マラソン史上もっとも強いランナー・マラソン通史3

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1ゼッケン774さん@ラストコール
前スレ マラソン史上もっとも強いランナー【マラソン通史】  
http://sports7.2ch.net/test/read.cgi/athletics/1082890613/150
2ゼッケン774さん@ラストコール:04/09/07 01:46
>>1 乙! また、頼むよ!  
ずーっと思ってんたんだけど

マラソン史上もっとも強いランナー・マラソン通史3
                           ^^^^^^

ておかしくないか?
これじゃ、マラソンヲタの歴史になるじゃん。
それって

「たいへんだ」は
「大変だ」じゃなく
「タイ変だ」だろとか
「対辺だ」だろとか
いちゃもんつけるのと同じくらい変じゃないか?
5ゼッケン774さん@ラストコール:04/09/07 06:28
マラソン世界最高記録の遍歴

2時間55分18秒4 J.ヘイズ(アメリカ) 1908
2時間52分46秒0 フォウラー(アメリカ) 1909
2時間46分53秒0 クラーク(アメリカ) 1909
2時間46分05秒0 レインズ(アメリカ) 1909
2時間42分31秒0 バーレット(イギリス)1909
2時間38分17秒0 H.グリーン(イギリス)1913
2時間36分07秒0 アールグレン(スウェーデン)1913
2時間32分35秒8 コーレマイネン(フィンランド)1920
2時間31分31秒0 矢萩丹治(日本) 1932
2時間31分10秒0 楠好蔵(日本) 1933
2時間27分49秒0 鈴木房重(日本) 1935
2時間26分44秒0 池中康雄(日本) 1935
2時間26分42秒0 孫基禎(日本) 1935
2時間20分42秒2 ピータース(イギリス) 1952
2時間18分40秒2 ピータース(イギリス) 1953
2時間18分34秒8 ピータース(イギリス) 1953
2時間17分39秒4 ピータース(イギリス) 1954
2時間15分17秒0 S.ポポフ(ソビエト) 1958
2時間15分16秒2 アベベ(エチオピア) 1960
2時間15分15秒8 寺沢徹(日本) 1963
2時間14分28秒0 エデレン(アメリカ) 1963
2時間13分55秒0 ヒートレー(イギリス) 1964
2時間12分11秒2 アベベ(エチオピア) 1964
2時間12分00秒0 重松森雄(日本) 1965
2時間09分36秒4 クレイトン(オーストラリア)1967
2時間08分33秒6 クレイトン(オーストラリア) 1969
(2時間08分13秒 サラザール(アメリカ) 1981)
2時間08分18秒 ド・キャステラ(オーストラリア) 1981
2時間08分05秒 S.ジョーンズ(イギリス) 1984
2時間07分12秒 ロペス(ポルトガル) 1985
2時間06分50秒 デンシモ(エチオピア) 1988
2時間06分05秒 ダコスタ(ブラジル) 1998
2時間05分42秒 ハヌーシ(モロッコ) 1999
2時間05分38秒 ハヌーシ(アメリカ) 2002
2時間04分55秒 テルガト(ケニア) 2003

(カッコ)は後日距離不足のため抹消
6ゼッケン774さん@ラストコール:04/09/07 06:33
オリンピック男子マラソン歴代優勝者

1 1896(アテネ) ルイス (ギリシャ) 2:58:50 ※40`
2 1900(パリ)ティアトー (フランス) 2:59:45 ※40.26`
3 1904(セントルイス) ヒックス (イギリス) 3:28:53 ※40`
4 1908(ロンドン) ヘイズ (アメリカ) 2:55:18:4 
5 1912(ストックホルム) マッカーサー (南アフリカ) 2:36:54:8 ※40.2`
6 1916(ベルリン)中止
7 1920(アントワープ) コーレマイネン (フィンランド) 2:32:35:8 ※42.75`
8 1924(パリ) ステンロース (フィンランド) 2:41:22:6  
9 1928(アムステルダム) エルアフィ (フランス) 2:32:57:0
10 1932(ロサンゼルス) ザバラ (アルゼンチン) 2:31:36:0
11 1936(ベルリン)孫 基禎 (日 本) 2:29:19:2
12 1940(東京) 中止
13 1944(ロンドン)中止
14 1948(ロンドン) キャブレラ (アルゼンチン) 2:34:51:6
15 1952(ヘルシンキ)ザトペック (チェコスロバキア) 2:23:03:2
16 1956(メルボルン)ミムン (フランス) 2:25:00:0
17 1960(ローマ)アベベ (エチオピア) 2:15:16:2
18 1964(東京)アベベ (エチオピア) 2:12:11:2
19 1968(メキシコ)マモ・ウォルデ (エチオピア) 2:20:26:4
20 1972(ミュンヘン)ショーター (アメリカ) 2:12:19:8
21 1976(モントリオール)チェルピンスキー (東ドイツ) 2:09:55
22 1980(モスクワ) チェルピンスキー (東ドイツ) 2:11:03
23 1984(ロサンゼルス)ロペス (ポルトガル) 2:09:21(五輪最高記録)
24 1988(ソウル)ボルディン (イタリア) 2:10:32
25 1992(バルセロナ)黄 永祚 (韓 国 )2:13:23
26 1996(アトランタ)チュグワネ (南アフリカ) 2:12:36
27 2000(シドニー) アベラ (エチオピア) 2:10:11
28 2004(アテネ)バルディーニ(イタリア)2:10:55
7ゼッケン774さん@ラストコール:04/09/07 06:35
男子マラソン世界歴代30傑(2004.8月現在)

1、 2:04:55 P・テルガト (ケニヤ) 1 ベルリン 2003.9.28
2、 2:04:56 S・コリル (ケニヤ) 2 ベルリン 2003.9.28
3、 2:05:38 K・ハヌーシ (アメリカ) 1 ロンドン 2002.4.14
4、 2:05:50 E・ルト (ケニヤ) 1 シカゴ 2003.10.12
5、 2:06:05 R・ダコスタ (ブラジル) 1 ベルリン 1998.9.20
6、 2:06:14 F.リモ (ケニア) パリ 1 2004.4.4
7、 2:06:15 T・ムインジ (ケニヤ) 3 ベルリン 2003.9.28
8、 2:06:16 D・ジェンガ (ケニヤ) 2 シカゴ 2002.10.13
8、 2:06:16 高岡 寿成 (日 本) 3 シカゴ 2002.10.13
8、 2:06:16 M・タヌイ (ケニヤ) 2 シカゴ 1999.10.24
11、 2:06:33 M・ロティチ (ケニヤ) 1 パ リ 2003.4.6
11、 2:06:33 G・タイス (南アフリカ) 1 東京国際 1999.2.14
13、 2:06:35 H・ゲブルセラシエ (エチオピア) 3 ロンドン 2002.4.14
14、 2:06:36 B・ツウェルチェフスキ (フランス) 2 パ リ 2003.4.6
14、 2:06:36 A・ピント (ポルトガル) 1 ロンドン 2000.4.16
16、 2:06:39 W・キプサング (ケニヤ) 1 アムステルダム 2003.10.19
17、 2:06:44 J・キプロノ (ケニヤ) 1 ベルリン 1999.9.26
18、 2:06:46 A・エルムアジーズ (モロッコ) 5 シカゴ 2002.10.13
19、 2:06:47 W・オンサール (ケニア) 3 パ リ 2003.4.6
19、 2:06:47 R・キプロエッチ (ケニア) 1 ベルリン 2002.9.29
19、 2:06:47 F・キプロプ (ケニヤ) 1 アムステルダム 1999.10.17
22、 2:06:48 D・エルヒメール (フランス) 4 パ リ 2003.4.6
23、 2:06:49 S・ビオット (ケニヤ)2 ベルリン 2002.9.29
23、 2:06:49 T・ジファール (エチオピア) 2 アムステルダム 1999.10.17
25、 2:06:50 B・デンシモ (エチオピア) 1 ロッテルダム 1988.4.17
25、 2:06:50 W・キプラガト (ケニヤ) 3 アムステルダム 1999.10.17
27、 2:06:51 藤田 敦史 (日 本) 1 福岡国際 2000.12.3
28、 2:06:53 V・キプソス (ケニヤ) 3 ベルリン 2002.9.29
29、 2:06:54 O・オソロ (ケニヤ) 1 シカゴ 1998.10.11
30、 2:06:57 犬伏 孝行 (日 本) 2 ベルリン 1999.9.26
30、 2:06:57 T・トーラ (エチオピア) 4 アムステルダム 1999.10.17
8ゼッケン774さん@ラストコール:04/09/07 06:37
世界陸上競技選手権 男子マラソン歴代優勝者

1 1983(ヘルシンキ) ド・キャステラ オーストラリア 2:10:03
2 1987(ローマ)ワキウリ ケニア 2:11:48
3 1991(東京) 谷口浩美 日 本 2:14:57
4 1993(シュッツトガルト)プラーティエス アメリカ 2:13:57
5 1995(イエテボリ) フィス スペイン 2:11:41
6 1997(アテネ)アントン スペイン 2:13:16
7 1999(セルビア)アントン スペイン 2:13:36
8 2001(エドモントン)アベラ エチオピア 2:12:42
9 2003(パリ)ガリブ モロッコ 2:08:31(世界陸上最高記録)
9ゼッケン774さん@ラストコール:04/09/07 08:12
男子マラソン日本歴代30傑(2004.8月現在)

1、2時間6分16秒 高岡寿成(カネボウ)02年 シカゴ
2、2時間6分51秒 藤田敦史(富士通) 00年 福岡国際
3、2時間6分57秒 犬伏孝行(大塚製薬) 99年 ベルリン
4、2時間7分35秒 児玉泰介(旭化成) 86年 北京国際
5、2時間7分40秒 谷口浩美(旭化成) 88年 北京国際
6、2時間7分52秒 油谷繁(中国電力) 01年 びわ湖毎日
6、2時間7分52秒 国近友昭(エスビー食品) 03年 福岡国際
8、2時間7分55秒 諏訪利成(日清食品) 03年 福岡国際
9、2時間7分57秒 伊藤国光(カネボウ) 86年 北京国際
10、2時間7分59秒 森下由輝(旭化成) 01年 びわ湖毎日
11、2時間8分05秒 三木弘(旭化成) 99年 東京国際
12、2時間8分07秒 早田俊幸(アラコ) 97年 福岡国際
13、2時間8分12秒 藤原正和(中央大学) 03年 びわ湖毎日
14、2時間8分15秒 中山竹通(ダイエー) 85年W杯広島
15、2時間8分18秒 小島忠幸(旭化成) 04年 びわ湖毎日
16、2時間8分27秒 瀬古利彦(エスビー食品) 86年 シカゴ
17、2時間8分28秒 清水康次(NTT中国) 03年 びわ湖毎日
18、2時間8分35秒 武井隆次(エスビー食品) 02年 びわ湖毎日
19、2時間8分36秒 佐藤敦之(中国電力) 04年 びわ湖毎日
20、2時間8分37秒 尾方剛(中国電力) 03年 福岡国際
21、2時間8分43秒 小島宗幸(旭化成) 98年 びわ湖毎日
22、2時間8分45秒 西田隆維(エスビー食品) 01年 別府大分毎日
23、2時間8分46秒 大崎悟史(NTT西日本大阪) 04年 東京国際
24、2時間8分47秒 佐保希(旭化成) 97年 福岡国際
25、2時間8分48秒 佐藤信之(旭化成) 98年 福岡国際
26、2時間8分50秒 実井謙二郎(日清食品) 96年 東京国際
27、2時間8分52秒 帯刀秀幸(富士通) 01年 びわ湖毎日
28、2時間8分53秒 森下広一(旭化成) 91年 別府大分毎日
29、2時間8分55秒 宗猛(旭化成) 83年 東京国際
30、2時間8分56秒 高塚和利(小森コーポレーション) 04年 びわ湖毎日
10ゼッケン774さん@ラストコール:04/09/07 09:03
>>9 8分台がこんなにいたのか。
>>10
近年のびわこのタイムは30秒増しくらいで考えて下さい
貞永信義マラソン歴

朝   日 8位 2時間37分32秒 1952年(昭和27年)12・7 宇部   
日本選手権 2位 2時間40分57秒 1953年(昭和28年)10・10 東京      
朝   日 3位 2時間28分44秒 1953年(昭和28年)12・6 名古屋     
ボストン  10位 2時間37分19秒 1954年(昭和29年)4・19 ボストン
日本選手権 7位 2時間47分48秒 1954年(昭和29年)9・23 東京        
朝   日 11位 2時間36分33秒 1954年(昭和29年)12・5 鎌倉
全   国 5位 2時間34分20秒 1955年(昭和30年)3・18 青梅
毎   日 2位 2時間30分21秒 1955年(昭和30年)5・8 大阪
日本選手権 7位 2時間57分28秒 1955年(昭和30年)9・26 東京
朝日国際  9位 2時間34分29秒 1955年(昭和30年)12・11 福岡
別府毎日  6位 2時間33分53秒 1956年(昭和31年)2・12 別府
全  国  4位 2時間36分07秒 1956年(昭和31年)3・18 青梅
毎  日  11位 2時間39分45秒 1956年(昭和31年)5・5 大阪
日本選手権 7位 2時間40分17秒 1956年(昭和31年)10・7 仙台
朝日国際  12位 2時間32分39秒 1956年(昭和31年)12・8 名古屋
別府毎日  優勝 2時間26分40秒 1957年(昭和32年)2・10 別府
ボストン  8位 2時間38分13秒 1957年(昭和32年)4・20 ボストン
日本選手権 6位 2時間37秒18秒 1957年(昭和32年)10・6 東京
朝日国際  6位 2時間25秒04秒 1957年(昭和32年)12・1 福岡
東京アジア大会選考 優勝 2時間25秒08秒 1958年(昭和33年)3・30 東京
東京アジア大会 3位 2時間43分44秒 1958年(昭和33年)5・29 東京
北海タイムズ  途中棄権          1958年(昭和33年)8・5 札幌
朝日国際  優勝 2時間24分01秒 1958年(昭和33年)12・7 宇都宮
ボストン  7位 2時間29分30秒 1959年(昭和34年)4・18 ボストン
日本選手権 7位 2時間57分53秒 1959年(昭和34年)7・30 青梅
朝日国際  3位 2時間31分37秒 1959年(昭和34年)12・8 福岡
別府毎日  3位 2時間29分56秒 1960年(昭和35年)2・14 別府
毎  日  優勝 2時間34分57秒 1960年(昭和35年)5・15 大阪
ローマ五輪 46位 2時間35分11秒 1960年(昭和35年)9・10 ローマ         
貞永信義マラソン歴

朝日国際  5位 2時間25分44秒 1960年(昭和35年)12・4 福岡
信濃毎日  3位 2時間33分00秒 1961年(昭和36年)4・1 長野
全  国  7位 3時間02分57秒 1961年(昭和36年) ?? 青梅
玉造毎日  4位 2時間38分28秒 1961年(昭和36年)9・5 玉造
朝日国際  3位 2時間22分19秒 1961年(昭和36年)12・3 福岡
信濃毎日  優勝 2時間27分43秒 1962年(昭和37年)4・1 長野
毎  日  7位 2時間34分57秒 1962年(昭和37年)5・13 大津
オークランド 3位 2時間20分26秒 1962年(昭和37年)10・18 オークランド 
朝日国際  18位 2時間23分01秒 1962年(昭和37年)12・2 福岡
別府毎日  10位 2時間19分57秒 1963年(昭和38年)2・17 別府
毎  日  31位 2時間34分16秒 1963年(昭和38年)5・12 東京
朝日国際  13位 2時間28分05秒 1963年(昭和38年)10・15 東京
別府毎日  13位 2時間24分34秒 1964年(昭和39年)2・2 別府
毎  日  11位 2時間22分40秒 1964年(昭和39年)4・12 東京       
貞永信義マラソン歴

北海タイムズ 10位 2時間35分02秒 1964年(昭和39年)8・23 札幌
朝日国際   15位 2時間22分20秒 1964年(昭和39年)12・6 福岡
別府毎日   13位 2時間21分15秒 1965年(昭和40年)2・7 別府
信濃毎日   3位 2時間23分56秒 1965年(昭和40年)3・21 長野
玉造毎日   2位 2時間37分22秒6 1965年(昭和40年)8・22 玉造
中  日   5位 2時間21分41秒 1966年(昭和41年)3・21 名古屋 
毎  日   5位 2時間35分49秒 1966年(昭和41年)6・5 大津
玉造毎日   6位 2時間24分06秒4 1966年(昭和41年)9・15 玉造
福岡国際   17位 2時間19分52秒 1966年(昭和41年)11・27 福岡
別府毎日   14位 2時間20分46秒 1967年(昭和42年)2・5 別府
福 知 山  5位 2時間25分34秒 1967年(昭和42年)3・21 福知山
玉造毎日   2位 2時間28分50秒 1967年(昭和42年)9・15 玉造
福岡国際   18位 2時間20分05秒 1967年(昭和42年)12・3 福岡
別府毎日   15位 2時間20分52秒 1968年(昭和43年)2・4 別府
毎  日   16位 2時間28分10秒 1968年(昭和43年)4・14
福岡国際   20位 2時間22分46秒 1968年(昭和43年)12・8 福岡
京  都   3位 2時間21分39秒 1969年(昭和44年)3・10 京都
毎  日   7位 2時間28分14秒 1969年(昭和44年)5・11 大津
福岡国際   52位 2時間27分21秒 1969年(昭和44年)12・7  福岡
国際ベテラン 優勝 2時間23分52秒 1970年(昭和45年)5・11 シェブデ
福岡国際   19位 2時間25分57秒 1970年(昭和45年)12・6 福岡
別府毎日   20位 2時間25分39秒 1971年(昭和46年)2・8 別府
福岡国際   22位 2時間26分52秒 1971年(昭和46年)12・5 福岡
石川県百年記念 2位 2時間31分11秒 1972年(昭和47年)11・3 小松
福岡国際   31位 2時間27分45秒 1972年(昭和47年)12・3  福岡
福岡国際   46位 2時間33分21秒 1973年(昭和48年)12・2  福岡
京  都   31位 2時間28分54秒 1974年(昭和49年)1・22 京都
福岡国際   59位 2時間32分49秒 1974年(昭和49年)12・8 福岡
防府読売   29位 2時間33分33秒 1974年(昭和49年)12・22 防府
信濃毎日   24位 2時間36分49秒 1975年(昭和50年)3・16 長野
福岡国際   93位 2時間42分28秒 1975年(昭和50年)12・7 福岡     
15ゼッケン774さん@ラストコール:04/09/07 18:38
貞永の現役は知らないけど、カネボウの監督として
伊藤国光を育てたのが印象に残っている。
16ゼッケン774さん@ラストコール:04/09/07 19:08
>>12-14 今の選手では考えられないレース数だ 
>>16
まるで昔の競走馬のようだな。土日連闘当たり前の頃のな。
いわゆる一流選手の年間レースが1〜2回になったのは
70年代後半くらいだったと思う。

極端な例では、円谷は初マラソンが五輪の半年前、その1ヶ
月後に2回目のレースを走って五輪に臨んでいる。
19ゼッケン774さん@ラストコール:04/09/08 22:19
>>5 クレイトンが一気に記録を更新している
20ゼッケン774さん@ラストコール:04/09/08 23:05
>>12 昔は日本選手権って単独で行われていたのですね。
でもマラソンの日本選手権ほど存在感の無い日本選手権はありませんね。 
山田敬蔵、浜村秀夫、広島庫夫といったランナーの生涯マラソン成績とか
わかる方いますか?   
昨日テレビ見てたら、松野明美(36)って紹介されててビックリしたよ。
デリマと1歳しか違わなかったのか!
口数が選手生命に関係したわけではなかろうが。
確かにマラソンランナーの全盛時の年齢って選手ごとにばらつきがある。
ロペスも高齢ランナーだったかな。瀬古も自己最高をマークしたのが
どちらかというと晩年のロンドン?だったかな。 
逆に宗茂は別大でマークした自己最高を破ることはできなかった。
中山も福岡での激走とかあったが記録的には広島W杯の自己記録を破ることは
できなかった。   
24ノートルダムマラソン:04/09/11 14:40:31
過去の五輪王者には22歳くらいの若者もいれば、30代半ばの者もいる。
しかし、彼らが逆の年齢のとき強かったのかと言えばそうでもない。
他のスポーツでは20歳のときいい選手だった者は、大抵、30歳でもいい選手だが、
マラソンランナーの場合は各選手毎に「旬」の時期があり、それ以外の時は強くない。
ランナーの足には耐久年数があるのだろうか?
25ゼッケン774さん@ラストコール:04/09/12 17:34:29
貞永さんは福岡の出場標準記録出せるまでは現役続ける
と言って努力を重ねた人で
この人のゴールはテレビではインタビュー中でも写した
地球を何週かしたというので毎年注目されていた
26ゼッケン774さん@ラストコール:04/09/14 15:08:22
>>12-14 貞永は信毎マラソンにも来ていたのか。長野には鐘紡の工場があったからな。
伊藤国光も鐘紡に入ったのも養蚕が盛んな長野県だったからなのかな。
ちなみに鐘紡長野工場の跡施設は長野冬季五輪のプレスセンターに使われた。  
>>11
ここ最近の「びわ湖」のタイムっておかしいよな。
選手達、カーブでショート・カットしすぎ。
反対車線を走っているよ。
28ノートルダムマラソン:04/09/16 12:08:12
>>27
主催がNHKだから抗議電話掛けたら、次の年から改まるはずだよ。
まさか、福岡東京よりタイムが悪いと会長が怒る、なんて理由で短くしているわけでもあるまいが。

ちなみに、私「ノートルダムマラソン」は次回以降「ホラン司祭」にHN変更します。
29ホラン司祭:04/09/16 20:34:38
小泉総理がデリマと会うらしい。
ついでに油谷にも会ってやれよ。
30ゼッケン774さん@ラストコール:04/09/17 00:25:57
びわ湖の天井川のアップダウンがなんともよかった。  
31ホラン司祭:04/09/21 18:16:47
今年は久々にTVでベルリン放映しますよ。
32ゼッケン774さん@ラストコール:04/09/22 22:06:54
昔はテレ東で海外マラソンいっぱい中継したのにね。
北京はTBSだったな。 
たしかロンドン、ロッテルダム、ボストンがテレ東で
パリが朝日だったな。
今はどれも見れなくなったけど。
ロンドンとパリの生中継が同じ日にやってたこともあったなぁ。
34ホラン司祭:04/09/24 20:55:27
とりあえず、ベルリンのリモ、
シカゴのルトに世界記録の期待
35ゼッケン774さん@ラストコール:04/09/24 23:38:31
最強はハヌーシだろ?
最近負けてないもん。
36ホラン司祭:04/09/24 23:45:59
ハヌーシ、確かに過去4回くらいシカゴでは勝っているが、
年齢的な問題が気になる。

それにしても、もっと日本の選手が海外で走ってくれないものか。
日本の選考レースに出ないと、世陸の代表になれない現在のシステムはいかがなものか。
アテネ五輪の日本選手のレースが消極的だと批判した人がいたが、
彼らは、海外の1線級と勝負した経験がほとんどないのだから仕方がない。
昔は日本のレースに海外の強豪が集結していたが、
今、世界の10傑の中に日本のレースに出た経験のある選手がどれほどいるのか?
だとすれば、日本人が海外に打って出るしかない。
(なお、全て男子に関する言及です)
37ゼッケン774さん@ラストコール:04/09/26 01:50:19
ハヌーシが月陸か陸マガのインタビューで故障するから走行距離そんなに踏まないと発言して日本の指導者は唖然としてたな。
38ホラン司祭:04/09/26 11:20:46
まあ、日本選手の練習量では35歳までもたないでしょうね。
実際、最近のランナーでは谷口くらいしかいないし。
39ホラン司祭:04/09/28 00:24:55
ベルリンマラソン結果
1. Felix Limo KEN 2:06:44
2. Joseph Riri KEN 2:06:49
3. Joshua Chelanga KEN 2:07:05
4. Wilson Onsare KEN 2:08:53
5. Luis Jesus POR 2:09:08
6. Shinichi Watanabe JPN 2:09:32
7. Luis Novo POR 2:09:41
8. Gashaw Melese ETH 2:09:47
9. Isaac Macharia KEN 2:11:26
10. Ernest Kipyego KEN 2:11:52

リモはこれでアムステルダム、ロッテルダムに続き3戦連続の6分台。
来年のヘルシンキ世陸は平坦なコースらしいので、優勝候補の一角になりそう。
キプロフ、ムインジは駄目だったようだが、リキ、チェランガという新しい選手が出てきた。
ケニア、恐るべし。
もう一つ注目はポルトガル勢の健闘。
Luis Jesusは全く初耳の選手だが、Novoは99年の世陸で4位、01年のハンブルクで
勝っている選手。ここ3年くらいチャイカ以外誰もいない国だったのだが。

また、同じ日に英国のニューカッスルでハーフマラソンが行われ、
エチオピアの23歳、バハルが今季世界最高で勝った。
2位はラマーラ、3位はSghyr(フランス)、ブラウンが6位、ウアーディが8位だった。
40ゼッケン774さん@ラストコール:04/09/28 08:13:30
もう6分台では何も感じなくなった。
>>38
高岡が今月に34歳になったけど、谷口以来の一線級中年ランナーになれるかな?
まぁ来月のシカゴ次第で判ると思うけど。
42ホラン司祭:04/09/29 10:51:52
>>40
日本国内ではたった1度しか記録されていない6分台
>>36
>日本人が海外に打って出るしかない。

まったくもって同感。
今は、海外の一線級の方から日本のレースに来てた昔とは違うんだから、
経験を積みに海外のレースに行ったほうがいいと思う。

できれば賞金レースで回りの選手がギラギラしてる方がいいのだが。
ガードランナーは却下で。
44ホラン司祭:04/09/29 18:24:54
今のマラソンを有力選手が集まる順に並べていくと・・・
@ロンドン
Aシカゴ
Bロッテルダム
CNYシティ
Dアムステルダム
Eベルリン
Fパリ
Gボストン
H福岡
Iびわこ
ってとこですかね?
>>44
英連邦大会ってレベル的にはどのあたりに位置するんだろ?
(5000mや10000mでは高レベルだった記憶がありまする)
1 2:04:55 Paul Tergat KEN 2003/09/28 Berlin 1
2 2:04:56 Sammy Korir KEN 2003/09/28 Berlin 2
3 2:05:38 Khalid Khannouchi USA 2002/04/14 London 1
4 2:05:42 Khalid Khannouchi USA 1999/10/24 Chicago 1
5 2:05:48 Paul Tergat KEN 2002/04/14 London 2
6 2:05:50 Evans Rutto KEN 2003/10/12 Chicago 1
7 2:05:56 Khalid Khannouchi USA 2002/10/13 Chicago 1
8 2:06:05 Ronaldo daCosta BRA 1998/09/20 Berlin 1
9 2:06:15 Titus Munji KEN 2003/09/28 Berlin 3
10 2:06:16 Moses Tanui KEN 1999/10/24 Chicago 2
11 2:06:16 Daniel Njenga KEN 2002/10/13 Chicago 2
12 2:06:16 Toshinari Takaoka JPN 2002/10/13 Chicago 3
13 2:06:18 Paul Tergat KEN 2002/10/13 Chicago 4
14 2:06:18 Evans Rutto KEN 2004/04/18 London 1
15 2:06:33 Gert Thys RSA 1999/02/14 Tokyo 1
16 2:06:33 Michael Rotich KEN 2003/04/06 Paris 1
17 2:06:35 Haile Gebreselasie ETH 2002/04/14 London 3
18 2:06:36 Antonio Pinto POR 2000/04/16 London 1
19 2:06:36 Benoit Zwierzchiewski FRA 2003/04/06 Paris 2
20 2:06:39 William Kipsang KEN 2003/10/19 Amsterdam 1
21 2:06:42 Felix Limo KEN 2003/10/19 Amsterdam 2
22 2:06:44 Josephat Kiprono KEN 1999/09/26 Berlin 1
23 2:06:44 Felix Limo KEN 2004/09/26 Berlin 1
24 2:06:46 Abdelkader El Mouaziz MAR 2002/10/13 Chicago 5
25 2:06:47 Fred Kiprop KEN 1999/10/17 Amsterdam 1
26 2:06:47 Raymond Kipkoech KEN 2002/09/29 Berlin 1
27 2:06:47 Wilson Onsare KEN 2003/04/06 Paris 3
28 2:06:48 Driss El Himer FRA 2003/04/06 Paris 4
29 2:06:48 Sammy Korir KEN 2004/04/18 London 2
30 2:06:49 Tesfaye Jifar ETH 1999/10/17 Amsterdam 2
31 2:06:49 Simon Biwott KEN 2002/09/29 Berlin 2
32 2:06:49 Joseph Riri KEN 2004/09/26 Berlin 2
33 2:06:50 Belayneh Dinsamo ETH 1988/04/17 Rotterdam 1
34 2:06:50 William Kiplagat KEN 1999/10/17 Amsterdam 3
35 2:06:50 Josephat Kiprono KEN 2001/04/22 Rotterdam 1
36 2:06:51 Atsushi Fujita JPN 2000/12/03 Fukuoka 1
37 2:06:52 Abdelkader El Mouaziz MAR 2002/04/14 London 4
38 2:06:52 Vincent Kipsos KEN 2002/09/29 Berlin 3
39 2:06:54 Ondoro Osoro KEN 1998/10/11 Chicago 1
40 2:06:57 Takayuki Inubushi JPN 1999/09/26 Berlin 2
41 2:06:57 Tesfaye Tola ETH 1999/10/17 Amsterdam 4
サブセブンは19レースのべ41人
※今年のロッテルダムでのリモの記録は先導車が風除けになったインチキということで参考記録になっている場合がある

昨年の福岡はデリマ(五輪3位)、ジョン・ブラウン(五輪4位)、諏訪(五輪6位)と結構豪華メンバーだったと思う
47ホラン司祭:04/10/02 11:18:04
>>45英連邦は4年に一回開催される、アジア大会みたいなモンだから、
>>44のレースとはちょっと違うものかと。

48ホラン司祭:04/10/02 11:27:06
                    r―-、、
          ,r''^tヽ      〉、::::::::ヽ
          t'L`、f)     ム`''^)ヾj'′
          ヽlヲノー、-、  ,.゙'r'''ニヽ、,
          r'^ヽt,..,j:::゙i ヽ f,..つ'''ヽ、ヽ!
          ゙i、 ヾ._゙)_;::-:'"r-ミ= __):l.l
        =テ`'i,,゙>、 '"_,,.ィ"`′ ノ´!;;;;;;l !
        '"'^´l  ゙i`1234、_ィ'"´:::::l;;;;;;l l
          l7ヽ.!__,,,::-r'V":::::::::l;;;;;;;l l
          lト-r―-一7〜-='''^'''''"ト、
          /oノ;;;;、;;r;;;;l ,:ィニノ//〃7ヽ) 
          7"'ヽ、-、;;;人'"/ フrテ/ /r'.,j
         /,:': ,:/   ヽ.`゙''ーr-::、/7l _)
         l.: :/    `ヾ. l:  l`7''"l
         /.:'7′      ヽj.  L〔  ヽ

最後まで何が起こるかわからない。・・・・マラソンは筋書きのないドラマ。
2004年シカゴマラソンTV放映決定!
招待選手
ハリド・ハヌーシ(世界歴代3位、97・99・00・02年勝者、35歳)
エバンス・ルト(世界歴代4位、昨年勝者。今年のロンドン勝者。25歳)
ダニエル・じぇンガ(世界歴代8位、一昨年2位、昨年3位。今年の東京勝者。)
高岡寿成(世界歴代8位、日本記録保持者。日本一速いアパレル社員)
ポール・コエチ(昨年2位)
杉田かおる(走る厚化粧)

解説 瀬古俊彦 ゲスト 中山竹通 バイクリポート 松野明美
49ゼッケン774さん@ラストコール:04/10/04 10:12:22
中山の歯に衣を着せぬ辛口の中山節が現役時代から好きでした。  
50ゼッケン774さん@ラストコール:04/10/05 21:29:10
1985年度 10000m 世界10傑

1、27.37.17 ビックフォード(アメリカ)
2、27.40.58 ニーナウ(アメリカ)
3、27.41.05 アイストーン(アメリカ)
4、27.41.09 マメーデ(ポルトガル)
5、27.42.17 瀬古利彦(日本)
6、27.43.90 キゲン(ケニア)
7、27.44.65 パネッタ(イタリア)
8、27.45.00 エレラ(メキシコ)
9、27.45.80 ピタヨ(メキシコ)
10、27.49.36 コバ(イタリア)
51ゼッケン774さん@ラストコール:04/10/05 21:35:04
1987年度 10000m 世界10傑

1、27.26.95 パネッタ(イタリア)
2、27.29.41 ブルチ(エチオピア)
3、27.34.38 プリアノン(フランス)
4、27.35.33 中山竹通(日本)
5、27.38.63 キプコエチ(ケニア)
6、27.39.60 クンチェ(東ドイツ)
7、27.42.65 バイニオ(フィンランド)
8、27.43.04 ブルバラ(エチオピア)
9、27.44.70 ヤワ(南アフリカ)
10、27.47.05 アルパン(フランス)
52ゼッケン774さん@ラストコール:04/10/05 21:43:50
(1987年12月まで) 男子10000m 世界歴代10傑

1、27.13.81 マメーデ(ポルトガル) 84年7月
2、27.17.48 ロペス(ポルトガル)  84年7月
3、27.20.56 ニーナウ(アメリカ)  86年9月
4、27.22.50 H.ロノ(ケニア)    78年6月
5、27.24.95 シルドハウアー(東ドイツ)  83年6月
6、27.25.61 サラザール(アメリカ) 82年6月
7、27.26.11 アウイタ(モロッコ)  86年7月
8、27.26.95 ハジュルステーンス(ベルギー)  82年6月
8、27.26.95 パネッタ(イタリア)  87年6月
10、27.29.16 バージン(アメリカ)  80年7月
53ゼッケン774さん@ラストコール:04/10/05 21:46:42
(1987年12月まで) 10000m 世界歴代記録(日本勢)

22、27.35.33 中山竹通(日本)87年7月
50、27.42.17 瀬古利彦(日本)85年7月
54ゼッケン774さん@ラストコール:04/10/05 21:59:51
(1987年12月まで) 10000m 日本歴代15傑

1、27.35.33 中山竹通(ダイエー)87年7月
2、27.42.17 瀬古利彦(エスビー食品)85年7月
3、27.44.5 新宅雅也(エスビー食品)83年11月
4、27.47.35 伊藤国光(鐘紡)80年7月
5、27.48.59 喜多秀喜(神戸製鋼)80年7月
6、27.48.63 鎌田俊明(鐘紡)77年6月
7、27.49.06 阿久津浩三(福島病院)87年7月
8、27.55.05 金井豊(エスビー食品)85年7月
9、27.59.31 宗猛(旭化成)78年7月
10、28.02.5 米重修一(旭化成)86年4月
11、28.09.4 西本一也(九州産交)86年10月
12、28.10.47 高尾信昭(鐘紡)75年6月
13、28.17.61 宗茂(旭化成)78年7月
14、28.17.8 中村孝生(エスビー食品)83年11月
15、28.19.4 下重庄三(船引中教員)83年10月
55ゼッケン774さん@ラストコール:04/10/05 22:11:12
(1987年12月まで) 5000m 日本歴代15傑

1、13.24.29 瀬古利彦(エスビー食品)86年7月
2、13.24.69 新宅雅也(エスビー食品)82年9月
3、13.25.41 鎌田俊明(鐘紡)77年7月
4、13.26.55 森口達也(神戸製鋼)81年6月
5、13.27.44 喜多秀喜(神戸製鋼)77年7月
6、13.29.86 伊藤国光(鐘紡)81年6月
7、13.29.86 米重修一(旭化成)86年6月
8、13.32.42 阿久津浩三(福島病院)87年7月
9、13.33.0 沢木啓祐(順天堂大教員)68年7月
10、13.33.7 中村孝生(日本体育大)79年6月
11、13.34.11 井手健二(九州電工)83年6月
12、13.38.78 若倉和也(日産自動車)87年6月
13、13.39.33 遠藤司(エスビー食品)86年7月
14、13.40.58 今釘長敏(小西六)81年6月
15、13.40.8 宗茂(旭化成)78年6月
56ゼッケン774さん@ラストコール:04/10/05 22:25:19
(1987年12月まで) マラソン日本歴代20傑

1、2・07.35 児玉泰介(旭化成)86年10月
2、2.07.57 伊藤国光(鐘紡)86年10月
3、2.08.15 中山竹通(ダイエー)85年4月
4、2.08.27 瀬古利彦(エスビー食品)86年10月
5、2.08.55 宗猛(旭化成)83年2月
6、2.09.05.6 宗茂(旭化成)78年2月
7、2.09.50 谷口浩美(旭化成)87年5月
8、2.09.51 新宅雅也(エスビー食品)85年12月
9、2.10.30 喜多秀喜(神戸製鋼)83年12月
10、2.10.37.8 宇佐美彰朗(桜門クラブ)70年12月
11、2.11.04 阿部文明(日本電気HE)85年3月
12、2.11.09 須永宏(日本電気HE)85年3月
13、2.11.10 西政幸(旭化成)86年10月
14、2.11.17.0 佐々木精一郎(九州電工)68年12月
15、2.11.19 大須田祐一郎(日本電気)86年12月
16、2.11.21 坂口泰(エスビー食品)87年3月
17、2.11.23 野田浩(旭化成)86年3月
18、2.11.27 武富豊(神戸製鋼)80年12月
19、2.11.36 工藤一良(日産自動車)87年12月
20、2,11,56 千葉照夫(東北日本電気)85年3月
57ゼッケン774さん@ラストコール:04/10/06 02:17:43
>>48
>杉田かおる(走る厚化粧)
>解説 瀬古俊彦 ゲスト 中山竹通 バイクリポート 松野明美

これホントかよ?
あまり嘘を書きすぎるのはどうかと。

漏れも解説は瀬古か増田明美、ゲスト中山は面白いと思うがね。
どんなまぬけな発言or暴言してくれるかと期待大だからね。
ちなみにテレビ東京のサイトに解説:河野匡って出てたよ。
久しぶりに10月11日の放映は楽しみだ。
世界最高の達成シーンを是非、録画したいもんだ。
58ホラン司祭:04/10/06 13:08:21
>>57あくまでジョークで(笑)。
でも、出場選手に関する情報はホントですので。

>>39
でNovoが01年のハンブルク勝者と書いてしまいましたが、ウィーンの間違いでした。

最近の海外で世界(日本)記録が出されたレースを見ると・・・
(○はTV放送があったもの、×はなし)
×98年ベルリン、ダコスタWR
×99年ベルリン、犬伏NR
×99年シカゴ、ハヌーシWR
○00年福岡、藤田NR
○02年ロンドン、ハヌーシWR
○02年シカゴ、高岡NR
×03年ベルリン、テルガトWR
59ゼッケン774さん@ラストコール:04/10/10 20:21:27
>>50
>>51
>>53
瀬古、中山の10000のタイムが世界的にまずまずだったのは知っていたが、
年度10傑に入っているとは思わなかった。
中山の記録が当時世界歴代22位。今だったら何秒くらいの価値があるのだろうか?
60ホラン司祭:04/10/13 11:12:22
シカゴ結果
1. Evans Rutto, Kenya,         2:06:16
2. Daniel Njenga, Kenya,        2:07:44.
3. Toshinari Takaoka, Japan,      2:07:50.
4. Jimmy Muindi, Kenya,        2:08:27.
5. Khalid Khannouchi, United States,  2:08:44.
6. Marilson Dos Santos, Brazil,    2:08:48.
7. Stephen Kiogora, Kenya,       2:09:21
8. Scott Wescott, Australia,      2:13:08.
9. Ben Maiyo, Kenya,          2:13:17
10. Paul Koech, Kenya,         2:13:20

高岡は大健闘。考えてみれば、このレースを制した瀬古はすごかった。
61ホラン司祭:04/10/15 11:14:17
小泉総理の所信表明演説にデリマが引用された。
日本の総理の所信表明演説に登場するとは、アベベやショーターも成し得なかった快挙であろう。
自分をメダリストのデリマに、抵抗勢力をキ○ガイのホラン司祭に例えるとは、
随分侮辱的な物言いである。彼はデリマのように笑顔でゴールできるのか?それとも国近にすぎないのか?

それにしても、日本ではこの事件について、後進国のギリシャの警備がいい加減だったから
起こったかのような論調が目立つ。では、先進国の英国が2回(F1とウィンブルドン)も
ホランの侵入を許している事実はどう見るのか?
しかも、15年ほど前、日本でも箱根の10区で順大の選手が観客に押し倒される事件があったのである。
つまり、日本の白バイ警備も、あの手の輩には無力なのである。
そういえば、ホランが罰金だけで済んだのも批判されていたが、
順大押し倒し男の刑罰はどれくらいだったのだろうか?
62ゼッケン774さん@ラストコール:04/10/15 22:14:38
今、シカゴ、ボストン、ロンドンを制する日本男子選手がいたら驚きだ。
63ゼッケン774さん@ラストコール:04/10/16 22:51:42
高岡はスピードランナーにありがちな諸さがなく、マラソン成績は安定。
しかし悲しいかな師匠の「マラソン未勝利」の冠を受け継いでいる。
このまま3位での連続記録樹立を期待したい。
64ゼッケン774さん@ラストコール:04/10/17 00:02:09
高岡ならいずれどこかで勝ちそうな気がするけど……・。
弱メン相手に楽勝するよりは強敵に挑みつづけてほしい。
65ゼッケン774さん@ラストコール:04/10/17 03:17:32
>>64
それって師匠の伊藤国光パターンですよね?
結局、その路線で師匠は一回も勝てなかったわけで・・・。
66ゼッケン774さん@ラストコール:04/10/17 04:09:40
>箱根の10区で順大の選手が観客に押し倒される事件があったのである。
あんなの観客と言えんわ。グラサンかけたいかれたあんちゃんだったよ。
テレビに映るためにランナーの横に出ちゃっただけ。
ちなみに転ばされたのが工藤康弘(世羅⇒順大)。
高3時に5000mの当時高校新出して国体で優勝した奴。
高2で高校駅伝の1区で区間賞だったな。

>順大押し倒し男の刑罰はどれくらいだったのだろうか?
厳重注意のみだよ。
あれで順大、優勝逃してたら順大総出であんちゃん処刑だったろうな。
67ホラン司祭:04/10/17 11:24:13
>>66
あの時の、順大は確か5連覇の4年目か5年目で、2位とは凄いギャップがあったはず。
あの頃の順大は強かった。(その割に誰もマラソンランナーとして大成しなかったが)

>>62
ボストンは最近レベルが低下しているので何とか可能。
昔はボストン勝者は、五輪メダルと同じ位価値があったが、
マラソンイベントが増えた状況で、徐々に格が落ち
さらに最近はタイムの出ない、難コースが嫌われ、かなりマイナー化している。
68ホラン司祭:04/10/17 13:08:50
北京マラソン歴代優勝者
1981 K・E・スタール(スウェーデン)2:15:20(同年発足のフランクフルトも優勝)
1982イ・ジョンヒョン(朝鮮民共)2:14:44
1983R・タブ(米)2:18:51
1984喜多2:12:16
1985宗茂2:10:23(兄弟同タイム)
1986児玉2:07:35(伊藤、2位)
1987J・イカンガー(タンザニア)2:12:19
1988A・メコネン(エチオピア)2:07:35(谷口、2位)
1989ダル(デンマーク)2:12:46(この年から急に好タイムが出なくなる)
1990ダルA2:14:55
1991デュベ(エチオピア)2:12:55
1992泉2:11:29
1993ヒュ・ガンジュン(中国)2:10:57(徳永、2位)
1994ヒュ・ガンジュンA2:10:56
1995メン・ジャンヒュイ(中国)2:16:20
1996N・ヌデレバ(ケニア)2:10:37(キャサリン・ヌデレバとは縁故関係なし)
1997ヒュ・ガンジュンB2:09:18(現在も中国記録)
1998キム・ジュンウォン(朝鮮民共)2:13:49(同年のバンコク・ア大会の銅メダリスト)
1999鈴木賢一2:11:33
2000N・ヌデレバA2:13:52
2001ケ・ゴング(中国)2:10:11(リ・ジュホン、ジュニア世界記録=2:10:46)
2002リ・ジュホン(中国)2:13:09
2003I・シスター(南ア)2:07:49(独走優勝、15年ぶり7分台)
69ゼッケン774さん@ラストコール:04/10/17 18:01:14
>>67 ボストンが難コースという意見に隔世の感があるな。片道の下りコースで
好記録が出ても「ボストンだから本当の実力ではない」と言われていた頃が嘘の
様。80年代に入ってロッテルダム等が如何に記録を出すかに腐心したためだな。
そのせいで高速マラソンの覇者とオリンピック等の世界大会の覇者が一致すること
が稀になった。
70ホラン司祭:04/10/18 13:30:41
先週末の主要マラソンの結果を写しておきます
アムステルダム
1. Robert Cheboror (Ken) 2: 06:23 (PB; course record)
2. William Kipsang (Ken) 2:08:41
3. El Hassan Lahsinni (Fra) 2:10:10
4. Wilfred Kigen (Ken) 2:12:05
5. Hugo van de Broek (Ned) 2.12:08 (PB)
6. Khalid Boumlilli (Mar) 2.12:32
7. Salim Kipsang (Ken) 2:12:44
8. Teferi Bacha (Eth) 2:13:07
9. Rodgers Rop (Ken) 2:13:58
10. Benjamin Kimutai Kosgei (Ken) 2:14:16
カルピ
1 Haron Kiplimo Toroitich (Kenya) 2:09:09
2 Richard Maiyo Kiprono (Kenya) 2:09:47
3 Ruggero Pertile (Italy) 2:10:22
4 Johnstone Changwony (Kenya) 2:10:59
5 Samson Kosgei (Kenya) 2:11:43
6 Nelson Lebo (Kenya) 2:13:16
北京
1 James Moiben KEN 2:10:42
2 Christopher Isegwe TAN 2:10:56
3 Ri Kyong Chol PRK 2:15:24
71ゼッケン774さん@ラストコール:04/10/18 22:59:30
>>70
乙。
もう五輪世界陸上以外の男子マラソンはケニアのお家芸になってしまったようだ・・・
72ホラン司祭:04/10/24 08:59:46
ケニア本当にすごいよ。
マラソンは、これまで5大陸の色々な国が代わる代わる中心的地位を占めてきたが、
これだけ、一つの国が圧倒的に強くなった事は、マラソンの歴史の中でもないと思う。
73ゼッケン774さん@ラストコール:04/10/24 21:56:13
高岡は凄いよ
74ゼッケン774さん@ラストコール:04/10/25 13:45:21
>>69
前半下りのマラソンコースは意外と記録出ないよ。
日本の長野マラソンがその典型。
前半で脚を使ってしまうからな。
ボストンは基本的にずっと同じ方向へ走るコースだから
追い風に恵まれれば高記録が続出することは多いけど。
75待った名無しさん:04/10/25 20:37:01
>>12-14
貞永さんの記録ですが、いくつか疑問、誤り、追加があります。

1950年代
12に書いていただいたように、この頃はトラック&フィールド種目と一緒に、マラソンの日本選手権も行われていましたが

1954年は、9月23日ではなく、9月26日に行われています。
1955年は、この年に限り朝日国際マラソンが日本選手権を兼ねて行われました。ですから9月26日に日本選手権マラソンが行われているはずはありません。また当時の新聞を見てみましたが、この日東京でマラソン大会が行われた形跡はありません。
1956年の日本選手権はこの日に行われていますが、3位のタイムが2.40.42ですから、7位で2.40.17というのは疑問があります。

1960年代〜70年代

この時期は、まだ秒以下の計時が行われた大会もありました。65年の玉造毎日マラソンは秒以下まで記されていますが、他の大会は抜けていますので訂正させてください。
60年五輪  2.35.11.2
62年朝日  2.23.01.0
64年毎日  2.22.40.6
65年信毎  2.23.56.4
66年毎日  2.35.49.8
69年京都  2.21.39.4
69年福岡  2.27.21.0
72年石川  2.31.11.4
74年京都  2.28.54.8

それと追加があります。
75年別大  100位  2.33.26
78年ホノルル     2.37.44.1(順位不詳)
76待った名無しさん:04/10/25 20:45:42
貞永さんの記録についてもう一つ

1961年全国マラソン 7位 3.02.57 青梅
とありますが、この年の全国マラソンは宇都宮で行われ、6位のタイムが2時間35分台です。
したがって、このタイム・順位が正しいとすれば他の大会ではないかと思います。私の控えには該当する大会がありません。
77ホラン司祭:04/10/28 17:56:11
『SPORTIVA』という雑誌で80年代スポーツ特集をやっており、その中に、
中山のインタビューが載っていた。

・・・・・・・・当時はみな相手を潰すつもりで戦っていた。
87年福岡で序盤から猛烈に飛ばしたのも、
唯一ライバル視していた谷口を潰すためだった。・・・・・・・・・・

・・・・・・・・当時は一万を27分台で走る選手は沢山いたから、
それを上回るペーズで序盤から飛ばした・・・・・・・・・・

この発言からは、「今のマラソンはペースメーカーで記録が出ているだけ。
力は昔の選手のほうがあった」という主張が見え隠れする。
日本選手で9分以内で4回走ったのは、今でも中山一人だけらしい。
78ゼッケン774さん@ラストコール:04/10/28 22:08:42
闘争心だけは無くさないで欲しいですね〜〜。ハングリーさというか。
79ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/03 18:24:57
>>77
87年福岡国際は
最初にタンザニアのロバート・サイモンが飛び出したから、中山も流れに乗った
感じがしたけどな。もしサイモンがいなかったらあそこまで前半飛ばせたか
わからなかったけどね。
80ホラン司祭:04/11/04 12:17:12
>>79
よく覚えておられますね。
最初から飛ばすつもりだったが、サイモンが飛び出したので便乗したらしい。
なぜか私は87年福岡どんなレースだったか覚えてないですね〜
ロスの選考会は覚えているんですが。


81ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/04 13:24:12
>>80
87年の福岡は中山強しを印象づけるには充分の内容だった。
ただ一つ惜しかったのは、レース後半、30kmを過ぎて気温が下がり、中山の脚が止まったことだ。
テレビの画面を見ていると、中山の吐く息が白くなり、低気温が中山の体力を奪ったことは明白だった。
気象条件さえ回復していればと思うと残念でならない。
82ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/04 16:10:26
>>81
気温もそうだけど雨が降ってきたよね。最後はみぞれ交じりだったように
思う。
 あの頃、谷口は勢いがあったから例年の福岡の気象条件だったらと
悔やんだろうね。気温10度以下で快走したことがほとんどないデーターが
あるし。。
83ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/04 16:12:56
1987年度 福岡国際マラソン成績


1中山竹通 日本 2818
2新宅雅也 日本 21034
3ペ−タ− 東ドイツ 21122
4工藤一良 日本 21136
5デンシモ エチオピア21159
6谷口浩美 日本 21214
7坂口泰 日本 21225
8トルスチコフソ連 21231
9カサポフ ソ連 21312
10谷口伴之 日本 21334
11渋谷俊浩 日本 21340
12末吉富夫 日本 21410
13ハイルマン東ドイツ 21418
14キャロル オ−ストラリア21438
15ニコシア イタリア 21445
16ロズム ソ連 21446
17伊藤国光 日本 21452
18西村義弘 日本 21455
19高橋浩一 日本 21459
20金哲彦 日本 2157
21佐藤敏信 日本 21513
22西政幸 日本 21533
23春松千秋 日本 21557
24仙内勇 日本 2165
25村上享史 日本 21634
26上田謙吾 日本 21635
27阿部文明 日本 21637
28酒井勝充 日本 21640
29コッホ 東ドイツ 21645
30鈴木幸夫 日本 21646

84ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/04 16:17:10
ソウル五輪代表候補
福岡成績

中山竹通 優勝
新宅雅也 2位
谷口浩美 6位
伊藤国光 17位
児玉泰介 31位
宗猛 途中棄権
瀬古利彦 出場辞退
宗茂 現役引退
85ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/04 17:55:31
>>82
谷口浩美自体、暑さ歓迎ってタイプだったみたいだしなぁ。オリンピックとか世陸とか。

87年福岡は黙って立ってられないくらいの寒さだったので家でTV観戦してたんだが、
石堂大橋を通過するあたりの映像は見てて凄絶だった。
レースの前夜、中山は郷里の父親に電話で「もし明日負けたらマラソンをやめる」と言ったらしい。

>>84
ペーターや谷口浩や仙内などは約2ヵ月後の東京にも出てたな
この頃のマラソン選手は本当にタフだったな
88ホラン司祭:04/11/04 21:09:28
さすがに87年福岡などのレースになると、盛り上がりますね。
確かこのレースの視聴率は40%を超えていたはず。
サッカーが台頭する以前は、スポーツで40%超えするコンテンツはほとんど無かったはず。
おまけに、その視聴率はあまり長距離熱が高く無い関東で算出されたものだから、
西日本などではどれくらいの人が見たのか、想像がつきません。
89ホラン司祭:04/11/08 20:14:45
NYシティマラソン、ケフレジキは惜しくも2位。
このレースは初年度(1970)から13年連続で米国勢が勝ったが、
83年にNZのディクソンが勝って以来、一度も米国勢が勝っていない不思議なレースなのです。
90ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/12 21:01:47
信毎マラソン&長野五輪記念長野マラソン歴代成績 
>>http://www.naganomarathon.gr.jp/history/frome.htm
信毎マラソンの優勝ランナーには渋い面々が並んでいます。
91ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/12 21:05:40
>>90の訂正
信毎マラソン歴代成績
>>http://www.naganomarathon.gr.jp/history/frame.htm 
92ゼッケン774さん@ラストコール :04/11/12 22:46:39
>>89
ボストンマラソンもここ20年以上米国勢が勝っていないな
シカゴは米国に帰化したハヌーチが勝ってるけど
93ホラン司祭:04/11/13 11:44:30
ボストンで米国勢が最後に勝ったのは83年。
なぜかこの年を境に米国の凋落が始まっている。
94ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/16 09:36:01
信毎マラソン 歴代10傑

1位 2.13.52 西本一也(九州産交) 優勝 33回(92年)
2位 2.14.05 佐藤敏信(コニカ) 優勝 35回(95年)
3位 2.14.44 高村英男(本田技研) 優勝 31回(89年)
4位 2.15.33 江内谷良一(日本電装) 2位 35回(92年)
5位 2.15.43 近藤孝志(ヤクルト) 優勝 36回(93年)
6位 2.16.10 小倉幸康(鐘紡) 優勝 37回(94年)
7位 2.16.17 亀岡功(佐川急便) 2位 36回(93年)
8位 2.16.27 米原正人(芙蓉) 2位 37回(94年)
9位 2.16.33 村上亨史(本田技研) 優勝 34回(91年)
10位 2.16.51 仲川栄二(ダイエー) 2位 34回(91年)

95ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/16 14:23:07
西本といえば、瀬古を押えて30Kmの日本記録保持者だったんだよな。
96ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/16 21:36:18
「添乗員は陸上日本最高保持者 裏方で支える西本さん」


熊本工ナインの移動などを世話する添乗員を務めているのは西本一也さん(40)
=九州産交旅行部。熊本工OBの西本さんは1985(昭和60)年の
熊日30キロロードレースで、いまだ破られない1時間28分46秒の大記録
をマークした「道路日本最高」保持者だ。
「高校時代は陸上が忙しくて、甲子園に応援に行けなかった。
だから当時の分まで、”裏方”としてナインを支えたい」と西本さん。
応援も含め甲子園は初めてだが、電車移動では駅出口への誘導、
バス会社とのスケジュール折衝など、ナインの行動を細かにフォローする。
高校時代に都大路の”花の1区”で区間賞を獲得した西本さんも北部中時代は、
球児で一塁手。「甲子園はあこがれだった」。だが、中学時代、駅伝などでずば抜けた
活躍をして、陸上の道を歩んだ。熊本工の同学年には伊東勤(西武)がいた。
林幸義監督が実業団の九州産交野球部OBだったことが縁で、
熊本工野球部をお世話することに。「県予選は準決勝、決勝とも応援に行った。
やはりグレーのユニホームはかっこいいし、愛着がある」と西本さん。
後輩の甲子園での活躍を、すぐそばから応援している。
97ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/16 23:47:56
男子30キロ 日本歴代10傑

1 1時間28分36秒 松宮隆行(コニカ) 熊日30Kmロードレース 2003年2月16日 熊本
2 1時間28分46秒 西本一也(九州産交) 熊日30Kmロードレース 1985年2月24日 熊本
3 1時間28分52秒 瀬古利彦(ヱスビー食品) 名古屋ロードレース 1987年3月1日 名古屋
4 1時間29分12秒 伊藤国光(鐘紡) 熊日30Kmロードレース 1980年2月24日 熊本
5 1時間29分23秒 高岡寿成(カネボウ) 熊日30Kmロードレース 2001年2月18日 熊本
6 1時間29分28秒 早田俊幸(鐘紡) 祐徳30Kmロードレース 1993年2月28日 鹿島
7 1時間29分34秒 坪田智夫(コニカ) 熊日30Kmロードレース 2001年2月18日 熊本
8 1時間29分46秒 工藤一良(リッカー) 熊日30Kmロードレース 1989年2月19日 熊本
8 1時間29分46秒 高橋健一(富士通) 熊日30Kmロードレース 1996年2月25日 熊本
8 1時間29分46秒 野口憲司(四国電力) 熊日30Kmロードレース 1999年2月21日 熊本
98ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/16 23:51:25
熊日30kmロード
第29回大会 昭和60年(1985)年
西本、快記録でV

地元選手として初めて西本一也(九州産交)が日本道路最高記録をマークした。
スタート時(午前十時)の気温7度、南南西の風0・3メートル、湿度43%、
晴れという、おあつらえ向きの舞台。7キロ地点で阿部文明(日本電気HE)、
西本、篠原良房(新日鉄)、久保田茂(本田技研熊本)、加藤宏純(日産自動車)
の五人がトップ集団を形成した。10キロから15キロのスプリットが14分台
(14分58秒)に突入。
折り返し後、西本と阿部の争いになった。16・5キロで西本がスパートして
独走態勢へ。その後も5キロごとを14分19秒、14分15秒、14分34秒
と驚異的なスピードで駆け抜け、伊藤国光の記録を26秒も縮める
1時間28分46秒の快記録をマークした。
白水昭興日産自動車監督(日本陸連強化部員)も「すごい記録」と絶賛。

99ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/16 23:57:00
松宮(コニカ)が世界最高でV

第47回金栗記念熊日30キロロードレースは16日、熊本市上通町のびぷれす
熊日会館(旧熊日本社)前を発着点に、菊池郡菊陽町原水を折り返す日本陸連公認
コースに招待10、一般35の計45選手が出場して行われた。
招待選手でV候補と見られたコニカの松宮隆行が1時間28分36秒の日本道路最高記録
で制するとともに、マラソンの30キロ通過タイムでマークされていた1時間28分40秒
の世界道路最高も上回った。
レースは入りの1キロを3分10秒で入るややスローなスタート。
15人前後の集団を清水将也(日本大)、前田和之(コニカ)、木野行純(九電工)
らが引っ張った。
折り返し点を過ぎ、松宮、前田を中心に集団は徐々にペースを上げ、サバイバルレース
に突入。20キロ過ぎに前田が仕掛け、先頭集団は松宮、前田、清水、原和司(三菱重工長崎)
の4人に。さらに、22キロ地点の下りで松宮がスパート。一気に3人を引き離すと、
最後まで力強い走りは衰えず、これまでの大会記録を10秒更新した。2位は前田が入り、
コニカ勢のワンツーフィニッシュ。3位の清水は1時間30分0秒で日本学生道路最高を記録した。



100ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/17 00:03:56
松宮 隆行(コニカ) ラップタイム

5km 15:22
10km 30:35(15:13)
15km 45:29(14:54)
20km 1:00:24(14:54)
25km 1:14:19(13:55)
30km 1:28:36(14:17)

101ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/17 12:43:50
中山竹通の30キロの記録が無いが?
もし、中山が30キロのカテゴリーで専念していたら27分台を出していたかも。
30キロじゃマラソンと違ってビジネスとして成立していないからやらなかったのかな。  
102ゼッケン774さん@ラストコール :04/11/17 19:57:45
>>101
知っている限りで、6回走っている。(優勝3回、2位1回、3位2回)
負けたのは、全部まだマラソンデビューする前だから、力をつけた後(84年福岡のあと)は負けていない。
ただタイムは、89年中日(ボストンへの足慣らしのレース)の1.29.52が最高だった。
まあ、30kレースはマラソンと違って100%力を出し切るレースはしていないはずで、あまりタイムの比較は意味がないと思う。
103ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/17 20:40:13
サラザール
 
ロペス
105ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/18 08:44:32
30Kmのレースといえば、広島の大会で新宅がスタート後の競技場での周回数を
間違えて1周走らずに先頭で外に出たもんで、みんな大弱りだったな。
最後、競技場2周走る羽目になったよ。
106ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/21 11:26:50
>>101
中山の30キロの途中計時の最高タイムは、87年福岡国際の
1時間29分02秒。

5km 14.35
10km 29.05(14.30)
15km 43.40(14.35)
20km 58.38(14.57)
ハーフ 1.01.55
25km 1.13.48(15.11)
30km 1.29.02(15.14)
107ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/21 11:34:26
瀬古はオープン参加で青梅マラソン30kmを1時間29分23秒(81年)
を記録した後、
86年ロンドンマラソンの前に調整として第6回ひろしま国際平和マラソン
30kmに出場。この時1時間29分21秒で走破。

5km 14.45
10km 29.39(14.54)
15km 44.16(14.37)
20km 58.49(14.33)
25km 1.14.02(15.13)
30km 1.29.21(15.19)
108ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/21 12:27:10
瀬古は87年3月にボストンマラソンの練習の一環として名古屋30キロに出場。
気温7.5度、強烈な向かい風の中、スタート。スタート時は本田技研の
中島修三が抵抗したが、4キロ地点で早くも独走。西本の日本最高に6秒及ばなかった
ものの1時間28分52秒の日本歴代2位で優勝。

5km 14.53
10km 29.30(14.37)
15km 44.30(15.00)
20km 59.08(15.08)
25km 1.13.59(14.51)
30km 1.28.52(14.53)
109ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/21 16:12:57
アベベ
110ホラン司祭:04/11/22 12:24:13
てっきり、30キロの日本最高記録保持者は早田かと思ってたよ
111ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/22 18:24:57
>>107
そういえば青梅で1時間30分を切ってるのは瀬古だけなんだよな。
この記録が公認の大会記録かわからないけど。
アップダウンの多い青梅でのこの記録は
80−81年前後の瀬古がいちばんの全盛期と感じるさせた記録のひとつだね。
112ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/22 19:51:54
/⌒⌒γ⌒ 、
  /      γ   ヽ
  l       γ   ヽ
 l   i"´  ̄`^´ ̄`゛i |
 |   |         | |
 ヽ  / ,へ    ,へ ヽ./
  !、/   T    T  V
  |6|      |     .|
  ヽl   /( 、, )\  )  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   |   ヽ ヽ二フ ) / < わしが泣きながらマラソンすんねん どや
   丶        .ノ    \_____________
    | \ ヽ、_,ノ
   . |    ー-イ
113ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/25 00:03:38
西本の男子30キロ日本記録ってマラソンの児玉より長寿記録だったんだな。
114ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/26 19:53:00
綾部健二や藤野圭太、池田克美あたりも真剣に30kmロードを挑んでたら、
1時間29分そこそこで走れる潜在能力をもっていたはずだ。
115ゼッケン774さん@ラストコール:04/11/26 23:11:07
>>114
あとダイエーの熊谷勝仁なんかも30キロまでならスピード勝負できたかな。
116ホラン司祭:04/11/28 15:16:07
http://www.iaaf.org/statistics/toplists/inout=O/ageGroup=N/season=2004/gender=M/discipline=MAR/legal=Y/index.htmx
国際陸連HPより、今季のマラソン世界ランキング。
福岡以外の主要マラソンはほぼ終了したので、これに福岡の記録を加えたものが最終ランキングになるかと。
例年どおり、五輪の年は記録が低迷。今年は日本勢も健闘した。
117ゼッケン774さん@ラストコール:04/12/04 22:17:02
このスレ、パート3で前ほど勢いがないけど、
データや豆知識があっていいですね。
118ホラン司祭:04/12/05 10:36:35
福岡目前!

