1 :
NPCさん:
ここは自分が遊んだ卓上ゲームのプレイレポートやリプレイ、卓上ゲーム同士のクロス、
公式キャラやリプレイのSSなど卓上ゲームに関係する文章作品を総合的に扱うスレッドです。
・不要な荒れを防ぐ為に、sage進行で御願い致します。
・次スレは
>>980を踏んだ方、若しくは480kbyteを超えたのを確認した方が宣言後に立ててください。
・801等、特殊なものは好まない人も居るので投下する場合は投下前にその旨を伝えましょう。
・各作品の初投下時は、元ネタとなるゲーム名も一緒に書き込んでもらえると助かります。
・内容が18禁の作品は投下禁止。 相応しいスレへの投稿をお願いします。
前スレ
卓上ゲーム板作品スレ
http://game14.2ch.net/test/read.cgi/cgame/1054980691/
2 :
NPCさん:2008/03/07(金) 15:17:36 ID:???
前スレが立つこと、早4年と9ヶ月・・・ よく落ちずに持ったものだ
3 :
NPCさん:2008/03/07(金) 15:24:19 ID:???
卓上板だからなぁ……
>>1乙。
えーと。前スレラストの話書いた者ですが、残り容量が怖くて書けなかったこと。
・勝手に捏造話書いてごめんなさい王子。
・一応、年齢的には柊・くれは小学6年。アニメの誕生日を参考にしたのでまだ11歳。
青葉は小学2年生です。
・書いた動機は柊→くれはものってないよなーとの考えから。
・あれがラブなのかは読んだ方の判断に任せます。
・前回「夢物語」の感想を下さった皆様本当にありがとうございました。書くための心の糧です。
ありがとうございました。
4 :
NPCさん:2008/03/07(金) 15:50:01 ID:???
5 :
NPCさん:2008/03/07(金) 17:35:29 ID:???
6 :
NPCさん:2008/03/08(土) 00:14:39 ID:???
前スレにお疲れ様。それから>1にも乙。
…このスレもひっそり賑わってくれるといいんだが。
7 :
NPCさん:2008/03/08(土) 10:27:50 ID:???
このテンプレっ
コテハンネタは放逐っ
書く事は許されないっ
出す事は許されないっ
そんな意味っ……。
8 :
NPCさん:2008/03/08(土) 12:23:33 ID:???
9 :
NPCさん:2008/03/08(土) 17:31:22 ID:???
逆に考えるんだ。
18禁だからこそテンプレから外したんじゃないだろうかと考えるんだ。
10 :
NPCさん:2008/03/10(月) 18:13:26 ID:???
そういや、21禁から18禁に変わったこととか未だに知らん人もいるらしいね>BBSPINKカテゴリ
11 :
NPCさん:2008/03/12(水) 17:39:20 ID:???
ひっそり500kb越えか
この板では始めて見た
>>1乙
12 :
NPCさん:2008/03/14(金) 21:52:09 ID:???
13 :
NPCさん:2008/03/15(土) 00:16:52 ID:???
今更だが、即死判定ってあったっけ?
14 :
NPCさん:2008/03/15(土) 03:17:07 ID:???
カッスロの2スレ目は落ちたっぽいから、一応あるんじゃね?
15 :
NPCさん:2008/03/18(火) 18:38:55 ID:???
そういえばそんなゲームが出ると思ってた時期もあったなぁ。
16 :
NPCさん:2008/03/18(火) 20:26:28 ID:???
ああカッスロか、カックロかと思った
あれはパズル板の範疇か
17 :
NPCさん:2008/03/24(月) 15:59:55 ID:???
保守がてら願望を。
誰かARAハートフル組で誰か書かんかのう。
ファム×ヴァリアス、カミュラ×カッツの恋愛模様なんて大好物なんだが。
(ファム×ヴァリは萌え的に、カミュ×カッツは下僕的に)
どうでもいいが、中原の支配者たる覇王≠フ子孫で後継者の「ファムリシア」、
神々に愛されし大賢人<Vェフィールド本人の「カミュラ」、
銀の<Pセドと大聖人<泣Lアノスの子供の「ヴァリアス」と比べて
ただの戦災孤児=uカッツ」のなんと貧弱なキャラ背景か……
次巻で 記憶を紡ぐものブルギニオン に連なるものって設定が生えたりするのだろうか。
18 :
NPCさん:2008/03/25(火) 15:30:33 ID:???
カッツの相手はイエミツしか思い浮かばない俺は以前見たSSに影響されすぎてる…
19 :
NPCさん:2008/03/29(土) 00:44:48 ID:???
保守がてらに質問を。
基本リプレイ読みです。
ARAルージュでガーベラSSを作成中なんですが、神竜を倒した時点で
ドラグーンスキルに差し支えは無いんでしょうか?
リプレイの説明で、古代竜の加護うんぬんとあったので。
それに付随して。
もし加護を失ったとして、ケテル辺りと再契約(?)は可能でしょうか?
20 :
NPCさん:2008/03/29(土) 09:22:45 ID:???
ルール的にはそうした制限は無い。ドラグーンが古代竜に刃向かってもいいし、アンチ神殿なトランが
アコライトスキルを使ってもデータの上では問題無い。
もちろん物語としてそうしたドラマを作りたいと言うならそれはそれで制限されない。
21 :
NPCさん:2008/03/29(土) 17:01:37 ID:???
ドラグーン自体、何かの加護がないとなれないってわけじゃないしなあ。
ドラグーンになればそういう力が手に入るってだけで。
ガーベラと言えば、某所のクリス×ガーベラSSを見たが、良かったなァ。
最終話後にクリスがノエルに煽られてガーベラに求婚するという。
22 :
NPCさん:2008/03/31(月) 01:57:46 ID:???
>>20-21 19です。回答ありがとうございます。
制限がないならば助かります。
>>21 エイプリルがプロポーズの練習相手になる話でしたら、
私が書いたものかも。
あれの続きで、もう一つ作ろうと思っています。
これからプロット作成です。
23 :
NPCさん:2008/03/31(月) 02:35:15 ID:???
24 :
NPCさん:2008/03/31(月) 09:25:09 ID:???
あんただったのか。これはwktkせざるをえないw
25 :
NPCさん:2008/04/01(火) 00:45:44 ID:???
>22
本人かよーーーーッッ!ww
くそ、それは期待せざるを得ない。
26 :
NPCさん:2008/04/04(金) 16:46:21 ID:???
保守
27 :
NPCさん:2008/04/06(日) 02:25:21 ID:???
なんとこんなスレがあったとは・・・・・・でも今更エロパロ意外書く気力ねえよ。
28 :
NPCさん:2008/04/06(日) 11:48:54 ID:???
なぁに、そのうちエロ以外も書きたくなってくるもんさ。
29 :
NPCさん:2008/04/06(日) 14:21:06 ID:???
ここって、卓ゲ関係ない作品のキャラが卓ゲの作品世界に迷い込んだ小説とかでもいいんですかね?
30 :
NPCさん:2008/04/06(日) 16:14:59 ID:???
ふさわしい板とかありそうだけど
どうせ過疎ってるし別に構わないんじゃね?
31 :
NPCさん:2008/04/06(日) 20:33:14 ID:???
初代スレで、TGC対戦を扱った青春モノがあったから
セーフだとは思う。
ただ、そのキャラのクロスSSスレ等があったら、そちらに
投下した方が反応がいいかも。
そのキャラ次第じゃない?
32 :
NPCさん:2008/04/06(日) 21:07:49 ID:???
>>23-25 どうも、22です。
リプ読み専門でしたが、観念してルールブック・上級・リインフォース・
アイテムガイド・トラベルガイド・エネミーガイド購入に踏み切りました。
(さらば、還付金!)
現在、一部が注文済み状態で、発送待ち。
そんな訳で、気長にお待ち頂けたら幸いです。
33 :
NPCさん:2008/04/06(日) 23:16:07 ID:???
>>32 乙、ってマジかよ!?
合計一万二千円弱じゃねえか…ともあれ新作、首を長くしてお待ちしておりますw
34 :
NPCさん:2008/04/07(月) 19:51:53 ID:???
>>29 卓ゲ同士のクロスはあったような……>前スレ
そこが独自にクロススレを持たない話なら別にいいんじゃね?規約に書いてないし。
35 :
NPCさん:2008/04/17(木) 23:58:15 ID:???
プロットは完成。
とりあえず、今回は出来た所まで。
忙しくて敵いません。GWに続きを書き溜めします。
元ネタ作品:アリアンロッド・リプレイ・ルージュ
時間軸:後日談の更に後日談
登場メイン:ガーベラ
注意:
「アリアンロッド・リプレイ・ルージュ」、「ノエルと白馬の王子」「魔を貫くもの」
の内容を含みます。未読の方はネタバレにご注意ください。
また、このSSは「クリスと翡翠の騎士」の続きに当たり、その前提での内容です。
詳しくは、卓ゲ地下スレ保管庫の収録をご覧下さい。
神聖ヴァンスター帝国の神殿には、三人の騎士団長が存在する。
その内、最も年若い聖騎士は叙任から一月も経たず、結婚という慶事を迎えようとしていた。
続けざまに人生の幸福を満たす若者に関係者は祝福を述べたが、その婚約者が麗しい美貌の
持ち主と知って心から羨望の声を上げた。
この美しい恋人もまた騎士であり、その剣腕は神殿の筆頭騎士にも引けを取らないという噂
である。
勇気を奮って二人に真偽を伺う者も居たが、
「私はガーベラに泣かされっ放しです。これも惚れた弱みでしょうね」
「あたしはクリスさんのギルドと何度か戦いましたが、一度も勝てませんでしたよ」
それぞれの発言に、却って謎を深めて困惑している。
「でしたら、お二人の夫婦喧嘩はさぞかし大変でしょうね」
意地の悪い者が反撃を試みたが、二人は笑って異口同音にこう答えたという。
「夫婦喧嘩なんて有り得ない。あったとしても、許しを請うのは自分の方でしょう」
己の発言を二人は信じていたし、また相手も同じものと望んで疑わなかった。
新たに式を上げるファーディナント夫妻とは、このような人たちである。
ある意味、お似合いの二人であったと言えよう。
「アリアンロッド・リプレイ・ルージュ」より
みっしょん10「ガーベラと薔薇の武具―――Gerbera II 」
聖騎士団長クリスとガーベラの挙式は、聖都ディアスロンドにて行われた。
その地で静養していた新婦側の知人、薔薇の巫女ノイエの体調を気遣ってのものだ。
また新郎側の友人エイプリルは神聖ヴァンスター帝国の逃亡者であり、彼女の出席にも都合
が良かった為、ガーベラの提案にクリスも異存はなかった。
彼の悩んでいた最大の問題は、場所ではなく招待者である。
神殿関係者と悪の秘密結社ダイナストカバルの幹部が同席するという前代未聞の式。
一時は難色を示す神殿関係者により一触即発が心配されたが、新郎の先輩騎士の「俺に恥を
かかせる気か?」という鶴の一声に沈黙。
無事に粛々と式は進められた。
やはり主役は花嫁である。
その点、新婦ガーベラは、出席者たちの目を驚かせる美しさであった。
イジンデルの村でクリスと婚約して以来、伸ばし続けている金色の髪は肩口まで届き、より
女性らしい印象を強調している。
翡翠色の瞳は感慨に潤み、紅を差した唇は絶えず笑みの形を浮かべていた。
白い肩を露わにした真珠色のウェディングドレスが、均整の取れた身体に実によく似合う。
長手袋に通した右腕を新郎の腕に組み、慎ましく身を寄せた淑やかな姿は、衣装の最終調整
を抜け出し、新郎の居る帝国の神殿まで駆け込んだ行動力の人とは、とても見えない。
常ならば新郎は祝杯攻めに遭うものだが、酒瓶を手にした皆、隣に居る花嫁に笑顔を向けら
れると鼓動を早め、自身が野暮天になった心地で祝辞のみで切り上げていた。
無論、花嫁に他意はなく、己の笑顔の威力を知らなかったと断っておく。
この式は、花嫁以外にも参席者に華があった。
ご多分に漏れず、美しい華には虫が寄るものである。
新郎クリスの友人という赤いドレスを着た女性は、豊かな金髪にスミレ色した瞳の麗しい容
姿であったが、漢らしい物言いで声を掛けた者を唖然とさせ、見事にあしらっていた。
彼女の連れはローズピンクの衣装の、栗色の髪と緑の瞳をした可憐な少女だ。
少女は声を掛けた人間の後をふらふらと着いて行きそうになり、その度に連れの女性から肩
を掴まれて保護されている。
赤いドレスの女性はエイプリル。
少女は勿論、ノエルである。
「此処は舞踏会じゃないぞ。いい加減、気安く男の誘いに着いて行くのは止めろ」
「……ううっ! わ、分かりました。今度は絶対に騙されませんよっ!」
「たぶん、相手は騙したつもりは無いと思うぞ……」
ちなみに、このやり取りは本日で十五回ほど再現されている。
ノエルの気合いに頬を歪ませるエイプリル。
そんな彼女にグラスを盆に載せた給仕姿の男性が声を掛けた。
「お疲れ様です。冷たいものでも如何ですか?」
「レントさんっ!?」
魔術師姿しか見せたことない銀髪の男に驚くノエルと違い、エイプリルはため息をついた。
「やっぱりアレは、オレの見間違いじゃないんだな」
料理や飲み物をこの式の給仕たちは、仮装大会にも出てきそうな裏方じみた黒覆面である。
レント同様、給仕服を着ているが、どう見てもダイナストカバルの戦闘員であった。
「招待状の端に仮装可と書いてあった時点で、怪しいと思っていたんだが……」
「全ては大首領の出席を可能にする為。神殿の関係者が参加する中、素顔を晒す訳にはいけ
ませんから。ですが、神殿側にも都合の良い方が居たようです」
レントが視線で示す先には、目元に仮面を着けた老人がいた。
仮面の上に鎮座する豪快な眉毛――ディアスロンドのハーヴェイ教皇である。
流石に膝元の聖都で、神殿のトップが悪の秘密結社と同席とは聞こえが悪い。
あくまで個人としての非公式の参加である。
その傍らにメイドの格好をしたアルテアが近づいた。
「ようじはないか!」
ハーヴェイが断ると、彼女は次の招待客へ同じ質問を繰り返す。
その様子に懐かしい記憶を呼び起こされて、ノエルが小さく笑い声を上げた。
式もたけなわとなり、次の砕けた宴へと移すべく一旦締める様子だ。
新郎新婦が出席の礼を述べると、周囲が口づけを促して囃し立てた。
皆の目の前で二人が恥ずかしそうに、ゆっくりと優しく唇を交わす。
祝福の歓声を受けて、照れながらも二人が嬉しそうに顔を綻ばせた。
「二人とも幸せそうだな」
「はいっ!」
「幸せが続くと良いよな」
「……エイプリル?」
何だか歯切れの悪い発言に、レントが訝しがる。
「オレは帝国では指名手配の身で逃亡者だからな。これは旅先で聞いたんだが……」
目線は本日の主役二人に向けながらエイプリルが囁く。
「四大秘宝の一つ、神槍ブリューナクの遺跡は本当の話か?」
「あたしも聞きました。高位の魔族を封じていた神槍はある冒険者たちが手に入れたものの、
神槍は一本だけではなく、高位魔族の数だけ他にも存在しているとか」
「誰に聞いた?」
「お父さんです」
「………………」
ノエルの発言に一同が沈黙する。
彼女の実父は大首領であり、組織の同盟者として魔族との交流もあるという。
情報の信憑性は高いと言えた。
「エイプリルさん。それが二人の幸せと何か関係あるのですか?」
「ヴァンスターで他の高位魔族が動いていると、裏の世界では情報が流れている」
「えっ……で、でもっ……!」
「継承者殿、クリスはヴァンスター神殿の聖騎士団長です。魔族が動けば、クリスは職務と
して必然的に対処する立場です」
「…………っ!」
レントの補足で理解してノエルが絶句する。
立ち竦む彼女の頭に、エイプリルが優しく掌を乗せた。
「大丈夫だ。いざとなったら俺達がいる」
手の温もりに俯いたまま、こくんとノエルが了承を示す。
「レント」
「ええ」
エイプリルに応えて、レントもまたノエルに告げる。
「神殿の犬を応援するのは癪ですが、その花嫁はかつて我らの好敵手です。彼女の幸せの為、
組織でわたしも魔族の動向に注意しておきましょう」
「ああ、クリスは兎も角、花嫁が不憫だからな」
いつもの如く、悪し様にクリスの身を案じない二人の発言。
真意とは正反対である仲間の約束に、ようやくノエルが笑みを浮かべた。
周囲の歓声と拍手に、頭を下げて応える二人を見ながら、彼女は心の中で願う。
どうか、幸せなお二人の平穏が続きますように。
夫に手を引かれ退陣する花嫁がノエルの視線に気づき、左手を振って顔を綻ばせる。
笑顔を返したノエルの心から、自然と不安が消えていた。
/ / /
ファーディナント夫妻の挙式から三ヶ月が過ぎた。
二人はヴァンスター街の南中広場に近い住宅を借り、甘い新婚生活を送っている。
その間、神聖ヴァンスター帝国領内では、ヴァン山脈に於いて次々と神槍ブリューナクを
納めた遺跡に通じる転送ゲート発見され、帝国住人の注目を集めていた。
当初、ある噂が巷間に流れた。
神槍は高位魔族を封じる武具であり、その数は一つではないと。
遺跡から探し出した神槍を神聖皇帝ゼダンに献上し、褒賞を得た冒険者ギルドの数が増える
につれ、噂は真実として世間に認知された。
しかし同時に、ある真実にも気づいた人々が囁き始めた。
ならば世界には神槍の数だけ、強大な高位魔族がいるのではないか?
憶測は確かな恐怖となり、無責任な噂を尾ひれにつけて人々に伝播した。
時には不安に駆られた者が事件を起こし、好機と見た犯罪者が便乗して暗躍する。
それを見た無責任な者たちは、事件を遺跡から復活した魔族の仕業だと騒ぎ立て、更に多く
の民衆の不安を煽った。
こうなると悪循環である。
事態を重く見た皇帝は負の連鎖を絶つべく、ヴァンスター神殿に人心の回復を申し付けた。
噂の発端が冒険者にあるとして、許可の無い者の立ち入りを禁じた遺跡封鎖と、神殿による
単独調査を命じたのである。
こうして三つの神聖騎士団の内、二つが治安回復と遺跡管理に当てられることになる。
結果クリスの率いる騎士団が遺跡管理を担当し、その内30人が遺跡の調査を兼ねてヴァン
山脈の転送ゲートへと赴くことになった。
42 :
ガーベラと薔薇の武具 07:2008/04/18(金) 00:20:11 ID:OB2ga39j
遺跡の迷宮では、騎士団という大所帯は却って身動きが取れない。
先ずはクリス率いる30人が取り組み、二週間後には新たな30名が到着して交代を行う。
以下、同じように新たな組が……と休養を挟んで次々にローテションを計画した。
本来なら迷宮調査には冒険者の手を借り、メイジやシーフといった技能者を同行させるのが
最良であったが、皇帝の命により神殿のみで調査しなければならない。
冒険者として経験のあるクリスは迷宮が深い場合を考え、各騎士の負担と期間を減らすべく
このような苦肉の策を取ったのだ。
また計画の影には、有事に備え帝都の神殿に兵力を温存する目的もあった。
公務とあっては仕方が無い。
以上の事情により、ガーベラは夫の居ない二週間をノイエの元で過ごすことにした。
当初ガーベラは妻として留守を守り、帰りを待ち続けるつもりだったのだが、新妻を独り
寂しくさせる申し訳なさから、クリスの方が懇願したのだ。
夫の心遣いに感謝しつつ、ガーベラは快く承諾をした。
聖都ディアスロンドの街外れにある、農地と森に近い並木通りの一角。
そこに在る落ち着いた小さな古い屋敷が、現ノイエ夫妻の住居である。
本来はノイエの静養の為にと教皇が商家から借り受けた別荘だったのだが、ノイエ自身も
療養中この家を気に入り、持ち主の許可を取って管理人として住み続けている。
最近ノイエの夫も地域住民に愛される組織の長として運営に忙しく、同じく不在がちな夫
を待つ身として、クリスの提案は渡りに舟であったらしい。
神竜との戦い後、ガーベラも主に付き添って同居していたのだから、あたかも嫁に出た娘
の里帰りである。
クリスの出発を見送って三日後、家の中を片付けて戸締りを確認すると、ガーベラは了承
の手紙と共に送られてきた転送石を用いて、ディアスロンド神殿へと移動。
その後、乗り合いの馬車に揺られて目的の屋敷の前に到着した。
ゆったりと裾の長い白い衣をまとった女性が、背を向けて庭で薔薇の手入れをしている。
結っても背中まで届く、豊かな栗色の髪を見てガーベラが微笑む。
微かに流れる小さな鼻歌に、時おりパチンと合いの手を入れる花鋏。
ガーベラが門まで歩み寄ると、気配を察したのか歌い手が作業を中断して振り返った。
左手の花かごには、切り取ったばかりのピンクと白の薔薇。
本日ここに訪れる客人を歓待する為に、手ずから用意する心遣いと人柄が懐かしかった。
「ご無沙汰しております、ノイエ様」
「いらっしゃい、ガーベラ。あなたの顔を見れば、幸せに過ごしていると分かりますよ」
「ノイエ様の方こそ、お顔の色が良くなりましたね」
「ええ、最近は逆に時間を持て余している始末よ。だから、あなたの到着は楽しみだったわ。
じゃあ、妬いて上げるから、新婚の奥様の話を聞こうかしら?」
「……どうか、お手柔らかにお願いします」
かつての主従であった二人の婦人は、平穏の日々による再会を心から喜んだ。
44 :
NPCさん:2008/04/18(金) 00:21:57 ID:???
一応支援とか入れてみる
45 :
NPCさん:2008/04/18(金) 00:35:17 ID:???
今回はここまで。
まだ同じ量の続きを書いているのですが、コチラは改行や文字数の制限が
きつくて投稿しづらい……。
(地下だったら、半分のスレ消費で済みますね)
スレの過疎が勿体ないなと思い、18禁パートだけ地下に分離すれば良いかと
考えていましたが、続きは地下に上げようと思っています。
とりあえず、あちらで良い作品がフィナーレを迎えようとしているので、邪魔しない
ように完結されてから、残りを投下するつもりです。
勝手ですが、どうかご容赦ください。
46 :
NPCさん:2008/04/18(金) 06:30:25 ID:???
GJッ、だが、保管どうしよっか。
地下へ来るんだったらこれ保管所に転載しちゃってもいいべか。
47 :
NPCさん:2008/04/18(金) 23:53:55 ID:???
はい、喜んで。
よろしくお願いします。
48 :
NPCさん:2008/04/19(土) 00:02:56 ID:???
了解、せんくー
49 :
NPCさん:2008/05/16(金) 14:58:22 ID:???
ほしゅ
50 :
NPCさん:2008/05/20(火) 01:38:00 ID:???
ほしゅ
感想と一緒にコソーリ投下。SSにもならんミニエピ。
***
微かに、少女の口元がゆがんだ。本当に久しぶりの・・・・・少女自身忘れていたと思っていた、微笑み。
「そうだね・・・雰囲気、違うよね。以蔵とは」
その視線の先には、白学生服の少年がコンクリート床に転がり寝息を立てている。
「でも・・・昔は、あんなふうにふざけてたね。もうずっと前だけど。
やっぱり、無理してた?ごめんね、気付いてあげれなくて。」
足音を殺して歩み寄って。
「これからは勇って呼んだほうがいいんだよね。でも・・・もう一回だけ、言わせて。
おかえり、以蔵・・・」
やはり忘れかけていたはずの涙がこみ上げるのをこらえ、少女はそっと部屋を抜け出した。
口には出さずに呟く。
”紅葉さんのためには、国見以蔵だったほうがよかったのは、分かってたんですけどね”
そう呼ばれていた記憶は、断片的で、どこか実感がともなわない。
”無理・・・してたのかな?”
言われてみれば苦笑するしかなかった。
”でもやっぱり、呼ばれたくないなあ”
記憶を持ったまま出会っていれば・・・多分憎むしかなかったろう。
<紅葉を傷つけた世界>に彼女を残して逃げるしかなかったもう一人の自分のように。
忘れていたから、なんとか許せていたのだ。
<ヒーローになっても、紅葉を守りきれなかった以蔵>から逃げ出した自分は。
どんなに無様でも、無知でも、自分自身ともみじからは逃げ出さないその名の少年を。
”もう二度と、この世界からも、国見勇からも、逃げない−だから”
「ごめんね、それから、ありがとう。これからよろしく。」
***
ストライク3、紅葉が勇とわりとなじんでる事、及び6話の引っ越し当時のエピソードから、
根っこは同じなのが、紅葉の前でリアルヒーローになることに突っ走っちゃったのが
エンドラインの国見以蔵だったんじゃないかという感想より。
ところでSSとは関係ないが、多元時空を収束させるのがもみじ(&紅葉&マーヤ)の能力なら
その存在ゆえに、ストライクとエンドラインが似てるという可能性もあると。
ならば、独自性で拡散させるのがモルガン、とも考えられるのでは。
そうするとそこに沙織がきたら、萌え属性は別として最強ですな、こいつら。
53 :
NPCさん:2008/06/17(火) 01:21:46 ID:???
ほしゅっとけ
54 :
NPCさん:2008/07/03(木) 12:13:11 ID:???
保守?
55 :
NPCさん:2008/07/14(月) 00:44:20 ID:???
スレ保守がわりに、かつてボツにしたネタでも。
暇を見つけて作成の鈍行投下ですので、悪しからずご了承ください。
元ネタ作品 : ナイトウィザード
登場メイン : とある侵魔
勘の良い方なら、早い段階でネタに気づくと思いますが、どうか指摘する
ことなく、最後まで温かく見守って頂けたら幸いに思います。
頬を打つ冷たい雨で目覚める。
目を開けば、深い森の木々が切り取った灰色に濁った小さな空。
見知らぬ土地で敵と遭遇し、撤退の転移と相手の攻撃が同時に重なった結果、制御を離れた
力に放り出され、現在地も分からぬまま倒れていた始末だ。
自身の損傷を確認するまでも無く、激しい痛みで再び意識に霞がかかる。
かすれゆく認識の中で、雨音に交じって濡れた木の葉を踏む足音が聞こえた。
所詮、敵に捕捉されるか、損傷で死が追いつくのかの違い。
無感動に考えながら、それは自らの意識を手放した。
※
侵魔と呼ばれる存在がある。
超至高神に反逆した古代神とその眷属の流刑地、裏界に住まう者たちの総称だ。
上は魔王から実力に応じた爵位階級があり、最下層は名も持たぬ侵魔である。
今から語る侵魔も、かつては古代神に創り出された存在ではあったが、名前が無かった。
存在自身でもさしたる思い入れを持たなかったが、初めて赴いた人間界で“エミュレイター”
と呼ばれ、名前という法則を知った。
以降、それはエミュレイターの頭文字を取り“E”と名乗っている。
あくまでも便宜上の手段として。
これはEの心の底に埋もれた、遥か遠い記憶の断片――――そんな物語である。
※
沈んでいた意識が浅瀬に浮かび上がる。
今度の目覚めは冷たい雨の感触でなく、薪が炎に爆ぜる音。
揺らめく炎の照り返しを受ける、質素な藁ぶきの天井が目に入ってきた。
家屋というよりも家畜小屋に近い、雨露をしのぐだけの薄汚れた建物の中で、Eの身体には
申し訳の程度に布団代わりのムシロが掛けられている。
記憶の混乱を避けるよう、自身の前後を思い出して整理する。
人間界のとある国で侵魔とウィザードの緊張感が高まる最中、下位の侵魔の悲しさで大局を
知ることなく、Eは物見遊山の気分でこの地を訪れていた。
魔王級の侵魔が広域の月匣を展開する地で、安心し切っていた油断。
一時的に占拠したとはいえ、ここは人と魔の戦いが確定した先端なのだ。
運悪くウィザードの一団と遭遇し、命からがら逃走を試みるも重傷を負った次第である。
一つ一つ自分の行動を思い返し、Eは当然の疑問に思い至った。
ここは何処なのだろう?
身を起こそうとして走った激痛に硬直し、倒れ込んでまた新たな痛みに悶絶をする。
その騒動を聞きつけたのか、扉すらない家屋の入り口に人の気配が生じた。
痛みに耐えながら半身を起こす。
粗末な小屋の入り口に、小さな少女が壁に手を着いて佇んでいた。
ぼろ布に等しい酷く汚れた粗末な衣服をまとい、腰まで長い黒髪は余り手入れをしたことが
ない無造作さが見て取れる。
明らかに貧困に喘ぐ下層の存在で、容姿は平凡なありふれたもの。
疲労めいた影の雰囲気を持つ中、伸びた前髪から覗く、Eの身を案じる優しい瞳が印象的だ。
少女は片足を引きずりながらEに近づいてくる。
それは片足に怪我や障害を抱えた不自由なものだが、歩みからは長年の付き合いが伺えた。
Eと一定の距離を置いた場所で、少女は腰を下ろして正座する。
「……キミがボクを助けてくれたのかな?」
Eの問いかけに、少女は口を引き結んだまま首を縦に振った。
口を利いてくれないとは、やはり警戒されているのだろうか?
簡単な質問を何度か投げかけるが、少女は黙して首を縦や左右に振るばかりだ。
ふと思い当たり、Eは問いかける。
「もしかして、キミは口が利けないのかい?」
申し訳なさそうに、ゆっくりと首が縦に振られた。
鈍い自身に苦笑しながら、Eが少女に近づこうとすると、彼女は狼狽して後ずさった。
気にはなっていたが、どうも少女の様子が変だ。
彼女に瞳を合わせて思念を探り、真意を知ってEは噴出しそうになるのを抑える。
少女はEを神に類する美しきものとして畏まっていたのだ。
こちらの世界でのEの姿は、背中まで流れる金色の長い髪に白い肌、青い瞳の麗人である。
時代に合わせてまとった貫頭衣が、その美貌には巫女さながらに似合っていた。
下位の侵魔は実体を持たない不定形な精神体であり、人間界の物質や生物に取り憑くことで
怪物として具現化する。
Eは古代神に創られた古き存在ゆえ、長い年月の末に自身を具現化するに至っている。
もっともEの戦闘能力は低く、後衛向きである為に便利性から人型を取っていた。
裏界ゆえに身近には人型のモデルが居らず、Eは魔王たちの姿を参考にしたのだが、それは
人間界の基準では高い美貌に当たる。
もちろん、美とは表向きの形だけでなく、気品や内に宿す魂があって完成するのだが、ただ
の人間から見れば十分な資質であろう。
茶目っ気を出して、Eは思念を通じて彼女の心に告げた。
<……助けてくれてどうもありがとう>
途端、驚愕して少女が髪と同色の黒い目を見開き、“やはり、神さまだった!”と感嘆の思念
を伝える。
戦闘能力が低く後方向きであるがゆえに、Eはこうした能力を持っている。
声無き者の思念を聞くなど簡単な部類だ。
試したことはないが、その気になればヒト以外の生物とも意思疎通が出来るかもしれない。
<残念ながら、神さまではないけどね。まぁ、その使いみたいな下の者だ>
かつての古代神が上位なのだから、ある意味で嘘はついていまい。
実際、Eはクラス的には「使徒」と呼ばれる存在である。
しかし少女には、神とそのしもべは同義語であったらしい。
畏怖と尊敬の眼差しで、少女の思念が届く。
“天女さまは、三日間も眠られていたのです。あの、お腹は空いていませんか?”
Eにとっては、人間の食事は余り意味を成さない。
だが、少女に言われて侵魔としての飢えが呼び起こされた。
世界に存在をなす力――プラーナである。
傷を負った身の回復には、何よりも美味な食事だ。
<キミのプラーナを分けて欲しい>
“……ぷらーな?”
<存在の力とでも呼べばよいかな。キミが生きている輝きとか、生命力みたいなものだ>
“生き血のことでしょうか?”
<いや、そういった痛い類じゃないんだ。ちょっと疲れるかもしれないけど……>
手を伸ばそうとすると、彼女の思念から躊躇するのが分かった。
<やはりボクが怖いかい?>
慌てて少女が頭を振る。
“わたしは……汚れていますから……”
少女が長い前髪をかき上げ、片足を横に崩した。
片足のかかとにある腱を切られた白く古い傷痕。
額に付けられた、所有者の示す一つの文字の焼印。
Eの持つ人間界の知識が告げる。
少女は、奴隷と呼ばれる立場なのだ。
粗末な住居や彼女の態度に納得すると同時に、Eは少女へと優しく笑いかけた。
<大丈夫。プラーナは汚れることの無い力だし、キミのはとても綺麗だよ>
“…………っ!”
Eの言葉で真っ赤になる少女が可愛らしい。
距離を詰め、手を伸ばして優しく少女の頭を抱えると、額の焼印に唇をつけた。
身を硬くする少女を微笑ましく思いながら、ゆっくりと微量のプラーナを吸い上げる。
手っ取り早く回復を願いたい所ではあるが、少女の存在を危うくするほど吸い上げて騒ぎを
起こせば、ウィザードたちに気づかれてしまう。
だから時間をかけて、ゆっくりと少しずつ回復をしなければならない。
<……今日はこのくらいで。ありがとう、出来れば、また明日も頼むよ>
身体を離して、安心させるように少女の肩をぽんと叩く。
顔を赤く上気させたまま、こくりと少女が頷いた。
<そういえば、名乗るのがまだだったね。ボクの名はE“いー”。キミの名は?>
“……つぐみ……と呼ばれています”
<つぐみ――か。ふぅん、可愛らしい良い名前だね>
名前に感じた皮肉さを隠し、Eがつぐみに微笑みかける。
つぐみとは日本で冬を越す渡り鳥のことである。
越冬中はほとんど鳴くことがなく、春の渡り直前のわずかな時期にのみ鳴く生態から「口を
つぐむ」の意味で名づけられている。
口の利けない少女を揶揄して、奴隷の主が名づけたに違いない。
現代から千年と数百年を遡った時代。
こうして一体の侵魔は、一人の少女と出会う。
これが悲劇の始まりであることを、この時二人は知るよしも無かった。
62 :
NPCさん:2008/07/15(火) 23:21:59 ID:???
お、なんか投下されてる
続きを楽しみに待つ。
63 :
NPCさん:2008/07/17(木) 15:38:50 ID:???
そんじゃオイラもー。
やっぱりナイトウィザードで申し訳ないが「あるもの」の日記です。
大分捏造入ってるんで、そういうのダメな方はやめといていただけるとよろしいかと思われます。
注:文字変換は故意にやってます。
○月○日
めがさめた。
じぶんの『おや』というひとがたんじょうびおめでとう、といってわらっていた。
なんだかよくわからないけど、そのえがおがきれいだとおもった。
やっぱりよくわからないけど、えがおはとてもたいせつなものだとおもった。
○月×日
なんでも、じぶんはエミュレイターというてきとたたかうためにうまれたらしい。
エミュレイターは、みんなをいっぱいなかせているのだという。
ないているというのは、とてもかなしいことなんだとしった。
なくひとがすくなければいいと、おもった。
○月□日
はじめてエミュレイターをころした。
そのようにつくられたものなのだから、じぶんはそのただしいことをしたんだろう。
そして―――きっと、これからも、ずっと、ころしつづけるんだろう。
わたしが、くだけるそのひまで。
○月△日
やめて。
やめてやめてやめてやめてやめて。
いなくならないで。きえないで。どこかへいってしまわないで。
マスター、いっしょにいてくれるっていってたのに。なんで、わたしはあなたをまもれない。
△月○日
目がさめた。
あたらしいマスターが、わたしをにぎった。
その手があったかくてうれしかった。その手もいつかはなれるのがかなしかった。
ともかく、マスターといっしょに、またたたかう日がつづくんだろう。
△月×日
こんかいのマスターは、まえのマスターよりもずっとわかい。
マスターといっしょにいる人が、わたしのマスターのまもりたい人らしい。
わたしの記憶のなかにも、「星の巫女」とある。
マスターは、「星の巫女」といっしょにいるとうれしそうだ。マスターがうれしいとわたしもうれしい。
△月△日
マスターが、すこしのあいだちがうエミュレイターをたおすために「星の巫女」からはなれるらしい。
これからはしばらくマスターとのふたりたびになるらしい。
それが、すこしだけうれしい。
ごめんなさい、ほんのすこしだけ。
△月■日
また。またまもれない。
マスター、おきてください。あなたは「星の巫女」のところにかえるんでしょう。
なんでわらうんですか。あなたは「星の巫女」をまもるためにいるっていうのに。
わたしは、あなたにつれていってもらわなきゃ、あの人にあやまることもできないっていうのに。
×月×日
目が覚めた。
わたしは、またあたらしいマスターに触れられた。
……この生に意味はあるのか。斬って斬って斬って斬って、さいごにはぜったいにだいじなものを失くす。
つまり、わたしは握った者を殺すだけの剣だということだ。
×月○日
マスターとともにエミュレイターを狩る。
今回のマスターは女性だ。自分の娘である「星の巫女」を守るためにわたしを握ったと言っていた。
前回は、「星の巫女」からマスターを奪ってしまったわたしだ。
罪深いわたしだが、罪滅ぼしだけでもできればいい。
×月□日
マスターが「星の巫女」にわたしを会わせてくれた。
まえの「星の巫女」とはちがう、ちいさな女の子だ。
その女の子は、これまで敵を斬ってきたわたしに触って、きれいな剣だね、と笑っていた。
すこしだけ、うれしかった。この子を守るためにがんばろうと思った。
×月△日
なんでだ。なんでこんな結果しか得られない。
「星の巫女」は「星の勇者」に殺された。
世界を滅ぼす悪魔と言われて、あのちいさな子はなにもできずに殺された。
マスターとわたしはその光景を見ているしかできなかった。
そしてマスターも、わたしをふるって子どもを追うようにその命を絶った。
……そんなのはないだろう。
あの子がなにをした。マスターがなにをした。わたしはまたなにもできず、失った。
わたしのある意味は―――なんだ。
月日はよくわからない
まどろみの中に夢を見る。
何度新たな主を得ただろう。みな、守りたいものを持っていた。
何度その主を失うのだろう。別れの時はいつも唐突だと知っているはずなのに。
主の多くが、「星の巫女」という存在の側にあった。
同じ目的のために何度抗おうとしても、主も「星の巫女」もけして守れなかった。
ならばもう、期待するのはやめにしよう。淡い期待ならば持たぬほうがいっそ楽だろう。
きっと、わたしにはなにも守れない。わたしはただ、斬るためだけに生まれた剣なのだから。
□月×日
目が覚めた。
新たな主がわたしを執った。此度の主は若い男だ。いまだ少年と言っても過言ではない。
今回の主も守りたいものがあるゆえにわたしをとったらしい。
わたしに守る力はないと言ったが、俺の力になってくれりゃいいや、と返された。生意気な小僧だ。さらに言うなら馬鹿だ。
□月□日
主の名は飛竜というらしい。
知らずともいい知識のはずなのだが、どうしても覚えろといってきかない。
しかたがないので覚えることにした。なんでも、名前がないと相手が誰なのかわからないだろう、とのことだ。
相変わらずバカの理論はよくわからない。けれど、悪くはないと思った。
□月○日
驚いたことに、わたしには兄弟がいたらしい。しかも6つも。
今回一同にそろうこととなったが、出会うのははじめてだった。
七人の主と七つの剣で、一人の巫女を守る。
一人ではできなかったはずのことが、今回はできそうな気がしていた。
□月▽日
気づけば、主の周りにはたくさんの人がいた。
たくさんの人が集まれば、一人ではできないことだってできる。
みんな、笑っていた。血を流す戦場で生きているのに、人間というものの生はとても短いのに、彼らはそれでも笑っている。
不思議だ。けれど、その輪の中に自分も存在できることがとても誇らしく思えた。誰かの笑顔を守れていると思える。とても心地いい。
□月◎日
なぜだろうか、とてもとても嫌な予感を放つ女が現れた。
誰も気づかないのだろうか、その違和感に。時折あの女が笑う度に、背筋を怖気が走るのを。
あぁ、気味が悪い。
なぜだか。とてもとても嫌なことが起きそうな気がしていた。これが現実にならないことを祈る。
□月△日
やはり、予感は当たっていたらしい。
あの金髪の女は敵であるらしい。それはいい。よくないけれどどうでもいい。
なぜ。なぜそれをわたしの主が知らねばならなかったのだろうか。なぜその陰謀を砕くために主が仲間を切らねばならなくなったのだろうか。
勝手に自殺でもしていてくれ。主を巻き込まないでくれ。主の人生をめちゃくちゃにしないでくれっ―――!
□月▼日
また、守れなかった。
バカだと思った主は、最後の最後までバカなまま。愚かな選択をして、仲間に殺された。
バカみたいに笑って死んでいった。一緒に笑いあった仲間に怒りをぶつけられながら、嘆きをぶつけられながら、それでも笑って死んでいった。
まるで理解のできない前衛芸術みたいに体中を人とは思えないほどぐちゃぐちゃにされて。それでも意識があるはずなのに痛いなんて一言も言わずに。
―――なんで、こんな目にあわなければならない。世界を恨もうにも、主にそれを止められているのでできやしない。
なんてものを置き土産に置いていくんだ、このバカは。
世界を。貴方をこんなにした世界を。守り続けろなんて、なんて酷いワガママ(のろい)。
主一人守れないわたしに、世界なんて守れるわけがないことくらいわかっているはずなのに。
70 :
NPCさん:2008/07/17(木) 16:15:20 ID:???
とりあえずここまで
実はもうちょっとだけ続くんですが(汗)。後編に続くーってヤツですな。
……頑張ろう俺
71 :
NPCさん:2008/07/17(木) 20:54:35 ID:???
続き気になる。めちゃ気になる。
後編つーか歴代最高のバカの手に握られる本編ですよね?!
72 :
NPCさん:2008/07/18(金) 03:39:25 ID:???
>>71 奴は「歴代最高のバカ」ではない
「 史 上 最 高 の バ カ 」 だ
wktk期待しつつ支援
73 :
NPCさん:2008/07/19(土) 15:25:37 ID:mD1ZH+Ox
age
74 :
NPCさん:2008/08/04(月) 14:59:45 ID:???
私、ま〜つ〜わ〜♪
75 :
日記の中身:2008/08/06(水) 10:15:55 ID:???
