1 :
日出づる処の名無し :
05/02/13 11:34:39 ID:uTum9g6I 間違ってたり載ってなかったりの日本の歴史 そこで極東板の住人で教科書みたいなモノを作って公開し 印刷したら教科書みたいなものになるモノを作りませんか?
2 :
日出づる処の名無し :05/02/13 11:36:33 ID:+0pbu9X7
にんにん。
朝日新聞珊瑚礁事件は外せませんなぁ。 KY!
4 :
日出づる処の名無し :05/02/13 12:06:54 ID:uTum9g6I
教科書に?
高句麗は中国。
>>1 近代の範疇をまず決めなくてはいかんね
維新から?憲法発布あたり?
7 :
日出づる処の名無し :05/02/13 15:08:48 ID:h3eWgj1Z
>>1 戦争責任はすべて朝日新聞にあった。
・・・と書いても別に間違いではないw
8 :
市民派護憲教師 ◆rNiNKtLPbM :05/02/13 15:38:18 ID:0bPDc91p
偏った人々に教科書など作る権利はありません。
9 :
市民派護憲教師 ◆rNiNKtLPbM :05/02/13 15:39:07 ID:0bPDc91p
自らの分をわきまえなさい。
このスレ、新しい歴史教科書をつくる会とリンクしてるの?
11 :
日出づる処の名無し :05/02/13 15:40:37 ID:I5JSGsJF
13 :
市民派護憲教師 ◆rNiNKtLPbM :05/02/13 15:44:52 ID:0bPDc91p
日本軍国主義や過去の侵略・戦争犯罪を非難とまではいかなくとも、直視せずに、あろうことか美化や肯定する腐った精神の持ち主には歴史を語る資格はありません。
15 :
市民派護憲教師 ◆rNiNKtLPbM :05/02/13 15:59:00 ID:0bPDc91p
【日本のアジア侵略】日本は、過去に残虐で残酷で極悪非道で無慈悲な侵略戦争、戦争犯罪を自国の恥知らずな欲望と身勝手かつ傲慢な利益を満たすために行い、アジアの各地で多数の民間人を虐殺しまた、蛮行を繰り返しました。
16 :
市民派護憲教師 ◆rNiNKtLPbM :05/02/13 16:05:43 ID:0bPDc91p
【南京大虐殺】中国の南京という街では、数十万人に及ぶ民間人が日本軍により殺されました。なかには『百人斬り』といわれ、日本軍のある軍人たちは刀でどれだけ中国の人々を殺せるかゲームのように楽しんだりしていました。
17 :
市民派護憲教師 ◆rNiNKtLPbM :05/02/13 16:06:22 ID:0bPDc91p
また、南京では生きたまま多数の人々が生き埋めにもされ、幼児も多数殺され一部は飢えた日本軍により食用へと転用されました。
ウソを教科書に書いちゃいかんだろ。
19 :
市民派護憲教師 ◆rNiNKtLPbM :05/02/13 16:08:32 ID:0bPDc91p
現在では、南京大虐殺を否定しようとする間違えた考えの人々は数の不明瞭さを持ち出し、虐殺自体を否定しようと企てていますが、南京大虐殺が合ったこと自体は研究者の間では異論はありません。
在日が教科書を執筆する資格はないよ>>市民派護憲教師
21 :
日出づる処の名無し :05/02/13 16:13:40 ID:wRG7GNHi
>>16 本気で言ってるとは思わんが、百人斬り報道をした本田、朝日が人権侵害
で訴えられて裁判中であることを知った上で言ってるのだろうね。
いい加減な新聞記事だけを証拠に有罪判決を下して向井、野田両少尉を
銃殺した中国人と同じことを君はやろうというのかね。
22 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/02/13 16:13:58 ID:1cW3Cybo
23 :
市民派護憲教師 ◆rNiNKtLPbM :05/02/13 16:18:38 ID:0bPDc91p
【日本軍による従軍慰安婦制度】日本軍やその関係者は、占領した地域や朝鮮半島など強制的に併合した地域において、日本軍人の欲望を満たすために十代の少女も含む大勢の女性を拉致し、監禁し、乱暴しました。インドネシアなどではその件で裁かれたりもしましたが、
24 :
市民派護憲教師 ◆rNiNKtLPbM :05/02/13 16:19:45 ID:0bPDc91p
大多数の地域では無法な日本軍が力により女性達を性の奴隷にし、悪を謳歌していました。現在でも、被害を受けた女性達は狂わされた人生を訴え続けていますが、日本国内の間違えた立場の人々はそのような女性達に対し、継続的に中傷を繰り返しています。
教科書にはきちんとソースを示すようにしない? でないと嘘がまかり通るし、生徒に事実を直接確認する思考もつかない 市民派護憲教師 ◆rNiNKtLPbMが例示してくれるような大嘘を信じてしまうかも
26 :
市民派護憲教師 ◆rNiNKtLPbM :05/02/13 16:21:06 ID:0bPDc91p
なお、国際社会からの非難の高まりを受け、国連もこの【日本軍による性奴隷制度】につき、日本政府に被害救済を行うように勧告をしています。
慰安婦問題の証拠、としてもてはやされた吉田証言は本人も後に認める嘘でした。軍歴さえ偽った杜撰なものです。そしてこれ以外に加害側であった、という証拠はありません ……とか
そして国連の慰安婦批判も、この吉田偽証言を前提とした不当なものでした しかも、それでさえ評価は「留意する」という程度。つまり、大した問題とは嘘がまかり通っている間ですら国際社会では見なされませんでした
29 :
日出づる処の名無し :05/02/13 16:25:45 ID:wRG7GNHi
慰安婦もんだいなぞもうとっくに勝負はついておる。挙証責任は訴えた側にある。 日本軍が慰安婦を強制連行した証拠なぞない、と日本の官房長官が認めたではな いか。 他に証拠があるなら出してみろ。
とりあえずさ、このスレは極東板的近代日本史の教科書、の、 元ネタとなるソースをまずは持ち寄るスレってことでどう?
ところで教科書が扱うのは何時頃の時期? 偽教師さんは近代のこととして日本が言われてきた嘘を中心にしたいようだが
いいねぇこんなのできたら
33 :
日出づる処の名無し :05/02/13 16:32:35 ID:wRG7GNHi
BC級戦犯として処刑された海軍中尉前田三郎のこの遺詠をゆっくり味わえ。 「今更に散る身惜しとは思はねど心にかかる国の行く末」 「骨拾う友なき野辺にくちるとも天翔るたま国をまもらむ」
34 :
市民派護憲教師 ◆rNiNKtLPbM :05/02/13 16:33:35 ID:0bPDc91p
【日本による強制連行】 日本は侵略戦争を遂行していく上での、労働者不足を補うために、朝鮮半島や中国などから、大勢の人々を強制的に連行し、国内や占領地域で鉱山や毒ガス工場などで過酷な労働をさせ、飢えと寒さ、隷従と拷問により多数の人々を殺害しました。
35 :
市民派護憲教師 ◆rNiNKtLPbM :05/02/13 16:34:27 ID:0bPDc91p
その総数の巨大さから未だに明確な数は掴めませんが、一説には数百万に及ぶとされています。なお、日本敗戦によりそれらの解放された人々の一部は現地での生活が日本軍により破壊されたなどの様々な困難な理由で日本に残らざる得なくなり、日本に今も住み続けています。
37 :
市民派護憲教師 ◆rNiNKtLPbM :05/02/13 16:35:06 ID:0bPDc91p
いわゆる在日朝鮮人と呼ばれる方々です。しかし、日本の侵略を肯定する間違えた立場の人々はやはりそれらの被害者の方々まで差別し中傷しています。今日の日本における在日朝鮮人差別問題は日本が真に人権国家・国際国家たりうるかの試金石となるでしょう。
38 :
日出づる処の名無し :05/02/13 16:36:24 ID:wRG7GNHi
NGワードにいれる事にしよう
強制連行されたのがという在日朝鮮人という人は, その証拠を提出し,かつ以下の質問に答えなさい。 ・ 戦後60年間,本国から返還請求がない理由を述べなさい。 ・ 戦後60年間,本国に助けを求めなかった理由を述べなさい。 ・ 戦後60年間,本国が在日朝鮮人を問題視していない理由を述べなさい。 ・ 戦後60年間,自分達で帰国事業を立ち上げなかった理由を述べなさい。 ・ 戦後60年間,日本人に対して返還事業を提案しなかった理由を述べなさい。 ・ 誰によってどこへ強制連行されたのか?詳細を述べなさい。 証拠の提出と質問に対する回答が無い場合, 在日朝鮮人は「違法入国者」の末裔,もしくは当人であるとみなします。 つまり「犯罪者」であるということです。
41 :
市民派護憲教師 ◆rNiNKtLPbM :05/02/13 16:38:27 ID:0bPDc91p
歴史の教科書を作るというならばこのような事実に基づく政治的思想のないものでなければいけませんな。
あ、在日にまつわるウソを暴くのはデフォルトな。(w なお、ソース持ち寄りが基本てことで、ソースなし「そうだからです」 理論は皆さん排除の方向で・・・。
43 :
日出づる処の名無し :05/02/13 16:40:34 ID:wRG7GNHi
>>41 どこが事実だ。勝手に事実と主張することを捏造と言います。朝日とおんなじ
だな。
44 :
市民派護憲教師 ◆rNiNKtLPbM :05/02/13 16:41:02 ID:0bPDc91p
ネットから拾うようなものは世間では資料・ソースとは言いません。
では強制連行ではなく自主的密航だった、というソースを
昭和9年10月30日 閣議決定』
http://www.ndl.go.jp/horei_jp/kakugi/txt/txt00103.htm 議会官庁資料室
朝鮮人移住対策ノ件
昭和9年10月30日 閣議決定
朝鮮南部地方ハ人口稠密ニシテ生活窮迫セル者多数存シ之カ為南鮮地方民ノ
内地ニ渡航スル者最近極メテ多数ニ上リタダサヘ甚シキ内地人ノ失業及就職難
ヲ一層深刻ナラシムルノミナラズ従来ヨリ内地ニ在住セル朝鮮人ノ失業ヲモ益々
甚シカラシメツツアリ又之ニ伴イ朝鮮人関係ノ各種犯罪、借家紛議其ノ他各般
ノ問題ヲ惹起シ内鮮人間ニ事端ヲ繁カラシメ内鮮融和ヲ阻害スルノミナラス治安
上ニモ憂慮スヘキ事態を生シツツアリ
之ニ対シテハ朝鮮及内地ヲ通シ適切ナル対策ヲ講スルノ要アリ即チ朝鮮人ヲ
鮮内ニ安住セシムルト共ニ人口稠密ナル地方ノ人民ヲ満洲ニ移住セシメ且内地
渡航ヲ一層減少スルコト緊要ナリ
>>44 ではその「ネット上」の失格ソースすら提示できない貴方のカキコは全て妄言、ですね
自分のカキコに責任もってくださいねw
47 :
日出づる処の名無し :05/02/13 16:43:39 ID:wRG7GNHi
いつまでもバカに構ってるのは思う壺だと思うんだが
1945 在日朝鮮人居住人口・2365263人 1946 密入国者・強制送還者。21420名・15925名 (警察庁調) 1947 密入国者・強制送還者。6888名・6296名 1948 密入国者・強制送還者。8500名・6207名 1949 密入国者・強制送還者。1641名・7663名 1950 密入国者・強制送還者。3612名・2319名 1950<朝鮮戦争勃発> 実は朝鮮戦争の時に密入国した在日が一番多いという話もある 1951 密入国者・強制送還者。4847名・1172名 1952 密入国者・強制送還者。3263名・2320名 1953 「外国人登録法」制定。反対運動の為施行は1955。指紋押捺制度は韓国からの密入国者が 多かった為と、日本経由の北の 工作員対策で韓国政府が強く要請した為に始まる 1953 密入国者・強制送還者。1404名・2685名 1965 「朝鮮人強制連行の記録」出版。この本をきっかけに在日が強制連行と偽り始める 1998 特別永住者(=在日)・52万8450名、一般永住者・2万6425名 (入国管理局調) このように、日帝支配とやらから開放されたはずの後にも、日本に密航などで移住する朝鮮人は増加していました つまり日帝支配とは無関係、という推論が成り立ちます
50 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/02/13 16:46:18 ID:1cW3Cybo
>>44 だったら史料持ってこい。書名挙げれば調べてやる。
まずは史料の真偽判定から。これが歴史学の基本だ。
51 :
日出づる処の名無し :05/02/13 16:47:48 ID:wRG7GNHi
>>44 新聞記事のみを証拠とすることは違法であるが、百人斬りがあったという
証拠を新聞記事以外から示せ。
さもないと君がその”ソース”もなくデマを流してたことになるぞ。
52 :
市民派護憲教師 ◆rNiNKtLPbM :05/02/13 16:50:26 ID:0bPDc91p
私の記述はいちいちソースを示すものではありますんな。普通に教科書に載っていて、様々な書物や研究資料にある歴史の事実ですからね。今までの歴史的常識を覆そうというあなた方少数の無知なネットウヨこそ、
53 :
市民派護憲教師 ◆rNiNKtLPbM :05/02/13 16:51:00 ID:0bPDc91p
いい加減な責任性のないネット情報以外から、立証する義務があります。世界や日本の当然の歴史認識を覆そうとしているのはあなた方なのですから。
54 :
市民派護憲教師 ◆rNiNKtLPbM :05/02/13 16:55:30 ID:0bPDc91p
一部ネットや馬鹿なマンガに影響された少数者以外は、大多数の人々や日本社会の中枢や影響力のある人々やマスメディア、まともな研究者まで日本による侵略や戦争犯罪は、差異さえあれ、当然の事実として受け止めていますからね。あなた方の無駄なあがきは実に愉快ですな。笑
55 :
日出づる処の名無し :05/02/13 16:58:37 ID:wRG7GNHi
ほう、やっぱり証拠はないってか。期待してたのに。
56 :
日出づる処の名無し :05/02/13 17:00:43 ID:wRG7GNHi
57 :
市民派護憲教師 ◆rNiNKtLPbM :05/02/13 17:01:28 ID:0bPDc91p
あなた方はまるで自分の悪い点を指摘されたならば、『証拠は?証拠をだせ、わーい』という小学生のガキですな。笑
どうやら教師は、日教組の教科書が、真実といいたいらしい。 日教組は、すべてを知っていまーす。 日教組は人を超えた、神だそうな。 禿藁
証拠もなしにベラベラウソを吐くより万倍正しい行為。
>>55 まあ、自称携帯でURLが貼れない(ことになってる)ってのはあるけど。w
61 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/02/13 17:03:35 ID:1cW3Cybo
まずは19世紀初頭の世界地図が欲しいな。 阿片戦争から筆を起こして明治維新を書くところから始めるか。 若しくは維新直後の日朝外交交渉から始めようか。 時代を区切ってテーマを設定して順を追って整理したいな。
62 :
市民派護憲教師 ◆rNiNKtLPbM :05/02/13 17:04:16 ID:0bPDc91p
>>56 そう他板にまで思われているのが、極東板ですな。笑
63 :
日出づる処の名無し :05/02/13 17:04:19 ID:wRG7GNHi
議論するからには前提となる資料とその論証の過程に矛盾のないことを示すのが 当然ではないか。そういう当然の推論も君にはできないのか。
>>57 狂師はまるで自分の悪い点を指摘されたならば、『証拠は、出す必要がない』という小学生以下のガキですな。笑
タイトルは「認識日本」にしませう。
>>57 資料として価値のある証拠が無ければ歴史は話せません。
それくらい知っとけ、阿呆。
狂師、久しぶりですね!!! 今日は一段と凄い電波ですね! 他スレにも顔を出してくださいな。 クビを長くして待ってますよ〜
68 :
市民派護憲教師 ◆rNiNKtLPbM :05/02/13 17:09:21 ID:0bPDc91p
>>58 日教組が教科書を作っている、また教科書制定、検定にまで影響力がある、何でも日教組や左翼の責任にし、事態を矮小化するほど馬鹿で愚かなことはありませんな。
69 :
日出づる処の名無し :05/02/13 17:11:02 ID:jVc/ACU+
狂師をはじめ左翼は全てスルーで。
70 :
日出づる処の名無し :05/02/13 17:12:09 ID:wRG7GNHi
もう一度言う。百人斬りがあったという新聞以外の証拠を示してみろ。 今、この時点で裁判が行われているこの問題にそんな証拠がでたら すぐ本田は無罪放免だ。さっさと証拠をだせよ、教師さん。
>>68 矮小化???????
事態を矮小化?????
オレの返答から、そのフレーズは、日本語が変だよ!大丈夫?
じゃあ、教師が真実と疑わない教科書は、どういうプロセスを辿って造られ、
また、なぜ、全てが真実と入れるのか、御指南いただけませんか?
>>65 >タイトルは「認識日本」にしませう。
わはは・・・w
後藤新平や、明石元二郎や、そして八田與一のお話しはやっぱ必修かな。
>>69 すまん。
>1氏に申し訳ないな。
結局、荒らされてしまって…
74 :
日出づる処の名無し :05/02/13 17:20:34 ID:wRG7GNHi
75 :
日出づる処の名無し :05/02/13 17:22:03 ID:wRG7GNHi
すまんかったな。ついあたまにきてしまった。
日本の教科書は市民波がいくら妨害しようとも 今後、改善されていくと思う。 ここで必要なのは朝鮮学校の歴史教科書作成。
キチガイ妄想をつくる会
>>72 児玉源太郎もお忘れなく(w
東アジア地域の近現代史は日本史として教えてもいいのかもしれない。
で、明治維新から始めるか、幕末から始めようか?
歴史って繋がってるから省略はやるべきではないけど長くなるから… やっぱ幕末からでいいんじゃん? てか、幕末やらんと明治維新が何故起きたのか説明できんし。
教育勅語のまっとうな評価もせんと
>>69 左翼はスルー? 右翼もスルーだろうが
教科書ってのは右も左も無しに『真実』を伝えるもんだ
まぁそんなこんなでお前らがんばれ
84 :
日出づる処の名無し :05/02/13 20:54:15 ID:uTum9g6I
産業革命〜終戦 戦後〜イラク戦争 の二部に分けて作らないか?
85 :
日出づる処の名無し :05/02/13 21:08:49 ID:pwh4Hbu1
参考資料『詳説 世界史』(山川出版社)目次 第U部 第9章 近代ヨーロッパの誕生(ルネサンス、宗教改革etc.) 第10章 ヨーロッパ近代国家の形成(絶対王政、立憲政治etc.) 第11章 アジア諸国の繁栄(明・清、オスマン=トルコ、ムガル帝国etc.) 第12章 市民社会の成長(フランス革命・アメリカ独立、産業革命) 第13章 自由主義と国民主義(ウィーン会議、独・伊統一、社会主義思想etc.) 第14章 ヨーロッパ諸国のアジア進出(アジアの民族運動、植民地化)
86 :
日出づる処の名無し :05/02/13 21:11:14 ID:pwh4Hbu1
>>85 のつづき
第V部
第15章 帝国主義の成立とアジアの民族運動
第16章 二つの世界大戦
第17章 現代の世界
87 :
日出づる処の名無し :05/02/13 21:17:33 ID:uTum9g6I
やっぱり欧米の事が多いな
近代日本史だから、明治維新前後からスタートするのが妥当か
89 :
日出づる処の名無し :05/02/13 21:26:46 ID:gqpeFc8B
やはり、開国を準備した江戸文化の話は不可欠だと思いますが。
開国〜現在までをもっと重点置くべきだな。 興味ある人でないと正しい知識を得てないだろ。 このせいで国益を損ないなくってる。
91 :
日出づる処の名無し :05/02/13 21:36:36 ID:uTum9g6I
南京大虐殺とかはどうする? なかった事として載せないか 中国はあると言っていますが実際はありませんでしたとはっきり書くか 虐殺はあったがかなり少ない
スルーでいいじゃん。わざわざ教科書に書くほどの事件なんてなかった。 戦死者の数の報告を細々教科書に書いてもしゃーない。 でも通州は書かなきゃな。
>>91 それはこうしない?
「南京制圧直後、日本軍が大虐殺を行なった(南京大虐殺)とされるが、その後の研究により、批判的な声が上がっている。」
もちろんどんどん変えて構わんけど。乗せないんだったら載せないでいいし。
94 :
日出づる処の名無し :05/02/13 21:41:37 ID:pwh4Hbu1
ヨーロッパとは違い、アジアの場合は「西洋の衝撃」という 明確な「近代よーいドン」があります。 日本の場合は「黒船来航」がそれにあたります。 ちなみに中国の場合は「アヘン戦争」です。 よって「黒船来航」を開始時点にするのが妥当でしょう。 ただ、黒船来航を説明するためには鎖国などの日本国内情勢と 欧米諸国がここに至るための世界情勢の解説が必要でしょう。 (by 中国近代史専攻脱サラ大学院生)
95 :
日出づる処の名無し :05/02/13 21:47:48 ID:pwh4Hbu1
>>91 個人的に、南京事件も通州事件も載せる必要はないと思います。
南京に関しては、
「日中戦争で日本が当時の中国の首都南京を攻略したが、
その後中国は首都を臨時に重慶に移し徹底抗戦を続行、
戦局の泥沼化へと向かった…」
くらいで十分かと。
日本国内でお祭り騒ぎになったことくらいは余談としてあってもいいかな。
南京大虐殺は普通に載せるべきだと思うけどな。 情報戦や、マスコミの偏重の歴史の一例としてだが。
97 :
日出づる処の名無し :05/02/13 21:55:00 ID:uTum9g6I
開国後の経済発展も書こう!
>>80 >>88-91 ごもっともです。
じゃ開国前夜から始めるってことでよろしいか?
>>1 開国前夜の状況として、
1、英仏の植民地分割競争と東アジア進出状況
2、上記に対する幕府の硬化政策
3、国内の思想状況
4、国内の経済状況
の4フェーズを簡潔にまとめる必要があります。
1、2は開国に至る経緯の前段として。
3は明治維新の思想潮流〜神道や天皇を含む〜を証すため、
4は教科書だけに必要なことかと。
99 :
日出づる処の名無し :05/02/13 22:03:50 ID:pwh4Hbu1
>>96 個人的に、そういうことは興味を持った生徒が
自由研究や大学なんかで学ぶべきだと思います。
ただ、そういうことを研究する場合、個人では集められる史料などが
不十分になる可能性があるので、
副教材などで補強する必要はあるかもしれません。
100 :
日出づる処の名無し :05/02/13 22:05:56 ID:i9CU0VQo
なんだ、また狂死きてたのか。 馬鹿のふりして沈みそうなスレ盛り上げるのも大変だな。。
101 :
日出づる処の名無し :05/02/13 22:08:25 ID:pwh4Hbu1
>>98 直接日本にやってきたアメリカ情勢「1」に加えるべきだと思います。
西武開拓、マニフェストデスティニー〜太平洋進出は
現代アメリカを理解するにあたっても必要不可欠です。
>>98 開国から始める時点で、日本だけがなぜその後わずか半世紀か
そこらで列強の一員にまでなれたのか、の部分は結構重要かと。
それはもちろんそれまで近世江戸期という時代にすでに培われた
ものがあったから、を押さえておくべき。
幕末の日本人の識字率はすでに「間違いなく世界一」と福沢諭吉
も言ってましたっけ。
「もっとも日本は李氏朝鮮と違って、徳川時代から繁栄していた。
日本は当時の世界のなかで、町民たちがもっとも豊かな生活を
享受していた国だった。町民芸術である歌舞伎や浮世絵から、
大衆向けの大量の出版物、外食、湯治、十九世紀初頭に
十返舎一九が『東海道中膝栗毛』のなかで描いた伊勢神宮への
団体参詣旅行までが、それを物語っている。徳川期の日本は、
機械文明だけを欠いた先進国だった。(日韓併合の真実―
韓国史家の証言 崔 基鎬著 ビジネス社)」
個人的にはコラムで一貫性無き大衆紙として朝日新聞を取り上げるべきだと思う。 関東大震災→朝鮮人殺害を煽る ↓ 第2次世界大戦前後→ゾルゲ事件を起こし、ソ連へ機密情報を漏らす ↓ 終戦後→一転して日本軍部を叩く ↓ 冷戦後→捏造を繰り返して売国をしようとする この流れはぜひ抑えておきたいところだ。
>>103 一貫して売国・亡国煽動大衆紙ではないかと。
あれは、意図的にやってるとしか思えないのだが。
105 :
日出づる処の名無し :05/02/13 22:58:48 ID:uTum9g6I
といか誰がまとめていくの?
偽教師がファビョッたら真実 偽教師が支持したら捏造
>>101 当時のアメリカは南北戦争のイメージが強く、失念しておりました。
彼らのフロンティア精神が一貫して西へ向いている点は、現代史にも関わる重要な潮流ですね。
じゃ俺もアメリカも加えるのに一票!
>>102 確かに江戸後期の日本は先進国の名にふさわしい客観事実が多いです。
でも、深入りするとせめて化政文化から始めないとイケナイですね。
108 :
日出づる処の名無し :05/02/13 23:40:53 ID:pwh4Hbu1
とりあえず、目次だけつくってみました。 たたき台としてどうでしょう。 序章 近代の幕開け(日本・欧米諸国の情勢、アジアの植民地化) 第1章 明治維新(黒船来航〜幕末・維新、維新政府の諸政策、) 第2章 日本の対外進出 第3章 第一次世界大戦と民主主義の発展 第4章 軍国主義と大東亜戦争 第5章 戦後の日本と冷戦 第6章 現代の日本(冷戦以後)
109 :
日出づる処の名無し :05/02/14 00:00:20 ID:uTum9g6I
目次だけ見たら普通と変わらんな こりゃマジでいけるかも・・・
110 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/02/14 00:04:24 ID:pFeZhNaU
>>108 個人的な意見ですが。
維新期はやはり帝国議会開催を一つの区切りとしたいですね。
議会開催以後明治の終焉まで、対外戦争を含めた坂の上の雲の時代です。
よって、第三章のタイトルは対外進出では日清日露の自衛戦争が分かりにくいので、
大日本帝国の誕生としてみたいのですが如何でしょう。
あと、日露戦争後の朝鮮と満州については章を別立てするのも一案です。
戦後は占領時代と戦後復興を一つとして区切り、
安保闘争から中曽根内閣発足までを代理冷戦の時代として区切り、
経済大国日本と冷戦崩壊が終章。
どうでしょうか。
111 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/02/14 00:07:43 ID:pFeZhNaU
近代史に特化した教科書ですので、15〜20年単位で章を区切り、 同時代の世論や空気が読めるように構成するのも一案です。
良スレあげ
114 :
現中学生 :05/02/14 17:59:44 ID:aonSUULN
なんかしようか?
115 :
日出づる処の名無し :05/02/14 19:09:58 ID:+R0fkuVa
116 :
日出づる処の名無し :05/02/14 19:17:37 ID:IEVieujS
>>110 (111)
この各章区分は、まあこれ以上大雑把なものはないかな〜くらいのものです。
あまりにも議論に統一性がなかったので、
例えばこの章ではこういうセクションを作るとか、
こういう内容を盛り込むべきだとか、
そういう具合に話が進めばな〜と思って書き込みました。
(このことをはじめにかくのを忘れてました。スミマセン。)
序章の象徴的なものとしては、江戸の繁栄や国内安定もいいが、やはりアヘン戦争では ないか? この辺の理解があれば、その後のスタンスはスムースに固まる。
阿片戦争の翌年、琉球にイギリス・フランス艦隊が寄港し通商を強く求めてきた事例も入れたほうがいいかも なぜ薩摩がいち早く近代化を指向したのか?がよくわかる 薩英戦争が直接のきっかけとよく言われるが、じっさいはそういった直接的に外国と対峙することになった時代から近代化を模索する下地がはじまったわけだし
119 :
市民派護憲教師 ◆rNiNKtLPbM :05/02/14 20:41:10 ID:bHwusUGr
日本の近代史はアジア侵略と数々の戦争犯罪を無しには語れません。
あー何かNGあぼーんがあるみたいだけどいいか。
121 :
日出づる処の名無し :05/02/14 20:52:36 ID:qtUnZQEf
日韓併合は朝鮮人民の総意により行われたってのは必須じゃない。 それにより朝鮮人民は我先にと日本への移住を求めた。ってね。
122 :
日出づる処の名無し :05/02/14 21:08:59 ID:bHwusUGr
>>120 ガキですな。わざわざそのようなくだらない事を書くなど。指定したならば、無視していれば良いでしょうが。
鎖国状態の幕府だが、唯一の公認貿易港だった長崎から入った情報は、長崎奉行が翻訳し江戸までそれを送っていた これが「唐風説書」「和蘭風説書」など 幕府首脳は、フランス革命やナポレオン戦争などの欧州情勢を掴んでいた だけどやっぱり直接海外の船舶と対応する形になる西国諸藩に比べると反応が鈍かったね
125 :
日出づる処の名無し :05/02/14 21:17:00 ID:mIaZ9m+V
プチャーチンとペリーは比較しつつ並列で記述するのがいい希ガス
126 :
日出づる処の名無し :05/02/14 21:22:39 ID:mIaZ9m+V
アヘン戦争の記述は同意。同時に通商を求めてきた船の一覧(全部に触れる必要はないが)と コラムで捕鯨と補給について触れるのがいいと思う
127 :
日出づる処の名無し :05/02/14 21:42:02 ID:n/QG59Fo
世界の現王室・旧王室の人々 3
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1088829763/ 591 名前:世界@名無史さん 投稿日:05/02/14 21:04:07 0
遣唐使時代の天皇は唐から「日本国王」と呼ばれてる。
592 名前:世界@名無史さん 投稿日:05/02/14 21:06:16 0
遣隋使時代の皇帝は日本帝国から「支那王」と呼ばれてる。
593 名前:世界@名無史さん 投稿日:05/02/14 21:25:20 0
↑ それはウソ。
隋時代
倭国大王は「日出処天子」を自称、隋からは「倭王」と呼ばれる。
倭王は隋の皇帝を「海西の菩薩天子」と敬意を表している。
一方、隋は倭王を「皇帝、倭王に問う」と見下している。
唐時代
日本天皇は「主明楽美御徳」と自称、ただしこれは名前で、称号は不明。
唐からは「日本国王」と呼ばれ、「日本国王に勅す」と見下されている。
対内的には唐と対等と言っているが、実際は数ある朝貢国の一国。
128 :
日出づる処の名無し :05/02/14 21:43:01 ID:qtUnZQEf
>>123 強いものには媚びへつらい、弱いものには傍若無人の振舞い、
まさに朝鮮人そのもののような人物だけど半島にとっては
正しい行いをした数少ない人物だわな。
「認識台湾」を読んでいると、自国に対する誇りが貫かれている気がする。 歴史はその国のものなんだから、そういう配慮は必要だと思う。
131 :
日出づる処の名無し :05/02/14 23:40:01 ID:aonSUULN
誰か一回、何章でもいいから文書いてくれない? 俺にはそんな能力ないし・・・
132 :
85 :05/02/14 23:45:12 ID:IEVieujS
>>132 出来ることなら引き受けたいのですが、
専攻が中国史なうえ、高校では世界史を選択して
日本史の授業を受けたことがないのでちょっと手に余るんですよねえ…
「近代世界史」なら喜んで引き受けるんだが。
133 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/02/14 23:51:25 ID:pFeZhNaU
>>132 願わくば19世紀中盤の英仏植民地戦争の帰趨と東方進出、
南北戦争前後のアメリカの西進状況をきぼんぬ。
俺も何か書いてみたい。
134 :
85 :05/02/14 23:54:24 ID:IEVieujS
>>133 了解しやした。やってみます。
しばらく(ヘタしたら数日)時間くらさい。
徳富蘇峰先生の生涯を費やした「近世日本国民史」の現代語訳があれば、相当に 参考文献になるのだがな 情けないが、あのまま読むと、言い回しや文言が結構つらいw
136 :
85 :05/02/15 02:49:13 ID:3rQmtrLR
現在
>>133 侍殿の要請に基づき執筆中。
この時期をかいつまんで概説するには
あまりに世界史的に特筆すべき事件が多すぎるので結構苦戦してます。
英仏両国の産業革命と植民地獲得の背景には
<フランス革命・ナポレオン〜ウィーン会議〜ドイツ統一>という
一連の流れが密接にからんでくるからね〜。
一応ドイツ統一直前くらいまででまとめるつもりですが、
どこまで詳しくかいたらいいだろう?
現状では1600字(Wordで1ページ程度)をメドにしてますけど。
>>136 ありがとうございます。
あくまで俺の個人的意見ですが、それこそ中国からの視座を持たれてはどうかと。
特にドイツ統一、ってかビスマルクは、陸軍の軍制や伊藤の憲法制定の流れで、
後章にてたっぷり扱う時間があるものと思います。
俺はなぜか、幕末以前の国内状況を執筆しようと、企み中。
138 :
85 :05/02/15 11:43:09 ID:ItQ6kz29
産業革命は、市民革命によって形成された市民社会と融合して資本主義体制を形成した。 産業革命によって製品の大量生産を実現した国々は原料と市場を求めて アジア・アフリカなどの地域に殺到した。 大航海時代以来欧州にとって「特産物を得るための交易相手」であった アジア・アフリカ諸地域は「生産物の搾取の地」 あるいは「自国生産品の消費地」へとかわっていったのである。 そしてその権益をより独占的に確保・拡大することを最大の目的とする 帝国主義という世界戦略に発展することになる。 18世紀後半に各国に先駆けて産業革命を成し遂げたイギリスは、 17世紀以来権益を構築してきたインドを最大拠点に、 その周辺地域と「インドへの道」を確保する戦略を進めた。 西アジアを支配するオスマン=トルコ帝国内の諸民族・諸地域の独立運動に 干渉、支援することでこの地への影響力構築を進める一方、 インド航路の拠点ケープ植民地・セイロン島を獲得し、 欧州からインドにいたる交易ルートを確保すると同時に、 インドより更に東、すなわち東南アジアからシナへとその勢力を伸ばした。 18世紀末以降、清朝が支配するシナとの交易に成果を上げられず苦慮していた イギリスはアヘン戦争(1840〜42年)によってシナを半ば無理やり開国させ、 東アジアにおける足がかりを構築するに至る。 (つづく)
139 :
85 :05/02/15 11:45:48 ID:ItQ6kz29
フランス革命の影響で産業革命が遅れたフランスは、 それでもナポレオンの遠征で構築したエジプトからアフリカ東岸へ影響力を伸ばしつつ 地中海の対岸であるアルジェリア、西北アフリカへと進出する一方、 アジアではヴェトナムをはじめとしたインドシナで権益を構築するとともに、 イギリス同様シナへと進出した。 イギリスと協力してアロー戦争(第二次アヘン戦争、1856〜60年)を引き起こし イギリス同様の権益をこの地で獲得するとともに更なる利権拡大をめざした。 また、17世紀末以降積極的に南下政策・東方進出を進めていたロシアは、 英仏との対立を深めつつアジア各地に進出したが、 トルコ支配下の黒海沿岸を巡る クリミア戦争(1853〜56年)などで英仏に敗れた後は 中央アジア・東アジアへの進出に専念することになる。 (つづく)
140 :
85 :05/02/15 11:48:09 ID:ItQ6kz29
世界を舞台とした動きの中、欧州では新たな国家の建設が進んでいた。 イタリアに続きドイツが出現することによって 欧州諸国の対立関係は新たな局面を迎えようとしていた。 一方、欧州のこうした情勢を尻目に18世紀後半に独立を果たした 新興国・アメリカは、南北戦争における北部の勝利以降は欧州と一定の距離をとりつつ 自国の西に広がる広大な未開の地・フロンティアを開拓することによって 市場を拡大して資本主義を急速に発展させ、19世紀中ごろには太平洋に到達した。 アヘン戦争に乗じて望厦条約(1844年)を結んでイギリス同様の権益を獲得して 東アジア進出の端緒をつかんでからは、 本格的に太平洋地域から東アジアへの進出に乗り出した。 欧州諸国の東へと向かう力とアメリカの西へと向かう力が交錯する 東アジア最大の国家・シナの清朝帝国はこうした状況に対してまったくの無力であった。 アヘン戦争などの欧州との戦いでは抵抗らしい抵抗も出来ずに敗北しただけでなく、 国内において勃発した太平天国の乱(1851〜64年)の鎮圧にも苦慮した挙句 英仏の協力をあおがねばならないという弱体ぶりを露呈し、 欧米諸国の東アジア進出に拍車をかけることになる。 欧米諸国の勢力が増す激動の東アジアの果て、 極東に位置するのがわが国日本であった。
141 :
日出づる処の名無し :05/02/15 11:52:41 ID:oEDpTinv
142 :
85 :05/02/15 11:53:58 ID:ItQ6kz29
とりあえずものすごくざっくりとではありますがをかいてみました。
これに不足分を補うことによって、
また、この続きに黒船以前の日本の情勢を解説できれば
>>108 によるところの序章の骨格は出来ると思います。
思想無しに「真実だけ」を記述した教科書を作れば良い
アヘン戦争の背景や影響が必須 これがその後1世紀近い歴史を支配する
145 :
85 :05/02/15 12:27:35 ID:ItQ6kz29
>>144 その点に関しては、個人的に専門分野でもあり詳述したいところなのですが、
あくまで「日本史」なので、
世界史とのすみわけを考えて必要最低限度(のつもり)にとどめました。
ちなみに、
>>138-140 で
山川出版の教科書2ページくらいの分量になるはずです。
146 :
日出づる処の名無し :05/02/15 15:35:09 ID:keTHDr7e
>>138-140 ありがとうございました!
本格的に始動し始めましたね
題名は何にします?
新しい近代日本史?
近代日本国志
148 :
日出づる処の名無し :05/02/15 18:58:42 ID:1W3G5VSA
日進近代史(実)書
読んでないけど良スレの予感してすっ飛んできました。
「新しい日本史」 「新・近代日本史」 編集・ニュース極東板有志 こんなとこかな?
151 :
日出づる処の名無し :05/02/15 19:06:47 ID:YNvSRgJo
ここに書き込んでる人って、自分が持ってる知識が正しい知識だと思ってるね。すごい自信。
とりあえず意見がぶつかるであろうポイントについて。、 ・日韓併合の背景とその影響 ・大東亜戦争に至った背景と、その賛否 あと何かあったらヨロ。
>>151 文句があるならおまいも「正しい歴史の知識」をカキコ汁。
ないならROMれ、永久に な。
>>151 なんか気になる事あるなら指摘したら? それとも民主島&サヨが得意な勝利宣言?
155 :
85改め脱サラ大学院生 :05/02/15 20:10:17 ID:ItQ6kz29
>>151 誤りがあればここで検討のうえ修正すればよいのです。
タイトルについてですが、個人的要望としては国語と相関して
「国史」とすべきだと思います。
>>152 あえて出すなら、
・治安維持法と特高警察・・・天下の悪法?それとも”暴力カルト思想”共産主義に対抗する
切り札?治安維持法違反で死刑になった人って何人いるの?
