1 :
吾輩は名無しである:
文学なんていうきたならしい空想ばかりじゃあたまわるくなるよ。
きちんと厳密に考え抜くくんれんをしなきゃだめだよ。
だからさ、 哲 学 や ら な い か ?
2 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 04:29:21
いつのまにか消えてたので、皆さんのために立てます。
別に嵐のスレではありません。
所詮エンターテインメントでしかない文学が、
そもそも学問のカテゴリにあるという事実自体が荒らしであり、他の多くの学問への
冒涜であるということをりかいすべきです。
3 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 04:30:30
作家ごときが知的な職業だというのが幻想w
作家とちかいのはお笑い芸人wwwwwww
4 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 04:31:04
作家が知識人気取ってる現代の風潮にwww
5 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 04:32:53
6 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 04:33:56
最近はマスゴミにも作家ごときが知識人を気取って出演しています。
正直わらチャいますねw
7 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 04:35:53
社会学者みたいな奴よりはマシだろw
8 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 07:24:40
最近見たのは
石田衣良とかいう馬鹿が公共の電波である地上派つかって
就職戦線について語っていたときだね。
まずいいたい、本人も言ってたように、
「お前は就職活動なんてしたことないだろwwwwwww」
しかも、本人それを得意げに、僕はそういうとこにはむいてないからぁ〜と馬鹿面さらして基地外発言wwww
気持ち悪すぎ、じゃ、何でお前がそんなところに公共の電波使って発言してんのってことだから、
消えろよwこの世界からさw
まずは1がやってみせろ
10 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 09:37:18
村上春樹みたいなエンタメばかりじゃなく、哲学書のひとつでも読んでみろよ。
最近のお勧めは、定年な解説つきで再販された
「善の研究」 講談社学術文庫
だよ。
>定年な解説
文学、哲学よりもまずまともな日本語を身につけましょう。
13 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 10:48:12
哲学も文学みたいなもんだろが。
哲板から追い出されたアホ
>>1の一人舞台スレはここですか?
独り回り舞台、あるいは
独り哲学サーカスだな
お代は見てのお帰りよぉっとくら
16 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 16:56:54
たとえばさー
石田衣良みたいな馬鹿は自分の名前が学問板にあってよろこんでるわけwwwwwwwwwwwwww
おかしいと思わない(プププ
17 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 17:08:19
>1はトリつけろ。イシダイラは文学者ではない。
18 :
大阪の大学生:2006/10/01(日) 17:19:11
僕ちょっとプリン買ってきます
19 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 17:35:43
チンカス野郎逃げたWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWW
20 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 18:02:19
どちらも嗜好品。
理系板で総スカン食らってここへ流れ着いたか。
22 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 18:19:01
で、ここ十年の日本の「哲学者」の主要な仕事はなに?
「批評家」や「評論家」じゃなくて、「哲学者」ね。
そこんとこ、間違えないように。
23 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 18:38:03
多すぎてこたえられないよ。
理系っぽいのだと 内部観測 とかが(学問的に)面白い展開をみせたね。
いつも他人が考え付いたキモチワルイ妄想をよんで学問した気になってるひとは、
哲学書のひとつでもまともに読んでみたら?
24 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 18:41:10
>>23 先生、初心者は何から読めばいいでしょうか?
25 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 18:42:49
26 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 18:55:13
>>23 もうちょっと具体的に書いてよ。内部観測ってういう言葉も面白そうだけど、
ここは文学板だからとりあえず、文学につながるような仕事をあげてみて
ください。
27 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 18:59:11
>いつも他人が考え付いたキモチワルイ妄想をよんで学問した気になってるひと
この板でも誤解している人が多いが、小説を読む=文学をする=学問をする、じゃないんだよな。
小説やら詩やらを読んだり書いたりするのと学問としての文学はまた別。
>>25 そうかね?
「○○○はこう書いているが…」とか、「×××の△△△という概念
は…」みたいに文章の9割が引用みたいな人って多過ぎくない?
そういうのって、批評家や評論家でしょ?
もしくは哲学史家じゃないのかな。
29 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 19:07:20
ブンガクってフィクションを研究する学問でしょ?
嘘をいくら研究しても嘘の知識しか生まれないのだから、
「知を愛する」という学問の伝統からして、学問じゃないと思うんだけど。
30 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 19:11:26
>>29 「フィクションそのもの」を扱うんじゃなくて、たとえば「そのフィクショ
ンを成り立たせている背景やら歴史やらその他のものとの接続さ加減」を
研究するわけだから十分学問になるんじゃない?
小学校の感想文を書くのとは違うわけ。
無残な結末の予感w
「キモチワルイ」とか、「嘘」とか、その程度のつっこみしか
できなさそうなやつだな…。
33 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 19:27:33
文学の方が高尚じゃん
34 :
小夜:2006/10/01(日) 19:39:25
哲学…哲学の歴史を紐解き、発祥から調べたらよいのじゃない。
35 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 19:46:46
哲学板住人ってこんなもんか。
他人の言葉を引用することしか知らないやつらばっかじゃないの?
ハイデガーによればー、とかさw 自分の言葉で語れっつうの。
解釈してるだけで哲学した気になってる。
この板の佐原のほうがよっぽど自分の頭で考えて、語ってるって。
だいたい日本オリジナルな現代の哲学者っているの? 本場(ヨーロッパ)でも
評価されているような。いるならぜひ、教えてほしいものだピョン。
37 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 22:04:13
1さんの意図は恐らく、「厳密学」としての現象学の導入だ。その線でいきますか。1さん、それでいいでしょうか?
38 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 22:07:44
はあ?
死ねよ
39 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 22:54:25
>>36 だから 善の研究 をあげてるだろ?
そもそも文学はエンターテインメントだろw
かってに哲学様と同列に並ばないでくださいwwwwwwwwwwwwwwww
40 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 22:57:20
> ブンガクってフィクションを研究する学問でしょ?
> 嘘をいくら研究しても嘘の知識しか生まれないのだから、
> 「知を愛する」という学問の伝統からして、学問じゃないと思うんだけど。
いうにことかいて、フィクション(=馬鹿のキモチワルイ妄想)を研究する学問とは…
真理を探究する学問たる哲学をまえにしてはいずれにしろ、ゴキジェットの前のゴキブリですね文学ってw
あきらめて
エンターテインメント∋文学
で手を打ちなさいってw
41 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 23:04:27
私は文学を無視する哲学者を信用しない。
42 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 23:11:53
厳密に考えた果ての結論が
嘘を研究しても嘘の知識しか身につかないってことなの?
43 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 23:16:53
学問の歴史の中では伝統を否定することで生まれた知もある。
デカルトや無神論もそれだ。
なぜ学問とは知を愛することであるか?
その伝統の意義は厳密に考えたの?www
44 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 23:16:55
>>39「善の研究」…いつの時代の話だw
西田の善の研究を現代において読み直す意義について具体的に教えてくれないか?
たしかに西田幾多郎と井筒俊彦はいいね。読む価値あるな。
しかし、西田にしても、井筒にしても、真理の本来性を疑うところから、
考えることをはじめている。
井筒の「意識と本質」などそのよい例。
つまり、仮構すること、だよね。真理を真理と言い当てるのではなく、真理を
また別のものに置き換えてとらえなおすこと。つまり、フィクションだわな。
このあたりについて、どう思う?
