎。


んじゃ。
230NPCさん:2008/10/19(日) 18:17:25 ID:???
231夜に浮かぶ月の雫:2008/10/19(日) 18:18:24 ID:???
 これまであった光が、急に遮られる感覚。
 まどろみの中にあった体が、ゆるやかに覚醒に向かっていく。
 眠っていてもいい、と意識の奥は許可を出すが、外界が変化したことと、近くに人の気配を感じることが、彼の意識を完全に覚醒させた。

 もともと害意のあるものならば、近づいただけで熟睡していようが目が覚める程度には彼―――柊蓮司は周囲へ常に気をめぐらせている。
 影が落ちるほどの近距離にいても危害が加わらない、ということは近くにいる相手は敵ではない。
 しかし、起きてしまったものは仕方ない。意識を表層まで浮上させ、やけに重いまぶたを開く。


 ―――そこにあったのは、月の光を形にしたような白銀。


 窓から入っていた光は陽光ほど強くない青白い光。
 それを遮っているのは、月の光すら透かしているのではないかと疑うほどに透明感のあるしろがね。
 青く薄い影が、逆光によってもたらされ、月光を遮る人物を覆う。
 視界のピントが合わず、2、3度目を瞬かせ。ようやく、相手が誰かを理解する。

「……アンゼロット?」
「あ―――起きまして? 柊さん。おはようございます」

 そう言って、彼女―――『真昼の月』<世界の守護者>アンゼロットは、柔らかく微笑んだ。


 彼女が笑っているとろくなことがない、というこれまでの経験が警告を放つ。
 警告に従って後退ろうとして―――体中を襲う鈍痛と体の重さに、力が入りきらず背中と頭を思い切り打ち付けた。
 思わず悶絶しつつ声なき悲鳴を上げる柊を見て、アンゼロットは少しだけ驚いたように目を見開いた。

「ひ、柊さんっ? 駄目ですよ、安静にしていなくては。
 わざわざ貴方のためにこの部屋を割り当てたというのに、本人が大人しくしていないのではまるで意味がありませんから」
「安静って……そもそもここ、どこなんだよっ?」
232NPCさん:2008/10/19(日) 18:19:37 ID:???
試演
233夜に浮かぶ月の雫:2008/10/19(日) 18:19:51 ID:???
 体中を走る痛みを、呼吸法でゆっくりと和らげ、改めて楽な体勢を心がけながらベッドに横たわる。
 ここがどこで、どうしてこんなことになっていて、今はいつで、何をすべきなのか。柊がそれを把握するには、目の前の守護者の協力が不可欠だ。
 柊のその様子に、アンゼロットは少し呆れたようにため息。

「まったくもう……そんなだから質・状態の不良な学生なんて言われるのですわよ、柊さん」
「言ってんのはお前だけだっ!?
 つーか、なんでそんなにお前に呆れられなきゃなんねーんだっ!」
「自分の成し遂げたことも覚えていないような不良品学生に、一時でも世界の命運が握られたという事態について頭を痛めていたんです」

 そう告げて、彼女はびし、と柊に人差し指を突きつけると、告げた。

「―――アウェイカーを、覚えていますか?」

 その真摯な瞳と、告げられた忘れようにも忘れられない今までで最強の敵の名で。完全に意識が覚醒する。
 殺気や敵意を向けられるのには慣れている柊が。裏界最強の『皇帝』位の魔王相手ですら、剣一つ握り締め、ためらうことなく立ち向かっていく彼が。
 完全で純粋な『消滅の意志』であり、『世界の滅び』として現れた『絶対者』。
 人間側の如何な力も髪一本引っ張ることはできず、逆に向こうは指先の動き一つで完全に消失させることが可能であるという、出鱈目にもほどがある戦力差。
 『滅ぼす』という意志を持っただけで、世界中のあらゆるウィザードが力の差と存在の格の違いに凍りつき、一歩を踏み出すことさえ制限されたほどの敵(おわり)。

 そんな相手の名を忘れるはずもない。
 さまざまな幸運と、仲間たちの助力があってこそ、その『終末』への抵抗はなんとか成功した。
 そして、世界が元に戻ると先ほどのまどろみの中で、彼を世界の選択として選んだ者に告げられた。だからこそ、世界はまだ続いているはずで。

 アンゼロットは、柊の表情が一変したことで事態を把握したのだろう、と判断。現状の説明に移行する。
234夜に浮かぶ月の雫:2008/10/19(日) 18:20:43 ID:???
「ここは宮殿内部の治療室の一つです。
 世界が復元されて、アウェイカーによって滅ぼされたものは元どおりになったのですが―――その前のシャイマールによる被害はそうもいきません。
 重傷者は宮殿内部の緊急治療室に運びこみ集中治療を、軽傷者は各自転送陣を使ってもらって所属地や近辺のウィザーズ・ユニオンにおいて治療をしています」
「あぁ、治療―――って、くれはとエリスはっ!?」

 最終戦において、無理をおしてあの場に立ったくれは。最後の希望を届けるため、あの時点では戦う力のなかったはずなのに戦地に立ったエリス。
 その二人の仲間のどちらが欠けても、柊は『滅び』を斬ることはできなかった。
 だからこそ、彼はたずねる。自分は―――彼女たちを守れたのか、と。
 その必死な様子に、アンゼロットは優しい目で呆れたように答える。

「くれはさんはもともと赤羽家にいらっしゃったんですもの、ちゃんとTISが魂を戻しておいてくれましたわ。
 エリスさんは今少し微妙な立場にありますので、精密検査、という名目でロンギヌスがお預かりしています。
 ほとぼりが覚めるまではわたくしが世界の守護者の名に賭けて、絶対に守ってみせますわ」

 アンゼロットの真剣な様子とその言葉に、心底安堵したように大きく息をついて。
 体中の傷が痛くないはずがないのに。その傷のせいで、今は動くことも難しいはずなのに。


 ―――彼は本当に誇らしげに、嬉しそうに、笑った。


「……そっか。よかった」

 そのことが、アンゼロットにはほんの少しだけ苦しかった。
 しかし今は告げることを告げるべきだ。彼女は報告を続ける。
235NPCさん:2008/10/19(日) 18:21:25 ID:???
えん
236夜に浮かぶ月の雫:2008/10/19(日) 18:21:59 ID:???
「それで。
 柊さんの方の容態ですけれども、三日は絶対安静。ここから出ることはないと思っておいてください。
 言っておきますが、あの戦いが終わってもう丸一日経っているのです。
 そもそも貴方は二日ほどほとんど眠っていなかったわけですし、疲労に連戦、休憩のみで大した怪我の処置もしないまま走り回る。
 そんな無茶を続けた代償なのです、その程度の拘束は当然のものとして受けてください」

 具体的に言うと、アウェイカー戦前の時点で柊の負った傷は、そもそも動けるのが不思議なほどだったということだ。
 光条の乱舞する嵐。増幅された魔力水晶弾。最上位の攻撃魔法以上の威力を秘めた夥しい数の闇の礫。熱を奪う雨。『皇帝』の暴虐。さらには己の魔器への代償。
 それだけの負荷を受けた体を意志の力のみで振り回していたという事実は、もはや感嘆を禁じえないどころか絵空事の域ですらある。

 そんな彼女の言葉にげ、と典雅さからはかけ離れた声で柊はぼやく。

「そんなにかよ……出席日数ヤバいんだぞこっちは」
「まぁ、秋葉原全体がいまだ復興の目処が立っていません。それほど気にすることはないのでは?
 ―――というか、まだ卒業できる気でいたんですね柊さん」
「するよっ!? 卒業するに決まってんじゃねぇかっ!?」
「願望と可能事項は別ですわよ?」
「知ってるよっ!?」

 あまりにいつものやり取りに、くすくす、と笑い出すアンゼロット。
 それを不機嫌そうに見ながら、柊はそれで、と今までの話をなかったことにするようにたずねた。

「こっちのことはわかったが、お前はなんでこんなとこにいるんだ?
 事後処理だのでやること満載だろ。お供も連れずに俺の様子見に来るなんてヒマはねぇはずだろうが」
「……柊さんの割に鋭いですわね」
237NPCさん:2008/10/19(日) 18:23:32 ID:???
支援
238夜に浮かぶ月の雫:2008/10/19(日) 18:23:44 ID:???
 柊の言葉に、アンゼロットの表情がこわばる。
 その通りだ。今現在も公務を続けなければならない立場に、彼女はいる。
 それが、この世界を守護する存在でありながら一時でも世界を自分の意志の不足で危機に陥らせた自身の責任であると、彼女は認識している。
 その彼女が今ここにいるのは、とある彼女の側近―――ロンギヌスの一人が、自身の主の異変に気づいたからだった。
 世界の復興に向けてのあらゆる指示を飛ばしている彼女の指示に要する時間が、いつもより少し遅いことと、顔色が優れないことの二点から、彼女が疲れていると判断。
 少し休んでくださいと言われたアンゼロットは、渋々とそれに従うものの、自室に行っても眠れずに、ふらふらと宮殿内を歩き―――ふと、この部屋に着いてしまった。

 寝ているだろう彼に詮無いことを話そうかと思って足を運んだので、柊が起きたのは誤算だったが。
 ふぅ、と重いため息をついて、アンゼロットは笑う。柊は、いつもとは違う彼女の様子に、真剣な瞳で彼女を見る。

「……何があったんだか知らねぇが、話くらいなら聞くぞ。大したことは言えねぇが」
「―――まったく、これだから柊さんは。
 そうですわね。じゃあ―――ひとつ、お伽ばなしでもしましょうか」

 彼女は月を見上げながら、一つの物語を語りだす。それは、遠い過去の物語。

「とあるところに、この世の美全てを集めたかのような美しく慈悲深い、それはもう全ての人に崇められていた、素晴らしい女神がいました」
「……なんでそんな装飾語ばっかなんだよ。どんなお伽ばなしだ」
「話の腰を最初っからぽっきり折らないでくださいな。ともかく、そんな美しい女神がいたのです」

 すました顔で、彼女は続ける。
 曰く、女神はもう一人の女神とともに世界を混乱させてしまい、最後には自らの命を持って、世界を守って死んでしまった。
 けれど、そんな女神の手を取ったものがいた。
 終わりに向かうだけだった女神に、真面目にやるのなら、お前に新たな見守る土地を与えようと、偉い神様が言ってくれた。
 必要とされた彼女は、今もその世界を穏やかに見守っている、というもの。
239夜に浮かぶ月の雫:2008/10/19(日) 18:25:11 ID:???
 それはこれまでの彼女の道程だ。
 必要としてくれた手があったからこそ、今彼女はここにいることができる。なのに―――彼女は、必要としてくれた者の手を、払ってしまったのだ。
 彼女が今不調なのは、そのことに罪の意識を持っていることも、少しだけある。
 しかしアンゼロットは決めたことは振り返らない。だから、罪の意識も自身の内に秘め、いくらでも進んでいける。けれど、彼女は新たな疑念を持ってしまった。
 その疑念はどうしようもなく否定できなくて、そうなってしまう可能性がないとは言えなくて、答えは出なかった。

 そんな彼女の『お伽ばなし』を黙って聞いていた柊は、いまいちよくわかっていない表情で、それで?とたずねる。

「話したいことってのはそんなんでいいのかよ?」
「いいわけないでしょう。ここからが本番です。
 一つ―――頼みごとを聞いてほしいのです」

 頼みごと?と首を傾げる柊に、アンゼロットは答えのでなかった疑念の、それでも誰かのためになる対処法として思いついたことを告げる。



「もしも―――もしも、わたくしが自分の意志でこの世界を滅ぼそうとしたら、ためらうことなくわたくしを斬ってくださいませんか」



 アウェイカーことゲイザーは、より大きな世界を守るためにこの世界の人間を切り捨てようとした。
 それは、アンゼロットとて同じこと。大きなもののために小を犠牲にしようとするのは彼女の立場として当然のこと。
 この世界を守護すべき彼女が、もしもゲイザーとは理由は違えど、なにかの拍子に世界の全てを破壊してしまおうと考えることはないのかと。
 その疑念は、彼女のうちから離れてくれなかったのだ。
 あのゲイザーでさえ、理由さえあればこの世界を滅ぼすという選択をとったのだ。
 かつて一度世界を混乱に陥れてしまったことのある自分は、二の轍を踏む気はなくとも、世界を滅ぼそうという意志を持ってしまうかもしれない。
240NPCさん:2008/10/19(日) 18:26:41 ID:???
氏円で?
241夜に浮かぶ月の雫:2008/10/19(日) 18:26:56 ID:???
 だから、もしもそうなった時は。
 世界のために。自分を殺せる人間に、先にその願いを伝えておこうと思ったのだ。
 彼女には、その疑念を絶対にありえないこととして否定することができなかったから、世界のために、せめて。
 その奥には、最期が彼の顔を見ながら死ねるのなら、それも悪くないか、というほんの少しの淡い期待もあるのだが。

 柊はそのアンゼロットの言葉に一瞬目を見開き―――大きく嘆息して、ぎしぎし悲鳴を上げる体を無視。両手でアンゼロットの頬を引っ張った。
 いきなりのことに、そう痛くはないもののあわてるアンゼロット。

「な―――ひゃにふるんれふは、ひーらいはんっ (訳:なっ、なにするんですか、柊さんっ)!?」
「―――やなこった」

 そう、一言。
 それが先の願いへの返答だと知り、アンゼロットは目を見開いて硬直した。
 それを見て両手を離し、ゆっくりとベッドに下ろす。

「お断りだって言ってんだよ。なんで俺がお前を斬らなくちゃなんねーんだ」
「だ―――だって、柊さんしか、今わたくしに滅びを与えられる人間なんていませんし―――」
「そうじゃねぇだろ」

 イラついたように、乱暴な声。
 アンゼロットは、その声にびくん、と震えた。まさか、殺される相手に選んだ理由を見透かされたのかとも思ったが、相手は柊蓮司である。そんなはずは当然なく。

「違うだろうが。人のこと不良品扱いするくせになんでこんなこともわかんねぇんだお前は。
 俺が言いたいのは、もっと単純なことだ。
 アンゼロット。お前は、だったらなんで―――アウェイカーに逆らったんだよ?」 

 唐突なその問いに、アンゼロットは本気で問いの意味がわからずに頭が空白状態になる。
 柊は、まったくそんなことは気にせずに続ける。
242NPCさん:2008/10/19(日) 18:27:46 ID:???
下がる支援男。
243夜に浮かぶ月の雫:2008/10/19(日) 18:27:55 ID:???
「お前はさっきの話聞く限り、あいつに誘われたから今ここで守護者やってんだろ。恩感じてるのもわかる。
 けど、だったら別にあそこでシャイマール相手に大量のウィザード送る必要はねぇだろ。たぶんキリヒトの奴はやめろっつってただろうしな。
 ってことは、お前はあいつの意思に逆らったってことで―――あいつの命令よりも大事なもんとして、この世界を選んだってことだろ。
 何がお前をそうさせたのかは知らねぇが、それでもお前はあいつの部下じゃなくて世界の守護者の方をとったってことじゃねぇか。
 恩感じてる奴裏切ってまで、っていうのは並大抵のことじゃないってことくらいは、不良品でもわかるつもりだぜ。
 そんなにもこの世界を大事に思ってる奴が、コマみたいにこの世界を捨石にできるかよ」

 その言葉は、アンゼロットの心の中にゆっくりと染み込んでいく。
 確かに、最初は義務感だけでこの世界を守っていた。
 二度目の生を与えてくれたゲイザーに報いようと、ただ世界を維持することに執心していた。
 けれど、この世界を見守るうちに新たな感情が生まれてきたのだ。

 自身を慕ってくれる、ウィザードたち。
 ただ意思の力で、あらゆる苦難を乗り越えようとする人間たち。
 一目で理解できる魔との力の差を、心を奮い立たせ乗り越える者たち。

 世界は。運命はこんなにも、終わりへ向けて一直線に進むのに。
 ただ自身の望む願いと大切なものを守り、未来を作ろうと必死でもがき苦しみながら、それでも人は前に進む。
 『神』という、これ以上変化することができない自分たちには、けしてできない生き方。



 それを見て、美しいと思った。
 完全であるがゆえに、欠けはなく、ゆえに突出したもののない『神』。
 しかし、見続けていた変化なきはずの彼女の心は、いつのまにかゲイザーへの忠誠心以上に、人間(セカイ)の存続を願うようになっていた。
 それもまた、人の起こした奇跡というべきか。
 だからこそ彼女は、彼女が彼女であり続ける以上。柊の知るアンゼロットである限りにおいて、絶対にそんなことをしないと、彼は答えたのだ。


244NPCさん:2008/10/19(日) 18:29:20 ID:???
支援ー。
245NPCさん:2008/10/19(日) 18:30:39 ID:???
支援は、ご入り用で?
246NPCさん:2008/10/19(日) 18:34:26 ID:???
さるさんかな?
247NPCさん:2008/10/19(日) 18:44:12 ID:???
レスがいくつかされると解除されるんだっけ?>さるさん
とりあえず一レスしておこう
248泥ゲボク ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 18:53:13 ID:???
45KB……
どうも予告していた205こと泥ゲボクです。
ちょっくら長いので支援をお願いします。
長すぎるので何個かに分けて投下したいと思います。
249泥ゲボク ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 18:54:07 ID:???
って、投下開始してる ORZ
その次の投下予告しますね 支援!
250夜に浮かぶ月の雫:2008/10/19(日) 18:59:28 ID:???
 それに気づかされて、彼女は思わず大きく目を見開き―――童女のように微笑んだ。
 人の起こす奇跡は、長い時をかけて、彼女の在り方にすら変化を与えていた。それに気づいた時に、彼女は心からこの世界を愛しいと思えたのだ。

「そう、ですか。
 ……柊さんにしては、いいことを言いますのね」
「オイ、俺にしちゃあってどういうことだコラ」
「そのままの意味ですわ。まったく……世界の守護者にお説教なんて、三億年と三日と三転生くらい早いです」
「死んでからものが言えるかよっ!?」

 くすくす、といつものように笑って。
 アンゼロットは、晴れやかな思いで横たわる少年に向けて言った。

「とにかく。今回の件については、後々色々とお伝えしますわ。起こしてしまってごめんなさい、わたくしも公務に戻ります」
「話したいことってのは今ので終わりか? んじゃあ俺はゆっくり寝かしてもらうわ、この一日分ぐっすり」
「えぇ―――お休みなさい」

そう告げて。
彼女はそこから踵を返す。
次に彼が目を覚ました時、このお説教の借りを返すためにどんな悪戯をしようかと企みながら。



―――彼に切り捨てられた、彼女の選ばなかった『神の部下』である自分と決別して。
―――柊が信じてくれて、彼女が選んだ『アンゼロット』であり続けるために。人間を愛し続ける女神でいられるように。次に成すべきことを考えながら。

彼女は、一歩を踏み出した。


fin.
251中身:2008/10/19(日) 19:02:33 ID:???
あい、以上で柊×アンゼのお題をクリアしたと言ってみる!
……無理がありますね。そうですね。

存在ってのは、自分がこう思う、っていうのと誰かにこう見られてるってのは大抵違うものです。
アンゼはこう見られる自分が自分の好きな自分だから、そうあろうって感じに心を決めたって話。

うわ、ラブねぇ。orz

さぁ、みんなさくっと泥の人の話見ようぜ!支援!
252泥ゲボク ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 19:11:13 ID:???
>>251

あまーい! 十二分に甘いですよ!
こういうシリアスの中の渋味とか、さりげない優しさとかときめきますね。
しかし、柊。
本当にラブコメの似合わない男だ、フラグが自然すぎてまったく意識できねえww


では、投下していいのかな?

一応20分から投下開始します。
支援をお願いします!
253天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 19:20:58 ID:???
投下開始します。支援お願いします。


 大きな戦いがあった。
 幾つもの人が死に、多くの人が傷つき、世界が滅びかかるほどの巨大な戦争があった。
 マジカル・ウォーフェア。
 七徳の宝玉を巡る侵魔と魔法使い達の戦争。
 その果てを彩ったのは唯一皇帝の名を冠した偉大なる侵魔の王。
 シャイマール。
 恐ろしい、恐ろしい力の怪物。
 無限の憎悪に埋め尽くされた破壊の獣。
 禍々しき悪意と破滅を撒き散らす破壊神。
 それが退けられたのだ。
 一人の少女の想いと一人の少年の剣によって。
 神話の如き戦いだった。
 伝説に語り継がれるようなサーガだった。
 破壊を司る背徳の獣は退けられ、それを利用しようとした神の分身体は神殺しの剣によって葬られた。

 それがマジカル・ウェーフェアの結末である。

 まさしく現代の神話と呼べるものだった。
 けれども、それが物語として語り継がれるのは時が短く。
 世界はその傷跡から立ち直る暇もなく、新たな脅威と戦い続けている。
 世界は狙われ続けているのだ。
 だからこそ、人はさらなる力を求める。
 傷口を埋めるために、失った血液を作り出すために食物を噛み砕くように。


 そして、そのような現状において一人の男がアンゼロット宮殿に訪れていた。
254泥ゲボク ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 19:23:10 ID:???
「……お久しぶりですわね、安藤来栖」

 宮殿の主であり、ファー・ジ・アースの守護者でもある銀髪の少女、アンゼロット。
 彼女は玉座に座り、一人の男を出迎えていた。
 年齢57歳。初老といえる年齢の厳しい顔つきをした男である。

「出来うるならば来たくはなかったがな、アンゼロット」

 麗しき美貌の持ち主。
 美しき真昼の月、その優雅なる佇まいを見ても心震わさないのは極僅か。
 安藤 来栖。
 そう呼ばれた男は数少ない例外の一人だった。
 常ならば首に巻きつけている手ぬぐい、質素なズボンと厚ぼったい上着を着込んだその姿は単なる農夫のように一見見えるかもしれない。
 しかし、誰が知ろうか。
 その男こそは過去ロンギヌスにおいて最強と呼ばれた魔剣の使い手であることを。
 安藤の一足踏み込むたびに死地へと叩き落されるような感覚に、ロンギヌスたちは仮面の奥で息を呑み、緊張に身を強張らせる。
 安藤 来栖。
 かつてアンゼロットが行った指示により大切な女性を喪い、それ故に宝玉を持って組織から去った男。
 恨みがないわけではないだろう。
 浮かべる鋭い視線の中に暖かな感情など一欠けらも混ざっておらぬ。
 優れたる剣の使い手、さらに言えばウィザードの身体能力ならば一挙一速の間合いにまで迫った安藤を彼らは止められるのか。
 素手の男、それに対して向けられる警戒の意識はどこまでも強く、それ故に空気すらも固まり、濁りそうだった。

「ふん。ずいぶんと質が落ちたな」

 鼻を鳴らし、安藤は緊張に身を強張らせるロンギヌスたちを一瞥すると、にべもなく吐き捨てた。
255NPCさん:2008/10/19(日) 19:23:47 ID:???
支援?
256天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 19:25:39 ID:???
「ええ。遺憾なることに、私たちの世界を護るための剣は弱体化しつつありますわ」

 ロンギヌスへの批評。
 それは従える主であるアンゼロットへの侮辱ともいえる言葉だったが、麗しき守護者は涼しげな笑みで受け流す。
 どことなくコメカミにびきっと血管が浮かんだような音がしたが、おそらくは幻聴だろう。

「それ故に貴方に頼みたいのですよ、安藤 来栖」

「貴様の任務を受けるつもりはない」

「でしょうね。既に貴方は組織より離反した身、命令を下せる立場にはありませんわ」

 常にない相手を尊重するかのようなアンゼロットの口調。
 それに付近で警戒していたロンギヌスの一人が動揺するような雰囲気を発したのを彼女は目ざとく見つけ、後でお仕置きしようかしらと考えた。
 けれども、そのような些事はさておいて。

「ですから、これは頼み事です。戦場に復帰することは是非共……本当に望みたいのですが、貴方には部下の育成を依頼したいのです」

「……かつてロンギヌスの同胞すらも手に掛けた私に預ける、と?」

 その言葉に、ロンギヌスたちに衝撃が走った。
 かつてアンゼロットの命から離反し、ロンギヌスを抜ける際にアンゼロットから追撃の命を下されたロンギヌスたちと安藤は刃を交えていた。
 魔王との激闘に傷ついていた安藤は手加減する余裕もなく、狙ったわけではないが幾人ものロンギヌスたちを閻魔帳に載せている。
 とうてい許されるような立場ではない。
 本来ならば刃持て、八つ裂きにされてもおかしくない立場だった。
257NPCさん:2008/10/19(日) 19:26:11 ID:???
毎度ありがとうございます!
今後ともごひいきにお願いします
258天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 19:28:06 ID:???
 自殺覚悟のつもりか?
 今更になってこの宮殿に足を運んだ己をせせら笑う。
 そうかもしれない、と心の中で呟く。
 既にユウが護り、自分が護り続けた宝玉はある少女に手渡され、己の役目は終わったと理解している。
 生に執着がないわけではないが、生き続けるだけの理由もまたない。
 だからこそだろうか。
 何度乞われても足を運ばなかったことに来たのは。

「ええ。過去の罪は忘れましょう」

「都合の悪いことには目を瞑る、と? そこらの若造からは敵意が感じられるが」

 眉を上げて、一人のロンギヌスから発せられる僅かな敵意を感じ取り、安藤は息吹を洩らしながら腕を組む。
 本来ならば愚作たる両手を封じる行為。
 この瞬間襲われれば両手を解き放ち、対応を開始するまで数コンマ反応が遅れるだろう。
 それでもなお安藤は倒されぬという自信があるのか、それとも襲わせないとアンゼロットを信じているのか。
 アンゼロットには分からない。
 けれども。

(試してますね)

 胸中でそう結論し、アンゼロットは細く白い透き通るような指を動かして、敵意を浮かべていたロンギヌスを叱咤した。

「納めなさい。ロンギヌスよ。貴方たちは悪を討つための聖槍なのですよ、容易に解き放つことは許されません」

 凛とした言葉。
 それは大気に浸透し、その場一体の空気を鋭く整える。
 そして、全てのロンギヌスたちが職務を思い出したかのように背筋を伸ばし、荘厳なる気配と佇まいの騎士達と化した。
 これだ。
 このカリスマ性こそがかつて安藤がロンギヌスに入隊し、正義を信じた理由であった。
259NPCさん:2008/10/19(日) 19:28:13 ID:???
これしきの投下で規制するとは……
まったく情けない
260天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 19:30:44 ID:???
 かつて第三世界エル=ネイシアを治める女神だった一人、アンゼロット。
 その年月による経験とその身に秘めた莫大なる力は太陽の如くウィザードたちの心に火を灯し、陶酔させるのだ。
 心頭滅却。
 長年の鍛錬により滅多なこと意外では決して揺るがぬ大樹の如き精神を持った安藤は静かに言の葉を紡いだ。

「大したものだ。アンゼロット。30年前とは変わらぬ……いや、少しは変化したか?」

「そうですか。私は何も変わりませんし、変わるとしたらそれは貴方の主観でしょう」

 永遠なる少女はニコリと月が輝くような笑みを浮かべて、安藤に告げる。

「それでは再び訊ねます。私のお願い事にハイかYESかで答えていただけるでしょうか?」

「――少し褒めるとこれだ」

 調子に乗らせたか、と安藤はやれやれとため息を吐き出し、されどその心のうちは決まっている。

「答えはハイだ」

 若いものが死ぬ。
 誰かが未熟なために命を散らせる。
 それを見過ごせるほどに安藤は朽ちた心を持たず、悲劇を見過ごせるほどに世界に絶望していない。
 それが故の答えだった。
 かつて一人の少年――若き己を被らせた魔剣使いの少年に、その心の在り方を説いたように。

「なるほど。では安藤来栖。優れた魔剣使いよ、貴方に若き彼らを任せますね」

 新雪が春の兆しに解けるかのような笑みをアンゼロットは浮かべる。

 こうして安藤は一時の間、ロンギヌスの客人となった。
261NPCさん:2008/10/19(日) 19:30:58 ID:???
支援の灯を。
262天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 19:33:07 ID:???
 ――『天へと捧げる一刀』


 幾ら世捨て人をやっていても、風の噂というものはあるものだ。
 マジカルウォー・フェアにおける被害。
 その後に出現し始めた闇界からの侵蝕者、冥魔。
 それらとの対応に追われ、腕の立つ人間、経験豊富なウィザードは少なく、慌しく世界各地を飛び回り、どこの組織も新人育成と有能な人材の発掘に当たっているという。
 それは聞いていたが、これほど酷いとは思わなかった。

「おぉお!!」

 それが安藤としての感想である。

「甘い」

 ロンギヌス候補、魔剣使いの少年が振り抜く魔剣の一撃を、安藤は片手に持った木剣で捌き、側面から横に弾き払うと、その少年は体勢すらも整えることが出来ずに無様に体が流れる。
 なんという踏み込みの乱れ、身体バランスをもっと意識しろ、太刀の握りが甘い、弾き払えと言っているのか。
 一瞬の間に思い浮かぶ罵倒の言葉は十数種にも渡るが、安藤はそのまま木剣と魔剣の峰に沿って流すと、ぴたりと数ミリの隙間を開けて少年の喉下に刀で言うならば刃の部分を添えていた。

「ま、参りました……」

「……威勢の強さは認めるが、がむしゃら過ぎる。もっと剣を振るえ、体軸のバランスが取れてないから、この程度で体勢を崩す」

 そう告げると、ふっと風が流れる程度に安藤の脚が動き、少年の足が刈られた。
 予想すらもしていなかった衝撃に受身すらも取れずに、背中から強打し、強制的に酸素を吐き出される少年。
 苦痛の顔を浮かべる少年に、安藤は見下ろし、木剣の柄を握り締めながら、どことなく呆れたような声音で告げた。
263NPCさん:2008/10/19(日) 19:33:14 ID:???
別に礼を言われるために支援したんじゃない。
なんとなくだよ
264天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 19:36:24 ID:???
「そして、私はまだよしとは言っていない。忘れるな、剣を持つ者はその手を離すまでは決して集中力を、警戒を切らすな。ここが戦場ならば五回は殺せるほどの隙があったぞ」

 どこか憎々しげに見上げてくる少年の瞳。
 よし、悔しさを感じるうちは伸びる素養がある。
 安藤はそのまま少年の傍から離れると、組み手を続ける龍使いと人造人間のペアを見た。
 錬気を練り上げて、次々と襲い掛かる人外の刃を捌きながら、必至に反撃の隙間を伺う龍使いの少年。
 それをどことなく無感情な人造人間の少女が、体を変化させ、歪に床を蹴り飛ばしながら、まさしく獣のように駆け巡る。
 その全方位から次々と手段を変えて襲い掛かる攻撃を往なす化剄のキレは中々のもの。

(だが、崩しが出来ていないな)

 人造人間の変幻自在な体躯に崩し方を思い付きかねるのか、少年は顔面に迫る蟹の爪の如きアームブレイドの下から打ち上げて、
 同時に手首を返して方角をずらし、下へとしゃがみこみながら、体を捻り、もう片方の手から延びる斬撃を肘から居合い抜きのように放つ手の甲で叩いて弾く。
 受けの動作ならば及第点を与えてもいいのだが、その度に気息が乱れて、打ち払う動作にいまいち氣を乗せ切れていないのが残念か。
 気息の保持が甘い、そしてもう少し踏み込みと歩法を磨けば一息に輝くだろうと安藤は判断した。
 数十年前、とある事件で共闘した奇妙な体質を持った龍使いならば一つ目の動作で気功を発してその手を弾き上げることで崩し、成すすべもなく上半身を上へと伸ばしきった少女の胴体に流れるように打ち込んだ靠撃の一撃で内臓を粉砕させていることだろう。
 そして、人造人間の少女を見る。
 動作の機敏さ、自身の肉体を変化させる速度、そのバリエーションは素晴らしい“性能”と言えるだろう。

(だが、それだけだ)

 単なる頭のない侵魔には通じるかもしれんが、魔王の使いや魔王級エミュレイターには通じないだろう。
 性能で挑む兵器は所詮己を越える性能には太刀打ちが出来ない。
265NPCさん:2008/10/19(日) 19:37:00 ID:???
あなたに支援の導きがありますように……
266天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 19:38:48 ID:???
 人間とは脆いものだ。
 第一世界ラース=フェリア人よりも闘気や身体能力に劣り、第五世界エルフレアのように天使の力もなく、第三世界エル=ネイシアのように強大なる守護者の欠片やゲボクという物量があるわけでもない。
 故に技術を高め、戦術を練り上げ、武具を揃える。
 それは確かに間違っていない。
 人としての強さは創意工夫にこそあるのだから。

(研鑽せよ、若人)

 爺臭い言葉を自然と脳裏に浮かべる己の存在に気付き、苦笑する。
 今の彼はつい一週間前着ていた服装ではなく、大き目の作務衣を着ていた。
 常に一定の気温に保たれるアンゼロット宮殿の領域では涼しくもないが暑くもない。修練には向かぬと用意したロンギヌスのどことなく子犬を思わせる少年は首を傾げていたが、安藤は和服を好む質だった。
 あの島ぐらしでは農作業には向かないと諦めていたが、ここでならばこの格好をしていても問題はないだろうと思う。
 そして、そんな彼がいるのはどことなく簡素な佇まいの巨大なる一室。
 無数の結界を張られて、熟練の設計士が設計した、構造そのものが強度性を高める造りになっているトレーニングルーム。
 アンゼロット宮殿の一角で作り上げられたその中で満ちる空気を安藤は嫌いではなかった。
 己もまだ届かぬ剣の道を究める修行者だという自覚はある。
 故に理由も道も異なるが、高みを目指して鍛錬を続けるものたちは見ていて心地がよかった。

(さて、次は誰を見るか)

 あとであの二人には指導をしなくてはな。
 そのことを念頭に置きながら、組み手の邪魔をするのも駄目だろうと考えて、安藤はぐるりとトレーニングルームを見渡し、次なる相手を探した。
 その視線に気付き、我先にと同じ道の、それでいて遥かな高みにいる人物と気付いてか多くの魔剣使いが安藤に挑みかかり、打ち倒されていく。
 しかもそれらは一息にではなく、指南するように柔らかく太刀を受け止め、或いは捌き、或いはその荒さを教えるかのように同じ軌道で打ち払い、その握りの甘さを知らせるかのように魔剣を弾き飛ばした。
267NPCさん:2008/10/19(日) 19:39:33 ID:???
さすがに支援に目覚まし時計は持ってこないですよね
268天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 19:42:17 ID:???
「手首が強張っているな、もう少し柔らかく握るべきだ」

「魔剣に意識が同調していないぞ。もっと感応しろ、魔剣使いならばこの程度の角度の打ち込みは死角に入らん。魔剣に感覚を預け、信じろ」

「握りが甘いぞ。戦場で武器を手放すことは死に直結する愚行だ!」

 息も乱さずに十数人以上のウィザードがへとへとになるまで打ちのめし、トレーニングルームにいるロンギヌス候補生たちは一週間のうちに見慣れた光景だったが、感嘆の息を吐き洩らす。
 そして、少し休憩をいれるべきかと老骨には応える指南に、涼しい顔のまま安藤が考えていると……ざわりとトレーニングルームの入り口がざわめいた。

「む?」

 安藤がざわめく気配に気付き、目を向ける。
 数秒と立たぬうちに彼は得心した。
 トレーニングルーム、その入り口に現れた銀髪の少女を見たからだ。

「皆さん、研鑽に励んでいますね」

 ニコリと少女らしい笑顔を浮かべるアンゼロット。
 その言葉に本性を知らぬ候補生達は心酔した表情を浮かべて、緊張に上ずった声を上げた。
 そんな彼らの様子に、将来の心配を僅かにした安藤は内心ため息を洩らすと、アンゼロットの元へと歩み寄る。

「なんの用だ、アンゼロット。お前がわざわざ来るような場所でも在るまい」

「あら? 私がこのような場所に来るのはおかしいことですか?」

 安藤の憮然とした言葉に、周囲のロンギヌス候補生達がいささか引いているが気にもしない。
 一々アンゼロットの対応に戸惑っていては神経症に陥るのが関の山だからだ。
269NPCさん:2008/10/19(日) 19:43:22 ID:???
支援はさるさんに見つからず、投下を助けるのが第一だ
270NPCさん:2008/10/19(日) 19:47:11 ID:???
あなたに、支援を…(かないみか声で)
271NPCさん:2008/10/19(日) 19:52:46 ID:???
これは……8時の規制解除まちかな?
272天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 20:01:04 ID:???
「まあいいでしょう。どうやら安藤さん、しっかりと教育に励んでいてくれるようですね」

「私は一度受けたものを違えるほど趣味はないのでな」

 そう告げると、安藤はアンゼロットの後ろから姿を見せる数人の少女達の姿に気付いた。

「む? ……志宝エリスとマユリ=ヴァンスタイン?」

 見覚えのあり過ぎる少女達、それに赤羽くれはの姿もあった。
 他にも何名かウィザードらしき人物の姿があるが、その中でも一名ほど安藤が気にかける青年がいた。
 白いジャケットの、私服姿らしい茶髪に染めた青年――柊 蓮司。
 何故か洗い立ての髪や肌をしているが、シャワーでも浴びたのだろうか?

「……久しぶりだな、安藤のおっさん。ロンギヌスに復帰したのか?」

「客分といったところだろうな。そこの女狐にひよっこ達を鍛えなおして欲しいと頼まれた」

 ほんの一時のみだが、己の神罰刀を使いこなして見せた若き魔剣使いを安藤は見据えて……ほぅっと息を吐いた。
 あの日心が荒れて、未熟だった青年はどうだ。
 清流の如き感情のうねりこそ感じられるものの、その瞳には真っ直ぐに前を見据える決意の光があり、その佇まいはほんの数ヶ月とは比べ物にならぬほど精錬されている。
 その振る舞いには成長した力強さが有った。

「……ずいぶんな死地を潜り抜けたようだな、柊 蓮司」

「そうか? あまり意識はしてないんだが」

 今更ながらに思い出す。
 皇帝シャイマールを打ち倒したのは目の前の少年なのだということを。
 そして、傍に佇む少女を見た。
273NPCさん:2008/10/19(日) 20:02:29 ID:???
支援再開なのだ
274天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 20:03:31 ID:???
「久しいな、志宝エリス」

「はい! 安藤さんもお元気そうで!」

「わ、私もいるんですが……そうですよね……私なんてどうでも……」

 よよよと壁の隅でのの字を描き始めるマユリに内心腹を抱えて笑うと、安藤はぐるりと首を曲げて、アンゼロットに目を向けた。

「して、何用だ」

「実は面白い……ごほごほ、素敵な趣向を思いつきまして」

「趣向?」

 嫌な予感がした。
 同じ感覚を読み取ったのか、柊もまたアンゼロットへと向けていた顔を青白く染める。

「柊さん、安藤さん。一手剣を交えてみてくださらないかしら」

「なっ」

「……」

 アンゼロットの提案。
 それにざわりと周囲の空気がざわめいた。
 ウィザードの中でのエースオブエースと目される柊 蓮司。
 過去ロンギヌス最高の魔剣使いとして称された安藤 来栖。
 二人のウィザード、その最高峰に位置する魔剣使いの対峙と聞いて、未だに駆け出しのウィザードたちが興奮と期待に頬を染め、息を荒げた。
 しかし、その引き合いに出された二人はどこか戸惑い、或いは憮然とした顔つきだった。
275NPCさん:2008/10/19(日) 20:04:16 ID:???
とっこーしえんたい!まいる!
276天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 20:05:22 ID:???
「は? ちょっとまてよ、俺さっき海から命からがら這い上がってきたばっかりなんだぞ!?」

 とある任務でスクールメイズの落とし穴から海へと流し込まれた彼はようやく生還したばかりなのだ。
 シャワーを浴びて、回復魔法を掛けられたとはいえ、精神的な疲労はある。

「お遊びで剣を交えるつもりはない」

 にべもなく吐き捨てると、馬鹿らしいと安藤は態度で語り、首を横に振るう。

「そうだな。個人的には決着というか、アンタとは一手指南して欲しい気もするけれど遊びでやる気はねーよ」

 柊は少しだけ真剣な眼差しでアンゼロットを見つめた。
 戦いに遊びは無い。
 見世物にされるなど両方共真っ平ごめんだった。
 バトルマニアでもない魔剣の担い手二人共が拒絶すると、アンゼロットはあらあらと困ったような顔をして、けれどもどこか意地悪な顔を浮かべた。

「でも、若いウィザードたちに可能性を見せてあげるのはよい行いではないのでしょうか?」

 そう告げて、アンゼロットが指し示すと、そこには期待に胸を膨らませた候補生達の熱い視線があった。
 うっと柊が呻き声を上げて、安藤は怯まずにただ沈黙する。
277NPCさん:2008/10/19(日) 20:05:35 ID:???
しえーん
278天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 20:07:20 ID:???
「柊〜、こうなったらアンゼロットさん、絶対に意見を曲げないよ?」

「ひ、柊先輩、それに安藤さんも頑張ってください!」

「お二方の戦いぶりを見れるとは、酷く光栄なことです」

 三者三様の言葉。
 それに加えて無数の言葉が二人の背を押し、外堀を埋めていく。
 逃げるのは不可能か。
 そう悟ったのは奇しくも同じ瞬間だった。
 二人の魔剣使いが視線を上げて、同時に視線があった。

「……安藤さんだったよな、いつぞやの約束叶えてもらってもいいか?」

「いいだろう。あの時からどれほど成長したのか、見せてもらおう」

 にやりと世界屈指の剣士は獰猛なる笑みを初めて見せると、微かに、そう本当に微かに手を振るわせた。
 武者震いである。

(私が喜んでいるのか)

 安藤は僅かに動揺し、それを上回る予感に心を沈めた。
 剣に見入られ、剣に狂うた心が鎌首をもたげて、囁くのだ。

 愉しみだと。
279NPCさん:2008/10/19(日) 20:07:50 ID:???
魔剣使いはすべからく女狐に弱い法則でもあんのかww支援
280泥ゲボク ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 20:09:11 ID:???
一旦ここまで。
一度サル規制を喰らいました。
まだこれだけで三分の一程度ですので、もしも投下予定のある方がいればお譲りします。
もしそうでなければ、また45分ごろから投下を再開します。
頭部部だけでこれだけかかったよ! ORZ
281NPCさん:2008/10/19(日) 20:10:25 ID:???
さるさんに職人の何が分かるって言うんだ!


