|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
|| 貼り子の誓い ||
|| 威張らない ||
|| 貶さない 。 Λ_Λ いいですね。
|| 泣かない \ (゚ー゚*)
||________⊂⊂ |
∧ ∧ ∧ ∧ ∧ ∧ | ̄ ̄ ̄ ̄|
( ∧ ∧ ( ∧ ∧ ( ∧ ∧ | |
〜(_( ∧ ∧ __( ∧ ∧__( ∧ ∧ ̄ ̄ ̄
〜(_( ∧ ∧_( ∧ ∧_( ∧ ∧ は〜い。
〜(_( ,,)〜(_( ,,)〜(_( ,,)
〜(___ノ 〜(___ノ 〜(___ノ
ではどうぞ。
素敵な思いが浮かんだのに、失くした。
清純な思春期の、眠りと
目覚めのあいだをなぐさめる、
あの、めったに戻ってはこない
素敵な思い。
ぼくは、その思いを追っていた、まるで
好き勝手にこちらを引きまわす
女を追うみたいに。道かどを曲ったところで
永遠に見失う、彼女のうつくしさ
みたいに。
世俗の声が、うるさい
呼び声が、素敵な思いを散らしてしまった。
ぼくは探している、盲目の地獄の迷路で。
さして遠くにいるわけでないのだが、ふたたび
合うのは、無理だと知りながら。
この板って30レスに半年以上かかっても落ちないのねw
ちょっと安心。ぼちぼちと、いきますね。
どなた
誰でもない
ぼくの心臓の搏つ音だった
ひどく強く搏つ
きみのせいで。
でも外では
木の扉のブロンズの小さな手
動かない
動かさない
指先ひとつ動かさない。
はればれとその深い影をもつた横顔を
花鉢のやうにしづかにとどめ、
揺椅子のなかにうづくまる移り気をそそのかして、
死のすがたをおぼろにする。
みどりいろの、ゆふべの揺椅子のなやましさに、
みじかい生の花粉のさかづきをのみほすのか。
ああ、わたしのほとりに匍ひよるみどりの椅子のささやきの小唄、
憂鬱はながれる魚のかなしみにも似て、ゆれながら、ゆれながら、
かなしみのさざなみをくりかへす。
7 :
吾輩は名無しである:2007/08/04(土) 00:27:39
ここに貼るのも面倒になった。
ものども、犬スレに協力せよ!
ここに貼るだけでせいいっぱいです。ごめんね。
森の上、みどりの牧場の上に
夏の夕影の仄昏く、
蒼空にこんじきの月、
香わしく、もの皆の心和らげ照りわたる。
蟋蟀はせせらぎのほとりにすだく。
そのとき水に何ものぞ身うごきし、
旅びとは河水のさざめきを聴く、
また聞ゆ、しじまの中の息づかい。
小川の水にただ独り
浴みせる美わしき水の精。
白くめでたき、その腕、そのうなじ
ほのぼのと月の光に泛びたり。
10 :
吾輩は名無しである:2007/08/05(日) 02:17:37
道鏡座ればひざ三つ
棒立ちすれば木の字型
女帝の御門、指四本
ひだ数9九十六、偉大なる玉門
11 :
弧高の鬼才 ◆W7.CkkM01U :2007/08/05(日) 16:59:46
さう! 花は またひらくであらう
さうして鳥は かはらずに啼いて
人びとは春のなかに笑みかはすであらう
12 :
吾輩は名無しである:2007/08/05(日) 19:19:44
膝なみのチンコならけっこうでかいね
13 :
弧高の鬼才:2007/08/05(日) 21:51:05
そうだね、むちむちポークだね
14 :
吾輩は名無しである:2007/08/05(日) 23:39:34
高尚にして優美なるスレですね。
久々に来てみれば、微妙に荒れてますね。
つっ走ってきて
疲れ果てた心なのに
風に洗われ
蘇る
瞳よ
白鳥を呼び
戯れてみるのも束の間
後ろむきに横たわり
岩影を抱いて しのび泣く夜半
ほのかな星たちの光を
噛み砕いて静めるあいだに
紫霧
ふたたび湧き
この私を
かこむ。
いまは熟れてゆく光、太陽の初生り
木立ちの苦しみの形を
あたりに目覚めさせた光、
そして夜のうちに言葉に乱されてしまった
水の溜息、
そして垣根にかかり
湧きあがった影。
無駄な一日よ、
垂れこめた空間であなたはぼくを摘みとる、
(光の消えた砂漠、荒廃)
黄金の綱につながれた
静かな森で、
たちまちに崩れ去る
風のさやぎは、
そしてまた星座の動きは、
まだ意味を変えていない。
あなたは見つけ出す、埋れたぼくの心を
薔薇と月に揺れるぼくの心を。
そしてまた鋭い翼の鷹を、
惑星の高さを示そうと
暁が身をよじる伽藍を。
あなたはぼくを目覚めさせる
地上では見知らぬものとして。
月を、
炎える月を
夜更けに一人で呑みこみます。
眼をつぶって、ぐっと呑みこみます。
夜を失った世の人々が、おどろいて
松明を振りかざしてなだれ込んできます。
やわらかな闇をもって
あなたも近づいてきます。
銀の懐刀できます。
ぼくは、自分のお腹を
あなたの懐刀の刃先に静かにあてがいます。
ぼくは、やはり
あなたの影となって大地に横たわりましょう。
ぼくの傷口から
月が、夜空高くまた昇っていくときには。
ここって基本的に出典は明かさない方向なのか?
ヒントだけでも欲しい 有名な詩ばっかなら物知らずですまん
愛のようだと僕はいう
愛のように僕たちは
それがどこにありなぜそうなのか知らない
愛のように僕たちは
それを強いることも逃れることもできない
愛のように僕たちは
しばしば涙をこぼす
愛のように僕たちは
滅多に守ることがない
>>18 わたしは、珍しいものばかり貼り競うことがないよう、伏せることにしてます。
いまわからなくても、気にかけていれば、いづれ出会うものだと思いますから。
ただ、隠すつもりもないので、個別に聞いていただければ答えます。
他の方が貼られたものも、聞けば答えてくださると思いますよ。
日々のいのちの営みがときにあなたを欺いたとて
悲しみを またいきどおりを抱いてはいけない。
悲しい日にはこころをおだやかにたもちなさい。
きっとふたたびよろこびの日がおとずれるから。
こころはいつもゆくすえのなかに生きる。
いまあるものはすずろにさびしい思いを呼ぶ。
ひとの世のなべてのものはつかのまに流れ去る。
流れ去るものはやがてなつかしいものとなる。
化石のなかを
名もない鳥がいつまでも飛んでいる。
けっして地上に戻ろうとしない一羽の鳥。
ぼくの涙も
現代の地層の、どこかの空の下で
一つの宝石として輝くだろうか。
そして、ぼくの死
その死に向かうぼくの眼は、
自ら燃え尽きることを望む地上の星たちよ。
化石のなかを
いつまでも飛びつづける
あの無名の鳥をみたまえ。
永遠に死ぬということは、もはや死ではない。
昨日はえんにちだというのに
街はすっかりお化粧落とし
通りもすっかりきれいさっぱり
みんなの顔も知らんぷり
さっきまで駆逐艦の浮かんでた通りに
のっぴきならぬ虹がかかった
その虹で千羽鶴折った少女は
ふけもしない口笛
ひゅうひゅう
あしたてんきになあれ
あしたてんきになあれ
うすくめくれた空の青に
冬の絵の具 淋しく流れ
ぽつりぽつりと浮かぶ水銀灯が
色を失う薄明のなか
渇いた空白のぼくの瞳が
水族館の街に氾濫する
人はどんな
小さな地獄にも落ちる
指の先ほどの
やー、松本 隆。はっぴいえんどの「風街ろまん」、いいですよね。
>>24と同じく、細野さんが曲をつけた「夏なんです」がお気に入り。
いちおう文学板だし歌詞はまずいかなと思いつつ、なんかうれしいので↓
わたしの知ってるのは矢野さんのピアノ弾き語りのものですが、素敵です。
じぶんのうたを、はにかみがちにとつとつと歌う細野さんを想像すると楽しい。
ここがどこなのか どうでもいいことさ
どうやって来たのか 忘れられるかな
土の香りこのペンキのにおい
壁は象牙色 空は硝子の色
夜をつかって辿り着くまで
陽気な唄を吐き出しながら
闇へとつっぱしる火の車
赤いお月様と鬼ごっこ
ここは前にきた道
川沿いの道
雲の切れ目からのぞいた
見覚えのある街
おまえの中で 雨が降れば
僕は傘を閉じて濡れていけるかな
雨の香りこの黴のくさみ
空は鼠色 恋は桃色
29 :
吾輩は名無しである:2007/08/09(木) 07:19:27
尊厳を失うことになるのだろうか
誰か気にかけてくれるだろうか
明日には醒めることができるか
この恐ろしい夢の中から
30 :
吾輩は名無しである:2007/08/09(木) 22:12:56
あなたなしでも
目は見つめ
脚は歩き
肺は呼吸する
気持ちは乱れ
心は求め
涙は乾く
あなたなしでも
人生は続く
でも、私は去り行こう
だって死んでしまうから
あなたなしでは
31 :
吾輩は名無しである:2007/08/09(木) 22:20:31
人生における一年を何をもって測ろうか
昼の日差しか、夕暮れか
夜中か、飲んだ珈琲か
インチを使うか、マイルを使うか
笑いか、それとも喧嘩の数か
愛ではどうだろう
愛ではどうだろう
愛で測ろう
んー、なんとか安心できるとこまで進んだのかな。
またぼちぼちといきますね。
貼らない日もありますが、毎日見てますから。では。
突然の感情によって結ばれたと
二人とも信じ込んでいる
そう確信できることは美しい
でも確信できないことはもっと美しい
以前知りあっていなかった以上
二人の間には何もなかったはず、というわけ
それでもひょっとしたら、通りや、階段や、廊下で
すれ違ったことはなかったかしら
二人にこう聞いてみたい
いつか回転ドアで顔を突きあわせたことを
覚えていませんか?
人ごみのなかの「すみません」は?
受話器に響いた「違います」という声は?
――でも二人の答はわかっている
いいえ、覚えてませんね
もう長いこと自分たちが偶然に
もてあそばれてきたと知ったら
二人はとてもびっくりするだろう
二人の運命に取ってかわろうなどとは
まだすっかり腹を決めていないうちから
偶然は二人を近づけたり、遠ざけたり
行く手をさえぎったり
くすくす笑いを押し殺しながら
脇に飛びのいたりしてきた
しるしや合図はたしかにあった
たとえ読み取れないものだったとしても
三年前だったか
それとも先週のことか
木の葉が一枚、肩から肩へと
飛び移らなかっただろうか
何かがなくなり、見つかるということがあった
ひょっとしたら、それは子供のとき
茂みに消えたボールかもしれない
ドアの取っ手や呼び鈴に
一人の手が触れたあと、もう一人の手が
出会いの前に重ねられたこともあった
預かり所で手荷物が隣り合わせになったことも
そして、ある夜、同じ夢を見なかっただろうか
目覚めの後すぐにぼやけてしまったとしても
始まりはすべて
続きにすぎない
そして出来事の書はいつも
途中のページが開けられている
35 :
吾輩は名無しである:2007/08/09(木) 22:58:03
青き波が揺れ
心に浮かぶ景色の数々
聞き慣れぬ声が呼びかける
旅はもう終わる、旅はもう終わる
《祭壇と石斧の間》にうずくまっている
禿頭の天使たち 神の兵士たちは
夜毎 にせものの太陽を 夫婦たちの上に
恋人たちの上に 分配するだろう
ご存知の通り 当節は
ろばが 薔薇を喰べて 人間となるような時代ではないのだ
おお 華麗な樹 夜空の箒 巨大な家系樹よ
その枝々に 黒こげの死体が吊るされて 蓑虫のように揺れる
どんな儀式が きみたちを呼びおこせるのか
今日 この円型劇場の観客席に ぼくたちは割りつけられて
百眼の巨人どもに みはられつづけているというのに
>>27 いいですね^^「夏なんです」もなかなか捨てがたい。詩的飛翔はないけど心象風景の切り取りという点では
「詩」だと思います。
夜行列車の旅
町と町を線路でつないだ
ネックレス
愛はさめてしまったけど別に平気
料理はうまいしかわいいし邪魔しないから
ひとつひとつに責任をとって
緊張の連続というもうひとつの自分の世界と平行してやってく
テレビを見ながら
本を読むのは
昔から得意なんだ
一篇の詩が生れるためには、
われわれは殺さなければならない
多くのものを殺さなければならない
多くの愛するものを射殺し、暗殺し、毒殺するのだ
見よ、
四千の日と夜の空から
一羽の小鳥のふるえる舌がほしいばかりに、
四千の夜の沈黙と四千の日の逆光線を
われわれは射殺した
聴け、
雨のふるあらゆる都市、鎔鉱炉、
真夏の波止場と炭坑から
たったひとりの飢えた子供の涙がいるばかりに、
四千の日の愛と四千の夜の憐みを
われわれは暗殺した
記憶せよ、
われわれの眼に見えざるものを見、
われわれの耳に聴えざるものを聴く
一匹の野良犬の恐怖がほしいばかりに、
四千の夜の想像力と四千の日のつめたい記憶を
われわれは毒殺した
一篇の詩を生むためには、
われわれはいとしいものを殺さなければならない
これは死者を甦らせるただひとつの道であり、
われわれはその道を行かなければならない
詩人だけが発見する失われた「時」を貫通して
世界のもっとも青ざめた頬に接吻し
世界のもっとも荒廃した地平線に夕日を落とし
われわれの屍体とわれわれの淋しい停車場を掠奪する
われわれの科学とわれわれの血を偽証する
その声は「時」を超えてきた
その声はたったひとつの「時」を超えてきた
おお なぜなら
われわれは死ぬことができないから
われわれは不死の広告だ 不死の広告
われわれは消耗の政策だ 消耗の政策
われわれは死ぬことができない
おお なぜなら
われわれは個人ではない
われわれは群れであり 集団だ
われわれは集団そのものだ
その声をきいて
ついにわたしは母を産むであろう
その声をきいて
われわれの屍体は禿鷹を襲うであろう
その声をきいて
母は死を産むであろう
独りで僕は坐つてた
時の流れがおそかつた。
日暮れ方
風が外套をとりに来た。
街で凍える人達に
着せてやるとの事だつた。
酒は冷えたが坐つてた
その後は誰も来なかつた。
寝る前に
僕は窓から外を見た。
流星が北へ向つてはすかひに
夜天の硝子を截つてゐた。
43 :
吾輩は名無しである:2007/08/11(土) 23:06:08
ハエハエカカカ キンチョール
44 :
吾輩は名無しである:2007/08/11(土) 23:07:34
「角」÷H2O
45 :
吾輩は名無しである:2007/08/11(土) 23:14:03
おしりだって、洗ってほしい。
好きな人のもにおうから。
46 :
吾輩は名無しである:2007/08/11(土) 23:15:05
音が進化した。ヒトはどうですか
47 :
吾輩は名無しである:2007/08/11(土) 23:30:19
反省だけなら猿でもできる
目のつけどころが、シャープでしょ
ではどこで選ぶか? お答えします
世の中バカ(お利口)が多くて疲れません?
情熱発電所おいしい生活。
じぶん、新発見
不思議、大好き
くうねるあそぶ
エンディングまで泣くんじゃない
カッコイイとは、こういうことさ
生きろ
私はワタシと旅にでる
48 :
吾輩は名無しである:2007/08/12(日) 01:00:03
恋は、遠い日の花火ではない
49 :
吾輩は名無しである:2007/08/12(日) 01:10:20
さようなら、たった1秒のその言葉が、永遠の別れになることもある
50 :
吾輩は名無しである:2007/08/12(日) 01:11:22
君が好きだと言うかわりに、
僕はシャッターを押した
51 :
吾輩は名無しである:2007/08/12(日) 01:13:48
プール冷えてます
海の色、空の色、世界でいちばん多い色
52 :
吾輩は名無しである:2007/08/12(日) 01:15:42
あるべきテイストに、落ち着いたな。
ごみはごみなり。
53 :
吾輩は名無しである:2007/08/12(日) 01:17:45
ビールの空き缶と破れた恋は、お近くのクズカゴへ
麻薬やめますか、人間辞めますか?
54 :
吾輩は名無しである:2007/08/12(日) 01:19:32
無駄だね。
55 :
吾輩は名無しである:2007/08/12(日) 01:41:16
そうだ、ソープにいこう!
56 :
吾輩は名無しである:2007/08/12(日) 01:43:16
けして一人では観ないでください
57 :
吾輩は名無しである:2007/08/12(日) 01:52:24
おめでとう、終わったね!
おれは喰ふ。
生まの牛(ギウ)を。
馬刺(バサシ)を。
ニハトリの生まの刺身を。
喰へば喰へるがおれは喰はない。
トンカツを。
トリのカラ揚げを。
エビ天を。
おれは喰ふ。
ひつ叩いてひんむしつたエビの生まを。
おれは喰はない。
マヨネーズをかけたイセ海老を。
おれの舌は鼓を打つ。
dark green のアハビのわた。
生まの沢蟹。
おれは飲む。
梧州産の蛇のキモ酒。
おれはすする。
スツポンの血。
奥日光手白沢で岩魚を釣つたとき。石を動かして川虫を探してゐると
偶然見つかつたニツクワウサンセウウヲをおれはペロッと飲みこんだが。
あんなグロテスクな奴。
おれはもう二度と喰はない。
おれは喰わない。
うまいものをまづくしたもの。
おれは喰ふ。
うまいものならジヤでも虎でも。
ナムマイダア。
(ゼニがしかし問題だナ。)
上のはまんま、「おれは喰ふ」というタイトルの草野心平の詩だが、
なーんか、ここ数日の板の空気が俺にはなんともうざっこかったので、
だからかもw
“おれは喰ふ。うまいものならジヤでも虎でも”それだけで良いじゃんね、
読書なんてさ。
おっしゃる通り、好きなものを読み、そのなかから気に入ったものを貼ればよいの
ですが、板の性格というものがありまして、どのへんで線引きするかはなかなかに難しい。
ただやはり文学と看板をかかげる以上、個人的にはある程度の節度も必要かと思っています。
偉そうですみません。私の考えを押しつける気はありませんので、どうぞそのへんは
貼るかた自身で個々に判断してください。
そしてそのあとで夏は別れを告げた
小駅と。帽子を脱いで、
百の 眼のくらむ写真を
記念に夜にとったのは雷だ。
ライラックの花房は仄淡く褪せていった、この
とき、彼は一抱の稲妻をちぎって
それで野辺から 上手に
ぱっと役場の建物を照らしだした。
そしてその建物の屋根に沿って災厄
悪意の波は氾れ、
一枚の画用紙に降る木炭のように
垣根みなに驟雨が鳴り響いたとき、
意識の雪崩がまたたきはじめた。
見よ、さながら、
そこは昼のように今は明るい 理性の
隅々までもがぱっと照らしだされるようだった!
63 :
60:2007/08/12(日) 23:00:45
いやいや、俺が嫌味wを云っている、その対象はあくまで
ここしばらくの「板」全体の雰囲気に対してであって、
このスレやスレ住人には、自分は何の文句もないですよ。
誤解させる様なことを書いちゃってごめんなさい。
センチメンタリズムの極致は、ゴーガンだ、ゴツホだ、ビアゼレだ、グリークだ、狂氣だ、ラヂウムだ、螢だ、太陽だ、奇蹟だ、耶蘇だ、死だ。
死んで見給へ、屍蝋の光る指先から、お前の至純な靈が發散する。その時、お前は、
ほんたうに OMEGA の、青白い感傷の瞳を、見ることが出來る。
それがおまへの、ほんたうの、人格であつた。
なにものもない。宇宙の『權威』は、人間の感傷以外になにものもない。
手を磨け、手を磨け、手は人間の唯一の感電體である。
自分の手から、電光が放射しなければ、うそだ。
神を見るものは幼兒より外にない。
神とは『詩』である。
哲學は、概念である、思想である、形である。
詩は、光である、リズムである、感傷である。生命そのものである。
哲人も往往にして詩を作る。ある觀念のもとに詩を作る。
勿論、それ等の詩(?)は、形骸ばかりの死物である。勿論、生命がない。感動がない。
然るに、地上の白痴(ばか)は、群集して禮拜する。白痴の信仰は、感動でなくして、恐怖である。
感傷なき藝術は光なき晶玉の如し、實質あれども感動なし。
女人に感傷なし、然れども感傷の良電體。
ひとびとよ、美しきひとびとよ、つねに君はせんちめんたるなれ。
昔より言ふごとく死人は白玉樓中にあり。
感傷至上の三昧は玲瓏たり、萬有にリズムを感じ、魚鳥も屏息し、金銀慟哭す。
純銀感傷の人室生犀星。
感傷の人犀星に逢へば菓子も憔悴す。
感傷は理智を拒まず、却つて必然に之を抱擁す、
感傷とは痴愚の謂にあらず、自覺せざる哲理なり、前提を忘れたる結論なり。
而して藝術と科學との相違は單に此の一點に存す。
詩は斷じて空想に非ず、實驗の世界なり。
奇蹟は感動にして形體に非ず、天國を説かんとするものは必ずその口を緘せらる。
此の故に詩人の武器は言葉に非ずして傳熱なり。抽象にあらずして象徴なり。
いやしくも理智又は意志がその概念を展開したる祈祷は虚僞なり、
かくの如き祈祷には感應あることなし。眞(まこと)に祈祷するものは一所懸命なり、
祈祷者はその心靈に於て明らかに神と交歡す、彼自ら何を言ひ何を語りつつあるかを知らざる也。
奇蹟を啓示するものは神なり、神とは宇宙の大精力なり、而して之と交歡し得るもの人間の感傷以外にあること無し。
街(まち)は人出で賑やかに雑鬧(ざっとう)していた。
そのくせ少しも物音がなく、閑雅にひっそりと静まりかえって、
深い眠りのような影を曳(ひ)いてた。それは歩行する人以外に、
物音のする車馬の類が、一つも通行しないためであった。
だがそればかりでなく、群集そのものがまた静かであった。
男も女も、皆上品で慎み深く、典雅でおっとりとした様子をしていた。
特に女性は美しく、淑(しと)やかな上にコケチッシュであった。
店で買物をしている人たちも、往来で立話をしている人たちも、
皆が行儀よく、諧調(かいちょう)のとれた低い静かな声で話をしていた。
それらの話や会話は、耳の聴覚で聞くよりは、何かの或る柔らかい触覚で、
手触(てざわ)りに意味を探るというような趣きだった。
とりわけ女の人の声には、どこか皮膚の表面を撫(な)でるような、
甘美でうっとりとした魅力があった。
すべての物象と人物とが、影のように往来していた。
私が始めて気付いたことは、こうした町全体のアトモスフィアが、非常に繊細な注意によって、人為的に構成されていることだった。
単に建物ばかりでなく、町の気分を構成するところの全神経が、
或る重要な美学的意匠にのみ集中されていた。空気のいささかな動揺にも、
対比、均斉(きんせい)、調和、平衡等の美的法則を破らないよう、
注意が隅々(すみずみ)まで行き渡っていた。
しかもその美的法則の構成には、非常に複雑な微分数的計算を要するので、
あらゆる町の神経が、非常に緊張して戦(おのの)いていた。
例(たと)えばちょっとした調子はずれの高い言葉も、
調和を破るために禁じられる。道を歩く時にも、手を一つ動かす時にも、物を飲食する時にも、
考えごとをする時にも、着物の柄を選ぶ時にも、
常に町の空気と調和し、周囲との対比や均斉を失わないよう、
デリケートな注意をせねばならない。
私は悪夢の中で夢を意識し、目ざめようとして努力しながら、
必死に(もが)いている人のように、おそろしい予感の中で焦燥した。
空は透明に青く澄んで、充電した空気の密度は、いよいよ刻々に嵩まって来た。
建物は不安に歪(ゆが)んで、病気のように瘠(や)せ細って来た。
所々に塔のような物が見え出して来た。屋根も異様に細長く、
瘠せた鶏の脚(あし)みたいに、へんに骨ばって畸形(きけい)に見えた。
「今だ!」
と恐怖に胸を動悸(どうき)しながら、思わず私が叫んだ時、
或る小さな、黒い、鼠(ねずみ)のような動物が、街の真中を走って行った。
私の眼には、それが実によくはっきりと映像された。
何かしら、そこには或る異常な、唐突な、全体の調和を破るような印象が感じられた。
瞬間。万象が急に静止し、底の知れない沈黙が横たわった。何事かわからなかった。
だが次の瞬間には、何人(なんぴと)にも想像されない、世にも奇怪な、恐ろしい異変事が現象した。
見れば町の街路に充満して、猫の大集団がうようよと歩いているのだ。
猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫。どこを見ても猫ばかりだ。
そして家々の窓口からは、髭(ひげ)の生(は)えた猫の顔が、
額縁の中の絵のようにして、大きく浮き出して現れていた。
72 :
吾輩は名無しである:2007/08/14(火) 10:07:22
山の稜線に沿って
まるでその稜線に沿うかのように、鳥の群が飛び立っているのが見えた
日がまもなく落ちるその時に
まるで待っていましたといわんばかりに陽のオレンジと鳥の黒との対比が美しい
僕はその時を待っていなかったが、
まるで待っていたかのように、その光景に偶然出くわした。
73 :
吾輩は名無しである:2007/08/14(火) 20:52:49
黒黒とした夜のベルベットのような闇に
明るく燃ゆる
行く手を示す星一つ
何であろうと誰であろうと
光はある
光はある
それぞれの人生の暗がりに
光はある
74 :
弧高の鬼才 ◆W7.CkkM01U :2007/08/15(水) 03:23:23
光とは詩である。
詩の本體はセンチメンタリズムである。
光は色の急速に旋した炎燃リズムである。色には七色ある。理智、信條、道理、意志、觀念、等その他。
光の中に色がある。
光から色を分析するためには、分光機が必要である。
然もさういふ試驗は理學者にのみ必要である。
(貧弱な國家には完全な分光機を持つた學者すらも居ない。)我我は光を光として感知すれば好い、何故ならば、光は既に光そのものであつて色ではない。
色は悉く概念である。
盲目は光を感知しない、――或は感知しても自ら氣がつかない――。
盲目は形ある物象以外のものを否定する。
白秋氏の詩に哲學がないと言つた人がある。無いのではない、見えないのだ。
色が色として單に配列されたものは、哲學である、科學である、思想である、小説である。
色が融熱して轉を始めたときに、色と色とが混濁して或る一色となる。けれども夫れは色であるが故に尚概念である。すなはち感傷の油を差して一層の加速度を與へた場合に始めて色は消滅する。すなはち『光』が生れる、すなはち『詩』が生れる。
熱は眞實である、光は感傷である。
色が色として見えるやうなものは光でない、物體である。斷じて詩ではない。
* * * *
螢の光は戀である。
女の美は淫慾である。
あらゆる生物のパツシヨンは光である。けれどもあらゆる光が必ずしもパツシヨンではない。
聖人の輪光は肉體をはなれて見える。
パツシヨンばかりが詩ではない。
センチメンタルばかりが詩である。
光輪も聖人の怒と哀傷とによつて輝く。
>>74 これは何?朔太郎かなにかの引用?それともあなたの詩論?
花さうび、
花のさかりは
ひとときか。
過ぎされば、
尋ぬれど
花はなく、
あるはただ茨のみ。
手ずからに 花束編みて
わがおくる いまこの花は
盛りなり。今宵摘まずば
散りしかん、あすははかなく。
忘れたまうな、身にしめて、
花の盛りのきみが美も、
しばしを待たで 色褪せて、
たちまち失せん、花のごと。
時はゆく、時はゆく、ああ!
いな、過ぎゆくはわれらかな、
とく埋もれん、墓の下。
ときめく恋も 亡きあとは、
語らうひとのなきものを、
愛したまえよ、花のきみ。
Quante′bella giovinezza,
che sia fugge tutavia,
Chi vuol essere lieto sia,
di doman non ce′certezza
79 :
吾輩は名無しである:2007/08/19(日) 19:09:21
わたしたちは輪になって踊り、想像する。
でも、『秘密』はまんなかにすわって、知っている
>>75 朔太郎の引用です。
僕は、詩は世界の変容とその受容においてのコミュニケーションツールとしてのメッセージ
だと思ってます。
さようなら 辛
さようなら 金
さようなら 李
さようなら 女の李
行ってあのかたい 厚い なめらかな氷をたたきわれ
ながく堰かれていた水をしてほとばしらしめよ
日本プロレタリアートの後ろ盾前盾
さようなら
報復の歓喜に泣き笑う日まで
82 :
75:2007/08/20(月) 02:43:56
>>80 ありがとう。
日が暮れる。
遠いどこかで、がらんとした庭が崩れかかる。
折り重なって空を渡ってゆく風。
徐々にどよめく街の家々。
人はひとりでにはためき、
最後に残った陽射し一筋が
見知らぬところへ都会を引きずってゆく。
日が暮れる。
日ごとこの土地には
美しい女たちが散り、つもる。
眠りの中でもいそいそと歩き、
寝床のそとに散らばる砂はおびただしい。
ひとひらずつ剥がれてゆく生死の
この真っ暗な数世紀の前では
だれもが自分の肉体を覆い隠すことができない。
家々がしゃくり上げる。
日が暮れる。
風に閉じ込められ、
一つの生涯が枝先の落果のように震えている。
高い屋根ごとに、ひそかに
空の途方もない時計をかけておいて
荒野に散り、つもる
ああ、美しい砂の女たち。
崩れながら、わたしたちは
最も長い影を背後にのこした。
いつものように 幕があく
降りそそぐライトの その中
それでも わたしは
今日も恋の歌 うたってる
84 :
吾輩は名無しである:2007/08/21(火) 02:26:26
83って詩?
あなたは目を閉じてしまった。
一つの夜が生まれる
偽りの穴に満ちて、
コルクのように
死んだ音に満ちて
水に沈んでいった編目にも満ちて。
あなたの手は吐息のように
犯しがたく遠ざかった、
捕えがたい思念にも似て、
そしておぼろな月に
揺れる影、甘くやさしく、
わたしの目の上にあなたが置こうとすれば、
その手が心の底に触れてくる。
木の葉にも似て
あなたは通り過ぎてゆく女だ
そして木立ちに秋の炎を放ってゆく。
イツピキノ デンデンムシガ アリマシタ。
アル ヒ ソノ デンデンムシハ タイヘンナ コトニ キガ ツキマシタ。
「ワタシハ イママデ ウツカリシテ ヰタケレド、ワタシノ セナカノ カラノ ナカニハ カナシミガ イツパイ ツマツテ ヰルデハ ナイカ」
コノ カナシミハ ドウ シタラ ヨイデセウ。
デンデンムシハ オトモダチノ デンデンムシノ トコロニ ヤツテ イキマシタ。
「ワタシハ モウ イキテ ヰラレマセン」
ト ソノ デンデンムシハ オトモダチニ イヒマシタ。
「ナンデスカ」
ト オトモダチノ デンデンムシハ キキマシタ。
「ワタシハ ナント イフ フシアハセナ モノデセウ。ワタシノ セナカノ カラノ ナカニハ カナシミガ イツパイ ツマツテ ヰルノデス」
ト ハジメノ デンデンムシガ ハナシマシタ。
スルト オトモダチノ デンデンムシハ イヒマシタ。
「アナタバカリデハ アリマセン。ワタシノ セナカニモ カナシミハ イツパイデス。」
ソレヂヤ シカタナイト オモツテ、ハジメノ デンデンムシハ、ベツノ オトモダチノ トコロヘ イキマシタ。
スルト ソノ オトモダチモ イヒマシタ。
「アナタバカリヂヤ アリマセン。ワタシノ セナカニモ カナシミハ イツパイデス」
ソコデ、ハジメノ デンデンムシハ マタ ベツノ オトモダチノ トコロヘ イキマシタ。
カウシテ、オトモダチヲ ジユンジユンニ タヅネテ イキマシタガ、ドノ トモダチモ オナジ コトヲ イフノデ アリマシタ。
トウトウ ハジメノ デンデンムシハ キガ ツキマシタ。
「カナシミハ ダレデモ モツテ ヰルノダ。ワタシバカリデハ ナイノダ。ワタシハ ワタシノ カナシミヲ コラヘテ イカナキヤ ナラナイ」
ソシテ、コノ デンデンムシハ モウ、ナゲクノヲ ヤメタノデ アリマス。
にぎわしくざわめく舞踏会
うき世のはかない騒ぎの中、
ふと知りそめた君の面影
神秘のヴェールにつつまれて。
瞳のいろは愁いにかげり
妙なる声はあやしくきこえ
はるかにひびく蘆笛のおと
ゆたにたわむる大浪のさま。
思いに沈む君の姿は
たおやかに わが心をうばい
淋しくもすずしげな笑いは
それ以来心をはなさない。
孤独の夜のふけるひととき
疲れた体を横たえれば
君が愁いの眼がうかび
君が明るい声がきこえる。
ひとり悲しく眠りにつけば
ふしぎな夢のなかに休らう……
愛していると、しかとは言えぬ
でも これを愛というのかも知れぬ!
織るや 真薦の玉蓆
編むや しうりの花蔓
新草の 初穂を取りて
籠を作り来ぬ
来ませ 秋の女神
白雲の車 召し
来ませ 浄き蒼天より
来ませ 白銀 黒光り
照りて 輝く 森山 越えて
来ませ み髪に 白き蓮華かざし
涼しや 降る霜
散る まあらてぃの花を
蓆に敷きつ 隠らふ庵に
潮満つ 恒河のほとり
帰り来 ? 翼を広げ
君を慕ひて
高響るや 君が 黄金の
琴の 調べの
優にやさしき
笑声の 溶けて 束の間
流るる涙
黄金咲く石 閃くや
巻雲の縁に
忽ちに 恵み 垂れ
心を 愛でます――
思念みな 黄金とならむ
闇は 光と
千度呼べば
思いが 通じるという
千度呼んで通じなくとも
やめては しまうまい
神さまが うっかり
かぞえちがえて
あのひとを振りかえらせてくださるのは
千一度目かも
知れませんもの
日曜の朝、「秋」は銀かな具の細巻の
絹薄き黒の蝙蝠傘さしてゆく、
紺の背広に夏帽子、
黒の蝙蝠傘さしてゆく、
瀟洒にわかき姿かな。「秋」はカフスも新しく
カラも真白につつましくひとりさみしく歩み来ぬ。
波うちぎはを東京の若紳士めく靴のさき。
午前十時の日の光海のおもてに広重の
藍を燻して、虫のごと白金のごと閃めけり。
かろくつめたき微風も鹹をふくみて薄青し、
「秋」は流行の細巻の
黒の蝙蝠傘さしてゆく。
日曜の朝、「秋」は匂ひも新らしく
新聞紙折り、さはやかに衣嚢に入れて歩みゆく、
寄せてくづるる波がしら、濡れてつぶやく銀砂の、
靴の爪さき、足のさき、パツチパツチと虫も鳴く。
「秋」は流行の細巻の
黒の蝙蝠傘さしてゆく。
91 :
吾輩は名無しである:2007/08/30(木) 04:05:43
タイフーンの吹いている朝
近所の店へ行つて
あの黄色い外国製の鉛筆を買つた
扇のように軽い鉛筆だ
あのやわらかい木
けずつた木屑を燃やすと
バラモンのにおいがする
門を閉じて思うのだ
明朝はもう秋だ
夜が果てて月は
ゆるやかに空に薄れ、
運河のなかへと沈んでゆく。
この土地の平野の九月は
さやかに、牧場の緑は
南国の春の谷間のように萌えている。
ぼくは仲間を離れて、
古い壁のなかに心を隠した、
独りきりであなたを思い出すために。
あなたが月よりも遠くに去った
いま、日が昇る
石を打って蹄の音が鳴る!