45 :
44:2006/10/01(日) 23:18:27
井筒を出したのは日本において読むべきと思われる哲学者がいるとする
ならば西田と並んで彼しか思いつかなかったから。
もし他にいるのならばぜひ教えてほしい。
46 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 23:20:59
井筒俊彦を読む価値?
ないないw
47 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 23:22:44
ウェトゲンシュタインと大森荘蔵やその弟子の著作を
読んでたほうがまだいいよ
50 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 23:25:19
文学の人間だって当たり前に哲学書を読むぞ。
むしろ有名どころは読まなきゃついていけない。
哲学やらないか?とか言ってる1はどんだけ読んだの?
>>49 語りえることと語りえぬことの境界を意識した
思考態度ができるようになる。
52 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 23:31:15
質問に答えないな。
わずか善の研究を勧めたくらい。
文学板の人は、1が答えられないくらい哲学についての質問してるってことでいい?
いいなこのスレ終わりでいいべ?
53 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 23:33:55
>42
>43
哲学板の連中は勿論原書で読んでるんだろ?
55 :
44:2006/10/01(日) 23:37:45
>>39 井筒はともかくとして、君の挙げた「善の研究」を現代においてあらためて
読む意義について、上にも書いたようにぜひ、教えてほしい。参考にしたい。
>>51 有名な一節だね。でもそれは彼の思想のごくごく一部にしか過ぎないのでは
ないかな?
まあいいや。
ホワイトヘッド→ラッセル→ヴィトゲンシュタインという流れの果てに
現在あるものはなに? もしくは現代哲学において、もっともヴィトゲンシュ
タインの思想もしくは思考方法をアクチュアルに使っているのは誰
なんだろう?
これから酒を飲みに行ってきます。
帰ってから君たちの読むのが楽しみです。飲み過ぎないようにしなくちゃ。
56 :
(´・∀・`):2006/10/01(日) 23:38:46
小説は必要だが、文学は必要ない。
なぜ、たかが小説の解釈まで、他人、しかも作者でもない
赤の他人に指図されないといかんのか?
一般人の大多数も同じ意見だろう。
57 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 23:40:22
文学というものは解釈を他人に指示することだと判明しました。
指図はしてないでしょう。
もし、指図されたとしても反論すればいいだけ。
59 :
44:2006/10/01(日) 23:43:00
あと、井筒俊彦を読む価値がない理由についてもよろしこ。
60 :
(´・∀・`):2006/10/01(日) 23:43:44
>>36 ×解釈してるだけで哲学した気になってる。
哲学者にはオリジナルの思想を持つものもいるが、
○解釈してるだけでブンガクした気になってる。
文学者は存在自体が小説の作者の剽窃なので、これまでオリジナリティなど
一片も存在しなかったし、これからも永久にない。
設計自体が低レベルの限界を持っているのだよ。
それで、君たちのブンガクは、しろうとの感想文と何が違うのかな?
例えば村上春樹論で私を感動させてみたまえ
61 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 23:45:13
小説は必要だが、哲学は必要ない。
なぜ、たかが善の研究なぞ、他人、しかも哲学者でもない
1に読めと言われないといかんのか?
あのー、それでテツガクはいつ始まるのでしょうか?
『ソフィーの世界』でも書く気ですかい。
64 :
(´・∀・`):2006/10/01(日) 23:48:12
>文学者は存在自体が小説の作者の剽窃なので、これまでオリジナリティなど
>一片も存在しなかったし、これからも永久にない。
>設計自体が低レベルの限界を持っているのだよ。
日本語になってないw めちゃくちゃな論理。
66 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 23:50:56
解釈しただけで文学している気になっている
これは他者の内面だよ?
ウィトゲンシュタインの言う、「語れるもの」なんですか?
西田幾太郎は近代を超克しようと試みたという点で
まだ読む価値はあるんじゃないかな。
文学の同時代性の獲得、批評する上で、
近代という大きな物語の超克は、
文学を志すものにとって必須の課題だったわけだし。
井筒にしてもポストコロニアリズムという、
現代、高度資本主義の超克という問題点において
読む価値を十分に備えてると思う。
68 :
(´・∀・`):2006/10/01(日) 23:54:08
>>65 具体的に反論できずに豚走ですか?
ブンガク=小説の二次制作=同人誌のカテゴリ
事実に間違いはありますか?
「近代という大きな物語の超克」なんていう、どこんでも転がってる文句を
上手く使いこなせるようになりたいです。
70 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 23:56:25
煽りにばっか答えてやがる
>>69 ステレオタイプな言説を文学板において
語るという滑稽さが素敵でしょ。
72 :
吾輩は名無しである:2006/10/01(日) 23:56:42
コテハンが書いてたじゃん。
吾輩は猫である
↑コレだけで面白いw
って。そんなんでいいんじゃねーの。
>>71 素敵。ギャグとして立派に通用するところがこれまた。
74 :
(´・∀・`):2006/10/02(月) 00:03:43
つまるところ文学者って、自分では何も面白い小説を書く才能がないけど、
小説は好きだから、他人の小説に寄生して、一生他人のフンドシで相撲をとります、
ブンガクに逃げますって宣言してるようなものだよね?
76 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 00:09:18
レヴィナスは「哲学とはシェークスピアに注釈をつけるようなものだ」って言ってなかったっけ?
哲学、文学を志すものにとって
言語感覚の鈍感さは、死に至る病でしょう。
78 :
(´・∀・`):2006/10/02(月) 00:10:55
>>75 辞書の定義を持ち出してくるあたり、全く無能というほかないね。
他人の剽窃しかしないあまり、思考力がなく、権威に頼るしか脳がない。
言葉というものは正確な定義づけなど不可能なんですがね。
こんな定義もあるぞ↓
ぶんがく 1 【文学】
(1)〔literature〕言語表現による芸術作品。詩歌・小説・戯曲・随筆・評論など。文芸。
「―作品」「―書」「―を愛する」
(2)詩・小説・戯曲など文学作品を研究する学問。文芸学。
(3)文芸学・語学・哲学・心理学・史学などの総称。
(2)の定義を使えば、私の言っているブンガクの定義にぴったり当てはまるね。
まあ君の知能指数はその程度だ
80 :
(´・∀・`):2006/10/02(月) 00:12:55
>>75 というか、そもそも(2)文学を研究する人。
でいいのではないのかね?
それとも、君は文学者という単語が、どのような文脈でも(1)かつ(2)の
意味になるとでも、思っているのかね?
(1)または(2)という使い方を知らんのかね?
君はできの悪いエキサイト翻訳かね?
81 :
(´・∀・`):2006/10/02(月) 00:13:50
例えば、「甘いマスク」という言葉と、「甘い砂糖」という言葉では、
「甘い」の意味する意味は全く違う。
哲学、文学を志すものにとって
言語感覚の鈍感さは、死に至る病でしょう。
>>78 だとするなら、狭義の文学者、文学研究者の
ように定義づけてから、語るべきじゃないかね?
いずれにせよ、知能指数などといった安易な
言葉を選択して批判する態度に、君の言語感覚の
浅薄さが露呈してるね。あはははは。
83 :
(´・∀・`):2006/10/02(月) 00:17:14
>>82 >だとするなら、狭義の文学者、文学研究者の
>ように定義づけてから、語るべきじゃないかね?