投下乙。
282NPCさん:2008/10/19(日) 20:41:36 ID:???
さるさんの苦労は痛いほどわかるからなぁ……

泥の人投下乙。
熱くて心臓が早鐘を打つほどに、甘くて舌が蕩け落ちるような、お話の続きをお待ちしています―――。

……つーか、支援はなんのネタかと思いきやアクロスかよww
283泥ゲボク ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 20:45:10 ID:???
ういうい、そろそろ時間なので投下開始します。
怒涛の剣撃応酬――付いて来れますか?(弓兵チックに
支援をお願いします!
284天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 20:46:36 ID:???
 十数分後、トレーニングルームの中央となるフロアで二人は向き合っていた。
 足元は滑りにくく摩擦のかかった、されど無機質な金属にも鉱物にも似た材質の床。
 そこで柊は屈伸をしながら、長い海中生活で痺れて手足に熱を与えていく。
 対する安藤は目して動かず、既に候補生との指導でほぐれた体の熱を吐き出し、呼吸を整えながら疲労を抜き、集中力を高めていた。
 高まる空気の圧迫感。
 見守る見物客達の視線が少しわずわらしいが、戦闘に没頭すればそんなことは消え失せると確信していた。

「最初はどうする?」

 柊はストレッチをしながら、安藤に尋ねる。
 その周囲で見守るエリスやくれは、その他もろもろの視線がくすぐったが、出来るだけ気にしないことにした。

「無論、主は魔剣を使え。私も神罰刀を抜く」

「いいのかよ」

 柊が目を見開く。
 どうせ木剣程度で打ち合う程度だと思っていた。
 相手になどされないと諦めていた分嬉しい誤算だった。

「ああ、だから――」

 ストレッチを終えた柊を見据える安藤の瞳は鋭く冷たい。
 小指から緩やかに指を折り曲げて、鷲爪のような手の平の形を作り出す、まるで柄を握り締めるかのような手の動き。
 そして、構える。
 安藤が構えて、息吹を発した。
 無音なる息、しかしそれに乗って声が聞こえたのだ。

 ――一太刀で終わらせるな。
285天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 20:48:13 ID:???
 そう安藤の瞳は、気配は、息吹は語っていた。
 ぞくぞくと全身の肌が泡立つような剣気、剥き出しの闘気、これが安藤 来栖の気配か。
 柊は己の全身に流れる血液がドライアイスにでもなったかのような冷たく焼かれるような錯覚を覚えた。指先が痺れて、爪先が強張り、全身の肌が固められたかのように強張るのを感じた。
 怖がっているのか。
 恐れているのか。
 魔王と対峙した時とはまた異なる鋭く、どう踏み込んでも首を刎ねられる幻覚しか見えない、斬撃の死神の姿が見える。
 武者震いなどではなく、正真正銘恐怖からの震えを柊 蓮司という魔剣使いは体感し――

(いや、だからこそ)

 一つの意思と可能性を見出し、柊は目をカッと見開いた。
 同時に両手を握り締め、嵌めたフィンガーグローブがぎぎぎと強張った音を立てて、軋みを上げる。

「む?」

 安藤はその様子に僅かに細めた瞳を広げて、和紙の向こう側に墨が滲み出るかのように喜色の念を浮かべてみせた。
 なるほど、やはりこの程度の剣気で怯みもしないか。
 ならばこそ、剣を抜く価値がある。

「構えよ」

「応」

 共に月衣を展開。
 虚空に柄が浮かぶ。
 安藤の横脇には日本刀を思わせる絹糸の柄を。
 柊の側面には西洋剣を思わせる錬鉄の柄を。

 ――引き抜く。
286NPCさん:2008/10/19(日) 20:49:03 ID:???
支援
287NPCさん:2008/10/19(日) 20:49:43 ID:???
しえん
288天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 20:50:26 ID:???
 瞬間、安藤の手に握られたのは麗しき刀身を兼ね備えた一振りの太刀。
 見よ、名工の手によって打ち出された現代の魔刀の姿を。
 その星流れる隕鉄を混ぜ込み、神すらも切り裂くために刃にはマリーアントワネットの血を啜った断頭台の刃を、清正を切った村正を、靖国たたらの玉鋼を持って造り上げられた最高の一振り。

 仇なす凶魔に神罰下し 荒ぶる神にも罰下す
 抜けば焔立ち 振るわば星流る
 神剣名刀切り裂き候 妖刀魔刀神罰刀

 その刃を向けられし魔は怯え、神は震え、あらゆる全てを切り伏せる背筋すらも怖気立つ銘刀。
 抜けば玉散る壮絶至極極めの一刀。
 安藤が振るいし、その神斬の太刀は如何なる障害をも退けるだろう。
 その煌めきに、その凄絶なる気に、篭められし名工の執念が、握り締めた安藤の剣気が、心地よい気温に設定されたはずの大気を凍りつかせる。
 それに抗うかのように、柊の手に引き抜かれたのは一振りの西洋剣。
 巨大なる刀身、全長あわせて身の丈ほどもある剣。その柄には宝玉が埋め込まれ、その鍔はまるで飛竜が翼を広げたかのごとき形。
 誰もが知る、誰もが知らない。
 それは幾多の邪悪を切り裂き、一人の世界を滅ぼした魔神を傷つけ、神をも喰らった魔を葬り、三体の神を殺しせしめた神殺しの刃。
 伊耶冠命神の自殺の引き金、己を殺すために埋め込まれた神殺しの呪。
 その呪により金色の魔王と讃えられし裏界第一位の魔王にして古代神を引き裂いた。
 さらには世界に絶望した神の分身をも葬った。
 古来より伝わる伝説の一振り。
 星の巫女の守護者、七本のうちの一振り、その内でも魔王の欠片たるヒルコを喰らいて進化し続ける魔剣。
 それが柊の剣。
 共に神をも殺せる資格を、存在を、魔王すらも恐れさせる魔剣の担い手たちに握り締められ、この世界に姿を現す。
 誰かが怯えた気配を見せた。
 誰かが息を飲む気配があった。
 だが、知らぬ。
 そんなものはどうでもいい。
 その手に魔剣の感触があり、対峙すべき相手がいるのだから、他のことになど目を向ける余裕などありはしない。
289NPCさん:2008/10/19(日) 20:52:11 ID:???
ついてこれるか、じゃねえ支援
290NPCさん:2008/10/19(日) 20:52:31 ID:???
しえんの!
291天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 20:53:00 ID:???
「相変わらず……化け物じみた魔剣だよなぁ」

 柊が軽口を叩く。
 かつて数秒だけ借りた魔剣。
 しかし、振るい終わった後に柊はその手を握り締め続けて、エリスや他の皆には伝えなかった事実がある。
 手が焼かれたのだ。
 例え魔剣の振るい手が認めようとも、魔剣が認めるのはただ一人。
 その拒絶反応は確かにあった。
 だがしかし、それ以上に神罰刀、それが秘める凶気なる力に柊の手が悲鳴を上げた。
 並みの人間が握り締めれば瞬く間にその力に溺れるか、それとも手が千切れ飛ぶか。
 それほどの魔剣、魔器、妖刀魔剣すらも切り裂くとはよく言ったものだと柊は思う。

「なに、老骨の手にはいささか重いが、大したことは無い」

 そう告げる安藤の瞳には自惚れも力に対する酔いなど微塵もなかった。
 かつて強大なる七徳の宝玉の一つを封じ続けた魔剣、それは役目を終えて、魔剣使い安藤 来栖の手に戻ったのだ。
 知る者が知れば絶叫すべき事態。
 そして、柊はそれに挑みかかろうとしている。
 腰を落としながら、じわりと吹き出す汗を抑えられるとは思えなかった。

(やべえ。下手に攻め込んだら――どう足掻いても斬られる)

 脳裏に浮かぶ一刀の元に切り伏せられる自分の死に様。
 何十種類と考える攻め打ちを思考するが、どれも失敗のイメージしか浮かばない。
 じりじりと爪先で進む、間合いを計る、普段にはない行動。
 そんな柊に薄く笑みを浮かべて、安藤は告げる。

「来るがいい。慣れぬ行為は無理となるぞ」

「っ」
292NPCさん:2008/10/19(日) 20:55:59 ID:???
−−身体は支援で出来ている−−
293NPCさん:2008/10/19(日) 20:56:02 ID:???
てめぇのほうこそ―――

支援
294天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 20:56:16 ID:???
 安藤はあえて誘うかのように足を踏み出した。
 とんっと恐ろしくあっけない踏み込み、されどそれは確かに互いの間合いを埋めて、そして柊には巨大地震の如く偉大なる一踏みに思えたのだ。
 怯めば負け、立ち止まれば負ける。
 ならば――進むしかないだろう。

「ぉ」

 喉を鳴らす。
 全身の細胞に気合を発し、柊は吼え叫びながら、ただ真っ直ぐに前進する。

「ぉおおおおおお!!」

 それは室内全てが震えるような巨大なる声。
 同時に柊の姿がほぼ全ての人間の目から消える。
 プラーナを解放、足腰に叩き込み、音速を超える踏み込みを行った。
 纏う月衣が音響の壁を相殺し、どこまでも無抵抗な待機の中を一足の元に詰めて。

「遅い」

 振り上げられた旋風の如き一太刀を、雷光の如く放たれた一閃の斬撃が弾いて、散らした。
 火花が散る、二振りの魔剣の初撃に、流星のごとく、落雷の如き火花と轟音が鳴り響く。

「うわ!」

「すごい」

 ギャラリーの声が語り紡がれるよりも早く、二人の剣士の行動は次の次の次の手順まで終えていた。
295NPCさん:2008/10/19(日) 20:58:14 ID:???
行くぞ、さるさん−−規制の貯蔵は充分か 支援
296天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 20:58:46 ID:???
 初撃は弾かれた、されどのその反動を無理に殺さず、柊は爪先のみで軸を返すと、その切り返しだけでブーメランのように舞い戻る斬撃を打ち放つ。
 その一撃に安藤は僅かに神罰刀の尖端を揺らすと、ゆらりと亜音速で迫る剣撃を受け止め、インパクトの刹那に捻じ曲げた刀身の揺らぎのみで捌いてみせる。
 完全に見切られている、舌打ちを洩らしたい気持ちを押さえ込み、柊は流されかける手の動き。
 それを握り締めたもう片方の手で柄に掌打を打ち込み、無理やりに体勢を整えて見せた。追撃に迫る斬首の一刀、それを弾き上げて、柊は風に飛び去るように僅かに間合いを広げる。
 安藤の眉が歪む、ほんのぴくりとした反応、完璧な動きの乱れのはずだった。
 それに反応し、立て直したのは幾多の経験が故にか。

「なるほど」

 得心するかのような一言。

「なんだ?」

「いや、気にするな。ただの独り言だ」

 しかし、意味のある独り言だった。
 今度はこちらからと告げるかのように、安藤が間合いを狭める。
 ほんの僅か、されど柊が気付かないうちに――一足一刀の距離に潰されている。

「っ!?」

 誰が気付こうか、注目などしない、その足元。
 安藤は足袋を履いていた、さらに長い裾のある作務衣を着ていた。
 これこそが不可思議な現象の秘密。
 裾を持って足首を隠し、指先を持って進むすり足が技法。
 人は人の動作を見て、その距離感を把握する。
 まったく姿勢が変わらずに進む直線エレベーターの人間を見て、パッと見で距離感を図ろうとして失敗した経験は無いか。
 上半身の体勢が変わらずに進むそれは間合いを狂わせる魔法のような動作。
 そして、既にそれは互いの領域だった。
297天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 20:59:40 ID:???
「チェストォ!」

 苛烈なる声。あえて叫んだのは柊に反応を齎すためか。
 振り抜く軌跡は流星の如く煌めきに満ちた神罰刀が一刀。
 その太刀を、音速を超える斬撃を反応したのはもはや無意識。
 動体視力では終えぬ、脳の思考では追いつけぬ、ならば肉体に刻まれた反応でしかあるまい。
 故に無意識に、或いは意図的に、柊と安藤は斬撃を繰り出し始める。
 金属音を響かせ、落雷の如き火花を鳴らし、轟風となる衝撃破を撒き散らしながら、斬る、斬る、斬る。
 ようやくエンジンが掛かったとばかりに互いの速度が高まり、縦横無尽、変幻自在と軌跡が刻まれ、描かれていく。
 その凄まじき光景は壮観の一言に尽きた。
 候補生達は激しい攻防に目を白黒させて。
 エリスは互いに致命傷に至るだろう剣撃の応酬に胸をはらはらさせて。
 くれははわーと驚愕に顔を歪めながらも、息を呑み。
 コイズミは出来うる限り冷静に二人の戦いを見続けようと考え。
 マユリはついていけないとばかりに考えながらもその強さに胸を高鳴らせ。
 アンゼロットはあらあらと楽しげに笑みを浮かべる。

「ぉおおお!」

 言葉が行き交い、鋼鉄の爪がぶつかり合い、斬光が空間中を埋め尽くす。
 己の圏内を全て埋め尽くすような斬撃剣撃一閃の刃が、柊のあらゆる角度から打ち出され。

「むぅう!!」

 それを返すかのように、安藤の周囲全てを切り砕くかのような銀閃の輝きが空に瞬く流星雨のように煌めき、金属音を奏でながらその全てを弾き返す。
 その応酬に柊は顔を歪め、安藤はにやりと僅かに頬を吊り上げた。
 その事実に気付いたものはいない。
 何故柊が顔を歪めたのか、安藤は笑ったのか。
 それは打ち出される剣撃が弾き返されたことにか? 否、それだけならばいい。
 問題なのはその角度、弾き返された刃の立つ角度だった。
298天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 21:00:23 ID:???
 如何なる魔技か、柊の振り抜いた刀身、その微妙に異なる角度、その方角、その全てを鏡写しのように安藤は打ち返したのだ。
 僅かな0.000000ミリのズレもなく、針の先程の厚みしかない刀身のそれを一度合わせるだけでも数学者からすれば偶然の一言で片付けるしかるまい事象を数十、数百、数千回と繰り返す。
 剣の極み、薩摩流剣術を学びし安藤の刃は50年の修練を重ねて神の領域に到達しているのか。
 柊は汗を止めることが出来ず、安藤はただ静かに刃を交えるのみ。
 勝てないのか。
 力量の差は打ち合えば打ち合うほどに広がっていくのが分かる。
 けれど、それでも――

「やる! やってみせる!!」

 このままでは“あの背中には届かない”。
 そう叫ぶかのように柊は高速のステップをさらに踏み変えて、速度のギアを上げた。

「む!?」

 ぐんっとキレの上がった柊の動き、それに安藤が活目し――瞬間、脇腹に迫った刃を打ち払う。
 がぁんと金属音が済んだ音を立て……それよりも早く、次なる一撃が安藤の頭頂部を叩き割らんと迫っていた。
 それを躱す、さらに追撃、それを捌く、さらに叩き込む、それを弾く、さらに繰り出す。
 終わらない、とまらない、息することすらも忘れた亜音速から遷音速へと速度のギアを変えて斬舞が踊り抜かれる。
 如何なる無茶か、爆発的な速度の上昇に安藤は噴き上げるプラーナの輝きに、そして柊の握った魔剣の息吹を感じ取る。
 感応。
 それをさらに高めたか。

「ならば」

 その瞬間、初めて安藤がプラーナを発した。
 清浄にして鮮烈なる存在力の活性化、骨が軋み、肉が脈立ち、全身の血流が強まり、言葉に出来ぬ恍惚にも似た違和感を感じる感覚。
299NPCさん:2008/10/19(日) 21:00:46 ID:???
了解した―――支援に堕ちろ、書き手。
300天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 21:03:05 ID:???
 それを用いて手首を強化し、安藤は降り注ぐ斬光の雨を切り凌ぐ。
 捌き、払い、叩き、受け止め、流し、躱す。
 そうして回避しながらも、安藤は手を緩めず、隙を見て斬撃を放ち、柊もまたそれを受け止めながら荒ぶる風のように渦巻き、追撃の刃を奔らせる。
 踏み踊られる剣士たちの舞踏に、強固なる床が悲鳴を上げていた。
 体重を乗せた剣士達の踏み込みは空手家の正拳突きにも匹敵する衝撃を与えて、それが隙間無く叩き込まれ続けるのだ。
 頑強なる床が軋みを上げる、まるで人外魔剣の領域に達した二人への喝采のように。

「柊!」

 何千回合目か、憶える暇もなく、興味もなく数えない一刀の果てに安藤は告げた。

「お前は私の背後に何を見る」

「っ!」

 安藤は気付いていた。
 柊が己を秤として、誰かを見据えていると。
 強く、強くならんとする見る見る間に成長をし続けるこの若き魔剣使いが辿り付かんとする相手が気になった。

「決着をつけていない奴がいる。それだけだ」

 それは一人の騎士。
 かつて星降る夜の魔王と名づけられた最強最悪の魔王。
 その魂と化した一人の少年を救えぬことを悔いた騎士がいた。
 かつて柊の前に現れ、くれはの魂を奪った騎士がいた。
 そして、和解の果てに共に度を潜り抜け、最後には柊を、そしてある少女と女性を先に行かせるために大魔王に一人で挑みかかった騎士。
 大魔王を一人で葬る異界屈指の騎士、女垂らしの男だった、どこか人格として問題もあった、けれども悪い奴ではなかった。
 大魔王と交戦した後の彼の消息を柊は知らない。
301NPCさん:2008/10/19(日) 21:04:43 ID:???
俺がっ、お前に使える支援を用意してやるっ!
302天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 21:05:54 ID:???
 けれども信じている。
 奴は死んでいないと、どこかで暢気に剣を振るっていると。
 決着を誓ったのだ。
 再戦を約束したのだ。
 そして、未だに柊は彼に勝てる気がしない。
 その日の約束を果たし、今度こそ勝つと己を高め続ける。

「だかららぁあああああ!!」

 吼える、獅子の如く。
 貫く、どこまでも。
 切り開く、己が未来を。
 魔剣の感応をひたすらに高め、握る手すらも解けて混じり合うかのような錯覚を覚えながら、さらにさらにさらに速度を跳ね上げ、力を膨れ上がらせていく。
 その一刀は魔斬神滅の一振り。
 神殺しの刃、それはどこまで強大なのか。
 並みの武具ならば受け止めることすらも許されない一撃、だがしかし、それを受け止めるのが神罰刀ならば?
 神すらも切り伏せるための刃、現代に造り上げられた銘刀の一振り。
 そして、忘れるな。
 それを振るうのはこの世界最強の魔剣使いであることを。

「ならば!」

 安藤は迫り行く一撃、それを真正面から挑みかかり、否挑戦を許可し、踏み込んだ。
 老骨ならざる力強い踏み込み、まるで追い風にでも吹かされた木の葉のように軽やかに、されど振るう刃の重みは巨人の一振りか。
 神殺しの剣と神すら仇なす刀が噛み付きあう。
 衝撃がじぃいんと唸り声のように刀身を震わせて、音は漏れでない。
 対した衝撃ではなかったのか? 否、その真逆である。
 前へと叩き込まれた衝撃は他への露出を許さず、二人の剣気そのものを形作るかのようにその威力の全てを一振りの刃に押さえ込んでいた。
303天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 21:08:25 ID:???
「見事」

 剣気そのものを刃と成した柊の技量、気迫、その全てを安藤は褒め称えた。

「ありがとよ」

 柊は短く礼を告げる。
 その間にも数千回にも及ぶ攻防があった。
 魔剣の尖端を、峰を、力加減を、幾度も幾度も変化させ、突き進まんとする創意工夫の応酬。
 まるで激しく体をうねらせる性交の如き淫靡さ、美しさ、二振りの刃が憎悪とも言える愛を囁き、相手を蹂躙しようと唸りを上げる。

「――殻は剥がれたか」

「?」

「息吹は発したということだ。そして、私もまだよちよち歩きのひよこに過ぎん」

 安藤から見れば、否、剣の道から見れば柊など所詮卵から生まれでて、ようやく殻を剥がしたばかりのひよこも同然だった。
 そして、安藤もまたよちよち歩きのひよこのようなものだった。
 途方もなく高みにある剣の極み。
 それを極めるには才が足りぬ、時間が足りぬ、振り抜いた刃の数が足りぬ、築き上げた骸の数が足りぬ。
 外道鬼人の類ならば狂いながら骸を築き上げ、未知なる剣の頂点へと達するための積み上げ続けるだろう。
 剣に生きたものならば、その生涯を剣によって成り立たせ、振るい抜いた刃の一振りを持って天に届くほどの刃を生み出すことを生涯の理由と変えるだろう。
 未知なる、届かぬ、途方もない剣の道。
 如何なる魔王を殺そうが、それに何ら価値はない。
 裏界の魔王が聞けば屈辱に喚き散らすだろうが、かの者如きは剣の道には要らぬのだ。
304NPCさん:2008/10/19(日) 21:09:37 ID:???
《支援すべき黄金の剣》
305天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 21:11:01 ID:???
 人は何故強い?
 知恵があるからだ。
 そして、道具があるからだ。
 原初の人が生まれたときには石を持ち、或いは棒を持ち、己が欲望のために打ち殺しただろう。
 それが始まり。
 一つの棒、それを振るうやり方を考えて、それに殺傷力を持たすための鋭く尖った石を括りつけた。
 鋭く尖った石斧は次第にその刃先に尖った刃先を造り上げ、槍と買えた。
 そして、石そのものを鋭い棒に変えて、幅広い刃を手に入れた。
 それが始まり。
 試行錯誤の果てに生み出されし無骨なる剣。
 それをもっと上手く使いこなそうと考えるのが人だった。
 そんなたった一つの道具に、未知なる道を見出し、溺れるのが人の性だった。
 分からぬか。
 分からないだろう。
 たった一振りの刃、それを振るう意味を、それを握る人生を、それのみに捧げる信仰者の如き人生を。
 世界最強の魔剣使いは断じる。
 私はまだ未熟だと、剣の桃源郷に足を踏み入れてはいるものの、その先は険しくどこまでも遠い。

「極めきれるか。そして、たどり着けるか、柊 蓮司」

 己が生涯の半分以上をつぎ込んでもなお届かぬ、先すらも見えぬ無限の高み。
 果ては無いかもしれない。
 終わりなどないかもしれない。
 されど、誰もが求めるのだ。
 たった一振り、神ではなく、魔ではなく、世界すらも、己が心すらも酔いしれるたった一振りの刃を求めて研鑽を重ね続けるのだ。
306天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 21:13:51 ID:???
「――さあな」

 そんなのは分からない。
 剣の使い手、剣士としての喜びは在る。
 ないとは言わない、己の生き方に誇りすらも混じっている。
 けれども、未だに柊は力を求める理由を他者に依存している。
 無欲なのだ。
 誰かを護り、約束を果たし、それが出来るだけの力があればいいと謙虚なる心。
 求道者に必要不可欠な欲望が彼には無い。
 だがしかし、しかしだ。
 他者を護る、その力がどれほど難しいのか、彼は気付いていない。
 果てのない、究極なる力だと気付いていない。
 他者を護る?
 それが世界すらも滅ぼす魔王だったのならば?
 それが世界を闇へと陥れる冥魔ならば。
 それをすらも退けると、退ける力が欲しいと願わんとするのはまさしく最強を求める欲求ではないか。

「なるほど。柊、お前の理念は理解した」

「そうか」

「ならば、今のなる剣、その全てを叩き込んで来い」

 何を語る。
 先ほどまでの一撃、その全てが柊の全身全霊を篭めた斬撃だった。
 安藤はそれを見切れなかったのだろうか?
 否、見切ってはいる、それが柊の全身全霊の刃だと知っている。
 されど、果てではないのだ。
 その言葉を肯定するかのように、同時に刀身を弾き上げ、腰を捻り、手首を返し、腕を曲げて放たれた一刀。
 それは壮絶なる絶刀だった。
307NPCさん:2008/10/19(日) 21:15:38 ID:???
通りすがりに支援
308天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 21:16:41 ID:???
 神罰刀、それを握った安藤でなければ瞬く間に首が刎ね飛ばされるだろう刃。
 それを回避し、安藤は笑みを深める。
 薩摩流剣技、蜻蛉の構えを即座に浮かべて、薙ぎ払うかのように柊に襲い掛かるのは巨人の如き鉄槌斬打。
 受けれるか? かつて侯爵級魔王でさえも止められなかった超弩級の斬撃、その一打を柊は受けれるか。
 二の太刀いらず、初撃にして必殺、下手な真剣ならへし折れ、そうでなくとも押し切られる気が狂ったと称される孤剣の一振りを。
 そうだ、受け止める。
 刀身の脇に片手を添えて、世界すらも震撼するだろう斬撃を受け止める。
 衝撃が迸る、大気に浸透する、風が唸り、一瞬誰もがアンゼロット宮殿が揺れたと勘違いをした。
 この爪先の下には母なる大地はない。
 地球でなければその衝撃を受け入れられないというのか、星をも振るわせる一撃だったのか。
 それを受け止める柊の全身は一瞬砕けたと錯覚し、されどそれは幻覚だと、己は生きていると瞬く間に再起動し、痺れの残る手を奮い立たせて、弾き払う。
 だがしかし、さらに繰り出される三連撃。
 雲耀、五行、左剣。
 蜻蛉を合わせて奥義の四連、常人ならば四度は死にいたる絶技の数々。
 全てが殺す、全てで討ち取る、その気迫が混じった刃の数々。
 音速すらも突破、超音速の刃の応酬。
 もはや見えぬ、もはや捉えられぬ、それを理解した柊は――目を閉じた。

「柊!?」

「先輩!」

 二人の少女の叫び声、自殺行為と思しき行動に悲鳴が聞こえる。
 されど、安藤は喜びに満ちた。
 剣に焦がれ続けた孤独なる刃の使い手のみが、その意味を理解する。
 一秒が一時間に、一瞬が一秒に、一刹那が一瞬に、六徳が一刹那に、虚空の時間すらも捉え切る。
 加速された空間の中で柊は迫る白刃の殺意を視た。
 故に、柊はそれを弾き払う。
 魔剣を信じて、己の相棒を信じて、その雲耀の一撃を切り払う。全てを瞬く暇に捌いて、弾いてみせた。
309NPCさん:2008/10/19(日) 21:17:43 ID:???
この支援、届かぬ道理は無い!
310天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 21:19:39 ID:???
 
 金属音は響かない――音よりも早いから。
 火花は散らない――散るよりも早く刃が離れるから。
 衝撃破は撒き散らされない――風よりも早いから。
 奥義四連、全てを凌ぎきる。
 それも目を閉じて、視界を封じたままの漆黒の闇。
 その反応を何とすればいい。光速か、それとも神速か。
 全身の筋肉が悲鳴を上げて、骨身が汚物を吐き散らすかのように痙攣を繰り返し、全身に刻まれた浅傷から血が流れるも、その感覚は彼にはない。
 森羅万象。
 心眼の極み、その疑似に至る。
 魔剣使いに許された感覚、己以外の知覚部を頼り、それに没頭し、無意識の領域に陥る。
 疑似森羅万象の極みというべきか。
 正式な剣など学ばず、実戦経験のみで身につけ、磨き続けた野生の如き剣、それは途方もなく広い大河の如き剣の道を突き進み、その先にある剣の桃源郷に足を踏み入れる。
 感覚がさらに削ぎ落とされて、映るのは己の剣、対峙する安藤の剣、それのみに視界狭窄に陥っていく。

「見えるか、それが魔剣使い、その初歩にして王道だ」

 柊に、そして見つめる全ての存在に告げるかのように安藤は静かに言葉を続ける。

「入ったか、柊 蓮司。剣の道に、今ようやく」

「ああ」

 目を見開く。
 視界は晴れ、されど感覚は残り続ける。
 虚ろなる瞳、それは遠くを見渡し、そして何かを掴まんとする若き獅子の震えか。
311天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 21:22:10 ID:???
「ならば、来い。そして、私を最強と思うな。未だに先は多く、途方もない道のりだ」

 彼は知る。
 彼らは知らぬ。
 二人の魔剣の使い手、それを同格にして、それを越える剣技の持ち主を。
 安藤を越える剣の使い手、異世界ラース=フェリアに存在する剣聖クリシュ=ハーゲン。
 彼女ならば安藤の剣を見て、涼やかに唇を綻ばせ、対峙するだろう。
 氷魔騎士団団長バロック=ロストール。
 神速の剣の使い手、その極みを確かめんと刃を交えるかもしれない。
 そして、不凍湖の騎士にして柱の騎士すらも勤めた騎士、柊が宿敵たるザーフィ。
 その大魔王すらも切り伏せる刃は未だに成長を止めぬ、大剣士。
 千年、気の遠くなるような永劫の時より月の冥魔を封じ続けた勇者の系譜、月代一臣。
 もはや役目を終えて、消え去った彼の剣技は如何なるものだったのか、知るものは既に少ない。
 そしてそれを越える理不尽たる魔王、冥魔王、その中にはさらなる敵がいる。
 安藤すらも太刀打ちできぬ猛者たちがいる。
 そして、柊。
 彼は知る。
 彼が知り、知らぬ可能性もある。
 青き惑星の守護、太古の昔より転生を繰り返し、偉大なる聖剣を携えた少年がいる。
 今は闇に閉ざされた世界、けれどもきっと生きていると信じる森炎の騎士の愛娘である魔王殺しの剣を担う少女がいる。
 月の守護者、その後継に選ばれし焔の遺産を用いた少女がいる。
 剣を極め続けるもの、新たなる可能性を携えしもの、存在する剣の世界。
 喜びに打ち震えるべきか。
 否、狂うべきだ。
 狂乱にゆがみ、酔いしれ、世界の残酷なる美しさに恍惚なるべきだ。
312NPCさん:2008/10/19(日) 21:24:39 ID:???
「支援するのは構わんが…、アレを倒してしまっても構わないのだろう?」
313天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 21:24:46 ID:???
「越えて見せろ。そして、たどり着け。見果てぬ剣の先をぉ!」

 安藤が吼える。
 この日一番の気合声が大気を震撼させた。
 室内全ての人間が肌を泡立たせ、その魂を震わせただろう爆雷の如き雄叫び。
 そこから振り翳されるのは鍛錬を重ね、研磨を重ね、思いを重ね、年月を重ねた超重量の一太刀。
 如何なるものですら逃げられぬだろう。
 その一太刀、柊は怯むことを考える、けれども肉体は、魂は吼えるのだ。
 進めと。
 退くことは許されぬと。

「越えてみせる!」

 魔剣を振りぬき、鮮烈なる刃が、重厚なる刀身が火花を散らし、魂すらも震わせていく。
 登る時だ。極める時だ。
 速度を上げていく、未知なる神速の領域へ。
 互いに高め合い、加速し続け、さらに相手を凌駕しようと強くなる。
 未だにこの老骨に振り絞れるだけの才気があったのか。安藤は喜びに狂いながら、剣撃を繰り出し。
 柊は痺れの残り続ける衝撃に歯を食いしばり、頬を切り裂かれる刃の鋭さに恐れを感じ、その偉大さを噛み締める。
 届かぬ、遠い、どこまでも距離がある。
 だからこそ、走れ、走りぬけ。
 前のめりに倒れこめとばかりに魔剣を振るいて、柊は己の限界を数瞬単位で上書きしていく。
 先ほどまでの自分を乗り越えて、未来の自分に同調し、視認すらも不可能な太刀を振るい続ける。
 もはや一瞬では追いつかぬ、刹那でも足りぬ、六徳で数え、虚空にて理解する。
 共に剣の桃源郷、その領域に至る剣客が二人、互いに刃をぶつけ合う、先へと進むための斬撃を放つのだ。
 高速斬舞空間。
 誰にも辿り付けぬ、二人の領域、それに割り込めるとしたら先に上げた安藤すらも越える剣聖、神剣、剛剣、永劫の刃の担い手のみ。
 故に故に故に、全て、誰もが、介入できぬ二人だけの魔境と成して、周囲を切り払う剣撃領域と成した。
314NPCさん:2008/10/19(日) 21:35:57 ID:???
止まっちゃった?
315NPCさん:2008/10/19(日) 22:00:35 ID:???
さぁ―――楽しい楽しい死合いのはじまりはじまり―――!
支援
316天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 22:01:21 ID:???
「は、はわわわわ! どうしょう! これって――もう手加減とかそういう領域じゃないよね!?」

 くれはが声を上げる。
 されど、それは空しく目の前の二人の攻防に微塵たりとも影響を与えることが叶わない。
 柊が繰り出すのは首を刎ねる斬首の一刀。
 それが六連、交差に刎ね飛ばし、完全無欠に殺さんと迫る魔剣の刃。
 唸りを上げる死神の鎌の如き襲来を神罰刀が迎え撃ち、空気を爆ぜさせながら、振り抜かれる閃光の如き迎撃嵐が弾いて凌ぐ。
 その刃、その一刀、全てが殺意に篭められていて、見るものたちが汗を吹き出し、待ち受ける未来に焦り出す。
 終わるのか? それほどの長い――実質的には短い時間だが、濃密なる攻防に錯覚を覚える。
 いつ終わってもおかしくない――どちらの一撃が切り込めば、即座に致命傷。
 待ち受けるのはどちらかの骸、或いは共に死に果てるのか。
 単なる見物が、真剣極まる殺し合いになるとは誰が想像するだろう。
 誰もが酔いしれて、候補生達は己と同じウィザード、その最高峰たる領域、人はこれほどまでに辿り着けるのか。
 どこまでも強くなれるのか、その可能性に魅了されて気付かない。
 待ち受けるのはどちらかの死であり、振るうは危険極まる凶器の暴力だというのに、それを巡るのが命だから故にか。
 それは崇高なる芸術品にも勝る美しさ。
 誰が穢せるのだろうか。
 一度踏み入れば無意識のうちに両者に一撃によって切り捨てられるかもしれぬ。
 僅かな大気の流動、それすらも掴み取り、半ば無意識領域にありながら、己の肉体に刻ませた千を満たし、万を凌駕し、億にも達する刃の軌跡が自動的に放たれる。
 声をかけても届くまい。
 それほどまでに集中しつくしている剣士が二人。
 その様子にエリスが瞳を潤ませて、アンゼロットに振り返る。

「あ、アンゼロットさん! このままだと」

「……そうですね」

 常識を凌駕し、剣撃の至高へと乗り上げんとする剣士が二人。
 如何なる刃を重ね、その究極の一太刀を手に入れんと足掻く浅ましくも愚かしく悲しい魔剣たちの担い手。
 それを見据える銀髪の少女は心をときめかせながらも、揺らがぬ表情を装い、告げた。
317NPCさん:2008/10/19(日) 22:02:51 ID:???
げきてつ、おこせ

支援。
318天へと捧げる一刀 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 22:04:20 ID:???
「心配はいりませんよ、エリスさん」

「え?」

「柊さんならばともかく、安藤さんは落としどころに気付くでしょう」

 賭けに近いですが。
 そう考えて、アンゼロットは内心迂闊に考えた趣向に反省を浮かべながら、ゆっくりと息を吐き出した。
 そして、それは実際に正しい。
 決着の時は近かった。

(つええ!)

 刹那を凌駕し、六徳を埋め尽くし、虚空の時を刻みながら、億にも至る刃の射出の果てに柊は内心呟いた。
 如何なる太刀を繰り出そうとも、どのような奇策を用いようとも、思いの限りの力を叩き込んでも、目の前に立つ初老の男――安藤 来栖の剣は揺らがず、突き崩せない。
 全身が悲鳴を上げていた。
 刹那単位で剣撃を撃ち放つ全身の筋肉は断末魔の絶叫を上げて、既にぶつぶつと皮膚の下で無数の毛細血管が急激なる血流の動きに耐え切れずに千切れている。
 骨は疲労により磨耗し、骨折寸前、砕け散るのも限界近い。
 かつて魔王と戦ったことがあった。
 その時は圧倒的な力に叩き潰されかけ、それでも諦めきれずに刃を振るい続けた。
 かつて魔神と戦ったことがある。
 その時は悲哀と憎悪に満ち満ちた波動に翻弄され、焼き爛れそうになる己を叱咤し、仲間と共に戦い抜いた。
 かつて古代神と戦ったことがある。
 桁の違う存在感、次元が違う、領域が異なる、眼前にするだけで怯え、魂が崩壊しそうな、思い出すだけで恐ろしい恐怖、奇跡のような勝利。
 かつて世界を構築する神を戦ったことがある。
 絶対的なる力、誰も勝てるはずのない神の領域、けれども支える少女が居た、護らねばならない誰かが居た、だから立ち向かえた。
 それがない。
 それとは異なる。
 ただ一人だけで、ただ己の欲望のままに、ただ剣の喜びのままに戦う。
 それは未体験の感覚、けれども確かな喜びであり、力だった。
319NPCさん:2008/10/19(日) 22:05:58 ID:???
もっと、もっとだ。
もっと―――輝けええぇぇぇぇっ!!!

支援。
320NPCさん:2008/10/19(日) 22:07:44 ID:???
では、僭越ながら。支援させていただきます。
321天へと捧げる一刀 代理 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 22:20:03 ID:???
魔剣が囁く。
 ――狂えと。

 魔剣が告げる。
 ――見出せと。

 剣の道を、どこまでも天上に伸びる果て無き世界に足を踏み入れたのだ。
 ならば、進め、己の限界を踏み越えて。
 だから。

「おぉおおおおおおおおおおおおおお!!」

 虚空の時、額を貫かんとした一つの刺突。
 それをしゃがんで躱し、床を豆腐のように切り裂きながら、柊は前に踏み出す――否、進む、滑るように“すり足”で。

「喰らったか!」

 そう叫ぶ安藤の声がしたような気がした。けれどありえない。今の領域は、今の時間は声すらも届かぬ、六徳よりも短い虚空の繰り返しなる時間の積み重ね。
 二つの虚空を消費し、三つの虚空を食い潰し、合わせて五つ、六徳の時間を掛けて魔剣を空へと飛翔する竜の如く振り抜いた。
 それは遥かな高み、遥かな遠き位置、トレーニングルームの窓から映る碧き惑星。
 それを真っ向から両断し、切り裂いたかのように見えるのはあまりにも鋭すぎる斬撃の幻覚か。

「――勝つ!」

 柊は叫ぶ、加速した意識の中で、唇を動かすよりも早く、次の動作に移りながら。
 柊は考える。
 如何なる太刀をも、如何なる角度でも破れなかった安藤の剣。
 ならば、それを突き崩すにはどうするか?
 単純だ――今までよりも強力な一太刀、それしか方法は無い。
322天へと捧げる一刀 代理 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 22:20:55 ID:???
故に柊は天へと掲げた魔剣を背負いなおし、異様なまでに高い八相の構えを取る。
 その正体に安藤だけが気付いた。
 そして、笑う。
 薩摩示現流、蜻蛉の型。
 それを使いこなそうというのか、二の太刀は要らず、初太刀にて全てを決めるかつて気が狂うたものの剣と言われた刃を。
 安藤が厳つい顔を歪めた、鬼の形相、剣に狂うた剣鬼の顔を。
 神罰刀、それが鬼の手に握られ、振り翳されるだろう怒涛の刃に備える。

「こい」

 脇取りに構え、虚弱なる刃ならば受け止め、捌き、一太刀に切り伏せる。
 そう告げる剣気、双眸、気配。
 そして、柊は答えず、ただ足を踏み出して――


 生涯最高の一太刀の一つと呼べる一撃を繰り出した。


 ただそれだけだった。
323天へと捧げる一刀 代理 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 22:21:41 ID:???
誰もが息を飲んでいた。
 柊が最後の一太刀を繰り出した、それを気付いたのは二人の剣士の動きが止まったからだった。
 柊は上段からの振り下ろし、安藤は横薙ぎに振り払う一閃、交差するかのように激突した魔剣と魔剣。
 そして、その二人は息すらも止めて……ピシリと軋む音がどこからともなく響いた。

「……私の負け、か」

 神罰刀、その刀身に罅が入っていた。
 如何なる凶魔を、魔王を切り裂いても決して傷つくことの無かった至高の銘刀がひび割れていたのだ。
 そして、柊の魔剣には幾多の激突に刃こぼれを起こしてはいるものの、この程度ならば魔器自体が持つ自己修復力で再生するだろう。

「いや、武器の差だ……あのままなら、俺はアンタに斬られてた」

 渾身の一刀は完全に衝撃を殺されていた。
 そのままであれば、捌かれて、返す一太刀で柊の首はなかっただろう。
 全身全霊を振り絞ってもなお安藤の領域には遠い。
 それを柊は痛感し、だsがしかし安藤は苦々しい表情を浮かべるのみ。

「得物の良し悪しなど理由にならん。このままであれば私が負けていた、それが事実だ」

 ふぅっと息を吐き、残心を済ませて、安藤が神罰刀を月衣に納める。
 同じように柊もまた人心地が付いたのかと息を吐いて、月衣に魔剣を納め――瞬間、放たれた拳打を躱して見せた。

「何すんだよ!?」

「いやなに、残心を忘れていないかと思ってな」

 予備動作なしで拳打を放った安藤はいつの間にか噴出していた大量の汗を手の平で拭うと、アンゼロットに向き直る。
324NPCさん:2008/10/19(日) 22:21:50 ID:???
代理……大変じゃの。

支援
325NPCさん:2008/10/19(日) 22:21:57 ID:???
支援、有効です
326天へと捧げる一刀 代理 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 22:22:30 ID:???
「アンゼロット。あとで神罰刀の修復を頼む、いささかこの老骨には答える試合だった」

「……でしょうね、それで安藤さん、貴方は柊さんをどう見ましたか?」

 優雅なる顔を取り戻したアンゼロットがそう告げると、安藤は鋭く重々しく響くような声でこう告げるのだ。


「鍛錬を重ねるしかあるまい」


 最強の魔剣使い。
 彼が下した結論は厳しく、甘くもない一言のみだった。

 されど、彼は知っている。
 彼は理解している。
 己が老骨を乗り越える気質を、覚悟を、経験を柊は兼ね備えていると。
 いずれこの世界のみならず、さらなる異界の果てで地獄を潜り抜けるだろう若き青年に、安藤は期待に胸を膨らませた。

 次なる戦いの時を待つ。

 いつか天へと届く一太刀を会得するために、彼は剣を重ね続ける――
327天へと捧げる一刀 代理 ◆265XGj4R92 :2008/10/19(日) 22:23:28 ID:???
あとがき

 投下完了です。
 長々とすみません。
 そして、アクセス規制されましたので途中から代理をお願いしました。
 長い剣撃話でしたが、楽しんでもらえたでしょうか?


代理任務終了!
328NPCさん:2008/10/19(日) 22:25:05 ID:???
泥の方、代理の方、乙であります!
329NPCさん:2008/10/19(日) 22:38:45 ID:???
ありゃ。ってぇことは、明日の向こう投下はにゃいのか。残念。
規制、大変ですよねー。超わかる。

ここは規制キツいのに、大作お疲れ様です。
もー安藤さんが渋い柊が若いww
ヤバ―――熱と風と刃と音で浮かされて死にそうだった。

走っても走っても届かぬ高み。登っても登っても先の見えぬ道。極みとは届かぬものとはいえど、されど人は極を目指す。

また、次回作楽しみにしておりますにゃ。
330204:2008/10/19(日) 22:46:08 ID:???
>>225 こと ゆにばの方
 なれぬ接客をして女性客に受けているケイト。
 それを見て嫉妬心を燃やす結希が可愛いらしくて良いですね。(脳内幻想)
 今後どのような“大嵐”が訪れるのか…。wktkしながらお待ちししておりますっ!w


>>251さま
 おお…! お待ちしておりました!!
 すばらしく丁寧な描写で、昨今ではめずらしい(笑)神秘的な風情のアンゼロット様ですねっ♪
 これは希少価値が高いかと…w
 自らの在り方に疑念を持つアンゼを、あまり意識せずに諭す柊。
 ところどころに「らしい」やりとりがあって、真面目な話しなのに読みながら吹いてしまいましたよw

>次に彼が目を覚ました時、このお説教の借りを返すためにどんな悪戯をしようかと企みながら。
 うわぁ…w なんかもう夢(妄想)が広がる文ですね…。うひひw
 大変すばらしい作品をありがとうございました。
 次回作も期待しています。


>>327
 泥の方、代理の方、乙でしたっ!
 安藤 来栖 vs 柊 蓮司、なんて燃える対戦カード…っ!
 アニメ版で約束していた手合わせってことですが、これは若手ウィザードならずとも観戦したい一戦でしょうね。
 二人の魔剣使いの戦いに相応しい、緻密かつ濃密な描写でした。いやぁ、燃えるっ!

>それを見据える銀髪の少女は心をときめかせながらも、揺らがぬ表情を装い
 うん、流石わアンゼロット様。面の皮が厚くていらっしゃる…w

 何はともあれ、お疲れ様でした。次回作も楽しみにしております。
331ゆにば:2008/10/20(月) 00:34:33 ID:???
>>251さま
ここのところ、美しくて可憐でもう最高なアンゼ様ラッシュで嬉しい〜。
もしものときは自分を斬ってくれ、なんて物凄いラヴじゃないですか!(嬉)
自分は蓮司×くれは派なんですけど、「ひーらぎ×アンゼ、ありだな………」とか、
思い始めていたりして(笑)。
お疲れ様っした!
>>327さま
ホウ………もう、溜息しか出ませんよ………
ここでもあちらでも、もう何作も拝見してますけど、相変わらず戦闘描写が秀逸。
それに、この投下スピードでまったく作品のクオリティが下がらないなんて、ありえないですよ(笑)。
ほんと、かなわないなぁ………なんか、引導渡された気分です(笑)。
(私と比べるのもおこがましいんですけど)
ともあれ、お疲れ様っした!
>>330さま
だ、だいじょうぶですかね、アレで………(汗)。
なんかもう別の作品になっちゃいそうでだけど愉しいんでやっちゃいます自分、的な
書きかたしちゃってますけど………ま、まあ、喜んでいただけたなら私はそれで………
332NPCさん:2008/10/20(月) 02:15:10 ID:???
ハートフルのファムとヴァリアス、サガのピアニィとアルという組み合わせが好みだぜ…
333mituya:2008/10/20(月) 05:51:49 ID:???
はわっ!? な、なんですか!一晩見なかっただけでこのレスの伸びっ!?
こうしてはいれません! 感想を書かねばっ!

>>225こと ゆにばの方
春日の聞いた噂の内容から、はにゃ→はんにゃ化の展開あり??とドキワクしてましたが、来ましたね!(笑)
来たよ兄弟漫才っ! いいなぁいいなぁっ! キャラをきちんと書き表せて生かせてて、素敵ですっ!続き、楽しみにしてますよ〜!
ちなみに自分も柊×くれは派ですが、リクでアンゼ→柊書いて、251さんの素敵作品読んだら、柊×アンゼあり?と思ってしまった(笑)

>>251さん
うぅっ、こんなの後から出すなんて酷いッ………いや読めてものっそ嬉しいんですが、自分の作品の粗が目立って泣きたくなるっ………!(泣)
やばいな、カップリング宗旨替えしてしまいそう………(汗) アンゼ素敵過ぎ〜! ゆにばさんも言ってましたが私を斬ってってラヴですよっ!vv

>泥の方&>>327さん
超大作投下、ご苦労様でした! もうGJの一言ですよ!
すごい迫力にもう鳥肌でした………安藤さんの渋さと、挑む柊の若い勢いがもうっ………もうっ!
読んでいて自分の周りの空気が震えるような臨場感溢れる描写はもう感服の一言です………
でも、安藤さんを、ザーフィを追いかける柊を見習って、同じ形ではなくとも、自分の形でその高みまでいけるよう、追いかけさせてもらいますっ!


うぅ………精進のためにも自身の柊×くれは分を補充するためにも新しく書きたいけど………時間が………(汗)
次の土曜、投下できるかなぁ………(汗)
334NPCさん:2008/10/20(月) 09:10:14 ID:???
神罰刀使いこなす為には侍の特殊能力もあったほうがいいし、安藤の攻撃力って洒落になってないよね、きっと!
335雫の中身:2008/10/20(月) 19:39:02 ID:???
レス返しに参りましたー。

>泥の方
あはは。甘いと言われてるのに……うちの柊はこれでもたぶんloveの意識はねぇという。
あれですね。柊に「属性:おにいちゃん」を与えたのは誰ですか。王子か。そうか。
天然たらしですね。一番性質悪い。
あなた様にほめられるとは思っていませんでした。ありがたいお言葉、ありがとうございます。執筆応援しています。

>>330
あなた様のために書いたのですから、どうぞうちの話(こ)をおおさめくださいませ。ほんのお礼の気持ちでございます。
らむねとで1スレ目が終了する直前、保管庫ほしいけどまったく知識がなくて断念したのが夢のようです。ご満足頂ければ光栄です。
今回のコンセプトは『弱気なアンゼロット』。
いつも図太くイケイケノリの女王様。時に非情な判断を下す、世界を見守るもの。
そんな彼女も、きっと大事なものを自ら切り捨てることをすれば、心が揺らぐし普段は秘めてる願望も口にしたくなるというものです。
ヤンデレっぽいけど、アンゼロットが柊に自分を斬ってくれ、と言ったのには柊が神殺しなのともう一つ。
―――きっとあいつが自分のことを忘れないだろう、と思っているから。
まぁ、柊にとっちゃんなこと関係ないわけで(酷)、俺の知ってる『アンゼロット』は、前提条件からしてこの世界が大好きな奴だぞ、という返し。
……酷ぇ男だなっ!?(書いたのはお前だという)けどまぁ、その在り方を確かにアンゼロットも好きだったために、その程度で許した、という話。
悪戯はご想像に、お任せです。

336雫の中身:2008/10/20(月) 19:39:31 ID:???
>ゆにばの方
おぉぉあの伝説の超長編の作者様がここにまで進出……っ!まじでか。夢じゃねぇのか。
みんなが色々なところで頑張ってた間、めげずに保守代わりに書き続けた甲斐もあったというもの。書き手氏増えないと寂しいですからね。
美しくて可憐……えぇと、そうですね。おかしいなぁ、赤みこあたりではちゃんと美しくて可憐なアンゼロットなのに。あれか。天と魔のせいか。そうか。
そのラヴをスルーするのがうちの柊です。
そういやぁゆにばの方は蓮×くれの人だもんなぁ。え?自分ですか?(聞いてねぇ) ……ラヴな柊が想像できない子です。
いつも一方通行だもんなぁ。いい加減フラグ折るのやめろよ、ってヒロイン達から突っ込まれそうな柊を今日も目指します。
……なんか今日は書き手の方々に誉められる日だなぁ……(アルを警戒するピアニィ並みの警戒)

>>332
ネタプリーズ。アリアンもダブクロも何か書きたい。
脳内だけならミナリが鳴島市に来て、柳也さんが支部長になって直後のぎくしゃくした話とかあるけど、かなりハードボイルドなんで書ききれないと思うので断念してるのだ。

>みっちゃんさん(定着)
ここは土日の盛り上がりすげーからなぁ。夢物語落としたあたりじゃ想像もつきませんでした。おかしいなぁ、あれからまだ半年ちょいしか経ってないのに……。
個人的にはトワイライトのドクトルの話がさくっと見られるようになったのがすげー嬉しい。
そんなことないですよー!おいらは教養ないんで夏目漱石のネタはわかんなくて……あそこにいたら柊と一緒に落下決定してた人間ですよ(哀)。
では、宗旨替えしてしまいそうなあなたにいい言葉を送りましょう。

つ「柊蓮司はみんなのものだ。みんなで仲良く使いましょう」

また、こんなお題ものやったら楽しそうですねー。他の書き手さんがどんな想像出してくるのか、すごく楽しみです。
……っていうか、また誉められた。あれだろ。実はドッキリだろっ!?(つかちゃん並の挙動不審)


ではまた次回作で。
……なんか、書く量むくむくと増えそうな悪寒を感じつつ執筆中ですー。
337mituya:2008/10/20(月) 19:59:28 ID:???
雫の方、お返事ありがとうございます〜vv
勢いすごいですよね、前レス埋まりきる前に更に次スレ立ったりしないですよね?(汗)
自分もドクトルの話は読み返したかったので嬉しいですよvv ………ダンディ含めて(笑)
自分、決して教養あるとはいえない人間ですよ〜(汗) 「蒼い月」の話は何かの小説の中で使われていたのを読んだだけ(ぉ)
だから、誰の訳かもちゃんと覚えてなかった………(汗)
そうですね! 柊は皆のものですね! まあ、自分もカップリングは柊くれ派というより、
くれはが好きなんで、くれはに報われて欲しいなぁ、っていうのが濃いんですが(汗)


そんなくれは好きーがくれはの話を書こうと画策中。
“宝玉少女後設定柊くれはほのラブ(仮)”と、“幼少期から星継ぐまでのくれは視点柊語り(仮)”………
………どっち先に読みたいですか? (アンケートかい)
338NPCさん:2008/10/20(月) 20:20:07 ID:???
>>337
汝の成したいように成すがいい!

【訳:お好きな方からどうぞ。俺的には短い方からで。】
339ゆにば改め「ゆず楽」 :2008/10/20(月) 21:25:48 ID:???
>雫の中身のお方
で、伝説………? そ、そんなだいそれた称号を頂けるとは………
ハッ………! あ、あれですね !
「SSじゃねえじゃん ! 長いじゃん !」とたくさんのツッコミを入れられて(都市)伝説になったということならば納得 !
それにしても、「はっはっは。私の蓮司×くれは好きが、そんなに言われるほど際立っているはずはあるまいよ」、と
確認してみたんですが。
別板でのNWもののカップリング率、蓮×くれ圧勝でした。八本中四本、くれはヒロインでした。どんだけこのカップリング
好きなのか、自分。でもそんな自分に乾杯。

>mituyaさん
り、両方 ! 両方 !(興奮して叫ぶ私)
うーん、捨てがたい。どっちも捨てがたいんですよ、その二者択一。アニメのちびくれはめっさ可愛かったから幼少期も
読みたい。でも、成長してから仲間として過してきた二人の熟年夫婦っぷりも好きなんだなあ。
でも、みっちゃんさんのリビドーのおもむくままに書いていただければ !
340ゆにば改め「ゆず楽」 :2008/10/20(月) 21:26:32 ID:???
んで。
●●の方、という呼び名もあれかなー、と思ったんで(DX終わったらまた別の名前、っていうのもなんですし)、
今回含め次回からお面を被って登場することに。以降は、「ゆず楽」とお呼び頂けたら。
昔、使っていたキャラの名前をもじっただけなんですけどね。
それと。
蓮司×くれ派の同志たちには大変申し訳ない !
別板での長期にわたる付き合いが影響したせいか、私の中のヒロイン株が急上昇した娘さんがいるんですよ。
ええ。構想固まりかけてます。執筆も少しずつ始めちゃってます。
DX終わってないのになにやってるのか、私。でも、タイトル含めて決まっちゃったんですもの。
そしたら、やるしかないですよね? ね ?
一応、「柊蓮司攻略作戦・エリスの場合」ってな感じでいこうと。エリスのヒロイン力が柊のスルースキルにどこまで
食い込めるか。乞うご期待、とか言ってみたり。裏切り者、浮気者、と罵ってください(笑)。
 改名報告&予告でした〜。
 ではでは。
341NPCさん:2008/10/20(月) 23:12:46 ID:???
>>327
泥の方乙でした

てことは魔剣さん一時帰宅中か!
342mituya:2008/10/21(火) 05:28:44 ID:???
朝も早からレス返しに参りました〜(笑)

>>338さん
短いほうからですか〜………多分、ほのラブかなぁ?
つか、柊語りは十年近いくれはの胸のうちを語るから、否応なく長くなるというか………(汗)

>>339こと ゆにばの方改め、ゆず楽さん
そこまで反応してもらえると嬉しいなぁ………でも、浮気するんですね〜………(<アンゼに浮気しそうだったの誰だ)
いや、エリス大好きなんで寧ろカモーン!なんですが(笑) アニメ設定なのか、小説設定なのか………この感じだとアニメかな?
………よし、ゆず楽さんにも柊くれ派な話を書いてもらえるよう、頑張っていいものを書くのだ自分!