・日中戦争・・・対米戦争は田原総一朗ですらも日本は悪くないと言う。でも日中戦争
はやっぱり日本だけが悪かったの?盧溝橋事件は誰が起こした?蒋介石は
なぜ度重なる挑発をした?どう収拾すればよかったわけ?
・軍部の独走・・・日本もドイツやイタリアと全く同じファシズムだった?統帥権干犯問題
って何?当時政治家やマスコミは何をしてた?国民は誰を支持した?
・東南アジア諸国の独立・・・そりゃ確かに日本にとっては、資源獲得のための防衛戦争だったけど、
アジア解放という側面をどこまでなら評価してよし?
こんなところとか。
>>156 サンクス。
なかなかいい感じにアイディアが出てきた。(・∀・)
ところで全然関係ないけど、 IDが「Old MIB」って漏れ何モンだよ・・・。orz
160 :
日出づる処の名無し :05/02/16 00:32:29 ID:HQ1LYZ+m
写真とかどうする?
161 :
脱サラ大学院生 :05/02/16 00:42:15 ID:H0iEVK0G
戦前=暗黒を払拭することも大事 民主主義が戦勝国の米国によってもたらされたという欺瞞も明確に
大日本帝国憲法、日本国憲法についても、 今までの教科書で多かった「明治憲法は良くない憲法、日本国憲法はとても良い憲法」 という所をできるだけ客観的、中立的にしてください。
164 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/02/16 02:02:20 ID:HTOLx/jj
>>138-140 乙!有難う!
簡潔で過不足なく読みやすい文章ですね。文章力のレベルが高いよ。参った。
重要事項もきちんと流れるように網羅されているし。
敢えて内容を補強するならば、欧米とアジアの圧倒的な軍事力の差と、
当時の植民地の支配手法についての記述が欲しいんだけど、
別に後ろのフェーズで誰かが書けばいいのかな。
いや、動き始めましたねぇ〜。もう一度、脱サラ院生氏に乾杯!
165 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/02/16 02:13:34 ID:HTOLx/jj
>>145 あらためて
>>138-140 を読んでみると、
>>144 氏のおっしゃる通り、
阿片戦争についての詳しい記述が欲しくなりました。
思い起こせば、三角貿易などは中学の教科書にも出てきてましたので、
阿片戦争については、近代日本史の序章だからと禁欲的にならなくても良い気がします。
あと、当時の情勢を客観的に理解するために、租界や買弁、軍閥など日本史にない中国独特の用語の紹介もいずれはいるでしょう。
ナニもせずに注文ばかりで恐縮です。
166 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/02/16 02:23:37 ID:HTOLx/jj
ひらめきましたが、
阿片戦争や同治中興、太平天国などには相応の記述量を割き、これと幕末を対応比較させることで、
日本が取ろうとした進路と、維新開国を成し遂げた日本の国論の特色を浮き彫りにするのは如何でしょう。
明治初期の日朝交渉から脱亜論に至る、明治日本の焦りと苛立ちを理解するのにも役立ちそうです。
ともかく自分も諸兄差し置き僭越ながら、まずは
>>140 のバトンを引き継げるような文章を書いてみます。
また明日。
確かにアヘン戦争が幕末の志士に与えた影響は計り知れないものがあると聞く 幕末の志士≒明治の元勲とすると、明治の元勲に大きな影響を受けた大正〜昭和期の 政界、軍部も書こうとすれば、アヘン戦争は世界史的にも国史の上からも極めて 象徴的で重要かもな 西洋列強の着実な進出も、ピックアップして年表にすると、いかに当時の日本人が次は 俺達の番かと、心細くなったかも想像しうるかと思う
>>167 高杉晋作も上海行って、中国の姿を見て愕然としたらしいしね。
ワシも香港行ってトイレに立ってチップもらうおっさん見て、
こんな国にならんでよかったと心の中で幕末の志士らに感謝したものだ。
(公園にダンボール生活者なぞひとりもいないバブルの頃の話だけどさ。)
169 :
脱サラ大学院生 :05/02/16 11:44:16 ID:H0iEVK0G
>>164-166 お褒めにあずかり光栄です。
中国情勢に関しまして、
>>140 の後半の部分に加筆する形で補ってみます。
でもこの部分、特に同治中興(洋務運動)はモロ大学時代〜現在に至るまでの
私の専門領域でして、要約するのに苦労しそうです(笑)。
ここは激しく良スレの予感
171 :
脱サラ大学院生 :05/02/16 16:19:42 ID:hZxXTEvz
現在アヘン戦争前後のシナ情勢について執筆中ですが、
シナの朝貢貿易なんかを盛り込む必要があると考えると
これだけで結構な量になりそうです(
>>138-140 と同程度以上)。
できるだけ簡潔にするつもりですが、
>>169 を撤回して、
とりあえず別セクションのつもりでいってみます。
…どっかにこのスレ共通の原稿置き場みたいなものがあったら便利だと思うんですが、
どなたか用意していただけませんかね〜?
自分の分は一応Word文書で保存してますけど。
172 :
脱サラ大学院生 :05/02/16 17:41:54 ID:hZxXTEvz
17世紀初頭からシナを支配していたのは、満州民族の清朝であった。 清朝の対外貿易は、交易を求める者に対して清朝に対する臣下の礼を求めた上、 窓口を広州一港に制限し、さらに公行という独占商人組合がこれを取り仕切るという 極めて制限的なものであった。 インドを掌握しシナとの貿易を独占しつつあったイギリスは、 次第に清朝の制限的な朝貢貿易に不満を抱くようになった。 当初イギリスはこれを受け入れ、高い代価を支払って 国内需要の高いシナの茶、陶器などを購入していたが、 18世紀末ごろからこの一方的な関係を打開するためにイギリスの綿製品をインドに、 インドのアヘンを中国に売りつけることによって 中国の交易品を得るという三角貿易を展開した。 これにより逆に代価を支払う立場となったシナでは納税に不可欠な銀が大量に流出した上 アヘンの密売と中毒が蔓延し、深刻な社会問題となった。 そこで清朝は広州に林則徐を派遣してアヘン取締りの任にあたらせるとともに イギリスとの貿易を禁止したが、イギリスはこれを不当として武力侵攻し、 アヘン戦争がはじまった(1840年)。 近代兵器で武装した英軍は清軍を圧倒、上海などの都市を占領して清朝を屈服させ、 広州、上海など5港開港、香港島の割譲、公行の廃止などを認める 南京条約を締結し(1842年)、さらに追加条約によって 治外法権、最恵国待遇、関税自主権の放棄などの不平等条約を認めさせた。 (欄外注・アヘン戦争の開戦にいたる一連の政策は英国内でも強い批判をあびた。) (つづく)
173 :
脱サラ大学院生 :05/02/16 17:51:22 ID:hZxXTEvz
しかし、その後の交易でも満足な利益があげられず不満を抱いていたイギリスは、 英船籍アロー号のシナ人乗組員が清朝官憲に逮捕される事件 (アロー号事件、1856年)を口実に、宣教師殺害事件で清朝に抗議中だった フランスと共同出兵しアロー戦争(第二次アヘン戦争)を起こした。 英仏軍は清朝の首都北京を占領し、外国公使の北京駐在、天津など11港の開港、 九龍半島のイギリスへの割譲などを清朝に認めさせる北京条約を結んだ(1860年)。 アヘン戦争による戦費や多額の賠償金支払いは清朝経済を更に混乱させ、 シナ民衆の生活を圧迫し、各地に流民、失業者などが増加した。 そんな中、洪秀全はキリスト教的宗教結社上帝会を結成して これら貧民層を糾合し太平天国を建国、「滅満興漢」をスローガンに 清朝に対して挙兵した(太平天国の乱、1851〜64年)。 清軍はここでもその弱体ぶりを露呈し、 反乱軍に有効な手段を講ずることが出来なかった。 それに対して太平天国は1853年には南京を占領して首都と定め、 辮髪の廃止など漢民族の民族主義を鼓舞する政策を実施して勢力を拡大したが、 内部抗争などによりその拡大は停滞に向かった。 このような状況に対し清朝はようやく軍制度を改革して義勇兵による 「郷勇」を導入し、アロー戦争後英仏との妥協が成立して以降は その英仏の協力を得てなんとか乱の鎮圧に成功した。 (つづく)
スレの流れを読まずに質問だが、この教科書ってどの学年を対象にしているの? 個人的には、この教科書を基に小中高用ができれば良いなと思ってまつ。
175 :
脱サラ大学院生 :05/02/16 17:58:37 ID:hZxXTEvz
こうした内外の危機に際し、郷勇を率いた曽国藩、李鴻章などの 清朝官僚は、乱の鎮圧にあたり英仏軍の実力を間近に目撃したことで その技術の有用性を痛感し、 これら欧州の近代的技術の導入を積極的に進めた(洋務運動)。 この時期清朝は内外の危機を一応脱し、 当時の皇帝の名をとって「同治中興」と呼ばれる小康状態を現出した。 しかし洋務運動は清朝国家としてというよりはそれを推進する 官僚個人の立案・推進によるところが強く、また「中体西用」というように 旧来の清朝の制度のもと西洋の機械技術のみを 導入するにとどまるものであったため、 清朝の国家全体の根本的な改革には至らなかった。
176 :
日出づる処の名無し :05/02/16 18:01:27 ID:5Evsf8L2
がんばれよ
177 :
脱サラ大学院生 :05/02/16 18:08:20 ID:hZxXTEvz
とりあえずかいてみましたが(>>172-
>>173 、
>>175 )、
個人的感想としては日本史のためのものとしては長すぎる気がしますね。
それでも苦慮した挙句
アメリカ・フランスと清朝の条約(望厦・黄埔条約)をはしょってます。
どしどし添削を希望します。
>>174 私個人的には「日本史」ということで高校の授業レベルを意図しています。
学年はあまり意識していません。
世界史という意味においても、
「高校の教科書レベルを脱していないもの」を念頭においています。
178 :
日出づる処の名無し :05/02/16 18:23:44 ID:X/G4GvEy
リンク先に香具師のことは記述されてない
>>172-175 乙です。ただ一つだけ言いたいのですが、
一応教科書として記述するのであればこの項に関しては
支那は「シナ」ではなく、「清国」で記述したほうがいいと思いますが。
そうかな? 文章脈絡的にもシナの方が適合してると思うな
181 :
脱サラ大学院生 :05/02/16 18:40:15 ID:hZxXTEvz
>>179 シナと中国の記述は個人的にはこだわりはありません。
ただ、極東板としてはシナの方がいいかな〜、と。
ただ、文中では清(朝)=統治者、シナ=あのあたり一帯の地域という
使い分けをしているつもりです。
182 :
日出づる処の名無し :05/02/16 18:41:11 ID:hZxXTEvz
なんか変な文章ですね。 失礼。
183 :
174 :05/02/16 18:57:14 ID:m0huO/Mo
184 :
ぴーす ◆u0zbHIV8zs :05/02/16 20:08:32 ID:1L/3XWb/
脱サラさん、文章書く前にどの項目にどれくらいのページをさくのか 決めた方がよくないですか。
185 :
日出づる処の名無し :05/02/16 20:10:59 ID:HAs+3fbp
支那はちゃんと漢字で書こうよ。
187 :
日出づる処の名無し :05/02/16 21:06:26 ID:hZxXTEvz
>>184 項目もそうですが、教科書そのものに関してもその通りかもしれませんね。
ただ、個人的にはかくべき内容に重点をおいてその後添削する方が
ここでの議論も建設的に展開するだろう思いあえてかいてみました。
ちなみに私の文章は山川の教科書にして「見開き(2ページ)」を目安にしています。
>>186 すみません。
「支那」が変換で出すのが面倒だったのでカナにしてしまいました。
キムジョンイルは変換する。日本語辞書まで糞サヨが仕切ってる。
>>188 まだまだ。「檀君」が一発変換しまっせ。
190 :
日出づる処の名無し :05/02/16 23:52:41 ID:SwBf9cGT
まあ一応、日本武尊も一発で出るな(当然か) 倭建命は選択肢にない
191 :
日出づる処の名無し :05/02/17 00:23:55 ID:Bq6DqkPn
なんで日清戦争が起こったのか未だにわからん 日露はやらざるを得なかったと思っているが、日清は欧米もやってるし 俺もやったるでーって感じ?
192 :
脱サラ大学院生 :05/02/17 00:43:54 ID:nFtZFV5G
193 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/02/17 01:20:53 ID:wyGW5WNn
>>192 乙です。阿片戦争拝見しました。
ポイントを押さえて簡潔に、事実のみ淡々と抑制された文体で、しかも流れを見せておられる。
難しいですね、教科書って。書き足りないくらいが丁度だなんて。
自分は19世紀初頭の海防論から筆を起こし、ペリー前夜までを書いています。
幕末明治の世相を的確に読みとるために、知識前提として必要な思想や宗教にも言及したいのですが、
海防論や政治情勢まで見渡した上に思想や文化までとなると、章立てが非常に難しいですね。
明日深夜か明後日深夜には公表します。
194 :
脱サラ大学院生 :05/02/17 01:34:36 ID:nFtZFV5G
>>193 実際かくとなると本当に難しいですね。
今さらながら、自分の文章のワンセンテンスの長さなど
駄文恥じ入るばかりです。
ともあれがんばってください。期待してます♪
>>193 ? 日清戦争の説明は、列強の大陸進出の経過が書いてないから、
日本が一方的に半島に領土的野心をもって戦争しかけたようにしか読めない説明だな。
また、日露戦争の説明では、日清戦争後にロシアの朝鮮進出を簡単に許してるわけで、
宗主国を排除しただけで、その後他国の侵入を簡単に許しているわけで、
これでは日本はアホ丸出しで、半島の植民地化を意図していたいう説明はかなり強引です。
あまりに、従来の日本帝国主義&植民地支配という発想を踏襲して、
糞サヨ&在日が喜びそうな内容で、このスレの意図とは対立していると思います。
196 :
日出づる処の名無し :05/02/17 10:11:16 ID:iEkDEeRU
>>195 清がイギリスの支配に抵抗し、日本の侵略に抵抗したと言うと至極まともな国みたいだが
実際は客家の某一族がイギリスによる支配の走狗となって阿片売買の利権でボロ儲けし
その後第2次大戦時の抗日運動の核となったり、ある時期はイギリスの思惑以上に暴走し
支援金を不正蓄財するなど干された時期もあるが、現代の香港マフィアまで脈々と繋がる
巨大アングラ組織を構成し中国を闇世界から支配していることも一切触れないと言うのは
片手落ちではないか
また清朝時代に治安維持に使った漢族の用心棒(武闘集団)が上海租界を支配する中国
マフィアを形成し、中華民国の仇敵となり、さらに中共のお庭晩的役割を担い、今や西側
世界に400万の構成員を要し、イタリア系マフィアやロシアマフィアも恐れる世界最大級の
中華マフィアとして麻薬や人身売買、強盗、殺人ビジネスでシノギを稼ぎ、あるときは中共
の国際謀略を担っていることも無視できないだろう
197 :
日出づる処の名無し :05/02/17 10:51:33 ID:gZzyRhmL
198 :
日出づる処の名無し :05/02/17 11:12:46 ID:iEkDEeRU
イギリスが間接的に中国を支配しようとした(インド型植民地の前段階)代理人が 客家の某一族で、蒋介石とかはその表の顔というべき飼い犬だな 国民党軍閥というのはヤクザの組みたいなものでローカルな血縁で構成した 武闘集団であり、国民党という集団は広域暴力団○○組といったところ 某一族がイギリスからの支援金を抗日運動に反映させずに蓄財に走ったので 一時期切られて、支援先が共産党にシフトされた 共産党は敵(国民党)の敵として、中華マフィアを取り込み裏世界の支配を強める ことが出来た 国民党は共産党に追い出され、各軍閥は資金を持ち逃げして、台湾〜東南アジアに 散り、華僑の地方軍閥として延命した、本家客家某一族は金融マフィアとして イギリスの保護の元香港で力を付けていった
199 :
脱サラ大学院生 :05/02/17 12:13:13 ID:nFtZFV5G
>>195-198 客家に関しては、太平天国のくだりあたりに「流民」ということばを
使うくらいでロクに取り上げられませんでした。
私の文章の意図はあくまでたたき台のつもりですので
どしどし添削お願いします。
ただ、客家については太平天国あたりから徐々に活動が顕在化し、
その後の中国史の様々なところに顔を出してくるので
「日本史」としては取り扱いが非常に困難な気がします。
200 :
日出づる処の名無し :05/02/17 15:01:40 ID:yDpGIUkx
ここの板はいい仕事してるな〜。ただ、ちょっとサラッと触れすぎなような気がしている。 図表かなんかをふんだんに使って理解を深める工夫しないと いかんような気がしてきたよ。 おいらは世界史選択だったからよくわからんが日本史ってあんまり海外に 触れてはいかんの?
記述がまだ幕末だし、紙数を制限して書いてるわけだから、この時期海外は極東に 留まる(留める)のは仕方ない
なんか2年ほど前にも同じような趣旨のスレがあったと思ったけど、あれはどうなったんだろう?
203 :
日出づる処の名無し :05/02/18 22:58:34 ID:2psLFsNy
あげあげ〜
204 :
日出づる処の名無し :05/02/18 23:05:13 ID:Ws/WVQ/H
DVDにやこう。デジタル教科書。一枚50円。
>>205 50円は安杉だろ。それともお米と砂糖は持参か?
それでは10000wに変更します。
208 :
脱サラ大学院生 :05/02/19 02:29:14 ID:oI/xl6oc
媒体、販売価格まで考え出すとどんどん際限なく広がってしまいます。 とりあえずは内容に重点を置いたほうがいいんじゃないでしょうか。 個人的にはデジタル教科書って面白いと思うけど。
209 :
日出づる処の名無し :05/02/19 02:32:31 ID:1jh5w7z9
210 :
日出づる処の名無し :05/02/19 03:55:53 ID:ZcjYaiXG BE:123625297-
明治憲法ってのは、戦後憲法との対比で「ダメ」というレッテルを貼られているが、 明治のあの時代にあってはけっこういい憲法だと思う。 こんなこと言うと、天皇に総ての権利が・・・という人がいるが、江戸時代の名残が ある、あの時代では国民主権というのは早すぎたと思う。 明治憲法の天皇というところを「国民の象徴」=「日本の文化・文明・伝統」と 置き換えて読んでみると、結構いい感じだと思うぞ。
211 :
脱サラ大学院生 :05/02/19 04:17:42 ID:oI/xl6oc
>>210 けっこういいどころか当時としては奇跡に近いと思いますね。
ほんの少し前まで憲法のけの字もしらなかったような国が
自主的に作ったということだけでも特筆に価するものだと思います。
内容については、現行憲法との長所・短所を検討することによって
大日本帝国憲法の先進性が浮き彫りになるような気がします。
212 :
日出づる処の名無し :05/02/19 04:18:50 ID:ShFT/LWM
213 :
日出づる処の名無し :05/02/19 04:20:08 ID:eI8XGyNG
ミギーとかヒダリックスとかに偏ってないものならね
>>211 明治憲法成立時点も、大東亜戦争の特攻隊兵士が、「天皇陛下万歳!」と叫んだときも、
天皇という概念は、天皇(生物学的人間)個人のためとかじゃなくて、とっくに昇華されていて、
「国民の象徴」=「日本の文化・文明・伝統」を定義の上では既に体現していた。
いくら、戦後糞サヨが昭和天皇という人間個人の生存に問題を矮小化しようとしてもね。
215 :
日出づる処の名無し :05/02/19 11:07:20 ID:mV21zZqZ
近世まで及び現代を無視した歴史教科書。
>>214 す、す、す、素晴らしい卓見。陛下自身のお振る舞いも、戦前戦後を通じて同様のものが
あるしな。
217 :
日出づる処の名無し :05/02/19 12:28:36 ID:ShFT/LWM
218 :
日出づる処の名無し :05/02/19 17:47:13 ID:xrDTsYQk
良スレ上げ
219 :
深山幽谷 ◆Nippon1kwg :05/02/19 20:13:29 ID:riYpbRfW
最初はネタスレかと思っていたが、良スレだな。 改めて敬意を表して上げます。 また、お邪魔します。
遅くなり申した。予定外の仕事に忙殺されていますた。 院生さんの筆になる海外情勢の続きとして、黒船前夜を上梓したいと思います。
【ロシアの動向と北方探査】 北方ではロシアが18世紀までにシベリアに進出、1842年には探検家ベーリングによってアラスカが発見され、 ラッコなどの毛皮を求めてロシア商人が盛んにアリューシャン列島に現れるようになった。 日本では松前藩が蝦夷地のアイヌとの交易を独占していたが、 ロシア商人はアイヌを通じて日本との交易を求めるようになった。 18世紀後半までにロシアの南進は、幕府や在野の蘭学者の関心を集めるところとなる。 仙台藩医の手になる「赤蝦夷風説考」が上梓されると、幕府老中田沼意次は、 これまで松前藩以北の蝦夷地は幕府の統治外であったが、 これも日本の領土であるとの認識に立ち、蝦夷地の開拓を計画、ロシアとの交易も検討した。 この頃から函館奉行最上徳内を中心に、幕吏による千島と樺太の探査が本格化した。 1792年にロシア使節ラックスマンが、国王の親書を携え、 漂流日本人大黒屋光太夫を連れて根室に来航、日本との通商を要求した。 老中松平定信は外交窓口として長崎を指定しつつも、根室での停泊を黙認した。 復古政治である寛政の改革の推進者であった定信は、ロシア交易については 鎖国を理由に即座の貿易開始を拒絶した。 (*大黒屋光太夫がロシアで見聞した世界情勢は、蘭学者がオランダ経由で仕入れた情報と一致、 当時の幕府は的確に世界情勢を認識、把握していたとされる。)
正規の外交使節の来航に驚いた幕府は、同年、海防の必要性を説いた林子平の「海国兵談」を発禁処分にし、 林子平を禁錮刑に処すと、公的機関での蘭学の使用を禁止、幕府の政策批判を封じた。 他方では、松前藩に上知令を出し蝦夷地を直轄地とすると、これまで以上に北方探索を本格化させた。 伊能忠敬は、幕命により日本全土の海岸線の測量を行った。 松前に派遣された幕吏近藤重蔵は、択捉島に「大日本恵土呂」の碑を建て、択捉に漁場を開拓、 商人高田屋嘉兵衛に命じて国後島に通商拠点を築かせた。 富山元十郎は千島列島南端の島ウルップ島に「天長地久大日本属国」の碑を建てた。 1808年に間宮林蔵は樺太が島であることを発見した。 後世、その功績を称え、沿海州と樺太との海峡は間宮海峡と呼ばれることになる。 この間にもロシアは1799年アラスカの植民地経営を目的に東インド会社を模して露米会社を設立。 冬でも商船が活動できる不凍港を求めて、また交易先として日本との国交樹立が課題となる。 1804年、ロシア皇帝アレクサンダー1世の親書を携えて、レザノフが長崎に来航、 正規の手続きを踏んで通商と国交を要求した。しかし幕府は皇帝の親書を受理せずに拒絶。 レザノフの部下が樺太で略奪を行い、択捉島を攻撃するなど緊張は一気に高まった。 幕府は1806年(文化3年)、日本に寄港した海外籍船に薪や食料を提供し、速やかに出航させる旨の 薪水給与令を出し、通商は拒絶するが人道的配慮は行う方針を打ち出した。 しかし、両国の緊張状態は用意には解けず、1811年に千島列島の測量を行っていた ロシア船ディアナ号の艦長ゴローニンが、国後島にて幕府に捕らえられ蝦夷地に連行されると、 副艦長リゴルテが報復として、国後島に停泊中の商人高田屋嘉兵衛を拿捕する事件が起こった。 この事件は高田屋嘉兵衛の尽力により、双方の身柄交換が成立して約2年をかけて解決、 以後、北方の緊張は緩和され、両国の勢力圏が明確となった。
【異国船打ち払い令】 唯一日本と国交のあるオランダは、フランス革命時にナポレオンの統治下に入り、 イギリスやロシアと対立していた。1808年イギリス籍船フェートン号がオランダ船捕獲のために 長崎に侵入、食料や薪水を強奪する事件が起きた(フェートン号事件)。 長崎奉行松平康英はフェートン号拿捕に失敗した責を負い自刃する。 この頃産業革命を終えたイギリスは、太平洋上で鯨油を求めて捕鯨を行うようになり、 太平洋岸に盛んに出没するようになった。薪水給与と海岸警備にかかる諸藩の負担は決して軽微なものではなく、 また、国交のない中での来航はイギリス船員による暴力事件を誘発したため、 1825年、幕府は異国船打払令を出し、鎖国を維持するために強攻策に打って出た。 相次ぐ外国船の来航に国防の危機を敏感に感じていた幕府は、海外事情に明るい在野の蘭学者によって 国防情報が漏洩したり、幕府政策への批判が流布したりすることを警戒し始めた。 1828年にはオランダ船員として来日したドイツ人医師シーボルトが、伊能忠敬が測量した地図を入手した嫌疑で 国外追放となり、幕府天文方高橋景保が獄死するシーボルト事件が起こった。 当時の日本の商船は鎖国令のため遠洋航行には向いていなかったが、天候の不順に備えて頑丈な作りをしていた。 よって、遭難した商船がロシアや遠くアメリカまで漂流することも珍しくなく、 彼ら日本人漂流民から日本の情報は各国政府にもたらされていた。 1837年、アメリカ商船モリソン号がこうした日本人漂流民を引渡すために浦賀に来航した。 浦賀では幕命に従いモリソン号を砲撃し撃退する事件が起こった。 非武装の商船に対する武力行使は、尚歯会と名づけられた最先端の蘭学者たちを刺激し、 モリソン号事件批判の書物が相次いで出版された。幕府は尚歯会を処罰し、高野長英、渡辺崋山らが 獄につながれた(蛮社の獄)。
1840年にアヘン戦争が起こると幕府は衝撃を受け、事態の推移を重く受け取った。 老中水野忠邦は、天保の飢饉の後遺症から国内を立て直すべく天保の改革を行い、 強硬策である異国船打払令を撤回、天保の薪水給与令を出し、海外船との摩擦を避ける方針に転換した。 1844年にオランダ国王から開国の勧告が届けられると、老中阿部正弘は1845年に幕府機関として海防掛を設置し、 蘭学者が再び登用され、英米来航対策に本格的に乗り出した。 1846年にはアメリカ船ピッドルが浦賀に来航、開国を求めるなど開国への外圧は日増しに強くなっていった。 以上、見てきたように、幕府は基礎的な鎖国幕藩体制を堅持するために、 開国を忌避しつつ国防対策を手早く打っているものの、軍事的な対策は施さなかった。 また、これら外交情報が民間に知れ渡り、政情が不安定になることを避け、 在野の蘭学者に対して警戒の目を光らせていた。 このような情勢下でペリーの黒船が江戸表で砲撃を行い、日本は開国を迫られるのである。
225 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/02/19 23:01:46 ID:Vy16Emif
>>221-224 以上、記載された事件はすべて高校日本史の学習範囲です。
ロシアの南下と北方での国境の画定、
西欧の進出と蘭学者への取り締まりを書きたかった。
黒船以降の近代化に際して、よく言うように幕府が無能であったと言うわけではなく、
また、黒船以降の急激な国論の沸騰は、ペリーが江戸湾に現れて
幕府が国防の現状を隠しきれなくなったことに起因するようなことを記す
伏線の章としておきたかったのです。
諸賢の忌憚ない批判お待ちしております。
226 :
脱サラ大学院生 :05/02/19 23:18:50 ID:oI/xl6oc
>>221-225 乙です。大変興味深く拝見いたしました。
ただ残念ながら、私は高校(入試)では世界史を選択していたので
現行教科書等との比較や情報の過不足などを指摘出来る
資料・知識を持ち合わせていません。
そのあたりはほかの皆さんにお願いしたいところですが、
私自身もこれにあわせてさらに勉強したくなってきました。
いずれにせよ、そんな私でも大変わかりやすい、
読みやすいものだと思います。
ご苦労様でした。
今後もこれまでのものの添削とこの続きが作れるようにしたいものです。
227 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/02/20 01:44:19 ID:GHIzTlEf
早速ですが、
>>221 のベーリングのアラスカ発見は当然1742年の間違いです。すまぬ。
>>226 ありがとうございます。
ロシアについては、大陸ルートと北洋ルートを並行して語るべきかも知れません。
今回執筆してあらためて江戸幕府が無能との自身の偏見を感じました。
日本には名もなき林則除がいっぱいいました。
万一阿片戦争が日本で起こっても、清のような負け方はしなかったのではないかと思います。
228 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/02/20 01:55:45 ID:GHIzTlEf
>>226 記載内容は他の日本史教科書では欄外扱いのものや、図表レベルのものまで本文に昇格させています。
不足については、海防掛に赴いた学者や武士の国防論とその戦略です。
阿片戦争後維新までの朝鮮の状況も後章に欲しいところです。
一部高校日本史を逸脱するものの、開国後の政策の範となったことは間違いなく、
取り上げてみたいのですが、浅学のため、自信をもって書き切れません。
どなたかよろしくです。
次はいよいよペリー来航?
そういえば昔、極東板で政党を作ろうと言ってた人たちがいたな。 結果はボロボロだったが。
230 :
日出づる処の名無し :05/02/20 02:41:49 ID:aN+O+8+e
世の中には組織票ってあるじゃない? 2chでも組織団体を結成したらどのくらいの数になるかな… 200から300万はいくんじゃない?
231 :
日出づる処の名無し :05/02/20 02:44:42 ID:aN+O+8+e
誰か参加して
232 :
日出づる処の名無し :05/02/20 02:46:37 ID:aN+O+8+e
みんな無視?
233 :
日出づる処の名無し :05/02/20 02:51:15 ID:Hi6a05eU
1840年が阿片戦争だったんですね そうするとすでに清はぼろぼろだったのかと思ったりして 日本史や世界史をやっていて思うことは横のつながりがなかなかわからないので そこを解消してくれると世界的な流れと、事件の動機がわかりやすいと思うのですよ
234 :
日出づる処の名無し :05/02/20 03:24:05 ID:aN+O+8+e
組織票の件は?
まとめサイトはないの?
236 :
日出づる処の名無し :05/02/20 03:35:30 ID:aN+O+8+e
組織票!!!!!!!!!
237 :
日出づる処の名無し :05/02/20 06:20:07 ID:b7vmGxiX BE:23547762-
朝鮮半島は「ストロー」であった。 ユーラシア大陸の東端の情勢が半島というストローを通じて日本列島に流れてくる のである。これは好むと好まざるに関わらず、地形的な必然であった。 清の属国であった朝鮮半島は、清が欧米列強に対して無為無策であったことにより、 無主物と同じ未開発な地域となっていた。その様な状態は、日本列島にとり、大陸 の混乱が流れ込む放題の状態であり、なんとしても半島が確固とした国家として自 立して欲しいと願う状態であった。しかし、19世紀後半にこの時期に於いても、 半島は近代化の芽となる兆候は何もなく、中世暗黒のまま澱んでいた。 半島の自立を促すも、半島には自分で近代化する力はなかった。 日清戦争で中国(清)からの独立を幇助し、日露戦争でロシアの侵略を防ぎ、半島 の自立を全身全霊をかけて応援した日本だったが、半島の停滞した澱みからは自立 の萌芽はなかった。復古主義テロリスト安重根は根強く半島の自立を願った伊藤公 を暗殺し、情勢は一気に併合へと傾いた。植民地化ではない、併合である。半島人 は日本人として遇されたのであるが、如何せん中世農奴のレベルの半島人には近代 化が早すぎ、理解ができなかったのである。 戦後、東西冷戦のアジアでの最前線であった韓国は、日韓併合の36年間の基盤と 米国と日本の支援により、どうにか近代化を達成したが、それ以前の情けない歴史 に恥じ入り、半島民族の歴史を今になって創作しているのだ。
238 :
日出づる処の名無し :05/02/20 06:21:24 ID:b7vmGxiX BE:31397344-
家永三郎という左翼学者が編纂した検定不合格教科書という本は、内容が左翼思想 に流れているとの理由で検定不合格になった代物だが、安重根だとか3.1運動の 女性だとかは、何も記載されていない。 あの時代は、帝国主義列強が争っていた時代であって、そういう世界の中で日本が どの様に判断し、どの様に行動したのかが重要な時代であった。家永も、その様な 視点で書いていた。家永は勿論、左翼なので帝国主義を批判しているのだが、安重 根だとか3.1などは、その時代の注目すべき動きの中では重要ではなく、何も書 いていない。これはこれで歴史学者として正しい。 ところが、最近の教科書では、まるで朝鮮・韓国の視点で、安重根が英雄、3.1 運動での逮捕された女性が素晴らしいが如きに顔写真入りで記載されている。 歴史の視点を矮小化し、重大情勢を隠蔽するバカな教科書に成り下がっている。 何故、こんなバカな記述をするのかというと、それは「空疎な歴史しか持たない 韓国の国作り神話」を捏造する為だ。属国としての歴史しか持たず、日清戦争の 日本の勝利により、初めて独立したことを隠し、国家としての近代化はもっぱら 日本の統治により行われたことを隠してきた。 また、併合解消も、太平洋戦争での日本の敗戦により連合国主導で行われたこと を、さも「独立運動があった」ということにしたいからだ。
239 :
日出づる処の名無し :05/02/20 06:23:54 ID:TRNmTnAA
事実かもしれないけど、ちょっと偏ってますな
240 :
239 :05/02/20 06:26:44 ID:TRNmTnAA
訂正 事実かもしれないけど→事実だけど
242 :
日出づる処の名無し :05/02/20 10:05:44 ID:hfINHPXv
>>238 知らんまにとんでもないことになっちゃてるってことだよ。
性教育もしてない小学生に従軍慰安婦教えてるわけで、これでは腐ったガキしか育たねえよ。
243 :
日出づる処の名無し :05/02/20 11:53:15 ID:FrGNs5lh
だれかまとめ作って
245 :
日出づる処の名無し :05/02/20 15:32:45 ID:poYZ0aUH
246 :
日出づる処の名無し :05/02/20 15:42:08 ID:Yf0LuoEW
おまいらがんばれよ
>>242 甘い
ジェンダー知事(カバばばあ)のいる県の一部では、既にその頃から子供の生まれるしくみを
しっかり教えるらしい
こういう基地外知事が再選されるくらいなら、森田健作応援したいわな
248 :
脱サラ大学院生 :05/02/20 16:47:43 ID:MOmQD7C4
>>237 、
>>239-240 ご苦労様です。
個人的に、冒頭に李氏朝鮮末期の腐敗ぶりに対する言及があれば、
偏りというほどの偏りは感じないようにも思えます。
以前一度書店で高校日本史(中学社会?)の教科書を立ち読みしたことがあるのですが、
近代史のあたりに「誰だこれ!?」って人の写真がたくさんあったのでびっくりしました。
日本の教科書なのに日本の要人よりもむしろこちらが
強調されているような印象さえ感じました。
249 :
日出づる処の名無し :05/02/20 16:50:27 ID:+aKQjDTW
>>248 初代総理大臣よりも、暗殺した犯人についての方が詳しいなんてむちゃくちゃやな。
250 :
脱サラ大学院生 :05/02/20 16:55:14 ID:MOmQD7C4
>>247 ちょうど扶桑社教科書の問題が取り沙汰されていたころ、
つくる会中心に従軍慰安婦など性知識のない小学生に教えるなという
論を展開していたのに呼応するかのように
『AERA』に「性教育は早ければ早いほどいい」みたいな記事が載ってて、
海外ではこんなに早くやってるよみたいな事がかいてあったのを記憶してます。
最近では一部ですでにそういう状態になってるんですね〜。
251 :
脱サラ大学院生 :05/02/20 17:00:38 ID:MOmQD7C4
>>249 ちょうど教科書裁判があったころですよね、
千円札が伊藤博文から夏目漱石にかわったのって。
その夏目漱石もいまや野口英世になってしまいましたが。
新渡戸稲造→樋口一葉ってのもジェンダー臭くって
個人的に好みじゃないw(樋口一葉自体は嫌いじゃないけど)。
日本国の興隆に寄与したという点では、樋口一葉、野口英世と、東郷平八郎、伊藤博文では 限りない差がある 文化人を紙幣の顔にするのに反対ではないが、救国の英雄を教科書にもろくな記載がない状況では いっそのこと東郷提督にでもして欲しいよ ま、現況では候補に上がることすら難しいだろうがな 戦前は切手にはなってたな
253 :
日出づる処の名無し :05/02/20 18:08:06 ID:MsR/GSJJ
>>251 新渡戸稲造は惜しいね。武士道が世界でいろいろと評価されてるって知る機会ができるのに。
とにかく80年あたりからサヨの謀略はむちゃくちゃですよ。
戦争映画なんかもただ日本が悪いだけの描写しかしなくなった。
254 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/02/20 23:15:01 ID:GHIzTlEf
>>248 ちょっと俺は抵抗あるな。
朝鮮人が野蛮だから近代文明を理解できなかったのなら、親日台湾が説明つかないからなぁ。
やはり朝鮮民族の事大主義的な思想傾向と、大日本帝国への自発的な過剰適応、
戦後は米ソ事大主義と反動的な脱日本自主独立の気風を背景においた上で、
独立した南北朝鮮が反日運動家を首班とする政府であること、
いわば反日立国であって、不幸にも民族分断が常態化したため、
反日以上の国家の基礎を見出せない国だと語れば、十分かな。
朝鮮なりの民族性を生かした世界への適応戦略だと、なま暖かく書きたい。
255 :
日出づる処の名無し :05/02/21 00:19:42 ID:ks2JSiji BE:58869465-
>239-240さん、
>>237-238 を書いた者(オリジネータ)ですが、何処が偏っていると感じましたか?