>>74 え、マジで?待っててくれたの?(自分のじゃないかもしれんが)
くそぅ、嬉しいこといってくれるじゃねぇか!だったら投下しないわけにゃあいかねーな!(キャラ違う)
まぁそんなわけで「日記」の続きです。
期待せずにお読みください。
☆月×日
新しい主が見つかった。
やはりまたも年若い小僧だ。
それもわたしのことをゴミ扱いするわ、逃げ出そうとするわ、歴代の主の中でも一際世界を守るもののなんたるかがわかっていない。
本当にこんな主に使われることになるのかと思うと頭が痛くなってくるが―――最後の一撃と誓いの名乗りは悪くはなかった……気がしなくもない。
この主は―――誓いを守ってくれるのだろうか。不思議と、あの声には力があるように感じた。
☆月▽月
―――驚いた。
これまで一度たりと守りきれなかった星の巫女を、主とその仲間たちはわたしを振るって守ってしまった。
星の巫女との長きに渡る因縁もここで終わってしまうのだろうか。もしそうだとしたら、わたしはなんのために存在すればいいのだろう。
……いましばらく、この主と共にありたいと思う。わたしがここにある意味は、主に握られているうちはあるのだろうから。
☆月†日
主とともに異世界に来た。
目的は元星の巫女の魂を奪い返すこと。そして、その魂を奪うためにある騎士を打倒すること。
―――正直、今の主で勝てる相手ではない。もちろんそんなことは対峙した本人もよく理解しているだろう。けれど。
主にはそんなことは関係はないだろうし。わたし自身も、主とわたしをナメられたまま黙っていられるほど温和でいてやるつもりはない。
☆月‡日
異世界に現れたのは、忌まわしき赤い星屑。
きちんとその星々との因縁は絶ったはずであるのに、再び蘇ってきた。
いいだろう、星のなりそこない。一度潰された程度のもの、何度蘇ろうともわたしと主で叩き潰す。
何度も迷い出られては本気で迷惑だ。これまで散々わたしに絶望を与えてきた星の屑共よ、その身に後悔を刻むほど、一片たりと残さずその野望ごと叩き斬ってくれよう。
☆月○日
正直、主にあの娘を斬ることができるとは思えなかった。
わたしに刻まれた例の力からすれば、確かにあの娘の因縁を斬ることはできただろう。けれど、主にとってあの娘は最も大切なものの一つだったはずだ。
それを―――歯を食いしばり、血を流し、それでも弱音の一つも吐かず、あの娘を救うことだけを心に刻み。闇に囚われた娘と魔王との因縁とを「切り」「分けた」。
刃の意義とは斬ることであり、絶つことであり、分けることであり、開くことである。
ゆえに。主は立派な一振りの刃であり、わたしを握るに相応しいものであると言えるだろう。
今度の主とは、どこまでいけるだろう。これまでの主とは星の巫女との因縁だけで終わってしまったが、それももはやない。
いけるところまでは、共にわたしも駆けぬけよう。刃(にないて)とともにある一振りの剣として。
☆月□日
世界の守護者というのは、あんなにも奔放でいいものなのだろうか。
妙な因縁によって再び出会ってしまった神父と、異なる世界の天使、魔王候補なんぞとともに、終末期の世界まで飛ばされる羽目になってしまった。
どこまでいけるだろう、なんて言ってしまったことが災いしたのだろうか。正直、少し後悔した。
……それにしても、あの日記だけは抹消しておいて正解だろうと本気で思う。
☆月△日
懐かしい声と感触で、目が覚めた。
気がついてみれば、あの女剣士に封印されてから2万の年を重ねたらしい。
目の前には、最後の最後までわたしの与える滅びから逃げた魔王―――こちらに来て、その力は飛躍的に増加したようだ。
しかし、恐れることなど何もない。ずっとずっと待ち続けた、わたしの主がいるのだから。
正直―――負ける気が、しない。
☆月◎日
世間にはよく似た奴が3人いる、とは聞いていたがこれほどまでに同じ姿の人間がそろう光景もなかなかないと思う。
なんだか知らないが、主にあるというよくわからない力を欲したバカが主を狙っていたらしい。
そんなことはどうでもいい。腹が立つのは目の前の主そっくりの男だ。
主と同じ顔で泣き言ばかり漏らされるのは、主を主として持つわたしにとっても腹立たしい。
仕方がない。主と共に、一刻も早く目の前の模造品を叩き斬るとしよう。
見よ、他者の力を持って己を誇る者よ。
―――これが、わたしの認めるただ一人の主だ。たかが姿が同じ程度で同類などと、愚弄したことはけして許さない。
☆月◇日
二つの月が昇った時から、嫌な予感はしていたのだ。
あの時の女がまた同じことをしようとしているとは考えていなかった。主はわたしの所有者というだけで、神子の使徒なぞに命を狙われることにもなった。
いいだろう、金色の魔王。
わたしとて、以前の主を奪われた痛みを、わたしに与えられた不名誉な名を、忘れたことなど一日たりとてない。
今度こそ、その陰謀ごと貴様を叩き斬る。
☆月☆日
大気圏から帰還し、数日が過ぎた。
少し変なものがわたしの中に混じってしまったが、まぁ落ち着いたときにでもなんとかするとしよう。このままだと主が強化人間の筋力で千切られかねない。
……まぁ、そんな物騒な話はさておき。
用もないのに、少しだけわたしを引き抜いた。人目は一応気にしていたが、月衣や月匣の張られている空間以外はわたしにとっても毒になりうることをわかっているのか。
でも、そんなことはどうでもよくなった。
「これからもよろしく―――たのむぜ」
そんな一言が、どうしようもなく嬉しかったのだ。
わたしを手に取った瞬間から、彼には様々な因縁が降りかかっていたはずだ。
星の巫女の剣士としての宿縁。そも「星の巫女」とされた少女の魔王との因縁。わたしの異能を欲する守護者の思惑。そして今回の双月の巫女。
どれもこれも、わたしの主となったがゆえに起きたできごとだとも言える。
それでも。そんなことはなんの気にもせず、ただこれからも頼むという一言を発した。
あぁ、本当にばか者だ。
これまで何度も何度も死にかけたり傷ついたりしたことのいくつかの原因はわたしだというのに。わたしはそれほどに人の、主の死を業と背負っているというのに。
たった一言で、これからも一緒にいていいのだと。そう未来(これから)を示してくれた。
この国には、業物と呼ばれる刃がある。
斬るべきを斬り、断つべきを断つ。しかし傷つけないと決めたものには一つたりと傷をつけないと言われる、振るうものの意思を汲む最高峰の刃に与えられる栄名。
いつか、主のことを一つの刃だとわたしは称した。
刃の意義とは斬れることのみにあらず。意思を持ち、斬るべきを斬り、守るべきものを守る。それこそ、意思を持った『業物』のようなその在り方。
それとともに在ることを、同じ刃として誇りに思う。
主を守るために振るわれることを、一振りの剣として嬉しく思う。
あぁ―――ともに行こう主よ。わたしと主ならば、きっとどこまでだって行けるだろう。
80 :
日記の中身:2008/08/06(水) 10:38:02 ID:???
今日はここまでー。
いや、その。後編とか言っておきながら3部構成かよ!って話なんですけどね。
宝玉の少女編がやけに長くなっちゃったとか、エピローグ書くのに次のGF待ちになりそうとかで結局実は4部構成になりそうとか(汗)。
一応次の更新は24日あたりの予定です。
……ベタ惚れじゃ、すきねぇのか魔剣さんよ、っていうツッコミは受けません。
俺は星の巫女とか蝿の女王とか世界の守護者とか同僚とか裏界皇帝とか紅き巫女とか三下女神とかよりもこいつらの関係の方が好きなんだ(超本音)!
いえ、別に嫌いなわけじゃないですよ?幼馴染とかそういうの。ただ、相棒ってのは特別な関係だと思うのです。まる。
つーかくれはは守るべき日常の象徴でいてほしかったんだ……!前線には出てこないでほしかったんだ……(超私情)!
81 :
NPCさん:2008/08/06(水) 11:31:44 ID:???
一番槍GJ。
じっと待ち続けた俺は、三部も待つ。
82 :
NPCさん:2008/08/06(水) 17:42:06 ID:???
同じくGJ
毎日チェックし続けた甲斐があった
次も楽しみに待ってます
83 :
NPCさん:2008/08/06(水) 19:23:52 ID:???
歌って待ってた!GJ!
やっぱり、魔剣と柊の組み合わせは良いなぁ。
次も待つよ〜
84 :
NPCさん:2008/08/22(金) 14:23:04 ID:???
情報部13班4月が好きな人、いるかな?いるなら投下するかも
85 :
NPCさん:2008/08/22(金) 14:24:13 ID:???
大好きだ
86 :
四月と雨:2008/08/22(金) 18:37:39 ID:???
<あめのひ −rainy day−>
―――雨が、降り注いでいた。
水気を吸い重くなった衣服。右手の先の鋼の塊は、手のひらからどんどんと熱を奪っていく。
魔導銃(キャリバー)。そう呼ばれる、この世界ことエリンディルで作られる武器の一つ。そして、彼女の命を何度となく救ってきた相棒だった。
は、と彼女は息を吐く。
まったく、なんて逆境だろう。相手は自分を包囲する大量の皇帝近衛騎士。
練度自体は彼女以下だが、集まられるとどうしようもない。彼女は多数の敵を相手にするのは苦手なのだ。それ以前にすでに弾丸は尽きている。
絶対絶命の極地とはこのことを言うのだろうな、と彼女はやけに冷静な思考の中でそう思った。
今はなんだかんだで牽制により騎士たちは攻めてこないが、見ればじわじわと数が増えている。
おそらくは姉妹達の始末が終わり、あちこちから駆けつけているのだろう。まったく最悪だ。
一体何が最悪なのだろう。弾丸がもうないことがか、自分が死ぬことがか、姉妹がおそらくは全滅してしまっただろうことがか。
決まっている、全部だ。何から何まで最悪だ。ここまでツイてないと逆に笑えてくる。
くく、と彼女が漏らした笑みが、騎士たちに戦慄を抱かせたのか。じり、とぬかるんだ地面を鉄の塊がすべる音がした。
せいぜい勝手に恐れていろ。
お前らがいつ俺を殺そうとも、残弾の無い女を恐れ、その輝かしい剣とやらを振り下ろすのを躊躇い、後退ったのを俺だけは知っている。
お前らのそのマヌケぶりを、地獄の底から笑ってやろう。
彼女が心底そう思った時だ。金属同士の不協和音がひびく。
87 :
四月と雨:2008/08/22(金) 18:38:52 ID:???
雨の中でもひたすらに響く豪奢で傲慢な鎧の足音だった。その音と共に彼女の目の前の騎士の壁が開く。
騎士の包囲の中現れた男は、彼女も顔だけは知っている男だった。
しかし、こんなところでは最も見ることはない顔でもあった。彼女の人生でも屈指でたまげた事態だったと言える。
我ながら間の抜けた顔をしていることを自覚し―――彼女は大笑した。己の不運を。
「ははははは!
こりゃあ、なんの冗談だ。アンタは反逆者を潰すのに顔見せるような奴だったか?なぁ―――皇帝様(ゼダンぼっちゃん)?」
神聖ヴァンスター帝国現皇帝、ゼダン。
あらぬ罪ではあるが、彼女が牙をむいたとされる相手がそこにいた。もともと彼女のいた組織の主がそこにいた。姉妹達を殺しつくした元凶がそこにいた。
皇帝へのあまりの物言いに、皇帝近衛騎士は彼女に凄まじい殺気をこめた視線を向ける。
しかし、その不敬を彼は片手を挙げることで許す。
「よい。
答えてやろう、反逆者よ。余も暇を持て余しているわけではない。しかし、余直属の部隊が謀反とあっては旗印は動かぬわけにはいかぬのだ」
「そりゃご苦労なこった。こんな日に災難だな」
「まったくだ。話は終わりか?では余から問おう情報部13班最後の生き残りよ」
彼は、問う。
雨の中、その言葉は深く響く。
「貴様は、余に反逆の意思を持っているか?」
そう、彼女の姉妹を奪った男は問うた。
彼女の名は、エイプリル=スプリングス―――情報部13班、<四月>の名を冠するエージェントだった。
88 :
四月と雨:2008/08/22(金) 18:42:57 ID:???
<春 -spring->
『彼女』は、気づいたら一人だった。
母親の顔も、父親の顔も知らない。気がついたら、ヴァンスターの貧民街で、他の子供たちと一緒に日々を食うや食わずの生活をしていた。
ありつけるかわからない食事と、いつも腹をすかせている仲間、暗い路地裏、雨をしのぐだけの低い天井。それが彼女の世界の全てだった。
ねずみやカラスと競って食料を手にいれ、盗みを働き、仲間たちとその日その日をただ生きている日々。
しかし、終わりは唐突に訪れた。
そんな中で必死に毎日を生きていた彼女達は、貴族達の「景観を損なう」との一言でヴァンスター神殿より遣わされた神殿騎士たちによってちりじりになった。
『彼女』―――当時は他の名を持っていたような気もするが、今となってはその名は残っていない―――も一人になる。
重い剣と武装の騎士から逃げ回り、子供の体力の限界につきあたり、路地裏でのたれ死ぬはずだった『彼女』。しかし目を閉じて、再び開けたそこは―――別世界だった。
床ではないところに寝かされていた『彼女』は、その天井が暗くないことにまず驚いた。
これまでの隠れ家であった雨漏りする掘っ立て小屋では、警邏兵に見つからないためにもほとんど明かりをつけていなかった。
彼女は今まで暗くない天井があることは知っていたが、見たことはなかったのだ。
驚いている彼女に、女の声がかかった。
「目が覚めたか」
それは事務的な口調ではあったが、優しく柔らかな感情がこもっているように思えた。
大人の声といえば、彼女達が盗みを働いたときの商人の怒声や、貴族達の蔑みの声くらいのもので。
その声にあわてて離れようとして、シーツが体に絡まってベッドの上を転がった。
ベッドというもので寝たことの無い彼女が何がおきたのか理解できないでいると、愉快そうで、しかしイヤミのない苦笑が聞こえた。先の女の声だ。
シーツから顔を出して声の方に顔を向ける。
そこにいたのは、黒いドレスを身に纏い、眼帯をひっかけ、黒い帽子を頭にのせた、奇妙な格好の女だった。
少なくとも、『彼女』の知る限り真っ黒いドレスは人が死んだときに着るもので、それに帽子や眼帯は不似合いである。
89 :
四月と雨:2008/08/22(金) 18:44:57 ID:???
町娘はあんな豪華なドレスを着ないし、かといって貴族の女は黒などという色のドレスを喪服以外で着ることはない。
頭が混乱しているのを見てとったのか、女は笑いを引っ込めて口元に小さく笑みを浮かべながら言った。
「あわてることはない。ここにお前を追うものはいないからな」
「……お前、だれだ」
見た目は小さな女の子である『彼女』の口から出た言葉に、ほう、と頷いて黒いドレスの女は言った。
「見た目にそわず、なかなか元気がいい子供だな。
私の名前はオーガスト。オーガスト=バケーションという」
「うそつけ」
「人の名前を即答で否定するな」
「八月(オーガスト)なんていうのが人名であってたまるか。せめて旧語で十二月(ノエル)くらい名乗ってみろ」
名前を全否定されたにも関わらず、オーガスト、と名乗った黒衣の女は笑みを崩さない。
「なかなか負けん気の強い子供だな。
―――残念ながら、これが今の私の偽らざる本名だ。私がここに入ってつけられた名だ。それ以外に私は自分で名乗る名を持たない」
「……まて。ここに入って、って言ったな?ここはどこだ」
くすり、とその言葉に笑って。オーガストは言った。
「ここがどこか、は後で教えるとしよう。それより今の状況を説明した上で、選択肢をやる。好きな方を選べ」
「……ずいぶんと、俺の考えをむししてくれるじゃないか?」
「お前にとっても有益な話だ。きちんと聞け」
そう言ってオーガストが説明したのは、簡単な世界(このくに)の仕組みだった。
孤児達はあの路地裏から一掃された。
行き場を失った孤児達の内、体の丈夫な男子は神殿に、見目麗しい女子は貴族のメイドにそれぞれ召抱えられる。
そうでなかった者たちは、あの町を追い出されて外の世界へと追いやられ―――おそらくは、大半が魔物の餌になっているだろうとのこと。
ゴミが出ない、なんてムダのない世界。
くそくらえだ。
90 :
四月と雨:2008/08/22(金) 18:46:08 ID:???
それで、ここはド変態お貴族サマの屋敷の一室なのか、と『彼女』が問うと、そうではないと首を横に振ってオーガストは告げた。
「そこで選択肢だ。
お前ほどの顔があれば貴族の召抱えになれるだろう。そうやって自分の人生を他人に切り渡して生きるか?
もう一つは私に師事し―――他人の人生を押しのけてでも、自分の人生を切り開いて生きる術を身に着けて生きるか?」
好きな方を選べ、と彼女は言った。
前者を選べばうまくいけば仲間達と会えるかもしれない、そういう考えもあった。
しかしそれでも『彼女』は、貴族達が自分たちに向ける目の冷たさを知っていた。そうされる痛みを知っていた。そういう目で見る貴族に嫌悪感すら抱いていた。
その痛みを忘れて、同じことをするかもしれない自分がいることが気持ち悪かった。だから、そうしない強さがほしかった。
結局、『彼女』にとって選択肢に意味はなかった。ほとんど悩むことなく、『彼女』は後者を選んだのだから。
そう告げる『彼女』を見て、オーガストはそうか、と言って満足げに笑った。
「ならば、お前は今日から私の―――私たちの妹だ。『エイプリル=スプリングス』」
『彼女』―――この日からエイプリルと呼ばれることになる―――は。その日、はじめて名前と姓と……なにより、姉妹という家族(きずな)を手に入れることになる。
91 :
四月と雨:2008/08/22(金) 18:52:48 ID:???
<夏 -summer->
銃声が三連。閃光も三つ。しかし、的の木の板に空いた穴はど真ん中に一つだけ。
それを見れば、普通の人間は下手くそめ、と笑うだけだ。静止しているとはいえ的に当てるというのは初心者には難しいものではあるが。
しかし、その場にはほう、と感嘆のため息が漏れた。
「ほんの数年でやるようになったな、エイプリル。静止した的を正確に打ち抜く魔導銃技術でいうのなら、すでに私を追い抜かしているのではないか?」
黒衣の女―――オーガストの賞賛の声に、エイプリルはいつもの冷徹な瞳を少しだけ半眼に変えると、イヤミか、と呟いて答える。
「ぬかせ。静止した的なんていくら打ち抜いても、俺たちの仕事にゃ意味のないことだろう」
「しかし正確さは尊ばれてしかるべきだ。師がたまには誉めているのだ。素直なところの一つもないと可愛げがないと言われるぞ、妹よ(エイプリル)?」
からかうような視線に、一つ舌打ち。
オーガストに拾われ、魔導銃を与えられてガンスリンガーとしての訓練を彼女の下で積み重ねること数年。
彼女の銃弾は、目標を撃ち抜くことにかけては師からすら賞賛されるほどのものとなっていた。
それはまさに天が彼女を愛しているかのように。魔導銃を扱う才能を与えたのかと思うほどの天賦の才だった。
しかし、これが仕事の話となると少しばかり話が変わってくる。
彼女達の仕事である情報部13班の任務というのは半分以上が破壊工作や暗殺などの荒事であり、他には窃盗、護衛、諜報活動の援護などの仕事が少々あるくらい。
情報部のサポート、アシスト、ついでに部内規律の公安と始末までをこなすのが13班の仕事。となれば俄然荒事も多くなる。
が、しかし。荒事で精密すぎる射撃というのも実際少し困りものなのだ。
精密だということは、狙いを外さないということ。それはつまり、対象がそれに反応しようとした場合の対処が容易になるということだ。
初撃をはずせば、魔導銃の性質上敵に居場所を教えることになる。それがそう遠くない距離でのことだった場合は、次撃のチャンスは薄くなり、その上自身を危険にさらす。
92 :
四月と雨:2008/08/22(金) 18:54:13 ID:???
歴戦の勇士といった連中は、特に自身の命の危険に関して敏感だ。初撃が殺す気で放たれたものであればあるほど、その危険が高ければ高いほど反応する可能性がある。
それへの対処法はもちろんいくつか存在する。
まず、次弾の装填を考えることなく連続した攻撃を行えるようにすること―――二挺拳銃スタイルということ。
これはオーガストがやっていることである。あまり猿マネはしたくないが、有効であることは確かだ。エイプリルも少しずつ自己流でそれを会得しようとしている。
次に、殺意を気づかれないほど遠くからの狙撃技術を磨くことだ。
しかしこれは有効打にならない。そもそも彼女は魔導銃使いとしての才能があるだけで、狙撃手としての才能や精神を持ち合わせているわけではない。よってボツ。
そしてもう一つは―――至近距離に近づいての逃れようのない一撃。魔導銃使いの真髄とも言える、遠間武器による至近距離戦闘術の会得だった。
これを覚えるには、動いている物体への狙撃訓練が必要になる。また、相手の攻撃を受けるかかわすかする技能も必須だ。
オーガストによれば、いまだに彼女の戦闘術ははその域に達していないという。
だからこそ、彼女は真っ向からの戦闘や破壊活動などに参加したことはない。
これまでやったことといえばカンを養う、という名目でいくつかのダンジョンの奥からお宝を盗み出すことや、彼女の見目が麗しいことも手伝った潜入工作任務くらいだ。
ついこの間は潜入任務で盗人として台無しのカバとかいう組織から来たエージェントを気まぐれで逃がし、
窮地に陥りかけたところを近くを通った初心そうな神殿騎士見習いをちょちょいとだまくらかし、必要なものだけかっさらっておさらばしてきた。
ついでにセクハラをかましかけた当主の弱みをいくつか掴み、情報部の他班に引き渡してある。あとは皇帝の胸先三寸でいくらでもあの家は潰せるだろう。
93 :
四月と雨:2008/08/22(金) 18:56:21 ID:???
それに不服な負けず嫌いのエイプリルの憮然とした表情をいつもどおり楽しげに眺めながら、オーガストは言った。
「そんなことよりも、夕食ができたから呼んで来いと言われたから呼びにきたんだ。早く終われ」
「わかった。今日の当番は誰だった?」
「<十月>(オクトーバー)だ。
あいつはやけに魚介を扱わせると生き生きするからな。今日は東方式の『アラジル』と、サフランたっぷりのパエリア、ボンゴレビアンコと香草焼きらしいが」
「……なんでパエリア(海鮮炊きあげご飯)とボンゴレ(貝類を使用したパスタ)を一緒に作るんだあいつは」
「オクトのボンゴレは私は好きだがな。今回はいい白ワインが手に入ったとかで、余りを姉妹達に配るそうだ。
どうせマーチやメイは飲まんし、ノーヴェは消毒用にとっておこうなどと言い出すだろうからな。お前にとっては見過ごせんだろう?」
それを早く言え、と言いながらエイプリルは魔導銃を片付けだす。
美味い酒は何にも変えがたい喜びだ。それを価値を知らない子供などに与えられてはもったいない。
師の評価を受け、日が暮れるまで鍛錬し、姉妹の呼び声で訓練を終える。それは、彼女の日常の一面だった。
94 :
四月と雨:2008/08/22(金) 18:58:44 ID:???
<秋 -fall->
任務を終えて帰ってくると、そこには存在するだけで威圧感を放つ翼を持つ青い鱗の竜が立っていた。。
竜自体は見た顔であり危害を加えることがないことはわかっているので無視。そのまま通り過ぎようとして―――
「エーイプリルぅぅぅ!久しぶりに会ったってのによぉ、無視はねぇんじゃねえのかよ、あぁ?」
「……いたのか、ジュライ」
「いたのか、じゃねええええ!俺様の、この俺様のことを無視しやがった挙句にその台詞かぁぁぁっ!?」
竜がいたため存在感がまるでなかったので気づかなかった、というのはもちろん嘘である。
単にこの女と会話をしたくなかっただけのことだ。
エイプリルがジュライと呼んだ、彼女と同年代の娘はエイプリルと同じ情報部13班に所属するエージェント、『ジュライ=スターマイン』という。
専門は相棒の竜を使った陽動……というか、それ以外にはできることはないわけなのだが。
エイプリルと同じ時期に引き取られてきた彼女だが、
銃を使わせれば味方に当て、剣を使わせればショートソードすら持ち上げられず、魔法を使わせようにも呪文を必ず間違って覚えるという使えなさだ。
そんな彼女を拾ったオーガストが、ジュライをどうして13班に入れたかといわれれば、ひとえに彼女の横にいるドラゴンのおかげである。
95 :
四月と雨:2008/08/22(金) 19:00:06 ID:???
モンスターの中でも屈指の能力を持つ竜種、その幼体とはいえ完全に言うことを聞かせられるという力。
サモナーも動物と心通わす術を持ってはいるが、あくまで動物、できて獣まで。ドラゴンは神の使いの形でもある、そんなものを従えられるという時点で異常な異能だ。
ジュライとなる前の彼女は小さな村に住んでいたが、彼女の従えるドラゴンと彼女曰く『友人』になり、それが村に発覚すると同時に彼女は村を追われることになる。
後は簡単。あちこちをドラゴンと浮浪している子供がいる、という噂を聞きつけた13班がオーガストを派遣、彼女が独断で13班に迎えた、というわけだ。
……もっとも、ジュライにそれ以外の才能がまったくなかったということは流石に想像していなかっただろうが。
そのジュライ。エイプリルにはやけにつっかかってくる。
ただでさえ三下口調で、ドラゴンと心通わせられる能力があるだけのただの無力な娘は、同じオーガストに拾われ、自身がお姉さまと呼ぶオーガストじきじきの訓練を受け、
その能力でもって彼女から認められてもいるエイプリルがうらやましくて、つんけんした態度をとるのだが―――
96 :
四月と雨:2008/08/22(金) 19:02:08 ID:???
彼女のそんな葛藤など、エイプリルにとっては知ったことじゃねぇのである。単につっかかってくる味方で、三下で、うざったい小娘。それくらいの認識だ。
正直なところ、あまり積極的に関わりたくはない相手なのだ。視界に入っただけで難癖をつけようとしてくる相手になど、エイプリルにはかかずらう意味がない。
もちろん、そんなことをジュライに言ってもあまり意味はないのだが。
エイプリルは半眼になって言う。
「そんなことはどうでもいい。俺はさっさとノーヴェのところにこいつを届けなけりゃならないんだ、邪魔をするな」
そう言って掲げてみせるのは布袋だ。今回の任務のついでに頼まれてとってきた木の実が入っている。
13班の姉妹の一人。11月の名を冠する、<エリクサー>と呼ばれる銀糸の白服ヒーラーこと、ノーヴェンバー=メイプルの頼みの品である。
そう言われたジュライはぴくりと動きを止め、小刻みに震えだす。
「の、ののののノーヴェの奴、が?」
「あぁそうだ。アレでノーヴェは一応人の話を聞くからな。頼まれた薬草が送れた理由がお前だと知れば、当然後で何かしらの行動をとってくるだろうな。
いいのか?俺は別に困らんが」
エイプリルは面倒そうにそう言う。
……情報部13班<11月>のノーヴェンバー=メイプル。白いドレスに銀髪をポニーテールにしたつるぺったんなおねーさん。
注釈。キレると怖い常識人ないい人。特に自分の専門である医療・魔法薬関係の品に対しての妨害行為には容赦がない。
ジュライもエイプリルも彼女のキレた時の様子を知っている。
ちなみにその時の犠牲者は13班の三強の一角、フェブルアリー。彼女はそれがトラウマで、以後ノーヴェに対しては苦手意識を持っているという。
それを知っているエイプリルが出した札に、ジュライはすごすごとひきさがった。
エイプリルはちょっとだけノーヴェに感謝した。
97 :
NPCさん:2008/08/22(金) 21:19:15 ID:???
わっほう、新しいの来てる〜。
エイプリルかっけぇ。
98 :
四月と雨:2008/08/22(金) 23:50:15 ID:???
<四季 -four seasons->
ジュライを退けたエイプリルはノーヴェの仕事場に行く。
……その途中、ノーヴェの部屋に近づくにつれてなんだか情けない悲鳴が聞こえてくる。
途中でこの声が誰のものかわかったエイプリルは本気で帰ろうかと思うが、彼女自身も怒ったノーヴェは怖い。
大きく盛大にため息をついて、彼女はノーヴェの仕事部屋のドアを開けた。
「あうぅぁっ!いだいいだいそこいだいぃ!ちょっ、ノーヴェ!も、もうちょっと優しくぅっ!ああん!ぎにゃぁうあぁっ……い、いたいって言ってるじゃんよーっ!?」
「まったく、こんな傷こさえてくるのでしたら痛みにくらい慣れてるでしょうに。わたくしの処置がそんなに下手だとおっしゃりたいの?
それとも単に痛い目にあいたいと、そういうことでよろしいのですわねマーチ?」
「絶対違うじゃんよっ!?あぎゃうっ!あんっ、あァっ!?いたっ、いたいいたいそこはっ、そこはダメだってばもうやめてぇぇ……っ!」
その先にいるのは、桜色ドレスを半分脱がされ上半身裸の涙目で苦痛を訴える状態の赤毛のフィルボルの娘―――<ライトニング・エッジ>マーチ=ブロッサムと、
白いドレスの上に作業用エプロンをかけてところどころを紅く染めた、釣り目気味の銀髪のエルダナーンの女―――<エリクサー>ノーヴェンバー=メイプルだった。
色気の欠片もない声で泣き叫ぶマーチ。それを冷静に観察しながらノーヴェは手を休めない。
……ちなみに、ノーヴェの名誉のため言っておくがマーチは別にいかがわしいことをされているわけではない。
先の任務で負った傷を洗浄し、薬草をはり、ポーションを塗り込んだりしているのだ。
単にマーチが回復魔法が肌に合わず、特別な治療をしなければならないゆえの医療行為である。
まったく、とノーヴェが大きくため息をついてマーチの背中をぽん、と押す。それに猫のように毛を逆立たせて、マーチは涙目でノーヴェを見る。
「……おしまい、じゃんよー?」
「お終い、ですわ。まったく、貴女を相手にしていると野生動物の方がもう少し大人しいのではないかと思ってしまいますのよ。
―――あら、いらっしゃいエイプリル。例の物はとってきて下さいましたので?」
99 :
四月と雨:2008/08/22(金) 23:51:16 ID:???
「あれ、エイプリルー?ひっさしぶりじゃんよー」
エイプリルに気づいた二人は、一人は優雅に、一人は無邪気にぶんぶんと手を振りながら彼女を迎える。
彼女は無造作にすたすたと歩いていくと、ノーヴェに向けて布袋を差し出す。ノーヴェはそれを受け取り、中身を覗いて子供のように嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます、エイプリル。最近はこの実は品薄で、火傷の薬が作れなくて困っていたのですわ」
「それは聞いた。俺たちの命を繋ぐかもしれないものなんだ、ないと俺も困る」
「ふふ、相変わらずですわね。
それはともかくエイプリル―――この左手の火傷はなんですの?」
内心、エイプリルはその声にぞくりっと背筋をなで上げられた気がした。
必死に弁解タイムに移ろうとする彼女だが、弁解をすればするほどノーヴェが恐ろしくなるのは目に見えている。すぐにここは大人しくしたほうが得策だと判断した。
「……ノーヴェ、頼む」
「わかりました。じゃあ、さっそくこの貴女の取ってきてくださった実で薬を作らせていただきますわね。ここに座って少しお待ちなさい」
折れたエイプリルを見て嬉しそうに大人の笑みを浮かべ、ノーヴェは机に置かれた薬研で木の実をすりつぶし始める。
エイプリルが大人しく傷の治療をする、と言ったのが嬉しかったのだろう。ここで断ると彼女は魔族なんかよりもよほど恐ろしい、というのが13班の娘たちの共通見解だ。
その隙にいつのまにか隣の椅子に座っていたはずのマーチが見当たらなくなっている。逃げ足の速い奴め、と内心ぐちっていると、背後から声がかけられた。
「相変わらず綺麗なブロンドじゃんよー、エイプリル。いーなぁいーなぁ」
「……おいマーチ。どさくさにまぎれて人の髪に触るなと何度言ったらわかるんだ、お前は」
「何度言われてもお断りじゃんよー。エイプリルってばこーんな綺麗な髪持ってんのにほとんど手入れしないのが悪いじゃん。ちゃんと手入れするじゃんよ」
言いながら、どこからかその子供っぽいしゃべり方からは想像できないほど高価そうな、貴族が使うような櫛を取り出すと、エイプリルの髪を梳かしはじめる。
100 :
四月と雨:2008/08/22(金) 23:53:06 ID:???
マーチには自分の姉妹達の髪を触るクセがあった。
本人曰く、『髪触るだけで結構元気かどうかとかわかるじゃんよ』とのことだが、種族の関係上一番身長の低い彼女の手の届く位置にいてくれる相手は少ない。
だからこそ、相手が動かない時を狙ってくる。イタズラ好きのフィルボルの血がそれを推しているのだろう、と姉妹の間では噂されている。
それに対する姉妹達の反応も様々だ。
オーガストなどは「妹に髪をいじくられる、というのもなかなか面白い話だな」などと言って好きにさせている。
普段はおっとりしているノーヴェやジューン、年齢的に幼いメイやセプもそれに近い。
しかし、過剰な他人からの干渉を苦手とするエイプリル、捻くれ者のフェブ、基本的に他人に指図されるのが嫌いなジュライは少し嫌がっているというところだ。
とはいえ、ここで暴れるとノーヴェがキレる。エイプリルは大きく嘆息して答える。
「……好きにしろ」
「やったじゃんよー!ノーヴェのとこ来てこんな役得があるんだったらいつでも来たくなるじゃんよ!」
「マーチ、それはわたくしのところには極力来たくない、という意思表示ととって構わないのですわよね?
×××(SE:ズキュゥゥン!)の○○○○(SE:ピヨピヨ)を、××(SE:ピー)した後に▽×○♀?Δ(SE:あはーん)されるのが望みでしたら、
すぐにしてさしあげますわよ?」
「ぎゃあああぁっ!?それトラウマ!トラウマじゃんよ!心に深い深い傷を負ってしまうじゃんよっ!?」
「の、ノーヴェ。さすがにそれは俺でもこいつが哀れになってくるからやめてやってくれ……」
珍しく顔を少し青ざめさせてマーチの弁護に立つエイプリル。
あまりに過激な台詞のため、ちょいと加工させていただきました。あしからず。
閑話休題。
部屋の中に響くのは、すり鉢である程度潰した木の実を薬研でさらに細かくしながら薬草数種類と調合しながら薬研を動かす音と、櫛で髪を梳かす音。
101 :
NPCさん:2008/08/22(金) 23:58:20 ID:???
エイプリルはそのどちらも不機嫌に思いつつ、それでも大人しくしていた。別に暴れるほど嫌なわけではない。
静かだった部屋の中で、ぽつりと彼女は呟いた。
「マーチ、ジュライの奴が外で寂しそうに相手を探してたぞ。お前はあいつと仲がいいだろう、構ってやれ」
「エイプリルー、あいつはあんたにかまってほしいんじゃんよー?
あいつのストレス発散にここ最近ずっと付き合ってやってたけど、適任がいるんじゃあたしの出る幕はないじゃんよ」
「わからん奴だな。そんなに負けるのが楽しいのか?」
「……そこまで本気で理解できないって風に言われると逆にもう同情したくなってくるじゃんよー」
ジュライにとってはエイプリルへのじゃれつきはお互いの無事を確認するための一つの手段なわけである。本人は自覚していないが。
そうやって育ってきたので、そうやった接し方以外ができないのだ。
不器用で難儀な性格だが、そこを理解しているマーチは困ったもんだと思いつつ、そんな姉妹を好ましくも思っている。彼女は不器用なりに一生懸命な人間が好きだからだ。
だからこそ、姉妹のためを思った行動を取りながらも、言葉がどうしても少ないエイプリルのことも好ましく思っている。
そんなマーチの能力は、東方から来た武家の三女だった母から受け継いだ剣技―――サムライの業だ。
形見のカタナを握り、雑魚を蹴散らし、魔法使い達の盾になって、傷だらけになる前線要員。それが彼女だ。
誰かを守り傷を負うことに彼女は誇りを抱いている。だからこそその考えはノーヴェに毎回毎回怒られるのだ。
ノーヴェにとって、傷とは苦しみの象徴だ。エルーラン王国に生まれ、幼いころから薬師としてずっと師につきまとって直にその技術を見ながら行商をこなしていた。
世界中を回る中、戦火で苦しむ人々を見た。貧困の中傷を負っても治せずいる子供達を見た。どの場所でも、苦しみにあえぐ人々を見てきた。
その中で、彼女の薬によって救えた人も、救えなかった人もいた。世界の広さと、自分のちっぽけさを知った。
それでも。苦しみの中にいる人を助けたいと彼女は思うのだ。絶対助けられるわけじゃない。それでも助けられるかもしれない命があるのだ。
102 :
四月と雨:2008/08/22(金) 23:59:25 ID:???
―――誰かを笑顔にできるかもしれないのだ。
だからこそ、13班の一員になった後も様々な組織への薬の開発・調合・調達は行っているし、怪我をしている姉妹は命に代えても助けたいと思ってしまうのだ。
戦う力を持たない自分にできる助けを、戦う力を持っているがゆえに傷つく姉妹達が痛みに苦しまないようにと。
マーチは、ノーヴェのその気持ちを知っているが、傷つかないことができるほど強いとは言えないと自分を評価している。
だから、今度から怪我しないようにする、なんて安請け合いは絶対しないし、怪我をしたらどれだけ苦しい処置をされるか知っていても絶対にノーヴェのところに行く。
それが姉妹に一番心配をかけないやり方だと知っているからだ。
閑話休題。
髪を綺麗に梳かれ終わった頃、ノーヴェの薬も完成した。
灰褐色の出来立ての液体を綿の片面につけ、それを患部を覆うように貼り付ける。その上にガーゼを重ね、テープで仮固定し、その上を包帯でさらに固定した。
巻き終えると、彼女は一度<ヒール>を唱えて彼女の手を軽く叩いた。
「とりあえず、今日はこれを外さないでほしいのですわ。明日の朝になったら外してもよろしいですが、明日のヒマな時に一度顔を出すのですわ。
経過を見ないとなんとも言えないですからね」
「……了解した。ところで、そろそろ夕飯の時間だが。今日の担当は誰か知らないか?」
「えーと?確かオクトじゃんよ、今日の当番。
ブイヤベースと塩焼きとタイメシとイカ墨パスタ作るって張り切ってたじゃんよ。そのためにわざわざあたしにドナベ取り寄せさせるってどういう了見じゃん?」
「あら、わたくしはオクトのブイヤベース好きですわよ。こだわりの一品ですものね」
「なぁノーヴェ、舌は肥えてるのに作れるのが消し炭だけってのはなんでなんだ?」
「う、うるさいですわねエイプリルっ!作れるのが切って焼くか煮るかしかない雑な料理しか作れない貴女の台詞じゃないですわよ!?」
「いやー、どう考えてもまだエイプリルの方がマシじゃんよ。作り方雑な割に結構美味いし。味単調だけど」
そんなことを言いながら、彼らは食堂に向かう。騒がしくしゃべりながら。
103 :
四月と雨:2008/08/23(土) 00:02:15 ID:???
みんな人の死はイヤというほど体験してきている。
けれどこの姉妹達だけは、いなくなることはないと思っていたのだ。なんの根拠もなく。
人の死など一瞬だと、人の生など一瞬だと。知っているはずなのに、それでも『それ』にぶち当たる日まで気づかない。
そしていつだって―――気づいた時には遅いのだ。
104 :
四月の中身:2008/08/23(土) 00:09:15 ID:???
はっはっは(超ハイテンション)
新横浜からこんばんわっ!天さんトークショー待機列一段目から失礼します、中身でございます
パソコンからだと2ちゃんねるつながんなくてパソコからメールにのっけてコピペコピペ。
改行規制に悩まされつつ投下投下。おかげで携帯電池がヤバいヤバい(泣)
いやー、超楽しいよJGC。これから天さんのトーク楽しんできますよ!
後編は明日、また。最終日は柊と魔剣さんの話も投下予定。ではでは
<幕間・雪華>
ヴァンスター帝国領、とある屋敷の一室。
暗い部屋の中にいるのは、黄色いドレスに身を包んだ女と、差し向かいに椅子に座って手を組んだ紳士だった。
「……では、そのようによろしく頼むよ。ミス・スノウフラワー」
「きゃは。あんまりその呼び方好きくないんだけどねぇ。ミスなんてガラじゃないってーのよ、子爵様?」
黄色いドレスの女は、細い目に白い肌、赤毛にたれた茶色いウサギの耳を生やしたヴァーナだった。
ヴァーナの女はふりふりと垂れた耳をゆらしながら、踵を返し部屋を出る。
それを見届けた後、この家の主こと『子爵』は一つため息をつく。
「ふん……駒ごときにあんな無礼を許すことになるとはな」
「旦那様、あと少しのご辛抱でございます。時間はかかりましたが、あの者を巻き込むことができたのならばもう計画は八割成ったも同然でございましょう」
『子爵』の言葉に声を返したのは、青い髪のメイドだった。
闇に溶けるようにして子爵の背後から現れた彼女の問いに、特に子爵は驚いた様子もなく答える。
「セリカか。わかっている、後は決行の日を待つだけだ」
その対応は、これまでのセリカの忠義と神出鬼没さを彼が知っているためだ。
実際、彼女がいなければ『計画』にここまでの完成度と決行までの速度を追求することはできなかっただろう。
爵位持ちとはいえ、子爵程度の屋敷に仕えるにしては出来すぎているほどの従者、それがセリカだ。
子爵はそれに違和感を覚えない。自分が天下をとるに足ると信じている以上、その運が巡り来ているとしか考えない。
彼は葉巻を灰皿に落とすと、言った。
「心配することなど何もない。この国はまもなく私の手に落ちる」
セリカの眼鏡が、彼女のその奥のまなざしを隠すようにきらりと輝いた。
<冬 −winter−>
舌打ちを一つ。
どうせあの連中には聞こえていない。がちゃがちゃやかましい鎧の音がそれを彼女の吐息の一つくらいかき消してしまうだろう。
異変は突然だった。
情報部他班と急に連絡がとれなくなって丸一日、皇帝直属のはずの13班(じぶんたち)が皇帝の妹の命を狙ったとかいう罪状で、一日で国家の大反逆者に早変わりだ。
姉妹達の誰もが耳を疑った。あの冷静なオーガストでさえだ。誰もそんな任務についた覚えはないし、そんなことを請け負うはずもない。
そしてそれについて調査しようにも他班とは連絡がとれない。早馬に任せようとしたその時―――エージェントから、連絡が入る。
帝国領より派兵された帝国軍により13班の詰め所に包囲されている、ということだった。
そんな状況下、場の最高責任を取るものとしてオーガストが下した判断は―――解散。
13班を暫定解散する。疑いが晴れるまで各自好きなようにしろ、とのことだった。
そう言い放った後で、彼女は真っ先に踵を翻して正門へと向かう。当然そこには帝国騎士がわんさか待ち構えているはずだ。それをジュライさえも指摘した。
それに対し彼女は、笑顔で言っただけだった。
「好きにしろ、と言ったはずだが。私は姉妹を守りたい、だから彼らと『話し合い』をしにいく。お前たちも好きにしろ」
できれば、一人でも多く生き延びろ。それが私の望むことだ、と告げて彼女は正門に優雅に歩いていった。
しばらくして、建物内の灯が全て消えた。おそらくはオーガストの差し金だろう、その思いをムダにしないためにも、エイプリルは背中を向けて駆け出した。
遠くから、金属音と聞きなれた発砲音がする。
あれからだいぶ時間は経ったはずだが、音は止まない。さすがに八月、13班最強の一角だ。そう心を落ち着ける。
確かフェブの奴はオーガストがいなくなるのと同時に例のわけのわからん手品ですぐにあの部屋から消えていたはずだ。
オクトはオーガストが出て行くと同時に「こ、こんなとこにいられるか!オレは一人で逃げさせてもらう!」と宣言して即逃走―――ここに来るまでに屍を見た。
ディッシはもともと長期任務中。ここで姿は見えない、任務先でどうなってるかもわからないが。
ジュライはエイプリルが安全な方のドアから出て行くその時も、オーガストが出て行ったドアをじっと見つめていた。
あの部屋にまだいるのかもしれないが―――そんな可愛らしいタマでないことは、銃声の合間に聞こえる氷の砕ける音を聞けばわかる。まったくアイツらしい。
マーチは、後方支援要員のメイをひっ捕まえると「さっさと逃げるじゃんよ!」と叫びつつエイプリルよりも早く部屋を出て行った。
姉妹と別れることになって呆然として泣きそうだったメイの口を塞ぎ、「ノーヴェも一緒に逃がさなきゃいけないじゃんよ、余計な手間かけさせんなっ!」と叱った。
マーチは荒っぽい性格の割にほとんど怒るようなことはないのだが、この時ばかりは姉妹を守ろうという気迫が全身からあふれ出ていた。
いつもはまったく威厳のない姉妹の迫力に圧され、またウォー/サムの筋力に魔法使いのメイがかなうわけもなく、ずるずると引きずられていった。
あっちはマーチに任せておけば大丈夫だろう。そもそも、マーチは自分一人逃げるだけなら無理はない。
単に接近されるとどうしようもない相手を連れて先に脱出するのを選んだだけ。自力脱出が可能なエイプリルを置いていったのは、他の足かせを増やしたくないだけ。
つまり、マーチと一緒に逃げているメイとノーヴェは孤立するのを避けられ逃げられるということだ。
「―――待て」
そこまで考えて、エイプリルは違和感を覚えた。
108 :
NPCさん:2008/08/24(日) 01:08:22 ID:???
そうだ。今マーチといる人間は、後方支援を得意とするメンバーばかり。つまり、騎士相手に逃げのびる戦いをするには不利にすぎる能力者のみ。
問題はそこじゃない。『13班には他にも後方支援派の能力持ちがいる』という点だ。
この屋敷にいた残りの後方支援型であるもう一人は、オクトが出て行ったすぐ後、
『ここでお終い、ってわけね。きゃはっ!ま、生きてたらまた会いましょ』なんて言いながら出て行った。
あの女は生きるのを諦めるほど大人しくないし、姉妹の盾になろうとするほど可愛げのある性格ではない。
しかし使えるものは容赦なく使う。特に自分とその周囲が生き延びるためならどんな手でも使う。
『仲間』と認識しているものなら誰の盾にでもなれるような甘っちゃん思考のマーチがいて、それを利用することも、その策も口にせずに逃げる。
それは、あまりにも不自然なことではないのか。
まるで自分だけで動いて生き残れる方法をあらかじめ知っているみたいじゃないか―――?
一瞬だけ、エイプリルは目を閉じる。
暗闇の中で、ずっと生活してきたこの建物の全景を思い出す。
そして、エイプリルが出て行く前にあの女だけが使った、一番出口に向けて遠回りになる道に続くドア、その道にここから向かう術を探す。
ため息をつく。もともと頭を使うのは別の人間の仕事だ。けれど、そんな贅沢も言ってはいられない。
生き残る道として一番可能性が高いと彼女のカンが告げるのはその道だ。
そして―――もしも、その可能性が当たっていた時のために。
―――裏切り者を殺す覚悟を、決めた。
109 :
NPCさん:2008/08/24(日) 01:09:23 ID:???
<幕間・冬の慟哭、春の声>
鎧の隙間を、鎧よりもなお冴え輝く刃が貫いていた。
引き抜かれる刃金。
刹那。
―――これまで数え切れぬほどの人を、魔物を屠ってきた皇帝騎士の一人の命が紅に消えた。
紅く赤く。ただの血袋と化した騎士は、その肉の袋に詰まっている液体を所構わず浴びせかける。
アンティーク調の壁を、べたべたとした嫌な温度と粘度、臭気を放つ液体が覆っていく。
そんな光景に、なんの感慨もなく、表情を変えることなく刃の主は引き抜いたそれの血を振り払う。
刃―――東方の品で、名をカタナという―――の主は返り血を拭うとため息をついた。
「……ノーヴェー、あんたのせいでホント厄介事しょいこんじゃったじゃんよー?」
「―――っ!わたくしにだって間違いの一つや二つあるのですわ!幸い、メイを安全なところまで逃がした後だったのでしょうっ?」
「ま、あーのちょろちょろ動いてないと息が止まるんじゃないかっていうメイが静かにしてたらじゃんって話だけど」
なお、その話題になっているメイは、ここにくる途中に地下牢に放り込んである。
この地下牢は外部からしか開けられない鍵がかかっている。地下牢への道は塞いでおいたため、後は彼女を迎えに行く人間さえいれば安全は確保される。
……逆に言えば、その事情を知っているノーヴェかマーチが行かなければメイは結局のたれ死ぬわけだが。
110 :
NPCさん:2008/08/24(日) 01:12:15 ID:???