と言っても、以前ほどの盛り上がりは無いが。
どこまでイベントとして生き残れるだろうか?
119ホラン司祭:04/12/09 19:04:08
俺の家ずっと朝日だけどさ。
福岡國際に関する記事がどんどん甘口になっていってる気がする。
確かに日本人ワンツーだが、単に寒すぎてアフリカ勢が不振だっただけではないかと思う。
ベテランの尾方、大崎は頑張ったが、それ以外の日本選手が5分以上も遅いのはどうかと。
120ホラン司祭:04/12/11 20:40:03
ナンバー最新号に瀬古の特集が組んである。
「オリンピックに嫌われた男」
なんちゅうタイトルじゃw
121ゼッケン774さん@ラストコール:04/12/11 21:53:08
確かに瀬古の実績からすると五輪は物足りないかもしれないが
最近でも世界の第一人者が必ずしも五輪で好成績というワケではない。
でも今のマラソンしか知らないファンにとっては瀬古に対しての
国民の期待なんて想像できないだろうな。 
122ゼッケン774さん@ラストコール:04/12/14 22:31:47
>>121
まだロス五輪のころは
開会式の入場行進で日本選手団はきっちり列作って「行進」してる
時代だったからね。今の期待度とは比べられない重さがあったなぁ。
 
でも行進がおわってフィールドに入ってからは
各国の選手がはしゃいだり他国の見知らぬ選手と騒いだり写真を撮りあったりしてるのに
日本選手はそんなことしないでじっと立ってるだけ。それで、やれ内弁慶だとか
交流する気がないのかとか新聞やテレビで叩かれる始末。

男子マラソン直前の新聞で宗兄弟の「瀬古君はそばで見ていて怖いほど調子がいい」という
コメントが載った。
ところが実際には前日に二人は小掛照二に選手村の部屋に呼ばれ「瀬古が壊れた。
君たちでなんとかしてくれ」と言われたそうだ。
それ以来マラソン選手の好不調に関するコメントや記事は話半分に聞くようになった。
オリンピック数ヶ月前にケガした選手について「調子が急激にあがってきた」「完治した」
なんてのはまず危ないね。
124ホラン司祭 ◆/.yGnn0uv. :04/12/16 18:49:38
直前まで熱い東京で練習してコンディションを崩したという
125ホラン司祭:04/12/18 19:28:20
ナンバーさっき立ち読みしてきました。
瀬古の記事は、6ページの特集でした。
126ゼッケン774さん@ラストコール:04/12/20 02:13:37
>>123
カメラなんか持ち込み禁止だろ本来
フィールドの中なんかで交流ってそりゃいったいなんなんだ
メキシコでこっそりもちこんでパチパチやってた射撃の選手は
もう帰れとまで言われた
127ゼッケン774さん@ラストコール:04/12/20 02:27:00
男子マラソン選手で五輪開会式に参加したのはいつまでなのか? 
 ミュンヘンで君原が5大陸代表でセレモニーに参加して以来
なのかな?昔からマラソン選手は宿舎を含めて別行動が多かった。
それだけ期待の大きい種目であり続けた事だろう。
128ゼッケン774さん@ラストコール:04/12/20 07:38:04
>>126
レスリングの富山がやって怒られてたような。
129ホラン司祭:04/12/20 17:11:54
防府読売マラソン、大変ドラマティックなレースでした。
このスレへ集う強者の中には、このマイナーレースをご覧になった方も多いでしょう。

ペースメーカーがつくようになってから、
「ペースメーカーが外れた後、一番強い者がスパートして勝つ」
といったような淡白なレースが増えた中、
あのようなレースを見せられると感動します。
俺34km〜36kmすぎのほんのわずかな瞬間しかみれなかったorz
もっと見たかった・・・。
五十嵐に勝たせたかった・・・。

渡辺は体調不良でもきたしてたのかな?TVみてないからよくわかんないけど。
131ホラン司祭:04/12/20 22:20:49
五十嵐、先頭集団から脱落

先頭はラビット一人と、エチオピアのアベベとクムサ、渡辺の4名

25キロ手前で、渡辺が一度目のトイレへ駆け込む

25キロでラビット棄権、エチオピアの2人が先頭

渡辺、懸命の追い上げで先頭は3人に。その後、クムサが脱落、五十嵐に抜かれる

32キロ付近で渡辺が2度目のトイレに。アベベが単独トップに

徐々にアベベを追い上げた五十嵐、逆転し1度は15秒差をつける

競技場直前、五十嵐の足に変調、アベベが再逆転
132ゼッケン774さん@ラストコール:04/12/20 22:41:47
第35回防府読売マラソン 成績

1 ハルフォム・アベベ (エチオピア) 2:13:20
2 五十嵐 範暁 (中国電力) 2:13:41
3 吉冨 一成 (JFE) 2:16:44
4 福永 晃大 (トヨタ九州) 2:19:06
5 吉橋 慧 (九電工) 2:19:49
6 渡辺 共則 (旭化成) 2:20:25
7 李 秀田 (中国) 2:20:52
8 吉村 豊和 (大阪陸協) 2:21:08
9 服部 元康 (大塚製薬) 2:21:46
10 劉 相国 (中国) 2:22:13
133ゼッケン774さん@ラストコール:04/12/20 23:12:41
防府といえば、五十嵐の走りも印象的だったが、それより
数年前の伊藤健太郎選手の「激走」のほうが強烈に印象に残っている
134ホラン司祭:04/12/21 18:19:04
防府は貴重な大会だよ。
日本の大会は、福岡・東京・大津が横綱、別大・北海道が大関と言えるが、
次の、関脇小結級の大会は防府、長野くらいしかない。
それ以外は、有名選手は誰も出ていないような前頭級。

60年代〜70年代前半に続々と生まれたマラソンの多くは、
消滅するか、マイナー大会化していった。
70年から1度も中断せず続いている防府は貴重な例と言える。
135ゼッケン774さん@ラストコール:04/12/22 10:36:38
防府といえば、砂田がふらふらになって競技場に入ってきて、
先に旭化成をクビになった橋口に抜かれたレースを思い出す。
安里兄弟とか九州1周→防府要員は旭化成にもいなくなりましたね。
今年の抱負は、見ている方には面白いレースだったね!
137ゼッケン774さん@ラストコール:04/12/22 17:01:05
昔のマラソンのビデオを持っている方
ここに動画うpキボンヌ
http://gazo01.chbox.com/ 
138ホラン司祭:04/12/22 18:43:29
上のやつクリックしても大丈夫?
139130:04/12/23 14:04:10
ホランさん、>>131でのレース展開解説ありがとう。
お礼に>>137踏んでみた。
大丈夫です。害は全くないよ。てか基本的にここに常駐している人に
悪人はいなさそう。
140ホラン司祭:04/12/23 16:19:50
確かに安全でした。
なんか寂れたBBSですね。
「スポーツ」板なんか、女子バレーの選手の画像とかばかり。
あそこに、「83福岡で先頭集団と離れて走るイカンガー」
の画像なんかを貼りつけても、若い人は誰も分からないだろうな。
141ゼッケン774さん@ラストコール:04/12/23 18:55:02
>>140 懐かしTV板や懐かしCM板とかにオールドファンがいるよ。
懐かしCMリクエストに東京国際マラソンや大阪国際女子マラソンの時の 
ダイエーのCMのリクエストがきていた。  
こんなに東日本が強い高校駅伝は始めて見た。
「九州の陸上関係者はハラハラしているでしょう」
ってw
お隣の宗監督も一応、九州の陸上関係者ですから
143ゼッケン774さん@ラストコール:04/12/30 13:20:23
九州は福岡に別大と大きな大会があるもんね。
あと九州一周駅伝とかもあるし。 
144ホラン司祭:05/01/02 12:18:44
箱根、区間別歴代記録
1区
1 渡辺康幸 早稲田大学 1時間01分13秒 1994
2 櫛部静二 早稲田大学 1時間02分09秒 1993
3 武井隆次 早稲田大学 1時間03分22秒 1992
2区
1 三代直樹 順天堂大学 1時間06分46秒 1999
2 渡辺康幸 早稲田大学 1時間06分48秒 1995
3 S・マヤカ 山梨学院大学 1時間07分34秒 1994
3区
1 小林正幹 早稲田大学 1時間02分49秒 1995
2 K・イセナ 山梨学院大学 1時間03分45秒 1992
3 森近繁則 日本大学 1時間03分45秒 1978
4区
1 藤田敦史 駒澤大学 1時間00分56秒 1999
2 小林雅幸 早稲田大学 1時間01分35秒 1995
3 花田勝彦 早稲田大学 1時間02分07秒 1993
5区
1 中井祥太 東海大学 1時間11分29秒 2003
2 藤原正和 中央大学 1時間11分36秒 2000
2 柴田真一 東海大学 1時間11分36秒 2000
6区
1 金子宣隆 大東文化大学 58分21秒 2001
2 永井順明 中央大学 58分35秒 2000
3 中沢晃 神奈川大学 58分06秒 1999
7区
1 武井隆次 早稲田大学 1時間02分53秒 1993
2 大場康成 駒澤大学 1時間04分44秒 1991
3 松本卓也 専修大学 1時間05分00秒 1987
8区
1 古田哲弘 山梨学院大学 1時間04分05秒 1997
2 川波貴臣 中央大学 1時間05分48秒 1996
3 榎木和貴 中央大学 1時間06分03秒 1995
9区
1 西田隆維 駒澤大学 1時間09分00秒 2000
2 高橋謙介 順天堂大学 1時間09分17秒 1999
3 浜野健 順天堂大学 1時間09分30秒 1997
10区
北浦政史 駒澤大学 1時間09分54秒 2003
2 桜井勇樹 早稲田大学 1時間10分18秒 2002
3 真名子圭 大東文化大学 1時間10分19秒 2001
145ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/02 12:22:50
>>144

これ、歴代じゃなくて、区間記録の変遷だよね。
その割には、3区で大津睦(大東大)が抜けていたり。
ソースはなんですか?
(スポーツナビと見ましたが)
5区
>1 中井祥太 東海大学 1時間11分29秒 2003
>2 藤原正和 中央大学 1時間11分36秒 2000
>2 柴田真一 東海大学 1時間11分36秒 2000

今井正人1時間9分12秒。この数字は軽く上記三人をふっとばす。
悪魔だ・・・。
147ホラン司祭:05/01/04 13:35:06
>>145
そうだったw
148ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/07 14:12:18
1973年度 世界10傑

1、2時間11分12秒6 ファーリントン(オーストラリア)7月N.S.W選手権
2、2時間11分45秒0 ショーター(アメリカ)12月福岡国際
3、2時間12分07秒0 クレイトン(オーストラリア)9月オーストラリア選手権
4、2時間12分24秒0 レッセ(東ドイツ)6月マクソール
5、2時間12分40秒0 トンプソン(イギリス)10月英連邦
6、2時間13分22秒0 ヒル(イギリス)10月英連邦
7、2時間13分24秒0 北山吉信(日本)3月毎日
8、2時間13分26秒0 ドレイトン(カナダ)9月カナダ選手権
9、2時間13分30秒0 アームストロング(カナダ)6月マクソール
10、2時間13分58秒0 ルグランジ(南アフリカ)6月マクソール


1974年度 世界10傑

1、2時間09分12秒0 トンプソン(イギリス)1月英連邦
2、2時間11分13秒0 リスモン(ベルギー)7月ベルギー国内大会
3、2時間11分18秒6 フォスター(ニュージーランド)1月英連邦
4、2時間11分31秒2 ショーター(アメリカ)12月福岡国際
5、2時間12分02秒4 レッセ(東ドイツ)12月福岡国際
6、2時間12分10秒6 ペイベリンダ(フィンランド)9月ツルク大会
7、2時間12分47秒4 ルグランジ(南アフリカ)4月南ア国内大会
8、2時間12分54秒4 マズサ(スワジランド)1月英連邦
9、2時間12分58秒6 マナーズ(ニュージーランド)1月英連邦
10、2時間13分04秒2 浜田安則(日本)2月別大
149ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/07 14:18:27
1975年 世界10傑

1、2時間09分55秒0 ロジャース(アメリカ)4月ボストン
2、2時間10分08秒4 ドレイトン(カナダ)12月福岡国際
3、2時間10分20秒0 チェトル(オーストラリア)12月福岡国際
4、2時間11分45秒0 チンドロ(イタリア)12月福岡国際
5、2時間11分54秒0 ホーグ(アメリカ)4月ボストン
6、2時間12分05秒0 フレミング(アメリカ)4月ボストン
7、2時間12分08秒0 ロドリゲス(コロンビア)8月南米選手権
8、2時間12分34秒2 ヒル(イギリス)6月ポーランド
9、2時間12分40秒0 宇佐美彰朗(日本)4月毎日
10、2時間12分42秒6 レッセ(東ドイツ)12月福岡国際
150ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/07 14:25:23
1977年 世界10傑

1、2時間10分55秒3 ロジャース(アメリカ)12月福岡国際
2、2時間11分57秒0 モイセーエフ(ソビエト)12月福岡国際
3、2時間13分04秒0 マグナニ(イタリア)12月福岡国際
4、2時間13分15秒0 ウェルズ(アメリカ)9月ナイキ
5、2時間13分28秒0 クリッチレー(アメリカ)10月クリーブランド
6、2時間13分32秒4 ペイベリンダ(フィンランド)4月カール・マルラス・シュタット
7、2時間13分43秒8 オリール(ポーランド)6月デブノ国際
8、2時間13分52秒2 ドレイトン(カナダ)10月ニューヨーク
9、2時間13分56秒8 スチュワート(イギリス)10月ニューヨーク
10、2時間13分57秒0 浜田安則(日本)2月別大
151ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/07 14:31:46
1978年 世界10傑

1、2時間09分05秒6 宗茂(日本)
2、2時間10分13秒0 ロジャース(アメリカ)
3、2時間10分15秒0 ウェルズ(アメリカ)
4、2時間10分21秒0 瀬古利彦(日本)
5、2時間11分05秒0 喜多秀喜(日本)
6、2時間11分15秒0 チッカネン(フィンランド)
7、2時間11分17秒0 フルツ(アメリカ)
8、2時間11分25秒0 トーマス(アメリカ)
9、2時間11分43秒0 ライアン(ニュージーランド)
10、2時間11分57秒5 モイセーエフ(ソビエト)


152ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/07 14:49:10
(1978年12月まで )
男子マラソン世界歴代20傑

1、2・08・33・6 クレイトン(オーストラリア)69年アントワープ
2、2・09・05・6 宗茂(旭化成)78年別大
3、2・09・12・0 トンプソン(イギリス)74年英連邦
4、2・09・28・0 ヒル(イギリス)70年英連邦
5、2・09・55・0 ロジャース(アメリカ)75年ボストン
5、2・09・55・0 チェルピンスキー(東ドイツ)76年モントリオール五輪
7、2・10・08・4 ドレイトン(カナダ)75年福岡国際
8、2・10・15・0 ウェルズ(アメリカ)78年ボストン
9、2・10・20・0 チェトル(オーストラリア)75年福岡国際
10、2・10・21・0 瀬古利彦(早大)78年福岡国際
11、2・10・30・0 ショーター(アメリカ)72年福岡国際
12、2・10・37・8 宇佐美彰朗(桜門陸友会)70年福岡国際
13、2・10・47・8 アドコックス(イギリス)68年福岡国際
14、2・11・05・0 喜多秀喜(神戸製鋼)78年福岡国際
15、2・11・12・0 オレイリー(アメリカ)70年ボストン
16、2・11・12・6 ファーリントン(オーストラリア)73年N.S.W
16、2・11・12・6 リスモン(ベルギー)76年モントリオール五輪
18、2・11・15.0 チッカネン(フィランド)78年
19、2・11・15・8 カードング(アメリカ)76年モントリオール五輪
20、2・11・17・0 佐々木精一郎(九州電工)67年福岡国際
20、2・11・17・0 フルツ(アメリカ)78年

153ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/07 14:55:04
1979年度 世界10傑

1、2時間09分27秒 ロジャース(アメリカ)ボストン
2、2時間10分00秒 スメ(ベルギー)ベルギー選手権
3、2時間10分12秒 瀬古利彦(日本)ボストン
4、2時間10分20秒 ウェルズ(アメリカ)ナイキ
4、2時間10分20秒 サンドバル(アメリカ)ナイキ
6、2時間10分37秒 宗茂(日本)福岡国際
7、2時間10分40秒 宗猛(日本)福岡国際
8、2時間10分51秒 フォード(イギリス)福岡国際
9、2時間10分54秒 ロドウィック(アメリカ)ナイキ
10、2時間11分13秒 クアックス(ニュージーランド)ナイキ
154ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/07 15:09:41
>>153
70年代中盤から後半にかけてロジャースの力が際立ってますな。
大試合には不運があったイメージがあるが。モントリオールも大惨敗
しているはず。
155ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/07 15:14:17
>>143-154
日本勢が弱かったと云われた73−77年くらいまでの5年間も
年度別にランク分けすると、辛うじて10傑にはいってるとは思わなかったです。
156ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/07 21:49:24
1973年 福岡国際マラソン 優勝 ショーター(アメリカ)ラップタイム

5km(14.36)
10km 29.46(15.10)
15km 45.13(15.27)
20km 1.01.03(15.50)
中間点 1.04.27
25km 1.16.22(15.19)
30km 1.32.04(15.42)
35km 1.48.07(16.03)
40km 2.04.32(16.25)
(7.13.0)
2時間11分45秒0


1974年 福岡国際マラソン 優勝 ショーター(アメリカ)ラップタイム

5km(15.00)
10km 30.22(15.22)
15km 46.00(15.38)
20km 1.01.47(15.47)
中間点 1.05.15
25km 1.16.54(15.07)
30km 1.32.31(15.37)
35km 1.48.21(15.50)
40km 2.04.33(16.12)
(6.58.2)
2時間11分31秒2
157ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/07 21:55:57
1975年 福岡国際マラソン 優勝 ドレイトン(カナダ)ラップタイム

5km(15.15)
10km 30.41(15.26)
15km 45.58(15.17)
20km 1.01.05(15.07)
中間点 1.04.22
25km 1.16.29(15.24)
30km 1.31.54(15.25)
35km 1.47.16(15.22)
40km 2.03.05(15.49)
(7.03.4)
2時間10分08秒4


同6位(日本人最高) 宗猛(旭化成)ラップタイム

5km(16.03)
10km 30.43(14.40)
15km 45.58(15.15)
20km 1.01.05(15.07)
中間点 1.04.22
25km 1.16.28(15.23)
30km 1.31.54(15.26)
35km 1.47.36(15.42)
40km 2.04.51(17.15)
(8.01.0)
2時間12分52秒0

158ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/07 22:02:29
1976年 福岡国際マラソン 優勝 ドレイトン(カナダ)ラップタイム

5km(15.19)
10km 30.41(15.22)
15km 46.17(15.36)
20km 1.01.46(15.29)
中間点 1.05.12
25km 1.17.36(15.50)
30km 1.33.18(15.42)
35km 1.48.59(15.41)
40km 2.05.09(16.10)
(7.26.0)
2時間12分35秒0


同4位(日本人最高) 宗茂(旭化成) ラップタイム

5km(15.19)
10km 30.42(15.23)
15km 46.17(15.35)
20km 1.01.46(15.29)
中間点 1.05.14
25km 1.17.36(15.50)
30km 1.33.44(16.08)
35km 1.50.07(16.23)
40km 2.07.22(17.15)
(7.37.0)
2時間14分59秒0
159ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/07 22:09:16
1977年 福岡国際マラソン 優勝 ロジャース(アメリカ)ラップタイム

5km(15.19)
10km 30.38(15.19)
15km 45.48(15.10)
20km 1.01.00(15.12)
中間点 1.04.22
25km 1.16.17(15.17)
30km 1.31.49(15.32)
35km 1.47.17(15.28)
40km 2.03.31(16.14)
(7.24.3)
2時間10分55秒3


同5位(日本人最高) 瀬古利彦(早大)ラップタイム

5km(15.19)
10km 30.47(15.28)
15km 46.24(15.37)
20km 1.02.20(15.56)
中間点 1.05.52
25km 1.18.12(15.52)
30km 1.34.46(16.34)
35km 1.51.18(16.32)
40km 2.07.52(16.34)
(7.08.1)
2時間15分00秒1
160ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/07 22:16:01
1978年 福岡国際マラソン 優勝 瀬古利彦(早大)ラップタイム

5km(15.27)
10km 30.54(15.27)
15km 46.23(15.29)
20km 1.01.36(15.13)
中間点 1.04.58
25km 1.16.46(15.10)
30km 1.32.16(15.30)
35km 1.47.38(15.22)
40km 2.03.24(15.46)
(6.57.0)
2時間10分21秒0


1979年 福岡国際マラソン 優勝 瀬古利彦(エスビー食品)ラップタイム
 
5km(15.25)
10km 30.58(15.33)
15km 46.19(15.21)
20km 1.01.45(15.26)
中間点 1.05.13
25km 1.17.17(15.32)
30km 1.33.09(15.52)
35km 1.48.32(15.23)
40km 2.03.55(15.23)
(6.40)
2時間10分35秒
161ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/07 22:22:51
1979年12月まで  世界歴代10傑

1、クレイトン(オーストラリア)2時間08分33秒6 69年アントワープ
2、宗茂(旭化成)2時間09分05秒6 78年別府大分
3、トンプソン(イギリス)2時間09分12秒2 74年英連邦大会
4、ロジャース(アメリカ)2時間09分27秒 79年ボストン
5、ヒル(イギリス)2時間09分28秒0 70年英連邦大会
6、チェルピンスキー(東ドイツ)2時間09分55秒0 76年モントリオール五輪
7、スメ(ベルギー)2時間10分00秒 79年ベルギー選手権
8、ドレイトン(カナダ)2時間10分08秒4 75年福岡国際
9、瀬古利彦(早稲田大)2時間10分12秒 79年ボストン
10、ウェルズ(アメリカ)2時間10分15秒 78年ボストン 
162106:05/01/08 01:21:17
>>148,149,150,151

あら捜しをするようで申し訳ないが、少し指摘させてもらいたい。
たぶんあなたは、福岡国際の前に朝日新聞にその年の10傑などが出ているのをコピーしているだけだと思う。

でも、こういうのは後での訂正とか、福岡と同じ頃行われた大会の結果などが入っていないから完全なものじゃないんだ。
こういうところに発表されると、それが一人歩きしてしまう。

1973年
トンプソンとヒルの記録は英連邦大会ではなくイギリス選手権。

1974年
マズサではなく、マブザが正しい。
リスモンの記録はベルギー選手権で、ルグランジの記録は南アフリカ選手権で出された。

1975年
ロドリゲスの記録はコースが短かったことがわかり、後で抹消されている。
それと、ボストンのタイムだがどうやら秒以下を切り捨ててのものらしい。現行のルールでいけばロジャースのタイムは2.9.56となる。(ホーグ、フレミングも同じ)
1977年
ビョクルンド(アメリカ)が12月のボルティモアで2.13.47を出している。
クリッチレーの記録も後で抹消された。

1978年
大会名
宗茂    別大
ロジャース ボストン
ウェルズ  ボストン
瀬古    福岡
喜多    福岡
ティッカネン ボストン
フルツ   ボストン
トーマス  ボストン
K・ライアン ボストン
モセーエフ  ヨーロッパ選手権

ボストンのタイム、ロジャース以下1秒プラスされるのが正しい。アメリカの記録リストでは訂正されている。

1979年

同じく、ロジャースや瀬古のタイムは1秒プラス。

1979年末での歴代10傑の瀬古とウェルズのタイムも訂正する必要がある。
163ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/08 12:38:06
70年代のアメリカ選手のランキングの多さに驚くな。
164ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/08 12:55:42
>>162
81年のボストンで瀬古がロジャースの大会記録を
1秒最新したのを思い出すが、そのボストンの記録は
訂正が入ってるんですね。きっと78年までのコンマの
記録が対象でしょうから、79年から訂正なしなんでしょうね。
165ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/08 13:55:32
ヒゲの鎌田は今どうしてるんだ
166106:05/01/08 14:34:28
>>164

79年から訂正なしどころか、83年まで訂正される必要がある。

80年前後のボストンのタイムは、当時コンピュータ処理を請け負った会社のプログラムミスで秒以下が切り捨てになって発表されたものだ、ということが後になってわかった。

だから、瀬古のボストンのタイムは
1999  2.10.12ではなく 2.10.13
2001  2.09.26ではなく 2.09.27が正しい。

でも、81年のニューヨーク(距離不足)のように世界最高に関わるものではなかったので、この訂正は日本やヨーロッパにほとんど報道されなかった。
だから今でも、瀬古のタイムは2.10.12とか2.09.26のままになっている例が圧倒的に多い。

まあ、1秒違いのことだからほっぽってあるのかもしれないけど。
167106:05/01/08 14:54:22
>>163

70年代のアメリカのマラソンは、オリンピックの入賞者を見ても
1972 (1位 ショーター  4位 K・ムーア)
1976 (2位 ショーター  4位 カードング)
と、国別にみれば世界のトップである。決してショーターだけが強かったわけではない。

ロンドンマラソンやロッテルダムマラソン、ベルリンマラソンなど現在のヨーロッパの大都市マラソンはほとんど1980年代に入ってからのもの。
1970年代初期までよく記録の出ていたウィンザーやマクソールマラソンが休止状態に追い込まれていった1970年代、マラソンの記録の宝庫は日本とアメリカだった。
168ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/08 15:37:00
アメリカは80年代前半まではサラザールが世界のトップに君臨していたし、ベアズレ−、
マイヤーといった中堅所も日本で言えば宗兄弟のような立場でトップクラスの選手だった。
ロスでサラザールが惨敗して一挙に白けたのか、それ以降トップクラスの選手は殆ど出て
いない。(といっても今回もアテネで銀を取ったけどね)。
169ホラン司祭:05/01/09 16:05:50
米国のマラソンが衰退していった姿は、
製造業を見限って情報と金融にシフトしていった米国経済とダブって見えるな。
確かにマラソンはビッグビジネスにはなり得ない。
170ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/09 23:18:08
>>168
70年代からのアメリカの強さもそうだけど、五輪に置ける
イギリスの入賞に対するしぶとさも感じた。
詳しく調べてないが、東京五輪以降は毎回、1人は入賞している
感じがした。(モントリオールははずしたかな。)
ヒートリー、キルビーから始まって
アドコックス、ヒル、トンプソンやSジョーンズ、スペディングなんてのもいたなぁ。
そのイギリスも今は目ぼしい選手がいなくなってしまった。
171ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/09 23:29:49
マモ・ウォルデの五輪成績はチェルピンスキーに匹敵すると思う。
通常の大会で負けなかった日本勢が五輪でマモに勝てなかった。
172ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/10 13:24:22
>>170 どっちかと言うとイギリスはいい選手がいながらなかなかオリンピックで
結果が出ないことがジンクスになっている。銀を取ったヒートレーはともかく、
ピータース(2時間20分を初めて破る。ヘルシンキで独走するも棄権)、ヒル(
歴代2位の記録を持ちながらミュンヘンの6位程度)、トムプソン(同じく無敵で
歴代2位の記録を持ちながら出場できず)、スティーブ・ジョーンズ(ロス後に
世界記録、その後も1分近く更新して歴代2位の記録を出しながら出場できず)、
女子でもラドクリフもその例に洩れなかった。アドコックスも5位どまりだろう。
173ホラン司祭:05/01/11 08:58:03
>>170
バルセロナ・アトランタは誰も入賞していないと思います。
ちなみに、英国勢の過去の五輪成績は銀C銅@です。

さらに古い時代へ遡ると
>>172さんが紹介してくれたランナー以上に不運なランナーがいる。
ウィンザー最多勝記録(8勝)を持つサム・フェリス。
(最初の優勝が1925年、最後が33年)
3度五輪に挑戦したが、メダルは1932年ロスの銀一つに終わった。
1930年、カナダのハミルトンで開かれた第一回英連邦でも2位でした。
174ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/11 21:27:59
>>172

そうするとやっぱりアベベかショーターが抜きん出た強さを発揮した
ことになるな。それとリアルタイムでみてないけど孫基禎も入るかな。
175ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/11 21:33:35
>>171
マモは
東京五輪1万M 4位
メキシコ五輪1万M 銀メダル

メキシコ五輪1万M 金メダル
ミュンヘン五輪1万M 銅メダル

効率よく五輪で効率よく1位から4位まで獲得した選手。
アベベの影に隠れた印象はあったが、確かに五輪は抜群の相性があった。
40歳を過ぎたモントリオールもエントリーするなんて噂も聞いたことが
あるけど、アフリカのボイコットで実現できなかったように記憶してるが
違ったらスイマセン。
176ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/11 22:40:24
>>175 ニュージーランドが南アフリカとラグビーの試合をしたことに抗議して、
モントリオール五輪をエチオピア、ケニア等のアフリカ諸国がボイコット。
エチオピアはマモ=ウォルデはその後、ハイレセラシエ皇帝を追い落とした
メンギスツ政権で重用され、更に政権瓦解後、15歳の少年を殺害した疑いで
有罪判決を受けて服役(懲役9年)。2002年死去。
177ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/11 23:49:12
>>175
東京五輪のマラソン・エチオピア代表はアベベとデミシェ、マモで
マモは途中棄権だったと思うが。。 
178ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/12 05:32:00
ローマ五輪当時エチオピア最強は、アベベではなく別のあるランナーだった(名前失念)
その選手は重態の父親の薬を取りに五輪国内予選の前日
40キロの道を走って往復した為惨敗して
代表を逃したそうだ。
179ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/12 05:38:22
>>175
マモも10000で優勝したテムも沢木に殆ど勝てなかった
メキシコは高地という事で長距離は特にアフリカ高地族に有利だった
しかしもう2人とも死んでしまった

ミュンヘンの10000の銅はイフターじゃなかったっけ
モスクワ2冠の。
180ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/12 08:29:00
>>179 そう。コール前に便所に行ったとか行かなかったとか。2位は
プテマンス(ベルギー)。モントリオールに出ていたらビレンの2連覇は
なかったかも。もっともイフターが無敵だったのは77年から80年にかけて
で、72年から76年にかけてはあまり記憶にない。

沢木はガムーディやクラークにも勝ったことがある。但し強かったのは
10000よりも5000。日本人にしては珍しくラストが切れた。
181175:05/01/12 09:38:34
>>179
マモのメキシコ金とミュンヘン銅は1万Mでなくマラソンです。
訂正します。
 君原もマモに負けた2敗が両五輪だけだった。
182ホラン司祭:05/01/12 11:02:24
>>173
の自己レス訂正。アトランタでネルルカーが6位になっていました。

>>148-153
あたりの資料に書いてあるとおり、
エチオピアは72年のマモの銅以降、83年世陸での銀(選手の名前忘れた)あたりまでの
間は全く空白の時期になってしまっている。

74年のエチオピア革命、77年のオガデン紛争がいかにこの国を痛めつけたか分かる気がする。
五輪を3回ボイコットした国なんて、他に無いだろう。
183ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/12 11:24:39
>>182 それはちょっと違う。イフターは77-80の間、無敵でベッシングハーゲ
(西独)に1回負けたくらい。2回のW杯もモスクワも5000,100002冠。
モスクワでは10000で3,4位にケディルともう一人も入っている。(割って
入ったのが後にドーピングを自白したマアニンカ。5位がビレンのフィンランド勢)。
マラソンは突出した選手はいなかったけど日本でもお馴染みのバルチャ、ネディ
は79年あたりから世界のトップクラスで活躍。80年の正月には(ボイコットの
話が出ていなかった)モスクワでの瀬古のライバルとして大きく紹介されていた。
79年のモントリオール国際でロジャースに圧勝していたからね。もっとも本番では
不発だったけど。だから74-76はともかく、その後はメンギスツ政権下で一定の
保護を受けて活躍した選手はいる。

確かに混乱していたのは事実でマモだけでなく、イフターもその後、逮捕されたと
いう報道を見た気もする。
184ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/12 13:02:54
イフター、ケデイール(モスクワ1万m3位)らは、旧政権における過去の罪状を問われ,
身の危険を感じてカナダに逃亡した。
と某サイトに書いてあるね。
185ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/12 17:07:07
戦後日本人を最も熱狂させたトラック長距離選手は沢木先生だな
渡辺某とか徳本某なんてほんとゴミみたいなもんだ
今年の箱根でそんな渡辺某にあこがれた選手がゾロゾロいて
陣内なんか渡辺某を神様扱いしてんだから末世だよ
徳本某の特集にいたっては星一徹ばりにテレビぶち割りたくなった

佐藤清某も沢木先生の仰る通りにしていれば間違いなかったんだ
186ホラン司祭:05/01/12 19:59:08
その、徳本某への憎悪は彼の妻が美人だからじゃないですよね(笑)
187ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/12 20:01:05
>>178
そのランナーは、ワミ・セブシベだと思う。1961年の毎日マラソンにアベベと一緒に来日し、アベベに次いで2位だった。
188ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/13 08:49:21
>>185 帖佐は指導者として優れていたけど、沢木は指導者としては駄目だろう。
箱根はいくら勝っても一流選手は出ていない(日本記録を作った岩水くらいか。
しかしフラットレースや駅伝のへたれぶりを見ると一流とは呼べない)。

トラックランナーとしての瀬古もなかなかのものだったよ。1980年の実力ランキ
ングは3位だったし、人気は間違いなく沢木よりあった。沢木は確かに戦後の
トラック選手としてはベストスリーに入ると思うけど
1. 肝心のメキシコでの失速
2. マラソンが全く走れなかった(16分台の記録があるのみ)
3. メキシコ後、ミュンヘンの前年まで殆ど走っていなかった。
4. 自分自身で更新できない結果として沢木の記録(1968)が長く残ってしまい
長距離の停滞の象徴みたいになった。 

という点で評価が落ちる。4に関して言えば75,77年と大幅な記録更新があった
だけに印象が悪くなる。(勿論日本記録すら破っていないWは論外だが)。
189ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/13 09:43:00
>>188
〉2. マラソンが全く走れなかった
今でいう初マラソン日本記録で大成功と言われた、当時の日本歴代でも上位のはず
転向しなかっただけ
〉3. メキシコ後、ミュンヘンの前年まで殆ど
故障と戦っていたので不死鳥のごとくよみがえったのは
精神力の賜と絶賛された
〉4. 自分自身で更新できない
1500から10000までの日本記録を持っていたように
不世出のランナー、長距離の革命児といわれたのだから
長く記録が残るのはしかたない

瀬古もトラックはそこそこ走れたがオルチスやアウィータのような
超一流にはまったく歯がたたなかった
その上、格上のニャンブィに負けて油断負けと言ってみたり
不思議な男だった
世界のまさに超一流としのぎを削った沢木にくらべれば格下
190ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/13 12:10:05
>>189
どうも東京ユニバで胸を熱くしたおっさんですな。
>今でいう初マラソン日本記録で大成功と言われた、当時の日本歴代でも上位のはず
>転向しなかっただけ
東京オリンピック前ならいざ知らず2時間16分8秒で歴代で上位に食い込むこと
はあり得ない。

瀬古が上位にランクされたのは1980年のみ。78年のオルチスは当時歴代4-5位の
記録27'31"5(未だに日本記録がそのレベルに達していない)を出していたので
大学3年の瀬古と相手になる筈もない。後年のアウィータも同様。81年の故障の
後は瀬古はもう既に瀬古ではない。記録は更新したけどトラックの瀬古としては
終わっていた。

沢木もガムーディとクラークにまぐれ勝ちしたのは1回だけでとても超一流と
凌ぎを削ったとは言えない。10000の記録水準は低い。実力ランキング入りした
のも5000。まあ同レベルか若干瀬古の方が上だろう。1500から記録を持っていた
と言っても高岡が評価されないのと同じ。800の森本の方が格上。
191ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/13 15:36:58
インターハイの申し子として、その後順調に日本のエースまで
成長したのは瀬古と沢木が両雄だろう。
 高校、大学でトップ、社会人で日本記録樹立し五輪出場(複数回)
した息の長い長距離選手はなかなか出現しませんね。
192ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/13 16:40:37
>>190
〉10000の記録水準は低い
メキシコ当時27分台はクラーク一人
ミュンヘン前でも現役ではベドフォード一人だけ
沢木の持ちタイムが一流として低いレベルだったわけではない
ガムーディーが27分台を出したのも30台半ばの晩年になってから

193ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/13 18:17:22
駅伝なんぞやめて五輪でメダル狙えってこと?
194ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/13 23:07:31
>>191 確かに高校のスター選手が成長しないよな。因みに1500,5000の高校記録更新者
に櫛部以降の10000の記録更新者を見ると(5000は宮下以降,1500は石井以降)

1967 宮下  IC
1972 石井  日本記録
1973,4 瀬古 日本記録
1975 中村  モスクワ代表
1976 吉富
1979 坂口 
1981 後藤
1983 工藤
1987 巽
1988 浜矢
1989 武井 アジア大会
1989 櫛部
1991 渡辺 五輪代表も欠場
1995 古田
1999 佐藤(清)1500,5000
2002 土橋
2003 上野
2004 佐藤(秀)
2004 佐藤(悠)

という感じになってろくに伸びた選手がいない。特に後藤、巽、浜矢、佐藤(清)、
土橋、あたりは故障もあってろくに走っていない印象があるし、吉富、工藤、
古田も今一歩というか今二歩だな。上野も故障で先行き暗いし。
195ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/14 00:56:18
ほんと言えば原因は女なんだよ
金にもならない練習馬鹿くさくなるのも
そこそこやってれば女は向こうから寄ってくる
誰も言わないけどね

瀬古みたいにアメリカ留学で帰ってきたらいきなり軟禁洗脳で
早稲田のエースで記録も伸びてって具合にいけば専念できるけどね
196ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/14 04:28:08
女に慣れてないからか?
197ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/16 03:36:35
ここ第3弾ですよね。
前スレと前々スレのログどなたかうpしていただけないでしょうか
(あるいはログを掲載しているサイトをご存知ないでしょうか)
バックアップ取る習慣がなかった自分が悪いのですがPC壊れて保存ログ
がとんでしまいました_| ̄|○_| ̄|○ _| ̄|○ ・・・

よろしくお願いしますm(_ _)m
198ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/16 19:58:00
福岡国際における
ショーターのラップタイムを見ていると、
もし中山と一緒に走ったら中山の飛び出しに
ショーターは着いて来るだろうな。

この戦いは見てみたい。。
199ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/19 00:00:08
男子マラソン 月別 世界記録 (2004.12現在)


1月 2:08:15 Abdelkader El Mouaziz (MAR)Marrakech 31.01.1999
2月 2:06:33 Gert Thys     (RSA)Tokyo 14.02.1999
3月 2:07:43 William Kipsang (KEN) Seoul 14.03.2004
4月 2:05:38 Khalid Khannouchi (USA) London 14.04.2002
5月 2:08:04 Zithulele Sinqe (RSA) Port Elizabeth 03.05.1986
6月 2:08:55 Oliver Nsimba (CGO) Mont St. Michel 20.06.2004
7月 2:09:14 Jörg Peter (GER) Grünau 21.07.1984
8月 2:08:31 Jaouad Gharib (MAR)Paris 30.08.2003
9月 2:04:55 Paul Tergat     (KEN) Berlin 28.09.2003
10月 2:05:42 Khalid Khannouchi (MAR) Chicago 24.10.1999 
11月 2:08:07 Rodgers Rop    (KEN) New York City 03.11.2002
12月 2:06:51 藤田敦史      (JPN)Fukuoka 03.12.2000
200ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/19 08:17:55
>>199
東ドイツのヨルグ・ペーターは懐かしいなあ。
ちょうどハイルマンとペアでよく日本に来日してた。

東ドイツのマラソン選手というと、チェルピンスキー、ペーター、
ハイルマンあたりが代表的な選手になるだろう。
70年代にはエカート・レッセも福岡で上位に入ってる。
201ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/19 22:39:52
>>199

3月 2:07:06 Gert Thys (RSA) Seoul 14.03.2004
11月 2:07:43 Tesfaye Jifar (ETH) New York City 04.11.2001

だったような・・・
202ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/19 22:53:53
月別の場合、気象条件もさることながら
7月、8月あたりは大会自体が少ないだろうし世界大会以外
一流ランナーも夏マラソンは走らないだろう。
203ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/20 01:16:57
1960年代前半はわからないが、五輪のマラソンというと記録のでる
レースという印象があった。まあメキシコは例外にしろモントリオール
位までは、五輪優勝タイムは世界歴代記録の上位に入り、また悪くとも
その年の世界10傑入りしていたと思う。
ロスぐらいから五輪が商業化して真夏に開催されることが多くなり
ロスの優勝記録(2時間9分21秒)が20年にわたって五輪記録として
残るとは当時、思いもしなかった。何気に月別の記録表をみてフッと
思ってしまった。
204ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/20 07:01:31
そういうばE�モーゼスは400Hの曜日別世界記録をすべて
持っていた時期があったな。
205ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/21 00:14:50
東京国際のタイスの記録は潜在能力としてはかなり高いんだろう。
平坦コースでないでけにね。
206ホラン司祭:05/01/21 21:32:09
日本のACRであるタイスの東京の記録が5年も更新されないとは。
207ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/22 12:21:11
>>203 戦後、世界記録が出たのはローマと東京。いずれもアベベ。ヘルシンキ
(ザトペック)は公認記録は上回ったが未公認記録のピータースの記録には及
ばず記録変遷史には残らず。ミュンヘンはアベベの記録も上回ることができず
12分台の凡記録(歴代15位前後か)。といってもその年のそれまでの最高(
12月にショーター自身が更新(歴代3位)。モントリオールは好記録(歴代
4位タイ)。ロスの記録はまあまあだったが、歴代20位レベルの記録ではな
いかな。後は凡記録のオンパレード。昔は世界の一流選手が集まる大会が殆ど
なかったので、記録を出す上でもオリンピックが貴重な機会だった。

オリンピックが真夏に開かれるようになったのはモントリオールから。
ミュンヘンは9月。東京、メキシコは10月だった。モントリオール以降は
7月末から8月上旬という盛夏に開かれるようになった。理由は知らないが、
他の競技のシーズンとは確かに重なっている。
208ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/22 17:01:54
>>207
マラソンの記録が世界記録として公認されるようになったのは、2004年(だったかな)1月からでそれまでは世界最高。
だから、ザトペックの記録は公認も未公認も存在しない時代。そのときの公認記録って何?