秋風にたなびく雲の絶え間より
漏れいづる月の影のさやけさ
94 :
吾輩は名無しである:2007/08/31(金) 23:59:05
夜の闇に耳をすませば流れるような鈴の音
燃える都会の灼熱に枯れゆく人の心にも
静かに冷たく流れ込みやさしく潤す鈴の音
肉体は何の葉ならむ夏終わる
96 :
吾輩は名無しである:2007/09/01(土) 00:12:34
月は割れ 星は落ち
広がる闇の荒涼に
静かに芽吹く向日葵よ
おまえは闇など恐れずに
希望の方へとのびて行け
觸れば手の先につきさうな紅い鳳仙花
ひらひらと今にも舞ひ出さうな白い鳳仙花
もう心持ち南を向いてゐる忠義一遍の向日葵――
この花で飾られてゐるといふゴッホの墓は どんなに美しいでせうか。
山は晝日中眺めても
時雨れて濡れて見えます。
ポプラは村の指標のやうに
少しの風にも あのすつきりした長身を
抛物線に曲げながら 眞空のやうに澄んだ空氣の中で
遠景を縮小してゐます。
身も羽も輕々と蜻蛉が飛んでゐます
あれはほんたうに飛んでゐるのでせうか
あれは眞空の中でも飛べさうです
誰かゐて 眼に見えない糸で操つてゐるのではないでせうか。
ひとつのつらなりとなつて、
ふけてゆくうす月の夜をなつかしむ。
この みづにぬれたたわわのこころ、
そらにながれる木の葉によりかかり、
さびしげに この憂鬱をひらく。
この詩はいつも、デルヴォーの絵を連想させる。
とほい空でぴすとるが鳴る。
またぴすとるが鳴る。
ああ私の探偵は玻璃の衣裳をきて、
こひびとの窓からしのびこむ、
床は晶玉、
ゆびとゆびとのあひだから、
まつさをの血がながれてゐる、
かなしい女の屍体のうへで、
つめたいきりぎりすが鳴いてゐる。
しもつき上旬のある朝、
探偵は玻璃の衣裳をきて、
街の十字巷路を曲つた。
十字巷路に秋のふんすゐ、
はやひとり探偵はうれひをかんず。
みよ、遠いさびしい大理石の歩道を、
曲者はいつさんにすべつてゆく。
「大理石」を「すべつてゆく」っつーのはちと俗だよねぇ、
大理石の方、なんかもうちょっと上手く処理できなかったのか。
あのう、大理石はごつごつで、曲者は忍者のような手練れでっせw
むしろ、映画的なわかりやすいイメージを扱いながら、
それでもなお、冷ややかな抒情をたたえた佳品だと思いましたが、如何。
なにゆゑに こゝろかくは羞ぢらふ
秋 風白き日の山かげなりき
椎の枯葉の落窪に
幹々は いやにおとなび彳ちゐたり
枝々の 拱みあはすあたりかなしげの
空は死児等の亡霊にみち まばたきぬ
をりしもかなた野のうへは
あすとらかんのあはひ縫ふ 古代の象の夢なりき
椎の枯葉の落窪に
幹々は いやにおとなび彳ちゐたり
その日 その幹の隙 睦みし瞳
姉らしき色 きみはありにし
その日 その幹の隙 睦みし瞳
姉らしき色 きみはありにし
あゝ! 過ぎし日の 仄燃えあざやぐをりをりは
わが心 なにゆゑに なにゆゑにかくは羞ぢらふ……
>>101 たしかに云われてみれば、大理石で出来た「現実の」歩道の質感は、
ごつごつとしているものなのかもしれないが。
ただし詩の最初にも“床は晶玉”とあるし、現実のそれをではなく、
たとえば磨き上げられた美術館の床の様なものをここでは読み手がイメージ
する方が、むしろはるかに自然かと自分は思いますが、如何でしょ(笑
すーい、すいっと。
詩への評価それ自体への反論はないっす。
それこそひとそれぞれだし、ユーモアがあり可愛らしい作品だと思うよ。
んー、詩人には舞台について具体的イメージがあったと思うのですよ。
探偵、と出た時点ですでに高尚であることは捨ててますから、
選ぶ語はしゃれたものでなくとも具体的な舞台が想起されればいい。
晶玉の床、玻璃(硝子=ラメ?)の上着、十字路の噴水、大理石の舗道、で南欧の古都市かなと思ったです。
すべって、はひたひたとした足どりの比喩ですから、スケーティングではおかしい。で、手練れと見ました。
私の読みって変かな? 喧嘩するつもりじゃないので、そのへんも間違えないでくださいね。お願いします。
大理石とすべるのイメージ、それぞれで面白いですね。
デルヴォーの絵みたいだと思ったのは、ぱっと見ただけでは、探偵と殺人者が別なのか、同一なのかわからない所です。う〜ん、わからん。
うーん。
舞台装置「だけ」をリアルなもの、具象的なものと見るのは
やはりちと無理がある様な。自分にはあくまで“玻璃の衣裳”は
ガラスもしくは水晶で出来た衣裳だし、“床の晶玉”もそう。
だいたい、「玻璃」、「晶玉」と来てその上での「大理石」だもの、
ここは尚更、ツルピカでないといけない気が、少しだけ依怙地に
なりつつある俺のキモチと共に、いや増しに(笑
で、“すべつてゆく”が「すーい、すいっ」になってしまうのは、
それを比喩としてというか、詩の言葉、あくまで異化のスイッチとして
捉えたかった自分には、いささか陳腐(まぁ強いて云えばだが)に思えたし、
だからこそ、そんな絵を引き出しかねない「大理石」という言葉の
その処理の仕方、もうちょっとどうにかならなかったのかなぁと、
(とにかく
>>100の時点では)思ったというだけなんですが。
…でも今あらためて読み返してみて、やっぱ「すーい、すいっ」
(つーかむしろ「つつーと」滑降するイメージ)で良いんじゃん?
とか自分、思ってしまったよw いや本当にww
>>105 デルヴォーって画家、知りませんでした。同じ人物が繰り返し登場する絵が
多いみたいですね。何か、
>>99と特に結びつく一枚があるのかな?
枝より枝を渡る風は
明き夏とまた暗き日に、
黒き梟と白き鳩鳴く
老木の梢をゆする。
木の葉に滴る雨の声、
やさしくも又ものうきは
さすらふ身には一歩々々
「悲しみ」の忍び泣く音と聞かれずや。
緑より黄に、黄よりして紅に
また黄金色より黄金のいろに
木々の梢の老い行けば、われは
秋より秋に散りて行くわが「過去」を思ふ。
林は聳えたる頂よりして頂に
紅の槲と緑の松を動せども
吹く風は厳かに声を呑みたり、
かの「苦み」と「海」の如くに。
>>108 デルヴォーの『傍観者たち』です。
ぎたる弾く
ぎたる弾く
ひとりしおもへば
たそがれは音なくあゆみ
石造の都会
またその上を走る汽車 電車のたぐひ
それら音なくして過ぎゆくごとし
わが愛のごときも永遠の歩行をやめず
ゆくもかへるも
やさしくなみだにうるみ
ひとびとの瞳は街路にとぢらる。
ああ いのちの孤独
われより出でて徘徊し
歩道に種を蒔きてゆく
種を蒔くひと
みづを撒くひと
光るしやつぽのひと そのこども
しぬびあるきのたそがれに
眼もおよばぬ東京の
いはんかたなきはるけさおぼへ
ぎたる弾く
ぎたる弾く。
もとより強力な論理性には乏しいこの作品の、それでもまぁなんとか、
有り得べき内在的なルールを、どのあたりから引っ張って来ているかが、
自分とあなたがそれぞれに描いているものの違いにも繋がるんでしょう。
こんなハメになり(苦笑、何度も繰り返してあの詩を読んではみたが、
どうしても自分には、中後半になってやっと出て来たものを優位に、
それ以前を軽く流す様にしては、この作品の絵は描けないんだけどね。
>>111 ごめんね。また何か良い詩があったら紹介してくださいね。
>>110 ぐぐる先生に聞いたけど、無かったよ(ノД`)
また機会があったら図書館をあたってみますね。
絃は張られてゐるが もう
誰もがそれから調べを引き出さない
指を触れると 老いたかなしみが
しづかに帰つて来た……小さな歌の器
或る日 甘い歌がやどつたその思ひ出に
人はときをりこれを手にとりあげる
弓が誘ふかろい響――それは奏でた
(おお ながいとほいながれるとき)
――昔むかし野ばらが咲いてゐた
野鳩が啼いてゐた……あの頃……
さうしてその歌が人の心にやすむと
時あつて やさしい調べが眼をさます
指を組みあはす 古びた唄のなかに
――水車よ 小川よ おまへは美しかつた
旅のシムボルとして雷と雨が来た
われわれは幾何学者が考えたこともない
不思議な楕円を描いたのだ
一つ江戸寄りの駅場にやつとのことで
疲れた女神のように着いた
ただ杏子の樹のように背の高い男は
アメリカ人に会うために急いだ
われわれは二級酒にワンタンを食べるために
最後にも最後があるために
仕立屋のように座つてみた
会話の記憶を失くしたが
われわれには名誉を捨てたという名誉があつた
それさえ捨てるべきだという記憶が残る
もう夏の記憶は
秋だ
野分の夜半こそ愉しけれ。そは懐しく寂しきゆふぐれの
つかれごころに早く寝入りしひとの眠を、
空しく明くるみづ色の朝につづかせぬため
木々の歓声とすべての窓の性急なる叩もてよび覚ます。
真に独りなるひとは自然の大いなる聯関のうちに
恒に覚めゐむ事を希ふ。窓を透し眸は大海の彼方を待望まねど、
わが屋を揺するこの疾風ぞ雲ふき散りし星空の下、
まつ暗き海の面に怒れる浪を上げて来し。
柳は狂ひし女のごとく逆まにわが毛髪を振りみだし、
摘まざるままに腐りたる葡萄の実はわが眠目覚むるまへに
ことごとく地に叩きつけられけむ。
篠懸の葉は翼撃たれし鳥に似て次々に黒く縺れて浚はれゆく。
いま如何ならんかの暗き庭隅の菊や薔薇や。されどわれ
汝らを憐まんとはせじ。
物皆の凋落の季節をえらびて咲き出でし
あはれ汝らが矜高かる心には暴風もなどか今さらに悲しからむ。
こころ賑はしきかな。ふとうち見たる室内の
燈にひかる鏡の面にいきいきとわが双の眼燃ゆ。
野分よさらば駆けゆけ。目とむれば草紅葉すとひとは言へど、
野はいま一色に物悲しくも蒼褪めし彼方ぞ。
116 :
吾輩は名無しである:2007/09/09(日) 12:09:33
あまりにうつくしいこの
昼さがりの容姿を見て、ぼくは初秋の
絢爛に胸を衝かれる。後悔をもたらす、
犯してしまった過ちへの責めを測る、
あの季節が警告する声をきいて。
空が青い、初々しい大地のうえに
神が架けたはじめての天のように。
祝福されたばかりの海は、はてしない
空のすべすべした鏡だ。
樹々に残った多くない葉のみどりは、
少年たちの水彩絵具に似て生々しい、
また、パッションの赤に燃えるのもある。
家も野畑も、世界ぜんたいも、いま、
創られたばかりのようで。あまりのうつくしさが
心に悲しく、目を眩ませる、束の間だけ。
怠惰の時間に倦んで耳を澄ますと、
おこぞかな警告がきこえる、ものたちの、
そして深淵の声がきこえる。
彼が背いた原初の希望の声が、
暗い終末以前の、明るかった太古の声が。
天の闇なめらかにしてなめくぢの大群渡りゆきたる銀河
119 :
吾輩は名無しである:2007/09/10(月) 22:05:54
おれはうまいぎょーざくって
うくいやきめしをくう
うまいたこやきくって
うまいかれーをくうそしてくいおわったら、おれはおまえにこういう、
さあしんでないつるでもみにいこうぜ
120 :
吾輩は名無しである:2007/09/10(月) 22:07:52
たっとるだけでもすごいやつはすごい
はねなどいらんで おれはすごいから
おれさまよきんいろになれ
おれのもなになるかというたらあたしはもうとっくにあなたのものになってるわ
といわれたんや
やったぜとっくにや
心にかすかな風が吹いてくる、
おまえが飛んでくる、まっしぐらに飛んでくる、
そして、フィルムに込められた愛が
魂の袖をつかみ、
忘却のもとから、まるで鳥のように
一粒ずつ盗み出してゆく――だけど、それが何だというのだ?
ばらばらにはさせない、
たとえ死んでも、おまえは生きている――
全部ではなく、百分の一だけ、
ひっそりと、夢の中、
おまえはどこかの野原をさまよっているようだ、
境界の向こう側を。
いとおしいもの、目に見えるもの、生あるもの
すべてがその飛翔を繰り返す、
もしもレンズの天使が
翼でおまえの世界をつつむなら。
122 :
吾輩は名無しである:2007/09/16(日) 00:27:40
>>30 すごい亀だけど、出典教えて頂けますか?
お願いします。
123 :
吾輩は名無しである:2007/09/16(日) 03:40:20
やはり詩はすばらしい。
小説ならば
誰でもかけるが、詩は選ばれた人間にしか
具現化できない。
夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しづまりかへつた午さがりの林道を
うららかに青い空には陽がてり 火山は眠つてゐた
――そして私は
見て来たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた……
夢は そのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ
忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには
夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう
愛しつつ歎きつつ躊躇いつつあるひとびとよ、
遁れよ、われらの領国に。
そこできみらは享受しよう、快癒しよう、
腕とことばとは柔らかにきみらに纏おう。
ゆらめく宮居にただよいさざめく
つややかに真白い肉体、珊瑚の唇、
髪は岩礁の枝々にからんで
近づいてはまた渦にあなたへはこばれる。
わずかにあたりを照らす蒼い燈火、
揺れあう柱、旋回するその台座――
顫音とともに進む波は
観想と安息の浄福へ揺すぶりまねく。
しかし 思うことと歌うこと
そして喜悦のゆるい流れに きみらが疲れるときは
ひとつの接吻がきみらに触れる、そしてきみらは溶けてたゆたい
ただ浪として高まり沈む。
雨は一本の指で窓ガラスをはじいた。
窓は内側に開いた。窓から見えるいちばん奥に
見知らぬ人の顔と何かの音――きみの声だって?
きみの声はきみの耳を信じなかった。
次の日 太陽は野を沈んで行った
農夫が鎌と熊手とを持って泥炭地の底におりるように。
きみは路に出て叫んでいた
何を叫んでいるかもわからずに。
一瞬きみは叫びやめて微笑った――
きみの声というパラソルの蔭で。
ほら、あたりをぱっと明るくする
バラ色のパラソルがあるだろ?
そんな傘をさして 公園の垣根に沿って
散歩していてね ふと立ち止まって 傘の蔭で
にっこりする女性みたいだったよ――
きみは突然わかってくれたね――
あれが自分の真の声だった
あたりの空気にびっしりつまっていた無邪気な声と
響き合う声だったと。
私の道は九月の正午
紫の畑につきた
人間の生涯は
茄子のふくらみに写つている
すべての変化は
茄子から茄子へ移るだけだ
空間も時間もすべて
茄子の上に白く写るだけだ
アポロンよ
ネムノキよ
人糞よ
われわれの神話は
茄子の皮の上を
横切る神々の
笑いだ
風はもはやぼくの髪を優しくは
撫でない、そして裏切者の額よ。
臆病者の首が看守る子供たち、
広場には、たわめらわれた赤い木立ち。
命あふれる優しさで
秋はぼくを磨り減らしてゆく。そして
クーリアの城壁には夏の名残りの
小鳥たちの狂乱が城門を灰色に変えて、
空をひき裂き、ぼくの心の
さざめきを渡ってゆく。
またも聞える
移りゆく水鳥たちの
もの憂くも嗄れた笑い声、
ここオトコーンブの岸辺に
ぼくらへの挨拶と夕べとを分かつ
不意に打つ山鳩の音。
まさにあの一瞬は象徴のうちに屈して、
死のなかで、いまこの一瞬は生きている。
ぼくの領土はあなたを離れ、たちまちに
移ってゆく、窓辺の
黒い風に吹かれながら、泉の水は
しめやかに雨に打たれている。
好きなのに まだ苦痛に さいなまれる
子守歌のような 言葉を さがす
雨の音 言葉のむだ
考えて下さい 言の葉のなかに
雨の音が聞こえるのです 脱穀の音ではありません
雨が屋根にあたるのです 私のひたい
私のひつぎに 流れ落ちたのです ひたいが白くなり
悪寒が消え 誰かが眠っていました
眠っていたのです……
すきまから
水はしみこむ と言われます 並んで
寝て 不平もいわず 見知らぬ人を
待っている人がいる (私は 身を焦がしている)
子守歌を うたって下さい でも 友達としてです
文字通りではありません 両手で やさしく
ここちよく……
眠りがきみをくるむ、樹のように。
緑の葉の中できみは息をする、樹のように。
静かな光の中に、透き通った泉の中に、
私はきみの姿を見た、瞼を閉じ、睫毛に水を掃いて。
私の指はきみの指を探り当てた、柔らかな草の中に。
束の間、きみの脈をとった。
そして、別のところで、きみの心臓の痛みを感じた。
プラタナスの樹のもと、水の辺、月桂樹の茂みの間、
眠りは君を連れてさまよい、
君を散らばせた、私のまわり、私の近くに。
きみの総身には触れられなかった、きみはきみの沈黙と一つだったから。
でも、きみの影が伸び縮みしつつ他の影の間に消えるのを見ていた、
別の一つの世界の中で。きみを捕らえつつ遊ばせていたその世界で。
われらは影たちの与えた人生を生きた者。
重い鈴懸の樹のもと、月桂樹の茂みの中で忍耐強く待つ者を惜しむ。
孤独の中で井戸に語り、己の声の波紋に溺れる者を惜しむ。
われらの汗と欠乏とを分かちながら、われらの報酬を楽しまず、
カラスのごとく、大理石の廃墟の上を太陽の中に沈む友を惜しむ。
われらに与えよ、眠りの彼方に、澄み切ったしずけさを。
131 :
弧高の鬼才:2007/10/07(日) 16:07:18
かの女の白い腕が
私の地平線のすべてでした
132 :
弧高の鬼才:2007/10/07(日) 16:19:11
目を開くと
私には景色が見える
目を閉ざすと
私にはお前の顔が見える
133 :
弧高の鬼才:2007/10/07(日) 16:25:15
シャボン玉の中へは
庭は這入れません
まはりをくるくる廻っています
134 :
弧高の鬼才:2007/10/07(日) 16:30:00
来た時よりはよくなって私は帰る
裸で生まれて来たのだがいまや着て死んで行く
135 :
弧高の鬼才:2007/10/07(日) 16:52:02
笑ふとき
マリイ
ロオランサン
金の輪が浮ぶ
美しいその
瞳の中に
136 :
弧高の鬼才:2007/10/07(日) 17:03:02
パリのきれいな橋の上
河岸の橋 手摺や欄干
きれいなパリの橋の上
河岸の上 橋の上
身投げなんぞはよしたまへ
パリは多くの指環を
水の指にはめてやるのだが
流れる水は再びかへって来るだらうか?
137 :
弧高の鬼才:2007/10/07(日) 17:07:43
砂の上に我等のように抱き合ってる頭文字
このはかない紋章より先に
我等の恋が消えませう
138 :
吾輩は名無しである:2007/10/07(日) 18:18:57
どうして私ははかないのでしょう、と美は尋ねた
移ろいやすいものだけを美と定めたのだ、と神は答えた
この世を去る日まで空を仰ぎ見て
一点の恥もなきことを
木の葉を揺らす風にも
わたしの心は痛んだ
星をうたう心で
すべての逝くものたちを愛さなくては
そしてわたしに与えられてた道を
歩まなければ
今宵も星が風に吹かれた
「自然」とは一つの神殿 立ち並ぶ柱も生きていて
ときおりは 聞きとりにくい言葉を洩らしたりする。
人間がそこを通れば 横切るは象徴の森
森は親しげなまなざしで彼を見守る。
長いこだまが遠くから響きかわして
闇のように光のように広大無辺の、
暗い奥深い一体のうちに溶け合うのに似て、
香りと、色と音とが互いに答え合っている。
たとえば子供の肉のようにさわやかで、
オーボエのように甘く、牧場のように緑いろの香りがある。
――それにまた、腐った、豊かな勝ち誇った匂い、
どこまでも限りなく広がって行く、
龍涎や、麝香や、安息香や、薫香のように、
精神と五感の熱狂を歌い上げる匂いがある。
141 :
吾輩は名無しである:2007/10/08(月) 00:51:11
まんこがまちに逃亡しました
142 :
吾輩は名無しである:2007/10/08(月) 05:34:10
ぼくのおかあさんのおちちにはちゃいろいものがあります
なんだかごつごつしていて
そこだけが けものの腹のように あたたかく
144 :
弧高の鬼才 ◆W7.CkkM01U :2007/10/09(火) 13:35:49
沖の小島の流人墓地
をぐらき墓のむきむきに
ともしき花の紅は
たれが手向けし山つつじ
145 :
弧高の鬼才 ◆W7.CkkM01U :2007/10/09(火) 13:56:19
わがうたをののしる人を
ものいふがままにまかせつ
にごりざけ窓にくむさへ
ともはなきけふの日ぐらし
146 :
弧高の鬼才 ◆W7.CkkM01U :2007/10/09(火) 14:08:35
桃の花さく裏庭に
あはれもふかく雪はふる
明日をなき日と思はせて
くらき空より雪はふる
147 :
弧高の鬼才 ◆W7.CkkM01U :2007/10/09(火) 14:36:57
あたしがこの世に生まれてから
あたしのからだのなかで
いちばんよく生きてきたのは
唇
肛門
そして性器
だからあなたは
あたしを〈愛する〉なんてけしていわなかった
あたしと〈愛をする〉といっただけ
あたしは
三つの場所から順に死んでいくよ
あなたはたぶん
日なたにいるだろうけど
あなたの影はきっと固いよ
みんな、云っとくがな、
生れるってな、つらいし
死ぬってな、みすぼらしいよ───
んだから、掴まえろよ
ちっとばかし 愛するってのを
その間にな。
樹々は黒い大きな塊となって、山々のようにもう動かない。
はてしなく広がる天空は星に埋め尽くされ、
人の吐息のような熱い空気が 眼と頬をそっとなぶる。
おお、神々を産んだ「夜」よ! わが脣に乗せればなんと甘く!
わが髪に籠ればなんという熱さ! 今宵、おんみはわが胎内に
なんと深々と入り来ることか! おんみの春をあますことなく
身籠もった心地して!
咲き出す花々は、すべて私から生まれ出る花。
息吹く風はわが吐息。過ぎゆく薫香はわが欲望。
なべての星はわが眼のうちに収まって。
おんみは声、それは海のざわめきか、野に広がる静寂か?
おんみの声は解しがたい。けれどその声に顔はうつむき、
泣き流す涙は、両の手をこぼれる。
150 :
吾輩は名無しである:2007/10/09(火) 23:22:39
おんみwwwwwwww
151 :
吾輩は名無しである:2007/10/10(水) 12:04:26
ある夜倉庫のかげで聞いた話
「お月様が出ているね」
「あいつはブリキ製です」
「なに ブリキ製だって?」
「ええどうせ旦那 ニッケルメッキで すよ」
(自分が聞いたのはこれだけ)
152 :
吾輩は名無しである:2007/10/10(水) 12:18:16
おんみwwwwwwwwwwwww
153 :
黒蟻:2007/10/10(水) 13:50:17
疾風が砂を動かす
行路難行路難
蟻は立ちどまり
蟻は草の根にしがみつく
疾風が蟻をころがす
転がりながら
走りながら
蟻よ
君らが鉄亜鈴に見えてくる
154 :
夕焼:2007/10/10(水) 13:56:52
風のふくあたりに忘れられた
草の葉と砂を盛った小さな食器
ああ
この庭の
ここに坐つて
家庭の遊戯をして遊んだ
それらの手
ちりぢりに帰ってしまつた手を思へば
それらの髪
それらの着物の匂ひもきこえるやう
155 :
吾輩は名無しである:2007/10/10(水) 14:17:45
オント!
156 :
吾輩は名無しである:2007/10/10(水) 14:19:47
星とひとでをぬひつける
海と母とをぬいつける
157 :
蝶:2007/10/10(水) 14:25:01
やがて地獄へ下るとき
そこに待つ父母や
友人に私は何をもつていかう
たぶん私はふところから
あおざめやぶれた
蝶の死骸をとりだすだろう
そうして
158 :
弧高の鬼才:2007/10/10(水) 14:44:26
(シ戻′Α`。);。゚;。(シ戻′Α`。);。゚;。(シ戻′Α`。);。゚;。(シ戻′Α`。);。゚;。(シ戻′Α`。);。゚;。(シ戻′Α`。);。゚;。(シ戻′Α`。);。゚;。
自作
大空も 大地も風も 沈黙を守り
獣と鳥が 眠り覚めやらぬころ
夜が星くずの 馬車を引き廻し
波浪も立てずに 海原が寝静まる塒、
見守る 思う 燃える 涙に昏れる、いつも
眼に浮かぶは 甘い苦しみで苛む女。
わがさまは 怒りと悲しみの戦いの明け暮れ
ひとり女を偲べば ひととき安らぎの甦る。
かくして 生ける清泉から噴しる
苦さと甘さ それを糧に生きるわたし
かの手のみに 癒され傷つけられて、
懊悩が 対岸に尽き果てるのを恐れ
一日に千度みまかり 千度生き返る、
かくも わが救いから遠く離れて。
160 :
吾輩は名無しである:2007/10/11(木) 00:29:32
未来は手のひらのなかに
物語の主人公はきみだ
ながい毛がしらが
162 :
吾輩は名無しである:2007/10/11(木) 05:36:43
わたしかなしい女の子ですか?
163 :
吾輩は名無しである:2007/10/11(木) 07:45:40
今夜おれはおまえの寝息を聞いてやる
おれはおまえがおまえの仕事に忠実であることをほめてやる
おれが警察から警察へまわされていたとき
おまえはささやかな差入れものをかかえて次々とまわって来た
それは白い卵をかかえて巣移りする蟻のようだった
しかしそのためおまえがおまえの仕事を少しでも怠るのであったらば
おまえの心づくしを受け取ることがおれにできなかったろう
やがておれが刑務所へまわったとき
おまえはふたたび手を振ってやって来た
しかしもしおまえが
おれたちの引き裂かれたことをおまえの仕事を高めるモメントとしているのでなかったならば
おれは面会所で編笠を取ることができなかったろう
おまえはいつも仕事に忠実であったし今も忠実である
おまえはあした仕事を追うて川越へ行く
おまえは一人でさっさと支度をし
いまはかすかな寝息をたてている
おれはおまえの寝息をかぞえ
おまえの寝息の正確なことをほめてやる
正確な寝息は仕事にまめまめしいもののものだ
おまえはおまえの仕事に常にこまめやかに
それ一つでいい
かつて引き裂かれたおれたちはまた引き裂かれるかも知れない
しかしおれたちがおれたちの仕事にそれぞれ忠実であるかぎり
おれたちを本質的に引き裂く何ものもない
すべての手段を奪ったものも献身による手段を奪うことはできない
おれはおまえの寝息をかぞえてその安らかなことをほめてやる
未来にわたって安らかにあれ
仕事に忠実であることの安心の上に立って
こがらしの果てはありけり海の音
ためらひながら他見する恋のうつり気、
ひとりの少女から、
またほかの少女へと心をうつすたのしさ。
つつましいひかへめがちの娘から、
はれやかな吸ひ寄せるやうな脣の娘へと、
とりとめもなくとんでゆく心の憂鬱。
あをい葉はしげりあつてわたしをおほひかくし、
いつとなく流れでるわたしの秘密をまもる、
うつくしく化粧した叔母さんのやうに、
わたしの慈悲をそだて、
わたしのほのじろい背中に健康の祈りをさしむける。
けれどわたしの破れゆく心はとまらない、
あめ色のはだか馬のやうに眼もなくはねまはり、
そのきずついた蹄のそばに恋のまぼろしを織りつづける。
166 :
吾輩は名無しである:2007/10/12(金) 06:12:34
しんきくさ〜
167 :
吾輩は名無しである:2007/10/12(金) 22:40:37
おんみ
168 :
吾輩は名無しである:2007/10/12(金) 23:08:21
>>122 こちらもすごい亀ですがRENTのwithout you です。
きんらんどんすで
首しめられて
花嫁ごりょうは
なぜ泣くのだろう
あねさんごっこの
花よめ人形は
荒縄しばりの
おしおきしましょ
このやのあるじは
花よめぎらい
着せてあげましょ
血まみれ衣装
家族あわせの
おいのりしましょ
のろいのろわれ
十五夜お月さん
赤いかのこの
ふりそでのまま
かわいい子守は
生埋めしましょ
家族あわせにゃ
花よめいらぬ
よそから吹く風
みな地獄ゆき
170 :
吾輩は名無しである:2007/10/13(土) 00:41:42
>>170 w
寝ろじゃい
寝ろじゃい
母は鬼
寝なきゃ 山まで捨てにゆく
ねんねんころり地獄まで
寝ろじゃい
寝ろじゃい
母は鬼
真赤な薊切ってきて
白髪に挿して見せにこい
本性まるだし 赤よろし
仮名は変体 ねんころり
ころりころりと みなごろし
172 :
吾輩は名無しである:2007/10/13(土) 11:07:15
>>171 169が作った替え歌かと思ったんですが違うんですね。
173 :
吾輩は名無しである:2007/10/13(土) 15:58:48
替え歌だよ
174 :
吾輩は名無しである:2007/10/13(土) 16:06:59
175 :
吾輩は名無しである:2007/10/13(土) 17:54:45
実は>172は皮肉じゃないのか
176 :
吾輩は名無しである:2007/10/13(土) 17:56:16
寺山をぱくってんじゃね〜よ
177 :
吾輩は名無しである:2007/10/13(土) 22:54:49
引用だろ
178 :
吾輩は名無しである:2007/10/13(土) 23:20:17
普通の人が作ったくだらない替え歌だと思ったって意味じゃないか。
179 :
吾輩は名無しである:2007/10/14(日) 02:12:33
オマージュ
180 :
吾輩は名無しである:2007/10/14(日) 09:34:30
寺山修司の詩はすばらしい。
かずこ、なんどもおまいを捨てた
181 :
吾輩は名無しである:2007/10/14(日) 10:19:34
所詮替え歌
182 :
吾輩は名無しである:2007/10/14(日) 21:15:04
寺山修司ははじめて知ったときにまず衝撃を受け
さらに元ネタを知ったときに別の衝撃を受ける
一葉の ぼくはきみの写真と生きている、嬌声たかく笑っている写真と、
手頸の関節がかりかり音たてている、
指を折り鳴らして、やめようとしない、そのきみを
客人がひしめき訪ねいて悲嘆に沈んでいる、写真。
丸太さけて倒れる音、ラコツィ・マーチの猛勇、
客間のガラスの器、板ガラスや客たちのせいで
ピアノの上、その火の中を指を走らせ不意にとびあがる、その写真
袖の刺繍や小骨の指や、薔薇たち、骰子たちのせいで。
そしてきみは、髪のかたちほどけて、呆然、狂気じみた
椿の蕾を腰帯にさしはさみ、
賛仰むけてワルツを踊った、短いショールを苦悩のように咬み、
冗談いいながら、そしてやっと息をつきながら。
そしてきみは片手で、蜜柑の、皮を揉みくたにして、
冷えた果肉の切れをのみこんだ、
うしろへ、すき透るカーテンのむこうへ急ぎながら
シャンデリアきらめき、ふたたびワルツの汗が匂いはじめた舞踏の広間へ。
このように一つの旋風は沈下してゆくだろう、そしてぼくは賭けた
眼をみひらいて
鉄路に吹き出す蒸気の発作、
回教徒のような闇 針たちに耐えることに。
そしてぼくは明らかにした、
競走馬ではなく、山々の狂気じみた私語ではなく、
あれら薔薇たちがかたむいて
全速力で疾走してゆくのだと。
否、否、否、山々の私語ではなく、
否、否、否、馬蹄の足音ではなく、
それはただ、
それはただ、ハンカチによってきみが結ばれた――ところのものだ。
それはただ、絹レースや夏帽子が、
たましいや腰帯が、
竜巻に拍子あわせ運び去られた靴下が、
かずかずの夢想の中で騒めきながら疾走していくところのものだ。
それらに、それらに――心から笑わせながら、
けれど、完ぺきに、倒れ伏すまでに、
疾走してゆく俵袋たちを羨み
涙でるほど――涙でるほどに!
185 :
吾輩は名無しである:2007/10/14(日) 23:05:31
なんだよ そのビックリマークww
186 :
吾輩は名無しである:2007/10/14(日) 23:06:15
くちびるかんだお七には くやしなみだがはらはらと
どうせあたしはズベ公で ただかりそめのたわむれを まに受け とんだ浮かれ鳥
恋からさめた男には いつでも帰る家がある
家という名の人生が 書物が 理想が 観念が・・・・
だけどあたしに何がある
あなたの他に 何もない
遠くかすかに 夜火事が見える あれはうつつか まぼろしか
消防自動車サイレンならし 風のゆくえを追ってゆく
だましたひとを恨むより 信じたあたしを笑いましょう
どうせあたしは新宿の 口紅無宿のズベ公で 身のほどすぎた恋でした
188 :
吾輩は名無しである:2007/10/15(月) 01:29:22
189 :
吾輩は名無しである:2007/10/19(金) 00:27:38
星空を讀み解く術も知らずして老ゆか萬卷の書に圍まれて
ひとくいどじんのサムサム
おなかがすいてうちへかえる
かめのなかのかめのこをたべる
ななくちたべたらもうおしまい
ひとくいどじんのサムサムとてもさむい
ひとくいどじんのサムサム
おなかがすいてとなりへゆく
ともだちのカムカムをたべる
ふたくちたべたらもうおしまい
ひとくいどじんのサムサムひとりぼっち
ひとくいどじんのサムサム
おなかがすいてしにそうだ
やせっぽちのじぶんをたべる
ひとくちたべたらもうおしまい
ひとくいどじんのサムサムいなくなった
191 :
吾輩は名無しである:2007/10/21(日) 05:25:34
たらこ
隠れた控え目な
ひんやりした泉
クレソンの窪地で
ひっそりと
森の柵のうえで
林檎たちは秋について想いめぐらす
十月の空のなかで
薄い霧と陽の光のあいだで
椋鳥たちの揺れ動くひと群れは
図形と曲線とを描く
たしかにぼくではない
誰がそれらの方程式を解くのだろう?
193 :
C ◆7sqafLs07s :2007/10/25(木) 11:51:49
濁流だ濁流だと叫び流れてゆく末は泥土か夜明けか知らぬ
194 :
吾輩は名無しである:2007/10/25(木) 21:25:14
たらこ
たらこ
たっぷりたらこ
195 :
吾輩は名無しである:2007/10/25(木) 22:21:26
去年、忘年会で踊ったorz
196 :
C ◆7sqafLs07s :2007/10/26(金) 00:35:01
一本の木にも流れている血がある
そこでは
血は立ったまま眠っている
197 :
吾輩は名無しである:2007/10/26(金) 15:01:38
yuuuu
198 :
吾輩は名無しである:2007/10/27(土) 04:14:21
姉が血を吐く
妹が火を吐く
謎の暗闇 壜を吐く
壜の中身の
町内会は
底をのぞけば 身も細る
ひとり地獄を
さまようあなた
戸籍謄本盗まれて
血よりも赤き
花ふりかざし
人の恨みを めじるしに
影を失くした
天文学は
まっくらくらの 家なき子
銀の羊と
うぐいす連れて
あたしゃ死ぬまで あとつける
夕暮れの、ハトの翼の色の、
祝福されし光よ!
僕はまるで墓の中から、
君を目で追うようだ。
感謝するよ、
ひと口ひと口の命の水に、
最後の渇きのとき
君からもらった。
そして君の涼しげな両の手の
ひとつひとつの動きに、
そしてこれほどの癒しを
僕がほかに知らないことに。
感謝するよ、君は希望を
もってゆく、去りながら、
風と雨を織り込んだ
君の服も。
200 :
吾輩は名無しである:2007/10/29(月) 00:29:33
あゝ過ぎさりし 銀幕に
あえかにわかきわが少女
吹く秋風に黒かみを
さらしたる日を歌へとや
かたみにはだをさらしつゝ
愛も誓はでわかれたる
男のかずをひと知るや
けもののみちに血をさらし
千草のかげになみだして
銀幕いくよさすらひの
おかされてきし旅なりき
あゝ母知るや 父知るや
重きうれひの日を過ぎて
小萩は白く野に咲くを
飛べない女がひとりいて、いつも見あげる空でした。
雲の流れる果て遠く、過ぎて行ったはただ一機、父は少年航空兵。
わたしはうそをつきました。自殺もできずに遺書を書き、愛しもせずに人を抱き、ひとの
せりふで泣き笑い。
人生たかが花いちりん。軽い花ならタンポポの、わたさえ空を飛べるのに、
うそでかためた銀幕へ、十九のはだをさらしつゝ、演って極楽、観て地獄!
201 :
吾輩は名無しである:2007/11/01(木) 01:55:05
あかい夕日につまされて、
酔うて珈琲店を出は出たが、
どうせわたしはなまけもの
明日の墓場をなんで知ろ。
水を乾かそうと身震いする濡れた犬のように
鐘楼が鐘という鐘を揺り動かしたとき
大気中には狂った合鐘の音のひとつ
片脚跳びで飛びまわり また遅れて何処に止まってよいのか分からないニ短調の一音符しかもう残らない
手を伸ばしおまえの人差指を水平にすること
何処に行くのかと自分に問う鐘の音は
おまえの指に止まりにゆき そこでひと息いれるだろう
そうしておまえの沈黙と微笑みに包まれて
ニ短調での思い出の気の小さな友情が鳴り響くのをぼくは聴くだろう
鐘の音がとだえるときに
遠ざかりながら鳴り響く
合鐘の残響を
一番新しく完全でこわれやすく熱烈なもの
すっかり震えている記憶が引き受けるもの
――おまえの口づけ、軽く突き出された唇、それが
わたしの肉体を悲しませる 精妙な月が
たそがれの
薄皮に包まれたすばらしい破片であるとき
……それとももし日没が
急がない筋肉のもり上がった巨大な半音階の拳を
巧みに沈黙を破って突き出すとき
――停止した丸一日じゅう
熱心な空間の一瞬が
どんなに恐ろしく真剣に胸を沸かせるかと感じたり
彼女の身体がたぶん触れたとか、ふと
突然、明るく照らし出された息づく丘を目の前にしたりするのは
ちょっとすばらしいことだ
橋のたもとにたたずんだ
このあいだの鳶色の夜のことだった。
遠くから歌声が聞こえてくる。
金色の滴が
震える水の面をわたってゆく。
ゴンドラ、灯火、楽の音――
酔って漂いたそがれとけてゆく……
わたしのこころを
見えない弦が触れ
震える幸せに誘われ
ひそやかにゴンドラの歌を歌っていた。
――それを聞いていた人がいたのだろうか……
205 :
千夏 ◆xwE/hQLGNA :2007/11/14(水) 22:25:14
なんども
サビシイと〜きだけ
そばにいてくれと〜
ワガママな〜ボクを抱きしめて〜♪
やさしくわらったキミをおも〜いだし
な〜み〜だ〜を〜
な〜がして〜いた〜♪
海の青さに〜空の青
南の風に 緑葉の〜♪
207 :
吾輩は名無しである:2007/11/15(木) 00:59:46
私の情熱を支配する男である君は
自然の手で美しく化粧された女の顔をしてゐる。
又、女の優しい心の持主で、ただ女のやうに、
君の心が始終変わるといふことはない。
君の眼は女のよりも明るくて、偽りのために用ゐられることがないのが女と違つてゐる。
それはそれが眺めるものを金色に彩り、
君は男の姿をしてゐて凡ての姿を君が思ふままにし、
それが男の眼を惹き、女の魂を消え入らせる。
君は初めは女になる筈だつたので、
自然が君を作つてゐるうちに女にするのが惜しくなり、
一つのものを加へて、私を敗北させた。
それがある為に、私の望みは空しくなつた。
併し自然は君が女の喜びであるやうにしたのだから、
君の愛を私は自分のものにして、女はそれを借りて大切にすればいい。
私の死骸は柔らかで手袋のよう
光沢のある革手袋のように柔らかで
それに色褪せた瞳のせいで
両目は白い石のよう。
顔の中の二つの白い石
静寂の中の二つの沈黙が
まだ秘密の影を帯びているが
見た目の分しか重さがない。
あのまた
悲しい裸の記憶の塔へ
もどらなければならないのか
黄色い野薔薇の海へ
沈んでゆく光りの指で
そめられた無限の断崖へ
急ぐ人間の足音に耳傾け
なければならないのか
頭をあげて
けやきの葉がおののくのを思い
うなだれて下北の女の夕暮の
ふるさとのひと時のにぎわいを思う
まだ食物を集めなければならないのか
菫色にかげる淡島の坂道で
かすかにかむ柿に残された渋さに
はてしない無常が
舌をかなしく
する
210 :
吾輩は名無しである:2007/11/18(日) 21:16:49
>>168 またまた亀ですが、ありがとうございました。
いま 突風に
吹きよせられ 散らされてゆく
おおくのさよなら、
このようなものだ どんな幸せも。
もし 神が望むなら いつの日か
ふたたび ふり返るだろう、
わたしの求める面差しが
ないならば わたしはもう帰らない。
そう わたしたちは椰子の葉をふるわせているようなもの、
喜びが葉っぱたちを束ねたかと思うと
すぐにみだれ散ってゆく。
パン、塩、そして
孔雀サボテン、
ハッカのにおう寝床、
"語りあった"夜よ ありがとう。
苦しみが刻みこまれた
喉もとに もうことばはなく、
涙にくれる両眼に
扉は見えない。
212 :
吾輩は名無しである:2007/11/19(月) 06:25:32
(覆された宝石)のような朝
何人か戸口にて誰かとささやく
それは神の生誕の日
213 :
吾輩は名無しである:2007/11/21(水) 03:25:56
すれちがつた今の女が眼の前で
血まみれになる白昼の幻想
頭の中でピチンと何か割れた音
イヒヒヒヒヒ・・・・
と・・・・俺が笑ふ声
腸詰に長い髪毛が交つてゐた
ヂット考えて喰つてしまつた
二人がのんだコーヒー茶碗が
小さな卓のうへにのせきれない。
友と、僕とは
その卓にむかひあふ。
友も、僕も、しゃべらない
人生について、詩について、
もうさんざん話したあとだ。
しゃべることのつきせぬたのしさ。
夕だらうと夜更けだらうと
僕らは、一向かまはない。
友は壁の絵ビラをながめ
僕は旅のおもひにふける。
人が幸福とよべる時間は
こんなかんばしい空虚のことだ。
コーヒーが肌から、シャツに
黄ろくしみでるという友は
『もう一杯ずつ
熱いのをください』と
こっちをみてゐる娘さんに
二本の指を立ててみせた。
きみの逃げ先を知らないぼく、ぼくの行き先を知らないきみ、
おお、ぼくが愛したかもしれないきみ、おお、それを知っていたきみ!
