>>569 対奈落用兵器弐鳴りレヴァティン換装型ヴィオが
シャーナ先生のおっぱいやアナルを蹂躙と申したか
ハッタリ仕事……はしてるみたいだからいいか
今さっき困スレで見かけたぞ
ハッタリはどこにでもいる
一人見かけたら30人隠れてるっていうしな
/ / /
人目を気にしなくても良いガーベラの自宅に戻ると、二人は急な疲労を覚えていた。
神殿では気丈に振る舞ったものの、クリスの置かれた状態は流石に衝撃であり、加えて二人
にも縁深い薔薇の武具の因縁に驚愕もしている。
自宅に戻り剣を用意しても、ゴウラの帰還予定の夕刻までには時間は余りあった。
それならばとガーベラがノイエ邸で作っておいた軽食の包みを広げ、二人は遅めの昼食を取
ることにする。
交わす話題は当然クリスと邪剣についてである。
「言っておきますが、ガーベラ。決して早まってはいけませんよ。あなたは現在、神殿の聖騎
士団長の妻という立場なのです。
強行して助けた後、クリスさんと神殿の立場が不利になることは避けなければなりません」
「……はい、肝に銘じておきます」
ノイエ邸で知らせを受けた際、邪魔者は全て切り伏せる覚悟だった心を思い出して恥じる。
以前のガーベラなら、マビノギを求めて“賢者の街”エルクレストの神殿を襲撃したように
正面突破も辞さなかっただろう。
あの時は時間が無く、主ノイエの指示も障害は全排除であり、一人は娘の為、もう一人は母
と娘の為と、目的の為に死を覚悟した二人の決死行であった。
だが、今回は違う。
神殿や王宮の思惑の絡む遺跡の地で、後腐れがない処理を行わなければならない。
単純に夫の救出という話ではないのだ。
とりあえず、ゴウラと話をしてから具体的な行動を決めようと結論になった。
ノイエは薔薇の武具を製作したイジンデルの村の村長、魔族ユージンから情報を得るべきだ
と提案し、彼が現在ネオ・ダイナストカバルに身を寄せている幸運を喜んだ。
肉や野菜を挟んだパンを齧りながら、ノイエがぽつりと口を開く。
「そういえば、ガーベラ。貴女、神殿でカラドボルグが健在だと聞いても、全く驚いていませ
んでしたね」
「……はい」
「そう、貴女は知っていたのね。私はすっかり驚いたわ」
「申し訳ありません、ノイエ様。ゾハール亡き今、もはや武具は必要ないと思っていました。
あたしは戦いを終えた武具たちを、あのまま眠らせてあげたかったんです」
武具の所有者という意味では薔薇の巫女こそが真打であるが、その歴史については口語りに
世代で継ぐ人間よりも、八百年という時代を生きたガーベラの方が詳しいのは当然だ。
この際だから聞いておこうと、ノイエはふと好奇心に駆られた。
幸い此処には、武具の関係者である二人しか居ない。
自分の知らない武具の話を聞きたいと請われ、ガーベラが苦笑を洩らす。
歴代の巫女の中でも、このようなリクエストをした人間は誰一人としていない。
「それでは、秘密をお話しましょう。あたしは先ほど神殿の騎士たちに、騎士にとって負うた
恥辱を話すことは死に等しい苦痛だ。話をして下さり誠にありがとうございました、と言いま
したよね?
あたしにも……いえ、巫女の守護者にも恥辱の話があるのです。それも薔薇の武具に関係が
ある話として。ノイエ様、貴女は巫女の守護騎士が、かつて五人いたことをご存知ですか?」
驚いた顔で首を振るノイエに、ガーベラが微笑みかける。
どこか遠い目をして、淡々と紡がれる火の時代の創世の出来事。
それは薔薇の武具が誕生する以前。
当代の薔薇の巫女と、神竜ゾハールが与えし五人の守護者の物語。
日々を通じて紡がれる主従の絆。
五人は主と仰いだ巫女を、引いては世界を守ろうとした。
たとえ、自らの創造主に弓を引く立場になろうとも。
守護者は一騎当千の武者であった。
しかし、この地上には神竜を滅ぼせる武器が無かった。
闇に消える五人の守護者の存在。
巫女は五人の真意と世界を望む神竜の邪心に気づき、復讐の計画を決意する。
新たに巫女へ与えられる『六番目の』守護者ガーベラ。
実直な彼女には秘密にしながら、巫女は魔族とエルダナーンの協力を取り付ける。
数年かけて誕生する薔薇の武具。
だが、神竜と戦う前に、巫女は滅びを迎えることになる。
身にまとった薔薇の武具により、強力すぎる力で生命を落とす巫女。
五人の守護者と同様、ガーベラは初めてのを主を守ることが出来なかった……
「……考えれば当然ですね。私も武具で生命を失った巫女の話は知っていたのに。
そう、確かに過去に一度、武具は力を解放していたんだったわ……」
ノイエの言葉に頷いて、ガーベラが言葉を続ける。
五つの武具を身に着けると、巫女は自動的に第六の武具と化してしまう。
一旦、武具化してしまえば解除は不可能になり、その後は確実に死を迎える。
その死には、あらゆる秘術や魔法具を用いても蘇生することが出来ない。
その為の安全装置として、後に生み出されたのが『薔薇の小箱』である。
それは歴代の巫女と子孫に継がれ、やがて最後の継承者ノエルの手に渡った。
「ならば、あの娘にも事情を話しましょう。
今回、薔薇の武具が関係しているのなら、あの『小箱』が役に立つかもしれません。
それに友人であるクリスさんの危機ですもの。あの娘も助けたいと思うに違いないわ」
食事を終えたノイエが、こうしては居られないと立ち上がる。
時間を確認し、夕刻まで丸々三時間もあると分かり嬉しげに両手を合わせた。
「おそらく、使いに出したギーメルの連絡が夫の元に届いている頃です。
ガーベラ。あなたはネオ・ダイナストカバルのヴァンスター支部に顔を出してみなさい。
私はグリーンフィールド家へ行き、娘を呼んできます。折角ですから、グリーンフィールド
夫妻にもご挨拶をしておきましょう」
「分かりました。では、お互い用事を終えたら、神殿の前で合流することにしましょう」
※
ネオ・ダイナストカバルの前身である秘密結社ダイナストカバルは、神聖ヴァンスター帝国
を中心に活動し、その勢力は広く東方世界まで広がっていると噂されていた。
それを裏付けるように帝国には、組織の大きな支部が存在している。
なぜ帝国の支部が栄えているのか?
それは一説によれば、帝国の有するヴァン山脈には鉄や銅・銀、ミスリルやオリハルコンと
いった鉱石が産出され、また魔獣や竜を始めとする危険な生物が生息する山野や遺跡が多く、
貴金属と共に珍しいドロップ品が手に入ることから、帝国の軍事背景にもあるように錬金術の
研究に向いている為である。
ダイナストカバルと錬金術。
この接点にお気づきであろうか?
大首領と並び、組織にとっての重要人物。
組織の人造人間たちの生みの親、ドクトル=セプターの研究所が此処に存在するのである。
帝国の外れにある組織の地下アジト。
ノイエの指示に従い、街中で組織の一人と接触をしたガーベラは誘導されて、この隠れ砦に
足を踏み入れていた。
覆面で顔を隠した戦闘員や異形の怪人が行き交い、何やら微妙に慌しい雰囲気である。
複数の部屋の前で小列を成し、呼ばれた者が次々と出入りを繰り返す。
案内役にしばし待つように言われ、近くの長椅子の一つに腰を下ろす。
すると、通りがかった一人がガーベラに声を掛けた。
「何故、お前が此処にいる?」
「……丁度良かった。顔見知りが欲しかった所です」
真っ白い無地の貫頭衣を着たレントに微笑むガーベラ。
冷静にレントが手にしていた用紙を見せる。
記入されている細々とした数字と、ドクトル=セプターの署名。
赤貧ではあるが、福利厚生のしっかりとしたネオ・ダイナストカバルでは、年に一度の健康
診断に当たる人造人間のメンテナンス・チェックが此処で行われていたのである。
ガーベラが手短に事情を話すと、レントはこのまま同行して協力すると申し出た。
結婚式で相談していた通り彼は組織に伝わる情報を注意し、非常時の折には直ちに動けるよ
う事前に大首領へ申請していたのである。
戻ってきた案内役に自分が引き継ぐ旨を伝えると、レントはガーベラに対し改めて事態の詳
しい説明を聞き及んだ。
「お前は運が良い。その邪剣に関してだが、人造生物であるのなら、錬金術も大いに関係して
いる可能性が高い。
ユージン殿に情報を尋ねると同時に、ドクトルにもお話を伺うべきだ。もしかすると、あの
御方なら何かご存知かもしれない」
「成る程、その発想は思いつきませんでした。さすがは魔術師ですね」
「いや、これはわたし自身が人造人間だから頭に浮かんだに過ぎない」
ガーベラの感嘆をレントは冷静にあしらう。
思えば彼女がノエルたちのパーティに三度破れた敗因の一つは、魔術師という優秀な司令塔
の存在であり、神竜ゾハール戦で共に肩を並べた際には改めて感心したものだ。
クリス救出を目指すガーベラには、レントの助力は大変心強かった。
「さすがにドクトルも本日は多忙だ。明日にでもユージン殿を含め、お話を伺えるように手配
はしておこう」
「どうか、よろしくお願いします」
「では、わたしは着替えてくるので……」
「いいえ、そのままで。神殿へ行くのにダイナストカバルの紋章の入った服では困ります。
その真っ白な格好だと、むしろ都合が良いくらいです」
背を向けようとした魔術師の動きが固まり、ギギギと軋む音がしそうなぎこちなさで、首が
ガーベラへと振り返った。
冷静で無表情な顔には、微妙に嫌そうな意思が揺らめいて見える。
「……この格好でだと?」
「あら、神官服の方が宜しいですか?」
「……………………」
不承ではあるが、レントが従ったのは言うまでも無い。
幹部を通してセプター博士とユージンを交えた会談の約束を取り付けると、ガーベラはレン
トを伴って神殿へと向かった。
※
辺りは夕刻となり、市街は茜色から夜へと染まりつつある。
予定通り神殿の前で、ガーベラはノイエと合流を果たした。
首尾よく進んだガーベラと違い、ノイエの方は外出中の娘と行き違いになったらしい。
グリーンフィールド夫妻に伝言を頼んだとノイエは残念そうに語った。
「ご機嫌麗しく存じ上げます、奥方さま」
「あらあら、そう畏まらずとも……」
レントの挨拶にノイエがニッコリと微笑む。
今度はガーベラが自分の経緯を話し、明日には邪剣に対しての情報が得られるかもしれない
ことを伝えた。
「では、あとはゴウラ様のお話ですね」
王宮がどう関わるかで、クリス救出の対応も変化してくる。
三人は意を決し、神殿の門をくぐった。
守衛の神官に尋ねると、ゴウラは先ほど王宮から戻ったばかりだという。
事前に話を通しておいたこともあり、三人はすんなりとゴウラの元へと案内された。
現在の帝国の神殿内において、ゴウラは最も部下から信頼され絶大な人気を誇る人物だ。
ガーベラは後から知ったのだが、クリスが彼女に求婚したキッカケはこの人の発言であり、
またクリスが放棄した聖騎士の叙任式の保留に尽力してくれた恩人でもある。
彼女自身、騎士として剣を手を合わせたこともあり、その際の態度も相まって好感の持てる
人物だと思っている。
互いに挨拶を交わすと、ゴウラは室内にいた副団長に人払いを兼ねて外で見張りを命じた。