ついでに、ローマと東京の記録も、世界記録ではなくてあくまでも世界最高。
209ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/22 18:29:32
全盛期の瀬古が記録を狙って走ったら

2°5’00”ぐらいは軽く出していたでしょう
と誰かが4〜5年前いってた。
210ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/22 19:05:10
>>209
中村清が徹底した勝負マンセー主義の指導者だったから、
瀬古にはどんなに余裕があっても最後まで決して無理をさせなかった。
その中村が死んでから、瀬古は一変して勝負重視から記録重視の戦法に切り替え、
事実自己ベストも中村の死後の86年に出している。
だが、その頃にはすでに瀬古の力は全盛期のそれではなかった。
確かに全盛期である80〜83年ごろに記録を狙って走ったなら、
5分は無理にしても世界記録は破っただろう。
211ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/22 22:18:31
着順別 男子マラソン世界記録 (その順位で過去最高タイム)


1位記録 2:04:55 Paul Tergat (KEN)Berlin 28.09.2003
2位記録 2:04:56 Sammy Korir (KEN)Berlin 28.09.2003
3位記録 2:06:15 Titus Munji (KEN)Berlin 28.09.2003
4位記録 2:06:18 Paul Tergat (KEN)Chicago 13.10.2002
5位記録 2:06:46 Abdelkader El Mouaziz (MAR)Chicago 13.10.2002
6位記録 2:07:29 Stefano Baldini (ITA)London 14.04.2002
7位記録 2:08:10 李鳳柱 (KOR) London 13.04.2003
8位記録 2:08:54 Zebedaiyo Bayo (TAN) Paris 06.04.2003
9位記録 2:09:13 Danilo Goffi (ITA) Rotterdam 20.04.1997
10位記録 2:09:40 Moses Tanui (KEN) Boston 18.04.1994

212ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/22 22:33:12
80年代のイカンガーとのラスト100のスパートで30m引き離したレース
はすばらしかった。
もう一度見てみたい。
213ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/22 22:39:00
↑瀬古の話ね
214ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/22 23:00:25
>>211
サブテンで二桁順位があるのか。
1994年のボストンのレースってどんなんだったかなぁ。
思い出せない、、
215ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/22 23:14:03
スタートからゴールまでずっと追い風だった。
ボストンは折り返しのないワンウェイ・コースで、
追い風が吹けばSからGまでずっと好条件に恵まれる。
確かその年のランキング上位を殆どボストン勢が総なめした筈だった。
94年ボストンは11人がサブテンだったような・・・
11位が若き日の李鳳柱で2時間9分57秒で初のサブテン。
217ホラン司祭:05/01/23 10:25:34
94ボストンは、現在の世界の高速化の流れを作ったと言われるレース。
それまでの5年間は、世界歴代10傑が全く変わらないマラソン史上特異な時期だった。
>>216
ちなみに12位に入ったのはスペインのフィスで、
タイムは当時のスペイン記録。彼が大ブレイクする1年前の話。
219ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/24 17:20:29
>>208 25年くらい前までは年末に一括して記録の公認をしていた。世界最高も
同様。だからやたら日本新や世界新が出ていた印象があるが、実際にはそうで
もない。例えばザトペックの記録に関しても当時の新聞記事や記録映画等を見
れば世界最高で走ったということになっているが、その年のオリンピック以前
にザトペックより遙かに速い記録でピータースが走っていた。
220ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/24 17:29:10
>>194
石井は1500と5000のどっちで破ったの?
221ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/24 19:52:34
東京といえば、コスゲイが最強だと思いました。
「自分にとってはマラソンを走ることなどたいしたことではない」
と豪語したものの、陸連のゴタゴタでシドニー代表を逃したのは大きかった。

後、91年ボストンは超豪華メンバだった気がする。
英国のスミス、ジョーンズ米国のマイヤー、愛国のトレーシー・・・。
ジョーンズに瀬古イズベストと言わしめた時点では瀬古最強だったわけだが。
222ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/24 20:05:44
ケニヤ男子マラソン10傑(2004.12月現在)

1、2:04:55 Paul Tergat   (Berlin 28.09.2003)
2、2:04:56 Sammy Korir   (Berlin 28.09.2003)
3、2:05:50 Evans Rutto (Chicago 12.10.2003)
4、2:06:14 Felix Limo (Rotterdam 04.04.2004)
5、2:06:15 Titus Munji (Berlin 28.09.2003)
6、2:06:16 Moses Tanui (Chicago 24.10.1999)
6、2:06:16 Daniel Njenga (Chicago 13.10.2002)
8、2:06:33 Michael Rotich (Paris 06.04.2003)
9、2:06:39 William Kipsang (Amsterdam 19.10.2003)
10、2:06:44 Josephat Kiprono (Berlin 26.09.1999)
223ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/24 20:58:35
>>221

91年ではなく、87年だったと思われ
224ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/24 22:59:39
>>220 石井隆士は800,1500のIH2冠かつ、双方とも高校新。因みに800の高校記録は
IHで独走したときに出したのだが、遙か遅れた3位に1年の瀬古がいた(1972)。石井
の高校記録の更新は800は1977年IHでの榎本、金井の同着優勝の際(1.52.7),1500は
翌年に瀬古が破った。(瀬古は3年時にも1500で高校記録を更新したが小幅な更新だった
ために中村孝生にすぐ破られる。中村の記録3.51.5は坂口に更新されるまで4年保持)。

因みに宮下の高校記録は吉富に破られるまで9年保持。吉富の更新が僅か1秒余りで、その
記録が更に5年更新されなかった様に一頭地抜けた記録だった。宮下は大学では無敵を誇った
が、日本記録や五輪代表にも届かず、クラレの業績不振もあって、実業団ではあまり長く
走っていない。そういう意味では大成したと言えるかどうかは微妙。マラソン実績ゼロ。
但し(結婚後木内に改姓した後の)日産や富士通の監督としての実績は評価できる。
225ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/25 14:05:15
高木一馬
226ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/25 20:58:13
中村孝生は人間離れした風貌で大物感は瀬古より遥かにあったが
案外だったな、といってもあそこまで行けば大したものだが
1500の高校記録も当時の社会人の一流相手に気後れせず
互角の勝負に出てのもので立派なもんです
227ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/26 00:16:56
ゼッケン、襷についての豆情報
http://www.ina.janis.or.jp/~tksinano
228ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/26 09:17:39
>>226 中村は多分SBに行ったのがまずかったと思う。大学2年までは1500で
結果を出し、歴代2位の記録も出したけど、長距離になるとスタミナ不足で
あまり結果を出していなかった。卒業してすぐ5000でまあまあの記録(とい
っても沢木にも及ばない当時歴代4位)で代表になってようやく5000なら走り
きれるようになったけど、更に適性のない10000,マラソンと距離を伸ばして
自滅した印象がある。(まあ新宅はそれでそこそこうまくいったから適性の
問題は難しいのだけど。因みに中村は75年のIH1500,5000の2冠。新宅は
1500SCの覇者。国体では新宅が瀬古の記録を上回る歴代4位の記録で快勝。
中村は下位(5位あたり?)に沈んだ。)
229ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/26 13:11:19
中村孝生で思い出されるのは、84年の日刊ナイター陸上。
ロス五輪の最終選考会で、新宅はすでに1万の内定済み(?)で
欠場。残り2枚を争うレースだった。
レース展開はスローで推移。
途中、前年12月の福岡でマラソン代表権を獲得できなかった
伊藤国光がレースをひっぱり、モスクワに続く1万の代表取りに
意欲を燃やす感じを受けた。
 最後の1周前で、新進の金井(エスビー)が抜け出し、優勝。
タイムが29分0秒と遅いものだったが、代表権を確実にした。
2位争いが熾烈で、中村孝生と下重庄三がラスト100mでつばぜり合い。
昔、79年の別大マラソン、喜多と武富のラストを彷彿させるもので、
中村が先着。たしか進路妨害が審査されたけど、2着が確定だった。
記録が悪すぎたこともあり、第3代表が見送られる形(もちろんこの
レースだけで決めるものではなかったが)となり、幻のモスクワに続き
不運な形になったのを覚えている。瀬古にくらべ、日本選手権のレースに
勝負強さを発揮していた印象がある。
230ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/26 22:42:00
>>221
87年のボストンは近年ではあまり考えられないくらいの強豪メンバーが
揃いましたね。
  
前年の86年世界ランキングでみると、
2位 キャステラ 2・07・51
5位 イカンガー 2.08.10
8位 瀬古利彦 2.08.27
18位 G.スミス 2.10.39
がベスト20のランキングインランナーで、その他に当時世界歴代2位
(2.07.13)のS.ジョーンズ(イギリス)、
ロス五輪2位J.トレーシー(アイルランド)が参戦。

あと通なところで85年度1万m世界ランク1位ビックフォード(アメリカ)や
84年シカゴマラソンで2時間10分台で走破したケニヤのカマウ、
びわ湖で優勝経験のあるベルギーのヘルビック、
そして大ベテランのビル・ロジャースもいた。
231ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/26 22:48:05
>>229
1984年ロス五輪最終選考会 
日刊ナイター 1万m 結果

1、金井豊(エスビー食品) 29.00.89
2、中村孝生(エスビー食品)29.02.93
3、下重庄三(東和中教員) 29.02.94
4、浦川哲夫(九州電工)  29.08.36
5、成田道彦(リッカー)  29.10.84
6、ワキウリ(エスビー食品) 29.12.70
7、井手健二(九州電工)  29.17.24
8、喜多秀喜(神戸製鋼)  29.25.51
232ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/26 22:57:28
>>229 このスレのPart1でも金井の話題になったが、ロス五輪の前は
自己ベストが28分14秒4のランナーに過ぎなかった。
もちろん身体に恵まれた才能のある成長株で、次回のソウルに
向けての経験を積ませる意味もあっただろう。今時は自己ベスト
27分44秒5の新宅が日本の本命。世界のトップの壁はあったに
せよ入賞は期待できる評価だった。
233ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/26 23:01:48
金井はラストのスプリントが半端じゃなく強かったから、
五輪みたいな勝負重視のレースに向いていたのだろう。
3回とも違う種目で五輪代表になった新宅は
器用貧乏なのか、それともオールラウンダーか
どっちなんだろう?
>>230
最近のロンドンとかはよくビッグネームを揃えてくるけど、
それでも87年ボストンのメンバーの方が豪華に見えるな。
236ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/27 08:55:14
金井は800で(同着)高校新を作ったくらいだからキックが効く。中村も800は
IH2位に終わったけど種目を絞っていたら勝っていただろう。あの頃の選手は
(少なくとも)高校時代はオールラウンダーが多かった。それが中村清の誘導
でマラソンに向かわされて瀬古、新宅以外はそれほど成功していない印象があ
る。金井に関して言えば精神的な脆弱さが目についた。瀬古卒業後に早稲田(と
いうより学生長距離界)の柱になる筈が、一度もそれに相応しい走りを見せず、
卒業。ロスの年に急に才能を開花させ、翌年の春まで好調だったがヨーロッパ
遠征で崩れてそのままフェードアウトしていった。事故は不幸だったが、あの
頃はもうトップ選手ではなかったろう。(犠牲者の中で一番旬に乗っていたの
は谷口伴之だったろう。高校時代無名だったけどようやく頭角を現し、日本代表
になっていた)。
237ホラン司祭:05/01/27 09:30:20
最近のロンドンのメンバーは本当にすごいね。
世陸よりレベル高いかも。
238ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/27 20:42:05
>>236
金井豊の全盛期はロス五輪から翌年の7月・ヨーロッパ遠征くらいまでの1年間
だろう。これは当時を知る方なら一致した意見ではないかな。
ロス五輪を8位でゴール。後日、2位のバイニオ(フィンランド)がドーピング
で失格になり7位に繰り上げ。このロス五輪から入賞が6位から8位に変更に
なり、東京五輪1万での円谷以来20年ぶりに、男子トラックで入賞をした。
その後の金井は大きく飛躍を予感された。
五輪後、9月の8カ国陸上1万では新宅、シルドハウアをラストでちぎって
優勝。10月の日本選手権では新宅に敗れはしたものの、28分09秒04の自己新で
2位。瀬古に先着。そして11月にはソウルの韓国選手権1万で自身初の
27分59秒50で優勝。84年度の日本ランキング1位、世界ランキング24位だった。
金井の勢いは85年の春も続き、4月の兵庫リレーカニバルはエチオピアのブルチを
引き離し28分16秒08で優勝。5月、スポニチ陸上では瀬古、新宅、中山、宗兄弟
伊藤、喜多など、そうそうたる日本長距離陣が参加したが、残り800でスパート。
28分12秒72で優勝した。
 7月のヨーロッパ遠征は瀬古や新宅よりも金井が日本記録を最新するのでは
ないかと云われていたが、結果は瀬古が日本新を出したなか、金井は

7月2日 DNガラン(ストックホルム)1万m 11位 27分55秒05
7月10日 ローザンヌ国際(スイス)1万m 5位 28分06秒02

と自己新は出したものの、期待以上の成績を上げられなかった。
その後は86年アジア大会5000mなのでも金メダルの取りこぼしがあったりして
伸び悩んでしまった。
239ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/27 21:10:54
瀬古利彦 トラック欧州遠征 全成績

1978.6.22 ケルン国際(ケルン)(5000m 優勝) 13.35.8
1978.6.28 ワールドゲームス(ヘルシンキ)(10000m 9位)28.12.2
1978.7.03 DNガラン(ストックホルム)(10000m 優勝)27.51.61
1978.7.04 DNガラン(ストックホルム)(5000m 11位)13.40.49

1979.6.20 ワールドゲームス(ヘルシンキ)(10000m 優勝)28.02.59
1979.6.23 4カ国対抗(ブレーメン)(5000m 3位)13.34.4
1979.6.24 4カ国対抗(ブレーメン)(3000m 7位)7.54.9
1979.7.05 オスロ国際(オスロ)(5000m 5位)13.37.6

1980.7.01 ビスレット国際(オスロ)(5000m 2位)13.30.94
1980.7.07 DNガラン(ストックホルム)(10000m 優勝)27.43.44(日本新)
1980.7.09 ワールドゲームス(ヘルシンキ)(10000m 3位)28.09.42

1981.7.09 DNガラン(ストックホルム)(10000m 2位)27.51.93

1985.7.02 DNガラン(ストックホルム)(10000m 4位)27.42.17(日本新)
1985.7.10 ローザンヌ国際(ローザンヌ)(10000m 優勝)27.45.89
1985.7.13 パリ国際(パリ)(5000m 2位)13.36.28

1986.7.05 ビスレットゲームス(オスロ)(10000m 6位)27.45.45
1986.7.11 プジョー・タルボット・ゲームス(ロンドン)(5000m 優勝)13.24.29(日本新)

1987.6.30 DNガラン(ストックホルム)(10000m 途中棄権)
1987.7.04 ビスレットゲームス(オスロ)(5000m 12位)13.38.65
1987.7.10 プジョー・タルボット・ゲームス(ロンドン)(3000m 6位)7.56.47  
瀬古は偉大
コピペ

481 :ゼッケン774さん@ラストコール :05/01/14 00:59:36

本家
ttp://www.iaaf.org/statistics/toplists/index.html
過去はこちら
ttp://www.iaaf.org/statistics/toplists/archive/index.html

2:29:59以内1046番以内らしい(一覧だけ?)
ttp://www.algonet.se/~pela2/athletics/wmaraok.htm
ttp://www.algonet.se/~pela2/ (top)

最近の記録みたい
ttp://www.arrs.net

データ不足だけど日本語。Webサイトの練習らしい?
ttp://www.geocities.jp/wamute_mirumaraaaaaa/example/marathon/index_ja.html?js

>>222
ロバート・チェボロルが昨年のアムステルダムで2時間6分23秒で走っている
彼は昨年のボストンでも2位に入った・・・
http://www.iaaf.org/news/Kind=2/newsId=27669.html
242ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/30 22:46:02
>>239
瀬古の欧州遠征全成績はわからなかった。
助かります。

85年の日本記録樹立やローザンヌでロス五輪5千m銀メダリスト、
スイスのリーフェルを引き離して優勝したのは印象深いが、
翌年のビスレーをよく覚えてるなぁ。
アウイタが1万に進出してきてこの年、最強のメンバーが
ビスレーに集結。しかしレースは荒れ模様で、
3千でロス五輪金メダリストのコバが転倒。ハーフの5千で
世界記録保持者のマメーデが棄権している。
優勝したアウイタもゴール後、スパイクされていて流血。
担架で運ばれた。そんな中瀬古は「余分なエネルギーを
使わざるえなかった。」ともみ合いのレース展開で話していた。
それでも日本記録に3秒差だったのが欲しかったのを覚えてる。
243ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/31 16:54:03
>>242
1986年 グランプリシリーズ第5戦 ビスレット・ゲームス 
10000m 結果

1、アウイタ(モロッコ)27.26.11
2、ネナウ(アメリカ)27.28.80
3、アンチボ(イタリア)27.39.52
4、メイ(イタリア)27.43.97
5、バイニオ(フィンランド)27.44.57
6、瀬古利彦(日本)27.45.45

15、新宅雅也(日本)28.09.47
22、金井豊(日本)28.42.58
244243:05/01/31 17:06:55
>>242
その後の、ロンドングランプリは瀬古が5000を日本新で走りましたね。
東京では12チャンネルの海外グランプリ特集で放映したと思う。
Sジョーンズも走ったが、この頃はトラックでもジューンズには負けてない。
最後、残り200mでケニアのワイグワを強烈なスパートでかわした。
グランプリ大会で5000mを日本勢が優勝してるのはこれが最後なのか?

1986年 グランプリシリーズ第8戦 プジョー・タルボット・ゲームス(ロンドン)
5000m 結果

1、瀬古利彦(日本)13.24.29(日本新)
2、ワイグワ(ケニア)13.26.38
3、新宅雅也(日本)13.28.88
4、ビンス(イギリス)13.29.78
5、Sジョーンズ(イギリス)13.30.60
6、ラバンチュール(フランス)13.30.69

245ヤマシン:05/01/31 17:12:45
素人の親父の集まるうざい加齢臭スレ
246ゼッケン774さん@ラストコール:05/01/31 21:34:13
瀬古は5000で意外にタイムが出てないんだよな
80年頃はあっさり10秒台が出そうだったが
トラックでも決して前に出ない男だったから無理もないか
247ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/01 14:18:33
>>231
この時の日刊は金井、中村、下重、喜多がロス五輪標準記録を突破してたと思う。
伊藤、や工藤一良が記録未突破だった為、前半前にでて飛ばしたはず。
しかしペースが上がらなかった。
当時の新聞は福島の教員をしながら標準記録を突破し最後まで争った下重の
健闘をたたえたと記憶しているが。
248ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/01 22:26:56
第1回 アジア大会 ニューデリー(1951年)

1、チョタ・シン(インド)2時間42分58秒
2、西田勝雄(中大)2時間49分03秒
3、サラット・シン(インド)2時間53分49秒
6、野田義一(坂出走ろう会)

昭和25年の毎日マラソン、日本選手権の優勝した野田と日本選手権2位
の西田が代表。
午前7時のスタートでやや肌寒い中、2人とも睡眠不足で調子が悪く、
折り返してから強い向かい風の影響もあり、西田がフラフラになりながら
2位に入った。野田は歩いて6位がやっとだった。



3回 アジア大会 東京(1958年)

1、李昌薫(韓国)2時間32分55秒
2、マイトン・ナウ(ビルマ)2時間42分46秒
3、貞永信義(鐘紡防府)2時間43分44秒
5、浜村秀雄(協和発酵)2時間47分00秒

28度の炎天下の中、9人が参加。貞永と浜村は10kmまで
先行する李をマークしていたが、20kmがズルズル後退。
地元開催を日本勢初優勝で飾ることはできなかった。
249ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/01 22:37:56
第4回 アジア大会 ジャカルタ(1962年)

1、長田正幸(八幡製鉄)2時間34分54秒2
2、マハマド・ジョサフ(パキスタン)2時間43分02秒2
3、ミー・トン・ノー(ビルマ)2時間49分57秒2
中尾隆行(東急)途中棄権

この年の毎日マラソンで1,2位の長田、中尾が代表。
34度を越す暑さで倒れる選手が続出。中尾も途中棄権。
長田は前半を抑え、後半にペースアップ。持ち前の粘り強さを
発揮し、アジア大会男子マラソン・日本勢の初優勝となった。



5回 アジア大会 バンコク(1966年)

1、君原健二(新日鉄)2時間33分22秒8
2、重松森雄(クラレ)2時間35分04秒2
3、李尚勲(韓国)2時間40分56秒0

気温34度、湿度80%の炎天下に9人がスタート。
10kmで先頭集団は4人。折り返しを過ぎると、
先頭は君原と重松の2人。33kmで君原がスパート。
250ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/01 22:51:51
6回 アジア大会 バンコク(1970年)

1、君原健二(新日鉄)2時間21分03秒8
2、御船芳郎(リッカー)2時間24分20秒8
3、姜明光(韓国)2時間26分47秒8

前回が午後2時、今回は午前7時スタート。天候は異なり
気温23度。君原と御船が先頭集団を引っ張り、25km
で君原がスパートをした。30kmで食い下がる御船に
250mの差をつけ勝負を決め、大会史上初の2連覇となった。


8回 アジア大会 バンコク(1978年)

1、阪本峰照(日立造船)2時間15分29秒7
2、チョイ・チャンソプ(北朝鮮)2時間15分57秒4
3、コ・チュンソン(北朝鮮)2時間16分10秒3
4、佐藤進(旭化成)2時間17分54秒8

午前6時、日の出前の暗闇の中、21人が参加。
前半は5kmのスプリットが16分前半のゆったりしたペースで推移。
折り返しを過ぎてペースが上がり、22kmで先頭集団は5人。
24kmで佐藤が後退。36kmで阪本が一気にスパートし、北朝鮮
勢を振り切り、日本勢4連覇を達成した。
251ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/01 23:01:40
>>250 テヘラン大会(1974)がないやんと思ったら実施されなかったみたいですな。
78年の大会は覚えています。一線級が福岡に集結し、8年ぶりの優勝だけでなく表彰
台を独占した直後の大会。阪本の当時のベストは2時間15分17秒。それが朝とは言え、
酷暑のバンコクでほぼベストで走ったことは高く評価された。2位のチェは翌年の福岡
で11分40秒で5位に食い込み、3位のコは80年初頭に10分台まで記録を伸ばした。また
北鮮はバンコクのアジア大会で女子の長距離でもキム=オクソンが2種目制覇して、
長距離王国になるのではないかとちょっとした話題になっていました。もっとも大会の
華はラオ・ピン・カーンだったかな。ちっこいタイ女子の短距離選手。
252ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/01 23:09:54
9回 アジア大会 ニューデリー(1982年)

1、金梁岬(韓国)2時間22分21秒
2、阿部文明(日本電気HE)2時間24分09秒
3、セタラマ(インド)2時間25分07秒
4、水久保美千男(新日鉄)2時間28分32秒

30度前後の気温のレース。12人が参加。
北朝鮮のリー・ジョン・ヒョンを阿部がマーク、この年の
毎日マラソンを制した水久保はハイペースについていけず
後退。結局、33kmでペースダウンしたリーを阿部が捕らえたが
後方から金が一気にスパート。阿部を振り切る。



10回 アジア大会 ソウル(1986年)

1、中山竹通(ダイエー)2時間08分21秒
2、谷口浩美(旭化成)2時間10分08秒
3、柳在聖(韓国)2時間16分55秒

スタートから中山と谷口が飛び出す。10km手前で早くも中山が
谷口を振り切り独走態勢に入る。後半、風の影響でペースダウンした
ものの大会記録を7分以上も最新。この記録は現在も大会記録として
残るものとなった。5,6回大会に続いて金、銀を独占。
253ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/01 23:18:32
11回 アジア大会 北京(1990年)

1、金元卓(韓国)2時間12分56秒
2、清水悟(カネボウ)2時間14分46秒
3、チェ・チョルホ(北朝鮮)2時間18分18秒
8、泉宣広(ダイエー)2時間21分01秒

8月に北海道で事故死したエスビー食品・谷口伴之に代わる
清水が12kmから飛び出す。25kmで金が後続集団から
抜け出し31kmで清水に並びかける。一時、金は腹痛で
後退するも残り5kmで清水を逆転。そのままテープを切った。
254ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/02 09:38:07
>>252
今では、バンコクの高橋尚子の独走&当時としての脅威の記録で
衝撃度は上回ったが、86年ソウルの中山にもビックリさせられた。
アジア大会で当時、まだ8分の前半を世界で4−5人しかだしてない
のをほとんど独走で記録。85年のソウルマラソンの独走劇もあったが、
これで「中山の持ち味は一人旅」と認知されたと思う。

ゴール100mで実況・羽佐間アナの日本最高記録と比較して
(当時。2時間8分15秒)タイムを秒読みして実況したのを思い出す。
韓国のイ・ボンジュは、このときの中山の走りに憧れて、
マラソンランナーになることを決意したらしい。
256ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/02 22:17:28
>>255
その後、90年代のアジアは黄と李鳳柱の2人が
抜きん出た活躍で、韓国勢がリードしたね。
257ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/04 08:44:07
中山が一番凄かったのは、なんといっても87年福岡でしょうね。
瀬古回避で喧々諤々とする中、這ってでも出て来いと言った中山は
多士済々と言われ、今でも史上最高のメンバが揃ったあの大会で、
類を見ないハイペースで他の有力どころを叩き潰した。
第三集団の谷口伴、坂口、児玉らの集団でも10Km通過が30分切ってたぐらい
だから、おそらく国内史上最速レースだったと思う。

258ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/04 09:27:42
>>257

ホント、87年の福岡の天候がベストコンディションだったら
どんな記録が出ていたんでしょうね。中山選手以外の選手も含めて。
みぞれ交じりの天候で他を寄せ付けない圧倒的な強さで快勝した。

ただし、

>瀬古回避で喧々諤々とする中、這ってでも出て来いと言った中山は

と、言っていないみたいですよ。
「ボクが瀬古さんの立場だったら這ってでも出る」が翻訳されて
「這ってでも出て来い」になったらしい。

現に1986年(だったと記憶している)の東京国際で谷口選手に惨敗した時も
本人の不注意による捻挫で走れる状況じゃなかったのに出場を強行した。
「ボクの不注意による怪我で出場を辞退するのは
 スポンサー(所属企業のダイエー)やテレビ局に迷惑をかける」
と周りへの配慮からだった、とインタビューに出ていた。

マスコミはなぜそこまでして中山選手をヒールに仕立てたかったのか?
それとも中山選手をヒールにしてまで瀬古選手を守りたかったのか?

どっちにしろ中山選手は日本最強ランナーの最有力候補の一人であることには変わりないと思います。
>>258

>マスコミはなぜそこまでして中山選手をヒールに仕立てたかったのか?

瀬古が各カテゴリーで王道を進んだことが最大の原因だと思う。

マスコミは男子マラソンという優良コンテンツのスター選手として盛り上げたかったようだ。
当然ライバルが必要になるわけだが、宗兄弟は世代が少し上、金哲彦はマラソンが主でなかったし、
伊藤・喜多だと1ランク知名度が落ちるところに中山が出現したわけで。
後半勝負の瀬古に対し前半勝負の中山、短躯の瀬古に対し長身の中山、
修行僧のような寡黙な雰囲気の瀬古に対し言動が派手で歯に衣着せぬ発言をする中山、
中山がライバル扱いにされるのは自然の出来事だろう。

ただ、中山が結果を出し瀬古の絶対的地位が崩れることを恐れたマスコミと陸連が、
主役が中山に交代するのを恐れヒールに仕立てたのではないか?と思う。
260ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/04 19:45:51
85年のW杯広島大会で中山が瀬古の日本記録を破ったとき、瀬古はマスコミに対して
「広島はコースが平坦だしコンディションもよかったのであれ位の記録は出て当然」といった。
それを聞いた中山は、親しい人に次のように漏らした。
「あの人は僕の怖さを知らない幸せな人なんだな、と思いますよ。
 僕のライバルは今や瀬古さんでもロペスでもない。自分自身ですよ。
 だから僕はいつも自分の限界と勝負しているし、その過程でもう瀬古さんには
 いつでも勝てると分かってるんです。
 なのに瀬古さんは未だに自分のほうが強いと思っている。認識不足もいいところ。
 甘い考えを持ってマラソンしてるんだな、と思いましたよ。」
261ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/04 21:24:45
別に中山をヒールに仕立ててはいないだろ
むしろマスコミは中村監督の庇護の下でろくに取材もままならない瀬古を
温室栽培とかなんとか足をひっぱりまくっていた

しかし瀬古は鞍馬天狗みたいなもので東京五輪以来のマラソンファンの
渇を癒す不思議なオーラを持つランナーだった
初マラソンの京都ですでにアナウンサーの瀬古という発声に
ある種の特別な響きがあった
262ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/05 08:01:12
>>261 それは当然だろう。京都マラソンのメンバーで知名度があるのはロジャース、
宇佐美、瀬古だけだった。瀬古はインカレのチャンピオンだし、高校時代の長距離王
なのでどれだけ走るのか期待される立場にあった。(そのちょっと前の箱根はボロボロ
だったので本当の力はなかったのだが)。むしろ2回目の福岡の時は全く期待されて
いなかったのが意外だった。その頃はトラックに安定した実力を見せていたし、日本
マラソン陣の超低迷期だったのでもう少し期待していい筈だったが、宗兄弟とかばっかり
クローズアップしていた。レースで瀬古が日本人最高の5位に入ったことがアナウンサー
にも驚きだったようだ。
263ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/05 10:20:42
>>262
そうそう。グランドに日本人トップで瀬古が入ってきた時に、瀬古?というような感じだったね。
瀬古が本当に神格化されるのは、イカンガーを最後の直線で振り切った福岡以降だと思うんだけど。
コンディション崩したり、故障明けだったり、そういう状況で福岡や東京に勝ったことが大きかったと思う。
東京のときに瀬古がトップで競技場に入ってきたときにはアルフィーの坂崎も言っていたが涙が出てきた。

又、この頃の瀬古は負かした相手を光らせるオーラがあった。イカンガーやゴメスはその最たるもの。
なただ、ロス五輪以降の瀬古からはそのオーラが消えたのも事実。
ロンドンでのスペディング、シカゴでのサラー。そして豪華メンバでのボストン、
負かした相手が光ることはなかった。

中山について言及すると、瀬古とは対照的に相手を叩き潰して光を消した。
あの福岡では、谷口ですら、勢いを削がれたし、新宅の評価もあがることはなかった。
対照的に、東京で森下に競り負けた時点の中山は、持ち味を失ったということなんだろう。



264ホラン司祭:05/02/13 15:56:21
NHKの放送スケジュールを抗議電話で覆した早稲田の力って、すごいよな。
往年の異常な瀬古人気も、彼等の力が大きかったのだろうと思う。
265ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/13 17:11:28
瀬古派と中山派にわかれて大論争した思い出があるな。
世論・メディアも巻き込んでの論争は面白かった。
今じゃ考えられないな。     
266ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/13 18:19:23
中山、森下の世代交替レースが最高だった。バルセロナ前の。あんないきなこと中山にしかできない。
267ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/13 18:54:34
瀬古が留学から帰って高卒のままだったら
あの瀬古人気はないよ勿論
268ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/14 21:30:05
やっとでた!エース!!
瀬古→中山、谷口→森下→→→→→→→→→→→→→→→→→高岡!!!!!
昼殿、仮性、えす毘ーなど、昼無垢された選手はいたが、結果いまいちだったが
これで安心だ。北村、伊達が成長するまで4年間高岡よ、頑張ってくれ!
渡辺康、藤田が故障しなければなー。
269ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/14 22:53:29
高岡寿成(カネボウ)マラソン全成績

1、2時間09分41秒 3位 01年福岡国際
2、2時間06分16秒 3位 02年シカゴ(日本新記録)
3、2時間07分59秒 3位 03年福岡国際
4、2時間07分50秒 3位 04年シカゴ
5、2時間07分41秒 優勝 05年東京国際
270ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/14 22:57:50
>>262,263

1977年 福岡国際マラソン 成績

1、ロジャース(アメリカ)2.10.55.3
2、モイセーエフ(ソビエト)2.11.57.0
3、マグナニ(イタリア)2.13.04.0
4、フレミング(アメリカ)2.14.26.2
5、瀬古利彦(早大)2.15.00.1
6、阪本峰照(日立造船)2.15.37.3

7、キャノン(イギリス)2.16.20
8、世利重樹(九州電工)2.17.11
9、宗猛(旭化成)2.17.35
10、ベントソン(スウェーデン)2.17.43
271ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/20 13:34:11
>>269
ここ4レースで、6分台、7分台×3回は凄いな。
ケニアのルウトやリモの6分台×3回の方が上だが、
高岡を上回るタイムを安定して出してる選手はそれぐらいだろな。
高岡も世界歴代十傑の選手の貫禄を出してるな。
272ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/20 14:38:51
瀬古がイカンガーを振り切ったレースは小学生の時テレビで観戦していて
あの時の衝撃がすごくてのちに陸上部にはいった。
まるでブルース・リーのようなカリスマ性を感じたよ。瀬古ってドキドキハラハラ
みたいなレースが多いので見ていて飽きなかったな。あの当時の子供は影響受けるよな。
273ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/20 15:31:53
たしかに最近の高岡は凄いが
ラビットに引っ張ってもらっての好記録って
どうなの?と思う。
出走したみんな条件は一緒だけど。

五輪と世界選手権はラビなしのガチンコ勝負なんでしょ?
ラビットに引っ張ってもらっても
記録出せない香具師は山ほどいるな
高岡は今回優勝したしレース内容も良かったので
評価に値できると思う
>>273
ラビットと記録云々を議論するつもりは無いが
高岡はラビットに恵まれてないよ。
シカゴ・福岡・東京どれもダメラビット。
それにあの身長だとラビットとストライド・ピッチが合わなくて
いつも窮屈そうにしている。
一度は中山のような爆走をしてもらいたい
276ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/20 21:43:23
>>272
ブルース・リーって今で言うと4様だよ
大宣伝ででっちあげられた
277ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/20 22:41:58
当時、中山が8分台を4回マーク。
今回は高岡が8分以内を4回目のマークとなった。
このタイムにおける安定感の遍歴は瀬古ー中山ー高岡というラインになりそう。

次の7分以内を4回くらいだせる日本人ランナーは何年後になるだろうか?
>>277
高岡は確かに凄いけど・・・・

ゴール前のデットヒートを制すると言う、感動が無いのが残念!
記録も大事だけど、勝負強さがやっぱエースの条件。

個人的には、藤田の当時日本記録で優勝(2000年の福岡?)が印象大!

ところで、谷口君は?
279ホラン司祭:05/02/21 18:39:32
瀬古ー中山ー高岡
この3人を勝負させたかった
280ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/21 20:00:11
>>279
中山が超ハイペースで高岡がそれについていく。瀬古はとてもじゃないけ
ど置いていかれるだろう。というか後半勝負である程度自重していく。
終盤35キロくらいでは中山がペースダウンしたのを見て高岡が仕掛けて
そのままゴール。
瀬古はゴールまでに中山に届くかどうか・・。
高岡は終盤失速したときでも、中山ほど落ち込みはひどくないから、たぶ
んこんなレース展開かな? 
なんて考えると楽しいねぇ、ほんとマジで見たい勝負だ。
実際のところ、この三人だとやってみないとわからんけどねぇー。
281ホラン司祭:05/02/21 21:53:23
高岡は2002シカゴでとんでもない記録を出していますが、
あの時は異常なまでに好条件がそろっていたので、
それ以外のレースの記録を考えると、瀬古・中山とそんなに力は変わらないかもしれません。
ちなみに、
私の個人的な意見ですが世界陸上の「国内選考会」に
明らかに高岡一人のためのペースメーカーが起用された事に少し疑問を感じました。
282ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/22 00:03:46
中山竹通 タイムベスト5

1、2時間08分15秒 85年W杯広島 2位
2、2時間08分18秒 87年福岡国際 優勝
3、2時間08分21秒 86年アジア大会ソウル 優勝
4、2時間08分43秒 86年東京国際 4位
5、2時間09分12秒 91年別府大分 2位

瀬古利彦 タイムベスト5

1、2時間08分27秒 86年シカゴ 優勝
2、2時間08分38秒 83年東京国際 優勝
3、2時間08分52秒 83年福岡国際 優勝
4、2時間09分26秒 81年ボストン 優勝
5、2時間09分45秒 80年福岡国際 優勝
283ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/22 00:04:26
本番ではペースメーカーなんかないのに
選考会ではPメーカー使うって
ちょっとなんか変、と思った
284ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/22 08:14:32
瀬古の記録みてるとベスト5すべて優勝かぁ・・。
海外でも2勝してるし・・。
勝負強さでは一番かなぁ、やっぱり。
285ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/22 14:18:35
>>284
80年代後半は記録ラッシュだった印象があるんで、タイム5傑だと順位が揃わないんでないかな
伊藤国光@北京86で2時間8分を切ったあたりから
286ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/22 15:30:06
>>246
カメですが、それってやっぱり1万やマラソンに専念し過ぎたのが原因だと思いますね。
400が専門の高野が100にも挑戦したように瀬古も1年間トラックシーズンは800や1500に専念していれば13分10秒台も可能だったんじゃないかと…

ところで、このスレの住人の年令、瀬古と森下と高岡とではどれに一番近いの?
287ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/22 16:39:41
>>286
寺沢徹
288ホラン司祭:05/02/22 19:55:31
森下と高岡は確か3歳くらいしか違わないと思いますが
289ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/22 20:29:23
旭化成の選手は30前後でダメ(故障とかで)になるケースが多すぎない?
練習内容に問題あるンじゃない?

290ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/22 22:16:15
中山のトラックの適正タイムはどれくらいなのだろうか。
W杯広島で2時間08分15秒で一躍躍り出た中山だったが、
このときの1万の自己ベストが29分前半。
その後、5月スポニチ陸上で瀬古と初のトラック初顔合わせで
28分51秒67。
その後の年度別遍歴は

85年度 28.26.9 11月京都府記録会
86年度 28.07.0 10月西京極
87年度 27.35.33 7月ヘルシンキ
88年度 28.01.74 7月オスロ

27分35秒という記録が別格で、セカンドタイムは28分を切ることが
できなかった。瀬古に比べて中山は道路向きのランナーであったのと、
瀬古以上にあくまでトラックはマラソンの延長でスピード強化が目的だったろう。
 しかし87年のヘルシンキでの日本記録はその後の福岡に向け、スピード
面でかなりの自信になっていたと考えられる。それも含めての福岡での
脅威の前半のラップを刻むことができたのではないかな。
291ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/23 21:31:25
64年東京五輪 優勝 Bアベベ ラップタイム

5km 15.19
10km 30.14(14.55)
15km 45.35(15.21)
20km 60.58(15.23)
25km 1.16.40(15.42)
30km 1.32.50(16.10)
35km 1.49.01(16.11)
40km 2.05.10(16.09)
(7.01.2)
2時間12分11秒2(当時世界最高)


67年福岡国際マラソン Dクレイトン ラップタイム

5km 15.06
10km 29.57(14.51)
15km 44.57(15.00)
20km 59.59(15.02)
25km 1.15.11(15.11)
30km 1.30.32(15.21)
35km 1.46.11(15.39)
40km 2.02.16(16.05)
(7.30.4)
2時間09分36秒4(当時世界最高 人類初のサブテン)

 
292ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/23 21:38:54
68年福岡国際 優勝 アドコックス ラップタイム

5km 15.49
10km 31.13(15.26)
15km 46.43(15.30)
20km 62.03(15.20)
25km 1.17.19(15.16)
30km 1.32.38(15.19)
35km 1.47.59(15.21)
40km 2.03.47(15.48)
(7.00.8)
2時間10分47秒8(当時 世界歴代2位)


69年福岡国際 優勝 ドレイトン ラップタイム

5km 15.11
10km 30.42(15.31)
15km 46.12(15.30)
20km 61.45(15.33)
25km 1.17.00(15.15)
30km 1.32.29(15.29)
35km 1.48.03(15.34)
40km 2.04.02(15.59)
(7.10.8)
2時間11分12秒8(当時世界歴代3位)
293ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/23 21:45:57
70年 エジンバラ 優勝 Rヒル ラップタイム

5km 14.37
10km 29.24(14.47)
15km 44.28(15.04)
20km 59.40(15.12)
25km 1.15.00(15.20)
30km 1.30.41(15.41)
35km 1.46.32(15.51)
40km 2.02.30(15.58)
(6.58)
2時間09分28秒 (当時世界歴代2位 2人目のサブテン)


70年福岡国際 優勝 宇佐美彰朗 ラップタイム

5km 15.24
10km 30.55(15.31)
15km 46.32(15.37)
20km 62.15(15.43)
25km 1.17.27(15.12)
30km 1.32.26(14.59)
35km 1.47.32(15.06)
40km 2.03.27(15.55)
(7.10.8)
2時間10分37秒8(当時日本最高 世界歴代3位)
294ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/23 21:52:47
71年福岡国際 優勝 Fショーター ラップタイム

5km 14.44
10km 29.48(15.04)
15km 45.20(15.32)
20km 61.41(16.21)
25km 1.16.52(15.11)
30km 1.32.10(15.18)
35km 1.48.26(16.16)
40km 2.05.22(16.56)
(7.28.4)
2時間12分50秒4


72年 ミュンヘン五輪 優勝 Fショーター ラップタイム

5km 15.51
10km 31.12(15.21)
15km 46.21(15.09)
20km 61.30(15.09)
25km 1.17.05(15.35)
30km 1.32.49(15.44)
35km 1.48.40(15.51)
40km 2.05.31(16.51)
(6.48.8)
2時間12分19秒8
295ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/23 21:53:05
天才佐々木精一郎はなんで急に走れなくなったんだろ
東京以後で凄味という事では最右翼

67年の福岡も腹痛さえ起こさなければクレイトンに楽勝のレースだった
296ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/23 22:03:21
>>295
68年福岡国際 2位 佐々木精一郎 ラップタイム

5km 15.18
10km 30.25(15.07)
15km 46.36(15.11)
20km 60.35(14.59)
25km 1.15.31(14.56)
30km 1.30.32(15.01)
35km 1.46.23(15.51)
40km 2.03.10(16.47)
(8.07.0)
2時間11分17秒0(当時日本最高 世界歴代2位)


67年 別府大分 優勝 君原健二 ラップタイム

5km 15.46
10km 31.52(16.06)
15km 47.27(15.35)
20km 63.06(15.39)
25km 1.18.47(15.41)
30km 1.34.49(16.02)
35km 1.50.21(15.32)
40km 2.06.33(16.12)
(7.00.4)
2時間13分33秒4 (当時 日本国内最高記録)
297296:05/02/23 22:06:55
(訂正)68年ではなく 67年福岡国際2位 佐々木精一郎
298ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/23 23:12:47
佐々木精一郎の全盛期は67年と68年の2年間だろう。
66年の別大が初マラソン。その時4位に入り2時間15分34秒0
で走破している。
そして翌年の別大。>>296さんの表にもありますが、このときの君原と
ゴール寸前までデットヒートを繰り広げ2位。2時間13分38秒6で
2位に入りトップランナーの仲間入りをした。1万の走力が28分台
(28.55.0)のスピードを持ち、暮れの福岡でクレイトンと
壮絶なハイスピードのレースを展開。27キロ付近で追いついた佐々木が
優勝と世界最高記録樹立間違いなしと思われた矢先、腹痛で後退してしまった。
しかしそのタイムは日本最高および往年の世界最高を破るものであった。
翌年の68年別大も2時間13分23秒8の大会新で優勝。福岡の記録がフラックでない
ところをみせた。その後の最終選考の毎日を欠場しても絶対のメキシコ五輪代表候補で
あった。メキシコも3代表の中で期待されたが途中棄権。
 その後は輝きをなくしパッとしなくなってしまった。やはりメキシコでの
失敗が尾をひいてしまったのだろうか。
君原晩年の48年別大では久しぶりに先頭争いをし、レース途中、君原から
「がんばっていこう!」というような声をかけられたエピソードもあるよう。
299ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/23 23:27:37
>>298 どうでもいいことだが別大マラソンになったのは通算25回目の1976年の大会
から。それまでは別府毎日マラソン。晩年の佐々木精一郎で覚えているのは1973年の
毎日マラソン。序盤からショーターがハイペースで飛ばしたが、それについたのは
ビダリと佐々木のみ。ショーターが用を足したのでこれは佐々木が復活Vかと期待した
が、すぐに遅れだした。ビダリも折り返しまでにショーターに抜かれてショーターは
楽々優勝。その記録が阿部文明に破られるまで12年も大会記録として残った。

ところで彼は何時九州電工から神戸製鋼に移籍したのだろうか。マラソンを見るように
なった70年にはもう神戸にいたように思う。67年のレースも見ていた筈だが幼稚園児
だったので覚えていない。(兄がよく佐々木の腹痛の真似をしていた)。
300ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/24 00:49:34
佐々木精一郎の失速原因は腹痛が主ではなかったかな。
エスビーの金井もマラソンだと30km付近でよく腹痛の為に
後退していた。

しかしこのラップ表をみると67年福岡の30kmが1.30.32
なんて今の国内大会でもなかなか見ることができない。
他にも14分台で入る走りが多いところをみると脅威的な記録は
ペースメーカーのような平均ペースだと難しいということか。
見ていてワクワクするようなラップでのレースもまた見てみたい。
301ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/24 01:27:22
記録は悪かったが印象に残っているレースは72年の毎日マラソン。ミュンヘンの最終選考会であった
このレースはものすごいスローペースの中32キロを過ぎて原嘉則(小西六)がスパート。一時は宇佐美
に300mの大差をつけ勝負あったかに見えた。しかし宇佐美は冷静に原を追い36キロで逆転し、その
まま独走態勢に入る。勝負あったかに見えたのだがそれに待ったをかけたのが君原。前年のこの大会
で生涯最悪の13位(それまでは東京の8位が最も悪い順位)、年末の福岡でも11位に終わり、不調が
伝えられ、実際折り返しで18位だったが、その後、首を左右に振って猛烈な追い込みがかかり、ついに
39キロの瀬田の唐橋で宇佐美に並ぶ。最も興奮した瞬間だったが結局宇佐美が差しかえして、優勝。
君原は2位、終盤追い込んだ(不調を伝えられゼッケンも大きかった前年の優勝者)ウネ谷が3位で、
原は4位に沈んだ。

しかし考えてみると2時間20分も切れないタイムで、30キロ以降に原の独走を許す宇佐美は本番に
課題を残したことになる。果たして本番では宇佐美は惨敗(13位)。
302ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/24 01:56:09
>>298
当時の資料がありますが、
1970年以前で1万mを29分以内で走っているのは本当に
少なかったようです。

1、28.35.2 沢木啓祐(順天大教員)68年6月27日
2、28.40.8 佐々木精一郎(九州電工)68年6月27日
3、28.42.8 鈴木従道(東洋ベア)69年7月8日
4、28.52.8 円谷幸吉(自衛隊体育学校)64年8月27日

の4件のみです。佐々木は68年当時で28分40秒まで記録をのばして
いるようです。そして5千mを13分で走破しているランナーは

1、13.33.0 沢木啓祐(順天大教員)68年7月3日
2、13.53.2 佐々木精一郎(九州電工)68年7月3日
3、13.54.8 土谷和夫(日大)66年11月5日
4、13.55.0 岩下察男(旭化成)64年8月29日
5,13.55.8 鈴木従道(東洋ベア)69年6月25日

がべスト5になってます。沢木と同時に記録を出したとはいえ、
5千13分台、1万28分台を同時に記録したのが沢木と佐々木のみ
を考えると当時の無類のスピードランナーだったことが言えますね。
303ホラン司祭:05/02/24 07:28:49
古い時代のランナーが話題になっていますが、これらの皆さんは現在もご健在なのでしょうか?
戦前のランナーはほとんど亡くなってしまいましたが。
戦後の主なランナーで故人となられた方はいますか?(円谷以外で)
304ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/24 15:58:12
瀬古や中山の時代って今の時代に比べるとスポーツ科学が遅れていて
夏場のレースに慣れるために猛暑の環境で走りまくったりして今の時代では
考えられないような無茶苦茶な練習してたらしいよ。
そのような過酷な環境で走ってきた結果がそれだからね。今の時代現役であれば
2時間5.6分台をコンスタントに叩き出していると思うよ。精神力が異常です。


305ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/24 21:12:44
>>291
アベベは五輪2連覇の偉業を達成して、こと五輪マラソンについて
多く語られているが、
トラックも走っている。5000mが14.10.0、10000mが29.00.8
という記録が残っている。記録だけみると円谷幸吉の自己ベストにかなわない
ものになっているが、どれくらいトラックレースに参加しているのか不明。

五輪2連覇の主な大会成績は

61年毎日マラソン 優勝 2時間29分27秒
61年コシチェマラソン 優勝 2時間20分12秒
61年アテネ古典マラソン 優勝 2時間23分44秒6
65年毎日マラソン 優勝 2時間22分55秒8
66年韓国国際マラソン 優勝 2時間17分04秒
66年スペインマラソン 優勝 2時間20分28秒8

そんな中、64年の東京五輪の年は4レースを走破。
4月19日 ボストンマラソン 5位 
5月30日 エチオピア国内予選 優勝 2時間15分13秒
8月20日 エチオピアマラソン 優勝 2時間16分18秒
10月21日 東京オリンピック 優勝 2時間12分11秒2(世界最高)

エチオピアマラソンと東京五輪の間で盲腸の手術をしていることを
考えると脅威のスタミナである。また64年のボストンは東京五輪7位の
バンデンドリッシュ(ベルギー)が優勝した大会。メキシコ五輪の途中棄権と
この64年ボストンの2レースがアベベが敗北するレースとして資料が残って
いる。
306ゼッケン774さん@ラストコール :05/02/24 21:43:33
>>305

アベベのボストン参加は、1964年ではなく、1963年。

バンデンドリッシュは、1963,64とボストンを連覇している。アベベに勝ったのは63年の方。

この年のボストンは非常に寒く、さすがのアベベも実力を発揮できなかった。
307306:05/02/24 21:52:17
また、細かいことだが、

1961年の3レースの順番は、アテネ、毎日、コシチェの順。
1964年の8月のレースのタイムは 2時間16分18秒4
1966年の2レースの順番はスペインのレースのほうが先。
308306:05/02/24 22:03:26
>>298,299

佐々木精一郎の神戸製鋼への移籍は1970年10月。

君原と先頭争いをしたのは1971年の別府。
1位 君原 2.16.52.0
2位 佐々木 2.18.05.2
だった。
309ホラン司祭:05/02/24 22:52:57
バンデンドリッシュと言えば
映画『東京オリンピック』で「7位はお馴染みのバンデンドリッシュ」
とアナウンスされていたね。当時日本にもよく来ていたランナーだったのだろう。
ベルギーも廃れてしまったマラソン大国の一つ。
310ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/25 00:29:15
アベベ・ビキラ(エチオピア) タイムベスト5

1、2時間12分11秒2 64年東京五輪 優勝
2、2時間15分13秒 64年エチオピア国内予選 優勝
3、2時間15分16秒2 60年ローマ五輪 優勝
4、2時間16分18秒4 64年エチオピア 優勝
5、2時間17分04秒 66年韓国国際 優勝
 
311ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/25 00:55:25
(1969年12月まで) マラソン世界歴代20位

1、2時間08分33秒6 クレイトン(オーストラリア)69年アントワープ
(2時間09分36秒6 クレイトン 67年福岡国際)
2、2時間10分47秒8 アドコックス(イギリス)68年福岡
(2時間11分07秒2 アドコックス 69年アテネ)
3、2時間11分12秒8 ドレイトン(カナダ)69年福岡
4、2時間11分11秒0 佐々木精一郎(日本)67年福岡
5、2時間11分27秒8 宇佐美彰朗(日本)69年アントワープ
6、2時間11分54秒4 ヒル(イギリス)69年福岡
7、2時間12分00秒0 重松森雄(日本)65年ウインザー
(2時間12分00秒0 ドレイトン 69年デトロイト)
8、2時間12分03秒4 谷村隼美(日本)69年福岡
9、2時間12分11秒2 アベベ(エチオピア)64年東京
(2時間12分16秒8 アドコックス 68年カールマルクスシュタト)
10、2時間12分25秒8 マッケンジー(ニュージーランド)67年福岡
11、2時間12分40秒6 采谷義秋(日本)68年福岡
12、2時間12分52秒8 ガリド(メキシコ)69年福岡
13、2時間13分06秒4 佐々木敏晴(日本)69年福岡
14、2時間13分21秒0 吉田昭雄(日本)69年福岡
(2時間13分23秒8 佐々木精一郎 68年別府)
15、2時間13分25秒8 君原健二(日本)69年アテネ
16、2時間13分26秒2 ムスタッア(ルーマニア)68年カールマルクスシュタト)
17、2時間13分27秒8 ムーア(アメリカ)69年福岡
(2時間13分33秒4 君原健二 67年別府)
18、2時間13分37秒6 上岡忠明(日本)68年福岡
(2時間13分38秒6 佐々木精一郎 67年別府)
19、2時間13分41秒0 寺沢徹(日本)65年ウインザー
(2時間13分42秒0 ヒル 69年マンチェスター)
20、2時間13分43秒4 アケイ(トルコ)68年福岡
312311:05/02/25 01:04:30
(訂正) 4、佐々木精一郎(日本)2時間11分17秒 
313ホラン司祭:05/02/25 01:12:43
>>310
にある韓国国際とはどのような大会だったのでしょうか?
現在の東亜国際とは違う大会であることはわかっています。
東亜の歴代優勝者にアベベはいませんから。

314ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/25 09:52:10
バンデンドリッシュといえば東京プレ五輪で2位で競技場にもどって来たが
追い上げてきた君原に抜かれて3位になった
映画の合間のニュース映像で当時少なかったカラーで見た記憶がある
何度も振り返っていた
この大会で優勝したジュリアンは本大会では10位以下に沈んだ

>>299
佐々木の移籍は西田コーチとの確執では

>>298
67年の別府は有名な、佐々木の給水で君原が勝負に出て勝ったレースですね
しかし翌年はもう君原は佐々木には勝てそうもないという雰囲気のレースだった

73年では定時ニュースでも佐々木復活なんて報道されたが
タイムは悪いし今やオールドタイマーの君原に負けてるんじゃなーと思ったが
しかしまだ20代だしほんとに復活するかなーという感じ

315ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/25 11:19:53
>>304
逆にその無茶苦茶な練習に耐えて精神力を養ったともいえるわけで。
今のメンタルトレーニング技術ってどんなもんなんだろ?
316ホラン司祭:05/02/25 18:58:15
確かに一昔前の選手たちは滅茶苦茶なトレーニングをしていた。
逆に選手生命は今の選手たちのほうが短くなっているように思われる。
そこが不思議で仕方がない。
317311:05/02/25 23:42:18
1968年度 世界ランキング

1、2時間10分47秒8 アドコックス(イギリス) 福岡
2、2時間12分40秒6 采谷義秋(日本) 福岡
3、2時間13分23秒8 佐々木精一郎(日本) 別府
4、2時間13分26秒2 ムスタッア(ルーマニア) カールマルクスシュタト
5、2時間13分37秒6 上岡忠明(日本) 福岡
6、2時間13分43秒6 アケイ(トルコ) 福岡
7、2時間13分45秒2 ブッシュ(東ドイツ) カールマルクスシュタト
8、2時間13分49秒0 宇佐美彰朗(日本) 毎日



1969年 世界10傑

1、2時間08分33秒6 クレイトン(オーストラリア) アントワープ
2、2時間11分07秒2 アドコックス(イギリス) アテネ
3、2時間11分12秒8 ドレイトン(カナダ) 福岡
4、2時間11分27秒8 宇佐美彰朗(日本) アントワープ
5、2時間11分54秒4 ヒル(イギリス) 福岡
6、2時間12分03秒4 谷村隼美(日本) 福岡
7、2時間12分52秒8 ガリド(メキシコ) 福岡
8、2時間13分06秒4 佐々木敏晴(日本) 福岡
9、2時間13分21秒0 吉田昭雄(日本) 福岡
10、2時間13分25秒8 君原健二(日本) アテネ
318311:05/02/25 23:52:15
1970年度 世界10傑

1、2時間09分28秒 ヒル(イギリス) エジンバラ
2、2時間10分37秒8 宇佐美彰朗(日本) 福岡
3、2時間11分12秒 オレイリー(アメリカ) ボストン
4、2時間11分35秒8 ムーア(アメリカ) 福岡
5、2時間12分04秒 アルダー(イギリス) ボストン
6、2時間12分12秒 采谷義秋(日本) 福岡
7、2時間12分19秒 フェアクロス(イギリス) エジンバラ
8、2時間12分58秒4 ファーリントン(オーストラリア) 福岡
9、2時間13分32秒 アドコックス(イギリス) 福岡
10、2時間13分39秒 クレイトン(オーストラリア) ツララルゴン



1971年 世界10傑

1、2時間11分08秒8 クレイトン(オーストラリア) ホバート
2、2時間12分14秒 ファーリントン(オーストラリア) ホバート
3、2時間12分39秒 ヒル(イギリス) マンチェスター
4、2時間12分50秒4 ショーター(アメリカ) 福岡
5、2時間13分09秒 リスモン(ベルギー) ヘルシンキ
6、2時間13分22秒8 宇佐美彰朗(日本) 福岡
7、2時間13分27秒 ライト(イギリス) マンチェスター
8、2時間13分42秒4 フォスター(ニュージーランド) 福岡
9、2時間13分45秒2 谷村隼美(日本) 京都
10、2時間14分03秒 ブッシュ(東ドイツ) マンチェスター
319311:05/02/25 23:59:49
1972年 世界10傑

1、2時間10分30秒 ショーター(アメリカ) 福岡
2、2時間12分00秒4 ファーリントン(オーストラリア) 福岡
3、2時間12分50秒 フィリップス(西ドイツ) マンチェスター
4、2時間12分51秒 ヒル(イギリス) マンチェスター
5、2時間13分16秒 シェルバック(ソビエト) ウージェゴロド
6、2時間13分19秒4 レッセ(東ドイツ) カールマルクシュスタト
7、2時間13分59秒 モイセーエフ(ソビエト) ウージェゴロド
8、2時間14分00秒6 大槻憲一(日本) 福岡
9、2時間14分02秒6 ニッカリ(フィンランド) 福岡
10、2時間14分08秒 セケレシュ(ハンガリー) ベルチム
320ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/26 00:14:22
>>313
韓国国際マラソンの開催経緯は
朝鮮動乱の時、国連軍が仁川からソウルへ、そして38度線まで押し返した
戦勝を記念して開催。
国連軍として従軍した国々の選手を招待し不定期で開催していた。

仁川からソウルまでの一本道で坂が連続してあり地形的にマラソン向きの
コースではなかった。

アベベが優勝したのは第3回大会(1966年)
2位に寺沢2.19.35、3位君原2.19.57.8だった。
  第4回大会(1969年)は宇佐美がマモを振り切り、2.20.17
で日本人初優勝をしている。
321ホラン司祭:05/02/26 09:36:14
>>320
ありがとう。
消滅した大会の中にも、そんなビッグイベントがあるのですね。

ちなみに、クレイトンがWRを出した67年アントワープはトンネル開通を
記念した一年限りのイベントだったようです。
322ゼッケン774さん@ラストコール :05/02/26 14:09:05
>>317-319

ご苦労様。

ただいくつか指摘をさせてもらいたい。

1968
ムスタッアなんて発音できないよ。ルーマニアだから正確な発音はわからないけどスペルから判断すれば、ムスタツァが一番近いと思う。

1970
2.12.17.8 フォスター(NZ)福岡 が抜けている。
アルダーの記録はボストンではなくエジンバラ

1972
シェルバクではなく、シチェルバク
2.14.08を出したのはセケレシュではなく、ゴーチェ(仏)。ただ、このときのベルチムのコースは短かった(300m)ことが判明しておりその後のリストからは外されている。

モイセーエフ(モセーエフ)は、1978年福岡にきたL・モイセーエフ(モセーエフ)とは別人だから、V・モイセーエフとしたほうが良い。
323322:05/02/26 15:34:58
1969年

佐々木敏晴ではなく、佐々木敏治が正しい。

1972年

2.11.32  ブグロフ(ソ連) ミンスク  が抜けている。

この記録は最初は距離に疑問があるとして外されていたが、後に正しいと確認され復活した。


さらに細かいことだが

1968年の宇佐美のタイムは秒以下を計時していないので2時間13分49秒としたほうがよい。

反対に
1970年の采谷、1972年のショーターは秒以下まで計時していたから
それぞれ、2時間12分12秒0、2時間10分30秒0とした方がよい。
324ゼッケン774さん@ラストコール :05/02/26 15:50:28
>>248-249

2回大会の2位のビルマ選手と、3回大会3位のビルマ選手は同一人物
表記を統一した方が良い。

同じく、3回大会の優勝者の韓国選手と4回大会3位の韓国選手も同一人物。
325ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/26 22:41:29
>>321
クレイトンはアントワープで2時間08分33秒6の世界最高を樹立する
11日前にトルコの第1回アンカラマラソンを2時間17分26秒で
優勝している。まさに信じられないくらいのタフネスぶりであった。
326ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/26 22:50:47
>>322
ゴーチェ(フランス)が2.14.08秒で優勝したのは1972年では
なく1970年大会。

72年大会に勝ったのはセケレス(ハンガリー)。

ベルチムマラソンはクレイトンが2.08.33.6で世界最高で
優勝したアントワープで開催したベルギーマラソンの後釜のような
形で1970年に開催された。
コースは周回で横3.2km、縦2kmをくるくる回るもので
選手からも評判が悪いものであった。
70年大会と同タイムの2.14.08だった。
327ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/26 23:02:00
>>318.319
71年、72年あたりの年度でランキングしているマンチェスターマラソン
はマクソール国際マラソンとも言った。
たしかイギリスのマクソール社(ガス会社?)がスポンサーになった大会で
第1回はヒル、クレイトン、アドコックス、アルダー、君原ら
87年のボストンマラソンのように豪華メンバーが招待された。
終盤ヒルがクレイトンを引き離して優勝した。
328311:05/02/26 23:33:57
>>322,323,326
ご指摘ありがとうございます。
皆さんくわしいですな。
資料のチェック漏れがあったりして申し訳ないです。
329ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/27 11:26:25
60年代には世界歴代10傑の半数を占めた日本マラソンも宇佐美の歴代3位の記録を
最後に長い低迷期に入る。不思議なことに71年以降宗茂が世界歴代2位の記録で
宇佐美の日本記録を更新するまでに13分の壁を破ったのは僅かに宗猛の2.12.52
(1975福岡)と宇佐美の2.12.40(75毎日)しかない。一方13分台は宇佐美が2.13.22.8
(71福岡),2.13.24(74毎日),谷村が2.13.45.2(71京都)、北山が2.13.24(73毎日)。
2.13.29(73マクソール),浜田が2.13.04.2(74別府),2.13.47.8(75福岡)、
2.13.57(77別大),服部が2.13.40(74別府),2.13.13(75福岡),小沢2.13.10.4
(75別府)と結構出ていた。従って13分というのが一つの壁になっていた。

13分台の記録を残した選手は(宇佐美以外)何れも期待されて大成しなかった。
谷村は69年の大記録の後、京都マラソンでもついに最後まで残る大会記録を出し
ながら71年の福岡では不発、72年の毎日では選考にかすりもしなかった。クラレ
でも新人の宮下の方が目立つ始末であった。北山は73年に2回13分台を記録して
年末の福岡で大いに期待されたが不発、その後浮かび上がることはなかった。
浜田は若い頃は30キロランナーのイメージが強かったが74年の別府で後半に14分台
のスプリットを刻み一躍救世主のようになったが肝心のレースでは宇佐美に手もなく
ひねられた。76年の毎日では途中トップに立つ場面もあったと記憶するが惜しくも
4位になって代表を逃す。しかし74年と77年のランキングトップを取り、10000でも
好記録を持つ好ランナーだった。最も期待されたのは服部。大学時代に初マラソン
最高(1年後に小沢に破られる)、学生最高を出し、75福岡でも8位ながら日本人2位
の好記録を残し、おおいに期待されたが翌年の毎日で惨敗。おそらくはニュージー
ランドでの合宿で体調を崩したのであろう。合宿での陸連幹部の評価は宗兄弟や
伊藤国光(76毎日が初マラソン)の方が評価が高かった。モントリオール代表を逃した
服部は大卒2年目なのにあっさりと引退。もしその後も続けていたらマラソン地図を
書き変わったかもしれない。
330ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/27 23:52:53
>>327
第1回マクソール国際マラソン成績