いかばかり覚めておもはば憂かりなむ
夢の迷ひになほ迷ひぬる
戸口の下でその長い嘆き声をそっと伝えるもの
高まりそれから和らぐ風の言葉
十一月の闇のなかで口をつぐみ 呻き声をあげる訪問客
影の吐く息 何をおまえは告げるのか 夜の風は?
風はその鳴き声を編む
眠る人たちの夢とともに
戸口の下の孤独を
真夜中の谷間で聴きながら
ねむりについた吾児を抱いて わたしの歩みはしめやかだ。神秘を抱い
てから わたしの心は敬虔だ。
愛の音を低くして、わたしの声はひそやかになる、おまえを起こすまい
として。
いま この両眼で いくつもの顔の中から心底の痛みを探し出す、なぜ
こんなに青ざめた瞼をしているかを わかってもらいたくて。
鶉たちが巣をかけている草の中を 親鳥の思いを気づかいながらゆく。
音をたてずにゆっくりと野を歩く、木々やものものには眠っている赤ん坊
がいるから、身をかがませて気づかっているものの傍に。
風の中で絶えまなく揺れる
花咲ける樹の枝、
絶えまなくあちこち揺れる僕のこころ、
明るい日と暗い日と、
欲望と諦めとのあいだを揺れる、
僕の心はまるで子供。
ついに花々が風に散り
枝が果実だけを身につける。
心が、幼さにみずから飽いて
心の落ちつきを身につけて告白する、
喜びは今も消えない、そしてあの
不安に充ちた生の戯れもむだなものではなかったのだ、と。
金色の小鳥のように
暗がりにふるえる炎、
すぐにマッチは
ぼくの両手の中で燃え尽きるだろう。
どうやら、そんな、
ぼくには永遠に愛しい
青い小さな心が、
その炎に宿っている。
そしてこのゆらめく光のもと、
たとえそれが両手から落ちても、
ぼくはひとつのしるしをたよりに、
まわりのすべてを知るだろう。
残念だ、蝋燭も、
マッチももうない、
小さな煙の輪へと
巻きゆく黄色い光。
楽しみもない、まばゆさもない、
ほんのわずかなあいだだけれど、
僕への贈り物となる
最後の炭のかけら。
おお、僕が詩にともした
一瞬の焔が
儚いマッチにおとらず、
君に喜ばれて生きたなら!
人間はもう終わりだ!
グズばっかりで何も進まねえ
ユメは埋立地に捨てろ
平和なんか一人のバカがぶっこわす
いつか死ぬ いつか絶対死ぬ
いつか死ぬ いつか絶対死ぬ
死んだ後も名を残すなんて
欲のかきすぎだ
誉むる人、毀る人、共に世に止まらず。誰をか恥ぢ、誰にか知られん事を願はん。
誉れはまた毀りのもとなり。身の後の名、残りて、さらに益なし。
迷ひの心をもちて名利の要を求むるに、かくの如し。万事は皆非なり。言ふに足ら
ず、願ふに足らず。
沈黙は 青い雪のやうに
やさしく 私を襲ひ……
私は 射とめられた小さい野獣のやうに
眠りのなかに 身をたふす やがて身動きもなしに
ふたたび ささやく 失はれたしらべが
春の浮雲と 小鳥と 花と 影とを 呼びかへす
しかし それらはすでに私のものではない
あの日 手をたれて歩いたひとりぼつちの私の姿さへ
私は 夜に あかりをともし きらきらした眠るまへの
そのあかりのそばで それらを溶かすのみであらう
夢のうちに 夢よりもたよりなく――
影に住み そして時間が私になくなるとき
追憶はふたたび 嘆息のやうに 沈黙よりもかすかな
言葉たちをうたはせるであらう
月ガ カクレテイル
女ノ髪ノ中ニ。
タクサンノ夢デ
イッパイノ
天ノ百合ガ
オリテクル。
ハカナイ イノチヲ唄デ包ミ
カヨワイ小鳥ノ群デ閉ジコメ
ヒナ菊ヤ黄昏デ
深イトコロヘカクマイ
彼女ノ
肌ノ上ニ
雨ヨ
唄ウガイイ
真珠ノ孤独ナ囁キヲ。
どれほど多くの冬を経たことか
けれども冬至の日は忘れない
冬至の日は一度きり さうして
数へきれず繰り返されて来た
その冬至の日の順序は
しだいしだいに並び――
またとないその日々は
時が止つたと感じられたではないか
わたしはその日をすべて記憶てゐる
冬が半ばに近づくと
雪道は水に濡れ 屋根からしづくが流れ落ち
太陽は氷塊の表面で熱する
愛するものたちは 夢うつつに
互いに せはしなく求め合ひ
木立ちの高みに
椋鳥の巣箱が汗ばんでゐる
時計の針は うつらうつら
文字盤を回るのさへ気怠く
果てしなく永い一日がつづき
抱擁は 終はらない
嵐吹く空にみだるる雪の夜に氷ぞ結ぶ夢は結ばず
年暮れて我がよふけゆく風の音にこころの内のすさまじきかな
冬の日が灰いろの市街を染めた、――
めづらしい黄ろさで、あかるく。
濁川に、向ふ河岸の櫨の實に、
そのかげの朱印を押した材木の置場に。
枯れ枯れになつた葦の葉のささやき、…………
潮の引く方へおとなしく家鴨がすべり、
鰻を生けた魚籠のにほひも澱む。
古風な中二階の危ふさ、
欄干のそばに赤い果の萬年青を置いて、
柳河のしをらしい縫針の娘が
物指を頬にあてて考へてる。
何處かで三味線の懶い調子、――
疲れてゆく靜かな思ひ出の街、
その裏の寂しい生活をさしのぞくやうに
「出の橋」の朽ちかかつた橋桁のうへから
YORANBANSHOの花嫁が耻かしさうに眺めてゆく。
久し振りに雪のふりさうな空合から
氣まぐれな夕日がまたあかるくてりかへし、
櫨の實の卵いろに光る梢、
をりをり黒い鴉が留まっては消えてゆく。
ポプラの木のうえで一枚の葉っぱがかすかに震える
それから空のもう一つ別の先端へと
星がひとつ吃驚した風のなかできらめく
夜は明るい 静けさとざわめきを横切って
あの高い所で喉を鳴らしているのはコオロギか星か
それとも闇の凹みにいる空の黒猫だろうか?
迸る流れは滑り落ち 小声で話しながら去ってゆく
水の手は時間を繰りださせ
それから時の持続は空間に耳傾けようと口を閉ざす
真夜中に月の銀色が生まれるだろう
辛抱づよい星たちが夜のあいだ雨となって降るだろう
いつか教えてもらって、宝ものになってる詩
夜空こそわがこゝろ
闇けれど いよゝ深しや、
歎かひに かつは愁ひに
閉さるゝ身にしあれども
こゝに三つ かしこに五つ
秘めたるは煌めける星。
夜空こそわがこゝろ
闇けれど いよゝ涯なし、
煩悩は星と散らへど
こゝろ海 千尋の底に
宿れるは かの海王の
青白き面ざしにして。
夜空こそわがこゝろ
ひとすぢに白く光りて
横へる銀河を胸に
たゆたひて 流れ絶えせて
わが小さき幸にこそ副へ。
夜空こそわがこゝろ
夕星は 過ぎし日の愛
暁に残れる星ぞ
わがけふの見出でし希望、
東雲の空はなたれて
よしや 影失はるとも。
ありがとう!
やさしい鳥 やさしい花 やさしい歌
私らは 林のなかの 一軒家の
にほひのよい春を 夢みてゐた
鄙びた 古い 小唄のやうに
青い魚
光る果実
ながれる雲 星のにほひ
ちひさい炎
風が 語つて 忘れさせてゆく
淡い色のついた春を 夢みてゐた
ひとつの 古い 物語のやうに……
夜窓の星と 置洋燈の またたきが
祝つてくれた ひとつの ねがひ
優しい鳥 優しい花 優しい歌
ほかの人たちに聞こえぬものをわたしは聞く
はだかの足がビロードの上を歩いて行く
手紙の封印の下の溜息を
ふるえぬ弦のそのふるえを
ときどきすべてから逃れる
ほかの人たちに見えぬものを見る
愛 それはほほえみに包まれている
瞳をおおうまつ毛に隠されている
まだ睫毛に雪が残っているのに
ばらの花が見えるよ茂みの中に
愛が去って行くのを聞いたのはあのとき
初めてわたしの唇があの唇に重なったとき
だが誰がわたしの望みを妨げられるものか
失敗したらという恐怖心にもできるものか
きみの足もとにひざまずかぬようにと
―― 一番美しいのは恋に狂うこと
庭のなかの軽やかな跫音
剪定ばさみのカチャカチャという音
三羽の燕がゆくてをきめる
鶫は大へんやさしく歌う
ほとんど囁かない二つの音符
おまえは牝猫に小声で話しかける
ふりしぼった優しさをおまえが抱くように
このうえない幸福がおまえにあるように
今年一年、このスレで詩をご紹介いただいた方々、
ありがとうございました。
皆様どうぞよい新年をお迎えください。
歌声も酔つてがやがや騒ぐ声も静まつた
あしたは早起き
農家の灯もそれぞれ消えた
休日も終はり若者たちは帰つて行つた
ただ風だけが足の向くまま
草深い小道をのろのろ歩いて行つた
風は若者たちの群れと一緒に
同じ小道を夜のパーティから戻つた
風はドアの前でうなだれた
風は夜の喧騒が嫌ひだ
できれば夜との意見の違ひを
まるくおさめたい
風と夜は――庭の柵を前に立つてゐる
二人とも口論して言ひおさまらない
このもめごとを仲裁しに
道に木々が群れてゐる
235 :
犬:2008/01/07(月) 01:29:21
人の世にふたたびあらぬわかき日の
宴のあとを秋の風吹く
大きな棹を手に 平底の小舟に乗って
川を下る 日暮に
夜といっしょの帰り道 月はおそくなって登る
葦たち皺 睡蓮の葉っぱたち
棹が川の端に触れるとき
木の舟は鈍くひびく
水に棲む野ネズミが川をよぎる
その鼻面が水面をばっさり切る
夜のなか堰がうなり声を立てるのが聞こえる
ぼくが着くだろう大きな河の曲がり角で
暗闇のなかで 桟橋のうえに 立っている
きみはぼくを待つ ぼくは両手をメガホンに変える
ぼくは名を呼ぶ きみは応える ぼくらの跳ね返る声は
水面ですれちがう 親しみをこめて
晩い琥珀いろの午後の 外に、
菊の花々の中に 迷いこんで
彼女のパラソル、青白い風船は
待っている月のように、影の中にゆらぎ動く。
彼女のひそやかなレースと 靄のようにおぼろな髪は
庭の日時計の上に
陽光を蒸留する――それから遠ざかりながら、
再び彼女の意のままに 影を帯びる。
静かに だが突然、星々の
燦めきが彼女のパラソルを包みこむ。
彼女は 私の足音が緑いろの薄明のうしろに、
影よりも静かに ひびくのを聴く。
「来なさい、もう遅すぎる――遅すぎる
ひとりで 光の衰えを賭けるには、
また夕暮も 長く待つ必要はない」――
だが彼女自身の言葉は 夜のもの また私のもの。
静脈を流れる葡萄酒に
わたしの心臓が浮かべられ 連れられていく。
そこで私は大空に船出する
船長のいない心に乗って
密のように忘却の溶け出た地を。
わたしの心臓は星になって現れ
比類なき神々しいものへと漂って行く。
漂流するがよい、不思議な姿に変わったものよ!
ああ 太陽を目指す旅――
ひっきりなしの耳新しい音は
おまえの眠りの命の綱。
わたしの心はこれまでのわたしを去り
形あるものよさらば わたしはもう感じることもなく
救われたかとおもうと 喪失する
わたしは未知のなかにわたしを探し求めよう
記憶から解き放たれたひとつの名を。
別荘では眠っている。風が踵まで吹きつのる庭は、
襤褸切れが波立っている。
木々の帆が三層マストで
飛行する船団のように波立っている。
白樺やヤマナラシの木々が
落葉期のようにシャベルで掻き集めている。
別荘では眠っている。背中を隠して、
ただ子供時代の初めにそうして眠ったように。
ファゴットが低く唸り、警鐘が鈍く鳴っている。
別荘では眠っている。形のない騒めき、
均一な調子の均一な騒めき、
風の猛攻の音にあわせて。
雨が降りしきる。雨は一時間ほど前に始まった。
木々の帆布が波立つ。
雨が降りしきる。別荘では二人の息子が眠っている。
ただ子供時代の初めにそうして眠ったように。
僕は眠りからさめる。ぼくは
始まったものに抱擁されている。思い巡らす。
ぼくはおまえたちが生きている大地にいる、
そしておまえたちのポプラの木々が波立っている。
雨がふりしきる。同じように聖なるものであれ、
彼らの無垢な雪崩のように……
しかしもうぼくは半ば眠っている、
ただ子供時代の初めにそうして眠ったように。
雨がふりしきる。僕は夢を見る、
地獄に引き戻され、そこではみな陰謀ばかり、
子供時代の女たちを苦しめる伯母たち、
そして子供たちは結婚で悩ませる。
雨が降りしきる。僕は夢を見る、みんなの中から
自分が選ばれて学問の巨匠のところへ連れて行かれたのだ、
そして僕は粘土を捏ねる騒めきの音にあわせて眠っている、
ただ子供時代の初めにそうして眠ったように。
夜が明けてくる。霧がたちこめるサウナの霞煙、
バルコニイが、艀のように、流れて行く。
筏のように、――流れゆくひとつまみの灌木、
そして雨雫に汗ばんだ柵囲いの割り板。
(ぼくは続けて五度おまえたちを見た。)
眠れ、過去よ。人生の長い夜になって眠れ。
ぐっすり眠れ、バラードよ、眠れ、英雄譚、
ただ子供時代の初めにそうして眠ったように。
静寂の夜。静寂。きみは待つのをやめた。
ほとんど平和だった。
ところが突然きみの顔に触れる
この場にいないひとの生々しい感触。あのひとはきっと来る!
それからばたんと鎧戸を閉ざす音。
風がつのった。少し遠くで
海がおのれの海鳴りに溺れている。
だいたい夜は独りで家の中で
ろくでもないこと考えてるあいだに終わっちゃうね
いつ電話してもいないっていうけど
頭の中で爆音で音楽が鳴ってるから聞こえねえよ
迷子になった覚えはない
スピードに乗ってる実感もない
でも最後に飛び乗ったわけもないぜ
真夜中の星空の時間
その子はまだ目を開けてたどろうとしている
うまくたどり着くだろうか 眠りの国へ向かう道
心は夜のなかで旗のようにはためいて
どれほど愉しかったことか、今朝の
めざめるまえのひとときに!
ぼくは人間でいて、どこまでもつづく
あかるい浜辺だった。
金色のしずかさと遠い
水平線と海。
目のとどかない、深さもはかれない
海のそこには、
小さな石が一個、ぼくのために、ほんの
ちょっとした宝もの。
この小石のために、ざわめき、笑っていた、
青い無限のひろがりが。
やはらかに
ひとつのたまのやうにしづまり、
おまへは ふかいさかづきのおもひをかもしてゐる。
なんといふ美しいおまへのくちびるだらう。
絹のやうにつめたく、
ふくらみのあるおもたさ、
さうして こころもちゆらゆらするやうに
かげをひきながらしづんでゐる。
あれらはどこに行つてしまつたか?
なんにも持つてゐなかつたのに
みんな とうになくなつてゐる
どこか とほく 知らない場所へ
真冬の雨の夜は うたつてゐる
待つてゐた時とかはらぬ調子で
しかし帰りはしないその調子で
とほく とほい 知らない場所で
なくなつたものの名前を 耐へがたい
つめたいひとつ繰りかへしで――
それさへ 僕は 耳をおほふ
時のあちらに あの青空の明るいこと!
その望みばかりのこされた とは なぜいはう
だれとも知らない その人の瞳の底に?
これまで僕には分からなかった――
どうして僕のもとに星のカタログがあるのか?
カタログには一千万の
宇宙の電話番号、
さまざまな蜃気楼や世界の
一千万の電話番号。
またたききらめく満天の星、
世界創造の加入者リスト。
僕は星の呼び名を知っているから、
その電話番号も見つけ、
地上の順番がくるのを待ち、
鉄のアルファベットを回す。
―― A ― 一三 ― 四○ ― 二五
僕は知らない、どこに君を探したらいいのか。
うたいだす電話機の振動板、
「こちらはオリオン座のアルファ星。
私は旅の途中、私はいま星なの、
私はあなたを永遠に忘れてしまったわ。
私は星――明けの明星の姉妹、
私の夢も見てほしくない、
あんたなんかもう用はないわ。
三百年たったら電話して」
なかぞらのいづこより吹きくる風ならむ
わが家の屋根もひかりをらむ
ひそやかに音変ふるひねもすの風の潮や
春寒むのひゆる書斎に 書よむにあらず
物かくとにもあらず
新しき恋や得たるとふる妻の独り異しむ
思いみよ 岩そそぐ垂氷をはなれたる
去年の朽葉は春の水ふくるる川に浮びて
いまかろき黄金のごとからむ
鳥たちの歌うときではないのかと
おまえは小枝ひとつで試みる風のなかにある、
小雀のように濡れそぼった
ライラックの一枝よ!
雫たちには――カフスボタンの重さ、
そして園生はまばゆくて盲いさせる
広い河域のように、百万もの
青い泪をしたたらせふりかけられて。
ぼくの憂愁にあやされ
そしておまえゆえに棘のなかにあって、
もう今は昨夜園生は蘇り、
ひくくつぶやきはじめ、匂いはじめた。
一夜じゅう小窓ひとつを叩いていた、
そして鎧扉ががたがた鳴っていた。
不意に湿ったすえたにおいが
衣服のうえを走った。
あれらさまざまの呼び名や季節の
奇しき目録に目覚まされて、
今しがたの一日は
アネモネの眼であたりを見回す。
銀の時計のつめたさは
薄らあかりのZの字に、
君がこころのつめたさは
河岸の月夜の薄あかり。
薄いなさけにひかされて、けふもほのかに来は来たが、
心あがりのした男、何のわたしに縁があろ。
空の光のさみしさは
薄らあかりのねこやなぎ、
歩むこころのさみしさは
雪と瓦斯との薄あかり。
思ひ切らうか、切るまいか、そつと帰ろか、何とせう。
いつそあの日のくちつけを後のゆかりに別れよか。
水のにほひのゆかしさは
薄らあかりの鴨の羽、
三味のねじめのゆかしさは
遠い杵屋の薄あかり。
かるい背広を身につけてじつと凝視むる薄あかり。
薄い涙につまされて、けふもほのかに来は来たが。
銀の時計のつめたさは
薄らあかりのZの字に、
君がこころのつめたさは
青い月夜の薄あかり。
恋か、りんきか、知らねども、ほんに未練な薄あかり。
思ひ切らうか、たづねよか、ええ何とせう、しよんがいな。
空気がぬるみ
沼には鷺百合の花が咲いた
むすめたちは
みなつややかな黒髪をすべらかし
あたらしい紺のペッティコートや
また春らしい水いろの上着
プラットフォームの陸橋の段のところでは
赤縞のずぼんをはいた老楽長が
そらこんな工合だといふふうに
楽譜を読んできかせてゐるし
山脈はけむりになってほのかにながれ
鳥は燕麦のたねのやうに
いくかたまりもいくかたまりも過ぎ
青い蛇はきれいなはねをひろげて
そらのひかりをとんで行く
ワルツ第CZ号の列車は
まだ向ふのぷりぷり顫ふ地平線に
その白いかたちを見せてゐない
たをやかに陪蓮(ヘレン)のきみは
古き代の尼夏(ニケ)の小舸にさも似たり。
波かをる海原しのぎうねうねと
さすらひの羸(みつ)れやつれし人のせて
ふるさとちかき水阿(みさき)かな
けながくも浮世の波にうらぶれの
われにしあればさく花のたけ髪きよき
昔たくみの面立や罔両(みづはめ)の女精の俤したはるる。
在りし日の希臘のひかり
また在りし羅馬のさかり。
眺めやる杳けきをちにまかがよふ
窗辺にいより彳める神の聖像(かたち)か
おん手には瑪瑙の燭のとぼしして
神の御国を天降(あもり)りけむ
あはれまた美神の俤しぬばるる。
髪の毛をおどらせて
きんぽうげを摘むひと
ここにすみれ
あすこにたんぽぽ
そして大きないばりくさった雛菊
すてきな野を越え
ちょっとばかし哀しい眼つきで
またひとりやってくる
花をつみながら
波はきらめきながら流れて行く――
春はなつかしい恋の季節だ。
羊飼の娘は河のほとりで
心をこめて花環を編んでいる。
匂やかな歓びに自然は萌えいでる――
春はなつかしい恋の季節だ。
羊飼の娘は胸の底から溜息をつく。
『この花環をだれに上げようかしら』
一人の騎兵が河沿いの道をやって来て
晴れやかに会釈をおくる。
娘がおづおづとそのほうを見送ると
帽子の羽根がひらひらと遠ざかって行く。
流れ行く河のなかへ
娘は泣きながら美しい花環を投げこむ。
夜鶯は恋と接吻を歌っている――
春はなつかしい恋の季節だ。
花鳥の日はきたり
日はめぐりゆき
都に木の芽ついばめり。
わが心のみ光りいで
しづかに水脈をかきわけて
いまぞ岸邊に魚を釣る。
川浪にふかく手をひたし
そのうるほひをもてしたしめば
かくもやさしくいだかれて
少女子どもはあるものか。
ああうらうらともえいでて
都にわれのかしまだつ
遠見にうかぶ花鳥のけしきさへ。
かるやかな小舟に乗って
酔いしれた陽光の世界をのがれるがよい、
そして柔和な涙に
きみたちの逃避がなぐさめを得るように!
あわい青や黄金いろの夢に似たわれらの隠れ処、
うっとりとしたよろこびの目眩が
声高な身振りもなしに
そこをおとずれるのを見るがよい。
甘美な戦慄が
きみたちを新しい苦悩のなかにつつみこむことがないように――。
この春を充たすものが
ものしずかな悲しみであるように!
あそこ
碇おろした汽船の煙突から
煙が立ちのぼる。
薄雲を洩れる光は
なつかしい子守唄のやう、
そよ風に漣立つ海の上を
VO――と
低い汽笛が聞える。
海を見下す芝生の上で
いつか とろりと
口笛吹くさへ もの倦い。
つめたいすばやい二つの手が
一つ一つ
闇の繃帯を剥ぎとる
ぼくは両眼をあける
まだ
生きていて
なおも新しい
傷口のまんなかに
金色に照る 日暮れの斜めの光線の中に
静かに輝いて立っている 一群の家々、
秀でて深みのある色どりに
その群れの欒いの晩が花咲いている、一つの祈りのように。
しみじみと一つの家が隣りの家と寄り添って
丘の斜面に、姉妹のように並んでいる。
古めかしくて質朴で、まるで一つの歌のよう、
誰から習ったわけでもない、誰でも知ってる歌のよう。
石の壁、漆喰の壁、斜の屋根
貧と誇りと、腐朽と幸福とが
優しく 深く おだやかに
昼のひかりを 照り返す。
たそがれ時の雨つばめたちには
こらえるどんな力もない この空の青の涼気を
それは かしましい胸からほとばしり
そして流れて 青の涼しさ すべもなし
たそがれ時の雨つばめたちには何もなし
あそこ 空の高み あの雄弁な喚声を
止ますものは おお 勝利
見たまえ 大地は敗走した!
白い泉となって大釜のなかでたぎりながら
とでもいうようだ 口やかましの水はふき溢れる
見たまえ 見たまえ――大地には
空の際から谷間まで居場所がない
灰色に ひとりぼつちに 僕の夢にかかつてゐる
とほい村よ
あの頃 ぎぼうしゆとすげが暮れやすい花を咲き
山羊が啼いて 一日一日 過ぎてゐた
やさしい朝でいつぱいであつた――
お聞き 春の空の山なみに
お前の知らない雲が焼けてゐる 明るく そして消えながら
とほい村よ
僕はちつともかはらずに待つてゐる
あの頃も 今日も あの向うに
かうして僕とおなじやうに人はきつと待つてゐると
やがてお前の知らない夏の日がまた帰つて
僕は訪ねて行くだらう お前の夢へ 僕の軒へ
あのさびしい海を望みと夢は青くはてなかつたと
そういう人もいる
つまり、みんなではない
みんなの中の大多数ではなく、むしろ少数派
むりやりそれを押しつける学校や
それを書くご当人は勘定に入れなければ
そういう人はたぶん、千人に二人くらい
好きといっても――
人はヌードル・スープも好きだし
お世辞や空色も好きだし
古いスカーフも好きだし
我を張ることも好きだし
犬をなでることも好きだ
詩が好きといっても――
詩とはいったい何だろう
その問いに対して出されてきた
答えはもう一つや二つではない
でもわたしは分からないし、分からないということにつかまっている
分からないということが命綱であるかのように
でもたぶんそうだよ。
判らなさの、オブラートが咽頭を撫でもするからきっと、届くんだ。
ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し
せめては新しき背広をきて
きままなる旅にいでてみん
汽車が山道をゆくとき
みづいろの窓によりかかりて
われひとりうれしきことをおもはむ
五月の朝のしののめ
うら若草のもえいづる心まかせに
わたしの好きな五月の姉さん、
せうせうお待ちください、
あなたのおみやげをよろこんで拝見いたしますから。
さつぱりとした五月の姉さん、
おわらひにならないで、
わたしの妙な物言ひぶりをごらんください。
おお もうあなたはお口のあたりに微笑をたたへていらつしやる。
わたしはいま、あさみどりのふくろから いろいろの物をとりだしました。
そつとわたしの手につかんだのは
やはらかな それでゐてしやんとした白いつつじの男花、
それから 手のひらにのせてみたのは
あをい木蔦にからまれた真珠のやうなマアブルのきざみ像、
サイネリアと、あやしい吸枝をふくらませる黄色い蘭の大輪の花、
それから すつとわたしの指にふれてなまめいたのは
わかい女の人たちのよくゆめにみるチユウリツプ、
またにやにやとうすわらひするのは
毛むくぢやらな室咲きのイスピシア、
おとなしくわたしの手にだかれたのは
おもはゆいやうな顔をした淡紅色のばらの花、
そのあとにおともしたのがヒアシンスの紫の花、
ああうれしい、わたしの好きな五月の姉さん、
あさみどりのふくろからまだころびでるのはなんだらう、
水色と紺との羽根をはやし すいすいととぶ銀とんぼ、
ぱらぱらとまくやうにおちてくるのは
さくらんぼ、いちごやぐみの漿実のあられ、
夜と昼とをからみつける
うすくらがりの沈丁花、
くらい樹立にまようてゆく隠し子のやうないぢらしい
野のあらそだちの白い小花の名無し草、
ああ だれもみんなおいで、
わたしはお前たちをみんな抱いてやる、
さうしてかはいがつてやりませう、
ひとりごと言ひながらはしやいでをりますと、
いつとはなしに
しめつぽい雨がふる、
間遠に屋根をうつひつそりかんとした雨が
五月の姉さんの背中をはつてゆく。
わたしの好きな五月の姉さん、
五月はゆめをみる月です、
黄色い花や白い花がみじまひをして
たちうちをする男こひしい闇の月。
手に 口づけするのが 好き
そして ものに
名前をつけるのが 好き
もう一つ 好きなのは
扉を開けること!
それも 広々と開ける――暗い夜に向けて!
頭をかかえ
重い足取りが
どこかで 軽くなるのを 聴き
眠っている森や 眠れない森を
ゆすっている風を
聴く
あゝ 夜なのだ!
どこかで 泉がほとばしり
眠気をさそう
このまま 眠ってしまいそう
どこかで 人が
夜に 溺れる
おお、神さま、ぼくに星をとりにやらせてください。
そうすればたぶん、ぼくの病気の心が鎮まるでしょう……
でも、あなたはぼくが星をとることを望んでいない。
あなたはそれを望んでいない。そしてこういうぼくの生活のなかに、
わずかでも幸福がくることをあなたは望んでいないのだ。
いいです。ぼくはいたずらに嘆きはしない。
岩のあいだに身をひそめている血まみれの小鳥のように、
憎しみもなく、あざけりもなく、ただ黙っていましょう。
おお! でも言ってください。あの星、あれは死なのでしょうか?……
もしそうならあの星をください、溝のほとりに座っている飢えた乞食に、
一スウの銅貨を投げ与えるように。
神さま、ぼくは足をくじいたろばのようなものです……
みんなにお与えになったものを取りあげるのは
恐ろしいことです。そんなとき、ひとは心のなかに
ぞっとするほどの恐ろしい風が吹きすさぶのを感じます。
元気になるには何が必要なのか、神さま、あなたはご存じでしょう。
神さま、思いだしてください、
母が静かに燭台を並べていたあなたの揺り籠のそばへ
子供のぼくが、柊の一枝を捧げたことを。
ぼくがしたことに、少しお返しをくださいませんか。
そして、そうすることで病気のぼくの心が治るとお考えならば、
神さま、ぼくに星をひとつくださらないでしょうか。
だって、ぼくには星が必要なのです。冷たく空っぽの
この暗いぼくの心の上に、今宵それをのせるために。
五月の闇のくらい野を
わが歩みは
迷ふこともなくしづかに辿る
踏みなれた野の径を
小さい石橋の下で
横ぎつてざわめく小川
なかばは草におほはれて
―その茂みもいまはただの闇だが
水は仄かにひかり
真直ぐに夜のなかを流れる
歩みをとめて石を投げる
いつもするわが挨拶
だが今夜はためらふ
ながれの底に幾つもの星の数
なにを考へてあるいてゐたのか
野の空の星をわが目は見てゐなかつた
あゝ今夜水の面はにぎやかだ
螢までがもう幼くあそんでゐて
星の影にまじつて
揺れる光も
うごく星のやう
こんな景色を見入る自分を
どう解いていゝかもわからずに
しばらくそこに
五月の夜のくらい水べに踞んでゐた
おれたちのオーケストラは
気狂い沙汰――
野暮なけものを
鎮めるための
ニッケル板をはりめぐらした
増幅器つきの
バンジョー ジャズ――
リズムを掴まえろ
あの楽譜とやらは
結構なもんだ
さあおい
きっかけの音をくれ
おれを解き放してくれ――
奴らを夢中にしてやるんだ
おれのハーモニーで
さあやってくれ ジミー
だれだって
どこのだれだって
おれ以外にやれるもんか――
楽譜みたいに写せてたまるか
月夜の糸杉を吹く風に
金と輝く獅子座の声を聞いた。
地上の叫びの先ぶれだった。
睡りに傾くこめかみに
花冠の静脈はうっすらと剥がれ
あなたの神秘の海の声は鳴る。
木から塩が出るように
心からぼくは出る。
桂冠の時は、不安な
情熱は、正義なき
祈りは、いま去っていく。
蜜が薫る
露わなあなたの肩に
はかなくも
夢の創造は亡びる。
デルポイの女、あなたのなかを遡る
ぼくはもはや人ではない。密やかに
熱い月が雨と降る夜よ。
それはあなたの目に眠る、
静まり返ったこの壊滅の空に
不在の幼い日は落ちる。
孤独な星座の動きに、
麦粒の砕ける音に、
木の葉の意志に、あなたは
ぼくの内なるものの叫び声となるだろう。
一瞬風は沈黙を守る
それからゆっくり半ば息をする
そしてふたたび口を閉ざす 慎みぶかい呼吸
風は欠伸をする 伸びをする 息を吸う それから吐く
少しずつ大胆になる 風は眠っている人の頬を軽く触れる 眠るひとは手で小さな羽虫を
払いのけようと思う
風は居眠りした鈍いからだに沿って滑るように動く
その耳に囁く その肩にぴったりくっつく
風の腕は目覚めるこどもを抱きしめる
風はうなじを 襟もとを 胸を愛撫する
若い娘は目を閉ざす
それから風の愉悦のために揺すられるままにされる
恋慕流しの伊達男、
聴くは 艶なる町娘、
音のさやけき木隠に
よしなし言の受け渡し。
あれはチルシス、これはアマント、
若さしたたるクリタンドル、
つれなき恋の数々に 深き情の
歌を詠む 優しきダミス。
綾絹の短き上衣、
長く曳く軽き裳裾、
その雅び、そのはれやか、
柔らかく 青き人影、
桃色に朧の月の 恍惚の
中に渦巻く、をりもをり
そよ風の戦くさなか
心遽しく鳴る マンドリン。
今宵、水底に香を焚いて通夜せん夜光蟲の群れよ。
満潮のよする微かな単音が「月の出」の羅針に慴え、
面、青褪めて姉妹は眠る。
……波状線を描いて夜の鮮麗な幻惑は来る。
金貨の旋転に暁の饗宴を賭けるTour du Mondeの船長よ。
想い遠き海のふるさと、この緑なる……
微かなれど鹹湖の底に、あゝ麗しき哉、終夜の珠。
少女がいま校庭の隅に佇んだのは
其処は花畑があつて菖蒲の花が咲いているからです
菖蒲の花は雨に打たれて
音楽室から来るオルガンの 音を聞いてはゐませんでした
しとしとと雨はあとからあとから降つて
花も葉も畑の土ももう諦めきつてゐます
その有様をジツと見てると
なんとも不思議な気がして来ます
山も校舎も空の下に
やがてしづかな回転をはじめ
花畑を除く一切のものは
みんなとつくに終つてしまつた 夢のやうな気がしてきます
その胸をあまたの接吻の下に! 釣り手水器から注ぐ水のように。
泉のごとくに夏が沸き立っても、永久に、とぎれず、でないのだもの。
一夜、また一夜と続くのでないのだもの、ぼくらが手風琴たちの低い唸りを
埃りのおもてから持ちあげ、踏みつけ、ひきずっていくのも。
かつてぼくは老いの年について聞いた。それら予言は恐ろしい!
砕波ひとつ、両手を星たちの上に差しあげはしまい。
信じるなかれ――と予言は語る。牧草地に顔なく、
池々に心臓なく、針葉樹の林に神はない。
たましいを揺さぶれ! 今日はものみな狂熱。
これは世界の正午だ。どこにきみの眼はある?
見よ、空の高見の中、もの想いたちは啄木鳥や雨雲たちの、
松毬たちの、炎暑や針葉の棘の、真白な熱湯へとはせ集まった。
ここで市電のレールたちは途絶えた。
このさき遠く、おつとめするのは松の木たち。このさき遠く、彼らには駄目。
このさき遠く――日曜日。小枝をちぎり
森の空地線はちらばって行く、草の上をすべり流れて。
真昼を漉しわけて、聖霊降臨祭、そぞろ歩き、
木立ちは信じてと頼む、――世界はいつもこうあると。
そのように森の茂みは思いつき、そのように森の空地は暗示し、
そのようにぼくらの上に、更紗の上に、雲たちからふりこぼれる。
こころのなかに さがしもとめてゐる
さりがての ふるへをののく あをじろい ばらのはな、
わたしの つむぎくるまのやうな なやみのなかに、
うすいろの みえわかぬ羽をきて、
おほなみを ゆさぶり ゆさぶり、
ひらかうとしてゐる。
手をうごかせば ちりぢりになってゆくやうな あやふさを
たたへ あふれさせながら、
それともない あのひとつのばらのはなは
今夜 わたしの胸にささやいてゐる。
あなたかわたしが
わたしかあなたを
庭に埋める時があって
のこるひとりが紅茶をすすりながら
そのときはじめて物語を拒否するだろう
あなたの自由も
馬鹿者のする話のようなものだった
言葉には いつか意味がなく・・・・・・
たれこめたうすやみのなかで
おまへの白い顔が いつまで
ほほゑんでゐることが出来たのだらう?
