「君が居なくなってからこの部屋は狭くなった。」
前略 君へ。
最近、やたらと君と住んでいた頃のことを思い出す。君は僕の所有物を見ると、
見境なく捨てる癖があったね。あれはゴミだの、これはクズだの、そっちは不要
だのと、自分勝手な理由をつけて、思い出も何もかもを捨ててしまったね。
君は僕が熱中しているところを見て嫉妬したのだろうか? ゲーム機でさえも
捨ててしまった。売れば幾らかの足しにでもなったかもしれないのに。
君の判断は誤っていると僕はいつも思っていた。それというのも、僕はいまでは
ひとかどの作家なんだ。驚いたかな? 驚いただろうね。今では現代ミステリだけ
でなく、ファンタジーや時代モノにも挑戦しようとしている。そうするとどんな
ガラクタでも、いつか使うかもしれないだろう。だから、なおさらモノを捨てる
ことができなくなってしまってね。
結局何が言いたいかというと、今では僕の座る椅子のところだけが空きスペース
になっていて、他は全部ゴミの最終埋立地みたいな状態になっているということ。
そしてそれが今にも崩れそうで、このままだと僕はその下敷きになって遠からず
死んでしまうだろう、ということなんだ。
今の僕は、君を必要としている。そう、割と切実にね。おかしいだろう。「君を
必要としている」たったこれだけのことを書くために、こんな長い前振りが必要に
なるなんてね。
君の心が僕の元を離れてしまったことは疑う余地が無い。けれども、どうか僕に
憐憫の情を抱いてくれるようなことがあるならば、このガラクタの山を捨てに、
この部屋に戻ってきてくれないだろうか。たった一度でいい。僕にチャンスを。
草々
「どちらかが彼女を醸(かも)した」
358 :
この名無しがすごい!:2011/11/14(月) 19:05:11.86 ID:lSxbFM7l
1. 初恋ばれんたいん スペシャル
2. エーベルージュ
3. センチメンタルグラフティ2
4. ONE 〜輝く季節へ〜 茜 小説版、ドラマCDに登場する茜と詩子の幼馴染 城島司のSS
茜 小説版、ドラマCDに登場する茜と詩子の幼馴染 城島司を主人公にして、
中学生時代の里村茜、柚木詩子、南条先生を攻略する OR 城島司ルート、城島司 帰還END(茜以外の
他のヒロインEND後なら大丈夫なのに。)
5. Canvas 百合奈・瑠璃子先輩のSS
6. ファーランド サーガ1、ファーランド サーガ2
ファーランド シリーズ 歴代最高名作 RPG
7. MinDeaD BlooD 〜支配者の為の狂死曲〜
8. Phantom of Inferno
END.11 終わりなき悪夢(帰国end)後 玲二×美緒
9. 銀色-完全版-、朱
『銀色』『朱』に連なる 現代を 背景で 輪廻転生した久世がが通ってる学園に
ラッテが転校生,石切が先生である 石切×久世
10. Dies irae
SS予定は無いのでしょうか?
「どちらかが彼女を醸(かも)した」
「全く、笑わせてくれるわよね」
真っ赤なルージュがくっきりと引かれた唇を歪めながら、彼女は呟いた。
派手なワンピース。大きめのピアス。
彼女は二人の男と同時に別れたそうだ。いや、二人の男と同時に付き合う彼女もどうかと思うが。
とにかく僕は彼女に呼び出され、愚痴を聞いている。薄暗いバーの片隅で。
僕が知っている彼女はジーンズに白いシャツが似合う、笑顔のかわいい女の子だった。
たった二年でこんなに変わってしまうとは。大人の女になっていたとは。
二人の男に醸されて、いや、どちらかの男の好みなのだろうか。いったい、どっちの。
そんなことを考えながら、僕は彼女を眺めていた。
「あなたと離ればなれになったのは、確か二年前だったわよね」
けだるそうに彼女はタバコの煙を吐いた。
「そうだね。雰囲気がすっかり変わってしまったなって、思っていたところだよ」
「そうね。あのころの私は全然飾り気がなくって」
「そう。僕たちに、いつも真直ぐな笑顔を見せていたよね」
「それは、あなたがそう望んでいたから」
「え? 僕?」
「あなた、白いシャツとブルージーンズの組み合わせ、好きでしょ?」
驚いた事にそれは僕の記憶の中の彼女のイメージそのままだった。
「なんで、突然私たちから離れていったのよ。私がどんな気持ちで……」
僕は言葉を失った。僕が去った理由は、彼女から嫌われたと思ったからで……。
胸に、何かがこみ上げてくるのを感じた。二年前にも感じた何かを。
そして、僕は沈黙のまま、彼女の肩を抱いた。僕が勇気を出せば、また朗らかな表情を見る事ができるのだろうか。彼女の。
「冬の種」
セーターの匂い。アスファルトを舞う落ち葉。人いきれ。曇ったガラス。
私はアイポッドをポケットに入れて好きな音楽をかけて渋谷の街を歩く。
本当はアイポッドをじゃなく別のメーカーにしようと思った。
だって何となくみんなが買ってるから買ってるみたいで流行かぶれみたいだから。
でも深くは考えないようにしよう。だってきっとどうでも良いことだから。
実際買ってみて、気に入ったのは事実。だから問題ない。
クリスマスが近づいている。クリスマス。今年はまた由美と過ごすだろう。
由美も彼氏がいない、私も彼氏がいない。由美に彼氏が出来たら
私はきっと何食わぬ顔をして言うだろう。「良かったジャン」って。
でも私は動揺して取り残された気分がするに違いない。孤独を感じるに違いない。
私はビルの間に切り取られた空を見上げ雨が降りそうだなと思う。
雪にはまだ早い。晩秋の雨。
私は毛糸の手袋をクリスマスイルミネーションに重ねる。
色とりどりの光たちは生まれたての芽のように生き生きと伸びていく。
私は手袋の上の見えない冬の種をそっと包み込んだ。
「朝に飛び込んで」
水面に影が映っている。ボクの影だ。ボクは橋の上から川の流れを見つめていた。
森から蝉の声が聞こえて来る。頬に当たる風は、まだ早朝の涼しさを残している。爽やかな風。
ボクがいる橋の上から水面までは、ちょっと恐怖感を感じるくらいの高さがある。少しだけ足の震えを感じた。
ぼんやりと水面を眺めながら、一学期最後の日に担任が話していた言葉を思い出していた。
「最後に君たちにひとつだけ言っておきたいことがある。君たちも知っていると思うが、この学校には『度胸試し』という風習がある。
役場前にある川の橋から飛び降りるやつだ。昔から中学二年の夏休みに、この学校の男子のあいだで行われて来た風習なんだけれど、危険なのでこのクラスの男子は絶対に行わない事。
やった者は二学期最初に親を呼び出すからな。覚えておく様に」
朝の日差しが肌に突き刺さる。蝉の声は青空を切り裂く様に響き続けている。
昔はこの『度胸試し』の儀式を行って初めて一人前の男として認められて来たわけなんだけれど、ここ数年は危険だからということで学校からは禁止されている。
けれど、ボクはひとつの区切りとして『度胸試し』をこの夏に行う事を決めていた。
「おーい。薫、本当にやるのかよ」
親友の純也がやってきた。ボクは頷く。
「お前なんかにできるわけないだろ? 情けない所を見届けてやるよ」
智彦。クラスで一番嫌なやつだ。こいつにボクが飛び降りところを見せつけてやりたかった。
「二人にはボクの『度胸試し』を見届けて欲しい。この儀式の後、ボクは変わってしまうと思うけれど、今のボクを覚えていて欲しい」
ボクは橋の手すりに立ち、大きく深呼吸をした。そして、青空に大きく弧を描いて、水面へと落下していった。
川を泳いで岸に到着したボクは、大きな岩の上で一息ついていた。
「よくやったな。見届けたよ」
純也はボクにタオルを渡してくれた。
「本当にやるとは思わなかったよ。がんばったな」
智彦もボクを認めてくれたようだ。
ボクは嬉しくなり、胸に手を当てた。最近少し膨らみかけて来た胸に。
これで思い残す事はなにもない。今日を境に髪を伸ばそうと思った。自分のことも『わたし』と呼ぼうと。
変われる気がする。ボクはやりとげたのだから。朝に飛び込んで。
「水晶の中にあるもの」
雨が降ってきた。
私は電車のドアに顔をそっと近づけ空を見上げる。水滴のついたガラス越しの風景。
鉛色の街。色あせた風景。それは心の傷を隠してくれるような気がする。
私は買ったばかりのハンズの袋に左手から右手に移し変える。
中には水晶が入っている。インテリアのコーナーにあったもので
そこには手書きのラベルに「運気UP」と書いてあった。
私は手袋を取り汗ばんだ手の平でそれをそっとなでる。
(水晶の中にあるものよ。私の心を写し給え)
私はそっと呟く。奇跡が起きて何かが浮かんでくることを半ば期待して。
そして本当に見えたら嫌だなと思いつつ。
雨の街。私は雨が好き。
この乾いた心を癒してくれる気がするから。
そう彼女が思ったとき買い物袋の中の小さな箱が輝き始めたのを
若い女に抱かれた赤ちゃんが可笑しそうに眺めた。
第三の足
博士が「これからは安定感が求められる時代」
とか言って、僕の息子を足に変えてしまった。
昨日やったUFOキャッチャーのアームのつかみが弱かったのを、結構気にしていたみたい。
服が特注って事以外は特に不都合は無いけれど……
やはり足の裏からおしっこがでるのはくすぐったいので、貰ったお金を使い切ったら元に戻してもらうことにする。
次 雨の日のポリシー
改札口に向かいながら胸がドキドキするのが抑えられない。
これは中学一年生のときバスケ部の先輩にバレンタインのチョコを
あげようと先輩の前に立ったときの感じにも似てるし、屋根の雪かきを
した時に、滑り落ちそうになったときの感じにもしてるような気がする。
でも正確に言えば、こんな気持ちは味わったことが無い。
言葉が頭から滑り落ちてしまった気がしてうまく言い表せない。
ただ未知の感覚だけが渦巻いてる。
さっき電車に乗っているときに赤ちゃんが笑い声を出したような気がして
そんな声を聞くのは珍しいと思って、ふと振り向いて赤ちゃんの目線の先にあるものを
見たら私が持っている東急ハンズの袋だった。何の変哲も無い
買い物袋で白地に「東急ハンズ」と書いてあって指を刺したようなマークが
印刷されている。その袋が提灯のようにボンヤリ明かりを発していた。
急に外の世界の音が電車がレールを走るごとごとという音、乗客たちの話し声
――女子高生がテストの結果についてしゃべっていた。が急に遠のいて
自分の中に酸素を取り込む呼吸音しか聞こえなくなったような気がした。
――そんなことあるわけない
私は思った。そんなこと。考えるのも怖かったがそんなこととは水晶が
光を発してるということ。私は何気ない振りをして袋を振ってみる。
私は自分にしっかりしろと言い聞かせて現実的に考えるべきだと言う。
ただ何かが反射したか……もしくはそう、初めから光る水晶だったのでは?