推敲を重ね、よりよいモノにしていきたいので、具体的箇所の指摘や具体的感想が
あれば是非コメントしてください。
256 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/02/21 00:32:34 ID:ceU9mwZP
>>255 繰り返しになるが、朝鮮人の大日本帝国への過剰適応、は書いてほしい。
一般朝鮮人が、朝鮮人官憲による強制徴用と初期日本資本主義の二重支配にあったことが、
反日運動のうさんくさい理論的証拠を本物っぽく見せてるんだからさ。
あと、真っ当な帝国臣民として日本人と同じ望郷の念を抱きながら、
死んでいった朝鮮人日本軍兵士についても。
蛮行と純粋な特攻兵士と。功罪ともに書いて欲しい。
>>245 とりあえず、序章だけでなく、暫定的でも章組みを書いておいたほうがなんとなくいい気がする。
>>108 とか
258 :
脱サラ大学院生 :05/02/21 00:44:56 ID:iGQEEFFp
>>254 、<<255
「中世農奴のレベルの半島人」というのには具体的根拠が必要だと思います。
そういう意味で
>>248 で述べたように、
李朝の統治の腐敗(官僚による苛烈な搾取、繰り返される派閥抗争など)に
言及すべきだと思います。
また、朝鮮人の自発的な運動でもある(甲申事変、東学党の乱)は
日清戦争とのからみでいずれ記述が必要でしょう。
ついでに、教科書という書物の性質上、
「半島人」というカドの立つ表現も控えた方がいいかもしれませんw。
259 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/02/21 00:54:21 ID:ceU9mwZP
よく考えたら、台湾も樺太も朝鮮も大日本帝国だったんだから、 あくまで自国史としてこと細かに扱う必要あるな。 大正昭和の日本が日本人比率が70%の多民族国家であって、 多くの日本人が多民族国家大日本で生まれ育ったんだからさ。 特に日本統治かについては、外国だ植民地だと客体のように書いてしまうとまずい気がしてきた。 勿論、台湾や朝鮮の戦後は外国として突き放すべきだが。
これって誰かまとめのサイト作る予定とかあるんですかね?
>>258 >「中世農奴のレベルの半島人」というのには具体的根拠が必要だと思います。
具体的根拠ていうんじゃないけど、李氏朝鮮末期のソウルとそれより2,30年前の
幕末の江戸の写真との比較なんか強烈なんだが。
カド立ちまくりかな・・・?(w
262 :
脱サラ大学院生 :05/02/21 01:07:20 ID:iGQEEFFp
>>259 日本である期間の前と後ももちろん密接に関係してくるから、
折々でけっこう細かく述べる必要があるでしょう。
前としての日清・日露、後としての朝鮮戦争など特に。
…こうやって考えると、朝鮮半島情勢に関してはまとめてかくより
それら折々に関連して触れた方がいいのかもしれない。
でも
>>237 氏(ネームきぼん)の記述を無駄にするわけにもいかないし、
難しいもんですねえ…
263 :
脱サラ大学院生 :05/02/21 01:12:31 ID:iGQEEFFp
>>261 全然問題ないと思いますよ。
カドがたつかどうかはともかく写真なのだから
それなりに客観的な史料だと思います。
それをみてどう思うかは、それをみた者それぞれにゆだねるべきでしょう。
264 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/02/21 01:25:41 ID:ceU9mwZP
>>262 昔、学生の頃、どうして教科書が記述の重複をきらうのか理解できなかった。
実は俺はセンター世界史、私立・二次日本史のヘテロなもんで、
世界史の各国史学習の効果が身に沁みてるんですよ。
事態の流れを把握するには縦糸記述と横糸記述が交錯しないと、
輪切りの日本史だけじゃ流れが見えなかったのです。
で、
>>237 氏の記述(これから書かれるもの含む)は半島概略通史として独立させ、
輪切りの日本史の中でも同じ内容に触れるのは如何でしょうか。
トータルな把握には双方必要と思います。
265 :
脱サラ大学院生 :05/02/21 01:28:47 ID:iGQEEFFp
>>264 なるほど、大いに賛成です。
世界史オンリーの私には盲点だったかもしれませんねw。
266 :
日出づる処の名無し :05/02/21 01:29:30 ID:H7z+uQM0
赤塚不二夫の”バカボン線友録”という本の"小林よしのり"の項より。 「ゴーマニズム宣言というまんがはそもそも僕が描くはずだった、タイトルは滝沢解と社会学者の 赤塚不二夫(漫画家の赤塚不二夫と同姓同名の別人でマルクス経済学の研究者)と僕の三人で考 えたんだ。ところが、その当時の僕はひどいアル中でまんがが描けない。担当の編集者が誰か代筆 者を推薦して欲しいと言ってきた。僕を「聖人』と崇めている小林よしのりを推薦した (中略)彼は熱狂的赤塚不二夫ファンで僕より僕のまんがに詳しい(後略)」(ここまで同書より引用) ところで、『ゴーマンかましてよかですか?』は赤塚が泥酔したときの口癖『説教かましてよかですか!』が元になっているそうだ。
267 :
239 :05/02/21 02:03:59 ID:+pAu/0Lw
>>255 偏っていると書いたのは、主観が入っていると感じたからです。
普通にネットに上げるだけなら
>>237-238 でも全然問題ありませんが、
「教科書」を作るという性質上、なるべく中立的に書くべきだと思います。
例えば「バカな」教科書に・・・という部分は、事実であっても変えた方が良いのではないかと思います。もちろん事実を歪曲することなく、です。
確かに19世紀後半の半島情勢は、重要ではあるんだが、あまりにチマチマした
宮廷闘争の連続で(なおかつ隣国のことで)、なかなか興味を持続できる人は
少ないのではなかろうか?
この辺はテキストとして使用するものという目標物であれば、紙数制約もあろうし
ある程度瑣末なことはカットした方が無難だろうな。
>>259 氏の言われることもまことに最もながら、学校生徒対象のテキストということを
考えると、宮廷闘争などは大筋だけでよくないか?
269 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/02/21 02:31:31 ID:ceU9mwZP
>>268 なるほど。
>>261 氏の言うように、エポックメイキングな事件を2、3設定し、
その事件を中心とした因果関係を記述すると、
おっしゃるような些末な政争にも深入りせずに済みそうです。
福沢諭吉が脱亜論で見せた、歯痒いまでの朝鮮への絶望を、
コラムでも欄外でも伝えたい気はします。
まぁ、この板は半島の専門家の避難場所でもありますから、
諸賢が分かりやすく記述いただけるものと、無責任にも期待しております。
270 :
日出づる処の名無し :05/02/21 11:32:13 ID:ks2JSiji BE:49058055-
>>237-238 を書いた者(オリジネータ)です。
コメントありがとうございます。なるほど、そういうことでしたか。
あれは以前に2CHで書いたもののコピペですので、まさに「ネットに書く」
ことを目的にした記述です。
このスレにあれをコピペしたのは、「視点の紹介」を目的にしたものです。
自分は歴史を学ぶ時の最重要なのは、「その時の人間がどういう認識でどうい
う判断をしたのか」「そして、それは何故か?」「その判断は正しかったか」
という点です。この様な立場から「歴史の流れ」が重要だと思い、個別事象よ
りも「流れ」を重視し400文字程度で表現したものです。
271 :
245 :05/02/21 22:28:06 ID:ziEtr/AU
272 :
日出づる処の名無し :05/02/21 23:45:36 ID:NELQPDL1
>>271 乙です。
ところで、改めて自分の文章を読んで、「シナ」を「中国」と
かいてしまった部分がいくつかあるようです(三角貿易のあたり)。
(「シナ」と記述した理由は
>>179 にてすでに説明)
この纏めサイトの文章を校正したいときはどうしたらいいでしょうか?
273 :
脱サラ大学院生 :05/02/21 23:51:28 ID:NELQPDL1
>>271 拝見しました。乙&ありがとうございます。
週末までに何か書きたいです。
停滞気味なので、詳しくも無い朝鮮関係を『親日派のための弁明』から要約しようとしたんだけど、改めて読んでみてこれって時代が前後しすぎて非常にまとめづらいことがわかった。 なので諦めて、手元の大学受験用参考書から朝鮮部分を書き出してみることにした。 以下、山本武夫著 詳解日本史 1992年版の日清戦争の章から朝鮮に関係する部分を書き出します。 何かの土台にでも使ってください。 ・日清戦争 →朝鮮問題 世界の資本主義諸国家に遅れて仲間入りした日本は、大陸進出政策を展開することで、国内産業の 発達を促し、アジアにおける指導的地位につき、欧米列強のアジア進出に対抗しようという考え方が 根底に据えられていた。 1976(明治9)年の日朝修好条規(江華条約)は、それまで鎖国を守りつづけていた朝鮮を、開国 へ転換させるきっかけとなった内容であるが、日本の治外法権を認め、また関税率を協定制とするな ど、朝鮮にとってはなはだ不利益な内容であった。 有利な立場に立った日本からは、綿糸製品がどん どん朝鮮市場へ送られ、このことは、英国製綿布の中継貿易を行っていた清国の立場を脅かすように なり、日清両国の対立を生み出す原因となった。 開国後の朝鮮では、内政の方針を巡って、保守・進歩の両派が対立した。長い歴史を持つ中国との 関係を重視する保守派の大院君(1820〜98,国王の実父)一派と、明治維新に見習って近代化を推進 しようとする国王の李淵や、その外戚閔妃(1851〜95)との対立である。 この対立に、必然的に日清 両国の利害が絡み合って、日清戦争の遠因になったのである。 しかも、清国は宗主国としての面子が 先に立ち、日本は不足する食料の供給地及び市場としての朝鮮の確保を願うというように、両国は異 なる立場ではあるが、お互いに後に引けない形で朝鮮における支配的地位を争うことになった。
→壬午の変(第一次京城事件) 1882(明治15)年、大院君は進行中の軍制改革に不満を持つ軍人を動かして京城でクーデターをお こし、日本公使館を襲撃した。日本政府は軍隊を派遣して遺留民の保護にあたらせた。 同時に清国も 兵を出して、李鴻章は日朝間の調停を試みたが、失敗すると大院君を天津に連れ去ったそのため、閔 氏一派が勢力を取り戻し、日本との間に済物浦条約を結んで、償金55万円の支払い、暴徒の処罰を約 束し、守備兵の駐屯を認めた。 日本政府は、償金の大部分を返還して、親日派の独立党の金玉均( 1851〜94)や朴泳考(1861〜1939)らを援助した。 (欄外注) 独立党: 日本の勢力を背景に明治維新にならった近代的改革を目指す党派。事大党と対抗した。甲申の変で敗 れ、幹部は日本に亡命。日清戦争後、政権についたが、その革新性を失った。 →甲申の変(第二次京城事件) ところが、独立党の強大化を嫌った閔氏一派は、事大党を中心に清国に接近し、朝鮮国内には新し い政治的対立が生まれた。清国は、袁世凱を司令官とする大軍を京城に駐屯させた。 1884(明治17) 年12月、日本の援助を期待した独立党は、清国が清仏戦争を戦っている隙に乗じて、国王をいただい てクーデターを敢行した。 しかし、結局は清国の武力干渉の元に敗れ去り。金・朴らは日本に亡命し 、日本公使館はまたも焼き払われてしまった。日本政府は直ちに井上馨を全権として派遣し、翌年、 京城で京城条約を結び、朝鮮側の謝罪と犯人の処罰、賠償金の支払いなどを約束させた。 また、この とき、日清両国軍隊が衝突したが、全面戦争にいたらず、両国は天津条約を結んで、朝鮮から撤兵することにした。 (欄外注) 事大党: 独立党に対抗し、清国の勢力を背景に保守的政策をとった。甲申の変ののち力を得たが、日清戦争に おける清国の敗北と1895年の閔妃暗殺で勢力が失墜、多くは親露派となった。 天津条約: 1885年、伊藤博文と李鴻章との間で結ばれた条約。両国の朝鮮からの撤兵、必要のあるときはお互い にあらかじめ通告してのち出兵すべきこと、などを骨子としていた。
→日本の進出 甲申の変ののち、日本は政治的に交代せざるを得なかった。 変わって清国の政治的影響力が増し、それに伴って日本人商人に対する経済的圧迫が加えられた。 なかでも、亡国例は日本人商人を苦しめたが、日本の資本家はこうした状況を克服しながら、従前のイギリス商品の中継貿易の域を脱して、自国製品の輸出を行い、清国の中継貿易の実績に迫っていった。 日本の国内では政府が条約改正交渉問題や憲法制定問題などを抱えて、積極的に動けないことを批判し、自ら同志を募って朝鮮に出向き、朝鮮の内政改革を助けようとする大井健太郎(1843〜1922)らの動きが起こった。 こうした最中に、先の甲申の変以来、日本に亡命していた金玉均が、朝鮮政府の刺客によって上海に誘き出され刺殺されるという事件が起こり、国内世論を強く刺激した。 →甲午農民戦争(東学党の乱)と日清の衝突 徴兵令以来、日本の軍備は国内の治安維持を目的に整備されてきたが、1882(明治15)年の壬午の変により対外戦力の必要を感じた政府は、同年「軍備拡張の詔勅」をだし、以後軍備の目的が大きく転換することになった。 直接的には朝鮮における清国軍隊との衝突を想定し、それに対する周到な準備が行われるようになったのである。 こうした折、朝鮮で甲午農民戦争が起こった。全羅道全州を占領した農民軍を押さえられない李朝政府は、朝鮮駐在清国代表の袁世凱に救援を求めた。 袁世凱は大軍を動員すると共に、天津条約に基づいて日本へ通告したので、日本も仁川へ部隊を上陸させた。東学党側は、このような情勢と内部分裂とで、全州を放棄したので、乱そのものは、日清両国軍隊の到着前に終了していた。 清国軍は朝鮮政府の撤兵要求に応じたが、日本政府は朝鮮の内政改革を清国に提案して拒否されると、単独で「内政改革」を実行しようとして、大院君を擁立して政権を握らせた。 日本の動きに警戒的であった清国は、海陸の大部隊を送ってこれに対抗しようとした。こうした状況の中で日清両国軍の衝突が起こった。これが日清戦争である。
以上 山本武夫著 詳解日本史 1992年版 P381-382より抜粋
横槍スマソですが、上記引用の中で以下の点、気になりました。(冒頭のみです) >世界の資本主義諸国家に遅れて仲間入りした日本は、 → 1870年時点で日本を資本主義社会と呼べるのか?また、世界が日本をみとめていたのか? 激しく疑問です。 列強にある程度認められたと想定するのはせいぜい北清事変あたりではないでしょうか? >大陸進出政策を展開することで、 → 日露戦争以前に大陸進出などまったく行われていないにも関わらず、すべてがそれを前提に日本が謀略を進めていたかの記述は、 典型的な東京裁判的発想。こういう記述を許すと日本が日清戦争時点で、植民地主義で帝国主義に全力でまい進と安易に解釈され、 日露戦争がただの植民地争奪戦になってしまう。 > アジアにおける指導的地位につき、 → 1870年時点でこんな表現はいくらなんでもめちゃくちゃ。指導的地位もなにも、1945年以前にアジアで国と呼べるところがどこにありましたか? 欧米列強のアジア進出に対抗しようという考え方 → どうしても日清戦争を太平洋戦争(帝国主義戦争の解釈として)までつなげたい意図あり? ある意味東京裁判より愚劣。 朝鮮に対して不平等条約を押し付けたという点のみで、どうやってここまで酷い妄想ができるのか、不思議でならない。 とにかく、日清戦争の時点から日本が大陸を殖民地化しようと野望を持っていたなど、あまりに酷いではありませんか? 以下の時系列の出来事はそのままで構わないかもしれませんが、 歴史はそういう事件などが、大きなどういう流れに沿って起こったかということを分析、解釈することこそが、意味があることだと思います。 冒頭にこのような記述があるのでは、事件の解釈がまったく違ったものになります。(スレ汚しスマソ。)
280 :
脱サラ大学院生 :05/02/22 12:00:55 ID:Kmnw+v9l
>>279 個人的には「仲間入りした日本」といいうよりは、「追いつこうとした日本」
という方がしっくりするような気がします。
また、大陸進出自国産業の発展というよりむしろ
自国防衛の観点があったことも見逃してはならないでしょう。
いずれにせよ、文章全般に明治維新以降の日本の動きを
「侵略戦争への道」という視点でえがくとこうなるんだろうな〜という
典型のような文章(さすが参考書)という印象を受けますね。
ついでに、「甲午農民戦争」という呼び名は韓国・朝鮮のものなので、
「東学党の乱」をメインとして採用すべきだと考えます。
一時的にしろ実際に政権をうちたて政策を実施した太平天国ですら「乱」ですし。
その上で、「西学(キリスト教)」に対する「東学(民間の伝統的信仰)」という
東学党の宗教的側面に関しても触れておくべきでしょう。
281 :
245 :05/02/22 14:35:32 ID:mngm/YOB
>>272 すみません見落としていました。既に修正してあります。
>この纏めサイトの文章を校正したいときはどうしたらいいでしょうか?
これについては、
脱サラ大学院生さんの
>>171 でおっしゃっていた原稿置き場を纏めサイト
内に作ろうと思います。本文がまとまったらどこかのアップローダに文書をアップして頂ければ、
それを纏めサイト内の原稿置き場に置こうと思います。
纏めサイトの本文もこれを基にしようと思います。
こんな感じにしようと思いますが、如何でしょうか。
アップローダはこことか・・・
http://up.isp.2ch.net/upload/c=01owarai/index.cgi
282 :
脱サラ大学院生 :05/02/23 01:20:10 ID:NQGg53VO
>>281 何から何まで恐れ入ります。
ありがとうございました。
283 :
日出づる処の名無し :05/02/23 03:17:50 ID:WGoaKt2a
終戦直後の第三国人の裏切りと悪行の数々も載せた方が良い。
285 :
日出づる処の名無し :05/02/23 10:30:07 ID:HrfrUqmb
南京大虐殺、従軍慰安婦問題、強制連行、靖国参拝問題は ソビエト崩壊によって、思想的に行き詰まった左翼が、自分たちの活躍の場として はじめた運動だから、 「冷戦後の世界」で扱う内容だな。
286 :
日出づる処の名無し :05/02/23 10:53:33 ID:Lb5yxAvC
このスレすごい参考になります。
参考書を頼りに一から学び始めた者としては
>>275-278 、
>>279 のような"極東板的"ツッコミはありがたいです。
スレ違いは承知ですが、極東板の住人さんの目に適う
市販されている日本史参考書ってどんなものがありますか?
(おおよそ大学受験用くらいまでのレベルで)
「大学受験板」にも参考書スレはありますが、
あちらはあくまで受験向けの内容についてなので
一般教養・子供への教育用の良書が分かればいいなあ、と思いまして。
これだ!という一冊は無くとも、この書のこの部分はなかなかだ、
という部分的なものでも構いません。
お教えいただけたら嬉しく思います。
自分、日本史・世界史・政経をやり直しているのですが、
今や政治経済の参考書にまで「南京」の記述が出てくるのですね…どうにも納得できません…
288 :
245 :05/02/23 15:50:06 ID:74ccrwBB
ちょっと待って、今
>>285 氏がいいこと言った。(AA略
>南京大虐殺、従軍慰安婦問題、強制連行、靖国参拝問題は
>ソビエト崩壊によって、思想的に行き詰まった左翼が、自分たちの活躍の場として
>はじめた運動だから、
>「冷戦後の世界」で扱う内容だな。
これ、賛成。
南京大虐殺、従軍慰安婦、強制連行、靖国参拝問題、これらはいずれも
戦時中など”当時の問題”と捉えること自体がそもそも本質的ではない。
”冷戦後の時代の政治問題”として捉えるべき。この認識はいいね。
>>289 横槍スマソです。教科書問題や、その他の歴史のねつ造がなされたのは1980年代かれです。
厳密に一般にはまだソ連は健在です。「ソビエト崩壊」は10年後ですし、誤解を受けます。
ですが、「思想として行き詰った左翼」っていうのは正しいと思います。
歴史的契機はソ連のアフガン侵攻です。 これが1979年です。
糞サヨや赤軍にとって、圧制化のアラブ諸国を解放するはずのソ連が敵にまわりました。
日本の糞サヨは、これを解釈できませんでした。つまり、思考停止です。
糞サヨは、現代の社会の改革を放棄し、未来図をえがくための思想としてのサヨク思想までも放棄し、
日本での政治闘争の手段として、過去の日本の軍国主義を攻撃することだけが残りました。
そして、あたらしく生み出されたのが、歴史ねつ造・・・従軍慰安婦と強制連行です。
冷戦後の時代の問題、つまり、南北問題や民族問題へと移行した世界の構造的問題を、
その思想に組み入れることが出来ない日本の糞サヨは、社会主義・共産主義の未来的発展形を模索することを放棄し、
自国を自虐史観に貶め、売国行動を通じで、極東三馬鹿と連携し、過去の清算というもっとの愚劣な売国行動をその政治闘争としたのです。
291 :
脱サラ大学院生 :05/02/23 22:54:57 ID:1Ip+oD9r
>>287 参考書ではありませんが、『逆説の日本史』(井沢元彦、小学館)は
教科書レベルの知識があれば十分楽しめますよ。
ほかでは、若干専門性が高まりますが、
『わかりやすい朝鮮戦争』(三野正洋、光人社)もオススメしときます。
292 :
脱サラ大学院生 :05/02/23 23:06:05 ID:1Ip+oD9r
>>290 個人的見解として、日本の左翼思想界に一番影響を及ぼしたのは
ソ連よりむしろシナの情勢だと思います。
そういう意味で、文化大革命とその失敗というのは見逃せないと思います。
貴方のおっしゃるソ連のアフガン侵攻に加えて共産党中国の核武装も
社会主義国家を「平和勢力」として
崇拝していた者にとっては打撃だったでしょう。
そして、ベルリンの壁崩壊とソ連の解体はある意味トドメだったと思います。
また、このソ連崩壊によって左翼主義者にとって
唯一のよりどころとなったのが共産党中国であり、
それが昨今の靖国問題や南京問題に対する
日本糾弾が強まった原因ではないでしょうか。
>>290-292 1978年日中平和友好条約
1979年ソ連アフガン侵攻
1980年ジョンレノンあぼーん…とゆーかイランイラク戦争
まったく淀みなく流れてますなぁ。
国内左翼の労働闘争は国鉄民営化で国労解体とともに消え失せ。
運動基盤を失った左翼が反政府から反国家に向きを変えたと。
自分も
>>285 に一票!
294 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/02/23 23:39:22 ID:D/n3GpQ6
>>286 そのサイトは本当に詳しくて眼から鱗でしたね。
歴史はやっぱり人の声がする細部の展開こそが面白い。
>>287 受験日本史にも活用できる極東板近代国史にしたいですね。
ところで。阿片戦争が日本にもたらした衝撃について
今の文では簡潔すぎてイライラします。書いたの自分ですが。
週末までに改筆したい。どなたか1840年代の海防に詳しい方の叱咤激励指示指導きぼんぬ。
295 :
脱サラ大学院生 :05/02/23 23:48:46 ID:1Ip+oD9r
296 :
日出づる処の名無し :05/02/23 23:55:29 ID:TPtk0eq+
これは載せよう。 ●キム・ミンス →韓国人留学生 強盗殺人犯。大分 日本人老夫婦を刃物で殺傷 ●李東逸 →韓国人 檀国大学教授。芝居観覧のため来日中、東京で日本人女優Nを強姦 ●金允植 →韓国人 強姦罪で指名手配中に逃亡目的で来日。大阪で主婦を100人以上連続強姦 ●金大根 →韓国人の強姦魔 連続児童虐待暴行殺人。6名の女児死亡 ●李昇一 →韓国人 東京 テレビ「ガキの使い」関係者を名乗り少女140人をレイプ ●沈週一 →韓国人 鳥取 大阪 和歌山 ベランダから女性の部屋へ侵入し9人を強姦 ●張今朝 →韓国人 長野 「一緒に猫を探して」と小学校4年の女児をレイプ ●ぺ・ソンテ →韓国人 横浜 刃物で脅し、女子小学生14人をレイプ ●宋治悦 →韓国人 東京 ナイフで脅し手足を縛り下着で目隠しの上、主婦19人を強姦 ●崔智栄 →北朝鮮籍の朝鮮大学校生 新潟 木刀で傷を負わせ、18歳少女2人を車の中で強姦 ●金乗實 →北朝鮮籍の朝鮮大学校生 同上、共犯者。他にもう一人19歳の共犯者(朝鮮籍)あり ●鄭明析 →韓国人 カルト「摂理」教祖。日本人1000人、台湾人100人、米英仏人などを強姦 ●徐裕行 →韓国籍 オウム真理教幹部・村井秀夫刺殺事件の刺殺犯。裏で北朝鮮が関与か ●国松孝次警察庁長官狙撃事件。現場近くから北朝鮮製のバッジ、韓国のウォン硬貨などを発見 ●世田谷一家惨殺事件。採取された指紋が韓国人の男と一致。韓国警察からは協力を得られず ●東京資産家強盗殺人事件。奪われた腕時計が韓国で販売。韓国人グループの犯行とみて捜査中
297 :
日出づる処の名無し :05/02/23 23:58:26 ID:+VEewZS0
二十世紀には共産主義という悪魔の思想が人類を惨禍 に陥れました。 日本において共産主義思想の先兵となり日本国を 滅亡の危機に陥れたのは「朝日新聞」であり、 「テレビ朝日」です。
298 :
290 :05/02/24 00:36:11 ID:DVqrthZJ
>>292 自分は教科書問題や歴史捏造(従軍慰安婦・強制連行・南京虐殺)の政治闘争の手段化の時期について述べていますので、
あくまで、教科書問題・従軍慰安婦問題などが国内サヨクの政治闘争の道具となったのは、1980年代初頭という見解です。
この動きと関連するのは、70年代後半の情勢が原因と判断するのが妥当です。
中国の核武装やモット以前ですから、これを関連付けるのはおかしいと思います。
文化大革命の失敗は大きいと思いますね。これは関連大と思います。
そして、日本のサヨクはベトナム好きですから、78年のベトナムの
カンボジア侵攻や中越戦争を説明できないことへの思考停止に関連あります。
天安門事件(89年)以降の中国での反日教育は10年後です。
時代的にズレがあり、日本国内の方が先です。
ソ連崩壊、ベルリンの壁崩壊などは、時代的にずっとあとなので、
なぜ教科書問題や歴史捏造が起こったかという問いでは適切ではないと思います。
昨今に限っての靖国問題や南京問題は、大陸棚の地下資源や、中国の内政問題や、
中国への企業進出に関しての政治利用の色合いの方が強いと思います。
そして、それを利用する以前に、それらが問題として作り上げられた過程を重視するなら私のような見解が妥当だと思うのですが。
細かいことにからんでいるようで申し訳ありません。
私個人は、サヨクが政争の手段として歴史問題を作り上げた時期はとても重要だと感じておりますので。
299 :
脱サラ大学院生 :05/02/24 01:16:41 ID:UUdzYtOL
>>298 いえいえ、このような建設的な議論はWelcomeですよ。
せっかくなので私なりの現状認識を述べさせていただきます。
天安門事件・ベルリンの壁崩壊が1989年、ソ連崩壊が1991年末のことです。
で、南京大屠殺記念館の設立が1991年で、
一連の社会主義国家の動揺と時期が重なるんですよね。
このような社会主義陣営の動揺を共産党中国は「反日」というイデオロギーで
立て直そうとしたのではないかと個人的に推察しています。
で、その当時前後というのは、日本ではマドンナブームによる社会党躍進や
細川連立政権の成立など、逆に左派勢力の強い時期でした。
共産党中国が直接何かをいわなくても
日本の左派が勝手に代弁してくれるという状態だったのです。
そして、昨今の状況に関しては、社民党(旧社会党)や共産党の発言力の低下と
日本国内の「新しい教科書をつくる会」をはじめとする
一連の運動に対する反抗という要素が強く影響していると思います。
日本国内で代弁してくれる勢力がなくなったことで
直接共産党中国の声が聞こえてくるようになったのではないでしょうか。
>>287 現況の受験には役立たないが、「大東亜戦争肯定論」「続大東亜戦争肯定論」(林房雄)
「大東亜戦争を見直そう」(名越二荒之助)
林氏の著はアヘン戦争辺りから1960年代までを総括した名著
受験終わったら読破されたい
301 :
日出づる処の名無し :05/02/24 03:17:08 ID:ExxsFI0R
◆◆最初に読もう!軍事速報&雑談スレ238◆◆
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/army/1108910041/ 797 名前:名無し三等兵 投稿日:05/02/23 21:23:01 ID:???
松前藩は先住民を徹底的に虐殺、迫害し、生き残った者は、まるで家畜のように酷使した。
その有様はロシアによる過酷なオホーツク統治政策よりもっと惨たらしかったという。
また、先にロシア文化の影響を受けていた千島・樺太の少数民族にも
蝦夷地における和人の暴虐圧政ぶりは知れ渡っており
よって彼等は日本帰属後もなかなか恭順せず、日本政府が幾ら教化策を施しても皇民化に馴染まなかった。
798 名前:名無し三等兵 投稿日:05/02/23 21:25:07 ID:???
松前はしょうがねえよ、単独じゃアイヌに押されっぱなしだったヘタレ共なんだから。
蝦夷地から追い出されそうになる度に和睦を装った謀殺でなんとか蝦夷地の端っこにへばりついてたんだから。
ほんまかいな
漏れも参加したい。 読書趣味と2chのお陰で多少は知識が有る………つもり。 どこか書くべきところがあったら書くし、調べるべきところがあったら調べるけど。
>>294 >週末までに改筆したい。どなたか1840年代の海防に詳しい方の叱咤激励指示指導きぼんぬ。
源了圓「『海国図志』の日中韓の読み方の違い」 地球日本史3
アヘン戦争後の中国で出た西洋事情の本
”軍事の西洋”を師として、いかに西洋を制するか
『海国図志』への反応が鈍かった李氏朝鮮
和訳本が十六種類も出た日本の感心の高さ
軍事技術の実際を重んじた佐久間象山
304 :
245 :05/02/24 21:04:43 ID:jDMcVHad
世界で言う「左翼」と日本の「サヨク」の違いについての解説が欲しい
307 :
245 :05/02/24 23:19:18 ID:jDMcVHad
308 :
306 :05/02/24 23:35:09 ID:q885ONdX
309 :
日出づる処の名無し :05/02/25 00:13:01 ID:nTuBnvQh
>>305 世界でいう右翼は保守主義、左翼は革新主義
日本の左翼は、共産革命によって国家そのものを解体し、民族固有の伝統を破壊し
家族を崩壊させ、人間的モラルを崩壊させ、最終的には日本民族を消滅させようとして
ロシア共産党(その出先機関の朝鮮労働党)、中国共産党によって作られた武力組織
被差別利権・犯罪者の権利>国民の生存権、ジェンダーフリー(過剰な性行動の低年齢化、動物化)
「右翼とは暴力集団で基地害みたいなことを行う危ない奴ら」、というイメージを植え付けて
日本人が日本の伝統を堅持し、日本の国益を守り、日本民族として独立して存続しよう
という本来の民族主義(民族としての生存本能)が成立しないように、主に韓国系工作機関
によって作られた偽装国粋主義団体(ほとんど韓国籍と帰化人で構成)
ただし生粋の日本人で構成される本物の民族主義者の団体もある
現代サヨクは保守というか保身主義だな 既得権放さず、憲法原理主義、売国主義、相変わらずの反体制のなんでも反対で対案なし
312 :
日出づる処の名無し :05/02/25 01:29:29 ID:VypxUHv/ BE:17661233-
>>311 その写真が雄弁に語っているね。
ソ連崩壊前の東西冷戦時、アジアに於いては朝鮮半島の38度線が冷戦の軍事的
最前線であった。冷戦の緊張の中、中ソは北朝鮮に肩入れをし、米国は韓国に対
して肩入れをしたのであったが、同時に日本も軍事以外の分野で韓国に肩入れを
していた。
一方、アジアにおける思想戦の最前線は日本列島であった。
戦後の共産党には多くの朝鮮人共産主義者がいた。朝連・民戦という総連の前身
団体である。左翼運動が高潮に達した1960年代、対左翼運動として、既存の
右翼に取り入ったり、新たな右翼を名乗る「似非右翼活動」を在日韓国人がはじ
めたのだ。日本の国を対象とした右翼ではなく、北朝鮮に対抗する親韓国の右翼
運動である。こんな捻じ曲がった奇形な右翼は、心の底では反日なのです。
北朝鮮及び洗脳されたサヨクと
韓国及び在日似非ウヨクは、ともに迷惑極まりない。
313 :
日出づる処の名無し :05/02/25 20:06:43 ID:PqQKOgAA
314 :
日出づる処の名無し :05/02/25 20:31:40 ID:gWM8zcpl
夜這いって、通い婚だろ。
315 :
日出づる処の名無し :05/02/25 21:15:06 ID:Zyck4qwM
>>313 別に乱交してたわけじゃないだろ
若い娘が盛り場を出歩いたり合コンなんて無い時代に、若い未婚の娘が家事をしたり庭で
くつろいでいるとき、男衆がタイプの女性を見つけると、身分や家柄を伝えて求愛する
娘は相手の素性や教養、容姿が気に入ればアイコンタクトをして通い婚をOKする
だから軟派して即交わるなんてことはなく、求愛して気を引くために歌を詠んで教養のあることや
センスの良さを強調し、家柄の後ろ盾などをアピールして何人もの男衆がチャレンジする
今は跡取り息子が嫁を外から貰って長男を残すが、当事は今と違って女系社会だったので
女性が家に残って相手の男を品定めし婿を取り、子供を産んで跡取りを残していた
といっても婿が家に入って跡取りになるわけではなくあくまでも通い婿
子供を産む女性が一番自分の子供かどうかわかるので初期の特に農耕社会では女系社会を取る
逆に狩猟社会では獲物を狩って所有し、邪魔なものは力で排除する(殺す)ので男系社会となる
力による権力集中社会はボスザル社会となる
力の大きさによってメスを複数囲い、子供をたくさん産ませ、自分の意に適う者に権力を相続させる
316 :
日出づる処の名無し :05/02/25 21:48:44 ID:gWM8zcpl
ちなみに、男が来てることを、 家族も知ってたりするわけだが。w
317 :
日出づる処の名無し :05/02/25 21:50:21 ID:gWM8zcpl
・・・んん。 どうかな。 男系への移行に関しては、 略奪婚みたいな形と違うかな。 女系集団から半独立的になった若者の集団が、 他所の女系集団から女性をさらってきて・・・みたいな。 んで、各々、自分の女房を得る、とかさ。
318 :
日出づる処の名無し :05/02/25 21:51:53 ID:gWM8zcpl
ちなみに、 女系集団でも、実力を持っているのは、 年長の男性だったりするらしいよ。 だから、自分の父親よりも、 母親の兄、つまり、母系の伯父が、 男系社会の父親と同じくらい重要だったりするらしいし。
319 :
日出づる処の名無し :05/02/26 01:35:53 ID:TfGqjFjj
あげあげ〜
320 :
日出づる処の名無し :05/02/26 01:45:04 ID:UFyVnGtV
・・・って、適当なこと書いたけど、 実のところ、男系や女系の成立に関しては、 よく分からない。 台湾原住民に関する研究とか調べれば、 なんか分かるかも。 もとは同じだったと思しき原住民も、 男系やら女系やらに細分化して、 それぞれ、固有の文化を持っている、らしいよ。 日本人の先祖の姿を考察するうえでも、 非常に参考になると思う。
>>302 ども!ご挨拶遅れました。
俺の方では今ペリー以前を執筆中です。
皆が皆、書きたいところから書けばいいと思います。
その蓄積やら批評校正やらが一つの本になればと。
とか、言いながら。実は日清戦争以前の原始資本蓄積期の経済史をうまく書く自信がないのです。
などとさりげなく甘えてみるテスト。
>>303 ありがとうございました。ご教示の段、必ずや生かして見せましょうぞ。
提示頂いた書を見つけることができず、直接学ぶことはできませんでしたが。
ご指摘により、見過ごしていた点に気づきました。日曜朝に上梓します。
なんつーか、 血族集団が土着定住していたので男系女系の区別すらなかったのでは?と思ったり。 夜這いも歌垣も農耕民的な伝統ですから、漁民も多かったはずの古代日本は、 男系女系未分化な血縁部族近親婚集団であろうかと。 社会制度や公のカウントは男系で、生活習慣は女系とか、そんな感じかな。 ふと、直感で電波を放つが。 乳母のシステムの採用背景には、女系で育つべき子供を男系制度に取り込むために、 無理矢理子供を母親から引き離したことから生じる母性の不在を補完する目的があったとか。
323 :
日出づる処の名無し :05/02/26 09:00:58 ID:tkF5u6z7
>>293 アフガニスタン侵攻の、国内のサヨクにたいする思想的影響は、相当大きかったのですね。
アフガニスタン侵攻と言えば、
「バクー油田が枯渇し、新たな石油資源を確保する必要に迫られたソビエトが、
中東の石油資源を確保するための布石として、はじめた戦争」
と、考えるのが、この極東板の共通認識と思いますが、サヨクはこの考え方を
認めたくはなかった。社会主義国家も、帝国主義的な軍事行動をするということは、
「資源、エネルギー、商品の市場を確保するために戦争するのは、資本主義国家だけ。
社会主義国家は、そうした段階はとっくの昔に超越しているから、平和国家。
軍備を保有しているのは、侵略的な資本主義国家からの防衛の必要上、やむなく
保有しているのにすぎない」
という、サヨクの建前が、大嘘だということになってしまうからである。
324 :
日出づる処の名無し :05/02/26 13:58:59 ID:pUXrm8yc BE:68680875-
>>323 その通り。
プラハの春をダンマリと屁理屈で乗り切ったものの、
ベトナム反戦を叫んでいた後だけにソ連のアフガン
侵略では心情左翼がかなり脱落したと記憶している。
325 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/02/27 23:14:17 ID:HxCv1elP
遅くなりました。まとめサイトの 1840年にアヘン戦争が起こると幕府は〜 以降の文章を下記に変更願います。
326 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/02/27 23:15:46 ID:HxCv1elP
1839年9月、阿片戦争の開始について清国より通知を受けると情報が入ると、 長崎町年寄高島秋帆は、清英の戦争は兵器の差によって清朝の敗北であると予言し、 日本も砲術を西洋化すべきであると幕府に上申した。 1840年12月老中水野忠邦は高島を幕吏として採用し、西洋砲術の採用に踏み切った。 秋田の学者で、農本主義と生産の国有化を訴えた(*今風に言えば国家社会主義である。この主張がマルクスの「資本論」と同時期に、何の関連性もなく国内にあったことは、銘記しておきたい。) 佐藤信淵は「天地開闢以来未曾有の珍事」と阿片戦争を評し、老中に意見具申を行っている。 水野忠邦は「清国の出来事を自らの戒めとしたい」とし、1830年代に起こった天保の飢饉からの 国内経済の建て直しと海防のため、1841年5月、天保の改革に着手した。 天保の改革の主目的は物価の安定と幕府財政の建て直しであったが、 海防軍備の予算を捻出することも目的のひとつであった。 開明的な藩主で知られる水戸藩主徳川斉昭は、同年8月、海防について意見具申を行い、 天保の改革をサポートした。軍を近代化させて海防の助けと為そうというのである。
327 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/02/27 23:16:49 ID:HxCv1elP
1842年にはイギリスの次の標的が日本であるとの秘密情報がオランダよりもたらされ、 水野は強硬策である異国船打払令を撤回、天保の薪水給与令を出し、 海外船との摩擦を避ける方針に転換した。 各藩においても同様の藩政改革が始まり、藩財政の建て直しと軍備の西洋化が進んでいった。 長州藩では高島式西洋砲術の採用が検討され、水戸藩では徳川斉昭によって、大砲の鋳造に必要な 反射炉が建設された。薩摩藩でも1841年には西洋式軍備で軍事演習を行うまでに至った。
328 :
脱サラ大学院生 :05/02/27 23:45:32 ID:cYrvy1ZO
>>325-327 乙です。
薩英戦争などにつづく道筋を理解するにも重要な内容だと思います。
一点加えるとしたら、これまでのスレに既出だったかもしれませんが、
秘密情報をもたらしたオランダに対日貿易独占の意図があった点ですかね。
いずれにせよ、黒船前夜に関しては内容が充実してきましたね〜。
その4ページ後のコラムで、高杉晋作の上海見聞録みたいな記事きぼんぬ。
330 :
245 :05/02/28 19:22:42 ID:AfqU4Qnc
331 :
日出づる処の名無し :05/03/01 00:39:12 ID:14Xw6zEd BE:11774232-
冷戦構造の世界では、北朝鮮に対峙する韓国を支援する必要があった。 朝鮮半島が共産化された場合、日本列島の防衛は難しくなり、かなりの軍事力を 備える必要があった。そのことを考えれば、朝鮮半島で韓国が北朝鮮と対峙して いくだけの軍事力と、その軍事力を実現化する経済力を上げる支援が必要であり、 その方が日本列島が直接共産化した朝鮮半島と対峙するよりは合理的な選択であ った。 その際、韓国の実態が李承晩の様な反日そのものであっては、韓国支援に賛同が 得られないので、韓国のことを美化宣伝したのであった。これは北朝鮮が行なっ た「地上の楽園」宣伝と同じである。実態とは無関係に、韓国と北朝鮮は互いに 自国を礼賛し、相手国を誹謗した。 1960年代後半から70年代終盤までは岩波のソウルからの通信などで、韓国 は暗黒とのイメージが定着し北朝鮮(及び日本左翼勢力)が情報戦に勝利したが、 この実態とは無関係に繰り広げられた「宣伝合戦」は、北の凋落と韓国の五輪開 催などにより、結局は韓国が圧勝した。 しかし、韓国・北朝鮮両国に関するこれら宣伝合戦=情報戦は、所詮は実態とは 無関係な単なる情報であり、2002年W杯で韓国の実態を知った多くの日本人 は、いままで流布されていた韓国のイメージが虚偽であることを認識することに なった。従い最近では、虚偽のメッキに騙されることなくその下に隠された実態 を公正に見て、韓国の悪いところは悪いと素直に批判する人が増えてきたのであ る。
悪いところは悪いとかそういう次元を超えて、チョーセン=きもい=怖い=氏んでくれ=在日でていけ と、なりそうですが。
333 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/03/01 02:48:59 ID:dSYw/6c7
俺が盛り込みたい要素の一つにゃ 李朝末期を以て他山の石とすべし。 との思いがあるんだな。 政権闘争党利党略のために国を傾ける政策をわめく野党。 保身汲々にして大綱を見定めず、権力に媚を売り安穏とする与党、 前後不覚実現性の乏しい大義名分を念仏のように唱える地球市民。 税の配分と退官後の職の確保に国政を利用する官僚。 日々食いつなぐのが精一杯と錯覚している経済界。 誰が朝鮮を笑えるか?(まぁ笑えるけど) 自らも自らの思考を鍛える日本史が欲しい。 差し出がましい執筆動機の披露でありんす。
334 :
傍観者 :05/03/01 11:37:11 ID:HolYyCJg
歴史を学ぶというのは、過去の人々の行動を学び、それを未来に生かすかってことにあると思います。 歴史は「善悪の彼岸」にあるもので、歴史の事象はそれが良かった、悪かったとかいうことを決めるのではなく、 ある状況、ある状態で、そのとき為政者や、そのとき生きていた人々が何を考え、何を決断したのかを考えることだと思います。 プロ市民のように、人権のなかった時代に人権論を持ち出したり、いまでいう宗教と1000年まえの宗教をごっちゃにしたりの幼児思考から、 さっさと離れて、変わりゆく未来に役に立つ学問として歴史を学べるような史観の構築をおながいします。
335 :
日出づる処の名無し :05/03/02 23:08:38 ID:+0gfb8b1
337 :
日出づる処の名無し :05/03/03 12:05:32 ID:z4EZuZE6
市民派護憲教師がいうようなことは半島の連中がいいやすいので 別冊か小冊子でQ&A方式でどうであったかを記したほうが 子供でも冷静になって対応できるようになるのでは
338 :
脱サラ大学院生 :05/03/03 12:13:37 ID:Z8IjbWcO
>>337 面白いですね。
巻末資料的に付加できたらいいかもしれない。
339 :
日出づる処の名無し :05/03/03 17:57:08 ID:/Tba6oQd
中学の授業は大和朝廷をやったら織田信長まで飛んでもいいんじゃないか? 4月原始〜大和朝廷(十七条憲法) 5月奈良・平安(貴族時代)鎌倉・室町・戦国(武士時代) 6月戦国時代の終焉・織田信長の登場〜秀吉(検地・刀狩)・徳川家康 7月鎖国、幕藩体制の確立 9月近代化・植民地政策が拡大する世界情勢と黒船来訪 10月幕末・明治維新 11月日清・日露戦争と日本の近代化 万里の長城と満州国、日韓併合 12月日華事変、アジアの情勢と大東亜戦争突入まで 1月敗戦・占領時代・シベリア抑留・千島樺太進入 2月サンフランシスコ条約日本独立〜ソ連崩壊(日本を含む資本主義勢力の勝利) 3月89年ベルリンの壁崩壊 どう?