夜 ざわめいてゐる 水のほとり
おまへの賢い耳は 聞きわける
あのチロチロとひとつの水がうたふのを
葉ずれや ながれの 囁きのみだれから
私らは いつまでも だまつて
ただひとつの あたらしい言葉が
深い意味と歓びとを告げるのを待つ
どこかとほくで 啼いてゐる 鳥
私らは 星の光の方に 眼を投げてゐる
あちらから すべての声が来るやうに
トルコ玉色青緑の疾風が過ぎ去る
オームたちは番いをなして
烈しい風
世界 刃の波打つ長剣
一本の木は
鴉どもで湧き立って
燃えずに燃え立つ
泰然自若として
丈高いヒマワリの間に
きみは
光の休止だ
日の光
一つの広やかな明るいことば
母音たちの鼓動
きみの胸は
ぼくの眼の下で熟れる
ぼくの思いは
空気よりもずっと軽やか
ぼくはここにいる
ぼくはわが生命を見る わが死を見る
世界はここにある
ぼくは見る
ぼくは一つの透明に住む
海の藻を少し 髪にからませて きみは
ぼくのところにやってきた。 遠くから
吹いてくる 熱のほとぼりを孕んだ風の匂いを
ぼくは きみのブロンズのからだに嗅ぎとった
――おお、しなやかな きみの五体の
神々の単純さよ――
愛でも苦悩でもない ただの幻か きみは
安らかで 不可避な 必然の影か
きみは たましいに迷いこみ
歓喜のうちに 溶かしてしまう 穏やかな魔法にかけて
南風が 永劫に
連れ去っていけるよう。
きみの手の中の世界の なんと小さくて軽いことか。
霧がくる
小さな猫の足つきで
静かに腰をおろして
港と街を
眺めわたしている
それから動いていく。
ぼくの机はそんなに広くない。そのへりまで胸を押しつけ、
そして肘を憂愁の果てまでのばすほどには、
これほどのヴェルスターを掘削された者の
この地峡をゆるしてほしい。
(いまあちらは夜だ。)その息苦しいうなじの果てへ。
(そして就寝した。)きみの両肩の王国のもとへ。
(そして消灯。)朝にぼくはその両肩を呼び戻したい。
表階段はねむたげな枝でその両肩にふれるだろう。
綿雪によってではなく! 両手でおおいたまえ!――それで十分だ!
おお、苦悩の十本の指よ、列車は北に向かって大吹雪のなかへ
進んで行った、その遅れの合図のような、
主洗礼祭の厳寒の星条とともに!
ま、綺麗やおへんかどうえ
このたそがれの明るさや暗さや
どうどつしやろ紫の空のいろ
空中に女の毛がからまる
ま、見とみやすなよろしゆおすえな
西空がうつすらと薄紅い玻璃みたいに
どうどつしやろえええなあ
ほんまに綺麗えな、きらきらしてまぶしい
灯がとぼる、アーク燈も電気も提灯も
ホイツスラーの薄ら明かりに
あては立つて居る四条大橋
じつと北を見つめながら
虹の様に五色に霞んでるえ北山が
河原の水の仰山さ、あの仰山の水わいな
青うて冷たいやろえなあれ先斗町の灯が
きらきらと映つとおすわ
三味線が一寸もきこえんのはどうしたのやろ
芸妓はんがちららと見えるのに
ま、もう夜どすが早いえな
お空が紫で星さんがきらきらと
たんとの人出やな、美しい人ばかり
まるで燈と顔との戦場
あ、びつくりした電車が走る
あ、こはかつた
ええ風が吹く事、今夜は
綺麗やけど冷たい晩やわ
あては四条大橋に立つて居る
花の様に輝く仁丹の色電気
うるしぬりの夜空に
なんで、ぽかんと立つて居るのやろ
あても知りまへんに。
高くしげつたこの松の木のかたはらに
いざ、やすませたまへ、
木は颯々として、微風のもとに
みづ枝を ゆする。
さればわが潺湲たる 流泉のほとり
笙のひびきは、
きみがまぶたを魅き入れて仮睡に
さそひもしようか。
287 :
吾輩は名無しである:2008/07/13(日) 15:07:46
木の間隠くれに見る ひとの世の美しさ・・・
この詩句の詩と作者を知る人はお教えください。
少し前の時代のフランス詩の部分と思うのだが・・・?。
引用文句は多少違うかもしれない。
ナイルに浮かぶ帆は
歌うを知らない片羽鳥。
もう一つの翼を沈黙して捜す。
空の非在の中に
大理石の白い若い身体をまさぐる。
見えないインクで
青空に絶望の叫びを書く。
とおい他国(よそぐに)でふるさとの
ふるいならわしを守って
あかるい春の祭の日に
一羽の小鳥を空にはなつ。
わが思いややにやわらぎ
たとえ一つの生き物にも
自由をあたえてやれたので
こころはふかく慰められる。
雪が降りはじめる前の一瞬
ひえきった大気のなかで(すでに)雪の匂い
誰れかがランプを手に階段を登る
昼になるまえに(すでに)陽の光
砕ける滴の(すでに)きつい感触
暗い空 雷雨が激しくなろうとするずっと前の
弦楽四重奏 いっ刻止まった弓たち 沈黙は
弾きはじめるまえに(すでに)聴くべくつくられている 最初からの測定
ぼくがあなたに言おうとしていること そしてあなたが(すでに)知っていること
風とひのきのひるすぎに
小田中はのびあがり
あらんかぎり手をのばし
灰いろのゴムのまり 光の標本を
受けかねてぽろっとおとす
はげしい口論だ。ドアが閉まるよりさきに、
突然の声――とっとと出て失せろ!
髪型は縺れて 雨雲の口喧嘩、
そしてショパンの練習曲がとぎれずに流れる奔流。
天才よ、まちがってもきみは
協同組合むかいの白い家でベニザケなど配りはすまい、
いま、月の二つの尾は僻遠の地まで
どこまでも夜の庭の列になってかかっている。
懐かしいリーナよ、この歌の本が
いつかまたそなたの手にはいったら、
ピアノに向ってかけなさい、
過ぐる日そなたと並んで私の向ったピアノに。
まずピアノを早く打ちならして
それからこの本をごらんなさい。
読んではいけません! いつも歌うのです!
どこをあけてもそなたのための歌ばかり。
ああ、白い紙に黒い文字で書かれてみると、
この歌はなんと悲しげに私を見ることだろう。
そなたに歌われてこそ神の御声さながらともなり、
聞く人の心をむしるばかりに打つものを。
空と牧場のあひだから ひとつの雲が湧きおこり
小川の水面に かげをおとす
水の底には ひとつの魚が
身をくねらせて 日に光る
それはあの日の夏のこと!
いつの日にか もう返らない夢のひととき
黙つた僕らは 足に藻草をからませて
ふたつの影を ずるさうにながれにまかせて揺らせてゐた
……小川の水のせせらぎは
けふもあの日とかはらずに
風にさやさや ささやいてゐる
あの日のをとめのほほゑみは
なぜだか 僕は知らないけれど
しかし かたくつめたく 横顔ばかり
音楽は窓から流れ出る
溶けてしまうがいい ぼくたちの骨髄
街ぐるみひっくりかえる
心地よい痙攣のうちに
暗い街に音
きついハンドルをつかって
晦渋なオルガンがつくり出す音
ひろがれ ひろがれ ふるえるたびに
おお 街は音にみちている
あのまたとないリキュールの骨
そいつは耳から またリキュールのグラスの穴から
街に洪水を起すのだ
一つの沈黙が 酔ったメロディの
奥に住む
予感にみちた街じゅうが
深々としたオルガンのなかに汲む
予感は繰返される
建物の張り出しのつくる空間で
いつわりの心臓をもつハンドルは
明晰な音楽に刻みこむ
どんなアラビア人が どんなアフリカ人が
ぼくたちの探すルフランをもっているか
ぼくたちの額の氷をくだくがいい
おお 音楽、いたみをあたえる音楽よ
おやすみ? あ! いいえ 不幸な時間
合わせるべきものをひきさく――
いっしょにいましょう
それでこそ いい夜になるから
あなたのやさしい思いが 夜の逝くのを早めるけれど
さみしい夜が どうしていいものなのか
言うまい 思うまい 聞くまい おやすみと――
それでこそ いい夜となるから
夜がとじ 朝のひかりまで
胸を寄りそう者にとって
夜はいい なぜか 恋人よ
二人は おやすみと言わぬから
生ける身は悲し、ああ、書物みな読み終りて。
逃れる、遠くへ逃れる! 未知の水泡と
天空との間にあって、鳥どもの陶酔を、私は知る。
はかなし、眼に映る年古りた庭園も
大海に浸る心を引きとめるすべもない。
おお、夜よ、素白に護られた空虚な紙を
寂しく照らすわが洋灯も、
嬰児に乳ふくませる若い女も。
出帆だ! 船檣をゆする汽船よ、
異国の自然へと錨を揚げよ!
倦怠は、無慈悲な希望に悶え、いまもなお
薄布をふるまたとない別れを想う。
おそらくは、檣は、嵐をよび、
突風により、難破船上に傾く人々のそれなのか。
檣は見えず、檣は見えず、豊かな島影も……
されど、わが心よ、水夫の歌声に耳を傾けよ。
混乱した騒音、茫漠とした光。
新たな一日が始まる。
薄暗い一室で
二人の身体が横たわっている。
ぼくは頭のなかの
他に誰もいない平原で道に迷う。
もはや数時間が朝の剃刀の刃を研いでいる。
だがきみはぼくの脇で息づいている。
きみは深くて遠いところで
動かずに流れていく。
きみのことを思っても近寄れず、
ぼくの眼できみに触れ、
ぼくの手できみを眺める。
夢がぼくらを引き離し
血液がぼくらをつなぎ合わせる――
ぼくらは心臓の鼓動の川だ。
きみの瞼のしたで
太陽の種子が熟れる。
世界は
まだ実在せず、
時間がためらっている――
確実なものは
ただきみの肌の熱だけだ。
ぼくはきみの呼吸のなかに聞く
存在の潮流の音、
忘れられた原初の音節を。
あゝ 疲れた胸の裡を
桜色の 女が通る
女が通る。
夏の夜の水田の滓、
怨恨は気が遐くなる
――盆地を繞る山は巡るか?
裸足はやさしく 砂は底だ、
開いた瞳は おいてきぼりだ、
霧の夜空は 高くて黒い。
霧の夜空は高くて黒い、
親の慈愛はどうしやうもない、
――疲れた胸の裡を 花瓣が通る。
疲れた胸の裡を 花瓣が通る
ときどき銅鑼が著物に触れて。
靄はきれいだけれども、暑い!
ぼくたちは ほんとにむだにつかってしまったね
まなざしも ことばも からだのうごきも
真っ昼間 ぼんやりと 海をみつめたりなんか してさ
葉っぱにからだをかくしちゃったりしてさ
セミがうんと鳴いてただろ
あっちみたり こっちみたり したのは
あれはね 昔みたものを
もう みたくなかったからさ
たそがれてきて 影が上からおちて
それまで別々だった ぼくたちの影を
おおって ひとつにしたものだよね
近所にちいさな広場が ひとつあったろ
幅は狭いけど けっこう長さは長い 木のベンチが ひとつ
ひっそりと おいてあって
売れ残りの運動シャツが乗っていたなあ
夜は ローソクを吹き消した時のにおいがしていたね
このドアのむこうっかわに星がひとつあるから
その星がしゃっくりしてるから
あれを聴こうよ なんて さそったけど
あれは もうほかに きみをさそう ダシに
するものがなくなったからだけ
ただ それだけだったんだよ。
くちづけはあえて求めず、
ほほえみも賜えとは言わじ、
いずれかを得たるあまりに
しばしさえ驕らざるべく。
あわれ、いな、このわが胸の
せめてもの願いはひとつ
くちづけむ そよとふく風
きみのくちに今触れて来し。
彼女は野原のなかのテントのよう
昼のさかり 夏晴れのそよかぜが
露を干し ロープをみんな弛めてしまい
テントは張り索に囲まれて気軽に揺れている
それを支えている杉材の心柱は
天を指さす小尖塔で
魂の安心立命を表しているのだが
まるでただの一本の綱にも世話になっていないみたようだ
だが 何ものにも厳しく抑えられはせず
愛と思いやりとの無数の絹糸により
四方八方地上の一切と結ばれている
そして夏の風の気まぐれに吹くがまま
一本がほんの少し緊張したときだけ
ごくごくわずかな束縛を意識する
目をつぶると世界が遠ざかり
やさしさの重みだけがいつまでも私を確かめている……
沈黙は静かな夜となつて
約束のように私たちをめぐる
それは今 距てるものではなく
むしろ私たちをとりかこむやさしい遠さだ
そのため私たちはふと ひとりのようになる……
私たちは探し合う
話すよりも見るよりも確かな仕方で
そして私たちは探しあてる
自らを見失つた時に――
*
私は何を確かめたかつたのだろう
はるかに帰つてきたやさしさよ
言葉を失い 潔められた沈黙の中で
おまえは今 ただ息づいているだけだ
おまえこそ 今 生そのものだ……
だが言葉さえ罪せられる
やがてやさしさが世界を満たし
私がその中で生きるために倒れる時に
一種の完全性、それが彼の追求したもの。
彼のつくりあげた詩はわかりやすかった。
掌(たなごころ)をさすように人間の愚かさを知り、
軍隊と艦隊に深い関心を抱いていた。
彼が笑うと、ご立派な議員諸公もどっと笑う、
彼が叫ぶと、小さな子どもたちが通りで死んだ。
うめく風がやみの中を吹くように、
私の願いはあなたの方に狂おしく飛んで行く。
目ざめたあこがれで一杯だ――
おお、私を病みつかせたあなたは、
私について何を知っているだろう!
そっと私は深夜のあかりを消して、
熱にうかされて幾時間も寝ずにいる。
夜はあなたの顔をしており、
恋を語る風は
あなたの忘れ得ぬ笑い声をしている。
昨日 それはわたしが長いあいだ被り歩いて
色の褪せてしまったこの帽子です
昨日 それは流行のすぎてしまった
このみすぼらしい服です
昨日 それはかつて美しかった
そうして今ではこうも空ろな尼寺です
昨日 それは少女の心の
薔薇いろのメランコリヤです
昨日 それは戸惑いしたわたしの心
それは去年のことでした
昨日は今宵 わたしの部屋の中で
わたしの身のまわりの一つの影でしかありません
なにゆえに落つる涙ぞ?
涙ゆえわが眼は曇る。
こはまこと旧きなみだ、
わが眼の底にいと永く留まりしなみだ。
この涙かずかずの姉妹らを持ちたれど、
姉妹らは早やすでに散りゆきぬ、
愁いゆえ、はた悦びゆえに
流れ落ち、闇と風に散りうせぬ。
悦びを、はた悲しみを、われに与えし
かずかずの青き瞳の星々も
霧のごとくに
消え散りぬ。
さてわが恋の思いすら
風のごと、虚しく消えつ。
永く残りてとどまりし、寂しきなみだ
今は流れよ!
灰色の海と 長くのびた 暗い浜
低くたれた 黄色い大きな半月。
舟のへさきが 波かきわけて
やわらかな 入江の砂浜につくと、
おどろいた小波が 眠りから
さめて 燃える小さな火輪となる。
一マイルつづく 暖かい 潮の香のする海岸、
野原を三つ抜けると 農場がみえる。
ガラス窓をそっと叩く マッチをする音
火がつくと 青い火花がとぶ。
恐れと よろこびの 忍び音
あとは たがいに高鳴る 二人の心!
ヴェロナの傳説が
彼女の思ひ出に圓光をきせる、
九時が鳴り出す
ローラは寝る前に髪を梳す。
夜の力を防ぎ止めてゐる
かよわい窓硝子の背後で
ランプが消えた
波の中に沈む花ざかりの小島のやうに。
月光が房のやうにしたたる
ベッドのふちに腰かけて、彼女は思ひます
若者たちを、瓦と芝生を
終らうとする暑中休暇を
やがて彼女は床板のかたくてつやのある
砂濱に膝まづく
彼女は嘆きと音樂で一ぱいな
大きな一つの貝がらのやうだ
自ら知らぬつつましい戀が
早もその裏切をなげいて
夜の祈りのオルガンの響に合わせて
泣いてゐるやうだ
心の振香爐の匂ひが生む
多くの欲念が彼女の祈の心をにごらせる
奥ゆかしい薔薇が一輪燃え上る
長いまつげをとほして眺めやる天上に。
此竹彼竹化去竹
風打之竹浪打竹
飯飯粥粥生此竹
是是非非付彼竹
賓客接待家勢竹
市井売買年月竹
万事不如吾心竹
然然然世過然竹
この竹もあの竹も去年の竹が化けたもの
風に揺れる竹 波打つ竹。
飯も粥もこの竹から生じ、
これにあらずあれにあらずかの竹から出てきた。
賓客を接待できる家の勢いは竹のごとく伸びていき、
市場の商売は年とともに竹のごとく伸びていく。
私の心が竹のごとく真っ直ぐなことは誰も知らずに、
だだこの世は竹が伸びるようにひたすら時が過ぎていく。
主よ、今こそその時です。夏はまことに偉大でした。
日時計の上にあなたの影を投げ、
曠野に風を吹かしめたまえ。
最後の果物がみのるように命じて下さい。
もう二日、彼らに南國の日を惠み、
すこやかにみのらせ、最後の甘き果汁を
熟れた葡萄の酒となしたまえ。
今 家をつくらぬものには もはや家はできません。
今 孤獨のものは ながく孤獨のままでしょう。
夜中にめざめ 書物を讀み ながい手紙を書いて、
木の葉の吹き散るときには、
ここかしこ 並木のなか、靜心なくさ迷うことでしょう。
眠りの中まで雨の音が聞え、
私はそれで目をさました。
雨が聞え、はだ身に感ぜられる。
そのざわめきが夜を満たす。
湿っぽく冷たい無数の声で、
ささやきで、笑いで、うめきで。
流れるように柔らかい音のもつれに
私はうっとりと耳をすます。
きびしく照りつけた日々の、
つれない、ひからびた響きのあとで、
なんとしんみりと、幸福におどおどと
雨の穏やかな嘆きは呼ぶことだろう!
どんなにつれなく装っても、
誇らしい胸の中から、同じように、
いつかすすり泣きのあどけない喜びや、
涙のいとおしい泉がわき出て、
流れ、訴え、不思議な力を解いて、
語らぬものを語らせ、
新しい幸福と悩みに
道を開き、魂をひろげる。
314 :
Madame B:2008/09/24(水) 00:28:21
こんばんは。
薔薇に関する美しい詩を探しています。
先日リルケの果樹園という詩集に掲載されている薔薇XIの日本語訳を
教えていただけませんか?
フランス語版で勉強しているのですが、解釈に自信がありません。
どうぞよろしくお願いします。
315 :
Madame B:2008/09/24(水) 00:32:07
すみません、日本語の文章がおかしいですね。
先日からリルケの果樹園という詩集に掲載されている薔薇のXIをフランス語版で勉強
しているのですが、解釈に自信がありません。
日本語訳を教えていただけませんか?
よろしくお願いいたします。
316 :
吾輩は名無しである:2008/09/24(水) 01:15:59
[483]吾輩は名無しである [] 2008/07/23(水) 17:17:25
AAS
>>466 >>481 引用掲載するときは作者名を記せ。最低の礼儀。
>>316 >>20をごらんください。
ガブリエラ・ミストラル、E. E. カミングスなどとは、こうして再会しました。
>>315 リルケのその仏語詩集(!)の存在は、あるロシア詩人の線から最近知りました。
正直、まだ読んだことがありません。
古本になりますが堀口訳、片山訳など著名な訳があるようですし、
学生さんでしたら、いっそ図書館でリルケ全集を当たられるのが早いかと思います。
ごめんなさい。
お詫びに薔薇の詩。いつもの人のです↓
このばらは
あをき日のゆめを背負うて
なだらかに そのかげをただよはせ、
ふかみゆく そのこゑの羽をねむらせ、
しろじろとながれる 軟毛の媚のさざなみを
それとなく ふりこぼしつつ、
この 真紅のばらのゆれゆれは
すぎさった月の姿をよびもどす。
ゆら ゆらと こころなく
みじろぐ ばらのはかなさ。
秋深み 薔薇の花 散りしける 小庭邊に
われ立ちて すずろにも 心悲しむ。
秋の日の 鈍照りに 秋の日の 靜雨に
咲きのこる 薔薇の花 哀れなるかな。
世はなべて おとろへに うつろへる 頃なるを。
花咲けと いどみよる 水無月の嬉しさも
音をぞ鳴く 鶯の 聲をも知らず。
庭道の 紫苑の 廣花も 賤の花、
薔薇の花 らうたけし 姿を見れば。
かそかにも 匂ひつつ 凍えつつ 枝に咲き、
めでたしや 薔薇の花 いやなつかしく、
寒風に 破られつ はつはつに 殘りたり。
とぼしくも 咲き殘る うつろひの 花なれど
薔薇の花 いつ見れど 薔薇の花かな。
細りとした月が 輕らかな銀絲の綾の裳のやうに、
聖らかな微光を 一面 大理石の石塊の上に
降りそそぎ、壇の上には 螺鈿色の薄紗と眞珠とに
飾られた誰やら處女が、歩み來て夢をみようと思つてゐる。
仄かに光燦いてゐる羽毛に被はれた龍骨で
蘆を掠めて 泳いでゆく 絹を著た白鳥のために、
白雪の積つたやうな薔薇の花を その手は 摘んで
撒きちらし、花瓣は 水に水紋を描いて 弘がる。
心地の良い無人の沙漠、氣も絶え絶えの寂しい孤獨よ、
月によつて 銀箔を貼られた水の渦巻が その水晶の
高らかな反響を數へて 永劫に流れる時、
自ら守る武器として 純粋な叫びを 内より發げずには、
宿命的な天空に輝く夜の嚴肅な魅力に
敢へて 如何なる心が堪へ忍び得られるだらうか。
恋の噴水 生ける噴水よ!
おまえにふたつのばらをささげる。
こやみなき おまえのささやき
歌のなみだのいとしさよ。
しろがねにかがやくしぶきは
つめたい露でわたしをうるおす。
流れろ 流れろ なぐさめの泉!
すぎた日々の思いをささやけ……
愛の噴水 嘆きの噴水よ!
おまえの石には遙けき国への
称えのことばが刻まれている
けれどマリーヤが上をおまえは語らぬ……
ハーレムのほのかなひかりよ!
ここでも思い出は消えはてたのか?
マリーヤも またザレーマも
うつろなあまい夢なのか?
それとも夢の狭霧のなかに
そこはかとなくただよい浮かぶ
そのつかのまのまぼろしか?
ほのかな心のあこがれか?
花びらの波くぐりゆく花むぐり知らずや薔薇は底無しの淵
私の胸の上にねむつたこれ等の花をお前にやる、
棄てる前にしばらく握つてゐるがよい。
私の胸の中に動いてゐるこの心をお前にやる、
あるべかりしを、あらざりしを、
憂ひ且つ夢み、希ひ且つは察するこの心。
私の心の上にかくも重たく、さうして私の胸の火によつて
やけ萎れたこれ等の花をお前にやる。
それ等の中に私の肉の匂いのよろこびも、
子供らしい私の首のかたちをもたづねるな……。
それ等は私の心の上にねむつただけの花なのだ。
憂ひ且つ夢み、希ひ且つは察するこの心の上に。
324 :
吾輩は名無しである:2008/10/06(月) 07:55:01
雲の行方が特に気になるわけでも、
ヘリや飛行機の飛ぶ音が聞こえるわけでもないのに、
何の理由も無く人がふと空を見上げる時は、
大抵の場合その自意識の置き場所を探しているのである。
325 :
吾輩は名無しである:2008/10/06(月) 13:02:01
かたく
かたく勃起した
山崎行太郎のペニス
しかしそんなものは存在しない
61歳の彼はインポテンツであり
しかも発狂しているらしいのである
かわいそうな人だ
恋は昨日よりも 美しい夕暮れ
恋は届かない 悲しきテレパシー
恋は待ちきれず 咲き急ぐ桜
恋は焼きついて 離れない瞳
327 :
吾輩は名無しである:2008/10/08(水) 23:59:44
もうねむい読めない
でもネットも結構使える
あの黒人の言ってた事は本当だった
そんなにさわりだけでもないようになってきた。
本と合わせて見比べればいいじゃんなるほど
325
かたく
かたく勃起した山崎行太郎のペニス
しかしそんなものは存在しない
だがそれに焦がれ粘着する一人のゴキブリ中年女=325がいるww
61歳の山崎はインポテンツであり
しかも発狂しているらしいのである
だがゴキブリ中年女はそんなインポ山崎の売名をしようと
場違いの文学板に山崎毒蛇スレを立てて
狂気の粘着自演をし続けているのであるw
インポ山崎とゴキブリ中年女…発狂しているらしい二人組…
なんとかわいそうな人、いやゴキブリたちだw
>>328 ゴキブリ女が荒らしてるの山崎スレだけじゃないぞw
ゴキブリ女の顔を晒してやろうか
みたらだれでも吐くからやめとくw
あなたは想い起させてくれた
私のなかにそっと隠れていたものを
あなたは私の心の絃に
ささやく夜の風だった
神秘な
息づく夜の呼び声だった
そのとき 戸外には雲が流れ
ふと夢から醒めると
狭い身近の世界が
青く ひろびろとした世界となって
月光を透かした木枝のなかで
かすかに風がそよいでいた
洗濯場の灰色の玻璃窓から、
そこに、秋の夜の傾くのを見た。
誰かしら、雨水の溜つた溝に沿うて歩いて行く、
旅人よ、昔の旅人よ、
羊飼が山から降りる時に
お前の行くところに、急げよ。
お前の行くところに竈の火は消えてゐる。
お前のたどりつく国には門が閉ざされてゐる。
広い路は空しく、馬ごやしの響は恐ろしいやうに遠くの方から鳴って来る。急いで行けよ。
古びた馬車の燈火が瞬いてる、
これが秋だらう。
秋はしつかりとして、ひややかに眠つてる、
厨房の底の藁の椅子の上に、
秋は葡萄の蔓の枯れた中に歌つてる。
此時に見出されない屍、
青白い溺死者は波間に漂ひながら夢みてる。
起つて来る冷たさを先づ覚えて、
深い深い甕のなかに隠れようと沈んでゐる。
22と291の出典求む
絶対見たことがあるはずなのに思い出せない
>>332 >>291 は
『すでに』 クロード・ロワ詩集「時の縁りで」 水谷 清 訳(舷燈社)
水谷さんのロワの訳は同じ出版社から三冊出ています。どれもお気に入り。
>>22 は、わかりません。ごめんなさい。
貼った方がこられるのを気長にお待ちください。
ご自分で探すともっと楽しいかも。
同じ詩集から↓
『捧げもの』
ことばの基本方位での いま
ことばの表側の 裏側の 中心での ここに
ことばの蝶の翅の息づかいでの おそらくは
ことばのため息と微笑とのあいだの むかし
爪先立つことばのたゆたい 明日
低声でよぶおまえの名の 静かな明るさ
わが心を明るく照らす
夜の青いちからをもって、奥深いところに
月と 星宿の姿とが現われ出る、
とつぜんな雲の裂け目から。
魂のほのおが その洞穴から立ちのぼり
熱を増しつつ燃えさかる、それは
蒼ざめ煙る星の世界の中で
夜が 竪琴を弾いているためだ。
心痛も立ち去り 悩みも小さくなる、
この竪琴の呼び声が鳴って以来。
たとえ明日 このわたくしがもう生きていないとしても
とにかく今日 このように私は生きている!
あれはとほいい処にあるのだけれど
おれは此処で待つてゐなくてはならない
此処は空気もかすかで蒼く
葱の根のやうに仄かに淡い
決して急いではならない
此処で十分待つてゐなければならない
処女の眼のやうに遥かを見遣つてはならない
たしかに此処で待つてゐればよい
それにしてもあれはとほいい彼方で夕陽にけぶつてゐた
号笛の音のやうに太くて繊弱だつた
けれどもその方へ駆け出してはならない
たしかに此処で待つてゐなければならない
さうすればそのうち喘ぎも平静に復し
たしかにあすこまでゆけるに違ひない
しかしあれは煙突の煙のやうに
とほくとほく いつまでも茜の空にたなびいてゐた
懐かしい。
やさしい谷間に、雪におおわれた丘に
あなたの面影はいつも私の身近にありました。
私をめぐりあなたの面影が明るい雲の中に
漂うのが見えました。
それは私の心の中にひそんでいたのです。
抑え難い力で心が心を引きよせるのを――
そうして、愛がむなしく愛からのがれるのを、
私はここにいて感じます。
やさしい鴉毛の婦人よ
わたしの家根裏の部屋にしのんできて
麝香のなまめかしい匂ひをみたす
貴女はふしぎな夜鳥
木製の椅子にさびしくとまつて
その嘴は心臓をついばみ 瞳孔はしづかな涙にあふれる
夜鳥よ
このせつない恋情はどこからくるか
あなたの憂鬱なる衣裳をぬいで はや夜露の風に飛びされ。
340 :
犬:2008/10/27(月) 00:52:15
>>332 >22呉 世栄『宝石』 『韓国現代詩集』編・訳 姜 晶中 土曜美術社 より
覯るひとよ、問ふ勿れ、これ等が末を、
今日の日も、かがなべて、年を經るとも、
故如何に、その故ぞ、繰言すなる、
あはれ、ふる年の、雪は今いづくに在りや!と。
つねに名付けること、
木を、飛ぶ鳥を、
緑に流れる川の
赤らむ岩を、
森越しに夕闇が降りてくるとき
しろい煙につつまれる魚を。
記号、色、それはひとつの
賭け。ぼくは考えこんでしまう、
ぴったりうまく
けりがつかないかもしれない。
だれが教えてくれるだろう?
ぼくが忘れてしまったことを。石たちの
眠り、飛ぶ鳥たちの
眠り、木々の
眠り、――暗闇に
それらの話し声がするのに――?
ひとりの神がいて
肉体に宿るなら、
そしてぼくを呼ぶことがあるとするなら、
ぼくはさまよい歩きもしよう、
少しのあいだ待ってもみよう。
たそがれの夢、
ただ一日の終りにくる夢
そして一日の終りと共に戻っていく
灰いろのものに、暗いものに、
夢の国の遙かな、深いものに。
夢、たそがれの夢、
一日の喪失が涙で
心の喪失を記しとどめた失われた日々の
なつかしい思い出の映像だけ。
涙と喪失と破れた夢は
たそがれにあなたの心をみつけるだろう。
おお、しじま深き真夜中、香気を放つ者よ、
光をばさけて、聖なる忘却の翳をおび
闇を愛するまなこを、やさしい指で そっと閉じるものよ、
おお、魂をこの上もなく和らげるものよ、きみの意にそうよう
妙なる歌のしらべに 恍惚とした わが目をとじよ、
さなくば祈りを待てよ、きみの けしの眠の
めぐみを ふしどのまわりに落すまえ、
われを救い給え、さなくば 過ぎし日は
枕辺に輝き、数しれぬ苦しみを 生れなさん。
われを救い給え、暗黒にいまだ君臨し
もぐらのごとく潜み住む かの奇妙なる意識より。
願くは油させる錠前に、鍵をさしいれ、
わが魂の小箱を しずかに しめ給え。
おいだせども おいだせども
さびしさわが胸に入り込む
おいだせども おいだせども
飼い犬の帰りくるごとく
346 :
弧高の鬼才 ◆W7.CkkM01U :2008/11/09(日) 00:30:36
他の人に感じないと約束するわ
女だてら紳士同盟
これは、わたしの窓。今、
静かに目ざめたところ。
なんとなくただようてゆくような気がしてならぬ。
いずこへ わたしの生命は 辿りゆくのか。
いつ 夜は はじまるのか。
わたしの周囲のすべてが
わたしのような気さえする。
水晶の深さのように
透明で 暗く 沈黙して。
星さえも わたしのなかに
掴めそうな気がする。わたしの心は
それほど 大きく思われる。
わたしが愛し
自分のものとしはじめる星を
わたしの心はまた喜んで放すだろう。
わたしの運命はわたしを見つめている、
未知の、まだしるされたことのなかったもののように。
なぜに わたしは
この無限のなかに置かれているのか。
草原のように薫りながら
あちらこちらになびき、
人を呼びながら
その声がきかれやせぬかと案じ、
他の人のなかに
没落する宿命を受けながら。
鳳仙花 ふだんはおとなしいのに
いまきみは全身炎となつて燃えさかる
わたしをしてきみの美しさを
一篇の詩の 暗く豪奢な望楼に閉じこめさせよ
ごらん この惨めな住まひ 壁際も 窓敷居も
赤々と燃えるラムプの笠の果皮で
見違えるほど変貌してゐる
わたしたちの影も わたしたちの姿も
きみは背なしソファに坐つたまま
トルコ風に胡坐をかいてゐる
明るくても暗くてもおかまひなし
きみはいつも子供のやうに分別を述べたてる
空想に耽つたあときみは
こぼれ落ちたネックレスの一握りの玉にひもを通してゐる
あまりにもきみの様子は悲しすぎる
あまりにもきみの会話は単刀直入すぎる
愛 という言葉は月並みね きみの言ふ通りだ
わたしは別の呼び名を考へ出さう
お望みとあらば わたしは全世界を すべての言葉を
きみのために名付け変へよう
果たして愁眉のきみの顔は
きみの感情の鉱床を
神秘に輝く心臓の地層を伝へるだらうか?
なぜそんなにもきみはかなしい瞳をしている?
僕らの恋のいきさつはお上品だが劇的だ
暴君の顔の表情そっくりだ
突飛な事件やごまかしや
さては些細なできごとが
僕らの仲を激化した形跡なんぞはさらにない
そうだタマス・デ・クィンシーも
甘くて清い毒薬の阿片に溺れていながらも
愛するアンのいる家へ 夢の思いで通ったのだ
消えるが恋の定めなら さあ 忘れよう 忘れよう
だが僕は何度も思い出しそうだ
思い出は狩の角笛
風のなかに音は消えてゆく
なつかしき陰影をつくらんとて
雛罌粟はひらき、
かなしき疲れを求めんとて
女は踊る。
晴れやかに鳴く鳥は日くれを思ひ、
蜥蜴は美くしくふりかへり、
時計の針は薄らあかりをいそしむ……
捉へがたき過ぎし日の歓楽よ、
哀愁よ、
すべてみな、かはたれにうつしゆく
薄青きシネマのまたたき、
いそがしき不可思議のそのフィルム。
げにげにわかき日のキネオラマよ、
思ひ出はそのかげに伴奏くピアノ、
月と瓦斯との接吻、
瓏銀の水をゆく小舟。
なつかしき陰影をつくらんとて
雛罌粟は顫へ、
かなしき疲れを求めんとて
女は踊る。
まなかひに幾たびか 立ちもとほつたかげは
うつし世に まぼろしとなつて 忘れられた
見知らぬ土地に 林檎の花のにほふ頃
見おぼえのない とほい晴夜の星空の下で
その空に夏と春の交代が慌しくはなかつたか
――嘗てあなたのほほゑみは 僕のためにはなかつた
――あなたの声は 僕のためにはひびかなかつた
あなたのしづかな病と死は 夢のうちの歌のやうだ
こよひ湧くこの悲哀に灯をいれて
うちしほれた乏しい薔薇をささげ あなたのために
傷ついた月のひかりといつしよに これは僕の通夜だ
おそらくはあなたの記憶に何のしるしも持たなかつた
そしてまたこのかなしみさへゆるされてはゐない者の――
((林檎みどりに結ぶ樹の下におもかげはとはに眠るべし))
誰も水深を教へたものがないので
白い蝶は海の懼れをまだ知らない。
青い大根畠かと下りて行つては
いたいけな羽を波頭に浸し
王女のやうに打萎れてかへる。
三月の海原に花の匂わぬうらはかなさ、
蝶の背に蒼白い新月が沁みる。
この本、この頁、この二枚の紙の間に
挿まれたキキョウ、その葉っぱ、押せばまだ
あの頃のぼくらの水彩が滲みだす。
過ぎ去った歳月、某月某日の諍い、
あの言い争いと捨て台詞、
ぼくの浮気相手の名前と日付けと場所に関する君の目録、
背の高い、浅黒い、ハンサムな、ぼくの嘘の歩兵たち。
十年を経て、ぼくらはぼくらに吃驚する。
まだ二人で、まだ縒り合わさって、でもいまは愛で二倍になって
そして離ればなれで、ひとりきりで、一夜を過ごすとき
なんという確かさだろう、互いが、もうひとりの半分であることの。
このキキョウは元の姿を保っている。もう赦してやろう。
空気のなかで、光とともに、褪せることを、萎れることを。
ほら、ぼくの指から取って。さあ、放して。
神のために人間になりましょう。
機械を気にしたり、ラジョーや
映画や電蓄を人間のしっぽをまいて
よろこんで坐ってきいている
猿でなく。
人間の顔の上に
温和ににやにや笑っている猿ども
――
海には真珠
そらには星
わが胸 わが胸
されどわが胸には恋
ひろきかな 海とそら
はるかにひろきはわが胸
真珠より星よりうつくしく
かがやきひかるわが胸の恋
わがうらわかきおとめよ
わがひろき胸にきたれ
げに恋のあまりに
わが胸おとろえ 海もそらも消ゆ
頬の色をした空が
崇めをつひに眼に許す時、
滅びの金の瞬間において、
薔薇たちの中に「時間」が戯れる。
このやうな絵に鎖で繋がれて
悦びに黙す者の前を
帯のほどけた一つの「影」がをどってゐて、
夕闇がまさにそれを呑まうとする。
このさすらふ帯は
大気の吐息の中で
この世とわがしじまとを繋ぐ
最後の絆をふるはせる……
無か、有か……私はいたく独り
そして暗い……悲しく経帷子を恋ふ。
もう一度ジャン・バプチストを微笑させるためになら
王よ わたしは熾天使よりも巧みに踊りましょう
母よ あなたはなぜにおさびしいのです
ドーファンの側らに伯爵夫人の服を着て
茴香の花の中に彼の声を聞きながらわたしが踊ったとき
彼の杖を飾るための彩旗に
わたしが百合の刺繍をしていたとき
わたしの心臓は強く強く鳴りました
それなのにいま誰のためにわたしは刺繍をいたしましょうか
彼の杖はジョルダン河の岸に帰って花を咲かせています
エロード王よ あなたの兵士たちが彼を引立ててきたとき
わたしの庭の百合の花はみんな一度に凋れました
皆のものよ わたしといっしょに五列樹の陰においで
美しい王の道化役よ お泣きでない
おまえの鈴のついた笏を置いてこの首を取れ そうして踊れ
母よ ふれたもうな 彼の額はもう冷たいのです
王よ 薙刀兵の前に進め 後ろに進め
穴を掘ってその中へ彼を埋めましょう
花を植えて輪になって踊りましょう
わたしが靴下どめを失うまで
王が煙草入を失うまで
王子が念珠を失うまで
僧正が祈祷書を失うまで
森の絵のあるこの手筥に
僕の手がふれるや否や、どうでしょう、
遠いところにいる仔鹿
立ち止り、じっと見つめる。
美しい仔鹿よ、頭を返せ、
そなたのうす暗い道を続けろ、
僕の生活も行動も
到底そなたには解らない。
そなたのために、一人の人間に、何がしてやれよう
手筥の絵の貧しい森ごしに
そなたを見ているだけの
一人の人間に?