そう理性的に考えようとしたが、どう考えてもそんな構造になってるなんて思えない。
そんなんだったら気がついているはず。それにあの透明な玉のどこに電池が入るというのだろう?
私は吉祥寺駅で降りるとすぐにトイレに向かった。
ハンズの袋をあけるゴソゴソという音が個室に響いて自分が
馬鹿みたいだと思う。買ったばかりの10cm×15cmの箱。その箱を
接着テープの包装ももどかしく開けた。
そこには、ハンズの棚にあった時と同じ透明な直径5cmほどの球体が
あった。
――確かに光ったんだ。間違いない。
買う前に私は神様のことを考えた。神様って言うか
運命とか巡り合わせとか占とかそんな深刻じゃなく、神様、いいことありますようにって
神社でお祈りするような軽い気持ちで神様のことを考えた。
だけどそれだからって、まさか、こんな非現実的なことが起こりえるのだろうか?
ガタンと音がして隣に人が入った。いつまでもこんなところに突っ立てるわけにも行かない。
まさかチカンとは間違えられないだろうが個室をひとつ使えないのは、こういう場所では
迷惑極まりない。それで私は考えた。
とりあえず考えるのは保留にしようと。また同じことが起こったらまた考えればいい。
私の錯覚かもしれないし。
――さて雨が降ってるけど自転車で帰るのどうしよう?
私は雨の日はレインコートを着て自転車に乗る。これはポリシーというか哲学みたいなもの。
実際、傘を差すのは危ないし私は雨の匂いがする駅の広場を歩きながら思った。
夜の扉
「夜の扉」
目を開けると天井が見えた。俺の家の天井だ。窓からの日差しが眩しい。
俺は寝ていた布団の中で、昨晩の出来事を回想した。
友人と行った居酒屋で、会計を済ませた所までは思い出せた。しかし、あとの記憶が全くなかった。
我ながらよく家まで辿り着いたものだなぁと思った。
頭が痛いので頭痛薬を取りに行こうと起き上がると、足下に女が微笑みながら突っ立っていた。
「私は夜の妖精」
黒くて薄いワンピースを着た、その20代前半と思われる女は、なぜかスローモーション風に髪をたなびかせながら、そう言った。背中の羽はコスプレのつもりなのだろうか。
「何が妖精だよ。どこから入ったんだよ」
「いえ、私は夜の妖精、そしてこれは夜の扉」
女は片手に持った、木製のちいさな扉を指差した。
「夜じゃねえよ、もう朝だよ」
「いえ、そういう話では……それに、今の時間を言うなら、もうお昼近くになりますが」
「そっか……昨日は遅くまで飲んだからな」
「いえ、私が言いたいのはそういう話ではなくて……」
「何だよ、分かったよ言いがかりだな。俺はあんたには何もしてないはずだぞ。ほら、昨日着ていたスーツのまま布団に入ってたんだから」
「スーツがしわしわですね。クリーニングが必要かと」
「そうじゃなくって、俺は服を脱いでないって事。あんたに変な事はしていないよな?」
「はい」
「そっか……まぁ、あんたみたいなかわいい娘、普段は放っておく事はないんだけどな。で、何なんだ?」
「私は夜の妖精、そしてこれは夜の扉」
「それはさっき聞いたって。あ、二軒目の店か。夜の扉かぁ、名前からすると高そうな店だな。お勘定まだだった?」
「いえ。夜の扉というのは、飲み屋の名前ではありません。それに私は妖精。取り立てはしません」
「よく分かんねえな。あんた、何なんだよ」
「それを今から話そうと……。お願いします、続きを話させてください」
「おう、話していいぞ」
「ありがとうございます。私は夜の妖精。そして、これは夜の扉。望んだ場所と時間のあなた自身をこの扉の向こうにお見せします。但し、お見せする時間は夜に限ります」
「わかった。いくら? まさかタダってことはないだろ?」
「いえ、私は妖精なので、お金をいただいても……」
「そうか、金額を聞いて追い返そうと思ったんだけど、タダなら覗くだけ覗いてもいいかな」
「いつ、どこの貴方をごらんになります?」
俺は考えた。けれども見たい場面なんて思いつかなかった。
「見たい場面はない」
「それじゃあ、私、帰れません」
始終笑顔だった自称妖精は、初めて困った顔を見せた。
「そうか、悪かったよ。じゃぁ、夕べの帰りの記憶が無いんだ。ベロンベロンだったからな。夕べの帰宅途中の俺を見せてくれ」
「了解いたしました」
女は、扉にまじないをかける動作をした。
「どうぞ」
俺は扉を覗き込んだ。あんな顔で街を歩いていたのか……俺は見た事を後悔した。
『真夜中の太陽』
雨の予報を見ようと携帯を取り出そうとした時、水晶が袋から落ちて生き物のように転がった。
――あっまずい
きっと急いでいて、箱のテープをきちんと止めていなかったせいだろう。
私は恥ずかしさと苛立ちの中、転がる水晶を追いかけながら、駅の広場にいる人たちの視線を感じていた。
きっとおかしな人だと思われているだろう。
まずいことにすぐ先には外へと下る階段があった。あそこから水晶が落ちたら
きっと大変なことになるだろう。
私が手を伸ばし雨に濡れた床が顔に近づき水晶に手が触れそうになった瞬間、水晶は階段へと消えていった。
消える瞬間、誰かの顔が見えたような気がした。それは水晶を拾ってくれる人だ。
その人は傘を持つ手と反対の手に水晶を持っている。私にはそれが男か女かさえも分からない。
年齢さえも。
私が目を覚ましたとき、電車が終点が近づいたアナウンスがしていた。
雨はまだ降っている。
――変な夢を見たなあ
私は思う。水晶を買った夢だ。東急ハンズで水晶を買った夢。
大切なものを暗示している夢だったような気がするが、夢の細部はもう霞み始めていた。
足元にはハンズで買った袋に入ったクリスマスツリーがある。これを私はアパートの
窓際に置こうと思う。あそこなら外からでも見えるし、通行人もちょっと綺麗だなって思ってくれるかもしれない。
水晶が階段を落ちる夢の場面がふいに思い出される。あの水晶を拾ってくれる人は
誰だったのだろう?
夢はその答えを教えてくれたような気もするし教えてくれなかったような気もする。
私はもう一度、この座席で寝たら夢の続きが見れるかもしれないと思う。
この折り返して渋谷に戻る電車に乗り続けたら、答えが分かるかもしれないと思う。
日食の太陽が、昼を夜に変えてしまったように私の心は揺れ動く。
私は窓に指を乗せ雨をたどる。
――わからないよ。何もかも。どうしたらいいの?
私は雨が好きだ。孤独を隠してくれるから。
忘れられた森
「忘れられた森」
「部長、この道路計画なんですが、予算が不足しています!」
キーボードの音が冷たく鳴り響く、ここはオフィス。途中からプロジェクト責任者を命じたうちのエースが血相を変えてやってきた。
「予算が不足しているってどういうことだ?」
「私、昨日は夜中まで残業して、このプロジェクトを再度見直してみたんです」
「それはご苦労だったね」
「ええ。今日は肩が凝って……いや、そんな事ではなく、この地図の丸印を見てください」
「ここは、森だね」
「そうです。ここは伐採が必要となる森林なんですが、以前の計画では伐採業者の予算が組み込まれていないんです」
「そうなのか、それは大変なミスだな。以前の担当から話を聞かないと。結果次第では現地に見に行かないとな。君は資料をそろえて席で待機していてくれ。」
仕事を命じて一日でミスをみつけるとは。エースの仕事の速さに感心しながらも、俺は内線で以前の担当者である山田を呼び出した。
「いま、後任がこの地図を持って来たんだが」
「はい」
「この丸印の箇所、伐採の業者から見積もりはもらっているのか?」
「いえ……そこは希少生物の保護から反対運動がありまして、見積もりを含めて後回しになっていました」
「で、もらっているのか?」
「申し訳ありません。見積もりをとる事を失念していました」
「まぁ、今ならなんとかなる。君は早急に業者を選定し、現地に同行する了解を得るんだ。できればこれからすぐに視察だ」
トラブルは早めに解決した方が怪我は軽い。これは俺の持論だ。
俺は部下を待っている間に今日の仕事を終わらせてしまおうと思った。実は俺も仕事が早い。
「部長。業者と連絡がつきました。これから向かうそうです」
前任者の山田だ。こいつもミスはあったものの中々やる男だ。
「それでは現地に行くぞ。車を回してくれ。それから、総務の担当も現地に行ける様手配してくれ」
「わかりました」
さっき新担当をうちのエースと呼んだが、こいつも悪くない。いつか抜擢してやるべきだろう。
道の両側から樹木の枝がトンネルの様に覆い被さっている、昼なお薄暗くて細い山道。俺たちの乗る車は伐採予定地へと進んでゆく。運転者は前任の担当、山田だ。
「総務課はどうした?」
「仕事の切りが悪いので少し遅れて向かうそうです」
「そうか」
目の前が開けた場所で車は止まった。頂上付近は樹木もまばらで、空き地の様になっている。この分ならそれほど伐採は必要ないかな……と俺は思った。追加予算もそれほど必要なさそうだ。
軽トラックが止まっていた。旧担当の山田は、車を降りると運転手に頭を下げている。おそらく依頼した業者なのだろう。
俺は車を降りて、業者に名刺を渡した。
「部長の渡辺です。旧担当の山田がお世話になりました」
「担当、変わったんですか。で、新担当の方は?」
「新担当は森といいます」
「どちらに?」
しまった。待機している様に命じたままだった。森を忘れていた。
次のお題は「彼は誰時の少女」で!