まずは………“宝玉少女後設定柊くれはほのラブ(仮)”から!(<いい加減、正式タイトル考えろ)
343ゆず楽 :2008/10/21(火) 23:06:43 ID:???
どうもです。
さっそく浮気をしに参りました(笑)。以下、投下させていただきマース。
344柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/21(火) 23:08:11 ID:???
 仲間以上恋人未満。

 そんな言葉が、ふと浮かぶ。
 恋人、という単語が思わず自然に出てきてしまったことに驚いて、かつ大いに慌てて赤面して。
 志宝エリスは、ぶんぶんと首を振る。
 恋人未満 ――― 未満っていうことは恋人に等しい………ってことだから。
 うーん、訂正。
(仲間以上、恋人候補 ――― だったら、いいな………)
 なんて、そんなことを思ってみたりして。
 頼りになる先輩。自分を大事にしてくれる男の人。こうと決めたら一直線の真っ直ぐな人で、でもちょっと鈍感。
 それで。だけど。だから。私は。
 憧れ。信頼。そして ――― 大好き。
 私、志宝エリスは柊先輩のことが、大好き、です。
 ずっと日課にしている日記書き。開いた頁の空白部分に、ただ「大好き」とだけ走り書き。
 そこには柊先輩の名前も、自分の名前も書きません ――― まだ、いまは。
 だけど、いつか書けたらいいな。
 柊先輩のこと、もっともっと、私の日記に書ける日がくるといいな。
 毎日。毎日。日記の中身が柊先輩のことで書きつくせるくらい、一緒の時間を過せたらいいな、なんて。
 私、志宝エリスはそんなことを考えています。
345柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/21(火) 23:09:19 ID:???
 両手の拳を握り締め、天井をぐっと見つめ。
「うんっ。頑張るっ」
 なにを頑張るのかは、まだ全然わからないけど。
 就寝前の自室でひとしきり、顔を赤くしてみたり微笑んでみたりしながら。
 眠る前だというのに、たくさんたくさん夢を見てしまう乙女になって。
 私は、とくんとくんと高鳴る胸の鼓動を心地良く感じながら、今夜も眠りにつくのでした。

「お休みなさい。柊先輩。また、明日、会えるといいな………」



 先の大戦の決着。そしてなによりも待ち望んだ「卒業」という大イベントを立て続けにクリアした後。
 柊蓮司は悠々自適のプライベートライフを満喫していた。
 下がるとか不幸とか言われ続けてきたけれど、その屈辱の日々だって、この成功の味を味わうためだったのだと思えば
報われる想いである。幼馴染みに脅迫されたり、世界の守護者にこき使われたり、とにかく苦汁を舐め続けてきた柊が、
いまはなんと平穏な日々を送り続けているのだろう。卒業式直後、あの性悪若作り守護者に拉致されて、どこのどいつと
も知れないザコ魔王と戦わされたりしたけれど、それ以降は不思議とエミュレイターがらみの任務に駆り出されることはほ
とんどないに等しかった。
 だから、いまならば、笑って言える。
 くれはよ、俺の秘密なんていくらでもばらしてみろ !
 アンゼロットよ、マジックハンドでもヘリコプターでも構わないから、俺を理不尽に拉致してみるがいい !
346柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/21(火) 23:10:07 ID:???
「………いや、さすがにそれはねーだろ………」
 あまりの幸福感に気持ちが大きくなりすぎている。それに気づいて、自嘲と自戒のツッコミを自分自身にしてみせる柊で
あった。いくらなんでも、それはない。くれはに秘密をばらされた挙句、アンゼロットに無償でこき使われる。考えただけで
全身が粟立つ思いではないか。くわばら、くわばら。余計なことは考えないほうがいい。
 マンションの居間で、せんべい布団を枕に寝転がりながら、柊は思う。
「平和が一番、ってことだよなー………」
 世界の危機に幾度となく立会い、それを救ってきた彼だからこその感慨。
 まだ記憶に新しい宝玉戦争など、それこそ世界の危機ドーム一杯分の、未曾有の大事件だったのだ。
 だから少しぐらいだらけてもばちは当たるまい。いずれ、自分の平穏は打ち破られるときがくるだろう。神社の娘にはわ
はわ笑われて、赤髪の強化人間に無礼なことを言われて、世界の守護者に選択肢のない選択を迫られた挙句に、この
世界が好きなんだか壊したいんだかわからないポンコツ魔王に頭が悪い、と罵られる日々が戻ってくるのだろう。

 ………なんだか、悲しくないか、それ……… ?

 いやいや、つまらないことを考えるな柊蓮司。
 いまはただ、この天からの恵みである平穏な日々を、満喫すればいい。
 そうさ、いずれ訪れる不遇の日々に耐えるための、戦士の休息なんだから ―――

 自分自身を納得させる。
 テレビのリモコンをちゃぶ台の上から取り上げて、電源を入れた。
 ブラウン管の中の、下らないお昼のバラエティがこんなに愉しいものだったなんて、いままで知る由もなかった柊である。
 画面の向こう側でコメディアンが忙しなく動き回り、乾いた笑いが客席から上がるのを、柊は見るとでもなくぼんやりと眺
めていた。
347NPCさん:2008/10/21(火) 23:13:52 ID:???
SIEN
348柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/21(火) 23:14:55 ID:???
 これぞ、平和。これぞ、平穏。

 満足げに目を細めた柊蓮司の ――― 彼が言うところの「平穏」は。

 ―――――― わずか三秒後に破られた。



 どか、どか、どか。
 床を踏み鳴らす音が近づいてきたのが三秒前。
 がちゃ、ぎい、ばたん。
 居間の扉が、ぶち壊さんばかりの勢いで開かれたのが二秒前。
 ぶわ、ひゅーん、どずっ !
 という、音がしたのが一秒前のこと。

 なんの音だかわからないと思うので解説するが。
 ぶわ、というのは扉を開いて居間に突入してきた闖入者が、入室時の勢いそのままに助走をつけて宙に飛んだ音。
 ひゅーん、というのは、宙に浮かんだその人影が、見事な放物線を描いて寝そべる柊めがけて飛来した音。
 どずっ ! というのは言うまでもなく、柊に向けて飛んできたその人影が、角度をつけて折り曲げた肘を、容赦なく柊の
無防備な鳩尾にたたきつけた音である。
349NPCさん:2008/10/21(火) 23:18:50 ID:???
あまーい支援
350柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/21(火) 23:19:59 ID:???
「ぐぼえぇぇぇっ !」

 断末魔の濁った悲鳴を上げながら、柊は芋虫のようにころころと床を転げまわった。
 ウィザードである自分は月衣に護られ、科学や常識で作られた武器や攻撃を一切無効化するはずなのに。
 痛い。苦しい。内臓がよじれる。
 このダメージは ―――
「で、でめェェェっ………なにずんだ、ばがあねぎィィィっ………」

 柊蓮司に極大のダメージを与えた張本人。
 咥え煙草からたゆたう紫煙が、ふわりとたなびいて。柊にフライングエルボーをかましたままの姿勢で横臥する姿は、ど
ことなく侵しがたい威厳を持っている。切れ長の瞳。長い髪。鋭い印象の美女。
 だらしなく男物のシャツとジーンズを着こなした姿も、これだけの美人ならば “さま” になる。
 柊京子 ――― 蓮司の実姉であり、彼が頭の上がらない「数多い」女性のうちのひとりである。 

「こぉら。姉に向かって馬鹿ってのはどういう了見よ」

 のそり、と身を起こしながらのたまう京子。長い指で煙草をつまみ、形のよい唇をすぼめながらメンソールの香る煙を吐
き出した。言動はやたらと男っぽい割りに、はだけたシャツからこぼれ落ちそうなほどのバストが妖艶である。
 相手が実弟とはいえ無防備に過ぎるその仕草は、並みの男なら理性のたがを瞬時に破壊しかねない。
 すらりと長身。脚もモデルのように長い。いま穿いているジーンズも、実は柊から強引に奪い取ったビンテージ物のお高
いものなのだが、京子は裾を折り返してすらもいない。
351柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/21(火) 23:20:48 ID:???
「い、いぎなりえるぼーがまじやがっで、ばがじゃなぎゃなんだっでんだ………」
「なに言ってんだかわかんないってのよ。はっきり喋りなさいよね」
 呼吸困難に陥りながらもようやくの思いで言葉を搾り出した柊に、傍若無人そのものの物言いをする京子。
 あぐらをかき、柊が回復するのを待ちもせず、「蓮司、灰皿」と煙草を持った指を突き出した。
 腹をさすりながら、四つんばいになった柊が憮然とした顔で飲みかけのコーヒー缶を差し出す。ここまでの酷い目に遭わ
されても姉の要求に答えてやるのは、単に頭が上がらないだけというより、柊自身の持つ無駄に素直な性格に因るとこ
ろが大きい。コーヒー缶の飲み口に煙草の灰を落とし、ひとごこちつくと、
「ねえ、蓮司。あんたにすごく大事な話があるんだけど」
 と、京子が唐突にそう切り出した。ただ話をするというだけでなぜエルボーを叩き込まれたのかはわからないが、どうに
も京子の眼差しは真剣である。なんとなく気圧されて、柊は躊躇いがちに居住まいを正した。あぐらをかきながら向かい
合う、姉弟二人。なんというか、雰囲気が只事じゃない ――― 柊はそう直感する。
 十八年を共に過した姉である。様子が普段と違うことぐらいすぐにわかった。京子にしては珍しく、なんと口ごもっている
のである。言いにくいことをどう切り出そうか、と迷っているようでもあり。正面きって弟と真面目な話をしようとしている自分
に照れているようでもあり。 また、 “らしくない” 自分自身の姿に煩悶しているようでもあり。
 だから、つい。
 京子につられて柊も黙り込んでしまう。
 むず痒いような、重たい沈黙が数秒、柊家の居間に沈殿した。
 いったいなんだよ、と柊が言いかけたところで、京子のほうが思い切ったように口火をきる。
「蓮司。いまさらだけど、卒業おめでとうね」
 意外と言えば意外すぎる京子の言葉に、完全に先制を喰らった形になる。肩透かしをくったというか、意表を突かれて
たたらを踏んだ、というべきか。なにを言われるのかと待ち構えていたところへ、拍子抜けの益体もない言葉をぶつけら
れて、柊にしてみれば全身に込めた力やら気合やらが空回りした状態になってしまったといえる。
352NPCさん:2008/10/21(火) 23:21:03 ID:???
支援ドゾー
353柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/21(火) 23:21:35 ID:???
「お、おー………さ、さんきゅー………」
 ずいぶんとまた腑抜けた返答をしたものだ。
 しかし。もしもこの会話を剣士同士の戦いになぞらえたとしたら、この瞬間に柊の敗北は決定していたといえよう。
 充填させた気勢を削ぐ。腹腔に溜めた力を無駄に使わせる。合わせた拍子を外し、崩れた態勢に刃を打つ。
 剣士としての、戦士としての戦術の一つでもあるのだが、これはもちろん日常生活においても例外なく役立つ交渉術の
ひとつ。相手が自分の言葉に強い構えを取っているときは、なかなか隙をついて狼狽させることは難しい。
 だから、「なんだ、なにを言われるかと思ったぜ」と油断した柊が、続く京子の台詞に “一本を取られた” のは当然のこ
とであった。

「卒業したならあんたも一人前の男であり、大人なんだから、いい加減ふらふらしてないで身を固めたらどうなのよ」

 びしり、と京子がなにかとんでもないことを言う。
 言葉の意味が分からずに硬直する柊。ふらふら ? 身を固める ? なにを言っているんだ、姉貴は ?
「私としては、まああんたも一応柊家の長男なわけだし、ウチのことを考えればここに残って相手を迎える立場でいてもら
いたい気持ちもあるけれど、向こうは向こうで由緒のある家柄だろうから、婿養子に来て欲しいっていうならそれもありか
な、とは思うんだけど」
「ちょ、ちょっと待てっ ! おい、姉貴、なんだか話が見えねーぞ !? 残るとか婿養子とかって、いったいなんの話してんだ
よっ !?」
 身を乗り出して叫ぶ柊。京子の台詞を聞いても、自分になにが要求されているのかがちっともわからない。
 目の前にいる姉が実は姉の名を語る別人か、それとも姉が自分のことをほかの誰かと間違えて話を進めているのでは
ないかと、本気でそう思いかけていた。これこそ、姉が自分に対して常々抱いている思いというやつに、柊がここまで鈍感
であったということの証明でもある。
354柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/21(火) 23:22:29 ID:???
「なんでわからないのよ。くれはちゃんとのことに決まってるじゃない」
「くれは ?」
 これぞ、柊蓮司の真骨頂。
 幼馴染みの名前を鸚鵡返しに聞き返したかと思ったら、そのまま訝しげな表情のままで固まってしまったのである。
 きょとん。ぽかん。いや、もっと言うなら、ぼけらーっ、というより他のない間の抜けた顔をして。
 京子の言葉を完全に理解していないのがありありと見て取れる思案顔であった。
 婿養子。くれは。身を固める。
 この三つのお題から、気の利いた話のひとつもひねり出せずにいるところが、柊蓮司の恐ろしさである。
 ああ、柊蓮司よ。いままで君はこのようにして、実るはずだった絆や恋を、容赦なくへし折ってきたのであろう。
 いままで君はこのようにして、君の与り知らぬところで少女たちに涙を流させてきたのだろう。
 罪深きもの、柊蓮司。ああ、女の敵、柊蓮司。
「蓮司、あんた………幼馴染みで、あんなに良くしてもらって、あんたみたいなトウヘンボクには勿体ない、いい娘だって
いうのに、くれはちゃんのなにが不満なの………」
 こめかみの辺りをひくつかせながら、京子が弟の顔を異星人でもみるかのような顔で凝視する。
 信じられない。理解できない。赤羽くれはという絶好の相手を逃したら、この弟は一生ものの大損をする。
 それなのに、こいつはわかっていない。いかに自分が幸せものなのか、なにもわかっていないのだ。
 逃した魚の大きさは、後で嘆いても遅いのだというのに。このおバカは、魚の大きさがわからないどころか、魚を釣ろう
とすらしていないように思えて仕方がないのである。
「だから、くれはがどうかしたのかよ ? 俺が平日の昼間からふらふらしてるのは褒められたことじゃねえかもしれねえけ
ど、そのことはアイツに関係ねえだろ ?」
 そう、不満げにぼやく柊である。
355柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/21(火) 23:23:12 ID:???
 これこそが、柊蓮司の得意技 !
 空気を読まず、話の流れを読まず。相手の発言を文節ごとにぶった切り、自分に都合の悪い言葉はどこかに置き去りに
した上で、甘ったるい桃色要素をきっぱり排除して会話を再構築するスキル。鈍感にして朴念仁たるこの男が、潰しに潰し
てきた数々のフラグは、このようにして葬り去られてきたのである。

「蓮司、あんたねぇ………」
 京子が天を仰いで嘆息する。
「これだけは言いたくなかったけど………あんた、ご近所の評判最悪なのよ ?」
「なんでだよっ !? 俺、近所になにも迷惑かけてねえぞっ !?」
 姉貴の見当違い(と柊だけは思っている)に引き続いて、ご近所の皆さんまでもが俺の敵か !?
 確かに、どこの誰ともわからない通行人に面が割れてたりするほど有名な柊ではあるが、世間様に後ろ指差されるよう
なことは断じてしていない、と彼自身は頑なにそう信じている。
「――― 柊さん家の蓮司くんは、女癖、最悪だって」
 じとーっ、という視線を冷たく向けて言う、姉・京子。
 絶句して口をぱくぱくさせている柊に、滔々と語って聞かせるように京子が言う。
 柊蓮司・女垂らし説。
 ここへいたってようやく、柊は自分が世間にどういう眼で見られているかを知ったといってよい。
「あっちこっちで、女の子連れて歩いてる姿を見られてるのよ、あんた。それも毎回、違う女の子。ふらふらするな、って私
が言ってるのはそういうこと。たくさんの人から、私の耳に入ってきてるんだからね、そういう噂」
 巫女服姿の女の子と歩いてた(たぶんこれはくれはだ)、長い赤髪のすらりとした美人と立ち話をしていた(灯のことであろ
う)、エトセトラエトセトラ。京子がいちいちあげつらう言いがかりじみた目撃談に、柊も黙っていられなくなる。
356NPCさん:2008/10/21(火) 23:23:59 ID:???
シエン
357NPCさん:2008/10/21(火) 23:27:16 ID:???
支援ですよ
358NPCさん:2008/10/21(火) 23:28:14 ID:???
支援しやす。
359NPCさん:2008/10/21(火) 23:35:58 ID:???
これは…復旧待ちでしょうか?
…にしても、柊さんヒドイ…w
360ゆず楽:2008/10/21(火) 23:39:13 ID:???
迂闊………!
さるさん食らった………(涙)
解除待って残り投下します。スイマセン………
361NPCさん:2008/10/21(火) 23:42:04 ID:???
間に5〜6レス入ると復旧することもあるぜぃ、と経験者は語る支援
362NPCさん:2008/10/21(火) 23:53:05 ID:???
ならば支援をしてみようか。
363柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/22(水) 00:06:38 ID:???
「ちょっと待てよっ ! 別にくれはと一緒に歩いてるのなんていつものことだろうがっ !? それに灯のヤツはちゃんと好きな
男がいるんだし………」

 めこっ。

 反論の途中で、柊の頬桁に痛烈な左フックが炸裂した。
「くれはちゃんとイチャイチャするだけじゃ物足りず、彼氏持ちの女の子にまで手を出したってことーっ !?」
「ひ、人の話を聞けーーーーっ !?」

 柊家の居間に ――― 姉弟それぞれの絶叫が高らかに響き渡った。



 いつもだったら真っ直ぐ帰る下校の時間。土曜日で半日の授業もつつがなく終わり。
 学校を出た後、いまご厄介になっている赤羽のおばさまに電話を入れて、今日は夕御飯結構です、と連絡しておいたの
は、今日の炊事当番が私じゃない日、だからなんです。さすがに、当番をサボってまでこんなことできませんから、こういう
今日みたいな日を選んでの、寄り道なんです。
 輝明学園から、いつもなら赤羽神社へと帰宅する私なんですが(……… “あの” 戦いの後、秋葉原のマンションは引き
払って、くれはさんのお宅にお邪魔しています)、今日はどうしても寄り道がしたくなっちゃって。
「柊先輩………今日、いるかなぁ………」
 授業中にぼんやりと、そんなことをついつい思いついてしまって。
 思いついたら、昨夜寝る前に日記を前にして考えていたことが思い出されてしまって。
 いるかな。会いに行こうかな。会えるといいな。会いたいな ――― って。
364NPCさん:2008/10/22(水) 00:07:55 ID:???
支援っ
365柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/22(水) 00:09:14 ID:???
 考えたら、止まらなくなっちゃったんです、私。
 あとの授業なんて、もう身に入らなくなっちゃいました。その日の授業がすべて終わって、ホームルームも終わって。
 ――― 気がついたら、もう電話を手にしていました。
「おばさま、エリスです。すいません、今日はちょっと寄りたいところがあって。御飯、食べてきちゃいますからお二人で召
し上がってくださいませんか」
 おばさまにお詫びをして、電話を切って。早足で校門をくぐると、はたとあることに気がついて、私は足を止めます。

「あ・・・ご、ごめんなさい、今日は部活お休みですっ」

 部室棟の天文部室がある方向を向いて、ぺこり、と頭を下げて。部長の私しかいない部活動なんですけど、でも、やっぱ
りサボっちゃうことにはちょっぴり罪悪感があって。
 だけど、やっぱり。

 先輩、会いたいです ―――

 こんな、不意に湧き上がってきた衝動を、どうしても抑えることのできない、私なのでした………。


 先輩のマンション。先輩のお家。
 くれはさんの家にお世話になっているとき、先輩が訪ねてくれたことは何度もありますけど、こうやって私のほうからお
邪魔させてもらうのは初めてのこと。なんていうか………すごく緊張しちゃいます。
366NPCさん:2008/10/22(水) 00:10:30 ID:???
し〜え〜ん〜
367柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/22(水) 00:11:04 ID:???
 だって………男の人のお家なんですよ ? なんだかとてもワクワクしちゃって、なんだかとてもドキドキしちゃって、それ
でいてちょっぴり………いけないことしちゃってるみたいな、そんな気持ち。
 思いつきと勢いで、先輩のマンションの扉の前に立ってしまって。
 いまさらですけど………胸が破裂しちゃいそうなくらい、鼓動が早まっています。
 チャイムを鳴らそうと指を伸ばすと ―――

 ずどーん、ばだばたばた、どかーん、ばきっ、ごきっ。

 ………って。
 物凄い音がマンションの中から聞こえてきて、私は思わず身を引いてしまいました。
 二、三歩、後ずさりした私の目の前で、不意に勢いよくドアが開け放たれたかと思うと ―――

「どわああああっっ !! 馬鹿、姉貴落ち着けっ、待てって言って………うおぉぉぉっ !? あ、あぶねえぇぇぇっ !?」

 なんだかとても切羽詰ったご様子で………私が眼を丸くしちゃうくらいの勢いで、柊先輩が家の中から駆け出してきた
んです。飛び出してきた先輩と、目が合います。
「エ、エリスっ !? お、おい避けろっ、避けてく………うおおおおおっ !?」
「え、先輩っ………きゃっ !?」

 鈍い音と、鈍い痛みが同時に起きて。一瞬、火花が瞼にちらついて。
 自分が先輩の部屋の前で、派手に転んじゃったんだ ――― と私が認識したのは、それから数秒後のこと。
 情けない姿で転んでしまって恥ずかしがる暇もなく、私がもっと恥ずかしい思いをすることになったのは。
 それからさらに数秒後のこと ――― 。
368NPCさん:2008/10/22(水) 00:11:26 ID:???
支援でも、撃ちますかっと。
369NPCさん:2008/10/22(水) 00:12:12 ID:???
私怨
370柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/22(水) 00:13:36 ID:???
「こら蓮司ーっ ! この外道、ロクデナシ………って、あらら ?」
 柊先輩のタックルを避けきれずに、仰向けにひっくり返ってしまった私。
 その上に覆い被さるように倒れこんできた柊先輩。
 床に重なって倒れた私たちを見て、右手にすりこぎ棒をもった女の人(すっごく、綺麗な人 !)が、
「ちょっと、大丈夫 !?」
 私のことを心配してくれたんでしょうか、覗き込むようにして私に声をかけてくれました。
「は、はい、だいじょう………っつぅ………」
 ずきん、と鈍い痛みが背中を走り抜けます。倒れたとき、ぶつけたんでしょうか。思わず顔をしかめてしまいます。
「蓮司っ ! いつまで倒れてるのよっ ! いつまでも女の子下敷きにしてないで、さっさと起きな !」
「あ、あのなーっ !?」
 勢いよく顔を上げて後ろを振り返り、身体を起こす柊先輩。
 そのとき ――― まさに、そのとき………。
 転んだときより恥ずかしい、私がする羽目になってしまった恥ずかしいこと………が、起きてしまったんです………。
 私の上に覆い被さっていた柊先輩 ―――
 どいてくれたんです ! そこには、なにも他意なんてなかったはずなんです !
 きっと、余所見をしていて気づかなかっただけで、ただ、起き上がってくれただけのはずなんです !
 でも ――― 。

 むにゅう。

 手が。柊先輩の手が ――― その………あの………私の………む………ねに……… 
371NPCさん:2008/10/22(水) 00:14:09 ID:???
早く続きが読みたい支援
372柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/22(水) 00:14:26 ID:???
「うぉわっ !? わ、わりぃ、エリスっ !? そういうつもりじゃ……… !」
「蓮司ーーーーーーーっ、あんたってヤツはーーーーーーーーっ !?」
「き……………」

 思わず。

「きゃあああああーーーーーーっ !?」

 ぱしいぃぃぃぃんっ !!

 柊先輩の右頬で、私の左手が高らかに鳴り響きました。
 せっかく先輩に会いにきたのに。会えたっていうのに………。

 柊先輩の、初めてのお宅訪問 ―――
 前途多難の、予感です………。

 あうう………………。

(続く)


みなさま支援感謝ですー。
蓮司×エリス、一発目の投下でした。
次回にお会いするときまで、ではでは〜。

373NPCさん:2008/10/22(水) 00:16:06 ID:???
エリヌかわいいよエリヌ
374NPCさん:2008/10/22(水) 02:00:25 ID:???
>>ゆず楽氏
 投下乙&GJっした!
 やっぱ王道的なヒロインと言えばエリスですよねっ!
 こう、健気な感じの、いわゆる守ってやりたいタイプの。
 そして遺憾なく発揮される柊連司の≪フラグスルー:恋愛≫スキルっ!
 果たしてエリスはこれを突破できるのかっ!?
 wktkして次回を待つっ!!

 あと、卓ゲ板は設定的に最新投下12回中5回分が同一IPならさるさんらしいので、他板より支援は必要だと思われるのコトよ。
375NPCさん:2008/10/22(水) 02:04:22 ID:???
 まあ、個人的にも本妻くれははガチでしょうけども。
 くれはと柊の絡み(変な意味でなく)ってそんなに多くないように思えるので、実際くれはって柊のことをどう思ってるのかなぁ、という感じが個人的にはあるんですが。
 小説版「宝玉少女」でどさまぎに告ってましたが。
 誰かその辺の補完話を書いてくれぃ。 
376NPCさん:2008/10/22(水) 02:55:18 ID:???
乙。

時に、柊京子×如月ジローという妄言はさすがに返品したいのです。
クロススレで柊京子×春日恭二なら、まだ行けるのですが。
377mituya:2008/10/22(水) 05:40:02 ID:???
にゃぁぁぁぁぁっ!///(注:歓声) ゆず楽さんの浮気者でもGJ〜〜〜〜〜っ!
くそう、可愛いよエリスっ! ヒロイン属性だなもう! またカップリングを宗旨替えさせかねないような素敵ヒロインをっ!
っていうか、お姉さんいいなぁvv っていうか、普通、所帯持つとか言う話の前に定職に就けとかいう話は………?(言うな)
柊のフラグスルー能力の再現率が………(笑) 近所の奥さん方ー! この男はある意味たらしですが下心の欠片もありませんよー!

しかしこのままでは正妻(?)くれはの地位が! こうなったら今週末に必ずくれはの話を上げねば!(<寧ろお前の駄文で貶めるんじゃ)
378NPCさん:2008/10/22(水) 23:54:34 ID:???
スレ立てから約10日で267KBか…。
凄い勢いだな。
379NPCさん:2008/10/23(木) 00:04:01 ID:???
爆速だよなぁ……ちょっとでも長く続いてくれることを祈るぜ、俺は
380NPCさん:2008/10/23(木) 03:17:43 ID:???
柊蓮司×柊京子とかもありだと思うんですよ
幼い頃から側にいたのでフラグ耐性を持ちつつ、最古のフラグを保持し続ける姉
無論、恋愛的な意味ではない方向で
381泥ゲボク ◆265XGj4R92 :2008/10/23(木) 05:51:10 ID:???
アクセス規制が解除されましたので、いまさらながらにお返事です。
沢山の支援に大感謝しています。

>>329さん
 柊は若さを、安藤さんは年月の重みを重視して表現しました。
 見果てぬ剣の道、彼らの剣の桃源郷、そこにたどり着き、いかなる剣を会得するのか。
 それらを楽しんで書かせて頂きました。
 まだまだ拙い描写でしたが、楽しんでいただけて幸いです。

 そして、誰も安藤さんがさりげなく呟いている竜作爺ちゃん(かわった体質の龍使い)のことには気付いていないようでw


>>330さん

 NWのアンソロジーを読んでから、安藤さんの妄想が止まりませんでしたw
 確実に孤島前夜〜を書いた設楽英一氏は剣術スキー。
 過去に一回、現在に一回と魔王を単独でぶった切る安藤さん強いよ、強いよ!
 いつかザーフィーとの再戦とかも書いてみたいのですが、空砦次第かな?(バトルマニアめ)
 ガチな殺し合いの果てに、決着を付ける二人とか見てみたいです。

 そして、アンゼロットさまの面の皮はどこまでも分厚いかと(ぬわー!
382泥ゲボク ◆265XGj4R92 :2008/10/23(木) 05:51:57 ID:???
>>331ことゆず楽様

 >>372の感想も交えて

 エリスかわいいよ、エリス!
 某所で自分も書いたけど、やっぱりゆず楽氏のエリスは一味も一味も違う!
 あま〜い! くそ、柊のくせに! いや、柊だからか!?
 異世界で好意を抱く少女と数日同棲したけど何も無かっただけはあるぜ!

 >>コメント
 いやいやいや、そっちのほうが神でしょう!
 あのエリス長編や進化し続ける戦闘描写などと比べられたらこっちが引導渡されて、首切り候ですよw
 戦闘もろくに書けない馬鹿ですみません ORZ
 もっとほのぼのが書きたいなぁ。
 ちなみに質が落ちないのは元々大したことがないからっす! 勢い任せ、感情任せの支離滅裂文章ですので!

>>333ことみっちゃん氏
 レス数を大量消費してすみません。
 諸悪の根源はこの泥ゲボクです。

 そちらのアンゼロット小説もときめかせていただきました。
 う、くそ、アンゼロットは好みじゃないのにこの胸の動悸はなんだ!? 病気か!(恋の病です)

 感想コメントありがとうございました。
 渋いオッサンは大好物の泥ゲボクです。自分の領域までは結構簡単どころかあっさりと追い抜かれそうで怖いですw


>支援してくださった方々へ
 大容量の投下でしたが、途中の規制にもめげることなく投下出来たのは皆さんのおかげです。
 ありがとうございました!
383NPCさん:2008/10/23(木) 13:29:22 ID:???
>>380
あ、それ知り合いが今書いてるよ。投下に間に合わせなきゃって頑張ってた。あと確かみんなハン持ちになってるからそれもどうしようって悩んでた。
また同日投下するからってなんか泣きそうになりながら。

どっちかってと姉→柊のラブ無し話って聞いてるからちょっと違うかもしれんが。


>泥ゲボク氏
ヒャッハァ!謙虚なのは美徳だがあんまり過ぎると魅力半減だぜ?
好きなもんを好きなように書くのが物書きの性だ、それでできた精一杯を、作者がまず認めてやらずにどうするってんだ。
ま。ここの書き手連中は総じてそんな気質だがね。もうちょっと自分の子供(はなし)を誇れっての。

あんたの次を楽しみに待ってるぜぃ。
384ゆず楽:2008/10/23(木) 23:04:46 ID:???
>>374さま
王道ヒロイン・エリスの力が真に発揮されるよう頑張りますです(笑)。
>>377ことmituyaさま
宗旨替え ? はっはっは。オンナノコハミンナオヒメサマデスヨ……… ?
だからエリス×柊もばっちこいでオーケーです !
(とかいって、アンゼとのカップリングは書いたことありませんが)
>>382こと泥ゲボクさま
エリス好きって前に仰ってましたよねそういえば。
今回のエリスものは、どこまで甘く、どこまでベタに、どこまで王道で
書けるかを目指しています。ショートケーキにコンデンスミルクぶっかける勢いで
いきますよ ! それと、そこまで褒められるとなんかこそばゆい。
でも、純粋素直に嬉しいなあ。
で、以下投下でございますが。ちょっと短いゆにばの続編です。エリスと交互にいこうかな、と。
ではでは。
385ゆにば:2008/10/23(木) 23:05:58 ID:???
 檜山ケイトが、喫茶ゆにばーさるに新人執事として勤務を開始してから七日目。
 当初の見込みとはかなりズレの生じてしまった現在の状況に少なからず辟易しながらも、ケイトは日々を過ごしている。
 元々は智世に諭されて、淋しい思いをさせてしまった結希と少しでも一緒の時間を増やすために始めたアルバイトであった。
 自分の無頓着さゆえに、メールひとつも交わすことのなかった一ヶ月間。
 それがどれだけ結希を落ち込ませ、淋しがらせてしまったか。せめてもの罪滅ぼしとして、結希が店長を務めるこの喫茶店で働
こうと決意したケイトに、「予定外」のトラブルが発生したのである。
 正直に言えば、ケイトはここでのアルバイトを甘く見ていたのだった。
 彼の思惑では、アルバイト中にちょっとした合間を見つけては結希とお喋りしたり、彼女の仕事を手伝ったり、また彼女が仕事を
手伝ってくれたりと、お互いの接し合う機会をたくさん作るつもりだったのである。そうやって、結希との時間を濃密なものにしてい
こう、もっと結希と触れ合おう、と ――― そう目論んでいたのだった。
 しかし。
 ケイトは甘かった。ゆにばーさるの人気や集客力を甘く見すぎていたのである。要するに、こんなに忙しいとは考えてもみなかっ
たという意味で、ケイトの考えは甘かったのだ。接客やメニュー運び、食器の上げ下げだけではなく、食材の運搬や買出しといっ
た裏方の仕事もこなさなければならず、それだけでもかなりの重労働なのである。それに、慣れない接客でひどく神経をすり減ら
すこともあって、仕事中に結希の姿を見失ってしまうこともしばしばであった。
 ケイト自身の忙しさに加えて、結希の時間がなかなか取れないことが、二人だけの時間を取れないもうひとつの大きな要因でも
ある。
 やはり、メイド喫茶の花形はなんといっても「メイドさん」だ。
 ただでさえ店長という立場の結希は、なんだかんだいって他の従業員以上に仕事が多い。さらに、ゆにばーさるにおける結希
の人気は凄まじく、とにかく接客の対応に大忙しなのだ。彼女のどじっ娘ぶりが発揮されれば忙しさに拍車がかかり、自分で割っ
たカップや落とした食器の後始末などに追われて、ますます時間が取れないという悪循環。
386ゆにば:2008/10/23(木) 23:07:07 ID:???
 さらに、よしんば結希に声をかけるチャンスに恵まれたとしても ――― メイド喫茶という空間で、執事である自分が花形メイドの
結希に親しげに声をかけることはお客様 ――― もとい、ご主人様方に好まれる行為ではないはずだった。
 結希の立場もあるだろう。メイド喫茶としての建前もあるだろう。
 だとすれば、自分が軽々しく結希に接することは慎まなければならない ―――
 つまり、ケイトは自重することを選択せざるを得なかったのである。かといって、自身の勤務が終わってからまだまだ忙しく働い
ている彼女の仕事終わりを待つというのも躊躇われた。自分が待っていることで結希を急かしても、それはそれで彼女に悪いこ
とのように思える。だから、ケイトはきちんとした機会の訪れを、ゆっくり待つことにしたのであった。
 自分もまだこの仕事に慣れていないから、上手く時間を見繕うことも出来ないだろう。変に急いで仕事をしくじってもいいことは
ない。そのことで結希を煩わせるようなことがあれば、それこそ本末転倒といえる。
 一ヶ月前に比べれば進歩じゃないか。そう、自分に言い聞かせる。
 少なくとも、同じ店舗内で同僚として働いて、顔が見られる距離、声が聞ける距離にお互いがいるのである。
 それならば、いまは気を急ぐまい。いまはそのときを待ち、自分に与えられた仕事を全うするだけである。
 今日も忙しくなる。そんな予感があった。隣の司に、脇腹を肘で小突かれる。慌てて顔を上げれば、テーブルについたお嬢様方
がこちらに視線を配り、手を上げているではないか。
「は、はい、ただいま参ります、お嬢様方」
 いまだに不慣れな執事言葉をかろうじて駆使しながら、ケイトは店内へと駆け出していく。
 執事・檜山ケイトの多忙な一日は、まだ始まったばかりであった ――― 。
387ゆにば:2008/10/23(木) 23:10:16 ID:???
  ※

 ケイトさんと一緒にお店に出るようになって、もう一週間かぁ………

 喫茶ゆにばーさるのマスターメイド・薬王寺結希は、溜息混じりの呟きを漏らしていた。
 午後一時を少し回った、ちょっぴり遅いお昼休み中。スタッフ専用の休憩室で、賄いのサンドイッチをはむはむとぱくつきながら、
結希はいかにもつまらなそうにひとりきりの昼食を摂っていた。脚の長いスチールの椅子に腰掛けながら、メイド服のスカートから
伸びる脚を子供のようにぷらぷらとさせているさまが、実に寂しそうである。

 これじゃ、一週間前となにも変わらないですよぅ………

 と。そんなことを考えている。霧谷の要請で、ケイトをゆにばーさるへ迎えることが決まった日の翌日、さっそく出会えたケイトと
面と向かって会話をしたのはほんの数分のことだった。でも、それでも構わない。だって明日からはケイトさんと一緒に働けるん
だから。明日からはたくさん、ケイトさんと一緒の時間を過せるんだから ――― と。
 だけど。
 現実は結希の思惑通りにはいかなかった。
 仕事を頼むのにかこつけて声をかけようとしても、お客さんの呼び声ひとつ、挙手ひとつで、ケイトは風のように結希の前からい
なくなってしまう。一緒にお昼御飯を食べようと思っても、片付いていない仕事があれば昼食の時間をずらしてでもやり抜こうとし
てしまうという、ケイトの変な生真面目さが邪魔をする。おまけに、オーダーを取りに行くときや食事の上げ下げをするとき、ケイト
がなかなかお客様のところから帰ってこないのである。
388ゆにば:2008/10/23(木) 23:13:07 ID:???
 たとえばそれは昨日のこと ―――
「あれ、まーたケイトのやつ捕まってやがる」
 そのとき、半ば面白がるように、半ば呆れながら司が発した言葉に、結希は耳をピクリと動かした。
 店内の様子を素早く盗み見た結希の視界に、女子大生風の二人連れに呼び止められたケイトの姿が眼に入る。
 会話の内容まで詳しく聞き取ることはさすがにできないが、メニューリストを指差しあいながら、なにごとかを一生懸命ケイトが
説明しているようであるということだけは見て取れた。おそらく、メニューの内容をあれこれ尋ねられ、詳しくはないまでも初心者
なりにケイトがひとつひとつ丁寧に受け答えをしているのであろう。そのケイトの姿だけ見れば実に微笑ましい光景であるという
ことができるのだが、結希が「むむっ !? (はんにゃ)」となってしまうのは、ケイトを同じように見つめるお客さんたちの視線が、妙に
生温かいせいなのであった。
 根は真面目。だけど、俯き加減で少し翳があり、なんとなくかまってあげたくなる。どこにでもいる、ちょっと気になる近所の可愛
い男の子 ――― 檜山ケイトはそんな少年である。同世代の少女よりも、年上のお姉さんに受けが良さそうなキャラクターといえ
ようか。入店一週間にもかかわらず、まことしやかに囁かれるケイトの称号 “年下系” 。
 ゆにばーさるにおける執事二強である、 “クール系” 黒須左京、 “やんちゃ系” 上月司に続いて、新たな『顔』になれる可能性
は十分ね ――― と。鈴木和美がそう漏らしていたのも知っている。

 なんだか、面白くない。

 ケイトがみんなに好かれて、人気者になっていくのは嬉しいけど、それだって時と場合によるではないか。
 なんで女の人にばかり人気なの。それもお姉さんばかりに受けちゃって。
389NPCさん:2008/10/23(木) 23:18:53 ID:???
支援。
390NPCさん:2008/10/23(木) 23:25:00 ID:???
支援ー、足りなそうだのう。
391NPCさん:2008/10/23(木) 23:41:03 ID:???
支援〜。
392NPCさん:2008/10/23(木) 23:41:20 ID:???
要、支援?
393NPCさん:2008/10/23(木) 23:41:56 ID:???
支援〜、その2。
394NPCさん:2008/10/23(木) 23:42:11 ID:???
支援。
395ゆにば:2008/10/23(木) 23:42:21 ID:???
「………どーせ、年下で子供で、良くないこいのぼりですよー………だ………」
 思い出しているうちに、考えることがだんだん自虐的になってきて。サンドイッチを頬張りながら、ぐしぐしと赤くなった眼を擦る。
 と、そのとき ―――
「………失礼しますわ………結希さん」
 声をかけるのを躊躇うように、小声で智世が呼びかけた。手には結希と同様に賄いのサンドイッチセットを捧げ持っている。彼
女も遅めの休憩をこれから取るところのようであった。
「ぐすっ………あ、智世さん………はにゃ………ご、ごめんなさい私………」
 泣きべそをかくところを見られて赤面しつつも、結希はやっぱり涙がこぼれてくるのを止めることができなくて。
「あ、あれ………や、やだ………どうしよ………この後、お店、なの、に………」
 目を腫らしたままでメイドさんなんて出来ない。泣き顔のままご主人様を出迎えるなんてできはしない。だけど焦れば焦るほど、
涙が堰を切ったように止まらなくなる。智世がすっ、と脇に立ち。そんな結希の肩に優しく手を置いた。
「結希さん………午後は、わたくしたちに任せて少しお休みしてください」
 いたわるように、智世が言う。顔つきこそ優しいが、心の中で「あの××野郎………」とケイトを念じ殺す勢いであることは言う
までもなかった。
「でも、で、も………みなさんに、迷惑………」
「そんなことお気になさらずに。午後は狛江さんもいますし、二時を過ぎれば椿さんもシフトに入りますから。人手は十分足りてい
ますよ。第一、そんなお顔でお店に出るわけにはいきませんでしょう ?」
 私なら、べそかいた結希さんに涙目でご主人様、と呼ばれてみたいですけど ――― とはさすがに言わない。
「すいません………お言葉に、甘えちゃいます………」
 食べ残したサンドイッチを包みにしまい、結希はすくっと立ち上がる。
396NPCさん:2008/10/23(木) 23:43:15 ID:???
支援〜、その3。
397NPCさん:2008/10/23(木) 23:45:07 ID:???
支援に参加するのだ
398ゆにば:2008/10/23(木) 23:45:18 ID:???
「向こうの部屋、使わせてもらいますね………」
「みなさんには、ちょっと具合が悪そうなので仮眠室でお休みされています、とでも言っておきますわ」
 智世の言葉にごめんなさい、ありがとうございます、と言い残し。結希が休憩室に隣接した仮眠室へと姿を消す。
 パタン、とドアが閉められて。一分が経ち、二分が経つ。息を潜めながら昼食を摂る智世の耳に聞こえてきたのは ―――

『………ケイト………さぁん………ふ………ふみゅ〜〜〜………』 

 押し殺そうとして殺しきれない、結希の愛しい人を呼ぶ声と泣き声だった。
 傷ましげに眉をひそめながらも、智世の背中に紅蓮の炎が吹き上がる。結希さんを泣かせた罪は万死に値しますわよ、ケイトさ
ん。彼女の流した涙ひと雫ごとに、血の一滴を搾り出してやりますわ ――― そんな危ないことを考えている。
 急いで昼食を食べ終え、店内へと。
 時間は午後一時三十五分。結希がいないことと、時間がお昼時であることを考慮して休憩を早めに切り上げた智世であったが
どうやらそれは杞憂に終わったらしい。この時間帯にしては珍しく、店内の人はまばらであり、厨房もそれほど慌しくはなさそうで
あった。この隙に執事たちは買出しに出かけたらしく、店内には狛江と、少し早めに店に顔を出してくれたウェイター姿の玉野椿
の二人きりがいるだけであった。なんだ、もしもケイトさんがいたなら、これ見よがしに『結希さん、具合が悪くてお休みですわよ』
と言ってやりましたのに ――― と智世は思う。
 休憩終了と結希のことを伝えようと、一歩足を踏み出した智世がぴたりと動きを止める。
 狛江と椿、彼女たち二人の会話が耳に入ったからだ。
 会話の内容は ――― なんと、檜山ケイトのことである。
399NPCさん:2008/10/23(木) 23:46:56 ID:???
お?
支援
400NPCさん:2008/10/23(木) 23:47:17 ID:???
しえん
401NPCさん:2008/10/23(木) 23:48:01 ID:???
支援が必要か?
402NPCさん:2008/10/23(木) 23:48:19 ID:???
アンド支援
403NPCさん:2008/10/23(木) 23:48:38 ID:???
のだのだ
404NPCさん:2008/10/23(木) 23:48:41 ID:???
支援に次ぐ支援。
405ゆにば:2008/10/23(木) 23:49:15 ID:???
「あたしがファルスハーツにいたころ、噂、何度か聞いたことあるけどさー。なんか、実物見たら全然そんな感じしなくてさー」
 狛江が言う。
「やっぱり有名だったの ? “ソニックブレード” 」
 勤務中のお喋りなどしたこともないはずの椿が、わずかに好奇心をそそられたように狛江に応じる。
 “ソニックブレード” ――― 檜山ケイトのコードネームである。
「うん。あっちにいたとき、研究員とかエージェントの人が話してるの聞いたー。なんかね、すごく大きな戦いを何度もしたことのあ
る要注意イリーガルで、いくつかは組織内でもトップシークレット扱いの資料に名前載ってるんだって」
 ぺらぺらととんでもないことを喋る狛江。こんなときでもなかったら、駆けていってその口を塞いでやりたいところだ。
 エージェントだの組織だの、トップシークレットだの。メイドさんが口にする単語ではないだろうに。とはいえ、話しているのが檜山
ケイトのことであれば話は別だ。 “敵” の情報は多いに越したことはない。
「この前久しぶりに伊織と電話で話したとき、そのことをちょっと聞いてみたけど………伊織、すごく驚いてた。あのソニックブレード
がゆにばーさるで ? って。やっぱり、有名なんだね、彼」
 椿が、どこか感嘆したように溜息を吐く。当然、椿同様UGチルドレンである智世も、檜山ケイトの素性は知っていた。しかし、彼
に関しては『コードネーム』と『過去、いくつかの戦いで重要な役割を果たした』ということ以外の詳しい情報はあまり知られていな
い。というより、自分たちのような下っ端のペーペーには、あえて秘匿されているらしいいくつかの情報があるらしいことは、なんと
なく智世にもわかるのだ。
406NPCさん:2008/10/23(木) 23:49:48 ID:???
竹やぶのパンダ支援
407NPCさん:2008/10/23(木) 23:50:05 ID:???
さらなる波〜
支援
408ゆにば:2008/10/23(木) 23:50:06 ID:???
「うん、有名、有名。だけどさー、なにが、なんで有名なのかは私も知らないんだよねー。司さんとか永斗さんとかは詳しいわけで
しょー ? だからあたし、聞いてみたことあるんだけど ――― 」
「――― 私も結希さんにそれとなく………だけど、上手くはぐらかされた」
 二人揃って、オーヴァードとしての檜山ケイトには興味をそそられていたようだった。狛江はともかく椿までとは思わなかったが、
やはりチルドレンとして、またあの生真面目すぎる性格上、『ソニックブレード・檜山ケイト』は避けて通れぬ存在なのだろう。
 二人の会話は続く。
「 ――― 司さんには、『あまり聞いてやるなよ』って言われちゃった。永斗さんは、『知らないほうがいい。世界の秘密に触れるこ
とになっちまうぜ』とかって、いつになく真面目な顔してたっけなー」
「………世界の、秘密………」
 真面目な表情で椿が考え込んだ。情報ソースがあの永斗とはいえ、妄言ばかりの彼が見せた普段にない深刻な表情というの
は気になるところであろう。
「なんか、カッコいいよねー、そういうのー」
 頬を上気させ、うっとりした表情の狛江。
「か、カッコいい………って………」
「だってカッコいいじゃんっ !? トップシークレットで世界の秘密だよっ !? あー、なんか憧れるなー」
 狛江の台詞に、背後で硬直する智世であった。
 いま、あの娘はなんて言った ――― ?
409NPCさん:2008/10/23(木) 23:50:12 ID:???
支援人何人いんだよしえんっ!?
410NPCさん:2008/10/23(木) 23:50:26 ID:???
一人で支援しすぎると、支援だけでさるさんくらいそうだなw 支援
411ゆにば:2008/10/23(木) 23:51:06 ID:???
「か、カッコいいかどうかはともかく………でも、あの仕事ぶりには頭が下がるかも。真面目で一生懸命なのよくわかるし………
好感は ――― 持てる。うちの“怠け者”に比べれば断然」
 たぶんパートナーの高崎隼人と比べての発言であろう。とはいえ、狛江と椿両者の発言に、智世のなかでなにかよくないものが
ざわめいた。
(悪くない ――― 女性陣の評判、悪くない ――― ?)
 二人のことだから、その言葉に他意はない。狛江は純粋に、ケイトの秘密めいた素性に言葉通りの憧れを抱いているだけで、
なんというか子供がヒーローを好きだというのと同じ意味合いでの好感であろう。椿もただ、ケイトの働く姿を見ての単純な評価
を下しているに過ぎず、好感が持てるという言葉の真意はそれ以上でもそれ以下でもないはずだ。第一、色恋の「い」の字も知ら
ないようなあの二人に、そういった意味での心配をするだけ無駄なのだ。
 しかし、あの二人はそうじゃないとしても、他の女の子はどうなのだろう。
 年上の女性にだけ受けがいいと思われていたケイト。しかし彼に対する同世代の少女たちの好意的な評価は、その前提を大い
にぐらつかせるものではないか。
 秘密や翳があってカッコいいからといって、狛江がケイトを好きになることはないだろう。
 真面目で一生懸命だからと言って、椿がケイトに惚れることもないだろう。
412ゆにば:2008/10/23(木) 23:51:42 ID:???
 では、彼女たち以外の同年代の少女たちはどうだ ?
 秘密のヴェールに包まれた神秘。翳りを帯びた伏目がちの少年。真面目で、基本的には大切な少女一筋の純情な男の子。
 それが、どれだけ女性にたいしてアピールできる要素なのか、結希しか眼中にない(普通の女の子とは違う)智世にはわからな
い。だが、しかし。それでもやっぱり、檜山ケイトの持つスペックは。認めるのは悔しいが ――― 只者ではないのではないか。


