【死屍】AC Character Battle Royal 3rd【累々】
☆基本ルール★
・参加者全員で残り一人になるまで殺し合いを行う。
・参加者全員には以下の物が平等に支給される。
布袋
会場内の地図
方位磁針
食料、水
着火器具、携帯ランタン
その他にランダムで選ばれた武器に準ずる『支給品』が各自の袋に最低一つ入っている。
これはACゲームにある物を基本とするが、実在する銃火器類に関してはその限りではない。
各キャラの最初の作者が支給品の説明を書くのが望ましい。
・午前午後の1日2回、主催者が会場内に『放送』を行う。
この間に死亡した参加者は放送中に名前が発表される。
・生存者が一名になった時点で、その人物は主催者側の本部へ連れて行かれる。
☆首輪関連★
・参加者には『首輪』が付けられる。
この首輪には生死判別用のセンサーと小型爆弾が内蔵されている。
参加者が禁止された行動を取る、首輪を無理に外そうと力を加える事で自動的に爆発する。
また運営者が遠隔操作型の手動起爆装置を押した場合も爆発する。
・24時間以内に死亡者が一人も出なかった場合、全員の首輪が爆発する。
・いかなる状況下においても誘爆は絶対に起こらない。
・もし何らかの理由で首輪が外れた場合も会場からは脱出は不可能。
☆会場について★
・会場の周囲には脱走者を監視する役割の、主催者側の兵士が配置されている。
・兵士は殺害可能だが、殺害に成功しても会場外に逃亡は不可能。
・建造物には鍵さえ掛かっていなければ基本的に自由に出入り出来る。
建物内の設備の使用も制限は無し。
・電気、ガス、水道等が通っている場所は会場内にランダムで点在。
☆必殺技及び特殊能力★
・必殺技を一定量使うと『疲労』が発生するが、休息により回復可能。
・超能力、魔法、召喚系は発現する効果自体に制限が掛かる。
程度は作者の判断に一任するが、異論が出た場合は雑談スレにて審議。
・パワーアップ系は原作の設定に関係なく時間制限を設ける。
・回復系は原作の設定より効果半減。
・ネクロマンサー系の技を使用する際、死体に意志を与えるのは禁止。 武器としての死体はあくまで『物体』扱い。
・キャラが原作で武器を所持している場合、ACBRでは基本的に没収される。
但し支給品として他参加者の手に渡っている場合は回収可能。
また主催者が武器と判断出来なかった物等は没収の例外となる。
☆禁止事項★
・一度死亡が確定したキャラの復活
・新規キャラの途中参加・大勢の参加者の動きを制限し過ぎる行動を取らせる
程度によっては雑談スレで審議の対象。
・時間軸を遡った話の投下
例えば話と話の間にキャラの位置等の状態が突然変わっている。
この矛盾を解決する為に、他人に辻褄合わせとして空白時間の描写を依頼するのは禁止。
こうした時間軸等の矛盾が発生しないよう初めから注意する。
・話の丸投げ
初めから後から修正する事を目的に、適当な話の骨子だけを投下する事等。
特別な事情があった場合を除き、悪質な場合は審議の後破棄。
・中途半端な書きかけ状態の作品投下
但し、長編を期間を置いて分割して投下するのはこの限りではない。
☆書き手の注意点★
・トリップ推奨。
・リレー小説である事を念頭に置き、皆で一つの物語を創っていると常に自覚する。
・ご都合主義な展開に走らないように注意。
・残酷表現及び性的描写に関しては原則的に作者の裁量に委ねる。
但し後者については行為中の詳細な描写は禁止とする。
・各作品の末尾には以下の情報を必ず表示する。
行動目的
所持品
現在位置
作品内で死亡者が出た場合は死亡キャラの確認表示も忘れずに。
☆読み手の注意点★
・煽り、叩きは厳禁。
・各キャラ信者はスレの雰囲気を読み、言動には常々留意する事。
不本意な展開になったからと言って関連スレで暴れるのは論外。
・書き手にも生活があるので、新作を急かすのも程々に。
書き手が書きやすい雰囲気を作るのも読み手の役割。
☆第1回ACBRについて★
主催者:ルガール・バーンシュタイン
会場:サウスタウン
参加者:男51人女36人 総計87人
【龍虎の拳】
ジョン・クローリー、リョウ・サカザキ、藤堂竜白
【餓狼伝説】
アルフレッド、テリー・ボガード、ビリー・カーン、タン・フー・ルー
ロック・ハワード、山崎竜二
双葉ほたる、不知火舞
【THE KING OF FIGHTERS】
アッシュ・クリムゾン、K'、草薙京、八神庵、矢吹真吾、七枷社、クリス二階堂紅丸、椎拳崇、霧島翔
神楽ちづる、シェルミー、ウィップ、クーラ・ダイアモンド、マチュア、バイス、レオナ・ハイデルン
【月華の剣士第二幕】
楓、御名方守矢、鷲塚慶一郎
一条あかり、真田小次郎(香織)、高嶺響
【サムライスピリッツ】
緋雨閑丸、牙神幻十郎、ガルフォード、六角泰山、風間蒼月、風間火月
橘右京、タムタム、
ナコルル、リムルル
7 :
参加者一覧:05/01/10 09:53:09 ID:???
【GUILTY GEAR】
ブリジット
蔵土縁紗夢、ミリア・レイジ
【THE RUMBLE FISH】
譲刃漸、アラン・アルジェント、ヴィレン
ガーネット
【STREET FIGHTERシリーズ】
リュウ、火引弾、ガイル
春日野さくら、神月かりん、春麗
【ヴァンパイアセイヴァー】
バレッタ、リリス
【MARVEL VS CAPCOM2】
ケーブル
【燃えろ!ジャスティス学園】
鑑恭介、山田栄二
水無月響子
【VIRTUR FIGHTER】
日守剛、結城晶、ジャッキー・ブライアント、リオン・ラファール
梅小路葵、サラ・ブライアント
【DEAD OR ALIVE】
かすみ、エレナ、あやね
【豪血寺一族 闘婚】
花小路クララ
【武力〜BURIKI・ONE〜】
西園寺貴人
【ソウルキャリバー 】ソフィーティア
8 :
参加者一覧:05/01/10 09:53:58 ID:???