マーチはメイを地下牢に放りこんだ後、ノーヴェのいる薬務室に彼女を迎えに行き―――侵入者との戦闘用意を万全に整えていた彼女に、勘違いで不意打ちされた。
もうルールどおりの不意打ちだ。真っ正面から堂々との不意打ちを受けたマーチは、激しくダメージを受けるものの、なんとか誤解は解けた。
顔を真っ赤にしたノーヴェが彼女の傷を手当てしていると、その大音を聞きつけた騎士達が駆け寄ってくる足音を聞き、なんとか二人で逃げ出そうとしているのだった。
気配を統一し、姿を隠した状態から騎士を一撃。そのヒットアンドアウェイで音も無く何人もの騎士を屠っていくマーチ。
それでも騎士達に物量で圧されればすぐに参ってしまう。だからこそ隠れて潜み、必要最低限量を相手取る形で少しずつ少しずつ出口へ向かおうとしている。
もちろん、正門はオーガストたちがいまだ奮戦しているし、そんなところにお邪魔する気はない。とはいえ普通の通路は全てふさがれてしまっているはず。
できるだけ早く逃げたいので遠回りな道も却下。となると、正規の通り道は考えない方がいい。
はぁ、とため息をつくノーヴェ。
「それにしても、脱出口が前にジュライがドラゴンと一緒になって作ってしまった大穴からだなんて……」
「あははっ。ジュライもたまには役に立つってことじゃーん、あいつが生きて帰ったらちゃんと礼言ってやんないとじゃんよ」
「……そういうことにしておきましょうか。ともかく、もう少し―――この角を曲がった先の部屋ですわ」
111 :
NPCさん:2008/08/24(日) 01:13:34 ID:???
歩く。足音を殺し、目前になったゴールを目指して。
長い長い歩みの果て、二人は扉にたどりつく。
ノーヴェはその扉を見て安堵の息をつき、マーチは扉の前に立っている騎士を見て舌打ちした。
「ようやく到着ですわ」
「けどまぁ、あの騎士邪魔じゃんね―――ちょっと一仕事してこようかね。ノーヴェ、見つからないようにここで大人しくいい子にしてて待ってるじゃんよ」
「だ、誰がいい子ですかっ!ほら、さっさとお行きなさいっ!」
はいはーい、と軽く言うとマーチは小柄な体で気合をいれ、一度目を閉じると息を吐き出した。
次の瞬間、一緒にいたはずのノーヴェにすらマーチの姿が薄らいで見えた。
これがマーチの得意とする戦法である。彼女の気配遮断は感嘆すべき腕前であり、しかし彼女自身はこの技を嫌う。
正々堂々、という甘い考えが通じるわけではないと知っている。単に彼女自身が派手に暴れるのは好きで、隠れて不意をうつのを良しとする性格ではないだけだ。
とはいえ守るものがいるのならばそう甘いことも言っていられない。
目の前の敵に向けて敵意を打ち消し、ただ闇と同化し、その時を待つ。
うっすらとマーチの姿を見てとれるノーヴェは、ぎゅっと拳を握り締めてその姿を見ている。
そして、一瞬の隙をついてどつりっ、と重い音が響いた。
その瞬間だけは、ノーヴェは目を逸らした。人を癒すということを生業とする彼女は、たとえ見知らぬ人間であろうと傷つくのは見たくない。
しかし、その彼女の優しさが仇となった。目を閉じたその一瞬、月に照らされた影がちらりと動き、それをたまたま見ていた騎士がいたのだ。
剣を持つ騎士よりは金属部は少ないが、装飾の多い革式の騎士甲冑がノーヴェに向けて杖を向け、風の刃の渦を放った。
気づいた時にはもう遅い。見えなくとも彼女は魔法を使うものだ、自分ひとり殺すには十分すぎるマナの高まりが感じてとれる。背筋が凍る。
風が渦を巻き、近くの柱を傷つけながら彼女を襲う―――その刹那。
112 :
NPCさん:2008/08/24(日) 01:16:17 ID:???
とん、とその胸を押された。視界が回転。スローモーションのようにじわじわと後ろに流れていく景色。
ざくざくざく、と風が肉を裂く音がする。それはノーヴェの体からではない。
ぼたぱたっ、と盛大に血が滴る音がする。それはノーヴェの体からではない。
ぎりぎりっ、と歯を噛みしめる音がする。それはノーヴェの体からではない。
倒れこむまでに見えたのは、桃色のドレスがずたずたになり、赤く染まっていく光景。そして、ドレスの人影がそれでも前進をやめない姿。
痛い。痛いに決まってる。だって、そんなに血に染まっているじゃない。言いたい言葉は形にならない。
全ての音を放った相手は、痛いに決まっているその痛みを、それでも不敵に笑って吹き飛ばしながら、敵の杖を刃で斬り飛ばす。
返す一刀。袈裟懸けに刀を振りぬく。それは、革鎧しか着ていない相手を絶命させるには十分すぎるほどの一撃だった。
はぁっ、と大きく息をついて、鮮やかなまでに敵を斬り殺した彼女―――マーチはノーヴェに向かって倒れこんだ。
その光景に心を凍らされたような心地になりながら、ノーヴェは彼女を支える。
「マーチっ!?」
「あ〜ぁ、まったくもうノーヴェってば。大人しくしてろって、言ったじゃんよ……?」
113 :
NPCさん:2008/08/24(日) 01:17:04 ID:???
こふっ、と咳き込む。その口から吐き出されたのは血の塊だ。同時にマーチは意識を失った。
危険な状況だとノーヴェには一目でわかった。
サムライをしているとはいえ、種族柄かマーチ自身はそう体力のある方ではない。重い鎧は着込めないゆえに気配遮断という技を磨いていたのだ。
どんな状況になっても相手が倒せるように、という能力を優先して覚えていった結果だ。
装備が重くできないという状況では、彼女は避ける技を身に着けていくしかなかったのだ。よって彼女の防御力は前線要員にしてはかなり低い。
魔法に弱い能力でかわせないとあっては、マーチ自身には耐えるしかない。
しかし度重なる騎士達との戦闘、ついでにノーヴェの爆撃と体にガタがきていたところに今の魔法の直撃だ。無理に無理が重なり、彼女が意識を失うのは当然だった。
ノーヴェは自分のウエストポーチを探りながらマーチに手当てを施していく。
けれど出血が止まらない。ダメだ、と諦める声がする。それは彼女の死ということではない、ここからの脱出確率がほぼゼロになったことだ。
これは回復魔法を受け付けてくれるのならばすぐ動けるまで回復する傷だ。しかし、マーチは回復魔法に拒否反応の出る特殊な体質の娘なのである。
その状態では彼女の薬を受け付けても、しばらく安静にしていなければならない。けれど、この敵地のど真ん中でそれは死を意味する。
こうなればとるべき道は一つだ。
諦めてたまるものか。ゴールは目の前。これまで自分や妹を守り続けてきてくれたこの心優しい妹を、今度は自分が守りぬく。
戦う力なんかなくても、この小さな体を背負って扉を開け、一発だけ残ったグレネードで破砕し後は歩き続けるだけ。
もう呼吸音さえ小さくて聞き取れないような、苦しそうなマーチの吐息を感じながら、ノーヴェは音を立てぬよう注意を払いつつ進む。
最後の一歩、扉に手をかけたその瞬間、がちゃり、と鎧の音がした。
音の方を振り向けば、血のついた鎧に気づいた騎士が一人こちらに向かってくる。
止まりそうになる呼吸。けれど、諦めない。まだ生きている。できることはたくさんある。
114 :
四月の雨:2008/08/25(月) 02:43:23 ID:???
相手の抜刀。
急いで扉を開く。
閉じようとした瞬間、扉が切り払われた。ドアノブにまだ手をかけていた彼女は大きくバランスを崩すものの、なんとかマーチを落とすことなく踏みとどまる。
けれどそれで何ができるわけでもない。彼女が体勢を整えた時には、敵はすでに白銀に輝く剣を大きく振りかぶっている―――!
マーチを抱えたままの彼女には避ける術もない。できたことといえば杖を差し出すことのみ。
しかしそれでも意味があったのか、ほんの少しひるんだ騎士の刃は杖の先端を叩き切った。おそらくは魔法が放たれるのではという懸念がそうさせたのだろう。
結果、騎士の剣は彼女のドレスをかぎ裂きに引き裂いただけに終わる。
けれどノーヴェは自身の数秒後の死を正確に予見する。先の一撃は単に運がよかっただけのこと。すでに放たれようとしている横薙ぎの斬撃までは回避できない。
ここまでなのか。
こんなにも頑張ってくれた妹がいるのに、自分がそれをムダにするのか。
嫌だ。絶対にイヤだ、そんなことは認められない。
けれど無常にも剣はノーヴェを襲い―――しかし、彼女の身に届く直前で停止した。
115 :
四月の雨:2008/08/25(月) 02:45:45 ID:???
「……おいおーい?いっくらあたしが温和だっつってもさぁ、さすがに姉妹が剥かれんのは黙って見てらんないってーのよ、クソ野郎。
罰として殺してやっから死んで償っとくじゃん?」
騎士は、ノーヴェの後ろから放たれた一撃により絶命していた。
ノーヴェの目に涙がたまった。その声は、彼女の背中から聞こえていた。
「マー……チ?」
「うぁ、ノーヴェなにこの状況。ノーヴェにおんぶされてんのとかマジ始めての体験じゃんよ」
あくまで軽い口調のその言葉に、涙があふれる。
まだ敵地の只中だというのに、安心して動けなくなりそうだった。それでも心をなんとか奮い立たせ、その軽口に答える。
「……そうですわね、おそらく最初で最後になるでしょうから、今の内に存分に体験しておくといいですわ」
「んー、ごめん。そうさせてくれると助かるじゃんよ……正直、今ので打ち止めー。もう指一本動かせる気しないじゃん」
「まったく。助けてほしいのでしたらきちんとそういえばいいのですわ。だって―――わたくし達は姉妹なんですもの」
いつもいつもそう繰り返していた八月のように、彼女は笑った。
―――やがて、屋敷を爆音がゆるがす。
その後の騎士達の必死の捜索にも関わらず、
<エリクサー>ノーヴェ=メイプル、<ライトニング・エッジ>マーチ=ブロッサム、<スターライト・ウィッチ>メイ=フォレストの三名は死亡確認されながったという。
報告書には「あの状況下での脱出は不可能。後の消息もつかめぬため、死亡扱いとする」という一文があるのみである。
116 :
四月の雨:2008/08/25(月) 02:47:38 ID:???
<冬 −水ぬるむ、ころ−>
「―――え」
それが、彼女の発した最後の言葉になった。
言葉が声にならない。お腹に刺さったナイフが冷たくて、体が熱い。
痛い、痛いよ、なんでこんなことするの、やっと助かったのに。ねぇ、なんで?なんでわたしをおいてくの?
声にならない声が次々に生まれて、口だけが動く。それを見ていた黄色いドレスの女は、彼女―――13班<9月>のセプの小さな体を思い切り蹴飛ばした。
「きゃははっ、なんで?なんでって今聞いたの?決まってるじゃない―――アンタらが憎いからよ、13班」
蹴飛ばし、転がった子供の体を、今度は踏みつける。何度も何度も、鈍い音が響く。
「なんでアンタがアタシの後つけてきたかは知らないけどさ、アタシには邪魔なだけなのよね。
やっとこのうざったいところから開放されて、普通の人生を送り出すってのにさ。
邪魔なの、ねぇ、その小さな脳みそでもわかる?きゃははっ。邪魔ってさ。うざくて、必要なくて、邪魔、ジャマ、邪魔ァァァっ!」
踏まれるたびに反射運動をしていたセプの体。その反射もだんだんと弱ってくる。
やがてぴくりとも動かなくなるセプ。その体に纏っていた黄緑色のドレスはぐちゃぐちゃに踏み潰され、土にまみれ、一部は赤にも染められている。
その光景を見て、女はきゃはっ、と全身からあふれる愉悦をこめて、楽しそうに笑った。
「あーあ、きったなぁい。でもアンタにはお似合いよ、セプ。13班(こんな)連中、みーんなみんな、泥にまみれて汚い死に方すんのがお似合い。
あれだけの騎士に襲われて、ぐちゃぐちゃに踏み潰されちゃえ」
「残念だったな、思い通りにしてやれなくてよ」
117 :
四月の雨:2008/08/25(月) 02:48:24 ID:???
黄色いドレスの女からではない、たおやかな声。
その声に聞き覚えのあった彼女はあわててそちらを向く。
―――そこには、鋭い目つきの赤いドレスの少女、エイプリル=スプリングスが立っていた。厳しい目で彼女を見ている。
エイプリルは、問う。
「それで?これはどういうことだ。姉妹を殺し、さらに騎士を呼び寄せたのは自分だ、みたいな言い草じゃねぇか」
「エ、イプリル。どうして、ここに……」
「質問に質問で答えるなって教えられなかったか?なあ作戦立案長サンよ。
教えてやる義理はないが……生き延びるためならなんでも利用する性質のお前が、盾の一つも連れずに脱出しようとするなんて不自然きわまりないと思わないか?」
ぐ、とうめき声を発する女。エイプリルはいつでも魔導銃を引き抜ける体勢で女を見つめている。その顔には皮肉気な笑みがある。
それで?と彼女は女に再び問う。
「こっちの質問にはいつ答えてもらえるんだ?俺自身はどっちでもいいんだがな」
「……どっちでも?」
「お前がこの状況の原因だと認めても認めなくてもどっちでもいいと言ってる。
―――どっちにしろ、お前がセプを殺してるのを見ちまった、裏切り者として処断すんのには十分だ。姉妹をあんな殺し方する奴を、俺は姉妹なんて認めないさ。
それで。やったこと全部洗いざらい吐き出してから死ぬか、セプを殺ったことだけを裏切りの証として死ぬか。
どっちがいいんだ?とっとと答えろよジェン、いや情報部13班<一月>・ジャニュアリー=スノウフラワー!」
黄色いドレスの女―――ジェンは、その言葉にしばらくうつむくと。きゃは、といつもの笑い声をあげて暗い視線でエイプリルをねめつけた。
「アンタにしてはきちんと頭使ってんじゃないの、エイプリル。どしたの?どっかでぶつけたとか?」
「お前の計画が杜撰なだけだ、ジェン。ある程度は有能なんだろうが、もう少し自分を過信するクセを治せとオーガストがいつも言ってたはずだが?
結局はお前はあいつすら格下に見て、他人の忠告を聞かないから足元をすくわれるんだ。マヌケ」
「きゃは。アンタがアタシをマヌケ扱いすんの、傑作だね。
いいわ、どうせ誰にも言う必要ないとは思ってたけど、そんなに聞きたいっていうんなら聞かせてあげる」
118 :
四月の雨:2008/08/25(月) 02:49:56 ID:???
きゃはははは、と空回るように笑い声だけがその場に流れていく。
「簡単よ。アタシはここに連れてこられるまではちょっと大きな商家の娘だった。
けど、その商家ってのが前皇帝の機嫌を損ねたらしくて、一家はアタシを残して全滅。アタシはほんのちょっとのお金を握って、貧民街に叩き落されたってワケ」
「……俺はお前の半生の話を聞きたい、と言った覚えはないんだがな?」
眉をひそめてそう言うエイプリルに、いつものように人を見下しきった視線でジェンは答える。
「まったく気の短い子ね、バカじゃないの?話はここからだっての。
アタシは、アタシにそんな生活をさせた奴を見つけたら八つ裂きにする気でいた。
よりによってアタシに貧しい思いをさせ、苦い汁舐めさせた奴に、何としてでもその償いをさせてやるってね。
13班に入ったのも、国の暗部の最高の諜報機関ならその情報を手に入れられるかもしれないから、ただそれだけ」
そこまで言うと、ジェンはきゃは、とまた笑った。
「―――けど、驚いたわ。まさか13班そのものが前皇帝の命令でウチを襲撃してた、なんてわかった時にはね。
その時のメンバーは、もう今のメンバーによって刷新されてしまってる。要は死んでるのよ、アタシが殺してやりたいと思ってたのになんて皮肉?
殺す相手がいないのは仕方がないから、ココを潰すことにしたワケ。
今の皇帝を蹴落としたがってる身の程知らずの伯爵に取り入って、ソイツの部下を使って皇帝の妹の暗殺計画を立てて、失敗させる。
そして、皇帝のエージェントにその計画を立ててる人間が13班の人間であるという情報を流す。
後は、そのエージェントに13班が企んだことだって嘘情報を流せばそれでお終い。
きゃはは。帝国も皇帝も、アタシの手駒になってわざわざアンタ達を殺しにきてくれた。良いコマになってくれたわ」
「……ずいぶんと回りくどい手を使うな。俺たちを消したいだけなら無理な任務にでも全員で突っ込ませればいいだけだろうに」
119 :
四月の雨:2008/08/25(月) 02:50:49 ID:???
「13班がチームで任務に行くときは多くてせいぜい4人まで。それじゃあ最低3回も同じことを繰り返さなきゃいけないじゃない。
その間に気づかれればお終いだし、なによりアタシはアンタたちの虫ばりのしぶとさを絶対に過小評価しない。
アンタたちを殺すには圧倒的な数で、それも能力にばらつきのない連中を、無制限にぶつけるっていうのがベストなのよ。
それだけの人間を動かせる人間って言えば、やっぱり皇帝閣下サマくらいしかいないもんねぇ?」
そこまで話を聞いて、やはり顔色一つ変えず。エイプリルは問うた。
「まぁ、色々と小難しい話は聞かせてもらった。
その上で言わせてもらうが―――地獄に落ちる用意は済ませたか?」
「きゃはは。ずいぶんと自信満々じゃないの、考える頭のない小娘風情が」
「当たり前だ。俺はまだ13班として八月の最新の命令を受け付けたままでな、なら13班の人間としての責務を果たさなけりゃならない。
ひと時でも在籍したんだ、お前も知っているな?13班の鉄の掟―――裏切り者には、死だ」
「来るならさっさと来なさいよ、それとも怖くて来られないとか?きゃははははっ、アンタにしちゃ前口上が長くないかしらっ?」
「用意が済んでるならいいさ―――行くぜ」
エイプリルは走りながら魔導銃を引き抜き、引き金を引く。
放たれた弾丸はあやまたずジェンの眉間へと飛びくる。ジェンはその正確な狙いを読んでいたかのようにくるりと回りながら半身になり、その銃弾をかわした。
遠距離からでは攻撃は当たりはしない。ジェンはエイプリルのクセを知っている。
正確な狙いは、裏を返せばかわしやすいということでしかない。二挺技はもう少しの修練が必要だ。
その程度の技ではあの逃げかわすことに関しては13班で1、2を争う女に通じはしない。ならばかわせないほどの至近距離で弾を叩きこむしかないだろう。
魔導銃の射程に入る以上にさらに自身に近づいてくるエイプリルを見て、ジェンは笑う。予定通りだ。彼女はエイプリルの戦法を知っている。
直接の戦闘力自体は低い彼女が、戦闘要員になったエイプリルとまともに相対して勝てるはずもない。ならば。
「活動と熱を象徴するものよ。色は赤、方位は南、あらゆる破壊と浄化の象徴。汝の名は炎、その力をもって我が敵を焼き尽くせ―――『ファイアボルト』っ」
120 :
四月の雨:2008/08/25(月) 02:51:51 ID:???
生まれるのは赤い炎の塊。それをエイプリルに向けて放つジェン。
エイプリルは右前に跳んでかわす。狙いは甘い、そうかわすのは難しくなかった。さらに距離を詰めようとした時、彼女の背筋に怖気が走った。
ジェンは―――その状況を見て、笑った。
きゃはは、という笑い声。その笑みは、彼女が相手に対して圧倒的優位にいる時にしか浮かべない笑み。
次の瞬間、エイプリルのかわした炎の玉が地面に触れ―――彼女を中心に半径5mほどが爆発した。
炎が渦巻き、熱風が荒れ狂い、黒煙がらせん状に舞い上がり、ものの焼け焦げる臭いが立ち込める。肉の焼ける臭いは、慣れていない者にとっては吐き気を催すほどだ。
ジェンはそれを一瞥して踵をかえし―――射すような殺気に打たれた。
ひっ!?と息を呑み、再び焼けた大地を見直す。
しかし、そこにはぱちぱちと火が爆ぜる音を立てながら黒煙を立ち込めているだけ。動く影などどこにもない。
けれど先ほどから今も続く殺気は本物だ。逃げることに特化している彼女が、獲物を狙うような殺気を間違えるはずもない。
どこから来ているのかと視線を巡らせるが、しかしそんな相手は見当たらない。
その時だ。
赤い影が、唐突に目の前に現れる。
金の髪が風と重力にもてあそばれて踊る。黒い銃口はジェンに向けられ、青い瞳は変わらず彼女を貫く。
あの爆炎の中に消えたはずのエイプリルが、そこに立っていた。
彼女は爆発の瞬間、大きく上に跳んで2、3発魔導銃から弾を放ちさらに爆発から距離を稼ぎ、爆風に乗って爆発そのものから逃れたのだった。
ジェンは死神を前にして逃げることしか頭になかったが、それでも逃げられないと良すぎる頭が答えを出していた。
彼女はやはり無表情のまま―――
「じゃあな、ジェン。俺は姉妹を殺したお前を許すわけにはいかないし―――許すつもりもさらさらない」
―――その手で、引き金を引いた。
121 :
NPCさん:2008/08/25(月) 03:06:00 ID:???
ー
122 :
四月の雨:2008/08/25(月) 03:06:21 ID:???
<幕間・一月の思い>
かあさまは厳しいけど、優しい人だったんだ。
とうさまは怖かったけど、休みの日は一緒に遊んでくれたんだ。
兄は意地悪ばかりしてきたけど、怖いものからアタシを守ろうとしてくれたんだ。
そんな人たちをアタシから奪った奴を、どうしても許せなかったんだ。
逃げて逃げて、死に物狂いで生き延びて。そいつを殺すことしか考えなかった。考えたくなかった。
アタシの家族はあそこだけだ。だから、姉妹なんていらない、いらないんだ。
ここにいればいるほど、アタシは家族のことを忘れてしまう。
違うんだ。アタシの家族はあそこだけなのに、アタシの家族はなくなってしまったのに。
忘れたくなんかないんだ。心地いいなんて認めたくないんだ。アタシの中から出てってくれっ!
そうでないと―――そうでないと、アタシはアンタらを家族の代わりにしちまうじゃないか!
123 :
四月の雨:2008/08/25(月) 03:08:02 ID:???
<四月と雨>
躯は野ざらしのまま。しかし、爆発の音を聞きつけたらしく騎士の移動音が近づいてくる。
死んだ人間はモノでしかないが、元は姉妹だ。放っておくのはイヤだった。騎士達に蹂躙されるのは我慢がならない。
仕方が無いので、爆発であいた穴に二人分の亡骸を放り込み、略式ながら土を盛って、鎧の音から逃げるように駆け出す。
ここを戦場にしないために。ついでに生き延びるために逃げながら。
そして―――今に至る。
彼は、問う。
雨の中、その言葉は深く響く。
「貴様は、余に反逆の意思を持っているか?」
そう、彼女の姉妹を奪った男は問うた。
は、と自嘲するように笑って、エイプリルはそれに答えた。
「個人的に腹が立つと言えば立つが、あいにくと俺はそんなご大層なことを考えられる性質じゃなくてな。
反逆だのなんだのは、上の連中が考えることだ。俺はその命令を聞いて、戦って死ぬ役割。ただ、最後に上司に受けた命令は『好きにしろ』ってもんでな。
『反逆に手を貸せ』なんて言われた覚えはねぇから、そんな考えはこれっぽっちもないとだけ言っておくさ。信じるかどうかはお前次第だ、坊や」
「余を坊や呼ばわりか小娘。それだけで不敬罪で殺してやってもよいのだぞ?」
124 :
四月の雨:2008/08/25(月) 03:08:46 ID:???
言いながら、ゼダンは剣を抜き放ち、エイプリルに突きつける。
それと同時、エイプリルもまた銃口をゼダンに向けた。にわかにざわめく周囲の騎士達。それを遮るように、エイプリルは言った。
「はん。どうせ反逆者として討たれる身だ、あんたが俺を殺すってんなら、最大限の抵抗はさせてもらう」
「この距離なら剣の方が速いぞ?」
「俺のあだ名を知らねぇか、皇帝様。
情報部13班<デス・バレット>エイプリル=スプリングスだ。俺が死のうとこいつの弾は、あんたの眉間を貫くさ」
しばしの睨みあい。どちらの顔にもふてぶてしい笑みが浮かんでおり、剣先も銃口も降りしきる雨の中ブレることはない。
冷たい雨と視線の中、先に武器を下ろしたのはゼダンだった。
「よかろう。その生意気な物言いが気に入った。
エイプリル=スプリングスよ、貴様に余が直々に刑を申し渡す。反逆未遂罪により貴様を刑期2100年に処す。
貴様は我が帝国の永久独房に移送するものとする」
「おいおい、俺を捕まえようってのか?他の連中は殺したってのによ。
それにあんたにゃ余計な忠告だろうが、反逆者なんぞ放っておいてもろくなことはねぇぜ?」
「反逆者であるがゆえに殺したわけではない。反逆者だという証拠はあれど刑を申し渡した覚えはないからな。
捕らえにいこうとしたはいいが、貴様らが先に騎士に手を出したのだ。自衛行為として剣を抜くのは仕方があるまい?」
「いけしゃあしゃあと……死人に口なしってか?さすがは皇帝様ってところかい坊や」
「それでどうするエイプリル=スプリングス、情報部13班最後の生き残りよ。
貴様は死んだ仲間のために命を捨てる無駄死にの道を行くか、それとも生きながらえるかどちらを選ぶのだ?」
125 :
四月の雨:2008/08/25(月) 03:09:42 ID:???
そう言われて、エイプリルも考えた。
この男は姉妹を殺した実行犯ではあるものの、仇はすでに取ってしまった。
彼女は任務を全うしただけなので仇、というのも少しおかしいのかもしれないが。
ともあれ、この男自身に特に恨みがあるわけでも、戦う理由があるわけでもない。
―――ついでに言うなら、少し疲れた。
「いいだろう、捕まってやるよ坊や。ただし、反逆なんて俺には身に覚えがない」
「罪はあくまで認めない、と言うのか?」
「そのことについて俺があがなう罪はどこにもないもんでね。いくらでも閉じ込めておくといい――― 一度でも放てば、俺は外に行っちまうからな」
そう言って、彼女は不敵に笑った。
口の減らぬ女だ、と言い捨て、ゼダンは去っていく。エイプリルは両側の騎士に縄をかけられて馬車に放り込まれた。
長い一日が終わる。
今までいた姉妹は、もう彼女の側には一人もいない。
疲れて眠りに落ちる一瞬前。あの懐かしい声がした気がした。
『それでいいエイプリル。生き延びてくれ。そして、時を待て。
―――なに。すぐに会える。私たちは姉妹なのだから』
エイプリルの頬を、輝線が伝った。
126 :
NPCさん:2008/08/25(月) 03:10:21 ID:???
さ
127 :
四月の雨:2008/08/25(月) 03:10:56 ID:???
<はじまりの足音>
エイプリルが牢に入って3ヶ月の時が流れた。
まずつけられたのは首輪。彼女が看守に聞いたところによればこれはスイッチ式の爆弾で、スイッチはゼダンが握っているとのこと。念の入ったことである。
とはいえ、これまで数回皇帝に厄介事を押し付けられて、百年ほどは刑期を短くした。
この分なら10年も経てば外に出られるだろう―――まぁ、それまで待ってやる気などは彼女にはさらさらないが。
何か大きな事件でもあってくれれば外にでやすい。それまでは待っているしかない。
待つ時間はヒマといえばヒマだが、たまに看守が外の話をしてくれる。この国の人間にはめずらしく陽気な若い男だ。
その辺りのことをつつくと、実は彼はある組織から出向しているスパイなのだという。
台無しのカバとか言ったかと彼女は記憶している。もう少しネーミングセンスを考えればいいものを、と思ったことがある。
そして彼女は、また時を待つ。
かつんかつん、と固い靴が石牢を進む音が聞こえる。
また厄介ごとが起きたらしい―――今度は、もう少し刑期が短くなることを祈って。
そして、その旅路の果て。彼女は大切な、そして放っておけない仲間達を手にすることになる。
end
うぃ、長らくお付き合いいただきありがとうございました。本気で長いよこの話っ!
しまったなぁ、分割投下でもここまでキツイとは正直思ってなかったっつか、そんな感じ。反省。
で。
前に予告しといて結局日付はまたいだ話の投下をさせていただきます。
結論!結局4部作になった!一応エンディングだけは別投下!
けどたぶん一番盛り上がるのは今回です。自分はたぶんポンチ吸血鬼娘と魔剣さんを心から愛してます。
☆月Δ日 午後6時
今日は色々なことが起きる日だ。
いつものように守護者の嫌がらせの混じった依頼によって、元星の巫女と共に主の学校にある月匣に突入。
そこで一人の少女と出会った。
……いや、出会った時に主がまた無謀なことをしようとしていたのは叱るべきなのだろうが、正直あの状況では不覚をとるのも仕方がないとはいえるだろう。
そこは許そう。わたしを一人にしないためにも、できるだけそんなことは控えてほしいが。
ともあれ。その少女とは世界の行く末をどうこうできる能力を持っているらしい。きな臭い話になってきた。
まぁ……今代の主になってから、日常茶飯事と言ってもいいような気がしなくもない。
とはいえ、今回も気を抜いていられるような状況ではなさそうだ。くまの小娘の件もあることだ、せいぜい気をつけるとしよう。
☆月●日 午後7時
久方ぶりに学校で生活できる主の姿を見るのは、わたしとしても少し嬉しい。
……剣であるわたしがそんなことを心配するのは正直どうなのかとも思うが、これも世が平和だということだろう。
大切な人を残したまま最期をむかえることも、娘を目の前で殺されることも、兄弟で殺し合うこともない―――平和。それは尊いものだと、わたしは知っている。
主はそれを守るものであると同時に、やはりその内側に身を置くべきものでもある。
ウィザードであろうと、やはり主は人間だ。学生ならば学生らしいことの一つもすべきだろう。
今は、冬だというのに、外に出て宝玉の娘と元星の巫女と共に星を眺めている。部活動、というらしい。
星は変わらない。いつの時代であろうと、夜になればぽつぽつと光を投げかける。
わたし達魔剣は、主に出会うまでは暗闇の中に閉ざされる。新たな主の覚醒が近づくと、その暗闇に一点の光明が射し、覚醒に向かう。
一面の闇にそそぐその一筋の光は、まさにこの星明りのようだ。天の光は全て星である現実世界とは比べ物にならないほど、その光は希望であり夢の終わりでもある。
今の主は、わたしの希望なのだ。これまでの因縁を全て解決してくれたこの主は、今までの誰よりも光り輝く星だと思っている。
わたしは今、この星ともっと共にありたいと思っている。
130 :
NPCさん:2008/08/25(月) 03:25:54 ID:???
し
☆月▲日 午前1時
うそだろう……?
なぜだ、なぜここで終わらなければならない。
わたしがいて、主がいて。なぜそれで主が死なねばならない?
そんなのはイヤだ。ちがう、なんで、イヤだ、死ぬな、やめて、死なないでっ、消えないでくれお願いだからっ!
わたしをっ、ひとりに―――
『……お兄ちゃんは死なないよ。あの子が、お兄ちゃんを助けるから』
光。
主を失ったことで暗く閉ざされていこうとしたわたしの世界に、一筋の光が射した。
主と出会ったあの日のように、星の光のような輝きが世界を照らす。
郷愁と歓喜で、意味もなく泣き出してしまいそうだった。
理由なんて今はどうでもいい―――主が、戻ってくる。それだけで、わたしは十分すぎるほど報われる。
『本当の戦いはこれから起こるの』
そんな不吉な予言を聞きながら、それでも主が戻ってくることをわたしは喜べる。
今度は失わない。何があろうと主を失ったりはしない。敵がなんであろうと、わたしは主を守ってみせよう。絶対に。
蝿の女王に意趣返しをして数時間が立った。
その間色々あったが―――またも厄介事に巻き込まれた主が、またも世界を敵に回すという状況になっていた。
……いや、もうある意味慣れたけども。
ともあれ。今回は傍らにいる宝玉の娘を敵だらけのあの趣味の悪い宮殿から逃がすための逃避行だ。
宝玉の娘はこんな状況になったことを申し訳ないと思っているようだが、主はやはり主だというべきか。
共に戦った仲間を、学校に一緒にいった友を、死なせたくないというだけの理由で突発的な行動をとった。
その根底は失いたくない、守りたいという主自身の強い願いだ。悪い言い方をするのなら個人的な欲望だと言ってもいい。主自身それを否定はしないだろう。
つまり主自身はしたいからしていることであり、さらに守る相手にやめろと言われたくらいで引き下がりはしない程度に頑固者だ。
大人しく守られていろとでもいうべきなのだろうか。主は、守ることをけして諦めたりはしないのだから。
なにしろ、守りたいものを守るためにこれまで第三の選択を作り続けてきた大バカ者だ。もうその手の説得は諦めた方がいい。時間の無駄だ。
そして―――わたしからも言わせてほしい、宝玉の娘よ。
貴女のおかげで、主は再びの生を得ることができた。わたしは一人にならずにすんだのだ。
主が貴女を守ると決めている以上、主は貴女の騎士となる。本人はガラじゃないだのなんだの言うかもしれないが、それは厳然たる事実だ。
そしてわたしは主の剣だ。騎士の剣の意義は主を守り、主君を守ること。
ゆえにわたしは一振りの剣として、貴女を守ろう。騎士によって主君を守るために振るわれる剣であろう。それが―――わたしなりの、貴女への恩返しだ。
とはいえ。今回ばかりは正直大変そうだ。なにしろこれまでは主以外にも逃避行の仲間がいたわけであるが、今回は主一人。しかもほぼ力持たぬ守るべきものがいる。
そもそもわたし達は多数を相手取ることは不得手なわけで……正直。早いところ、光明とやらが現れてくれると嬉しいのだが。
133 :
NPCさん:2008/08/25(月) 03:29:15 ID:???
す
主は今神の欠片とやらと話し中。主と魂のつながりを持つわたしにもその会話は流れて伝わってくる。
宝玉の娘との逃避行は続く。今は元星の巫女の実家で主自身は眠っている……あれだけの戦いをしてのけた後であれば、当然といえるだろう。本当に、主は強くなった。
しかしまさか魔王まで一緒になって襲ってくるとは思わなかった。認識を改めよう、これは本当に大事件だ。
それで。神の欠片が言うには、主は世界の選択とやらをすることになったらしい。そのために宝玉の娘に力を使わせないこと、また世界を滅ぼそうとする者がいるとのこと。
……相変わらず、運命とやらを決める神は勝手なことをしているらしい。わたしの力はその運命を斬る、というものなのはご愛嬌だ。
本人の知らないところでそんな得体のしれないことに主を巻き込むなと一度怒鳴ってやりたい。割と本気だ。
ともあれ、さらに難しい条件が加わってしまった。これは本当に早く解決案を出すか協力者を見つけないとまずい。
とはいえ。主の知人のウィザードは、協力するか否かによらず守護者に押さえられてしまっているだろう。そんな時だけ行動が早いのもあの守護者の困ったところだ。
法王庁の神父は法王庁自体がこの事件に対処してくるだろうし、異世界連中には連絡をとる方法もない。赤き巫女・蒼き神子・星の巫女も当然守護者に押さえられ済み。
宇宙に浮かんでいる宇宙船は……正直、出てくるな。冗談はともかく、宇宙空間に行ったらより大火力を持つウィザード側に一撃だ。
どちらにしろ、主の疲労もピークだろう。
休める場所を確保したとはいえ、この家の人間は明確に援助行動を起こせない立場にあり、きちんとした回復法をとれたわけではない。
せめて再び逃げられるだけの体力を回復しないと、これから先行動しようにもできない。今は少しでも多く、きちんとした休息を。
この2時間ほどで、状況が激変している。
元星の巫女が主を襲い、戦意を持たない主がほぼ無抵抗で殺されそうになったところで何者かに操られていることが判明。戦意を取り戻して呪縛を開放。
正気に戻った元星の巫女を、世界に消滅を望むとほざく子供が殺害―――わたしでさえその瞬間まで察知することができなかった。あれは悔やんでも悔やみきれない。
宝玉の娘が、使用してはならないと言われた力を解放し、星の巫女を蘇生する。……これに関しては、私は何も言えない。主が蘇るのは、わたしも嬉しかったから。
戦意を喪失した主が、星の巫女の激励により再び宝玉の娘を救い出す決意をかため―――そして今に至る。主とわたしは、夜明け前の町を走っている。
……なんというか、色々と納得がいかないが。
主とともにいた時間の長い星の巫女。主がその言葉に反応するのもまあ仕方ないということにしておこう。
とにかく、主はまたわたしを執ってくれた。それでいい。そもそも、大バカ者が悩んだ程度でどう変わるというのか。
その先に光があろうとなかろうと、これまで体当たりで壁をぶち抜いて先に進んできた人間が。この程度で本当に諦めきれるわけがない。
ほんの少しの背を押す力、それが欲しかっただけの話だ。それを星の巫女が与えてくれたことを今は感謝しよう。おかげで今、夜を共に駆けられる。
これまで幾度となくともに駆け抜けてきた夜を、今までと同じように駆け抜ける。これがわたしと主のあるべき姿だ。こうでなければ締まらない。
さぁ―――はじめよう。救うと決めたものを取り返す戦いを。
これまで物語を丸く終わらせてきたわたし達がいれば、できないことなど何もない。
運命とやらをいじくって、自分の都合のために多数の悲劇を生み出す傲慢なる神に。人間の傲慢さをもってハッピーエンドを取り返す―――っ!
砕けた。
痛みは痛覚がないのだからないのだが、それ以上に酷い喪失感が襲う。魂を削られる不快感。
その中でわたしは崩壊に向かう。
失うのはひどく怖かったが、それはわたしが滅びることを考えていなかったがゆえに。
今いきなり自身の滅びを突きつけられ、その痛みに恐ろしさにおぞましさに叫びだしたくなるほど。
相手の手のひらの上で踊った上でこちらの勝利条件を果たしたはずなのに、そこで盤をひっくり返すという暴挙に走った神。
これまで幾度もそれに類するものを絶ってきたわたしが、何をすることも許されず砕かれた。
怖い、恐い、こわい。今度闇に落ちれば、二度と光を見ることはないだろう。それは本当に恐い。
閉ざされていく感覚。迫る闇。消滅への恐怖。それは際限なくわたしを闇の中に取り込もうとしてくる。
「滅び」が、「死」がやってくる。
誰か、この悪夢からわたしを―――
―――つかまれる、感触があった。
熱が伝わる。まだ存在できているのだという、まだ終わっていないのだという心が、意思が流れ込むほどに。
……ひい、らぎ?
瞬く星の光。
強い思いのまま、砕かれ、盾にもならぬ役立たずの剣(わたし)を握ったまま。わたしの星(きぼう)はまだ戦う意思を持って立っている。
そうだ。
守ると、決めたのだ。
刃の体現のようなその『業物』と共に在ると。その身を守ってみせるのだと、決めたのだ。
それが私だ。私の在る意義だ。最後までなどとは言わない、魂の一片まで消滅されつくすその時まで、私はこの主を、柊蓮司を守ると決めたのだった!
なんというか、我ながら思考がひどく主に似てきているような気がしなくもない。
けれど、今ではバカになるのも悪くないと感じられる。諦めきって、何もしないよりかはるかにマシ。
守る。絶対に守りきってみせる。
しかし、その意思だけでは不足。彼を守りきるには力が足りない。砕けた私では―――いや、結局私だけでは意味がない。
すべきことは敵の打倒。そうしなければ世界どころか柊の生もここで終わる。
どうするかと考えていると、柊に話しかけている傲慢な神の声が聞こえる。
私の手を取れ、と。なんでも、そうすればこの世界から救い出してやろうとのことだ。
あぁ―――愉快だ。
もう私には、柊がなんと答えるかがわかる。理解できる。私の半身だ、わからぬはずもない。
神よ。お前にはわからないのか。わからないのだろうな、私が、柊が答えることが。
神だから人の心がわからぬわけでもあるまいに。
私たちを理解できないということは、抗うことの本質を知らぬということ、抵抗の意味を考えぬということ。諦めないという概念を理解できぬということだ。
それは神が停滞していることを意味する。停滞しているものが、これまでずっと走り続けてきた者の意思を止められると思うな。
138 :
NPCさん:2008/08/25(月) 04:05:10 ID:???
せ
『お断りだ!』
そうだ。それでこそ私の認めた業物、最高峰に位置する刃!
愚かな選択と笑うなら笑えばいい。しかしその道以外を走れぬ在り方を、私だけは認めよう。今この場にある誰よりも、彼自身と私はそれを認め、その道を貫き続ける!
私の存在が夢でもいい。幻でもいい。それでも―――今ここにある気持ちは、この気持ちだけは確かに今ここに、この魂に確固として存在する!
その気持ちを誇りに思う私は、確かにここに存在するのだから―――!
滅びの『力』の具現が迫る。
私はせめて柊を守ろうと、自身の力を無理矢理に起動させる準備を整えて―――
不意に私たちと、神とを隔てる光の壁がそそりたったことに驚いた。
同時に響くのは二つの声。
宝玉の少女たちの声だった。
***
作戦は至って単純。
そもそも私と柊の二人でできることなど限られている。
元星の巫女が宝玉の力を運び、宝玉の娘が私にそれを宿し、私はその力を利用して刀身を形作り、その私を柊がふるって神を斬る。
とんでもなくシンプルでこれ以上なくわかりやすい。
力が流れこむ。
それは、神とまでされる者の力の渦。暴力にも近いその力に、自分が消し飛ばされそうになる。
けれど。
―――つかまれている、感触があった。
熱が伝わる。泣きたくなるほどの苦しみと痛みの中、それでも大嵐に耐えられるのは、ひとえにその手のひらの感触だけが私を支えているから。私を掴む手があるから。
そのためなら。その手のためなら。その手を守るためであるのなら。
どんな痛みであってもけして苦しくはない。
私はここで倒れるわけにはいかない。私はあくまで中継点。中継点で途絶えては、最後にバトンを渡せない。
私にできるのはものを斬ることのみ。何かを形作ることなど、ついぞやったことはない。
そんな私が担い手のための剣を作らなければならないのだ。一から作ることなど、どのようにやればいいのか皆目見当もつかない。
ならば。イメージするのはこれまでの私自身。
私は剣だ。これまで数多の夜を駆け、闇を、魔を切り払ってきた剣だ。そんな私がイメージできる刃の形など、私以外には存在しない。
刀身は今は存在しないが、自身の概念を、在り方を、形を、強く強くイメージする。
自身を今まで握り、共に戦っていた者達によって与えられてきたすべての経験をそこに重ねる。概念と経験を合わせることで、それは完璧な記憶となる。
あとはその記憶のカタチのままに力を形成し、刃と成すだけの話。
141 :
NPCさん:2008/08/25(月) 04:07:05 ID:???
そ
全てを斬り払う思いを。目の前の悪夢を絶ち担い手を守り抜くという誓いを。神までの道を切り開くという意思を。神の力を分け隔てる力を。全てを合わせ、固く結び。
今ここに―――『私』という人類の刃を完成させる。
蒼く輝く刀身が、そこにある。もとの形はやはり私であるが、これ以上に柊が振るうべき剣は存在しない。私以外にあの神を打倒できる武器はない。
これでようやく手が届くようになった。それだけのことであるはずなのに―――やはり、負ける気がしない。
だって、希望が見えるのなら柊は絶対に諦めない。そして、柊を守れる力があるのなら私はどこまでだって共に行ける。
何より私は神殺しとあだ名されし刃。最後に神の一つも殺せずして、どうしてその名を名乗れよう。
柊との、最後の突貫が始まる。 これまでの思い出が、郷愁に胸を焼く。
神の力を斬り払う。 ただ、主を失い続けた日々。
放たれた津波のごとき神の力を貫く。 新たな主を得て、呆れながらも笑って過ごした日常。
柊が啖呵をきる。 これまで積み上げた因縁を、ともに斬り払ってきた夜。
振り返らず、ただ前へ。 傷つきながらも、勝ち取ってきた誰かの未来。
最後の壁を打ち払う。 そして、私に与えられてきた全ての笑顔を。
泣き顔を笑顔に変えたいという、原初の願い。これまで忘れていた、私の守ったいくつもの笑顔を思い出して―――
貫く。
決着は、意外なほどあっけなくつき。
すべてが白に染まった。
143 :
日記の中身:2008/08/25(月) 04:26:23 ID:???
いかがでしたでしょうか、日記の中身でございます。
眠いの圧しつつネカフェで投下―――何やってんだろうね俺。
ともかくあれだ。魔剣さんは本当に大好きですよ。どうやら演出上柊に捨てられたわけではないらしいので一安心。
あとは次回GFを待って、魔剣さんのエンディングを書かせていただこうかと存じます。
ではまた。
144 :
NPCさん:2008/08/26(火) 12:19:33 ID:???
日記の人GJです
どんなエンディングになるか楽しみだ
145 :
NPCさん:2008/08/27(水) 01:46:38 ID:???
日記の人GJ!とりあえず魔剣ちゃんに一言、そこでくれはにやきもち妬くなよwwww
146 :
NPCさん:2008/09/01(月) 15:43:41 ID:???
感想すくねぇw
読んだら一言でもいいから感想つけると書いた人のやる気が出るんだぜ?
読んでないけどGJ!
147 :
NPCさん:2008/09/02(火) 12:24:18 ID:???