 敵は ――― 結希さんの敵は、お姉さまたちだけではなかったか………


 結希の懊悩を思い、智世は大いに同情する。
(買出しから戻ってきたら………もう一度ケイトさんには、懇々と教え諭して差し上げなければいけないようですわね………)
 智世の瞳が、猛禽類のごとく獰猛な、危険な光を帯びていた。

(to be continued)
413NPCさん:2008/10/23(木) 23:51:42 ID:???
世界の支配者 支援
414NPCさん:2008/10/23(木) 23:51:51 ID:???
支援は1人見たら30にry
415NPCさん:2008/10/23(木) 23:52:20 ID:???
>>409
一人見かけたら三十人は警戒しろってばっちゃが言ってた支援
416NPCさん:2008/10/23(木) 23:53:00 ID:???
至近12回中5回同じIPからのカキコだとさるさんらしいから注意。支援〜
417NPCさん:2008/10/23(木) 23:53:02 ID:???
風の渡し手支援〜
418ゆず楽:2008/10/23(木) 23:54:03 ID:???
たくさんの支援感謝です !
ちょっと短めでしたが、投下終了。
っていうか、話進んでないっ !?(汗)
次回以降進展させなきゃ………
とはいえ次回は「蓮×エリ」ですかね、交互で行くと。
ではでは〜。
419NPCさん:2008/10/23(木) 23:54:42 ID:???
じゃあ回数に気をつけながら支援〜
420NPCさん:2008/10/23(木) 23:57:07 ID:???
>>418
投下乙でした〜
ケイト、さすが中身主人公なだけあるぜw スペック高いww
ユニバーサルでもフラグ立ててるし、こいつはまさしくフラグメイカー!
次回のエリス×柊も待ってますよ〜。


……独り言、うーん俺もDXで何か書くべきか。
しかし、ネタがない。NWで手一杯なんだよなぁ。
421NPCさん:2008/10/24(金) 01:10:33 ID:???
>ことゆず楽さま
 投下乙でした。
 ケイトは生真面目なだけに変に要領が悪そうですよね〜。融通が利かない…というとちょっと違うかな?
 まあ、そういう方面ではダメダメな感じって事で。
 結希も、初めの期待とは裏腹にすれ違ってばかりで、なまじ目に見える範囲に居ながらふれあえないことでよりダメージが大きいようで…。
 のんびりした話しも好きですけど、なにやら雲行きが…?
 さて、次回は智世の説教という名の私刑か、はたまた結希が何らかの形で爆発するのか。
 …ケイトが気づいてフォローする…ってのはないか?w
 では次回も楽しみにしております。
422NPCさん:2008/10/24(金) 01:11:25 ID:???
横から割り込みレス。

>384
 >(とかいって、アンゼとのカップリングは書いたことありませんが)

 かけ〜かけ〜
( >_<)ノ・・・−〜=〜≡〜≡念!!
423mituya:2008/10/24(金) 20:32:43 ID:???
投下の予告に参りました〜、の前に感想とお返事。

>泥の方
諸悪の根源なんてとんでもない! 寧ろどんどんやっちゃってください、全部読むので!(笑)
あの拙い文章でアンゼ様に恋していただけたなら、書いた甲斐もあります………嬉しいなぁ、恥ずかしいけど///
自分はオヤジ好きーですが、かっこいいオヤジは書けないので、これからも泥の方にはかっこいいオヤジ様を書いていただけたら嬉しいですvv

>ゆず楽さん
女の子は皆お姫様………このカキコを読む前に書いていた作品の中で似たようなフレーズ使ってて、シンクロに吹きました(笑)
エリスの方で京子姉が出てくるのも被ってて、何かゆず楽さんと好みがかなり近い………?
………パクったわけじゃないですよホントですよー!?
エリスは書きたいんですが、ちょっとネタが振ってこない………そもそもどっちのエリスで書こうか………
ゆず楽さんのアンゼも見てみたいのですが………ゆにばとエリスちゃんのが終わった後でもいいのでvv
それでもって、ゆにば!ああもう、このザ・主人公が!(笑)
狛江、椿、お店で何しゃべってるのvv やばいでしょーいろんな意味で!店長に聞かれたら大変だよ!(笑)
ああもう、こっちもあっちも続き気になって………って言うか、お話を複数掛け持ちできるのが羨ましい………
自分は、一度に一つの話を集中して書かないと混乱します(汗)


んでもって投下予告です!
前から書くぜ〜! と喚いていた“宝玉少女直後設定柊くれはほのラブ(仮)”を今日の23時くらいに投下したいと思います!
まだクライマックス書き終えてないけど、予告して自分を追い詰めておく!(汗)
大丈夫、脳内に話は出来てるから! (<書き終わるのか)
柊がなんか偽者くさいけど、とりあえずくれはがハッピーになる話!という自分テーマは達成!!
そんな感じの話ですが、そんなのでもいいよという心の広い方々、23時頃、支援お願いします!
424mituya:2008/10/24(金) 22:59:55 ID:???
書けた………誤字チェックも(ざっとだけど)終わった………

ってな感じで、予告した時間なので投下したいんですが………今、人、いるのかな?(汗)
ともかく、今までの作品ですっ飛ばしていた投下前解説↓


タイトル:心に一番近い場所
元ネタ:ナイトウィザード
時間軸:ノベル『柊蓮司と宝玉の少女』直後
傾向:柊×くれは(筆者的にはベタ甘)
注意:柊が偽者っぽいです。柊と京子お姉さんの過去捏造です。青葉がKYです。

何はともあれ、くれはが報われれば良いよ!って人はどうぞ読んでやってください〜
425心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:02:38 ID:???
「───ずっと、持ってろよ」
「───ありがとう、蓮司」
 笑みを含んだ声に、はにかんだ声。

 ───これは、不器用な幼馴染二人の仲が、一歩進んだ日の、お話。


 少年少女達が通いなれた学舎(まなびや)から巣立つ日───卒業式。
 この日、言葉の綾でもなんでもなく奇跡的に、輝明学園秋葉原分校高等部から巣立った少年が一人。
「あー………卒業したんだなー………」
 その少年は嬉しそうに、本当に嬉しそうに手の中の卒業証書の筒を眺めている。
 彼の名を柊蓮司。幾度も世界を滅亡の危機から救い、しかしその戦果の代償として学生生活を多大に犠牲にし、高校卒業は絶望的といわれていたウィザード。
 彼は元々鋭いはずのその目元を緩めきって、己の悲願を果たした喜びに浸っていた。
「ひーらぎ〜? 顔緩みすぎだよ〜」
 と、そのしまりのない様子を窘める少女が一人。
 紺を基調とした制服の隣で、一際鮮やかな白い小袖と緋の袴。膝裏に届くまでの黒髪といい、典型的な“巫女さん”姿。
 彼女は赤羽くれは。ウィザードの家系である赤羽神社の長女で、彼女自身ももちろんウィザード。柊とは幼少の頃からの付き合いがある、いわゆる幼馴染である。
 そう───幼馴染、である。
426心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:05:26 ID:???
 かつて“星の巫女”という数奇な運命を背負っていたくれは。彼女が危機に陥る度、柊はまさに命がけで助けてきた。
 世界のためという名目で殺されそうになった彼女を組織の命令無視して守りながら宇宙に飛び出したり、
 いきなり出てきた異世界の騎士に半殺しにされながらも浚われた彼女の魂を取り戻しに異世界に行ったり、
 あまつ魔王に身体を乗っ取られた彼女自身に殺されかけたりして───その上で、彼女をその数奇な運命から救った。
 これがお伽噺なら、主人公がそこまでして守る相手は、主人公にとって特別な存在であるものである。具体的には想い人とか恋人とか。
 しかし、柊蓮司はこう言い切る。何の裏もなく、本心から。
「幼馴染なんだから当然だろ?」
 ちなみにこの台詞には「仲間なんだから」「友達なんだから」というバリエーションが存在し、そのバリエーションの数以上に命がけで助けた相手───しかも何故か大半が美少女───が存在する。
 下心でも何でもなく、「助けたいから」「見捨てたくないから」というだけで命をかけられる彼の姿勢は、ある意味素晴らしいことなのかもしれないが───助けられた少女達にとっては、たまったものではない。
 物語の騎士のように命がけで助けてくれる相手に、物語の姫君達と同じように惹かれてしまって───その上で、物語の定石無視したその騎士に「いやいや当然のことしただけだから。じゃ、またな。元気で」とか言われたら、もはや泣くにも泣けない。
 そして、くれはもまた、この定石外れの騎士に惹かれ、やきもきしている一人なのである。───ただし、彼女が彼に惹かれているのは、彼が命がけで自身を助けてくれる以前からのことであるが。
 そんな彼女にとって“幼馴染”という言葉は、彼との長い絆を象徴する大切なものであるのと同時に、命がけのイベントを乗り越えてまでも“それ以上”になれない現状を突きつける苦いものでもあった。
427NPCさん:2008/10/24(金) 23:06:28 ID:???
支援
428NPCさん:2008/10/24(金) 23:07:26 ID:???
死宴
429心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:07:31 ID:???
 一ヶ月前、世界を震撼させた事件の最中で、くれははどさくさ紛れに面と向かって「大好き」とまで言ってしまったというのに───
 この男は、その言葉にすら「友達として」「仲として」という要らない枕詞を自分の中で勝手にくっつけて、今日この日までスルーする始末。
 ───このニブチン───
 本当に嬉しそうに卒業証書を眺める柊の姿に、思わずその卒業証書にすら嫉妬を覚えそうなくれはである。
 二人は無事に卒業式を終え、もう一人の友人と共に催した『卒業記念の打ち上げパーティー』と称したカラオケ大会に繰り出した、その帰りである。
 午前中から始めたのに結構な時間まではしゃいでしまってため、既に辺りは宵闇に包まれている。くれはの幼馴染は、この状態で女性を一人で帰せるような性格ではなかった。
 もう一人の友人を二人で彼女の新しい住まいに送ってから、二人並んで赤羽神社への道を歩む。
 ───こういうとこは気が利くのに───
 思わずくれはは溜息をつく。
 当たり前のようにこういうことをするくせに、自身の行為が相手にどんな感情を齎すか、という点が、すこん、と抜け落ちているのだ、この男は。
 と、でれでれと卒業証書の筒を眺めていた柊が、表情を引き締めて問う。
「───どうした、くれは。溜息なんかついて」
「………な〜んでもぉ〜?」
 だから、そういうことに気づくならその理由まで察しろというのに───よっぽどそう思うくれはである。
 そうか?、と鈍い幼馴染は首を傾げつつも案じる視線を投げてくる。その視線がくすぐったくも嬉しくて、同時にもどかしい。
 ───どうして、わかってくれないかな………───
 もう一つ溜息。
 わかるように言えばいい、という問題ですらないのだ、この男相手では。
 ストレートに「大好き」と告げてこの始末。くれはとのことを「お似合いですね」なんていわれても、普通に流してしまう。
430NPCさん:2008/10/24(金) 23:07:49 ID:???
しえん
431NPCさん:2008/10/24(金) 23:09:02 ID:???
¥4
432心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:09:12 ID:???
 ここまで鈍いと、もはや意図的にその可能性を排除して考えられているような───柊自身がくれはに“そう”思われているという事態を避けているのではないか、と思えてくる。
 ───それって、脈ないってことだよね───
 嫌われている、とは思わない。けれど、そういう対象には見れない、といわれているような気分になる。
 ただ、彼の場合、他の誰に対してもそんな感じであるため、単にくれはが思いつめすぎているだけ、という可能性の方が高いが───それでも、悪い予想、というのは一度思いつくとなかなか消えてくれないものである。
 ───っていうか、秘密握って振り回す女なんか、普通嫌だよねぇ………───
 そう思って、思い切り凹む。
 幼い頃から付き合いがある故に知っている柊の秘密、くれははそれを盾に散々彼に無茶を言ってきた。彼が反応を返してくれるのが嬉しくてその秘密をちらつかせることも多々あった。そのことを深く考えたことはなかったが、相手の立場に立って考えてみれば、不快に違いない。
 ───うぅ………あたしって………───
 自己嫌悪やら消えてくれない最悪の可能性やらに思わず俯く。と───
「───おい、くれは。本当にどうしたんだよ」
 あからさまに様子のおかしいくれはに、柊が真剣な声音で訊いてきた。
「もしかして、具合悪いんじゃねぇのか? どっか痛いのか? 気持ち悪いのか?」
「ち、ちが………」
 表情を見られたくなくて俯いたまま返した声は泣き出す寸前のように震えていて、何かあるといっているようなものだった。
 案の定、柊は案じる色を一向に消さず、
「無理すんな、どっかで適当に休ん─────」
 そう、言いかけて───
 柊が突然くれはの手を強く引いた。
433NPCさん:2008/10/24(金) 23:10:09 ID:???
屍猿
434心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:10:22 ID:???
 ───え………!?───
 視界が真っ暗になり、暖かい感触が身体を包む。突然の事態に真っ白になったくれはの脳内に、高い破砕音と派手な水音がワンテンポ遅れて届いた。
「………つっめてぇ………」
 耳元で聞こえる、幼馴染の呻き声。それと同時に、
「───すみません、大丈夫ですかっ!?」
 上の方から聞こえる、悲鳴のような謝罪の声。
「うひー、派手に濡れたなぁー。───くれは、大丈夫か?」
 声と共に、暖かな感触が離れ、視界が回復する。
 目の前には頭から水を被った幼馴染の姿、その足元に色とりどりの花と花瓶のらしい陶器の欠片が散乱している。よく見れば、その茶の髪や肩にも花や破片が引っかかっていた。
「───え、えと………?」
 事態への理解が追いつかず混乱するくれはの前で、柊は肩や髪に引っかかったものを手で払いながらぼやく。
「あっぶねぇなぁ………普通の人間が振ってきた花瓶頭に食らったら、最悪死ぬぞ」
 その言葉に、くれはは上を見やる。───くれは達が立っているすぐ脇の建物、その二階の窓が開け放たれていた。
 開け放たれた窓、花瓶の残骸───
 ───あそこから、花瓶が落ちてきて………?───
 引き寄せられた手、抱きしめられた感触。びしょぬれの幼馴染に、殆ど濡れていない自分。
 ───柊が、庇ってくれた………?───
 それも───おそらくは抱きしめるように覆いかぶさって。
 今更ながらに、先程まで自分が感じていた感触が彼の腕だと気づいて───くれはは真っ赤になって硬直する。
435心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:11:09 ID:???
 と、そんなくれはに柊が気づくより早く、脇の建物から人が降りてきた。
 顔色をなくした様子で、花瓶を落としたらしいその女性は柊に声をかける。
「すみません! 怪我は………!?」
「あー、大丈夫。でも気ぃつけてな。次落としたら、誰かが大怪我するかもしれねぇ」
 ウィザードである柊は二階から落ちてきた花瓶を食らったところでたいしたこともないが、一般人(イノセント)はそうはいかない。
「本当にすみません、気をつけますっ。───あの、あなたは?」
 柊に頭を下げて、女性はくれはにも案じるような声をかける。
「はわっ!?───だだだ大丈夫ですっ! ええほんと全く!」
 自失から覚めて、くれはは慌てて首を横に振った。女性は安堵したように息を吐く。
「そうですか………よかった。───あ、でも、服、そのままじゃ………」
 濡鼠状態の柊を見て言う女性に、当の柊ははたはたと手を振ってみせる。
「どうせ家まですぐだし。この程度で風引くほどヤワでもねぇしな」
 あ、でも───と気づいたようにくれはを見る。
「こいつ、ちょっと具合悪いみたいんで、ワビがわりっちゃ何だけど、ちょっと休ませてやってもらえるか?」
「───はわっ!?」
 忘れかけていた事態に話が逆戻りして、くれはは慌てた。
「あ、はい、どうぞ───」
「いえ、ほんと大丈夫ですから! ───行くよ柊っ!」
「───うぉっ!?」
 中へと勧めてくれる女性の声を遮ってくれはは叫ぶようにいい、強引に幼馴染の手を引いてその場から一目散に走り去った。
436心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:12:20 ID:???


「───って、おい! どこまで行く気だお前は!?」
「………はわっ!?」
 幼馴染の制止の声に我に返ると、もう神社の石段の前だった。危うく走りすぎるところだったらしい。
 立ち止まり、ついで抱きつくように掴んでいた幼馴染の腕を慌てて放して、彼から背を向けるように立つ。
「………ったく………ホントどうしたんだ? 何か変だぞ、くれは」
 背から聞こえる幼馴染の言葉にただ俯く。
「言いたくないなら、無理に言えとはいわねぇけど………俺でよければ聞くぜ?」
 気遣ってくれるその言葉は嬉しくて、でも、胸に渦巻く不安は告げられなくて。
 ───あんたは、あたしをどう思ってるの?、なんて───
 そんなことを訊いても、いつものように当たり障りなく流されるか───万一、寧ろ億に一、兆に一だけれど───この気持ちに気づかれてしまうか。
 気づかれて───拒絶、されてしまうか───
 黙りこくるくれはの耳に、困ったような幼馴染の溜息が聞こえた。ついで、濡れた布が擦れる音がして、アスファルトを叩く水音が続く。視線を足元から僅かに後ろに向けると、どうやら脱いだ上着を絞っているらしい様子が見て取れた。
 と───ぶち、という妙な音。
「───あ」
 間の抜けた声。思わず振り返ると、気まずいような顔をした柊と目が合う。
「………取れちまった」
 言って、彼は手にした小さいものをくれはに掲げてみせる。それは、制服の袖についている飾りボタン。どうやら、力任せに絞った拍子にちぎれたらしい。
「………あー、もう、何やってんのよ………」
 くれははがっくりと首を項垂れる。一気に脱力した。───馬鹿馬鹿しくなった、ともいう。
 ───こんな馬鹿相手に深読みして、悩むのも馬鹿みたい───
 そう、思ったのである。
437NPCさん:2008/10/24(金) 23:13:03 ID:???
438NPCさん:2008/10/24(金) 23:13:20 ID:???
紫燕
439NPCさん:2008/10/24(金) 23:13:42 ID:???
しえしえ
440心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:14:34 ID:???
「ったく、子供じゃないんだから。っていうか、ボタン取れるほどめいっぱい絞るなんて、生地痛むよ〜?」
 言って、その手から制服とボタンを奪う。鞄から小さなソーイングセットを取り出した。
「───おおっ!?」
「はわっ!? な、何さ柊!?」
 突然声を上げた柊に驚いて、くれはは思わず悲鳴じみた声を返す。
「いや………お前が、裁縫道具なんて女らしいもの持ってるなんて───ぐはっ!?」
 失礼千万な物言いに、くれはは無言で膝蹴り制裁を加える。───確かにこのソーイングセットは、先刻まで一緒にいた友人の日用品を買いに行った時にお揃いで買ったもので、一人なら買わなかっただろうものなのだが。
 それでも、袖のボタンをつける程度のことはできる───はずだ。多分、きっと。
 はなはだ心もとない自信を胸に、石段の一段目に腰掛け、軽く全体を絞ってからぐしゃぐしゃの制服を膝の上で広げる。左右の袖を見比べた。
 ───取れちゃったのは、左か───
 そう、思って───瞬間、くれはは勢いよく立ち上がった。
「───柊っ!」
「うお何だくれはっ!」
 ようやく膝蹴りから復活した柊が、突然呼ばれて身を竦ませる。
 くれははその彼に駆け寄るように詰め寄って、
「───このボタン、ちょうだいっ!」
「………はぁっ?」
 完全に予想外の言葉に、柊は目を見開いた。
 くれはは、妙に意気込んだ様子で畳み掛けるように言う。
「よく考えたら卒業したんだからもう着ないじゃない。 だから、別にいいでしょっ?」
「いや、いいけど………どうすんだ、そんなもん?」
 半ば勢いに圧されながらも柊がやっとそう問うと、くれは一瞬息を呑むように言葉を詰まらせて───
「───そ、卒業の記念っ!」
441NPCさん:2008/10/24(金) 23:15:01 ID:???
髭艶
442心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:15:24 ID:???
「………その制服のボタンがか?」
 訝しげな柊の言葉に、くれはは自分の服装を示して見せる。
「ほらあたし、ずっと巫女服だったから制服持ってないの! だから輝明学園の校章入ってるものって生徒手帳くらいしかなくて………これ、このボタン、校章入ってるでしょうっ?
 ───だから、記念にちょうだいっ!」
 妙に必死な、不自然に早口での説明に、しかし柊は、なるほど、と頷いた。
「そっか、そういうことなら喜んでやるよ。───お前、それで元気なかったんだな」
 卒業記念になるようなもんがないから、と柊は安堵したように笑う。
 見当違いの、いつもの彼の勘違い。───けれど、それすらも今のくれはには気にならない。
「───ありがとうっ、柊!」
 満面の笑みで言うなり、上着を押し付けるように返し、踵を返して石段を駆け上がる。
 足を止めぬまま、肩越しにちょっと振り返って、
「送るのここまででいいからっ!───じゃあねっ!」
 鼻歌でも聞こえそうな上機嫌な様子で、階段を駆け上がってく。
「………そんなに、記念欲しかったのか、あいつ」
 ぽつねんと残された柊は、呆然とそう呟いて、
 ───まあいいか、嬉しそうだから───
 そう思って、自身も家路についた。
443NPCさん:2008/10/24(金) 23:16:16 ID:???
脂得ん
444心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:16:26 ID:???


「ただいまー」
「おかえり───って、何あんたその格好」
 柊が居間に入るなり、そこでくつろいでいた長身の美女が顔をしかめた。
 男物の上下をラフに着こなし、それが様になる女性。───柊京子、柊の姉である。
 絞ったとはいえ、湿ったままの上着を羽織った柊の姿を、京子は眉をしかめて見る。
「あー、帰る途中で窓から降ってきた水被っちまって」
 花瓶を頭に食らった、とはさすがに言えず、柊はそう答えた。
 その答えに、京子は呆れ顔で冷たく言った。
「原因なんか聞いてないわよ馬鹿。何その格好で平気で居間に入って来てんの、っつってんのよ。カーペット濡れるでしょうが」
「うわひでぇ」
 思わず柊は呻く。───心配なのは弟じゃなくてカーペットですか。
「ほら、さっさと風呂場行きなさいよ───って、あら?」
 いいかけて、京子は何かに気づいたように呟く。
「あんた、左袖のボタンどうしたの?」
「うぉ、そんな細かいとこよく気づいたな、姉貴」
 変なところで目敏い姉に柊は軽く目を見開く。
「いいから質問に答えなさいよ」
「………くれはがくれっていうから、やったんだよ」
 冷たく促され、何となく釈然としないものを覚えつつ、素直に答える柊。
 途端、京子はこの上なく目を見開き、信じられないものでも見るように柊を見やった。
445NPCさん:2008/10/24(金) 23:17:19 ID:???
ばか……支援
446NPCさん:2008/10/24(金) 23:17:41 ID:???
姉園
447心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:17:46 ID:???
「───えぇっ!?」
「な………なんだよっ!?」
 姉のリアクションに思わず身構えつつ、柊は問う。───自分は何かまずいことを言ったか。
 京子は搾り出すように一言、
「───マジ?」
「………んなウソついて何になんだよ?」
 憮然と返せば、京子は打って変わって上機嫌な様子で何度も頷いた。
「なるほどー、ようやっと朴念仁のあんたもくれはちゃんの気持ちに応える気になったわけねー。あー、安心したわー」
 うんうん、と呟く姉に、柊は目を瞬(またた)く。
 ───気持ち? 応える?───
「………何の話してんだ?」
 呆然と呟けば、ぴしり、と音を立てて姉の周りの空気が凍った。
「………あんた、今、なんて、言った………?」
 ぎぎ、と堅いしぐさで柊に向き直り、一言一言区切るように問う姉に、柊は眉をしかめつつ、繰り返す。
「何の話してんだ?───意味、わかんねぇんだけど」
 言い終えた瞬間───柊の視界に火花が散った。
「───あんったはぁぁぁぁああああっ! どこまで朴念仁かっ!」
 弟の顔面目掛けて灰皿をぶん投げた京子は、怒り心頭、という様子で叫ぶ。
「───こ、殺す気かっ!?」
「ああもう本気でいっぺん殺して生まれ変わってやり直して来いって言いたいわよっ!」
 柊の抗議に、京子は凄まじい剣幕で怒鳴った。
 柊はその剣幕に腰を引きつつ、それでも怒鳴り返すように問う。
「何なんだよ、俺が何したってんだ!? くれはがくれっていうから、ボタンあげただけだぞ!?」
「だから、その意味をあんたはわかってないっていってんの─────ッ!」
 声と共に今度はリモコンが飛んできた。
「うをぁっ!?───い、意味!?」
 柊は何とかリモコンをキャッチしつつ、問う。
「輝明学園で左袖のボタン、っつったらねぇ、“卒業式の第二ボタン”なのよっ!?」
 怒鳴るように告げられた姉の答えに、
「───は?」
 柊は一言そう呻いて、完全にフリーズした。
448NPCさん:2008/10/24(金) 23:18:51 ID:???
私厭
449心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:18:55 ID:???


 くれはは、自室で一人、貰ったボタンを眺める。
「………えへへっ」
 思わず顔がにやけて、慌てて引き締める。でも、それもすぐににやけ顔に戻ってしまう。
 ───ちょっとだまし討ちだけど、いいよね?───
 そう思って、そのボタンを胸元で大切に握り締める。───抱きしめるように。
 ───左袖のボタン………輝明学園の“卒業式の第二ボタン”───
 “第二ボタン”───それは、卒業式に女子が好意を持つ男子から貰う、一種のイベントアイテムである。
 本来は、その名の通り前身の上から二番目のボタンのことなのだが、輝明学園では少し変わっていて、左袖のボタン、となっていた。
 そもそも“第二ボタン”がなぜ第二ボタンなのか、はっきりとした由来はわかっていない。しかし、一説に、心臓(ハート)から一番近い場所───心(ハート)に一番近い場所だから、というのがある。
 しかし、その説にのっとると、ブレザーの第二ボタンなどありがたみも何もない。
 そこで、制服がブレザーである輝明学園では、前の第二ボタンではなく、左袖の飾りボタンが“第二ボタン”の意味を持つようになった。
 理由は───心臓から一番近い脈の場所だから、心臓(ハート)に───心(ハート)に近い場所だ、と誰かが言い出したのが始まりらしい。
 心臓から一番近い脈は残念ながら首で、間違いも甚だしいのだが───まあ、医学的な正答なんて恋する乙女達には意味を成さない。それっぽければいいのである。
450心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:19:36 ID:???
 そんな訳で、輝明学園で“第二ボタン”といえば左袖のボタンのことで、それは───

 ───あなたの心に一番近い場所を、あたしに下さい───

 そういう、意味を持つのだ。
 本来なら、あげた当人がこの意味を知らなければ、本当の意味でその場所を許されたことにはならないだろう。
 けれど───

 ───今は、いいよね?───

 今だけ、彼にまだ、特別な人がいない今だけは───特別な人が見つかるまでは───

 ───あたしが、一番近いって思ってても、いいよね?───

 もしも、彼に本当に特別な人が出来たその時は───

 ───ちゃんと、返すから───

 それまでは、それまでだけでも、一番近くでいさせて───


451NPCさん:2008/10/24(金) 23:19:49 ID:???
心臓?支援
452NPCさん:2008/10/24(金) 23:20:06 ID:???
覗鳶
453心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:20:59 ID:???
「───うそだろ?」
 姉の懇切丁寧な説明を正座で聞いた───聞かされた、柊の第一声がこれだった。───ちなみに、濡鼠では居間が汚れるという理由で既に着替えさせられており、部屋着姿である。
「んなウソついて何になんのよ」
 奇しくも、先程柊自身が言った言葉で返されて、柊は混乱する。
 ───左袖のボタンが“第二ボタン”? だって、それは女子が好きな男からもらうもんだろ?───
 いくら柊でも、“第二ボタン”の意味くらいは知っている。
 だが───だから、おかしい。なぜそのボタンを、くれはは柊からもらったのか───もらいたがったのか。
 ───だって、それじゃあ、まるで、くれはが俺のこと───
 そこまで考えて、
「───いやいやいやっ!やっぱありえねぇだろそれっ!?」
 全力で頭を振って柊はその可能性を否定する。
「………なんで、あんたはそこまでしてくれはちゃんの気持ちを否定するわけ」
 こめかみに青筋立てながら、京子は呻く。
「だって、くれはだって、ただ卒業記念に校章の入ったものが欲しいっていってただけだし───くれはの方が、この話を知らないかもしれないだろ!?」
 なんだかもう必死に───自分の信じるものを守るように言う弟に、京子は頭痛を覚えた。
 同じ女として、幼い頃から知っている妹のような少女の恋路を応援したいと思っているのに───当の相手がこの朴念仁の弟なのである。
 可愛いあの少女に妹になってもらいたいから、応援をやめる気はないが───
「───くれはちゃん、何だってこんな男を………」
 思わず呟いて───瞬間、その愚弟が身を乗り出して叫ぶ。
「それ!───そう思うだろ姉貴だって!」
「………はぁ?」
 眉をしかめて呻くと、愚弟は我が意を得たりと力説する。
454NPCさん:2008/10/24(金) 23:21:22 ID:???
歯煙
455心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:21:41 ID:???
「何でくれはが俺なんかを、すっ………きっ、に、なるんだよ! おかしいだろ!?
 姉貴だって散々言ってたじゃねぇか、『お前みたいのは女の子にモテない』って!」
 肝心のワードでどもりながらも、柊は自身の主張を言い切った。
 その渾身の主張に、姉は目をまん丸に見開いて固まる。
 ───あんた、そんなんじゃ女の子にモテないわよ───
 京子は確かにそう、よく弟に言っていた。幼い頃、弟が自分に対して生意気に反抗する度に。
 別にモテなくていい、弟は決まってそう返していたが───まさか、まさか───
 ───これが、原因?───
 京子は愕然と凍りつく。
 三つ子の魂百まで、という言葉がある。幼い頃の性質、習慣や思い込みは一生もので、簡単には変わらない、という言葉。
 この弟は、子供の頃京子が軽口で言っていた『あんたはモテない』という言葉を鵜呑みにし、そこから『自分が異性からそういう風に見られる』という概念をどこかに置き去りにして成長してきてしまったのだ。
 その概念の欠けたフィルターを通して全ての物事を解釈しているから、意味を取り違える。───言葉が悪いが、歪んだレンズには歪んだ像しか映らないのだ。
 ───うわぁ………───
 京子は頭を抱える。───この場合悪いのは、平気でぽんぽんあんな台詞を吐いた幼い頃の自分か、それを無駄に素直に受け取ってしまった幼い頃の弟か。多分両方だけど。
 ───ごめん、くれはちゃん───
 京子は胸中で詫びる。───ちなみに、彼女が詫びるべき相手は他にもごまんといたりするが、その辺は彼女の知らぬところである。
 なにはともあれ、この弟が失くしてしまった『自分が異性からそういう風に見られる』という概念を取り戻させてやらねば、くれははおろか、他の女子の好意にも気づくことなく、弟は一生独り身だ。
 深く───深く深呼吸して、京子は口を開いた。
456NPCさん:2008/10/24(金) 23:22:19 ID:???
誰か! 誰かこの馬鹿の頭に強いショックくれてやれ! 支援
457NPCさん:2008/10/24(金) 23:22:32 ID:???
私怨
458心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:22:40 ID:???
「───あのねぇ、蓮司」
 真っ直ぐに、弟の目を見て言う。
「あんたはね、そのどうしようもなく女心に鈍いところを除けば、結構いい男なのよ?」
「は………はぁっ!?」
 普段聞きなれぬ姉からの褒め言葉に、柊は固まる。
 京子の方も正直慣れぬ言葉に舌が拒絶反応を起こしかけているが、本心を述べているわけなのだから、と自身に言い聞かせて言葉を続ける。
「背は高いし、顔だって、このあたしの弟なんだから悪いわけないのよ。しょーもなく馬鹿だけど、あんたの馬鹿は、言い換えれば人が好(よ)いっていえるタイプだから、長所でもあるの。変に頭回って相手を心理ゲームに嵌める男なんかよりよっぽどいいわ」
 つまり、と指を弟の眼前に突きつけて、言う。
「あんたはね、十分にくれはちゃんの好意に足る男なの! わかった!?」
 そう、告げられた柊は───
 完全に自身の処理能力を超えた情報を与えられて、フリーズした。


459NPCさん:2008/10/24(金) 23:23:41 ID:???
至俺
460心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:23:43 ID:???
 一晩じっくり考えろ、と自室に放り込まれた柊は、一人混乱していた。
 ───だって、ありえねぇだろ!?───
 胸に渦巻くのは、その言葉。
 ずっと幼馴染で、仲間で───そう過ごしてきて、そんな───姉が言うような感情の素振りなど、一度だって───

 ───本当になかったか?───

 ぐるぐると渦巻く思考をついて湧き出た言葉。一度その言葉に意識が向くと、一気にいろんな記憶が噴き出してきた。
 ───幼馴染なんだから、といったら途端に不機嫌になったり、
 ───他の女子に抱きつかれていたところを、机で殴られそうになったり、

 ───真っ直ぐに見詰め合って告げられた、あの言葉。

 ───あたしの大好きな蓮司なら───

(───のぁぁぁぁぁぁああああッ!?)
 思わず口をついて出た絶叫を、柊は慌てて枕に顔をうずめて殺す。
 聞いた時には───否、今の今まで───ただ仲間として友達としての好意だと思っていて、何でもなかった言葉に───のた打ち回りたくなるような気恥ずかしさが襲う。
461心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:24:30 ID:???

 ───違うっ!そんなんじゃない!姉貴が勝手に言ってるだけで、そんなんじゃないっ!───

 くれは自身から直接そういう意味だと聞いていない以上、そう解釈するのは酷い自惚れのような気がして、柊は自身へ必死にそう言い聞かせる。

 ───でも、もし、もしも、姉貴の言うとおりだったら───

 あの幼馴染が、自分をそういう風に思ってくれているとしたら───

 ───俺は、一体どうすりゃいいんだっ!?───

 自分は、彼女をどう思っているのか。

 ───わかんねぇぇぇぇえええッ!───

 混乱は極まり、進退も窮まり───柊蓮司は、完全に思考のドツボにはまっていた。

462心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:25:34 ID:???
 卒業式の翌朝、くれはは境内の掃き掃除をしていた。
 それは、高校に通っていた頃から続く彼女の休日の日課で、これからは毎日の日課になるだろう行為である。
 と───石段の方から人の気配がして視線を向けると、見慣れた姿が上がってくるところだった。
「あ、おはよ〜、柊───はわっ!?」
「………おう………」
 答えた幼馴染の目元にくっきりと浮かんだ隈に、くれはは身を引く。
「………ど、どうしたの!?」
「………ちょっとな………」
 何故だか視線を逸らして答える柊に、くれはは首を傾げる。
「っていうか………こんな朝早くから、何の用?」
 まだ早朝といえる時間だ。こんな時間に訪ねてくるくらいなのだから余程の用だと思い、くれははちょっと身構える。
「いや………そのな………」
 一方、柊の方はといえば───ろくに寝れず、いてもたってもいられなくて、しかしどうすればいいのかわからず、思わずここに来てしまっただけで───いきなりくれは本人と顔を合わせて途方にくれていた。
 どうすればいいのか───何を、どう訊くべきか───寧ろ、何も訊かない方がいいのか───悩んで、
「───昨日の、ボタンのことなんだけどな」
 結局、口をついて出たのはそんな言葉だった。
「………え………?」
 くれはの声に、微かに緊張の色が宿った気がして、けれど、それも自身の方に先入観があるからかもしれないと、あえて無視して柊は続ける。
463NPCさん:2008/10/24(金) 23:25:59 ID:???
認めたくないよね、若い日の過ちって。支援
464心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:26:23 ID:???
「姉貴から………ちょっと、妙な話を聞いて。───その、左袖のボタンの、話」
「───っ!」
 今度こそ、はっきりとくれはの顔に緊張が走ったのが見えて、柊の方も動揺する。
 けれど、ここまで言って、話を止めるわけにもいかない。
「………卒業記念って言ってたけど………お前は………どういう意味で、あのボタンが、欲しかったんだ………?」
 毒を飲むような心持ちで、訊いて───
「………ごめん、嘘ついて」
 深く俯いて返されたくれはの言葉は、泣き出す寸前のように震えていた。
「返すね、ボタン───嫌だったよね、あんな、だまし討ちみたいなの」
「───待て!」
 取ってくる───と、踵を返しかけた幼馴染の腕を、柊は咄嗟につかんで止めた。
「なんでそうなる! 別に返せなんていってないだろ!」
 思わずそう叫べば、くれはは一瞬硬直して───緩やかに振り返る。
「───え………?」
 顔を上げた彼女は、信じられないようなものでも見るように目を見開いて───頬を僅かに桜の色に染めていて。
 ───え………?───
 何かを期待するような表情に、柊は一瞬理解が追いつかず───次いで、その意味に気づいて固まった。
 くれはは“だまし討ち”といった。それは、昨日彼女が柊に告げた理由がただの口実で、本当の理由が他にあるということで───それは、姉の言っていた理由が当たりだったということで。
 それを返すといった彼女を、柊は咄嗟に止めた。それは酷く傷ついた様子の彼女を黙って見送れなかった反射のような行動だったが、客観的に思い返してみれば───その行動は、くれはにボタンを返すな、といってるのと同じで───
 つまりは───“そういう意味”で“第二ボタン”を持ってろ、といっているようなもので。
 ───俺は何を口走ってんだぁぁぁぁぁぁああッ!?───
465NPCさん:2008/10/24(金) 23:26:34 ID:???
活動時間帯のせいか、なかなかリアルタイムに遭遇しないんだよな支援。
466NPCさん:2008/10/24(金) 23:27:23 ID:???
旨塩
467心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:27:32 ID:???
 柊は赤面して内心絶叫する。───正直、周りからすれば、彼自身に自覚がないだけで柊のこの手の発言は日常茶飯事なのだが。
 ───何やってんだよ俺自分の気持ちもはっきりしてねぇのに何こんなこと口走ってんだおい!?───
 しかし、今更自身の発言のやばさに気づいても、それを打ち消す言葉を告げるのは躊躇われる。
 ここでそんな意味じゃなかった、といえば彼女は本当に傷つくだろう。泣くかもしれないし───そんな考えなしな言葉で傷つけた自分に、本気で嫌気が差すかもしれない。
 今までずっと───姉の弁によるものだが───思っていてくれたのに、全く気づかなくて、やっと気づいたと思ったら、そんな考えなしで最低な言葉で平気で傷つける───
 ───それこそ、本気で嫌われるんじゃないか?───
 そう思って、背に氷を落とし込まれたような感覚を柊は覚えた。
 今までずっと一緒にいた。些細な言い合いはしょっちゅう、互いに本気で腹を立てることもあった。それでも、結局はいつの間にかお互い水に流して、いつもの形に戻って。
 だから、本気で互いの中が拗れること、本気で彼女から嫌われることなど、考えたこともなかった。
 離れることなど考えたことがなくて───当たり前のように、ずっと傍にいる存在(もの)ように思っていた───

 ───ああ、そうか───

 不意に柊は気づく。
 離れることを考えたことがなかった、ずっと傍にいると思っていた。それに疑問を持つことも、嫌だと思ったこともなかった。
468NPCさん:2008/10/24(金) 23:28:22 ID:???
はっはっは氏ねこのニブチンが支援
469心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:28:27 ID:???
 それは、裏を返せば───

 ───俺自身がずっとくれはの傍にいたいって思ってる、ってことじゃねぇか───

 すとん、と落ち着くところに答えが落ち着いた。そんな感じだった。
 あまりにもあっけなく見つかったその答えに、散々悩んだ昨夜の自分が馬鹿馬鹿しくなって───思わず、柊は吹き出してしまった。
「………は、はわっ!? 何でいきなり笑うのよー!?」
 自身が笑われたと思ったのか、真っ赤な顔で怒鳴るくれはに、柊は彼女を掴んでいた手を離して静止するように掲げ、
「ち、ちが………悪い、何か俺って、ホントに馬鹿だと思って」
 笑いの発作の合間に切れ切れに告げた。くれははきょとんと目を見開く。
 その表情が余計におかしさを誘って───ひとしきり笑ってから、柊は、はぁ、と息をつく。
「………何なのよ、もう」
「悪い悪い───ごめんな」
 憮然と呟く少女に柊は笑いかけながら、その頭を撫でる。
 その笑顔は───彼自身に自覚はないものの、思わずその笑みを向けられたくれはが頬を染めて硬直するくらいに、ひどく優しくて。
470心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:29:26 ID:???

「───ずっと、持ってろよ」

 その彼女に、そう柊は告げる。今度こそはっきりと、反射的な考えなしな言葉なんかではなく、きちんと自身の気持ちを乗せた言葉で。
「ずっと、持ってろ。お前自身が要らないって思うまで。───お前自身が要らないって思わない限り、ボタンが壊れても、失くなっても、俺にとってはお前が持ってることになるから」
 形としての証がなくなっても、それと一緒に渡したものはそのままだから───

「───ずっと、隣に、いてくれ」

 自分の一番近いところに───自分の心に一番近い場所に。
 辛くなったり寂しくなったら、入ってきて休んでいいから。自分が馬鹿やりそうになったら、土足で乗り込んで止めてくれていいから。
 ずっと───この心の横に、寄り添っていてくれ。
 そう───柊は、告げる。
 その言葉を受けた少女は、この上なく瞳を見開いて───次の瞬間、花開くように、笑った。

「───ありがとう、蓮司」

 澄んだ彼女の笑顔は、本当に綺麗で───ひどく、愛おしいものに、思えて。
 無意識のうちに、柊の宙に浮いていた手が、その頬へと伸びた。
 くれはは一瞬、驚いたように目を見開いて───はにかむように、目を伏せる。
 柊は、僅かにその背をかがめるようにして、そして───

 そして───

471NPCさん:2008/10/24(金) 23:30:19 ID:???
えぇ、それもこの書物に書いてある通り―――支援
472心に一番近い場所:2008/10/24(金) 23:30:39 ID:???
 くれはの五つ下の弟である青葉は、母に姉を呼んでくるよう言われて、一人境内を歩いていた。
 石段の方に向かっていくと、遠目に、姉の姿と、こんな時間に来るのは珍しいその幼馴染である青年の姿もあった。
 青葉は、彼のことを本当の兄のように慕っていたから、思いがけず彼を見かけたことが嬉しくて、駆け寄りながら大声で声をかけた。
「───蓮兄ちゃん!」
 瞬間、二人の身体がびくりと振るえ───そこでようやく、青葉は二人の姿勢に気がついた。
 姉の頬に添えられた青年の手、不自然に近い二人の位置。
 それは、どう見ても───まだ色恋沙汰には縁遠い年頃の青葉にも、そうとはっきりとわかるほど───口付けを交わす寸前のラブシーンに他ならなくて。
「───え………あ………その………お邪魔しましたっ!」
 いたたまれないやら恥ずかしいやら申し訳ないやらで、真っ赤になって叫び、青葉は踵を返して逃げ出した。
「───あ………青葉ぁぁぁぁぁぁぁあああッ!」
 硬直から脱したくれはが、真っ赤になって絶叫しながら、弟の背を追って走り出す。
 ばたばたと神社の境内に相応しくない足音が二つ、遠ざかって行くのを聞きながら、柊はその場にがくりと膝をつく。
 普通の男子であれば、いいところを台無しにされた落胆のポーズ、というところなのだが───当然のように、柊蓮司はその普通の規格には当てはまらなかった。
 ───今俺は何しようとしたんだおいいくら早朝で人気がないにしたっていつ人が来るか知れないところであんなことをああおばさんごめんなさいどうしようもう会わせる顔がねぇよ───
 頭を抱えて自責と自戒と悔恨の念を掻き立てられている様は───到底、今年十九になる若者のものではない。

 まあ、何はともあれ───

 一歩進んだ、二人の関係。けれど、次の一歩までの道のりは───果てしなく、厳しそうである。


終わり
473NPCさん:2008/10/24(金) 23:31:29 ID:???
シェー            ん
474NPCさん:2008/10/24(金) 23:32:17 ID:???
GJ!!
475mituya:2008/10/24(金) 23:38:33 ID:???
はいっ、『心に一番近い場所』終わりです!

………………………………………………
ごーめーんーなーさぁいぃぃぃいいいッ!! 世界中に謝りますッ! ごめんなさいぃぃぃぃいいいッ!
妄想にもほどがあるよしかも何だこのオチっ!

書いて手自分でこっ恥ずかしくて死ぬかと思った。でも後悔はしていない、反省はしてるけど。

こんな柊、柊じゃねぇよ! とか、諸々のツッコみどうぞぶつけてください。精進します………
476NPCさん:2008/10/24(金) 23:39:05 ID:???
GJ
これはよいニヨニヨSS
477NPCさん:2008/10/25(土) 00:00:07 ID:???
>475 こと mituya嬢
 投下乙&GJでした。感想は後ほど〜。

●保管
つ心に一番近い場所

短編・小ネタの時間軸とか背景情報なんかも表に組み入れるべきかなぁ…。
478mituya:2008/10/25(土) 00:11:40 ID:???
Σうわ相変わらず早いですね登録っ! ありがたいやら恥ずかしいやら………///

見直し&手直しして来ます〜。なんか誤字見逃してたし(汗)
479NPCさん:2008/10/25(土) 00:28:48 ID:???
>>477
んー……確かになぁ。初見さんのことを考えるなら時間軸くらいはぱっと見であると便利かもしれんが
表に入れるとなると激烈に大変だぞ。出来そうなら、頑張ってほしいけど。

あとはまぁ、独自設定ものかどうかくらい?
無理のないようよろしくです。
480NPCさん:2008/10/25(土) 00:43:08 ID:???
>>475
飲んでた無糖コーヒーが砂糖たっぷりに変化したかのようなあまーいお話戴きましたー
こいつぁGJでございます
481泥ゲボク ◆265XGj4R92 :2008/10/25(土) 01:00:16 ID:???
おかしいなぁ。
飲んでいるブラックコーヒーが暖めたMAXコーヒーぐらい甘いんだがw
めっちゃ甘いであります。
ぐふ、糖尿病になりそうだ! GJ!!
フラグスルーの達人たる柊でもさすがに宝玉少女後は無理だったかw


*個人的な質問
ところでここでアルシャードガイアの嘉神朋也で、フランベルジュを用いたメカバトルとか単発で書いても問題はないのだろうか?
神の贈り物前で、シャード無しの朋也とかの激闘を書いてみたいのですが……
482NPCさん:2008/10/25(土) 02:49:00 ID:???
>478 こと mituya嬢さま
 改めまして、感想をば。(感想なのか、これは…?)

 いや、これは誰が見てもベタ甘だと思います…! 思わずニマニマしながら読みふけってましたよw
 相変わらず綺麗な文体で、特に心理描写とかはうまいなぁと思いました。
 話しの構成、流れとしてもうまいですし、すんなりと物語に入り込んでいける感じで、大変良いラブコメ分でしたw
 柊の≪フラグスルー:恋愛≫や柊の葛藤からその後の行動についても、十二分に納得のいく理由付け&展開だったかと。
 まあ、柊のアレは本人の性格もあるんでしょうけど、なるほど、幼少期の刷り込み(思い込み)もありましたか…!
 にしても、やっぱりくれはのストレートな告白もスルーしてたんですね!ww 流石わ柊連司…!