【サイキックフォース】
エミリオ・ミハイロフ
【ファイターズヒストリーダイナマイト】
カルノフ、溝口誠
【ワールドヒーローズ】ジャンヌ
【式神の城2】
ニーギ・ゴージャスブルー
【METAL SLUG】
フィオリーナ・ジェルミ、エリ・カサモト
【ぷよぷよ通】
アルル・ナジャ
【ファイナルファイト】
ハガー
【わくわく7】
ライ
【悪魔城ドラキュラ】
シモン・ベルモンド
【クイズ迷探偵NEO&GEO】
ネオ
【龍虎の拳】 1人
リョウ・サカザキ
【餓狼伝説】 3人
アルフレッド、ロック・ハワード、不知火舞
【THE KING OF FIGHTERS】 9人
K'、矢吹真吾、七枷社、二階堂紅丸、椎拳崇、霧島翔
シェルミー、マチュア、バイス、
【月華の剣士第二幕】 2人
楓、高嶺響、
【サムライスピリッツ】 3人
風間蒼月、風間火月、ナコルル
【THE RUMBLE FISH】 3人
アラン・アルジェント、ヴィレン、ガーネット
【STREET FIGHTERシリーズ】 1人
リュウ
【ヴァンパイアセイヴァー】 1人
リリス
【MARVEL VS CAPCOM2】 1人
ケーブル
【燃えろ!ジャスティス学園】 1人
山田栄二
【VIRTUR FIGHTER】 4人
日守剛、結城晶、梅小路葵、サラ・ブライアント
【DEAD OR ALIVE】 1人
かすみ
【サイキックフォース】 1人
エミリオ・ミハイロフ
【式神の城2】 1人
ニーギ・ゴージャスブルー
【METAL SLUG】 2人
フィオリーナ・ジェルミ、エリ・カサモト
【ぷよぷよ通】 1人
アルル・ナジャ
【クイズ迷探偵NEO&GEO】 1人
ネオ
以上、残り36名(かすみ含む、犬福除く) 死者50名
以下生存者なし
【GUILTY GEAR】、【ファイナルファイト】、【わくわく7】
【悪魔城ドラキュラ】、【ワールドヒーローズ】、【豪血寺一族 闘婚】
【ソウルキャリバー】、【ファイターズヒストリーダイナマイト】
以下死亡者
麻宮アテナ 花小路クララ クーラ・ダイアモンド 一条あかり
橘右京 ブリジット 真田小次郎(香織) 神月かりん カルノフ
八角泰山 蔵土縁紗夢 タン・フー・ルー ソフィーティア
藤堂龍白 八神庵 春日野さくら 西園寺貴人 山崎竜二
鑑恭介 アッシュ・クリムゾン クリス ジャッキー・ブライアント
ジャンヌ エレナ 双葉ほたる 鷲塚慶一郎 あやね シモン ウィップ
レオナ リオン・ラファール ジョン・クローリー 爆皇雷 リムルル
草薙京 火引弾 神楽ちづる テリー・ボガード、牙神幻十郎
御名方守矢 バレッタ 緋雨閑丸 ガイル ビリー・カーン ガルフォード
マイク・ハガー、溝口誠、譲刃漸、ミリア・レイジ、水無月響子、ブルー・マリー
タムタム、春麗
潜伏sage
半日近く降り続いた雨は、もう上がっていた。そろそろ、東の空が白み始めている。
今は明るくなりはじめた空をバックに、リュウは己の頭上を旋回する大きな猛禽の影をはっきりと見てとることができた。
「まだ答えは出せていないよ、ナコルル君……」
リュウは空を見て、鷹に聞かせるかのようにつぶやいた。その顔には、疲れたような笑みが浮かんでいる。
夜が明けるまで一人で懸命に考えたものの、やはり答えは出せない。
だが、答えの出ない思考を一晩続けられたことに、リュウはどこかで安堵していた。
なぜなら、「どうやって強さを追求するか」という問いに最も安易な答えを出した結果の一つが殺意の波動なのだから。
リュウは辺りに何もいないのを念入りに確認すると、三人のいる民家へと戻っていった。
「!?」
真吾の様子を見ようと彼が寝かされている部屋に入ってきたリュウは、
その目的を一時完全に忘れてしまうほど眼前の光景に気を取られてしまった。
「どうして!?どうしてできないの?どうして全部消えないの?」
すぐ横で半病人が休まされているのにも構わず、半ばヒステリックな声をあげてアルルが栗色の髪をかきむしっている。
椅子に座ってアルルと向き合っていたK´は、リュウの存在に気づくと彼に向かって肩をすくめて見せた。
「……おい、ちょっとこいつを落ち着かせてくれ。うるさくてかなわねえから」
「真吾君は、どうなんだ?」
「見てのとおりだ。今は口の一つも利けやしねえよ」
真吾はガラス玉のような目を開けてアルルの方を向いてはいるが、ただそれだけだ。声をかけもしなければ、身じろぎ一つもしない。
本来ならアルルをなだめるのは真吾の役目だろうが、この状態では仕方がないだろう。
自分のせいで二人が酷い目にあったということもあって気は進まなかったが、やはり今はリュウがやるしかなかった。
「アルル君、どうしたんだ?」
リュウが声をかけても、アルルは俯いたまま顔を上げない。
「できない…できないんだよ」
暗い部屋の中でははっきりとはしないが、アルルは両の目に涙をためているようだった。
「出来ない、だけではわからないよ。話を聞かせてくれないか?」
「だって、ボク、みんなの役に立てないかもしれない……どうしよう……」
ぽろぽろと涙が溢れて落ちる。
このままでは埒が明かないと見たK´が、自らリュウに事情を説明した。
「首輪外しの実験がな、うまくいかないんだそうだ。……おい、もう一度落ち着いてやってみろ」
「……でも」
「別に上手くいかなくてもかまわないんだ。今何をやっていたかだけ、俺に見せてもらえないか?」
アルルはリュウの目をじっと見ていたが、彼の目に失望の色がないのを見て少しは安心したのか躊躇いがちにうなずいた。
「……うん」
K´の右手に、ふわりと炎の小さな塊が浮かび上がる。
アルルが小さく呪文を唱えると、その瞬間真紅だった炎は無数に弾けて色とりどりの光の球体と化した。
赤、青、緑、黄、そして紫。一旦部屋中にきらめきながら散らばった球体は、やがて彼女の目の前に三々五々と降りそそぎ始めた。
「綺麗なものだな…」
幻想的な光景に、思わずリュウが場違いな感想を漏らす。
「ここは、こうして…あそこを、ああして……」
アルルの指の動きにあわせて、光の球体がめまぐるしく踊り、一定の規則性を持って積み上げられていく。
「炎のままではどうにもならねえらしい。
……ああやって組み代えた上でほどいて、一度純粋な『力』に戻さないと首輪を外す力としては使えねえそうだ」
見た目はゲームか何かのように見えなくもないが、アルルの目は真剣そのものだ。
程なくして四人の目の前には、抽象画のようにも見える、光の球体で構成された一枚の板が出来上がった。
「……じゃあ、やってみるよ」
リュウとK´がうなずく。
アルルが、指先に乗せた最後の一塊を板の上部にぶつける。それが合図となり、板全体が達磨落としのように動き始めた。
光球は四つ繋がるごとにかすかな音を残して爆ぜ、消えていく。支えを失った光球が落下し、他の光球に繋がって消える。
そんなことがきっかり19回繰り返され、最後に一つだけ光球を残して光の乱舞は終わった。
「……やっぱりダメだ」
残った光球が元の火の粉に戻ってかき消える。
「失敗なのか?」
「うん……全部きれいに消えないと、ほどききれてないってことだから………」
アルルの声は沈痛だった。また涙が溢れてきたのか、右腕のリストバンドでごしごしと顔を拭う。
「どうしてなのかなぁ…。やってることはぷよぷよ勝負と同じ筈なのに。あんなに毎日やってきたのに」
かける言葉が見つからなくて、リュウはアルルの肩に無言のままそっと手を置いた。
「………」
アルルは顔を抑えて声を上げずに泣いている。
真吾といい、アルルといい、なぜこんなけなげな子供がこのような目にあわなければならないのか。
「多分、お前のせいじゃねえよ」
成り行きを見守っていたK´が、椅子をがたりと鳴らして立ち上がった。アルルが顔を上げて振り返る。
「俺の炎は機械やら何やらで人工的に弄られてるからな。多分それがお前の魔法とは相容れねえんだろう」
アルルが実験を繰り返すのを観察していると、消えるべきところで消えない透明な光球がいつも存在していた。
恐らく、草薙の炎であればそんなことはなかったのだろう。
K´の炎は、生まれついて持っていた能力ではない。草薙京の力を機械の能力もプラスして無理矢理移植したものである。
アルルが、生身の人間が生み出した純粋な炎の力を欲しているのであれば、自分では役に立てない可能性が高い。
「だから、気にするな。俺のせいなんだ」
肝心なときに役に立たないまがいものの力。クーラを救えず、ウィップも守れず、そして今も一人の少女の希望を打ち砕いて。
(結局、俺には壊すことしかできねえって事かよ……)
K´はグローブの上から、忌々しい金属の右手を押さえて歯噛みしていた。
リュウは黙り込んでしまった二人に、もともと言おうと思っていた言葉を伝えた。そうすることで少しは空気を換えられるかと期待して。
「……真吾君には悪いが、そろそろ動いた方がいいと思う。
あの女性との戦いで立てた音を聞きつけたものも少なからずいるだろうから」
『あの女性との戦い』という言葉に、リュウの手の下でアルルがぴくりと身を強張らせた。
「完全に夜が明けてしまう前に、ここを出よう」
まともに考えることのできる人間がいなかっただけなのかもしれないが、ともかくリュウの言葉に反論するものはいなかった。
リュウとK´が部屋を出て行って、アルルは真吾と二人寝室にとり残された。
「リュウさんとK´さんに気を使わせちゃったな……」
アルルは涙を拭いて自嘲した。
予想通りにいかなかったとはいえあれほど取り乱してまうなんて、自分でも、本当に心が弱くなったと思う。
考えてみれば、K´のことはイレギュラーなのであって、本来自分が炎を借りる相手は霧島という青年の筈で。
霧島が既に死んでいるのであればともかく、ここで絶望することはないはずなのだ。
自分は、焦っていたのだろうか?それとも、罪の重圧に耐えかねて弱さに逃げようとしたのだろうか?
