>>901 水滸伝文庫派スレは、本スレから分派したスレだが、ここは違うだろう。
このスレから見て、楊令伝スレを本スレというのは適当ではない。
スレが立てられた時期から見て、スレ主は「史記」スレにしたかったんだろな。
水滸伝の終盤、同時期の血涙の感想をあちこちで拝見したが、一様に言われているのが、
騎馬隊のシーンばかりでウザいだ。楊令伝は輪をかけて騎馬隊だらけ。
どうせ史記も騎馬隊だろうと思うと、読む気は起きないな。
劉備・曹操・諸葛亮・信長・秀吉・家康のように、何度も小説化・映画化されて、読者の頭の中で
人物像が巨大に膨れ上がっている人物がいる。彼らならば、作者が独自に新しい要素を彼ら
のキャラに注入しても耐えられる。
楊令はオリキャラだ。水滸伝で登場するまでは、誰も知らない人物。
小さな器に、多彩な才能のほかに、ハードボイルドな要素から、夢を追いかけることまで、
多様な性格を詰め込みすぎた。
それでパンクした。
>>901 俺もいくつか書き込んでいるはずなんだが、どのレスが自分のだか見分けがつかん。
御大が、むかし書いたことをすぐに忘れるのも、無理はないな。
あんたは1年前に書いたことを忘れているだけだから、ふつーだけど、
1ヶ月前に書いたことを忘れる人もいるからね。
>>902 本スレの連中も、楊令が最近流行りの誇大自己症候群の症状にピッタリだったことを
発見して、どうして楊令を好きになれないかの理由がわかって、納得してスレを終了
させたみたいだよ。
病気ならば仕方ないということだろうか。
ちなみに、有名人では、オウムの麻原彰晃、池田小事件の宅間守、奈良女児誘拐
事件の小林薫らが、その病気らしい。
楊令伝は、史実を詳細に書き込むわけでもなく、フィクション性を高めて前作同様梁山泊のメンバーを
ひとりずつ丁寧に書いてゆくわけでもない。どっちつかずの作品だったので、どちらの傾向を好むファン
からも嫌われたな。その上、老若男女誰でも楽しめますよ、インテリも中高生もみんな来なさい、みたいな
大家ぶったところも嫌われた。
もう少し何をやるかを絞り込むべきだったし、絞り込む前に、やりたいことの内容を固めておくべきだった。
固まっていない大量のやいたいことを物語の中にばら撒いて、絞り込む対象もないままに、パンになる
前の小麦粉を、無理やり食わされているような小説だった。
大まかに言うと、梁山泊の同志が再結集して、前作ラストの童貫戦を、もう一度やっただけという
つまらん内容だったな。
前作では108人が結集するまでに10数巻を費やしたのに、続編では3巻で再結集してしまう。
これでは、各メンバーを面白く描けるはずがない。
そして肝心の童貫戦が始まるのは7巻あたりなんだが、それまで方臘戦・燕京戦という宋官軍の
戦いを描いている。梁山泊は無関係なんで、全然おもしろくない。
楊令梁山泊が宋江梁山泊以上の兵数を集めて、再度童貫と闘うという基本線が単純
すぎたな。軍と軍との戦いにおいては、いちど決着がついた。童貫が勝ったんだ。
同じことを二度やると全然おもしろくならんわ。
たとえば、まだ読者の知らない二世のひとりを、宋の官僚として登場させる。彼が、
張邦昌や劉豫を担いで、宋の廷臣の中で一大勢力を築き上げる。途中までは青蓮寺
をも騙している。その勢力が金軍・梁山泊軍と結託。華北に独立国を立てる。徽宗・欽宗
は金軍に拉致されるが、青蓮寺は南宋を建国。
他方では、抗金を唱える宗沢・岳飛の勢力が開封府に居座る。梁山泊と南宋のどちらが
彼らを取り込むか。結果的には、史実どおり南宋が彼らを抱きこんで、金・梁山泊と対等
に闘える軍勢を整える。
梁山泊軍を10万もの大きな軍勢にする必要はなく、この時代の歴史の中の各勢力の中に
梁山泊出身あるいはゆかりのある人物を配することによって、面白い物語を作れただろうに。
人をたくさん集めて一ヶ所に集まって戦いますよーーーというのでは、子どもの戦争ごっこだわ。
むこうのスレの続きをこっちでやるのはカンベンしてくれ。
いやいや、あっちのスレでも全く歓迎していない。
チラシの裏でやってくれ。
幻王や岳飛の皆殺しを、インタビューで言っておられた「権力とは何か?」を表現する具体例として
挙げられたのなら、視野狭隘と言わざるを得ないね。
まるで、権力とは、見せしめ刑によって民を屈服させることがすべてであると言わんばかりだ。
しかも同じことを幻王と岳飛の2名に行わせたのが良くない。権力の実体は、見せしめ刑を実施
する機関に尽きると強調しているように思える。
原始時代の権力、古代以降でも、社会の中に様々なレベルで存在する小さな中間的権力であれば、
あるいはそうかもしれない。
しかし、広域国家を統べる権力が、そんな単純な方法だけに依存するだろうか?