どうやら文脈を知らんようだね?w
きみは一文ごとに「甘いマスク=ここでの甘いは味覚の事ではなく、
セクシャルな魅力が・・・」などと、定義であふれた小説でも書きたまえ。
84 :
(´・∀・`):2006/10/02(月) 00:20:19
はからずもここにいる文厨の、
知能指数、というか思考力の低さが露呈してしまったようだ。
「君は、言葉というものについてもっと敏感になりなさい」
などと格好ばかりつけて、よく考えもせずに穴だらけで反論ザルの
幼稚な主張を垂れ流す文厨と、普段から常識を疑い
頭を極度に使用している哲学者との違いだろう。
無知を知らぬものが哲学者にいるとはな。
あはははは。
君のような思考態度は哲学者の思考態度こそ
哲学者によって嘲笑されてきた態度じゃないか。
まったく笑わせてくれるな。
87 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 00:23:57
どうやら、哲学板の人間性の低さが露呈されたようだね。
88 :
(´・∀・`):2006/10/02(月) 00:30:41
日本はたしかに神国だ、と思う瞬間が時々ある。もし文厨が平均以上の知能を持っていたら
我々は敗北していた。だが、文厨の知能は平均値に遥かに足りない。
我々が臆病にさえならなければ、我々は必ず勝利できる。豚のごとき頭脳しか持たない
文厨に我々が敗北するとしたら、それは我々の能力が、哲学者の能力が
豚未満であることを意味する。文厨へゴミのような知能しか与えなかったのは、
この日本が神国である証明かもしれない、と思う。
我々が文厨にもし負けたら、日本の思想界とは所詮『他人の小説に寄生してメシを食う』
だけの、無能集団だったという証明となる。
89 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 00:32:26
まぁ、一生やってればいいんじゃんw
90 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 00:32:57
まけてるよ、ソクラテス持ち出されて圧倒的に負けてるよ、君。
語りえぬ神を夢想してる時点で、哲学者じゃないよな
92 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 00:47:06
おそらく、オカルト板から迷いこんできたのでせう。
93 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 02:26:59
>
>
>>39 > 井筒はともかくとして、君の挙げた「善の研究」を現代においてあらためて
> 読む意義について、上にも書いたようにぜひ、教えてほしい。参考にしたい。
現代において改めて読む意味は、やはり宗教(もしくは倫理)とのかかわりでしょう。
ご存知のとおり西田は宗教というものをある意味哲学の極地点と捉えています。
その意味でも、善の研究を読んだ後は、西田哲学の最終地点を示している
絶対矛盾的自己同一を含む論文集にすすんでいくのがいいとおもいますね。
>
> ホワイトヘッド→ラッセル→ヴィトゲンシュタインという流れの果てに
> 現在あるものはなに? もしくは現代哲学において、もっともヴィトゲンシュ
> タインの思想もしくは思考方法をアクチュアルに使っているのは誰
> なんだろう?
以外かもしれませんが、デイビッドソンが展開している理屈が以外とウィトの目指したところと
94 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 02:27:31
かさなっているとおもいますね
95 :
44:2006/10/02(月) 02:28:39
あー、いい酒だった。
さて、西田幾多郎の現代性などへの回答がまだないようですが?>>(´・∀・`)
96 :
44:2006/10/02(月) 02:31:32
あれ?
>>93=
>>1=:(´・∀・`)?
まあ、いいか。酔った酔ったウィー。
98 :
44:2006/10/02(月) 02:36:31
>>88 >我々が文厨にもし負けたら、日本の思想界とは所詮『他人の小説に寄生してメシを食う』
うむ。そうなるだろうな。「他人の小説に…」は言い得て妙だね。
>>93 ありがとうん。参考になりました。
デヴィッドソン…ときくと「紙葉の家」を思い出してしまうのは俺が文厨だからなのかなw
99 :
大阪の大学生:2006/10/02(月) 02:50:05
今日4つプリン食べました
I have gotten 100.
101 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 03:06:29
どうやら、村上春樹が高尚なこと言ってると勘違いしてるおばかさんがいるようだね!
102 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 03:09:39
村上春樹が高尚じゃなかったら、誰が高尚なんだ。
103 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 03:11:44
春樹の小説と小学生が書いた小説となにか違いがあるのかなw
一方が他方よりよくうれる(エンターテインメントとして経済的)という点を除いてさw
104 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 03:12:01
辻仁成とかさ。いくらでもいるよ春樹より高尚なのは。
105 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 03:15:14
村上春樹の小説の高尚さは、世界の文学者と
世界の文学愛好者が認めるところだろ
だから世界中で文学賞を獲得し、世界中の大学で
研究され、世界中から日本の大学に研究者が
訪れているんじゃないか?
故に、小学生の作文の相違点は証明されたな。
春樹を否定する人にとってサリンジャーはどう映る?
107 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 03:18:34
バカは世界中にいるんだよ。じゃなきゃこんな無茶苦茶な世の中になってるわけがない。
自分がその馬鹿であることを疑わないで、世界中の相手を馬鹿と決めつけられるのが凄いな。
109 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 03:23:16
バカは沢山いたら啓蒙すりゃいいじゃない。
否定するだけしかできない阿呆は去りなさい。
110 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 03:26:13
村上春樹を否定するなら文学で否定しろよなと
111 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 03:29:28
否定するだけしかできない人間=阿呆
ではない
自分の意見を肯定をしきれない無能さを棚上げしないように
をが一つ多いな。
113 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 07:20:58
石田衣良が死ぬべきなのはシンパシーを感じた。
俺の2ちゃんでびゅーは哲学版だったな6年くらいまえかな。
114 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 07:33:42
115 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 07:38:17
まあサリンジャーより薫くんの方が好きだけどな
薫くんって誰? 庄司薫?
117 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 08:14:23
たとえば知性というものは、すごく自由でしなやかで、どこまでもどこまでものびやかに豊かに広がっていくもので、
そしてとんだりはねたりふざけたり突進したり立ち止まったり、でも結局はなにか大きな大きなやさしさみたいなもの、
そしてそのやさしさを支える、限りない強さみたいなものを目指していくものじゃないか。
118 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 08:49:59
あのー、いつになったら哲学をやるのでしょうか?
119 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 09:44:31
120 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 12:45:36
哲学が1のような屑を生み出すのなら不要だな。
121 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 12:57:36
石田衣良は池田晶子よりはまだしもマシだと思うが
122 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 14:41:20
哲学や思想は邪魔だが、宗教なら敬虔な拝金教徒だよ
123 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 17:31:33
何に対して邪魔なのか
124 :
吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 19:55:27
それにしても昨日の夜から今朝まで、全部読んだけれど、随分熱心だな。途切れることなく書き込みが続く光景は感動的でさえある。
125 :
吾輩は名無しである:2006/10/03(火) 23:35:23
文厨涙目w
126 :
吾輩は名無しである:2006/10/03(火) 23:36:32
シェイクスピアは哲学や心理学のもう一つの源泉といっても
過言ではない
127 :
吾輩は名無しである:2006/10/03(火) 23:47:13
なんで妄想劇作家(現代で言うアニメクリエータにまさに相当)が哲学の源泉になんなきゃならないんだよw
わらぇねーーーーーーw
128 :
吾輩は名無しである:2006/10/03(火) 23:50:30
エウレカセブンカが哲学小説になってしまうのが文厨の世界観ですから…
129 :
(´・∀・`):2006/10/04(水) 00:23:13
哲学が文学に影響を与えた事はあるが、逆は殆どない。
130 :
吾輩は名無しである:2006/10/04(水) 01:43:14
>>129 んー?キェルケゴールを読んだことある?
