【恋愛】緋音の恋愛話【ノンフィクション】

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煽り禁止ー。
えーと、はじめまして。
緋音といいます。二十歳の女です。
ひょっとしたら板違いって言われてしまうかもしれない(過激?)ですが…。

断続的に、断片的に話したいと思います。
とりとめも無く。
順序立てて私たちの関係を説明するのは、私にとって難しく
また、この時期どうしても詳しく説明するわけにはいかない理由もあります。

彼と私の関係を先に述べると、
一言で表すなら、「先生」と「生徒」のようなもの。「父親」と「養女」のようなもの。
そして、さらに「恋人」「愛人」の要素も加わる。そんなようなもの。
出会ったのは、17歳、いや、もうすぐ18歳になろうとしていた、春の夜。
思春期にありがちな、自分自身や進路に関する不安を抱えて
頼るもの、無条件で守ってくれる何かに憧れ、また飢えて、
言葉の海をさまよっていた私が、彼とつながったのは偶然のこと。
ずっと探してた。還る場所。抱きしめてくれる人。
永遠に、なくならないもの。
真夜中の、会話の海で。受話器の向うにいるのは、誰?
「あなたは、あたしがさがしてる人ですか?」
やさしい人の声は、すぐわかる。
ひとりの夜は淋しくて。あたしは海を漂い続ける。

だれかあたしをひろってよ。

逃げてきた。全ての煩わしい現実から。
タイムリミットはどんどん近づいてくる。残された時間はあと僅か。
ねえ誰かあたしを連れだして

差し伸べられる手を、手当たりしだいにあたしは掴んだ。
あなたがそうなの?
あなたなの?
優しくてちょっぴりエッチで、なんだか淋しそうなオジサンたち。
「時間」に追われて、あたしは逃げた。
選択権はあたしにある。でも、選択肢は誰が用意する?
「選ばされる」のは嫌だ。

もうこれ以上逃げられない
どこを走ってるのかも、わからなかった。
真っ暗闇の中。
夜が明けるまでに、あたしは答えを出さなきゃいけない。
そんなときに、偶然、出会った。
まるで切り株に躓いて、転んだところに手を差し伸べられたような感じ。
それが、「森野熊三」だった。
2時間ちかく話をした。
Hな(というか、むしろかなりマニアックな)回線だったにもかかわらず
あたしたちは淡々と話した。
たいてい、あの手の回線でつながるオヤジはすぐ会う約束をしたがり
あたしはあたしで、テレホンセックスに持ち込むのを常としていたのだが。
そのときは、なぜかずっと話していた。

彼はロリコンだった。いや、ロリコンって言ったら語弊があるか。
17歳〜20代前半の女の子を、以前、別々の時期に3人、付き合っていたらしい。
迷い猫みたいに、なぜか自分を必要としている人とつながるのだという
全て2ショットダイヤルで知り合ったという、3人の女の子は、
全て父親もしくは母親がいないか、出て行ったか、幼い時期に他界という環境で育っていた。
「歩く福祉事務所って、学生の頃から仲間にはそういわれてる。
なんでかわからないけど、みんな居着くんだよね。
で、僕を先生と呼んだ」
「センセイ?」
「うん。」
「なんで?」
「んー、大学で心理学専攻してたんだよ。臨床心理ね。
で、ずーっとその間バイトで家庭教師やったり、塾講師やったりしてて、
そーだねー。教えたり、相談されたりっていうのが自分でも向いてるのかもしれない。
今は全然違う仕事しててるけど、知り合いのやってる会社のコンサルティングしたりとかね。
それと、変に思うかもしれないけど、学校ごっこがしたいのかもしれない」
少し高めのテノールで、やさしく、静かに熊三は言った。
「ふーん。学校ごっこかぁ。」
ちょっとイヤラシイぞ、と思ったけれど、それ以上に、
そのとき、本当に、なぜだかわからないけれど、
あたしは、この人があたしの探してた人だ、と思った。
気がついたら、必死で口説いていた。
次々と新しい話題を投げかけ、彼に興味を引かせようと。
一人の夜が耐えられなくて。なぜだか不安がぬぐえなくて。
今思えば、あのころ、情緒不安定になっていたようだ。
自分のことを自分で決めることができなくて、
納得させなければならない相手が納得するための材料を探すのにも疲れてきて。
少しの間でいいから、休みたかった。何もかも忘れて…いや、忘れなくてもいい。
当時の私にとっての大問題が、すぐ横にあることを認識しながらでもいい。
「この人は全て受け入れてくれる」「この人は絶対にあたしの傍からいなくならない」
その安心感が欲しかった。
散々話したあと、彼は、「うちの生徒になる?」とたずねた。
「なりたい。」
即座に答えて、あたしは携帯番号を告げた。
あのテの回線でつながった相手に、自分から電話番号を教えたのは初めてだった。
熊三センセイは神奈川(町田付近)に住んでいて、あたしは兵庫(大阪寄り)。
もちろん、好きになったからといって頻繁に会えるわけではない。
初めて会ったのは、春休み最後の日から1ヶ月ちょっと経った5月13日だった。
熊三は出張を装って(こんなとき、自営は便利だと思う)、あたしに会いにきた。
夜中の東名高速と名神高速をひた走って。
あたしは甘いものと酒が大好きだという熊三センセイの為に、パウンドケーキを焼き、
神戸ワインの白を用意した。早朝、念入りにシャワーを浴びて、慣れない化粧をした。

初めて会った熊三センセイは、正直、顔と声が合ってない気がした。この人、声が良すぎるんだ。
見た目は普通の人なのに。多少おなかが出ているけど、熊三だから仕方ない。
「緋音のことを抱っこしに来たよ」と言って、本当にあたしを抱っこした。
初めて実際に入ったラブホテルには、ジェットバスとか、枕元のマッサージ機とか
同じく枕元のコンドーム(2個)とか、アダルトグッズ自販機とかいろいろあったのに、
「して欲しいことなんでもしてあげるよ」っていうから、一番して欲しかった「抱っこ」と答えたら
本当にただ、ぎゅーっとあたしを抱っこした。
苦しいくらい、熊三センセイの胸に顔をうずめて。あたしはただ固まっていた。
どうやって抱っこされたらいいのかわからなかった。
物心ついてから抱きしめられたことなんて、一度も無かったから。
腕の中で、胸と胸をぴったんこにあわせて、ただ固まっているあたしを見て
熊三センセイは苦笑いした。
「もっとしがみつけばいいんだよ。」
そして、彼はあたしの髪をさらさらなでた。
結局、その日は抱っこしただけで終わった。もう少しHなこともしたかったんだけど。
でも、その日から、あたしの中に巣食っていた不安は激減した。
「味方」の存在を、知ったからだ。
8名無し物書き@推敲中?:03/07/02 17:56
終わりでつか?
9名無し物書き@推敲中?:03/07/02 18:12
ぜひ続きUPして欲しいんでつが
過去ログ読めないので誰かUPして下さい。
元スレは
http://love.2ch.net/test/read.cgi/pure/1056638134/l50
です。(アンチや荒らしが多いのでこのスレに引越しさせてもらいました)
10名無し物書き@推敲中?:03/07/02 18:34
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11名無し物書き@推敲中?:03/07/02 19:30

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10 :名無し物書き@推敲中? :03/07/02 18:34
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12_:03/07/02 19:30
13名無し物書き@推敲中?:03/07/02 19:31
織田裕二マンセー!!
熊三センセイは、芸術家だった。いや、アーティストっていうほどお高い感じじゃない。
職人:マイスターと芸術家:アーティストを足して割ったようなところにいる・・・クリエイター。
そんな職業だ。もちろん同業者はゴマンといる。
そして、クリエイターこそ、あたしがなりたい職業だった。
物書きを目指した時期があった。中学〜高校2年にかけて。下手な文章を何度もコンクールに出した。
そのうち、文章だけじゃ物足りなくなって、写真を撮ったり、美術の勉強をしたり……
主張したい気持ちががたくさんあった。(今でもそうだが)

両親の押し付けた進路になど進みたくない。
(経済的自立できて、出産後も復帰しやすい専門職として、看護専門学校への入学を両親は希望していた)
両親から逃げるために大学に入り、クリエイターになるためには、
大学を出たその日から、ある程度の経済力が必要だった。
親を黙らせるために。少なくとも半額は授業料を払わなくてはならない。
そのことを熊三センセイに相談したら、彼はこともなげに言った。
「緋音は、何ができるの?できることとやりたいこと、聞かせて?」
そのときの彼は、クマじゃなく、教師でもカウンセラーでもなく、
経営者の顔をしていた。

「Wordならできるよ。」
「ちょうど良かった。東芝のRUPOでずっとやってたんだ。」
会社概要。会議に出す書類。役所に出す書類。その他。
この不況で、零細企業は事務員なんて置いていられない。
熊三センセイは自分で事務もやる。経理もできる。
同じく知り合いの零細企業からも、いろんな書類を頼まれる。
全てがあたしのところに回ってくることになった。
夜中に手書きFAXが来て、朝までに清書してプリントアウトして、FAXを送り返す。
あたしは、大学に入ってからも勤労学生をすることになった。
事務も経理も、少しずつ覚えた。本業のクリエイティブな作業も。知識を少しずつ吸収する喜びも覚えた。
熊三センセイは、芸術家だった。いや、アーティストっていうほどお高い感じじゃない。
職人:マイスターと芸術家:アーティストを足して割ったようなところにいる・・・クリエイター。
そんな職業だ。もちろん同業者はゴマンといる。
そして、クリエイターこそ、あたしがなりたい職業だった。
物書きを目指した時期があった。中学〜高校2年にかけて。下手な文章を何度もコンクールに出した。
そのうち、文章だけじゃ物足りなくなって、写真を撮ったり、美術の勉強をしたり……
主張したい気持ちががたくさんあった。(今でもそうだが)

両親の押し付けた進路になど進みたくない。
(経済的自立できて、出産後も復帰しやすい専門職として、看護専門学校への入学を両親は希望していた)
両親から逃げるために大学に入り、クリエイターになるためには、
大学を出たその日から、ある程度の経済力が必要だった。
親を黙らせるために。少なくとも半額は授業料を払わなくてはならない。
そのことを熊三センセイに相談したら、彼はこともなげに言った。
「緋音は、何ができるの?できることとやりたいこと、聞かせて?」
そのときの彼は、クマじゃなく、教師でもカウンセラーでもなく、
経営者の顔をしていた。