民を飼いならすための装置として、宗教、道徳、学問等々いろんな手段を用いる。見せしめ刑も、近年
まで用いられていた手段であるが、権力の実体がそれに尽きるものではない。
皆殺しに固執しすぎて、へんな誤解を与えているのではないかね?
生まれてから死ぬまで、ずっと高度に洗練された法治国家にいる先進国の現代人に、
「権力とは何か」を理解させる具体例として、見せしめ刑を選んだのは、失敗だったね。
実例を見たことがないからね。共産圏や後進国軍事政権の専制下でしかそのようなものが
見られないから、所詮他人事なのよ。
どうしてもやりたいのなら、内乱による無政府状態の下で、政治権力を自称する集団に
よって見せしめ刑をやらせれば良かった。
幻王がそれをやった頃の金国は、遼に取って代わろうとする集団で、比較的規模が大きい。
内乱によって遼国内が散り散りバラバラというより、二大政党の対峙のような印象がある。
そこで新たに政権を奪取しようとする集団が、倒れようとする前政権よりも、苛烈なことを
将来国民ないし領民になるべき民に対して行うはずがないのよ。敵に対しては苛烈であっても、
将来の民に対しては機嫌をとるよ。敵勢力を完璧に滅ぼした後は、民に対しても苛烈に
なるだろうけどね。岳家軍についても、まったく同じことが言える。
やるべき場面を誤ったとしか言いようがないね。不自然というより、狂っているように思える。
内に対しては人気を取らなきゃならないから、統治が安定するまでは絶対にやらない。
皆殺しをするのは、敵に対してよ。
暴力で一部の民を屈服させれば、他の多くの民は、なにもせずとも屈服するだろうと妄想するのも、
誇大自己症候群の特徴だろう。他人を見下している楊令なら、そう考えるだろうな。
とにかく、人を人とも思っていない、楊令の他者を見下したところが嫌だね。
孫範にそうしろと言われた岳飛が、はじめは言語道断と答えたが、それが正しいんだよ。
その差で、岳飛は誇大自己症候群と認定されていない。
917 :
無名草子さん:2010/04/16(金) 15:46:58
その後、岳家軍の民は岳飛に叛乱を起こし、岳飛は領分を失った。
皆殺しをすれば、ろくな結果にはならないということを表現したともいえるんだ。
その意味では、読者の要望に応えてくれたと考えてもいんじゃないの?
それはそうだが、その結果、楊令は皆殺しの成功者、岳飛は失敗者ということになり、その後、
二人が梁山泊領内で会話を交わした際、岳飛が楊令にひれ伏すような展開になっている。
あるいは、軻輔が言ったとおり、この物語の中では、幻王の皆殺しは本当の皆殺しではなく、
「皆殺しをしたつもりになっていただけ」ということにされたのかもしれない。
しかし軻輔が語っていた内容は、軻輔の主観的な意見にすぎず、それが物語に登場する
登場人物全員の客観的な共通の認識になるということはありえない。
どうも作者は、幻王の殺戮・略奪を、この物語の中から抹殺したいようなのだが、それは
できない。第1巻開始早々の最も目立つ重要エピソードである。あの事実を物語の中から
消滅させるには、事実を最もよく知る当事者である楊令自身が語る必要があるのではないか。
それも、焼討ちではないから本当の皆殺しではない、といった風の支離滅裂な論理を用いず、
実は、生女真である黒騎兵の兵士たちが、仇敵である熟女真を見て激昂して、楊令が抑止
できないほどに大暴れした。その現場にはカク瑾も耶律越里もおらず、楊令だけが見聞した。
楊令は、生女真の兵たちの乱暴狼藉の罪を一身にかぶるために、彼らを庇い、自分の命令で
行わせたのだとの悪い噂を流したとするしかあるまい。悪い噂そのものは、他の民を震え上がらせる効果がある。
リーダーの果断な決断力と情操の欠如との混同によって混乱しきっている楊令伝を救済するには、それ以外の方法はない。
>>918 >楊令は、生女真の兵たちの乱暴狼藉の罪を一身にかぶるために、彼らを庇い、自分の命令で
>行わせたのだとの悪い噂を流した
いいかげん、「民の皆殺しをすれば、人物が大きくなる」といったトンチンカンな妄想から、
目を覚ましてもらいたい。
信長の叡山焼討ちだって、むかしは信長嫌いの人々が、信長を攻撃するためのネタだったのだ。
最近は、中世を打ち破った革命児信長というイメージで英雄扱いしたい奴らが多い。