そなたの沈黙と美しい瞳は
世界をふちどる森かげだ、
そなたの小さな蹄こそ
円い地球の羞いだ。
やがて空全体が、湖のように
寒さに凍る日が来よう、
そして一つの世界から他の世界へ、
僕の、君の、美しい仔鹿が逃げ出そう。
なにごともなく こゑをふまへて
うちかさなる なやみのそばをもとほりゆく。
うつろの花をゑがいて
旅から旅へおしせまる くちびるのとげ。
うわきな小鳥が囀っているのを
私が夢に見る 四阿は、
君の唇だ――そして君のうたう唄は、
すべてが口先ばかりの言葉。
聖い心の空高く まつられていた君の眼は、
かくて わびしく落ちてしまう、
ああ! 私の 喪につつまれた胸の上に、
棺の布に落ちる星の光もさながらに。
君の心――君の心よ! ――私は目覚め
溜め息をついて また眠る、夢みるために、
金では購えない真実と 金で購えるつまらぬ物とが
はっきり判る朝がくるまで。
時にはホテルで綺麗なのは
彼らだけ。
通りすがりの宿泊客のように、
冬が来ると透明になるすべを彼らは心得ていて
薄汚れた光に変装し
パテを詰めた窓ガラスの前にへろっと横たわっている。
やがて四月のいつかの午後に
住人が窓をこじ開け
そよ風が侵入して
記憶を蘇生させると
彼らはにわかに飛びたくなるが、
一方
路上から見上げる
男たちは一瞬
上の階で女の子が
手を振ってくれてるんだと
勘違いする。
あの、どのくらいの方が見ておられるのかわかりませんが
今年一年貼るスレでおつきあいいただき、ありがとうございました。
どうか皆様よいお年をお迎えください。
来年はもっと賑わいますようにw
がっかりするべからず。ローマと同じで
一日にして建たずなのだから、
噂に聞く「エホバの証人」教団の納屋とか
礼拝所とは違うのだから、あっちには
働き手がたくさんいて、
測鉛線の両側を
長老たちが確かめてくれる、
娘たちも、ミルクを入れた水差しも、縁から
溢れんばかり。基礎梁は
朝飯前にもう打ちこまれていて、
日没までには最後の石が
整形されて据えられる。
うぬぼれるべからず、我々は
溶接用バーナーについて無知だった以上に
第三級火傷のことを知らないのだから。忘れるべからず、
セメント一に砂は三、
塗るときは壁ではなくてタイルの方に、
ぶちまけてしまった釘の山は
磁石で簡単に拾える、煤は
あとからあとから出てくるもの、紙やすりは
紙幣そっくりの匂いがする。
私が塗っているときには気を散らすべからず。
スパナ一本と、あんまりにもなまくらなので
裸の尻を乗せたままロンドンまで行けそうな鋸だけで
なにかを始めようとするべからず。
もうひとつ、君らがあの一平方ヤードの
ブナ材の端っこを押さえながら
眼を見開き両の拳が白くなるほど握りしめて
鯨の背鰭みたいなギザギザが
陸の方へじりじり近づいてくるのを見つめるときには……
身じろぎするべからず。
そしてゆめゆめ信ずるべからず、脚立というのは
宝殿なんかじゃないあれは死の落とし穴、
私を上に載せたまま
クロコダイルの歯のようにぱっくりと食らいつく、
哀れな泳ぎ手――君のことだ――に。カーペットみたいに
丸めたレジのレシートを持ってくるべからず。私を責めるべからず
タイルが壁から剥がれ落ち
シャワーヘッドがまっ逆さまに落っこちてバスタブが
割れたからって。
希望を失うべからず
何週間もかけてついに「完成」、
そのとき端がそり返り、裏が
破け、ボブ・ビーモンでも感心するくらいに
なにもかもが
飛び跳ねたとしても。
そりゃあ確かに、何光年も先は長い
だが山と同じで、いつかは頂上を踏むことができる。
俯くべからず。
弱音を吐くべからず。
見てますよ。新着を確かめたりあの詩を読み返すために、
ときには日に何度も。
ただやはり、出典があるとうれしいです。
興味の領域を拡げてくれてありがとう。
来年も心待ちにしています。
俺も読んでるよ。良スレ。
…つーか前スレでちゃんとやっとかなかった朔太郎の、
どうしよっかなーとか今でもたまに、思い出したりしながらww
そこにおいて、かたちを変えけれど執拗に提示され続けるマチエールを
如何に、読み解くか。――ぶっちゃけ俺は今でもじぶんが正しい
(うん。でも詩だからねw したがってこの云い回しは「正しく」ない)
と思ってるよん(笑 アハ
半世紀もかかってようやく見えてきた明晰な法則がある
つまり人生においては何事も
等比級数的に進行するということ
(碁盤の一つの目に一粒の米 二つ目に二粒 三つ目に四
粒 順次倍の米粒を置いてゆけば 全部でどれほど莫大な
量になるか 知らされたときのあの王様の愕き・・・)
気がつくとわたしは振り落とされまいとして
回転を速める地球にしっかりしがみついていた
夜と昼に染め分けられた髪をふりみだして
(そのくせ片手で賽をもてあそんで)
ころがりながら日めくりのようにめくられて
みるみるやせてゆくキャベツ
かつてはこの星もたっぷり水気を含んでいた
(今では死語に属するすべてのもの たとえば あけぼの
まなざし ほほえみ が未だ徴候であったころには)
さよう 何事も等比級数的に進行するのです
そしてさらに四半世紀
カラカラと音たててまわる頭蓋の中空に
収縮しきった脳髄が静止するだろう
真白い台風の眼のように
すべては決着をみるだろう 振られた賽が
ころがって 黒目をむいて
立ちどまるまでのあいだに
みなさんレスありがとうごさいます。
気をつかわせたようで、すみません。
あらためて、どうかよいお年をお迎えください。
それほどおおくぼくはそれを眺めてきた 愛撫された素晴らしいものを
それほどおおくその名を声高にまたひそかに口に出してきた
風に対って囁き 眠りを信頼して
それほどせつなかった 止まって憩っている
大海原の帆船の鴎への想いは
たとえぼくらが片方の脚を一緒に上げて歩む道路が ひと瞬きに過ぎなく またそうだっ
たとしても ぼくらが共に見た一瞬はすぐに忘れるだろうけど
ぼくは鴎がそこにいることに日ごと ありがとうと言う
離れていても 壁面のその影は
そっと触れるぼくの影を感じとっているのに驚いている
味噌汁をおいしくするコツは
おたまにひとすくい
夕焼けをいれること
味噌の雲がもくもく湧いて
ネギの葦原が波立って
シジミが青いため息をつく
お鍋はたちまちシジミの棲んでいた
夕暮れの汽水湖
仕上げに
今日いちにちの苦笑いを押し込めて、蓋
へへへへへ と 立ちのぼる
湯気といっしょによそいます
お酒のせゐもあつたのです、
私の接吻が一寸さはつたばかりで
あなたのほの白い顔は
やさしく来てわたしの肩にもたれたのです。
黙つていらつしやいよ、空には耳がありますよ、
乙女よ、二人は愛し合ひました
とざされた帳のかげで
意地悪な蜜蜂が澤山ゐたにもかかはらず、
あなたが私の腕に抱かれて
彼等がおしやべりをするかとおそれて
わななきながら蜜蜂だと思つて
ながめてゐるのは空の星ですよ。
秋になると
果物はなにもかも忘れてしまって
うっとりと実ってゆくらしい
心素直な外套に包まれながらあの背光の真只中を、
胸もとから逃げていった、
笑いながら、それでいながら誘うのか、
燃えさしの花を青白く
摘み取っては投げ返した、無垢な夜よ。
最後の輝きでいまこそ
最初の明るみを引き離すときだ。
天空の縁に、鉛色の深淵が広がっていった。
エメラルド色の指先が
虚ろな仕草で織りだしてゆく
布地よ。
そして黄金の影は、かすかな溜息さえも
すばやく沈黙させながら、
はかない岸辺へと航跡を曳いてゆく。
夜、夢の中で、町々や人々や、
怪物や蜃気楼や、
ありとあらゆるものが
魂の暗いところから立ちのぼる。
それは君の形づくったもの、君自身の作品だ、
君の夢だ。
昼間、町や小路を通って行き、
雲や人々の顔を見よ、
そうしたら、きみは驚いて悟るだろう、
すべては君のもので、君はその作者であることを。
君の五官の前で
複雑多様に生き動いているものは、
全く君のものであり、君の中にあり、
君の魂がゆすっている夢なのだ。
君自身を通って永遠に歩み、
あるいは君自身を制限し、あるいは拡げつつ
君は語るものであると同時に聞くものであり、
創造者であると同時に破壊者である。
久しく忘れられていた魔力が
神聖な力を紡いでいる。
そして計り知れぬ世界は
君の呼吸によって生きている。
泰山木の硬い葉に
三月の雨を注ぎ 雷の地鳴りや
雹を持ってくる あらし
(透明なクリスタルの打音が
寝床のきみをこわがらせ マホガニーのうえに
革表紙の本の背に 黄金の斑点が貼りつく
しっかりと閉じた きみの瞼に 砂糖が
ひと粒 まだ 燃えている)
稲妻は 樹々を 塀を
あかあかと照らし 一瞬のなかの
永劫を さらけだしてしまう 大理石 マンナ
破壊――きみの内部に彫られた これらのことが
きみを 破滅におとし入れ そのため きみは
ぼくに繋がっている 愛情よりも もっと深いところで 神秘の妹よ
やがて不作法な 轟音―― 無数の鈴が鳴り
鼓のうえを 駈けぬける音―― 溝に跳ねかえって
カタカタとファンダンゴの踊り―― ずっと上では
なおも 手さぐりの ざわめき
あのとき
きみは ふりむいて 片ほうの手で
ひたいの髪を かきあげてから
さよならと言い 行ってしまった 暗闇にむかって
ちょうど夜になって
大きな穴の縁で
時間がぼくらと遊び戯れ
二つ、三つ、四つ、六つの言葉を
擦るのだ!
そしてそれらをあの向う側へ投げ込め。
太陽たちや、月たちや、惑星たちが
旋回し、輝き、歌い、
消えていった
現世から彼岸へ消えていくように。
今夜あたりに、
それらは帰ってくるだろう。
記憶の貝殻のなかに
音楽が眠っている。
風景はかわらないまま 私たちは歳をとった
山々はまだ私たちを高みへと誘う
森はおなじようにかぐわしい
教会の鐘が谷間を満たし 六時を告げる
夕暮れはゆっくりとその網を広げて
家々を薄い膜の中につつみこむ
風はない 嵐が来るのかもしれない
動物たちを怖がらせようとして そして人間をも
でもやがて 彼らは忘れるだろう 愛のなかで
いまこの小道を歩けることに感謝しよう
雪のいただきを見上げよう 年ごとに氷河は後退しているが
シャンパンのようにきらめく空気を吸いこもう
私たちの足取りは やがて問題にならなくなるだろう
影は木々に呑みこまれてしまうだろう
私たちが植えた思いはどこかに根付くだろう
濃いみどりいろの香水のびん、
きもちのいい細長いこのびんのほとりに、
すひよせられてうつとりとゆめをみるなまけもの。
びんのあをさは月のいろ、
びんのあをさは小用してゐる月のしかめづら、
びんのあをさは野菜畑の月のいろ、
ねむさうなあかい眼をしてあるく月のいろ、
びんのあをさは胡弓のねいろ、
びんのあをさは小魚の背につく虫のうた、
びんのなかにはJamitheの
つよいかをりが死のをどりををどつてゐる。
みつめればみつめるほど深い穴のなかに、
凝念の心をとかして一心にねむりにいそぐ僧侶、僧侶の肩に木の葉はさらさらと鳴り、
かげのやうにもうろうとうごく姿に、
闇をこのむ虫どもがとびはねる。
合掌の手のひらはくづれて水となり、
しづかにねむる眼は神殿の宝石のやうにひかりかがやき、
僧侶のゆくはれやかな道路のまへに白い花をつみとる。
底のない穴のなかにそのすみかをさだめ、
ふしぎの路をたどる病気の僧侶は、
眼もなく、ひれもなく、尾もあぎともない
深海の魚のすがたに似て、
いつとなくあをぐろい偏平のかたまりとなつてうづくまる。
僧侶のみちは大空につながり、
僧侶の凝念は満開の薔薇となつてこぼれちる。
>>378-379 大手拓次、独特のぬらりとした言葉の運びがとてもいいですよね。
妖しいものばかりでなく、可憐なものもたくさんあって、むしろそんな詩に惹かれます。
「ペルシャ薔薇の香料」「明日を待つ薔薇」とか。んー、少女趣味ですかねw
私ももう一つ。「リラの香料」↓
小径をはしりゆく金色のいたちの眼、
ほそい松の葉のいきいきした眼、
物のながれをとどめ、
やさしく明るみへみちびいてゆく。
タンバールの打ちだす
古風な、そしてしづかな騒擾のやうに、
わたしの胸をなみだたせる。
sage
もし罪が人間のものだっていうなら神様
見つからないアルファベットみたいに粗末な
くすんだ緑の囲壁の外へわたしを連れ出しに来て。もし壁が
過ちの石積みの哀しい物語だっていうなら、だったらわたし
横暴なわたしのせいで腹ぺこの野うさぎ追いつめて
至福の時が訪れるまで断食だってできる。
もし地獄が貪欲なものだっていうならわたしだったらあの
口から火を吹いて酸素なんていらない連中の
仲間になっちゃう! でも境界線のむこうを駈け抜ける
風ならわたしの夢をかなえてくれる
幸福な夜明けの夢も。
このちいさな鉛筆がきの肖像は
あいつそっくりだ。
とろけるような午後、
甲板で一気に描いた。
まわりはすべてイオニア海。
似ている。でも奴はもっと美男だった。
感覚が病的に鋭くて、
会話にぱっと火をつけた。
彼は今もっと美しい。
遠い過去から彼を呼び戻す私の心。
遠い過去だ。すべて。おそろしい古さ。
スケッチも、船も、そして午後も。
せめてまぼろしで自分をまやかしていたい。
私の人生はほんとうは虚ろだもの。
あまたたび、あればかり、あのひとの身近にありつつ、
しびれ足なえて立ちつくした肝のちいさい私。
虚ろな人生が中で泣いているのに
唇に封印して語りもかけなかった。
なんとしたこと? 憧れに喪服を着せて。
あまたたび、あれほども、あのひとの近くに、
あの官能の眼差しの、あのくちびるの、
あの、夢に現れて愛した身体の、
あまたたび、あれほどのそばにありつつ。
歸つて来たのが惡るかつた
私はあの頃五歳だつた
それがいまでは千歳だ
小さな牝犬のザザがいた
今では無くなつた橋の上で
エドワアド七世によく逢つた
姿やさしい鴎等が
鞦韆に乗つて遊んでる
ここも私のふる里だ
さあ、戸をあけたまえ。
きみの上衣の襟を立てたまえ、
うつりゆく霧のスカーフの中を歩くために。
ここで真珠いろの霧にきみの罪を語りたまえ、
深まる夜は賢こい女の
鼠のような眼に謎めいたものがひそむように
不思議にみちていることを知りたまえ。
そうだ、きみの罪を語るがいい
そしてきみが破った法律などには
真珠いろの霧がいかに無関心かを知りたまえ。
円型の城壁のなかに水をたたえた町
慾望に似た神々の去ったあと
ひと雫ずつ水時計のように落ちる眠りが
長い歳月をかけてこの廃墟に湖をつくった
石という石が熱かったむかしのままに
石柱はいまも水底で陽の歩みを測る
垂直の夢を刻んだその柱頭から
鳥は神々のように立去って帰ることがない
そこに住む者はこの町を知らない
魚のように眼をあけたまま眠りに沈む
通りすぎる者だけがこの水をのぞきこみ
自分の名の記された古い墓碑を眺める
水のなかを風がふく 消えやすい星の方へと
風だけが通る街路は憶いだせない旋律のように折れまがる
忘れられた問い 果されなかった答え
風は城門のない城壁につきあたって死ぬ
たましいをきみと訣れさす、
試みはバイオリンの楽弓の嘆き訴えのように、
まだ苦しげに鳴っているルジャクサとムチカープ
これら名前たちのなかで。
ぼくはそれらの呼び名を、さながらそれがきみであるように、
さながらそれがきみそのひとであるように
ぼくは愛する 徒らにおわる全力をこめて
分別がほの杳くなるまでに。
輝くことに疲れ果てた夜のように、
モスリンが喘息にあえぐそのことのように、
中二階さえ きみの肩を目にして
ふるえていたことのように。
だれのささやきが夜の明けそめにゆるやかに舞っていたのか?
おお、ぼくの だろうか? いいや、そのたましいは――きみのだ、
それは唇から
大気のしずくのアルコールとなって蒸発していった。
想いは愛撫のやさしさのなかでなんと明瞭になったろう!
非のうちどころなく。うめきのように。
夜ふけて三方から思いもかけず
泡沫によってぱっと照らし出された岬のように。
虚無に捧げる青銅の大杯のように
なみなみと眠りをたたえた町
杯の縁に彫刻された物見の塔や暗い銃眼
ここに訪れる使節たちは心せねばならない
平らかに澄んだ眠りの底に
敵意に満ちた夢の一族が待伏せている
ミラボー橋の下をセーヌ河が流れ
われ等の恋が流れる
わたしは思い出す
悩みのあとには楽しみが来ると
日も暮れよ 鐘も鳴れ
月日は流れ わたしは残る
手と手をつなぎ 顔と顔を向け合おう
こうしていると
二人の腕の橋の下を
疲れた無窮の時が流れる
日も暮れよ 鐘も鳴れ
月日は流れ わたしは残る
流れる水のように 恋もまた死んで逝く
恋もまた死んで逝く
生命ばかりが長く
希望ばかりが大きい
日も暮れよ 鐘も鳴れ
月日は流れ わたしは残る
日が去り 月が行き
過ぎた時も
昔の恋も ふたたびは帰らない
ミラボー橋の下をセーヌ河が流れる
日も暮れよ 鐘も鳴れ
月日は流れ わたしは残る
若葉には目にしむ風がさわさわと薫つてゐたが
巡るおもひに何がひそんでゐたのだらうか?
少女は僕にうたつてきかせた
――或る真冬の夕ぐれに それは
雪つむ野路のうすあかりでした
わたしの胸からよろこびが
誰かの知らない唇に盗まれました
わたしはそれから慰めをばかり
渇いた口に呼ぶうたをうたつて
すごしてをりますと――
真冬の夕べの雪あかりに
しのんで行つたのは誰の心か?
さうして少女のあこがれが痛い予覚に
盗まれたのは?――少女よ それを僕に語つておくれ
この野いばらの実の
夜明けは
この永遠という杯に汲まれて
新しい時間として流れはじめ
またいつしか去つて行く
でも人間よ
この青ざめた野原を
もう一度さまよつてみようか
また降る雪の中から
めざめるみどりの草を摘んで
あけぼののかゆに入れて
すすつてみようか
黄色のヒョウタンからしたたる
星のような酒で心を濡らして
もう一度よく考えてみようか
ほんのり山々の影が浮ぶとき
人間よ−−はばたきして
時を告げてみようか
この古いテラスの
常春藤絡まる壁にもたれ
微風より生まれし詩神の
神秘の楽器よ
始めよ
今一度始めよ
汝が嘆きの調べを!
吹き寄せる風よ
私のこよなく愛した
あの少年の眠る
新緑の丘から吹く風よ
道すがら春の花に触れ
芳香に満ちあふれ来て
この胸をなんと甘く締め付けることか!
そして美しい哀愁の音色に魅せられ
弦の中へさやぎ入り
憧れとともに高まり
また静かに消えていく
だが突然
一際強く風が吹きつけるや
竪琴は優しい叫びをあげ
甘美な慄きで私を捉え
またしても魂を不意に動かす
そしてここでは ―― 満開の薔薇が激しく揺すられ
花弁を残らず足元に撒き散らす!
雇い主がいなくなって
われわれはみな失業したけれど
べつに大きな声を出すこともないのだ
人間の街は重い鎖のように
どこまでもつづいているであろうし
退屈すればちんと洟をかんで
互いの美貌をほめ合うだけのことだ
ピエルフォン神父は手をひろげて
ハイ アナタ
ヴォルテールハワライマシタ
と語るであろうし
じっとすわってもいられないほど疲れたときは
愚かしい犬をつれてうろうろ歩き
帰りには宝くじか眠り薬でも買えばよい
親切な神父のさがしてくれた就職口を
ていねいにことわって
さびしくなれば壁にもたれ
安物のパイプから
ひとすじの香煙をたちのぼらせて
それの行方を眺めるだけのことだ
こころの閲歴いともふかく
てさぐりもてゆけば
明銀のその液體のうち
いろさまざまの珠玉あり
黄と藍は泪ぐみ
身もあらず臥しなげき
緑と樺は泛き泛きと
なか空に踊りぞめき
そこ深く黒玉坐して動かざるに
紅ひとつ笑みつつもたかだかと泛み遊べり
さて 曇り玉ひとつ
泛きかつ沈み
蕩搖のしづけさに酔う
眞珠母の夢
大学まえの一軒の荒物屋の店さきに吊してあつたのだ
金五銭だつたのだ
襟にさすわけにもいかなんだ
腰にさすのもはばかられた
おれはその白いふさふさを
通りにいる子供の顔にさしつけてやつた
そしてくるくるとまわしてやつた
すると白いふさふさのあいだで
まるめた眼や細めた眼やのたくさんの笑いが花咲いた
ある笑いのごときはよろこびに揺られて逃げて行つた
君は知つていよう
東京というところは兇悪な社会だ
その兇悪さは 影のように忍びこんでくる煤やほこりに映じている
それに君は毎日 君の生活を あれらの判任官どものあいだですりへらしている
そしてそのために君の言葉は粗くなつてくるのだ
見たまえ
これは繊維の濃かな哀しい日本紙の手ざわりだ
そしてこれには無邪な少年の笑いの祝福が匂つている
美しい日曜の朝に君の部屋の掃除をして
この清浄な白いふさふさでもつて
君は君の書物や机のあたりを払いたまえ
君の心にふりかかつてくる煤とほこりとを払いたまえ
そしてしとやかな言葉づかいで静かな半日をやすみたまえ
投節を聴き帰る夜のペパミントは
味異なれども悲哀あひ似たりや。
その青き酒杯の底にくらき燈ともり、
男はうれはしげに頬杖し、
女は耳許に口よせて暗示を與ふ。
ゆるやかなる音曲のうちには
雨後のぬれたる梧桐の葉に月かげさし、
蔵の窓より燈もれにじみぬ。
やはらかに、あまく、やや重き、小さい液體の珠は
冷やかに舌のさきより消えて、ただ耳鳴の
まだ残るうす暗やみに紅き幕音なく垂る。
かなしき女の衣摺の如く、またにほひの如く、
黒き河の面を舟ゆく見ゆ。この青き酒の、
その底にまだ沈む沈丁花、執の頸の、
脣に、わりなしや、はたからむ、おくれ毛の筋。
夢に咲く幻の花
物いはでひとり輝く。
その薫りあやしくみちて
汝が心あくがれ迷ふ。
淵ふかくかつ恐ろしく
花々を遠くへだてつ。
汝が心つひに悲しみ
血をはきて悩みつゞけぬ。
心ひく花の輝き。
いかにして淵渡らまし。
奇しき術行ふ人よ、
わがために橋架け得るや。
いくらむすび直してもほどける
すべすべしたひも
首吊り用にもならないひもを
くずかごにほうりこみ
コーヒーサイフォンのなかに
焦茶色の竜巻を起させるとしよう
いくら数え直しても
あなたの肋骨とわたしの肋骨とは数が合わない
余った一本はポチに投げてやって
この物語は御破算にしよう
手垢のついたタブラ・サーラに
似ても似つかぬ自画像でも描こう
珠の足りないそろばんは
子供のおもちゃにやってしまって
さて配当を待つとしよう
ロバをつなぐために立てた杭は
雨にうかうかと芽を吹き
森では株主総会が開かれる
古人曰くすべては回帰する
あわてず坐っておればよいと
そろばんのローラースケートに乗って
子供たちは迅速に通りすぎる
坐っている室内の静物
彩色されたからっぽの壺に
じわじわと唾液がたまる
しめった掌の葉脈がひろがる
落城する古代都市のように
シガレットの先から崩れ落ちる灰
刧掠される口紅 そしてするすると
くずかごから脱走するひも
冬眠からさめて
ぐんと丈ののびた若い蛇
言葉のないある想い 爪先だった想い
好意のほほえみのあいだで 終わることのない愛撫 幸せな沈黙
その痕跡は一つの流星を あるいは一羽の小鳥の歌の粗描を消しながらも急流に向かう一
匹の鱒の活きいきしたきらめきはほとんど無い
おまえへの想いはぼくの脳裏を掠めた
囁きながら ぼくは通り過ぎさせるだけだ
それはおまえの声だった
松の砂丘をわたる軽やかな風のおまえの声
蒼ざめた月の下で低く息を吐く海
裸足の声 薪の火の レモンの香りのする植物の 波頭に立つ泡の淡い緑色の
ぼくの空間を織るおまえの通り過ぎる時間
いとたかき人とならまし、
うつくしき人とならまし、
のちの世に慕はるる人とならまし。
人によきことをなさまし、
世のために血も流さまし、
くるしみをおのれ一人にとりておかまし。
真赤に灼けた天上の石炭がまぢかにあったので、おれはその烈しい熱を怖れた。おれをまさに焼き尽そうとしていたのだ。だがおれ
は、男と女の異った永遠をともに意識していた。似もつかぬ二匹の獣が交尾して、薔薇の蔓が、枝もたわわに月の房のなっている
葡萄棚に絡みついていた。猿の喉から焔が噴き出し、罪深い世界に百合の花の烙印を捺した。天人花のお花畑で一匹の白貂
が、舌で毛並を揃えていた。おれたちは冬の装いのわけを尋ねた。おれは赤銅色に焼けた羊の群を貪り食った。オルクニーズが地
平にその姿を現した。おれたちはこの街へと向った。林檎の木が歌い、口笛を吹き、吼える、あの谷間に名残を惜しみながら。しか
し、耕された野の歌もまた素晴らしかった。
オルクニーズの門を通って
車引きが入ろうとした。
オルクニーズの門を通って
乞食が出て行こうとした。
そこで町の番兵が、
乞食のほうへ駈けつけて
――街から持ち出すものはなんじゃ?
――結婚したいわたしの心。
街にはたくさん心があるわい、
番兵たちは笑いに笑った。
乞食の旅路は雲で満たされ
恋に酔うのは車引き。
町の飾った番兵たちは
編物するのが素敵に上手。
それから町の城内は
軋んでゆっくり閉められた。
だがおれは、男と女の異った永遠をともに意識していた。大空は山猫に乳房を含ませ、飲ませてやっていた。おれはそのとき、お
れの手の上に真紅の斑点を見つけた。明け方、海賊たちが港に碇を下ろした九艘の船を奪い去った。諸王たちは浮かれていた。
そうして女たちは死者を歎こうともしなかった。女たちは老犬よりも腰の強い、年老いた王たちを好んだ。神殿の祭司は生贄の代り
におのれを捧げようと欲した。人々はその脇腹を切り開いた。おれがそこに見つけたのは、四つのIと四つのOと四つのDだった。おれ
たちの食事に生肉が並べられ、それを食い終わるとおれは急に巨人となった。その巣食う大木に似た猿たちが苔むす墓石を暴いて
屍姦した。おれは奴らの一匹を呼び寄せたが、その頭には月桂樹の葉が茂っていた。其奴はおれのところへ一個の宝石だけで出
来た首を持って来た。おれは宝石を両手で抱え込むと宝石に尋ねた、答えなければ海に抛り込むぞと威して。この宝石は何も知
らず、海がそれを呑み込んだ。
だがおれは、男と女の異った永遠をともに意識していた。似もつかぬ二匹の獣が愛し合っていた。とはいえ、王者だけは死ぬほど
笑いはしなかった。そして盲いた二十人の仕立屋が、紅縞瑪瑙を覆う一枚の帳を縫うために伺候した。おれは後ずさりしながら、
自分で奴らを案内してやった。夕暮、森は吹き飛ばされ、猿は身じろぎもしなくなり、おれはおれの姿が百倍になったのに気づいた。
おれの仲間は海辺に腰を下ろしていた。巨大な黄金の船が幾艘も水平線を横切って行った。そして日がとっぷりと暮れるころ、百
の焔がおれを迎えに来た。おれは百人の男の子を生んだが、乳母は月と丘だった。子供らは露台の上で操られる、あの骨のない
王者らを愛した。河のほとりに来たとき、おれは両手で流れを把み上げると、思い切って振り回してやった。この剣はおれの喉を潤
した。それから憔悴した泉が教えてくれた。太陽の歩みを引き止めれば、それが本当は四角いことが判るだろうと。百倍になったお
れは、密集した島々のほうへと泳ぎ渡った。百人の水夫がおれを迎えて宮殿に案内してくれたが、奴らはそこで九十九回おれを殺
した。突然、おれは大声で笑って踊り出したが、奴らは涙を流していた。おれは四つんばいになって踊った。水夫たちはもう身じろぎ
する力すらもなかった。おれが怖ろしい獅子の姿をしていたからだ……。
四つんばいになったのだ、四つんばいになったのだ。
おれの腕、おれの足は互いに似たものとなり、おれの眼はいくつにも増えて恭しく金の環が冠せられた。それからおれは立ち上がっ
て、掌の如く、木の葉の如く、舞った。
おれは手袋をはめていた。女たちに似た果実を捥ぎ取るようにと、島の住人がおれを奴らの果樹園へ連れて行った。そうして島は
波の間に間に漂い、砂浜に真紅の樹々の立ち並ぶ入江を埋めた。純白の羽毛にふんわりと覆われた野獣が、得もいえぬ美しい
声で歌い、誰もが飽くこともなく聞き惚れていた。おれはまた、あの一個の宝石だけで出来た首が大地に転がり、涙にくれているの
を見つけた。おれが流れを振り回すと、群集は散った。老人はオランダミツバを食い、不死のものも死者以上に苦しみはなかった。
おれは自由だと、花盛りの花の如く自由だと、思った。太陽は熟れた果実ほど自由ではない。樹木の群が眼に見えぬ星を蝕み、
黎明がその手を嵐に委ねた。天人花のお花畑で人々は影の汚染を受けていた。葡萄を搾る器械の中に積み上げられた人々が、
血まみれになって歌っていた。器械から流れ出る液体から男たちが生まれた。彼らはほかの流れを振り回し、流れがぶつかり合い
銀のような響きを立てた。影は天人花のお花畑を後にして小さな庭園に入り込んだ。そこでは、人間の眼と獣の眼を持った、液体
から湧き出た・聾の・一人の男が水をやっていた。この世で一番美しいその男は、おれの喉元を押さえつけたが、おれは其奴を大
地に叩きつけてやった。其奴は跪いて、おれに白い歯を見せた。おれがその歯に触ると、さまざまな音が鳴り響き、音は栗色の蛇と
なった。その蛇の舌はサント・ファボオと呼ばれていた。蛇は大地を掘って透明な木の根を取り出すと、それに食いついた。それは蕪
ぐらいの大きさだった。そうして眠っているおれの流れは、蛇たちを溺れさせずにうまく浮かべた。天空は糞とタマネギで満ち満ちてい
た。おれはその光が地上を流れて行く、あの陋劣な星たちを呪った。最早如何なる生物も現れない。しかし歌声は隅々から立ち
昇った。おれは人影一つない町々を、捨て去られた藁葺きの家々を、訪れた。おれはあらゆる王者の王冠を拾い集め、それで饒
舌な世界の不動の宰相を造り上げた。船乗りのいない黄金の船が幾艘も水平線を横切って行った。巨大な影がはるか彼方の
帆にくっきりと映っていた。幾多の世紀がおれとこの影とを距てている。おれは絶望した。だがおれは、男と女の異った永遠をともに
意識していたのだ。似もつかぬいくつもの影がその恋で、鮮やかな緋色の帆を曇らせた。その間にもおれの眼は、流れの中に、町々
の中に、山並に積もる雪の中に、ますます増えていった。
雪はおぼろな足取りでひっそりと衰えていった。
樹蔭で
薔薇色の瞼を挙げる恋人等。
舟人達の暗い掛声に何時までも随いて行く
星と夜。
そして櫂は拍子を取って低く鳴る。
崩れた塀のかたえには やがて菫が
咲くだろう。
孤独な人のこめかみは いとも静かに緑色に染まるだろう。
あはれ 寂び暮るる死の森の外ヶ濱邊に
深雪降り 颪すさび
破れはてし外套の襟たてて
靴ふかぶかと 己が吐息を感じ
塵かのことく粉雪に埋み仆れつ
はた春咲く花の幻景に小をどりして
小川を渉り 氷踏みしだき
冷えゆく手足の麻痺をほかに
こともなく 口笛高く吹き奏しつ いとさわやかに
かの孤家の小ぐらき灯かげ慕ひ寄り
性命を一歩に打量る業運なる
あはれ 妖くしく寂びたつ森林の
氷雨ふる思想にあふるる
靜寂の小夜の柴扉に偲びよる現身也
君あしたに去ぬゆふべのこころ千々に
何ぞはるかなる
君をおもふて岡のべに行つ遊ぶ
をかのべ何ぞかくかなしき
蒲公の黄に薺のしろう咲たる
見る人ぞなき
雉子のあるかひたなきに鳴を聞ば
友ありき河をへだてて住にき
へげのけぶりのはと打ちれば西吹風の
はげしくて小竹原眞すげはら
のがるべきかたぞなき
友ありき河をへだてて住にきけふは
ほろろともなかぬ
君あしたに去ぬゆふべのこころ千々に
何ぞはるかなる
我庵のあみだ佛ともし火もものせず
花もまいらせずすごすごと彳める今宵は
ことにたうとき
他板でも見かけたが、蕪村が流行ってるのかな(笑)
截られたる果實羞しき 若者の酷寒の額、酷熱の腿
あはれいかに、かくおもしろき、
あはれいかに、かくおもしろき、
名にしおふ、春のやよひは、
いろいろの、小草もえ出て、
さまさまの、花も咲きそひ、
木々は皆、若葉さしつつ、
のとかなる、風吹きわたり、
あけまきの、うたふ末野の、
ひつじさへ、たかくなくなり、
あはれいかに、かくおもしろき、
あはれいかに、かくおもしろき、
春のやよひは、
やすらひや、やすらひ花や
花よ、鎮まれ。
砂ほこり、立ち舞う中に
やすらはで
ありとも、よしや
影はまぎれむ。
かなたこなたに飛び散らふ
花のはなびら
静かならざる
春のすがたを空にをさめよ。
やすらひや、やすらひ花や
花よ、鎮まれ。
咲き散るや、あわただしくも
花の影
移ろひゆきて
あとやなからむ。
枝てふ枝に充ちみてる
次の次なる
春をのこして
心しづかに空に鎮まれ。
眺めやる仄昏(ほのぐら)し西海杳(さいかいはる)か波のそこ
ひとり憂寂の異形(ゐぎゃう)のまち
死の神自(おのづか)ら玉座しつらへ、ここにして
正邪善悪ことごとく
尽未来(じんみらい)安息に入る。
みたまや、みありか、あららぎなんど
(時劫に蠧(むしば)まれしといへ小(さ)ゆるぎなく)
これ到底わが世のものにあらず。
吹上ぐる風にもわすられ
太虚(おほぞら)の下、思ひはなれて
鬱悒(うついふ)のうしほうしはく。
星天のひかり かつかつ
長夜の都府を射ざれ、
一道のあかりさしいで 荒れまどふ荒海よりは
黙々と小塔たかく流れより
迥(はる)か思ひの儘(まま)の峰の上
円頂の上 尖塔の上はた紫闥(したつ)の上
バビロンめける城壁の上
刻む常春藤(きづた)や雲根(いし)の華
年久しくも忘らえし曖々たるや荒しゃの上
ここた恠(あや)しき霊廟(みたまや)の上を照らせば、祠(ほこら)のまぐさに環飾りして
絡(まつ)はるは雕琴(ゑりごと) えぞすみれ えびかづらぞも。
旻天(あをぞら)の下、思ひ離れて
鬱悒のうしほうしはく。
かげとあららぎとまじらひ
ものすべて虚空(そら)に倒懸(かか)りつ。
巷(ちまた)に聳(そび)ゆる塔中ゆ、思ひ上がりて
死の神は巨人のごとく臨眺(みはるか)す。
琳宇(みてら)はひらき壙(つかあな)は口あけ
銀波燦爛(さんらん)と阿欠(あくび)なせども
偶像の阿古夜の眼に華衍(くわえん)なく
花やぎわたる死人たち
しとねに水を誘惑(いざな)はず
また、あはれ、さざらなみせず、
かの渺茫(べうぼう)の水玉(すゐぎょく)界裡
遠くさちはふわだの原
風荒るるとはしら浪の
怕(おそ)ろしからぬ海の上 風凪(な)ぎけりとも
波言はぬめり。
見渡せば大虚(おほぞら)ゆらぎて
渡津海(わだつみ)さされなみせり、
たとへば堂塔いささめにうち沈み
遅々たる潮推し遣るがごと
翳靄(えいあい)の間天津(あまつ)み空
ささやかに空所しつらへしにさも似たりけり。
いまや海濤赤くなりまさり
時劫仄(ほぬ)かに低(ひき)やかにぞ息づきたる、
この世ならぬうめき声あり
都府さらに頽唐(たいたう)として墜ちゆく時んば
地獄は一千の玉座を起ちて
うやうやし礼(ゐや)をこそ施せ。
髪の毛をふりみだし、胸をひろげて狂女が漂つてゐる。
白い言葉の群が薄暗い海の上でくだける。
破れた手風琴、
白い馬と、黒い馬が泡だてながら荒々しくそのうへを駈けてわたる。
おお、遠くではいとなつかしく、寄りそうては色白く
いとも甘美に、お前、マリよ、どこかの
くもり水晶の花瓶のうえに、嘘のように
ただよう希有な芳香を、私は夢みる。
お前は知っているか。そうだ。私にはこの幾年か
いつも、お前のまぶしい微笑が、美しい夏と
同じく、薔薇のいのちとをひき延してくれたことを、
昔時と、そして未来に深く沈潜んで。
私の心は、夜、折にふれては、理解しあい
無上の言葉でいとも優しく、お前を呼ぼうとしながら
妹のささやく言葉に、ただ昂ぶり
偉大な宝と、可愛いい頭、
お前の髪への接吻だけが、ひそかに教えた
あの格別の甘さは、お前がしかと授けてくれたのです。
我れのゆく路、
菊を捧げてあゆむ路、
いつしん供養、
にくしんに血をしたたらすの路、
肉さかな、きやべつの路、
邪淫の路、
電車軌道のみちもせに、
犬、畜生をして純銀たらしむる、
疾患せんちめんたる夕ぐれの路、
ああ、素つぱだかの聖者の路。
幾日幾夜の 熱病の後なる
濠端のあさあけを讃ふ。
琥珀の雲 溶けて蒼空に流れ、
覺めやらで水を眺むる柳の一列あり。
もやひたるボートの 赤き三角旗は
密閉せる閨房の扉をあけはなち、
曉の冷氣をよろこび甜むる男の舌なり。
朝なれば風は起ちて 雲母めく濠の面をわたり、
通學する十三歳の女學生の
白き靴下とスカートのあはひなる
ひかがみのき血管に接吻す。
朝なれば風は起ちて 湿りたる柳の葉末をなぶり、
花を捧げて足速に木橋をよぎる
反身なる若き女の裳を反す。
その白足袋の 快き哄笑を聽きしか。
ああ 夥しき慾情は空にあり。
わが肉身は 卵殼の如く 完く且つ脆くして、
陽光はほの朱く 身うちに射し入るなり。
それは鳥さえも絶対音感を失う
金属的な時間。
三階上のベランダで、
高架電車に面した
銅の窓の前に立つ
サテンのスリップ姿の女と
彼女が水をやっているゼラニウムが
黄金に変わる。
街路の下 転轍機の青い舌が
トンネルの中で揺れる。
何ブロックも先で クレッシェンドが
自分のエコーに追いつかれ、反響が
他人同士のあいだを通り抜けていく。
影が板金のように震える。
ハイヒールが 鍵盤上を動く片手みたいに
プラットホームを下っていく。
毎晩 ひとつの音が打たれる。
毎晩少しずつ長くなってゆく。
騒々しく聞こえるのは単に 沈黙に囲まれているから。
新聞スタンドの小銭のチャイム、ベッド際の
椅子の上に放り出された 鍵やコインが入ったズボン、
髪をかき上げる彼女の腕で
ちりんと鳴るブレスレット。
どこやらで小鳥が歌う
僕のために祈るあんたの魂らしい
三文兵隊の中に交って
そうして小鳥は僕の耳を酔わせる
お聴き 小鳥がやさしく歌っている
どの枝にいるのか僕にはわからない
そうしてどこへでも僕を酔わせながらついて来る
夜も昼も平日も日曜も
この小鳥について何を言おう
空が心になり、空が薔薇になり
魂が木の間の歌になる
この転身について何を言おう
兵隊どもの小鳥は恋だ
そうして僕の恋は一人の少女だ
少女は薔薇の花よりも完全だ
僕のためにあの青い小鳥は歌いやまぬ
神さまのような心の
僕の恋人の青い心よ
そうして青い小鳥よ
彼方の地平線に鳴り響く
あの陰気な速射砲のように休みなく
ああして人は星を撒いているのか
こうして日と夜とがすぎる
青い恋と青い心とがすぎる
わたしはびらびらした外套をきて
草むらの中から大砲をひきだしてゐる。
なにを撃たうといふでもない
わたしのはらわたのなかに火薬をつめ
ひきがへるのやうにむつくりとふくれてゐよう。
さうしてほら貝みたいな瞳だまをひらき
まつ青な顔をして
かうばうたる海や陸地をながめてゐるのさ。
この辺のやつらにつきあひもなく
どうせろくでもない貝肉のばけものぐらゐに見えるだらうよ。
のらくら息子のわたしの部屋には
春さきののどかな光もささず
陰鬱な寝床のなかにごろごろとねころんでゐる。
わたしをののしりわらふ世間のこゑごゑ
だれひとりきてなぐさめてくれるものもなく
やさしい婦人のうたごゑもきこえはしない。
それゆゑわたしの瞳だまはますますひらいて
へんにとうめいなる硝子玉になつてしまつた。
なにを喰べようといふでもない
妄想のはらわたに火薬をつめこみ
さびしい野原に古ぼけた大砲をひきずりだして
どおぼん どおぼんとうつてゐようよ。
雪をわたしは思い出した
それは思いがけずにふって来る
まるでショールのように
町の美しさを守ってくれる
古い屋根の上の銅細工は
曲りくねって横たわる
上衣につけた花の飾りの
婚約のしるしのように
春が不意に人をおどろかすとき
雨は冬の色を洗い流し
ライラックをケープに挿して
歌いに歌う ああ しかし――
もはや暗闇は身近にせまり
眠るものにささやくごとく
恋人たちのくちびるに
鉄格子のかげがなげかけられる
でも きみがわからなかった
マントにくるみ込まれたように
不透明なショールに包まれたように
突然きみは隠されてしまった
わけ知り顔の星の眼前だった
星たちは音もなく出てきて
永遠の旅路の門を抜け
天の広野を通ってこの町へやって来た
……きみの上空にとまったとき
きみをあんなに良く知っていたのに
いや わたしにはわからなかった
いや わたしにはわからなくなった
誰にたずねるべきだったろうか
きみをいつも見わけていたわたしが
誰がきみにこんな着物を着せたのか
死をいたむこんな憂うつな着物を
誰にたずねるべきだったろうか
誰も聞いてはくれないのに
わたしは泣きながら落ちて来た
黒い衣装のそのへりに
柳の枝がしだれるのが見られる時刻だ。
夜の流れはその深い波の中に柳をとらえる。
世界中の教会の鐘が鳴りわたる、
あたかも雪のように降るのがきこえる晩祷のように。
海上の船は薔薇色の帆をいっぱいに張る、
薔薇形の円花窓は鐘楼の影にふれて花びらを散らしはじめる。
遠くの空にも、散るのが見える、
清らかな薔薇色の、さまよう花びらのかずかずが。
棕櫚と櫂の静かな慰めとともに
私らの上にかがみこむ夕べの老いた魂は
ついにその優しい天使とともに
私らの魂を解き放つ。
空は晴れてても、建物には蔭があるよ、
春、早春は心なびかせ、
それがまるで薄絹ででもあるやうに
ハンケチででもあるやうに
我等の心を引千切り
きれぎれにして風に散らせる
私はもう、まるで過去がなかつたかのやうに
少くとも通つてゐる人達の手前さうであるかの如くに感じ、
風の中を吹き過ぎる
異国人のやうな眼眸をして、
確固たるものの如く、
また隙間風にも消え去るものの如く
そうしてこの淋しい心を抱いて、
今年もまた春を迎へるものであることを
ゆるやかにも、茲に春は立ち返つたのであることを
土の上の日射しをみながらつめたい風に吹かれながら
土手の上を歩きながら、遠くの空を見やりながら
僕は思ふ、思ふことにも慣れきつて僕は思ふ……
外にはもろもろの世界、世界が――何と多く、何と夥しくあることか――
けれども、誰が書きしるすのか、
幸運と、われらのなかに顔と存在とを打ち込む
その反対の過剰とを。
外には、風、挨拶、願望、飛行、
優越、詐欺――
けれども、内界には、花咲く充足と
名状しがたい脈絡。
山なみ遠に春はきて
こぶしの花は天上に
雲はかなたにかへれども
かへるべしらに越ゆる路
目を覚まして起きよ
もう時は遅い
天使は、お前の玄関を叩いてる
彼女らは急いでゐるために
もう待つても居れないのだ
しかも一度出て行けば再び帰らないだらう
小さい花と花びらを
やさしい若い春の神々が
軽い手つきで戯れながら
私の薄ぎぬのリボンの上にまく。
そよ風よ、これを翼にのせて
私の愛する人の着物にからませよ!