殆ど、って最初から逃げ腰な言い方だなあ
131 :
吾輩は名無しである:2006/10/04(水) 01:51:06
哲学者と文学者を育ててくれるのは、ほとんど小説家だけどさ。
133 :
(´・∀・`):2006/10/04(水) 07:56:15
>>130 どんな上位学問に対する下位学問も、1%くらいは何か
イノベーションに与えた影響はあるだろうよ。だがそれだけだ。
キルケゴール?それだけか?
>>132 私がしるか。てめえで勝手に想像しやがれ
134 :
(´・∀・`):2006/10/04(水) 08:01:24
てか、キルケゴールの主著って死に至る病だろ。
私は「精神とは関係に関係する関係である」とかいうくだりで投げ出して、
まともに読んでないわけだが、あれは文学なのか?
文学と一体どのような関係があるのか、教えてくれ。
キリスト教について書かれた本だったと思うが。
キルケゴール、文学とくればサリンジャーがまず思い出されるね。
あと実存主義つながりだとサルトルがいるけど、
彼は作家と哲学者の二つの顔を持つというより、足して2で割った感じだし、
またサルトルの小説の一節を援用して井筒が哲学を説いてるしで
結構つながりあるよ。
>>134 キェルケゴールはシェイクスピアの作品を高く評価し、強い影響を受けた。
特に精神の両面性とかにね。
キリスト教というより絶望について書かれた本かな。
確かに絶望におけるキリスト者の優位性は語っているけど、
信仰を希望的な可能性に置き換えることもできると思うよ。
137 :
吾輩は名無しである:2006/10/05(木) 11:15:13
この数十年間で日本の政治思想・評論業界は孤絶し、かなり立ち遅れてしまった。ドイツとフランスの
古色蒼然たる百年前、二百年前の政治思想の本を。訳も分からないまま読み続けてるのが現状だ。
全くヒドいものだの一語につきる。本当はフーコや、ジル・ドゥールズらの思想は「人文」である。
文学あるいは文化研究なのだ。政治権力なるものを生まで扱う学問ではない。現在のフランスやドイツの
本当の最高の知識人たちとは「どうやったら、自分たちが、アメリカの支配から脱却できる」を本気で考えている人々だ。
日本知識人は文化研究しかできない人々だ。副島隆彦「日本の秘密」
下等学問としての「人文」というのがある。この人文というのはヒューマニティーズの日本語訳である。
ヒューマニティーズとは「人間、および記録された文学に関わること」という意味である。
だから人文は、簡単に言えば現在で言う文学(部)のことである。他には歴史学があり、その内容は
古文書や石碑の文の解説などを行うことだ。これらは、学問としては下等学問である。
副島隆彦「ハリウッド映画で読む世界覇権国アメリカ」
138 :
名無しである :2006/10/05(木) 14:47:41
>1
思考訓練だったら、数学の方が良いいんじゃないの? 哲学も文学も似た様な印象しかないなあ。
求めるものは最終的に「論理」なんでしょ?
でも俺は論理に期待しないなあ。認識は現象に対し功利的な意味しか持たないもん。
139 :
吾輩は名無しである:2006/10/05(木) 20:08:19
>1
哲学板覗いてみたけど、「何故○○なのか?」てスレしかないじゃん。
考え抜いてから来いよ。
まあ、あれは初心者が立てるスレだから
ちょっと判った気になると蔑みの眼で他人を見るようになる
そういうのがこんなスレを立てるんじゃないの、自戒を込めて
141 :
吾輩は名無しである:2006/10/05(木) 21:09:08
俺は学生の時に建築学科だった。
で、俺が構造力学の勉強をやり、医学部の友人は人体構造の勉強をやってた時
文学部の友人がやっていたのは
「シェイクスピアの戯曲の登場人物の台詞について研究」
馬鹿かと思ったね。こんなの大学で勉強する事かね?
読書好きのサークル作ってそこでやれば済む話。
現在、俺は橋やビルの設計をする仕事に就いた。医学部の友人は外科医になっている。
2人共、自分の技術を買ってもらって自営している。
文学部の友人はヒラのサラリーマン。文学とは何の関係もない。
結局、大学で何を学んだのだろう?
文学なんて所詮こんなもの。小説なんて研究しても娯楽でしかあり得ないよ。
創作は難しいが、小説読んで研究しても何の役にも立たんよ。
マンガと同列。俺は漱石や川端と手塚治虫は同列だと思うぞ。
話の腰を折るようで悪いけど卑近な人物と比較するのは如何なものかと
ご尤もな事ではあるけど万人を感動させそれらの人々に愛されるモノを
貴方や外科医の友人は残せるのですか?
文学部の友人がシェイクスピアの戯曲の何処に研究する価値を見出したのかは分からないけど
そういった感動が彼を駆り立てたんでしょうね
なるほどな。
日本の都市部の景観が悲惨なわけだ。
144 :
吾輩は名無しである:2006/10/06(金) 01:36:33
そもそも文学をやっている人間に職業の優劣を見出せないから。
医者もリーマンも建築士も一緒。
あと本当に文学をやってるなら、漫画も小説も同じだってことは自明でしょ。
145 :
吾輩は名無しである:2006/10/06(金) 01:41:31
でもさ
シェイクスピアってねメチャクチャ奥が深いからね
ひょっとしたら建築家のあなたも医学部の友人も
知らないうちにシェイクスピアが描いている一見立派だけど
愚かな一面を持っていて悲劇的な運命をたどる人物を
演じているかもしれないよ。
人生役に立つ、立たないを簡単に分けていたらエライ目に遭うと思う
146 :
吾輩は名無しである:2006/10/06(金) 02:36:32
>>141 あのね、短期的なスパンにおいて役に立つ(金がもうかるとか仕事に直接的に使えるとか)ことにしか意味を見出さないんだったら、
文系の学部は法学以外はおよそ無意味ですよ(法学部の人間だって就職後に法律に直接関わる人間は少数派だし)
知はすべからく短期的な功利性にのみ奉仕すべきだ、っていうのは
きわめて一面的かつ貧困な価値観だと思いますよ。
147 :
吾輩は名無しである:2006/10/06(金) 02:40:58
>>141 >俺は学生の時に建築学科だった。
今の日本の風景を眺めているといったい建築家ってなに?って思うね。
お前らの作ったものってさあ(爆笑)
娯楽であることと、役に立たないこととは、イコールではないだろう。
売れっ子になればマンガだろうが文学だろうが儲かるし、それで生活できる。
149 :
吾輩は名無しである:2006/10/06(金) 02:48:23
金もらわないと作品作れないやつらなんて、ゴミ。
自分の金で建ててみろって=建築
確かに文学は紙一枚ありゃ出来るんだろうけどさ。
そんな貧乏くさいことで優越感に浸られてもなあ。
まあ小説は暗号書じゃないからな
文学研究者は別にいらないと思うよ
作者やその作品の成立背景を研究する人は必要だと思うけど
152 :
吾輩は名無しである:2006/10/06(金) 07:16:39
工学部にしとけよ。実利的な話するんならさ。
154 :
(´・∀・`):2006/10/06(金) 08:46:16
文厨がファビョってますな。
>>141 >文学なんて所詮こんなもの。小説なんて研究しても娯楽でしかあり得ないよ。
