平賀譲氏はほんとに天才造船家?

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1名無し三等兵
重巡古鷹、軽巡夕張、そして戦艦大和。
門下の福井氏により世間では『天才造船家』の評価が定着していますが
果たしてどうなんでしょうか?現在の造船大国日本の技術的な部分は
むしろ藤本氏が確立したのではともいわれていますが・・・・・・
ここで平賀不譲る?氏についてマターリ話し合いませう!
2月月火水木金金:02/01/26 19:13
藤本氏はロンドン条約明けの新戦艦の主砲を前部に集中配置する
青写真をもっていたらしいが(ネルソン級やダンケルク級のように)
個人的には見たかったよ〜。
3名無し三等兵:02/01/26 19:15
大鑑巨砲主義マンセー!
4名無し三等兵:02/01/26 20:05
>2
しかし、復元性能理論を無視して友鶴事故や第四艦隊事件を起こしたのは
取り返しのつかぬ痛恨事だと思う。あれで造船屋としての生命は終った
5名無し三等兵:02/01/26 20:26
平賀さえいなければ大和は30ノット戦艦として『やまとホテル』
なんてあだ名を付けられなくてすんだものを。
6名無し三等兵:02/01/26 20:35
空母蒼龍、飛龍は艦政本部が藤本に牛耳られてたときの
設計だろ。だとしたらある意味『空母の母』なのか。オンギャー!
7名無し三等兵:02/01/26 20:40
>>6
爆弾一発で火だるまになる空母・・。
8名無し三等兵:02/01/26 20:41
>5
 それは用兵側の問題であって、設計者サイドが責められる問題じゃ
 無かろうが。。。。?
 頭、大丈夫???

>4
 これは同意。当時、如何に条約下にあるとは云え復元性(友鶴)・船体強度不足
 (第四艦隊事件)を起こしたのは論外。
 余りの強武装を要求した軍令部も軍令部だが、その要求を”呑み”あの様な
 船を設計した藤本氏にも責任有り。(軍令部で要求案を作った奴はどうなったんだ?)
 
 
9名無し三等兵:02/01/26 20:45
龍驤の写真は見る度に心臓がドキドキする。転覆しやしないかって。
10名無し三等兵:02/01/26 20:47
>>9
 確かにそうだわなぁ。。。。
 あ、それを云ったら”赤城・加賀”も良い勝負かも??(笑
11名無し三等兵:02/01/26 21:07
>>7
それを言うなら大鳳も『魚雷一発』でんな。
重防御も考えモンとも思う。アメリカさんの開放格納庫
の評価が高いのもそのせい?
ちなみに沖縄戦ではイラストリアス級は特攻機を装甲甲板が
跳ね返してるな。どちらがよいのでしょうかね?
12名無し三等兵:02/01/26 21:07
長門の湾曲煙突について平賀造船はみっともないといったらしいが
後には嫌いでもなかったらしい
13名無し三等兵:02/01/26 21:18
個人的には平賀さんの手になる条約重巡は大好きです。
イギリスさんに『ライクアハングリーウルフ』と言わせたのは
さすが!と思うのですが・・・(ケント級を見たらみんなそう思うか 笑。
14名無し三等兵:02/01/26 21:24
貶されて喜ぶヘンな日本人
15名無し三等兵:02/01/26 21:39
そう言えば夕張級の軽巡はイギリス海軍としては『たいした脅威ではない』との
位置だったらしい。その上で情報部を通じてジェーンファイティングシップに
平賀のヨイショ記事を書かる。外国の評価に弱い日本人をまいらせる。
平賀の地位を上げる。なにせ不譲るだから軍令部とけんかが絶えない。
と、日本海軍の建艦計画を妨害する意図があったの事を戦後反平賀の艦政本部
要員が単行本(たしかサンケイ出版)に載せていたが・・ほんまかいな?
16名無し三等兵:02/01/26 21:52
>>11
どっちが良いってモノでも無かろう。
 現代の空母と比べるのは”酷”としても装甲甲板は”直接的な”被害(爆弾直撃)
 なんかには有効だろうし、開放型格納庫は爆圧抜き・消火剤(消火用水)の急速な
 廃棄・排水には有効だろうから良いとこ取りをして双方を(諸条件を鑑みて)”ほどよく”
 バランスさせられればベターってことでしょ。
 (ベストは追求するべきだが実現は難しい)
 その点”大鳳”は飛行甲板の装甲化に偏り過ぎかと思う。あれで開放型格納庫であれば
 艦内での爆発で”大被害”を被っても沈没まではしなかったのでは無いか?
 と考えると残念。
 (制海権が日本側に有ったならば曳航してでも修理したかと考えるが?)
 
 結局、この辺りは当時空母が発達の過程に有った事が良く判る部分だわな。
 
17紫明:02/01/26 21:54
 まあ、山本某と一緒で、天才じゃないと不味いからじゃないかな?
 個人的には、氏の設計した船は駄作だと思う。
 戦闘システムとしては、優れていたのかもしれないが船としての部分
に問題大杉。
18名無し三等兵:02/01/26 21:57
あ、、、、。
大鳳って沈没だったっけか?友軍の魚雷で処分だったっけか??
記憶で書いているからちょっと”???”
だれかフォローおば。。。。宜しく!
19名無し三等兵:02/01/26 21:57
日本の技術では密閉型にしないと装甲甲板を支えきれなかった
YESorNO?
20名無し三等兵:02/01/26 21:59
平賀さんは大艦巨砲主義に殉じた人だなとおもうが・・・・
21名無し三等兵:02/01/26 21:59
学研のシリーズを見る限り上司に居て欲しくないタイプだな。
22名無し三等兵:02/01/26 22:02
大鳳のあとの信濃が半解放格納庫というのは印象的
23名無し三等兵:02/01/26 22:04
大和造るなら4万トンクラスの40センチ戦艦のほうが良い。
藤本ならその可能性大。でもまたあほ程兵器積むだろうかな?
24名無し三等兵:02/01/26 22:07
>藤本ならその可能性大。

主砲の口径は軍令部が決めるのだからそれは無いよ。
25名無し三等兵:02/01/26 22:08
>>21
 相当部下を罵ったらしいね。
 他部署との衝突も多かったみたいだし。。。。
 だから”不譲”・・・・(笑)
26名無し三等兵:02/01/26 22:13
>>15
それがほんとならイギリスの足元にも及ばんな
我が帝国の防諜、情報機関も。そして現在もな!
アフガン見るたびイギリスの底力を思い知らされるよ。ホントニ・・・
27名無し三等兵:02/01/26 22:15
>>18
大鳳は介錯無しで沈んだ様です。

>>19
信濃は開放式だから技術的には問題無いのでは。思うに開放式は当然
格納している飛行機の痛みも早いから、「調子が悪い?邪魔だから海
に捨てちまえ」と景気のいい事が言える海軍ならではなのでは?
28名無し三等兵:02/01/26 22:28
平賀は第一次大戦で戦利艦としてドイツから譲渡された
戦艦(名前は忘れた・・・すまぬ)の重防御とダメージ
コントロールの凄さにおどろいてそれが大和級に活かされた
と佐藤大輔の小説に書いてあるがほんとですか?
29名無し三等兵:02/01/26 22:30
>「調子が悪い?邪魔だから海に捨てちまえ」
ミリオタなら「レッコーしちまえ」と書いてくれ。
30名無し三等兵:02/01/26 22:32
>>28
平賀は徹底した集中防御論者。
ドイツ海軍の戦艦は全体防御で平賀とは正反対。
ビスマルク級も全体防御だった。
31名無し三等兵:02/01/26 22:35
>>27
 フォローサンキュです。
 (今日は宿直で手元に資料無し。助かった)

話しが”平賀謙氏”から外れるが”開放型格納庫”についてちょこっと。
(記憶で書くのでミスはゴメン)
福井静夫氏の著書であったと思うが、開放型格納庫の利点は以下。
1.戦闘中の被害が艦内に及ぶ前に対処できる可能性が”大”
2.格納庫内に被害を受けても早期復旧が可能
 (被害を受けた機体の海上への投棄。消火剤などの急速廃棄etcetc・・・)
3.艦の重心点を”幾らかでも”下げられる
  (側面の装甲(壁?)が無くなるから当たり前か) 
逆に欠点は
1.>>27で書いてくれている通り、機体整備に掛かる負担が馬鹿に為らない。
2.(乗組員のミスにより)ハッチ等が開いていると荒天時には浸水の可能性。

いずれも記憶で書いていることを断っておく。
ただ、肝心の福井氏の元記事も昭和20年代〜に書かれたモノだから”後知恵”
めいている気もするが・・・?

ちなみにアメリカ海軍では建造時にこれらを”狙って”開放型を選択したのだろうか?
意外と”結果オーライ”だったりして(笑)

さて、そろそろ話しを”平賀氏”に戻しましょうか。。。。。
32名無し三等兵:02/01/26 22:44
そう言えば、平賀氏は『重巡に魚雷はいらん』と夜襲艦隊計画を根本から
覆す発言をして軍令部とだいぶもめたらしいな。
その夜襲専門の第二艦隊旗艦として計画された『超甲巡』は平賀氏
は設計、計画に関わったのでしょうか?教えてくださいどなたか〜。
33名無し三等兵:02/01/26 22:46
レキシントン級が閉鎖型でレンジャーが開放型だったから、
使い比べて開放型がいいとなったのでは?
アメリカ空母の設計方針がかたまるのはヨークタウン級からだし。
34ベタ藤原 ◆94Ls6/3E :02/01/26 22:47
どっかに脳みそが保存されてるらしい……
35ベタ藤原 ◆94Ls6/3E :02/01/26 22:49
東大医学部ですね<脳保存
36名無し三等兵:02/01/26 22:57
>>28
 八八艦隊物語とその続編の事か?
あれはあれでなかなか面白かった。(可能性の歴史ってことで)

>>30
 ”全く影響が無かった”とは言い切れない。
 平賀氏・藤本氏が設計に携わった艦で”一室一缶”・”一室一機”の配置は
 なんて説明する??
 (この辺りについては福井氏の著書”日本重巡物語”を参照されたし!)
 大体、第一次大戦当時と第二次大戦の艦の設計思想を直接的に比較する方が
 無理と云うモノだろう。
 
37名無し三等兵:02/01/26 22:57
>>30
サンきゅです。
しかし平賀はなぜ大和を中速戦艦にしたのかな?
やはりマジでディ−ゼル機関の開発が出敗したせい?
38名無し三等兵:02/01/26 23:03
>>28
あれはRSBC世界のお話。
39名無し三等兵:02/01/26 23:05
>>28
オルデンブルグだよ。

>>37
技術的冒険を避けたのでは?
40名無し三等兵:02/01/26 23:14
>>33
追加フォローサンキュ!
41 :02/01/26 23:26
30ノットは25ノットの倍の燃料を食うとか。
缶室も倍必要で、装甲減らさないと30ノットは無理。
つうかそれは巡洋戦艦じゃん。
42名無し三等兵:02/01/27 00:11
>>41
 じゃぁ”アイオワ”級は巡戦だってか?
 燃料を喰うのは事実でも船形とか、ボイラーの”高圧化”とかで”有る程度”の
 対処は可能。
 (一般に戦艦などの大型艦はボイラーの蒸気圧を”抑え目”にして使っていた>IJNでは)
 
>>39
 技術的冒険(危険?)を避けたってのが本当の所では?
 当時の国産大型艦用ディーゼルは”大鯨””高崎”で信頼性もクソも無い状態だったから
 戦艦みたいな艦(そうそうドック入り出来ない艦)に搭載するのは無理だったのでは?
 (大体、戦時中にゆっくりドック入りなんて出来ないからな)
4339:02/01/27 00:13
>>42
私もそう言いたかったのですが・・何か?
44名無し三等兵:02/01/27 00:17
>>43
 2重レスみたいに為ってしまった。スマン!!
45名無し三等兵:02/01/27 00:34
>42
アイオワ級は金剛級対抗(優越だけど)の巡戦ですがなにか?
46猛牛フェルナンドス:02/01/27 01:10
>>31
少なくとも『大時化で乗員・機体そろってあぼーん!』なんてのは埒外だったろ?。
(大戦後半で何回か在ったらしいが・・・・・)
47名無し三等兵:02/01/27 07:46
平賀造船が妙高型巡洋艦の建造に際し、これからの巡洋艦に水雷戦は
ないと主張したため用兵側の反発を買い閑職に追放される原因になった
この後を受けた藤本氏が用兵側の要望を聞きすぎたため、あの事件が
起った
48名無し三等兵:02/01/27 09:35
平賀氏は天才ではない。むしろ保守的、古典的発想の努力家
そのためざん新な発想の藤本氏と反発し合った。この人間的
確執が藤本氏のミスにつながった
49名無し三等兵:02/01/27 11:31
>47
設計側で用兵側の手足を縛ろうとしたのが平賀譲、用兵側の手足になり過ぎ
たのが藤本喜久雄ってことか?
50名無し三等兵:02/01/27 12:13
>>15

夕張に関しては特に全部の背負い式の主砲配置などが、濃霧などの
条件が多い北欧的視点では、標的面積が大きくなると批判的。
改装等する余裕がないこともあったろう。

51独立重機関銃隊:02/01/27 12:30
昔,ヤングジャンプに載ってた『栄光なき天才たち』でも
取り上げられてたね。タイトルは「不譲の男」。
読みたい奴は,古本屋へ急げ。
52名無し三等兵:02/01/27 12:38
>50
何で夕張の主砲配置は、単装が下で連装が上なんですかね?
射界の確保が目的なんでしょうか?
53名無し三等兵:02/01/27 12:40
船体の幅を考慮
54名無し三等兵:02/01/27 13:05
>>45
艦艇区分がいい加減だゾ。
 アメリカ海軍の場合
 戦艦→BBxx(xxは建造番号か?) 
 BB61(Iowa) BB62(NewJersey) BB63(Missouri) BB64(Wisconsin)

 巡戦→CBxx(アラスカ・グアムの2艦のみ)
 CB1(Alaska) CB2(Guam)


 
55名無し三等兵:02/01/27 13:07
>>54
金剛だって戦艦BBだ。
56名無し三等兵:02/01/27 13:11
厳密にはアラスカ級以前に”レキシントン級”が存在した筈だが、
当方に手持ち資料全くなし。
(途中から空母へと変更されているからこれはこれで良いのか??)
57名無し三等兵:02/01/27 13:11
満州  (特務艦、高木惣吉も若いころ航海長やった)
58名無し三等兵:02/01/27 13:15
>57
スレ違い
59名無し三等兵:02/01/27 13:18
レキシントン級はCCで表示。CBで表示されるようになったのはアラ
スカ級からですが、詳細は知りません。
60名無し三等兵:02/01/27 13:28
>>59
 フォローどもです
61名無し三等兵:02/01/27 14:39
 平賀は 「船」に積めるだけの、量を徹底的に突き詰めるのに対し、藤本はその一線を拡大する方向で設計を行う。
だから、後から数字的に見ると、藤本の方が「高く評価できる」仕事をしているように見えるようです。造船士官達の回顧録でも藤本びいきの人が多いようです.
平賀は人柄でもだいぶ損をしているかも?