アルルは、ベッドに横になってこちらに顔を向けている真吾に声をかけた。
「真吾くんは、どう思う?」
「………は、い?」
かろうじて返事はしたが、彼がアルルの言葉の意味をくんだ様子はない。あるいは、それは音の刺激に対するただの反射なのか。
あの後部屋に連れ戻されてから、真吾はずっとこの調子だった。
暴れるわけでもなく、当初のような認識の混乱を見せるわけでもなく、わずかな反応を除いてただ人形のようにぼんやりとしているだけである。
アルルは悲しげに笑って、真吾の手を取った。
「ううん、なんでもないよ。そろそろここ出るんだって……だから、もう起きようよ」
「……………」
「起こすよ。せーの……っと」
真吾の肩と腕を掴んで上体を起こさせたアルルは、
彼のつけているグローブに大量の血がこびりついていたのに気づいて息を詰まらせた。
「わ……!」
戦闘が土砂降りの雨の中で行われたことが幸いしたのか、真吾のガクランやシャツに付着した血痕は
浴びた返り血の量と比べればまだそれほど酷いものではない。
だが、このグローブに染み付いた血はそんなレベルではなかった。
知らずに真吾の腕を握ってしまったアルルの手は、グローブから移った乾いた血液で薄く赤褐色に染まっている。
「や、やだ……」
血は、例えそれが乾いた古いものだとしてもアルルにあの光景を思い出させてしまう。
生気を失った蝋人形のような白い肌と刺し貫かれた喉と高々と噴水のように吹き上がる鮮血と咽るような鉄錆の臭いとあまりにも鮮やか過ぎる色彩と。
(こんなもの、すぐ捨てちゃって……)
考えかけて、アルルは首をぶんぶんと振った。本当ならすぐにでも捨ててしまいたいところだったが、
これが真吾にとってなにより大事なものだということは彼自身の口から聞いている。
アルルは一つ深呼吸して血への嫌悪をなんとか抑えると、真吾のグローブに手をかけた。
「……真吾くん、このグローブ血だらけになってるから、ボクが洗ってきれいにするね。いいよね」
アルルは真吾の返事を聞こうと意図したわけではなかった。返事があろうとなかろうと、とにかく洗ってしまおうと決めていた。
だが。
「……る、な」
「えっ?」
思わず聞き返したアルルを、いきなり激しい衝撃が襲う。
「―――――――さわるなぁぁぁぁっ!」
「………!」
一瞬、彼女には何が起きたのか理解できなかった。
一体何処にそんな瞬発力が残っていたのか、真吾が彼のグローブにかかっていたアルルの手を全力で撥ねのけたのだ。
不意をつかれたアルルはバランスを崩して二三歩下がり、丁度さっきまでK´が座っていた椅子にぶつかってぺたんと座り込んだ。
手加減なしの力で叩かれた手が赤く腫れてじんじんと痛む。
「しんごく……」
「これは、草薙さんの血なんだ!」
目の前にいるのはもう人形のような少年ではない。ぎらぎらした光を宿す瞳でアルルを睨み付けている。
「それだけじゃない、ダンさんと、ちづるさんと……!みんなの…みんなが、俺に…!」
真吾は、ふいに怒鳴り声を収めるときょとんとした目でアルルを見た。
「あれ…?アルルさん……?」
アルルはあまりのことに唖然とした顔で真吾を見ていたが、やがてそれは見る見るうちに安堵の表情へと代わっていく。
「え、えーっと、俺………」
真吾はまだ痺れの残る右手を見て、自分が一体何をしたのか分からないという顔をしている。
一刻も早く真吾の回復を確認したくて我慢ならなくなったのか、アルルはいきなりベッドの上の真吾に飛びついた。
「しんごくーん!」
「うわぁ!ちょっと、アルルさん!ちょっとまって!」
間近で顔を覗き込むと、別の意味で呆然としている彼の頬を両手で挟んでぽむぽむと軽くたたく。
「もう大丈夫?」
「あ、はい……大丈夫だと、思います、多分」
「そっか、そっかぁ、よかったぁ」
アルルの笑顔には屈託がない。釣られて、真吾も小さく笑みをこぼした。
ばたん!
「どうしたんだ!?」
真吾の怒鳴り声を聞きつけてあわてて戻ってきたK´とリュウが見たのは、ベッドの上で照れ混じりに笑いあう少年少女の姿だった。
真吾が一応回復したこともあって、出発前にテーブルを囲んで軽く朝食をとることになった。
バターもマーガリンもない上にオーブンを使うような悠長なことはしていられなかったので、
皆鍋の底や縁にまだ少し残っているアルルのカレーをパンに塗って代用している。
アルルに話を聞いたK´が、ぶっきらぼうに言い捨てた。
「結局、てめえをこっちに引きずり戻したのは草薙だったわけか」
「……はい。迷惑かけて済みませんでしたK´さん。それから、アルルさんとリュウさんも」
ほっとした顔の二人と不機嫌な一人に囲まれて、真吾は恥ずかしげに頭を掻いた。
「こんなんじゃ俺、草薙さんに怒られちゃいますね。『そんな様で弟子を名乗るなんていい度胸だ』って。もっとしっかりしないと」
「いつまでも草薙、草薙かよ。あいつもあきれてるだろうぜ、死んでからも弟子のお守りをさせる気かって」
「へへ……」
「真吾君、無理はしないでいいんだぞ?」
あまりにも普段どおりの姿を見せる真吾に、逆にリュウは不安を感じはじめていた。
あれほど完膚なきまでに打ちのめされた人間が、こうも短期間で完全に回復するものなのか?
「いえ、大丈夫っすよリュウさん。俺だって男です、やるときはちゃんとやります。
アルルさんもがんばってるのに、一人でうじうじしてなんかいられないっス!」
まだ心配げなリュウを安心させるように、真吾は胸をばん、と大げさに叩いて見せた。
実のところ、リュウの見立て通り真吾の精神状態は大丈夫というにはまだまだ遠かった。
またあのような生死をかけた戦場に放り込まれて正気を保てる自身は正直無かったし、
今でも、たとえばあの壁に立てかけてある竹槍のような、先がとがったものを見ると心が凍る。
自分でも馬鹿らしいとは思うのだが、あの女性を刺し貫いた切っ先をどうしても連想してしまうのだ。
「真吾くん、ちゃんと食べないとダメだよ?」
「あ、いえ、ちょっと考え事してて……いや大丈夫ですって、ほんとに」
真吾は慌ててパンの欠片をフォークで口に押し込んだ。幸い、フォークを持った手が震えているのには気づかれなかった。
(そうだ、もっとしっかりしなきゃいけない……でも、どうやってしっかりすればいいんだろう)
そう、人が人を殺して傷つくのは当たり前だ。人を殺して平然としている人間は、普通であれば人非人といわれるだろう。
人を殺して傷つきそうにない輩も真吾は少なからず知ってはいたが、そうなりたいと思ったわけでは決してない。
だが、だったらどうするつもりなのかと聞かれると真吾には答えられない。
つまりは、全てがただの根拠の無い強がりだった。
(俺にも、何か力があったら………)
K´のように炎も出せず格闘の実力もリュウには遠く及ばず、かといってアルルのように魔法が使えるわけでもない真吾には、
せいぜい皆の気力を萎えさせないように強がって笑ってみせることぐらいしか出来ない。
自分の無力さがほとほと呪わしかった。
「お前ら早くしろ。おいて行くぞ?」
「真吾君アルル君、準備はできたかい?」
(だからって、何もしなかったらそれが一番だめっすよね)
だが幸い、真吾は果てしなく前向きな人間だった。無力を思い知っても、それを受け入れてなお努力することが出来るほどに。
尖った物がだめなのはまず克服しなければいけない。だから、あの竹槍はあえて自分が持とう。
心が掻き毟られるのは避けられなかったが、それでも真吾は右手で竹槍を手に取った。
そして、その真吾の左手をアルルが掴む。
「……アルルさん?」
「ええっと……ちょっとだけ、手を繋いでてもいいかな」
真吾は最初こそ面食らった顔をしていたが、すぐに笑ってうなずいた。
「分かりました、いいっすよ。いやぁ、でもこういうのってなんていうかちょっと照れますねー」
「ちょっと待ってよ、そういうんじゃないって」
ごまかしはしたが、真吾には分かっていた。アルルの手も、真吾と同じように小さく震えている。
きっと彼女も戦っているのだ、何かの恐怖と。
「それじゃ行きましょうかアルルさん」
「そうだね、行こう!」
こんなときでも、朝の空気は冷たく心地いい。
二人は、どちらからともなく繋いだ手を振り上げ叫んだ。
「がんばるぞー!」「えいえい、おーっ!」
リュウとK´が、そんな無邪気な二人の姿にほんの少しだけ救いを感じたのは、きっと錯覚ではなかったのだろう。
【矢吹真吾(尖端恐怖症気味)
所持品:竹槍、ホアジャイ特製スペシャルドリンク(残り1本)、
草薙京のグローブ(炎の力がちょっとあるかも)
目的:1.仲間を集める 2.敵本部を探す 3.ルガールを倒す 】
