【世界の】「南京大虐殺」は嘘【常識】122次資料

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657日出づる処の名無し:2010/12/29(水) 22:24:45 ID:v7sY7Ywl
証拠 - Wikipedia
民事訴訟における証拠
証拠の位置付け
民事訴訟においては、当事者間に争いのない事実(裁判上の自白が成立した事実)及び裁判所に顕著な事実については、そのまま判決の基礎とすることができ、
証拠によって立証する必要がない(弁論主義、民事訴訟法179条)。
したがって、証拠によって立証する必要があるのは、当事者間に争いのある事実(争点)に限られる。
そして、裁判所は、証拠調べの結果(証拠資料)及び弁論の全趣旨に基づいて、自由な心証により、争点についての事実認定を行う(民事訴訟法247条)。
弁論の全趣旨(べんろんのぜんしゅし)とは、当事者の主張そのものの内容、その主張の態度のほか、
訴訟の情勢からすればある主張をし、又はある証拠を申し出るはずなのに、これをしなかったり、時機に後れてしたりしたこと、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
当初は相手方の主張を争わなかったのに後で争ったこと、裁判所や相手方の問いに対して釈明を避けたことなど、口頭弁論における一切の事情をいう
(大審院昭和3年10月20日判決)。
このように、証拠調べの結果(証拠資料)のほか、弁論の全趣旨も証拠原因に含まれることとなる。
民事訴訟においては、証拠能力には、原則として制限がない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
つまり、肯定説は「部隊名不明」という否定説の主張に対して、なんら否定する主張も証拠の申し出もしなかったとw
たとえチラシの裏にマジックで書かれた物でも、パソコンを使ってプリントアウトした物でも民事訴訟では《証拠能力には、原則として制限がない》のだから、とにかく
提出さえすれば《原則として》証拠として認められたはずなのに提出しなかったとw
(さすがにチラシの裏やプリントアウトしたものを「戦前の戦闘詳報」と言って提出するのは《原則として》みとめられないだろうがw)
所詮、第一大隊戦闘詳報とやらはそれと同レベルの代物だったということでしょうねw
658日出づる処の名無し:2010/12/29(水) 22:41:03 ID:cd589oKE
> つまり、肯定説は「部隊名不明」という否定説の主張に対して、なんら否定する主張も証拠の申し出もしなかったとw

そりゃ55年の時点では学会でも部隊名不明だと思ってるんだから反論しないだろw
と、何度も言ってるが、いつになったら理解するんだこの精神病患者の否定派どもはw
659日出づる処の名無し:2010/12/29(水) 22:49:33 ID:tZm8GDNc
>>658
今見ると中に「66連隊」と書いてあるのに何で「部隊名不明」だったんだろうね?
「部隊名は後から書き加えただけニダ」って正直に言っちまいなよw
660日出づる処の名無し:2010/12/29(水) 22:50:21 ID:SSbCT/LI
★刑法第246条(詐欺) 
@人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
A前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする
★刑法第250条(未遂罪)
 この章の罪の未遂は、罰する。
◎民事裁判で偽造ないし虚偽公文書を証拠として提出することは、行使罪を構成するのはもとより、詐欺利得罪(いわゆるA項詐欺=第三者詐欺)をも構成します(既遂か未遂かは論外)

そりゃ提出できないわけだよなあw
661日出づる処の名無し:2010/12/29(水) 22:50:36 ID:RnZfw+01
肯定派のド低脳共に、民事訴訟法語っても理解できないよ

民事裁判で勝訴とかで喜び狂う朝三暮四のサル並の知能しか持って居ないから
662日出づる処の名無し:2010/12/29(水) 22:53:31 ID:SSbCT/LI
>>658
つまり55年の時点では「学会の連中は中身を見ていなかった」と主張するんだなw
学会ってのは馬鹿の集まりですかwww
663日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 02:42:20 ID:yyE4GkQI
10万人虐殺したとか主張してだから イデオロギー馬鹿だろ
664日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 08:09:15 ID:PdJTP6Xu
>>660
そんな一生懸命、児島が偽証したと主張しなくてもw