義に厚く曲がったことは嫌いな人柄に相応しく、彼は本題をストレートに切り出す。
「済まぬが奥方よ。神殿は場合によっては、クリスを救出せずに遺跡から撤退する状況になる
やもしれん」
ゴウラが滲ませた感情が怒りでなければ、ガーベラの方が激昂していたかもしれない。
却って感情が削がれ、ガーベラは冷静に尋ねた。
「どういうことです?」
「何処から話を聞きつけたのか、ある貴族の横槍が入った。困ったことに、この貴族は皇族に
連なる者でな……」
皇帝ゼダンが魔法の武具を集めているのは衆知の事実である。
故にその貴族は皇帝の歓心を買うべく、独自に邪剣を手に入れようとしているのだという。
邪剣の実態を知ることなく、あやふやな情報に食い付いたのだろう。
もし魔剣であったならば、貴族が知るよりも先に皇帝のエージェントが情報を入手し、既に
獲得へと動いているに違いない。
そもそも神殿へ遺跡の調査を命じたのが皇帝陛下ご自身なのだ。
つまりこの貴族の行為は皇帝の諜報能力を軽視し、勅命を蔑ろにしているという二重の失態
を犯しているのである。
「ならばその貴族の愚行、皇帝陛下が止められるのではないでしょうか?」
「いいえ、ノイエ様。皇帝は分かったとしても止めないでしょう」
レントが分かり易く説明してみせる。
皇帝ゼダンは出自を問わず有能な者を取り立てる方針を取っている。
逆に無能であるということは、帝国では地位に関係なく失脚の理由に成り得るのだ。
本末転倒ではあるが、実力に自信がないからこそ、その貴族は邪剣を求めたのかもしれない。
おそらく、ゼダンが貴族を切り捨てるのは全てが終わった後に違いない。
その無能な行為に加担した者が居れば、連座で排除できる口実になるからだ。
また失脚させなくても、警告として使う方法もある。
失点を挽回しようとその者は奮起せざるを得なく、そのまま腐るようであれば今度こそ排除
した方が帝国の益に繋がるというものだ。
「そういう意味では、神殿もまた失態の挽回を与えられた立場でしょう」
「その男の言う通りだろうな」
レントの容赦ない言葉にゴウラが苦笑する。
「だが、正面切って皇族の貴族に喧嘩を売る訳にもいかん。他の貴族の反感を買っては、神殿
としても今後がやり難くなる」
『正義』のためなら、それも構わんがとゴウラが付け加えた。
彼がクリスを救いたいのは疑いも無い。
しかし、クリス一人と神殿全体を天秤にかけるならば、ゴウラは上の人間として組織を取る
に違いない。
万に一つ、ゴウラが立場を放棄するとしたら、彼が神殿を離れ一人で動く時であろう。
かつて旧情報部十三班も一目を置いた神殿騎士は、そんな真っ直ぐで豪胆な男である。
「だから俺はその貴族と交渉し、調査隊が残した神殿の『備品』を引き上げる時間を許可して
貰うつもりだ。民草の寄付で得たものであるからな。決して粗末には出来ん」
戦争など逃走で兵糧や資材を置き去りにしない限り、備品は撤退時に引き上げるのが習いで
ある。ゴウラの奇妙な物言いにガーベラが微笑んだ。
「その『備品』の引き上げを、あたしがしても構いませんか?」
ゴウラが我が意を得たりとニヤリと笑う。
二人のやり取りにレントが口を挟んだ。
「ならば、神殿の『備品』を狙って『ネオ・ダイナストカバル』が動くやも知れない。
当然この婦人に『護衛』は許されるだろうな?」
「勿論だ。そうだな、『ネオ・ダイナストカバル』が動いた時には、賊を追って『神殿』が
遺跡に飛び込むこともあるだろうな」
「まぁ、それは大変ですわね」
ゴウラの後をワザとらしい口調でノイエが引き取り、三人が一斉に笑いを上げる。
一人ガーベラは、聖騎士を前にして悪の秘密結社の一員であることを隠そうとしないレント
の物言いに冷や冷やとしていた。
むしろゴウラだからこそ、豪胆なレントの振る舞いを笑って済ませたのであろう。
トランとの死闘の後、地域住民に優しい組織の実情を知って、ゴウラ自身は悪い感情を抱い
ていないのは誰も知らない話である。
ひとしきり笑った後、顔を引き締めてゴウラがガーベラに尋ねた。
「では、奥方。例のイビルソードとやらが渡してきた品で交渉して貰えるか?」
「この場でですか?」
「いや、地下の鍛錬所に移るとしよう。あそこならば何が起こっても問題ない」
※
当初の予定では、集まっていたのは神官畑の人間と戦士の面子である。
ここに魔術師レントが同行していたのは僥倖であったのかもしれない。
「始める前に少し見せて貰いたい」
邪剣がクリスから吸った血と魔力で作り出したという、宝石のような紅い通信球。
ガーベラから受け取り、レントがランプの光にかざし調べる。
「これを持ち帰った騎士の話では、相手は身の宝珠により創造主からイビルアイとも呼ばれて
いたとあったな? おそらくこの石は結晶化した『魔眼』に近い」
魔法の武具の中に『魔眼の兜』なる品がある。魔族が持つ瞳を加工して結晶化し、兜に埋め
込んだものだ。
魔眼の感覚は生きており、装備者は自身の視野と魔眼の視覚を共有させることができる。
その実例を挙げて、レントが推測を述べた。
「この石は今眠って瞳を“閉じた”状態だが、ガーベラが血を与えれば目覚めるのだろう。
通信球という話だが、声だけでなく視覚をやり取りする可能性もある。これを造った相手と
血を与えたガーベラが複製の眼である石を仲介に視野を共有する状態だ。
相手はガーベラが見ているものを、逆にガーベラは相手が目にしたものを視る。おそらくは
これでクリスの安否を証明するつもりなのだろう」
「相手は意外と義理堅いのですね」
ガーベラが皮肉めいて述べると、レントが頭を振った。
「それだけではないだろう。お前の目を通して、相手も外界の情報を得る利益がある。場合に
よってはこちら陣営の様子が分かり、また人質の安否を見せることでお前に揺さぶりを与える
ことができる」
「……そうですね」
頭で分かっていてもクリスの無事な姿を確認すれば、僅かでも気が緩むのは避けられない。
加えて人質を盾に要求を出されたら、ガーベラに拒否の選択肢は消滅する。
たとえ自身の生命と引き換えでも、クリスが助かるのならば彼女は笑って受け入れかねない。
「ならば殺風景なここを場所に選んだのは良かったな。あとは俺たちが奥方の目に触れぬよう
に注意し、声を押し殺すだけだ」
レントの指摘に黙り込んだガーベラに代わり、ゴウラが前向きな意見を吐いた。
ガーベラを労わるようにノイエもまた続く。
「今は手の届かないことを考えても仕方がありません。悩むのは対峙した後でも遅くはない。
だから、始めましょう。貴女の夫を救う一歩を」
「……はい」
レントの分析した視野のやり取りを考えて、ガーベラ以外の者は彼女の背後に位置した。
簡易な台に紅石を置き、ガーベラ一人が向き合う。
彼女が目にするものは台上の石と、その向こうにある壁や鍛錬の道具である。
三人が自分の視界に入らないことをもう一度確認し、ガーベラは鞘から剣を抜いて刃先に指
を当て台上に掲げた。
浅く切った傷口に血が滲み、珠となって台の石へと落下する。
血を吸って淡い紅光を放ち始めた石をガーベラが握り締めた途端、ここには居ない存在の声
が鍛錬場に響き渡った。
<……待ちわびたぞ、薔薇の巫女の守護者よ>
「我が名はガーベラ。お前がイビルソードか?」
<いかにも>
レントの予測どおり、石を通してガーベラの感覚に相手の視野が重なる。
薄暗い周囲の中で、面々と続く遺跡の石畳と壁。
彼女は右目と左目で異なる景色を見るような状態を想像していたのだが、実際は視界の中に
別枠で窓のような長方形が生まれ、そこが姿見のように像を映し出すという感覚であった。
「先ずは人質の安否を確認したい」
<承知した>
窓に飛び込んでくる、紐に絡められた意識のないクリスの姿。
呼吸する胸の上下で生きていることが分かり、ガーベラが安堵のため息を洩らす。
「確認した。感謝する」
<では、改めて我が要求を伝える。薔薇の武具の一つ、カラドボルグを携えし汝との立ち合い
を所望する>
鍛錬所の片隅にある、練習用の刃を潰し綿を巻いた剣を見つめながらガーベラが答えた。
できれば、謎のひとつはここで解消しておきたい。
「創造主の命に従い、カラドボルグと優劣を望むお前の要求は理解できる。だが、なぜ使い手
としてわたしに拘るのだ?」
<汝が薔薇の巫女の守護騎士だからだ>
「それでは答えになっていない。わたしは武具の所有者ではないのだから、他の剣士でも良い
はずだ。お前は何を隠している?」
押し黙るイビルソード。
ガーベラはクリスの姿を見続けることで辛抱強く待つ。
しばらくして、ようやく相手が口を開いた。
<ならば騎士として、汝に一つ誓って貰おう。今から我が話すことを聞いて、立ち合いを止め
ぬという誓約を。破れば人質の生命を……>
「――そんなことしてみろ」
声の温度を冷たく落としてガーベラが遮る。
「あたしは真っ先にカラドボルグをこの世から消滅させ、お前の望みを絶った後、必ずお前も
魔剣の後を追わせてやる。
何年かかろうと、何を犠牲にしようと、あたしが持つ全ての力と時間を使ってだ。
それこそ騎士の銘に誓って、絶対にな!」
これではどちらが脅しているか分からない。
滅多に激昂を見せないガーベラの底冷えするよな宣誓に、背後で控えていた三人が思わず声
を出しかけて思い止まる。
ノイエがガーベラの背中に手を添えて、落ち着かせるように無言の温もりを与えた。
白い手に怒りの熱さと震えが伝わる。
<……そうか。それ程までに汝にとってこの男は大事か?>
「お前が魔剣を超えることを誕生の理由としているのと同じくらい、今のあたしにとってその
人は生きている理由に足る存在だ。奪うことなど許さぬ」
<理解した。丁重に扱うとしよう>
「ならば、あたしも誓おう。我が背の君の命に賭けて、立ち合いは行うと」
幾分か落ち着きを取り戻し、ガーベラが宣誓を唱えた。
激情の余り口調が騎士としての「わたし」から平素の「あたし」に戻っていたが、取り繕う
ことは諦め、このまま続けることにする。
<これは魔剣カラドボルグと我を造りし“悲願の砂鉄”アウルより伝え聞きし闇の秘話。
神竜ゾハールが薔薇の巫女に与えし、五人の守護騎士は存じていような?>
「知っている。あたしは五人の後に生み出された、六番目の守護者だ」
<神竜の秘めた邪心に気づいた五騎士は、主であった当代の巫女の住まう世界を守ろうとし、
自らの創造主に命懸けの戦いを挑んだ。
しかし神にも等しい神竜を傷つけることあたわず、五人は敗れ死を迎えた。
その後、巫女自身が真実に気づき、数年をかけて地上の如何なる物も傷つけぬ神竜を害する
武具を誕生させる計画を起こす。
巫女は魔族と一部のエルダナーンの協力を取り付け、薔薇の武具を誕生させた。
皮肉にも神竜に刃を向けることなく、巫女はまとった武具の強力な力で命を落とすのだが、
ここで汝はおかしいと思わぬか?>
「何が言いたい?」
<地上の武器・魔術にも傷つかぬ古代竜の王を、地上の者が生み出した薔薇の武具が害せるの
か不思議に思わぬか?