【リュウ 所持品:釣竿 目的:1.不戦不殺?(まだまだ揺らいでます)】
【K´ 所持品:手榴弾 目的:1.ルガールを倒す 2.楓に会うことがあれば彼を倒す】
【アルル・ナジャ(流血恐怖症気味、少し疲労中)
所持品:1/10ウォーマシン(持ってあと2日の電池、充電は可能)
目的:1.霧島翔(京そっくりらしい)に会う 2.首輪を外す 3.生きてゲームから抜ける】
【現在位置:3区から7区方面に向かって南下】
※矢吹真吾、アルル・ナジャ両名の恐怖症は、意思で何とか抑えることが出来る程度の軽度のものです。
ただし、アルルの場合たとえば呪文の詠唱中に誰かが流血したりすると集中が途切れて正確に魔法が
発動できなかったりするかもしれません。
保守
「リリス、ヴィレン君と同じ普通の人間になっちゃったよ」
リリスに笑顔でそう宣告され、ヴィレンはしばしその言葉の意味を考えて黙り込んだ。
やがてゆっくりと口を開く。
「――つまり、テメェが今まで使ってきた奇妙な力が、使えなくなったと」
「はーい。服も自由に着替えられなくなっちゃった」
「一番どうでもいいだろそれは」
高速でさくっと返されて、リリスは機嫌を損ねたようにふくれた。
「飛ぶ事もできなくなったのか」
「うん」
「壁の通り抜けとかもできねぇと」
「そう」
「遠くの状況を知るのも駄目なのか」
「駄目になっちゃったー」
ケロリと答えるリリスに、ヴィレンは額を押さえて溜め息一つ。
「だからヴィレン君、リリスのこと守――」
言い終えないうちに、ヴィレンは椅子をガタッと鳴らして立ち上がった。
机の上に置かれていた、ゼンかミリアからルートしたらしいボウガンを手に取り、ザックを担ぎ上げて部屋の出口に向かう。
「あれ?どこ行くの?」
彼について行こうと立ち上がったリリスだが。
ビュッ、とその眼前にナイフが突きつけられた。
「……ついて来んじゃねぇ」
リリスを睨みつけて、低い声で言うヴィレン。
リリスは、ナイフを見つめてきょとんとしている。
「……リリスのこと、置いてくつもり?」
「言ったろ、テメェは利用価値があると思ったから一緒に居たんだ」
冷え切った声で、続ける。
「今のテメェはただのガキっていうなら……邪魔になるだけだ、足手まといはいらねぇ」
氷点下の視線と言葉に、しかしリリスは別に動じた様子は無い。
ナイフを指先で挟んで押し戻して、おどけたように言い返す。
「んもぉ、かよわい女の子にそんな事言うなんてひっどーい。そんな事だからもてない――」
「いい加減にしろっ!」
ガンッ、と壁を殴る音と、激昂。
予想していなかった大声に、さすがにリリスは肩をすくめた。
苛々と首を振って、ヴィレンは出口へと足を向ける。
「行っちゃうんだ。酷いなあ」
「……オレに何かを期待する方が間違いだ。オレがテメェを守る義理がどこにある?」
下り階段に足をかけたところで、ヴィレンは一度だけ振り返った。
「文句があるならテメェもオレを利用したらいい。みんな、自分の事だけ考えてりゃいいんだよ」
吐き捨てると、折れた足をかばいながらゆっくりと階段を降りていった。
リリスは。
そのまま、ヴィレンの背を見送っていた。
ほんの少し、一人にされた事の寂しさを感じながら。
苛々する。
雨上がりの夜気の中、壁に手をついて歩きながら、ヴィレンは言いようの無い苛立ちに舌打ちした。
どうして、自分はあんな行動を取った。
何故だ、何故だ何故だ何故だ――
何故、あの場であいつを殺しておかなかったんだ。
いずれ戦う事があるかもしれない。
足の折れた自分では、自在に空を舞い不可思議な力を使う彼女に勝てる見込みは限りなく薄い。
なら、能力の使えないらしい今のうちに殺しておけば良かったのだ。
どうしてそうしなかった。ただ置き去りにしただけだなんて。
それだけじゃない、リリスが倒れた時、ヴィレンはさほど迷う事なく彼女を折れた足で土産屋の二階まで運び上げた。
利用価値があるから、そうリリスには言ったが、いつ敵に回るかわからない存在を手元に置いておくなど不確実で危険なのに。
気まぐれにリムルルを見逃した時とは、相手もこちらの状況も全然違うというのに。
「くそっ……何で、こんな、オレはっ……」
苛立ちを、そのまま壁にぶつける。殴りつけた拳の皮が破れて、血がにじんだ。
気持ち悪い。吐き気がする。
自分の行動なのに、自分で理解できない。
こんなのは自分らしくない。まるでお人好しじゃないか。
まさか。
このオレが、情のようなモノを覚えだしているのか?このオレが!
「違う……違う違う違う違うっ!!」
そんなバカなはずはない!
混乱しだした頭を、ヴィレンは激しくコンクリートの壁に打ちつけた。
ぜぇぜぇと荒い息をつく。額から赤い筋が流れ出した。
「落ち着け……落ち着け……」
頭を壁に押し付けたまま、ヴィレンは自分に言い聞かせる。
冷静になれ。ここは狩場だ。混乱は死を招く。
あれもまた気まぐれだったんだ。悪い癖だ。
大きく息を吸って、吐く。それを数回繰り返して、ヴィレンは自分を落ち着かせた。
額から流れ出る血と、嫌な汗ををぬぐう。
これからどうするか考える。
足の痛みは今は消えているが、この効果もいつまでもつのかわからない。
それにやはり敏捷な動きはできないし、積極的に戦闘をするのは避けるべきだろう。
まあ万一襲われても、ボウガンに鉄針にパチンコ玉、と飛び道具は揃っている。
チェーンで牽制する事もできるし、容易に接近はされないだろう。
とりあえずは、隠れて残りが減るのを待つか。
一応の方針を決め、ヴィレンは再び歩きだした。
リリスの協力が無くとも、自分は生き延びられる。
在る物全てを利用して戦うのがオレのやり方だ。今までだってそうしてきた。
これからも、そうしていくんだ。
『そうよ、良い女は自然に良い男が守ってくれるものなのよ』
「モリガンの嘘つきぃ〜……」
ベッドの上にぼふっと倒れこみながら、リリスはふくれっ面をする。
ヴィレンが置いていった、やはりゼンたちのどちらかからルートしたらしいドラゴンのぬいぐるみを抱えて、彼女はごろごろとベッドの上を転がった。
「んー、どうしようかなー、他の誰かに守ってもらおうかなー」
何も男はヴィレンだけではない。
例えば、近くに炎の力を移植された褐色の肌の青年がいたはずだ。結構美形で、クールな感じがいい。
一緒にいるはずの黒髪の青年も、真面目で一生懸命でとっても可愛い。
「あー、でも怖いおじさんも一緒だっけ」
多分、あの白い胴着の男は、あのモリガンが『本当に人間なのか疑っちゃったわ』とまで言っていた強豪だ。
結構、危険。あとちょっと真面目すぎ。
えーと、じゃあ最初に殺された女の子の仇討ちをしようとしているあの子はどうかなあ。
それとも、親とは違う修羅の道を選んだあの金髪の子?
金髪といえばあの二つの人格を持った子たちも捨てがたい。あの子たちどうしてるかなあ。
あれこれ品定めをしているうちに、リリスはあんまり他の男性の所に行くのに乗り気でない自分に気付いた。
やっぱり、ヴィレンと一緒に行動したい。
だって……
「面白くなってきたもの!」
氷のように冷徹で残酷だった心に、ずっと知らなかった感情が芽生え始めて酷く戸惑っている。
そんなヴィレンの様子は、リリスを大変興奮させた。
これからあの子はどうなっちゃうんだろう?戸惑って、混乱して、苦しんで、それからそれから?
「やっぱりあの子、いじめ甲斐があるなあ……!」
くすくすと微笑み、ぬいぐるみに「ねー?」と話しかける。
ああ、見てみたい見てみたい。これから先、あの子がどうなっていくのか!
テメェもオレを利用したらいい。確かに彼は、そう言った。
「じゃあお言葉に甘えちゃおーっと!絶対守ってもらうんだから」
うきうきとスキップをしながら、リリスはヴィレンを追って土産屋を後にした。
雨上がりの夜の中、小悪魔は可愛いお気に入りのおもちゃを探して、跳ね歩く。
【ヴィレン(左脚骨折・リリスの能力で痛みはなくなってる)
所持品:チェーン・パチンコ玉・鉄釘など暗器、アーミーナイフ、折りたたみ式ボウガン(組み立て済) 目的:ゲーム参加、隠れられる場所を探す】
【リリス 所持品:闇の幸運種ぬいぐるみ(支給品は不明) 目的:おつかい完了・ヴィレンに追いついて守ってもらう】
【現在地:三区・土産物屋からあまり離れていない】
ボクは歩く、ギザギザした足をキュラキュラ言わせながら。
ちゅんりーさんに言われた、口先にある地図を誰かに渡せって。
ボクはそれを守る為に歩く、けど・・・・おなかすいたよぉ・・・・
「にょぉ・・・・・」
つい声が出ちゃう・・・疲れたよぉ・・・・おなかがすいたよぉ・・・さみしいよぉ・・・
けどボクは止まらない、ちゅんりーさんのためにも!ご主人様の為にも!!