『彼は誰時の少女』
朝日の登る前の時間。
白んだ空に目は冴えて、物を見ることはできるけれど、
それは輪郭だけのようなあいまいな世界で、
まるで深海に居る気持ちになる。
起床時間の早い僕は、出社前に近所の自然公園を駆ける。
顔見知りのランナーはいる。
けれどもカワタレ時の時間は近付かなければ見分けられない。
「おはようございます」
「おや。おはようございます」
声で判別する僕らはイルカやクジラの様だ。
雑談をしながら並走していると、違うコースを誰かが走っているのが見えた。
背は低く手足は華奢で、すらりと伸びた脚の付け根にはひらひらとしたスカートかキュロットをはいているのが見える。
髪はやや長く、ヘアバンドでもしているのか頭の後ろだけが揺れていた。
音楽でも聞いているのか、走りに合わせて細いコードが胸の前で跳ねている。
そして、フォームが見事に整っていて凄く綺麗だ。
「あの人…」
思わずこぼれた僕のつぶやきに、
「見ない人ですね。新しい方でしょうか」
反応を返された。
「声かけてみますか?」
そう問われたけれど、
走っているのは僕たちよりも短いコース。
「お邪魔になりそうです。やめておきましょう」
彼は誰?と問いたいけれど、
僕の中で彼の人はすでに麗しい美少女に描かれてしまっていて、
あの綺麗なフォームとともに心の中に美しいまま仕舞って置きたかった。
次のお題は「人生チュートリアル」で。
『人生チュートリアル』
ある男を神は哀れんだ。
男の親は自分勝手な人間であり、彼は生まれてすぐ捨て子となった。
孤児院ではいじめられ、一生物の心の傷を負い、また学校にも彼の居場所はない。
大人になってからも現状は変化せず、遂には借金を押しつけられて、自殺をしてしまった。
神は男に仰った。
「お前はあまりにも哀れだ。そこでお前が来世では成功出来るよう、来世の出来事を繰り返し体験させてやろう。先に起こる事がわかっていれば、失敗することもなかろう」
男は神様に大層感謝し、来世を体験した。
しばらく後、何十回と来世を体験した男は、再び神の前に現れた。
男は疲れた顔でこう言った。
「成功の約束など結構です。体験しなかった、未知の来世を頂けませんか」
神は驚いて、男に理由を尋ねた。
「何故そのように思うのかね、未来が分かっていた方が良いであろう」
「どうしたもこうしたも有りませんよ。どうも貴方様と私達人間の間の成功の定義には、埋めがたい溝が有るようだ。私は聖人として億万の信者に崇められるのも、磔にされて業火の中で死んでいくのも、真っ平ごめんなのですよ」
次のお題
「虹の上の目玉」
『虹と目』
雨が止み光が差せば虹ができる。
いつごろからだろうか、虹の上に目が見えるようになったのは・・・
最初はその不気味さに悲鳴を上げて周りの人に助けを求めた。
他の人には見えないのか助けを求めた人につまらなそうな顔を向けられる
それでも必死に
「虹の上に目が見えるんです、助けてください」
と訴えてみるも
仕舞いには内心面倒そうな顔をしながら
「何を言ってるんだい?そんなもの見えないじゃないか」
と言われ、再度恐る恐る虹のほうを振り向いたのだけれど
目はまだ虹の上にあった・・・
「まだいるよ、怖いよ」と体を震わせつつ抗議するも
少しまってるんだぞといい携帯電話を取り出され救急車を呼ばれてしまい
その後は精神に異常だのと色々調べられた。
そんな事があった。
雨の後、虹が見える度に見える目は怖いものの
とりわけ何が起こるわけでも何をしてくるでもなく
虹が出来た時のみに現れ消えていった。
見え初めてから半年ぐらいしたころだったろうか、生活は慣れ始め
虹の出る日以外は見えないことも幸いだったためか慣れ始めていた。
今日も雨が上がり目が現れるだろう。
けれど、コノ半年の間に何も起きていないし何もしてきていない。
あの目はなんなのだろうと思うが、触らない神に祟りなしというし
何も起きていないので無視する。
虹と目が見える空を水溜りが映しているので出来るだけ水溜りを踏まないように避けて家路を急ぐ
空を見る、今日も雨の上った空には虹と目が浮かんでいる・・・・・
そう思った時だった。
体が浮遊するかのような感覚に襲われる。
体が地面に寝そべったような感触がしてきた
痛いと思い始めると同時に眠くないのにまぶたが落ちてくる感覚がする
目の前がまぶたに覆われ真っ暗闇となった・・・・
まぶたの閉じる前に見えた空には目のない虹が見えた。
次のお題
「夢の扉」
クリスマスツリーのスイッチを入れ部屋の明かりを消すと部屋の雰囲気が一変してしまった。
魔法のようだと私は思う。
電球が点滅するたびに、窓際の縫ぐるみやトロール人形が姿を現す。
私はツリーに雪が降る情景を想像する。雪は縫ぐるみや人形にも降り積もる。
縫ぐるみたちは迷惑そうに、だけどやがてはうれしそうに動き出す。
「雪が降ってるよ。雪だよ!」「あんたは北の生まれだけど僕はアフリカなんだよ。ああ寒い」
「キリマンジャロにも雪は降るんですよ。ライオンさん」「ああ、ずっと前、おもちゃ売り場でドラエモン
が言ってたような気がする」
私はベッドに寝転んで空想の世界に浸る。どこか遠くへ。車でも飛行機でもいけない場所へ私は
行く。そこには子供や、痛みを持った大人がいっぱいいる。
「あなたは誰?」
私は水晶を持っている人にそう言う。でもその人の腰の辺りしか見えない。何故なら私は子供だからだ。
記憶に無い時代、まだ私が意識と言うものを感じることが出来ない時代。
「私は君が知っている人だよ」
大人の男の人の声。誰だろう?
「知っている人? 分からないよ」
きっと体は子供でも頭は大人の私なのだろう。難しい言葉も理解できたし、その人が言葉に
込めた感情も感じることが出来る。この人は私に重要なことを問いかけている。
「そうかな? あなたも知ってる人なんだ。どこかで会った事がある」
ベッドで目が覚めると真夜中だった。どうやら外着のまま寝てしまったらしい。
――あの男の人は誰なんだろう?
私は何気なくトロール人形の目をじっと見る。人形が答えてくれるとでも言うように。
想像の中でははしゃいでいたのに今は窓際でじっとしている。大人の姿が見えなくなったら
走り出す子供のように。
「解毒虫」」
僕が子どもだったころ祖父の書斎でみつけた一つの言葉。
『解毒虫』
スクラップブックに挟まれていた見出しらしい古い新聞の切り抜きだった。
当時子どもだった僕には読めなかったが、ずいぶん後になってからでもその三文字は思い出せた。
いま僕はひどい腹痛に苦しめられている。今朝の牛乳か、昼食の牡蠣フライか、それとも何かに感染したか。
そこでふと思い出したのが「解毒虫」というあの言葉だ。
解毒虫・・・何をどうやって解毒してくれるのだろうか。
いやいや。いるかどうかもわからない虫に頼ってどうする。今は文明の利器、ネットというものがある。
『腹がいたいです。食中毒かも知れません。1人暮らしです。救急車呼びたくないです。誰か助けて〜』
『ご冥福を祈ります』『笑いすぎにはご注意』『痛いのは片腹ですか』『長文不可』『シネ』
だめだこりゃ・・・
とはいえ、気がまぎれたせいか少し腹の痛みが治まった気がする。
医療系のサイトでも行って相談してみるか。
お、最新記事に『食中毒解明』というのがある。見てみよう。
あれ? またあの虫が頭をよぎったぞ。何でこのタイミングで?