薔薇の武具は、神々の造った神具、邪神の使用した邪神具とは違う。
また古代の民エルダが魔法と機械を融合させた魔導具や、ネヴァーフやエルダナーンが魔法
と錬金術で生み出す神聖具や魔法具とも威力で大きく異なる>
イビルソードに言われてガーベラは愕然とする。
彼女にとっては身近な存在であった為に深く考えたこともなかった。
粛清の命を帯びた古代竜の王を無力化し、無限の生命力を絶命させる力を備えた武具。
高位の魔族が手を貸したとしても、尋常ではない破壊力と云えよう。
「お前は……何を知っている?」
得体の知れぬ恐怖に駆られて、ガーベラが声を搾り出した。
無機質な響きでイビルソードが答える。
<神竜ゾハールの生命力と再生力、四重に巡らされた完全防御の結界を前にし、我が創造主を
含む魔族やエルダナーンは考えたのだ。
おとぎ話の武器職人が、竜の爪牙や鱗を用いて竜退治の武具を造り出したように、神竜を傷
つけるモノもまた、神竜が生み出したモノから造り出せば良い。
第六の武具が薔薇の巫女そのものからなる様に、他の“五つ”の武具もまた―――」
その場に居合わせた者たち全てが息を呑んだ。
ガーベラは蒼白になり、ノイエは生理的な嫌悪感に口を押さえた。
豪胆なゴウラと冷静なレントも額に汗を浮かべている。
<魔族の御業らしいであろう? 神竜が生み、死を与えた“五人”の守護騎士たち。その墓を
暴き、骸の血肉と骨を使い鍛え上げた成れの果てが“五つ”の薔薇の武具よ。
武具たちが薔薇の刻印に従うのも当然だ。
かつて自分たちが守護した主の血脈に、死してなお忠義を果たしているのだからな……>
話に目眩を覚え、ガーベラが台に手を着いた。
血の気が引いて指先までが冷たく、息苦しさと吐き気を必死に耐える。
「その話が仮に真実だとして、お前とあたしに何の関係がある?」
<我が創造主より与えられし使命は、カラドボルグを超える剣である証を立てること。
カラドボルグを破り、その銘を我がものとすることにある>
邪剣の真意にいち早く気づいたのだろう。
レントが小さな舌打ちを立てた。
怪訝に彼を見やるゴウラとノイエの耳に、イビルソードの望みが流れ込む。
<我が身体の核である宝珠は、刀身が吸った敵の血や魔力を蓄え力と成す。
ゆえにカラドボルグを携えし汝と戦い、我が勝利した暁には汝の身を頂く。
古代竜の生みし守護騎士である汝の血肉を喰らうことで他の武具に並び、名実ともに薔薇の
武具の剣の座を得ることこそが我が宿願に他ならない>
相手がガーベラに固執した理由が判明し、その邪悪さに場の空気が凍りついた。
ただ一人を除いて。
「……それを聞いて安心した」
<なに?>
「貴様がその人に興味が無く、あたしが目的だと分かったから。お前の望みが叶うには、カラ
ドボルグとあたし、どちらが欠けても永遠に果たせなくなる。
それにお前の望みが叶うには、それに立ち合い見届けた生き証人が必要だ。騙し討ちや偽り
でない最強の証明には、第三者の存在が不可欠だから。
あたしはお前に敗れた後は生きていないから該当しない。ならば、あたしが一人でお前の元
に行けば、必然的に人質を生き証人にせざる得なくなる。
だからお前はもう、その人に危害を与えることができない。彼が生きていなければ証は不確
かなものになってしまうのだから」
彼女の発言に背後の三人が成る程と頷く。
最悪の場合、ガーベラが敗れた後はクリスの価値はなく、殺害されても不思議はない。
しかしガーベラは指摘することで、自分の死後もクリスの身柄が安全となるよう仕向けた。
戦う前から彼女は夫の身を護って見せたのである。
<我も理解した。勝敗に関係なく、汝の背の君の安全は誓おう>
「あたしが敗れた後、あの人は仇としてお前を狙うかもしれない。できれば、その戦いも避け
て欲しい」
<それは難しいな>
「勝者は立ち合いに破れた者の願いは聞くものだ。もっとも、あたしは負けるつもりはない」
<そうか……>
お互いに沈黙が生まれる。
窓が映す夫を眼に焼き付けると、ガーベラは吹っ切るように邪剣へと告げた。
「それでは、日取りを決めよう。あたしはカラドボルグを入手する時間と、そちらの遺跡に向
かう日数がかかる。合わせて最低五日は必要だ」
<心得た。では、立ち合いは六日後に。我はその間、掃除をしておこう>
「掃除?」
<この遺跡には魔物が多数いる。汝が我の元へ向かう障害になり、また立ち合いに水を差され
る場合もありえよう>
「念を押しておくが、その人に危害が及ばぬ範囲で頼む。目を離した隙に魔物がさらったとか
不手際が起こっては困る」
<勿論だ。では、六日後に……>
「それでは」
こうしてイビルソードとの交渉は終わった。
役目を果たし光を失った石を、ガーベラが剣で割り背後を振り返る。
「俺は貴族との交渉だな。六日の時間は稼ぐよう努力しよう」
「ユージン殿とドクトルからの情報収集はわたしが。わたし自身、他にも調べてみよう」
「貴女はカラドボルグを。その間の連絡や準備は私がしておきます。あと夫に助力も……」
三人の申し出に、ガーベラは頭を下げた。
「どうか、よろしくお願いします」
頭を上げると彼女は後をノイエに任せ、足早に神殿から飛び出した。
ガーベラがノイエたちと対峙した魔鎧ウィガールを封印していた聖地を始め、幾つかの武具
が眠っていた旧き神殿や遺跡は崩壊し失われているが、幸い魔剣カラドボルグが封印されてい
た場所は健在で、ここからも近い神聖ヴァンスター帝国の領内にある。
“天空の街”郊外に出ると彼女は《エンハンスブレス》を唱え、剣に竜の吐息を宿した。
それは《エンハンスブレス》効果中のみ使用できるスキル《エイルフォーム》を発動させる
為である。
天空を駆ける《エイルフォーム》ならば、ノエルたちが徒歩で三日をかけた魔剣の遺跡まで
の行程も、一直線に目指すことで一日強の日数で済む。
強行軍ではあるが、遺跡踏破の時間を入れて往復で三日の計算だ。
古代竜の加護を受けて宙に浮遊すると、ガーベラは天翼族のごとく飛翔を開始した。
輝きを宿した剣が空に軌跡を描く。
やがて光の線は深い森を越え、岩肌を覗かせる山脈の中腹へと消えていった。
597 :
588:2008/05/04(日) 00:06:57 ID:eK9Jy0sK
……以上、前回から書き上げた続きでした。
今回はここまでです。
ちょっと中書きを。
投稿の役得として語らせて下さい。
正直に言うと前作「クリスと翡翠の騎士」の続きを書く予定はありませんでした。
前作の後に発売された「ノエルと白馬の王子+1」のあとがき座談会で、きくたけさんが
明かしたガーベラ隠し設定「五人の守護騎士」。
そんなの知る由もありませんから、前作ではガーベラを単騎の孤独な騎士とした訳です。
それで辻褄合わせを考えて浮かんだのが今回の設定。
この設定を絡めて、ボス候補として血肉を糧とし、ガーベラとの一騎打ちに相応しい強敵
として挙がったのがネームドモンスターのイビルソードでした。
このエネミーのデータがパズルの如く活きて、物語設定やラストバトルを盛り上げます。
本気でこのエネミーの存在に感謝した程です。
さて、今回でミドルシーンの半分までが終了。
この後はイビルソードの創造主にまつわる情報と決戦前夜、そしてクライマックス。
そしてエンディングのHパートになります。
今回ぐらいの文章量で、あと3、4回の投稿で物語が終わる予定です。
長くなりますが、どうか最後までお付き合い下さい。
>588-597
元ネタの活かし方、各キャラの動かし方が本当にうまいなぁ。
続きを楽しみに待ちます。
エンディングパートでのラブラブなえちぃシーンも今から楽しみですわい。
いつも驚かされるのは、まさにこの構成力なんですよね・・・(嘆息)。
原作の素材を生かし切るのって、二次創作の肝であり醍醐味だと私などは思うんです。
そういう意味では本当に理想的だし、正直羨ましいなぁ、と。
また、ラストへ向けて続きがどういう展開になるんだろう、って緊張させられるのも嬉しい驚きで。
続き待ってます!