「にょ!!」
ボクは声を出して気合を入れた、誰かに会うまでボクはがんばる!がんばらないといけないんだ!!
おなかがすいたのが何だって言うんだ!!ボクはがんばらないといけないんだ!!
だけど・・・だけど・・・おなかがすいたよぉー!!!
「にょー!!!」
「ふぃー!やっと休めるぜ!!なあおっさん!」
エッジとケーブルは本来の目的地のホテルに到着していた。
空き部屋は沢山あったので最初エッジは個室に泊まろうと言っていたのだが、もし敵が攻めてきたときに二人が別々の部屋いるのはまずいというケーブルの判断で二人は同室にいた。
寝込みを襲われるという点だけで言えば二人が同じ部屋と言う状況は余程の信用が無い限り出来ないものだが、ケーブルはエッジを信じ、エッジはケーブルの事を疑う事すらしなかった。
「だな、現在午後10時、午前3時まで俺が見張りをしよう。」
「OK!!分かったぜ!!半分半分で交代って事だな!!」
「・・・・あ、ああ、そういう事だ・・・・」
本当はエッジの方が1時間見張り時間が少ないのだがエッジはまったく気づいて居ない。
親切の押し売りをするつもりは無いが、それはそれで寂しいものがあるな、とケーブルは思った。
「んじゃあおっさん!俺は寝るぜ!!頼りにしてるぜ!おっさん!!」
「ん、任せておけ、じゃあ・・・」
ゆっくり寝てくれ、と続けようとしたが止めた。
「・・・・・」
何か良く分からない思考が自分の頭の中に入ってきた。
「・・・・ど、どうしたんだおっさん?」
寝ようとしたエッジが顔色を変えた。
「いや・・・・近くに何かが居る・・・・」
「な、何かって何だよ!?ヤベエのか!?敵なのか!?男?女!?」
「分からない・・・エッジ、少し黙っていてくれ」
サイオニック能力の1つ、テレパス能力の網を広げる・・・
意識の網に、何かが引っかかった。
近くに誰かが居る。これは……なんだ・・・・?
人間では無い思考の流れ、それを自分の意識に集中させる・・・
が、分からない・・人間では無い事は確かだ・・・しかし動物にしては思考の流れが強い・・・
さらに意識を集中させる・・・
流石にはっきりとは分からないが敵意は感じられない・・・そして空腹のようだ・・・・
「・・・お、おっさん・・・何かわかったのか・・・?」
「敵意は無いが・・・少し様子を見てくる、すぐ戻る」
そう言ってケーブルはボディスライドの準備をした、この距離なら可能な距離だ。
「お、おっさん!一人じゃ危ないって!!!」
エッジはそう告げるがケーブルは構わず続ける。
「彼は空腹らしい、彼のために何か食べ物を準備してやってくれ!」
「は、はぁ!?」
そういい残しケーブルは部屋の中からボディスライドで移動した。
「た、食べ物・・・・ねえ・・・?」
何か不におちない様子でエッジは喫茶店からパクったカレーと、その為のライスの準備をし始めた。
【ケーブル(負傷&消耗) 所持品:衣服数点(支給品は不明) 目的:謎の意思の元へ行く】
【山田栄二(エッジ) 所持品:十徳ナイフ・衣服類多数・食料多数
目的:第一目的、とりあえず今居るホテルでゆっくり休む 第二目的、出来れば信用できる仲間を探す。第三目的、いつも行く喫茶店に文句を言いに行く為に生き残る。】
【現在地:2区、リリス達が泊まっていたホテル】
【備考:犬福のパピィは春麗のメモを持ってエッジたちが居るところのすぐ東南方向でぐったりしてるにょ!】
修正
×【ケーブル(負傷&消耗) 所持品:衣服数点(支給品は不明) 目的:謎の意思の元へ行く】
○【ケーブル(負傷&消耗) 所持品:衣服数点、忍者刀青龍、忍者刀朱雀 目的:謎の意思の元へ行く】
「ハン、有望株ね」
「そうだ。彼らに会ってもできるかぎり殺害は控えるように」
「つまりは」
その命令を鼻で笑ってやる。
「襲われたら、俺は大人しく殺されろってことでいいんだな?」
「……そうは言っていない」
通信機から聞こえる不機嫌そうな声に、剛は小さくほくそえむ。
「やむを得ない場合は交戦も仕方ないだろう」
「そりゃそうだ。そいつを禁止できる権利はあんたがたにはないんだからな」
電波に通るように、わざと笑い声を立ててやる。
「……すぐにデータを送る。こちらからは以上だ。お前から何か……」
「あいよ」
みなまで聞かず、剛は通話を切った。
数秒のブランクの後、液晶画面にデータ受信の旨を告げるメッセージが浮かび上がる。
送られてくるデータは、写真と簡単なプロフィールを記載した人名リストだった。
ファイルは二つ。
まず、「優先」と記されたデータファイルを開く。
アルル・ナジャ。ガーネット。風間蒼月。ケーブル。ニーギ・ゴージャスブルー。
脱出を企てている「無粋な連中」らしい。
悪趣味がよく言う、と口の端を歪めながら、顔と名と現在位置を簡単に頭に叩き込む。
彼らは皆、同行者を得ている。切り崩しに行くなら、相応の策を練っていかなければならないだろう。
面倒な話だ。
次に、「有望株」を開く。
エリ・カサモト。楓。ロック・ハワード。椎拳崇。ヴィレン。
他に、ジョーカー枠としてアラン・アルジェント、エミリオ・ミハイロフの名がある。
アラン。確か、参加者にそんな名の人間がいたか。
「となると、あのメスガキはくたばりやがったか」
ニンジャの癖にきーきーとうるさい女だった。あれではコスプレの方がまだマシと言うものだ。
殺されたのなら、まあ妥当な結果だろう。
同じく、リストの顔と名と現在位置をざっと頭に叩き込む。
このゲームに乗って、積極的に殺して回っているらしい。
数名、近い。
相手が見つけ次第殺すことを旨としているなら、鉢合わせは面白くない結果になるだろう。
さっさと引き上げるか、と歩き出そうとしたところで
特有の刺すような気配を感じて剛は身動きをやめた。
「チッ」
早速面白くない結果だ。
剛の職業柄、こういった気配には人一倍敏感に自らを律しているため
素人の粗漏な気配の消し方では、そうそう簡単にごまかされはしない。
どちらかと言えばここからどう「殺さずに」切り抜けるかが問題だった。
距離はまだあるだろう。
脇目も振らずに走って逃げれば、相手が飛び道具でも持っていれば背中を狙い撃ちだ。
相手の武器を見てから考えるにしても、飛び道具だった時点で銃撃戦は免れない。
銃撃戦は望ましくない。
相手の頭を出させずに撃ちまくって逃げる、と言う手もあるが
そのために弾幕を張れば、当然弾薬の消費は厳しくなる。
しかも発砲音は周囲の余計な人間をひきつける危険性がある。
最後に、流れ弾で怪我でもしたら目も当てられない。
それを考えれば、最初に考えた通り、さっさと逃げれば、幸いハワードアリーナ内部である。
少し頑張れれば、遮蔽物はいくらでも見つかるだろう。
「……ハ、やめだやめ」
剛は開き直った。
ここで恥も外聞もなく逃げて、いけ好かない連中の物笑いの種にされるのが一番気に入らない。
「おい、隠れてないで出て来な」
気配が動揺した。
まさか気付かれてないとでも思っていたのか。
そんな嘲罵が喉まで出るが、何とか呑み込んだ。
「出てくる根性がないならそのまま聞きな。お前、他の奴を皆殺しにして生き延びようってクチだろ」
誰も殺すつもりはないとか考えている甘い相手なら、これで反発が返ってくるだろう。
気配の方へ向き直る。
剛はもう逃げるつもりはさらさらなくなっていた。
相変わらず反応のない、しかし気配だけは確実に垂れ流している一角へ
さりげない調子でゆるゆると歩み寄る。
「そこでお前にハッピーな情報を教えてやる。今このゲームにはな、他の奴とつるんで
逃げようって奴らが半分以上いる」
あちらのアプローチはないが、気配は確実に動揺している。
もう隠そうなどという余裕もなくなっている。
「そんな事してもどうせ逃げられねえ。なのにそんな奴が生き残り全員になっちまえば、
どうせ逃げられねえまま24時間で全員ドカン、だ」
じり、と小さく砂利のこすれる音がした。
確実に剛の話に食いついている。
人殺しに躊躇いのないくせに、なんという素人ぶりだろうか。
