近世総合=火縄銃,戦列歩兵,ナポレオン=江戸・大航海時代5
1 :
名無し三等兵 :
2012/07/19(木) 15:19:42.93 ID:??? 軍事板の近世総合スレです。
概ね、戦場での主役が弓から銃・火砲に変化したあたりの時代での軍事全般を考察するスレです。
国ごとで、中世と近世の区分けの解釈が違ってきますが、
だいたい西暦1400年~1850年ぐらいまで、東洋・西洋・日本国内を問わず、
陸戦、海戦、戦術、組織・動員編成、補給・兵站、諜報、外交、経済、
築城・縄張・要塞・土木技術、火薬、火砲製造技術・船舶・食料・農業や人口など、
軍事や戦争に僅かでも関係することなら何でもOKの軍事考察スレとします。
中世以前の話題については、古代・中世総合スレへ。
1850年以降の話題は19世紀後半軍事考察スレへ。
このスレでのお約束
上記すべての分野を東洋・西洋も時代の区分けも関係なく全部精通している人なんていません。
特定分野に詳しい神が降臨したら歓迎しましょう。
その人が何か別の分野で間違っていても、叩きすぎないようにしましょう。
このスレは、初心者には優しく、敷居は低く、荒らしはスルーしながら、過疎落ちしない程度にマータリ進行です。
2ch外のURLを貼るときは先頭hを外して直リンを避けること。
900踏んだ人は1000までに次スレを立てて、次スレへ誘導すること。
関連スレなどは
>>2 以降参照
前スレ
[近世総合]大坂の陣、火縄銃、戦国・江戸・大航海時代4
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/army/1339290320/ 参考資料:軍事年表(軍事百科事典より)
ttp://www003.upp.so-net.ne.jp/Zbv/sub04.htm
2 :
名無し三等兵 :2012/07/19(木) 15:22:53.62 ID:???
3 :
名無し三等兵 :2012/07/19(木) 15:24:31.52 ID:???
>>ALL 前スレ落ちたので、スレタイ改良して復活させました。 前スレで指摘されていた900でスレ立てルールも入れました。 今度は戦列歩兵ファンやナポレオンファンもスレタイで呼び込めて、過疎落ちしないはず。
4 :
名無し三等兵 :2012/07/19(木) 15:26:35.31 ID:???
5 :
名無し三等兵 :2012/07/19(木) 15:35:18.34 ID:???
6 :
名無し三等兵 :2012/07/19(木) 17:38:41.22 ID:DLHJ0PMp
相互リンク
7 :
名無し三等兵 :2012/07/19(木) 17:39:12.39 ID:DLHJ0PMp
8 :
名無し三等兵 :2012/07/19(木) 17:43:20.49 ID:???
戦列艦とかマジ萌える
9 :
名無し三等兵 :2012/07/19(木) 17:48:10.34 ID:???
10 :
名無し三等兵 :2012/07/19(木) 20:06:03.13 ID:???
とりあえず「島原の乱」について語れるかどうかだな。 いま、BS歴史館でやってるし。 キリスト教布教から見ると日本での足場をついに失ったわけだが。
11 :
名無し三等兵 :2012/07/19(木) 21:09:01.00 ID:???
正直安土桃山の頃のイエズス会士の行いがかなりアレだったりしたから 為政者側からすれば印象最悪なのは当然だな 寺社仏閣に押し入って破壊行為を繰り返し「本尊を薪にして炊いた米はとても美味かった」 とか嬉しそうに日記に書いたりしてるような連中だからな。 しかも呼びだし喰らって何故領主が帰依したからと言って領民にまで強制するのか 何故寺社仏閣で無差別に破壊行為を行うのか 等々詰問されても全く悪びれないんだから警戒されて当たり前 海外勢力な上にこんな性向の連中なら、そりゃ力もったらヤバいと思うわ普通 そうでなくとも宗教勢力が力持つと厄介なのは骨身に染みてるんだし
12 :
名無し三等兵 :2012/07/20(金) 13:21:39.73 ID:???
>>5 戦列歩兵は横隊が一番映えるなぁ
縦隊や散兵が邪道とは言わないけど・・・
13 :
名無し三等兵 :2012/07/20(金) 13:52:15.43 ID:???
ヨーロッパの異常な決戦志向ってどこから来てるんだろう ファランクスから始まりマスケット戦列歩兵まで もっと陣に籠もろうぜ
14 :
名無し三等兵 :2012/07/20(金) 14:53:31.84 ID:???
篭城側にしろ包囲側にしろ、長期に渡る食料の調達が難しかったからだと読んだ事が有るよ。 大軍が一カ所に留まっていると、周囲の調達可能な食料は直ぐに底を尽いてしまうと。 書名が出て来なくて申し訳ないけど・・・
15 :
名無し三等兵 :2012/07/20(金) 14:58:26.97 ID:???
補給戦じゃないかな
16 :
名無し三等兵 :2012/07/20(金) 15:56:54.81 ID:???
徴発しつくしたら移動してまた徴発して~というイナゴ作戦が出来ないために 攻城戦では籠城する側より包囲する側の方が食糧が早く無くなるって話だっけ
17 :
名無し三等兵 :2012/07/20(金) 16:22:20.44 ID:???
フランスのマスケット部隊の兵士は、戦場で敵に向けて進軍中に後ろを向いたら士官に斬り殺されたって読んだ事が有るんですが、ヨーロッパでは督戦隊は存在したのでしょうか?
18 :
名無し三等兵 :2012/07/20(金) 16:24:50.24 ID:???
相手を掠奪済みで飯の無い地域に追い込めば勝ちとかいう話だな
19 :
名無し三等兵 :2012/07/20(金) 16:31:56.06 ID:???
古代と近世は決戦志向だけど、中世は籠城志向だよ。 近世で決戦志向に戻れたのは、大砲で城壁が崩せるようになったからだし。
20 :
名無し三等兵 :2012/07/20(金) 16:41:35.87 ID:???
中世こそ決戦兵科の騎士にオールインなイメージだが
21 :
名無し三等兵 :2012/07/20(金) 16:49:00.27 ID:???
22 :
名無し三等兵 :2012/07/20(金) 18:05:30.27 ID:???
>>20 英仏百年戦争で、名のある野外決戦はいくつある?
23 :
名無し三等兵 :2012/07/20(金) 19:35:03.84 ID:???
>
>>17 >下士官が督戦隊みたいなもの
でも、フリードリヒ大王も傭兵使ってたし、グスタフアドルフがヨーロッパ大陸に侵入した時も後半はほとんど傭兵になってたんでしょ?
だれか、各国の王様や将軍が忠誠心を高めるためになんかやったとか知らない?
24 :
名無し三等兵 :2012/07/20(金) 19:48:00.11 ID:???
フリードリヒ大王傭兵なんて使ってたんか? まあ傭兵じゃなくても兵がよく逃げ出すもんだから 騎兵が常時見張ってたそうだが
25 :
名無し三等兵 :2012/07/20(金) 20:49:59.82 ID:???
>>17 ナポレオン戦争の頃のフランス軍では、中隊が3列の小隊横隊(隊形の基本)を組んだ時に、
各列の左右の端に伍長(1列目のみ中央にも2名)、
1列目右端の伍長の右外側に大尉、3列目右端の伍長の右外側に軍曹、
横隊の背後に、中尉、少尉、曹長が各1名、軍曹が3名、
前が開いたコの字形に将校と下士官に囲まれ監視(?)されていました。
中尉と少尉に関しては、大尉に万が一の事が有った時の為に弾の届き難い場所に控えていたとも言えるかと。
大隊や連隊レベルだと、擲弾兵中隊を督戦隊と予備隊を兼ねて、縦隊の最後尾や横隊の背後に配置する事も広く行われていました。
同時期のプロシア軍では中隊の背後に8~10名の伍長(Unteroffizier)が・・・正に督戦隊。
26 :
名無し三等兵 :2012/07/20(金) 20:59:02.22 ID:???
27 :
名無し三等兵 :2012/07/21(土) 08:37:56.26 ID:???
プロイセンの巨人連隊は、ヨーロッパ中から大男を集めた。
28 :
名無し三等兵 :2012/07/21(土) 09:13:12.58 ID:???
山本七平によると、 大きなやつは、だいたい輜重か砲兵にまわされたそうだけど。 重いものを運ぶのと、大きいと玉に当たりやすいからだと思うんだが。
29 :
名無し三等兵 :2012/07/21(土) 11:56:20.59 ID:???
>>24 フリードリヒ大王の軍は基本的には徴兵でしたよね。
あくまでも対象は国内のプロシア人で、当初は兵力の1/3、戦争中には1/2にも達した外国人兵は傭兵でしたが。
それで傭兵軍のイメージが有るのかも。
傭兵の募集は捕虜からも行われていて、正に「バリー・リンドン」。
ナポレオン戦争で有名なブリュッヒャーも、元はスウェーデン軍兵士。
プロシア軍の捕虜になり、そのままプロシア軍に入隊、順調(でも無いかw)に昇進して最終的には元帥に。
30 :
名無し三等兵 :2012/07/22(日) 13:54:25.70 ID:???
31 :
名無し三等兵 :2012/07/23(月) 20:36:58.63 ID:???
32 :
名無し三等兵 :2012/07/24(火) 01:22:43.56 ID:???
>>24 正規軍所属だけど外国籍ってことです。
29さんのイメージであってます。
当時の各国は王国であって、国民国家の概念がないですから
>>26 確かに、自分の領地で略奪始められたらたまったもんじゃないですもんね。
質問ですが、騎兵隊所属な皆さんの愛馬は支給されるのでしょうか?それとも自前で用意でしょうか?
以前、騎兵の数は貴族の数に比例したと読んだモノで。
33 :
名無し三等兵 :2012/07/24(火) 12:29:23.27 ID:???
>>32 時代や国により違いが有るのでは?
近代的な常備軍(30年戦争以降かな?)では、兵士は支給、将校は給料から捻出する自前かと。
更に、将校、将官は替の馬を戦役に連れて行く事も。
ネイ元帥はワーテルロー戦役中に7頭の馬を失い、最後は親衛隊槍騎兵連隊のコルベール将軍の替え馬の1頭を借り受けた。
34 :
名無し三等兵 :2012/07/24(火) 13:19:35.07 ID:???
元帥で馬を失うってかなり前線まで行くんですね(ガクブル) 18世紀ごろの野戦では会戦中に予定を変更して部隊の進行方向を変えたり撤退させる指示を出す方法は何があったのでしょうか? 早馬(伝令)くらいしか思いつかないんですが、中国みたいに高い丘で色違いの旗を振るとか日本みたいにかぶら矢を放つに類似した通信はあったのでしょうか? 太鼓やラッパの演奏ではあまり複雑な指示はできなさそうなので。(^-^)/ ナポレオンもワーテルローでスルトが伝令を一人しか出さなくて、グルーシーの軍を欠いてしまい敗北しましたよね。
35 :
名無し三等兵 :2012/07/24(火) 14:46:39.40 ID:???
近世のナポレオン軍(イギリス、オーストラリアも同様)なら、命令を細かく噛み砕く下士官がいるから、戦闘中でも回頭は可能だよ。 フリードリヒ大王のときは敵前回頭だけでも、パラダイムシフトだったけれど、このシステムがブレークスルーになったようだね。 そうした個々の戦闘集団に対し中央から命令を出すには、やはり伝令を出すしかない訳で、この伝令にも相応のスキルが要求された。 即ち長距離走、馬術、水泳、フェンシング、射撃などの総合的な技術が必要で、これが五輪の【近代五種】競技へと発展している。 そのくらい重視されたし、またリソースを割いて養成されたということで、当時の軍隊はかなりの数の伝令を抱えていた事だろう。 それでも山一つ超えた先などでは、伝達は送れるし、伝達してる間に状況も変わるから、ここは現場指揮官の判断に任せてしまう。 そこで師団制が採用され、軍の基本方針である【ドクトリン】といった概念も生まれてくる訳だ。
36 :
名無し三等兵 :2012/07/24(火) 15:03:21.58 ID:???
戦列歩兵の一番前もイヤだがラッパ持ち・太鼓持ちも相当きついだろうね 銃弾砲弾が雨あられと降る中でリズムを乱さず鳴らし続けなきゃならんし ランペルールの戦闘時の台詞「ドラム鳴らせ これより進軍」はシンプルだが痺れる
37 :
名無し三等兵 :2012/07/24(火) 15:35:05.02 ID:???
>>35 なるほど、確かに伝令は狙われ易いし、敵の目をさけるからいざとなったら単騎で斬り抜けたり泳いで小川を渡らないといけませんもんね。
>>36 両軍イラついてる中、ラッパやバグパイプなんて演奏したら真っ先に狙われそうでガクブルです(^w^)/
あと、旗手もやばそう、連隊旗を奪いに軽騎兵が来ても武器無しとか(サーベルは持ってた気がする)危険度MAX。たぶんその時は護衛係多分死んでるし
38 :
名無し三等兵 :2012/07/24(火) 19:07:16.55 ID:???
>>34 ナポレオン軍の場合、旅団長/師団長/元帥には尉官クラス、ナポレオンには佐官/将官クラスのADC(aide de camp:副官が一番近い訳?)が配属され、通常は騎馬で伝令任務に着いていました。
ナポレオン付きのADCは単なる伝令では無く、伝令先で戦闘を指揮する様に命令される事も。
そんな事情でナポレオン付きのADCだったラップ将軍は、全身に24ヶ所もの傷が有り、それが自慢の一つでした。
そこまで行かなくとも、ADCは一目でそれと判る軍服を着ていた為、敵から狙われ、任務のさなかに戦死する者も少なくなく、帰還後に指揮官から「生きている君に、また会えるとは思わなかったよ」と言われたADCさえ・・・
初期のナポレオン軍の強さは
>>35 さんの言う通り、現場で判断出来る者、特に優秀な師団長の存在だと言われています。
元帥になると、いかにナポレオンの命令を忠実に実行出来るかが問題に・・・例それが会戦に間に合う様に軍団を48時間で120Km移動させろでも。
ドラムやトランペットも伝達に使われましたが、連隊/大隊/中隊レベル用でした。
39 :
名無し三等兵 :2012/07/24(火) 19:56:32.28 ID:???
>>36 ナポレオン軍の歩兵だと何列目になるかは身長しだいで・・・
中隊が小隊横隊に列んだ時、身長の高いグループが1列目(最前列)、中間グループが3列目、低いグループが2列目に。
更に各列共、右に行く程身長が高くなる様に列びました。
将校や下士官は階級で配置が決まっているので、上記の例外扱いかと。
1列目右端>1列目左端>3列目右端>3列目左端>2列目右端>2列目左端
こう列べば、前進時は背の高い兵士で威圧出来、射撃時は一番背の高い1列目は折り敷くので、背の低い後列の邪魔にならないと言う事かな?
理由までは書いて無かったので想像ですが・・・
40 :
名無し三等兵 :2012/07/24(火) 20:29:46.94 ID:???
ナポレオン戦争の頃は、戦闘時に兵士の私物はどうしていたのでしょうか? 保管してくれる荷馬車がついて来たんでしょうか? 第一次大戦では荷物しょって突撃してましたけど…確か、貴重品は預けてましたね。
41 :
名無し三等兵 :2012/07/26(木) 02:30:07.66 ID:/+TomQC4
当時の兵法家が書いた本が読みたい
42 :
名無し三等兵 :2012/07/26(木) 02:57:42.71 ID:???
ジョミニの戦争概論が中公文庫で一番楽ではないかと
43 :
名無し三等兵 :2012/07/29(日) 06:08:17.47 ID:???
44 :
名無し三等兵 :2012/07/29(日) 07:43:33.05 ID:???
カンチョクトw
45 :
名無し三等兵 :2012/07/30(月) 01:06:09.52 ID:???
46 :
名無し三等兵 :2012/07/30(月) 05:42:52.62 ID:???
母衣衆でしたっけ? あんなの背負ってたら目立ってしょうがないんじゃ?
47 :
名無し三等兵 :2012/07/30(月) 08:17:48.57 ID:???
目立たないと味方に邪魔されるだろ 誰だお前ってことになっちゃう
48 :
名無し三等兵 :2012/07/30(月) 09:33:41.03 ID:???
ヒストリーチャンネルでやってたがあれは矢を防ぐ効果が充分にあるようだな
49 :
名無し三等兵 :2012/07/30(月) 13:09:39.10 ID:???
マジで あんなの飾りですって話しか聞いたことないんだが
50 :
名無し三等兵 :2012/07/30(月) 13:38:26.96 ID:???
戦車の鳥かごみたいなもんか
51 :
名無し三等兵 :2012/07/31(火) 00:41:20.31 ID:???
>>49 マントは肩と腰にそれぞれ接続して乗馬して移動中の風で膨らませると
背後からの矢が全く装着者に刺さらなくなる
52 :
名無し三等兵 :2012/07/31(火) 11:07:30.70 ID:???
ポーランドの騎兵では、羽飾り背負ってたな、wikiにもあるが、あれがあると背後から攻撃しにくいらしい
53 :
名無し三等兵 :2012/07/31(火) 16:44:15.17 ID:???
ウイングハサーのあれは網系統対策って書いてあるのを読んだ記憶がある 逆にひっかかるんじゃねえかと思うけど
54 :
名無し三等兵 :2012/07/31(火) 19:00:51.49 ID:???
そうです、引っ掛けフックとかも避けられたらしいです、むかし、パソコンゲームでよくつかってました。
55 :
名無し三等兵 :2012/07/31(火) 20:43:24.59 ID:???
この時期の軍服が派手なのは、相手を威圧するのも あったみたい。これだけたくさんいるんだぞ みたいな。 軍服がカーキ色化し目立たなくなっていくのは 機関銃やボルトアクション式ライフルの発達によるものらしい。
56 :
名無し三等兵 :2012/07/31(火) 20:50:06.52 ID:???
初期の母衣は、突撃時は身体の前方に回して矢を防ぐのに使ったと聞いた 中に母衣籠を入れた後期の母衣でそういうことができたかどうかはわからない
57 :
名無し三等兵 :2012/07/31(火) 20:52:16.04 ID:???
前方に回してってのは意味あんのかね 後方なら風をはらんで空間装甲的に機能するのはわかるが
58 :
名無し三等兵 :2012/07/31(火) 20:52:25.24 ID:???
ユサールのあれは空力的にヤバくて、ドラッグで落馬するとか聞いたこと在るんだが…
59 :
名無し三等兵 :2012/07/31(火) 21:13:03.48 ID:???
>>55 ボルトアクションに限らず、ライフル全般ね
銃の有効射程が飛躍的に伸びたんで、敵に発見されにくいことが軍服の要件になった
60 :
名無し三等兵 :2012/07/31(火) 21:17:27.82 ID:???
>>57 わからん
昔何かのTV番組で見たイラストでは、前方に母衣の中心を突き出し、
裾の部分で身体を覆うようにしていた
しかし、馬上でそんなことができるのか謎、腕で支えたら腕に当たる矢は防げないよね
あと、風を受けても前方に膨らむわけがないから、後ろにたなびかせたときと同じ効果が生まれるとは思えないんだよなあ
所詮TVだし、後方からの流れ矢を防ぐ話を誤解したのかもしれない
61 :
名無し三等兵 :2012/07/31(火) 21:27:00.90 ID:???
あやしい伝説あたりで検証しないかなw
62 :
名無し三等兵 :2012/07/31(火) 21:28:32.20 ID:???
>>55 黒色火薬で戦場が煤煙でいっぱいになるので
目立たないとやばいというのもあったらしい
確かに単純にでかく見せかけたいだけだろという気がするのもあるが
やたら高い帽子とか
63 :
名無し三等兵 :2012/07/31(火) 22:50:08.80 ID:???
64 :
名無し三等兵 :2012/08/01(水) 06:16:38.94 ID:???
と言うか、伝令が正面から放たれる状況ってどうよ
65 :
名無し三等兵 :2012/08/01(水) 07:44:13.08 ID:???
>>52 突撃時の風で羽が唸り音を上げ、それで威嚇する為と読んだ事が有るよ。
精鋭だけど数が少なかったからと。
以前「世界ふしぎ発見」のポーランド編で現地リナクターを使って実験してた。
ブーンともバサバサともつかない、奇妙な音だったよ。
66 :
名無し三等兵 :2012/08/01(水) 21:40:09.15 ID:???
>>65 ええな(^-^)/
味方に居れば心強いわ、バグパイプもそうだけど不気味さを演出するのは大事よな。
武器の強さもそうだけど、士気(規律、好戦性)が高くないと効果的に戦えないしな、実際に、プレステでFPS(一人称戦争ゲーム?)やってマルチプレイやってる時は、初心者だとパニクって発砲回数が少なかったり、狙いがまとまってなかったりする。
(撃ち返しながら逃げたり、細かく動くのが正しい行動)
ゲームでこうなんだから実戦だと士気が低いと効果的に戦えないのは当然と理解できる
67 :
名無し三等兵 :2012/08/04(土) 10:31:12.08 ID:???
戦列歩兵だろうが、散兵戦だろうが 士気・規律が失われたら軍隊は戦えないからなぁ
68 :
名無し三等兵 :2012/08/04(土) 11:02:52.34 ID:???
673 :名無し三等兵 :2012/07/30(月) 12:18:34.20 ID:???
youtubeによく上げられてる古式銃砲の再現も鎧兜に火縄銃、と戦国時代の砲術の復興版でおもろくない。
やっぱりズボンに陣笠と前装式ライフルと銃剣による密集陣形とナポレオン戦争ばりの統制の取れた
幕府歩兵隊を再現してくれないとw
754 :名無し三等兵 :2012/08/04(土) 08:34:54.17 ID:???
>>673 毎年、東京都板橋区高島平で行われる祭りでは
西洋流火 術鉄砲隊保存会による銃隊演武が見れるよ。号令すらもすべてオランダ語で演舞している。
幕末(19世紀後半)の軍事全般4
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/army/1309702976/
69 :
名無し三等兵 :2012/08/04(土) 11:49:07.40 ID:???
マスケット時代を扱ったミニチュアウォーゲームだと、何をやるにもサイコロを使った士気チェックをさせられたなぁ 失敗しまくって、まともに移動が出来ない事も・・・ 銃砲撃さえ、相手に不利な士気チェックを強要する為の手段に過ぎなかったし。
70 :
名無し三等兵 :2012/08/04(土) 13:21:26.53 ID:???
>>69 面白そうだなそれ、隊列が崩れて戦線が崩壊し始めたらいかなる将校でも逃走を止められない。
ワーテルローの時の追撃は一晩中追いかけたらしいけどフランス軍は隊列を保ってたと理解してok?
71 :
名無し三等兵 :2012/08/04(土) 22:09:22.17 ID:???
>>70 ルールにもよるけど、1個大隊を再現するのに25mmフィギュアが40体位必要なので・・・
趣味の時間を、ひたすらフィギュア塗装に費やす覚悟がw
当初、ワーテルローからの退却は、かなり混乱していた様ですよ。
道に溢れる兵士でナポレオンの馬車が立ち往生、急いで馬に乗り換えた位。
(あまりに慌てたので馬車に帽子と剣を置き忘れ、後にプロシア軍が回収、現在もベルリンの博物館に)
その混乱を収拾したのは意外にも(?)グルーシー元帥。
元から率いていた3万2千に本隊の敗残兵を収容しつつ退却、最終的に約6万の兵をパリに連れ帰りました。
騎兵出身だけあって立派に殿軍を務めたのに・・・
72 :
名無し三等兵 :2012/08/05(日) 01:02:28.36 ID:???
>>60 それって江戸の軍学者が考えたトンデモ解釈の一種ではなかろうか?
ともかく、後ろに流した母衣は矢を止めるというより
矢の軌道を逸らして直撃をかなり減らす効果はあったみたいだね。
73 :
名無し三等兵 :2012/08/05(日) 05:22:04.73 ID:???
>>71 一個大隊で40体しかも、敵役もいるわな…
わたしは以前、タミヤの歩兵チームセットを5セット一気に作った事があるのですが、あれ以上とはwwww
当時のヨーロッパでは戦場で計略は使われたことは有るのでしょうか?
偽装退却からの伏兵や火計、カカシを立てて人数を水増しなど。あまり本やネットで見たことがないです(^ ? ^)
(藪から出た)ツィーテンてドイツにいましたけど、後からきたグルーシーはあんまり嬉しく無いな
74 :
名無し三等兵 :2012/08/05(日) 13:29:06.59 ID:???
偽装退却からの伏兵はコサックの得意分野で、ロシア戦役でかなりの例があるよ。 ただ、それ以外の計略はあんま聞かないし、やる意味がなかったと思う。 戦闘の規模と戦場が絶えず移動する関係上、カカシとかで人数の水増しすることは労力がかかる上、偵察部隊と交戦したら一発でバレちゃうし。 火計も、焦土作戦の一環ならともかく、戦場や都市でやるには、燃やすのに必要な火力は多分あつまらないし、集めようとしたら凄まじい労力が必要。 少数で数を補うために行うのが計略なのに、コスパが悪くなっちゃってるから、逆に、意味ないものとなってるんじゃないかな。
75 :
名無し三等兵 :2012/08/05(日) 18:04:31.77 ID:???
>>73 火計がどの様な物なのかが判らないので的外れかもしれませんが・・・
1809年のアスペルン-エスリンク会戦で、ドナウ河に架かるフランス軍ポンツーンブリッジを、オーストリア軍が河に浮遊物(廃材、老朽船、艀等)を流して破壊した事が有ります。
その時、一部の老朽船には火を付けて流したと。
計略とは奇策や奇襲の類いですか?
76 :
名無し三等兵 :2012/08/06(月) 01:21:00.02 ID:???
77 :
名無し三等兵 :2012/08/06(月) 02:31:17.11 ID:???
>>75 73です、そうです、横山光輝三國志で司馬懿大都督がよく諸葛孔明にはめられるあれです。
「まて、孔明のわなだ」あれです。
奇襲はちょっと違いますね。
第二次世界大戦ならロンメルが戦車の着ぐるみを乗用車に乗せて走ったり、ソビエトが丸太で砲兵陣地を作って偵察を混乱させましたよね。
78 :
名無し三等兵 :2012/08/06(月) 08:38:27.59 ID:???