すると彼女はいそいそと
鏡の前に立って行く。
バラに包まれた自分を見れば
自分もバラのように若やいでいる。
たったひと目を、いとしい人よ!
それで私は満足だ。
この胸の思いを汲みとって
ためらわずその手をお出し。
そしてふたりを結ぶこのひもは、
弱いバラのひもではないように。
死が善からましかば なにのゆゑに
神神死したまはざる
生が惡からましかば なにのゆゑに
神神ながらへたまふ
戀が無ならましかば なにのゆゑに
神神なほ戀したまふ
戀が全ならましかば
人 戀をよそに なにごとをかなしてむ
きみは夜の中から現われてきた
両手に花を抱いて、
いま、きみは雑踏した人々の中から
きみの噂をする喧しい人声の中から現われるであろう。
原始の事物のさなかに、きみを見たことのある私は
腹立たしくなる、つまらない場所で
きみの名が語られるのをきくと。
冷い波が私の心のうえを流れ、
世界が枯葉のように、或はタンポポの種子のように
干からびて、投げすてられたらよいと思う、
再びきみを見出せるように、
ただひとりで。
櫻のはなのびたびたぬれたところで
よつぱらつて大あめに寢てしまうた
ぼうぼうと燃える大火事の夢をみた
いんけんなやせ鴉のむれが
ぞろぞろうろついてゐた
僕はこはいこはいと思つて考へ込んでしまつた
どこか遠いところに半鐘の音をきいた
黄ろいきものの女が歩るいていつた
おそろしくて怖ろしくて四つん這ひになつて逃げた
鴉のむれが跡を追つかけてきた
ああ わたしがわるいのだわるいのだ
と思つて泣きながらにげた
雨にうたれた櫻の花が
ゆくてにびつしよりまつさかりであつた
お寺の前の広場にまた太陽が照るようになった。
子どもたちが古い噴水のまわりで遊んでいる。
鳩は石段の上に群がって銅のように輝いている。
光をいっぱい吸い込んだ海綿のように
ぽっかりと雲が浮かんでいる。もう春だ。
お寺の前の広場に面して、開いた窓際に
このごろは毎日顔色の悪い若い女の人がすわっている。
彼女の目には雲も映らず、美しい鳩も見えないらしい、――
彼女は見も知らぬ婦人たちのために
一日中、そしてよく真夜中まで
服を縫ったり、絹の帽子を仕立てたりしなければならないのだ。
彼女の表情はいつも冷たく厳しい。
ただときどき、彼女の心臓の下のところで
だんだん育ってゆく胎児が、何も知らず、
それでももうこの世の光を求めるかのようにそっと身じろぎすると、
そのときだけ彼女の冷たい唇が燃える。もう春だ。
そこへ行くな
なにもかも計略だ
勝負は八百長だ
フラッシュを浴びて
やつがリングにあらわれると
かれらは声を限りに賛美歌を歌う
きみが椅子から立ちあがるいとまもなく
かれらはめったやたらにゴングを鳴らし
きみの顔めがけて
タオルを投げる
それを払いのけようともがくきみに
跳びかかる それからおもむろに
やつがきみの下腹部に反則のロウブロウだ
きみはくずおれる
腕をおろかしく十字に組んで
鋸屑のなかに
そしたら永久に女とまじわることもできないぞ。
クローカスはいつもの場所に頭をもたげ
カエルの沢は池の面におなじ緑の泡となって浮び
青年は去年とおなじばかな顔をして娘をながめるが
私はけっしてたいくつしない どんなに見なれたことであろうと
納屋の下からネコがおなじ子ネコを生んで出てきても――
黄色と黒のブチが二匹 そのまんなかが一匹――
みんな以前におこったことだが、いやな気持ちにはなれない
春はうれしい 春がこれまでなかったように
時計のようにつれない心のあなたは
もうわたしを待ってくれない。開いてはまた閉じる
あなたの憂愁がなにになろう、残るのは
茂っては散る時間だけだ。不意に
木の葉が叩く、あなたの窓ガラスの上を、
高く二筋の雲。いまもわたしの目に
残るゆるやかな一つの微笑、
夜空の色彩の衣装、ビロードのような
赤錆色が髪を染めて
肩に流れ、そしてあなたの顔は
たちまちに波間に沈んだ。
黄色く乾いた葉ずれ、
煤と舞う鳥の群れ。また別の葉が
いまも枝にひびを入らせて、たちまちに
身をくるませて落ちる。四月の
萌えゆく緑と散りゆく緑。
花咲く者が浴びせるあの嘲笑。そしてあなたは
もはや花咲かない、夜明けもこない
この世でわたしたちの見る夢すらない。
幼い日のあなたの眼差し、柔らかな手も失せて
隔てられたわたしの顔を探すすべもない。
わたしは残されてただ日々の詩を
書きつける、虚空に叫ぶ、
そして心につもる不信は、ああ
いまも砕けて、散りゆく時間と争う。
いやな永い冬の夜が明けやうとして
春の朝がせまる時刻
お前には聽こえないのか
まるで通魔のやうに
いきなりはいつて來る誰かの足音が
どうして?
ちつとも怖がることはありやしないよ
それは甘い風のやうにして來る
お前の花嫁だ
見ておやりよ絢爛たるお前の女を
お前は永いことそれを心に待つてゐた
しかし本物の花嫁は女臭く
爪研ぎ髪ふり亂し素ツ裸のまま
春來る曠野をすたすたと
血の色の花を咥へて越えて來る
たまにね
たまにね ほんとに たまにね
おかあさんも ほめられたい
さくらの季節に いちどだけとか
そのくらい たまにでいいんだ
いいこ いいこ いいこ いいこ
たまにね
たまにね ほんとに たまにね
おかあさんも なでられたい
ついでみたいに さっさとだけでも
そのくらい たまにでいいんだ
いいこ いいこ いいこ いいこ
おかあさんも ほめられたい
人氣なき公園の椅子にもたれて
われの思ふことはけふもまた烈しきなり。
いかなれば故郷のひとのわれに辛く
かなしき〈すもも〉の核を嚙まむとするぞ。
遠き越後の山に雪の光りて
麦もまたひとの怒りにふるへをののくか。
われを嘲けりわらふ聲は野山にみち
苦しみの叫びは心臟を破裂せり。
かくばかり
つれなきものへの執着をされ。
ああ生まれたる故郷の土を蹈み去れよ。
われは指にするどく研げるナイフをもち
葉櫻のころ
さびしき椅子に「復讐」の文字を刻みたり。
樹の中で 綱の間にぶら下がる
足は地面に触れない、両腕を
体にぴったりつけて 菩提樹の下でわたしは揺れる
枝がきしむ、ブランコの上で
わたしは軽やか でもブランコは重すぎて
茂る葉や鳥たちの巣には届かない
わたしはぶら下がったまま、足下には
わずかな草、わたしの目に近づく湖
揺れるから、太陽が葉むらの方へ
跳ねて わたしの指に触る
湖は青黒い背中も丸くして
そっと岸辺に転がり寄り 砕け散る
豚の目をした獣がちらりとのぞいて、語りだす
そもそもはこのわしが湖だ
わし自身の中に住まい ボートを沈める
藻草の遊び場 魚のブランコであるわしは、でも
話がまだ終わらぬうちに
波はパシャンと岸から引き返す、湖は
滑らかになり その獣は
いなくなった、わたしは揺れて
草むらや草に届く、菩提樹の中にぶら下がり
足を伸ばす 一本の樹に掛けた
二本の綱の間にあって、目にするのは
二つの岸 わたしのと もうひとつのと
リンゴの白い花が匂う わたしの背後には家並み
樹と綱から離れることもできる
クリミアのそれはライラック、パリのそれは白、
モスクワのわが春は、もっとつつましく、心にしみる、
まるで涙にくれる少女のよう。レインコートを着た強盗が
雨の中へ――パン屋から紙幣をわしづかみにして出てきたけれど、
エメラルドのハイヒールが滑っていったあの場所では、
びくびくしたって仕方がない、泣くなんて馬鹿げている。
水たまりを雲が斜めに通りすぎる、
孔雀の虹がヒールのもとを流れる、
少女は駆けゆく、光と影の櫛を
(これはぼくの人生なのだ)膝丈まである緑の服を着て、
買い物袋を振り回し、螺旋階段をくるくる、
町をまるごと見下ろして、そして雷鳴が――
彼女を追って家の中へ……
死んでしまったものの、失われた痛みの、
ひそやかなふれあいの、言葉にならぬ
ため息の、
灰
神神が雲を叩くと云はれるのだらうか
雲が雷鳴で咒はれるときに――
空が吠えるとき 神神が泣いてゐるのだと云はれるのだらうか
虹は神神の胴衣の色なのだらうか
雨が降るとき神神はどこにゐるのか
神神が庭の水甕から水を撒き
大水を放つてゐると云はれるのだらうか
たとへばヴィーナスのやうに
古代の神の乳房が壓しつけられ刺戟されて
濕つた夜が私を乳母のやうに叱ると云はれるのだらうか
神神は石であると云はれるだらう
落とされた石が地面で音を立てるのだらうか
抛り投げられた砂利が鳴るのだらうか
すべての言葉を語る石に言葉で語らせよ
成熟した眼が輝いてゐたといふ傳説の頭部は
どこかに行つてしまつた。だが、トルソーは
枝付燭臺のやうに燃えてゐる。かつての視線が
燭臺となつて、今も、ただ下に向つてだけ、
光を放つてゐるのだ。さもなければ、
胸の隆起がこれほど眼にまぶしいはずはなく、
またわずかにひねつた腰の、生殖の營みの中心に、
微笑のやうなものが流れてゐるはずもないのだ。
さもなければ、これは、兩肩が半透明になつて今まさに
崩れやうとしてゐる、不具の、ずんぐりした石塊に過ぎなくて、
猛獣の毛竝のやうにかすかな輝きを放つことも、
星のやうに輪廓から光芒を放つこともないはずなのだ。
この上の全ての一点が、おまへを見つめる
小さな眼だ。おまへは自分の生活を變へねばならないのだ。
霊妙なる楽人、空の巡礼者、
憂いに充つる地上を汝はさげすむや、
または、翼は空高く舞い揚れど、
心と眼とは露しげき地上の汝の巣とともにあるにや、
そこへとふるえる翼をたたみ、歌やめて、
汝は思いのままにくだり宿る。
蔭深き森を夜の鶯に任せよ、
輝やく大空こそ汝の浮世離れたる住家。
かしこより汝は一きわ聖なる本能もて、
美しき歌声を溢るるばかりこの世に注ぐ。
実に天と地との仕事を忘れざる汝こそ、
高く舞い上れども、さ迷わぬ賢者の姿。
空間を少しずつ
夜よりも一層ふかい夜のなかに漂う刻印を
星雲たちの霊気に満ちた地質学のなかに
時間の濃密さのなかに
刻み込まれたもの
それらの無限の沈黙を 解読すること
もしきみが時間が綴ったものの読み方が分かったなら
きみは夜のなかに無数の貌を見るだろう
いのちの幾つもの形姿の千年以上を経た木の茂み
見えなくなった樹々 むかしのけものたち
きみ以前の人間たちを
けれどきみは半ば目を閉じたひとりの
通行人に過ぎない
きみは誰もが見られるものを見る 空の星たち
一本の樹木 一台のバス 一匹の猫 ひとりの食品店の店主
きみのように 生ける者たちに名が付けられる
総てのもの 多かれ少なかれ ときには
ぼくらを満足させてくれるすべてのものに
ってやっぱww
…ずーっとね、気にはなっていたのでやっておく。終わらせておく。
>>101 「冷ややかな抒情」。うん。とても適切な云い回しだと感心したが、
けれど、そこへと至るプロセスが俺とあなたでは全く違っていた。
あなたがそこでやった様に、特定の絵なり風景(のイメージ)を
重ね合わせないしはそれと置き換えて読む代わりにじぶんは、
一にも二にもね、執拗に繰り返されるテクスチャーそのものの
質感にこそ注目を。
玻璃の衣裳
晶玉
ながれてゐる、まつさをの血(まるでエナメルの様な光沢を湛えた)
ふんすゐ(その水滴の、一粒一粒の)
そして大理石。
…ここはやはりね、ツルツルじゃないといけないんじゃ(笑
が少なくとも、これだけは思う。詩人の意図したものどうであれ、
あなたのそれよりも、俺の読みのほうがおもしろい。これは絶対。
俺はともあれ、出会ったんだ。寄託した相手の視線で以て自身の知覚を
確定してしまう、そんなの代わりに。
おお、われらがマハディたちの邪推のひどさ
娼家で春ひさぐ女たちが
定められたお座なりの歓喜を示すとき
本心は見せたがらないものだと思ひ込むのは、ひどいといふものだ。
あのたつた一人の女のことをいたく哀れと思ひ
その女のことは全て知つてゐたあの神はどんなに美しく歌つたことだらう
彼のために殉死することも厭はなかつたあの女を
そしてその酬いははじめから決まつてゐたのだ。
神は、女が彼を愛してゐるかどうか嚴しく檢査した!
「神は女の苦しみを準備した……」とちやんとこの詩にも書いてある、
神はもう六度もこの試驗をやつたのだ、だがやつと七人目の女が
彼を失つたとき涙を流したのだ!
ところで神はその女にどのやうに酬いたらうか、全ての人間に
羨まれながら、彼女はおしまひに、神と同じ座まで引き上げられたのだ!
いつぱいの星だ
くらい夜みちは
星雲の中へでもはひりさうだ
とほい村は
青いあられ酒を あびてゐる
ぼむ ぼうむ ぼむ
町で修繕(なほ)した時計を
風呂敷包に脊負つた少年がゆく
ぼむ ぼむ ぼうむ ぼむ・・・・
少年は生きものを 脊負つてるやうにさびしい
ぼむ ぼむ ぼうむ ぼむ・・・・
ねむくなつた星が
水気を孕んで下りてくる
あんまり星が たくさんなので
白い穀倉(こくぐら)のある村への路を迷ひさうだ
>>447 お久しぶり
ごめんなさい。だいぶ前のことで、もう一度議論できるほど思考を巻き戻せないのです。
たぶん、あのとき現実にあるイメージと重ね合わせて考えたのは、彼女の屍体の表現が、
冷淡と思えるほど即物的に感じられたからだと思います。
きりぎりすがとまるほどに時間のたった屍体の、暗夜のかわきかけた血糊の色。
まつさをに、見えませんかね。
なので、あなたの言うような異界の、ユーモアのある可愛らしい作品とは、
私にはあのときどうしても読めなかったんでしょうね。
いや、ひょっとしたら、私はあのとき、あれを詩として読んでなかったかもw
ごめんなさい。やっつけたつもりはなかったのですが
そう感じておられたならほんとうに申し訳ないことです。
もう仲直りしましょう。
なのものともしれない影におひかけられ
眼をひらいて あしもとにたたずみ
うつらうつらと むらさきの時をきざむただよひ
影はしろくあり
色もなくあり
葉ずゑにわらふ ひざしのにほひ
わたしのうしろから やさしくつもる このしろい影
地のなかにのびあがりゆく しろい笛のね
おしたわめられ なでやわめられ
そのあぎとのなかに のまれる現の花びら
シャツの袖 折り返しを吹き散らし
ベートーヴェンのトルソのように毛むくじゃら、
創造はその掌で一挙におさえ取る、西洋碁のように
眠りと良心を、そして夜をも愛をも。
そして或る黒の 女王になった駒ひとつを、
そして――なにやら狂気じみた憂愁で、
この世の終末にむけて準備する、
徒士で進む歩たちを統べる騎馬戦士のように。
けれどもそのうちにも地下室からそこの氷から
星たちがあゝと芳しく嘆声をもらした園生では、
イゾルデの香気の蔓ばらの上で夜鶯となって
トリスタンの涼気がむせび泣いた。
園生たちも、池も柵も、
そして白い哀哭にわきたつ
この世界も――ただ人間の心臓によって
たくわえられた情熱の放電にすぎない。
それはおそろしいことだった あの可哀そうな仔牛
つい今しがた屠殺場へ索かれながら しきりに抗い
小さな 悲しい村の鼠いろの壁のうえに雨の滴を舐め
ようとしていた
おお神様!柊の路の友だちであるあの仔牛は あん
なにやさしそうな あんな善良そうな姿をしており
ました
おお神様!この上なくご親切なあなたさまに どう
か仰しゃって頂きたいのでございます わたしたち
はみんな赦されるものであると
そして いずれあの金色をした天国へ行けば そこで
はもう美しい仔牛の殺されるようなこともなく
わたしたちはもっと善良になって
彼らの小さな角のうえに わたしたちの花を飾るであ
ろうことを
おお神様!どうか仔牛が刃物をうけますとき
あまり苦しまないですみますよう
今宵はいつまでも暮れなずむでしょう、日は永くなりました。
活気のある昼間のざわめきが散りぢりになって、消えていきます。
そして樹木は、いつまでも夜が来ないのに驚いて
白んだ夕べの中で、目覚めたまま、黙想しています……
マロニエの木々たちは、垂れこめた金色の大気のうえに、
それぞれの香気を生みはなって、寝かせつけているようです。
私たちが歩くと、柔らかな大気はかき乱され、
香りたちの眠りを邪魔してしまいそう。
遠くの轟が 街からやってきます……
微風がそっと吹いて、塵が舞い上がり、
気だるそうに揺れる覆っていた枝を離れかけたかとみると
ゆっくりと、静かな小道の上に降りていきます。
毎日、私たちが見慣れている
こんな何気ない、こんな何度も通った道なのに、
生命の中で何かが変わりました。
この夕べの心は もう決して戻ってこないでしょう……
金色の花 それはほんとうに
泥の中から芽生える
そこをあの人は歩き こちらへ
やって来たのだ まちがいなく。
鷹は 逆立てた
翼を その人の足下に伏せる
グンカン鳥は垣根を占拠し
羽づくろいに余念がない。
そう これはほんとの話。じっさい。
毎晩 傷ついた
天使たちが さまざまな天空から
ここの棟に降り立ち わたしたちと一緒に
危険きわまる宙返りを稽古する。
だれも 見てゐないのに
咲いてゐる 花と花
だれも きいてゐないのに
啼いてゐる 鳥と鳥
通りおくれた雲が 梢の
空たかく ながされて行く
青い青いあそこには 風が
さやさや すぎるのだらう
草の葉には 草の葉のかげ
うごかないそれの ふかみには
てんたうむしが ねむつてゐる
うたふやうな沈黙に ひたり
私の胸は 溢れる泉! かたく
脈打つひびきが時を すすめる
このがたぴしの扉の中へ私について入つていらつしやい
そこでぢつと視線を釘づけにしてごらん
淺Kい洞穴が火山の香りとともに
私の股の間であなたを待つてゐる
私はKい毛の聖體拜領者
人間でない眼差し腑拔けた太陽ども
私も何囘となく男の下の海を横切つて來た
海の脂ぎつた水面とくぎらぎらした波を
光るあなたの枝 私の不幸な球
そして飾られた口の下に横たはる眼
そこにこそ私の歡樂と風と絶望がある
ひとつの影があなたを引きとめ宇宙があなたを支える
病める人よ! ともに恐怖に襲はれた私たち
二人は永遠の闇の上にもう一度現れる。
何をか風流と云ふ、吾之を疑ふ。錦の衣着て、栗毛の
駒に跨りたるが風流か、破れたる襤褸纏うて、街頭に立
つが風流か、琴の手面白く、筆取りて歌など書くが風流
か、胸に樂調なく、思を語ることも知らぬ田夫野郎が風
流か、句を讀みては宗匠の舌を捲かしめ、劇を觀ては幾
多驅出しの評者を驚かすなどの技倆ある者果して風流士
か、句を讀まず劇を知らざる者風流か、山田守る案山子
風流か、牢獄の中に熟睡する盜人風流か、愚なる者か、
智なる者か、眼ある者か、無き者か、酒飲む者か、飲ま
ぬ者か、天地果して風流と云ふ者有りや無しや、吾之を
山中の老僧に問ふ、老僧笑うて答へず、適歩下に輾轉す
る一蚯蚓あり、指點して云く、風流是哉。
ここにあるのは聖なる小屋、
すつかり身を飾つたこの娘は、
ひつそりと、いつも用意ができてゐて、
片手では乳房に風を入れ、
片肘はクッションに凭れ、
水盤の泣く音を聽いてゐる。
これこそはドロテの部屋。
――微風と水は遠くに歌ふ
ぎくしやくした嗚咽の歌を、
この甘やかされた娘をあやすために。
上から下まで、念入りに、
匂ひ油と安息香が、
彼女の華奢な肌に塗られてゐる。
――片隅で恍惚となる花たち。
陽が射し込んでゐる半開きの窓から、
燃える、圓筒のやうに、
女たちはうつとりと ケフが運ばれるのを待つてゐる、
牙をむく貘の刺繍のある長椅子に掛けて。
アネスも、ナズレも、アンムも、ブルバラも、ザリメも、
みんな白麻をまとい、瞼も頰も
化粧と香料で火照つてゐる。
ナルギレの薄煙が立ち昇るなか。
飲み物を飲んで、生き返る、
エナメルを塗つた手と爪は
名高い酒の銀杯を握つてゐる。
彩り鮮やかなクッションの上、
トルコの舞姫のポーズをして、
しどけなく煙をふかす愛らしい女たち。
偽りのない驚きをこめた
傷ついた少女の眼の
暗い入口に
あでやかにたゆたう
明らかな だが 目には見えぬもの
美しい抑圧の
平衡と傷つき
正確な少年の口
いま牧羊神の頭は垂れてくる
いまひそかな花は夢みている
葦笛の上にかすんだ
うっすらと開かれた唇の夢を
愛人よ、月は静かにさえて、
夜は女神の脣の捕はれとなって
葦の間に眠つてゐる、
さうしていま小鳥の羽音さへもきこえない。
ごらん、岸に沿うて
夢みる水のわななくのを。
さわやかな星の金いろが
きらめく下で
黒い橡の木立がためいきする、
流れの水のささやきと
さざ波の密語とが
樫の木の下で
月に向つて嘆く、――
歌ふ水のやさしい聲をおきき、
おいで、私は莓の谷のありかを知つてゐる、
私はお前のために
まよならの葉で小紐を編んでやらう、
お前はふりかへり、お前はためらふ、
たでの花の白いかたまりに
心ひかれると云ふのか?
私はお前の帯をとく
さうしてお前のわななきを掬ふ。――
好色な水が遠くで銀色に光る、
夢みる水、歌ふ水、
葦間のかげにかくれる水。
名のれ名のれと風の子が通る
旗はハタハタ素直に名のる
こう考えてみてはどうかね
きみはランプを持っているがあたりは闇だ
なにも見えない
あっちにもこっちにもカボチャが転がっているらしい
どすん!
おっと、すいません、あの、よく見えないもので
うろたえるきみの心は
まるで
鳴り続ける電話の呼び出し音に
脅えているようだ
凍りつき
そしてカモメみたいに落ちていく
きみを闇から救いだしたい
カボチャなんか放り投げてやるさ
彗星が整然と行進する無窮の空に
そしてきみの心を解凍しよう
ぼくは電話を切る
呼び出し音が消えた
昨日はまだ輝いていた人々が
今日は死の腕に抱かれている
悲しみの木から、ひとつ
またひとつ、花が落ちる
それらは落ち、また落ちていく
私のゆく道に落ちる雪のように――
足音はもう響くこともなく
長い沈黙が近づいてくる
空にはもう星がない
心にはもう愛がない
灰色の彼方は沈黙している
世界は老いて虚ろになった
この悪しき時代に
誰が自分の心を守れるだろう――
悲しみの木から、ひとつ
またひとつ、花が落ちる
466 :
吾輩は名無しである:2009/05/21(木) 00:27:04
おまえの足音、わが沈黙から生まれ出て、
敬虔に、ゆっくりと踏まれる歩み、
私の寝もやらぬベッドへ向けて
無言のままに冷たく進んでくる。
鷄の足はステツキにいいやうだ――
それは非常にまつすぐだ。
弟よ、その足を一本切つて來てくれたまへ、
僕が若しボードレールを訪ねる時には
きつとそのステツキを携へて行かうと思ふ。
これはただ奇なる思想を喜ぶのではない、
さうだ、このステツキはフランスの旅のつひでに
ボードレールの訪問にふさはしいといふだけだ。
だが彼れはどんなにか喜ぶだらう、
さうして更に妖しい詩を書くだらう。
弟よ、ボードレールは『死のなか』に『生ける感覺』を
探してゐたのだ――
で、これは彼れにいちばんいいお土産になるだらう。
恋の酔いごころがさめても やさしさと
まごころが 消えることなく生きているなら
はげしい思いが
くらく 深く 死のまどろみをつづけても
わたしは泣くまい わたしは泣くまい!
しづかにみつめるあなたのやさしい眼を
感じ 見るだけで
その他はみな夢にみて――燃え立ち
目には見えぬ炎にひそかに食べられるだけ
もし あなたがむかしのあなたであったなら
一年のまどろみからさめて
森のスミレはふたたびあらわれる
あらゆるものが 野に森に 空や海に よみがえる
人をみな動かしてつくる
生命と愛の 二つをのぞいて
おまえから、ぼくのこころよ、新しい歌を待っていて、
どんなのだろうかと、想いめぐらす。
陽あたりのいい海辺、
夢が目覚めてるのかわからないまま、ぼくは見ていた、
わかい、といってよい年頃の、水夫。
埠頭の柱から、太綱をはずしていて、
海には素直な船が
ゆれていた、出航の準備をすませて。
ぼくは耳をかたむけた、彼がうたうのに、
ただ自分のためにうたっていたのが、街ぜんたいも、
いや、丘たちも、海岸通りも、じっと聴いていた。
そして、だれよりも、このぼくが。
「恋なんて」彼はうたった。「捨てていいのさ、
愉しい恋でないのなら」
きれいな顔が歓びに満ち、どこもかも
ひっそりしていて、なごやかで、近くにも、
遠くにも、人っ子ひとり、視界になかった。
太陽が、天にきらめいた、ひろい
海原にも、生まれくる一日のうえにも。
ひとりぼっちだな、あいつは、とぼくは思った、
だが、あの小さな船でいったいどこまで行くんだろう?
「これじゃあ、かわいこちゃん、これじゃあだめだ」
こう歌詞はつづいた、街を歩いていると、
ついてくる歌。居酒屋に行くと、まるで、
みんなの女みたいに、そばにくる、そんな歌だ。
でも、あの明るい朝には、
あの声はもっと他のこともつぶやいていた、それが
なんだか、おまえは知ってる、ぼくのこころよ、聴いている
おまえに、聞きなれないことを訊ねていた。あの船は
遠くに行くのか、そんな苦労はむだじゃないのか、
ぼくが悲しむのは、よくないことじゃないのか。
ずっと歌いながら、若い水夫は出航を
急いでいた。ぼくは考えた、あれは野卑な
ただの海の男? それとも半神?
ふっと黙った彼は、船に飛びおりた。
清澄な、あまい記憶をぼくに残して。
五月祭の汗の青年 病むわれは火のごとき孤獨もちてへだたる
はつなつのゆふべひたひを光らせて保険屋が遠き死を賣りにくる
五月新緑みなぎる闇に犯しあふわれらの四肢の逆しまの枝
馬を洗はば馬のたましひ冴ゆるまで人戀はば人あやむるこころ
錐・蠍・旱・雁・掏摸・檻・囮・森・橇・二人・鎖・百合・塵
こころという恐ろしい市街(まち)で
わたしは 百人の男娼となって
父となることの栄光を棄てた精液は
廃嫡の萎えた突起から こぼれた
頽廃の路地裏の甃だたみ
寡婦のようにきしむ木の寝台の汚れたシイツ
じめじめと寒い厩の藁のうえに
踏みにじられた百の誇りは
甲高く叫びながら 放射状に散らばった
聖言(みことば)は 絞められる雄鶏の声で
家家の床下に 羽ばたいた
聖なるかな(サンクトゥス) 聖なるかな(サンクトゥス) 聖なるかな(サンクトゥス)
−−朝
私は到処で一つの町をさがしている
その城門の前にひとりの天使のいる町を
私はその天使の大きな翼を
破れたまま 重たく 肩胛骨に背負い
額にその星を封印としてつけている
そしていつも夜の中へさまよってゆく……
私は愛をこの世にもたらした
すべての心が青く花咲くように
私は一生の間 目覚めて 疲れ
神の中に暗い呼吸をこめた
ああ 神様 私をあなたのマントでしっかりつつんで下さい
そうです 私はコップのなかの残滓なのです
でも 最後の人間が世界をこぼしてしまっても
あなたは私を二度とあなたの全能から手放しはしないし
新しい地球がまた私を取り巻くことでしょう
その市街(まち)に まだ行ったことがない
汚物のつたい流れる 傾いた甃だたみにも
通りに面した家並の どの間仕切りにも
鉛いろの脂粉に粧った 痩せた少年たち
横たわれば 足がつかえるほどの
汚物にまみれた牢獄の中から 少年たちは
いやに老成した こわばった媚を売る
愛は技ぞと 愛経の章句は教えるが
百の媚に一人の嫖客 そのゆえに
この凄まじい 売色の賑わい
甃だたみのうえでは あちこち
木が積まれ 火が焚きつづけられる
糞尿にまみれた栄光の餓死の屍が
時の間もなく 葬られ 焼かれるのだ
炎の陽炎が 神神の天へ のぼっても
さらにのぼっても 飾った象たちは
悲惨な地上の どこからか
青ざめた少年たちを 運んでくる
眠れ 悲しい友よ 押し寄す闇は
赤い夕陽といよいよとけあい
はなたれた羊の群も帰りきて
淋しい広野にほこりも静まる。
つばさもつ美しい夢路の天使が
君を訪れ 別の世界へ移し去る
わたしのかなしみの久しい友が、
眠れ わが子よ わたしは妬まない!