 と、あやうく私の中のくれはのイメージが上書きされそうだったので、慌てて『星継ぐでポン』で中和しましたw
 ふぅ、あぶないあぶない…(ぉ



 ちなみに読後に、朝方赤羽家へ赴かずに悩みながら街中をうろつき、各ヒロインに出会う人ごとに過去の自分の思わせぶりな台詞とか相手の反応とかを思い出して挙動不審になる柊を夢想しました…w
483mituya:2008/10/25(土) 07:19:24 ID:???
おはようございます………夢ん中で柊に「なんちゅう話書くんだお前は!」と怒鳴られて早起きした子です(ぉ)

まずはありがたいお言葉へのお返事をば。

>>474さん、>>476さん
GJといっていただけてありがとうございますvvあなた方はもしや柊くれ派の同志でしょうか?(笑)
だとしたら、これからも甘めの柊くれ派な話を書いていこうかと画策しているので、どうかごひいきにvv

>>480さん
どわすいません、ベタ甘で(汗) 自分的には、キャラメルケーキに砂糖ぶっ掛けた気分でした、書いてて(汗)

>>481こと泥の方
MAXコーヒーって、あの有名な!? うわそこまで行きましたか(汗)
糖尿病誘発しそうな話書いてすいません(汗) でもGJっていわれたから多分また書きます(ぉ)
おお!新しいお話ですか!それ、確かガイアの高Lvセッションリプのキャラですよね?
持ってないけど、友達から借り読みしました(ぉ) ぜひその話は読みたいなぁvv


>>482さん
ニマニマしていただけたならよかったです、ドン引きされるんじゃないかとビクついてたんで(汗)
展開はこれまでになく難産でしたよ………柊の鈍さがエベレストより高い山となって立ち塞がりやがって………(汗)
なんで柊が鈍いのか、っていうのは、あそこまでいくと単に性格っていうのは自分的には疑問があって。
っていうか、性格にしたって、そういう性格になる理由があるものじゃないか?という風な感じであんなことを妄想。
『星継ぐでポン』………? えと、聞いたことないんですが、それは一体………?


ちなみに、自分設定的には、この後柊はいつもの朴念仁にすぐ戻ります。
この状態は、自身の刷り込みをした当人からくれはに関してのことで指摘をされて、一時的に思い込みが緩和されただけです。
もっというと、慣れない刺激を受けて、一時的にその手のことに過敏になってるだけの状態で(汗)
また姉貴からこき下ろされたり、くれはに秘密で脅かされたりしているうちに、
刺激がなくなったことで元の状態に戻りますvv 三つ子の魂百まで、です(汗)
でもまあ、交わした感情は失くしたりしませんから、くれはとの仲が一歩進んだことには変わりませんけどねっ!
484mituya:2008/10/25(土) 07:34:09 ID:???
んで、作中の“第二ボタン”の設定解説を一応(汗)

“第二ボタン”の由来は本当にはっきりしていないようなのですが、作中で書いたように、
“心臓(ハート)───心(ハート)に近い場所だから”という説が最も有力なようで。
“左袖のボタン”の話は、男子制服がブレザーの学校の友人から聞いた話。多分ローカルルールだと思うんですが。
ちなみにそのボタン貰って喜んでた友人に「でも心臓に一番近い脈って首じゃない?」と
思わずツッコんで泣かせてしまった自分は多分鬼です(汗) ………いや、ホント思わず反射で………

この話を書こうと思ったきっかけが、受験シーズン限定お菓子で、
「受験」→「卒業」→「第二ボタン」の脳内連鎖反応が起きた不可思議な自分の脳みそバンザーイ(笑)

さて、次は“くれは柊語り”………といいたいところなのですが、ちょっちリアルの方が立て込んでて、しばらく書けない可能性が高いです(汗)
いつ次の作品を皆さんにお目にかけられるかはなはだ不透明ですが、このスレ自体は暇を見て読みに来るので、コメではお目にかかるかと(笑)

では、また今度! この作品が皆さんをニマニマさせられれば自分は大満足です!(笑)
485NPCさん:2008/10/25(土) 12:43:56 ID:???
>>481
投下に、聞く必要があるのかい?
486NPCさん:2008/10/25(土) 17:37:26 ID:???
>>481
>かがみんとフラン

当方にGJの用意あり
いつでも来られたし、どうぞー
487NPCさん:2008/10/25(土) 19:28:56 ID:???
>481
 すみません。レス返すの忘れてました…(ぉ
 個人的には何の問題もないかと。ばっちこーい!
488NPCさん:2008/10/25(土) 23:30:29 ID:???
>483 こと mituya嬢さま
 >柊の鈍さがエベレストより高い山となって立ち塞がりやがって………(汗)
 まあ、ラブコメするなら最大の障害でしょうからねぇ…。柊のフラグスルーっぷりは異常w
 『星継ぐでポン』は、某「はわっ!?」と鳴く、絵を描くうしゃぎさんのサイトで見られるかな? 確かサイト内の『Works Gallery』で見られるかと。
 B辺りが私の持ってるくれはのイメージに近いのですw

 柊×くれはも好きですけどねー。

 >自分設定的には、この後柊はいつもの朴念仁にすぐ戻ります。
 むしろ揺り返しで更に鈍感になったりしても面白いかも…w
489ゆず楽:2008/10/26(日) 01:40:56 ID:???
投下予告と感想&レス〜

>>422さま
わ、私が書くとkgrロットになりゃしないかと心配なんですけど………

>>483ことmituyaさま
な、なんかもう、くれ派の血が騒ぐんですけどっ !?
ゆにばも蓮エリもほっぽりだして、蓮×くれ妄想でもしてやろかと思うくらいっ !
っていうか、くれはかわいいよくれは ! 柊、いろんな意味で殺意が沸いたっ !(笑)
第二ボタンとか、絶対思いつかないですよ、私。視点がなんだか女性らしいなって思います。
でも、しばらく執筆なさそうなのは残念………。お早いお帰りを〜。

泥ゲボク様
我が心の剣匠卿、泥ゲボク様が書くメカバトル !? こ、心が踊るじゃありませんかっ。
剣戟バトルとはまた違った魅力を期待しつつ、投下待ってます〜。

で、投下予告です。エリスの続き、しばらくしたら投下させていただきます。
二時過ぎくらいかな、と。ではでは〜。
490柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/26(日) 01:58:10 ID:???
 左手を振り上げたときには頭の中が真っ白で。
 思い切り柊先輩の頬を張ってしまったときでさえ、自分がなにをしたのかよくわかっていなくって。
 ぱしん、と小気味いい音が、私の手のひらと柊先輩の右頬の間で鳴った後。
 先輩のお家の玄関前で転ぶよりも。勢いあまって私の身体の上に飛び込んだ先輩にのしかかられるよりも。起き上がろ
うとして先輩に、む………………む、ねを………………触られたこと、よりも………。
 私は、もっともっと ――― 恥ずかしい思いをする羽目になっちゃったんです。
(ど、どうしよう………先輩、叩いちゃった………)
 先輩には悪気なんてなかったのに。事故だったのに。わたし、思いっきり先輩に平手打ちを食わせちゃったんです。
 心臓が早鐘のように高鳴って、私の顔に向かって血液を逆流させるかのようにとくんとくんと脈打ちます。鼓動ひとつで顔
に血が昇って、みるみるうちに真っ赤になっていくのが自分でもはっきりとわかっちゃいます。
 熱い。ほっぺが熱い。たぶん、茹でダコならぬ『茹でエリス』になっちゃってるんじゃないでしょうか……… ?
 だって、顔に昇った血が熱すぎて、目の前がくらくらしてきちゃうくらいなんですもの !
 だから、柊先輩が起き上がってあぐらをかいたままの姿勢で私に両手を合わせるまで、私はなにを喋ったらいいのかもわ
からなくなって。ただ、赤面したまま口をパクパクさせていたんです。
「エリスっ、すまんっ ! 悪気はなかったんだっ ! こ、この通りっ !」
 パン、と両の手のひらを打ち合わせ、まるで拝むような格好の柊先輩が、私に向かって頭を下げたとき。
 ようやく私は我に返りました。
 そして ――― ああ、私、なんてことをしてしまったんだろう、って………。自分が情けなくて、もっと恥ずかしくなっちゃい
ました。なにも悪いことしてない柊先輩を謝らせちゃうなんて、私、すごく申し訳なくて。
 ああ………穴があったら入りたいです………。
491柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/26(日) 01:59:14 ID:???
「先輩、あ、頭を上げてくださいっ。私こそスイマセン、た、叩いちゃってっ。先輩、そんなつもりじゃなかったのに、私、つい
手を出しちゃってっ。本当にスイマセンっ」
 もう泣きそうです………。ただ会いたくて来ただけなのに、ひょんなアクシデントでこんなことになっちゃうなんて。
 恐縮して、真っ赤になって小さくなる私に、だけど柊先輩は温かい声をかけてくれて。
「そ、そーんなこと気にすんなって、エリスっ。俺は全然痛くなんかないからさっ、なっ !?」
 自分のほっぺを指差しながら、柊先輩が一生懸命私にそう言ってくれます。私が叩いちゃった先輩の頬 ――― 普通な
ら叩かれて赤くなっているはずの箇所は、始めからなんでもなかったというくらい、本当になんでもなくって。
 あ ――― 月衣 ――― 。
 いまの私にはもうなくなってしまった “それ” の存在を思い出し、私は少しだけホッとしました。
 ウィザードである柊先輩の身を護る個人結界。常識や科学の概念で造られた武器や攻撃を、防いでくれるもの。
 だから、ただの女の子の平手打ちなんて、それこそ痛くも痒くもなかったに違いないはずです。
 だけど、そんなことじゃないんです。痛くなかったからいい、とかそういう問題じゃなくて。
(私の馬鹿………)
 赤面して発熱したように熱い顔。目尻の辺りに、それとは別の熱さがじわりと湧いてきて。
 えっ !? と思う暇もなく、それはじわじわと大きくなっていき。あっという間に、全然考えてもいなかったのに、私の目から
ぽたぽたと勝手に溢れて零れて流れ出してしまったんです。
「うおっ !? エ、エリスっ !? いったいどうしだばらごぼべらっ !?」
 あんまり突然に泣き出した私に、柊先輩が仰け反って ――― 私にかけてくれようとした気遣いの言葉は、不明瞭な濁音
となって遠ざかっていきました。げしっ、というか、どしっ、というか、とにかくそんな鈍い音がして、涙でにじんだ私の目には
はっきりとは見えませんでしたけど、なんだか柊先輩が突き飛ばされてごろごろとマンションの扉の向こうへ転がっていった
ように見えたのでした。
492柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/26(日) 02:00:20 ID:???
「どきな、馬鹿蓮司っ ! あーあー、ごめん、ごめん。うちの馬鹿がごめんね、ホントに」
 そう言いながら駆け寄ってきてくれた女の人 ――― 後で紹介されたんですけど、先輩のお姉さんで京子さん ――― が、
手に持っていたはずのすりこぎ棒を、いつの間にか丁寧に四つ折りで畳まれたグレーのハンカチに変えて、ふわりと私の肩
に手を回し。よしよし、って私の身体をまるで小さい子をあやすように抱え込みながら、ハンカチで涙を拭ってくれました。
「ご、ごめんなさい、私、なんで泣いて………あれ………ほんと、やだ、違うのに………」
「びっくりさせちゃったんだねー。あー、もう泣かないで大丈夫。後で、きっちりあの馬鹿シメとくからさ」
 私の髪を撫でる手がすごく優しい。拭い去られた涙のベールが取り払われると、柔らかい微笑みにぶつかって。
 切れ長のシャープな印象のある瞳が、笑うとすごく温かい。後で考えてみたら、「あ、やっぱりそういうところが柊先輩とす
ごく似てる」って、なんだか不思議と納得できたっけ。
 でも………どうやって柊先輩をあんなに遠くまで転がしちゃうほど……… ?
 頭にふと浮かんだ疑問を考え込む私に、
「はいっ、これで大丈夫。やっぱり女の子はいつでも笑ってなきゃね」
 私の肩を抱いたまま立ち上がらせてくれて、にかっ、と破顔一笑。うん。思ったとおり、柊先輩とイメージがすごく重なる。
「すいません………お手数かけます………」
「いいよ、別にこんなことくらい。ところで、さ。あなた誰 ?」

 あ ――― そういえば自己紹介もまだしていなかったんだ ――― 。もう、今日の私、最悪です………。
「あ、す、すいませんっ。私、志宝エリスといいます。輝明学園三年、柊先輩のこ、後輩ですっ。いつも柊先輩には本当にお
世話になってますっ」
 ぺこり、と頭を下げてお辞儀。じ、自己紹介、これで大丈夫かな。もう、これ以上失敗したくなんかない私は、ついつい余計
な心配までしてしまいます。女の人 ――― 京子さんが目を丸くして私に笑いかけ。
493NPCさん:2008/10/26(日) 02:01:15 ID:???
支援っ!
494NPCさん:2008/10/26(日) 02:01:44 ID:???
支援〜
495NPCさん:2008/10/26(日) 02:02:58 ID:???
寝る前に覗いてよかった支援
496柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/26(日) 02:03:58 ID:???
「へー。ま、そのカッコ見れば輝明の生徒ってのはわかるけど。だけど、あの蓮司に世話に、ね〜。ほほ〜」
 物珍しそうに私を頭から爪先まで観察するような視線。
 な、なんだか恥ずかしい………。
「あはは、ごめんごめん。あたしも大概失礼だね。いや、珍しくってさ、女の子が蓮司をキチンと訪ねてくるなんて」
 他は大抵、ベランダからいきなり押しかけてきたりいつのまにか蓮司の部屋に忍び込んでたりとか、常識外れなのが多く
てさ、と笑いながら京子さん。
「ま、上がってよ。お詫びもかねてお茶しよっか。私は柊京子。あの馬鹿の、まあ認めたくはないんだけど実の姉」
「そりゃどういう意味だ、おいっ !?」
 遠くから柊先輩の怒鳴り声が聞こえてきます。
「言葉通りの意味よ。起き上がったんならお茶の用意をさっさとするっ ! 戸棚の一番上にあるやつ出していいから」
 京子さんのまくし立てるような言葉に、柊先輩は不満そうな顔をしつつもキッチン(があるらしい方)へと、のそのそと歩いて
いきます。
「さ、上がって上がって。えーと、エリスちゃん、って呼んじゃうけど ?」
 背の高い京子さんに、上から覗き込まれる。細められた目が悪戯っぽく笑っていました。
「はいっ、もちろんどうぞっ。よ、よろしくお願いしますっ」
 なんだか緊張が一気にほぐれていく。こういう人をほっとさせる雰囲気は、姉弟共通といったところなんでしょうか。
 私、京子さんのこと、会ったばかりなのにすごく好きになれそうです !
「こちらこそ。それじゃ、さっそく上がって。たいしたモンはないけど、ま、お詫びとお近づきのしるしってことで」
 京子さんにともなわれて先輩のお家へとお邪魔します。
 なんだかいろいろあったけど、柊先輩お宅訪問、第一関門クリア………かな……… ?
497NPCさん:2008/10/26(日) 02:05:32 ID:???
あーなたはーいーまーどこでなにーをして○○すーかー、支援。
498NPCさん:2008/10/26(日) 02:06:44 ID:???
紫煙
499NPCさん:2008/10/26(日) 02:09:01 ID:???
しえんします。
500NPCさん:2008/10/26(日) 02:10:15 ID:???
お前達は先に行けッ!
支援
501NPCさん:2008/10/26(日) 02:10:49 ID:???
支援するでありますっ!
502NPCさん:2008/10/26(日) 02:13:40 ID:???
えーと。
支援が多ければ復旧することもある、んだったっけな?
支援
503NPCさん:2008/10/26(日) 02:14:28 ID:???
人多っ!?支援。
504柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/26(日) 02:14:27 ID:???


 柊家、居間。
 姉弟の二人で暮らしていくには十分な、というか広すぎるきらいのあるなかなかのマンションである。
 さすがに以前エリスが暮らしていたような、秋葉原一等地の高級マンションというわけにはいかないが、居間とキッチン、
バス、トイレの他に、姉弟それぞれの個室だけでなく、急な来客にも対応できる客室と空き部屋がひとつ、きちんとあるの
だから決して狭いとはいえない。エリスが通されたリビングも、ゆうに十畳は越える広さがあり、さきほどまで柊が自堕落に
寝そべっていたせんべい布団を片付けた後には、随分とすっきりとした感がある。
 柊にお茶とお茶菓子の用意を命じておいて、京子はエリスと差し向かいに座り、他愛もないお喋りに興じていた。
 部活はなにやってるの ? そっか、くれはちゃんの後輩なんだ。部員集め大変なの ? 頑張ってね。
 学校はどう ? もう受験生だもんね。大丈夫よ、エリスちゃん賢そうな顔してるもの。ほら、うちの蓮司と違って。

「なんか言ったかっ !?」

 キッチンから柊の怒鳴り声。あらら、聞こえてたか。さざめくように笑いあう二人。
「それにしても、ったく。アイツ三人分のお茶用意するのにどんだけ時間かけてるんだろうね。ちょっと、見てくるわ。席外す
けど、ごめんね」
 笑顔でどうぞお気遣いなく、と返しエリスが京子の背中を見送る。背を向けたままエリスに手をひらひらと振って見せた京
子が、キッチンへと足を運んだ。そこには、ガスコンロの前で腕組みしながら難しい顔をしている愚弟の姿が見える。
「おー、わざわざこなくても茶ぐらい淹れられるぞ。そんなに待たせてねえだ………うおっ !?」
 背後からの京子の気配を感じとった柊が、振り返りざま奇声を上げる。首根っこをぐわし、と京子につかまれたかと思うと、
そのまま無理矢理体勢を崩されて、ヘッドロックをかけられた。
505柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/26(日) 02:16:08 ID:???
「こ、今度はなんだよ、姉貴っ………い、痛ぇえっ !?」
 抗議する柊のこめかみをぐいぐいと締め上げる京子であった。
「蓮司〜。アンタってヤツは〜。どういうことよあの娘〜」
「ど、どういうって、後輩の………ぐえっ !?」
「いい娘じゃない。すごくいい娘じゃないの。よりによって私のいるときに………あ〜、どうすればいいのよ、私」
 煩悶しながら、ぐいんぐいんと柊を振り回す。腕の中で弟がぐえぇぇぇ、と悲鳴を上げていることなどお構いなしであった。
 くれはちゃんとの仲を弟に問いただした途端に、物凄い伏兵が登場した ――― 京子の率直な感想である。
 京子は常々、進展しないくれはと弟の仲をやきもきしながら見守っていたのである。
 なにかと弟のことを気にかけてくれる幼馴染み。由緒正しい神社の娘。普段から巫女服姿を見慣れているせいもあるのだ
ろうが、どこへ出しても恥ずかしくない、いまどき珍しい大和撫子的外見。しかも美少女。とびっきりの。
 うちの愚弟にここまで長く付き合ってくれるだけでも表彰ものだ。それに、京子の女の勘は ――― くれはが柊のことをま
んざらでもなく見ているような、そんな気がするのである。蓮司には勿体ない、いい娘であると思う。
 くれはちゃん可愛いし、いい娘だし、ウチの蓮司と上手くいってくれればいいな、というのが京子の本音。
 世の男どもなど、よりどりみどりであろうに、なぜか柊なんぞを憎からず思っているふしがある。
 問題なのは、当の柊本人にそういう自覚が微塵もないこと。くれはのことを大事に思っていることぐらいは分かるのだが、
それが「女の子」としてのくれはというよりも、「友人」や「幼馴染み」としての彼女しか見えていないのではなかろうか、と。
 その苛立ちが蓄積した挙句、さきほどの弟との問答、騒動につながるのである。
 しかし、ここへきてまさかの伏兵登場 !
 それが、志宝エリスなのである。
 逃げる柊を追いかけて扉を開けた瞬間。目を丸くしてこちらを見つめていたエリスの姿を目の当たりにしたときの、京子の
第一印象は ――― 「アラ、可愛い娘」、なのであった。
506NPCさん:2008/10/26(日) 02:16:37 ID:???
プロレス好きだなぁ京子さん、支援
507柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/26(日) 02:17:16 ID:???
 綺麗なショートカットの青い髪。カチューシャに大きなリボン。瞳がパッチリ大きくて、でも身体はちっちゃくて華奢で。
 自分が長身で大柄なせいかどうかはしらないが、京子はこういう小柄で可愛い娘を見ると無性に猫可愛がりしたくなる。
 聞けば弟の後輩で、あのバカを奇特にも訪ねてきてくれたという。お茶の用事を言いつけて邪魔者を遠ざけた上で、エリ
スと色々お喋りをしているうちに ――― 京子はこの志宝エリスという少女を、無茶苦茶気に入ってしまったのだった。
 しかも、エリスの言葉の端々から窺えるのは ――― この娘、もしかして蓮司のことを好きなんじゃ……… ? と、まさしく
そのことなのである。
 学校や部活のことを話していたのに、いつの間にか「柊先輩は」、「柊先輩が」となぜか話が逸れていく。
 そして柊のことを話すとなると、実に嬉しそうな目をして、口元がほころんでいく。それでもって、時々さっ、と頬を薄く染め
ちゃったりなんかするところがまた、なんとも初々しくてキュートなのだ。
 だからこそ、「どうすればいいのよ、私」という京子の懊悩に繋がってくるのである。
 くれはちゃんはもちろんいい娘だ。
 もし本当に蓮司のことを想ってくれているのなら、全身全霊をかけて応援してあげたいと思う。
 だけど、エリスちゃんも負けず劣らずいい娘なのだ。
 それこそ、幼馴染みというくれはのアドバンテージをものともしないくらいの、いい娘っぷりなのである。
 でも、こっそり応援してきたくれは、そして急遽現れたエリスの二人を天秤にかけるのは非常に心苦しいではないか。
 こんないい娘が二人も、どうしてうちの愚弟のことを好いてくれているのか。身内のことだから実はそれは大変に喜ばしい
ことなのだが、よりにもよってこの弟は ――― 多分エリスのことも同様に、「後輩」としか見ていないのであろう。  
 そのことが、京子は歯痒くて仕方がない。
「おい、姉貴、放せ、沸いてるっ、沸いてるっ !」
 腕の中でもがく柊の声にハッとする。ガスコンロの上で、ヤカンが白い湯気を立てていた。
508NPCさん:2008/10/26(日) 02:17:47 ID:???
き〜みは誰を支援す〜る〜♪
509NPCさん:2008/10/26(日) 02:17:54 ID:???
支援するですよ〜♪
510柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/26(日) 02:18:59 ID:???
「ホラ、すぐ用意して持ってくから、姉貴は戻ってろよ。エリスもひとりじゃ落ち着かねえだろ」
 柊が、犬猫でも追い払うかのような仕草で手を振りながらそう言った。
 結構見逃されてしまいがちなのだが、こういうところ ――― さりげなくエリスのことを気遣っているところ ――― が、実は
彼の美徳のうちでもある。それはとてもわかりづらくて、彼と付き合いが浅い、または彼のことをよく見ていないものにはきっ
と通じない美徳なのだ。でも、柊の一挙手一投足、一言半句を注視し、深く彼に接したものは ――― 多分、そのことに目を
開かれる。柊蓮司という男の不器用な心配りや、根底に根ざした大らかさ、優しさに気がついて ――― 女の子なら、まあ、
惚れちゃう娘がいても不思議はないのかなあ………と。
 京子はそんな弟を少し誇らしく思い、やはり溜息を深くつくのである。
 結局のところ、私が大騒ぎしてもしょうがないか。最後の最後には、蓮司とあの娘たちの問題だし………と。
「はいはい。それじゃ、さっさと持ってきてよね。お喋りしすぎて喉渇いちゃった」
 柊の首に絡めていた腕をほどき、京子がリビングへと退散する。するとまたすぐに、向こう側から賑やかな話し声がしてき
て、二人が上手くやっているな、と柊は少し安堵するのであった。
 お盆に急須とお茶菓子、三人分の湯のみを用意して、保温ポットに沸き立ったお湯をじょぼじょぼと注ぎ込み。
「うーい。持ってきたぞー」
 のっそりリビングへと顔を出す。すると、振り向いたエリスの顔にまぎれもない喜色がパッと浮かび、華やかな笑顔で柊を
出迎えるのだった。
「あ、ありがとうございます先輩。あ、後は私が ――― 」
「いいって、いいって。お客さんなんだぜ、エリス。俺が淹れる茶だから美味くないかもしれねーけど、ま、座っててくれよ」
「そ、そんなことありませんっ。柊先輩が淹れてくれるなら、きっとお茶も美味しいはずですっ」
 それはいくらなんでも褒めすぎだろう、と京子が内心ツッコんだ。
511NPCさん:2008/10/26(日) 02:20:05 ID:???
幼なじみアドバンテージ弱っ!? 支援。
あとにーさんや、感嘆符疑問符前の空白クセ戻ってるよー。
512NPCさん:2008/10/26(日) 02:20:54 ID:???
支援っ
513NPCさん:2008/10/26(日) 02:22:36 ID:???
≪支援行動≫
514柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/26(日) 02:22:39 ID:???
 しかし横目でちらりと見たエリスの顔つきは真剣そのもので。あー、あばたもえくぼ、恋は盲目とはよく言ったもんだわ、と
呆れたり。自分の弟のことでなきゃ、そして相手がこんなに可憐で健気な美少女でなけりゃ、後ろから小突いてやりたいく
らいのベタ甘っぷりである。
 褒めてもなにも出ないぞー、と笑う柊に「先輩が淹れてくれるお茶だけでご褒美です」と顔を真っ赤にしてうつむくエリス。
 ここまで露骨に親愛の情を表明されているにもかかわらず、「エリスは欲がないなー」と感心するだけの朴念仁。心の中
で、鈍すぎる弟に百回舌打ちをして千の言葉で罵倒する京子であった。
「で、今日はどうしたんだ、エリス?」
 湯飲みをまずエリスの前に置いてやりながら、柊が尋ねる。
「え?」
 質問の意味がわからないから―――ではなく、そんな質問を予期していなかったための「え?」であろう。
 柊の問いに、エリスは完全に硬直していた。たらり、と、こめかみに一筋の汗。頬が見る間に鮮やかな桃色に染まり、視線
がふよふよと泳ぎ始めた。顔色と表情からエリスの内心の叫びを読み取るとしたら、「絶体絶命、どうしようどうしよう」の言葉
がリフレインされていることは疑いようもない。
 たぶん、エリスがここを訪ねてきたのはホントのホントにただの思い付きだったのだろう。
 なにかの拍子に柊のことを思い出して、口実も用事もないのに会いにきてしまったのであろう。
 恋する乙女特有の行動力は見境がない。
 今日はどうした、と聞かれても冷静に考えれば「どうもしません」としか応えようのないない質問を、柊はしてしまったことに
なる。エリスがそれにどう答えるか、本音を言ってしまえば「柊先輩のお顔が見たかったんです。会ってただお話したかった
だけなんです」という一語に尽きるのだ。だが、エリスは本音を言うことはできまい。たぶん、すごくウブで控え目な彼女は、
そんなぶっちゃけたことを告白することはできないだろう。それは遠まわしな、「柊先輩のことを気にかけています」という表
現だし、さらに一歩踏み出せば、「柊先輩のことが好きなんです」という婉曲な言い回しとも取れるからだ。
515NPCさん:2008/10/26(日) 02:23:32 ID:???
ありったけの支援を
516NPCさん:2008/10/26(日) 02:23:32 ID:???
投下者をー やーわーらーかーくつーつむー おわらーないー 支援からー めをそらさーずにー
517NPCさん:2008/10/26(日) 02:25:52 ID:???
     , -―)- 、 、
   / y'´,^^ ヾ>ノ
   〈_/イノリ从リハ
   'ノw|!‘ヮ‘ノル   支援します
     と」介iソ
    rく/_j_〉
    ゙ーク_ノ
518NPCさん:2008/10/26(日) 02:25:55 ID:???
月が闇を照らすときー
支援がそーらを舞ーうー
519柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/26(日) 02:26:54 ID:???
 もっとも、よしんばそう言ったとして、柊がそれに気づくことは決してないであろう。
「よし、じゃあなに話すか」
 とでも言って、ただのおしゃべりを開始してしまいかねない男なのである。
 普通なら、というか普通の男ならわざわざどんな用事で来たのかなんて尋ねない。こんな美少女が用事もなく家を訪ねて
きてくれたというだけで舞い上がってしまい、それどころではないだろう。
 しかし、小憎らしいくらいに柊は冷静だ。
 確かに突然後輩が自宅を訪問してきたら、頭に浮かんで当然の疑問ではあるだろう。しかし。だが、しかし。
(空気読みなさいよね、バカ蓮司〜っ)
 エリスちゃん、困ってるじゃないの。この場にエリスちゃんがいなかったら、いま吸ってる煙草をアンタを灰皿にして消して
やるところだわ、と。
「どした? なんか言い辛いことなら、姉貴に席外させるけどよ」
 言い辛いことを言わせようとしてるのはアンタでしょーが。
 即座にツッコミを入れるところは、やはりこの弟にしてこの姉あり、と言ったところであろうか。
 傷ましげにエリスのほうを見遣る京子。カチコチに硬くなって、華奢な身体をますます小さく縮こまらせて、赤面と発汗を繰
り返しながらうつむいているエリス。そろそろ助け舟、出してやらなきゃね………と京子が身を乗り出したそのとき、
「あ………! そうだ、そうですっ、お祝い、お祝いさせてもらおうと思ったんですっ!」
 まさに、 “いかにもいま思いつきました” 的な口ぶりで、エリスが口走る。
 思いつきで柊家を訪ねたエリスの二度目の思いつき発言。これがはたして吉と出るか凶と出るか、いまはまだわからない
が、一転して安堵しきった顔つきになったエリスは、これ以上はない口実を思いついたつもりなのか、さっきまでの沈黙が
嘘だったかのように言葉を繰り出す。
520NPCさん:2008/10/26(日) 02:27:36 ID:???
>>517
おい本人ww
ついにAA支援までww
521柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/26(日) 02:28:26 ID:???
「せ、先輩の卒業式の後、みんなで打ち上げやろうって言ってたじゃないですかっ ? でも、あの後すぐにアンゼロットさん
に連れて行かれて、結局集まれませんでしたよねっ ? だ、だからいまさらかもしれませんけど、ちゃんとお祝いできたら
いいなって思ったんですけど………き、急な話でスイマセン………っ !」
 早口でまくし立てるエリス。
 必死である。柊に会いに来た自然な理由を頭の中からひねり出して、かつ不審がられることのないようにつじつまを合わ
せようと必死である。手をぱたぱたさせ、オーバーなジェスチャーで。柊に色よい返事をもらおうと、一生懸命な姿がまたい
じらしい。
 なのに。ああ、それなのに。エリスの懸命な、健気な姿を見てもなお、お前は気がつかないのか。
 これでもお前は、ぺきんぽきんと貴重ななにかを片っ端からへし折っていくのか。

「お、嬉しいこと言ってくれるじゃねえか、エリス〜。それじゃさっそく、くれはと灯にも声かけでばぶばがばらっ !?」

 ひゅん、と風を切る鋭い音がしたかと思うと。
 目にも鮮やかな体さばきでくるりとその場で一回転した京子の、フライングニープレスが炸裂する。柊家の居間にたゆたう
空気を薙いで割り、太平楽な罪深き朴念仁の吐いた台詞の代償を、その後頭部にお見舞いしてやるのだった。
 踵が一点のずれもなくつむじを穿ち、振り下ろした脚の描く軌道は、まさに筋骨隆々たる男が振り下ろした戦斧の勢いにも
似た力強さで、おそらくは京子の知る限りもっともデリカシーと女心に疎い男を撃沈したのである。
 ばきっ、めぎょっ。
 柊先輩のおでこがテーブルにめり込んだ ――― エリスがそう認識したのと同時に。
522NPCさん:2008/10/26(日) 02:30:32 ID:???
姉さん最強過ぎるw支援
523NPCさん:2008/10/26(日) 02:31:13 ID:???
もう柊さんは死んじゃえばいいのにいや良くないけど支援
524柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/26(日) 02:32:37 ID:???
「き、きゃあっ!? 先輩っ、柊先輩っ!?」 
 涙目で悲鳴を上げるエリス。肩をぷるぷると震わせ、「くおぉぉぉぉっ………」と痛みを堪えていた柊が、
「姉貴………なにしやがる………」
 苦悶のうめきと同時に不平を吐き出した。
 しかし、柊の不平など聞いている場合ではない。堪忍袋の尾を切ったのは、京子のほうである。
「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、あんた超弩級の馬鹿だわっ! そこでなんで他の人を呼ぼうとするのよっ!?」
「………な………に………?」
 怒りにまかせた京子がなにを言おうとしているか、敏感に察知したエリスが、
「き、京子さんっ、だめですっ」
 テーブルにめり込んだ柊の姿に青ざめていたはずの顔を、今度は真っ赤に赤面させる。
 しかし、一度ついてしまった勢いをもう止められるはずもなく、

「蓮司、よく聞きなさいっ! この娘は、エリスちゃんはねっ、あんたに個人的にお祝いしたいって、そう言ってるのよっ!」

 言っちゃいました、はっきりと。

 必死の制止も間に合わず、ゆえに京子の言葉も当然止められず。手を伸ばしたままの姿勢で固まったエリスが、文字通り
の『茹でエリス』と化して「あう、あう」とうわごとのように繰り返した。
「個人的に、って………エリス、それって――― 」
 テーブルから身を起こした柊の、真剣そのものの瞳がエリスをじっと見つめる。
 熱っぽい、なにかを期待するような、それはとても喜びを押し隠しているような瞳の色で。
525NPCさん:2008/10/26(日) 02:33:06 ID:???
   ,'´r   〉
   i 〈ノノハ)))
   | l|| ゚ヮ゚ノl|    はわっ!?
  ノ /ヽ y_7つ)
  (7i__ノ卯!
    く/_|_リ
526NPCさん:2008/10/26(日) 02:35:04 ID:???
>>525
ちょww正妻自重www
527柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/26(日) 02:36:05 ID:???
「わ、わたし、柊先輩のお祝いしたくて、それで、それで………っ、お、お料理、そうです、お料理を作って、柊先輩にぜひ
召し上がっていただきたくって、き、今日はお買い物から、柊先輩と一緒にって思って、まだ晩御飯には早い時間ですけど、
だから、あの、その………」
 潤んだ瞳を、それでも真っ直ぐに柊に向ける。さっきまで感じていた頬の熱は、さっき以上の熱さをもって甦っていた。

「個人的に………俺ひとり、俺のために ――― か………?」
「は、はいっ」

 見つめあう二人。我知らず、京子は少し身体をテーブルから離していた。なんとなく、この空間には自分が異物のような、
二人の邪魔になってはいけないような、そんな気がして。

「エリス………嬉しいぜ」
「え…………ひ、柊………せんぱ………い………」
 見上げるエリスの瞳に柊の温かい微笑が ――― その笑顔だけが映っている。
 勇気を出して訪れた、先輩のお家。予定していなかった、京子さんの突然の心情暴露によって、どうなることかと思ったけ
ど………これはもしかして、思わぬ僥倖、瓢箪から駒、結果オーライの大ラッキー!? と、エリスでなくても、いや、エリスでも
そう思うであろう。
 しかし。
 柊蓮司はやってくれる。やってくれるのが、柊蓮司。ここまでいい雰囲気を造り上げておいて、ここまでエリスや京子にな
にかをたっぷり期待させておいて、それでいて次に発した台詞が ―――
528NPCさん:2008/10/26(日) 02:36:45 ID:???
らめぇ!ひいらぎのあたまわれちゃうぅぅ!

支援。
529柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 :2008/10/26(日) 02:37:29 ID:???
「それってつまり、エリスの料理独り占めってことかっ!?」

 …………………。

 だから嬉しいのか、柊蓮司。

 京子の肩が、ガクンと落ちた。
 エリスがきょとんとした顔で柊のきらきら輝く顔を見つめていた。

「は、はい………柊先輩お一人で、全部………頂いてもらおうかと………」
 大きな青い瞳と同じ幅の太い涙を滝のように流し、エリスは力なくそう言った。

 これぞ柊蓮司。これが柊蓮司。この世のありとあらゆるフラグを斬って捨てる男。
 柊蓮司よ、小躍りしながら「わっふぅっ!」と喜んでいる場合ではないのである。
 お前の喜びの裏で、というか目の前で、ひとりの少女が泣いているのだ。

 頑張れ、エリス。エリス、頑張れ。

 前途多難の彼女の挑戦は、まだその入り口にすら到達していない ―――

(続く)
530ゆず楽 :2008/10/26(日) 02:38:52 ID:???
そんなこんなで投下終了、でございます。こんな時間にたくさんの支援深謝いたしますっ!
ところで、人には「早く帰ってきて」なんて言っておきながら、自分も実は投下ペース落ちそうです(笑)。
プライベートでちょーっと忙しくなるのと、それにもかかわらず別板投下用のネタを執筆始めてしまいました(阿呆か、私)。
ともあれ、次回は順番どおりの「ゆにば」になると思います。
ではでは〜。
531NPCさん:2008/10/26(日) 02:39:19 ID:???
お前は今まで折ったフラグの数を覚えているのかーーーッ!? 支援
532NPCさん:2008/10/26(日) 02:40:47 ID:???
もはや、柊を落とすには既成事実しかないような気がしてきたw支援
533NPCさん:2008/10/26(日) 02:44:23 ID:???
>530
 GJ&投下乙!!

/ 《´^ ̄ヽ
.《〈从从))〉
((((リ゚ ヮ゚リ))  流石は、柊 連司……!! ≪フラグスルー:恋愛≫は健在ね…!!
  「,,,,∞,,i
  く/llLヽゝ
   ヒヒ!
534NPCさん:2008/10/26(日) 02:48:47 ID:???
投下ぐっじょー!? ネタ、ぐっじょー!?
HAHAHAHA!
流石、マスターの人生は最上級のコントデース!

                    ./ ̄| 
                ,.--/   |- 、
              ,.::´:::::::┏|    /ヽ  .、ヽ    
               /:::::::::::::::┗|_/ ヽ//.|  '、
          〃:::::::::::::::::::::::::::::\ ////   |
           ┗━━━━━━// .//   } |
            ノ   -―-o// ..//   、i|   
     ⊂ヽ∩  〃 r―-┐ //´ //     |   
       |  `ヽ、 ヘ. ヽ.__,ノ // // ヽ  ヽ 人
      `\  / /:::>,、 __ .|///) ) ヽ .  、 )
.         \/ /::::::::/´⌒`:::: ̄( (. (  (    人
        < <:::::::::/:::::::::::::::::ヽ:::.) ). ) ヽ从人 ノ
535NPCさん:2008/10/26(日) 02:49:25 ID:???
      _)    いい? エリス。
    '´  へヽ  下がる男は柊蓮司。下がったあと、上から降ってくるのは訓練された柊蓮司。
   l (从从)〉  ほんと、ファー・ジ・アースは地獄……。
   ノ.=)゚ -゚ノ=) ___
  (())).{H})〉))]___l=====
   `くll_LLヽリLノ
     し'ノ 
536NPCさん:2008/10/26(日) 02:52:54 ID:???
何このAAどもw
…あれ? このAAも「卓上ゲーム作品」になるのか?
537NPCさん:2008/10/26(日) 02:57:17 ID:???
>>530
乙で〜す〜
エリス、不憫な子!
「心に一番〜」では京子ねーさんが柊を諭してくれたんですが…
ダメだコイツ、さらに朴念仁に磨きがかかってるよ
【別の作者さんの作品とまぜるな】
538NPCさん:2008/10/26(日) 02:59:15 ID:???
>>535
しかし、あかりんも独占欲強いよね
星を継がない者とか聞く限りでは
539NPCさん:2008/10/26(日) 04:35:52 ID:???
>530 こと ゆず楽さま
 投下乙&GJでしたっ!
 それにしても、何というエリスの“ヒロイン力”…!
 いやぁ、実に健気な感じで“女の子”してていいですねぇ…。
 エリスの内心とかも、読んでてえらいやきもきしますね…っ!

 そして、それすらも“下げて”しまうのか、“柊力”…!!
 …まあ、所詮柊ですからね。何というか、この男にはやはりストレートに告るしか…!
 ――あるいはそれすらもスルーしそうですが。

 さて、この後エリスがどのように柊の鉄壁の心理防壁(笑)を突破するのか楽しみですね。
 次回も楽しみにお待ちしておりますので、投下ペースはそんなに気にしなくても良いかと。


>534さま
 確かに外野からしてみれば、これほど面白い見せ物もないでしょうねw
 本人たち(柊を除くw)には悪いですが。


>530さま
 それでこそ柊連司ってものですよ!
 種族名:柊連司は伊達じゃないのです!w
540539:2008/10/26(日) 04:37:26 ID:???
 しまった。書き忘れた…orz

 ●保管
 つ柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 第02話
541mituya:2008/10/26(日) 09:02:30 ID:???
リアル立て込むといった矢先に、今日一日すこんと暇になった子です。明日から忙殺だけど(汗)
長いのは無理でも、短いの一本書くかなぁ………
まあ、そんなどうでもいいことはおいといて、感想&レス返しです!

>>488さん
お返事ありがとうございます〜vv
そうか、うしゃぎさんのとこですか〜。後で見てみますvv
ゆり戻しで更に鈍く………いいかもしれない………(笑)あ、やば、それで一本書きたいvv

>ゆず楽さん
にゃーっにゃーっにゃーっにゃぁぁぁぁぁあああっ!///
エリス可愛いよぅエリス!恋する乙女ッぷり全開っ!妹に欲しいなこんな娘vv
そして柊!どこまで鈍いんだ貴様っ!食い気かよ!だがそれでこそ柊蓮司だ!やっぱうちの柊偽者だ!(汗)
京子お姉さんの葛藤わかるvv あんないい娘達二人並べて、どっちか妹にって言われたら悩みますよね〜(笑)
だからうちの京子さんには選択し与えないようにくれは以外のヒロインの存在伏せた(ぉ)
エリスちゃん、将を得んとするには馬を射よ〜!(笑)お姉さんを落とせばこの鈍男も………落とせる、かも?(最後小声)
そして、ありがたい感想をいただきまして恐縮です(笑)
うちのあんな偽者っぽい柊の話で柊くれ派なお話を書きたいと思っていただけたなら、それだけで書いた価値があった!
「発想が女性らしい」といっていただけましたが、自分にはゆず楽さんのエリスみたいに可愛い女の子書けない………(汗)
自分、女らしさから縁遠いもんで………(遠い目)乙女回路全開にしてあの作品のくれはが限界(汗)もっと可愛く書いてあげたいのに………


っていうか、AAとか増えててびっくりしたんですけど(汗)
………それで思ったんですが、ここってイラストもありなんですか?ありな場合、どう投下すれば………
………………いえ、あのおこがましいのは承知なんですが、日記の魔剣ちゃんのイラスト、描いてみたいなーとか………
542NPCさん:2008/10/26(日) 09:28:59 ID:???
TRPGイラスト欄スレになるのかしら?
それともこっちでもいいのかしら?
543NPCさん:2008/10/26(日) 09:50:47 ID:???
>>426
> 物語の騎士のように命がけで助けてくれる相手に、物語の姫君達と同じように惹かれてしまって───その上で、物語の定石無視した
> その騎士に「いやいや当然のことしただけだから。じゃ、またな。元気で」とか言われたら、もはや泣くにも泣けない。


>>529
> 柊蓮司はやってくれる。やってくれるのが、柊蓮司。ここまでいい雰囲気を造り上げておいて、ここまでエリスや京子になにかを
> たっぷり期待させておいて、それでいて次に発した台詞が ―――
> 「それってつまり、エリスの料理独り占めってことかっ!?」


この二つが、あまりにも柊らしくて可笑し過ぎるwwwwwwwwwwww
柊マジ難攻不落wwwwwwwwwwwww
544NPCさん:2008/10/26(日) 11:00:59 ID:???
さすが柊、そのフラグスルー能力はNTに覚醒したアムロの如きだぜ!
そこに痺れる、憧れるぅ! さすが柊、俺たちにはできな(ry
エリス、押し倒せ。こいつは既成事実かストレートに言わない限り、決して気付かない、自分を過小評価しまくるダメ男だ!
並みのエロゲー主人公ならば五秒で陥落するヒロイン力であろうとも、決して通じない!
頑張れ、頑張れ、エリスw
わっほぅ、とか星を継がないものな喜びかたすんなwww
545NPCさん:2008/10/26(日) 11:40:44 ID:???
(どうしよう。これだけみんなが柊姉書いてると後出しで投下し辛れぇー(汗)……やっぱ投下見送るかな。)

ゆず楽氏GJー。
エリスは清純派だなぁホントに。柊、色気より食い気状態をなんとかしないことにはいつか刺されるぞお前。
京子姉さんの監視下ってのが唯一の救いか……。ファイトだエリス!負けるなエリス!なんか完全勝利は無理な気がするけど!

次回更新をお待ちしています。
546NPCさん:2008/10/26(日) 12:06:28 ID:???
>>545

ためらうことはない、投下しろ(DI○様風に)
支援するぜ!
547NPCさん:2008/10/26(日) 12:06:40 ID:???
みんなが投下してるいまだからこそ投下する意味があるとおもへ
548NPCさん:2008/10/26(日) 12:09:05 ID:???
押し倒して既成事実、とまではいわんがキスでもしない限りスルーされそうだよな…w

>545
(無言で熟読覚悟完了の構え)
549NPCさん:2008/10/26(日) 12:18:26 ID:???
>>545
ふ、困った仔猫ちゃんだ……
口ではそんなことを言っても、本当は期待してるくせに……
>>546-549
わかったよ、ありがとう。自分頑張るよ!