こんな人間が生き残っていることについて、職業が職業だけに剛はほんの僅か不快になった。
「当然面白くねえってんで、参加者の中に数人、ルガールが殺し屋をばら撒いてるのさ。
全員が全員仲良しこよしでクソつまらねえゲームにならないようにな。
そこで、何の躊躇いもなく俺を殺そうとした人でなしのお前を見込んで相談だ」
人でなし、の所で気配が激しく動いた。
まだ甘ったれたことを考えているのか。
ここまで来ると、いっそ哀れになってくる。
「何を隠そう、俺がその殺し屋でな。他にも二人ばかり紛れ込んでるんだが、どうも労働基準法違反で訴えりゃ勝てそうなぐらいの
きつい仕事でな。もう一人ぐらいアシスタントが欲しいと思ってるところなんだよ」
そこで言葉を切った。
ここまで言ってわからないような馬鹿なら、こちらから願い下げだ。
「……あんたが言ってることがホンマっちゅう証拠はあるんか?」
やっと、返事がきた。
まあ、もっともな疑問だろう。
通信機のスイッチを入れて物陰へ放ると、男の手が出てきて通信機を拾い上げた。
「……剛か? どうした」
「…………」
「用がないならかけてくるな。下手に通信機が通じているところを見られたら……」
物陰の手は、そこで通信機の通話を切った。
ゆっくりと、気配の主が出てくる。
成人男性と呼ぶにはまだ僅かに早い、微妙な年代の男。
「俺の身の安全は保証されるんやろな……」
気の小さい野郎だ。
嘲笑は笑顔でごまかした。
「殺し屋がやるのは、余計な人数減らすまでだ。最後の一人まで殺しちまったら、ルール違反だろ」
黒い感情を笑顔で殺すように努めていると、笑顔を浮かべている時は大抵黒い思考に落ち着くようになるらしい。
笑顔で男の心証をつくろいながらも、剛は邪魔なようならさっさと殺そう、と
ちびた消しゴムを見るような目を向けていた。
【日守剛 支給品:USSR マカロフ、ウージー、コンドーム 現在の目的:J6の意向を受けゲームを動かす】
【椎拳崇 所持品:スペースハリアーバズーカ 現在位置:3区 目的:ルガールに信用されるため戦う】
『従業員控室』
と消え掛かった文字で扉に書かれた、今は半分物置と化した部屋にフィオは通された。
間口も奥行きも狭く、倉庫のような部屋である。椅子や机の類は全て取り払われていたので、
床の上に直接座らなければならなかった。
アランは勝手知り得たる様で部屋の奥から救急箱やら何やら取ってきて、彼女の腕に一通りの
応急処置を施した。一見何の疑いようもない親切な行為である。
しかし火傷跡に包帯を巻く傍ら、彼は内心で自分自身をなじっていた。
(俺は何を考えているんだ。どうしてさっきの時点でこいつを射殺しなかった?)
フィオが偶然にもこの建物に立ち寄ってくれたのは好都合だった。彼女の背後に銃を突きつけた
までは全て順調だった。しかしその後が問題だった。
彼女の焼け爛れた右腕を見た途端に戦意が削がれ、ついいつもの調子に戻ってしまった。
結局標的を即行で始末する絶好のチャンスを無駄にした挙げ句、傷の手当までしてやっている
なんてお人好しにも程がある。
まあいいか、と自分を宥める。
ルガールの提示した期限までまだ8時間近くある。このまま彼女をここに引き留め、頃合いを
適当に見計らって殺せばいい。それまでは暇潰しの話し相手として生かしておいても別に構わ
ないだろう。
アランは手を止めず、フィオを上目遣いに盗み見た。
人の良さそうな顔つきで包帯が巻かれる様子を眺めている。こちらがこんな恐ろしい計画を秘
めている事など夢にも思っていない様子だ。
(俺はあんたを殺すつもりなんだぜ。わかってんのか?)
治療が終わると、フィオは律儀に礼を述べた。
「どうも有難うございます、アルジェントさん」
「どういたしまして。つかファーストネームで呼んでくれ、堅苦しい」
「じゃあこれからはお言葉に甘えて」
おっとりした口調で、愛想良く頷く。
彼女は終始控えめで、穏やかな物腰の女性だった。全身から育ちの良さが滲み出ている。
身分の違いのようなものをアランは否が応でも感じさせられた。
「しかしまあ……酷い傷だな。こんな事一体誰にやられたんだ?」
「掌から炎を出す人です」
フィオは憂鬱な顔をした。
「炎……?」
「火薬が爆発するみたいに手から炎を出すんです。私も何なのかわからないんですけど」
「……そいつ、顔の下半分をジャージで覆ってなかったか?」
「いえ、違いますけど……何故?」
「知ってる奴かと思った。違うならいい」
火薬と聞いてFFSで見かけた白ロシア系組織の構成員を疑ったが、彼の仕業ではないらしい。
突然フィオは思い出したように口を開き、少し言い澱んだ。
「あの……そう言えばお願いがあるんです」
「ん、どうした?」
「私、人と深夜に5区で待ち合せをしてるんです。それまでの間ここに置いてもらえませんか?
図々しいお願いなのはわかってます。だけど……日付が変わる前には出ていきますので」
渡りに船、とはこんな時の事を指すのだろう。
彼女の申し出を断る理由などない。アランは二つ返事で了承した。
「何だそんな事か。OKOK、好きなだけいなよ」
「え、本当ですか」
フィオの目が輝いた。
「勿論。君のような女性なら大歓迎だ」
良い兆しだった。全てが順調に運んでいる。
お互いが口に出さず、同じ事を考えていた。
その後自己紹介に近い会話ので、彼らはお互いが23歳で尚且つイタリア出身である事を知った。
信用すべきは誰か、疑うべきは誰か。右も左もわからない状況下では、そんな些細な事が他人
同士の距離を急激に縮める。
二人が旧知の友人のように打ち解けるのにさほど時間はかからなかった。
「1区の外は酷い有様でした」
フィオはこれまで自分が見てきた戦況について、少しずつ語り始めた。
2区から3区が現在の激戦区である事。道に転がる死体の中には、故意に残虐な方法で殺害され
たものも多数存在していた事。そうした死体は例外なく女性や子供ばかりであった事。
「亡くなってから顔を滅茶苦茶に潰された女の人まで……こんなのうんざり」
フィオは膝を抱え、固く目を閉じた。憤りとやりきれなさからか、肩が震えている。
彼女も兵士である前に健全な精神を持ち合わせた一人の人間である。人の死に直面する事態に
慣れきってはいても、死者の尊厳すら蹂躙する卑劣な手口には許し難い思いがあるのだろう。
アランは下を向いて拳を握りしめた。
弱者を狙った快楽殺人者。ルガールの企みに乗じたクズが随分と紛れ込んでいるようだ。
もっとも自らのエゴで腐ったゲームの進行を間接的に助長させている自分も同類である。他人
を偉そうに批判出来る立場ではない。
「まあ死んだ人はご愁傷様だけど、自分が殺されない心配も大事だぜ。あんまり沈むなよ」
別段、フィオに対する皮肉のつもりではない。
彼女は顔を上げ、陰湿な空気を振り払うように努めて明るい声を作った。
「そうですよね。自分こそしっかりしなくちゃ。
……あ、私お茶でも入れてきますよ。お腹とか空いてません?」
「腹は別にいいけど。それより腕はいいのか?俺がやるよ」
「全然大丈夫です。気にしないで下さい」
「悪いね。じゃあコーヒーで」
食欲などある筈がなかった。昨日から胸の悪くなる出来事の連続で吐き気こそすれ、異物を
体内に入れる事など到底無理な話だった。
「了解です。お湯が沸かせる場所ってありますか」
「ある。確かここの隣が給湯室だったと思う」
「わかりました。ちょっと待ってて下さい」
アランは扉の向こうに消えるフィオの姿を見送りながら、彼女が軍人だと言う情報は何かの
間違いではないのかと思った。
外見に関しては勿論だが、態度にも殺伐とした男社会に身を置いてきたとは考え辛い軟弱さが
目立つ。家事でもしていた方が余程向いているように見える。
大体幾ら手負いの身とは言え、あそこまで容易に背後を取られる辺り軍人としての資質は相当
疑わしい。情報が本物ならば、多分親のコネか何かで入隊させられたクチだろう。
そう、彼女に硝煙の匂いなど似合わない。
(……は?)
一瞬浮かんだ、あらぬ考えに眉をひそめる。今、自分は何を考えた?
