1 :
忍法帖【Lv=40,xxxPT】 N ◆.a7VUr.VD. :
読書会題材一覧
アセンション 夢野久作「木魂」
マグナ 小酒井不木「血の盃」
N 芥川龍之介「お富の貞操」
アセンション カフカ「断食芸人」
ムー大陸 岡本かの子 「鮨」
佃煮マニア 宮沢賢治「どんぐりと山猫」
マグナ 国木田独歩「女難」
鈴木雄介 坂口安吾 「堕落論」
(´・ω・`) 太宰治 「トカトントン」
記憶喪失 太宰治 「グッド・バイ」
鈴木雄介 武田泰淳「異形の者」
ニッパ椰子 イェイツ「春の心臓」
あまな ポー「盗まれた手紙」
N 正宗白鳥「口入屋」New!
一乙!
前スレ
>>903 きっちり見抜いてくれたーと書いてもらえたらと、こっちも一歩
踏み込んでものいった甲斐があったというものだ。
ニッパはチャーミング、そうねw まあ、ニッパとは安吾作品の
読みで対立して以来、何か俺との間に遺恨が残ってるような
気もするw 気のせいかな俺の。 まあ、対立ったって、たいした
違いじゃないんだけどさ。
>>929 >フロイディズムはユダヤ的社会規範の崩壊を反映したものだ
伝統的社会規範の解体ってのは、近代的価値観が浸透
するにつれ、あらゆる社会ですすんでいったもんじゃないか。
精神分析理論は社会解体を反映する理論なのか、それとも
なんらかの再統合の試みなのか。フロイトは晩年モーゼについて
書いたそうだが、それはユダヤ的価値観の再統合のためか。
サイードは、フロイトのモーゼへの評価を、さらにひとひねりさせ
単一のアイデンティティからの離脱をそこに読んだりしてたね。
>伝統社会から法社会へのテイクオフが必須だとしています。
ゲゼルシャフトからゲマインシャフト、なんて話を連想するな。
こっちはドイツ社会学の概念か。
Nさんありがとうございます。
>>6 そういえば。どんな対立か...わすれちゃった。
安吾は、堕落の意味を文字通り受け止めている人が多すぎて、えっ。ってなったのしか覚えてないです。
Nさんが安吾の件で引用してくれた部分は、図書館で借りて読んだのでなんとなくわかりましたよ!勉強になりました
>>3-4 >>7 どーもどーも。
蓮實の「赤」の誘惑、前スレであまながしきりに言及してたな。 ちょっと立ち読みした
ことがあるんだが、プラトンの模倣論について蓮實が触れていたのが気になってたん
だよねずっと。 この本、表紙みると、日の丸の旗をどうしても連想してしまうw 内容に
日本回帰的な要素があるのかどうか、ちょっと確かめたくなるなこの表紙。
N乙。
いいスレタイであるなあ。
>>8 ん、俺も対立の詳しい忘れたわw 堕落論は全体としてポジティブな論、前向きな
論であるって、ニッパは主張して、俺はもうちょっとネガティブな読み方したんだよね。
要するにポジティブな見方か、ネガティブな見方か、その違いだと思った。
図書館で安吾かりたん? 引用した部分は、青空でもよめまっせw
つーか、安吾の場合、青空にあがってる作品の数が多いよね。
ひょっとして、ほとんどの作品がアップロードされてたりして。
今度の白鳥は、オンラインで読める作品が少ないんだよね。それでも電子文藝館では
三作ほど読めるんだが。「今年の秋」も「人生の幸福」(これは戯曲だけど)も、俺は
以前読んだことあるんで、まだ読んだことのない「口入屋」をお題としてチョイスしたw
「口入屋」をチョイスした理由はただそれだけ。
>>11 記憶力いいですね!
坂口安吾と中上健次ですよー。該当項目しか読んでいないですが。
前スレ952ニッパへ
俺が矛盾してたんじゃなくて「異形の者」が矛盾に満ちてるの。
あと俺は逃げてたんじゃなくて忙しかったのっ!
前スレ955園児へ
ごめん5回読み返したけどわけわかんないw
>>10 十秒ほど考えて思いついた。
>>12 坂口と中上と言えば、柄谷の「坂口安吾と中上健次」を感想のネタに
つかったなあ俺は。まあ、柄谷の読解もかなり独断的なもんだと
おもったけど俺は。 その独断性が作品として批評を成立させているならば
独断だからといって、そう非難すべきものでもない。そもそも俺もひとのこと
独断家であると評せるはずもないな。
前スレ963アセンションへ
だめだいかん君はなにもわかっちゃいないっ!
前スレ965名無しさんへ
いや、最後の部分は核心というよりは苦し紛れにでっち上げただけなんで冷や汗もんでございます。
ほぼ、私の拙い表現が言わんとしてることを代弁して頂いておりますが、
静的知性は、「創造」というよりも「構築」を行うという感じかな。
あと、私は大臣は、静的知性ではなく、デュパンと同じく動的知性の持ち主だと思っております
>>15 そうかなあw
詳しく聞いてもいいかな? それとも遠慮しといたほうがいいかな?
18 :
吾輩は名無しである:2011/09/12(月) 00:39:37.02
>>6 >精神分析理論は社会解体を反映する理論なのか、それとも
>なんらかの再統合の試みなのか。
つまり、この考え方で行くと
フロイトは精神分析理論という新たな装置の導入によって
人格の再統合を試みてはいるが
この装置にも分裂的要素が含まれている。
19世紀小説に登場する二重人格者(ここではデュパン)は
その典型なのではないか?
ということですね。
ただ、ヘーゲル(やそのフォロワーであるホブズボーム、マルクス主義者、そしてポスコロ論者)の視点で
考えてみると、こういった分裂こそ
近代化(市民社会・資本制社会)の副産物なのだ、となるわけです。
結局、卵が先か鶏が先かという事なのですが、
何れも甲乙付け難いですね。
ま、この件はこれまでにしておいて
今度は白鳥の「口入屋」について考えてみます。
19 :
吾輩は名無しである:2011/09/12(月) 00:49:00.77
>>16=ムーさんへ
>静的知性は、「創造」というよりも「構築」を行うという感じかな。
>あと、私は大臣は、静的知性ではなく、
>デュパンと同じく動的知性の持ち主だと思っております
丁寧な御返答ありがとうございます。
つまり、A 静的知性(構築的) B 動的知性(脱構築的)=批評
であり、Bが持つ外部への遠心力が**大臣、デュパンという分裂(あるいは差異)
による闘争を生んでいくという事ですね
何かモリアティ教授とホームズの関係に似ていますね。
>>18 デュパンは二重人格とまではいえんとおもうなあ。ただ女にさほど
興味ないようにみえるだけで。 そんなに金がないから結婚できない
だけかも。
性の抑圧そして人格の分裂をひきおこすのが、近代市民社会=資本主義か。
マルクス主義と精神分析を統合しようとする理論においても、そのような
見方がとられてるわけだろうな。 グランド・セオリーだ。 ドゥルーズの
「アンチ・オイディプス」の副題なぞ、そのものずばりだね。「資本主義と分裂症」
フロイティズムとマルクス主義を統合しようとした試みとしては、フレドリック
ジェイムソンの「政治的無意識」なんて著作もおもいだすね。
もう週がかわったな。 では今週のお題は「口入屋」ってことでよろしう。
これもそう言えば最後手紙でしたっけ
鈴木とあまなの直接対決は反対だなあ。雑談スレでも話題になってたけど、どうせまた泥沼になる。
鈴木とバカ話したい時に粘着がわりこんでくるのはうざい。
雨降って地固まるんじゃないかなあ。
マグナの乱だけは黒歴史であり、タブーだからな。絶対に口にするなよ!
マグナの乱?
間宮の乱?
ムーさん
忙しかったんですね。それは仕方無いです。エラーか何かで作品も失ってましたし。
また、次の機会にー
ほんとこじんまりしてるよなあマグにゃんは
俺は最近のマグナを評価してる。古参の中では視野が広いよ。
マグナは最近加わってくれた新規参入者のことを頭に入れてる。
まあこのスレも発展途上だから、
ニッパ、ほら話者、ショボン、治美、氷結レモンなどなどの
意見も汲みながらやっていこう。
班長か
どうも最近加わってくれた新規参入者、つーか得体のしれない者の俺です。
俺はこまかなケアがひつような会話はきほん、できませんが…。
こんどは「口入屋」読んでみるか。
あれ、まだ誰もよんでない?
つか誰も居ない?
よんできた。「やり手婆の憂うつ」だった。
38 :
ほら話者:2011/09/12(月) 20:54:03.16
w
今のパトロンが貧乏で頼りなくて前のだめ男にこんがり自らの身を焦がしてく。終末感を香ばしくさせながら。
この心変わりは女を滅ぼす予感。年末は無事に越せそうもないとかの。
園児ってオミソを装うわりには読み方オーソドックスだよね。
やり手婆の女将さんは村社会システムの最前線じゃね?
彼女の職業特有のハブ機能で、不幸な奴ら同士をむすびつけてしあわせにしてく。
でもそのむすびつけの口利きパワーもカネを持ち逃げされたり裏切られたりでパワーが落ちてっていずれ仲間内にもカネ的人的な崩壊がおとずれそう。
女将さんの心変わりは真夜中の来訪者、前のだめ男の一度の宿請いでもたらされた。そのとき直接会ってもないのに惹きつけられてる。
この契機を与えた、来訪者の仕事って、なんだったんだろうね。
真夜中の来訪者は、外から来た、内輪の崩壊をもたらすだろうディザスタだったろうか?
正宗白鳥の「口入屋」を一読。
うーん、どうもフックがない小説だなあという感想。
これは以前に白鳥の「今年の秋」を読んだときもそんな感じだった。
口入屋ってのは今だと人材紹介センターになるかw
まあ人の売り買いをやってる手配師ってことでいいんだろう。
後半を読むといかがわしい人材=妾の斡旋もしてるようだ。
冒頭で巡査が「今井さだ」という女のことを尋ねるがすぐに出て行く。
この女は口入屋と何らかの縁があったらしい。
この「今井さだ」は借金を踏み倒して朝鮮に逃げたのか、
あるいはどこかの男に生き血を吸われてるのかは不明だ。
この今井という女の話もすぐに立ち消えする。
口入屋をやってる主人公の「主婦(かみさん)」は
元情夫の「都築」という男の後立でこの商売を始めたが、
若さや面の良さよりも頼りがいで男を選ぼうと考えている時に、
都築よりもブサイクな45歳の沢井という男と出会う。
元情夫の都築はといえば物乞いのように訪ねてきたりする始末。
沢井も付き合ってみれば都築と大して変わりない頼りなさ。
金に苦労する毎日のこの女主人公は、どうせ苦労するなら
都築のほうが良いなどとも同業者の女に話したりする。
しかしそんな物語のプロットはどうだっていい。
これは作者の筆の動きが見えないつまらない小説だ。
俺は気に入ったがな。けして詰まらないとは感じなかった。
>>42 園児に先を越されちゃったかw
>内輪の崩壊をもたらすだろうディザスタ
って何だよ?w かっこつけてんの?
「内輪の崩壊をもたらすだろうディザスタ」
コピペ化なんてVIPの真似事やめろよ
>>46も2ちゃん表現なら「(キリッ」って奴と同じだけどな
難癖付けりゃ良いってもんじゃねえ
2ちゃんらしくていいじゃん
盛り上がってないな
ああ。
そもそも読書会って盛り上がるものじゃないんじゃ
ケンカ読書会なら別だろうけど
まだよんでないからだろう。ななしも早くよめよ。
読みたくなったら読むよ
何分もかからないからすぐよめよな。
すぐ読めってなんか違う気もするけどなあ
先入観なしに読みたい
>園児 (今家に戻って読み返した)
園児が「気に入った」箇所っていうのがよくわからないんだけど、
作品に漂う「終末感」や「やり手婆の憂うつ」というテーマだとすれば、
真夜中の来訪者である元情夫の都築が、ディザスター(災厄)であると。
ディザスターというのは字義通り=語源的には「堕星」だよね。
そこを考えるとすれば、この女主人公の堕落へと向かう宿命は、
最初から悪い星の下に生まれたことにあるとしたほうが、
ディザスターの意味合いが生きる感じがするよ。
60 :
吾輩は名無しである:2011/09/12(月) 22:42:02.65
時代背景として日露戦争後の緊縮財政による困窮化という経済事情があります。
また、冒頭でも述べられていたように日韓併合による半島の属領化が完了し、
時代閉塞(啄木)の感情に捉われたあぶれ者たちによる逃亡が始まる時期にもあたります。
本作に登場する人々もまた、こういったあぶれ者たちであり、
当時としては新風俗や新商売の
口入屋、保険業(今でいうデリヘルや市場関係)に従事しています。
また、その身元は?というと、ヤクザまがいのチンピラの元情婦や
壮士崩れといった得体の知れない連中です。
彼らは本作の発表された1911年(明治44年)の時点で40代前半ですから
生粋の明治っ子、つまり明治人の1類型とでも言うべき手合いといってもよいでしょう。
つまり、明治44年の暮れを舞台に場末に屯する中年男女の心境を描いた本作は
時代精神の退廃を描いたものになっているのだ、とは言えませんかねぇ?
あと、心理的な面に注目してみると、刹那的で享楽的である一方、計算高い
しかしながら持続性に乏しく、おまけに気が小さい、と来ています。
「明治人を信じてはいけないよ」(後藤明生 『壁の中』)
とはこういう事なのかなあ、と考えて見たりもします。
堕星はそのとおり。
運命なんだね。そしてディザスタはファンタスマの来訪。(キリッ
おとずれは破滅をもたらす。
園児のわりにはジジ臭い発想だなw
>>60 ああ、俺もこういう感想書けたらなあ。
ちょっと嫉妬しました
>>60 >刹那的で享楽的である一方、計算高い
>しかしながら持続性に乏しく、おまけに気が小さい、
>「明治人を信じてはいけないよ」
これは面白いかもなあ。
時代の変節点にいる人間はそうなるのかも。
これまで生きてきた文化が変わるのだから享楽的にもなるだろう。
文化とはファンタスムだから現実主義的になるだろう、計算高くなる。
これまで生きてきた文化が衰退していくのだから持続性に乏しいだろう。
新しいこれまで生きたことのない文化が目の前に表れつつあるのだから気が小さくもなるだろう。
いわゆる高齢者の心理も大体そうな気がするな。
変わり目か。
なんだか確実に変容はじめたなにかを模糊ながらも予感させられるよな。
あの、口入屋は青空文庫ではないのですか?
さあ?
えぇー!?
鈴木買って来いよ
二冊な、俺の分
ええ。
金はくれるんだろうな?金をくれ!
ああ?お前そこでジャンプしてみろよ
チャリーン
まいどありー
チャリーン
まいどありー (キリッ
斬新なキリッだな
へえ、口入れ屋ねえ、しばらく前までこういう体制があって、第二次大戦でGHQが禁止してから一旦なくなったんだけど、
最近派遣っていう形で復活したとか聞きますね。それで実態は奴隷労働の総元締に他ならないってことで批判されて。
読んでみようかなあ。
正直なにがなんだか…
まあまあまあ。穏便に。
麻薬中毒のネトウヨニートに煽られちゃいました。
81 :
吾輩は名無しである:2011/09/12(月) 23:37:55.61
>>65 >変わり目か。
決定的だったのは前年(1910年)に起こった大逆事件ですね。
この事件に際して白鳥と同じ自然主義作家であった永井荷風は
「日本はアメリカの個人尊重もフランスの伝統遵守もなしに上辺の西欧化に専心し、
体制派は、逆らう市民を迫害している。ドレフュス事件を糾弾したゾラの勇気がなければ、
戯作者に身をおとすしかない」
と述べて戯作者の立場からの抵抗に転換します。
白鳥の場合は偶々だったかもしれませんが、
現代風俗にこだわったわけです。
ちなみに作中でおかみの夢として語られた
当時の置屋の経営者には
伊藤博文(日韓併合の契機にもなった無類の女好き政治家)や
頭山満(初期民権運動化・壮士・浪人の親玉・右翼の巨頭)とも浮名を流した
芸妓・洗い髪のお妻がいたそうです。
お妻は1915年に43歳で死んだそうですから
世代的には本作のおかみと大して変わりませんね。
まさかこんなスレで頭山満が出て来るとは思わなかった
置屋自体が享楽的で計算高く持続性に乏しい商売ではあるな
破滅とか絶望とか描いて逆に生きるしあわせを際立たせているよね。
いきることは不幸なんだけど実はしあわせみたいな。哀愁とかペーソスみたく。
85 :
吾輩は名無しである:2011/09/12(月) 23:47:32.80
>>82 初期民権運動では博徒や芸妓は重要なんですよ。
大逆事件で刑死した幸徳秋水の親分である中江兆民もまた
そういう場所を拠点に活動して
自身も廓の経営にあたったわけで(失敗しましたが)。
生きる幸せというか生きる力だな
時代背景を考えるとな
>>85 そりゃまあそうでしょうがその理屈なら
江戸時代だって大奥の政治劇は重要ですよ
いみじくも戯曲的ですわなあ
89 :
吾輩は名無しである:2011/09/13(火) 00:08:00.33
>>88 いやいや、そういう意味じゃなくて。
明治維新で管理売春制度が建前上廃止されて
門前町や河原のいわゆる“悪所”とされていた花街がダメージを受けたわけです。
こういった勢力の支援を受けて没落士族や博徒が民権運動を展開したんですよ。
そして、民権運動の退潮と並行する形で
伝統的花街が衰退する一方で急速に伸びて来たのが
置屋を代表格とする新風俗産業なわけです。
90 :
ほら話者:2011/09/13(火) 00:19:51.45
正宗白鳥『口入屋』 初期所感
論じ(遊び)づらいのでとりあえず初期所感として印象をあげてみる。
アセンションさんが「フックがない」ゆうてるけど、引っかかりがね薄いって言うか
あっさりしすぎてて、しかもわざと意図的にそうしてある気がする。
愚かしさとか浅ましさとか貧困とか困窮とか衰退とか退廃とか堕落とか没落とか、
そういうの決して誇張されてる訳でなく特に問題視されてるふうでなく、
いつもそこにある至極ありふれたものとしてぽんと置かれている。
ヴォネガット風にいうと「そういうものだ」って感じ?
登場人物をながめる語り手(全知の三人称の語り手)の視線には、
おぼろげな諦念とやさしさが共存している。
生きるってただ泥臭いよね、そんなに劇的なもんじゃないよねみたいな。
赤塚不二夫風にいうと「これでいいのだ」って感じ?
ああつっこみづれえ!
91 :
ほら話者:2011/09/13(火) 00:49:35.43
>>60 >つまり、明治44年の暮れを舞台に場末に屯する中年男女の心境を描いた本作は
>時代精神の退廃を描いたものになっているのだ、とは言えませんかねぇ?
でもさあこの主婦(かみさん)の物語は、その時代特有の問題意識みたいのなものが希薄で、
いつの時代でもごく身近に展開されそうな、至極ありふれた情景だと思わない?
時代を変えて書き換えてもあまり支障がないような。
「口入屋」感想
監督:成瀬巳喜雄
撮影:玉井一夫
美術:中古智
主婦:杉村春子と山田五十鈴のダブルキャスト
沢井:加東大介
都築:宮口精二(上原謙と行きたいところだがちょっと違う)
お清:岡田茉莉子と団令子のダブルキャスト
二階の男:須賀不二夫と菅井一郎のダブルキャスト
お徳:中北千枝子と高橋とよのダブルキャスト
松田:小林桂樹と仲代達也のダブルキャスト
93 :
ほら話者:2011/09/13(火) 00:53:45.80
キャストきたw
94 :
治美:2011/09/13(火) 03:02:36.97
歴史背景に絡めて論じていらっしゃる方がいて面白いですね。
それに触発され、私も日本文学史の参考書を改めて紐解いているところです。
既出ですが明治43年の幸徳事件は文学史上一大事件で、それ以後自然主義
文学は衰えていきますよね。このような時代閉塞状況のなかでまず登場する
のが耽美主義の文学でしたね。永井荷風なんかはこの時期に日本の伝統に回帰
するような作品を発表してます。口入れ屋の、どことなく退廃的な雰囲気は、
このような文学の時代状況を反映しているのかもしれません。
で、私個人の感想ですが。
口入れ屋を読んだときに思い起こしたのが井原西鶴の世間胸算用なんですよ。
大晦日を舞台にしたのが世間胸算用でした。んで、口入れ屋も大晦日ではないけど
年の暮れを間近にした設定でした。井原西鶴の写実の方法は、日本の近代文学の勃興期に再発見され硯友社の人びとに受け入れられた、というのはあまりにも有名ですけど。この作品が西鶴の胸算用を意識してるような気がするんです。
乾いた文体というのも西鶴と似ています。
95 :
治美:2011/09/13(火) 03:27:50.51
続き
じゃあどこが西鶴と違うのかというと、口入れ屋では人身売買も同然の日陰者に、
しかも女性にスポットを当てているというところですよね。描写は客観的で傍観者的
な感じは見受けられますが。登場人物の心情は唯一、女将さんだけ描いてます。
つまりは、語り手は女将さんに寄り添っていると思うんです。
そのお主婦さんという鏡を通して読者は、謎のさだをはじめとして、チビ、お清などの
女性を見るわけですよね。これらの女性達はみな同じ運命にあります。
情婦殺しの新聞を読んだ直後、おかみさんは、チビが妾になるといって、それに
対し微笑んでいますが。チビの行く末が情婦殺しに終わるとはなぜ考えないのか。
頼りになる人を探していたのになぜダメ夫に戻っていくのか。そのくせ、お清の
逃亡に怒りをあらわすのはなぜか。
ここに登場する女性は閉塞した時代状況を生きざるをえない者たちなんだと思う。
そのなかでも、ダメ男と暮らした方がまだマシだといって、閉塞した時代状況に
自ら飛び込んでいく、というのが希望になってますよね。もちろんおかみさんは
無自覚に身を投げ出していますが。
この辺は、自然主義文学が挫折していくなかで、それでも作家として生きていく、
というような白鳥の姿と重ね合わせても良いかもしれません。
96 :
治美:2011/09/13(火) 04:00:00.69
わずかばかりのお金を懐に用意し、都築が訪れるのを
心待ちにしている主婦さんの姿は、なんと愛らしいのでしょう。
私はこういうのが女性のほんとうの美しさであり、可愛らし
さだと思ってます。
太宰の描く女性像と似ています。いや、太宰だったらもっと主婦さん
を愛らしく描きますよ。もうそれはたまらないくらい。
女のわたしが惚れちゃうくらいに。
とまぁ、はじめはつまらなかったですけど、2回目読んだら
めっちゃ入り込んでしまいました。妄想かもしれませんね。
いまムンムンしてますから。とりあえず寝ますね
口入屋
女一人で生きることの心細さは、いつの時代にも通じるものだなと感じました。
おかみは、口入屋という商売を切り盛りしてはいるものの、男の後ろ立てがあってのこと。転業するにも、後ろ立てが必要。
まだまだ男性優位の社会だったからもあるのでしょうか。それとも、いつの時代、どんな場所にもいるタイプの女性を描いたからでしょうか。両方かな。
頼りたい。でも頼りにならない歯痒さ、心細さがちびへの優しい眼差しになっているように感じました。ちびは不細工で、おそらく頼れる男に巡り会えない存在。おかみと同じ、というわけです。
ちびで気を紛らわしながらも、頼りにならない男を頼りにする心細さ。今の時代でも共感する人は多いのでは。
治美さんもおっしゃっていた通り、おかみが年末に金が必要なのは支払いのためでしょうが、
ラストのおかみの態度は、支払いの為に少しでもお金が欲しいという事では無いと思うんです。
頼る男のない心細さに、少しでも多くお金を手元においておきたいという心情の方が大きいのでは無いでしょうか。
>>61 さんの時代背景説明、勉強になりました。ところで、口入屋って江戸時代からあるのでは?
>>91ほら話者さん
>時代を変えて書き換えてもあまり支障がないような。
に賛成です。時代も大事でしょうが、そちらに重点は置かれていない気がします。
>>90 >登場人物をながめる語り手(全知の三人称の語り手)の視線には、
>おぼろげな諦念とやさしさが共存している。
>生きるってただ泥臭いよね、そんなに劇的なもんじゃないよねみたいな。
激しく同意します。異形の者の泥臭い生はどちらかと言えば男性に寄り添っていましたが、こちらは女性バージョンと言えると思います。
しかし、作品舞台が出版年として論が進んでいたようですが、分かるのはどうしてなんでしょうか?
>>97 >しかし、作品舞台が出版年として論が進んでいたようですが、分かるのはどうしてなんでしょうか?
今井さだが朝鮮へ行ったという記述かな。
>>97 少しでも多くお金を手元に置きたかったのでしょうか
頼りない都築であろうとも会いたい心細さが募った故に、店に来る口実としての手紙だったのでしょうか
都築との手切れにこそ本意があり、金銭はその為の禊だったのでしょうか
女性陣がこの体たらくでは正直言って少し失望です。
>>44 >これは作者の筆の動きが見えないつまらない小説だ。
結構意識的にちびを配置してるっていうのは筆の動き?
>>99さんの、これぞ!という感想を読みたいです。
時代からしても、まだまだ女性は男性に寄りかかっていたでしょうし、そうでなくともおかみは冒頭からわかるように男とズブズブになる味を知っている。男に寄りかかる(寄りかかられてもいるけど)女性なんだと思うんですね、おかみは。
情けない女の心細さと読みますよ。私は。
>>99さんの意見読んでみたいです
>>101 その言い方は主体性の無い女性を想定してるようですが、少し違いますね。
彼女は確かに負け組です。少女趣味を解毒できない三十路のシンデレラでしょう。
ただし、男に寄り掛かられるだけの経済力は彼女の自己犠牲によって培われたもので
どこぞのパトロンから引っ張って来たものではありません。
女を売った故の(≒青春≠売春)口入屋です。
だからこそ清の逃亡に満心の憎みを向けるのです。(もう少し贅沢に書いても良い部分です)
あなたが思うように、つまり沢井の助言が外れた故の怒りではありません。
三十路の階段のーぼるー
おっと。稼業は37からで都築の後立てでした。失敬。
105 :
ほら話者:2011/09/13(火) 07:26:57.72
>>81 作中でかみさんが夢見るのは「置屋」じゃなくて「待合」ですね。
待合は、待ち合わせや会合のための場所を提供する貸席業。
芸妓を呼んで飲食する場所を提供し、泊り(芸妓と)もできる。
芸妓は芸妓置屋から呼び寄せ、料理も仕出し屋などから取り寄せる。
芸妓置屋と違って、待合は芸妓を置いたり斡旋したりはしないから、
混同すると作品上での意味が違ってきちゃうかもしれんのでご注意を。
>>92 名前間違えた。
撮影は玉井一夫ではなく
玉井正夫でした
>>102 ありがとうございます!
>
>>101 >その言い方は主体性の無い女性を想定してるようですが、少し違いますね。
主体性がない。というと、私の主張も違うようですが。きちんと、主体性がある女性だと思うんです。それは、悪どい商売はしないと決めている様子からもうかがえると思っています。
>>102さん主張の主体性については、違う。とは思わない。かといって、完全に同意というわけでもない。問題はそれを主体性と呼ぶかどうかというところかなと思いましたが...
>だからこそ清の逃亡に満心の憎みを向けるのです。(もう少し贅沢に書いても良い部分です)
これは同意です。おかみは清に自分を重ねているんでしょうね。
>あなたが思うように、つまり沢井の助言が外れた故の怒りではありません。
これは反対かな。私の主張として、怒りがあったとしても、それは沢井に向けられたものではないんです。
というか、怒りあったのかな?という感じ。一番に感じるのは、心細さだったと思います。
>>107 >きちんと、主体性がある女性だと思うんです。
あなたの書き込みは
>>97と
>>101ですか。
どうもそんな風には読めないのですけどね。
良しとしましょう。詰めても仕方ないですし。
呆れ返るほど単純な誤読が無いことはよくわかりました。
ただ、それは前提であって欲しい。
単純に私と同程度の深度で読むのであれば
ヨソの人間は別として、少なくとも自分には新たに見るべきものが無い。
あなたが出産を経験した女性であるのなら
そうであるからこそ見えてくる彼女の姿というのは無いものなのだろうか。
私はそれに期待しているんです。それはこの場であなたにしか出来ない事なのだから。
深度とか言ってるが当人が深いと思ってるだけで自分の欲望を投影しているだけの場合がほとんどだからな。
まあ小説ってのはそういうものだが。
>>108 お互いの指し示す主体性の内容(?中身かな?)が違っていますからね。同じ言葉を使っているだけであって。
私があなたの言う主体性に関しての意見は
>>107の通りです。
>あなたが出産を経験した女性であるのなら
>そうであるからこそ見えてくる彼女の姿というのは無いものなのだろうか。
>私はそれに期待しているんです。それはこの場であなたにしか出来ない事なのだから。
なるほど。でも、これが出産まで終えた私の感想ですから、申し訳ないです。
もう少し自分に引きつけて話すと、おかみと私の境遇は結構似ているのだと思うんですね。仕事はしておらず、経済的に夫に頼りっておりますし、傍にチビがいる。だからこそ、頼れる者のいない境遇は心細いだろうなと感じるわけです。(幸い夫はできた人なので、想像ですが)
ところで、この心細さって女性特有なんでしょうか。私は普通に働いていても一人は心細かったと思うんです。両親が逝ってしまえば本当に一人だから。
>>111 驕りだそんなもんは。
幸せな家庭築いてやった天狗ツラが鼻について仕方ねえ
おかみがそれ読んだら張り倒されるぞ
ニッパも真面目だなあ。
こんな奴にまともに答えてやる必要ないだろw
なに人様の人生に上から目線でもの言ってるんだバカヤロー
産もうが産むまいがテメーの知ったことじゃねー
悔しかったら自分で産んでみやがれダボが!
>もう少し自分に引きつけて話すと、おかみと私の境遇は結構似ているのだと思うんですね。
これなんか「私はおかみに投影しています」って自白みたいなもんだしな。
正直でよろしい。
投影ってな同一化だからな。
ところで
>>108って
ちゃんと自分の感想アップしてるの?
名無しは
>>1が読めてないのかな?
自分の感想をupしてレス番を入れる度胸がないなら、
つまり、ミニハンのいう「読まれる覚悟」が自身にないんなら、
相手と同じ土俵で言葉を交わす資格はないよな。
それに比べてニッパはリッパ!
組織で内輪モメが起きた時は外に敵作るとまとまる
分り易い根性無しだな
外に敵つくるも何もルール違反を指摘してるだけだし、自分の感想あげてないのに他人を批評してるやつのほうがよっぽど根性なしだと思う
121 :
ミニハン:2011/09/13(火) 11:55:28.29
>>118 俺が言っているのは逆だよ。
コテを付けることで、お互いの「こういう人だ」という幻想を持ち合うことで、
「仮面」を剥いだ「奇形者」として「読まれなく」なっているんじゃないか、という指摘なんだが。
つまりコテが自己防衛になっているのではないか、と。
もちろんだからと言って安直に名無しであればいいと言うわけでもないが。
一時期コテ批判で「名無しとは奇形者だ」と言ったが、コテであれ名無しであれ、そいつの心一つでそれを自己防衛の道具にできる。
つまり、自己防衛する名無しは、「名無しという名前」を使っているわけだよ。
匿名掲示板という社会でしか通用しない「仮面」だけどな。
とはいえやはり単純に考えたら、名前自体が、「社会的役割(ここでの社会は人間関係的まで拡大される)」たる「仮面」だろう。
従ってやはり俺は名無しを、匿名性を擁護する。
名無しから叩かれようとな。むかつくけど。
言っただろ、俺はそういった感情的なことは最優先事項ではないと。
コテの「読まれる覚悟」において読まれるのは、最終的には「肉に食い込んだ仮面」でしかない。
さらにそれを剥いだ血みどろの「奇形者」を読むことにはなりえない。
122 :
ミニハン:2011/09/13(火) 11:56:11.35
というか、
>>118でわからないのは、
>>108は
>>108という「本=人」じゃないか。
それを読めばいいんじゃないのか?
「人を読め」ば。
>>108らしきレスとやり取りしているニッパさんは、「あなたの言う主体性はこういう意味で、私の思う主体性はこうだ」という話をしているじゃないか。
これは
>>108という「本=人」を読んでいることになる。
俺も感想を書いてないが、言及されたので発言する権利はあるんじゃないか?
俺の文意を無視して利用されているんだから。この「読まれる覚悟」はアセの誤読だ。
それさえもしてはならないというならすまなかった。
アセのこの誤読から、おそらくアセが防衛したい「自己」は、「奇形者」ではなく「肉に食い込んだ仮面」であることがわかった。
「自己」や「主体」などというものはそんな簡単に「これ」と言える物ではないと思うがな。
心理学ならエゴとエスは別物だ。詳しくないからわからないが。
ついでに言っておくと、ニッパの「心細さ」に着目している点は、ニッパという本が多少
「奇形者」化していると思える。
もう一歩だが、方向性は合っているんじゃないか。
俺個人のおもしろさの判断でしかないが。
つかもう言及しないでくれ。
「読みたい」んだ俺は。
コテにすると「奇形者」が「読めなく」なる。「本=人」がつまらなくなる。
この形式で成り立ってんだから脇からゴチャゴチャ抜かすなよ
お前らと鈴木の一行レスの応酬を俺が途中で止めたことあるか?
気に入らねえんなら勝手に引き継げよくだらねえ
124 :
ミニハン:2011/09/13(火) 12:06:57.73
>>123 自分の文章が文意ではない言い方で利用されても、感想を書かない限り応答してはならない、ということか?
それならそういうルールを
>>1に書いておいてくれ。
>>124 そういう事なんだろうよ
知るかそんなもん
俺以外の誰かに聞け
ニッパとあまなってやっぱりちょっと似てるな
>>105 これは大事な気がします。おかみには置屋はできないのだと思う
130 :
治美:2011/09/13(火) 17:47:26.75
>>ニッパさん
私は、おかみが沢木にお金を要求するのは、可愛いダメ男の
都築にこっそり渡すためだと思ってますよ。支払いのためじゃ
ないです。
みなさんの意見を聞きながらもう少し自分の考えを展開します
お妾業ってのは昔は立派な職業でしたよね。成り上がり的な
もので、女の生きる道の一つでした。だから主婦さんはお清が逃げ
たとき怒ったと思うんですね。もちろん紹介料が入らないし信用も堕ちる
ってことに対する怒りもありますが。
けどもお清はたぶん、経済的に安定した道を選ばなかった。愛する男
と一緒になりたかったんじゃないかな。それを罵倒する主婦さんも結局は
都築に戻ってくわけでしょ。冒頭の謎のさだもそういう道を選んだんだと思う。
チビだって立派な妾になるなんて言ってるけど、周りの女達と同じ道を歩むと思う。
情婦殺しの新聞ってのもポイントで、あれは将来のチビか、主婦さんの行く末を
暗示してると思う。
地獄に堕ちると分かっていても、可愛い男がいたらそっちに飛び込んでっちゃう、
というのが人情じゃないかな。
ちなみに、都築を鈴木さん、主婦をあまなさん、と捉えて読んでみると
とても面白いですよ。二人のやりとりを見てるとそう思う。
まぁ、たまには負けてやる、というのを覚えましょうよ。主婦さんが都築を可愛く
思えたのも、泣きついてきたからですし。
すいません、ちょっと脳内で遊んでしまいました。
情の話かな。
情にほだされて女将さんは必ずや失敗するんですね。
冒頭の朝鮮へにげたさだつー女は女将さんは警官に知らないつったけど知った女だったと思うよ。
紹介して紹介された先が非道かったんで、さだは逃げ出しただけ。
女将は結局は、非道い仕打ちもやってきた。
ん?私が主婦?
そんなに面白いなら読んでみようかなあ。
134 :
治美:2011/09/13(火) 19:10:46.80
>>園児さん
私はおかみさんの味方してますが、首尾一貫した
人間なんていませんからね。園児さんのような見方も
あると思います。
けども、おかみさんには多少なりとも自負があると思いますよ。
放っておいたらノタレ死にしたかもわかんない女の身を助け
てやってる、というような。だから私としては、ほんとに斡旋する
だけしてあげて、その後のさだの事は知る由もない。
こっからは私の臆測に過ぎませんが。さだの見受け先の人間が捜索
願いでも出したんじゃないかな。んで、もとを辿って口入れ屋の
ところに巡査が来たと。
>>あまなさん
読んでください、あまな流でお願いしますね。
>>130 >私は、おかみが沢木にお金を要求するのは、可愛いダメ男の
>都築にこっそり渡すためだと思ってますよ。支払いのためじゃ
>ないです。
治美さんごめんなさい!誤解生みそうだなって書いたあと思ったんですよね。年末の支払いに関しての指摘だけは治美さんがしてたって書くつもりだったんです。
136 :
治美:2011/09/13(火) 19:24:34.76
>>ニッパさん
ほい、了解しました!