ここ人少ないからなぁ……
っていうか
>>146、GJ言うにしろ読んでからにしませんかww
148 :
NPCさん:2008/09/06(土) 09:29:51 ID:hlQM+UHN
ほしゅ
149 :
NPCさん:2008/09/08(月) 23:30:40 ID:???
G.J.
ロクにこちらに来ないから一気に読んだんだぜ b
あっちと共にエンディングに期待しております><
150 :
mituya:2008/09/21(日) 20:57:00 ID:T54ACk/0
こんばんわ。今まで読み専で初めて書き込みさせていただきます。
NWリプレイの二次は検索かけてもなかなか見つからず、引っかかっても、
自分の性別からしてちょっと読むのもカキコも憚られるようなとこしかなかったので、
ここを見つけた時は小躍りしましたw
前のスレの方を読ませていただき、飛竜の話と魔剣と出会ったばかりのチビ柊の話に
いたく感動し、「ならばこういうのはどうだ!」と妄想が止まらなくなってしまいした(- -;
文才がないのと、こういう場に不慣れなこともあり、微妙に躊躇いがあるのですが、
とりあえず、序章だけ載せさせていただこうかと思います。
もしも続きを所望してくださる方がいらっしゃるようなら、亀の歩みではありますが、
すこしずつ続きを載せていくつもりです。
前述の二つの話とネタが被ってしまっていますが、違う展開になっていく(はず)ですので、
広い心で御寛恕いただければ幸いです(- -;
151 :
mituya:2008/09/21(日) 21:00:11 ID:T54ACk/0
序章【因は果たして報いて応えん】
それは、異様な光景だった。
各々武器を手に、幾多の人間がたった一人を取り囲む。傍目には取り囲む者達が残虐な暴徒にしか見えぬ光景。だが、取り囲む者達からすれば、これは正当な処刑だった。
───彼の男は、赦されざる大罪人なのだから。
「───強く、なって…………戻、……てっ、くる……」
荒い息の下、その男は切れ切れに言の葉を紡ぐ。己を囲う人々が手にした幾多の得物に、その身を貫かれながら。
「───…………っ、にっ……負け、ない……二度、と……」
言葉の頭は男の喉から溢れた赤いものに遮られ、取り囲む者達には届かない。それでも、彼らはそれを怨嗟の声と聞いた。
───必ず、いつかお前達に報復する、と。
「───裏切り者が……!」
誰かが低く呻き、得物を握る手に力を込める。傷口を更に抉られ、男の口からは言葉の続きではなく、ごぽり、と赤いものが吐き出された。
男は、自身の吐いた血に濡れながら───目を細め、口の端を微かに持ち上げる。
それは紛れもなく───笑みの形で。
それを見た者達が、その意味を測る暇も、問う間もなく、静かに。
───“裏切りの飛竜”と後世に名を残す男は、息絶えた。
152 :
NPCさん:2008/09/22(月) 00:10:16 ID:???
>>150 おや、こいつは珍しいお客人だ。こんな人の来ないところで物書きをしたいなんて、酔狂なお嬢さんだね
めったに人は来やしないところだが、お嬢さんが気に入ったってんなら好きにすればいいさね
物書きに最初に一番必要なのは技術じゃない。書きたいって強い気持ちと、書くモチベーションだ
少なくとも、お嬢さんの書いた話からは「こんな話が書きたいっ!」って強い気持ちが見えたし、また見たいと少なくともあたしゃ思ったよ
自分でいうほど作法が悪いわけでもないよ。 お嬢さんがやりたいだけ続けりゃいいさね
……ん?あたしかい?
あたしゃ、単なるしがない二次の物書きさ。 お嬢さんが面白いって言ってくれた、その話のね
うんごめん。魔剣さんのエンディングはちょっと待って。今日やっと向こうが終わったとこなんだよぅ……
153 :
NPCさん:2008/09/22(月) 00:24:34 ID:???
154 :
mituya:2008/09/22(月) 07:44:16 ID:QAhWfWuq
152さん、153さん、温かいお言葉ありがとうございます!頑張ります!
152さんは魔剣ちゃんの作者様ですか!前スレの作品も152さんが書いてたんですか?
あんなに色んな話を書けるなんて・・・!
自分は基本柊×くれはな子のですが、あの話は心の底から大好きです!
魔剣ちゃん、可愛いです!続き待ってます!
155 :
NPCさん:2008/09/22(月) 08:46:12 ID:???
>>150 クロスオーバーSSに抵抗がなければ
ナイトウィザードクロススレオヌヌメ
156 :
NPCさん:2008/09/22(月) 10:57:13 ID:???
>>154 まぁとりあえず落ち着いてメール欄に半角小文字でsageっていれとこうな
155さん、156さん、オススメ&アドヴァイス、ありがとうございます!
クロススレ(まとめサイト)の方を探して、早速覗いてみました。
素敵な作品がいっぱいですね!柊がたくさん出てきて嬉しいです!(笑)
アニメから入った同性にはキリヒト派が多いですが、自分は断然柊派なので!
というか、皆さんからのリアクションが予想より速くて、ちょっとびっくりしてます(汗)
これがスレッドというものなのですね……
なんだか皆さんの読むペースというか、期待される掲載ペースに間に合うか自信がないのですが、
頑張って書いていきたいと思います。
と、とりあえず、今晩か明日の午前までに続きを掲載する……つもりです(汗)
158 :
NPCさん:2008/09/22(月) 19:14:50 ID:???
んー……スレッドにも速度ってもんがあんのよ、お嬢さん。
一日で1000超えるとこもあれば、いまだに2001年のスレッドが残るとこもある
ここは覗く人は多いけどそもそも書き込む人間が少ない。
今はお嬢さんが来てて活気づいてるけど、ここの前スレは平均で年に250レスくらいの大分進みの遅いスレだった。
そう慌てなくても大丈夫だよ。自分のペースで、人の目に出しても大丈夫だと納得できてから投下すればいいさ。
PS
特に誤字とかは気をつけてね
【碧き月、星に添いし竜に遇う】
そこは山中に人目を避けて作られた、名も無き隠れ里だった。
黒髪、栗毛、銀糸、黒瞳、赤目、緑眼、象牙、褐色、白皙───様々な色彩と容貌を持つ、人種すら異なる老若男女。一見何の共通点も見出せぬ人々の集い。
それでも、この里に住まう者達は皆紛れもなく同類であり、同志であった。
常の人には扱えぬ、異能の才を秘めたる者達の里。
───人の世にある、仙郷だった。
「───っとぉー……あー……いい天気だなぁ」
拳を突き上げるように上背のある体躯をぐっと伸ばし、男は間延びした声を漏らした。
まだ見る側によっては少年と呼ばれるかも知れない、若い青年。
東洋人の特徴そのままの色彩と容貌。ただ、その上背だけがその平均を大きく上回っている。
身の丈からすれば細身な体躯、しかしそこに脆さや虚弱さは感じられない。寧ろ、余分をそぎ落とし、ぎりぎりまで引き絞ったような鋭さがあった。
面立ちもそれなりに整っており、ややきつい眼差しも精悍といっていい。落ち着いた、しかし、素材も仕立ても質の良さが窺える装い、腰に携えた見慣れぬ意匠の長剣も相俟って、なかなかに見栄えのする容姿といえるのだが───
「……っぁふぁ……」
大口を開け、間抜けな顔で欠伸などされた日には、精悍な武人、という印象は蒼穹の彼方に消えるしかない。
「───っんー……」
風薫る初夏の森。木々の緑の間から覗く蒼穹を見上げ、青年は降り注ぐ木漏れ日ごと、澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。そうして、手近な木の根元に寄りかかると、瞼を閉じた。
そのまま、穏やかな午睡に青年が落ちるより早く、
「───飛竜」
若く澄んだ女の声が、彼の名を呼んだ。
161 :
NPCさん:2008/09/22(月) 21:14:19 ID:???
支援いるかにゅ?
162 :
NPCさん:2008/09/22(月) 21:20:28 ID:???
速度と分量から直書きとみた。
投稿する時は一旦メモ帳にでも書いてからまとめて投下するといいよ。
刹那、青年───飛竜はぎくりと身を起こし、声の方を振り返る。
そこにいた数名の男女。
その中でも他の者達に守られるように立つ、自身と同じ年頃の小柄な娘に眼を留め、飛竜は搾り出すように呻く。
「……か……楓、……様」
楓、と呼ばれた娘は応えず、自身を囲む男女に向けて口を開く。
「───皆、先に戻っていてください」
「楓様、しかし」
手近にいた女───楓とそう年の変わらぬ娘が戸惑った声を上げた。
彼女の腰には、その愛らしく明朗な印象の容貌には不似合いな長剣。それは飛竜の腰に携えられたものと同じ拵え。
また身を包む装いも、男女の差異こそあれ似通っている。
違うのは、剣の柄に嵌められた玉の色と、衣装の基調となっている色。飛竜は赤、娘は青。
しかしそれは彼女だけに限ったことではない。
その場にいる者の殆どは、各々色こそ違えど同じ装いに身を包み、同じ剣を携えている。
飛竜と娘を合わせ、全部で七色。
ただ楓と呼ばれた娘と、一同の後ろに控えて立つ一人の男だけが、例外だった。
男は飛竜よりも五つほど年を重ねているように見える。おとなしげな容貌に、中肉中背の体躯。
飛竜達と同じような衣装を纏いながらも、一人だけ違う拵えの大剣を背に負っていた。
楓はというと、そも剣を持たず、身を包む衣も他と意匠を隔している。
飛竜達の装いが、格式こそ失わないものの、まず動きを阻害せぬような仕立てであるのに対し、
楓の纏うものは幾重にも布を重ね、品と重厚さを大事とした仕立て。
一目で貴人のものとわかる、世辞にも動きやすいとは言えない衣装。
この装いからしても、守り守られるような立ち位置からしても、楓が彼らの上に立つ者なのは明らかだった。
164 :
NPCさん:2008/09/22(月) 21:23:27 ID:???
だねぇ。
直書き投下すんの手間だし、メモ帳→コピー→はりつけのが楽。
いえ、ワードに書いたのコピペしてるんですが、何か本文長すぎという表示が出て(汗)>162さん
一度に書き込める量って決まってるんですか?
166 :
NPCさん:2008/09/22(月) 21:27:39 ID:???
ここだと25行くらいを目安にしてやるとよいと思われ
ご返答ありがとうございます!
き、きりのいいところで分けるのが難しい……(汗)
「───え?」
木漏れ日の下、緩やかに歩を進めていた娘は何かに気づいたように足を止めた。
「……悲鳴?」
その傍ら───娘から一歩控えた位置を歩んでいた青年も同じように足を止める。警戒も露わに辺りを見回した。
「神子様、お社へ戻りましょう。何やら只ならぬ気配がいたします」
神子様、と呼びかけられた娘は、年の頃なら十代の半ばから末。背に流れる青みがかった緑髪。
小柄な体躯を包む重厚な装いには、最高位の貴人であることを表す文様が縫い取られている。楚々たる面立ちからは、いかにも深窓に育ったことが窺い知れた。しかし、その深い眼差しには、意外にも芯の強い輝きがある。
「いいえ、時雨。里の者に何かあったかもしれないというのに、私だけ逃げるなんて出来ません」
自ら様子を見に行く、と宣言する娘に、時雨と呼ばれた男は複雑な表情を見せた。
時雨は二十の半ば。鋭さを湛えた端整な面に、細身の長剣を思わせるような長身痩躯。
首の後ろで束ねた、ゆるく波がかった黒髪。地味ではあるが質の良い装いは、護衛の武人というよりお付の文官という印象だった。
「そのお心は尊く思いますが、もしも神子様に万一のことがあれば、それこそこの里は───」
「あら、時雨が護ってくれるでしょう?」
諌める言葉を遮って告げられた絶対の信を込めた言葉に、時雨は言葉を詰まらせる。
「───わかりました……」
ややあって、時雨が溜息と共に返した言葉に、彼女は花開くような笑みを見せた。
「では、行きましょう、時雨」
不意打ちの輝くような笑みに硬直した時雨の手を引いて、娘は軽やかな足取りで声の元へと向かっていった。
169 :
NPCさん:2008/09/22(月) 21:33:26 ID:???
あ、それからスレ投下はじめてみたいだから言っておくと、一時間に一定回数異常投下すると
連投規制・通称さるさんを受けることがある。これは一時間ごと、00分になるとリセットされる。
くらったらおとなしく解除待ってるといいと思います支援
供の手を引きながら、娘は密かに胸躍らせていた。
この生真面目な供は少々過保護の気があり、滅多に社の外に出してくれない。稀に出してくれても、せいぜい社の周りの森を少し歩くだけ。
無論、自身の負うものの重大さは理解しているし、その代わりに恵まれたものもあると理解している。
それでも、好奇心の強い年の頃。自身の知る場所の“外”を見てみたいという思いは、日々強くなっていた。
───里の外を見たい、とまでは言わない。けれどせめて、里の中くらい自由に歩きたい。
言ったところで、諌められ、宥められ、結局は叶わぬだろうと諦めていた矢先の出来事。
───初めて、いつもの決められた散歩道より外に出れる!
そう思えば、胸弾む心持ちを抑えられようはずもなかった。
そのきっかけが悲鳴であるというのが手放しで喜べないが、それでも、時雨が予想しているだろう大事や凶事ではないという予感───否、確信があった。
何の確証も理屈も存在しない、ただ絶対の確信。
この第六感とも言うべき感覚こそ、彼女がこの供に───里の者達に敬われる大きな所以。
だからこそ、娘は何の恐れも抱かず、ただ先を急ぐ。新たな出逢いへの期待に胸躍らせて。
そうして、向かった先で出逢ったのは───
「楓、待てっ!思いとどまれ!それはさすがに死ぬって!」
「うるさい莫迦飛竜!いっそいっぺん死んで思い知れぇ!」
里で自身に次ぐ地位にあるはずの巫女に追い回される、身なりのよい武人の青年だった。
171 :
NPCさん:2008/09/22(月) 21:38:05 ID:???
通りすがりに支援
169さん、ご忠告ありがとうございます。
と、とりあえず今日はここまでで……
次はいつになるかわかりませんが、気長にお待ちいただければ幸いです……(汗)
163のあとの一部を飛ばしてその後を投下してしまいました!
168の前に次のが入ると思ってください(汗)
うう……やってしまった(泣)
174 :
NPCさん:2008/09/22(月) 21:46:55 ID:???
うん、びっくりした。支援
楓は、戸惑う娘に言い含めるように繰り返した。
「戻ってください。───大丈夫ですよ、瑠璃。飛竜がいる限り、よほどのことがあっても私の身に大事あることはないでしょう」
瑠璃、と呼ばれた娘は、悠然と微笑む楓と、その楓に眼を留めたまま固まった飛竜を交互に見遣った。
瑠璃の視線に気づいた飛竜が向き直り、目が合う。刹那、彼は縋るような表情を見せた。しかし───
「わかりました、楓様」
瑠璃は、楓の言葉に頷いて答えた。
瞬間、目に見えてがっくりと項垂れた飛竜に向けて、瑠璃は微かに申し訳なさそうな視線を向けるが、前言を違えるようなことはなく、周りの者達を促してその場から去っていった。
その後姿を見えなくなるまで見送った、刹那。自然、威徳を纏っていた貴人の娘は態度を豹変させた。
悠然とした笑みを消し、楓は飛竜に向き直り───
「───逃がすかぁっ!」
叫んで、こそこそと中腰で森の茂みに逃げ込もうとしていた飛竜の背に───あろうことか、跳び蹴りをかました。
膝裏ほどまである豊かな黒髪が踊り、重厚な衣の裾が翻る。動きにくいはずの装いをものともせずに放たれた楓の蹴りは、狙い違わず赤い衣の背に命中した。
痛そうな鈍い音と、苦しそうなくぐもった悲鳴を伴って、飛竜はその場に潰れる。その背に片足を載せたまま、楓は低い声で言った。
「───な・ん・で、あんたはこんな処に居たのかなぁ……?」
その愛らしい面立ちに壮絶な笑みを浮かべ、黒目がちの瞳に剣呑な光を宿らせる。
「さ、里の見回りっ───ぐぇっ!」
言いさして、飛竜は潰れた蛙のような声を上げる。楓が、背に載せた足に体重をかけたのだ。
「おっかしいなぁ、あたし、言ったよねぇ?今日は神子様のところで集まりがあるから、全員参加するようにってぇ……!」
「ぐ、ちょ、楓、悪かったから!それ以上はやめっ、肋骨折れるっ!?」
必死に懇願する飛竜。しかしその呼びかけは、先程よりも砕けた形になっていた。
呼ばれた方はその点を気にする風もなく、しかし別の部分で引っかかったらしい。更に怒りの形相を濃くした。
「あたしはあんたの肋骨折るほど重いってのかー!」
「───ぐぉおおおっ!?本気で勘弁ーっ!?」
爽やかな初夏の森に、聞き苦しい男の悲鳴が響いた。
こ、こんどこそ今日は終わりで……
皆さんのご指摘、ご指導、ご感想をどきどきしながらお待ちしています(汗)
って、さっそく"さるさん”から止められました(笑)>169さん
177 :
169:2008/09/22(月) 22:47:47 ID:???
いやいや、忠告が実になったようでよかった。
文体がなんか彩雲国とか少年陰陽師とか十二国記とか思い出した。読んだことなけりゃ失礼
話はこれから始まる感じがしてすごく楽しみです。楓さんが実に活発な女性だ。惚れそう
178 :
169:2008/09/22(月) 22:50:55 ID:???
いやいや、忠告が実になったようでよかった。
文体がなんか彩雲国とか少年陰陽師とか十二国記とか思い出した。読んだことなけりゃ失礼
話はこれから始まる感じがしてすごく楽しみです。楓さんが実に活発な女性だ。惚れそう
さて、この出会いからどう続いていくのか……次回更新を楽しみに待ってます
小野主上は自分の心の師なので光栄というか恐縮というか……
他の二作は未読です……すみません、不勉強ですね(汗)
楓さんは自分でも書いていて楽しいので、そう言って頂けると嬉しいですvv
180 :
NPCさん:2008/09/23(火) 09:56:51 ID:???
>>166 というか、25±5行だね。
確か最高30行だけど、最大文字数だの改行数だのでひっかかる可能性もあるし、書いてる人の演出都合もあるから
投下お疲れ様でした。楽しく読ませてもらいましたです。次回更新お待ちしてます
ともかく、魔剣日記最終話本日投下予定。お昼くらい?
はっはっは、ここで20k投下とかねー。ただの馬鹿としか……さぁ何回さるさんくらうかなー(ヤケ)?
181 :
日記の中身:2008/09/23(火) 13:21:28 ID:???
待っててくれる人がいたかどうかは知らんが、日記最終話、お届けに上がりました。
最後は日記形式欠片もねぇっすけど。名前に偽りありだね。だね!
では投下。
目が覚めた。
覚めた、というよりも夢の中で目を開いている感覚に近いのだろうか。
何故だろう。
あの決戦の間こそ凄まじい力のバックアップがあったからこそ意識を保てたわけで、それがなくなった以上私に目が覚める機会などあろうはずもないのだが。
「それは、わたしが呼んだから」
おやクマ娘。
「TISだよ。ちゃんとTISって呼んで」
思ったことが伝わってしまったらしい。便利なようで不便というか、神というのは総じて趣味が悪くできているらしい。
おや、クマむ……もといTISがむくれている。
「これは失礼をした」
「……別に、怒ってないもん」
「あぁ、そうだな。そういうことにしておこう。
ところで神の欠片よ、この役目を終えたガラクタになんの用だ?」
「名前で呼んでって言ったよ?」
「それも謝っておくが、私が名で呼ぶ価値があると決めているのは私の認めた主のみだ。そこだけは譲れない」
私の言葉に呆れたようにため息をつく神の欠片。
「……じゃあもういいよ、神の欠片で。
とにかく、わたしはあなたたちにお礼を言いにきたの。お兄ちゃんにはお礼を言ったけど、あなたには言ってなかったから」
「主への賞賛は剣への賞賛も同義だ。柊に礼を済ませたなら余計なことをする必要はあるまい」
「あなたとお兄ちゃんの魂のつながり、切れてるでしょ?言わなきゃ気持ちは伝わらないもん」
……神というのは本当に趣味が悪い。
183 :
NPCさん:2008/09/23(火) 13:24:40 ID:???
し
「それで?結局本気でなんの用なんだ。私にはもう何も残されていない。失われたものを元に戻してくれるほど、お前たちは優しくはないだろう?」
「うん、まずは状況を報告するね。
―――ありがとう。あなたたちのおかげで、人はまた未来に歩んでいける。この世界は消えずにすんだよ」
「神を斬ったのは柊だ。未来を選択したのも主。たかが剣が誉められるいわれはない」
「……素直じゃないのか屈折してるのか。まぁいいか、どっちも同じようなものなんだし。
破壊された世界は、ゲイザーの大暴れの分、わたしが修正をきかせていいってことになったみたい。それでね?あなたに一つ聞きたいことがあるの」
「なんだ、クマ娘もとい神の欠片」
その娘は、透明な瞳で聞いてくる。楽園の蛇のような瞳だ、と思った。
「あなたは、もとに戻りたくない?」
「―――もとに、とは?」
「おにいちゃんに振るわれてるあの剣の姿に、戻りたくないのかなって」
その甘美な言葉に心動かされなかったかと言われると、嘘になる。
けれど、言葉は心が動かされるよりも早く形になって出てしまっていた。
「必要ない」
「―――なんで?」
口に出してから心動かされてしまったわけだが、悩んでもきっと答えは変わらなかっただろう。
私は一番はじめに頭の中をよぎった思いを口にすることにした。
「……柊蓮司という奴は、とにかく前しか見てない男でな」
「うん。それは知ってる」
「けれど、それでいてこれまで来た道を忘れる人間でもない。柊はあれで、これまで共に戦ってきた仲間を忘れたことはないし、失ったものでさえ忘れようとはしない」
私は、知っている。
これまで一緒に戦いながらも、途中で脱落してしまった仲間の名を忘れぬように心に刻もうとする主の姿を。
きっと、私だけが知っている主の姿だろう。弱音は吐かないし、甘えるようなこともしないが―――その魂は、失ったものを忘れることはない。
人一倍守ろうと思う気持ちが強い人間だからこそ、そこには歪みがある。その歪みも含めて抱え込んで、それでもまっすぐであるからこそ―――私は柊を業物と表すのだ。
「私は、柊の中ですでに失われたものなのだ。
主が失ったと一度でも感じたものが、そこに舞い戻ることはあってはならないだろう。
でなければ、あの慟哭は無為になる。あの喪失感は無為になる。やはりお前にはわからぬかもしれんがな、神よ―――失われることで残されるものもまた、あるのだ」
それ以上に、柊に与えたものを、奴から与えられたものを。何一つ奪われたくなどない。
この痛みも、どの思いも、その未来も。与えられたものは全て私のものだ、それをなかったことにすることなど、私は絶対に許せない。
その言葉を目を閉じて粛々と聞いていたTISは、半眼になって呟いた。
「……ノロケを聞かされた気がする」
「刃としてアレに惚れぬものなどいまいよ。
まぁ、そういうわけだ神の欠片。私は神に強制的に消されたわけではなく、戦いの中で力及ばず砕けたものなのだ。
消されたものを戻せても、戦って傷ついたという因果の存在することにまでは介入できまい。
世界が刷新されたという自覚を残すためにも、私が元の姿に戻って柊と共に戦うわけにはいかん」
むむむむむ、と難しい顔をしている神の欠片。
その姿を見ていると、本当にただの子供のようにも見える。
「でも、いいの?ディングレイが消えた以上、あなたと星の巫女、その剣士との因縁はすでに途切れてる。もう二度と会えないかもしれないんだよ?」
「それこそ今更だ。最後の突貫の時に、すでに覚悟は決まっていた」
頑固者ー、と呟く声がする。ため息をついて、もう一言言うことにした。
「それにな、正直疲れた。少しくらいは休みもほしい。
体がああなってしまっては、人の力では復元も無理だろう。お前の手を借りないと言っている以上、もう放っておいてもいいだろうに」
186 :
NPCさん:2008/09/23(火) 13:27:27 ID:???
え
「そうはいかないよ、だって世界はあなた達にすごく助けられたんだもの」
「世界を救うなど日常茶飯事だろう。それに、私達のしたことで再び世界は危機にさらされる。だったら結局はこれからも同じことだ」
「けど、けど……今回は、わたし達の都合であなた達を巻き込んでしまったわけだし、少しくらい何かさせてくれても―――」
いらない、と答えようとして。神の欠片の瞳に、妙な色が宿るのを感じ取った。
……嫌な予感がする。次の瞬間、神の欠片は満面の笑みを浮かべて言った。
「そっかそっか。そうだね、わたしの力はいらないんだよね。つまり、過去をなかったことにすることをあなたは嫌がってるわけだよね」
「そ、そうだが……お前、何か企んではいないか?」
「企むなんて人聞きの悪い。人をどこかの守護者(おねえちゃん)みたいに言わないでよ」
「その守護者そっくりの笑みを浮かべているから企んでいないかと聞いてるんだ!」
「大丈夫だよ、過去をなかったことにはしない。あなたの望むとおりにね。だから、これでわたしも帰るね。あなたにお礼も言ったし」
「待て!その満面の笑みはなんだ!何をする気なんだお前は!」
神の欠片はそれに答えることはなく。
ふふふー、とエキセントリック少女守護者のように笑った後―――とても無邪気でありながら、神秘的な笑顔に変わって、呟いた。声が少し違うようにも思える。
「虚は実に、実は虚に。夢見る命であるあなたに与える奇跡はしばしの休息。
お眠りなさい、人と共に夜を駆け続けた誇り高い剣よ。暗闇の中で星を待つのでなく、木陰のまどろみの様に暖かな眠りをあなたに与えましょう。
そして―――」
意識が強制的に落とされていくのがわかる。しかし、強制的であるもののそれは今までの凍結とは違い、ひどく暖かくて抗いがたい誘惑だった。
疲れていたのも事実だ。生まれてから少々、ハードに生きすぎた。抗うのをやめる。柔らかで暖かな波に包まれる。
「―――次に目を覚まして見る夢の世界が、あなたの望むものであることを。夢と幻を司り、現実との境を見守る者として確約しましょう」
そんな声を、まどろみの中に聞いた。
小さな公園に咲き誇る、桜の木。ごく淡い薄紅を帯びた白い花弁が、風もないのにはらり、はらりと舞っては落ちる。
そんな光景を見て、彼はぽん、と黒々とした幹を軽く叩く。
「……そーいや、まともに桜見るのって一昨年以来だっけか」
柊蓮司。卒業式も終わり、今現在は休業中のウィザードである。
この一年、彼は他のウィザードなら謹んで辞退したくなるような強敵との連戦をしてきた。具体的に言うと出席日数ヤバいくらい。
桜の季節も登校できたのはたった2日。その前は半年ほど任務にかかりづけだったために、流石に風景に気を割く余裕はなかった。
彼は手を放すと、今度は背を預けてその場に座り込んだ。
公園は本当に小さなものだ。 彼が子どもの頃、幼馴染や友だちと日が暮れるまで遊んだ場所。思い出の風景。
後ろ手に腕を組み、息をつく。
そんな彼には関係なく、桜の花弁はちらりひらり。雲とは違う白薄紅が青い空に小さく彩りを添える。
この世のものとは思えぬ光景から、桜は夢見草、という異称を持つ。
ただ己を誇るように舞って、散る。それを満足そうに眺め。彼は、花弁が空中でぴたり、と動きを止めるのを見た。
見れば、他にも空中でぴたりと動きを止めている白い欠片がある。
彼はこの現象を知っている。これは二次的なもので、『彼女』が現れる前兆だったはずだ。
その彼女は、すぐに現れた。
大きなクマのぬいぐるみを抱いた、長い黒髪と赤いリボンの女の子。柊は軽く声をかけた。
「よう、TIS。何か用か?」
「うん。久しぶりお兄ちゃん、今日はね、お兄ちゃんにちょっとお願いがあって来たんだ」
そういう彼女の笑顔は、とても楽しそうだった。
まるでお気に入りの絵本を見る子どもように、無邪気で楽しそうな笑顔をしていた。
彼女のそんな顔をはじめて見た柊は正直に思ったことを告げた。
189 :
NPCさん:2008/09/23(火) 13:30:34 ID:???
る
「―――なんだ、そんな顔もできるんじゃねぇか」
「え?」
「あの時は、ずっと思いつめたような顔してたからな。最後に笑ったけどよ。
そりゃ、思いつめた顔見てるよりは笑顔の方が気分いいだろ。そっちの方が似合うしな」
「……お兄ちゃんは、もうちょっと考えてものを言った方がいいと思うよ?」
「は?なんでだよ」
なんででも。と呟いて、彼女は一つため息。
しかし彼女はすぐに笑顔に戻って話を切り出す。
「それで、お願いのほうだけど」
「おう、なんだ?つっても、俺にできることなんか限られてるけどな」
そう言って苦笑する柊に、TISは物語をつむぐように言った。
「わたしも夢見る命の一つだってこと、忘れてたんだよね」
その言葉には?と間の抜けた声を出すしかない柊。TISはおかまいなしに続ける。
「前に言ったよね。この世界に生きるみんなの願いをかなえるって。そのくらいの力はあるって」
「あぁ、言ってたな。夢は叶え終えたんじゃねぇのか?」
「うん。ただ、わたしにはわたしの夢を叶える力はなかったの。
それもそうだよね、誰かに叶えてもらうほんの小さな願いなのに、わたしは自分が叶えることになるんだもん」
「……話がよく見えないんだが」
「つまり、お兄ちゃんにわたしの願いを叶えてもらえないかな、と思って。無理かな?」
「俺にできることなら別に構わねぇが……さっきも言ったような気がするが、俺にできることなんてたかが知れてるぜ?」
即答はするものの、困ったようにそう続ける柊に、TISはううん、と言いながらふるふると首を横に振った。
「むしろ、お兄ちゃんにしかできないことなの」
そういうもんかね、と柊は納得していないように言って、本題をたずねた。
「それで。俺は何をすりゃいいんだ?」
「ちょっと行ってもらいたいところがあって、ちょっと会ってほしい子がいるだけだよ。後は、お兄ちゃんならなんとかなると思う。
お兄ちゃん、ちょっと目を閉じて?」
言われ、柊は目を閉じて―――次の瞬間、青い空の下に立っていた。
強めの風の吹き抜ける、ただひたすらに青い空の下。目の前には、なんだか呆然としている様子の、真っ赤な髪のTISくらいの年頃の子どもがいた。
192 :
NPCさん:2008/09/23(火) 13:35:32 ID:???
ん
……まいった。
正直、あのクマ娘に言ってやりたいことは山ほどある。文句とかグチとかすごく言ってやりたい。できるだけ面と向かって。
眠りを妨げられて目を開けてみればこの状況っていうのはさすがにないと思うんだがどうなんだ。
この状況は、困る。すごく困る。何が困るって、とにかく困る。
そんな言葉で頭が真っ白のこちらを見て、相手はやはりどこか戸惑ったように言った。
「……お前が、TISの言ってた『会ってほしい子』ってやつか?」
ほほうあのクマ娘そんなことを言っていたのか。もういい。娘とか抜いてやる。ただのクマだけで十分だあんな小娘。
なにも答えず相手を見ていたこちらを不審に思ったのか彼はどこか心配そうな視線になって言った。
「大丈夫か? どこか悪いのか?」
「あっ……ち、ちがっ、違うっ! あまりの展開についていけてないだけだっ!」
ばたばた、と手をばたつかせて一歩退る。
あまりの混乱ゆえにか、足をもつれさせて後ろにぐらりと体を傾がせた。草むらが近づいてくる。倒れこむ―――前に、手を掴まれた。
その熱は、あの最後の突貫の瞬間となんら代わりがなくて、涙が出そうに熱くて暖かかった。
「あっぶねーなぁ……とにかく落ち着け、あわててるのはわかったから」
わかってない。絶対わかってない。
この展開の意味も私が慌てている理由も今この瞬間手を振りほどきたい衝動とずっとこの熱を感じていたい気持ちがせめぎあっているこの心の内もっ!
ぶんぶん、と涙目で首を横に振るのが精一杯の私に、相手は一つため息をつくと、私を座らせると自分も座り込んだ。
「なにをあわててんのかは知らねぇが、落ち着けって。とって食うってわけじゃねぇんだから」
こちらを落ち着かせようとするように真正面から心配そうにじっと見てくる。
私はごく、と生唾を飲み込み真っ白になった頭を整理していく。
この状況。なったものは仕方ない。手を放してくれたから落ち着いてきた衝動。大きく息を吸って、吐く。手で視線を遮って、目を閉じると告げた。
「―――見苦しいところを見せた。もう大丈夫だ、落ち着いた」
そうか、と彼は満足そうに言う。
彼はおそらく私のことを私とわかっていない。
それが少しだけ悲しいが、見ず知らずの子どものために、なんの損得勘定もなしにそう言える彼が主だったことを誇りに思う。
今度は、最後に会えたというその嬉しさで涙が出そうになってくるが、それをとどめる。彼が、相手に泣かれるのが苦手であることを知っているから。困らせたくはない。
彼は安心したら周囲が気になったのか、私に不思議そうにたずねた。
「つーか、ここどこなんだ?あとなんでお前はこんなところにいるんだよ」
「ここは……そうだな、私のいるべき場所だというべきか。だからこそ私はここにいる」
魂のつながりはすでにとぎれはしたものの、一番新しい主の心の形がいまだに私の中には残っている。
この形は、その名残というべきか。
私たちは担い手と魂のつながりを持ち、その一部を共有する。ゆえに、心象風景の一部も共有してしまいその情報が消えゆくはずの私の中に残ってしまったんだろう。
ともあれ、もう消えることを選んだ私の中にいては相手も危険だ。
たとえ彼が私を私と気づけなかったとしても、私は彼の剣であったものだ。主の命を危険にさらすわけにはいかない。早くそれを教えなければ。
「帰れ」
「いきなりかっ!? つーかなんでだよっ、そもそも俺は帰り方なんか知らねぇっつーの!」
「帰り方か……そら」
途切れた道ながらも、まだなんとか意識体一つ通すくらいなら問題ない程度の道なら開けられる。
私が思うだけで、目の前に天に続く階段が現れる。ここは私の世界だ、この程度なら問題ない。
「この階段を渡っていけば、元に戻れるはずだ。帰れ」
彼はそのきざはしをじっと見て、私に視線を下ろした。
195 :
NPCさん:2008/09/23(火) 13:37:40 ID:???
い
196 :
NPCさん:2008/09/23(火) 13:48:52 ID:???
支援?
197 :
NPCさん:2008/09/23(火) 13:50:06 ID:???
……現在絶賛さるさん中orz
「お前は?」
「わたしのいるべき場所はここだと言っただろう。ほら帰れ、お前には帰りを待つ者がいるはずだろう。早くしないとここは長くはもたないぞ」
たとえ彼が私に気づけなかったとしても、これで十分だ。最後に実際に会えたことが、なによりも嬉しい。そこだけは感謝しないでもないぞ、クマ。
そう満足げに告げたはずなのに。
「待て。もたないってどういうことだ」
―――なんで。この男はそんなところだけ聡いのだろうか。
「……気にするな。ここはもう崩壊する、というだけの話だ」
「馬鹿なこと言うなっ。一緒に出るぞ」
「いらぬ気遣いだ」
なんでだよ、と彼はその燃えるような瞳で私を見た。
やれやれ、と肩をすくめて私は答える。
「さっきも言っただろう。ここが私のいるべき場所だ、ここが崩壊すれば私も消える。それは運命などではなく、そういう仕組みになっている」
「なんで助かろうとしないんだよっ、消えるっていうのになんで―――」
「何もしないのか、か?簡単だ。私はもうすべきを終えた。満足だ。こんなにも満ち足りた気分でゆけるとは、正直思っていなかった。
―――未練が、ないんだ」
それは心からの言葉。
主を守りきり砕けた私の本音。あれを最期と受け取めた、私の気持ち。
これまで誰一人として主を守りきれず死なせた私の、誇れる終わりだ。
なのに。
目の前の相手は、私を私と知らない主は。それでもまっすぐな目で、私を射抜く。
「もう一度言うぞ。馬鹿なこと言うな」
「……分からん奴だな。私自身がもういいと言ってるんだ、本人が納得しているのに口を挟んでどうするんだお前は」
「俺が納得いかないってんだよ。こんなところで、たった一人で、諦めてるだけの子どもなんか放っておけるかよ」
「む。それは違うぞ、私は少し前に諦めるのをやめたんだ」
諦めながら生きていた私は、どうしようもなく諦めない担い手に出会って、少し中てられた。
がむしゃらに、懸命に、駆け抜け続ける。
諦めながら生きないで、いくら血を流そうと、一途な思いを振りかざす。
そんな生き方を美しいと思い、共に在れたことを誇りにすら思っているのだ。
唇を尖らせてそう言った私に、それでも。
彼は諦めてるだろうが、と苛立たしげに言った。
その苛立ちは私にでなく、私がここで終わりだということについて向けられていた。
「お前さっきから聞いてりゃ未練がないだの満足だの……自分が死ぬことに問題がないって言ってるだけで、生きるのが無理とは一言も言ってないだろうが。
それが生きること諦めてんのとどう違うんだよ」
「む……けれど、私はこれまでできなかったことができて、これ以上なく満ち足りているんだ。未練は残ってない」
「一回できたんなら二回でも三回でもできるはずだろうがっ!」
そんな無茶な。
だから、と彼は告げる。
「諦めんなよ。まだ終わってないんだ、お前に先に降りられると俺が困る」
「―――え?」
まて。今なんて言った?
200 :
NPCさん:2008/09/23(火) 14:02:16 ID:???
しぇん
201 :
NPCさん:2008/09/23(火) 14:02:16 ID:???
い
「そもそも先に誘ったのはお前だろうが。一蓮托生、最後まで付き合ってもらおうじゃねぇか」
「ま、待った! 待ってくれ! お前は一体何を言って―――」
「だから。お前に先に消えられると困るって言ってんだよ、相棒」
息をのんだ。
なんで。柊は意識体と外身に違いがないからわからないはずもないが、私は外見と中身は別物だ。なんでわかるんだ。
そもそも鈍感のくせに。情報収集ファンブルとか普通のくせに。半分呆けたまま、聞いた。
「なんで―――わかったんだ?」
「あ? ……いや、そりゃわかるだろ。魔剣(おまえ)触った時に感じるプラーナの感じと、さっき掴んだ時の感じが同じなんだもんよ」
ひどく感覚的な答え。しかし、それはとても彼らしい答えでもあった。
泣きそうになる。わかってもらえるなんて思っていなかった。期待もしていなかった。ただ、彼に生きていてほしかった。
それでよかったんだ。それだけで十分だったんだ。
あの<ほしのひかり>が守れたという事実だけを胸にできれば、それで十分胸を張れた。
もう自分が失われたと先に諦めていた私に、それでもお前はまだ自分に振るわれろというのか。
なんて―――傲慢な希望(やさしいひかり)。
相手はただ、手をさし出す。
「お前を折っちまうような未熟者だけどよ、俺はまだお前が必要なんだ。またついてきてくれねぇか?」
うつむく。
答えは怖い。けれど、言わなければならないことを言わなければならない。
なぜなら私は、彼を守ることを放棄したのだから。
「私は神殺しと呼ばれたものだ。闇を払うものと呼ばれたものだ。それが、たかが神の一柱を相手取って手も足も出ずに折られたのだ。
……情けない。お前の盾となることすらできずに、その使命ごと折られたのだ。そんなものと共にいてはお前は―――」
怖くてしかたがない。一度降りることを自分で決めた私に与えられる救いなどあってはならない。
なのにその馬鹿は叩き壊すようにため息をつく。
「馬ぁ鹿」
「むあっ!?な、何をするっ!」
額を押し、斜め上である自分の顔のほうを向かせる。
涙で潤み、十分でない私の視界が彼を映す。
彼は、聞き分けのない子どもにさとすように答える。
「いいか?俺はお前が神殺しだから契約したわけじゃねぇよ。
俺がお前を手に取ったのはお前が俺を必要としたからで、それ以上にお前が俺の誓いの証で俺がウィザードであるための証明だからだ。
神殺しとか運命だとかはどうでもいい。俺は、お前じゃなきゃイヤなんだ」
……本当に、馬鹿。
そんなことを言われたら、期待してしまうだろうに。
お前のことだから、きっと本当に必要としているだけの話なのだろうが。
まぁいい。そこまで言われて応えないなんて、刃の名が泣く。
ぐいっと腕で涙を拭い、勝気な瞳で睨み返してその手に触れた。
古い契約を思い出す。
それを区切りとし、再び彼と私の間に魂のつながりをつけるために。
「―――我を望む者よ。汝、何のために我を欲す?」
「俺が守りたいものを守るための力として」
「―――我を望む者よ。汝、なにがために戦う?」
「俺がしたいことを貫ききるために」
「―――我を望む者よ。汝、名はなんという?」
「柊蓮司」
一つ息をつく。
欠け落ち行く空の端の崩壊が止まる。後はただ、私の口から誓いの言葉を吐き―――彼の了承を得るだけ。
「柊蓮司、私はこれよりお前の刃となる。お前のためだけの刃となる。
お前の前に立ちふさがる全てのものに終焉を、お前の後ろに在る全てのものに光輝を与える境界となろう。
お前の敵を斬り、お前の前後を分け、お前の憂いを断ち、お前の道を開こう。
ただお前のために、お前のためだけに―――これからの私は、在ろう。
お前の刃であり続ける。それをここに誓う。」
「あぁ。これからも―――よろしく頼む」
手は繋がれ―――そして、青空が砕けた。
白い階段は光の柱となって、私たちを覆い―――光が、私を飲み込んだ。
またな、という言葉だけが暖かい灯火となって私の中に残り―――嬉しくて、涙があふれた。
205 :
NPCさん:2008/09/23(火) 14:05:34 ID:???
しえーん
ぱち、と目を覚ます。花びらはまだ止まったまま。目の前にはクマを抱いた少女がいた。
彼女は楽しそうに柊に向けて微笑んでいる。
柊は、まず言うべきことを口にした。
「……ありがとうな。あいつに消えられると俺が困る」
「ううん。お兄ちゃんたちの力はこれからの『私』にも必要だし―――」
くすくす、と笑って彼女は続ける。
「なにより、とてもいい物語を見せてもらったから」
「物語……?」
「うん。わたしにしか見えない、とっても面白くて綺麗な物語(おはなし)」
この世界は夢でできている、と言った存在がいた。
夢、というのは自分の手には入らないものの総称。思うままにならぬものの名にしてその概念。
それは、神というこの世界を手にするものにとっては―――可能性の力を持ち、操る存在そのもの。もしくは、可能性を示せるものそのもの。
思うままにならぬからこそ、この可能性(ゆめ)を抱き続けたいと思う気持ちが、『彼女』には今残っている、ということだろう。
そしてTISはその化身だ。
可能性をもった存在が強い意志によって引き起こす物語。それを胸に今日も眠る。
永遠に続く千夜一夜。その中にいるものはその眠りを守りながら、自分の物語のために戦い続ける。
彼女は、言った。
「ありがとう、お兄ちゃん。私の願いも叶えられたことだし、そろそろ行くよ。
あの子の魂はお兄ちゃんにつながれてるから、後は体をなんとかしてあげてね」
ばいばい、と笑顔で告げて。彼女は消えて、花びらの動きが戻り、地に落ちる。
ひらひらと舞う桜。そのこの世のものとは思えぬ光景から、桜は夢見草、という異称を持つ。
あるいはTISが現れたのも、その力を借りてのことなのかもしれない。
また、その姿も彼が見た夢すらも、ただの夢であるかもしれない。
けれど、その手に残った手を握った感触も熱も、いまだにいくらでも思い出せた。
だから柊は、一言だけ虚空に向けて告げた。
「―――またな」
その言葉に答えるように、夢見草の花弁がゆらりひらりと舞って、その手のひらに落ちた。
208 :
NPCさん:2008/09/23(火) 14:07:35 ID:???
しぇん
誓いは為された。
許しはここにある。
私は新しい体を得て。
―――新しい本に、新しい物語が記される。
fin
210 :
NPCさん:2008/09/23(火) 14:10:02 ID:???
211 :
日記の中身:2008/09/23(火) 14:11:42 ID:???
これにて。魔剣日記、終了でございます。
夏からこっち、四月の話書いたりこっち書いたり、もはやダブルクロスssとか呼ばれる代物書いちまったりと馬鹿しかやってねぇなぁ。
最終話はゆーみんの「春よ、来い」とひぐらしの「you」のイメージ。あれらは名曲です。
つーか、魔剣さん男とも女とも言ってないけども、皆さんのおかげで女の子固定になってしまった……嫌じゃないけど。
誰かイラスト化してくれんもんだろうか。基本的に赤いショートカット、赤い目、装飾品は魔剣そのままのカラーリングの勝気でエラそうな小娘です。
最後らへんが日記形式じゃないのは、そうじゃないと意味がわかんないので。
これまでは彼女の視点からの捉え方で、本筋はリプレイで見えてるものが違っただけだったのでそれでよかったのですが、魔剣さん自体の話を書くならそうもいきません。
まぁ、そのおかげで彼女は日記(あったことを記すもの)ではなく、物語(ないものを作るもの)をはじめる、というようにまとめられたのでよかったと思います。
分かりづらいっちゅーねん。
まぁともかく、これまでしてなかったレス返しをさせていただこうかと。同一人物も混じってそうな気がしますがね。
>>71 続きを気にしていただいてありがとうございます。私みたいな物書きには一番のモチベーション上がる言葉です。
いかがでしたでしょうか。あのバカはバカらしくて魔剣さんも中てられてしまったようです。
>>72 史上最高のバカの旅路、いかがでしたでしょうか。この話を読んだ後にリプ読み返すと色々面白いと考えていただけるように書いてみたつもりです。
>>81 結局三部構成になりました。一番槍ありがとうございます。
>>82 毎日チェックしていただきありがとうございます。
ここがもう少し盛り上がってくれるのを祈って、書き続けてる次第です。おかげで他の作家さんも出てきてくれたようで。それがちょっと嬉しいかな。
>>83 何歌ってるんですか(笑)。カラオケ行きてーなぁちくしょう。
魔剣さんと柊の組み合わせは大好物です。パートナー、相棒って関係性に弱いのだ自分。
212 :
日記の中身:2008/09/23(火) 14:12:28 ID:???