いくらでもお付き合いさせてもらいますんで!
リード&リード2号は、エロかった。
特に六門。
カミュさんが胸に金貨の入った袋を押し付けているイラストとパンチライラスト。
誰か・・・・・・誰かSSを頼む。
六門のイラストはエロかったよなー。
くそう、L&L2号近所で買い逃がしたからamazonで
R&R44号と一緒に買おうとしている自分は負け組みか…っ!
つか、1号でも六門のイラストはエロかったな。パンチラ二つとか乳とか。
女子ウィザード達が一堂に会し、柊について語る座談会とか…
数人程墓穴掘ったりして盛り上がりそうだ
>>601 > 六門のイラストはエロかったよなー。
本文いらんよな。
妄想は、加速する。
(なにかのキャッチコピー風に)
というわけで新作構想&執筆またまた開始してます、私。
これだけ書くことが浮かんでくるということは、もしかしたら死期が近いのか ? 私。
面白くない冗談はさておき、作品内容以下の通りです。
登場キャラ : 前にも書きましたがベル様メイン。他『蓮×くれ』の(ほぼ)みんな。
時間軸 : 拙作「蓮×くれはリターン ! 」直後、後日談(?)
作品傾向 : エロ成分は少なめなのでごめんなさいね。
注意事項 : CDドラマのキャラ性能に準じたベル様なので、アニメや小説のカッコいい
ベル様は期待しないでください。私の妄想を注ぎ込んだ激アマでポンコツなベル様な
ので。あと、今回はベル様メインを心がけたので、柊×くれは成分は少ないかも。あし
からず。
ではでは。
童話の中に出てくる悪の女王が嫌い。
性悪で嫉妬深くて、自分よりも美しい白雪姫を亡き者にしようとする悪の女王。
あの手この手を尽くすのはいいけれど、結局打つ手はどれも失敗ばかりで。
物語の最後は結局、美しく可憐な世間知らずの白雪姫が、さあ、親の総取りよ、と
言わんばかりに幸せを丸ごと独り占め。
・・・馬ッ鹿みたい。
そもそも、魔法の鏡の言うことを鵜呑みにして、自分が白雪姫より劣るなんて思うの
が愚かなのよ。それはつまり自分に自信のないことの裏返し。
もし、私が女王の立場なら、
「あら白雪姫、今日も貴女は美しいわね」
って余裕綽々で言ってやるのに。逆に、白雪姫を私に嫉妬させるくらいの器量がなく
てどうするのよ、って思うんだけど。
ねえ、リオン。そうは思わない ?
「・・・さあ。わたしは」
煮え切らない口調の生返事。ま、いつものことだし、もう気にならなくなったけど。
もともとがこういう喋り方なんだからいまさらつべこべ言うつもりはないわ。
「ま、いいわ。それより、ねえ、リオン ? さっき私が言った新しいゲームのことなんだけ
ど。閃いちゃったのよね。ほんと、ついさっき」
普通に考えると、すごく馬鹿げた思いつき。でも、よくよく考えてみると、ゲーム性も
十分あって、私にとっても新しい挑戦で、うまくすればあの憎たらしい柊蓮司をへこま
せてやれるスリリングなゲーム。
「・・・ついさっき、ですか ? 」
眉なんか顰めちゃって、リオンってば。あ、どうせ思いつきの適当な計画だから失敗
するはずだって言いたいのね ? お生憎様。いくら計画性ゼロの思いつきの計画でも、
ううん、むしろそういう計画だからこそ、私にさえ先行きも結末も見当がつかなくて、最
高にスリリングなんだってこと、彼女には分からないのかもしれないわね ?
「ええ、そうよ。私、決めたの」
まるで歌うように楽しげに、私は言葉を続ける。
「柊蓮司を篭絡させてやろうかな・・・・・・って」
ああ、なんて馬鹿馬鹿しい思いつき。でも、ゲームとかギャンブルって馬鹿馬鹿しい
ものだし、馬鹿馬鹿しいほど単純でシンプルで、とにかく面白いってこと、私にはよーく
分かっちゃってるんですもの。
「篭絡ですか・・・それは『肯定するもの』が失敗した類の作戦ですよ・・・ ? それなのに
どうして・・・ ? 」
心底不思議そうに・・・って、無表情なもんだからちょっと分かりづらいけど、確かに
リオンの頭の上に ? マークがいくつも浮かんでいるのが、私には良く見える。
ま、そりゃそーよね、普通に考えて。
エミュレイター『肯定するもの』が、柊蓮司を堕落させようとした手管は、ある意味色
仕掛けってやつで。似たり寄ったりの手で攻めたところで、それが成功するとは思えな
いのは仕方ないかもね。
・・・実は。正直、私もそう思わないわけでもないんだけど・・・。
でも、しょうがないじゃない ? 思いついちゃったんだもの。
エミュレイターの創り上げた偽の赤羽くれはは失敗したけれど、もし私だったら。
裏界にその名を轟かす偉大なる蠅の女王、この私、ベール=ゼファーだったらどうか
しら、って・・・。
「う、うるさいわね。この私がじきじきに作戦を動かすのよ。柊蓮司だって、ただじゃ済
まさないわ ! 見てらっしゃい、リオン。日頃の研究の成果、見せてあげるんだから ! 」
「・・・研究・・・ ? 」
私の言葉を聞きとがめて、リオンが小首を傾げる。
「こ、こっちの話よ・・・」
な、なんてこと。この大魔王たる私に、しどろもどろなんて似合わないわ・・・。
なんからしくないけど、つい誤魔化すように、愛用の魔法のコンパクトを開く。視線を
合わせない様にコンパクトの映像に目をやると・・・・・・早速見つけちゃったわ。
《はわわ、ひーらぎ、学校卒業しても相変わらずだね〜。逃げても無駄だと思うよ〜》
・・・いた。画面の中に、能天気な巫女服姿の白雪姫。
《アァァァァンゼロットォォォォっ !! てめえ、いい加減に・・・どわあぁぁぁぁぁっ !? 》
・・・さしずめ、白雪姫と結ばれる王子様ってとこかしら。
《柊さぁぁぁん ? いい加減に学習してくださいね〜 ? 逃がすと思いますか〜 ? 》
・・・どっちかっていうと、貴女の方が悪の女王じゃないの・・・ ?
しばらく滑稽な寸劇を堪能してからコンパクトを閉じる。
今回ばかりは予測も勝算もない、本当に行き当たりばったりの勝負。
でも確信してるの。
「・・・だからこそ、このゲームは面白くなる、って・・・」
さあ、待ってなさい、柊蓮司。
この大魔王ベール=ゼファーが直々に、貴方に引導を渡してあげるんだから !!