>>662
見てなかったのかもしれないな
南京大虐殺の研究が飛躍的に進んだのは昭和55年前後からそれ以降だから
丁度様々な資料の発掘、収集の過渡期でまだ研究者もみていなかったと

南京事件調査研究会の発足も昭和59年
ここから一気に研究は進んで、その結果まぼろし派は壊滅的打撃を受けたのは皆さんご承知の通りwww

昭和55年当時の研究がまだ未熟であったのは認めざるを得ないだろう

ここの否定派が、昭和55年時点の研究でしか語っていない裁判記録を指して
当時の研究の未熟さを指摘することに終始しているのは
壊滅的打撃を受ける前の時代が懐かしくて仕方ないんだろうなwwwwwwwwwww

哀れ否定派wwwwwwwwwwww
665日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 09:42:50 ID:RUuqruf6
>>664
55年当時のみならず、今日に致まで肯定派学者は誰一人として「戦闘詳報は信憑性がある」との見解を出した者はいませんw

ついに戦闘詳報まで論破された惨めな馬鹿肯定派w

「民事」裁判で勝ってるはずなのに、この馬鹿肯定派が「全敗」したのは何故でしょうか?wwwwwwwwwwwwwwww

あぁ〜かわいそwwwwwwwwwwwwwwww
666日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 09:52:42 ID:PdJTP6Xu
今では戦史研究所にすら第一大隊戦闘詳報と銘打って保管されており
秦も笠原も第一大隊戦闘詳報として著書に載せているのに

「信憑性があるとは言ってないもんねー、自著で第一大隊と言ってるだけだもんねー」
とまるで小学生のような煽りに終始する情けない否定派wwwwww

2010年も否定派は哀れでしたwwwwwwwwwwwwww
667日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 10:03:48 ID:RUuqruf6
>>666
「著書」に載せるだけなら否定派学者ですらやってますが?wwwwwwwwwwwwwwww

本当にこの肯定派は馬鹿ですねwwwwwwww

著書に載せてるだけでは意味がありませんw
この戦闘詳報に対してどのような「見解」を述べてるのかが重要ですw

否定派学者は「信憑性がない」との見解をだしてますw
対して肯定派学者はどなたも何も「見解」を出してませんw

肯定派学者による「戦闘詳報は信憑性がある」等の見解が存在しない以上、戦闘詳報を信じる「根拠」が存在しませんwwwwwwwwwwwwwwww

本当に馬鹿な肯定派ですwwwwwwwwwwwwwwww
ここまで恥を曝し続けてどうして自殺しないのか不思議ですwwwwwwwwwwwwwwww
668日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 10:20:55 ID:RUuqruf6
>>666
2010年はあなたにとっては全てを失った最悪の年だったでしょうねwwwwwwwwwwwwwwww

他の肯定派にどれだけ迷惑をかけてるか考えたことはありますか?w
自覚してくださいw
そしてさっさと自殺してくださいwwwwwwwwwwwwwwww
669日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 10:25:52 ID:PdJTP6Xu
悔しがりすぎwww
670日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 10:30:58 ID:RUuqruf6
>>669
何を悔しがればいいのか教えてくださいなw
それができないのなら、これ以上他の肯定派に迷惑をかけないためにもさっさと自殺してくださいwwwwwwwwwwwwwwww
671K−K@南京事件資料集:2010/12/30(木) 12:01:46 ID:u8p9X+iN
久しぶりに覗いてみましたが、否定派は相変わらず低レベルなことを書いているようですね。
せっかく規制解除となり書き込めるようになったので、燃料を投下しておきましょう(笑)。