次は「奇跡のアナログ」
<奇跡のアナログ>
日本人だもの。
新しいものが好きだ。
流行りに流されて使い難いスマートフォンに代えるし、目についた
新商品は何となく買ってしまう。
そんな一般的ゆとり世代の着けている腕時計は、銀盤ネジ巻き式。
僕が中学生の頃、祖父から譲り受けた物だ。
爺曰く、「奇跡の時計」
その時は「なんだこのじじい」と思ったけれど、最近、じいさんは本気だったということがわかった。
先月、祖父は亡くなった。
ご飯を食べ終え、祖母とテレビを見ている時に眠りに落ちそのまま…だったらしい。
葬式であったじいさんの友人から、時計の話を聞いた。
なんでもこの時計のおかげで祖母と結婚できたり、親の死に目に会えたり、電車事故を回避できたらしい。
「大ちゃん、孫が心配だっていってたよ息子はしっかり者だから大丈夫だけど、孫はどっかでドジ踏んだら践むんじゃないかって…時計かあ、大事にしなよ」
そう言って祖父の友人は銀盤を磨いてくれた。
新しいものが好きだ。
期間限定に飛びつくし、新しい店は何となく入る。
でも僕は今日も、よく時間が狂うアナログを腕につける。
銀盤が鈍く光り、黒ずんだ長針が時を刻む。
「いってきまーす」
古い物も悪くない。
日本人だけど。
携帯で時間を確認して、
僕は家を出た。
次は パレードの最後尾
向かっておる。向かっておる。
何やら外が騒がしいと思うて寝床から這い出したおれは人の群れがゆっくりと流れておるのを見た。
何やら北へ向かっておる。
皆楽しそうな顔をしておる。
行列の先頭はここから見ることはできない。
「皆何を楽しそうにしておるのですか?」
「いやあ、めでたい、めでたいなあ」
ハゲ頭のきたない親父に聞いてもまともな返事は返ってこない。
若い女にも聞いた。
「めでたいことだわ、本当にめでたいこと」
やはりまともな返事は返ってこぬ。どうなってしまったのだ、この街の者は。
不思議なことに先頭は見えないほど遠くにあるのに、行列はこれ以上後ろには増えないようである。
ここがこの謎のパレードの最後尾なのだな。ならば先頭まで行って何があるのか見てやろうぞ。
おれは走り出した。
途中見知った顔の男に会った。古くからの友人、武田である。
「おい、おい。そこにいるのは武田ではないか?」
「君か、君か、どうしたね?」
「どうしたではない。これは何の行列なのだ。この先には何があるのだ」
武田はにやにや笑っておる。
「本当にめでたいよ、君。めでたいよ」
こいつもどうやら駄目なようだ。先へ進む。
走りながら周りを観察して見ると、皆おれを見てもにやにや笑っておるだけである。
これが行列ならば、抜かされれば怒るやつがいて然るべきだ。
それに行列にしては進むスピードが速い。先頭も移動しているならおれも速度をあげた方がよい。
既に息は切れ、足が重い。だがしかしこの先にあるものを見たい。
何がめでたいのか。なぜ教えてくれぬのか。
やがて先頭が見えてきた。先頭にいるのは10歳ぐらいの少年である。
「君、ここが先頭か。この行列は何なのだ」
少年はにやにや笑っておる。
眼だけがひん曲がった笑みで気味が悪い。
「めでたいね、おじさん、めでたいね」
「何がめでたいというのだ!」
声を荒げてしまう。
「おじさん、おめでとう」
何と、この行列はおれを祝うための行列だったのか。
皆おれを見てにやにやしていたのも、何も教えてくれなかったことも、これで納得がゆく。
「おお、ありがとう、ありがとう」
37歳になった今日と言う日は、今までで最高の誕生日になった。
少年はにこりと笑って、
「おじさん、パレードの最後尾おめでとう」
くるりと向きを変えた行列は、今までとは逆の方へと向かっていった。
次は、とかげの匂い
「とかげの匂い」
純白のテーブルクロス。飲み頃に冷えたワインとホールケーキ。良く煮込んだビーフシチュー。
今日は彼女の誕生日だ。
先日、僕はバイト先で知り合った彼女に二人きりの誕生パーティーを提案した。
彼女は、僕の誘いに笑顔でうなづいた。
そして、今日はその当日。彼女は僕の家にやって来る。
時計を見る。もうすぐ約束の時間だ。僕は待ちきれずにナイフとフォークをセッテイングする。
もういちど部屋の時計を見上げた時、インターフォンから彼女の声が聞こえた。
「こんばんわ。私。本当に来ちゃったけど、良かったかなぁ」
「もちろんだよ。お待ちしてました。206号室ね」
僕はインターフィンを操作して、マンションの入り口を開けた。
夢にまで見た彼女が、テーブルの向こう側に座っている。
蝋燭の明かりが彼女の笑顔を黄金色に照らし出す。セミロングの髪。黒目がちな瞳。
僕はサラダを彼女にサービスする。
「僕の得意なトスドサラダだよ」
しかし、なぜか彼女は食べようとしない。
「野菜は苦手で」
相変わらずの笑顔で彼女はそう言った。
「ごめん。知らなかったから。じゃぁ、スープはどう?」
「鳥のダシが良く出ていておいしい。私、鳥は好きなの」
「そうなんだ。もっと食べてよ」
「ありがとう」
彼女は笑顔で僕の作った料理を口に運んでいる。
「この魚料理はおいしい。私の好きな味」
「ビーフは少し苦手なんだけど、味が濃くて意外といけるわね」
そう、彼女は食べている。野菜以外は、おいしそうに笑顔を浮かべながら。
「ちょっと、化粧を直してくるわ」
彼女が部屋から出ていった。
その間に彼女の使った食器を下げようと思い、僕は彼女の席に回った。
ふと彼女の椅子の上に、キラキラと輝く小さな物をみつけて、僕は思わず手に取った。
鱗だ。しかも、かなり大きな。
僕はその鱗をそっと嗅いでみた。とかげの匂いがした。
そうか。彼女はとかげだったのか。
腕によりをかけたケーキは彼女の好物ではないな……と思い、僕は少し寂しい気がした。
次は『遅れて来た楽園』でよろしく!
378 :
遅れてきた楽園:2011/12/14(水) 22:44:47.90 ID:iXtj0e7h
僕の名前? そうだな、「楽園」かな……。
そう仰ったあなたの笑顔は、私にはよく見えませんでした。
花やしきの肝試しに弟とはぐれて、暗やみに呆然としていた私を
連れ出してくだすったあなた、子供じみた私は、今にも泣きだしそうでしたか。
夏の夕べに背広を着たあなたは、そう、楽園に舞い降りた孔雀のよう。
背が高く、身なりがよろしくて、ご立派で……。
札場に預けた日傘をわざわざ受け取ってきてくださいましたね。
男の子なら大丈夫と仰るあなたを信じずに、お馬鹿な弟を探そうとした私は、
そうですね、きっと気後れして、あなたを怖がっていたのかもしれません。
次の日からひとりであなたとお会いするようになって、この夏は、
とても楽しゅうございました。川風に吹かれながら頂いた水菓子、
昼でも真っ暗な飾り屋で見たほおずきみたいな提灯、見世物、噺、
それまで父母か弟としか歩いたことのなかったこの界隈を、あなたと歩くと、
とても新しく感じたものです。笑ってしまうでしょう、弟は寂しがりで、
いつも私と出かけたがっているんですよ。ほんとに、子供で……。
「でも、ぼくには、君の運命を変えることができない」
そうおっしゃったのは、なぜでしたか。
横須賀に珍しい幻燈師がきて、海軍の叔父に泊りがけで見にゆかないかと
誘われましたが、弟だけ行かせることにしました。だって、わたしは
東京にいたかったのですもの。思い出を映すとか言う幻燈師さんも
素敵ですが、私がゆけない分、幸吉には弟子入りするくらい
よく見てくるように言いくるめておきました。帰ってきたら、たくさん話を
聞かせてくれるでしょう。あの子の思い出ですか? ふふ、あるんでしょうか、
まだ9つなのに。
前のお手紙、読んでくださいましたか。大事なお話をしたいのです。
浅草十二階の一番上で、あす、ふたりだけにお話をしたいのです。
きっと来てくださいましね。わたくし、あそこなら、今まで言えなかったことも、
言えるように思うのです……。
葉月参拾壱日 蔵前にて
あなたの
次「狼たちの洗濯日和」
「狼たちの洗濯日和」
俺たちはこの街のギャングの中でも一二を争うチーム「狼」だ。だが、表向きは
ストリートの五番街に住む二人組のピッピーということで通している。
太陽は晴れ。雲一つ無い快晴である。ギャングの制服とでもいうべき、
黒いスーツは直射日光を浴びて、徐々に渇き始めている。
突然、家の前にベンツが2台止まった。中からわらわらと底辺ギャングが沸いてくる。
ギャングは、何か失敗があれば、あっさりと消される運命だ。俺たちは二階の
洗濯ものを取り込み、スーツに着替える。
ギャングたちは俺たちのセーフハウスを取り囲み、誰かが出てくるのをじっと
待っているようだった。待ち伏せである。
「こんな御大層なことしなくても、出頭してほしいと言えば出頭するのにねえ」
「おおかた誰かに焚き付けられたんだろうが、礼儀を知らない下っ端ギャングは困るよ」
銃にカートリッジを差し込み、俺たちは窓の外の様子を伺う。
「三、五、八。八人はいるな」「じゃあ全員撃ち殺すか」「ああ」
俺は上空に向けて弾をばらまいた。それらは重力に従って落下し、八人の脳を貫いた。
血の臭いのする道路に、俺は生乾きのスーツを再び干した。天気は予報通り、まだ快晴だった。
「猫たちの会議」
「狼たちの洗濯日和」
空から大粒の雨が降り注ぐ。今日だけではない。この三日間ずっとこんな状態だ。
雨水を吸い尽くした地面は、一面が柔らかな泥沼と化している。
頭上には、大蛇の様な蔓が複雑に絡み合っている。幾重にも張った、異様な雰囲気を持つ木々の根に足をとられそうになる。
ここは密林。そして、敵地でもある。いつ敵の襲撃があるか分からない。
そんな悪条件をものともせずに、俺たちの部隊は泥まみれになって、あるときは俊敏に、あるときは慎重に匍匐前進で目的地を目指す。
俺たちは、前線に取り残された部隊を救い出しつつ敵を殲滅する、通称『狼』と呼ばれている少数精鋭の特殊部隊だ。
「あとどれくらいで目的地だ?」
俺は副隊長に確認する。
「西に5キロくらいです。隊長」
地図も出さずに副隊長は答えた。こいつの頭の中にはこの迷宮の様なジャングルの正確な地図が入っているらしい。
今回の目的地は中規模のベースだ。食料も豊富で兵舎もある。取り残された仲間も数十名と聞く。
辿り着けば一息つける。敵を蹴散らす作戦を練る時間もあるというわけだ。今回のミッションは俺たちにとっては容易いものだった。
「もう少しだ。と、言う事は敵も近いという事だ。どこから攻撃を受けるか分からない。身を屈めて慎重にすすむんだ」
容易いミッションでも気を抜くと重大事に発展する。なので、俺は部隊全体に注意を喚起する。できれば一人として隊員を失う事無く帰還したい。
俺は双眼鏡で目的地周辺を覗いた。敵は見当たらなかった。目的地のベースは外壁に損傷も無く、俺たちを迎える様にひっそりと佇んでいた。
気づくと、雨が小降りになっていた。雲の切れ間から青空が顔をのぞかせている。ベースまでの距離はあと4キロといったところか。
俺たちは慎重にベースへと向かう。
「よく来てくれた。さすが『狼』だ」
取り残された部隊の隊長が迎えてくれた。笑顔だが、皺が深く刻まれ顔には、はっきりと疲れが見えた。
「もう駄目かと思っていた。敵の数を見誤ってしまってな。数で押せると思って部隊を出したんだが、逆に約半数の犠牲を出してしまって」
隊長は遠くを眺めながら俺に語った。
「侮っていた。ここはやつらのテリトリーだったんだ。地の利は相手にあることを忘れていたんだな」
悔しそうに隊長は言葉を吐き捨てた。
「俺は、そういう部隊をいままでたくさん見て来た」
俺が口を開くと、隊長は驚いた様な顔で俺を覗き込んだ。
「圧倒的な戦力の差がある時に陥りやすい罠だ。俺たちは、どんな時も油断だけはしてはいけないと言う事だな」
隊長は大きく頷いた。
「ついて来てくれる部下の為にもな。そして、その部下の帰りを待つ家族のためにも」
こいつとは気が合いそうだと俺は思った。
「とにかくだ。『狼』の隊長、そんな濡れ鼠じゃ攻撃はできないぞ。まずはその野戦服を洗濯してスッキリしてくれ。作戦はその後でよかろう」
「助かります。洗濯機と部屋を借ります」
「すでに部下に用意する様に言ってある。夜までゆっくり休んでくれ」
俺は隊長の好意に甘える事にした。空を見上げると、さっきまでの豪雨が嘘の様に、空は青く晴れ上がっていた。この調子なら夜までに洗濯物も乾くだろう。
俺は洗濯を部下に任せると、用意されていた部屋で下着姿のままくつろぐ事にした。ベースには攻撃された跡もない。敵は警戒しているのだろう、ここならば安心だ。
どれだけ経ったのだろう。俺はついベッドでうとうとしてしまっていた。疲れが溜まっているのだなと思った。
窓の外を見ると、まだ空は青かった。敷地の向こう側には、洗濯された俺たちの野戦服が風に揺れていた。絶好の洗濯日和だなと俺は思った。
と、俺たちの野戦服が大きく揺れた。その向こう側から泥だらけの兵士が銃を抱えたまま入って来た。敵だと俺は思った。
泥だらけの兵士は、俺たちの野戦服を払いのけて進んで来る。俺は反射的に反応した。
「それは洗濯したばかりなんだ。汚い手で触るんじゃない!」
俺に気づいた兵士は、銃口をこちらに向けた。しまったと思った。俺は下着姿だ。銃もない。
次の瞬間、胸に熱い衝撃を感じた。俺の頭にはさっき自分で言った言葉が浮かんだ。
『俺たちは、どんな時も油断だけはしてはいけないと言う事だな』
呼吸が苦しくなってゆく。目の前が暗くなってゆく。遠のく意識の中で、俺は思った。
「洗濯日和のせいだ。洗濯さえしていなければ……。『狼』と呼ばれた部隊の隊長である俺が、こんな所で……」
お題は
>>379で!