340 :
日出づる処の名無し :05/03/03 18:02:28 ID:yPHORcrK
341 :
日出づる処の名無し :05/03/03 18:03:45 ID:yPHORcrK
342 :
日出づる処の名無し :05/03/03 22:39:18 ID:qgOsmUEu
>>339 日本最初の統一政権である、大和朝廷の成立について、どう説明してあるのだろうか。
「最初の十代の天皇は、架空の天皇」という人は、たいてい、大和朝廷の起源や成立
について、スルーするのが普通。
「神武天皇は、後世の創作」と言いきったら、大和朝廷の成立について、うまく説明
できなくなるのでは、と、感じている。
343 :
脱サラ大学院生 :05/03/03 22:42:31 ID:zw/ConGH
>>340-341 いいたいことはおおむね理解しましたが、
そう思うのであれば、あなたの納得がいく教科書記述を提示してください。
今までになされた記述の反論という形でも結構ですから。
>不思議なことだ、いつの時代においても悪人は自分の下劣な行為に、 >宗教や道徳や愛国心のために奉仕したのだという仮面を着せようとつとめている。 byハイネ >愛国心を持つなら地球に持て。魂を国家に管理させるな! byジミ・ヘンドリックス(“伝説”のギタリスト) >愛国心とは喜んで人を殺し、つまらぬことのために死ぬことだ。 byバートランド・ラッセル(哲学者、ノーベル賞受賞) >恐怖心や愛国心によって人を殺すのは、 >怒りや貪欲によって人を殺すのとまったく同じく悪い。 byヘンリー・ミラー >愛国心と言う卵から、戦争が孵化する。 byモーパッサン >愛国心とは、ならず者達の最後の避難所である。 byサミュエル・ジョンソン(イギリスの文豪) 【補記】 ・市民の考える愛国心=郷土を愛する心 ・極右利権政治家やネットウヨクが唱える愛国心=時の政権与党への絶対服従 (すなわち、自民党と官僚が結託して国費と国富をいいように喰い散らかして 私腹を肥やすことを受け入れ、我慢する心。それが「愛国心」) (ちなみに、ウヨ厨の理想は、北朝鮮またはナチスドイツ型の言論統制全体主義国家) (単細胞生物のウヨ厨とは、「国家」と「政府」を同一視して、 「愛国」という概念を「愛小泉」や「愛安部」などに矮小化している、単なるバカたちです) ネットウヨクとは: 年中、やれ「鮮人だ! チョンだ! 反日だ! 売国奴だ! アカだ!」と、 ネット上で「差別と憎悪」を煽り立ててラリっている頭のおかしい人たち
すげぇ、コピペと切り貼りだけで自分の意思すら表明してないぜ
>>339 むかし、石原慎太郎が歴史は、明治維新から教えればいいって言ってました。
自分らの爺さん、曾爺さんとかの身近な人たちがどんな時代に生きていたかをまず知るべきだって。
もちろん、今のような糞教科書だと大正時代で時間切れで辞めちまう方がいいと思うけど。
子供でも江戸時代=サムライ、明治時代で急激に変化したってことぐらい知ってるし、かえって今の時代を理解するには、
江戸末期の世界の情勢を説明して、明治に突入した方が興味沸くと思う。
国際社会の勢力図と力学、当時の日本がどうやって生き残るために国を整え、戦ったかを学んでいくべき。
347 :
245 :05/03/04 00:12:34 ID:z+F1M6Zs
遅レスすまんです。
>>328 貿易独占維持についての幕府への打診はあったんでしょうか。
1844年の開国勧告あたりが臭うんですが。
>>329 高杉晋作はいいですね!
執筆どうですか?
>>330 いつもありがとうございます。
御礼遅くなり失礼しました。
349 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/03/04 00:39:55 ID:tuNx8Rbm
>>334 通史による史論ではなく教科書ですし、極東板有志の手になるものですから、
極東板的にはさほど目新しいものにはならないと思います。
それでも事実を丁寧に積み上げていけば、おっしゃられた通りの史観となると思います。
だから幕末以来脅威であるはずのロシアも、天保の一時期には一人の英傑によって、
友好的な雰囲気があったことも記しておきました。
でも、しばしば学習指導要領を逸脱するんだよなぁ。
学生のための近代日本史、くらいならもう少し気楽なんですが。
350 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/03/04 01:26:40 ID:tuNx8Rbm
>>347 伝承は伝承としてニニギの命から神武以来欽明までの略史を教え、
今の学説は学説として教えるのがベストでした。家庭教師でしたが。
謎は謎として興味引くように教えると、子供は勝手に調べてきますから。
で、スメラミコトと称して大和南部の一地域と、西日本各地の漁村ネットワークを支配した、
イワレヒコなる人物は実在したと思います。
が、天皇、という称号のもつイメージが統一王権であるために、
神武の実在を予断で疑わしく思っているのではないだろうか。
記紀にも統一王権とは書いてないにも関わらず、です。
ぽまいらがんがれ
>子供は勝手に調べてきますから そう ここが大事なんだよな 全てを学校で、教科書でというのは不可能だからな その際の方向性や良書の見分け方をつかませることも重要だよな
353 :
脱サラ大学院生 :05/03/04 21:04:17 ID:JQ+vqmYl
論述形式の問題に弱く 4県統一の小中学力テスト(朝日)
http://www.asahi.com/national/update/0304/TKY200503040264.html 岩手、宮城、和歌山、福岡の小中学生約11万8000人を対象にした
4県統一学力テストの結果が4日、公表された。
自治体同士が共同で実施するのは初めて。4県間で目立った格差はなかった。
学習指導要領の範囲で、70%程度の正答率を見込んで出題した結果、
小学生はほぼ期待した水準に達したが、中学生は社会・数学・理科の3教科で
50%台の正答率にとどまった。
…中略…国語と英語以外では期待正答率を下回った中学生は、
社会では日本中世史が正答率43.6%と低迷。
数学の図形問題で51.7%にとどまった。
由々しき問題です。
近代を理解する為にはそれ以前、特に中世の理解が必要です。
ただ、現状の授業では中世はひたすら一揆・部落差別だから
興味が薄れるのも理解できます。
…近代の教科書が出来たあかつきには中世版も必要なのかも。
354 :
日出づる処の名無し :05/03/04 21:23:14 ID:LWqi3IIJ
全然詳しくない人間が、朝鮮視点の歴史など投下してみる。 参考文献 親日派のための弁明 詳解日本史 1992年版 他ネット上の記事たくさん 事実誤認、内容の過不足など、適時書き換えてください。 記事の切り貼り・言い換えが多いので著作権的にギリギリかもしれませんw(事実の羅列として扱えるかな…?)
1392年、李成桂(太祖)によって建てられた李氏朝鮮は、支那大陸の明・清両王朝に朝貢を行う、従 属国であった。 清朝に服従している時代には、自国が中華文明の正統な継承者であると言う考え(小中華主義)や、 逆に現実には武力と国力で清に太刀打ちすることは難しいことから臣下の国として礼を尽くすべきと する思想(事大主義)などの考えが根付き、朝鮮朱子学の発達が進んだ 英祖(在位1724-76)の時代以降、朝鮮では特定の一族が政権を握って要職を独占し、不正腐敗が横 行するようになった(勢道政治)。 この時代には、官位の売買が盛んに行われ、多大な投資をして、官位を得た者は、民衆から過酷に税 を取り立てることで、その投資を回収した。 19世紀初頭には、公然と官職の売り買いが行われ、国家の規律は乱れ、政権を後押ししていた豪族勢 力は、民を搾取し私服を肥やした。 追い込まれた農民は武力で抵抗を行うようになり、正祖時代(在 位1777-1800)から間欠的に起きた農民の暴動は、徐々に組織を整え規模も大きくなっていった。
1863年、哲宗が死に、11歳の高宗が即位すると、父の大院君は摂政として政権を握った。 大院君は摂政となると、まず始めに勢道政治の打破を行った。 当時権勢をふるった安東金氏の要人を 追放し、党派門閥を問わず人材を登用し、汚職官僚を厳しく処罰するなどして、朝廷の風紀の乱れを ただす事に力を入れた。また税制を改革し、両班にも税を課す事とし平民の税負担を軽くした。 一方で、西洋列強に対しては強力な鎖国・攘夷政策を取り、カトリックへの弾圧等を行った。 このときのフランス人神父殺害の報復としてフランスは、1866年軍船7隻を派遣して江華島を占領し 、朝鮮軍と戦闘を行うが、ソウルを占領できないまま退却した。 一方、この事件の2ヶ月前にはアメリカ商船ゼネラル・シャーマン号が通商を求めてきたが、地元の 軍と衝突し、商船は沈没させられてしまう(ゼネラル・シャーマン号事件)。 この事件に対する懲罰と、通商関係の樹立を目的に1871年、アメリカは軍艦5隻を率いて交渉に赴いた。 この交渉が朝鮮側の奇襲攻撃によって拒絶されるとアメリカ軍は江華島を占領し、通商を迫った 。しかしながら、大院君の強硬な開国拒絶により、アメリカ軍は1ヶ月で交渉を諦め撤退する。 大院君はこれらの成功をもって、さらに鎖国・攘夷政策を強化するが、これは朝鮮の孤立を招く結果となった。
1866年になると王宮に入った閔妃の一族や大院君の専制に不満を持つ大臣達が大院君の下野運動を始め、1873年、閔妃一派による宮内クーデターが成功し、高宗の親政が宣言され、大院君は追放される。 以後、朝鮮の政治体制は閔妃の一族である閔氏が政治の要職をしめる勢道政治へと逆戻りしていった。 これ以後の大院君と閔妃との熾烈な政権争いは、李氏朝鮮末期の政局混乱の一因にもなった。 当初閔氏政権は開化派が主流をなし、大院君の下で中断していた日朝交渉が再開されたが、具宇宙に残る大院君派の反対や、儀礼上の問題などにより、遅々として交渉は進まなかった。 そんな中、1875年に江華島事件(*)が起こると、翌1976年、日朝修好条規(江華島条約)を締結し、開国することとなる。 日本から顧問を呼び寄せ、軍隊の近代化も始まったが、旧来の軍隊は放置され差別待遇等が行われていた。 1882年大院君は、この軍制改革に不満を持つ軍人を動かして京城でクーデターをおこし、一時的に政権を握った。しかし、閔妃は清の袁世凱に頼みこれらの軍を排除、大院君は清に連行された。 これ以後、閔妃は開化政策から親清政策へと方向転換し、そのために開化派の不満を呼びこんだ。 また、開化派は清の洋務運動を模範とする穏健派と日本の明治維新を模範とする急進派に分裂した。
(*) ・江華島事件(雲揚号砲撃事件) 1875年(明治8年)9月に朝鮮西海岸を測量中の軍艦雲揚が淡水の補給のため江華島に接近したところ、朝鮮側から砲撃を受けた事件。 この事件をきっかけにして、遅々として進まなかった日朝交渉は、日朝修好条規締結に至る。 この事件については、『領海侵犯』『砲艦外交』『計画的挑発行為』等と言われているが、 ・当時の朝鮮は鎖国状態であり、国際法上の概念である『領海』を持っていないこと ・軍艦一隻では武力として小さすぎること(朝鮮はフランス・アメリカの艦隊を撃退している) ・計画時と言うには、以後の日本政府の行動が遅すぎること(具体的に交渉に動き出すまでに1ヶ月、実際に特派大使の黒田清隆陸軍中将兼参議が朝鮮に出発したのは事件の報を受けてから3ケ月以上たってから) 等疑問点が挙げられる。
以上です。 『長すぎる行があります』 言われまくったなぁ…… 以降は日本の関与が大きくなってくるので、朝鮮視点じゃなくなるかなー とか思ったり。 連続規制か……
>359 日本は国旗を朝鮮に渡しており、国旗を掲げる艦船には給水などの便宜を求めていた。 その国旗を掲げる雲揚に朝鮮軍が発砲した。また、朝鮮政府も日本の国旗を地方官に渡 していなかったことを認め、日本の軍艦と知っていたら決して発砲しなかった、誤射で あると弁明し、日朝会談のときに謝罪文を提出していること、なども入れたらどうかな。
362 :
日出づる処の名無し :05/03/06 10:03:18 ID:G8TbY/ET
>>361 つまり、江華島事件は、単なる偶発的な武力衝突事件。
責任は、日本艦船の寄港を、地方官に周知徹底しなかった朝鮮政府にあり。
363 :
日出づる処の名無し :05/03/06 11:50:42 ID:PkM7QLhl
286 名前:日出づる処の名無し 投稿日:05/02/25 02:27:30 ID:6hclr72i0d 修学旅行で慰安婦の話聞くとか、抗日記念館行くような学校に電凸汁! 名簿入手してpdfにして流せ!片っ端から電話だ! 最初は生徒の家に「そんな所に行っても、世の中のためにならない」「君の学校は社会に通用しない」 って教えてやれ。 もちろん教師の家にも電話志摩暮れ!そんな旅行を仕切る旅行会社も電凸しろ! 学校よりも2ちゃんが正しいことを教育しているって教えてやれ! 糞学校の正義面は俺は許さない。嘘ばっか教えやがって。 俺の学校は2ちゃんだ。政治も社会も歴史もここで学んだ。 俺をバカにした学校の糞め。こっちの学校のほうが素晴らしいんだ。 新しい歴史教科書を使わない学校なんか、電凸だ!畜生エタチョソ学校め!
>>356-359 乙!
明治維新が
>>357 と
>>358 の間に挟まるので、章立て難しいけれど、
あのやたら難しい(つか、縁の薄い)近代朝鮮史が簡潔にまとまってると思います。
(正直、高校生のときは出題頻度の多いところだけつまみ食いして後は放っておいた。)
>>264 で書いた扱いにするか、序章の中に入れてしまうか、ですね。
維新時の日朝交渉の記述を挿入すれば完璧かと。
365 :
脱サラ大学院生 :05/03/06 14:45:32 ID:3rL/Nkmr
>>356-360 乙です♪
私も侍殿に同意です。
もし序章で入れるのなら明治維新前後で分割して
後段は日清戦争前に挿入するのがよろしいかと。
農民暴動の記述なんか特に東学党の乱ともつながる点だし。
世界史の教科書なんかでは記述が前後するのってある程度は仕方ないけど
やっぱり読みづらいし。
sage
皆さん乙です。
>>356-360 良い感じですね。ただ公職の売買の結果李朝末期には豪族勢力(両班)の比率が
半数以上になっていた事を加えると良いかもしれません。
例えば(356の終わり頃)
19世紀初頭には、公然と官職の売り買いが行われ、国家の規律
は乱れ、政権を後押ししていた両班と呼ばれる豪族勢力は、半
数以上にも上っていた。その半数以上の両班が半数以下の民を
搾取し私腹を肥やしていた。
序章の最初のツボとして、江戸期日本の宗教史や思想史は抑えたいと思います。 戦中戦後の神道の扱いや、ナショナリズムの問題、尊皇攘夷運動の問題、 やっぱ、国学に触れずに幕末は語れないっしょ、ってことで。 近代フランス史の教科書を作るには、ルイ14世からアンシャンレジームと百科全書派を書き起こさねばならぬのと同様、 本書の序章も寛政期以降の政治と思想から起こすべきと思うです。 ま、幕末につながる部分のみを軽く、ですが。
例によって初稿上梓は週末となります。 諸賢のご指導のほどお願い致します。
370 :
死守 :05/03/07 16:26:23 ID:ae/HW3QQ
32 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん :05/03/07 11:36:48 ID:5wEGsVc5 マルクスが「その国の新聞社一社をわが陣営に引き入れることは数個連隊をその国に 常駐せしめるに等しい」と言ったのは有名な話です。また、「青少年に対し祖国の前途に 対する希望の灯を奪い、祖国蔑視、祖国呪詛等の精神を植え付けることが、革命への 近道だ」と教えてもいます。 昭和20年代、日本共産党はそれまでの焼き討ち、火炎瓶闘争から、「何も武闘革命 などする必要はない。共産党が作った教科書で、社会主義革命を信奉する日教組の 教師がみっちり反日教育を施せば、3〜40年後にはその青少年が日本の支配者となり 指導者となる。教育で共産革命は達成出来る」と表明、人権,環境,平和などの美名を 装いとして柔和欺瞞路線へと表向きは、方策の転換を図ったのです。 ∧_∧ / ⊂(@∀@-)つ-、< つまり朝日の記事は「神の声」なんだよボケども。 /// 朝 /_/:::::/ | |:::|/⊂ヽノ|:::| /」 \_____________________ / ̄ ̄旦 ̄ ̄ ̄/| /______/ | | | |-----------| |
371 :
日出づる処の名無し :05/03/07 18:15:22 ID:0UAT2wq6
>>370 共産党は、ソビエト崩壊について、どう考えているのか。
俺的には、「バクー油田が枯渇したため」と、単純に考えているのだが。
372 :
ホッシュジエンの国内ニュース解説 :05/03/07 18:47:20 ID:3cqeD3Sa
文部科学省の下村博文政務官は6日、東京都内で地方議員らを前に講演し、中山文科相の
昨年11月の「歴史教科書から従軍慰安婦や強制連行という言葉が減って良かった」との
発言を支持する考えを明らかにした。中山氏は発言直後に批判を受け、「個人的な考え方に
ついての発言は控える」との考えを示している。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
彡ミ ___ __ 発言より実際に教科書の記述が減る
|ヽ /| ,,,,,,,,l / / 方が問題ありですな。
|ヽ | | ミ#・д・ミ/_/旦~~
⊥ |  ̄| ̄|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
凵 `TT | ̄l ̄ ̄ ̄ ̄ ̄l 結局またやるつもりなんですね。(・A・#)
05.3.7 朝日「『慰安婦の記述減ってよかった』政務官が文科相支持」
http://www.asahi.com/politics/update/0306/004.html
373 :
日出づる処の名無し :05/03/08 19:18:04 ID:Eb5XxS/f
age
374 :
日出づる処の名無し :05/03/10 13:14:20 ID:fh1rP7UK
あん☆
375 :
日出づる処の名無し :05/03/11 08:06:45 ID:dpB9SX50
最近のびがよくないね
(´・ω・`)ショボーン
最悪の糞な予感。
前に別の企画に参加したんだけど結局ダメになった経験がある。 結局、参加者、つまり書き手がいなくなるんだよね。それでおしまいになった。 ライティング能力というのが、いかにハードルが高いかを思い知らされたよ。 著作からじかにパクれば早いんだけどね。むしろそっちに特化したHPのほうが カンタンに作れるし、実際そういうHPの数は多い。
>>379 自説を開陳したり事実を究明したりするときは、起承転結で文を起こせるけれど、
教科書記述は取捨選択した事実を縫い付けていく作業だから、
(しかも学習指導要領なんてガイドまである)なんとも地味で面白くない。
でも俺は、他の書き手現れるのを待ちつつ、マターリと書いていきたい。
>>380 元日本@名無史さんですた。
とりあえずアソコにはアズマにダサツマという厨房や、
ヒロヒトラに地家ジョンイルという反日分子が跋扈しております。
最近正常化しつつあるようですが・・・。
あと、この手の作業は「編集」や「校正」といった書き手以外の存在が大きかったりする。 正直、書いた文章に対するご意見は頂きたいし、反論も刺激になると思う。 次はどの章の何を書こうか、とか、すでに書いた章をこんな風に手直ししよう、 などといった議論も欲しいところ。 自ら書き手になってしまったが故に、編集とかの議論に参加しにくい今日この頃。 もっと気楽にやろうじゃありませんか。楽しまなくっちゃだめですよ。
383 :
日出づる処の名無し :05/03/12 19:27:15 ID:tfUS6sud
やっぱりブサヨはブサヨだな
385 :
日出づる処の名無し :05/03/12 22:15:46 ID:c4gEIy5c
386 :
日出づる処の名無し :05/03/12 22:44:05 ID:c4gEIy5c
>>385 ↑にあった、明治時代の日本と朝鮮の歴史のまとめです。
明治維新と日朝関係
鎖国をしていた朝鮮が宗主国である清国を除いて唯一交際していた国が日本であったが、
攘夷政策をとる朝鮮と、攘夷から開国に転換した日本との間に、国の在り方をめぐって
齟齬が生じるようになった。
朝鮮は日本が西洋諸国と手を結んで朝鮮を属国化しようとしているのではないかと疑い、
明治日本の新政府からの親書(皇政維新を告げる書)も拒否し、その使節にも応対しない
態度を取り続け、両国三百年来の交易も制限するようになった。
一方日本では、朝鮮のそのような対応に非難の声があがり始め、また朝鮮政府の人間が
日本の明治維新を非難し誹謗する文書を、朝鮮の釜山にある日本の領事館的施設である
草梁公館の門に貼り付けるなどしたことから、ついに「征韓論」にまで至った。
その後、朝鮮政府内で政権の変動があり、それにより日本の文明開化に理解を示す方向に
変わったが、その頃に日本の軍艦「雲揚号」が海洋測量の途中、給水を求めて朝鮮の首都に
近い江華島に接近したところ、突然朝鮮軍から砲撃を受け、それにより戦闘状態となる事件
が発生。
日本側はあらかじめ日本国旗を朝鮮側に渡して国旗を掲げる日本の艦船に対しての保護と
便宜を求めていたが、この事件を機に全権大使を艦隊と共に派遣して、両国の齟齬を完全に
解消するために日朝間に修好条約を締結することを提案した。
日朝両全権大臣の会談の結果、朝鮮政府も日本を誤解していたことや、日本の艦船を
誤って砲撃したことなどを陳謝して条約を結ぶことを受け入れた。明治9年2月26日に
日朝修好条規を締結。これにより日朝の国交は完全に復活し、交易などを含めてより発展的
な交際となった。
しかしこの後、積極的に西洋文明を取り入れて富国強兵に驀進する日本と、なお西洋文明
を拒んで儒教文化を守ろうとする守旧派と日本のように文明開化しようとする開化派との
対立で国内が揺れる朝鮮との間に、条約の実行を巡って問題や事件が絶えないこととなる
申し訳ないっす。
>>368-369 に書いたように週末脱稿を目指しましたが、無理かもしれません。
国学の記述に苦慮しています。
もののあはれ、に価値を見出した国学から大和魂を抽出した素因が分かりません。
大和魂を解析できない国史など、どこの国の歴史やら。
諸賢のご教授お願いします。
繰り返しますが。
明治維新も日露戦争も大東亜戦争も戦後の高度経済成長も
先賢の大和魂の昇華であります。
客観的かつ科学的な歴史事実を追求するに当たり、大和魂の片鱗を記述せずに
時代の空気を後世に伝えることなど不可能かと思うのです。
>>377 のような歪曲教科書の著者や共産党史観の批判に耐えうる科学的記述がしたい。
レス、お待ちしております。
389 :
脱サラ大学院生 :05/03/12 23:55:32 ID:ALy2itIr
しかしなんですな、
>>377 の記述(もくじなど)をざっとみただけだけど、
この3国共同制作に日本が入ることが全く無意味なような気がするね。
中韓だけで作っても内容に差異はないよ、きっと。
日本代表で参加してた連中は一体何してたんだろ?翻訳だけか?
日本人も介入してるぞ 日本人も納得してるぞ 日本人も認めてるぞ 謝罪と賠償を(ry とかw
391 :
日出づる処の名無し :05/03/13 01:21:08 ID:QRPDV9+I
392 :
脱サラ大学院生 :05/03/13 01:38:53 ID:DBTH9BJa
>日本人も納得してるぞ >日本人も認めてるぞ まあここが中韓が日本を介在させる最大の理由なんだろうね〜。 それを諾々と認める、この一事をもって この事業の日本代表がクソばかりというのがよくわかる。
>>391 ありがとう。
大和魂の初出は源氏物語だそうで、軍国主義でもなんでもないんだが、
戦時体制の国民運動が成功しすぎたせいで、曲解されちゃってるよなぁ、と思う。
護国靖国の思いと大和魂は、決して宗教やイデオロギーじゃないはずなんだよね。
でも、ありがとう。何に反論せねばイカンのか。何が誤解の元となっているのか。
自分自身よく整理できた。
>>393 自己レス訂正
>決して宗教やイデオロギーじゃないはず
この「はず」は、「確か〜じゃなかったように記憶してるんだが・・」の意味です。
>>392 最大限好意的に解釈しても、日本人学者の初稿が中共の編集に歪められたとか。
とにかく明解に論壇で論破された三光作戦などを無批判に載せてる一事を以って、
この学者のイカサマぶり(あるいは中韓の被害者ぶり)が伺われる。
学界にゃ自浄作用がないので、こいつら死ぬまで安泰だろうが・・・・
名こそ惜しめ。と彼らには言ってやりたい。
395 :
日出づる処の名無し :05/03/13 04:57:33 ID:8V7ZIeKy
すでに超難しい 地図が欲しい。昔SAPIOによく載ってたようなのが。最近は読んでないのでよく知らない
もう一週間、大和魂について考えてみます。 皆様は先にお進みください。
>>396 次は黒船来航か・・・参考までに
ちと版が古いが実教の日本史教科書黒船あたり
アメリカの西部開拓は19世紀半ばに太平洋岸に接し捕鯨船や中国航路の船の寄港地
として、アメリカは日本の開国を望み始めた。1853(嘉永6)年、アメリカの東
洋海域艦隊司令官ペリーは、艦隊をひきいて浦賀にあらわれ、武力を背景として日本
に開国を強くせまった。ついでロシアのプチャーチンも艦隊をひきいて長崎に来航し
た。約束によって翌年にペリーの艦隊が再び来航したとき、老中阿部正弘は開国を決
意した。
幕府は、日米和親条約(神奈川条約)をむすび、下田、函館の開港、薪水・食糧の
供給、領事の駐在、★片務的最恵国待遇約款などを認めた。ついで、イギリス・ロシア・
オランダとも同様の和親条約をむすんだ。
下田に着任したアメリカ総領事ハリスは、老中堀田正睦らに世界の情勢を説き、通
商条約の締結をせまった。1858(安政5)年に、大老井伊直弼の命令の命令で日
米修好通商条約がむすばれ、下田・函館のほかに☆神奈川・長崎・新潟・兵庫の開港
と江戸・大坂の開市を約束した。しかし、この条約は、幕府が外交・貿易の経験に乏
しかったため、在留外国人への領事裁判権を認め(治外法権)、関税の税率を協定に
よるとした関税自主権のない不平等条約であった。つづいてオランダ・ロシア・イギ
リス・フランス・とも同様の条約が結ばれた。(※安政の5か国条約)
★日本が他の国に条約でよりよい条件をあたえたとき、アメリカにも自動的にその好
条件を与える(最恵国待遇)義務を日本だけが負う(片務的)、という約款。
☆神奈川は、交通がひんぱんな宿駅で外国人との紛争が起こりやすく、土地もせまく
海岸も遠浅なため、幕府は近接した横浜をかわりに開港した。
※この条約は、1872(明治5)年以降改正が提案できるように定められていた。
自分的にとりあえず
黒船が来たときの日本(幕府)が受けた衝撃の事がかいてないのが不満。
皆様方もつっこみお願いします。
>>396 期待しています。
399 :
日出づる処の名無し :05/03/14 12:51:44 ID:mcLToPxJ
>>397 治外法権と、関税自主権のないことは、当時の幕府にとっては、不平等ではなかったと
思う。
幕府は、当時、長崎でオランダと貿易をしていた。
オランダとの貿易は、幕府の独占事業で、貿易に従事するオランダ人は、出島という狭い
地域に居住していた。
したがって、当時の幕府にとって、「開港」といっても、せいぜい、江戸の近くに、
新たな「出島」を設けただけではないか。
治外法権といっても、外国人は外国人居留地の中から、一歩も外には出られないので
あれば、問題が起こっても、それは外国人内部の問題。
関税自主権がない、といっても、そもそも関税というのは、海外の安い商品から、自国の
産業を守ることが大きな目的である。
幕府が、海外との貿易をきちんと管理できるのであれば、関税はそもそも必要ないのである。
ただし、外国人が日本国内に自由に旅行できるようになり、民間が自由に海外と貿易するように
なると、さまざまな問題がおこるのだが、それは明治政府の責任。
400 :
脱サラ大学院生 :05/03/14 21:09:06 ID:6tS4fRVM
個人的に興味深いのは、幕府にしても薩長など雄藩にしても、 アヘン戦争以後の清朝に視察したりしてある程度の情勢をみていたのに 清朝と諸外国の不平等条約を把握していなかったと思われる点。 そうでなければ関税自主権や治外法権に対する無知が説明できない。 逆に言えば、清朝を一瞥しただけではわかりにくいことだったのかな? まあ、教科書記述そのものとはあまり関係ない話だけど。
401 :
日出づる処の名無し :05/03/14 21:13:03 ID:gZ/yOkGY
何の史料も書物も見ずに、おまけに何ら確信もなく、勝手に知ったかドキュソレスすると。
阿片の取り締まり一つできなかった清朝への侮蔑が勝っていたとか。
そも開国自体が戦わずして負けたようなもので、幕閣にとっては開国攘夷論での理論武装が精一杯かも。
貿易に関しては締結時では
>>399 氏に同意。自信あったんだと思う。
ところが外圧によって居留地の金銀交換比率を国内並に是正され、
以後横浜ゴールドラッシュによる物価暴騰を見て初めて失敗に気づいたんじゃなかろうか。
404 :
日出づる処の名無し :05/03/15 20:14:48 ID:M1ZXZV1O
日本が「東亜の解放」をとなえる前、ソ連は民族の解放を主張し、アメリカのウイルソン大統領は 民族自決を主張していた。しかし、それらもあくまで理想論なのであり、日本が提案した人類平等 の議題が国際連盟の総会で否決されたとき、民族自決などは白人種のものであり、有色人種にはお よばないということが明白となった。ソ運は美しい理想を掲げつつ、事実上は諸民族を再征服し、 ロシア帝国を再建した。アメリカも中南米まで勢力下に置いていた。それがモンロー主義の実態である。 欧米中心の世界秩序は日本の介入を許さなかったのである。日本がアジアから白人を追い出し、 日本の国益を確保するには、アメリカと対決するしかなかった。日米決戦(太平洋戦争)は 日清・日露戦争と同じようにもともと無理な戦争だった。しかし、日米戦争は、日露戦争と同じ ようにアジア諸民族に大きなインパクトを与え、東亜の諸民族を覚醒させ、ナショナリズムを 形成させたのである。 数百年にわたる西洋植民地体制が日本軍の一撃でもろくも崩壊したのである。アジア諸民族から すれば、神にも近い位置に君臨していた白人が、ついに負けたのである。シンガポールが陥落し たとき、イギリスに亡命していたド・ゴールも、アジアの白人帝国、西洋植民地体制が終焉した と日記に書き記したほどだ。 日本の敗戦後、イギリス、アメリカ、フランス、オランダは再び東南アジアに舞いもどってきたが、 時代はすでに変化していた。かつて支配下に置いていた有色人種はいつの間にか変わっていたので ある。日本軍によって編成され、訓練された独自の軍隊が東南アジア各地にあり、しかも人々は ナショナリズムに燃えていた。再来した欧米の支配者にはもう押さえる力がなかった。 黄文雄「捏造された昭和史」より
ウィルソンは理想主義者で語られる一方で、 南部出身の人種差別主義者だといわれているね。 だから日本の提案を拒否したそうだよ。
406 :
日出づる処の名無し :05/03/15 22:35:11 ID:NjnG5EXQ
良スレage
落書。 大和魂を考え、国学の思想変遷を追いかけるうちに、なぜか萌国主義のスレに辿り着いた(禿藁。 そも大和心は至誠の自然な発露、理屈(からごころ)がつくと汚れるものでもある。 発露の刹那と感興の瞬間にこそ封じ込めるべきもの。 おお!故に『萌え』これぞ近未来の大和心ではあるまいか! 休題。幕末の平田派を追いかけると豪商に学者に博徒と、教科書に出ない庶民や金持ちの、 志士たちへの熱心な支援や思わぬ重要な情報行動に出くわして、 今更ながらに明治維新とは日本的な市民革命だと思う次第。
なるほど、ということは、「萌え」とは、「恋闕(れんけつ)」の心情に近いものなのか?
410 :
日出づる処の名無し :05/03/17 13:28:05 ID:xu7HufyG
萌える近代日本史(ボソッ
>>408 んな気がするのです。あんまし詳しくないが。
>>409 Yeah!