ヨーロッパ(特に西洋)は基本的に○計ってないよね 戦術的には策を練るんじゃなくて、あくまで軍隊同士決闘させてるって感じ そもそもヨーロッパって横山三国志みたいに岩落とせる山とか燃やしたり隠れたりする森とか せき止めて決壊させる川付近での会戦ってほとんどないんじゃないだろうか 特に森なんて行こうものならすぐ兵士が脱走するし
79 :
名無し三等兵 :2012/08/06(月) 08:39:12.75 ID:???
んなわけねー
80 :
名無し三等兵 :2012/08/06(月) 11:46:46.13 ID:???
>>71 戦術指揮官としては優秀だからw<グルーシー
81 :
名無し三等兵 :2012/08/06(月) 12:20:59.52 ID:???
>>78 確かにそうですね、フリードリヒ大王も、森の中を進む時は側面を軽騎兵に見張らせたらしいです。
藪に火を放つ位はやったかもしれませんがね(^-^)/
82 :
名無し三等兵 :2012/08/06(月) 12:49:52.53 ID:???
>>78 というか三国志演技だしw
派手にやらないと読んでくれないw
西洋でそういう軍記物あるんだろうか
83 :
名無し三等兵 :2012/08/06(月) 12:54:56.39 ID:???
陽動や遮蔽は有るけど、このスレの時代だと
>>77 の様なケースは余り聞かないかも。
1805年戦役のタボール橋の一件が近い?
オーストリア軍の一隊がドナウ河のタボール橋を守備していて、フランス軍の手に渡る様なら爆破する為の火薬も仕掛けた。
そこへ、フランス軍のミュラ元帥とランヌ元帥が兵を連れず二人だけで現れ、
「講和が結ばれ、この橋は我が軍が管理する事になった」と。
オーストリア軍指揮官は中々信用せず、接収の為に近付いて来るフランス軍予備擲弾兵を視認すると、砲撃と橋の爆破を命じたが、
「講和を台なしにする気か!」
と、両元帥から一喝され中止、その後に一悶着有ったものの、結局は橋を明け渡して後退して行った。
当然、講和は嘘w
15世紀なら、ワラキアのヴラド・ツェペシュ(ドラキュラ)は劣勢だった為か、奇策を用いる事も。
角川や中央公論の正史に載っていたよ。
84 :
名無し三等兵 :2012/08/06(月) 20:47:32.06 ID:???
>>83 スゲーo(^▽^)o
元帥2人で来たら信じるわ、苦肉の策ですな。
>>82 翻訳されてないだけかと、ただ、中国や日本は竹や木の板に書いて巻物作ってたから羊皮紙よりは残りやすかっただろうけど。
85 :
名無し三等兵 :2012/08/07(火) 07:43:03.80 ID:???
>>82 騎士道物語や武勲詩が近いのかもね。
「ローランの歌」みたいな。
内容が軍事とは限らなかったり、史実と比べて派手と言うよりも別の話しになってるけど・・・
86 :
名無し三等兵 :2012/08/07(火) 09:27:33.12 ID:???
>>72 > 239 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/07(水) 17:26:05.42 ID:6l+42zsZ
> 今ヒストリーチャンネルで母衣が矢よけになるのかテストしてる
> 242 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/09/08(木) 03:41:13.71 ID:I+b0sbC3
>
>>239 > で、結論は?
> 244 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/08(木) 17:00:54.62 ID:NnSpjcYy
> ≪こんな布で矢を防げるのか?テスト≫
> 矢:先端がロケット型(所謂鎧を貫通させる矢)と先端菱型(刃物形状) の2種類
> 弓:日本製長弓
> 的:粘土で作ったマネキンに母衣(形と材質は史料から再現)を付ける
> (馬で走っている事を想定し前方から扇風機で風を送り母衣を膨らませる)
>
> テスト結果 マネキンまで到達したもの
> ロケット型:10本中0本
> 菱型:10本中3本
>
> スーパースロー映像:絹の母衣が飛んできた矢に絡みつきエネルギーを奪う事で無力化させると結論
> 乗馬した人が付けた映像では母衣が左右に大きく動き狙いを定め難そうだとも言っていた
> 十分評価できる装備とされた
>
> 245 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/08(木) 17:48:49.90 ID:AsuXHtqr
> 母衣凄いな
87 :
名無し三等兵 :2012/08/07(火) 14:33:28.60 ID:???
母衣でそれならマントをなびかせてたのもそれなりに意味があるんじゃね?
88 :
名無し三等兵 :2012/08/07(火) 15:00:22.30 ID:???
つか背中を防御してもあんま意味ないじゃん 実験の画面見たかったなぁ
89 :
名無し三等兵 :2012/08/07(火) 16:16:53.94 ID:???
伝令は背中を晒すから意味がある
90 :
名無し三等兵 :2012/08/07(火) 20:07:27.23 ID:???
前は見えるからある程度警戒できるけど、後ろは急いでる状況じゃあ気にしてられないからな
91 :
名無し三等兵 :2012/08/07(火) 20:21:27.57 ID:???
一度ポンチョを着てバイクに乗った事が有るけど、風の抵抗が物凄く、バイクから剥がされそうになったよ。 母衣も結構な抵抗に成りそうだけど・・・ 速度を落として追い付かれたら意味ないよなぁ
92 :
名無し三等兵 :2012/08/07(火) 20:37:17.26 ID:???
伝令通りまーす道あけてーって味方にわかりやすくするのが第一だべ
93 :
名無し三等兵 :2012/08/08(水) 14:29:40.91 ID:???
大河ドラマみたいに背中に旗さした方が身軽な気がするが…
94 :
名無し三等兵 :2012/08/08(水) 17:09:16.23 ID:???
馬じゃ時速50kmくらいしか出ないし、バイクとは条件が違いすぎるよ。
95 :
名無し三等兵 :2012/08/08(水) 18:50:33.45 ID:???
馬に対する防御も兼ねてるんじゃね?勘だけど
96 :
名無し三等兵 :2012/08/10(金) 21:01:50.68 ID:???
軽騎兵が軽騎兵らしく使われるのって 西欧ではナポレオン戦争かそれよりちょい後くらい? 東欧ではその数百年前からだろうけど
97 :
名無し三等兵 :2012/08/10(金) 23:59:12.34 ID:???
軽騎兵の定義ってあるの?
98 :
名無し三等兵 :2012/08/11(土) 07:09:45.45 ID:???
装甲の有無
99 :
名無し三等兵 :2012/08/11(土) 08:50:01.83 ID:???
軽騎兵が<light cavalry>を指すのなら装甲の有無とは言い切れないかも? 30年戦争や清教徒革命の頃までなら、 ハーフアーマー、アーマー無し:軽騎兵 フルアーマー、3/4アーマー:重騎兵、胸甲騎兵 かと。 ナポレオンの胸甲騎兵も一昔前なら軽騎兵扱い。 ただし、人馬の体格は違うけど。
軽騎兵 一般的には胸甲など甲冑を一切付けずに、従来の突撃には重きをおかず、 偵察、警戒、後方攪乱などの任務を重視した騎兵かな。もちろん、状況に応じては馬を下りて歩兵としても戦える。
それだとドラグーンも入るな
馬の種類もあるでしょ? 足が早い馬に軽装で乗るから速度が出せるわけで。 襲撃されるなら、当時の歩兵の銃は有効射程が50~90位だから初弾発射無しでいきなり銃剣戦闘始めるのかな? おれなら縦列行進中に側面から襲われたら死んだふり位しかできんわ
騎兵の装甲の程度は時期によっておおむね規定されるので 甲冑非装備を用件にした時点で相当時代が限定されるな
胸甲騎兵って、体の露出部分は多いけど、胸甲が厚くなっただけ重くなり、装備全体の重量としてはかなりの物だったよ? その役割も敵陣に突入することだったしね。
>>102 馬の種類と言うか、体格も重要みたいだね。
30年戦争当時のスエーデンは国内で体格の大きな馬を調達出来なかったので、胸甲騎兵は外国人傭兵(主にドイツ人とラトビア人)に頼ることに。
その代わりに本国軍では汎用性の高い軽(装)騎兵を編成したと。
>>105 たしか「補給戦」にエピソードありましたね、そういうの、「我が軍の騎兵はなんてみすぼらしい馬にっているんだ」というやつ
結局、
>>96 の言ってることって合ってんの?
ナポレオン戦争見る限り、偵察とかはともかく後方撹乱とかは西洋では重視されてないように思えるけど
やはり、ナポレオンによる国民皆兵のシステム作りまでは儀礼的戦争が多かったからじゃないか? 相手の街の近くに布陣して、相手と対峙してから戦場の真ん中に士官が出てきて。 「やぁ□□公爵、ロンドンで5年前にお会いしましたな」 「お久しぶりです、◯◯伯爵、ホワイツ(ロンドンにあった紳士だけが入れるクラブ、飲酒、トランプ賭博や重要な話し合いがされた)でお会いしましたな」 「ここに、女王陛下からの書状があります、どうか街を無血開城して下さい、民の安全は守ります」 「それはできません、この戦いはイングランドには大義はありませんよ、この剣にかけてこの地は守り抜く」 「残念です、言い訳は考えてきましたか?」 「では、勝負だ」 「おう!」 みたいな感じじゃね?
西洋って中世までは街とか城が包囲されてある程度の期間経つと 降伏が認められてたけど、近世入ってもそうなの?
>>107 軽騎兵(light cavalry)は汎用性の高い兵種だから、らしく無い使われ方が余り思い浮かばない気も。
艦隊の接収や要塞攻略をしたユサールさえいるし・・・
西欧ではスペイン継承戦争からオーストリア継承戦争や七年戦争にかけて、各種軽兵(歩兵、騎兵共に)の研究や編成が行われていたので、どちらかと言えば「らしい使われ方」をしていた時期では?
試行錯誤は有ったろうけど・・・
強いて、らしい使われ方と言えば、陽動や遮蔽、偵察や追撃、後は後方撹乱?
陽動や遮蔽、偵察は1805年の対オーストリア戦役が有名(重騎兵も一緒だけど)だし、偵察や追撃は1806年の対プロイセン戦役の物(こちらは軽騎兵が主役)が。
後方撹乱だと、半島戦役でのスペインゲリラ、1812年のロシア戦役でのコサック辺りとか。
後方撹乱に関しては、南北戦争での騎兵挺進が一番有名かも。
軽騎兵は上官の宿の確保も仕事だったようですね、先回りして、その地域の商人や領主の館を接収したらしい
>108 マキャベリの書いていた「馴れ合い」という、傭兵に対する批判なら、単なる中傷に過ぎない。 当時の傭兵隊長は、資本とその影響下にある軍備や兵站を理解し、合理的に戦争を進めるプロだった。 企業家としての側面も強いから、ブラックウォーターなど、現代の民間軍事組織にも近い。 兵士たちが軍事訓練を受けた、或いは実戦の中で学んだ、プロだった点でも同じだ。 実際にマキャベリが市民兵を編成させたら、アマチュアばかりで惨敗した事がある。 >109 慣例として、大砲を据え付けるまでに降伏しなければ、その街を略奪しても良い事になっていた。 もちろん和平・降伏交渉が行われた場合は、その限りではなかったが。 だいたい街を焼き払って、住民を皆殺しにしちゃったら、征服・占領する意味もないからね。 ただ交渉が守られない事だってあったろうし、革命の狂騒で無意味な虐殺も繰り返されていたが。
武装がローマに似てるからというだけで、テルシオ化する前の時代遅れのスペイン歩兵を絶賛していたマキャベリ
密集陣形はローマひいてはギリシャの呪いと言っても良い
>>109 1793年にマインツで兵力22000のフランス軍、1800年にジェノヴァで兵力18000のフランス軍が包囲され、それぞれ三ヶ月の篭城後に食料欠乏の為に降伏。
どちらも降伏交渉の結果、将兵は捕虜にはならず、全ての武器や連隊旗を所持したまま本国に帰還。
マインツでは、向こう一年間は外国軍との戦争には従軍しないとの条件付きだったけれど、ジェノヴァは?
1806年のイエナ敗戦後の追撃戦で、プロイセン兵が都市や要塞で包囲され降伏したけれど、その時、降伏文章に「弾薬欠乏の為」の一文を入れる事にこだわったと。
フランスは食料、プロイセンは弾薬、ある意味イメージ通り?
ジェノヴァでは街から犬や猫の姿が消え、疫病も流行りだしていたから、実際に深刻な状況だったけれど。
例え重要な都市と言えども頑強に抵抗すれば、1809年のサラゴサの様に、街は破壊し尽くされ軍民にも莫大な損害が・・・
スペイン歩兵やイタリア流軍団兵、ツヴァイハンダー兵などは決して時代遅れの兵種ではなかった。 少なくとも攻勢能力に関しては、長槍兵に勝るものが存在した。 不整地での戦闘能力は長槍を凌駕した。 ただ、機動力と防御力に難が存在した。 特に、騎兵の突撃力が古代より発展しているため、有効な対騎兵装備を持たぬスペイン歩兵は苦しんだ。 結局銃火器の発展により、多くの国は剣兵による白兵戦での突破攻撃を断念し、マスケットによる遠距離での打ち合いへと切り替えた。
>>115 キリスト教圏同士だと戦争してても交渉してても、
お互いに暗黙のルールみたいなのがあるかんじだね。
いや、オスマントルコに対しても、十字軍のときでも、
イスラムとの折衝はあっただろうけど。
最高の成果をあげたのが、十字軍に含まないときもある
シチリア出身のたしかフリードリヒ皇帝のときらしいね。
名前あやふやですまん。
シチリアはイスラム文化とキリスト教が混在する国だったそうだから。
日本だと、元寇とか秀吉の朝鮮征伐くらいしか国際的には例が無いかな。
>>112 やはり、プロだからこそ殲滅戦には移れないと思います。と、いうのもた私はプロの条件というのはやるべき時としない方がいい時の違いを知っている事だと思うんです。
アパート経営でも株取引でも、場所や業種、タイミングが重要な事や一つの取引が失敗した時にどうすればいいか知っているのがプロでそれ以外はセールスマンなんですよ。
傭兵隊長がプロなら、手柄を上げるより、隊の損失を少なく保つ方が重要な事を知っているはずです、つまり死ぬ気で刃向かう敵よりも、逃げ腰の部隊に大勝ちした方がいいと考えるはずです。
以上を踏まえて、損失にシビアになった結果として儀礼的戦闘になってしまったと、私は考えます
いかにも。 実際に傭兵隊長の仕事は勝つことより破産しないことだし、戦争に負け続けても生涯を全うする者だっていたろうさ。 ただ「敵を一人残さず皆殺しにせよ」とか「降伏は許さない、最後の一兵まで戦死せよ」なんてのは、既にまともな軍隊じゃないぜ?
あと、徴募兵と志願兵を比べて志願兵が強いと考える学者もいるけど、一概には言えないと言うのもまた事実 マキャベリの時代には条件付け訓練がされていなかったから、戦士の強度は個人の闘争心に依存した 人型の人形を突いたり、ニワトリなどをしめれば恐怖心は減るらしいが、やはり恐怖心の対応はこれからも訓練の課題だろうね ただ言えるのは、キチガイの群れより、大震災でもパニックを起こさずに帰宅して出勤する様な日本人みたいな奴らの方が危険てこと
銃の時代になってもビビらない兵を養成するのは大変だしな
銃でも弓矢でも剣でも石でも棍棒でも拳でも、 そりゃ大抵の奴はビビりまくりだろ、普通。
>>117 救援の当ても無い状態では、一定期間、攻囲軍を拘束すれば義務は果たしたって感じなのかな?
攻囲軍としては、名誉に配慮すれば篭城軍は降伏すると判ったら、その様にするだろうし。
革命期~ナポレオン戦争期のフランスとかインディアンは 状況や理由は違えどマスケットの一斉射撃にはさほどこだわらなかったみたいだけど やっぱり相手の士気を落とすって意味合いでは一斉射撃に優ることはないよね
>>123 むやみに虐殺したら相手は死に物狂いになるし、身代金貰えるからむやみに殺すのはマズイ、結構王様でも捕まってる。
よく、中世の絵画にでかい十字架もった僧侶が描かれてるけど、あの人は交渉役だったらしい。降伏条件を詰めるのはある程度インテリじゃないとな。
>>122 自分に発砲してくる相手や剣を振り回す相手との訓練なんてなかなかできないもんな。
現代のアメリカ軍の訓練ではマシンガンの弾の下を匍匐前進する訓練があったはず。
あと、ユウチューブで、中国人民解放軍の射撃訓練で教官が的のすぐ横にいて「右、左!」と指示出すヤツを見たことがある。
ナチスドイツも、榴弾の弾着に続いて突撃に移れる様に弾着の150m後を進撃する訓練をしてたから訓練中死傷者続出した。
>>118 意外に思うだろうけれど、スイス傭兵は捕虜を取らないし、略奪した物は仲間で公平に分配し、スイス傭兵同士の戦いですら、徹底的に戦ったよ。
何しろ兄弟が敵味方に別れてしまい、一時停戦を呼び掛けた兄に対して、弟が「卑怯者!」と叫んで刺し殺し、部隊同士も熾烈な戦いを始めたと言うんだから。
ただしスイス傭兵の時代、スイスはハプスブルクから独立して一種の共和国だったから、スイス傭兵にも国民軍的な気質があった。
むしろ外貨獲得の為に、余剰の国民軍をレンタルしたと考えるべきかも知れないな。
またスイス傭兵が伝統的にフランスに使え、神聖ローマ帝国やオーストリア、スペインでなかったのも、反ハプスブルク感情に由来する。
イタリア都市国家の場合は足下見られる立場だから傭兵に乗っ取られたり 二重契約で金だけ取られたり指揮官としての能力の無い脳筋に大金はたいたり 酷い目にあってた 自前の強大な兵力抱えてるフランスはそのへんの心配は無い
スイス盟約者同盟という名称が示す通り、スイスは都市国家の連合体とかんがえるのが正しくないか? だとしたら、イタリア人が第一次大戦直前まで分裂してたみたいに俺はチューリヒ人、あるいはベルン人みたいな考えがあっただろうと仮定できる。 しかも、傭兵の派遣受付は州ごとだったからなおさらスイス人同士で戦うことを忌避する理由はない。 あと、危険な職場で略奪品はモメる原因になっちゃうから海賊も平等に分ける。 アフリカの狩猟採集民も平等を重んじてる
組織の構成員全てが平等に暴力を執行できる環境では、富の分配も平等にならざるを得ないわけだ。
>>129 それと不安定な状況での保険的な役割りもあると思います。
行動中に怪我しても周りが助けて(荷物を持つ、食糧を分け合うなど)くれれば生存率が高まりますから、平等を保つことで助けあおうとしたのでしょう。
でも、なんでスイス人だけ残酷になれたんだろ?アジアならモンゴル人は子どもの頃から家畜を屠殺する場面を見たりやったりするから残虐になれたらしいけど、ヨーロッパは牛や馬で鋤を引いてたはずだけど、肉食はあまりしなかったのかな?
>>130 アルプスの少女ハイジで、山羊を潰すの潰さないの話があるから、
肉食はしてるはずだが、いつもパンとチーズ食ってるな、ハイジは。
>>124 こだわらなかったのでは無く、オーストリア継承戦争以降のヨーロッパでは小隊射撃が主流だったので、それに倣っただけかと。
大隊を複数の小隊(多くは8個)に分割して小隊毎に順番に射撃して行くと、最後の小隊の射撃が終わった時には最初の小隊は再装填が終わっている。
繰り返して行くと、大隊は間断無く射撃していることに。
大隊の一斉射撃は突撃の阻止射撃に使われるのが一般的だったみたい。
その意味では士気を落とす効果は有ったと思います。
ただし、射撃側の兵の士気も高くないと恐怖に駆られて発砲してしまい、斉射を台なしにする危険も。
独立戦争初期のアメリカ義勇兵は、それを防ぐ為に早め(遠め)に一斉射撃をする事も多く、貴重な初回斉射を無駄にしてしまい、イギリス兵から嘲笑されたと。
大隊の一斉射撃については、ウォルフ将軍に付いて調べると面白いかと。
>>124 インディアンは襲撃を重視してたんじゃないか?インディアンの戦いに正々堂々ぶつかり合うとかないし。
>>124 インディアンは敵のリーダー格を潰すための狙撃とか普通にやってたから
どっちかというと射撃の精度重視で準備できたやつからすぐ撃ってく方式みたいよ
だから一斉射撃にはこだわらないというか、そういう概念があったかすらどうか
ナポレオン期の場合は一斉射撃より機動の方を重視したから
教練がそっちまで行き届かなくて結果的にそうなったって聴いたことあるな
個人的には
>>132 のソースを教えて欲しい。小隊射撃が主流ってとこ
>>134 全体を統制しなくてもインディアンは部族単位だから逃げ(脱走)にくいしな、親兄弟とか親戚と一緒だから周りの目がある
日本の侍もヨーロッパの徴募兵とは違って一族で戦いに行く事が多かったから逃亡は少なかった。
132の話は本かな?
136 :
132 :2012/08/20(月) 12:53:53.36 ID:???
>>132 ×オーストリア継承戦争以降の
↓
〇オーストリア継承戦争以前から
>>134 >>135 >>132 の話しは、
「戦闘技術の歴史3 近世編 創元社」
「フリードリヒ大王の歩兵 新紀元社」
ナポレオン戦争まで届きませんが・・・
早く「戦闘技術の歴史4」を出して欲しい。
後は、
「The Anatomy of Victory: Battle Tactics 1689-1763 著 Brent Nosworthy」
「Imperial Bayonets: Tactics of the Napoleonic Battery, Battalion and Brigade As Found in Contemporary Regulations 著 George Nafziger」
こちらはこちらで、アメリカ独立戦争が抜けていますが・・・
インディアンは密集隊形を採用していなかった様ですから、一斉射撃の様な統制射撃とは縁が無かったのかも?
>>136 戦闘技術の歴史3にはミンデンあたりでもう小隊射撃してなかった
みたいなこと書いてなかったっけ
まあ他のやつに大陸軍が取り入れた的な事書いてあったのかもしれんけど
早く4ナポレオン戦争編の発売してほしい
個人的に、今とある国家の中心でない民族・人種で固められた(外国人傭兵含む)
連隊とかがお気に入りなんだけどスコットランドやアイルランド、スイス、ナポレオン期のポーランドの他に
そういうのの有名どころってない? 東欧の騎兵とか?
138 :
名無し三等兵 :2012/08/21(火) 03:05:20.17 ID:7FvFPmHv
>>136 あれか~www
古代編を立ち読みした事ある、あれは丁寧に書いてあるシリーズですね
>>137 わかります、そういう部隊になぜかロマンを感じるんですよね、コサックはどうですか?第二次世界大戦の時もナチスのssに参加してますし、ナポレオンにも協力してたはずです。
スコットランド部隊はフランス軍に参加している時もバグパイプは吹けたんでしょうか?
138みたいな人って、傭兵部隊や外人部隊の負の部分 というのは、見ないふりなのかな~? 慢性的に給料の支払いが滞り、士官は兵士の略奪暴行は見て見ぬふり とか
140 :
名無し三等兵 :2012/08/21(火) 20:45:26.95 ID:7FvFPmHv
138ですが、絵画「ベルダの開城」に描かれているスペインの将軍、アンブロジオ・スピノラはスペインから戦費を貰えなかったというのは知ってますし、ランツクネヒトが家族連れで戦争してたのも知ってます。 当時にATMがあったらスピノラは泣いて喜ぶでしょうね。 でも、金貰えないのに傭兵契約って意味あるのかな?私掠船許可状みたいなもんかな?大義名分目当ての。
ヴァレンシュタインだな うまくすれば政商もつく
30年戦争当時つくられた詩みたいだけど お前が大きくなり、胸幅も広くなり 寡兵太鼓が鳴ったなら それについていくがよい 子供よ、かあさんの忠告をおきき お前が戦場で倒れることはあっても 兵隊に虐殺されることはなくなるよ 略奪強姦された母親が、子供がそれをまぬかれるように 言ったとある 傭兵の乱暴狼藉については、グリンメルスハンゼンの 「阿呆物語」にもくわしい。
>>142 寡兵太鼓?
募兵じゃなくて?
息子はその時の子供でゴロツキ兵隊のどいつかのタネか…
母ちゃん素直には息子愛してないな
なんというかいたたまれない詩だのう…
募兵の時に素直に従わないとぶっ殺されるし 全部が全部そうだったかわからんけど
145 :
名無し三等兵 :2012/08/21(火) 22:12:26.46 ID:7FvFPmHv
146 :
名無し三等兵 :2012/08/22(水) 08:12:45.36 ID:Lw2tRya0
マスコミは特亜系左翼・カルト宗教団体が行っている自殺強要ストーキング、「ガスライティング」を報道しろ
147 :
名無し三等兵 :2012/08/22(水) 14:53:53.29 ID:YVm6tmy5
スレ立てた
>>1 (
>>3 )だけど
ホント、スレタイは悩むね
姉妹スレから転載
111 :名無し三等兵 [] :2012/08/22(水) 11:50:21.95 ID:???
>>100 軍事板ではスレタイ文字数48バイトという制限がある
他の板ではスレタイは長くてもOKなところも多いのだけど
軍事板は2ch最初期のころに作られた板なので
板設定が初期設定のままでスレタイ文字数制限が非常に厳しい
148 :
名無し三等兵 :2012/08/22(水) 19:39:43.62 ID:/M4H1oIv
30年戦争当時は軍隊というより娼婦や行商を引き連れた、武装した難民の群れだな
>>137 大陸軍が採用していた斉射は、王政時代の規定を引き継いだもので、
小隊、division(2個小隊からなる隊)、半大隊、大隊
の4種類の斉射でした。
最後の大隊斉射が一般的な一斉射撃のイメージかと。
1791年に新しく随意射撃が追加されました。
射撃は1列目と2列目が行い、3列目は装填と装填済みのマスケットを前二列に渡すことに専念するシステムです。
実戦では状況に合わせた各種隊形に、これまた多くの射撃方法を組み合わせていたと。
革命期の練度の低い兵では、散兵+縦隊で押し切りたくなっても仕方が無いか・・・
150 :
名無し三等兵 :2012/08/22(水) 20:53:36.69 ID:7v/Z46f5
マスケット銃の有効射程は70メーター程度らしいですが、一か八かダッシュで斬り込むような戦術は顧みられなかったんでしょうか? もしくは弓に回帰するとか
それただの銃剣突撃
射程ギリギリあたりで挑発して撃たせて突撃はある で、二列あるとそこにまたぶち込まれる
フリードリヒ大王は発砲禁止していきなり銃剣勝負とかもやってた
>>150 ハイランダー・チャージとか、カール14世のスウェーデン軍とか
マスケットの時代でも、勇猛な兵をそろえられる勢力は、
マスケットの支援下に槍で突撃かましてた軍隊もある
時代が下っても銃剣突撃(現在でも英軍はやってるが)があるし
>>154 それがアリなら、敵の戦列歩兵に白兵で切り込むんではなく、
擲弾兵が擲弾をぶち込みに行くようなのはダメだったのかね?