>創作は難しいが、小説読んで研究しても何の役にも立たんよ。
もうこの結論に尽きるだろ。ノーベル文学賞貰ってるのも殆ど
小説家であって、文学者ではない。
155 :
(´・∀・`):2006/10/06(金) 09:21:13
ポール・ド・マン(Paul de Man、1919年 - 1983年)は、
ベルギー・アントワープ出身のアメリカの文学理論家。
名高いポール・ド・マンの「美学イデオロギー」平凡社¥4800
目次を参考に書いておきます。
編者序論ー指示作用のアレゴリー(アンジェイ・ウオーミンスキー)
メタファーの認識論
パスカルの説得のアレゴリー
カントにおける現象性と物質性
ヘーゲルの「美学」における記号と象徴
ヘーゲルの崇高論
カントの唯物論
カントとシラー
アイロニーの概念
レイモンド・ゴイスに答える
---
殆ど哲学からの拝借w
文学科=哲学のパクリ=哲学の下位互換
小説を評論(笑)するだけでも同人誌と同レベルなのに、
その評論の理論までも哲学からのパクリ。自分では何ひとつ
新しいものを生み出せない、ごみだね、文学は。
156 :
吾輩は名無しである:2006/10/06(金) 09:32:54
>>155 >(´・∀・`)
お前の顔、なんかヤだ。
157 :
吾輩は名無しである:2006/10/06(金) 12:32:13
はっきりいって文学なんぞなくても生きていけるよ。
当たり前すぎて誰も言わないだけ。個人の趣味だろ。
釣られすぎなんだよどいつもこいつも。
ただ、ノーベル賞取ってるような小説家は文学理論も勉強してるべ。
結局、得られるものを無駄にしない奴は文理問わずに金稼いでるな。
いくら高級な学問おさめてようが、難解な哲学書を読んでいようが、
こんなスレ立てて喜んでちゃ金にはならねぇっしょ。
文学が無くても生きてゆけるが、(情報としての)物語なしには生きてゆけない。
物語は人間の生存に関わる。
このことは強制収容所の実態調査によっても強く示唆されている。
文学研究は物語研究の一形態であり、広い意味での情報研究の一つだ。
むしろ科学や工学こそ、なければないでも生きてゆける。実際生きてきた。その程度のもの。
159 :
吾輩は名無しである:2006/10/06(金) 15:54:00
>>158 俺、ゲームないと生きていけないんだけど。
>>1 ヴィトゲンシュタインとゲーデルと
クリシュナムルティ語るなら構ってやってもいい
161 :
吾輩は名無しである:2006/10/06(金) 22:47:49
哲学脳は文学脳とは相いれない
文学脳だってさクスクス
愛は無理解から生じるのよオジサン
164 :
名無しである :2006/10/07(土) 00:09:27
>1
考え抜かれたこと書いてくれなきゃ、始まんないよ。
つまり、君の言葉には哲学すら無い。
禿
166 :
吾輩は名無しである:2006/10/07(土) 00:30:10
日本の哲学はもぉ終わったんだよ!!
>159
ゲームには物語があるのさ
哲学ってつまり、事象の意義を究明するものだろ?
哲学はそれを学者が思考し結果を論文形式で発表する
文学は同じ物を物語として発表する
手段が違うだけで、やってることは同じじゃないか?
まあ、まだ大学にもなってないガキの意見だ
訂正・反論よろ
とれあえず永遠に大学にはなれないと思う
170 :
吾輩は名無しである:2006/10/07(土) 05:45:32
>>168 いや、意義なんてないだろ。
文学も芸術も普遍性なんて誰も書いてないよ。
その一点の事実を模写してるだけ。
認識するのは認識する側であって、作品は基本的に無だ。
哲学は知らんわ。
>>170 作者にも、作品の主題はあると思うが
物語の中に主題が流れていてそれを読む
でなければ、認識も何もないのでは?
172 :
吾輩は名無しである:2006/10/07(土) 10:22:58
>>171 そりゃあるさ。
でも
>>168の言う意義っていうのは、真実とかそんなんでしょ。
そりゃないわ。
書けてない、と
書こうとしてない、は違う
174 :
吾輩は名無しである:2006/10/07(土) 15:55:30
物語をかいてインテリぶるのはいかがなものかとおもうけどねw
175 :
吾輩は名無しである:2006/10/07(土) 16:27:20
>>172 なるほどね
でも哲学書も大差ない気もするな
176 :
吾輩は名無しである:2006/10/07(土) 23:06:53
哲学書ーアカデミックな著作
文学書ーエンターテインメント
以上
お、まだアホの哲厨がいるみたいだな。
また虐めてほしいのか?
178 :
吾輩は名無しである:2006/10/07(土) 23:46:36
いじめの対象=文厨
昔からの事実だよw
179 :
吾輩は名無しである:2006/10/08(日) 00:44:00
>>51 語りえぬ領域について、あえて語ろうとするのが文学なんだよ。
埴谷雄高のいう「不可能性の文学」ってやつだ。
いや、哲学だってそうだろ?ウィトゲンシュタインの禅坊主めいた
アフォリズムが哲学の王道というわけではない。
>>178 「善の研究」でもしとけやw
ゲラゲラ
181 :
吾輩は名無しである:2006/10/08(日) 01:33:33
眺めさせていただきましたが文学派は哲学を分かってないみたいだし。
かといって哲学が素晴らしいって気にもならないねえ。
カントの審判モデルだっけ?あれでいうとこの どちらもとるに足らないと感じました。
(文学、哲学は素晴らしいんだろうけどここの書き込みじゃ価値表せてないない)
182 :
吾輩は名無しである:2006/10/08(日) 01:38:54
>>181 こんな糞スレ読んで考え込むな、アホ。
>カントの審判モデルだっけ?
いちいち引用しないで自分の頭と言葉で考えたことを書きな。
183 :
吾輩は名無しである:2006/10/08(日) 02:07:28
>>181さんの、文学・哲学の素晴らしさを表すような書き込みを期待してます。
184 :
吾輩は名無しである:2006/10/08(日) 04:41:34
ゆめの〜いた〜ばしょ〜に〜こころ〜のこして〜も
あ〜いした〜おとこたち〜を〜かがやき〜にかえ〜て
いつの〜ひにか〜ぼくのことを〜おもいだすがいい〜
ただ〜こころの〜かたすみにでも〜ちいさくめもして〜
っていまらじをえながれてるうたってなに?
185 :
吾輩は名無しである:2006/10/08(日) 04:43:30
>>180 世界の終わりでワンダーランド妄想でもしテロ(ケラケラ
186 :
吾輩は名無しである:2006/10/08(日) 04:45:00
えっなにこの煽りあいっ
187 :
吾輩は名無しである:2006/10/08(日) 04:51:11
煽り合い自体はまだいいのだが、
むしろ
>>181みたいにメタに立つ(つもりになる)ことによって頭いいフリするレスが最も不毛だと思う。
188 :
吾輩は名無しである:2006/10/08(日) 04:56:41
文学やってる人と哲学やってる人って仲悪いの?
理系でも隣接学問は仲があまりよくないって言うけど(動物学vs植物学とか)
日本文学者は、哲学思想好きが大半。
ただ、便宜的に煽りあってるだけ
煽りあうことにどんな便宜があるの?