おおやまともえつくにのふみごころ と読み下し
【大日本萌国史観】と号す。
艱難辛苦を乗り越えて、紆余曲折を経て、先人が紡いだ国史、
背負った業に立ち向かう物語に『萌え〜』な史観。
いいなぁ。善悪正邪で歴史を評価せず、あくまで個々の『萌え』が価値基準。
いいなぁ…
もっとも、それとて骨格の教科書がしっかりしてなきゃ作れないですな。
三連休に江戸時代執筆します。諸賢は前に進んでください。
412 :
日出づる処の名無し :05/03/18 10:23:29 ID:Fm1ANJ0/
新撰組の中では、男色がはやっていたのではないかと思う。 資料はないが。
織田信長の時代から、歌舞伎なんかもそうだけど、 男色は肉欲が昇華された究極の恋愛の形象化されたものだよ。 でもあくまで対象は美少年、たとえばビヨルン・アンデルセンとか限定だけどさ。
414 :
濃墨 :05/03/18 16:39:29 ID:hZo0kUpL
>355から>362,>367を通読して>386を読むと、後段に少し違和感を持った。 江華島事件と全権大使の派遣、朝鮮政府の陳謝という文章の流れに、日本が軍事力で朝鮮に 陳謝をさせたという疑念が生まれる余地がある。 > 日本側はあらかじめ日本国旗を朝鮮側に渡して国旗を掲げる日本の艦船に対しての保護と >便宜を求めていたが、この事件を機に全権大使を艦隊と共に派遣して、両国の齟齬を完全に >解消するために日朝間に修好条約を締結することを提案した。 の文を、 日本側はあらかじめ日本国旗を朝鮮側に渡して国旗を掲げる日本の艦船に対しての保護と 便宜を求めていたが、朝鮮政府は、地方官にこれらの通達を行っていなかった。この事件を 機に全権大使を艦隊と共に派遣して、両国の齟齬を完全に 解消するために日朝間に修好条約 を締結することを提案した。 こうすることで、朝鮮側に行政上のミスがあったこと、これを外交交渉で謝罪し、条約の 締結に至ったことが(いわゆる)平和的に行われた、ということに疑念が生まれなくなるの ではないだろうか。
日本の社会科の勉強で最近不満に思うのはアメリカの事がさっぱりわからない事。 確かに悪い所もあるけど評価すべき部分もあるんじゃないかと。 右の人には怒られるし、左の人には無視されるしさ。 おかげで、アメリカのアの字が出ただけで「悪」と言い出す人もいる始末。 で、私がひとつ書きたして欲しいな、と思ったのは冒頭の部分に 急激な西部開拓によって行政が行き届かず、地方が独自の行政をしいており、 連邦政府との軋轢もあった。 の一文を挿入して頂きたいな、と思っております。 当時の世界や日本を理解する助けにはならないと思いますが、今のアメリカを 理解する上で非常に大事なポイントなので。本スレの主旨にそぐわないかも知れま せんが。 また、以前にアメリカの対日政策と当時のアメリカの政権党の対比がすごく おもしろかったのでアメリカが出てくる時には大統領と政権党を上げておくと面白い かもしれません。極東板っぽくて。 日本の歴史だとアメリカは第2次世界大戦から突然出てくる印象があるけど、 日露戦争では講和でお世話になったのは大きかったと思うし、第2次大戦前は 仲がよかった、と小耳に挟んだりもしたので。
戦前の歴史で微妙に間違った印象を与えがちだと思っている事がひとつ。 当時の大陸が今の日本のように平和に繁栄していて、そこに突然に日本人と 日本軍が上陸して、住人を追い出して領域を確保した、とつい今の常識を持ち込ん で勘違いしてしまうんじゃないか、と。 ・馬賊や盗賊が跋扈し、非常に危険な状況であった事。 ・現地の行政が行き届かず、時には現地政府に寄って事件が引き起こされている事。 ・そのため、現地の邦人を守る必要があったこと。 ・また、その事が決して特別な事でなく、自国民の保護に自国の人員を当てる事が あったこと。 ・実際に民間邦人が一度に多数、無残に殺害された事件があったこと。 が無いと、当時の現地や日本国内の空気って伝わらないと思うんですよ。 私はあまり詳しくないので、どこに挿入すればいいか、とかはわからないんです けど。 具体的な事件ではないかもしれないですけど、そういう背景を踏まえないと、 歴史が上手く伝わらないかな、と。 以前に日露戦争スレで、そういうやりとりがありましたので参考までに。
>>416 大賛成。
そのもうちょっと前つーか、そもそも満州帝国があった場所は、
もとは清のふるさとに当たるところだけど、荒れ野状態にしたままだったわけだし、
当時の解釈、(なんでもありの中華思想は別として) 清を含めて、どっかの領地とは断定できんような場所。
日本が開発してきて、半島人や中国人が入植してきたってのは実際のところ。
ついでに、台湾が日本割譲されるまえがどういう状態だったかも説明入れて欲しい。
今の台湾につながる国を、まさにゼロから作り上げたわけだし。
419 :
日出づる処の名無し :2005/03/21(月) 20:28:55 ID:qFNtwtdZ
420 :
日出づる処の名無し :2005/03/21(月) 20:31:26 ID:qFNtwtdZ
>中国、北朝鮮、韓国の真の脅威は「非常識」これに限ります
>>419 を読んで、心に残った言葉。
このスレを見つけたばかりだけど、これを書いておきたい。 戦後の教育は、みんな歴史を事実であるかのやうに押しへてゐる。 我々の時代は、そんな馬鹿なことを教へられなかつた。 いまのはうが欺瞞が徹底してゐるんだ。皇国史観以上に徹底してゐると思ひますね。 (福田恆存) 『「反日」の構造』より引用。
遅くなっています。 国学や水戸学による、尊皇運動の理非曲折を正すためには、 どうしても、どうしても、【江戸時代の天皇と幕府】という化け物みたいな存在と 格闘する必要がある、と感じました。 即ち、水戸学や国学という「カルト」な「愛国運動」によって明治維新が起こり、 帝国主義の絶対天皇制による植民地侵略国家が誕生した! などという無知蒙昧も甚だしいブサヨ論を封殺するためであります。
さらに、一部左翼が民衆史を語る際によく捏造してくれるのが、 「江戸時代の一般民衆は天皇の存在を知らなかった」 「民衆は教育勅語と御身影による天皇布教政策により、天皇を支配者として認識した」 あのなぁ。 浄瑠璃や歌舞伎の出し物とかで、義経や弁慶、金太郎に御所の鵺が大暴れしてるだろ。 天皇も公家も武家も、その権力構造まで、庶民は共通の知識だったから、 平安時代の物語や、赤穂浪士討ち入り事件を太平記になぞらえたりなどの、お遊びが可能なんじゃねぇか。 みんな、禁裏がどういう存在で、将軍がどういう存在か、相応に知ってったんだって。 だからこそ、国学や水戸学が庶民に膾炙し、国の危機に際して大きな政治運動になるんじゃねぇか。 ったく、くそな捏造するよなぁ。
天皇、なかんずく神話と直結した天皇を語るとき、または、天皇とその権力構造を語るとき、 こと思想史においては背景となる文化や政治体制に言及しないと、 安易な反論を招いたり、断片の記述から事実を曲解する可能性が大いにあると感じた。 アヘン戦争からいきなり尊皇攘夷の思想に飛ぶのは実に危険だ。 かといって、太平の江戸300年を悠長に語るスレでもない。非常に、困った。 (つーか、困るくらい国学を左翼的誤解から自由にして語るのは難しい。 例の国体理論に直結させる悪意が、戦後史観を支配してるから。) と、いう訳で、幕末読解のヒントとなる江戸時代の権力構造についてのコラムと、 江戸時代の禁裏についての構造を駆け足でまとめたコラムを先に上梓したい。 思想史はその後にしたい。
【コラム1:江戸幕府における朝廷概観】 江戸幕府は戦国時代の反省から生まれた幕府であった。 有力な戦国大名は幕府を通じず独自に朝廷より官位を賜り、これを己の領土の領有権としていた。 武装した寺社勢力も、朝廷との深いつながりを利用して盛んに民衆を扇動し、一揆や内戦を起こしていた。 この状況を武力で強引に収束させ、天下統一を果たしたとされる織田信長もまた、 朝廷から出された治罰綸旨に基づいて合戦に及び、勅命による講和を数度行っている。 朝廷財政の悪化から式微と呼ばれた朝廷ではあるが、その政治的権威は戦国の騒乱の中で 益々強くなっているのである。但し、よく知られるように朝廷には軍事権力がなく、 天皇に実効ある支配権や行政権がなかったことは言うまでもない。 即ち、天皇は君臨すれども統治せず、の体制が早くも16世紀には完成の域に達していたのである。 豊臣秀吉(とよとみのひでよし)による全国統一もまた、関白に就いた秀吉が、 朝威を借りて平和令、惣無事令を関白の命として出したことにより正当性を持ち得た統一事業であった。 秀吉は自ら公家の最高位に就任することで、権威・権力の集中化を図り、近世を生み出したのである。 徳川家康もまた秀吉の例に倣い、武家の最高位である征夷大将軍に就任すると同時に、 権威ある公家の上位職、源氏長者の宣下を受け、摂関家以外の公家を支配する立場を得たのである。 公武の上位職を兼ねることで、大名や寺社などの政治勢力が幕府を経由せずに朝廷と結びついて、 反乱や幕令違反を正当化することを防ぎ、さらに寺社法度、禁中並公家諸法度を制定して、 幕府一元支配を法制化することに成功した。
禁中並公家諸法度は、天皇や公家の職掌を規定する、下克上的な法のように教わることが多いが、 この法度は、征夷大将軍徳川秀忠、太閤二条昭実、源氏長者徳川家康の連名による法令であり、 それぞれ、天皇に任じられた武家、公家の最高権威と外交権と祭祀権をもつ国主が制定したものとなっている。 即ち、形式においては、決して幕府なる無法権力が天皇を拘束している訳ではなく、 朝廷権力が自らを律した体裁をとっているのである。 上記を一例として、江戸幕府の権力の正当性は天皇による任官によって与えられたものであり、 江戸中期には、天皇が幕府に政権を付託しているという大政委任論が幕閣の常識となっている。 無論、幕府の朝廷に対する政治的圧迫は、時に理不尽で不遜な形をとることも多く、後水尾天皇は、 あし原や 茂らば茂れ 己がまま とても道ある 世とは思はず と憤りを露にして御退位なされている。
以上。 気が変わったので、幕末読解のヒントとなる江戸時代の権力構造についてのコラムは、 幕末記述のときに諸賢の非難を浴びることにする。
なんか頭いいな〜。 オレなんかセンター日本史Bで平均取れないくらいのレベルだよ。
430 :
日出づる処の名無し :2005/03/23(水) 19:28:23 ID:uwaM9Dc0
>>427 明治維新の原因については、
外的要因・・・欧米による東アジア進出、
内的要因・・・尊王思想の成立
日本社会の文化の成熟
というふうに、分けるのがいいと思う。
431 :
日出づる処の名無し :2005/03/23(水) 22:23:19 ID:mBWFNhii
1775〜1865年:アメリカ南北戦争 1864年:禁門の変、四国連合艦隊の下関砲撃、第1次長州出兵 1866年:薩長同盟の成立、各地に百姓一揆・打ちこわし、第2次長州出兵 1867年:大政奉還、王政復古の大号令 1868年:鳥羽・伏見の戦い、五箇条の御誓文、明治と改元、会津戦争 1869年:戊辰戦争終結、版籍奉還 1871年:廃藩置県―中央集権体制にシフト、岩倉使節団を欧米派遣 明治維新について 植民地支配をもくろむ欧米列強という外的圧力に対する幕府の対応の遅さ・方策のまずさに、薩長がいらだちを抱き 軍事クーデターを起こして、政権を徳川家から天皇に返還するという名目で実権を握ったという流れだと思うが アメリカの兵器商人グラバーが南北戦争終了で廃棄処分となった銃器を薩長に借用書を書かせて売りつけたと 言われるように、明治維新前夜のクーデターには薩長側にアメリカ、幕府側にフランスの植民地支配工作員の 先兵が深く関与している 織田信長の時代、種子島から伝来した火縄銃を即座に改良し量産化した、当時の銃器の進化と総量は日本が ヨーロッパを凌駕していたため、植民地支配をもくろむオランダなどの白人は日本侵略を断念せざるを得なかった 徳川幕府の善政により平和な時代が続き、武士の誇りとしての刀と芸事としての剣術は発展したが、銃器類の 開発は停止された、その間欧米の武器は更に進化を遂げて行ったが、独自の高い文化と武士階級の統率力・ 高い軍事力を持つ日本に対して、欧米列強は他のアジア諸国のような植民地化政策を取らなかった
432 :
日出づる処の名無し :2005/03/23(水) 22:29:05 ID:mBWFNhii
>>431 既存の体制側に怨念を抱く勢力を使って内戦によりクーデターを起こし、自分たちの思想に基づいた人間を育成し
日本を支配させた、非白人国家の中で唯一近代工業国へと変貌したのは、日本人の素養とそれまでに培っていた
基礎技術や学問レベルの高さ、勤勉さもあるが、アメリカ・イギリスなどによる指導の賜でもある
しかし日本人が伝統的な日本文化を捨て疑似白人世界的な価値観へと変化したことが良かったのか疑問も多い
ゾルゲ事件により、ロシアコミュンテルンが日本の政府・軍部中枢にまで工作活動を浸透させ、日本の大陸政策を
誤らせたことが歴史的事実として査証されているが、明治維新から太平洋戦争に至るまでの、アメリカによる日本
での工作活動については全く明かされていない、敗戦により魂までも奪われ、アメリカ的物質至上拝金主義に
染まった日本人は金融自由化・郵政民営化、ペイオフにより個人の貯金から自治体の金融資産に至るまで丸ごと
禿げたかに収奪され、格付けにより企業価値を操作され、企業買収により会社を丸ごと奪われようとしている
そこには明治維新以前より綿々と繋がる日本植民地化のプロジェクトが継続的に進められてきたように思う
日露戦争(武士が大量に死んだ)、第2次大戦時の南方洋戦(優秀な若者が何十万も虐殺された)、沖縄戦、
東京大空襲、広島長崎の原爆によって都市機能を破壊し、日本民族の大量虐殺を一挙に進めた
その分日本の人的国力を大幅に落とさせ、より容易に支配出来る環境を整えた
でも不可侵の領域なんだろうね、美味しい家畜は良いエサを与え丸まると太らせてから平らげると言うことだろうか
433 :
脱サラ大学院生 :2005/03/23(水) 22:46:37 ID:0s1rWddW
皆さんお疲れさんです。
>>432 >綿々と繋がる日本植民地化のプロジェクトが継続的に進められてきたように思う
大いに同意です。
ついでに、アメリカだけでなくロシア(旧ソ連)も同様だと思います。
シベリア鉄道〜満州・北朝鮮まで延びてきたユーラシア大陸横断鉄道は
韓国の北朝鮮との鉄道連結で帝政ロシア以来の宿願を果たそうとしています。
先日勝谷誠彦氏が某TV番組で指摘しておられましたね。
>>430 横槍スマソだが、内的要因についてだけど、
明治維新後の、日本の急速な産業の進歩&殖産興業の成功は、
江戸時代に、もとからあった社会の熟成と、科学技術の独自の進歩という下地があったからて視点で説明して、
そこから、幕末期の、外様藩なんかがやった産業育成とか、教育水準の高さ(識字率など)をとりあげて、
サヨがやってる、江戸=封建社会=四民不平等=暗黒社会的な、共産主義思想の発展段階思想から脱却してもらいたい。
日本は、必要があれば、外国の技術を簡単に理解するベースがあったということを強調してもらいたい。
けっして奇跡でもなんでもないとね。
>>430 、
>>434 同意。
だが、それを一方的な見解でなく、事実に即して語るのはとても膨大な作業。
実際のところ、俺は何度も何度も、織豊政権から記述したい誘惑に駆られている。
何とか譲歩して、寛政期から幕末につながる素材だけ、と禁欲しているんだが。
ともあれ、極東板的には、さっさと明治に行って、
対アジア戦略の事実を記述していきたいところ、なんだろうな。
437 :
日出づる処の名無し :2005/03/25(金) 10:49:49 ID:vOHIvvDM
>>433 そういえば、欧米の進出については、語られることが多いのに、
ロシアの進出については、スルーされることが多い。
なぜなんだろう。ロシアは日本に大きな影響を与えた国の一つなのに。
438 :
脱サラ大学院生 :2005/03/25(金) 11:22:18 ID:l5dE7s5l
私が世界史の塾講師をしていた際、第一次大戦前夜までの 欧米列強植民地政策に関して、 一国につきひとつのスローガンがあることに気付くと わかりやすいという話をしていました。 それをとりあえずかいておきます。 英…I Love インド(3C政策はインドへの道確保の為) 仏…ムカつくんじゃドイツ!(普仏戦争の報復、ドイツ敵視政策) 露…港港港〜(南下政策、不凍港確保) 米…Go West(西部開拓、太平洋進出、東南アジア・中国へ) 独、伊(日)…植民地ほしい!(空白地帯への進出) で、独伊(日)の空白地帯へ進出がほかの各国との衝突を招いた、と。 実際は空白地帯ではなく緩衝地であったり通交ルートだったりで。 このへんは維新後〜日露戦争・第一次大戦の範囲に入るので控えてました。
439 :
日出づる処の名無し :2005/03/25(金) 23:24:37 ID:lLhu9thk
そろそろまとめサイト作れるんじゃないの? 俺には造る技術ないが
441 :
日出づる処の名無し :2005/03/26(土) 02:25:06 ID:3bnAMxgz
>>440 いやいや、悲しいかな・・・・。
日本のマスゴミなんてほんの一握りを除けば新聞、テレビなどを始め
既に在日工作員、スパイ、左翼運動家の巣窟に成り果ててますよ。
442 :
日出づる処の名無し :2005/03/26(土) 02:34:37 ID:3bnAMxgz
特に日本の子供たちに是非とも教えておきたいのは 日本に併合される以前の朝鮮半島がいかに凄まじい土人並の 生活をしていたかと言う事だな。 ほれ、あの有名な香ばしいソウル写真と優雅な江戸との比較写真を 資料として載せて欲しいな。 最近の子供たちはどうも明らかにマスゴミの煽った捏造ブームによる寒流捏風 で、まるで日本併合以前の朝鮮半島にも最低でも「日本以上、あるいは清国に 匹敵するくらいの優れた文化、文明、生活様式、人物などがいたんだなぁ・・・」とか 本気で信じ込んでいる馬鹿なガキが増えてるんで困ってしまう。 いかにあの国が惨めで悲惨な生活状況だったかを徹底的に洗いざらい暴露して 欲しいものです。あと「事大主義」や「半万年属国」だった事も詳しく記述 する必要がありますね。
443 :
日出づる処の名無し :2005/03/26(土) 17:39:48 ID:tXNfIYFc
>>442 あっ、ついでに乳だしチョゴリの写真もね。
>>438 >独、伊(日)…植民地ほしい!(空白地帯への進出)
()つきだから、日本の進出事情と独伊を同一視してるわけではなかろうが、
日本の半島への進出は、彼らの立場からすれば、イタリアに対してバルカン半島に
ロシアが、ドイツに対してオランダにロシアが進出したようなもの
単なる不平等条約改訂を目的にした列強志願とは違いますな
自存自衛が脅かされていたためにやむをえずという理由も、当時の帝国主義全盛の極東情勢、
世界情勢を鑑みれば、6割くらいは正当だと思う
445 :
日出づる処の名無し :2005/03/26(土) 20:59:56 ID:xzRItvyb
今日実家の倉庫を整理したら今は亡き叔母の使用して いた日本史(山川)と世界史(好学社)の教科書を発見し た。それぞれ昭和44年と45年に発行。日本史も世界史も 朝鮮半島のことについてはマジで記述が薄い。李舜臣も 金玉均もミンピも三・一独立運動もまるっきり記述無し。他 にも南京大虐殺も欠片も記述無し。1970年以降教科書の 内容は政治的な面で歪められていったんだなあ、と思った。
>>437 幕末の頃は
>>222 高田屋嘉兵衛の活躍で、日露は比較的友好的であった。
維新後は、大津事件に際してのニコライ皇太子の大人の態度なども印象にあり、
まぁ早い話、日露戦争に勝ったから、当時の恐怖を追体験しにくいのではないか。
もっとも、俺もガキの頃は、本当にソ連を怖がってたそうだよ。
>>438 納得しますた。こういうオープンなやり取りが望ましい。
>>440 いつもお世話になります。(社交辞令と同じになっちまった)
表紙、粋ですね。嬉しくなりました。
あと、まとめ氏が心に残ったレスなんかを、
まとめ氏の偏見でストック為されるのもよいアイデアかなとも思います。
448 :
日出づる処の名無し :2005/03/27(日) 18:20:28 ID:KxsOsDBe
韓国のdでも爆笑捏造史と、一部日本が関わる時代の反論を記載するサイトってあるけど 朝鮮半島の体系的な歴史って今一良くワカラン ネットで検索すると日本語で書かれた(韓国語は当然読めないから)大朝鮮民族の輝かしい歴史 を綴ったサイトはよく発見しますが、在日さんが本国のオナニーをおかずに空想を膨らましたものが多く どうも良く分からないです 時代、周辺環境との関係、王朝の主要人種民族、被支配層と支配層の人種的違い、etc. ついでに言えば中国4千年の歴史も中国大陸に隆盛した王朝を繋いでいるだけで、現政権に至るまでの 主催者の変遷や、今漢民族と言われる人たちは何者でどこから来たのかというのも分かりにくい できたら朝鮮半島史と中国大陸史もどなたか作ってくれませんか、それと日本との相互関係を理解して いきたいと思います
>>448 4900年ぐらい何にもなし、記録もなし。無理して探してもないよ。 そもそもそこまでは余計なお世話だよ。
>>448 支那史は近代を除けば、それほど偏向・誇大妄想的な部分は少ないよ
中華思想は始皇帝以前からだが、近代以前は極東では超大国であったのは間違いない
のだから、まあやむをえない
支配者も征服王朝であっても、漢化されてしまうのが多いし、漢民族というのは民族という
よりも、漢字文化を持つ黄河、揚子江流域を中心に居住する民族(?)と考えた方がええな
朝鮮史は古代史は日本の史書か漢籍からの引用ばかりで、中世以降は国内党派抗争ばかりで
あまり読み物としては魅力がない
抗争の要因も、スウィフトのガリバー旅行記に出てくる国みたいに、卵を割る際に小さい方
から割るか、大きい方から割るかみたいなことを、外憂が迫っててもやってるような歴史
451 :
日出づる処の名無し :2005/03/27(日) 20:23:36 ID:e8hJa2tb
452 :
澤田獏 :2005/03/27(日) 22:30:23 ID:Hogsidy9
多謝。修正しました。
453 :
澤田獏 :2005/03/27(日) 22:32:30 ID:Hogsidy9
454 :
日出づる処の名無し :2005/03/28(月) 12:40:43 ID:PGQxMdpr
同じ極東板の「小学生にもわかる日韓の歴史」におもしろいことが書いてあったので コピペします。 朝鮮半島の歴史を簡単に述べなさい。 現在南北に分裂している朝鮮半島は千年以上、中国の属国として 興亡する民族に朝貢して事大主義を貫きました。 日本が清に大勝利して下関条約を結び、そこで初めて朝鮮は独立の地位 を得ました。しかし、指導者に力もなく、統治能力もなく国民はあまりに 愚かだったため日本が助けてやり、ロシアの侵略から日本が守ってやった 以降、韓国からの強い要請のもと日本に併合させてもらうことになりました。 五大国の臣民になれたことで朝鮮人は文化、文明の恩に浴することができ 朝鮮の歴史上朝鮮人が一番幸福な時代を謳歌しました。 しかし、日本がアジア開放の大戦争を欧米と戦いアメリカに敗れると 朝鮮はアメリカによって無理やり日本から引き離されました。 引き離されるや伝統である内部抗争によって現在のような南北に分かれたまま 今でも対立しています。 日本から引き離された南朝鮮は大韓民国と称しましたが、やはり自力での国家 運営ができず日本に依存を続け、なんとか民主陣営にくっついている状態です。 また、一方の北朝鮮は共産圏に属しましたが世界から共産主義が消滅する中 孤立を深め、李氏朝鮮時代に戻って現在のような赤貧チンピラ国家に至っています。 韓国は戦後独立の地位の得て自国民に「誇り」を持たせるために歴史を大捏造し 現在に至るまでも日本におんぶに抱っこでいながら日本を憎み、蹴落とそうと 日夜やっきになっていますがこれがどんなに愚かな行為であるか大統領以下誰も 気づいていないという大変いびつな偏向国家になっています。また、戦後の混乱期 に乗じて宗主国の日本から竹島を盗み今も侵略を続け今問題にされています。 九十点 よく勉強しましたね もう少し簡略に
455 :
日出づる処の名無し :2005/03/28(月) 22:48:47 ID:GJq0zji6
歴史とは直接関係無いけど、もしこの教科書が 完成した時は、是非とも裏表紙に「教育勅語」と 「君が代」を載せて欲しい。
457 :
日出づる処の名無し :2005/03/29(火) 01:59:50 ID:hzq+KFEF
>>456 俺ならこれだけでもう、飛び進級させるな。
458 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :2005/03/29(火) 02:12:02 ID:Pz0jh7Zw
五箇条の御誓文もな。 あと、わだつみの声からも一つ。
460 :
日出づる処の名無し :2005/03/29(火) 18:41:45 ID:V8MNZnOY
この前テストで 1910年日本は朝鮮をどうしたかって出て、併合って書きたくなかったから 同じ国にしたって書いたらピンされた 正解は植民地にしただってさ
>同じ国にした ってそれは説明不足だろ。 まぁ、テストなんて答えは一般認識のものだからな 答えが植民地でも仕方ないだろ。 おれは消防のとき、太平洋戦争を大東亜戦争と書いて三角付けられたよ
462 :
日出づる処の名無し :2005/03/29(火) 20:35:25 ID:BMdNOkrq
463 :
脱サラ大学院生 :2005/03/29(火) 20:43:29 ID:E1wkdDn0
>>460 1.厳重に抗議
2.教師は信用できぬものということを学んだことでよしとする
いずれかを選択するのがよろしいかと。
欧米の東南アジアやアフリカなの植民地にしても、 その場所や国を植民地にしたということが、ある年と確定できるなんてことはない。 お互いの国で取り決めがあるから、その年に「併合した」と言えるわけで、 「植民地にした」なんて答えはめちゃくちゃだよ。
辛うじて植民地と呼べるのは、日露戦争後から併合までの期間だな。 それも正しくは保護国であって植民地の機能はない。 以後朝鮮の方は史実に基づいて、日帝5年を恨んでくれ(藁
466 :
日出づる処の名無し :皇紀2665/04/01(金) 10:00:38 ID:V8oGfuq5
皇紀2665年・・・ええ響きじゃ。 今日も誰も来なかったらあれなので、4月馬鹿記念カキコ せめて普段極東板は、西暦ではなく平成にしてほしいのう。 ハン板は壇君紀元になっとりました・・・。
失礼とは思いますが、意見させていただきます。 このスレで教科書執筆をされている方々は、 『一冊の教科書に全ての記述をまとめる』 ということにこだわりすぎている気がします。 僕の学校では、歴史の授業では『教科書』と一緒に『参考資料集』を 使用しています。 そこで恐縮ですが、ここで今作成されている教科書についても、 『教科書と参考資料集にわける』という提案をしたいと思います。 まず、教科書の方は、 [中身]・テキスト中心で、教科書単体でも勉強には困らない程度の最低限の資料を載せる。 [形態]・「作る会」の教科書と同じぐらいの大きさで、最近はやりの全ページカラーで分かりやすく。 次に、参考資料集は、 [中身]・教科書では載せ切れなかった詳しい資料(大判のパノラマ写真など)を、 教科書の内容をかいつまんだ最低限のテキストと共に載せる。 ・資料に関しては一つ一つにソース(○○から引用という文章など)の注釈を載せ、 資料の出所を明確にし、学生の調べ学習にも柔軟に対応できるようにする。 [形態]・こちらに関しても大きさは「作る会」の教科書と同じぐらいで。あの大きさが、 教科書としてベストだと思います。 ・写真などの資料を載せる以上はこちらも全ページカラーで。 以上、若輩の身分でまことに恐縮ですが、意見させて頂きました。この意見が少しでも 執筆をされている方々の助けになれば、と思っています。 長文及び乱文、失礼しました。
468 :
日出づる処の名無し :皇紀2665/04/01(金) 13:55:12 ID:GtG7qmVx
>>467 おまいのような若者が日本には必要なんだ。がんがれ。
469 :
日出づる処の名無し :皇紀2665/04/01(金) 13:58:38 ID:vVnQ7LSW
>>467 感心 周囲を感化するようにな
修得必須の教科書と参考資料としての副読本は当然だな
知識を深めたい者に良識に基づいた記載の参考書は必要
471 :
日出づる処の名無し :皇紀2665/04/01(金) 18:22:39 ID:e36wlWAV
>>467 オマイのような奴がどんどん東大にでも入ってくれれば
日本もまともな国になるのは間違い無しだな、兎に角勉強ガンガレよ。
それから確かに俺も前から言おうと思ってたが
教科書と参考書や資料集に分ければ、それぞれより一層詳しく
記述できるな。とにかく現代の日本人には一刻も早く真実の
日本近現代史を教え広める必要があるからな。
特にシナや朝鮮半島についての記述は徹底的に凝れでもかと言う位に
ソースを駆使してあいつ等の捏造歴史観を粉砕してギャフンと言わせてほしいよな。
>>468 >>470 >>471 ありがとうございます。
もうひとつ提案があります。
既出ではありますが、GHQ、そしてそのGHQの
命令を今もなお実行しつづけている朝日新聞などの日本のサヨクによる、
『捏造された日本史』については戦後の章で扱い、
さらにコラムとしてまとめて扱う必要があると思います。
また、上記の組織による情報操作の結果として、国民の世論が戦前と戦後では
180度入れ替わってしまったことについて、靖国神社問題などの実例をまじえ、
少し詳しく記述して欲しいと思います。
ここに重点を置くと、サヨクによる情報操作の危険性が理解しやすくなると思います。
僕には文才がないので執筆は出来ませんが、少しでも力になれればと思い、意見させて頂きました。
またなにか思いついたら、意見させて頂きたいと思います。
再び長文及び乱文、失礼しました。
473 :
日出づる処の名無し :皇紀2665/04/01(金) 19:51:45 ID:avJArV1D
2get
474 :
日出づる処の名無し :皇紀2665/04/01(金) 21:20:14 ID:2QuIwKiF
>中国の属国 >ロシアの侵略から日本が守ってやった 普通こんな表現使うか? 日本独自なの?生意気な表現だな。 実際に侵略してないんだから、日本が守ってやったはおかしいんじゃないの? >幸福 一方的だな 相手のことも考えてやれよ これも日本独自なの?
475 :
日出づる処の名無し :皇紀2665/04/01(金) 21:52:07 ID:4SkKxgNi
守ってやったんだからしゃーないやん
476 :
日出づる処の名無し :皇紀2665/04/01(金) 23:05:24 ID:7fqYv88q
>>474 オマイは当時の朝鮮と言う国が一体どういう状況だったかと言う
のを全くと言っていいほど知らなさ過ぎるぞwww
当時の極東における半島の立場の哀れさ、およそ国家の体を成していなかった
と言う事実を。兎に角何をするにしても清国の許しを得ないと行動できない
属国だったんだからなww
日本も欧米列強もその事をしっていたから朝鮮など屁にもしてなかったって事だよ。
ただ日本からしてみれば、いよいよ清が列強に蝕まれて行くのを見て、朝鮮も
確実にロスケに狙われていたし、対馬にまで強引に軍艦を停泊させると言う手段に
出るわで、日本も只事じゃ無かったって事をしっかりと理解すべきだぞ。
兎に角、今の平和でのほほんとしたような国際状況じゃ無かったってことだ。
食うか食われるかの時代だ。今だって現に中共が東シナ海や領海侵犯しただけで
騒いでるだろ?バカンコクが竹島を不法占拠するわで領土の確保は絶対条件だったんだよ。
当時は隙あらばマジで植民地だぞ!!ww
おおまかなことだけ知っておけば一応常識人にはなれるから、余計なことは習わなくてもおkです
おれ、地歴で教育実習行ったんだけど 今の学生さんって材料さえ提供すれば何だかんだで考える気がする。 名探偵コナンとか読んで育ってきてるから、推理みたいな事は好きみたいだし。 南京とか竹島とかに関しても、歴史的事実と資料をちゃんと載せるのはもちろん 「なぜ、南京大虐殺という話しが出てきたのか?」とかを載せると良いかなと。 特に社会科の教科書って、単に知識を得るための手段としてだけではなく コミニケーションや論理的思考、愛国心とかそういった社会に出て必要なものに 少しずつ慣れさせる素材として重要だと思うので。 駄文すまん
>>478 賛成。従軍慰安婦は1980年に発案された捏造だし、
南京虐殺の時は、真珠湾攻撃前なので、米英人が上海などにもいて、
そういう大規模な事件が起これば報道されるはずなのに、東京裁判になって突如あらわれた。
あれは明らかにニュルンベルグ裁判の影響で、日本を悪玉にしたいために開発された捏造事件。
アジア&アフリカの植民地解放の魁ともいえる大東亜戦争の側面を隠蔽し、ドイツ、日本を、民族差別の侵略者としてくくりたいため。
日本のサヨ教師はガンジーは教えるが、チャンドラボーズやバーモウは絶対教えないもん。
靖国問題も、その流れで、80年以降に持ち出された作戦。それまでは、吉田茂の時代から普通に総理は参拝していた。
ソ連の崩壊、共産主義の終焉、アラブの民族主義の台頭から理論が破綻したサヨが、
過去の日本の「軍国主義」&「植民地支配」を持ち出して、1980年代以降、その闘争の武器としたのが始まり。
政治闘争ができなくなったので、サヨどもが、プロ市民などに変装して地下に潜った時期と一致する。
歴史が常に、「現在」のために利用されるものだってことがわかってない日本人は甘すぎ。
だれもが納得する歴史があり、歴史解釈が共有できると思っているのは大きな間違い。
前近代的なサヨや極東3馬鹿にとっては、「歴史」は、現在の支配者の正当性をリクツ漬けるための手段でしかない。
480 :
日出づる処の名無し :2005/04/04(月) 17:36:33 ID:xCU9ozC4
>>479 胴衣。
今の教師達は真実を知っていながら、明らかに嘘を教えている。
ところで朝鮮戦争の時に、北朝鮮にソウルを占領された南鮮の大統領だった
リショーバンが日本政府に対して「南鮮の臨時政府を置くから九州を割譲しろ!!!」
って言って来たのもちゃんと記述してほしいな。
481 :
日出づる処の名無し :2005/04/04(月) 19:02:35 ID:xCU9ozC4
日本が米統治下の国際復帰する以前、サンフランシスコ講和条約の草案に 韓国が日本の放棄すべき領土の中に竹島も入れるよう要求。 しかしアメリカ側が「我が方の調査によると、竹島は一度たりとも韓国の領土では なかった。よって日本が放棄すべき領土の中に竹島は入らない。」と明言。 これに怒った韓国が李承晩ラインのもと、竹島を軍事占拠。現在に至る。
>>467 ご意見ありがとうございます。
副読本の件、確かに必要に思われます。
>>447 にてまとめ氏に依頼した、気になるレスのピックアップもその布石であります。
しかしながら、本文を書かないと、作業が拡散しちゃうのです。
新しいものを作るとき、人は「模型」やら「たたき台」を作ります。
模型や叩き台を作って初めて、プランが現実味を帯び、ひとつの形へと収束していくのです。
だから、現役生なればこそ、君には模型や叩き台の審議をお願いしたい。
夢いっぱいのプランを大事にしながら、だけど中核の作業も大事に。
副読本、作りましょう。それはぜひ。
江戸思想・江戸宗教史を執筆するとお約束してかなりの日が経っております。 諸兄には誠に申し訳なく、本業の仕事の納期遅れよりプレッシャーに感じてる次第です。 でも、昭和の「国体の本義」の見極めがつかねば、おいそれと神道を語れません。 戦後、ありとあらゆる手段を以って「日本古来の思想」が破壊されましたから、 日本古来の思想と戦争と平和の関係を、執筆者なりに整理して理解し、 かつ禁欲的に事実のみを記す作業が課せられています。気が重いです。荷も重いです。 でも、学習の過程で、ますます日本が好きになりました。
つか、現代日本の答えは、全て江戸時代に議論され尽くされてる錯覚すら覚えます。 本文執筆開始していますが、予告します。 江戸の思想学問を、神道百花繚乱の時代として史実に忠実に書き記します。 次いで教科書が明治を経て戦後に至り、結果日本人が何を失ったか、 読者各々の推測によって詳らかにされることとなりましょう。 今までの教科書は、また我々の教師は、それを進歩と呼びましたが果たしてどうか。 そこから民族性の喪失と、復古主義の必要な日本を見るかも知れない。 あるいはそこから近代と、21世紀的な先進国家日本を見るかも知れない。 判断は、学生たちに任せます。何れ、融合の道を説く賢者が現れることを祈りつつ。
>>まとめ氏 まとめサイトの件ですが。 TABLEタグのHEIGHTのサイズ指定を外せば、枠の縦サイズが本文の大きさになります。 今はブラウザサイドの文字サイズによって極端に枠のサイズが広く見えたりしていますが、 HEIGHT属性の設定によって、少しはブラウザ依存せずに見やすくなるかと思います。 もし、氏の手に余るようでしたら、ご一報ください。 執筆遅れのお詫びに、HTMLのテンプレ作成請けます。納期はGWくらいで(スマソ)
すごいな、こういう企画・・・。 漏れ(一応漢文学専攻)も、東漢〜西晋くらいなら書けそうだけど、時代が違うしなぁ。 例えば、倭國と日本國は異国説とか・・・。あんま意味ないな・・・。 影ながら応援してます。
487 :
日出づる処の名無し :2005/04/05(火) 09:14:25 ID:+kJE5GGI
488 :
日出づる処の名無し :2005/04/05(火) 10:55:44 ID:Uyzp7c0g
489 :
日出づる処の名無し :2005/04/05(火) 11:28:16 ID:8qzVOLvH
日本の近代は田沼時代から始まった。
490 :
日出づる処の名無し :2005/04/05(火) 14:57:46 ID:BKvQ98zA
この韓国のアメリカに対する挑戦を、単に極東情勢からしか考えられない お前らって、歴史的教養が無さすぎだなwww これは、単なるアメリカに対するNOでなく、歴史上連綿と続いてきた覇権国 争いの開始を告げる序曲だよ。まあ、歴史の神に選ばれた民族だけが参加 できる、日本人は出る幕の無い民族チャンピオンズリーグだけどなwwww パックス・コリアーナ : : ┌─────┗━━━┓ ┌────┗━━━┓ ┃ ┌───┗━━━┓ ┃ 韓国 ┌──┗━━┓ ┃ アメリカ │ ┃ 大英帝国 オスマントルコ スペイン ┃ History of Groly 2005- ??? 1775-1783 アメリカ独立戦争 1588 ドーバーの海戦(無敵艦隊敗北) 1571 レパントの海戦 1516 マゼラン世界一周 1453 コンスタンチノープル陥落
>>482 ありがとうございます。
たしかに、その通りです。『基礎』が無ければ『発展』も無い。
未熟な若輩者として、肝に銘じておきます。
それと自画自賛ではありますが、かなりいいと思われる案があります。
今、考えをまとめているのですが、この案は今までの歴史教科書に欠けていた、
歴史教科書として載っていて当たり前の項目です。
今日中に具体案を書き込みできると思います。
ついでですが。
ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050405-00000000-san-int 彼らにとって、自らの過去、そして人の歴史とは都合よく書き換える事ができる、
紙に鉛筆で書いた下書き程度の薄っぺらなものなのでしょうか?