……いやまぁ投下は今週じゃなくて来週の金曜予定なんだが。
551mituya:2008/10/26(日) 15:31:00 ID:???
投下はいつになるか、と言った舌の根も乾かぬうちに投下に来た嘘つきです(汗)
甘いの書いたら今度はシリアス書きたくなって、DXアライブより、鴉のSS。やや鴉→紫帆?ラブかは不明。
めっちゃ短いうえに、何か書きたいという衝動だけで書いたんで、いつも以上に微妙なんですが。

20分後くらいにまとめて投下予定です〜。お暇な方は支援をしていただけたら幸いです〜
552NPCさん:2008/10/26(日) 15:41:00 ID:???
支援という名の剣を抜く、さあ参れ!
553mituya:2008/10/26(日) 15:52:10 ID:???
ふみ〜、予告時間〜。と言うわけで解説です↓

タイトル:大地の子に捧ぐ誓い
元ネタ:ダブルクロス2ndリプレイ・アライブ
傾向:鴉一人称、鴉→紫帆(ラブかは不明)

本編で出てきたシーンの一部を鴉の視点(妄想入り)から書いただけのもの(汗)
それでもいいよ、って心の広い人だけ読んでやってください(汗)
554NPCさん:2008/10/26(日) 15:52:57 ID:???
来るよろし!
555大地の子に捧ぐ誓い:2008/10/26(日) 15:53:10 ID:???
 淡い色の溶液に満たされた円筒の中で浮かぶ、十にも満たない幼い少女。
 焦燥、不安、恐怖───絶え間なく破滅の衝撃に揺れる施設で身動きできないままに取り残されたことが、少女の瞳をそれらの色に染めていた。
 その少女を、その硝子の檻から解き放つために、力を振るう。あっけなく檻は砕けて、溶液と共に少女を外へと放り出した。
 少女は、己の身を支える力を持たないかのように、自分の足元に転がり倒れる。
 倒れ込んだまま怯えたように、縋るように、自分を見上げる瞳は、自分のような人ならざる銀ではなく、命宿る暖かな大地の色。
 自分とは違う、人の子であるその少女を床から掴みあげて───その時、少女が小さく、呟いた。

「───わたし………、おうちに帰れないの?」

 周りのエゴで、こんな場所に連れ込まれ、取り残された少女。
 人を超えることを望まれた───人でなくなることを望まれた少女。
 それでも───その瞳は、自分のように、まだ銀には染まっていない。
 だから───
「───大丈夫だ」
 そう、答える。───お前はまだ、人の世界に、お前達の言う“日常”というものに戻れる、と。
 答えながら、一糸纏わぬ彼女を外気から守るために、自分のコートの中へと包むように抱きなおした。
 少女は安堵したように瞳を閉じる。力なくもどこか強張っていた身体から、緊張が抜けた。
 布越しに伝わる抱き上げた身体の暖かな体温、鼓動。崩壊を告げる轟音の中で、その規則正しい健やかな呼吸音だけが安らかで。

 ───自分はきっと、この暖かなものを救うために、生まれたのだと思った。



556NPCさん:2008/10/26(日) 15:54:22 ID:???
ほあったぁ! 支援
557大地の子に捧ぐ誓い:2008/10/26(日) 15:55:27 ID:???
 あの日から今までの時間を、自分はただヘルメスの残党を撲滅することに費やした。
 組織としての形態を失くしたとしても、奴らはまた同じことを繰り返そうとするかもしれないから。
 そうなれば、あの時逃がした“銀なる石”を持つ者達が───その“銀なる石”を統合する役目を持つあの少女が、“日常”から引き離される。
 そう思って、世界中に散り散りになった残党達を追って各地を巡るうち───世界の傷の深さを知った。
 レネゲイドによって齎される、抗争、殺戮、破滅──────絶望を。
 自分(レネゲイド)に自我をくれた、親(ちか)しい隣人である人間達が、レネゲイドによって傷ついている。
 ───自分は、人間とは共に在れないのか。
 そんな思いが、徐々に胸を蝕んでゆく。
 造られたが故に不安定な肉体は、時と共に崩壊していく。
 それでも───

 ───あの、暖かなものを守るために。

 この生命(いのち)ある限り、あの日見つけた答えのために、あの少女の望んだ“日常”を脅かす存在(もの)を狩り続ける───
 そう、己に科した自分の前に、あの日共に逃げ延びた人間が現れた。
 “銀なる石”に自我を呑まれ───“脅かす存在(もの)”に、成り果てた姿で。
558大地の子に捧ぐ誓い:2008/10/26(日) 15:56:30 ID:???
 ───自分(レネゲイド)に自我をくれた人間が、レネゲイドによって自我を失う。
 それを見ていたくなくて───何より、“脅かす存在(もの)”を狩るという自身に科した命題のために、“それ”と戦った。
 “銀なる石”を持つ者同士、戦いは熾烈なものとなり───相手を倒したとき、自分自身も、己を保つのが難しいほどに傷ついて。
 そんな自分に、近づく気配が、あった。
 ───来ないでくれ。
 そう、切実に願う。今の自分は己の意思と関係なく、近づくものを狩ってしまう。
 けれど、願いは届かず───その気配は自分の目に見える場所まで、来てしまった。
 霞む視界に見えたのは、十の半ばほどの少女。───哀れな、力ない少女。
 自分の意思とは関係ないところから込み上げた嗜虐への歓喜が、笑みとなって異形と化しかけている自分の顔に笑みを刻む。そのことを、他人事のように自覚した。
 力ない哀れな少女は、蜘蛛の張り巡らせた巣網(ワーディング)から逃げられない。
 自分の意思とは別の場所で動く身体が、少女へと近づき───異形と化したその爪で、少女の胸を貫いた。


559大地の子に捧ぐ誓い:2008/10/26(日) 15:57:47 ID:???
 ようやっと、身体を己の意思の元に取り戻し、異形と化しかけた姿を人のものへと落ち着けたとき、少女は自身の血に塗れて地に伏していた。
 自分が近寄ってその顔を覗き込んでも、少女は茫洋とした眼差しで見返すだけ。
「おい、生きているか」
 生きていて欲しい───そう思って声をかける。
 少女は、かすかに唇を震わせて、自分を縋るように見た───それだけ。
「意識もほとんどないか」
 これでは、助からない───そのことに、胸に苦いものが満ちる。
 人間の“日常”を守りたいと願う自分が、“日常”を生きる少女を殺めてしまった。
 胸を蝕む絶望が、じわり、と広がり───
 その自分に向け、死に瀕した少女は、最後の力を振り絞るように、訊いた。

「………わたし、家に帰れないの?」

 聞き覚えのあるその言葉に───気づく。
 青ざめたその面立ち、光を失いつつある大地の色をしたその瞳。
 それは───あの日、暖かなものを自分に教えてくれた、あの少女のもの。
 我知らず息を呑んで、舌打ちのような音が漏れた。

 守りたいと思っていた存在(もの)。自分の命に理由をくれた存在(もの)。

 ───それを───自分は、この手で───

 助けたい、助けなければ───この命が失われれば、自分は本当に拠り所を失う。
 必死で考え───先程、ジャームの亡骸から回収した“銀なる石”の存在を思い出す。
 常人には用えない方法───けれど、彼女ならば。
 だが、その方法は彼女から“日常”を奪う行為───
560NPCさん:2008/10/26(日) 15:57:57 ID:???
むぅ、手ごわいさるさん(敵)だぜ……だが、負けるかよ!
支援
561NPCさん:2008/10/26(日) 15:58:18 ID:???
支援の必要な子はいねぇが〜支援
562NPCさん:2008/10/26(日) 16:00:00 ID:???
にゃ〜
563NPCさん:2008/10/26(日) 16:00:44 ID:???
支援の時間なのだ
564大地の子に捧ぐ誓い:2008/10/26(日) 16:03:19 ID:???

 ───けれど、それでも───

 “銀なる石”を手に、力なく地に伏せた少女へ歩み寄る。その身体を抱き起こしたとき、彼女にもはや意識はなかっただろう。
 あの日と同じ彼女の問い。もう彼女には届かないだろう答えを、それでも、あの日と同じように、返した。

「───大丈夫だ」

 お前を死なせはしない。この行為によって奪ってしまうだろう“日常”も、必ずこの手で返す。

 ───自分の全てをかけて───

 どうせ長くないこの命。このままでは、路傍の石のように死ぬだけの存在(いのち)。
 お前に捧げられるなら───きっと、それだけで意味がある。
 自分を含めた、全ての“脅かす存在(レネゲイド)”をこの世界から消し去って、お前に“日常”を返そう。
 自分に、暖かなものを、安らかなものを、教えてくれた、お前だけは───暖かく安らかな場所で、生きられるように。

 ───きっと、自分はこの暖かな存在(きぼう)を守るために、生まれてきたのだから───

 その思いを乗せて、“銀なる石”を、その胸の傷へと突き入れた。



to be continued ………“fall on”
565mituya:2008/10/26(日) 16:07:54 ID:???
こんな短い話にたくさんの支援ありがとうございます(汗)

っていうか、最後いつもみたいにFinって入れようとして、これ、オチじゃないから終わってねぇ!と気づき、
慌ててto be continuedにしたけど、これもなんか違う気がする(汗)
………何もつけないで終わればよかった気がします。ふみ〜(泣)
566mituya:2008/10/26(日) 20:46:58 ID:???
まとめスレに上げてくれた方、ありがとうございます〜。いつの間に………
あと、わかりにくいと思うので、一応……… “foll on”は『覚悟の扉』一話のサブタイ(?)です。
このSS自体が一話の時間軸に食い込んでるからto be continuedにもならないというね………(汗)

つか、この話………いつにも増して練度低い………いくら走り書きとはいえ………
お目汚しをいたしました………何で投下した自分………ORL
567NPCさん:2008/10/26(日) 21:48:13 ID:???
>541 こと mituya嬢さま
>542さま
 えー、管理人さまが「画像掲示板」なるものを保管庫に設置してくださいました。
 何やら「ここ1週間近くアクセス規制で2chに書き込めなくなってる罠。」とか仰っているので、とりあえず代わりにスレの住人に報告しとく。

 つーわけで、心置きなくうpってください!w >日記の魔剣ちゃんイラスト
568NPCさん:2008/10/26(日) 21:54:38 ID:???
 しまった、また書き損ねた…orz

>542さま
 どうなんでしょうねぇ?
 広義的な意味ではイラストも「作品」でしょうから、ここでも良いと思いますが、イラストの内容にもよるのかな?
 魔剣の擬人化と捉えれば二次っぽいですが、「日記」の魔剣ちゃんだとボーダーがものっそ曖昧な気が…w(三次?)
 うぅむ…。
569mituya:2008/10/26(日) 22:00:28 ID:???
>>567さん->>568さん
どのみち『日記』の作者様に許可まだ貰ってないので………(汗)
画像の投下の仕方がそもそもわからない………(汗)ORL
570550=日記作者:2008/10/26(日) 22:31:11 ID:???
>みっちゃんさん
オゥ、うちの子ですか?どうぞ気がねなくやっちまってくださいませ。
まさかホントにイラスト描いていただけるほどどなたかに気に入ってもらえるとはおもわなんだ(汗)

特徴挙げますと
あかりんよりもオレンジに近い感じの朱髪。セミロングの猫っ毛。
同系色の瞳。つーか魔剣オーブっぽい感じか。
あとは、まぁカラーリングは魔剣っぽい感じ(適当)。
服装等は……まぁ、どっちかっつーと動きやすさとか重視?外見年齢は10歳そこそこ、勝ち気。

……つーか線画だったら必要ない情報だなこれ(汗)。あとはお好きな感じでどうぞ。
571NPCさん:2008/10/26(日) 23:01:22 ID:???
>>550
あっちとこっちでHNの使い分けっ!?
572NPCさん:2008/10/26(日) 23:16:33 ID:???
>569 こと mituya嬢さま
 許可が下りたみたいですよw
 画像掲示板にイラストをうpしたら、その画像のアドレス(URL)をここに投下すればよろしいかと。
573NPCさん:2008/10/27(月) 00:35:03 ID:???
卓ゲ板専用のうpロダがある。
ttp://taku_kanban.at.infoseek.co.jp/cgi-bin/clip/clip.cgi
投稿時にスレを明記するのは忘れずに。
次スレのテンプレに入れておくといい。

あと関係ないが作者さんとキャッキャみたいなのはほどほどにと思う。
当人達の常識の範囲内で。
574NPCさん:2008/10/27(月) 00:43:14 ID:???
だな。少しばかり調子にのってるわ。自重するよ。
575mituya:2008/10/27(月) 06:53:34 ID:???
皆さん、情報ありがとうございます〜。
時間かかるとは思いますが、ありがたく描かせてこうと思いますvv

っていうか、時間ないのにいろんなもんに手を出して、自分の首締めてる気がする………(汗)
まあ………人生きっとやりたいことやらないと損ですよね!(<馬鹿は自分を誤魔化す呪文を唱えた)

では、今度はいつお目にかかれるか不明ですが、また〜!
576NPCさん:2008/10/29(水) 18:10:54 ID:???
577NPCさん:2008/10/29(水) 18:34:40 ID:???
卓ゲ板はそんな保守がんばんなくても平気だから前スレ梅手伝ってくんないかな。
578NPCさん:2008/10/29(水) 20:57:32 ID:???
半年くらい間隔があいてるスレも見かけるくらいには。
579NPCさん:2008/10/29(水) 21:01:34 ID:???
>>577
書き込めなかったよ
580NPCさん:2008/10/29(水) 21:22:04 ID:???
>>579
ありゃ?最後に見た時はまだ499だったんだがなぁ……すまんかった。

まぁ、ここもあと十日もすりゃ一つ二つは投下されてるだろ。
ゆっくりのんびり行こうや。
581NPCさん:2008/10/29(水) 22:22:21 ID:???
割とこまめに埋めてた人がいたからな。>前スレ

にしても、平日と週末の落差がすごいな、ここ。
582NPCさん:2008/10/30(木) 12:29:09 ID:???
平日書き貯めて休日一斉投下!みたいなパターンなんだろうね、みんな。
583NPCさん:2008/10/31(金) 19:18:07 ID:???
それは、嵐の前の図今朝にも似て


保管庫累積2000人突破おめ
約1週間で1000とかまあ順当なのかな?
先週末はカウンタのあがりがすごかったけど、某スレでの宣伝効果なのかね…
584NPCさん:2008/10/31(金) 21:07:22 ID:???
テンプレに入ればもうちょっと増えると思うけど
まあ4からだが
585mituya:2008/11/01(土) 09:20:06 ID:???
風が冷たく乾いてきた今日この頃、皆様どうお過ごしでしょうか。自分は肌荒れと戦ってます(挨拶)

本日は、先日に『日記』の作者様から許可を貰った魔剣ちゃんのイラストを献上しに。
人様に頼んで許可貰ったものをいつまでも描かずに放置するのは幾らなんでも失礼に過ぎると、取り急ぎ描かせていただきました(汗)
シャーペンの線画に色鉛筆という組み合わせは、手抜きじゃないんです。自分にはこれ以上の道具を扱う技術がないんです(泣)
背景ないのは………ごめんなさい、時間と技倆が足りないんです………(泣)

http://taku_kanban.at.infoseek.co.jp/cgi-bin/img/1886.jpg

第4話の<さいかい Reunion/Restart> より、
>またな、という言葉だけが暖かい灯火となって私の中に残り―――嬉しくて、涙があふれた。
のシーンのイメージです。………そう見えなかったらごめんなさい ORL

『日記』の作者様、あなた様の思い描かれた魔剣ちゃんと些かズレてるかもしれませんが、よければこの子をお納めくださいませ………
586NPCさん:2008/11/01(土) 19:28:02 ID:???
しまったぁぁ!
セッション終わってからスレ見たら既に魔剣ちゃん見れねぇぇ!OTL
587NPCさん:2008/11/01(土) 19:58:45 ID:???
ふつーに見られるが
588NPCさん:2008/11/01(土) 20:15:27 ID:???
見れる?携帯からのファイルシークでは見れないけど
589NPCさん:2008/11/01(土) 20:23:00 ID:???
携帯のことはわからん。PCではなんともないよ。
590NPCさん:2008/11/02(日) 20:06:57 ID:???
>>588
携帯はだめみたいだな。自分も見れなかった

しかし、なんかまた寂しくなってきてるような気が。ここんとこ、毎週のようにSS投下されてたのに。
書き手さん一斉、休業期か?もしくはアドレス規制?
591NPCさん:2008/11/02(日) 20:15:36 ID:???
まぁ、投下時期が被れば充電期間も被るんじゃない?
ここんとこ異常な位賑わってたしな〜。
まったり待ちましょうや。
592NPCさん:2008/11/02(日) 20:18:02 ID:???
他スレで作品投下してる作家さんも居るしな。
今週はまだ投下してないみたいだけど、連休だからどこかに出かけてるとかあるかもよ?
593NPCさん:2008/11/02(日) 20:27:49 ID:???
そうか、世間では連休か。自分が仕事だから意識してなかった。
しかし、>>585のイラスト、まとめに上げられんもんかね。自分、携帯なんで見れないOTL
いや、まとめからでも見れんかもしれんが
594NPCさん:2008/11/02(日) 20:43:18 ID:???
>585が見られないのは、保存形式がJPGじゃなくBMPだからだと思われ。
拡張子と中身が違う。
595NPCさん:2008/11/02(日) 20:49:38 ID:???
うちピッチやから携帯だとどうかわからんけどアップローダー直接見に行ったら見れんかな
http://taku_kanban.at.infoseek.co.jp/cgi-bin/clip/clip.cgi
596NPCさん:2008/11/02(日) 20:51:18 ID:???
よくわからんが、拡張子と中身違ったら、PCからも見れないんじゃ?
つか、どういう状況だ、それ。
597NPCさん:2008/11/02(日) 20:56:30 ID:???
>>595
だめだった……OTL
598NPCさん:2008/11/02(日) 21:03:51 ID:???
アップローダーがbmp許可してないから拡張子をjpgに書き換えてアップしたら
PCやPHSは賢いからちゃんとbmpと認識して表示したけど携帯はできなかったと
とりあえずその携帯がbmp非対応てことないよね?
599594:2008/11/02(日) 21:17:49 ID:???
とりあえず変換してUPしなおしてみた。

http://joy.atbbs.jp/takugess/img/1.jpg
600NPCさん:2008/11/02(日) 21:24:19 ID:???
>>599
見れたぜ!わっふぅ!さんくす!
601mituya:2008/11/02(日) 21:28:31 ID:???
………はわっ!?な、なんかこないだのイラスト、上げ方なんか間違えました!?
け、携帯の方、すいません(汗) 本当にPC音痴だ、自分 ORL

>>599さん
お手数をおかけしました………(汗) ありがとうございます!
602ゆず楽 :2008/11/02(日) 21:59:54 ID:???
ちょっとご無沙汰でした。『ゆにば』続きの投下に参りました〜。
少ししたら投げ込み始めます〜。ではでは〜。
603NPCさん:2008/11/02(日) 22:01:51 ID:???
まってますたー
604ゆにば:2008/11/02(日) 22:04:11 ID:???
 雑多な喧騒で賑うアキハバラの街 ――― それが、いまの彼の戦場だった。
 数多くの戦いを不屈の闘志で潜り抜け、決して諦めずに這い上がってきた彼の、新しい戦場だった。
 彼は強者である。
 無冠の強者である。
 叩かれても、退けられても、馬鹿にされても、笑われても。
 決して諦めない。決してへこたれない。決して、矜持を失うことはない。
 それが彼の誇りであり、強さである。『不屈の闘志』とは、なにもヒーロー面した坊ちゃん譲ちゃんだけの専売特許
というわけじゃない。彼には彼なりの自負があり、彼だけに許された、尽きることない生命力があった。
 その気概こそが、彼を強者たらしめている所以でもある。
 そんな彼が目指す戦場は ――― 『喫茶ゆにばーさる』。
 ファンシーな造りの店の看板を一望できる、道路を挟んだ向かい側の舗道に立ちながら、彼はほくそ笑む。
 銀縁のフレームに仕切られた眼鏡の硝子の奥で、細い瞳が不敵に輝いた。

「ふっふっふ。とうとうこの私にも幸運が巡った来たよ〜だな〜?」

 首からぶらさげた黒い双眼鏡を片手に、甲高い独特の声で歓喜の声を上げた彼 ――― 春日恭二である。
 『ゆにばーさる』に新人配属さる!
 この聞き捨てならない情報を、たまたま街の噂で聞きつけた彼の行動は実に迅速であった。
 新人ウェイターの写真を隠し撮り、ファルスハーツへと持ち帰る。組織のデータベースへの端末回線を開き、膨大な
資料の中から該当するオーヴァードを検索する。
 写真と、店から出てきた女性客の会話の断片だけで、検索作業だけなら事足りた。
605ゆにば:2008/11/02(日) 22:05:09 ID:???
 ―――確か、 “けいと君” 、とか呼んでやがったな ―――
 データベースの検索欄に『けいと』と入力してボタンをクリックするだけで、該当者のデータが端末画面上に浮かび
上がった。
「檜山ケイト、か。なになに………数々の大事件の陰で活動の痕跡が噂されるイリーガルのオーヴァード………あ
のUGN内乱が失敗に終わったのも、彼の存在が大きく寄与している、か………」
 パソコンのキーを叩きながら、ぶつぶつと独り言を言う。活動報告を調べれば調べるほど感じるきな臭さに、恭二は
不思議な高揚感を覚えていた。臭い。大いに臭い。彼の嗅覚は、『檜山ケイト』という存在の “胡散臭さ” のようなも 
のを、確実に感じ取っていた。それは、データベースの表面上からだけではどうしても読み取れない、 “隠された”
事柄があるせいである。かつては、あの “プランナー” 直属のエージェントとして名を馳せた春日恭二ならではの嗅
覚と言えようか。
 組織のデータベースにアクセスするにしても、一般のエージェントには知られていない方法や特別な資格を持って
いるのは、恭二がエリート時代に獲得した遺産である。彼が不審に感じたのは、檜山ケイトのデータから、意図的に
削除された項目や、より上位からのプロテクトによって秘匿された条項が存在しているということだった。
 それこそ “マスター” の称号を持つエージェントや、都築京香クラスの存在でなければ閲覧ができない、もしくは許
されないような特別な情報を、檜山ケイトが隠し持っているということである。それが、彼の出生に関わるものである
らしいということと、過去の内乱事件に絡んだ一件であるらしいことだけはなんとか確認できた。
 だからこそ春日恭二は考えたのである。
『檜山ケイトをやっちまえば、私の株、もしかしなくても急上昇?』 ――― と。
 思考がそこに至ってしまえば後は行動あるのみであった。
 善は急げと諺にも言う。恭二が善であるかどうかはこの際置いておくとして、それからの彼の行動はとにかく素早
かった。家電売り場の部下たちや、かつてのコネを総動員して即席の ――― しかし、選りすぐりの ――― 精鋭部
隊を編成し、ゆにばーさる近辺への配備を手配したのである。
606ゆにば:2008/11/02(日) 22:06:03 ID:???
 栄光を渇望するものは、ときに後先を考えない。ときに周囲が見えなくなる。
 春日恭二はこのとき、いまが真昼間で、ここが人通りで賑うアキハバラの街中であることを、完全に失念していた。
 この一連の、ダメダメでグダグダな大椿事というか大騒動が収束した後、この顛末を側近のひとりから聞かされた
春日恭二のかつての上司、 “プランナー” こと都築京香は。
『 ――― 別に放っといてもいいでしょう。私のプランには全然関係ありませんから』
 と、別段興味を示すわけでもなく、そう言い放ったと伝えられている ――― 。



「頼まれてた調味料、全部揃ったか? あと残ってんの、なんだっけ?」
「みんなが休憩中に食べるお菓子、なんか見繕ってきてくれって狛江さんに頼まれたよ。あ、ノートがなくなりそうだ
から四、五冊用意しとかなきゃ、って椿さんが言ってたな………」
「ノートって?」
「ほら、レジの横にぶら下がってるやつ。お客様の声とか、自由に書き込めるようになってるじゃない?」
「あぁ。 “落書き帳” な、 “落書き帳” 」
 そんな会話を繰り広げつつ、買い物袋をぶら下げた執事が二人、アキハバラの街を歩いている。
 午後一時過ぎ、まだ遅いお昼を食べに来る人もいると思われたのだが、意外と手が空いてしまったために買出し
に出た檜山ケイトと上月司の二人であった。手には重たそうな買い物袋を提げ、小さなメモ用紙を見ながら買い忘れ
たものはないかを確認していたケイトが、
「あ、つかちゃん。コンビニで金魚の餌って売ってると思う?」
 唐突にそんなことを聞いた。
607ゆにば:2008/11/02(日) 22:11:05 ID:???
「金魚の餌ぁ? ああ、そんな突拍子もないモン頼むのは、うちのバカ兄貴か辰巳かどっちだ?」
 あからさまに呆れ果てた表情を表した司が、溜息をつきながらそう言った。
「狛江さん。もし売ってたら買ってきてくれって。ノートのついでに見てくるから、ちょっと荷物見ててくれるかな」
 ずっしり重たい荷物を司に預けると、通りに見つけたコンビニへとケイトは向かう。早く済ませて帰ってこいよ、とい
う司に手を振って店内へ消えるケイトに、お人好しだよなあいつ、と苦笑が漏れた。そういや、前に辰巳が嬉々として
ペットが可愛いとかなんとかいう話題で玉野と二人で盛り上がってたっけ………そんなことを思い出す。
 玉野はたしか柴犬で。そうか、辰巳は金魚か………。

「お待たせ、つかちゃん。やっぱり金魚の餌はないって。ノートだけ買ってきた」
 
 ものの二、三分で戻ってきたケイトに、そりゃそーだ、と笑いかける。
 預けていた荷物を引き受けて、
「すごく可愛がってるらしいよ、正拳突き」
 そんな意味不明の言葉を吐くケイトに、司が「なんだって?」と聞き返す。それが金魚の名前なんだ、というケイト
の笑顔は実に屈託がない。司ですら知らなかった狛江の愛金魚の名前をケイトが知っているということに、司は兄
の言葉を不意に思い出す。
『檜山ケイトの持つぴーしーいち能力………さすが、といったところだな』
 いつの間に聞き出したのか、それとも勝手に狛江が話したものか。ゆにばーさるで働く前から、ちょくちょくUGNか
らの任務を受けて、何人かの従業員の任務を手伝ったりした経緯があるとはいえ、なにかこいつは女の心の警戒
網を突破する特殊エフェクトでも持ってるんじゃないだろうか………と。そう思わずにはいられない司であった。
 ゆにばーさるに帰還を果たした二人が店内を見回すと、やっぱり客数はまだまばらである。
 司が調味料類の入った買い物袋を厨房へと置きにいくと、狛江と椿の二人がケイトのところへ歩み寄ってきた。
608NPCさん:2008/11/02(日) 22:14:34 ID:???
しえん
609ゆにば:2008/11/02(日) 22:15:29 ID:???
「お帰りなさい、檜山さん」
「ケイトさん、お帰りなさいっ。お菓子と餌は?」
 買い物袋をケイトから受け取る椿。きらきらと目を輝かせながら、買い物の成果を尋ねる狛江。
「ごめん。餌はやっぱりコンビニじゃ売ってなかった。でも、そのかわりにたくさんお菓子買ってきたよ。あ、少し重い
から気をつけてね」
 ケイトの気遣いの台詞に、「結構、こう見えて力強いんです」と笑う椿。狛江は残念そうな顔をしつつも、お菓子で
いっぱいに膨れ上がった買い物袋を覗き込み、「えへへ〜。嬉しいなあ」を連発しながらケイトに笑いかけた。
 そして。
 三人のそんな様子を離れて見ている ――― いや、睨みつけているメイドが一人。
 頸城智世の静かな憤りのオーラが店内に漂い始めていた。
(結希さんを泣かせておいて………結希さんにあんな想いをさせておいて………なにをイチャイチャやってるんです
の、あの■●▲野郎 ――― !)
 椿さんも椿さん、狛江さんも狛江さんですわ。
 智世の怒りの矛先は、図らずも同僚であるメイドたちにも向けられる。いつもはクールで目つきも鋭いくせに、なん
だって椿さんは、あんなに柔らかな目でケイトさんを見ているんですの!? いつもへらへら笑っている狛江さんも、
いつも以上にイイ笑顔してるじゃありませんか!? ――― と。 
 まあ、言うなればただの言いがかりであるにはあるのだが、智世の双眸に灯った炎はめらめらと、それこそケイト
を焼き尽くさんばかりに燃え盛っていたのである。
 せめて一言、なにか言ってやらなきゃ気が済みませんわ ――― そう意を決してつかつかと歩き出した智世が、
店外から迫り来る不穏な気配と、自分の背後に不意に現れた “それ以上の” 気配に慄然とする。
 外からの気配は、明らかな敵意を含んだもの。
 まさか、日中の市内で敵襲ですの!? さすがの智世にも緊張が走る。
610NPCさん:2008/11/02(日) 22:16:58 ID:???
しえー
611ゆにば:2008/11/02(日) 22:17:33 ID:???
 ケイトたちもその気配には気がついたようで、腰を低く落とし店舗の入り口を振り返ると、すぐさま臨戦態勢に移行
できる姿勢を保持したのだった。しかし、もうひとつ ――― もうひとつの気配は ―――

 ざわり。

 一番近くにいた智世が、もっとも敏感にそれに感付いた。智世ほどのチルドレンが、首筋にひりひりと焼け付くよう
な闘気を察してすぐさま振り返る。
 その瞬間 ――― 事件は起こった。



「ターゲットのゆにばーさる店舗帰還を確認しました、 “ディアボロス” 」
 辺りをはばかるような低い声での部下の報告を、春日恭二は満足げに聞いていた。
 大通りを挟んで向かい側の舗道。恭二が選りすぐった精鋭中の精鋭部隊が背後に控え、また、各ポイントには同
様にエージェントたちが恭二の指示を待ち構えている。その数、総勢二十名。
「ふっふっふ。檜山ケイトという大物イリーガルを仕留めた上で、アキハバラ支部を壊滅させる。これだけの功績を上
げれば、上の連中も私の力を改めて見直すであろうこと請け合いだな………」
 最近では珍しい悪人面をしてほくそ笑む。久しぶりの作戦行動。久しぶりのエージェントとしての自分。
 近頃ではついつい忘れがちだが、私は家電売り場の販促係ではない。ファルスハーツのエージェント、悪魔の二
つ名を持つ男。どんな任務からも生還する奇跡の男、悪の華。そう、誰が呼んだかディアボロス、誰が呼んだか春日
恭二、なのである!
612NPCさん:2008/11/02(日) 22:17:58 ID:???
支援足りないよ
613ゆにば:2008/11/02(日) 22:21:14 ID:???
「よし、お前たち、突入開始だ! この任務に成功し、見事返り咲いた暁には、お前たちにも美味い飯を食わせてや
るぞーっ!」
 春日恭二の号令に、一斉に右手を振り上げるノリのいいエージェントたち。だが、彼らは知る由もなかった。恭二
が相変わらずファイナルハーツのオレンジハッピを着ているために、どう見ても家電売り場の冷や飯食い店長が、
部下に向かって売上向上のはっぱをかけている光景にしか、彼らの姿が見えていないということに。
 そして、知る由もなかった。彼らを待ち受ける運命の、あまりにも過酷であまりも馬鹿馬鹿しいことに。
 とにかく、賽は投げられた。
 春日恭二に続いて、ゆにばーさるへと走り出す彼らの目には、幻の栄光が見えているようだった ―――



 ケイトの茫洋たる顔に、電光のように緊張が走りぬける。
 それは椿も同様。狛江も振り向きざま、固めた拳を腰へと添える構えを取った。
 戸外から迫るのは疑うべくもなく強烈な殺気。その数は、およそ二十。
 まさか、敵襲か。昼間から、しかもこのアキハバラの街で。もし、ゆにばーさるを舞台にして戦闘行動が行われたと
したら、一般人に出る被害は甚大である。始めからそんなことを顧みることのないこの無茶苦茶な行動は、おそらく
ファルスハーツのものであろう。思わず舌打ちしたい気分になる。ケイトは意識を集中して《ワーディング》の用意を
しようとした。店内で戦うことは避けなければいけない。いまは珍しく少ないとはいえ、一般人のお客さんがいる店舗
内で戦闘行動を開始するなど狂気の沙汰である。ならば待機ではなく行動。篭城ではなく迎撃。それが、ケイトたち
に残された選択肢であった。
 戸外へ走り出ようとするケイトが、しかし背後からのただならぬ気配を感じて歩みを止めた。
 この気配は ――― !?
614NPCさん:2008/11/02(日) 22:22:23 ID:???
紫煙
615ゆにば:2008/11/02(日) 22:24:03 ID:???
 ケイトが、いや、椿や狛江も立ち止まり振り返る。
 ああ、その闘気、ほとばしるオーラ。
 それをいかなる言葉で表現したらいいのだろう。
 ちっちゃな身体で仁王立ちするひとりの可愛らしいメイドさん。しかし、全身から発散する陽炎のような不穏な空気
を隠すことは、そのキュートな容姿をもってしても到底できはしない。溢れんばかりの闘気を発散する身体を包む、メ
イド服の色は黒。いや、この場合、黒というよりも漆黒の ――― もっと言うなら “暗黒の” メイド服。
 白いエプロンですら、その深い黒を中和するための色なのではないかと錯覚するほどである。
 腰で揺れるネームプレートには、ひらがなの丸文字で「ゆうき」の三文字。
 拳を握りプルプルと震わせ、涙目で唇を噛み締めながら。ひた、とただひとりケイトだけを睨みつける薬王寺結希の
姿がそこにはあった。我知らず、すぐ側にいた智世がずざざっ、と身を引いた。気圧されて。圧倒されて。
 それでも、うっとりと結希を見つめ、「ああ、怒った結希さんもきゅーとですわ」と内心呟いているなどということは彼
女自身以外には知る由もないことである。
「結希さん!」
「結希店長………」
 狛江が叫ぶ。椿が呆然と呟く。そして、その呼びかけの一切を無視して ――― というより、耳に入っていない様子
で、結希は目指す目標へと走り出した。
 のてのて、と。ぽてぽて、と。
 メイド服では走りにくく、また結希自身のスペックがあまり機敏に動けない仕様であるので、これは仕方ない。
 それでも結希は走る。ケイトめがけて走る。
 彼我の距離はすでに手の届く間合い。二人の距離はただ一歩の間合いであった。
616NPCさん:2008/11/02(日) 22:24:30 ID:???
支店
617ゆにば:2008/11/02(日) 22:27:57 ID:???
 ぴたり。
 上体を仰け反らせた姿勢で息を飲むケイトと、呼吸と呼吸が触れ合うほどの距離に結希が立った。
 いかんともし難い身長差があるため、どうしてもケイトの顔を見上げなければならない結希は、大きな瞳を潤ませ、
唇をぎゅっと噛み締めて、鼻をくすんくすんと鳴らしながら、ケイトを睨みつけている。
 肌に痛いほどのぴりぴりとした空気と、えもいわれぬ緊張感に、
「ゆ………」
 結希の名を呼ぼうとしたケイトの声は、その相手自身の大きな声で掻き消されてしまう。
「もーっ、もーっ、も〜〜〜っ! なんですか、なんなんですか、デレデレしちゃって、も〜〜〜〜っ!」
 溜め込んでいたものを一斉に爆発させるように、結希が大声を張り上げる。ぽくっ、ぽくっ、とケイトの胸板を拳で叩
くのだが、非力すぎて全然いたくはない。店内の全員が唖然とこの騒動に目を見開く中、頭を掻き毟りながらいつの
間にか店内に戻ってきていた司が、
「《ワーディング》」
 と呟いた。この場にいるお客さんたちを、一瞬で昏倒させる。ゆにばーさるの一番人気メイドが愁嘆場を繰り広げ
るところなど、お客さんには見せられないからだ。
「さ、支部長さん。心置きなくその色男にありったけ、ぶつけてやんな」
 どこか楽しそうに呟くと、店内の壁に瀬を預け、この光景を見物することを決め込んだのである。
 一方。
 目を丸くしてただひたすら挙動不審にオロオロしているケイトは、まったく結希の為すがままにされていた。
「どーして狛江さんとは楽しそうにお喋りできるんですかっ!? どーして椿さんにはあんな優しいんですか!? 私
には全然そんなことしてくれないのはなんでですかっ!? 私が良くないこいのぼりだからですか〜〜〜!?」
618NPCさん:2008/11/02(日) 22:28:12 ID:???
アップルジャーック!!
619ゆにば:2008/11/02(日) 22:30:38 ID:???
 ぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽく(ケイトの胸を叩く音)。
 わめき散らしてることはまったく支離滅裂で、大粒の涙で顔をくしゃくしゃにして。そんな結希に、『なんだかわから
ないけど、僕はまた大変なことをしてしまったようだ』と、いまさらながらに気がつくケイトなのである。
 とにかく、状況はいまいちわからないけど、僕がこの場をなんとかしなければ。
 どうしたらいいのか、なにを言ったらいいのか、それは全然見当もつかないけれど、まずは結希を落ち着かせるこ
とが先決であろう。誰もが息を飲んで、この顛末を見守る中。やはり誰もが忘れていた問題が、この混沌とした場所
に放り込まれたのは、数瞬後のこと。

「わーはっはっはーっ! 全員覚悟しろぉっ! この春日恭二様が、貴様らに引導を渡しに来てやったぞーっ!」

 甲高い声で高らかに宣戦布告をしつつ、ゆにばーさるの入口の扉を蹴破って突入を敢行した、もっとも場違いな男。
 FHの元エリートエージェントという肩書きをかなぐり捨てて、いまは家電売り場の店員として日々労働に勤しむ男、
春日恭二が現れた。
「おいおい、勘弁してくれよ………」
 司が天を仰ぐ。椿が唖然と口を開く。狛江は目を見開いて闖入者を凝視し、智世の背後に憤怒の形相をした不動
明王が浮かび上がった。

『春日恭二、空気読め………』
 ゆにばーさる店内の誰もが、そう思わざるを得なかったのである ―――――― 。

(to be continued)
620NPCさん:2008/11/02(日) 22:30:53 ID:???
よくってよー、よくってよー
621NPCさん:2008/11/02(日) 22:35:49 ID:???
乙ですー春日恭二いいよー
てか人いねー
622ゆず楽:2008/11/02(日) 22:41:55 ID:???
はい、なんていうかもうね、ぐだぐだなのにもほどがあるというね。
ぐだぐダブルクロスだからってここまでやっていいのかなっていうか私が楽しいからまあこれもありかな、と(必死な言い訳してる私)。
そんなこんなでクライマックス間近です。ぐだぐだで始まりぐだぐだで終わる予定(笑)ですので、なにとぞご容赦。
次の投下まで、ではでは〜。
623NPCさん:2008/11/03(月) 01:20:15 ID:???
>622
わっはー。

斜向かいの流鏑馬さんが呆れてます。
同じ、藤井忍のメイドキャラがいる身として……
624NPCさん:2008/11/03(月) 05:44:13 ID:???
>ゆず楽さん
昨日PC落とした直後に投下されてたという………支援できなくてすいませんORL
GJです! このKYっぷりこそ春日恭二でしょう! っていうか、つかちゃんいいよつかちゃんvv
順番でいくと次はエリスですか! こちらのクライマックスと、両方楽しみにしていますよ〜!
625NPCさん:2008/11/05(水) 21:30:47 ID:???
空砦3話を読んで、前々から思っていたんだが、柊×ガーネットもいい感じだな。
誰か何か書いてくれないだろうか…。

まあ、異世界間という壁があるし、フレイスの時はくれはがいたから異様に絡ませづらくて、まともに作品を作ったことのない自分では荷が重かったのだけど。

にしても、あの天然ジゴロめ…。
626NPCさん:2008/11/06(木) 01:46:53 ID:???
ガーネットはいい子だね
627NPCさん:2008/11/06(木) 01:59:35 ID:???
くれはの異次元同位体で、アンゼの指導を受けているという、ある意味柊にとって恐ろしい存在であるかも知れないけど…w
628NPCさん:2008/11/06(木) 02:49:10 ID:???
ガーネットはどうしても「あなたは今 どこで何をしていますか この空の 続く場所にいますか」のイメージがあるからなー。
ネタ浮かんだら書くかも。つーわけでなんかネタくれ。
629NPCさん:2008/11/06(木) 07:44:39 ID:???
むしろ、春日恭二聖人説。
彼は空気読んでない振りをして、
ああやって拗れた人間関係を修復してるんだよ。
630mituya:2008/11/06(木) 20:49:39 ID:???
明け方の冷え込みが厳しくなったこの頃、皆さんはどうお過ごしでしょうか。自分はここへの作品投下がセッション仲間にばれました(挨拶)
………いや、隠してたんじゃなくて、自分から言うことでもないと思って黙ってたんですが(汗)秘匿じゃなくて黙秘というか………(<誰に言い訳してるのか)
で、その仲間の一人が“裏切り〜”の十章を読んで面白い感想をくれました。
「飛竜の遺志を汲んだ魔剣が、逃げようとする柊を止めたのが良かった」
あの話で自分は飛竜=柊のつもりで書いていたので、飛竜≠柊派のその人の意見には驚きましたが、同時に何だか嬉しかったです。
なので、飛竜≠柊派の方は、是非そんな感じで読んでいただければ! っていうか、寧ろもっといろんな解釈をしてくれれば!(宣伝)

………とまあ、過去の自作品の宣伝は大概にしといて本題に。
明日はNWのアイドル(笑)柊蓮司の誕生日ですね! 実は今日まで忘れてたんですが(汗)
んで、突貫ですが、柊の誕生日SSを明日中に投下したいと思います! 時間はまだ自分でも予測出来ませんが、日付が変わる前には(汗)
柊とくれは幼少期の話。むしろクリスマスSSなっちゃいそうなんですが………っていったらどのネタを書く気バレバレですか。
というわけで、明日の夜、お暇な方は支援いただけたら幸いです(一礼)

で、最後に………
ゆず楽さん、GJ! >>264でも無記名で叫んじゃったけど、良いものは良いと何度でも言います(笑)
>>265-267さん、自分、今日やっと空砦3話読みましたよ(汗) ガーネットはいい子、でもアンゼの影響ヤバス、柊ジゴロ、全て激しく同意(笑)
>>268さん、そのイメージ、わかりますよ〜。ネタですか………書きたくても降ってこないってあるんですよね………
そして>>269さん、新説ですね! だとしたら何という身体を張った仲裁術なんだ………!(笑)
631630:2008/11/06(木) 22:04:11 ID:???
なんかすげえ番号間違えまくってましたよ!?(汗) どういう勘違いした自分………ORL
>>264>>624>>265-267>>625-627>>268>>628>>269>>629で! 激しく失礼しました………(土下座)
632NPCさん:2008/11/07(金) 01:09:23 ID:???
このドジっこさんめ〜w
633NPCさん:2008/11/07(金) 01:23:11 ID:???
「柊蓮司の幼馴染が赤羽くれはではなくお前だったらどうだ?」
それは悪魔の囁き甘美なる毒
ポーリィと一緒に己の側にいてくれる優しい男の子がいたとしたら
ありえぬゆえに夢想するありえぬゆえに……夢に溺れる
634中身改め『風ねこ』:2008/11/07(金) 12:07:58 ID:???
さぁてと。
んじゃ、この日のためにずっと用意してたお話を始めよう。

二つのお話の片方の、はじまりはじまり。


元ネタ:ナイトウィザード
注意:サプリ「ロンギヌス」を知らないとわけわからん話です(汗)。
635Dear my little brother -side M-:2008/11/07(金) 12:09:13 ID:???
 つややかな黒髪。薄絹のネグリジェが、彼女―――流鏑馬真魅の艶めかしい肢体を包んでいる。
 その薄布は彼女の体のラインを消すことなく、扇情的に緩やかな曲線を描き出し、むしろあまりの薄さに健康的な肌の色さえ透けるほど。
 緩んだ口元。鼻から抜けるような小さな吐息。

 そんな彼女の深い眠りを、優しく暖かく表層に持ち上げる刺激がもたらされた。
 とんとんとんとん、と規則正しくリズミカルに奏でられる、野菜を切る音。
 じゅうじゅう、とかぐわしい匂いを立たせながら熱の入る油の音。
 くつくつ、と小さく気泡を生みながらとろ火をいれる鍋の音。
 この数年変わらず響く朝食の準備の音だ。

 いつものように優しい朝に優しく起こされた彼女は、その豊かな胸をベッドから離して一つ大きく伸び。
 いまだにとろん、とした目でしばし虚空に目を泳がせた後、ぽつりと呟いた。

「……トマトとレタスと卵のスープと、ほうれん草とベーコンのキッシュにトースト。紅茶は……今日はアッサムか。朝から精が出るわねぇ」

 こともなげに階下で現在進行形で作られている朝食の内容を言い当て、もう一度伸び。
 そうして彼女はためらいもなくネグリジェを脱ぎ、身だしなみを整え、鏡台の上にある眼鏡をかけてから部屋を出た。

***


Dear my little brother -side M-


***
636Dear my little brother -side M-:2008/11/07(金) 12:11:20 ID:???
<朝>

 朝早くから朝食を作っている肉親を労うため、顔を洗って笑顔でダイニングに向かい、ドアを開けて―――

「おはよー勇ちゃんっ! 今日も朝から手の込んだごはん、を……」

 ―――愛する弟こと流鏑馬勇士郎への朝の挨拶が、だんだんと弱くならざるをえなくなる光景が、ダイニングで繰り広げられていた。

 翠緑玉のようにきらめく、柔らかな緑瞳の少女が『二人』。
 二人の、形の寸分たがわぬ少女たちを、体勢を崩しながらも両腕に抱きしめている、我が愛しき弟。

 やれやれ。人生ってのは度し難いことの連続だ。

 踵を返し、笑顔を浮かべたままに声を震わせないように気をつけながら伝える。

「あー……うん、ごめん勇士郎。じゃ、ちょっとあたしは近くのジョ○サンでモーニングを―――」
「ちょっと待て姉さん。いい加減このパターンも飽きてきたから、そこになおってくれ。単なる勘違いだから」
「朝から元気ねぇ、個人的にはご近所の不良品学生みたいに評判が最悪にならないためにも二人分くらいで止まっておいてくれると嬉しいんだけどな」
「なにがどう二人分なんだっ」

 ぎゃーぎゃーといつもの朝のやりとり。
 朝食を食べるまでにちょっと余計な時間を要さなければならないのはある日からこの家―――流鏑馬家の慣習となっていたのだった。
 なお。ご近所さんからは規則正しい時間に発生する朝の 恒例行事(強制イベント)のようなものであるため、むしろ目覚まし代わりに使われているところもあるのだとか。
 秋葉原は今日も平和だった。

***
637NPCさん:2008/11/07(金) 12:13:23 ID:???
638Dear my little brother -side M-:2008/11/07(金) 12:16:12 ID:???
 フォークをキッシュに垂直に立てて切り取り、一口。
 口の中に広がるマイルドな味わいとベーコンの塩味。まとめているのはあらゆる中身を優しく包むタルト生地のたまものといったところか。
 キッシュとトーストというコクとまろやかさの強い組み合わせの中、酸味のあるトマト入りのスープがアクセントを添える。
 どれもこれも、時間内に作りながら一手間加えることを忘れてはいない。
 ただ食べる者の腹を満たすためだけに作られた『食事』ではなく、食べる者への配慮を加え、それ自体に愛情を込めて作られた『料理』であった。

 どこぞの料理屋で出していてもおかしくないそんな朝食を、物心ついた時から食べている果報者は、香りのいいアッサムを口に含みながら満足そうに微笑んだ。

「んー……もう勇ちゃんったらまた腕上げたでしょ。こんなにご飯おいしいとお嫁さんが気後れしちゃうわよ?」
「お、お嫁さんですかっ!?」

 その言葉になぜか食いつく髪の色味のやや濃い目の少女。
 先ほどは寸分たがわぬ、と表現したものの、よく見れば二人の少女は少しばかり様相が異なる。
 今上ずった声を上げた少女は、赤みの強い薄めの茶髪であり、表情が豊か。
 さきほどからもくもくとトーストをかじる少女は茶色というには色が薄すぎ、金糸にも見える髪で、表情に乏しく口数も少ない。
 前者の名は鹿島はるみ、もう一人は鹿島ふゆみといい、流鏑馬家に住み込みで働く『姉妹』である。

 はるみの言葉ににやり、と笑って頷きながらからかう。

「そうよ。勇ちゃんくらい料理上手だとお嫁さんは困るでしょ?」

 あわあわあわ、と目に見えてあわてるはるみをよそに、今までもくもくとトーストをかじっていたふゆみがトーストを片付け、口元を紙でぬぐい、小さく拳を握る。

「がんばる……」

 その言葉に少し驚く。
 ふゆみは積極的とは言えない性格の少女だ。どちらかというのなら衝突すれば己の身を引くタイプの、我のあまり強くない娘だった。
 そんな彼女がやる気を持って何かに取り組もうという意思を持った、というのは大きな前進だろう。
 きっと草葉の陰から故・デュミナス(はるみ・ふゆみの父親)も喜んでいることだろう。
639NPCさん:2008/11/07(金) 12:16:59 ID:???
640Dear my little brother -side M-:2008/11/07(金) 12:17:35 ID:???
「……いや、あの親バカなら『うちの娘を二人もだと!? そんな馬鹿な話があるかっ、うちの娘たちが欲しくばこの父の屍を乗り越えていくがいい!』とか言うかも」
「なに一人でぶつぶつ言ってるのさ姉さん……」

 つーかそんなんなのか絶滅社の研究者。

 閑話休題。
 アッサムの強い香りにダイニングが包まれる頃、勇士郎が各自の今日の予定を確認するように口にする。

「俺は昼まで学校だから、それまでは各自店内清掃なんかをしておくこと。できるだけ早く帰ってくるよ」

 流鏑馬家の家長である真魅は自宅兼店舗として『天使の夢』というメイド喫茶を経営している。
 ……その経営手腕はアクロバティックにしてエキセントリックというか、考えなしというか、運任せというか、強引というかそんな感じなわけだが。
 まぁともかくとして。
 喫茶店の機能の中核を担う勇士郎はいまだ学生である。出席を邪魔するわけにもいかないため、学業優先。学校が終わった後と土日のみの営業となっているのだ。
 彼が帰ってくるまで店は開けられない。それをわかっているからこそ、はるみは花開くような笑顔で答える。

「はい。お掃除は得意ですから任せちゃってください!」

 胸を張っての答え。
 はるみはややトロいところのある娘だが、健気にがんばる少女でもある。
 中でも得意なのは掃除であり、細かい配慮の行き届いたきちんとした仕事をしてくれる。

「足りない買い物は、任せて……」

 ふゆみも答える。
 はるみとは違い感情をあまり表に出さない彼女だが、記憶力がよく一度聞いたことは忘れない。
 買い物やオーダーとりは、彼女にとってお手の物なのだった。
 その二人に笑顔で頷くと……勇士郎は、真魅に厳しい視線を向ける。

「それで、姉さんは?」
「姉さんはって、何が?」
641NPCさん:2008/11/07(金) 12:18:09 ID:???
642Dear my little brother -side M-:2008/11/07(金) 12:20:59 ID:???
 本気で思い当たっていない様子の真魅。勇士郎はやれやれ、といつものように顔を手のひらで覆いつつ大きくため息。

「姉さん。働かざるもの食うべからずって言葉知ってるかい?」
「勇ちゃんこそ、釈迦に説法って知ってる?」
「姉さんの場合はそれよりも馬の耳に念仏って感じだけど」
「わかってるじゃない」
「開き直らないでくれっ。
 まったく……経営者なら経営者でやることがあるだろう。俺に預けてばっかりの帳簿とか、他の店に偵察に行ってみるとか」
「帳簿はあたしに預けるとリフォームとかですっからかんにしちゃうからって勇ちゃんが離してくれないし
 偵察に行くとケンカ売って帰ってくるからって勇ちゃんが止めるんじゃない」
「わかってるんだったら態度を改めてくれないかな……」

 朝も早くから疲れた声と共にため息。この少年もなかなか苦労人である。
 仕方ないな、と呟いて彼はどこから取り出したのかはわからない―――おそらくは月衣からだろうが―――食器のカタログを出す。
 ところどころに付箋が貼られているのが見受けられる分厚いカタログを見て目を丸くする真魅。