「Wordならできるよ。」
「ちょうど良かった。東芝のRUPOでずっとやってたんだ。」
会社概要。会議に出す書類。役所に出す書類。その他。
この不況で、零細企業は事務員なんて置いていられない。
熊三センセイは自分で事務もやる。経理もできる。
同じく知り合いの零細企業からも、いろんな書類を頼まれる。
全てがあたしのところに回ってくることになった。
夜中に手書きFAXが来て、朝までに清書してプリントアウトして、FAXを送り返す。
あたしは、大学に入ってからも勤労学生をすることになった。
事務も経理も、少しずつ覚えた。本業のクリエイティブな作業も。知識を少しずつ吸収する喜びも覚えた。
熊三センセイはあたしとSEXしない。
出会って、半年以上経っても。(正確には、二十歳になった今も)
もっとHでイヤラシイことは、たくさんするのに。
挿入だって、決して嫌いじゃないというのに。
「条例に違反するから(あたしを抱けないの)?」
仮に、すごく痛かったとしても、血がたくさん出ても
挿入してくれてかまわないのに。
高校生だったあたしは、ひどく不安げに熊三センセイを見上げた。
-あたしは、くまぞうと、つながりたいんだ。もっともっと、深く。しっかり。
「SEXしたからといって、急に仲が深まるってものじゃ無いんだよ?
挿入しなくても緋音の好きな度合いは変わらないんだよ?」
彼は何度もそう説明した。でも、あたしは不安だった。自分が欠陥品のように思えてしまったから。
ベッドの上で、たくさん愛されて、
啄ばむ接吻も、首が上を向き、背中がぞくぞくとし、足が攣りそうになる快感も覚えた。
大事に大事にしてもらっているのに、あたしは、愛を返せない。
口の中で彼の中心が大きくなるのはすごくうれしい。
彼も恥ずかしそうに気持ちよさそうにするけれど、でも、本当はここじゃない。
それ専用の器官で、受け入れたい。
困った表情をして、熊三センセイは、(熊三の割には)大して太く無い人差し指を、膣へと宛がった。抵抗無く奥へと指は進んでいく。
「痛い?痛くない?」
「痛くない。」
指が一度抜かれ、中指とあわせて2本になった。もう一度宛がう。
「ゆっくり息吐いてね。」
もちろん、爪は切ってある。それでも、膣の壁が裂けるような痛みがある。
「痛い。めちゃくちゃ痛い!」
悔しくてたまらない。狭くて、きつすぎて、未だ指2本も入らない、あたしの体。
生理用品は入るくせに、直径3センチ弱のローターは受け付けない。
この、なんともどかしく、不完全な肉体構造!!!
あまりの情けなさに、あたしは涙した。泣くほど痛いのかと熊三センセイは勘違いして、
「ごめんね?」と言って、あたしをぎゅーっと抱っこした。
「ごめんね?痛かったね。」
哀しくてたまらない。恋愛などという言葉が陳腐に聞こえるくらい、むしろ信仰に近いレベルで愛している人の男根を、埋めることもできないならば、それは何のために、あたしの体に着いているのだろう。
「ごめんなさい。」あたしは謝った。
すごく好きなのに入らないの。痛いの。めちゃくちゃ欲しいのに。壊れてもかまわないのに。カラダが、開かない。ココロを開くほうが、ずっと難しいと思っていたのに。
あまりの情けなさに、ベッドの上で泣きじゃくるあたしの髪をなでながら、
彼はあたしのホトを眺めた。
人工妊娠に大金を賭ける不妊妻の気持ちが、少し理解できた気がした。
愛する人の子を身ごもれないのは、きっとつらいと思う。
子供は一生欲しくない主義のあたしも、愛する人とセックスできないのは、すごくつらい。
こんなシチュエーションで彼女らの気持ちを理解できるのも、どうかと思うが。
「病院行ってくる。婦人科でいっぺん診てもらう。だって18歳とか17歳って、する人は普通にセックスしてるのに。あたしの性器は異常なのかも…」
あたしの声をさえぎって、異常じゃないよ、と彼は小さくつぶやいた。
「こんな綺麗なピンク色で、こんなに狭いんじゃ仕方ないよ。カラダだけ大人になんてなれないんだから。内側が成長すれば、ここももっと開いてくるかもしれない。」
だってまだ、緋音は、半年前まで抱っこの感触がどういうこともかわからなかったような赤ちゃんじゃない?いまだに時々、激しい夜泣き(情緒不安定)もあるし、SEXよりも抱っこのほうが、まだまだ必要なんだよ。きっと。
自分のしゃくりあげる音(声?)の向こうに、熊三センセイの声が響いた。
音波がカラダに触れて、そのまま、浸透していくような、そんな感じ。
「ねえ?」
顔を上げることはできなかった。涙と鼻水でぐしゅぐしゅだったから。
枕元のティッシュの箱を手探りで取ろうとしたあたしの動きを察して、ティッシュを手渡した彼の手を強くつかんで。
仮にこれが運動能力テストだったら、間違いなく自己最高記録になっているであろう、握力で。握り締めて。
…拒絶されたくない。
あたしを受け入れて。抱っこして。抱っこしてよ。あたしのこと好き?かわいいと思う?
挿入できなくてすごく哀しかったの。こんなに好きなのに、もっと近づきたいのに。
離れたくないのに。繋がっていたいのに。
あたしのこと好き?ずっと好きでいる?要らなくなったりしない?
使えないカラダを持つあたしは、あなたにとって不要なのではないか?
どうしてSEXできないくらいで、そこまで考えが飛躍するのかと思われるかもしれないが、怒涛の様に、感情は押し寄せる。元々タフでエネルギッシュかつアグレッシブな性質のあたしは、間欠泉のように噴出する、強い気持ちの流れを制御できない。
しかし、心とは裏腹に、臆病な唇の間から生まれる言霊は、おずおずとした、言葉にならない声で。
しゃくりあげながら、(吃るのがイヤで)一語ずつ音を発し、あたしは尋ねた。
「ずっとあたしのセンセイでいる?要らなくなったりしない?」
いつになったら、性器が使えるようになるか、わからない。
挿入できる日がくるのかどうかもわからない
熊三は、ちょっとの間だけ、無言になった。多分、1秒か、2秒くらい。
言葉を探していたのだろう。
そして、あたしの頬を両手で挟んで、顔を上げさせた。
「ありゃりゃ、お目目がウサギになってるね。かわいそうに。」
腫れてブサイクになった両方のまぶたにキスを落として。
「…ずっと緋音のセンセイでいさせて?緋音はこれからまだまだ成長するんだから。大人になるまで、僕の生徒でいなさい。要らなくなんてならないから。」
「挿入できなくてもいいの?」
「太らせて美味しくなった頃に食べる。ちがうか。ほら、ピクニックも、お祭りも、準備する過程が楽しいじゃない?いや、これもちょっと違うかな。でもそのうちね。できるようになれば。今でも充分満足してるし」
「でも、30歳も年離れてるんだよ?あと10年もしたらそっちのが使えなく・・・」
「なると思う?」
左足の太ももに、なにか硬いものが当たると思って、見たら熊三のおちんちんだった。
挿入しないのに、別にフェラチオしたわけでもないのに、ソープごっこをしたわけでもないし、オナニー見せ合ってるわけでもないし、ご奉仕(笑)してるわけでもないのに。
ただ、抱っこしてるだけなのに。
やだ。なんでこんな、勃起してるの?
泣き笑いの表情で、苦笑したあたしを愛しく見つめながら、彼はちょっと恥ずかしそうに言った。
「体はねえ、誰でもすごく正直だから、義理だけじゃ勃たないし、付き合いだけじゃ濡れないようにできてる。緋音もね、まだ体が開く時期じゃ無いんだよ。もっと内側が充実してきたら、自然とできるようになるから。それまでは、プレイだけでもいじゃない。」
そっかな。それでいいのかな?…ううん、でも、それも、ありなのかもしれない。
「ゆっくり大人になってね。がさつでお方付けができないところも、人の言うことを聞けないところも、少しずつ直していこうね?」
「う……うん。」
なんか、いろいろ約束させられているな。あたし。でもいいや。裸の肌が触れ合っているだけで、こんなに心地いい。心ごとぴたってくっついてるからだね。きっと。
そのあと、あたしたちは二人して心地よい眠りについた。