1、2.13.42 ヒル(イギリス)
2、2.15.40 クレイトン(オーストラリア)
3、2.18.14 アルダー(イギリス)
4、2.19.37 采谷義秋
5、2.20.13 アドコックス(イギリス)

7、2.23.25 君原健二
331ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/28 00:11:37
>>329
記録の低迷と比例して国際大会でも日本勢は優勝できなくなって
しまった。国際マラソン(現・福岡国際)はその70年に宇佐美が
優勝して以来、瀬古が勝つまで外国勢の独占。
またボストンは69年に采谷義秋が2.13.49で制覇して
やはり瀬古が81年に勝つまで参加もままならない状態で勝利無し。
格下大会として1969年、オランダ・エンスケデマラソンで
松原一夫が勝った後、71年アテネで宇佐美2.19.25、
74年ウインザーで2.15.162勝し、日本の第一人者の
面目を保ったが、記録的に世界に置いていかれるものであった。
 宗猛がモントリオール五輪落選の後走った76年・コシチェを
2.18.42でマラソン初優勝が目立つ程度。記録的には低調
であった。
332ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/28 00:20:49
そういえば70年代の話題になってるが、
74年がベストシーズンのイアン・トンプソン(英国)の話題が少ない。
74年はヨーロッパ選手権と英連邦のビックマラソンを2勝。
クライストチャーチだったと思うが英連邦で2,9,12で走破し
3人目のサブテンになったのがピーク。五輪には縁がなかった。
333ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/28 17:26:06
マラソン年度別 世界ランク1位

1963年 2時間14分18秒 エデレン(アメリカ)
1964年 2時間12分11秒2 アベベ(エチオピア)
1965年 2時間12分00秒 重松森雄(日本)
1966年 2時間13分45秒 ウッド(オーストラリア)
1967年 2時間09分36秒8 クレイトン(オーストラリア)
1968年 2時間10分47秒8 アドコックス(イギリス)
1969年 2時間08分33秒6 クレイトン(オーストラリア)
1970年 2時間09分28秒 ヒル(イギリス)
1971年 2時間11分08秒8 クレイトン(オーストラリア)
1972年 2時間10分30秒 ショーター(アメリカ)
1973年 2時間11分12秒2 ファーリントン(オーストラリア)
1974年 2時間09分12秒 トンプソン(イギリス)
1975年 2時間09分55秒 ロジャース(アメリカ)
1976年 2時間09分55秒 チェルピンスキー(東ドイツ)
1977年 2時間10分55秒3 ロジャース(アメリカ)
1978年 2時間09分05秒6 宗茂(日本)
1979年 2時間09分27秒 ロジャース(アメリカ)
334ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/28 17:31:37
1980年 2時間09分01秒 ネイブール(オランダ)
1981年 2時間08分18秒 キャステラ(オーストラリア)
1982年 2時間08分51秒 サラザール(アメリカ)
1983年 2時間08分37秒 キャステラ(オーストラリア)
1984年 2時間08分05秒 Sジューンズ(イギリス)
1985年 2時間07分12秒 ロペス(ポルトガル)
1986年 2時間07分35秒 児玉泰介(日本)
1987年 2時間08分18秒 中山竹通(日本)
1988年 2時間06分50秒 デンシモ(エチオピア)
1989年 2時間08分01秒 イカンガー(タンザニア)
1990年 2時間08分16秒 モネゲッティ(オーストラリア)
1991年 2時間08分53秒 森下広一(日本)
335ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/28 17:40:33
>>331
エンスケデマラソンはオランダのエンスケデ市で1947年から隔年で
開催されていた。

第一回はリッコネン(フィンランド)が2.44.13で制覇。

2回(51年)カルボーネン(フィンランド)2.29.02
3回(53年)ピータース(イギリス)2.19.22
4回(55年)ゴルノ(アルゼンチン)2.26.33
5回(59年)カントレク(チェコ)2.26.48
6回(61年)ウイルキンソン(イギリス)2.24.11
7回(63年)フドメル(チェコ)2.25.10
8回(65年)バンデンドリッシュ(ベルギー)2.21.16

の後、9回大会1967年で御船芳郎が2.20.53.8
10回大会の1969年で松原一夫2.19.29.8と日本人が連覇している。
336ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/28 23:02:41
>>333
>>334
オーストラリア勢のランク1位が多いいね。
クレイトンは高岡より背の高い188cmで67−8kgもあった
重厚な走りが印象的だった。
 オーストラリアはロン・クラーク、キャステラあとチェトルといい
胸板の厚い重厚戦車のような体系が多いい気がした。
337333:05/02/28 23:21:28
(訂正)63年 エデレン 2時間14分28秒
338ゼッケン774さん@ラストコール:05/02/28 23:49:46
イアン・トンプソンかぁ懐かしい
ショーター1強時代に彗星のごとく現れた
ヨーロッパ選手権ローマの石畳快走するのをテレビでチラッとやったが
小柄ながら精気溢れこりゃショーターも危ないぞと思ったのに
イギリスのマラソン代表の1発選考で4着で落選、ずいぶんがっかりした
モントリオール後の暮れの福岡でドレイトンに負けて2着
すっかりオーラ消えていた
本人は復調宣言して帰っていったがその後もパッとしなかった
339ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/01 06:55:14
宗兄弟強し
340ホラン司祭:05/03/01 18:47:54
>>335
「開催されていた」と過去形で書かれていますが、
現在も大会は続いています。
その後、73年と75年にはR・ヒルが連覇しますが、国際的ビッグネームの優勝はこれが最後。

80年代にはロッテルダム、アムステルダムに押されすっかりマイナーレース化。
92年にはトヴェンテ・マラソンと名称が変わり、毎年開催となります。
この時期で面白いのは、98年にアーメド・サラが2:13:25で勝っています。
(もう42歳くらいになっていたはずですが)

2003年から再びエンスケデマラソンの名称に変わり、
昨年はG・トーラ(シドニー銅メダリストのT・トーラとは別人)
という選手が2:10:33の大会新で優勝しています。
341ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/01 22:26:25
熊日で松宮が世界新を出したが話題になっていない。昔は結構登竜門としての価値
があった。例えば1975年の大会ではまだ20歳の伊藤国光が日本新で優勝。年末の
実業団駅伝で最長の6区を好走(多分区間賞)したのはまぐれでないことを示し、
ホープとして躍り出た。伊藤の初マラソンは76年毎日、実際に期待通りに走るよう
になるのは79年の福岡(8位),80年の福岡(3位)あたり。特に80年は途中転びなが
らも積極的にレースを先導し、2人の9分台突入を演出した。伊藤の前年は服部誠が
優勝。箱根の記録に残るごぼう抜き、別府の初マラソン最高、学生最高に続く快挙
であった。服部は75年の中日スピード30キロも楽勝。途中で脚がつったのか走るの
をやめて屈伸をしていたが余裕で優勝。しかし脚質に問題があったのかもしれない。
逆に伊藤の翌年には鎌田が伊藤の記録を1分以上更新し、今に通じる記録で優勝。
ミュンヘンの年には一線で活躍した後、長く低迷していた鎌田だったが、75年に
チームメートの伊藤が30キロで、高尾が10000で日本新を出したのに刺激を受けたの
か秋頃から復活。確か75年の実業団駅伝6区では大槻の持つ区間記録を久しぶりに
更新する快走を見せたが、それが本物であることを示した。鎌田は翌年トラックで
無敵の強さを見せモントリオール代表に選ばれ、更に77年には初の27分台の記録を
出した。このレースでは初めてアフリカ黒人が10000で世界新(キモンバ)を出した
だけでなく、そのレースで世界記録に18秒と最も近づいた瞬間でもあった。
342ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/01 23:02:41
60年代から70年代初頭のマラソン世界最強分布は
ローマから東京五輪までとその後2年くらいはアベベの最強時代といえる。
その後、72年のミュンヘン五輪で新鋭のショーターが制覇してから
ショーター時代が続くが、その間はクレイトンとヒルが凌ぎをけずっていた。

当時世界最高記録保持者のクレイトン(豪)のマラソンベスト5は

1、2.08.33.6 69年アントワープ 優勝
2、2.09.36.4 67年福岡 優勝
3、2.11.08.8 71年ホバート 優勝
4、2.13.39   70年ツララルゴン 優勝
5、2.14.47.8 

で平均タイムが2時間11分33秒1

そしてロン・ヒルのベスト5は

1、2.09.28 70年エジンバラ 優勝
2、2.10.30 70年ボストン 優勝
3、2.11.54.4 69年福岡 2位
4、2.12.39 71年マンチェスター 優勝
5、2.12.51 72年マンチェスター 2位

平均タイムが2時間11分28秒5 でクレイトンを上回っている。
これはこの時期の世界1,2位の平均タイムになっている。

この時期はヒル、クレイトンにベスト5平均2.12.18の
アドコックスを加えた3人がマラソン界をリードしていたことになる。
しかし五輪マラソンには3人ともメダルに縁がなかった。クレイトンは
最高位でメキシコの7位。ヒルもミュンヘンで君原に続き6位入賞がやっと。
アドコックスもメキシコで5位だった。
そんな中、自己ベスト2時間15分08秒4でミュンヘン五輪に3位に
なったマモ・ウォルデはメキシコのゴールドメダルとともにこの時期、世界
大会には抜群の相性であった。
343ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/01 23:15:09
>>342
ヒルも映画「東京オリンピック」で肩に絆創膏を張って前半飛ばしている
のを画像で確認できますね。イギリスはヒートリー、キルビー、ヒルの
3人が代表のようでヒルのみが入賞圏外から去ってるようですね。
344ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/01 23:27:27
英連邦大会では好記録がよく出るけど、それが本番に繋がることは稀。特に70,74
のヒル、トンプソンは歴代2位の記録だけに注目されたが2年後の五輪ではヒルが
6位、トンプソンは出場もできなかった(国内予選7位だったと思う)。82年の
キャステラとイカンガーの死闘も有名だが、本番では5,6位を争った。他の大会で
は皆を驚かせるような好記録は出ていないが、ケニアを含めて英連邦のマラソン選手
は不思議と本番に弱い。
345ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/01 23:29:13
ケニア選手の例外は日本にいた(る)、ワキウリとワイナイナ。スピードはたいした
ことがないし、日本の普通のレースでも負け続けるけど本番は不思議と強い。
346ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/02 01:15:56
>>344
当時は当然、世界陸上はなかったし今のようにケニアを始めアフリカ勢が
強かったわけではないのでイギリス、オーストラリアを中心とした
ヨーロッパ選手権や英連邦は価値のある大会であったと思う。
もちろんそれ以上に価値!があったのは国際マラソン(現 福岡国際)
だったのかもしれないが。そのため、この時期のヒルやアドコックスの
戦歴は評価はできると思う。また68−72年くらいまでの宇佐美の
実績も評価できるものである。間違いなくミュンヘンではメダル候補の
一角の評価が宇佐美にはあった。しかし宇佐美も五輪には縁がなかった。
メキシコでも、期待されてたのは君原じゃなく宇佐美の方だった。
348ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/02 12:03:30
宇佐美彰朗 マラソン ベスト5

1、2時間10分37秒8 70年国際 優勝
2、2時間11分27秒8 69年アントワープ 2位
3、2時間12分40秒  75年大津毎日
4,2時間13分22秒8 71年国際 2位
5、2時間13分45秒 70年マクソール国際 優勝
349ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/02 12:32:05
1974年12月まで 主要国 マラソン国内記録

日本    2時間10分37秒8 宇佐美彰朗
アメリカ  2時間09分55秒  ロジャース
イギリス  2時間09分12秒  トンプソン
イタリア  2時間15分41秒8 チンドロ
東ドイツ  2時間12分02秒4 レッセ
西ドイツ  2時間12分50秒  フィリップス
ベルギー  2時間11分13秒  リスモン
フランス  2時間14分08秒  ゴーチェ
スペイン  2時間16分27秒  ペレス
ソ連    2時間13分16秒  シチェルバク
カナダ   2時間11分12秒8 ドレイトン
メキシコ  2時間12分52秒8 ガリド
オーストラリア  2時間08分33秒6 クレイトン
ニュージーランド 2時間11分18秒6 フォスター
韓国    2時間16分26秒  趙宰衛
中国    2時間16分57秒4 張雲程
北朝鮮   2時間16分09秒6 柳万亭

エチオピア 2時間12分11秒2 アベベ
ケニヤ   2時間14分55秒  モーゼ
モロッコ  2時間15分41秒6 ラジ
タンザニア 2時間15分05秒  スチーブン
南アフリカ 2時間12分47秒4 ル・グランジ


350ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/02 12:44:35
>>346
〉ミュンヘンではメダル候補の 一角の評価が宇佐美にはあった。

宇佐美は本命の優勝候補です
10000で入賞したショーターがその後も好調にミュンヘン市内の公園を
走り回っているので、ひょっとしたら福岡のようにやられるかもしれない
しかし銀以上は確実という観測だった
351ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/02 16:23:28
ミュンヘン五輪のレースは前半5kmくらいで宇佐美が集団を引っ張り、
少し気負ってる感じが見受けられた。10km過ぎで長身のクレイトンが
リードしたりしたが、集団が崩れたのが15kmからのショーターの
飛び出し。宇佐美、ローランツ、リスモン(ベルギー)、マモ(エチオピア)、
クレイトン、ヒル(英)らの集団の解体が始まった。
20kmではもうショーターの独走。五輪で前半からの飛び出しに
後半ばてるのではという声をよそに2位に上がったリスモンに200m以上
の差をつけたと思う。点々と宇佐美、マモ、ニッカリ(フィンランド)と
続いていたが、宇佐美の足取りは鈍く、あきらかに不調であるのが見て取れた。
エングリッシャー公園内を走る独特のコースだったミュンヘンは公園内も
ショーターが快調に走っていた。
 宇佐美はクレイトンと並んで優勝候補と目されていたが、公園内では入賞
圏外に外れるほどだったと思う。
352ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/02 22:38:37
>>348 1974年の毎日忘れているぞ。長いブランクの後、新走法をひっさげて登場し、
独走。途中まで11分台のペースだったが終盤前も見えない豪雨でペースダウンを余儀
なくされた。しかし13分台前半でゴール。

>>350 本命扱いは日本だけ。欧米はクレイトン、ヒル、宇佐美の順が多かった。
後、名前が挙がっていたのがショーター、フィリップ(西独=地元で72年の大会までの
最高記録保持者)あたり。伏兵というかメダル候補ではリスモン、マモ=ウォルデ、
ムーア(米=4位)も名前があった。君原はノーマークだったけど後半追い込んで5位
に入る。
353ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/02 23:40:19
>>352
74年 大津毎日マラソン 2時間13分24秒 優勝(宇佐美彰朗)
(自己5番目のタイム)

宇佐美は毎日マラソンと相性がよく3連覇を含む4回の優勝を飾っている。
日本での国際レースで近年、同大会を3連覇以上しているのは78−80
年の福岡国際での瀬古くらいである。東京からモントリオールまでは
最終選考会が毎日(大津)だったのもこと五輪では相性の悪かった宇佐美だが
最終選考会の毎日は68,72,76年と3連勝で五輪代表権を獲得した。

大津毎日マラソンの70年からの10年間の優勝者の顔ぶれをみると
70年 アドコックス
71年 采谷
72年 宇佐美
73年 ショーター
74年 宇佐美
75年 宇佐美 
76年 宇佐美
77年 リスモン
78年 宗猛
79年 宗茂
と豪華な顔ぶれになっている。
354ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/03 00:14:46
>>341
鎌田の熊日道路日本新も反響少なかった
鎌田のモントリオール5000は自己新の30秒台でたしか予選落ち
ビレンと同組で
高尾は悲劇のランナーだよな75年で燃え尽きてしまったけど

>>352
1974年の毎日と87年の福岡はぜひもう一度見てみたい
NHKでやればつまらん番組より視聴率取れそうだ

公平に見て宇佐美は本命だと思うよ、ヒルはピーク過ぎていたし
クレイトンには宇佐美も自信ありそうだっしムーアは何度も日本に来ていたが
宇佐美が負けるとはちょっと思えなかった
安定感もあったしなによりクレバーと言われていた
それがもう勝負にならなかった君原より後ろに来てしまうんだからわからない
宇佐美の失速は瀬古の失速以上の謎だよ
355ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/03 15:56:19
東京ーモントリオール五輪 日本長距離成績

1964年 東京

 5000m 岩下察男 予選6位14.18.4(落選)

10000m 円谷幸吉 6位 28.59.4
       船井照夫14位 29.33.2
       渡辺和己28位 31.00.6

1968年 メキシコ

 5000m 沢木啓祐 予選9位 15.00.8(落選)

10000m 鈴木従道 21位 30.52.0
       沢木啓祐 29位 31.25.2

1972年 ミュンヘン

 5000m 小山隆治 予選8位14.12.6(落選)
       沢木啓祐 予選7位13.44.8(落選)

10000m 宇佐美彰朗 予選10位29.24.8(落選)
       沢木啓祐  予選12位29.29.0(落選)

1976年 モントリオール

 5000m 鎌田俊明 予選8位13.38.22(落選)

10000m 鎌田俊明 予選7位28.36.21(落選)
356ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/03 16:00:32
1984年 ロサンゼルス五輪 長距離成績

10000m 金井豊  7位 28.27.06(予選2位28.14.67)
       新宅雅也17位 28.55.54(予選4位28.24.30)

357ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/03 16:48:31
円谷幸吉(自衛隊体育学校) トラック全成績

60.10.25 国体         5000m     15.08.6 5位
61.10.09 国体         5000m(予選) 14.24.2 1位
   10.10 国体         5000m(決勝) 14.58.8 2位
         全日本        5000m     14.59.6 6位
62.07.13 アジア大会最終予選  5000m     14.28.6 2位
   08.11 勤労者大会      5000m     14.48.2 2位
   10.07 一般対学生      5000m     14.36.2 2位
   10.12 全日本        5000m     14.20.8 優勝
   10.14 全日本       10000m     29.59.0 優勝
   10.23 国体         5000m     14.22.8 優勝
63.04.27 東日本実業団     5000m     14.39.4 3位
   04.28 東日本実業団     1500m      3.58.9 2位
   05.10 東京選手権      5000m     14.39.4 3位
   05.12 東京選手権     10000m     30.05.8 2位
   06.01 全日本実業団     5000m     14.29.6 2位
   06.02 全日本実業団    10000m     29.38.0 2位
   07.07 一般対学生     10000m     30.49.2 優勝
   08.24 ニュージーランド記録会  20000m     59.51.4 2位
                              (世界新記録)
   08.24 ニュージーランド記録会 同 1時間走      20081m  2位
                              (世界新記録)
   09.15 シドニー国際大会  10000m     29.25.2 優勝
   10.13 東京プレ五輪     5000m     14.14.0 5位
                              (日本新記録)
   10.15 東京プレ五輪    10000m     29.45.8 4位
   10.19 国際親善試合     5000m     14.13.8 優勝
                              (日本新記録)
   10.28 国体         5000m     14.08.8 優勝
                              (日本新記録)
   11.10 五輪候補記録会   10000m     29.13.8 3位
358ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/03 16:49:02
64.04.25 東日本実業団    20000m     62.37.2 優勝
   05.23 全日本実業団     5000m     14.25.8 6位
   06.07 国体         5000m     14.02.2 優勝
                              (日本新記録)
   08.20 五輪候補記録会   10000m     29.19.2
   08.27 五輪候補記録会   10000m     28.52.6 1位
                              (日本新記録)
   10.15 東京オリンピック  10000m     28.59.4 6位
65.08.14 関東選手権      5000m     14.33.4 優勝
   10.02 埼玉選手権      5000m     14.23.8 優勝
   10.02 埼玉選手権     10000m     30.28.4 優勝
   10.29 国体        10000m     29.27.0 2位
66.05    久留米記録会     5000m     14.54.0
67.03.05 青梅マラソン     30km    1。37.50.0 2位
   04.22 東日本実業団    20000m     63.42.4 4位
   05.04 埼玉選手権      5000m     14.24.8 優勝
   05.04 埼玉選手権     10000m     29.48.8 優勝
   05.27 全日本実業団     5000m     14.36.0 6位
   05.28 全日本実業団    10000m     29.54.4
359ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/03 16:53:27
円谷幸吉 マラソン全成績

1、1964.03.21 中日マラソン 5位 2.23.23.0 
2、1964.04.12 毎日マラソン 2位 2.18.20.2
3、1964.10.21 東京五輪   3位 2.16.22.8
4、1965.08.29 タイムスマラソン 途中28km棄権
5、1967.03.19 水戸マラソン 9位 2.23.37.0
360ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/03 21:04:14
>>354 高尾は奥さんが亡くなった後に好走したんだっけ。このスレに出ていたのかな。
高尾の日本新は従来の記録を25"近く更新し、取り残されていた長距離を世界と戦える
と思わせただけでも大きかった。しかし本当に75年だけだった。

同じレースかちょっと後のレースで喜多も28'32"で走り沢木の記録を上回ったが記録
変遷史には名を残せなかった。喜多は鎌田が日本新を出したレースでも高尾の記録を
上回り、瀬古が日本新を出したレースでも(タイ記録と発表されたが)鎌田の記録を
上回ったが何れも記録変遷史には名を残すことはなかった。

宇佐美はスピードがあるイメージはないけど71年には28'36"6で走って沢木の記録に
1"4差に迫っている。しかし高校時代スキー部で、大学は一般入試で三島で軟庭やって
いた人が世界屈指のランナーになるというのは今ではちょっと考えにくい。
361ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/03 22:02:25
>>360
1980年7月7日 ストックホルム国際陸上 10000m

1、27.43.44 瀬古利彦(日本) 日本新記録
2、27.44.58 アンチポフ(ソビエト)
3、27.47.35 伊藤国光(日本) 日本新記録
4、27.48.40 テプロケ(オランダ)
5、27.48.59 喜多秀喜(日本) 日本タイ記録

レースはアンチポフ、テリクが先頭集団を引っ張りハイペースで進行。
最後の1周で瀬古がスパート。アンチポフをかわして先頭に。
差は10m。最終コーナーで再スパートをし日本新記録で優勝。
80年度世界2位の好タイム。伊藤、喜多も日本新、日本タイをマーク
するレースだった。
362ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/03 22:08:13
1975年6月30日 ストックホルム国際 10000m

8位 高尾信昭(日本)28.10.47(日本新記録)

ショーターら強豪と6000mまで張り合ったが、そのごズルズル後退。
後半持ち直し、日本記録を樹立。
この年高尾は日本選手権で5千、1万のダブルタイトルを獲得していた。
363ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/03 22:14:32
>>361
このときまでの日本記録は鎌田の27分48秒63だから
コンマだが喜多も日本記録最新しているよ。
364ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/03 22:17:02
モントリオール五輪は優勝候補はショーターのみだったのですか。
対抗は誰がいたのでしょうか。不調の時期(?)の日本勢は
候補に挙がっていましたか。
365ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/03 22:56:09
>>364 月陸1976年8月号より抄録。
さてトンプソンの不出場でショーターの2連勝はきわめて濃厚になってきた。10000m
27'45"91のスピード、豊富な練習量、冷静な読みを持つショーターは...(中略)。
記録では2時間9分55秒のロジャースが参加選手中最高だが、勝負となるとショーター
には頭があがるまい。ホスト国のカナダのホープはドレイトンだ。あわよくば金メダル
を。ミュンヘン2位のリスモン、昨年末福岡で快走したチェトル。チンドロ(伊)も
今年すでに2時間11分50秒4で走り、福岡で記録した2時間11分45秒が正真正銘の力で
あることを証明した。ここまでが3位以内をねらえる群像。
 下位入賞候補。宇佐美、レッセ(東独)、モイセーエフに44歳の超ベテラン、フォスター
(NZ)も健在。水上は先輩君原に似た落ちこぼれをくっいくねばりが期待され、宗茂は
夏のレースでどれだけ自己記録(2時間15分50秒)に肉薄できるか。

高橋進も別の予想をしていて他にカナダのハワード、アメリカのカードング(4位
になる)、トルッペル(東独)、ポーランドのグロス、レゴウスキー、英国の
ワトソン、ノーマン

まあ甘い予想だった訳。チェルピンスキーは無名だったが前年10000を28分28秒で走り、
その年のマラソンで4位くらいの記録(2時間12分20秒程度)でレッセを破っているので
記者の取材力不足だったのだろう。
366ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/03 23:12:57
途中だった。他に高橋はライアン(NZ),ファーリントン(豪)、ゴドスキー(ソ)、
ロドリゲス(コロンビア)、ローザ(スリランカ)を挙げる。トラックの専門家の
ヘルメンス(T&F誌が優勝候補に挙げていた)、プテマンス、アロ、ゴメスも
出る可能性がある、としていた。ビレンの情報はつかんでいなかったようだ。
いずれにしても情報戦で敗れていては勝てるものも勝てない。暑くなれば
前年のプレオリンピックの再現(水上が金)もあったかもしれないが、本番は
涼しかったので万事休す。
367ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/03 23:21:09
>>359
円谷のマラソン成績

1964年8月23日  タイムスマラソン 2位 2.19.50
368ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/03 23:41:45
>>363

この頃は1/100秒まで計時していても、公認されるときのタイムは1/10秒までだったのだ
100分の1秒までそのまま公認するようになったのは1981年頃から

1977年の鎌田の頃までは100分の1秒の数字を四捨五入していた。さらに、0秒1刻みではなく0秒2刻みだった。
だから、高尾の日本記録は28.10.47→28.10.5(四捨五入)→28.10.6(0秒2刻み)となっていた。
それ以前の長距離の記録がすべて秒以下が0,2,4,6,8になっているのはそのため。(円谷の記録を見ればわかる)

1980年の頃は少し扱いが変わり100分の1秒の数字は切り上げることになり、0秒1刻みで公認した。だから瀬古の記録は27.43.44→27.43.5として公認された。

77年の鎌田の記録は 27.48.6(100分の1秒の3は四捨五入)
80年の喜多の記録も 27.48.6(100分の1秒の9は切り上げ)
で同じ。だから日本タイの扱いになる。

79年にコーが 3.32.03  80年にオベットが3.32.09で走った。
今ならオベットの記録は世界記録にならないが、当時は両方とも100分の1秒を切り上げるので3.32.1で同じ。
オベットの記録も世界タイ記録として公認されたのだ。
369ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/04 00:20:18
ショーターといえば73年の毎日マラソンで途中で糞しても大会記録
を最新したのは第1弾でさんざん語られていたが、71年のパン・アメリカン
大会でも同じことをしている。
パン・アメリカン大会は北米、中米、南米諸国を4年ごとに持ち回りする
大会でいわゆるヨーロッパ選手権のアメリカ大陸版と云ったものか。
71年大会はコロンンビアのカリで開催。記述によるとアメーバ赤痢の
ような風土病にかかったショーターが途中、我慢できずに橋の下で用足し
をした。先頭は遥か前方まで去っていて見えない状態だったが、急追し
逆転、逆に2位に入ったガスパー(メキシコ)に3分50秒の差をつけ
圧勝。この時のタイムが2.22.40で大会記録を塗り替えた。
370ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/04 00:25:36
ショーターは初マラソンで2位だった後、モントリオールでチェルピンスキー
に敗れるまで連戦連勝だったと思う。

近代男子マラソンで国際レースを連勝してたのはアベベ、ショーター、そして
瀬古が代表だろう。
371ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/04 00:27:56
>>365
モントリオールはどのようなレース展開でしたか?
372ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/04 00:28:37
76年当時の日本マラソンはどうだったか
72年以降注目されたのは北山吉信、トラック組で大きい所勝った小沢欽一、浜田安則あたり
期待された服部誠はプレ五輪で最後は歩くようになって適性に疑問が
いずれも前世代のレベルに遠い感じだった。
代表の3人は宇佐美は衰えているし水上もベストが14分台
宗も15分台で、福岡を12分台で走り練習でも強いと言われた猛なら
まだ一発の期待も持てたが茂ではそれもなくて、楽しみのないメンバーになってしまった。

本大会ではやはりショーターが大本命で持ちタイム一番のロジャースのボストンの
記録は追い風の片道コースと云う事で評価上がらなかった
本人も「フランクにはかなわない」と言っていた。それでも国内予選11分台で走っていて
実力はあった筈だが、緊張からか脱水症状起こして歩き完走したが30位台に沈んだ
打倒ショーターの一番手はやはり前年の福岡で雨中の手に汗握る接戦を制し
歴代記録でショーター上回った『雨のドレイトン』と2位になったチェトルだったが
チェトルはいきなり遅れ、ドレイトンも先頭集団形成したが20キロ過ぎにスパートする
ショーターの必勝パターンについていけなかった。
373ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/04 00:54:15
1975年 12月まで 日本歴代10傑

1、2時間10分37秒8 宇佐美彰朗  70年
2、2時間11分17秒  佐々木精一郎 67年
3、2時間12分00秒  重松森雄 65年
4、2時間12分03秒4 谷村隼美 69年
5、2時間12分12秒  采谷義秋 70年
6、2時間12分52秒6 宗猛 75年
7、2時間13分04秒2 浜田安則 74年
8、2時間13分06秒4 佐々木敏晴 69年
9、2時間13分10秒4 小沢欽一 75年
10、2時間13分13秒  服部誠 75年
374ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/04 01:41:23
>>371 スタート時はほとんど雨が降っていない状態だったが、
10キロを越すと路面がビショビショになるくらいの状態になった。
集団はショーターを中心に20人以上で形成。ロジャースも元気に
集団の先頭のほうで走った。日本勢は3人とも最初は先頭集団に
いたが、宇佐美、水上の順で後退。最後まで残った宗茂も13キロ
付近で脱落していった。このあたりでショーター、リスモン、ドレイトン
ビレン、チェトル、チェルピンスキーあたりが集団に含まれ、ドレイトンが
集団を引っ張ることもしばしあった。
集団が崩れだしたのが23キロ過ぎ。ショーターが小刻みにスパートし
ビレンを引き離しチェルピンスキーとの一騎打ちとなった。
しかし32キロすぎに逆にチェルピンスキーがスパート。ショーターが
ついていけなかった。初めてショーターが後塵を浴びるところを画面が
捕らえた瞬間だった。
 競技場にはいってきてチェルピンスキーはゴールするももう1周して
しまった。ちょうどゴールの付近で2位のショーターと重なるかたちに
なりショーターに「あと1周」という合図をチェルピンスキーが勘違いし
自分に合図したものと思って念のためもう1周したのが真相。
人類6回目のサブテンでの優勝だった。ショーターも自己2番目のタイム。
375ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/04 02:35:28
たしかにチェルピンスキーはスタジアムを2周したけどもショーターとの差は50秒だからトラック1周さ差はついていないと思われ。先にショーターがゴールしてチェルピンスキーを待ってな。
376ホラン司祭:05/03/04 18:43:03
この前スレで誰かが告発していた「びわ湖はコースをショートカットしている」
という疑惑。今週末はしっかりtvでチェックしよう。
ちなみに、私はデリマに突入する予定は無いので、念のため。
377ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/04 19:49:31
>>370

ショーターは、1973年毎日マラソンのあと、フィンランドでマラソンを走ったが途中棄権。連勝はストップしている。
あと、これはまじめに走っていないのだろうが、74年福岡で勝った翌週にホノルルを走って2.33.32で4位になっている。
378ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/04 22:51:41
>>372 宇佐美は復活後、2回の福岡マラソンを失敗していた。日本人トップで14分台
の記録で6位に入った74年はともかく75年は18分台で25位あたりだった。75年は4連覇
をしたショーターの不参加で戦前は混戦を予想されたがドレイトンが大会史上番目の
好記録で優勝。2位のチェトルもショーターの記録を上回り、10位でも13分台と好記録
のオンパレードの中、宇佐美は取り残されていた。その分期待度は低かった。

宗茂は公認記録は15分50秒だったがニュージーランド合宿の最終日に行った非公式
マラソンでは猛と一緒に13分18秒でゴールしており、もっと力があるのではという
期待はあった。もっとも毎日で期待された猛、服部が失速し、ダークホースの浜田も
4位になった展開には泣けてきたものだが。

>>376 ショーターがショートカットしたといってもコースに戻るときに斜めに戻った
程度だろう?時間を短縮できる程ではないし、三角形の2辺を走ったようなもの。
それすら定かではない。

>>373 敏晴=>敏治

>>377 既出だが瀬古も自分のレース歴に入れていないマラソンがあった。

>>366 ヘルメンスは当時の20000mの世界記録保持者。引退後はロッテルダムマラソン
のテクニカルディレクターとして名を馳せ、今はゲブレのマネージャーであることは
このスレの住人の間では常識か。
379ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/04 23:55:58
>>374 モントリオールといえば最終日まで地元カナダが金メダル0だったわけで
参加選手中2番目に好記録をもつドレイトンにかかる期待は半端ではなかった。
それも天候が雨模様。雨のレースを得意としてドレイトンは「雨のドレイトン」
とも云われていた。前半引っ張っていた頃は仕切りにドレイトン好調を伝えて
いたが、レース後、本人いわく10日前にカゼを引いて調整がパーになって
いたようで、それまでが好調だったらしく五輪の難しさを感じさせることと
なった。ショーターに引き離され、なんとか6位入賞はしたものの、カナダ
は結局金メダルゼロ。その後の五輪赤字を税金でまかなう大変さと共に
ドレイトンとともにカナダ国民もうな垂れることとなった。
380ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/05 00:29:31
服部誠は若いのに時にチョビ鬚をたくわえ
刈り込んだ髪で長距離選手には珍しい硬派的風貌雰囲気
援団から抜け出してきたかと思わせ大物感十分だったが
早い引退は残念だった

>>378
宇佐美は76年の福岡も直前でキャンセルしていたし
新走法だなんだで自分を掻き立ててはいたが
明らかにモチベーションが落ちていた
ただ新人の台頭がまるっきりないので
責任感からモントリオールまでやった感じだった
381ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/05 00:31:17
>>380
宇佐美は76年の福岡←72年の福岡
382ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/05 00:44:08
>>379

マラソンのカナダ記録は今もなお、ドレイトンの2.10.08.4(75年福岡)
もうそろそろ30年たつことになる。このとき、スリランカのローザが2.14.31で走ったがこれも今でもスリランカ記録だろう。
383ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/05 01:53:14
>>341

4日前の発言にレス付けてスマン。

30kmの日本記録保持者(松宮選手は世界記録だが...)は以外に大成し切れていない。
伊藤国光さんはマラソン無冠、西本一也さんもメジャーレースでは勝てなかった。

トラック選手ほどスピードがない、
マラソン選手ほどスタミナがない、
それが30km選手の特徴だ、と言う人もいる。

松宮選手はトラックもそこそこ走っているけど、
(きつい書き方をすると)
20年以上前の瀬古選手以下のレベルでしかない(>>361参照)。

30kmで自己の世界記録を更新したかもしれないが、
そろそろマラソンを狙わないと旬を過ぎてしまうような気がします。
384ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/05 02:32:12
福岡に招待された外人は奥方同伴多かったな
ショーターもムーアもチンドロも、あんまり金にならなかった時代だから
外国旅行のつもりだったんだろ
独身のチェトルは最初来た年に軟派した女の子の電話番号聞いといて
翌年もデートしたらしい
385ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/05 09:14:47
さて70年代半ばの冬の時代から歴史的な転換点となった78年の別大マラソンを
思い出そう。前年暮れの福岡では惨敗。大学2年の瀬古が5位(2.15.01.4)となった
のが最高で、体調を崩していた宗茂に至ってはブービーだった。しかしトラック
では鎌田が27分台に突入、伊藤も28'01"で走り、喜多も28'05"6で高尾の日本記録
を上回り世界30傑に3人が入って上昇気流にはあり、何かのきっかけで爆発するの
ではという期待感があった。また76年のニュージーランド合宿以来、ナショナル
チームとしての一体感が芽生え、同時に鐘紡、旭化成、神戸製鋼の3強にうまく有力
選手も分散し、ライバル意識も相当なものだった。

前年の暮れに日本人トップになった瀬古ではあったが、まだ大学2年であり10月末の
日本選手権では5000,10000に学生最高記録を出したものの喜多等に子供扱いされて、
年明けの箱根駅伝では闘将成田道彦(現法大監督)に区間賞を譲る等まだ絶対的な実力
を持っていた訳ではなかった。

別大は陸連の肝いりで瀬古を除く有力選手がこぞって参加した。5000,10000,30kmの
日本記録保持者で前年初マラソンで4位になった鎌田、それからマラソンではまだ結果
を出していないが10000で歴代2位の伊藤、歴代3位の喜多、福岡の捲土重来を期す
宗兄弟、前年の覇者かつランキング1位で秋の日本選手権でも10000で2位に入り好調を
アピールしていた浜田、モントリオール代表の水上等が参加しいやが上にも期待は
高まっていた。

386ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/05 09:31:23
さてレースは「自分中心のレースをしたい」と語っていた宗茂が意欲的に飛ばす。
5kmで速くも宗兄弟、鎌田、伊藤、浜田、水上に箱根1区で区間新を出した西(日大)
が先頭集団を作る。14'51"で5kmを通過した後、8.5kmで浜田(と水上)は腹痛
をおこして後退。ほどなく西も遅れ、10kmでは旭化成、鐘紡のペア対決になった。
16.7kmで宗猛が後退。20kmの通過は59'29"と当時としては異例のハイペース。
伊藤が23.7kmで遅れ、鎌田と宗茂の一騎打ちになる。しかし26.3kmで茂が軽い
スパートをかけると鎌田はつけずずるずると後退。宗茂が独走態勢に入る。25kmまで
14分台でスプリットを刻み1.14.19,30kmでも1.29.30と30kmの日本記録を50"も上回
る驚異的なハイペース。30kmでは1分29秒もクレイトンのラップを上回った。

その後、オーバーペースと向かい風に苦しみ35kmから40kmに16'04"を要し、差が
40秒。残り2.195kmに7'50"6もかかり大魚を逃す。しかしクレイトンの記録が疑惑の
記録であったことを考えると実質的に世界最高ともいえる、素晴らしい歴代2位の
記録であった。

スプリットは
14.52-14.56-14.49-14.53-14.50-15.11-15.41-16.04-7.50.6
である。40キロ以降の失速が惜しまれた。

このレースでは終盤挽回した宗猛が自己記録を4秒あまり更新して復活の2位
(2.12.48.6)、若い伊藤が自己記録を5分半更新して3位(2.13.24.8),終盤
疲れた鎌田が4位(2.14.24.4),序盤からマイペースを守った喜多が実質初マラソン
ながら5位(2.15.01.8=学生時代に走った自己記録を15分余り更新)と期待の若手が
上位を占め、マラソン黄金時代の幕開けを飾る歴史的なレースとなった。
387ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/05 10:12:55
別大の2月後に宗兄弟は揃って毎日マラソンに出走。さすがに茂の体は重く、猛の
スパートについていけず猛が優勝、2位に佐藤進、3位に茂と旭化成勢が上位を独占
した。一方、瀬古は当時としては珍しくマラソンをシーズンに1回走っただけで終了。

トラックシーズンに入り、初夏の欧州遠征でも日本チームは1年前の快挙の再現をした。
DNガランで瀬古が27'51"61で優勝。記録では鎌田に及ばなかったものの沢木以来の
欧州の強豪が出場するトラックレースでの優勝はより価値の高いものであった。同じ
レースで宗猛が27'59"3で27分台に突入。そのこともかなり大きく報道される。

そして78年の福岡。日本側は宗兄弟、瀬古が招待選手(ゼッケン7,8,9),他に伊藤、
鎌田、喜多等有力選手がこぞって参加。一方外国の招待選手は前年の覇者でボストン、
ニューヨークを制した世界No.1のロジャース、前年2位のモイセーエフ、オリンピック
チャンピオンのチェルピンスキー、過去3回優勝のドレイトン等豪華なものであった。

レースは別大を思わせるハイペースで宗茂が独走。折り返しでは300mの大差をつける。
しかし徐々にペースダウンする茂の一方で喜多とワードロー(豪)の3人で追う瀬古は
32kmあたりから集団を抜け、ついに36.3kmで茂を捉え、2.10.21の好タイムで優勝。
また喜多も茂を抜き2位(2.11.05),茂も踏ん張り3位(2.11.41.2)で66年に国際マラソン
となって以来史上初の上位独占を果たしてマラソン日本の完全復活どころか史上最強
の時代になっていることを印象づけた。
388ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/05 13:40:25
服部誠は高校時代に3冠というか4冠というか長距離のタイトルを総ナメにしている。
3冠というのはIH,国体と高校駅伝の1区の区間賞。4冠というのはそのまま相原高校
が一度もリードを許さず優勝しているから。唯一の危機は3区で佐伯豊南の宗猛が
猛然と追い込んできたとき。日本人の3冠達成者は少なく、70年以降では吉富悟
(大牟田)、武井隆次(國學院久我山)、渡辺康幸(市船橋)だけだと思う。このうち
チームが優勝したのは吉富の大牟田のみ。もっとも吉富は9年ぶり高校記録を更新
していたので5冠とも言うべき逸材だった。
389ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/05 15:28:44
1977−1979 主なトラックレース 日本勢成績

1977.06.30 ヘルシンキ国際陸上 10000m
               鎌田俊明(鐘紡) 27.48.63(日本新記録)


1977.9.2−4 ワールドカップ陸上(デュッセルドルフ)
        5000m 優勝 イフター(エチオピア)13.13.8
              7位 喜多秀喜(日本)   13.40.4

       10000m 優勝 イフター(エチオピア)28.32.3
              7位 鎌田俊明(日本)   28.56.3


1978.06.22 ケルン国際陸上  5000m
              優勝 瀬古利彦(早稲田大) 13.35.8
              2位 喜多秀喜(神戸製鋼) 13.26.2

1978.06.28−29 第12回ワールドゲームス(ヘルシンキ) 10000m
              優勝 バージン(アメリカ) 27.57.2
              3位 鎌田俊明(鐘紡)   27.57.9
              8位 ビレン(フィンランド)28.11.8
              9位 瀬古利彦(早稲田大) 28.12.2

1978.7.03−04 DNガラン陸上(ストックホルム) 10000m
              優勝 瀬古利彦(早稲田大) 27.51.61(日本学生新)
              6位 宗猛(旭化成)    27.59.31
              9位 鎌田俊明(鐘紡)   28.12.30
              10位 伊藤国光(鐘紡)   28.15.12

1978.09.25 8カ国対抗陸上(国立) 10000m
              優勝 オルチス(イタリア) 29.14.9
              2位 瀬古利彦(日本)   29.20.8



1979.06.19−20 13回ワールドゲームス(ヘルシンキ) 

10000m 
 優勝 瀬古利彦(早稲田大) 28.02.6
(ラスト1周を58秒6のスパート。バイニオ、ブラックをちぎっての優勝)
 4位 喜多秀喜(神戸製鋼) 28.06.9
 5位 伊藤国光(鐘紡)   28.15.5

1979.07.21−28 スパルタキアード(モスクワ プレ五輪)

10000m 決勝
 優勝 イフター(エチオピア)27.44.2
 5位 伊藤国光(日本)   28.13,9



         
      
390ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/05 15:37:44
1980.12月まで 10000m 日本歴代10位

1、27.43.44 瀬古利彦(エスビー食品)80.7.7
2、27.47.35 伊藤国光(鐘紡)80.7.7
3、27.48.59 喜多秀喜(神戸製鋼)80.7.7
4、27.48.63 鎌田俊明(鐘紡)77.6.30
5、27.59.31 宗猛(旭化成)78.7.3
6、28.10.47 高尾信昭(鐘紡)75.6.30
7、28.17.61 宗茂(旭化成) 78.7.3
8、28.26.3  森口達也(神戸製鋼)80.4.20
9、28.27.6  浜田安則(鹿児島中央高教)77.10.29
10、28.35.2  沢木啓祐(順天堂大教)68.6.27
391ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/05 17:43:35
今まで見てきたように低迷からマラソン黄金時代へ急激に復活を遂げた際に
ニュージーランド合宿の果たした役割は大きかった。企業が個別に強化する
のではなくナショナルチームとしての強化という意識が首脳部にあり、選手
も選ばれた者の責任というのを感じていたように思う。合宿の場所は中村清
が紹介したのだが、ニュージーランド合宿は継続される中で、瀬古と中村の
ペアは宗兄弟、伊藤、鎌田、喜多他と別行動を取り始める。特に80年初春に
SB食品陸上部の発足とSBへ中村、新宅の入部、早稲田に坂口等有力新人が入部
するに及んで分裂は決定的になっていった。ここにナショナルチームの崩壊と
後継者の育成システムの欠如が将来への禍根となった。

そもそもナショナルチームを作るとジャパンのメンバーとそれ以外のギャップが
広がる。マラソン黄金期にも層の薄さはよく指摘されていた。また世代交代の
難しさは例えばスキージャンプやスケートで未だに長野五輪のメンバーが主力に
なっていることから分かる様に避けて通れないものである。しかしながら、大局的
立場からエースランナーを育て、無駄なレースを避けて、選手にエリート意識を
持たせて、諸外国に対抗する必要上、ナショナルチームの再建が必要だと思う。
392ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/05 19:03:17
>>391
この70年代後半くらい(というか瀬古が登場してから)マラソン年2レース前後
出場というスケジュールが多くなった。
今では1年1レースなんてのが増えているが。

ちなみの一線級ランナーで年間マラソンレース最多出場は64年の中尾隆行
と66年の君原健二の6回である。
中尾は
  64.02.02 別府毎日 4位 2.20.23
     03.06 水戸      30km途中棄権
     03.30 中日   優勝 2.18.30
     04.12 毎日   8位 2.21.32(五輪最終選考会)
     08.23 タイムス 5位 2.24.59
     12.06 朝日国際 2位 2.15.42(現・福岡国際)

一方、君原は

1966.02.13 別府毎日 3位 2.15.28
     04.19 ボストン 優勝 2.17.10
     06.05 毎日   7位 2.37.53
     09.15 玉造   優勝 2.20.27
     10.30 韓国国際 3位 2.19.57
     12.15 バンコク 優勝 2.33.22(アジア大会)

中尾が6レース中、5回の完走。君原は6レースすべて完走の海外2勝
と内容では君原に軍配が上がるものとなっている。
 2001年からマラソンに挑戦している高岡はまだ合計で6レースに
到達していない。
393ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/05 19:26:59
30km ロード 日本記録の変遷

1時間45分02秒  小柳舜治  1948年 延岡
1時間41分35秒  高橋芳勝  1954年 福岡
1時間40分07秒  広島庫夫  1956年 久留米
1時間40分00秒  広島庫夫  1957年 延岡
1時間38分40秒  高口徹   1959年 熊本
1時間38分38秒  山口善則  1959年 熊本
1時間36分29秒  重松森雄  1961年 熊本
1時間36分23秒  渡辺和己  1936年 玉名
1時間35分05秒4 籾井輝久  1963年 熊本
1時間33分52秒8 渡辺和己  1964年 熊本
1時間31分51秒6 寺沢徹   1965年 熊本
1時間31分33秒  宇井光男  1968年 青梅
1時間31分26秒8 宇佐美彰朗 1969年 熊本
1時間31分22秒0 伊藤国光  1975年 熊本
1時間30分20秒8 鎌田俊明  1976年 熊本
1時間29分12秒  伊藤国光  1980年 熊本
1時間28分46秒  西本一也  1985年 熊本
1時間28分36秒  松宮隆行  2003年 熊本
1時間28分00秒  松宮隆行  2005年 熊本
394389:05/03/05 19:28:45
(訂正)
1978.06.22 ケルン国際 5000m
       2位喜多秀喜(神戸製鋼)13.26.2=> 13.36.2
395ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/05 19:35:00
1980年9月20日 第2回 8カ国陸上(国立)

10000m
 優勝 瀬古利彦(日本)    28.38.7
 2位 プラセンシア(アメリカ)   
 3位バイニオ(フィンランド)

国立の7万の観衆が集まり「セコ」の大歓声の中、バイニオを
の後ろを追走し、鮮やかのラストスパートで優勝。
そのまま大興奮のスタンドに沿ってウイニング・ラン。

  

396ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/05 19:40:55
1981年3月22日 3万m記録会(クライストチャーチ)

1位 瀬古利彦 1。29.18.8(世界新記録)
   
(途中計時 2万5千m 1。13.55.8  世界新記録)

1ヶ月のニュージーランド合宿の仕上げにエリザベスII世競技場
で開催。1万5千mまで新宅がペースメーカーをつとめる。
きわめて開催の少ない距離だけに現在も世界記録を保持。 
397ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/05 23:13:05
30km 日本歴代10傑

1、1.28.00 松宮隆行(コニカ)  03.02.16 熊本
2、1.28.46 西本一也(九州産交) 85.02.24 熊本
3.1.28.52 瀬古利彦(SB食品) 87.03.01 名古屋
4、1.29.12 伊藤国光(鐘紡)   80.02.24 熊本
5、1.29.28 早田俊幸(鐘紡)   93.02.28 鹿島
6、1.29.34 坪田智夫(コニカ)  01.02.18 熊本
7、1.29.46 工藤一良(日産自動車)89.02.19 熊本
7、1.29.46 高橋健一(ダイエー) 96.02.25 熊本
7、1.29.46 野口憲司(四国電力) 99.02.21 熊本
10、1.29.47 渡辺康幸(SB食品) 98.02.22 熊本

398ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/05 23:19:23
トラック30000m 世界歴代記録

1、1.29.18.8 瀬古利彦(日本)80年
2、1.29.57.3 新宅雅也(日本)80年
3、1.31.40.4 アルダー(イギリス)70年
4、1.31.39.0 スクリプニク(ソビエト)72年
5、1.31.50.0 ロジャース(アメリカ)79年
6、1.31.53.2 ショヴェリエ(フランス)92年
7、1.31.56.4 ジョンストン(イギリス)70年
399ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/05 23:29:54
<<訂正>> 松宮隆行 03.02.16 熊本=> 05.02.28 熊本
400ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/06 00:06:25
ドレイトンってクレイトンにあやかって名前変えたんだよね
変えるまえはムニアックとかなんとかはっきり覚えてないけど
偏屈でどこ行っても悪役で盛り上げた
75年に福岡来たときはだいぶ丸くなって世話役を驚かせたらしいが
77年のボストンでは敵役やってくれないとつまらんので
むりやり悪役扱いにさせられてた
401ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/06 10:35:23
意外と見落とされがちなのが、マラソンにおいてもスプリントが重要であること
である。瀬古の様に小判鮫作戦でラストに出る作戦を採る場合は言うまでもないが
途中でもスパートをかけるときに一瞬で相手を引き離すためにスプリントの有無が
重要になる。このスプリント力は必ずしも10000mの記録との相関はない。伊藤国光
は27'47"4で走っていたがスプリントがなく、結局未勝利のままキャリアを終了した。
また中山も競り合えば必ず負けたことから分かる通り、スプリントはなかった。10000
の日本記録を作ったことで(高橋進等の)コーチ連中も誤解していた節がある。中山
の勝利パターンは圧倒的なスピード持久力で相手を圧倒するもので、逆に言えばそれ
以外のパターンで勝利を掴むのは難しかった。(体調があったにせよ、ソウルは作戦
ミスで、負けるべくして負けた)。

言うまでもなく黄金時代のメンバーでスプリントがあったのは瀬古で、次いで喜多、
宗茂の順になる。喜多は大崩れすることも多かったが終盤まで競り合った(武富に
肘を入れた)別大や、東京、北京で手堅く勝利を収めている。10000でもラストの
切れ味は素晴らしく、瀬古に次ぐ勝率を示していた。茂が猛と対戦成績で互角ながら
、茂の勝利パターンは競った時、猛は大差の時とはっきりしていた。ラストのキック
で茂が猛に勝利したのは少なくとも福岡、別大,北京がある。また印象に残っている
のは79年のスパルタキアードで6人?の集団の最後尾でトラックに入った後、ラストで
2位まで上がった試合である。やはりスプリントのあるモイセーエフには僅かに及ばな
かったが、面目躍如であった。79年の福岡の1,2,3はまさにスプリントの差だけが
順位を分けた典型的な試合であった。


402ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/07 16:17:54
>>401 終始競り合うとこと勝負弱い中山だったが、1度だけキックのきいた
ラストスパートを披露したことがある。前に概出だったと思うが、86年のスポニチ陸上1万m。
イカンガー、スラーのタンザニア勢が春季サーキットに参戦していて、この
試合にも出場。ラスト1周を切り、残り300mでイカンガーが猛然とスパート。
第3コーナーからのコーナーワークでは後続との差を見て勝負あったかに見えた。
ホームストレッチに入って2位につけていた新宅が強烈なラストスパート。
併走していた中山は置いていかれると思ったが、中山も新宅について
短距離走のようなスパートでイカンガーを追い上げた。ゴール寸前で2人は
イカンガーを逆転。1位新宅、2位中山の順でゴールした。最初で最後の
中山のラストの切れ味にびっくりしたことを覚えている。

1986年5月11日 スポニチ国際陸上 1万m

1、新宅雅也(エスビー食品)28.23.28
2、中山竹通(ダイエー)28.23.38
3、イカンガー(タンザニア)28.23.39
4、スラー(タンザニア)28.24.32
5、阿久津浩三(福島病院)28.26.04
6、阿部文明(日本電気HE)28.27.71
403ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/07 16:27:41
>>397

男子30キロ 日本歴代10傑 (2005.2まで)

1 1時間28分00秒 松宮隆行(コニカ) 熊日30Kmロードレース 2005年2月28日 熊本
2 1時間28分46秒 西本一也(九州産交) 熊日30Kmロードレース 1985年2月24日 熊本
3 1時間28分52秒 瀬古利彦(ヱスビー食品) 名古屋ロードレース 1987年3月1日 名古屋
4 1時間29分12秒 伊藤国光(鐘紡) 熊日30Kmロードレース 1980年2月24日 熊本
5 1時間29分23秒 高岡寿成(カネボウ) 熊日30Kmロードレース 2001年2月18日 熊本
6 1時間29分28秒 早田俊幸(鐘紡) 祐徳30Kmロードレース 1993年2月28日 鹿島
7 1時間29分34秒 坪田智夫(コニカ) 熊日30Kmロードレース 2001年2月18日 熊本
8 1時間29分46秒 工藤一良(リッカー) 熊日30Kmロードレース 1989年2月19日 熊本
8 1時間29分46秒 高橋健一(富士通) 熊日30Kmロードレース 1996年2月25日 熊本
8 1時間29分46秒 野口憲司(四国電力) 熊日30Kmロードレース 1999年2月21日 熊本

404ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/07 16:43:36
ショーターはモスクワの頃はもう引退してたのかな?
よく瀬古と宗兄弟が出れば好成績をあげられたときくモスクワだけど、
実際海外勢でライバルは誰がいたんですかね。知ってる方お願いします。
405ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/07 22:35:55
>>404 直前の予想はソ連の3人(特にモイセーエフ)、チェルピンスキー(金)、歴代2位を
出したネーブール(銀)にエチオピア勢(ネディ、バルチャ)と10分台までいっていた北朝鮮
勢(コ、チェ)くらいじゃないかな。6位になったゴメス(メキシコ)以外は順当だった。
ソ連勢は本命のモイセーエフが5位に沈んだのがやや意外だったけど3−5位をしめた。エチオピア
勢と北朝鮮勢は外れ。

ボイコット前の1980年正月くらいの下馬評だったら、例えば朝日新聞だったらトラックで
瀬古とモイセーエフの一騎打ちで瀬古が勝つという初夢記事を書いていた。月陸の記事は
「11月末までに14人が12分を切ったなかには初マラソンのクァックス(NZ)もいる。(中略)
ロジャース(米)はボストンで勝った後、ちょっと調子を崩しワールドカップ特別レース
では15位と完敗、(中略)ニューヨークではベファーを下して4連勝。ただ一人の年間2勝を
あげた。復調したと見て良い。ワールドカップ特別に勝ったバルチャ(エチオピア)、2時間
10分フラットのスメ(ベルギー)とともに本番レースの中心になるだろう。」という下馬評を
福岡前に書いている。ネーブールが記録を出したのは80年春なので名前はあがっていない。
他に10分20秒のベストを持ち、ワールドカップ特別で2位だったチェトルも評価が高かった。
また10000のランナーとして有名だったフォード(福岡4位)もダークホースと思われていた。
確かに層が薄かったので粒揃いの日本勢に大きなチャンスがあったのは間違いない。
406ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/07 22:59:18
モスクワ五輪のマラソンは日本でも中継したのか。
407ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/07 23:00:52
>>406 した。それどころか陸上の殆どの試合は詳細に中継した。日本選手が
出なかった分、純粋に楽しめたよ。
408ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/08 00:37:29
そういえばこの前のびわ湖マラソン、往年の名ランナーを紹介してたね。アベベの頃はみんな自転車で併走できるおおらかな時代だったようだ。びわ湖は過去の一線級のランナーでは中山走んなかったね。モスクワオリンピック前からは五輪選考レースからはずれてたようですね。
409ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/08 07:57:22
80年代のびわ湖はローカル化してたからな。瀬古だって怪我しなかったらびわ湖は走ってないわけだし。
410ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/08 09:20:28
瀬古のびわ湖は悲しすぎた
天然でもあれだけ叩かれたら精神的消耗はあったんだろ
半年で急速に衰えた
ボストン勝った時点で代表に決めてれば
どこからも文句は出なかったのに
陸連のやる事はわからん
>>410
ボストンだとソウル五輪よりも約1年半も前だからな
ちょっと賞味期限が古い材料になるからな
412ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/12 21:23:48
>>342
ロン・ヒルはマラソン生活短命が目立つイギリス勢の中にあって非常に
息の長い現役生活を送ってますね。
現役選手として41回のフルマラソンを全部完走。1961年に初マラソンを
優勝してから64年の東京五輪が19位。メキシコは1万mにエントリーを
して7位。ミュンヘンは6位と3度の五輪出場を果たす。77年のウインザー
マラソン2位を最後に現役を引退したが、83年のロンドンマラソン(159位)
を最後にマラソンを楽しみながら走っていたのが印象的。

