707 :
THE グル :05/01/10 23:48:06
>>705 いいですか、
明けましておめでとうなんです。
どうかしましたか?
>>707 グル先生は、最近は哲板の方にはいらっしゃらないのでしょうか?
わたしはまるきり初心者ですが、グル先生のご忠告に従って
煽り、罵倒レス、暴言レスに対しても極力こころを乱さないよう、
相手の方に敬意を払ってレスをつけるようにこころがけています。
グル先生が哲板にいらっしゃらないと、寂しいです。
気が向いた時で結構ですので、ぜひ、いらしてください。
709 :
吾輩は名無しである:05/01/13 21:19:38
あがれスレ
710 :
晒しあげ:05/01/17 00:25:25
288 :THE グル :04/04/05 23:28
いいですか、
チンチンシュッシュッ チンシュッシュッ
これが断言できます。
定説なんです
おいおい、
他人のレスを、やたら貼りつけるの、やめようよ。。。
712 :
THE グル :05/01/27 17:12:40
>>706 いいですか、
>デカルトにおいては「存在する」というのは
>どういった定義なのでしょうか?
とおっしゃっておりますが、
誤解を呼ぶことを承知で簡単に申しますと、
それは、
明確かつ判明であり、
懐疑によってもその存在があることを否定できないことなんです。
どうかしましたか?
713 :
THE グル :05/01/27 17:19:50
>>708 いいですか、
哲板のスレは時折読んでおりますが、
書き込むほどの暇がなかったので、
少々間が空いたんです。
まあ、
また徒然なるままに色々書き込んでみるんです。
これが定説です。
どうかしましたか?
714 :
THE グル :05/01/27 17:21:56
>>710 いいですか、
その文章は、
グルの書いたものではないんです。
まあ、
文体や書いてある内容を見れば、
一目瞭然でしょうがね。
どうかしましたか?
715 :
吾輩は名無しである:05/01/27 18:08:01
>>712 お前がどうかしましたか!だ!デカルト以来の哲学が泣くぞ!ど阿呆!
716 :
THE グル :05/01/27 22:10:55
>>715 いいですか、
至って端的な回答をしたまでなんです。
もし、
それで理解に不十分ならば、
このスレの番号の若い方から再度読んでいただきたいものですね。
それでもさらに足らない場合には、
改めて補遺を書くんです。
これが今では定説です。
どうかしましたか?
>>716 横レスですが、「存在」という言葉を定義するのに
存在という言葉を用いるのはいかがな物かと思うのですが。
718 :
THE グル :05/01/27 22:35:17
>>717 いいですか、
>「存在」という言葉を定義するのに
>存在という言葉を用いるのはいかがな物かと思うのですが。
とおっしゃっておられますが、
確かに、
単に「存在」というものの定義を説明するならば、
同語反復的に「存在」を使って説明することは不適切ですが、
この場合、
>>706さんは、
「存在」というものの定義を聞かれたのではなく、
「デカルトにおいて」と前置きをしておられましたので、
彼の理解を説明するのに、
「存在」を用いることは別におかしくはないんです。
どうかしましたか?
719 :
デカルト批判:05/02/09 00:37:45
第一に、デカルトはその体系の内容、特にその三つの実体を経験的に取り上げて
いる。デカルトの体系は現存しているすべてのものにたいする抗議をもってはじま
っているのであるから、それは与えられたものを与えられたものとして採用せず、
すべてを思考から導きだしているかのように見える。しかしこの抗議はそれほど真剣
に考えられているのではなく、一見棄て去られたように見えたものも、確実性の原
理が得られると再びそのまま採用されるのである。そこでデカルトは、神(すなわ
ち創られぬ実体)という観念だけでなく二つの(創られた)実体をも、直接に与えら
れたものとして目の前に見出している。もちろんかれはこれらを見出すために、直
接に存在する多くのものを捨象してはいるが、他のすべてが捨象されたのち、最後
にこの二つの実体が残り、そしてそれらが経験的にとりあげられるのである。
720 :
THE グル :05/02/09 20:12:36
>>719 いいですか、
その批判の致命的な点は、
デカルトの懐疑が、
ピュロンら懐疑派のように懐疑するための懐疑ではなく、
確実不動の知識の根拠を獲得せんが為の疑いである方法的懐疑であり、
経験科学が、
物事を検証する際に帰無仮説を立てて実験を行い、
篩(ふる)いにかけ精査して残ったものを採用するという過程と同様に、
別段おかしなことではないんです。
どうかしましたか?