家臣に殺されて滅ぶような人物なんで、ろくな奴ではないのだが、庶民は英雄願望が強い。
果断な決断力をもった人物をリーダーに望むのは、いまだに追従と愛想笑いばかりしている
日本人が、正反対の人物に憧れているからにほかならない。しかし、果断と情操欠如とは異なる。
ちなみに、信長の叡山焼討ちだって、当時の叡山の僧が、女色に耽溺しているなどの腐敗を
描くことによって、焼討ちの衝撃を和らげる脚色をしている。
そのような脚色のない楊令伝で、殺戮をする幻王の姿を現実政治家らしい果断さとして
称揚しているバカもいるが、バカは死ななきゃ治らないだろうな。
920 :
無名草子さん:2010/04/16(金) 17:10:11
つーかリーダーが決断するときの孤独を描くのなら、A国とB国いずれと同盟すれば、自国の
存続を維持できるのか。同盟の相手を間違えたがために、梁山泊が窮地に陥れば、頭領の
責任になる。頭領は苦慮するが、ひとりで決断を下す。そういうので描けば十分じゃんか。
どうして、わざわざ民の皆殺しなのよ?わけわからん。
>>920 国家が定めた殺人罪で処罰されることに怯えて、人殺しをすることをためらう
気の小さい小市民を、あざ笑いたいがため。皆殺しをできる奴だけが、大人物。
岳飛の皆殺しは、あとで民の叛乱に遭遇し、岳家軍が領地を失う結果になったからいいとしても、
楊令に関しては、どうして皆殺しをさせたのだろう?
楊令が嫌われることは考慮しなかったのだろうか?
そこのところが不思議。
しかも長篇小説の冒頭で、もっとも目立つ形でそれをやらせる。
どこかで名誉を挽回しておかないと、最後の最後まで、読者の楊令に対する気持ちが変化するはずない。
方臘戦や燕京戦に逃げて、その間、楊令をほとんど登場させない。梁山泊の人々に「楊令殿は変った」と
言わせる。そんなことで、冒頭の殺戮・略奪の印象が変化するはずないんだけど・・・
なんじゃこりゃ
>>916 ここが楊令伝のいちばん腹立たしいところだね。
為政者の立場で「次はどの村を皆殺しにするか」なんて会話に同一化できるはずがない。
民である自分が殺されると考えるのも面白くないが、他の民を皆殺しにされることによって
おとなしく権力に服従してしまう自分を想像するのも楽しくない。
そもそも水滸伝の読者は、腐敗した権力を倒すという梁山泊の志に共鳴して水滸伝を読んで
いたわけだよ。おとなしく権力に服従してしまう自分とは正反対の立場で、水滸伝を読みつづけて
きたのだ。途中で読者の立場が逆転するはずがないではないか。
楊令や岳飛や孫範は、人を馬鹿にしているというか、人を見下しているというか、死んでしまえば
いいとは思っても、活躍してもらいたいとは思わないな。
一日一回楊令を糾弾しないと落ち着かない。楊令のような邪悪な存在に対して沈黙することは、
社会正義に悖ることだと信じて疑わない。
>>924 >民である自分が殺されると考えるのも面白くないが、他の民を皆殺しにされることによって
>おとなしく権力に服従してしまう自分を想像するのも楽しくない。
そんな民(=読者が同一化している集団)に対して、楊令殿が、ありがたくも税金を安くしてやるだの、
富むということがどんなことだか教えてやるだのと、余計なお世話なんだよ。
何様のつもりだ。糞面白くもない。
文句ばかり言っていないで、おまいらも誇大自己症候群になるように努力すればいいんでねぇ?
そうすれば楊令伝を読むのが楽しくなるよ。
>>926 どのような努力をすれば、誇大自己症候群になれますか?
928 :
無名草子さん:2010/04/17(土) 15:28:41
バカモノ!そんな努力はする必要がない。
楊令伝に欠如しているのは正義の観念だ。
東八郎が「赤胴鈴之助」の主題歌をふざけて歌って以来、日本の正義はすたれた。
正義の味方をバカにするな。
まずは「赤胴鈴之助」の主題歌を正しく歌うことから始めよ。
禿胴
それから、ウルトラマンをカップ・ラーメンのCMに使うなどというふざけた真似もやめていただきたいね。
中国の歴史を正しく知ろうと思えば、
史記→三国志→楊家将→血涙→水滸伝→楊令伝の順番で読まないと駄目ですか?
破軍の星→三国志→弔鐘はるかなり→血涙→楊令伝→杖下に死す
という順番で読んだら、歴史オンチになりますか?ダメですか?