>>305
アベベの生涯レースは15回出場し12回の優勝とボストンの5位1回。残りの2回は
メキシコ五輪を含む途中棄権。勝率では瀬古を上回っている。
またあまり知られていないが、ローマ五輪のマラソンに優勝する前、
同五輪の1万mで7位(29分0秒8)で走っている。
413ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/12 21:37:24
ショーターはダントツに強かった。
ほとんど後半で競い合ったことがない前半型の横綱レース。
福岡4連覇も全部前半から独走。ミュンヘン五輪は2位に800mの大差。
大津毎日は大便しても後半、2位に背中も見えないくらいの圧勝だった。
中山も強いときの独走は圧巻だったが、ショーターの戦法は一枚上だった
と思う。
414ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/13 00:21:42
>>412

アベベは五輪で1万Mは走っていない。29分0秒8を彼が出したのは62年のベルリンのレース。
ローマの1万M7位は、3000SCで優勝したクジシュコビアクのはず。

415ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/13 12:24:58
>>412

ヒルは、70年にボストン、エジンバラのコモンウェルスを連覇したあたりは世界最強といっていい強さを誇っていたね。
76年のモントリオール出場も可能な成績を75年(デブノ、エンスヘデで優勝)まで保っていたが、76年の国内予選で4位に終わってしまった。

ある資料によると、彼は115回マラソンを走り、ロンドンでは91年(52歳)に2.51.12
ボストンは96年(57歳)に3.12.46を記録した。
416ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/13 13:24:34
>>415 ボストン、コモンウェルスを連覇した後、福岡を走って惨敗。そこで勝ったのが
宇佐美だったからインパクトがあった。もっとも宇佐美の歴代3位の記録はヒルの2レース
には及ばなかったのだが。
417ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/13 19:15:57
ロン・ヒルはミュンヘンの記録映画では主役の一人だけど
体からも言動からも若さがなくなってしまっていたな
『東京オリンピック』にも余裕かましてジュース何杯も飲むシーンが
あるけど、あきらめがよさそうだな
418ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/14 21:34:56
>>405
チュルピンスキーは世界大会3回出場で3個のメダル(76,80五輪金、83世界陸上銅)
を獲得している。
大舞台にきっちり狙って走破した印象が強い。
そして毎年のように日本に来日してきたが、ほとんど五輪2連覇の面影もない
走りに終始した。
ざっと現役時代は8回の来日があるが、成績は

76年 福岡国際 3位 2時間14分56秒0
78年 福岡国際 32位
79年 福岡国際 途中棄権
80年 福岡国際 6位 2時間10分24秒
81年 福岡国際 途中棄権
83年 東京国際 7位 2時間12分40秒
83年 福岡国際 15位
84年 東京国際 8位 2時間12分00秒

最高で3位、タイムは自己ベスト2時間09分55秒(76年 モントリオール五輪)
に続く自己番目のタイムを出したのがやっとであった。
現役引退は85年の春。通算で27回のフルマラソン歴であった。
419ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/14 22:09:21
>>418

第1回 世界陸上 ヘルシンキ(1983年) マラソン成績

1、ド・キャステラ(オーストラリア)2.10.03
2、バルチャ(エチオピア)2.10.27
3、チェルピンスキー(東ドイツ)2.10.37
4、スタール(スウェーデン)2.10.38
5、マソング(タンザニア)2.10.42
6、パルマンチェ(ベルギー)2.10.57
7、ポリ(イタリア)2.11.05
8、H.ジョーンズ(イギリス)2.11.15
9、リスモン(ベルギー)2.11.24
10、フスビー(ノルウェー)2.11.29
420ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/15 11:28:52
クレイトン、ロジャース、キャステラ、瀬古などの大舞台に悲運なランナー
がいるのとチェルピンスキーは対極にいる感じがするなぁ。
女子で云うとエゴロワ(ロシア)みたいな感じだな。
421ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/15 22:57:11
>>420 ま、オリンピックの時からショーターがドーピングとぶーたれていたし、
その後の状況でますますその可能性が高くなっている。70年代は血液ドーピング
真っ盛りでビレンをはじめロスでバイニオが挙げられるまでフィンランドがチーム
ぐるみでしていたことは有名。ビレンも大試合とそれ以外の差が激しかった。
一方、東独が国家ぐるみでドーピングをやっていたことも有名。何をかいわんや。
422ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/16 00:25:13
>>421
ちなみに当時のアメリカ、トラック&フィールド誌における
モントリオール五輪マラソンの優勝予想は(最終エントリー前なのでトンプソン
の名前も挙がっているが)
ショーター74%
トンプソン22%
ヘルメンス4%
その他の下馬評としてロジャース、リスモン、ドレイトンの名が挙がって
いた。もちろんチェルピンスキーはノーマーク。

余談であるが前年のモントリオールプレ五輪はスタート時で気温37度。
ヒル(イギリス)、チンドロ(イタリア)、レッセ(東ドイツ)ら優勝
候補が次々に高温のため自滅する中、伏兵の水上則安(新日鉄)が優勝。
水上は製鉄所で高温作業を従事していたのが暑さに強いといわれたほど
だった。しかし本番のレースは低温の雨レース。水上の入賞できる余地は
なったと記させている。
423ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/18 11:16:36
2万mで記録を作ったヘルメンス(オランダ)ってマラソンで成功したのか?あまりマラソン走ってる記憶がない。
424ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/20 00:23:47
>> 423 していない。それどころか走ったかどうかも定かでない。少なくともT&F予想
の時には走っていなかった。私の記憶ではヘルメンスを挙げたのは一人だけ(つまり
全体もその位の人数。確かトンプソンが7,ショーターが21-22とかそんな人数)だった
のだが、立ち読みしかしていないので定かではない。ともかく月陸か陸マガの76年1月
か2月号にそういう記事を紹介していた。それで一体ヘルメンスは誰だというちょっと
した騒ぎになったが20000の記録保持者に山をかけたのかと3月号の付録記録集を見て
納得した記憶がある(当時中学生)。勿論モントリオールではマラソンを走らなかった。
真面目な予想でメダル候補に挙がっていた5000,10000でも全く振わず。
425ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/20 10:46:17
オランダはゲラルド・ネイブールが出現するまでパッとしなかった印象がある。
426ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/20 19:24:48
>>425
ロス五輪の時、前半を先頭でリードしてたのを思い出す。
もう一人オランダのと一緒に引っ張ってた。
427ゼッケン774さん@ラストコール:05/03/20 23:31:21
モスクワの時って絶対の優勝候補がいなかった。
高橋進が80%の確立で日本3人でメダル3つのうち2つは取ると
ほえてた。
428ゼッケン774さん@ラストコール:2005/03/27(日) 15:52:19
モスクワの頃の選手としての「旬」はモセーエフ、ロジャースくらいか。メキシコのロドルフォ・ゴメスやド・キャステラは翌年くらいから台頭してるし、エチオピアのバルチャは優勝候補とは言いにくかったしな。
429ゼッケン774さん@ラストコール:2005/03/27(日) 22:44:39
79年の福岡で代表権を獲得した瀬古、宗兄弟は翌年5月に
宗兄弟陣営は広島日出国監督とともにオレゴン州ユージンにて強化合宿。
好調さを維持し内容の濃い練習を消化していた。
 瀬古は同5月17日、東日本実業団陸上20000mで日本記録を樹立。
好調な仕上がりをみせていたが、5月24日に日本体育協会は臨時総会を
開き参加、不参加の採決を実施。参加13票、不参加29票、白紙2票で
ボイコットが決定。
430ゼッケン774さん@ラストコール:2005/03/28(月) 22:25:10
>>423
>>424

ちなみに
2万m(トラック) 世界歴代10傑

1、56分55秒6  バリオス(メキシコ) 91.3
2、57分18秒4  Diカストロ(ポルトガル) 90.3
3、57分24秒19 ヘルメンス(オランダ) 76.5
4、57分28秒7  サッケリー(ドイツ) 90.3
 (57分31秒8  ヘルメンス 75.9)
5、57分44秒4  ローランツ(ベルギー) 72.9
 (57分48秒4  ヘルメンス 75.9)
6、57分48秒7  瀬古利彦(日本) 85.5
7、58分01秒8  金井豊(日本) 85.5
8、58分05秒3  ニャンギンチャ(ケニア) 91.3
9、58分10秒8  キプロティッチ(ケニア) 91.3
10、58分18秒4  イツウェル(フランス) 90.3
431ゼッケン774さん@ラストコール:2005/03/29(火) 00:06:55
小者はいいよなぁ
他人の話で盛り上がれて。
オレも小者を脱出したい!
432ゼッケン774さん@ラストコール:皇紀2665/04/01(金) 15:28:56
瀬古が優勝して日本新、2位の金井も日本従来の日本記録をやぶった85年の東日本実業団陸上2万m。たしか中村監督最後の試合だったと思うよ。この後すぐに死去した。
433旭化成:2005/04/02(土) 20:31:17
941 名前:ゼッケン774さん@ラストコール[] 投稿日:2005/04/02(土) 19:58:38
根性で勝てるほど甘くないよww
これからはトラックで勝負だな、ここは。
マラソンはもうだめだ。

942 名前:宗(そう)教は善か悪か?[] 投稿日:2005/04/02(土) 20:09:22
マラソンはもうだめだ。

943 名前:ゼッケン774さん@ラストコール[] 投稿日:2005/04/02(土) 20:12:52
マラソンはトラックで力をつけてからでいいんじゃないか。

944 名前:ゼッケン774さん@ラストコール[] 投稿日:2005/04/02(土) 20:16:32
北京五輪マラソン代表は旭化成から3人出そう。金銀銅独占だあ!
434m9(^д^)プギャー :2005/04/02(土) 20:33:58
435ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/04(月) 22:29:46
第1回(1896年) アテネ五輪 マラソン成績

1、ルイス(ギリシャ)2.58.50(一説に2.55.20もある)
2、ワシラスコ(ギリシャ)3.06.03
3、ケルネル(ハンガリー)3.09.35
4、ウレトス(ギリシャ)
5、パパシメオン(ギリシャ)
6、デリヤニス(ギリシャ)

距離39.909km または 39.994km



第2回(1900年) パリ五輪 マラソン成績

1、ティアトー(フランス)2.59.45
2、チャンピオン(フランス)3.04.17
3、ファスト(スウェーデン)3.37.14
4、ブセ(フランス)
5、ニーストローム(スウェーデン)
6、ニュートン(アメリカ)

距離 40.260km

436ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/04(月) 22:34:58
第3回(1904年) セントルイス五輪 マラソン成績

1、ヒックス(アメリカ)3.28.53
2、コーリー(アメリカ)3.34.52
3、ニュートン(アメリカ)3.47.33
4、カルバヤル(キューバ)
5、ビロウイス(ギリシャ)
6、クニーランド(アメリカ)

距離 39.909km


1906年 非公式 アテネ五輪 マラソン成績

1、シューリング(カナダ)2.51.23.6
2、スバンベリー(スウェーデン)2.58.20.8
3、フランク(アメリカ)3.00.46.8
4、トーンロス(スウェーデン)
5、アレボウス(ギリシャ)
6、ブラック(オーストラリア)

距離 41.842km
4、
437ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/04(月) 22:43:48
第4回(1908年) ロンドン五輪マラソン成績

1、ヘイズ(アメリカ)2.55.18.4
2、ヘファーソン(南アフリカ)2.56.06.0
3、フォショウ(アメリカ)2.57.10.4
4、ウエルトン(アメリカ)2.59.44.4
5、ウッド(カナダ)3.01.44.0
6、シンプソン(カナダ)3.04.28.2

距離42.195km


第5回(1912年) ストックホルム五輪 マラソン成績

1、マッカーサー(南アフリカ)2.36.54.8
2、ギッシャム(南アフリカ)2.37.52.0
3、ストロビノ(アメリカ)2.38.42.4
4、ソカレキシス(アメリカ)2.42.07.9
5、ダッフィー(カナダ)2.42.18.8
6、ヤコブソン(スウェーデン)2.43.25.0
金栗四三 27km 途中棄権


距離 40.200km


第6回(1916年) ベルリン五輪  中止
438ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/04(月) 22:56:11
第7回(1920年) アントワープ五輪 マラソン成績

1、コーレマイネン(フィンランド)2.32.35.8
2、ロスマン(エストニア)2.32.48.6
3、バレリオ(イタリア)2.36.32.0
4、ブローズ(ベルギー)2.39.25.8
5、ツォミコスキー(フィンランド)2.40.18.8
6、ローズ(デンマーク)2.41.18.0
16、金栗四三(日本)2.48.45.0
20、茂木善作(日本)2.51.09.4
21、八島健三(日本)2.57.02.0
24、三浦弥平(日本)2.59.37.0

距離42.747km(一説に40.244km)


第8回(1924年) パリ五輪マラソン成績

1、ステンロース(フィンランド)2.41.22.6
2、ベルチニ(イタリア)2.47.19.6
3、デ・マー(アメリカ)2.48.14.0
4、ハロネン(フィンランド)2.49.47.4
5、フェリス(イギリス)2.52.26.0
6、プラザ(チェコ)2.52.54.0
金栗四三 33km 途中棄権
三浦弥平 28km 途中棄権
田代菊之助 19km 途中棄権

距離 この大会から42.195kmに正式決定
439ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/04(月) 23:03:31
第9回(1928年) アムステルダム五輪 マラソン成績

1、エルアフィ(フランス)2.32.57
2、プラザ(チェコ)2.33.23
3、マルテリン(フィンランド)2.35.02
4、山田兼松(日本)2.35.29
5、レイ(アメリカ)2.36.04
6、津田晴一郎(日本)2.36.20
48、永谷寿一(日本)3.03.34


第10回(1932年) ロサンゼルス五輪マラソン成績

1、ザバラ(アルゼンチン)2.31.36
2、フェリス(イギリス)2.31.55
3、トイボーネン(フィンランド)2.32.12
4、ライト(イギリス)2.32.41
5、津田晴一郎(日本)2.35.42
6、金恩倍(日本)2.37.28
9、権泰夏(日本)2.42.52

440ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/04(月) 23:12:30
第11回(1936年) ベルリン五輪マラソン成績

1、孫基禎(日本)2.29.19.2
2、ハーパー(イギリス)2.31.23.2
3、南昇龍(日本)2.31.42.0
4、タミラ(フィンランド)2.32.45.0
5、ムイノーネン(フィンランド)2.33.46.0
6、コールマン(南アフリカ)2.36.17.0
塩砲玉男 途中棄権

第12回(1940年) 東京五輪 中止
第13回(1944年) ロンドン五輪 中止

第14回(1948年) ロンドン五輪マラソン成績

1、キャブレラ(アルゼンチン)2.34.56.6
2、リチャーズ(イギリス)2.35.07.6
3、ケーリー(ベルギー)2.35.33.6
4、コールマン(南アフリカ)2.36.06.0
5、ゲネツ(アルゼンチン)2.36.36.0
6、ルイト(南アフリカ)2.38.11
441ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/04(月) 23:22:51
第15回(1952年) ヘルシンキ五輪マラソン成績

1、ザトペック(チェコ)2.23.03.2
2、ゴルノ(アルゼンチン)2.25.35.0
3、ヤンソン(スウェーデン)2.26.07.0
4、崔倫七(韓国)2.26.36.0
5、カルボーネン(フィンランド)2.26.41.8
6、キャブレラ(アルゼンチン)2.26.42.4
25、西田勝雄(日本)2.36.19.0
26、山田敬蔵(日本)2.28.11.2
  内川義高(日本)途中棄権


16回(1956年) メルボルン五輪マラソン成績

1、ミムン(フランス)2.25.00
2、ミハリッチ(ユーゴスラビア)2.26.32
3、カルボーネン(フィンランド)2.27.47
4、李昌薫(韓国)2.28.45
5、川島義明(日本)2.29.19
6、ザトペック(チェコ)2.29.34
16、浜村秀雄(日本)2.40.13
33、広島庫夫(日本)3.04.18
442ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/04(月) 23:31:59
第17回(1960年) ローマ五輪マラソン成績

1、アベベ(エチオピア)2.15.16.2
2、ラジ(モロッコ)2.15.41.6
3、マギー(ニュージーランド)2.17.18.2
4、ホロビエフ(ソビエト)2.19.09.6
5、ポポフ(ソビエト)2.19.18.8
6、トーゲルセン(デンマーク)2.21.03.4
31、広島庫夫(日本)2.29.40.0
32、渡辺和己(日本)2.29.45.0
46、貞永信義(日本)2.35.11.0


第18回(1964年) 東京五輪マラソン成績

1、アベベ(エチオピア)2.12.11.2
2、ヒートリー(イギリス)2.16.19.2
3、円谷幸吉(日本)2.16.22.8
4、キルビー(イギリス)2.17.02.4
5、シュトー(ハンガリー)2.17.55.8
6、エデレン(アメリカ)2.18.12.4
7、バンデンドリッシュ(ベルギー)2.18.42.6
8、君原健二(日本)2.19.49.0
9、クラーク(オーストラリア)2.20.26.8
10、デミシェ(エチオピア)2.21.25.2
15、寺沢徹(日本)2.23.09.0
443ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/04(月) 23:40:51
第19回(1968年) メキシコ五輪マラソン成績

1、マモ・ウォルデ(エチオピア)2.20.26.4
2、君原健二(日本)2.23.31.0
3、ライアン(ニュージーランド)2.23.45.0
4、アケイ(トルコ)2.25.18.8
5、アドコックス(イギリス)2.25.33.0
6、メラウイ(エチオピア)2.27.16.8
7、クレイトン(オーストラリア)2.27.23.8
8、ジョンストン(イギリス)2.28.04.0
9、宇佐美彰朗(日本)2.28.26.2
10、ボイチュク(カナダ)2.28.40.2
  佐々木精一郎(日本) 途中棄権


20回(1972年) ミュンヘン五輪マラソン成績

1、ショーター(アメリカ)2.12.19.8
2、リスモン(ベルギー)2.14.31.8
3、マモ・ウォルデ(エチオピア)2.15.08.4
4、ムーア(アメリカ)2.15.39.8
5、君原健二(日本)2.16.27.0
6、ヒル(イギリス)2.16.30.6
7、マクレガー(イギリス)2.16.34.4
8、フォスター(ニュージーランド)2.16.56.2
12、宇佐美彰朗(日本)2.18.58.0
36、采谷義秋(日本)2.25.59.0
444ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/04(月) 23:51:51
第21回(1976年) モントリオール五輪マラソん成績
 
1、チェルピンスキ−(東ドイツ)2.09.55.0
2、ショ−タ−(アメリカ)2.10.45.8
3、リスモン(ベルギ−)2.11.12.6
4、カ−ドング(アメリカ)2.11.15.8
5、ビレン(フィンランド)2.13.10.8
6、ドレイトン(カナダ)2.13.30.0
7、モセイエフ(ソビエト)2.13.33.4
8、ファ−バ(イタリア)2.14.24.8
20、宗茂(日本)2.18.26.0
21、水上則安(日本)2.18.44.2
32、宇佐美彰朗(日本)2.22.29.6


第22回(1980年) モスクワ五輪マラソン成績


1、チェルピンスキ−(東ドイツ)2.11.03
2、ネイプ−ル(オランダ)2.11.20
3、ジュマナザロフ(ソビエト)2.11.35
4、コトフ(ソビエト)2.12.05
5、モセイエフ(ソビエト)2.12.14
6、ゴメス(メキシコ)2.12.39
7、ネディ(エチオピア)2.12.44
8、マグナニ(イタリア)2.13.12




445ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/05(火) 00:01:09
第23回(1984年) ロサンゼルス五輪マラソン成績

1、ロペス(ポルトガル)2.09.21
2、トレーシー(アイルランド)2.09.56
3、スペディング(イギリス)2.09.58
4、宗猛(日本)2.10.55
5、ド・キャステラ(オーストラリア)2.11.09
6、イカンガー(タンザニア)2.11.10
7、ヌザウ(ケニア)2.11.28
8、ジャマ(ジブチ)2.11.39
14、瀬古利彦(日本)2.14.13
17、宗茂(日本)2.14.38

第24回(1988年) ソウル五輪マラソン成績

1、ボルディン(イタリア)2.10.32
2、ワキウリ(ケニア)2.10.47
3、サラ(ジブチ)2.10.59
4、中山竹通(日本)2.11.05
5、モネゲッティ(オーストラリア)2.11.49
6、スペディング(イギリス)2.12.19
7、イカンガー(タンザニア)2.13.06
8、ド・キャステラ(オーストラリア)2.13.07
9、瀬古利彦(日本)2.13.41
10、カシャポフ(ソビエト)2.13.49
17、新宅永灯至(日本)2.15.42
446ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/05(火) 00:06:00
第25回(1992年) バルセロナ五輪マラソン成績


1、黄永祚(韓国)2.13.23
2、森下広一(日本)2.13.45
3、フライガング(ドイツ)2.14.00
4、中山竹通(日本)2.14.02
5、ベッティオル(イタリア)2.14.15
6、コカイシュ(モロッコ)2.14.25
7、フルク(ポ−ランド)2.14.32
8、谷口浩美(日本)2.14.42


447ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/05(火) 00:14:38
第26回(1996年) アトランタ五輪マラソン成績

1、チュグワネ(南アフリカ)2.12.36
2、李鳳柱(韓国)2.12.39
3、ワイナイナ(ケニア)2.12.44
4、フィス(スペイン)2.13.20
5、ネルルカー(イギリス)2.13.39
6、シルバ(メキシコ)2.14.29
7、モネゲッティ(オーストラリア)2.14.35
8、パレデス(メキシコ)2.14.55
19、谷口浩美(日本)2.17.26
54、大家正喜(日本)2.22.13
93、実井謙二郎(日本)2.33.27
448ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/05(火) 00:21:20
第27回(2000年) シドニー五輪マラソン成績

1、アベラ(エチオピア)2.10.11
2、ワイナイナ(ケニア)2.10.31
3、トーラ(エチオピア)2.11.10
4、ブラウン(イギリス)2.11.17
5、レオーネ(イタリア)2.12.14
6、フィス(スペイン)2.13.06
7、エルムージス(モロッコ)2.13.49
8、ウアーディ(フランス)2.14.04
9、チムササ(ジンバブエ)2.14.19
10、モネゲッティ(オーストラリア)2.14.50
21、川嶋伸次(日本)2.17.21
41、佐藤信之(日本)2.20.52
  犬伏孝行(日本) 途中棄権
449ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/05(火) 00:30:34
第28回(2004年) アテネ五輪マラソン成績

1、バルディニ(イタリア)2.10.55
2、ゲフレシキ(アメリカ)2.11.29
3、デリマ(ブラジル)2.12.11
4、ブラウン(イギリス)2.12.26
5、油谷繁(日本)2.13.11
6、諏訪利成(日本)2.13.24
7、ワイナイナ(ケニア)2.13.30
8、チャイカ(ポルトガル)2.14.17
42、国近友昭(日本)2.21.13

 
450ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/05(火) 18:53:12
フランクショーターはすげーよ
糞したのに優勝だよ
451ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/05(火) 20:04:35
ワイナイナの五輪3大会出場で銅、銀、7位はもっと評価されるべきだね。今後、ケニアで3大会連続五輪代表になるのも出てこないかも。
452ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/06(水) 22:00:01
>>435-437

初期の五輪ってエントリー枠3人ていう規定がなかったから
参加できた国は多くのランナーをマラソンに出場させたようだ。
第1回のアテネ五輪なんて参加者1人、アメリカ、フランス、ハンガリー
オーストラリアのランナーが各1で計4人。
3位に入ったハンガリーの選手以外完走者は全員ギリシャ選手だったって云う
しね。当時はギリシャの国技(?)はマラソンだったらしい。

この時優勝したスピリドン・ルイスは英雄になったらしいが、晩年70代に
なってからベルリン五輪のナチス・ヒトラーに宣伝利用され、あちこちに
引っ張り回された窮屈な生活を送ったとルイスの子孫が言っている。
453ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/06(水) 23:58:02
>>439 日本初入賞のアムステルダム五輪のレース展開は書物によると、
1928年8月5日にスタート。23カ国69名。
山田、津田は11位、12位で競技場から場外へ。道路が開けると
山田は我慢できず2キロ地点で先頭へ。津田も続く。山田の快調な
ピッチは衰えず25キロ過ぎても先頭をキープした。35キロもトップ
通過。ジョイレイ(アメリカ)、マルテリン(フィンランド)など
強豪ランナーにリードを許さなかった。この時点で早合点した日本の
新聞記者は「山田マラソンに堂々と優勝」と日本に打電してしまったほど。
まさか大どんでん返しがあるとは思えないほどのリードだった。
しかし40キロ過ぎ、後方から追い上げてきたジョイレイがトップを奪取。
山田も負けじと先陣争いを必死にしている合間にエルアフィ(フランス)が
そしてマルテリン、プラザ(チリ)が急接近してきた。ここぞというとき
山田は足痛に襲われ、足を引きずりながら3人に先行を許してしまった。
454ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/07(木) 21:22:35
>>453
山田兼松って香川の塩田で駆けずり回る仕事をしてたんだよな。
そしてヘビースモーカーとしても有名だったらしい。
455ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/08(金) 00:05:08
戦前(1941年まで) 日本マラソン歴代20傑

1、2時間25分41秒 孫基禎 1935
2、2時間26分44秒 池中康雄 1935
3、2時間26分53秒 塩砲玉男 1936
4、2時間27分17秒 中村信市 1936
5、2時間27分49秒 鈴木房重 1935
6、2時間29分20秒 鈴木憲雄 1932
7、2時間30分12秒 川口俊雄 1936
8、2時間31分10秒 楠好蔵  1933
9、2時間31分24秒 柳長春  1935
10、2時間31分26秒 呉束祐  1939
11、2時間31分31秒 矢萩丹治 1932
12、2時間31分34秒 古賀新三 1939
13、2時間31分42秒 南昇龍  1936
14、2時間32分36秒 高橋清二 1932
15、2時間32分56秒 相良賢一 1934
16、2時間33分06秒 花野芳雄 1932
17、2時間33分26秒 津田晴一郎 1932
18、2時間33分34秒 石田武雄 1935
19、2時間33分42秒 竹中正一郎 1940
20、2時間33分44秒 瀬口一郎 1936
456ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/08(金) 13:39:50
戦前までの「もっとも速いランナー」は孫基禎といってもいいのではないか。まあリアルタイムで見た人は限りなく少ないとは思うが。
457ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/09(土) 17:18:51
円谷のマラソン転向に大半が反対した中、織田幹雄とトラック出身の津田晴一郎が賛成したと聞いたことがある。
458ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/11(月) 21:47:02
>>457
津田晴一郎は島根県・松江出身。
旧制松江中学(現松江北高校)で陸上を始め、関大から慶大に進む。
とくに中距離選手として活躍。最終的のはマラソンまで距離を伸ばし
アムステルダム五輪6位、ロサンゼルス五輪5位と連続入賞を果たした。
 
当時はマラソン選手はすべてロード育ち。この中にあってトラック育ち
は世界でも珍しく、「トラック選手はマラソン五輪代表になれない」と
いったジンクスまであったほどだった。しかも800m育ちでトラック
中距離からというのはさらに異色の存在であったそうだ。
459ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/11(月) 21:55:55
東京五輪マラソン代表最終選考会 兼毎日マラソン

優勝 君原健二(八幡製鉄) ラップタイム

5km 16.32
10km 32.57(16.25)
15km 49.09(16.12)
20km 1.05.12(16.03)
25km 1.21.00(15.48)
30km 1.37.08(16.08)
35km 1.53.29(16.21)
40km 2.09.47(16.18)
2.195km 7.24.4

2時間17分11秒4


2位 円谷幸吉(自衛隊体育学校) ラップタイム

5km 16.32
10km 32.49(16.17)
15km 48.55(16.06)
20km 1.05.03(16.08)
25km 1.21.00(15.57)
30km 1.37.10(16.10)
35km 1.53.46(16.36)
40km 2.10.59(17.13)
2.195km 7.21.2

2時間18分20秒2
460ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/12(火) 14:32:07
東京五輪最終選考会の毎日って東京五輪のコースで開催でしたね。
461ホラン司祭:2005/04/18(月) 11:31:32
ちょっと話題が途切れているんで昨日のロンドンの結果を貼っておきますね。
1 Martin Lel (KEN) 2:07:26
2 Jaquad Gharib (MAR) 2:07:49
3 Hendrick Ramaala (RSA) 2:08:32
4 Abdelkader El Mouaziz (MAR) 2:09:03
5 Stefano Baldini (ITA) 2:09:25
6 Jon Brown (GBR) 2:09:31
7 Toshinari Suwa (JPN) 2:10:23
8 Paul Tergat (KEN) 2:11:38
9 Sammy Korir (KEN) 2:12:36
10 Evans Rutto (KEN) 2:12:49
そうそうたる面々です。
最近5年ほどのロンドンの盛り上がり方は異常です。
往年の福岡やボストンにも劣らないほど、ビッグネームが集結するれーすになりました。
その原因は私には分かりませんが。
462ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/18(月) 21:28:11
>>461
強豪が一同に会すとあまり記録的な盛り上がりがなくなるのも事実。
こういうメンバーは前評判で論議している頃がいちばん楽しかったりするもの。
463ホラン司祭:2005/04/20(水) 22:09:41
TV放映がなかったので分かりませんが
やっぱり牽制してしまったんですかね?

それにしてもこれだけのメンバーで、
しかも五輪代表の諏訪が走ったのに、TV放映が無いとは。

今シーズンの主要レースは全て終わりましたが
過去4季に比べ、異常なほど低調でした。
レルの2:07:49が現在のところ今季最高。2位は高岡です。
464ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/20(水) 22:32:40
強豪が会すというと 五輪選考会。
独断と偏見だが東京五輪以降の最終選考会の名勝負ランキングを
作成してみた。

1位ー 79年福岡国際(モスクワ五輪選考会)
    (云わずと知れた瀬古、宗兄弟のワン・ツー・スリー。
     勝負展開といい当時の記録としても世界歴代10−15位前後
     と選考会として歴代でベストレースとみてよいのではないか)

2位ー83年福岡国際 (ロス五輪最終選考会)
    (これも6位までサブテンが記録された当時としてまれに見る
     好レース。また瀬古、宗兄弟、伊藤、喜多と戦前の候補が
     順当に優勝争いをしたという意味でも面白いレースだった。)

3位ー87年福岡国際 (ソウル五輪選考会)
    (瀬古欠場とはいえ、これだけの有力候補選手がいたのもこの時が
     最高ではないか。中山の歴史に残る独走劇だったが、悪天候の
     ため(前半ハイペースのためも)2位以下のタイムが伸びなかった。)

4位ー03年 福岡国際(アテネ五輪代表選考会)
5位ー92年 東京国際(バルセロナ五輪選考会)
6位ー72年 毎日 (ミュンヘン五輪代表選考会)
7位ー64年 毎日 (東京五輪代表選考会)
8位ー68年 毎日 (メキシコ五輪代表選考会)
9位ー76年 毎日 (モントリオール代表選考会)
10位ー00年 びわこ毎日(シドニー五輪代表選考会)
465ゼッケン774さん@ラストコール:2005/04/28(木) 18:33:13
男子マラソン最多パフォーマンス回数記録

サブ2時間06分:03回 ハリド・ハヌーチ(モロッコ→米国)
サブ2時間07分:03回 ハヌーチ、フェリックス・リモ(ケニア)、エバンス・ルウト(ケニア)、ポール・テルガト(ケニア)
サブ2時間08分:06回 ハヌーチ、ジョセファット・キプロノ(ケニア)
サブ2時間09分:08回 ハヌーチ、サミー・コリル(ケニア)、アブデルハデル・エルムージス(モロッコ)
サブ2時間10分:13回 エルムージス
サブ2時間11分:16回 エルムージス
サブ2時間12分:22回 アベベ・メコネン(エチオピア)
サブ2時間13分:27回 メコネン
サブ2時間14分:30回 メコネン
サブ2時間15分:32回 メコネン
466ゼッケン774さん@ラストコール:2005/05/02(月) 11:59:36
>>465
ハヌーシを含め全部アフリカ勢というのが今を暗示してるな。

アベベ・メコネンの2時間15分以内 32回というのは賞賛に値する。
メコネンも間違いなく歴代の名ランナーなんだけど、いかんせん
世界大会になるとまともに完走もできなくなる。夏マラソンに弱いのが
評価を下げる原因だと思う。
467ゼッケン774さん@ラストコール:2005/05/31(火) 16:47:41
今回の世界陸上、せめて同国開催の第1回大会でマークされたド・キャステラの記録は破ってもらいたいもの。昔に比べて夏のレースは勝負優先の考えが強いように思える。
468ゼッケン774さん@ラストコール:2005/05/31(火) 19:46:02
せめて前回のパリぐらいの記録は出してほしいもんだね。
気象条件は、次回の大阪より明らかに良いはずだから。
469ゼッケン774さん@ラストコール:2005/05/31(火) 19:54:58
夏マラソンに実績が伴わないケニア勢。今回の北欧で強さを見せたいところ。
470ゼッケン774さん@ラストコール:2005/05/31(火) 20:14:50
諏訪が何気に健闘してるし
471ホラン司祭:2005/06/04(土) 17:07:29
ケニア勢の場合は選考基準も不明瞭。
前回はなぜか17分台のタイムの選手が一人エントリーしていた。
前々回(エドモントン)は3人のみのエントリーだった。
今回は誰を選ぶのだろう。

ちなみに、フランスは聞いた事もないようなランナーを4名代表に選びました。
カタールの選手が12分台でウィーンマラソンに勝ったようです。
おそらく、極東以外のアジアでの最高記録かと。
472ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/06(月) 21:44:33
第1回(当時・現20回)国際マラソン 成績 (1966.11.27)

完走者47人 棄権11人

1、2時間14分04秒6 マイク・ライアン(ニュージーランド)
2、2時間14分05秒2 広島日出国(旭化成)
3、2時間15分09秒2 岡部宏和(西鉄)
4、2時間15分36秒2 蓬原正嗣(旭化成)
5、2時間15分51秒2 寺沢徹(倉敷レイヨン)
6、2時間16分36秒2 ギュラ・トート(ハンガリー)
7、2時間16分53秒0 杉原勇(リッカー)
8、2時間17分06秒0 青木豊(協和発酵)
9、2時間17分13秒0 上岡忠明(東洋工業)
10、2時間17分16秒0 宇佐美彰朗(リッカー)

(主な選手)
17、2時間19分52秒 貞永信義(鐘紡防府)
30、2時間27分32秒 御船芳郎(リッカー)
473ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/06(月) 21:49:42
1回大会 優勝 マイク・ライアン(ニュージーランド) ラップタイム

5km 16分16秒
10km 32分33秒(16分17秒)
15km 48分19秒(15分46秒)
20km 64分27秒(16分08秒)
中間点 1時間07分57秒
25km 1時間19分53秒(15分26秒)
30km 1時間35分31秒(15分38秒)
35km 1時間50分54秒(15分23秒)
40km 2時間06分48秒(15分54秒)

2時間14分04秒6
474ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/06(月) 21:59:38
第2回(21回)国際マラソン 成績 (1967.12.3)

完走者54人 棄権28人

1、2時間09分36秒4 デレク・クレイトン(オ−ストラリア) 世界最高記録
2、2時間11分17秒0 佐々木精一郎(九州電工)日本最高記録
3、2時間12分25秒8 デビット・マッケンジー(ニュージーランド)
4、2時間14分40秒0 蓬原正嗣(旭化成)
5、2時間14分44秒8 ジム・アルダー(イギリス)
6、2時間14分49秒6 采谷義秋(竹原高校教員)
7、2時間15分16秒0 広島日出国(旭化成)
8、2時間15分19秒0 井藤一夫(旭化成)
9、2時間15分41秒0 マイク・ライアン(ニュージーランド)
10、2時間15分42秒0 松原一夫(全鐘紡)

(主な選手)
11、2時間17分00秒 寺沢徹(倉敷レイヨン)
13、2時間18分16秒 宇佐美彰朗(リッカー)
18、2時間20分05秒 貞永信義(全鐘紡)
19、2時間20分54秒 重松森雄(倉敷レイヨン)
475ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/06(月) 22:08:29
第3回(22回) 国際マラソン 成績 (1968.12.8)

完走者44人 棄権18人

1、2時間10分47秒8 ビル・アドコックス(イギリス)
2、2時間12分40秒6 采谷義秋(竹原高校教員)
3、2時間13分37秒6 上岡忠明(東洋工業)
4、2時間13分43秒6 イスマイル・アケイ(トルコ)
5、2時間13分51秒8 宇佐美彰朗(日大桜門陸友会)
6、2時間14分28秒8 アムブロス・バーフート(アメリカ)
7、2時間14分44秒0 山下和夫(全鐘紡)
8、2時間16分23秒0 蓬原正嗣(旭化成)
9、2時間16分42秒0 谷村隼美(倉レ)
10、2時間17分23秒0 寺沢徹(倉レ)

(主な選手)
13、2時間20分18秒 デミシェ・ウォルデ(エチオピア)
17、2時間21分47秒 松原一夫(全鐘紡)
20、2時間22分46秒 貞永信義(全鐘紡)
476ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/06(月) 22:13:43
2回大会 2位 采谷義秋(竹原高校教員) ラップタイム

5km 15分46秒
10km 31分11秒(15分25秒)
15km 46分37秒(15分26秒)
20km 62分03秒(15分26秒)
中間点 1時間05分27秒
25km 1時間17分20秒(15分17秒)
30km 1時間32分41秒(15分21秒)
35km 1時間48分43秒(16分02秒)
40km 2時間05分34秒(16分51秒)

2時間12分40秒6 (1968年度 日本ランク1位)
477ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/06(月) 22:26:06
第3回(現23回) 国際マラソン 成績 (1969.12.7)

完走者67人 棄権12人

1、2時間11分12秒8 ジェローム・ドレイトン(カナダ)
2、2時間11分54秒4 ロン・ヒル(イギリス)
3、2時間12分03秒4 谷村隼美(倉レ)
4、2時間12分52秒8 パブロ・ガリド(メキシコ)
5、2時間13分06秒4 佐々木敏治(電電中国)
6、2時間13分21秒0 吉田昭雄(黒崎窯業)
7、2時間13分27秒8 ケニス・ムーア(アメリカ)
8、2時間14分38秒0 ジェフ・ジュリアン(ニュージーランド)
9、2時間15分22秒4 藤田国夫(全鐘紡)
10、2時間15分37秒2 金行光則(電電中国)

(主な選手)
14、2時間18分33秒2 宇佐美彰朗(桜門陸友会)
15、2時間18分38秒0 イスマエル・アケイ(トルコ)
16、2時間18分50秒2 広島日出国(旭化成)
18、2時間19分43秒4 蓬原正嗣(旭化成)
26、2時間22分01秒2 御船芳郎(リッカー)
29、2時間22分28秒4 采谷義秋(竹原高校教員)
36、2時間23分54秒2 佐々木精一郎(九州電工)
50、2時間27分15秒0 上岡忠明(東洋工業)
52、2時間27分21秒0 貞永信義(全鐘紡)
478ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/06(月) 22:35:31
第5回(24回) 国際マラソン 成績 (1970.12.6)

完走者43人 棄権15人

1、2時間10分37秒8 宇佐美彰朗(桜門陸友会) 日本最高記録
2、2時間11分35秒8 ケニス・ムーア(アメリカ)
3、2時間12分12秒0 采谷義秋(竹原高校教員)
4、2時間12分17秒8 ジャック・フォスター(ニュージーランド)
5、2時間12分58秒4 ジョン・ファリントン(オーストラリア)
6、2時間13分32秒0 ビル・アドコックス(イギリス)
7、2時間13分46秒0 上岡忠明(東洋工業)
8、2時間14分28秒0 ユーリー・ボルコフ(ソ連)
9、2時間15分27秒0 ロン・ヒル(イギリス)
10、2時間16分08秒0 平井勝昭(黒崎窯業)

(主な選手)
15、2時間21分52秒  谷村隼美(クラレ西条)
19、2時間25分57秒  貞永信義(全鐘紡)
26、2時間27分43秒  浜田安則(鹿児島中央高校教員)

479ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/06(月) 22:53:30
第6回(25回) 国際マラソン 成績 (1971.12.5)

完走者51人 棄権9人

1、2時間12分50秒4 フランク・ショーター(アメリカ)
2、2時間13分22秒8 宇佐美彰朗(桜門陸友会)
3、2時間13分42秒4 ジャック・フォスター(ニュージーランド)
4、2時間16分21秒4 セポ・ニッカリ(フィンランド)
5、2時間16分23秒4 テリー・マナーズ(ニュージーランド)
6、2時間17分41秒0 ジョン・ファリントン(オーストラリア)
7、2時間17分57秒0 ペンチ・マムコ(フィンランド)
8、2時間17分58秒0 佐川正治(鈴木自動車)
9、2時間19分23秒0 大槻憲一(東洋工業)
10、2時間20分01秒0 ジョン・ロビンソン(ニュージーランド)

(主な選手)
11、2時間21分52秒  君原健二(新日鉄)
17、2時間24分48秒  浜田安則(鹿児島中央高校教員)
19、2時間25分41秒  采谷義秋(広島県教育委員会)
22、2時間26分52秒  貞永信義(全鐘紡)
28、2時間29分30秒  世利重樹(九州電工)
34、2時間32分36秒  重松森雄(クラレ福岡)
39、2時間33分50秒  ケニス・ムーア(アメリカ)
40、2時間33分52秒  佐々木精一郎(神戸製鋼)
49、2時間45分45秒  谷村隼美(クラレ西条)
480ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/06(月) 22:57:35
6回大会 優勝 フランク・ショーター(アメリカ) ラップタイム

5km 14分44秒
10km 29分48秒(15分04秒)
15km 45分20秒(15分32秒)
20km 61分41秒(16分21秒)
中間点 1時間05分17秒
25km 1時間16分52秒(15分11秒)
30km 1時間32分10秒(15分18秒)
35km 1時間48分26秒(16分16秒)
40km 2時間05分22秒(16分56秒)

2時間12分50秒4
481ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/06(月) 23:08:05
第7回(26回) 国際マラソン 成績 (1972.12.3)

完走者57人 棄権13人

1、2時間10分30秒0 フランク・ショーター(アメリカ)
2、2時間12分00秒4 ジョン・ファリントン(オーストラリア)
3、2時間14分00秒6 大槻憲一(東洋工業)
4、2時間14分02秒8 セポ・ニッカリ(フィンランド)
5、2時間15分52秒2 君原健二(新日鉄)
6、2時間16分42秒4 ドナルド・マクレガー(イギリス)
7、2時間17分07秒0 北山吉信(旭化成)
8、2時間19分21秒0 黒木通哲(旭化成)
9、2時間19分59秒0 御船芳郎(リッカー)
10、2時間20分26秒0 岩見幾徳(ヤクルト)

(主な選手)
13、2時間22分01秒  ケニス・ムーア(アメリカ)
16、2時間23分26秒  浜田安則(鹿児島中央高校教員)
31、2時間27分45秒  貞永信義(全鐘紡)
44、2時間34分21秒  上岡忠明(神戸製鋼)
52、2時間39分11秒  佐々木敏治(電電中国)
棄権 デレク・クレイトン(オーストラリア)
482ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/06(月) 23:12:23
7回大会 優勝 フランク・ショーター(アメリカ) ラップタイム

5km 14分52秒
10km 29分46秒(14分54秒)
15km 44分59秒(15分13秒)
20km 60分16秒(15分17秒)
中間点 1時間03分38秒
25km 1時間15分34秒(15分18秒)
30km 1時間31分03秒(15分29秒)
35km 1時間46分56秒(15分53秒)
40km 2時間03分21秒(16分25秒)

2時間10分30秒0(1972年度 世界ランク1位)
483ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/07(火) 11:40:05
>>479
ショーター初参加・初優勝の時はそれまでマラソン2回で
3回目のフルマラソンだったと記憶している。
初マラソンで(全米マラソン)ムーアに続いて2位に入り
その次がパンアメリカン大会。途中にトイレに寄りながら
終盤逆転して初優勝。
資料を見ると全米が2.17.44.0 パンアメリカンが
2.22.47.0 で走破。よって初参加の時は自己ベスト
2時間17分台の若手中堅招待選手だった。
484ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/07(火) 18:07:45
第8回(27回) 国際マラソン 成績 (1973.12.2)

完走者53人 棄権22人

1、2時間11分45秒0 フランク・ショーター(アメリカ)
2、2時間13分43秒4 ブライアン・アームストロング(カナダ)
3、2時間13分53秒8 エッカード・レッセ(東ドイツ)
4、2時間15分52秒8 ジョン・アンダーソン(アメリカ)
5、2時間16分17秒8 大槻憲一(東洋工業)
6、2時間18分16秒0 酒見勝喜(全鐘紡)
7、2時間19分08秒0 宗猛(旭化成)
8、2時間19分14秒0 上岡忠明(神戸製鋼)
9、2時間19分27秒0 高田信義(旭化成)
10、2時間19分36秒0 世利重樹(九州電工)

(主な選手)
13、2時間21分28秒  水上則安(新日鉄)
15、2時間22分39秒  阪本峰照(日立造船)
18、2時間23分24秒  宗茂(旭化成)
22、2時間24分20秒  宇佐美彰朗(桜門陸友会)
46、2時間33分21秒  貞永信義(全鐘紡)

485ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/07(火) 18:18:09
第9回(28回) 福岡国際マラソン 成績 (1974.12.8)

完走者74人 棄権9人

1、2時間11分31秒2 フランク・ショーター(アメリカ)
2、2時間12分02秒4 エッカード・レッセ(東ドイツ)
3、2時間13分09秒0 ペッカ・ペイベリンダ(フィンランド)
4、2時間13分11秒2 テリー・マナーズ(ニュージーランド)
5、2時間13分11秒8 クリストファー・スチュアート(イギリス)
6、2時間14分10秒6 宇佐美彰朗(桜門陸友会)
7、2時間15分20秒0 上岡忠明(神戸製鋼)
8、2時間16分00秒0 世利重樹(九州電工)
9、2時間16分09秒0 ヨアヒム・トロッペル(東ドイツ)
10、2時間16分23秒0 北山吉信(旭化成)

(主な選手)
11、2時間16分38秒  宗猛(旭化成)
12、2時間16分39秒  デービット・チェトル(オーストラリア)
15、2時間17分52秒  ブライアン・アームストロング(カナダ)
16、2時間18分32秒  宗茂(旭化成)
18、2時間19分13秒  浜田安則(鹿児島中央高校教員)
52、2時間29分59秒  喜多秀喜(福岡大学)
59、2時間32分49秒  貞永信義(鐘紡)
74、2時間43分49秒  寺沢徹(クラレ)
486ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/07(火) 18:29:30
第10回(29回) 福岡国際マラソン 成績 (1975.12.7)

完走者96人 棄権12人

1、2時間10分08秒4 ジェローム・ドレイトン(カナダ)
2、2時間10分20秒0 デービット・チェトル(オーストラリア)
3、2時間11分26秒4 ビル・ロジャース(アメリカ)
4、2時間11分45秒0 ジュセッペ・チンドロ(イタリア)
5、2時間12分42秒6 エッカード・レッセ(東ドイツ)
6、2時間12分52秒0 宗猛(旭化成)
7、2時間13分05秒0 イエジイ・グロス(ポーランド)
8、2時間13分13秒0 服部誠(東農大教員)
9、2時間13分17秒0 ヨアヒム・トロッペル(東ドイツ)
10、2時間13分47秒0 浜田安則(鹿児島中央高校教員)

(主な選手)
11、2時間14分31秒  ルシアン・ローザ(スリランカ)
12、2時間15分17秒  阪本峰照(日立造船)
15、2時間15分46秒  世利重樹(九州電工)
16、2時間15分50秒  宗茂(旭化成)
18、2時間17分08秒  水上則安(新日鉄)
25、2時間18分54秒  宇佐美彰朗(東海大教員)
52、2時間24分04秒  大槻憲一(東洋工業)
79、2時間31分09秒  寺沢徹(クラレ)
84、2時間33分46秒  川口孝志郎(トヨタ)
93、2時間42分28秒  貞永信義(鐘紡)
487ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/07(火) 18:38:23
第11回(30回) 福岡国際マラソン 成績 (1976.12.5)

完走者50人 棄権9人

1、2時間12分35秒0 ジェローム・ドレイトン(カナダ)
2、2時間12分54秒2 イアン・トンプソン(イギリス)
3、2時間14分56秒0 ワルデマル・チェルピンスキー(東ドイツ)
4、2時間14分59秒0 宗茂(旭化成)
5、2時間17分24秒2 世利重樹(九州電工)
6、2時間17分43秒0 大塚発未男(東急)
7、2時間18分05秒0 水上則安(新日鉄)
8、2時間18分50秒0 阪本峰照(日立造船)
9、2時間19分42秒0 染谷十三夫(入間市役所)
10、2時間20分45秒0 カールハインツ・バウムバッハ(東ドイツ)

(主な選手)
11、2時間20分47秒  宇佐美彰朗(東海大教員)
12、2時間21分25秒  伊藤国光(鐘紡)
13、2時間21分40秒  浜田安則(鹿児島中央高校教員)
15、2時間22分07秒  君原健二(新日鉄)
19、2時間24分15秒  宗猛(旭化成)
31、2時間28分40秒  大槻憲一(東洋工業)
488ゼッケン774さん@ラストコール :2005/06/07(火) 21:16:21
>>483
ショーターの初マラソンは、途中棄権だったが、68年メキシコ五輪の国内選考レースだった。
完走したのは、書かれているとおりの2回。
489ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/07(火) 22:20:08
12回(31回) 福岡国際マラソン 成績 (1977.12.4)

完走者53人 棄権15人

1、2時間10分55秒3 ビル・ロジャース(アメリカ)
2、2時間11分57秒0 レオニード・モイセーエフ(ソ連)
3、2時間13分04秒0 マシモ・マグナニ(イタリア)
4、2時間14分26秒2 トム・フレミング(アメリカ)
5、2時間15分00秒1 瀬古利彦(早大)
6、2時間15分37秒3 阪本峰照(日立造船)
7、2時間16分20秒0 デビット・キャノン(イギリス)
8、2時間17分11秒0 世利重樹(九州電工)
9、2時間17分35秒0 宗猛(旭化成)
10、2時間17分43秒0 ゲラン・ベントソン(スウェーデン)

(主な選手)
11、2時間19分14秒  佐藤進(旭化成)
15、2時間20分40秒  ラッセ・ビレン(フィンランド)
17、2時間21分00秒  君原健二(新日鉄)
22、2時間21分37秒  水上則安(新日鉄)
44、2時間33分41秒  イアン・トンプソン(イギリス)
52、2時間37分45秒  宗茂(旭化成)
490ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/07(火) 22:30:41
第13回(32回) 福岡国際マラソン 成績 (1978.12.3)

完走者80人 棄権9人

1、2時間10分21秒0 瀬古利彦(早大)
2、2時間11分05秒0 喜多秀喜(神戸製鋼)
3、2時間11分41秒2 宗茂(旭化成)
4、2時間12分31秒7 トレバー・ライト(イギリス)
5、2時間12分44秒0 レオニード・モイセーエフ(ソ連)
6、2時間12分51秒3 ビル・ロジャース(アメリカ)
7、2時間13分02秒0 クリストファー・ワードロー(オーストラリア)
8、2時間13分11秒0 ジョン・トーマス(アメリカ)
9、2時間13分15秒0 ゲーリー・ビヨクルンド(アメリカ)
10、2時間13分21秒0 リチャード・ヒューソン(カナダ)

(主な選手)
11、2時間14分13秒  伊藤国光(鐘紡)
15、2時間16分08秒  宗猛(旭化成)
16、2時間17分07秒  君原健二(新日鉄)
17、2時間18分28秒  鎌田俊明(鐘紡)
21、2時間19分25秒  トム・フレミング(アメリカ)
26、2時間21分12秒  世利重樹(九州電工)
30、2時間22分29秒  川口孝志郎(中京大)
32、2時間22分49秒  ワルデマル・チェルピンスキー(東ドイツ)
33、2時間22分49秒  ヨアヒム・トロッペル(東ドイツ)
491ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/07(火) 22:43:19
第14回(33回) 福岡国際マラソン 成績 (1979.12.2)

完走者98人 棄権14人

1、2時間10分35秒 瀬古利彦(早大)
2、2時間10分37秒 宗茂(旭化成)
3、2時間10分40秒 宗猛(旭化成)
4、2時間10分51秒 バーニー・フォード(イギリス)
5、2時間11分40秒 チェ・チャンソプ(北朝鮮)
6、2時間11分55秒 ウイリアム・スコット(オーストラリア)
7、2時間11分55秒 クリストファー・ワードロー(オーストラリア)
8、2時間12分08秒 伊藤国光(鐘紡)
9、2時間12分33秒 ケビン・ライアン(ニュージーランド)
10、2時間12分47秒 竹富豊(神戸製鋼)

(主な選手)
11、2時間14分05秒 サチムクル・ズマナザロフ(ソ連)
12、2時間14分12秒 弓削裕(旭化成)
15、2時間16分18秒 ロドルフォ・ゴメス(メキシコ)
17、2時間16分59秒 クレグ・バージン(アメリカ)
21、2時間17分37秒 鎌田俊明(鐘紡)
27、2時間18分25秒 ゲラン・ベントソン(スウェーデン)
37、2時間20分53秒 引間金夫(新日鉄)
41、2時間22分25秒 喜多秀喜(神戸製鋼)
43、2時間22分32秒 西村義弘(新日鉄大分)
48、2時間23分52秒 君原健二(新日鉄)
50、2時間24分09秒 水上則安(新日鉄)
61、2時間26分01秒 川口孝志郎(中京大)
79、2時間30分37秒 世利重樹(九州電工)
91、2時間36分03秒 阪本峰照(日本鋼管)
492ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/07(火) 22:51:52
第15回(34回) 福岡国際マラソン 成績 (1980.12.7)

完走者114人 棄権16人

1、2時間09分45秒 瀬古利彦(エスビー食品)
2、2時間09分49秒 宗猛(旭化成)
3、2時間10分05秒 伊藤国光(鐘紡)
4、2時間10分09秒 ゲリー・ヘンリー(オーストラリア)
5、2時間10分23秒 宗茂(旭化成)
6、2時間10分24秒 ワルデマル・チェルピンスキー(東ドイツ)
7、2時間10分29秒 カーク・ペファー(アメリカ)
8,2時間10分44秒 ロバート・ド・キャステラ(オーストラリア)
9、2時間11分27秒 竹富豊(神戸製鋼)
10、2時間11分35秒 デビット・キャノン(イギリス)

(主な選手)
13、2時間13分35秒 カレル・リスモン(ベルギー)
14、2時間13分56秒 弓削裕(旭化成)
15、2時間14分37秒 喜多秀喜(神戸製鋼)
18、2時間15分15秒 川口孝志郎(中京大)
19、2時間15分19秒 引間金夫(新日鉄)
32、2時間18分14秒 イアン・トンプソン(イギリス)

493ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/07(火) 22:53:16
ラッセビレンって福岡国際走ってるんだね。
494ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/08(水) 00:53:20
昔、ショータ-が「世界のマラソンの動向は福岡を見ればわかる。毎年12月、このレースを走って勝てば、誰にも負けない自信が持てる」と言っていた。少なくとも60年代後半から70年代は福岡で勝つのは「もっとも強いランナー」の証になっていた。
495ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/09(木) 15:52:46
第16回(35回) 福岡国際マラソン 成績 (1981.12.6)

完走者109人 棄権8人

1、2時間08分18秒 ロバート・ド・キャステラ(オーストラリア)のちに世界最高記録扱い
2、2時間09分37秒 伊藤国光(鐘紡)
3、2時間10分19秒 宗茂(旭化成)
4、2時間11分19秒 ジアンニ・ポリ(イタリア)
5、2時間11分29秒 宗猛(旭化成)
6、2時間11分35秒 ゲーリー・ビヨクルンド(アメリカ)
7、2時間12分19秒 トミー・パーソン(スウェーデン)
8、2時間12分25秒 ウラジミル・コトフ(ソ連)
9、2時間13分04秒 ドミンゴ・チバドイザ(コロンビア)
10、2時間13分31秒 アート・ボイリュー(カナダ)