それは、絆が少し深くなった夜のこと。
ニセモノシンデレラ〜前編〜

高校生最後の夏休み。
いや、受験生には夏休みなんてあってないようなもの、という人もいるかもしれないが。
あたしは、部活の合宿だと家族に偽り、新幹線に飛び乗った。
2泊3日のスクーリングのためだ。
(デートのことを熊三センセイはスクーリングと呼んだ。
どうしても彼は「通信制女子校」だと言い張りたいらしい)
カリキュラムは、TDLと、本社の事務所を訪問すること
(と、いっても零細企業。自宅では無いがSOHOなので、ソコには熊三一人しかいないけれど)。
そして、船上パーティ。
熊三は、昔から地元の政治家との付き合いがあり、その団体にも所属していたのだ。
花火大会に誘われたから、あたしを連れて出席するという。
「毎年恒例なんだよ。カジュアルなパーティだし、現役の議員が来るわけでもないから、それほど気張ることもないし。どうする?行きたい?いきたくない?」
熊三センセイはあたしの好きにしていいという。
「緋音が行きたいなら、そう返事しておくよ。気を使うからイヤっていうなら、それでもいい。」
「ううん、行く!絶対行きますっ!!」
政治家。パーティ。社交界。玉の輿(いや、いくらなんでもそれはないか)
いくら日本が階級社会を脱したとはいえ、まだまだ一般庶民と上流階級との壁は厚い。
(地元の政治家が上流階級かどうかというのはとりあえずおいといて)
今回のパーティは、庶民出身のあたしが、少しでも上流社会に近づけるひとつのチャンスだ。
誰かに気に入ってもらえれば(別に、愛人とかそういう意味ではなく)。
いろいろこの先有利なことがあるかもしれない。
小さな頃から、お姫様にあこがれていた。女性ならだれでもそういった時期はあるのかもしれないが、
結構大きくなってもあたしはそのあこがれに執着した。
紫式部の源氏物語ではないけれど、庶民出身の娘でも、
上流の環境で育つことができれば、それなりに成長できるかもしれない。成り上がり結構。下克上万歳!
ずいぶん生臭いお姫様だが(笑)
熊三が、足長おじさんや、光源氏になりうる可能性が出てきたわけだ。
昨年、ピアノの発表会用に買った超フォーマルなワンピのドレス(成人式にも着まわすつもりだった)を用意。
時事ネタと政治的なネタには、普段からしっかり新聞やニュースを見ているので十分対応できるだろう。
TV朝日の朝ナマも、2回ほど見ておいた。
髪止めや、ストッキング、ルージュ等は、熊三に全て真新しいものを手配してもらった。
そして、あたしは久しぶりに、自分の父親に感謝の気持ちを覚えた。
いまどき珍しいくらい、厳しい躾であたしを育ててくれたお陰で、
こういう場が用意されても粗相することの無い振る舞いができる・・・はずだが(汗)。
ねえ、センセイ、ドレス着れたよ。ストッキングも見てみて。どう?イケてる?上流っぽい?」
その日は朝から、移動が多かったせいで、ろくに着替えの時間を取れなかったのだ。
人気の無いところに車を止め、狭い車内(しかも暑い)で何とか着替えを終え、
あたしは気合の入った頬をやや紅潮させて言った。
「シートをまたいで移動なんかして、どこが上流のお嬢様だっ」
言いながら、おもむろにセンセイは手を伸ばし、移動中のあたしのお尻に軽くタッチした。
「きゃぁッ」
思わずそのまま座り込んだあたしは、ビッ…と繊維の裂ける音を聞いた。左足に痛みが走ったような気も、する。
見ると、社内においてあったファイルケースの角に引っかかったせいで、ストッキングが大きく伝染している。
「ああっ、折角上手に履けたのに。」
「どうしたの?」
「センセイがイタズラするから、ストッキング伝染しちゃった。…ヒドい。ヒドすぎ。あー、スリキズになってる。もう時間無いのに間に合わなくなっちゃう」
どうしよう。
パニック状態のまま、思わずマジ泣きしそうになる。だって、ここまでちゃんと出来たのに。情けなさ過ぎる。
「あーっ、ごめんごめん〜。泣かないで?緋音、僕が悪かった。
ごめんね?大丈夫間に合うから。コンビニでストッキング買ってあげる。
ね?絶対間に合うから、出来ることから準備しよう?」
…裂けたのがストッキングではなく、ドレスのオーガンジーだったら、
きっとふて腐れて「もう行かない」って言っただろう。でも幸いにドレスは無傷だ。
ここで駄々をこねるほど子どもでも無いし。
何より、あたし自身、パーティに行きたい気持ちがさっきからどんどん強くなってきている。
シンデレラは、わざとガラスの靴を落としたのかもしれない。
自分を気に入った王子様が、自分のことを探せるように。
あたしなら、きっとそうする。
ただ待っているだけでは、何も変わらない。
シンデレラストーリーのキャスティングは、自分で設定しなければ。
あたしは一瞬で戦略を練った。泣きそうになった顔でぐっとこらえる。
泣くとタイムロスが大きすぎるのに加え、ぐしゃぐしゃの顔でデビューを飾らなければならないことになる。
お腹に力を入れて、車のミラーを見た。声にも気合を入れる。
「じゃあ、メイクして?あ、先に頭作らないと。」
どうすればいい?ごわごわの髪、一度クリームでまとめた方がいいよね。すっきりと上・横髪を上の方でまとめて、茶色のゴムで押えた上からシュシュを2つ。後ろはそのまま流して、横が落ちてこないように臙脂色のピンで留める。
ケープのスーパーハードタイプで上からまんべんなくスプレーして、かっちり固める。
「どう?イケてる?」
「いいよ。問題ない。次はメイク?」
「ルージュはあたしがひくから…センセイ、左手の爪にマニキュア塗って。ベース、ラメ★、ベースの順ね。」
器用な手付きでマニキュアを塗る熊三。
「茜、ラメはワンポイントにしようよ。どの指に星を置きたい?」
「左手薬指」
「それはちょっと…マズくないか?」
今日、お目にかかる予定の地元の元議員は、秘書を連れている。「これぞ秘書の中の秘書!」という、まさに才色兼備なお姉さまらしい。あたしたちの関係を彼女に勘付かれたら、後々都合が悪い。
「バレるかな?…じゃ、右手薬指。」
何度か失敗して塗り直し、ストッキングも履き替え、用意はカンペキ。
「いよいよ、だね。先生、時間、間に合った?」
「うん。大丈夫だよ。」
花火が始まるまで、あと1時間30分ほど。
「豪奢な衣装で艶美に侍る」…じゃなくって、「聡明な清潔感で傍に控える」を実践するときがきた。
歩きにくい靴を、足になじませる。
斜め右前を歩く熊三氏(一応こちらもシャツにタイという格好)にエスコートされ、港に着けられた船へ…
「私(わたくし)が、お持ちいたします。」
2段に重ねて、二人分のお弁当箱を抱えてデッキへ上がる
(パーティはお弁当つきだった。チケットが引換券になっていた。
ちなみに、生ビールと、白角水割缶と、ウーロン茶とオレンジジュースは、飲み放題)。
船の先端のグループの、一番後ろの席につくと、
誰か知らんがお年を召した紳士がやってきて、熊三と挨拶を交わしはじめた。
なんだかちょっと高級な老人会だかゲートボール大会だかといった感じだ。
どうやら政治がらみのパーティではなく、「花火大会の船上パーティ」というイベントで、
いくつかの団体や個人での参加があり、その中のひとつの団体に、
たまたまその元議員も参加していた(そしてあたしたちも出席している)、ということらしい。
背筋を伸ばし、会釈をする。
塗り重ねたルージュのグロスが一番輝く角度で、控えめな微笑みの形をつくって。
…唇には、自信がある。
バッグはもちろん、椅子の下だ。椅子にかけるのはナンセンス。教養の無い証拠である。
(と、一応、家庭科で習った。学校の授業が実生活で役立つ珍しい機会だ。
ちなみに、背中の当たる部分全部に背もたれがある場合は、背中の後ろでも良い)
「センセイ、何かお飲み物、戴いてまいりましょうか」
声の出し方も、自然と変化がみられる。完璧な社交モードだ。
「じゃあ、白角を…お弁当、持とうか?」
「いいえ、結構です。椅子においていきますので。」
白角水割と、烏龍茶を両手に戻り、
「こちらでよろしかったですか?…失礼いたします」
ドレスが椅子などに引っかからない様注意しながら、自分のお弁当を取り、熊三の前を横切って椅子に座る。
お弁当箱を膝の上に置き直して、烏龍茶のタブをおこし、ルージュが落ちないように注意をはらいつつ。
軽く一口。冷たい感触が喉に落ちていく。
誰も見ていない、聞いていないのを確認して
「どうよ?こんな感じで。」
熊三の理想とする学園像は、『自立した素敵なレディを育てることを目的とした、1対1の女子校』だ
だから、この程度の作法は当然、といった感じであたしを見ている。望むところだ。
「いいよ。ずっとその調子でいいコにしてて。」
「うん。で?例の政治家とその秘書は?」
「まだ来ていない。で、この席順からいくとだな…我々の前の2つ空いた席に座る可能性がとても高いのだよ。」
「なるほど。やりがいがあるなあ」
「オイオイよせよ。頼むから大人しくしてなさい。」
そのまま、船から見える横浜の名所などの話を聞いていると、
件の政治家である古狸先生(ほのぼの〜ぽんぽこ〜とした人だった)と、
その秘書の「お姉さま」…というには少し年齢が微妙だが、
いかにも出来そうな女性が、ラフな格好でデッキに現れた。
見た感じとしては、政治家とか、その秘書って感じではない。
お忍びとまではいかなくとも、プライベートをはっきりと意識しているようだ。
熊三が私を紹介しているあいだ、さっきの社交用スマイルを崩すこと無く保ち、
ややしっとりとした落ち着いた声で
「以前よりお話はうかがっておりました。はじめてお目にかかります、
緋音と申します。よろしくお願い致します」と挨拶する。
いつの間にか、あたしは熊三の旧友の娘ということにされていた。
正確には、あたしの父親が熊三の旧友ということになっていたのだ。
すぐに、軽い食事(ツマミ系ばかりだった)を摂りながらの歓談が始まる。お姉さまは、私にもビールを勧めたが
「いえ、未成年ですので、申し訳ありませんが…」と控えめにこれを断った。
最初っから酒豪っぷりを見せ付けたら、百年の恋も冷めてしまう。
もちろん古狸氏に恋心を抱いているわけでは決して無いのだが。
「あら、そうね高校生ってさっき…ごめんなさい、アルコールはまだ駄目だったんだ」
「いや、でもお父上もお酒に強い方だから…花火が始る頃には、多分
…いいんだよ緋音ちゃん別にビールもらってきても。
今日は(古狸)先生もいらっしゃることだし、捕まったりしないから(笑)」
熊三は、普段呼ばないくせに、あたしに「ちゃん」付けしている。
たまたま夏休み中だったので、父親の出張についてきた旧友の娘を、一晩預かっていることになっているから
当然といえば当然なのだろうが、なんだか気持ち悪い。
「もう、熊三センセイ、私が父に内緒で普段から嗜んでいるみたいにおっしゃらないで。…でもその通りですけど(笑)」
その後、古狸ぽんぽこ氏は、あたしについていろいろ尋ねられ、あたしは社交辞令にユーモアを交えて返答した。
ボロは絶対に出さない。が、気疲れするほどに高度なレベルの会話でもない。
相手がプチブルだからといって、特別なテクや教養は高校生としてのあたしには必要無いらしい。
これくらいのレベルの会話なら。父に要求されるレベルにくらべ、はるかに低いといえる。
もともと社交的な性格のあたしには、
生活レベルの高い人たちと会話できる、ということがめちゃくちゃ楽しいくてしかたがない。
そうこうしているうちに、花火が始まった。
まだ、空には明るさが残っている。群青色の濃淡。
花火が宵をつれてくる。少しずつ夜へと、街が表情を変える。
初めて見た場所なのに、なぜかノスタルジックに映る。地元の神戸と似ているからかもしれない。
熊三「もうすこし暗くなっているほうが、見栄えがするのに。少し残念だね。」
緋音「そうですね。でもすぐに暗く…わーっ、センセイ、今の見ました?3回も色が変って・・・綺麗」
熊三「すごいねえ。花火師も毎年趣向を変えてデザインするの。大変だよね。」
緋音「ホント。あの右のなんて、スマイルの顔になってる」
熊三「あの長く光っているのは…?」
お姉さま「あれは飛行機でしょ?花火とは方向が違うもの。」
熊三「あ、そうか。そうだね飛行機だよね。」
緋音「羽田へ向かう?」
でもそれにしては、少し小さい気もする。点滅している光の数が少ない。
古狸ぽんぽこ氏は、こともなげに言った。
狸「いや、あれは花火見物のヘリだろう。去年も確か6万くらいで…」
緋音「6万?」
夜景と花火を一番近くで見て、優越感に浸って6万円。
高いのか安いのかわからないが、今のあたしには到底考えられない。
熊三「すごいですねえ。私なんか毎年公園組で、今回初めて船に乗るのに
…そういえば、お父上から緋音ちゃんが船に弱いから、船酔いがちょっと心配って聞いた時は笑ってしまった。」
いや、だって、船上パーティっていったら、横浜の港をクルージングとかだと思ったのだ。
まさか港にくっついている船だとは。
お姉さま「この船は動かないから大丈夫よ?(笑)」
緋音「ええ、先生から聞いて、安心しました。でもちょっと可笑しい(笑)」
ここで、古狸先生が席を立った。お姉さまが後からそれとなくついていく。
プライベートの仮面をかぶった、秘書の後ろ姿をして。
二人きりになったあたしは、小声で熊三センセイに話し掛ける。
緋音「今、百点満点で何点くらい?」
熊三「93点。」
緋音「あら、そんなに?」
熊三「ソツなくやってるから、このまま続けて?」
緋音「もちろん。…ねえ、センセイ、相手は政治家でしょ?ちょっとそれっぽい話題に振っても大丈夫だよ。
新聞ちゃんと読んでるし、金曜の朝生も見てるから、あたし、ちゃんと対応できる。」
熊三「政治的な?」
緋音「そんなめちゃくちゃカタイ話とかではなくていいから。ねえ、振って。大丈夫。あたし絶対ボロ出さないし」
あたしは、難波のシンデレラ。相手があたしに興味を持つように話を運ぶのは、得意だ。
熊三「そうだねえ・・・不自然でない流れがあればね」
そこへ、お姉さまが単独で戻ってきた。
熊三「(古狸)先生は?」
お姉さま「あそこから花火を見たいとかって、あれに登ろうとしてるんですけど…」
デッキの真ん中にしつらえた、何やら「登るな危険」の表示のある機械のようなものに登ろうとしていた。
器用に足をかけて、70過ぎの体(矍鑠というより、若々しい、という感じ。
実際、古狸ぽんぽこ氏は、まだ定年したてくらいにしか見えない。
現職を降りても、まだまだその手腕は健在、といわれている)を上に持ち上げて、くるっと半回転して、腰を下ろす。
白角水割缶を片手に、ご機嫌麗しい。花火と夜景と、華やかな浴衣姿の女性たちを眺めてご満悦である。
しかし、なんて政治家なんだ。これじゃただのオヤジじゃないか。
熊三「危ないよ。足元暗いのに。止めないでいいの?」
政治家って、政治家って…っていうか、古狸先生って、なんてオチャメなオヤジなんだろう。
当時流行っていたガングロ系の女子高生に言わせると、カワイイ〜ってカンジなのだろうか…
ほどなくして、政治家が危ないところに登るのを断念させた(というか、引き摺り下ろした)秘書が一人で戻ってきた。
熊三「あれ、先生は?またどっか行っちゃったの?」
お姉さま「可愛い女の子でも見つけたみたいで
…私にお弁当預けて、ウォッチングしてくるって一人で下のデッキに行っちゃった。」
熊三「ははは(笑)」
緋音(心の中で)……政治家って。政治家って…。
10数分後、戻ってきた古狸ぽんぽこ氏は、座らずに立ったまま花火を眺めたいらしく、
熊三センセイの席の後ろに立った。お姉さまもそれに習う。
お姉さま「ねえ、古狸先生、もしこの船が沈没しそうにでもなって、
私がここから落ちたら飛び込んで助けてくれます?」
少しアルコールの入った質問を(しかし酔うほどではない)、さらりと投げかける。
熟女、とまではいかないが、とても華やかで艶やかなお姉様らしい質問だと思った。
私なら、こんな質問は、冗談とわかっていても熊三と二人っきりの時にしかできない。
古狸「そりゃもちろん。でもできるだけ近くに落ちてもらえると有難いね。」
熊三「ああ、そうですね。確かに遠いと大変だ。」
ちなみに、熊三はほとんどカナヅチだ。
潜るのは得意だと本人はいうが、そもそも浮くことができないので、沈むというほうが日本語としては正しい。
お姉さま「あら、ひどーい。」
緋音「私でよければ助けて差し上げますが。」
お姉さま「あら、緋音さん、泳げるの?」
緋音「スイミングに通っていたので、200メートルほどなら。でも飛び込むのは夏場だけにして下さいね(笑)」
お姉さま「冬の海にはあまり落ちたくないよね(笑)」
熊三「冬に着衣水泳なんてやったら、水吸って大変だよね。○○ちゃんも、かさが2倍くらいに膨らんじゃって」
でっぷりとしたリアクションに、思わず苦笑。
お姉さま「まー失礼しちゃう(笑)2倍だなんて。」
悔しいから何か言い返してやりましょうよ、お姉さま。
緋音「熊三センセイ、もしこの船が沈没しそうになっても、デッキの先でタイタニックごっこやらないでくださいね。」
一同爆笑
熊三ならやりかねない。大体、レディを養成する女子校をやりたいなんて、ロマンチストなことを言ってるし。
そして、ナルシストな面もある。
クリエイターなのだから、自己愛的なのはある意味必然かもしれない。
自分の作品を愛せない人では、もの作りなど、やっていられない
熊三「タイタニック…(笑)」
古狸「映画と同じように?デッキの先で??」
緋音「そう。熊三センセイならやりかねませんよ?ディカプリオに成りきって(笑)」
お姉さま「可笑しい…森野さん、緋音さんに行動パターン読まれてる…(笑)」
緋音「だって、熊三センセイ、すごいロマンチストでしょう(笑)」
古狸「ロマンチスト…そうだね。確かにそんなとこあるよね森野君は。」
熊三「いやぁ、気をつけないと(笑)」
よっしゃ。ウケた…ハッ、つい関西人の独特のノリ、「受けをねらう」が出てしまった…
しかしまあいい。ウケたのだから。今のウケにより、あたしのことは二人により強く印象づけられたはずだ。
選挙のときに鶯嬢や秘書に使ってもらえるかもしれないのだし、
これくらいインパクトがあってもいいだろう。
しかも、ネタはこの場にぴったり嵌まっている。
と、万事こんな感じで、もちろん花火も順調にいっていたのだが、
8:00過ぎ頃(もしくは8:30頃だったかもしれない)、一足先に政治家と秘書は退出されることになった。
熊三が、帰り際の挨拶に5点分もウェイトを置いていたってコトは、もちろん後から知ることとなるのだが。
あたしは花火に熱中していたこともあって(注:言い訳にしかならないことはわかっている)、
センセイが横から合図を送るまで、立って挨拶をすることが出来なかった。
(そして、多分、父ならこのミスを許さない。)