20メートルぐらいの距離から2、3発放り込めたら、小隊ぐらい吹っ飛ばせるんじゃね?
156 :
名無し三等兵 :2012/08/22(水) 22:28:09.54 ID:7v/Z46f5
スイス兵のハルバードを持っての突撃がイメージなんですが、あんまり多用はされて無かったんですね、ガックシ(T-T)
突撃が現実的な脅威として残ってる間はテルシオのパイク比率が下がらん
>>155 黒色火薬の威力なんて…
手榴弾のようにはいかん
導火線への点火のタイミングもあるし
ある程度距離とって円盤投げみたいにでも投げないと事故続発かと
擲弾兵時代の擲弾って黒色火薬といっても、3ポンドぐらいあるやつだよね? 主に要塞戦や海上の白兵戦で使われたらしいけど、 密集した戦列兵が相手なら威力は十分なのでは。 転がってきたところで導火線を切られてアウトか?
なげかしても打ち返しても蹴り返しても踏んづけて消してもお好きなように
バリケードとかが目標の対物用としてなら使えるけど、対人用としては導火線の存在が致命的ってことかね?
>>159 約1.5Kgのものをどの程度投擲出来たのだろうか。
オレ、全く自信無しだわ。
>>162 参考までに陸上競技の砲丸投げだと、一般男子で16ポンドだそうな。
これの世界記録が23メートル。
選りすぐりの大男の擲弾兵がその5分の1未満の重さを振り回してブン投げるんなら、もっと飛ぶだろ。
なるほど、1.4キログラム程度なら50メーター程度は投げれるかもな。(ノートパソコンの約半分)
でも、もし自分が戦列歩兵で進撃中に擲弾兵の部隊に遭遇してしまったら手榴弾の爆発を抜け、さらに斉射を受け、最後に銃剣戦闘からの取っ組み合いか…
ほぼ捨て駒でんがなwwwww
>>159 は凄すぎる、転がってきた手榴弾の導火線切りに行くなんて強心臓すぎる。
しかも、相手は10人以上が一斉に投げるだろうから少なくとも自分付近のいくつかは同時に解除しないといけないわけだ、敵の目の前で…
1.5Lペットボトルを50M投げられるって、結構凄くないか。
擲弾本体や投擲距離の資料って殆ど見当たらない・・・
野戦で使用されていた期間は短いのかな?
>>165 投手の沢村栄治が手榴弾の投擲競技で78m投げたそうだよ。
九七式(445g)、九九式(300g)どちらなのかは不明だけど。
それから考えると、1.5kgで50mはどうなんだろう・・・
槍投げで800グラムか あんまり重くなると肘しならせるオーバーハンドは使えなくなるから フォームが変わって一気に距離が激減する
現在の手榴弾でも40mだから、より条件の悪い擲弾では大した距離は飛ばない 威力も大したこと無いし、何より危ない
手投げ弾戦法の問題点として ・擲弾兵が投擲するとき敵兵に対し無防備になり 的になりやすい、あと投げ損ねた手投げ弾が味方の所で 爆発する恐れがある。 ・信管じゃなく導火線だと爆発のタイミングが難しく 短いと自分に降りかかってくるし、長いと敵兵に対処される。 ・擲弾兵は任務の性格上、散兵になる。散兵にすると脱走される 可能性が大。散兵戦術が可能になるのは、国民軍の意識が出てきた アメリカ独立軍やフランス革命後のフランス軍 密集戦隊&戦列歩兵は、脱走予防という側面もある。
威力もしょっぱそうだが爆発の信頼性がなさそうで困る
>>167 擲弾兵の教本のイラストを見ると、アンダースロー気味のサイドスローで投擲している物が多いね。
投擲後は手の平が上を向いているし、左足を軸にして身体をひねっている様に見える物も。
つまり擲弾兵を選ぶのに重要なのは敵前脱走しない奴ということだな。 行列歩兵は下士官が後ろで手槍持ってあちこち突っついてんだもんね。
だから名前だけ残ってた第二次大戦時 擲弾師団は精鋭部隊だった。
>>154 北方戦争のころのスウェーデンならともかくベルナドットもそんなことやってたの?
>>173 というかフリードリッヒの時代から擲弾兵という名前は精鋭部隊を指す意味で残ってる。
という事は、英国近衛第一歩兵連隊ことグレナディアガーズが最強という事ですね?
ハイランダーズが銃剣を装着し始めました
>>174 すまん、素で間違えてたw
14世じゃなくて12世だ。偶数1つズレて覚えてたw
威力しょっぺえ爆発しねえ使えねえワロスw とか言われてる擲弾は、海上戦や要塞戦では実戦でバリバリ使われてたわけなんだが…… 黒色火薬とはいえ、3ポンドもあればそれなりに威力もあるだろ。 砲弾と違って、弾殻を厚くする必要も無かろうし。
>.>179 閉鎖空間で使用されたから
>>154 スコットランドはともかく、北方戦争のスウェーデン軍はパイクを使っていたのかな?
マスケット時代のパイクは、特殊な事情が無い限り民兵や後備兵の装備だったかと。
後は将校や下士官の印しか。
>>181 信憑性はともかく『図説 西洋甲冑武器事典』って本には
北方戦争のころもロシアとスウェーデンはパイク使ってたって書いてあったはず
北方戦争の初期、18世紀初めは西洋辺りでパイクが正規歩兵の装備から消えるか消えないかって時期だから
東欧とか北欧みたいな地域ではまだ生き残ってたって考えるほうが無難じゃないかな
当時のスウェーデンはむしろ西欧の中でも最先端の軍隊持ってる国なんだが不思議なこと言うなぁ
西欧の中じゃないねw 西欧諸国と比較しても先端の軍隊持ってるって読み替えてくれ
185 :
名無し三等兵 :2012/08/23(木) 22:45:10.14 ID:HDC6nLWF
寒冷地だと銃だけに頼れなかったんじゃないか?当時の火薬はそんなに質が良く無いからな。 肝心な時に弾が湿気ってたり、銃の可動部分が凍り付いてたら危険すぎる。 なにより、それから約200年後にロシアに侵攻したドイツ軍ですらスコップで戦ってるんだから、有り得なくは無い
>>181 北方戦争やスコーネ戦争(1675-1679)の会戦を扱ったボードウォーゲーム
「GMT / Nothing Gained But Glory」のヒストリカルノートによると、
スコーネ戦争でも各国の軍にはパイク兵は存在したが割合としては2~2.5割程度だったとのこと。
そしてデンマークは1678にパイク兵を廃ししたが、
スウェーデンは大北方戦争までパイク兵を使い続けた、とある。
>>183 スウェーデンの仮想敵を考えてみろよ
コサック騎兵を抱えるロシアや
これまた大規模な騎兵を運用できるポーランドが主敵になる
騎兵突撃を防ぐだけなら、銃剣よりも長槍のほうが向いているのは当然だし
最終的に、歩兵同士の殴り合いになった場合でも銃剣より長槍のが優位に立つ
人口が比較的希薄で、西欧諸国と比べて歩兵:騎兵の割合は
対ロシア・対ポーランドのほうがずっと高くなることを考えると
長槍を持つ=後進的 と一概には言い切れないだろ
そう言えばスウェーデン王グスタフ2世ってポーランド軍にボコボコにされてたな
189 :
名無し三等兵 :2012/08/24(金) 02:30:27.20 ID:Y5dW3r3F
ライバルのポーランドの将軍も相手の装備や戦術を研究するのに熱心だったからね、精力的すぎて最後は興奮剤の副作用で死んでしまったけど(wiki参照)
>>186 ポルタヴァでは両軍共にマスケット兵だったと読んだけど、北方戦争も初期はパイクマンがいたのですね。
言われてみれば同時期のスペイン継承戦争も初期はパイクマンがいたし。
やたらマイナーな題材のゲームでw
面白そうだけどGMTの会戦級はルールが複雑そう・・・
最近読み始めたけど 軍靴のバルツァーという漫画作品 なかなかいいね
軍事後進国に派遣された教官という設定を生かして、一般人になじみの薄いあの時代の兵器や戦術を、分かりやすく 説明しているね。 話自体も、なかなか面白いし。
193 :
名無し三等兵 :2012/08/26(日) 08:10:36.15 ID:lGp8ystD
バルツァーは作者があの時代を愛してる様子がわかって好感持てるね
上の方で擲弾の話があったけど あれどうやって火つけるんだ?火縄?マッチ?
マスター・アンド・コマンダーの描写を見る限り前者かと
wikiによると、摩擦マッチの発明は1827年らしい
赤燐マッチもそんな後年だったか、ナポレオン戦争には間に合った印象があったけど マッチができる前の火縄銃をマッチロックというのも何か理由があるんだろうな しかし敵前で火縄で点火して投擲とか確かに勇者じゃないとやれない仕事だな 突撃した方がよっぽど気が楽だろその距離
当時の弾薬盒はベルトで左肩から右腰に吊していて、擲弾兵用はベルトに真鍮製のマッチケース(火種入れ)が付いていました。 擲弾兵が名前だけになった後もエリートの印しとして付けていた国も。 後、弾薬盒が大型のままだったりとか。 <match>の本来の意味は「火繩、持ち歩ける火種」なので、<matchlock>はそのままの意味かと。
200 :
名無し三等兵 :2012/08/26(日) 21:44:26.23 ID:bcxMlbkF
当時の有名な海賊エドワーズ・ティーチは戦闘時にピストル用の火縄を髭に結んでたらしいが、それはマッチロックのピストル用ってことか… フリントロックのマスケットってやはり雨に弱いの?
確実なのは火縄、維持が大変なのは事実だけど
点火方法の違いで弾丸の飛距離や精度に差がつくんかな? 薬莢付きなら銃の機関部を閉鎖できるかでだいぶ違うだろうけど、当時の工作精度ならあんま変わらんと思う。 フリント付きが便利だったんかな?
>>202 精度は大違い
火縄銃:発火の振動はなし 引き金を引いてから点火までのラグは長めで結構まちまち
フリントロック:火打石で発火金引っ叩くから大振動 ロックタイムは比較的安定
概して火縄銃のほうが精度的には有利ってとこ
フリントロックの存在はしってたのに江戸時代そっちに移行しなかったのは、精度が良くなかったからって言われてるし
ただロックタイムの問題はあるから、精度の良さも、大門撃ちでいつ弾が出るかわからない状況で不動で構え続けられる達人限定、ではあるw
(コンマ数秒ではあるんだが)
まあそれよりもライフリングの有無とそれに適合した弾薬の存在のほうが銃の性能には決定的
>>191 読者に馴染みの無いあの時代の軍事技術をわかりやすく説明しているのがGJ
一番良いのは男装した騎兵少女だけどw
>>204 時代としては、フリントロック?それともパーカッションなのかな?
フロントサイトがモーゼルみたいなので敬遠してたのですが・・・
地元の本屋は何処もビニ本状態だし。
時代は19世紀後半あたりでしょ。 小銃はボルトアクション式単発ライフルだし。 だからスレ的には、この後の19世紀後半(幕末)辺り
漫画の第一巻だと戦列歩兵(漫画の舞台になる軍事技術が遅れた国)で、最新技術として後装ライフル銃が登場する
>>206 >>207 有難うごさいます。
概ね南北戦争から普仏戦争辺りの様ですね。
未だ騎兵の抜刀襲撃の余地が有りそうな時代で安心しましたw
それにしても「皇国の守護者」を再開して欲しい。
無理か・・・
>>208 デモ鎮圧の回の話だったけど、
抜刀突撃の話もあったな。
>皇国の守護者
というか佐藤御大の作品で完結しているものが・・・・。我々はいつまで待っていればいいのだろうか。
ナチュラルに漫画版を再開して欲しいという意味に解釈していた 反省はしていない
211 :
名無し三等兵 :2012/08/29(水) 19:21:14.31 ID:DDnZS6ni
当時のナポレオンのフランス軍って戦場で怪我したらどういう扱いを受けたんでしょうか? 重症なら止めでしょうけど、骨折とか片腕切断の場合では、後送とかしてもらえたんでしょうか?まさか部隊のみんなと一緒に進撃続行? 学研の歴史群像で以前特集が有りましたが、実際はそんな恵まれたもんじゃないだろうし…
>>211 行進できるなら駐屯地点で後送を待ったりできる可能性もあり
ロシアやエジプト・スペインなら行進できなくなったら現地民になぶり殺し
19世紀後半になっても、クリミア戦争ではナイチンゲールで知られるように負傷兵の扱いは悲惨だった。 それ以前の近世の戦いでは負傷兵の扱いはもっと酷かっただろうね
あれは後送されたらむしろ悲惨という例では…
切断手術とか麻酔はどうだったんだろうか。
>>215 ウィスキー、ブランデー、ラム等を大量に飲ませて猿轡し押さえつけて切断。
インカはコカ、日本は華岡青舟が作った危険な麻酔薬。日本の江戸中期以前はわからん。
219 :
名無し三等兵 :2012/09/01(土) 00:06:49.51 ID:qODzP8W5
エジプトははぐれた時点で死亡決定だな(涙) 気が利く人なら方位磁石をポケットに入れるだろうが、ベドウィンに追われて身ぐるみ剥がされ全裸endて…泣ける
英国の帆船小説には、船医のことを肉屋と 呼ぶセリフがある。
戦闘の死傷者リストを「肉屋の請求書」とも。
『肉屋』よりも『ブッチャー』といわれた方が生々しい印象があるのは、 プロレスの影響か。
マスターアンドコマンダーではかなりリアルに描写されてましたね 床の血の滑り止め用の砂とか
船内の砲門内は、血が目立たないように 赤色に塗装してある。 この頃の砲弾は、炸裂弾ではなく鉄球なので 地上戦での砲兵は、鉄球をバウンドさせて歩兵を なぎ倒した。
榴弾じゃなくても鉄球が目に見えない速さで飛んでくるんだから怖い。 ロシア版の映画戦争と平和見てみたら普通のカノン砲で榴弾撃ってたみたいだけど実際はどうだったの?
ぶどう弾じゃないだろうか? 小さい砲弾を束ねて撃ち出す事で散弾効果が得られた、砲兵陣地に騎兵がきたときなど、本当のピンチに使う、射程は短い 海戦では帆を狙って速力を落としたり、甲板を薙ぎ払う、マストを倒すなどの効果を狙って打ち出した。 同じ用途にはほかにも砲弾を紐で繋いだものも使われた、紐付きの方は索具に絡みつく。 当時も医師は高給とりだから人員確保は難しくて、どうしても無理なら歯医者でも乗せて出港したらしい、ただ、船員は飲んだくれが多いし歯も磨かないから歯医者の方がいいかもしれん
陸上の野戦砲限定の話しで、 カノン砲で使用するのは、球弾、散弾。 榴弾砲で使用するのは、榴弾、散弾。 イギリスのみ更に両方の砲で、榴散弾を使用。 ほとんどの国の散弾には重軽(大小)の二種類が。 砲に関係無く着弾で爆発するのは演出かと。 「ワーテルロー」でも派手に爆発していたし・・・
着弾の土煙なんだよ
>>225 ナポレオン戦争当時にカノン砲も榴弾もないだろw
>>230 は、発射時の火薬が弾についてて着弾のショックで燃えたんだよ!粉じん爆発だよ!(どんなだ
演出ならば仕方ない。
着弾した場所にたまたま天然ガスが溜まってたんだろう
「大人の都合」でしょう 「いたっ」とか「うわー」 と言って腕が無かったり足が無い、でも出血しまくりとか迫力に欠ける
ナポレオン戦争や独立戦争だと大英帝国はコングリーヴロケットや榴散弾を使用した。
>>229 榴弾はあるぞ、導火線に火をつけてから撃ち出す奴
いろいろと扱いが厄介なんで、野戦で使われることは少なかったようだが
榴弾砲で使用する榴弾のヒューズは発射薬の火で点火。 臼砲で使用する榴弾のヒューズは砲口からラインストックを差し込んで点火。 発射薬が不発の時は砲口から手を差し込み、ハサミやナイフでヒューズを切断して爆発を止める。 ちょっと恐過ぎw
信管無いもんな… 科学の基礎は犠牲者の山で支えられてるんだな。 中国式に打ち上げ花火式ロケット弾の方が安全なんじゃね?ヨーロッパに竹は生えてないのかね?
>>237 想像するだけでぞっとする
文字通り命がけだな
コングリーヴロケットの形状は正に花火式ロケット。 参考にしたのはインドの物だけど。 コングリーヴロケットの危険性は榴弾の暴発以上。 飛行途中で向きを変えて味方の方に飛んで来る事も、しばしば・・・
>>238 竹束があればグスタフ・アドルフも死なずに済んだろうに
>>242 この時代の臼砲てこんな威力あんの?演出?
>>243 アメリカ国歌にも出てくるのにね。
ロケット
>>242 この頃はもう導火線を別に点火する必要はなかったと思うが
>>241 238です、ちゃうちゃう、結局、それ程普及しなかったねって事よ。
構造自体は後世のソビエトのロケット弾とあんまり変化ないわけだし(炸薬、推進薬、筒)。
筒を作る適当な素材が当時のヨーロッパには無かったか?って事。
板材を貼り合わせて紐で一周結ぶだと面倒だし、手間が多いもんな。
>>244 竹束持ってにじり寄るグスタフか、なんか違うなwwwwwwコレじゃない感が半端ない
竹束もそうだが日本は固定盾が好きだな…
竹束あったらテルシオが全盛のままだったかもしれない
竹束並べて躙り寄る相手を蹴散らすには騎兵かね
いや、竹束立てたら密集射撃できんがな
254 :
名無し三等兵 :2012/09/04(火) 00:37:36.80 ID:C/SWYWKW
現代の銃に竹束は効果あるんけ? 5.56ミリ弾は体内に入れば回転するというし、細い竹をまとめれば効果ありそう。 M2機関銃は無理っぽいが
最初の数発くらいは凌げるんじゃね 精度と連射速度が桁違いだからあっという間にぶっ壊されるだろうけど
竹いくら集めても無意味 中に粘土と小石をたっぷり入れる 直径60cmぐらいで中心40cmぐらいは粘土と小石 しっかり中つめれば小銃も貫通しないだろ
それ土嚢じゃ?
言われてみれば土嚢を竹で囲んだだけかも、簡易土嚢だな 転がして移動させやすかったのかね
東南アジアは竹の種類が豊富で身が詰まった竹や輪切りにすれば、水汲みバケツになる位太い竹が有るらしい。 でも、直径60cmはやり過ぎじゃ? あと、竹を束ねる時は青竹な、乾燥すると硬くなって、割れやすくなるから取り替え時。
単なる竹束に5.56NATO撃ち込んだらフラグメンテーション起こして砕けながら変な角度で抜けてくるんかな?
>>259 直径60cmの竹じゃないぞ
土と小石を詰めた袋の周りを竹で囲うのよ
60-40で20、前後にあるから一本10cmぐらいかそれでも立派な竹だな
長さは2mぐらいだって
立てると人がすっぽり隠れるけどもって移動するには大変だよなぁ
ホライゾンのアデーレ盾思い出すわ
>>260 竹は丸いし、ある程度は反らせるかと、ベトナムでもそんな小話があったような、ブロックを貫通できても、それなりの硬さもある程度あるから完全にランダムでしょうね。
>>261 俺は田舎者なんだが、太さ10センチ位の竹は結構重いよ(^-^)/ でも、ある程度強度無いといけないし、装甲は相手の武器に比例しないといけないしな…
石の袋を入れるのはいいアイデアかもしれん。
俺なら、まず、足軽に命じて一人五個位、拳大の石をはこばせる、竹は現地調達、敵が籠城し、城や砦で膠着状態になったら、前線近くに移動し、すだれ状(イカダみたいな)に切って来た竹を縄で組んで(高さ175程度)、密かに最前線に運ぶ。
んで、足軽に運ばせた石を袋に入れ、竹とは別に運ぶ。出来るだけ城に接近して地面に立てる。その後、上から石を投入、石の有る部分は強度は石壁とほぼ同じ。
そこから弓や鉄砲で撃ちかける。
相手が弱り次第、突入する。
相手が城を出て突撃して来た時は竹束を倒し、中の石の袋を破り、投石をする、ただの槍足軽や雑が遠距離攻撃能力が手に入る。まあ訓練は必要だが。
竹だけの束よりは強いし移動中は軽い。
それはあかん 石だけ入れたら跳弾が怖いし、石が砕けて飛んでも怖い
>>261 は土と小石と述べているが、土なしで、石だけじゃやっぱり衝撃吸収できんかな?
遮蔽物造りで、竹だけ運び先に外骨格を作るのがこの戦法の目的だから、土を足す場合の分量はお好みでオケ、土は周りにいくらでもある。そこは臨機応変で。
竹だけの束は持ちにくいけど、イカダタイプなら持ちやすいと仮定した。
ただ、包囲するのは攻め手にとって、最悪の戦術だから、敵の主力が入城したり、籠城準備を整える前に強襲する方が良いのは確実よな、マンガとかでもよく見る戦術だわ。
「遅かったな○○、この城はすでに蜀の物だ?」みたいな。
しかし、上で伝令の話が有ったが、文だけで伝えるのは難しいな、しかも、ある程度賢い参謀がいないと策略の詰めが甘くなる。
もし、実戦なら
>>263 の助言が無ければ、我が軍は撃たれる度に石の破片にも気をつけないといけない訳か。危ない危ない。
別に包囲は最悪の戦術ではないし、近世の要塞に強襲など仕掛ける方がよほど 最悪だと思うがな。あんな設計から敵意と悪意が滲み出てる様な要塞に強襲は 悪手だよ。要塞に兵が少数しかいない場合ならともかくな 包囲して敵に篭城させ、敵の援軍を待ち、篭城軍と援軍に野戦による挟撃を 誘って、両方を野戦で撃破する方がまだマシだと思うね
後詰めを攻撃するのは信長がやってたな、援軍に行かないと味方の城主たちの士気が下がる。 秀吉みたいに、大兵力を動員できて、兵糧にも困らない自信がある場合は包囲戦を得意技にできるけど… 前線を突破して拠点を叩く方が有利な場合もあるし… いずれにしても、相手の弱点をつき、目的を達成する事が重要なので有って、どちらを優劣つけるべきではないし、しかも敵が教条的な動きを期待すべきではない
>>248 インドのロケットの弾頭(筒)は鉄製で、柄の部分は竹製。
それを参考にしたイギリスのコングリーヴロケットも、鉄製の弾頭に木製の柄(竹か否かは不明)。
>>265 ナポレオン戦争の半島戦役では要塞や都市への攻囲戦が多く行われたけど、シウダーロドリゴ、バダホース、サラゴサ、どれも凄惨な戦闘に・・・
>>267 なるほど、インドでも鉄製部品はある程度は沢山作れたんですね。
マハラジャがいたから「資本」に似た物があったんでしょうね。ある程度の工房が成立するにはお金を集める仕組みが必要らしい、ただ、東洋では、明治まで西洋的な「株式」は存在しなかったから…
リスクを減らす為の「先物取引」は有ったけど、リスクを取る為の「株式市場」、リスク分散の為の「先物取引」、民族性の違いだな。
薩摩藩や長州藩は外貨を稼げたから良い武器を装備出来たのであって、仙台藩や加賀藩は大藩でも活躍出来なかったのは、お金が無く、最新武器を装備できなかったから。
言っておくが、戦国武将は領内にお触れを出して、戦略物質となる竹や木材の備蓄と、勝手な伐採を禁じたりしてたぞ。 現地調達なんて、運任せな方法は取ってない。
>>266 一応言っておくが、俺は「要塞に兵が少数しかいない場合ならともかく」と言って
いる様に、要塞を強襲する事も条件付きでアリだと思っているし、援軍と篭城軍を
野戦で撃破するってのは「まだマシ」と言ってるだけだからな?
教条的な机上の戦術ばかりを正答だと主張している訳ではない
すまん、断定的に書いたのがまずかったようだ。同意してるわけだから、 「いずれにしても、相手の弱点をつき、目的を達成する事が重要なので有って、どちらを優劣つけるべきではないし、しかも敵が教条的な動きを期待すべきではないもんね」 に訂正します。 申し訳ない。
272 :
名無し三等兵 :2012/09/05(水) 12:37:22.97 ID:71PMMYXd
あげ
ムガル帝国もロケット弾を実戦で使ってたようだね 下手すリャ味方に飛んでいくくらいの精度だが
この辺のロケットって着弾すると炸裂するの?
するわけないじゃん
爆発用の導火線がある
インドやコングリーヴ式でも炸裂する物は有ったけど、仕組みは判らない。 着弾で弾頭が壊れて推進用火薬の火が炸薬に引火でもするのかな? それとも榴弾みたいに火繩式ヒューズ? 炸裂式で無い物は、一度着弾すると地面を這う様に跳弾して、弾頭や柄状のバランサーが人馬を薙ぎ倒して損害を与える。 インドではバランサー部分に刃物を付けた物も。
リメイクされた方の映画「アラモ」でロケット弾が出てくるな。 あの映画は不発弾から導火線みたいのをナイフで取ったり、 その後再利用するようトラビスが命令するとか案外細かい 所に凝っている。
279 :
名無し三等兵 :2012/09/05(水) 22:02:26.76 ID:bBtr0ayv
ふと思ってロケットの語源を調べてみたらイタリア語の糸巻きから来てるのか。 確かに古い時代のロケットって胴体にロープまいてあったりするから解らないでもない
そもそもロケット兵器なら、元冦のころからあったろ。
火炎放射器も中世の発明だしな
中国で、矢にロケット花火みたいな推進物を付けたものが あるが、それもロケット弾?