381 :
猫たちの会議:2011/12/23(金) 22:05:44.17 ID:NQsOjJ+5
サラリーマンが、歩いている……。
8月の午後2時のことだ。照りつける日差しに汗を拭いていた若い男は、
ある公園の脇に差し掛かると、時計に目をやってその中に入った。
緑の梢が濃い影を作っている。ベンチがあった。男は水色の板に座ると、
ネクタイを緩めて一息ついた。蝉の声が激しい。
公園には、男のほかに誰もいなかった。だが男は視線を感じた。
いや、気のせいか……?
と、ベンチの下で何かが動いた。乾いた地面に染みのようなものが広がって、
急に泥化したそこから木の根のようなものが飛び出してくる。男は気づかない。
根は蛇のように男の脚に絡みついた。男は叫び声を……、あげたか?
蝉だ。蝉の声が、男の声を完全に飲み込んでいた。根は床屋の看板のような
一定の、それでいて容赦ない速度で男の体に巻きついて、そこから広がった
無数の細根が、網のように背広姿を多い尽くす。
「……!!」
あっという間に土色の塊となった若い男は、捕食者ごとその場に倒れた。
と、ベンチの下、根と土が繋がっていたところがぷっつりと切れ、男は
藁で巻いた納豆のような姿になる。そのまま苦しむように2,3度転がり、動かなくなった。
数分後……。塊が徐々に縮み始めた。ありえないことだが、土色のそれは徐々に
質量を失って、乾くように縮んでいく。やがて、ラグビーボールくらいの大きさになった。
「にゃーん」
ボールが鳴いた。いや、子猫だ。土色の塊がくるりと回転すると、いつのまにか
頭と四肢ができていた。尻尾もある。くりくりした黒い目が、怯えたようにあたりを
見回した。何かの気配がする。
植え込みやゴミ箱の陰から、数匹の猫たちが現れた。猫らは新しい仲間に向かって
集まってくると、その顔をまじまじと覗き込んだ。
「にゃーん」
そのまま、そこに座る。子猫も座った。どの猫もときおり辺りを見回すが、小さく
鳴くだけで、どこへ行く風でもない。
「あらあ、また増えたのね。猫って集会好きねえ」
声がして、中年の女が現れた。手には煮干臭い袋を持っている。「にゃーん」
何匹かが答えた。子猫は女をまじまじと見る。まじまじと、見る。まじまじと……。
「猫は気楽でいいわね。あたしも猫になりたいわ。みんな、何、話してたの?」
煮干を拾う猫たちは答えなかった。魚を喰らう口だけが、もぐもぐと動いていた。
そして、どの猫もじっと地面を見つめていた……。まばたきもせずに。
次「鳩時計殺人事件」
「鳩時計殺人事件」
探偵とか言う男が屋敷で起きた殺人事件を調査し始め 俺たちは大広間で待機する事になった たまたま屋敷に居たってだけでこうなるとは…ついてねぇぜ
「皆さんお待たせしました 今から謎解きをしようと思います」
戻って来た探偵が言った いい加減に解放してくれ
「ガラスの破片と一段低い場所にある寝室 そしてこの鳩時計がこの事件の鍵です」
探偵は被害者の部屋にあった小さな鳩時計を掲げ勝ち誇ったように言った
「犯人はこの鳩時計から鳩を取り出し 小さな隙間を作りました そこに小さな瓶を忍ばせる…中身はもちろん毒ガスを発生させるための物です あとは時計が鳴るのを待つだけ」
「瓶の容積は小さく発生するガスは多くはないでしょう しかし空気より重いガスならば 被害者の寝ているスペースにだけガスを満たすことは十分可能なのです」
おい…たまたまここにいたってだけで全員にトラウマ植え付ける気かよ…本当ついてねぇなあ
「この時計は三時間に一度しか鳩が飛び出しません つまり被害者が死亡する前の三時間に被害者の部屋に入った方…つまりあなたが犯人です」
そう言った探偵が指を差したのは…俺だった
「本当に今日はついてねぇや」
俺は認める代わりに 残っていた毒ガスの大瓶を踏みつけて割った
とたんに呼吸が苦しくなって体が動かなくなる 俺は崩れるように地面に倒れた
あっという間に目も見えなくなり 悲鳴があちこちから聞こえるだけになった あの探偵も死んだかな
※犯人を刺激する時は返り討ちにあわないよう細心の注意を払ってからにしましょう
次「一粒2tだって」
「一粒2tだって」
民主党の瓦解と共に現れた新新国家社会主義(ネオネオ・ナチズム)政党。
ネトウヨに熱狂的に支持されたこの政党は、老害の抹殺をマニュフェストに掲げ、
大量に議席を獲得。直後に一党独裁体制に移行した。
それから、たった二年。たった二年で日本という国は崩壊した。
立て続けに施行された老人への憎悪に満ちた法律。これにより、資産税が課され、
まず海外資本の引き揚げ(キャピタルフライト)を招いた。これにより株価は暴落
したが、ネオネオは責任を全て老人たちになすりつけた。日本の社会保障制度、
すなわち年金制度、生活保護制度、医療保険制度も、相次いで崩壊した。
ネオネオの連中は年金と生活保護を物資の配給制に切り替えた。これにより当然の
ように物価は高騰。当初はデフレ脱却を喜んでいた民集も、ネオネオが紙幣を刷って
国債償還に当てると声高に叫んだときから、大きな危機感を抱いていた。そんなこと
をして、本当に日本の得になるのだろうか?
だが、その政策は断行された。赤字国債は消滅したが、インフレは止まらず、
ハイパーインフレーションに突入。千円も五千円も一万円も、紙幣は無価値になった。
結果、庶民が白米さえ食えなくなる状況となっても、ネオネオ・ナチズムは支持を
獲得し続けた。若者の若者による若者のための政治。それに代わる政策を打ち出す
政党が出てこなかった、あるいは出てくる前に潰されていたためである。
早期の報道指導により、若者たちの憎悪は、ネオネオではなく常に老人たちに
向けられていた。
「最近じゃ、ぶどう一粒2tだって」「ぶどうなんて老人の食べ物だよねー」
「老人引退法で、日本の老人は全滅するんだってー」「キャハハハ汚物は消毒だー」
もはや、お金の価値は、重さで量られるものでしかなかった。
「タナトスが死んだ日」
「たなとすさん、何で死んじまったべや〜!」
道端に倒れた老爺のもとに、これまた年食った婆がへたりこんでいる。
その脇には別な二人の老人がうなだれていた。
「婆っさ、仕方ねえべ。ここさ姥捨て山……わしら、若いのに
捨てられたんだっぺ」
「たなとすさぁ〜ん」
「泣くでね。お前さんも弱っちまうべ。なあ鳩巣爺さんや」
「んだ。干支助の言うとおりだぱ。えろす婆、もう種年は戻ってこねえ。
わしらだけでも生きるんじゃ。まったく、若い奴らは酷いことしおる」
ぱとす爺とえとす爺は、えろす婆を抱えるようにして、死んだ
種年から引き離した。
「年金もわしら20年で打ち切り。医療費もあがっだ。交通費も実費。
病院の待合で海外旅行談義するんがわしら唯一の楽しみだったに、
あいつら、年寄り邪魔にしくさって、こんなとこに……」
「えぐっ、えぐっ」
「さあ、山小屋さ戻るべ。周十幾と江酢漬が待っとる」
「すといっく爺とえぴくろす婆か、んだな。あと、織平笥もな」
「みんな、死んでしまうのかのう……」
冬の山道を、老人達はとぼとぼと上っていく。その背中には、
すでに死の影が降りていた。ああ無情。実に無常である。
このような山が本当に存在するのだろうか。していいのだろうか。
ともあれ、存在するのだ。そして地図の上には、
「DQNネーム捨て山」と書かれているのだ……。
次「大味噌Carは止まらない」
(あかん死んでもうた。息して無い。あーえらいこっちゃ。
そもそもこいつがいけないや。台本どおりのことしないで
アドリブが面白いとおもってるさかい「大味噌Carは止まらない」なんて
訳の分からないこと言うからや。何がおもろいねん。聞いて見たいわ。
こいつがおもろいって言うてんの、こいつのおかんだけやん。
こいつのおかん関東出身でおもろいこと何も分かってないと違うか。
コンビ組んだのが間違いやったな。養成所でこいつが人気者だったのは
おもろいからじゃなく馬鹿だったからや。ただ笑われていただけや。
そんなことよりどうしよ。死体どうしよか。パソコン買ったときの大きい
ダンボールあるからあれに入れたろか。車はどうするねん。俺、車持ってないで。
アパートからダンボール入れて引きずっていくんか? まてまて
今は冬やからそんなに死体は腐らん。隣だって旅行しとりやないか。
あっ! バラバラしたらどうでっしゃろ。バラバラにして運んだらよろしいん
ちゃうん? 包丁買ってこなきゃいあかんな。いやのこぎりのほうが良いか?