※※※
秋葉原の街が、ある意味“なんでもあり”だと世間に認知され始めたとはいえ、さす
がに『これはいくらなんでもないだろう』と、受け入れてもらえないものもいくつかは
存在する。
例えばそのうちの一つが、一人の学生風の若者を追いかけて、歩行者天国を低空
飛行で自在に飛び回る『スピットファイアMKT』であり、また、逃げる若者と並走して
走るリムジンの後部座席から、スピーカーマイク片手に彼に声援(?)を送る銀髪の美
少女なのである。
逃げ回る若者の名を柊蓮司。
人間の世界に侵攻を企む謎の存在『エミュレイター』と、日夜熾烈な戦いを繰り広げ
る夜闇の魔法使いであり、この世界を滅亡や崩壊の危機から幾度となく救ってきた、
現代の英雄・歴戦の魔剣使い・・・・・・のはずなのだが、その面影はまるで感じられな
い。
なるべく遠くへ逃げようと、限界ぎりぎりの大股開きで走る姿を形容するならば、そ
れはおそらく「死に物狂い」という表現が最も似つかわしい。
加えて、脂汗にまみれた引きつった形相からは、不屈の闘志というよりもむしろ、
往生際の悪さだけが伺える。
なんといっても、人間の足でリムジンから、挙句の果てには戦闘機から逃げようとし
ているのだから滑稽極まりなく。
リムジンの後部座席のウィンドゥから顔を出した美少女が、実に愉快と言いたげな、
鈴を転がすような涼やかな笑いを含んだ声で、
「柊さ〜ん、これからするわたくしのお願いに、以下略ぅ〜」
と、スピーカー越しに呼びかける。
「てめぇ、アンゼロット ! 毎度毎度のことだからってはしょるんじゃねぇ !! 」
柊が鋭い罵声で応答するのも、二人の間ではもはや公式行事のようなもの。
「がたがた言わずに聞きやがれ、ですわ〜。今回の柊さんの任務は〜」
聞く耳持たず、という言葉のお手本のようなアンゼロットである。
「聞かねーぞ ! 第一、何で俺なんだよ !? 任務だったら、灯とかナイトメアのおっさんと
か、いくらでもよりどりじゃねーか !? 」
「まあ、ひどい。仲間を身代わりにして自分は楽をしようという魂胆ですか〜。そんない
けないことを言う柊さんには、ちょっとお仕置きが必要ですね〜」
ぱちん、とアンゼロットが指を鳴らす。柊を追い越し、また遥か彼方上空で見事な旋
回を披露したスピットファイアが、轟音をあげながら急接近。
全力疾走からの急ブレーキをかけ、柊の足がアスファルトの地面の上をスリップして
からようやく立ち止まる。顔面蒼白。信じがたいものを見たような、硬直した表情。
「おい ! なんかこっち来るぞ ! アンゼロット、まさか・・・・」
「ご心配なく〜。相手がウィザードでもちゃーんと効果があるように、呪的改装を施した
二十ミリ機関砲と七・七ミリ機関砲をキチンと搭載していますから〜」
律儀に柊の真横にリムジンを停め、アンゼロットが天使のような微笑を浮かべる。
ただし、言ってる言葉の内容は悪魔ですらもここまでは、と思えるものだ。
「なーにが『キチンと』だ ! もうツッこむ気力もおきねーよっ ! おい、ストップ ! 街中でこ
んなことしたら後々やばいんじゃねーのか !? 」
「あらまあ、柊さん。わたくしがその点、抜かりがあると思ってるんですか〜。後で騒ぎ
にならないように、この秋葉原の街に百人の夢使いを緊急配備していますのであしか
らず〜」
「お、お前は馬鹿か ! 俺を拉致するためだけにそんな手間暇かけてどーすんだっ !? 」
正論である。しかし、正論が常に通るとは限らないのが世の常で、少なくとも、柊と
アンゼロットの二人の間に関しては、『無理を通せば道理が引っ込む』のが通例なの
であった。
「ち、チクショウ ! 来るなら来てみやがれ、この野郎 ! 」
虚勢を張りながら、迫り来る戦闘機になぜかボクシングのファイティングポーズ。
悲しいかな、ここが秋葉原の街中であるという認識と、こんなところで魔剣を抜くわけ
にはいかないだろうという当たり前の常識が働いてしまい、柊に通常の戦闘行動をと
ることを許さないのであった。
しかし無情にも、機関砲は冷徹に照準を柊に合わせる。
迫り来る轟音。背中を伝う冷たい汗。
スポーツ観戦をするような行楽気分でアンゼロットがその様を見物する。
いかにも「うきうきわくわく」という擬音が聞こえてきそうな様子であった。
そして・・・・・・。
スピットファイアは、次の瞬間空中で爆散した。
※※※
鮮やかな色の炎の華が上空で咲く。四方に黒煙を噴き上げながら、粉微塵になった
戦闘機が地上に鉄片を撒き散らす。
「な・・・何事ですの・・・ !? 」
柊蓮司が後にその話を聞いて、
「滅多に見れねえ珍しいものを見逃した」
と、歯噛みして悔しがったというほどに、驚愕の表情を浮かべるアンゼロット。
握り拳を構えたままで硬直する柊の耳に続いて届いたのは、
「あ〜ら、少しやりすぎちゃったかしら ? 」
どこか嘲るような、愉しげな声。聞き慣れたくもなかったが、すっかり耳に馴染んでし
まった、あの声だった。
「ベール=ゼファー !? 」
アンゼロットがリムジンのウィンドゥから振り仰げば、そこに居たのはまさしく裏界の
大魔王。
薄い砂色の絹糸で織ったような、緩やかなウェーブが特徴的なくせっ毛。
どこか猫を思わせる大きな瞳は、挑戦的で好戦的な色を帯びてきらきら光り、世界
の守護者をねめつけている。もはやトレードマークになったといっていい輝明学園の
制服にスレンダーな肢体を包み、これまた彼女のトレードマークといえるポンチョを優
雅に風になびかせていた。
「うおぉぉぉー !! アンゼロットの次はベルかよ !? 俺がいったい何をしたーッ !? 」
金縛りから溶けた途端に我に返ると、頭を抱えて絶叫する柊蓮司である。
軽やかなステップで一足飛びに、ベルは足音も立てずに柊のかたわらへ。むしろ寄
りそうような位置に立ち、くすりと小悪魔的な微笑を一つ。
唖然とする柊を尻目に、眼前のリムジンに手のひらをかざす。アンゼロットが、
「急いで出しなさい !? 」
と、運転手に叱咤を飛ばすがすでに遅く、
「ディストーション・ブラストぉっ !! 」
どぎつい赤の魔方陣がベルのかざした手のひらと、アンゼロットの乗るリムジンの間
に展開されたと見えた瞬間。高濃縮された魔力弾の一撃が黒塗りの車体ごと、その
空間の一区画を爆風とともに吹き飛ばした。
まるで映画かマンガのようにリムジンが横転し、ごろん、ごろん、とアスファルトの上
を五、六回転。天地をちょうど逆にしてリムジンがようやく停止すると、これまたマンガ
のように、煤と埃にまみれたアンゼロットが、ひび割れたウィンドゥの隙間からずりずり
と、匍匐前進で這い出してきた。
「・・・っけほっ、けほんっ」
涙目のアンゼロットが咳き込みながら車から脱出してくる。
「ぶふっ」
思わず噴き出してしまった柊が、慌てて口を押さえそっぽを向いた。ぎろり、と足元
からアンゼロットに睨まれたからである。シリアスなのかコミカルなのかイマイチ分か
らない展開だが、周囲をいつの間にか取り囲んでいたおびただしい殺気が、柊を瞬時
に臨戦態勢へと引き戻す。
横転したリムジンの盾になるように数台の車が停車し、開かれたドアから幾人もの
ロンギヌス隊員が現れる。そのうちの一人が倒れたアンゼロットに手を貸して立ち上
がらせると、なぜか持っていた羽根ぼうきで服の埃を丁寧にはたき、加えて、乱れた
髪をブラシで再ブラッシング。
主の薄汚れた姿を衆目にさらすわけにはいかぬ、ということであろうか。
そして見回せば、幾重にも柊たちを取り囲むウィザードたち。構成の中心はやはり
ロンギヌス隊員であるが、ちらほらと、フリーランスのウィザードたちも混ざっているよ
うだ。
その数、大雑把に目検討で数えただけでも、ゆうに百は下るまい。
「・・・呆れたわ、アンゼロット。他の誰か相手ならいざ知らず、この私相手にたったこれ
だけの手勢で応戦しようなんて。見えているだけで、百人 ? あちこちの路地に配置し
たのを数に入れたって、いいとこ百五十 ? 」
くすくすと嗤うベル。そして本当に嘲るような物言い。
一転して、鋭く世界の守護者を睨みつけ、
「無駄に百五十の屍をさらすつもりなのかしら ? 貴女、本当に指揮官としての能力に
欠けるんじゃない ? ついこの前の一件で、少しは謙虚さってやつを学んだかと思って
たけど、私の考え違いだったかしら ? 」
舌鋒鋭く、アンゼロットを非難するベル。
なにかにハッと気づいたように、アンゼロットが唇を噛み締める。みるみるうちに、そ
の顔色が青褪めていく。先ほどまでの天衣無縫さとおどけた調子は完全に失われ、
なにかに酷く傷つけられた、小さな少女のように小刻みに震えだす。それは、怒りか
屈辱のためか。握り締めた拳を服の袖に隠して、大魔王ベール=ゼファーをただただ
睨み返すだけで、一言半句の反論もない。
ふふん、と鼻を鳴らしてその様を見るベルは、まるでネズミをいたぶる猫のよう。
「そこまでにしときやがれ」
言葉と同時に、喉元に冷たい鉄の感触を感じて、一瞬ベルが硬直する。
魔剣の刃の峰が、ぴたりとその細い首筋に、添えるように当てられた。
瞳だけをちろりと動かして横を見る。柊蓮司が、厳しい表情で自分の首に魔剣を突
きつけていた。
「・・・心外だわ。貴方も少しは溜飲が下がったんじゃないの ? 」
「馬鹿野郎。逆に気分が悪くなったぜ。そういうのをな、イジメっつうんだよ」
ちょっと意外、というように目を見開いて、ベルは続いて面白がるような流し目を柊に
送る。ほっそりとした指で魔剣をつい、と己の喉元から遠ざけると、
「えいっ」
軽く、柊の足を爪先で引っ掛ける。
「どわあっ !? 」
たったそれだけの動作で、いったいいかなる力が作用したものか。足払いをされた
具合になって、柊の長身が空中で側転した。真っ逆さまに地面に転ぶのを覚悟した
柊の鼻腔に、ふわりと甘い香り。
「しっかり、掴まってるのよ。柊蓮司」
密着し、その身体を軽々と支えたベルが、柊を抱きかかえる。
「・・・それじゃあまたね、アンゼロット。ちょっと借りていくわ」
言うが早いか、百人から成るウィザード部隊とアンゼロットを後に残し、十数メートル
にも及ぶ跳躍を見せるベル。
その包囲網を易々と抜け出すと、柊蓮司の身体を抱きかかえたまま、瞬く間に走り
去ってしまう。
唖然、という表現こそが、残された彼らにもっとも相応しいものだったであろう。
いち早く正気を取り戻したアンゼロットが、わなわなと震えだす。主の怒りの波及を
恐れてか、ロンギヌスたちが後退り。
「・・・・・・ガッデム !! 少しは抵抗したらどうなんですの !? 柊さん !! 」
アスファルトの地面にあるはずのない石を蹴る動作をし、アンゼロットは二人の消え
去った方角を、いつまでもいつまでも凝視し続けていた・・・・・・。
※※※
さっきからずうっと仏頂面で。私のことをじーっ、と疑いの眼差しで。
わざわざそっちを見なくたって、柊蓮司がどんな様子でいるのかは、手に取るように
分かっちゃう。単純でお馬鹿だから読み易いっていうのもあるんだけれど、まあ、確か
にその気持ちも分からなくもないわね。だって、ウィザードが自分の窮地を、よりにも
よって魔王に救われたなんて。それも、裏界の実力者たる大魔王ベール=ゼファーに
よって救われただなんて、柊蓮司じゃなくても疑心暗鬼になるでしょうね。
アンゼロットとロンギヌス部隊を置いてけぼりにして、私たちはいま、秋葉原の街を
散策中。
連れ去った柊蓮司を降ろしてやって、
「ちょっと付き合いなさいよ、柊蓮司」
って言ってやったら、なんか訳わからない呻り声を上げながらもしぶしぶ私の後ろを
ついてきた。喉が渇いたんで、そこらへんの自販機でジュースを買わせ(魔王が人間
にたかるな ! とかなんとか言いながらも、お金を出すところがこの男の面白いところよ
ね)、それを飲みながらぶらぶら。
「・・・おい、ベル。いい加減、なにを企んでるのか白状しやがれ」
ついにこの状況に耐えかねたのか、無理矢理ドスを利かせた声で詰問。
あらあら。酷い言われようだわ。
「企むってなんのこと ? アンゼロットから助けてあげたのに、お礼の一つもなしに出て
きた言葉がそれなの ? どうせまた、理不尽に拉致されるところだったんでしょう ? 」
「ぐぬ・・・」
うふふ。図星って感じ ? ばつの悪そうな表情をしながら、
「・・・まあ、否定はしねえけどよ。で、結局のところどうなんだよ」
ですって。私はくるりと振り向いて、
「本当はね・・・」
「・・・おう」
「・・・本当に何も企んでないのよ」
「馬鹿にしてんのかお前 !! 」
あはっ、思ったとおりの反応をするのね、柊蓮司 !