インドのそれと何が違う?
284 :
名無し三等兵 :2012/09/06(木) 19:46:14.69 ID:rs5k1Elz
285 :
9cm :2012/09/07(金) 12:25:03.58 ID:???
>283 長さ太さ持続性すべてにおいて違うが? 大きいことは良いことだ
やっぱり連射力も必要なのかな 1,2発くらいじゃビビらんだろうし
287 :
名無し三等兵 :2012/09/07(金) 16:47:08.29 ID:9DlhYlrM
連射力以前に、当時の国家にロケット花火や爆竹をどれだけ大量生産する能力があったのかが気になるところ
>>281 古代人「何を言うか、我々の海軍は火炎放射器で敵船を燃していたぞ。いくら掘っても出てこないが…」
「火薬?ああ、元の野蛮人、そんなの使ってたのか。全然気づかなかったから絵にも描いてないよ」
>>287 すげえ・・・美しすぎる・・・
海外旅行には興味なかったけどこれは実物を見てみたい・・・
>>287 その名前を聞くと、転覆の報に接した瞬間のグスタフアドルフの心中を想像してしまう
>>291 つまりとうとうNATOとWTOの激突が・・・
ナポレオン3世は軍事的には無能者扱いだけど ロシアとオーストリアを連破してる実績はあるんだね
>>290 その軍艦ヴァーサってグスタフ・アドルフの肝煎りで作られた戦艦なんだけど
肝煎り過ぎてグスタフ・アドルフの大好きな大砲乗せすぎてバランス悪くなって
処女航海で転覆、沈没したっていう悲しい来歴知ってると美しさと同時に笑いがこみ上げる
>>291 のリンク先の参加兵力は勘違いかと。
フランス及び同盟軍
参加:130000
戦死:6600
負傷:21400
将官戦死:12
将官負傷:35
ロシア
参加:120800
死傷:43000
捕虜:1000
将官戦死:4(1名は重傷の後、死亡)
将官負傷:19
フランスの参加兵力を103000とする本も有るけど、「3」の位置の書き間違えか?
親衛隊の内、戦闘に投入されなかった兵力を引いている可能性も。
記事は参加兵力と損害を間違えたっぽい。
旅団や師団の先頭で指揮しているとは言え、フランス側将官の損害は大き過ぎ。
正面からの力押しだったから、仕方が無いか・・・
>>294 皇帝としては、若干軽率な懸念はあるものの
総じて水準レベルの軍事的能力はあったと思うな。
普仏戦争で負けすぎたのが全てだと思う。
アレは相手が悪かった。
仮にナポレオンがロシア遠征しなかった場合欧州はどうなったのかな ナポレオン1世の外交がどんなにうまくいっても2世に代替わりして数年で退位コースだとは思うけど 各国はどういう動きを見せただろうか
イギリス上陸作戦を諦めた結果がロシア遠征だから そっちも諦めたらやることねーな
たとえロシア遠征しなくとも 大陸封鎖令を続ければ欧州各国の不満はくすぶり続けいずれ総反発受けるし 封鎖令撤回すれば国内の支持を失う 長引く戦争で徴兵忌避、脱走も増加傾向だったはずだし 泥沼のスペイン含め破滅が10年前後伸びるだけのような気がする
それでも根性出してイギリス上陸勝負賭けるしかないな あそこを潰さないことには勝利はない
英海軍を破る仏海軍(欧州連合艦隊)が創造出来ない
スペインの潰瘍とは言っても、イギリス軍が居てこそだからなぁ
一回だけじゃなかったかなあ、フランス海軍がイギリス海軍に勝ったのって それで互角とは言えないんじゃないか ロシア遠征しなかったらの話は個人的には数年で封鎖令も解除せざるを得なくて ボナパルト家の(というかナポレオンの)支配するフランスが二、三十年くらい続く気がするけど おそらくそうなったらその世界の後世では現実(今の世界)ほどナポレオンは英雄視されないんだろうな
307 :
名無し三等兵 :2012/09/09(日) 21:15:11.98 ID:SK1ba+hi
>>305 チェサピーク湾の海戦か。
この頃のフランス海軍には、決定的な場面で決定的なミスをするって悪癖が無かったからなぁ
革命で上級士官が亡命したのが痛い。
陸軍なら外科医崩れや密輸商人でも、そこそこの指揮官どころか元帥にもなれるのに。
1回勝ってもそれでもイギリス艦隊が消滅するわけじゃないからなー
ナポレオン帝政だって、内部は常に謀反や反乱の芽がふいていたからな。 そこまで行かずともナポレオン皇帝の下で、自分も王になりたいって奴は多かったし。 財政破綻と内部統制のため、常に外部に敵を必要とし、しかし拡張政策は永遠には続かない。 それが当時のフランスだったんだよ。
で、イギリス放置しとくと分裂煽ってくると
ナポレオンが軍事的に他を圧倒していたと言い切れるのは 対プロイセン戦役終了時点まで
つまり、対仏大同盟最大の功労者はベルナドット
芦ノ湖すげえね。
何か月か前に出た「戦国の軍隊」って本読んだ人いる? けっこう面白かったけど、あれは詳しい人から見るとトンデモ説なのかね 文永の役について日本ボロ負け前提で語ってるのは「?」ってなったが
火縄銃絡みでネタ投下。
火縄銃の戦いと言えば、長篠の戦いだけど、
有名な屏風絵でもわかる通り、鉄砲隊は馬防柵の前で戦っている。
ここに限らないけど
ttp://www2u.biglobe.ne.jp/~b_stone/nobunaga/naashino/nagashino1.htm なんで、長篠の戦いでみんな馬防柵の後ろで戦っていたというイメージが強いのだろうか?
>この屏風は尾張徳川家に伝わっていたもので、江戸前期に描かれたものらしい。
>たぶん徳川家が描かせたものであろうから、徳川隊を目立たせる為にわざわざ
>前に出したのかもしれない。
長篠城を包囲した武田軍ことに対して、
織田・徳川連合軍はその攻囲を破るための軍を出したのだから
馬防柵の前で戦いのが当然なんです。
武田の騎馬隊、それに対して馬防柵に籠って銃撃というイメージが強すぎるの思うね。
馬防柵は武田軍の逆襲に対しての壊走防止のための野戦陣地と見るのが自然なのです。
逃げられないようにしたってことか 信長らしいエグい戦術
324みたいな根性の曲がった理解しか出来ないのって…
「武田軍の逆襲に対しての壊走防止」ってとこを
信長「柵で逃げられないようにしといたから死にたくなかったら武田軍殺してね^^」
と受け取れば
>>324 もわからなくはない 信長らしいかはしらん
実際は野戦陣地に篭って銃撃したんでね、それだと画にはならないけど
下手に篭ったら包囲されたりしそうだ 火縄銃じゃ火力無いから突撃も防げなさそうだし
朝鮮役で日本が優位にたったのは火縄銃の赤兵と刀の白兵という二本立てだからな 前者しか模倣できなかった朝鮮はそれが使用できなかったサルフの戦いで壊滅
築城術も大陸と日本では違ってたようだね 日本式の城郭は大陸のそれよりも防御力が優れていたとかなんとか 郭というか防御区画が分かれていて一箇所占領されても 他の区画が生きていれば要塞は落ちない
築城術が違う根底には「城」の目的が違うってのがあると思う 日本の城はあくまで軍の拠点防衛用の要塞 近隣住民の生活基盤となるのは「城下町」だってのがその点象徴的 逆に大陸系の、特に中華系の城は中に街とか畑とかあるし 拠点防衛用の要塞というよりは街に防衛施設を付けた感じ 日本でいえば堺とかの系列
日本では戦国期以前は城は忌避されるべきもので平時から置かれるものでは無かったって話だな その代わり必要になったときは純軍事的に仕上がると 戦国期は当然常設だけど、それまでの城の延長で要塞としての機能が重視されてる
戦国以前の軍事施設の建物なんて残ってないしな 神社仏閣の建築は残ってるのにね 城といえば1000年以上前の朝鮮式の石垣のようなものは部分的に残ってるが
軍事施設はまず機能第一だしな。 戦術の進化に伴ってその役割を果たせなくなった施設は廃棄されるのは当たり前だよな。
戦国以前の城は土と木で出来てるから残りにくい 石垣や屋根瓦や漆喰が城郭に使われるように なったのが信長の頃。元々寺社建築に使われていた 技術を城郭建築に取り入れて、今日まで残る、 日本人が一般的にイメージするような城が出来た
建物はさすがにどうしようもないわな 楠木正成の千早城みたいに用済みなったらさっさと廃城だと堀や土塁以外は残るわけがないし 廃城にせずに使い続けるようないい立地だと、まず間違いなく戦国期に改築されて元の姿は残らない
日本の城って、大砲対策はしてないよね。 石垣とか城壁とか見ると 西洋では大砲のせいで石垣から土塁に変わっていったもんね。
山城は対策してないかもだけど 平地では堀や塀で距離を取ること=大砲対策なんじゃないか 当時の大砲の射程なんて知れてるでしょ
石垣の内側はひたすら土が詰まってるわけだがそれを砲撃で更地にするつもりなのか?
西洋の石組みや煉瓦の城壁は大砲にはひとたまりも無かったが 日本の石垣は大半の部分が土で、その表面に石を積んで覆ったもの (強度と急傾斜を兼ね備え、20~30メートルまで高く出来る) だからそれなりの耐弾性はあるらしい。 大砲の砲撃で石垣が倒壊したというエピソードは聞かないしなあ
石垣内部は土なんですか(汗) てっきり切り取った石を積み重ねただけだと 思ってた。
24ポンド砲クラスの攻城砲なら土塁も数m吹き飛ばせるが、 それが使用されたのは大坂城と原城くらい
石垣と土塁の間に小石を詰めて緩衝材にするんだよ 島原の乱で原城は大砲で落とせなかった
>>342 日本の城の石垣は石壁じゃなくて丘のエッジを削った切岸を補強したもの
土剥き出しだと日本の気候では雨風でどんどん崩れるからエッジだけを石垣で固めて
耐用年数を大幅に伸ばしてる
あと角度を急にできる効果もある
角度がきついと砲撃で崩れやすくなるが、表面の石を砕いてエッジから数メートル崩したとしても
結局高低差はまともに残るから簡単には突入はできない
>>344 原城の石垣は本丸周辺だけ
後、オランダ商館日記によると効果はあったとしている
城という字は「土+成」だから、上手くできてるもんだ
>>346 こんなところに篭ってどうする気だったんだ…?
篭っちゃったら死兵確定だろ
標高600m以上じゃ水源の確保もできるのかいな?
井戸はあったみたい 死兵確定つうけど国境警戒線の城を無視して進んで本軍同士の決戦で負けたら大惨事だぞ 最低でも付け城築いて多めに兵残して抑えておくくらいのことは必要 で、そんなことやってる間に黒田長政の本軍が出てきてしまうと
後巻のない籠城戦は大体の場合死亡確定
>>323 武田側と比べて兵士の質が低い尾張兵にとって
後方にすでに野戦陣地があることは安心感を与え、武田軍の逆襲の際でも
士気喪失せず戦えただろうね
>>341 石垣は砲撃に対する衝撃吸収能力が高いから
単純な城壁と違って砲撃に対する抗堪性は高い。
スレ違いになるが幕末の会津若松城の戦いでは
野戦重砲である佐賀藩アームストロング砲によって砲撃を受けているから参考になるかと。
>>342 石垣と土との間には
小石をつめている。これが雨の際に
膨張した土を受け止め石垣が崩れるのを防ぐ
>>354 会津若松城で使われた大砲は精精12ポンド砲なので比較にならない
,,r-─- 、r-─- 、 /_______ \ / キンタマ命 \ .} ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ノ { ノ =≡=-、 ,r=≡=i | / `ー=・-、 (r=・-'( ノ {ヽ ノ / | ヽ l ノ ノヽ/ ,、_) ノ (Jリーグを応援しちゃ)いかんのか? .フ | ゙i 「 ト / ) | ヽ \二=- ノ `ゝ.| ヾ / |  ̄ ̄ ̄,
>>353 長篠における織田・徳川連合軍、通説35000のうち、
その「低質な尾張兵」は果たして何パーセントを占めていたのか?
というのが極めて疑問なんだが。
当時の織田軍が尾張兵だけで構成されてるワケじゃないだろうに。
>>358 尾張・美濃方面からの動員だろうけど
長篠方面に出したのは距離的に尾張兵の方が多いだろうな
そもそも尾張は弱兵だけど信長の先進的な軍事改革で云々って司馬の創作やなかった?
戦国時代は 「(地域名)は強兵」っていうのをよく聞くのは気のせいだろうか なんか強兵の飽和状態って感じ こういうのはヨーロッパだとスイスとかスコットランドにあたるのかな
よく「織田信長が初めて常備軍を編成した」なんて記述を見かけるが、これは必ずしも正確ではない。 本来、武将(大小名)と旗下の武士(足軽を含む)、及びその郎党は、生活基盤を等しくする主従関係にあり、それ故に利害を共有する関係にあった。 信長は、それらの関係を切り離し、侵攻先を調略したり作戦立案をした家臣に、織田家の共有する軍勢を預け、タスクフォースを編成する方針を取った。 結果として常備軍化したし、戦力を合理的に集中する事も出来たが、同時に利害関係や主従関係は薄れ、戦場で死戦するような忠誠は期待できなくなった。 そのような忠誠を期待せずとも、総合的な戦力差や運用などの、戦略構想で最終的な勝利を得る軍隊……それが織田家の軍事力だった。 弱兵を歌われる尾張の将兵が、実際の戦では着実に勝利を重ねる要因がそこにある。 もちろん各家臣団の下には国人衆がいたし、徳川家康や浅田長政などには、独自の勢力があり、それらは武将に忠実ゆえに精強だった。 信長は、要所要所にそうした武将と軍勢を寄騎として加えたし、寄騎なので思い通りに動かないこともあったが、トータルではプラスに働いている。 これが弱兵連勝常備軍、織田信長の軍勢だった。
浅田長政まで読んだ
あと少しじゃん!
そう言えば、三十年戦争の頃から、スイス傭兵だのランツクネヒツだのと呼ばず、単に傭兵連隊と隊長なんだよな。 スウェーデンだって、中央ヨーロッパじゃ傭兵が主体になってたそうだし、ヴァレンシュタインなんて傭兵隊長だ。
フランソワ1世やカール5世の頃から傭兵は盛んだったと聞いている
んで浅田長政ってだれよ?
>>345 >日本の城の石垣は石壁じゃなくて丘のエッジを削った切岸を補強したもの
山城や、平山城の中核部分はそうだろうが、平城は濠を掘った土を嵩上げして
つくるのが大半。だから土止めをしないと経年で崩れるけど、天然の山陵を
削った場合は>364氏が上げた画像みたいに結構残るわな。
369 :
368 :2012/09/30(日) 00:11:28.17 ID:???
おと、× >364氏 ○ >346氏
戦国時代には臼砲ってあったんだろうか?
無い。そのせいで島原の乱で相当苦労した。 その後軍学者の北条氏長が臼砲の重要性を説き 全国的にも興味が高まったようだがそれっきり
いや、幕府がオランダに要請して導入しているけど
最後の宗教戦争だな 政教分離に関しては日本が世界一進んでいる
そりゃ宗教改革を鎌倉時代初期にやったし 法然マジパネェ
糞うるさい一神教だとこうは行かなかっただろう
創作関連質問&相談スレで、こちらで相談するように言われたので、改めて書き込みます。 17世紀初頭にスイスをしのぐ傭兵輸出大国となった日本(歴史的背景はまだ検討中です)、 日本人傭兵の中には、アジアから更に戦乱が相次ぐ欧州にまで赴く者も珍しくなかった。 日本人傭兵の主人公は、スウェーデン軍に志願し、グスタフ・アドルフの指揮下、リュッツエンの戦いに臨んだ。 日本からずっと愛用している火縄銃を手にして、という設定で考えていたら、 リュッツエンの戦いの頃なら、欧州のマスケット銃と日本の火縄銃では性能が段違いなので、ありえないと言われました。 本当のところ、そんなに日本の火縄銃は性能が劣っているのでしょうか。 命中率や射程、発射速度等にそんなに差があったのでしょうか。命中率はむしろよさそうなのですが。
>>374 どうせなら「マジウザイ」で日蓮をサクッとぬっ殺しておいてくれればなあ…
それがなんでまた国家神道みたいなものに・・・
>>376 単体の兵器として比較するなら狙撃銃としては火縄銃の方が上
なにしろこの時代で照門を付けているくらい
ただし当時のヨーロッパのドクトリンで火縄銃が有用かというと
あまり役には立たない
>>378 無理矢理一神教的な思想を導入しようとした木戸孝允が悪い
>>379 三十年戦争の頃は、ヨーロッパでも火縄銃が当たり前では?
>>376 日本の足軽用火繩銃に多い二~三匁筒の口径は、11.0~12.5mm
脚架が必要なヨーロッパのマッチロックマスケットは、19.7~21.7mm
三十年戦争の頃から一部で使用され始めた脚架が不用な軽量化マッチロックマスケットでも、18.6mm
単純に口径だけで比べると相手に与える衝撃ではヨーロッパの物よりは劣っていると考えられるかと。
銃身長や初速を考慮すると、そんな単純な物では無いのでしょうが・・・
ただし、侍筒と呼ばれた十匁筒の口径は、18.7mmなので、軽量化マッチロックマスケット並の威力が有ったと思われますが、習得は容易ではなかったそうです。
日本の火繩銃の元は猟銃、或は瞬発式の改良型と言われていますので、取り回しが容易で狙撃にも向いていた(比較ですが)ので、その方面ではマッチロックマスケットよりも優れていたかと。
結局はどんな情況で比べるかでは?
>日本の足軽用火繩銃に多い二~三匁筒の口径は、11.0~12.5mm 朝鮮役なんかでは二匁半くらいだが、国内戦は六匁から十匁が標準だろ。 二匁半みたいな豆鉄砲じゃ、半町も離れば足軽胴もまともに抜けないんじゃ ないかな。
>>381 向こうは狙撃でなく、密集陣形で狙わずに撃てというドクトリン
マッチロックが横に居ると火薬扱う時にストレスになりそうだな マッチロックばかりで慣れてるとどうってことないだろうけど
ま、どうってことはないだろ。 なにやら隣り合った鉄炮足軽がもらい火で次々爆死みたいな妄想を 広めてるのもいるみたいだけど、そんなことを言えば火薬パウダー こぼれまくりの戦闘時の戦列艦なんかどうなのよ、と思う。
日本の足軽が密集しないのは機動性の確保が理由
そういや日本って公算射撃的な考え方はあまりしないなあ。
日本は変なとこで個人主義だからな
兵士の間隔が広くなると逃走しやすくなるそうだが そこは大和魂で補える
自分から突撃する兵隊という世界的に見て異常な存在だからな むしろ突出を抑えるのに一苦労
忍耐力があってよく歩いてくれるので迅速な長距離行軍が可能だ 指揮官からみれば、一番使ってみたい兵隊だろうな 日本人の参謀と将軍も兵隊に劣らず優秀なんだろうな
>>378 明治になってもやっぱキリスト教は警戒されてたし
洋化が行き過ぎてキリスト教に転びそうな連中が増えたからじゃね
江戸幕府は豪腕で排除したけど、この頃になると豪腕なんて振るったら外国から抗議される時代だし
日本の火縄銃が戦国時代に大口径化を余りしていないのは、重騎兵の集団突撃を 戦国時代ではあまり体験していなかったせいでは? 明の重騎兵の洗礼を受けた文禄・慶長の役を経験して以降、火縄銃も大口径化が進み、 記録が残っている上杉家によると関ヶ原以前に保有していた小口径の 火縄銃はすべて廃棄済み、十匁筒以上に全て更新という状況で、大坂冬の陣に参戦したとか。 17世紀に海外に出稼ぎに行く日本人傭兵なら、十匁筒以上を持っていたのではないでしょうか。
>>394 朝鮮戦役は2匁で事足りたんだよ
そもそも明の遼東騎兵は重騎兵ではない
モンゴル騎兵を模倣したもんだから
ある程度大口径になったら、銃床がないときつそう。
火薬の供給量も関係あったりするんじゃね
大口径化は城に鉄炮対策の厚い土塀が使用されるようになった影響かと
>>394 だからー、日本の火縄銃は元々大口径なのよ。天正~慶長年間の
製造年が判る遺物は概ね口径20mm前後だから匁で言えば十匁以上。
それが、朝鮮役では相手が甲なしだったことと、射撃戦のウェイトが大きく
数が必要だったから安価な二匁半ほどの小口径銃を使ったということ。
>>396 実際には、日本じゃ百匁以上の小口径砲みたいなやつでも銃架無しで
抱え撃ちしてるけどな。
401 :
396 :2012/10/01(月) 22:11:22.96 ID:???
>>400 それは知ってるけど、反動をそらすための独特のコツが必要な感じが。
つかそんだけ大きいと肩付けすると逆にヤバそうw
>>401 抱え大筒は自分で後ろに転がるんだとか。まぁ、流派にもよるだろうけど。
肩付けは、WW2で鹵獲した擲弾筒を膝打ちした米兵みたいになんじゃね?
大口径化したら当然、使用する火薬の量も増えるじゃん? 人造硝石や外国との交易だけで、原料の供給足りてたんだろうか。 戦国期の火薬製造事情について纏められた本とかサイトとかないもんかね
銃自体も大きく重くなるから行軍とかで苦労するだろうしな
まるで当時の日本に砲架がなかったような話になってるけど 百匁以上はミニ砲架撃ってたよ
連射重視だと口径にたいして弾を微妙に小さめにするし、狙撃寄りだときっちり合わせるとかの違いも
>>406 当時のヨーロッパでも同じ事をしていたよ。
速射重視の時は、8番口径の銃に10番の弾みたいに、一つ小さい番号の弾を使ったりとか。
>>405 日本の場合、砲をけん引するのに、そりを使うしかなかったというのは本当なのだろうか。
そりしかないのでは、山越えとかは、かなり困難ではないだろうか。
上りを考えると車輪より橇の方が安全じゃないか?
>>408 いつの時代のどの合戦のことを言ってんのよ?
>>409 あれは後座させるため
高低差の激しい日本では車輪はデメリットのほうが大きい
時代が後になって申し訳ないが 戊辰戦争で官軍が江戸に向けて進軍するとき 中山道は道が悪く、山がちで高低差があるので 大砲の運搬に不向きということで 東海道を選んだみたい。 あと幕府の外様大名対策として、わざと橋をかけなかったり 道を整備しなかったということもあった。
>>414 街道の平地部分は手を掛けて整備したのにね。
幕末に来日した外国人が東海道を見て驚いていた。
橋は急流で無理というのが実際
>400 そりゃ一種の演武だ。 実際の運用では大八車や梯子、土俵などを使って、弾力的に運用する。 そもそも技術伝書にも「むやみと抱え撃ちをしようとするな」と後進を諭すものが残ってる。
いま時代祭りでやってる抱え撃ちの演武は空砲だからいいけど 本当に実弾を撃ち出すとなると血反吐を吐くような修行が必要そうだな
グリズリースーツ着て撃てばいいよもう
>そもそも技術伝書にも「むやみと抱え撃ちをしようとするな」と後進を諭すものが残ってる。 逆に言えばみんなやりたがったっつーことではあるな。 某漫画的には、抱え撃ちしてこそ漢、みたいな。
平田弘史の秘術抱え大筒思い出した
やりたがったと言うか、軽くない砲架をわざわざ持ってきて 軽く整地して調整して、の作業が面倒臭がられたのではw やろうと思えば抱え撃ち出来なくもない訳で...
そういう時の土俵や廃材活用です
意外にも剣術とか武術は、平和な時代にこそ発展するものなんだ。 これは日本の武術でも、中国拳法でも同じ。 平和な時代には、技術伝承が円滑に行われるからね。 けど発展もする代わり、人に“見せる”ことも要求されるようになる。 「うちの流派は他とは違う」「こんなに凄いよ!」「だから入門しよう」ってね。 実際に、100匁以上の抱え大筒が出たのは、江戸時代に入ってからの話だから。 ちなみに1匁が3.75gで、通常は10匁からとか士筒と呼ばれる。 大鉄砲や抱え大筒は30匁からで、ここまでくると火薬も一度に50gほど必要になってくる。 100匁だと、375gの鉛弾を150g以上の火薬で発砲する訳だから、いかに常識を逸してるか分かるだろ? 単に、缶入り飲料水で350mlを投げても、相当な手応えを感じるはずだよ。
演武方向への進化は発展と言えるのだろうか
人より重い大筒を、お姫様抱っこして狙いまで付けるってのは、演武と言うより曲芸だよ。
戦国期なら戦争で武功を上げればいいが、平和なときはパフォーマンスが必要になる
巨人連隊の悪口はやめろ
巨人連隊のテーマ曲もあるよな 近世以降は戦争を彩った軍楽の楽譜がちゃんと残ってくれてる
『第六天魔王のテーマ』だっけ? のっ ぶながは~ とてもー つよいー のっ ぶながは~ とてもー こわいー 根斬り! 根斬り! み な 殺しー だぞ ・ ・ ・
戦場に軍楽隊が随行したのはナポレオン戦争までかな?
二次大戦でも参加してたはず サイパンかどっかで全滅した軍楽隊があったような(ウロ覚え)
史上最大の作戦で、スコットランド連隊がバグパイプ吹きながら行進してるシーンがあるな
逆に軍楽隊を始めたのはどこなんだ?
>>435 ローマ軍にも軍楽隊は有ったけど、近代的な物はオスマントルコ軍の軍楽隊メフテラーンじゃないかな?
14~15世紀には既に存在していた様で、後のヨーロッパ音楽や軍楽隊にも影響を与えていると。
「トルコ行進曲」が複数のヨーロッパ人作曲家に作曲されているし、軍楽用の楽器にもトルコ式の物が。
ナポレオン軍の軍楽隊の一部はトルコの影響を受けた軍服を着用していたし、トルコ人や黒人の軍楽隊員もいたよ。
軍楽隊じゃないけど、部隊の統率になら、戦国日本だって、太鼓や法螺貝、或いは鐘を使ってたろ。 もっとも中国なら、更に遡れるんだろうけれど。
>>437 ジャ~ンジャ~~ンジャ~~~ン
「ゲェ!孔明の罠だァ!」
>>432 >戦場に軍楽隊が随行したのはナポレオン戦争までかな?