隣国に住む、同じ先進国の人間として心が痛みます。
引用されてる図が間違ってたので訂正しておきますね。 原生動物 : : ┌─────┗━━━┓ ┌────┗━━━┓ ┃ ┌───┗━━━┓ ┃ 朝鮮人 ┌──┗━━┓ ┃ おさかな │ ┃ カエル ┃ マンモス 人間
493 :
日出づる処の名無し :2005/04/05(火) 20:50:38 ID:sSTjiQQy
>>492 ところで、この図は、
なんか意味があるの???
●近代日本史● ☆学習を始める前に・歴史の学び方 〜歴史学の基本・資料批評と資料価値〜 私達は、今までは歴史の授業では教科書にかいてある通りの歴史を学習してきました。 しかし本来、歴史学には、『資料批評』という裁判にも通用する考え方があります。 序章に入る前に、まずはこの『資料批評』について簡単に学習しましょう。 (ここで生首の写真が入る) ここに、生首が写されている一枚の写真があります。目を背けたくなるかもしれませんが、 ちゃんと見てください。写真の下に、「日本軍によって虐殺された中国人男性」という注釈があります。 この注釈を見て、「昔、日本は中国の人達に悪いことをした」と、罪悪感を抱く人は、 少なくないでしょう。 しかし、冷静になって考えてみて下さい。 この写真に写っている生首の男性は、本当に日本軍によって殺されたのでしょうか? 例えば、あなたが道を歩いていると前を歩いていた人が、ハンカチを落としました。 この場合、あなたはその人がハンカチを落とした所を見たのですから、そのハンカチ がその人の物だとすぐ分かるはずです。 では、あなた以外に道を歩いていて、道にハンカチが落ちているだけだったとしたら? この場合、あなたは誰が落としたのかという、『証拠』を見ていません。 あなたはハンカチが誰の落とし物か、わからないでしょう。 この写真についても同じ事が言えます。つまり、誰がこの人を殺したのか、写真からは 全く判断できません。 注釈に書いてある、という人もいるでしょう。しかし、この注釈も『証拠』にはなりま せん。 例えば、ある日あなたが家にいると、突然知らない人が来て、「この家は俺のものだ」 と言ってきました。法的な根拠もありません。あなたはそれを鵜呑みにしますか? たぶんしないでしょう。つまり、『そう言っている』だけでは、証拠にはなりません。 (以下省略・・・。)
>>まとめ氏 >>邪馬台国侍氏 僕の言いたい事は、大体上に書いてある通り、「歴史の学び方」についてです。 ずいぶんな長文&乱文になりましたが、 文才の無い僕にとっては、これが精一杯です。 少しでも参考にしていただければ、幸いです。では、失礼しました。
>>492 その図だとなんだか
人類発生の起源はウリナラニダ!!
とか言い出しそうw
もう言ってたようなw
498 :
日出づる処の名無し :2005/04/06(水) 21:53:21 ID:vBC/7SDs
499 :
日出づる処の名無し :2005/04/06(水) 22:39:38 ID:vzU3eHQx
さっき「その時歴史が動いた」見たけどダメダメだったなwww なんかNHK臭がプンプンで、元側からの視点が多すぎであまりにも偏向的。 あと朝鮮通信使の実態も記述して欲しいな。 あいつら単なる徳川将軍の代替わりに来てた朝貢外交使だっただけだから。 大体、将軍の代替わりに「貢物」を持ってくると言うのは明らかに「朝貢行為」 以外の何物でも無い罠ww
500 :
日出づる処の名無し :2005/04/06(水) 22:44:45 ID:vzU3eHQx
>>498 何かもう明らかにその教科書を作成した奴らの中に半島人が入ってる事は
確実だよな。
それにしても、朝鮮征伐が侵略で何で元寇が遠征になるんだよ!!それこそ記述の
すり替えじゃねえかよ!!
だったら太閤殿下による2度の朝鮮征伐は2度の元寇に対する正当な「報復行為」
だと言えばいいんだよ。
501 :
日出づる処の名無し :2005/04/06(水) 22:47:05 ID:mOzzMA1A
>>500 日本は元に負けなかったからに決まってるだろ。
元に侵略されたとか行ってるおまえこそ、自虐的じゃねえか。
>>499 当時の「日本は唇滅びて歯寒し」をいう格言を知ってたんだと思う
(唇=南宋、歯=日本)
>>501 とすると、日本に負けなかった支那は侵略されたと言ってはいかんわけだな
>>503 あ、ホントだ・・・まあ、そういうことにしておけるといいのだけど・・・
侵略「他国に侵入してその領土や財物を奪い取ること」
ってなってるから、日本に領土を作れたわけでもなく、財物を奪って祖国に
持ち帰れたわけでもない元寇を侵略にするのはちと無理が無いかい?
まあ、対馬とかはひどい目にあったらしいけど、極一時的なものだし。
ポツダム宣言直後の北方領土については侵略でいいと思うけど。
>>486 日本は倭の別種也、旧唐書日本伝ですな。
大王は地元豪族の合議制組織の長にして最大勢力の持ち主であったと思うから、
国内のとある勢力、筑紫国造とかを倭の主体とみなせば、確かに別種也。
ところで、漢詩に造詣の深い486氏にお願いしたいことがあります。
頼三陽や乃木大将の漢詩や、乃木を称えた漢詩(ド忘れした…)等、
時代を感じる漢詩とそのコラムを掲載してほしい。
日本を感じるには和歌に限るが、東亜を感じるに漢詩に若くはなし。です。
個人的意見ですが。
>>487 ども。
>>489 なら、吉宗は啓蒙専制君主で。
>>494-495 遅レスすまん。
確かに重要な内容だと思います。何回も考えたけれど、思うところは2点。
1】政治的宣伝工作とは?
少なくとも自分の受けた学校教育においては、始皇帝の焚書、記紀の信憑性などで
時の政権の宣伝工作について学んだ記憶があります。
しかし、対外向け宣伝工作、特に外国から国内に向けての宣伝は学ばなかった。
確かに「嘘を嘘と(ry」は、歴史関連の情報収集においても大事な能力であることを教えなければなりません。
尤も、陰謀論の怖さと偏見助長の危険性も然りだと思います。
これについては、史実や史料とともに解析する姿勢を特に強調する必要があります。
戦中戦後の外国の宣伝工作については、私よりもこのスレの他住人の方がよほど詳しいかと思います。
>>494-495 2】史料の信憑性とは?
史料とキャプションや文章による印象操作を見破る方法については、
史料解析の方法や、史実との兼ね合いなどの分析手法を学ぶ必要があります。
あまり突っ込むと厄介だったりします。
上野の西郷の銅像が実物の西郷隆盛とは似ても似つかぬ代物だ、というのはどうやら史実らしいのですが、
かといって、国民が百年に渡り尊敬してきた西郷は銅像のイメージです。
同じく源頼朝像の正体が足利直義であるという有力な説、大化の改新の詔加筆説など、
史料が崩す日本史には枚挙に暇がありません。
このような事実を追求することで、大事な本論が学習できないのもまた問題です。
実に、微妙な兼ね合いを必要とする作業かと思います。
これは、俺のような門外漢の仕事ではなく、脱サラ院生氏のようなプロの方の教示に
お願いしたい案件だとダッシュで逃げたいと思います。
大事な案件だけに、ちょっと俺には荷が重い(藁
>>507 に関連して。
幕末の、特に草の根レベルの尊皇攘夷論は、鎖国を国体のように錯覚することに起因したりします。
彼らは、狩野派の洛中図絵の屏風に描かれた黒人など見たこともなく、
日本外史が貿易を取り上げなかった一点を以って、信じていたのです。
このように、史実とは別に、同時代人の意識のありかを追及するのも、
歴史にとって非常に大事なことであります。
その際、現代的な意識で誤解や偏見を与えないように工夫が必要です。
今、天皇を神と信じていた江戸時代の思想を渉猟しています。
神州日本を直感的に江戸時代人の理解で表現するのは、誠に難しい作業であります。
戦前戦中の理解でも、戦後の理解でもなく。あくまで江戸時代の理解とは何ぞや?
これもまた、
>>494 の示唆と似ているところがあります。
509 :
日出づる処の名無し :2005/04/08(金) 17:44:12 ID:dQ6jKuk8
歴史のみに限らず、教育がいかに重要かと言う事が明治維新を 見ると痛いほど解るよな。 松下村塾で学んだ伊藤博文、久坂玄瑞を初め、山県有朋、高杉晋作 坂本龍馬、大久保利通、西郷隆盛等綺羅星の如く討幕運動を進めて 明治維新を成し遂げた明治の偉人達はパワーが違うよな。 特に凄いのは討幕運動時の年齢の若さである。 西郷の40歳を上限に皆20歳代から30歳代と言う若さであのような思い切った 行動が出来たのだから何と言うか脱帽としか言いようがない。 それもこれもやはり、しっかりした教育を受けていたからあのような 国の現状打破をする行動が起こせたのだと思う。 特に久坂玄瑞は禁門の変を起こしたのがわずか24歳と言う若さ!! 凄いとしか言い様が無い。だからこそ今の日本もしっかりとした歴史教育を 教えないといけないんだとつくづく思うよ。 そのためにもまずは自分の国に誇りを持てる歴史教育をしないと絶対に ダメなんだと思うのでみんなで頑張りましょう。
510 :
日出づる処の名無し :2005/04/08(金) 18:02:24 ID:R1y4zEM2
511 :
日出づる処の名無し :2005/04/09(土) 08:52:18 ID:JNNX8rgc
>>500 あのNHKの番組は、
高麗の国王が、日本との戦争を主張したことを、まったく取り上げていないんだね。
なぜなんだろう。
512 :
脱サラ大学院生 :2005/04/09(土) 08:57:35 ID:q2++N+mh
最近忙しくしていたので参加できずにいました。スマン 先日伯父の葬式に参加して、「今どきの女子中高生(イトコの子たち)」と 通夜をともにして色々話す機会がありました。 カワイイ、いい子たちなんだけど、 はっきりいって歴史以前に社会科的知識が非常に希薄だと感じました。 特に地理がまるでなってない。 そこで、下の女の子(中二・歴史履修中)がキティちゃんが好きだというので 旅行好きな私がどこかに行ったら 必ず「ご当地キティちゃん」を買ってあげるかわりに それがどこのもので、どういう由来かを調べることを課題に出すことにしました。 ちなみにきのうまで小田原に旅行に行っていて、今回は 「伊豆の踊り子」「東海道五十三次」キティちゃんを買ってあげました(笑)。
513 :
日出づる処の名無し :2005/04/09(土) 10:20:02 ID:T5ubgQ8U
514 :
日出づる処の名無し :2005/04/09(土) 10:41:25 ID:oUzuIX2P
515 :
日出づる処の名無し :2005/04/09(土) 11:04:48 ID:T4wXAiAM
産経新聞昭和51年掲載 蒋介石秘録(執筆メンバー産経新聞主筆住田現社長) 全世界を震え上がらせた蛮行 日本軍はまず、撤退が間に合わなかった中国軍部隊を武装解除したあと、 長江(揚子江)岸に整列させ、これに機銃掃射を浴びせてみな殺しにした。 虐殺の対象は軍隊だけでなく、一般の婦女子にも及んだ。金陵女子大学内に 設置された国際難民委員会の婦女収容所にいた七千余人の婦人が大型トラックで 運び出され、暴行のあと、殺害された。 日本軍将校二人が、百人斬り、百五十人斬りを競い合ったというニュースが、 日本の新聞に大きく報道された。 虐殺の手段もますます残酷になった。下半身を地中に埋め、軍用犬に 襲いかからせる‘犬食の刑’、鉄カギで舌を貫いて全身をつるしあげる ‘鯉釣り’、鉄製のベッドに縛りつけ、ベッドごと炭火の中に放りこむ ‘豚焼き’―など、考えられる限りの残忍な殺人方法が実行された。 こうした戦闘員・非戦闘員、老幼男女を問わない大量虐殺は2カ月に及んだ。 犠牲者は三十万人とも四十万人ともいわれ、いまだにその実数がつかみえないほどである。 『倭寇(日本軍)は南京であくなき惨殺と姦淫をくり広げている。野獣にも似た この暴行は、もとより彼ら自身の滅亡を早めるものである。それにしても同胞の 痛苦はその極に達しているのだ』(一九三八年一月二十二日の日記) 南京に住む外国人たちで組織された難民救済のための国際委員会は、日本軍 第六師団長・谷寿夫にたいし、放火、略奪、暴行、殺人など計百十三件の 具体的事例を指摘して、前後一二回にわたって厳重な抗議を提出したが、 谷寿夫は一顧だにしないばかりか、逆に、血塗られた南京の状況を 映画やフィルムに収め、日本軍の‘戦果’としてほめたたえたのである。 ▼東京裁判の判決によると、南京で虐殺されたものは、一般人、中国兵合わせて すくなくとも二十万人以上、略奪放火された家屋は、全市の三分の一とされている。 また谷寿夫は一九四六年三月、南京郊外の雨花台で戦犯として処刑された▲
517 :
日出づる処の名無し :2005/04/09(土) 12:46:03 ID:xPvlgic/ BE:125587788-
韓国が何も自覚をせずに、大陸側に就こうとする態度は、極東地域の不安定化 を誘発する行為だ。日清・日露の両戦争は、不安定でだらしない半島が誘発し た戦争だ。半島が安定していればあれば起こらなかった戦争だ。 韓国は、日清・日露の両戦争を、歪曲捏造し「侵略戦争」などと言っている為に、 半島が大陸にむいた時に半島が疲弊・隷属して沈むことを忘れている。 半島が海側に就いた時に、海側からの支援により発展したことを忘れている。 韓国が「侵略戦争」と称しているのは「半島に来た」ということだけが根拠であ り、当時の帝国主義列強が争っていた時代の中で極東地域を巡り各国がどの様に 判断し、どの様に行動したのが重要であるのだが、その視点がない為に、矮小化 した「侵略戦争」という間違った理解をしている。この自分勝手な矮小化された 半島歴史観が様々な「歴史問題」の原因である。要するに韓国の理解で低すぎる のがこの問題の原因なのである。
理解できないやつに理解しろというのは無理。 そもそも、半島人は歴史上、現在の中国あたりに代々あった国に従属していた奴隷国家でしかなかったわけで、 いままで、存在しない状態を仮定した話は無駄ですよ。
>>506-508 >あまり突っ込むと厄介だったりします。
>史料が崩す日本史には枚挙に暇がありません。
(中略)
>このような事実を追求することで、大事な本論が学習できないのもまた問題です。
>実に、微妙な兼ね合いを必要とする作業かと思います。
確かに、その通りだと思います。自分自身の勉強不足と未熟さを痛感しております。
>>494 の文章で自分の限界を思い知りました。
氏の仰る通り、この件は、他の方に頼むのが良策だと思っております。
こちらこそ、遅レス申し訳ありませんでした。
それと、もう一つ、僕の通っている学校の一年生、二年生は全寮制になっており、
土曜、日曜にしか帰宅できず、レスが一週間に一度ほどしか出来ない状態です。
多分この教科書製作には殆ど参加できなくなると思います。
しかし、この「近代日本史教科書」が完成するまで、他の有志の方々同様に、
このスレを見守りつづけたいと思います。
今までの長文及び乱文、失礼しました。
>>485 遅レスになってしまった事お詫びいたします。
申し訳御座いません。確かに変でした。
htmlについてあまり知らなかったのであれから少し勉強し自分で何と
かフリーのテンプレートを参考に自分用テンプレート作れました。
>>512 ふう確かに最近の日本人は地理音痴歴史音痴が増えているみたいですね。
最近テレビでもやっていたようですが、結果はひどいものでしたね。
ちょっと思い出したので・・・
丁度百年前バルチック艦隊が日本に向かっているときのお話でつ
児島襄 日露戦争6P319より・・・
ー四月二五日
ー 前 略 ー
戦艦「アリョール」艦長シュウェーデ中佐は、それはロシアの歴史教育
の欠陥にあると判定した。
「歴史トハ、吾人ノ蒙昧ヲ啓発スル典籍ナリ」 # ところが*ロシアの歴史教授は、ただ「人名」「年代」「摘要の事実」 だけを生徒の「頭脳に注入」するだけで、「事実ノ真相」やその「帰納 の探求」をおろそかにしている。#その結果がバルチック艦隊の悲運をも たらしたのだ。と中佐は戦艦「アリョール」の戦時日記に特記した。 ロシアは、かつて不毛の地と見なして「黄金の産地」アラスカを米国に売 り渡した。 「此ノ愚ニ思到スレバ、吾人ハ国家発達ノ為ニ綿密ナル植民地政策ヲ樹 テ、世界ノ地理ニ目ヲ配リテ、常に先見ノ明ヲ養フベカリナリ」 ところが、海軍省も海軍軍人も日本との戦争を予期すれば、当然にア ジアに艦隊の給炭庫が必須になることに気づかず、あるいは気づいても なんの処置もしない。 ー 中 略 ー これは明らかにロシヤの「欠陥教育」の結果である、と、艦長シュウェーデ 中佐は嘆いたが、・・・・後略・・・・ ーーーー終わりーーーー
522 :
まとめ人らしい@245 ◆.jHnQPR3d2 :2005/04/11(月) 02:53:48 ID:0b40b7uH
##間の所なんか今の日本の歴史教育を見ているようだと思いました。 此を見たとき改めて歴史を勉強するという事の大切さが分かりました。 この「歴史トハ、吾人ノ蒙昧ヲ啓発スル典籍ナリ」がこの巻を読んでいて 一番心に残った一言であります。 この巻には日本海海戦序盤戦もあるのに・・・ これは明らかに日本の「欠陥教育」の結果である。 といったような言葉そろそろ日本でも聞かれそうですね。(モウイッテイルカ・・・)
事象にはすべからく原因があり、必然の積み重ねこそが結果である。 と、するならば。 歴史を学ぶこととは、すなわち、過去の事例を鑑みて現在を生きることである。 歴史教育が単なる記憶作業に陥ってしまっているからこそ、興味をもたれないのですよね。 どうして大陸に進出しなくてはならなかったのか、どうして世界で孤立して行ったのか。 歴史認識問題はともかく、日本人が歴史に対して不勉強(言ってみれば無責任)であるという謗りは免れますまい。
524 :
日出づる処の名無し :2005/04/12(火) 15:16:01 ID:+eBrnFCK
素人ながらのお願いなのですが 大東亜戦争の記述に関しては日本の立場を十分に書いてもらってもいいと思うのですが この先、太平洋戦争を書くときに 日本の立場ばかりではなく 日米間で戦争が起きたのはしょうがないことであること等 多角的な視点から書いて欲しいと思います。 悪まで教科書を作るという気持ちなので 日本の立場を主張しすぎて ヘンに反米に繋がるのもマズイと思うので・・・ 太平洋戦争と現在の日米関係やこれからの日米関係が とても重要であるなどという内容に繋げてもらえればと思います 皆さんの知識の豊富さに感銘を受けながら レスを読んでいます 駄文失礼しました
525 :
日出づる処の名無し :2005/04/12(火) 15:59:31 ID:yoN23CWV
おまいら明治天皇御製を読んでみろよ。 最近は内容を誤認した物ばかりだし。 取り敢えず、明治天皇御製を手に入れるべき。
526 :
日出づる処の名無し :2005/04/12(火) 16:13:49 ID:odnAV32X
「植民地解放(植民地の反乱を誘発)」ってのは、 経済的な必要に迫られた日本の選択であり、 戦略上の手段にすぎないから、 どっちが正義とか悪だとか、 有権者向けの大義(プロパガンダ)とは関係無いし、 それでもめることは無いと思うけど。
大義と戦略は微妙な関係を持っていると思うけど。 戦略上だから大義ではない、なんてことありえないよ。 大義に則った戦略の構築は当然あるし、 逆に、大義を無視した戦略の構築もありえないわけで。
それに大東亜会議では、明らかに大義として植民地解放がかかげられているから 周辺諸国との関係上でも、歴史的事実として大義であったし、戦争する上で経済上、 軍事上で戦略でもあった、というのが史実であろう。 戦略か大義か、という問題でもない。
529 :
日出づる処の名無し :2005/04/12(火) 20:56:37 ID:K5flPXav
>>528 それはもう政治であって歴史ではない希ガス
530 :
日出づる処の名無し :2005/04/12(火) 23:34:31 ID:3SmnkVwZ
頼む藻舞ら。 山川の歴史教科書の記述の変遷をまとめているサイトが見つからない。 前に見たんだが全然見つからない。 知っている人よ教えてくれ。マジで探している。
よいスレですね。 最近、自虐史観以外に自分が歴史を嫌っていた理由があるのだろうかと考えてみました。 参考になれば幸いです。 1)まず、無機質であること。これは編年体がどうしても紀伝体よりも劣る点ですね。 やはり、人物には感情移入できるけど、事件には感情移入しにくい。 今現在、この形であるのは数多の先人が考え抜いて行動した結果だという認識を持てば、自然に日本人であることを誇りに感じることが出来るはずです。 副読本には、その人物の写真やその人が果たした歴史的役割を、何故その人が担うことになったのかを紹介してみてはいかがでしょう? 2)中国以外の世界情勢がほとんど影響を及ぼさなかった近代以前と比べ、世界との関わりを抜きにして近代以降の歴史は語れないと思いますので、従来の「日本限定」記述にこだわる必要はないと思います。 例えば、不凍港獲得がロシアにとっていかに切実な問題であったかというのは、地図で認識させておくと、クリミア戦争に敗れたロシアが極東に乗り出したことが理解しやすくなるでしょうし。 副読本には、各国ごとのミニ通史(大航海時代以降ぐらい)を掲載しておくと、各国が何故、その時期にそのように日本史に登場するかが理解しやすいのではないでしょうか。 438さんが言われているような視点中心の記述でよいと思います。 3)そもそもの教科書紛争の発端とも言えるプロパガンダ対策ですが、第二次大戦中の日米間で広げられたプロパガンダ合戦などを、当時の社会状況という項目でのせるのは どうでしょうか? あれだけ激しかった第二次世界大戦当時でも、日本に対する南京大虐殺なんて米国が飛びつきそうな事件は無視されたことを指摘すれば効果的だと思います。 なんら寄与もできないのに、えらそうなことだけ言ってすみません。
532 :
日出づる処の名無し :2005/04/14(木) 20:39:31 ID:ByoLgq4l
高野岩三郎って、いわゆるアカ?
>>529 おいおい、ガキみたいなこと言うなよ。
そもそも、政治抜きで歴史が語られることがあるかい?
とくに、全体主義国家にとって「歴史」とは、己を正当化する唯一の手段だよ。
534 :
日出づる処の名無し :2005/04/17(日) 16:42:20 ID:HPl6ZcL9
保守
アイヌ人・縄文人はYAP+ 白人もYAP+ 中国人・朝鮮人・弥生人はYAP− アイヌ人は白人に近縁で、弥生人や朝鮮人とは全く異なる人種。 ちなみに東アジアで日本人のみが特別に優秀で成功してるのは、 アイヌ・縄文系の血統を受け継いでいるから。
536 :
日出づる処の名無し :2005/04/20(水) 23:24:51 ID:/WJFSlE7
文が滅茶苦茶だと思いますが。 開国編 天保15年(弘化元、1844)、オランダ国王は文書で幕府に開国を勧告したが、幕府は勧告を謝絶した。 19世紀中頃アメリカはその領域を太平洋沿岸に広め、更に支那に直通航路を開いて貿易権をを獲得 しようとし、遂に清国政府と通商條約を結んだうえ、太平洋の捕鯨会社を起して、その事業が大きく なって行くにつれ、日本に寄港地を求め、開国を促そうとしていた。 天保15年(弘化元、1844)、オランダ国王ウィリアム二世は、文書で世界形勢の推移 を説きしきりに幕府に開国を勧告したが、幕府はこれを黙殺していた。 1846年(弘化3)年アメリカのピッドルが軍艦2隻を率い浦賀に通商を求めやってきたがこのときは、 は開国しなかった。1852(嘉永5)年幕府はオランダからアメリカ東インド艦隊提督ペリーが通 商を求め江戸にやってくると予告されていたが老中たちはこれを握りつぶしなんの方策も採らなかった。 そして1853(嘉永6)年6月(陰暦)オランダの予告通りペリー率いる2隻の蒸気船と2隻の帆 船がアメリカ大統領フィルモアの親書を携え浦賀に現れた。 幕府は、慌てて江戸近海の防備の必要を感じ、品川に砲台を築き、諸藩に江戸近海の防備を固めさせた。 庶民も黒船の砲声に驚きいつ攻めてこられるのかと動揺した。黒船によって泰平の眠りからさまさ れたのである。 浦賀奉行が久里浜でペリーと会見し修好通商を求めるフィルモア大統領親書を受け取るが、事 態重大な為日本側の返事がすぐには出来ない事を伝えると、翌年春再び来る事を伝え日本を去った。
537 :
日出づる処の名無し :2005/04/20(水) 23:25:24 ID:/WJFSlE7
ペリーと入れ違いに7月にロシアのプチャーチンが、千島、樺太の国境の策定と通商を求め艦隊を 率い長崎に訪れた。幕臣川路聖謨らが応接に当たり領土に関しては択捉島は日本領、樺太は実地調 査の上で再協議すると言う事、また通商に関しては他国と国交を結んだ際ロシアにも同条件を許す という事で、再び来訪すると言い去った。 老中阿部正弘は、朝廷にこの事を奏上し、諸藩にも意見を聞いたが、この請求を拒絶すべしという 意見が大勢を占めたが、防衛策もまとまらず幕府は路頭に迷っていた。 そしてペリーが翌年2月(旧暦1月)軍艦7隻を率い再びやってきた。老中阿部正弘は開国を決 意し3月日米和親条約(神奈川条約)が結ばれた。それを聞きロシアのプチャーチンもディアナ号 で再び日本に来て下田にて和親条約を結び、択捉島は日本領土、樺太に関しては両国の雑居地とす る事になった。 またイギリス、オランダともほぼ同内容の条約を結んだ。
538 :
日出づる処の名無し :2005/04/20(水) 23:33:28 ID:ZV66OMBu
ここで作った教科書が一番公正なものになりそうだぜ
やはり、まともな資料にするには、写真、一次史料などが必須だと思われ。 それらを共有するファイルフォルダとか欲しいな。 簡単に消すことができないサービスで。
なんか感動した。スゲー奇麗に仕上がってるね。
543 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :2005/04/22(金) 00:07:14 ID:1TY9ibVe
>>524 私見ですが。
少なくとも自分は愛国教科書を書いているつもりは毛頭ありません。
むしろ、思想によって隠蔽され、あるいは単純化された日本史観に鉄槌を下し、
史実を丹念に追いかけて行きたい、当時の日本人のナマの声を知りたい、と思っています。
受験に強く、自虐はしない、偏向もしない、そんな本物の国史であれかし。それが願いです。
だから、この教科書を読んで共産主義者や反日家が育つことも止む無し、とさえ考えています。
逆に、この教科書を読んで反米主義者が育とうとも、国粋愛国主義者が育とうとも知ったこっちゃありません。
それは、その人の感性と学習の深化のプロセスによるものだと思います。
で、今、江戸時代の思想史に難渋してる訳ですが、なぜに難儀かというと、
やはり、 日 本 は 神 の 国 だったんです。これを外して日本の思想史はあり得ない。
これを思想的に偏向せず愛国教科書にならないように記述するのがひどく難しいのです。
544 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :2005/04/22(金) 00:10:43 ID:ZnK+0oh/
545 :
脱サラ大学院生 :2005/04/22(金) 00:19:51 ID:JXNJpl2a
ぬああ!?
しばらく多忙で目を通せずにいたのですが、
ココまで進展しているとはっ!
>>540 さん、本当にありがとうです!
自分の文章があんなリッパな形になってしまっていて
うれしいやらこっぱずかしいやら。
546 :
日出づる処の名無し :2005/04/22(金) 00:45:08 ID:6+vvZKtj
これマジで出版できないかな?
547 :
まとめ人らしい ◆.jHnQPR3d2 :2005/04/22(金) 01:22:51 ID:dGxwgpnW
>>542-545 お褒めにあずかり恐縮です。
これ一太郎に本文をコピペして写真貼り付け画像で出力したものなんです。
取りあえず、どんな形になるか自分も見たかったのでやってみました。
>>543 >やはり、 日 本 は 神 の 国 だったんです。
八百万の神のです?
是非とも概略なり御教示頂きたいです。
549 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :2005/04/22(金) 01:58:02 ID:ZnK+0oh/
>>548 事態はもっと深刻です(藁
神道の初出が書紀の用命天皇の条における「天皇信仏法尊神道」であることが有名なように、
神道は常に、こういう形で外来思想や外来宗教に対する、日本古来の思想・宗教という対立概念として登場します。
従って、天下国家を考えた宗教や思想の巨人たちは、最澄・空海から北一輝まで、
皆、神道を外来思想のなかで消化しようと試み、あるいは神道のなかに外来思想を位置づけようと試みる。
そして、これを成し遂げた多くの巨人が異口同音に「日本は神国なり」と断言するのです。
勿論、その根拠は天壌無窮の神勅であったり、八百万の神の世界観だったりするのですが、
根拠と結論だけ提示されても、その実態たるやさっぱり分からん。
日本は神国であることから論が出発し、日本が神国であることに論が帰結している訳ですから、
各々の思想体系の個性を叙述することは叶っても、どのように日本が神国なのかが説明できない。
困った現象です。しかし、これは個人的に超克しなければいけない課題です。
550 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :2005/04/22(金) 02:03:59 ID:ZnK+0oh/
つづき。 敢えて巷に溢れるベタな結論を申さば、 日本という国家は、神話世界から断絶することなく続いており、 日本の人民もまた、神話時代の信仰や価値観を持ち続けているので、 日本は神の国という捉え方ができる。と、このようになります。 よく分かりません。 また、上記の説明では 日本が神国だから、大東亜戦争期の強固な国家社会主義的な戦時体制が可能になった訳でもなく、 日本が神国だから、明治後期以降の大国意識が生じた訳でもない。 日本が神国だから、前近代的な(と進歩主義者が指摘する)社会制度がある訳でもなく、 日本が神国だから、世界に覇を唱える宿願がある。 ってな、戦後、神国日本否定論の論拠を否定するに足りず。
551 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :2005/04/22(金) 02:19:54 ID:ZnK+0oh/
はっきり言って、マヤ・インカ文明やユダヤ文明、ゲルマンやケルトやバイキングの神話を持ち出すまでもなく、 神話世界が民族文化や国家体制に直結している例は世界にゴロゴロしており、 その多くが、自らを神の民と自認し、自らの国を神の国と礼賛しているのであります。 神国日本論が日本思想史上繰り返し語られてきたことは、 実に日本が文明圏として独立している証でもあるのです。 ただ、この「ありふれた神国論」が、外来文明の挑戦にしぶとく耐えた理由を、 史料の裏づけをもち、客観的批判に耐えうる記述とするには一介のサラリーマンには困難な課題ですし、 特に、日本史を語る上で決して避けて通れない、重要な難問、 神国論が昭和維新思想においての消化されるプロセス(と、江戸思想の関係)については、 もはや、「仕様書のないプログラムのバグ探し」に近い作業となっております。 愛国偏向記述で良ければ、簡単に書けちゃうんです。 戦後民主主義史観に沿うと、間単に書けちゃうんです。 でも、江戸の神国思想と明治のソレと昭和のソレは繋がってるけれど別物です。 ああ、それを高校学習範囲でうまく整理する技量がほしい。
>>548 悩みは人に話すのが良いですね。
おかげで、少し突破口が見つかった気がします。レス、ありがとうございました。
老中阿部が早逝しなかったら、幕府が延命し、維新並みの改革が実施された上に 日本人古来の伝統もより多く残された というのは、実際的には難しいだろうな あれだけ欧米吸収邁進したればこそ、列強枠に奇跡的なくらいに早期に入ったわけで、 やはり徹底せずに行けば、速度も遅れたように思う 幕府中心のままの慶喜路線で行ったら、独立は保てて海外発展(進出)は消極的だった、 というような都合のいい想定は難しかったろうかな
554 :
日出づる処の名無し :2005/04/22(金) 02:51:09 ID:cOu8KKEj
すごく勉強になります。 高校で日本史を選考しましたが明治維新以降はスゴイ勢いで走り抜き、大学では国文学を学びましたが卒論は中世文学だったので。 その代わりに何故か左寄りの高校だったので3か月近く掛けてマレーシアの歴史(もちろん自虐史)を教えられました。 そんな私で知識も無いので執筆には参加出来ませんが影ながらスレを追わせてもらおうと思っています。 もし紙媒体にすることがありましたら是非購入したいと思っております。 売れればなりふり構わない出版社への売り込みとかすれば、教科書問題や反日で盛り上がっているので出版してもらえる可能性もあるのではないかと思います。 その際、校正などが厳しく為される可能性があるのでその点は注意が必要かとは思いますが……
555 :
正統市民派 :2005/04/22(金) 03:21:04 ID:Wq2fWUnH
へ?日本がアジア侵略?なにそれ ☆朝鮮双方の合意で平和的に合併 ☆満州、満州族の清の皇帝溥儀と清朝臣下による国家建設サポート(ジョンストン卿の証言) ☆東南アジア・インドでは植民地支配の欧米列強と交戦(タイとチベット以外は植民地) ☆日中戦争は英米が背後にいる蒋介石の国民党に戦争を仕掛けられやむなく応戦・防衛戦争 開戦責任日本に無し(あの東京裁判でも日本の開戦責任を立証できなかった) ついでに ☆真珠湾攻撃は先制攻撃でなく既に 日中戦争にアメリカの正規軍がゲリラとして入っていました。 アメリカの上院で証言がでています。 中国を物資と軍によって支援した時点で国際法的には中立ともいえません。 日本対して先制攻撃をしたのはアメリカです。 日本はアジアを侵略してません! みなさん正しい知識を持ちましょう!
556 :
日出づる処の名無し :2005/04/22(金) 03:45:48 ID:5svtU4sz
>>555 >☆日中戦争は英米が背後にいる蒋介石の国民党に戦争を仕掛けられやむなく応戦・防衛戦争
休戦協定を日本が批准したとかじゃなかったっけ?
>開戦責任日本に無し(あの東京裁判でも日本の開戦責任を立証できなかった)
当時の責任者、近衛文麿が自殺してるからね。卑怯な逃げ方だよ。
右にしろ左にしろ偏向教育は良くないよ。
あと、この板初めてなんだけど、名無しにもなってる「日出る〜」は
倭国から隋に送られた国書で日本は一切関係ない。念のために指摘しておく。
(釣りか?とも思ったが、変な書き込みが多い板なので知らない人もいるのかと)
557 :
正統市民派 :2005/04/22(金) 03:54:54 ID:Wq2fWUnH
>>556 ちなみに隋や唐はシナ人(漢民族)の国家じゃないそうです。
シナ人の王朝は4000年のうちの1000年くらいだと聞いています。
558 :
日出づる処の名無し :2005/04/22(金) 07:03:55 ID:5svtU4sz
>>557 支那人=漢民族なんて認識は始めて聞いたな。低学歴右翼の間ではそうなってるのかい?
559 :
日出づる処の名無し :2005/04/22(金) 07:10:18 ID:U6vlCUq9
どうでもいいこと言わせてもらうが、いくら自虐史観の教科書が氾濫しようが、それに気付く 奴は気付くし、気付かない奴は日本史で習ったことなど覚えてない。
>>558 『漢民族は支那人』だといいたいんだろ。
隋、唐は異民族王朝だから支那人支配ではないと。
ごく一般的な中国理解だと思うが。
逆に、『支那人は漢民族』では意味がまったく違ってくるだろ。
まあ、そこらへんのニュアンスの違いがオタクに理解できるかわからないけどw
つーかね、もすこし相手の発言理解するために頭の融通聞かせろよ。
相手の発言曲解してイチャモンつけてなんか楽しいわけ?
>>邪馬台国侍さん このスレをざっと読んでみたけど、アナタ凄いよ。 ちゃんと文書化されたら購入して読んでみたいですね。 私はかの「つくる会」の一般会員ですが、自虐史観を廃し史実を 忠実に追っていった歴史教科書ならば、同じように応援したいと 思います。 是非とも実現させてください。
資料作ったら、まとめ人さんにオクレバよいの?
>>556 >>『日出〜』云々
自分そういうのに全然詳しくないんだけど、今って九州王朝説が有力なの?