ただし、藤本は軍縮時代に造艦仕官として名をはせた事も忘れてはなりません。1万トンに20サンチ砲をたくさん積み込むという
なにやら模擬テスト的な状況が彼を有名に(よくもわるくも)したのかも.
62名無し三等兵:02/01/27 14:43
後任者が前任者と違う方向性を打ち出すのはよくある事。ただその前任
者が余りに強烈すぎたのが藤本の悲劇を生んだのでしょう。
63名無し三等兵:02/01/27 16:46
そう言えば日本の条約重巡の20サンチ砲の口径は50、対するアメリカは
55口径。砲数だど10対9で日本の勝ちだが一門あたりの威力数は
アメさんの方がでかいかな?おいらタンク基地には口径のでかいほうが
有利と見る癖がついてるが海軍さんではどないですか?
64名無し三等兵:02/01/27 16:49
散布界と発射速度
65名無し三等兵:02/01/27 16:50
長距離砲撃時の命中率は、低いので砲数を多くする
考え方は間違ってないと思います。

66名無し三等兵:02/01/27 16:51
>>63
初弾で命中することは艦艇の砲戦ではまずないし、挟叉しても当たるかどうか判らないから、一発の威力が大きい方が吉。
67名無し三等兵:02/01/27 16:55
アメリカの戦艦や重巡洋艦の砲弾は、諸外国より重い。
初速とかよりも打ち出す砲弾の重さを重視。
68名無し三等兵:02/01/27 16:58
>>66>>65
ありがと!
>>64
散布界ちゅうことは口径が長いと玉が散りやすい
ということか?少し漠然としてわからん。
69:02/01/27 17:14
この人大和に防水隔壁多く付けようとしたらそんなに
いらねえと言って大和は水雷防御の甘い船になったんだ
よなあ機関もディーゼルエンジンになる予定だったらしい
しなあ
70名無し三等兵:02/01/27 17:15
平賀は天才肌であっても、天才ではなかったんじゃ?
天才は藤本のほーでさ
71名無し三等兵:02/01/27 17:19
そーいや「ねこたまスレ」で日本の重巡の演習での命中率が出てて
利根がすげえ命中率だったんだよな
それは主砲が前部に集中していたからだって

藤本大和萌え〜(藁
72名無し三等兵:02/01/27 17:24
 妙高クラス以降の日本大巡は連装を5基積んだため、斉射すると散布界が
大きすぎて6門しか積んでない古鷹型と同じくらいも命中しか期待できなかった
と聞いたことあります。20サンチ砲の振動はひどくて1万トンでは
耐えられなかったよう。砲弾同士の相互干渉もあったようだが。
最終的には左右の砲の発射を0.3秒遅らせて発射する事で解決したとか
73名無し三等兵:02/01/27 17:25
そそ。砲数増やしても散布界が広がっては意味がない。
利根は砲数を減らすことで、散布界も小さく出来、居住性もあがり、
水偵運用能力も上がった。
74名無し三等兵:02/01/27 17:37
そう言えば福井氏は利根についてはあまりコメントしとらんな。
確か担当造船官は藤本派の人とおもうが・・・・・・
条約明けの新戦艦も46サンチ3連装3基を前部に集中配備する計画が藤本氏により立案されたとの事。理由として5万トンを超える巨大艦で
従来がたの重油タービン方式を機関とした場合、30ノットを超えるスピードはその艦形でないとできない
と言うことらしいが。(すみません、聞きかじりですのであんまり詳しくは・・・・)
75名無し三等兵:02/01/27 17:56
学研の「歴史群像 太平洋戦史シリーズ」に連載されていた
遠藤昭の「海軍艦政本部秘史」に描かれていた
平賀と藤本の確執の描き方はどうなの?
従来のイメージに比べて、平賀を酷評し、藤本に同情的だけど。
76名無し三等兵:02/01/27 18:08
↑これまでは平賀の弟子だった人達が平賀マンセ-を叫んできたんで、藤本が悪く言われすぎだっただけ
77名無し三等兵:02/01/27 18:12

平賀の設計した妙高級と藤本の設計した高雄級と、
平賀の弟子の設計した最上級と藤本の弟子が設計した利根級の戦歴を比べてみ?
78名無し三等兵:02/01/27 18:24
藤本>>藤本の弟子達>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
>>>>>>>>>>>>>>>>平賀>>>>>>>>>>>>>>>
>>>>>>>>>>>>>平賀の弟子達>>>>>>>>>>>>>>
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>平賀の太鼓もち福井
79名無し三等兵:02/01/27 18:30
   ジャワ海で,妙高と羽黒が2隻あぼーん
えーと最上と三隈でヒューストンとパースを殺
   鳥海と古鷹と過去と青葉と衣笠で重巡4殺
   第二次ソロモンで衣笠「頑張ったカンド-した」
   第三次でうーん?
   あと日本重巡が敵の巡洋艦以上をやったのは
   レイテのとき羽黒と利根が護衛空母を追いつめたんでしたけ。

若ランナーそもそも設計の優越と戦歴は関係あるのかな。大和よりウォースパイトのほうが設計がよいとでも?
80名無し三等兵:02/01/27 18:33
>79
それは戦果で戦歴ではないと思われ
81名無し三等兵:02/01/27 18:40
>>80
なるほど。でも戦歴(せんそうにいってるあいだ)と設計の優劣は関係あるのかな。
古鷹は古くて沈んでも良いので前線に置いたって聞いたけど
82U-七試さん ◆aDZignNE :02/01/27 18:46
>81
よほどの欠陥があったならともかく、戦歴と設計の優劣とは関係ない
でしょう。戦歴や戦果は用兵と運の問題ですから。
83名無し三等兵:02/01/27 18:47
牧野茂・元海軍技術大佐は次のように
「藤本造船少将の人となりは、頭脳明晰で創造力に優れ、しかも極めて
包容力の大きい、頭脳の柔軟な人であった。しかも大変な努力家で‥」
ただし、例のトップヘビィ問題、構造脆弱の件については批判している
84名無し三等兵:02/01/27 18:48
80は何をいいたい?
85名無し三等兵:02/01/27 19:12
確かに構造の面での批判はまぬがれんが・・・・・・
しかしその先見性は高く評価されてしかるべきとおもうがな。大型タンカーやコンテナ船の構造理論は藤本氏がもとらしいからな。
ようするに理論を実際に移す際にトラブルはつきもの。ただ日本の当時の加工技術のレベルも考慮に入れないとね。ようするに彼の理論
に日本の技術がついていけなかった=古典的な手法なら大丈夫=平賀複活となった面もあるのでは?
86名無し三等兵:02/01/27 19:29
藤本はリベンジする前に死んでしまったということだけでは。
ドロドロした政治の世界では結局、長生きした者が勝ち。
87名無し三等兵:02/01/27 19:32
そーいや、藤本は脳いっ血じゃなくて自決したって説もあるね。
艦政本部の連中がよってたかって虐めて煽ったんだとか。
88名無し三等兵:02/01/27 19:37
>87
ありそうな話だ。この手の社会では真相が隠されてしまう例が
よくあるから。終戦前後の高官の最後にもかなり脚色された話
があるという
89名無し三等兵:02/01/27 20:04
元技術大尉で戦後作家の内藤初穂の説は、平賀の復活により
「過酷な要求こそ、技術の進歩を促すが、それが抑えられたことは
・・・隠れた後遺症として残り、藤本の示した開発精神まで遠ざけた
電気溶接なども、平賀によって使用を制限され望ましい防水性をもた
らすといい視点を忘れさせた」と保守的な平賀を・・・
90名無し三等兵:02/01/27 20:12
頑固で保守的。せんべいやのおやじならいいんだがな・・・平賀。
91名無し三等兵:02/01/27 20:33
あんな馬鹿みたいな設計をこなしてしまう平賀さんはある種の天才です。外国だとポルシェ博士とかが同類ですな。
92名無し三等兵:02/01/27 20:52
>>91
ようするに職人てことだよ。
新しい事を開発する人ではないな。
93名無し三等兵:02/01/27 20:55
>>92
お前は何者でもないけどな
94しかし:02/01/27 22:01
平賀の力がもう少し弱くて、重巡の雷装が無かったら、もっとダメージに強い日本重巡になっていたので
はと思わされる。
95名無し三等兵:02/01/27 22:05
↑雷装のない重巡を何に使うのか説明キボンヌ(藁
96名無し三等兵:02/01/27 22:11
平賀と藤本を合体させよう
9794:02/01/27 22:20
>>95
妙高型重巡設計の際、用兵側から雷装不要論がでて、平賀がヨーロッパに行っているあいだに
発射管なしの設計をまとめていた。
平賀が帰国して当然激怒、無理矢理両舷8射線ずつの発射管を付け加えさせた。そのため初期
の妙高型は舷側に発射管の穴が開いている、あまりにもな状態だった。

長門にも発射管をつけるような日本海軍だったが、昭和にはいると重巡クラスには雷装はいらな
いという意見も増えていた。発射管を設けるために船体中央部の構造が制限されるし、防御もた
いへんだ。
鈴谷あたりは、魚雷装備がなければ沈まなかったのではと思うが。
98名無し三等兵:02/01/27 22:24
>>96
他所の板で戦艦大和の話題がでたのでレスしたらホモよばわりされたよ。
99名無し三等兵:02/01/27 22:28
昔「世艦」の読者談話室で始まった大喧嘩の再現するのかな?
あの時は藤本擁護の「EN藤昭」Vs 平賀譲尊師サマのYOKOI忠俊なんが
罵倒の限りを尽くして論争してたけど、平賀派の大御所、堀MOTOYOSIなんか、
連載を放り投げて、ギャラリーの失笑を買ったもんです。

100名無し三等兵:02/01/27 22:32
っていうか、平賀を援護する人が、溶接排除とか
極端な精緻化による量産性の悪化とか、そこら辺を
逃げないで書き込めば荒れなくてすむと思われ(藁
101名無し三等兵:02/01/27 22:33
昭和の三大バカ建造物、甲子園球場・国会議事堂・戦艦大和
102名無し三等兵:02/01/27 23:05
平賀って、英国に留学したことあるのかな?<雷装へのこだわり
103名無し三等兵:02/01/27 23:05
>>99
いつ頃のことですか?
104名無し三等兵:02/01/27 23:40
>>99
堀元美が連載を放り投げて失笑を買ったということは、
藤本擁護の遠藤昭が勝ったということですか?
105名無し三等兵:02/01/28 00:27
現実問題として藤本氏亡き後、平賀が明治以来の実験データ、間接防御等の模型、
資料等を焼却して新技術にふたをしてしまった事は間違いが無いらしい。
しかも現役を退くと海軍では以後つんぼ桟敷におかれて指導も何も無くなるのに、
伏見宮の威光を借りて院政同然の実権を振るった事は誰も否定していない。

事実、平賀の上司であった山本は戦後、艦艇設計がもっとましな道を歩んでいた
であろう可能性を否定してしまった平賀を擁護してしまった事を悔いて一切の抗弁
をせずに他界した。
106名無し三等兵:02/01/28 00:32
ヤングジャンプに載ってた「栄光なき天才たち」での描かれ方とは正反対ですね。
107名無し三等兵:02/01/28 00:40
平賀譲って・・・
全然「譲って」無いよね!!
108名無し三等兵:02/01/28 00:43
>>97
条約型巡洋艦の兵装要求と平賀計画設計の違いは
用兵要求:備砲8門以上+水雷12門以上
平賀設計:備砲10門+水雷8門  と水雷を4門減

起工された時の兵装は、備砲10門+水雷12門(+高角砲も2門増)
と記載された書籍がありますが・・・・
109名無し三等兵:02/01/28 00:51
>>108
そこまで書くならなにゆえ書籍名を隠すのか?
11099:02/01/28 00:53
>>103
オイラが真性厨房の時だから、20年前。
還暦過ぎたジジイ達の、壮絶で悲惨なバトルには目を見張ったものです。

>>104
そうじゃなくて、E藤昭の投書を掲載した編集部への嫌がらせ。
でもその編集部が全然ニュートラルではなくて、実は平賀派という
全くもって無茶苦茶な図式でした。


111名無し三等兵:02/01/28 01:04
堀氏は世界の艦船編集部に嫌気がさしていたといのも本当らしい。
氏はその後、「シーパワー」の発刊に力を尽くし寄稿も旧軍設計艦艇
について詳述されているが、惜しむらく志半ばで逝去された。
112名無し三等兵:02/01/28 01:05
>>109
失礼。「平賀譲遺稿集」です。
大正12年5月16日技術会議提出「一万噸巡洋艦に就て」を参照しました。
113名無し三等兵:02/01/28 01:08
>>112
混載案のことじゃないか?
114フェチ:02/01/28 01:22
>72
98式発射遅延装置だね。(俺も欲しい(W))

115名無し三等兵:02/01/28 01:24
藤本は自身の設計した艦艇の限界について「べからず集」をしるして
いたはず。それを無視した操艦したり、後先考えず低気圧に突っ込ん
だり、用兵側も相当DQN。平賀はマジ逝ってよし。
116名無し三等兵:02/01/28 01:33
藤本氏自身は当時まだ箱型船型が斜め後方からの波に弱いということは知らなかったよ。
あの理論に蓋をしてしまったのが平賀とその弟子達。
しかもその長さたるや30年。
本来なら一隻の船でもっと運べるのに世界中の船舶輸送量をそれだけ停滞させたのが
批判の対象になるわけだ。
117名無し三等兵:02/01/28 03:13
>105
実験データの破棄は言われるほど悪いことなのか、という気はする。
計測方法や理論の進歩によってとっておいても意味のないデータって山ほどあるし。
つか、捨ててるよウチの大学の研究室でも。
有効なものは論文や実地に残るし、大抵は生データ自体はそれほど意味があるわけ
ではないから。

間接防御云々は別として遠藤昭の、あの辺の記述ってかなりバイアスかかってると
思う。
118名無し三等兵:02/01/28 03:48
実際に間接防御を軽視したのが大和。
実物が動かぬ証拠。
それに破棄したのは藤本の研究成果や平賀にとって都合の悪いものばかりだったろう。
大体、データを簡単に焼き捨てるような研究室は予算不足でスペースが無いだけ。(笑)
可哀相だが、失敗の経験則を捨てたがる連中ほど糞の役に立たない。
どこの会社でも頭でっかちで応用の利かない技術員に頭を悩ませている。
119名無し三等兵:02/01/28 04:02
>>118
おいおい・・・。

まあ、今の教育機関の研究室がどうかは知らぬが、少なくとも海軍は官庁だ。
しかも国内唯一の専門機関で軍事技術ときている。
海外技術の導入に必死になっているくらいなんだから、国内の成果くらい残しておいて、
失敗したものでも蓄積するのが本来の姿だろう。
聞くところによると、データに限らず模型をはじめかなりの経験則を始末したらしい。
しかも、それが最近例の遺稿集のみを海軍の全てのように喧伝せざるを得ない状況に
もって行こうとする動きには悪意しか感じられないな。
120名無し三等兵:02/01/28 08:34
なんだか平賀批判スレになったな。
1は、こういう展開を予想していたのだろうか。
121名無し三等兵:02/01/28 09:19
>>72

 0.03秒では?
12297:02/01/28 10:30
>>108
平賀が設計した段階の話じゃないよ。

設計をまとめて洋行している間に水雷兵装をなくす変更をされていたので、
帰国してまた発射管を加えさせた。だから竣工時の妙高は船体側面に固定
式発射管の穴がつきだしている形になっている。
両舷8射線だと思っていたが、前部3+後部3で6射線ずつだったかも。
平面上では左右舷の発射管が右左で交互に配置されている格好。
元ネタは丸メカ「日本重巡」。
12397:02/01/28 10:47
とここまで書いて、改めて資料を見ていたら、たいへんな間違いに気づいた。
魚雷廃止:艦本(つまり平賀)
魚雷復活:用兵
で、平賀がいないうちに魚雷を「復活」させた話だった。
すまん。完膚無きまでに逝ってくる。

ちなみに108さん、妙高起工時の雷装は片舷4射線、両舷で8門。なので
その遺稿集の記述もおかしい。
124名無し三等兵:02/01/28 18:32
>123
気が付いた? 逆なのに変だなとは思っていたよ
125名無し三等兵:02/01/28 18:37
>>117
そうかもしれないけど、平賀が判断する事じゃないと思うよ。
126名無し三等兵:02/01/28 23:14
>>123
「妙高」完工時に12門(12式舷側水上発射管 3基X2X両舷)となっているのは、着工後の設計変更ですか?
127名無し三等兵:02/01/29 00:17
>115

「べからず集」はいいが、それを守っていて戦闘できるような代物だったん
ですかね?
遠藤某とかいう人が、例の水雷艇転覆に関して、
「操艦ミスが原因と判明した」
とか書いているのを読んだ事がありますが、当時の海軍の仕様の中に、
「水雷艇はこの条件では使用しない」
というのがあったんですかね。
もしそういう前提で設計したなら、あるいは漁船なり遊覧船であれば
格別ですが、実用の艦艇が使用条件内の気象条件下で転覆したのに対
して、「操艦ミス」はあり得ないように思うんですが、どうなんでし
ょう。
(無論、戦闘中に「転覆しちゃうから、こっちに弾うたないでー」と
敵に懇願するつもりでもあれば別ですが。)

正直、藤本少将を弁護しているようでいて、実際には侮辱していると
しか思えないんですが。艦艇の設計者としてプライドのある人なら、
「あんな波を想定できた奴がいたか。後知恵でしたり顔するな」
と感じることはあっても、転覆しないように目一杯気を使わなかった
奴が悪いとは、口が割けても言わんでしょう。
128七誌三等水兵:02/01/29 00:24
>>126殿
123殿では無いですが、横レスです。
着工後に設計変更して12門搭載になりました。中甲板に
搭載されているのは、魚雷の強度が耐えられない為だった
のはご存知の通りです。この結果兵員室の容積が足らなく
なったので、シェルター甲板を増設してそこに高角砲を片
舷一門ずつ増載しました(既存の二門がシェルター甲板や
煙突の増高の為に射界が狭くなった、という理由もあるよ
うです)。
129名無し三等兵:02/01/29 00:28
>>115
Hard starboard!も「べからず集」の中の禁止事項かな?
客船みたいだね
130名無し三等兵:02/01/29 00:34
魚雷が海面に飛びだすような気象状況で戦闘するはずが無いだろう?
照準だってできないぞ。
気象予報官だっているのに演習の継続を優先して殉職者量産してるのは
機を見るに敏であらねばならない用兵者が、単なる官僚主義に陥っていた
証左じゃないのか?