『南京大虐殺の証明』(洞富雄著、朝日新聞社、1986年)p.302-304
■第十軍所属第百十四師団(宇都宮)歩兵第六十六連隊(宇都宮)による捕虜一三五四人処刑(十二月十三日)
 児島襄氏は『日中戦争』第三巻で、部隊名を秘して、ある大隊の戦闘詳報から、中国兵捕虜の集団虐殺に関する記述を紹介している。
児島氏は、「この戦闘詳報の部隊名は不明であり、記述の中にある旅団名もわからない」と、とくに断っている。
これはなにかの理由で出所を秘したのであろうが、秦郁彦氏の『南京事件』(中公新書、一五六〜一六〇ページ)によって、これは第百十四師団歩兵第六十六連隊第一大隊の『戦闘詳報』であることがわかった。
十二月十二日、第一大隊は、中華門を閉ざされて城内へ撤退できなくなった雨花台からの敗走兵と白兵戦三時間の後、一三五四人を捕虜とした。
翌十三日、城内の掃討戦でも、第六十六連隊は三百余人の捕虜を獲た。これらの中国兵は、この日、苛酷な運命に見舞われた。
第一大隊の『戦闘詳報』の問題の記事を、児島氏の著書から援引させていただく。

…戦闘詳報略…

 以上の諸事例は、一九八四年中に、私たちが入手することのできた、捕虜・便衣兵の集団虐殺に関する■決定的証拠■である。
こうした多くの関係資料を目の前にしては、南京アトロシティーズ否定論者や文部省の教科書調査官たちの、「一級史料がないから」という主張はもはや論拠を失ってしまったことが明らかになったと思う。

南京事件資料集
http://kknanking.web.infoseek.co.jp/
南京大虐殺 論点と検証
http://wiki.livedoor.jp/kknanking/d/%c6%ee%b5%fe%c2%e7%b5%d4%bb%a6%a1%a1%cf%c0%c5%c0%a4%c8%b8%a1%be%da
672<:2010/12/30(木) 12:16:18 ID:7a4invAP
>>671
なんだ、腰を抜かして逃亡した腰抜けチンカスK-Kじゃん・・・(´・ω・`)
まだ生きてたの?・・・(´・ω・`)

化石団塊馬鹿世代はさっさと死んだ方がいいんじゃね?・・・(´・ω・`)
673<:2010/12/30(木) 12:35:56 ID:7a4invAP
>>671

  >秦郁彦氏の『南京事件』(中公新書、一五六〜一六〇ページ)によって、これは第百十四師団歩兵第六十六連隊
  >第一大隊の『戦闘詳報』であることがわかった。

     ↑    ↑    ↑    ↑
●”ホラ” も秦著書を引用しただけだろうが、アホ♪肝心の ”秦” は何て書いてんだ?♪ニヤニヤ・・・(・∀・)
674<:2010/12/30(木) 12:53:07 ID:7a4invAP

よくよく読むと、家永チンコ側もこの裁判では ≪ ボコボコ ≫ にやられてんだよな・・・(´・ω・`)

  ■『最高裁(第三小法廷)平成09年08月29日判決』
  http://www.hiraoka.rose.ne.jp/C/970829S3.htm
  (二)原審の確定した事実関係は、次のとおりである。 ≪ ※『原審』 ⇒ 高裁判決の事 ≫
   ・・・・
  (三)・・・・
   しかしながら、本件原稿記述が「とくに第八路軍は華北などに広大な解放地区をつくりだし、住民の支持をえて、点と
   線とをたもっているにひとしい日本軍にくりかえし攻撃を加え、ゲリラ戦の経験のない日本軍をなやませた。」との記述
   に続くものであり、その冒頭が「このために」で始まっていることに照らせば、本件原稿記述は、第八路軍が解放地区
   を作り出した華北などの戦場における日本軍の行動を記述したものであるといわざるを得ないところ、前記の事実に
   よれば、華北などの戦場における貞操侵害行為については特に取り上げて記述すべきほど特徴的に頻発しあるいは
   残虐であったとする学説、資料は存在しなかったというのであるから、華北などにおける戦場の記述の中で貞操侵害
   行為を取り上げて記述することは適切ではないというべきであり、文部大臣が、選択・扱いの上で適切ではなく、特定
   事項の強調に当たるとして修正意見を付したことに裁量権の範囲を逸脱した違法があるとはいえないというべきである。
 
   右と同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を
   含め、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、原審の認定しない事実を交え、独自の見解
   に立って原判決の法令違背をいうものであって、採用することができない。
675日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 13:05:14 ID:/O1nuTJD
KING OF KICHIGAI(=K−K)
キタ━━━━ヽ(・∀・` )ノ━━━━!!!!
676<:2010/12/30(木) 13:25:34 ID:7a4invAP
●この ”戦闘詳報” が異様なところ、且つ ”秦” が ”池沼” なところ・・・(´・ω・`)