(主な選手)
11、2時間14分04秒 ポール・バリンジャー(ニュージーランド)
14、2時間14分32秒 喜多秀喜(神戸製鋼)
17、2時間14分55秒 引間金夫(新日鉄)
18、2時間15分14秒 川口孝志郎(中京大)
31、2時間18分06秒 阿部文明(新日本電気)
34、2時間18分36秒 ラルフ・ザルツマン(西ドイツ)
36、2時間18分49秒 西村義弘(新日鉄大分)
41、2時間20分03秒 デビット・チェトル(オーストラリア)
81、2時間27分17秒 弓削裕(旭化成)
496ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/09(木) 15:57:53
16回大会 優勝 ロバート・ド・キャステラ(オーストラリア) ラップタイム

5km(15分31秒)
10km 30分31秒(15分00秒)
15km 45分29秒(14分58秒)
20km 60分31秒(15分02秒)
中間点 1時間03分48秒
25km 1時間15分53秒(15分22秒)
30km 1時間31分09秒(15分16秒)
35km 1時間46分08秒(14分59秒)
40km 2時間01分32秒(15分24秒)

2時間08分18秒(当時:世界歴代2位ーのちに繰り上げ世界最高記録)
497ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/09(木) 16:06:00
第17回(36回) 福岡国際マラソン 成績 (1982.12.5)

完走者77人 棄権13人

1、2時間10分15秒 ポール・バリンジャー(ニュージーランド)
2、2時間11分09秒 喜多秀喜(神戸製鋼)
3、2時間11分12秒 ブルーノ・ラフランキ(スイス)
4、2時間11分45秒 伊藤国光(鐘紡)
5、2時間11分52秒 ボブ・ホッジ(アメリカ)
6、2時間12分09秒 ワレリー・ソロベイ(ソ連)
7、2時間12分40秒 デビッド・エッジ(カナダ)
8、2時間13分03秒 マイク・レイマン(アメリカ)
9、2時間13分40秒 川口孝志郎(中京高校職員)
10、2時間14分00秒 アート・ボイリュー(カナダ)

(主な選手)
11、2時間14分46秒 引間金夫(新日鉄)
16、2時間16分20秒 児玉泰介(旭化成)
20、2時間17分37秒 中村孝生(エスビー食品)
52、2時間24分43秒 西村義弘(新日鉄大分)
498ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/09(木) 16:10:31
第17回大会 優勝 ポール・バリンジャー(ニュージーランド) ラップタイム

5km(15分25秒)
10km 31分12秒(15分47秒)
15km 47分09秒(15分57秒)
20km 62分55秒(15分46秒)
中間点 1時間06分16秒
25km 1時間17分58秒(15分03秒)
30km 1時間33分01秒(15分03秒)
35km 1時間47分52秒(14分51秒)
40km 2時間03分24秒(15分32秒)

2時間10分15秒(1982年度 世界ランク8位)
499ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/09(木) 16:20:50
第18回 福岡国際マラソン 成績 (1983.12.4)

完走者124人 棄権21人

1、2時間08分52秒 瀬古利彦(エスビー食品)
2、2時間08分55秒 ジュマ・イカンガー(タンザニア)
3、2時間09分11秒 宗茂(旭化成)
4、2時間09分17秒 宗猛(旭化成)
5、2時間09分21秒 アルベルト・サラザール(アメリカ)
6、2時間09分35秒 伊藤国光(鐘紡)
7、2時間10分30秒 喜多秀喜(神戸製鋼)
8、2時間11分48秒 デビッド・エッジ(カナダ)
9、2時間11分49秒 ミハエル・ハイルマン(東ドイツ)
10、2時間12分51秒 児玉泰介(旭化成)

(主な選手)
11、2時間13分31秒 須永宏(日本電気HE)
12、2時間13分42秒 ポール・バリンジャー(ニュージーランド)
13、2時間14分00秒 引間金夫(新日鉄八幡)
14、2時間14分15秒 中山竹通(ダイエー)
15、2時間15分13秒 ワルデマル・チェルピンスキー(東ドイツ)
17、2時間15分36秒 竹富豊(神戸製鋼)
19、2時間16分14秒 工藤一良(リッカー)
20、2時間16分46秒 トミー・パーソン(スウェーデン)
21、2時間16分59秒 ヨルグ・ペーター
22、2時間17分31秒 浜田安則(京セラ)
23、2時間17分38秒 渋谷俊浩(筑波大)
500ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/09(木) 16:24:31
25、2時間17分43秒 仙内勇(ダイエー)
28、2時間18分38秒 西村義弘(新日鉄大分)
30、2時間19分12秒 末吉富夫(鐘紡)
43、2時間22分07秒 川口孝志郎(中京高校職員)
47、2時間22分25秒 阿部文明(日本電気HE)
501ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/09(木) 16:34:27
第19回(38回) 福岡国際マラソン 成績 (1984.12.2)

完走者130人 棄権19人

1、2時間10分00秒 中山竹通(ダイエー)
2、2時間10分36秒 児玉泰介(旭化成)
3、2時間10分59秒 ミハエル・ハイルマン(東ドイツ)
4、2時間11分34秒 リー・ジョン・ヒョン(北朝鮮)
5、2時間12分04秒 伊藤国光(鐘紡)
6、2時間12分08秒 引間金夫(新日鉄八幡)
7、2時間12分20秒 仙内勇(ダイエー)
8、2時間12分41秒 阿部文明(日本電気HE)
9、2時間12分47秒 林清司(ダイエー)
10、2時間13分07秒 岩瀬哲治(日産自動車)

(主な選手)
11、2時間13分22秒 野田浩(旭化成)
12、2時間13分41秒 西村義弘(新日鉄大分)
13、2時間14分10秒 ロブレ・ジャマ(ジブチ)
17、2時間15分47秒 竹富豊(神戸製鋼)
22、2時間16分43秒 工藤一良(日産自動車)
23、2時間16分49秒 ジュマ・イカンガー(タンザニア)
31、2時間18分41秒 ゲーリー・ビヨクルンド(アメリカ)
55、2時間23分31秒 喜多秀喜(神戸製鋼)
104、2時間31分02秒 ウンベ・スラー(タンザニア)
502ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/09(木) 16:38:45
第19回大会 優勝 中山竹通(ダイエー) ラップタイム

5km(15分36秒)
10km 31分07秒(15分31秒)
15km 46分34秒(15分27秒)
20km 62分15秒(15分41秒)
中間点 1時間05分36秒
25km 1時間17分33秒(15分18秒)
30km 1時間32分29秒(14分56秒)
35km 1時間47分33秒(15分04秒)
40km 2時間03分02秒(15分29秒)

2時間10分00秒(1984年 世界ランク8位)
503ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/09(木) 16:47:36
第20回(39回) 福岡国際マラソン 成績 (1985.12.1)

完走者127人 棄権10人

1、2時間09分51秒 新宅雅也(エスビー食品)
2、2時間10分01秒 谷口浩美(旭化成)
3、2時間11分19秒 伊藤国光(鐘紡)
4、2時間12分16秒 ヨルグ・ペーター(東ドイツ)
5、2時間12分19秒 須永宏(日本電気HE)
6、2時間12分23秒 ウンベ・スラー(タンザニア)
7、2時間13分23秒 アベベ・メコネン(エチオピア)
8、2時間13分28秒 ボグミル・クス(ポーランド)
9、2時間13分40秒 ブルーノ・ラフランキ(スイス)
10、2時間13分47秒 ポール・バリンジャー(ニュージーランド)

(主な選手)
11、2時間14分04秒 西村義弘(新日鉄大分)
13、2時間14分46秒 金井豊(エスビー食品)
18、2時間17分20秒 三村徹(鐘紡)
20、2時間17分36秒 ケベデ・バルチャ(エチオピア)
24、2時間18分32秒 工藤一良(日産自動車)
28、2時間19分14秒 児玉泰介(旭化成)
29、2時間19分20秒 野田浩(旭化成)
34、2時間20分11秒 引間金夫(新日鉄八幡)
504ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/09(木) 16:52:11
第20回大会 優勝 新宅雅也(エスビー食品) ラップタイム

5km(14分56秒)
10km 29分48秒(14分52秒)
15km 44分33秒(14分45秒)
20km 59分42秒(15分09秒)
中間点 1時間03分04秒
25km 1時間14分54秒(15分12秒)
30km 1時間30分10秒(15分16秒)
35km 1時間46分20秒(16分10秒)
40km 2時間02分28秒(16分08秒)

2時間09分51秒 (当時 日本歴代6位)
505ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/09(木) 16:53:16
優勝はないが伊藤国光の健闘が目立つね。
506ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/09(木) 18:10:11
70年代くらいまでは日本勢が10位に入賞するのが
ひとつの目標だった福岡国際。
507ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/09(木) 21:38:12
>>485国際から福岡国際に名称が変更になったのが9回大会から。
もともと福岡国際は世界陸連で「世界マラソン選手権」として
認知、後援していた大会だったがほとんどの大会が地名を冠に
しいる為、これにならった。
508ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/10(金) 23:00:25
チェルピンスキーって五輪以外で優勝したことあんの?
509ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/11(土) 10:28:08
>>508 ある。76年の東独の選手権(代表選考会)。たしか84年の裏オリンピック
(カールマルクスシュタットでボイコットした東側の国が集まった大会)でも
優勝したと思う。ドーピング技術に優れていたから大大会では強かった。
510ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/13(月) 19:37:32
福岡国際は87年の中山独走Vが最後のインパクトだった感じが
するなあ。88年の渋谷が勝ったあたりから急にレベルが下がった。
海外賞金レースには規模でかなわなくなった。
>>510
福岡国際、アトランタ五輪金のチュグワネの横綱相撲の97年とか、
シドニー五輪金のアベラを藤田がねじ伏せた00年とかはレベル高かったな。
でも福岡国際、最近インパクトのあるレースが無いのには同意。
2003年の日本人3人のデッドヒートは面白かったけどな。
513ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/13(月) 22:31:27
>>511
あの時の藤田は”つえぇ〜”って感じだったね。
あれが彼のマラソン人生のハイライトになるとは思わなかった。
現役の彼にこんなこと言うと失礼とは思っているんだが。
ただ長いケガなどのブランクの後に(まあ3年以上としときます)トップランクに返り咲いた
マラソンランナーっていますっけ?
514ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/13(月) 22:41:43
>>512
実に85年大会で新宅、谷口、伊藤の日本人選手上位独占以来の
ワンツースリーだったね。
代表選考では79年大会の瀬古、宗兄弟以来か。。
80年代は日本勢が福岡で3位以下になるとは思えないくらい
結果を残していたけど、日本勢の低調な90年代になって70年代の
ころに逆戻りした感じだったね。しかし90年代は大会自体は低下している
だけに「強い日本人選手」が少なかった時代といえるね。
515ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/14(火) 00:03:24
>>513
70年 宇佐美
83年 瀬古
87年 中山
00年 藤田

福岡国際での日本選手「強くて速いベストレース」だろうね。
瀬古の場合はそれぞれ違う回(78−80年)が挙がるかもしれないが。
(78年は余裕がなく、79年は不調で辛勝。
80年は逆に余裕がありすぎた感じがあったので、83年かな。)
516ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/15(水) 00:14:20
NHK放送時の福岡国際はよかった。
民放になってなんか軽く感じるんだよな。
海ノ中道折り返しコースも懐かしいね。

ショーター優勝時の頃はリアルタイムでないけど、4連覇目くらいは
「またショーターか。。」という空気が競技場に流れたってくらい
強かったと聞いた。
517ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/15(水) 01:08:55
>>516

しかしショーター4連覇の時のラップ見ると最初の入りが超ハイペース。
いちばん悪くて74年の15分で速いと14分36秒だって。
典型的な専攻逃げ切りタイプのようですね。サブテンが1−2人くらいしか
いない時代でのこのペースは尋常でない気がする。
時代が違えど中山とのレースが見てみたい。
518肥後もっこす撲滅運動:2005/06/15(水) 11:44:38
で、東京シティーロード熱中症騒ぎで
松元ひろかず選手は生きてるの?
死んでくれたら良いのにね!
519ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/18(土) 16:20:31
第21回(40回) 福岡国際マラソン 成績 1986.12.7

完走者102人 棄権13人

1、2時間10分06秒 ジュマ・イカンガー(タンザニア)
2、2時間11分19秒 大須田祐一郎(日本電気)
3、2時間11分25秒 ブルーノ・ラフランキ(スイス)
4、2時間11分58秒 工藤一良(日産自動車)
5、2時間11分59秒 仙内勇(ダイエー)
6、2時間12分02秒 春松千秋(池田製菓)
7、2時間12分14秒 浦川哲夫(九州電工)
8、2時間12分26秒 デビッド・エッジ(カナダ)
9、2時間13分00秒 近藤孝志(ヤクルト)
10、2時間13分10秒 ピマツォーニ(イタリア)

(主な選手)
12、2時間13分52秒 西村義弘(新日鉄大分)
14、2時間14分17秒 阿部文明(日本電気HE)
15、2時間14分19秒 三村徹(鐘紡)
16、2時間14分19秒 末吉富夫(鐘紡)
18、2時間14分41秒 渋谷俊浩(雪印)
28、2時間16分59秒 ウンベ・スラー(タンザニア)
29、2時間17分26秒 喜多秀喜(神戸製鋼)
30、2時間17分26秒 阿久津浩三(福島病院)
78、2時間24分29秒 西本一也(九州産交)
棄権 新宅雅也(エスビー食品)
520ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/18(土) 16:24:20
第21回大会 優勝 ジュマ・イカンガー(タンザニア) ラップタイム

5km 15分15秒
10km 30分09秒(14分54秒)
15km 45分21秒(15分12秒)
20km 60分55秒(15分34秒)
中間点 1時間04分25秒
25km 1時間16分57秒(16分02秒)
30km 1時間32分40秒(15分43秒)
35km 1時間47分56秒(15分16秒)
40km 2時間03分23秒(15分27秒)

2時間10分06秒
521ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/18(土) 16:38:35
第22回(41回) 福岡国際マラソン 成績 1987.12.6

完走者131人 棄権21人

1、2時間08分18秒 中山竹通(ダイエー)
2、2時間10分34秒 新宅雅也(エスビー食品)
3、2時間11分22秒 ヨルグ・ペーター(東ドイツ)
4、2時間11分36秒 工藤一良(日産自動車)
5、2時間11分59秒 ベライン・デンシモ(エチオピア)
6、2時間12分14秒 谷口浩美(旭化成)
7、2時間12分25秒 坂口泰(エスビー食品)
8、2時間12分31秒 トルシチコフ(ソ連)
9、2時間13分12秒 カシャポフ(ソ連)
10、2時間13分34秒 谷口伴之(エスビー食品)

(主な選手)
11、2時間13分40秒 渋谷俊浩(雪印)
12、2時間14分10秒 末吉富夫(鐘紡)
13、2時間14分18秒 ミカエル・ハイルマン(東ドイツ)
17、2時間14分52秒 伊藤国光(鐘紡)
18、2時間14分55秒 西村義弘(新日鉄大分)
20、2時間15分07秒 金哲彦(リクルート)
22、2時間15分33秒 西政幸(旭化成)
24、2時間16分05秒 仙内勇(ダイエー)
27、2時間16分37秒 阿部文明(日本電気HE)
31、2時間16分49秒 児玉泰介(旭化成)
36、2時間18分02秒 ウンベ・スラー(タンザニア)
42、2時間19分03秒 武富豊(神戸製鋼)
46、2時間20分24秒 ケベデ・バルチャ(エチオピア)
48、2時間20分50秒 須永宏(日本電気HE)
122、2時間32分44秒 西本一也(九州産交)
棄権 宗猛(旭化成)
522ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/18(土) 16:50:21
第23回(42回) 福岡国際マラソン 成績 1988.12.4

完走者100人 棄権10人

1、2時間11分04秒 渋谷俊浩(雪印)
2、2時間11分09秒 ベライン・デンシモ(エチオピア)
3、2時間11分19秒 カシャポフ(ソ連)
4、2時間11分38秒 児玉泰介(旭化成)
5、2時間11分51秒 喜多秀喜(神戸製鋼)
6、2時間11分57秒 阿部文明(日本電気HE)
7、2時間11分59秒 ミカエル・ハイルマン(東ドイツ)
8、2時間12分28秒 フライガング(東ドイツ)
9、2時間12分51秒 金井豊(エスビー食品)
10、2時間12分55秒 ケベデ・バルチャ(エチオピア)

(主な選手)
11、2時間13分21秒 西政幸(旭化成)
15、2時間14分57秒 須永宏(日本電気HE)
18、2時間16分07秒 金哲彦(リクルート)
20、2時間16分37秒 伊藤国光(鐘紡)
21、2時間16分47秒 デュベ(エチオピア)
22、2時間17分22秒 末吉富夫(鐘紡)
24、2時間18分44秒 中村孝生(エスビー食品)
30、2時間21分33秒 野田浩(旭化成)
74、2時間28分02秒 西村義弘(新日鉄大分)
棄権 仙内勇(ダイエー)、
   浦田春生(本田技研)
523ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/18(土) 16:54:30
第23回大会 優勝 渋谷俊浩(雪印) ラップタイム

5km 15分35秒
10km 31分01秒(15分26秒)
15km 46分24秒(15分23秒)
20km 61分51秒(15分27秒)
中間点 1時間05分13秒
25km 1時間17分29秒(15分38秒)
30km 1時間33分07秒(15分38秒)
35km 1時間48分37秒(15分30秒)
40km 2時間04分17秒(15分40秒)

2時間11分04秒
524ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/18(土) 17:03:44
第24回(43回) 福岡国際マラソン 成績 1989.12.3

完走者85人 棄権14人

1、2時間12分54秒 マティアス(ポルトガル)
2、2時間12分54秒 カシャポフ(ソ連)
3、2時間13分12秒 小指徹(ダイエー)
4、2時間13分42秒 谷口伴之(エスビー食品)
5、2時間13分55秒 泉宣広(ダイエー)
6、2時間14分07秒 ドブラー(西ドイツ)
7、2時間14分29秒 メコネン(エチオピア)
8、2時間14分30秒 バッヘンブルナー(東ドイツ)
9、2時間14分52秒 金井豊(エスビー食品)
10、2時間15分04秒 篠原良房(新日鉄八幡)

(主な選手)
11、2時間15分49秒 須永宏(日本電気HE)
14、2時間17分28秒 喜多秀喜(神戸製鋼)
23、2時間20分32秒 仙内勇(ダイエー)
25、2時間22分13秒 西政幸(旭化成)
28、2時間23分09秒 中村孝生(エスビー食品)
36、2時間24分35秒 三村徹(鐘紡)
525ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/18(土) 17:08:03
第24回大会 優勝 マティアス(ポルトガル) ラップタイム

5km 15分29秒
10km 30分49秒(15分20秒)
15km 46分18秒(15分29秒)
20km 62分08秒(15分50秒)
中間点 1時間05分34秒
25km 1時間18分04秒(15分56秒)
30km 1時間33分58秒(15分54秒)
35km 1時間49分49秒(15分51秒)
40km 2時間06分09秒(16分20秒)

2時間12分54秒
526ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/18(土) 17:19:06
第44回 福岡国際マラソン 成績 1990.12.2
(この大会より朝日国際と合計した回数で表示)

完走者81人 棄権9人

1、2時間11分35秒 デンシモ(エチオピア)
2、2時間11分37秒 弘山勉(資生堂)
3、2時間14分01秒 オレイリー(アイルランド)
4、2時間14分27秒 カシャポフ(ソ連)
5、2時間14分29秒 シャギーエフ(ソ連)
6、2時間14分55秒 マティアス(ポルトガル)
7、2時間15分16秒 フライガング(ドイツ)
8、2時間15分36秒 喜多秀喜(神戸製鋼)
9、2時間15分43秒 エリクソン(スウェーデン)
10、2時間16分19秒 金子尚志(日本電気HE)

(主な選手)
12、2時間16分38秒 ブラ(タンザニア)
14、2時間18分32秒 森田修一(日産自動車)
18、2時間18分53秒 池田克美(リクルート)
21、2時間19分16秒 阿部文明(日本電気HE)
24、2時間19分34秒 大八木弘明(ヤクルト)
25、2時間19分52秒 バッヘンブルナー(ドイツ)
36、2時間21分49秒 徳永大輔(鐘紡)
51、2時間24分01秒 近藤孝志(ヤクルト)
67、2時間27分18秒 西村義弘(新日鉄大分)
棄権 シャハンガ(タンザニア)
527ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/18(土) 17:22:51
44回大会 優勝 デンシモ(エチオピア) ラップタイム

5km 15分37秒
10km 30分44秒(15分07秒)
15km 45分56秒(15分12秒)
20km 61分14秒(15分18秒)
中間点 1時間04分34秒
25km 1時間16分48秒(15分34秒)
30km 1時間32分40秒(15分52秒)
35km 1時間48分25秒(15分45秒)
40km 2時間04分36秒(16分11秒)

2時間11分35秒
528ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/18(土) 17:47:02
>>525
マティアスはロンドンあたりで9分台をだしたりして
そこそこ強かったが、夏マラソンにはからっきし。
世界大会では完走もままならなかったのを覚えている。
529ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/18(土) 21:56:46
>>514 日本勢の表彰台独占は91年に森田、本田、早乙女が
   ありますよ。
530ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/20(月) 13:32:57
デンシモは86年東京国際の走りは凄いのが出てきたと思った。
531ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/20(月) 17:51:57
>>530
デンシモはやたらロッテルダムに強かったね。
世界最高樹立もそうだけど、デンシモが2時間10分突破した中では
86東京国際だけがロッテルダム以外じゃないかな。
532ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/22(水) 06:15:51
瀬古が遺憾我ーをラスト100で振り切ったのはいつの大会でしたっけ。42.1キロも走って、100メートルを12秒台。人間じゃない。
533ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/22(水) 23:30:48
>>532
83年の福岡国際。以前Part1で瀬古のラストスパートの
タイムは話題になったね。
534ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/22(水) 23:39:21
>>526 シャハンガって波のあるランナーだったが、日本に多く来日した
のに成功例なく終わった。サブテンは北京を含めて海外ばかりだったように
思うがな。
535ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/23(木) 00:48:35
>>534 86年の北京を引っ張ったのがシャハンガとイカンガだったけ?
536ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/23(木) 00:56:09
>>531
そうですね。
デンシモが2時間10分突破したのは86東京、86ロッテルダム、88ロッテルダム、89ロッテルダムの4回。
デンシモは87、88、89、96の4回ロッテルダムを制覇してるので、ロッテルダムの名人ですな。

>>534
シャハンガは一時ウィーンやベルリンでサブテンを連発して、世界のトップクラスの勢いがあったのだが、
福岡でこけてそれっきりになってしまったような・・・
でもシャハンガが90福岡の折り返し地点で、トップ独走中に観客へ手振ってパフォーマンスしたのは覚えてるな。
その後失速してリタイアしてしまったが・・・あれ以後、折り返し地点でパフォーマンスした選手は全く記憶にないな。
537ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/23(木) 08:35:40
シャハンガは85W杯広島も前半ペースを作っていたが失速した。
538ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/23(木) 18:25:42
第45回 福岡国際マラソン 成績  1991.12.1

完走者82人 棄権17人

1、2時間10分58秒 森田修一(日産自動車)
2、2時間11分35秒 本田竹春(日本電気HE)
3、2時間11分35秒 早乙女等(日本電気)
4、2時間11分39秒 メコネン(エチオピア)
5、2時間11分47秒 高橋浩一(旭化成)
6、2時間11分51秒 金在龍(韓国)
7、2時間11分55秒 末吉富夫(鐘紡)
8、2時間12分06秒 フルク(ポーランド)
9、2時間12分07秒 トルスチコフ(ソ連)
10、2時間12分13秒 徳永大輔(鐘紡)

(主な選手)
11、2時間12分26秒 ピネイロ(ポルトガル)
13、2時間14分17秒 マティアス(ポルトガル)
16、2時間16分35秒 仙内勇(ダイエー)
19、2時間16分59秒 ボイリュー(カナダ)
21、2時間17分18秒 工藤一良(日産自動車)
22、2時間17分37秒 クルス(メキシコ)
24、2時間18分46秒 須永宏(日本電気HE)
53、2時間26分39秒 若倉和也(日産自動車)
57、2時間27分56秒 オレイリー(アイルランド)
539ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/23(木) 18:31:21
第45回大会 優勝 森田修一(日産自動車) ラップタイム

5km 15分41秒
10km 31分08秒(15分27秒)
15km 46分18秒(15分10秒)
20km 61分35秒(15分17秒)
中間点 1時間05分00秒
25km 1時間17分11秒(15分36秒)
30km 1時間33分35秒(16分24秒)
35km 1時間49分13秒(15分38秒)
40km 2時間04分09秒(14分56秒)

2時間10分58秒
540ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/23(木) 18:42:53
第46回 福岡国際マラソン 成績 1992.12.6

完走者85人 棄権15人

1、2時間09分04秒 ネゲレ(エチオピア)
2、2時間10分29秒 ポー(南アフリカ)
3、2時間10分30秒 ガルシア(スペイン)
4、2時間10分42秒 セロン(メキシコ)
5、2時間11分25秒 フルク(ポーランド)
6、2時間12分06秒 トルスチコフ(ロシア)
7、2時間12分09秒 早乙女等(日本電気)
8、2時間12分18秒 ペルスケ(ポーランド)
9、2時間12分23秒 北島克己(京セラ)
10、2時間12分28秒 オレイリー(アイルランド)

(主な選手)
11、2時間12分52秒 高橋浩一(旭化成)
13、2時間14分50秒 フセイン(ケニア)
14、2時間15分00秒 清水悟(鐘紡)
18、2時間15分25秒 大須田祐一郎(日本電気)
24、2時間17分13秒 篠原太(天満屋)
28、2時間18分49秒 渋谷俊浩(雪印)
32、2時間19分52秒 三村徹(鐘紡)
33、2時間21分01秒 井手健二(九州電工)
34、2時間21分02秒 金子尚志(日本電気HE)
54、2時間24分44秒 近藤孝志(ヤクルト)
541ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/23(木) 18:47:28
第46回大会 優勝 ネゲレ(エチオピア) ラップタイム

5km 15分08秒
10km 30分13秒(15分05秒)
15km 45分18秒(15分05秒)
20km 60分35秒(15分17秒)
中間点 1時間03分55秒
25km 1時間15分48秒(15分13秒)
30km 1時間31分53秒(16分05秒)
35km 1時間47分20秒(15分27秒)
40km 2時間02分21秒(15分01秒)

2時間09分04秒
542ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/23(木) 19:26:57
第47回 福岡国際マラソン 成績 1993.12.5

完走者75人 棄権10人

1、2時間08分51秒 セロン(メキシコ)
2、2時間09分31秒 タイス(南アフリカ)
3、2時間10分20秒 V・サントス(ブラジル)
4、2時間10分39秒 オレイリー(イギリス)
5、2時間10分41秒 川嶋伸次(旭化成)
6、2時間10分44秒 ジェロンキン(ロシア)
7、2時間10分45秒 リコ(メキシコ)
8、2時間11分04秒 早田俊幸(鐘紡)
9、2時間11分53秒 中島伸(NEC)
10、2時間12分27秒 エルブイク(ベルギー)

(主な選手)
11、2時間12分53秒 ネゲレ(エチオピア)
12、2時間13分18秒 ペルスケ(ポーランド)
13、2時間13分37秒 バッヘンブルナー(ドイツ)
14、2時間14分23秒 オケムア(ケニア)
15、2時間14分34秒 仙内勇(比婆陸協)
16、2時間15分01秒 末吉富夫(鐘紡)
17、2時間15分39秒 清水悟(鐘紡)
18、2時間16分04秒 イカンガー(タンザニア)
22、2時間17分19秒 池田克美(NEC)
31、2時間19分58秒 トルスチコフ(ロシア)
34、2時間21分50秒 ムトロ(南アフリカ)
38、2時間22分28秒 谷口浩美(旭化成)
543ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/23(木) 19:30:53
第47回大会 優勝 セロン(メキシコ) ラップタイム

5km 15分19秒
10km 30分40秒(15分21秒)
15km 45分40秒(15分00秒)
20km 60分56秒(15分16秒)
中間点 1時間04分24秒
25km 1時間16分21秒(15分25秒)
30km 1時間31分49秒(15分28秒)
35km 1時間47分26秒(15分37秒)
40km 2時間02分24秒(14分58秒)

2時間08分51秒
544ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/23(木) 19:42:03
第48回 福岡国際マラソン 成績 1994.12.4

完走者93人 棄権14人

1、2時間09分45秒 アコナイ(タンザニア)
2、2時間09分50秒 マティアス(ポルトガル)
3、2時間10分15秒 V・サントス(ブラジル)
4、2時間11分20秒 エスピノサ(メキシコ)
5、2時間11分28秒 倉林俊彰(YKK)
6、2時間11分31秒 阿久津浩三(福島病院)
7、2時間12分15秒 中村新吾(三和銀行)
8、2時間12分33秒 竹内謙一郎(富士通)
9、2時間13分34秒 大家正喜(佐川急便)
10、2時間13分57秒 イカンガー(タンザニア)

(主な選手)
11、2時間13分59秒 オケムア(ケニア)
16、2時間15分23秒 セロン(メキシコ)
17、2時間15分23秒 中山竹通(ダイエー)
18、2時間15分29秒 徳永大輔(鐘紡)
21、2時間16分01秒 弘山勉(資生堂)
23、2時間16分33秒 渋谷俊浩(雪印)
26、2時間17分48秒 オレイリー(イギリス)
36、2時間19分48秒 仙内勇(積水化学)
545ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/23(木) 19:45:55
第48回大会 優勝 アコナイ(タンザニア) ラップタイム

5km 15分20秒
10km 30分22秒(15分02秒)
15km 45分29秒(15分07秒)
20km 60分38秒(15分09秒)
中間点 1時間04分01秒
25km 1時間16分01秒(15分23秒)
30km 1時間31分57秒(15分56秒)
35km 1時間47分44秒(15分47秒)
40km 2時間03分04秒(15分20秒)

2時間09分45秒
546ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/23(木) 21:15:46
90年代前半はメキシコ勢、とりわけセロンが最強という
感じだったな。
547ゼッケン774さん@ラストコール :2005/06/23(木) 22:10:48
>>546
確かに。
世界的に記録が低迷した90年代前半で、92〜95年に毎年連続2時間8分台を出した
セロンは間違いなく最強の呼び声も高いだろうな。
その頃はメキシコ勢はセロンの他にも、エスピノザやバリオスやシルバやリコやガルシアやカスティーヨなどがいて
本当に役者揃いだった感がある。
95年のイエーテボリ世界陸上の時は、その年ロンドンを制したセロンが本命だったのだが
昇り竜のフィスにやられて銀メダルに終わって、それ以後はセロン、メキシコ勢共に凋落していったような・・・
セロンの全盛期は、メキシコ勢の全盛期と被るような感があるな。
548ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/24(金) 17:56:29
第49回 福岡国際マラソン 成績 1995.12.3

完走者105人 棄権28人

1、2時間09分30秒 L・ドスサントス(ブラジル)
2、2時間09分32秒 セラーノ(スペイン)
3、2時間09分33秒 大家正喜(佐川急便)
4、2時間09分51秒 ガルシア(スペイン)
5、2時間10分17秒 座安晃(沖電気宮崎)
6、2時間10分39秒 花田勝彦(エスビー食品)
7、2時間10分42秒 谷口浩美(旭化成)
8、2時間10分51秒 平塚潤(エスビー食品)
9、2時間11分32秒 大崎栄(旭化成)
10、2時間12分01秒 砂田貴裕(積水化学)

(主な選手)
11、2時間13分00秒 中島伸(NEC)
14、2時間13分44秒 川嶋伸次(旭化成)
17、2時間14分47秒 カビガ(ケニア)
20、2時間14分48秒 真内明(旭化成)
22、2時間15分10秒 仙内勇(積水化学)
23、2時間15分30秒 本田竹春(日本電気HE)
24、2時間15分40秒 ヌデティ(ケニア)
26、2時間16分33秒 ピタヨ(メキシコ)
30、2時間18分27秒 早田俊幸(鐘紡)
33、2時間18分55秒 ポー(南アフリカ)
79、2時間27分07秒 アコナイ(タンザニア)
81、2時間27分24秒 イカンガー(タンザニア)
82、2時間27分29秒 櫛部静二(エスビー食品)
549ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/24(金) 18:00:03
第49回大会 優勝 L・ドスサントス(ブラジル) ラップタイム

5km 15分25秒
10km 30分55秒(15分30秒)
15km 46分08秒(15分13秒)
20km 61分24秒(15分18秒)
中間点 1時間04分50秒
25km 1時間16分35秒(15分09秒)
30km 1時間31分58秒(15分23秒)
35km 1時間47分18秒(15分20秒)
40km 2時間02分53秒(15分35秒)

2時間09分30秒
550ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/24(金) 18:19:43
第50回 福岡国際マラソン 成績 1996.12.1

完走者118人 棄権40人

1、2時間10分48秒 李鳳柱(韓国)
2、2時間10分50秒 フスタド(スペイン)
3、2時間11分24秒 L・A・ドスサントス(ブラジル)
4、2時間11分31秒 ガルシア(スペイン)
5、2時間11分57秒 カストロ(ポルトガル)
6、2時間12分03秒 真内明(旭化成)
7、2時間12分10秒 依田雅文(安川電機)
8、2時間12分57秒 徳永大輔(鐘紡)
9、2時間13分01秒 砂田貴裕(積水化学)
10、2時間13分19秒 マティアス(ポルトガル)

(主な選手)
11、2時間13分25秒 デンシモ(エチオピア)
13、2時間14分53秒 鈴木賢一(富士通)
14、2時間16分14秒 弘山勉(資生堂)
16、2時間17分48秒 佐藤信之(旭化成)
19、2時間19分46秒 セロン(メキシコ)
20、2時間19分58秒 仙内勇(積水化学)
21、2時間19分59秒 川内勝弘(エスビー食品)
25、2時間20分44秒 ネゲレ(エチオピア)
49、2時間25分43秒 打越忠夫(雪印)
53、2時間25分52秒 平塚潤(エスビー食品)
78、2時間29分02秒 児玉泰介(三菱重工長崎)
79、2時間29分17秒 須永宏(長野陸協)
87、2時間30分27秒 渋谷俊浩(雪印)
89、2時間30分31秒 ポー(南アフリカ)
97、2時間32分01秒 イカンガー(タンザニア)
551ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/24(金) 18:24:40
第50回大会 優勝 李鳳柱(韓国) ラップタイム

5km 15分39秒
10km 31分00秒(15分21秒)
15km 46分08秒(15分08秒)
20km 61分35秒(15分27秒)
中間点 1時間05分05秒
25km 1時間17分10秒(15分35秒)
30km 1時間32分47秒(15分37秒)
35km 1時間48分36秒(15分49秒)
40km 2時間04分10秒(15分34秒)

2時間10分48秒
552ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/24(金) 18:58:30
第51回 福岡国際マラソン 成績 1997.12.7

完走者99人 棄権18人

1、2時間07分28秒 チュグワネ(南アフリカ)
2、2時間08分07秒 早田俊幸(アラコ)
3、2時間08分47秒 佐保希(旭化成)
4、2時間10分27秒 アントン(スペイン)
5、2時間11分06秒 ウィルソン(オーストラリア)
6、2時間11分47秒 ヌデティ(ケニア)
7、2時間12分35秒 小島宗幸(旭化成)
8、2時間12分40秒 大川久之(山陽特殊製鋼)
9、2時間14分08秒 ケンボイ(ケニア)
10、2時間14分21秒 森川貴生(NKK)

(主な選手)
13、2時間15分35秒 小島忠幸(旭化成)
14、2時間15分45秒 徳永大輔(鐘紡)
21、2時間17分23秒 ガルシア(スペイン)
25、2時間18分00秒 依田雅文(安川電機)
26、2時間18分19秒 弘山勉(資生堂)
28、2時間19分17秒 本田竹春(日本電気HE)
39、2時間21分50秒 中島伸(NEC)
41、2時間22分26秒 タイス(南アフリカ)
66、2時間26分24秒 武井隆次(エスビー食品)
71、2時間27分26秒 砂田貴裕(積水化学)
553ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/24(金) 19:09:25
第51回大会 優勝 チュグワネ(南アフリカ) ラップタイム

5km 14分58秒
10km 29分51秒(14分53秒)
15km 45分02秒(15分11秒)
20km 60分12秒(15分10秒)
中間点 1時間03分35秒
25km 1時間15分29秒(15分17秒)
30km 1時間31分03秒(15分34秒)
35km 1時間45分48秒(14分45秒)
40km 2時間00分57秒(15分09秒)
2.195km(6分31秒)
2時間07分28秒 (大会新記録)


2位 早田俊幸(アラコ) ラップタイム

5km 14分58秒
10km 29分51秒(14分53秒)
15km 45分01秒(15分10秒)
20km 60分12秒(15分11秒)
中間点 1時間03分33秒
25km 1時間15分29秒(15分17秒)
30km 1時間31分03秒(15分34秒)
35km 1時間46分18秒(15分15秒)
40km 2時間01分25秒(15分07秒)
2.195km(6分42秒)

2時間08分07秒(大会新記録 当時日本歴代4位)
554ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/24(金) 22:34:35
>>535
この86年北京国際はイカンガー、シャハンガのタンザニア勢の
他にデンシモ、ネディ、ウォルデのエチオピア勢も参加して前半を飛ばした。
特に半袖を着て走ったシャハンガとこの年、東京国際で好記録をだした
イカンガーが終始レースを引っ張った。
レースは児玉優勝、伊藤2位で日本初の2時間7分台。イカンガーも
2時間8分台の好記録で3位は有名なところ。
シャハンガは中盤で後れを取ったものの自己ベスト2.10.19を
破る初のサブテン 2.09.37で4位に食い込んだ。

後年、疑惑の距離が語られた北京国際。20kmの距離が90mずれて
いたり、40km地点が後ろにずれていたりとことラップタイムに関して
めちゃくちゃであった。
レース前に国際陸連でコースを再測定したところ、当時として16番目の
コースとして公認発表をしている。したがって1000分の1以下の公差
(短い場合は許されず、長いときのみ)にとどまっていることになる。

また当時の工人体育場はマラソンのゴールに6万人の観衆がつめかけて
熱い声援を送っていたのには驚いた。
555ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/24(金) 22:38:48
>>552 早田は後半つぶれないで走破できたのはこの福岡と初マラソンの
92年東京国際くらいじゃないか。
556ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/25(土) 01:01:54
史上最強ではないけど、86〜88年はアベベ・メコネンの全盛期。
日本にも数多く来日した親日家、大好きな選手です。
エチオピアがオリンピックをボイコットしたのが残念。
今はエチオピア陸上界の重鎮らしい。
557ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/25(土) 01:10:46
メコネンは東京がたしか3回制覇。
他にボストン、ロッテルダム、北京で勝っている。
時代もいろいろ違うからタイムとかじゃ一概に比較できないし、いろんな選手の獲ったタイトルを比較してみたい。
イカンガーは東京、ニューヨークシティ…etcみたく。
558ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/25(土) 01:41:04
メコネンは東京国際と相性が良かった。しかし暮れの福岡国際は出場するたびに優勝候補に挙がったが下位入賞がやっとという感じだった。夏マラソンも苦手のようだった。
559ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/25(土) 01:41:34
>>557
イカンガーは他に福岡、北京、etcも制してるな
560ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/25(土) 09:04:11
イカンガー 東京・福岡・北京・ニューヨーク
メコネン 東京・北京・ロッテルダム・ボストン
谷口 東京・ロンドン・ロッテルダム
561ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/25(土) 11:16:57
瀬古 東京・福岡・びわ湖・ボストン・ロンドン・シカゴ
562ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/25(土) 16:45:18
第52回 福岡国際マラソン 成績 1998.12.6

完走者89人

1、2時間08分42秒 カビガ(ケニア)
2、2時間08分48秒 佐藤信之(旭化成)
3、2時間09分10秒 小島忠幸(旭化成)
4、2時間09分38秒 五十嵐範暁(中国電力)
5、2時間09分50秒 小島宗幸(旭化成)
6、2時間10分27秒 トロッサ(テクモ)
7、2時間11分12秒 タイエ(エチオピア)
8、2時間11分21秒 森川貴生(NKK)
9、2時間11分23秒 ベブロ(ポーランド)
10、2時間11分24秒 山本泰明(営団地下鉄)

(主な選手)
11、2時間11分50秒 大家正喜(佐川急便)
12、2時間12分01秒 早田俊幸(鐘紡)
13、2時間12分28秒 ピント(ポルトガル)
14、2時間13分48秒 佐保希(旭化成)
15、2時間13分51秒 花田勝彦(エスビー食品)
17、2時間15分00秒 清水昭(杵築東芝)
34、2時間21分37秒 Di・カストロ(ポルトガル)
65、2時間26分24秒 Do・カストロ(ポルトガル)
77、2時間29分40秒 池田克美(NEC)
棄権 渡辺康幸(エスビー食品)
563ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/25(土) 16:49:01
第52回大会 優勝 カビガ(ケニア) ラップタイム

5km 14分57秒
10km 29分55秒(14分58秒)
15km 44分31秒(14分36秒)
20km 59分36秒(15分05秒)
中間点 1時間03分03秒
25km 1時間15分06秒(15分30秒)
30km 1時間30分40秒(15分34秒)
35km 1時間46分28秒(15分48秒)
40km 2時間01分58秒(15分30秒)

2時間08分42秒
564ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/25(土) 17:06:47
第53回 福岡国際マラソン 成績 1999.12.5

完走者92人

1、2時間07分54秒 アベラ(エチオピア)
2、2時間07分55秒 ウアーディ(フランス)
3、2時間08分40秒 デリマ(ブラジル)
4、2時間09分09秒 小島宗幸(旭化成)
5、2時間09分36秒 森下由輝(旭化成)
6、2時間10分10秒 国近友昭(NTT西日本)
7、2時間10分38秒 早田俊幸(ユニクロ)
8、2時間11分03秒 砂田貴裕(積水化学)
9、2時間11分24秒 白承道(韓国)
10、2時間11分49秒 ジェンガ(ヤクルト)

(主な選手)
12、2時間12分22秒 ルト(ケニア)
13、2時間12分22秒 山本泰明(営団地下鉄)
16、2時間13分52秒 倉林俊彰(YKK)
20、2時間14分27秒 間野敏男(八番麺屋)
22、2時間14分39秒 ベブロ(ポーランド)
23、2時間14分46秒 池田克美(NEC)
24、2時間15分22秒 尾方剛(中国電力)
26、2時間17分01秒 チュグワネ(南アフリカ)
35、2時間20分41秒 帯刀秀幸(富士通)
42、2時間23分18秒 森川貴生(NKK)
565ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/25(土) 17:11:01
第53回大会 優勝 アベラ(エチオピア) ラップタイム

5km 15分14秒
10km 30分15秒(15分01秒)
15km 45分34秒(15分19秒)
20km 60分44秒(15分10秒)
中間点 1時間04分01秒
25km 1時間15分39秒(14分55秒)
30km 1時間30分35秒(14分56秒)
35km 1時間45分45秒(15分10秒)
40km 2時間01分07秒(15分22秒)

2時間07分54秒
566ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/25(土) 17:19:54
第54回 福岡国際マラソン 成績 2000.12.3

完走者83人 棄権36人

1、2時間06分51秒 藤田敦史(富士通)
2、2時間09分04秒 李鳳柱(韓国)
3、2時間09分09秒 ベハル(フランス)
4、2時間09分26秒 五十嵐範暁(中国電力)
5、2時間09分45秒 アベラ(エチオピア)
6、2時間13分48秒 方山利哉(NTT西日本)
7、2時間14分28秒 タイス(南アフリカ)
8、2時間15分33秒 ツァルカイ(スウェーデン)
9、2時間16分09秒 フィカ(南アフリカ)
10.2時間16分10秒 浜野健(トヨタ自動車)

(主な選手)
11、2時間17分04秒 間野敏男(八番麺屋)
16、2時間18分51秒 ムラシャニ(タンザニア)
棄権 国近友昭(エスビー食品)
567ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/25(土) 17:25:25
第54回大会 優勝 藤田敦史(富士通) ラップタイム

5km 14分54秒
10km 29分58秒(15分04秒)
15km 45分05秒(15分07秒)
20km 60分06秒(15分01秒)
中間点 1時間03分28秒
25km 1時間15分24秒(15分18秒)
30km 1時間30分37秒(15分13秒)
35km 1時間45分44秒(15分07秒)
40km 2時間00分28秒(14分44秒)
2,195km (6分23秒)

2時間06分51秒(大会最高記録 当時・日本最高記録)
568ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/25(土) 17:31:36
2000.12 まで 日本男子マラソン歴代10傑

1、2時間06分51秒 藤田敦史(富士通) 00.12 福岡
2、2時間06分57秒 犬伏孝行(大塚製薬)99.09 ベルリン
3、2時間07分35秒 児玉泰介(旭化成) 86.10 北京
4、2時間07分40秒 谷口浩美(旭化成) 88.10 北京
5、2時間07分57秒 伊藤国光(鐘紡)  86.10 北京
6、2時間08分05秒 三木弘(旭化成)  99.02 東京
7、2時間08分07秒 早田俊幸(鐘紡)  97.12 福岡
8、2時間08分15秒 中山竹通(ダイエー)85.04 広島
9、2時間08分27秒 瀬古利彦(SB食品)86.10 シカゴ
10、2時間08分43秒 小島宗幸(旭化成) 98.03 びわ湖
569ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/25(土) 18:20:29
藤田のセカンドタイムは駒大時代の2.10.07か?
そうすると記録だけ見ると児玉泰介のような一発屋になるのか。
570ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/25(土) 19:28:07
福岡での藤田の35KM以降の走りは日本勢では歴代ピカイチの走りだろう。
571ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/27(月) 00:20:14
アベラの勝負強さは歴代に名を連ねるだろう。総じて昔からケニアよりもエチオピア勢の方が勝負強い。
572ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/27(月) 00:41:44
トラックでもそうだが、基本的にケニアは質より量、エチオピアは量より質。
>>571そうだな。
PBは高岡も頑張ってるけど、勝負強さという面では
日本<<<<<<<<<<<<<ケニア<<エチオピアかもな。

瀬古中山がPBで劣っていたのにあれだけ勝てたのはやはり勝負強さなんだろうか
574ゼッケン774さん@ラストコール:2005/06/30(木) 23:10:38
>>517
ショーターのハイペースに食い下がった浜田安則先生三原市郎先生の雄姿
を見せてやりたかった

>>569
児玉は一発もないだろ 距離不足の北京を持ち出しちゃだちかんよ
575ゼッケン774さん@ラストコール:2005/07/03(日) 01:20:49
福岡国際の始まりは、当時マラソンの世界選手権はオリンピックしか
なかった。そこで4年に一度ではなく毎年世界選手権を開催できないもの
かと(それも日本で)日本陸連が世界陸連に申し入れていた。
それが1966年9月1日ブタペストで開催されていた国際陸連臨時評議会
で国際選手権大会として承認された。これを聞いて日本陸連は11月27日
福岡市で開催準備中だった20回朝日国際マラソンをこれに充てることに
した。名称はこの時を第1回とし国際マラソン選手権と変更した。

当時の5大マラソン大会は4月ボストン、6月ウインザー、
8月アテネ、オランダ、10月コシチェだったが
国際マラソンが秋開催だとこれらの大会が予選のような形になり
世界最高のランナーが集うという形を理想としていたらしい。
世界陸連は東京五輪のマラソンの組織力を評価して日本開催と
決定したとの事だった。
576ゼッケン774さん@ラストコール:2005/07/03(日) 16:23:05
>>575
初期の福岡で勝利した宇佐美は「快挙」だったことだろう。
>>570
リアルで見てたけど、7分台が出れば・・・なんて感じだったのが、35km過ぎからの走りで、日本記録(当時)をたたき出した。
瀬古さんの「シドニーを走らせてやりたかった」の言葉が印象的でした。
578ゼッケン774さん@ラストコール:2005/07/05(火) 21:08:30
>>577 35kmを1時間45分台で通過してからの次の5km
が14分40秒台。これは観てて「強い」と思ったものだ。
 
579ゼッケン774さん@ラストコール:2005/07/07(木) 09:42:13
世界的にそろそろ記録の伸びが落ち着くかもしれないね。日本国内の6分台は海外フラットコースでの記録より評価できるよね。
580ゼッケン774さん@ラストコール:2005/07/07(木) 22:42:31
>>578 追い風に乗ったので割り引く必要はある。それまで頑張ったということを
評価すべし。福岡はフラットで記録製造コースだぞ。
581ゼッケン774さん@ラストコール:2005/07/09(土) 01:26:14
1999年 9月 ベルリンマラソン 2位 犬伏孝行(大塚製薬)
ラップタイム

5km 15.09
10km 30.21(15.12)
15km 45.27(15.06)
20km 1.00.36(15.09)
25km 1.14.56(14.20)
30km 1.30.18(15.22)
35km 1.45.21(15.03)
40km 2.00.18(14.57)
2.195km (6.39)

2.06.57(当時 日本記録)
582ゼッケン774さん@ラストコール:2005/07/09(土) 17:15:41
>>581
犬伏の足跡は少し佐々木精一郎に似てる感じがする。
五輪前に急浮上して日本記録を樹立。その後のレースでも日本記録が
フロックと思わせない走りで五輪代表をつかむ。しかし本番は途中棄権。
その後のマラソン人生は以前の存在感と記録を取り戻せないでいる。
まあ佐々木はトラックでも一線のタイムをだしていたので五輪での
期待度は犬伏より佐々木の方が上だったと想像はつく。
583ゼッケン774さん@ラストコール:2005/07/09(土) 17:39:29
>>582 大きな違いは佐々木は早咲き、犬伏は遅咲き。
584ゼッケン774さん@ラストコール:2005/07/09(土) 21:26:16
>>582
さよう、違うのは佐々木は金メダルも狙える世界の超一流
どころか世界一の選手といっていい
犬伏はよくて入賞

でも犬伏のマラソンのセカンドベストは、
日本男子マラソン選手セカンドベスト日本歴代2位。
それは凄いと思う。

586ゼッケン774さん@ラストコール:2005/07/27(水) 14:35:52
age
587ゼッケン774さん@ラストコール:2005/07/27(水) 23:02:32
日本マラソン  セカンドベスト 歴代記録

1、2時間07分50秒 高岡寿成(鐘紡)  2004.10.10 シカゴ
2、2時間08分16秒 犬伏孝行(大塚製薬)2000.02.13 東京
3、2時間08分18秒 中山竹通(ダイエー)1987.12.06 福岡
588ゼッケン774さん@ラストコール:2005/07/27(水) 23:03:46
男子マラソン世界歴代10傑(ケニア除く!!!)
1 ハリド・ハヌーシ(アメリカ) 2:05:38
2 ロナウド・ダコスタ(ブラジル) 2:06:05
3 高岡寿成(日本) 2:06:16
4 ゲルト・タイス(南アフリカ) 2:06:33
5 ハイレ・ゲブレセラシエ(エチオピア) 2:06:35
6 アントニオ・ピント(ポルトガル) 2:06:36
7 ベノイト・ズベルチェフスキー(フランス) 2:06:36
8 アブデルカデル・エル・ムーアジズ(モロッコ) 2:06:46
9 ドリス・エル・ヒメール(フランス) 2:06:48
10 テスファイエ・ジファー(エチオピア) 2:06:49
589ゼッケン774さん@ラストコール:2005/07/27(水) 23:04:20
男子マラソンケニア歴代10傑
1 ポール・テルガト 2:04:55
2 サミー・コリル 2:04:56
3 エバンス・ルウト 2:05:50
4 フェリックス・リモ 2:06:14
5 チティアス・ムンジ 2:06:15
6 モーゼス・タヌイ 2:06:16
7 ダニエル・ジェンガ 2:06:16
8 ロバート・チェボロア 2:06:23
9 マイケル・ロティッチ 2:06:33
10 ウィリアム・キプサング 2:06:39
>>587

日本マラソン  セカンドベスト 歴代記録

第01位 2時間07分41秒 2005年02月13日 東京 1位      高岡寿成(鐘紡)  
第02位 2時間08分16秒 2000年02月13日 東京 4位      犬伏孝行(大塚製薬)
第03位 2時間08分18秒 1987年12月06日 福岡 1位      中山竹通(ダイエー)
第04位 2時間08分38秒 1983年02月13日 東京 1位      瀬古利彦(SB食品)
第05位 2時間08分46秒 1999年04月18日 ロッテルダム 5位  小島宗幸(旭化成)
第06位 2時間08分48秒 2003年12月07日 福岡 7位      小島忠幸(旭化成)
第07位 2時間08分50秒 2003年03月02日 びわ湖毎日 5位  佐藤敦之(中国電力)
第08位 2時間09分00秒 1999年02月14日 東京 3位      清水康次(NTT西日本)
第09位 2時間09分10秒 2002年03月03日 びわ湖毎日 4位  諏訪利成(日清食品)
第09位 2時間09分10秒 2004年12月05日 福岡 1位      尾方剛(中国電力)

第11位 2時間09分11秒 1983年12月04日 福岡 3位      宗茂(旭化成)
第12位 2時間09分17秒 1983年12月04日 福岡 4位      宗猛(旭化成)
第13位 2時間09分23秒 1998年04月19日 ロッテルダム 5位  佐保希(旭化成)
第13位 2時間09分23秒 2000年03月05日 びわ湖毎日 3位  武井隆次(SB食品)
第15位 2時間09分25秒 2004年03月07日 びわ湖毎日 6位  松宮祐行 (コニカミノルタ)
第16位 2時間09分26秒 2003年08月30日 パリ世界陸上 5位 油谷繁(中国電力)
第17位 2時間09分29秒 2003年03月02日 びわ湖毎日 6位  浜野健 (トヨタ自動車)
第18位 2時間09分30秒 2000年02月13日 東京 6位      三木弘(旭化成)
第19位 2時間09分33秒 1995年12月03日 福岡 3位      大家正喜(佐川急便)
第20位 2時間09分34秒 1989年03月19日 東京 1位      谷口浩美(旭化成)

第21位 2時間09分35秒 1983年12月04日 福岡 6位      伊藤国光(鐘紡)
第21位 2時間09分35秒 2001年10月07日 シカゴ 5位     五十嵐範暁(中国電力)
第23位 2時間09分36秒 1999年12月05日 福岡 5位      森下由輝(旭化成)
第24位 2時間09分38秒 2002年12月15日 防府 2位      大崎悟史(NTT西日本大阪)
第25位 2時間10分07秒 1998年10月11日 シカゴ 8位      川島信次(旭化成)
第25位 2時間10分07秒 1999年03月07日 びわ湖毎日 2位  藤田敦史(駒沢大学)
第27位 2時間10分10秒 1999年12月05日 福岡 6位      国近友昭(SB食品)
第28位 2時間10分19秒 1992年02月09日 東京 1位      森下広一(旭化成)
第28位 2時間10分19秒 1994年02月13日 東京 3位      早田俊幸(鐘紡)
第30位 2時間10分24秒 2000年03月05日 びわ湖毎日 5位  松田和宏 (佐川急便)
591ゼッケン774さん@ラストコール:2005/07/28(木) 22:57:19
>>590
サード、フォース記録になると高岡、中山、瀬古が抜きん出てくる
のかな。

宗茂はサブテンは2回しかないんだよね。茂は10分台は比較的多く
記録しているけどね。それだけ80年前後はサブテンの価値が高かった
ということだろうね。猛は8分台のベストを含め3回だったかな。
592ゼッケン774さん@ラストコール:2005/07/29(金) 07:30:13
>>591
フォース記録あたりになると高岡、中山、瀬古、そして小島兄弟や清水がサブテンで
上位に来ると思う。
フィフス記録あたりでも中山、瀬古、高岡がサブテン、そして2時間10分前後を何度も出している
谷口浩美が浮上してくると思う。
593ゼッケン774さん@ラストコール:2005/07/29(金) 09:25:56
>>592
谷口は短期間で2時間10分01秒、06秒、08秒なんて記録を
連発していた時期を思い出した。
594ゼッケン774さん@ラストコール:2005/07/29(金) 23:13:39
谷口のバルセロナ五輪のインタビューは有名な「コケちゃいました」。そしてアトランタの後のシリアスな日本男子マラソンに対しての寸評も印象に残っている。
日本マラソン  サードベスト 歴代記録

第01位 2時間07分50秒 2004年10月10日 シカゴ 3位        高岡寿成(鐘紡)  
第02位 2時間08分21秒 1986年10月05日 ソウルアジア大会 1位 中山竹通(ダイエー)
第03位 2時間08分52秒 1983年12月04日 福岡 1位        瀬古利彦(SB食品)
第04位 2時間09分09秒 1999年12月05日 福岡 4位        小島宗幸(旭化成)
第05位 2時間09分10秒 1998年12月06日 福岡 3位        小島忠幸(旭化成)
第06位 2時間09分15秒 2002年12月01日 福岡 2位        尾方剛(中国電力)
第07位 2時間09分28秒 2001年12月02日 福岡 2位        清水康次(NTT西日本)
第08位 2時間09分30秒 2003年02月09日 東京 2位        油谷繁(中国電力)
第09位 2時間09分37秒 1981年12月06日 福岡 2位        伊藤国光(鐘紡)
第10位 2時間09分38秒 1998年12月06日 福岡 4位        五十嵐範暁(中国電力)