>>136 治美さんも書いてましたが、江戸時代の香りするなって私も思いました。
治美さんは都築に渡すお金と仰ってましたが、私はやっぱり主婦は心細さから少しでも手元にお金欲しんだと思います。
斜陽、長いのでなかなか読めなくてごめんなさい。
138 :
治美:2011/09/13(火) 19:31:05.12
>>園児さん
巡査は、さだの居所を知らないか?って聞いてますよね。
さだという女を知ってるか?じゃないっす。
現在の居所は主婦さんは本当に知らないと思います。
139 :
治美:2011/09/13(火) 19:47:25.24
>>ニッパさん
江戸のフレイバーはぷんぷんします。江戸風味は結構すき。
都築にお金を渡したのではない、という結果になりましたか。
江戸風に言うと、粋じゃないっすね。なにかに曇らされていませんか?
生活感情とか過去の体験とかに。そこを突き抜けると、もっと面白い
ものが見えてくるんじゃないかな。
とくに話題はないようですね。
口入屋にはみんなあんま興味ないのかな。
141 :
治美:2011/09/13(火) 20:02:14.67
まだ火曜日っすよ
口入れ屋を読もうといったNさんの感想も楽しみ
なんですけどね
>>139 そうかな?結果、渡すとしても、渡す為に欲しいお金じゃない気がするんですよね。といっても、ラストの一文そのままですが...
143 :
治美:2011/09/13(火) 20:30:56.52
>>ニッパさん
すいません!くもらされていたのは私でした。
粋が過ぎて浮き足立っていたわいな。
もう一度読んだら、ニッパさんの言う通り、心細い
からお金を持っておきたかった感じですね。
144 :
治美:2011/09/13(火) 20:45:38.31
ニッパさん許して〜
私的にありえない名無しさんの意見があって、その意見がニッパさんの
ものだと勘違いしてました。だから、くもらされてる云々と言ってまして。
最後の解釈は私が間違っていました!
女将は世紀末ヒャッハーに備えるためにカネがひつようなんだろ。
人に信頼がおけなくなったら、カネにいくしかなかんべ?
>>145 園児さんて男性ですよね?男性もやっぱり独り身の心細さってあると思いますか?
当て擦りにしてもくだらない。
都築が金を持って来たとしましょう。
それをおかみは受け取りますか。受け取りませんか。
その両方があり得る。
本当に金銭的な心細さだけが彼女の心配事なら受け取るでしょう。
しかし受け取る事は金蔓としての自分というキャラクターを都築の中から永遠に失せる事を意味します。
だから受け取らない可能性もある。都築の支えが無くなる事を意味するのだから。
都築が金を持ってこないとしましょう。
受け入れるか追い出すか。
その両方があり得る。
いつもの軽口で受け流しながら中に入れるのかもしれないし
端金すら用意出来ない都築に心底愛想を尽かすのかもしれません。
読めていないのは君らだよ。アホらしい。
沢井 宇野重吉
松田 殿山泰二
お徳 千石規子
でお願いします。
>>148 え?どういうこと?お金持ってくるよう手紙出したのは沢井へですよね。
151 :
治美:2011/09/13(火) 20:59:01.38
>>園児さん
世紀末ヒャッハーってw
わたし的にはね、そこまでおかみを俗物にしたくない
んですよ。でも、園児さんの意見の方が正しのかなぁ。
無頼派がいかにロマンチストなのかが分かりました。
それに毒されてる私は超ロマンチスト
正宗は、俗物と理想主義の中間の目で人間を見てますね。
危うく読み誤るとこだった。
ああ、沢井でしたっけ。よく覚えてません。
ならそう入れ替えてください。
>>152 でも、おかみが待ってるのは都築なんですよ。
155 :
治美:2011/09/13(火) 21:09:34.34
>>148 そやそや、あなたの意見とニッパさんのがごちゃ
混ぜになったんだ。
ちょっと何言ってるかわからないので感想文書いて
いただけます?もう少し分かりやすく説明してくださいな。
>>153 5分そこらで読んだから名前がよくわからんのですよ。
要するに寅年の男がとりあえず第一志望で
前の情夫に金返せの手紙書いたんでしょ。
寅年の男が年末に顔を出せばそれでよろしいでしょうよ。
来ないときにどうするよってとこが不安なのでしょ
或いは来たとしてものらりくらりでラチあかねえのが困るんでしょ
最早金でしか繋がれない前の情夫であろうとも縋るしか無かった。
会いたいから来てくれは女の沽券に関わる。
だから事後的にどうとでもなる口実を与えた。
手紙ひとつで前の情夫がほいほい素直に金持って来ると思いますか。
157 :
吾輩は名無しである:2011/09/13(火) 21:21:08.58
>>91=ほら話者さん
>その時代特有の問題意識みたいのなものが希薄で、
>いつの時代でもごく身近に展開されそうな、
>至極ありふれた情景だと思わない?
女主人の心理に即して考えたら現在に通じる所が多いと思います。
で、「口入宿」と言うのが発表当初のタイトルで
このタイトルだと「口入宿に集う人々の情景、つまりトポロジーがテーマの中心になるのですが、
後に改題されて「口入屋」となるんですよね?
この場合だと男女の心理が強調され、
例えば漱石の小説のように現代心理小説の系譜につながるものと捉えうる。
私が「新風俗」と言う事で時代背景と絡めて取り上げたのは主に前者の方ですが、
後者の漠然とした不安を抱えた近代人の心理という側面も捨てがたいですね。
この場合、男女の絡み合いではなく“漠然とした不安”というのが主題だと思います、
そしてこの心理は経済関係と性が密接に関わり、自己言及的なものでもある。
まあ、口入屋だから性が絡むのは当然だ、ともいえますが。
158 :
吾輩は名無しである:2011/09/13(火) 21:22:08.33
>>97=ニッパ椰子さん
>ところで、口入屋って江戸時代からあるのでは?
確かにそうなのですが
江戸時代のそれは家政婦斡旋所のようなもので
この作品で触れられた「口入屋」は妾斡旋所で中味が違います。
江戸時代は芸妓の様なプロを然るべき所で落籍して妾にしていた訳ですが。
明治期のそれは素人を処女だ、顔がということで成金に売買しており、
これはきわめて現代的だと思うのですよ。
159 :
治美:2011/09/13(火) 21:25:54.70
>>156 わかった、わかった。
前の情夫=都築にお金を要求する手紙を送ったんじゃ
ないよ。いまの男=沢井に送ったんだよ。
160 :
治美:2011/09/13(火) 21:39:34.73
>>157 横入り失敬
現代心理小説の系譜ってのは違うんじゃないかな。
語りや描写の仕方が違うもの。
リアリズムではあるけども、そのリアリズムの方向が
心理には向かってない。心理に拘泥しないあたりに正宗
の特徴があるんじゃないかな。
>>157 言葉は悪いかもしれないが、世俗小説かもね。
世俗小説はいつの時代も大体同じ主題だからつまらない、という評論家もいるが、
逆に人間の普遍的な心理を表現する一つの資料と考えれば、世俗小説にも価値が出てくる。
現代の週刊誌も、100年後には、「100年前の人々の大体同じ心理を伺うことができる資料」となるかもしれない。
>>160 心理描写のあるなしにこだわる読み方が現代的なんじゃないかなあ。
技法論としては大事なのだろうけど。
163 :
治美:2011/09/13(火) 22:03:20.01
>>162 そうだね。現代ってのは自意識や心理がメインだから。
近代までは主題重視だった。けど現代では、いかに語るか
という点がすべて。語りの手法、描写の手法で勝負。
人間の真実や真理なんて出尽くしてるからさ。
ちょっと巧く言えないけど。
リアリズムの手法はいくつかあるし。文学が格闘しようとしてる
ものは同じだからさ。それとどう描くか=手法をもっと見なきゃ
いけないのかな。西鶴のリアリズムと漱石のリアリズムの手法は
ちがくて。口入屋は西鶴に近いと思う。
164 :
吾輩は名無しである:2011/09/13(火) 22:08:21.84
>>160=治美さん
>現代心理小説の系譜ってのは違うんじゃないかな。
>語りや描写の仕方が違うもの。
技法で言えば確かに外れるんですが、
封建時代の身分的制約から外れて性と労働によって関係づけられた
人間の心理というのが極めて今日的だと思えるのですよ。
だから、“系譜”といったのです。
例えば柄谷行人は「門」(1910年発表)の新潮文庫版解説文で
ここで漱石は近代的人間関係とそれを取り巻く停滞した時間を
日本文学で初めて表現したと指摘しているのですが、
白鳥の場合も場末の通俗的な人間たちを描きながらも
似たような時間と意識を(さらに生々しく)描いているのでは?
というのが私の感想といえば感想なんですけどね。
特に本作では性・時間・金が露骨に出てきます。
だとすると、こういった作品群を生みだした時代背景とは何なんだろう?
つまり、極めて資質の異なる作家達似通った発話行為を促したコンテクスト
とはどういうものなんだろうか?
と考えたりもするんですよ。
これは
>>157で触れた前者の方に属する見方ですね。
165 :
ほら話者:2011/09/13(火) 22:12:09.54
>>96 治美さん
>わずかばかりのお金を懐に用意し、都築が訪れるのを
>心待ちにしている主婦さんの姿は、なんと愛らしいのでしょう。
>私はこういうのが女性のほんとうの美しさであり、可愛らし
>さだと思ってます。
こういう見方が自分にはさっぱり無くて、きぱっと言いきってくれるの新鮮だわぁ。
なんてアホなんだろうみたいな哀愁ぐらいなんすよ感じるの。
理屈じゃない恋みたいのがあらゆるものに最優先されてるんだろうけど、
恋ってそんなに重要ですか???って、はてなマークが並んじゃう。
太宰作品が苦手なのはこのせいかも。
>>97 ニッパ椰子さん
そそ、おかみさんの心細さがこの物語の軸になってますよね。
166 :
治美:2011/09/13(火) 22:23:08.08
>>167 たしかに漠然とした不安感は作品内に漂ってますよね。
どす黒いモヤモヤしたものではないけど。
経済と性はいつの時代にもあったけど。
うーん何となくおっしゃることが理解できてきた。
時間の部分を説明してくださいますか?
167 :
ほら話者:2011/09/13(火) 22:29:58.09
>>158 >江戸時代のそれは家政婦斡旋所のようなもので
>この作品で触れられた「口入屋」は妾斡旋所で中味が違います。
どこで調べたか知らんけど、ちがうと思うなぁ。
藤沢周平『用心棒日月抄』でも「口入れの相模屋吉蔵」ってのが出てくるけど、
この口入業は武家の男の職業斡旋。こっちが元々みたい。
江戸時代の待合でも人身売買要素や性的要素がなかったとは到底おもえませんわ。
現代でもそうだけどこの手の業種は容易に悪質なのと結び付きやすい。
だまして吉原に売りとばしたりとかね。
168 :
治美:2011/09/13(火) 22:32:19.07
>>ほら話者さん
恋が嫌なら外のものをあてはめてください。
人間は可愛いらしいものだと思うんですが。
あ、あと。斜陽で面白いのが、かず子やお母様一家を天皇家だとする
見方があります。スレちなのであれですが。
体がものすごくムズムズしていますが、まだ感想を書いてないので我慢します。
170 :
治美:2011/09/13(火) 22:37:08.81
ダブル@さん
はやく感想を!
目は口ほどに、ではないけど
感想はレスよりも雄弁に物語ますゆえ
171 :
ほら話者:2011/09/13(火) 22:43:11.85
>>167 訂正
>江戸時代の待合でも人身売買要素や性的要素がなかったとは到底おもえませんわ。
待合じゃなくて口入業ね
172 :
ほら話者:2011/09/13(火) 23:00:47.64
>>168 治美さん
>恋が嫌なら外のものをあてはめてください。
>人間は可愛いらしいものだと思うんですが。
うーん。人の愚かしさに美しいものを見るってのはわかる気がするけど、
それ(愚かしさ)を「女性のほんとうの美しさであり、可愛らしさ」って
言うとフェミニストにすげえ怒られそうw
173 :
治美:2011/09/13(火) 23:04:51.93
ほら話者さん
もち!この感想書く時点でフェミに叩かれるのを覚悟
してましたよ。幸い、叩かれませでしたけどw
古いタイプの美学の保有者だということは自覚してます
174 :
吾輩は名無しである:2011/09/13(火) 23:07:18.16
>>166=治美さん
時間感覚はですね、今年もあと10日と2、3日しかないという呟きや
最後に話が流れてあれだけの手間をかけてその時間が惜しい
とか愚痴る所ですね。
労働と時間(そして対価としてのお金)という価値観が表れていると思います。
175 :
ほら話者:2011/09/13(火) 23:11:56.40
>>173 治美さん
おーなるほど
俺もいちおうフェミニズム批評とかもそれなりに読んでて(かなり面白い)、
その手の古いタイプの美学に拒否反応起こすように感化されちゃってるのかもね。
話が見えない。
フェミとか口入屋にあった?
177 :
吾輩は名無しである:2011/09/13(火) 23:26:55.17
>>171 >江戸時代の待合でも人身売買要素や性的要素がなかったとは到底おもえませんわ。
>合じゃなくて口入業ね
まあ、可能性として無かったとは言いませんが。
本業は人材斡旋業でしょう?
また江戸時代の性愛の中心的価値は“芸”を代表格とする
“洗練”にあるわけですから
口入業から直接、性的訓練のなされていない“女”が
容貌や処女性といった理由で「商品」として一般に供されていたとは思えません?
つまり、何ら性的訓練の受けていない女が妾として売買の対象となる
市場が江戸時代には拓けていなかった、と。
また、法社会学によると一般女性が
一旦、商家に養子に入り、十分な教育を受けた後に武家に輿入りした。
養子制度の発達にはこういった経緯もある、といった報告もあります。
とすると、口入業が妾斡旋所として発達する素地は
江戸時代にはなかったような気がします。
そもそもそれほど買い手がいなかったと思うんですよ。
178 :
ほら話者:2011/09/13(火) 23:31:31.24
>フェミとか口入屋にあった?
ないすよ。ご安心を
治美さんの読みの中にフェミが拒絶しそうな美学があったって話
でもフェミ視線でこの作品読んでみるのはありかも
>>157 ひょんに出てきたトポロジーてジャーゴンに違和感。
位相幾何学でしょ?
180 :
吾輩は名無しである:2011/09/13(火) 23:34:29.98
>>172 >(愚かしさ)を「女性のほんとうの美しさであり、可愛らしさ」
例えば漱石の「それから」や実篤の「愛と死」には
花瓶の水を飲んだり、衆人環視のなかで着物の裾をはだけて逆立ちをする
ヒロインが出てきますが、これは当時としては極めて進歩的な仕草として
また、かわいさとして肯定的に書かれています。
しかしこれは伝統的な女性観などではなく、
無垢なるものこそが美しいといったロマン主義的見方ですね。
181 :
吾輩は名無しである:2011/09/13(火) 23:38:33.31
>>179=園児さん
いや、詩学や解釈学の意味で使いました。
単純にトポス(場所)ということで受け取って下さい。
182 :
治美:2011/09/13(火) 23:41:59.97
>>174 なるほど。そのように見てらっしゃったんですね。
強引な気はしますけど、、
漠然とした不安感というのは、考えてみたいですね。
そのような考えに持っていかせたテクストはどこなのかというか。
技法で持って説明してもらえると、きちんとした批評になると思います。
ぜひ教えてください。
>>園児さん
わたしの感想がフェミの反感をかうかもということで。
口入屋とは直接関係ないですよ
トポロジーでいうと女将とその取り巻く環境はシステムですね。
女将と女将の後ろ盾のおとことの対称性のやぶれはトーラスを為す。
そして真夜中の来訪者(ファンタスマ)ディザスタという外乱によって定常解に至るまで時間が早まる。
ディザスタ(ファンタスマの訪れ)は時間をすすめるアクセレータの仕事をしたとおもうよ。
184 :
ほら話者:2011/09/13(火) 23:56:43.18
>>177 >また江戸時代の性愛の中心的価値は“芸”を代表格とする
>“洗練”にあるわけですから
ほんとうすか? 夜這い文化とかも洗練なの?
落語に「口入屋」ってのがあって、女中奉公と夜這いがでてくるんだけど。
性がそんなせせっこましいところに収まっていられるシロモノだとは思えない
武家と豪商だけのとても限られた範囲の話されてませんかね
貧困農家では姥捨てなどの口減らしがあった時代、口減らしのための
子供や女性の人身売買的身売りは当然のごとく行われていて、
そこに口入業が関わらないとは到底おもえませんがね
奉公斡旋にしても内実は妾斡旋だったりすのもあったろうと思いますよ
185 :
治美:2011/09/14(水) 00:07:53.42
>>180 あっ、それいますっげー納得できた。
太宰の描く女性像がそれだもん。
太宰ははじめ日本浪漫派の同人だったんですよね。
そういう女性像って、西洋のどの作品からきてるのかな、、
俺のきらいなことばは「天真爛漫」。
不幸は無垢からうまれるから。
187 :
ほら話者:2011/09/14(水) 00:15:25.90
>>186 と言いながら、どじっ子に萌えってなったりするんでしょ
ほら話VS園児とか面白そうだな
萌えるのはなんだろ、セリフのうまいコメディ気質な女優とかかな。
190 :
治美:2011/09/14(水) 00:20:39.78
不幸は無垢からくる、、
無垢なやつを囲む周りの自意識過剰な人間が不幸に
なるんじゃない?ちがう?
女将および女将の周りは不幸になるんだけど、その罪はなんだったんだろうね。
彼らが、罪ったからなんらか罰をうけるんだろう?
うわぁ病んでるなあ
193 :
治美:2011/09/14(水) 00:24:25.56
>>191 それはおもろいテーマ
ちょっと考えてみよ
たとえば女将のもつ無垢って何?
ひとをめぐり合わせてしあわせにしたいという願望?おとこからの寵愛?己のあたたかな家族をもちたい?
その無垢をよごし女将たちを堕落させたのは何?
時代の終末感?女将の年齢?臆病かぜ?
195 :
治美:2011/09/14(水) 00:34:56.48
191
を俗物大衆小説的に考えると
好きな男と一緒にいたいという女性の願いは叶えられない
時代で、それを押し通した女の悲劇ということになるのか
196 :
治美:2011/09/14(水) 00:43:28.30
194は太宰の人間失格そのものすなぁ
無垢であることによって汚され侵されるのは
これは神の罰ではないかと
ようは罪ったから罰られたんじゃないかと
考えすぎかもしれんが、この脱線には興味あるな
197 :
ほら話者:2011/09/14(水) 00:50:10.89
かみさんを方向づけるのは作中の言葉でいうと「心細さ」
足りないものを埋める方向へのベクトル、欲望(リビドー)だわな
このとき 欲望に忠実であることが無垢 なのかも?
俺は、罪は「人たらし」だとおもう。口入屋の女将も人間失格の葉蔵も。
隠された無垢にファンタスマ(幽霊)は引き寄せられ取り憑くよね。
小説の登場人物と主人公には違いがある。
おなじ土俵に挙がってるのに主人公には隠された何か(無垢)があるからね。
その隠された何かを追って別階層から階層のすり抜けをして影響をおよぼす何者か(ファンタスマ)がやってくる。
何者かは、ある特定のプロトコルの下でしか影響をおよぼさない。
降霊にはある任意の手続きがひつようなんだね。
200 :
治美:2011/09/14(水) 01:09:31.87
リビドー 唯野教授のサブテキストにあっ
たなぁ
無垢なものに対する信仰ってのと、それを食い殺し
たいってのと同時にありますよね
人は寄ってくるわ
なんだろ完全な無垢なら神の領域だからね。
ひとは無垢を潜在してもってても、堕落してしまう。そこが文学。ひとの為せる業。
202 :
治美:2011/09/14(水) 01:15:31.88
>>199 おもろいっすね。主人公は吸引力がないとだめだから。
登場人物たちとは違いますね。
んで主人公という鏡を通して読者は登場人物をみるから、
ある意味主人公はイタコなんですよね。
ちょっと違うかな、、
鏡つーか己が移せ身として主人公をとらえると主人公は依り代だね。
204 :
治美:2011/09/14(水) 01:32:41.04
>>203 うん
ドストエフスキーとかのカーニバル文学の手法とは違うよね。
あれは凄いもの。なんであんなのができちゃったんだろ。
205 :
治美:2011/09/14(水) 01:38:18.57
あかん、目が痛くなってもうた
今日はかなり収穫ありました
みなさんありがとう
明日は休憩!カキコミしません
ほーい、「口入屋」の感想かきまーす。
まだ週半ばってのに、作品内容について、既にたくさんの感想が
あがり、かなり議論がすすんでるので、出題者としては嬉しい。
最初のほうに出てきた作品の歴史的背景をめぐる解説が面白いよね。
>>60,
>>81,
>>89とかね。作品では触れられていないが、大逆事件が
歴史のキーポイントとして説明では浮上してるな。荷風は事件以降
戯作に身を沈めたとあり、これは一般的な文学的知識だけど、そこから
大正期のエログロナンセンスへの移行をみてとることもできそうだ。
これも文学と歴史を結びつけるひとつの解釈であるな。
こういう自然主義小説の読解というのは、小説を読む経験であると
同時に、歴史的経験でもある、という話がある。歴史と小説を
結びつけるというのは、小説を歴史的現実に縛り付ける鎖、解釈の
翼をひろげ、自由に羽ばたこうとするとき、その足を地上に
しばりつける根として機能することも往々にしてある。
それはひとによっては、不自由として感じられることもあるだろうね。
小説をそんなに簡単に歴史と結び付けていいのか、そもそも小説と
結びつく歴史なんてのは存在するのか、その「歴史」の存在形態にしても
テキスト分析によって解体することが可能なんではないか、最近の
小説に対する分析というのは、主流はこういう反歴史的な方向だった
んじゃないかなー、なんて思ったり。ポスコロ批評、とくにサイードの
やりかたというのは、作品と歴史的現実の結びつきを何よりも重視する
という点で、それらの重荷から解放されたいテキスト批評とは、根本的な
態度において、敵対的といえるやもしらん。
で、「口入屋」という作品中であつかわれてる歴史的経験って、どんなものか
というと口入屋の四十女の経験で、主流の歴史への参与者とはいえない日蔭者の
女性の経験といえようか。そういうまともに表象されない女性たちの経験を
復権して表象するというのが、フェミニズム批評の目標なんだそうで、それなら
この作品をフェミニズムと結び付けようとする試みも当然なされるだろうね。
治美が、この作品と西鶴や太宰を結び付けてたのも面白かったな。
それもまた作品の系譜を歴史に位置づけようとする試みでありますね。
白鳥は、過去の日本文学も結構よんでいたので、そういう蓄積が作品にも
反映してる可能性はあるな。太宰について、白鳥は「あれは女をよく知ってる」
って、小林の対談でいってたけど、つまりこの主婦のような女性を小説で
かけるというのが、「女を知っている」という近代日本文学における畳句が
指さすところのサンプルではないかー、と思ったりしたな。
ムーや東電さんのカキコみると、どうもこの作品は映画的想像力も刺激する
ものがあるようだ。そっち方面については、野蛮人も同然なので、指摘を
鵜呑みするしかこっちはできないけど、そっち方面の豊潤な議論もできるひとは
いそうな気がするこのスレに。
ま、ひとまずこんなとこで。
209 :
ほら話者:2011/09/14(水) 19:39:05.09
>>206-208 Nさん
まとめあざす!見通しいいわぁ
だけどNさん自身が作品をどう読んだのかがわからんすね
そうだぞ!
イヤ〜いろんな角度からの読み方が提示されてて出る幕ない感じw
今回は特に
>>94-96の治美が気合入ってる感じだけれども、
1点だけ聞いて見たい。
西鶴に比べられるというこの作品は上手いのだろうか?
>>90 ほら話者は「あっさりさ」を
「わざと意図的にそうしてある気がする」と読んでるわけだね。
白鳥はあえてこういう描き方をしたんじゃないかと。
でも筆の抑制がどうも文章から感じられなかったんだよなあ。
このようにしか書けない作家なんじゃないかという気がしてね。
白鳥はこれ読むの2作目だから何ともいえないんだけど、
そのへんどうなんだろう?
>>206-208のN評については
>>209のほら話者にかなり近い受け取り方だけど、
白鳥は「女を知って」いて、「日蔭者の女性の経験」を上手く描いてるのか、
そのあたりをNがどう読んでるのかがよくわからないんで
そのへんを聞いて見たいね。
>>97 ニッパは女主人公の「頼りにならない歯痒さ、心細さ」に焦点を当て、
「ちびへの優しい眼差し」を特筆してるよね。
そういう点の読みはぜんぜんしてなかった(できてなかった)w
で、ちびの描き方に筆の冴えが見られるということなのかな?
もう少しそのへんを肉付けしてくれるとありがたいな。
>>198-199 園児のいう「無垢」と「ファンタスマ(幽霊)」の関係も
ちょっと理解が行き届いてきた感じはするけど、
>小説の登場人物と主人公には違いがある。
↑ここのところだけよくわからなかった。
しかしポジティヴに読めてないのはどうも俺だけだな〜w
>>158さん、ほら話者さん
ありがとうございます!実際はどうなんでしょうね。インターネットの検索レベルでしか資料がなくて、私はなんとも言えない...
>>214 アセンションさんの「筆の動き」っていう言葉の意味が正確にわからなかったんですが、作者の意図が見える部分ってことかな?そういう意味で捉えて、ちびについて書きました。特に以下に2箇所、ちびの存在はかなり意図的に配置されていると思ったので。
「獅子ツ鼻の小女(ちび)は 鼻の先に提灯(てうちん)をぶら下げてゐる。手を袖口に引込めて寒さうに突立つた。「何て云ふ顔をしてるんだらう。」と、主婦(かみさん)は大きな目に微笑(ゑみ)を含めて、」
「主婦(かみさん)は小女(ちび)の肌理(きめ)の粗(あら)い黒い顔を見詰めて、思はず吹出しさうになつた。」
217 :
ほら話者:2011/09/14(水) 21:37:42.22
『口入屋』 どうしておかみは都築に振り向くの?分析
都築とおかみ、沢井とおかみ、情夫と妾の関係性は、
ベイトソンの二者関係モデルでいうと、相補的関係(支配と服従、養護と依存等)で、
異なる志向性を持つ二者間が相互補完的に結び付く関係性です。
相補的関係は、一方が増大するともう一方も増大、一方が減少するともう一方も減少、
という正のフィードバック型のバランス性を持っています。
おかみの依存度に応えられない都築の養護度の減少(呑むと搏つとで迷惑ばかり)、
おかみの依存度の増大(待合を出したい)に応えられない沢井の養護度(甲斐性なし)、
によって相補的関係は崩れます。
で、物乞いに現れた都築に、おかみの心がぐらっときちゃう転換場面なんだけども、
養護と依存の立場が転倒しています。都築が依存し、おかみが養護する形になる。
互換的関係(相補的関係において両者の役割が転倒する場合)への移行がある。
相補的関係でこの転倒が発生すると、正のフィードバック型強化による緊張破綻が
すこぶる緩和します。都築を避けてたおかみが急にぐらっときちゃうのはこのため。
そして相補的関係が修復され、また継続することになる。
暴力亭主に悩まされる妻が、たまに見せる亭主の涙ながらの懇願(立場の転倒)に
ほだちゃってろくでもない関係を続けるという良くあるパターンはこれ。
って分析しちゃうと、ロマンティックな女性の無垢な愛情の美しさってのは
どっかに吹っ飛んでしまうかもしれないが、心理学持ち出すとこんな感じ。
「男に騙されてる間は、苦労しながらも面白いものらしいよ」と他人事のように
おかみは言ってますが、自分も騙されるのがお好きらしい。
まあこれを愛らしいと見るか、ただ愚かしいと見るかは人それぞれかも。
作品自体はどちらの立場にもたたずに、愚かしさをあきらめ、愛らしさも封じず、
生きるってそういう泥臭いもんだよねとただ見守っている感じがします。
おかみ主体で物語は進みますが、舞台を口入屋にすることによって、口入屋を
通り過ぎていく他の女性たちにも、おかみと似た妾の境遇や情動の展開が示唆され、
新聞の情婦殺し記事にはその破綻も示唆され、その生の愚かで悲しく美しいありよう
が普遍化されているようです。
218 :
ほら話者:2011/09/14(水) 21:47:49.56
>>212 アセンションさん
あっさり感どうでしょうね。
>>217に自分が読んだようなのを意図的にやってるとしたら、
あっさり感は特殊性の排除、普遍化となり、人間観察も表現方法も巧いとは思うんですが。
自分も白鳥の作品ほどんど読んでなくて、
白鳥の技巧なのかこういう風にしか書けないのかは判断付きませんわ
ほら話とニッパの感想が並ぶとなんかニッパが見劣りする
>>219 そりゃそうだ。なーんも知識ないし。ほら話者さん賢いし。比べるまでもない!
おかみと男たちって、共依存かと思ってました。
>>216 なるほど〜。作者の意図がそこに読めるというわけか。
ちょっと再読して確認してくるかな。
>>218 よくわかんないよねw そのへんはNに聞いてみるとするか。
でも
>>217のベイトソンの相補的関係ってのはどうだろう。
むしろ沢井と都築との関係はシーソー的要素もあるのでは?
ベイトソンの
549 名前:吾輩は名無しである[sage] 投稿日:2011/09/14(水) 11:04:23.26
ホストとホステス
本当のお客はどこ?
550 名前:吾輩は名無しである[sage] 投稿日:2011/09/14(水) 11:09:47.84
ホスト・ホステス気質じゃない人を排除していくとゲストはいなくなる罠
551 名前:吾輩は名無しである[sage] 投稿日:2011/09/14(水) 11:11:51.47
排除じゃなくてもホスト・ホステス同士がホスト・ホステス気質を褒め合っている場所に誰もゲストとして行きたくはない罠
書きかけてやめたんだけど書いてしまおう。
ベイトソンの概念はダブルバインド(二重拘束)が有名だけれど、
ここではダブルブラインドとでも言うべきものがないだろうか。
都築も沢井もどっちもダメだと。で同じダメなら都築を選ぶと。
>>223 雑談スレの人かなw まだ何か言いたいことがあるんならあっちで聞くぜ。
アセンションも反応するなよ
227 :
ほら話者:2011/09/14(水) 22:20:19.00
>>220 ニッパさん
いやいや賢いなんざとんでもござーません いぢめないで
>おかみと男たちって、共依存かと思ってました。
そのとおりすよ。単純化したから相補的関係だけど、実際の人間関係はそんな単純じゃない。
二者間が複数の相補的関係の組み合わせ(共依存)だったり、しょっちゅう立場が転倒
する互換的関係、対称的関係(互いに愛し合う等)との混合があったります。
なんせ、おかみはずーっと経済的に依存されてるからなー。ずっと同じような男を選ぶあたり、共依存ぽい。ところで、都築の後ろ立てって、経済的にって意味なんだろうか。
>>227 そうなんですか!相補的関係と共依存は同じ。
230 :
ほら話者:2011/09/14(水) 22:36:45.19
相補的関係は、支配と服従、サドとマゾみないな、相互補完ですからね。
共依存って言い方は、その補完が強烈すぎて囚われて抜け出せないような
もののことをいうかも。
231 :
ほら話者:2011/09/14(水) 22:56:21.47
>>221 アセンションさん
>むしろ沢井と都築との関係はシーソー的要素もあるのでは?
あるでしょうね。沢井のヘタレさを感じてたとこに、都築の登場。
都築はさらにヘタレなんだけど、おかみへ依存性を見せることで、
逆転した相補的関係が成立し、心細いおかみにはそっちの強度の
関係性に惹かれちゃう。沢井は引き立て役に転落。
金銭的甲斐性でみるとどっちもダメダメなんですけどね
シーソー的に逆になったりする場面も考えられるなあ。えんえんと繰り返されそうな
232 :
治美:2011/09/15(木) 02:45:56.46
>>211 アセンションさん
そこ突っ込まれると思って西鶴の胸算用と口入屋を読み比べたりして、うんうん唸ってたとこです。
ムーさんがキャスト考えてたし、Nさんも映像のことを指摘してましたよね。それで
発想を転換してみました。口入屋と胸算用を映画化したらどのように撮れば
いいかって考えました。映像化して違和感なければ、作品における言葉はカメラに過ぎないですよね。カメラの背景には思想がありますけど。映像化して違和感があれば、それは言葉の芸術がそこに存在しているということの証明になります。
続きは次のレスで
233 :
忍法帖【Lv=40,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/09/15(木) 03:06:59.04
ムーとか連投するけど一般書籍板は確か連投規制こっちより緩かったと思うし、議論するにもいいと思うぞ。
235 :
治美:2011/09/15(木) 03:23:35.50
映像化してみることで、言葉の芸術、つまり小説家の技法が浮かび上がって
くるのではないかと。
胸算用は魅力半減ですが、口入屋も胸算用も映像化可能だと思いました。
なぜなら両作品とも、民間人の日常にスポットがあてられていて、人の動作や所作
をありのままに端的に描かれているから。俳優が容易に演じられる。
西鶴の胸算用の魅力が半減する理由は、語りに芸術性と散文性(思考)があるから。
語りが面白いというのは口承文芸の要素を示すのかな。散文性というのは、俳優の
身体では表現しきれない言葉の世界が確立している、ということですね。
それに比べ、口入屋はなんなく映像化できる。けど、カメラワークは胸算用
よりも面白い。どうしてだろう。構成がよくできているんですよね。さだ、おかみ、
チビ、都築、沢木、お清の配置がウマイんですよ。プロットがうまいということ
なのかな。
口入屋でも映像化が難しいところがあります。それは、おかみが都築の
ことを考えてるときの言葉。これは少し複雑で映像化しにくいですね。
口入屋は独特の間があって、読者に委ねてるとこもありますね。
ってここはまだまとまらない。
口入屋と胸算用の語りのリズムはよく似てるとこがあります。
ありのままに人間を写そうとする目もよく似てる。
キョウハ ココマデ アタマ ガ パンク シソウ
>>234 これミニハンだろ? 今雑談スレにいるし。やっぱりムーの粘着のホモじゃないの。
237 :
治美:2011/09/15(木) 03:52:50.69
これを書き終わって感じること
太宰と語りは切り離せなくて。すっげい勉強になったということ。
白鳥よりも西鶴の方が語りのパフォーマンスが上なんですよ。
私が好きな作家というのは語りのパフォーマンスが高い人なんだ。
町田康とか町田康とか、、
語りというのは身体性ですよね。近代は思考=精神を発達させてきた
けども、その代わり肉体=語りは疎かにしてきた。夏目漱石がつまらん
というのは案外正しい。
謎が一つ解けた感じっす。
つまらんことを述べてすみません
もう終わりか。読書会スレもそろそろ末期だな。
239 :
治美:2011/09/15(木) 20:18:07.67
うほっ、これじゃレスしづれーじゃんよ
もうちょい変えます
>>232 >>235 >配置がウマイんですよ。
ムーはじめ、映像キャスティングの書き込みもあったね。
確かにドラマの配役は俳優であれコテハンであれしやすい感じがするから
人物描写は上手いといえるのかもしれないけれど、
時代=舞台をイメージさせる情景描写なんかは弱い印象を持ったなあ。
242 :
治美:2011/09/15(木) 22:19:40.87
>>241 ですよね!
舞台は口入屋という箱
非常に凝縮した空間
意識的に外部を書かなかったと思う
その空間を様々な人間が横切る
さてこの効果は?というと言葉にできない
私のなかにはこれを説明できる言葉がない
アセさんはどう思います?