127みたいなやつが無責任な要求だして無神経な運用して無駄な人死を出す。

海軍は鉄砲撃つ前に船乗りであらねばならない。
鉄砲がなくても海軍は名乗れるが、船乗りがいなくては海軍は名乗れない。
131127:02/01/29 01:06
友鶴転覆って、「魚雷が海面に飛び出すような気象状況」でしたっけ?
そんな気象条件で、転覆した船を曳いて帰ってきたと。
まあ、「第四艦隊」の方に関しては異論はないが、127ではその話は
していない。

それはともかく、

「無責任な要求」「無神経な運用」とえらい言われようだが、湖水艦隊な
らいざしらず、実際に海で戦闘しようというときに、「こうやっちゃ駄目」
「ああやっちゃ駄目」が通用するのか、問いたい。
「べからず集」を書いていたとのが守られていないという弁護もどきだが、
敵弾/魚雷にやられるのがいいか、転覆して沈むのがいいかの究極の選択
を強いるようなことを平然と言い放てる神経が、信じられないな。
(藤本少将からすれば、船として不全になりつつある事への、ソフトな警
鐘だったのかも知れません。ただ、それをもって、「設計でなく操艦の問
題だ」というのは、設計者への侮辱でしょう。)

で、「鉄砲撃つ前に船乗りであれ」は、鉄砲を積み過ぎて船としての機能
を失った艦艇への皮肉ですか?
132127:02/01/29 01:38
一応補足しておくと、トップヘビー云々はともかく、設計時の技術水準で予測
できていなかった事を結果論で責めるのは、フェアーでないと思っている。

ただ、それと127,131での話は別だし、ましてや(弁護のつもりでだろうが、)
実験船ならまだしも、実用の艦艇として就役したものが転覆し人が大勢死ん
でいるのに、
「新技術に犠牲はつきものだ」
と平然と活字にして出版できる神経も信じがたい。
そういう実験は、実用に供する前にやること。人事を尽くして及ばないのは
致し方ないが、開き直るべき事ではない。
遠藤某が何者か知らないし、知りたくもないが、正直あれを読んで、
「こいつが設計したものだけは、どんなものでも使いたくない。さわる
と穢れる。」
と思ったね。
アルファ版やベータ版を売り付けて平然としているようなもので、
技術者としては白旗揚げて敗北宣言したも同然だろうに。
まあ、今時はそういう連中も大勢いるみたいだけど。

(ログ読んでてあの名前を見たら、ついカッとなって筆が大分上滑りしたよう
な気がする。---sage)
133名無し三等兵:02/01/29 02:22

自分はフネの素人だが、嵐の時は風がこっちから吹いて波の間隔がこうだから
舳先はこっちむけろとか「船乗りの常識」というのがあったはず。
カッターの実習でも習うでしょ?
まして戦闘艦はフネとしてはイビツな代物であり、その扱いには民間船以上の
注意が必要。たとえば商船は燃料ギリギリで目的地に着くのが優秀な設計とな
るが、軍艦が転覆を防ぐために1/3の燃料を消費したら補給しろという規則を
作ったとしても欠陥とは言われるか?

>敵弾/魚雷にやられるのがいいか、転覆して沈むのがいいかの究極の選択

だから、その海面で戦闘ができるのかということ。
方位射撃盤がまともに働かないような気象状況で、飛んでくる敵弾があるの
かっつーこと。
米軍だって自衛隊だって台風来れば避泊すんでしょ? それが帝国海軍の軍
艦だから、どんな状況でも戦えなきゃならない「はず」だから、で、いつの
間にか「大丈夫なはず」にすり替わっていった状況がおかしい。
「大丈夫でなければならない」に至ってはキチガイのたわ言だ。

>「水雷艇はこの条件では使用しない」

どの条件でも運用に支障がないなんてフネは、ない。

>そんな気象条件で、転覆した船を曳いて帰ってきたと。

友鶴1隻で訓練はせんよな、同じ海域で訓練した同型艦があったはず。
その状況で友鶴のみが転覆したとしたら、まずは操艦が疑われるのでは?

船乗りと技術者の集団が国費つぎ込まれて維持された組織によって運用され
るフネが「究極の選択」を迫られたとしたら、そこに至る無数の段階の相当
な部分で「設計以外の理由」でヘマをやらかした結果なのは間違いない。
それを設計者一個人に帰してフタをした体質は、積み上げた本を娘にぶちぶち
言われる某氏でなくても批判はしよう。

友鶴と第四艦隊がごっちゃになってるが、いいか。
体質の話だし…。
134131:02/01/29 02:37
すみません、131の最初のところは確認していないんで、取り消させて下さい。
(何かほかの話と、とんでもない混同をしているような気がしてきた…)

(少なくとも、相当の荒天下の夜間演習の後、帰港中の事故だったはずだか
ら、曳航して帰ったのは、夜明け後で、少しは荒れもおさまってからだった
ような…。本当に筆が上滑りしてました。)
135名無し三等兵:02/01/29 03:13
友鶴は同型水雷艦千鳥・真鶴と共に第21水雷隊に編入された。
佐世保鎮守府下の小演習に参加、午前1時、寺島水道を経て大
立島南方へ向かう。旗艦は軽巡洋艦「龍田」で、演習はこの
「龍田」を標的に襲撃を繰り返すものだった。この時、友鶴の
艇長は岩瀬奥市大尉であった。当日は荒天で午前3時25分演
習終結が命令された。その直後、友鶴の無線機は艦の動揺で台
の上から落ちて機能を停止してしまう。岩瀬艇長は発光信号で
旗艦への連絡を命じた。しかし、その信号は僚艦には届かなか
った。やがて僚艦は友鶴の影が見えないことに気がつき、探照
灯を照らしながら、海域を捜索した。佐世保鎮守府にも事故発
生が報ぜられ、夜明けとともに続々艦艇が集結、航空機も捜索
に加わった。午後1時、第21水雷隊は志自岐付近で友鶴の船体
の一部を発見した。風速11?の海面を転覆して喫水線を出した
友鶴に、「龍田」から短艇が出され、兵が飛び移った。中から
生存を裏付けるハンマー音があった。友鶴が左右に千鳥、真鶴
を配して、佐世保港に入ったのは翌日の午前7時15分。二隻の
給水艇が友鶴の左右にくくりつけられ、水が抜かれた。次第に
友鶴は浮き上がった。降り注ぐ雨の中で、ふたたびハンマーの
音が甦った。船体のあちこちで穴が開けられ、圧縮空気が送り
込まれた。ミルクの差し入れも行われた。やがて三人の機関兵
が突然に顔を出してきた。夕方7時、満潮を利用して船渠に入
れるため、潜水夫は艦の付属物をはずし始めた。その後、海軍
工廠第五船渠に二隻の給水艇とともに移動させられた。船渠の
側には八つのテントが張られ、遺体の収容に備えた。雨は小雪
になった。救い出された生存者は計13名。殉職者は98名。水
雷艇とは、小型駆逐艦で夜間及び荒天下で敵大型艦に魚雷攻撃
をするために作られた艦艇であるが、荒天下の転覆となると問
題は深刻であった。海軍は調査委員会をもうけた。

ttp://www5a.biglobe.ne.jp/~nkgw/history32.htm
重心位置が問題にされたわけね。
136名無し三等兵:02/01/29 03:15
1935(昭和10)9月26日、本州の東を台風が北上して行った。
7月から始まっていた秋の大演習は、いよいよ大詰めで、第一・
第二艦隊からなる常備連合艦隊(青)と、臨時編成の第四艦
隊(赤)との間で決戦が行われようとしていた。第四艦隊は津
軽海峡を抜けて太平洋に出ようとしていた。台風二号は関東地
方に被害を及ぼしながら東北地方に向かいつつあった。その台
風と第四艦隊は太平洋上で交錯することになる。第四艦隊は秋
晴れの津軽海峡をでて、太平洋に出るとうねりがひどいこと、
また、小倉丸からの通報で台風の接近の通報を受けたが、荒天
準備を命令して、荒天下の戦闘配置についた。午後3時、風向は
南、風速40?/秒、瞬間風速50?/秒、波高25〜35?(当時の概
況推測)となり、各艦とも速力半減、よろめきながらの航海と
なった。午後4時半、駆逐艦睦月の艦橋に三角波があたり艦橋を
潰し、航海長が即死した。操舵は不可能となった。艦長は直ち
に応急操舵を下令した。ひとりの水兵がその声を聞き留め、応
急操舵器にしがみついた。艦長をはじめ、訓練を受けた士官や
兵をそこへ送り込もうとしたが、波はそれを許さなかった。瞬
く間に三時間が過ぎた。この兵は上妻隆千代一等水兵で艦を
風に向けるという原則を忠実に守り、睦月と乗員の命を救った。
午後5時20分、大きな三角波が初雪の艦首を奪い取った。直ち
に艦長は後進減速・防水を下令、隔壁に支柱をつけて艦首から
の水を防いだ。更に、艦長は魚雷を投棄を下令、艦の重心を調
整した。この間約10分の出来事だった。艦は動きをとめ漂流し
始めた。もぎ取られた艦首には乗員が閉じこめられていたが、
助けるすべはなかった。初雪は波に翻弄された。更に艦長は砲
弾160発を投棄させた。sosを発信し、探照灯をともして漂流
を続けた。第四艦隊旗艦那珂は初雪の艦首を発見する。あらゆ
る判断から生存者は皆無と判断し、機密書類の漏洩を防ぐため、
砲撃で撃沈した。

135と同じURLから。
こっちは強度不足が問題、と。
137131:02/01/29 04:02
>133
134で言い訳を書きかけたんですが、やはり他の件とごっちゃにしていたようです。
失礼しました。

それはともかく、友鶴転覆のときに設計が疑われたのは、
・荒天時に転覆した例がほかにもあった
・そもそも千鳥の公試のときから、安定性が疑われていた
ということだったと思います。
臭いものに蓋なら、艇長のミスにするはずで、千鳥型のみならず駆逐艦まで設計見直しす
るようなことをするとも思えませんが。
まあ、私個人としては、「想定される使用者の中で平均的な技量の者が、ある程度以上の
割合で致命的ミスをするなら、それは設計が悪い」、つまり、一部の腕利きしか使えない
ものは設計に問題があると考えていますので、仮に艇長のミスだったとしても判断を変え
るつもりはありません。

むろん、転覆事故が起きたとき、すぐに設計を疑うような怪しげなフネをなぜ就役させた
のかとか、そもそもそういうフネを設計するに到るような要因は何か、ということを抜き
にして、設計者個人に責任をかぶせて終わりにするというのは、論外だと私も思います。
ただ、だからと言って、自分が設計したものに責任を持たなくてよいということにはなら
ないでしょう。そういう、「設計しっぱなし」「作りっぱなし」がどういう結果になるか
は、古い例を待たずとも昨今の手抜き工事騒ぎが証明しています。

遠藤氏の本で私が非常に不満なのは、新技術を採用して設計したものが致命的事故をおこ
したときの、設計者自身の技術者としての責任の問題と、それに乗じて件の新技術を葬り
さることの是非を、ごっちゃにしていることです。
失敗に学ばないところに進歩がない、というのは事実でも、そのことが即技術者の免罪符
になるわけではないはずです。
一連の事故を機に旧態然とした設計思想が造船界を席巻し、違う意味で大きな弊害をもた
らした、というような話がありましたが、それとこれとは、わけて議論すべき話ではなか
ろうかと思うのですが。
138名無し三等兵:02/01/29 08:31
>>137
>それとこれとは、わけて議論すべき話ではなか
>ろうかと思うのですが。

分ける事は出来ないね。
肝心なことを忘れているようだが、二件の事故・事件を利用して国防方針に口をつぐんで
単なる軍令部の下請けとしてみずからは国防の将来を考えない事を旨とし、しかも一方で
気に入らない軍令部要求に対しては、技術的に不可能として拒否してしまうなどという、
事実上の専横を可能にしてしまった結果、実戦で役に立たない船作りに国家予算を浪費し、
敗戦の責任の一端が存する以上、「わけて議論」などということはゆめゆめ言えるものではないな。
139名無し三等兵:02/01/29 08:34
要するに、軍事技術の開発という視点で見つめた場合、
君の論は注文される技術者側の問題発生時の言い逃れを準備しておく事を
声高に叫んでいるに過ぎないわけさ。
140名無し三等兵:02/01/29 08:43
軍と言う組織はマンネリ化した一般企業の営業vs技術の対立と同列に論じられないし、
まして八八艦隊のような建艦方針が軍令部+艦政本部との共同作業として結実し、
それが米国をして軍縮条約という方針を引きずり出させることになった事実を考えると、
平賀のやった軍令部>艦政本部のように見せかけた軍令部<艦政本部という政治性をこそ
非難されているわけだ。
しかも政治としての一貫性を貫く事に技術サイドが汲々としたあげく、新技術に蓋をした事を
「分けて議論」などと、間違った認識を是とするような論は結局のところ遠藤氏いうところの
「下請け根性」そのものに他ならないな。
141名無し三等兵:02/01/29 08:53
軍艦建造は戦争に勝つためだから
戦争に勝てない軍艦を作って平然
としていた艦政本部は無責任だね
142名無し三等兵:02/01/29 08:58
そーいや海軍はどんな失敗してももたれ合い庇い合いで責任とらくなくていい軍隊だもんね(藁
143名無し三等兵:02/01/29 09:07
↑いやそんなことはない。
下士官兵はきちんと責任取らされて自殺攻撃に逝かされるYO!(w
144名無し三等兵:02/01/29 09:16
海軍にかぎらず役所とはそういうもの。ただし、なあなあの仲間同士だけ
海兵、陸士の卒業者とか、今ならキャリア同士など
145名無し三等兵:02/01/29 09:18
つまり友鶴事件と第四艦隊事件は、全部の責任を藤本に押しつけて自分達は責任とらないようにしたのが真実なんだね
146名無し三等兵:02/01/29 09:20
平賀とその弟子は無責任なDQN
ってことでファイナルアンサー?
147名無し三等兵:02/01/29 09:28
>>145

事実上、
その通りの「利用」の仕方が平賀一派によってなされてしまっている。
本来は事故で亡くなった人たちの犠牲を無駄にしない為にも、
新技術の実態解明に全力を注ぐべきであって、
蓋をすることの方が犯罪といっても過言ではない。
その意味でも>>137の発言は非常に問題あると思う。
そもそも、当時操艦ミスであるかどうか分からなかった事を
設計者のミスとして問えるものではないし、
逆にそれらを解明せずに蓋をしてしまった一方の守旧派を擁護している。
多分、無理な設計を強要した用兵側の責任に転嫁して
論理のすり替えをやりたいのだろう。
148名無し三等兵:02/01/29 09:35
無能な奴ほど責任のがれが上手いというな(藁
149名無し三等兵:02/01/29 09:39
>145
たしかに哀れだが間違いなく藤本にも責任があるぞ。
それを藤本は「自分は潔白だ」なんて態度とるからな。擁護する気にはなれん。
責任押しつけたヤツと同レベル。話にならん。
150名無し三等兵:02/01/29 09:47
>>149
藤本は「自分は潔白だ」なんて一言も言ってないよ。
事故後、責任が明確になるまで閑職にまわされているし。
大和プロジェクトでやっと復帰した瞬間に亡くなっただけ。
平賀派は彼の死亡すら利用した。
タイミングがよすぎて平賀一派が謀殺したのかと疑いたくなるくらい絶妙。
151名無し三等兵:02/01/29 09:50
しかしトップヘビーな船を設計したのは事実。出来ない事は出来ないと
言うべきだった。
152:02/01/29 09:58
>>71それは艦長の訓練の成果ではなにせ艦長は黛大佐ですから。
153名無し三等兵:02/01/29 09:58
>149
初耳だけどその情報は出処どこ?
154名無し三等兵:02/01/29 09:59
平賀を弁護する下請根性技術者が出てきたNe!(w
155名無し三等兵:02/01/29 10:00
藤本の足を引っ張っておとしめれば平賀弁護になると思っている様だな(藁
156名無し三等兵:02/01/29 10:08
トップヘビーについては、
特型駆逐艦でも最初の艦は例の大型艦橋の艦でも特に問題とはなっていない。
あえて藤本氏を責めるのであれば、
その後の艦上部への兵装増載を容認しつづけて復元性を低下させてしまった事くらい。
低下させたといっても、斜め後方から波を受けない限り転覆する事はないんだけどね。
157名無し三等兵:02/01/29 10:17
その立場によりより書かれていることは違う。事実だけを見て判断すべき
まず、平賀の条約型巡洋艦の基本設計の内容は「8in連装砲10門、欧州の
同型より2門多い、そのかわり水雷兵装を廃止」これが水雷系用兵側の反発
をかった
大正12・10・10 平賀に欧州出張の命
 この留守中に藤本の手で妙高型巡洋艦に発射管12門が加えられた
昭和9・3・12 友鶴事件
  9・4・4海軍査問会で原因を復元性能不足と断定
  9・4・21藤本謹慎を命じられる
  10・1・9 藤本急逝
  10・90・27第四艦隊事件
  