普仏戦争ぐらいまでじゃ無いか?
>>438 「大都督!頼れる中間管理職、郭淮はここです、御安心を」
郭淮と司馬望は頑張ったよね(関係ない
日本で、有名なのはユーキャンのCMで流れてたのと トルコの行進曲じゃないかな
ヨドバシカメラの曲とかクラリネット壊しちゃった曲とかも有名な軍歌
節だけならヤンキードゥードゥルとかラ・マルセイエーズ バグパイプのインパクトでスコットランド・ザ・ブレイブ でも、行進曲「軍艦」が一番有名だと思う 戦闘中に演奏するタイプではないけど
先込め銃の装填するとき銃剣ってすげえ邪魔なんじゃね?
446 :
240 :2012/10/17(水) 16:16:54.95 ID:???
ここは、抜刀隊/陸軍分列行進曲を。 現在の警視庁が行進曲に採用しているのが、なんとも凄いなと。
>>445 装填しやすいように、オフセットして付けられる銃剣がある
そもそも装填できないプラグ式と実際邪魔になるリング式はともかく、 ソケット式にしてからは装填の邪魔にならない的な事を聞いたことあるけどどうなんだろ
いやー、行進曲はテンション上がるな、当たり前かwwww バグパイプが好きだな( ;´Д`) 他の楽器にはない音色が好き。
>>446 薩摩人が作った警察なのに抜刀隊とは
東京に残った薩摩人は余程屈折してたんだろうなw
そういえば、イギリス旅行した時偶然近衛連隊のバグパイプの練習を目撃したな。
452 :
名無し三等兵 :2012/10/19(金) 15:35:23.98 ID:Vq+8QZrr
>>450 素直な奴は維新後に下野した西郷どんに従って行った。
そして、日本近代最後の内戦、西南戦争をしたんだ。
図書館の本で読んだが、役人になってたやつが多かったが、机の上がそのままで、妻にも知らせず、鹿児島に直帰したから、みんな驚いたらしい。
素直すぎワロタ(^ω^)
素直という名の馬鹿であれ
454 :
名無し三等兵 :2012/10/19(金) 15:59:55.46 ID:Vq+8QZrr
どこの国でも田舎の部隊が強いのは、素直だからかも知れんな、下手に賢いと危険なのを知ってるから無茶できない。 従軍した人の伝記で、初戦は今思えば無鉄砲過ぎたとかよくあるよな 強いとされる田舎モノ テキサス、スコットランド、シベリア、モンゴル、スイス、グルカなど
つべで軍艦でぐぐったら海底軍艦の予告編がでた ついつい見ちゃったww
田舎部隊が強いのは外国人傭兵が強いのと同じで 強かったり勇猛だったりしないと捨てられるからだろ 弱いのが自動的に淘汰され、平均して強くなってる
イミフ
>>454 アイルランドも入れて><
フランス軍に従軍したワイルドギースとか。
強いと言うよりは忠実と言った方が合っているかもしれないけど。
まあ、傭兵だから・・・
>>454 アイルランドも入れて><
フランス軍に従軍したワイルドギースとか。
強いと言うよりは忠実と言った方が合っているかもしれないけど。
まあ、傭兵だから・・・
田舎の郷土意識があると名誉と恥に縛られるから強い 都市部で人口移動があるようなところだと恥かいても逃げられるから 個人主義化して集団では弱くなる ○○は強兵みたいなレッテル貼りして働かせるのも 郷土意識が薄い都市住人は通用しづらい
農民の暮らしはそもそも軍隊での訓練よりよっぽど厳しい 白米万歳 といったのが旧軍ではあったらしい
462 :
名無し三等兵 :2012/10/19(金) 19:07:47.62 ID:Vq+8QZrr
>>456 クレシーの戦いなんか、フランス騎士がジェノバ傭兵を蹴散らしてイングランド軍に突撃したとwikiに有るけど、危なくてしょうがないわwwwwww
身代金と戦利品手に入れるために戦ってる人たちだから傭兵を顧みないのは仕方ないね ぶっちゃけ傭兵なんて数合わせで活躍されても騎士の武勲の邪魔にしかならないから
良く言われるのが、貧しく、飯がまずく、気候が厳しい 地域の兵士は強い
他の条件が同じならそういう傾向はあるだろうね
飯マズで強いのはアングロサクソンのイメージだが遊牧民の飯ってまずいんかね
というか、歴史的に日常生活と直結してるのが強い 騎馬遊牧民は騎乗が日常だし、 労働集約型の農民は共同作業が日常
遊牧民の方が食い物が不安定なんだろう。 穀物は保管がきくし交換も容易だけど、遊牧は牧草が無くなったらアウト。 そういう時は略奪したりしてしのぐんだろうから倫理観自体も違うんだろうな。
>>468 というか遊牧には濃厚飼料(穀物)が必須
草だけ食ってたんじゃあ馬は人間の使役に耐えない
遊牧民の生活サイクルには必然的に農耕民との接触が不可欠
塩や繊維などの物資も必要になるし
それがまあ交易になるか略奪になるか貢納になるかは条件次第
モンゴルとかどうやって飼料用意してたんだろうな
471 :
名無し三等兵 :2012/10/21(日) 19:32:39.17 ID:GFtPP2Kj
>>470 穀物を与えるのはカロリー効率がイイからであって、必須というわけでは無いよ。
馬車や荷物を背負わす場合や長距離移動する場合以外は問題無いよ。
換えの馬も引き連れるし、何より、ヒツジやヤギと同じ速さでしか移動できないから、濃厚飼料はあまりいらないよ。
遠征予定が決まると前年から放牧禁止地域に指定して草を残しておいたとかなんとか
ほうほう。色々文献探してみてるんだけどあんまりヒットしなくて 教えてくれてありがとう
遊牧に穀物が必須かはともかく、遊牧民には穀物が必要だという話は聞いたことがある だから自分たちでやらずとも、交易で手に入れるなり従属させた民族から徴収なりしてたみたい
濃厚飼料が必要なのは軍馬の育て方じゃないかな? 遊牧なら一日中草食ってても問題ないけど 軍馬はそうはいかないから濃厚飼料が必須だというのを見たことがあるけれど
草だと食事時間が長いから他の行動に時間使えないってだけ だから遊牧だろうと行軍だろうと 飯食う時間を日中のほとんど全部に使っていいなら草だけで間にあう
リンクをクリックすると逮捕されるんですねわかります
479 :
名無し三等兵 :2012/10/23(火) 21:31:40.50 ID:TumqIFXb
基本的な疑問なんですが、近代陸軍の歩兵の基本装備一式は何が有るんでしょうか? 第二次世界大戦とかは本やネットが豊富ですが、近代のは余りないですね。 ・ライフルorカービン ・弾薬 ・銃剣 ・ナイフ ・上着上下 ・下着上下 ・靴 ・脚絆 ・帽子 ・給与手帳・タバコ ・マッチ ・食器(スプーン、皿) 後は何か有ったら良いもの有ります?
マウリッツって近代戦術の偉人って言われてるけど 野戦はたった2回しかしてないってきいた。 どこら辺がマウリッツって評価されてるの?
操典を作成し、陣形をより機動性と他兵科の連携を高めたものに改めた
野戦なんてそうばかすかやるようなもんじゃないし この時代だと一生に三回あるかないかくらいが平均
そうしてみると、ナポレオン時代って凄いんだな。 ナポレオン本人もウェリントンなんかも野戦で血塗られているもんな。
それまでは攻城戦になるところを無視して、追撃しているからね
てかナポレオンというかフランス革命以前は野戦も避けるのが常道だった。
戦闘技術の歴史 4ナポレオンの時代編 発売待ってるがなかなか出ないな。
戦闘に参加した回数は フリードリヒ大王とナポレオンどっちが多いんだろうか
>>488 ナポレオンの方が多いんじゃないかな?
第一次イタリア戦役が有るから。
ナポレオンは貧乏士官から皇帝 フリードリッヒは、生まれながらの王 そう考えれば…
とは言っても、ナポレオンが将官以外の階級で参加した戦いは、大尉として参加した トゥーロンだけなんだよね。 サン・ロック教会では既に準将だし。 コルシカ島国民衛兵中佐として参加したコルシカ独立闘争を入れるかは微妙・・・
ナポレオンが勝利した戦いの数は、アレクサンドロス大王・カエサル・ ハンニバル・フリードリヒ大王のそれの合計を上回るそうな
フリードリヒと同じ条件ならナポレオンは一度も戦争しなかったんじゃね
フリードリヒは戦歴は化け物だけど ノッポの人をやたら優遇してその人専用の部隊作ったり なんか頭のネジ飛んでる人だよな
それは大王のパパの趣味
アレキサンダーもそうだけど、有能な父親が地道に貯めた遺産を、博打に使って運良く勝てただけだろ? フリードリッヒは。
戦場指揮官としてのフリードリヒ大王は、どれだけ綱渡り的な戦術的勝利を積み重ねても 戦略的劣勢を覆せないという格言を嫌ほど証明しただけだが ロシアと講話できたのは女帝がいいタイミングで死んだ運だけでなく、 ピョートル3世を自分の信奉者として取り込んでいた作家としての力量のおかげよ
講和だ
>>496 総括するとそういうことになるが博打に勝つ運と実力は本人の功績としていいだろ
何というソフトパワー
大砲の玉をあえて地面にバウンドさせて歩兵を狙うヤツってなんて呼ばれてたっけ?
>>502 ラウンドショットかな?
むくの砲丸自体の呼び名だけど、射撃方法にも使われていた気が・・・
イギリス軍の9ポンド砲を地面と水平に射撃すると、400ヤードと800ヤードで跳弾、最終的には900ヤードに着弾して止まるそうですよ。
忍玉乱太郎の映画でそれやってた
それっぽいね。 パトリオットでそれ食らっていた兵士が居て気になってた
大砲なんて実体弾しか使えないなら対人用兵器じゃない ぶどう弾とか榴弾が使えるようになって初めて人に撃てる
密集した戦列に大砲を叩き込むのは普通じゃん 散兵相手ならともかく
密集した横陣相手だと、炸裂しない丸弾でも大損害でまっせ んで、明らかに自分とこに砲弾が向かって来ていても、決して隊列は乱しちゃいけない。 大変やな(ヽ'ω`)
隊列が崩れたときが士気崩壊、んで味方が麦刈りの如くバタバタ一直線に倒れていくのを横目で見て 冷静でいられる人間なんて居ないやね
低伸弾道だったらボーリングでなぎ倒すみたいにできるけど しょせん弧を描いてドスンじゃね?
>>511 この時代は大抵直射だったと思うが。
砲兵と戦列歩兵の距離だってそんなに離れてないし。
射程との兼ね合いだからなー 眼前でぶっ放すならできるだろうけど
>>505 防衛省の火器用語ではこうなってるねー
番号 用語 意味 対応英語(参考)
----+---------+---------------------------------+-----------------
6130 跳飛射撃 跳飛破裂の効果を得るように行う射撃。 ricochet fire
第2弾道射撃ともいう。
>>507 KGLの兵士として従軍したドイツ の歴史家ミューラーの記録から 。
6ポンド砲1門が1600ヤードから ラウンドショットで射撃を開始 、400ヤードでキャニスターに切 り替えた時の戦果。
対騎兵
1600から800ヤード:死亡4、負 傷2
800から400ヤード:死亡6、負 傷4
400ヤード以下(キャニスターで 2回射撃):死亡9、負傷23
対歩兵
1600から1200ヤード:死亡4、 負傷4
1200から800ヤード:死亡8、負 傷2
800から400ヤード:死亡16、負 傷10
400ヤード以下(キャニスターで 10回射撃):死亡30、負傷90
1バッテリーだと単純に、この6 から8倍の損害に・・・
炸裂しない砲弾でも結構な損害 を与えているかと。
>>516 KGLって何?
よくわからんが19世紀の人?
目に見えない速度でとんでくるんだから地面に当たった時はかなりの衝撃がありそうだけど・・・ 負傷しなくてもあまりの衝撃の強さにぶっ倒れるんじゃないのか?
陸の例は知らんけど、海戦だとナポレオン戦争当時の英海軍で 至近を砲弾が通った衝撃波で、全く身体は無傷だったのに即死 したっつー事例はあるな。ソースは『トラファルガル海戦物語』原書房
心理的影響も無視できないと思うな。 大砲が直接照準していて、そこから砲弾が飛び出てきて、周囲の兵が打ち倒されていくのに、 突っ込んでいくというのは、かなりの勇気がいるぞ。
従軍兵士の回想録や書簡に、 「隣の兵士が頭部に直撃弾を受け、その肉片や血を半身に浴びたが、そのまま前進した」 「隣の兵士が砲弾に片腕を持っていかれたので支えてやったら、流れ出てくる血でズボンが染まってしまった」 みたいな記述が出てくるけど、凄い精神力だよね。
だって方形陣を組んで前進するという発想じたいがそういうものだもの 隊長は敵に背中向けて 「列を詰めろ!」 とかこっちにむかって叫んでるんだぜ
それでもメインディッシュのマスケットのターン制の撃ち合いよりはキチガイ指数低くて済むだろう 先に撃って相手の射撃待ちながら直立したまま弾込めするのがものすごくキチガイ
細かい時代忘れたが 「君の方が先に撃ちたまえ!」とかイギリスとフランスの士官がやりあって 最終的にイギリスの士官が先に撃たせてぶち抜かれたそうだから大したことない
ライフルが開発された当初、マスケットと同じようにやって命中率高すぎで酷いことになったとかいう話はマジですか
>>525 オーストリア継承戦争のフォントノワの戦いだっけか
>>525 オーストリア継承戦争の際のフォントノア会戦やね。
騎兵に砲弾が直撃するというのがびっくりだ……
ヴォルテールの作り話だって話を見たことがある でも、あの当時の近衛聯隊VS近衛聯隊ならやりそうでもある
後ろでやり取りを聞いている兵たちの表情が見ものであるw
>>525 でもその戦いって、最終的にフランスが勝ってたような…
>>529 砲弾が貫通した胸甲が残っている位だからね。
個々の騎兵や歩兵を狙った訳では無く、隊列を狙って射った弾が当たったって感じだろうね。
大砲に限らず、マスケットでも。
プロイセン軍が各国のマスケットの命中率をテストした時も、人間サイズと小隊サイズで調べていたし。
534 :
名無し三等兵 :2012/11/07(水) 10:13:41.09 ID:qjRAi1UQ
535 :
名無し三等兵 :2012/11/07(水) 12:10:52.28 ID:RrUbSpcb
>>525 礼儀正しいのはわかるが、部下からしたらたまったもんじゃないな(´・Д・)」
この頃の士官って貴族だから、一般兵は人じゃなく 持ち駒みたいな感じなんでしょ。
むしろ各連隊長の持ち物
>>536 その士官であり貴族でもある大尉は、中隊の一列目(最前列)に居る訳なんが・・・
>>516 1600ヤードってことは大体1.4kmくらいかな?
一門で5名くらいが犠牲になるから・・・
実態弾でも数門並べたらどえらい犠牲になるな。榴弾がぶち込まれたらもう戦列歩兵なんてやってられない・・・
だから榴弾がまともに開発されたらなくなったじゃん
>>539 歩兵が160ヤード進撃する間に、
砲1門で死亡58/負傷106
1バッテリー(取りあえず6門)なら単純計算で死亡348/負傷636
死傷者数が1個大隊の兵力を越えてしまう・・・
ゲティスバーグでは、砲80門の北軍中央に対して、南軍14000が正面突撃し、7000が未帰還に。
既に加農砲でも榴弾が使用されていたれけど、射程に入り次第キャニスターに切り替えられた。
ずーっと隊列組んで行進じゃなくて、フルダッシュでばらばらに走って行って 所定の地点に集合、戦列形成ってやりたくなるな とんでもない練度と士気が必要になるが
543 :
541 :2012/11/07(水) 21:48:10.77 ID:???
544 :
541 :2012/11/07(水) 21:50:10.12 ID:???
>>541 ×160ヤード
○1600ヤード
やってしまった・・・
546 :
541 :2012/11/07(水) 22:21:34.23 ID:???
>>542 ナポレオン戦争中のソモシエラ峠の戦いで、スペイン軍の砲兵隊が峠を封鎖。
正面攻撃をするしかなかったフランス軍歩兵は突破することが出来なかった。
ナポレオンは騎兵の突撃速度に望みを掛けてポーランド槍騎兵を投入し、突破に成功した戦例が有ります ね。
547 :
541 :2012/11/07(水) 22:53:24.62 ID:???
>>545 >>516 が実際にやった記録なので・・・
熟練した砲兵は30秒に1発撃てたそうですし。
歩兵も襲歩(120歩/分)は最後の数十ヤードだけで、それまでは並足(70歩/分)でした。
隊列を乱さない為に・・・
なので射撃の時間はたっぷりと。
549 :
541 :2012/11/07(水) 23:26:55.59 ID:???
>>548 残念ながらナポレオン戦争中とまでで、戦い名は不明なんです。
ソースは、
Napoleon's Campaigns in Miniatures
chapter 10
weapons and firepower
>>549 ありがとう
歴史家はヨハネス・フォン・ミュラーか
日本語だとググってもこれ以上出てこんな
確かフランスの騎馬砲兵(何と一種の自走砲!)は、30秒もかけずに撃ったはずだよ。 敵軍の将校が「フランス軍は拳銃を抜くようにして大砲を撃てる」と驚嘆している。
ナポレオン戦争のころの死傷者って銃創よりも砲創のほうが多いんだろうか ライフル銃が主力になってこれが逆転してWW1になってまた逆転したって聞いたんだけど
『戦争における「人殺し」の心理学』 だと、南北戦争のころでもまだ、砲創が大半占めてた。 って書かれてるな。
それはライフルが戦列歩兵を消滅させたせいもあるだろう
南北戦争ってまだ滑腔銃メインじゃね?
スペンサー・カービンが実用化してるのに? 時代的には、前装填式から後装式への移行期で、有名なトラップドアなどは、後から後装式に改造されている。 意外にもガトリングガンなどの機関銃は、まだ開発段階で実戦には間に合わなかった。 (ひょっとしたら、正規会戦で使われたのは、日本が最初かも) かなり雑多な兵器が使われてるけど、小銃は、おおむねライフル銃と考えて良いはず。
いま調べてきたけど、少なくとも北軍で一番多かったのは、パッカーションロックの前装式ライフル銃、スプリングフィールドM1861だった。 ただM1840やM1842の時代から、将来ライフルが刻まれる事は予測されており、意図的に銃身は厚く造られていたとの事。 そして予想通り、多くのそれがライフルを刻まれ、M1861同等品となった。 その後、スペンサーM1865が改造されて後装式になり、他にもスナイドル銃やヘンリー銃などが、後装式に改造への改造を受けている。 やがて「ボトル・アクション最高!」となり、シャスポー銃やドライゼ銃が生まれ、この頃から金属カートリッジに。
余談だが、この時代に輸入・国産された非カートリッジ式の銃は、パッカーション・リボルバーでも、許可なく所持できる。 ただし幕末期の銃であっても、坂本龍馬が持っていた、S&WのM2みたいな、カートリッジ式の所持は禁止。 まぁ100年前でも、モーゼルやガバメントは存在したから、当たり前と言えば当たり前なんだが。
などとドヤ顔で嘘を書くものもおりますからご注意
古式銃砲の登録証ついてれば 完動品のパーカッションリボルバーでも合法的に所持できるよ、軽く100万以上するけどね。 新しく国外から持ち込んじゃダメってことになってるから値段は高止まりさ。
そうなんだよ。 でも日本刀なんかも、伝来物は高いからね。
ナポレオンが精神力は物質力の3倍重要と言ったのは 国民軍と国王の私兵との本質の違いを指しての事なんだろうな
本質の違いって何よ
物質力=カネがかかる 精神力=ロハ じゃないよな、流石に
565 :
541 :2012/11/12(月) 18:40:28.16 ID:???
>>562 とは言うものの、最終的には国王の私兵に敗れた訳だが・・・
プロイセンとオーストリアは多少は国民軍に傾いていたけれど、ロシア軍は正にツァーリの兵士だし。
何より、フランス軍がナポレオンの私兵にまっしぐら。
正当な国民軍で有る国民衛兵隊は兵力の穴埋めの為、戦列歩兵連隊に改編され続ける始末。
精神力の重要性と国民軍か否かは分けて考えた方が良い気がするなぁ
精神と物量に限ると大国フランスのナポレオンの言葉だから肯きそうになるが フリードリヒ大王が言ったら小国プギャーにしか見えないなw
精神面に頼りすぎるのもあかんけど、 精神面がダメダメだったらとっとと逃げ出しちゃうからなあ
ブルボン朝のままだったらナポレオン式の 絶対戦争は実行不可能だっただろう
周辺国が革命を経ずとも大規模な軍を整備できたのは フランスに対抗するため仕方なくって状況が大きいわな
結果的には欧州諸国の戦闘能力が底上げされた一面もあるな
ドイツが参謀本部発明して普仏戦争でフランスボコる原動力にもなった
日本陸軍が仏式からドイツ式になったり、 それまでマイナー本だった戦争論が一躍名著として脚光を浴びたり フランスがドイツに対して物量でも劣勢になって精神主義に傾倒してそれを 日本がマネしたりと、普仏戦争の影響も思いのほか大きいんだよなあ
>>572 日本陸軍が普仏戦争等の影響で、ドイツ式になったというのが通説だけど、私としては疑問がある。
実際には、フランス式が結構残っていたのではないか。日本陸軍の精神主義はどう見てもフランス式。
秋山陸軍大将等、フランスの士官学校に留学した人も結構いるみたいだし。
旅順要塞攻略戦では、フランス陸軍の要塞攻略戦研究が役立ったとも読んだ。
>>573 砲兵はほぼフランスの影響下
兵器はクルップとかドイツのも輸入してるけどね
騎兵も秋山兄ちゃんの音頭でフランス系だね
実はドイツの影響濃厚に受けたのって参謀本部と地域連隊制度だけかもしれない
メッケルの影響が過大評価されてるのかな?
参謀本部も途中で海軍軍令部と同格に格下げされて 日本独自の陸海二元統帥になったけどね
日露戦争の頃はロシアとフランスが同盟してるから フランスからの購入がそれほど出来なかったってことなんじゃねえかな
そういや、陸軍航空隊も、フランス軍の影響が大きかったようだな。 陸軍機の塗装や部隊章が派手なのも、フランスの影響によるものらしいし。
あとは戦車とか軍楽隊とか いまでも自衛隊の観閲行進で使用される陸軍分列行進曲は 実はお雇いフランス人の作曲だ
580 :
541 :2012/11/14(水) 08:29:26.03 ID:???
陸軍の軍服も正装はフランス式だね。 最後までケピだったし。 通常の上衣はフランス式からドイツ式に変化して行ったけれど、襟章のシステムはフランス式に近いかな?
日露戦争で赤ズボンを履いてのサーベル突撃を 敢行しなかった秋山さんは攻撃精神不足だな
録画してた去年の坂之上の雲見てみると、 秋山さんの騎兵隊の冬服のズボンは赤だった。 だけど冬季用の外套で隠れてたから目立ってなかった。
第一次大戦ではフランスの槍騎兵だか胸甲騎兵だかが 赤ズボンで金ぴかの甲冑身につけて ドイツ軍の機関銃に突っ込んでいったらしい
ソ連の「ワーテルロー」という映画を見たが 軍服のジャケットの色が、イギリスが赤・フランスが青・プロイセンが黒色だった サッカーチームのユニホームの色だと考えれば覚えやすい
プロイセンは確かプロシアブルーだったかな?濃い青色。黒は騎兵が着てたんだっけか。 フランス軍の軍服も革命前は白色だったみたいだね。青と赤はどこから来たんだろう?
やっぱり三色旗からだと思う。 それにしても、第一次世界大戦前のフランス陸軍の精神主義は太平洋戦争時の日本陸軍に匹敵するかも。 確か、軍服の色を敵から視認されにくいように変更しようとしたら、敵軍を恐れて戦えるか、という猛反発の声が 上がり、青い上着と赤ズボンはそのままで第一次世界大戦に突入したはず。 そして、重砲なぞ無用の長物、機関銃の威力も軽視していたとか。 つくづく日本陸軍はフランス陸軍に毒されていたのでは、と疑ってしまう。
>>585 プルシアンブルーやね。プロシア軽騎兵が黒で(黒騎兵)、WW2のドイツ戦車兵や
SSのユニフォームの元という話。
588 :
541 :2012/11/15(木) 20:02:26.38 ID:???
>>585 フランス戦列歩兵の軍服で赤、青、白が一般的になったのはフランス革命からですね。
ラファイエット将軍がパリ市の赤と青に王家の白を合わせてパリ市国民衛兵隊の軍旗と軍服を制定。
それが他市の国民衛兵隊にも採用され、1795年頃に戦列歩兵の軍服に制定されました。
もっとも旧王政時代にも、その三色の組み合わせは有ったけど、近衛を除けばドイツ、ポーランド、スコットランドの外国人連隊向けの配色。
589 :
541 :2012/11/15(木) 20:33:40.03 ID:???
>>584 オーストリアが白、ロシアが緑ですかね?
ナショナル・カラーは。
スペインは悩む・・・連隊毎に基本色が異なった筈だから。
強いて言えば茶かな?
>>587 髑髏のマークが死んでも王に忠誠を誓うとか
>>588 国旗と軍隊の制服って連動してるんですね
そういや、陸とは違って海はネイビーブルーと称されるのが 早くから万国共通になってますな。 まぁ、英は海兵は赤ジャケットだけど海軍は青ジャケットだし、 仏は元々陸海問わず青基調だし、米は言わずと知れず 英海軍の系だから無理はないとも言えるけど。
592 :
541 :2012/11/16(金) 08:02:10.03 ID:???