アランは壁に頭をもたせかけ、溜息をついた。
(……まずいな)
あの娘に少しずつ情が移り始めているようだ。
認めたくはないが、自分の中には常に他人に対する甘さがある。今の所は何とか押さえ込んで
きているものの、人間の根本的部分は短期間で容易く変えられはしない。
現にそれは今も消える事なく、こうして自分の行動に影響を及ぼそうとしている。
下手をすると、このままだと彼女を殺しにくくなる恐れがある事を彼は自覚した。
ふとある疑念が頭をよぎる。
まさかルガールは自分のそんな性格を見抜いてフィオを標的に選んだのではあるまいか。
同い年、同じ出身と言ういかにもこちらの親近感が深まりやすい人物を引き合わせ、こちらが
感情に左右されずに殺せるかどうか試す。こちらの忠誠心を計るには一番効果的な方法だ。
全てが上手く行っていたのは偶然ではなく、初めから計算ずくで仕組まれていた事だった……?
(そう簡単には信用してくれそうにない、か)
彼は焦った。
なるだけ早く殺さなければならない。
中途半端な自分の良心が耐えきれずに決壊する前に。
それぞれインスタントコーヒーの粉とティーバッグを入れたカップに薬缶の湯を注ぐ。
ティーバッグに印刷されたアールグレイの文字は名ばかりで、ベルガモットの香りなど何処
にもしなかった。もっとも人様の物を勝手に頂戴しているのだから文句は言えないが。
給湯器が故障してきたので、水はシンク下の棚にあるミネラルウォーターのボトルを使った。
生活の残り香を色濃く残した狭い空間の中で、フィオは考える。
サウスタウンの外は今どうなっているのだろう。
アメリカ本土の一部である巨大な街が武装組織に封鎖され、住民が退避を余儀なくさせられて
いるとなれば、世間ではテロとして大々的に報道されている筈だ。当然軍も動き出すだろう。
しかしこの二日間外部で何か動きがあった雰囲気は全くない。
放送で耳にするルガールの声も特に緊迫した様子もなく、至って悠然としている。
奇妙だった。
実は5区の病院にいた時、ニュースで外部の情報を得ようとテレビを付けてみた事があった。
だが街には妨害電波が発せられているらしく、テレビの画面は砂嵐を映すのみだった。ラジオ
でも同じ事を試みたが、結果は変わらなかった。
何か自分の想像も及ばない事態が外では起きている予感がした。
思い煩いを振り払うようにフィオは右腕に巻かれた包帯に触れた。
所々弛んでいて不器用な感じのする巻き方。今はモルヒネが効いいるので傷に痛みはない。
とりあえずあのアランと言う青年がいい人でよかったと思った。
一階で銃を向けられた時はもう駄目かと思った。あれがもし彼でなかったら今頃自分はこんな
事はしていられないだろう。
カップを持って給湯室を出て、控室の扉を軽く押して中に入る。
するとアランは足下の一点を見つめたまま真剣な表情で何かを考え込んでいる最中だった。余程集中しているのか、
フィオが戻ってきた事にも全く気づいていない様子である。
(……こんな表情もするんだ)
彼の別の面を垣間覗いてしまった気がして、ぎこちなく声をかけた。
「あ…あの、もしもし」
「え?あ?ごめん何?」
彼は慌てて顔を上げ、とても間の悪い返答をした。隠し事が母親にばれた子供の顔つきである。
フィオは詮索せず、彼の隣に腰を下ろすと陶器のカップを手渡した。
「コーヒー、ブラックでよかったですか」
「気が利いてんじゃん。どうも」
アランは平静を装いながらもびくついてそれを受け取った。
一瞬フィオに自分の意図を全て見透かされているように感じたのだ。
いけない。妙な表情を見せてはいけない。
『きっかけ』を掴むまでは、あくまで親しみやすい好青年を演じ続けなければならない。
カップを持ち上げると、たなびく霞に似た白い湯気がゆっくり立ち上った。
安物の酷く不味いコーヒーだったがどうでもよかった。掌越しに伝わってくる温度が、今が
殺し合いの真っ只中である事を一瞬忘れさせただけで充分だった。
暫くの間二人とも何も喋らず、静かに己の考え事に耽った。
絶え間なく降り続ける雨の音だけが、ガラクタだらけの空間に生命を吹き込むように響いている。
30分程、そうしていただろうか。
束の間の安穏な空気は雨音を遮る耳障りなノイズによって破られた。
ザザザ……ザー……
はっとしてフィオが辺りを見回す。アランは床の布袋を捲って時計のデジタル表示を確認した。
19:00。
「7時だ。……来るぜ」
程なく、災厄を思わせる黒い『あの声』が夜の闇から湧き上がった。
「そっちの仲間は無事だったか?」
「はい、何とか。貴方のお友達は?」
「友達?冗談じゃねえ、ただの知り合いだ。一応皆生きてたよ」
と言ってアランは欠伸をした。
譲刃達に対する関心は薄い。
その生死に興味がある以外は詳しい動向を知ろうとも、接触しようとも思っていない。無論、
彼らが自分の行く手を阻むつもりであれば話は変わってくるが。
そんなアランの態度とは対照的に、フィオは仲間の生存を確認し安堵しきった様子だった。
表情に先程までの緊迫感が消え失せている。
「余程大事な仲間なんだな」
「ええ」
「どんな奴?」
軽い好奇心からの質問である。
「二人いるんです」
と彼女は眼鏡をずり上げた。
「一人は今夜5区で合流予定の人です。ここに来て知り合った日本人です。もう一人は、同じ
部隊で戦ってきた人。……私の親友です」
「親友って、女か」
「女の子ですよ。だけど私よりずっとクールで、兵士として有能で。人間はいつも独りぼっち、
ってのがいつも口癖でした。彼女は……エリはこんな所で簡単にやられないって信じてます」
「ふーん。人間はいつも独りぼっち、ねえ。悟りきってるっつーか仙人みたいだな」
「孤児だったんです。軍に入るまで自分一人の力で生きてきたから、彼女は」
フィオの言葉には、僅かに憐れみに似た感情が混ざっていた。それを感じ取ったアランは自分
も孤児だとは明かさなかった。自分の境遇に変な同情をされるのは飽き飽きしていたからだ。
「あんたの親友はきっと大丈夫だろ」
なので無理矢理話題を変えた。
「それにしても2区から3区はヤバそうだな。あんたの言った通りだ」
「らしいですね。主催者がまさかあんな発表するとは予想してませんでしたけど」
「参加者の不安を煽って共食いを激化させようって魂胆か。舐めた真似しやがって……しかし
イかれ野郎はあのジジイだけじゃないんだな。親殺すなんて絶対ここが狂ってる」
アランは頭の横で人差し指をくるくる回す。フィオは小さく嘆息した。
「きっと……元はごく普通の人だったんだと思います。異常な環境に突然放り込まれたせいで
狂ってしまったのかも」
「俺も、いつかそんな風になるのかな」
一言、呟く。
「……え?」
「人は変わろうと思っても自力ではなかなか変われない。だけど、本当に変わってしまう時は
己の知らないうちに変わっていく」
「い、いきなりどうしちゃったんですか。まるで詩人みたいに」
唐突に飛び出した神妙な物言いにフィオは目を丸くする。
俺は繊細なんだ、とアランは冗談めかして笑いながらカップの底に残ったコーヒーをあおった。
いつの間にか外の雨足は弱まっていた。後2、3時間もすれば止むのかもしれない。
「結局戻るのか、5区に」
「はい、戻ります」
フィオは静かに、しかしきっぱりと断言した。
「やらなきゃいけない事があるんです。ゲームを止める為に」
「ゲームを……止める?」
訝るアランの問いには答えず、フィオは言葉を紡いだ。
「私は軍上層部の父の後押しで軍人になりました。だから自分が兵士には力量不足で、性格的
にも向いてないのはわかってるんです。いつも受身で優柔不断で誰の役にも立てなくて。
だけど……こんな事が起きて、いつもみたいに人に流されてるだけじゃ駄目、殺し合いを止め
させる為に自分で行動を起こさなきゃいけないって思いました。
今だからこそ、私でも何か出来る事がある筈なんです。それがどんなに些細なもので、役に
立つか分からなくても構いません。少しでもゲームを抑制する力になって、誰かを助けられる
可能性があるのなら私はそれを全力でやります。
だってもしかしたら、それが自分にしか出来ない仕事かもしれないじゃないですか」
「死ぬ危険性を冒してでも?」
「……私、どのみち最後まで生き残れません。わかってます。いずれ順番が巡ってくるだけ」
「…………」