158名無し三等兵:02/01/29 10:20
 >10・90・27第四艦隊事件
 10・9・27   
159名無し三等兵:02/01/29 10:25
>低下させたといっても、斜め後方から波を受けない限り転覆する事はないんだけどね。

うむ、当時はそこに気がつかなかった。
つか、平賀がやったことでそこまで徹底して調査しなかった。
実際OG値OM値を当時の平賀の設定で進めると現代艦艇は一隻も存在できないからな。
160名無し三等兵:02/01/29 10:30
>>157
別に水雷系の反発だけをかったわけじゃない。
水雷戦が海軍艦隊決戦の基本戦策だったにもかかわらず、
技術的に不可能を金科玉条にして勝手に兵装を降ろしてしまった事が
全海軍にとって荷物になっただけ。
161名無し三等兵:02/01/29 10:35
>160
舌足らず(筆不足)だったが水雷系はちょっと強調するために書いただけで
用兵側と言いたかったことに違いはない
162 某S :02/01/29 11:10
ハルゼー提督も嵐で駆逐艦沈めてるよね。
アメリカの駆逐艦は、余裕ある設計のイメージがあったんだけどなぁ
163名無し三等兵:02/01/29 11:14
>アメリカの駆逐艦は、余裕ある設計のイメージがあったんだけどなぁ >

条約時代のフネはそういうわけにも行かない。
あと、最初は余裕があったんだけど、ごちゃごちゃくっ付けてるうちに
トップヘビーになっちゃったり。
164名無し三等兵:02/01/29 11:17
平賀氏には戦艦の基本設計の実績はなかったらしいね。
長門級や八八艦隊の基本設計は山本開蔵氏の手によるものだったし、
詳細設計の段階で少々手伝ったというのが本当のところだったみたいだよ。
金剛代艦事件でのルール違反の私案提出なんて、執念深いもの感じるよ。
大和級ですら主砲塔の連装・三連装混載案を出してきているんだよね。
正直、ああいうのって害だけで要らない人物だったと思う。
それに責任云々といってるけど、
戦後、自分のやったダメ軍艦で亡くなった人達を無視して
完璧、責任とらなかったのって平賀氏だよね。
山本開蔵氏なんかは隠遁生活を徹底して造船学会が表彰しようしたら
「そんなことしたら俺、学会辞める」って固辞したっていうし。
取り巻き連中が庇って祭り上げたのってその辺考えると納得出来るよ。
165名無し三等兵:02/01/29 11:30
>>164
平賀は昭和18年に死んでる。
166名無し三等兵:02/01/29 11:40
平賀は大正9年計画主任になったが、直後、英国留学から帰った藤本が
才気あふれる異才であったため、自分の地位を脅かす存在とみたのは
考えられる。それで成績首席の藤本を避けて次席の田路担に可愛がった
それに対し、藤本にはことごとく反感を示した。以上は事実らしい
こうした例は学会などにも多いらしいじゃん
167名無し三等兵:02/01/29 11:49
>戦後、自分のやったダメ軍艦で亡くなった人達を無視して

藤本が設計したら死ななかったの?それは平賀の責任ではない。
168名無し三等兵:02/01/29 11:54
なんか粘着のあんち平賀がいるような
169名無し三等兵:02/01/29 11:57
>>165
馬鹿。
170名無し三等兵:02/01/29 11:58
なんか、事実に目を背けたがる親平賀厨房がねばっているらしい。
171名無し三等兵:02/01/29 11:59
>>168
きっと最後は主砲を前部に集中させた高速大和だったらと言う話になる
ぞ。
172名無し三等兵:02/01/29 12:02
な〜んか、陸軍悪玉、海軍善玉見たいな感じで
平賀、藤本を語ろうって感じになってるね
なんか嫌だな
173名無し三等兵:02/01/29 12:04
誉めるところないもん、平賀。
174名無し三等兵:02/01/29 12:05
>>169
既に鬼籍に入っている人間が学会なんかで責任を取れば賢いのか?
175名無し三等兵:02/01/29 12:07
敗戦の責任が造船にある事は間違いなく、
その造船のリーダーシップを発揮した中心人物が
平賀氏であることも間違いないと思う。
一方の藤本氏は肝心の時期に既に故人。
故に責任の所在云々については平賀氏を中心とした
艦政本部に問題があったことは議論の余地は無いと考える。
176名無し三等兵:02/01/29 12:08
>>174
恥の上塗り。(激笑)
177名無し三等兵:02/01/29 12:21
平賀氏が昭和18年に死亡?
俺、DQNかもしれんが、
戦後東大の学長勤めた事無かったか?
学生運動の頃に辞めたんじゃなかった?

いや、ちょっと自信ないぞ。

178名無し三等兵:02/01/29 12:26
東大総長していたのは戦前。福井氏が学生の頃指導を受けてる。
179名無し三等兵:02/01/29 12:32
別に藤本が設計したりしても、ワショイマンセーなのが
出来るとも限らんだろうに・・・・まぁ平賀より優れてたかも
しれんが・・・・人間的にも・・・・
しかし>>175の意見はちと独善的過ぎ
180名無し三等兵:02/01/29 12:34
平賀 譲
明11・3・8〜昭18・2・17
181 :02/01/29 12:34
ttp://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/PERSON/H/hiraga_y.html

平賀 譲
ひらが ゆずる
1878(明治11)〜 1943(昭和18)
大正・昭和期の造船工学者、東大総長
どんな人?:
 旧広島藩士平賀百左衛門の子。英のグリニッチ海軍大留学後、造船大監、海軍技
術研究所長などをへて、1926(T15)造船中将に任ぜられ、 31(S6)予備役。その間、
戦艦陸奥、長門などを設計、またワシントン会議で主力艦保有量を制限されると強
力な火力を装備した古鷹型重巡・夕張型軽巡などを設計して英米をしのぐ技術水準
を示す。のち東大教授となり38から没年まで東大総長就任。
<コンサイス日本人名事典>


ttp://www.cnet-ta.ne.jp/p/pddlib/biography/hi.htm

平賀 譲
1878(明治11. 3. 8)
1943(昭和18. 2.17)
◇大正・昭和期の軍艦設計者。旧広島藩士平賀百左衛門の子。
東京大学卒業。
 英国グリニッチ海軍大学に留学。
 造船大監・海軍技術研究所長などを経て、1926(大正15)造船
中将。戦艦長門・陸奥など八八艦隊主力艦を設計。ワシントン
軍縮会議後は、強力な火器を装備した古鷹型重巡洋艦・夕張型
軽巡洋艦などを設計。
 1931(昭和 6)予備後、東大教授。1938(昭和13)から没年まで
東京大学総長。河合栄治郎の筆禍による経済学部の対立から、
河合・土方成美両教授を休職させて「平賀粛学」を行い(河合栄
治郎事件)、教授会の自治を無視したとして多くの辞職者を出
させる。
182名無し三等兵:02/01/29 12:40
181をみる限り思想的にも超保守的にみえるが
183名無し三等兵:02/01/29 12:42
176 名前:名無し三等兵 :02/01/29 12:08
>>174
恥の上塗り。(激笑)

その言葉そっくり君に送ろう。

184名無し三等兵:02/01/29 12:56
>>182
年齢を考えると、生まれつきの頑固がパワーアップされてる→築き上げた
た名声を傷つけたく無い→失敗できない→技術的冒険はパス、の図式では
ないだろうか。
185名無し三等兵:02/01/29 13:23
>>184
でも、技術的冒険が出来る環境でもなかったような気がする
186名無し三等兵:02/01/29 13:30
まあ戦艦の設計ミスは国策上許されないからね。19世紀のイギリスみた
いに最新型は輸出して有効性を確認してから自国用に生産みたいな事が
できればいいんだけど。
大和級戦艦チャクリ・ナルベエト二世………激萌え……(笑)
188名無し三等兵:02/01/29 13:38
大渦様!お懐かしい。最近なんで日本戦車スレに来られないのですか?
189名無し三等兵:02/01/29 14:22
>175
>故に責任の所在云々については平賀氏を中心とした
艦政本部に問題があったことは議論の余地は無いと考える。

山本開蔵はその辺の責任を感じているようだね。
平賀が先に死んでしまって、
艦艇建造行政として
誰も敗戦の責任を取るべき部員がいなくなっているからね。
190名無し三等兵:02/01/29 14:24
平賀は伏見宮の兵隊。
艦政を駄目にしてしまった張本人は伏見宮。
ま、手を貸した平賀も同罪で斬首すべし。
墓を掘り起こしてでも斬首。
191名無し三等兵:02/01/29 16:00
>>137
うーん、なんとゆーかなー。

極論すると荒天下を威風堂々と航行する軍艦なんてのは幻想の一種だと思う。
甲板やらマストやらに大砲のレーダーの射撃方位盤のと重量物並べたフネが
「軍艦」という理由で造船の物理法則を曲げられるはずが無い。

順番に行こう。友鶴は600トンに駆逐艦並みの武装と言う条件だったが、これ
自体が異常だ。その異常を仕事にしなければならない理由が軍縮条約。
猛訓練で人死を出しても「国防上仕方が無い」時代。さらには予算の制約から
排水量が1割も削られ、その後、指揮設備や居住区の改善要求が出されるとい
う造船の設計と現場にばかり皺寄せがくるイヤな経緯があった。
そこまで無理をして作ったフネなら使い方も注意しなければならない道理なの
に、用兵や操艦には問題がないという海軍の判断。おかしいじゃない、海防戦
艦のように特殊な運用がされるべきだったんじゃないの?

だから「無責任な要求、無謀な操艦、無駄な人死」と書いた。海軍は一体なる
べしの状況で、ほかの部門のフォローがない。それとも造船は海軍のお母さん
で作戦や操艦や予算措置まで全部の面倒を見てあげなきゃならなかったの?

で、平賀。藤本が「用兵の要求を後先考えず呑み過ぎた」のが悲劇の原因とい
う文も見るけど、平賀以外の誰がやっても「呑まざる得ない」環境を作った張
本人だと思う。自分の職能の範囲がわからない人間という遠藤の評価は妥当。
藤本が海軍のお母さんよろしく用兵や軍政の要求をできる限り通そうと無理し
たのなら、平賀は「軍艦」はあっても「国防」のない、海軍の飲んだくれ親父
程度の存在だったと思う。こいつが本当にただの軍艦バカなら良かったのだが
下手に派閥や権勢に色目を使う小人のおかげでえらい迷惑なこととなった。
山本が引退するときに散々釘を刺したらしいが、こいつの脳みそはヌカだった。
192名無し三等兵:02/01/29 18:13
じゃあ、平賀を弁護する人、平賀もしくは平賀の弟子の設計の船で戦場で役に立ったフネをあげてYo!
193名無し三等兵:02/01/29 18:43
何の意味があるの?平賀だ藤本だと言った所で一人で作業したわけじゃ
ないし、船のコンセプトは艦政本部の要求が出た時点で決まってるんだ
から車やファッションのデザイナーみたいな扱いは可笑しいよ。
194U-七試さん ◆aDZignNE :02/01/29 19:06
>193
全く持って同意。
195137:02/01/29 23:29
一日でずいぶんな膨れようですね、このスレは…。それはともかく。
>191
水雷艇の要求仕様がきわめて過酷なものだったということは知っていますし、どんな荒天下
でも威風堂々云々が絵空事だ、程度のことは、ご高説を待たずとも、いくら無知な私でも想
像できます。
しかし、水雷艇が白昼・好天で使われるものでない以上、ある程度の荒天下では転覆しない
というのは、設計の大前提でしょう。特殊な運用と言っても、水雷艇のような小艦艇を大艦
に正面からぶつけることなど有り得ない訳でしょうから。
藤本氏の苦心も、フネとしての機能を維持しつつ、過大な要求性能を充たすにはどうすれば
良いかというところにあり、その結果生まれたのが新しい設計理論だったのではないかと推
察しているのですが。
「造船の設計や現場にばかり皺寄せ」とのことですが、本当に出来ないのに、「無理です」
と言えず、形だけのものを送り出したとすれば、それこそ「無責任な、下請け体質の技術者」
の誹りを免れないでしょう。要求を受け入れた以上、「出来る」という自信があった筈です。
設計者とすれば、それなりに自信を持って送り出すでしょうし、だからこそ、想定外の波を
受けての転覆に対する、「あんな波をいったい誰が想像できたろう」というような慨嘆にな
ったんではないでしょうか。

正直な話、書籍などから想像する平賀氏の人柄や技術感にはあまり好感が持てません。
新技術に挑戦して敗れ去った人と、石橋を叩いてなお渡らない人を比べると、気持ちとして
は前者に共感を覚えるところが大きいです。(明らかに無謀なものは別ですが。)
ただ、わかっている範囲でぎりぎりを狙うか、わからないから十分に余裕を見るかというのは、
技術哲学の問題で、どちらが正しいという話ではないと思います。一般には後者の方が耳当た
りは良いですが、余裕を見すぎた挙げ句に戦闘力のない艦艇ができたのでは本末転倒だ、とい
うことに異存はないですし、挑戦のないところに進歩が無いのも事実ですから。
しかし、研究用の試作品ならば格別、実用の艦艇として建造されたものが、供用開始後に、
(結果的にであるにせよ)設計時点からあった問題により転覆して死傷者を出した以上、法的処
罰はともかく、「技術者としての責任と批判」を免れることは出来ないでしょう。

遠藤氏は「新技術には犠牲がつきもの」的な言辞で切り捨てておられたが、「新技術の犠牲」
には多くの場合、挑戦して敗れ去った技術者本人が含まれているからこそ、それなりの共感を
呼ぶのだと思います。(心痛で再起不能になったり、処罰されたりと、理由はさまざまですが。)
この言葉は、犠牲になった人を悼みつつも前進するときに使う言葉で、技術者当人を擁護す
るの使ったのでは、「単なる開き直り」でしかないのではないでしょうか。
196137:02/01/29 23:40
(続き)
137で、技術者自身の責任と、反動で旧態然とした状態に戻したことの責任は分けて考える
べきではないか、と書いたのは、↑のようなつもりだったのですが。

橋でも船でも、大事故の後にはいわば「あつものに懲りて…」的な設計になるのは、ある
意味自然なというか、洋の東西を問わず、避け難いことだと思います。
だからといって、旧来のレベルに戻り、新技術を否定・拒否するというのが正当化できる
とは思っていません。(どうも一部で誤解されている様ですが。)

ただ、155にある、
> 藤本の足を引っ張っておとしめれば平賀弁護になると思っている様だな
は、逆もまたしかりであり、平賀氏の後世への罪がいかに大きいかと強調しても、それが直接
藤本氏の弁護にはならないのではないか、という事を言いたいのです。
当時の技術水準では不可避だったと証明されるにせよ(私はこっちなのかなと、ぼんやり考
えていますが)、責任ありと証明されるにせよ、平賀弾劾とは直接の関係はないでしょう。
「平賀氏の害が大きく、かつ藤本理論が捨てられるべきものでなかった」ということから、
「だから藤本氏があの事故に関して負うべき、(技術者としての)責任は無いのだ」という結
論を導き出すことは出来ないでしょう。

やや強引なたとえですが…
一連の騒動は、ジェット旅客機の初期に、連続墜落事故を受けて謹慎状態にある主任技術者
に代わって、引退したはずの長老が会社に乗り込んできたような状況かなと思っています。
で、件の長老が首脳陣に対し、ジェット旅客機が不可能な技術的理由を列挙して「ジェット
などやるべきでない」と強硬に主張し、事故の教訓を慎重に検討して問題点を解決するので
なく、撤退するようにしむけてしまったと。
一方、ライバルの方は後者の道を選び、問題を解消した機体を市場に投入したため、件の会
社は致命的な遅れをとってしまった。(前者は実在の航空機メーカーの対応とは、全く関
係ありませんので、念の為)
この場合、
乗り込んできた長老が、いかほど重大な過ちを犯しており、かつ件の技術者が歩もうとした
方向がいかに正しかったとしても、前者の糾弾や後者の証明が技術責任者だった人に責任
がなかった事を証明することになるとは思えないです。
(責任と言っても、「結果的に事故を防ぐことができなかった」という、道義的かつ技術者
心理的なものだと、私は考えていますが。)
197名無し三等兵:02/01/30 01:55
>>196
あんたさ、肝心な視点が欠けてんのよ。
国内に対してさ、敗戦に導いた責任が巨大だから平賀は叩かれてんのよ、分かる?
まぁトラブル時の逃げ道をこしらえておく事ばっかり考えているみたいだから、
どーせワカンナイだろーけど。
198名無し三等兵:02/01/30 02:03
>敗戦に導いた責任が巨大だから平賀は叩かれてんのよ

一介の技術者に何でそこまで責任があるのかな・・海軍だけで戦争して
たわけでも無いし。
199名無し三等兵:02/01/30 02:07
>一介の技術者

そいつが大和みたいなものを作らせたわけだ。
用兵側も欲しがった高速艦を技術側も作れるとしてプロジェクトチームの
意思疎通は出来ていたのにな。(笑)
200名無し三等兵:02/01/30 03:41
>特殊な運用と言っても、水雷艇のような小艦艇を大艦に正面からぶつけることなど
>有り得ない

条約対象外の駆逐艦として使うからこそのあの重武装でしたが、なにか?
駆逐艦は漸減作戦で敵主力を夜襲するのが任務ですが、なにか?
友鶴は事故当日、夜襲訓練中でしたが、なにか? つーかバカ?