564 :
まとめ人らしい ◆.jHnQPR3d2 :2005/04/22(金) 15:00:17 ID:dGxwgpnW
565 :
正統市民派 :2005/04/22(金) 15:11:10 ID:Wq2fWUnH
>>558 この手の左翼には迷惑ですねえ
低学歴とか平気で争いを招く言葉を吐くくせに
人権とか平和とか言う
私のような平和主義真の地球市民を目指す左翼に
迷惑をかけんでくださいよ。
自殺したからといいって立証しようとおもえばできたでしょうにね
偽証も何もとわれない 裁判のとは名ばかりの制裁でしたからねえ
こうやって問題を微妙に摩り替える馬鹿左翼が右翼とけんかして
裏で真の平和主義者がきづつくのですよね。まったく困ったものです。
566 :
正統市民派 :2005/04/22(金) 15:13:32 ID:Wq2fWUnH
ロシア (ソ連) 1920.5.24 ニコラエフスク事件 樺太対岸都市ニコラエフスク市で共産ゲリラ(ロシア人、支那人、朝鮮人)4千名以上が町を支配、人民裁判でロシア人数千人を虐殺処刑。 日本人抵抗するも700人を惨殺。死骸を黒竜江に投げこむ。 一部収監されていた施設の壁には血が飛び散り、 辞世「昨日は他人と思えど今日は我が身にかかる」などが残されていた。 日本軍救援でゲリラは逃走。津野司令官は「我が同胞は一人残らず死にました。 同情に.耐えません。ただその中に一人として卑劣な行いも無く、 最後までいさぎ良かったことだけは嬉しいです」と涙を浮かべて語った。 戦後ソ連の左翼がマスコミを支配したため日本の歴史からは消されおり、 復活が必要です。
567 :
正統市民派 :2005/04/22(金) 15:13:53 ID:Wq2fWUnH
ソ連 1945.8 満州、樺太、 千島侵略 中立条約を侵犯。婦女子に強姦殺害略奪。その冬満州では邦人24万人が死亡。さらに日本人男子60万人を奴隷として抑留酷使。6万人以上が殺された。
568 :
正統市民派 :2005/04/22(金) 15:14:43 ID:Wq2fWUnH
米国 1945.8 原爆攻撃 ルーズベルト政権の対日政策の誤りをトルーマンが実行。長崎広島 30万人の大虐殺。 後に公開された文書により人体実験であったことが発覚
569 :
正統市民派 :2005/04/22(金) 15:15:19 ID:Wq2fWUnH
支那 1927.3 南京事件 1912年の清朝滅亡で支那本土は無政府となり軍閥軍が抗争を続けていた。 蒋介石の軍閥軍南京通過時に日本人を殺害、婦女子を強姦。
570 :
正統市民派 :2005/04/22(金) 15:16:04 ID:Wq2fWUnH
支那 1928.5 済南事件 蒋介石の軍閥軍済南市通過時に日本人多数を虐殺、婦女子を強姦虐殺。 「死骸をみたが酸鼻の極みだった。手足を縛り、手斧で頭部、面部に斬撃を加え、滅多切り、婦女子は陰部に棒が挿入されている。 あるものは焼かれて骸骨化し、白足袋で日本人と分かる始末。・・・」 南京駐在武官佐々木中佐の手記。「井上邦太郎:両眼球なし(目をくりぬかれた)。他虐殺状態」日中共同犠牲者検視記録。
571 :
正統市民派 :2005/04/22(金) 15:19:30 ID:Wq2fWUnH
支那 1937.7.29 通州事件 中国軍3千が北京近郊の通州で日本人居留民300名を惨殺。 病的で残忍な虐殺は獣の仕業に劣る。 1937.12の西安事件で共産勢力に日本攻撃を約束させられ蒋介石は半年準備して 1937.7盧溝橋事件から矢継ぎ早に日本人を攻撃。 日本人を怒らせ大陸の戦争に引きづり込む狙いがあった。
572 :
正統市民派 :2005/04/22(金) 15:20:46 ID:Wq2fWUnH
573 :
正統市民派 :2005/04/22(金) 15:21:48 ID:Wq2fWUnH
韓国 1952 李承晩ライン事件 韓国が勝手に海上に規制区域を設け日本漁船を拿捕。多数の船員を抑留。日本は左翼の邪魔で国防が出来ず泣き寝入り。その後国交で釈放さる。 北朝鮮 2004以前 拉致事件 日本公安警察の調査では数百名が拉致されている可能性があるという。 生還したのはほんの一握りである。 原因は日本の国防治安の欠陥。 朝鮮 1945 敗戦時の略奪暴行 満州、朝鮮地域では日本が敗戦すると朝鮮人が反乱を起こし、日本人を狙った略奪、暴行事件が多発し多くの日本人が殺されました。
574 :
日出づる処の名無し :2005/04/22(金) 20:46:52 ID:CypM5EEh
>>560 (^з^)<プーーーッ
>『漢民族は支那人』だといいたいんだろ。
どうやったら、そんな風に読めるわけ?
そもそも「漢民族」って言葉自体19世紀以降にできた言葉でつよ?
あの始皇帝も白人であったと伝えられる中国で何言ってんだかな〜w
まったく、右翼を名乗るくせに日本史について知らない理由も頷けるな。
もまいら低能に愛国者気取られてこっちは迷惑してんだよ。
>>574 >>『漢民族は支那人』だといいたいんだろ。
>どうやったら、そんな風に読めるわけ?
支那人=漢民族とは読めたのに、
漢民族は支那人とは読めなかったとは、
さすが”自称”高学歴でつねw
つーか、だから何?って感じなんすけどw
余計なことゴチャゴチャいっているけど話には関係ないよねw
縄文人も弥生人も日本名のったわけじゃない。
百済と新羅は朝鮮と名のったわけじゃない。
じゃあ縄文が日本と関係ないのか、
百済や新羅が朝鮮と関係ないのか。
いや、いいんだよw
お好きなようにw
576 :
日出づる処の名無し :2005/04/22(金) 21:43:35 ID:CypM5EEh
>>575 さて、捨て台詞を吐いたところ心機一転、机に向かって勉学に励みましょう。
また分からないことがあれば遠慮なく質問して欲しい。
578 :
日出づる処の名無し :2005/04/22(金) 21:56:50 ID:CypM5EEh
おまい思い込み激しすぎw それにイイガカリつけたりレッテル貼ったり、 そればっかw
580 :
日出づる処の名無し :2005/04/22(金) 22:06:20 ID:CypM5EEh
カマって君かよ。。。まあ、俺は頼りになるお兄さんタイプなんだろうな。 また今度遊んでやるから今日はもう寝たまえ。 (まあ、ID検索でもして粘着してくれても構わんがね)
582 :
日出づる処の名無し :2005/04/22(金) 22:15:10 ID:CypM5EEh
>>581 う〜ん、お兄さんスッゴク悔しいよ。
何しろ、論破なんてされたの初めてだからね。
君は天才かも知れないなぁ。
583 :
日出づる処の名無し :2005/04/22(金) 23:25:59 ID:uz3QLEyu
くだらねぇな。侍氏光臨きぼんぬ。 粘着を打ち砕いてくれっ!
584 :
日出づる処の名無し :2005/04/22(金) 23:36:15 ID:Pgov3Be6
大震災のときに朝鮮人は井戸に毒を入れた これもはずせないだろ
585 :
日出づる処の名無し :2005/04/22(金) 23:37:56 ID:uz3QLEyu
きもい粘着うざい
586 :
日出づる処の名無し :2005/04/22(金) 23:49:09 ID:dNth3urU
「清国」はダイチン(C)と表記するのは如何?
587 :
日出づる処の名無し :2005/04/23(土) 00:00:43 ID:8VQBGcR/
∧∧ ∧_∧ ∧_∧ ∧_∧ /支 \ _( ´∀`) <`∀´ ><`∀´ >(`ハ´ ) 三(⌒), ノ⊃ ( ★ )( )( ((( ) てめーらのせいで  ̄/ /) ) | | | | | |. | | | . 〈_)\_) <__<___)<__<___)(__(___) ∧∧ ∧_∧ .∧_∧ ∧_∧ /支 \ ( ´∀) <`∀´ ><`∀´ >(`ハ´ ) ≡≡三 三ニ⌒) ★ .)( )( ((( ) 犯罪が激増して・・・ / /) )  ̄.| | | | | |. | | | 〈__)__) <__<___)<__<___)(__(___) ∧∧ ∧_∧ ,__ ∧_∧∧_∧./ 支 \ ( ´)ノ ):;:;)∀´>:;:;)∀´>:;:;)ハ´) /  ̄,ノ'' ★ ) ) ((( ) 日本の治安が悪くなってんだよ!! C /~ / / /, / /, / / / / 〉 <__<__./.__<__./.__(__./ \__)\) ヽ l / / ∧_∧(⌒) ―― ★★★ ――― ( ) /|l / / | \ 国へ帰んなクズ共!! (/ ノl|ll / / | \ (O ノ 彡'' / | / ./ 〉 \__)_)
588 :
脱サラ大学院生 :2005/04/23(土) 00:05:03 ID:+TvHuJa3
>>578 「過ちて則ち革むるを憚ること勿れ(『論語』)」
間違っていたことに気づいたらそれを即座に訂正することを
ためらってはいけない、ということですが、
「豹変」とはそういうことではないんですか?
>>588 そうだとリンク先に書いてあるだろ。なぜワシに一々確認する?
なにがやりたいんだ・・・・
578 名前: 日出づる処の名無し 投稿日: 2005/04/22(金) 21:56:50 ID:CypM5EEh
こっそりsageで言われてもな。
589 名前: 日出づる処の名無し【 [sage] 】投稿日: 2005/04/23(土) 00:51:34 ID:HfDfDNlN
>>588 そうだとリンク先に書いてあるだろ。なぜワシに一々確認する?
591 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :2005/04/23(土) 04:07:41 ID:KWN4/LmR
>>563 いや、彼の場合それ以前の問題。
>>556 >あと、この板初めてなんだけど、名無しにもなってる「日出る〜」は
>倭国から隋に送られた国書で日本は一切関係ない。念のために指摘しておく。
倭国と日本を別に捉えるのは旧唐書による説だと思うが、
原本は下記のようになっている。
日本国者倭国之別種也。以其国在日辺、故以日本為名。
或曰、倭国自悪其名不雅、改為日本。或云、日本舊小国、併倭国之地。
即ち、旧唐書の編者か、旧唐書の種本自体にも諸説があって、
倭国が日本に改名したのか、日本が倭国を併呑したのか、明らかにされていない。
この時点では、倭国と日本が【一切関係がない】と断言するのは不適切な解釈です。
592 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :2005/04/23(土) 04:13:14 ID:KWN4/LmR
さらに隋書倭国伝において、倭国の話題が阿蘇に留まることを以って倭国を九州に限定してしまうのも、
推測レベルのお話であって。
仮に、外国の賓客が京都御所にて天皇と謁見し、その見聞のみが記録に残った場合、
君は、史書から現在の日本の首都が京都だと断じてしまうのか?
>>556 >あと、この板初めてなんだけど、名無しにもなってる「日出る〜」は
>倭国から隋に送られた国書で日本は一切関係ない。念のために指摘しておく。
念のために指摘しなければならないほど、高所に立ってモノを言うには、ちょっとしんどいです。
そうした学説も存在します、程度で留めるのが正しい指摘のあり方ではないでしょうか。
593 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :2005/04/23(土) 04:25:21 ID:KWN4/LmR
>>574 19世紀に生まれた漢民族の歴史的連続性の概念を機軸として、中国史を解明した結果、
隋唐が漢民族の王朝ではなく異民族王朝であった、というのは学界の定説であって。
つまり、19世紀に出現した漢民族概念が、隋唐を異民族王朝と捉えていて、
7〜9世紀当時に隋唐が異民族王朝だという明確な意識があったかどうか、は、
また557氏のいう漢民族王朝の話題とは、論点がズレてるのです。
よって、557氏の論旨を否定して低学歴と痛罵するには、中国史の賢人、
宮崎市定を論破できるほどの証拠を提出してからにして頂きたいところなのです。
594 :
日出づる処の名無し :2005/04/23(土) 05:39:25 ID:HfDfDNlN
>>591-592 まあ、その話は煽り半分だ。
しかしながら、紀記編纂時に過去文献の焚書を行っていること、
宮内庁が陵墓(天皇の墓)の学術調査を一切認めていないことなどからも、
倭国と日本の連続性は全くないと見て間違いないと睨んでいる。
>>593 の書き込みに関しては、「馬鹿?」としか言えない。
隋、唐どころか秦や清も漢民族王朝ではないことなど周知の事実。
(おそらく、ここでの漢民族王朝とは劉家由来のものが統治していた王国<漢や明>を指していると推測。
そもそも漢族というのは漢文文化を共有するものの総称で人種ではないw)
また、秦に至っては白人の王朝であった可能性まで指摘されている。
(紀元前の時代、中国西部が白人の居留地であったことは考古学的研究で証明されている。)
まあ、何を得意げにそんな稚拙な知識を披露しているのかさっぱり分からないな。
今一度過去ログの流れを検められては如何だろうか?
どんな偉い学者さんが出てくるのかと楽しみにしていたのだが、
せいぜい三流の社会学部か経済学部を出た程度の半可通右翼っぽいな。
595 :
日出づる処の名無し :2005/04/23(土) 05:53:54 ID:HfDfDNlN
といったところで半可通の右翼馬鹿(こばの漫画wにでも洗脳されているのだろうな)の 歴史誤認をビシバシ指摘するというスレの本題に戻ろうか。 また、それを通じて真の愛国精神というものを叩き込んでやる。 勤皇の志士として貴様らのようなウジ虫が右翼を騙るのは我慢ならんからな。性根を叩き直してやる。
>>594 >おそらく、ここでの漢民族王朝とは劉家由来のものが統治していた王国<漢や明>を指していると推測。
へえ、朱元章って漢の高祖の血を引く劉家由来のものだったんだあ
知らなかったなあwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
597 :
日出づる処の名無し :2005/04/23(土) 06:19:55 ID:HfDfDNlN
>>596 悪いな。洪武帝と劉邦はよく類似性が指摘されるから一瞬思い違いをしてしまったよ。
まあ、それでも煽りしか出来ない君よりはマシだがね。
>>594 の書き込みに関しては、「馬鹿?」としか言えない。
まあ、何を得意げにそんな稚拙な知識を披露しているのかさっぱり分からないな。
今一度過去ログの流れを検められては如何だろうか?
どんな偉い学者さんが出てくるのかと楽しみにしていたのだが、
せいぜい三流の社会学部か経済学部を出た程度の半可通右翼っぽいな。
599 :
日出づる処の名無し :2005/04/23(土) 08:02:04 ID:HfDfDNlN
はい、コピペされた段階で俺の勝利確定ね。 では、「右翼」の看板は頂いて帰るから以後君たちは右翼を名乗らないように。
>>599 はいはい。わかったから、右翼なボクチャンは帰ってね。
数レスの投稿で、三箇所以上間違いや勘違いを指摘されてるようなバカのクセに態度がでかい。
>歴史誤認をビシバシ指摘するというスレの本題に戻ろうか。
お前の間違い探しをするスレじゃない。とっとと消えな。
威張るのはいいから、どっか1章分くらい書いてから威張れよ。 正統派右翼さんよ。 あんた威張り散らして勝利宣言して逃亡するのが必勝パターンかい?
602 :
日出づる処の名無し :2005/04/23(土) 16:43:29 ID:hSrypqFm
悪いけど、君たちが右翼や愛国者を名乗るなど片腹痛いから何度でも来てしまうだろうな 初めから「頭の悪い売国奴です」と名乗れば文句はないのだけどね。 君たちのような右翼・愛国者を名乗る売国奴は社会のために殲滅されるべきだ。(左翼売国奴も然り) 日本人の誇りと英霊たちに誓って。
>>602 能書きはもういい。
ここの執筆者たちは右翼等とは名乗ってないから。
ごめんね。さようなら。
>>594 >まあ、その話は煽り半分だ。
後から何を言ってんだか。こちらも念のため指摘したまでのことゆえ。
>隋、唐どころか秦や清も漢民族王朝ではないことなど周知の事実。
じゃ、
>>557 氏の趣旨と同じではないか。
>何を得意げにそんな稚拙な知識を披露しているのかさっぱり分からないな。
はいはい。支那人と漢民族という19世紀的概念において、
>>557 氏の認識に誤りのないことを指摘したまで。
宮崎市定の史学を「稚拙な知識」などと言ってしまう君に乾杯。
>どんな偉い学者さんが出てくるのかと楽しみにしていたのだが、
2ちゃんで何を期待してるんだか(禿藁
>せいぜい三流の社会学部か経済学部を出た程度の半可通右翼っぽいな。
>>600 氏の指摘通り、君は日本語不自由で軽率な書き込みを繰り返す馬鹿にしか見えん。
ところで、なんだか、右翼だの愛国だのうるせーけど、
こちらは
>>1 氏の趣旨に沿って極東板の議論を踏まえた教科書づくりをしているだけ。
先祖が何を思い、何を考え、どう歴史が紡がれて来たのか。
>>521-523 の諸氏の言う歴史学習の大切さを胸に、
日本人の日本人による歴史を書いている。
>>543 思想運動がしたい訳ではない。政党の綱領作りやマインカンプを書いてるのではないのよ。
愛国日本史や右翼教科書が必要なら、自分たちで作ってください。
皇国史観も平泉澄博士以上の思想的な進展はなく、相変わらず占領軍に解体されたままです。
戦後右翼及び戦後民族派が新機軸を打ち出すべきは、正にこの点にあるべきです。
で、それはそれで意義ある営為とは思いますが、このスレとはあまり関係のない話。
まとめに上がっている史論の本筋に、一般的な読解力と、反論に値する明確な論拠を持ってきて頂ければ、
あくまで教科書をいいものに仕上げることを目的に、議論しましょう。
誰が愛国者でどの考え方が正統右翼か。そんな議論をする場ではないと思います。
だから、そういう書き込みは、単なる荒らし扱いしてもよいと思います。
606 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :2005/04/24(日) 00:00:47 ID:+LV3LufX
本題。
>>536-537 乙です。
ペルー以前の海防詔勅と海防掛の議論が抜けていること、
幕府閣僚が諸大名に政論を起こしたことは幕府開府以来の椿事であること、
など、いくつか補強したいところはありますが、大筋その文面でおkかと思います。
遅レスすまんでした。
>>561 恐縮です。
でも、我一人の力にあらず、です。皆様に導かれて何とか執筆している次第です。
>>553 仰るとおり、阿部が生きていても、やはり国内各階層の幕府に対する失望は消せなかったでしょうな。
>>536 氏が、老中の無為無策を指摘した文面を上梓されているように、
江戸表の海防問題や無二念打払令の復活に失敗したように、
既に「幕府」という容器(体制)が、当時の課題をクリアできるものになかったのだと思います。
大日本帝国末期の戦争指導体制然り、現下における日本国憲法体制も然りです。
思うに、水戸斉昭公を首班とし、阿部を執政とした開国攘夷を旨とする新幕府体制ができ、
江戸幕府版変法自強運動まで発展したなら、あるいは江戸幕府は300年を数えたかもしれません。
あくまで雑談ですが。
608 :
548 :2005/04/24(日) 02:24:31 ID:wxFv0t0X
邪馬台国侍 殿。 あの後直ぐに懇切丁寧な解説を頂いていた様で有り難う御座いました。 深い考察と力強い記述に少々圧倒されてしまいましたが、"根拠有れども証拠無し"と解釈して宜しいんでしょうか? 後、上の方が少々騒がしいことになってるようですが、90年代に小>中>高と過ごしてきた人から言わせていただけば、 本当の事が書いて有ると信じていた教科書が、いとも簡単に論破される様なお寒い内容だった事実は少なからずショックを受けています。 是非とも素直に読める教科書が読みたいですね。思想的な味付けは後からどうとでも効きますから。
609 :
日出づる処の名無し :2005/04/24(日) 03:54:10 ID:10aRj1SN BE:27473227-#
韓国は、日清・日露の両戦争の意味を歪曲し「侵略戦争」などと称しているが、それは 「半島に日本が来た」という結果だけが根拠の底が浅いものである。 あの当時の極東情勢は、帝国主義列強が群雄割拠していた時代であり、欧米に侵食され 何もできない清と南下侵略する露により半島の不安定さが増し、地形的宿命により日本 の自存自立が脅かされていた時代なのだ。日清戦争とは朝鮮を清の属国から解放し朝鮮 を独立国として清に認めさせる日本の防衛戦略戦争であり、日露戦争とは半島を侵略す るロシアを日本に隣接する半島から駆逐する防衛戦争だったのだ。 そういう世界史的視点で日清・日露の両戦争を理解せずに、狭隘なる半島史観で日清・ 日露の両戦争のことを「侵略戦争」などと矮小化すると、まったく逆の意味に主客転倒 してしまうのだ。
>>610 のヒステリックな反応はブサヨの証明
>>609 は当時の国際情勢を正確に描写している。
ついでにいうと、朝鮮戦争は日清日露戦争と共通した戦争だった。
アメリカに日清日露の教訓があれば、朝鮮戦争でアメリカ人を戦死
させることもなかっただろう。また、日韓併合の正当性は、今の韓米
同盟が証明している。韓国は、百年以上、自分の国を自分で守ってない。
韓国は他国の軍隊を必要とする国だ。植民地時代は、韓米同盟の前身
にすぎない。
そもそも日清日露当時、侵略とか、帝国主義が悪だという概念などない。 清の属国の地位に安穏としていた、前近代国家である朝鮮の存在など世界はまったく認知してない。 民族自決も、民族国家も、アメリカ公民権運動も、市川房枝もいない時代。 織田信長の比叡山焼き討ちを宗教弾圧と非難しているようなもの。あまりにアホらしい。
今日の産経新聞の産経抄から
http://www.sankei.co.jp/news/column.htm 沖縄本島の南西に位置する慶良間(けらま)諸島、一見のどかな南の島で先の大戦末期、住民の集団自決があったことはよく知られている。
だが自由主義史観研究会の『歴史と教育』最新号が取り上げている事件の推移に、ヒザを打つことがあった。
▼集団自決があったのは渡嘉敷島と座間味島という二つの島である。昭和二十年三月、米軍が沖縄本島を攻める前、この島々に機銃掃射
など猛烈な攻撃をかけてきた。このため多くの住民が犠牲になったが、うち数百人は逃れられないと自ら命を絶ったと伝えられている。
▼何とも痛ましい事件だった。が、その悲劇性に輪をかけたのは、この集団自決が両島に駐在していた日本軍の隊長による「命令」だったと
されてきたことだ。戦後、地元の新聞がそう書いたのをはじめ、沖縄県史などにもそう書かれてきたのである。
▼しかしその後、曽野綾子さんの『ある神話の背景』などさまざまな調査で、これが偽りであることがわかる。特に座間味島では「命令」があっ
たとする唯一の証言者だった女性が、島の長老に頼まれてウソの証言をしたことを告白する。命令説は完全に崩れた。
▼民間人が戦争で亡くなった場合、軍の要請で戦闘に協力したのなら、遺族年金などがもらえる。そのための悲しい口裏合わせだったのだという。
「命令」を出したとされた隊長もそうした事情や、住民を自決から守れなかった責任から沈黙、不名誉に甘んじていたのだ。
▼問題は、これほど事実が明らかになったのに、まだ命令説が信じられほとんどの教科書に書いてあることだ。南京事件や慰安婦問題と同じ
パターンである。虚偽の歴史が独り歩きする怖さは、「歴史」が国際問題となるとき何度でも強調されなければならない。
>>613 手当か。そうか。そうだったのか。
後世格別の御高配…
泣けてきます。
>>608 どうも。
>>549-551 ですね。
>"根拠有れども証拠無し"と解釈して宜しいんでしょうか?
少し違います。文献的な証拠でよければ、有名どころで北畠親房の神皇正統記、秀吉の伴天連追放令、
なんかはWikipediaに載ってます。なので、日本が神国である証拠も根拠もあるんです。
これ、本文に例証つきで書くつもりでいましたが、
要は、日本人が「日本は神国だ」と言うとき、外国の脅威や思想などと対峙してることが多いのです。
なんというか、神国であることをアイデンティティーとして、外国と日本を比べてしまう。
だから、その時々の比較論や比較対象の影響が、神国思想にも色濃く反映されてしまう。
昭和の神国思想(八紘一宇などなど)は、国際共産主義革命の影響が大変強いです。
が、このときの神国思想は当然、北畠親房が唱えた大日本は神国なり、とは明らかに別物です。
北畠の場合はよく指摘されるように、朱子学を日本的に消化するなかでの神国思想と読むべきでしょうし、
八紘一宇の思想は天皇家族主義をテーゼに、東洋型の(原始共産的な)平等・統制社会を志向しています。
つまり、日本の神国思想は、時代に応じて変色するカメレオンなのです。
だから困るんです。最古の文献でさえ仏教受容後であり、オリジナル神国時代の文献がないために
オリジナルの神州日本の思想が何色だったのか、よく分からないからです。
まず謝罪を。
>>536-537 は私です。まとめ人と云う立場上本文には首をつっこみ
にくくその為名無しで投稿してしまったのです。
ネット上にあったいくつかのサイトを見つつ纏めてみたのですが
やはり私のように浅学ではちと荷が重かったな・・・。
>>605 でご指摘下さった
>ペルー以前の海防詔勅と海防掛の議論が抜けていること、
>幕府閣僚が諸大名に政論を起こしたことは幕府開府以来の椿事であること、
を自分なりに少し勉強し取りあえず前半を書き直してみようと思います。
ガンガレ!ヽ(・∀・)ノ
618 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :2005/05/01(日) 21:05:51 ID:BifH+VY/
>>616 遅レスすまんです。遅筆すまんです。そのくせ文句ばっかですまんです。
あげときます。
>>613 >「命令」を出したとされた隊長もそうした事情や、住民を自決から守れなかった責任から沈黙、不名誉に甘んじていたのだ。
ここが猛烈に日本的ですね。
これが日本だ。
まあだから結局栄えてきたんだと思うけど、切ないわ。
色々と叩かれること覚悟でレス。
>>613 その話は小林よしのりの「戦争論3」にも載っていましたね。
>>619 氏に禿同。
でも、そんな人々の気持ちを平気で踏みにじり、
「事実」は「妄想」に、「妄想」は「事実」に一発脳内変換。
それが、「サヨク」クオリティ。
ところで教科書づくり、僕にも何か手伝えることはないでしょうか?
なかったらスレ汚しごめんなさい。
621 :
日出づる処の名無し :2005/05/03(火) 17:19:04 ID:KHbd8RVM
>>620 とりあえず、自分が興味持ったことを、本とかネットとかで調べて、
このレスに書き込めばいいと思うよ。
623 :
日出づる処の名無し :2005/05/04(水) 16:18:09 ID:ziLJPX32 BE:41208473-#
「任那日本府(ミマナのニホンフ)」を最近の教科書は記述していないと言う。不思議なことだ。 歴史は歴史的文献を土台にして事実を書くものであり、高句麗・百済・新羅という古代朝鮮半島諸国 の存在も日本書紀の記述に基づき記載されているのであるが、反日捏造を是とする韓国では任那日本 府は隠蔽されており、日本の教科書でも以前は記述があったのに、最近は記述がなくなっている。 任那日本府に関しては、高句麗の広開土王の業績が書かれている「広開土王碑」にもその記述がある。 現在の中国と北朝鮮の国境近くに存在する高さ6メートルの巨大な石碑が「広開土王碑」である。 要約すると「もともと百済・新羅は高句麗の属民で高句麗に朝貢していた。ところが、倭が辛酉の年 (391年)以来、しばしば海を渡って百済を破り、新羅を(判読不能)し両国を倭の臣民としてし まった。そこで広開土王は(396年)に自ら水軍を率いて、倭の臣民となった百済を討伐した。」 「大軍をもって新羅城を奪還すると、撤退する倭兵の背後から任那加羅まで急追していった」などと 任那の存在がそこには書かれている。 また中国南北朝時代の「宋書」には倭の五王についての記録がある。讃・珍・斉・興・武の五王であ る。武は神武天皇ではないかと言われている倭の五王であるが、宋書にはこれら五王の官位・爵位の 記録があり、五王のうち、斉と武には「倭国王」の他に「都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓6 国諸軍事」の肩書きがあり、宋書での年代(421〜478年)から見て4世紀から5世紀頃、朝鮮 半島には任那日本府があったことは確実なのだが、ウリナラマンセーの半島史観により隠蔽されてい るようだ。あったことを隠し、なかったことを宣伝する半島史観など百害あって一利なしなのだ。
日本は朝鮮や中国と戦争はしてないし、1945年に負けたこともないが、 戦後の武器を使わない戦争では最悪の大敗。 日本は奴らに精神と歴史という人間にとって国土とおなじぐらい大切なものを奪われてしまった。
出版マダー? (・∀・ )っ/凵 ⌒☆チンチン
627 :
日出づる処の名無し :2005/05/06(金) 16:10:51 ID:WYUnVa68
日本国憲法は、成立過程から考えると、実は憲法ではなく、占領軍から日本政府に対する命令ではないか。 憲法九条にしても、別に「人類普遍の原理」などではなく、単に占領軍が被占領国の政府に対して、勝手に再軍備を禁止するのは当たり前。
サンフランシスコ講和条約まで、占領軍が日本を管理統治していたわけだからな。 講和が終わると、軍を駐留させる大義名分がなくなった、そこで日米安保となった。 米軍を選ぶかどうか、当時の吉田首相は苦渋の決断をしたとなってるが、 ドイツのようにすぐに憲法を制定しなかったために、 現在のような、朝鮮人や中国人に蹂躙されるアホ国家を作ってしまった。 憲法制定を放置した当時の政治家の罪は敗戦以上の、万死に値する大罪。
盧溝橋事件から終戦まで8年間に9つの内閣が成立した。 ムソリーニ、ヒトラーの独裁政権との違いは明白。 戦前・戦中・戦後と、政府・国会は一貫して無能なのかもしれないよ。
>>629 二行目と三行目のつながりがわからんなw
631 :
日出づる処の名無し :2005/05/11(水) 12:52:28 ID:B4MnlVmS
>>630 日本の場合、国家的危機を乗り切るために、指導者に権力を集中させる、という発想が
ないからね・・・
全体主義国家だけではなく、民主国家のアメリカでも、戦争になったら
「戦争を遂行するためのすべての権限」を、大統領一人に集中させている。
「和」だけでは、危機は乗り気れんのだ。
>628 しかし、ドイツはそのおかげで、ユダヤ人虐殺について有効な事後確認、検証が できなくなってしまった。 戦後は食料の供給が無くて大勢の人が餓死したらしいし。 日本もひどい目にあったが、あまり単純に語れるものでもないと思うよ。 もし日本の教科書がアメリカから受けた恩恵を否定するようになったら、中共、 南鮮のプロパガンダに乗るよりも危ないかもしらん。
>>632 日本の教科書が戦後すぐに米国の援助を否定してるところなんてどこにもないし、
米国中心の改革もそれなりに実があった記述されている。
それのどこをどうやって、中共、南鮮のプロパガンダと同列にならべるほどの飛躍というか、妄想まで到達するのか?
その方が、理解に苦しむね。
ちょっと冷静に考えてるような、まるで他人事のようにいいながら、
なんでもかんでも、たた漠然と日本を危険性のようなものを出してきて、日本を非難することだけに執着する思考にはあきれるよ。
日本が日本の過去の歴史を反省することを、いつのまにか、オマエのようなおかしな人間はどんどん異常な妄想でふくらまして、
無制限に何世代にもわたる謝罪と賠償のくりかえしと、小学生にまで己の先祖が集団強姦魔と教えるような糞教育まで発展させたわけだ。
いい加減に消えなよ。糞サヨは。
>>631 君の住んでいる世界では、米国の国務長官や政府高官は戦争時には大統領に権限を委譲して
カリブ海ででも遊んでいるんだろうねw
636 :
日出づる処の名無し :2005/05/12(木) 15:08:39 ID:ngzq1+ol
>>634 俺の住んでいる世界では、戦争が起こったにかかわらず、カリブ海で遊んでいるような
国務長官や政府高官は、大統領権限でクビだが・・・
637 :
ワヤ ◆3gf69duuf. :2005/05/14(土) 00:05:55 ID:trr7NnFC
638 :
日出づる処の名無し :2005/05/14(土) 00:06:36 ID:pn7olbxG
>邪馬台国侍氏 学校で使っている倫理(哲学)の教科書で日本の思想のページで コラムとして浅草の浅草寺だったか浅草神社だったかの歴史が (今手元に教科書が無いのでうろ覚えですが)、 少しだけ書かれていたのですが、そこに 「神様が仏様の姿を借りて降臨する」という感じのことが書いてありました。 これは僕個人の考えですが、古来より日本人はどんな宗教を信仰していても、 必ずと言っていいほど、その宗教観(世界観)の根底、基本部分に「カミ」、即ち神道があり、 その上で仏教やキリスト教などの各々の宗教観を持っていたのでは無いでしょうか? なので、教科書の内容は 「古来より日本人はそれぞれの思想の違いから、それぞれ神道に対し違う宗教観を持っていた。」 という具合になると思うのですが、どうでしょうか? ですので、教科書の1ページ程を使い「コラム・日本の神道と日本人の宗教観」というカンジの タイトルで日本史を学ぶ上で最低限必要な神道についての基本的な知識(神道は万物全てに神様が宿る多神教である、 人も死ねば神様として祭られる、などなど)を解説するのがいいかも知れません。 単なる思い付きの考えですが、どうでしょうか?
>>637 ありがとうございます。
大東亜戦争当時の思想展開において重要なのは、やはり浄土真宗の一派と日蓮宗の一派ですな。
巷で左翼が騒ぐほど神道の力は強くはないんですよ。
今、靖国問題ではしゃいでいる仏教宗派の顔ぶれを見れば自ずから明らかではありますが。
いや、教科書を標榜する以上、あまり大きくは扱えませんが。
>>639 ご意見ありがとうございます。
江戸時代までの日本人の宗教観は正に闇鍋状態で、どこからが神道でどこからが仏教なのか判りません。
ごく数人のエロい人が、それぞれの教えを体系的に整理する程度で、
今日あるような教祖がいて教義があって信者がいるようなものではない。
さて、いかばかり学生諸君の固定観念を崩すことができるか、不安ではあります。
641 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :2005/05/17(火) 04:53:28 ID:KoXeF4Dr
方々、遅筆申し訳ありません。激励恐縮です。 つい、安易にレス書けるスレに入り浸ること、重ねてお詫び申し上げます。 なんとか月末までには片付きそうです。 あくまで受験日本史を一つの基準にしてますので、耳目を集めるような新説もなく、 高度な論証も省きます。平凡な文かも知れません。でも脱自虐史観には十分です。 それから、最後の推敲まで悩む予定ですが、やはり江戸時代の政治経済史は必要におもいます。 内容は限定的ながら、豊臣秀吉から書くかも知れません。 とりあえず書けるだけ書いてみますので、再構成をお願いします。
既出じゃなさそうなので、資料を紹介。
国立公文書館アジア歴史資料センター
http://www.jacar.go.jp/ > アジア歴史資料センターは、近現代(1860年代から1945年前後)の
> 日本とアジア近隣諸国との関係に関わる歴史資料をインターネット上で
> 提供する電子資料センターであり、国立公文書館で運営されています。
DjVuのプラグイン(Free)が必要だけど、いろいろ閲覧できますよ。
644 :
日出づる処の名無し :2005/05/21(土) 14:37:40 ID:C77qA9yf BE:82417267-#
盧武鉉大統領の2005年5月19日の演説は、偏狭かつ無知の産物である。 特に、ニュースで紹介された「一国家、一民族の立場から見る場合、偉大な歴史として記録されたとしても、 ほかの民族の立場から見ると、決して偉大ではなく、幸福でもない歴史の記録が戦争だ」という部分などは 時代性を無視したものである。この一説は、日本海会戦勝利100周年である今年を意識したものであろう。 日露戦争は、大航海時代後、歴史が地球規模で相関する近代に於いて初めて有色人種が白人に勝った 戦争であり、白人による全世界植民地化競争の終焉であり、有色人種の各民族自存自立への転換点だった のだ。日本にしてみれば、阿片戦争・天津条約など欧米露の列強による清国侵略が進む状況で朝鮮半島の 安定が日本の安保上重要であったのだが、朝鮮は清の属国であり朝鮮が独立国として安定することに清は 同意せず日清戦争に至った。日清戦争での日本の勝利により下関条約で半島は属国から脱したが、独立国 としては自立発展が出来ずに、朝鮮領土の保全防衛も出来ずロシアに侵食される事態となった。 日本は、ロシアの朝鮮半島侵略を防ぐため日露戦争へと至ったのである。日露戦争の勝利によりロシアの 南下侵略を阻止し、アジアの独立を守ったのである。19世紀末から20世紀初頭は、この様な帝国主義 が世界標準だった時代なのだが、朝鮮半島の視点から見たら、最終的に日本に合邦されてしまったので 「侵略された」という視点になっているのだ。100年後の21世紀、有色人種も自国を持ち独立できた のだが、21世紀の価値観だけで日清・日露の両戦争を評価するという愚を盧武鉉大統領は犯している。 100年前の朝鮮半島は世界標準である帝国主義になる実力がなかった未開発国であった、というのが 真相だ。そして21世紀の現在、世界の標準は自由と民主主義、人権尊重となっているのだが、捏造した 歴史を国定教科書として国民を洗脳したり、日韓条約を40年間も国民に開示しなかったり、親日発言は その内容が妥当であっても内容にかかわらずに全否定されるなど、これまた21世紀の世界標準を実現で きない非先進国が韓国の実情なのである。
645 :
日出づる処の名無し :2005/05/21(土) 14:39:44 ID:C77qA9yf BE:105964496-#
盧武鉉大統領は、100年前の自国の未開ぶりと現在の実力のなさの両方を謙虚に反省すべきである。 そのことに気が付かないのなら、100年後の22世紀初頭に於いても朝鮮半島は三流国のままであろう。 韓国は、日清・日露の両戦争の意味を歪曲し「侵略戦争」などと称しているが、それは「半島に日本が来た」 という結果だけが根拠の底が浅いものである。 あの当時の極東情勢は、帝国主義列強が群雄割拠していた時代であり、欧米に侵食され何もできない清と 南下侵略する露により半島の不安定さが増し、地形的宿命により日本の自存自立が脅かされていた時代な のだ。 日清戦争とは朝鮮を清の属国から解放し朝鮮を独立国として清に認めさせる日本の防衛戦略戦争であり、 日露戦争とは半島を侵略するロシアを日本に隣接する半島から駆逐する防衛戦争だったのだ。 そういう世界史的視点で日清・日露の両戦争を理解せずに、狭隘なる半島史観で日清・日露の両戦争の ことを「侵略戦争」などと矮小化すると、まったく逆の意味に主客転倒してしまうのだ。
日本は「幸運」にも明治維新を成し遂げたが、一歩間違えれば他のアジア諸国と同じように植民地となっていた。 日本は運が良かったから成功できたというのは、同時代の欧米を見るとわかりやすい。 1853年 - ペリー、浦賀に来航。日本、開国へ。日米和親条約 (1854年) 1861年 - アメリカ、南北戦争(1861年 - 1865年)。 1866年 - 普墺戦争、ドイツ連邦崩壊。 1867年 - 大政奉還 1869年(明治2年)戊辰戦争の終了 1870年 - 普仏戦争、フランス第二帝政崩壊。教皇領接収,ローマ遷都、イタリアの統一。 1877年 - 西南戦争。ヴィクトリア女王、インド皇帝兼任 先ず、基本として江戸幕府はオランダからの情報を得ることで朝鮮とは異なり、開国、改革を始めることができた。 しかし、これらが失敗であったことには異論はないだろう。なにせ、体制の維持が目的だったのに10年ほどで潰れたのだから。(朝鮮、清国はご存知のように1910年、1911年まで体制を維持した。) さて、幕府側と倒幕側で行われた幕府側にはフランス、倒幕側にはイギリスが援助しており、 もしまともにフランスやイギリスが介入していれば他の植民地と同じよう援助した国の影響が高まったであろうが、そうはならなかった。 また、日本を最初に開国させたアメリカは、普通であれば日本に対して積極的に介入することができたはずである。 しかし、これらの国は日本に対して積極的に介入できなかった。 アメリカ南北戦争、普墺戦争、普仏戦争は以外にも、遠く離れた日本にも影響していたとも考えられるのではないだろうか?