児童向けドラマの場合、一方の側のキャラにすべての美徳を集中し、敵側のキャラには
正反対に悪徳ばかりを集中するから、現実の人間とかけ離れた人物ばかりになって、大人
が観るには単純すぎて面白くないんだろうな。
正義の味方の属性が8個の美徳と2個の悪徳ならば、問題はない。反対に敵側も、6個の
悪徳と4個の美徳であれば、人間らしさが出てくる。
水滸伝の中盤以降、こういう美徳・悪徳の配分がなくなって、敵も味方も同じような人物に
なってしまった。楊令伝ではその傾向がいっそう進展して、敵も味方も、どこに美徳があり、
なにが悪徳なのかもわからない無個性な人物ばかりになった。ただ能力の差だけで、人物
の違いを描いている。
こういう人物ばかりが大量に登場する。こんなんで小説を書く意味はあるの?
現実にいる人間がそんなのばかりなので、それで物語を構成する趣旨だとすれば、物語を読む
必要はなくて、新聞を読んでいれば足りるんじゃない?窓を開けて、外を歩いている人間を
観察していれば足りるんじゃない?
人物ばかりではなくて、物語の進行速度が、現実の時間経過と同じというところが多すぎる。
会話シーンは基本的にリアルな時間経過と同じ速度で物語が進行するのだが、この会話
シーンがやけに長いので、小説を読んでいるという気が起きないのかもしれない。
アクション・シーンでも、リアルな時間経過と変化のない箇所が多いような気がする。
それが良好な効果をもたらしていればいっこうにかまわないが、退屈さの原因になっている。
なんか変な小説なんだよな、楊令伝は。
たとえていうと、大阪府知事選に立候補した横山ノックの応援にかけつけた大信田礼子が
「ノックは無用」を歌っているような感じ。
>>933 まあ、巨人の星のように、リアルな時間経過を何倍にも伸ばして、投手が1球投げるのに15分かかる
のよりはいい。
>>935 そうなんだよね。楊令伝は、練習中にノックをしていてくも膜下出血で倒れた木村拓也コーチの
葬式で「ノックは無用」を歌っているような感じ。
布施明の「君は薔薇より美しい」の替え歌で、「楊令殿は変った」を、誰か作ってくれんかな。
>>924 一言でいうと、楊令は偉そうなことを言っているが、まったく魅力がないし、喋れば喋るほど
反感が募るんだよね。不用意に民を見下した言葉が失言として出てくるのではなくて、
あたまっから他人を見下す話をしている。
結局こっちに移動してくるのか…
むこうはすばる最新号の内容を語り合う(あるいは数人が各々独自に語る)スレだったからな。
楊令伝の総評を語るなら、こちらの方が適当だ。
アンチスレでもたてて、そっちでやれば?
943 :
無名草子さん:2010/04/19(月) 11:52:53
944 :
無名草子さん:2010/04/21(水) 23:34:45
岳飛が魅力的な敵キャラとして描かれなかった
秦檜の影が薄い
李冨の劣化
金との中途半端な関係
西夏との交易を描くことに意味があったのか?
なにより敵役側に魅力的なキャラ、強力な行動信念をもったキャラが
いないからな、面白くなるはずがない
それは梁山泊側にも同じことがいえるんだけど・・・・
こうあげてみると面白くなる要素がないよなあ
まだカリスマ性だけで皆が同じ方向を向いてた方ろうの頃のほうが楽しく読めたわ
でもあの頃を追い求めて単行本だけは買ってしまう自分がいる
個人的には、北方の中国史ものには限界が見えたから今こそ「北方龍馬伝」を書いて欲しいな
今更こんな質問をして、恐縮なのですが、史記を買おうか悩んでいます。
読んだ方、感想をお聞かせ頂けないでしょうか?
>>945 結論でいうと中々の佳作。
あなたが三国志、水滸伝、楊家将、楊令伝と読み進めているなら話しの中心が
やはり騎馬隊戦なのでマンネリ感は拭えないと思う。
そして主人公的役割は衛青であり霍去病であるので武帝の話しを期待すると肩
すかしかも・・・。
基本今までの北方節なのでそれが好きなら読んでみてください。
霍去病は夭折してるけど、衛青は栄華を全うした人だよね。
武帝も基本順風な人だし、どういうまとめ方するのかは興味あるわ。
霍去病は、武帝の息子です
スレ違いだ
950 :
無名草子さん:2010/05/13(木) 23:27:50
北方史記を語るスレはないのか?
ここでいいんじゃない?
史記も文章がどんどん劣化してきてるな。
李広は守りの名将だが評価されていない。
匈奴に勝つには攻めの戦が必要だった。
思い通りの戦をしてくれたのが衛青。
でもこれからは霍去病を頼りにすることになる。
とか同じ事を10回ぐらい繰り返し書いている。
楊令伝の中盤あたりから、こういう無駄な定期確認が異常に増えたね。
北方さんでもボケるとこうなるのかな。