>>97 ありがとうございます。エイプリルをひたすらかっこよく、ハードボイルドに、ラストはちょっと本編に沿うように書いてみました。
彼女の醍醐味は中の人が磯田暁生なところだと思いますが(笑)。マーチやノーヴェは自分の好みです。きっとエリンディルのどこかで元気に生きてるだろうあいつら。
>>144 こんなエンディングになりました。いかがでしたでしょうか。お気に添えたら嬉しいです。
>>145 やきもち。……やきもちだよなぁ、これ(苦笑)。
できるだけ魔剣さんは(ハッタリ的な意味でなく)中性的なイメージで書いてたので、単に主をとられたくない一心の台詞だったりします。
>>146 やる気でました。ありがとうございます。
>>149 あっちのエンディング終わらせてから来ました。まぁ、ほとんど読み手かぶってるんだろうけども(苦笑)。
213 :
日記の中身:2008/09/23(火) 14:19:43 ID:???
>>150 い、いたく感動……嬉しいです。その、あの話は両方ともずっと書きたくて書きたくて仕方なかったけど投下できる場所がなくて一年ちょっとお蔵入りしてたものなので。
ずっと封印してたのが、色んな人に見ていただけて、その上感想までいただけるようになるとは書いた時には思っていませんでした。ありがとうございます。
夢物語は最初はクロススレに投下しようかとすら考えてましたが、やっぱりアニメスタートのあそこでそれはマズいですよね、と当時は思って諦めました。
今リプキャラすごいけどね。その後地下でグチってたらここを紹介された、という流れ。
NWのアニメ化はこんなところにも影響を及ぼしていると考えると、自分としてはとても感無量。
自分が書いてばっかりだと、他の人は楽しんでもらえるけどどうしても自分がわくわくできないのが残念ですね。中身知ってるから。
ですから、自分(一人称)のためにも頑張っていただけると嬉しいです。
まったく関係ないですが、『夢物語』のact5のサブタイと出てくるちびっ子勢はキャラ名見ると中の人ネタだとわかったりします。誰も気づいてくんなくて寂しかったけど。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
このラストは最初書き出した時に考えていたものとはまったく違うものになってしまったのですが、それでも満足です。
みなさんの感想や応援があってこそ、このラストにたどり着きました。感謝を。
それでは。また何かこちらで書けたら嬉しいです。
チラ裏
……実は、『夢物語』『らむねと』と同時期に書かれた柊話がまだあるけど、公式で魔剣さんとの出会いが確定してしまって投下できなくなったのは秘密。
214 :
NPCさん:2008/09/23(火) 14:39:38 ID:???
今日はなんか暑いね!あまりの暑さに目から汗が止まりませんよ畜生、GJ!!!
150です。丁寧なご返答、ありがたくも恐縮です(汗)
213さん、魔剣ちゃんの話、素敵でした感動しました!!
前スレの二作に出会わなければ、自分はきっとお話を書こうなんて思いませんでした。
作者である213さんと、このスレッドに大感謝ですvv
柊と魔剣の出会い……自分は公式版の方を読んでないんですよね(汗)っていうか何に載ってるんですかー!?(泣)
ただ、星継ぐとやや矛盾する、という話を聞いたんで、ならば矛盾しない出会いを描こうか、と(笑)
というわけで、自分の話は、公式の出会い編とは違う形になると思います(汗)
っていうか、自分も公式なんか知るかの勢いで投下しますから、その秘蔵のお話読ませください(笑)
あ、言い遅れましたが、今自分が書いてる話、星継ぐ前の辺りまで行く予定ですvv
【神子に生まれつきし娘、巫女となりし娘】
娘とその供は、ただ呆然とその光景を見つめる。
道の先、森の木々がやや開けた一角。そこにいる一組の男女。
つい先刻まで娘の社の集いに参加し、しとやかな振る舞いを見せていた“星の巫女”。
見知った“七星の剣士”の装いながら、見覚えのない顔の武人の青年。
“七星の剣士”は“星の巫女”を守護するが使命、故に、共に居るのはごく自然なことなのだが───
守られるべき巫女が、守る側の剣士を追い掛け回しているのは如何なる事か。
「……と、いうか……あれは、本当に……楓さん……?」
「……あの衣、ご容貌、まさしく“星の巫女”殿のものですが……」
娘とその供は、呆然と言葉を交わす。それでも、目の前の人物と自身達が知る“星の巫女”が同一人物として認識できない。
しとやかに笑み、深い思慮と慈愛を感じさせる振る舞いを見せていた彼女が、
“七星の剣士”を従え、彼らに埋もれることなく、威徳を身に纏っていた彼女が、
「くぉら、逃げるなぁーっ!今日という今日は勘弁してやるもんかー!」
口汚く叫びながら、重厚な衣の裾をたくし上げて青年を追い掛け回しているなど、この目で見ても信じられない。というか、信じたくない。
そんな二人の心境など知る由もなく、そも、やや離れて佇む二人の存在に気づいた様子もなく、追いかけっこは終わる気配を見せない。
寧ろ、より激化していき───ついには、追う側が武器を手に取った。
虚空から忽然と現れた漆黒の弓が、巫女の左手の甲から肘にかけて篭手のように装着される。
───月衣。限度を越えぬ限り、人知れず武器や荷をしまうこともできる個人結界。常の世の法則を断ち、纏うものに超常の力を許すもの。
巫女は、そこから武器を取り出したのだ。───矢の代わりに呪符を番え、呪の力を増幅する魔道具を。
青年が顔色を変える。制止するように両手を巫女へと突き出した。
「待て待て楓、それは本気で死ぬ!つーか、殺す気かっ!?」
「莫迦は死ななきゃ直らない!いっぺん死んで矯正しなさい飛竜!」
無茶なことを叫んで、弓を構える巫女。と、その聞き覚えのある名に、娘は自失から覚めて叫んだ。
「飛竜───って、“流星の飛竜”!?」
「───へ?」
間の抜けた声を上げて、巫女に向けて両手を掲げた姿勢のまま、青年が娘を振り返る。ついで、弓を構えたままの巫女も。
「───み……神子、様……?」
そう呟くなり、ざぁっ、と音がしそうな勢いで、巫女の面から血の気が引いた。
その言葉に、青年もぎょっとしたように目を見開いた。
「みこ───って、まさか伊耶冠命!?」
「───神子様の御名を呼び捨てにするとは何事か!」
反射で叫んだらしい青年の言葉に、やはり反射のように怒鳴りつける時雨。
「うわすんません!」
「謝って済むか無礼者が!」
「───飛竜!」
身を竦ませて叫ぶように謝罪する青年に、時雨は月衣から引き抜いた己の武器たる杖を向ける。先程まで彼に武器を向けていたはずの巫女が、悲鳴のような声を上げた。
まさに一触即発の空気が辺りに満ち───
「───やめなさい、時雨!」
当の神子に制止され、時雨は主を振り返る。
「神子様───」
「構いません。彼に他意があったわけではないでしょう」
言われて、時雨はしぶしぶといった様子で武器を収める。青年は気が抜けたようにその場に腰を落とした。巫女もその場にへたり込み、自身の左手につけたままだったものを、慌てた様子で月衣に収める。
一触即発の空気が消えると、ついで何ともいえない気まずい空気が辺りを支配した。いたたまれない沈黙が一同の間に流れる。
218 :
NPCさん:2008/09/23(火) 17:19:58 ID:???
しえるいんどー
ややあって───その沈黙を破り、神子が口を開く。先ほどの問いを再び繰り返す。
「───それで……あなたが、“流星の飛竜”ですか?」
「お、おう───じゃなくて、はい」
反射のように返してから、慌てて言葉遣いを改める。
その返事を受けて、神子はまじまじと彼を見つめた。
───“流星の飛竜”。
幼少の頃より“星の巫女”と共にあるという“七星の剣士”が一人。“七星”最強と謳われ、世界でも屈指の技倆を持つ、稀代の剣豪。
その名の通り、剛なること竜の如く、身のこなしは飛ぶが如し。その刃の軌跡は流星の如き煌きと速さを誇るという。よって、ついた異名が“流星の飛竜”。
しかし、彼は稀代の剣豪とは別の、些か困った一面も持っていた。
とにかく公の席に顔を出さない。周りの人間が何とか彼を引っ張り出そうと奮闘しても、いつの間にやら姿を消しているのだという。
“天に飛んで雲に隠れ、流星の如く瞬く間に姿を消す”───こちらが彼の異名の真の由来では、と囁かれるほどなのだ。
故に、前線に出て戦うことのない彼女は、彼の顔を見るのも初めてだった。
そして、それは常に彼女と共にある時雨も同様である。疑わしげに呟いた。
「───こんな男が、“七星”最強……?」
「時雨、失礼ですよ」
窘めつつも、実のところ、神子も同じ感想を抱いていた。
見目だけみるなら、やや鋭い眼差しの偉丈夫で、確かに凄腕の剣豪というに相応しいかもしれない。しかし、自身より頭一つ小さい娘にいいように追い掛け回されていた姿を見た後では、いやでも情けない印象がつこうというものだ。
220 :
NPCさん:2008/09/23(火) 17:21:50 ID:???
支援
と、そこまで考えて、新たな疑問に行き着く。というか、無意識に目を逸らしていた疑問に意識が戻った。
「───というか……楓さん?……は、何をなさっていたんですか?」
微妙に呼びかけが疑問系になる。やはり自身の知る彼女との差異に、無意識が同一人物と認めかねているらしい。
彼女はいたたまれない様子で目をそらし、えーと、そのぅ、などと意味のない口の中で繰り返す。
代わりに、飛竜が溜息混じりに口を開く。
「俺が今日、神子様んとこでの集まりふけたんで、切れて暴れてただけっすよ。
慣れてるとはいえ、今回ほど暴走するのは珍しいんで、ちょい助かりました」
「───は?」
いつものこと、というように告げる飛竜の言葉に、神子とその供は声を揃えた。
飛竜は苦笑気味に肩をすくめて、
「楓が普段、神子様たちの前でどんだけ猫被ってるかしらねぇっすけど、さっきまでの言動の方が地ですよ」
「───うううううるさぁいっ!片っ端から公の席ふける不良剣士が言うなぁ!」
楓が顔を真っ赤にして叫ぶ。ついで、はっとしたように神子達の方を見て、更にいたたまれない様子で身を縮めた。
半眼で傍らの剣士を睨み、低く呻く。
「……覚えてなさいよ、飛竜」
「何でだよ。俺は最初っから言ってただろうが、どうせボロ出るんだからやめとけって。
俺もお前も三年前までただの田舎者だったんだ。いきなり威厳だ品格だって言われたって、身につけられるようなもんじゃない」
言われて娘は、だって、と呟く。
「みんなが“そういう”あたしを期待してるんだもの。
“そういう”あたしを信じて戦ってくれてるんだもの。
みんなが戦って、守ってくれてるのよ。ととさまや、かかさまや、若葉を。飛竜のとこの都姉だって……
信じて戦ってくれるみんなの期待、裏切りたくなかった……」
言って項垂れる幼馴染の頭を、剣士はごく自然なしぐさで慰めるように撫でた。
「もういい、無理すんな。三年、よく頑張ったよ、お前は」
途端、娘は幼馴染に抱きつくようにして、堰切ったように泣き出した。
楓と飛竜は、元々ごく当たり前の農村に生まれた、ごく普通の子供だった。
家族や友人に囲まれ、平凡だが優しい日々の中で育った。
それが、三年前に楓に“星の巫女”としての才が見出され、飛竜が“七星の剣”に選ばれ、その日常は一変した。
家族と別れてこの隠れ里に迎え入れられ、“巫女様”と敬われ、崇められる。
里で引き合わされた同士と共に戦いへ放り込まれ、ただ巫女と里のために剣を振るう。
不満はなかった。優しい日々をくれた人々を、それで守れるなら。
それでも、一抹の寂しさ、降って湧いた重責への不安は消えなかった。
───自身に対する期待を、失望に変えたくなかった。
───未熟者といわれ、高みに祭り上げられた幼馴染から引き離されることを恐れた。
そうして、威徳を纏う“星の巫女”と、最強の“七星の剣士”が生まれた。
飛竜に抱えられて泣きじゃくる楓を、神子と呼ばれる娘はただ見ているだけしか出来なかった。
娘は生まれたときから神子として扱われ、この里で敬われ崇められ育ってきた。
───神子は神の力を宿せし大いなるもの。人々を導き、魔を退ける。
その扱いに不自由を覚えることはあっても、それすら当たり前だと思ってきた。
与えられるものも、代わりに与えられないものも、全て。
───“星の巫女”は里の皆を束ねる柱。星を読んで時を見る。
けれど、目の前で泣きじゃくる彼女には、そんな力も、人々の畏敬も、要らなかった。
では、何が必要だったのか。ここでの生活しか知らない娘には、わからない。
ただわかるのは、彼女が欲してもいないものを押し付けられて、与えられるはずだったものを取り上げられたということ。
それでも、守るという思いと、ただ一人の存在を支えに耐えてきたこと。
───強い、と思った。
ただ世界に盲目で、本当の意味での自由も不自由も知らずに、ただ決められた役目をこなしていた自分より。
そして、気づく。
───本当の意味で、自分は守ろうと思ったことがあるのだろうか。
守ることは、自身に課せられた義務だった。そこに───自身の意志は、あったのか。
不意に、自身が途方もなく空ろな存在に、思えた。
224 :
NPCさん:2008/09/23(火) 17:24:42 ID:???
支援びーむ
きょ、今日はここまで。次の投下はきっと早くても土曜日になります(汗)
これからお仕事(夜勤)なので、感想やご指摘をもらえても返事は明日の朝になるかと。
では、失礼します!
226 :
NPCさん:2008/09/23(火) 20:19:53 ID:???
>>213 投下乙。このスレのブックマークをはずさぬまま、毎日巡回した甲斐もあったというもの。
八面六臂のご活躍に閲覧者として頭が下がります。
でも読者としてはもっと読ませろ。
あと柊、TISじゃないがもうちょっと物考えて喋れ、この天然フラグばら撒き野郎w
最後に、陣中見舞い。
つ 平行世界
つ ありえた可能性
つ 矛盾はネタになる
つ 全然関係ないけど、昔聖刻1092って小説あってなー、そこでライバルキャラに
唐突に身も心も捧げて尽くす恋人キャラが発生してなー。そのライバルキャラの
陣営は理詰めで動く連中ばっかでそいつだけなんでこんな情を通わせてるんだと
思ったけど、あとで外伝で「以前に二人で任務をこなした時に心を通わせあったけど、
それは二人の運命を捻じ曲げ自分に都合よく世界を動かすために黒幕の打った布石で、
その後その時の記憶は消される……でもその時の思いは無意識に残ってたから
恋人キャラは(本編的には)唐突に献身的になったんだ」っつー超展開があってなー。
いや全然関係ないんだけどなー。
227 :
NPCさん:2008/09/24(水) 02:00:07 ID:???
>>215 横からだけど
ファミ通PS+、ファミ通PSP+PS3に三ヶ月集中連載された「柊蓮司第一の事件」だな
時期は柊が高校一年。くれはがすでにウィザードに覚醒してる状態からスタートして、魔剣に選ばれ、くれはに助けられてウィザードになるまでの話
星継ぐだとくれはが柊をウィザードだと知ったのはその最中だからな。矛盾だって言われてるのはそれだ
>>213の前スレのは柊が小学生時点ですでに魔剣に出会ってるから、お蔵入りの理由ってのはそのへんなのでは?
ともあれ、両人ともGJ。
227さん、ご返答、ご感想を頂き、ありがとうございます!
ファミ通……単行本化されてないとなると、読むのは難しそうですね(汗)
また、遅ればせながら、投下中にご支援くださった皆様にも深く感謝です。
ついでに、名前をハンドルネームから作品名(+中身)の表記にシフトをば。
皆さんの書き込みを見ていると、それがここの流儀というか、自然な形のようなので。
……正直、ホントにネタ以上の意味はないんだが……。
公式とかんっぺきにかけ離れてしまうからアレなんだが……。
まぁいいや。せっかく「べ、別に見てあげてもいいんだからねっ!?」って奇特なうれしいこと言ってくださる方がいるんだし、投下しておこう。
元ネタ:ナイトウィザード ネタ的にあと色々。
内容:公式とかけ離れてるがやっぱり主人公はヤツ。
注意:公式とは完全に設定が離れてます。前スレの「らむねと」を読んでおかないと状況が把握できないかもしれません。
「公式から離れた話なんぞ読みたくねーっての」、という方や「掲示板でそういうことしないでくれる?」という方は見ないほうが無難。申し訳ない。
OKですか?
では。
夜の帳が落ち、高層ビルの明かりが照らすだけの、ほとんど光源のないその部屋には、一人の男がいた。
彼は高級そうな机につき、ただ人を待つ。
ほどなくして、部屋のドアが2、3度ノックされて開かれる。その戸を開けたのは、140センチ半ばくらいのやや小柄な少年だった。
薄めの茶色の髪、悪い目つき。輝明学園の秋葉原校中等部制服。親子と言っても頷けるほどの年齢差のあるその少年は、男の待ち人でビジネスの相手でもある。
こんな子どもを相手にこれからさせることを考えると、やはり気が重い。
彼がさせようというのは命のやりとりだ。けして、本来ならばこんな子どもを巻き込んでいいところではない。
しかし仕方がない。彼がもっとも適任だと、すでに結論は出てしまっている。
そんな気持ちを知った様子もなく、少年は呆れたように呟く。
「目ぇ悪くなるぜ、明かりくらいつけたらどうなんだよ」
「……毎回、君には同じことを言われている気がするな。
すまないね、少しだけ感傷にひたっていただけだ。すぐにつけよう」
明かりが点されると、その部屋が趣味のよい調度に包まれていることがわかる。
もっとも、少年には上流階級的な知識がないためそんなことはわからないのだが。
「その台詞も毎回同じだから飽きてきたんだけど」
「そういじめないでくれ、これでも繊細なんだ」
そう苦笑しながら言う男に、ため息をつきながら少年は言う。
「ともかく、依頼ってことは仕事なんだろ?場所と内容、さっさと言ってくれよ」
「いいだろう。今回は―――」
231 :
NPCさん:2008/09/26(金) 16:37:15 ID:???
し
補佐官ー、という声が響く。それが自身を呼ぶ声なのだと気づき、彼女―――ミリカ=シュトラウスは藍色の髪をポニーテールをゆらしながらそちらを向いた。
「どこかへ行かれるんすか、補佐官」
「うん。迎えに行けって隊長から言われたの」
声をかけてきたのは、今回の作戦の部下だ。ミリカによく懐いている魔術師で、ダンガルドを卒業後すぐにシュトラウスに登録した娘である。
『シュトラウス』というのは北欧を拠点としているウィザード専門の傭兵組織だ。
絶滅社が傭兵斡旋会社の中にウィザード部門を持つのに対し、『シュトラウス』はウィザード専門の傭兵組織。
規模は小さいものの、欧州では知らぬ者なきウィザーズ・ユニオンである。
彼らはウィザードとして侵魔を狩り、夜を駆け、世界を守るのを大本とする。その総指揮をとるのはシュトラウス家の後継者だ。
ミリカはシュトラウスの娘であるため、指揮官に近い位置に送られることが多い。
しかし、それで彼女が努力をしていないわけではない。彼女が卓越したウィザードであることは部隊の全員が知っている。
三つ編みに銀縁メガネの娘は、たずねた。
「迎えにって……誰を? 本国から増援でも来るんすか?」
「んー、なんだっけ。確か、コスモガードのとある支部から遊撃部隊のウィザードが来るらしいよ」
「コスモガード、すか? あそこは確か宇宙関係の侵魔に対応するのがメインで、今回は普通に魔法災害(マジカルハザード)じゃないすか。
それがなんでこんなところに派遣が決まるんすか?」
「ほら、あそこって科学的に宇宙に関わる一方で星詠みなんかも未だにいるじゃない。
その支部にいる星詠みが予見でもしてたんじゃない?」
昔から星の運行は天脈とも呼ばれ、洋の東西を問わず標を示すものとして見られてきた。
宇宙に行った者のその後の異常生活の話なども聞いたことのあった娘はそんなものすか、と納得する。
合流地点へと歩むミリカに話しかけながら彼女も同じ方へと歩き出す。ミリカについてくるようだ。彼女としても特に止める意味がないと思ったのか、止めはしない。
「というか、そんなウィザードを派遣されても困りますよね。
こちらより数が多いわけでもないっしょうし、連携を乱すようなことがあれば支障をきたします」
「けど、ウチも軍隊っていうより寄せ集めだしねぇ。そんなに気にすることもないんじゃない?」
「それはそうかもしれませんが……あぁ、そうだ補佐官。その『とある支部』ってぇのはどこの支部なんすか?」
「えー? たしか、日本だったかな?」
ミリカの言葉を聞いて、娘の動きが止まる。にほん、すか。と呟いて彼女は表情を堅くする。
ミリカは不思議に思いたずねる。
「どうかした?」
「日本、って言ったらあれすよね。極東の島国の」
「そこ以外に日本っていう地域を私は知らないけど。それがどうかした?」
「だって、日本って言ったら世界でもぶっちぎりの人外魔境じゃないすか。
年に一度は世界滅亡の危機の発信地になる国なんてあそこ以外にどこにあります?ちょっと怖いなぁ、どんなバケモノが来るんすかね」
本当に怖がっている様子の娘を見てミリカがくすりと笑い、日本に対するその(酷く失礼な)先入観を解消してやろうと声をかける、その一瞬前。
「……バケモノで悪かったな」
少し低めの男の声がした。
二人があわててそちらを見ると、そこにあるのはぴこんと風に揺れる、茶色く染まった一房の毛。
目線を下にずらすと、なにやら微妙そうな表情をしている目つきの悪い無愛想な東洋人の男の子供が一人。
酷く嫌な予感がするものの、ミリカは問うた。
「え、えーと……君は、なに?」
「……なにって聞き方もすげーな、ねーちゃん。
会話ができるみたいだから聞くけどよ、しゅとらうすってゆーのはねーちゃん達か?
コスモガードの日本支部からよこされた、柊蓮司だ。よろしく」
少年―――柊蓮司はどこか困ったような表情でミリカを見た。
悪態をついて、通話状態でなくなった0-Phone の向こうへ呪いの言葉を吐く大男。
頬には傷があり、いかにも歴戦の勇士と言わんばかりの風貌の男は、この村に派遣されてきたシュトラウスの指揮官兼責任者・ラルフ=ヘーゲンだ。
ラルフの激昂ぶりは周りの人間が近寄ろうと思えないほどだった。
彼は直情的であるものの、部下にはフランクに付き合うことで知られている。少し頭に血が上りやすいところはあるが、そんなところも部下としてはわかっているはずだ。
そんな彼が、周囲の人間を近づかせないほどの怒りを顕にしたせいで近づけない、というのは珍しいことだった。
彼は、怒りのもと―――と言っても、その直接の原因ではないのだが―――に近づく。
怒りのもととなった少年は、しかしその怒りをわかっているのかいないのか無愛想な表情を崩すこともなく真っ向からラルフを見る。
ラルフは言う。
「おい、ガキ。お前とんだ上司に付き合わされてんな、任務終了までお前は返すなだとよ」
「だろーな。だから言っただろ、ムダだって」
「あぁ。一度派遣を決めた以上は他勢力の圧力に屈して派遣を取り止めてたら組織としての面子が保てねえっていうのはわかるさ。
だがな、お前みてぇなガキを戦場に立たせるほど俺らは腐ってねぇんだよっ!」
ばんっ、と破裂するような音を立てて、ラルフが壁に拳をたたきつけた。
音に驚いた様子もなく、少年は男を見返す。その諦めきったようにも見える表情を見て、ラルフは何も言わずにのしのしと部屋を出て行った。
少年―――柊は、ため息をついた。
それを見て、その部屋にいた最後の一人であるところのミリカが彼に声をかける。
「隊長のこと、悪く思わないであげてね。怖いところもあると思うけど、悪い人じゃないから」
「わかってる。あのおっさん、俺みたいなガキが戦場に立って死んでくのなんか許せないだけだろ」
そう言って、柊は少しだけ嬉しそうに微笑いながら部屋の外へ向かう。
子どもだと侮られるのは心外だが、子どもだからと心配してくれる大人は嫌いではないのだ。
侮るのと心配するのは違う。彼にだって守りたいものがあるから、その気持ちはくすぐったくもありがたい。
ミリカはあわててたずねた。
235 :
NPCさん:2008/09/26(金) 16:40:36 ID:???
え
「ちょ、ちょっと待って。どこに行く気?」
「外に行こうかと思ってるけど、どうかしたか?」
「待ってってば。君、今ここがどういう状況かわかってるのっ!?」
「一応頭じゃわかってるつもりだ。
……っつか、アンタがヒマなら付き合ってほしいんだけど。俺はこの辺よく知らないし」
そう言われて放っておくわけにもいかず、ミリカは少年の後を追った。
***
「結局、作戦の開始はあさっての昼間ってことなんだな?」
閑散とした村を歩きながら、柊がたずねる。それに応じて頷きながら、ミリカは内心この少年が何者なのかに対して自問自答を繰り返していた。
柊が外に出てしたことは、ベースとなっている村の地形を把握することだった。今はそれも終わり、周辺の森を歩いている。
今回の事件の発端は、とある魔術師の知的好奇心の暴走だった。
彼は合成獣の研究の権威だった。生物同士を融合させ、より高みに在る存在を作ろうとしていた。
その結果生まれたのは、食らったもの全てを融合し、己の力と化す暴食の王。シュトラウスはそれを『gula』と命名。七つの大罪の一つ、暴食の意である。
その合成獣に戯れに犬の死骸を食わせてみたところ、創造主である魔術師を食い、暴走。
近くにあったこの村の生あるものを全て食らっているところを、近くにいたシュトラウスの一団に見つかり結界弾により動きを封じられることになった。
結界弾により村から出ることはなくなったが、可及的速やかにこれを処分する必要がある。そこで現場の一団は本部に連絡を取り、ラルフ率いる小隊が動くこととなった。
結界による封印の効果が切れるのと同時に殲滅を開始する、それが作戦の全てだった。
ミリカは困りつつ頷く。
「う、うん。けど、君はなんでこんなことしてるの?」
「戦場で地形の把握は当然だろ、ねーちゃん達もキャンプ張ったのが今日の朝なら村の探索の一つや二つやっといた方がいいんじゃねぇの?」
「確かにそうだけど……君、どっちかっていうとそれが目的じゃないんじゃない?」
彼女がそれを聞いたのは、少年が燃え尽きた家々の一軒一軒を、目に焼き付けるように見ていたからだった。
その顔には何も浮かんでいないように見えた。その表情は、この年の子供にしては酷く不似合いで。
そして彼は、大量の血痕の傍にあったおもちゃのペンダントを、宝物を拾うようにひろってポケットにいれたりしていた。
一連の行動は、地形の把握と言い切るにはあまりに感情に満ちたものだったような気がしたのだ。そしてそれは当たっていたのか、驚いたように目を見開く柊。
ふてくされたように目を細めつつ、彼はぼやく。
「……たんにガキだな、と思っただけだよ」
「どういうこと?」
「わかってるんだ。
俺の力なんかちっぽけなもんで、守れるもんなんか限られてて、背負えるもんなんかほんとに少ししかないんだって。
それでも。もしこの手が届いたなら―――いや、手が届くなら助けてみせるのにって」
それは、どこか寂しそうな、なにか大切なものをなくした目だった。
彼女もシュトラウスの娘。それこそ、物心ついた時からたくさんの傭兵を見てきた。
傭兵課業というのは、それぞれすねに傷を持つものが多い。そして、その内でも多いのが、この目をする人間だったように思う。
人外との戦闘を続けていく人間達は、いつ命を失ってもおかしくはない。
そんなことは日常茶飯事だし、戦いを続けるもの達のほとんどは自分の命がいつ失われてもおかしくないという覚悟がある。
けれど、それはあくまで自身の覚悟だ。他人が消えてしまっても、何の感情も抱かずにいられる人間は少ないだろう。
と、不意に柊が何かに気づいたようにまったく異なる方を見た。
ミリカはたずねる。
「ど、どうしたの?」
「……声が、聞こえる気がする」
238 :
NPCさん:2008/09/26(金) 17:02:24 ID:???
る
え? とミリカが聞き返すよりも早く、柊はその場から全力で駆け出す。
切実な、いっそ悲痛なまでの声。『たすけて』と、今にも泣き出しそうな声がした気がしたのだ。助けを求められている、とわかった瞬間、駆け出さずにはいられなかった。
森の中にも関わらず、その動きが阻害された様子はない。まるで動物のような動きに、ミリカは目を見張る。
人狼か何かなのかとも思ったが、その特徴たるしっぽも耳も見当たらないため、これはもともとの彼の身体能力なのだと知る。野山を駆け回っていた経験でもあるのだろう。
その背中を追いかけていたミリカが追いついた時、柊は切り立った崖の下に立っていた。
「待ってよもう、君足速いんだから」
「ここからだったと思うんだけど、声」
「声? 私には聞こえなかったんだけど……」
「……そっか。それはともかくとして、ここの奥に人がいるのはホントみたいだぞ」
言われ、ミリカもプラーナを感じようと目を細める。
すると、確かにこの崖の奥から微弱ながらプラーナを感じる。
「ほんとだ。けど、こんな崖の奥にどうやって……」
「これだろ?」
そうやって柊が指すのは小さな穴だ。
ミリカでも通り抜けるのが難しそうなその穴に、柊はすたすたと近づいていく。
「ちょ、ちょっと待ってってば!君どうするつもりなのっ!?」
「言ったろ? 手が届くなら助けてみせるってよ」
そう言って不敵に笑い、ミリカが止める間もなく彼はするりと穴の中に滑り込んだ。
泣いてる顔は見たくない。誰かが悲しむことなんかあってほしくない。
だから―――彼は手を伸ばす。自分がそれを見たくないから、とうそぶいて。
ベースに帰ってきたミリカは、柊の左手に白い包帯をぐるぐると巻いていた。
救護室にいるのは柊とミリカだけではない。柊よりさらに小さな、10歳に届くか否かというところの少女と少年がいた。
彼らは柊が潜った穴にいたのだという。
彼らを連れて出てきた柊は左手が血に染まっていた。何があったのかと聞いても、柊はそこで転んだとしか答えなかった。
(どう見ても刃物を握って止めたようなケガなんだけどね)
そんな嘘でだませるとは彼自身思っていないだろうけど、とミリカは内心で付け加える。
しかしその対応はミリカとしては好みではないため、ほんの少し嫌がらせの意味も込め、包帯を巻き終えた手を(彼女視点で)軽く叩く。
柊はみぎゃっ、と猫のような悲鳴を上げ、目の端に涙すら浮かべ抗議した。
「いってーな怪我人だぞこっちはっ! 何すんだねーちゃんっ」
「男の子でしょー? これくらい我慢しなさいって」
そう言いつつ、彼女は包帯の上から手を掲げて力ある言葉を解放する。
「高きより人の子を見守りし女神よ、我が友の傷を癒したもう……<アイ・オブ・ゴッデス>」
包帯を柔らかな金色の光が包み込む。
やがてその光は消えたが、ミリカはその目を厳しいものから変えることはなかった。
「一応癒しの魔法はかけたけど、あんまり無茶はさせないようにね。
明日になったら包帯とってもいいけど、今日中は絶対取らないこと」
「わ、わかった。約束する」
「素直でよろしい。
とりあえず、話を聞かせてくれる? 君が話し終わったらここにある君の分のご飯をあげるから」
言いながら、ミリカは連れてこられた少年少女に白パンと野菜スープを渡す。
むー、と子供らしくふてくされる柊はとても年相応に見え、思わず笑ってしまう。
241 :
NPCさん:2008/09/26(金) 17:04:57 ID:???
い
「なんで俺に聞くんだよ、本人達に聞けばいいだろ」
「君に聞いた方が早いと思ってね。ある程度聞いて推測が終わったら本人にも話を聞くよ」
ほらほらご飯食べたくないのー?とからかうように言うミリカ。
柊は、しばらくふくれっつらをしていたがやがて観念したかため息をついた。
言葉はわからないながらも、大体の身振りや片言の英語っぽい会話とで把握した状況を話す。
「村がでっかい何かに襲われて、火に包まれる家から親が逃がしてくれたんだと。
しばらく家の周りで親を助けようとしたんだけど、怖くなってばらばらに逃げちまって、森に逃げ込んだらしばらくして合流できた。
んで、村の近くで遊んでて見つけた穴に逃げ込んだのが昨日の夜。姉貴の方が持ってたチョコレートで食いつないでたらしい」
「……そう。それじゃあの子達は、この村のたった二人の生き残りってわけか。
それも、君がいなかったらあの子達は結局飢えで死んでたかもしれなかったんだね。ありがとう」
自分達の部隊の非を認めるようにミリカが礼を言うと、照れたのかぷいとそっぽを向く柊。
どうやらこの少年、真っ向から純粋な感情を向けられるのが苦手のようだ。そんな様子を見て苦笑するミリカに、じろりと苦虫を噛み潰したような視線を送る。
「……なんだよ、何かおかしいことでもあったか?」
「ううん。君って優しいんだなって思って」
「うるっせぇなっ。ほら、夕飯よこせ夕飯っ!」
電光のようなスピードでミリカがキープしていたトレイを奪い取る柊。
あっという間の出来事に目を丸くするミリカを尻目に、彼は食事を始める。
もう、とミリカはため息をついて、少年少女の方へと向かう。
「いきなりこんなところに連れてきてごめんね?
わたしはミリカ、君たちの名前もおしえてくれる?」
そう笑顔で聞いたミリカをじっと見て、少女が答える。
「……わたし、リアラ。こっちは弟の、リィン」
「リアラちゃんとリィン君、ね。リアラちゃんたちは、この村の人以外に知り合いはいる?」
「わかんない。村から出たことなかったから。ね、リィン」
「うん。ぼくたちむらからでたことなかったよ」
こくこく頷いてそう言うリィン。ミリカが再びリアラに話を聞こうとするが、リィンはそんなことを気にもせずにぱたぱたっ、と駆け出した。
ミリカの視線がリィンを追うと、彼は柊の服―――輝明学園の中等部制服だ―――のすそをひっぱり、懸命に何か訴えていた。
しかし、柊は当然純正な日本人で。トルコの公用語など理解できるはずもない。翻訳機の類を持っていないのか、彼はミリカに助けを求めた。
「ねーちゃん、ちょっと助けてくれー。俺こいつが何言ってんのかさっぱりわかんねぇ」
「はいはい。それで、リィン君この目つきの悪いお兄ちゃんに何か用なの?」
月衣があるためウィザードが何を言っているかはわかるわけで、ミリカのあまりの言いように内心愚痴をもらす柊。
しかし彼女はそんなことは構わない。リィンはなおも柊の制服のすそを引っ張りながらミリカに言う。
「このおにーちゃんのポケット。これ、おねえちゃんのペンダントなの」
ミリカがそのまま伝えると、柊はポケットからチェーンがはみ出していたペンダントを取り出す。
これか?と問うと、リィンは目をきらきらと輝かせて首を上下に振る。
リィンに手渡せば、彼はそれをリアラの前へと走って持っていく。リアラは一瞬驚いたような表情をして、すぐに笑顔に戻った。
それを微笑ましく見ているミリカに、柊は真剣な表情で言った。
「おい、ねーちゃん。そいつらの検査とか一応した方がいいんじゃねぇの?」
「検査? ……あぁ、結構ハードだっただろうしね。そうだね、必要かもしれないね」
「んじゃ、ちょっとたのむな。俺は外に出てくる」
「ちょっと。もう日も落ちてるし、子供の一人歩きは認められないわよ」
「大丈夫だよ、10分くらい村の中うろついてくるだけだし。心配なんだったら昼間一緒にいたちっこいメガネのねーちゃんつけりゃいいだろ。
―――それに、いくら年下だからって女の着替え見るのはまずいだろうし」
244 :
NPCさん:2008/09/26(金) 17:07:10 ID:???
ん
頬を赤く染めてそっぽを向く柊。
確かにそれもそうかもしれない、と納得して、ミリカは責めるようなまなざしから一転、面白いおもちゃを見るように目を緩ませて言った。
「それじゃあ仕方ないか。わかったけど、あの子からも逃げたりはしないようにね?」
「わかってるよっ」
そう語気荒く言い、柊はばたんっと勢いよく3人のいる扉を閉める。
それと同時に爆笑するミリカの声を聞きながら、なんなんだあのねーちゃん、と毒づいて―――視線を力強いものへとシフトさせる。
「―――俺のかんちがいなら、いいんだけどな」
そう呟いて……彼は拳を強く握り締めた。
まったく、楽なものだと『それ』は闇の中で笑った。
得るものを得るべくその現場に行ってみれば、忌々しい人間共が『それ』のほしいものを封印しようとしているところだった。
ほしいものはやや大きく、『それ』が手に入れるには少々の時間を要する。
しかも結界というものが何よりも苦手だった『それ』は、仕方なく近くにあった死に体の精神を食らい、傷を治して活動できるように調整し、隠れることにしたのだ。
誰もが寝静まった後、『それ』は行動を開始する。結界を破壊するために必要な準備をするためだ。
いかに破壊する力が弱かろうと、『それ』はこの世にあらざるもの。準備さえすればあの程度の結界を崩すことは造作もない。
白い白い月の輝く夜の瀬に、『それ』は結界に向けて歩を進め―――
「そこまでだ」
強い意志を込めた声に、その足を止められた。
「夜中にガキの一人歩きは薦めねぇぞ。戻れ」
その言葉に言い返そうかと思ったが、この相手には殻の言葉が通じないことはわかっている。
かと言って、『こちら側』の言葉で話せば相手にこちらの素性がバレてしまう。そのため、どうすべきか考えながら曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。
しかし相手は無愛想な表情のまま、話しかけてくる。
「どうせ俺のしゃべってることわかってんだろ?いい加減猫かぶんのやめたらどうだよ」
その言葉に、背筋を凍らされたような気がした。
この相手は気づいている。何故だかわからないが、自分の正体に気づいている、と『それ』は思う。
『それ』が死体に入っていることを、訓練された傭兵の群れの誰一人として気づくことはなかったというのに。
どうしてこんな所にいるのかもわからない、『それ』の今の体とそう変わらない様子の東洋人の子供。
ウィザードの素質を持っていたがために、殺そうとナイフを取り出した、その一瞬でナイフの刃をつかんで止めて見せた、異様ながらもただの子供のはずの子供。
じり、と後ずさる『それ』に、特に表情を変えることもなく右手を横にかざす。おそらくは月衣から何かを取り出そうとしているのだろう。
敵とはいえ子供、対処できなくもないと思った『それ』は、会話によって意識をそらそうとする。
247 :
NPCさん:2008/09/26(金) 17:09:22 ID:???
ど
「なんで気づいたの?お兄ちゃん」
「ペンダント。あのペンダントな、血だまりの近くに落ちてたんだ。ペンダントにも、血が飛び散ってた。
……どう考えても、子供の体から出たなら致死量だった。それが決定打だな。
一応、初めてあった時にも殺意がちらっと漏れてたぜ。弟守るためならそんなこともあるかと思ってたんだけどな」
「そう。それで、私を殺すの?
お兄ちゃんに殺せる?それに、『私』が殺されればリィンはどうなるかわかってるでしょ?」
小賢しいが子供は子供。結局そこまでの覚悟はないだろうと罪の意識を逆なでする。
しかし。―――少年は。苦い表情を飲み込むように歯を食いしばり、その悪魔の問いに答える。
「殺す。
その姿の主は死んでるんだ、これ以上死んだ奴を振り回すことは俺が許さねぇ。
それに、弟が自分の姿をした誰かにだまされてるなんて、死んだそいつが悲しすぎるだろ」
その決意に、『それ』はぞくりと背筋を逆なでられた。
今のは失敗だ。この少年の覚悟を決めさせてしまったらしい。ならば、殺しあうしか道はなくなる。
けれど、頭の中で警告音が鳴り止まない。相手は子供で、どう見てもこのベースにいる傭兵ほどの力はないだろうと理性は訴えるのに。
―――彼女は、少年に勝てるイメージを抱けなかった。
じわり、と止まらない悪寒に頭を支配されそうになったその時。
全てをぶち壊す轟音が響いた。
249 :
前編終了:2008/09/26(金) 17:21:59 ID:???
とりあえず、本日はここまで。
秘蔵……ってほどの秘蔵でない気がするけども柊の話で書き溜めてたのはこの「風の巡り」でラスト。
『夢物語』が補完系、『らむねと』が決意編だとすると、『風の巡り』は柊の任務風景です。
ぶっちゃけいつもの柊。『たまには冒険活劇が書きたくなる病』が発病します。その時書いた話。
時代的にまだ0-Phoneが高級品で支給されてなかったりとちょっとギャップ楽しんでいただけたらな、と思います。
年齢的には柊中学一年。ただし、公式では魔剣さんのまの字もない時期だったり。公式無視しまくりで申し訳ない。
脳内設定的にはくれはが覚醒すんのが高二の夏(柊が半年任務就いてすぐ)だったりするのでまだくれは未覚醒。
周りが全員大人のこの状況、柊はこの任務をどのように超えるのか?中編を待っててくれる人がいたら嬉しいなぁ。
そんじゃ、このへんで。
PS
みっちゃんさん、中身とかは別にルールじゃないんで使わなくても平気なのですよー(汗)?
作品名だけいれて去るとかも普通ですよー。あとはトリップいれたりとか。
250 :
NPCさん:2008/09/26(金) 22:32:11 ID:???
言うべきことは、端的に言って二つ。
GJ。
そして早く続きを読ませろ。はりーはりーはりー!
相変わらず柊節がステキ。中学ですでに柊の魂は完成されていたか!
それ以外のゲストも、キャラ立ちしててよい。
とりあえずラルフは赤いバンダナをしててクラークと言う相棒がいる気がした。
矛盾? それこそ記憶喪失ネタですよ!
中学の頃にすでに魔剣と契約していたが、記憶喪失になってウィザード
としての能力を使えず魔剣とも一時期契約が切れていたけど、
第一の事件の直前にウィザード能力の復活の萌芽を感じた魔剣は
矢も盾もたまらず柊の元に駆けつけストーカーまがいに契約を迫ったとか!
『支援するんなら例えば厨房スレとか棄てプリスレなどの
どうでもイイスレにてきとーにレスすりゃいいはずだったはず』
『いや、ちゃんと練ったレスをまともなスレに投げてもいいんだけど』
『板全体での新しいほうからのレス数の中での個人の投稿数を勘定してるんじゃなかったかな確か』
『といいかげんな情報を』
252 :
NPCさん:2008/09/27(土) 01:15:30 ID:???
専用の支援用スレがあるならともかく、
いかに過疎とはいえヨソのスレにテキトー書くのはどーかなー。
253 :
NPCさん:2008/09/27(土) 01:26:31 ID:???
>>251 つーかむしろ澪がこんな過疎スレ見てたこと自体が驚き
254 :
中編:2008/09/27(土) 10:59:20 ID:???
別にはりー連呼されたからってわけでもないが今日も投下。
では。
すさまじい轟音と地響き。村を揺らすそれに、シュトラウスの精鋭たちが気づかないはずもない。
ミリカはオペレータールームに駆け込みながらオペレーターに鋭く声を放つ。
「何が起きたのっ!?」
「こ、これは……っ!『gula』、結界を突破しましたっ!」
信じられない言葉に、一瞬部屋が騒然とする。それを黙らせたのは、鈍く太い男の声だった。
「うるっせぇ静かにしやがれっ!!」
このベースの最高指揮官たるラルフの声に、水を打ったように静まりかえる室内。
それを見やり、彼は小動物なら一睨みで心臓を止めてしまいそうな凶悪な目線を投げてオペレーターに問う。
「―――それで? 結界弾は明後日まで持つはずだったんだろ、なんで2日も早まってんだ」
「報告しますっ。結界の有効期限についての試算ですが、これは結界を張った後の経過を観察した結果、今朝に試算を出したものです。
そして、結界を張った後目標、『gula』は一切の身動きをとっていませんでした」
「つまり、暴れてなかったから長く保つと試算が出てただけで、実際はいつでも破られる可能性があったってわけか。
情報部の連中、終わったら雪中行軍やらせてやる」
「賛成。ついでに雪中迷彩服のポケットというポケットに5kgの錘をいれてやりましょう。
それで部隊長、指示をお願いします」
ミリカが意識を切り替えさせるようにそうラルフに声をかける。
ラルフはわかっている、と呟き30人ほどの部隊員に向けて、告げる。
「野郎共っ!ちょっとばかし気の早ぇ馬鹿のお出ましだ!
サンタクロースみたいに真っ赤にデコレーションしてやろうぜ!各員装備確認と同時にチームごとに集合!1分以内に済ませろ!
アルファ、ベータは村の東方向へ!狙撃隊はあらかじめ言っておいた狙撃ポイントで俺の命を待て!衛生術士隊はここで待機!