第11位 2時間09分49秒 1980年12月07日 福岡 2位        宗猛(旭化成)
第12位 2時間09分50秒 1987年05月10日 ロンドン 1位       谷口浩美(旭化成)
第12位 2時間09分50秒 2000年03月05日 びわ湖 5位       佐藤敦之(中国電力)
第14位 2時間10分01秒 1998年03月01日 びわ湖 4位       三木弘(旭化成)
第15位 2時間10分13秒 1999年02月07日 別大 2位        森下由輝(旭化成)
第16位 2時間10分19秒 1981年12月06日 福岡 3位        宗茂(旭化成)
第17位 2時間10分23秒 2005年04月17日 ロンドン 7位       諏訪利成 (日清食品)
第18位 2時間10分24秒 1999年02月07日 別大 3位        武井隆次(SB食品)
第19位 2時間10分36秒 2001年02月04日 別大 3位        川島伸次(旭化成)
第20位 2時間10分37秒 1992年02月09日 東京 3位        早田俊幸(鐘紡)      
日本マラソン  フォースベスト 歴代記録

第01位 2時間07分59秒 2003年12月07日 福岡 3位        高岡寿成(鐘紡)  
第02位 2時間08分42秒 1986年02月09日 東京 4位        中山竹通(ダイエー)
第03位 2時間09分26秒 1981年04月20日 ボストン 1位       瀬古利彦(SB食品)
第04位 2時間09分50秒 1998年12月06日 福岡 5位        小島宗幸(旭化成)
第05位 2時間09分57秒 1998年03月01日 びわ湖 3位       清水康次(NTT西日本)
第06位 2時間10分01秒 1985年12月01日 福岡 2位        谷口浩美(旭化成)
第07位 2時間10分05秒 1980年12月07日 福岡 3位        伊藤国光(鐘紡)
第08位 2時間10分06秒 2001年09月30日 ベルリン 4位       尾方剛(中国電力)
第09位 2時間10分11秒 2003年02月09日 東京 3位        五十嵐範暁(中国電力)
第10位 2時間10分23秒 1980年12月07日 福岡 5位        宗茂(旭化成)
      2時間10分23秒 1985年10月13日 北京 1位        宗茂(旭化成)
第10位 2時間10分23秒 1985年10月13日 北京 2位        宗猛(旭化成)
日本マラソン  フィフスベスト 歴代記録

第01位 2時間09分12秒 1991年02月03日 別大 2位        中山竹通(ダイエー)  
第02位 2時間09分41秒 2001年12月02日 福岡 3位        高岡寿成(鐘紡)
第03位 2時間09分45秒 1980年12月07日 福岡 1位        瀬古利彦(SB食品)
第04位 2時間10分06秒 1987年02月08日 東京 1位        谷口浩美(旭化成)
第05位 2時間10分07秒 2004年03月07日 びわ湖 8位       小島宗幸(旭化成)
第06位 2時間10分09秒 1997年02月09日 東京 1位        清水康次(NTT西日本)
第07位 2時間10分23秒 1980年12月07日 福岡 5位        宗茂(旭化成)
      2時間10分23秒 1985年10月13日 北京 1位        宗茂(旭化成)
598ゼッケン774さん@ラストコール:2005/07/30(土) 03:35:16
新スレできました。

北村聡を応援するぞ!!
http://sports9.2ch.net/test/read.cgi/athletics/1116169250/l50
599ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/05(金) 13:13:30
第55回 福岡国際マラソン 成績 (2001.12.2)

完走者66人 棄権25人

1、2時間09分25秒 G.アベラ(エチオピア)
2、2時間09分28秒 清水康次(NTT西日本)
3、2時間09分41秒 高岡寿成(鐘紡)
4、2時間10分24秒 K.カギカ(NKK)
5、2時間11分20秒 D.カピトノフ(ロシア)
6、2時間11分45秒 小島忠幸(旭化成)
7、2時間11分52秒 間野敏男(八番麺屋)
8、2時間12分15秒 小島宗幸(旭化成)
9、2時間12分47秒 S.ビウォット(ケニア)
10、2時間12分48秒 磯松大輔(コニカ)

(主な選手)
11、2時間14分41秒 佐藤敦之(中国電力)
12、2時間15分35秒 山本泰明(三井住友海上RC)
13、2時間16分08秒 大崎悟史(NTT西日本大阪)
17、2時間20分58秒 D.ジェンガ(ヤクルト)
20、2時間21分40秒 砂田貴裕(積水化学)
28、2時間24分25秒 本田竹春(日本電気HE)
53、2時間32分45秒 須永宏(ランナーズ)
600ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/05(金) 13:17:35
55回大会 優勝 G.アベラ(エチオピア) ラップタイム

5km 15分08秒
10km 30分14秒(15分06秒)
15km 45分19秒(15分05秒)
20km 60分15秒(14分55秒)
中間点 1時間03分36秒
25km 1時間15分33秒(15分17秒)
30km 1時間31分05秒(15分32秒)
35km 1時間46分35秒(15分29秒)
40km 2時間02分24秒(15分48秒)

2時間09分25秒
601ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/05(金) 13:27:05
第56回 福岡国際マラソン 成績 (2002.12.1)

完走者49人 棄権29人

1、2時間09分13秒 G.アベラ(エチオピア)
2、2時間09分15秒 尾方剛(中国電力)
3、2時間10分08秒 E.ワイナイナ(コニカ)
4、2時間10分14秒 P.ロスクトフ(エストニア)
5、2時間12分14秒 間野敏男(八番麺屋)
6、2時間13分01秒 J.ナダ・サヤ(タンザニア)
7、2時間15分02秒 L.ゼルール(フランス)
8、2時間15分59秒 国近友昭(エスビー食品)
9、2時間16分34秒 S.ベサベ(オーストラリア)
10、2時間17分10秒 吉村豊和(大阪陸協)

(主な選手)
36、2時間29分51秒 佐藤信之(旭化成)
途中棄権 犬伏孝行(大塚製薬)
602ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/05(金) 13:31:08
56回大会 優勝 G.アベラ(エチオピア) ラップタイム

5km 15分19秒
10km 30分19秒(15分00秒)
15km 45分31秒(15分12秒)
20km 60分36秒(15分05秒)
中間点 1時間03分59秒
25km 1時間16分05秒(15分29秒)
30km 1時間31分47秒(15分42秒)
35km 1時間47分04秒(15分17秒)
40km 2時間02分26秒(15分22秒)

2時間09分13秒
603ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/05(金) 15:00:37
第57回 福岡国際マラソン 成績 (2003.12.7)

完走者73人 棄権29人)

1、2時間07分52秒 国近友昭(エスビー食品)
2、2時間07分55秒 諏訪利成(日清食品)
3、2時間07分59秒 高岡寿成(鐘紡)
4、2時間08分10秒 アントニオ・ペーニャ(スペイン)
5、2時間08分21秒 ハイル・ヌグセ(エチオピア)
6、2時間08分37秒 尾方剛(中国電力)
7、2時間08分48秒 小島忠幸(旭化成)
8、2時間09分42秒 ビンセント・キプソス(ケニア)
9、2時間09分58秒 野田道胤(ホンダ)
10、2時間09分59秒 オスカル・フェルナンデス(スペイン)

(主な選手)
12、2時間10分38秒 バンデルレイ・デリマ(ブラジル)
13、2時間11分42秒 磯松大輔(コニカミノルタ)
19、2時間16分48秒 間野敏男(八番麺屋)
25、2時間18分55秒 ジョン・ブラウン(イギリス)
604ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/05(金) 15:05:29
57回大会 優勝 国近友昭(エスビー食品) ラップタイム

5km 15分07秒
10km 30分03秒(14分56秒)
15km 44分58秒(14分55秒)
20km 59分52秒(14分54秒)
中間点 1時間03分14秒
25km 1時間15分02秒(15分10秒)
30km 1時間30分34秒(15分32秒)
35km 1時間45分59秒(15分25秒)
40km 2時間01分16秒(15分17秒)
2.195km(6分36秒)

2時間07分52秒
605ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/05(金) 18:15:20
よくよく見ると03年の福岡は10位までサブテンだな。これって国内では初めてなのかね。
>>605
国内初です。
というよりも、10位までサブテンは世界でも2例しかない快挙だからな。
もう1例は1994年ボストンマラソンで、11位までがサブテン。
607ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/05(金) 19:42:01
ごめん、サブテンって何?
608ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/05(金) 20:04:11
マラソンで2時間10分を切ってゴールすること
609ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/05(金) 21:13:27
90年代から福岡国際の優勝タイムが9分台が多い感じだね。
610ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/14(日) 12:20:25
第10回 ヘルシンキ世界陸上 男子マラソン 成績

1、2時間10分10秒 ジャウアド・ガリブ(モロッコ)
2、2時間10分21秒 イセグエ(タンザニア)
3、2時間11分16秒 尾方剛(中国電力)
4、2時間11分53秒 高岡寿成(カネボウ)
5、2時間12分08秒 ラマダーニ(タンザニア)
6、2時間12分12秒 マリンガ(ウガンダ)
7、2時間12分39秒 ビヴォット(ケニヤ)
8、2時間12分51秒 レイ(スペイン)

14、2時間15分30秒 奥谷亘(SUBARU)
20、2時間17分22秒 入船敏(カネボウ)
48、2時間24分38秒 細川道隆(大塚製薬)
611ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/14(日) 12:28:26
尾方剛(中国電力) マラソン全成績

1、2時間15分22秒 24位 福岡国際 1999.12.5
2、2時間11分43秒 16位 ロッテルダム  2000.4.16
3、(途中棄権)       東京国際 2001.2.18
4、2時間10分06秒 4位 ベルリン 2001.9.30
5、2時間25分03秒 34位 ロンドン 2002.4.14
6、2時間09分15秒 2位 福岡国際 2002.12.1
7、2時間10分39秒 12位 パリ世界陸上 2003.8.30
8、2時間08分37秒 6位 福岡国際 2003.12.7
9、2時間09分10秒 優勝 福岡国際 2004.12.5
10、2時間11分16秒 3位 ヘルシンキ世界陸上 2005.8.13
612ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/14(日) 12:30:50
高岡寿成(カネボウ)マラソン全成績

1、2時間09分41秒 3位 01年福岡国際
2、2時間06分16秒 3位 02年シカゴ(日本新記録)
3、2時間07分59秒 3位 03年福岡国際
4、2時間07分50秒 3位 04年シカゴ
5、2時間07分41秒 優勝 05年東京国際
6、2時間11分53秒 4位 05年ヘルシンキ世界陸上
613ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/14(日) 12:35:58
男子マラソン 五輪・世界陸上 メダリスト

1936年 ベルリン 金 孫基禎
1936年 ベルリン 銅 南昇龍
1964年 東京   銅 円谷幸吉
1968年 メキシコ 銀 君原健二
1991年 東京   金 谷口浩美(世陸)
1992年 バルセロナ  銀 森下広一
1999年 セビリア 銅 佐藤信之(世陸)
2005年 ヘルシンキ 銅 尾方剛(世陸)
614ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/14(日) 12:46:57
世界陸上 男子マラソン 全入賞者

(1991年 東京)  
 1位 谷口浩美
 5位 篠原太

(1993年 シュツットガルト)
 5位 打越忠夫

(1999年 セビリア)
 3位 佐藤信之
 6位 藤田敦史
 7位 清水康次

(2001年 エドモントン)
 5位 油谷繁
 8位 森下由輝

(2003年 パリ) 
 5位 油谷繁

(2005年 ヘルシンキ)
 3位 尾方剛
 4位 高岡寿成
615ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/14(日) 18:45:50
今回のガリブの優勝記録、前回(83年)のキャステラの
優勝記録に及ばなかったな。
616ホラン司祭:2005/08/15(月) 12:09:51
コースは同じだったの?
83年当時は世陸に注目していた日本人は殆どいなかったので
誰も覚えていないかもしれませんが
ラドクリフは別格。
618ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/16(火) 23:09:02
やっぱチェルピンスキーでしょ

モントリオールでゴールするとき手もあげず
そのままトラック走り続けた姿に

当時の共産国の強さを感じたよ

619ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/16(火) 23:46:57
チェルピンは薬漬け
620ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/17(水) 00:34:32
チェルピンスキーがヘルシンキの世界陸上で銅を取ったのには当時驚いたよ。 薬物とか言われてもいるけどね。
621ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/17(水) 14:38:12
はじめまして、あまりの内容の濃さに驚き、最初から全部見てしまいました。
ところで、皆さんに質問があります。

私は、1986年版のギネスブックを所持しているのですが、「陸上競技の世界記録」というコーナーで、

25000m 1時間13分55秒8 瀬古利彦 クライストチャーチ(ニュージーランド) 1981・3・22
30000m 1時間29分18秒8 瀬古利彦 クライストチャーチ(ニュージーランド) 1981・3・22

となっていました。
おかしいなと思い、2005年版のギネスブックを見ても、まだこの瀬古の記録が残っていますよね。

25kmや30kmではもっと早いタイムを残している選手がいるにもかかわらず、
何故瀬古選手の記録はいつまでも残っているのでしょうか。
トラックの記録だからだよ。
10000mの世界記録と10kmのロードレースの世界記録があるのと同じように。

ほとんど行われないから残ってるの。
623ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/17(水) 20:29:21
メコネン

オツオリ

マヤカ

最強!
速さを感じさせない速さ ベライン・デンシモ最強
625ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/17(水) 20:59:54
>>623
メコネンファンとしてはメコネン最強は納得ですが、オツオリ&マヤカって…マラソン走ってんの?
乙檻のマラソンのへタレぶりは有名
627ゼッケン774さん@ラストコール :2005/08/18(木) 02:46:23
>>622さん

621です。どうもありがとうございました。お陰で20年間の疑問がようやく解けました。

628ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/18(木) 16:36:16
足の血管がすごく浮き出してる方が長距離にとってはいいのかな???
>>628
スレ違いの悪寒
630ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/18(木) 23:09:37
>>621

余談だが他にもマイナーな記録として1978年から破られていないのが
100km(ロード)のD.リッチーの記録。98年に現・積水化学の
砂田が3分差まで記録に肉薄したが及ばなかった。こちらは毎年開催
してるので記録は肉薄しているものが多い。

100kmロード 世界歴代記録

1位 6時間10分20秒 D.リッチー(イギリス)  1978
2位 6時間13分33秒 砂田貴裕(日本)      1998
3位 6時間15分30秒 J.P.プラエト(ベルギー)1989
4位 6時間18分09秒 V.ヌネス(ブラジル)   1995
5位 6時間18分24秒 M.アルデマーニ(イタリア)2004
6位 6時間20分44秒 A.ヴォルギン(ロシア)  1995
7位 6時間20分59秒 A.マサリギン(ロシア)  1993
8位 6時間22分08秒 三上靖文(日本)      1999
9位 6時間22分28秒 K.サンタロフ(ロシア)  1992
10位 6時間22分33秒 J.ヤニツキー(ポーランド)  1995
11位 6時間23分00秒 佐々勤(日本)       2004
631ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/19(金) 00:35:51
リッチーはトラックの記録でしょ。
632ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/19(金) 10:31:41
トラックで100kmだったら250周か。まさに気が遠くなるな。記録の上位に砂田や佐々がいるのはわかる気がする。
あの、すいません
先頃の世界陸上で出場していたアテネ銅メダルのおっさんは何位だったのでしょう?
634ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/23(火) 18:59:51
>>633
バンデルレイ・デリマ(ブラジル)は途中棄権。
中継で紹介されていた50歳のハイレ・サタイン(イスラエル)
が 2:17:26 で21位に入ったのは驚きであった。
しかも25か30キロくらいまでほぼ3分ペースで走るんだからすごいよな。
日本の大学トップレベルくらいの力かも。
636ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/23(火) 20:37:04
>>634
上位の記録を考えると、この50歳は2時間14−15分くらいの
力はありそうだな。
>>636
いや、条件さえ整えばサブテン。
ちなみにパーソナルベストは2h14m21sとのこと。

http://www.iaaf.org/athletes/athlete=175070/BioPopUp.html
50歳の今なら瀬古よりも速そう
640ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/24(水) 21:11:59
>>638
サタインは自己ベスト2.14.21を出したのが2003年のようだね。
ということは1955年生まれだそうだから48歳の時。

昔、ミュンヘン五輪で40歳のフォスターが8位に入ったという記録もある。
日本での40歳以上の最高記録ってどれくらいなんだろうかね?
>>634
> 中継で紹介されていた50歳のハイレ・サタイン(イスラエル)
> が 2:17:26 で21位に入ったのは驚きであった。

瀬古、宗兄弟、中山、伊藤らが今真剣にトレーニングしてマラソンにのぞんだら
気候にもよるけどどの程度のタイムで走れるのかな?
>>641
比較的、大崩れの少なかった、宗猛さんや中山さんなら同程度のタイムは出せるかも。

むりか・・・
643ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/25(木) 02:04:02
高岡が今後15年間、マラソンを続けて徐々にタイムが下降していっても50歳前後で2時間14分台は難しいだろ。高岡だって過去の日本選手としては年齢を感じない走りをしてるけどな。
644ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/25(木) 10:29:32
高岡や清水、森下由、前には川嶋など日本も30代半ばで一線でも活躍するようになったけどね。
645ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/27(土) 19:09:17
>>618
チェルピンスキーは、モントリオールの時
トラックの周回数を間違えていて、あと一周あると
勘違いしていた。
646ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/27(土) 21:08:47
>>641
往年の名ランナー集めて4年に1回ぐらいマラソン大会やってくれないかなあ。

谷口「こけちゃわないように頑張ります」
伊藤「悲願の初優勝目指します。・゚・(´Д`)・゚・。 」
瀬古「名声に傷つくので出場したくはなかったんですけど。まあ完走を目標に」
中山「ぶっ飛ばします!ぶっ壊します!瀬古さんは這ってでも完走汁!」

ショーター「レースで全力を出し切る前に、トイレにこもって出し切ります」
647ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/30(火) 21:11:39
第1回 世界陸上(1983年 ヘルシンキ) 男子マラソン成績

1、2時間10分03秒 ド・キャステラ(オーストラリア)
2、2時間10分27秒 バルチャ(エチオピア)
3、2時間10分37秒 チェルピンスキー(東ドイツ)
4、2時間10分38秒 スタール(スウェーデン)
5、2時間10分42秒 マソング(タンザニア)
6、2時間10分57秒 パルマンチェ(ベルギー)
7、2時間11分05秒 ポリ(イタリア)
8、2時間11分15秒 H・ジョーンズ(イギリス)
35、2時間18分56秒 西村義弘(新日鉄大分)
42、2時間21分37秒 喜多秀喜(神戸製鋼)


第2回 世界陸上 (1987年 ローマ) 男子マラソン成績

1、2時間11分48秒 ワキウリ(ケニア)
2、2時間12分30秒 サラー(ジブチ)
3、2時間12分40秒 ボルディン(イタリア)
4、2時間12分49秒 モネゲッティ(オーストラリア)
5、2時間12分54秒 H・ジョーンズ(イギリス)
6、2時間13分43秒 イカンガー(タンザニア)
7、2時間14分03秒 ピッツオラート(イタリア)
8、2時間14分41秒 カスパロワ(ソビエト)
22、2時間20分51秒 西政幸(旭化成)
26、2時間23分25秒 大須田祐一郎(日本電気)
30、2時間24分47秒 阿部文明(日本電気HE) 
648ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/30(火) 21:21:23
第3回 世界陸上(1991年 東京) 男子マラソン成績

1、2時間14分57秒 谷口浩美(旭化成)
2、2時間15分26秒 サラ(ジブチ)
3、2時間15分36秒 スペンス(アメリカ)
4、2時間15分47秒 フルク(ポーランド)
5、2時間15分52秒 篠原太(神戸製鋼)
6、2時間15分58秒 ベッティオル(イタリア)
7、2時間16分15秒 カスティーヨ(メキシコ)
8、2時間17分03秒 ボルディン(イタリア)
(途中棄権)中山竹通(ダイエー)


第4回 世界陸上 (1993年 シュツッツドガルト) 男子マラソン成績

1、2時間13分57秒 プラーティエス(アメリカ)
2、2時間14分11秒 スワトブーイ(ナミビア)
3、2時間15分12秒 ファンランデルン(オランダ)
4、2時間17分14秒 金在竜(韓国)
5、2時間17分54秒 打越忠夫(雪印)
6、2時間18分28秒 ドブラー(ドイツ)
7、2時間18分52秒 メランデ(ケニア)
8、2時間18分52秒 セーリヨンキン(ロシア)
15、2時間22分17秒 早乙女等(日本電気)
41、2時間37分48秒 本田竹春(日本電気HE)
649ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/30(火) 22:49:19
>>647
第1回大会のコースはヘルシンキ市街と沖に浮かぶ島を
周回するコースで橋や高速道路を走り、やはりいく数のカーブあった。
前半は地元のタイメン(フィンランド)やイカンガーが集団を引っ張り、
中盤からサブテンの記録を持っていたアメリカのタブが引っ張っていた
と思う。
35キロ手前でド・キャステラがスパートしてバルチャのみ追走。
40キロ前後まで併走が続いたが、上り坂を利用してキャステラがスパート。
後は重厚な走りが冴えわたった。
この頃キャステラはいちばん評価されていたのが怪我の少なさ(強い)
という点。対照的に瀬古はちょくちょく足の怪我でマラソンが走れない
ことがあった。83年当時はキャステラ>瀬古の評価が一般的であったと思う。
650ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/30(火) 22:59:04
>>649 ロン・タブはメアリーデッカーと結婚してたんだよな。
この世界陸上の時は離婚してたと思うけど。タブは北京でも優勝経験がある
アメリカでは中堅のランナーだったが、やはり大黒柱はこの時期アルベルト
サラザールってことだろうな。この後福岡で瀬古に負けたはず。
サラザールのお陰で、おらの周りでナイキブームが起きたの懐かしい・・・
>>647
とても地味な存在だったがイタリアのピッツオラートがこのころ堅実に走ってた。
確か85年神戸ユニバのマラソン優勝者でこの年のW杯広島も7位(?)に入賞している。
イタリアはボルディンが台頭してくるまでマグナニ、ポリ、ベッチオールなど堅実に後半追い上げて下位入賞が特徴だった。
トラックにはコバ、アンチボ、パネッタがいたし、
長距離王国と言われた時代だったな。
654ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/31(水) 01:08:52
第5回 世界陸上 (1995年 イエテボリ) 男子マラソン成績

1、2時間11分41秒 フィス(スペイン)
2、2時間12分13秒 セロン(メキシコ)
3、2時間12分49秒 L・ドスサントス(ブラジル)
4、2時間14分08秒 ホワイトヘッド(イギリス)
5、2時間15分29秒 フスタド(スペイン)
6、2時間15分34秒 ガルシア(スペイン)
7、2時間15分47秒 ネルルカー(イギリス)
8、2時間16分13秒 モネゲッティ(オーストラリア)
12、2時間17分30秒 中村祐二(山梨学院大学)
17、2時間19分53秒 徳永大輔(鐘紡)
41、2時間28分57秒 倉林俊彰(YKK)


第6回 世界陸上 (1997年 アテネ) 男子マラソン成績

1、2時間13分16秒 アントン(スペイン)
2、2時間13分21秒 フィス(スペイン)
3、2時間14分16秒 モネゲッティ(オーストラリア)
4、2時間14分47秒 ゴフィ(イタリア)
5、2時間15分31秒 L・ドスサントス(ブラジル)
6、2時間16分53秒 ロンセロ(スペイン)
7、2時間17分16秒 レオーネ(イタリア)
8、2時間17分44秒 サクリ(アルジェリア)
22、2時間21分23秒 真内明(旭化成)
25、2時間22分33秒 川嶋伸次(旭化成)
34、2時間25分00秒 花田勝彦(エスビー食品)
40、2時間26分33秒 服部孝宏(鐘紡)
58、2時間37分11秒 清水康次(NTT中国)
655ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/31(水) 01:19:30
第7回 世界陸上(1999年 セビリア) 男子マラソン成績

1、2時間13分36秒 アントン(スペイン)
2、2時間14分03秒 モディカ(イタリア)
3、2時間14分07秒 佐藤信之(旭化成)
4、2時間14分27秒 ノボ(ポルトガル)
5、2時間14分50秒 ゴフィ(イタリア)
6、2時間15分45秒 藤田敦史(富士通)
7、2時間15分50秒 清水康次(NTT中国)
8、2時間16分17秒 フィス(スペイン)
18、2時間17分56秒 真内明(旭化成)
36、2時間24分29秒 小島忠幸(旭化成)


第8回 世界陸上 (2001年 エドモントン) 男子マラソン成績

1、2時間12分42秒 アベラ(エチオピア)
2、2時間12分43秒 ビウォット(ケニア)
3、2時間13分18秒 バルディーニ(イタリア)
4、2時間13分58秒 トラ(エチオピア)
5、2時間14分07秒 油谷繁(中国電力)
6、2時間15分41秒 エルムージス(モロッコ)
7、2時間16分52秒 ジファル(エチオピア)
8、2時間17分05秒 森下由輝(旭化成)
9、2時間17分24秒 西田隆維(エスビー食品)
12、2時間18分23秒 藤田敦史(富士通)
26、2時間24分41秒 高橋健一(富士通)
656ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/31(水) 01:24:29
第9回 世界陸上 (2003年 パリ) 男子マラソン成績

1、2時間08分31秒 ガリブ(モロッコ)
2、2時間08分38秒 レイ(スペイン)
3、2時間09分14秒 バルディーニ(イタリア)
4、2時間09分25秒 シャイサ(ポルトガル)
5、2時間09分26秒 油谷繁(中国電力)
6、2時間09分29秒 カイミ(イタリア)
7、2時間10分17秒 シスター(南アフリカ)
8、2時間10分35秒 ロテッチ(ケニア)
10、2時間10分38秒 佐藤敦之(中国電力)
12、2時間10分39秒 尾方剛(中国電力)
21、2時間13分19秒 清水康次(NTT西日本)
657ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/31(水) 12:16:02
1990年中盤からのスペイン勢の台頭はすごいな。
世陸はフィス、アントン他でほとんど複数入賞してる。
びわ湖もこの後からスペイン勢の活躍があるし。
カルロス・ロペスは38−39歳で世界記録&金メダル
659ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/31(水) 19:50:13
>>657
それって、バルセロナ五輪に向けてマラソン強化したのが
遅れて成果が出たという話を聞いた事あるな。
似たような例で、ソウル五輪に向けてマラソン強化して
バルセロナ五輪辺り以降に成果が出た韓国。
660ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/31(水) 20:31:07
>>658 意外と知られていないのがロペスが過去にアキレス腱を切断した
事があるということ。
1976年のモントリオール五輪1万でビレンに続き銀メダルを獲得。
その次の年、1977年の欧州選手権で左アキレス腱を負傷・切断。
アキレス腱を切っての復活はなく競技生命の終わりを医師に告げられるが、
リスボン在住の小林清鍼灸師と出会い、カムバックを遂げた。
 ロペスがロス五輪で優勝したころ、この小林清が影の功労者として
紹介されることがいくつかあった。

661ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/31(水) 20:36:23
>>659
うーん、それどうかなあ。
スペインは1万の歴代ベスト10比べても日本より強そうだけど(詳細知りません)、
日本以上に陸上でメダルに縁遠そうな韓国は”強化”で結果が出るんなら今でも
”強化”し続けて結果出しそうな気もするけど。

ただソウルの1回遅れのバルセロナの金メダリスト黄、アトランタの銀メダリスト
李ボンジュだけでなく韓国はソウルから時間差で確かに勢いあったね。
662ゼッケン774さん@ラストコール:2005/08/31(水) 20:52:41
世界陸上 男子マラソン 日本10傑

1、2時間09分26秒 油谷繁(中国電力) 2003 パリ 5位
2、2時間10分38秒 佐藤敦之(中国電力) 2003 パリ 10位
3、2時間10分39秒 尾方剛(中国電力) 2003 パリ 12位
4、2時間11分16秒 尾方剛(中国電力) 2005 ヘルシンキ 3位
5、2時間11分53秒 高岡寿成(鐘紡) 2005 ヘルシンキ 4位
6、2時間13分19秒 清水康次(NTT西日本) 2003 パリ 21位
7、2時間14分07秒 佐藤信之(旭化成) 1999 セビリア 3位
7、2時間14分07秒 油谷繁(中国電力) 2001 エドモントン 5位
9、2時間14分57秒 谷口浩美(旭化成) 1991 東京 1位
10、2時間15分45秒 藤田敦史(富士通) 1999 セビリア 6位
世界陸上 男子マラソン 歴代(1回大会ー10回大会) 各国入賞回数

1位 イタリア 12回 (2位1、3位2)
2位 スペイン  9回 (1位3、2位1)
2位 日本    9回 (1位1、3位2)
4位 エチオピア 4回 (1位1、2位1)
4位 ケニア   4回 (1位1、2位1)
4位 イギリス  4回 (3位までの実績なし) 
664訂正版:2005/09/01(木) 00:50:00
世界陸上 男子マラソン 歴代(1回大会ー10回大会) 各国入賞回数

1位 イタリア 12回 (2位1、3位2)
2位 日本   11回 (1位1、3位2)
3位 スペイン 10回 (1位3、2位2)
4位 エチオピア 4回 (1位1、2位1)
4位 ケニア   4回 (1位1、2位1)
4位 オーストラリア 4回 (1位1、3位1)
4位 タンザニア 4回 (2位1回)
4位 イギリス  4回 (3位までの実績なし) 

ヘルシンキ分が抜けていた。スペインは4回大会まで入賞者0
1位のイタリアは世界陸上ではまだ優勝がない。
やはり以前からのマラソン大国が結果を残している。
665ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/01(木) 09:30:56
>>658
>>660
ロペスといえば好成績でゴールするか途中でレースを投げて棄権するか
どっちかという印象があった。ロペスの時代から賞金レースが台頭。
レース途中で好成績をあげられないと早々棄権して次のレースに備える
なんて考え方が多く出てきた感じだ。日本では君原に一度も途中棄権なし
ということが美学とされた時代だけに海外選手との考え方の違い(プロと
アマチュアイズムの差か)がでてきたのが80年代中盤かな。
666ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/01(木) 09:42:00
>>664
日本は思ったより入賞してるんだな。
しかしあまり「強さ」を感じないのも事実。
スペイン、イタリアなどの南ヨーロッパ勢が夏マラソンに強い印象がある。
667ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/01(木) 09:50:29
スペイン、ポルトガルはEPO疑惑は消えないよ。
668ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/01(木) 10:55:44
な〜にEPOって?お薬?
669ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/01(木) 11:15:56
1)erythropoietin

2)女性歌手
670ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/01(木) 12:12:58
正解は1のエリスロポリチン。増血作用のあるドーピング。エポは数年前までは禁止薬物に入ってなかった。
671ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/01(木) 12:15:49
ラドもそれだな
672ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/01(木) 12:21:09
↑今は確実にひっかかるよ。
673ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/01(木) 17:09:24
自分の冷凍血液ドーピングは見つからないんだろ
674ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/05(月) 16:18:33
>>660
ロペスのカムバックといえば、84年だったか(?)
トラック1万でフェルナンド・マメーデが27分13で世界記録を出したとき、
2位に入り27分17で従来のロノの27分22を破った時かな。
37歳でトラックでロノの驚異的な世界記録を破ったことでニュースに
なった。あのときは強いと思った。あとロス五輪の35km以降の走り。
675ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/05(月) 16:21:19
>>674
血液ドーピングはチェルピンスキーのほかにビレンも疑惑の話題
になった。何せ五輪で長距離2大会連続2冠だったが間の国際大会
でからっきしでほとんど勝ってないからな。
676ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/05(月) 19:45:26
高橋尚子はドーピングやってないだろうね
>>676
自分の好きな選手はドーピングをやっていないと信じ込み
自分の嫌いな選手はドーピングをやっていると言い放つ
それがヲタクオリティ
678ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/06(火) 22:04:35
>>675
ビレンはさすがにモスクワは勝てなかったな。
今のようにケニア、エチオピアを含むアフリカ勢が多く台頭する
前とはいえ当時の評価は抜群だった。
679ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/07(水) 09:57:18
70年代後半からの長距離はロノが強かった。
イフターのような勝負強さも抜きん出ていたが、
ロノのは脅威的だった。
あれからケニア時代になり多くの選手がでているが
長距離でロノのような王者はケニアから出てないな。
680ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/07(水) 10:01:23
おまえ、ビレンの練習しらないだろ?
彼はオリンピックだけにピークを合わせる為に軽い練習や基礎練習を地道に積み重ねていたわけだ。
で、オリンピックイヤーになるとスピードをしっかりやっていたんだよ。
だから何もない年は平気で国内の選手にも負けていた。
681ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/07(水) 21:07:15
>>680 状況証拠は真っ黒
1. コンスタントに活躍していたバイニオはロスで2位ゴールの後、ドーピングが
ばれて失格
2. それ以後、フィンランドの長距離チームは全く活躍できなかった。
3. モスクワで突如出現し、銀、銅と活躍したマアニンカがチームドーピングを
告白.勿論,ビレンも含まれるが,ビレンは否定.
4. ビレンの不安定な成績は何時も疑惑をもたれていた.
682ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/10(土) 10:18:00
ほんとフィンランドはバイニオ以来、めぼしい選手がいなくなった。
683名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 22:25:59
当時、トラック1万ならバイニオより瀬古の方が力が上だったように思う。
684ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/12(月) 14:41:03
瀬古のトラック走力・レース展開はイタリアのコバに似てる感じがしたよ。ロス五輪1万金の。
685ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/13(火) 23:46:58
ロスのラストスパートは切れ味抜群だった> コバ(イタリア)
686ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/14(水) 08:00:24
>>685
コバのラストスパートはヘルシンキの10000がピカ一でしゃう
第一回世界陸上

>>684
コバの自在なフォーム走力は瀬古の比ではありません
ギアが5段変速くらいあって切り替えコントロールが自由自在
変速なしだと体操選手が倒立しながら休めるように
どこまでもスムーズに流れ走りながら休んでいるよう

687ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/15(木) 06:48:35
今のエチオピア勢のラストにはかなわないと思うがコバのラストも鋭かったな。 日本勢のラストのキックはやはり瀬古がいちばんだったかな。
そうかもね。マラソンラスト100mを12秒で走るんだからね。
確か瀬古さんは元々中距離出身?
689ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/19(月) 22:31:36
ダイエーの中内さんが亡くなった。中山竹通の結婚式で仲人をやったよね。
690ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/20(火) 01:44:21
ダイエーのCMスタイルはマラソン中継史上に残る
誰か当時の動画をうpしてくれ   
691ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/20(火) 15:14:54
↑進行方向 
     □TVカメラ中継車 
     △

    ●←中山 
○○○○○
○○○○○
○○○○○
○○○○○
 ○○○   

中山はテレビの画面にダイエーのユニフォームがバッチリ映るように
集団で走る時は必ず先頭中央線寄りに位置取っていた。   
692ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/22(木) 11:18:45
マラソンではありませんがダイエーのCMです
http://gazo05.chbox.jp/old-cm/src/1127321664281.wmv 
693ゼッケン774さん@ラストコール:2005/09/28(水) 14:51:29
中山がダイエー所属でなかったら東京国際以外のレースを多く走っていただろう。そうだとしたら初期にだした8分15のベストタイムを最新できていただろう。
そういえばダイエーがスポンサーのときのマラソン中継で、
中山が画面の半分、もう半分がダイエーのCMという時があったね。
マラソン選手なのに・・・
日本人なのに・・・

アフロもどきのあのもじゃもじゃ頭・・・
中山さんいい味出してました。
696ゼッケン774さん@ラストコール:2005/10/03(月) 13:08:59
中山がダイエーにいた影響で仙内勇もそこそこ走れる選手になったと思う。小指徹が怪我で消えたのは残念だった。
697ゼッケン774さん@ラストコール:2005/10/05(水) 13:24:37
仙内いたなぁ。懐かしいな。あとダイエーに泉宣広もいた。
698ゼッケン774さん@ラストコール:2005/10/11(火) 20:23:38
男子は記録の停滞期に入った感じだ。2時間6分台すら出なくなってきた。
699ゼッケン774さん@ラストコール:2005/10/18(火) 01:49:23
アムステルダムでのゲブラシラシエの6分台の評価は現地ではどうなってるのだろう?
700ゼッケン774さん@ラストコール:2005/10/18(火) 01:58:46
高岡
>>699
今季世界最高記録
702ゼッケン774さん@ラストコール:2005/10/19(水) 23:00:38
アベベ・ビキラ(あべべ・びきら)エチオピア

175cm、65kg
昭和7年(1932年)8月7日生まれ
生地はショア州・デュノバのジョル村
昭和26年(1951年)アジスアベバに出て(19歳)
ハイレ・セラシエ皇帝の親衛隊員となる
昭和31年(1956年)結婚(24歳)
この年エチオピアは初めてオリンピック参加(メルボルン大会)
このオリンピックにマラソン史上初の2連覇をかけたチェコスロバキアの”人間機関車”ザトペックは6位と敗れ去った。
昭和32年(1957年)2月、ローマ大会の陸上強化選手に選ばれる(24歳)
コーチのオンニ・ニスカネン(スウェーデン人)の指導始まる

昭和35年(1960年)ローマオリンピック(28歳)

9月10日午後5時半
カンピドリオ丘スタート → アッピア旧街道(シーザーの道)→コンスタンティーノ凱旋門ゴール、2時間15分16秒2(世界最高)、はだしの英雄となる。

はだしで走ったのは、たまたま今まではいていたランニング・シューズがすり切れて、ローマではぴったりのものが見つからなかったからにすぎない。もちろん子供の頃からはだしで走り回っていたそうであるから、はだしの方がむしろ走りやすかったのかもしれない。

昭和39年(1964年)東京オリンピック(32歳)

10月21日午後1時
国立競技場スタート → 甲州街道折り返し → 国立競技場ゴール。20km地点で早くも独走態勢に入り、そのままゴール。史上初の五輪マラソン2連覇達成。
2時間12分11秒2(世界最高、オリンピック最高)。3週間前の盲腸手術の影響をまったく感じさせなかった(ダーク・グリーンのランニングシャツ、エンジのパンツ、シューズは真っ白でドイツ製)。

世界で初めてのテレビによるマラソンコース完全中継は、延々とたった一人のアベベを映すことになってしまった。中継カメラは1台しかなかったのである。しかし私達は少しも飽きることがなかった。

− 背を立て黙々と走る”はだしの英雄”アベベには、聖者の風格があった −
私の一番好きなアベベの写真に付いているキャプションである。ここにその写真をぜひとも掲載したい。しかし、著作権その他の問題をクリアーするすべを私は知らない。われらすべて勝者(東京オリンピック写真集)、講談社(1965) P.44
より。

昭和43年(1968年)メキシコオリンピック(36歳)

10月20日
16km地点で棄権。五輪マラソン3連覇は成らなかった。
しかし、同僚のマモ優勝。

その年の7月、練習中に転倒して左ヒザの筋肉を痛め、走り込み不足であったことが大きな原因であろう。年齢的にもマラソン・ランナーとしての最盛期はすぎていたといえるかもしれない。

昭和44年(1969年)自動車事故(36歳)
3月23日夜、フォルクスワーゲンを運転中、自損事故をおこし下半身不随となる(第7頚椎のずれ)。
昭和44年(1969年)パラリンピック(36歳)
7月、ストーク・マンデビル病院で開かれたパラリンピックで、洋弓と車イス競争に出場。事故から4ヶ月後のことであった。その後、ノルウェーの身障者スポーツ大会でイヌぞりレースで優勝、など。

昭和48年(1973年)10月25日、死去(41歳)
脳出血が原因ではないかといわれている。

なお、アベベは戦後まもなくの頃一度日本に来たことがあるらしい。朝鮮戦争出兵途中に(エチオピアの親衛隊兵士として?)横浜港に立ち寄ったことがあるというのだ。このとき実際に日本の土を踏んだのかどうかは定かではない。
703ゼッケン774さん@ラストコール:2005/10/20(木) 16:21:31
何か、旭化成ヤバイって聞いてたけど、今月いっぱいで解散ってホントか?
704ゼッケン774さん@ラストコール:2005/10/22(土) 22:40:46
今日は円谷と君谷のスペシャル番組があるよ
BS1
23:10〜
君谷って誰だよ!君原だろ
706ゼッケン774さん@ラストコール:2005/10/23(日) 11:24:27
男子マラソンで円谷〜君原が唯一の日本勢の五輪連続メダル獲得になるのか。
707ゼッケン774さん@ラストコール:2005/10/29(土) 01:28:18
80年代の新日鉄、そして今、旭化成の凋落。日本男子マラソンの栄枯盛衰を見る思いだなぁ。次は鐘紡かな。
708ゼッケン774さん@ラストコール:2005/11/04(金) 01:35:30
時代を超越して瀬古対アベラ、 中山対ショーター のレースが見たいな。
709ゼッケン774さん@ラストコール:2005/11/04(金) 02:46:47
花田勝彦(現上武大学監督)
710ゼッケン774さん@ラストコール:2005/11/04(金) 18:54:23
>>708
アベラは瀬古よりトラック記録は良いのか。
アベラのトラック記録を知ってる方いますか?
>>707
栄枯盛衰とはそんなもんだ。
20年代には中国電力やコニカミノルタも凋落してるかもしれんぞ。
712ゼッケン774さん@ラストコール:2005/11/07(月) 18:59:54
宇佐美彰朗のサイト
http://www.usami-akio.com/about/about_f.html

大学まで長距離素人で五輪マラソン3回代表は脅威ですな。
713ゼッケン774さん@ラストコール:2005/11/07(月) 23:27:04
宇佐美は大学時代は日大で箱根走ってるから、新潟巻高時代がテニス部ですね。
714ゼッケン774さん@ラストコール:2005/11/21(月) 09:53:49
おしゃれですね
715ゼッケン774さん@ラストコール:2005/11/21(月) 18:51:39
400mスプリント推測 48秒中盤(瀬古、金井)48秒後半(新宅、高岡、徳本)49秒前半(早田、森下、渡辺、花田)50秒台(谷口、伊藤、犬伏、佐藤)、51秒台(尾方、宗兄弟)
716ゼッケン774さん@ラストコール:2005/11/23(水) 13:16:13
瀬古は高校時代にマイルリレーも走ったな。400で50秒はきってただろうね。
717ゼッケン774さん@ラストコール:2005/11/27(日) 13:37:58
全盛期のカリスマ性はアベベ、ショーターだろ。 日本は80〜83年頃の瀬古。
718ゼッケン774さん@ラストコール:2005/12/03(土) 18:22:29
ru
719ゼッケン774さん@ラストコール:2005/12/05(月) 12:17:15
付け加え 400mスプリント中山50秒台
720ゼッケン774さん@ラストコール:2005/12/05(月) 21:40:39
藤田は2度目のサブテンか。まだ8-9分台を出せる力は証明できた感じだ。
721ゼッケン774さん@ラストコール:2005/12/05(月) 21:46:31
ぃや三度目だから!! 知ったかしてんな(^O^)
722ゼッケン774さん@ラストコール:2005/12/05(月) 21:53:40
いや二回目だろ!!
http://www.sanspo.com/sports/top/sp200512/sp2005120504.html
藤田敦史マラソン全成績
年・月・日   大 会   順 位 タイム
99・ 3・ 7 びわ湖毎日  2 位  2・10・07
    8・28 セビリア世   6 位    2・15・45
00・12・ 3 福岡国際    優 勝   2・ 6・51
01・ 8・ 3 エドモントン世 12位    2・18・23
02・ 3・17 東亜国際    優 勝   2・11・22
05・ 3・ 6 びわ湖毎日  10位    2・12・30
   12・ 4 福岡国際    3 位   2・ 9・48
【注】世は世界選手権
724ゼッケン774さん@ラストコール:2005/12/06(火) 18:42:26
725紅い名刀:2005/12/06(火) 19:13:54
最強は瀬古でしょ。通算15戦10勝、海外マラソンも圧勝、オリンピックは失敗したけど、失敗しても、世界一と呼ばれてたし、それに、世界レベルでこれだけの勝率を残せる選手はいないよ
726ゼッケン774さん@ラストコール:2005/12/06(火) 20:42:30
瀬古は福岡、東京、びわ湖の新・国内三大レースを制している。
ボストン、ロンドン、シカゴでも優勝している。
6大会制覇の記録はなかなか破られないのでは?
他の大会も優勝していたかな?       
727ゼッケン774さん@ラストコール:2005/12/07(水) 23:59:08
今の日本男子ではボストン シカゴ ロンドン は勝てないなぁ。時代が違うといえばそれまでだか、やはり瀬古は偉大だった。
728ゼッケン774さん@ラストコール:2005/12/08(木) 00:06:05
瀬古は当時トラックでも世界に通用するレベルだったからなぁ
親父ギャグなら、今でも世界レベry・・・
730ゼッケン774さん@ラストコール:2005/12/09(金) 09:22:40
「ああ、、、びっこひいてますね」
には仰天したw
731ゼッケン774さん@ラストコール:2005/12/16(金) 21:14:40
>>726
今のアフリカ勢の勢力分布じゃ 日本勢がロンドン、ロッテルダム、
ボストン、シカゴあたりで勝利するのは難しいだろう。
以前谷口がロッテルダムを制したとき、高温で軒並みタイムが低調だった
がそんな条件だと面白いかもしれないが、、
732ゼッケン774さん@ラストコール:2005/12/16(金) 21:36:44
アテネオリンピックでメダルをとった男子選手の名前を教えてくださいm(__)m
733ゼッケン774さん@ラストコール:2005/12/19(月) 00:51:46
86年のシカゴは北京で大記録がでた後だけに瀬古に期待した。サラの他にもう一人くらい有力どころが出て欲しかった。 中盤のレースの運びが8分切れなかった原因のひとつだろう。
734ゼッケン774さん@ラストコール:2005/12/19(月) 21:33:50
85年、86年の男子マラソンは面白かったな。
735ゼッケン774さん@ラストコール:2005/12/21(水) 07:36:31
>>732
男子】マラソン
順位 選手名 国名 タイム
1 ステファノ・バルディニ イタリア 2時間10分55秒
2 ケフレジギ 米国 2時間11分29秒
3 デリマ ブラジル 2時間12分11秒
736ゼッケン774さん@ラストコール:2006/01/02(月) 00:06:37
みゅんへん3000scの小山はどれくらいのレベルですかね
737ゼッケン774さん@ラストコール:2006/01/06(金) 14:23:51
>>736 どのくらいってどう答えればいいのですか?74年に8'21"6を出して
その年のTrack &Fields Newsの実力ランキング8位に入っている。この
記録は当時世界歴代でも1桁に入っていたけど、その年に大幅にレベルが
上がり、世界記録も8'20"くらいから8'14"くらいに、翌年に8'09"8,76年に
8'08"0が出たので世界的には長く歴代ランキングには残らなかった。しかし
日本記録としては新宅に破られるまで残り、今も日本歴代3位。
ミュンヘンは予選で日本新を出し決勝では9位。日本記録の更新数知れず。
5000でも日本歴代2位の記録を出し10000の三重国体でも優勝。モントリ
オールでは予選落ち。新宅に似たタイプだけどマラソンまではやらなかった
ということでしょう。
738736:2006/01/09(月) 15:26:33
737さんサンクス。
マラソンは挑戦しなかったんですね。
強かったという話を聞き、その後どうなったかと思いまして。
739ゼッケン774さん@ラストコール:2006/01/21(土) 14:27:13
男子マラソン世界最高記録更新も停滞期に入った?
>>732
1位 スピリドン・ルイス(Spiridon Louis:ギリシャ) 2:58:50
2位 カリラオス・ヴァシラコス(Kharilaos Vasilakos:ギリシャ)3:06.03
3位 ギュラ・ケルナー(Gyula Kellner:ハンガリー) 3:06:35

3番目にゴールしたスピリドン・ヴァエロカス(Spiridon Belokas:ギリシャ)は
後に馬車に乗ってコースの一部を通過したことが発覚し、ギュラ・ケルナーが3位となった。
ちなみに当時は優勝者に銀メダル、2位に銅メダルを渡していた。
741ゼッケン774さん@ラストコール:2006/01/26(木) 18:08:36
アベラってどうしちゃったんでしょうか?今なにしてるの?
全盛期はかなり強くて、まだ若かったから、しばらく時代が続くと思ったけど最近聞かないね
742ゼッケン774さん@ラストコール:2006/01/26(木) 22:27:47
日本国内マラソン大会史上もっとも強いランナーは
男子 G.タイス 2.06.33 1999年東京国際
女子 山口衛里  2.22.12 1999年東京国際
この二人の記録は相当なものだよな。
国内主要マラソンでは一番難コースなのに、タイムは国内最高だからな。

……山口のタイム自信ないな、一番だっけ?
744ゼッケン774さん@ラストコール:2006/01/27(金) 00:35:16
>>742
日本人に限れば、福岡の藤田かな。35km通過が1-45-44から
6分台日本新だからね。
アベラも最後あきらめてたからな。
745ゼッケン774さん@ラストコール:2006/01/27(金) 11:52:38
>>744
マスコミと一緒で
未だに 新  新 いってら

新しい という 言葉の意味も知らないらしい
746UNマン:2006/01/29(日) 20:09:40
現役の頃は、ブルマを履いて、マラソンと駅伝を出た事を覚えてる。
747ゼッケン774さん@ラストコール:2006/01/30(月) 17:48:21
野口が2.21.18出してるぞ。
山口が東京女子で出した記録は、アンタッチャブルレコードになるかもね。
749ゼッケン774さん@ラストコール:2006/01/30(月) 21:00:46
谷川しんり
早川サル
なかどぃますすむとかユー爺
うぜえ。
ナイキ、提供すんなよ。
長谷川理恵は・・・いいかなぁ、どうだろ???
為末さん、岩水さんにもっと力注げよ。
750ゼッケン774さん@ラストコール:2006/02/09(木) 22:58:21
東京国際の高岡に期待したい。ここで8分切って連覇したら歴代のランナーに並んで評価されるのではないか。
751ゼッケン774さん@ラストコール:2006/02/10(金) 01:00:41
とにかくとすぃなりすぁんには勝ち続けて高橋奈央を超えて欲しい。
>>750
残念。一歩及ばず。
現段階では、史上最強へのノミネートは
ちょっと苦しいかも。
>>752
「最強」とは言いがたいかな・・・

今日の実況で個人ベスト5のベストとして(うろ覚え)
1高岡:2h7m53s
2中山:2h8m34s
3瀬古:2h9m04s
4谷口:2h9m3??s
とかやってた。高岡がマラソンに挑戦した時代のレベルを考えると「最強」とは言いがたい
が個人的FA

http://www.sanspo.com/sokuho/0212sokuho018.html
2時間9分31秒の2位。「残念だが、きっちり走れたのは収穫」。2時間10分を切るのは日
本人最多の6度目。安定ぶりは光ったが、課題も残る7度目のマラソンとなった。
754ゼッケン774さん@ラストコール:2006/02/12(日) 23:41:44
今の9分台は瀬古の時代だと11分台くらいの評価かな。当時は瀬古、宗、伊藤以外は11分もなかなかでなかったんだか。
マラソンは勝つことも重要な競技だからね。
高岡は安定感はあるが、終盤の勝負どころでは大抵置いていかれる。
最高記録を出したときもハヌーシには歯が立たなかったし、ジェンガに競り負けた。
アテネ代表選考の福岡では7分台こそ出したが、国近と諏訪に競り負けた。
唯一勝った東京ーNY友好マラソンはメンバーが弱かった。

今回の東京マラソンの内容も言い方は悪いけどはっきり言って自滅な部分もある。
仕掛けた部分は評価もできるけど、スパート時期を誤ったとも言える。

まぁ高レベルでの安定感は現役の日本実業団所属ではジェンガと並んで歴代でもトップレベルだから
強いランナーであることは確かだ。
756ゼッケン774さん@ラストコール :2006/02/12(日) 23:58:24
>まぁ高レベルでの安定感は現役の日本実業団所属ではジェンガと並んで歴代でもトップレベルだから
>強いランナーであることは確かだ。

同意。
高岡よりも強いと思われるルウトやリモでも
負ける時は高岡よりもあっさり負けるからなぁ。
757ゼッケン774さん@ラストコール:2006/02/13(月) 19:29:54
日本選手は捨てレースも大切にするけど、外国勢は無理なら諦めが早いからね。だからよく途中棄権する。
758ゼッケン774さん@ラストコール:2006/02/13(月) 19:45:22
<<753
この間の東京の完走者を見ると、ほとんど市民ランナーばかりだな。
760ゼッケン774さん@ラストコール:2006/02/14(火) 23:45:57
>>755
終盤の競負けは多いけど、高岡ぐらいトラックの力を安定してマラソンに反映
させている選手もそうはいないよね。

最強とは言いづらいけど、昨年の世陸でも最後に盛り返した部分は評価
できるし、日本男子長距離殿堂みたいなものがあれば、間違いなく「殿堂」
入りのランナーだね。
761ゼッケン774さん@ラストコール:2006/02/15(水) 13:49:47
今年で「東京国際」としての大会は幕を降ろしたが、歴代のベストレースはやっぱり83年の瀬古の時かなぁ。
762ゼッケン774さん@ラストコール:2006/02/15(水) 15:34:00
森下、中山の1位、2位通過で五輪出場を果たした92年もベストレース。
763ゼッケン774さん@ラストコール:2006/02/15(水) 16:46:17
92年の東京はせめて10分を切って欲しい内容だった。 83年>92年 か。
一番印象に残ったのはG・タイスが国内コースレコードで圧勝したときだな。
今年の別府大分も快勝して、健在振りを示してくれた。

このときに三木が8分台出したんだよなぁ……、ニューイヤーでも区間新とこの年は絶好調だった。
765ゼッケン774さん@ラストコール:2006/02/16(木) 10:28:00
三木が8分5秒を難コース東京でマークした時はもっと伸びるのを期待したのだが…
766ゼッケン774さん@ラストコール:2006/02/16(木) 12:48:19
>>764 あのときは高橋健一が世紀の大爆走をしていてタイス等の後続がいい
スプリットを刻んでいることはあまり印象になかった。タイスほぼ1km 3分を
規則正しく刻んだ稀に見るイーブンペースだった。坂は問題にならず。
タイス(や昔の瀬古、女子の山口)を見るまでもなく東京が難コースという
のは負けたとき言い訳に過ぎない。
>>766
山口のタイムも国内コースレコードだからね。
たぶんリズムに乗った場合一番タイムが出るコースだったのかもしれない。
特徴がわかりやすかったのも要因かも。
768ゼッケン774さん@ラストコール:2006/02/18(土) 08:34:58
三木の東京の8分5と福岡での早田の8分7はどっちが価値あるかな?
福岡が男子のレースでは一番の高速コースだからなぁ。
その日の条件とかもあるから一概には言えないけど、三木のタイムの方が価値が上かと。
まあ、瀬古、宋兄弟、伊藤、喜多の時代が何故、今と比較してレベル高かを
証明するのは1万の世界ランキングにおける位置づけだよな。
当時の陸マガ記録集計号を見ると分かるけど、1万でも世界のトップレベル
なんだよな。
だから、世界選手権で高岡が横綱相撲で勝とうとして結果、4位だったのは
責められないよ。
尾方のように3位狙いでいくのが正解なのかも。
高岡の日本記録を上回る26分ランナーの出現、マラソン転向を
切に望む。
>>770
トラックで高岡の記録を上回る可能性があるのは、三津谷と大森。
どっちもスピード型で、特に三津谷は世界選手権見てもわかるように安定感がある。

松宮隆はラストに強く、トラックもアフリカ勢を押さえて1位になったことがある。
30キロロード世界記録保持者でもあり、駅伝でもわかるようにロードにめっぽう強い。
ただし高橋健のように、ハーフとロードに強くても、
スタミナが30キロ以降あるかはまだわからないので、その点が未知。

マラソンの安定感なら油谷。
どんな展開でも大崩れしない。粘りもあるが、世界で見るとややスピード不足。

と素人見解。
諏訪、国近が80年代の仙内、西村レベルだと思うのだが。
尾方、油谷、佐藤が伊藤、喜多レベル。
瀬古、宗兄弟にもっとも近いのが高岡。
773ゼッケン774さん@ラストコール:2006/02/23(木) 14:53:10
今はラビット制のおかげで平均ペースを保つのが強さの秘訣だろう。中山や宗茂のような国際マラソンでガンガン先行する走りは出てこなさそうだ。今のランナーで実行できるのは高岡くらいしか思い浮かばない。
774ゼッケン774さん@ラストコール:2006/02/26(日) 22:20:09
88年ロッテルダムのデンシモのイーブンペースは見事だった。初の6分台レース。
775ゼッケン774さん@ラストコール:2006/02/26(日) 23:54:09
>>774
デンシモの世界最高記録の次のレース、88年福岡も見事なイーブンペース。
でも世界最高の時よりも5km30秒遅いペースだけど。
そして最後は見事に渋谷にしてやられた。見事な負けっぷリ。
776ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/01(水) 00:32:00
88年福岡は世界記録保持者のデンシモが優勝候補。最後まで横綱レースだったがラストで伏兵渋谷に一気にやられた。まるで83年の瀬古のスパートのようで、ゴール後のデンシモの虚ろな表情が印象的だった。
渋谷といえば、滋賀学園大学の監督になったというニュースが数年前に
流れたんだが、音沙汰ないな。
778ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/01(水) 20:57:03
>>776

デンシモの国内ベストレースは86年の東京国際だろう。
前半から飛び出した無名のデンシモは途中、解説の
宇佐美からも「無謀な飛び出しー持つとは思えない」と
いわれる中、終盤まで健闘。一時期イカンガー、メコネン、
中山に交わされるが、最後は2位でフィニッシュ。
2時間8分29秒は当時の世界5位前後の記録だった。
あの時は強いと思った。
779ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/01(水) 23:20:26
あの時の解説は、今は亡き高橋進さんだな
780ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/02(木) 03:19:13
768
769
みてーなタイムしか語れない馬鹿は死のうよ
強いレースをするといったらエチオピアのゲサハン・アベラじゃないのか。
最後まで集団でレースを進め、トラック勝負での競り合いにはめっぽう強い。

福岡3度、シドニーとエドモントンを連覇した近年では屈指のランナーだと思う。
近年冴えないが、ケニアのコスゲイだと思うが。
東京で優勝した際に、「私にとってマラソンを走る事は難しい
ことではない」と言った。
その時点でマラソン勝率100%だったが、五輪代表になれなかった
ことが悲劇だった気がする。
しかし、ケニアは毎回揉めますな五輪代表で。
783ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/02(木) 10:32:51
>>779
86年は解説:高橋進で移動中継車が宇佐美彰朗だったんじゃないかな。
784ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/02(木) 18:48:49
SONNANNKANKE-NEEDARO
785ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/02(木) 19:08:34
アベラはどっかのサイトでお金を貰わないと取材には応じないって言ってたな
経済事情や生い立ちからくる価値観などは日本人には量れないものがあるんだろうけど率直に嫌な奴だと思ったよ
落ちぶれていってるのも納得
ロサンゼルス五輪(1984年)前年にあたる
1983年度 世界マラソンパフーマンスベスト15

1、2.08.37 ド・キャステラ(オーストラリア) 4.09ロッテルダム1位
2、2.08.38 瀬古利彦(日本)         2.12東京1位
3、2.08.39 ロペス(ポルトガル)       4.09ロッテルダム2位
4、2.08.52 瀬古利彦(日本)        12.04福岡1位
5、2.08.55 宗猛(日本)           2.12東京2位
5、2.08.55 イカンガー(タンザニア)    12.04福岡2位
6、2.08.59 ディクソン(ニュージーランド) 10.23NY1位
7、2.09.01 マイヤー(アメリカ)       4.18ボストン1位
8、2.09.08 スミス(イギリス)       10.23NY2位
9、2.09.11 宗茂(日本)          12.04福岡3位
10、2.09.12 ゴメス(メキシコ)        2.12東京2位
11、2.09.17 宗猛(日本)          12.04福岡4位
12、2.09.21 サラザール(アメリカ)     12.04福岡5位
13、2.09.25 ゴメス(メキシコ)        4.09ロッテルダム3位
14、2.09.32 タブ(アメリカ)         4.18ボストン2位
15,2.09.35 伊藤国光(日本)        12.04福岡6位
個人ベスト3 平均記録上位10傑 (1983年12月まで)

1、2.08.44(@8.18 A8.37 B9.18)ド・キャステラ
2、2.08・58(@8.38 A8.52 B9.26)瀬古利彦
3、2.09.14(@8.51 A9.21 B9.29)サラザール
4、2.09.20(@8.55 A9.17 B9.49)宗猛
5、2.09.23(@9.12 A9.25 B9.33)ゴメス
6、2.09.32(@9.06 A9.11 B10.19)宗茂
7、2.09.46(@9.35 A9.37 B10.02)伊藤国光
8、2.09.46(@8.34 A9.36 B11.09)クレイトン
9、2.09.46(@8.55 A9.30 B10.54)イカンガー
10、2.09.51(@9.27 A9.55 B10.10)ロジャース
主要ランナー 1万m ベスト記録(1983年 12月まで)

ド・キャステラ 28.12.20
瀬古利彦    27.43.44
サラザール   27.25.61
宗猛      27.59.31
ゴメス     28.08.53
宗茂      28.17.61
伊藤国光    27.47.35
クレイトン
イカンガー   29.27.20
ロジャース   28.04.40
789ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/04(土) 23:39:50
80年代まではマラソンランナーで1万を27分台で走破するのは一流の証のような感じだった。
790ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/05(日) 22:00:48
アマチュアイズムの強かった時代に自社商品のCMにでてた瀬古、宗兄弟の認知どは凄かった。
791ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/06(月) 19:51:41
今自社CMに出てるのはQだけか?
大衆受けする選手がいないくなったな
高岡がカネボウのに出ても「はあ?誰!?」だろうし
しかし、瀬古や伊藤や宗兄弟と互角に1万走れる選手が数少ないのも
考え物だな。
「そんなにスピード言うならカールルイスのマラソンを走らせればいい」
と、トラック実績の無い事を揶揄される事に反論していた中山は、
後に1万の日本記録を出したが、そういう反骨心が今のランナーには
ないよな。
昨日の佐藤なんて諦め早すぎ。
あの時代のトップにあんなレースした選手はいないよ。
2番手グループの仙内や西村ももっと安定してた。
793ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/08(水) 10:13:37
今は完全にマラソンに転向してから1万を27分台で走る日本人ランナーがいないよな。
そもそも27分台で走れるランナー自体が少ない。
というか27分台で走れるランナーの数はここ20年ぐらい変わってないのでは?