船を出て、幸いなことにレッカー移動されずに残っていた車に戻り、熊三は言った。
「緋音、今日はホントすっごいイイコだったね。」
「マジ?ねえセンセイ、センセイセンセイ、何点?あたし、何点?」
「一つだけ、ちゃんと出来なかったから、95点。どこが悪かったか自分でわかるかな?」
「最後。別れ際にきちんと挨拶できなかった。」
「えらい。そこまでちゃんとわかってるなんて。でもね、その5点を帳消しにして、
さらに5点上乗せさせる方法があるんだよ」
「何?」
「お礼のお手紙書くこと。それができたら105点。
逆にどこかひとつ外して、手紙を書く口実にするっていうテクニックにも使われるくらいなんだ。
だから、緋音もおうちに帰ってから、別に手書きとかじゃなくてパソコンでいいから、お手紙書こう、ね?」
「文書だったら得意だわ。」
「でもホンッとにいい子だったから、ご褒美にいいとこ連れていってあげよう。」
「どこどこ?」
「都内でねえ、赤坂のホテルに、ゴンドラっていうおしゃれなバーがあるんだ。そこで少しお酒飲もう。」
「うん!」
あたしたちを乗せた車は、すっかり夜色に染まった高速道路を、東京へ向けて走り出す。
このときは、まだ、シンデレラになるということがどういうことか、
本当のところは、まだ何もわかっていなかったということに、あとになって気づいた。
ただ、あこがれだけでは、なれない世界。
そして、熊三も、あたしの王子様にはなれないのだ。
あたしは、シンデレラにはなれないし、なりたくもない。
あたしは、お姉さまには、なれない。
しかし、複雑な事情と、めまぐるしく動く状況に投げ出されたあたしは、
それでも必死で祈り、自らの足を止めないことを自分に課すことにした。
・・・・・あと1週間で、とりあえず、結果が出る。今後の数年間に限定した未来が、決まる。
どういう結果になろうとも、あたしは、逃げない。
常にあたしの心はあたしのものだし、あたしが決める。
あたしの物語の主役は、他でもない。あたし自身なのだから。
ニセモノシンデレラ 後編へ続く


ニセモノシンデレラ後編までの間に、伏線となるエピソードがあります。
2年半後に、あたしがジャンヌダルクか、
巴御前になることがほぼ決まったのが9月。
そして、ニセモノシンデレラ後編は、あたしが大学に合格した少し後の3月。
この時まで、あたしはシンデレラやジャンヌダルクや巴御前になるってことが
どういうことか、現実をわかっていなかった。
お姫様は王子様と結婚して幸せにめでたしめでたし、なんて
現実世界ではそうそうありえない。
クーデターが起これば国外逃亡だし、見つかったら処刑、
剣を取って自ら血を浴びて戦うことを辞さない立場。
惚れた男と一緒になれるとは限らない、周囲からの重圧……
彼女たちは、豪奢な生活ぶりとは裏腹に、窮屈な思いをしていると
この一件で深く考えさせられた。
そして、この出来事はあたしの中でトラウマとなって
今も、足枷としてあたしを苦しめている。
小さい頃から憧れてたの。「お姫様」になりたいって。
普段はしがないシンデレラでも、優しいお婆さんに魔法をかけてもらって
キレイなドレスで、南瓜の馬車でパーティに出かけて王子様に見初められるの。
そして幸せな結婚。『めでたしめでたし』ね。夢見がちの、どこにでもいる、女の子。

他愛無い子供の夢で終わるはずだった「お姫様」になれるチャンスがやってきた。
高校を卒業したばかりの春。
やさしい魔女のおばあさんではなく、熊三センセイが、
政治家の古狸ぽんぽこ氏のパーティに連れていってくれるという。
一着だけ持ってた臙脂色のドレスと、ガラスではない靴。
ママのプラチナネックレス(ウン万円したらしい。)と、
プチブル階級の娘だった父方の祖母譲りの礼儀作法に、幼い頃からパパに仕込まれた社交力。
ライトオークルのリキットファンデと、ナチュラルピンクのマニキュアとチークス。
豊かな髪を結い上げて、真珠ピンと銀の細い鎖をあしらう。
紅いルージュとツヤツヤグロス。
月と星と太陽の瓶に入ったオーデパイファム
先週見た朝ナマの話題と微笑(賢そうに見せるのがコツ)を武器に
社交界デビューよ!!
エスコートしてくれるはずだったのに
熊三扮するセバスチャンはぽんぽこ狸の旦那様(今回のパーティの主役、ヘンリー8世)の手伝いで忙しい。
側近でもある秘書のお姉様(ドレッシーな水色のスーツと完璧メイクで一分の隙無くキメている)
ベアトリス女史と、何やら打ち合わせの後。お客様への対応に追われている。
あたしはひとり、広間にぽつんと残された。
周りは地元の有力者でいっぱい。
洗練された大人の会話と処世術
豪奢でぴりぴりとした独特の空気を孕むなかで行われる、晴やかで和やかな歓談。
戦略家や策士によってその裏に繰り広げられる
計り知れない智謀による抜け目の無い攻防と、真偽交錯する情報。
この国の一部を動かす、小さな小さな歯車を担う男。
そして、自分の信じる男に優雅で繊細かつ大胆に侍り華を添え、色とりどりに咲き誇る女。
危険なほどに刺激的且つ魅惑的な、憧れの社交界!
だけど
初めてのパーティ。
知り合いなんていない。
だれもあたしに話し掛ける人なんていない。
来賓のスピーチを聞いてる間はまだよかった。
ただ、そちらを向いて聞いていればいいだけだから。
でも、それも途切れて、弦楽四重奏の余興が始まった頃には
ウィスキーの水割り片手に、ただ壁際に立ち尽くす。
会場内では最年少(ヘンリー8世の孫含まず)
公立高校卒業したて。(合格した大学は、地元じゃ偏差値高めのお嬢様系だけど)
取り立てて美人でもなく、もちろん才媛でもない庶民出身。

なんか、あたしって、すごく場違い?
皆気付いてるんじゃないかしら。
ニセモノシンデレラだってこと。
そうよ。
あたしは、ニセモノシンデレラ。なんちゃって白雪姫!
本当は「お姫様」なんかじゃ無いのに
「お姫様」の振りして、パーティに混ざってる。
魔法使いのおばあさんも、南瓜の馬車も、鼠の御者も、ガラスの靴も、7人の小人も魔女も狩人も
素敵な王子様(普通のオジサマではなく)さえも……!
ほんのひと時自分を忘れて幸せ浸る夢物語。
現実のあたしはどこにでもいるさえない町娘。
だんだん哀しくなってきて
でも、唇の端をきゅっと上げて、背中をしゃんとさせたまま。
(だって、背中丸めてたらすごくみっともない。エスコートしてくれる人に恥かかせる訳にはいかない)
あたしは、入り口の扉の方にちらちらと目をやる。
「……ねえ、まだ?センセイ―」

やっと主筋のお許しが出て
セバスチャンは広間にやってきた。
本当ならここで、聡明で清楚な笑みを浮かべて「お疲れ様でございました」って言わなきゃいけない。
その後小声でレディをこんなに待たせたことへの謝罪のひとつも聞いてやろうと思ってたけど
あたし、すっかり萎縮しちゃってるの。
ホント。
「お姫様」が聞いて呆れるわよね。
しゃんとしなさい、って何度も何度も唱えたけど。
一度崩壊したプライド自信は、取り戻せそうに無い。
「帰りたい」
センセイだけに聞こえる声で
ついにあたしは言ってはいけないことを口走った。
(もう、子供じゃ無いんだから。そんな駄々こねる訳にはいかない)
甘えたかったの。多分それだけ。
困らせよう、なんてつもりは一切無かった。
「どうして今ここでそんなこと言い出すの?」
苦い顔をしてる彼。
あ、怒った……
途端に表情が崩れかける。だってもう限界だもの。
あたしだって大分頑張ったわよ!たったひとりで。
これ以上、どうしろっていうの?
思いっきり泣き出しそうな形に唇を歪める。溢れかけた涙。
でも、「大好きな大切な人にカッコ悪い想いなんてさせられない」から。
最後に残った理性でぐっと堪える
そこへ、タイミングよく「ご自由にお料理を召し上がって下さい」の声がかかった。
「こちらでお待ちになってください。わたくし、お持ちしますから」
反射的に切り替える。それまでの自分を一時的に抹殺して。仮面を被って。
だってせっかくのパーティだもの。
ニセモノの自信は崩壊したって、飽くなき好奇心と冒険心は、ホンモノだから。
エスコート役も戻ってきたことだし、これからが本番。
(それに、お料理もさっきから食べて下さいといわんばかりにおいしそうな香りを漂わせてる)
出来るだけ優雅に、楚々とした雰囲気を壊さない様気遣いながら
3,4種類の料理を皿に盛って、フォーク2本を添えて戻る。
そこにはあたしの先生のほかに、もう1人男性がいて、何やら挨拶をしていた。
テーブルの上に(静かに)皿を置いて、会釈する。
「あぁ、ありがとう。」
「いいえ。先生、お待たせいたしました。」
あの、こちらの方は?紹介していただけますの?瞳で尋ねる。(言葉に出さないほうが、よりスマートだから。)
「この子は、今度新しくうちの会社に……」
先生は実に上手いタイミングであたしを紹介しはじめる。
「初めてお目にかかります。ニセモノシンデレラと申します。よろしくお願いいたします」
何をどう「よろしく」お願いするのかよくわからない。
でも、長い人生どこで誰にどんな風に「よろしく」されるかわからないから。社交辞令は大切だ。
「セシルです。」
「ウィリアム=セシル卿はね、古くからの友人なんだ。」
国務卿・バーリー男爵、ウィリアム=セシル。後のエリザベス一世の側近。
あぁ成る程。この人の主筋もあの我侭なお姫様ってわけだ。
しかも、エリザベス王女(もっとも、こちらのエリザベスはもうとっくに結婚してご息女もいらっしゃる)は本日の主役、この秋勲四等瑞宝章を叙勲したヘンリー8世の娘!!
どんな女性だろう。
ミーハー心丸出しで、それらしき人を目で探す
そこへ、当のLIZ王女が現れた。
主役ではないので、それほど派手なお召し物ではなかったが、生地と仕立ては一級品だ。
「まぁ、セバスチャン。そこにいたの。探したのよ。」
おっとりしているのかと思ったら、そうでもない。少し高めの早口で話す、しゃきしゃきとした声。
「LIZ様、挨拶回りですか?」
そうよ。お菓子をつまむ暇もないわ。小声で漏らすと、セバスチャンは苦笑した。
「もっと真ん中に来ればよいのに。あら、そちらは?」
新しい下女とでも思ったのだろうか。お姫様は珍しそうにあたしを見下ろした。
「はじめまして、ニセモノシンデレラと申し…」
ドレスのすそを引っかけないよう、細心の注意を払ってそっと会釈して
あたしが口を開こうとしたとき。セバスチャンが先に言ったの。
「私の彼女です」
「セ、センセイっ……!!」
お戯れを、と申し上げるつもりだったのにLIZ王女は(何でもないことみたいに)にこにこと続ける。
「まぁ、今カノ?お名前は?」
「ニセモノシンデレラと申します。初めてお目にかかります。どうぞよろしくお願いいたします」
先ほど、うちのセンセイが殿下に申し上げたのは悪い冗談ですわ。
弁明のために口を開きかけたら、今度は王女に先を越されてしまった。
「そう。わたくしはね、セバスチャンの元カノなの。」
なっ…!?
「で…殿下っ」
これには、先生の方が慌てている。
「セバスチャンはとても扱い難いのよ。大酒飲みだし、鼾だってとても五月蝿いし。特技は…そうねえ。いつでもどこでも寝れることくらいかしら」
悪戯っぽい瞳で、エリザベスは語る。さすがは我侭お転婆で横浜七区に名を馳せるお姫様。
自信、復活。これならいけるわ。我侭じゃあたしだって負けないもの(それじゃいけないのだけれど)
「どれだけ大声で起こしても眠っていられるというのも、特技に付け足して差し上げて下さいな。」
途端にあたしの中で小さくなってた好戦的な部分が再び頭をもたげはじめる。
「そうね。それもある意味で特技よね。傍迷惑なことこの上ないけど。」
本物のお姫様だけがもつ気品を湛え、優雅に豪快に彼女は笑った。
「何か困ったことがあればわたくしにお言いなさいね?」
言い残すと、そっと去っていった。会場を埋め尽くす、パーティ客の相手をするために。
「……ねぇ、先生?」
唖然としているセバスチャンを、そっとつつく。
それに気付くと、面白そうにククク…と彼は笑った
「参ったな。最強タッグを組まれてしまった。」
「…え?」
初めて気付いた。あたし、あのお姫様に気に入られたのね?
「先生、元カノって…」
「とんでもない。せいぜいお目付け役ってとこだよ。」
おどけたようなそぶりをしたセバスチャンの横から、挨拶待ちしていた男性がやってきた。
「おや、これはお久しぶりで」
…………
6時から始まったパーティは、12時まで続くわけではない。
8時30分にはお開きとなっていた。
先生がヘンリー8世や后キャサリン=パー(本物と同じく年齢差も結構有る)、
エリザベス王女とその旦那、エドワード王子たちと他のお客様を見送るのを待って
その後、先生(もう、セバスチャンではない)の車に戻る。
「お疲れ様でございました。」
きちんとご挨拶。しかし熊三はこちらを向いても笑ってくれない。
「ほぼソツなくできたけど、マイナス10点で、90点」
「どうして?」
「上手に笑えなかった。」
「え・・・」
あたしは声を失った。
「初めての場所で緊張したかもしれないけど。もっとにこやかにしなきゃ。
 背筋しゃんと伸ばして待ってたし、後姿を覗いてみたけど、悪くはなかった。
 ただ、顔がこわばってた。僕が戻ってからはそうでもなかったけれど。
 一人でいるときも、誰からも話しかけられなくても楽しそうにしてないと。
 古狸ぽんぽこ先生の、おめでたいパーティなんだから。」
高校3年の9月
2年半後の統一地方選に、熊三センセイが出馬することが決定。
計画は党にも秘密にして、熊三と、古だぬき氏と、お姉さま、
そして、国会に軽自動車で通う
スーツにディバッグが定番スタイルの某教授を中心として、進められた。