「なにこれ」
「足りなくなった食器の補充。値段で手ごろだと思ったやつにちゃんと付箋貼ってあるから、その中から姉さんの好みのやつ選んで注文しといてくれ。
 間違っても業務用のコーヒーメーカーとかを面白そうとか言って買わないように」
「えーでも面白そう……」
「姉さん。もし頼んだら姉さんのコーヒーは全部そのコーヒーメーカー製にするけど……その機械の作るコーヒーと俺の淹れるコーヒー、どっちが旨いと思う?」
「わ、わかってるわよ、無駄は省きますー。……勇ちゃんのケチ」
「ケチじゃないだろう……この喫茶店は姉さんのものだろ、もう少し店の利益を考えた行動をとってほしい」

 そう言われては真魅に返す言葉はない。
 ……いや、もともと『天使の夢』への寄与率なら真魅が勇士郎にかなうはずもないのだが。
 ともかく、午前中の暇つぶしは見つかったのだ。それに集中するとしよう、と考えて。

 結局。真魅が気に入ったのは付箋の貼っていなかったやけに高級なマイセンのティーセットとボーンチャイナのカップとバカラグラスのセットで。
 勇士郎が帰ってきて大きくため息をつくことになるのは、少し先のお話。
643NPCさん:2008/11/07(金) 12:21:53 ID:???
644Dear my little brother -side M-:2008/11/07(金) 12:23:03 ID:???
<昼>

 帰ってきた勇士郎にしこたまため息をつかれ、お説教はあとだから。ちゃんとするからね、と釘を刺された上で開店する喫茶『天使の夢』。
 食事時を少々過ぎた時間帯であるため行列ができるほどではないが、それなりに盛況な様子の自分の店を満足そうに見ている真魅。

 と。新たに入ってくる客に目が言った。この店がまったくはやらなかった、改装前からの常連で、近所に住む友人。
 久しぶりに見る気がするが、相変わらずのようだ。
 挨拶するのも悪くない気がして、真魅はその客のテーブルまで行って挨拶する。

「久しぶりじゃない、京ちゃん」
「あ―――真魅さん。久しぶり、元気そうで」

 そう返すのは、喫煙席で堂々とタバコをふかす長身の美人。
 相も変わらずラフな格好。美人の中でも、明朗快活洒脱にして闊達。勝気で明るく包容力のあるタイプのその女性の名は柊京子。
 真魅に気づいた京子は人懐こい笑みを浮かべる。
 京子はこの店と同じく、この界隈にある大きな神社、赤羽神社の近所にあるマンションで実家暮らしの大学生だ。
 同じ弟を持つ姉としてなのか、初めて改装前の『天使の夢』―――当時は『漆黒の夢』というなんとも悪夢見そうな感じ名前の売れない純喫茶だった
 ―――で出会った真魅とやけに意気投合。当時からの数少ない常連客だった。

 最近来ていなかったこともあってなのか、京子は安心したように真魅に話しかける。

「いやー、もうびっくりしちゃいましたよ。ちょっと来てない内に店の名前は変わるわ改装はしてるわ。真魅さんの店なのか入るまで心配だったんだから」
「ごめんねぇ。京ちゃんは常連さんなんだから改装した時に手紙の一つも出すべきだったんだろうけど、改装した後色々忙しくってさ。
 あ、あの時のコーヒーチケットまだ残ってるわよ。何か飲んでく?」
「ホントに? あー……じゃあ、久しぶりに弟くんの淹れたストロングブレンドが飲みたいかな」
「ストロングブレンドね。ふゆみちゃーん! こっちストブレとカフェラテ一つずつー!」
645Dear my little brother -side M-:2008/11/07(金) 12:27:28 ID:???
 その声を聞いてふゆみがこくん、と頷くのを見ると、真魅は京子と他愛もない話をしだした。
 なにせ本当に久しぶりなのだ。話せる話はいくらでもある。小さなことで笑い、ジョークを言って、時を楽しく浪費する。
 コーヒーもそれぞれ3杯目を数える頃、京子が笑みを抑えながら、周囲にちらりと視線を移す。

「それにしても、結構盛況だね。もとから値段以上においしい店だったけど、前はあたしが来た時に他の客は見当たんなかったんだけどな」
「それがさぁ、タナボタでメイドさんかくまったもんだからメイド喫茶に宗旨変えしたら、お客さんがごそっとくるようになっちゃってね」

 一見とんでもないことを口にしている真魅。この場に勇士郎がいたなら真魅を叱責するか顔を青くしていたかもしれない。
 この世のどこに偶然メイドが逃げてくる喫茶店があるというのか、そもそもかくまう、と言っているということはメイドが何かから追われているということではないのか。
 真魅の話したことは全てが事実だが、その背後にはイノセントには知られてはならないウィザードの世界の事情がある。

 けれど、真魅とて別に何の考えもなく京子(イノセント)に話しているわけではない。
 これまでの付き合いで、京子があらゆる非常識のできごとを『あーまぁそんなこともあるか』、で済ませてしまうタチの人間だと知っているゆえの発言である。
 京子は、果たして真魅の言ったことにへー、とどうでもよさそうな声を上げながらはるみとふゆみに視線を向ける。

「ふぅん。メイドさんってあの子たち? よく働くいい子じゃないオーナー?」
「でしょー。もうここはウチに来てすぐ雇用関係結んじゃったあたしの手腕をほめるべきよね」
「はいはいエラいエラーい。弟くんも腕上がったんじゃない? コーヒー前よりおいしくなってる気がするんだけど」
「住み込みで二人が働くようになってから、勇ちゃんってば張り切っちゃってね。
 ―――まぁ、ちょっと前までみたいに達観した気になって、全部諦めたみたいな目してるよりはマシだと思うんだけど」
646Dear my little brother -side M-:2008/11/07(金) 12:28:59 ID:???
 流鏑馬勇士郎、という少年は転生者と分類されるウィザードだ。
 記憶を引き継ぎ、因果の導きに従い、世界を守るために戦う者達、それが転生者だ。
 彼らは記憶を引き継ぐ。常人ならば魂が転生の際に一度漂白され、なくなってしまうはずの前世の記憶。

 それを、今世の偉業によって世界から一方的に認められ、法則に干渉されて漂白処理が為されなかったり、記憶を封印されたりした者達。
 そんなうちの一人が、現世において流鏑馬勇士郎と呼ばれる少年だ。

 転生者はいくつもの生と死を超えた記憶を有する。
 ゆえにか、勇士郎はどこか超然として、同年代の子供よりも大人びて、悪く言えばじじむさい子供だった。
 彼自身それでいいと思っていただろうし、世の―――というより、転生者の常としてそれはよくあることだったのだろう。
 しかし、真魅にはそんなことは関係なかったのだ。

 弟なのだ。たった一人の。

 流鏑馬真魅にとって、流鏑馬勇士郎は世界にたった一人の弟だったのだ。
 転生者とか、勇者とか、ロンギヌスとかはどうでもいい。
 彼女にとっては、宿命とか宿縁とか、そんなものなんかのせいで。弟の笑顔が見られないのも弟の人生に刺激がないのも、おかしいと思っただけの話。
 だからこそ、真魅は自分の進む道を迷わない。
 弟を巻き込んで、むちゃくちゃをやって、勇士郎に呆れられて、けれどどこか困ったように笑わせて。
 この世界はお前の知ってるものだけでできてたりはしないんだぞ、ということを思い知らせて。
 これまでの人生と。ただ侵魔と戦うのが日常のような、長すぎる彼の記憶の中で、忘れられる日常にならないように。
 自分が楽しくて、勇士郎にどうしようもなく楽しい一瞬(いっしょう)をあげて―――そんな、毎日をまわし続けるために。

 それが今、うまくいっていることを誇るように、いたずらっぽく笑う真魅。
 そんな彼女を、うらやましそうに見つめて。京子はため息とともに告げる。
647NPCさん:2008/11/07(金) 12:30:26 ID:???
648Dear my little brother -side M-:2008/11/07(金) 12:32:29 ID:???
「あーあ、こんないいお姉さんにこんだけ思われてるんだから、弟くんはよっぽどいい奴なんだろうねぇ。
 それに引きかえ、うちの馬鹿は……」
「あぁ、そういえば京ちゃんのとこの弟くんは今年の春高校卒業だっけ。大学でも行ったの?」

 真魅は、京子から彼女の弟の話を何度か聞いていた。
 なんでも(京子も人のことはいえないが)素行が乱暴、よく家出する、学校の単位も出席日数も危険域。本当に卒業できるのかどうか、と何度か愚痴られたこともある。
 最後に京子に会った時は、半年の家出から帰ってきて、運よく学校側の配慮で三年に上がれたもののすぐに二ヶ月ほど音信不通になったと聞いている。
 そうそう、と真魅の言葉に頷きながら彼女は続けた。

「聞いてくれるー? ウチの馬鹿ってば辛うじて、運よく、学校側の粋な計らいでなんとか、高校卒業できたはいいんだけどねー……。
 定職にもつかずに『ちょっと行ってくる』の一言でまーたどっか行っちゃったわけ。
 盆と暮れには帰って来いって行ってるのに、夏も帰ってこなかったし。帰ってきたらガツンとやってやんないとね」

 ブレンドを傾け、一口。
 京子のその言葉に、真魅は内心京子の弟に手を合わせていた。京子のガツン、はおそらく言葉の通りだろうから。

 それにしても因果なもんだわね、と真魅は思う。
 流鏑馬真魅は魔法使いである。
 それも、運命と星の運行を読むところから始まった陰陽師と、人の無意識である夢の中を見守る夢使い、両方の技術を会得した、凄腕が枕につくウィザードだ。

 だからこそ、たまに『見える』ことがある。

 それは、宿星を読む陰陽師だけでは人には結びつかず、また夢を守る夢使いでは触れることのできない、深層にして真相。
 見た人間全てが全てを見ることができるわけではないが、特に見る対象が変わっていたり、世界で屈指と呼べるほどの世界とのズレを有す存在であると「見えて」しまう。
 今の世に生まれ出る以前、魂が漂白される前の――― 一言で言うのならば、前世のカタチを見ることができてしまうのだ。

 真魅の見立てでいくと、京子の前世はすさまじいの一言につきる。
649NPCさん:2008/11/07(金) 12:34:34 ID:???
じゅ
650NPCさん:2008/11/07(金) 12:43:41 ID:???
支援アタック
651Dear my little brother -side M-:2008/11/07(金) 13:00:31 ID:???
 最近月衣を得たウィザードの中に、『侍』と呼ばれる者たちがいる。
 彼らの祖はただ己の内にある技を磨くことで大いなる魔にすら立ち向かうことを可能とした タダビト(イノセント)より生まれし 異端(ウィザード)。
 ただの人よりあらわれて、ただ己の技術を磨き続けることだけで。世界を侵す魔にすら対抗し、その能力をもって魔法すら超えるが彼らの祖。

 柊京子の前世は、その侍と後に呼ばれることになるウィザードの一人。
 今では名すら記述に残らないが、当時の当代に並ぶ者はなく、史上の侍の中でも指折りに数えられるほどの戦の剣姫。そう呼ばれた者であった。

 当時まだ世界結界の存在していなかったファー・ジ・アースにおいて、襲い来る魔を一人で斬り倒し続けた武芸者にして女浪人。
 仕官などの話が女であったゆえかなく、諸国を放浪しながら魔と対峙し続け、さまざまな若人に剣を教え、現代も残る様々な古流剣術に確かにその技を根付かせた修羅姫。
 『彼女』の名を知る者は今には残っていないが、真魅に見えるヴィジョンでは、気楽に笑いながらリミッターなしの魔王の移し身をずんばらりと仕留めていたりする。

 そんなとんでもない力を持ったウィザードであった前世であるのだが、京子はウィザードになる気配がない。
 通常、死んだ後の魂は記憶などを分離され、記憶や精神などを漂白によって分離、無垢な魂のみが転生後の体に装填される。
 なのだが、『彼女』は何の手違いか、魂そのものの大半を狭界に落っことしてしまったらしく、漂白作業のなされないまま『京子』になった。
 あまりに魂のプラーナ量が少ないために、おそらくはこれから先もウィザードに目覚めることはないだろう。
 もっとも、魂の中に前世の記憶がほんの微かに断片的に残っているせいなのか、彼女の拳は月衣を貫通できたりするのだが。くわばらくわばら。

 閑話休題。
 ともあれ。転生前の『彼女』にも、弟がいて、その弟が早くに死んでいる、ということを真魅は知っている。
 だからなのか、憎まれ口は叩くものの、京子の弟に対する目は優しい。
 もっとも、真魅は姉弟の絆に 転生(そんなもん)なんて関係ない、という考えなため、同じく純粋に弟を心配する姉に答える。
652Dear my little brother -side M-:2008/11/07(金) 13:04:07 ID:???
「でも、その弟くんも根性あるじゃない。仕送りとかしてくれてるんでしょ?」
「どっからともなく、エラい大金をね。ったく何をやってんだか」
「そう言いつつ、京ちゃんってばなんか弟くんのこと話してる時はどこか嬉しそうなのよねー」

 そう楽しそうに頬杖つきながら言った真魅からいったん視線を外し、京子はブレンドを一口。
 ふぅ、とどこか軽いため息をついて、京子はどこか困ったように笑った。
 それは彼女の弟がよくやるような、保護者の笑みだったのだが―――そんなことは、ここにいる二人にわかりはしない。

「まぁね。
 あいつは馬鹿だし、頭悪いし、女心に疎いし、実はアレの鈍感のせいで影でたくさんの女の子が泣いてるのも知ってるし、無理も無茶も無謀もすぐにやらかすし、
 寝坊するし、頑固だし、あんまり甘えないし、大事なことはあたしにひとっことも相談しやがらないし、壊滅的に頭が悪いけど。

 ―――それでも、曲げないし、諦めないからね」

 そういう馬鹿は、あたしは嫌いじゃないから、と笑ってから。
 ため息をついて、彼女は目を閉じて微笑む。少し残念そうに。


「あーぁ。 ―――ちょっとばかり、イイ男に育てすぎたかね」


 その彼女の言葉に、真魅もまた微笑んで。京子の首をぐっと抱き寄せ、このこの、といじめる。

「なによ、弟自慢? うちの勇ちゃんだって凄いんだからねっ」
「いたいいたいって真魅さんっ、ほんと凄いと思うよ弟くん。真魅さんの弟やってんだもん」
「それはどういう意味よっ!?」

 言葉まんまの意味だと思われる。

 ―――ともあれ。
 共に、厄介な弟を抱えた厄介な姉が二人いる、喫茶天使の夢の午後は。
 穏やかに速やかに緩やかに流れていくのであった。
653NPCさん:2008/11/07(金) 13:06:44 ID:???
654Dear my little brother -side M-:2008/11/07(金) 13:06:51 ID:???
<夜>

 営業時間も終わり、すっかり夜の帳に覆われた町。そんな中、天使の夢の店先に4人の人影があった。
 勇士郎、はるみ、ふゆみ、真魅の四人である。
 ちょっとした事故(真魅談)により、風呂場のボイラーが故障。近所の銭湯に行くことに決定したのである。
 勇士郎が、本日何度目かのため息をつく。

「……姉さん、新しい魔法の練習とか訓練とかは非常に結構なことだと思うんだけどさ。ウチの風呂場でやらないでくれないかな」
「あははごめんごめん。さすがに壊れちゃったのは初めてだったから焦ったわよ」
「練習自体は今日がはじめてじゃないのか……」

 真魅は水を第一属性とするウィザードだ。
 ウィザードとは魔法使いの総称なわけであるが、魔法はどこでもどのような魔法でも使用できるわけではない。
 この世界に満ちる属性―――天・冥・地・水・火・風・虚―――を帯びたプラーナの存在するところでしかその属性の魔法は使うことができないのだ。
 月衣内への干渉―――付与魔法など―――ならばある程度はその前提も覆るが、外界に干渉する攻撃魔法はそうもいかない。
 星一つなく、人工の光すら存在しない夜闇で光を扱う魔法は発動しないし、雲の上ほどの場所で足場として地面を粘土のように変化させて延ばすのは無理がある。

 そして真魅は魔法を主体として戦うウィザードである。
 魔法の研究には、多分に好奇心が混じるものの、余念はない。だからこそ水属性のプラーナを多く有するところを探し。

「……頑張りは評価するけどさ。
 色々がんばりすぎて、風呂場を水の圧力で破壊しないでくれるかな。
 水道管まで内側から圧力かかりすぎてパイプが百合の花になってるって、どうやって工事の人に弁解すればいいのさ」

 ……風呂場を完膚なきまでに破砕したのであった。
 疲れた様子の勇士郎に、下手人はあっけらかんとした笑顔で答える。
655NPCさん:2008/11/07(金) 13:09:54 ID:???
支援 【夢語り】
656Dear my little brother -side M-:2008/11/07(金) 13:09:56 ID:???
「あはは。勇ちゃん頑張って説明してね」
「自分でやってくれ」
「えぇー、たった一人の肉親がこんなに困ってるって言うのにー?」
「たった一人の肉親が犯人なんだったら自業自得、因果応報、悪因悪果。当人がなんとかするしかないものだろう。俺は手伝わないよ」

 大抵は真魅の頼みを聞いてくれる勇士郎も、今回は少しご立腹なようである。
 内心でありゃ怒らせたか、と舌を出しながら、真魅はぶー、と言いながら勇士郎に答える。

「わかったわよ、自分でなんとかするわ。
 あ、ただお金―――」
「自分で責任を持ってくれ。店のお金は出さないから」
「えぇっ!? ゆ、勇ちゃんそれは厳しすぎない?」
「ない。ウィザードの仕事の一つや二つあるだろう? 軽い仕事でもこなせばお金になるんだ、頑張ってくれ」

 真魅は助けを求めるようにはるみとふゆみに目をやるものの、はるみは困ったように乾いた笑みを、ふゆみは小さくため息をつきながらやりとりを傍観している。
 援軍は期待できない。肩が落ちるのが、真魅自身にも理解できた。
 わざとらしく後ろを向いて、地面にのの字を書くフリをしながらすねてみせる。

「うぅぅ……あたしの楽園はどこにいっちゃったのやら」
「楽してお金を儲けよう、というその考えが間違ってるんだよ。人間もっと地道に生きていかないと」
「勇ちゃんが厳しいよう……あたしがおしめを変えてあげたあのかわいい勇ちゃんはどこへ……」
「それとこれとは話が別だよ、姉さん。
 せっかく魔法の研究してたんだろう? イライラ解消も含めていいから、なんとかお金を稼いできてくれないと困る」

 それもそうか、と納得。同時にやれやれ、という表情(ポーズ)を作りながら真魅は答える。

「わかったわよぅ……なんとかすりゃあいいんでしょ、なんとかすれば」
「そうしてくれ。ほら、行くよ姉さん。無駄口してると銭湯の時間が―――」
「大丈夫よあそこ夜の2時までやってるし。それより勇ちゃん、あたし忘れ物しちゃった。二人と先に行っててくれない?」
657NPCさん:2008/11/07(金) 13:13:06 ID:???
支援 【英雄幻想】
658Dear my little brother -side M-:2008/11/07(金) 13:14:52 ID:???
 くるりと踵を返して真魅。その背中に少しだけいぶかしげな表情をする勇士郎。
 いつもならば、忘れ物はとりあえず勇士郎に持ってきてくれない?と頼んで却下された後自分で持ちに行くのが真魅の行動パターンのはずで、つまりは嘘だ。
 けれど、真魅は無茶なことを人にさせても、無理なことは自分はしない。無理なら素直に誰かに援軍を頼む。つまり今回は一人で対処できる、という判断ということだ。
 ここで彼女の判断を疑うのは、彼女への侮辱につながる。

 そう考えて、歩き去っていく背中に、一言だけ声をかけた。

「姉さん」
「ん、なに勇ちゃん。やっぱりあたしがいないと寂しいですーとか?だめよう、そんな両手に花状態なのに。
 はるみちゃんとふゆみちゃんに嫌われちゃうわよ、このシスコン、って―――」
「気をつけてね」

 一拍。

「だいじょーぶよ。チカンが出たら生まれてきたこと後悔させてやるってば。もう、勇ちゃんってば心配性ねぇ。じゃ、後でねー」

 言ってそのまま歩いていく。
 勇士郎はその背中に向けて一つため息。

「……まったく、妙なところで天邪鬼なんだから」
「はい? なにか言いましたか勇士郎さん?」
「ううん、なんでもない。先に行ってよう、ふゆみ、はるみ」

 そう言って。三つの影は身を寄せ合って夜道を進んでいった。

659NPCさん:2008/11/07(金) 13:16:08 ID:???
支援 【傀儡糸】
660Dear my little brother -side M-:2008/11/07(金) 13:16:36 ID:???
***

「―――あれはバレてたわねー、絶対。
 まったく、勇ちゃんってば妙なところで鋭いんだから」

 困っちゃうわよねー、もう。とぼやく。
思えば、真魅の絶滅社時代、任務に赴く時は毎回あんな風に笑ってかわして、いつもいつもその背中に気をつけて、と言われていたような気がする。
 彼女が、弟との二人暮らしを成立させるために赤い夜を駆け回っていた青春時代。
 当時まだ勇士郎は一桁のお子ちゃまではあったが、やはり聡い子供で。
 真魅の嘘を見抜く目を持っていながら、それでも彼女がその生活を壊す気がないことを理解していた。
 彼がいまだ、戦う力を持たないがゆえに。彼女が戦っているということをわかっていたために、彼もいつかは姉の力になろうと思ったのかもしれない。

 そのことは神でも勇士郎でもない真魅にはわからない。
 だから、そんな感傷は振り捨てて。今すべきことに彼女は 視線を戻(しゅうちゅう)した。

 ひたりと目を閉じて、ハイヒールのかかとを軽く鳴らす。
 かつん、と乾いた音。
 音が広まるように、青い波紋がアスファルトの上を走る。
 石を落とした水面のように。渡り行く風のように。彼女が望む位置まで『境界』がきたことを知覚、拍手を一つ。
 波紋の境界は、それに呼応するようにその場所にぴたりと停止。同時にビルの4階相当の高さまで青い壁をそそり立たせる。
 月匣。
 ウィザードにも最近使用できるようになった、「魔法」の一つ。一般人への影響を与えないために使用される結界の一種。
 これを使用した以上は、相手にもこちらの意図は伝わっているはずだ、と考え、腕を組んで彼女は声を上げる。

「そんなわけよ。出てきなさいな、あんまりじろじろ見られるっていうのも好きじゃないのよ」

 その声に呼応するように、電柱の影から、裏路地から、マンホールの中から。次々に現れるのは統一された制服に身を包み、槍型の魔法発動杖を持った仮面の集団。
 彼らは、槍の穂先を天に掲げたまま真魅を取り囲むように集う。
 その距離10mあまり。あまりに数の違いすぎるその相手に対し、しかし臆することなく彼女は尋ねる。
661Dear my little brother -side M-:2008/11/07(金) 13:17:38 ID:???
「それで? なんとなく察しはつくけど、あんたらはどこのどなたのナニ子ちゃんで、何が目的かってのは話してもらえるのかしらね?」

 面倒そうにそう告げながら指先にふぅ、と暖かい息をかける真魅に、仮面の一人が答える。

「我らは世界の守護者・アンゼロット様の直属部隊である『ロンギヌス』の者だ。この度は流鏑馬勇士郎殿にアンゼロット様よりのお言葉を届けにきた次第。
 非礼は詫びる。勇士郎殿と面会させてはもらえないだろうか」

 ロンギヌス。
 それは守護者直属のエリート部隊の名前であると同時に、世界を守る聖槍を自称する世界屈指の戦闘集団である。
 そんな、一介のウィザードならばその名を聞くだけでしり込みしてしまいそうな集団の名を耳にしてなお、真魅はいつもの姿勢を崩さない。つまらなそうにたずねる。

「それで? 勇ちゃんは今学生とウチの手伝いで忙しいのよ、話なら姉のあたしを通してからにしてくれる?」
「し、しかしアンゼロット様のご命令で―――」
「どうせ勇ちゃんに話せって言われてるだけで他の人間に話すなとは一言も言われてないでしょ?
 そもそも家族にすら話せないようなことなわけ? へー、そんなやましいことしてるんだ、ロンギヌスって」
「なっ……し、失礼なっ! 我らにやましいところなどあるはずがないだろうっ!」
「ならちゃっちゃと話しちゃってよ。そもそも勇ちゃんは未成年、保護者がウィザードなら話す義務があるでしょう。
 ほら、早いとこしゃべらないと月匣解除してあげないわよー?」

 どうでもよさそうにふぅ、ともう一度息をかける。
 真魅に話しかけたそのロンギヌスは苦虫を噛み潰したような表情をしながら、真魅の問いに答えた。

「―――アンゼロット様は、一度ロンギヌスを一身上の都合で脱退した流鏑馬勇士郎を許す、と仰せだ」
「ふぅん? たしか勇ちゃんはきちんと手順を踏んであそこを出てたはずだけど?」

 流鏑馬勇士郎はしばらく前に、戦いのむなしさからロンギヌスを脱退している。
 脱走ではなく、脱退だ。きちんとアンゼロットに許可を得た上でロンギヌスを抜けたのであるから、許すも何もないはずだ。
662NPCさん:2008/11/07(金) 13:18:27 ID:???
663Dear my little brother -side M-:2008/11/07(金) 13:19:01 ID:???
 もっとも、彼女には向こうの台所事情も、アンゼロットの真の思惑もなんとなく理解はできているので口には出さないが。
 ロンギヌス隊員はそれに気づいた様子もなく、表情の変わらぬ真魅に講釈するように語る。

「ロンギヌスは一度脱退した者は基本的に二度と複隊することはない。心が折れた弱者に用意する席などは、世界を守る楯にはないのでな。
 しかし、状況が変わった。冥魔という存在を知っているな? あれを滅するにはウィザードの数はいくらあっても困らないのだ」

 冥魔。
 今年の三月に起きた、今だに記憶に新しい大事件の結果この世界に攻めてくるようになった新たなエミュレイター。
 真魅もフリーの身ながら、2、3度遭遇・撃退している。
 一般的な侵魔などとは一線を画す厄介な相手。それが全世界のウィザードの認識だ。
 しかしその話にも、真魅はやはり指先に息を吐きかけるだけ。

「冥魔関連の話なんてどうでもいいの、すぱっと本題言いなさいよ男らしくないわね」
「っ! ―――あ、アンゼロット様は、流鏑馬勇士郎を再びロンギヌスに迎えたいと仰っておられるのだ!」

 真魅の言いように激昂したようにロンギヌスが答える。
 その言葉を聴き、はぁ、と再度のため息。 

「最初っからそれだけ言えばいいのよ。まったく、お役所仕事みたいに頭固いんだから。さくさく話進めなさいっての」
「うるさいっ! それで、どうなのだ! お前の要求には応えたぞ、流鏑馬勇士郎に会わせてもらおうか!」

 声を荒げるロンギヌスの隊員に対し、真魅はにっこりと営業スマイルを浮かべ。


「―――却下。<ハリケーン>っ!」


 己が全力を込めた魔法を解き放った。
 100パーセントの不意打ちで放たれた暴風は、彼女を取り囲むロンギヌス隊員の実に半数以上をなぎ倒し、吹き飛ばし、飲み込んだ。
 風が一通り収まるのを待ち、真魅は酷薄な目と皮肉気な笑みを浮かべてロンギヌスたちに向けて答える。
664Dear my little brother -side M-:2008/11/07(金) 13:20:10 ID:???
「悪いけど。ウチの勇ちゃんはあんたらの世界救済ごっこには付き合いきれないって言って脱退したはずよ?
 それなのに、あんたらの都合なんぞで勝手に戻れっていうのは、さすがに現金すぎるでしょ。
 絶対ないだろうけど、あたしだって絶滅社から同じオファーされたら担当業者張り倒すわよ。こっちの都合考えろ馬鹿ヤローってね」
「ろ、ロンギヌスだぞっ!? 我らにたてつくということがどういうことかわかっているのかっ!?」
「知ったこっちゃないわ。
 上の名前チラつかせて自分たちを大きく見せることしかできないような、虎の威を借りた気になってる狐のつもりの負け犬の集団が、あたしに何をするって?」
「き……貴様っ! それ以上の侮辱は許さん! 倒してくれる!」

 槍の穂先が軒並み真魅の方を向いた。しかし。

「遅いのよ、このボンクラ集団」

 すでに。真魅は会話の間に魔装の換装を終えている。
 手品のように、どこからか取り出された新たな符がその指にはさまれており、青く輝く。

「<エアフィスト>」

 先ほどまで渦巻いていた風は、その輝きのもとに即座に収束、一点に向けて打ち出される。
 そんなものをまともに食らったロンギヌスは吹き飛ばされ、即座に不自然に痙攣しながら戦闘行動が不可能になる。
 半数以上の人員がすでに戦闘不能になったという事実に冷や汗を流しながら、指揮を執る一人がヒステリックに叫ぶ。

「え―――えぇい! 一斉射撃だ! 当たりさえすれば、我らの一撃は魔を貫く! 囲め、囲い込んで―――今だ、撃てっ!」

 輝きを放つ魔導発動体の群れ。
 放たれるは神威の雷光。
 20を超える光の条閃は一人の女に向けて容赦なく放たれ、炸裂。
 確かな手ごたえを感じ、ガッツポーズをとる指揮者の耳元で、囁く声。

「対象が撃破された確認ができるまで、勝利の確信なんてしない方がいいわよ? もひとつおまけに<エアフィスト>」
665NPCさん:2008/11/07(金) 13:20:47 ID:???
666Dear my little brother -side M-:2008/11/07(金) 13:21:21 ID:???
 同時。真横から至近距離で放たれた大気の鉄拳は、彼を吹き飛ばしながら一瞬で意識を刈り取った。
 ざわめく周囲。
 彼らの目では確かに先ほどまで真魅は光の中に消えたはずで、それが今のこの状況に結びつかない。
 真魅は講釈してやるように、月衣の中から一枚の符を出して口元を隠しながらイタズラっぽく笑う。

「あーあ。勇ちゃんのことは聞いてても、あたしのことは聞いてないなんてね。それとも、あたしの青春も今は遠くなりにけりってやつなのかしら。
 ひよっこたちにわかりやすく教えてあげるわ。
 あたしの名前は流鏑馬真魅。10年ほど前に絶滅社にいた夢使い。今は陰陽師でもあるけどね。
 夢使いはご存知の通り夢を渡り現実との境を守る者。あんたたち程度なら認識をいじくるのはたやすいことよ、理解できたかしら?
 そんじゃ、講釈ついでにもう一つ。
 装備に頼ってばかりいるあんたらじゃ、常に研鑽を積み続ける人間にゃ勝てないっていうのを、ちょっと見せてあげるわ」

 口元を隠していた一枚の符が、再び手品のように両手に扇のように出現する。
 両の扇で空気を撫でるように、くるりくるりとその場で回りながら、安全装置を外すための言葉をつむぐ。

「色は黒。方位は北。汝は潤いを与え命をつむぐ者。其は調和の使者。我が声を聞きこの手に集え」

 かつんっ、と勢いよくハイヒールを打ち鳴らす。
 声は止まらない。

「色は青。方位は東。汝は駆け回りて命をはこぶ者。其は自由の使者。我が声を聞きこの手に集え」

 再びの乾いた音。
 同時。両手の符を投げ上げる。ただの紙ならばすぐに落ちただろうそれは、空を駆け上がる流星のごとくに飛んでいき―――真魅は、片手を天に掲げた。
 にやり、と微笑む口元が、ロンギヌスたちの背筋をぞろりと逆撫でる。
 蛇に射すくめられた蛙のごとく微動だにしない彼らを見て。

 真魅は、一言だけ告げた。
667NPCさん:2008/11/07(金) 13:21:35 ID:???
支援 ダメだこのロンギヌスw
668NPCさん:2008/11/07(金) 13:23:25 ID:???
○ねこさんの○の部分は可変だったのか
669NPCさん:2008/11/07(金) 13:26:59 ID:???
まことに申し訳ないですがさるさんに引っ掛かった模様です、とねこは丁寧に説明を試みます。
続きは用事の後の投下になります、とねこは謝罪の意を表します。
ごめんなさい、とねこはかわいらしくお辞儀をしながらしばしここを立ち去ります。
670NPCさん:2008/11/07(金) 13:27:58 ID:???
いてらー 本日中にまた再投下があることを祈ってますよ〜w
671NPCさん:2008/11/07(金) 13:49:58 ID:???
御坂妹かよっ!? とツッコミをいれつつ――いってらっしゃいませ。
672風ねこ:2008/11/07(金) 14:16:37 ID:???
○書で好きな女性キャラは姫神・御坂妹・アンジェレネです(挨拶)。次点オルソラ。
戻ってまいりました。残り少々ですが投下です。
673Dear my little brother -side M-:2008/11/07(金) 14:17:57 ID:???
「自分が正しいって信じるのは大事なことだけどね。
 相手にも相手の都合ってモンがあんのよ。だったらせめて筋通しなさい。上を妄信的に信じてるんじゃなくて、自分の理由を見つけなさい。
 これが最後のあたしの教授よ。

 じゃあ―――あとは、体に刻んで覚えなさいっ! 天上の雷光! 風雨の緞帳! 其は我が敵を薙ぎ払う暴虐なり! <ライトニング、スコォォォール>っ!」

 そして。
 月匣の中に生まれるのは大嵐。そんなものに人間が抗えるはずもなく。
 雷に打たれ、風に吹き飛ばされ、雨の水流に流されて。あっけなく、ロンギヌスは全滅した。


***
 今しがた台風でも通り過ぎたかのような惨状の中、一人立つのは雨に濡れず、風に髪一本乱していない術者のみ。
 ぱんぱん、と。両手を砂を落とすように払って、真魅は告げる。

「見てるんでしょ? 出てきなさいな」
「―――やれやれ」

 そう言って、路地裏から現れるのは白い人影。
 白タキシードに白チーフ、今軒並み倒れているロンギヌスたちと同じ白仮面。
 実力者や特殊能力者の集められる、ロンギヌスのエリート中のエリート、ナンバーズの中のさらに異端。
 ロンギヌス00。存在しないはずの番号を与えられた、人造人間にして強化人間。真魅とはとある一件より顔見知りである。
 彼は皮肉気な笑みを浮かべながら真魅に苦言を呈す。

「彼らはロンギヌスの一員だ。それが任務を失敗したとなれば、尻拭いは私がすべきだろうよ」
「よく言うわよ、任務なんて建前のクセに。わざわざ峰打ちにしてあげたのよ? 慰謝料もらいたいくらいだってのにね」
「……魔法でどうやって峰打ちを?」
「夢使いには魔法で相手を峰打ちする技術が伝わってるのよ」
「初耳だ」
「どうせ会う機会もあるでしょうから現職最強の変態黒マントにでも聞いてみたら? 自信満々であるって答えるから」
674Dear my little brother -side M-:2008/11/07(金) 14:20:02 ID:???
 鈴木さん家のパパがくしゃみしたとかしないとか。
 閑話休題。
 真魅は盛大にため息をつきながら、やれやれ、というように肩をすくめる。

「世界の守護者サマの真の思惑は、勇ちゃんを連れ戻すことでもなんでもなくて、このひよっこたちが経験を積むこと。
 こんな三下以下どもじゃ、勇ちゃんに剣抜かすことすらさせられないわよ。
 ともあれ。
 はるみちゃんやふゆみちゃんと一緒のところを襲われたら、不測の事態が起きるかもしれないところを、
わざわざこのあたしが出張って助けてあげたんだから感謝してほしいくらいね」
「……新しく作った魔法の実験台が欲しかった、と顔に書いてある気がするのだがね」
「ギブアンドテイクよ。何かを得るためなら何かを支払わなきゃいけないのは当たり前でしょう?」

 あっけらかん、とそう答える真魅に相変わらずだな、と呟いて。彼は一礼して去ろうとする。

「新人たちにもいい教導になったことだろう。事実、我が主は勇士郎を捕らえるつもりはない。安心してくれ。
 では、私はここで失礼させてもらうと―――」
「待った」

 笑顔で伊右門のスーツの袖を引っつかむ真魅。……嫌な予感はするものの、彼は振り向いて尋ねる。

「……なんだね?」
「迷惑料も置いてかずに去るってのは、虫がよすぎるんじゃない?」
「図々しいな君はっ!?」
「何言ってんの! 商売人はむしれるとこからむしってナンボ、さっさと出すもの出してってもらいましょうか?」
「……そろそろ君はライフパスの清貧を何か違うものに変えた方がいいと思うんだがね」
「何言ってるのよ、ほら清貧な善人よ? キャラシートにも書いてある」
675Dear my little brother -side M-:2008/11/07(金) 14:22:32 ID:???
 それは違う人だ。
 閑話休題。
 真魅はあぁもう、と叫ぶとその白スーツの手を取って引っ張る。

「ラチがあかないわ。ちょっと一緒にいらっしゃい、銭湯代払ってもらって家に帰った後ちゃんとお金については話をしましょう。
 どうせ勇ちゃんとも久しぶりでしょ。会えれば喜ぶと思うしちょうどいいわ」
「ま、待ちたまえっ!? 銭湯ってなんだ! なぜ私が行かねばならんっ!?」
「決まってるじゃない。あたしがお風呂壊しちゃったからみんなで神田川なのよ。OK?」
「そんな説明でわかるかっ!?」
「まぁまぁ。勇ちゃんが喜ぶだろうってのは本当だし、あなたもアレ以来勇ちゃんには会ってないでしょ? たまには旧交をあたためるってのも悪くないんじゃない?」

 放せー、という声は夜の秋葉原に消えた。


***

「ま。今の楽しそうな勇ちゃんの邪魔するっていうのなら、あたしはどんな手段も問わないけどね」
「……君は意外とブラコンだな」
「あら、下着は黒だけど。見る?」
「誰がそんなことを言ったっ!?」


fin
676風ねこ:2008/11/07(金) 14:45:04 ID:???
はい、本日ここに投下予定の2編のうちの1編でした。お楽しみいただければよかったです。

もうひとつは夕方ころ投下予定。
流鏑馬姉はいい姉だけどちゃらんぽらん。弟はちゃらんぽらんなの知ってるけどいい姉だから嫌いになれない。そんな関係。
では、夕方ころにもう一人の姉「親愛なる弟へ」を投下しにきます。っていうかそっちが本命。だって今日のために書いた話だしね。

ではまた。
677NPCさん:2008/11/07(金) 14:45:29 ID:???
まあ、ねこさんとさるさんは大の仲良しだってことは
みんな知ってるよ。
678NPCさん:2008/11/07(金) 15:12:03 ID:???
しかしアレだな、この新人ロンギヌス『うわーだめだー』が言えてない辺りまだまだ未熟さを感じさせるな(馬鹿は何か根本的に間違えてる事に気付かない)

ところで属性の無い所で魔法は使えない、という部分で違和感感じたんじゃが……(聖虚姫の件で第三世界に“虚”属性は無いけれど魔法そのものは使えてるし)
あとアンゼロットはお役所仕事嫌いで、例え部下が(柊も含む)何か失敗しても責任はとらずにただ爆笑するだろう、ってPS2ゲームでひーらぎが言ってたよ?
まぁ、ちょっと重箱の隅を突っつきすぎだよなw
次の作品をいつまでもお待ちしております
679風ねこ:2008/11/07(金) 18:21:58 ID:???
あい、そんじゃもう一つのお話を。
これが本日最後です。
680Dear my little brother -side K-:2008/11/07(金) 18:23:52 ID:???
<そのひ。>

 あたしは泣かない子供だったらしい。
 いつも笑ってばかりいる子供だった、と家族からは事あるごとに聞かされた覚えがある。
 なにしろ物覚えついた頃から、生まれてこの方あたしも泣いた覚えというのが一つしか心当たらないあたりどうしようもない。
 その一回っていうのが―――なんでだか知らないが、その日だったわけで。


 その日のことを、20年近く経った今でも鮮明に思い出せる辺り、あたし自身重症だと思う。


 知らないおじさんたちがいっぱいいて。誰かの手をぎゅ、と握って待ってた、白い白い壁の向こう。
 子供の寝る時間なんてとっくに過ぎ去って、夜になって久しい。
 だんだんと、周りの空気が澄んでいくような気がした。夜闇が削られて、少しずつ少しずつ、まるで一枚一枚極薄のヴェールを脱いでいくような。
 朝に向かっていく。それが子供心にも理解できるような気がして。
 予感がした。
 その時が来るんだと。

 赤と黄色と白を足して、極限まで透明にしたらこんな色になるんじゃないかな、みたいな強くて目に痛い光が、後ろの窓から射して。
 頭の中で、何か小さくはじけたような音がして。

 ―――あたしは泣いた。自分でも何で泣いてるのかわからないけど、泣いた。

 嬉しかったような気がする。悲しかったような気がする。
 今でも覚えてるのは、心に響くあたしによく似た誰かの声。

『また―――だ。
 今度はぜったいに―――』

 それはあたしじゃないけれど、それでもなんでか頷けて。絶対にそうしよう、と。心に誓った。
 そんなのが、あたしの一番昔の記憶だったりする。
681NPCさん:2008/11/07(金) 18:24:47 ID:???
682Dear my little brother -side K-:2008/11/07(金) 18:25:24 ID:???
 ***

Dear my brother -side K-

 ***

<おきてみれば>

 ―――そんな夢を見た。

「……いやまぁ、わかるけどさ」

 言いながら、体をゆっくりと起こす女性。やや肌寒くなってきたこの季節に合わせて出した毛布をけだるげにはぎとり、一つ溜息。
 乱れ放題になっている髪を手櫛で梳かし、ひとつ伸び。
 彼女の名は柊京子。このアパートで今は一人で暮らす女性である。
 やや大きなアパートに一人暮らし、というのも中々悪くない。友達連れ込んでも何も言われないし。
 
今日は予定もないし、ゆっくりしようかと考えながらカレンダーに目を落とす。
 一つため息。
 本当は、今日の予定はないではない。が、どうせそれが果たされることはないのだから意味はないか、と思い直したのだ。
だったら、なんの予定もないのはもったいない。
 外は晴れていて、秋晴れの快晴。
 ツーリングに行くにはいい日だが、給料日前に単車のガス代は節約しておきたいところ。

 こんな日に、歩いていける範囲で、いい所―――と考えて。彼女はしばらく行っていない知人の住居兼店舗を思い出す。
 久しぶりに顔を見に行って見るのもいいかもしれない。あそこのコーヒーおいしいし。
 そうと決まれば即実行。
 即断即決果断速攻。それが、柊京子のポリシーだ。
 身だしなみを整えるために部屋の外に出て―――もう一度だけ、カレンダーを視界にいれて。すぐに興味なさげに視線をそらした。
683Dear my little brother -side K-:2008/11/07(金) 18:26:06 ID:???
 ***
<こーひーぶれいく。>
 
「住み込みで二人が働くようになってから、勇ちゃんってば張り切っちゃってね。
 ―――まぁ、ちょっと前までみたいに達観した気になって、全部諦めたみたいな目してるよりはマシだと思うんだけど」

 そう言う知人―――流鏑馬真魅の顔はどこか誇らしげで穏やかで。なんというか、恋人を自慢するみたいにすら見えた。
 彼女と出会ったのは最近のことでもない。
 8つ違いの近所のお姉さん、そういう立場であったはずなのだが、きちんと名乗りあったのは京子が高校くらいのときだ。
 真っ黒い外装の喫茶店。しかも看板は漆黒の夢、ときた。そりゃあお客が来ることもないだろう、と京子も思う。悪夢見そうだし。
 京子がその喫茶『漆黒の夢』に入ったのは、単に好奇心からきたものだ。
 変なものに興味を示すお年頃だった、というだけの話なわけだが。

 入ったその時にいたのは、なぜか真魅だけで。
 ヒマ潰しに占いもどきをしてくれるというので、やけに店に似合わぬおいしいコーヒーを口にしながら無料で占いをしてもらったのを覚えている。
 その時の初言を、今でも覚えている。

『―――ははぁ。こりゃ、あなた面白い相してるわ。
 きっと、<昔>頑張りすぎたせいでしょうね。<今回>は目覚めることはないだろうけど―――安心なさい。
 あなたの願いはきっとかなう。誓いは果たされる。だから―――弟くんのこと、心配することはないと思うわよ』

 弟がいる、なんて言った覚えはなかった。
 昔、とか今回、とかそもそもわけがわからない単語ばかりの占い。
 それでも、その言葉がなんだかやけに抵抗なくすとんと胸に落ちた気がして。
 はぁ、と頷いた後に『電波ですか?』と素で聞き返してしまったのを覚えている。

 そんなことが思い出されて、ため息とともに愚痴る。
684NPCさん:2008/11/07(金) 18:26:40 ID:???
685Dear my little brother -side K-:2008/11/07(金) 18:27:28 ID:???
「あーあ、こんないいお姉さんにこんだけ思われてるんだから、弟くんはよっぽどいい奴なんだろうねぇ。それに引きかえ、うちの馬鹿は……」
「あぁ、そういえば京ちゃんのとこの弟くんは今年の春高校卒業だっけ。大学でも行ったの?」
「そうそう。聞いてくれるー? ウチの馬鹿ってば辛うじて、運よく、学校側の粋な計らいでなんとか、高校卒業できたはいいんだけどねー……。
 定職にもつかずに『ちょっと行ってくる』の一言でまーたどっか行っちゃったわけ。
 盆と暮れには帰って来いって行ってるのに、夏も帰ってこなかったし。帰ってきたらガツンとやってやんないとね」

 笑いながら言ってはいるものの、京子のこの軽いノリは本気である。被害者が哀れなことに。
 しかしながら、これも一種の愛情表現だ。割とドツキながら躾けてきたため、それ以外の対応をする自分が想像し辛いというか、むしろ調子が狂うらしい。
 真魅がふぅん、と頷きながらラテを一口。流鏑馬弟謹製のカフェラテは、蒸気で立てた泡がコクとまろやかさを与える、天使の夢の看板の一つだ。

「でも、その弟くんも根性あるじゃない。仕送りとかしてくれてるんでしょ?」
「どっからともなく、エラい大金をね。ったく何をやってんだか」

 ふらりとどこかへ行った後、京子の弟は月に一度家へと仕送りをするようになっていた。
 それも大金―――初任給丸々クラスである。
 京子の知る限り弟は特に免許っぽいものは持っていなかったし、頭もそんなによくはない。
 そんな彼が稼ぐ方法など体を張るしかないはずだが、ガテン系の仕事でそんなに収入が入ってくるわけもないわけで。

 結局、京子は彼が何をして金を稼いでいるのかはわからないのだった。

 それでも、京子は弟を疑わない。
 どこで何をしているかもわからないし、どんな仕事をして生計を立てているのかもわからない。
 けれど。彼女の弟は馬鹿正直で、曲がったことが嫌いで、人を泣かせるようなことは本当に苦手な馬鹿だ。
 その弟を、疑う余地は彼女にはない。
 だって、彼女の弟はそういう不器用な人間であったし―――なにより、その不器用を通すように育てたのは彼女なのだから。

 真魅のからかいに、困ったように笑って、告げる。
686Dear my little brother -side K-:2008/11/07(金) 18:28:09 ID:???
「あいつは馬鹿だし、頭悪いし、女心に疎いし、実はアレの鈍感のせいで影でたくさんの女の子が泣いてるのも知ってるし、無理も無茶も無謀もすぐにやらかすし、
 寝坊するし、頑固だし、あんまり甘えないし、大事なことはあたしにひとっことも相談しやがらないし、壊滅的に頭が悪いけど。

 ―――それでも、曲げないし、諦めないからね。そういう馬鹿は、あたしは嫌いじゃないから」

 ため息。
 弟を好いてくれている子たちがたくさんいるのはわかっている。
 あの馬鹿にはもったいないくらいの器量よし揃い。
 それでも、京子はその馬鹿の足を止めることはしない。

 だって、彼女にとってはたった一人の弟なのだ。
 弟が満足いく様に生きて死ぬ。そのことが彼女が弟に対する最優先。
 だからこそ、彼に思いを寄せるたくさんの女の子たちの存在を知りながら、それでも。
 彼が彼であれる、そのことが、柊京子にとって最優先事項なのだ。
 そのためにこそ、彼の選んだ道を否定することはないし、それ以上に―――この世界中の誰よりも。あいつの行動を信じてやれる人間になろう、というのが京子の思い。


 たとえその道の果てで、彼がいつか帰らなくなったとしても。
 他の誰が、その行動をあざ笑い罵ったとしても。
 柊京子だけは、その道程を認めてやろう、と。


 そんな思いを口に出すことなく、少しだけ愚痴をはく。

「あーぁ。 ―――ちょっとばかり、イイ男に育てすぎたかね」

 それは、彼女にとっての本心。
 確かに誓った日はあったが、こんなに早く別れがくるとは思っていなかったのは事実で。
 彼を、我慢できない奴のままに育てた自分への自嘲でもあった。
687NPCさん:2008/11/07(金) 18:28:46 ID:???
688Dear my little brother -side K-:2008/11/07(金) 18:29:21 ID:???
 そんな京子の愚痴を聞いて、らしくないとでも思ったのか。真魅が彼女の首を刈って、話しかける。

「なによ、弟自慢? うちの勇ちゃんだって凄いんだからねっ」
「いたいいたいって真魅さんっ、ほんと凄いと思うよ弟くん。真魅さんの弟やってんだもん」
「それはどういう意味よっ!?」

 言葉まんまの意味だ。

 ともあれ。
 京子のコーヒータイムは、なんだか穏やかに流れていくのであった。

689Dear my little brother -side K-:2008/11/07(金) 18:30:13 ID:???
<じゅういちがつなのか。>


 京子が夕飯を終え、家でタバコふかしつつテレビを見ていたその時。

 玄関の鍵が、ぴったりとはまる音がした。
 金属と金属が噛み合う音。
 どくん、と鼓動のギアが一つ上がる気がした。
 この家の鍵を持つ人間は、彼女ともう一人しかいないのだ。

 タバコを灰皿に圧しつけ、身を翻して廊下へ。
 フローリングの床。片手をつきながらブレーキ。
 体を曲げて生まれる力のためを、ドアをきちんと閉めながらただいまー、と緊張感のない言葉を吐く馬鹿の顔を視認すると同時。解放。
 クラウチングに近い体勢からのスタートダッシュ、1秒もたたないうちにトップスピード。
 まだ相手は玄関で靴を脱いでいる最中。タイミングは完璧。
 相手がこちらを見て、顔がひきつるのが見えた。だからどうした、遅い。
 右足踏み切り。結構すごい音がした気がします。下の階の人ごめんなさい。
 左足で相手の右ひざを踏みつける。向こうは体勢が崩れるため、気づいた時には迎撃は不可能。逆にこっちはこれが目的。
 腰のひねりを加えながら、右ひざで。狙うは相手の即頭部―――っ!