  十二月十三日
  一 午前一時三十分左記連隊命令を受く
   歩六六作命甲第八十四号 歩兵第六十六連隊命令
   ・・・・
   9.予は連隊本部に在り命令受領者を出し置くべし
   連隊長 山田中佐 ←←←←←←※注目・・・(´・ω・`)∩

  八 午後二時零分連隊長より左の命令を受く
   左記
   イ 旅団命令により捕虜は全部殺すべし
   ・・・・・
   ≪ ???????????? ≫ ←※命令受領者不明・・・(´・ω・`)


●命令系統は下記の様になっている・・・(´・ω・`)
  ≪ 第114師団(末松師団長) ⇔ 歩兵第127旅団(秋山旅団長) ⇔ 歩兵66連隊(山田連隊長) ≫

  ≪ 旅団命令 ≫ を受ける立場にあるのは ≪ 歩兵66連隊(山田連隊長) ≫ ・・・(´・ω・`)
  現に、『十二月十三日・・・第八十四号・・・連隊命令』は山田中佐が確認している・・・(´・ω・`)

●つまり、この戦闘詳報は、≪ 歩六六連隊の戦闘詳報 ≫ のハズなのに、何でいきなり ≪ イ旅団
  命令により捕虜は全部殺すべし ≫ が ≪≪≪ 第一【【【大隊】】】 ≫≫≫ の戦闘詳報になるのか
  さっぱりワケが判らん・・・(´・ω・`)

●池沼秦に聞きたい・・・(´・ω・`)
  ≪ 歩六六連隊戦闘詳報 ≫ なのに、何で ≪≪≪ 第一【【【大隊】】】 ≫≫≫ の戦闘詳報が混じ
  ってるの????????????・・・(´・ω・`)

●これに気付かない ”ホラ” もド級の池沼だな・・・(´・ω・`)
677日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 14:41:12 ID:5gYGk+0j
>>664
>そんな一生懸命、児島が偽証したと主張しなくてもw
児島がこの戦闘詳報を「第一大隊のもの」と言ったのなら偽証だろうなw
しかし、実際には「部隊名不明」と言ってるようだがw
678日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 14:54:06 ID:oV08OD8y
なるほど。第一大隊の戦闘詳報なら、命令受領者は第一大隊の誰かでないとおかしいわけね。確かに歩66連隊長が受けてるのは変だ罠。
679日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 15:10:08 ID:RUuqruf6
勉強になりますw
秦教授は本当に池沼だったのでしょうかw
680日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 15:46:20 ID:PdJTP6Xu
>>676
また何か、熊本県の恥晒しが、妄想自論を展開し始めたぞwww
年明けまでに、妄想をもっとよく練って来いwww
今度はこんなお粗末な捏造の数々を指摘されないようにしっかり調べてこいよwww

【南京】東中野裁判4【新路口事件】
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/history2/1289670091/417
417 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2010/11/28(日) 11:16:57 ID:hCLdP65jO
このスレになってからの顔文字の自爆まとめw

@よって『馬台街110号』が言い間違ってた可能性は無い・・・(´・ω・`)
→143頁3行目 【【【馬台街→馬道街】】】

A 一体どの ≪≪ 証言の街名 ≫≫ が違ってたの?♪・・・(・∀・)
→疑問に思う方がどうかしてるわw 許伝音証言では【 新 開 路 】だろ。

B”道” はさんでるから致命的だワ・・・(´・ω・`)
→新路口はその通りの両側が対象 だから道の南側も「新路口」

Cオイラがスレを立てた ”翌日” に ”訂正” してるのに ”釣られて無い” はねーだろwwwwwwww
→先日(10/31)は、丁寧なご提案をいただき、ありがとうございました。(略)時間がかかってしまいましたが、「正誤一覧」を作りました。