何時や? 6時か。もう暗いなあ。何で大晦日にこんなことしなきゃあかんねん。
こいつのせいや。こいつがつまらないせいや。あー慰謝料ほしいくらいやわ)
「痛いわ! 死んでまうわ! ってか死んでたやん俺」
「生きてたんか。一緒にのこぎり買いにいかへか? 帰りにコンビニ
寄ろうや腹減ったやん」」
「何でのこぎり買うねん」
「だってのこぎりいるやろ」
「だからなんでや」
「なんでやろ? あっお前が死んだからや」
「生きとるわ!」
「良かったなあ」
「殺したろかほんま」
「良かったなあ」
つぎ 初夜の鐘
強く突っ込みすぎたわ
って入れるの忘れてももうたわ。はは。ははははは。はあ。
初夜の鐘
王子様とお姫様はめでたくご夫婦になられました。
ところが、いつまでたってもお子様が生まれる気配がありません。
王様が心配なさって、神父に相談しました。神父は王子様を子供の頃より教育して
きたのです。
神父が探りを入れてみてわかったのは、驚いたことに、王子様は子供の作り方を
ご存じなかったのです。
(しまった。確かにそれはカリキュラムに入れてなかったわい)
おそらくお姫様もそうなのでしょう。だいたい、高貴な女性はそれに関しては
『男の方のいうとおりにしなさい』ですませるものです。
仕方なく、神父は改めて王子様にそれについて詳しく説明なさいました。
聡明な王子様は、すぐに飲み込んでくれたのですが、出し入れというのがよく
わからないとおっしゃいます。
神父は考えて、アイデアを思いつきました。
「それでは王子様、こうなさいませ」
その晩、神父様は頃合いを見計らって、教会の鐘を突き始めました。
王子様には、鐘の音に合わせて腰を突き出すように言ってありました。
りーんごーん、りーんごーん、
教会の鐘がゆっくりと王宮に響きます。
しばらくして、王子の侍従が神父の所へやってきました。
「何かご用ですか、このような時間に」
侍従は恭しい態度でこう言いました。
「王子より、火急の使者として参りました。鐘の音を、もう少し早めて
ほしいとのことでございます」
(パクリで失礼)
次、「鯨が泳ぐ空」
「鯨が泳ぐ空」
「いつだったかなあ」「何が」
「いや、昔、絵本で読んだ気がするんだよ。鯨が飛ぶ話を。いや、あれはクジラ雲だった
かな。男の子が授業中に居眠りしているときに見た、夢の話だったか……」
「絵本か……しかし鯨は飛ばないだろう。そうだな、確かいつだかのエイプリルフールで
ペンギンが空を飛ぶニュース動画があったが」
「2008年4月1日だ。イギリスのBBCで流れた」
「詳しいな」
「当時、見事に騙されたからな」
「ははは」
「しかしクマバチは飛ぶぞ。航空力学的には飛ばないはずのあの身体と羽で」
「昆虫は飛行の原理が別だ。あのサイズだと、空気にも粘性が発生するんだそうだ。要す
るにあの昆虫が飛ぶからくりは、水の中を泳いでいるようなもんなんだとさ」
「じゃあ昆虫サイズの鯨なら飛べるんだな?」
「お前もこだわるなあ。そうだな……例えばトビウオってのがいるだろう。あれは滑空時
の高さは3m、1回の飛距離は300mにも及ぶそうだ。羽をこう……グライダーみたいにして
飛ぶんだな。だから空中から浮上はできない。ゆっくり落ちて、また海面を叩いて、ゆっ
くり落ちて……その繰り返しだ。それでもすごいもんだろうが? 人間が飛行機を発明す
るずっと前から、その魚は空を飛ぼうとしてきたんだぞ」
「じゃあ、やっぱり鯨は飛ばないんだな」
「そうだ。鯨は飛ばない。飛行機的な意味でも、クマバチ的な意味でも、トビウオ的な意
味でも」
「しかし泳ぐことはありえる、と。大気の粘性が十分高くて、液体と等価だと見なし得る
なら、魚が海を泳ぐように、鯨が空を泳ぐことはありえるんだろう」
「そりゃありえるが……お前一体何が言いたいんだ? 資源調査のために木星くんだりに
まで出向いてきているわりには、口を開けば鯨くじらと騒ぎ立てる。ホームシックにでも
かかったか? それとも鯨の缶詰が食いたいのか?」
「いや……そうじゃないんだ。もし鯨じゃないのなら、この惑星調査船のレーダーに映っ
ている移動物体は、一体何なんだろうと思ってね」
そこには体長20mを超える生物の群れが、惑星調査船を追尾している様子が、はっきり
と映し出されていた。
「それは天狗の仕業じゃ」
「それは天狗の仕業じゃ」
朝餉の席での祖父の言葉だ。
一昨日の朝、神前に供えておいた餅が、器を残して消えた。12年前に祖母を病で亡くして以来、この家にはお盆の今の時期を除いて、爺さんしか住んでいないハズだ。
更に晩、庭に散り果てて難儀していた大量の落ち葉が忽然と消え、庭の隅の木の根元にうず高く積まれていた。掃除をする必要がなくなったので、確かに助かりはしたのだが、里帰りして同じ屋根の下に居る我々の誰もが、庭掃きなどした覚えはないという。
昨日に至っては、家の誰が摘んで来た訳でもない山の花が、こんもりと乱雑に和室の花器に突っ込まれていた。
摩訶不思議な出来事が次々に起こる。妙なこともあるものだ、と朝餉を食べながら話題に載せた時に、祖父が重々しく告げた言葉が、先のそれだった。
普段は冗談のひとつも言わない祖父が、茶漬けを啜りながら真面目くさってそんなことを言い出すものだから、かくしゃくとしていたこの男にも遂に呆けが来たのか、などと、卓を囲んでいた我々は困惑して顔を見合わせたものだ。
驚くべきことに、結論からいうと、祖父は間違ってはいなかった。
……その昼に、畳の上で、我が物顔で大の字になって寝ている「奴」を私が見付けてしまったからだ。
朝餉の後、居間と続きの部屋でしばしゴロゴロした後、ふと思い立って神前の榊を換えようと和室の襖を開け、最初に目に入ったのが、それだった。
憤怒を隠しきれぬかのような真っ赤な顔、隆々と天を衝く無骨な長い鼻、嘴を持ち、頭には小さな黒い箱のような帽子。伝承通りの、見るものに威圧感を与える恐ろしい形相。
……そんな天狗の顔を模したお面を被った、幼い女の子だった。
それが、神棚の前ですやすやと眠っていたのだ。
何のごっこ遊びか、御丁寧にもその寝姿は小さくしつらえられた山伏のような装いをしており、傍には大きなヤツデの葉が投げ出されている。
思わずぎょっとして数歩下がり、足元に榊立ての水をこぼしてしまった。
見渡してみると縁側には、その子のものだろう小さな草履が揃えて並べてある。が、肝心の天狗のお面は、顔から完全にずれており面の用を為さず、可愛らしい幼子の寝顔が露わになってしまっていた。
驚きが私の口から音として出てしまっていたらしく、畳の痕の付いた寝顔が、くしゃみの出る寸前のように歪み、寝姿が身じろぎした。
呆気にとられている内に、その子は目元をこすりながら上体を起こした。二、三度まばたきした焦点の合わない寝ぼけ眼がようやく私を捉えたかと思うと、次の瞬間、慌てたように大きく見開かれる。
「ど、どうしよう、お母さんに叱られちゃうよう」
私と目を合わせた小さな天狗の第一声は、それだった。上体を起こし足を投げ出した姿勢のまま、尻で後ろに後ずさろうとする。逃げ出そうにも、未だに寝惚けている体は思うように動かせぬらしい。あたかも、部屋の隅に追い詰められた小さなネズミか何かのようだ。
途方に暮れかけていたそのとき、
「その子はの、天狗と人とのあいのこじゃ。」
音もなく背後に立っていた、絣を着た祖父の声が唐突に背中に掛かった。
「半分は人、半分は天狗じゃが、どうも父親である人間の形質の方が色濃く出ておる。鼻も伸びてはおらんが、もう多少なら風術なども使える歳での。」
そう続けた祖父に、ちょっと待て。何で唐突にそんな戯言を言い始めるのだ。いやそもそもこの状況になぜ驚かない、この子を知っているのか、などと矢継ぎ早に問いをぶつけようとして、
「……お父さんっ!!」
信じがたい単語を発した女の子に先を越された。
言葉を絶している私の横をすり抜けて、女の子は祖父の胸に飛び込み、祖父も抱擁で答えた。寝癖の付いた彼女の頭を不器用に掻きまわすと、
「悪戯ばかりしていてはならんぞ。私に会いに来るのなら、照れて隠れるでない」などと少女に応じている。その表情は、普段の頑固な祖父からは想像も出来ないほどの恵比須顔であった。
茫然として自失し、いつの間にか私の手を離れていた榊立てが畳に落ち、カランカラン、と大きな音を立てた。
次「信号機と扉」
気付くと私は寝巻き姿で何処かの横断歩道の前に立っていた。時間帯は分からないが周りが明るいので夜ではなさそうだ。
辺りには霧というか靄が立ち込め、数メートル先も見えない。ただ、道路を挟んで向こうにある歩行者用信号機だけははっきりとした輪郭で立っているのだった。
ふと思い出す。ずいぶん前から私はこの信号が青に変わるのを待っていたのだ。つまり向こう側に渡りたいのだ。
何故今まで気づかなかったのだろう。信号機の斜め下、私の直線上に扉があるのだ。空間に不自然に存在する扉。そしてその扉は何かただならぬ異様な圧力で道路を隔てた私に迫ってくる。
そうだ、私はあの扉の向こう側にいきたいのだった。私にとって重大な何かがあの扉の向こうにあるのだ。
開かなければならない。分かっている、分かっているのだがあの信号。あの信号が依然として赤のままなのだ。扉に強い力があるのと同様にあの信号機にも逆らえない力があった。
しかし思い返せばこの道路は今まで一度も車の往来がなかった。危険のない場所に信号機は必要だろうか?それに今は非常事態なのだ。私はあの扉を一刻も早く開かなければならないのだ。
私は駆け出していた。少し怖かったがなんの事はない、僅か数歩で渡りきる事ができた。あまりのあっけなさにホッとしたのもつかの間。今度は扉が開かない、鍵がかかっているのだ。
だが信号機を無視した私にもう怖いものはなかった。少し後ろに下がり助走をつけ、思い切り体当たりを食らわせてやった。一発で上手くいき、鍵が壊れ扉が開く。やった。ようやく、ようやくたどり着いた。私が求めていた向こう側の世界……。