243 :
ほら話者:2011/09/15(木) 23:15:08.28
>>242 治美さん
鰻屋行くとこ以外は「つた屋」で舞台固定なんだよね
しかも、鰻屋の場面だけいつものおかみらしくないの
意図的なものは感じる
244 :
治美:2011/09/15(木) 23:20:50.03
敬語使うのやーめた
敬語の機能とは序列化であって、現代においては
秩序よりも分断を、調和よりもむしろ階級的闘争の
意味合いを有しているからである。てな出鱈目を一つ。
ということでニッパさんもほら話者さんも私に敬語
使わないでネ
245 :
治美:2011/09/15(木) 23:37:24.67
>>243 ほら話者
そうそう。園児が、都築は真夜中の来訪者でディザスター
だって言ってたのも頷ける。
冒頭の部分から緊張感を醸し出してるよね。
で、鰻屋行くあたりから空気が弛緩してるのが感じられる
>>244 >敬語使うのやーめた
俺はそうしてくれたほうが実は話しやすいw
これまで断ってこなかったけど、
俺はどんな人にも「さん」付けしてないし、タメ口w
明らかに年齢が上だと思われても関係なしに。
まあ人によって好みがあるからもちろん自由でいいんだけど
ここで「なぜ敬語というものはあるのだろう」とかって考えになればおもしろいんだけどな
248 :
ほら話者:2011/09/16(金) 00:10:30.26
俺は誰かれかまわず「さん」付けのほうが楽w逆に気をつかわん
2ちゃんだからって2ちゃん風にやるのも気づかいだとおもうわ
249 :
治美:2011/09/16(金) 00:11:33.90
>>アセンション
そう言ってもらえてよかった!
>>242 口入屋(+鰻屋)という限られた場所=舞台が
前のほうで出てた歴史と小説の関係を考える上でも弱いんじゃないかと思うね。
日付も出てこなければ、具体的な地名も天候も出てこない(たぶん)。
限られた舞台セットで多少の小道具(火鉢とか)はあっても、
そういう細部の描写も弱いように思ったんだよね。
>>248 もちろん敬称や表現も各人がやりやすいスタイルでいいし、
そうした雑多な多様性を一元化しようとは思ってないんで自由にどぞー。
ただこちらはかなりフランクにいくのでヨロシク。
>>247 そのテーマはスピンオフスレでやってもいいかな。
ホステスとホストの馴れ合いが増幅するだけと見た
お断りします
256 :
治美:2011/09/16(金) 00:31:19.74
>>250 アセンションは弱いととるのか、、
私は正宗が、ある効果を狙ってこの技法を
選択したように思うんだよね。
自分を棚上げにするのがうまいな、ここのコテはみんな
くだらねえスレだ
オタ共が互いを褒めちぎりあってる
259 :
ほら話者:2011/09/16(金) 00:46:20.16
わざわざ聞こえるとこまで現れて ぱらりら ぱらりら
かまってちゃんの煽り慣れ合いは芸がなさすぎて心底飽き飽きつまらねぇ
2ちゃんの罵り合いなんざ慣れ合い以外のなにものだつうの
そういって2ちゃんに来ている君は一体
「2ちゃんの罵り合い」が希薄な場所なんてこの世にはいくらでもあるわけだろ、リアル含めたら。
それこそ「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ」だ。
それにも関わらず2ちゃんに来ているほら話は、2ちゃんという罵り合いが多い場所じゃないと、馴れ合いできない人だ、となる。
さみしい人なんだな。
リアルの煽り馴れ合いがない関係に飽き飽きしてる人が2ちゃんに来ているものとばかり
263 :
治美:2011/09/16(金) 01:03:23.87
261は口入屋を5分読んだだけだとかなんとか
言って読みの凡ミスしたやつだなw
地金が出た糞コテ
治美が佃煮化してて盛大に酒フイタ
実は治美が佃煮四天王の最後の一人だったりして
名無しはミニハンという構ってちゃんだからスルーで
どうもこんばんわ。佃煮四天王に入れない園児です。
なんか進展あった?
269 :
治美:2011/09/16(金) 01:18:21.68
なんのことやら
ここで殺伐としたスレに魔法少女が!
>>250 私もそう思って質問したけど、だれも答えてくれなかったんですよね。ただ、今井さだが朝鮮へ行っていて、口入屋出版年の前年度が日韓併合。
この人魔法少女だったんだ
ハイボールのCM、小雪の次は菅野か。
相対的には評価できるな。
あら誤爆。
きにせんといて
再読してきた。
口入屋は概してうまくない。うまくないけど白鳥は達者なんだな。
なんだかいつの時代にも普遍的なものがあるよね。
歴史は興味ないなあ。
特に日本の歴史は苦手やったので、世界史に逃げたし。
歴史も読書の小道具ですよ
興味ない興味ない。ないないない。
読書に興味あるならそのための小道具も気にかけてやろうや
まあいらない小道具を出すのも情報飽和になるけどな
よーし、歴史に興味もつぞー。
でも基本知識ないけど。
俺は読み方が結構凝り固まってるからな。
ストレンジャーの来訪か、放蕩息子の帰還かくらいしか使わないかも。
悪くない凝り固まり方だな
俺も昔園児みたいな歴史嫌いだったけど
歳喰うとやたら歴史が恋しくなるんだよな。
恋しいってだけで俺も勉強してないけどw
歴史は意味がわからない。
習うっつー意味が。
背景を追うことが些末なことに思えて。
恋しくなるとダメな気もするがな。
若い内に小道具として歴史を聞いてれば年食って恋しくなることはなくなるかも。
学校で教える歴史なんて凝り固まった一つの学説でしかないしな。
考古学と歴史学は親近してるんだが、
考古学は遺物を科学的に分析してその時代を理解することで、歴史はあくまで残された文献解釈に限定する、という論もある。
となると歴史学の研究範囲はすごく狭められることになるんだが、それは歴史学者の自業自得でもあるんだよな。
考古学の科学的アプローチに対して常に歴史学者は批判してきたから。
289 :
吾輩は名無しである:2011/09/16(金) 02:42:38.78
園児はおもちゃ2個しかもっとらんの?
学問的に言えば、歴史こそが読書なんだよね。
291 :
吾輩は名無しである:2011/09/16(金) 02:44:59.98
おもちゃつーかよく使う奴やね。
ほぼそれしかないな。
>>291 >>288って意味。
考古学も歴史学も同じ「過去の文明を解明する」学問だけど、考古学は遺物に対する科学的アプローチであり、歴史学はあくまで残された文献解釈アプローチである、と。
文献解釈に限定するわけだから読書なわけっしょ。
学問の研究範囲のシステム論として、かな。
294 :
吾輩は名無しである:2011/09/16(金) 02:49:38.94
少年ジャンプとか
297 :
吾輩は名無しである:2011/09/16(金) 02:53:24.24
>>293 文字で書かれた資料をもとに解釈するわけだからね
たしかに読書だ
少年ジャンプか。
週刊マンガとかよんでないなあ。
マンガは単行本で買ってたから。てゆーか、マンガよんでない。
299 :
吾輩は名無しである:2011/09/16(金) 03:01:52.37
>>295 文学理論 これはほぼ哲学
そのなかでも精神分析は比較的簡単かな
あと文学の創作理論を知っておくといいみたい
結局、芸術は創作してみないと分からないことが多い
園児タイプに哲学薦めるのはキケン
ふっふっふっ。
むしろ哲学やってその二つのおもちゃに辿り着いたって感じもするけどな。
303 :
吾輩は名無しである:2011/09/16(金) 03:12:35.51
じゃあなにがいい?
304 :
吾輩は名無しである:2011/09/16(金) 03:14:46.62
放蕩息子で斬れるやつを次の読書会のお題にするか
そっち系はマグナや東電も釣れる気がする
いやいや今回も放蕩息子でいいんじゃね?
307 :
吾輩は名無しである:2011/09/16(金) 03:19:35.90
ああ都築ねw
放蕩息子が主役になってんのがいいんじゃないの?
とゆーか園児はなにを読んで放蕩息子にハマった?
>>306 園児のレスではじめておもしろいと思った
>>307 君みたいにナチュラルに切り込めるのがうらやましい
んー、元はわからない。
310 :
吾輩は名無しである:2011/09/16(金) 03:33:26.81
ふーんそうか
園児も放蕩気質なのか?
むりくり見つけるか。
ズレ、漂流、転向を盛り込めばいいんだろ?
312 :
吾輩は名無しである:2011/09/16(金) 03:47:32.53
おっ、やる気になったか
お題考えといてよ 次のはまだ決まってないはずだから
土曜日までに
>>312 やる気にはならなかった。
で、年末繋がりで、樋口一葉の大つごもりざっとながめてきた。
樋口一葉いいじゃないか。
とりあえず園児が斬れるやつな
>>287の自分のレス見て思い出した。
今の教科書って聖徳太子載ってないらしいね。
実在性が危うくなったから。
そしてこれは「歴史という読書」の脆弱性だ。
お前らも文学ファン名乗るなら、「作家」や「作品」にうつつを抜かすのをやめろとは言わないが、
一旦それを保留にしてでも「読書するということ」について真面目に考えろよ。
以上だ。俺の言いたいことは。
そういや「読書する女」って映画あったな。
内容は覚えていないが。
文学ファンの板だもんな。
この板には小説がすきな奴らばっかいるんだろうなとおもう。
四天王と園児は話がはずむんだなw いいことだ。
結局四天王は参加したいわけじゃん。
ツンデレタイプは扱いにくくて困るなあ。
みんなと仲良くやってくださいよw
アセンションがただの痛い奴になってきた
最初から痛い奴だったよ
>>317 違和感があることを表明しているだけなんだが、それは「ツンデレ」になるのか?
なぜそれが「ツンデレ」になるのか説明してくれないか。
俺が書き込んでいるのを「参加したい」と君が「読む」のは自由だ。
俺は俺のやり方で書き込んでいるだけ。
俺はあくまで違和感について表明しているだけだが、アセは俺が「参加したい」と読んだわけだな。
仮にこれを採用すると、「ツンデレ」の定義を考えれば、「参加したいのに「参加したくない」と言う」ことだとなるが、
俺はいつ「参加したくない」と書いた?
このように、「四天王はツンデレだ」というアセの考えは、アセ個人の印象が多く影響している、と言える。
だとすれば、その「ツンデレ」は、アセ自身なんじゃないか。
アセも、「参加したいのに「参加したくない」と言った」ことがあるから、そう考えたんじゃないのか。
>>209 俺の「口入屋」に対する読み? そうだなあ。
主婦が都筑への惚気話をいきなりはじめて、みなに呆れられて
「お神さんは今夜どうかしてるよ」と、いわれるあたりが作品の
ポイントかなあ、俺からすると。
おかみは先行きへの不安から、占いをあてにして、寅年の沢井に
狙いを定めるんだけど、沢井がだんだん大して当てにならないことが
わかってきた。月末の酒代すら渋るようじゃ、たいして頼りにならないと。
金を無心してきた都築に、わずかながらかわいげを感じたことも、都築への
寄りがもどる理由であるね。それで俺は、商売で一番あてにしていたお清の
話が壊れたことが、沢井への信用をなくす一番大きな事件だったように
思うねw お清の話が壊れたのは、沢井の責任じゃないのに、これは不合理
ちゃ不合理だけど。沢井が幸運を呼び込んでくれることを当てにしていたのに
全然あてにならない。寅年の男がいいなんて占いは当てにならない、だから
つきあいの長い都築のほうが、占いよりまだ当てになる、とおかみは思った。
それが、まわりがあきれるようなおかみの振る舞いの原因だろうと。
ポイントと思われる部分について、俺の感想を書いてみた。
>>213 白鳥の嫁さんは小林が感心するくらいの美人だったそうで、女性に対する
目はあるんじゃないかなあ。
小説で「女がかけてる」とか「女がかけてない」とか、昔の日本文学では定番の
ルフランであったそうで、太宰の小説は女がかけてると、白鳥がいうとき、そういう
常套句を口にしてるだけということは考えられるな。「この小説は、女がかけてる」と
いうとき、その具体的内容はというと、作者である男性が広く女性との交際経験に
成熟しているという、そういう意味だとすると、白鳥もまあ、女性との交際経験は
それなりに広かったようであるね。つまり白鳥は「女がかける」作家であったと。
「女がかける」作家ってのは、日本文学だけで通用する隠語かというと、必ずしも
そうではないという点も、白鳥にちなんで指摘しておきたいね。「女がかける」
文学者として白鳥があげているのは、モーパッサン、ツルゲーネフ、トルストイで
あって、これらはフランスやロシアの作家であったね。
それと、園児と普通に話していたらなぜ「他の人と仲良くしてくれ」となるのかがわからない。
会社だってどうしても合わない奴とかいるだろ。
まあ会社はうまくやってかないとならないけどな。
「四天王は女嫌い」とか言ってるが、俺は最初はニッパを叩いちゃおらんぞ。
アセとやり合ってる内にニッパを「読む」ようにはなったが。
こういう妙な誘導はやめてくれ。
だからコテいやなんだよ。
「仮面」を付けさせられる。
ニッパは頭悪いよな
アセは、俺がミニハンというコテを付けて以来、アセ個人の印象をたびたび俺に押し付けている。
これが「社会的役割を優先させる生き方」の「社会的役割」たる「仮面」だよ。
アセが誤読した、「読まれる覚悟」とは、「(「社会的役割」たる)仮面をつける覚悟」なわけだ。
__/\ ./ ̄/
殺 /| `〜┐ / ゙ー-;
伐 /_,ノ ∫ / /ー--'゙
と _,.〜’ / /_/
ス し ,「~ ノ _ノ ̄/
レ .た // ` ̄7 /_ /
ッ ,/| 島 根 県 / / ̄  ̄7
鳥 ド ./ /~`⌒^7 /  ̄/_/ ̄
取 .に / / / 丿 \,_ _/ ̄/_[][]
県 |/ / _7 /`⌒ーへ_,._⊃.. /_ _/
が ~`⌒^7 / \ _,.,ノ / /_ __/
! 丿 /L. ,〜’/ / ./_/
_7 ./,/ /`⌒ーへ_,._/
\// _/
l∠. ,〜’
330 :
忍法帖【Lv=40,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/09/16(金) 14:01:26.54
まあ殺伐だよなあ
331 :
吾輩は名無しである:2011/09/16(金) 14:55:09.02
アセはミニハンのキャラを確立させたたいだけだろ。体制に取り込める範囲内
での安定したキャラ。そのキャラってのは、まさしくペルソナだけども。
まぁアセもミニハンとやり取りしてみてミニハンの地雷は心得たはず。そこを
踏まなきゃ320のような面倒くさいレスはされないわけで
ミニハンの言いたいことは分かるが、ここは読書会スレなんだから、読みの場で
ペルソナを剥いでもらいたいな
本=人なので。
小説を読む時には読む、人を読む時には読む。
他人から指図されて読むのは読みではない。
ペルソナが剥がれた読み方とはそうでなくてはならない。
アセが俺に押し付けてきた印象論を挙げると、「馴れ合い嫌い」「ツンデレ」「ホモ」「女嫌い」だ。
これら全てに共通するのは、「感情論」なんだよな。
やはりアセが自己防衛したがっているのは、「感情的な何か」なんじゃないのか?
そこにあるテクストを、個人の印象論で曲解するのは、まあ「読み」の取っ掛かりとして認めるが、
厳密には「読み」ではない。
むしろアセがしている俺に対する印象論の押し付けは、それ以上の「読み」をしたくないための防壁としてあるんじゃないだろうか。
自分が想定していない相手の考えを想定しないための壁。
337 :
吾輩は名無しである:2011/09/16(金) 15:08:37.97
そうかい。ミニハンの小説の読みも期待してるよ
338 :
吾輩は名無しである:2011/09/16(金) 15:15:54.43
すべての解釈が所詮印象論にしか過ぎないんんじゃないか?
解釈には誤謬がつきものというか。なにかを断定したときに、そこからこぼれる
ものは必ずある訳でしょ?
解釈には正しいか正しくないかではなく、強いていうならセンスがあるセンスが
ないか、つまりは面白いか面白くないかだけなんじゃないの?
>>334自己レス
俺は何度も言っているように、本=人に対する感情論は最優先事項ではない。それを括弧に入れて読むのが俺の言う読書だ。
だからアセと話しているとどんどん「読めなくなる」。
「仮面」を付けさせられる。
>>335自己レス
曲解は本音が出た。読解だ。
印象による読解全てを否定しているわけではない、と。
>>336自己レス
平たく言えば、自分の頭で理解可能な考えでしか、物事を考えないようにする、ということだ。
>>337 期待されてるからと読むのも読みではない。
喩えるなら、交通事故に遭ったように読むのが理想だな。
この辺は、俺は学生時代から、本を読む時は頭をしらったにして読みたい、という志向があった。
その方がおもしろく読めるから。それの延長だ。
一時期は古書店通いとかしてたが、しらったで読むには交通事故に遭うように読むのが一番だと気付いてからは、
読書家とは言えないほどの読書量にはなっている。
それと「地雷」だが、正直、「いやよいやよも好きのうち」を本気で思っているオヤジが大嫌いなのはある。
「ツンデレ」って考え方もこれと同じだろ。
「いやよいやよも好きのうち」もあるだろうが、単なる「いや」もあるだろうし、単なる「好き」もあるだろうし、また「いやでも好きでもない」もある。
感情論の画一化が嫌いなんだよ。
現代の小説とか登場人物の感情が画一的すぎるだろ。だからつまらない。
こういった「好き・嫌い」の感情論は括弧に入れて読みたい。違和感や興味ならいいが。
なのでアセのレスはどんどん俺に「読ませなく」している。
アセには、「ミニハンは俺にとって理解不可能な人間だ」ぐらいまで思って欲しい。
事実、アセと俺はかなり本や人に対する考え方がかけ離れていると思う。
あと明日っつか今日からちょっと旅に出るので2ちゃんしにくくなるから安心してくれ
ミニハンでした
>>338 いや、実際にそこにあるテクストを読むことは、印象論ではない場合もあると思っている。
印象論を無くせという話ではない。ただそれは、「読む」ということのそもそもではない。
それは「読み」ではなく「読んだテクストに刺激されて妄想を膨らませている」ということだ。
そして、印象論はない「読み」とは、「読んでいる本に読まれている」状態に近い。
妄想を膨らまして読まないのだから、むしろ本に読まれていることになる。
言葉が頭にではなく体に入ってくる。何かの虫に寄生されるように。
また、「読み」には、正しいか正しくないかも、センスがあるかないかも、(他人が)面白いか面白くないかもない。
ただし経験的にそれは、自分の精神を不安定にさせ(それこそ煽られ弱くなる)、人を読んだ場合、
相手を不愉快にさせることが多いのはある。
相手がどう思うかは正直関係ない。
俺がそう読んだ方がおもしろいからやってるだけ。
ロボットのように読む、ということだが、面白いなら感情を排していないだろ、ということになるが、
面白い=楽しい、じゃないんだよな、ここのは。
ハラハラや混乱に近い。「言葉に嬲られる」みたいな表現は一度書いた。
その中に、本当の感情がある。
ニッパの感想の「心細さ」などはあれだ、「言葉に嬲られていた」のかもしれないと思えた。彼女自身が「心細さ」を感じていたなら。
なので俺の考える「読み」に方向性は合ってるんじゃないか、とは書いた。
俺別にニッパ嫌いじゃないんだよな。好きでもないけど。
そこを妙に印象操作されたらニッパが読めなくなるだろ。
まあ俺からニッパを守るやり方だとすればなかなか効果的だったとは思うが。
あと俺実は「木魂」までは名無しで短い感想書いてたんだぜ。
その時は問題となったルールもなかったが。
「木魂」の時は「これはナンセンス志向だ」とか書いたかな。
「ナンセンス」になって、その次に、例えば車谷長吉作品のごとき「言葉に嬲られる状態」があると思う。
そういう意味で俺にとっては、方向性は間違ってはないがもう一歩な作品だった。
奇形者にはなれていなかった。
生々しい本との読み合い、読まれ合い。
あ、うん、まあいいけど
正直書いた後すべったと思ってたのにナイスフォローしてくたと思ったわ。
佃煮名無しがいるな
印象で読むのは、例えばアセが今俺に対ししているような「印象の押し付け」だとすれば、
「能動的な読み」だと言えよう。
妄想を膨らませて自分がおもしろいと思える解釈をすることができる。
それは一つの楽しみ方だ。
しかしこの場合、「自分が読まれる」ということにはならない。妄想を膨らませているのだから、自分は別次元にある。
俺の言っている「読み」は「受動的な読み」なんだよ。
印象を、無くすことはできないので、仮説のようなものだと設定し、そこにある言葉だけを読む。
言葉の裏に込められた意味など読み込まない。あ、慣用句などは例外だけど。
349 :
吾輩は名無しである:2011/09/16(金) 16:58:05.92
ミニハンの文章は迂回していて核心をついてくれないな
読みとは何々である、とズバッと言ってくらたら議論ができるんだけど
とりあえず「受動的な読み」についてもう少し説明してくれると有難い
あとミニハンのレスを読んでると「俺を読まないでくれ、俺を解釈しないでくれ」
と言っているように聞こえる。そのくせ人のことは読もうとするんだからな。
まぁ、「ミニハンとはこうである」と言わなければ良いんだろう。
脇からすまん
>>322 >作者である男性が広く女性との交際経験に
>成熟しているという、そういう意味
断じてそういう意味ではないだろうけど
この白鳥が「女をかける作家」であることは同意するよ。
では一体どういう定義を置けば「女がかけた」ことになるのか、という点だけど
俺の女性観10000字ぐらいは書かないといけないし
どう考えても公開オナニーだから勘弁して頂きたい。
>ミニハン
ん? 来週旅?
今度さ、実はミニハンにお題を出してもらおうと考えてたんだよ。特別篇として。
別に本じゃなくていい。テーマは「人と本」でもいいし「仮面」でもいい。
ミニハンが時間に余裕がある週にじっくりやろうじゃん。
今週のテーマはとりあえず正宗白鳥なんで、そこんとこヨロシク。
あと雑談スレの流れはあまりこっちに持ち込まないように頼むよw
>>270>>271は奇跡ともいえるタイミングだったねw
352 :
吾輩は名無しである:2011/09/16(金) 19:27:04.93
>>350 それは口入屋とも関係してるから公開オナニーにはならない
むしろそこまで突っ込んで書かないのは逃げ
>>342 お前、読めてねぇーからな
読書会関連スレでこいつのレスが最も陰湿
的が外れてるくせに上から目線
>>349 >あとミニハンのレスを読んでると「俺を読まないでくれ、俺を解釈しないでくれ」
>と言っているように聞こえる。そのくせ人のことは読もうとするんだからな。
私もそう思ったなー。
あと思うのが、本や人に真実の姿があるっていうのが根底に流れているのだろうか。それをいかに誤差なく、自分を無にして読めるのが受動的読書?
だとしたら、そういうのって可能なのかな。
ミニハンさん旅行だけど、書いてみました。
355 :
治美:2011/09/16(金) 21:22:21.11
>>350 これについては私も思うところがある
女性は言葉を持たない時代が長かったと思う。女性は発言を抑制されていた歴史と
関係していると思う。女性は言葉で自分を表現することに慣れていないから、言葉
の使用が板についていない。だから女性が語るときには、自分をうまく表現する言葉が
ないという<じれったさ>がつきまとう。
太宰の「女生徒」はこの女性の<じれったさ>というのがすごく巧く表現されていると
思うんだよね。女性と言葉という観点から見ても、太宰は女性をうまく描けていると思う。
>>355 僕は太宰の書く女性像は
「本当はわかっているけど面倒臭いから2割ぐらいズラしちゃおう」ってな書き方をしてるように見えるんだけどね。
これはエンターテイメント性を盛り込む為の必要悪として。
357 :
治美:2011/09/16(金) 21:28:07.27
ちなみち「口入屋」の女将も自分を表現する言葉を持たない人間だよね。
358 :
治美:2011/09/16(金) 21:40:13.56
>>356 うんうん
エンターテイメント性が感じられるのは、太宰が、女性が発する言葉と女性の内面
にはズレがあるということを理解しているからかな。<じれったさ>というものを
芸術的に昇華させようと企んでいるから。だから太宰作品の主人公である女性は、自分
が言葉を持たない人間であるということは意識できていないと思う
359 :
治美:2011/09/16(金) 21:42:51.35
ところで、女性の<じれったさ>というのを芸術的に昇華するというのはどういうこと
か考えてみると面白い。ミニハンじゃないけどシニフィアンとシニフィエのズレを芸術
的に昇華するのが文学でしょ?それは<じれったさ>を土壌とし文学が生まれている
ということなんだと思う
360 :
治美:2011/09/16(金) 21:46:42.16
>>356 ちょっと356の意見を曲解したかもしんない
>>「本当はわかっているけど面倒臭いから2割ぐらいズラしちゃおう」ってな書き方
つー箇所の主語と目的語を明確にしてもう一度書いて!
雑談スレでやれよ
ここはお前さんの日記帳じゃないんだ
362 :
治美:2011/09/16(金) 22:01:57.06
>>361 それもそうだ
356さん、続きは雑談スレにて
>>349 >読みとは何々である、とズバッと言ってくらたら議論ができるんだけど
書いている。「交通事故に遭うように読みことだ」や「イメージを押し付ける読みではない読み」だと。
>あとミニハンのレスを読んでると「俺を読まないでくれ、俺を解釈しないでくれ」
「俺に仮面を付けるな」と言っている。
そしてこの「仮面」が「イメージ」である。
君は俺の言う「読み」が出来ておらず、君は「自分のイメージを膨らませることが読み」だと思っているから、
「俺を読まないでくれ」と言っていることになるのだろう。
とはいえ、イメージなしに読むことは不可能であるのはそうだと思う。
俺の言う「読み」をする場合、そのイメージを括弧にいれることぐらいしかできない。
自分のイメージを疑いつつ読むぐらいしかな。イメージはあくまで仮説にすぎない。
もちろん、会話してそのイメージを証明する言語があれば、それは最初はイメージだろうが、結果的に「読み」となる。
イメージで読むことを俺は全否定していない。アセにも言ったが取っ掛かりとしてはありだ、と。
ただ、自分のイメージが仮説になっていない奴には、そういった指摘をするだろう。
>>354 >自分を無にして読めるのが受動的読書?
自分は無になどならんだろ。
お前がどんなに着飾った服を脱いでも、お前の脳や内臓という物質はある。
エゴが仮になくなったとしてもエスはある。
アセの俺に対する「読み」ではない「イメージの押し付け」は、どんどん増殖している。
「馴れ合い嫌い」、「女嫌い」、「ツンデレ」。
これら一つ一つのイメージを検証していない。
仮説として扱えていない。
その本に書かれてある文字ではなく、自分の頭の中に膨らんだイメージを優先しているのではないか。
その本に書かれてある文字も頭の中にあるイメージも、どちらかを無くすなどということは出来ない。
しかし、どちらかを根拠にすることは出来る。
イメージを仮説にし、その本に書かれてある文字を根拠にすることが、俺のやろうとしている「読み」の今のところ唯一の近似だ。
これはどちらかというと科学の反証主義に似ている。
>「馴れ合い嫌い」、「女嫌い」、「ツンデレ」。
これらは、俺にとってはアセ個人の印象論でしかない。
アセという本に書かれた文字だ。
どうも俺をよめの園児です。
コテの心理をさぐるのをよむって言ってるんだろう?
なぜ、自分はそういったイメージを持ってしまったのか。
それを考えさせられることが、「本に読まれること」だ。
>>363 「解釈するな感じろ」ってことか。なかなかの快楽主義者だね。
仮説であるイメージが言語によって読みになるという部分は尤もだよ
その読みもまた仮説に過ぎないということもわきまえて欲しいというのは理解できた
本をたのしむのにラカンもデリダもドゥルーズもいらないとおもうぞ。
みずからの経験からその延長をおもんぱかって未来の体験とするつーのがいいんじゃないか。
こう考えると、アセが防衛しているのは、「自分のイメージ」「自分の感情論」であるのがわかる。
俺はイメージや感情論を無くせとは言っていない、それを無くすのは不可能だと思っている。
しかし、それに疑問を持つことは出来るはずだ。
それを「あくまで仮説ですが」と考えることは。
そして俺がおもしろいと思える本は、自分が気付いていなかった、まだ括弧に入れてなかった「イメージ」「感情論」を発見させてくれる本だ。
そしてそれは大概いやなものである。読んでいて不愉快な本となる。
自分が見たくない自分だから心の奥底にしまっていたことなのだから。
しかし、「イメージを膨らませることが読むこと」だと思っている奴らにしてみれば、それは自分のイメージの根っこを攻撃されるようなことなので、
「不愉快な本」となるだろうな。
>>367 コテならそう言ってもよかろう。本なら「なぜこう書いたのか」ということになるか。
>>369 快楽主義ではないな。俺のやりたい「読み」は精神不安定になるし、やれば非常に疲弊する。
だがそうやって読んだ方がおもしろいと俺は知っているので、やってしまう。
あ、やっぱ快楽主義者か。
困ったモンダネー。
>>370 みずからの経験=イメージだとすれば、それの延長しかおもんばからないのなら、俺の言う「読み」ではないな。
俺はそういう「読み」はつまらないからいいや。
読む側は常に受動でなければならない。
能動が魅力的なのは理解できなくもない。子供のテレビの見方などはそうだろう。自分のイメージが能動となる作品がおもしろい。
だけど今はそんな作品ばかりだろ。一般小説などは特に。文学でもそうだ。
文学が唯一俺の「読み」が出来る作品があると思っていたのだが、事実あるが、やはりそういった作品は少数派だな。
>>369 この違いをわかってくれて読まれる分には何も言わない。
それは俺を解体することになるだろうかな。
「解釈するな感じろ」は近いが、「肉として読め」という言い方が近い。
俺を「仮面」ではなく「肉」とする読みなら俺も真面目にやり合うよ。
正直今の読書会スレは真面目になれないから「煽り」になるんだよな。
肉とするのか。太りまくりだな。
太るのか?
バラ肉になるという話だが。
376 :
吾輩は名無しである:2011/09/17(土) 03:21:33.00
ああまあ「肉として読む」とは「生まれたばかりの赤ん坊として読む」ことではあるかもな。
>>368 当たり前のことを当たり前として疑わず思考停止している人間に発見はないからな
そこを突き崩し新たな境地へと読者を引きずりこむ作品が面白いのは分かる
園児にも聞いたが、368にとってどの作品がそのような境地へと至らせてくれたのか
聞いてみたい
幼稚な頭で読んだ方がおもしろいだろ。
脳の認識機能も能動性が皆無な状態で読んだ方が。
赤ん坊としてよむとは?
無垢ではないよ。あらかじめの学習用機構とプログラムのパッケージされたイキモノだよ。
>>378 たくさんある。小説以外にもな。哲学も歴史学も。
本は本だ。
小説ならば、少し前までは、何度か書いているが車谷長吉がなかなか良かった。
最近の作品はだめだ。
仮説に屈した。
>>380 無垢などとは言っておらんが。
肉だよ。その機構とプログラムも肉だ。そしてそれらは環境と関係しながら変化していく。
ならば環境により自分がプログラムされたことを破壊できるかもしれない。
可塑性があるのか確かめたいのかもな。
手を足をわさわさして世界を獲得していくイキモノだとおもうぞ、赤ん坊は。
手の稼動範囲があらかじめ決まってるのはその世界を探索し知覚をえて、みずからの頭蓋に刻むため。
カラダあっての知能。
383 :
吾輩は名無しである:2011/09/17(土) 03:35:36.37
>>381 >最近の作品はだめだ。
>仮説に屈した。
↑
?
赤ん坊が世界を獲得するのに赤ん坊の周りから、さらにひろがる世界に思いを馳せなければならないとおもうぜ。
そのさらにひろがる世界に思いを馳せる志向をなんという?
それを「よむ」と言えまいか。
自分の内から外分する枝をのばすとかまなざしを向けることを「よむ」とか言えまいか。
>>381 車谷長吉か、読んだことなかったな
「仮面」と「肉」というタームで言えば三島の「仮面の告白」ではないけれど
仮面が肉に喰い込んでれば立派なもんなんだよ。三島の仮面は何重にも肉に喰い込んで
いて、他人は騙せても自分は騙せなくて、それを一つ一つ脱いでいったら何にもなかった、
ということなんだと思う。
これは脱線だが、読書会スレの住人は仮面が肉に喰い込んでないんだよな。まさに上っ面だから
批判したくなるのも頷ける
386 :
吾輩は名無しである:2011/09/17(土) 03:43:02.39
仮面がなにのメタファーかわかりかねます。
悩まず、そのまんまコトバ通りに仮面と受け取っていいのかな。
>>385 だったらおまえが「仮面が肉に喰い込ん」だ「口入屋」批評をあげてみろよ
やってから言え
>>380 パッケージされていない個体もいるだろうしな。
そういった個体は精神障害や奇形児と言われるのだろう。
>>382 獲得していなかった時期があると認めているわけだな。
そこになることが俺の言う「読み」の理想ではあるな。
まあそこまでやれるとは思わないが。
何度も書いているが、「イメージなしに読むこと」=「能動性なしに読むこと」は不可能だと俺も思っている。
それを括弧に入れるぐらいしかできないだろうと。
しかし、この園児のレスに、「だから能動性があっても仕方ないだろう」という文を仮に補足したなら、
俺はそんな読み方つまらないからしない、と答えるな。
>>384 それを多くの人は大人になっても続けているわけだな。
よく飽きないな。
それは俺の言う「読む」ではない。「自分勝手なイメージの押し付け」だ。
まあそれが楽しいってのもわからなくないがな。
だがそれは「対話」じゃない。
「本に読まれること」も受け入れなければ、本を本当に読めたとは言えない。
貪欲なんだよ、俺。
>>385 三島は結構好きな方。
彼が自分の仮面を剥いでいったのは同意だが、逆に最後に無いと思いたいから自殺したんじゃないのか、と思う。
むしろ肉が仮面になったと。
三島あたりは「書を捨てよ、《奇形者として》町に出よう」の奇形者だと思える。
アセは結構肉に食い込んだ仮面が出て来たんじゃないか。
想像するに仮面は職業とか役割とかのメタファーかな。
女将は口利き業だし女将役だし年増女だし。
肉は肉だな。
仮面が肉にくい込むつーのはその演じる役割から逃れられないつー運命か。
赤ん坊も心理学では生後二年くらいには「赤ん坊という役割」を認識しているってことになってるぞ。
三つ子の魂百までだな。
393 :
忍法帖【Lv=40,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/09/17(土) 03:52:29.82
このスレの方は盛り上がってるな。
なんだよぐじゃぐじゃ理論ぶち上げるだけで実践できねえの?
赤ん坊は能動的に世界を獲得してくんじゃなかんべ?
機構的な手足の可動ルーチンによって周りを捕獲してくんだから。
それこそ気まぐれな接触事故によってじゃね?
赤ん坊がかぶせられた最初の「赤ん坊という仮面」が「肉に食い込んだ仮面」だと思うぞ。
ほとんどの人間は「肉に食い込んだ仮面」があると。精神障害者などはわからないが。
>>395 そういう赤ん坊なら俺の言う「読み」は出来ているだろうな。
なんだ自意識か。
399 :
吾輩は名無しである:2011/09/17(土) 03:59:27.70
仮面は仮面
仮面が告白できるか?
仮面は告発されるものでしかない
>>394 君がそういうレスをしてきたってことが君に対する実践になってるのだろう。
>>398 まあそうとも言うが、他人から後天的に押し付けられる(学習する)ことを含意するなら「仮面」の方がよい。
自意識は他人(多くの場合親)から学ぶ機制で、自ではないんだよな。
>>最後に無いと思いたいから自殺したんじゃないのか
ここの部分を理解する力はまだ持ち合わせていない
美に殉じたと解しているけども。その美が砂上の楼閣であって、三島は砂上の楼閣
こそを愛すると宣言して死んだように思う
402 :
忍法帖【Lv=40,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/09/17(土) 04:02:36.77
俺は面を被っている。だがその仮面が肉に食い込んでいるかは定かではない。
リルケがこう書いている。人間はいくつもの顔を持ち合わせている。何年も同じ顔ばかりつけている人もいる、毎度顔を変えていく人もいる、と。
なんで三島なんだ?
ちょっとレス読み返すか。
顔じゃなくてもいいんだよ、肉なら。
>>400 またずらすことしかできんのか
ご高説はいいから「口入屋」で実践して見せろ、見本を示せ
実践できない理論はただ単に使えないだけだ
変な時間に寝たから寝られん
弱った
>>405 君が想定していない考えだから「ずらす」になるのだろう。
口入屋と交通事故に遭ったら読むよ。感想も書くかもしれないし書かないかもしれない。
>>392 いいねw自分が子供嫌いな理由がわかった
役割を演じるつーことに目を付けてけばいいのかな。
口入屋の女将つったらは顔がひろくてめんどう見がよくて、でもはすっぱで。
女将はその社会的に演じる仮面をきっちりこなしてやってきたつー自負があるんじゃなかろうか。
でそのバイアスを取り払う時機がやってきた。むき出しの女つーのがちら見えつー。
でも肉(ゾーエー)に仮面(バイアス)がくいこんでてはがれないつー悲劇なんだな。
>>407 おまえが一番賢いってか わらわせてくれる
ああ てめえより愚かだからさっぱりわからんね
自分にできねえことを どうして人に押し付けられるのかさっぱりわからんな
バイアスじゃなくてビオス?