D誰 が ど う 見 て も ”馬 道 街 110号” は ”隣 り” の 区 画 な ん だ が? ♪・・・(・∀・)
→境界部分がかなり食い合う場合が珍しくないことを実例で示され、あっさり爆死!wwwwwwww
→2003年7月(夏さん証言は2002年4月)以降が反映されたグーグルマップでタコ踊りを繰り返していた否定派さん乙ですwwwwww

Eそりゃ ”馬道街110号に住んでました” って答えりゃ、”証言の街名が違う” と言われる罠・・・(´・ω・`)
→笠原教授の聞き取り調査で初めて出た「馬道街110号」を、聞き取り調査前に日本の右派が街名が違うって言うかよバーカw

F実際の ”新路口5号” とされる事件現場のフィルムを見ると、大きな ≪ 空き地 ≫ が写ってるね・・・(´・ω・`)
→彼女が撮影者〔の私〕を、【【死体が後に持ち去られた広々とした場所】】を案内してくれた。
681K−K@南京事件資料集:2010/12/30(木) 16:30:15 ID:u8p9X+iN
>>673
相変わらず、日本語が読めない苦手なようですね(哀)

私は下記の主張に対して
>>667
>肯定派学者による「戦闘詳報は信憑性がある」等の見解が存在しない以上、戦闘詳報を信じる「根拠」が存在しません

次のような肯定派学者の見解を提示したわけですよ。
『以上の諸事例は、一九八四年中に、私たちが入手することのできた、捕虜・便衣兵の集団虐殺に関する■決定的証拠■である。 』

もちろん、他の肯定派の歴史学者も、捕虜虐殺の根拠として肯定的に使っているわけですから、肯定派の歴史学者のほとんどは「決定的証拠」だとおもっていることでしょう。

南京事件資料集
http://kknanking.web.infoseek.co.jp/
南京大虐殺 論点と検証
http://wiki.livedoor.jp/kknanking/d/%c6%ee%b5%fe%c2%e7%b5%d4%bb%a6%a1%a1%cf%c0%c5%c0%a4%c8%b8%a1%be%da
682日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 16:39:44 ID:sauN70oG
>>676
いや旅団から連隊への命令を中継するのは大隊の仕事だから
大隊の戦闘詳報に連隊への命令が記述してあっても不思議じゃない

もう少し冷静に行こうや
683K−K@南京事件資料集:2010/12/30(木) 16:41:20 ID:u8p9X+iN
>>676
ちゃんと秦の本を読んでから書いたらどうでしょうかね?

(1)『南京事件 増補版』(秦郁彦著、中公新書、2007年)P159には、『歩66連隊T大隊の戦闘詳報』と明確に紹介されています。
(2)私が>>671で紹介した洞富雄氏の文章の中にも
『これはなにかの理由で出所を秘したのであろうが、秦郁彦氏の『南京事件』(中公新書、一五六〜一六〇ページ)によって、これは第百十四師団歩兵第六十六連隊第一大隊の『戦闘詳報』であることがわかった。 』

つまり、普通の人間はこれを「歩66T戦闘詳報」と理解しているのであり、それが理解できないあなたは、少々頭がアレのようですね(笑)。
いわゆる「ネットDE真実」クンなのでしょう。

南京事件資料集
http://kknanking.web.infoseek.co.jp/
南京大虐殺 論点と検証
http://wiki.livedoor.jp/kknanking/d/%c6%ee%b5%fe%c2%e7%b5%d4%bb%a6%a1%a1%cf%c0%c5%c0%a4%c8%b8%a1%be%da
684日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 16:46:16 ID:sauN70oG
>>681
あんたは俺の「この命令が事実とすると、他の連隊にも命令があったはずなのに何も残っていない
つまり、これ以外の部隊は命令を受けてさえおらず、捕虜の虐殺は66連隊分が全てになるよな」
って質問のレスに窮して「途中で命令が変わったんだよ」とか捨て台詞吐いて逃走したよね

こんな恥ずかしい事して、良く第一大隊戦闘詳報の論戦できるよな
もし続けるなら先の質問に論理的な答え出してからにしろよw
685日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 17:08:39 ID:RUuqruf6
>>680
あなたまだ生きてるのですか?w
さっさと自殺してくださいなwwwwwwwwwwwwwwww
686日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 17:13:29 ID:RUuqruf6
>>683
肯定派が蒼白になってるのが笑えるw