こんなとこで油売ってないでサッカーを見ろよ
722 :
719:05/02/11 22:46:52
第一デカルト批判(
>>719)に対してどこからも有効な反論がない様子だな。
第二、第三と続けるまでもないか。えへへ。
723 :
むつを:05/02/13 17:18:00
Je pense,donc je suis. って簡単なフランス語だね。
英語ではI think, theorefore I am.じゃん!しかし、私はこのルネ
デカルトの。。。。。le Discours de la methodeは原語で読んでみたい。
半日かけてこのスレ、ざっと読み通しました
いやあ〜、それにしてもグル先生はすごいですね!
感情的な議論を挑まれても、軸足がぶれない、淡々と丁寧に答えています
哲学書は、やはり近代のものから読むよりも開祖の人たちのものから
読むほうがいいのですね?
プラトン、アリストテレスあたりから順番に読むのがいいのかな、と思いました
725 :
黄門:05/03/05 10:41:49
724>>
グルって松本智頭おのことか?
はああ?
全然違う方ですよ…
727 :
THE グル :05/03/05 21:23:04
>>722 いいですか、
有効な反論も何も、
その前にきちんとしたデカルト批判になっておりませんから、
反論しようと思えばその第一デカルト批判とやら自体の認識にすら至ってしまうんです。
簡単に申しますと、
デカルト哲学への謬見が多すぎて、
批判の体(てい)を成していないということでして、
>デカルトの体系は現存しているすべてのものにたいする抗議をもってはじまっている
なんてのはその顕著なものなんです。
どうかしましたか?
728 :
THE グル :05/03/05 21:38:51
>>724 いいですか、
>哲学書は、やはり近代のものから読むよりも開祖の人たちのものから
>読むほうがいいのですね?
とおっしゃっておられますが、
必ずしもそうとは限らないと思うんです。
といいますのも、
哲学は確かに連綿と系譜を成しているものではありますが、
アリストテレスの時代の哲学と、
近代以降の哲学とではやはり認識が大きく違うものがありますし、
実際問題として、
引用できる賞味期限も切れているようなものもあることは確かなんです。
要は、
横断的(cross-sectional・系列)に学ぶか、
縦断的(longitudinal・時代ごと)に学ぶかで変わってくるんですがね。
どうかしましたか?
>>728 グル先生、レスありがとうございます。
>引用できる賞味期限も切れているようなものもあることは確かなんです。
>要は、
>横断的(cross-sectional・系列)に学ぶか、
>縦断的(longitudinal・時代ごと)に学ぶかで変わってくるんですがね。
そうなのですか?
では、グル先生のお好きなデカルトあたりから読むほうがいいのでしょうか?
また、デカルトに関連してどのような哲学者のものを読めばいいのでしょう?
730 :
THE グル :05/03/06 01:35:55
>>729 いいですか、
横断と縦断の解説として添えた言葉が逆だったので訂正しておくんです。
正しくは、
横断的(cross-sectional・時代ごと)
縦断的(longitudinal・系列)なんです。
さて、
>デカルトあたりから読むほうがいいのでしょうか?
とおっしゃられておりますが、
ご存知の通り、
近代哲学を学ぼうとする上でデカルトはその祖として重要な人物でありまして、
もし、
まだお読みになっておられないのであれば、
ここから入門されることが良いと思われるんです。
といいますのも、
デカルトの哲学や文章は、
理路整然として比較的読み易いからでもあります。
>また、デカルトに関連してどのような哲学者のものを読めばいいのでしょう?
と言われておりますが、
これも何を軸にしていくかによりますが、
例えば、
「神」に関連してスピノザなどに発展させても良いですし、
「私」や「精神」に端を発してフロイトまで繋(つな)げていったり、
単にデカルト学派に的を絞ったりと挙げていくならば、
これはきりがありません。
ですから、
とりあえずはデカルトからお始めになったらいかがでしょうかね。
これが今では定説です。
どうかしましたか?
732 :
THE グル :2005/04/04(月) 05:17:51
いいですか、
上げておくんです。
どうかしましたか?
グル先生、こんにちは
お久しぶりです
文学批評をする上で、やはり哲学は必要だとお考えでしょうか?
必要だとすれば、どの哲学者の著作を読めばいいのでしょう?