でも、私の言ったことは半分は本当だもの。柊蓮司が考える意味での企みはまった
くないわ。どうせ、世界の危機とかなんとか、そんなことを想定して企んでるかどうかを
訊いてるんでしょう ? でも今回は掛け値なし。世界にはこれっぽっちだって危機なんか
迫ってないわ。むしろ、危機が迫っているのは柊蓮司、貴方によ ?
「・・・本当だってば。信じなさいよ。そうね、頭の悪い柊蓮司にも分かるように言うと、
今の私は魔王をお休みしてるのよ」
「頭悪いって言うな ! っつーか、魔王を休むってどういうことだ !? 」
「だ・か・ら、文字通りの意味よ。貴方だって任務がないときとか世界の危機じゃない
ときは普通の人間でしょ ? 私だってそう。世界をどうこうしようなんて二十四時間考え
てるわけじゃないもの。だから、私がなにも企んでないときは、普通の女の子なの。
分かった ? 」
「普通の女の子、だと ? 」
「そうよ。だからこうやって息抜きに遊びに来ることだってあるわ。ちょうど、輝明学園
の制服を着ているから、秋葉原の街でも目立たず行動できるし。さっきはたまたまあ
んな場面に出くわしちゃったけど、ね ? 」
「・・・信じていいのか、本当に」
言葉ではそう言いながら。私のことを信じ始めているのが分かる。警戒の表情が少
し和らぎ、口調からも険しいものが取れてきたから。
(へえ・・・・・・)
実は、ちょっと感心してるのよ。このやり取りだけだと、柊蓮司がただのお人よしって
見方をする奴もいるでしょうけど、それは大間違い。だって、そうでしょう ? 今まで私た
ちがどれほど世界の命運を賭けた命のやり取りをしてきたと思っているの ?
普通なら私がどんなに言い繕ったって、それを信じられる理由なんてどこにもありは
しないもの。だって、私は裏界の大魔王なんだから。
でも、柊蓮司は私の言葉を信じた。それを少なくとも嘘ではない、と見抜いたから。
いい ? ここ大事なところよ ?
たかが人間のウィザード風情が、この私の言葉の真偽を見抜く力と嗅覚を備えてい
るっていうことがどれほどのことなのか。つまりそれほど私たちは、戦いを通じてお互
いを理解し始めているってことなわけで。
柊蓮司っていうのはそういう男。この私と幾度となく、本気のゲームを繰り広げるだ
けの力を持っている男。ゲームを通じて私を多少なりとも理解できる数少ない希少な
存在。私は、本気で遊べる相手にはそれなりの評価もするし、私なりの敬意だって払
うわ。だから、柊蓮司が私の言葉を信じたことで、素直に感心したって言いたいわけ。
だからこその、
(へえ・・・・・・)
な、訳よ。
「・・・信じてやる。お前が今のところ、世界をどうこうしようと思っていないことは、な。
じゃ、そういうことなら俺は帰るぞ。お前も暗くなる前に帰れよ」
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ、柊蓮司 !? 」
さすがにこれには私も慌てたわ。大魔王に向かって、暗くなる前に帰れ、って。
い、いやいや、それはべつにどうでもいいんだけど、ここで「はい、サヨナラ」なんてこ
とになったら、私の予定が全部狂っちゃうじゃないの !?
「なんだよ、まだなんかあるのか ? 」
あ、あきらかに「うるさいなこいつ」って顔したわね !? い、いくら身長差があるからっ
て、この私を腕組みなんかして見下ろしてくれちゃって !! こうなったら、ちょっと予定よ
り早いけど、柊蓮司攻略作戦開始するわ !!
「あるわよ。おおありよ。私、まだアンゼロットから助けてあげたお礼も貰ってないんだ
けれど !? 」
「ジュースおごっただろーが」
「たかが百二十円ぽっちで態度でかいわよッ !! 」
なんだか会話が漫才じみてきたわ・・・。
「わーったわーった。それじゃ俺はどうしたらいいんだ ? 」
な、なによこの、いかにも「手にかかる小娘に捕まっちまったな」って言いたげな態度
は・・・。あのねえ、貴方が私の考えを少しは見抜けるんだから、私なんか貴方の考え
てることなんか手に取るように丸わかりなのよ !? 少しはその無礼な態度を控えなさい
よね !?
「・・・ふー、ふー、い、いいこと ? 柊蓮司。言ったとおり、今の私は大魔王休業中で、
バカンスの真っ最中だと思いなさい」
「おう。だからどーした」
きらーん、と私はそこで目を輝かせる。うん。たぶん、輝いてたんじゃないかなって
思う。柊蓮司、よーく覚えておきなさい。悪魔の声に応えてはいけないの。それは、
誘惑に抗うための力を放棄すること。悪魔に心を預ける準備を自分でしてしまったと
いうことなのだから。
「だ・か・ら」
柊蓮司に歩み寄る。いつもの私たちが白刃を振りかざしあう距離よりも近く、それは
ほとんどお互いの呼吸が感じ取れる距離。吐息の音すら聞き取れる距離。
「このバカンスの間、あなたがこのファー・ジ・アースで私をエスコートするのよ。もちろ
ん、食事とか宿泊する場所とかも世話してもらうわよ。外出するときは必ず同行するこ
と。いいわね ? 柊蓮司」
余計な口を挟ませないように一息にまくし立てる。
馬鹿みたいにポカーンと呆けた柊蓮司が、次の瞬間、
「ッ、ちょっと待てえぇぇぇぇぇぇっ !? 」
秋葉原一帯に響き渡るほどの絶叫を放ったとき。
私は、緒戦の勝利を確信した。
(続)
イイ
スゴクイイ
GJ!柊が実に柊蓮司してるなぁw
ところで今回ベル様メインなはずなのにアンゼロット様の動きの一つ一つに萌えたのは俺だけでいい
というわけでフリーランスのウィザードたる俺は傷心の守護者を慰めてあげるためにアンゼロット様の個室に忍び込んでくるぜ!ノシ
いいなw ものすごくよいw
良作の予感を感じる!
続き期待してます
ベル→柊の
「長く戦って来た相手≒自分を理解する相手」ってくだりを読みながら
かなりときめいたw
良いなぁ。凄く良い。ベルかわいいよベル。
:::::::::::::::::...... ....:::::::゜::::::::::.. (___ )(___ ) ::::。::::::::::::::::: ゜.::::::::::
:. .:::::。:::........ . .::::::::::::::::: _ i/ = =ヽi :::::::::::::。::::::::::: . . . ..
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>>617 ::::::::::::::
:::::::::::::::::: . . . ..: :::: / ヘ | | ____,ヽ | | :::::::::::.... .... .. .::::
::::::...゜ . .::::::::: /ヽ ノ ヽ__/ ....... . .::::::::::::........ ..:
:.... .... .. . く / 三三三∠⌒>:.... .... .. .:....
:.... .... ..:.... .... ..... .... .. .:.... .... .. .... . .... . ..... .... .. ..... ............. ..
:.... . ∧∧ ∧∧ ∧∧ ∧∧ .... .... .. .:.... .... ..... .... .
... ..:( )ゝ ( )ゝ( )ゝ( )ゝ ムチャシヤガッテ・・・.
.... i⌒ / i⌒ / i⌒ / i⌒ / .. ..... ...................