「どーこほっつき歩いてたこの馬鹿蓮司ぃぃぃぃっ!!」
「がふぅっ!?」

 小気味いいほどの音をたてて、マンションの玄関先で炸裂する見事なまでのシャイニングウィザード(プロレスの技名)。誰だこんなの京子に教えたのは。
 狭い玄関のマンション先で炸裂した膝蹴りによって、成す術もなく壁に頭を打ち付ける被害者。隣の部屋の人すみません。
 ともあれ。
 柊京子の弟こと、柊蓮司の帰還であった。
690NPCさん:2008/11/07(金) 18:30:36 ID:???
691Dear my little brother -side K-:2008/11/07(金) 18:31:04 ID:???
***

 いわく。
 ちょっと各地を放浪しながらガテン系のバイトしつつ暮らしてました、が蓮司の言い分であった。
 だがしかし、京子の目は冷たいまま。

「んなことはどうでもいいのよ」
「どうでもいいなら聞くなよ」
「なにか 口答えし(いっ)た?」
「いえ何もっ! お話を続けてくださいマム!」
「誰がマムだい誰が」

 かしかし、と頭をかきながら、何一つ変わらない弟に対して内心安堵しながら、それを表に出すことはない。
 ため息。

「あたしが言いたいのは、なんであんたはあたしの言うことを守れなかったのかって事なんだけど?
 盆と正月には帰って来いって言ったでしょうが。今何月だと思ってんの。11月よ11月。その辺について聞かせてもらおうか」

 その京子の言葉に、言葉につまる蓮司。
 うーん、と真剣な表情でしばらく悩んだ後に、彼は玄関先で正座させられたまま、頭を下げた。

「その……約束守れなくて、悪ぃ」

 そういう言葉が聞きたいのではない。
 どうせこの弟のことだから、どうしても無理な理由があったのだろう、と京子は理解している。
 その上でこの言葉ということは、彼がある日から抱え続けている、彼女には話せない大きな『秘密』絡みのことなわけで。

 つまりは、こいつはあたしにしている隠し事が守れないことの方が、あたしにしばかれたりすることなんかよりもよっぽど怖い、ということなのだろうと納得した。

 盛大に嘆息。
 無駄に苦労をしょいこむ性質なのはずっと昔に理解しているつもりだったが、ここまで馬鹿だと救いようがない。実際救えないだろうし、救おうとも思わないが。
692Dear my little brother -side K-:2008/11/07(金) 18:31:53 ID:???
 仕方がないので、いまだに頭を下げ続ける馬鹿の耳を引っ張って、家の中に引きずっていく。
 途中千切れるだのもげるだのの苦言が聞こえる気がするものの無視。ぽいっ、とリビングに放りこむ。
 がんっ、と鈍い音がして机に頭をぶつける馬鹿をやっぱり無視してキッチンに向かい、必要なものを取ってくる。
 リビングから戻ってくると、しゃがみこみつつ頭を押さえている馬鹿が一匹。

「なにしてんの。ほれ、座りな」
「こ……これだけの仕打ちしといてどの口がそれを……」
「す、わ、り、な」
「……謹んで座らせていただきます」

 頭を押さえつつ久しぶりに実家の椅子に座る蓮司。
 ダイニングテーブルの上に置かれていたのは、酒瓶と硝子のコップが二つ。彼は恨めしげな目で京子を見る。

「帰ってそうそう酒に付き合え、かよ」
「なに。なんか文句あるわけ?」
「文句はねぇけど。……なぁ姉貴、付き合うごとに毎回言ってるけどよ、俺未成年だぞ? そこらへんに関しては良心っぽいものは働きませんか姉上様」

 弟のその言葉に、京子はしばらく呆然としたように彼を見つめて―――頭を押さえる。

「ば……馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど。あんた、旅暮らししてて記憶力までどっかに落っことしてきたの?」
「ひっでぇ言い草だなっ!? それが唯一の弟に対して言う台詞か!
 つーか俺がなに忘れてるってんだよっ!」

 本気で忘れている様子の弟に本気で頭が痛くなってくるものの、酒瓶の蓋を開けて二つのコップに注ぐ。
 帰ってきたから無駄にならなかったものの、当人が忘れていると自腹切った自分が無駄に損をした気分になる。
 これ高かったのになぁ、と嘆息しつつ、彼女は馬鹿を見る目で蓮司を見て、告げる。

「今日は何日だい、言ってみな」
「あ? 今日、今日……」
693NPCさん:2008/11/07(金) 18:37:34 ID:???
 何日かも覚えていないらしく携帯を取り出す。本当に記憶力をどこかに落っことしてきたんじゃないのかこいつは。
 携帯の画面を見て、硬直。
 彼は信じられないものを見るように京子に視線を戻して。
 ―――何かを告げる前に、京子は優しい笑顔を浮かべながら相手の言葉を制した。
「二十歳の誕生日、おめでと。蓮司」
694NPCさん:2008/11/07(金) 18:38:38 ID:???
***
『また、おとうとだ。
 こんどはぜったいに―――おとうとがくいののこらないいきかたができますように』

 それが、京子が最初に聞いた『彼女』の声。
 けれど、それは京子にはとても共感できて。
 まだ出会ってすらいない、扉の向こうの生まれたての赤ん坊が弟だとわかっていて。
 その弟がたくさんの苦難に会うだろうことが理解できていて。
 『彼女』の弟とは違う存在であるものの、とても似ている京子の弟が悔いの残らない生き方ができるといい、という願いだった。
 京子にとってははじめての弟。しかし、その言葉にだけはどうしようもなく納得できたのだ。
 まだ名前もない彼が、悔いの残らないように走り続けて走り抜けること。それが、彼女の願いになった。
 そして、今も走り続ける彼がたまに帰ってくる場所として、自分が在れればいいと思った。
 だから、嬉しい。
 弟の節目を祝うことができたのは、とても嬉しい。
 ただただ、その気持ちとともに。彼女は、たった一人の弟を想う。この20年目に、新しい誓いと願いを。

『お前がどこで倒れても、きっとあたしはそれがわかるから。たまに出てくる妙な同居人が教えてくれる気がするから。
 だから、思う存分好きなことをやってきな。
 他の誰があんたを罵っても、蔑んでも。なにがあっても、あたしだけは。世界中で一人になろうと、あたしだけは。
 ―――あんたのやることを、肯定してあげるから』

 そんな。尊くも愚かな、果てしなく優しい誓いと願いが。
 その夜、立てられた。

fin
695風ねこ:2008/11/07(金) 18:49:50 ID:???
最近のマイブームは近所の野良猫撮影(挨拶)
風ねこでございます。いかがでしたでしょうか、正直もうちょっと頑張れなかったかと後悔しきりな柊誕生日祝いです。

くぅ、俺に精神と時の部屋さえあれば……(あるわけねぇ)!
まぁあれです。具体的に言うとまたやっちゃった系。
色んなところで京子姉さんの月衣無視っぷりがネタにされてるのを見て考えたネタ。
あと京子姉さんの姐御っぷりを書きたくて書いたはなし。柊さん家はほかほかドツキ合い家族です(意味不明)。

奴の20歳の誕生日がこんな感じで送れてるといい。多分この後乱入入るんだろうがな!

では。また。
696mituya:2008/11/07(金) 20:05:50 ID:???
>風ねこさん
や………やばい、泣きそう、っていうかもう泣いてますよっ(感涙)
真魅さんや京子姉ちゃんの弟への思いが、何かもう………っ! っていうか京子姉ちゃんの話、微妙に夢物語の話とリンクしてますよね?
そっちの話も思い出しちゃって、今、目と鼻から水が止まんない状態になってるんですがっ!(<鼻とかいうな)

こ、この後に作品投下するの勇気いるな………(汗)
というか、昨日予告しといてなんですが、リアルの締め切り事を優先したせいで、実は今から本書きはじめます。
まだプロットだけ………間に合うのか今日中に!?(汗)
えと……とりあえず………日付変わる前には、投下する予定です………
697NPCさん:2008/11/07(金) 21:01:40 ID:???
>695
乙、ぐっぢょぶ、えー話やわ。


という流れを断ち切るようで申し訳ないのですが、
先生質もーん。

ナイトウィザードメインのクロスオーバーSSはアニキャラ板のクロススレとして、ナイトウィザードがメインに来ないTRPGと他作品のクロスはここですか?
今あるのがダブクロメイン、NWキャラはpc4というプロットなんですが。
698NPCさん:2008/11/07(金) 21:05:47 ID:???
>>697
>>1見るかぎりここでも大丈夫だと思われー。待ってるー。
699mituya:2008/11/07(金) 23:35:35 ID:???
うぴー! やばいー、柊の誕生日もう終わる! 間に合わない〜!(汗)
なんで、とりあえず頭の部分だけ分割投下(汗) 残りは確実に日付またぐ………誕生日祝いなのに〜(泣)
と言うわけで、柊誕生日SS、解説です↓

タイトル:三倍返しとサンタクロース
元ネタ:ナイトウィザード(フレイスの炎砦&アニメ12話アバン)
作中:幼少期の柊とくれはの話。京子姉ちゃんもでます。まさかのゲストもちょこっと出演?
柊の誕生日祝いなのに、奮闘してるのは柊です(笑) そんなんでもいいって人は支援下さい!
700三倍返しとサンタクロース:2008/11/07(金) 23:38:54 ID:???
「───ひーらぎ〜!」
 耳慣れた声に呼ばれ、少年は家路へと急いでいた足を止めた。
 年の頃なら六、七歳。無造作、というより洗いっぱなしのような茶の髪。やや眦のきつい眼差しは、しかし子供らしい清んだ光を宿している。
 もう冬の足音が聞こえようと言うこの時期に、上こそジャケットを着込みつつも下はハーフパンツ姿。今年小学校に上がったばかりのやんちゃ盛りには、小さな身体に満ちたエネルギーで、多少の寒さなど吹き飛ばせるらしかった。
 少年は、今その前を駆け抜けようとした、道の脇から伸びる神社への石段を見上げる。声の主である小柄な影が、そこからぱたぱたと駆け下りてきた。
「どうしたんだよ、くれは」
 ずいぶん急いで自分のところまで降りてきた相手に、少年は目を瞬きつつ問う。
 少年と同じ年頃の少女。ぱっちりとした黒目がちの瞳が愛らしい。膝裏まである長い黒髪に、白い小袖と緋色の袴。神社の石段にはよく似合う、“巫女さん”姿だ。
 彼女の名前は赤羽くれは。その姿と姓に違わずこの赤羽神社の娘であり、また少年───柊蓮司の幼馴染だった。
「よ、よかった〜。今日じゅうに会えて〜」
 くれはは駆けて荒くなった息を整えるのもそこそこに、安堵したように告げる。柊に視線を合わせて、ぱっと花開くように笑った。
 その合わされた視線の角度がやや上からなのを、柊は複雑に思う。くれはは女子の中で別段大きいわけではないのだが、柊と並ぶとほんの少しだけ彼女の方が背が高いのだ。
「………だから、どうしたんだよ?」
 複雑な心境が少々ぶっきらぼうな声を作ってしまい、柊は内心少し焦った。この間、ちょっと不機嫌な声で話して、クラスの女子に泣かれてしまったのを思い出したのだ。
 しかし、小学校に上がる前から柊と付き合いがあるくれはは、彼のぶっきらぼうな声など慣れている。気にした風もなく、繰り返し問われた質問に答えた。
「ひいらぎ、今日おたんじょう日でしょ?」
 はい! と差し出されたのは小さな包みを、柊は目を見開いて見つめた。
 縦横のサイズはタバコの箱と同じくらい、厚さはその半分ほど。うさぎをモチーフにしたキャラクター柄の包装が少々ガタついているのは、おそらく少女自身が包んだからだろう。
701三倍返しとサンタクロース:2008/11/07(金) 23:42:17 ID:???
「ほんとうは、学校であげようかと思ってたんだけど………ひいらぎ、そういうのイヤそうだったから」
 だからやめといたんだけど、と、くれははちょっと困ったように笑う。
 今日が柊の誕生日だと知っているのは、クラスでも小学校に上がる前から付き合いの友人だけである。今の今まで一緒に遊んでいたその友人達も、柊自身が何も言わなかったため、すっかり忘れていたようだが。
 自分から「おれ、たんじょう日なんだ〜!」とかいうのは、祝ってくれといってるような気がして、別に言わなかったというだけなのだが───くれはにはその態度が、学校でそういうことされるのが嫌なのだという風に取れたらしい。
「お、おう。ありがと………」
 不意打ちのプレゼントに、柊はちょっとむずむずするような感覚を覚えつつも、差し出された包みを受け取った。そのまますぐ包みを開けようとして、ちょっと手を止める。
「えと………あけても、いいよな」
 うん、という返事に、今度こそ包みを開く。いつもは紙をびりびりに破ってしまうけれど、何となく今回はゆっくり丁寧に、破けないように広げた。
 そうして、中から出てきたのは、一枚のカードと、見慣れたパッケージ。
 カードの方は、くれはのお手製らしい。彼女がよくお絵かきのときに描いていたうさぎのキャラクターが、「おたんじょう日おめでとう」と言ってくれているバースデイカード。
 もう一つの方は───
702三倍返しとサンタクロース:2008/11/07(金) 23:43:05 ID:???
「───カバル・チョコだ」
 その呟きに、くれははちょっと柊の表情を窺うような様子で、自信なさげに言う。
「………ひいらぎ、それのカードあつめてるでしょ? だから………」
 それは、特撮ヒーローのキャラクターカードがおまけについたチョコ菓子だった。小学校の男子の間でこのカードを集めるのが流行っており、柊もこのカードを熱心に集めている一人だ。
 うん、とくれはの言葉に頷いて、柊はいそいそとパッケージを開く。───パッケージに印刷された聖戦士の顔が派手に破けたけど、気にしない。
 菓子には見向きもせず、カードの方を引っ張り出す。出てきたカードに、柊は目を見開いた。
「───“銀の大首領像”だ!」
 すげぇ! と叫んで柊はカードを掲げる。───レアカードの中でも、特に出にくいといわれているもので、実際柊の周りでこのカードを持っているのは一人だけだった。
 わっほぅ! と飛び跳ねんばかりに喜ぶ柊に、くれはは面食らったように問う。
「そ、そんなスゴいのだったの?」
「すげぇよ! すげぇうれしい! ホントありがとうな、くれは!」
 はしゃぐ柊の様子に、くれはも満面の笑みを浮かべ、
「どういたしまして!」
 よかった、と嬉しそうに呟いた。


703NPCさん:2008/11/07(金) 23:43:06 ID:???
支援
704NPCさん:2008/11/07(金) 23:44:07 ID:???
あんど支援〜
705三倍返しとサンタクロース:2008/11/07(金) 23:44:55 ID:???
「───れ〜んじっ!」
 妙に楽しそうな声に、柊は嫌な予感を覚えつつ振り返った。
 くれはと別れて帰宅した後、家族での誕生日パーティーを終えて、リビングでテレビを見ていた時である。
 振り返った先には、妙ににこやかな笑みを浮かべた、二歳上の姉、京子の姿。
「………なんだよ………」
「は〜い、これ!」
 顔をしかめる柊に姉が差し出したのは、何かちょっと埃被った、陶器製の恐竜の貯金箱。
 受け取りつつ、柊は呻くように問う。
「………なにコレ」
「やーねぇ、たんじょう日プレゼントにきまってんじゃなぁいっ♪」
 無駄にご機嫌な姉を、柊はソファに座ったまま半眼で見上げる。
「………いらないものおしつけてプレゼントっていうなら、“三ばいがえし”はいらないもの三つで、かえせばいいよな」
 うっ、とその言葉に京子は呻いた。
 さっきまでやっていた、ちょっと気の早いクリスマス特集。その中の街頭インタビューで、女性達が口々にいっていた言葉───“三倍返し”。
 曰く、「女性からのプレゼントに、男は三倍で返すのが礼儀だ」。
 それを見るなり、この姉は何故かそそくさとリビングを出て行って───戻ってくるなり、埃被った恐竜を弟に押し付けたわけである。
706三倍返しとサンタクロース:2008/11/07(金) 23:45:40 ID:???
「なっまいき〜! あんたそんなんじゃ女の子にモテないわよ!?」
「いでででで! やめろキョーボーあねき!───いいよ、べつにモテなくて!」
 ヘッドホールドかまされつつ、柊は姉の言葉に叫び返す。
 斜向かいのマンションに自他共に“モテる”という兄ちゃんが住んでいるのだが、柊の目から見れば、いつも色んな女の人と二人で会っているだけだ。
 柊にとってみれば、女の子と遊ぶんだって皆で鬼ごっことかかくれんぼの方が楽しいのに、と思うだけ。まあ、くれはと二人で遊ぶのも楽しいけど、くれはは姉の言う“モテない”今の自分と遊んでくれるわけだから、別にモテるようになる必要なんてないし。
 と、そんなことを思って、気づく。
 ───そうだ、くれは───
 お返し目当てで廃品押し付けてきた姉は論外だが、不意打ちでものすごく嬉しいプレゼントをくれた彼女には、やっぱりお返しをしないわけにはいかないだろう。
 ───でも、“三ばいがえし”って………どうすりゃいいんだ?───
 そんな思考に沈んでいた柊は、
「まったくー………あんたはその“でりかしー”のないとこがなければ………今でもちょこちょこ、あんたを気にしてる子いるのに」
 そんな姉の呟きなど、完全に意識の外にシャットダウンしてしまっていた。


707NPCさん:2008/11/07(金) 23:45:48 ID:???
支援足りないかも?
708NPCさん:2008/11/07(金) 23:47:09 ID:???
誰か着て〜
支援
709三倍返しとサンタクロース:2008/11/07(金) 23:47:18 ID:???
「───う〜ん………」
 自室のベッドの上に胡坐をかいて、柊は膝の上のカードを見つめ、悩む。
 銀ラメに輝くレアカード───これは、柊にとって何より嬉しいプレゼントだった。だから、お返しするなら、くれはにとってこの三倍嬉しいものをプレゼントしなくちゃいけない。
「………うぅぅぅ〜〜〜〜ん………っ」
 腕を組んで、首を捻って、柊は考える。
 くれはが喜びそうなものはいくつか思いつくのだが───自分がこのカード貰ったときと同じくらい喜んでもらえるかもしれないものはあっても、その三倍に届きそうなものは思いつかない。
 悩んで、悩んで───はた、と気づいた。
「───そうか、三つあげればいいのか!」
 さっき、姉にはいらないもの三つで返すと言ったのに、何故すぐこの方法に気づかなかったのだろう。
 うんうん、と思いついた案に満足しつつ、さっきいくつか思いついたくれはの喜びそうなものの中から、特に良さそうなのを三つ選ぶ。
 まずは、くれはの好きなうさぎのキャラクターのシャープペン。前から欲しいと言っていたけど、今もっている鉛筆を使い切るまでは買ってもらえないだろうといっていた。
 次に、ご近所の和菓子屋さんで売っているうさぎ饅頭。前にくれはの家へ遊びに言ったとき、おやつに出してもらったもので、ものすごくおいしかったのを覚えてる。くれはの家でも、本当に大切なお客さんが来た日にだけおやつに出るらしく、滅多に食べれないと言っていた。
 箱売りは値段的に手が届かないだろうが、一個ずつばら売りもしているそうなので、そっちなら何とかなるかもしれない。
 最後に、前に大通りの露天商で見た、星のペンダント。銀の土台に色とりどりのビーズを散りばめたやつで、くれはは五分近くその露天商の前でそのペンダントを食い入るように見つめていた。
710三倍返しとサンタクロース:2008/11/07(金) 23:48:10 ID:???
 どれもくれはがすごく欲しがっているもの。自分がこのカードを貰ったものと同じくらい、喜んでくれると思う。───しかし、
「───どれも、たかいんだよなぁ………」
 ぼふ、とベッドに引っくり返って、柊は呻く。───欲しくて、でも手に入らないのは、自分達の普段の小遣いで手が届かないものだからだ。
 柊の小遣いは、一回家の手伝いをして五十円。カードを集めるのに例のチョコを買うのにもわりと苦労するレベルである。
 でも、これが一番くれはに喜んでもらえそうな三つなのだ。くれはは柊に一番嬉しいプレゼントをくれたんだから、これくらいしなくちゃ釣り合わない。
「───よしっ!」
 気合を込めて起き上がり、柊が睨むように見つめたのは、机の上に鎮座した貯金箱。
 さっきまでガラクタだったはずの恐竜は、しかし、柊の視線の先で、誇らしげに胸を張って見えた。


711NPCさん:2008/11/07(金) 23:48:15 ID:???
ここまでか
支援
712NPCさん:2008/11/07(金) 23:49:48 ID:???
支援……モテる兄ちゃんて誰だ!?
713mituya:2008/11/07(金) 23:50:27 ID:???
たくさんの支援ありがとうございます! すいません、いったんここまで! まだ書くけど!
自分の投下のペースがとろいのは、規制警戒してるんではなく、単にどこできるか迷ってるだけです………すいません(汗)
714mituya:2008/11/08(土) 01:56:47 ID:???
ね、眠い………書き終わらない………
す、すいません………まだ途中だけど、とりあえず続き投下………ゲストのとこまでまだ行かないっ………

>>712さん
その辺は深く考えないでください。まあ、たいてい近所に一人はいる女癖の悪い兄ちゃんとでもvv
715三倍返しとサンタクロース:2008/11/08(土) 01:57:49 ID:???
 誕生日のお返しは、やはり誕生日に。くれはの誕生日は一月十六日。あと二ヶ月ちょっとである。
 柊は次の日に早速、プレゼントに決めたもの三つ、それぞれの値段を確認した。
 シャーペンが150円、うさぎ饅頭(一個)が250円、ペンダントが500円。
 ついでに、ペンダントは手作りの一品もので他の人に買われてしまっては困るから、その露天商の店主に事情を話して取っておいて貰えるように頼んでおいた。
「少年、小さいのになかなかいい心意気だね! オッケー、取っときましょうとも! ついでに、その心意気に免じて350円にまけてあげようじゃないか!」
 そのお姉さんの言葉が嬉しく、また目標金額の変化の計算に必死になっていた柊は、
「しかし、あんたいい男になるよー。十年経ったら女が放っとかないだろうね」
 という、続く彼女の言葉は、華麗にスルーしていた。


 次に、柊は家の手伝いの頻度を増やした。今までは友達と駄菓子屋にいく約束をしたときなどに、軍資金を得るために手伝っていた程度だった。それを、とりあえず毎日最低一つは手伝いをするようにした。これで、一日50円である。
 しかし、その入手したお金をそのまま貯金箱に投入すればいいものを、ついつい、友達の誘いを受けて持ったまま出てしまい───まあ、大半がカードや駄菓子に化けた。
 残ったお金は帰宅するなり投入しているが───貯金開始から一ヶ月以上経っても、五円玉より大きい額の硬貨を入れた記憶がないことに、柊は自分の意志の弱さを痛感した。



716三倍返しとサンタクロース:2008/11/08(土) 02:00:06 ID:???
 柊が貯金を始めて一ヶ月以上が経ち───それは、二学期が終了した日のことだった。
「───くれはー? なにやってんだ、んなとこでー」
 赤羽神社の前を通り過ぎようとして、柊は石段の中ほどに見つけた少女に声をかけた。
「………ひーらぎ?」
 何をする風でもなく石段に腰掛けていた少女は、我に返ったような様子で、自分の方へと上がってくる柊を見た。
「………どうしたの? なにか、ようじ?」
「いや、うちでつーしんぼ見せたら、おこられそうになって………にげてきたら、おまえがボーッっとすわってるから」
 隣に腰掛けながら、柊は少々情けない事情を答える。
「そっか………」
 どこかぼんやりと、くれはが返す。それきり、会話が切れた。
「………えぇっと………」
 くれはと一緒にいて会話が続かない、という初めての事態に、柊は戸惑う。落ちた沈黙に、商店街から響いてきたクリスマスソングが聞こえた。
717三倍返しとサンタクロース:2008/11/08(土) 02:00:41 ID:???
「そうだ───くれは、サンタにプレゼント、おねがいしたか?」
 何とか話題を思いついて、柊は問う。───それに、自分がくれはの誕生日にあげるつもりのものを、サンタに先に渡されたら別の何かを考えなければいけない。
 しかし、くれはの答えは完全に柊の予想外のものだった。
「うちにはこないよ、サンタさん」
「───え?」
 目を瞬く柊に、くれはは言葉を続ける。
「うち神社だもん。クリスマス、やったことないし。サンタさんだって………」
「───ホントに?」
 初めて聞いた話に、柊は信じられない思いで呟いた。くれはは、笑って、
「しょーがないけどね───」
 言って、軽く俯いたその顔が─── 一瞬翳った気がして───
「───ふぅん………」
 何気なしに呟きながらも、柊はここ最近───十二月に入ってからのくれはの様子を思い返す。気がつくと、話の輪にいなくて───その時の話題は、いつも、クリスマスやサンタのことだった。
 ───クリスマスの思い出がなきゃ、はなしに入れないもんな───
 そう、思って───
「───あ!」
 思いついて、立ち上がった。くれはが、驚いたように顔を上げる。
 その彼女に声をかけながら、階段を駆け下りる。
「よーじ思い出した! ちょっとここで待ってろ!───いいか、ぜったい動くなよー!」
「───ひーらぎ〜?」
 不思議そうな少女の声を背に受けながら、柊はそのまま今さっき来た道を戻って走り出した。


718三倍返しとサンタクロース:2008/11/08(土) 02:01:38 ID:???
 ───思い出がなければ、つくればいいんだよな───
 そう思って、家へと駆け戻る。
 ───いっこ、なにか思い出があれば、みんなのはなしをきいても、きっとさみしくならない───
 だから、くれはに、クリスマスの思い出をあげるのだ。
 マンションについて、エレベーターで部屋の回まで上がり───こっそりと玄関を開けて、中に入る。
 玄関の靴の状況から察するに、今家にいるのは姉だけらしい。彼女に見つからないように、居そうな場所───居間や彼女の部屋を警戒しつつ、何とか自室までたどり着く。
 音が立たないように扉を閉めるなり、柊は机の上の貯金箱に飛びついた。
「───えぇっと………っ!」
 さかさまにして底についている蓋を引っぺがし、ベッドの上で中身を引っくり返す。
 記憶に違わず、見事に一円玉と五円玉しかない。しかも、一円の方が圧倒的に多い。
 その事実に軽く凹みつつも、お金を数え始める。と───
「───れ〜ん〜じぃ〜?」
 聞こえた背後からの声に、思わず手が止まった。
 ぎぎ、と堅い動きで振り返れば、鬼もかくやの形相で扉の位置に仁王立ちする姉の姿。
「あんた、つーしんぼのことで怒られそうになってにげるなんて、どういうつもり!?しかもこそこそ帰ってきて───って、何やってんの?」
 ベッドの上に散乱した小銭を見て、姉は眉をしかめた。
 柊は、くるりと膝立ちで器用に姉に向き直ると、両手を合わせる。
「たのむ、ねぇちゃんっ! この場は見のがしてくれ! かえってきたらバツそうじでも、なんでもやるから!」
719三倍返しとサンタクロース:2008/11/08(土) 02:03:51 ID:???
 くれはが待ってんだ! といえば、姉は小銭と柊を見比べて───
「あんた、それでくれはちゃんへのプレゼント買う気?」
 ずばり言い当てられて、柊はうぐっ、と呻く。
 はぁぁ〜………、と姉は溜息ををついて───
「───って、なにすんだ、ねえちゃん!?」
 いきなり小銭に手を伸ばしてきた姉に、柊は面食らう。
「うっさいバカ! あんたがかぞえてたんじゃ日がくれるわよ! かわりにかぞえてやるっていってんの!」
 一喝するなり、姉は小銭の山と戦い始めた。
「………ねぇちゃん、あんがと」
「うるさい話しかけるなバカ」
 素直に告げた礼は、しかし、きつい言葉で一蹴され、柊はなんとも言えない複雑な顔で姉の作業を見ているしかなかった。
720mituya:2008/11/08(土) 02:07:38 ID:???
すみません、今晩はここまでで………体力が限界………(ガクリ)
明日中には完結させますので………話は寧ろここからが本番なんですが………(汗)
ごめんよ、柊………もはやこれ、誕生日SSじゃないよね………(バタッ)
721NPCさん:2008/11/08(土) 02:32:20 ID:???
>697
おそらく、「どちらでもいい」が正解だと思う。
アニキャラ総合のSSスレは、片方がナイトウィザード(出来ればアニメのネタ)であれば何でもOKだから。

卓ゲ板は設定の関係であんまり長文向かないよね、とか
TRPG同士のクロスなんだからこっちの方がいいよね、とか
その辺で適当に判断すればいいと思う。
722NPCさん:2008/11/08(土) 03:20:43 ID:???
…なんか、涙の味がしそうなチョコだな。
>>カバルチョコ
723mituya:2008/11/08(土) 12:05:14 ID:???
やっと………書き終えたっ………(汗) もはや柊の誕生日とか関係ないよ(汗)
と、ともかくっ、続きを投下したいと思います!

>>722さん
そうですね、汗と涙の味がしそうですvv
724三倍返しとサンタクロース:2008/11/08(土) 12:06:29 ID:???
 姉が、小銭の山と戦うことしばし───
「───合計、158円」
 ふうっ、と息をつきながら、姉は奮闘の成果を告げた。
「ありがとうっ、ねぇちゃん!」
「───って、待ちなさいバカれんじ!」
 礼を告げるなり、小銭をかき集めて出ようとした弟を、京子は一喝して止めた。
「その小ゼニの山で持ってたらお店にメーワクでしょうが! リョーガエしてあげるからちょっと待ちなさい!」
 言って、姉はいったん柊の部屋を出ると、自室から自分の財布を持ってきた。───月額100円固定の小遣いと、柊よりこまめにやっているお手伝いのお駄賃で、姉は柊より金持ちだ。
「ほら、8円のこして、これと交換」
 五十円玉三枚を差し出されて、柊はその言葉に従う。
「うわ、サイフすごいことになった………あとであたしもリョーガエしてもらわないと………」
 えらく膨らんでしまった財布に、京子はぼやく。───次は親の財布がすごいことになりそうである。
「んじゃ、帰ってきたらバツ掃除だかんね! 忘れるんじゃないわよ!」
「うん!」
 念押す言葉に柊は元気よく頷いて、今度こそ小銭を握って駆け出した。


725三倍返しとサンタクロース:2008/11/08(土) 12:07:50 ID:???
 空から白いものがちらつき始めた中、クリスマスソング流れる商店街を、柊は元気よく駆けていく。
 目指すのは、この前、親と一緒に家で食べるクリスマスケーキの予約に行った、ケーキ屋さんだ。
 ───たしか、小さいサンタのケーキが150円だった!───
 ショウウィンドウに、1ピース150円の、サンタの砂糖菓子が乗ったショートケーキがあったのを、柊は覚えていた。
 ───クリスマス、っていったら、サンタのケーキだもんな!───
 早く、幼馴染の少女にそれを届けたくて、人ごみの中を急いで駆け───歩道の舗装タイルの継ぎ目に躓いて、派手にすっ転んだ。
「───いってぇ………」
 呻きつつ、身を起こす。───他の通行人の視線がちょっと恥ずかしい。
 膝小僧が痛い。ジーパンに隠れて見えないけど、多分擦り剥いた。けれど、それよりも───
「───やばっ!」
 握り締めていた小銭をコケた拍子に落とした。慌てて辺りを見回す。
 五十円玉三枚と一円玉一枚はすぐ近くに転がっていたけれど、残りの7円が見つからない。歩く人の群の向こうまで転がっていってしまったらしい。
「───ぅ〜〜〜っ………しょーがないっ!」
 惜しいけれど、探している暇はない。くれはが待っているのだ。
 ───ケーキのお金には、足りるしっ!───
 そう思って、また駆け出した。───今度は転んでも落とさないよう、しっかりとポケットに小銭をしまって。


『洋菓子・フラワーチャイルド』
 そう看板を掲げた店に、柊は勢いよく駆け込んだ。
 そう広くない店内、ショウウィンドウも兼ねたカウンターに駆け寄って、元気よく叫ぶ。
「───すみませんっ! サンタのケーキくださいっ!」
726三倍返しとサンタクロース:2008/11/08(土) 12:11:04 ID:???
 この前の予約の時もカウンターにいたお姉さん───姉よりは大分大きく見えるから、小学生ではないだろうけれど、中学生なのか高校生なのか、柊には判断がつかなかった───が、カウンターから顔だけ覗かせた柊に、首を傾げて尋ねる。
「あ、この間の。───予約のケーキ、取りに来たの? でも、あれは明後日じゃなかった?」
「ちがくてっ、これこれっ! この小さいの、くださいっ!」
 ショウウィンドウに並んだ商品の中から、サンタが乗ったショートケーキを直接指差して、柊は告げた。
 お姉さんは笑って、ああ、そっち、と呟いて、
「はい、かしこまりました。───いくつ、欲しいのかな?」
「いっこ!」
 元気よく即答する。───本当は自分も食べたいけど、お金が足りないから仕方がない。
 お姉さんは笑顔で頷いて、ケーキをショウウィンドウから取り出す道具を手に取りつつ、
「はい。じゃあ、154円ですね」
「───えっ!?」
 柊はその言葉に目を剥く。慌てて値札を確認するけれど、そこには確かに『150円』と書かれている。
「4円、ちがうよ!?」
「ああ───えっと、そこに載ってる値段は、消費税っていうのがつく前の値段で………そこに4円、足されちゃうの」
 なんだそれ、と柊は呻く。───ショーヒゼイってなんだ。
 それまで、殆ど10円単位の品物しかない駄菓子屋でしか買い物をしたことがなかった。カードつきのチョコはそれなりにいい値段がしたけど、値札なんかついてなくて、駄菓子屋のおばちゃんの言う値段を払っていたし。
 柊にとって、消費税は今まで縁のないものだった。+3%が、柊に重くのしかかる。
 今、ポケットの中に入っているのは、151円。───3円、足りない。
 ───さっき落っことしたお金………!───
 あれがあれば足りたのに───そう、柊は歯噛みする。
「………もしかして、お金足りないの?」
 お姉さんの言葉に、歯を食いしばって頷くしかない。
727NPCさん:2008/11/08(土) 12:12:04 ID:???
お疲れ様支援〜
728NPCさん:2008/11/08(土) 12:12:57 ID:???
無理は禁物なり〜
729三倍返しとサンタクロース:2008/11/08(土) 12:14:48 ID:???
「えぇっと………じゃあ、こっちなら買えるんじゃないかな?」
 そういって、彼女が指し示したのは、サンタのいない、普通のショートケーキ。
「こっちは、消費税がついても144円だから、150円で足りるよ?」
「………サンタがいないと、イミないんだよ………」
 柊は呻くように言う。───サンタのいないケーキじゃ、クリスマスのケーキにならない。それでは、意味がないのだ。
 ───でも、サンタのやつには、お金が足りない───
「───え、えぇっと………」
 う〜っ、と呻いて固まってしまった柊に、お姉さんは困ったようにおろおろと店の奥に視線を向ける。
「………どうしたの? 花子」
 と、奥から出てきたのは、お姉さんと同じエプロンを着たおばさん。顔も、彼女によく似ていた。
「あ、お母さんっ、この子、サンタのショートケーキが欲しいみたいなんだけど、お金がちょっと足りないみたいでっ」
 縋るようにお姉さんが言うと、おばさんはカウンターを出て、柊の横に並ぶ。
「サンタのケーキが欲しいの? いくら、足りないの───あら?」
 柊に視線を合わせるようにしゃがんだおばさんが、言いかけて、柊の膝に眼を留める。───ジーパンの膝の部分、さっき擦り剥いたところに血の染みがにじんでいた。
「怪我してるじゃないか! ほら、こっちおいで!」
「───へっ!?」
 ぐいっ、といきなり手を引かれ、柊は間抜けな声と共に引きずられる。
 訳がわからないまま、柊は『フラワーチャイルド』の店の奥に、お邪魔するはめになった。

730三倍返しとサンタクロース:2008/11/08(土) 12:16:25 ID:???
「ほら、そこ座って!」
 店の奥にある調理場、その更に奥は住居と繋がっていた。おばさんにリビングらしい部屋のソファを示されて、何となく抗い難いものを感じて柊は素直に従う。
「ああ、もう。傷が乾いたら、ジーパンの生地が膝にくっついちゃうよ? いつ怪我したんだい?」
「えと………さっき、ここにくるとちゅう………ころんで………」
 柊が答えている間に、おばさんはジーパンを手際よく膝上まで捲くり、持ってきた救急箱から消毒液を取り出した。
「はい、ちょっと染みるよー」
「───い゛っ!」
 呻く柊に構わず、おばさんは手際よく消毒を済ませ、ガーゼを当ててテープで止める。
「はい、終わり。───よく、暴れないで我慢したね」
 最後に、ガーゼがずれないよう、丁寧にジーパンを元に戻して、おばさんは笑う。
「………あ゛、ありがとう゛っ………」
 ちょっと涙声で、それでもきちんと柊は礼を言った。そのことに、おばさんは満足げに頷く。
「うん、いい子だね。───しかし、怪我ほったらかすほど急いで、どうしてサンタのケーキが欲しいんだい?」
 視線を合わせ、真摯な様子で問われ、柊はちょっとたじろぐ。
 ぺらぺら話すような理由(はなし)じゃない。けれど、おばさんの目は真剣で、何だか誤魔化してはいけないような気がした。
「………えっと………トモダチに、うちが神社の子がいて………」
 逡巡の後、柊はぽつぽつと告げる。
「神社だから、サンタきたことなくて、クリスマスもやったことないんだって。───そういえば、そーゆーはなしのとき、いつもいなかったなぁ、って思って………」
 それで、と頭をかきながら、続ける。
「なんか、クリスマスの思い出がいっこあったら、みんなのはなしにも入れるし、きいててもさみしくないんじゃないかと思って………」
 それで、と言い終えて、おばさんに向き直ると───おばさんは、食い入るように柊を見つめていた。
「───ぇ、えっ!?」
「………あんたっ、ホントいい子だねっ!」
 視線の強さにたじろぐ柊に、おばさんは叫ぶように告げる。
「うんうん、その心意気、気に入った!───よし、ちょっと待ってなさい!」
731NPCさん:2008/11/08(土) 12:17:41 ID:???
支援っ!
732三倍返しとサンタクロース:2008/11/08(土) 12:18:14 ID:???
 花子ー! と叫びつつ、店の方に駆けていく。
 おばさんの言葉に従って、というより、寧ろおばさんの勢いに飲まれて固まって、そのソファに座って待っていた柊の元に、おばさんはすぐ戻ってきた。後には、小さな白い箱を持ったお姉さんも一緒だ。
「ちょっとこっちおいで」
 おばさんに手招きされてついていくと、そこは店の調理場とは別の、普通の家の台所。
 柊を入り口に残して、おばさんは奥の冷蔵庫へ向かっていく。
「これ───サンタさんの乗ったやつの方じゃないけど………」
 柊の前にしゃがんだお姉さんが、白い箱の中身を見せてくれる。───そこには、普通のショートケーキ。
「………うん………」
 消沈して、柊は頷く。───お金が足りないから仕方がない。
「値段は144円ね。───で、これはおばさんからの、おまけ」
 言って、冷蔵庫の方から戻ってきたおばさんが、そのケーキの上にちょこんとおいたのは───赤と白の砂糖でできたサンタクロース。
 柊ははじかれたようにおばさんを見上げる。
「───いいのかっ!?」
「娘が作る砂糖菓子の見本に作ったやつだからね。商品じゃないから、お金はいいよ」
 鷹揚に頷くおばさんに、柊は満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうっ、おばさん!」
 ポケットから五十円玉を三枚出して、お姉さんに手渡す。代わりにきちんと閉じたケーキの箱を受け取った。
「───ああ、おつりはあたしが。花子、あんたはそろそろ準備しないと。鈴木君とデートなんだろ」
 店にお釣りを取りに戻ろうとした娘を、おばさんが留める。お姉さんはその言葉に慌てたように叫んだ。
「いけない! そうだった!」
 今度はお姉さんが冷蔵庫に向かう。と、おばさんと一緒に店の方に向かおうとしていた柊を呼び止めた。
「───ねね、ボク。これちょっと見てくれない?」
 言って示したのは、冷蔵庫から取り出したホールドケーキ。
 柊の目から見れば、店のショウウィンドウにある見本のクリスマスケーキと同じにしか見えない───ただ、一点の異物を除いて。
「………おねえさん、なに、これ………?」
733三倍返しとサンタクロース:2008/11/08(土) 12:19:45 ID:???
 その異物───砂糖でできたサンタの横に鎮座ましました物体を、柊は恐る恐る指差して問う。
 ぱっと見の格好は、隣のサンタと同じなのだが───まず、色が違う。
 帽子とか服とか、全体的に黒っぽくて、しかも、なんかおなかの辺りがテレビで見たことのある『ぼでぃびるだー』とかいうのみたいに割れている。顔も、ピーターパンのフック船長みたいに片目が黒い丸に隠されていた。
 お姉さんは良くぞ聞いてくれましたといわんばかりに、
「黒サンタよ。───もともと、サンタクロースって、いい子にご褒美をあげる赤サンタと、悪い子に罰を下す黒サンタがいたんだって」
「………へ、へぇ………そうなんだ………」
 にこにこと楽しげに説明してくれるのに、柊としては引きつった笑いしか返せない。───そんな恐いのをケーキに載せるセンスとか、それ以前にちょっとアレなデザインに。
「お母さんの見本のまんまじゃオリジナリティーがないから、作ってみたの。かわいいでしょう?」
 柊の笑顔が完全に凍る。───これが、かわいい?
 柊の感覚では、これはどう見ても『かわいい』と称せるようなものではない。
 しかし、このお姉さんのケーキの見本のためにおばさんがあのサンタを作り、それがくれはのケーキにもらえたわけだから───なんだか、ここで正直に「かわいくない」と答えるのは許されない気がして、
「………そ、そぉ………だ、ね」
 そう、搾り出すように答えた。───おそらく、これが彼の人生で初めて口にした、『お世辞』というものだったろう。
「だよねっ! 太郎くんも喜んでくれるといいなぁ〜」
 うきうきという彼女には悪いが───柊は、その『たろうくん』に深く同情した。
 そのケーキを箱にしまった彼女と一緒に店の方まで戻って、おばさんからおつりを貰って店を出た。
 降り注ぐ白いものを見上げて───柊は、なんとも複雑な思いを振り払う。
 ───くれはが、待ってるんだ───
 今優先されるのは、彼女にこのサンタのケーキを届けることだ。
 あのちょっと不気味な物体が載ったケーキを食べさせられるだろう『たろうくん』への同情は後回しに、柊は赤羽神社へと駆け出した。


734NPCさん:2008/11/08(土) 12:22:20 ID:???
間に合うかな、支援
735三倍返しとサンタクロース:2008/11/08(土) 12:22:34 ID:???
「───くれはー!」
 大声で呼ばわりながら、石段を駆け上がる。
 くれはは、柊がここから駆け出した場所で動かず待っていた。───身体に雪を積もらせて。
「………さむい」
「バカ! なんで雪つもったままにしてるんだ!」
 雪を払ってやりながら叫べば、くれははきょとんとした表情で答える。
「だって、ぜったいうごくな、っていったから」
 確かに言ったが───雪のかからない場所に動くくらいは構わなかったのに。
 あんまりにも素直な幼馴染に溜息をつきながら───柊は、手にした箱を彼女に突き出した。
 きょとんと箱を受け取った彼女に、柊は自分がしていたマフラーを巻いてやってから、一緒に雪のかからない賽銭箱の横へ移動した。
「───はわぁ〜!」
 膝の上の箱を開けて、くれはは感激したような声を上げる。
 きらきらした目でケーキを見つめる彼女に、柊は何となく恥ずかしくてぶっきらぼうに言う。
「ほら、見てないで食えよ」
「うんっ!」
 彼女は素直に頷いて、箱についていたフォークでケーキを一口。
「───おいしい!」
736NPCさん:2008/11/08(土) 12:23:22 ID:???
頑張れ、支援
737三倍返しとサンタクロース:2008/11/08(土) 12:23:57 ID:???
「そっか、よかったなぁ! ───ほら、そのサンタ、それも食えるんだぜ!」
 満面の笑みを浮かべるくれはに、本当だったらそこにいなかったはずのサンタを示して、柊は言う。
 くれはは、じっ、とそのサンタを見つめて、
「───もってかえる、もったいないもん!」
 その言葉に、初めてのサンタが本当に嬉しかったのだとわかって、柊も嬉しくなる。
 と、くれはは改めて箱の中を見て、ふと気づいたように言う。
「………ひいらぎのぶんは………?」
「───おれはさー、ガマンできなくて、とちゅーで食っちまったんだよ」
 ははーっ、と気を使わせたくなくて笑って誤魔化す。───自分は、明後日家で食べれるわけだし。
「きにしないで、ほら、食えって!」
 そう言えば、彼女はこの上もなく、嬉しそうに笑って───
「ありがとぉ、ひいらぎ!」

 ───転んで膝を擦り剥いた。何か夢に見そうな変な黒いものを見ちゃった。家に帰れば罰掃除が待ってる。貯金を使ってしまったから、くれはの誕生日に“三倍返し”するため、これまで以上にお金を貯めなくちゃいけない。───大変なことがたくさんだけど。
 それでも───

 この笑顔と言葉で、その大変なことの分も帳消しだと、柊は思った。


 ちなみに───彼女が彼の秘密を知って、その秘密を盾に毎年クリスマスケーキを奢らせるようになり、彼がこの時の彼女の素直さを過去の遺物のように思い返すようになるのは───まだ、彼も彼女も知らない、ほんのちょっと先のお話。


Fin
738NPCさん:2008/11/08(土) 12:24:17 ID:???
もいっちょ支援
739NPCさん:2008/11/08(土) 12:24:55 ID:???
ファイトだ、支援
740NPCさん:2008/11/08(土) 12:25:10 ID:???
ぜぇぜぇ、支援
741NPCさん:2008/11/08(土) 12:25:52 ID:???
いけるかな?支援
742NPCさん:2008/11/08(土) 12:27:31 ID:???
だ、だいじょぶかな?支援
743NPCさん:2008/11/08(土) 12:35:00 ID:???
つーか誰か!新スレ!俺無理だから!
744三倍返しとサンタクロース
………ぐおぅっ!“三サン(略称)”はこれで終わりですっ………(喀血)
支援、ありがとうございましたっ!(感涙)

ううう、ちみっこを可愛く書けないようっ! っていうか、ただの小ネタの集合体みたいな話になってしまった。
………え? ゲスト? ………わからない方は、2ndの基本ルルブのP227を見ていただければ(笑)

うーん、何かスランプだー………いや、もともと大したことないんですが、話を紡ぐのにすごい手間取る………
何か、このまま二次書き引退しそう………ううぅ………(<どんだけ凹んでんだお前は)