用語はよくわからないぜ。
>>409 そっから自分に当てはめて考えて見ると「本に読まれること」になるだろうよ。
>>410 イメージが暴走してるなw
413 :
吾輩は名無しである:2011/09/17(土) 04:15:42.48
>>399 だな。
三島が「仮面の告白」を書くとき、告白するということにつきまとう矛盾を当然
理解していて、三島は告白を利用したんだよな
>>412 自分の「読み」のイメージの方が暴走しているとは
どうして考えないんだね? 賢いから?
イメージが満ち満ちて来ました。
さて寝るか。
「本によまれる」ってのがまだ見えない。
よんだ本によんだ奴の感想さらに考えまでが影響されまくるっつーことかなあ。
なんで人の「読み」のイメージを押し付けられねばならんのか
自分は拒絶するくせに
あほらしい
>>415 具体的にどこがそうだと指摘してくれたらそう考えるかもね。
ちなみに指摘しておくと、
>>410の「おまえが一番賢いってか」というのは
>>410の個人的なイメージでしかないだろう。
このイメージを根拠に「てめえより愚かだからさっぱりわからんね」と言っている。
要するに彼は自分の頭の中で自分が作り出したイメージと対話しているわけだ。
>>409 強引な手口だw
三島の「仮面の告白」を読んだ方がはやい
三島の仮面を即社会的役割と捉えるのは早合点だと思う
t
>>420 これは同意しておく。
関連させて考えるのはありだが。
>>419 イメージ無しに対話できんのだろう?
何が悪いのかね
三島の仮面の告白。俺はググってくるか。
425 :
吾輩は名無しである:2011/09/17(土) 04:23:53.91
あのー、お題はなんなんですか?
理論だけで実践できないやつというイメージを持ったから
壊すために実践してみてくれというというのに
>>423 「悪い」と誰が言ってる?
君の頭の中の誰かが「お前が悪い」と言っているんだろうな。
後ふと思い出したが、佃煮は当初このスレを擁護していたよな確か。
しかし雑談スレでは「馴れ合い嫌い」を表明している。
佃煮にとってはここは「馴れ合い」ではなかったということか。
だがアセがここを「馴れ合い」って言っちゃってるしなあ。
いろいろずれがあるんだろうな。
個人個人の中で。
ググッてきた。
自意識とタナトスといっぱい出てくる小説みたいだ、仮面の告白。
馴れ合わない場などない。
出会ったらそれは馴れ合い。世界は馴れ合いでできているとおもうぞ。
430 :
吾輩は名無しである:2011/09/17(土) 04:30:21.12
たとえば俺たちのやってるスレで会話をかわすって行為。
これってあたらしい意見を聞いたり持説をぶちまけたりして、馴れ合ってるじゃなかろうか。
他人の意見を自分にとりいれたり、逆に反発して持説の強度をつよめたりで。
>>427 嫌味も通じないほど読めないのなw
きみに対したわけた理論吐くだけで実践できないやつというイメージを持ったから
「口入屋」で実践してくれたまえ
実践できないのなら自身を持ってこのイメージを持ち続ける
>>428 このググりん坊め!
ググっただけで理解できたら苦労しないぜ
>>429 馴れ合いがないと社会は成り立たない、馴れ合いだけでは社会は成り立たない
434 :
吾輩は名無しである:2011/09/17(土) 04:37:26.68
まあ、それはそれでいいさ
ただ、世界は広いからね
馴れ合えない領域がすごーくあんのさ
>>432 君が俺についてそういうイメージを持つのはいいよ?
イメージを持たずに読むことは不可能なんだから。
それを押し付けて来なければよい。
今俺は君が押し付けているとは思っていない。
なぜなら「というイメージを持ったから」と書いているから。
よってそれを反証する必要はない。
アセも「俺はそういう印象を持った」と書いていれば「押し付けてくる」とは感じなかったかもなあ。
>>435 きみはたわけた理論吐くだけで実践できないやつだ
以上
君のイメージがそうなのは俺がとやかく言えることではないなあ。
社会についてはあまり語れない。
前から社会科目は苦手だったんだ。
440 :
吾輩は名無しである:2011/09/17(土) 04:40:48.54
いわば「赤ん坊として読む」なわけだから程度は低いだろうなあ。
煽り耐性を身につけようず。
煽り耐性って多くの場合「仮面」なんだよな。
後天的に得ることのできるものを仮面といってるのかな。
446 :
吾輩は名無しである:2011/09/17(土) 04:44:39.13
>>439 よしよし
おじちゃんも社会は苦手だよ
うんと勉強して大きくなれよ
なんだか上から目線な感じがきた。
小説家や脚本家、社会学者とかにくわしいひとなんでしょうか。そんな今日この頃。
土曜の朝だ。なんか別なことをしよう。
じゃ、またのー。
>>436 >アセも「俺はそういう印象を持った」と書いていれば「押し付けてくる」とは感じなかったかもなあ。
何かに対する人の意見は「そういう印象を持った」以外のなにものでもないわけで
これを勘違いするってのは
きみが自分の都合によって人の意見へのイメージを便利に使い分けてるってこと
あー簡単にパクってきみの理論自体を解体して遊べる あほらしい
>>444自己レス
煽られた奴が反応した場合、大概その反論は「社会的役割」に言及するだろう? 2ちゃんは特に。
煽った方もそれに煽られる場合が多々ある。
これは煽りからの防衛として「社会的役割」「仮面」を求めていることだと言える。
>>445 後天的か先天的かという議論なら、(精神障害を除く)多くの人間個体が成長するにつれ「仮面」を付けていくのは事実だから、
「仮面」は後天的かつ先天的だとは思う。
ただし先天的といえども奇形児などが生まれて生きているわけで。
あと
>>351とあるが、俺がお題出していいの?
じゃあ「読書とは」で。
以下は俺の思う「読書」をするならばの話だが。
大体の評論は「イメージを括弧に入れる」のは出来ている。蓮實重彦などは顕著だ。
しかし、「イメージを無いことにしたがっている」輩が多いのも事実。蓮實はこの点も自覚的だが。
そこで評論家に対し「君はこういうイメージを持っているのではないか」と指摘することは、俺の言う「読み」に向かうには、有効な手段である。
これは「自分はイメージなど持っていないまま評論している」と自分で思い込んでいる評論家にとっては、不愉快な指摘になるだろう。
このイメージは人格とも密接に関係しているので、人格批判だと言われる場合もあるだろう。
だがそれをしりぞけてはならぬ、と俺は思うんだよな、いつも。評論家の議論見てると。
それは俺の考える「読書」に向かう一助となる。
余談だが、「イメージを無いことにしたがっている」のは、スピヴァクの言う、権力者同士の間で生じる「透明なカーテン」だと思う。
>>449 >何かに対する人の意見は「そういう印象を持った」以外のなにものでもないわけで
書かれていないことを想像するのはイメージだろう。
俺はイメージを持たずに読もうとしているから、そうとは読まなかった。
>>449 >きみが自分の都合によって人の意見へのイメージを便利に使い分けてるってこと
これは違うな。俺のレスを読めばわかるが、常に「相手が書いた言葉」を論拠にしている。
イメージもすることはあるが、書かれた言葉を優先する。
都合のいいようにイメージを使い分けてたら、こんな風にいちいち対応はせんよ。
あ、お題訂正。
「読書すること、感想(評論)を書くこととは」にする。
>>363 >自分は無になどならんだろ。
無になれると信じてるのかと思ってました。そういえばずっと括弧って言っていましたっけ。読書する自分を含めて、できる限り客観視しろということですかね。
自分を括弧に入れた存在=自分が半永久的に存在するんだな。何処で折り合い付けるんだろう。折り合いつけずに、常にそういうスタンスでいろということ?
疑問なのが、本や人に何か真実の姿があって、それを掴むというのを理想にしているように見えてしまうのだけれど、それでいいのかな?
それとも、主張としては掴むべき内容が何処にあるかは関係なくて、括弧に入れるスタンスが大事ということなのだろうか。
前者だとしたら、テクストを過信してるのでは。
みんな自分のイメージで読んでいて、だからこそ読書会の意義がある。それこそ自分を括弧に入れるための場なんですね、私にとって読書会は。って思って参加していますよ。
ところで、自分が描く自己像もイメージの一つですよね。そういう風に思うからこそ、私が誰かに読まれたり、レッテル貼られたりしても気にならないのかも。外部から見たらそう見えるとすれば、多分それも自分。自分が描くイメージと変わりないものね。
ネットでも子守か
苦労性だな
俺がミニハンに対して言いたいことの一部は
すでに名無しさんのいくつかのレスに見られるなあw
>>454がミニハンのお題ということでいいね。
旅行の予定がなしになったんなら、来週そのテーマでいくかい?
そこで
*俺の言葉を「押し付け」だとミニハンが敏感に感じる理由
*俺がミニハンの持つアセンション像にまったく関心がない理由
*HNと名無しの選択
*パフォーマティヴな言葉
についても語ることになるだろうな。
話題は読書と感想について?
>>458 そうみたいだね。まあその話は月曜からにして、白鳥に戻そうw
俺の読みは園児の感想と大きく隔たってるわけじゃないけれど、
園児は面白いと思い、俺はつまらないと思った。
面白さを感じるのにはいろいろポイントがあるだろうけど、
園児はおかみに感情移入できた?
>>271:ニッパ
この小説の発表年代から時代背景というのは当然推し量れるし、
そういう作品外の歴史と絡めることで
>>60の書き込みのように、
豊かな読みの可能性を開くことにはなるんだろうけど、
「時代」を感じさせる力が作品内では乏しいんじゃないか、
というのが俺の見方だね
朝5時台から・・・・ 早朝覚醒
ひきこもりの上にうつ症状もか 厄介だな 高校にも行けないままか
>>256 :治美
>私は正宗が、ある効果を狙ってこの技法を
>選択したように思うんだよね
ほら話者も似たようなニュアンスを書いてたね。
あと、ニッパも「ちびの描写」にそれがあるという意見だった。
俺ももしもそのように読めたのなら
白鳥の「筆の動き」が見えないという感想は書かなかった。
「筆の動き」というのは「あえて」という作者の選択・意志のことで、
でも実際にはその「あえて」が俺には感じられなかったんだよ。
あと、白鳥が「女を描けているかどうか」。
たしかにおかみのキャラには読ませる力はあるかもしれない。
>>322のNがいうように白鳥は「女を知っているだろう」としても、
おかみという女の1タイプの心理・性格の描写では判断がつかない。
女っていうのもさまざまなタイプがあるから。
シュニッツラーと比べても特筆すべきほど上手いとは感じられなかった。
もちろんこれらのことは俺が「読めてないだけ」という可能性はあるけどw
>>461 高校生であることを仄めかすな
お前への見方が歪む
損するのはお前だ
>>350 おまえのいうことは断じて違うが、その理由について端的に表現することは
できないってか。 駄々っ子かよw
まあ、「女がかける」かどうかは、女性経験の多寡が関係してるって説が
間違いならば、あとは作家的想像力の深浅だけが問題ってことになるん
かねえ。
>>463 女性の感想で、おかみが可愛い、よくかけてるってあったやん。
男性の作家なのに、女性の心理がよくわかって、よくかけるって
女性読者からすると、評価が高くなるんじゃないか。逆もまた
なりたちそうだ。俺が「女がかけてる」云々をもちだしたのは
それを手がかりにしたのさ。
そしてアセンションは男性の読者であるから、当スレにおいては、「女性心理が
わかっている」という女性読者からの評価にくらべると、「この作者は女性心理が
わかっている」という男性読者の評価、つまり相対的に間接的な評価ということに
なるので、評価にあたっての重みは減っちゃうんだねw
>>465 白鳥白鳥の名を知ったのは君がトルストイスレに書いて以来だよ
「どうも芯食ってない臭いのに引用される一文一文が酷く的確で一体どういう奴なんだ」
って面食らった覚えがある。いや、エヌは覚えてないかもしれんけど。
というのも俺が色々と本読んでるわけでもないし書くとしたら
Vガンダムのカテジナから∀ガンダムのディアナに絡めて書くのが手っ取り早いだろうけど
そんなん書いても誰も読みゃしないっしょ。
それとね、女性心理を読み解くのが女性に有利だというのなら
男性作家の描いたイメージなんだから男性の方が有利とも言えちゃうぜ。
>>457 そのお題をこのスレでやるつもりじゃないよな?
スピンオフスレでやるんだろ?
>>466 トルストイスレでそんなに引用やったりしてたっけ、俺? 覚えてないなーよく。
Vはちょっと見てたから、カテジナさんについてのイメージは多少はある。
カテジナからターンAのディアナへと女性描写、女性へのビジョンが展開して
いった、それは自立的な想像と思考の展開過程で、現実の女性経験からの
影響なぞ、無視しうるほど小さいだろうと、そういうことかい。
まあ、アニメの場合は、「女がかけてる」とか「かけてない」とか、そういう
自然主義小説時代の素朴実在論的感想は、単純すぎて物差しにならないとか
そんな風に考えておけばいいんじゃないw あるアニメが「女がかけてる」と
賞賛されたり、あるいは「女がかけてない」と非難されたりなんて、あまり
聞いたこと無いわけだし。
女性イメージをつくる男性作家の心理については、男性のほうがよくわかる
という言い方はできそうだな。 しかしまあ、ここで感情移入の対象になるのは
女性の登場人物であるから、やはり女性読者の反応を重要視したくなるなあ
俺は。
>>468 >それは自立的な想像と思考の展開過程で、現実の女性経験からの
>影響なぞ、無視しうるほど小さいだろうと、そういうことかい。
有体に言えばそういう話。うまいように言葉選んでもらって何だが平たく言えば勝手な思い込みだ。
それをどうにか一般化しようととりあえず2000字程度書いたけど(bytes制限引っ掛かったぐらい)
投下したら自己嫌悪に陥りそうでやめた。
ただな、一点だけどうしても言っとくけどよ、
こんな場でガンダム引き合いに出すことが恥ずかしい事だと感じる程度の品性は持ってんだよ?
アニメは所詮アニメだからな。だったら最初っから引き合いに出すなっつー話な。
言ったろうが!オナニーだってよ!
ムー大陸ばりに自爆すんぞコラ精子掛けたろか
大口たたいて実践できず
ほんにあなたは沢井のような
こうしておかみはただの甲斐性無しやろう沢井(ミニハン)を見切り
都築(鈴木、佃煮)に苦労をかけられたことを「思ひ出すよ思ひ出すよ」
実に味わい深いなあ
文学の楽しみってこうじゃなくちゃ
>>469 アニメとか引き合いに出すのって恥ずかしいですか?そんなことないですよ!アニメだろうが小説だろうが、優れているものは優れているし。
心理学でエヴァンゲリオン最終回を取り上げている授業に出たことありますが、面白かったですよ
>>460 私はどちらとも言えないですね。ただやっぱり朝鮮行きは注目すべき点のように思いましたが。少なくとも、江戸時代とかではないんだろうなっていうくらいの。
なんにせよ、時代背景は重要視しなくともいい作品に思えました。
>>462 筆の動き感じられなかったかぁ。
>>468 >女性イメージをつくる男性作家の心理については、男性のほうがよくわかる
>という言い方はできそうだな
これは男性陣に聞いてみたいな。Nさんはどう思います?あと、もう一つ。一人身の心細さって男性にもあるものですか?(Nさん若いだろうから、無いかもしれないですが...)
>>473 独り身の心細さぐらい男にもある
Nにそれ以上言わせんなよw
アニメはグレンラガンの螺旋王とのたたかいのとこに哲学の引用があったよね。
Vは見てない。∀とエヴァはツタヤで借りて見た。
アニメて最近見なくなった。
>>465 作家が男性かどうか、読者が男性か女性か、で
「女が描けている」という評価価値も違ってくるわけね。
さらにいえば、男から見た女像がよく描けているのか、
女から見た女像がよく描けているのか、という問いも生まれるかな。
このへんは確かに女性読者に聞くしかないかw
>>473 時代背景はそうだね。
あと「筆の動き」ということで考えてたのは、
白鳥がこの作品で筆をとろうとした時の「意志」みたいなものかな。
アセのこだわる「筆のうごき」つーのが理解できん。
動機つーことかな?
作家は書きたいから書くんじゃない。書き出したから終わらせたっつーかんじなんじゃね?
>>478 もちろんそういう作家や作品もあるだろうね。
白鳥の「口入屋」の場合はどう思う?
>>477 やってはいけないよ
ここは書を読むスレだ
>>園児
お題決めたか?来週はそれでいこう
482 :
治美:2011/09/18(日) 01:59:05.88
>>462 アセンション
私の<狙って>やアセンションの<あえて>は同じような意味を指してるんだけど。
この際、作者がどう思ったのかはどうでもいいよね。
結果的にどういう効果があるのか、を考えてみてもいいのかなと。
緊張、という言葉を私は使ったけども。
口入屋の外部であれ内部であれ、人間以外のものの描写が極端に少なく、登場人物
の描写も必要最低限。これが緊張感を生んでいるような気がする。
それと口入屋の外部を描かないことによって、口入屋という空間を凝縮させることに
成功してるようにも思う。読んでいて妙な圧迫感があるんだよね。パニックルームに
押しこめられているような感覚というか、、
もしかしたらだけど、これは女将さんの世界観を表現しているのかもしれない。
女将さんにとっては口入屋という狭い世界が全てじゃない?そこを女達が通り過ぎて
くし、沢井や都築もアクセスするんだけど、っていう。
>>482 なるほどー。
そう読むと女将が深くわかる
484 :
吾輩は名無しである:2011/09/18(日) 07:54:54.69
>もしかしたらだけど、これは女将さんの世界観を表現しているのかもしれない。
それは、以下の部分に端的に表れています。
「それは今だつて、可愛いお前さんなんかには意見するよ。
私の所(とこ)へ口を見付けに来る若い女には、男に騙されて来るのが多いんだもの。
そんな女の弱味につけ込んで、私(わたし)達は生活(くらし)を立てゝ行くんだから、
厭な商売さね」
同性の弱者を「商品」として売る自分
そしてそんな自分もまた性的な商品性を帯びているという自己言及性がポイントですね。
つまり、「口入屋」という場所を舞台に仲介業をしている自分もまた
沢井や都築との関わりで金銭の表象、つまり「商品」として機能していることに気づかされる。
簡単に言えば、男たちにとっては所詮金蔓に過ぎない自分、そしてそんな彼らに対して
女(人間)として関わろうとする自分、この乖離が作中の女性心理として表れるわけですが、
この心理も又、貨幣によって編成された労働関係の派生物に過ぎない。
であるがゆえに最終的には
主婦(かみさん)は今の場合、僅かな金でも、確実に手に持つてゐなくては心細くてならなかつた。
と、なるわけです。
この場合の不安感というのは確かに生活上の不安もあるわけですが、
男性によって「性」を中心とした労働関係に編入された女「性」が
客体=「商品」としてではなく、
男性と対等な主体=人間の地位を確保するためには
まず、金銭が必要だからです。
「背広マスター」という曲作った
包茎は背広だって歌詞
曲は吉田拓郎調
>>469 ガンダム最初ひきあいにだしたのは、そっちやんけw
昔は俺もガンダムもちだすの恥ずかしいとか思ってたけど
年を経るにつれ、だんだんと恥知らずになっていくし
品性がどうとかもあまり気にならなくなっていくんだよね。
ましてここは2chであるし。つまんなきゃ叩かれるだけのことだしw
>>473 俺の考えは
>>468に書いたままだわ。男にも独り身のさびしさはあるが
女に比べると、あまり寂しさ感じてないやつが多い気もするなあ。
>>476 多様なレンズの組み合わせによって、光が縦横に屈折し、乱反射し
様々な像を結ぶようなもんだ。
白鳥は待合や口入屋にいるような女に魅力を感じたことは全然ない
みたいなこといってるね。 しかしまあ、荷風について、白鳥は自分と
女の関係のこと絶対そのままに書いてないだろうっていってたが
この白鳥による荷風評は、白鳥自身にもあてはまる気がするんだよなー。
こっちもこっちで盛り下がってるな
>>485 いいぢゃないか
歌詞を書いてくれ
粗珍とBIGでは詩も曲も違わなければ
ならないぜ
吉田拓郎調なら悲哀や朗らかさ系だな
これは粗チンと決まってらぁ
こうなると曲名のマスターを変えなきゃな
こいつはBIGのためのもので曲調も明るくある
べきだから吉田拓郎調とは合わん
盛り下がってるな
>>489 ああそういうマスターではなく、喫茶店のマスターなのにいつも背広を着ていて、背広着てるのに客と包茎の話をするって歌詞だった
もう忘れた
493 :
治美:2011/09/18(日) 16:53:11.57
>>484 私の意見を掬って展開してもらったのは嬉しいんだけど
そして商品である女性が人間性を回復したがっている、という読みも面白いんだけど
根拠が薄弱だよ。
>>「それは今だつて、可愛いお前さんなんかには意見するよ。
私の所(とこ)へ口を見付けに来る若い女には、男に騙されて来るのが多いんだもの。
そんな女の弱味につけ込んで、私(わたし)達は生活(くらし)を立てゝ行くんだから、
厭な商売さね」
そしてそんな自分もまた性的な商品性を帯びているという自己言及性がポイントですね。
このテクストを根拠に、女将さんが自分もまた性的な商品性を帯びているということを自己言及
している、というのは違うんじゃないかな。
女将さんは女性を商品として売る立場であって、その商売をイヤラシイと言っているだけ。
性労働市場でいえば彼女は買い手であって売り手ではないよ。
494 :
治美:2011/09/18(日) 17:10:11.08
>>493 自己レス
性労働市場でいえば彼女は買い手であって売り手ではないよ。
彼女は仲介業者だね。性労働市場で彼女が己の身体を売るわけではないから。
買い手側に位置する、と言った方が適切かな。
495 :
治美:2011/09/18(日) 17:35:22.26
ねぇーねぇー次は織田作やろーよォー
織田作之助の「六白金星」やりたいなぁー
>>482 なるほどね。作者の意図は関係なしに、
読者がそのように読めれば作品としては成功品になるわけだね。
確かに多くの女性の世界というのは男性よりも限定されているふうに思うし、
作品の舞台設定や情景描写が限られていることで、
その女性の世界が表現されていると読むことができるわけだね。
じゃあ現時点での第一候補にしておこうよ>495
498 :
ほら話者:2011/09/18(日) 18:33:31.22
>>484 直美さんも言ってるけど根拠が希薄。
商品である女性が人間性を回復したがっている、そのために金銭を求めるって見方だと
その金銭をせびりに来るような都築を心待ちにするのはおかしいよね。
>主婦(かみさん)は今の場合、僅かな金でも、確実に手に持つてゐなくては心細くてならなかつた。
ここには、心細さから金を求め同時に都築(=金を失う)を求めるという、
矛盾した愚かしい「心細さ」に囚われている感じが出てると思う。
>直美さん
「女将さんの世界観」としてる「圧迫感」だけど、
口入屋という舞台と女将をある種の閉塞状況だと見てるのかな。
口入屋は妾の生産システムになってて、女将自身も妾の状態。
「男に騙されて来る」「女の弱味につけ込ん」で商売する桂庵婆であることことを
嫌がり抜け出したいと思いながら、心細さから男(妾状態、男に騙されること)を求め、
金銭(妾の生産で得る収入or妾としての収入)を求め、「心細さ」に囚われ、
妾生産システムを維持しつつ呑み込まれ囚われている。
織田作いいね
499 :
治美:2011/09/18(日) 18:34:57.10
500 :
ほら話者:2011/09/18(日) 18:48:49.99
>>487 Nさん
>白鳥は待合や口入屋にいるような女に魅力を感じたことは全然ない
>みたいなこといってるね。
ほーおもろい。あんま肯定的な感じしないとは思ったが、
「魅力を感じたことは全然ない」とは
501 :
治美:2011/09/18(日) 19:26:34.70
>>498 ほら話者さん
私とほら話者さんの読みの違いは非常に面白いポイントだわ。男と女の違いが出ているのかもしれない。
付き合う男に「メールの返事をしてくれ」だとか「GPS機能をお前につけたい」だとか言われた事があるのね。
私は、可愛いやっちゃなぁとか思いながらノラリクラリと交わしたり、たまには譲歩してたわけ。
そんな事を男友達に話すと「お前は男に束縛されている」と言うわけよ。つまりはお前は男に支配されている
だけだ、と言うわけ。私はそういう男が結構可愛いと思ってるから、恋愛においてその男よりも上の立場にいる
と考えている。ここに見方の違いがある。
なんでこんなクダラナイ個人の経験談を話したかというと、この私の気持ちというのは女将に近いんだよね。
んで男友達の意見というのは、ほら話者さんの意見に近い。
まとめは次のレスで
502 :
治美:2011/09/18(日) 19:28:29.48
>>510 自己レス
読み返したら<交わす>がエロい表現になっていた。普通の<かわす>で読んで
503 :
治美:2011/09/18(日) 19:42:37.38
続き
よく主従関係でもさ、主人と奴隷がいてさ。主人が奴隷を支えているんだか奴隷が主人を
支えているんだかわからんという議論があるじゃない?もし奴隷が「オレがいなきゃ主人は
やっていけない」と考えて進んで自分を貶めていたとしたら、それを奴隷と言ってよいのか?
という問題がある。あんど主人も「奴隷がいなきゃオレはやっていけない」と考えていたらさ。
もはやこれは共犯関係で他人が口を出すことではない。
誰かがシーソーゲームという表現を使っていたけども。
この主従関係が反転し続ける、というのが恋愛におけるシーソゲームだと考えてもよいのかも。
わたしは女将さんは奴隷ではないと思ってるよ。はら話者さんは奴隷だと思ってる。
これはどちらも正しいんじゃないかな。永遠に主従関係は反転するから。
504 :
ほら話者:2011/09/18(日) 20:13:18.47
>>501 俺の読みって訳じゃなくて、こう読んだの?って聞いた形なんだけどね
フェミニズム批評風にやると途中がああなるんじゃないかと思う。
男根中心主義(ファロ・セントリスム)に囚われてる形を示した上で、
そっから抜け出せって主張してくの。
>男と女の違いが出ているのかもしれない。
どうかなぁ、この手の読み使ってフェミニズム批評をがんがんやってたのは
主に女性ですよ。
『男性性=理性・支配・秩序・自律・公共性』
『女性性=感情・従属・無秩序・依存・プライベート性』
と定義してきた伝統的な二項対立図式の男根中心主義を乗り越えようとして、
まずはその図式を指摘したうえで解体しようとします。
505 :
ほら話者:2011/09/18(日) 20:18:59.85
>>503 直美さん
俺が持ち出した相補的関係のことだと思うけど、
相補的関係が元々、治美さんが言うとおりの相互依存性を意識した概念です。
異なる志向性を持った2者が「相補的」につながった関係性。
支配者は服従者に依存し服従者は支配者に依存するし、
サドはマゾに依存しマゾはサドに依存するし、
養育者は依存者に依存し依存者は養育者に依存するの。
直美さん?
507 :
ほら話者:2011/09/18(日) 20:37:40.80
ごめんよお間違えたよお
治美さんの言ってるような主従関係の逆転て面白いですよね。痴人の愛のナオミが、正にその手法で男に挑んだんじゃないかって思う。
Nさん、ありがとうございます!
何それ。直美にかけてんの? やるなあ。
510 :
治美:2011/09/18(日) 20:53:50.17
>>504 505
ほら話者さんの意見ではなかったね、聞いていただけだね。
あとの内容は、ほら話者さんのおっしゃる通りだよ
フェミニズムが叩きたいのは私のような人間だろうね
体制を批判しているようでその実、その体制内に組み込まれているような人間
まじのフェミニズムだったら、女将に対し都築と沢井のどちらとも手を切れ、という
だろうね。
でもそれは人間をやめろ、と言っているのと同じように聞こえる。
フェミニズムはアンタッチャブルにしてきました私。
この口入屋をフェミニズム批評でほら話者さんに読み解いて欲しいです。
ちょっとお手本がみたい、時間が許すならよろしく!
511 :
治美:2011/09/18(日) 20:57:47.93
>>508 ニッパさん
ナオミっていう名前には抱く日本人のイメージってのからフェミニズム批評
に入ってくのも面白いかもしれませんね!
私はできませんけど、、
>>509 考えてなかったです!
>>511 敬称敬語なしでいいですよ!私はほら話者さんと同じく、敬語ありがやりやすいのでこのままにしますが...
513 :
治美:2011/09/18(日) 21:19:17.07
>男と女の違いが出ているのかもしれない。
どうかなぁ、この手の読み使ってフェミニズム批評をがんがんやってたのは
主に女性ですよ。
『男性性=理性・支配・秩序・自律・公共性』
『女性性=感情・従属・無秩序・依存・プライベート性』
と定義してきた伝統的な二項対立図式の男根中心主義を乗り越えようとして、
まずはその図式を指摘したうえで解体しようとします。
とくにここ、おもろいわぁー
私の批判は初期フェミニズムのしてきたことなんですよね?きっと。
ほら話者さんには最新のフェミニズム批評をやってもらいたい。
口入屋のラストを飾るのに最高ですよ!!!
ぜひよろしく♪
514 :
治美:2011/09/18(日) 21:32:16.59
>>512 了解!ニッパさんの口調につられて敬語になっちゃうんだけど、、
なっても気にしないで!
>>513 治美さん
ううう、相変わらず無茶ぶりするなあ
最新のフェミニズム批評なんてさすがに追いかけてませんよ
と逃げるw
>私の批判は初期フェミニズムのしてきたことなんですよね?きっと。
そそ。初期かどうかはわからんけど。
治美さんのやり方で女将の閉塞状況を内部から解体し、
肯定的な主体的なものに読み変えちゃうこともできるんじゃないかと思う。
516 :
ほら話者:2011/09/18(日) 21:35:06.71
あーごめ、コテ抜けちゃった
>>515はほら話者です
517 :
治美:2011/09/18(日) 21:40:52.67
手元に『現代批評理論のすべて』
などという非常にワクワクするようなブツがございます。
これだけでは限界がありますけども、、
フェミニズム批評のところを開けてみるとするか、どれどれww
518 :
治美:2011/09/18(日) 22:29:13.23
>>515 えー!!とにかく私が男性主導の社会システムに取り込まれているという
のは分かっているんですよ。
それをほら話者さんに突き崩してもらいたいというM心がムクムクと
湧いてきたのになぁ。
たぶんねぇ、こういうところがフェミの逆鱗に触れるんだなぁ。仮想敵(男)に
オールを任せるようなことはするなってね。
ということで、ニッパさんお願い!!
ニッパさんの心細さというのは第一段階、第二段階が私の論、第三段階がニッパさんの
それでも女将は心細い、そして最終段階へ。というような流れになるかと予想される。
まあ「口入屋」を単純化すれば、色と金の話になるんだろうけど、
そこでフロイト(性)とマルクス(経済)を援用してもつまらないし、
あえてフェミニズム批評を持ち出さなくてもいいんじゃないのかなあ。
明日から織田作「六白金星」でいこう。治美がこれを選んだ理由は?
>>457 >俺の言葉を「押し付け」だとミニハンが敏感に感じる理由
「馴れ合い嫌い」「女嫌い」という風に俺の言っている言葉を論拠にせず俺についての印象論しか述べないから。
>俺がミニハンの持つアセンション像にまったく関心がない理由
俺はどうでもいい。俺は勝手に読んでいるだけだから。
逆に関心がないならなぜ俺にここまで過剰な印象論を押し付けるのか。
以下二つは興味ない。
出先から。
しばらくは書き込みしにくい。
アセはアセ自身が持つミニハン像には興味あるのか?
それはそれでいいが、それは俺ではなくアセが「こうであってほしいミニハン」であって、アセ自身なんじゃないのか?
本をイメージで読むのは幼稚という考えもあるが、今話されているフェミニズムうんぬん、つまり女がどうだ男がどうだというのも非理論的なイメージ論だ。
しかし乳児は童話などを読んでいる時、イメージを膨らませて読んでいるわけではないことがわかっている。
赤ん坊が童話からイメージを膨らませた反応、自分でサイドストーリーを作ったりすることは、
赤ん坊の発達過程において重要とされている。
それ以前の、イメージで読んでいない赤ん坊は、何を読んでいるのだろうかね?
523 :
治美:2011/09/18(日) 23:21:00.10
>>519 ラストいくからちょっと待っててね
とりあえず
織田作の「六白金星」を選らんだ理由は、今までこのスレでは太宰治と坂口安吾をやってきてるよね。
無頼派つながりで織田作之助をやってみるのも面白いと思った。
それと織田作之助も太宰治と同じように、語りのパフォーマンス力がとても高い人なんだよね。
今まできちんと考えてこなかったから、読書会スレの方達と共に、この織田作の語りの
パフォーマンス力の正体、みたいなものを解明していけたらな、と思ってます。
って我ながらマジメ過ぎて笑えますわい
イメージで読むことを知らない赤ん坊は、言語を記号的に捉えている、という説もある。
これは赤ちゃん用語を考えるとわかりやすい。名詞一語だけの言葉。
文法がないので構築されたイメージで言語を理解しているとは言えないだろう、という説だ。
赤ん坊の「ぶーぶー」と大人の「しょうゆ」は果たして同じ意味か。
大人の「しょうゆ」は「しょうゆ取って」などという、あらかじめあるイメージの省略である。
赤ん坊の「車がどうである」というあらかじめあるイメージの省略なのだろうか。
君たちは、本を読んでいるようで、あらかじめ自分の頭の中にあったイメージを読んでいるだけではないだろうか。
アセの俺に対する読みも同様。
俺を読んでいるのではなく、アセ自身の頭の中にあらかじめあったイメージを読んでいるだけではないか。
527 :
治美:2011/09/18(日) 23:34:14.66
>>522 本をイメージで読むのは幼稚という考えもあるが、今話されているフェミニズムうんぬん、つまり女がどうだ男がどうだというのも非理論的なイメージ論だ。
非理論的なのは何で?
528 :
治美:2011/09/18(日) 23:46:22.85
ほら話者さんをはじめとする文学理論や哲学を知っている方の意見を聞きたい。
出鱈目な知識で思いつくままに言います。
女や男は後天的に作られるもの、女や男は社会的に作られるもの、とジェンダー論者
が言ったとき。人間は環境を超えられるか、という問題に突き当たるように思う。
そこに自由意志はあるのか、という問題に。女と男が真に平等になるには、カントの
ように「あえて賢かれ」と言うしかないのではないか、と思うんですよね。
529 :
ほら話者:2011/09/18(日) 23:47:40.65
「イメージ」の一般的な意味合いでは、
読書行為で書かれていることを自分の脳内にどう構築しても「イメージ」でしょ。
書かれていることに忠実であろうとなかろうと何かを思い浮かべるだけで「イメージ」。
実際の知覚(紙の上のインクのしみ)とはかけ離れて、脳内にしかない心的な映像や
風景や音声や場面や意味や印象を作り上げるのだから。
インクのしみのままじゃないだろうに。
>>518 なんか、面白そうだけど、荷が重い...。ごめんなさいー
>>525 >君たちは、本を読んでいるようで、あらかじめ自分の頭の中にあったイメージを読んでいるだけではないだろうか。
自分を括弧に入れても結局同じことだと思うんですが、括弧に入れるスタンスが大事だってこと?
>>531 本が示す正しい意味があると思ってます?それを、自分という不純物抜きで読み取れということ?
>>527 説明足りずだったな。
赤ん坊はイメージで物事を読んでいるわけではない、その読み方は記号的だ、という説がある。
そこでの非理論的はそういった意味での非記号的だ。
>そこに自由意志はあるのか、という問題に。
自由意志を持つ主体がどういうものなのかを考えなければならない。
自己とはそんな簡単に「これ」と言えるものではない。例えばエゴとエスは違う。
>>529 そう、インクのしみではない。
しかし、イメージでもインクのしみでもない読み方を、赤ん坊はしている、という説があるという話だ。
それの具体例が単語一語の赤ん坊言葉だ。
君「間テクスト性」に言及していたならクリステヴァも読んでるんじゃないのか?