被害者の女性が心の広い方でよかった。結局平手打ちと少しの示談金ですんだのだから。ただこれからは男女別のトイレがある居酒屋で呑もうと私は強く心に誓ったのだった。
次 「走馬灯を越えて」
392 :
走馬灯を越えて:2012/01/19(木) 23:21:28.16 ID:LEuDd1Zw
女がひとり、暗い部屋で目を覚ました。
そのまましずかに耳を澄ます。何も聞こえなかった。頬を刺す冷たい夜気に、
女はふたたび目を瞑った。まだだ。まだ何事もない……。
が、そろそろ眠ったかと思う頃に、女はがばと身を起こして体を強張らせた。
だが、あくまでも、あくまでも静かな夜だ……。
あたりは暗黒ではなかった。晩秋の月明かりが障子紙を青々と照らし、
虫の絶えた背の高い草が、おぼろな影をその上に揺らせている。
女は怯えたように背を丸めた。傍らの火鉢を掻きまわして消し炭を掘り起こすと、
そこから附木に熱を移す。たちまち小さな炎が閃いた。
踊る小火の照り返しに、女は姫か太夫かという美しさだ。、まだ若く、身なりもよい。
女はそっと傍らの行灯に火を入れ、燃え残りを火鉢に捨てる。
行灯の火は弱かった。だが、五角形の紙が熱を貯めると、それは音もなく回転を始めた。
そう、これは行灯ではない。唐の国から来た走馬灯なのだ。
女は紙の上に関羽の影を見る。馬を駆る曹操を見る。列を成す女官の影を、
遠く江南に戦う兵たちの影を見た。いつしか走馬灯は四囲の障子を真っ赤に染め上げ、
上古の幻をその上に躍らせている。もはや枯れ草の恐怖はなかった。
「おう!」もののふの声が響く。女は放心している。「囲め!」具足の触れ合う音。
と、木の裂ける凄まじい音が起こって、、一枚の障子が内側に倒れた。
はや外は戦火に明るい。野中の寺は蹂躙されて、古い軒先は火の粉を吹いている。
踏み込んだ武士は女を見ると、板を踏んで床に近づく。幻は消えていた。
障子に蠢く黒々とした影は、いつしか本物の兵に変わっていた。
武士は走馬灯を蹴って女に掴みかかる。堂屋の内に悲鳴があがった。
兵が駆ける。怒号が上がる。白刃が閃く。その片隅で横倒しの関羽に炎が移り、
一千年の物語は、溶けるように空中に散じてしまった。
その、武勇とともに。
次「パイナップル活人事件」
甲「うち今度、結婚するんや」
乙「また、はじまった」
甲「ほんまや」
乙「信じられんわ。誰とや」
甲「誰やと思う」
乙「哲夫か?」
甲「違う。アツ君や」
乙「アツか。あんたブサイク言うてたやん」
甲「ええんや。パイナップル活人やから」
乙「…すまん。パイナップルなんや」
甲「パイナップル活人。活人事件や」
乙「…わかった。パイナップルやな」
甲「そうや。ええやろ」
乙「ええな。よかったな。なんか良く分からんけど」
甲「うち結婚するんや。うれしいわ。あー幸せや」
次 我が名は在日
我が名は在日
「おお、急に目の前が明るく! しかも、あそこ、あのように神々しいお姿で
光臨なされた」
「修行僧よ、そなた、なかなかよく努めておるな」
「あ、ありがとうございます」
「だが、そちの修行は間違っておる」
「何をもってそのような? わたくし、これでも唐にて修行を収めて参りました
ものを」
「それがいかん。その方、半島を素通りしたであろう。あそこにこそ、真の修行
がある」
「それはまことでございますか?」
「もちろんである。半島からはほとんどの文化が産まれたのだ」
「あ……あの」
「何であるか」
「お名前を伺ってもおよろしゅうございますか」
「我が名はざいにちである」
「え……ええ、大日如来様でしょうか?」
「いや、在日如来である。ちゃんと日本を住まいとしておるだけ、有難いであろう」
「ああ、ええ、もう一つ伺ってもよろしゅうございますか?」
「何か?」
「我が国はこれからどのようになるのでしょう?」
「ふむ、我がいる限り、大いに発展することであろうよ。将来は在日本帝国という
名を持つに至るであろう」
「おお、素晴らしい。ありがとうございます」
こういう題はやっかいだから勘弁。
で、次は「苔ティッシュ」
『苔ティッシュ』
―理系女子はダメって言うけど、あれは嘘だな。
彼はそう思いながら彼女を見た。
女性としては普通だろうが男から見ればやはり小さい彼女は、
綺麗な宝石を見る女性たちと同じ輝きを放つ瞳でその柔らかな緑を愛でている。
柔らかそうな淡いピンクの唇はたえず動き小鳥の囀りの様な声を紡いで、
白く細い指がその柔らかな緑を撫でる。
少しだらしない表情になった彼を、彼女は首を少し傾けながら見上げて注意する。
「○○さん。聞いてますか!?」
自然のまま緩やかなカーブを描く眉の端を少し釣り上げて怒る姿も、
彼から見れば可愛い過ぎる仕草だ。
「ごめんごめん。聞いてはいるけど、専門的すぎて…
苔って、あの日陰の地面にある苔だよね?」
「日本の苔は地衣類とか他の植物も混ざりますが、おおよそは。
っと。専門の話はやめないと」
わざわざ指を揃えて口を塞ぐような仕草に彼の顔はさらに溶け出す。
「で、その苔で…」
「はい!その苔類の中のこの苔の養殖と」
彼女は大事そうに柔らかな緑の入った大きなシャーレを片手に取り、
「出来る限り低コストで紙にする技術を開発したんです!」
横にあるひらひらとした弱弱しい透けた紙を取り上げた。
「うちの研究室にご支援願えませんか?」
―少し潤んだ瞳でおねだりなんて反則だ。
彼はそう思いながら、にやけた顔ととろけた脳に残り少ない理性で活を入れ、
「しかし、この状態の紙では…」
そう言いながら取り上げた透けた紙はフワフワと風に揺れている。
「ティッシュぐらいしか作れなくないか?」
「『苔のティッシュー!』売れませんか?」
可愛く言われても無理は無理。…と言える理性は、
彼の蕩けた脳にあとどれだけ残っているだろう。
次のお題は「コマドリの憂鬱」
1と場所変わっている感想板のURLまた流れたので貼っ付け
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/bun/1284739688/l50
396 :
コマドリの憂鬱:2012/01/23(月) 00:47:00.31 ID:c2c7x+Da
むかしむかしあるところに、イヌ、サル、キジと一人の男が住んでいました。
ある日男が川へ釣りに出かけると、上流のほうからドンブラコ、ドンブラコと
大きな将棋の駒が流れてきました。男は駒を持ち帰り、それを売って
金に換えると、鳥屋へ行って鳩を一羽買いました。男は言いました。
「俺は桃某と言って鬼退治を生業としている。実は鬼ヶ島というところに
鬼がいると聞くが、舟を仕立てるのに金がかかる。行って鬼がいなければ
丸損だ。そこでお前、ひとつ島へ行って鬼がいるか見てこい。キジでは島まで
飛べんのだ」
「いやです、いやです」鳩は言いました。
「いやだじゃない。行かぬなら焼き鳥にして食ってやるぞ」
「私は鬼を見たことがありません。鬼がわかりません」困った鳩は言いました。
「俺もない。だが聞くところによると、噂では鬼には角があり、赤ら顔をしているらしい。
そんな奴がいれば、それが鬼だろう」
「わかりました。いってきます」
鳩が飛び立つと、男が言いました。
「もしあの鳩が帰ってこなければ、島へいくのはやめておこう」
島へつくと、鳩は鬼を探しました。でも、島には体の大きな青い目の男がひとり、
焚き火にあたっているだけです。鳩は男に尋ねました。
「もしもし、このあたりで鬼を見かけませんでしたか」
男は答えました。「さあ、どうかな」そして、聞き返します。「君は誰?」
「私は、」鳩はちょっと考えました。名前がありません。ふと、自分が将棋の駒を
売った金で買われたらしいことを思い出しました。「駒鳥と呼んでください」
男はふうんというと、鳩に頼みごとをしました。
「僕は船が難破してこの島に流れつき、もう10年になる。その間、話し相手もなくて
大層暇をしていたんだ。もし君が鳥かごに入って、私と三日間話してくれるなら、
鬼について僕の知っていることを教えるよ」
鳩は困りました。鬼のことを知りたいですが、籠に入るのは嫌です。でも、話を
聞かずに帰ったら、桃某は鳩を焼き鳥にしてしまうかもしれません。
「わかりました」鳩は籠に入りました。男は満足そうです。
「では、僕の故郷のわらべ歌を聞いてくれ。そしたら、鬼がどこにいるか、わかるさ」
「はあ、」鳩は怪訝そうな顔をします。「どんな歌です?」
「クックロビンについての歌だ」男はにこりと笑い、いそいそと焚き火を掻き回し
はじめました。「だーれが殺した、クックロビン……」
次「蟹歩き世界3位の男」
「蟹歩き世界3位の男」
その大会は、いかにも奇妙なものだった。
大の男達が、みんな体を横にして、両足を左右にばたばたと動かしながらその速度を
競っているのだ。それは「世界蟹歩き大会」なのだった。
蟹歩きといっても、多くの人は知らないだろうが、要するに蟹のように横に歩くのだ。
それも蟹のようにという制約がある。具体的には、腰を落としてがに股で、そして左右の
足は決して交差してはならない。他にも幾つか条件はあるが、割愛させていただく。
馬鹿馬鹿しいと思われるかも知れないが、そもそもスポーツなど、批判的に見ればすべて
馬鹿馬鹿しいものだ。たとえば槍投げ。槍じゃないし、的を狙わなくてどうする? 全然
役に立たないじゃないか。
それはともかく、蟹歩きもそれに熱中する男達には、やはり真剣勝負なのだった。予選を
勝ち進む男達には素人を感動させるだけの熱気があった。
そして決勝戦。優勝した男は歓喜の雄叫びを上げ、2位、あるいはそれ以下のものはそれ
なりの喜び、あるいは悔しさを口にする。
ところが、3位の男は何やらつまらなさそうだった。それが妙に気を引いたのだ。私は
彼にインタビューを申し込んだ。
「え、俺? 俺に聞いても面白いことなんて聞けないよ」
彼はやはり気のない声だ。そこで、単刀直入に残念そうでない理由を聞いた。
「いや、ただ、どうでもいいだけなんで」
変なことを言う。じゃあ、なぜ、この種目に出て、ここまで勝ち進んだのか?