.. 三 | 三 | 三 | 三 |
... ∪ ∪ ∪ ∪ ∪ ∪ ∪ ∪
>>605 続きを投下しに来て、読み耽っていました。
やばい、ニヤニヤが止まらないw
ベル自身のキャラもですが、何かしでかす期待感と事態がそう酷くは
ならない安心感(?)があって、読んでいて楽しい気分になります。
そう思うくらい、原作ベルを完璧に再現していますよ。
あと、ベルの柊に対する評価は、ひどく説得力がある。
この説明のまとまりと理解し易い読み易さは、書き手がベルを掴んで
いる証拠ではないかと。
幕引きの展開にもニヤニヤで、私も読者として作品の勝利を確信した
気持ちです。続きを本気で期待しています。
/ / /
ここで少し歴史の話をしよう。
エリンディル神話には五つの時代がある。
七柱の神々が世界を創り上げた“光の時代”。
隆盛を極めた半神半人の民エルダが七つの邪神を生み、邪神たちが眷属として創造した魔族
や瘴気により邪悪化した竜や巨人を率いて、神々に戦いを挑んだ“風の時代”。
神々の大戦が終結するも、精霊王の一柱たる大気の王ディジニの起こす大風による粛清でも
祓い切れない瘴気に汚染され、妖魔や魔獣と化するものが続いた“水の時代”。
水流の王マリッドの水の粛清を生き延びた“妖魔の王”バラールが、恐怖によりネヴァーフ
とフィルボルを支配し、神々の住まう神界へと通じる扉を作らせた“地の時代”。
ドゥアンの協力により起こったバラールへの反乱の最中、ヴァーナの巫女たちの祈りが神々
に通じて起きた大地の王ダオの大地震により、時代は現在の“火の時代”に至る。
“光の時代”以降、神々に命じられ、精霊の王が引き起こした世界の粛清の結末にちなんで
時代は区分されるのだが、誕生した種族で見ると以下の通りに分かれる。
“光の時代”には神々や巨人、精霊王と動物の王、その眷属である霊獣や子孫が誕生した。
“風の時代”には古の民エルダと、邪神、魔族。
“水の時代”にはヴァーナ。魔獣とそれを滅ぼす為にドゥアン。彼らが邪悪化し妖魔が。
“地の時代”には大洪水で減少した大地に適応した、ネヴァーフとフィルボル。
“火の時代”では妖魔の監視する民としてエルダナーン、討伐の民にヒューリンである。
こうしてみると“風の時代”以降、争いの原因や対策の為の種族が誕生している。
では、争いの為に必要なものとして、『武器』の存在に着目してみよう。
本来エリンディルには戦を目的とした武器は存在しておらず、狩猟の為の弓矢や槍、または
狩った獲物を捌く為の短剣程度しか存在しなかった。
しかし“地の時代”に入ると劇的な変化が訪れる。
古の民エルダが邪悪化した“妖魔の王”バラールが神話時代である“風の時代”に使用され
ていた武器製造の技術を、支配下に置いたネヴァーフたちに伝え再現し始めたのだ。
剣士が使用する長剣や両手剣は、この時バラールによってもたらされた物である。
かつてエルダであったバラールは優秀な魔術師であり、且つ“最後の神聖王”アルトリウス
に匹敵する程、優れた剣の腕を持った戦士であったと伝えられている。
この魔法戦士であった妖魔の王が、自身の得物に魔法の剣を選んだのは云うまでも無い。
魔法具を生産するには魔法と錬金術の知識が必要となるが、かの妖魔王の前身であるエルダ
は更に上の理論“魔導”を編み出していたので、バラールの技術には問題がなかった。
戦という格好の実験場を得て、より魔剣の追求を重ねたのは想像に難くない。
その為か次の“火の時代”に入った現在でも、魔法の武器としては圧倒的に剣が最も多い。
言い換えれば、妖魔王の遺産はエリンディルに息づいているのである。
“火の時代”に入って千年余、より一層の進化と錯誤を繰り返しながら。
−“工芸の街”コルム発行 エリンディルにおける剣の歴史−
レントは読み終えたページを閉じて、机上に積み上げられた書物の塔へと重ねた。
ここはネオ・ダイナストカバルの地下アジト資料室。
カラドボルグ入手の為にガーベラが神殿を発ったのが昨日の出来事であり、本日の午後には
レントがユージンやドクトルと会談する予定である。
限られた時間ではあるが、レントは発想を変えてイビルソードを魔物としてでなく『剣』の
側面から調べようとしていた。
神に属する竜を討つべく、妖魔の王からもたらされた武器を魔族とエルダナーンが鍛え上げ、
ヒューリンの巫女が扱う。
そんな背景を持つ薔薇の武具に対し、魔剣を超えるべく創造されたイビルソードは魔族のみ
であり、担い手を求めない為どこか錬金術的な側面が強い。
調査隊の話にあった魔封じの《魔力消失》の能力など、製作者の性格が出ている気がする。
剣というより、もはや兵器といった方が相応しい。
通常、剣の性能は切れ味や錆びの耐性など“変わらない”ものが求められ、その威力が変化
するのは振るう者の腕や成長に起因する。
しかし、イビルソードの場合は血や魔力を糧に、剣自身が強化され“成長”するのである。
比較対照の片方が自律的に発展を遂げる。
つまり冷静に考えれば、相手の主張する剣比べは成り立たないのだ。
無論、相手に指摘したところで、今更イビルソードは承知するまい。
だから、レントはシュミレートする。
力を蓄える剣と研鑽を積む剣士の戦いにおいて、クリスの妻となったガーベラが剣士として
どう変化したのか?
レントが魔術師だからかもしれないが、基本能力や技巧をカバーするのは知恵や精神力だと
彼自身は考えている。
ともなれば、勝算はガーベラが作り出さなければならず、彼女の守護者というスタンスから
考えれば、守るものを賭けたガーベラのモチベーションは最高のはずである。
彼女は間違いなく十二分な強さを発揮するだろう。
だが、それが必ずしも勝利に結びつくとは限らない。
かつてレントの前任者が一人で四十を超える騎士相手に最期を迎えたように、驚異的な奮戦
をしても死が訪れる場合もある。
ゆえに強敵には力を合わせるべきだ。
本来ならば相手に対し、ギルドを組んだ戦闘を仕掛ける手段が最良でなのである。
しかし、ガーベラが騎士として誓った為に覆せず、また彼女が交渉したようにクリスの身を
立ち合いの見届け役とすることで、事後の安全を確保した手前もある。
また相手が魔封じの能力を持つ以上、魔術師や神官の援護は期待できず、攻撃呪文はおろか
回復や防御の支援は絶望といってよい。
呪文の使えない術者を庇いながらでは、戦士も実力を発揮できないだろう。
むしろ、一騎打ちとなったことを前向きに考えるべきなのだ。
そう頭を切り替えつつも、こうして情報収集の支援しか行えぬ自分が少し歯痒い。
目を閉じて深呼吸をひとつ。
ああ、分かっている。自分のやるべきことを為すまでだ。
ギルドメンバーであるノイエは勿論、国外にいるエイプリルにもネオ・ダイナストカバルの
支部を通じて連絡は飛ばしてある。
帝国内で指名手配中の彼女が国境の関を通過し、参戦できるのか怪しい所ではあるが、蚊帳
の外扱いをしては後に怒りの矛先が自分に向きそうだから仕方がない。
連絡はした。間に合うかどうかは、エイプリル自身の問題だ。
そう思いながらも、何故かレントには不思議と根拠のない安心感があった。
さて、午後の会談にはまだ時間がある。
新たな資料に手を伸ばし、レントはイビルソード攻略の糸口を探し始めた。
※
出発して二日半に当たる未明に、ガーベラは自宅に帰還を果たした。
さすがに疲労の色が濃く、不眠不休の全力で飛ばして来たと見える。
到着するなりノイエにカラドボルグを手渡すと、三時間後に起こすよう頼んで速やかに睡眠
を貪り始めた。
ガーベラが眠る間に、ノイエがゴウラとレントに使いを出して連絡を入れる。
頼まれたとおり三時間後にガーベラに声をかけ、目覚めた彼女に湯浴みを勧めると、ノイエ
は朝食の準備を始めた。
さっぱりとしたガーベラが部屋に戻ると、朝にしてはやや豪華な料理が出迎える。
栄養のあり消化の良いものを揃えた作り手の心遣いが胸を打つ。
二人で食事を摂る最中、二日半の詳細をノイエはガーベラに尋ねなかった。
ガーベラが帰還した日に、再び神殿で報告と最後の打ち合わせを行う取り決めであり、二度
手間を減らすことでガーベラを少しでも休ませようとする配慮からだ。
食事を摂り終えると、やがてレントの到着と共に三人は神殿へと向かった。
前回と同じ場所、同じ四人。
指示するまでも無く、副団長が部屋の外に出て扉の前で話の漏れを防ぐ。
報告の口火を切ったのはゴウラである。
彼が貴族との交渉の傍ら、転送ゲート周辺の遺跡に斥候へ出した騎士の報告によると、貴族
に雇われたと思わしき傭兵が集結しているらしい。
その数は百から百五十。
もちろん、貴族からは傭兵の件で神殿に連絡も断りもない。
おそらく神殿が問い合わせても、自分たちはあずかり知らぬと否定するに違いない。
さて、世間的に誤解されやすいのだが、冒険者と傭兵は似て非なる立場にある。
基本的に神殿に属する冒険者と違い、傭兵は主にダブラルやキルディアといった都市や国家
が斡旋する戦争にも関連した産業なのだ。
キルディアは傭兵隊を聖都ディアスロンドの防衛業務に派遣するほど、神殿組織に対し敬意
を払っており、国の九割の種族がドゥアンとしても有名である。
一方“傭兵の街”ダブラルの代表人物フィル・ルースターは、仕事のえり好みをしない主義
であり、キルディア共和国と違って国家的なトラブルとなる政治色が少ない。
斥候の話では、傭兵の中にドゥアンが少ないとあった。
またキルディア共和国はパリス同盟と良好な関係にあり、位置的には反ヴァンスターの立場
でもある。
以上の点と帝国との地理的な距離から、貴族はダブラルに依頼した可能性が高い。
「……傭兵ですか。少々厄介ですね」
ゴウラの報告にガーベラが思案の声を上げた。
主に魔物を相手する探索者の冒険者と違い、傭兵は人間相手が多い戦場の稼ぎ屋である。
腕前はピンからキリまであるが、中にはダブラルの最高ランク“七本線”の剣士ガーランド
(余談ではあるが、カナンの街でクリスたちの前に立ち塞がり、大首領と剣を交えた騎士と同
名である)のような凄腕も存在している。
皆が同じスタイルにまとまりがちな騎士や、遺跡探索を発祥として二人から五人のパーティ
編成を主とする冒険者に対し、傭兵は異なる武器を携えて単独戦もこなすと同時に、集団戦闘
にも臨機応変に対処して依頼ごとに部隊を編成する柔軟性を持つ。
「数には数だ。俺が騎士団を率いて当たろう」
「いや、騎士団は貴族の牽制を兼ねて、少し離れた位置で待機しておくべきだろう。傭兵に気
を取られている背後を襲われたり、新たに増援を出されると厄介だ」
「では、肝心な傭兵の方はどうする?」
ゴウラとレントが意見を交わす間に、落ち着いた声が割って入った。
「それは私が何とかしましょう」