>本当に出来ないのに、「無理です」と言えず

制約付きなら、できた。制約があってもその「武装」を優先すべき状況があった。
軍縮がらみで佐官将官が切るの殺すのと怒鳴り合ってた時代だぜ?

>設計時点からあった問題により転覆

法的問題に詳しくないんだけど、ユーザーが設計に口出ししてきて欠陥が発生した
場合も、そうなの? 純正19インチを17インチのハイグリップラジアル履きたい
つってフォークごと交換して事故ったらメーカーの責任? それともショップ?

>「技術者としての責任と批判」を免れることは出来ないでしょう。

バカ? 免れてないべ? ついでに早蕨の設計者は責任とったのか?

>責任は分けて考えるべきではないか、と書いたのは、↑のようなつもり

じゃ、遠藤は関係ないじゃん、当事者じゃないし。昭和2年生まれだっけ?

>「だから藤本氏があの事故に関して負うべき、(技術者としての)責任は無いのだ」

そんなこと言ったっけ? 遠藤が言ったとしても個人の見解でそれ以上でも以下でも
ない。口のきき方が気にくわないって話なら、俺は三野や木俣の首を絞めたい(w

197の「敗戦に導いた責任が巨大だから平賀は叩かれてんのよ」という言葉は経過を
端的に表している。軍人には階級があって役職があって権限がある。それをことごと
くマイナス方向に振り回した揚げ句、自分の好みの「軍艦」を作ること、他人に誉め
そやされることに邁進した、とても将官とは思えないDQNが実在したんだぜ? 山本
は引責の道連れにしてコイツに引導渡したと思ったのに後輩の死を利用して復活した
のみならず、新戦艦や新重巡や新工法をご破算にした上、作戦戦術はおろか戦争の方
針まで停滞どころか時代に逆行させやがった。当然、恨んでいる用兵者は少なくない。
そいつらはもう一人が生きていて、もうちょっとそいつらの意を酌んだフネを作って
くれていれば、もうちょっとやりようがあったのにと戦後もぶちぶち言っている。し
かもこの繰り言は事実無根かとおもいきや調べれば調べるほど真実ときてる。それを
取材して原稿書けば、昭和ヒトケタの人間が書いても、戦後世代が書いても遠藤のよ
うな文章になろう。逆に平賀の弟子が原稿を書くのも自由。両方とも後世の評価の
「一断面」でしかないと言う点においては等価だ。
あー。無論、支持する人間の多寡はあろう。それはしょーのないことだ。
21世紀の世の中に共産主義が存在しているくらいだから。

ま、そんなとこ。
ついでに言えば遠藤の文章を俺の意見にしないでくれ。俺は彼ほど物を調べて書いて
ないんだ。本を置ける家もないし(w 立脚点の違う二者をまとめて扱うな。

しかし君は信義なみに比喩や喩えがヘタだな。本質ボカしたいなら成功だがね。
おまけに友鶴と四艦隊と平賀と遠藤がちゃんぽんだもんな。50年分話があっちに飛ん
だりこっちに飛んだり。疲れた…。
201名無し三等兵:02/01/30 04:07
とすると平賀がいなければ日本は戦争に勝利してたのね
202名無し三等兵:02/01/30 04:59
>>201
馬鹿か単なる煽りか、どちらにせよ消えろ。
203名無し三等兵:02/01/30 13:38
藤本であれ平賀であれ結果は変わらないよ。高速仕様の大和云々と言うけど
太平洋戦争の主役の航空機から見れば微々たるものだし、総合的な国力差は
どんな天才デザイナーがいても埋められる物じゃない。
204名無し三等兵:02/01/30 14:23
例え大和が30ノット出ようとも、第一戦隊がやれ機動部隊の直衛だやれ地上砲撃だ
なんて便利屋みたいな使われ方をしたとは思えないが。
もちろん燃料の問題も大きいだろうし。
205名無し三等兵:02/01/30 14:27
それはそうだろうが、少なくとも「用兵の要求を無視した軍艦バカ」の
設計したフネで負け戦を戦った、という事実は消える。
高速仕様の新戦艦で「ああもあろうこうもあろう」と考えていたのがバカ
の「技術的に不可能」という言葉で蓋をされて、戦後になってみれば「実
はここまでできるはずでした」って聞かされたんだから。
負け方にも様式を求める日本人(特に当事者)としては納得のいくもの
じゃないだろう。
206名無し三等兵:02/01/30 15:35
ところで、平賀氏にしても藤本氏にしても機関配置による艦の生存性を高めることに
あまり熱心じゃないようだけど何か理由があったのですか?
よく、要求速度が高くて不可能だったとか機関関係者が2軸のシフト配置をいやがった
などというのは良く聞きますが。
シフト配置は艦のサバイバビリティを高めることになんの意味もないというのでしたら
しかないですけど・・・。
ただ、特型の機関室の中央隔壁はどうみても危険な気がします(古鷹なんかも)。
既出だったらごめんなさい。
207名無し三等兵:02/01/30 15:43
>>206
シフト配置は生存性は高まりますが、製造コストも高まりますからその
辺りを気にしたのでは?

>特型の機関室の中央隔壁
妙高型の誤りでは?駆逐艦は艦幅とボイラーの大きさに殆ど差は有りま
せんから、中央隔壁(進行方向にたいして平行な物)は有りません。
208名無し三等兵:02/01/30 15:54
藤本氏は「砲や機関の破壊は即沈没に繋がらない」「轟沈さえ回避できれば
(ジュットランド海戦の戦訓を鑑み)艦が生き残る可能性はある」「轟沈の原因
は弾薬の誘爆」と考えていたみたい。
それが砲塔の集中配置→弾薬庫防御の強化と重量節減、浮力を最後まで保ちつづ
ける間接防御の推進、という設計方針になったみたい。
209名無し三等兵:02/01/30 16:01
機関室を左右に分ける隔壁を作っても、浸水を速やかに排除しないと
片側だけが重くなって転覆する。浸水は浅く平らなままにはならない。
洗面器に水張って洗面器の底を手で支えてみるといい。ちょっとでも
傾きのある方へ流れて溜まろうとするから。
210名無し三等兵:02/01/30 16:08
>206
シフト配置は機関の全長が長くなります。
すると甲板上に煙突を別に立てるので場所を食います。
黎明期の駆逐艦と特型を比べれば分かり易いと思いますが、
煙突が増えると武装が制約されます。
逆にいえば煙突を片付けて武装を強化していったのが特型です。
211206:02/01/30 16:26
みなさんありがとうございます.
>>207
ボイラー室ではなく機関室だった思います←隔壁
初春以降はなかったように覚えてますが、
今資料がないので間違えてたらごめんなさい。
208さんのおはなしによれば、行動力の喪失=艦の喪失という考えは
あまりなかったのですね。
矢矧や能代の最後なんか思おうと鬱になります。
被雷一発→ボイラー全滅→袋叩き。
212名無し三等兵:02/01/30 16:38

戦艦
大和・武蔵・長門・陸奥・比叡・霧島・山城・扶桑・榛名・金剛・伊勢・日向
航空母艦
瑞鶴・赤城・信濃・翔鶴・大鳳・隼鷹・飛龍・天城・雪龍・大鷹・沖鷹・葛城・祥鳳・瑞風・瑞鳳
千歳・千代田・龍鳳・海雁・龍穣
巡洋艦
高雄・鈴谷・愛宕・利根・鳥海・青葉・古鷹・衣笠・加古・妙高・那智・羽黒・足柄・最上・天龍
熊野・阿賀野・矢矧・球磨・多摩・木曽・夕張・名取・鬼怒・長良・五十鈴・阿武隈・龍田・摩耶
大淀・神通・天龍 
施設巡洋艦
能代丸・八幡丸・新田丸・浮島丸・愛国丸・報国丸・金剛丸・栗田丸・盤谷丸・清澄丸・西貢丸・金龍丸
赤城丸・護国丸・金城山丸・浅香丸
駆逐艦
吹雪・白露・春雨・綾波・島風・初雪・敷波・暁・響・松・桜・陽炎・照月・有明・不知火・初春
雪風・初霜・秋月・初月・冬月・春月・宵月・涼月・夕雲・朝潮・峰雪・秋霜・荒潮・早波・睦月
三日月・若竹・朝潮・満潮・神風・夕風・夕凪・樅・夕張・子之日
潜水艦
伊-16・伊-33・伊-58・伊-14・伊-15・伊-401・伊-13・伊-171・伊-361・伊-68・伊-1-6
伊-400・伊-370・伊-56・伊-1・伊-6・呂-35・海大-3・蛟龍
水上機母艦
日進・君川丸・相良丸
潜水母艦
長鯨・迅鯨・大鯨
海防艦
択捉・鵜来型・丁・丙
工作艦
明石
駆潜艇
13号駆潜艇
掃海艇
19号掃海艇
施設艇
平島
輸送艦
一等輸送艦・二等輸送艦・能登丸
水雷艇
千鳥・鴻・初雁・雉
雷装艇
大井・北上
飛行艇母艦
秋津州
給糧艦
伊良湖・間宮・野崎・早崎・白崎・荒崎
給油艦
知床・襟裳
病院船
氷川丸・高砂丸・朝日丸・波上丸・橘丸・亜米利加丸
標的艦
矢風・波勝・摂津
測量艦
勝力・筑紫
213名無し三等兵:02/01/30 16:41
>>212
で、何を・・・・・。
214名無し三等兵:02/01/30 17:30
雪龍?
215名無し三等兵:02/01/30 17:33
海雁?
216名無し三等兵:02/01/30 17:36
鳳翔と加賀が抜けてるな。
217名無し三等兵:02/01/30 17:37
飛鷹も無い。
218名無し三等兵:02/01/30 17:45
そこまでするなら駆逐艦も全部書き込めば。
219名無し三等兵:02/01/30 17:50
龍鳳と大鯨がだぶってる。
220名無し三等兵:02/01/30 17:52
水雷艇は完全無視?
221名無し三等兵:02/01/30 18:38
age
222195:02/01/30 21:44
>200
書き方が悪かったのか、かなり誤解されているところもあるようなので、最初に要約しておこう。
195、196でも書いたとおり、平賀氏による反動と技術停滞の弊害が非常に大きかったという点に
ついては、私には全く異論はない。
197の「敗戦に導いた責任が巨大」までいくとどうかとは思うが、 200にある
>作戦戦術はおろか戦争の方針まで停滞どころか時代に逆行させやがった。
には完全に同意しているからこそ、「ジェットはやめて、レシプロ旅客機に戻れと言い出したの
と同じようなものだ」という例を挙げたつもりなのだが、失敗だったようだ。

で、私としては 127で最初に書きかけたように、基本的には遠藤氏の本(の一部)を批判していた
のだが、途中にほかのことを書きすぎたため、趣旨がぼけてしまったようだ。
事故処理の結果として↑の状況を招いたことを痛憤してのこととは思うが、明らかに設計者の責
任を軽視しすぎているし、「新技術に犠牲はつきもの」は論外。
友鶴転覆の犠牲者と遺族に向かって同じ台詞を吐けるのか、とカチンときたからああ書いたので
あり、犠牲を無にするかのような反動的方針を是としているわけではないので、念の為。

223195:02/01/30 21:54
以下、>200に、細かい話だが…。

>友鶴は事故当日、夜襲訓練中でしたが、なにか? つーかバカ?
>(中略)
>制約付きなら、できた。制約があってもその「武装」を優先すべき状況があった。

で、あの程度の荒天で転覆する水雷艇が、用兵上の要求を満たしていたのか?
満たしていたなら、一隻転覆しただけで、なぜ大幅な性能低下を忍んでまでして改装したんだ?
実際には転覆するなんて思っていなかったろうし、藤本氏だって「転覆するかもしれんが、形だ
けはできた」なんていいかげんな仕事はしていなかったろう。
195の繰り返しだが、「フネの機能と用兵側の要求」を高いレベルで両立させたというのが藤本
設計の真髄だからこそ、可能性のある技術を(一時的にでなく全面的に)放棄し、用兵側の要求を
切り捨てたままにしてしまった、「平賀氏の方針/やり方」が批判されているんだと思うが。

後、
>法的問題に詳しくないんだけど、ユーザーが設計に口出ししてきて欠陥が発生した
>場合も、そうなの? 純正19インチを17インチのハイグリップラジアル履きたい
>つってフォークごと交換して事故ったらメーカーの責任? それともショップ?
だが、友鶴は竣功後勝手に大砲の増設やらをしたのか?もしそうならば、それを承認した技術者
の責任だろう。
だが、「ユーザーが設計に口出ししてきて」だけなら、それがどんな無茶な要求だったとしても、
受け入れた設計責任者の責任は免れないだろう。むろん、無断で図面をいじって工事した場合は
別だが。
軍艦の設計のことは知らないが、通常は技術責任者が認証していなければ、「物」が製造・製作
されることはない。図面にある「責任者の認証印」にはそれだけの重みと責任があるし、だから
こそ、「平賀不譲」なんてのを押し通す人間も出てくる。

当然、それだけの権限には責任がついてくる。
>バカ? 免れてないべ?
とコメントされた部分は、確かに非常に下手な書き方だった。
遠藤氏の著書への感想・批判と他レスへの感想がごっちゃになっていたのは、申しわけない。
これは遠藤氏が(極論すれば)責任自体ないだろう、と解釈できるような書き方をしていたのを読
んで、「責任は免れない」と書いたまで。(私としては、「予測不能な事象だから、軍法会議は
不相当だが、しばらく設計から外す」という当時の処分は妥当だと考えている。惜しむらくは、
事故とともにそのまま反動の時代になってしまったことだと思う。)
224195:02/01/30 22:27
「平賀譲氏は…」なのに藤本氏のことばかり書いているのもなんなんで。

平賀設計が、一見きれいに見えるけど、施工性のことまで十分考慮してないため、
造ってみると造船側がえらく苦労したとか、結局図面通りに造れないため、所期
の性能が出なかったりした、という話がありましたね。
(出元は忘れたが、あるいは遠藤氏の本だったか。まあ、あちこちで聞く話ですが。)
こういう話を聞くと、「結局は図板の前の天才」だったという評価が正しいのか
も知れないと言うきがします。
今でも、「施工不可能な建築図面」とか「組み立て不能な設計図」なんていう話
はよく聞くし、これに対する「机上教育の弊害」「技術力の低下」という意見を
目にする事が多いです。
しかし、ベテランの筈の設計者がずっとこういう設計を続けていたというのは、
結局は「俺が間違っているのかもしれん」という謙虚な姿勢があるか、それとも
「俺の言う事がなぜわからん、なぜ出来ん」とやってしまうかの違いなのかも知
れない、という気がしますね。
どうも↑のような印象があるんで、平賀氏にはどうもあまり好感が持てないです。
(時には「不譲」が必要なのは事実だけども…。)
225名無し三等兵:02/01/30 23:22
第4艦隊事件は、友鶴事件への対策として平賀のとったバラスト搭載によって
金属疲労の度合が高まったためとする遠藤昭説の妥当性はどうなの?
226名無し三等兵:02/01/30 23:31
>>195
熱心に書いているところ申し訳ないが、2chで、長文で論戦しようと思っても逆効果だぞ。
227名無し三等兵:02/01/30 23:33
その本読んでないけど、造船の専門家がきずかないとは思えない。
228名無し三等兵:02/01/30 23:39
>>226
「大和、アイオワ、バンガード」スレはどうなる?
それとも冒険さんを召還してるの?
229名無し三等兵:02/01/30 23:58
>>222
>友鶴転覆の犠牲者と遺族に向かって同じ台詞を吐けるのか、とカチンときたからああ書いたので
>あり、犠牲を無にするかのような反動的方針を是としているわけではないので、念の為。