第一大隊の戦闘詳報なら、命令受領者は第一大隊「所属」の人です。
なのに何故、66連隊長山田中佐の名前が「受領」のところにあるのですか?w
687日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 17:22:39 ID:oV08OD8y
>>683
秦は第一大隊のものと書いちゃってるけど、そもそも大隊が何で旅団命令を受けるの?大隊が受けるのは連隊からの命令だろ?
688日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 17:28:54 ID:oV08OD8y
>>682
すげー適当な妄想(笑)
689日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 17:49:45 ID:RUuqruf6
>>683
ド素人解釈を曝してるお馬鹿肯定派さんw
「…捕虜は全部殺すべし」の命令を受領したのは誰ですか?wwwwwwww
690日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 18:14:06 ID:RUuqruf6
>>680
ところであなた、夏さんの家の目の前は「広場」だったことは理解できましたか?w
できないのならさっさと自殺してくださいなwwwwwwww
691日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 22:48:25 ID:93yHJWwT
私は南京大虐殺はあったと思います。
南京大虐殺は本当にあったからこそ南京に大虐殺記念館が
あるのではないのでしょうか?
そこには広島、長崎の記念館にあるのと同じように様々な写真が
展示されています。日本でもこのような悲惨な歴史は繰り返しては
いけないという思いで建てられたと思います。(もちろん南京でも)
どの位の人が虐殺で亡くなられたかはわかりませんが、南京大虐殺記念館では
むごい写真も沢山展示されており1枚1枚見る度に心痛みました。
日本人のコメントも戦争に関わった人の顔写真付きで15人程掲載されています。
日本人のコメントを見ても、無理やりやらさえた等の方もあり心痛みます。
説明文は中国語、英語、日本語とあります。

皆さんがどう思われているかは個人の自由です。
何人虐殺されたかの捜索も自由です。
でも1度あの記念館に行かれてみると何万に虐殺された、
本当にあったのか?などと言うより、実際あったことを感じてそれをどう思うか
の方が大切だと私は思いました。
692日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 23:01:18 ID:LCwcZSCp
【世界の】「南京大虐殺」は嘘【常識】123次資料
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/asia/1293717461/l50
693日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 23:13:49 ID:JG/2abxv
>>677
>児島がこの戦闘詳報を「第一大隊のもの」と言ったのなら偽証だろうなw
>しかし、実際には「部隊名不明」と言ってるようだがw

何で児島が戦闘詳報を見た上で部隊名不明と言ってる事になるんだよw 普通に考えたら児島は戦闘詳報を見ていなかった
から、部隊名不明としか言えなかったんだろ。これもとっくに肯定派が指摘しているんだがw >>472のレスも110次のコピペだしw

つ110次405 名前:日出づる処の名無し[sage] 投稿日:2010/07/13(火) 13:26:44 ID:RSrYRnJc
 >それとも「児島襄が確認したときは表紙に「第一大隊戦闘詳報」とは書いていなかったが後から書き足された」とでも?

 昭和38年から『郷土部隊奮戦記』として世に出ているんだから戦闘詳報そのものを見なくても戦闘詳報に書かかれていた内容は
 判った筈ですがw よく調べもせず部隊名不明と言い切る児島が戦史研究家として不真面目なだけ。作家だから自分の都合の
 いいようにストーリーを組み立てたと云うところだろうな。
694日出づる処の名無し:2010/12/30(木) 23:47:10 ID:JG/2abxv
>>676
>●池沼秦に聞きたい・・・(´・ω・`)
> ≪ 歩六六連隊戦闘詳報 ≫ なのに、何で ≪≪≪ 第一【【【大隊】】】 ≫≫≫ の戦闘詳報が混じ
> ってるの????????????・・・(´・ω・`)

何で「歩六六連隊戦闘詳報なのに」と言えるんだよw それはお前の妄想だろwww 学者が第一大隊戦闘詳報としているものを
歩六六連隊の戦闘詳報というなら、証拠を出してから言え馬鹿www
あー、それと>>629はスルーですかwww 反論できないとスルーするのは相変わらずだなw このヘタレめwwwww
695日出づる処の名無し:2010/12/31(金) 00:26:34 ID:n6sgG88+