古だぬきぽんぽこ氏の秘書のお姉さまのように
何でもてきぱきこなせる有能な人材に、
そして、ぽんぽこ氏の姫様のように
華のある気品に満ちたレディに、あたしを教育する、という。
これからの2年半をかけて。

望むところだと、あたしは思った。
あたしは野心家だ。
熊三が望むのなら、
ジャンヌダルクにでも、シンデレラにも、なってみせよう。
常に彼に付き従い、彼を守り、彼と共に。
2年半で、最高の淑女に。やり手の秘書に。
そう、思っていた。
3月の古だぬき氏の叙勲パーティは、あたしの教育計画に組み込まれた。
初めてのパーティに浮かれていたあたしは
一人きりで会場に取り残された。
熊三は、主催者側のスタッフとして手伝わなければならなかったからだ。
生まれて初めてのパーティで、どのように振舞ったらよいのかわからない。
ただ、顔を上げて、背筋を伸ばしてしゃんとして
薄く作った水割りのグラスを片手に。
時折、入り口をちらちらと目をやりながら。
1時間弱ほど、あたしはそうして、熊三を待った。
後で熊三はひどくあたしを叱りつけた。
上手に笑えなかったから。
緊張して、顔が強張っていたという。
ぎこちない愛想笑い。
それでは、レディにはなれないから。
にこやかに、朗らかに、優雅に、淑女らしく、気品に満ちて。
その上で、聡明な微笑をたたえ、傍に控える。
ただ黙って立っているだけなのに、こんなに要求項目が多い。
あたしのプライドは、この一件で粉々に砕け散った。
無理だ。
庶民に生まれ、庶民として育った娘が
お姫様になどなれるわけがない。
こんな、高校を卒業したての、世間知らずな子供が
政治家の秘書になど…。

あたしは、怖くなった。
2年。たった2年。
あたしは、どうなるのだろう?
熊三は、あたしだけのセンセイだったはずなのに
「皆の先生」になってしまうの?
熊三が、あたしの傍から遠ざかってしまうようで。
あたしの手の届かないところへ行ってしまうようで。
不安で、不安で。
こんなの、嫌だ。
有能な秘書になんて、なれなくていい。
お姫様になんか、なりたくない!!
あの電話のあと、色々なことを考えています。
センセイの、ささやかで壮大な野望。
自分のことではないけど、すごく困惑しています。
センセイが遠くに行ってしまう不安。
あたしに、先生の側にいることができるのだろうか、という、不安。
結局まだあたしは甘えているコドモだということ。
あたしだけの先生じゃ無くなってしまう気がするの。
女として、そういうコト欲しくないキモチはすごくある。
だから反対するかもしれない奥様の気持ちはなんとなくわかる。
ざわざわしてしまうキモチは、すごくすごくある。
あたしは弱いくせに独占欲が強い生き物だから。
「政治」に、「○○市」にセンセイを取られたくない。
でも、たとえば桂小五郎の妻・幾松みたいに…
この国を動かす力を持った、大きな男にカッコ良く侍ることができるなら、
そうなりたいとも思います。
ただ…先生が市会議員になったとき、あたしはまだ21歳。
期限を設けられるとあたしは確かに燃えます。
ライバルが多くても、燃えます。
女としての夢は、古狸先生の秘書のお姉様みたいに
カッコイイ女性になること。です。
カッコイイ女性になって、いつでもセンセイの側に控えることです。
熊三センセイに、あたしを託したいと思っています。
素敵な大人の女性になれるように。
…でも、たった21歳のあたしに何が出来るというの?
あたしはセンセイの側でずっと甘えていたいけれど、
きっと貴方はそれを許さない。
嫌でも大人にならなきゃいけない刻は、近づいてくる。
あと、2年半しかないの?
ずっとセンセイを独占していたいです。
でも、センセイは、言うなれば大きな「愛の人」だから。
困ってる人を見てたら、手を延べないと気が済まないみたいに。
あの初めて話した夜、あたしを優しく包んでくれたみたいに。
近づいてくる未来に怯えて泣き出したあたしを
何度も何度も抱き締めてくれたみたいに
やりたいことも、やらなきゃいけないことも、沢山なのだと思います。
あたしにとって、それは溜め息が出るくらい壮大です。
できることなら、もう少しあたしが大人になれるまで、
センセイの腕の中で抱っこしてて欲しい。
日々成長したいと思う。でも、もう少しだけ、センセイに甘えていたい。
平穏で、安らかな日々が欲しい。
でも時代の流れとか、センセイのポリシーとかは、どんどん動いていくんだね。
あたしの意志と関係なしに。
それでいてあたしも結構動くの楽しいって思う人だから。
きっとうまく乗せられちゃうんだろうな。て、思う。
で、いつのまにか、有能なアシスタント?サポーター?秘書?
…不安、なんです。センセイがあたしの先生でなくなってしまう気がして。
どんどん「政治家」になってしまう気がして。
あたしは「クリエイター」としてのセンセイガが好き。
あたしだけのセンセイが好き。
でも、どんな立場でも結局熊三は紛れも無くあたしのセンセイで…。
頭の中がパンクしそう。
…確かに、センセイのとなりで、夢を追いつづけるのもまた、悪くないかも知れない。
常にセンセイの側に控えて。
この国の、この地域の政治の一片に携わることができたら。
すごくそれって、カッコイイ。かもしれない。
でも…
してはいけない質問をして、いいですか?
熊三センセイを困らせることになるのは、わかっているからです。
でもあたしは、すごく、知りたい。
(あたしにとって、哀しい答えが待っていたとしても)
「○○市か、あたしか、もしどちらかを選ばなければいけないとしたら。
あなたは、どちらを選びますか?」
愚問。馬鹿馬鹿しい、の一言で切り捨てられるかもしれない。
でも先生、あたしは我が侭で自分勝手だから、両方、という選択肢は用意させません。
これ以上政界に足を突っ込んだら(もう突っ込んでるのですが)
当然、味方も増えるけど政敵も増える。
あたしの存在は、足を引っ張られる材料になりかねない。
それに、ただでさえ熊三は忙しいのに、
これ以上多忙になったら仕事にかけるウェイトは必然的に減ってしまう。
二人きりで過ごす時間も減ってしまう。
どんどんセンセイは遠いところに行ってしまう。
行かせたくない。今のままでいて欲しい。政治家になど―――――――――――。
…これは「女」としてのあたしの気持ちです。
この手紙、出そうか出さないでいようか、すごく迷っています。
センセイとの関係をぎくしゃくさせたくない
(こんなことくらいでぎくしゃくする関係なら、とっくに終わってるとは思いますが)
嫌われるかもしれない。
センセイの夢を否定しようとする自分が、自分自身ですごく嫌です。
否、自分でもどうしたいのかわからないの。
ただの女で居たいのか、カッコイイ女になりたいのか。
唯、センセイがセンセイでなくなることと同じだけ、
あたしがあたしでなくなるのは嫌。
でも、あたしがどれだけあがいたって、決めるのは熊三センセイ自身だから・・・
あたしは、熊三センセイの選挙の為に成長を促された。
元々両親はあたしに礼儀作法を厳しく叩き込んだが、
所詮は庶民育ち。
上流階級のお嬢様とは持って生まれたものからして違う。
そして、国立大出の大手企業の重役のやり手秘書から転向したお姉さまのような
器用で何事もそつなくこなす能力も、大学1年生の小娘になど備わっている筈も無い。
統一地方選まで、あと1年半しかないのだ。
大学に入ってはじめての夏休みだったけれど浮かれてはいられない。

そして、何よりあたしが危惧したのは、
あたしだけの熊三センセイが、みんなの議員先生になってしまう。ということ。
いろいろ細かい約束事にがんじがらめになることは、明らかだ。
「これまで通りにしちゃいけないの?」
熊三の目を見て、じっと黒目の部分を凝視して、あたしは尋ねた。
『ずっとこれまで通りだよ。何も変ったりしない。』
「じゃぁ、夜一緒に寝ても大丈夫?ご飯食べても平気?お酒とか、キスで飲んでもいい?」
『もちろん。そんなこと誰も知らないんだから。』
ただし、二人でお部屋にいる時だけね。彼はそう、付け加えた。
ふたりのとき、だけ……?
「じゃぁ、外では?」
『車の助手席には座っちゃダメだ。
緋音がこの先免許取って運転するんだったら、今度は私が後部座席に座る。
仮に冗談でも嘘でも「そういう関係」だと思われるようなことは一切できない。』
嘘でしょ?別に公開セックスをしようっていうんじゃない。
熊三センセイが運転する車の助手席に乗ってるだけなのに?
「たったそれだけのことで?」
『そう。「たったそれだけのこと」で愛人扱いされたらつまらないでしょ?』
「だってこれまで普通に社員として助手席に座っていて何も問題無かったじゃない」
『社員として、だったら別におかしくもなんともないよ・
議員秘書…まぁ、市会程度じゃ秘書なんて普通持たないけど、
緋音がそういう役割を受け持つから、問題になる。で、その役割を担えるのは
今のところ緋音しかいないし、他の誰かをそのポジションにつけるつもりは更々無い。』
当たり前だ。他の「誰か」なんて、もってのほか。そんなことあたしが許せるわけない。
「でもそしたら、真夜中に往来で手繋いだり、マンションの前でキスしたりするのも?」
『カラダが触れる事は、部屋以外では基本的に全面禁止。』
ムカ。
なんだか無性に腹が立ってきた。
「やっぱヤダ。熊三センセイ、政治家なんてやめて。あたしそんなの4年間も耐えられない。」
キスも抱っこも握手も、できないんだったら傍にいたって一緒じゃない。
それどころか、傍にいるのに何もできないなんて、蛇の生殺しか蝦蟇の油よ(後半意味不明)。
『聞き分けの無いことを言わない。大体、政治家の秘書じゃなくたって、
往来でキスする大人のレディがどこにいる?』
あーこんちくしょう!こんな不自由なお姫様になるくらいだったら
ガラスの靴なんてこっちから叩き割って魔法使いのお婆さんに返すぞこのクソジジィ!!
「往来でキスして何が悪いの?そりゃ股間丸出しで真昼間に駅前繁華街を一人パレードでもすれば
わいせつ物陳列罪で警察もすっ飛んでくるだろうけど、キスってそんないけないこと?
手を繋いで歩いて何が悪いの?不倫カップルだっていまどき手を繋いでるのはいくらもいるわ!
私たちセックスしてはいないんだし(注、セックス「しない」ではなく、「出来ない」の間違い)
貴方を好きだということも、そのキモチを表現する行為も法に触れることじゃないし、
あたしはキスしたければするし、手も繋ぐし、抱っこも要求するし、
何があってもどんな状況でも仮にそう言ったことであたしが殺されたとしても
心の底から力いっぱい貴方が好きだと叫べるのに。」
一気に捲くし立てて大きく息継ぎをして、あたしは少し発声器官と脳を休めた。
彼は彼で、デイジーカッターの如き衝撃を齎すあたしの言葉を消化するために、
同じくらいの時間を要した。
『仮に私が2年後に議員になったとしても、
緋音を好きなことも、その度合いも、変りはしないんだよ。』
言い訳にしか聞こえない、でも、それも彼の本当の気持ちなのだろう。それだけは理解できた。
あたしは、いつの間にか泣いていたらしい。ぽろぽろこぼれる涙を彼は一生懸命拭き続けた。
一晩中、エッチなことは何もせずに、ぎゅーって抱っこして、
涙をぬぐったり、あたしの髪をなでる彼といっしょに、あたしは疲れて眠りについた。