遠藤某が書いているのは
「犠牲者が出ているほどの新技術にもかかわらず技術としての実態解明をなさず、
自分の地位の為に政治として利用し、技術としての追求無しで犠牲者の死を無駄にした。」
という主旨である事は、穿った偏読をしなければ理解できるはずだが。
230名無し三等兵:02/01/31 00:20
>>206
大型艦でシフトが本当に有効かどうかはかなり怪しいけどね。

>>209
中央隔壁が無いと言う事は、左舷からでも右舷からでもたった一発であぼーん。(笑)
前後二組なら二発で完璧お終い。(大笑)
231195:02/01/31 00:22
>229
「操艦ミスうんぬん」の、藤本氏個人の責任に関わる話と続けて書いてあったのでなければ、
そういう趣旨だろうということで納得できていたんだが。
まあ、これは考え方、感じ方の問題だと思っているんで、 229がおかしいと感じた事に異論
を唱えるつもりはない。
あくまでも、「私にはああ読めた」という感想だとご理解頂きたい。
232195:02/01/31 00:32
>226
確かに仰る通り。(苦笑
文章が下手なのか、ついつい長くなっていくんですよ。
書いてる人間の頭が悪いんですな、きっと。(苦笑
233名無し三等兵:02/01/31 00:50
>>231
どうしてそういう曲解ができるか不思議だね〜〜〜。
234名無し三等兵:02/01/31 00:55

戦艦
大和・武蔵・長門・陸奥・比叡・霧島・山城・扶桑・榛名・金剛・伊勢・日向
航空母艦
瑞鶴・赤城・信濃・翔鶴・大鳳・隼鷹・飛龍・天城・雪龍・大鷹・沖鷹・葛城・祥鳳・瑞風・瑞鳳
千歳・千代田・龍鳳・海雁・龍穣
巡洋艦
高雄・鈴谷・愛宕・利根・鳥海・青葉・古鷹・衣笠・加古・妙高・那智・羽黒・足柄・最上・天龍
熊野・阿賀野・矢矧・球磨・多摩・木曽・夕張・名取・鬼怒・長良・五十鈴・阿武隈・龍田・摩耶
大淀・神通・天龍 
施設巡洋艦
能代丸・八幡丸・新田丸・浮島丸・愛国丸・報国丸・金剛丸・栗田丸・盤谷丸・清澄丸・西貢丸・金龍丸
赤城丸・護国丸・金城山丸・浅香丸
駆逐艦
吹雪・白露・春雨・綾波・島風・初雪・敷波・暁・響・松・桜・陽炎・照月・有明・不知火・初春
雪風・初霜・秋月・初月・冬月・春月・宵月・涼月・夕雲・朝潮・峰雪・秋霜・荒潮・早波・睦月
三日月・若竹・朝潮・満潮・神風・夕風・夕凪・樅・夕張・子之日
潜水艦
伊-16・伊-33・伊-58・伊-14・伊-15・伊-401・伊-13・伊-171・伊-361・伊-68・伊-1-6
伊-400・伊-370・伊-56・伊-1・伊-6・呂-35・海大-3・蛟龍
水上機母艦
日進・君川丸・相良丸
潜水母艦
長鯨・迅鯨・大鯨
海防艦
択捉・鵜来型・丁・丙・占守・国後・八丈・石垣・壱岐・対馬・六連・隠岐・笠戸・干珠・満珠・御蔵
倉橋・四阪屋・日振・大東・昭南・三宅・屋代・久保高・竹生・栗国・新南・淡路・千振・稲木・生野
伊磨・神津・目斗・能美・草垣・天草・松輪・佐渡・波太・平戸・若宮・久賀・羽節・男鹿・金輪・生名
工作艦
明石
駆潜艇
1号駆潜艇・2号駆潜艇・3号駆潜艇・4号駆潜艇・5号駆潜艇・6号駆潜艇・7号駆潜艇・8号駆潜艇
9号駆潜艇・10号駆潜艇・11号駆潜艇・12号駆潜艇・13号駆潜艇・14号駆潜艇・15号駆潜艇
16号駆潜艇・17号駆潜艇・18号駆潜艇・19号駆潜艇・20号駆潜艇・21号駆潜艇・22号駆潜艇
23号駆潜艇・24号駆潜艇・25号駆潜艇・26号駆潜艇・27号駆潜艇
掃海艇
19号掃海艇
施設艇
平島
輸送艦
一等輸送艦・二等輸送艦・能登丸
水雷艇
千鳥・鴻・初雁・雉
雷装艇
大井・北上
飛行艇母艦
秋津州
給糧艦
伊良湖・間宮・野崎・早崎・白崎・荒崎
給油艦
知床・襟裳
病院船
氷川丸・高砂丸・朝日丸・波上丸・橘丸・亜米利加丸
標的艦
矢風・波勝・摂津
測量艦
勝力・筑紫


        
235名無し三等兵:02/01/31 00:56
 
戦艦
大和・武蔵・長門・陸奥・比叡・霧島・山城・扶桑・榛名・金剛・伊勢・日向
航空母艦
瑞鶴・赤城・信濃・翔鶴・大鳳・隼鷹・飛龍・天城・雪龍・大鷹・沖鷹・葛城・祥鳳・瑞風・瑞鳳
千歳・千代田・龍鳳・海雁・龍穣
巡洋艦
高雄・鈴谷・愛宕・利根・鳥海・青葉・古鷹・衣笠・加古・妙高・那智・羽黒・足柄・最上・天龍
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236>235:02/01/31 01:09
戦艦
大和・武蔵・長門・陸奥・比叡・霧島・山城・扶桑・榛名・金剛・伊勢・日向
航空母艦
瑞鶴・赤城・信濃・翔鶴・大鳳・隼鷹・飛龍・天城・雪龍・大鷹・沖鷹・葛城・祥鳳・瑞風・瑞鳳
千歳・千代田・龍鳳・龍穣
巡洋艦
高雄・鈴谷・愛宕・利根・鳥海・青葉・古鷹・衣笠・加古・妙高・那智・羽黒・足柄・最上・天龍
熊野・阿賀野・矢矧・球磨・多摩・木曽・夕張・名取・鬼怒・長良・五十鈴・阿武隈・龍田・摩耶
大淀・神通・天龍 
施設巡洋艦
能代丸・八幡丸・新田丸・浮島丸・愛国丸・報国丸・金剛丸・栗田丸・盤谷丸・清澄丸・西貢丸・金龍丸
赤城丸・護国丸・金城山丸・浅香丸
駆逐艦
吹雪・白露・春雨・綾波・島風・初雪・敷波・暁・響・松・桜・陽炎・照月・有明・不知火・初春
雪風・初霜・秋月・初月・冬月・春月・宵月・涼月・夕雲・朝潮・峰雪・秋霜・荒潮・早波・睦月
三日月・若竹・朝潮・満潮・神風・夕風・夕凪・樅・夕張・子之日・桑
潜水艦
伊-16・伊-33・伊-58・伊-14・伊-15・伊-401・伊-13・伊-171・伊-361・伊-68・伊-1-6
伊-400・伊-370・伊-56・伊-1・伊-6・呂-35・海大-3・蛟龍
水上機母艦
日進・君川丸・相良丸
潜水母艦
長鯨・迅鯨・大鯨
海防艦
択捉・鵜来型・丁・丙・占守・国後・八丈・石垣・壱岐・対馬・六連・隠岐・笠戸・干珠・満珠・御蔵
倉橋・四阪屋・日振・大東・昭南・三宅・屋代・久保高・竹生・栗国・新南・淡路・千振・稲木・生野
伊磨・神津・目斗・能美・草垣・天草・松輪・佐渡・波太・平戸・若宮・久賀・羽節・男鹿・金輪・生名
工作艦
明石
駆潜艇
1号駆潜艇・2号駆潜艇・3号駆潜艇・4号駆潜艇・5号駆潜艇・6号駆潜艇・7号駆潜艇・8号駆潜艇
9号駆潜艇・10号駆潜艇・11号駆潜艇・12号駆潜艇・13号駆潜艇・14号駆潜艇・15号駆潜艇
16号駆潜艇・17号駆潜艇・18号駆潜艇・19号駆潜艇・20号駆潜艇・21号駆潜艇・22号駆潜艇
23号駆潜艇・24号駆潜艇・25号駆潜艇・26号駆潜艇・27号駆潜艇
掃海艇
19号掃海艇
施設艇
平島
輸送艦
一等輸送艦・二等輸送艦・能登丸
水雷艇
千鳥・鴻・初雁・雉
雷装艇
大井・北上
飛行艇母艦
秋津州
給糧艦
伊良湖・間宮・野崎・早崎・白崎・荒崎
給油艦
知床・襟裳
病院船
氷川丸・高砂丸・朝日丸・波上丸・橘丸・亜米利加丸
標的艦
矢風・波勝・摂津
測量艦
勝力・筑紫
237名無し三等兵:02/01/31 01:17
230は禁治産者、234も235も禁治産者。
238名無し三等兵:02/01/31 01:20
>>230のいうことなら正しいと思うよ。
実際大型艦でシフト配置ではない防御で随分行動力を失わなかったものがたくさんあるしね。
239真珠湾太郎:02/01/31 01:21
我が帝国海軍は、世界のどの海軍よりも強力であった。

帝国海軍に太刀打ち出来る海軍は存在しない。
240真珠湾太郎:02/01/31 01:24
優秀な帝国海軍の艦艇を設計した平賀氏は尊敬に値するものである。
241名無し三等兵:02/01/31 01:27
大陸打通作戦は大失敗の愚作の極致だあった!
242名無し三等兵:02/01/31 01:28
>241
成功してるじゃん。>大陸打通作戦
243名無し三等兵:02/01/31 01:31
>>242
>>239-240が大陸打通太郎だから煽ったんだよ。(w
244真珠湾太郎:02/01/31 01:40
帝国陸軍は装備貧弱な軍隊であった。それに対し、我が帝国海軍は装備優良。
世界のどの海軍にも負けない実力があった。
帝国海軍が世界三大海軍と呼ばれる理由はここにある。
245真珠湾太郎:02/01/31 01:41
>241
帝国陸軍は中国軍を打通したと言って喜んでいるが、帝国海軍は緒戦で大陸打通作戦
をも遥かに上回る大事業をやってのけた。
246真珠湾太郎:02/01/31 01:49
大和級の戦艦を建造することなど、米帝には不可能。
その点でも、我が大日本帝国の造船技術は世界に誇れるものである。

ところで、私を大陸打通太郎だと言う者がいるが、根拠もなく決め付けるのは
止めて頂きたい。
247名無し三等兵:02/01/31 01:53
>>246
>ところで、私を大陸打通太郎だと言う者がいるが、根拠もなく決め付けるのは
>止めて頂きたい。

真珠湾太郎=大陸打通太郎
248名無し三等兵:02/01/31 01:56
>246=大陸打通太郎
249真珠湾太郎:02/01/31 01:58
>247
私のHNは大陸打通太郎に対抗して名づけたものだ。
しかし私は打通太郎とは別人であり、また帝国陸軍にも興味はない。
私は常に帝国海軍オンリーだ。

250真珠湾太郎:02/01/31 02:04
帝国陸軍の戦車を誉めろと言われても、何処を誉めて良いのか分からないが、
帝国海軍の艦艇を誉めろと言われれば、いくらでも誉められる所はある。
251名無し三等兵:02/01/31 02:05
真珠湾太郎=大陸打通太郎

252真珠湾太郎:02/01/31 02:10
>251
根拠を述べよ。
253名無し三等兵:02/01/31 02:18
>>252
根拠。
真珠湾太郎=大陸打通太郎 だから。

以上。
254真珠湾太郎:02/01/31 02:19
>253
意味不明。
255名無し三等兵:02/01/31 02:23
いいか、真珠湾太郎=大陸打通太郎、 だから真珠湾太郎=大陸打通太郎なんだ。
これならわかりやすい堕路?



256真珠湾太郎:02/01/31 02:25
>255
正直、面白くない。
257名無し三等兵:02/01/31 02:28
いやいや、こんなに面白いことはないっ!
あーはっはっはっはっはっはっ!
258名無し三等兵:02/01/31 02:33
真珠湾太郎=大陸打通太郎
259名無し三等兵:02/01/31 02:34
真珠湾太郎=大陸打通太郎

こいつはちょっと笑えるぞ
260名無し三等兵:02/01/31 02:38
同一人物というより、大陸打通太郎の海軍バージョンでしょ?>真珠湾太郎
261名無し三等兵:02/01/31 02:42
>>260
同じだと思われ。
262平賀家:02/01/31 02:43
我、爺さん平賀譲のスレッドが有るなんて感謝です。
平賀家を代表しまして御礼申し上げます。
尚、通りすがりの渡世人ですので発言は控えさせて頂きます。
ただ一つだけ、先日も法事が有り親戚一同集まった時に皆で話していた事が
有ります。それは「何で爺さん以外に東大行った奴がいないんだ平賀家は」と
云う事です。(苦笑)

263名無し三等兵:02/01/31 02:46
>>262
あんたの辞意さんがあの戦争を負けに追い込んだんだ!
一族で首を釣れ!!!
国賊めっっっっっっ!!!!!!!!
264真珠湾太郎:02/01/31 02:48
優秀な帝国海軍の艦艇を設計した平賀氏は偉大である。
265名無し三等兵:02/01/31 02:52
真珠湾太郎=大陸打通太郎

266疫病神:02/01/31 02:53
一晩中トリツイテヤル

真珠湾太郎=大陸打通太郎

267名無し三等兵:02/01/31 02:55
>>262
平賀謙一は東京帝大工学部だろ?
268真珠湾太郎:02/01/31 02:58
皇軍の緒戦の輝かしい功績は、帝国海軍なくしては語れない。
その帝国海軍の艦艇を設計した平賀氏は偉大だ・・・。
269疫病神:02/01/31 03:09
>>268
いや、あいつのせいで大和のガダル突入が不可能になったる
270名無し三等兵:02/01/31 03:26
戦争中平賀氏の構想で個々の戦闘に勝利しえたものって何がある?
逆に藤本的発想でいっていれば変わったはずと言える戦闘がいくつある?