>>693
> 昭和38年から『郷土部隊奮戦記』として世に出ているんだから戦闘詳報そのものを見なくても戦闘詳報に書かかれていた内容は
> 判った筈ですがw よく調べもせず部隊名不明と言い切る児島が戦史研究家として不真面目なだけ。作家だから自分の都合の
> いいようにストーリーを組み立てたと云うところだろうな。

また資料を見もしないでその場限りの適当な事をw
「郷土部隊奮戦記」には【連隊長】、【旅団長】、【師団長】の名前が載っている。
【連隊長】、【旅団長】、【師団長】の名前が判明すれば部隊名は判断できる。
つまり「郷土部隊奮戦記」が世に出た時点で部隊名は判明している。

秦郁彦著「南京事件」156ページ
「郷土部隊奮戦記」(『サンケイ』栃木版 昭和三十八年)によると、問い合わせは【山田連隊長】から【秋山旅団長】へ、さらには【末松師団長】へとリレーされたのち、十三日午後になって処分命令が届く。
大隊の戦闘詳報はその経過を次のように記す。
「八、午後二時零分連隊長より左の命令を受く
      左記
 イ、旅団命令により捕虜は全部殺すべし
   其の方法は十数名を捕縛し逐次銃殺しては如何」

【山田連隊長】は第何連隊の連隊長ですか
【秋山旅団長】は第何旅団の旅団長ですか?
【末松師団長】は第何師団の師団長ですか
戦闘詳報の中を見なくても
「郷土部隊奮戦記」だけで部隊名の判断は可能w
しかし児島襄は「郷土部隊奮戦記」から【連隊長】、【旅団長】、【師団長】の名前が判断できても、この戦闘詳報の部隊名は不明としているw
これだけ部隊名が明確に判断できても「部隊名不明」としかできなかったなんてよっぽど証拠として問題があったんだろうなw
696日出づる処の名無し:2010/12/31(金) 00:27:47 ID:i3yJBkJd
>>694
馬鹿ですか?wwwwwwww
お馬鹿ですか?wwwwwwww
池沼ですか?wwwwwwww

以前、否定派有志がアプしてくれた戦闘詳報には「歩兵第66連隊命令」とはっきり書いてますが、「捕虜は全部殺すべし」と書かれたところには「第一大隊」とはどこにもかいてないのですが?wwwwwwww

馬鹿すぎですのでさっさと自殺してくださいwwwwwwww
馬鹿すぎですのでさっさと自殺してくださいwwwwwwww
馬鹿すぎですのでさっさと自殺してくださいwwwwwwww
697日出づる処の名無し:2010/12/31(金) 00:40:16 ID:qCq1SNo4
>>695
チラシの裏にマジックで書かれていたんじゃねーかw
698日出づる処の名無し:2010/12/31(金) 00:47:48 ID:i3yJBkJd
南京大虐殺に関しては「ド素人」のK-K死は間違いなくこの戦闘詳報論争で地獄を見ることになるでしょうwwwwwwwwwwwwwwww
699日出づる処の名無し:2010/12/31(金) 00:53:01 ID:pRZM7zgY
第3次訴訟の高裁判決分はないのん?
700日出づる処の名無し:2010/12/31(金) 00:59:02 ID:ndG6aXAm
>>693
>普通に考えたら児島は戦闘詳報を見ていなかったから、部隊名不明としか言えなかったんだろ。
その論だと、児島に誰も反論していないのだから、児島どころか持ち主含めて誰一人読んでいなかったとしか思えないよなw
普通に考えたら55年以降に書き換えたとしか思えんわ
701日出づる処の名無し:2010/12/31(金) 01:28:36 ID:3rPbsj7U
>>695
>また資料を見もしないでその場限りの適当な事をw
>「郷土部隊奮戦記」には【連隊長】、【旅団長】、【師団長】の名前が載っている。

資料を見て言ってるのだがw 「郷土部隊奮戦記」という資料があったにも関わらず児島は部隊名不明としているんだから
前述の様に「よく調べもせず部隊名不明と言い切る児島が戦史研究家として不真面目なだけ」だろw 何かおかしいか?w