>>591 イギリス海兵隊の設立時の名称は艦上勤務歩兵隊だったので、赤色の軍服になったのかも。
フランス海兵隊は、海軍砲兵隊、海軍独立中隊、砲手付き水夫隊、海軍大隊、海軍小銃隊、海軍歩兵隊、と言った海軍関係の部隊の上に出来たから青に?
白や赤が基調の隊も有ったけれど、折り返し等に必ず青が使われていたし。
ガレー船付きは例外として。
アメリカ海兵隊は設立時の独立戦争では緑の州も。
海には似合わないけれど識別の為?
>>592 フランスの場合は、ナポレオン時代に海兵じゃなくてまんま陸兵をその
代わりに載せたりした関係もあるんじゃなかろうかとも思ったり。
594 :
541 :2012/11/18(日) 11:41:12.51 ID:???
>>593 逆に海軍を陸に上げたイメージが。
1808年に軍艦の水夫の身分を民間人から軍人の水兵に変更した時、海軍大隊に再編成して管理。
1個大隊500名で戦列艦1隻の人員をまかなう事に。
その時、全ての水兵にマスケット、銃剣、背嚢等の個人装備を支給して、歩兵としての訓練を義務づけたりしたので・・・
それ以外にも乗艦を失った海軍将兵を歩兵として運用しているし。
最初はエジプト遠征、1813年からはかなりの数に。
水夫に武装と訓練って、叛乱を勧めるような施策だが、革命期のフランスでは、思想が優先するんだろうな。
596 :
名無し三等兵 :2012/11/18(日) 22:45:06.56 ID:ifL/w16j
某ロイヤルネイビーみたいに、パブで酒飲んでて拉致されるよりはマシかと(´・Д・)」
当時の水夫は劣悪な環境で酷使され、給料も安く、口答えしたと見做されただけで罰を受けた。 (実はこの傾向は、現在でも艀などによる埋め立て現場、潜水夫でも近いものがある) 民間船ではそこまで非人道的では無かったが、給料は航海が終わるまで与えられなかった。 対して軍艦なら、定期的に給料が払われたので、下船さえ許されれば、碇泊中に羽を伸ばす事も出来た。 いわゆるカリブの海賊は、こうした水夫の扱いに反発した者たちの、アンチテーゼといった側面がある。 彼らは実力を裏付けにした人気投票で、船長や舵取り、航海士を選び、略奪品は公平に分配された。 そこは無法地帯ではあったが、自由と金と、何よりも誇りと尊厳があった、当時としては希有な例外だった。
戦列歩兵、色んな映画で見ると昔の人の度胸は凄いなあって思う。 マスケットが命中率低いっていっても、左右で撃たれて倒れてる中、 列を組んで歩き続けるのは現代人には無理じゃね?
599 :
541 :2012/11/19(月) 08:16:13.30 ID:???
>>595 ナポレオンとしては軍人として扱う事こそ最高の待遇改善(反乱防止)と思っていたのかも。
同時に水兵の軍服も制定して一体感を強めているし(因みに、イギリス海軍は未制定)。
もっとも、軍艦の水夫が軍人になった為に、海軍も商船乗組員を対象にした徴兵制度を導入したので、前以上に選択肢は無くなったけど・・・
第一次大戦のフランスは航空先進国だったのに 第二次大戦はどうしてああなった
そう言えばエジプトの海戦で壊滅したフランス艦隊だけど、善戦は出来なくとも死戦した奴は多かったんだよね。 ここの兵士・船員に関して言えば、実は意外にガッツに満ちていたと言う……
>>601 ブリュイ提督の最期とかね。
重傷を負ったのに医務室へ下がるのを拒否。
「フランスの提督は第一甲板で死ぬのだ」
と言って指揮を取り続け、旗艦と共に爆沈。
海戦後、艦を失った将兵は陸に上がり水上兵団と名付けられて司令部の護衛兵や砲兵として戦ったと。
フランスに帰還後、その一部から親衛隊水夫大隊を新設。
イギリス上陸作戦が実施された暁には、ナポレオンの御座船に乗り込む筈だったのに・・・
ブリュイもヴィルヌーブも 経験といい敢闘精神といい、水兵としては申し分ないが いざ提督になるとお粗末 みたいな どこかの元帥どもを彷彿とさせる評価を見たことある 出典忘れたが、チャンドラーだったかなぁ 前者もBruixの方の可能性もあるし 話半分で受けとってほしいが
604 :
名無し三等兵 :2012/11/19(月) 16:42:14.41 ID:mq4S51D3
>>598 > 戦列歩兵、色んな映画で見ると昔の人の度胸は凄いなあって思う。
> マスケットが命中率低いっていっても、左右で撃たれて倒れてる中、
>列を組んで歩き続けるのは現代人には無理じゃね?
分かるわ、(´・Д・)」マスケットは命中率低いとか撃たれてる側からしたらなんの気休めにもならないからな。
実際隣の奴が斃れて、弾が耳元をヒュンヒュンかすったら次は俺だろ((((;゚Д゚)))))))
東洋のネルソンって東郷だっけ? 朝鮮のイスンシンの方が評価されてるんなんて話も聞くが・・・
日本と韓国ではそうなんじゃねw
>>604 自分に向かってくる弾って見えるかな?大砲の弾なら大きいから見えそうな・・・
608 :
名無し三等兵 :2012/11/19(月) 18:18:40.81 ID:mq4S51D3
音がするって事な、当時の銃弾が10ミリくらいとはいえさすがに見えないよ
609 :
593 :2012/11/19(月) 18:34:40.57 ID:???
>>594 いやいや、確かに封鎖されている間に水兵を陸に転用しているけれど、
いざ封鎖破りして出撃する際には、水兵は兵員不足で、もとより
海兵なんぞいない分、陸兵を満載してますよ。
トラファルガル海戦だと隻数では双方似たようなものなのに、人員は
仏・西側がほぼ2倍近くでその多くが陸兵だったろうとされてますね。
>>601 食料や水不足に苦しみ陸に徴発隊を出していたので、戦闘時には
人員が定数の半分ほどしかいなかったにも関わらず敢闘してますな。
フリゲート艦が英戦列艦に立ち向かっていったとか、海戦3日目でも
廃墟同然になった戦列艦2隻が抵抗を続けていた(英側は生暖かく
見守ってたらしいけど)とか、いろいろエピソードが。
いまだ革命の余熱冷めやらずという時期だったんですかね。
東洋のネルソンって東郷だっけ? 朝鮮のイスンシンの方が評価されてるんなんて話も聞く  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ∧_,,∧ ∧_,,∧ ウェーハッハッハ <=(´∀`) (´∀`)=> ( ) ( ∪ し―-J し―-J
近代で戦争に強い国はみんなプロテスタント系だが カトリック教国でも例外的にフランスは強いな
>>607 視認できる分矢の方が恐怖感が高いという話もある
ぜひ実験して自分自身の目でたしかめてほしい
>>603 兵士や下級将校としては、ずば抜けて優秀な上級将校達・・・ナポレオンも肩の荷が重かったろうなぁ
最早、フランス軍の体質か?
>>609 そう言った事が。
良く言えば、お互いに兵士を都合し有ったのかな?
架橋工兵と一緒に転戦した海軍大隊、諸国民戦争に歩兵として参加した海軍砲兵連隊、フランス国内戦役をカトラスとショートパイクで戦い抜いた海軍大隊・・・
そんな戦歴から陸戦のイメージが強かったので。
615 :
名無し三等兵 :2012/11/20(火) 00:18:55.28 ID:ULNEjxIp
>>614 >
>>603 >兵士や下級将校としては、ずば抜けて優秀な上級将校達・・・ナポレオンも肩の荷が重かったろうなぁ
>最早、フランス軍の体質か?
東洋の島国にそういう軍隊が昔有ったような?
たしか、最新型の空母機動部隊やまぁまぁ使える戦車、命じれば死ぬまで戦ってくれる兵士がたくさん居たのに、上司はなぜか精神論に走るアホな将軍や政治家。
>>615 その上司がそこそこまともだったから
最新型の空母機動部隊やまぁまぁ使える戦車とやらが
準備出来てたんですけどね
問題は、その想定を越える事態に対応できなかったことですし
この国は、想定出来る事態には無茶苦茶強いのよ…
ごめん誤爆
619 :
名無し三等兵 :2012/11/20(火) 06:57:27.88 ID:ULNEjxIp
>>616 まぁその指摘は勝海舟の逸話と同じですがね(^O^)/
>>604 マスケットの命中率も言われている程は悪くないしね。
人間サイズの的こそ、160ヤードで21%だけど、
小隊サイズ(高さ身長、幅約13メール)だと、160ヤードで56.5%、80ヤードなら76.5%にも。
自分には当たらない様に願う事しか出来ない・・・
このスレ見て思ったがオタの知識力マジやべぇな 英雄列伝的なことだけじゃなく、歩兵戦術だとか当時の大砲のことまで詳細に言及してやがる 一体何の本にそんなことが・・・ 例えば自分もナポレオンに興味持って歴群で紹介されてた伝記読んだけどそこまでは書いてなかった
ヨーロッパ人が書いた書籍がいくらでもある 日本の軍事マニアは基本的に日露戦争~現代までしか興味ないけどね
ナポレンならまだ邦訳それなりにあるだろ
極東の近代史の本をヨーロッパの研究者がもっと書いてくれんかなー。 というか翻訳されてないだけなのかもしれんけど。 どうも当事者が書いたものはいろいろバイアスがかかってて読むのしんどい。
苦いものを調理して食べやすくしたからって、途中でどんな調味料入れられたかわかったもんじゃないぞ
しかし食べられない物を出されても消化できない訳で……
そこを乗り越えて論文を書き上げるんだ!
>>620 なぜか実戦では10分の1以下に低下する…
まぁ、自軍戦列がバウンドしながら飛んでくる砲弾に次々なぎ倒される中で さらに前進しつつ冷静に狙いを付けられるような心臓に毛の生え具合のが どれだけいるかと思えば無理もないような。
戦列歩兵って日本人向けのシステムだと思う みんなで進めば怖くない。みんなの目が気になって逃げれない
日本軍は陸でも海でも劣位戦の研究ばかりしていた 優位戦をやるとミッドウェーみたいになる
>>630 ああいう淡々と死んでいくのは苦手じゃないかな
銃剣突撃で一発勝負したくなるだろう
でも実際には戦国日本は散兵戦だしな。 他人の目と志気値は表裏一体だったとしても、 画一的と評されがちな日本人は意外と合理的で 融通無碍なのかもしらん。
634 :
名無し三等兵 :2012/11/21(水) 00:26:00.08 ID:bE01If8u
群れた日本人の残忍性は酷いから、相手が劣勢&こちらの武器が強い条件が有れば強いわな。 ただし、あくまで「群れた」なので「組織」には勝てない。
職人芸・名人芸も好きだな 日本人は
日本人的な発想では公算射撃みたいな考え方はでてこないと思う。 個人技的な狙い撃ちがやはり向いているのだろう。
特攻隊の戦死者約1万4千でウェットになる日本人と 任務という名で 対独爆撃隊の戦死者約7万人出すアングロサクソン ユダヤ人を600万殺すゲルマン どちらも残酷だと思う。
>特攻隊の戦死者約1万4千でウェットになる日本人 そら一億総特攻なんて呼号していたからそうなるわな。
>>628 ー629
>>620 は軍の評価試験の結果なので、あくまでもマスケットの性能の話と考えた方が良いかも。
実戦の話としては、1813年に、ハノーバー兵66名が60から80ヤードの距離で一斉射撃をしたところ、敵27名に損害を与えたと。
単純に考えると、評価試験の小隊サイズ標的に60-80ヤードで41%位?
士気以外の要素として、3列横隊の場合は3列目の照準は甘くなるし、不発も考慮しないと・・・
射撃を繰り返す内に、慌てた装填、燧石の緩み、火門の詰まり・・・色々有るから。
>>603 ブリュイはしょうがないんじゃねーの。
悪条件の中出来る事は出来るだけやったけど、
ネルソンの無茶ぶりがそれ以上に凄まじかったって感じだ。
>>637 戦慣れは大事だな
戦国時代がもっと長く続いてればナイーブな国民性になることもなかった
>>641 その場合、今度は獣畜の様な国民性になるな
家康の浪人対策に基いて海外に流出した日本人傭兵は各地で猛威を振るった 家康のその辺ははっきりと承知した上で、どのように処罰しようが問題なしと返答している
朝鮮出兵では日本兵のあまりの残酷さに朝鮮や明の連中がドン引きしただろうな
元寇のときの日本側の記述もそうだけど、 被侵略側の記述ってある程度盛ってあるから、 割り引いて読まないと。 もちろん、侵攻側の資料にも書いてあるなら別だが。
>>645 日本兵の遺体をバラバラに引き裂いて内蔵引きずり出して
木々に掛けて晒して気勢を上げた朝鮮人がどうしたって?
撃つふりだけして撃たない兵士 撃ってもわざと敵の頭上を撃つ兵士 が常に一定の割合いたらしい。 by『戦争における「人殺し」の心理学』
>>645 討ち取った敵兵の首取り(耳削ぎ?)の習慣がなくて残酷に見えたってのはあるかも
>>649 首取りなら、三国志時代から中国にもあったと思ったが…
明だって日本側の捕虜を凌遅刑にしてたろ
凌遅刑のつもりがすぐ死んでそうだな
平正成、平秀政の二人? 政治的都合で賊魁にされちゃったのは不運だったとしか 鋸挽きもそうだけど凌遅刑ってわりかし面倒なんだよね
>>648 意識的な射撃拒否とは違うけれど、ゲティスバーグの会戦後に遺棄されたマスケットを回収したところ、複数の弾丸を重ねて装填したままの物が数千梃有ったと。
戦闘で混乱し、ひたすら装填を続けたのか、雷管を付け忘れて引き金を引き続けたのか・・・
不発に付いては、射撃の最高潮時には20%以上に達したとする資料も有るけれど、具体例が上げられていなかった。
首切りって、欧州では貴族の刑罰で 平民の刑罰は絞首とwikiにあった。 理由はちゃんと首が切れる技量を持つ執行人を 雇えるのが貴族ぐらいしかいなかったから 下手な執行人がやると中途半端にしか斬れず えらいめになる。そういうことを解消し 誰でも首を斬れるようにしたのがギロチン
656 :
名無し三等兵 :2012/11/22(木) 17:23:58.86 ID:msxy5aNY
ギロチンの刃を直線にするか、カマボコ型にするかの質問で、直線を選べたルイ16世は賢くて良かったな(^ω^) あの質問でカマボコ型にしてたら、一撃で死ねずに、のたうちまわる羽目になってたよ(´・Д・)」
>>654 やっぱり砲弾による死傷者の方が割合大きいんだな
砲兵だと複数人で操作するから心理的負担はほとんどないのかもね
>>655 死刑執行人サンソン ―国王ルイ十六世の首を刎ねた男 安達 正勝 集英社新書
でそれくらい俺でもできる!と若者が煽られて処刑台に上がったはいいものの緊張の
あまりにブッ倒れてそのまま亡くなったというエピソードが出てた
技量のみならず集中力・精神力が求められる仕事だったんですね
659 :
名無し三等兵 :2012/11/22(木) 18:28:15.75 ID:msxy5aNY
接近戦の最中なら、混乱と興奮と生存本能でアドレナリン出まくりだが、無抵抗な奴の首をはねるのは勇気とはまた違うものが要る。
>>659 WW2の話で悪いけど、アメリカ軍が銃殺刑を執行する時は1梃だけ空砲の銃を混ぜておいて、
「自分は殺していない」と思い込める余地を残したそうだよ。
>>661 多いものだと10発近く多重装填されている。
そうでなくても数千丁。
全部が全部雷管のつけ忘れかねえ?
>>662 ありえないことでもないでしょう。かなり興奮しているはずだからね。
何かで読んだ話だが、号令に従って装填・発砲を繰り返す際には、 動作が鈍い兵は結果として発砲する間が無く、周囲に合わせるべく、 ひたすら装填動作だけを繰り返すということもあったらしい。
>>664 それもありうるね。
しかし危ないことなんだけど、切羽つまっているとね。
ゲティスバーグの遺棄マスケットに付いて具体的な数字が有ったので。 会戦後に回収されたマスケットは37,000挺以上。 その内24,000挺が装填済みで、内18,000挺が複数発装填されていた。 ある1挺には23発もの弾丸が! ゲティスバーグで兵士が装備していたマスケットの内、実に35%が火器としては役に立っていなかった事に。 (分母が不明だし、少々極端な物言いな気もするけれど、そのままで)
戦列歩兵マスケットはやっぱ無理があるわけだな 求められるのが気合いと勇猛さの突撃ならともかく 急かされながらの再装填作業をやる落ち着きだもん
剣と槍の戦いだと、臆病ものでも死ぬ気で戦う、だから、孫子も、囲師は周するなかれ(相手を完全に囲んじゃダメ)と言っている。 鉄砲だと、こうはいかない、必死になったからといって、射撃速度が極端に速くなるわけでもない、かといって、勇気と規律が無ければ相手に向かって進むコトすらできない。 結論としては、かなり危ないお仕事なので、危険手当が着くなら行きます
遮蔽物挟んで撃つのが基本の現代軍でも指切りバーストできるできないって話になるしな
まあ、マスケット歩兵と槍歩兵がぶつかったら、 よほど条件が良くない限りマスケット側が勝つんだろうけど… そうなると、効率低下・コスト増大しのんでも、マスケット同士の撃ち合いするしかなかったんだろうなあ。 などと。
マスケット歩兵って前進しながら腰だめで 撃ったりはしないのかな? 何かの映画か番組で 装填したマスケット銃を北朝鮮のパレードみたいに 銃を前に突き出して横一線で歩きながら発砲という シーンがあったような記憶があるんだが 狙いをつけて撃つというより弾をばら撒いてるという感じかな
反動が結構あるんじゃなかったっけ。
>>670 1692年のステェンキルクの戦いで、マッチロックマスケットとパイクが多数を占めていたフランス軍は、オレンジ公ウィリアムの対仏同盟軍のフリントロックマスケットにより多数の損害を出した。
フランス軍は剣を手に生け垣や他の遮蔽物を利用して戦い勝利し、白兵兵器の優位を証明したかに見えたが・・・
フリントロックマスケットに苦しめられた兵士達はパイクやマッチロックマスケットを捨ててしまい、フリントロックマスケットを持ち帰ったと。
この報告を重大に受け止めたフランス軍は、その年中にパイクとマッチロックマスケットの比率を下げ、フリントロックマスケットの比率上げる決定を。
既にプラグ式銃剣も有ったし。
>>671 それでなくても当たらないものがますます当たらなくなるだろw
675 :
名無し三等兵 :2012/11/23(金) 23:13:41.00 ID:bS7OkLP2
Youtubeで見れる映画「zulu」のクライマックスで、現地のズールー族に陣地に侵入されたときに、二隊に分けた兵士が、交互に発砲→装填→前進→発砲を繰り返す戦い方をしてたな。ただあれは後装式だったかな。 関ヶ原の時の島津の退却でも、最初は、鉄砲射撃を繰り出しながら前進したけど徳川方が足軽無限モードすぎて、通常突撃に切り替えたらしい。
>>675 ヘンリー・マルチニー銃だよ よく見るとエンフィールドも混ざってるけどw
677 :
名無し三等兵 :2012/11/24(土) 05:06:22.27 ID:3oi8/hPI
>>676 即答できるのがすごいwwwww
このスレのメンバーで政府の情報収集部門作ったらはかどりそうだな。
ただ熱心すぎてスパイとモロバレだがwww
>>675 ナポレオン戦争中のプロシア軍には、各中隊の右小隊と左小隊が交互に前進と射撃を行う前進間射撃が有ったよ。
射撃中の小隊は停止していたけど。
同時代の仏英露墺にも歩きながらの射撃は無いかな?
>>677 あのズールー戦争の映画は「ブラックホークダウン」の大先輩、または死を恐れない集団が武器を持って襲ってくるってことで
ゾンビ系映画の頂点(ズールー族には失礼な評価だが)的評価があって、マイナーな映画なわりにマニアには有名なんだよ。
英軍士官同士のプライドをかけたやりとりとか、人間ドラマも結構いいしな。
ズールー族めちゃくちゃ足が速いんだぞ
682 :
名無し三等兵 :2012/11/24(土) 19:40:42.84 ID:3oi8/hPI
身体能力は明らかにズールー族だもんな、あいつらに生きたまま捕まったら見せしめ&切り刻み、場合によっては麻酔なしで内臓取り出し、だからアフリカ配属なら最期の一発は残しとくわ。
ズルッとズールー
ナポレオンもびっくりな行軍速度
>>684 シャカ・ズールーはヨーロッパ人からブラック・ナポレオンと呼ばれていたね。
以前、生涯がドラマ化されていたなぁ
マスケット銃は射撃する時火花が顔や目にかからないように 顔を背けたり目をつぶったりする。
>>686 そこら辺は初期の後装銃、シャープス、シャスポー、ドライゼ等でも多かれ少なかれ言えるかと。
火花が燃焼ガスに変わるだけで。
故に実際の命中率はデータで見るよりかなり低いって事。
分母の問題かな? ばらつきが反映されているか、会心の一撃か。
やっぱり大砲で歩兵をなぎ倒すのが有効 そのことに気付いたナポレオンはえらい
>>690 大砲だと人を殺したくないから撃たないとかわざと外して撃つとか一個人の判断じゃできないしなあ
単純に射程の問題だろ
わぁーい葡萄弾だー
組扱いの武器ほど殺人への心理的障壁が少なくなる
女子ども含めて非戦闘員を万単位で焼き殺した B29乗員とかなー
複数人で扱うから、ミスを互いにカバーできる。 ってのもあるんだろうな。 銃だと、たとえとなりの奴が雷管つけ忘れてるのに気づいても、 指摘してやる暇ないだろうし。
ナポレオンはグリボーヴァルが改良設計した新型野砲が配備・量産されてて、丁度使えるってタイミングの良さもあったな。 軽くて機動性に優れていたんで、ナポレオンの戦術にはうってつけだった。
>>697 グリボーヴァル式は数を揃える為には良いシステムだったけれども、
前線での使い勝手に問題が有り、砲自体の性能も他国よりも劣る点が・・・
4、8、12ポンドの各砲の砲架は部品共通化の為、基本的に同じ物(補強に若干の差が)。
結果、4と8ポンド砲は威力の割りには重く扱い辛い代物に。
イタリア戦役で、扱い易く射程も長いオーストリアの5ポンド砲を目の当たりにしたナポレオンは、
それらを参考に新型6ポンド砲を開発させ、4と8ポンドに代わり徒歩と騎馬の両砲兵連隊に装備させた。
もっとも、拡大して行く軍備を賄い切れなかったのか、旧型砲はおろか鹵獲オーストリア砲まで装備させる状況に。
更に、機動力を犠牲にしてまでも歩兵連隊の歩兵砲を復活させ、火力でねじ伏せる軍隊に変貌して行く事に。
ロシア遠征の砲兵火力の半端なさと言ったら・・・
ナポレオンは現実家で戦場の王を良く理解していた、とも言える。 逆にグリボーバル式は、少々あたまデッカチの理屈倒れだったろ。 確か大戦中に使われてた日本の連隊砲も、平射砲と曲射砲を兼用しようとして失敗してたよ。 曲射砲としては、迫撃砲並みの性能に過ぎない癖に、迫撃砲より重い。 平射砲としては、馬で牽引するから軽めだが、砲身が足らずに射程が短いと。
ナポは軍艦の艦載砲のスペックも全部暗記して水兵をびっくりさせてたからな
701 :
ブリュイ :2012/11/30(金) 14:33:58.11 ID:???
どうせ陸に降ろして使おうと思ったのさ
>>701 戦列艦の火砲だと32ポンドや24ポンドだから陸に上げても要塞砲や攻城砲かな?
一番欲しい野砲の穴埋めには><
てか、提督、脚の方は・・・いや、色々な意味で。
>>702 いや、戦列艦でも上甲板に載せてるのは8~12ポンド砲だよ。
カウンターマーチって実際どういう動きかイメージわかないんだけど 動画とか図解ってどこかにないの?
海戦の場合はマスケット銃の射程内で艦砲を 撃ち合うのだから、水兵はスリル満点だろうな
革命戦争の時点で各種の軍制改革は行われてるわけだが その中でナポレオンが突出していったのはなんで?
>>707 ナポレオンよりもカルノーの功績じゃないかな?
徴兵制度の整備、軍団編成、混合隊形、それらを合わせ結果としてのコルドンシステムからの脱却。
銃後から最前線での戦術まで。
勝利の組織者の名は、だてじゃないかと。
コルドンシステムからの脱却は、むしろロシアの『コケコッコっ~』が始めた。 ……何だっけ? 名前が思い出せない。
スヴァーロフか?