ところで佐藤は信之と敦之どちらの方だ?
どっちも今ひとつだったけど。
もっとも信之は全盛期過ぎた気もするが。

というか今年の日本マラソンは不振すぎ。
底が割れた気すらする。
シーズンでサブテン入りがゼロじゃ、世界との差は開くばかりだな。
福岡・別府・東京・びわ湖も全て負けたし。

救いは尾方が銅メダルとって、団体を制したことか。
795794:2006/03/08(水) 13:28:59
あとトラックに人気が無いのも要因な気がするな。
駅伝とマラソン人気に阻害されて、誰もトラックに目向けないし。

短距離ならまだしも、中長距離以上のトラックなんて注目もされないし。
これじゃレベルが上がるはずもない。

素人考えでスマソ
796ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/08(水) 20:07:09
瀬古が、国立開催の八ヶ国陸上に参加するのを観に大観衆になった。今では考えられないカリスマ性はあったな。
カリスマ性という意味では中山は瀬古に遠く及ばなかったな。
1万もマラソンも記録は中山が上なのにな。
指導者としては同レベルかもしれんが。
中山は今どこを指導してるの?
798ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/09(木) 10:27:09
86年のスポニチ陸上だったかな?エントリーしてた瀬古が欠場と場内アナウンスが流れ、実際に観客が1万の前で結構帰宅してた。
>>797 愛知製鋼の監督
ただ6枠の中部を勝ち抜くのは相当難しそうだ。
800ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/09(木) 23:30:28
たしか日本のレース(1万)で初めて27分台で走ったの新宅だったよな。
新宅と言えば、広島の30Kmレースでスタート後、競技場を2周半するところを1周半で、意気揚々と先頭で出て行ったため、後続もついて行かざるを得ず、
戻ってきて競技場を2周するという前代未聞の事件を起こしたんだよな。
802ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/10(金) 11:31:45
>>801 オマエ良く知ってんなw 多分だけどオレそのレース親父と見にいった。
ガキだったから殆ど覚えてないけどな
803ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/10(金) 11:35:21
>>801
俺出てたよ。広島平和マラソンが3月開催だった頃だよ。
前年に瀬古が出て圧勝したんだよな。
距離表示がまったく無意味になったから苦労したよ。
804博通:2006/03/10(金) 11:37:51
おれのことたな
805ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/10(金) 17:51:27
大阪には結局誰が出ると思う?
806ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/10(金) 18:52:16
大阪はまだ分からんだろ
807ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/10(金) 18:55:08
予想だよw
808ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/10(金) 18:55:10
可能性でいうと
高岡→今年秋の海外レースで7分台
尾方→福岡国際で日本人トップ
で決まる感じがする
809ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/10(金) 19:33:27
高岡・尾方・藤田・松宮・油谷あたりが候補
あぶさんは無難に選ばれそうだ
でも本番では毎度の5位w
811ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/10(金) 19:52:01
松宮兄弟は可能性薄い
藤田に頑張って欲しいな
812ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/11(土) 22:08:26
>>796
82年の8カ国陸上だったと記憶しているが
あのときの瀬古は横綱レースだった。
優勝のみを意識して最後のスパートは強烈。
大観衆が瀬古コールをしてたのも印象的だった。
813ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/11(土) 22:15:21
高岡 引退したのでは?
814ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/11(土) 22:19:50
>>813
北京オリンピック走る気満々ですよ
815ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/11(土) 22:39:09
>>812 80年だろう。
816ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/12(日) 10:34:04
1980年の瀬古はトラックも強かったな。欧米でも互角のレースをしていた印象がある。
ただ現在のトラックのトップレースはエチオピアとケニアが
日本記録を上回るペースで走るからなぁ。

現在の日本選手は世界のトラックじゃ勝てない。

ゲブレはカマシに敗れた後、トラックはやや衰えたが
ロードではやはり皇帝って貫禄を見せてくれてる。

日本ではケニアのワンジルやマサシがトップクラスに成長したから、
この二人に拮抗するような日本選手が出てくれば、世界に近づけるかもしれない。
818ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/12(日) 22:14:36
瀬古は1万で27分台を6回出してると思うが、
国内では1回も27分台がないように記憶しているが。
819ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/13(月) 14:07:19
高岡は1万で何回27分台だしてるの?瀬古の6回が最多なのか?
820ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/13(月) 14:18:33
>>819
27分台9回(国内2回)
821ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/13(月) 16:58:38
瀬古と高岡の1万対決が実現したらラスト勝負は瀬古に軍配があがりそうだな。
822ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/13(月) 17:47:30
ゲブレセラシエが25kmで1時間11分37秒の世界新を樹立
823ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/13(月) 17:53:36
何の通過タイム?
824ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/13(月) 18:07:33
825ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/13(月) 18:14:29
25kmレースとかあるんかい
そのまま30km行ってれば確実に松宮の世界記録も破ってるな
826ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/13(月) 18:21:12
>>824
サンクス。25Kのレースなんてあったんだな
>>778
しかも、後半のどこかの地点で給水がうまく取れなくて、立ち止まって水を取っていた。
確か初マラソンの最高記録(当時)だったはず。

>>778
>>827
このレースってロペスの事実上引退レースになった。
明らかな調整不足で太りぎみで来日したが、世界記録保持者&五輪金メダリスト
の初来日レースということで話題になった。
事前インタビューはその後優勝したイカンガーなど相手にされないくらい
中山対ロペスの色の濃いものだった。
結局、南大井の横断歩道近くの19キロ付近で足の痙攣でリタイア。
その後、マラソンを走らなかった。
デンシモの2時間8分29秒はこの時初マラソン世界最高。91年に別大で
森下が8分53秒の初マラソン日本最高で走った時、この記録の次に
ランクされた。
 このレースでイカンガー、メコネン、デンシモが自己記録で世界歴代
10傑以内にランクイン。
 1978年12月から7年3ヶ月維持していた瀬古の名前が11位と
なりランク外へ落ちた。(その後、86年のシカゴで世界10位に
返り咲いたのが最後のランクインだった)
>>800 現在までで国内「最強」のレースを見せたのはこのときの新宅じゃないか。
なにせ競技会ではなく中村孝生を五輪標準記録突破させる為に開いた
「エスビー食品記録会」で出したんだからな。

それまでの国内最高は76年スポニチ国際で出したケニアのモーゼの28分09秒8、
日本人最高は81年の東日本実業団での瀬古利彦の28分18秒1。
観客もほとんどいない中、後半は一人でのタイムトライアル状態。
27分44秒5は当時の瀬古の日本記録(27分43秒44)に肉薄し
この年1983年の世界ランク9位の記録になった。
このニュースを見たとき、「強い」と唸ったものだ。
830ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/14(火) 15:44:22
>>812 80年の八カ国陸上は国立に7万人集まったんだよ。
   瀬古がアメリカのプラセンシアをちぎって優勝した大会。
なんかゲブレセラシエなら、122分台でマラソンが走れそうな気すらしてきた……
世界記録更新も21回(たぶん)とは、まさに陸上会の皇帝だな。
832ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/15(水) 00:50:15
>>829 新宅は記録会でのものですか。たしか当時、3000障害ではケニアのヘンリー・ロノに続く1万の持ちタイムが新宅と記憶しているます。
833ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/15(水) 01:02:32
新宅の記録をだした記録会は金井や中村も標準記録を突破したはずだ。
834ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/15(水) 09:11:03
>>832 一体全体どっからそんな話が出てくる?新宅が日本記録を出したとき
だったフィルバート・バイに1"6遅れだった。当時の世界記録から14"2遅れ。
76年のモントリオールの3位にだって10"近く遅れている。80年のランキング
にしたって10位前後。(層が薄いから)入賞は狙えるポジションにいたが
トップとはかなり差があった。その点を自覚していたから種目を変えていった
面もあると思うけど。
835ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/15(水) 16:25:06
そういえばロノ、強かったな。一時期3千から1万まで世界記録を持ってたんじゃないか?
836ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/15(水) 17:09:49
ロノといえば、引退後、酒に溺れでアル中になって、
ホノルルマラソンで再起したことが新聞に載ってたっけ。
その後、再びアル中いなったらしいけど。
837ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/15(水) 18:02:07
>>830
8カ国陸上で瀬古の優勝や84年の金井のスパートなど
印象に残るレースがあるが、85年に開かれた米ソ日3カ国対抗
陸上で米重が10000で勝ったスパートの印象に残っているなぁ。
タイム的には28’35’’くらいでスローだったが唯一の
日本の優勝だったと思ったが。
米重も27分台で走破したしソウルでは決勝まで残ったりしたけど
マラソンはサブテンだせなかったな。
>森下が8分53秒の初マラソン日本最高で走った時、この記録の次に
>ランクされた。

デンシモと森下の間に、1988年ロッテルダムで2時間8分44秒で3位の
ブルチ(エチオピア)がいるぞ。
一世を風靡したタンザニアの陸上って今はどうなのよ
>>839
マラソンだと2003年に東京を勝ったゼンバダ・バヨと
2004年に別府大分を勝ったサムソン・ラマダーニかな。

特にラマダーニは名ランナーであるイカンガーと同タイムのマラソンのベストを持ち、
若いながら安定した成績を出してる。

トラックについては……シラネ
841ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/16(木) 10:41:34
ジプチはなんで一時期強かったんだろうね?
広島W杯マラソンで補助員やってたけど、これまで無名のジプチ勢が
上位に来て何これ?と思った記憶がある。
サラー1位、ロブレー3位、アブディラヒ17位だった記憶がある。
842ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/16(木) 12:56:26
ちなみに4位が
きん枝師匠やったね
843ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/16(木) 14:17:06
タンザニアと言えば、瀬古欠場で物議をかもした87福岡で
前半、考えられないペースで飛ばしたサイモンも印象的。
>>828

このときデンシモは23歳。
1985年4月、エチオピアのポリスフォース(警察官の競技会)
21kmレースで1時間12分00秒で3位入賞。その走力が認められ
てマラソン練習を本格的に開始。7ヶ月の準備期間で初マラソン世界最高を
成し遂げた。
>>841

第1回ワールドカップマラソン 広島大会 ジブチ選手成績

1位 アーメド・サラ 2時間08分09秒
3位 ロブレ・ジャマ 2時間08分26秒
7位 シャルマケ・アブディラヒ 2時間10分33秒
54位 ドンカル・ユソー 2時間16分57秒

男子総合優勝(上位3人の合計) 6時間27分08秒

 2位日本(中山2位、宗猛8位、宗茂17位) 6時間31分43秒
主要ランナー 1万m ベスト記録(1985年 4月まで)

ロペス      27’17’’48 (2時間07分12秒)
S・ジョーンズ  27’39’’14 (2時間08分05秒)
中山竹通     28' 51’’67 (2時間08分15秒)
ド・キャステラ  28’02’’73 (2時間08分18秒)
スペディング   28’08’’12 (2時間08分33秒)
クレイトン    28’45’’20 (2時間08分34秒)
瀬古利彦     27’43’’44 (2時間08分38秒)
サラザール    27’25’’61 (2時間08分51秒)
宗猛       27’59’’31 (2時間08分55秒)
イカンガー    29’27’’20 (2時間08分55秒)
ディクソン    28’35’’69 (2時間08分59秒)
宗茂       28’17’’61 (2時間09分06秒)
スミス      27’43’’76 (2時間09分08秒)
ゴメス      27’57’’81 (2時間09分12秒)
ロジャース    28’04’’40 (2時間09分27秒)
伊藤国光     27’47’’35 (2時間09分35秒)
チェルピンスキー 28’28’’20 (2時間09分55秒)
トレーシー    27’48’’70 (2時間09分56秒)

>>839
タンザニアといえば>>840の2人のほかにも
昨年の世界陸上銀のイセグエもいる。
彼はベストは10分台だがバヨ、ラマダーニ
とほぼ同等の力はあるだろう。
848ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/16(木) 23:57:28
>>839
イカンガーの時代には、イカンガーの同僚ジョン・ブラ(2時間9分30秒)や、
一時期は世界一線級の安定感を示したギダミス・シャハンガ(2時間8分32秒)、
ギタミスの弟のアルフレッド・シャハンガ(2時間10分11秒)や、
サイモン(2時間10分38秒)、トーマス(2時間10分08秒)、
フランシス(2時間9分33秒)のロバート・ナーリ兄弟、
タンザニア屈指のトラックランナーで晩年にマラソン転向したスレイマン・ニャンブイ(2時間9分52秒)
イカンガーの愛弟子でアカンベー走法(笑)のボアイ・アコナイ(2時間8分35秒)など、
イカンガー現役の時代には個性溢れるタンザニア選手がたくさんいた。
個人的には、37〜38歳ぐらいで来日して東京国際で同世代の高齢ランナー宗猛と
並んで走ってたニャンブイの、独特の肩を回す走法が印象深い。

イカンガーの衰え、サイモン・ナーリの急逝などと共に、タンザニア勢は没落していったな。
アコナイへの世代交代も失敗、ナーリ弟達の成長も思ったほど伸びずで、タンザニア勢は
一時期は日本男子マラソン並みに弱くなった。最近はバヨ、ラマダーニなどのおかげで復調気配。
思えば、タンザニア勢の没落期と日本勢の没落期は時期が被るな。
849ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/16(木) 23:57:49
>>844
デンシモは東京で走る前の1985年6月、アジスアベバで行われたアベベ記念マラソンで走っており(タイムは2:28:26と2:29:59の2説あり)
東京が初ではないですね。

850ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/17(金) 00:28:56
ロペスは結局7回マラソン走って3回も途中棄権したのだが、完走したレースは全部サブテンだったと思う。
それもプロ
852ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/19(日) 17:22:44
女子スレに年齢別世界最高記録のレスがあったが
男子の年齢別世界最高記録はどうなっているのか?  
>>850

カルロス・ロペス(ポルトガル) マラソン全成績

1、途中棄権                 1982年ニューヨーク
2、2位(2時間08分39秒 世界歴代5位) 1983年ロッテルダム
3、途中棄権                 1984年ロッテルダム
4、優勝(2時間09分21秒 五輪最高記録) 1984年ロス五輪
5、2位(2時間09分06秒 84年度世界2位)1984年シカゴ
6、優勝(2時間07分12秒 世界最高記録) 1985年ロッテルダム
7、途中棄権                 1986年東京国際
(1981年 4月まで)  世界歴代10傑

1、クレイトン(オーストラリア) 2時間08分33秒6 69年
2、ネイブール(オランダ)    2時間09分01秒  80年
3、宗茂(日本・旭化成)     2時間09分05秒6 78年
4、トンプソン(イギリス)    2時間09分12秒  74年
5、瀬古利彦(日本・SB食品)  2時間09分26秒  81年
6、ロジャース(アメリカ)    2時間09分27秒  79年
7、ヒル(イギリス)       2時間09分28秒  70年
8、サラザール(アメリカ)    2時間09分41秒  80年
9、宗猛(日本・旭化成)     2時間09分49秒  80年
10、チェルピンスキー(東ドイツ) 2時間09分55秒  76年
855ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/22(水) 18:55:21
>>854
81年4月といえば瀬古がボストン初制覇の時か。まさにサブテンがトップテンの価値があった時代だな。
856ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/22(水) 19:51:26
>>852
メキシコの選手が40代で8分台だったと思う。
今も現役のはず。
エスピノサだね。バリバリ現役だ。
858ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/28(火) 07:29:05
859ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/29(水) 19:19:58
>>846

(1985年4月 現在) 世界男子マラソン歴代10傑

1位 2.07.12 C.ロペス(ポルトガル) 85.04.20 ロッテルダム
2位 2.08.05 S.ジョーンズ(イギリス)84.10.21 シカゴ
3位 2.08.09 S.アーメド(ジブチ)  85.04.14 広島
4位 2.08.15 中山竹通(日本)    85.04.14 広島
5位 2.08.18 R.D.キャステラ(オーストラリア)81.12・06 福岡
6位 2.08.26 D.ロブレ(ジブチ)   85.04.14 広島
7位 2.08.33 C.スペディング(イギリス) 85.04.21 ロンドン
8位 2.08.34 D.クレイトン(オーストラリア) 69.05.30 アントワープ
9位 2.08.38 瀬古利彦(日本)      83.02.13 東京
10位 2.08.51 A.サラザール(アメリカ)  82.04.19 ボストン
ワイナイナが退部へ 五輪マラソンメダリスト
 コニカミノルタ陸上部は30日、2000年シドニー五輪男子マラソンの銀メダリスト、
エリック・ワイナイナ(ケニア)が31日付で退部すると発表した。
 同社広報宣伝部によると、ワイナイナは同社の関連会社を退社するが、今後も日本
で選手活動を続けながら、スポーツイベントへの出演などを希望しているという。同選
手は1993年に来日。マラソンではシドニー五輪のほかに、96年のアトランタ五輪で
3位、04年アテネ五輪でも7位に入り、五輪3大会連続入賞を果たした。
ttp://flash24.kyodo.co.jp/?MID=MYZ&PG=STORY&NGID=spot&NWID=2006033001002972

ワイナイナのマラソン、トラックの記録ってさえない印象があるのですがどうでしょう。
あと五輪複数メダリストも片手で足りそうですね。日本がらみのマラソン選手で五輪
の結果だけ見ればワイナイナ最強だろうな。
861ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/32(土) 11:35:00
>>860
感謝祭で期待はずれに終わる予感。
リマと同じハンデだったらダメだろうね。
ワイナイナにタレント性はあるのか?
>>860
> 五輪複数メダリストも片手で足りそうですね。

アベベ(60ローマ金,64東京金)
マモ(68メキシコ金、72ミュンヘン銅)
ショーター(72ミュンヘン金,76モントリオール銀)
チェルピンスキー(76モントリオール金,80モスクワ金)
ワイナイナ(96アトランタ銅,00シドニー銀)

適当なことを書きましたが、他に誰かいたっけ?
>>861
> 感謝祭で期待はずれに終わる予感。

情報早いなぁ。感謝祭に出てますよ。
シンスケ「1着50万。ケニアではちょと違うよね」
ワイ「(手を上に上げて)全然違うよね」
orz
865ゼッケン774さん@ラストコール :2006/03/32(土) 23:21:11
>>863

リスモン(72ミュンヘン銀、76モントリオール銅)がいる。

77年のびわ湖に来て、日本選手を寄せつけずに圧勝した。(日本のメンバーがしょぼかったこともあるけれど)

866ゼッケン774さん@ラストコール:2006/03/32(土) 23:40:40
>>863>>865
のお二方を統合して、五輪男子マラソン複数メダリスト
==========================================
アベベ(60ローマ金,64東京金)
マモ(68メキシコ金、72ミュンヘン銅)
ショーター(72ミュンヘン金,76モントリオール銀)
リスモン(72ミュンヘン銀、76モントリオール銅)
チェルピンスキー(76モントリオール金,80モスクワ金)
ワイナイナ(96アトランタ銅,00シドニー銀)
==========================================
でFA?
867ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/03(月) 20:43:49
>>866
世界陸上が83年からの開催とはいえ、
このメンバーで世陸でもメダル獲得したのは

83年ヘルシンキ 銅 チェルピンスキー

薬物疑惑が付きまとうチェルピンスキーだが世界大会の
実績は歴代ナンバーワンと言えるかもしれない。
868ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/03(月) 20:51:11
>>859
ロス五輪でジャマ・ロブレが8位入賞して「ジブチ?」と思った
ものだが、その後福岡国際で失敗レースがあった後、
85年のW杯広島で3位の2時間8分26秒で10傑ランクイン。
そして秋のシカゴでSジョーンズ(2時間07分13秒)に続いて
2位(2時間8分8秒)まで記録を伸ばしたのには驚かされた。
サラよりも期待を持たせたが、その後サラは息の長い活躍をした
かわりにジャマはこの85年で姿を消した。ジブチはこの後の
ランナーが続かなかった。
869ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/03(月) 21:56:51
>>868
サラも五輪、世界陸上併せて3つのメダル獲ってるな(87ローマ銀,88ソウル銅,91東京銀)。
サラは五輪男子マラソン複数メダリストではないけど、心情的には>>866の仲間に加えたい。
870ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/03(月) 23:38:29
五輪複数メダリストの記録を見ると世界最高記録を樹立したのはアベベのみ。別枠のサラは世界2位を作った(2゚7'7") サラは記録、実績と評価できる。
871ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/04(火) 00:07:22
http://www.olympic.org/uk/images/flash/intro.swf

彼らは名を連ねるんでしょうか?
それとも打ち勝つ日暮里人出現?
スタメンで久々にバルセロナ映像見ました。
バルセロナの録画、持ってる人ってどれくらいいるんでしょうか?
872ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/04(火) 09:28:28
ジャマ・ロブレーは背中の筋肉を痛めてそのまま引退したみたい。
フランスの病院にかかったけど完治しなかった。
873ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/04(火) 20:37:10
ジャマのヒタヒタと追走する姿は印象的だった。
874ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/04(火) 20:40:26
瀬古さん
875ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/04(火) 23:52:29
メコネンが世界大会でまったく活躍できなかったな。五輪が棄権1、世陸が棄権3とイエテボリが唯一の完走で47位。エチオピアの選手には珍しいくらい、ビックレースでは脆かった。
876ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/05(水) 00:09:42
瀬古さん?
誰ですか?
ホセ・カンセコなら知ってますが。
877ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/05(水) 09:22:34
安定感だったらコスゲイだと思うが。
東京で圧勝した後、「自分にとって、マラソンは難しい競技だとは
思わない」と言うのはかっこよかった。
ケニアのお家芸の五輪選考トラブルの犠牲者だよな。
878ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/05(水) 09:37:14
高岡は福岡国際に出るらしいな
藤田と高岡が対決するのか
879ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/05(水) 09:55:07
>>875
反論ではありませんが、一言言わせていただきますと、メコネンはピークだった88年ソウルをエチオピアがボイコットしたのがかわいそうでした。
あの頃は本当に強かったし、デンシモもいたし、ソウルで2つのメダルを取ってた可能性は大いにありました。
たら・ればなんですけどね…。
メコネンのファンとしては黙ってられなくて。
880ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/05(水) 10:11:21
ボイコットの悲劇と言えばモスクワの瀬古しかない。
881ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/05(水) 10:35:13
>>879 メコネンは87年のローマ世界選手権もまったく優勝争いに絡まず棄権してるから、そもそも暑さに弱かったのだろう
882ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/05(水) 13:51:13
アベベ・メコネンは世界クロカンでも2位になっている
>>867
夏マラソンもあるけど、競技層の厚さも変わった気もしますね。
>>869-870
サラは強かったんだね。

記録は置いといて>>866を拡大して、五輪&世界陸上複数メダリストを考えると
88ソウル五輪メダリストは、87ローマ世界陸上メダリストと顔ぶれ同じで色違いでしたよね?

00シドニー、01エドモントンと連覇したアベラも記憶に残る。
アテネ金のバルディーニはその前の世界陸上連続銅でしたよね(アテネ前に知ったことですが)
>>866に勝手に追加(と言っても手元に資料なし。修正、補足お願いします)

【五輪男子マラソン複数メダリスト】
==========================================
アベベ(60ローマ金,64東京金)
マモ(68メキシコ金、72ミュンヘン銅)
ショーター(72ミュンヘン金,76モントリオール銀)
リスモン(72ミュンヘン銀、76モントリオール銅)
チェルピンスキー(76モントリオール金,80モスクワ金)
ワイナイナ(96アトランタ銅,00シドニー銀)
==========================================

【五輪&世陸 男子マラソン複数メダリスト】
注:五輪()、世界陸上[]としました
==========================================
ボルディン(88ソウル金)[87ローマ銅]
ワキウリ(88ソウル銀)[87ローマ金]
サラ(88ソウル銅)[87ローマ銀,91東京銀]
アベラ(00シドニー金)[01エドモントン金]
バルディーニ(04アテネ金)[01エドモントン銅,03パリ銅]
==========================================
>>883
>チェルピンスキー(76モントリオール金,80モスクワ金)
>>867より修正
チェルピンスキー(76モントリオール金,80モスクワ金)[83ヘルシンキ銅]
885ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/05(水) 19:33:38
カルロス・ロペスは五輪優勝、世界記録樹立、そして世界クロカン優勝。この組合せはロペスのみ。
886ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/05(水) 21:58:14
87年のボストンは今思うとペースメーカーがいてほしいレースだった。80年代の強豪が募ったレース。
887ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/06(木) 09:21:23
>>886
あれはあれで瀬古の強さが際立ったレースだと思う。
敗れたジョーンズが「瀬古イズザベスト」と言ってたから。
ただ、ロス以降の瀬古はかつて、競った相手を光らせる
カリスマ性を失った気がする。
宗兄弟、イカンガー、ゴメスは負けて尚強しだったけど、
復帰後の瀬古は海外3連勝したけど、スペディング、サラー、
そしてボストンの面々は凡走したというイメージしか残らない。
888ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/06(木) 12:27:16
>>887
ロドルフォ・ゴメスは長い間、メキシコのエースランナーだったな。懐かしい。
889ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/06(木) 12:45:45
国内で一番メンバーが揃って面白かったのは87年福岡だと思う。
瀬古、宗兄弟が欠場したのは残念だったが、それでも
中山、谷口、新宅、喜多、伊藤、児玉がいて、サバイバルレースの
期待がかかったが・・・。

叩き潰すような中山の走りは強いの一言。
>>889
宗弟は出場した
891ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/06(木) 15:26:01
俺はあのレースの翌夏に工藤選手と長野で同じレースに出たけど、
時の人という感じで大人気だったよ。
892ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/06(木) 15:30:47
たかしはすごい
円谷に決まってんだろ!
894ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/07(金) 13:45:14
>>889
この時は喜多も欠場。たしか移動車での解説を担当していたと思う。
895ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/07(金) 13:54:13
87年福岡は児玉、伊藤の北京・好記録組がまったく奮わなかった。
>>895
児玉はこの時坐骨神経痛が酷かったそうだ
897ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/07(金) 14:56:36
あのときは、坂口や谷口判がいた第3集団ですら
10Km通過が29分台だったもんな。
サイモンは28分そこそこで10Kmを通過したはず。
中山の10km通過が29分5秒だよ
28分そこそこって・・・
899ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/07(金) 15:31:01
中山の20キロのラップ、58分38秒は歴代の国内レースでは最速ラップではないか。
900ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/07(金) 15:46:35
58分38!!
うほっ!!
901ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/07(金) 15:51:48
>>899
その遥か前をサイモンは走っていた。
902ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/07(金) 17:34:52
>>901
サイモンは14kmで中山から遅れたよ。
22回(当時) 福岡国際マラソン 

優勝 中山竹通(ダイエー) ラップタイム

5km 14.35
10km 29.05(14.30)
15km 43.40(14.35)
20km 58.38(14.58)

中間点 1時間01分55秒

25km 1.13.48(15.11)
30km 1.29.02(15.14)
35km 1.44.25(15.23)
40km 2.00.45(16.20)
7.195km 7.33

2時間08分18秒 (大会タイ記録 87年度世界ランク1位)
中間点のタイムは今の世界記録から考えても驚異的だな
前半抑えてれば2時間6分は軽く出てたろうに
>>886
>>887

第91回 ボストンマラソン 成績 (1987年)

1、瀬古利彦(日本)     2時間11分50秒
2、Sジョーンズ(イギリス) 2時間12分37秒
3、Gスミス(イギリス)   2時間12分42秒
4、Dゴードン(アメリカ)  2時間13分30秒
5、谷口伴之(日本)     2時間13分40秒
6、R.d.キャステラ(オーストラリア)2時間14分24秒
7、Dファンデルヘルテン(ベルギー)  2時間15分02秒
8、Eヘルビュック(ベルギー)2時間15分16秒
9、喜多秀喜(日本)     2時間15分23秒
10、Kマーチン(アメリカ)  2時間15分41秒
11、Jイカンガー(タンザニア)2時間16分17秒
12、Aアブラハ(エチオピア) 2時間16分23秒
13、Rウンバーグ(スイス)  2時間17分01秒
14、Jトレーシー(アイルランド)2時間17分50秒
15、Bロジャース(アメリカ) 2時間18分18秒

この時、地元ボストン誌での前評判は瀬古の優勝7割、Sジョーンズ1割
1割トレーシー、残りの1割が85年度1万世界ランク1位のビックフォード
かアイストーンのアメリカ勢となっていた。アメリカ勢の評判は地元アメリカ
の判官びいきといえたが81年の瀬古の優勝が印象深く残るボストン市民の
瀬古に対する評価が高いという内容。
ボストンマラソン 歴代日本人優勝者

1951年 田中茂樹 2時間27分45秒(41.091km)
1953年 山田敬蔵 2時間18分51秒(41.091km)
1955年 浜村秀雄 2時間18分22秒(41.091km)
1965年 重松森雄 2時間16分33秒
1966年 君原健二 2時間17分11秒
1969年 采谷義秋 2時間13分49秒
1981年 瀬古利彦 2時間09分26秒
1987年 瀬古利彦 2時間11分50秒
87年の福岡国際、あと83年東京と福岡国際は
また見たいレースだ。
今のマラソンレースで社会現象になる物は皆無だな。

>>905
87年のボストンも夜中まで起きてて霧のためヘリが
飛ばず30km過ぎまでやきもきしながら待ってたのを
覚えてる。回線が直って映像は瀬古が独走状態になってたんだよな。
908ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/07(金) 18:49:46
>>869
サラはその他に、ワールドカップマラソン2連覇(85年広島、87年ソウルも
追加したいキャリアだ。
909ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/10(月) 10:01:38
>>907
83年福岡は代表候補5人(瀬古、宗兄弟、伊藤、喜多)がそのまま日本上位に入ったからな。代表レースの醍醐味があった。
910ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/10(月) 17:55:36
87年の福岡国際における中山の快走は
記憶に残るものだが、85年のシカゴではSジョーンズが
そのラップを上回るものをたたき出している。
30キロの通過で1.28.40は今でも残る最速ラップではないか。

85年 シカゴ・アメリカズマラソン

優勝 スティーブ・ジョーンズ ラップタイム

5km 14.44
10km 29.28(14.44)
15km 43.53(14.25)
20km 58.30(14.37)
25km 1.13.30(15.00)
30km 1.28.40(15.10)
35km 1.44.15(15.35)
40km 2.00.11(15.56)
2.195km 7.02

2時間07分13秒  当時世界歴代2位
911ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/10(月) 18:39:13
ジョーンズは確か、その後の欧州選手権で、それを上回るラップ
で快走していたものの、給水で誤ってガス入りのものを摂ったために
30Km以降、大幅にペースダウンしたんだよね?
912ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/11(火) 02:12:03
>>911
86年のヨーロッパ選手権。脱水症状を起こして大惨敗だったね。そして87年ボストン2位。「SEKO  is  super」の言葉を残して瀬古に敗れた。
913ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/11(火) 09:02:30
>>912
それでも一応、金メダルだったと思うんだけど俺の記憶違いか?
914ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/12(水) 00:21:05
ダコスタの20〜40kmって58分17だっけ?
この記録とジョーンズの前半がかみ合ったら、
2時間3分ちょっとで走れそうだな。
でも2時間を切るには、もっともっと早くないといけないんだな。
915ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/15(土) 19:01:17
スレ違いだろうけど、最も強いランナーの一人、瀬古情報で保守。

瀬古氏が監督退任 エスビー食品陸上部
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060415-00000098-kyodo-spo
 陸上日本男子マラソンの元エースで日本陸連理事の瀬古利彦氏(49)が、エスビー食品陸上部監督を3月限りで
退任し、4月1日付で同社スポーツ推進局長に就任していたことが15日、分かった。今後も陸上部の運営にかかわ
るが、講演などスポーツ普及活動などにも取り組むという。
 後任監督には2002年釜山アジア大会マラソン代表の武井隆次コーチ(34)が昇格し、中村孝生コーチ(48)が
部長となった。
 早大から1980年にエスビー食品入りした瀬古氏はマラソンで84年ロサンゼルス、88年ソウル両五輪に出場。89
年から監督として選手の指導にあたってきた。瀬古氏は「もう50歳になるし、若い人に譲ろうと思った。今後の内容は
ひとくちには言えないが、講演など、会社の内外で活動することになると思う」と話した。
>>910
1985年10月 第9回 シカゴ・アメリカズマラソン成績

1位 Sジョーンズ(イギリス)2時間7分13秒
2位 ロブレ(ジブチ)2時間8分8秒
3位 ド・キャステラ(オーストラリア)2時間8分48秒
4位 ポリ(イタリア)2時間9分57秒
5位 ザルツマン(西ドイツ)2時間10分56秒
6位 ゴメス(メキシコ)2時間11分8秒

ジョーンズは中間点を1時間1分43秒で通過。世界最高記録間違いなし
と思われたが、32キロからのミシガン湖からの向かい風の影響をうけ
スローダウン。世界最高ロペスに僅か1秒及ばず世界歴代2位の記録となった。
1998年10月 ベルリンマラソン
 優勝 ダコスタ(ブラジル)のラップタイム

5km 15分22秒
10km 30分38秒(15分16秒)
15km 46分03秒(15分25秒)
20km 1時間01分17秒(15分14秒)

ハーフ 1時間04分45秒

25km 1時間15分58秒(14分41秒)
30km 1時間30分34秒(14分36秒)
35km 1時間45分16秒(14分42秒)
40km 1時間59分45秒(14分29秒)
2.195km 6分22秒

合計 2時間06分05秒 (当時 世界最高記録)
918ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/15(土) 19:24:00
>>914

スティーブ・ジョーンズの前半とダコスタの後半を足したラップタイム

5km 14分44秒
10km 29分28秒(14分44秒)
15km 43分53秒(14分25秒)
20km 58分30秒(14分37秒)

25km 1時間13分11秒(14分41秒)
30km 1時間27分47秒(14分36秒)
35km 1時間42分29秒(14分42秒)
40km 1時間56分58秒(14分29秒)
2.195km 6分05秒

合計タイム 2時間03分03秒

919ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/15(土) 22:34:57
>>918
おそろしい記録だな。
クリスチャンセンと前半と王群かの後半を足しても
ラドクリフに勝てないのかなあ。
920ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/16(日) 00:52:26
>>918
さすがに

2.195km 6分05秒

で走った選手はまだいないのでは?
921ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/16(日) 03:44:43
うるさいばか
>>920

> 2.195km 6分05秒

>>917とあわないですね。917のあがりも40kmの通過と合計タイムがあっているのなら↓と思われ。
2.195km 6分20秒


ちなみにアテネ五輪でバルディニは30km以降を14分47秒,14分12秒
で駆け下りて、あがりも6分06秒
でカバーしてる。
マラソンに最適な標高はどのくらいなんだろうね。
高地の方が空気抵抗が少ないが、酸素分圧が低いから酸欠になり
やすい。
ロッテルダムの標高は海抜何メートルなんだろう。
924ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/16(日) 22:11:52
>>923
世界で1番、限りなく標高0mに近いコースだろなロッテルダム。
オランダ、地域によっては海抜マイナスのところもあるし。
925ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/16(日) 22:16:49
すげすげうぉー
例えば人類のほとんどが地球外に住むようになって
様々な重力下で競技するようになると
公式記録はどうなるのでしょうか?考えて見ましょう
927ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/17(月) 18:02:35
87年の福岡、久しぶりにビデオで見たが、やっぱり凄いレース展開だ。あの天候でな。
>>927
そのファイル送ってくれ!
929ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/17(月) 18:17:47
>>927
だよな。
中山が逃げた瀬古に対する怒りをぶつけたレース。
一番強かったよ。
930ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/17(月) 21:26:20
>>913
86年の欧州選手権の覇者はボルディン(イタリア)。 2時間10分54秒で世界デビューを果たした。
931ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/17(月) 23:44:41
87年福岡の中山、前半の走りは本当に「最強」だな。俺も今、昔のビデオ見たよ。
932ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/17(月) 23:54:21
87年福岡のビデオ、オレのはベータ・・・もう見られない orz

新宅が冷たい雨の中、歯を食いしばって2位に上がってきたのにも感動したような思い出がある
933ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/18(火) 00:15:17
あの時の福岡は40キロ手前でおっさんが中山に握手を求めて中山に接触した。それがかなりダメージになるくらい寒さと豪雨になったんだよな。(ゴール地点)
87福岡は永久保存版だな。代表選考会であのペースだからな。
935ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/18(火) 23:38:38
今話題の中山勝利の福岡、藤田日本最高の福岡はビデオ化(DVD化)してほしぃ…
あと谷口優勝の世界選手権東京もいいな。
俺的には、最後の公正な選考レース、83福岡もだな。
937ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/19(水) 01:22:07
レースの面白さなら日本最高をだした瀬古優勝の83東京国際をぜひDVDに。
79福岡の瀬古、宗兄弟のワンツースリーをまた見たいなあ。あの頃はビデオも普及してないしな。
レベルの高いレースじゃなかったが92東京もよかったな
中山・森下が万全じゃなかったから混戦でマラソンの醍醐味たっぷりだった
940ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/19(水) 15:39:05
第一回ワールドカップマラソンが観たい。
黒いカーテンの中、孤軍奮闘する中山に感動。
79、83、87、00福岡国際
83、92、東京国際
ほかに85W杯広島、91東京世界陸上

このあたりがベストレースのようだね。

個人的には81年 ボストンの瀬古優勝のレースもよかったな。
まだ最近だけど2003福岡もよかったよ
国近諏訪高岡のね
アテネの結果が悲惨だっただけにアレだけど
943ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/19(水) 18:39:07
87年福岡での代表選考会は瀬古欠場で物議を醸したが
同じソウルの選考でイギリスも揉めた。
原因はSジョーンズ。義務づけられたロンドンマラソンのイギリス
選考レースをパスし、高額レースのボストンの結果で代表権を獲得
したいと言い出した。世界最高を出したころのジョーンズであれば
周りは何もいえなかったらしいが、このころは下り坂の頃、
86年欧州で失敗し、87年ボストンは瀬古に負け2位。暮れの
福岡国際に出場を表明するが風邪でエントリー前にキャンセル。
他のランナーからは「同じレースで代表を決めるべき。まるで裏口から
入ろうとしているようだ。」と批判された。
 なにせイギリスは前回のロス五輪(84年)でもロンドン2位の
ケビン・フォスターを落選させ、ボストンで好タイムをだした
ジェフ・スミスを代表にしている。

ジョーンズは強引にボストン出場を決め、代表権を目指したが
もう往年の力はなく優勝のフセインから5分以上遅れの
9位 2時間14分7秒で代表を逃した。
 ケニヤも毎回お家騒動があるし、強豪国のマラソン代表の選考は頭を痛めて
いるようだ。
944ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/19(水) 19:24:47
>>943
確かにSジョーンズは衰えかけだったけど、
ソウル五輪後の同年のNYでは2時間8分20秒の好記録で優勝してるな。
とはいえ、Sジョーンズが五輪代表に選ばれなかったのは正解だったと思う。
ジョーンズ、来日して北海道マラソンを走った時は、過去の世界最高を
出した頃のSジョーンズを知っている人間にとっては別人のような遅さだった。
同じレースを走ったメコネンもグタグタだったが、彼は数年後奇跡の復活を遂げた。
81年のサラザールの時は結構な話題になった記憶が・・・
なにしろ12年ぶりの更新だったからなあ
おまけに瀬古や宗兄弟が現役の頃で
男子マラソンの人気は相当なものだった
>>941
古いヤツはDVDにして通信販売でもしてくれないかな。パッケージとかに工夫いらないから。
日本マラソン黄金時代のレースをフルで見たいよ・・・
ここのその時代を詳しく知ってる人たちに激しく嫉妬嫉妬ヽ(`Д´)ノ
947ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/19(水) 23:43:51
>>946
野球でいうと長島、王の全盛期のような感じか=80年代の日本マラソン そして86年の北京国際、児玉の日本最高樹立レースも面白かった。
>>947
児玉のはさー距離が・・ゴニョゴニョ
949ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/19(水) 23:58:43
>>946
どうせなら映像残ってるレース全部DVD化して販売してほしいのう。
アベベとかショーターの頃の時代のレースも観てみたいものだ。
950ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/20(木) 00:10:22
瀬古や宗兄弟達の時代でも もう20年以上前だからな。今思えば見応えのあるレベルの高いレースをしてたんだよな。
951ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/20(木) 00:19:53
瀬古の時代のサブテンは今の6分台の価値があるんじゃないか。
952ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/20(木) 00:29:02

山田敬蔵さんは今の時代だと何分台の価値がありますか?
ボストン優勝者ですがどれだけのランナーかぴんとこないので。
953ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/20(木) 00:36:07
>>952
山田敬蔵さんのタイムは当時の世界最高だったような。
でも距離不足で後で認定されなかったような。
当時は2時間20分切れれば超一流扱いだったので
今の男子の記録と較べるよりも、今の女子と比べた方が一緒で分かりやすいかも。
954ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/20(木) 08:42:05
>>952 >>953
山田敬蔵さんの1953年ボストンの優勝記録は2:18:53で当時世界最高です

昔もすごいけど、実は78歳の今もすごい人です
先日ボストンにも特別招待選手で10年連続出場しました
ゼッケンbヘ優勝した年と同じ#1953、大会主催者も粋です
結果は後半足にきたようだが、それでも4:16で完走、前半のペースから恐らく予定はサブ4

マラソンの父・金栗四三の直弟子、総走行距離は32万キロ、地球8周
今でも超早朝(確かAM2:00とか3:00)から毎日30キロ走る


>>951
当時のサブテンが今の6分はオーバー。8分ぐらいでしょう?

中山竹通は当時でも「2時間10分なんてジョギングですよ」と雑誌のインタビューで中山節炸裂させてました。
北京の7分の記録を聞いても、7分なんて条件さえあえば自分だけでなく瀬古なんかも、いつでも軽く出せると感じてたようだ
955ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/20(木) 08:48:12
>>943
その点、アメリカは馬鹿正直だよな。
マイヤーが選考会で落ちたしな。
考えてみると、ロス五輪前がアメリカのマラソンの一番いいとき
だったのかな。
956ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/20(木) 10:25:28
>>954
中山が出現してからの時代はそれはサブテンは今の8分台くらいだろうが、瀬古の全盛は80から83年くらいまで。この頃は10分を切れるのは本当に世界で10から15人くらいだったよ。
957ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/20(木) 10:40:23
>>955 イギリスも馬鹿正直だったんだよ。モントリオールの選考会では当時
無敗で現役最高記録(歴代2位)を持っていたトンプソンが選考会7位だった
ので落ちている。最近は正直者は馬鹿を見る時代だけど、最強の称号を得よう
とするのに国内選考でせこく立ち回ろうとする輩が多すぎる。日本みたいに
テレビ局も御せないのは論外だけど。
958ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/20(木) 10:55:06
日本の場合はテレビ局の問題があるから一発選考会はもう無理だと
思うな。
石原の東京大都市マラソンについても、テレ朝が女子を手放す事に
対して首をたてにふらなかったわけだからね。
選考レースが複数あっても実質一発選考に近いときがある。92東京、03福岡とかね。
男子は有力選手が集中するけど女子は層が薄い上に分散するからつまらないよね。
960ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/20(木) 18:51:47
>山田敬蔵さんの1953年ボストンの優勝記録は2:18:53で当時世界最高です

>>5
961ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/20(木) 20:35:45
>>956
失礼しました
瀬古の時代=瀬古全盛期(80〜83年くらいまで)だったんですね
80〜83年のサブテンが今の6分なら納得です

>>960
ご指摘?ありがとうございます

まず山田敬蔵さんの優勝記録間違えてました。すみません
○ 2:18:51、×2:18:53
この記録を出したのは1953年4月です

>2時間18分40秒2 ピータース(イギリス) 1953
多分 >>5 で、指摘されているであろうピータースの記録は
ベルリンマラソンで1953年6月に出したものなので(間違ってたらすみません)
山田氏の記録も1ヶ月以上は世界最高記録にあったはずです
そして距離不足が判明した3年後に参考記録となり
世界記録変遷リストからの抹消されたのではないでしょうか
これだと「当時世界(最高)記録」という表現は使えないのかなぁ・・・

>(2時間08分13秒 サラザール(アメリカ) 1981)
>(カッコ)は後日距離不足のため抹消
・・・にもかかわらずリストにサラザールの記録がカッコ付で残っているのは?です
それとも公認されるまでの間に破られたんでしょうか?ご存知の方いたら教えてください
962ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/20(木) 23:59:14
>>961 当時のことはわからないけど55年のボストンでも距離不足のまま浜村が
歴代2位の記録で優勝したと報道されている。ということは当時は世界最高記録
変遷史には残っていたのだろう。逆に言えば>>5氏がサラザールを残しているのは
当時の新聞報道や84年まで世界記録として扱われていたことを覚えているからと
思われる。普通の記録変遷史からは抹消されているよ。もう一つ考えられるのは
80年頃まで記録の公認は年末に一括して行われていた。だから寺沢の世界記録の
ように同じ年内に破られた世界記録は公認された変遷史には載らなかった。山田
さんの分はすぐそれを上回る記録が出たのでよけいに印象が薄いのでは。

77年にはニュージーランドの
マラソンでチェトル等が2時間2分台で大騒ぎになったけど、さすがにすぐ距離不足
が分かって、世界最高として公認ということにはならなかった。
963ゼッケン774さん@ラストコール:2006/04/30(日) 23:10:17
金栗四三時代の日本のマラソンのコースってどこだったん?
毎日マラソン(びわ湖毎日)が日本最古のマラソン大会と言われているけど
戦前はどうやって五輪の選考とかしたん?    
964ゼッケン774さん@ラストコール:2006/05/06(土) 00:58:32
箱根駅伝が選考会の代わりになったとか?  
965ゼッケン774さん@ラストコール:2006/05/08(月) 12:06:56
今の選手を見てると、いかに80年代はタレント性と実力を兼ね備えた選手が多かったことを再確認する。
966ゼッケン774さん@ラストコール:2006/05/15(月) 13:51:08
中山とか楽太郎とか。
967ゼッケン774さん@ラストコール:2006/05/15(月) 16:50:59
>>963

「マラソン」と銘打って開催されたのは明治42年3月、
大毎主催の神戸湊川ー新淀川西成大橋 間の31.8kmのコースで
開催された。

明治44年、ストックホルム五輪参加が決定し、その年結成された
大日本体育協会の手によって予選会が開かれた。
この予選会(25.2マイル  40.2km)で優勝したのは
金栗四三。2時間32分45秒で走破し、世界記録を破ったと
号外が出るほどの騒ぎになった。今では測定方法にもナゾがあり
またマラソンの公認距離もまちまちだっいたため未公認記録。
968ゼッケン774さん@ラストコール:2006/05/15(月) 20:57:49
>>967
大正13年に42.195kmに統一するまでは25マイルとか40km前後を採用してた。
969ゼッケン774さん@ラストコール:2006/05/15(月) 23:35:29
金栗四三は83年ロス五輪選考の福岡国際の前に他界してんだよな。御年90歳を越えてた。
970ゼッケン774さん@ラストコール:2006/05/17(水) 08:43:55
>>968 詳細は不明だが、この年に明治神宮外苑に競技場ができフルマラソンのコースを作った模様。
971ゼッケン774さん@ラストコール:2006/05/17(水) 21:38:55
戦前の面白いレースとして
昭和4年に大阪ー東京間を8日間かけて走る
643kmマラソンが開催されている。
優勝は昭和3年(前年)にアムステルダム五輪で
4位入賞をした山田兼松(香川)が59時間29分11秒
のタイムで優勝している。
2回大会も同じコースで開催されたが、第3回大会は
青森ー東京間 756km だったよう。
972ゼッケン774さん@ラストコール:2006/05/18(木) 19:28:35
へー
ここ濃すぎ。。
過去マラソンのdvd化の話って全くないの?でも当時のcm付きでみたいと思ってるやつは俺だけじゃあるまい。
974ゼッケン774さん@ラストコール:2006/05/28(日) 08:19:03
NHKアーカイブで福岡国際やびわ湖毎日のレースを公開してくれないかな。
まだ公開リストに無いし。テープはあるのから。 
この板濃すぎて濃すぎて…だがそれがいい。純粋に陸上で面白い。
本当に名対決DVD化してほしいよ
陸連andテレビ局さんお願いします
976ゼッケン774さん@ラストコール:2006/05/29(月) 00:20:06
私も70年代後半からマラソンを見ているが、やはり80年代の黄金時代のマラソンは面白かった。
977ゼッケン774さん@ラストコール:2006/05/29(月) 00:33:50
爺乙
978ゼッケン774さん@ラストコール:2006/05/29(月) 07:55:15
>>954 この当時の選手ってスゴイ言葉を残してるよな
谷口も90年位の陸マガかなんかのインタビューで
「5`16分なんてその場で足踏みしてるようなものだから・・・」
なんて聞いて子供心にビビッた記憶がある。
979ゼッケン774さん@ラストコール:2006/05/29(月) 07:59:16
マラソンのビデオって当然レンタルビデオでもないよな?
87の福岡がマジで見たい!
980ゼッケン774さん@ラストコール:2006/05/29(月) 10:05:13
78年 別府大分  (宗茂 日本最高記録樹立 初のサブテン)
78年 福岡    (瀬古 初優勝)
79年 福岡    (モスクワ五輪代表選考会 瀬古・宗兄弟 ワンツウスリー)
80年 福岡    (瀬古 三連覇)
81年 ボストン  (瀬古 初優勝)
83年 東京    (瀬古 日本最高記録樹立)
83年 福岡    (ロス五輪代表選考 瀬古優勝)
85年 W杯広島  (中山2位 日本最高記録樹立)
86年 北京    (児玉・伊藤 日本最高記録樹立)
87年 福岡    (ソウル五輪代表選考会 中山優勝)
91年 別大    (森下 初マラソン日本最高記録樹立)
91年 世界選手権 (谷口 日本人初優勝)
92年 東京    (バルセロナ五輪選考会 森下優勝)

70年後半から90年前半くらいまでの 黄金時代mの
DVD化してもらいたいレースはこんな感じかな。
どれも面白いレース。
981ゼッケン774さん@ラストコール:2006/05/29(月) 21:03:13
>>980
78年の別府大分はまだ全国ネットでの放送ではなかったんだよな。
翌年から全国ネットでの放送が始まり、喜多と武富の秒差のラストスパート合戦も懐かしいレースだ。
982ゼッケン774さん@ラストコール:2006/05/29(月) 21:04:26
爺きめえwww
30超えてる奴は2chなんかやるなよwwwwwww
中山が一躍全国区になった84年の福岡を見たい
確かゴールでバンザイしたためサブ10を逃したというレース

ロス五輪後はショックで、しばらくマラソンを見てかったので・・・
984ゼッケン774さん@ラストコール:2006/05/29(月) 22:09:55
>>983 雁ノ巣折り返し最後の大会でしたね。
後半、ハイルマンと抜けだし ハイルマンの足の痙攣と同時に中山がスパートをした。
今考えると中山が唯一、競り合いに勝って優勝したレースなんだよな。
985ゼッケン774さん@ラストコール:2006/05/30(火) 00:27:33
986ゼッケン774さん@ラストコール:2006/05/30(火) 00:34:21
>>980

リアルタイムでは見てないのですが、1985年の北京国際のビデオを借りました。このレースで宗兄弟の走りノーカットで見ました。ラストの争いは面白かった。
987ゼッケン774さん@ラストコール:2006/05/30(火) 00:40:51
83東京の瀬古って、5区間連続14分台で走ったんだよな。
それ以来、日本人ではだれもやっていないのでは?
988ゼッケン774さん@ラストコール:2006/05/30(火) 01:22:33
DVDは権利関係で難しい?
>>988
採算の問題とか
990ゼッケン774さん@ラストコール
せめてNHKアーカイブスで