まぁ、逃げ道ばかりこしらえたがる195にはむだな論議だ。
お前みたいな奴はレスしなくてよし。一言も返すな。
271名無し三等兵:02/01/31 03:41
真珠湾太郎=大陸打通太郎

これ最高
272名無し三等兵:02/01/31 04:21
天才というより天災だな、平賀は。
天才を感じるのは箱型船型を見出した藤本だな。
平賀にはそういう所が無いからな。
273名無し三等兵:02/01/31 14:53
>>1
です.なにげな思いつきで立てたスレなのにすごい盛り上がりですな。
私も非常に勉強になります。(ただ真珠湾太郎氏だけは正直うざいですが・・・)
まあ2ちゃんということでマタ〜リとした議論これからも期待してます。
274yt001:02/02/01 21:37
>全員
温故知新(、、古臭い?)、の平賀、
新型嗜好(海千山千?)、の藤本。

どっちも、向き不向きがはっきりしていた人材だった。
(例。平賀、、巡洋艦むき?。藤本、、駆逐艦むき?。)
 不毛争いを煽った当時連中こそ、
 電話線で首釣って氏ぬべきだったと俺は思うが。
275名無し三等兵:02/02/01 21:47
大和のディーゼル問題に関しては、保守派を納得させられるだけの高性能高信頼性舶用ディーゼルの完成が間に合わなかった
造機部の責任。大鯨で見せた電気溶接のお粗末、大型ディーゼルの実用の難しさを見れば、だれが見ても当たり前の方針を大和設計で
実行した平賀が正しい。
276名無し三等兵:02/02/02 02:02
何もないところから画期的な新技術が涌いて出たらびっくりだな。

ディーゼルも電気溶接も「自分の知らない技術>口が出せない>芽を摘む」
であぼーんされた。
277名無し三等兵:02/02/02 02:39
>>275
溶接は大和で実施しなかったという以前の問題。
平賀は研究すら後退させてしまった責任は大きい。
278名無し三等兵:02/02/02 02:54
>>275
>大鯨で見せた電気溶接のお粗末

具体的に何が失敗だったか知りもせんのだろうな、この手のDQNちゃんは。(藁
279名無し三等兵:02/02/02 03:08
藤本が左遷されてなければディーゼルは実用化したのかい?
280名無し三等兵:02/02/02 03:16
そのつもりで藤本は準備していた。
というか、間接防御・溶接・ディーゼル・水上爆撃機・・・
全ては新戦艦建造の為の戦略的技術開発行政。
さらにその先にあるのが対米戦略抑止戦備。

注文が無いと何も出来ないのが平賀。
注文されたスペックだけはこなす、だけしかこなせないのが平賀。
貧乏国日本には国力の効率的利用と戦略的開発指導がひつようなのに、
目の前の仕様書だけでしか考えられないのが平賀。
281名無し三等兵:02/02/02 03:25
>>280
注文に対して忠実に実行していてくれれば、その限りにおいては平賀もまあまあかなとは思うね。
問題はその注文に対してすら技術的に不可能などと拒否権を確立してしまって、
将来を何も考えない下請け屋に艦政本部を成り下げてしまったことだろうな。
282名無し三等兵:02/02/02 04:22
>>280
オレ別に平賀派でも藤本派でもないが、遠藤大先生を安易に信じるのはどうかと
思うぞ。先生の素晴らしさは、サンケイの「大和」を一読するとご理解いただけ
るかと。

つか、藤本が船体をどう用意しようが、造機部が出来なきゃ動力はどうしょうも
ないよ。まぁ、その点、大砲も同じで実際、20インチ砲は断られてるけど。
ちなみにその際の造兵関係者のお言葉「あんたらはブリキ船つくってりゃ良いけ
ど、こっちはそうはいかないんだよ」
283名無し三等兵:02/02/02 04:26
本当に造機ができないといったかどうかが甚だ怪しいらしいね。
圧力でそういう方向に持っていかされたらしいよ。
事実大和用に開発されたディーゼルは快調だったというし。
284名無し三等兵:02/02/03 17:34
平賀譲の正統継承者、福田啓二を論議する奴はうないのか?
285名無し三等兵:02/02/03 17:36
>>284
うないのか?て・・・・。
286名無し三等兵:02/02/03 17:49
>本当に造機ができないといったかどうかが甚だ怪しいらしいね。

色んな船で航続距離が設計値より長く出てしまう体質を考えると、造機
の方も平賀以上の保守的性格だったんじゃないか。
287名無し三等兵:02/02/03 17:51
船体の設計が1トン削るのに身も心もボロボロにしていたのと対照的だな。
288名無し三等兵:02/02/03 17:56
大和が設計値6,000海里に対して、完成してみたら10,000海里を越えて
たというのはかなり異常だな。「第四艦隊事件」後の平賀がバラストで
対応したのを非難する資格はないね。
289名無し三等兵:02/02/03 17:58
>設計値6,000海里

勘違いでした7,200海里です。
290名無し三等兵:02/02/03 18:50
>非難する資格はないね。

諌めるやつなんて誰もいない状態だったからな。
195の脳内平賀ならカンペキな仕事をしたのだろが。
291名無し三等兵:02/02/03 19:12
良くも悪くも平賀、藤本は表面に出てくるけど造機の方もアメリカを除くと、
かなりレベルの高い物造ってるのに語られること無いな。航続距離も長くて良
かった見たいな書き方してる本が多いけど、何でだと追求する人いないね。
292名無し三等兵:02/02/03 22:54
だって、別に宣伝しなくても戦後食うに困らなかったもの、造機関係者。
船体屋は自己宣伝しないとアレだったけど。
293名無し三等兵:02/02/04 16:13
本人達の自己宣伝じゃなくて兵器としての評価が少ないという意味で。
294名無し三等兵:02/02/05 04:00
>>293
アメリカの艦艇ってのはトップヘビーと強度不足で沈没艦だして、
委員会まで作られているんだけどね。
295名無し三等兵:02/02/05 08:47
感じるんだが平賀はレーダーシップが有り過ぎて嫌われ、藤本と牧野はその辺
りが日本的で用兵者や造機に妥協しすぎた。
296名無し三等兵:02/02/05 14:56
>>295
レーダーシップ・・・
297295:02/02/05 14:58
本当だ、すいません。
298名無し三等兵:02/02/05 15:18
>>295
いや、結構輝いて見える!
299名無し三等兵:02/02/05 15:20
>>298
ありがとう!
300名無し三等兵:02/02/05 15:21
300
301名無し三等兵:02/02/05 20:48
>レーダーシップ・・・

これ、いいなぁ、
ピケット艦なんてポケモンみたいな名前よりこっちの方がよっぽどかっこいいぞ!
302名無し三等兵:02/02/08 01:18
age
303名無し三等兵:02/02/08 01:19
ピチケットモンスター☆ミ
304名無し三等兵:02/02/08 01:40
満載排水量15,000トンの空母型船型に、鬼の様にレーダーアンテナ立ててる、と…>ピケットモンスター
305名無し三等兵:02/02/13 10:15
日本近海の台風被害
ハルゼー提督のアメリカ第三艦隊が、昭和19年12月18日
ルソン島東方500カイリ付近で駆逐艦3隻(スペンス、モナガン
ハル)が転覆沈没、改装空母5隻(モンテレイ、サンジャシント
カウペンス、カボット、ラングレー)、重巡2隻(マイアミ
ボルチモア)護衛空母3隻(ケープエスペランス、アンジオ、
オルタマハ)駆逐艦8隻が大損傷ほかに飛行機損失146機
死者790名、重傷80余名と言う重大な被害をうけた。

また昭和20年6月5日第三艦隊は沖縄沖で台風におそわれ
戦艦4隻(マサチューセッツ、アラバマ、インディアナ
ミズーリ)空母2隻(ホーネット、ベニントン)改装空母2隻
護衛空母4隻、重巡3隻、軽巡4隻、駆逐艦14隻、雑船12隻に
大小の被害をうけた。
とくに重巡ピッツバーグの艦首が切断されたのは、拡大された
第四艦隊のアメリカ版であった。
306名無し三等兵:02/02/15 00:02
>305
そ〜なんだよなあ。ちゃんと神風吹いたんだよなあ。
聯合艦隊の攻撃より戦果あったんだよなあ。
なんで負けたんじゃろなあ。
307名無し三等兵:02/02/20 21:27
クソ平賀叩きの為にもageるぞゴルァ!
308名無し三等兵:02/02/27 18:09
>>306
吹いても既に日本はボロボロ。
309名無し三等兵:02/02/27 18:41
うちのじいさんは石川島播磨に造船技師として勤めてた。(去年あの世に逝かれたが)
そのじいさんがYJの『栄光なき天才たち』で平賀が主人公になってたやつを見た時
とき(俺が集めてたんだよそのマンガ・・・)いきなりその本をビリビリに破いたんだよ!
文句言おうにもじいちゃんものすごい顔で(普段は優しい人なのに・・・)
ばあさんの話だとじいさんは潜水艦に戦中から携わっていたが、そこで嫌な目に会ったとだけ教えてくれた。
310名無し三等兵:02/03/03 06:30
ははあ、潜水艦か。溶接がもろに効いてくる艦種だね。
なんて言うか、気持ちは実に判る。

用兵が技術のいうことに耳を貸さないってのも問題だけど、
平賀あたりまで突きぬけてしまうとなんともはや。
用兵と兵備の乖離(相互交流の停滞)を招いた点で、やっぱり影響は大きかったかな
とおもいますです。
311名無し三等兵:02/03/03 15:52
潜水艦の設計は、平がは全く関係ない。
ほとんど無知。
312名無し三等兵:02/03/03 16:01
溶接工法の天敵、という点では無関係どころではないのでは(笑
313名無し三等兵:02/03/03 16:49
結局「帝大総長」みたいな職がお似合だった人なんだよ。あんまり実務に携わらせのはねぇ・・

314313:02/03/03 16:51
>あんまり実務に携わらせのはねぇ・・
        ↓
あんまり実務に携わらせるのはねぇ・・

失礼!
315名無し三等兵:02/03/03 17:05
平賀:「現場に相談も無く何でも自分で決めやがって!お前のパフォー
マンスの為に働いてるんじゃない」と部下に言われる上司。

藤本:「上の言う事に何でもハイハイ言いやがって!出来ない事は出来
ないと上に言うのが管理職だろうが、イエスマン野郎が」と部下に言わ
れる上司。
316名無し三等兵:02/03/03 19:15
>312
潜水艦は平賀と無関係に溶接を使ってるよ。
潜水艦への溶接の導入は、工期短縮とかとはあんまり関係ないから。
309のお祖父さんは、先輩や上司から間接的に平賀氏の溶接技術への干渉を聞いた
のではないかと推測してみる。
317名無し三等兵:02/03/03 19:48
>316
そんな生易しいこったなら、平賀礼賛漫画の載っている雑誌をひっちゃぶるなんて真似はしないと思われ(藁
318名無し三等兵:02/03/03 20:07
海外(特にイギリスの)での平賀の評価の高さは
英国情報部の謀略だった可能性がある。と前の方
のレスにあったが、信憑性が高いな。ここのスレ読んでいくと。
319名無し三等兵:02/03/03 20:15
>>309です。
俺も疑問に思うので近いうちにじいさんの遺品の日記を
ばあさんに見せて貰うつもりだよ。
ただ確かにじいさんの担当は潜水艦の船殻部門だと言う事は
よくじいさんから聞かされてた。
320>318:02/03/03 20:15
ドイツに勝ちたかったらゲーリングの権勢を後押ししてやれ!
みたいな物?(笑
321名無し三等兵:02/03/03 20:38
>>320
まあ海外の評価に弱いからな日本は。
すぐに国際的な評価を得た・・・・になるだろ。
322名無し三等兵:02/03/03 20:43
溶接技術の進歩は基礎技術によるものであって平賀個人は関係ないよ。大和他
で採用するかどうかは関与しただろうけど。
323名無し三等兵:02/03/03 20:47
>322
のはずなんだが、平賀は溶接の採用どころか研究推進にまで口を出しているんだよ。
当然、進める方向じゃなくて押しとどめる方向でね。
324名無し三等兵:02/03/03 20:55
そうなのか?しかし潜水艦の建造に溶接技術が重要なのは当時から自明
の理だったし、大型艦で言えば蒼龍、最上の失敗後飛龍が鋲打に戻って
その次が大和だから猜疑心を持っても不思議ではないと思うが。平賀が
どんなに騒ぎ立てても、潜水艦部門の研究や民間における進歩は止めら
れないと思うが。どちらにしても海軍は自己の組織に相当問題を抱えて
いたんだろうな。
325名無し三等兵:02/03/03 21:08
>324
いや、本当に理性的に考えたらそうなるはずなんだが、
ところが平賀は艦政本部における溶接研究を一時期
ストップさせてしまっているんだよ。
で、構造材への溶接採用を完全にストップさせて、水密
区画への使用すら制限している。潜水艦も内殻すら鋲接
でつくる羽目になったのは、これのせいだとは、当時の
潜水艦技術者が婉曲に批判しているのを読んだ記憶が
ある。
信じられないが、平賀は本当に日本の建艦技術を5年は
押しとどめる事をやらかしたんだ。
326名無し三等兵:02/03/03 21:11
>>325
成る程、しかも誰もそれを止められなかったのか。
327名無し三等兵:02/03/03 21:17
>326
あの当時、八八艦隊計画で戦艦設計を担当した、という最古参の技官で、
しかも友鶴事件と第四艦隊事件を(素人目には)鮮やかに解決してみせた、
って経歴と実績を元に、艦政本部内ですごい派閥を持っていたそうだ。
だから、それこそ平賀が気に食わない技官、例えば江崎岩吉氏なんかは、
敗戦直前の昭和19年くらいまで冷や飯を喰わされていたしね。
ちなみに、江崎岩吉氏は藤本喜久雄氏の愛弟子で、平賀が藤本氏を
それこ粘着ヒッキーなまでに嫌って嫌がらせをしまくっていたのは、海軍
内じゃ知らない人がいない事実だったそうだ。
328戦艦乞食:02/03/03 21:39
過去に何人の方も言ってるけど、平賀譲氏の
後ろ盾は軍令部総長伏見宮博恭王。
宮様で軍令部総長にして元帥閣下・・・
誰か逆らえますか?
329名無し三等兵:02/03/03 22:28
平賀はゴミで屑の保守的カス造船家で
藤本はそれに潰された天才というのがこのスレの結論だな。
330名無し三等兵:02/03/04 00:24
藤本の「NO」と言えない性格もお断りだな。
331名無し三等兵:02/03/04 02:07
1970年になるまで、彼の特型駆逐艦で実施した船型に蓋をした平賀はだめだめ。
藤本は出来ない事は出来ない、と突っぱねていたし、
技術的に出来ると考えた事には躊躇無く挑戦していった。
新技術の発展はこの姿勢をのみ是とする。
>>330は馬鹿、チョン、あほう、まぬけ、くず、かす、ふぬけ、DQN・・・
他に地上で考えられるすべての罵詈雑言が当てはまる。


332名無し三等兵:02/03/04 20:42
>325
日本の潜水艦がくそやかましいってのは、
その鋲接構造にも理由の一端があるのでしょうか?
333レオパルド ◆SwXOGd5U :02/03/04 23:34
333ゲット
334名無し三等兵:02/03/05 01:08
329の前半は知らんが、後半は首肯できんな。「藤本理論」なり「藤本方針」
ならわかるが。
自分の設計したものが原因であれだけの死人を出しておいて、主任技術者が
無傷という事はあり得ない。
有名な旧タコマ橋なんて、人は死んでないが、設計者はキャリアに大きな傷
をうけてるし、もし人が死んでいたら、カムバックなど考えられない。

それにしても、考えるほどにモイセイフと図式は似ているな。
新しい設計理論を引っさげ、従来の設計の限界を打ち破ったものを生み出し
たものの、思わぬところに技術上の落とし穴があった、と。
二人とも、事故を起こしたのは新設計での最初の作品ではなく、確認しつつ
適用を進めていたはずが、違う所での限界を越えていた点も同じ。

違うのは、事故の後始末がすんだ後での、周囲の長期的な対応だと思う。
原因を究明し対策をたてた上で、有用な理論を生かす努力をするか、それと
も、あっさりと捨て去ってしまうかの違いは、あまりにも大きい。
335名無し三等兵:02/03/05 01:19
平賀を賛美する気なんか全然無いけど、藤本もあの「遠藤昭」が擁護してる点が
なんか嫌。
336名無し三等兵:02/03/09 21:25
>>309
です。じいさんの日記から・・・・
溶接乞食のたぐいの意見はうんぬん・・・・
発言者は某技官とだけ記されてる。平賀?
337名無し三等兵:02/03/10 13:23
やはり天才「設計者」は難しいだろう。
物が大きくなればどうしても一人の力では設計しきることが出来ないのでは?
それにしても平賀にせよ藤本にせよ、「天才」なのかな。
日本海軍伝説のひとつで、優れていはいても他国の設計者と隔絶していたとは思えないが。
近海で、迎撃撃滅戦に使う(条約違反の)、国民批判の無い軍の、軍艦設計という特別の条件下での「天才」では?
338名無し三等兵:02/03/10 23:49
日本の軍艦の場合は造船官の名前がよく出てくるけど、アメリカの場合はそう言う話が
俎上に上る事は少ないですね。
これは単に日本にまでアメリカの造船官の話が伝わっていないだけなのか、それとも設計部門の
体制が日本と異なるからでしょうか?
339名無し三等兵:02/03/12 01:40
>>338
軍が要求仕様だけ作って、後はメーカー主導だったりして。
航空機みたいな作り方だが、案外アメリカっぽいかも?

実際、日本海軍でも「占守」級みたいな小型艦艇にはこう言う作り方の艦がいたし。
340338:02/03/12 07:59
>>339
じっくり調べてみると面白い題材かも知れませんね
341名無し三等兵:02/03/12 12:52
気象制御をする神風コントロール艦が欲しかった
342第五艦隊:02/03/12 13:20
平賀譲の天才神話は,昭和初期(ひとけた台or大正デモクラシー)に当時のマスコミに

よって広められたもの.(昭和10年代に映画も公開されているから)

まず,巡洋艦「夕張」と「古鷹」が,ジェーン海軍年鑑によって評価されたことからはじまる.

福井静夫,堀元美らの造船官による戦後(大東亜戦争)の資料公開の評価

できれば,実際に乗艦した人の評価による情報が欲しい
(といっても,生存しているとしても80歳をこえているので.....)

(1)夕張はなぜ1隻だけなのか,さらに乗り組み員の評価は,

(2)海軍の評価,実際の運用

英国で有名な造船技官「平賀譲」は,日本ではどんな評価をされていたのか?

いまはなき,日本海軍の軍艦を例に評価するべきでは,ないのかな!!