要するに被告側証人である児島は糞承認だったという事だなw で結局二審で「南京大虐殺を軍の組織的行為ではないと
して『激昂裏に行われた』と記述するように要求した」修正意見を、裁量権の逸脱として違法判決が下されている。

さらに最高裁も二審の判決を「原審の判断は、結論において是認することができるもの」として支持しているから、この訴因
については家永の訴えが全面的に認められているわけだがwww
これってお前らの理屈だと児島の見解は糞資料として裁判所に認められなかった事になるよなwwwww

それにその記述は秦郁彦『南京事件』の156ページではなく158ページだろw 本を持ってないのがバレバレですがwww
702日出づる処の名無し:2010/12/31(金) 01:33:44 ID:3rPbsj7U
>>700
>その論だと、児島に誰も反論していないのだから、児島どころか持ち主含めて誰一人読んでいなかったとしか思えないよなw

昭和55年当時の学会の状況が部隊名不明なんだからそこは争う事実ではないと何度も書いてるだろ低脳w ループしかできない馬鹿めw

>普通に考えたら55年以降に書き換えたとしか思えんわ

ではその証拠を出して下さいw お前の妄想はどうでもいいんだけどwwwww
703日出づる処の名無し:2010/12/31(金) 01:39:43 ID:ndG6aXAm
>>701
それでは何故肯定派学者や原告は反論しなかったのかな?
当時の認識としても原告でさえ屑と考えていた「KingOf屑」と言うべき証拠で良いよね

勿論現在に至っても、これを肯定する学者など存在しないのだから、その地位は揺るぎのない物ですね
704日出づる処の名無し:2010/12/31(金) 01:42:09 ID:ndG6aXAm
>>702
昭和55年当時の学会では、誰も『郷土部隊奮戦記』を読んでいなかったか黙殺していたと言うことですね
南京関連でも、これ以上の屑証拠って中々ありませんなw
705日出づる処の名無し:2010/12/31(金) 01:42:28 ID:i3yJBkJd
>>701
以前否定派有志がアプしてくれた戦闘詳報には「歩兵第66連隊命令」と書かれているのに、何故66連隊のものと特定できないのですか?wwwwwwww

あなたは馬鹿すぎですのでさっさと自殺してくださいwwwwwwww
あなたは馬鹿すぎですのでさっさと自殺してくださいwwwwwwww
あなたは馬鹿すぎですのでさっさと自殺してくださいwwwwwwww
706日出づる処の名無し
>>701
>資料を見て言ってるのだがw 「郷土部隊奮戦記」という資料があったにも関わらず児島は部隊名不明としているんだから
>前述の様に「よく調べもせず部隊名不明と言い切る児島が戦史研究家として不真面目なだけ」だろw 何かおかしいか?w

おかしいなw
この「第一大隊戦闘詳報」といわれている文書にはさまざまな矛盾がある。
第一大隊戦闘詳報の矛盾点
12月13日 07:00 《第一大隊戦闘詳報(七)》
  12月13日 10:00 《第一大隊戦闘詳報(七)》
@ 12月13日 12:00 《第一大隊戦闘詳報(七)》聯隊命令の要旨発令
              (歩六六作命甲第八十七号受領)
              ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  12月13日 14:00 《第1大隊戦闘詳報(七)》イ、旅団命令により捕虜は全部殺すへし
         15:30 各中隊長を集め捕虜の処分に附意見の交換
         17:00 準備終り刺殺を開始
         19:30 刺殺を終り連隊長に報告す
  12月13日 21:00 発令時刻、命令番号不詳「雨花台出発、南京城内入場」
  12月13日 21:00 《歩六六作命甲第八十六号》市外宿営部隊警戒
@ 12月13日 23:00 《歩六六作命甲第八十七号》発令
              ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
第一大隊戦闘詳報の矛盾点
@12月13日23:00に発令された《歩六六作命甲第八十七号》を11時間前の
12月13日12:00に受領している

日本軍がタイムマシンを実用化していたなら別ですが?
当然、合理的な説明をしていただけると信じていますw