哲学をされている方で、文学批評をされている方は多いようですね
734 :
しろうと ◆AUSirOutoE :2005/04/04(月) 19:39:18
どうも、哲板から参上しましたしろうとと申します
ここではデカルトを批判して、ランボーを擁護してみます
多少同じ論点を繰り返しますがご容赦を
自分は、教養崩壊後の哲板新世代に属するんで
細かいとこは抜きにします。円周率は約3で
(ただ「針の上で天使が〜」の話は少し違うんですねー)
ちなみに自分の思考ですから、テストに書いて×を貰っても知らないです
ジジェク的に「もの凄い勢いで説明するレス」がしたいんですよ
論破するんじゃなくて、図式と比喩を生産したいと思います。他板ですし
735 :
しろうと ◆AUSirOutoE :2005/04/04(月) 19:39:38
デカルトのコギト「我思う、ゆえに、我有り」ですが
私の思考(懐疑)は自己言及の構造で疑い得ないとしても
その思考が私に属するのはなぜか、という話です
補助線を引きましょう。上の文を変形して
「<私の>思考が存在する→私が存在する」とします
これじゃ「<私の>部屋が存在する→私が存在する」と同じですね
「私の」部屋なんだから、部屋が存在する時点で、私も存在してますね
この所有の循環の問題が一つと、かりに我有りとしても、それは「我」の場合だけで
万人に共通するものだろうか、それは超越者しか分からないのでは、というのがもう一つ
736 :
しろうと ◆AUSirOutoE :2005/04/04(月) 19:39:56
既出ですが確認しておきました。ただ例えばスピノザなんかは
デカルトは三段論法で証明したんじゃなくて「我は思いつつ在る」と言いたかったんだと。
んで、「自我の亀裂」と「私は他者」の話。
上で言ったように、思考する私と存在する私に分裂していて
私の思考を所有できるとは限らない、それが亀裂であり他者であり無意識です
ラカンの言う「我思うゆえに我思うゆえに…」でもありますねー。雑ですが。
あとウィトゲンシュタインの「語りえぬものは沈黙〜」ですが
例えばナンセンスな表現も話せることに注意しましょう
「うんぽこどっこいしょ」は、真でも偽でもないです
737 :
しろうと ◆AUSirOutoE :2005/04/04(月) 19:40:03
さて、コギトと方法論的懐疑の現代版はなんでしょう?
文学に応用できる形で言えば、例えば多重人格が面白いですね
そこでは全く逆に、私が存在し過ぎて分裂しますからね
こういう方法論的忘却(?)は歴史の終わりに相応しいと思います
まあこのうち半分は法螺話ですが、もう半分は結構真剣です。なぜか
それは、ゲーデルの不完全性定理に対する、クリプキのクワス関数と対応するからです
この世界が、量子論的に、多世界に分裂するという世界観と
ウィトゲンシュタインのパラドックスは関係があるのではないかと思う訳です
更にキュビスムの多視点まで含めると、かなりデカイ話になるのです
738 :
733:2005/04/04(月) 22:47:00
>>734-737 しろうとさん
レス、ありがとうございます。
文学批判は、その作品の価値判断をし、良い点悪い点などを論評していきますが、
その場合、主観ではなく客観が必要になるようです。
でも、完璧な客観性なんてはたして人は持てるのでしょうか…?
>デカルトのコギト「我思う、ゆえに、我有り」
についてですが、この最初の「我」は主観で後のほうの「我」は客観性を
持ち得えているでしょうか? つまり、我思う我を、あとのほうの我が見ている。
(素人の質問で申し訳ありません…)
>スピノザなんかは
>デカルトは三段論法で証明したんじゃなくて「我は思いつつ在る」と言いたかったんだと。
>んで、「自我の亀裂」と「私は他者」の話。
この場合の「他者」であれば、充分客観性を持ち得ると思います。
>あとウィトゲンシュタインの「語りえぬものは沈黙〜」ですが
わたしはこの言葉がとても好きです。逆説的に「語り得ることなら話してもいい」と
勝手に解釈しています。(身勝手、お許しを)
わたしは、批評というものについてまるきりの初心者です。
感想文、の域を出ていません。
739 :
THE グル :2005/04/05(火) 07:42:24
>>733 いいですか、
お久しぶりなんです。
>文学批評をする上で、やはり哲学は必要だとお考えでしょうか?
>必要だとすれば、どの哲学者の著作を読めばいいのでしょう?
とおっしゃっておられますが、
文学を批評する上で哲学は必ずしも要さないと思うんです。
確かに、
哲学の知識があるならば、
文学を批評する上で新たに一つ視点を持つことが出来きるので良いことですが、
特に哲学に依らずとも、
別の方向から文学に対して切り込むことは可能なんです。
何においてもそうですが、
多様な視点が持てればそれだけアプローチの幅が広がりますし、
多角的に見ることによって気付くことも多くなるんです。
ですから、
特にこの哲学者の著作を読めば良いということはありませんが、
哲学者たちの著作は様々な視点を提供してくれますから、
ご自分の裁量で気に入ったものを読んでみたらいかがでしょうかね。
ちなみに、
文学批評はその内に良い批評者が多く居るものでして、
有名ではありますが、
小林秀雄などは、
かなり鋭い視点を以ってそれに答えてくれるんです。
どうかしましたか?