次の朝、あたしは寝起きのふにゃららとした彼の顔をまじまじと見て、
鼻を摘んで、尋ねてみた。
「あたしと○○○市とどっちが大事?」
どっちも、という選択肢は当然ながら用意していない。
『とりあえず、トイレ行ってきていい?朝起きたら必ずウンコしないと落ち着かないんだ。』
「さっさと行ってこいこのクソオヤジ。」
ついでにその朝立ちしたちんぽもどーにかしてきなさい、と言おうかどうしようか迷って
これ以上このシリアスな(と、本人は思っている)
朝の空気が壊れるのは嫌だったので、口には出さずにおいた。
数分後、トイレからジャジャジャーと水を流す音がして、
それから水道の水のぱしゃぱしゃという音がして『タオル無いよー。』という声がした。
そういえば、昨夜フェイスタオルを洗濯したから
洗面所にはタオルハンガーだけがかかっている。
雑貨屋だか酒屋だかの名前の入った手ぬぐいを放り投げて、
上手い具合に空中で彼の手は受け止める。あたしのコントロールもなかなか悪くないな。
丁寧に手と顔を拭いて、あーすっきりした。と言いながら彼はベッドに戻り、縁に座った。
イライラする。
「ねえどっちなの?」
もう一度尋ねようとあたしが口を開きかける直前、彼は言葉を発した。
『緋音と○○○だったら、緋音に決まってるじゃないか。』
「どうして?」
「緋音は仕事を手伝ってくれるし、疲れたら肩も揉んでくれる。
思わず口の端を抓ってやろうかと思うくらい小生意気な口を利くくせに、
なんでかわからないけれど可愛くて可愛くて仕方ない。
○○市は仕事も手伝わなければ、肩も揉まないし、
小生意気な口を利かない分可愛らしくも無いからね。」
そ、それはアメリカンジョークとかいうやつではないのか?
褒めているのかけなしているのかわからないような内容だが、
なんとなく納得させられてしまう、妙な説得力がある。
おっと、ここで納得してしまったらあたしの負けだ。
「テキトウな話をしないでよ。面白ければいいってもんじゃないんだからね」
『テキトウな話じゃ無い。本当にそう思っているよ。それに…』
それに?
何よ。唇を尖らせたあたしの鼻をつまんで(寝起きの熊三センセイにあたしがやったみたいに)
『睨まないの。』
「う。」
『それに、緋音を敵に回したら、この選挙は戦えない。
緋音との間に軋轢があったんじゃ、私はやりたいようにできない。』
「どゆこと?」
『緋音のパワーで周囲を蹴散らしたり、嗾けたりされたら、周りと緋音の間で軋轢が出来てしまう。
 選挙って一人でやるものじゃ無いから、それに、基本的には全てボランティアだから、
緋音が手伝ってくれる皆の関係を故意に壊そうと目論んで、
緋音のパワーで実行すれば、結束力なんて簡単に壊れてしまうものなんだ。
だから、緋音を敵に回したら私は確実に負けるだろう。暴走する緋音のパワーは、
私にも止められない。もともと持っている生命のエネルギーの違いのようなものだから。』
なんだ。よくわかってるんじゃない。
そう。あたしは、破壊と創造のエネルギーが他人より強い。
父の作った既存の秩序を崩して、あたしは全く新しい自分の道を切り開く。
そもそも、彼との出会いも、勤労学生という今の立場もそうやって獲得したものなのだから。
……いいわ。じゃぁ、あたしもあたしの好きにさせてもらおう。
「これから1年半は、好きにさせて。4年間貴方の犠牲になるんだから、それくらい当然でしょ?」
 いつも以上に挑戦的な瞳で、唇に薄笑いを浮かべて、あたしは彼を見やった。
あたしの手に委ねられた部分は、かなり大きい。
簡単に彼の思い通りになるつもりは、更々無い。
なんとしても彼が市議になるのを阻止しなければ。
あたしのセンセイが皆のセンセイになるのは許せなかった。
今でも、そのキモチが間違っているとは思っていない。
腹の中にそのキモチをしまいこんで、あたしは機を待つことにした。

「二つの野望」編 完


2002年6月、彼は立候補予定者となる。
党に公認若しくは推薦をもらう必要があったからだ。
ここで、私と古狸氏しか知らなかった出馬の予定が
周囲に知られることになる。
市内で行われた党の会合に、
彼の「支援者」として強制的に出席させられたあたしは、
「彼が当選しないように」するために、具体的に動き始める・・・・・・

「二つの野望」編の2001年夏〜
彼が出馬を明らかにした2002年6月までの間にあったことを
告白しようか、やめようかずっと悩んでいて、upできなかったんです。
本業の方である土地開発に関わっていたのが、
利権目当てのヤクザ屋さんが大勢出てきたり、
警察さんや県の役所とひと悶着あって、
一人でカネを貪っていた元請の社長が逮捕されて
一時的に山の平和は戻るのですが
うちの会社は経済的にかなり厳しい状態に追い込まれます。
その中で、私と彼との関係がある人にバレてしまって。
結果的に彼女は私たちを援護してくれるのですが、
自分自身を嫌いになった彼は、絶望の中で私との関係をも絶とうとします。
「部屋は解約する。こういうことは、もう終わりにしよう」
車の中で、静かに、彼が紡ぎだした言葉に、あたしは、信じられない顔をした。
「なんで・・・?」
先生は、無表情を装っていた。
不意打ちをくらったような、後頭部が、ぐらん、と大きく前のめりになったような、衝撃。
「学園は、もうやめる。」
「第3者に知られたでしょ?『愛の巣』だって。
どうして言ったの??二人だけの秘密だったのに。」
「だってあの状況下でどうすればよかったの?」
「荷物なんて駅まで茜が運んだってよかったじゃない。
会社の寮っていう言い方もあった。なのに横付けなんて」
「だって時間も無いし、センセイのこと助けなきゃって、それしか考えてなかったのに」
「だったら!・・・助けたいなら、どうして銭婆に言ったの?ハクだっていたのに。
あそこは先生の精神世界で。緋音と先生の秘密のお部屋で。」
「あたしだって守りたかったもん。」
でも、それよりも、熊三が生きててくれることのほうが、よっぽど大切だったから。
「緋音は、誰かに認めてもらうことを望んでいるところがある。
自分たちの関係を。そうすれば、
世界に居場所を見つけられる気持ちになれるって思ってるところがある。」
熊三のいうことは、ちょっとだけ、違う。
あたしたちの関係って、恥じるべきものなの?いけないことなの?
違うでしょう?悪いことしてないんだから、堂々としていればいい。
一夫一婦制っていうのは、一度に2人以上と法的に結婚できない法律ではあるけれど
一度に2人以上の女性と関係を持ってはいけない法律ではない。
婚姻届を出せないというだけのこと。
人の心は、法では縛れない。富や権力でも完全に心を掌握することはできない。
センセイが、教えてくれたのよ?
「縄で体を縛らなくても、言葉で心を縛ればいい」って。
世間体ってそんなに大切なの?政治家になるために?
あたしは。熊三センセイのことが好き。好きだから好き。
後ろめたい気持ちなんて、ない。認めてもらう必要なんてなかったの。
ただ、全て隠せば、この関係も、あたしのことも、無かったことにも、できるわね?
隠す行為は、それだけで罪悪感を漂わせる。
全てをオープンにする必要も無い。大切なプライバシーだもの。
でも、あたしは、熊三のことを愛している、自分の気持ちを大事にしたいから。
隠して、見えなくして、自分の中でも、殺してしまうのは、絶対にイヤだったの。
「もう学園なんてやめる。緋音は今までどおり仕事は手伝って?
弟子なんだから、それは辞めることなんてない。
仕事の上での師弟関係は、このままでいい。ちゃんとギャラも払うよ。
給料未払いの分も払う。師弟なんだから、仕事の上で付き合っていけばいい。」
「生徒、やめるの?」
「学園の、生徒はね。」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
あたしは、絶叫した。車の中で、否、外にも響いてる。
反響があたしの頭を、さらに激しく、揺さぶった。
嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。あたしは、絶叫した。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ。なんで?なんでなんでなんでなんで!!」
熊三と別れた後のことなんて、想像がつかない。
「だって、センセイを助けたかっただけだもん。
あの状況下で。ほかの方法なんてわかんなかった。助けるだけで精一杯で。
先生のことが大好きで、愛してて、絶対に守りたくて。
こんなの・・・いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
他人に話したのは間違いだったのかもしれない。
でも、あのときの、あたしの気持ちは、間違っていなかったはずだ。
これだけは譲らない。たとえ熊三先生であっても。
あのとき、銭婆に、「先生を助けて」って言ったあたしの気持ちは、
絶対に間違っていなかった。
銭婆の前で、一粒だけ零したあたしの涙は、嘘じゃなかった。
現実感が、乏しすぎて、なんだかドラマを見てるみたいだ。
「もう会えないの?」
「先生が大阪に行くよ。仕事で会えるでしょ?師弟なんだから。」
「でもこっちにはもう来れないんでしょ?」
「おうちで、大阪で、先生のお仕事を手伝って?」
「緋音のこと嫌いになったんでしょ?お部屋のことを言ったから。
退学させて、5人目の生徒を採るの?」
「ううん。もう、閉校。緋音で最後。
ほかの誰かを5人目にしようなんて思ってもいない。
まさかこんなことになるなんて、考えてもみなかったよ。」
「こんな哀しい別れ方するくらいなら、学園なんて無いほうがいい・・・??」
「そう。二度としない。それに、我々の行為に何もペナルティが無いなんて、
やっぱりいけないと思う。茜も、先生も。茜だけの所為じゃなくて、
何も指示してやれなかった先生の責任でも、ある。」
わざと棒読みにしたような、抑揚の無い声だった。それなのに、じんじん伝わってくる。
車のハンドルを握った手が、細かく震えていた。
先生は、あたしの方を見なかった。見たら抱っこしたくなるから。辛過ぎるから。
その重みに耐え切れなくなるから、大人は、目をそらす。
これ以上、傷つかないために、大人は、距離を置く。
「哀しすぎて涙も出ないよ。」
「そういうものなんだよ。本当に哀しいときは、泣くことさえ、できないものだ。」
「お部屋に行って。ご飯なんていらない。お部屋でお話しよう。」
大事な話を、しよう。あたしは、先生の顔を見て、言った。