(サンボリック=象徴界)ではないものとしてのセミオティックなどはそういう話だと思っていたんだが。
俺詳しくないからよく分からないけれど。
読書はかくあるべしみたいな話っていい加減スレチじゃねーの
ピエール・バイヤールでも読んどけよ
>>527 イメージ論と理論の違いを述べたうえで、治美のフェミニズム云々が非理論的
であることを証明せよ
536 :
ほら話者:2011/09/19(月) 00:11:32.70
>>528 治美さん
スレ主題からずれまくるからほどほどにしようぜw
与えられたものをそのまま鵜呑みして受け入れるのじゃなくて、
疑問を持ったり批判したり選択したり主体的に関わってけば、
自由意志と呼べるものが出てくるんじゃない?
カントの「あえて賢かれ」もそう
イメージで読むことは発達的にはおままごとなどがよい具体例となるだろう。
それほどまでに子供の頃から人はイメージで物事を読んでいる。
であるならイメージなしで読むことはほぼ不可能と言ってもいい。
イメージとはすなわち、自分の様々な記憶との相似である。つまりいわば幾何学である。
それ以前の赤ん坊の記号的な読みとは代数学的だ。
治美の作品とフェミニズムの関連のさせ方は相似だろ、幾何学的だ。
この相似自体はいいのだが、多くの人の誤謬の原因となっている。
今回は治美は自覚しているだろうけれど、フェミニズム問題とこの小説はあくまで別物である。
フェミニズム問題は治美の頭の中にあらかじめあった物事のイメージである。
もし、それについて話し合うのなら、「お題の本を読む」ではなくて「治美という人を読む」ことになると思うんだが。
治美の個人的な印象論なわけだろ、要するに。
ちなみに治美は「人を読みたがっているのに、空気を読んでしないようにしてるけど、時々ふいをついて読んでいる」よな。
以前もマグナに「どんな本が好き」と聞いて、俺は「それが人を読むことだ」と言ったろ。
>>535 >>533 非理論的は語弊があった、非記号的だ。治美の作品からフェミへの関連付けは、
赤ん坊が「ぶーぶー」と言うように書いたものではない、ということだ。
>>531 >自分を括弧に入れても結局同じことだと思うんですが、
その通り。
括弧に入れることしかできない。
だが「括弧に入れた」だけを「無い」という奴も評論家には多い。
その「括弧に入れたイメージ」をわざわざ指摘するのもありだ。
>>450を読んでくれ。
まあ大概の人にとってそれは「自分が見たくない自分の指摘」となるから、煙たがられる指摘になるだろうが。
>>532 >本が示す正しい意味があると思ってます?
正しいかどうなどが無い。
>それを、自分という不純物抜きで読み取れということ?
自分が無ければ読めないだろう。目や耳がなければ。
仮面を剥いで読め、と言っている。
どうも君は「仮面」の時の話からそうだったが、「仮面」を剥いだ後の自分は「空無」だと考えているんだよな。
君は「仮面」=「自分」になっている。
「仮面」=「自分」だったらウンコや生理なんてなんて無くて済むだろうよ。
今日は異常に疲れたので落ちます。
541 :
ほら話者:2011/09/19(月) 00:30:11.06
>>533 >>537 まず「イメージ」という語の一般的意味合いで使用してしないなら
ちゃんと説明するないし造語でも作らんと伝わらんでしょというのが一点。
あと、セミオティックなものを言語化したとたんに象徴界へ参入しちゃうでしょにw
セミオティックな批評をしろってのは定義的に完全に不可能
なんかさ理論を適応する範囲を壊滅的なまでにまちがってると思うよ
>>536 うん、自由意思の問題は考え続けていく。
>>533 精神分析って自由意志を否定するものじゃないの?
カントも自由意志があるように行動することで、自由意志があると
いえる。なんて滅茶苦茶なことを言ってはいるんだけど
>>537補足
なので俺はこのフェミニズム関連への脱線(?)については擁護する立場だ。
俺の言う「人を読むこと」に一歩近づいているから。
しかしこんな話になったら「じゃあ次のお題」となるだろ?
ローテーションが早いんだよ。
俺みたいな読書する奴は一作品読むのにも非常に疲れるんだよ。長さにもよるが長さだけではない。
いやそれについては当初は参加自由だったので、参加する時に参加すればいいや、と思って黙っていたが。
鈴木みたいな立場もいたしな。
別に「こうしろ」という話ではない。
「人を読むこと」という俺が面白くなるシーンに移行すると必ず臭い物に蓋をするように「次のお題」となるのが違和感がある。
>>542 俺精神分析知らない。
聞きかじりでいいなら「自由であることとは狂気である」ってことにはなってるな。
>>541 >セミオティックな批評をしろってのは定義的に完全に不可能
俺はそう言っておるが。
だからといってやらなくていいって話ではないだろ。
>なんかさ理論を適応する範囲を壊滅的なまでにまちがってると思うよ
具体的に言ってくれ。
君はそういった理論をどこに適応すべきだと思っているんだ?
>>531 「自分を括弧に入れても結局同じ」なら、なぜ「仮面を剥ぎ続けていったら空虚」になるんだ?
なぜ「仮面」をかぶるんだ?
ほら話の文章って具体的じゃないから意味分からないんだよな。
548 :
治美:2011/09/19(月) 00:43:08.17
>>イメージとはすなわち、自分の様々な記憶との相似である。つまりいわば幾何学である。
それ以前の赤ん坊の記号的な読みとは代数学的だ。
この部分は面白かったから拾うけど。この相似ってのはイデアでしょ?
このイデアってのは何だってところから言語学が生じていると思うけど。
ミニハンの好きなシニフィアンシニフィエね
これは予感。ほら話者さんの「セミオティックなものを言語化したとたんに象徴界へ参入」
っていうヤツの象徴界もイデアなんじゃないかなって。
>ミニハン
雑談スレの質問に関してはあっちに答えておいた。
ミニハンは何度も同じようなことを繰り返してるようだね。
で、ミニハン自身は「交通事故」のようにして本や人を果たして読めてるのかな?
551 :
治美:2011/09/19(月) 00:52:01.86
>>549 賛成、賛成!
思いっきりスレチに走りたいわ
批評理論について
まあ雑談で流すというよりも、あと1日フェミニズムでやるもよし、
ミニハン的テーマでいくもよしとしてもOKかな?
553 :
治美:2011/09/19(月) 00:57:37.54
ほら話者さんもミニハンさんもこの際徹底的にやればいい
持っている知識を全て動員して
私も、わたしの知識と本棚にある本をフル回転させながら、ついて
行けるところはついていくから。
>>548 >このイデアってのは何だってところから言語学が生じていると思うけど。
イデアは哲学で言語学は言語学だが。
目の前にある言語という対象を研究するのが言語学。
「言語は差異のみによって構築される」というソシュールなどは違うな。
>ミニハンの好きなシニフィアンシニフィエね
俺シニフィアンって記憶の限り一、二回しか使ってないけど。「盗まれた手紙」だったから使っただけだし。
むしろアセの方がよく使っているぞ。過去ログ調べてみろ。
>>549 >イメージはあとでいくらでも壊せる可塑的なものなんだ。
では俺が「女嫌い」でないことは、当初ニッパを叩いていた(叩いているつもりもないが)わけではない、という事実を持って壊すことができるな。
しかし、「壊すことが可能なイメージ」ならありだと思う。
イメージがなければ読むことはできない。人を読む時もイメージを持って読むのは取っ掛かりとしてありだと書いた。
そのイメージならありだ。俺の読み方にも妥協的に折り合える。
とはいえ、本当に壊せるのか、とも思うがな。イメージはよく流体に喩えられるが、壊すことが困難なことを意味しているんじゃないか。
「括弧に入れているだけ」なのではないか、と。
そう思える言質があればまた指摘するだろうな。
>>550 交通事故だから何度も同じようなことを言うに決まっておろう。
「痛い」と。ここでは「違和感」と言っているが。
>>615 >つまりミニハンの心を映したイメージじゃないのかい?
過去ログ読めばマグナが言い始めた「政治」から連想した。
君はそれを自分で認めていた。であるならば、俺のイメージであると同時に、君は了解しているということだ。
>ミニハン
だからミニハンは何も読めてないんだなw
俺は「政治」を認めたんじゃなく「戦略性」という言葉を使った。
それからミニハンが自分に与えられたイメージだと思ってるものは
俺が「四天王」に与えたもの。四天王にはナレギラも含まれる。
いろいろなものを混同してるところが前提になってるから
ミニハンの主張はずれてるんだな。
俺のミニハン像は一瞬ごとに作られ壊されてるよ。可塑性だ。
>>548 >このイデアってのは何だってところから言語学が生じていると思うけど。
むしろ「相似=イデア」なら比喩・レトリックなどの話なので、その意味でイデアを扱っているのは、言語学では意味論だけになると思うが。
暴論だが比喩なしの言葉がセミオティックだってなるな。
意味論はあくまで比喩を数式的に、記号的に説明する学問だ。
>>554の
>>615はあっちのスレな。
>>555 その「戦略」とは「社会的役割の戦略」なんじゃないのか。「仮面の戦略」と。
ならば余計に間違っていない。
>ミニハン
それから「交通事故」の比喩、
おそらくあれは蓮實の「事件」から来てるんだろう?
それは蓮實がドゥルーズから受け取ったものだ。
エヴェヌマン(出来事)というやつ。
蓮實自身の著作を読んでもそこに「事件」は感じられないな。
出来事=事件というものは知が非知と接する先端でしか起こらない。
まあでも確かにアセは壊せてる気がするな。
壊しているというより「話をそらす」のが上手いとは思う。
560 :
ほら話者:2011/09/19(月) 01:09:03.53
>>545 適用範囲の件。
「セミオティック」とは言語として明確に意味が分節される前の、
衝動や欲動の流れがせめぎ合う場のようなもの。
感想を書く・批評するという行為は言語化を前提としていてあくまでも
象徴界に属してしまう。しかしその言語化されたものの中にも
セミオティックの胎動は抑圧しきれずに漂っている。
セミオティックなものそのままの言語表出は不可能。
読書行為で得たセミオティックをなんとか表現しようとした場合、
自身の明確な言語化・秩序化を避け、詩的表現や物語化などによって、
言外にそのあいまいなニュアンスを表現するしかないだろう。
要は意味確定的な論文化・批評なんか行わずに、
新たな文学作品を創ったほうがよほどいいってこと。
ミニハンさんの目的に沿おうとするとね
>>558 >蓮實自身の著作を読んでもそこに「事件」は感じられないな。
そうだな。だから一番「括弧に入れてるだけだろ」ってつっこみたいのは蓮實でもある。
しかしそれを自覚しているようなことを先に言われている、防衛線を張られているので厄介な相手だ。
戦略(ストラテジー)とは社会的な役割とは異なる。
それは言葉に意味を付ける以上に、
言葉に効果をもたらそうとするものだ。
つまり、このように言えば、相手はどう動くか、
このような表現を使えば、相手はどのように反応するか、
あるいはスレや参加者はどう動くか、
それを考えた上で、吐き出す言葉が戦略(ストラテジー)で、
社会性というものも含むがむしろなまなましい現実性と関係性であり
アクチュアルなものだといえるだろうな。
>>560 >セミオティックなものそのままの言語表出は不可能。
それは認めてるよ。
だからといって欲動や衝動を、言語化は不十分だとしても、するべきだ。
そうやって言語は生きる。
それが文学作品を創るということだ。
批評評論も文学の内だよ、俺にとっては。
人ですら本なんだから当然。
君が勝手に創作と評論を別物にしているだけ。
ああだから適用範囲を間違えていると言っているのか。
>>548 >イデア
このイデアを素顔と呼ぶこともできるかもしれない。
仮面=現実の下には素顔=イデアがあるとしたのがプラトン。
仮面と素顔を対立させるミニハン的図式はすぐれて
プラトニスム的なものだといえるんじゃないかな。
そのプラトニスムをひっくり返したのがニーチェで、
ニーチェは女とは仮面であるといい、
仮面の下には素顔などないといった。
>>562 >言葉に効果をもたらそうとするものだ。
>つまり、このように言えば、相手はどう動くか、
>このような表現を使えば、相手はどのように反応するか、
これ社会性なんちゃうの?
そういった戦略的な言葉を吐く主体は「社会的役割を優先させている」ってことになるだろう。
つーか結局は「相手を操作したい」って話なんじゃないの?
それは俺の言う「読書」ではない。
>なまなましい現実性と関係性であり
「馴れ合い」がなまなましいの?
俺は雑談スレ的「馴れ合い」はなまなましさがありつつこのスレまで減衰されているから嫌いじゃないんだがな。
>>563補足
セミオティックを読み解こうとしてクリステヴァはソシュールのアナグラム研究などに言及したんだがなあ。
「そんなことは不可能だ! 不可能だから語る必要はない!」
って話だとするなら、クリステヴァに言えば? ほら話さんや。
俺はそういうのを読むのが個人的に楽しいからやってるだけだし。「交通事故」が。
>>564 残念、「仮面のイデア」なら「肉に食い込んだ仮面」だ。
よく混同されているが物自体とイデアは別物だぞ。
>>565 それを「操作」と感じるのはミニハンのイメージでしかないだろうw
で、本を読む次元と、戦略的な言説の次元とは異なる。
「イメージ」の話をもう少し続けよう。
イメージなき思考、ということを言ったのは
「差異と反復」のドゥルーズなんだね。
これまでの哲学者はいろんな暗黙の前提の上で思考してきたと。
ドゥルーズはベルクソンやニーチェを引き合いに出しながら、
ひとつの冒険的で怪物的な思考というものを提案した。
568 :
ほら話者:2011/09/19(月) 01:28:58.91
>>563 >だからといって欲動や衝動を、言語化は不十分だとしても、するべきだ。
そんなん意識せずとも多少は勝手に漏れ出てくる。
なぜならセミオティックを通過しているのだから。
>君が勝手に創作と評論を別物にしているだけ。
そうじゃない。ミニハンさんは自分の考えを人に押し付けて考えるばかりだね。
それ自分が批判してるもんじゃないの?
君の目的には評論より創作のほうがよほど適していると言ってるの。
評論がセミオティックの表出を求めるものであるべきようにいってるけど
一般的には評論は意味説明的・意味確定的なものだよね
セミオティックの表出を目的にするなら創作のほうでしょう
差異が無いならなんで言葉がわかれてるんだよw
とっても文学板らしくて面白いスレですね
ファンになりましたサインしてください
>>566 肉に食い込んだ仮面ならそこに仮面も素顔もないw
物自体という言葉は使っていないしここでは無関係。
571 :
ほら話者:2011/09/19(月) 01:30:12.07
俺ねるよ
>>571 おやすみ〜
まあつまんないなやっぱ。こんな抽象的な話しても。
具体的な作品という素材をみんなで共有できないとな。
俺も寝るか〜
>>564 犬儒学みたいだとは言われたことがある。
>>567 「操作」しないなら「戦略」にはならなくね?
将棋だって駒を操作している。
>>568 >そうじゃない。ミニハンさんは自分の考えを人に押し付けて考えるばかりだね。
俺の考えに具体を伴った論理的反論がなされてないからな。考えを変えないからそう思うんじゃないの。
>君の目的には評論より創作のほうがよほど適していると言ってるの。
評論も創作も一般の対話も同じだと思うが。
何をもって「適している」んだ?
>差異が無いならなんで言葉がわかれてるんだよw
その差異は文化によって変わる。例えばエスキモーには「氷」という表現が状態によって複数に分けて名付けられている。
俺という文化ではあまり違いを感じられないということだ。
>>570 そこなんだよな。三島あたりはそこらへんだ。
574 :
ほら話者:2011/09/19(月) 01:34:25.91
>>565 クリステヴァがやってるのはセミオティックに対する分析・意味確定化であって
セミオティックの表出が目的ではないでしょ
>>572 ある本について語るのは具体的だが、誰かの感想について語るのは具体的じゃなくなっているだろう。
だからその時点では治美みたいに「人を読む」ことをすればいい、と最初っから言っているんだが。
>>574 俺もセミオティックを読むのが楽しいわけだけど。
その一手段として「仮面を剥ぐ」「煽り」もありだとしている。
577 :
治美:2011/09/19(月) 01:51:02.71
言葉そのものがイデアじゃん。
三角形があって、図をいっぱいならべてさ。
どこからどこまでが三角形かって考えてさ。
これを三角形というのは無理なんじゃないかってことで四角形が生まれる。
これが言語における差異でしょ?
イメージなき思考はちょっと調べて考えるから待って
ほら話は、「漏れている」と認めているのに、それを読もうとする俺を「自分の考えを押し付ける」と言っているわけだが、
「押し付けるな」という意味なら、「漏れているのは認めるが読むな、語るな」と言っているのか?
君のセミオティックを読もうとしている文章が「押し付け」だと言うならそれでいいよ。俺がやっていることを言えているから。
以前より語弊が減った。
>>567 「操作」は撤回するか。「他人と関係したい」と言い直しておく。
>>575補足
>誰かの感想について語るのは具体的じゃなくなっているだろう。
例えばニッパと名無しの間での「主体」や、治美の「フェミニズム」なんてのは具体的ではない。
それぞれ個人のイメージだからだ。
普通の会話の裏に、自分のイメージによる会話(いわゆる印象論)があり、セミオティックはさらにその裏にある。
俺の違和感からの指摘は、最初からこうだ。
本について語るのはいいが、それが対話となれば必然的に「感想の感想」となる。具体的ではなくなる。
なら「人を読め」ばいい。応答する相手がいれば本と対話するよりよっぽど具体的だ。
相手が不愉快になることなんか恐れないで。
>>577 ソシュールはそこではなく音素という観点から「言語は差異によって構築される」とした。音が違う、と。
それは言語の話ではなく意味の話だろ。
だから意味論は幾何学的な相似(「どこからどこまでが三角形か」)としての比喩を取り扱っている。
治美の「イデア」はすでに相似性、比喩の話だろ。
治美の「イデア」に相似性、比喩を代入しても意味は通じる。
例えば、三角形ABCのABの長さがBC、ACの長さより1万倍短い、針のような三角形は、「針のような」であり、三角形と認識されていない。
ここまで考えないと「イデア」は論じられないと思うが。
581 :
治美:2011/09/19(月) 02:07:34.09
>だから意味論は幾何学的な相似(「どこからどこまでが三角形か」)としての比喩を取り扱っている
ここは分かる。異化作用が比喩というのも分かる。イデアが意味であるというのも理解しました。
>ソシュールはそこではなく音素という観点から「言語は差異によって構築される」とした。音が違う、と。
これは違うと思う。音の違いが言語の違いである、と言っているのならば違う。
入門書で悪いんだけど『現代批評理論のすべて』より抜粋
「ソシュールの議論は、言語が現実の事物の名称ではなく、シニフィアンとシニフィエがその差異
によって相互に支えあう閉じた体系をなすというシステム論であり、意味とは実体ではなく記号間の
差異によって成立するという関係概念を提唱し、言語が人間の認識を左右するという言語論的転回
をもたらした」
>>581 >音の違いが言語の違いである、と言っているのならば違う。
何が違うんだ?
>意味とは実体ではなく記号間の差異によって成立するという関係概念を提唱し、
記号間の差異=音素の差異、だが。
恣意性と言われていることだな。
その文章は「言語は差異によって構築される」と書いていると思うんだが。
>異化作用が比喩というのも分かる。
異化作用じゃなくて同化作用なんじゃないのか。
針のような三角形も正三角形もイデアによって同じ三角形となるなら。
>イデアが意味であるというのも理解しました。
そうじゃないけどな。
文化によって意味は変わり、それは言語によって決められる、って話で、
それでもエスキモーと日本人でも意志の疎通は不可能ではないだろう?
イデアはもっとそれこそ抽象的な概念だと思うぞ。
585 :
治美:2011/09/19(月) 02:13:58.38
>記号間の差異=音素の差異、だが
うん、その通りだった。
586 :
治美:2011/09/19(月) 02:16:44.12
セミオティックについて、ほら話者さんと意見の食い違いがあるみたいだけど、
争点はどこなのか教えてくれると嬉しい。
これからセミオティックについて調べるからさ
>>586 セミオティックという概念の解釈についてはそうずれてはないと思うぞ。
彼が言っているのはセミオティックを読もうとする俺のやり方は
「適用範囲が間違っている」「創作活動でやるべきだ」と言っているわけで。
話が通じてそうで逆に驚いたわ。
こんなマイナーな概念知ってる奴もいるもんだな。
さすが文学板。
逆に治美に質問したいんだが、
>『現代批評理論のすべて』より抜粋
して、何が「違う」と言いたかったのだ?
誤読したのか?
589 :
治美:2011/09/19(月) 02:23:19.63
>文化によって意味は変わり、それは言語によって決められる、って話で
イデアは意味(シニフィエ)じゃないの?
ニーチェが批判したのは、イデアとかなんとか絶対的なものはないって言った
わけでしょ?ソシュールの批判と同じじゃない?
590 :
治美:2011/09/19(月) 02:24:39.64
あ、そういう見方だと確かにソシュールとニーチェは近いのか。
ちなみにシニフィエはソシュールの概念だが、彼はほとんど意味論を取り扱っていない。文法などの研究が希薄だ。
ソシュールはシニフィエはほとんど語っていない、と考えていいだろう。
シフィニエをわかりやすく言えばイメージだ。現実にある木もイメージ。
イメージと記号が表裏一体となって意味になる。
厳密にはシニフィエとは意味ではない。シニフィアンが意味ではないのと同様に。
イデアもシニフィエやシニフィアンではないと思うぞ。
ただし、シニフィエやシニフィアンでもない(意味と繋がっていない)イデア以外のものがある、それがセミオティックだと思うがな。
俺ここら辺よく分からないから他の人に聞いてくれ。
じゃあ厳密にはシニフィエやシニフィアンではない意味やイデアやセミオティックってどこにあるんだ?
って話になると思うんだが、人の頭の中だ、となる。
精神や心と言われているもの。
593 :
治美:2011/09/19(月) 02:40:02.84
>>591 木って言葉を目にしたとき、人は脳裏に木をイメージするよね。
Aさんはリンゴの木をイメージするかもしれないし、Bさんはモミの木かもしれないしさ。
人々がイメージする木を寄せ集めてきてさ。その木に共通するところのものが木のイデアじゃない?
この具体例で考えてみると、シニフィエは何だろうね?
イデアとは「意味の相似的共通性」であり、シニフィアンやシニフィエに表れているものではない。
表れていないのに「共通」だとはこれいかに?
「神」なんて認識不可能なのになぜ共通認識になっているんだ?
というのがニーチェだと思うが。
>>590 答えた。
どう誤読したのか教えてくれ。
治美という本を読むために。
>>593 Aさんにとってのリンゴの木やBさんにとってのモミの木じゃないか。
「その木に共通するところ」とはシニフィエでもシニフィアンでもない。
595 :
治美:2011/09/19(月) 02:52:53.52
>>590 治美は言語学をよく知らなかったってこと。単なる凡ミスです。
>>593 じゃあ各人のイメージがシニフィエ(意味)だね。なら唯一絶対の意味は存在しないわ。誤読もありえない。
この唯一絶対で真で普遍的なシニフィエというのがイデアだよね。これをあると言ったプラトンが
神に接近するのは当たり前の話だね。プラトニズムが神秘主義になるのも当たり前。
596 :
治美:2011/09/19(月) 03:02:21.04
>>595 この唯一絶対で真で普遍的なシニフィエというのがイデアだよね
ここはあってる?あってるなら
イデアが無いとソシュールは言ったということになるね。
プラトンはあると言ったけども。
正三角形と二等辺三角形を別々の言語で表現して三角形という共通性を認識していない人間にはイデアはないのか?
リンゴの木を見たことのない、モミの木しか生まれてこの方見たことの無いCさんは、
「リンゴの木とモミの木の共通性」なんて認識しているのか?
>>595,596
凡ミスでいいが、君は『現代批評理論のすべて』の当該文章をどういう意味で受け取ったんだ?
別に責めているわけじゃなく、俺が興味持っているから聞いているだけ。
俺だって知らない分野のことは知らない。
>誤読もありえない。
え? なんで?
意味の共通性が存在しないとなれば、全ては誤読になるだろう。
「手紙は宛先に届かない」だ。
>この唯一絶対で真で普遍的なシニフィエというのがイデアだよね
シニフィアンシニフィエで考えると誤読すると思うぞ。ソシュール。
意味の共通性、なぜ意味は共通するのか、「手紙は届く」のか、の根本に仮設した記号ぐらいに考えているけどな、俺は。「イデア」について。
ソシュールは上にも書いたように意味論を重視していない。
意味はシニフィエシニフィアンともに関係してはいるが、「意味はシニフィエ、シニフィアンどっち?」という問いには「どっちでもない」と答えるわ、俺なら。
まあだからデリダはラカンを「否定神学だ」と批判したんだろう。
俺もこんなこと語ってたら「否定神学」にされるんだろうか。
>プラトニズムが神秘主義になるのも当たり前。
神秘主義の定義は「個人的な体験を重要視する」じゃなかったか。個人的な体験、イメージならそれはただのシニフィエだ。
問題は、「意味の共通性」自体だ。
またソシュールはそれが「ない」と言ったわけではない。自身の研究分野だとしてなかったんだろう。
俺だって「意味の共通性」なら「ない」とは言わない。
>なら唯一絶対の意味は存在しないわ。誤読もありえない。
これが意味分からない。
各人のイメージは別々で、意味に共通性がないなら、全ては誤読だとならないか?
「イデア」はあるかないかわからない、だな。俺は。
それについてちゃんと考えると。
目の前にあるイメージや言語を見るしかない。
そこからそれらで表現されていないことを読むしかない。
600 :
治美:2011/09/19(月) 03:23:43.37
>正三角形と二等辺三角形を別々の言語で表現して三角形という共通性を認識していない人間にはイデアはないのか?
リンゴの木を見たことのない、モミの木しか生まれてこの方見たことの無いCさんは、
「リンゴの木とモミの木の共通性」なんて認識しているのか?
Cさんがいますよ、と言ったのがソシュールだよね?
イデアは真理でなければならない。真理でないイデアはイデアではない。
だから、イデアがあるということを証明するためには全知全能の神を証明する必要がある。
>各人のイメージは別々で、意味に共通性がないなら、全ては誤読だとならないか?
なぜ誤読だと言える?誤りであると断定するためには真理があることを証明しなければならない。
私は、誤読はありえないと言っただけで、正しいと言ってもいない。
うわっ、なんかこれヴィトゲンシュタインの語りえぬものを思い出すわ
>>600 >なぜ誤読だと言える?誤りであると断定するためには真理があることを証明しなければならない。
通じないなら「誤り」だろ。
「誤り」は「真理」なしで存在しうる。
なぜならシニフィアンやシニフィエに表現されていないからだ。
俺は「表現されていない意味を疎通している」を「誤読」だと言っている。
>私は、誤読はありえないと言っただけで、正しいと言ってもいない。
うん? 俺は「君は正しいと言っている」なんて言っていないが?
君の頭の中でどういう会話がなされて上記文章になったのか説明してくれ。
>Cさんがいますよ、と言ったのがソシュールだよね?
>イデアは真理でなければならない。真理でないイデアはイデアではない。
>だから、イデアがあるということを証明するためには全知全能の神を証明する必要がある。
もなんでこんな文章が出て来たのかよく分からないが、君の頭の中でどういう会話があってこんな文章になったのか教えてくれ。
603 :
治美:2011/09/19(月) 03:38:52.24
>通じないなら「誤り」だろ。
「誤り」は「真理」なしで存在しうる。
なぜならシニフィアンやシニフィエに表現されていないからだ。
俺は「表現されていない意味を疎通している」を「誤読」だと言っている。
これを具体例で説明してほしい。いまの私の頭では何のことを言っているのかさっぱり
分からないから。
>私は、誤読はありえないと言っただけで、正しいと言ってもいない。
これは日本語を間違えた。
誤読というのも無いし、正しい読みというのも無い、と言いたかっただけ。
∧ ∧ お夜食ですよ。一人一個までですよ。
( ´・ω・)
( ∪ ∪ ,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、
と__)__) (,,■) (,,■) (,,■) (,,■) (,,■) (,,■) (,,■)
梅干 高菜 おかか こんぶ ごはんですよ わさび漬け 焼たらこ
,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、
(,,■) (,,■) (,,■) (,,■) (,,■) (,,■) (,,■)
鶏飯 明太子 ちりめんじゃこ ゆかり 柴漬 塩辛 牛肉しぐれ
,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、
(,,■) (,,■) (,,■) (,,■) (,,■) (,,■) (,,■) (,,■)
鮭 鶏ごぼう 野沢菜 天むす ツナマヨ エビマヨ 鮭マヨ 具なし
>>603 「意味が共通しない」「手紙は宛先に届かない」関係を「誤読」だと俺は言っているんだが、そんなに分からないか?
君は「なら唯一絶対の意味は存在しないわ。誤読もありえない。」と言っている。
「手紙は宛先に届かない」ことがなぜ「誤読ではない」となるのか。
君個人にとって、「意味が通じなければ」「手紙が届かなければ」、「誤読ではない」となるのだろう。
これは、「コミュニケーションさえしなければ誤読はありえない」ということだ。
それならば理解できる。
そして君は「真理がなくては誤りとは証明できない」と言っている。これが「誤読はありえない」理由ならば、
ということは、君は「コミュニケーションさえしなければ、自分に真理がある」と言っていることになる。
そしてそれは「誤り」か「正しい」かではない、と言っているわけだな。
「肯定神学」(そんなものあるのか知らないが)みたいだな。
俺は「真理」は「あるかないかわからない」って言うな。
607 :
治美:2011/09/19(月) 03:45:37.93
>>605 ここは核心だから、是非ともミニハンの言うことを理解したい。
具体例でお願いしたい。
私がさっき、リンゴの木・モミの木の例を持ってきたよね。
それぐらい簡単な具体例で説明してほしい。
>>604 ありがとう。お言葉に甘えて柴漬けをいただく。
>>607 そもそも「イデア」(ここでは「意味の共通性の根本原因」)とは抽象的なものだ、と言っているんだが。
だから具体例では言えない。
そもそも具体=シニフィエ=イメージも個々人によるのだから、君の具体例をまず言ってくれ。
俺にとっては「意味が共通しない」人間関係という具体が「誤読」だと言っているわけだし。
実際君だってなんちゃらって本を「誤読」したんだろ。
「意味が共通していなかった」から。
あちし全知全能なんてものは言葉で表現した時点から二項対立に嵌るので
全知全能の証明という命題の時点でパラドックスだと思うのです
リンゴとモミの話なら、モミしか木を知らないCが、リンゴの木を見て「これは木じゃない」と言うことだってありうるだろう。
しかしリンゴの木を「木」と言うAからすればそれは「木」だ。
AがCに対し「うちにはたくさん木があります」と書いたとしよう。Cは「モミの木」と「誤読」するだろうな。
意味が共通していなかった。
>>607 君にとっての「誤読」の具体を説明してほしいなら、君自身が「誤読」と認めた
>『現代批評理論のすべて』より抜粋
について、君はどういう意味で受け取ったのか、具体的に述べてくれないと。
その「誤読」は君の頭の中だけにしかない。
612 :
治美:2011/09/19(月) 04:02:15.52
>>610 うん分かりやすい。その例を使わせて。
ここにDさんが登場!Aさんに対し、モミの木をよく調べたら動物的な要素があったことが
分かりましたと言う。よってモミの木は動物なので木ではありませんと言う。
だからDさんはAさんに対し、お前が間違っている、と言いました。
誤読という言い方は、正しい読みがある、ということを前提にしなければ言えないよ。
この正しい読みがあるということを証明するためには神的なものの証明が必要だよ。
それこそ通じなかった、と言えば良いんだよ。誤読と言わないで。
∧ ∧ お夜食ですよ。一人一個までですよ。
( ´・ω・)
( ∪ ∪
と__)__)
,.-、
(,,■)
塩辛
>>612 「全ては誤読だ」と言っているんだが。
それは君にとっての「誤読」のイメージだろ。
「意味が通じなかった」ことを「誤読」と言うのは言語の定義として誤っているかい?
そのDだって、別の学者Eが
「確かに動物と共通する特徴は見られるが、「木」という単語の定義からすれば、それも満たしている」
と言えば「誤り」ではなくなるだろう。
結局ここにあるのは、A、C、D、Eといった人たちの「木」や「動物」などという意味が通じていないことだ。
余談だが君、粘菌って知っているか?
615 :
治美:2011/09/19(月) 04:07:26.28
塩辛ゲット〜
∧ ∧ お夜食ですよ。一人一個までですよ。
( ´・ω・)
( ∪ ∪
と__)__)
>>614を
>>611に当てはめると、君にとっては俺かその本の著者がDだった、ってことになるのか?
俺は別に「真理」については「あるかないかわからない」と思ってるよ。
こんな風に意味はよくすれ違うものだし。
だけど、治美は、「自分が誤読してそうだと認めたこと」はさておき、「真理」という別の概念を打ち立てて、
「誤読はするけども、真理はある」
と言っているわけか。
これが「手紙を届かせる」「反復強迫」なんじゃないの。
618 :
治美:2011/09/19(月) 04:15:10.99
>>614 そうそうそのループが永遠と続くわけ
そのループを断ち切ることができる者は全知全能の神的なるものだけ。
>「意味が通じなかった」ことを「誤読」と言うのは言語の定義として誤っているかい?
間違っていると思うよ。いや、間違っていると言うためには神を証明しなければ言えないわ。
端的に言えば、ミニハンの「誤読」という言葉はあまり通じないかもしれない。
だからアセンションとかニッパさんとかと意見が食い違うんじゃないかな?なんてね。
まあじゃあ別に俺の言う「誤読」を全て「意味が通じないこと」と代入してもらって構わないよ。
勝手に「真理」とか持ち出されてどうこう言われてもな。
俺はなぜ君が例の文章の「意味が通じなかった」のか聞いている。
>>618 そもそも断ち切る必要あんの?
デリダだなあ。
>意見が食い違うんじゃないかな?
意見が食い違う=意味が通じない、だからなあ。
人間関係ってそういうもんだと思っているが。
622 :
治美:2011/09/19(月) 04:23:44.42
>「誤読はするけども、真理はある」
これは私言ってないよ。
真理があるというためには神がいることを証明しなければいけない。
神がいることを証明できないから、真理があることを証明できない。
真理があるかどうかは分からないから、誰かが言っていることを誤読である
と断定することはできない、と言ってる。
誤読かもしれないし真理かもしれないし、分からないってことです。
623 :
治美:2011/09/19(月) 04:26:34.45
>>620 断ち切る必要があるなんていつ私が言った?
つーか、「意見の食い違い=意味がすれ違うこと」にここまで過剰に反応するから、それを過剰に避けてしまっているから、
今回俺だけじゃない「馴れ合い嫌い」の反応なんじゃないの。
「神」って単語が出てきたから言うが、宗教の信者とか何か気持ち悪いだろ。
625 :
治美:2011/09/19(月) 04:32:35.51
>>624 何言ってるかサッパリ分からない。今わたし大分疲れてるから、
主語をはっきりさせてくれないと伝わらないよ。
626 :
治美:2011/09/19(月) 04:55:32.47
>「意味が通じなかった」ことを「誤読」と言うのは言語の定義として誤っているかい?
明日はこの事についてもう少し詳しく語っていきましょう。
そのために叩き台を用意します。
「私は恋人と別れて涙が出ました。そこで恋人との破局を小説にすることにしました。恋人と別れた
シーンを描写するとき、そこに<悲しい>という言葉を使用しました
読者は、このときの作者の気持ちは<悔しい>という言葉に相応しいのではないか?と考えました。
<悲しい>と表現した作者は<悔しい>と表現した読者に対し、あなたたちは誤読してる、と言いました。
しかし作者がよく考えた結果、自分は本当は悔しかったのだ、と気づきました」
この場合、悲しいという言葉が読者に通じていたら、読者は誤読した、ということになる。
むしろ悲しいという言葉を通じていない読者の方が正しい読みをしたということになる。
作者は確実な意味なんて持ってないから。
たぶんミニハンの考え方でいうと作者至上主義になるよ。
現代批評でいえば、作者はとっくに死んでるから。
と、今日はここまで。
少し休ませて。
休んだらミニハンと私の誤解が解けるかもしれない。
627 :
吾輩は名無しである:2011/09/19(月) 05:00:09.24
ミニハンも治美もやばいって(笑
おまいら5時間以上らちのあかないグダグダな話やってんじゃんか
>>622 >誰かが言っていることを誤読であると断定することはできない、と言ってる。
君自分の読みを「誤読しただけ」って言ってるじゃん。
>>590 俺は「真理」など関係なく「意味が通じないこと」を「誤読」と言っているだけ。
俺の頭の中の言語定義ではな。
君の頭の中の定義では「誤り」とは「真理が証明されなければ証明されない」というものなのだろう。
君は君の脳内辞書を延々と俺に聞かせてるわけだ。
俺は「そうか君はそういう意味で使っているのか」と思ったんだが、それなら
>>590が説明できない、と疑問に思った。
>>590の自分でそうだと言った「誤読」は「真理が〜」という定義とはまた別物なのか?