740 :
THE グル :2005/04/05(火) 08:04:29
>>735 いいですか、
>「<私の>思考が存在する→私が存在する」とします
>これじゃ「<私の>部屋が存在する→私が存在する」と同じですね
とおっしゃっておられますが、
これはよくある勘違いの一つですね。
といいますのも、
これはコギトについての認識の間違いから来るものでありまして、
少々訂正差し上げるならば、
「<私の>思考が存在する→私が存在する」
「<私(<私の>思考が存在する)の>部屋が存在する→私が存在する」とするのが本当なんです。
即ち、
部屋を<私>が所有するというのは、
所有をすることを為す<私>がまずありきですから、
<私の>部屋があるから<私>があるというのは、
所有された部屋という二次的なものを、
主体である<私>の証明に用いるという錯誤から来ているんです。
またもう一点、
<私の>部屋が<私>よりも脆弱な存在であることには、
<私>が所有していると思っている部屋は、
実際には存在し得ないことが有り得るからなんです。
それは夢の中の所有であったり、想像や空想の中での所有であるという可能性であります。
そして、前にもこのスレの上の方で書きましたが、感覚は嘘(錯視、幻覚など)をつきえるからでもあります。
これらを踏まえてもなお疑い得ないのは、
所有している(あるいはそう思い込んでいる)<私>に他ならないんです。
これが定説です。
どうかしましたか?
741 :
THE グル :2005/04/05(火) 08:13:45
742 :
吾輩は名無しである:2005/04/07(木) 00:40:21
>>739 小林秀雄の「かなり鋭い視点」とは具体的にはどういう点でしょうか?
743 :
しろうと ◆AUSirOutoE :2005/04/08(金) 20:32:57
>>740 自分が批判するのは主体の実体化であって循環自体はOKです
構造主義的を経た視点からすると
何か実体的で根源的なものを想定する必要はないんです
例えば点や線を無定義元にするのと同じで
私を無根拠な循環の出発点にする方がすっきりしています
それから懐疑も実際に存在しないことがあります
「自分自身で疑い得ない」ことは、端的に存在しないことと両立します
例えば寝ているときや酩酊しているときや
分裂病やまだ言語を習得していない赤子や…
コギトは要請の結果権利的に存在を想定するものでしょう
744 :
THE グル :2005/04/11(月) 07:38:34
>>743 いいですか、
おっしゃっておられることが無茶苦茶ですね。
もっと、
推敲を重ねて、
主述の関係や論旨を明確にしてもらいたいものなんです。
ちなみに、
あなたのそれらの指摘自体、
的外れの感を拭えませんけどね。
どうかしましたか?
745 :
この紋所:2005/04/11(月) 23:04:29
グルって今、務所で小便垂れ流しにしているというしとのことかあ?
746 :
吾輩は名無しである:2005/04/11(月) 23:06:45
>>739 小林秀雄の「かなり鋭い視点」とは具体的にはどういう点でしょうか?
747 :
THE グル :2005/04/12(火) 00:23:15
>>742 >>746 いいですか、
それは、
ご自身で、
実際に読んでみたら、
良く解るんではないでしょうかね。
どうかしましたか?
748 :
THE グル :2005/04/12(火) 00:28:31
>>745 いいですか、
あなたの言っておられるのは、
尊師さまであって、
関係がないんです。
どうかしましたか?
749 :
吾輩は名無しである:2005/04/12(火) 00:30:42
>>739 小林秀雄の「かなり鋭い視点」とは具体的にはどういう点でしょうか?
750 :
THE グル :2005/04/12(火) 00:46:15
>>749 いいですか、
>>747で既にお答えしました通り、
あなた自身で、
実際に手にとってお読みになれば解ることなんです。
>>739でもそれとなく触れましたが、
大事なのは、
あなた自身の裁量によって取捨選択し、
視野を広げることでして、
グルは、
その一端として
>>733さんに、
小林秀雄に触れることを薦めたに過ぎないんです。
どうかしましたか?
751 :
この紋所:2005/04/12(火) 23:10:13
>>750 >>748 etc.
末尾の「どうかしましたか?」って一体どういう意味なん
ざんすか?ただ単にかっこつけてるだけなんざんすか?
「グル」といえばおいらには智頭夫しか思い浮かばない
です!!きっぱりと!!
>>750 小林秀雄の「かなり鋭い視点」とは具体的にはどういう点でしょうか?
回答できないならそう言えばいいのですよ。
どうかしてますね?
753 :
吾輩は名無しである:2005/04/13(水) 02:49:12
結局定説ってだけでそれを疑いはしないのだろうか?
754 :
吾輩は名無しである:2005/04/13(水) 07:47:00
どうかしてますよ、まったく。
「どうかしましたか?」「定説なんです」何かに噛み付いてるようじゃ程度がしれっぞ
>>751 無知を晒して誇るな、恥じろ。
756 :
吾輩は名無しである:
すみませんでした。