「俺が目指すものは蟹歩きじゃないんです」
へえ?
「実は、俺、ヤドカリ歩きが専門なんですよ。ヤドカリ歩きって言うのはですね、
蟹歩きに似ているところも多いんですけど、違うところも多々ありまして、こんな
風に体を前に傾けまして、それでですね……」
うってかわって熱を入れて語り始めた彼は、優勝者達と同じ目をしていた。
次、「懐中から怪虫」
今日も、とある町のとある裏通りにも日が落ちました。
子供は家に帰り、遠くに見える新興住宅地にも明かりがともり始めました。
そんな場所を肩をすくめ冬の風を避けるように歩いてくる男がいます。
いえいえ男かどうかは分かりません。顔にはマスク頭には帽子をかぶって
サングラスをかけてさえいるのですから。
ただ時折、つぶやく独り言が男のそれに似ているというだけです。
問題はその人物の性別ではありません。仮にMとしましょう。
Mは薄汚れたジャケットに手を突っ込み、その膨らんだポケットから
何か出そうとしています。その様子はまるで、うらぶれた手品師が
栄光をもう一度と在りし日の自分をなぞっているようにも見えます。
でもやがて首を振りました。
ポケットには目当てのものは無いようです。
そしてついに立ち止まりズボンを脱ぎ始めました。
Mはあたりをきょろきょろし誰も自分を見ていないのに安心したのか
ついにはパンツ一枚になりました。
「あっそうだ! 今日、薬もらってくるの忘れたんだ」
Mはパンツの中からしわくちゃになった一枚の処方箋を取り出しました。
Mはきっとギョウチュウがお腹にいるのでしょう。先週
お尻をモゾモゾさせていましたから。
「そうだ、薬もらってくるの忘れちゃっただけなんだ」
Mはそう風に消えるような声でつぶやくと、ふいに寒さを思い出しました。
そうです、この冬の寒空の下、ズボンを履いていないのですから。
「ハックション、、、と」
そしてMは大急ぎでズボンを履いてしまうと、また元のように歩き出し
男さえ知らない行き先を歩いていくのでした。でもきっと薬局には
行くでしょう。この分ではカゼ薬も貰わないといけないようですから。
次 三代目、初めての軍事演習をする
『三代目、初めての軍事演習をする』
「あ来た来た。三代目〜」
「その呼び方はやめてくれ」
世界に軍を持つ国は数あれど、「自衛」しか認めない珍しい国がある。
専守防衛の為の防衛組織・自衛隊と呼ばれる彼らは、給料をもらう志願型の働く軍人だ。
「三代目は三代目ッス」
「俺は家を継ぎたくないから自衛隊に入ったんだ!三代目になんかなるか!」
そんな自衛隊のある駐屯地で、迷彩の服を着込んだ2人の青年が何やら言い合いながら歩いている。
「今日は訓練検閲ッス。早く行かないと怒られますよ。三代目」
「分かってるよ!三代目って呼ぶな!」
訓練検閲とはいわゆる軍事演習だ。
実践型の訓練は様々な規模がある。専守防衛の自衛隊であれ本格的なものだ。
進む2人の先には広い演習場がある。特殊車両が並び物々しい雰囲気が漂っていた。
「三代目〜。生きてるッスか?」
「お〜…おぅ」
あれから三日後。くだんの2人は演習を終えていた。
「訓練中は行けなくてすんませんっした」
「お前もれっきとした自衛官だろが…くんな…」
三代目と呼ばれていた青年は頬がこけた青い顔で布団にもぐっていた。
「うす。スポーツドリンク持ってきたス。初訓練で腹下しとか災難ッスね」
「くそっ」
さすがにダジャレではないだろう。
「三代目以外にも何人か寝込んでますよ。やっぱあれですかね『地雷施設』」
呼び名は様々あるようだが、「地雷施設」とは自力で穴を掘って用をたす排泄作業だ。
衛生状態は宜しくないが、野外訓練に衛生的なトイレなどはない。
「三代目昔っからお腹弱めでしたもんね」
「…向いてねぇかも…」
「店にお戻り下さいますか!三代目!」
「誰がっ!お前だけ帰れ!!」
次のお題は「過労死寸前の悪魔」
「過労死寸前の悪魔」
俺は今夜も呼び出しを受け、職場に急行する。優雅に夕食を食べている時間も無い。も
っとも毎日食う必要など無いのだが、やはり長年染みついた習慣を打ち消すのは難しい。
俺がドアをノックすると、依頼主がドアを開ける。驚いた顔をした依頼主に向けて、俺
は慇懃無礼に自己紹介を始める。この時点で、大抵の依頼主は怯え錯乱しており、まとも
な応対は期待できない。だったらなぜ俺を呼んだりしたのだろう。呪いか、復讐か、興味
本位か、はたまた自殺の代わりにでもしようとしたのか。
なにより、依頼主はまず俺の姿に怯えるらしい。とはいえ、完璧に着替えてから出向く
など、不精な俺には無理な話だ。せいぜい似合わない洋服が俺の姿を半分隠し、恐怖を二
分の一にしてくれることを願うしかない。
俺は依頼主をなんとかなだめすかし、次の言葉を待つ。長い沈黙が落ちる。「帰ってく
れ」嗚呼、その言葉は聞き飽きた。深夜に呼び出しておいてこれだ。泣きたくもなる。
もっと何か無いのか。不老不死とか、世界征服とか、新世界の神になるとか、あるいは―
―俺のように悪魔になるとか?
くだらない考えが頭をよぎり、そのにやりとした笑みが依頼者を凍りつかせる。俺の外
見はそれほどまでに恐ろしいのだ。それほどまでに醜いのだ。そして、帰ってくれと言わ
れた以上、俺は帰るしかない。そこで、次の依頼が入ったことを上司から知らされる。一
日に二件も回らねばならないとは、今日はついていない。
自力で契約を取って来れるようになるまでが、悪魔修行の第一歩である。それまでは、
下働きに徹しなければならない。つまり俺の仕事は、上司の出番があるかどうかの調査。
依頼主に、本当に魂を差し出してまで悪魔と契約をする気があるかどうかを、事前に調べ
る仕事である。
悪魔に人権は無い。ストの権利も、労働基準局も無い。口にしてしまえば当たり前だが、
俺は当時、そんな単純な事実にさえ気付いていなかった。俺が悪魔を前にして願ったの
は、もちろん、悪魔になること。
だが悪魔は万能では無かったし、上司もいるし、そして俺の予想以上に忙しかった。年
中無休。夜な夜な人間に呼び出され、行って、聞いて、帰るだけの単調な仕事。飛び込み
営業よりも裁量が少ない。掘っては埋め戻す土方作業。積み上げては崩す賽の河原。
ああ、あれは鬼の仕事だったか。
夜のビル街をひゅうひゅうと飛びながら俺は思う。これなら人間のままサラリーマンを
していたほうがマシだったかもしれない、と。さて、これから悪魔になろうという方はいる
だろうか。俺はその願いを喜んで叶えよう。それで俺の仕事が少しでも減るなら、そりゃあ
大歓迎ってもんさ。
「死滅回遊」
「死滅回遊」
私はここに子供達を残した。
残した、というのは、連れては行けないからだ。私はさらに先に進まなければならない。
何故か?
理由などはない。ただ、未知への期待が私を駆り立てる。それに、風が私の後押しをして
くれる。子供達も、独り立ちできるようになれば、その気持ちを分かってくれるだろう。
目の前には遙かに続く野山、それにひときわ高い山並み。さらにその向こうには広大な海が
あるかも知れない。そのすべてが、とても美しい。
その先は? 分からないけれど、美しい世界はどこまでも続いているような気がする。それ
を、私はどこまでも追いかける。どこまで行けるのかは分からない。
でも、私には先に進める力がある。それがある限り、私は進む。進むことを希望する。その
先には、常に美しい世界がある。私は、それを見たい。それは、憧れといってもいいかも知れ
ない。
さあ、今日も夜までは時間がある。もう少し進もう。あの丘は越えられるだろう。あの向こう
にあるのは稲刈りの終わった水田だろうか、それとも牧場だろうか。意外に工場が並んでいるか
も知れない。それが何であれ、私はそれをこのの目で見たいと切望する。
さあ、もう一息、進もう。
「先生、あれは?」
「ああ、ウスバキトンボと言ってね、東南アジアから日本まで飛んでくるんだよ」
「すごーい」
「でも、日本では越冬できないから、全部死んでしまうんだ。そういうのを死滅回遊と
言うんだ」
「何だかかわいそうね」
「仕方がない、本能行動だからね」
「ふーん? でも、意外に冒険家だったりして」
「いやいや、昆虫にはそんな知能はないんだよ」
次、「世界統一王者の憂鬱」
テスト
405 :
この名無しがすごい!:2012/01/29(日) 16:17:01.10 ID:5Qa/xIvR
梅