>>706 なんかマーチって言葉のイメージとはずいぶん違うんだな
カウンターマーチで検索してもその手の動画しか見つからなくて カウンターマーチのシーンがある映画のタイトルとかは知らなかったので助かりました
714 :
名無し三等兵 :2012/12/05(水) 00:04:54.04 ID:PtTmUgkh
>>706 俺の大好きなポーランドの装飾騎兵じゃんwwwwww
近世ポーランドのイメージ
前半 (`・ω・´)
中盤 \(^o^)/
後半 _| ̄| ...○ コロコロ
>>684 英軍からはあれは騎兵だと思えって言われてたとか
たしか平均時速13km/hぐらいで進軍してくるんだっけ
716 :
名無し三等兵 :2012/12/05(水) 20:27:14.68 ID:PtTmUgkh
ポーランドはロシアとドイツという二大強国に挟まれて緩衝地帯としてしか存在できない悲しい国 でも、世界史上最強のモンゴル軍を食い止めたのはポーランド騎兵。
途中までは良かったのにいつの間にか財政破綻してたイメージ
>>706 そこにある動画のはカウンターマーチじゃないだろ
カウンターマーチは前進すんだぞ
>>717 大貴族層マグナートが税金を懐に入れて国庫にいれねーんだから破綻するに決まってる
近世から近代の国家は貴族から税金取り立ててそれ使って運営してんだが
それが出来ない選挙王制の王権の弱さよ
720 :
名無し三等兵 :2012/12/05(水) 21:54:41.80 ID:PtTmUgkh
あれ、どっかで聞いたことあるな。 田舎の世襲議員という貴族が地元に利益誘導して赤字を増やし。 赤字を埋めるためにあらゆるものに課税。 善人を装い、奴隷を増やす法律を推進して挙句、奴隷商人の会長に収まった汚職野郎とかがいたんだ 選挙結果よりもマスコミの世論調査を重視、議会は権力争いを目的化。 そしてついに国債のデフォルトで通貨暴落して、食料輸入が途絶えて、暴動がおきて、21世紀中盤に滅んだんだっけ(´・_・`) 歴史は繰り返す
日本オワタ
>選挙結果よりもマスコミの世論調査を重視、議会は権力争いを目的化。 今までの日本の歴史だと、ここで武装勢力が立ち上がるんだよな。
723 :
名無し三等兵 :2012/12/06(木) 00:23:37.97 ID:jDQ/METN
世界の歴史だとそうだね。
ナポレオンやスターリンなんかが現れるか、国が滅ぶか。
ポーランドも貴族民主主義を1790年代まで続いたポーランド王国(ポーランド、リトアニア)でやっていて、参加者は基本的に平等だった。
でもそのうちに一部の権力者が議会を牛耳り始めて自分の利益の為に外国と密約を結ぶ者があらわれた。
そしてついに自分の領土と財産の安全を約束された自由主義者と功利主義者は、ロシア人をポーランドに迎え入れた。
(Wikiより)
リバタリアン勢力は、ロシアから提供されたはずの政治的自由や個人財産保全の保障はロシアによる政治的方便に過ぎなかったことを、祖国の共和国が分割消滅され、ロシア兵がやってきて自分たちの領地を好き勝手に略奪するようになってから初めて気づいたのである。
彼らの自由も財産保全も保障されることがなく、すべてツァーリの一存の下に入ることになってしまった
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/黄金の自由#section_3 年号を覚える歴史の授業よりこういうことを教えるべきなんだが…
ろくに喋れない英語や遊びみたいな体育をやるより役に立つよ。
スレタイを無視し、他国の歴史を引き合いに出すふりをして 自分の政治的主張を述べようとするのは感心しないし なにより自分の不勉強を学校教育のせいにするのは良くないな
マジレスすると、現状と似通った状況すらないぞ
726 :
名無し三等兵 :2012/12/06(木) 02:06:41.21 ID:jDQ/METN
脇道にそれてしまったスマン まあ主義主張はどう受け取られても構わないけど、俺が言いたいのは周りが独裁国家のなかで共和制を貫くのは難しいねってことさ。深い意味は無いよ(^ω^) 戦争するには君主制や独裁の方が有利、不利とか有るのかな?
荒らしうぜえ
モンゴル騎馬軍団は神聖ローマ帝国の城塞攻略に手こずったと聞く ロシアや東欧では快進撃が出来たが、ドイツでは進撃速度が鈍った
だからなに?
731 :
名無し三等兵 :2012/12/06(木) 14:33:09.01 ID:jDQ/METN
日本とドイツはモンゴルに対して軍事的勝利をあげてその侵攻を撃退してるね 多分ロシアや東欧との違いは敢闘精神の差だと思う
地理的条件・・・
騎兵がサーベルチャージする時、サーベルを振りかざすのはわかるんだけど 先頭あたりのやつがサーベルを地面に対して水平にして突撃するのはなんでなの?
刺突の為
サーベル程度の長さだと刺突時の反動とか刺さりすぎたとかで 突撃した側が生還不可能になったりしないもんなの? 当時の軽騎兵なんか特にご婦人方に人気だったって何かで聞いたこともあるし 突撃の先頭に立つぐらいだから名誉>命って考え方なのかもしれんけど
サーベル突撃ってWW1末期の機動戦のころには大活躍したとか 塹壕にひきこもってた騎兵が鬱憤を晴らすかのように
突くと同時にサーベルを横に薙いで反動を殺す
>>736 ユサールって華やかなユニフォームとは裏腹に乱暴者ってのが当時のイメージだったみたいだよ。
フランス軍では、ルイ14世時代に脱走ハンガリー兵を集めて編成。
その際、倒した敵兵の数に応じて褒賞金を出す事になっていたので、証明の為に敵兵の生首を鞍に吊るして行動、長らく野蛮な兵科と考えられていたと。
フランス人で編成される様になっても無頼な気風は、そのまま受け継がれ・・・
ユサール上がりのラサル将軍の口癖は、
「30才で戦死していないユサールは馬鹿者だけだ。」
740 :
名無し三等兵 :2012/12/06(木) 22:55:56.35 ID:jDQ/METN
チョンマゲや満州族の辮髪みたいに一部の髪の毛を伸ばす習慣はアメリカインディアンやハンガリー、ウクライナにあるけど、俺の首が欲しいか?ってサインらしいな
イギリスの後ろ二本指に近いノリか。
742 :
名無し三等兵 :2012/12/07(金) 03:55:41.29 ID:4dCxs6hC
遊牧民や狩猟民に多い風習なんだがなぜ日本人がチョンマゲ作ったのかは不明。
まげの元祖はもとどりじゃないか。 異様なのは月代だと思う。
744 :
名無し三等兵 :2012/12/07(金) 09:51:36.96 ID:4dCxs6hC
ヘルメットや兜をかぶりやすい為という分析をした読み物を読んだ事が有るけど、コサックやハンガリーって軽装なイメージ有るな
月代は高温多湿対策だろ マゲはしらん
髷は兜をかぶる際に、当初はそのままして頭頂部の保護や頭頂から出すことで固定具の替わりにし その後はほどいて汗を流すようにしている
単に昔は短髪に切りそろえるより長いのを結った方が見栄えご良かったし簡単だったからじゃないの
髪を伸ばそうとかそういう発想は所詮雑兵 ナポレオンやダブーのような素晴らしい指揮官は薄くする
18世紀の軍隊でも白いかつらかぶってたんじゃなかったっけ? 横がくるっとカールしてるやつ。
750 :
名無し三等兵 :2012/12/08(土) 02:42:57.83 ID:9B54v8RO
バッハみたいなやつか?
>>748 いや、それは><
ネイもワーテルローの頃には薄くなって・・・
額の方からじゃなく、頭頂部から。
752 :
名無し三等兵 :2012/12/08(土) 14:33:25.13 ID:9B54v8RO
ジダンをイメージしたけどジダンは移民だったな(´・_・`)
当時、指揮官は一目でわかる目立つ格好をしてた。 理由はよく知らないけど、ノブレスオブリージュとか練度も教養も低い兵卒の風紀の維持とかじゃない? で、指揮官が狙撃されるようになると地味になった。 それどころか前線で指揮官に敬礼すると怒られるように。 今は衛生兵もヘルメットに赤十字描かなくなったよね。
>>754 士官や下士官は隊列の中での配置が決まっていたからじゃないかな?
隊列を組む時の基準みたいな物だから目立たないと。
敵から狙われるけど。
>>755 レスサンクス。
ききかじり何だけどいろいろ。
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/0f/Hohenfriedeberg.Attack.of.Prussian.Infantry.1745.jpg 実際はこんな感じらしい。
下士官(手前の槍持ってるの)将校(言うまでもなく乗馬してるの)はアリーナ席じゃんw
彼らは交戦距離が近づいたらサイドに回って兵隊が逃げないように指揮、監視した。
で、50メートルくらい先の敵に向けて斉射を繰り返して、相手の隊列が崩れたら銃剣突撃して追撃戦(フル装備でも走って20秒かからないから次弾装填してるヒマはない)→殺戮タイムて流れだったらしい。
でも、隊列が崩れた時点で勝敗は決しているので、指揮官が降伏する事が多かったそうだから、お互い暗黙の了解で命令トップは狙わない事になってたのかもしれない。
いくらマスケットの命中精度が適当だったからって戦列全員が馬上の敵指揮官狙えば確実に殺せるんだろうけど、それよりも自分達に銃口向けてる兵隊の人数減らさないと自分の死亡率がはね上がるし、
万が一、敵指揮官戦死のまま味方戦列が崩れたら、降伏を受け入れて麾下の兵隊にストップかけてくれる人がいなくなっちゃうのでもっとマズい。
もっとも、戦列歩兵がそんな判断ができるほど勇敢ていうか恐怖に鈍感だったわけではないらしくて、昔読んだ本によると、戦死したマスケット兵が手にしていた銃には7発だか8発だかの銃弾が火薬とサンドイッチで装填されていたそうだ。
轟音と恐怖で不発に気がつかないくらいテンパったまま教わった射撃行程繰り返してたんだろうねー。
で、この戦列歩兵戦術と高精度のライフル銃が組み合わさっちゃったのがアメリカ独立戦争で、敵味方がざくざく死んでいく地獄絵図だったそうな。
即死もできずに1発食らったまま何時間も苦痛に悶えて、そのまま失血死するか、銃剣でとどめを刺されるか、たとえ助かっても麻酔無しで傷口えぐって銃弾取り出されるか(でもやっぱり敗血症で死亡とかね)、手足を切り落とされるか。
イヤイヤこの時代に産まれなくて良かった(*´▽`*)
今更な内容の長文は置いとくとしても この顔文字君は 読みやすさとか気にした事ないんだろうか
758 :
名無し三等兵 :2012/12/08(土) 23:33:37.59 ID:9B54v8RO
第二次世界大戦のソ連兵も、田舎から出てきてすぐ前線だったから、降伏なんて知らなくて周りがみんな死んでも最後まで戦った。
読みにくいとは思えないが
フルスクなら折り返しなしだが そうでないと読みにくい 折り返し無視しても横に長いと思うが
iPhoneで見てますが、まっとうな文章だと思います 5行程度までしか読めず、それ以上は長文とか言っちゃうタイプ?
お前の感覚が鈍いんだろ よかったね
生きていくの辛そうなやつだな 神経症に気をつけろよ
>読みやすさとか気にした事ないんだろうか
>>757 無い(^ω^)
読みたい人が読めばいいから。長文がイヤなら象形文字に戻れ。あとブラウザ変えろ。
過去ログもざっとしか読まない。
今さらであれなんであれ積層的に情報が流れるのはこの種のメディアの特性だからこれでいいの。
頭悪そうだから繰り返すけど、オマエ以外に向けたレスに対するオマエの反応こそがオマエの理想とする「読みやすくて無意味な短文」なので。
>>758 ソ連は背後に機関銃が据えてあったからねー。もしくは戦車に乗ってるうちにいつの間にか死んだ。
人間の感じる痛みには限界があって、それ超えると記憶が飛ぶらしいけど、恐怖の限度ってあるのかねー
/■\ ( ´∀`) マターリしようよ ( つ旦と) と_)_)
イタイコキター!!!!
1280×1024の古PCの俺には改行が多くて見辛いな まあそれはどうでもいいことだ 俺がルール!嫌なら見るな! は困るなぁ
>>767 ワカタ。
ゴメンヨー。
でもさー。
俺ルール同士の擦り合わせたところがコモンローになるんじゃないのかな?
懐かしいくらい久しぶりに2ちゃんねるっぽいレスが来てついムシャry
今は反省している。
769 :
767 :2012/12/09(日) 00:52:50.79 ID:???
謝るなら相手は俺ではないと思うんだが・・・
とりあえず当時のマスケット銃の種類について語ろうか
ゆとりは俳句以上の文章見ると長文とか言い出すからな
>>768 君の文章はしっかりしてるよ
気にせず書きたい様に書いてくれ
>>769 いやあ、
「お騒がせしました皆々様<m(__)m>」
みたいな。
良スレだし。
>>770 マスケットって時代によって定義が変わるから。
最初、スイスやドイツの傭兵が活躍してたころは銃架(刺叉みたいな形の銃身載っける一脚)無いと撃てない大型で大口径のがマスケット、
それよりは小口径で軽量なのをアルクビューズと言ってた。
どっちも火縄銃だけど、弾の重さで区別された。具体値は忘れた。
マスケット使いは傭兵団の中でも花形だったし給料も良かった。重装騎兵に対する切り札だったし。
ツヴァイハンダーとか擲弾兵といっしょでマッチョでガタイが良くないと使えないからね。
その後大きすぎるマスケットが廃れ、扱いやすいアルクビューズサイズが主流になり、でもなぜかマスケットと呼ばれるようになる。
その間、激発装置がいろいろ変わる。
火縄(マッチロック)→機械式火打ち(ホイールロック)→普通の火打ち(フリントロック)→雷管式(パーカッションロック)
その中で線条(ライフリング)を入れた「ライフルマスケット」が登場して、それは後にライフルと呼ばれるようになる。
大まかに言えば
線条銃身銃=ライフル
滑空銃身銃=マスケット
になりましたとさ。
そういや、中世でもライフリングという発想はあったけど それを量産する技術力が無かったんだっけ?
>>775 記憶に自信がなかったんでwikiみてきたった。
だいたい合ってたけど何か味気ない気持ちになった。wikiスゲー。
15世紀にはすでにライフリングによるジャイロ効果考えた天才がいたらしい。そんな昔だとは知らなかった。
まー、ルネッサンス期にヘリコプターと潜水艦のアイディアはあったのでそんなモンなのかも。
欠点はライフリングに手間とコストがかかりすぎるのと、線条刻むために銃身よりちょい大きめの弾を装填する構造上、
元込式であることが前提だったこと。元込は大砲もそうだけど銃身爆発が怖くて使えなかった。
そういえば火薬兵器も「長弓やクロスボウのほうが安いし強いし良く当たる」ってことで数百年ほったらかしだったんだよね。
で、気がついたらヨーロッパからはるか彼方の極東の島国がアルクビューズ大国になってた。
777
ナポレオン戦争の頃のライフルは 装填するのに銃口からトンカチで銃弾叩き込まないといけないんだろ ノンキなもんだよな
最初期のライフル銃って元込めだったのか? 少なくともナポレオン戦争期には前装式だが
>>779 ごめん。
フランキ砲と勘違いしてた。
778の言うように、19世紀初期のライフルマスケットは前装式で、鉄の銃身に鉛の丸弾を槊杖と木槌で押し込んでた模様。
ただこの場合だと銃身の内径の精度や弾丸の大きさにばらつきがあると(しかも製鉄技術が未熟だと)前述のように自爆するので、
15世紀のヤツがどうやって弾込めたのか知らないす。ただ、元込って発想はフランキ砲の頃からあったと。
装填に手間と時間がかかるライフルマスケットは指揮官狙撃に単発的に使われたくらいで、主力は滑空マスケットの一斉発射だった。
前装式のライフルが大活躍するのは銃身内径より弾が小さくなったミニエー銃あたりから。
あと、フランキ砲は別にライフル砲じゃないので念のため。
先込めマスケットライフルの実写動画見る限り 木槌を使わないと押し込めない様な事は無さそうだよ
その動画見たいな。 19世紀は勉強中なり。
>>780 銃身よりちょい大きめの弾を木槌で押し込むとしたら
ライフリングや銃がすぐダメになるよ
なんか根本的に勘違いしてる気がする
>>782 じゃないけどyoutubeあたりでBaker rifleなどで検索して見てみるのをお勧め
前装式ライフルは、弾にパッチをあててライフリングに噛ませて射撃する
弾の後ろがえぐれてて燃焼ガスで膨らんでライフルに食い込むってのはもっと後の時代だっけ?
ナポレオン時代よりは、ちっと後なのね 素早いレスTHX
>>784 動画見たけどイマイチマスケットとの差がわかんなかったのでベイカー銃でぐぐった。
グリスつけた布で鉛玉くるんでライフリングに噛ませるのね~。
>>785 それがミニエー銃。
ミニエー弾はアメリカ独立戦争の最中に普及したんだよね ライフリングに食い込むようになって飛躍的に性能向上したって言うね ヒストリーチャンネルでやってた「ガニー軍曹のミリタリー大百科」#10 弾薬の回で 同じマスケットライフルで丸い鉛玉とミニエー弾の試射比較をやってる 違法動画で悪いけどYouTubeニコニコで見れるよ
アメリカ独立戦争ではなく 南北戦争の間違いでは? ライフリングで勘違いしてた人もそうだけど、 よほど知識に自信があるならともかく、 勉強中だというなら断定口調を避ける謙虚さは持とうよ
独立戦争の時にはまだできてないだろ
ライフル銃が使われるようになった独立戦争と、ミニエー弾が使われた南北戦争とが
ごっちゃいなってるんだろうな。
IDの出ない板だから誰が誰やらわからんけど、直近の流れは
>>790 氏が言うように
付け焼き刃の知識で蘊蓄垂れて自爆してる感があって痛々しいw
一番かっこ悪いのは「~だっけ?」と予防線張って書き込むヘタレ どうせ書き込むなら自信満々に間違った知識書き込んでくれたほうが スレが活気付くから面白いわ
789は勉強中な俺じゃないので関係ないんだけど、とりあえず本来の意味でのマスケット以降の 19世紀の話じゃ断定口調(全部とは言わないけど)使ってないハズ。 でも、歴史の話は常にぐるぐる入れ替わるし、もちろん読んでない本もあるし、 だからといって今ある知識に責任持って「断定」しないのも無責任だし、そういう言う意味じゃ謙虚さは残念ながら無いんだ。 そういや「読みにくい長文」と評されたレスで、独立戦争と南北戦争を間違えてるのは凡ミスだゴメン。 ライフリングの話だけど、確かに内径よりでかい弾が入るわけがなかったねw 言いたかったのは銃砲で丸弾撃ってた時代、砲の内径より相当小さい弾を詰めてたんだ。 理由は先に書いたとおり。 一方、ライフリングに噛ませるためにはそれなりに弾を銃身内に密着させないといけない。 で、ここからは憶測なんだけど、 ライフリングが考案されたのが15世紀、ベイカー銃の設計が始まったのが1798年。 その間はやっぱりキツキツの弾丸押し込んでたんじゃないの? としたら、木槌でカンカン叩いてた(ネットですまんがソースあり)んじゃないかな。 とはいっても、加工精度も求められるし銃身の寿命も縮むしで兵器として現実的ではなかったてのはどう?
俺がルール!嫌なら見るな! 全然進歩してないなw
>>792 アタリw
でも別に恥かいて何が悪い?
ひとつ勉強になるじゃん。
参考文献羅列してない場所はメディアリテラシーに任せた。
だからー、想像で語らずとも
>>784 氏がパッチを噛ませるとちゃんと書いてくれてるだろ。
他人様のコメントもちゃんと読めよ。
>>798 「パッチを噛ませる」っていうのは「グリス塗った布巻くのねー」って結論で納得してるんだけど、それが1798年でしょ。
それまで何してたんだって話をしたんだけどなー。
つーか、煽り合いならめんどくさいんだけど?
オレサマがなんでパッチを噛ませるのがベイカー銃からと思い込んでるのか知らんが、 ベイカー銃は英軍制式の初ライフル銃と言うだけで、パッチを噛ませる装填法は それ以前の前装式ライフル以来な訳だが。 マジでリア中くらいなの?
803 :
785 :2012/12/09(日) 18:09:29.29 ID:???
なんかあれてるな。 ライフル銃が脚光浴びる様になったのは七年戦争とかアメリカ独立戦争だと思うが、そのころは狩猟用の銃を流用してて、 丸弾にパッチをあてて装填していたということでしょ。 その後軍用としてベイカー銃とかが出て来る訳で。 で後装ライフルの登場も割と早くて、ファーガソンライフルがアメリカ独立戦争に投入されてるし、ホールライフルは1819 年、そしてドライゼなんかは1841年でミニエー銃よりだいぶ早かったりするんだよな。
>>789 だけどキチガイのスイッチ入れちゃったみたいでゴメンな
独立戦争ってのは南北戦争の書き間違いな
動画紹介してんだから知ってるに決まってんだろw
勉強中なら謙虚に(キリッ)
付け焼き刃の知識で(ドヤッ)
香ばしすぎて小ゲロ出るわww
マスケット触った事もないんだろ?
>>794 いや、やっぱりキツキツの弾だと詰まっちゃうぞ
動画内のCGにある様に丸い鉛玉はある程度銃身内を暴れながら飛んでたよ
なんだろうなこのテンション
ついかっとしてやった今は反省している 外出中はソフバン回線なので書き込めない間にスレが進んだ てかID無いのが悪いと思うな こいつは誰だの頓珍漢なプロファイリングやら本人からしたら的外れでビックリだからな あといきなり攻撃的な言い方も悪いぞ まずは南北戦争の間違いじゃないのかと問うのが普通だろ どうせ俺ら皆大した違いのないソースから得た知識で語ってんだろ ネット上でももう少し心に余裕を持とうぜ
>アメリカ独立戦争ではなく >南北戦争の間違いでは? >独立戦争の時にはまだできてないだろ これが攻撃的な言い方とは…… 俺がルールだ! 俺に一切の文句つけんな! ってことですね、わかります
もういいよお前ら、うっとうしい
間違った蘊蓄披露、いきなり喧嘩腰、口だけの反省 メンタリティが同じ過ぎてw 生き別れの兄弟かよwww
まあ、所詮2ちゃんだし
よく知りもしないことで御高説を垂れる 間違いを指摘したらキレる どうコミュニケーションを取れと
816 :
802 :2012/12/09(日) 22:52:10.71 ID:???
はいはい付け焼き刃のキチガイですよ。謙虚に丁寧語ですよ(キリッ) 自演はしてませんよ(ドヤッ) まとめると、布1枚でバレルのライフリングに噛ませられるほどバレルがきれいにほぼ真円でデコボコなく製造できるようになったのはいつの時代なんでしょうねー? って話が聞きたかったんだけど、意味が通じてなかったようで残念。 これは聞きかじりじゃなくて1次ソースが明確な実験を元にした話なんだけど、銃身にライフリングを入れるアイディアを思いついた時代のマスケットを25丁集めて テストした結果、銃ごとの個体差がものすごかったんだそうだ。理由は簡単で別の鍛冶屋が作ってるから。 当時の研究で縦長の飛翔体に回転つけながら飛ばしたほうが、どうスピンするか解らない丸弾よりずっと優れたことは解りきっていた。 火薬の組成や着発方式が積極的に改善の努力が試みられる中で、成功すれば革命的飛躍をもたらすライフリングが、にもかかわらず「放置」されたのはそういう理由だ。 おそらく、元々傑作なマスケットを選び出してライフル刻んでやっぱり選び抜いたギリギリの直径の弾丸詰め込んで狙撃兵だけに渡したんだろうね。 あと、気軽にパッチパッチ言われてもそれが分厚かったら意味が無い。 リネン1枚で効果を発揮できて、毎分2発も撃てたベイカー銃(イヤ、プロイセンは先に使ってたけど)はすごいって言いたいんだけども、 それってある程度規格のとれる工業レベルが必要で、「もっと前からある」って言うから、もし産業革命前からだったらどうやって銃砲作ってたのって質問した。 が、大先生は俺より知らなかったようでゲロ吐いてるみたいだし、その後レスがぴったり止んだね。 ていうか、俺が「自説」に固執してるみたいに見えたのかな。それとも俺が2ちゃんねるに期待しすぎかね? 結局誰に噛みつかれたのかID出ないからわかんないけど、書籍とウィキペディアで不愉快なことしたことないので今後オマエには期待しないことにいたします。 プラスアルファが出てくるならいくらでも頭はたれますが、調子こいた悪罵しか飛んでこないんじゃ時間の無駄だよ(´・ω・`)
817 :
802 :2012/12/09(日) 22:53:36.98 ID:???
>>815 長文書いてたら新着レスついたった。
「よく知らないこと」はご高説たれてないっすw
「よく知らないこと」を尋ねたら何故か「間違いを指摘」と称して「ニコ動見ろ」ってゲロ吐かれたのでいまキレてます(^ω^)
別にめんどくさい人と無償でコミュニケーション取りに来たんじゃないのでもういいやw
・これを知るを知るとなし、知らざるを知らざるとなす、これ知るなり ・過ちて改めざる、これを過ちという
反省のカケラもなくまーた妄想垂れ流しかw
だから無駄に長いってのに しかし慇懃無礼を絵にかいたような奴だなw
821 :
802 :2012/12/09(日) 23:01:52.50 ID:???
妄想部分には「おそらく」から「だろうね。」までの1文だけなんだけども。 何百年も進化がなくて、布1枚→ミニエーまであっという間に進化したのは何で?(ヘラヘラ) 慇懃無礼なのは当たり前だろう。 お前が使えないからだよカス。 あー。 そーだね。 2ちゃんってこーやってつかうものだったよね。
なんで相手してるの?
823 :
802 :2012/12/09(日) 23:04:01.65 ID:???