343名無し三等兵:02/03/12 23:06
>>341
神風はちゃんと吹いたんだがそれでも駄目ダターヨ
344名無し三等兵:02/03/13 04:08
ttp://www.j-aircraft.com/faq/naval_books.htm から。
"Axis Battleships of WW Two"という本の書評。

>個人的に、私は、13番、最高の大和、平賀およびFujimoto設計のような
>異常な日本の戦艦のその多くの絵画およびB-65巡洋戦艦が好きです。

…余計なお世話だ馬鹿野郎。
345戦艦乞食:02/03/13 04:51
>>342 第五艦隊さん
福井静夫さんらは平賀万歳時代に育った造船官ですから
公平な判断を彼らに仰ぐのは無理じゃないでしょうか?
特に福井さんの著作物で平賀氏を批判したものは読んだ
覚えがありません。
その点もう少し上の世代の牧野茂さんは平賀の愛弟子で
したが、晩年間近の「日米戦艦比較論」ではほんの少し
の平賀批判と藤本氏を肯定する意見を書いていらっしゃ
いました。彼の立場から言って精一杯の告白だったよう
な気がします。

346戦艦乞食:02/03/13 05:18
>>342
日本では軽巡を水雷戦隊旗艦として運用する方針なの
に夕張には戦隊司令部を設置する余裕がありませんで
した。
平賀批判の一つ、きめ細かすぎる施工要求のせいで重
量が一割も超過し速力低下、航続距離は計画値の7割
をきり旧式艦天竜の7割未満になってしまいました。
もちろん後年における改装による性能向上のための
余裕も全く無かったのです。

イギリスはジェーン軍艦年鑑で大絶賛、これを受け
諸外国(小国)でも同様な設計艦が増えました。
しかしてイギリスの真意は
1.遠方から見てシルエットだけで進行方向が判別可能
2.上部構造物が集中されていて格好の標的面積
で、かかる軍艦が他国に増えれば戦闘時に
対処しやすくなると言う認識でした。

その後もイギリスは平賀を最大限利用し、英国造船
学会からの金杯授与、失敗作戦艦ネルソンの設計図
を「友情の証」として平賀にコピーさせその後の日
本戦艦設計方針を決定付けました。
金剛代艦平賀私案はもとより、金剛代艦艦政本部案
(藤本案)、後年の大和に到るまでネルソンの影響
が大きく影を落としています。過大な装甲集中防御
による非常に偏った設計がそれです。
347アルザス:02/03/13 13:53
>346
>失敗作戦艦ネルソンの設計図
>過大な装甲集中防御による
>非常に偏った設計がそれです
 ネルソンも金剛級代艦も大和級も、「制限下での最大限の能力を引き出す」設計で
失敗作ではないと思うよ?
 
348戦艦乞食:02/03/13 14:30
>>347 アルザスさん
失敗作は言い過ぎでしたね。
とは言え、ネルソンの場合はあの後英国が同じ形式を二度と
採用どころか検討もしなかった所を見ると失敗作と思っていた
のは確かではないでしょうか?
「制限下での最大限の能力を引き出す」にはかなり有効な方法
であったにも関わらず・・・
爆風問題、射界制限、傾斜式装甲の是非などネルソンは重量
軽減と言う意味においては大成功でしたが欠点が多過ぎました。

もちろんこれは艦首砲塔集中形式の敗北を意味しません。
リシュリューや利根などの成功作が立派に存在するのですから。

金剛代艦藤本案は詳細が残されていないので勇み足でした。
しかし平賀私案は失敗作と断じて良いかと思われます。
大和の弱点はここから発生したものですから弁解の余地
はありません。大和は多数の関係者の手を経たために、金剛
代艦平賀私案よりずっとマトモな戦艦として完成されたのが救
いでした。

共にフランス海軍を愛する大先輩に非常に失礼な発言
すみませんでした。

349アルザス:02/03/13 14:49
>戦艦乞食さん
>非常に失礼な発言すみませんでした。
 いえいえ、こちらこそスレROMの分際で出すぎた感が有りましたので
350戦艦乞食:02/03/13 14:56
>>349 アルザスさん
もったいないお言葉!
どこかでリシュリューのお話など是非とも
お聞きしたいくらいです。

スレ違いの話ですが、リシュリューは欠点も含め
私の最愛の戦艦なのです。
私が兵器の欠点を指摘しようが、そんな不憫な所
も含め好きだったりするのです・・・
351アルザス:02/03/13 15:39
>戦艦乞食さん
>スレ違いの話ですが、リシュリューは欠点も含め
>私の最愛の戦艦なのです。
>私が兵器の欠点を指摘しようが、そんな不憫な所
>も含め好きだったりするのです・・・
 私も、戦艦やメカは「欠点を把握して、それから好きになる」という変わった嗜好
を持っているため、私に好かれる戦艦は何かしら欠点を持っているわけです。
(だから「大和」「ビスマルク」「V・ヴェネト」「ガングート」)
 戦果では乏しいにしても、フランス戦艦は周辺各国への良いスパイスであったと私は思います。
352戦艦乞食:02/03/13 16:05
>>351 アルザスさん
おお、御同様のお考えだったとは!

日本は三景艦で仏式に見切りを付けてしまったのが
なんとも・・・
ただ世界に先駆けて巨砲を搭載すると言う日本海軍
の主方針はここに淵源があると言うべきで、エミール
・ベルタンには敬意を表すべきです。
沿岸防御志向の仏式が主流となっていたら、米海軍
との衝突は無かったかもしれないですし(飛躍し過ぎ)

とにかくアイデアでは各時代ともに仏式はかなり先端
をいっていたと思います。
353名無し三等兵:02/03/14 06:16
茶々入れるようでスマンが、連中にそれを使いこなすだけの技量があったのかな。
いや、別にフランス海軍を見下してるわけじゃなく、何かしらの新機軸ってのは
どこでも習熟には時間がかかるものだから、危急の戦争に備えた戦備という点では
ちょっとずれてる気がする(ナチスドイツみたいなヤヴァイのがいるときにはね)。
特にジョッフル。あれはちょっと。
激しく好きなフネ(お尻についたクレーンがイカス!)だが、
あの時代の普通のパイロットにはかなり面倒な着艦方法じゃないだろうか。
いろいろ利点もあるけど、飛行甲板が短いのもつらいと思うし。

こういうわけで新技術と「使える」戦備のバランスってのはどこでも苦労してるな、
としみじみ思ったりするのです。
354第五艦隊:02/03/14 13:26
◎すいません,平賀譲さんにこだわっています.

彼は新しい技術の導入には,あまり前向きではなかったようです.

 ア)溶接の導入には,第四艦隊事件の対策で艦艇への使用を限定したこと.

 イ)艦船用ディーゼルエンジンの可能性についても否定的だったこと.

あまりに,クラッシクな既存技術に依拠したことと,技術者として考えると

これでは,頑固な部長ポストの管理職の役割を果たしていたといえるでしょう.

(戦後でいえば,本田宗一郎の空冷エンジンに対するこだわりに近いような)

夕張にしても,艦船用タービンの小型化に関して,

日本が恵まれた時期に(英仏伊米は従来の改造だからスペースにゆとりがある)

●というわけで,

新しく艦艇を設計したため無駄のない機関配置と船体を構成できたのではないかと....

日本海軍が自力で艦艇を設計して造る能力を持ったのは,

大正年代の後半のようです.(海軍工廠と民間造船所の技術レベル)

つまり,夕張→古鷹→吹雪級駆逐艦→妙高→高雄

の順に昭和初期に完成しています.

軍艦の設計者はどの程度の詳細設計をしているのか?

造船所に渡す図面に工法の指示はどの程度あれば,

異なる造船所に発注しても,同じ艦艇ができあがるのか

基本設計と実際の加工現場の実力は,このころどのような

レベルにあったかということに関心があります.

平賀天才伝説は,どこからでてきたのか,

確立しているものに,疑問を提示してみようということです.
355戦艦乞食:02/03/15 17:54
>>353さん
いや、反論の余地があまりありません・・・
個々のアイデアはおもしろいのですが
やはり陸軍国、運用するノウハウでは他国に
劣っていた事認めざる負えません・・・(泣)

>>354 第五艦隊さん
脱線して申し訳ありません、アルザスさんと初対面
だったのでちょっと舞い上がってしまいました・・・

貴方の仰る方向で話を進めるべきですね。
ただ、戦後の建艦史は一部を除いて、こぞって平賀
氏に肩入れしていますし。第一、平賀氏にとって都合
の悪い資料は彼が権力握った時点でほとんど焼却
処分されているようですから難しい話です・・・
356名無し三等兵:02/03/22 18:59
age
357名無し三等兵 :02/03/22 20:32
サクラ大戦に出てくるロボット兵士は平賀氏が設計したものです。
358名無し三等兵:02/03/22 21:48
ソースは?
359名無し三等兵:02/03/22 22:03
戦艦乞食氏がチラと書いているが、平賀のバックには伏見宮がいたんだよね?
還暦過ぎたじーさん連中が雑誌上壮絶なバトルを繰り広げることになった裏には、
戦後生まれの人間には完全には理解しがたい皇族へのタブーがあるように思えて
ならない。

戦史叢書の海軍軍戦備1に掲載されている丸二計画辺りの軍令部側の原案を見てみれば、
その後に「何か」があったことは明白に思える。
そして、その「何か」に直結する議論を封殺したかった人間が、戦後たくさんいたように
思えてならない。
遠藤昭氏はその「何か」に触れてしまった。だから、ああいう扱いをされているように
思える。
360戦艦乞食:02/03/22 22:56
>>359
アナタの仰るとおりのようですが・・・
これからはアナタもお気をつけないと。
ほら、アナタの後ろに!!!

まぁ冗談はこの位にして・・・
ネットも2ちゃんも無かったころの「世界の艦船」誌
読者投稿欄はそれはそれは濃い艦船マニアの意見交換
の場だったようです。私も遠藤氏に興味を持った20年
近く前、とある書店でバックナンバーの読者投稿欄を
読みふけりました(立ち読み)。遠藤氏の投稿に対す
る艦船マニアのみならず、旧軍関係者、造艦関係者の
バッシングは凄まじいものがありました。当時は定説
派だった私も「なんでここまで?」とかえって疑問に
思いましたね。
361359:02/03/23 00:32
>>360
これに気づいた時に、本当にどよ〜んとした気分になりましたよ。
362359:02/03/23 01:17
さらに告白すると遠藤氏の示唆が無ければ、これほど早く気がつくこともなかった
と思う。
日本の艦船関係のライターでこの事に気づいていて、それを薄々ながらも書いてる
ヤツってだれかご存知?
363戦艦乞食:02/03/23 01:37
>>359
世界の艦船編集長石渡幸二氏は勘付かれていた様な・・・
別件で遠藤氏と福井静夫氏が読者欄でやりあった時
「なんでこんなヤツ(遠藤氏)の投書とりあげるんだ」
と云う編集長攻撃がありました。
また、石渡氏の著作にも定説からはずれた記述があった
ような?
福井氏は戦時中ペイペイですし、遠藤氏の仰るとおり
単なるカメラ小僧だったような(でも意外と・・・)。
牧野氏は確信犯くさいですね。晩年になってようやく
平賀氏の呪縛が解けかかっていたのでは?
364359:02/03/23 02:13
>>363
けど、遠藤昭氏っていまだに「世界の艦船」に出入り禁止でしょ?
石渡氏の意向じゃないんですかね? 福井静夫氏無き今、出入り禁止が
解けない理由は何なんでしょう?

まぁ、何にせよ平賀論藤本論の影には伏見宮のタブーがあることを忘れては
いけないと思います。
山本五十六を愚将と断じた元海軍の作家でさえ、昭和天皇という伏見宮以上
の権威を持ち出さなければ批判本を書けなかったくらいだから、旧海軍軍人
の皇族(と最高位の先輩)に対するタブー意識は相当のものなんでしょうね。

365戦艦乞食:02/03/23 02:45
>>364
う〜ん、私も確信や確証持って発言してる訳じゃ
ないので・・・
359さんや2ちゃんの皆さんにも一緒に考えて
いただきたい問題ですね。
結局、非常に微妙な事ですし私なんざでは
解けない謎ですね・・・

戦艦マニアのカイザー・ヴィルヘルム二世と
ティルピッツ海相、第二帝政ドイツ海軍の
関係だってもっと単純なんでしょうに・・・
366359:02/03/23 17:06
>>365
帝政の倒れた国ですから…。

日本もそろそろ「戦後」を終らせたいものです。
そのためには若い艦船ファンの冷静な目と柔軟な頭が必要でしょう。
367359:02/03/31 02:11
なんか、水をさしちゃったみたいですみませんでした。
368戦艦乞食:02/03/31 02:42
>>367
いや、別にあなたは何も悪くないのでは?
実はこれ以上、平賀氏とその周辺事情は考えて
もわからない事が多すぎるので煮詰まってしまった
だけなのでは・・・

素人が首突っ込むには資料も無さ過ぎますし・・・
369名無し三等兵:02/03/31 02:47
>>348
ネルソン級の設計はジェトランドの反省とワシントン条約の足枷が重なった状
況下ではやむ得ないのでは?
370戦艦乞食:02/03/31 03:14
>>369
やむ負えない。全くそうだと思います。
が、当の英国海軍もあそこまで不具合がでるとは
思っていなかったでしょう。
35000t制限なのに、砲力、装甲ともに欲張り
過ぎました。
その反省のクィーンエリザベス代艦計画ではだいぶ
おとなしい設計になってますね。
これの原案に参考用としてか、たった一つだけ
ネルソンと同じ砲配置の案がありますが、他は全部
QEと同じ砲配置です。
371名無し三等兵:02/03/31 03:31
>>364
「史稿」を読めば、遠藤昭が未だに「世艦」で嫌われてるのは理解できる、という
ことらしいけど。
372名無し三等兵:02/03/31 11:14
伏見宮ほどの大物じゃなくても、戦後に封殺されちゃった議論って
艦船以外にもたくさんあるような気がする。
戦闘機や戦車、機関銃、野砲…。

航空機関係は、戦後の事故調査委員会にまで引きずっている感じ。
平賀論と直接関係無い話でスマン。
373平多新作
★時流の宣伝で祭りあげられた技術官僚では?
 まず,時代の背景として,
シーメンス事件で評判が悪かった海軍が,
平和時の軍備増強のため八八艦隊隊のための予算を通すために,
帝国海軍の広報戦略として平賀譲をキャンペーンに利用したのでは....
「世界のトップレベルの造艦技術をもつ海軍」→大日本帝国もトップレベル
いわば海軍を造艦オリンピックに模した広報の成果ではないかと...
北朝鮮ではないのだから,国家予算の半分を超える軍備予算というのは....
大日本帝国はすごかった.天皇という名のもとの軍部独裁予算ではないのかと.....

○天才説のもとになるマスコミ情報
昭和7(1932)年に平田晋作著「我等の陸海軍」という少年向けの本が講談社から出版されたが,
この本では平賀譲を「軍艦設計の神様」としていた.

さらに昭和19年夏に公開された映画「怒りの海」は,
平賀譲・東大総長を主題としもので大河内伝次郎が主演した.
これらの大衆宣伝による情報宣伝による戦後の効果

もう戦後57年になるのか>>>>
  いや戦前とするための,法整備が......

○技術官僚として一時代を築いた
英国留学(1906年〜グリニッチにある海軍大学校)によって,
戦艦ドレッドノートの設計情報を持ち帰り,
1916年から1923年まで帝国海軍艦政本部で,
戦艦(長門,陸奥),巡洋戦艦で構成する八八艦隊の基本計画を担当した.
1920年には計画主任となり,高速戦艦「紀伊」「尾張」などを計画した.
しかしワシントン軍縮条約が1922年に成立したため,長門,陸奥以外は建造が中止された.
補助艦に関しては量的な制限がなかったため,
二等巡洋艦「夕張」,一等巡洋艦「古鷹」級4隻を計画主任として手掛けた.
1923年には「条約型巡洋艦」として「妙高」型4隻も手掛けたが,途中で外遊に出かける.
1925年6月,海軍技術研究所に造船研究部長として就任,12月より所長.
1931年3月,予備役.
頑固な大艦巨砲主義派の造船官.

○軍艦は乗組員が評価する
平賀譲計画による軍艦は,乗組員の居住性を犠牲にして,
兵装と速度を実現しているため,部屋の天井が低く,
空間に余裕がないため,新しい装置を追加増設するときに苦労したという.
重巡「足柄」をロンドンへ派遣したときに,
インド洋を航海中に艦内に熱気がこもり,乗員は熟睡できなかったそうだ.



結論として,平賀譲氏は優秀な技術官僚では,あったが天才ではない.
巡洋艦「夕張」は,駆逐艦の船体に主砲を中心線上に配置したのは,
弩級戦艦の形式を補助艦に適用したもの.
設計者と考えると重量が10%も超過したのは,現場の技術レベルを把握できていないためであろう.

○新しい技術動向についていけない,権力をもった技術官僚
そのため,日本の溶接技術は35年米国に遅れていると1950年ころいわれた.