心のいたでに忘却をそそぎ
理知から探り好きの愁いをとり
悲しい心をおさえつける重荷を
天使は朝までにそっとのぞく。
ひねもす君は心の闘いに悩み
敵意ある眼差しや言葉につかれた
眠れ わが子よ 天使はそれを遮り
慈悲深い御手でとばりをおろす!
わたしは前に進む 思いは
後もどりする 遠く離れてしまった
わたしの心 過去から
残ったものは ほんのひとつの
笑い だからわたしは進む
先へ もうなにも思い出さない
ふたたび雨雲が音もなく わたしの上にたれこめて
ねたみぶかい運命が ふたたびわたしをおびやかす……
わたしは運命をさげすんで 誇りにみちたわが青春の
くじけぬ心でたえしのびつつ それを迎えることができようか?
はげしい日々に疲れたわたしは しずかな心であらしをまつ。
わたしはあるいはいまひとたび 救いの波止場につくかもしれぬ。
けれど おそろしい 避けがたいわかれを思い わたしの天使よ
いそいで君の手をにぎろう これをおわりと思いつつ……
おだやかな やさしい天使よ 静かにわかれを告げておくれ。
悲しみにくもる瞳の その起き伏しを見せておくれ。
君の思い出は失われゆく いのちの春の力と誇り
望みとはげみのつぐないに わたしの心をみたすだろう。
消えやすいよろこびを 何で
うたつてゐるひまがあらうか。
アイスクリィムを誰が咀むか。
悲しみは堅いから あまり堅いから
(咀んだり嚥んだり消化したり)
人はひとつのかなしみから
いくつもの歌を考へ出すのです。
479 :
吾輩は名無しである:2009/06/14(日) 13:22:22
手足
寄る辺ない
今日だが
手がある
足もそして
肩も
顔さえ
言葉を発し
言葉を胸に収め
食べ終えた
皿をあいだに
誰かと笑う
世界は不在の中のひとつの小さな星ではないか
夕暮……
世界は所在なげに佇んでいる
まるで自らを恥じているとでもいうように
そのようなひととき
私な小さな名ばかりを拾い集める
そしていつか
私は口数少なになる
時折物音が世界を呼ぶ
私の歌よりもつとたしかに
遠い汽笛 犬の吠声 雨戸のまた刻みものの音……
その時世界は夕闇のようにひそかに
それにききいつている
ひとつひとつの音に自らをたしかめようとするかのように
きのふのための悲しみか
あすの日うゑの侘しさか
きのふもあすもおもはぬに
この寂しさはなにならむ。
○あすの日ゆゑ
×あすの日うゑ
夕立ちは すべて使い果たされた
庭という庭で だから――結論はこうだ
しあわせはぼくらを あの同じ呵責にあわせる
あの雲たちの軍勢のような
おそらく 嵐のごときしあわせとは
その顔 その姿は
悪天候の掃討で洗い流された市街の
百の花びらもつ薔薇たちの祝祭
そこで世界は幽閉された そしてカインのように
そこで世界は場末の熱で刻印され
忘却され 罵られ そして雷鳴は
この葉たちによって嘲笑された
空の高み 雨しずく しゃっくりのようだ
そして――はっきり聴き分けられ 木立は無数
であることでなおも 雨の篩は一つの
篩になって合流した
平たい樹葉の上 融解した芽たちの大海に
荒れすさぶ愛慕の底で
祈るものたちの
高みに
灌木の茂る凝血はしぼりだされない
惚れっぽいイスカでさえ鳥かごで
これほどはなばなしく穀粒をはね散らさない
スイカズラの木が 星々の光粒をはね散らすようには
火、見事な金魚が、
閉じた猫を眠らせた。
万一僕が不注意から、動いたりしたら、
猫は化けも出来るわけ。
古塔の糸車を
停めてはならない、
なぜかって、姫君に化けるくらいは
朝飯前のことだから。
薔薇の朝
気のぬけたチューインガムをかみながら
海のほとりをわたしはあるいた
砂の上にいびつな石像がたちはだかり
そのひびわれたかかとを
幼いやどかりがひつかいていた
にぎりしめたゆびの隙から
砂は砂の夢を洩らして自らを失い
ころがつた骨壺は口をひらいて
かわきすぎた風をしきりにのんだ
沖には互いに何のかかわりもなく
島々が点在し
ときどき忘れた頃に
まつしろい花火があがつた
傍若無人な、そなたの美しい振舞ひを、
その手を、まるで男の方を見ない眼を、
わたしがどんなに尊重したかは、
わたしはまるで俯向いてゐて、
そなたを一と目も見なかつたけれど、
そなたは豹にしては鹿、
鹿にしては豹に似てゐた。
野卑な男達はそなたを堅い木材と感じ
節度の他に何にも知らぬ男達は、
そなたを護謨と感じてゐた。
されば私は差上げる、
どうせ此の世では報はれないだらうそなたの美のために、
白の手套とオリーヴ色のジャケツとを、
私が死んだ時、私の抽出しからお取り下さい。
わが窓にとどろく夕映は
村の十字路とそのほとりの
小さい石の祠の上に一際かがやく
そしてこのひとときを其処にむれる
幼い者らと
白いどくだみの花が
明るいひかりの中にある
首のとれたあの石像と殆ど同じ背丈の子らの群
けふもかれらの或る者は
地蔵の足許に野の花をならべ
或る者は形ばかりに刻まれたその肩や手を
つついたり擦つたりして遊んでゐるのだ
めいめいの家族の目から放たれて
あそこに行はれる日日のかはいい祝祭
そしてわたしもまた
夕毎にやつと活計からのがれて
この窓べに文字をつづる
ねがはくはこのわが行ひも
あゝせめてはあのやうな小さい祝祭であれよ
仮令それが痛みからのものであつても
また悔いと実りのない憧れからの
たつたひとりのものであつたにしても
ここは全部同じ作者の詩?誰の詩なの?
一瞬間たのしむために
一時間首を痛くする
流れ星は気まぐれだ
人は待つことに慣らされる
金の蠍は狡いから
射手座はいつもばかを見る
樹木はあきもせず腕をひろげて
なまめかしい闇を抱きたがる
逃げる白鳥を追いかけて
まつさかさまに銀河に墜ちる
とつぜんうしろでたれかが笑う
ふりむくと朝が立つている
おはよう
そう云つてペロリと桃色の舌を出す
>>488 いろいろな詩人の詩があります。
気に入ったものがおありでしたら、個別にお訊きください。
それが私の貼ったものであればお答えします。
でも、ご自分で探されたら、きっともっと楽しいですよ。
なにもかもが完璧なような気がしたので
ぼくたちは車を止め
そして外へ出た
風が優しくきみの髪をなぶっていく
こんなにも単純なことだったのだ
ぼくは向き直り
きみにいま話しはじめる
あかるい屏風のかげにすわつて
あなたのしづかな寝息をきく。
香炉のかなしいけむりのやうに
そこはかとたちまよふ
女性のやさしい匂ひをかんずる。
かみの毛ながきあなたのそばに
睡魔のしぜんな言葉をきく
あなたはふかい眠りにおち
わたしはあなたの夢をかんがふ
このふしぎなる情緒
影なきふかい想ひはどこへ行くのか。
薄暮のほの白いうれひのやうに
はるかに幽かな湖水をながめ
はるばるさみしい麓をたどつて
見しらぬ遠見の山の峠に
あなたはひとり道にまよふ 道にまよふ。
ああ なににあこがれもとめて
あなたはいづこへ行かうとするか
いづこへ いづこへ 行かうとするか
あなたの感傷は夢魔に饐えて
白菊の花のくさつたやうに
ほのかに神秘なにほひをたたふ。
――とりとめもない夢の気分とその抒情――
どうして蜜柑は知らぬまに蜜柑なのでせう
どうして蜜柑の実がひつそりとつつましく
中にかはいい部屋を揃えてゐるのでせう
どうして蜜柑は葡萄でなく
葡萄は蜜柑でないのでせう
世界は不思議に満ちた精密機械の仕事場
あなたの足は未見の美を蹈まずには歩けません
何にも生きる意味は無い時でさへ
この美はあなたを引きとめるでせう
たつた一度何かを新しく見てください
あなたの心に美がのりうつると
あなたの眼は時間の裏空間の外をも見ます
どんなに切なく辛く悲しい日にも
この美はあなたの味方になります
仮りの身がしんじつの身になります
チルチルはダイヤモンドを廻します
あなたの内部のボタンをちよつと押して
もう一度その蜜柑をよく見て下さい
でもいちばんすてきなのは、あなたと一緒に
あるいはあなたなしで
大通りを歩くこと 手荷物は持たず
ただ葡萄パンとワインにタバコだけ
いろんな国の人びとをしっかりと
目で捉え あとで
それについて語ること、空を 雪を描写すること
あなたは西風とともにやって来る そしてわたしは
北の地から、わたしたちは一切合切
持ち込んでしまう、小さな馬や
垂直に立つ棕櫚の樹、星々、コーヒー沸かし器
午後四時半、時鐘が
籠の中で揺れ わめいている
こころまこともあらざりき
不実といふにもあらざりき
ゆらりゆらりとゆらゆれる
海のふかみの海草の
おぼれおぼれて、溺れたる
ことをもしらでゆらゆれて
ゆふべとなれば夕凪の
かすかに青き空慕ひ
ゆらりゆらりとゆれてある
海の真底の小暗きに
しほざゐあはくとほにきき
おぼれおぼれてありといへ
前後もあらぬたゆたひは
それや哀しいうみ草の
なさけのなきにつゆあらじ
やさしさあふれゆらゆれて
あをにみどりの変化すは
海の真底の人知らぬ
涙をのみてあるとしれ
冷たいコップを燃ゆる手に持ち
夏のゆふべはビールを飲まう
どうせ浮世はサイアウが馬
チヤツチヤつぎませコップにビール
明けても暮れても酒のことばかり
これぢやどうにもならねやうなもんだが
すまねとおもふ人様もあるが
チヤツチヤつぎませコップにビール
飲んだ飲んだ飲んだとことんまで飲んだ
飲んで泡吹けあ夜空も白い
白い夜空とは、またなんと愉快ぢやないか
チヤツチヤつぎませコップにビール
しなの木の花の夕方 夏
門口でたれかがひそひそ話している
みんながぼくの足音を聞いている
アスファルトのうえのぼくの心臓の鼓動を
ぼくの痛みはあなた方の知らぬこと
夜の目隠し革 裸な心
海への道はぼくをつれていく
ぼくの心の奥底
ぼくの滅亡の縁の辺に
苦痛のポリプ母体と
海草と珊瑚とだけがぼくの友
闇のなかならたれにも知られまい ぼくの悲しみのいわれ
あまりにも黒い二心
恋の裏切り(ご存じの節廻し)
この草の根がなにより効きまする
恋の病もこれで癒ります
ぼくの頭が地獄のように痛む!!
来世とはどんなものか
きみに少しばかりお教えしよう
みんなは言っているよ
生れかわる とか 何とか
さあ アスピリンを 二粒 飲みたまえ
「日」の次に「日」
「週」の次には「週」
「月」の次にも「月」
だけど「年」は まだ勉強が足りない奴だ。
四月は 庭のベンチに近眼のメガネ。
七月は きみに 誰かとねろ と命令する。
九月の 思い出は 鍵を掛けたままの家々と
卓子の上の 二本の紙の花と 粗い歯の黒い櫛一つ。
十一月には どこかの男が ひざの皿に 石を ひとつ のせ
一月と二月は みなが 外国ゆきだ。
とびらをとざしたホテルの ガラスのドアの前で
風は 「絶望」の身ぶりをする。
それでも 明け方になると ほかならぬ あの ものをいわない雑役婦が
どこからともなく そおうっと あらわれて
おおきな 海綿で 窓をきれいにしてくれる。
移し植ゑた棕梠の木の下に
斜めに立つ長明燈
カフェー・フランスに行かう。
こいつはルパシカ
もひとりはボヘミアンネクタイ
痩せこけたひよろすけがお先棒だ。
夜の雨は蛇の目のやうに細く
ペーブメントにうつろふ灯影、
カフェー・フランスに行かう。
こいつの頭は歪つな林檎
もひとりの心臓は蝕まれた薔薇
燕のやうに濡れた奴が跳んでゆく。
鸚鵡の旦那 グッ・イヴニング!
グッ・イヴニング! 御氣嫌いかが、
鬱金香お孃さんは今宵もまた
更紗カーテンの下で假睡ですね。
わたしは子爵の息子でも何でもない
とりわけ手が白くて悲しい。
わたしには家も郷もない
大理石のテーブルに觸れる頬が悲しい。
おゝ 異國種の仔犬よ
わたしのつまさきを舐めておくれ
わたしのつまさきを舐めておくれ。
やはらかに浴みする女子のにほひのごとく、
暮れてゆく、ほの白き露台のなつかしきかな。
黄昏のとりあつめたる薄明
そのもろもろのせはしなきどよみのなかに、
汝は絶えず来る夜のよき香料をふりそそぐ。
また古き日のかなしみをふりそそぐ。
汝がもとに両手をあてて眼病の少女はゆめみ、
鬱金香くゆれるかげに忘られし人もささやく、
げに白き椅子の感触はふたつなき夢のさかひに、
官能の甘き頸を捲きしむる悲愁の腕に似たり。
いつしかに、暮るとしもなき窓あかり、
七月の夜の銀座となりぬれば
静こころなく呼吸しつつ、柳のかげの
銀緑の瓦斯の点りに汝もまた優になまめく、
四輪車の馬の臭気のただよひに黄なる夕月
もの甘き花梔子の薫してふりもそそげば、
病める児のこころもとなきハモニカも物語のなかに起りぬ。
疲れた若い
労働者の夫婦が
窓のところへ椅子を
引き寄せて
トスカーナの野に沈む
太陽を
淋しそうに
見ていた
鉄道線路の近くに
ニレの樹の下に
薮の上を這つて
モメンズルの花が
白く咲いていた
フィレンツェで
蘆笛をふいている
やせたパンの男根の神を
くず鉄で作つた
人形と
紺色の蔓草を描いた
灰皿と
ウフィツィーのヴィーナスの
スライドと
海水浴へ行くのに
都合のよい
藁で作つた
籠を
買つた
突然
真夏が
フィオゾレの山々へやつてきた
うす水色のドレスを着た
サランドラ夫人は
すり鉢のような
麦藁帽子を
買つた
504 :
吾輩は名無しである:2009/07/28(火) 13:36:16
襤褸は寝てゐる
山之口貘
野良犬・野良猫・古下駄どもの
入れかはり立ちかはる
夜の底
まひるの空から舞ひ降りて
襤褸は寝てゐる
夜の底
見れば見るほどひろがるやう ひらたくなつて地球を抱いてゐる
襤褸は寝てゐる
鼾が光る
うるさい光
眩しい鼾
やがてそこいらぢゆうに眼がひらく
小石・紙屑・吸殻たち・神や仏や紳士も起きあがる
襤褸は寝てゐる夜の底
空にはいつぱい浮世の花
大きな米粒ばかりの白い花。
ぼくの部屋から
噴水がきこえる
ぶどうのつるが一本
太陽の光線が一本
かれらはゆびさす
ぼくの心臓のありどころ
八月の空
ただよう雲
ぼくは夢みている
これは噴水内部の
夢ではないと
僕は流星の落下を咎むべきだろうか
落下によって 雲が埃をたてるからといって
これまで僕が 厳粛なことと考えてきたことは
これからも それで通じるだろう
そして 僕の願いをこめる気持が 短すぎた
とは思わない
僕は優しい贈り物にも似たものを
そのいれもののなかにうつしてきた
僕は自分の前になんにも持っていないが
自分の前に 全世界を持っているような気持だ
ここで輪になって
踊ってる娘らは
この夏は男なしで
済ませたいつもり
暑い日が毎日つづいた。
隣りのお嫁入前のお嬢さんの、
ピアノは毎日聞こえてゐた。
友達はみんな避暑地に出かけ、
僕だけが町に残つてゐた。
撤水車が陽に輝いて通るほか、
日中は人通りさへ殆ど絶えた。
たまに通る自動車の中には
用務ありげな白服の紳士が乗つてゐた。
みんな僕とは関係がない。
偶々買物に這入つた店でも
怪訝な顔をされるのだつた。
こんな暑さに、おまへはまた
何条買ひに来たものだ?
店々の暖簾やビラが、
あるともしない風に揺れ、
写真屋のショウヰンドーには
いつもながらの女の写真。
人間の記号がきこえない門
黄金の夢
が波うつ
髪の
罌栗の色
に染めた爪の
若い女がつんぼの童子の手をとつて
紅をつけた口を開いて
口と舌を使つていろいろ形象をつくる
アモー
アマリリス
アジューア
アベーイ
夏が来た
(童子:こども)
それは――けわしく満ちあふれたひゅうと鳴る音、
それは――押し潰された氷の片々のかりかりいう音、
それは――いちまいの樹葉を凍らせる夜、
それは――二羽の夜鶯たちの対決。
それは――しなびた甘いえんどう。
それは――いたいけな莢に入った宇宙の泪たち。
楽譜台からフリュートから――それは
園生の畝にあられとなってフィガロが降りこぼれるのだ。
夜がその水浴びしている深い水底で
さがしだすのがひどく大事なものすべて、
そして生簀まで星ひとつを運びきることだ。
おののく濡れた両の手のひらにのせて。
むしあつさは――水の中の板たちより単調。
大空は榛の木のように倒れおちてしまい、
この星たちにさも似つかわしいのは高笑い、
とは言え、なに、宇宙は――つんぼの場所さ。
ぼくらは諸君の敵ではない
ぼくらは諸君に広大で異様な領域をあげたいのだ
そこでは花開く神秘が摘もうとする誰にでもあたえられるのだ
そこにはかつて見られた色彩の更に新しい火の数々がある
レアリテをあたえてやらねばならぬ
量ることのできない千の幻影がある
ぼくらは善を ものみなが沈黙する広大な領域を開発したい
そこにはまた追いたてることもひき戻すことも可能な時間がある
ぼくらに同情してほしい 無限と未来の国境で
たえず闘っているぼくらに
同情してほしい ぼくらの誤謬にぼくらの罪に
ほら激しい季節 夏がやって来た
春のようにぼくの青春も死んだ
おお太陽よ 今こそ燃える理性の時だ
ぼくは待っている
いつでもそれを追うために ただそれだけを愛せるように
理性が高貴で優しいかたちを帯びるのを
それはやってきてぼくをひきつける 磁石が鉄をひくように
それは魅惑的な姿をしている
すてきな赤毛の女のように
だが 笑ってくれ 笑ってくれ このぼくを
至る所の人々 とりわけここの人々よ
なぜなら諸君に言い難い多くのことがあるのだから
諸君がぼくに言わせない多くのことがあるのだから
ぼくを憫れんでくれたまえ
向日葵の花は西へかたむき
その崩れゆく瞳のなかに早くも
一日は落ちこんでゆく、そして夏の風は
暗く、たわめてゆく、樹々の葉を
工場の煙りを。雲はかわいて流れ
稲妻が叫び声をあげて、遠ざかってゆく
この天の最後の戯れ。いまも、そして昔も、
わたしたちの歩みを止めるのは、恋人よ、
運河の輪のなかに茂る樹々の
移ろいだ。けれども変わらない、わたしたちの一日、
そして一筋の優しい光を残して
いま去ってゆく、変らない、あの太陽よ。
もう思い出せない、思い出したくもない、
けれども追憶は死から立ち昇ってくる、
この世に終りはない。どの一日も
わたしたちのものだ。やがて永遠に立ち止まる
一日もくるだろう。そしてあまりにも遅れて、
あなたとわたしが。ここ、水路の土手に、
ふたりの子供のように、足を揺すりながら
水を眺める、萌えはじめた枝は
その緑のなかに暮れてゆく。
そして忍びよってくる男の
両手に見え隠れする
銃剣とゼラニウムの花。
小気味よい着付けの乱れは衣装その物に
奔放自在のおもむきを盛り上げる。
肩に掛けめぐらした薄物の襟衣、
それの垂れ下がつた端は微妙に揺れあそび、
レース編みの笹縁は迷ひ出て
あちこちで真赤な胸衣の上にかぶさる。
袖口の折り返しはふはつと開き、近くには
蝶結びの飾りひもが二つ三つたるみうなだれる。
ひらひらするスカートの魅惑的な襞の起伏は
平地に波を走らせて人目をひかずにはおかない。
好みでも何でもない靴ひもをさり気なく結はへた所に
なま、むき出しの上品さを私は見て取る。
かういふ乱れ加減の身ごしらへが、隅々まで
人工の物差しをきちんと当てたのよりずつと嬉しい。
昭和天皇臨終を偲んで
幾萬人に血を流させし人なれば大量の輸血受けて死なれず
吐血下血そして輸血は隙もなく延延としてつづく臨終
田舎の白い畦道で
埃っぽい風が立ち止る
地べたにペタンとしゃがみこみ
奴らがビー玉はじいてる
ギンギンギラギラの
太陽なんです
ギンギンギラギラの
夏なんです
鎮守の森は ふかみどり
舞い降りてきた 静けさが
古い茶屋の 店先に
誰かさんとぶらさがる
ホーシーツクツクの
蝉の声です
ホーシーツクツクの
夏なんです
空模様の縫い目を辿って
石畳を駆け抜けると
夏は通り雨と一緒に
連れ立って行ってしまうのです
モンモンモコモコの
入道雲です
モンモンモコモコの
夏なんです
日傘くるくる ぼくはたいくつ
日傘くるくる ぼくはたいくつ
あなたの白い肩を
ぼくは憶えている
あなたの肩をすくめて笑う声も。
低い笑い声が
ゆっくりとこみ上る
あなたの白い肩から。
もうどうでもいいの、
ドレスの裾のプリーツも、
眉毛の線や
長さも
髪の毛を
こっちの方へ垂らすのも
あっちにするのも。
母さんからの手紙だって。
カーテンの色だって。
耳を澄ますと、外のどこかで
馬の鼻勒の乾いた響き
水車の、回る音。
調教用の円陣の中心に、あの人がいる
馬たちに囲まれて。
わたしは窓の外をにらみつける
片手で手綱の張り具合を
確かめ、もう片方の手で鞭の
弛みを手繰りながら
踵を軸に回転するあの人の姿。
乾いた砂の上で、馬たちの蹄の
ひとつひとつが撥ねる音、きつく
抑えられた爆発。
お腹のなかに膨れあがる感情を
わたしはひとつずつ噛み殺す。
518 :
吾輩は名無しである:2009/08/26(水) 02:28:58
ふるさとにかへり來て
ふるさとの あくがれわびし。
雛いだく野雉はあれど
ホトトギス すずろに啼けど
ふるさとは こころに失せて
はるかなる港に 雲ぞ流るる
けふまた山の端に ひとり佇めば
花一つ あえかに笑まひ、
かのころの草笛 いまは鳴らず
うらぶれしくちびるに あぢきなや。
ふるさとにかへり來たれど
ふるさとの空のみ蒼し、空のみ蒼し。
一枚の乙女のきもの
それは雨の中の虹でせう――
彼は葉卷をくゆらす、葉卷が光る、
そうしてオフェリヤの死を考へる
女の心のやうに桃いろで
きゆうくつな舞臺を歩きながら
樂屋へひつこむ前に
メロドラマの黒奴のピエロどの
王子は指環をもてあそびながら
目には見えないやさしい海の波が
ささやく自分の名には氣がつかずに
笑ひながら立去つてしまひになる。
窓かけの間に立つて
こめかみを指でおさへて
夢想する主人の足元にためいきをしながら、
晩に私がランプを消す時分。
並木の梢が深く息を吸つて、
空は高く高く、それを見てゐた。
日の照る砂地に落ちてゐた硝子を、
歩み来た旅人は周章てて見付けた。
山の端は、澄んで澄んで、
金魚や娘の口の中を清くする。
飛んでくるあの飛行機には、
昨日私が昆虫の涙を塗つておいた。
風はリボンを空に送り、
私は甞て陥落した海のことを
その浪のことを語らうと思ふ。
騎兵聯隊や上肢の運動や、
下級官吏の赤靴のことや、
山沿ひの道を乗手もなく行く
自転車のことを語らうと思ふ。
そのたばこ屋はお寺のとなりにある
美しいかみさんがいて
たばこの差出し方がたいそうよい
上品な姉と弟の子供がいて
いつかなぞはオルガンをひいていた
それに
顔つきのおとなしい血色のいい主人がいる
もつと立派なたばこ屋は千軒もあろう
そしておれもたばこを
いつもいつもよその店で買つてしまう
しかしおれは
そのお寺のとなりのたばこ屋を愛している
そのちいさな店に
おれのさぶしい好意を寄せている
涼しく甘い露とおだやかな光から
月は静けさの幕を織る。
一人の子供が粗野な野菜の葉をつむ
静かな庭園で。
月の露が少女のたれさがる髪にきらめき
月の光が彼女の若い額にキスをする。
そして、つみながら、彼女は歌をうたう。
「波のごとく美しい、美しい汝!」
願わくは、わが耳は蝋の耳であれ、
少女のあどけない、ささやきの歌を聞かぬように。
そしてわが心は盾となれ、
月の薬草をつむ彼女に心ひかれぬように。
ねんねんよ。おまえの玩具はサルディスへ
おべべはバビロンに買いにやりました。
ねんねんよ、おまえはビリティスと朝日の王様のいとしい娘よ。
遠くからひんやりした風が吹いて來て
ふいに私たちの顏をなでる
どんな悲しいことが起るといふのか
ひと群れの鳥が飛びたつていく
遠くまで見きはめるその鋭い眼差し
やがて美しい夏が去つて行くのを
鳥どもは早くも豫感してゐるのだ
鳥よ 夏にその最後の歌を歌つてやれ
そうだ 私たちの心も夏とともにあつたのだ
そうだ 私たちもあそこのあの高みに
明るい空の映るあの高みに立つてゐたのだ
美しい夏はきつと喜ぶだらう
別れを惜しんでかう云つてやつたら「おまへは美しかつた
いつまでもそのままでゐて欲しかつた」と
緑の夏はいともかそけくなった、
お前の水晶の顔。
夕暮の池のほとりで 花たちは死んだ、
びっくりした鶫の呼びごえ。
空しかった 生命の希望。もう
家の燕は旅立とうとしている。
そして 太陽は丘に沈むのだ。
すでに夜は星の旅を合図している。
村落の静けさ。あたりで
捨てられた森がなっている。心よ
さあ いっそう愛しながら 身を傾けるのだ
やすらかに眠る少女の上に。
緑の夏はいともかそけくなった。
そして 異端のものの
足取りは 銀色の夜をとおしてひびく。
青い野獣が おのがゆく小径を
霊の歳月の諧音を 思い出すことのできますように。
かへつて来たのが
いけなかつた? ……私らは
曇りの日の秋の真昼に 池のほとりの
丘の上では いつかのやうな話が出来ない
黄ばんだあちらの森のあたりに
明るい陽ざしが あればいいのに!
……なぜ こんなに はやく 私らの
きづいたよろこびは 消えるのか
手にあまる 重い荷のやうに
昨日のしあはせは 役に立たない
私の見て来た 美しい風景らが
おまへの眼には とほくみなとざされた……
私らは 見知らない人たちのやうに お互ひの
足音に 耳をすませ 最初の言葉を待つてゐる
秋が來た。
また公園の竝木路は、
すつかり落葉で蔽はれて、
その上に、わびしい黄色い夕陽は落ちる。
それは泣きやめた女の顔、
ワットマンに描かれた淡彩、
裏ツ側は濕つてゐるのに
表面はサラツと乾いて、
細かな砂粒をうつすらと附け
まるであえかな心でも持つてるもののやうに、
遙かの空に、瞳を送る。
僕はしやがんで、石ころを拾つてみたり、
遐くをみたり、その石ころをちよつと放つたり、
思ひ出したみたいにまた口笛を吹いたりします。
夜ではない、月だ。牛乳鉢のように 優しい
空、きみを微笑させる、古ぼけた恋人。
そしてきみは ぼくにかたる、彼らのこと。
かれらは きみの心を飾る、かれらは きみの
家を飾る、かれらは ぼくらの人生を 飾る。
ともよ、彼らは かぞえきれない、父 母
子供たち 妻、その幸福でない人達。
それなのにきみの夢は しずかで、
でまたぼくは 計算がすぎる。
書物は白く色褪せ……
御身の指に描かれる美しい月日。
素足に触れて落葉の沈思を醒まし、
滲む日の暈に、寂しい午後は来る。
明るみの中に「静物」の営める……
一処みつめてもの云はぬ姉妹の秋の横顔。
壁の鏡が作る
僕の母の博物館の
五〇年代の小物たちの中に――
ローマで祝福された青いマドンナ、
さかさにすると雪が降る
球にとじ込められたアルプスの村、
鍵を開けるとショパンが流れる
ミニチュアのピアノ――
一羽の白鳥が住んでいて
それが泳ぐと
その下に敷いたレースでさえ
水晶の池に変わった。
君の体から出てきたばかりの陽光。
君の何より美しいところは
どうにも捉えがたい――ガラスの小立像を
通して投射された光、それが
実体よりも明るい
屈射に拡大されている。
己が包む物体を
残らず変容させる
プリズムのごとき影。
哀みに心うち曇る
尼の如くにざめて、
月はそがさびしさの
白き思ひをしたたらす。
ざめて夢みる月よ、
搖るが如き夕の空に百合の如
色きオパールの汝が輝きに
しとやかなる修道女のやさしさあり。
おお、黄金色の月よ、忘却を降らせかし!
またこの深き夜の中に
惱める心をなぐさめよ。
唯一つみ空にかかる百合よ! 花葵よ!
汝が花心より黄金いろの
光の花粉を散らせかし。
猫の一生の半分は
深い夢のうちに営まれる かれらは
眠りの中ではるかな道のりを歩いたり
青い雲の中を 翼あるものを追いかけて飛ぶ。
人はこちらにいると もう向こうのことはあまりわからない。
わたしは体験した事も忘れてしまった。
そもそも理解したことなど何もなかった。
おお 夢に憑かれた猫の生涯。
過去はもう 食べ残しのパンのようなもの。
あなたは
待つ
音と音との間で
そんなに長い世紀を
そこから一人の女の顔
がうかぶ
円い胎を衣の襞にかくして
青い水を
見ている
近ごろ、犬を散歩させると
いつでも地面は口をぱっくり開けておれを呑み込む。
もうそれには慣れた。
あるいは、バスに乗ろうと走ると
風はバサバサと無意味な音をたてる……
万事がこんな調子だ。
そして今、おれが毎晩 星を数えても
毎晩その数は同じだ。
星が出ないで数えられないときは、
おれは星が残した穴を数える。
もうだれも歌うことはない。
それから、昨夜、つまさきを立て
娘の部屋にそっと近づくと、娘が
誰かに話かけているのが聞こえた。
ドアを開けてみれば、そこには誰もいない……
娘はただ膝をついて自分の組んだ手を
のぞき込んでいた。
化粧をおとし、衣装を脱ぎ、
その役をとりさった女優たちは
死をまぬがれない人間にもどっている
彼女たちが小さな宿屋でしずかに食事するのをぼくは見る
彼女たちに迷いの影はない よけいなものを
なにもまとわない聖者のようだ
つぎの舞台へと
すきがまったくない
隣室の紳士はなかなか神経質らしい、
ボーイと話している声が苦しげでとげとげしい。
可哀想だな、彼の気持が自分にもよくわかる。
だがしかしうるさいなあ――悪魔にさらわれて失せろ!
けいれんする手で詩句を書きなぐり
乾パンとミルクを待っているあいだにも
ひっきりなしにエレヴェーターの音が聴こえ
乾いた銀松を吹く東風みたいに
階段坑からときどき鳴る、吸塵機の騒音。
さて使いの男が遣って来て、一枚の名刺を出して
「この方が階下でお待ちです。――ぜひともお目にかかりたいそうで」
自分はかぶりを振る――そいつの足が折れるといい!
生活はつらい。辛抱することはつらい。
十の詩句さえゆっくり書かしてくれぬ。
さあミルクが来た、盆を二つ置きながら、
もう他に用はないか、と訊く。さてそれから自分だけになれた。
これでいい。ところがお隣りでは
疳のつよい紳士がやっぱりがみがみ言っている。
ふたゝび われの若きにかへるは
かのなつかしき裳の
わが脚にまつはるとき。
やがて たをやかの腕に
わが抱かるゝとき
骨は眞白き貝殻のごと
かの懐に在りて光り燦く幻覺に醉ふ。
わが胸を小さき港灣に譬へなば
うねり寄る渚の波は
異國の夢齎するわが訪ひ人
想ひは千尋の海底の海草と搖るゝなり。
軽やかな言葉であなたの静寂を傷つけるな。
この赤い炎ひとつがあなたの言うすべてであれ。
それは古い欲望と新しい欲望のあいだに
輝く孤独な光芒、
薄明と真昼の光のあいだの
星のためらい。
あなたの吐息の花粉はあまりにもゆたかで
口を閉ざすだけで充分なのだ。
瞬間がすりぬけてゆくとき僕は予感する、
僕たちが口を開くと
時が薔薇を刺し殺し、その死が
僕たちの来る日すべてを華やかに彩るだろうと。
まつしろな毛なみをうたせて
はひまはる秋の小兎、
うさぎの背にのびる美貌のゆめ、
ふむちからもなくうなだれてあゆみ、
つつしみの嫉妬をやぶり、
雨のやうにふる心のあつかましさに
いろどりの種をまいて、
くる夜の床のことばをにほはせる。
不機嫌な妻はジャガイモを剥きながら
からだの暗闇でフロイトと不倫している
青空がありさえすればそれだけでいい
そう思ったのは高校の卒業式の朝のこと
あれから何度商店街を往復したことか
当時の乳首が今の乳首を見くびっている
愛なんて観念は役立たずと知ってから
口数が多くなって口も肥えた
不意に涙がこぼれるのはまだ悲しみがあるから?
それとも家族の出払ったこの午後の静けさのせい?
朝の市場のあの喧騒がもう聞こえない
泥だらけの野菜の目で今の自分を見てみたい
幸せから始まる考えがどこかにあるはずなのに
心の奥に溜まり続ける日々の燃えないゴミ
不機嫌な妻は台所の独房でタマネギを切り刻み
中絶した子どもが面会に来るのを待っている
いちめんなのはな
りんごの赤い側を
かじった ぱっくり割れた
白い部分は、雪のにおいがした
茶色のまばたきが、緑の眼窩の中で眠っていた
太腿のように白い樺の木を撫でた
斑痕があって、馬の首筋のように
滑らかだった 緑の苔の毛布に
松の木が、完全無欠の
茶色の彫り物を落とした
毛深い森で道を失い
赤い木の実をたどって行くと、道が
二つに分かれていた 緑と緑の間に立って
どちらか選ばねばならなかった 頭上はるかに
日の光に白く輝くドーム、その天辺で一羽の茶色の鳥が
くしゃみをした 正しくなさそうな方に決めて
歩いていくと家に着いた どっちを行っても
森から出ることも、森に入ることもできるからだ
私は立ち去りながらも、戻ってくる 行くも、来るもない
ただ「ここ」があるだけ そして「ここ」は
「あっち」と同じ どこへ
行こうと、緑や茶や珠なす赤の
裳裾の間に
この季節が身を潜め、いつも私を
見守ってくれる
やがて裳裾が白くなれば、
そういう時が来れば 私はもう迷わない
ただ夜もすがらくるまれるだけ
かれのマントの中で暮らし
夢のようだった。
トカゲが
足の上をよぎって
ふらちな考えを撒き散らしていった時だった。
そもそもわたしには
寄せる岸がない ゆれる
ゆれる
夜 わたしの想いの
半球に 青白くひらめくものは
蝸牛の這うあとに似て 真珠のいろにひかる
または 粉々に踏みにじられた ガラス屑のきらめき
赤 または黒の衣の
若い求道者をやしなう
聖堂の光でもなく 工場の明りでもなく
きみに遺してゆけるのは
ただ この虹 だけ
戦って まもりぬいたひとつの信仰
煖炉にくべた 硬い薪よりも
もっと ゆっくり燃えつきたひとつの希望の 證しだけ
灯火がすべて消えたとき
せめて白粉だけは コンパクトに絶やさぬがよい
サルダーナの輪は 狂おしくひろがり
陰鬱なルシファーが
テムズの ハドソンの セーヌの舳先に舞い降り
疲労にちぎれかけた コルタルの翼を
打ちならして きみに告げるだろう――時が来た と
季節風の突然の襲撃に
記憶の蜘蛛の糸を
護りとおしてくれるのは 伝統ではなく護符でもない
歴史は灰のなかでしか続かず
永続は滅亡に終るのだ
前触れは正しかった――あれを目にしたものは
きっと きみを見つけてくれるだろう
自分の家族の見分けはつくものだ 傲慢は
逃避ではなく 謙遜は
卑怯ではなかった ずっと遠くの空をふと染めた明りは
燐寸の火では たしか なかった
僕が生まれたとき、さだめられていたなら、
神々のゆりかごに眠ることを、
それなら僕を天上の母さんが育ててくれただろう、
雲の聖なるミルクで、
やがて僕は小川の、あるいは庭の神になって
穀物と棺おけを守っただろう、――
だが僕は人間だ、僕には不死など要らないのだ、
地上ものならぬ運命は恐ろしい。
ありがとう、ほほえみが唇を噛まずにいさせてくれた、
この地上でどんなつらさや悲しみにあっても。
それでは、さようなら、オリュンポスのヴァイオリンよ、
笑わないで、僕の上でうたわないで。
おお 愁嘆の秋よ! かなしげで
ゆるやかな やがてくる死。
恋しいのは 去年の日 恋しい!