部屋の鍵を開けて。あたしは、やっぱり、まだ信じられなかった。
気持ち悪いくらいの違和感。大人になるって、そういうこと?
本当に、あたしは、徹先生と、さよならしなきゃ、いけないの??
「絶対、違う」
だって、こんなのおかしい。あたしは、熊三センセイのことがすごくすごく好きで。
いとおしくて。センセイを尊敬していて。
熊三センセイも、あたしのことを、大事に大事にしてて。大好きって、いつも言う。
その気持ちに嘘は無くて。いつだって、真実だったのに。
それなのに、別れなきゃいけないなんて。
さよならすることが、責任の取り方?ペナルティ??
目の前にある面倒なことを総て捨てて、関係を清算してお仕舞い、って。
そんなの、単なる「逃げ」でしかない。
無理やり納得するための、大人の「口実」でしかない。
愛の強さなんて、誰にもわかんない。
どっちが、強く想っているか、なんて、誰にも見えない。
あたしの取った行動を、熊三は、怒りを通り越して、哀しくなった、って言ってた。
裏切られた気持ちなのかもしれない。
でも、あたしは、熊三を助けたくて。彼が生きてることのほうが大事で。
たとえ、さよならすることになっても。
センセイが、元気で、自分のこと大好きで、いれば
それだけで、あたしは、世界の総てに感謝できる。
だから、最終手段をとったの。
熊三センセイが危険なこともなくて。やりたいことができて。自分を愛することができて。
それだけで、いいって思ったの。
それなのに、彼は、あたしが学園を軽視してる、なんて言う。
どうしてそんなふうに思えるんだろう?
どこで、あたしたち、間違っちゃったんだろう・・・。
センセイは無言で手を洗っている。横顔は、無表情だった。苦悩している、無表情だった。
「ねえ、お話をきいて。一生懸命お話するから。最後まで聞いて。」
あたしは、この時点で、涙を一滴も零していなかった。
「うん。今日は朝までお部屋にいるよ。」
やっぱり、無表情を装って、答えたセンセイ。すごく傷ついてて、痛々しくて。
でも、同じくらい、あたしも、傷ついて、二人とも、ボロボロだった。
狂って、壊れてしまえれば、まだ良かった。
あたしの頭の中は妙に冷静で、
このまま、ショックのあまりあたしは死んじゃうかもしれない、って、一瞬だけ思った。
本気で、思った。イヤだ。絶対、イヤだ。死にたくない。終わりたくない。
「学園」をやめるなんて絶対にいやだ。
そしたら、あたしの中に、「言いたい気持ち」があふれてきた。
あたしの中に、ものすごく強くて、大きくて、靭な力が。
いつも、最悪の事態で、誰も予想だにしなかった結果へ、
あたしを突き動かす原動力が、あたしの中に、満ち溢れて・・・
「『別れるしかない』んじゃなくて、あたしは、『一緒にいる』方法を模索したいの。
あのね、真剣に考えるから。まじめにお話するから。
一生懸命お話するから、最初から『ダメ』って言わずに、緋音のお話を聞いて。
熊三センセイ、緋音の、お話を、聞いて。」
あたしは、センセイの顔を真正面からとらえた。絶対に、逃げちゃいけないんだ。
先生、緋音から目をそらさないで。
あたしを見て!あたしの目を見て!!あたしの声を聞いて!!
大人の理屈で、傷つかないで済ませて、あたしから、状況から、逃げないで。
先生は、苦しそうに、あたしを見た。
「・・・わかった。緋音、お話、して?聞くから。
大丈夫。先生は、人の話はちゃんと聞くよ。どんなときでも。」
あたしは、頷いた。ベッドに腰を下ろしたセンセイ。
下腹部のあたりが、ずくん、とうずいた。本能が、交わろうとする。欲情とはちがう。
乳児がお気に入りの毛布やタオルケットを探して握り締めるのに近い。
あたしは、衝動的に、ズボンを脱いだ。パンツも。
「センセイ、大人にしてくれるって、言ったじゃない。
熊三センセイじゃない人と『初めて』をするなんてあたしは絶対に厭。
こんなに好きになれる人なんて、先生しかいないから。」
今まで気づかなかったけれど、あたしの身体には、愛された記憶が刻み込まれているのだ。手を伸ばしたセンセイに触れられて、
あたしの皮膚細胞の一つ一つが、そこに集結するように、反応する。
でも、彼はそのまま両手で丁寧にあたしのパンツをずり上げた。
丁寧ではあるが、できるだけ事務的にしようと努めているのが、
視線を伏せたままの彼から伝わってきた。
しかしそれでも、触れる指は、あたたかくて、やさしかった。
「そういうのは、やめよう。そんなことしたら、もっと哀しくなる。」
明日の朝が、もっと辛くなるから。
センセイはあたしを、正視できずに、ボソ、と付け足した。
あぁ、あたしはまた、この人を、傷つけてしまった。ごめん。ごめんなさい。
「じゃぁ、Hなことは何もしないでいいから、お話聞いて。」
「うんわかった。おいで。抱っこしよう。」
ベッドに横たわったセンセイの横に、同じように、寝転んで。
いつもと同じような形の抱っこなのに、ほとんど力が篭っていない。
抱きしめたら、歯止めがきかなくなるから。そしたら、余計に哀しくなるから。
それがわかっているから、センセイは、そうしない。
それが、大人の優しさ、なのかもしれない。
でも、あたしには、「大人の優しさ」は、すごく冷たかった。
傷だらけになっても構わない。
血まみれになっても、その手が、硬く、握り合って、繋がっていれば。
いつもあたしは、そう思って全力でセンセイに、総てに、ぶつかっていたから。
どんなに傷ついても、どんなに痛くても、辛くても、哀しくても、苦しくても
自分の心を、自分で殺すことだけは、絶対にしない。
こんな抱っこはイヤだ。
あたしは、形だけの抱っこを拒否した。センセイの両頬を、両手で挟んだ。
「センセイ、緋音はセンセイの顔を見て、話すから。
大事なことだから。真剣に話すから。一生懸命、話すから、緋音の顔を見て聞いて」
あたしたちの「世界」が終わるそのときまで、熊三センセイは、緋音だけの先生でいて。
「辛いんだよ。先生だって・・・大好きだから。」
でも、ここで向き合うことをやめたら、あたしたち、二人とも、救われないから。
「わかってる。でも、すごく悲しいけど、最後かもしれないから、
センセイの顔を見て、話したいの。センセイも、緋音の顔をちゃんと見て、聞いて。」
うっすらと、センセイは、目を開けた。半開きの瞳が、心なしか、潤んでるように見えた。
絶対に迎えたくない結末ではあるけれど。
朝までに、二人で一緒にいる方法を、見つけ出せなくて
あたしたち、すごく哀しいことになって、明日の朝、さよならしても
言わなきゃいけないことが、あたしには、たくさん残ってた。
大事に大事に愛されたこと。ぎゅーって、強く強く抱きしめられたこと。
「大丈夫だからね」って「傍にいるから」って言ってもらったこと。
淋しくて、壊れそうな夜に、傍にいてくれたこと。
あたし、まだ、一言もお礼を言ってない。
「ありがとう」も、「ごめんなさい」も、たくさん言わなきゃ。
もう二度と、こんなふうにはお話できなくなるかもしれないから。
言えるうちに、後悔しないように、泣きながらでも、何十回も、何百回でも、
うんざりするぐらい、しつこいくらい、「ありがとう」って言わなきゃ。
センセイの生徒でいられて、幸せでした、って、
あたしのことを受け入れてくれて、
今まで、愛してくれて、愛されるってことを教えてくれて。ありがとう、って。
さよならしても、たとえ本当にもう二度と会えなくなっても。
緋音は、熊三センセイのことが、大好きだよ、って。
朝まで、あと、7時間。
でも、やっぱりあたしには、これで終わり、っていう実感は、少しも沸かなかった。
やっぱり、学園を閉校するのは、安易な方法だとしか思えなかった。
学園を続けるための努力をしたかった。一緒にいられる方法を、見つけ出したかった。
車の中で、先生の、「愛の巣」発言を聴いて、あたしは、ふと、思い当たっていた。
あたしたち、どこかで間違えていたのかも、しれない。
だって、学園は「学校ごっこ」だけど、
愛人とか二号みたく安っぽいものなんかじゃ、ないもの。
ここであたしは、多くを学んで、自分自身を素敵なレディに育てなきゃいけない場所で。
熊三に守られて。他の誰でもない、熊三先生に存在を認められて・・・
あたしは、タダの愛人に、成り下がっていたのでは、ないか。
他の誰かにあたしたち二人の世界を理解してほしいって思って。
(学園を存在させることができるのは、あたしたち二人でしかないのに)
単なる上司との不倫に、堕ちてしまっていたのでは、ないか。
あたしたち自身が、学園を、穢してしまっていたのでは、ないか。どこで?どうして??
そもそも、現在だって、学園の生徒と先生っていう、
あたしたちの関係から、あまりにも離れすぎているのではないか??
あたしの口元から、気持ちが、そのまま言葉を形作って、流れるようにあふれ出した。
「あのね。先生。本当はどういう学園にしたかったの?」
あたしは、尋ねた。時間が、止まっているかのような、静けさ。
「あたしを、どんなふうに、育てたかったの?あたしは、育っているの?
今みたいに、こんなふうに、育てたかったの?」
答えは、自ずと、二人の間に生まれ出でる。
熊三先生の唇が、開いた。あたしに向かって、はっきりと、声を発した。
「いいや。こんな哀しいことには、したくなかった。
緋音が、外側も内側も全部、素敵な大人の女性になれるように・・・・・」
自分の声を耳で聞きながら、彼も、もう、気づき始めていた。
あたしたち二人がおかしてしまった、本当の間違いに。
歯車が噛み合ったことを、目で確認して、あたしは、言葉を捜した。
哀しい事実を、認識すること自体が、あたしの心を、更に深く傷つけるけれど
破壊も、治癒も、まず対象に目を向けなければ、始まらないのだ。
心が言いたがっている言葉は、ひとつ、ひとつ、ちゃんとあたしの中にあった。
語彙は豊富なつもりだけど、技巧は要らない。素のままで、生(キ)のままの言葉でいい。
「二十歳になったけど、中身は、17歳の、あの夜のままで、
外側だけ状況に振り回されて、無理やり大人の振りしてるけど、
あたしは、あの電話の夜のまま、育ってないんじゃないかと思うの。」
だって、もう2年も経ってるのに、状況がめまぐるしく動いてるだけで、
根本的なところは、あの夜のまま、成長が止まっている。
ずっと、気づかない振りしていたけど、薄々、あたしは感じていたのだ。
どうして成長しないんだろう・・・?
苛立ち。自分への。いつまでたっても、お子様な自分が、歯がゆくて、
無力な自分への怒りは、熊三と会えない間に、自分の心を、ひどく傷つけた。
もっと上手に動けないのは、どうして?あたしは、大人になったはずなのに・・・って。
でも、二十歳を超えたからといって、すぐに大人になれるわけではない。
背伸びをするのではなくて、毎日、ちょっとずつ、
育っていかなければならなかったのだ。あたしは。
そして、熊三は、あたしが育つのを、見守って、育てなければいけなかったのだ。
二人して、状況に振り回されて、玩ばれて、多くの複雑な人間関係と経済的拘束の中で、あたしたちは、本来目指していた目標が、見えなくなっていたのだ。
そう。仕事のことも、この関係も、慣れただけで、成長したわけでは、無いのではないか。
縦軸に沿ってまっすぐ進めずに、横軸の方へと伸びて、伸びて、
気がついたら、とんでもないところまで、来てしまったのではないか。
「だって、あたしたちは、先生と生徒なんだよ。
それなのに、夜おそく一緒に仕事から帰ってきて、お酒とHの相手をして、
朝、一足早く出勤するセンセイを送り出すなんて、それ先生と生徒の関係って言える?」
やっぱり、あたしは、この1年で、愛人そのものに、なってしまっていたんだ。
背中の肩甲骨の間がぞく、とした。どうして気づかなかったんだろう。
こんな、ハリボテな学園で、あたしたちは、セックスこそしなかったけれど、
心も身体も、自分たちで、貶めてしまっていたんだ。
「お仕事のパートナーになるんじゃなくて、
先生と生徒でなくちゃいけなかったんだよ。師弟関係でいなきゃいけなかったんだよ。
対等になっちゃだめなの。これじゃ、仕事のパートナーと不倫してるだけじゃん。
男と女っていう、対等の関係になってしまってる。」
あたしも、この世界で、この仕事をずっとやっていきたい。
仕事の上での師弟関係も続けたい。先生の弟子として、一人前のクリエイターになるまで。
でも、そのこと自体は、別にいけないことではないはずだ。
金銭的拘束が絡んでて、どうしても仕事をしなきゃいけなく(させなきゃいけなく)て。更に非常事態で、自己判断が必要な場面も多かった。それ自体は、仕方の無いことだった。
でも、先生は、あたしに押し切られちゃいけなかったんだ。
あたしがした間違った判断を、正さなきゃいけなかったんだ。
あたしたちは、先生と、生徒なのだから。
「仕事のことを、一番重視しちゃったのが、間違いだったんだよ。
社員である前に、弟子である前に、あたしたちは、学園の生徒と先生なんだから。
そのことを一番大事にしなきゃいけなかったんだよ。
そのスタンスさえ間違わなければ、お部屋があっても、
イヤラシイ関係なんて誰も思わない。
堂々と、寮ですって言えばいい。あたしたちの関係に疚しいところがあったから・・・」
きっと熊三は、自分自身が嫌いになってしまったんだ。
自分自身がフェアじゃなくなってしまったんだ。
そう。あたしが大学に入るまでは、きっと、まっすぐだったんだ。
この1年で、いろんなことがあって、大きくあたしたちの関係が、ズレてしまったんだ。
いつでも会えるようになって。あたしたちの関係に占める仕事の割合が増えて。
男と女の割合が増えて。だからこんなに、違和感があって、疲れてしまうんだ。
だからこんなに、傷ついてしまうんだ。
どうしてこんな簡単なことに、気がつかなかったんだろう。
あたしたちは、本来の関係から、どんどん遠ざかってしまっていたんだ。
あたしたちは、学園の基本理念に反した日常に、いつのまにか慣れてしまっていたんだ。
一気にまくしたてたあたしは、今にも泣きそうな目をして、
それなのに、口元には、微笑みを浮かべていた。やっと、気づいた。
「緋音、最後のお手紙、読んで。」
総てを悟って、センセイは静かに、あたしの髪をなでた。最後の手紙。
分厚いファイルを取り上げて、あたしは、16枚分の、自筆の、小汚い字を、追った。
あたしの勝手な行動を反省するところから、始まって。
最後になることを予感させる文章が続いた。
あたしも、この状況と関係に、無意識的にではあるが危機感を抱いていたらしい。
これまでの関係について振り返ってみたり、過去の手紙を読み返して思ったことなどを
とりとめなく綴った手紙。鼻水ぐしょぐしょで。でも、あたしは、読むのをやめなかった。
手紙の最後は、熊三センセイへの、感謝の言葉で締めくくられていた。
いつ、どんな形で終わることになっても、これだけは、伝えたかった。
いつか、言えなくなるときがくるかもしれないから。
言えなくなるときが、くるかもしれないから。言えるうちに、何度でも伝えておこう。
何度でも、聞いてほしい。一言で、言い尽くすことなどできないから、何度も言いたい。
あたしは、熊三センセイが大好きです。
『ありがとう。緋音を愛してくれたことに、感謝します。』
緋音より、森野熊三へ。
しゃくりあげながら、あたしは、最後まで読み上げた。
230通目の手紙。2年と1ヶ月半で、ファイルの数は、5冊目を数えていた。
「すごいラブレターだね。」
ぽつん、と一言だけ、センセイは感想を漏らした。もう、あたしの決心はついていた。
「センセイの言うとおり、学園を閉めよう。こんな関係は間違ってる。
あたしたちが求めてたのは、先生と生徒で、男と女とか、社長と愛人秘書じゃ無かった。それなのにこんな風になってしまって、ヤクザ屋さんたちに疑われても仕方ないよ。」
あたしは、ひとつの答えを、導き出していた。
「あのね、先生。もっかい、あの夜に戻ろう?2年前の夜に戻って、
先生と生徒で、最初っから、やり直して、今度は、あたしを、ちゃんと育てるの。
素敵なレディになれるように、育てなおすの。
間違えたことに気づいたら、何度でも、軌道修正すればいいじゃない?
さよならなんてしないで、そのつど二人で、やり直せばいいじゃない?」
センセイは、あたしの目を凝視していた。
いつのまにか無くしてしまって、ずっと探していた大事な何かを、見つけたような表情で。
そして、小さく、口を開いた。
「・・・・・・・そうだね。」
「良かったぁ。やっと気づいたね。センセイ。」
あたしは、熊三の胸に、勢いよく飛び込んだ。
盛大に泣きながら、あたしは熊三にしがみついた。
あたしたちは心身ともに消耗して、疲れきっていたけれども
安心感に満たされていた。
「大丈夫だからね。もう二度と「学園やめる」なんて言わないからね。
そうだよね。間違えたら、何度でも、やり直せばいいよね。」
先生は、はじめて、ぎゅーって、あたしを抱きしめた。
「もっと先生に乗っかってごらん?お胸の上に、どーん、って。おいで。
……こんな大事な子と別れるなんて、できないよ。」
いつもみたいに。力いっぱい抱っこして、啄ばむキスを、数え切れないくらい。たくさん。
「もうさよならしない?お終いにするって言わない?」
「絶対、しない。大事なことを、忘れてたね。良かった。緋音が教えてくれて。
もう、何があっても、学園が無くなったり、先生と生徒の関係が終わったりしないからね?
絶対、絶対、大丈夫だからね?」
うわぁぁぁん。
熊三に抱っこされて、力強い腕で抱っこされて、あたしは泣きながら、彼の声を聴いた。
彼はあたしが泣き止むまで、ずっと背中にぴたぁっと手を当てて、なでなで。なでなで。
ほっとした表情をして。ほっぺたをきゅーってくっつけて。
誰より、何より愛しく、守りたかったのは、熊三センセイの笑顔。
あたしだけに見せる、優しい微笑。
やっと、戻ってきた。かえるべき、場所に。時間に。関係に。
あたしたちは、新しい学園を、始めよう。
何度でも、何度でも、生まれ変わって。原点に戻って。
新しい二人の学園を、始めよう。
熊三はこの春の選挙に某党の推薦という形で出馬が決定していた。
緋音は反対していた。
勝手に熊三の都合で秘書やら姫様やらに仕立て上げられるのは私の本意ではない。
そして、彼を頼ったり利用したり、蹴落とそうとしたり、腹の中では何考えてるかわかったものではない俗物たちのお相手をさせられるなんて。
彼は私だけのセンセイで、皆の「先生」になどなって欲しくない。
さらに、
彼の運転する車の助手席に乗ってはいけない、たとえ真夜中で人通りがゼロであっても、外で手を繋いではいけない、
キスもハグも全て人目を気にして、
市内で一緒に睦まじく買い物(事務用品類除く)ひとつできない。
これだけ我慢して、利点が
市議の経費の中から、月々3万円を私に(事務職という形で)上乗せされる
3万円であたしが貴方の言うとおりに動くとでも?
……嫌だ。
でも、経済的に苦しい状況に追い込まれているうちの会社にとっては、
市議になった彼の給料は、ドラえもんの四次元ポケット並みに重宝するだろう。
何ヶ月も続いている給料遅配もなくなる。
そうすれば、私は学費を払える。親への借金も返せる。
実家に帰って肩身の狭い思いをする必要も無い。
心を切り売りするような、それって本当にあたしは幸せになれるのだろうか?
少しでもこの貧窮した財布の中が札束で埋まれば、確かに生活は回っていくだろう。
その一番手っ取り早い方法が、彼を市議にすることだ。
しかし、仮に熊三にとっては自己実現であったとしても私にとっては、ただの苦痛でしかない。
ただの苦痛。否。「ただの」苦痛で終わらせるにはあまりにも辛い。
何より、一番私が嫌だったのは、彼が自分のエゴだと理解していないところだ。
あたしを彼の自己満足に付き合わせるのだということを理解していて、
それでもそれを望むのならば、面白い。
そこまでの野望を持つ、サディストであるのならば、
あたしは不敵な笑みを浮かべてとことんそれに付き合ってやっても
良いと思っていたけれど、そうは思っていないらしい。
「4年間は緋音にも+になる。新たな人間関係を築いてビジネスに活かすこともできる」
そんなことはどうでもいい。全ては失うものとのバランス次第だ。
失うものが大きすぎる私にとって、その利点は軽すぎる。
メーターの針は大きく振れたままだ。
考えるだけでも吐き気がする。
タイムリミットが近づくにつれ、私の精神は乱れた。
どうしても、協力する気になれない。
私は最終結論を出した。つもりだった。
「やりたいのならば勝手にすればいい。
私は選挙にも政治活動にも一切協力しない。
でも、立場上4年間イロイロ我慢させられるのだから、
給料とは別に迷惑料月々3万円は払って欲しい。
その際市議の経費から出して。
遅配している給料120万円は当選したら半年以内に全額支払うように。」
そしてこの条件を彼は飲んだ。
後は何も考えなくていい。今度の春の統一地方選には一切タッチしない。
あたしは、「同時進行で通常業務を続ける
(ためのスタッフが、零細企業であるうちの会社に私しかいない)」
という名目でただ淡々と仕事をすればいい。
当選しても4年間、一切政治にはタッチしない。
そして、4年後の2期目は無い。
「もう二度と選挙には出ない(今回限り)」と約束させたのだ。
テープレコーダーに録音して、しっかり署名までさせて。
あとは、この署名を頼りに乗り切るしかなかった。
ところが、熊三の周りには選挙スタッフがいなかった。
準備が遅すぎたせいもある。2003年の1月初旬の時点で、
写真を撮った以外は何もできていない。
チラシも、ポスターも。駅での朝立ち(朝勃ちではなく)も。
何をしていたかというと、資金作り。ただそれだけに明け暮れていたのである。
出資者が居ない。このままでは供託金さえまともに払えない。彼は資金繰りに走り回った。
つまり選挙を3ヵ月後に控えたこの時期に、彼が出馬することさえ知らない地元住民が大半だったということである。
それで熊三は当選するつもりだというのだ。
私は否応無しに、手伝わされることになった。
党や市に提出しなくてはならない書類。PR活動のためのチラシ。
マスコットキャラクター。後援会入会申込書の書式。選挙事務所の案内状。
どうしてあたしが?絶対に手伝わないと約束したのに。
こうなったら、バランスシートを自ら動かすしかない。
私は悟った。
どうすればいい?何を使えばいい?
私という記号を消して、何か戦局に影響を与えることはできないだろうか?
考え付いたのが2chだった。
彼を2chに引きずり込んでやる。そこで叩かれて、あおられて、ボロボロになればいい。
様子を見ながらあたしが叩き落したり、持ち上げたりして、戦局を操ってみよう。
直接選挙に影響するかどうかはあやしいところだが
(情報・世論の集まる場所でもあるし、
インターネット利用者における2ch利用パーセンテージも高いが、
実際に票に響くかどうかといえば微妙)
匿名で彼を叩ける場所はここしかない。
2chの某板某スレッドに、熊三を中傷するカキコをしてみた。
反応があったので、それを熊三に見せる。熊三は自ら弁明するカキコをした。
そのことで2ch利用者に熊三の存在を知る者が出てきた。
他の板でも、私は同じように中傷してみた。
すると2chねらーが勝手に煽ってくれる。
そして私は何食わぬ顔で
「またなんか叩かれてるよ?対策考えないと」と彼に進言するのだ。
そしてまた彼は、2chを自己PRのための場所として認識し始める。
77名無し物書き@推敲中?:03/07/03 09:38
age
       あなたにノーベル賞!
79名無し物書き@推敲中?:03/07/03 19:28
感想もここでいいの?
80名無し物書き@推敲中?:03/07/05 21:59
ageておく。
緋音さん、こっちは誰も叩いたり煽ったりしないから
新作UPしてください。
81:03/07/10 11:44
ほっしゅ
続き書いてよ
スレ違いでうざかっただけで、話自体はそう悪くないとおもからさ
82名無し物書き@推敲中?:03/07/10 22:12
age
83直リン:03/07/10 22:13
84緋音:03/07/11 12:39
彼はあたしに気づかなかった。
いや、2ch上であたしが動いて、
バランスシートを握っていること
(=あたしの意志ひとつで彼を叩くことも持ち上げることもできるということ)
はもちろん承知していたが
彼についての最初のカキコがあたしの自作自演で、
その後も実際にあたしが熊三を攻撃しているということには
気づかなかった。(と、思う)
周囲のスタッフ(いまどきまともにPCを触ったことさえない近所の主婦連中)は
なんかよくわからないけれどあたしがインターネットで動いてる・・・
ってことくらいしかわかっていなかった。