バカだって解ったから匿名で罵倒してるだけっす。 んでもスレ汚しなんでサヨナラ。
ハイ、サヨウナラ 傭兵が暴れまわるのを拱手傍観するしかない 30年戦争時のドイツ農民の気持ちが分かる貴重な体験だった
825 :
名無し三等兵 :2012/12/09(日) 23:56:39.96 ID:2nD+wBXx
良スレが長文に荒らされるという哀しみ。 (T_T)
うぜぇ… ∧,,∧ はいはい付け焼刃の ∧,,∧ 無視しろ無視… ∧∧ (・` ) キチガイですよ!! ( ´・) ∧∧ (ω・` ) U ) \(^ν^)/ ( Uノ( ´・ω) キモいよー… | U u-u l_l u-u (U ノ u-u ∧,,∧ / \ ∧,,∧ u-u (・ω・`) (´・ω・) なんなのあいつ… (l U)市ねよ… (U ノ `u-u'. `u-u'
>>816 機械化して均質なマスプロダクションが可能になった産業革命以降だろうね
>>756 えらいロングパスで申し訳ないけど・・・
隊列前方でハーフパイクを持ち徒歩で前進しているのは士官(大尉か中尉)かと。
ミトラキャプを被っていないし、サッシュを巻いているので。
横隊の時、最前列や、その前に出るのは、その小隊の指揮官。
次席の尉官や下士官は最後列の更に後方で兵の督戦に。
なんでまた呼び込もうとするのか
830 :
名無し三等兵 :2012/12/10(月) 13:18:33.50 ID:dsZ3sf7F
まじか、尉官でもまだ歩きで移動なんだ(´・_・`) 出世の道は遠い…
>>754 この辺からまともに読んでないけど重要なレスってあれば教えてくれ
ない
833 :
名無し三等兵 :2012/12/10(月) 13:30:48.07 ID:dsZ3sf7F
756からスレ前半~中盤の再放送になってるわ、ちゃんとスレ読んでから書き込めよ(^ω^)
無いのかよ 面白かったナポレオンの話に戻してくれ
>>830 尉官なら行軍時や非戦闘時には馬に乗れたと思うよ。
当然、全て自費でねw
戦闘時、中隊の尉官に求められる視界も機動力も徒歩で充分だし。
連隊長クラスには連隊全てを見渡す視点が必要だから馬に乗る事も有るけど、その時は最後列より後ろが多いみたいだよ。
映画や絵画では最前列にいるドラマーも実際は最後列より後ろ、下士官や次席の尉官がいる辺りが多い。
とにかく大尉は、ひたすら最前列に・・・大尉の墓場はベトナムに限らないと。
もう来ねえって言った 舌の根も乾かないうちに戻ってきてんじゃん 典型的な荒らしだな
かまってちゃん丸出しなのにいなくなるわけがないw 何期待してんだw
俺の○○は正しい、認めろ! お前らの○○は認めない! 結局これのくり返し 構ってちゃんというよりは 他罰的に自己を正当化する甘ったれ
みんなが気に入らないものを少しずつスルーできれば、世界は平和になると思うんだ。
悲しいことに現実にはうまくいかないね
島田紳助を気取って、いじれば面白いとでも思ってるんだろ。 ここはバラエティー番組じゃないし、俺たちゃ芸能人でも無いんだが、とかくネタ雑談をやりたがる。
なぜ島田
俺をイジル奴が悪いんだ、俺は悪くないっていいたいんだろ
・帰師は遏むるなかれ、囲師は周するなかれ
845 :
名無し三等兵 :2012/12/12(水) 01:03:43.03 ID:feIe8Y0X
孫子ですね(^ω^)
846 :
/8/// :2012/12/12(水) 01:41:10.30 ID:Q44PkDPg
なんかこのところ、お呼びじゃないのが多いな。(´・ω・`)
自分で書き込めば良い
自分で言ったこと守って一人サヨナラすれば平和になるんだけど(*´・ω・)(・ω・`*)ネー
>>707-709 このあたりの話で、同じシステムで動いてたフランスの他の将軍ではなくナポレオンが大出世したのは
現場指揮官としての有能さによるってことなんかな
>>850 軍人としての優れた能力もだけど、政治状況にも気を使い動いたから?
野心の強さも良い方向に向かったと思うし。
徳川幕府の戦争のやり方もナポレオン戦術と呼ばれてたな 晩年のナポレオンの力押し戦法を真似たものだけど
幕軍自身らしいよ。
ナポレオンが武器や軍事顧問送ったりで幕府を援助してたしな 維新軍のバックには英国がついており、英仏の代理戦争だとも言える
>>855 紛らわしいので
ナポレオン3世と書いて欲しい。
知ってると思うが、ナポレオン1世の甥っこね。
1世と違い3世の軍事的能力は皆無だったみたい。
クリミア戦争の指揮も降霊術 つまり占いで命令
を決めてたらしい。
知らなかったんじゃね。維新軍()とかさ。
そういや、昨夜なにげにBS-TBSのライバル達の光芒とかいう 番組をみてたら、仏は日本の上質の絹を求めており、一方 英は日本の上質のお茶、故に戊辰戦争は絹とお茶の戦いとも 言えるとか、お茶目なことを言っている学者?がいたな。
幕府からフランスへの支払いの一部に、絹や生糸が使われたって話しが有ったよね?
フランスの蚕が伝染病で壊滅したとき、幕府が蚕を送って窮状を救ったって話もあるね。
フランスの牡蠣が伝染病などで全滅したとき、日本の牡蠣が送られたって話しもあるね 今ではフランスで食われてる牡蠣のほとんどが日本原産の真牡蠣になってるっていうね
なんかフィロキセラ騒動の話思い出した。
863 :
名無し三等兵 :2012/12/14(金) 17:08:46.07 ID:UgxRAnQP
>>856 >
>>855 紛らわしいので
>ナポレオン3世と書いて欲しい。
>知ってると思うが、ナポレオン1世の甥っこね。
>1世と違い3世の軍事的能力は皆無だったみたい。
>クリミア戦争の指揮も降霊術 つまり占いで命令
>を決めてたらしい。
降霊術てイタコみたいなものですかね?
俺もこの前血液型占いで仕事のパートナー決められてひどい目に合わされたので心中お察ししますwwww
ところで、西洋の戦いのげんかつぎってどんなものがありますか?
日本だと千人針とか日の丸に寄せ書きとか有りましたが…
>>863 ベトナム戦争じゃ、タバコの配給でラッキーストライクは
嫌われてたっつーな。
>>863 馬の蹄鉄って何か意味がなかった?
WW2の車両に付いてるけど。
安全のお守りだな
幸運じゃなかった? 外れてることに気づかなかったらえらい目に合うと思うのだがw
868 :
名無し三等兵 :2012/12/14(金) 21:04:25.46 ID:UgxRAnQP
863です、思いつく中では、よくある、写真を入れたペンダントをじっと見るのは死亡フラグっぽいデスよね(^ω^) ナポレオン頃はドッグタグなどの認識票はあったんですか?
ナポレオン3世ってそんなに無能かな。 私としては武田勝頼と同様に、最後に失敗したので、悪く言われ過ぎている気がする。 クリミア戦争やイタリア統一戦争では勝者の側にいたし。 内政面では再評価が進んでいて、ナポレオン3世がいなかったらフランスの産業革命は ありえなかったというレベルの評価まで見た覚えがある。 結局、伯父が偉大過ぎて、国民からも軍事的勝利を希求されてしまった結果、 メキシコ遠征や普仏戦争で惨敗してしまい、何もかも失った気がする。
ナポレオン3世は初めはイタリア統一運動を支援していたけど実際は統一は望んでいなくて途中で離脱したし その後は教皇領に派兵してイタリア統一を妨害したろ 即位前の行動があれだしいい評価はしづらい
鹿島茂のナポレオン3世読むと奇人変人という印象が強いな 優秀な人にも見えるが
個人的にはなんかムッソリーニと被るんだよなあ。ファシストのはしりかもしれん。
>>865-867 マンガの『銀の匙』でも幸運のお守りとしてドアにぶら下げるっつーエピソードが
あったけど、諸説はあるけど元々は魔除けなんじゃないかねぇ。
日本で言えば鰯のアタマとか蘇民将来の護符みたいなもの、というか魔が金気を
嫌うという意味では死者の守り刀が近いのかもしれけど。
怪帝ナポレオン三世を立ち読みしたら フランスがオーストリアに勝利できたのは ナポレオン3世は軍事的に無能だったが、それに輪をかけて フランツヨーゼフが無能だったからと書かれてて苦笑したわ
どう見ても「軍事は専門外です本当にありがとうございました」って感じだからなw 仕方ねえよw
877 :
876 :2012/12/15(土) 15:23:07.74 ID:???
作者の話な
ナポレオン3世は極端に言うと今川氏真的な評価をされてると思う 内政的にはある程度高い評価をされるけど、軍事的には……ってところが 時代的にプロイセンとフランス、ビスマルクとナポレオン3世って感じで否応なく比較されて 結果的に低い評価をされがちだけど、十分有能な部類の人物だと思うね
>>872 で言われているけどイタリア人とフランス人それぞれから非難くらいそうだが、
ムッソリーニとナポレオン3世は確かに似たところがあるな。
共に国民の人気を背景に独裁政権を築いたが、その後も国民の人気取りに走らざるを
得なかったところとか、内政面ではなかなかの業績を残しながら外交や軍事面で失敗して失脚したところとか。
スレ違いになるがイタリア人は認めたがらないらしいけど、イタリア統一後マフィアやカモッラといったイタリアの犯罪組織対策で
一番成功したのはムッソリーニだったらしい。WWⅡが無かったら完全に無力化できる寸前までいっていたけど、
WWⅡで米国がムッソリーニ打倒のためにマフィア等を大々的に援助したためにマフィア等が息を吹き返して
イタリアでまた跋扈するようになったとか。
ナポレオン3世を評価する向きもあるが、俺は評価しない イタリアに対しては、強力な統一国家が出来るのを恐れ 中途半端な態度になり、イタリア民族主義者に殺されかける。 イギリスと通商条約を結び、今まで保護貿易だったのが自由 貿易になり、ブルジョアや地主が被害を受ける。その不満を 逸らす為、海外派兵するがメキシコでは、撤兵する時期を 誤り失敗。 普墺戦争の時、ビスマルクが領土の割譲をほのめかし中立を 要請した。しかしプロイセン大勝ののち、何も得るものが なかった。まっ、そのころから病気がちだったせいもある。
ナポレオン一世がプロイセン相手にボロ勝ちしてるだけになあ 後にも先にもプロシアドイツが、タイマン勝負で開戦から3週間も経たずして ベルリンを敵に占拠されたのは1806年の戦争くらいでしょ
882 :
名無し三等兵 :2012/12/16(日) 08:50:26.83 ID:hDDLd7h7
>>882 >ナポレオンの両親とも日本人の混血だと思われる。
俺はそっとタブを閉じた
フランス人で、欧州にて領土を拡大できたのは カール大帝とナポレオン1世くらいでしょ.
100年戦争やルイ14世もあるでしょ イギリスを征服したノルマン人だって元はフランスの貴族だし
ルイ11世の時代の立ち回りのうまさが見事
「アンジュー帝国」を築いたプランタジネット家もフランス貴族だな
ルイ14世はオランダ辺りまでだから微妙 100年戦争ってフランスの内乱に イギリスが介入してききて イギリスの飛び地を回復しただけでしょ?
プランタジネット家にとってはイングランドよりもフランスでの領土の方が 大事だった訳で、むしろ百年戦争の結果として、今日のイギリス、フランス の元になる国家領域が確立したとみた方が良いのかも
欧州から少しはみ出すが第1回十字軍はフランスの功績と考えて良いだろう 主力の騎士にフランスの封建領主が大勢いて、言いだしっぺのローマ教皇も フランス人だからだ
何を功績なのか知らんけど、先様にすりゃ辺境蛮族の 当時随一の文明地域への侵入略奪じゃねーの。
でも歴史ってそうやって作られてきたんだよ。
日本も侵略しまくってるから欧米の事は言えん
近代以前だとアイヌと琉球ぐらいじゃないか?>日本の侵略 大和朝廷の東征を侵略と呼ぶならその限りじゃないが…
三韓征伐とか朝鮮征伐とかもあるでしょう
三韓征伐を史実と認めるわけだな。(・∀・)ニヤニヤ
中国の資料でもそのような記述があるからまあ事実なんでしょう
対外戦を並べ上げてみると、
>>894 の主張とは裏腹に、日本って
その国力や民族的・文化的な統合力、国体の継続性に比べて
対外拡張意欲ってのが著しく低かった国だよなぁ。
当時の人口や技術力じゃ、大和政権が日本列島全域に拡大し、それを維持・発展させるだけでも、結構な大事業 だったからじゃないかなぁ?
江戸期二百何年あって 蝦夷の開拓をやろう! って機運すら出なかった辺り 日本人の拡張意欲の無さが伺えるわね
はいはい
>>901 蝦夷地は露助が出張ってきてから押っ取り刀でようやく、という感じだもんねぇ。
後は、計画レベルを強いてあげれば、元寇のカウンターアタックとしての半島出兵計画、
鄭成功の支援要請による大陸出兵計画、寺沢のルソン出兵計画くらいかね。
>>900 実際問題として、単純な対外拡張意欲だけで領土拡大した国って、
実は歴史上すごい少ないんだよね。
>>903 「押っ取り刀で」なのか、「おっとりと」なのか?
意味が正反対に近いけど。
ん、誰が「おっとりと」なんて書いてるって言うんだ? 誤用してるのがいるとか蘊蓄垂れたくて空目でもしたのかw
一応、確認しただけ。 そんなに、とるものも取りあえずの様な対応とも思えなかったモノで。 確かに露の危険は充分に認識はしていただろうが、 手をこまねいているしか無かった、とか泥縄、という様な表現のほうが相応しいとおもったから。
事がある程度迄進む迄、という事ね。
連投失礼。 ただ、ペリーに玄関先に銃を持って無理矢理踏み込まれる迄は、そのやり方でも、 何とか巧く対応出来ていたとは思うけど。
江戸期200年間戦争してない国の割りにはその後の立ち振る舞いは上手かったよ 曲りなりにも軍人階級が知識人も兼ねて政権を担ってたから そこまで酷い平和ボケではなかった
>>907 幕府は二百年近く松前藩に蝦夷地を任せきりだったものを、
1792年のラクスマン以降、蝦夷地周辺にロシア船が出没する
ようになってようやく危機感を抱き、測量し蝦夷奉行を置いて
直轄領にしたものの、一段落するとまた松前藩領に戻して放置、
次は半世紀後にプチャーチンがやってくると、再び上知して
函館奉行を置いて五稜郭建設、というドタバタ対応をしてるけどな。
913 :
名無し三等兵 :2012/12/20(木) 01:00:29.91 ID:gTUyRJ3+
あれ、みんなどこいったの?(´・_・`)
ライフル銃兵やベーカーライフルの装填に関するネタが有るけど、また召喚したら不味ので・・・
俺もボチボチ調べてたりする たいしたことないけど
916 :
名無し三等兵 :2012/12/21(金) 02:54:24.70 ID:gXMd4t1x
ウェリントン卿(アーサーウェルズリー)は丘の斜面に伏兵するのが得意戦法らしいけど、映画パトリオットのクライマックスみたいな感じなのかな? それとも、相手が近づいたら突然立ち上がって射撃かな?
まー、何にせよ目立つ赤服が相手に気付かれないような 草丈なり遮蔽物があってこその話だとは思うけど。
反斜面戦術だから、丘の反対側・死角に隠れるんだろ。
ウェリントンがインドやスペインで反対斜面に布陣した戦いって何処なのかな? ブウサコやサラマンカは正面斜面と言うか丘の上だし。 よく聞く話しだけど戦例として上げられているのがワーテルローばかりなので他が知りたい・・・
対騎兵密集方陣は野砲に撃たれたら弱いからだろう。 丘の上で整列するのは野砲で撃たれたらすぐその後ろに退却できるのもあるかもね。
921 :
名無し三等兵 :2012/12/22(土) 01:34:16.20 ID:+tTNewom
競馬の障害競争の動画を見たが、多少の障害物なんか馬には関係無いんだよな。 カービン銃って撃ったら槍やサーベルに持ち替えてそのまま突っ込むの?それとも離れて再装填? まあ状況によると言われたらそこまでだが。(^ω^)
また低レベル野郎が来たのか 君と話が合う人間はこの板にはいないよ
どのへんが低レベルなんだ?
障害には、馬に向けた先端の尖った突起物は付いてないからなぁ。 あと、前言は忘れず二度と現れるな。
騎兵には戦象を以って対処すべし
>>921 フランス軍のポーランド人ランサーは部隊内の兵士を、ランサーとカラビニエ(ランスは装備していない)に分けていた。
カラビニエは前列、ランサーは後列で突撃。
カラビニエはカービンの斉射後、サーベルに持ち替える。
ランサーはカラビニエの斉射後、彼らを追い抜き前列へ。
両者その配置で突入。
これは戦列連隊の隊形の1つ。
親衛隊は全員がランスを装備していたので、また別な隊形だったかと。
>>926 イプソスの戦いだっけ
戦象が騎兵対策で威力を発揮したのは
違う時代の話ですまない。
日本でマスケット銃が導入されなかったのは やっぱり火打石の問題が大きいのだろうか 火縄銃はどうも隠密性とかでいろいろ問題が大きそうなのに 日本はなぜ戦国時代を通じて火縄銃で止まったのか気になりました
>>929 良質の火打ち石は必要があれば硝石同様に輸入すればいいだけの話なので、
歩兵が戦列組んで50m以内の至近距離で発砲し合い、そのまま白兵戦に移行する
西洋と違って、白兵を前提としない銃兵が、そのほぼ倍の一町程度の射撃戦を
行なうという日本での戦術的要請には、射撃精度が劣るフリントロック銃は合致
しなかったという要素の方がやはり大きいんだろうと思うぞ。
『マスケット』って、火縄銃の対比で書いてるから、狭義のマスケット=フリント・ロック・マスケットと受け取って良いんだよね? 前にも誰かが書き込んでたけど、高温多湿の国では、フリント・ロックより、生火を使うマッチ・ロックの方が、着火が確実なのだとか。 他に良質の火打ち石が手に入り難いとか、素材技術の遅れで、強いバネを作れないとか、色々な説があるが、実態はその総てじゃないかな? それに日本は、江戸時代に入っており、戦列歩兵の密集陣など、戦術の変化が訪れず、火の粉を撒き散らす火縄銃でも困らなかった。 単純な技術だけなら、一種のライターとしてフリント・ロックも開発されたし、実は末期に雷管も研究されていたよ。
火の粉たって銃口からも出てるし(韓国の射撃場で事故やってるよね) 火縄で引火するなら火打石の火花でも引火するんだし そんなに危険性に差があるもんなのかね?
瞬間的に火花が散る火打石と、 それなりの時間火花が散り続ける火縄とじゃ、リスクの大きさが違うんでない?
>>932 さすがに裸火が露出したままの火縄じゃ、危険性に大差があるだろ
雨天でもうてんねん
>それなりの時間火花が散り続ける火縄 なにその線香花火w
隊列の全員が火のついた煙草を持っていると思えばいい >火縄
実際に、火縄銃が主装備では、大量の火薬を扱う、戦列艦や74門艦は危険過ぎて運用出来ないだろ? 火縄銃が使われてた時代のガレオン船って、意外に砲数が少なかったようだし、こちらは困らなかったみたいだが。
ベトナム侵攻したフランス軍が湿気ててフリントロックが使えず旧型マッチロックに大敗したこともあるしな
>>938 いや、ナポレオン戦争当時のフランス艦やスペイン艦の艦砲は火縄点火だよ。
イギリス艦はフリントロックが主だったけれどマッチロックの砲も残っていたし、
フリントロック点火の砲であっても補助手段として火縄は各飽そばに用意されていた。
941 :
940 :2012/12/22(土) 18:34:24.53 ID:???
ついでに言えば、銃の点火が火打ち石だろうと火縄だろうと 点火の火種が違うだけで、火皿や銃口から火の粉を噴くのは 全く変わらないので、フリントロックマスケット銃であっても 索具などに延焼しないようにするのは当時の海戦での艦上の 銃使用における要注意事項。
半閉鎖空間の艦船で運用できてる以上 火縄で怖いのは、自分の銃や近くのやつに火薬ぶちまけると危ないってぐらいか 火蓋に雨粒が・・・なんてのは、よっぽどの雨でもないと火縄の火力で問題にならんし
火縄と燧石のちがいもあるけど、日本の場合銃床(あるいは床尾板)がほとんど発達しなかったのはやはり 鎧のせいだろうか。 江戸時代の一貫斎の気砲は銃床があるけどコピー元のオランダ製の影響だと思う。
火縄銃と火打石銃で大きな差はなかったからでしょ 幕末になると在来の火縄銃をゲベール銃に改良してるし 多分に政治的な緊張を避けるために幕府が火打式を普及させなかったんじゃないの
直接的な因果関係は知らんが構造からみて、 西洋の銃の形のひな形はクロスボウじゃないかね。 日本の場合、弩が廃れてしまっていたから、 ああいう形状の武器の文化が浅かった。
戦乱がない状態じゃあ、そんなそんな発展しないよなあ…
鎧が廃れたのは欧州では30年戦争のころだっけ。 日本ではその頃までにはほとんど戦乱はおさまっていたし。
日本人には新しい物を作る能力が無かったから 最初に導入した銃床無しの鳥銃から逸脱した物は最後まで作れなかった
必要は発明の母。 太平楽で、かつお金の無いの時代に、誰が金を出して必要の無い火縄銃の改良、刷新をするのだよ、という話しだよな。
蕎麦寿司天ぷら蒲焼・・・ 新しい物を作る力が別の方向に向いたおかげで、 今旨いものが食える。
確かに日本で生まれた新兵器って何一つ無いな
刀や弓や鎧は独自の形状に進化しただろ 火器も抱え大筒や馬上筒なんてのも出てきたし 銃床が発達しなかったのは反動を火縄銃術を見ると分かる
反動を後ろに受け流すよう発展した火縄銃術を見ると分かる
結局のところ、必要ないから作らなかった。というだけなんよな>銃床
弾込めの都合で全長は短い方がいいからね
>>955 それはあるね。
銃を立てて込める場合、銃の全長は身長との関係で決まっちゃうもんね。
銃床無い分銃身長くできるし。
それなら速射重視のヨーロッパのほうが該当しそうな 頬付けが好きだったんだろう
頬付けでもある程度の命中精度は確保できるしな 絶対に銃床がないと困るって状況自体があんまりない
人をぶん殴るなら銃床は必要かもw
>>938 74門艦は英海軍では第三級艦で、戦列艦というのは通常第三級艦までを
指すので、74門艦はれっきとした戦列艦であって、むしろ隻数的には
74門艦が英海軍ではもっとも多かったから、実質的に英海軍戦列艦の
主力等級だよ。
さらに、その下の第四級艦であってもナイル海戦のリアンダー(50門)のように
状況によっては戦列に加わることもあったけどね。
銃剣で敵をさすなら腹を刺すべきだな。胸を狙うとあばら骨に当たって 引っかかって抜きづらくなるからな
>>929 です。
いろいろと詳しくおしえていただきありがとうございました。
>960 補足ありがとう。 つまり『主戦列艦>74門艦』が成り立ち、フランスはともかく、規格化の進んだイギリスにおいては『主戦列艦≧74門艦』と言っても良い訳だよね。 日本人は、スワッシュ・バッカリングに出てくる戦列艦を、よく『ガレオン船』と誤解する事が多いので、敢えてくどい表現を使ったんだ。
なんか騎兵の話するのは同一人物だと思い込んでる人がいるみたいだね
例によって次の大河の番宣を、民放ではあり得ない長時間に渡って ダラダラ垂れ流してる今日この頃の某国営放送ですが、ちょっと気に かかったのは”最新式七連発スペンサー銃”ってやつ。 いやね、弾薬は一体どうしたんだろうか、と。会津藩が制式兵器でもない 銃の弾薬を備蓄してたとも思えないんだけど、兄貴が銃と一緒に腐るほど 前もって送ってくれてたのかなぁ。
リロードするにしても、黒色火薬はともかく、雷管は専用が必要だしな。
会津のスペンサーに限らず、この戦争では雑多な輸入銃が使用されたから、各藩共、弾薬の補給には苦労したろうね。 同じ頃行われた南北戦争中の北軍のリストには、24種類の前装銃と、27種類の後装銃が。 その弾薬は25種類にも。
>>965 スペンサー銃をまとまった数運用した佐賀藩は
この銃用の弾丸製造機械も導入してたらしいな
でも会津じゃなあ・・・銃と一緒に購入した分だけなんじゃないかな
スイス製のマンソー銃すら会津は装備していたみたいだから 本当に銃弾の補給には苦労したのではないか。 そういえば幕府歩兵隊がシャスポー銃を持って脱走したのはいいが銃弾等が手持ち分しかなかったため 急速に弾薬不足から射撃不能になり会津攻防戦の頃には無用の長物と化していたというのは本当なのだろうか。 大鳥圭介がもっと銃弾等を持ち出すべきだったと反省しきりだったらしいのだが。
弾薬の自足することを前提にした場合、スペンサーはリムファイアとはいえ薬莢製作はプレス加工のため外部動力(た ぶん当時は水力?)が必要で弾薬製造はかなり敷居が高い。 シャスポーは紙薬莢だけど底面に雷管を付けるため、品質が安定しないと不発だらけになりそう。 シャープスライフルのような雷管外装式紙(布)薬莢が一番良い様な気がするけど、雷管だけは輸入しなければならない。 シャープス用は特殊でテープ式雷管だし。
>>970 シャープスがメイナード・テープ・プライマーを使用していたのは1850年から52年まで。
湿気に弱かったのが打ち切りの理由らしい。
それ以後は、やはり自動装着機構の有るディスク・プライマー式に。
手動で一般的な金属プライマーの使用も出来たと。
アメリカのケツから銃弾込めるタイプは格好悪いよな
自分は好きだなぁ 薬室閉鎖時に布カートリッジの後部を切断するシャープスとか。 フォーリングブロック式は燃焼ガス漏れ問題が有るけどね。
レバーアクションかこいい
976 :
名無し三等兵 :2012/12/29(土) 14:14:30.07 ID:/bwkQZsl
あげ
977 :
名無し三等兵 :2012/12/29(土) 18:43:33.33 ID:7gHjbqjp
軍靴のバルツァー4巻出てたので報告
978 :
名無し三等兵 :2012/12/29(土) 19:09:57.56 ID:jbwMFaHk
梅毒のオマケ漫画がおもろかった
>>965 当時は南北戦争終わりかけだか終わった後だかの時代で余った銃が大量に流れ込んでたって経緯もあるから、銃弾も一緒に入ってきてたんじゃないか?
米沢藩も散兵隊だけは全員スペンサーカービン装備だった。
>>978 銃弾は、後装銃だと消費量が桁違い、消耗品で比較高価、劣化が激しく保存がきかない、まとまった数だとそれなりに嵩張る
と悪条件が重なってなあ
西南戦争前でそうした特殊条件把握できていたところはあるまいよ
十分蓄えたと担当者がドヤ顔でふんぞり返っても、いざ幕を上げればあっという間に消耗して真っ青になるのが当時の銃弾
南北戦争の頃は前装銃でも弾薬盒の定数60発では一会戦持たない事も有ったと。
983 :
名無し三等兵 :2012/12/30(日) 13:41:52.22 ID:OEHz2jnk
>>980 大量購入するならまだしも個人が使う分くらいは買えたんじゃないか?
あと南北戦争でガンガン作ってたわけで、終わかけなりゃ余るし生産ラインも残ってるわけなんだから、特需とばかりに売り込むと思うんだけど、どうなんだろう?詳しい人いないかな
>>981 すまん、うちのプロバじゃスレ建てられませんって跳ねられた
じゃあ行ってみるわ