191 :
吾輩は名無しである:2006/10/08(日) 05:02:03
文学者→哲学に憧れをかんじている
哲学者→文学を馬鹿にしている
以上
192 :
吾輩は名無しである:2006/10/08(日) 13:47:01
いやー哲学なんてやんないよ。
ダサいもん。中学生とかが好きそう哲学って。
>>190 便宜も何もないよ。内容のあるレスを書けない奴だけが
自分の無知を隠す手段として煽るんだ。
とりわけネット中毒症と呼ばれる依存病にかかっている輩。
何の意味もないつまらんレスを書き込んでは
誰かが構ってくれるのをひたすら待つ。他人が書き込めば
狂喜乱舞して即煽りはじめる。
ネット依存病は薬物中毒と同じだ。
健全で堅実な生活を破壊する重篤な疾病だから、甘くみない方がいい。
依存病者は生活時間の大半をPCの前で過ごし、
ネット上を渡り歩いては「誰かに出会って何かをしたような錯覚」に陥り
妄想の中で人生を浪費する。
現実には、何ひとつ達成することがない。
IT時代に生まれた新種の根無し草だ。
194 :
吾輩は名無しである :2006/10/08(日) 15:14:47
>1
哲学板の落第生が、ここで油売っててどうする。
鍛え直すから、哲学板に来い。 れ? 逃げたのか、 しょうもな。
195 :
吾輩は名無しである:2006/10/08(日) 19:29:02
196 :
吾輩は名無しである:2006/10/09(月) 01:38:46
本当に怖い病気ですね。ここで煽り煽られ過ごす時間は
現実に社会と関わる時間を確実に喰ってます。
人生は思いもよらずあっというまでさらに若いときはもっと刹那だし。
高齢になったら否応無し独居老人になって孤独死が待ってるというのに。
197 :
吾輩は名無しである:2006/10/09(月) 05:50:53
便宜も何もないよ。内容のあるレスを書けない奴だけが
自分の無知を隠す手段として文学なんかにこるんだ。
とりわけ文学中毒症と呼ばれる依存病にかかっている輩。
何の意味もないつまらん原稿を書いては
誰かが読んでくれるのをひたすら待つ。他人が読んでくれれば
狂喜乱舞して即煽りはじめる。
文学依存病は薬物中毒と同じだ。
健全で堅実な生活を破壊する重篤な疾病だから、甘くみない方がいい。
依存病者は生活時間の大半を文学の前で過ごし、
本屋、図書館を渡り歩いては「誰かに出会って何かをしたような錯覚」に陥り
妄想の中で人生を浪費する。
現実には、何ひとつ達成することがない。
IT時代に生まれた新種の根無し草だ。
198 :
吾輩は名無しである:2006/10/09(月) 05:53:39
もう、文学書も哲学書も投げ捨てて、現実世界に赴けよ!
199 :
吾輩は名無しである:2006/10/09(月) 06:09:52
無理です
競争やだ
人間の醜悪さを間の辺り
にすると頭がクラクラする
>>199 訂正@目の当たりにすると
訂正A人間は自らの触覚によって外界を感知する。人間の醜悪さがまず
眼につくということは、自分の醜悪さが感応しているせいだ。
修業して自らを清くせよ。そうすれば、目に映る人間、世界、生物
草木に至るまで、一切に美を見出せる。
>>200 少しわかりました
ありがとう
でも人間の
欲望丸出しの表情や
行動を見ると
本当に吐き気がするんです
そんな連中も皆、白い骨になるんだから。
203 :
吾輩は名無しである:2006/10/09(月) 09:29:40
>>201 人間ってそんなもんだ。そういうのも含めて人間。
そっから目をそらし続けるともっと
吐き気がひどくなるぞ。
文学読んで馴れなさい。
204 :
吾輩は名無しである:2006/10/09(月) 12:27:58
文学読んでもなれないよ、現実社会で経験しないと
205 :
吾輩は名無しである:2006/10/09(月) 12:52:20
∧_∧
( ´∀`) ドゾー
/ /"~\\
⊂ / ヽ つ
| |/⌒゙ ヽ ||
.\ヽ__ _ \\
.\\::::::::::::::::: \\
.\\::::::::::::::::: \\
\\::::::::::::::::: \ .
\\_::::::::::: ) )
ヽ-二二-―'
206 :
吾輩は名無しである:2006/10/09(月) 12:58:03
人間の醜悪さがやだ、ってのは、最も文学や哲学から遠いんじゃないかな
宗教からも遠いし
かといって現実からも遠いわけだろ、どうしようもないな。
そういう人はひきこもっていただきましょう。
つまんねえやつらばっかw
そりゃ尿と糞便の間から産まれ落ちてくるんだもの
210 :
吾輩は名無しである:2006/10/09(月) 20:38:31
哲学なんて中2病の最たるものですよ。ええ。
ウダウダいってないでパン買って来い!ってなもんですよ。ええ。
211 :
吾輩は名無しである:2006/10/09(月) 21:58:20
>>201 お前みたいな奴が
作家になる資格あると俺は思うね。
212 :
吾輩は名無しである:2006/10/10(火) 01:07:40
213 :
吾輩は名無しである:2006/10/10(火) 10:48:39
実際文学板哲学板に一番少ないのって
謙虚な発言だよなw
214 :
吾輩は名無しである:2006/10/10(火) 17:33:23
スレの主旨がよくわかりません。釣りスレかもしれないんでマジレスするのもアレかもしれませんが。
文学と哲学は同根でしょ?少なくとも西洋ではそうですよね?
プラトンの対話篇、ファウスト、カンディード、カラマーゾフの兄弟、ツァラトゥストラ、魔の山
これらは文学的想像力と哲学的思索の融合だと思うけど。
晩年のハイデッガーはヘルダーリンを研究してるし、カフカはキルケゴールに影響を受けているし、
フランスのポストモダニストはサドやバタイユに熱狂してますね。
日本では、西洋的ロゴスの伝統がなかった上に、哲学的資資質をもった作家が極端に少なかったので、
思考を鋭く刺激してくれる作品に乏しい。それは事実だと思います。
215 :
吾輩は名無しである:2006/10/10(火) 17:37:11
>>214 まあ村上春樹くらいだよね。今の日本は。
梶井とかはどうよ
218 :
215:2006/10/10(火) 17:48:56
別人だが軽いネタだった。
ごくろーさん
、
220 :
吾輩は名無しである:2006/10/10(火) 18:36:09
>>217 梶井基次郎は、日本文学の伝統ともいえる、美意識と詩的感性を鋭く追求するタイプの作家なので、
彼の作風を哲学的と評価するのは無理があるでしょうね。
ただ、自然描写がいつしか内的宇宙の描写に移行して観念的な眩暈をもたらす「蒼穹」のような作品は、
一種のメタフィジックな散文詩として、埴谷雄高なんかが評価してます。
そうでしたか、ごくろーさん。
>>214 埴谷とか…俺は大嫌いだけど…いかにも「こう書いたらそれっぽくなるでしょ?」みたいな感じがして…
福永武彦も埴谷と同じ発想な気がする…
三島もまあ、思想性は強いっちゃあ強いかな
安吾は?あんま知らんのですが
大西巨人もわりと…漱石や鴎外も見方によっては…
夢野とかは哲学的…ではないか
224 :
吾輩は名無しである:2006/10/11(水) 07:26:20
>>223 一つ思うのは、「思想的」な小説が必ずしも哲学的な思弁に満ちている訳ではないということです。
日本文学は、政治的な素材としての思想を扱うことはあっても、形而上学的な問題提起を文学上のテーマとしてきたことは殆どありません。
そういう意味では、無骨なまでに形而上学小説たらんとする「死霊」や、文学的な完成度はそれほど高くないと思うのですが、
進化論と輪廻転生と大脳生理学を物語の核に導入しながら、意識の自己言及性を悪夢として描いてみせた「ドグラ・マグラ」は、
貴重な作品かと思います。
225 :
吾輩は名無しである:2006/10/11(水) 13:33:01
梶井のレモンがいまいちわからん、
むかしがっこうでよまされたきおくがあるけど
レモンを本屋において、それを爆弾だと仮定して、店を出て爆発させてウヒョーって
言う空想に浸ってるっていうはなしだった。
アレナニ???