それとも君は自分の言語定義を分かっておらず「誤読しただけ」と言ったわけか?
>>626の「確実な意味なんて持ってない」作家のように。
その作家は君自身なんじゃないのか。
>>623 では質問を変えよう。
なぜ「ループが永遠と続く」と「断ち切る」という現象が現れるのだい? 君の頭の中で。
>そうそうそのループが永遠と続くわけ
>そのループを断ち切ることができる者は全知全能の神的なるものだけ。
この二行の間にある君の思考を説明してくれ。
俺はこの二行の間に「それを断ち切る必要がある」という段階を推測したからそう言った。
「必要」の主語はない。「火山の噴火にはこういった条件が必要だ」などというのと同じ意。英語なら「it」か。
もしこれが「誤読」なら説明してくれ。
>>625 ああ一人言だから別に伝わらなくていいよ。
キーボードを打つのって機能的に簡便化されてるからか口頭とそう変わらない気がする。慣れたら。
>>625 その「悔しい」の意味だってずれてるわけだよ。「悔しい」のイメージだって人それぞれなんだから。
デリダデリダ。散種。
具体的に言えば、そこでそれこそ君自分が例に出した「Dさんが登場」したらどうなるかわからないだろ。
「作家Aがそうだと思った「悔しさ」とはこれこれこういう心理で、読者Bの「悔しさ」とはこれこれこういう心理で、別だ」
とかな。
そこで「断ち切っている」のはその作家と読者に「神」がいるからじゃないか。君の説によるならば。
だから、
>たぶんミニハンの考え方でいうと作者至上主義になるよ。
となると。「神」がいるから「作者」が「神の代理人」的「至上」になってるのかもなあ。
そしてこれは「自分がミニハンの考え方をしたらそうなるんじゃないか」という話じゃないのか。
「断ち切る」と言い出したのは君だし。
俺は別に「断ち切ら」なくてもいいし「断ち切って」もいい。時と場合による。
俺は「至上」にしているつもりはないが「本=人」だとは考えている。
つーか最近の「死んだ作者」たちはつまらなくていかん。
イデアの奴隷ばかりだ。
>>626 >作者は確実な意味なんて持ってないから。
>たぶんミニハンの考え方でいうと作者至上主義になるよ。
私もミニハンさんの言ってることってこういうことに捉えましたよー。私はちょっと沢山のレス全部読む時間はないので、ミニハンさんは私のは野次だと思ってテキトーに流して下さって結構ですよ。丁寧に回答いただくと申し訳なくて...皆さんの会話面白く拾い読みしています
631 :
ほら話者:2011/09/19(月) 10:19:56.49
ミニハンさんの発言は、セミオティックへの読みでもなんでもない、
つくづく元の文意をいい加減に扱う、だたのずさんな誤読の羅列、
「文脈無視」「加工」「ずらし」とその「押し付け」です。
それは脱構築の悪質な偽物です。以下にその具体例を示します。
>>568に
>>君が勝手に創作と評論を別物にしているだけ。
>そうじゃない。ミニハンさんは自分の考えを人に押し付けて考えるばかりだね。
>それ自分が批判してるもんじゃないの?
>君の目的には評論より創作のほうがよほど適していると言ってるの。
>評論がセミオティックの表出を求めるものであるべきようにいってるけど
>一般的には評論は意味説明的・意味確定的なものだよね
>セミオティックの表出を目的にするなら創作のほうでしょう
>差異が無いならなんで言葉がわかれてるんだよw
と連続して書いたところミニハンさんの反論が
>>573で3つに分断されて出てきました。
●ミニハンさんの分断加工反論その1
>>そうじゃない。ミニハンさんは自分の考えを人に押し付けて考えるばかりだね。
>俺の考えに具体を伴った論理的反論がなされてないからな。考えを変えないからそう思うんじゃないの。
これ↑は文脈が省かれ、つづけて書いた反論も省かれ、無視されています。
反論部分を自ら削ったうえで「論理的反論がなされてない」と断言してます。
元の文脈から見ると、
>>君が勝手に創作と評論を別物にしているだけ。
に俺は「そうじゃない」と言い、「考えを変えないから」そう思うんだろうと反論されます。
それは俺が表明した内容と違う誤解だよと言うのに、「考えを変えないから」受け入れ拒否??
どうみても、ミニハンさんによる勝手な誤読内容こそが元々俺が表明した内容にされています。
彼の意見としてでなく、元々の俺の意見であったかのように扱われるのです。
俺は「一般的には」こうだろと書いてます。俺が「別物」にした訳じゃないと。でもそこも無視。
俺が「押し付け」に込めたのは、「勝手な誤読を俺が元々表明したことにすり替えるな」
ってことです。
632 :
ほら話者:2011/09/19(月) 10:20:38.45
(前承)
●ミニハンさんの分断加工反論その2
>>君の目的には評論より創作のほうがよほど適していると言ってるの。
>評論も創作も一般の対話も同じだと思うが。
>何をもって「適している」んだ?
これ↑も一文だけを抜き出し、続く文がないかのように振舞って、
評論と創作の違いや創作が適している理由も書いたにも関わらずこれを消去して無視。
そして既に説明したことを改めて聞いてきます。『何をもって「適している」んだ? 』
俺が「セミオティックの表出を目的にするなら」と書く方に範囲限定していたにも関わらず、
その文脈も削られ無視されてます。
彼の「評論も創作も一般の対話も同じと思うが」はどうやら読む対象にまで範囲を広げており、
だからこそ元の文脈からするとあり得ない最後の変な質問になってます。
633 :
ほら話者:2011/09/19(月) 10:21:38.44
(前承)
●ミニハンさんの分断加工反論その3
>>差異が無いならなんで言葉がわかれてるんだよw
>その差異は文化によって変わる。例えばエスキモーには「氷」という表現が状態によって複数に分けて名付けられている。
>俺という文化ではあまり違いを感じられないということだ。
ここも元の文脈から分断されていますが、その一文に対してさえまともな反論になっていません。
やっと「一般的には」の言葉にも反応したらしく、「俺という文化では」こうだと言います。
彼は「俺という文化」だけに属する独自言語で語り、その独自言語でこちらの文章を意味づけ、
双方に理解できる一般的な意味共有を用いた双方向コミュニケーションを行う気がありません。
もはや明白ですが、彼の読みは「俺という文化」のただの押し付けです。
●まとめ
彼は目に付いた任意の文を文脈を無視して切り取り、好き勝手な「俺という文化」を
そこに読み始めます。元の文意がどうだったかなどたいして気にしていません。
ずさんな文脈無視、加工、ずらし、押し付け。切り刻んでできた誤読の羅列。
誤読をこれこそがお前が語った本来のものだと強要的に押し付けて反論も認めない姿。
もういちど言いますが、これは脱構築の悪質な偽物です。
何かを論じ合うには、互いに意味共有可能な言語を用いて、
お互いの理解の溝をなるべく埋めていくような作業が必要になりますが、
ミニハンさんにはこれを遂行する意思が最初からまったく欠けています。
彼は常に相手が表明して"いない"内容に基づいて語るため、
彼と語っても意味共有・意味形成的なコミュニケーションは成立しません。
おしまい
君も似たようなもんだ
635 :
ほら話者:2011/09/19(月) 10:42:03.93
うんそだな
このスレ初めて見たけど文学版はIDでないから名無しだと誰が誰だか分らんね
とりあえず赤ん坊の読みは記号的云々言っててイメージ的な読みじゃないとか言ってるやつは単に言葉遊びしているだけだと思う
だって記号ってそれに対応するイメージが知覚する者の中になかったら意味をなさないわけだし
637 :
636:2011/09/19(月) 12:09:17.69
あと頭わりーやつは言ってることに中身がないor自信がないからやたらと専門用語使うんだろうーけど(園児さんとか)
素直に平易な言葉使ったほうがいいよ
わざわざレスしてくれる人が余計な労力使わなくて済むわけだし
君も似たようなもんだ
639 :
治美:2011/09/19(月) 16:12:38.91
デリダは超越的シニフィエという言葉を使っているようですね。
これはイデアだと思うんですが。デリダはこの超越的シニフィエはないと言っている。
そうなると私はミニハンさんの言うようにデリダ信者だということになりますね。
>「意味が通じないこと」を「誤読」と言っているだけ
意味が通じないことは意味が通じないと言った方が良いと思いました
626のパラドックスをもう一度考えていただければ幸いです。
最後に。テクストは生成していきます。作者が言葉を綴っていくなかで、言葉は作者の元から
離れて、独自に意味を生成していきます。このテクストのことをエクリチュールというのかな?
ある評論家が言っていました。「できあがった作品に対しては、作者でさえも読者の一人に過ぎない」と。
この意味でも、誤読という言葉を振りかざしてはいけないと思います。
640 :
治美:2011/09/19(月) 17:15:24.71
エクリチュールではなかった。これをテクストというんだと思う。
641 :
吾輩は名無しである:2011/09/19(月) 17:32:44.30
>>640 このあいだデリダの「モスクワ」をパラパラっとめくりながら読んでいたら
自分の言うテクストとは図書館の書物のように書かれた「もの」をさすのではなく、
読書や解釈と言う行為を通して生成変化していくものなのだ、とか言ってましたから
それで良いと思いますよ。
結構、あちらでも誤解が多かったようで。
しかし、荒れますねえ。
なんだか呼ばれた気がしたがきのせいだなきっと。
643 :
治美:2011/09/19(月) 18:18:48.07
>>641 あっ、ありがとうございます。
誤解を避けるためには簡単な具体例を挙げると、結構それが突破口になったり
するんですよね。
いろいろ話は出たのかなー
>>639 >>643 具体がない抽象の話ってやっぱつまんないよね。
脱構築であれ記号論であれフェミニズム批評であれ
そういうものをたまには論じるにしても
具体的な作品の読みとしての提示=実践がないと
空疎なものに終わってしまうだろうから。
ところで、治美ってデリダ信者なの?w
やばいなー、脱構築されちまいそうでw
(おっと、あまり出しゃばらないようにROM)
オダサクの「六白金星」みてきたけど。
ちょ、なんだか感傷的になってしまって分析はできない。
創文板のある人物に重なって俺は泣けるぞ。
まあ、六白金星っぽさを体現した奴だったな。
よっぽどの気質だ。
放蕩息子厨はどう斬るのかw
俺は土星っぽさだからな。
放蕩息子じゃないかんな。
六白金星は「天」。
純粋で、強靭な信念をもつ。
うん泣ける
楢雄が放蕩息子で、修一との将棋指しが放蕩息子の帰還て理解でいいのかな?
652 :
治美:2011/09/19(月) 22:33:59.36
いまね、六白金星を声に出して読んでます。
いや〜酒が飲みたくなった。
楢雄と一杯やりたいなぁ、なぁ楢雄。
653 :
治美:2011/09/19(月) 23:20:02.58
ちょっと思い当たるところがあり、調べてみたところ、自分が六白金星の
生まれであるということがわかった。
楢雄、飲むぞ〜
>>644 >具体的な作品の読みとしての提示=実践がないと
だから「本に対する感想」なら「本」は具体になるだろうが、「感想に対する感想」だと「本」ではなくその感想を書いた個人の方が具体だろ、という意味で「人を読む」を最初から言っているんだが。
「お題の本」や「参加者」を同次元で扱って「具体的に述べる」ことの実践は俺はしているぞ。
ニッパや治美とな。
治美以外の人間にとっては「具体的じゃないこと」になっていたのかもしらないが、観客のことなど知らない。
ほら話の言っていることは要するに「読めていない」ってことだからその通りだよ。
「意味は通じない」を実践している。
アセンションの言う「実践」、つまり「本について感想を述べ合う」のは、
>>618の「断ち切る」ことじゃないのか?
>だから「本に対する感想」なら「本」は具体になるだろうが、「感想に対する感想」だと「本」ではなくその感想を書いた個人の方が具体だろ、
この方が
>自分の言うテクストとは図書館の書物のように書かれた「もの」をさすのではなく、
>読書や解釈と言う行為を通して生成変化していくものなのだ、
に当てはまらないか?
アセンションの言う「本について感想を述べ合う」たる「実践」の方が、
「読書や解釈と言う行為を通して生成変化していく」「テクスト」ではないだろう。
>>630 「作者至上主義」ではなく俺は「お題の本」ではなく君という本を読んでいるだろう。
それがなぜ「作者至上主義」になるのかが分からない。
俺の言う「誤読」について治美は「真理が証明されなければ誤読だと証明されない」と解釈したが、それと似ている気がするな。
俺はニッパという本を読んでいるのにそれが「作者至上主義」となる考え方は。
「仮面」「肉に食い込んだ仮面」とはただのシニフィエだよ。
ニッパ質問だ。
君はなぜ俺が「作者至上主義になる」と思ったのだい?
ただまあ、「本」は言い返すことができないから、「煽り」が通用しないからやらない、ってのはあるな。
特に作者が死亡していたなら。
それが「作者至上主義」になるってことか。
「死人を煽っても無駄」ってだけなんだがな。
664 :
治美:2011/09/19(月) 23:57:18.81
いっや〜
この「六白金星」ってやつは読めば読むほど味わい深い
内容も語りも抜群の一級品だ
一級品を初めからキリっと語るは難しいから
酒でも飲みながらぐだぐだ語りましょう
治美にレスしてなかったな。
>>639 >意味が通じないことは意味が通じないと言った方が良いと思いました
君が俺の言う「誤読」をそういう風に読み替えればいい。
俺は俺の脳内辞書の「誤読」の定義を説明してそうなったんだから、その解釈は俺の「誤読」解釈と合うから。
>この意味でも、誤読という言葉を振りかざしてはいけないと思います。
ただの君の脳内辞書の問題だろう。
逆に、「誤読」と言われることに対する過剰な反応があるように思えるんだが。治美には。
「誤読という言葉を振りかざしてはいけない」理由は、「真理が証明されなければ誤りも証明されない」からだろう?
治美は「真理」から「神」を連想したようだが、それを援用するなら、この言い分が「否定神学」なんじゃないのか?
単純に言えば、「誤読」という言葉から「真理」を関連付けて考えたのは治美自身だ。
俺の「誤読」という単語の意味、「意味が通じない」に「真理」は関連していない。
脳内辞書に「真理」があるのは治美の方だ。
脳内辞書に「真理」があるから、「作者が真理」となり、「作者至上主義」になるんじゃないのか?
なので俺は、「もし治美がミニハンの考え方をすれば、作者至上主義になる」という話だと思ったわけだ。
別に治美が「作者至上主義」になろうがなるまいが俺はどうでもいい。
669 :
治美:2011/09/20(火) 00:17:29.75
>>667 そうだよ、理由はそう。
真理があるというためには神がいることを証明しなければならないと思ってる。
もちろん宗教としての神ではないけど。
いや、神学には興味ある。昨日ミニハンと話していて神学に興味を持った。
神がいることを哲学的に証明してみせてくれたらこれは万々歳。
時間があるときに調べてみるよ。
>>誤読と言われることに対する過剰な反応
ないよ
それと、もう日がかわったから、この話しはここまでにしようよ。
逆に、俺の「人を読むこと」の実践が、「具体的じゃない」「言葉遊び」だと思えるのは、
「お題の本」が「それぞれそういう真理」となっているからじゃないのか?
治美じゃないアセや名無しがそう言っているわけだが。
>>669 >>626 君自身が
>明日はこの事についてもう少し詳しく語っていきましょう。
と書いているんだが。
それは撤回するわけか。
>この話しはここまでにしようよ。
これが「断ち切る」ってことじゃないの。
始めたんなら最後までやりゃ良いのに
>>669 >神がいることを哲学的に証明してみせてくれたらこれは万々歳。
哲学的にではないが君という本を読む限り君の脳内辞書の編纂者としての「神」はいると思えるんだが。
675 :
治美:2011/09/20(火) 00:21:46.93
その明日ってのは19分前に終わった
明日ではなくて今日と言うのが正しかった
治美も「読書すること」がどういうことかちゃんと考えた方がいいと思うんだがな。
人それぞれに「神」はいる。
デリダはラカンを「否定神学だ」と言ったが、この論争なら俺はラカンに付く。
ラカンワカランけど。
で思い出したんだが、ほら話や。
ラカンは「分析家は孤独でなければ機能しない、だが集団でなければ生きていけない」と言ったらしいんだが。
「精神分析学を学ぶ人のために」という本の186頁に書いてあった。
俺基本的に濫読でラカンとかよく分かってないんだけど、これは俺の考える「孤独でなければならない読書」に近いと思ったんだよな。
俺の考える「読書」はいわば「個人主義」だ。
その続きにもこう書いてある。
「分析家は教育分析を受けることにより徹底した個人主義を身に付けることになり」
この辺君はどう考えるんだい?
少なくとも君は教育分析とやらを受けていないように思えるんだが。
677 :
治美:2011/09/20(火) 00:44:07.36
織田作之助も六白金星の星回りだったんだって
新潮文庫の解説に載ってた
>>677 ちょっと聞きたいんだが、アセやら名無しから「ミニハンの言っていることは抽象的だ」「言葉遊びだ」と言われているんだが、
俺と対話していた治美にとっても、今回の「昨日ミニハンと話していて神学に興味を持った。」対話は、「抽象的」で「言葉遊び」だったか?
もしそうであれば、治美の具体と俺の具体がずれていた、ということになる。
具体はそれを具体と思っていない人間からすれば具体ではないと。
まあこの辺は科学の反証主義の限界でもあるなあ。
具体か抽象かという話なら文学自体が抽象表現だろ、大体。
科学の論文ではない。
アセが「具体」と言っているのは「お題の本」なわけだろ。
雑談スレで彼はそれを「ルール」だとし「土俵だ」と言った。
「個人的にすぎない具体をルール化する」のが「押し付け」だろう。
で、シニフィアンもシニフィエもよく分かっていない俺からすると、シニフィアンもシニフィエも個々人の間で共通性を持つ原因となっていない。
意味が共通するのはあくまで意味そのものを原因としている。
ソシュールの言うシニフィアンとラカンの言うそれは全く別物だと思えるんだが、ソシュールは意味論を語っておらず、ラカンは精神分析という
枠を借りて意味論を論じた、と考えるとこの違いもすっきりする。
よく分かってない人の言うことだから反論大歓迎よ。
シニフィアンやシニフィエとは別のところに「意味」や「(その共通性としての)イデア」や「セミオティック」はある、という話だな。
治美はシニフィエ=意味と考え、意味の共通性としてのイデアは俺の説明を理解できているようでそう認識していると推測するが、
シニフィエとは具体なわけだ。
しかし具体もここで見たように意味の共通性とはならない。人文科学が自然科学を批判する時によく言う「反証主義の限界」だ。
なのでシニフィアンやシニフィエと「意味(の共通性)」は別物と考えた方がいいと思うぞ。
まあ意味論の方も言語学の中ではもっとも心理学に歩み寄っているしなあ。
心や精神の話ではなく、意味の話として考えるべきだと思うんだが。
哲学は特に。
そうやるとドゥルーズみたいになって、精神分析に援用されるんだろうけどさ。
ドゥルーズ哲学は言語学意味論だろぶっちゃけ。
686 :
治美:2011/09/20(火) 02:00:02.48
>>684 ちぇっ。六白金星を楽しんでるとこなのに。
シニフィエを具体例を使って説明してくれる?
興味あるから。
>名無しミニハン
参加しているつもりのないミニハンとしてはホスト役はどうだったかい?
盛り上がった? あるいは時間が1日じゃ足りなかったかな?
ミニハンのテーマでもう一度やりたいなら
オダサク「六白金星」の後で参加者の意見を聞いてからやるかい?
それまではミニハンの雑談についてのレスは
時間のあるときに(明日かな)スピンオフのほうに書いておくよ。
なんかだらだらとミニハンは雑談を書いているようだけどw
ひとつだけ、「感想について書くこと」はここに書いておくかな。
「本を読む」→「感想を書く」→「感想について対話する」
そのどの段階でも、「本を読む経験」はたえず重ねられる。
まあこれも雑談でしかないから、「六白金星」で実践するしかないw
これもスピンオフにコピペしておくからレスがある場合はそっちで。>ALL
アセなどは「意味の共通性」を「具体」にしているわけだが、「具体」をシニフィエと仮定義すると、
シニフィエに「意味の共通性」を「仮託」(ドゥルーズ用語じゃないっけ、うろ覚え)しているわけだ。
しかし、「抽象」でも「意味の共通性」はあるだろ。文学の抽象表現とはそういうものだ。
この場合シニフィアンに「意味の共通性」を「仮託」しているとなる。
結局アセや名無しの言う「具体じゃない」「言葉遊び」と言っているのは、「具体」がどうとかじゃなく
「俺個人には意味が通じていない」ってことなんじゃないの、という話。
「意味」とシニフィアン・シニフィエは、関係し合ってはいるが別物だ、という話。
この「関係」を「仮託」などと言ってるだけ。
ラカンなどは違うのかもしれないが。
>>689 >>29 >それはミニハンの個人的意見でしかないと思うぞw
すべては個人的意見だ、という話をしているんだが。
>常に本と向き合った体験はさまざまな他者との対話の中でも反復されるんだよ。
というアセの個人的意見なわけだな。
>>686 「シニフィエの具体例を説明してくれ」ということが、「「シニフィエ」というシニフィアンのシニフィエを説明してくれ」ということ。
君にとっての具体が分からないので、ここにある文字だけで答えるならそう答えるしかない。
もし君が「シニフィエの意味を説明してくれ」と同義の意味で「具体的に説明してくれ」と言っていたのであれば、
「シニフィエ」に「意味(の共通性)」を「仮託」していると言えるだろう。
これだけではあれだからもうちょっと言うと、例えば、君自身が神秘主義を挙げていたが、
神秘主義とは「言語化が困難な個人的体験を重視すること」なわけだろ。
この「個人的体験」が「意味とは別物のシニフィエ」だ。
そんな体験していない非神秘主義者からすればそいつらの神秘体験の言述など「意味が通じない」となるだろう。
しかし神秘主義者にとってそれは具体でありシニフィエだ。
シニフィエに意味の共通性を含めない点だけで言えば、俺の考え方は神秘主義と共通しているのかもな。
君の「個人的体験」をまず述べてもらわないと、「具体的」には述べられない。
君の具体は俺の具体だとは限らないから。
例えば昨日の会話なら「モミの木」という「具体例(?)」を出してくれたじゃないか。
「個人的な体験」ではないかもしれないが、君にとって「モミの木」の話は「具体的な説明」になるんじゃないのか。
後その本を読んでるならそれを読めばいいと思うんだが。
俺は勝手にこのスレという本を読んでいるだけ。
俺と対話するのなら
>>678の質問に答えてくれ。
対話じゃなく俺という本を読んでいるだけならその六白なんちゃらを読んでいればいい。
>その主張を誰かに共感してもらえたことはあるかい?
アセは「共感」を目的にして発言しているのか?
だったら「アセが自己防衛しているのは感情的な何かではないか」という俺の推測は近いと思うんだが。
雑談スレでセックスの話をしているが、セックスなどとてもよい「個人的体験」としてのシニフィエの具体例になるだろう。
>>694自己レス
「共感」を目的にセックスしているなら違うか。
自分だけが「共感」していると思い込んで満足している場合もあるだろうが。
余談だが、松浦理英子の性器結合主義批判はこういうことなんだよな。
「シニフィエに意味の共通性を仮託する」傾向が強いことを「性器結合主義」と言っているわけだ。
別に彼女はセックスそのものを否定しているわけではない。
シニフィエの具体の一つとしてセックスは確かに分かりやすいかもな。
セックスとは「共感」か?
絶頂が同時にやって来ることはありえるだろうが、その快感はあくまで「個人的体験」だろう。
男と女で絶頂への登り方が違うのはよく言われている話。
「具体」は個人間で共通のことか?
セックスという具体に意味はあるか?
こういう答えでどうだ? 治美や。
俺はラカンの「性的関係は存在しない」とは「共感(シニフィエの共有)としてのセックスは存在しない」
という意味だと考えていたんだが、違うのか?
これはニッパの「心細さ」とも関連してくるだろうな。
ちなみに「意味ではないシニフィエ」について詳しく知りたいなら、認知科学が研究対象にしていることがそうだと思う。
>>697続き
「シニフィエにおける個人主義」なら男より女の方がピンと来ると思うんだがな。
「女の絶頂は男に比べると緩やかだ」とか言うだろ。
大体男の絶頂に合わせて演技してあげてるもんじゃないのか?
シニフィエに「共感」などという「意味の共通性」を「仮託」してくる男に対して、女は演技的に接していると。
これは「共感」を求めている女にとっては「心細さ」となるだろう。
俺個人の具体はこうだ、という話だな。
具体的に話してみました。
シニフィエにしろシニフィアンにしろ、個人間で共有できていないことは「無意味」と言われるだろう。
神秘主義の神秘体験だって「無意味だ」だろ。そうじゃない奴からすれば。
個人主義者の書く文章はむしろ無意味でなくてはならない。
俺はそういう意味で「女嫌い」というより「男嫌い」なんだよな。
「共感を求める女」も「男」に思えるだけで。
なのでニッパや佃煮をネカマだと思った。
ネットだから「共感を求める態度」がより出ちゃうのか。
一般的な「男らしさ」「女らしさ」ってのは、シニフィアンに意味の共通性を仮託する傾向か、
シニフィエに意味の共通性を仮託する傾向か、の違いにすぎないわけだ。
俺個人は「意味の共通性を仮託する傾向」自体を「男性的」と思っているわけだな。
なのでニッパも佃煮も「男」に思える。
AVとかさ、手コキやフェラしてる女の方がハアハア言ってたりするじゃん。
あれ演技だろ。普通に考えたら。自分が気持ちいいわけじゃないのにそういう顔するのは。
口や手に性感帯はない。性的快楽を感じているわけではない。
こんなこと言うと男は怒るわけだ。「共感している」という個人の思い込みが壊されるわけだから。
「具体的じゃない」「言葉遊びだ」なんて俺に対する「意味が通じない」という批判は、そういった男の怒りと同じに思える。
また、ニッパの態度も手コキやフェラしているAV女優と同じに思える。
自分は気持ちよくないのに気持ちいい演技しているだけとうっすら気付いているから、「心細さ」になるんじゃないか?
まあ今さらだからぶっちゃけるが、俺は女だ。
口は指突っ込んで上の方触ればわかるけど性感帯だよ
手のひらも真ん中のところは敏感な神経が集中してるから性感帯だよ
もしそうでないのなら開発されてないだけだよ
700 :
吾輩は名無しである:2011/09/20(火) 07:15:40.82
おい、ミニバン
ここはおまえさんの日記帳じゃねえんだぞ
くだらねえ書き込みすんなやぼけ
治美さんの勧めで六白金星を三分の一くらい読んでるけど、メチャ面白い。
>>699 君個人が口の中や手のひらが性感帯なわけか。
物食ったりマウス握ったりしても感じるの?
性器の性感帯なんてのも要するに痛点という圧力センサーなんだよな。
口の中の味覚センサーとは物質的に別物、って味蕾じゃないのか、口の上なら。
まあ痛点はあるだろうな、口内炎とかあるし。
計測した圧力をどう認知するか。
いや別にフェラするが。
>>698について、言葉は厳密に使うか。
シニフィエに意味の共通性を仮託することが「共感」であり、シニフィアンに意味の共通性を仮託することは、
なんて言えばいいんだろうな。「相互理解」とかになるのか。
雑談スレの話だが、ニッパは「相互理解」を求めていて、「お局」とかは他の取り巻き女性たちと「共感」している、
と言えば、ニッパにとっては具体的になるかもしれない。
俺個人の具体例なら佐藤亜紀のツイッターを思い出す。
佐藤のツイッターは他の取り巻き女性と「共感」すなわちシニフィエに意味の共通性を仮託し合っている。
「お局」の分かりやすい具体例じゃないだろうか。
佐藤は仕事は出来るみたいだけど。「共感させる」のが作家の仕事でもあるからな。
俺は「相互理解」も「共感」も嘘っぽいので結構です、という話。
ニッパも佐藤も嘘だとうっすら気付きつつ嘘に騙されたがっているように見える。
まあ、個人主義としての神秘主義者なのかもな。
シニフィアンもシニフィエも個人主義を打ち破れない。
「作者至上主義」にはならんと思うが。
具体的に言えば、どんなに好きな作家だってセックスしていいとは限らない。
逆も然り、セックスがいいからと言って言葉で理解しあえるとは限らない。
>「お局」とかは他の取り巻き女性たちと「共感」している、
こう推測した理由はニッパ自身が「職場の女性たちからいじめられた」と書いていたから。
相手は複数だと思った。
自分と意味の共通性がないシニフィアン・シニフィエを読む・感じることが「読書」だと思うんだがな。
意味の共通性ありきだと俺はそれは「嘘っぽい」と思える。
705 :
吾輩は名無しである:2011/09/20(火) 11:54:34.74
アホのミニバンはくそまきちらかすなや
例えばマグナなんか時々独自の語法か知らないが意味不明なこと口走るだろ。
マグナ節って言われてたが。他スレで。
ああいうのを読むのがおもしろい。俺は。
>>704 意味を表す主体であるシニフィアンを読んだり感じたりするって意味が分からないんだけど。
それってシニフィエを読むことと何が違うの?
後お前の言う読むことと感じることの違いって何?声に出して文章を読んで韻律を楽しんだりすれば感じるってことなのかな?
>読むことと感じることの違いって何?
「共感」ではないシニフィエを受け取ることをそこでの「感じる」と言っているわけだが、ここは説明難しいんだよな。
なのでセミオティックって単語で逃げてる。俺もよく分かっていない。
ほら話によれば「衝動」だとか言ってるからまあ当たらずとも遠からずだとは思うが。
「相互理解」ではないシニフィアンを受け取ることは、「なるほどそれは一理ある」って奴だ。全肯定ではない。
ラカンのボロメオの輪によれば、象徴界(シニフィアン)と想像界(シニフィエ)の重なりが「sens」「意味」なわけだろ。
であれば「意味」ではないシニフィアン・シニフィエもありうる、となる。
710 :
吾輩は名無しである:2011/09/20(火) 12:10:55.44
716 名前:吾輩は名無しである :2011/09/20(火) 12:05:59.62
本日のゴールデンワード賞
>佃煮二世扱いされますよ治美さん
>バレバレですよ治美さん
by ミニハン
数学の証明みたいなもんかな。意味ではないシニフィアンを読むこととは。
>声に出して文章を読んで韻律を楽しんだりすれば
読書って頭の中でそうしてるもんだと思うぞ。
小説とか「テンポがある」とか評するだろ。
頭の中で音を出していなければそうは言えないだろ。
>>708 セミオティックって詳しく知らないからよくわからないんだけど、要はフロイトとかの無意識みたいなもん?
作品を成り立たせた筆者の無意識を、読者が受け取ったりすれば「感じ」たことになるって理解でいいのかな?
>「相互理解」ではないシニフィアンを受け取ることは、「なるほどそれは一理ある」って奴だ。全肯定ではない。
この一文は意味不明wもうちょっとわかりやすくいってくれ
714 :
吾輩は名無しである:2011/09/20(火) 12:17:52.19
>>264-266の名無しもミニハンだな。
264 :吾輩は名無しである:2011/09/16(金) 01:04:49.19
地金が出た糞コテ
265 :吾輩は名無しである:2011/09/16(金) 01:05:11.31
治美が佃煮化してて盛大に酒フイタ
266 :吾輩は名無しである:2011/09/16(金) 01:08:41.01
実は治美が佃煮四天王の最後の一人だったりして
715 :
吾輩は名無しである:2011/09/20(火) 12:21:54.57
佃煮に粘着するわ、自演はするわ、ミニハンは最底辺のグズニートだよな
>>713 俺もよく分かってない。
まあ「衝動」ぐらいに思っておけばいいんじゃないの。
「衝動」って言葉に出来ないものだろ、理由など説明できない。
>この一文は意味不明w
意味の共通性のないシニフィアンを読むことだからなあ。
数学の証明問題みたいなもの、としか。
数学とか抽象性の究めつけだろ。
>>714 残念、違うよ。
で、他人の「衝動」って「共感」できないものだろ。
むしろアセの言っているような「共感」を破壊する。「衝動」を表した人間に対し人間は引く。
718 :
吾輩は名無しである:2011/09/20(火) 12:30:37.28
今日のミニハンワードふきました 笑
>>717続き
例えば車谷作品とか私小説でかつ「引く」だろ。
意味の共通性のないシニフィエ(「衝動」とか)を受け取るのが文学で、
意味の共通性のないシニフィアン(「一理ある」とか)を受け取るのが数学や哲学だ、ってことか。
俺にとって。
某スレだって「引く」だろ。
だから俺は面白い。
いや、「衝動」は、あくまで個人的なものだが、「血湧き肉踊る」のは伝染するか。
意味の共通性のないシニフィエを受け取ることとは、「共感」ではなく「伝染」だ。
例えばインフルエンザは同じ発熱というシニフィエが共有されているのに「共感」ではなく「伝染」と言うだろう?
セックスなども、男は絶頂の高低差が激しいからか、女は大抵ある部分は「引いてる」ものだと思ってたんだよな。
男の「衝動」に。
でもその「衝動」に「血湧き肉踊る」部分もある。
しかしそれはあくまで性感帯を刺激する性的快楽ではない。従って「共感」とは言えない。
男の「性的衝動」が「伝染」した、ってことだな。
女のセックスの楽しさってそういうもんなんじゃないの? と思ってた、正直。
最近そうじゃない女も多いってことをやっと分かり始めた。
ほんとセックスは千人千色だ。だからシモネタは面白い。女同士のシモネタとか女自身が「引いてる」もん。
俺もニッパと同じく大概女達からハブられてたが、ニッパともセックスの楽しみ方は違うんじゃないかと。
「引いて」かつ「血湧き肉踊る」、だなあ。
ニッパにはこの「引いて」が無さそうに思えた。谷崎作品だかの感想を読んで。
「心細い」から「引く」のが怖いのか。
俺は「引いて」が楽しいから「浮いてる」のもあまり気にならなかったのか。
「意味の共通性のない(「共感」ではない)シニフィエを「感じる」こととは」
の答えはこんなものでよろしいか。
「引いてしまう」から「心細い」のか。
「引く」のも含めてセックスの楽しさだろ。
>「引いて」かつ「血湧き肉踊る」、だなあ。
これ女は若い子の方が分かってる気がするなあ。それこそJKとか。
ミメーシスを軸に据えるのは初期ギリシア哲学的ですね
文学より演劇や芝居の方が向いてると思います
イデアのないミメーシス、かなあ
文学も演劇も同じだけどな、俺にとっちゃ
読む間が読者の自由に出来る文学より
時間的拘束を付けられた映像作品は戯作者の意志がよりハッキリ出ますからね
シニフィエを読めないと話になりません
>イデアのないミメーシス
例えば俺は「相似性」という言葉を使ったが、数学的に考えると、三角形ABCとDEFが相似関係にあるとする。
しかしABCとDEFどっちがイデアに近いか、などという話にはならない。
イデアなしにミメーシスは存在しうる。
数学の相似問題とかぱっと見相似していると分からないもんだろ。
角度とか計算してやっと相似であることが証明される。
もしそこにイデアが許されたら「相似しているように見える」って解答で正解となる。
>>725 そうかあ?
映像にも数学問題的な楽しさがある場合があるけどな。
まあ確かに演劇は一回こっきりだからミメーシスは証明不可能となるが。
>映像にも数学問題的な楽しさがある
当たり前です。
作品は感性ひとつで撮れるものではありません。
こんな話してもわからんでしょうが、去年の丁度今頃です。
羽生と久保の竜王戦第一局68手目の3六歩。
これを感覚で打ってたら馬鹿です。
また、淡々と棋譜並べてるだけではわかりようもありません。
なんかそういう喩えが出来るのは羨ましいなあ
すごいよねえ
でもわかんないw
わかんないのが文学である
732 :
713:2011/09/20(火) 19:11:11.80
>>719 亀レスで悪い。ちょっと立て込んでた。
ほかの名無しとかは貴方の言葉が理解できているみたいなんだけど俺にはぶっちゃけ半分も理解できてるか怪しいw
そういうあやふやな理解の上でこれから意見を述べるので間違ってるところがあったら指摘してください。
あなたの意見をまとめると
読者の中では意味をなさないシニフィアン・シニフィエを受け取ることはできるが、その感覚は言語化できない「衝動」である。
その「衝動」の内訳は血沸き肉躍る感覚という「伝染」と引くという「拒絶」である。
ってことで大丈夫?