過ぎさった 去年の日は。
太陽は 空で 血のように赤いが、
憎しみの唇のように つめたい。
太陽は 大地の寝床に散った
枯れ葉を染めるが、もう空しい。
木の葉は枯れ 落葉樹は咽ぶ
人間の咽びほど 高くはないが
眠りつつ なげく悲哀のように
まだ眠りつづける 悲嘆のように。
うるわしい わが悩みの揺籃
きよらかな わが恋の墓標
うつくしい町よ もうお別れだ
さらばと わたしは おまえに告げる
さらば 神聖な あそこの閾よ
恋しいひとの 通うところよ
さらば 神聖な あそこの場所よ
ふたりがはじめて 出会ったところよ
もしも あなたを 見なかったなら
おお うるわしの 心の女王よ
けっして わたしも これほどまでに
いまは惨めに ならなかったろう
あなたの心を かきうごかして
愛してくれなど 願わなかった
ただやすらかに 暮らしたかった
あなたの息の 通うところで
けれども あなたは わたしを追いやり
にがい言葉を口にするのだ
わたしの五官は狂わんばかり
心は病んで 傷ついている
からだは衰え ちからも失せて
杖にすがって とぼとぼ行くのだ
はるか異国の つめたい墓に
疲れた頭を よこたえるまで
548 :
吾輩は名無しである:2009/11/23(月) 22:03:46
てs
549 :
吾輩は名無しである:2009/11/24(火) 10:29:29
ゆやーん ゆよーん ゆやゆよーん
ソファに座っている
薄曇りの午後
剥き身の蛤みたいに
しなければいけないことがある
だが何もしない
うっとりと
美しいものは美しく
醜いものも
どこか美しく
ただここにいることが
凄くて
私は私じゃなくなる
立ち上がって
水を飲む
水も凄い
愛しすぎることの不幸よ。
人はそのために居たたまれない。
手を差し伸ばせば、人は赤面する。
とはいえ我等は花に手を出す。
ガラス器に触れ、インク壺に触れる。
そして人間にも手を差し伸ばす、ただ泣かんがために。
ぼくには静けさが必要だ。
ただ一つの物音のせいで……
青い公園の静けさ。
きみの青い眼を思いかえして
嘆く子も見当たらない。
受けたまえ、ここに果実と花と葉と枝とこそあれ、
またここに、わが心あり、君にのみあこがれて鼓動つ。
真白き君が指もて、引き裂きたもうことなかれ
願わくば麗しの君が瞳に、これら貧しき捧げ物、美しとのみこそ映れ。
朝の風冷たくもわが前髪に玉なせと結びやしけん
野の露に総の身ぬれてわれは来ぬ。
許せ、わが疲れ、君が褥の裾の端に憩いつつ
やがて来ん安らけき甘き時をば夢見るを。
今し給いし接吻の響きになおもわななけるわれの頭を
うら若きふくらなる君がみ胸にもたれさせ。
かくてこそ歓びに総の身燃ゆるこの甘き暴風すぎなん、
そのひまに、君やすく憩いたまえば、許されよ、しばしわがまどろむことも。
或る荒れはてた季節
果てしない心の地平を
さまよい歩いて
さんざしの生垣をめぐらす村へ
迷いこんだ
乞食が犬を煮る焚火から
紫の雲がたなびいている
夏の終りに薔薇の歌を歌つた
男が心の破滅を歎いている
実をとるひよどりは語らない
この村でラムプをつけて勉強するのだ。
「ミルトンのように勉強するんだ」と
大学総長らしい天使がささやく。
だが梨のような花が藪に咲く頃まで
猟人や釣人と将棋をさしてしまつた。
すべてを失つた今宵こそ
ささげたい
生垣をめぐり蝶と戯れる人のため
迷つて来る魚狗と人間のため
はてしない女のため
この冬の日のために
高楼のような柄の長いコップに
さんざしの実と涙を入れて。
夜になるとベッドのそばに
眠りの代わりにくるのは孤独
疲れた子どものように寝て待っていると
孤独が歩いて来て静かに灯りを吹き消す
じっと座ったまま顔も動かさず
ぐったりとしてうなだれている
孤独もまた年老いて 戦いを終え
月桂樹の冠をかぶっている
寂しい闇の中 引き潮の波はゆっくりと
人気の無い浜辺に寄せては崩れ
どこからともなく風が吹いて……静まり返る
私は孤独の方へ向き直り その手をとり
すがりついていると やがて雨音の
ためいきが荒野をおおう
歌に求められ
歌を獲て
死する者は幸なるかな、
おお、悲しみを転ぜよ、
歌声のなかにこそ
美わしきものらは留まる。
持続を、地上の子らのために、
歌うがよい。
夢では雨が降っていた
けれどおまえとぼくとは濡れない場所にいた
大きな入江があって
そのうえに雨が川のように流れていた
そして濁った水から
海が真近だと察しられた
ぼくは薪と木屑とを手にとっていた
一枚の新聞をボールのように丸めて
火はもうパチパチいっていた
かの女は 近くの厨房で
お湯を沸かしていた
《トーストと紅茶 召し上がります?》
かの女は敷居をまたごうとしていた
足音がちかづくのが聞こえる
ひとりの泥棒が抜き足差し足で入ってくる
そやつはぼくの夢をすばやく折り畳むと
それを大きな袋のなかに入れる
それから 素足で
やってきたときのように立ち去る
ぼくは 病院の部屋で
はっとして目を覚ます
雨は止んでいる 明かりもない
沸いているお湯もない
海は遙か遠くだ
ぼくはひとりぼっち かの女はそこにいない
できる限りかの女がそこにいてほしいのだ
ぼくの心臓は早鐘のように打っている
毎日、独りだけの部屋の沈黙がひとつ
ひとつの軽やかな身振りの音に閉ざされる
風のように。毎日、短い窓はひらかれるが
口を噤んだ風の前に動かない。嗄れた
甘い声は、冷ややかな沈黙のなかへ戻ってこない。
話しだそうとする者の吐息のように、
動かぬ風がひらいて、また黙る。毎日が同じだ。
そして声は同じだ、沈黙を破ることなく、
動かぬ思い出のなかで永遠に嗄れて
変わることがない。明るい窓が伴ってくる
短い戦きとともに、あのころの静けさを。
ひとつひとつの身振りがあのころの静けさを揺り動かす。
もしもあの声が響けば、苦しみは戻ってくるだろう。
怯えた風のなかでひとつひとつの身振りが、言葉が
そしてまた言葉が、戻ってくるだろう、押し殺した声に。
もしもあの声が響けば、続く沈黙の
短い戦きも、苦しみとなるだろう。
虚しい苦しみの身振りがひとつひとつ戻ってくるだろう、
時の谺のなかで事物を揺すりながら。
だが声は戻ってこない、そして遥かな囁きが
思い出を波立たせはしない。動かぬ光が冷ややかな
戦きを打つ。あのころの思い出のなかで
沈黙は永遠に押し殺され、嗄れて口を噤んでいる。
発着駅よ ぼくの別れたちの
であいとわかれの耐火性のひきだし
ぼくを導く経験をつんだ友
ひとたびその功績をかぞえあげれば――きりがない
しばしば わが愛するひとは全身
列車が入線するやいなや――ショールにくるまれたもの
そしてぼくらの眼を蒸気でおおったあた
女面鳥身たちの鼻革は煙を吐きだしたもの
しばしば そばにならんで坐るやいなや――
それで最後 ぼくは身をかがめ そして身を引きはなしたもの
さようなら もう時間だ ぼくのよろこび!
今すぐに跳び降りますから 車掌さん
しばしば 悪天候と枕木の
列車の入換作業のさなかで 西はひらけ
そして緩衝器の下に落ちないように
雪ひらたちで引掻きにかかったもの
そして繰り返された汽笛が止む
遠くから別の汽笛が繰り返す
そのときだ列車はつぎつぎにこぶをもつ
ひっそりとした吹雪となってプラットホームをあとにする
そして 見よ もはやたそがれはこらえきれず
見よ はやくも煙のすぐあとから
野辺と風は引きはなされてゆく――
おお ぼくもまたそれらのうちの一人でありたいのに!
不完全な夢、
眠る者めいめいが
肉屋のフックの
クエスチョンマークから吊り下がり、
時計たちは
孤独とは単に
自分しか愛さないことの
もうひとつの
やり方にすぎないのでは
と思える時刻で止まっている。
闇の複数形は?
夜鷹たちが
夜を意味する
千の名を唱え、
月は
数千の街灯に
一つひとつ当たってみないと
見つかりそうにない。
水の邊りに零れる
響ない眞晝の樹魂。
物のおもひの降り注ぐ
はてしなさ。
充ちて消えゆく
もだしの應へ。
水のほとりに生もなく死もなく、
聲ない歌、
書かれぬ詩、
いづれか美しからぬ自らがあらう?
たまたま過ぎる人の姿、獣のかげ、
それは皆遠くへ行くのだ。
色、
香、
光り、
永遠に續く中。
正直過ぎては不可ません
親切過ぎては不可ません
女を御覽なさい
正直過ぎ親切過ぎて
男を何時も苦しめます
だが女から
正直にみえ親切にみえた男は
最も偉いエゴイストでした
思想と行為が彈劾し合ひ
知情意の三分法がウソになり
カンテラの灯と酒宴との間に
人の心がさ迷ひます
あゝ戀が形とならない前
その時失戀をしとけばよかつたのです
女は、それから暗い夜の雪のように
ひそかに落ちた。そして世界は眼をさまし
眠たい眼がまぶしいので
「明かるすぎる」とつぶやいて
カーテンをしっかりと閉める人もいた。
雪のように、指が心配するよりはあたたかく
土には親しみをもって。
夜のいくつもの歴史をつつみながら
まだ融けない小道の中に。
豫感して
準備して
怖れては
あこがれて
しかもまだ
なんにもしない
半開のばらの花――。
乙女とは
そのやうな
ものであらうか?
純白なはぢらひは、
ためらひは、
みづからの、爲めであらうか?
こんなに白い雪になら
白い天使はアルファからオメガまで
その翼で書きつくせたろう、
そして、白鳥の死の安らぎを
天恵として僕にもたらすことができただろう。
だがこうして雪に閉ざされていても
かすかに聞こえてくる、胸騒ぎを
クロマツたちが話している。
その樹皮の下で煮えたぎる
狂った涙まじりの葛藤。
てっぺんの枝は大空まで七ヴェルスタ、
貧しい鳥にはひとかけのパンすらなく、
心は針に差し貫かれたよう。
心は多くを望んでいるというのか、
いまここに大空があればいいだけなのに。
休耕地から雪だまりにそって
流れくる不穏などよめき、
自分のものとは思えない、目の前の
地上の生、僕の道は
白銀におおわれ、あてもなくさまよう。
海の底深く
紅色の貝があり
逆巻く大きな波の下でも
昔 ギリシアで「笑いのさざなみ」と呼ばれた
きらめく小さな波の下でも
いつでもそこでひっそり輝いている
耳を澄ませば 虹色の貝の
歌が聞こえる――海の底深く
いつでもそこで静かに歌っている
灯もつけずゆふぐれとなり
くらく坐りてなにを思へるや
いま哀しみはびろうどのごとく
もの静かにもおとなひきたり
われと和みとけゆけり
ああかくもあえなる絨毯に
とりつつまるるごとくもあれば
わが身消えさるごとくはるかなり
きけわがこころの遠きかたより
青き梢はやわらかく伸びもゆき
鳥雀のすずろなるけはひもす
來れ、美しき猫よ、人戀うるわが胸の邊に、
汝が趾の鋭き爪は、隠せかし、
かくてわれをして溺れしめよ、鐵と瑪瑙よりなる
美しき汝が眼のうちに、
汝が頭、なよやかなる背すぢかけ、
わが指のしづしづと撫でさするまに、
掌のいつしかに、快く汝が體のエレキを享けて、
酔ふほどに、
われの思ふは戀人よ。まなざしの
汝と似たりな、おお、猫よ、
澄みて冷たく鏃のごとく切れ長く。
その人よ、とび色の總の身めぐり、
抜け目なき氣色の流れ
怪しげな香の漂ふも。
この冬も
わたしは動かなかった。
砕氷船はやってくる
まちがいなく
すると急に
子羊たちは跳ねまわる。
裂け砕ける樹々よりも
もっとひどいことがある
孤独は
もう久しくわたしを楽しませる。
人々の仰々しいふるまいが
わたしには厭わしい。
海は
びくともしない堤防にぶち当たる。
もしひとつ
望みを言ってよければ
わたしが欲しいのは
羊小屋をあとひとつ。
突然テレビが消えた
あの日曜日の 午後もおそく
夜が たそがれに切り込むころ
暗がりの沈黙にとまどって
私はローソクをさがす
何年間も階段の下の
納戸のどこかにしまい込まれているはずだ
危険から身を守るための
遠い昔の「隠れ家」
私は 台所のテーブルの上の皿に
白い?をたらす
ガスオーブンの明るんだ喉もとにうずくまり
ちらちら揺れる詩の言葉を読む
それらはこの沈黙に打ち勝って
意気揚々と 飛びはねているのだ
私は洞穴から外を見る
車のライトで刻まれて
闇がいっそう深くなるのを
私たちがぼんやりとにじむ夜の深みへと
足音をたてて 滑るように入り込んでいきながら
宙ぶらりんの不安の世界に
慰めを見出すとき
――そこでは喪失が
眠りの遠いはずれにたむろするのだが――
ついに 光の爆発とともに
騒音が入り込み 聞く耳を要求する
ふたたび 冷蔵庫がうなりだす
では、左様なら。てんでの船へ帰り給え、
詩はそこに、どうやら、在るものらしいから。
でもしかし、僕はやはり、或いは最も微妙な
遠洋航海の路を見た者の一人かも知れない。
僕は以前、ニュー・ヨークの摩天楼と機械を
愛した、外面はポスターで、
内面は支那が住む下水で出来ている都会、
(或る火事の後、それと気づいた)。
地下に絹とペストの一区域。
不潔なことだ。こんにちは、僕の地下鉄よ!
陶器の木立よ、バラタン丘の頂より居心地よく
僕は君の影に止まる。
鳥よ、僕のこの生来の欠点を赦せ、
僕はとかく行手の都市の未練をこらえる者。
でもしかし、櫂も、ガソリンもなくて、どうして僕に出発出来よう。
風の玩具よ、左様なら。
さながら風が木の葉をそよがすように
世界が私の心を波立たせる
時に悲しみと云い時に喜びと云いながらも
私の心は正しく名づけられない
休みなく動きながら世界はひろがっている
私はいつも世界に追いつけず
夕暮や雨や巻雲の中に
自らの心を探し続ける
だが時折私も世界に叶う
風に陽差に四季のめぐりに
私は身をゆだねる――
――私は世界になる
そして愛のために歌を失う
だが 私は悔いない
「そうだろうと思う でもぼくにはそうは見えない
たぶん――とぼくは言う――だがたとえどうあれ
もしほんとうに少しでもそんなことがあり得るなら……
やがて結果が出て すべてがばらばらになるだろう」
私をこのままあなたの下僕としてください
生きている限り
呼吸するのはあなたの中で そう私は思っています
私はあなたを求め 渇いています
一語一語 私はあなたを飲みほします
私の泉よ
あなたの怒りのきらめき
冬の言葉
リラのようにかすかに
あなたは私の中で花を咲かせる
春の言葉
私はあなたに付き従う
眠りの中にまで
あなたの夢のひとつひとつを綴りにかえる
私たちは分かり合っている 文字通りに
私たちは愛し合っている お互いに
とびきりの名醸「林檎酒」が一本
それに座長の緑いろのネクタイ
ガラスにうつる顔が埃っぽくなる春だ
灰青にくすんだその日の帷のかげの
青銅いろの葡萄の実にひかりが反射する
――みんな発つんだ 季節と幸福にとりのこされた列車で
こんばんは電車がいい と思うな僕
いつか誰かのロマンスのためにさ
あんたがきざに帽子につけてる
あかい羽根はとるがいいよ
詩人 淑女 紳士が常連のこのカッフェだから
――赤はいけない 浮ついてわびしいよ
血がわきたつ熱情もないしね
馬の背のぼろぼろの掛布 見たかい
このウインナの名花たちの「イヴ」のワルツで
静かにトロットをふんでいくんだ
人世高楼ニシテ極マラズ 溶々タリ玉盤酒盞ノ裏 と来らあ!
歴史がおれたちを廻ってるんだ
堅気の客のつめかける回転扉の鐶さね
なあおい 亭主嘆きの奴隷 姐さんよ
誰だい 出世と色事に鵜の目のやつ
ほら CORRIERE DELLA SELA の四面記事だ
それから L'ILLUSTRAZIONE ITALIANA と LA DONNA
いやさ 四十銭に チップが十銭で
あたらしい酔心「林檎酒」とはどうだ
過去は過去、それでも人は
するつもりだったが
しなかったことでも
思い出すなら、思っただけで
十分ではないだろうか。
わたしが花をひとつずつ摘むことを
計画したように。
ある午後わたしは小屋のそばの野に育った
クローバー、デイジー、ゴマノハグサを
それぞれひとつずつ摘み
しおれないうちに
調べようと計画したのだった。
過去は過去。わたしは
あの色とりどりの野に
あいさつする。
大袈裟な管絃楽の揺る舞台が
痩せた道化の大股に 軋んで鳴つて、
泥濘を蹈んで蠢く 見物を
軽蔑もせず小器用に 先生 演説してをるわ。
額に塗つた白粉も 頬を色どる頬紅も
華美な見てくれ。長広舌が 忽ち黙ると、
尻を三つ四つ蹴飛ばされ、悪戯者は でぶでぶの
婆の頸に接吻し それから舞台で 立廻り。
その口上の素晴らしさ、心の底から喝采しよう。
花を撒らした短い胴着、無闇に廻る
その腓、一目千両。さりながら
衆目こぞつて称へるは、殊にその
鬘の動き、頭の上に、するすると 尻尾を
立てて、その先端に 蝶がひらひら戯れる。
引き裂かれた音 声高にすぎる弁舌の
いかがわしい幻術は 忘却に委ねるがよい
だが 苦痛に歪んだ色鮮かな唇からは
時として 真珠にもまして朽ちがたく
輝きいやまさる形象が まろび出た
それを取って生身の肌にあてれば
潤いある内部の光沢は 決して消え失せることがない
君がかはゆげなる卓のうへに
いろも朱なる小箱には
なにを秘めたまへるものなりや
われきみが窓べをすぎむとするとき
小箱まづ目にうつり
こころおどりてやまず
そは優しかるたまづさのたぐひか
もしくば
うらわかき娘ごころをのべたまふ
やさしかるうたのたぐひか
なあに、小児病者の言ふことですよ、
そんなに美しいあなたさへ
あんな言葉を気にするなんて、
なんとも困つたものですね。
合言葉、二週間も口端にのぼれば、
やがて消えゆく合言葉、
精神の貧困の隠されてゐる
馬鹿者のグループでの合言葉。
それがあなたの美しさにまで何なのでせう!
その脚は、形よいうちにもけものをおもはせ、
あなたの祖先はセミチック、
亜米利加古曲に聴入る風姿、
ああ、そのやうに美しいあなたさへ
あんな言葉に気をとられるなんて、
浮世の苦労をなされるなんて、
私にはつまんない、なにもかもつまんない。
581 :
吾輩は名無しである:2010/03/10(水) 15:10:20
白い菫の光り
光りは半島をめぐり
指環の世界は暗没する
灌木のコップの笑い
花の尖りは足指の中に開き
さしのべる手の白さも
菫の紫光線の中で扇の骨になる
女神の透明に触れて
形像は形象の中に移転するのみ
壮麗な春の鏡に
頬を映す
プラタノスの葉がうつる
青く剃った眉
ポリュアントスの花
涙にくもる宝石
昼が海の幸
夜は陸の幸
日の両面を追う
永遠の狩人
暁に消ゆ
永遠の暁はこのコップの中にある
街を行く
喜びの女語らざれど
その言葉の
コップのふくらみに映る
私を好きになって
どこからかおいでになったかた
私はあなたを愛しています
見知らぬあなたを
あなたは声
私を魅了する
私はあなたを耳にした
やすらかに緑のビロードの上で
あなたは苔の息吹
あなたは幸せの鐘
そしてまた 死に絶えることのない悲しみの鐘
私はいま夕映の中に立つて
あたらしい希望だけを持つて
おまへのまはりをめぐってゐる
不思議な とほい人生よ おまへの……
だがしかしそれはやがて近く
私らのうへに花咲くだらう と
私はいまは身をふるはせて
あちらの あちらの方を見てゐる
しづかだった それゆゑ力なかつた
昨日の そして今日の 私の一日よ
心にもなく化粧する夕映に飾られて
夜が火花を身のまはりに散らすとき
私は夢をわすれるだらう しかし
夢は私を抱くだらう
黄の石を敷いた方形のひろば、
その中ほどに噴き井はあった、
そこであなたはなおしばらく夕べのことばをかわそうとする、
あなたは今宵ほどあかるい星々を見たことはないのだ。
けれどもその玄武岩の水槽を離れたまえ!
それは枯れた枝々を葬ろうとまねいている。
くまもない月かげを吹きぬけて風はきびしい、
あちらの銀松の木の間よりも……。
わたしはわたしの大きい悲しみをつつんで
なめらかなあなたのことばに堪えている、あなたをいたわるために。
わたしは感ずる、時がわたしたちを別つやいなや
あなたはわたしの夢にもはや住むことはあるまいと。
けれどようやく雪がつもって公園が眠りにはいったら
それでもひそやかな慰めが湧きでるだろう、
ふかい冬の静寂の底から
花束や手紙など――いくつかの美しい思い出の廃墟から。
春の生んだ奇蹟の数々
それがぼくのスタンツァに句読をふる
出発にとらわれたぼくの心が
突然 光に我を忘れ
そのカデンツァに命をながらえる
セーヌが舞う 四月の陽光に
はじめての舞踏会のセシルのように
というより天然の塊金をころがしていく
石の橋の選別機に向かって
確かな魅惑 都は峡谷だ
謝肉祭のように明るい河岸が
陽光のまえを行きすぎる
陽光が宮殿の数々を訪れる
その陽ざしのたわむれと法則に応じて見えかくれする宮殿を
ぼくはぼく式にその陽ざしを祝う
道草学校だけが教えてくれた
サイレーンだって数えてくれなかった
唇の色したこの酔い心地
オペラ座の娘たちのような
ガラスにあたる陽のバラの色
ちいさな船着場に
ボートがとまっている
あかるい湖を
微風がそよぐ
あざやかな緑に
塗りかえられたベンチ
夏は去年と
おなじであろう
あのころとおなじ
いつまでもおなじ
そして
いつもあたらしく
春は憩う
あらゆる梢の
歌のうしろに
世の
しずかな
ふかみに
四月の夕べの鐘の音は
雨に清々しい菜園の上に
立麝香草の匂いのする道
そして つつましい日の光は来て
閾の上に憩う
音もなく 沈黙の中に揺れる風
巴旦杏の花は落ち
大地はそれをやさしく寄せ集める
復活祭の星がきらめいている
まばゆい地上の光の遙かな上に――
暗黒を飾る宝冠――
誰もあえてそれを
言う者はない――
誰もあえて言う者はない
ただのピン穴にすぎないと
あそこまで彼女をつれて行こう
光の真只中を――
光の道よ開け
避け難い
幾多の言葉のあるところまで切り開いてくれ――
城をのせた彼女の頭に
飾る王冠、くるみ入りのチョコレートで一杯の
摩天楼――
おとなしい風――
ガラスの
コーヌコピアの偉大な口からこぼれた
まばゆい飾りの星
生きていたころは
両肩もあらわに
薄い服を着ていた
白熱した太陽のぬくもりと
黒い薄い服が
わたしを包むと
わたしは莢になれてうれしい
そよ風は
健康な両足にあたり
薄く透けた布地は
しわくちゃになったり 膨らんだり
わたしの心は透きとおり
マリオンの家と
ヘレナの家に向かって歩くと
スカートは涼しい空気で
膨らんだり しぼんだり
事の様子がほんの少しわかって 森の端れにかれを導くのはどんな確信なのだろう?
影かそれとも光か? 光は黄昏に衰える
光は夜明けにまざまざと蘇える
椋鳥の飛翔の影は
原っぱと耕地のうえを
掠め たがいに離れながら過ぎてゆく
一匹の野うさぎが森の端れに沿って走る
夕暮に夜鷹は
旋回してのどをならす
ぼくらが家に戻る頃は
もう闇の夜である 雌猫はぼくらの帰宅を待っている
そして 礼儀正しく 死は おとなしく ぼくらに場所を譲るため少しばかり遠ざかる
ねむろうとしている牧場
草や枝のなかに
しずかにうなだれるもの
霧が立ちのぼる
その音がきこえるだろう
耳をすましてごらん――いま
霧の静けさを
おまえの靴が
みだしているのではないのかね
空の日はようやく熱を増し
湖の水はみなぎり、氷は砕けた
はじめての帆が波を分けて進めば
心は風を受けた帆のようにふくらむ
青春の日々を徒労した心は
償いの旅に追われる定め
春の日ざしが燃えはじめ
波がまた泡立つとすぐ
むなしく過ぎた若い日は悔恨と
永久に満たされぬあこがれの棲家となり
心はたえず またたえず
その春の日を求めて行く
髪の毛に霜が下りても
やがて心がしずまり憩うころになっても
波が青むとき なお自らの青春を求めて
そぞろ旅立つ心のせんかたもなく
ぼくにはわかる 不平ひとつ
口に出しては言わないけれど
くちびるの奥に そおっとかくしていることを
あおざめた君の手が うちあけずにはいないのだ。
ぼくの眼が じっとそそがれている君の手に
心のいたみの こまやかなしるしがあらわれ
眠れない夜 きずついた胸のうえに
おかれていたとそっと告げるから。
なんじ、天上よりおとずれ
なべてのなやみと悲しみをしずむるもの、
いや深く苦しむ心を
いや深き慰めもてみたすものよ、
ああ、われは営みに疲れぬ。
苦しみといい、快楽というも何?
やさしき憩いよ、
来たれ、わが胸に。
ぼくらが
電車通りを駆け抜けると
巻きおこる
たつまきで街はぐらぐら
おしゃれな風は花びらひらひら
陽炎の街
まるで花ばたけ
紙芝居屋が
店をたたんだあとの
狭い
路次裏はヒーローでいっぱい
土挨の風の子たちにゃあ
七つの海も
まるで箱庭さ
右手の烟突は
黄色い煙を吐き
左手の烟突は
紅い煙を吐く
みんな妙に怒りっぽいみたい
みんな妙に怒りっぽいみたい
若い女が「いつものあれ」と呼んだのは
(ただでさえ忙しいのに用を言いつけ、「あんた、
立ってるんだから」と言っては、どうでもいいような
使い走りをやらせやがる)、底なしの
古い井戸から汲み上げた井戸水のこと。
水を汲み上げるポンプが錆びつきやがって、
こいつがなかなか動かないとくる。かんかん照りの
昼日中、弱ったリスがやっとこ回す
踏み車ってとこだ。でも、たまには
リスの踏み車だって自分の重みで動くってこともある。錆びついた
ポンプが、汗びっしょりの顔に、澄んだ水を
浴びせかける。何と冷たい! 両手ですくって
いつものあれを、ひと息に飲む。
ふるい落され、
ライラックの花、
こなごなになって、
紫の原子。
葉は緑を滴らせ、
幹の皮はさらに暗く、
影はさらに長く。
ポプラの整然とした列
無数の銀ときらめき
年を経た古い庭園
荒廃と物語の崩れた塀に
薔薇は紅い雨の記憶によみがえる。
五月よ!
外の世界に
太陽があらわれてきみの顔を見つける、
あらゆることを思い出して。
おまえの指先は すべてのものに
早咲きの花を咲かせる。
何よりも時間に愛されるおまえの髪――
そのすべやかな感触が
唄っている
(一日だけの愛かもしれないけれど)
おそれず行きましょう、五月祭の花を摘みにと言いながら。
おまえの白い足はいそいそとさすらい
いつも
濡れたおまえの瞳は口づけにたわむれ
不思議そうな様子でしきりと
言っている
(一日だけの愛かも知れないけれど)
どちらの娘に花をお持ちかしら と唄いながら。
おまえの唇になるのはささやかな
でも 楽しい夢。
死神よ、わたしはお前を羨もう
他はすべて逃がしても
この女ひとりだけでもお前の虜となるのなら。
(一日だけの愛かも知れないけれど
はかない命かも知れないけれど、口づけだけはつづけましょう)
生のみちの いやはての獲物はなんであろう
そのくさぐさの財宝の いずれがわれらの手にとどまろう?
黄金なす幸 胸とろめかす心地よさ
すべては疾く消え失せて 悲しみばかりが残される
残された時が空へと消える前に
もう一度 私は巡歴のあゆみを運ぼう
ヴェネチアの海を ヴェネチアの大理石の宮を
あくがれまさる胸騒ぎもて 眺めよう
後の世には眺めるすべもないものを
なおこの鏡にとどめておこうとするように
休む間もなく 眼はさまよう
けれどついに これを限りの欲求も果てて
あわれ短い生のみちの 後の思いにと
愛のまなざしは落ちかかる かの人の面輪の上に
あたたかい日曜日の午後、雨の
四時の銀座の裏通りは
動きがとまっている
何千軒ものいねむりするバー
それぞれの看板は
明るい色に塗った凧だ
狭い通りと小路は
巻かれて玉になる糸
静かだ
人間はほんの数人
風はない
水のうえに
太陽の火花
きらきらひかる葉の
微光のような
また無数の金の貝がらの
踊りのような
照りかえしの
はてしないうずまき
そしてひかる翼をもった
鳥の
こえのない
白銀のさえずり
神秘な
とらえがたく
無類のもの……
古き古き追憶のあなたに、いつしか
忘られたる緑の
印象よ、盲ひぬる
おぼろの薄膜のあなたに。
遠ぐもり淀める
空気のえもわかぬ
感触の薄明り、
その奥にこもりて咽び入る声あり。
哀愁の森の若葉の、
はたや漂浪の広野の草の啜泣きか、
忘られたる古き追憶の、
ただにうら悲し。
淡くはかなげなる緑の古き印象よ、
おぼろなる影の浮ぶは花か、
恋としも見えぬにほひに絡み、
かすかにもうるほふ緑の涙。
空想から覚める侘しさ、
少年の日の遊びの
あの眼隠しをとつた心地だ。
月の射す白い李林は崩れて
身近くを自働車が通る。
世界が私を愛してくれるので
(むごい仕方でまた時に
やさしい仕方で)
私はいつまでも孤りでいられる
私に始めてひとりのひとが与えられた時にも
私はただ世界の物音ばかりを聴いていた
私には単純な悲しみと喜びだけが明らかだ
私はいつも世界のものだから
空に樹にひとに
私は自らを投げかける
やがて世界の豊かさそのものとなるために
……私はひとを呼ぶ
すると世界が振り向く
そして私がいなくなる
庭園のあらゆるみどりより
理由なく さっと 何物かが奪い去られてゆく。
庭園が窓に近づき
沈黙しているのが感じられる。
雑木林より しきりに 千鳥の声がする。
ふとヒーロニムスを想うほど、
雨のみ聴くべき その声に
孤独と哀切の情とがみなぎっている。
広間の壁面は
その声の姿を描きて立ち去り、
われらの言葉には耳傾けぬありさま。
色あせし壁紙に
午後のさだかならぬひかりが映る、
幼き日、人みなのおそれし午後の。
君は小さな手鞠 わたしの歌は色糸
まきしめて まきしめて 八重ここのへに君をかざる
十文字 菱がさね 七宝つなぎ 麻の葉
緑 くれなゐ 紫 思ひの色のとりどり
君は小さな手鞠 恋の神のもてあそび
I
六月、七月、市場を回れ、
露店でガラクタを見つけてこい、
それから蓄音機のレコードを
ガラス越しに熱するのだ、
物言わぬ、曲がったラッパに
黒いプラスチックを巻き込んで、
音の小道を溶かしたら、
しばらく日陰で冷ますといい。
気をつけていればよかった、もうおそい。
僕もまた針の下でうたっている。
そして何でもかんでも分け与えてしまうのだ、
僕の皮膚に刻まれたものを。
II
初めての逢瀬に、僕はゆかぬだろう、
モンタンの真似などしないし、
シャリャーピンのように泣き声をひびかすつもりもない。
言うべきことは言っておこう。僕はなかば生きてきた、なかば――
そう思えた――生きてきた、
そして自分をうっかり見失っていたんだ。
後生ですから、ラジオ付き電蓄の音を下げてください!
うたひ歩いた揚句の果は
空が白むだ、夏の暁だよ
随分馬鹿にしてるわねえ
一切合切キリガミ細工
銹び付いたやうなところをみると
随分鉄分には富んでるとみえる
林にしたつて森にしたつて
みんな怖づ怖づしがみついてる
夜露が下りてゐるとこなんぞ
だつてま、しほらしいぢやあないの
棄てられた紙や板切れだつて
あんなに神妙、地面にへたばり
植えられたばかりの苗だつて
ずいぶんつましく風にゆらぐ
まるでこつちを見向きもしないで
あんまりいぢらしい小娘みたい
あれだつて都に連れて帰つて
みがきをかければなんとかならうに
左程々々こつちもかまつちやられない
――随分馬鹿にしてるわねえ
うたひ歩いた揚句の果は
空が白むで、夏の暁だと
まるでキリガミ細工ぢやないか
昼間は毎日あんなに暑いに
まるでぺちやんこぢやあないか
最後の吹雪が霙へとやわらぐ。
屋根板の下にいくばくかの熱がたまる。
金属の響きをたてて氷河が砕ける。
流氷が海へ流れだす。
ヒナゲシが微風に撓む。
エスキモーの生ゴミに埋もれた骨が汗ばむ。
コンブが雪解け水に揺れる。
原子は太陽風のなかできらきらする。
ヘレン、君は最高の妹だ。
君とトムが誘ってくれて感謝してるよ。
グリーンランドは想像していたとおりだ。
ぼくらはタイタニックを沈没させられるくらいスコッチを持参している。
星々は手で触れそうなほど間近にある。
これが夏だというのだからなにをかいわんや。
太陽は一日中一晩中照っているが
そこにはどんな暖かさも、光も、色もない。
摘めといふから
ばらをつんでわたしたら、
無心でそれをめちやめちやに
もぎくだいている。
それで、おこったら
おどろいた目を見ひらいて、
そのこなごなの花びらを
そっと私の手にのせた。
その目は泪ぐんで笑ひ
その口は笑つて頬は泣いてゐる。
表情の戸まよひした
このモナリザはまるで小娘だ。
誰にも名づけることは出来ない
あなたの名はあなた
この世のすべてがほとばしり渦巻いて
あなたのやわらかいからだにそそぎこむ
幼い私の涙も溶け始めた氷河も
午前のあいだじゅう、九時から二時まで
庭からは苦しめるオゾンの、
ヘビたちの、ローズマリーの、精気が出ていき、
キョウチクトウは蒸し暑さでへとへとだ。
中二階の白い家が青みがかってみえる。
荘園は――夢うつつ、あたりは――人気もない。
白っぽいキイチゴの茂み、そしてそのうしろは
茂みの前奏曲のライラック色した土壌。
子ヘビはシューシュー音を誰に出したのか?
バラの木は別れの手を誰に振っているのか?
またしても電報でショパンが
悩み苦しむバラードへと呼び戻された。
苦しみのバラードを癒せないとなれば、
一夏はすべてジフテリアだ。いますぐなのか、
それとも、黒鍵よ、もうすこしあとなのか、
ぼくがバラードに放血すべきは?
手にさらわれる――そして
宇宙の大半にさらわれる――孤立したままで、
そしてそこは農場がほこりをかぶり、
タバコ葉が息苦しく呼吸している。
書くのは
生に書かれ、そして
生の知らないことについて
書けると信じているから。例えば
待つことに長けた秋、
痛みを感じることの痛み、
現在という時を
飛翔によって
過去に変える鳥。
イメージが世界を形作り、
街を焦がす太陽は、
焼けた小麦粉のように
私の部屋でパンを作り出す。
自分であることとは何も持たないこと。
月のように
目に見える世界に浮かぶ言葉に
黄昏がのしかかる。
ごらん、二人が同じ可能性を
別様に理解し、身につけている様子を。
二つの等しい部屋の中を
別々の時間が通り過ぎていくのを見るようだ。
どちらも相手を支えていると思っている。
実際は疲れて相手にもたれかかっているのだが。
そうして二人は互いの役に立つことができない。
以前と変わらず、やさしくそっと触れ合っても
ただ血に血を重ねるにすぎないのだから。
そうして二人は並木に沿って歩き、
導かれ、導くつもりになろうとしている。
ああ、彼らの歩みは同じではないのだ。
ああ、わが心あこがる
悲しく甘き恋になみだに。
われはおそる、このあこがれの
遂にただあこがれに終らざるを。
ああ、恋の楽しき悩み
その苦き楽しさの、またしても
神々しく強き苦しさもて入り来る、
癒えかけしこの胸に。
トンネルへはひるのでつけた電燈ぢやないのです
車掌がほんのおもしろまぎれにつけたのです
こんな豆ばたけの風のなかで
なあに 山火事でござんせう
なあに 山火事でござんせう
あんまり大きござんすから
はてな 向ふの光るあれは雲ですな
木きつてゐますな
いゝえ やつぱり山火事でござんせう
おい きさま
日本の萱の野原をゆくビクトルカランザの配下
帽子が風にとられるぞ
こんどは青い稗を行く貧弱カランザの末輩
きさまの馬はもう汗でぬれている
ああ、お母さん、
この古びた黒いドレス、
私はその上にフランスの花を
刺繍しています。
それはロマンスめいたものではないのです。
ここには理想的なことは何もありません。
いえ、
いえ。
まるで違ったことになったでしょう、
恋人よ、
もし私がオレンジのガウンをきて、
教会の壁の人物のように、
空間を漂い流れていると
想像できたとしたら!
ああ、あなた、あまりにも遠い隣人よ、お聞き下さい、
雨をつらぬいて吐かれる私の声を、
夏の雲のささやきの合唱が
短い夜ごと茂みの中で――
若い桃の木の茂みの中でさやぐときに。
熟した実が赤黒く
塀ぎわの小さな桃の木になっています。
柔毛の頬には朝ごとに銀の雫がやどります。
澄んだ悲しみに、白く――
夢のはかない悲しみに。
私たちの足は夢の中をそっと歩み、
私たちの心はたがいに微笑みかわします。
涙が、樹液が、血が、雨が、
すべての甘美な雫が夢を通って一つに流れ――
ひろがりも壁もしたたりとけてゆきます。
雫、雫はささやき、吐息し、せわしくしたたり、
雲にかくれた満月から涼しさが降り注ぎます。
そんなにも遠くあなたは離れていたのでしょうか、
今はあなたが私の血の中を廻っているのが感ぜられますのに。
甘い雨よ、降れ、終りなく。