残りの連中は正面突破に備えて陣形を組んでベース前に立ちやがれ!」
了解っ!と異口同音に傭兵達は言い、オペレーションルームから出て行く。
ラルフは、オペレーター以外に部屋に残ったミリカに向けて声をかける。
「さて行くか補佐官どの。フォローよろしく頼むぜ」
「わかってますよ。……あ、その前にちょっと心配なことがあるんでいいですか?」
何かに気づいた様子のミリカがそう声をかける。ラルフが何のことかわからないというように目を見開く。
それに苦笑を返しながら、彼女は言った。
「いえ、ちょっと目を離したくない子がいまして。その子を捕まえたらすぐ行きますから」
257 :
NPCさん:2008/09/27(土) 11:04:38 ID:???
はにゃ
激しく揺れる村。それに動揺したのは、さきほどから睨みあっていた柊もだった。
一瞬の思考の空白。それは、目の前の相手から注意が逸れることでもあった。侵魔はいっそいさぎよいほどきびすを返し、その場から思い切り駆け出す。
一歩遅れて柊もその後を追う。この村に起こっている異変が何かわからないことに悪態をつこうとして―――すぐにその原因に行き当たる。
村の奥にドーム状に展開されていた白い光の帯が、解け散るように一本、また一本と虚空に解け消えていく。
それと負位置の比例をするように、だんだんと村の奥から巨大なプラーナの反応と猛烈な悪意が吹きつける。
ち、と舌打ちして彼は憤りをそのままに叫ぶ。
「もっろい結界張りやがって、後で文句言ってやるっ!」
おそらくはこれだけ大きな反応なのだ、シュトラウスもこれに気づいているだろうと彼は判断。そのまま『リアラ』の追撃を続行する。
今この場で逃がすのは本物のリアラに対して申し訳がたたない。
幸い、『リアラ』はそこまで身体能力に優れているわけではないらしく、じわじわと距離が縮まっていく。
『リアラ』を自身の攻撃範囲内に納め、月衣から相棒を引き抜こうとしたその時だった。
『リアラ』は膝に力をこめ、大きく跳躍し、そのまま叫ぶ。
「天の息吹よ、我に空舞う翼を与えん―――<フライト>っ!」
光が集い、その体を宙へと持ち上げる。
柊は空を飛ぶ魔法を覚えていない。よって、空に逃げられると対処が困難になるのだ。
それで一応は安堵する『リアラ』。彼女は一旦落ち着くため深呼吸をして―――眼下に、ほしかったものが開放されているのを視認した。
「あれ……結界が解けるのって明後日なんじゃなかったっけ」
そう疑問に思うものの、結界が破れている理由など、命が助かったという極限状態から生還したばかりの彼女からすればどうでもいい。
もともとまともに戦う力があまりない彼女にとっては、高いスペックを持つ僕が手に入るのならばなんでもいい。
それに、『リアラ』はエミュレイターだ。人間ごときにコケにされたとあっては裏界におめおめ戻ることもできない。
だからこそ彼女は最悪の選択を選ぶ。
「まぁいいか。ちょうどいいオモチャも手に入るし―――ついでに、ここにいる連中のプラーナ全部奪っちゃおうか」
特にあのおにいちゃんは丁寧に殺してあげないとね、と酷薄な笑みを浮かべ、彼女は彼女を象徴する能力を解放する。
―――夜闇に紅い月が昇る。
エミュレイターである彼女が本領を発揮すれば、世界を切り取る匣が完成する。
紅い月の発生に、遠くの方から人間達の怒号が木霊する。それを聞いて、彼女は満足そうに笑みを深めた。
「さぁ、はじめましょうか。
ニンゲンに生み出された哀れな哀れなできそこない、このわたしがあなたに場所をあげるわ。
わたしの僕という、存在意義(レゾンデートル)を」
そう言って、彼女は手を紅い月ゆらめく天へと掲げる。
260 :
NPCさん:2008/09/27(土) 11:06:41 ID:???
にゅ
手のひらから伸びたのは、紅色の光。それは白銀の棘を全身から生やした狼のような『gula』の首をぐるりと一周した。
獣の咆哮が、村中に響く。びくりびくりと2度3度痙攣し、おとなしくなる『gula』。
その姿に満足そうに笑顔を浮かべながら、『リアラ』はリードのように紅色の光を掴み、銀の狼に語りかける。
「いい子。ご主人様が誰か、理解したわね?」
彼女の能力は『支配』と呼ばれるものだ。
一つの対象の行動を思うがままに操る能力であり、夢使いの傀儡糸を強化したものだと思えばわかりやすいだろうか。
それ以外の力は低位エミュレイターにも劣りかねない弱い侵魔だが、こと精神の支配においては彼女は爵位とはいかずとも、その直接の配下に比肩しうる力を持つ。
もちろん欠点もある。
人間にも適用することができるが、精神力が彼女を勝る存在である場合はその効果を及ぼさない場合もある。
上位侵魔と肩を並べるほどの力に抗える人間がいるかと言われれば、それは確かに考えづらいのだが、彼女が失敗を恐れているため試したことはない。
そして―――今回はこれが一番大きな理由となるのだが、対象が『一つの精神』に対する支配でなければ力を存分に振るえない、ということが彼女の致命的な欠点だった。
びしぃっ、と何か硬質なものにヒビが入る音がした。
え?と彼女がその音の意味を理解するよりも早く。
彼女の華奢な体の腹部を、白銀の銛が貫き通した。
絶叫が、響く。
***
ミリカは、ベースのそばをうろついていた。
結界の破壊を確認したため、コスモガードから派遣されたあの少年が何かまたやらかすのではないかと考えて先に手綱を握ろうと探しているはいいのだが、見当たらない。
しばらく探し回ってみたのだが、その姿は救護室にもなく、最後にその姿を見ただろう相手に連絡を取ってみても、仮眠室に案内した後は知らないと言われた。
やはり監視の一つもつけておくべきだったか、とため息をつく。
「……まさかと思うけど、最前線にいたりしないでしょうね」
そう口にすると、あの少年ならありえる、と思えてしまう。
となれば、場所を知るためには狙撃手たちのいるベース近くのやぐらに行ったほうが見つかる確率もあがるかと考えなおしたその時だった。
夜の闇に覆われたはずの空間が、一気に紅い異界へと塗り替えられた。ミリカは驚愕と共に叫ぶ。
「月匣……っ!? こんな時にエミュレイターまで!」
あの少年のことも心配だが、ウィザードとしてまず対処すべきは紅い月だ。
彼女は口元にあるインカムに向けて叫ぶ。
「ちょっと何事っ!? あんまり杜撰なことしてると最前線にすっ飛ばすわよっ!?」
『いい加減な仕事をしてるわけじゃないのでごめんこうむりますっ!
この村一帯に月匣が張られました!エミュレイターの仕業と思われます!』
「そんなのは見ればわかるわよっ! それで、コアかルーラーはっ!?」
『今解析してるんです待ってくださいっ!』
『目標のやや高い位置にエミュレイター反応! おそらくはそれがルーラーかと思われ……』
違うオペレーターが解析結果を口にしようとした時だった。
ガラスが砕け散るような澄んだ音をたて、紅い世界は終わりを告げる。甲高い、細かなガラス同士が砕けてこすれあう音と共に、赤い世界の粒子が夜の闇に解けていく。
次から次に起こる異常事態に、オペレーターは半分混乱しながら叫ぶ。
『エミュレイター反応、いきなりロストしましたっ!? 月匣、解除されますっ!』
「今度は何っ!?」
『わかりませんっ! とりあえずエミュレイターが消えたってことしか……っ!』
そうオペレーターが言いかけ、何かに気づいたらしく全回線へと向けて叫ぶ。
『伏せてくださいっ!』
声にほとんど時をおかず。夜闇に突如として生まれた目を灼くまばゆい白い光の柱が、周囲の木々を消し飛ばしながら虚空を打ち抜き。
それを追うように、もはや衝撃波に近い爆風が吹き荒れた。
264 :
NPCさん:2008/09/27(土) 11:14:41 ID:???
みぅ
***
目の前で、信じられない光景が広がっていた。
少女の体が銀色の槍で串刺しにされ、空へ高々と持ち上げられている。
彼女は恐怖に涙すら浮かべながら、引き裂かれたように叫ぶ。
「な、によぅ……っ、なにが、ぁっ!」
いやいやと首を振りながら、彼女は必死に手を伸ばしながら叫ぶ。
「やっ……食べないでたべないでたべないで食べられるのは嫌、いやイヤぁぁぁぁーっ!」
銀の狼は外部にあるものを『食べる』ことにより己のものとする生き物だ。
これまで食ったものは、魔術師に与えられたものと魔術師、そして村一つ分の人間。
それだけの生物の精神野とプラーナを食らった怪物を制御することなど、彼女にはできなかった。
逃れようと必死に手を伸ばす。しかし、死にかけの侵魔を助けようとするものなどあろうはずがない。
ただただ、食われて死ぬ。
そのはずだった。
「お―――おぉおおおぉぉぉぉっ!」
彼女の目線よりも下、村の中に生えている一本の木。
その大きくしげる茂みの中から、青いプラーナを吹き上げながら柊が飛び出した。
木に登り、その上からプラーナを使って彼女に向けて跳躍する。懸命に手を伸ばし、届かないことなど考えず、ただ一心に彼女に向けて手を伸ばす。
―――まるで、この手が届きさえすれば彼女さえ助けられると信じているように。
ありえない。手が届いたところで、助けられるのとは別だ。そもそも、先ほどまで剣を向けていた相手を助ける意味など欠片もない。けれど―――
その手は、確かに彼女にとっては助けだった。藁にもすがる思いで、彼女は自身の手を伸ばす。
指先が触れる、その寸前。
『リアラ』がひょい、と銀の狼により持ち上げられた。
空を切る手。
希望から絶望に変わる表情。
そして、銀の狼はがぱりと大きく口を開け、虚空に向けて巨大な光の柱を吐き出す。
効果範囲内にいた柊は、反射的に自分の相棒を引き抜き、襲いくる光の柱に向けて振りぬく。
別に斬ろうとしたわけではない。巨大なエネルギーの塊に硬質なものをぶつけることで反発力により効果範囲外へと逃れるためだ。
振りぬいた刃は巨大な光の柱のエネルギーにおされ、上空に向けて体ごと横回りの独楽のように回転しながら弾かれる。
柱から何とか離れた柊は、正体不明の怪物に食われる少女を目に焼きつける。エミュレイターである彼女は、足元から虚空に溶けて消えていく。
最後に、拳を強く握り締める。
それと同時に吹き荒れた余波の暴風で、成す術もなく彼は吹き飛ばされた。
267 :
NPCさん:2008/09/27(土) 11:16:20 ID:???
はわ
オペレータールームは、今まさに戦場と化していた。
次々に上げられる現場からの被害報告。担ぎ込まれる重傷を負った傭兵達は後を絶たない。
ラルフは苦々しげに呟いた。
「……バケモノが」
活動を開始した怪物は、たった30人のウィザードの手に負えるような相手ではなかった。
白銀の毛皮はすべての魔法攻撃を無効化してしまうらしく、どんな一撃もその身に傷一つ与えられない。
物理攻撃ならば多少は意味があるらしいが、作った魔術師が多重発動を使えたらしく、大量の魔法を乱打してくるためそも近づくことが困難だ。
かと言って、銃撃だけではまともなダメージが望めない。ライフル弾でも大量にぶち込んでやれば沈むかもしれないが、相手は大口径のビームを放ってくる。
位置を気づかれてしまえばそれで多くの命が失われてしまうだろう。
指揮官であるラルフは、大きな決断を迫られていた。
この人数で戦える相手ではない。一部を撤退させ、広範囲殲滅に適した部隊を派遣してもらうのが部下を失わない意味では最善だ。
しかしここで相手をしている人間がいなくなれば、この怪物はほぼ間違いなくこの廃墟の村から出て世界に破壊を撒き散らすだろう。
ではどうするか。
指揮官は答えの出ない問いを繰り返す。
***
救護キャンプの近くまで来たミリカは、刻々と悪くなっていく戦況を見ていた。
と、その時だ。すぐ近くの林の中に何かが落ちたらしく、ばきばきと小枝が折れる音が響く。
警戒を怠らずそちらに目を向けると、そこには先ほどまで探していた少年がいた。彼はほこりを払いつつ呟く。
「いってぇ……くそ、結構飛ばされたな」
「ど、どこから現れるのよ君はっ!?」
「あれ、ねーちゃんじゃねぇか。なんでこんなとこにいるんだ?」
あくまで本気で不思議そうに言う少年に、あらゆる力が抜けてその場に脱力したくなる。しかしそんなこともしてられない。
「まず質問に答えなさい。君、今までどこで何してたの?」
「エミュレイターを見かけたから追いかけてたんだよ。
それでうっかりあの馬鹿でかい犬の近くまで行っちまって、さっきのビームの余波で吹っ飛ばれてここまで落ちてきたんだ」
「ま、また勝手なことを……まぁいいわ。今から君は私から離れないようにね」
「それはいいけど、リィンの奴はどこだ?」
心ここにあらずと言った様子の柊に問われ、ミリカはきょとんとしつつ答える。
「リィン君?救護室に泊まっててもらうつもりだったけど、この騒ぎだから。
ここにいると邪魔になるから、ちょっと外に出ててもらってるけど、それがどうかした?」
「外の、どこにやったんだって聞いてんだけど」
「今はそこだよ」
と、テントを指すミリカ。
そのテントの横には、リィンが確かに立っていた。彼は呆然と銀色の狼を見つめている。
彼の姿を視認すると、柊は駆け寄りリィンの視界をふさぐように抱きしめた。
「―――見るな」
柊の拘束を振りほどこうとばたばたと暴れるリィン。
串刺しにされ、消えゆく姉の姿など視認できる距離ではない。
それでも彼は暴れ続ける。まるで、そうしなければ姉がいなくなってしまうと思い込んでいるように。
同じ、姉を持つ身としてそれが失われることの喪失感は理解できる。自分でもそんなことに直面したら認めたくはない。何も出来ないとわかっていても抗おうとするだろう。
なくしたくはない。しかもたった一人残った肉親を、たった一人の姉を、失うことなんか考えたくもない。その抵抗が無為でも、そうする気持ちは絶対に否定しない。
リィンはしきりになにか叫んでいるが、柊に意味は理解できない。それでもその声を刻みつけようと思った。
ひとしきりばたばたと暴れたリィンは、不意に電池が切れたように動きを止めた。
閉じられた目の端には涙が溜まっていた。柊は意識を失ったリィンを担ぐ。
まだ生きている彼を守るために、歩き出そうとしたその時だ。
ふわりと。
目の前に、なにか靄がかかったように薄れた存在ながらも『リアラ』にそっくりな少女が現れたのは。
『リアラ』は食われた。消滅を彼が見届けた。だからこんなところに存在するはずはない。
それ以上に彼女からはエミュレイターとしての悪意あるプラーナは感じられなかった。
唐突な登場に柊が硬直するのを見て、少女は笑った。
『おにいちゃん、ありがとう。わたしの声に気づいてくれて。弟を、守ってくれて』
リィンたちが隠れていた穴へ誘導するように助けを求める声がしたから、柊はリィンを助けることができた。
その声は、すでに死んでいたこの少女が本当に弟を助けたかったゆえの、必死の呼びかけだったのだろう。
そして少女は―――魂だけの存在になったリアラは、柊に言う。
271 :
NPCさん:2008/09/27(土) 12:06:58 ID:???
きゃ
『おにいちゃんに、もう一つお願いがあるの。
私は食べられずにすんだけど、あのオオカミさんのお腹の中に、パパやママが食べられちゃってるの。
このままじゃ、パパもママも村の皆もみんなお星様のところへ行けない。だから、お願い。あのオオカミさんの中から、みんなを助けてあげてほしいの』
「―――おいおい、俺は猟師じゃねぇんだぞ?」
『うん。けど、おにいちゃんはリィンを助けてくれたもの。オオカミさんに連れて行かれそうなあかずきんを助けてくれたもの。
だからおにいちゃんにはできるよ。おにいちゃんは諦めないから、おにいちゃんは手を伸ばし続けられる人だから』
その舌っ足らずな言葉にく、と笑いをこらえて、彼は不敵な笑みを浮かべて答える。
「わかった。約束だ、お前のパパもママも村の連中も……ついでにお前とリィンも。全部助けてやるよ」
『絶対だよ。約束破らないでね?』
「当たり前だろ。
……ついでだ。弟に、何か言いたいこととかあるか?」
兄が妹を見るように、暖かな目でそう告げられた少女は目を見開く。
次の瞬間、嬉しそうに微笑みながら胸を押さえて歌うように答える。
『うん……いつでも、わたしはリィンと一緒にいるから。だから、忘れないで、って』
「わかった、伝えとく。……じゃあな」
『うん。またね』
それだけ言って、靄のような姿だったリアラは消えた。
また会えるはずもないとわかっているはずなのに、それでも彼女は笑ってまたと告げた。その野に咲く花のような温かい笑みは、とても綺麗だった。
柊は、開いた手のひらを握り締める。何かを掴み取るように。
それを端から見ていたミリカに、彼はリィンを手渡しながら言う。
「ねーちゃん、こいつ夢使いのとこに連れていってやってほしいんだけど」
「待って。君はどうするの?」
ミリカは真剣な表情で問う。柊は困ったような表情になりながらも、ミリカから視線を外して言った。
「約束しちまったからな、あのバケモノぶっ倒すって。だから、行ってこようかと思ってさ」
「馬鹿言わないで。ウチも撤退しようかって敵相手に君一人で対処させるわけにいかないでしょ」
「あぁ。……でも、約束しちまったからな」
瞳は前に。ただ魔法を乱発する銀の狼をただ睨む。
止めてもムダだと、その姿が全身から語っている。だから、とミリカはなおも食い下がろうとするが、柊はひらひらと手を振りながら答える。
「大丈夫だ。それなりに考えはあるし、死ぬつもりなんざカケラもねぇよ」
その言葉に、文句が言えなくなる。
何度も何度も、そんな顔をした相手を見てきた。帰ってきた者もいたし、もう会えなくなった相手もいる。
けれど彼女はここで引かない。それが。それこそが、ミリカ=シュトラウスの矜持だ。
274 :
NPCさん:2008/09/27(土) 12:10:07 ID:???
うわーもうだめだー
「……君、何か考えがあるのね?」
「まぁな。ともかく、なんて言われようと俺はあいつと戦ってくる。止めるだけ無駄だぜ?」
「わかってるわよ。だから、君はちょっとこっちに来なさい。その考えについて話してもらうわ」
そう言って、柊をずるずると引きずっていくミリカ。
予想外の行動に柊があわてる。
「ま、待てねーちゃんっ! 俺これから戦いに行くっつってんだろうが!? 人の話聞いてたのかアンタ!?」
「聞いてたわよ、だから連れて行こうとしてるの。
君がどんなウィザードか知らないけど、一人でできることなんて限られてるの! そしてウチはまだ戦える連中が残ってる!
いい!? 一人でなんでもなんとかなると思ってんじゃないわよこのマセガキっ!
人を頼りなさい! ここにいるのは君一人じゃない! まだ何かができる連中がそろってるのよ!」
ミリカの剣幕に、思わず黙る柊。
おとなしくなった柊を、ミリカは容赦なく司令室へと連れて行くのだった。
276 :
中編完了:2008/09/27(土) 12:15:54 ID:???
はい、以上中編終了でありますー。
……今回はほんとにアレじゃな、うん。ネタっつーかむしろ色々と。まぁいいか。
とりあえずは忘れてた(爆)分も含めてレスを返しておきますかっと。
>>214 あの日ほんと暑かったですもんねー。
……そこまで言っていただけたなら嬉しいです。自分はまだまだ未熟ですが、物書き冥利につきるってもんです。
>>215 人の心を動かすものが作れたと言っていただけるのは嬉しいことです。これからも精進していきたいです。
>>215さんもお忙しいでしょうが、ご自身の執筆、頑張ってください。同じくこのスレを使わせてもらってる者として応援しています。
>>226 あはは(笑)。まぁ、できる限りはがんばろうと思います。この話終わったらストック切れるんでしばらく先になると思いますが。
柊はもの考えてしゃべらないからいいんですよ。決まってるじゃないですか(笑)。
まぁ、平行世界あたりでファイナルアンサーってことで。
>>250 >>226さんと同じ人かな? 違ってたらすみません。
柊は小学生から柊でしたよ。フレイスでそうだったじゃないですか(笑)。
ラルフに関してはその通り。あと今回のラスボスは某今四期やってるアニメの魔獣がイメージソースといえばそうかも。結果論だけど。
いやー、記憶喪失ネタだとちょっと魔剣さんが切なすぎるんで……やっぱ平行世界あたりでファイナルアンサーで。っつーか魔剣さんそれだとヤンデレになるじゃないですかっ(笑)!
>>251 わ、びっくりした。みおさんこんなところにもいらっしゃるんですねぇ。
んー……ただここ連投規制厳しいんで、やっぱ携帯の自力支援がないと投下難しいです。他の方もめったに投下時にいらっしゃいませんし。
気にかけていただきありがとうございます。
自分が2ちゃん見だす前からいらっしゃる古参のコテの方がいらっしゃるとは思いませんでした。でっかいびっくりです。
277 :
中編終了:2008/09/27(土) 12:16:38 ID:???
このあたりかな?
さて、後編投下は明日―――といきたかったんですが。ねぇボス、「急に一人休むことになったから明日よろしくー」はないんじゃなかろうか……(涙)。
そんなわけではやくて来週末になるかと。そんじゃこれからちょっとリアルに行ってきますにゃ。ではではまた。
278 :
NPCさん:2008/09/27(土) 22:50:22 ID:???
投下乙。
続きを楽しみに待つ。
相変わらず目の前の奴を片っ端から見捨てない奴だw
弟を思う姉の魂に、不覚にも目から汗が。
279 :
NPCさん:2008/09/28(日) 02:55:50 ID:a0ICOrQJ
素敵! さすが柊だぜ!
ところで、一つ質問してもいいだろうか?
ここって鏡の迷宮のグランギニョルとかヴァリアブルウィッチのキャラとかも平気だろうか?
確かマジカルウォーフェア中で、グランギニョルの主人公斉堂 一狼とヴァリアブルウィッチの藤原竜之介が同じ一年だったはずだから。
二人共、同学年生だよね?
マイナー過ぎるがこの二名を登場させたいと思うんだ。
280 :
NPCさん:2008/09/28(日) 02:57:58 ID:???
sage忘れた ORZ
すまない。
281 :
NPCさん:2008/09/28(日) 07:39:37 ID:???
>>279 いいんじゃないかな?
その二人も
>>1でいう「公式キャラ」の枠内だろう
そういうこと言ってたらオリジナルキャラとか出せないしねー
282 :
NPCさん:2008/09/28(日) 08:45:05 ID:???
>>279 個人的には超アリだ!
どっちも木っ端ウィザードなので下っ端の悲哀みたいなもんが見られると面白いかもw
283 :
NPCさん:2008/09/28(日) 09:21:16 ID:???
>>279 問題ないと思うー
悪いが今からwktkして待たせてもらうぜ
284 :
NPCさん:2008/09/28(日) 16:24:43 ID:???
ニンジャボーイ×竜之介(女)………だと?ゴクリ(馬鹿は妄想が止まらなくなった)
285 :
NPCさん:2008/09/28(日) 17:37:56 ID:???
×をつけるなw
しかし、素バージョンでは普通に話せるけど、(友人にはなってるかなぁ?
ニンジャボーイは普段クラスでは意図的に埋没してるし)
変身すると途端にキョドる一狼という構図も面白そうだw
大いに期待。
286 :
NPCさん:2008/09/28(日) 18:06:47 ID:???
つーか、ここ意外に人いるのねw
いつも作家+1くらいしかいないのかと思ってたw
287 :
NPCさん:2008/09/28(日) 19:07:17 ID:???
はっはっは、ROMは一人見かけたら30人は居ると(ry
288 :
NPCさん:2008/09/28(日) 19:24:14 ID:???
いやぁはっはっは(ごまかし笑い)。
……しかし、一年前からは考えられん現状だよなぁ。なにこの盛況っぷり。
まさか前スレもこの板に珍しく容量オーバーになるとは思ってなかったし。ずっと落ちて終わると思ってた
289 :
NPCさん:2008/09/28(日) 20:04:34 ID:???
>>285 いや、新聞部のヒロインのせいで忘れがちだが竜之介も結構目立たないよう心がけてるみたいだぞ?ドキドキすると変身しちゃうから普段はやる気のない学生を演技してるみたいだし
俺はむしろ竜之介が変身しても元が男だから平気なニンジャボーイが、女になった竜之介と男友達な感覚で接していたせいで周りやクラスメイトや空に誤解され目立ってしまうという妄想が浮かんだw
290 :
NPCさん:2008/09/28(日) 20:16:11 ID:???
そして早とちりした人造人間に縊り殺される、と
291 :
NPCさん:2008/09/28(日) 22:30:43 ID:???
「鍋に切らない野菜を放り込んで煮込む」から、
「鍋に何も入れないで煮込む(?)」にレベルアップですね!
292 :
NPCさん:2008/09/29(月) 01:32:13 ID:???
>289
俺はむしろ、竜之介が男状態の時の感覚ままで接しようとしてしまい、大あわてするニンジャボーイというのを。
で、任務中に庇われたりして事故で密着。
次の日から男状態の竜之介の顔を正面から見れないニンジャボーイ。
挙動不審、目を合わせると顔が真っ赤っか、明らかに怪しいので事情を知ってるクラスメイトにあらぬ疑いを掛けられたりする。
事情を知っているウィザードのクラスメイトにはもっと深刻な疑いを掛けられたりする。
293 :
NPCさん:2008/09/29(月) 22:15:49 ID:???
つまり総合するとネコミミの描く竜之介の胸と脇はエロ可愛いとry(馬鹿は地下に引き摺りこまれた)
294 :
NPCさん:2008/10/02(木) 07:16:02 ID:???
どちらにしろ誤解されるニンジャボーイvv哀れ・・・vv
やっと書き込めた………!ご無沙汰しました、“裏切り”の小娘です!(<どうなんだこの名乗り)
アクセス規制って何ですか。荒らし規制のとばっちり?誰だ自分と同じホストで荒らししたの!(泣)
そんな訳でリクエストに答えてくださった“風の巡り”の作者さんに、お礼も感想も書き込めず………!
遅ればせながら、GJと叫ばせていただきますvv!ちびらぎ、かわかっこいいvv
そして、わざわざ追伸でのご丁寧なご指導・ご指摘、更には暖かいご声援をありがとうございます!(感涙)
でもごめんなさい、まだ投下できそうにありません(泣)ちょっとリアルが立て込んでで………
っていうか、呼びかけがリアルの愛称と被ってちょっとどっきりしましたよvv(本名もじったHNなんで)
そして、何だかお話が盛り上がってますね!竜之介君と一狼君ですか!二人ともいいキャラですよねvv
この組み合わせはなかなかなさそうですから、279さん、ぜひ書いて下さいvv
ところで、現在投下中の話も終わってない奴が何ほざく、と言われるかもしれませんが………
“宝玉の少女”直後設定の、柊×くれはのほのぼのラブというかラブコメというか………そんな感じの話し、需要ありますか?(汗)
296 :
NPCさん:2008/10/02(木) 08:38:59 ID:???
どんとこーい。待ってる
PS
ここは匿名掲示板だから、個人が特定するヒントっぽい発言は控えた方がいいよ?
誰が見ててなにに利用されるがわかったもんじゃない。
つかむしろネチケ。性別、出身ですら公にすべきじゃないし、名前なんてもってのほか。
暇があるようならネチケットで検索かけてちゃんと勉強してみてください
はわ、ご忠告・ご指導ありがとうございます(汗)
すみません、不注意な上に不勉強で………気をつけます。
えと、亀の歩みになるでしょうが、“裏切り”と“柊くれはほのラブ(仮)”、頑張って書いていこうと思います。
どっちか、土曜日にでも投下できたら………いいな………(希望)
298 :
NPCさん:2008/10/02(木) 15:06:26 ID:???
なんだろう、この流れ裏切りの人がTRPG初心者PCで周りがフォローする経験者PCに見えてきたw
299 :
NPCさん:2008/10/02(木) 15:42:54 ID:???
>>298 つまりみっちゃん(仮)は力丸ボイスってことですね!わかります!
取っ掛かり部分ですが、竜之介と一狼のSSの頭部分が出来ました。
いささか未熟な点が多いでしょうが、受け入れてもらえるかどうかビクビクしながら投下します。
よろしくお願いします。
タイトルは【迷錯鏡鳴】です。
紅い赤光に飲み込まれた世界がある。
時刻はまだ夕方なのにも空には紅い満月が輝いていた。
嗚呼、なんという恐ろしい月夜なのだろう。
それは紅く、赤く、破瓜の血のように鮮血に染まっていた。
大気すらも紅く、呼吸するたびに血に染まっていくような錯覚すら覚える世界。
紅い月の光に満たされた空間――月匣と呼ばれる異空間。
そこに三人の人影がいた。
暗い、薄暗い校舎の中で対峙するものたちがいる。
一人は少年。
輝明学園秋葉原分校の制服を身に纏い、両手に無骨な形の両刃の刃物を握っている。黒塗りの刀身、刃渡り20センチほどのそれはクナイと呼ばれる得物。
右に一本、左にも一本、逆手に握る少年。
その眼光は鋭く、不気味なほどに身じろぎもせずに、ただ目の前に二人をにらみつけ、硬質な殺意を放っていた。
空気が凍りつきそうな、歩み寄るだけで首が切り落とされそうな殺意。
それを受け、それと対峙するのは二名の少女。
一人は色素の抜けた茶髪をツインテールに結い上げた少女。
輝明学園秋葉原分校の女生徒用の制服を身につけ、両手には巨大なるトンファー――否、それはトンファーではなく、“箒”。
ドラゴンブルームと呼ばれるトンファー型の箒、それを構えた少女はただの常人か?
否である。
この月匣内で怯みもせずに、ただ眼前の少年を射殺さんとばかりに睨み付けている少女が常人なわけがない。
そして、その横で佇む少女もまた常人ではなかった。
彼女は人ですらなかった。
その手は異形の如く鋭い爪を生やし、耳に当たる部位は猫のように大きく肥大化し、臀部からは猫の尻尾を生やした、それを人類と呼べるわけがない。
瞳孔は細い亀裂のように縦に長く夜闇を見通す獣の瞳。
バンダナを頭に身につけ、後ろ髪をリボンで括った少女は人間ではない。
人狼――デミ・ヒューマン。亜人間と呼ばれる種族の一人、猫と人間の混ざったようなそれは猫人と呼ぶべきか。
それらが一同に会し、互いに対峙している。
まるで漫画か幻想のような光景。
夢のような、趣味の悪い悪夢。
しかし、その夢は決して覚めぬ夢。
確固たる現実なのだから。
「 」
少年が呟く。
しかし、その言葉は少女達には届かない。
互いに敵だと既に認識し、放たれた言葉はむなしく大気に希薄化し、消失する。
ゆらりと少年の身じろぎ一つしなかった体が崩れ、揺らいで、瞬間――音もなく、少年の位置が移動した。
体勢はそのままに、ただ位置のみが移動する。
前へ、爪先でだけで蹴飛ばし、移動するその歩法。
すり足と呼ばれる剣道の歩法、その亜種、恐るべき速さでの前進。
「っ!?」
「 !!」
トンファー使いの少女が驚きに目を見張り、亜人の少女が警戒の咆哮を上げる。
二人の少女が動き出す。
ツインテールの少女が呼気を洩らしながら、力強く前に踏み込み、そのしなやかなる手足を流れるように用いて、ぶぅんと大気を両断するかのようにドラゴンブルームを横なぎに振り抜いた。畳み掛けるように亜人の少女が右手の爪を一閃させ、十字に切り裂くかのような疾風。
防ぐか、止まるか。
どちらを取るかと少女達は考えて――第三の選択を少年は選んだ。
少年の頭部を粉砕するかのような残酷なる軌跡、しかしそれを少年はさらに踏み込み、低い体勢で躱す。
地面と頭が平行になるほど低く、蜘蛛のような姿勢。爪先と指先のみで床を引っ掛け、疾走する移動法。
なのに、速い。
飛び出した少女たちと少年の軌道が交差し、位置を真逆に変える。
少女は前へ、少年は少女の背後を取った。
驚愕にツインテールの少女が硬直したのは一瞬、即座に建て直し、旋回するようにトンファーを背後に振り抜いた。
横薙ぎの一閃。
風すらも切り裂く閃光の如く殴打は再び空を切る。
少年は振り返るよりも早く、ただ上へと跳んだ。
恐るべき身体能力で天井へと跳んで、クルリと天井へと――“立った”。
重力を操作した?
否、違う。
天井からぶら下がった蛍光灯、それを足先で掴み、ただ引っ掛けたのみ。
少年の靴は普通の革靴――多少改造されているとはいえ、本来の戦闘服である装束ではなく、僅かなくぼみを掴むための足先がない。
故の代理、そして空を切った少女へと少年の両手が閃いた。
二条の投擲、人差し指で支え、中指で押し出した独特の投擲術でクナイが弾丸の如き速度で撃ち出される。
少女は息を呑み、片方を咄嗟に構えたトンファーで弾き、もう一つは首を捻って躱す。
顔の真横を突き抜けるクナイ、風を切る音が鼓膜を震わせ、ドスンとクナイの先端が廊下の床に半ばまでめり込んだ。
その威力に戦慄する。
弾いたトンファーに確かに残る衝撃に手が痺れていた。まるで砲撃の如き投射術。
「あげは!」
瞬間、言葉が意味を持った。
あげは、そう呼ばれた少女が人外の速度で天井に佇む少年へと爪を伸ばしていた。
「はぁああああ!」
僅かな挙動、助走すらもない跳躍で二メートルを超える高みへと登る身体能力、まさしく人外。
少年の手元に武器は無く、自然落下で避けるには遅い、絶好のタイミングでアゲハと呼ばれた亜人の少女は唸りを上げて、爪を少年へと叩き込み――金属音を響かせた。
304 :
NPCさん:2008/10/02(木) 23:54:10 ID:???
あんたかいっ!支援
「っ!?」
確かに爪は命中した。
少年の胸元へと振り抜かれた爪は紛れも無く必中のタイミングと軌道を描いて打ち込まれ――受け止められていた。
少年の袖から飛び出したクナイによって。
手首を曲げればもう一本、瞬時に飛び出し、その手に握られていた。
バギンッと蛍光灯が二人分の体重に破損し、二つの人影が落下した瞬間、斬光が交差した。
二本の爪が、二本の刃が、瞬くような瞬間を重ねて煌めく。
互いに殺意を向けて、刃が振りぬかれて――弾かれたように吹き飛んだ。
互いに人外、鍛え抜かれた、或いは常識外れの身体能力を持って、体勢を整え、まるで羽毛のような軽さで着地する。
見ていなければ今着地したのだと分からぬほどの静かな音。
アゲハはぐっと短い苦痛を洩らして胸元を押さえて、少年は歯を食いしばりながら手の甲で頬についた爪痕を拭う。
互いにその速度と鋭さを認識し、油断は出来ないと判断した瞬間だった。
「どけ、あげは!」
独特のテンポ、リズムで息を吸い上げたツインテールの少女が腰を捻る。
膝を曲げて、手首を曲げて、しなやかに踊るように体を前に投げ出し――あげはが意図に気付いて飛び退いた瞬間、虚空を切り裂くかのようにトンファーを振り抜く。
刹那、大気が奇怪な破裂音を奏で上げて、陽炎の如く歪んだ。
――伏竜。
そう呼ばれる技術がある。
龍使い。
“氣”、すなわちプラーナの操作技術を極限まで編み上げ、体を鍛え抜いたウィザードの一派。
体内に巡る経絡の流れと龍(ロン)と称し、大地に巡る霊脈――竜脈と呼ばれる大地の流れと同調し、己の中に龍を宿した武術家たち。
内力を練り上げ、丹田を通し、己の経絡を全てにプラーナすなわち氣を巡らせ、錬気を練り上げた彼女には見える、感じる、悟れる。
大気の流れを、その硬直した位置を、打点すべき位置を。
故に無駄なく、迷い無く、その一点を叩いて、大気に衝撃の波紋を広げた。
世界は彼女にとっての水面。
指を突いただけで波紋が広がる、大気もその時の彼女にとっては液体も同然。
風の如く、音の如く、衝撃が大気を伝達し、少年の体を打ち据えた。
少年には意味が分からなかっただろう。
大気が歪んだと思った瞬間、5メートル以上は離れていた少女が振り抜いた一撃が不可視の衝撃となって少年を打ち抜いたのだから。
見た目は十代半ばの少女。
けれど、振り抜いた一撃は鉄をも砕く剛力無双。
六十キロ前半の十代少年の体をトラックの直撃の如く吹き飛ばし、遥かな廊下奥へと転がすのには十二分の一撃だった。
「竜之介、やったか!?」
「いや、まだだ!」
あげはが呼んだ少女の名、それは不可思議なことに男の名前のようだった。
けれども、竜之介と呼ばれた少女は一切の疑問も浮かばせず、ただ厳しく前を見る。
「手ごたえが浅え!」
手ごたえの弱さに、竜之介は厳しく目を細めていた。
よくよく考えれば、派手に吹き飛びすぎていたのだ。
幾らなんでも竜之介の一撃を受けたとはいえ、廊下の奥にまで吹き飛ぶなんてありえない。
むしろ、わざとその方向に自ら跳んだとしか言いようがないほどに。
307 :
NPCさん:2008/10/02(木) 23:56:00 ID:???
ここ規制厳しいんで頑張ってください支援
「まだケリはついてねえ」
じわりとこめかみに汗を浮かばせ、竜之介は静かに呟いた。
「来るぞ!」
廊下の奥から煌めき、打ち込まれてきた無数の白刃。
それらを打ち払いながら、竜之介は赤い夜空に響き渡るほどの咆哮を上げて、足を踏み出した。
ナイトウィザード 異説七不思議録
【迷錯鏡鳴】
忍の巻に続く
309 :
NPCさん:2008/10/02(木) 23:57:29 ID:???
ふにゃ支援
投下完了です。
なんで頭部分だけで8KBもあるんだろう? 不思議不思議。
25(+5)行の制限は厳しいですね。
レス数がどうしても多くなってしまいました。誠に申し訳ない(土下座)
一応次回、忍の巻、龍の巻、終の巻の全四本で終わらせる予定でしたが、
レス数が膨大に多くなり、一部上下編にするかもしれません(汗)
他の職人様と比べると雲泥のへぼSSですが、どうか楽しんでもらえると幸いです。
ああ、恥ずかしい(真っ赤)
それでは近いうちにまた続きを投下させていただきます。
今後は泥げぼくとここでは名乗らせていただきます。
一狼とか竜之介やらあげはがおかしい! という指摘は全て自分の未熟さ故です。
すみませんでした!!
311 :
NPCさん:2008/10/03(金) 00:13:56 ID:???
>>310 相変わらずだなぁあんさんは(苦笑)。
つーかどんだけ平行する気だいあんた。おいらの知ってるだけでいつつはある気がするんだけどね。
読む側としちゃ、ありがたいの一言だがね。据え置かれてるのの続きも読ませてくれんかね、地下とか。
いろんなデータ見てると書きたくなりますよねー。
次回更新もお待ちしています。
ここも、賑やかになるなぁ(遠い目)。
312 :
NPCさん:2008/10/03(金) 00:19:31 ID:???
GJ!……なんだが、この上手いが独特な戦闘描写、そして泥げぼくという名前……もしや地下のマッドマン氏?w
レス返しです。
>>311 一応こちらのはあまり長くなく終わる予定です。
竜之介と一狼などの習作のつもりで書かせていただいてます(とはいえ、本気でかいてますが)
色々と書き溜めていますので、少しだけお待ち下さい。
あと何故に遠い目にw?
>>312 ナ、ナンノコトデショウ?
単なる新人ですよー
314 :
NPCさん:2008/10/03(金) 00:44:21 ID:???
>>313 いや、昔の話さ。
半年前には、アニメ板の方はスレごと暴れてるほどだがこっちは静かなもんでね。投下もとうに途切れてた頃。
前スレが無くなるときに立ち会ったから、次は立つのかどうかでかなりやきもきしたわけさ。
立った後も使い切れるのかとね。色々心配したもんだ。
昔は読んで感想くれる人間も一人二人いりゃあいい方でね。方々で宣伝した甲斐もあったと思うとねぇ。
それが今じゃたくさん書き手がいてくれる。時ってなきちんと流れてるもんだなと思ったのさね。
いや、もちろん書いてくれる作家さん方がいてこそなんだがね。感慨深いね。
315 :
巡りの中身:2008/10/03(金) 16:52:18 ID:???
しみじみしてるところアレじゃが投下しにきましたー。
支援できる人いますかねー?
いなくてもするけど。
司令室で、ラルフは難しい顔をして腕を組んでうなっていた。
彼の前にいるのは、まだあどけない顔をした子供と子供の頃から面倒を見ていた娘。
ラルフは、ミリカに引きずられてきた柊の思いつきについて彼の口から聞いていたのだ。
しばらくうなった後、彼は少年にたずねる。
「おいガキ。今の作戦、お前どれくらいで考えたんだ?」
「どれくらいも何も。そこのねーちゃんが文句も言わせず人を引きずっていきやがるから、最低限の決め手以外は引きずられてる間になんとか辻褄合わせただけだ」
明らかに不機嫌そうな表情で柊が答える。ミリカは特に悪びれもせず、ふふん、と楽しげに笑っている。
ほう、と感嘆の声をあげ、ラルフは言葉を次いだ。
「お前作戦立案の才能があるかもしれねぇな。どうだ、コスモガードなんぞやめてウチにこねぇか?」
「部隊長っ!?」
「いや、俺日本離れる気はまだねぇし」
「そうか、惜しいなぁ。ウチに来れば退屈しねぇぞ?人種なんぞ気にする奴もいねぇし。
なぁミリカ、この小僧のために日本支部立てるような余力は本家にはないのか?」
「ありませんっ!なにを非常識なこと言ってるんですかっ!?」
食ってかかるミリカに、ラルフが両手を挙げて勘弁、というポーズをとってみせる。
そんなやり取りを眺めながら、呆れたように柊に言う。
317 :
NPCさん:2008/10/03(金) 16:57:44 ID:???
はわ
「んで、おっさん。言ったモンは用意できんのかよ」
「あぁ、もちろんだ。
ミリカ、お前はハンガーに行ってリッドじいさんから例のアレを受け取って狙撃班に届けろ。今すぐだ。
で、ガキ。お前は俺と一緒に来い。俺も戦線近くまで移動する。ここの状況は逐一伝えろ、いいな?」
「それはいいですけど『アレ』、一体誰に撃たせるんです?」
「決まってる。この部隊に随行してる最高の狙撃手っつったら『銀弾』のロベルトしかいねーだろ」
「ロベルトさんをそこに使っちゃったらこの子のフォローどうするんです?」
「心配いらねぇ、あいつは『銀弾』だぜ?その程度できなくてんなあだ名つかねぇよ」
それもそうですね、とミリカが気安く頷く。
ラルフがだろう?と男らしいふてぶてしい笑みを浮かべ―――オペレータールームを通じて、全軍に指揮を飛ばす。
「さぁ野郎ども、勝ちにいくぞっ!!」
村中に、鬨の声が広がった。
***
断続的に続けられていた魔法が止む。
それを確認し、銀の狼は移動を開始―――しようとして、箒に跨って横合いから一直線に飛び来るものを視認した。
獣は笑う。あれだけの数を使ってなお、自分に有効な一撃を与えることもできなかった生き物共がたった一匹で何ができるのか。
全方向に向けて大量に放っていた魔法を、その一匹に向けて幾つも放つ。
闇色の弾丸が、風の刃が、炎の龍がまっすぐ前を見据える少年に向かって放たれる。
柊は自分の属性である風の魔力反応を感知、自身の跨るテンペストを慣性の法則を無視して横にドリフトしながら避けた。
しかしそれでは後に迫り来る闇の弾丸と炎の龍をしのぐことは不可能。そのはずだった。
―――もしも、彼が一人で戦っているのであれば。
柊の飛び立った辺りには、十数人の魔法使いが己の杖を構えて立っている。
その内の2人が魔法を発動させた。
「<マジック・シェル>っ!」
「……<ノー・リーズン>」
白い光の膜が柊を包み、放たれた闇の弾丸をその薄い光が逸らし弾く。
襲いくる炎の龍は、もともと存在しなかったかのように火の粉となって散り、消え去った。
怪物は目を見開く。
320 :
NPCさん:2008/10/03(金) 16:59:49 ID:???