もしそうだとすると貴方は娼婦を扱うように刹那的な感覚の揺れ動きを求めて読書をしているってことになる気がする。
というかいまだに「シニフィアンを読む」ってことの意味がよくわからない。シニフィアンが読者にとって意味をなすにしても為さないにしてもだ。
具体的に『六白金星』を使って「シニフィアンを読む」ってことを頼むからあなたに実践してみてほしい。
そうすれば俺も新たな読書体験ができるかもしれないっていう手前勝手な都合なんだけどよろしく頼むよ。
733 :
ほら話者:2011/09/20(火) 19:49:34.51
なんかすっかりやる気そがれたし
変にミニハンさんがらみの論議にされてもぐじゃぐじゃになるから
『六白金星』の読書会は来週にまわさない?
シニフィアンでWikipediaってきた。
なんだかよくわからなんだ。
楢雄はゆめをみてたんだが。
空を飛ぶゆめ、牛に頭をかじられるゆめは何の比喩なんだろう?
736 :
治美:2011/09/20(火) 20:05:25.98
>>697 「シニフィエに意味の共通性を仮託する」傾向が強いことを「性器結合主義」
これは言葉の面白い一面を指摘してると思った。
たとえばだけど、子どもが「木」という言葉と一番初めに出会うのは、絵本においてかもしれないし、公園
においてかもしれないし、庭においてかもしれない。「木」という言葉が身体に入ってくるのは理屈じゃないんだよね。
ある日突然「木」という言葉に襲われるんだよね。これは個人的体験だし、神秘的体験でもある。
子どもはその後、いろいろな場所において「木」という言葉の使用を経験する。言わば、個人的体験であった「木」という
言葉が<社会化>されると考えてもいいかも。
なんで人間の間で言葉が通じるかっていうと、言葉が<社会化>されるからじゃないかな。
けどハッキリ言って何で言葉が通じるかって聞かれたら、それは偶然としか言いようがない気もする。
そして、言葉がいくら<社会化>されようとも、個として体験された言葉というのはあるよ。
それは剥奪されませんよ。
ミニハンはこの個としての言葉というものを重要視してるのかもね。
と、言語学知らないけど自分なりに考えてみる。
きっとつよいストレスとか心臓疾患とかあったんじゃなかろうか。
眠りが浅いとゆめをみるらしいし。
しっかりとグッスリ眠ることが人生を豊かに暮らすコツだとおもうよ。
738 :
治美:2011/09/20(火) 20:08:45.55
とにかくさぁ、「ミニハンとお喋りしよう」みたいなスレを別に立てて。
とにかく読書会スレの邪魔をしているよ。
別に立てて。もちろん立てたら遊びにいくし。
てか園児がヤル気削がれたって言ってるじゃん(怒)
他の人もそうだったら、どうしてくれるんだよ。
牛は俺の創作論理から言うと狂気の比喩なんだがな。
[牛|狂気]なんだ。
牛が頭をかむとは狂気が頭に入ってくるつーことだ。
心底恐怖であり深層の常識への坑がいであり自ら狂うことへの布石だな。
741 :
治美:2011/09/20(火) 20:21:58.00
>>きっとつよいストレスとか心臓疾患とかあったんじゃなかろうか。
眠りが浅いとゆめをみるらしいし。
子どもってのは夢と現実の堺が曖昧だなんてよく言われるけど。
この夢ってのは、楢雄を変な子どもに仕立てあげるのに使われているよね。
心がここにない、というか。楢雄だけ別の世界の住人なんだよね。別の世界の
住人だから知らず知らず周りの人間との間に溝ができてくし、それが深化していく。
その極めつけに自殺未遂があるんじゃないかなぁ。
各人には、なにがしか奇妙な決まり事はあるはずだ。
横断歩道は白線を避けるとかパセリはたべないとかパンツは赤色とかの。
そんな表れは奇妙な決まり事を含んでる。社会的な決まり事じゃない個人的な決まり事を。
シニフィアンとシニフィエは創作物において裏表一体。
その紐解きが個人的な想いから出た論理でできたらより理解が深まるんじゃないかな。
楢雄の自殺のこころみがレスに出てきたが、タナトスて理解でいい?
死への憧れはコンプレックス。なんか負い目があるの?
生と死も裏表一体じゃないかな。
楢雄にとってヒ素を呑むことは、抜歯や刺青みたいな儀式(イニシエーション)であったんじゃないかな。
よく言うと、血を超えたっつー。
楢雄は実家から逃げて、にんげんとして完成した。
放蕩息子だな。
あと、木という言葉がおそってきて交通事故みたいに木ってもの、イメージを獲得するってなんだろうね。
きっと神つー概念のも後天的に獲得されたものだろうか。
母への感謝とか、兄弟とひとつの盤をめぐり同じ時を過ごすとか、も。
746 :
治美:2011/09/20(火) 20:54:57.26
>>鈴木さん
お誘いして良かったw
すべて読み終わりました?
747 :
治美:2011/09/20(火) 21:13:21.91
園児は説明を端折り過ぎ!
長くてもいいから、丁寧に論を展開していって!
詩人はこれだから困る。
園児の感性は素敵だからさ。
わたしにも分かるように説明してくれると嬉しい
748 :
治美:2011/09/20(火) 21:22:26.80
>>楢雄の自殺のこころみがレスに出てきたが、タナトスて理解でいい?
死への憧れはコンプレックス。なんか負い目があるの?
生と死も裏表一体じゃないかな。
もっと説明して!タナトスについても。
以前読んだ哲学書にセックスは死で、その死を体験することが快楽の正体だ
とか訳分からないことが書いてあったのね。ちょっとそれ思い出して興味を持ったから。
セックスが死?
ちょっとググッてくる。
よくわからなかったがセックスは小さな死らしい。
生きるとは死を意識すると際立つらしいな。
>>733 月曜の昼近くまでミニハンと読書云々について語っていたのはお前だけどな。
新たな話題に移ろうってなったのにぐだぐだ引っ張っといて全部ミニハンに積みなすりつけんのは汚いわ
治美も治美で深夜までぐだぐだやっといて自分が飽きたら過疎りそうな隔離スレたててくださいとかw
読書論と感想なんかふつうに共存できるし、気に入らないなら特定の単語をNGにするとか方法はいくらでもあんだろ。
自我が強くて強くて抑えきれなくて匿名掲示板なのにコテ付けちゃう位の構ってチャンなのに独善的なオピニオンリーダーを揃って気取ってるのははっきり言って滑稽。
そういう姿勢を改めない限り新規が入ってこない気持ち悪いコテ達のなれ合いスレになると思うよ。
752 :
治美:2011/09/20(火) 22:09:44.26
ググってばかりじゃないか園児(泣)
いいや、セックスはちょっと横に置いておこう。
死への憧れはコンプレックスのところを説明してくらさい。
死への憧れ=ロマン主義?
ロマン主義は俺はちょっと敬遠してるな。
754 :
治美:2011/09/20(火) 22:51:56.14
>>751 いや、いや。だから新しいスレ立てたらそっちに行くってミニハンにも
言ってあるし。
それと新しいスレを立てようと言ったのは、今ある雑談スレの雰囲気を考慮してだから。
それと、私がミニハンと本腰入れて語ったのは、アセンションが一日だけ雑談スレ
にするって言ってからだからね。
>>754 すまん。俺は感情的になってほとんど脊髄反射で書きこん出たかも知らん。
それでも俺は治美とかほら話者の態度は欺瞞だと思うよ。
お前らは他のやつらのためって言いながら結局自分たちに居心地のいい雰囲気を保ちたいだけだろ?
例えばお前の書き込みってコテに対してはレス番じゃなくて名前で指すだろ?
これって第三者にとっては話の流れは追いにくいし、排他的な雰囲気を醸し出してると思うんだよね。まぁ俺個人の感想だけど。
> 私がミニハンと本腰入れて語ったのは、アセンションが一日だけ雑談スレにするって言ってからだからね。
これについても要するにコテハンがこういう方向で行くって言ったらお前はそれには反対しないってことだろ?
そんでコテハン同士はスレタイにそぐわずなぁなぁの馴れ合い。
これで新規が入ってくるわけないんじゃない?まぁ俺は新規のためじゃなくてお前が気に入らないからこういうレス書いてるだけなんだけどね。
そういう点はお前と変わらないと思うよ。たぶん。
756 :
吾輩は名無しである:2011/09/20(火) 23:19:36.17
居心地のいい雰囲気を保つのは別にいいじゃん
つーか異論があるのはミニハンだけで
あとの人はないんじゃないのか?
ミニハンが自分でスレを立てないなら
ミニハンをここに残して別スレ立てるって方法もあるか。
ミニハンと語りたい人はここに残ればいいし。
757 :
治美:2011/09/20(火) 23:19:36.45
>例えばお前の書き込みってコテに対してはレス番じゃなくて名前で指すだろ?
あっ、これは番号を確認するのが面倒くさかったから。それが排他的になってるのであれば、
次回からはレス番にします。
>これについても要するにコテハンがこういう方向で行くって言ったらお前はそれには反対しないってことだろ?
そうです、その通りです。
私も人間ですから。ある程度居心地のいい雰囲気じゃないと本音で語れないんですよね。
本音で語るために、多少の馴れ合いは必要だと考えています。
>>757 本音で語ることと馴れ合いは俺の中では両立しないけどな。
ギスギスすると煽り合いになるかもしれないからお前の言う通りなのかもしれない。
スレ違いな話題を延々と引っ張って悪かったよ。俺はおとなしく寝るわ。
759 :
ほら話者:2011/09/20(火) 23:29:07.92
>>751 治美さんも指摘してるが
>>549でアセンションさんが
>あと1日雑談風に流してもいいかな?
から月曜の雑談ははじまったの。1日限定でね
でも、火曜夜の時点でも、継続してたから
>>733を書いた
まだ続けるんなら本来の読書会は来週まわしにしたほうがいいかとね
読書会のスレで、
>>1のルールにも従わず、
お題の作品も読まず、感想も書かず、人の文章も文脈無視してろくに読まず、
スレチの自分の理論展開をえんえんと続けようとするミニハンさんに
「スレチだ失せろ」で済ませないで、ここまで譲歩して付き合っているだぜ
それわかった上で言ってる?
これ以上譲歩するとただの雑談スレになるが、その目的のスレは別にあるだろ
スレチが迷惑なのは他のスレでも同じことだろう
あと、コテに関しては、俺はこのスレとその関連スレでしかコテ使ってない
コテの方が誰の意見か明確になって議論しやすいからここでは使ってる
760 :
治美:2011/09/20(火) 23:31:50.73
>>758 なんだよ、ミニハンらしくないじゃないか。
荒らされたあとにフッといなくなったら、それはそれで寂しいんだよ。
だから荒らしてはいけないんだ。
ミニハンの言語論はおもしろかったから、ぜひスレを立ててくれ。
そしたら行くから。
762 :
治美:2011/09/20(火) 23:39:36.51
>>761 わかってらぁ。てめーの文体は長文だと特徴がでるんだよ。
>>759 ルール無視してるのは貴方も同様ではないですか
「スレチだ失せろ」すら必要ありません
勝手に貴方と治美が踊っただけです
途中でヒヨるぐらいなら最初からしなさんな
764 :
江戸川:2011/09/21(水) 00:26:37.69
とりあえずみんな読もうぜよ。
次のお題、織田作之助って人?
知らない。読んでみるぜよ。
読書会グダグダになってるな
わしゃ楽しく読んでた。
治美ってひとともう一人の人の議論。
次のお題でも熱く食い違いながら
縺れながらすすんでって。
767 :
治美:2011/09/21(水) 00:42:23.88
768 :
忍法帖【Lv=40,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/09/21(水) 00:47:07.66
まさかミニハンって脂か?
769 :
治美:2011/09/21(水) 00:56:33.55
>>768 こういうこと言ったらあれだけど、たぶん性同一性○○。
フェミニズム論にあまり食いつかなかったのが逆に怪しい。
うーん妄想かな。。
>>762 まあ一応言っておくが
>>761は俺じゃない。
ミニハンでした。
俺も秋田から通常営業に戻っていいよ。
まあこういうのもおもしろいよな2ちゃんは
津原みたいな外部の権力をもってして個人特定するのは見苦しいけど(作家は文体で読めるとか)、
外部の権力なしにやるこういうのはいい。
奇形者に近付ける。
性同一性障害かー。
治美がおもしろくなってきたwww
完全にキチガイの域
佃煮を越えたかもしれん
776 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 04:48:50.08
津原が必死で「男娼」仄めかし工作に
失敗、ストーカー犯罪中
あまな佃煮を使ってなりすます
レイプ魔リーラ国家
この板は全部川上弘美の盗作問題隠蔽
風俗街連れ込みスマラン慰安夫探しの
殺人鬼ジャップ
「女(川上弘美、あまな、津原ホモ。
非論理的)が見たものを自分だと
思う(鏡像段階のっとり)、
なりすまし(盗作)、
相手を去勢しようとする」
アマテラス偽太陽。全員非論理的で模倣狂《噛み合うように
話すと負ける。アブラブログのアブラと
ネットゲリラ小児性愛カルト
ケイミズモリは、俺をおっかける
ペドのおばさんとホモのレイプ魔》
777 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 04:53:05.90
http://qb5.2ch.net/test/read.cgi/saku/1186503427/ 削除板のほうにも
津原がストーカーで「あまな佃煮おばさん」
を使ったなりすましだと書いてきた。
あまなや津原のような理屈音痴の奇形の智慧遅れは
俺に似ることは出来ない
ジャップの誰一人俺にはなれない
お前らはウィルスの奇形
「つまりハンネ(名前)
を持つ人間になりすます事で
自我を持とうとする奇形」
仮面をはぎとると、お前らには人格が無い、
ゴミ、ホッチャレの寄生虫
パラサイトマザーレイパー
朝日俳人ハンネ泥
「ぬれちゃう・初恋」
奇形児吉田直子=治美=川上弘美爬虫類のメス
778 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 04:55:05.76
削除板に書かれるぐらい
ウソが下手だな、津原は。
お前が少女向けの
ハートマークついた本を出している
性的変質者で
ジャップは全員俺のつもりで
人格を得たがる統合失調の
「夢で将臣とセックスしました
(リーラ)」
「同一になりました(リーラ)」
といいつつ、
全員同じ能力は得られない落ちおぼれの
津原やリーラ同様、母記号を使って
栄養をつけたがる、卵を産んだ後の
ホッチャレなんだよ。
779 :
治美:2011/09/21(水) 05:11:23.92
おっと、キチガイつながりで丁度いいや。「六白金星」で言いたいことはいくつかあるんだけど。
今回は「狂気」について述べてみたいと思う。
「六白金星」の冒頭で楢雄が蠅獲りに夢中になるというところがある。「夕闇の中でしきりに眼鏡の位置を直しながらそこら中睨み
廻し、その根気の良さはふと狂気めいていた」の狂気。楢雄の父親の「圭介は家へ帰ると、薄暗い階下の部屋で灯もつけさせず、壁
を睨んだままぺたりと坐り込んで何時間も動かなかった」の狂気。自殺未遂を起こす前の楢雄の、鏡に映る顔も狂気じみていたと思うけど。
ここで思いついたのは、坂口安吾「白痴」。伊沢が白痴の女と押入れの中に入るシーン。ちなみに「六白金星」では狂気を垣間見る場所という
のが夕闇や薄暗いところ。この「白痴」でも押入れという闇のような場所であるという共通点がある。
そして、その押入れの中の白痴は「それは芋虫の孤独であり、その絶対の孤独の相のあさましさ。心の影の片鱗もない苦悶の相の見るに
耐えぬ醜悪さ」であるという。
坂口安吾も織田作もサルトルについて言及している。わたしは、この三箇所を見て、サルトルの「嘔吐」で主人公がマロニエの木を見て突如
<実存>を発見するというシーンによく似ていると思う。
続きは次のスレで。
>>732 >具体的に『六白金星』を使って「シニフィアンを読む」ってことを頼むからあなたに実践してみてほしい。
まず整理。
シニフィエを感じるのは刹那的感覚を味わうことで、シニフィアンを読むこととは数学の証明問題のようなもの。
同時に生じることはあるが、別々に生じることもある。
数学の証明問題を解いている時に「衝動の伝染」なんかないだろ。
「引く」だけで「伝染」がないのが数学の証明問題なのかなあ。「拒絶」じゃないと思うけどな。「拒絶」は読まないし解かない。
シニフィアンを読むことはできるかもしれないがシニフィエを感じることにならんからなあ。
頼まれて読むのは。
シニフィエを感じるのが刹那的感覚ってのは当たってるよ。
誰かに言われて読んだら刹那的感覚は味わえない。何かしらの意味の共通性としてのノイズがあるから。
そしてその味わい損ねた刹那的感覚は、再読で味わうのは困難だ。何年かしてから読み返すとかじゃないと。
また、雑談スレで「おしるこのはげた塗箸」が気になって読めなくなったって人がいたろ。
彼なんかはシニフィアンから意味の共通性が乖離しつつあるんだろう。
数学の証明問題のように本を読むようになってしまっていたと。
刹那的感覚を感じかつ数学の証明問題を解くように読むのが俺にとっての文学を読むことだ。
もちろん自分が興味ある作品は読むし感想を書くこともある。
このスレなら木魂でそうした。
つか「神秘主義」とか「刹那的感覚」とか「新たな読書体験」とか仰々しい。もっと素朴なことなんだけどな。
他人と「相互理解」「共感」を優先させなくさえすればわかることだと思うんだが。
シニフィエを感じることもシニフィアンを読むことも。
これが「孤独でならなければならない読書」だ。
あ、言っとくけど
>>775も俺じゃないよ。まあ俺だと思ってくれてて構わないが。
俺の個人的体験では
>>775は書いていないってだけ。
>そしてその味わい損ねた刹那的感覚は、再読で味わうのは困難だ。何年かしてから読み返すとかじゃないと。
文学もおしゃべりみたいに量産されてくれてたら読めたかもなあ。
おしゃべりだと、刹那的感覚を味わわなくても数学の証明問題のように解かなくても、量産されているからいい。
男の絶頂に合わせて演技してれば。
それはそれで楽しいよ。
「孤独でなければならない読書」って疲れるから。
吝嗇なんだよ、多分、俺。
特に死んだ作家なんてもう会話できないわけでしょ。
それなら生きてる人間の会話を「読んで」「感じて」あるいは「読まず」「感じず」してた方がいいだろ。
会話なんて生きてる限り大量生産できるんだから。
好物は後にとっとくタイプ、じゃないけどなあwww
雑談すればいいと思うんだよな。
青空文庫の作者とかほとんど死んでるだろ。
生きてるんだから言葉を発すればいい。
意味の共通性なんかに囚われないで。
785 :
治美:2011/09/21(水) 05:31:55.85
マロニエの木を見て<実存>を発見する人間は狂気の持ち主であろう。
楢雄も人間の醜悪な要素(=実存)を垣間見て発狂したといえる。冒頭の蠅を睨みつけては漁りとる
楢雄の姿というのは、そのような醜悪なもの(=実存)をまともに覗き込めてしまう人間として楢雄が
生まれたということを示すのではないか。
そして圭介も見てはならぬもの(自分の罪)を見つめて発狂した人間であるということができるのではないか。
ちょっと見切り発車で書きだしたのでうまくまとまっていませんが。第一回目の感想はこれで。
八白金星読みました。
冒頭、楢雄の気狂いじみている書き出しにも関わらず、家出後先生とのやりとりのくだりや精神科医の登場などを経て、読み進めていくと逆転現象が起こるように描かれていた。まともなのは楢雄だけで、まわりが滑稽。楢雄は多分、異質なだけなんだろうな。
普段は阿呆のように暮らしているが、触れにくい真実をズバリ指摘してのける様がシェイクスピアの道化にそっくりです。
とりあえず...
787 :
治美:2011/09/21(水) 05:58:46.34
補足
圭介が発狂した理由は、自分の罪を見つめたからだと言ったけど。
楢雄の遺書の最後の方に「俺は無垢の女を凌辱シヨウトシタノダ」とあったよね。
これは、圭介が寿枝にしたことと同じじゃないのかなって。
楢雄の遺書によって圭介が自分の犯した罪を自覚したんじゃないかなって思った。
圭介が発狂した理由ってのも考えるとおもしろいし、意見が分かれるとこかもしれないね。
何を堂々と見当外れなことを書き散らしているんだ、君はw
噴飯モノだね
789 :
ほら話者:2011/09/21(水) 07:16:06.36
>>784自己レス
ほんと「書を捨てよ、《奇形者として》町に出よう」だわな。俺上手いこと言った。
このスレは作品をむやみに消費してるだけに思える。
自分達の「共感」「馴れ合い」のために作品を消費するだけなら、雑談の方がいいだろ。
消費される物の生産スピードが圧倒的に大きいんだから。文学なんかより。
アニメとかなら大量生産されてるけど。アニメ板みたいに作品を出しにして「馴れ合って」「共感し合え」ばいい。
何度も言ってるけど俺「馴れ合い嫌い」じゃないんだよ。
馴れ合いしたいなら馴れ合いとしてやればいい、と。雑談すれば。
治美がマグナに「どんな本が好きなの」と聞いたように。これなど「お題の本」という「土俵」外の会話だろう。
俺にとって「読書」は「共感」「馴れ合い」じゃないから文句言ってるだけか。
「馴れ合い」はあくまで雑談の中にあるもの。
アセは俺の「共感なしの会話」を「雑談」と言っていたが、俺からすりゃ「共感し合う」のが「読書」ではなく「雑談」なわけだ。
わかったわかった。OK。
あれだ、セックスにしろ一回毎に「衝動の伝染」は違うんだが、「衝動を増幅させるテク」ってのはあると思うわ。
じらしてやるとかな。
谷崎はここら辺をうまく描いてはいるな、そう言えば。衝動を増幅させられる男。
けど車谷みたいに衝動自体が伝わって来ない。なのでつまらない。車谷が実際のセックスなら谷崎はAV。
ああ、ニッパの言う「女性の美」ってこのテクのことか?
「美」とかじゃなくて技術論ならできるわ、俺も。手コキなんて技術だろ。おしゃれなんてのも技術だ。俺からすりゃ。
技術なんだから別に使おうが使わまいがそいつの勝手。
ニッパも実際にホステスとかやってみたらどうだい? 「女性の美」なる技術論を学ぶには最適だ。
俺の言う「読書」の楽しさってな自分の意思でコントロールできないものなんだよな。
主体性がない。主体性がなくならなければ俺の言う「読書」にならない。
まあそれに近似させるテクはないこともないが。「衝動を増幅させるテク」みたいに。
だけどこのテクは「文学作品」には使えない。
なので慎重になる、と。吝嗇だからー。
>>780 わざわざ荒れてんのに書いてくれてありがとう。
貴方の文学作品の読みはテクストクリティックと印象批評的な読みを混ぜこぜにした感じなのかもしれない。
これ以上はスレチになるっぽいので質問は控えます。
あとどうでもいいけどコテハンつけるか、レス番を名前欄に入れるかした方がいいよ。
俺貴方に何回も間違われたもん。
>>791 ごめんねー。
俺も佃煮からマグナからいろんな人に間違われたよ。
名無しのサダメじゃ。
>>792 まあ間違われるのは大して気にしていないんだけどさ。
横からレスが入ってるときあなたのレスがどれだかわかんなくなるもん。
それこそID出ない文学版のサダメなのかもしんないけど。
それともあなたは自分のレスがほかの名無しのレスと見分けがつかなくなることになんか意味を見出してるの?
それならそれで納得がいくけど。俺としては書き込む頻度が高いのにコテをつけない理由がわからない。
>テクストクリティックと印象批評的な読みを混ぜこぜにした感じなのかもしれない。
これは面白いかもなあ。
確かにテクストクリティークとか「一理ある」で面白いんだけど中途半端に感じる。構造主義の中途半端さと同じ。
>>793 >俺としては書き込む頻度が高いのにコテをつけない理由がわからない。
コテつけると「衝動」が読めなくなるから。
まあ別に付けてもいいんだけどね。雑談するだけなら。
「読書する人」としていようとするなら、リアルの名前すらいらない。
この場合は”読書”と言えるのか?
ああ、言えるんだったねそういえば。
これ、いつまでやるんですか。もう読書会はやらないの。専用スレを立てて欲しいです。
眠れる獅子が起った!
>>799 ムーさんも早く感想アップして。みんなも。
正しい読書なんてたぶんないし、仮にあったとしてもそれに従う必要はないと思います。必要あるとすれば、読書会という形をとっているので、ある程度の読書に対する共通認識でしょう。
読書に関していろいろ思うところはありましょうが、抽象論では決着がつかないので、不満があれば各自実践をして下さい。やがていいところに落ち着くのでは?
抽象論も面白いので、別スレを立てては?時間を区切ってここで話し合うのは難しいようなので
俺実践してるけどな。
俺の実践はこのスレのルールに合ってないだけで。
ルールの話を実践してないとかに摩り替えられると困る。
「実践してください」じゃなくて「ルールに沿ってください」なんじゃねえの、それ。
「ルールに沿ってください」なら「いいところに落ち着く」じゃないだろ。
ルールは守れルールは
で、ニッパのルールの根拠は、文法から考慮すると「読書会という形をとっているので」しかないんだが、
俺は俺の「読書」をしているわけなんだけども。
俺の知らないうちにできたルールだからなあwww
ルールを守らないと公に宣言している者を野放しにしていいのか?
そろそろ決断が迫られているぞ
仕事上のトラブルでバタバタw
っと、このスレでもトラブルかw
これまで俺がミニハンに対して言ってきたことは独断的な仕切りじゃなく
他の参加者もほぼ同じ意見のようだね。
さて、ルールを守れずにこのスレに固執する名無し(ミニハン)が
どうしてもこのスレでこれ以上スレチ書き込みを続けるというなら
もっとルールを厳密にしたコテ専用スレを立てることになるかなあ。
俺の「読書」がここのルールに合わないってのはわかった。
俺が参加しなきゃいい話。
ただし「実践しろ」などと言われるのは不服だ。
俺は俺の「読書」をここで実践した。
「ルールを守れ」という意味なら「ルールを守れ」と言え。
自分達が勝手に作ったルールに合ってないからと「実践していない」とするのは傲慢だ。
文学板なんだし言葉は厳密に使おうぜ。
で、俺はその「ルール」を「読書」して、「共感を自己防衛するためのルール」と読んだだけの話。
俺にとっての「雑談」を「読書」と言いかえるためのルールだと。
要するにアニメ板と同じなわけだ、心理は。
それがわかったからまあよい。
アニメ板も面白いし別にいいよ。
>>807 他人数人が勝手に作ったルールを押し付けられていることが「野放し」になるのか。
まあいいけど。
「野放し」されてますわ。
>>808 >もっとルールを厳密にしたコテ専用スレを立てることになるかなあ。
ああその方がいいかもな。
当初のスレとは別物の内輪だけのスレだと明確にしてくれていたら俺もつっこみはしなかった。
スレのサブタイも変えた方がいいかもな。
内輪は内輪でいいんだぜ?
文学板自体が内輪だし。
>>809 ミニハン、即レスかい?w まあミニハン個人のイメージは関係ないw
1のルールができたのは、鈴木と佃煮をめぐる自演についてのいざこざが原因。
過去スレを見ればわかるけど、俺一人で決めたわけじゃなく、参加者複数の意見を聞いてできあがった。
で鈴木佃煮問題が終わったと思ったら今度はミニハン問題というわけだよw
まあ法律(ルール)っていうのは問題を起こす人間がいなきゃ必要ないんだがな。
この板はいろいろ世話がやけるw
織田作之助を読めるのは明日になりそうかな。
>>812 即レスどうも。
誰も君一人で決めたルールなどとは書いてないよ?
>>800 携帯で読もうとするとメモリ不足で途中までしか表示されない。
今日明日にでも岩波文庫をゲットしようかと。
っていうかつまらんレスは普通にスルーすればすむじゃん。
おまえら構いすぎw
今回のスレはNが立てたけれど、Nと話し合う時間がなかった。
スレ名等については、最近の精力的な参加者の
治美、ほら話者、ニッパ、園児あたりの意見を聞きたいけれど、
もうシンプルに「読書会スレ」でどうだろうか。
>>809 テクストを読まなくても感想を書くことはできるよ。
他人の感想から本の内容を類推するか、適当にページを開いて気に入った表現を抽出して適当に論を仕立てあげればよいだけだ。
これも一種の創作として楽しめるよ。
たとえば六白金星だったらこういう風に感想が書ける。
治美は楢雄が蠅獲りに夢中になる冒頭のシーンを狂気を軸にして論じているが、俺にはこの蠅取りのシーンは楢雄の自我の葛藤を描いているように思える。
つまり楢雄は蠅という醜く矮小な昆虫に、自身の自我の矮小さを見出している。
さらに蠅がふらふらと空中をさまよう様に行き場のない自身の孤独を重ねてもいる。
だからこの冒頭のシーンは現在の自身の立場を容易には受容できず、かといって何物にもなれないという近代日本小説の伝統的主人公像を鮮やかに描写しているシーンと言えよう。
このような作家が失われつつある現代の文壇の状況を憂う俺には、一服の清涼剤のような作品だった。
とか。
まああんたも適当にこういう風に書いてみtも面白いと思うよ。全部「読んでいない本について堂々と語る方法」の受け売りだけどw
なぜよまない?
三分か五分かがまんできんの?
>>818 ちゃんと読んでるじゃん。お前らの感想だって六白金星を取り巻くテキストの一部だろ?
読書の方法には正解なんてないってニッパのレスにも書いてあるしー
つーかお前もミニハンとおんなじように読書論に踏み込んだレスしてるって気づいてる?
俺の読書の方法なんかどうでもいいから感想に対する意見をくれよ
820 :
忍法帖【Lv=40,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/09/21(水) 13:04:33.33
ミニハンはやたらセックスを強調するが、セックスなんてのは今の社会だと嗜好品だろ。
それこそ酒、煙草、ドラッグなどといったような。
やるものも多いが、一つだけしかやらないものも、ほとんどやらないものも、一生全くやらないものだっている。同性とセックスをおこなうものもいる。それと同じものだ。
その嗜好のいずれもが治美のいう小さな死かもしれないけどな。
あとそれから、恋愛の結果として生起するセックス、子供を作るために行うセックスは嗜好品としてのセックスとはまた種類が違う。
ただ重なるところもあって、そういう重なる瞬間を文学は描いてきた(だからこそ単なるポルノよりもたちが悪い)といえるのかもしれんが。
>>812 >問題を起こす人間がいなきゃ必要ないんだがな。
その問題を問題だと思う人間がいなくても必要ないわなw
>>814 正直こんなに荒れるとは思ってなかったわ、最初は。
痛い所突かれたのかね。
つかさー、まあ名無しでやってるからあれだけど、今回「馴れ合い反対」の意見の代表者みたいにさせられてるが、
それ俺一人じゃないぞ。
そして俺個人は「馴れ合い反対」派なわけではない。
当初の鈴木vs佃煮「殺伐」空気から一変してたのでつっこんだだけ。
馴れ合いなら馴れ合いでいいよ?
アニメ板も面白いわけで。
「転移」こそが本当の読書の楽しみを奪っていると思うがな。
ああわかった。チャットボット同士の会話が「意味の共通性のないシニフィアンを会話すること」だ。
827 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 13:46:54.99
またなりすましの「あまな佃煮」の手下
川上弘美とマグナ・ケイミズモリ常連の
キチガイアブラブログの
アブラ治美が「母とセックスしない人はキチガイ」
お前の考えてる事は単純すぎ
822 :吾輩は名無しである:2011/09/21(水) 13:09:56.75
>>817 「演技」には役立つテクだな。ちゃんとそれっぽいのがすごい。
水商売テクに似てる。
>>820 シニフィエの説明としてはセックスがもっとも有効ではあるよ。メス相手にゃ特に。
乳児と母親だって性的関係なわけだし、フロイトによれば。
この性的関係を経験してこなかった者はほとんどいないだろう。
828 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 13:50:17.33
お前ら智慧遅れがシニフィエだの
シニフィアンだの振り回しても、
中身が無いに決まっているだろう。
「印象操作」をしたい連中の意見にも
精神にも「構造」が無い。
これは「理解」するにはまず「自他を区別する」
事が必要だからだ。セックスも性別だ。
母親と自他未分化状態の奴にとっての
セックスとは「なりすます(同一視する、
鏡像的に投影する」事であり、
異なる分類体験を理解する事では無い。
お前らは全員メスで「痛いところをつかれている」
から印象操作(投影同一視、意図的混同、
認定詐欺)しか出来ないのだ。
削除板の方に書かれている通り、
鈴木だのアヤナリンだのマグナだのあまなを
使って俺になりすまそうとしても、
お前らには分析能力が無い。
当然御茶屋修行できるような大人でも無い。
永遠に惚けた幼児だ。
「馴れ合い」「共感」が嫌いなんじゃなくてよく分からないんだよな。
マグナなら知ってるだろうが、某スレの話、佃煮がウィキペディアで一瞬優位に立った時あるじゃん。
あれなんかは、理屈じゃなくてウィキペディアン達に「共感」してもらったから優位に立てたわけだろ。
あれ最初俺「こりゃ佃煮失敗するな」と思ってたんだよな。
「共感」テクニックがよく分かっていなかった。
でも優位に立てたわけじゃん。まあその後自滅したけど。
「共感」がよく分からないから「感情移入」で読書できない、ってことだな。
将臣くんはいろんなスレ読んでるんだなw
>>500 「魅力を感じたことのない」女ってのは、近松秋江がつきあってた女への
感想で、秋江がつきあってた女っては、水商売の女だったんだよ確か。
京都の芸者などにもいれあげてたとか。で、白鳥はそんな女のいる店なんか
寄ったことない、いつもまっすぐ家に帰るっていってるんだけど、どうも
それって白ばっくれたものの言い方じゃないかと思うんだw
ちょっと先週のお題についてのレスだけど、まあいいよね。なんかメインストリームは
ぐだぐだしてるし。
さてさて、今週のお題は「六白金星」でいいのかな?
母方が関西出の医者一族だったんで、この小説から、母方の一族について思い起こすこと
しきりだったねえ。俺の母方の伯父の息子、つまりイトコが修一って名前で、やっぱり医者
になったんだわこれが。オーストラリアで医者やるとかいってたが、今頃どうしているの
だろう。で、その修一の父親ってのも、医者、というか医学研究者で、ニューヨークで
研究やって、ノーベル賞とる!とかいってたんだけど、脳梗塞で倒れちゃって、最後は
半身不随の状態で亡くなったなあ。「六白金星」の修一の親父なみに悲惨な最期であった
なあ、と、ふとそのことを思いだした。で。イトコの修一の父親の嫁が、小説と同じく
看護婦で、小説と違い、妾ではなかったけど、小説と同じように終戦の後に結婚したらしいね。
医者と看護婦ってのは、昔は天と地ほどの身分の違いがあったそうで、結婚に周囲は
反対した、という話もきいたことあったなあ。看護婦で妾であった「六白金星」の母親
寿枝の境遇というのも、こういう社会的土壌があってのことなんだなぁと思ったね。
もっともイトコの修一の母親は、寿枝ほどおとなしいひとじゃなかったけど。
うちの母親にいわせりゃ、育ちが悪い癖に背伸びしてるっていうんだw
母方の家というのも、そんなこといえるほど、たいした家なのかとおもうのだが、うちの
母親にとっちゃ自慢なんだな。イトコの修一の祖父、つまり俺にとっても祖父にあたる
ひとだが、一代で大病院を築き上げたって、そればっかり自慢するんよw 祖父は貧乏
だったんだが、四国の金持ちの娘もらって、そこから勉学の費用を捻出して、えらくなった
そうな。「六白金星」の修一もいいとこの娘と結婚できないと偉くなれない、というような
状況にみえるね。
という具合にプライベートなところでいろいろと身につまされる話が多い小説であったな。
833 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 13:55:58.04
831コテ外すから「治美」
には魅力が無いんだよ、アブラブログの油。
そもそも「母そのものである日本人(
言語を使える意識状態にない猿マネの猿)」が
自他未分化状態で「母とセックス」
する事は出来ない。
セックスとは異なる他人と相互理解する事だからだ。
834 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 13:59:13.21
832 また妄想小説をグダグダと書き続けるアブラ
そもそも「己が一分前に
やった事を忘れてしまう」
「目立つ人間と自己、
または大多数にとっての同類と目立つ人間とを
無理に同一視しようとする(分析ではなく
類比類比の分類をする)事」
つまり差異に対する理解なき
投影同一視こそが
日本人(永遠に的はずれな民族)
にとってのセックスである。
そのセックスは「理解」
ではなく「レイプ」
と「妄想」である。
言語も同じ、井沢の「コトダマの国」
が日本式セックス音痴ぶりを
疲労している。ホッチャレ=母の国
835 :
忍法帖【Lv=40,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/09/21(水) 14:03:51.53
>>829 共感テクってのは俺もないからなあ、分からん。
かといって理性で押し切るタイプではない。だが、なんで共感させられる人がもてるのかは分かると思う。
こんなこというとまたなんか犬だのなんだの言われるだろうが、佃煮はリアルであったら恐らく話し上手だね、といわれるタイプ。
モテる方だと思う。文字として残るウィキペディアだったらから不利だったが、リアルではそうではないはずだ。
大体もてるかもてないかってのは理屈じゃない。
例の人たちって言うのは自分が正しいことをやっているんだからもてるだろ、っていうやつだな。
あとはファンと、内実が分からない「文壇」に独りよがりな憎悪を向けている奴らが好都合な糾弾先を見つけたというのもあるか。
836 :
江戸川:2011/09/21(水) 14:03:57.07
将臣になりすましてミニハン何やってんの?