詩。
227 :
吾輩は名無しである:2006/10/11(水) 14:47:20
哲学を勉強するのもいいけど
シェイクスピアを読む方がよっぽどためになるよ
「哲学でジュリエットができるか」
「もしジュリエットが哲学やってたら死なずにすんだ」
229 :
吾輩は名無しである:2006/10/11(水) 17:40:07
まあ哲学やろうが文学やろうが、ジュリエットとヤれないのは確かだわなw
230 :
吾輩は名無しである:2006/10/12(木) 00:11:01
うまい!
231 :
吾輩は名無しである:2006/10/12(木) 00:25:55
ニーチェの「もっとも深刻なことがらに道化の尻尾をそえる」という
言葉を引用したい。
それが「文学」のイメージ。
肯定的な意味で。
ついでに、「聖人であるより道化であることを望む」という言葉も。
232 :
吾輩は名無しである:2006/10/12(木) 00:41:58
ニーチェは哲学やっても悲惨に死ぬしかなかった。
所詮、弱虫毛虫だったんですもん。
233 :
吾輩は名無しである:2006/10/12(木) 00:43:39
哲学と死に様は無縁だろう。
死に様にこだわるんだったらどっかの宗教にでも入ればよろし。
234 :
吾輩は名無しである:2006/10/12(木) 00:47:49
ニーチェの哲学は弱者の宗教
強者を相手にしている哲学なんてぜんぜん興味ねー。
道化て馴れ合うより、いっそ俺以外の人間を皆殺しにしてでも
なお聖人を志したいね、俺は。
頭数なんざこれっぽっちも、正しさの担保になんかなりやしない。
237 :
吾輩は名無しである:2006/10/12(木) 06:33:59
所詮文学は自分の中にある妄想を暴露するオナニー行為でしかない。
哲学とは雲泥の差w
238 :
吾輩は名無しである:2006/10/12(木) 06:45:12
えっ?
239 :
吾輩は名無しである:2006/10/12(木) 07:04:36
例えば、太陽が何故昇って沈むのかを、
自分から突き放して厳しく真理を掴もうとするのが哲学。
慎みをもって表現しようとするのが文学である。
240 :
吾輩は名無しである:2006/10/12(木) 07:37:14
>>233 ソクラテスが毒杯を仰いだのは、自らの哲学・思想の帰結じゃないんかい?
そこまで大上段に構えずとも、言行一致は人間の基本だろ。
だから当然死にざまは重要だよ。
もし哲学者が命と引き換えに自分の思想をコロコロ変えるような無節操者だったら、
そいつの思想には価値なんてないってことだぞ?
241 :
吾輩は名無しである:2006/10/12(木) 07:50:15
>240
でもそれでは、
とんでもない嘘つきでも、
毒杯を悠々煽る事が出来れば哲学者になってしまいます。
ある意味正しい事だと思いますが。
真理とは、決して真実ではなく、毒杯をいかに躊躇なく煽れるかの作法である。
242 :
吾輩は名無しである:2006/10/12(木) 07:58:07
>>241 「毒杯を悠々煽る」ってなんか(・∀・)イイ!
それはともかく、毒を飲んで死ぬこと自体が哲学的なわけじゃないでしょ。
軽々しくそんなことを云うな。
>>240が常日頃から、
どれだけの覚悟を持って生きているのかは知らないが。
云うは易し、行うは難し。
>>241 それはただのファッション。もしくは演技。
その向こうに観衆がいる限りにおいて。三島の様に。
244 :
240:2006/10/12(木) 08:13:37
>>243 まったくその通り。俺は命をかけて自分の信条を守る覚悟はできていない。
それを言わないのはフェアじゃなかったな。
ただ、人間一般がそうでも、哲学までおとしめられるのは納得できない。
245 :
吾輩は名無しである:2006/10/12(木) 20:34:18
哲学は人間から自立して存在してるもんじゃないでしょ
246 :
吾輩は名無しである:2006/10/13(金) 21:37:27
文学と哲学のちがいってじっさいのところなんなの?
247 :
吾輩は名無しである:2006/10/13(金) 22:54:54
はぁ?
全然違うじゃん、て言うか、その態度はすでに哲学。
舞姫→文学
心→文学
嘔吐→文学か?・・?
・・・????→哲学
248 :
吾輩は名無しである:2006/10/15(日) 05:06:57
存在と時間 → 哲学
嘔吐 → 文学
249 :
吾輩は名無しである:2006/10/15(日) 12:30:12
小説→文学
論文→哲学
なのか?
250 :
吾輩は名無しである:2006/10/15(日) 15:57:00
251 :
吾輩は名無しである:2006/10/15(日) 23:45:37
やりません。
252 :
(´・∀・`):2006/10/16(月) 08:49:25
文学=マンガ同人誌以下のごみ
文学やってる奴=低知能
ははっきりしたね
253 :
吾輩は名無しである:2006/10/17(火) 03:15:41
ぱくりぱくりっていうけど
平野レベルはやばいけど
しっかり吸収した上でのぱくりなら
みなさんやっている
そもそも、創作というのはどの分野でも
だれかのぱくりです
小川洋子も言っています
254 :
吾輩は名無しである:2006/10/17(火) 04:21:48
哲学板でやれ
255 :
吾輩は名無しである:2006/10/17(火) 09:18:25
文学板にくるな哲板の弾かれ物w
文学文芸演劇とかで有名な某大の者なんですが
アカデミズムの哲学を「人生哲学」の意味で了解してる人間がかなり多くて驚いた。
自分と同じ文学科の奴が、「大学で哲学なんかやって意味あんのかね〜」
とか平気で言う。
「この大学でこんな無知がいるとは」と最初は思ったよ。
ところが哲学系の人間もその調子。いや、むしろ大抵の文学こそ人生哲学だって。
ちゃんと勉強してるのか、社会科学系の方が哲学全般に詳しかったりする。
無知な学徒ほど、偏見でもって専門外の領野と差別化したがるのかね。
文学も観念や思想の所産なんだから、哲学から学べるところは多いと思うけど。
文学でなくて、それ以外にも応用が利くし(思弁が要求されるようなことをやる上で)。
>256
現代哲学のすべては、以前に語られたことを解明し、掘り起こし、取り消すことで成り立っている
V.S.ラマチャンドラン
258 :
吾輩は名無しである:2006/10/17(火) 22:10:49
↑だから。。。。君が哲学分かってないこと知らしめなくて良いから。
きちっと語ってる256に悪いよ。君もお気の毒だなって同情しかできないよ。
259 :
257:2006/10/17(火) 22:25:29
お呼びじゃない、と言いたいところだが、私にどんな意図があると解釈したのかまず聞こうか。
260 :
吾輩は名無しである:2006/10/17(火) 22:44:43
256のどこがキチッと語ってるの?