みぱ
***
「ひゅう♪本当にアレ子供かい?俺も作戦会議は聞いてたけどサ、あの年の状況判断じゃないよネ、絶対」
そう言ったのは、『銀弾』のロベルトと呼ばれる狙撃手。
ラテン系のなまりのある彼は、目の前で繰り広げられる光景を楽しげに眺めている。
その目線の先にあるのは、まるで花火のようにいくつもいくつも一人の少年に向かって飛ぶ攻撃魔法の数々。
炎が爆ぜ、水が逆巻き、光が奔り、闇が塊となって打ち出され―――その全てが、柊の曲芸じみた箒操作と後方より放たれる支援魔法により意味を成さないものとなる。
箒などほとんど乗ったことのない柊が回避に成功しているのは、襲いくる魔法を感じているからだ。
世界に満ちる力―――プラーナを術者のもとに集め、自らの思い描く現象へと魔力を用いて束ね上げ、発動という手順をとって魔法はこの世界に一時的に顕現する。
世界に満ちるプラーナにも属性がある。水分のない砂漠で水の魔法を扱うのは不可能と言っていい。
個人の資質と対応するプラーナが多く存在するほど魔法使いには有利になる。
今柊がやっているのは、その逆説的な証明だ。近接専業の魔剣使いとはいえウィザードのはしくれ、魔法を扱うための手ほどきはある程度受けている。
風を第一属性とする魔法使い(ウィザード)は、大気を己が味方に変える。
自らの感覚を大気の流れを『読む』ことだけに集中させ、通常のウィザードが回避するのよりもさらに一瞬早く箒を操作、正確に回避しているのだ。
ロベルトが褒めているのは、風読みに裏付けられた箒操作と支援魔法のタイミングを読むことだけではない。
もともとこの作戦を提案したのは柊だ。
曰く、「魔法を受ける対象を一人に絞ってしまえばそいつだけに防御だの打消しだのを使える人数分集中させることができる」
そして、もう一つ。
「全力の援護を受けながら真正面から向かってくる敵を見れば、他への注意が薄くなる、か」
その通りだ、と呟きながら彼は照星を目標に合わせる。
彼の隣にたたずむミリカが、絶対の信頼を込めて問う。
「―――いけそうですか、ロベルトさん」
「ミリカちゃんも意地が悪いネ」
そう言って、彼は口元に笑みを浮かべながら―――やぐらに突貫工事で取り付けられた箒。その超巨大砲口は、銀色の狼に向けられている。
その箒のトリガーにかかった指を引く直前、彼は女好きの顔から、男らしい不敵な笑みへと移行させながら言葉を続けた。
「―――誰に向かって言ってるのサ」
トリガーは果たして引かれ、極太の光の渦が砲口より放たれる。
ストロングホールドに搭載された超ロングレンジライフルは、今その猛威をここに発揮した。
323 :
NPCさん:2008/10/03(金) 17:02:21 ID:???
きゃ
***
光の嵐が狼の背中に直撃し、爆風と破壊を撒き散らす。一瞬ゆるむ集中砲火に、ここが勝負どころと確信した柊は叫ぶ。
「<エア・ダンス>っ!」
爆風によって乱れた風、己の魔法によってそれすら味方につけ、彼は加速、突入する。
さまざまな光に取り巻かれ駆け抜ける彗星。それは、狼により放たれる破壊の暴虐を、ドリフトし急降下し急上昇し木の葉落とししバレルロールし避けかわして前へ。
痛みに苦悶の声を上げながらも、獣は近づくうざったい生き物に対し攻撃を仕掛ける。
狼にとって、一切の魔法攻撃が無効化されることがわかった今、頼れるものは数少ない。加速した生き物に対し、己の堅い毛を槍と化して放つ。
そんなものをものともせず、彼はただ前へと進む。
何発かは柊の体をかすめ血をあふれさせるが、直撃するものだけを回避、他を無視。ただただ狼に向けて高速で突っ込む。
止まらない相手に対し、本能的な恐れが獣を襲う。狼は、先ほど虚空をなぎ払った巨大な光を吐き出すことで、恐怖のもとを絶たんと口内に光を集中させて大口を開く。
その光を放とうという直前、何かが光を貫いた。爆発寸前の光に衝撃が加えられ、口内で破壊のエネルギーが荒れ狂う。
悶絶する狼。光を貫いたのは、未だやぐらの上にいたロベルトが放った、備え付け式のアンチマテリアルライフルの放つ弾丸だ。
狼のすぐ傍まで来ていた柊は、それまで乗っていた箒を蹴り、自由落下に身を任せる。
獣の上に着地するため態勢を整え、その動作も含めて捻りを加えながら月衣から己が相棒たる、紅い宝玉の魔剣を引き抜き振りかぶる。
プラーナを注ぎ込み、先ほど銀色の槍にえぐられた箇所から流れ出る血を媒介に己の生命力を食らわせ―――
―――落下と着地の衝撃も含め、ロングレンジライフルで陥没した箇所に、思い切り刃を叩き込む。
鉄壁と思われていた白い毛皮が、光の渦に焼きちぎられ、皮膚が焼き固められた背中は、二重の強化を受けた魔剣によって、こんどこそその鉄壁を崩される。
深々と切り裂かれ、獣が絶叫をあげる。
しかし、この程度では銀色の狼は死にはしない。むしろ、これだけの攻撃を叩き込んでようやく鉄壁を一部分だけ崩せた、というのは普通絶望的な状況でしかない。
けれど、彼の策はここで終わりではない。暴れる狼の背から振りほどかれまいと、必死に剣を突き刺してその暴虐に耐えながら、貸与されたピンマイクに向かって叫ぶ。
「頼むっ!」
その声は、オペレーターを通してラルフに伝わり、ラルフは目の前の杖を構えた部下達に叫ぶ。
「今だ、思いっきりやりやがれ!」
その号令に、いくつもの声が重なった。
「<トンネル>!」
発動したのは、地面に穴を掘る魔法だ。
掘削用に開発された魔法だが、シュトラウスのように任務で野営を組むような組織の構成員としては覚えておくと便利な魔法である。
そのため、地属性のウィザードの中でもルーンマスター系でないものは習得していることが多い魔法だった。
声の分だけ発動された魔法が、獣の四肢の下にあった地面に大穴を開ける。
突然なくなった足場ではふんばりも効かず、獣は成す術もなく動きを封じられる。
柊はすぐさま魔剣を引き抜き、ミリカから預かった水晶の塊を2本、獣の傷口に埋め込む。水晶の尖っていない方は少しだけ傷口から出しておく。
その痛みにまだ柊が自分の上にいることを気づいたのか、獣は銀の体毛を槍のようにねじり、柊の左足を貫く。
激しい痛み。
それ以上に、その毛槍はこれまでの飛ばしてきたものとはまったく別種のものだった。
326 :
NPCさん:2008/10/03(金) 17:08:47 ID:???
にゅ
狼は、一匹の侵魔を食らっている。
そしてこの狼は食らったものの力を操ることができる。これまでは魔術師の技である魔法と、イノセントの多量のプラーナ程度しか使えるものがなかった。
だが、侵魔を食らった以上は侵魔の力すらも『それ』は扱うことができるようになっていた。
狼の食った侵魔の能力は―――『支配』。
個体の精神を奪い操る能力。
それが、銀色の槍を通して柊の精神を蝕んでいく。
『奪い取れ。飲むように喰らうように侵すように貪るように踊るように殺すように齧るように冒すように狩るように辱めるように。
奪え。名もなき頃のように楽しんで愉しんで喜んで悦んで歓ぶように奪えうばえ略奪えウバエ奪え―――!』
泥のようなものが自身の周囲を覆う感覚。
周囲の全方位から放たれる圧倒的な悪意。
おぞましいものに精神にもぐりこまれる。
拒否反応なのか、体がびくりと痙攣した。
「っぁ―――」
『くう。食らう。クウ。飲み干す。くウ。啜る。クう。齧る。食う食う食う食う食う食わせろっ!』
食への大合唱。
巨大で虚ろでほんの少しの停滞もなく澱んでいる矛盾。
泥のようにおぞましいソレが、柊の中に侵食する。
恐ろしさよりもおぞましさ。冷たい汚泥がどろり、どろりとしみこんでいく感覚。
息をのむ。
巨大すぎる敵。精神世界において数十人の精神そのものを繋ぎ合わせた闇にたった一人で抗うのは、大時化の海に小船で立ち向かうようなものだ。
「あ」
けれど。
―――だから、なんだ。
その程度の闇が、絶望がなんだっていうんだ。
「あぁ」
それで、それを前にした程度で、自分が自分を諦める理由になるのか。
幼馴染の笑顔。それをもう見られなくなることを認める理由になるのか。
死に向かう泣き顔の少女の慟哭。それを忘れることを許す理由になるのか。
同じ顔の少女が最後に託した願いごと。それを手放していい理由になるのか。
―――いいわけねぇだろうが。
「じゃ……」
諦めない。
認めない。
許さない。
放さない。
絶望が襲ってくるのと、自分が諦めないのとはまったく別の問題だ。
幾千の夜が、幾億の闇が襲おうと、心にある意地を失うのとはまったく別の問題。諦めるのは己の意思を捨てること。けして他に負けることではない。
手を伸ばす。何一つ、諦めたくはない。諦めていいものなんか、なくしていいものなんか何一つ彼は持っていない。だから手を伸ばし続ける。
伸ばした先にあるものを、自分に背負える限り背負い、どれだけ傷つこうが、自分の守りたい何かを守り抜くための、その意地だけを張り通す―――っ!
だから。
「……ますんな、どけぇぇぇぇぇっ!」
329 :
NPCさん:2008/10/03(金) 17:13:07 ID:???
る
一喝。
魂からの咆哮に、闇が柊の中から怯えて飛び出る。
その隙を彼は見逃さない。
唇に犬歯を穿ち、意識を保つ。再び同じことをされて耐えられるとは限らない。機はここにしかない。だからこそこの機は逃さない。
相棒を再び高く振り上げ、自身の生命力を吸わせ―――
「―――<魔器、解放>ぉぉぉっ!」
吼えた。
ごう、と魔剣より巻き起こるは凶悪なまでの暴風。やがてそれは炎とプラーナをまとい、青き爆炎の大嵐と化す。
これまでの戦いの間ずっと共にあった最高の相棒を。彼は絶対の信頼を持って、炸薬の仕込まれた魔力水晶弾に、ひいてはその先の獣の体に向けて振り下ろす―――!
直後。
その日一番ド派手な。
爆発するように膨らみ、それでいて収束された青白い光の柱が現出。
それは夜天を灼き、狼の体内を荒れ狂って穴という穴から飛び出し、それでも足らず体内から狼を引き裂き―――そして、それを放った少年をも、巻き込んだ。
夜が明けて、数日がたった。
リィンは、年が近いこともあってなのか姉がいなくなった日からずっと柊に付きまとっていた。
それはまるで本当の兄弟のようで、シュトラウスの部隊員達を大いに和ませた。
リィンが無邪気にひよこのように柊の後ろをついていくのも、それをたまに困ったような笑みを浮かべながら見ている柊も。
夜に寝付けないのをため息交じりに一緒にいてやったり、悪夢を見て泣いていれば黙って頭を撫でてやっているのも。
あれだけの戦いを見せた柊が年下のリィンに引きずられたりしているのを、年上の隊員達に揶揄られてやや彼が不機嫌な様子になるのも含め、である。
けれど、別れの時は来る。リィンは魔法災害を生き延びたが身寄りはない。孤児として孤児院に預けられることになる。
その日は、すぐにやってきた。シュトラウスの手配した迎えの人間が来たのだ。
「……リィン」
柊は、困ったように自分の服のすそを掴んで離さない年下の少年を見た。リィンはいやいやと言うように必死に首を横に振る。
彼もわかっているのだろう、この別れは、もう二度と取り返すことのできない別れであることを。
困ったような表情は変えず、柊はぽん、とその頭に手を置く。
「リィン、これ。お前の姉ぇちゃんからの預かりもんだ」
そう言って、彼は鎖だけ新しくなったオモチャのペンダントを渡す。
柊が放ち、また巻き込まれた爆発の中、彼は見覚えのあるものを見つけた。
それは、『リアラ』が持っていたペンダントだ。手の届くところにあったそれを掴み―――そして、そこで柊は意識を手放した。
次に起きたのは、医療キャンプのベッドの上だ。手が届くから、手を伸ばしただけの話。
リアラの墓に備えてやろうかとも思ったが、彼女のいる場所は彼女自身に聞いた。だから、持ち主のいるところに返すべきだと思った。
「あいつは、ずっとお前と一緒にいるってさ。だから、忘れてやるなよ」
俺はお前の姉ぇちゃんにはなれねぇからさ、と言いながら、困ったように笑って。新しくなった鎖をリィンの首にかけてやる。
うつむいてぼろぼろと泣きながら、リィンは何度も何度も頷いた。
だから心配はしない。そして、彼らの道は再び分かれた。
332 :
NPCさん:2008/10/03(金) 17:19:10 ID:???
らー
「あーあ、行っちゃった」
ミリカは、キャンプに降り立ち、柊を回収していったヘリを見てそう呟いた。ラルフが揶揄するように問う。
「なんだ、お前年下趣味だったのか?」
「そんなわけないでしょうっ!?」
拳を振り上げながらツッコミをいれるミリカに、両手を挙げて冗談だ、と答えるラルフ。
もう、とため息をついた彼女を見ながら、部隊長は空を見上げて呟く。
「まぁ、確かにあの才能はかなり得がたいしな。シュトラウスの娘として惜しくなるのもわかるさ」
「確かにその通りですけど。
けど、れんじ君は私達のところにいちゃいけない気がするんです」
「あいつがダメになるってのか?それはねぇだろ。あの手のガキはしぶといぜ」
「えぇ。もちろんそういうことじゃなくてですね」
彼女は、自分の予測を笑いとばすように言った。
「あの子、世界を救うような気がするんです。だから、ここにいるとそれができなくなっちゃうでしょ?」
「世界、だぁ? またそりゃでかく出たな。
そもそも世界なんつーもんは人間一人に背負えるようなモンじゃねぇだろ」
傭兵として至極正しい発言をするラルフに、苦笑いでミリカも返す。
「だから、単なる予感ですってば。ラルフさんもしつこいですよっ!
それに、会おうと思えばまた会えますしね」
この仕事をしてる限り、と彼女は呟く。彼女の長いポニーテールが、青い空に吸い込まれるように風に巻き上げられた。
334 :
NPCさん:2008/10/03(金) 17:28:16 ID:???
ぷにぷに
「おはよっ、ひーらぎっ!」
「……お、おう」
幼馴染の視線が怖い。
学校に登校復帰したその日のことだ。笑顔ではある。あるのだが―――
「それで、この連休中はどこに行ってたの?」
来ると思った。
しかも、なんだかちょっとこっちをうかがうような表情だ。
もともと言葉に表すのが苦手な彼としては非常に困る。しかも、彼女が気づくその時までは隠しておきたいそのことを聞かれるのは非常に困る。
えーと、としばらく悩んでから、答える。
「……プチ家出、とか?」
「そんなことであたしと遊ぶ約束すっぽかしたんだ、へー」
視線が痛い。
いや確かにすっぽかしたけども。
仕事がいきなり入ったんだから仕方ないっつーか。
仕事の電話を姉貴がとりかけてエラいことになりかけたっつーか。
むしろ帰った弟にいきなり飛びつき腕ひしぎとかどうなんだ姉貴とか。
いい加減上司に姉貴と連絡とったりくれはに連絡取ったり翻訳機ついてたりする0-Phone よこせって言っとくかなぁとか。
色々と言いたいことはあるが、彼女に言えることではなかったため、心にとどめておく。最後のは願望だし。
様々な葛藤を飲み込んだ後、彼にできることはたった一つしかなかった。
すなわち、平謝り。
「……悪ぃ」
「―――よし、許す。ただし、今日はちゃんとウチに来なさいよ」
りょーかい、と力なく答えるしか出来ない柊。
まぁ、もともとくれはの家には呼び出されるとは思っていたし、そこはいい。
どうせだし、くれはのご機嫌を一日とることに集中しよう。ヒマがあったら青葉にグチでも聞いてもらいつつ。
ため息。
けれど、それはなんだか心地いいため息のような気がした。
またなんとか。日常に戻ってこれた、という実感の欠片のようなものが彼の心に落ちてくる。
少なくとも、あの時闇に屈していれば得られなかったまぶしさ。
それは、ひどく暖かくて。悪くない、と思えた。
だから彼は戦える。またここに戻ってくるために。この場所を守るために。
そして―――また風は、世界を巡る。
fin
337 :
巡りの中身:2008/10/03(金) 18:49:05 ID:???
はい。以上で風の巡り終了でございます。
いかがでしたでしょうか。柊はきっと最初っから最後まで柊蓮司です。では、ちょいと作中補足。公式じゃないんで聞き流していただきたい。
・年齢的には柊中一、12歳くらいの出来事。この頃はまだくれはの方が身長高くて(くれは148、柊145あたり)柊としてはちょっと不満。成長期は中学後半から。
くれは未覚醒。一応家のお手伝いはしてるのでそういう学問自体は学んでいるものの、まだ魔法が存在するものだとは思ってない。
実は青葉はもう使えてたりする。しかしもちろん実践経験はない。
……実は、柊も近くに出たエミュレイターを積極的に狩りにいってるのだけど。それもあってかいまだに月匣内に入ったことのないくれはは未覚醒。ちゃんと守ってます。
・コスモガードに在籍した……というか雇われになったのは中学生から。「らむねと」からは魔剣さんと一緒に近所の小さな事件を解決してた模様。修行期ですな。
ハウスルールになりますが、ウィザーズユニオン間の取り決めで「純正の人間」(使徒・人狼・吸血鬼などは除く、という意味)の雇用可能年齢は満12歳ってルールが。
学生生活とかでもっとたくさん経験を積んでからにしてくださいってことです。あくまで「雇用」なので勝手に動いたり巻き込まれたりするのは別。つまり夢子供はOK。
つまり在籍自体はいつしてもいいよってこと。柊は在籍はしてないけど雇用はされてました。つまりは雇われ。傭兵みたいとも言う。
338 :
巡りの中身:2008/10/03(金) 18:49:46 ID:???
・リィンはこの後修道院に併設されてる孤児院に入るもののすぐにウィザードに覚醒。銀十字に編成されかけたので修道院を脱走し、コネを頼ってシュトラウスに。
シュトラウス少年部に入り、魔術師としての適正を見出されて、ただ一つの憧れを胸にひたすら己の魔術の腕を上げることに。
今では相棒のストライカーズブルーム「遊星(シューティングプラネット)」を駆り、移動型大鑑巨砲になってたり。性格は素直で面倒がり。
13歳の四月になった2nd 環境下、初めての任務で日本の秋葉原に行くことに。曰く
「日本の秋葉原がいろいろときなくさくなってきててねぇ。陰陽師の名家は関係冷え切るわとある学校に異界に繋がる門があるって噂は立つわで滅茶苦茶。
色々ありすぎて現地調査員が一月で三人倒れちゃって。まったくもうあの世界の危機大国が。そんなわけでさ、学校に入れる身分も必要だから、ちょっと行って来い」
とのこと。もともと日本に来たかった彼は一も二もなく了承。憧れの輝明学園秋葉原校中等部制服に袖を通すことに。
そして彼は任務先の日本で―――最近御門所属の陰陽師(どうぎょう)からハブられるようになってちょっと寂しい赤羽青葉と同級生になったりする。
夢はとある火属性レベル6魔装を購入すること。子供の頃見た狼を叩き切ったように見えた閃光によく似ているらしい。憧れ憧れ。ちなみに属性は天/火。
・柊がこの時点で使えるはずのない魔法とか使ってるのは仕様です。本編では使えるけど使わなかっただけなんだZe。とか言っておく。
あと魔力水晶弾については……まぁ、ルールだと使えないけどSSだとこんな使い方したら面白いんじゃねって試験的なもの。
直接薬莢ぶち叩きつつ魔器解放してるから狼さん一たまりもなかったらしいよ。グロ。
339 :
巡りの中身:2008/10/03(金) 18:50:17 ID:???
そんじゃ、レス返しー。
>>278 待っててくれてありがとうございます。
柊蓮司は最初っから最後まで柊蓮司です。柊っぽく書けてたら嬉しいなぁ。
リアラはそのまま育てば美人さんになっただろうちょっとそばかすの多いかわいらしい女の子でした。きっとペンダントがリィンを見守っててくれることでしょう。
>>279 そうですねー。柊はいい奴です。
個人的にはOKだと。むしろ書き手さんが増えてくれるのは嬉しいですし。と思ってたら箱庭で泥の人でしたかっww
楽しく続きを待たせていただきますー。
>>295 2ちゃん見てる以上はアクセス規制はある程度覚悟するべきものですよー。よくあることなんで気長にいくのは大事ですよ。
うーん……呼称が難しいんだよなー。フレイスやアニメ6話を「ちびらぎ」とすると、一応十台の今回の柊はなんと呼ぶべきか……。
こどらぎ? みにらぎ?(原型ない)どーでもいいですわな。
ゆっくりいきましょう。ゆっくり。
さて。しばらくのお別れでございます。
日記も終わったし、ほかのとこのも終わったし、ストックも使いきったし……しばらくは猫抱いて日向ぼっこしてようかなぁ。
340 :
NPCさん:2008/10/04(土) 02:18:04 ID:???
GJ&乙かれー、本当に良い書き手が増えてきてくれたよな〜
所で、こういう格好良い柊の話をくれはが誰かに聞かされても
はわっ、こうして見ると柊がまるで凄いみたいだよ〜
とゲーム版みたいな事を言いそうな気がするのは俺だけだろうか?w
なんかいない間にイメージボイスがついちゃってますよ?(汗)>299さん
早くレベルアップしてミソッカスを卒業ですよ!?
っていうか、“巡り”の方GJすぎですよ!?なんかもう………この後に投下するのが気が引けるくらいに(汗)
ちびらぎ………そうか、この年にこの呼び名を使うとその下がなくなっちゃうんですね(汗)うーん、何かあるかな………
んでもって、予告してた投下です。“裏切り”の方の続き。“柊くれはほのラブ(仮)”はまだお待ち下さい………(汗)
………っていうか、ホントにこの良作の直後に投下するのはビクビクもんですよ………?
神子の娘が飛竜に出会い、楓の生来の性を知ってからも、里は何も変わることなく、十日が過ぎた。
思い切り泣きじゃくっていた楓は、予定されていた里の重役との集いにきちんと顔を出し、今までと変わらず“巫女”として振舞った。飛竜も、やはりいつもの“流星”ぶりを発揮し、結局顔を出さなかった。
変わったことといえば、楓が神子やその供と目が合った時、懇願するような表情をむけてきたことくらい。
───何も言わないで。
声にはせずとも、そう告げていると知れるその表情から、彼女がこれからも耐える道を選んだのだと、容易に知れた。
それは、里にとっては良いことなのだろう。いきなり彼女が態度を豹変させれば、皆が戸惑い、混乱するのは目に見えている。
だが、楓の涙を見てしまった娘には、それが酷く痛々しいものに思えた。
どこか重い気分で会合を終え、社に戻る途中、娘はふと思いたち、供を説き伏せて寄り道を許してもらう。
供と共に森の中を歩んでゆくと、ややあって聞き覚えのある声が聞こえてきた。先日飛竜が楓に追いかけられていたその場所に、並んで腰を下ろす二人の姿が遠目に見える。
「………今日くらい、来てくれたって良かったんじゃない?」
「ぜってぇごめんだ。堅苦しいのは嫌なんだよ、かしこまらなきゃいけねぇだろが」
拗ねたように言う楓に、飛竜は溜息をつくような声で答えた。しかし、楓は納得しかねる様子で、
「かしこまれないわけじゃないでしょ。“七星”のみんなの前では、あたしに対して敬語使えてるんだから」
「………それとこれとは話がちげぇよ」
「どう違うってのさ?」
「───なんだって良いだろ。それより、挨拶した方が良いんじゃねぇか?」
楓の追求に飛竜は話を逸らすように言った。立ち上がって神子達の方を振り返る。
先日は楓の暴走から逃げ回るのに必死だったせいで気づかなかったようだが、元々彼は世界でも屈指の戦士だ。森の中で姿が見えるほどに近づけば、気配に気づかぬはずがない。
彼の視線を追った楓が、歩んでくる神子達の姿に気づいて、慌てて飛竜に倣って立ち上がる。
「───すみません、お話の邪魔をしてしまったようですね」
近くまで歩み寄ってからそう詫びた娘に、楓は慌てて首を横に振った。
「とんでもない!───で、ですけど、どうしてこちらに?」
問われて、娘はしばし言葉を探すように沈黙した。───どうして、自分はここに来たのか。
「………あなたと、話がしたかったのです。人の目がないところで」
言われて、楓は目を見開く。その視線に、戸惑いと不安の色が浮かんだ。
娘は緩く首を振って、楓の危惧しているだろうことを否定する。
「私に、楓さんが本来の自分とは違う言動を皆の前で取っていたことを咎める気も、その権利もありません。
寧ろ、知らぬうちにとはいえ、この里があなたにそんなことを強いてしまっていたこと───今も、強いてしまっていることを、私は里の代表として詫びなければなりません」
そんな、と声を上げる楓。その表情は、驚きと困惑に染まっている。
その楓に、ひたと視線を向けて、娘は問う。
「───あなたは、今のままで………良いのですか?」
───あれほどに───赤子のように外聞もなく泣きじゃくるほど、苦しかったのに。
それでも、その道をまだ歩み続ける───それで、大丈夫なのか。
言葉に出来なかった娘の真意を、楓はどこまで悟ったのか、目を見開いた後に真摯な表情で答える。
「確かに、里のみんなはあたしに“巫女”としてのあたしを期待しました。けど、それはきっかけではありましたけど、理由ではないんです。
───あたしがその期待通り振舞うのは、“あたし”がその期待を裏切りたくなかった、それだけなんですから」
───期待されることと、その期待にこたえようとすること。
その二つは、娘の中ではそう違うことには思えない。思わず、言った。
「………それは………やはり、期待されたことが原因、というのではありませんか?」
娘の言葉に、楓は苦笑したように言う。
344 :
NPCさん:2008/10/04(土) 09:51:55 ID:???
支援試射
「みんなが期待することと、あたしがその期待を裏切りたくないって思うことは、全然別のことじゃないですか。
なんていうのかな………人から“そうあるべきだ”っていわれることと、自分で“そうしたい”って思うことは、全然関係がないじゃないですか。
“やれ”っていわれたって、嫌なものは嫌だし、“やるな”といわれたって、やりたいと思うこともありますよね?
あたしの場合は、たまたまみんながあたしに望むことがあって、あたし自身がそれをみんなに対して叶えたいと思った、ってだけで………」
ああもう、うまくいえない、ともどかしそうに呟いてから───楓は真っ直ぐに娘の目を見返して、言った。
「───あたしは周りから、嫌々選ばされたんじゃなくて、あたし自身の意志でこの道を選んだんです。だから、途中で投げ出したくない」
ちょっとばかり苦しくても───そう言って、楓は笑う。
苦心の影も、寂しい翳りもない、透明な笑み。
それを見て、娘は思う。思い知る。
───ああ、なんて─────彼女は、強いのだろう。
全て、自分の意志で決めてきた娘。意に沿わぬ役目を負わされても、その中で自身の意志を貫いて。
───ああ、なんて─────自分は、弱いのだろう。
何一つ、自分で決めてこなかった娘。周りの意にただただ応え、他の道を知らず、知ろうともせず、自身の意志すらあやふやで。
そうして、娘は思う。
───“私”は─────何、なのだろう。
“人を導き束ね、魔を退ける大いなるもの”、それが自分。だが───
───皆を導く者。必要なのは、それだけで───
明確な、“自分”すら持たない、こんな存在など、
───“私”は、必要ない?───
行き着いた思考に、足元が揺らいだ、その時、
「………なーんて格好つけて、こないだ思いっきりべそかいたのは誰だよ」
娘の思いなど知る由もなく、剣士が幼馴染に軽口を投げる。言われた方は真っ赤になって叫んだ。
「うるさいなぁ!───泣いたらちょっと楽になったの!神子様にばれちゃったのも、かえってすっきりしたし」
「───え?」
呼ばわれて、娘は我に返る。
楓は悪戯がばれた子供のような表情で笑い、言う。
「………神子様は驚いただけで、あたしの地を、“そんな風ではだめだ”とか“そんなだったなんて”、みたいなこと何も言わなかったでしょう?」
呆気に取られて何もいえなかっただけかもしれませんけど、と楓は笑う。そうして、言った。
「───なんか、許された気がしたんです、いろんなこと」
「───許された………?」
許すも何も、責められるべきはそんな重責を彼女に負わせた里の方だというのに。
呟く娘に向けて、楓は言葉を続ける。
「自分で選んだ道だけど、結果的に里のみんなを騙してるようなものだし。自分もちょっと苦しいし。かといって、いまさらやめるのも全部投げ出すみたいで無責任だし。
これでいいのかな、どうすればいいのかな、とか色々ぐちゃぐちゃになりかけてたんですけど………神子様は、何も言わないでくれたから。
今も、あたしを案じることはしても、あたしの道を否定したりはしなかった………」
そうして、楓は嬉しそうに笑う。
「───ああ、あたしは、あたしの選んだ道で、この里にいてもいいのかな───って、思って」
そんなのじゃない、と、娘は思う。
───自分はただ、彼女の負うものも量れず、言うべき言葉を持たず、絶句していただけだ。
黙って受け入れた、なんて、そんないいものじゃない。
347 :
NPCさん:2008/10/04(土) 09:56:29 ID:???
効力射開始ー
348 :
NPCさん:2008/10/04(土) 09:56:57 ID:???
支援、いたしますーーー
でも───それでも。ただの結果論でも、
───未熟な“私”が、未熟だからこそ、何も持たないが故にこそ、彼女の意志を、心を守ることとなったなら───
「───よかった………」
呟いて、娘は俯く。何か暖かいものが胸に灯った気がして、両手を当てる。
胸にこみ上げた暖かさが、瞳から溢れた。
「───神子様!?」
時雨の慌てたような声に振り向いて、涙を流したまま笑んでみせる。
「違うの、時雨───私は、嬉しい」
言って、楓に向き直る。驚いたようにこちらを見返す瞳に笑いかけて、告げる。
「───私があなたを許したなら、それで、あなたを許したそのことで、私は許された………」
神子としてではなく、未熟な“私”として取った行動が、彼女の許しになったなら。
───“私”にも、意味があった。
その思いが、自身の確かな輪郭を描く。まだ中身は追いついていないけれど、もう、ぼやけはしない。
“私”らしさは、これから見つけていかなければならないけど。“私”の思いも、これから色づけていくのだけれど。
今はただ、神子ではない“私”の部分を認めてもらえただけで。
───“私”は、“私”。
他の何者でもないと、そう、思えたから。
「───ありがとう………」
暖かなものが言葉となって零れ落ちた。
「え───ええ!? あれ!? 神子様がなんで………あたしがお礼いうとこですよね、ここ!?
───飛竜! あ、あたし、何かした!?」
娘の涙の、言葉の意味を図れず、楓が、あたふたとした様子で幼馴染に助け舟を求める。
剣士は軽く肩をすくめて、微笑った。
「何もしてねぇよ。神子様が、お前に何もしなかったのと、同じにな」
その言葉から、彼が正しく己の心中を察していると知れて、神子は驚いて彼を見る。
目が合って───彼が何か言うより早く、
「───“しなかった”ではなく、“なさらなかった”だろう!言葉遣いに気をつけろ、小僧!」
時雨がすさまじい剣幕で、飛竜に詰め寄った。
その言葉に、飛竜の顔が引きつる。
「………っこっ………!?
───いっちいち、細かいのは年の証拠だぞ、おっさん!」
「っだっ………誰がおっさんだ誰が!?」
「あんたのほかに誰がいるよ!」
「───貴様ぁッ!?」
激昂した時雨が武器を出すより一瞬早く、
───っふ………っ………
吹き出す声が、二つ。
「───おい、楓………」
「───み、神子様………?」
男達の声に、娘達は笑い声で返す。
「………す、すみません、つい………」
「………ふ、ふたりとも、まるで子供………っ」
男二人は顔を見合わせ、どちらともなく不機嫌な表情で顔を逸らす。
その様子が、更に娘達の笑いを誘い───二人は憮然と黙り込んだ。
───軽やかな二つの声が、森に響いた。
351 :
NPCさん:2008/10/04(土) 10:00:30 ID:???
しーえん
すみません、今日は短いけどここまでで。続きは………気長に待ってください(汗)
話すすまない、無駄に長い………自分の力量不足が目に見える………(泣)精進します………
とりあえず今は眠すぎて頭痛いので寝てきます………おやすみなさい………(バタ)
【それはそのまま動かなくなった】
353 :
NPCさん:2008/10/04(土) 12:21:22 ID:???
ゴッドスピード。裏切りの。
安らかに眠れ。
ゴッドスピード。裏切りの。
>>352 ええ話やー。
けれど、待ち受けている運命を考えると残酷な世界に絶望しそうです。
神子様頑張れ、そして飛竜はエエ奴ダー。
お疲れ様です、しっかり寝てください。
では、すみませんが【迷錯鏡鳴 忍の巻】を投下します。
支援くださると幸いです。
深き迷宮がある。
赤光に満ち満ちた空間。
そこには無数の殺意と――生臭い血臭が吹き荒れていた。
生臭い息を吐き出し、暴れ狂う異形の姿が一つ。
牛頭人身の怪物――ミノタウロスと呼ばれる侵魔の一種、その手に巨大なる鉄槌を握り締め、迷宮中に響き渡るような悲鳴を上げていた。
異形なる人外、その速度は凄まじく、振るう腕の一撃は鋼鉄をも拉げさせるだろう怪力。
その化け物に悲鳴を上げさせるのは何者か?
それは二人の人影、走り回り、息の合ったコンビネーションを見せる少年と少女の二人組だった。
「姫宮!」
両手にクナイを持ち、輝明学園の男子制服を身に付けた中肉中背、十代半ばの少年がその身に叩き込まれた投射術を打ち放ちながら、声を上げる。
吸い込まれるように撃ち出された二刀の刃物は片方を弾かれたものの、その影に隠れるように打ち込まれた漆黒の刀身がミノタウロスの眼球を抉った。
四肢のうち三つの神経を巧みに切断され、片目を失い、血を撒き散らすミノタウロスは悲痛にも似た絶叫を上げる。
ぐらりと膝から崩れ落ち、命乞いでもするかのような哀れなる叫び。
されど、容赦する余裕もなければ、必要もないのだ。
「ごめんなさい」
小さな声。
それを発したのは少年に姫宮と呼ばれた少女。
輝明学園秋葉原分校の女子制服を纏った彼女は滑るような速さで、ミノタウロスの失った眼球の方角――すなわち死角から迫り、その右手を振り上げていた。
一見すれば少年には似つかわしくない可憐なる顔、美少女と呼ぶに相応しい少女。
だが、今の彼女を見て愛らしいと好意を抱く人間は少ないだろう。
振り上げた右手、それは人の手ではない。
真っ直ぐに伸びた白い塊、吸血鬼を断罪するために作り出されたかのような杭の形状。
彼女――姫宮 空は人間ではない。
人造人間、人の手によって作り出されたホムンクルスと呼ばれる戦闘生命体。
侵魔に抗うために作り出された人造の生命。
その身は生物の理から剥離し、あらゆる形状に、戦いのために適した体へと作り変えることが出来る。
アームブレイド。
己の腕部を武器へと変えて、空は真っ直ぐに、僅かな躊躇いを浮かべた表情のままミノタウロスの頭部に腕を叩き込んだ。
頑強なるミノタウロスの頭部、それがアームブレイドの一撃で柘榴のように粉砕される。
脳漿を撒き散らしながら断末魔の言葉の途中でミノタウロスが崩れ落ちる。
濃厚なる血臭が撒き散らされて――不意にそれが消失した。
飛び散った血肉も、撒き散らされた脳漿も、崩れ落ちた遺骸も虚空に溶けたように掻き消えて、その場に残ったのは赤ん坊の手の平程度の大きさの小さな紅いガラスのような塊。
空はアームブレイドを解除し、腕を通常の形状に戻し、手を伸ばした。
「あ、魔石」
空は小さく呟き、ガラス塊――侵魔が落とすプラーナの結晶体、通称魔石を拾い上げた。
手の平サイズのそれは質は悪いが、大きさはそこそこある。
「斉堂君、魔石だよ」
「うん。見えてる」
空の下へと小走りで歩み寄った少年――斉堂 一狼は不器用に微笑んだ。
床に転がった無数のクナイ、投擲に使ったそれらを回収すると、軽く一振りして手品のように制服の中に納めていく。
「それにしても……姫宮も強くなったよなぁ」
強くなりたいと空が言い出したのは何ヶ月前のことだろう。
姫宮 空が藤堂一狼の“支給備品”となってそれほどの時間は掛からなかったような気がする。
己がウィザードであることの自覚、己が人造人間という存在だという理解。
その果てに空はウィザードとして存在を確立し、その力を操ることに強い意思を見せていた。
最初こそ反対していたものの、頑張る彼女の姿に一狼は根負けし、今ここで空の戦いぶりを見ていると説得に折れたことが間違いではなかったと思えた。
「そうだね」
互いに無傷に等しい状態、精々少し埃を被っている程度の互いを見てクスリと笑う。
空と一狼が居る場所。
それは輝明学園の地下に広がる巨大フォートレス――訓練用迷宮【スクールメイズ】と呼ばれる場所だった。
休日である土日、彼らは迷宮にもぐり、鍛錬をしていた。
特別部活に所属しているわけでもない彼らだからこその行為、思春期の男女としては少しおかしいかもしれないが彼らなりに楽しんではいたのだ。
「そろそろ戻ろう。姫宮も疲れているだろ?」
一狼はまったく疲労を感じさせない顔で、或いはそれを隠し通した表情で空に声をかける。
空の額にはじわりと緊張による汗が浮かんでいて、それを一狼は見逃さなかった。
「ありがとう、一狼君」
「……べ、べつにこれぐらいは普通じゃないか」
恥ずかしそうに答えると、真っ赤になった顔を背けて一狼はテクテクと歩き出す。
既に月門は閉じられ、侵魔の気配は無い。
空と一狼は事前にマッピングしておいた地図に沿って出口から脱出した。
輝明学園秋葉原分校二年生。
姫宮 空と藤堂 一狼の日常はいつものように過ぎていた。
時刻はもう夕方を通り過ぎ、夜闇が訪れようとしていた。
転送ゲートからスクールメイズを脱出し、オクタマーケットでいらない取得品を売り捌き、資金に変える。
パートタイムで絶滅社からの任務をこなしているとはいえ、彼の備品でもある空の学費や食費を賄う彼にとって金は幾らあっても多すぎるということはない。
積極的に彼がスクールメイズに潜るのは忍術の修行に最適という理由の他にも、手っ取りばやい稼ぎになるからだといっても過言ではなかった。
顔なじみの錬金術師――二学年になってからは同級生になった少女から常備数が少なくなったポーションや足りなくなった幸運の宝石を買う。
彼女の売る商品は相場よりもやや安い割には質がとてもいいお買い得商品だった。
「おおきにや〜」
「あ、この間の幸運の宝石。ちゃんと使えたから、助かりました」
「そうかそうか。それならよかったわぁ」
傷物ということでまけて貰った幸運の宝石、その成果を告げると錬金術師の少女――亜門 光明はにっこりと微笑んだ。
「そっちの彼女の分も、ご加護がありますように」
短く祈りを捧げて、幸運の宝石を一つずつ入れた紙袋二つを一狼に手渡す光明。
その袋を受け取り、空に袋の一つを手渡しながら、一狼は周囲を見渡した。
いつものように賑わっているマーケット。
その中で目当ての人物がいないことを確認し、一狼は光明に聞いた。
「えっと……亜門だっけ? ヴィヴィ先生はどこに居るか知らない?」
亜門 光明が世界屈指の錬金術師、ヴィヴィの弟子だということはマーケットに出入りしているウィザードにとっては周知の事実だった。
「ヴィヴィ先生? あー、そういえばここ数日は外国に行くっていってたで?」
光明はんーと唸りながら指先を口元に当てて首を捻る。
子供っぽい仕草。
「そうか……」
「なんか用なんか?」
「いや、預けていた荷物を確認しようと思ったんだけど、しょうがないか」
スクールメイズで手に入れた戦利品の大半はオクタマーケットで売り捌くか、保管のためにヴィヴィに預けることしか許されていない。
ダンジョン内で何本か手に入れていた戦利品の暗器を預けていた一狼は返してもらうおうと思っていたのだが、どうやらタイミングが悪かったようだ。
「んー、さすがにうちの権限だと預けてる荷物は取り出せんしなぁ。ヴィヴィ先生に事前予約しておいたわけでもないんやろ?」
「あ、うん。一応その場で言おうと思っていたので、僕のタイミングが悪いだけです」
どこか緊張した口ぶりで、彼をよく知るものならかなり緩和したと思える口調で一狼は礼を言うと、空と一緒に歩き出した。
「どうする? 一狼君。まだ六時ぐらいだし、少し時間はあるけど……」
ひょこひょこと空が一狼の横を歩きながら、首をかしげて、見上げるような体勢で訊ねた。
どきりと少しだけ一狼の心臓が高鳴る。
昔よりはましになったけれど、やはりまだどこか女性が苦手で――しかも目の前に居る女性は大切な少女で、それが可愛らしい姿勢で見上げてくるのには冷静さを売りにする忍者である一狼の心臓でも飛び跳ねていた。
「そ、そうだなぁ。今日は順調に攻略が進んだし、少し早めに帰って休もうか。途中でスーパーにでもよって、食事にしないか?」
がらりと敬語から、砕けた口調に切り替えた一狼は空の言葉に考えながら答える。
「あ、それなら私がカレーを作るね。ルーは確かあったはずだし」
「……い、いや、僕が作るから!」
依然味わった悪夢。
切りもしないどころか皮も剥かず、そのまま鍋で煮られたカレー(らしきもの)。
「一応……勉強しているよ?」
「あ、うん、でも」
空は一応料理書などを買って勉強を続けているが、植え付けられたトラウマはそんなに簡単には払拭しなかった。
簡単な肉じゃが程度なら何度か振舞ってもらい、食べられるものになっていることは知っている。
だがしかし、カレーにはNOと言える男になりたかった。
「それじゃあこうしよう。二人で協力して作るって事で」
見張りの意味も篭めて一狼が提案すると、空は少しだけ驚いて顔を歪めて……すぐに綻ばせる。
「いいよ」
笑顔を浮かべる空に、え? なんか嬉しくなるようなこと言ったっけ? と一狼が内心首をかしげた時だった。
「にーさん、にーさん。仲がええのはけっこうやけど、目の前でいちゃつくのはやめてな?」
『あ』
居心地悪そうに露天を広げたままの光明が告げると、慌てて一狼と空は頭を下げて、その場から離れた。
見ればいつのまにやら注目を集めていて、二人は真っ赤になりながらオクタマーケットから抜け出した。
そして、そのまま校門から外に出ようとした時だった。
「あ」
「どうした、姫宮?」
不意に空が困った顔を浮かべたのを見て、一狼が訊ねると、彼女は恥ずかしそうに両手の指を絡めると、かすれるような声で呟いた。
「えっとちょっと忘れ物」
「忘れ物? スクールメイズに?」
それなら厄介なことになるな、と一狼が少しだけ厳しい顔を浮かべると、慌てて空は両手を横に振って違う違うと言った。
「教室にね。英語のノート忘れてたの、今日迷宮に潜るついでに取ろうと思っていたんだけど……ついつい忘れてて。もうこんな時間だから校舎も閉まってるだろうし」
その言葉に思い出す。
そういえば英語の課題が週明けに出ていたはずだ。
英語のノートがないと、課題を終わらせるのにも苦労するはず。
馬鹿だね、と舌を少しだけ出して苦笑する姫宮に、一狼はふと思いついたことを言ってみた。
「僕が取ってこようか?」
「え、いいよ! それなら私が――」
空が遠慮する中、一狼は事実を告げた。
「これでも忍者だからね。姫宮よりは脚は早いさ、待っててくれ。十分も掛からないと思う」
スタンと少しだけ足を鳴らすと、今出たばかりの校門から反転し、足を校舎に向ける。
走り出そうとする一狼に、空は慌ててこう付けたした。
「えっとノートは私の机の中にあると思うから!」
「わかった!」
瞬間、一狼が力強く足を踏み出す。
一応は月匣外、常識的な程度に――されど陸上部のエースよりも格段に疾い速度で一狼は校舎に向かって走り出した。
誰も居ないはずの校舎はどこか不気味だ。
上履きにすぐさま履き替えて、忍者としての習性で音も立てずに二学年の教室が占める廊下を走る。
スクールメイズのある地下施設は未だに賑わっているだろうが、通常の校舎には部活で遅くなった学生ぐらいしか居ないだろう。
音はしない。
静寂のみが満杯になったプールのような感覚。
電灯も消された校舎の中はまるで墓場のような不気味な静けさに満ちている。
されど、一狼は忍者。
闇を共にし、静寂の中で蠢くもの。
恐れはない。
不安もない。
ただ己の感覚を信じて、一目に付かないことをいい事に全力で廊下を駆け抜けていた。
百メートルの距離は数秒以内に踏破するほどの速さで、一狼は己の通う教室の前に辿り着く。
363 :
NPCさん:2008/10/04(土) 16:52:41 ID:???
支援
364 :
NPCさん:2008/10/04(土) 16:53:18 ID:???
支援
365 :
NPCさん:2008/10/04(土) 16:53:29 ID:???
支援です〜
「よし」
教室のドアを開き、一応宿直の先生などが居ないことを確認しながら、一狼は手っ取り早く闇の中で空の机を見つけ出した。
普段彼女が座っている机。
その中のものを取るというのはどこか気まずい感覚がしたが、まあ本人の許可は貰っているしと自分を誤魔化す。
机の中のノート、一冊一冊を月夜で表記を確認し、英語と書かれているノートを見つけ出した。
「これだな」
ノートを握り締めたまま己の纏う異相結界――月衣を開くと、その中にノートを仕舞い込んだ。
さて、戻るか。
と、一狼が踵を返して、教室のドアから外に出た瞬間だった。
「ん?」
廊下の真ん中で、不意に一狼が振り返る。
どこか遠くで足音が聞こえたような気がしたのだ。
鍛え抜かれた聴覚が、遠い場所で僅かに響いた足音に気づく。
「見回りの先生か?」
足音の主の正体を推測するが、しかし一狼の感覚は否と告げていた。
校舎内を乱反射し、かすれる程度にしか聞こえない足音。
されど、その重みを、その足音の実体を、忍者である一狼は聞き分ける。
「軽い?」
足音の反響音から推測。
宿直の先生――成人の人間が響かせる足音よりもどこか軽く、テンポも軽やかな足音。
女性、それも若い人間の足音だと感じられた。
「部活中の女生徒かな?」
そう結論し、まあ確認する義理もないので一狼は予定通り校舎から出ようと踵を返した。
――瞬間だった。
コツリと足音が背後でしたのは。
「なっ!?」
聞き違えるはずのない、至近距離での足音。
誰が?