そうやって誰一人気づく者もいないまま
彼は、あっさりと敗北した。
(2chの影響というよりむしろ元々彼に知名度が無かったせいだと思うが)

彼を応援していたさる政界の大物とその秘書に向けた、お礼の手紙で
「二度と彼は出馬しない」とあたしは書いた。
また彼らに唆されたら、たまらない。
しっかり釘を刺しておくことにしたのだ。
85名無し物書き@推敲中?:03/07/11 18:43
kitaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
86:03/07/11 19:45
緋音やっとキタ━━━(゚∀゚)━━━!!!!

待ってる人いるからよろしく
本人確認の為にトリップ(名前欄に「#好きな文字列」)付けるとなおよし
87名無し物書き@推敲中?:03/07/11 19:49
皆さんは「第18光洋丸沈没事件」と「水産庁船からしま沈没事件」についての報道があまりにも少ないと思いませんか?

参考程度に↓のフラッシュをご覧下さい。
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/1983/koyomaru11.swf
88緋音 ◆35uDNt/Pmw :03/07/11 21:45
トリップこれでOKかな??
皆さんスレ違い+自分勝手してごめんなさい。
自分でカキコしたんで無いにせよ、良スレを荒らしてしまったのは私なので
申し訳なく思っています。
もうROM専でいようと思っていたのですが、
1さんがスレ立ててくださって
わざわざ過去ログからコピペして
続きを待ってて下さる方も大勢いて下さって…。
せっかくのご好意なので、
今後もマターリペースですがカキコさせていただきます。
よろしくお付き合いください。
89緋音 ◆SEolXIs7bg :03/07/11 21:59
あの……偽者さんなんですが。
90名無し物書き@推敲中?:03/07/11 22:15
本物DOTTI!!!!!!!!!!!!!??????????????????
91緋音 ◆35uDNt/Pmw :03/07/12 00:46
自作自演している間
本当はどっちなんだろう?と自問自答を繰り返していた。
彼を応援しているのも
彼を当選させたくないのも
間違いなくあたし自身の嘘偽りの無い気持ちだったから。
そして、それは彼への非難であり、ひとつの主張。
手伝いたくない。選挙なんて嫌だ。
ただ逃げたかったのでは無い。

主張を受け入れてくれさえすれば、それでよかった。

行為を禁ずることは、仕方ない。
でもその裏にある(行為を引き起こす)理由を受容して欲しかった。
どうしてこんな簡単なことに彼は気づいてくれなかったのだろう。

「選挙を手伝うのは嫌なんだね?
 政治家になった僕が今までと変ってしまうような気がして不安なんだね?
 ごめんね?嫌なこと手伝わせて。
 でも、仮に政治家になれたとしても、できるだけ変らないでいるようにするからね」
そう言ってくれたら、今ほど不満には思わなかったのに。
手伝いだって、もっと素直にできたのに。

出合った頃の彼ならばきっと気づいたに違いない。
日々の雑務や、緊迫する状況(仕事上の)に追われて
彼の心のキャパシティは余裕を失っていったのだ。
そしてあたしの満たされない想いは日に日に肥大化していったのだ。

最後まで彼はあたしの本当の意図に気づかなかった。
いつか、このスレッドを彼に読ませようと思う。
自分の口で熊三に言うのは、やっぱりまだ辛いから。
92山崎 渉:03/07/12 10:51

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄
93O塚:03/07/12 16:29
94_:03/07/12 16:39
95山崎 渉:03/07/15 11:43

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄
96名無し物書き@推敲中?:03/07/15 21:38
ageておく。緋音さん続きできたらupして
97山崎 渉:03/08/02 01:15
(^^)
98山崎 渉:03/08/15 12:56
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン
99名無し物書き@推敲中?:03/09/11 20:46
(σ・∀・)σ<99ゲッツ
じゃあ100げとずさー
101名無し物書き@推敲中?:03/10/14 19:36
age
102名無し物書き@推敲中?
糞スレageッツ