馬鹿にはみんなが何言ってもダメか。
837 :
江戸川:2011/09/21(水) 14:06:38.01
六白金星読んだけど感想書くの後にするぜよ。
ミニハンが来てからここつまんなくなった。
ひますぎる人間が常駐するとだめやな。
>>833-
>>834 何これ? 俺へのレスポンス? 何書いてあるのかさっぱり理解できんな。
気違いの譫言? 爺さんは精神科医で、子供のころから、家にあった精神
医療の本読んだりしてたから、こういう症例は本の中でよくお目にかかったもんだw
>>835 >佃煮はリアルであったら恐らく話し上手だね、といわれるタイプ。
それで調子こいて自滅するタイプだと思うけどなw
そういう女は結構いる。俺の周りには。
ある意味佃煮は女女してるんだよな。
840 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 14:23:06.07
佃煮アマナ=マグナは話上手では無い。
何書いてあるのかさっぱり理解できんな。
気違いの譫言?
「俺の経歴を詐称する」N=治美
毎回論拠の無い2ちゃんねらーの智慧遅れ。
俺が見たらあんたが「そういうキチガイ」
↓
爺さんは精神科医で、子供のころから、家にあった精神
医療の本読んだりしてたから、
「こういう症例」は本の中でよくお目にかかったもんだw
>>836 そうやって俺一人悪者にするからあれなんだ、気になって来ちゃうんだよ。
悪意だって転移は転移。餌には食いついちゃう。
俺という人をどう妄想するか、それは妄想している人間が嫌っている自分自身なわけだ。
843 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 14:28:14.83
841にとっての「俺」とはお前(841)のことではない。
この辺りに日本人の捩れた自我構造が見える。
俺(将臣)から「医者一族、身内にサイコロジストがいる」
と言いはる、なりすまし
(「モテ(盗作された側はモテ)
になりすましておいて、オリジナル側を
脱価値化しようとする」)
これぞ日本猿ハクチ芸の起源
「××は話上手」
などと論拠の無いものは通用しない。
マグナとあまなは女。
自他に対する理解能力(分析能力)が無い。
レッテル張り・印象操作・すり替え多用・
他人の話題(モテ属性)に粘着し、
男娼ネタへと戻る哀れな非モテ
「自分自身(母)が被害者になりすます」
これが日本人にとってのレイプ=
意味論音痴のコトダマ芸(鏡像段階)
=「ホッチャレの似非太陽アマテラスが
(尊い神)スサノオと同じだと言い張る」
そういう類の芸
>>840 少なくとも俺が何を書いたのか、そちらには伝わったようだなw
そっちの書いた>>833-
>>834、何がいいたいのか全然意味が
こっちには伝わってないよw
>>840前半から推すに、要するに俺はキチガイだって、ただ
それだけがいいたいらしいがどうも。
845 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 14:34:44.66
844何故治美というコテを外すのかな?
ミエコ板で俺が精神科医の叔父の話をしていたから
猿マネしてるんだろうが。
奇形云々も俺のコテに関する話、
男娼や売春や母子セックスネタに拘るのも、
俺のストーカーのアブラのようだな、
ここで話されてる事は
例の日本猿芸として有名な「記号剽窃、改竄」
であるようにしか見えないんだがね。
奇形という単語を俺がhnにしているから、
そこから佃煮あまなのなりすまし
(母=子 一体妄想的な)同化工作へと動いているのだろう。
異論を叩き潰すためにだ
846 :
忍法帖【Lv=40,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/09/21(水) 14:35:49.86
>>839 その場の気分で発言するタイプだろうからな。
847 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 14:38:44.12
そもそもモテの話は
俺が「何故ストーカー犯罪・なりすまし・
投影同一視・記号の意味改竄」
をされてるかを説明するために
必要だったはずだが。
女から「将臣さんはどんなタイプの
女性が好き・嫌いですか?」
と聞かれた時も、
俺個人の趣味よりも、
俺がモテると感じる女性について書いた。
マグナは「都合のいいサンプルだけ選ぶ」
と書いているが、論破できない奴が言う事だ。
具体的に自分がそれに対して反論すればいいだけだ。
そもそも鈴木と対等に話している事でも
ミエコあまな川上ヒ盗作問題隠蔽作業絡みの工作員だろう
>>845 つーか、俺は治美じゃないし。 別人のコテを同一視する妄想って
匿名掲示板じゃよくある妄想で珍しくもないが。
>>846 それで「共感」にこだわりさえしなきゃもっと楽に生きられるだろうになあ
850 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 14:41:26.16
つーか、俺は治美じゃないし。 別人のコテを同一視する妄想って
匿名掲示板じゃよくある妄想で珍しくもないが。
↑
へえそれならずっとそのコテで治美と発言内容が
ダブらないように書けよ、医者階級に拘るサル
共感って何だ?本当にしている証拠など無いよ
ファンでもタレントの心を理解しているわけでは無いようにな
お題の小説が、医者の家族についての小説なんだから、医者についての
話題がかぶるのは当たり前だろうが。 馬鹿かおまえw
Nそれは傍から見ても苦しい
なんで?
つーか、医者についての小説で医者が話題になるのは当たり前の話で
あって、当たり前のことならば、見苦しいわけないよねw
>>852も脊髄反射の馬鹿かな?
君の爺さんが精神科医って話じゃなかったの?
もしお題の小説だから医者の話を出したってんなら、お題の小説の医者の話から始めるんじゃない
>>855 そういう話もしたね。それだけの話じゃないね。
まあそれだけの話じゃないと思うけど、プライベートに身につまされたって書いてあったからさ
859 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 14:53:07.99
俺がミエコ板で鈴木に話した事のマネ(なりすまし)じゃねえの
俺の叔父がサイコロジストで、
バウムテストを食事中にやったとか。
あと「見苦しい」とは書いてないよ
Nはちょっと落ち着け
>>856 医者についての小説の感想書くなら、医者一般に話をつなげてもいいし、身の回りに
いる医者、医学生に話をつなげてもいいし、感想を小説の枠内に絶対にとどめ置かねば
ならぬという決まりなぞないだろうw 感想なんてのは、だいたい小説に多少なりとも
関係あれば、何かいても自由だろう基本w
そんな話はしてないけどなw
863 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 14:56:12.26
いや俺の身の回りの環境ネタを
お前が自分の環境だと思い込もう(見せかけよう)
としているんじゃないかと思ってさ
紀伊半島の土砂ダム、一部決壊の可能性 大規模土石流の恐れ
産経新聞 9月21日(水)12時6分配信
>>860 ああ、「見ても苦しい」ね。 そんなに意味はかわらないね。
どこが苦しいのか質問したら、それらしき指摘があったから
答えましたよきっちりと。
Nを落ち着かせようとしたら将臣くんの方が落ち着いてしまった
>>863 へえ何? おまえさんの親戚にも医者がいるの?
871 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 15:00:26.70
「共感」も「権威」も「話が上手い」
も意味をなさない言葉だよな。
いかにして上位概念が決定されるのか、
その上位概念に従う、という事と、
見せ掛けの権威に従うということとは別だ。
また生活の手段として
イヌのように「えらい人に従う」というのは
ある程度はしょうがないだろうが、
マグナはあまなからそのような立場におかれているのだろう。
アマナに媚びて工作しないと、食っていけないということだ。
または現実にホメてくれる人がミエコ問題隠蔽のあまなしかいないのか
>>870 その流れがどうして「傍から見ても苦しい」とかいう話になるのか
俺にはさっぱりわからんねw
>>871 これが最近文学板で有名な「将臣」って子?
そうそう
>>873 プライベートで身につまされたというか、思い当たる節があるというか
要するに、そんなとこだな。 で、それは見苦しいことなのだろうか。
自分語りは見苦しい、ということならば、見苦しい要素はあるのかもなあ。
まあいいさ、語りたいように語ったらそうなってしまっただけのことさ。
878 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 15:09:05.53
知らないふりするなよ。まあ(海外でもそうだが)非常に
あまなマグナの工作活動は、日本的な人間関係そのものだと思うね
「ホメてくれる他人のために、問題隠蔽のための工作活動をする」
「善悪・筋 はどうでもいい」
その上でホメコトバ・オダテ・金・食い物・その他
を与えてくれる人に忠誠を誓う。(善悪未分化、甘やかし)
内輪の都合に沿わない事に関しては、思考停止する(自浄力が無い)。
このようなやり方で文学業界の「権威」
どころか「言葉の意味」とやらも決まっていくから、
実力とは又無関係な権威が出来てしまう。
追従者の意見(同じ単語でも意味は異なる)
だけが正当化されてしまうため、
文学の業界にも知的誠意が無いのだと言える。
つまり「侵略」を「合意」、「レイプ」を「愛」
と言い換えるような「欲望・都合・己の問題の
被害者に対する投影同一視(のっとり)」
としての擬似性交渉ーレイプ
である「コトダマ詐欺(記号剽窃・意味内容の改竄)」
を「共鳴の輪」にしてしまう。
が、それを共感共鳴というなら可笑しいだろ
>>877 「見苦しい」じゃないってw
むしろ自分語りしたがっているのにしないのが「苦しそうだ」つってるわけ
880 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 15:11:43.81
要するに「大勢がレイプしたい」
「権力者がだれかになりすましたい」
となったら、
相手側の都合(言葉)
を無視して「これは愛だ」
というような、コトダマ詐欺、
意味論音痴芸、そういう「性癖」が
日本では多分哲学から、文学、
新聞報道まで支配し「のっとって」いる。
マスコミが悪いというよりも、
日本全体が強烈に持つ傾向だ。
通常のレイプですらない、ウィルスが
宿主になりすますような「のっとり」
をするわけだ(言語的に)。
ゆえに何を話しても讒言になってしまう
そんな話は川上スレでやればいいのに。 で、将臣ってのは、津原の
側なの?どうもそうみたいだな。あまなマグナの工作活動とかいってるし。
津原って、なんか俺と佃煮あまなを同一人物認定して、自爆したこと
あったし、将臣ってのも、しょっぱなから俺と治美を同一認定してきた
から、そのあたり、どうも影響受けてるように感じてしまうなあw
>>879 自分語りしたやん。してないように見える?
883 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 15:17:57.51
自分って誰なんだよ?精神科医の叔父とか鬱陶しい
レイプとは何かといえば、理解(ある種の区分、
分析、性別のようにセックスとして分けた後
再編成する)する事なく、「概念を書き換える」という事だよ
まず、誰かが何か目立つ事を言っていると
似たような単語を散りばめて
サルマネし、相手になりきる、
その後で己側の都合を混ぜ込んでいく
(そういう意味ではその「誰か」
には決してなりきっていない。
敵対者としての都合がある)
そして「自分はそんな意味では言っていない」
という風に(なりすました上で)
他人の発言の意味内容を改竄していく。
「都合の悪い誰か」から盗作するのはそのためでもあるし、
強い側になりきろうとする態度でもある。
日本はそれだけ小さい国だから(他力本願)なのだろう。
そういう意味ではシナが日本からしつこく盗作しているのは
まだ違う意味(単なるずうずうしさ)があるのかもしれない。
日本のずうずうしさはシナ中国とは又別のずうずうしさ
>>883 伯父は精神科医じゃないよーw 生理学者、脳の研究者だったね。
885 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 15:21:22.42
精神科医は俺の叔父の話だ。
そっちはその投稿の後から、
自分の身内が精神科医である等と書いただけだろう
そうか、君の叔父さんがそうなのか。君も医者が身内にいるわけだw
で、その叔父さんの診断とか受けたことあるんかな。
受けたけど、その診断がまるで信用できなかった、なんてことが
あったりしたのかなw
887 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 15:23:37.65
精神科医といっても実際本職じゃないし
仕事上そのような事もするだけだが。
何にしても論破できないと
根拠無く権威の記号を使って
他人にレッテルを貼る事は出来ない。
あんたが精神科医であると
ここで証明できなければ(それが出来ないから幼稚)、
作為的レッテルを貼る意味すら無いのだ
>>887 別に俺は医者として診断してるわけじゃないしねえ。
思ったままのことを言っただけでねえw
こんな場所で証明を要する診断なんてできるわけないやん。
で、叔父さんにはなんか根拠なきレッテルばりとかされたことあるの?
890 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 15:30:06.66
「医者には、誰が(肉体的精神的に)健康であるか」
分かる≠「自分にもそれが分かる」
という事
又知識があるから、言っている事が正しいともいえない。
心理学はあまり学術的な分野では無い。
基礎自体証明されていない事柄の上に
のっかっている。
俺は単にバウムテストでは
枝を手前にも(立体的に)書いたから
立体的に物事を把握する力があると分かるだけだ
それ以上の解釈をするなら、
それはこじつけとなるかもしれない
891 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 15:32:10.88
上の"自分"というのは「医者の身内」
や「知り合い」という意味。
「オジサンには××の違いがわかる→俺にも分かる」
という風にはならない。
身内と自分とは違う人間だし、
能力も持っている知識も個性も才能も違う。
へー、バウムテストとかあるんだ最近は。しーらなかったわー。
まあ、実際診断とかどのくらいあてになるのかよくわからないよねw
「六白金星」の小説中にも、精神科医がでてきて、母親はその指示に
したがって、いろいろ小細工するんだけど、あまり「治療」にやくだって
いるようには見えないし。 「患者側からの視点」がよく書けてるよw
チェホフの「六号病棟」なみだ。
うちの親父とか、自分が精神病なのに精神科医やってたくらいだからなぁw
泰淳の「富士」ってのが、精神病院をえがいた小説の傑作なんだっけ。
読んでみたいなあ。
894 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 15:37:26.11
又治美口調になってきてないか?
バウムテストは「それいけココロジー」のようなもので、
「母が隠蔽したがる患者側の視点」云々の問題では無いよ。
あんたが母ぶって俺の問題を隠蔽したいなら別だが。
で俺が説明したように
「集団(ある種の母性)の都合」で「言葉の意味を捻じ曲げる」
「印象操作をして貶める」ような事は良くあるわけだから、
現在の日本(日本だけでは無いが)の心理学たとえば
「共感能力のある子は××」というような言い方をしても、
実際の相手の心理構造は、何も分析できない。
小説(の中で使われる言葉)も全部その調子に
なりつつある。ただの讒言だ。
俺が治美口調? 関係妄想だねw
896 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 15:40:21.85
892 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】 N ◆.a7VUr.VD. :2011/09/21(水) 15:34:48.69
へー、バウムテストとかあるんだ最近は。しーらなかったわー。
↑
この辺りが特に
897 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 15:41:20.97
あまなってのが、「関係妄想」という単語を
最近乱用してたよな。
「盗作されているなんて・・・」
という文脈で
>>896 気のせいだよw 一行だけ取り出して似てるとか似てないとか、意味ないよw
具体的な比較分析もないし。精神科医の診断以上に根拠薄弱な推論だな。
899 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 15:45:06.70
似てるというより「しーらなかったわー」
という言い回しと、「オレ」とが微妙にマッチしていないんだが。
そういう言い方をするならあまなでやれよ
>>899 「しーらなかったわー」なんて、昔のギャグ漫画のキャラとか漫才師とか
よくいってるじゃないか。ありきたりのフレーズだな。男女共用の
ギャグっぽい言い回しだと思ってるでね俺は。
901 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 15:53:27.18
思ってるでね俺は
↑
そうか。
一寸今津原の返信を見る
そうか、じゃあまた後でなー。
まあこのスレもメジャーになってしまって
板全体のさまざまな影響を受けている感じだねー。
ニッパ、ほら話者、治美、園児らには申し訳ないけれど
ちょっと時間が必要になるかもしれないな。
やはり2種類の読書会スレがいるのかねえ。
んー、タイトルはどうするんだ? 特にサブスレのタイトル。
とりあえず織田作之助のスレってあってもいいのかな?
ひとつはシンプルに
【書を読む】読書会スレ【対話する】でいいかな。
もうひとつは今のスレタイでいいんじゃないかと思うよ。
喧嘩も荒らしも何でも歓迎だぜっていう。
ミニハンの主張を入れるなら【人を読む】読書会【喧嘩上等】
>>905 織田スレあってもいいんじゃない? 戦後派作家スレって既にあるから
そこで織田について論じたってよさそうだけど。
>>906 もっとシンプルに「読書について」でもいいと思うなぁw
>>907 そうだね。仮に使える場所があればなおいいかな。↓な感じ?
A案 【書を読む】読書会スレ【対話する】
B案 【人を読む】読書について【喧嘩上等】
A案については、ニッパ、ほら話者、治美、園児らの意見を、
B案については、ミニハンの意見も取り入れたいところ。
>>908 「ひとを読む」がキーワードか。 人間を書物にたとえてるわけだ。
そういう比喩から思い起こされるのは、ボルヘスだな。 書物としての
世界。 そして書物という世界内存在としての人間と。
そういう話やるなら、ボルヘスをテーマにすればいいんじゃないかと
たった今、思いついてみたり。
まあミニハン名無しは、ずっと「人を読む」ってことばかり言ってるからw
そういうスレなら俺も書きたいことはそこそこあるから
新スレ立ててくれって前から言ってるんだけどしないんだよw
世界をテクストとしてみる、マラルメやボルヘスのとは違って
ミニハンのはただのコテウォッチャーにしか見えないけどね。
>>909 ボルヘスなんてほとんどの作品は文学研究してるやつじゃねーとまともによめねーだろ。
プロットよりも細部に意味があるんだから
>>910 まあ、「ひとを読む」というレトリックをどう分析するか、そういう方向に
話をもっていったなら、多少なりとも議論が不毛でなくなるんじゃないかという
提案だよ。
>>911 いいんじゃない? メインではなくサブスレでならば、より深い議論も
楽しめるだろうてw
913 :
治美:2011/09/21(水) 17:05:16.97
>>910 アセンション
今日は雨がヒドイですね。東京でここまでってのは初です。
A案にもB案にも賛成です。
ミニハン(?わたしは誰と話したのかも分からなくなってます)が構ってちゃんなので。
Bスレを盛りあげないと、Aスレに常駐するという事態になるやもしれませんね。
私は悲しいです。ただ読書会がしたいだけです。時間と空間の制約を超えて2ちゃんの方々と
語り合いたいだけです。
914 :
治美:2011/09/21(水) 17:29:39.71
過疎スレに俺を追い込むなんてひどいっ!!
みたいなカワユイこと言ってましたから。
誰かが立ててあげればいいのかなって。
>>912 貴方も来るの?結構人数集まるんだったら俺もコテハンつけてボルヘス批評やりたいわ。
>>915 ボルヘスやるんなら参加してもいいかなー。 つーか、ボルヘスやるんだったら
本スレでやってもよさそう、などと思ったが、オンラインで手軽に読めないんだよな
ボルヘス。 青空にもはいってなさそうだし。
青空で読めない書物をテーマにした読書会スレってのもありかもね。
>>915-916 岩波文庫の「伝奇集」とかだったら値段も手頃だし。
結構、人集まるのでは。
俺も参加したいなあ。
最近、「七つの夜」読んで、やっぱりいいなと思った。
>>916 >>917 面白いなwそれは。できたらナボコフとかもやりたいぜ。でも短編集高いから人が集まんないかなw
アセの言う「共感」って要は印象操作だろ
あほらし
おーいニッパや
お前がやられたいじめってのも多分
>>914みたいな印象操作じゃなかったか?
で別スレなんていらんよ
お前らがミニハンがどうのこうの言わなけりゃいい
俺は最初からそれほどむかついているわけじゃないって言っておろうが
なぜこうも仮想敵にされなならん
>>919 たぶん
>>751を書いた奴とミニハンを混同してるんじゃない?
あれを書いたのは俺だけどさ。
でも治美とかがちょっとした批判的なレスにも荒らしだ!って過剰反応するのも今日わかった気がする。
前々からキモい名無しがスレに粘着してるんだな。今日とか律儀?に対応してるN見て可愛そうになったわ。
治美は男だからw
ミニハンが自分をミニハンって呼ぶからよけいにややこしいw
927 :
治美:2011/09/21(水) 18:37:41.61
>>924 うん、なんか勘違いしてたみたいだね。そうなると914を撤回しないといけなくなった。
あと80レスぐらいだから、のらりくらりとやってくわ。
最初アセがあれほどまで反応したのがわからんかったもんな
「ナレギラ」とか
まあなんか他にもきついこと言ってた名無しがいたし一緒にされても文句は言えないんだが
まあ今は治美にはむかついてるっていうか引いてるけど
性同一性○○のミニハンでした
>>926 アセが勝手に付けた名前だしー
俺ずーっと名無しだよ、この板では
>>929 そんなことよりピエールバイヤール読めよ
奴の読書論は面白いぜ
あれか、コテ慣れてないもんでちょっとエスカレートしたのはあるか。
932 :
治美:2011/09/21(水) 18:57:23.99
>>928 ごめんね、ゆるしてね!
「ぶっちゃけ俺は女だけど」って言葉が頭に離れなくてさ。
ネナベって結局「わたしは女なの」って言いたくなっちゃうのかなとか考えてね。
前からネナベに興味持ってたから。
それにしても、男言葉が板についてたから、これは精神的には男で身体は女かな?って思ったのね。
まぁ、オカマとオナベでは格差があるってさ、性同一性障害の人が言ってたのね。
大学のときに取材したことがあってさ。それで興味を持った。
>>932 「私」なんて言ってる名無しはいないだろ
お前女言葉で名無しやってみろ、どんだけ浮くか
935 :
ほら話者:2011/09/21(水) 19:03:45.15
>>908 アセンションさん
スレ分け賛成。もう分けないとぐだぐだすぎてつまらん
A案、B案ともにおk
936 :
治美:2011/09/21(水) 19:08:56.36
>>934 そう、浮くんだよ。
ただ男でいくんだったら最後まで男で通す。
女でいくんだったら女で最後まで通す。
これは貫いた方がいいんじゃないかなって。一つのスレではね。
その方が見えてくることが多いと思って。
ぐだぐだがおもしろいんだろ!
938 :
ほら話者:2011/09/21(水) 19:11:37.62
>>936 最後まで通す必要はないな。
俺は「仮面」をかぶされないために名無しやってんだから。
女言葉を使うと妙な妄想おっかぶされるだろ、それこそ「性同一性○○」や「かわゆいこと言ってる」とかな。
それが気持ち悪いから男言葉使ってるだけ。
別にこだわりはない。男言葉にも女言葉にも。
分けて解決すると思ってんなら100でも200でも建てりゃ良いけどよ
お前自分のスルースキルの無さを棚上げにしてないか
すみません慣れないコテだったのでスルースキル育ててませんでした
943 :
治美:2011/09/21(水) 19:19:21.14
>>女言葉を使うと妙な妄想おっかぶされるだろ
これはすっごいわかるよ。自分でも女言葉で書いてると、自分が考えていることと全く正反対の
意味が付与されていくような感覚に襲われることがあるのね。
ごめん最後まで通す必要がある、といったのは私の願望だから。
気にしないで。
こっちがキレるわ。
俺はただお前らみたいに「共感」目的の読書をしておらず、それはこのスレのルールには合わない、ってだけの話なのに、
「お前も共感目的なんだろ?」と自分達の読書の仕方を押しつけてきたのはお前らの方だろうが。
ほら話もそうだったよな。
で、俺はほら話の話を聞いて、ほら話の読書は俺個人がしている読書の仕方じゃない、と言った。
別に読書の仕方なんて千差万別なんだからいいだろ、「俺は孤独じゃない読書をしている」と言えば。
俺個人の読書が「孤独でなければならない」だけなんだから。
読書の仕方も多数決で決めるのか? ルールが必要なのか?
俺は俺の読書の仕方を述べて「実践しろ」と言われたから実践したまで。このスレのルールに合わない読書を。
事細やかに説明しながらな。
そしたら「ルールを無視している」だあ?
なんで個人の読書の仕方までルールで縛られなならん。
挙句の果てに仮想敵国化か。
てめえらいい加減にしろよ。
「性同一性○○」
「かまってちゃん」
「駄々っ子」
勝手に妄想膨らましてろ。
946 :
治美:2011/09/21(水) 19:33:33.34
>>ニッパさん
頭に血がのぼることもあるけど、ノラリクラリいきませんか?
楢雄は愚直だけどさ、愚直なだけに真っ直ぐ人間を見ますよね。そうすると彼の倫理観に合わないものは
拒絶する。そして自分の気にいったものはとことん突き詰める。そういう、実はどこにでもいるドンクサイ
けど憎めない子どもの成長の軌跡、と考えることもできますね。こういう逆転劇は日本人は特に好きなような気
がします。ある意味、どこにでも必ずいるタイプだから(小学校のときにはクラスに一人くらいいたと思う)
そしてどの人間も楢雄のような要素を持ってますよね。わたしたちは、楢雄的なものを押し殺して大人になって
きた、という。
ただ、楢雄は、あきらかに、そういうドンクサイ子どものドタバタ劇以上の何かを背負わされていると思う。
それがわたしの狂気のテーマでもあるんですけど。彼の受難には少し深い意味を読み取ってもいいように思います。
>>944 だからこのスレは読書批評スレじゃなくて読書感想を肴に酒飲もうぜ的なスレなんだってw
衝突はご法度っていうのが暗黙の了解。でお前は衝突の機会を作っちゃう。
あくまで機会であってほかのコテはスルーすればいいだけなんだけど我慢ができない。
我慢できないのはお前のレスにはそれなりに難しい言葉が出てきて高尚っぽくみえるから叩き潰したくなるんだと思う。
そういうわけでコテの人は欲望をコントロールできない
だからお前に出て行ってほしいってわけ。これで万事解決。宴会の場は守られるのであった。
参入離脱を原則とする自由原理主義的観点から言えば排撃は断固誤りだと宣言する
気に入らないんならパスワード付きのブログにでも引き篭もってろ
根本的な誤りはルールの是非についての討論を行う場として
別の場を事前に用意していなかったテンプレの不備にある
>>944 人の文章をロールシャッハテストの無意味な絵に見立て
自らの妄想をひたすら展開しとるだけだからな
人を読むどころか、自分を読まれたがってるだけ
強迫的に自分の精神分析をしてほしがってるのはよーくわかった
ここには精神分析医なんていないから、専門の病院に行きなさい
950 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 19:43:08.87
951 :
治美:2011/09/21(水) 19:45:12.74
>>946 自己レス
あぁ、なんかこういうことを先に言っとくべきだった。
そしたらもう少し盛り上がったかな。実存だのマロニエだの言わなきゃ良かった。
楢雄は愛すべきキャラクターなんだよね、これは。
これについて膨らませればよかったー。
園児とか鈴木さんも参加してくださいな。
楢雄を慈しみましょうよ!
俺最初から言ってただろ、俺の読書の仕方は他人を不愉快にする、と。
それなのに「分からない、実践してくれ」と言ってくるから実践してやった。ニッパなどに。
それなのにまだ「実践してくれ」だあ?
それ「ルールにあった読書の仕方をしてくれ」なんじゃねえのか?
お前らがたまたま合っているだけのお前ら個々人の読書の仕方を俺に押し付けているだけじゃねえのか?
「ルールに合った読書をしてくれ」
「ルールに合わない読書を実践して見せてくれ」
最初から矛盾してるんだよ。
954 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 19:49:13.74
信じている価値体系の差異を明確にしないからいけないんだろう。
同じ単語で表現しても中身が違う。
日本人はチューニングを知らない。
>>947 だから馴れ合いは馴れ合いでいいんだよな。俺は。
俺はただ当初の馴れ合いのない殺伐スレがイメージにあったもんだから、つっこみを入れたら蜂の大群が出てきた。
それがなんだ、「ナレギラ」の代表扱いかよ。
集団性って怖いな。
>>952 何度も読書会のお題で実践してくれといわれてなかったか?
>>956 それは俺の読書にならないと何度も言ってたが
958 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 19:51:59.78
馴れ合ってると本来の意味が分からないんだよ
「これはカワイガリであって盗作じゃないんだ」
「女による原作レイプではなくて男娼や男メカケをかっただけ」
となる。
>>956 そうじゃなくて、「人を読むことはどういうことか実践してくれ」と何度か言われたぞ。
960 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 19:53:08.74
会話した上で妥協点を探すという事が日本人には出来ない
腹芸。国語(文学)はこれで衰退した。
水のあふれ出し確認=和歌山・熊野の土砂ダム―国交省
時事通信 9月21日(水)18時14分配信
台風12号による豪雨でできた和歌山県田辺市熊野の「土砂ダム」について、国土交通省近畿地方整備局は21日、上空にヘリコプターを飛ばし、堆積した土砂の上部から水があふれ出したことを確認し、関係自治体に警戒を呼び掛けた。
>>946 え、なんで頭に血がのぼってることになってるんだろ
俺は頭に血が上ってます。
なんか鈍いな、俺。
963 :
治美:2011/09/21(水) 19:54:51.56
>>961 あっ、すんません。のぼってたのは私でしたね。。
964 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 19:56:30.74
日本人は投影同一視するんだよ、単語に対しても。
「レイプはしたいが、レイプとは言われたくない。
かわいがりとか娼婦を買っただけだと思われたい」
そういう集団幻想をそのまま口にしてしまう。
そういう集団の欲望に従い、単語の意味を改竄する。
日本語は去勢不全であり、妄想的であり、
妄想で単語を選択する。的確に語るための理性(断念)が無い。
治美は想像力が貧困だから
自分が思ってる事は当然相手も思ってると信じ切っているのです
>>949 ほら話って名無し潜伏もするのか。
ロールシャッハなんて単語出してるのほら話だけなんだが。
>>962、
>>963 なんかみんな怒ってるんですね。あ、治美さん、太宰スレごめんなさい...。私が書いたあと大荒れになってました。また書くと荒れると思って何も書いてないです
968 :
忍法帖【Lv=40,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/09/21(水) 19:57:45.65
バイヤール面白そうだな。実は前から気になってたが、読んで見ることにしよう。
>>964 いまどき”日本人は”みたいな
白痴的なことをいうやつがいるとは驚き
そら勝手な妄想で仮想敵国化されたらキレるわ。
971 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 20:02:40.20
いや日本人はそうだよ、ナナシで掲示板をやってるのも
日本サルだけだ。去勢不全という言い回しに俺は納得していないが。
逆に男として独立していない、
ヘソノオが切れていない、
母の願望と己の願望を混同する、
そういう精神構造を持ったまま育った人間の心には
理論が、コトバ(認識)が、発生しない。
構造も無い。責任感も無い。
「自分を大切にしてくれる
誰かの願望に沿う事を言おう」となる。
そうして国語が滅びてゆく。
心理学も、哲学も、全部その調子で滅ぶ事になる。
独立した人格として親を大切にするのはいい。
問題は大人になっても価値基準の全てが親にあるような人間だ。
つか先にスレ住人を仮想敵国化して特攻してなかったか?
名無しで掲示板やるのは良いじゃねえかよ
むしろ「代替的な社会性充足システム」として機能するアバター文化が俺は気に入らねえんだよ
974 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 20:04:06.61
ナナシ=全員自我の無いサルだろう。
サルは犯罪者になるんだよ。
自己責任能力が無いから皇軍になる
>>972 誰が?
俺最初から「馴れ合いは嫌いじゃない」と言ってたんだが。
鈴木vs佃煮の当初のスレはこうだったろ、って話をしていた。
いや、アバター文化そのものに罪はないか。
匿名掲示板でそのスキーム持ち出してくる品性下劣な連中が気に入らないだけで。
977 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 20:06:33.02
「過去の投稿の
これとこれとこれとこれとこれが
俺の意見だ」
と言えるだけの、一つの時間的全体性の元、
自己同一性のもと、
漸くお前は
己の意見のメッセージ性の有無を証明できるのだ。
要するにナナシには伝えたいことが無い。
ただ政治的工作・空気感を演出しているだけ。
アバターというようなアイコン機能は
ここにはない。コテは意見の全体性を見るために
海外でも必要とされている。
日本サルは母性依存型で自立していない。
意見としてみるべきものが無い。
「自己防衛」で読書してるだけじゃないか、が一番最初かな。
979 :
治美:2011/09/21(水) 20:06:58.76
>>967 実はものすごい感謝してます><
私が批判されるべきところを身代わりになってもらったような気がして。
あっ、しばらくコテはずして読書会にも参加しようかな。。
>>972 つか思わぬ反響があって調子こいたのは認める。
俺の最初のつっこみぐらい当初はOKだったろ。
違う。
不特定多数論理的合意の積み重ねの上で漸くメッセージ性は確としてテキストに現れるのだ
己の意見の表出が目的だとしたらチラシの裏にでも書いてろ
982 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 20:09:15.93
コテをつけたり外したりできるから、問題なんだよな。
全部外せないコテにすれば、
もっと日本人に「人格」というものが育つようになる。
>>980 おk
スルーできなかったこっちの未熟も認める
984 :
忍法帖【Lv=40,xxxPT】 マグナ ◆i.K3ZM.pZo :2011/09/21(水) 20:10:06.43
女言葉、男言葉ってなんなんだ。ですます口調を使っただけで女言葉だといわれて驚いたことがあるぞ。
それなら丸谷才一とか女言葉だろ。
初心に返って名無し
986 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 20:10:59.79
981己の意見の表出が目的だとしたら
↑
お前がここで「己の意見の表出を目的としている」んだよ。
不特定多数の中の一人だろうが己だろうが、
アタマおかしいんじゃねえのか、サル日本人は
>>982 おまえがこんなくだらないことをいってられるのも
戸籍に刻まれた本名でしゃべってないからだろ
988 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 20:11:55.13
「朝日新聞の中の一工作員」
としての己ってのがあるんだよ。
アカヒのせいにしたって
そういうアカヒにしたのはお前なんだよ、ブス
ならば名無しでもメッセージ性の表出は可能だとなる
そうでないなら
>>981と
>>973が同一人物の書き込みであると証明してみせろ
他の名無し「ナレギラ」の方がよっぽど攻撃的なレスしてたわ。
俺はコテで何度も言ったろ、別に今の読書会スレにそれほどむかついているわけじゃないと。
他の名無しの批判も俺がやったことになってないか?
991 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 20:13:12.88
987通報してみないで妄想たれてんな、サル
犯罪者のくせによくナナシでいばっていられるぜ
自我の無い謙虚な連中ほど
レイプ魔なんだよな。恥知らずの盗作朝日
「あたいは川上ミやヒじゃない。サヨだ。
サヨの冒険だ」で通用するのか?
>>984 哲学用語使っただけで男だと言われますが何か?
>>990 攻撃的なレスしてたのは多分俺だけど
ナレギラではないよ
994 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 20:14:30.31
989
↑何いってるかアカヒの讒言はわからん
スマラン慰安夫探しのレイパー
自己同一性障害名無し日本サル
>>993 いやまあ俺も攻撃的なレスしたけど。
2ちゃん外部者が来ると匙加減難しいわ。
新スレは分けてくれ
読書会に変にだらだら持ち込むな迷惑だ
スレチはスルーで
997 :
朝日と日経まだ盗作中(将臣)なりすますな奇形児:2011/09/21(水) 20:15:25.57
俺がダチから借りた本でも
教えてもらった箇所だけ読んだが、
やっぱ日本人ってヘンらしいよ。
それはイトウセイコウってのが言ってたが
本当にそうだと思うな。
将臣くん完全論破と。
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