「ノイエ様!?」
慌ててガーベラが言葉を重ねる。
「それは駄目です。ノイエ様を危険な目に遭わせる位なら、あたしが傭兵と剣を交えます」
「大丈夫ですよ、ガーベラ。私一人ではなく、娘や夫が手伝ってくれます。約束しましょう。
貴女を無傷で遺跡まで届けると。貴女は夫のことだけを考えていなさい」
「……ノイエ様」
長い付き合いである。
一度決意したノイエの決意を曲げることは不可能と知っている。
引き下がるガーベラに代わり、ゴウラが説得を試みた。
「だが、他の者に不安が残っては仕方が無い。それなりの根拠が無ければ、辞退するべきだ」
「……そうですか」
ノイエが思案に言葉を止める。
「では、貴方に問いますが、その傭兵は神竜よりも手強い存在ですか?」
「何だと?」
思わぬ発言に意表を突かれたゴウラとは反対に、ガーベラが小さく噴き出す。
傍らでレントが勝負あったなと呟くのが聞こえた。
「私は神竜を封じたことがあり、娘は神竜を倒しました。それに夫はかつて自分の命を賭けて
娘を守った人です。家族の為ならあの人は強いですよ」
発言の主が気負うことなくニッコリと微笑む。
返答は、自身の敗北を認めた爽快な笑い声であった。
「いや、これは参った。あなたに任せるとしよう」
自分の愛する家族を誇り、自分たちの絆を信じるノイエを見ながら、ガーベラは憧れに近い
眩しい温もりを覚える。
そして決意を新たにした。
自分もこうなりたい。だからその為にも、自分の愛するクリスを必ず助け出すのだと。
※
続いてはレントの報告となった。
最初の話題は、ユージンに伺ったというイビルソードの創造主について。
「早い話、奴の創造主“悲願の砂鉄”アウルは、味方である魔族に粛清されている」
基本的に魔族は個体ごとに異なる条件“真の死”で倒さぬ限り、死しても復活を果たす不老
不死の存在である。
だから“真の死”が分からぬ魔族には封印を施すことが多いのだが、実は例外が存在する。
神具を始めとする特殊な武器ならば、存在を消滅させることが可能なのだ。
「つまり魔剣カラドボルグを完成させたアウルは、その特殊な武器を誕生させる可能性を恐れ
られ同族に討たれたのだ」
ユージン殿の話では、“剣の王女”アストレートや魔剣アバドンを持つ“魔戦将”バラムと
いった、剣に関係した名だたる上位魔族が関わっていたらしい。
上位魔族の間では遊戯にも似た勢力争いが行われ、それを楽しんでいるものも多い。
アウルの創り出す剣は、その微妙な勢力バランスを崩しかねないのである。
討たれたアウルもまた“真の死”を迎えなかったことから、仮死的な封印が施された。
帝国の東にある『砂鉄海岸』における、人を襲う魔法金属でできた砂浜は、魂を失いつつも
復活を果たそうとするアウルの亡骸だという。
遠く離れたイジンデルの村で創造されたカラドボルグや問題のイビルソードが、帝国のある
フィンジアス島で眠っていたのも、このことに関係しているのかもしれない。
「それで件のイビルソードについてだ」
自然と緊張で部屋の空気が重くなる。
「わたしが話で聞いた奴の特徴を伝え、ドクトルに分析と推測をして頂いた。ドクトルの話に
よれば、人造生物として特殊な例らしい。
通常の錬金術で云えば、人造生物とは薬品や生物の体液から生み出されたホムンクルスから
派生した産物と、ガーゴイルのように無生物に命を与えたり、機械と生命を掛け合わせたもの
という二系統に分けられる。
前者はキマイラに代表される異なる生物を掛け合わせ、後者は無生物の生物化という解釈を
した方が分かり易いか」
レントの講釈にガーベラが口を挟む。
「そう聞くとイビルソードは後者の方に思えますが、どこが特殊なのです?」
「本来が無生物だったタイプは食事を摂らない。血を吸うなど論外だ」
「あっ!」
「形質の劣化という変化はあっても、無生物タイプは成長という進化はしない。逆にキマイラ
などは食事を摂り、古き年月を重ねたものは知恵と経験を重ねた危険な存在となっている。
つまりイビルソードは二系統の特質を備えた、云わば第三のタイプと云っていい」
皆が納得し内容が浸透したことを確認すると、レントが説明を再開した。
「結論から言うと、イビルソード自体は品質の良い大剣と変わりない。あれを人造生命にたら
しめているのは、剣の柄にある“邪眼の宝珠”に他ならない。
あれこそが奴の核であり、武器に寄生して擬似生命と力を宿し続ける本体なのだ」
「では、その核が弱点なのですね?」
ガーベラの問いかけにレントが曖昧な顔を見せる。
「確かにそうなのだろうが、奴もそんな弱点を放置しておくほど愚かではあるまい。成長する
能力に相応しく手段を講じているだろう」
続いて、武人らしい疑問を述べたのがゴウラだった。
「しかし解せぬな。それほどの威力を持つ品が八百年も広まらず、なぜ闇に葬られたのだ?
あの忠誠心なら主を選び、優れた剣士に仕えることも出来ただろうに」
「簡単な話だ。奴は刃から敵の血や魔力を得るだけでなく、使用者の生命も吸い取るらしい。
クリスたちを助けた際に奴が血を求めたのはその為だ」
「剣でありながら、剣では無いとは不憫な存在だな……」
「その矛盾こそが打倒のヒントになるのではないかと考えたのだが、魔術師のわたしでは思い
つかなかった」
レントの言葉に、剣士の二人が考え込む。
剣でありながら剣ではない。
だが、今は何も思い浮かばない。
そんな二人を見ながら、レントが報告は次で終わりだと前置きを述べた。
「最後になるが、ユージン殿とドクトルとわたしの三人でイビルソードの強さを見立てた。
奴は上位魔族に匹敵し、下手をすればガーベラが一撃で沈む強さを十分に持っている。逆に
ガーベラが相手を倒すには、十倍以上の時間が掛かるだろう。
はっきり言って、一騎打ちにおけるガーベラの勝算は一割にも満たない」
容赦の無い言葉に、聞いていた人間が一斉に息を呑んだ。
そこまで強いと言われては却って踏ん切りがつく。
ガーベラは笑おうとして、巧く動かない自分の頬に苛立った。
指先でほぐそうとして頬に右手を添える。
頬に伝わった指の動きで初めて、彼女は自分が震えていることに気づいた。
※
一騎打ちはせず、パーティを組んで戦いを挑むこと。
レントがガーベラに提示した条件の後、それぞれの出発の日時を確認し会議は終了した。
ノイエと共に必要な物を購入し、準備や雑事を済ませると、あっという間に時間が経つ。
自宅に戻り二人で夕食を済ませると、ガーベラが食後のお茶を淹れた。
ノイエは明日からガーベラと離れ、傭兵対処の為に別行動となる。今夜は一緒に過ごす最後
の夜なのだ。会議後、言葉少なくなっていたガーベラが口を開いた。
「ノイエ様。あたしは騎士として生み出され、剣を執ることを存在理由としてきました。
定められた主の為に剣を捧げ、ただ強くあれば良かった。
云わば主の一振りの剣として生きてきたあたしに、クリスさんは女としてのあたしを求めて
きました。
始めは嬉しさよりも、戸惑いがありました。
彼はあたしの罪と咎を一緒に背負う覚悟なんです。
夫婦として人生を共有するんだって、何事でもないような調子で……」
自分でも確認するように、ゆっくりと話すガーベラ。
相づちを打つことさえ控え、黙ってノイエは彼女の言葉に耳を傾けた。
「料理や房事も、彼の為にあたしがしてあげられる小さなことです。いつだってこんなあたし
で良いのか不安に思いながら、彼に寄り添うように暮らしてきました。
きっと自信が無かったんでしょうね。
あたしに色んなものを与えてくれる彼に、少しでも返しているのだろうかって。
あたしが自分で一番、自信があるのは剣なんです。
だから今回、心のどこかで彼をあたしの剣で護れると喜んでいた部分もあったと思います。
あたしは守護騎士として生まれてきて良かったと。
だから、レントさんの言葉であたしが戦力不足だと知って動揺しました。
敵に対しての恐怖じゃない。クリスさんにあたしの必要性を証明できない気がして、不安と
彼を失う恐怖がない交ぜになったんです」
手にしたお茶をすすり、ガーベラがじっと容器に目を落とす。
温もりを必要とするように、容器に添えられた両手は小刻みに震えていた。
「馬鹿ですよね。あの人があたしに望んでいたのは、そんなことじゃないと判っているのに。
あたしが望むのは、あの人がただ無事で側に居て欲しい。
笑ってまた抱きしめて、唇で触れて、耳元であたしの名前を読んで安心させて欲しい」
そう言うと、ガーベラは落としていた視線をノイエに向けた。
ばつが悪いように苦笑じみた笑みを浮かべる。
「ノイエ様、かつて貴女の元にあった一振りの剣は、ようやく実感したんです。剣は鞘から抜
けないことにも意味があるのだと。
その矢先にイビルソードのような剣を象徴とする壁が現れるなんて、出来すぎな話ですよね。
まるであたしが犯した罪に対する罰のよう……」
すっとガーベラの眼から涙の筋がこぼれた。
嗚咽の声は無い。静かにじっと涙を流し続ける。
そんな彼女の手にノイエが自分の右手を重ねた。
慰めの言葉も、叱咤の文句も、励ましの声もなく、同じようにじっと微笑む。
ノイエに言える訳が無かった。
ガーベラが背負う罪とはノイエが命じ、或いはノイエたち巫女を護る為に重ねたものだから。
謝罪の言葉も言える訳が無い。
それではノイエの騎士の覚悟に対し侮辱になってしまう。
だから手を通して伝わる、やや高い体温が雄弁に語っていた。
貴女は悪くないと。
「貴女に約束します、ガーベラ」
相手の涙が引くのを待って、ノイエが口を開いた。
「貴女の夫の元への道は、私が必ず確保してみましょう。そこに至るまで、誓って指一本たり
とも、誰にも貴女の邪魔をさせません」
そしてノイエが浮かべる力強い笑み。
後にガーベラは思い返すことになる。
自分はこの時思い違いをしていた。励ますように手を通して伝わっていたノイエの少し高い
温もりは、彼女が激情を抑えていた証だったのだと。
世界には、自身の傷よりも親しい者への痛みを案じる人間が存在する。
彼らはその痛みを刻んで献身とし、盾となって弱きを護ることを信条としている。
その多くは正義を為す聖騎士であり、癒しを司る神官を擁する神殿である。
そんな神殿の中で育てられながら、産まれたての生命を守るために、世界の秩序たる神殿と
神竜を相手に反旗を翻し、一歩も引かなかった先代の薔薇の巫女。
改めてノイエという人の強さを思い知ると、ガーベラは全く想像すらしていなかった。
それぞれが準備と出発を行い、ひとつの場所を目指して三日の時が流れる。
舞台はヴァン山脈に近い、遺跡に通じる転送ゲートの一つ。
そこで何が起こるかは、運命の精霊王“銀の輪の女王”アリアンロッドのみが知る。
薔薇の武具の剣を巡る物語は、いよいよ終盤を迎えようとしていた。