誰もいなかったはず。
それなのに足音。矛盾している事実。
――振り返った一狼、その前に一つの人影があった。
それは少女。
それは人型。
それは美しい造形を持ち、秋葉原分校の制服を纏った少女だった。
俯いた表情、そこからは顔は見えない。
ツインテールに結い上げた髪型、造形の整えられた肢体を持ち、両手をだらりと垂らした――まるで操り手のいなくなったマリオネットがその場に立ち尽くしているような不気味さ。
同年代の少女、その事実に一狼は心拍数を跳ね上げたが、同時にその身に纏う不気味な気配に厳しい目つきを浮かべて、一狼は警戒心を剥き出しに言葉を発した。
「誰だ?」
一狼が訊ねる。
俯いたままの少女に。
されど、少女はゆっくりと手を掲げて、虚空より二振りの武器を取り出す。
一対の箒、トンファー型の武装――ドラゴンブルームと呼ばれる装備。
「ウィザード!?」
月衣からの武装顕現に、一狼が声を荒げた瞬間だった。
少女が踏み込んだ。
ダンッと廊下が震えるほどの踏み込み、鍛え抜かれた動体視力を持つ一狼でも接近に気付くのが遅れたほどの神速。
声をすらも出さず、無言で少女の一撃が無防備な一狼を横殴りに弾き飛ばした。
「がっ!!」
巻き上げるかのような打撃、咄嗟に両手を十字に組んで防ぐも、骨が軋み、激痛が走るほどの衝撃に、一狼の体が窓を突き破り、廊下から落下する。
そして、見た。
ガラスの舞い散る空の中で、空に浮かぶ紅い――月を。
月匣、そして月門。
「エミュ――」
追撃してくる少女。
即座に同じようにガラス窓をぶち破り、煌めくガラス片の中で美しい造形を持った少女――不気味なほどに無表情の少女の双眸が、落下する一狼を睨んだ。
「レイターか!?」
振り下ろされるドラゴンブルーム。
落雷のような鋭さのそれを、両手の裾――己の手によって改造し、至るところの暗器を仕込めるようになった改造制服から、クナイを取り出し、受け止める。
衝撃、打撃、浸透。
落下する。
空中での追撃によって一狼は空から叩き落され、地面に背中からぶつかり――強制的に肺から酸素を吐き出させられながらも、横に転がった。
追撃で打ち込まれる踵、ニーソックスとミニスカートの間から見える艶かしい足を無造作に振り上げ、振り下ろされる鉄槌。その一撃が一狼の頭部のあった場所にめり込み、派手に爆音を響かせる。
恐るべき身体能力、マトモに食らえば一狼の頭部など柘榴のように砕けただろう一撃。
「っ!」
それに冷や汗を掻きながら、一狼は汚れた制服の土埃を払う余裕も無く飛び起きて、間合いを広げながらクナイを構えた。
理由は分からない。
ウィザードなのか、それともエミュレイターなのか。
判断は付かない、月匣を展開することは弱体化した世界結界故に月衣のエキスパートである夢使いでなくとも可能となっている。
ただ分かることは――敵だということのみ。
「敵ならば」
敵だ。
そう理解した瞬間、心拍数の上がっていた一狼の心臓がまるで魔法でもかけられたかのように静かになる。
止まったわけではない、ただ静かになった
今まで浮かんでいた顔。
襲撃に驚き。
相手の性別に戸惑い。
空に向けていた優しさ。
戦うための勇気。
それら全てを排除し、誰も知らない一狼の顔が浮かび上がる。
冷酷。
冷徹。
冷静。
無駄を削り、感情を削り、表情を削り上げた能面のような顔。
忍者に感情はいらぬ、忍者に表情はいらぬ、無駄をこそぎ落として最高率をもって戦い抜け。
勝つために。
目的を達するために。
殺すために。
――殺人技巧者の顔を浮かび上がらせる。
声すらも静かに、一狼が両手を閃かせる。
二本のクナイ、全て急所狙い、水月・眼球、縦に並んだ白刃の襲来。
それを少女は踊るように踏み込み、旋回しながら振り向いた鋼鉄の打撃で弾き飛ばす。
そして、一狼はさらに手元を閃かせると、魔法にように現れるは漆黒の鉄杭。
棒型手裏剣と呼ばれる暗器、それらを恐るべき速度の投射術で撃ち放つ、さながら銃弾の如く速度と威力で。
それを弾き、捌き、砕く。
嵐のように少女は手元を閃かせ、鉄壁の構えを見せる。
されど、それこそが狙い。
足を止めた格闘使いに勝利は無い。
一狼は前に進むと足を踏み出し、その手に腕の一振りサイズもある短刀を構える。
真っ直ぐに直進する一狼。
愚かと嗤うように、無表情の少女は腰を捻り、膝を曲げて、渾身の打突を繰り出した。
それを躱せるのは先読みか、類まれなる速度を持ちえた人外の速度しかありえない。音速に迫る、亜音速の一撃。
衝撃破を撒き散らしながら、直進する一狼が刀を構えるが、その程度は障害になるわけもなく粉砕し、そのまま一狼の肉体を粉砕させた――かと思えた。
「!?」
驚きに気配が歪んだ。
打ち放った一撃、それが直撃したはずなのに手ごたえは無く、目の前の一狼は姿すらも掻き消える。
残ったのは折れた刀のみ。
まるで磨き抜かれた刀身が鏡にでもなっていたのだろうか、折れ砕けた刀身が無表情に歪む少女の顔を映して――その背後に立つ一狼の姿を浮かばせる。
「!」
少女が振り返る、それよりも早く一狼が首のネクタイを外し、手元を翻したほうが速かった。
一振り、気を通し、構えられた布切れはあらゆる刀よりも鋭い刃物と化す。
ネクタイブレードの一撃が、少女の左肩から背中を切り裂いた。
血は出ない。
ただ薄く肌を切り裂いたのみ。
一瞬早く、前に転がるように少女が転倒し、床に付けた手を支点に跳ね飛んで、少女が間合いを広げる。
その際に一瞬スカートの中身が見えたが、戦闘思考に集中した一狼は気にも留めない。
「まだ、やるか」
ネクタイブレードを右手に、左手に月衣から取り出したクナイを握り締め、一狼が告げる。
「……」
少女は沈黙する。
言葉も出さずに、息を吐き出すように唇を動かすと、不意に後ろへと走り出した。
「っ、逃がすか!」
校舎の中に逃げ出す少女を追って、一狼が俊足の術を発動する。
前のめりに倒れこむように自重を前へ、そして倒れないままに走り続ける、古武術において縮地と呼ばれる歩法。
それを強靭なる身体能力を兼ね備えた忍者が行えば、まさしく風の如く速さ。
少女が校舎の中に飛び込んだ次の瞬間には、一狼はその真後ろにまで迫っていた。
「にがさ――」
校舎の中に飛び込んだのを確認し、トラップなどに対する警戒心を持ったまま一狼が校舎の中に足を踏み入れた。
しかし、そこには――誰もいなかった。
「なに?」
テレポートか?
それとも他の何らかの魔法か。
しかし、魔力の流れも感じず、術式を組むほどの余裕があったとも思えない。
「どこへ?」
周囲を見渡してもあるのは静かな廊下。
一階に備え付けられた廊下窓から差し込む月光の光――見れば既に月匣は解除されていた。
「逃げた、のか?」
気配を探るも何も無し。
傍にあった廊下備え付けの鏡に手を備えて体重を預けると、一狼は顔に手を当てて表情を変える。
冷酷な忍者の顔から、どこにでもいる普通の少年の顔に。
切り替えた。
「とりあえず姫宮のところに戻るか」
鏡を見ながら、ネクタイを綺麗に結び直すと一狼はそそくさと校門へと向かって歩き出した。
いきなりの襲撃。
正体不明の少女。
気になるものはあるけれど、ただ今ここにある日常を大事にしたくて一狼は学校を去る。
彼の背後でにやりと笑みを浮かべる悪意の存在に気付かぬまま。
龍の巻に続く
投下終了です。
一度サル規制がかかりました。
時間がかかってしまい、誠に申し訳ございません。
次回は竜之介サイドの話になる予定です。
ありがとうございました〜
374 :
NPCさん:2008/10/04(土) 17:31:41 ID:???
なにい!スカートの中を見ても動揺しない冷静なニンジャボーイだと!まさか既に空とヤっ(背後からアームブレイドで斬られる)
なにはともあれGJ!
泥げぼくさん、果てしなくGJですよ!こんな作品を書ける方に、感想いただけて感涙ですよっ!
さりげなく冥宮ネタが入ってる!亜門〜vv
空ちゃんはバリバリ強くなってますね!一狼君も、竜之介ちゃん(笑)もかっこいい!
………こんな戦闘シーンが書ける文才が欲しい………(遠い目)
ところで、ごっとすぴーど………? ………神速? こんな亀の歩みの更新ですが………?>353さん
376 :
NPCさん:2008/10/04(土) 18:14:12 ID:???
>>375 335じゃないが……
ゴッドスピード……[god-speed]成功、幸運。=good ruck。
god speed youで「いい旅路を」youを略すことも。
まぁこの場合は「お疲れ様、いい夢を」くらいの意味かな
なるほど〜!理解です!ありがとうございますvv
>>376さん
そして改めて335さんにもお礼を!おかげさまでよく眠れました〜vv
そして、皆さんのご支援・ご感想、泥げぼくさんの素晴らしい作品のおかげでなんかエンジン点火ですよっ。
もしかしたら今日もう一回投下できるかも………頑張りますっ!
378 :
NPCさん:2008/10/04(土) 21:36:49 ID:???
うおぅ、っていうか気付いたらかなり投下されてやがるしっ!?
>裏切りの人
……呼称がアレなんでなんか別のあだ名がほしいな。ご本人様が気に入ってるならいいのですが。
ゆっくり進むってことはじっくり描写してるってことだと思います。続き楽しみに待ってます。
>風の人
完結お疲れ様でした。後編の邪魔すんなのあたりは痺れました。
この紅茶で疲れを癒して下さ(ry
>泥の人
イチロ頑張れ!当方忍者少年ファンでございます(笑)。
更新早いなぁ、次も楽しみに待たせていただきます。
えーと、ちょこっとだけ投下しに来ました〜。
あ、あだ名?………み、みっちゃん?(まんまか) いや、そういうことじゃないですよね。
作品にちなんでって意味ですよね(汗) 別に自分としてはこのままでも気にしないんですが………
えーと………“ワイヴァーン”………は、まるで魔剣ちゃんみたいだしなあ(汗)
ま、まあ、お好きに呼んでください(笑)
【希望は、金色の絶望に】
晩夏の季節になっても、里は変わらない日々を紡いでゆく。
けれども、ほんの少し変わったものも、あった。
「───また、こちらにいらしたのですね」
蝉の声降り注ぐ森の中、例の如く公の席をすっぽかした青年と、その彼に文句を言いに来た娘は、聞こえた声に笑顔で振り返る。
「神子様こそ。時雨さんの眉間のしわ、すごいことになってますよ〜」
楓が娘の後ろに控えた供を見て茶化すように言い、それに飛竜が吹き出した。
「貴様、何がおかしいっ!」
「鏡を見たらわかるんじゃねぇの? おっさん」
時雨が噛み付き、飛竜がくつくつと笑いながら返す。
「ほんっと、時雨さんは飛竜と相性悪いなぁ」
そんな二人を見て、言葉とは裏腹に笑って言う楓。
娘は、その光景に眩しいものでも見るように目を細め、頷く。
「───ええ、本当に」
穏やかな、笑みがこぼれる。
楓がいて、飛竜がいて、時雨がいて。
他愛ない、戯れ合いのような───かけがえのない時間。
それは、娘の大切な日常の一部になっていた。
互いに互いの涙を見た二人の娘は、ごく自然に打ち解けるようになった。
里の皆の前では神子と巫女の関係を崩さぬものの、人の目のない場所では同じ年頃の娘達と何も変わらない、友人同士の語らいを交わすようになった。
その人目を避ける場所は、自然、いつも飛竜が公の席から逃げて隠れている場所となり、神子たる娘が行くとなれば、当然のように時雨も同行し。
娘達が涙を流してから一月近く経った今、四人は気安い間柄となっていた。
「からかう飛竜も飛竜だけど、真に受ける時雨さんも問題だよねぇ。ねぇ、神子様」
ぎゃいぎゃいと喧しく遣り合う二人を見ながら言う楓に、呼ばわれた娘は首を傾げる。
「………少し前から気になっていたのですが、どうして、“神子様”のままなのですか?」
「─── へ?」
きょとん、と楓は目を見開く。話の内容が気になったのか、男二人も言い合いをやめて娘を見た。
「ですから、楓さんは普通に私と話してくださるようになったのに、どうして呼び名だけそのままなのかと思いまして」
心底不思議そうに言われて、楓は目を瞬く。
「た、確かにそうかも……… で、でも神子様だって敬語のままだし」
「私はこの話し方が一番楽なだけですよ」
ずっとこうでしたから、といわれて楓は困惑したように、うーん、と呻いた。
「そ、そういわれると、あたしもずっと“神子様”って呼んでたから、としか返せないんだけど………
っていうか、そもそもこの呼び方やめたらなんて呼べばいいのっ?」
問われて、今度は娘が首を捻る。
「───伊耶冠命(いささかのみこと)では、長いですしね」
「っていうか、伊耶冠命って神様としての号じゃないの?あたしの“星の巫女”みたいに」
言外に、人としての名が他にあるのでは、と問われ、娘は困ったように笑む。
「私の場合は生まれた時から才を見出され、この名を与えられましたから」
普通の人として扱われた期間が───人としての名すらも、ない。
その事実に───その事実を本人の口から言わせてしまったことに、楓はうろたえる。
「───あ、その………」
意味のない言葉が口の中で淀む。───謝ったところで言わせてしまった事実が消えるわけでもなく、そもそも謝るのも何か違うような気がする。寧ろ、失礼なような。
娘の方も、気にしないで、といったところで楓が気にしないわけもないとわかっているから、何もいえない。
微妙な沈黙が、二人の間に落ちかけた時、
「─── ささ、はどうだ?」
よく通る声が、響いた。
382 :
NPCさん:2008/10/04(土) 22:32:46 ID:???
しえん
383 :
NPCさん:2008/10/04(土) 22:34:36 ID:???
しえん?
「………さ、ささ?」
唐突に告げられた言葉に、楓は面食らって幼馴染に問い返す。
飛竜は、だから呼び名、と笑った。
「いささかのみこと、から二文字取って、ささ。───呼びやすいだろ」
あまりといえばあまりな命名に、娘二人は絶句し、時雨は怒りに声を震わせる。
「───貴っ様は………御名を何だと───」
「それに、もうすぐ七夕だろ」
怒鳴りかけた時雨を遮って、飛竜は言う。
「───笹(ささ)に願いを託す、星祭」
虚を衝かれたように、時雨が言葉を詰まらせた。
娘達は互いに顔を見合わせ、交互に呟く。
「───ささ、に………願いを託す………」
「───星、まつり………」
「………どうだ?」
悪戯な笑みで問われ、娘達はもう一度目を合わせると───揃って頷いた。
「───よい名を、ありがとうございます」
「うんうん、とても飛竜が考えたとは思えないくらいだよ」
二人の言葉に、飛竜は笑みを穏やかなものにして───ん?、と呻いて顔をしかめる。
「………おいこら、楓。お前、褒めてねぇだろ、それ」
「あ、わかる?」
「わからいでかっ!?」
怒鳴られても平気で楓はころころと笑う。言っても無駄、という風に飛竜は一つため息をつくと、娘に向き直って言った。
「んじゃ、ま、改めてよろしくな─── 笹(ささ)」
呼ばわれた娘は、この上もなく嬉しそうに笑って───頷く。
「───はい」
───この穏やか日々がずっと続けばいい。
───この穏やかな日々を守りたい。
笹の名を得た娘の、そんな願いは───あまりにもあっけなく、崩れさる。
その翌日、とある山間の村が侵魔に襲撃されたとの報が里に届く。
そこは───楓と飛竜の、生家がある村だった。
386 :
NPCさん:2008/10/04(土) 22:44:04 ID:???
しえん、
本気でちょっとだけど、ここまでで(汗)
っていうか、改行制限で無駄にスレ食ってますよ〜(汗)
あ、ちなみに注釈、というか、言い訳?
この話の時代だと暦が旧暦なので、七夕は現在の8月初頭か中旬………のはず(汗)
大雑把に調べただけなので、間違ってたらごめんなさい(汗)
七夕のこと星祭とも言うそうです。素敵ですよね〜vv
388 :
NPCさん:2008/10/05(日) 22:08:33 ID:???
>>387 それじゃみつみつで。嘘。
じゃあ自分は勝手ながらひりゅーさんと呼ぼうかな。
ともあれ、遅くなったがGJ
いやぁ、断崖絶壁に向けて一直線に進んでくってのはドキワクしますな(笑)
ささちゃん(見た目は三下まんまなのかな?)も名前がついたみたいで。なんていうか、清純派っぽい(笑)。
時雨がいい喧嘩友達にしか見えない(笑)。たぶん圧倒的に精神的上位にいかれてる気がする……。
次回更新を楽しみにしています。
時に、どこでここのことを知ったので?
クロスまとめからはリンクで跳べるけどクロスの存在はご存知なかったみたいですし。
>>338さん
み、みつみつ!? あ、嘘、嘘ですか!? すぐ信じちゃうので真実を教えてくださいね!?(笑)
ひりゅーですかvv 漢字だと勇ましいのに、ひらがなになると途端になんか可愛くなりますね(笑)
感想ありがとうございます〜! 元気が出るのですよ!
はい、笹の外見は基本碧ちゃんのまんまです。もうちょっと、内面の差で大人びて見えるかもですがvv(笑)
清純派といっていただけて嬉しいです! わりと意識していたのでvv
そうですね、飛竜の方に上にいる意識はないけど、むしろ時雨の方が下にいると感じてる、というところかも。
ここを知ったきっかけですか? え〜と、確か………
某Yah●o!から“柊蓮司 くれは 二次創作(もしかしたら SS だったかも)”で、検索したら、前スレが引っかかったのです〜。
どうも久しぶりです。
竜の巻が少し出来たので、投下します。
規制が厳しいので、まとめて投下すると厳しいので小出しですが、お願いします。
春が来た。
短い春休みが終わって、学年が上がり、前とは違う教室に通う。
どこか新鮮な気持ちになれる。
桜舞う校門に少しだけ見とれながらも、呼吸を整えて、彼は歩き出した。
どこか童顔な顔つきを瓶底眼鏡で隠した地味な少年。
輝明学園秋葉原分校の制服を身に付けて、手には小さな学生カバンが一つ。
彼の名は藤原 竜之介。
少々変わった体質を持った少年である。
【龍の巻】
新学年のクラスはいつでも騒がしい。
同じクラスになれたことを喜ぶこと、見慣れない顔に恐る恐る話しかけて、気が合う仲間を見つけた時など。
ホームルームの前の僅かな時間、割り当てられた席に座った竜之介の前に一人の少女が現れた。
「おはよー、竜之介!」
香椎珠実。
竜之介の幼馴染でもある少女、新聞部に所属する元気のいい彼女の声に、はぁっと竜之介はため息を吐き出して。
「お前も同じクラスか」
「いいじゃない。ラッキーよ? 結構前の面子とはクラスが違っちゃったけど」
「そうだな」
竜之介も知らない顔がずいぶんと新しいクラスには多いようだ。
個性的な顔つきが多いし、髪型や格好なども独自のファッションで決めている奴がちらほらと見えた。
どこか地味な顔つきの少年が、彼女だろうか? と可愛い顔つきの少女に話しかけられている。
それと前の方の席に座っているのは――亜門 光明だ。
ある理由で彼女のことを龍之介は知っていた。
まあ顔を知っている程度だが、知り合いでもない。
「はぁ」
こんなクラスで上手くやれていけるのか。
とある理由で人付き合いが得意ではない龍之介はため息を吐き出した。
「なにため息付いてるの?」
「いや、ちょっとな」
やれやれとこれからの苦労を考えて、竜之介は机に突っ伏した。
昨日と同じ今日。
今日と同じ明日。
誰もがそう信じている。
そう、信じていたいからこそ今の今日がある。
世界は常に危機に晒されていた。
侵魔、そう呼ばれる異次元からの侵略者達。
それに抗うもの。
常識の領域外――魔法を使いこなす存在。
紅い夜の下で戦い続ける夜闇の魔法使い。
すなわちナイトウィザード。
その歴史は一つの変貌を遂げていた。
「ただいまー!」
新学年初日、その授業を終わらせて竜之介は家に帰宅した。
古めかしい道場――九天一流拳法の道場、それと隣接した家屋の玄関、ガラガラと音を立てる扉を開いて、家に入った。
「竜之介、帰ったか」
そこに掛けられた声。
視線を降ろせば、玄関の脇で丸くなっている三毛猫が一匹。
あげは。
そう名乗る猫は人語を喋り、竜之介を見上げていたが、彼は驚きもしないで答える。
「ただいま。爺ちゃんは?」
「竜作老なら出かけているぞ、なにやら親交のあるウィザード組織に顔を出してくるわい。とかいっていたが」
竜之介の祖父である藤原 竜作のことを老と付けて、どこか古風に呼ぶあげは。
「へえー」
気の乗らない口調で返事をしながら、竜之介は靴を脱いで、玄関に上がった。
そんな竜之介の後姿を見ながら、あげはが口を開く。
「興味はないのか?」
「んー。俺にはあまり関係ない話だろー?」
「やれやれ」
板張りの廊下を歩いていく竜之介の背中を見ながら、あげはははぁっとため息を付いてその後姿を追うと、ぴょいっと歩く竜之介の肩に乗った。
「なんだ?」
「聞け。これは一応お前にも関係のある話なのだからな」
395 :
NPCさん:2008/10/08(水) 19:08:09 ID:???
にゅ
396 :
NPCさん:2008/10/08(水) 19:09:35 ID:???
支援
「ん? どういう意味だ」
「先のシャイマール事件、お前も話は聞いてるだろう?」
「ああ」
竜作から聞かされた話。
この秋葉原から非難するように言われて、その理由を尋ねた時に竜作から説明されたのだ。
マジカル・ウォーフェア。
七つの宝玉を巡る事件。
その一つを巡る攻防に竜之介も参戦したからこそ分かる。
そして、そのケリを付けたのがある有名なウィザード――下がる男と以前マユリが言っていた男だということを。
それによって世界結界が弱体化し、侵魔などが協力になり、そして新種の“冥魔”と呼ばれるものが出現するようになったと聞かされてはいる。
「これは竜作老から聞かされた推測なのだが、竜之介。お前にも招集が掛かるかもしれんぞ」
「へ?」
一人の身のフリーのウィザード、いや、単なる能力持っているだけの学生をやっているつもりだった竜之介は驚きに声を上げた。
そんな竜之介の態度に、あげははやれやれと首を横に振った。
呆れたように。
「仮にも魔王級エミュレイターとの交戦経験があり、しかも宝玉の手助けがあったとはいえ倒したのだぞ? シャイマールの覚醒で熟練のウィザードが数多く失われ、死亡した。今はどの組織も人手不足だと聞く」
「で、それにお鉢が回ってくる、と?」
どこか信じられないように訊ね返す竜之介。
彼にはまるで実感がなかった。
彼は自分の実力を知らない。
世間から比べればどれだけ重要な、貴重な人材だと見られているのかもしらないのだ。
「魔術教会の長が是非とも。と、お前に誘いを掛けたらしいがな。竜作老が断ったようだ」
「じいちゃんが?」
「未熟者を預けるのは断る! と折檻してようだ」
竜之介の不在時、仮面を付けたロンギヌスたちの勧誘があったのをあげはは知っていた。
それを断った竜作老の立場は危うい。
魔術協会の長――すなわちロンギヌスの統率者であるアンゼロットからの直々のスカウトを断ったのだ。
穏やかな外見に比べて、いささか癇癪もちらしいと噂されるアンゼロットからの召喚を断ったのは竜作としても危ういことだったのだろうが、実際のところ孫の身の安全を案じたのだろうとあげは推測している。
横で「やっぱりそんな理由か〜」 と肩を落とす竜之介に、あげはは少しだけ笑った。
お前は愛されているな。
「ん? なんか言ったか、あげは」
「いや、なんでもない」
あげはは首を振るうと、竜之介の肩から降りて、ぼそりと呟いた。
「そうだ。竜之介」
「ん?」
「竜作老がな、帰ったら組み手をするから道場を掃除しとけ。と言っていたぞ?」
「な、なにぃ! 早く言えよ、そういうことは!!」
竜之介は慌てて駆け出した。
万が一帰ってきたときの掃除が終わっていなかったら、組み手と称してぼこぼこにされるのが目に見えていた。
小さな道場といっても一人でやれば時間が掛かる。
あげはが手伝ってくれると性格では無いと、既に竜之介は理解していた。
「きがえー! ああ、飯は後回しだ!」
恐怖の滅多打ちから逃れるために、竜之介は廊下の奥に走り去って、あげははふわぁっと欠伸をするように口を開けた。
平和だった。
今日の時点では。
まだ彼らが立ち向かうべき危機の姿は無い。
投下終了です。
たったこれだけなのに、レス数が厳しい。
くっ、分割分割で投下しないと厳しそうですね。
竜の巻はまだ続くのですが、今回はこれまで。
ご支援ありがとうございました。
401 :
NPCさん:2008/10/08(水) 20:02:50 ID:???
>泥の人
GJー。じーちゃん危ねぇことするなぁww
アンゼが世界魔術協会として声かけたってことは魔術協会として所属しろってことなのかな?
ロンギヌスとしてじゃないってのがやや安心だけれども。
竜作さんは歳老いてもカッコイイ。さすがくどーちゃん(違)!
読めるのはすごくうれしいですが、
ここは本当に投下するには規制厳しいんで、一括投下するならたぶん別所の方が……(汗)
402 :
NPCさん:2008/10/10(金) 07:59:03 ID:???
じいちゃん変身するとなぜか若返ってたよな
遅ればせながら、泥の方GJです! おじいさん、すごい………vv
え〜と、“裏切り”のほうですが、この三連休で完結できたらよいなあ、とか画策中なんですが、
書いててちょっと疑問が………
アンゼロットが第八世界にスカウトされた時期の公式設定ってありましたっけ?
ルルブにも載ってないですよね………? エル=ネイシアとかで出てたりしましたっけ?
>>403 んーと、具体的な時期は不明かも?
でも、大体アンゼロットが男の奪い合いで死亡したあとのはずだから、エル=ネイシアでアンゼロットが死亡した後〜現在のNWまでの間しか分からないね。
エル=ネイシアを持ってないので詳しいことが分からないです。ごめんなさい。
それと、一時前ぐらいには龍の巻の続きを投下出来ると思います。
ひりゅ〜(勝手に命名)さんも頑張ってください!
お返事ありがとうございます!
自分もエル=ネイシア持ってなくて………持ってる友達に聞いても載ってない、と(汗)
………今回はMY設定で行かせて貰います! ………って、今更ですね、MY設定(汗)
えーと、こちらの投下は早くても明日の午後かと………
が、頑張って早く上げれるようにします(汗)
調身、調息、錬気。
錬気法。
その基本にして正道。
姿勢を正すこと、調身。
練り上げるために、呼吸を乱れなく行うための姿勢。
呼吸を整え、調息。
気息を整え、閉息し、息吹を発す。
忘我の領域に入り、丹田の氣を練り上げる。
皮膚は血を包み、血は肉を満たし、肉は骨を覆い、骨は筋を整える。
乱れることなかれ。
歪めることなかれ。
違えることなかれ。
先天の氣を全身の経絡より巡らせる。
骨格により整えられ、全身に張り巡らされた血管と筋の複合器官によって全身に流す。
後天の氣を呼吸より取り込む。
丹田に存在力、すなわちプラーナを練り上げて、丹田に溜め込んでいく。
二天の氣を混じり合わせて、体中に流し込み、グルグルと流転させながら練り上げる。
さらに、さらに、さらに。
己の氣を大地と見立て、外界の氣を天に見立て、天地流動、森羅万象、流れるが如く、激流の如く、或いは清流の如く、流して、練り上げ、整える。
大地に染み込んだ水は蒸発し、天へと還り、雨となって大地に降り注ぎ、再び地を満たす。
森羅万象。
その全てが流転。
巡り、巡らし、流れる氣の行く先。
大いなる万物の流れ、それらに器を与え、我らは龍と呼ぶ。
己の中に万物を内包し、流転させながら、己が森羅万象そのものと目指して、鍛錬を続ける。
力が満ちる。
心が満ちる。
張り裂けそうになる、空気の詰まった風船のように充実し、骨が、肉が、血が、皮膚が軋みだす。
破裂しそうな血管、整えられ、氣を乗せた血流は轟々と血管の中を荒れ狂い、荒れ狂う。
それを整えるのが気息。
荒れ狂う龍を宥めすかし、己の経絡を整え、血流を把握し、呼吸を持って己が五臓六腑を掌握する。
そうして、ようやく使い手は己が力を振るう資格を得るのだ。
「ふぅ」
気息を整えながら、氣を巡らせ続けた“少女”が目を見開いた。
その額には汗が浮かび、全身にびっしりと汗が噴き出していた。
それは美しい少女だった。
動きやすい武道着を身に付けた少女。
色素の抜けた茶髪をツインテールに結い上げて、身動き一つ取らずに道場の真ん中で構えを取ったまま動かない。
微動だにせずに、静止し続けている。
時間にして一時間ほどにも渡り続けている。
ただ規則性のある呼吸を続けて、その度に珠のような汗を流していた。
運動力学的にはどこにも熱量を生み出すような動作をしていないのにも関わらず、少女の吐く息は熱く、その身から立ち上る陽炎の如き水蒸気はフルマラソンをした陸上選手のようだった。
「……ふむ」
そして、その様子を見ていた人物が一人居た。
どこか紫色を帯びた銀髪の女性。
年齢化すれば二十代半ばぐらいか、長身のふくよかな体つきの女性が涼しげな中華服を身に付けて、佇んでいた。
「練りはそこそこよくなったのぉ。よし、やめていいぞ」
パンッと女性が手を叩くと、同時に少女が息吹を緩やかに弱めて、ふぅーと己の気息を乱さぬように体中を弛緩させた。
パンッと女性が手を叩くと、同時に少女が息吹を緩やかに弱めて、ふぅーと己の気息を乱さぬように体中を弛緩させた。
「つか、れたぁ」
丹田の練り上げを止めて、少女がだらりと息を吐いた。
練った氣は充足させたまま、へ垂れ込む。
ここで霧散させるようなことをすれば、横に立つ女性――少女の“祖父”からの叱咤が飛ぶのは明白だったからだ。
「なんじゃだらしない。高々一時間程度の錬気でへこたれるのか」
「無茶言わないでくれよぉ」
ぐでーと疲れたまま、答える孫の言葉に女性はため息を吐くと――呼吸を整えた。
調息の息吹、閉息に繋げて、錬気の工程をこなす。
その呼吸音を聞きつけた瞬間、少女の反応は早かった。
「ちょ、まっ!」
飛び退ろうと立ち上がる少女――その額が“仰け反った”。
パンッとデコピンでも食らったかのような姿勢、されど誰も手に触れていない、ただ激痛の呻き声が上がった。
「いったー!!」
「やれやれ、この程度も見切れんのか――龍之介」
“竜之介”、そう呼ばれた少女に、ピンッと虚空に指を突き出した彼女の祖父――藤原 竜作は呆れたように声を上げた。
少女――藤原 竜之介。
女性――藤原 竜作。
彼女達は“男性”である。
されど、その姿は歳若き少女であり、妙齢の女性でもあった。
別段女装をしているわけでもなく、その体は確かめる必要もなくれっきとした女性のもの。
何故そのような状態なのか?
それは彼らの一族に大体伝わる特異体質が原因だった。
彼らが伝える気功武術、九天一流。
その開祖である一人の女性龍使い。
その子孫は類稀なる良質のプラーナを保有し、ウィザードを多く排出する家系であったが、開祖の龍使いに何らかの遺伝子欠陥があったのか、それとも外的要因か。
自身の肉体の心拍数、それが一定以上にまで上がるとその性別を女性へと変質させてしまう呪いじみた体質を持っていたのである。
故に本来は男である竜之介は自身と同じ年頃のうら若き少女となり、竜作は自身の年齢とは関係ないのか老体の身でありながら若返ったかのように二十代半ばの女性へと変身する。
竜之介はその特異体質に以前から悩んでいたが、唯一の解決策だったかもしれないとある宝玉を己の意思で手放し、今は諦め半分で過ごしていた。
「ほれ、さっさと立ち上がらんか。組み手をするぞ」
「へーい」
竜之介は赤くなった額を摩りながら立ち上がると、竜作と対峙するように足場を移動し、構える。
距離は大体五メートル。
龍使いならば一足で踏み入り、攻撃を交わせる間合い。
けれども、竜作はその位置から脚位置を組み替えて、すらりと綺麗に両足を並べて立つと、静かに告げた。
「上達の程度を見てやろう。ほれ、この位置から動かんからかかってこい」
くいっくいと手の平で誘いながら、その本来の性別と年齢を知らなければ魅了されそうな妖艶な微笑を浮かべる竜作。
それにカッと来たのは竜之介だった。
「余裕ぶっこきやがって! これでも、魔王級エミュレイター倒したんだぞ!!」
自惚れではない自信があり、自負がある。
鍛錬は続けていた。
一時間もの錬気の果てに、氣は充足している。
だんっと踵で床を踏み締めると、その反発力でロケットのように竜之介が前に飛び出し――
「ほれ」
パンッと空気が破裂するような音と共に竜之介の頬が打たれた。
手の届かぬ位置、そこで竜作が無造作に手を振るった。
それだけなのに、竜之介の頬には確かな衝撃があった。
出掛かりを潰されて、僅かによろめきながらも、錬気を練り上げ、さらに踏み込もうとした瞬間。
「立ち直りが遅い」
竜作の両手が閃き、蝿でも払うかのように大気を叩いた。
パンッ、パンッ、パンッと見えない太鼓を叩いているかのような音。
その度に竜之介の体がくの字に曲がり、ベコリと一瞬体に手の平方の陥没が浮かんだ。
「こ、のぉ!」
気息を発し、神経をさらに過敏化させながら、竜之介が不意に大気に向けて手を打ち込んだ。
奇しくも同じパンと竜作が音を鳴らした瞬間。
二つの大気の爆ぜる音に、爆竹のような音が鳴り響き、閉ざされたはずの道場の中で大気が渦巻いた。
「ワシの伏竜に反応したか」
いつもよりも早く反撃を開始した孫に、嬉しそうに竜作が微笑む。
「はっ! 伊達に毎度殴られてねーよ!」
「ならば、少し本気でいくぞ」
息吹を発しながら、竜作の手が緩やかに構えられて、その腕の動きはまるで舞いでも踊るかのように優雅に円を描く。
「へ?」
「むんっ!」
息吹を僅かに発し、練り上げた氣を持って、見極めた大気の打点――道場内の気圧、寒暖差の流動、見えぬほどに細分化された大気を構成する成分を見極め、衝撃を浸透させるのに最適なポイントを見抜き、殴りつける。
その際に振るわれた脱力した腕はどこか優雅に、インパクトの瞬間引き締まった一撃は苛烈に。
大気を貫き、僅か数センチの挙動で爆風を生み出した。
「げぇつ!!」
少女あるまじき呻き声。
竜之介は感知する。
大気が歪曲し、衝撃が増幅されたその一撃による衝撃破がまるで巨人の拳のような勢いを持って直前にまで飛び込んできたことに。
「っ!!」
咄嗟に氣を解放、全身を噴き出す氣の内圧で凝固させ、同時に床を蹴り飛ばし、十字に腕を構えて直撃に備えた。
全身に叩きこまれる衝撃。
まるでトラックで撥ねられたかのような重さ。
――加減ってものをしらないのか、くそ爺!
と、内心竜之介が罵り、ビリビリと痺れる両手を苦労して引き剥がすと、空中で体勢を整える。
すとんっと血流を操作し、流れる勢いを操作しながら、ふわりと重力を感じさせない重みで床に音もなく着地する。
「いってぇえー! ジジイ! 孫がかわいくないのか!」
ズキズキと鈍痛が走る全身。
幸い骨までは行っていないようだが、湿布が必須だろう打撲に竜之介が抗議の咆哮を上げた。
「ほほほ、この程度で潰れるなら九天一流など継げないじゃろうて」
片手を己の唇に当てて、優雅に微笑む竜作。
その脚は先ほどから一歩も動かず、ただ立ち尽くしていた。
「くそ、今日こそ一発その顔をぶん殴ってやる!!」
調息、閉息、錬気。
どこか荒々しく呼吸法の息吹をこなすと、全身からプラーナの輝きを放出させ、龍之介が踏み込む。
「む?」
それに答えて、竜作が再び大気の打点を打ち抜き、衝撃破を乱射するが、ジグザクに高速移動を繰り返す竜之介には当たらない。
氣を練り上げて、心臓から走る血流の勢いを強めて、血管の中に流れる僅かな勢いを束ねて増幅し、脚力へと変換している動きはまるで疾風の如し。
風は風を捉えることなど出来ぬ。
そう告げるかのように影を残して、揺らめき舞い踊り、十数メートルまで広がっていた間合いを次の瞬間には二メートルにまで潰した。
「ほっ!」
竜作が目を見開く。
その様子をほくそ笑みながら、右手を掬い上げるように、練り上げた氣を放出させながら、叫ぶ。
「雷、竜ゥ!」
練り上げられた氣は電光を放つ雷氣を纏い、殺意すらも篭められていた。
己の練り上げた内功、全てを注ぎ込むつもりで放った気剄。
地から天へと放たれるかのような、天地の理を逆転させるかの如き電流の迸りは――
「未熟」
流麗に伸ばされた指先で受け止められていた。
たった二本の指、それが放たれる電流を受け止め、切り裂いていた。
「へ?」
「――かっ!」
タンッと上げていた踵を踏み降ろし、動かずにして放つ震脚から体重が、増幅され練り上げられた桁違いの気功が、迸る電流を呑みこみ、噛み千切る暴龍の如き威力で消し飛ばされた。
打ち込んだ拳から一転し、弾き飛ばされ、今度こそ体勢も取れずに、ゴロゴロと道場の故に背中から激突し、強制的に肺の中の酸素を吐き出された。
「がっ!! ぐっ、ふっ!!」
咳き込み、気息が乱れた。
その瞬間、僅かに残っていた錬気が荒れ狂い、臓腑にビキリと激痛を発せた。
「つっ〜」
気息を整える。
乱れた経絡を整え、緩やかに、落ち着いて、されど急いで気息を発しながら、痛みを押さえつける。
「まだまだ、じゃな。思い切りはよかったが、気功の練が足りんぞ。見た目こそ派手じゃが、あれでは威力も拡散するわい」
少しだけ焦げ付いた指先をふっと息で吹き払うと、気息を整えて、練っていた氣を霧散化させた竜作が歩み寄る。
未だに呻く竜之介の背に優しく手を載せると、その手の平から温かい光を放った。
「無茶しおって。放つのなら制御出来るだけの気功にせんか」
「や、やれると思ったんだけどさ……マジで化け物だな、爺ちゃん」
気功を用いた回復魔法を受けて、徐々に痛みが和らいでいく。
気功を放ち、内傷を負うのは未熟である証拠だった。
上手く散らせず、整えられなかった氣が暴発し、内臓に負担を掛けるのだ。
未熟なものであれば、神経がズタズタになってもおかしくない。
それだけ氣を、龍を操ることは命がけな行為なのである。
「ま、しかし――それなりに成長はしたのぉ、竜之介」
「へ?」
「少しだけあの雷竜にはひやりとしたぞ」
にやりとどこか余裕のある笑み、けれど誇らしげな笑顔を浮かべて、竜作は告げた。
「とりあえず今日の鍛錬はここまで。気息を忘れずに、汗を流してさっさと寝るんじゃな」
「あ、ああ」
竜之介は髪をかきあげ、額の汗を拭うと、立ち上がり、道場から出ようと足を踏み出した。
いつもとは違うどこか優しげな態度に首を捻り、竜之介は汗ばんだ武道着に風を送りながら出て行った。
その背を道場に残る竜作は見届けると、先ほど竜之介の一撃を受け止めた二指を眼前に上げた。
その第一関節は見る見る間に青白く膨れ上がり、折れていることを鈍痛と共に竜作に伝えている。
「成長したのぉ」
気息を続け、流れる気で折れた指の気脈を整えながらカラカラと竜作が笑った。
たった指二本。それだけで防げると確信していた。
だが、それを上回った竜之介の成長に、祖父たる女性は誇らしげに笑ったのだった。
流れる。
裸身の上を熱い液体が流れ、滑り落ちていく。
珠のような肌の上に熱い液体が流れ、肩から脇へ、脇から腹へ、腹から太ももへと流れ落ち、髪を濡らしたお湯と共に床へと流れる。
一糸纏わぬ裸身、そこにタライで汲み上げたお湯を被せて、体を清める。
スリムな体型、程よく膨れ上がった乳房、美の女神が祝福したかのような整った体型。
見るものが見れば息を飲むような素晴らしい肉体、されどその本人は何も感じずに、ただお湯をかけるたびに染みる痛みに情けない声を上げていた。
「いちち、染みるなぁ」
未だに性別は戻らず、熱いお湯で心拍数の上がったままの竜之介が女体の裸のまま呟く。
全身にアザだらけ、風呂から出たら湿布でも張る必要があるだろう。
丁寧にスポンジで体を擦る。
いつもならタオルでゴシゴシと体の汚れを落とすのだが、今の体でやると簡単な拷問だ。
丁寧に、されど手早く泡だらけの体に変えて、再び汲み上げたお湯で流す。
シャンプーは祖父と共同のものを使う。
男性でも女性でも使える奴だ、その横にある猫用シャンプーと女性専用のシャンプーはあげは用だから下手に使うと後が怖い。
シャンプーを二回、リンスを一回。
浴室に備え付けた鏡を見ながら、両手で揉み解すように洗う。
女性化すると何故か長くなる髪は洗うのに手間がかかるから、竜之介は嫌いだった。
普通ならば興奮してもおかしくない女性の裸身、だがそれが自分のものだとすれば途端に興味を失う。
そもそも子供の頃から見慣れた体に一々欲情が湧くわけがない。
洗髪を終えれば、後に待つのは入浴だ。
疲労回復に効く入浴剤を入れたフローラルな香りのする浴槽にゆっくりと細い足を差し込んで、温度を確認しながらゆっくりと全身を沈める。
「ぁ〜、効くな〜」
痛い、熱い、けれど気持ちいい。
プカプカと浮かびそうになる乳房が邪魔だが、それすらもどうでもよくなるほどに疲労が抜けていく。
極楽、極楽。
脚なんか組んで、浴槽の外に突き出しながら、仰向けに伸びをした。
「あー生き返る〜」
疲労が溶けていくようだった。
日本人の心はやはりお風呂だろう。
心の洗濯。
これがなくては生きてはいけない。
最高だった。
鼻歌なんぞ歌ってしまう。
……そんな入浴を三十分ほど続けた頃だろうか。
そろそろいいかと、竜之介が浴槽から出て、裸のまま浴室から出ようとした瞬間だった。
――ズキリと痛みが生じた。
「え?」
それは言葉にすら出来ない激痛。
“背より発した焼け付くような痛み”。
「がぁあっ!!」
思わず転倒する。
脳内が沸騰しそうなほどの痛み、鋭い痛み、ズキズキと脳神経を焼き焦がす激痛。
がらがらと音を立てて、竜之介の体が浴槽から半分ほど出た位置で倒れた。
「どうした!?」
瞬間、ドタバタと廊下から走る音がした。
浴室に繋がる部屋の扉を開けて、一人のパジャマを着たネコ耳少女が飛び込んでくる。
人化したあげはだった。
「竜之介!?」
「あ、げは……」
痛みがある。
背中が痛い。
痛い、痛い、痛い。
斬られたかのような痛みがあった。
「どうし――なんだこれは?」
竜之介の裸身。
うつ伏せに倒れた彼女の背中、そこには“一線の巨大な傷跡”があった。
まるで今そこで斬られたかのような傷跡から、血が流れていた。
「っ、まってろ! 今、止血してやる!!」
慌てながらあげはが月衣から取り出した化膿止めや包帯などで治療をされながら、竜之介は混沌とした意識の中でまどろむように意識を薄れていく。
あげはの悲鳴が聞こえたような気がした。
けれども、どこか眠くて、そのまま竜之介は意識を失った。
異変は既に始まっていた。
投下終了です。
一応次回で龍の巻終了ですね。
夜分遅くの投下は支援もないから、きついぜよ。
竜作爺ちゃんの強さはこんなイメージです。
鬼哭街とか大好きな泥げぼくでした〜!
読んでくださった奇特な方がいればありがとうございました!!
419 :
NPCさん:
乙&GJ。卓ゲ板で長文の投下はやっぱきついのか。
練気の下りは読み入ったわー。参考資料とかあるなら是非教えて欲しいんだが。俺もこんな演出やってみたい。