当たり前のこと言ってるだけじゃん。
261 :
吾輩は名無しである:2006/10/18(水) 03:24:51
262 :
吾輩は名無しである:2006/10/18(水) 14:40:49
>>256 「専門分野以外のジャンルに対して関心を持とうとしない、料簡の狭い人間が多すぎる」
一行でまとめなよ。
某大学だの、無知な学徒だの、ツッコミ所多すぎ。
263 :
吾輩は名無しである:2006/10/18(水) 20:42:37
脳みそがあるだから脳みその可能性を追求するのは辺りまえでス。
264 :
吾輩は名無しである:2006/10/18(水) 21:11:29
別に可能性を追求しなくても問題ない。
265 :
吾輩は名無しである:2006/10/18(水) 21:23:24
「専門分野以外のジャンルに対して関心を持とうとしない、料簡の狭い人間が多すぎる」 じゃ明らかに言葉足りないでしょうよ。
256があってそれをまとめたから意味通じるけど、「専門分野以外のジャンルに対して関心を持とうとしない、料簡の狭い人間が多すぎる」って
ポーンと一行書かれてもそれこそ はあ一般論ですよね。それで?と思いますよ。一感想でした。
哲学なんていう厳密な思考力ばかりじゃ石頭になるよ。
きちんと日本語の美しさもわからなきゃだめだよ。
だからさ、たまにはじっくり漱石でも読んでみろよ。
哲学ってわけのわからない言葉で表された人知でFAでいいな?
人生哲学なら菜根譚で十分だろ
269 :
吾輩は名無しである:2006/10/24(火) 20:30:46
人生の教訓レベルなら文学で十分だわな
270 :
吾輩は名無しである:2006/10/24(火) 20:34:28
哲学は真剣で真摯でひたむきな思索
対して文学はいい加減でくたびれたキモチワルイ妄想
小さい事で争うな
一人は言う、文学は無用の長物であると
で、一人はいう、哲学は無用のものであると
俺は思う、双方ごもっとも
真理は賢者のために、藝術は感じる心のためにのみ存在する
わかった?
わかんないって?
てめえら黙ってイーリアス読んで来い!
273 :
吾輩は名無しである:2006/10/26(木) 04:40:19
哲学をやってよかったのは、難解な文章(悪文と紙一重およびまるっきり悪文も含む)もかなり読みやすくなったことかな。
哲学の難解な文章、一つの文を読むのに半時間ぐらいかかったこともある。我慢して読んだよ。
込み入った多重形容や関係も訓練次第で頭に入るようになった。
単純な表現のよさは切り捨てられた膨大な背景を透視できてわかってくるもんなあ。
たとえばある一つの単語の意味をどう世界内に据えつけるかという方法はたくさんあって、とりあえず一通りの哲学を概観してたら、その単語を表面に提示した世界をいくつか自分なりに即座に構築できる。
筆者がその言葉をどのような筆者なりの作品世界で使用しているか、なんてことも考えて楽しむこともできる。
ま、人それぞれだけど、哲学で示されている多くの立場による世界像は知っていていいと思うけどな。
>>273 267 名前:吾輩は名無しである [↓] :2006/10/22(日) 23:34:01
哲学ってわけのわからない言葉で表された人知でFAでいいな?
275 :
吾輩は名無しである:2006/10/26(木) 19:23:14
>>273 私も難解な文章を読み解くのが楽しかったりします。
多様な概念をイメージするのは困難で不確かだけど。
ただ文学も哲学も読む前と違った自分になるのが分かります。
>273
この文章を図解したら理解しやすいのにってのは良くあるよ
哲学と文学ってそこまで遠いことしてるの?
全く違うよ
279 :
吾輩は名無しである:2006/11/04(土) 14:09:58
アゲ
280 :
吾輩は名無しである:2006/11/04(土) 14:36:48
>>273 納得させられる。
読者が皆そのように読み取ってくれるとしたら
作家冥利に尽きるだろうなあ。
それとも逆に草臥れはてるかな?
ま、現実は、評論書くようなヤシでなければそういう風にはやらない。
君が一とおりの哲学を概観した後で一つの単語の背後に「構築」する世界を
一般読者は想像力で描き出してしまうわけだ。
それは「構築」に比せば曖昧模糊とした世界かもしれないが
筆者の意図した世界にはむしろより近いものでもある。それが、文学。
「哲学で示されている多くの立場による世界像」は、つまりそれぞれの哲学者の
思索した世界だから、
それらが自分の世界像とどう異なるのかを知るのは、いいことではあるな。
281 :
吾輩は名無しである:2006/11/05(日) 12:35:38
ブランショは哲学or文学
282 :
吾輩は名無しである:2006/11/08(水) 17:36:50
哲学って女にもてない奴が知をひけらかすためにやるもんだろ?違うの?
283 :
吾輩は名無しである:2006/11/08(水) 18:12:06
多分受けないと思う
284 :
吾輩は名無しである:2006/11/17(金) 23:02:06
女にもてるもてないという話になったら荒れていたのが嘘のように
静か。
皆さん図星ですか。彼女いますか。性交してますか。
あなたのイデア界には「もて」は存在しませんか。
女に持てなくても形而上の考察を深めることに価値がある。というルサンチマンですか。
だけど君らみたいのでも私は愛せるよ。生涯独りでもいいじゃない。
285 :
吾輩は名無しである:2006/11/19(日) 12:28:45
>>1 そういうのは病気なんだから医者に行って適切な治療を受けてください。
貴方の調子の悪い精神をどこまで掘り下げても、宗教的哲学的文学的真理なんて見えてきません。
どんなに深刻に哲学思想をこねくって観念遊びをしたところで、
それだけでは「嘔吐」のようにはおかしくならない。
あれは嘘なんです。
サルトルはメスカリンでトリップ体験をしたときに「自明性の喪失」を味わい、
それを何か哲学的な真理に通じるものだと勘違いしちゃったんでしょう。
宗教的神秘体験と似たようなもんですな。
砂漠で遭難して半死半生意識朦朧になって悪魔や天使と問答しちゃったイエスや、
合法ドラッグで宇宙の真理を悟っちゃった「NHKにようこそ」と同じようなもんです。
人は哲学や思想では狂わない。
一方でちょっと薬物を入れれば割と簡単に調子悪くなるもんです。
麻薬である必要さえない。
俺なんかカフェイン錠剤飲みすぎて一時的な不安神経症っぽくなったことあるよ。
いや、その時は確かにすごい怖かったんだけどね。
貴方の心の中、貴方の実存のあり方に、世界の秘密なんて隠れてません。
それは全部貴方サイズの出来事、貴方の都合に収まる小さなこと、世界の広さを前にすれば、
吹けば飛ぶような砂粒に過ぎません。
286 :
吾輩は名無しである:2006/11/19(日) 16:27:54
アゲ
俺イケメンだしオシャレも好きだし音楽も好きでクラブとかも行くけど
文学とか哲学とかも好きだし映画も好きだし芸術全般が好きだし
お笑いも好きだしスポーツもするから、あらゆるタイプの女にモテるよ。
ギャル系から、メガネにユニクロのマジメ系まで。
そこそこ貧乏人だが女の人にお金出してもらうから問題ないよ。
ある時期、突然こんな時間かけて哲学書とか読んでても意味ねーと思って決心して
女性に積極的になったらモテたよ、読書量は超減ったけど。
うれしいのが、趣味が合う女、サブカル気取り女とかだけじゃなくて
普通の合コンしてブランド品買ってるような女、ギャル系女とかにもモテることだ
しかも女のために俺の金は使ってない。それなのにヤリまくりだ。
これはもともとイケメンでオシャレ好きで、会話面ではお笑い好きだったおかげだ、みんなありがとう。
288 :
吾輩は名無しである:2006/11/21(火) 08:13:57
ありがとう
いつも哲学版読んでます。とても参考になります。
292 :
吾輩は名無しである:
そういっていただけると嬉しいです。