647 :
日出づる処の名無し :2005/05/23(月) 17:53:03 ID:a7dMu872
age
>>646 それは充分に考え得ることだと思います。
開国への最初の扉を開けたのはペリーでしたが、
開国直後の日本の貿易相手国はイギリスが主流になっています。
やはりこれは南北戦争によってアメリカの膨張政策
が一時的に止まったことに由来します。
ところで、フランスの駐日大使はロッシュ、
イギリスの駐日大使はパークスでした。
ロッシュは徳川慶喜に謁見し、幕藩体制に代わる新しい
政治システムのモデルを提示したとされています。
ロッシュは最も力のある藩(幕府)が主導で日本を
リード出来ると考え、慶喜もロッシュの提案に理解を示しました。
こうしてロッシュは幕府に肩入れしていくのですが、
フランス政府は幕府に肩入れしすぎるロッシュに
対日政策はパークスに協調するよう求めました。
一方パークスは台頭してきた雄藩が日本をリードすると考え、
島津藩に近づいていきます。
その見通しは当たり、軍事システム・火力で勝る薩長連合軍が
勝ち、旧幕府軍は崩壊していきます。
そしてロッシュは戦争が終わる前に本国政府に呼び戻されていきます。
ただ以外ではなく世界史を見れば、19世紀中葉は
米・普・伊・露各国は戦争や体制の立て直しに追われていて
極東まで進出する暇も、余力もなかったと思います。
世界史コンテンツみたいな、食いつきやすい歴史サイトを携帯完全対応させて、リンク張ったチェーンメール出すってどうよ? たぶんTVを見ない人より携帯を持ってない人のほうが少ないじゃん? PCの普及率もまだまだだし、持っててもなかなか見ないと思うのよ。 その点携帯ならいつでもどこでも気軽に見れるし、特に洗脳の危機にある中高生とかが通学中、授業中みてくれると思うんだけど、どうよ?
650 :
日出づる処の名無し :2005/05/23(月) 19:58:19 ID:ohf+Wqju
こういう事例も載せる必要はありますね。 週刊朝日平成9年10月17日号 ニューギニアで旧日本兵が行った残虐 「母はこの飯ごうでゆでられて・・・・」 >「この悲惨な出来事は、わたしの目の前で起きたのです。 >日本兵がわたしの母をレイプし、そのあと殴り殺したのです。 >母は体をばらばらに切断され、皮をはがされ、肉片として軒先に吊るされ、 >この飯ごうでゆでられました」 >「家族が日本兵に切り殺されて飯ごうでゆでられ、 >あげくに食べられた」という証言は、バラスさんだけではなく >複数の人から聞かされた。 >「その日の午後、長男は日本兵に命じられてサゴヤシを取りに行きました。 >翌朝になっても戻らないので、日本兵が兵舎にしていた教会に様子を >見に行くと、日本兵はみんな寝ていました。台所ではナベが火に掛けて >あったので、フタを開けてみると人肉で、兄が食べられたとすぐにわかりました。 >肉がこそぎ落とされた兄の骨を集めて持ち帰り、埋葬しました」 >「日本兵にブタを持ってこなければ母親を殺すと脅されたので、 >ブタを工面して持っていくと、日本兵は母親をレイプし、殺しました。 >それも胸だけをカットして、ゆでて食べるという方法です。 >母は出血多量で死ぬまで、そこに放置されました」
651 :
日出づる処の名無し :2005/05/23(月) 19:58:45 ID:DGfUF/Si BE:184011089-
>>643 > 日本側代表は、『朝鮮人が日本人をあつかうの6ヶ条の秘訣』なるものを
> 入手している。(公文別録・朝鮮始末3 p91)
> 一 哀れみを乞う 困りきったような情をあらわし憐憫で見られるようにする。
> 一 怨みを言う 精神を失ったかのように憤ってはらわたから激しい怒りを出す。
> 一 恐喝 まさに威圧し脅しをかけておそれさせる。
> 一 閃くように弄する あらゆる機会を用い時に乗じて翻弄する
これで朝鮮が民族的な手法で外交していることがわかった(爆笑)
652 :
日出づる処の名無し :2005/05/23(月) 20:01:17 ID:DGfUF/Si BE:207012299-
>>650 実証証拠の無いものをいくつ持ってきたって無駄。
だいたい、それ「週刊朝日」じゃねーか。
>母は体をばらばらに切断され、皮をはがされ、肉片として軒先に吊るされ、
>この飯ごうでゆでられました」
これをマンガじゃなく真実だと思う時点で
人間として
バランス感覚が狂ってるだろ。
653 :
日出づる処の名無し :2005/05/23(月) 20:05:01 ID:ohf+Wqju
>>650 証言はそのまま実証証拠ですよ ゲラゲラ
無駄なのはお前 ゲラ
654 :
日出づる処の名無し :2005/05/23(月) 20:05:36 ID:ohf+Wqju
自己レスになっちまったぜ ゲラ
655 :
日出づる処の名無し :2005/05/23(月) 21:13:11 ID:gxCwmESa BE:88304459-#
>>650 韓国が日本を「歴史歪曲」「民族主義」などと称して批判するが、そういう韓国側の主張を聞く
と「ヲイヲイ、それって韓国側がやってることで逆だろ」と感じることが多々ある。
これら韓国の言説は韓国自身のコンプレックスを日本に投影して脳内で醸成した言説である。
半島は長く明・清等の柵封体制下の属国として中華秩序を規範としてきた国なので、その世界観
から、自存自立国家である日本をも中華秩序で評価するという過ちを犯している。
柵封体制内では唯一、中華の皇帝がおり柵封内偏狭地域に王を任命するのだが、日本は聖徳太子
の時代から柵封外の皇として天皇家が存在している。
柵封外の自存国家を既に1400年以上続けているのが日本なのだ。
中華秩序内の属国である半島は自存日本を「自分と同じ」と勝手に混同し、日本を韓国と同じの
属国扱いしているのだ。韓国の自分自身の勝手な思い込みで、日本が独自の文化を有することに
気がつかず、韓国の価値観で日本を見て日本文化である「死んだら死人に罪を問わない」に対し
て「罪を認めていない」と誤解するし、「相手の立場で考え忖度する」という日本人の美徳に対
して、韓国は「こっちの主張を認めた!それ見ろ!」という様に誤解する。
これは、養老孟子氏がバカの壁で指摘した「認知に違いが存在する」という意識が韓国側にない
のが原因であり、韓国側が他文化を理解しない限り、こういう主客逆転した批判を韓国はし続け
るであろう。だいたい、日本には食人という文化はない。食人文化は大陸文化。
>>650 にある話は大陸自身のコンプレックスを日本に投影して脳内で醸成したデマゴギーである。
>>653 俺お前に十億貸してたよな すぐに返してくれ 俺の証言あるしほんとだろ?
>>650 証言だけでは証言があったという以上の史料価値はありません。
当然、その史料が誰のどういう意図によって記録されたのか、
史実を記録したものなのかどうか、厳正なる検証のもとで判断せねばなりません。
さて、以上の検証が前提ではありますが、俺は
>>650 の掲載に大賛成の立場です。
>>285
658 :
日出づる処の名無し :2005/05/23(月) 23:28:37 ID:SwLezj7M
>>474 ttp://nandakorea.sakura.ne.jp/html/netsuzo_text.html 韓国の捏造教科書の記述
→○日帝は李完用を中心にした親日内閣に対して日帝に合併するよう条約を強要しついにわが民族の国権
を強奪した。
しかし真実は・・・
日本は独立の機会を朝鮮に与えています。
併合は韓国側の請願によって合法的に海外も容認する形で進められたものです。
また、原因は朝鮮王 朝に国家を運営する能力が無く、日本との信頼関係を裏切り、国際的な信用を無くした
あげくの併合であった事実を忘れてはならない。
国を治める力が無く、陰謀と裏切りと変節の果てに国を失った朝鮮王朝の自業自得である。
韓国の捏造教科書の記述
→○日帝の支配下で、わが民族はとくに経済的な収奪によってひどい苦 痛を受けるようになった。この中で
もっとも大きな被害を被ったのが土地の侵奪だった。
しかし真実は・・・・侵奪どころが莫大な投資をしてます。(それも大赤字)
before
1880年ソウル南大門通り(中心街)
ttp://nandakorea.sakura.ne.jp/img/machinami01.jpg after
韓国の捏造教科書の記述
→○日帝は韓国 の土地を略奪すると同時に、わが民族の産業活動を様々な点で制約し、あらゆる手段を
尽くして資源を略奪した。
しかし真実は・・・・どこに資源があるのですか?(そもそも半島は日本同様、資源が乏しい)
それに併合前に産業活動をしている様子など見受けられませんが・・・。
>>653 君はさ、何度騙されれば気が済むわけ?w
「歴史歪曲の歴史」なるコラムなり副読本なりが必要なのかもしれないね。 例えば、従軍慰安婦問題がいつ生じて、どのように拡大していき、 どう論破され、どのように論理が摩り替えられていったか。 その間の政府の対応であったり、諸外国の論調であったりも含めて。 なぜそんな歪曲を行ったのか、はともかくとして、 歴史解釈を後世に先送りすることの愚かしさ、ははっきり示さなくてはならない気もする。
661 :
日出づる処の名無し :2005/05/24(火) 15:50:18 ID:dEZ0XmhC
>>660 できたら、その副読本のほうを先に編集して、学校教育の場にばら撒いてほしい。
662 :
日出づる処の名無し :2005/05/24(火) 23:54:47 ID:qcFJYE91
「バカヤロー、糞して寝ろ!」と、なぜ、韓国政府を怒鳴りつけないのだ。 教科書の修正要求だと、これは日本の国家と国民に対する重大なる主権侵犯であり、許しがたい侮辱である。 これは想像を絶する内政干渉だ。 国交断絶を行え。 日本国の名誉と誇りにかけて国交断絶による断乎たる抗議を行え。 一国の主権を侵害した許しがたい暴挙である。 日本の領土が侵略されたことと同じほどの重大なる主権侵犯である。
近隣諸国条項があるから中韓は教科書に口出ししてもええんじゃよ その怒りはこの条項を認めた政治家にぶつけるがいい
歴史教科書検定基準の近隣諸国条項 「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解 と国際協調の見地から必要な配慮がされていること」 配慮をしろ、とあるだけで中・韓の嘘だらけの歴史を押し付けられても 文句を言うな、などとはどこにも書いてない。それと大事なことだが、 「近隣のアジア諸国」であって「中・韓だけ」などとは書いてない。 中・韓の主張だけを鵜呑みにするのはそれ以外の国に対する配慮 を明らかに欠いているよな。 むしろ、中・韓の主張する歴史の嘘ッパチにツッコミ入れまくってあげた ほうがよっぽど国際理解と協調の見地からの「配慮」だな。(w
概ね同意じゃが、きちんと文句は言うてるし近隣諸国でケチつけてくる奴ぁ中韓だけじゃろ
>>662 にあるように主権を侵犯してもかまいませんっつー条項結んだ売国政治家に怒りをぶつけろ
666 :
日出づる処の名無し :2005/05/25(水) 01:03:53 ID:ZY95l5sx
667 :
日出づる処の名無し :2005/05/25(水) 02:24:03 ID:NiiaIyfM
>>666 いにしえの時代に西域から東に向かって民族移動があった
一つはインド、インドシナを経て中国の中原(中南東部)に至る流れ
もう一つはバイカル湖から白ロシアに向かい北アジアを渡って北モンゴルに至り南下する流れ
最初の移動が南回りのモンゴロイドであり、東南アジアの古代文明やスンダランド文明、黄河文明
などの農耕文明や海洋文明を興した、彼らの一部は北米に渡り南米にまで移住した
次の移動が北回りのモンゴロイドでありツングース族などを代表とする騎馬文明を興した
ロシア西端には北回りのシルクロードを担う遊牧民が行き交い
白人アラブ人新旧モンゴロイドの混血民族を数多く残した
ある時代にはペルシャ文明が勢力を拡大し中央アジアを超えて中原に至る
その後秦王朝などの歴史に名を残す帝国が中原に生まれる
勿論陸路だけでなく、むしろ海路の方が先に発達した、アフリカの国人が東南アジアにまで移住してきている
また秋田美人のルーツには白人固有のDNAが残っているそうだ
無知蒙昧な朝鮮人が言うように朝鮮に人類最初の文明人が誕生し世界に文明を教えてやったなどと
言うことは都合のいいおとぎ話に存在しない、日本人に文明を教えてやったなどとは荒唐無稽も甚だしい
神宮に祭られているシンボルには中東の古代文明を発端とするものも多く、これは中東から日本に至る
アジアの各所に類似の痕跡を残している
多くの古代人が広大な大陸を移動したように、いにしえの文明人あるいは王族集団が紛争などで
生誕地を追われ、安住の聖地を求めて移動したという話がある
先住民より高度な文明と土木技術などを有し、新天地に住む先住民に恵を与えながら仮の住まいを築き
紛争など外敵からの侵略のリスクを予見すれば再び理想郷を求めて旅を続けると言うことを繰り返した
勿論先住民と親交を深め混血民族が生まれ、彼らをその土地の生き証人としてあるいは文明の守り神として
残ったのだろう
668 :
日出づる処の名無し :2005/05/25(水) 02:24:25 ID:NiiaIyfM
そしてついに半島の入り口にたどり着き一時代の王朝文化を築く しかし中原は数百年ごとに蛮族がイナゴの大群のように発生し周辺民族を虐殺し呑み込んでいく 現在の北朝鮮がそうであるように大国が隣接すれば、半島は地政学的に逃げ場のない盲腸のしっぽであり 永住するにはリスクの高い土地である そこで再び先遣隊を新天地日本に送り込み数十年〜百年の時を経て新たなる聖地へと大移動することになる 朝鮮人が自分たちの歴史であるとする高句麗、百済、新羅の王朝は先住土民とは異なる民族であったことは 中国の史書にも記されている 朝鮮人は偉大な先祖の歴史として騙りながら、実は朝鮮にはその当時の歴史を表す歴史書が何一つ存在しない これこそまさに中の人が別人だったことの証左ではないか? 朝鮮人は日本書紀にある記述を元に朝鮮半島の古代の歴史を自分たちの歴史であると主張しているに過ぎない 長い旅の途中、体を休めるために建てた宿に色紙を残した者がおり、彼は再び旅を再開し新たな住まいに 居を構えた後、旅行記に色紙のことを書き残した しかし土人たちの子孫は後世その場所に宿があったことを他国の旅行記を見て知り、なぜかその宿は 自分たちの先祖が築いたものであり、その色紙も自分たちの持ち物だと主張しているのと何ら変わらない 本体が日本に移住した後も落とし子たちが半島の王朝に残りしばらくは支配を継続するが、大方の予想通り 大陸から侵入してきた蛮族が住み着き、一方中国に凶暴な蛮族の大国が発生し北部は侵略されて 滅ぼされてしまう、すると侵入蛮族と土人の群が共謀して南部も侵略され始める 結局日本は半島の支配権を放棄することとなり、同時に大陸の蛮族の支配を遮断することで悠久の文化を 開花することとなる
>639-640 私が今読んでいるのは「山本七平」ですが「小室直樹」と合わせて読破されると、日本人論の大いな助けになると思います。 さて、山本七平の捕虜時代の逸話に、啓蒙バカの米兵がしつこく進化論について講義してきて、うんざりしたというのがあります。 「進化論なんて、日本人なら中学生にでもなれば誰でも知っている」こう返事すると、 「じゃあ、日本人は進化論を、人間はサルから進化したと知っていて、天皇を現人神と信じて戦っていたのか!」 というような文化的ギャップの話があります。 また、小泉八雲は、神社を"temple"や"shrine"と訳すのは正しくない。"ghost house"と訳さないと、あの雰囲気は伝わらない。と語ったそうです。 この二つから言える事は、よく言われるようにカミをGODと訳したのは誤訳なのです。 カミは"ghost"なのです。おばけなのです。だから、日本では死ねばみんな神さまなのです。 当たり前です。カミ="ghost"おばけ なのですから。 同様に、「付喪神(つくもかみ)」もカミです。 物のカミ、物のオバケです。 八百万の神、つまり、天に唯一神がいるのではなく、もうそこらへんに霊魂、カミ、おばけがうじゃじゃしている。 今、この文章を読んでいるあなたのすぐ後ろにもカミはいるし、ヒィィィィ(゚Д゚;≡;゚Д゚)ヒィィィィ、 あなたの使っているパソコンにも、キーボードにも、カミはいるのです。わかりやすいのは、OSたんですね(*゚∀゚)=3ハァハァ そういう神さまのなかで悪い祟り神がいる。怖い。お怒りを静めてもらうために、お払いする。すると、いい神様になってくれる。 このように、神さまがまわりにうようよしているから、絶対神などの入る隙間は無いのです。 以上、関係なかったかもしれませんが、「日本は神国である」との説に、軍国主義?なものを感じておられる?ようなので、カキコしてみました。 天皇が現人神というのは、こういうおばけうじゃうじゃの国で、カミと人との仲立ちをするシャーマン的性格なので、 「天皇は生きながらにしておばけである、だから、私たちを祟り神から護って下さる、恵みの神に変えてくださる」と捉えたほうがいいですよ。
670 :
日出づる処の名無し :2005/05/28(土) 11:56:47 ID:ZzxFTP4U
>>669 わかりやすいw
確かにその方がしっくり来る気がする。
>>669 > また、小泉八雲は、神社を"temple"や"shrine"と訳すのは正しくない。"ghost house"と訳さないと、あの雰囲気は伝わらない。と語ったそうです。
> この二つから言える事は、よく言われるようにカミをGODと訳したのは誤訳なのです。
>
日本の神様をGODと訳すのは確かに間違いだわな。
俺の知っているアメリカ人も日本のカミはGODとは違う。カミはカミ(Kami)だと言っていた。
俺は精霊みたいな存在かと思っているし、神社はその精霊が集う社と思っている。
面白いのは、キリスト教の考えを突き詰めると、世界は1柱の偉大な神の世界で 人はその1柱の神の懐の中で生きていることになる。 日本の神の考えは世界は無数の神で構成されていて、人間はその神の集合体の 中で生きてる事になる。 神が世界に無数に存在するか、1柱の神が無数の顔を持っていたる所に存在して るか、というだけでどこか妙に似ている世界観になる。 正確な文言は忘れたが、聖書には「もしあなたが石を裏返せば、そこに私がいる。 もしあなたが空を見上げればそこには私がいる」神はいたる所にいるんだそうだ。 詳しくは知らないが、最近聞いた話だと、実はヒンズー教は1神教にして多神教 なんだそうだ。 1柱の神が無数の顔を持って出現するから、多神教であるが、無数の神は1柱の 神の違う顔なんだそうだ。 神を信じる、ってのは、どの宗教でもどこか似てるのかもしれない。 まあ、神を信じない連中には適用できないんだが。
>>672 ヒンズー教のくだりだが、それはヴィシュヌ派だけだな
山川出版日本史教科書より 教育面では、1941(昭和16)年には小学校が国民学校に改められ、「忠君愛国」 の国家主義的教育が推進された。また朝鮮・台湾でも、日本語教育の徹底など 「皇民化」政策がとられ、朝鮮では姓名を日本風に改める創氏改名が強制された。 当初、日本はこの戦争をアメリカ・イギリスの脅威に対する自衛措置と規定していたが、 しだいに欧米の植民地支配からのアジア開放・「大東亜共栄圏」の建設といった スローガンにしばられ、戦域は限りなく拡大していった。 同11月、東条内閣は、占領地域の戦争協力を確保するために、満州国・中国(南京) の汪兆銘政権・タイ・ビルマ・自由インド・フィリピンなどの代表者を東京に集めて 大東亜会議をひらき、「大東亜共栄圏」の結束を誇示した。 しかし、欧米列強にとってかわった日本の占領支配は、アジア解放の美名に反して、 戦争遂行のための資材・労働力調達を最優先するものだったので@、 住民の反感・抵抗がしだいに高まった。東南アジアの占領地では、現地の文化や 生活様式を無視して、日本語学習や天皇崇拝・神社参拝を強要し、鉄道建設などの 土木作業や鉱山労働への強制動因もおこなわれた。ことにシンガポールや マレーシアでは、日本軍が多数の中国系住民(華僑)を反日活動の容疑で 虐殺するという事件も発生した。その結果、日本軍は仏印・フィリピンをはじめ 各地で組織的な抗日運動に直面するようになった。A 中国戦線では、太平洋戦争開始後、中国の飛行場が米軍に利用されるのを防ぐ作戦や、 華中と華南を連絡させるための作戦がなされた。とくに、中国共産党が華北の農村地帯に 広く抗日根拠地(解放区)を組織してゲリラ戦を展開したのに対し、 日本軍は抗日ゲリラに対する大掃討作戦(中国側はこれを三光作戦とよんだ)を実施し、 一般の住民にも多大の被害をあたえたB。
@ 日本軍は東南アジア諸国を占領する際、欧米植民地からの解放軍として、 住民の歓迎を受けることもあった。しかし、多くの地域(タイ・仏印をのぞく)で軍政が敷かれ、 過酷な収奪・動員がはじまると、住民の評価は一変した。 A 日本の敗戦後、これらの民族解放運動は植民地の本国軍と戦って自力で独立を勝ちとり、 結果的に、アジアにおける欧米の植民地支配は一掃された。 B 中国戦線では毒ガスも使用され、満州などにおかれた日本軍施設では毒ガスや 細菌兵器の研究がおこなわれた。満州のハルビンには、731部隊とよばれる 細菌戦研究の特殊部隊(石井四郎中将ら)がおかれ、中国人やソ連人の捕虜を使った 生体実験がおこなわれた。
676 :
日出づる処の名無し :2005/05/29(日) 01:24:29 ID:pjOGBTC2
>>674-675 こーやってみるとつっこみどころが多すぎる。
日本の悪いところだけ強調し良いことしたことは何も書かれていない。
ここまで来ると嘘を教えているのに近いな。
眠いからもうねるぽ。
>>669 >この二つから言える事は、よく言われるようにカミをGODと訳したのは誤訳なのです。
概ね同意ですが、
以前はGODを天主様と訳していたのが、神と訳すようになってしまって、(日本人にとって)混乱の元に
なっている、なんて読んだような、、、
同じように、カミをGODと訳すことで、西洋人にも誤解される恐れがあるのだと思います。
そうは言っても、GODという英単語には、多神教の神の意味もあるので、西洋人が誤解してそうな場合には
(例えばギリシャ神話等と同じく)多神教的な意味だと指摘するだけの方が、、、(ghostだと、なんか、それも違うような、、、
(ghostと「お化け」って、ニュアンス的に同じなんだろうか?、ghostだと幽霊限定的のような?他にもお化け的な英単語があったような、、、
個人的には、「1粒の米には7人の神様が宿っている(だから大事に食べましょう。)」という
話が、日本的な神道観を表現する話として気に入っていたりする。。。
ふおっ、リロードもせずに、スレ違いのカキコしてしまったようだ。m(__)m
679 :
669 :2005/05/29(日) 05:48:40 ID:uy7DO5G0
>677 GODと誤訳したのは、西洋と張り合おうとした「わざと」かもしれないですね。鹿鳴館と同思考。 >ghostと「お化け」 ニュアンス的に勿論違います。 論旨上、長くなってしまうのを避ける為のミステイク、拡大解釈です。 ghostが幽霊で、「お化け」は動物や物体が人間に変化したものです。ですから、人間がオバケになることは出来ません。(from京極)
>>679 日本の神さまの英訳としては、
おばけ(ghost)として訳すより霊魂(soul、spirit)としてみた方が
しっくりするかもしれませんね。
国民生活の崩壊 太平洋戦争の開戦後、政府は、民需生産の工場を軍需工場へ転用するなど 軍需生産最優先政策をとる一方、国民に対しては生活を極度に切り詰めさせて 兵力・労働力として根こそぎ動員した。1943年(昭和18)年には、大学・高等学校及び 専門学校に在学中の徴兵適齢文科系学生を軍に招集(学徒出陣)する一方、 学校に残る学生・生徒や女子挺身隊に編成した女性を軍需工場などで働かせた(勤労動員)。 また、数十万人の朝鮮人や占領地域の数万人の中国人を日本本土などに強制連行し、 鉱山や土木工事現場などで働かせた@。 @朝鮮では1943年、台湾では1944年に徴兵制が施行された。しかし、すでに1938年に 志願兵制度が導入され、植民地からも兵士を募集していた。また戦地に設置された 「慰安施設」には朝鮮・中国・フィリピンなどから女性が集められた(いわゆる従軍慰安婦)。 敗戦 1944(昭和19)年10月、アメリカ軍はフィリピンの奪回をめざしてレイテ島に上陸し、 激戦の末これを占領した@.翌1945(昭和20)年3月にい応答を占領したアメリカ軍は、 4月にはついに沖縄本島に上陸し、島民をまき込む3ヶ月近い戦いの末これを占領した(沖縄戦)。 @レイテ沖で連合艦隊は米艦隊に大敗し、日本海軍は組織的な作戦能力を喪失した。 この際はじめて、海軍の新風特別攻撃隊による体当り攻撃がなされた。
■沖縄戦 日本軍は、中学生・女学生をふくむ沖縄島民多数を動員して、上陸したアメリカ軍に激しく抵抗した。 アメリカ軍は、海と空から大規模な砲撃・爆撃をおこない、火焔放射器による徹底した掃討作戦を展開したので、 一般島民にも甚大な被害が生じた。日本軍将兵と島民は本島の南端に追いつめられ、 看護要員の女学生たち(「ひめゆり隊」など)の悲劇や、日本軍の島民に対する残虐行為・集団自決の強要などが 生じた。沖縄戦の日本側死者は、軍人9万人余りに対して、非戦闘員約10万人。地元出身の軍人をふくめると、 約60万人の沖縄県民のうち、5分の1に当る12万人ほどが犠牲になったとみられる。
中国・朝鮮における民族運動 日本はヴェルサイユ条約によって、山東半島の旧ドイツ権益の継承を認められ、 赤道以北の旧ドイツ領南洋諸島の委任統治権を得たB。しかし山東問題については 会議中からアメリカなどが反対し、連合国の一員として会議に参加していた中国も、 本国で1919年5月から6月にかけて山東半島の返還などを求める学生・商人・労働者の 反日国民運動(五・四運動C)がおこり、また日本の二十一カ条要求によって 結ばれたとり決めの撤回を会議で拒否されたことから、ヴェルサイユ条約の調印を拒否した。 これよりさき、民族自決の国際世論の高まりを背景に、東京在住の朝鮮人学生、 日本支配下の朝鮮における学生・宗教団体を中心に、朝鮮独立を求める運動がもりあがり、 1919年3月1日に京城(ソウル)のパコダ公園(現、タプッコル公園)で独立宣言書朗読会が おこなわれたのを機に、朝鮮全土で独立を求める大衆運動が展開された(三・一独立運動)。 この運動はおおむね平和的・非暴力的なものだったkが、朝鮮総督府警察・憲兵・軍隊を動員して きびしく弾圧した。しかし、国際世論への配慮と、原内閣の方針により、現役軍人に限られていた 朝鮮総督の資格を文官に拡大したり憲兵警察を廃止するなど、若干の改善もなされた。 B会議で日本側が熱心に主張した論点として人種差別撤廃案があった。山東問題との取引材料として 出されたとの説もあるが、アメリカにおける移民排斥の運動も激しいころで、国際連盟が白色人種の 連盟になることを恐れた結果、提出されたとも考えられる。 C一連の運動は、5月4日の北京の学生による街頭運動に端を発したものである。
ちと古いのでどっかで既出かもしれんが 4月11日静岡新聞論壇より 正しい歴史観で教育再興 屋山太郎 形式が愛国心を養う 教育再興の最も重要な柱は青少年に正しい歴史観を持たせることだ。 つい最近まで中学校の歴史・公民教科書は階級史観に基づく極めて偏向した ものだった。そこに扶桑社の「新しい歴史教科書」が参入し、マスコミで教 科書論争が勃発した。 たまたま四月九日に発表された内開府の「社会意識に関する世論調査」に よると、「国を愛する気持ちを育てる必要を感じる」人は、過去最高だった 前回○四年をさらにO・5ポイント上回る80・8%を示した。「必要ない」は 10・4%にとどまった。 青少年に愛国心を持たせるために必要なのは「形」と「歴史」である。式な どで国旗が掲げられたら左胸に手を当てて敬意を払う。国歌が斉唱されたら直 立不動で歌う。こういう形式の繰り返しの中から、愛国心は涵養されるのであ る。NHKのクローズアップ現代で東京都立高校の教員が「強要されるのは思 想・信条の自由に反する」と述べ、国谷裕子キャスターが明らさまな同情心を 示していた。こういう認識では国営放送としてのNHKの資格はない。教師の 思想・信条の自由があろうと、公立の小中高の教師は生徒に国旗、国歌に対す る「形」を身をもって示す義務がある。都教委は昨年の卒業、入学式でニれに 反する教師二百人を処分し、今年も五十人を処分するという。これは当然の教 員指導だ。
これまで中学校の歴史・公民教科書は七社が出版してきたが、四年前から扶 桑社の「新しい歴史教科書」が出版され、歴史教科書の世界に大波が立った。 その当時、既発行の教科書に目を通したが、正直いってゾッとした。 愛国心の基になるべき歴史教科書がこれでは話にならないと痛感した。 教育出版の歴史教科書で、時代区分ごとの大見出しは次のようなものだ。 平安時代が「国司をうったえた人々」、鎌倉時代が「地頭をうったえる農民 」、室町時代が「新政府をうったえる」、戦国時代が「立ち上がる農民ー戦国 の世」、安土桃山時代が「たたかう一向一揆ー信長・秀吉の天下統一」、江戸 時代が言姓一揆の高まりー生活を切り開く民衆の抵抗」、明治時代が「農民や 士族の抵抗ー高まる政府への不満」、大正時代が「高まる民衆運動ー民衆と政 党政治」―といった具合だ。
庶民も優雅な精神生活 「訴える」「立ち上がる」 「戦う」「抵抗する」という言葉で歴史を貫く のはマルクス・レーニン主義的階級史観て書いているからだ。歴史を通じて、 こう年がら年中、上流階級と下層階級が闘っていたのては文明などは発達しな い。八世紀後半にまとめられた万葉集は天皇から防人、農民に至るまでの四千 五百首をまとめたものである。庶民の隅々まで文字が行き渡り、歌風も繊細、 優麗へと移って行ったといわれる。庶民も含めて優雅な精神生活もあったので ある。 駐日フランス大使を大正から昭和にかけて六年間務めたポール・クローデル は詩人のポール・ヴァレリーと共に招かれた夜会で、のちに有名となった次の ようなスピーチをした。日本の敗色濃厚となった一九四三年秋のことだ。 「私がどうしても滅びて欲しくない一つの民族がある。それは日本人だ。 あれほど古い文明をそのままに今に伝えている民族はない。・・・日本は太古か ら文明を積み重ねてきた。・・・彼らは貧しい。しかし高貴である」八木秀次著 『国民の思想』より) (政治評論家)
やはり、江戸時代から始めないと、正しい大日本帝国は描写できない。 維新でも戦争でも日本史の連続性が破壊されてないことを立証せねばならん。 日本において権力や権威と民衆は一定の協調関係にあり、 民意を失った政治組織は都度滅ぼされてきた歴史コラムきぼんぬだ!
>>669 ありがとうございます。わかりやすいです。
自分の書こうとしている内容とは重複しないようですので、
皆さんのレスを参考に別途、本文ないしコラムとしてうpして頂きたく思います。
明治の章にて、西洋が見た日本として彼我の違いを表現するのも方法かも知れません。
689 :
まとめ人 ◆.jHnQPR3d2 :2005/05/31(火) 21:31:56 ID:5dt0G4+V
>>687 乙です。私はペリーで大苦戦中、_| ̄|○
まあまったりやるか。
誰かつっこみ、意見きぼんぬ。
690 :
日出づる処の名無し :2005/05/31(火) 21:40:57 ID:uJ0+vJxc
日本人は、周の民俗に追われ大陸からやって来た殷の民だという説がある。 日本人よ祖国を取り戻すのだ。
申し訳ありません。 突発の仕事が泥沼でした。全く油断しとりました。申し訳ありません。 ために、論難に備えて5KBを超えてしまったメモを再構成する時間が取れていません。 いよいよ、政治信奉によっては論難にあう微妙な領域に入りつつある困難さに震え、 幾分慎重に作業を進めていること、重ね重ねお詫びします。 もう少しだけ待ってください。 近日中には、日本と日本人と大陸文化の関係に、少なからず一石を投じるつもりです。
692 :
日出づる処の名無し :2005/06/03(金) 22:24:50 ID:ZgNCg8G4
がんがれ!
そんなひまあるなら働けよ。 ニートウヨよ。
694 :
邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :2005/06/03(金) 23:16:39 ID:AwixLNpZ
>>693 サービス残業満載のサラリーマンですが何か?
つか、仕事がなきゃもっと捗ってるさ。
さて、執筆に戻るよ。
なにしろ、約20年前の学習内容を再構成するだけでも世界観変わるはずだからね。
695 :
日出づる処の名無し :2005/06/04(土) 00:16:14 ID:GnGIct4r
日本人の罪はどう償っても消えません。日帝支配は韓国の方々に多大なダメージを負わせました。 強制連行840万人・従軍慰安婦20万人・虐殺100数万人、名前や文化を奪い日本の文化を押し付け 、あらゆる方法で搾取し、何もかもを奪い去りました。現在でも韓国領である獨島(竹島)を奪い取ろうと画策したり、 総理大臣が靖国神社を参拝したりと罪を全く反省しない日本人像が世界中の怒りと呆れの的となっています 。このままでは日本は日韓友好どころかアジア、更には世界から孤立するでしょう。 日本人は歴史を正しく認識しなければなりません。 それにはまず日本人は罪人で韓国の方たちは被害者であることを理解しなければなりません。 日本人全員から自然と韓国への反省と謝罪の言葉が出るようになるよう教育すべきです。 賠償金も従軍慰安婦への個人賠償は未払いなので再賠償をすべきです。 そして領土問題での日本の妄言を撤回し謝罪すべきです。しかしそれでも日本人は完全には許されないでしょう。 韓国の方々の怒りは日本人が存在すること自体にあるからです。
697 :
日出づる処の名無し :2005/06/04(土) 02:30:21 ID:O+OQfLPu
チョンという劣等遺伝子を繁殖させて半島以外にばらまいてしまった罪だけは消せないな 責任を贖うには半島ごと地球から消すしかないね
698 :
日出づる処の名無し :2005/06/04(土) 02:59:13 ID:hPvRLCax
ほっ
ほしゅ
701 :
日出づる処の名無し :2005/06/11(土) 05:29:33 ID:sdvxd1GX
平成3年、日本傷病軍人会代表団が戦時は敵国であったオランダを訪問した際、 同国の傷病軍人代表と共に聞いたアムステルダム市長の挨拶が、 以下のものである。 「貴方がた日本は、先の大戦で負けて、勝った私どもオランダは勝って大敗しました。 今、日本は世界一、二位を争う経済大国になりました。 私たちオランダはその間屈辱の連続でした。即ち勝ったはずなのに、世界一の貧乏国になりました。 戦前はアジアに本国の三十六倍もの大きな植民地インドネシアがあり、 石油等の資源産物で本国は栄躍栄華を極めていました。 今のオランダは日本の九州と同じ広さの本国丈となりました。あなた方日本はアジア各地で侵略戦争を起こして申し訳ない、諸民族に大変迷惑をかけたと自分をさげすみ、ペコペコ謝罪していますが、 これは間違いです。 あなた方こそ自らの血を流して東亜民族を解放し、救い出す、人類最高の良いことをしたのです。 何故ならあなたの国の人々は、過去の歴史の真実を目隠しされて、今次大戦の目先のことのみ取り上げ、 或いは洗脳されて、悪いことをしたと、自分で悪者になっているが、ここで歴史をふり返って、 真相を見つめる必要があるでしょう。 本当は私共白人が悪いのです。百年も三百年も前から競って武力で東亜民族を征服し、自分の領土として勢力下にしました。 植民地や属領にされて長い間奴隷的に酷使されていた東亜諸民族を解放し、共に繁栄しようと、遠大崇高な理想をかかげて、 大東亜共栄圏という旗印で立ち上がったのが、貴国日本だったはずでしょう。 本当に悪いのは侵略して権力を振っていた西欧人の方です。 日本は敗戦したが、その東亜の解放は実現しました。即ち日本軍は戦勝国の全てを東亜から追放して終わりました。 その結果アジア諸民族は各々独立を達成しました。 日本の功績は偉大です。血を流して闘ったあなた方こそ最高の功労者です。 自分をさげすむのを止めて、堂々と胸を張って、その誇りを取り戻すべきです
702 :
日出づる処の名無し :2005/06/11(土) 07:10:22 ID:4Nz2wBaH
703 :
日出づる処の名無し :2005/06/11(土) 08:05:55 ID:ERoMMjZO
超優良スレ保守
>>696 朝鮮人を殲滅すれば済むことじゃん。
たぶん、グリーンピース以外のすべての人類も支持してくれるよ。
705 :
日出づる処の名無し :2005/06/11(土) 09:30:41 ID:sdvxd1GX
706 :
AAAZZZ :2005/06/12(日) 21:20:32 ID:gf+9N4oo
>701、この市長にノーベル平和賞が与えられるよう運動しよう。
707 :
日出づる処の名無し :2005/06/13(月) 23:56:49 ID:CiFOOds1
とりあえず「坂の上の雲」は載せとかないとな
時が,熱狂と,偏見をやわらげた暁には, また理性が,虚偽からその仮面を剥ぎ取った暁には, その時こそ,正義の女神はその秤を平衡に保ちながら 過去の賞罰の多くに,その所を変えることを要求するであろう. パール判事の判決文から 百年の後の世かとぞ思いしに 今このふみを眼のあたりに見る 東条英機 昨日,パソコンを整理してて大日本帝国の最期フラが出てきた. 戦前史もさることながら,戦後の戦犯についての部分が重かった. 昨今話題の靖国問題にも通じる話だからってのもあるが,A級戦犯分祀なぞとんでもない. 神道の教義どうこうの問題ではない.冤罪だからだ. 戦勝国が大戦の大義の為に彼らを犯罪者にしたてあげたのは納得できるし, その当時それが必要だったのも確かだろう. だから彼らは日本の敗戦の責任を負って死んでいった. なのに日本人がそれを忘れ彼らを犯罪者として扱うのはあまりに不忠義ではないか. 負ければ賊軍,戦勝国が彼らを貶めるのは致し方ない. だが,日本人だけは彼らを犯罪者として扱ってはいけない.日本の内政では等しく祀るべきだ. いまだ世界の過半が戦後イデオロギー下にある以上,日本側から東京裁判の是非について声を上げるのは得策ではないだろう. パール判事の言う『時』はまだ来ていないと思う.熱狂はともかく,偏見はまだやわらいではいない. ただ,理性が,虚偽からその仮面を剥ぎ取るときは来たはずだ. 虚偽に塗りこめられた日本の歴史を,理性をもって解き放つ. 極東板の歴史教科書.大いに応援したい. ってことで俺もなんか力になりたいんすけど, 理系なんで歴史とかまったく弱いっす…orz