「当然怖いですよ、死ぬのは。でも何もせずに死ぬより、何かしてから死にたいんです」
一気に喋り終えると彼女は我に返ったのか頬を紅潮させた。
「ごめんなさい。私ったら意味の分からない事を」
アランは無言で首を横に振った。
彼女の言わんとする事は痛い程伝わっていた。だからこそ何も言葉を返せなかった。
ましてこれから殺されるべきのお前は目的を遂げる事は不可能なのだ、など。
ただやるせないショックを感じた。
見るからに消極的で世間知らずな彼女が、その細い肩が折れそうな程重い覚悟を背負っていた
とは想像すらしていなかった。
自分はと言えば、己の事情の為に早々と他の参加者を裏切って、鬼畜同然の主催者の犬に成り
下がっている。最低だと思った。
すると突然彼女を欺いている事に対する罪悪感が波のように押し寄せてきた。
「……聞いてくれ」
我知らずのうちに口走っていた。え?とフィオがこちらを見る。
「俺、本当は一人殺したんだ。昨日の朝。そいつはまだガキだった。だけども仕方なかった。
向こうから襲ってきた。やらなきゃこっちがやられてた」
警戒されるのは承知の上だった。
こんな言い訳を告白した所で彼女に対する後ろめたさが軽減されるわけでもない。しかし死を
前提とした彼女の思いを前に、自分の中の真実を少しでも話さずにはいられなかったのだ。
予想に反し、フィオの反応は意外なものだった。「話してくれて、有難う」
アランは拍子抜けしてフィオを見返した。
「俺を……警戒しないのか?人殺してんだぜ」
彼女はかぶりを振り、
「私も戦場で人の命を奪った者ですから」
「…………」
「だから、そんな顔しないでください」
慰めるように笑った。
淀みのない瞳。それはアランの記憶に住む大切な誰かと同じ光を湛えてきた。
こらえきれなくなり、彼は立てた膝の中に顔をうずめた。
これ以上彼女を見ていると、自分の正体もルガールの指令も何もかも吐露してしまいそうだった。
「あんた、優しいんだな」
弱々しく声を絞り出すのが精一杯だった。
その後彼らは惰性でひたすら雑談をした。
暗黙の了解で、今の状況に関する話は一切しなかった。ただ互いの元居た世界での日常、服の
趣味、好きな本────そんなたわいのない話題ばかりを時間のたつのも忘れて語り合った。
いずれ訪れる別れを惜しむかのように。
午後9時。
仮眠する、といきなり言ってフィオは寝てしまった。
アランは狼狽して、自分の横で寝息を立てる女の姿を見つめた。
この女はどれだけ自分に気を許すつもりなのか。幾ら兵士とは言え、女である以上見ず知らずの
男の前に無防備な姿を晒す行為に別の意味で身の危険を感じて然るべきだ。
もっとも今のアランに下心を起こす精神的余裕など持ち合わせていなかったが。
おそらく彼女本来の気質は人を疑う事を好まないのだろう。
だが。
それが彼女にとって決定的な命取りとなった。
標的の殺害を実行に移す時が来ていた。これ以上先送りには出来ない。あと数時間もすれば
彼女は目を醒まし、ここを去る。やるなら今だ。
まずどのように殺すべきか考えた。
支給品のワルサーにはサイレンサーがついていない為、周辺に誰かがいた場合銃声によって
こちらの居場所が知られる危険性がある。
さらに予備弾薬が二つない事を考慮すると、必要なければ銃の使用は控えるべきと判断した。
やはり、撲殺が最も手軽かつ確実な方法だろう。
手元にはガラスの灰皿がある。これで強かに後頭部を一撃すれば、やられた相手は助からない。
そっと灰皿を持ち上げ、フィオの顔を一瞥する。
こいつは自分が騙されていた事すら知らずに死ぬんだろうか。
疼きだした心が何か喚いていたが、無理矢理聞こえない振りをした。
うるさい、黙れ。
心臓の拍動が早まる。おもむろに灰皿を持った手を振りかぶる。
一息吸い込むと、思い切りフィオの頭めがけて叩きつけた。
フィオとあんたらは根本的に違うと思うけど?
筈だった。
頭に灰皿が触れそうになったギリギリの瞬間、ぴたりと手が止まった。
まるで石化でもしたかのように硬直している。
どうした?さっさとやれよ。
依然として手は動かない。焦燥と苛立ちに駆られてアランは頭の中で声を荒げる。
何をためらっている?そいつをもう一度下に振り降ろせば終わりだ。ビビるな早くしろ。
…………早く!
気付くとその手は────彼の命令を拒絶し小刻みに震えていた。
(……くそっ!!)
震える左手を右手で押さえ込んで引き戻す。灰皿から手を離すとうなだれ、頭を抱えた。
自分には殺せない。
無条件に自分を信頼し続ける、痛々しい程純粋な女のささやかな希望を断ち切るなど出来ない。
呼吸を整え、天を仰ぐ。
何て脆弱な意志なのだろう。昼間の決心が夜には崩れている様は滑稽だった。
ここでは人の命は単なる記号に過ぎない。『生存』と『死亡』のたった二種類のみ。
記号に対して同情や親愛などの陳腐な感情は不要であると理解していながら、それを捨て切れ
ないどころか振り回されている自分の甘さが不甲斐なく、情けなかった。
こんなんじゃ、あの人を守る事なんて出来やしない。────
フィオから離れて窓際に座り込んだ。
窓を開けると、雨上がりの湿気を含んだ生温い風が流れ込んでくる。
星は見えない。
広がるのは一面、深淵の闇。何処に立っているのか見失いそうな程、漠々とした闇。
無音の夜空を虚ろに見つめる。
八歳で両親を失った。恐らく、アランの生涯において最も多くのものが失われた時期だ。
孤児となった彼は心身喪失のまま街の小さな教会に拾われ、後の数年をそこで過ごした。
物質的な豊かさこそあまりなかったものの、あの『家』での生活には確かな安息があった。
それは彼が経験した孤独や悲しみを補って余りある、優しい安息だった。
教会には彼と似た境遇の子供達の世話をしている若いシスターがいた。彼女は血をわけた実子に
母親がするように、彼に対して深い慈愛を注いだ。
母と実感出来る人や兄弟同然の仲間達の元、彼は大人になるまで孤児であるみじめさや引け目
を感じた事は一度もなかった。
彼は思う。あの頃の自分は幸せだった。
全てはそんな幸せを与えてくれた人をただ守りたくて始めた行動だった。なのに。
あの人の為に何かを捨てる事すらままならず、既に汚れきった良心にしがみついて自分を堕とす事を躊躇っている。
自分はあの人に嫌われる事を恐れているのだろうか?
今の自分を見たらきっとあの人は嘆き悲しむだろう。昔のように自分を愛してはくれない。
それをきっと恐れている。
ふと、考えた。
このまま仕事を放棄したらどうなるだろう。何らかの懲罰を受ける事は必至だった。或いは
ルガールが使えないと判断すれば口封じに消される可能性もある。
元より自分の命に未練はない。だが自分の死は即ちシスターの消息を追うのも放棄する事だ。
それだけは出来ない。だけどフィオを殺す事も出来ない。ならばどうすればいい?
────シスター、俺は自分はずっと正しい選択をし続けてきたつもりでした。
だけどもう何が正しくて何がと間違っているのかわかりません。
俺はどうするべきですか?
どうすれば貴女は笑ってくれますか?────
気付くと泣いていた。濁流のように止めどなく涙が溢れた。
心はコントロールを失い、感情は溶解して流れ出す。
瞼を押さえ、声を殺して彼は泣き続けた。
【アラン・アルジェント 所持品:PPKワルサー、主催との連絡用携帯
目的:喪失中
場所:1区北部の商店二回
備考:精神衰弱】
【フィオリーナ・ジェルミ 所持品:なし
目的:霧島翔と合流
場所:1区北部の商店二回
備考:熟睡中】
キュラキュラ動いていた足が動かない・・・頑張らなくっちゃと思っても動けない・・・
おなかが空いて一歩も歩けない・・・・どうしたら良いんだろう・・・?
ボク、このまま死んじゃうのかな?
いやだなあ・・・ボク、大人になる前に死んじゃうんだ・・・
死んじゃったらボク・・・何処へ行くんだろう・・・
昔あの部屋に居た頃、白い服の人が行ってたっけ・・・
『死んじゃった生き物は全て天国に逝く』って・・・
そうか、死んじゃったらがるふぉーどさんにまた会えるんだ・・・・
それなら・・・
ボクはそう思ってたんだ。
そう思ったらボクの体がとっても軽くなるのを感じたんだ。
あれっ?と思った。おなかが空くのも感じなくなった
ボクの背中に小さなお羽が生えていた。
キュラキュラ言ってた足は昔のちっさな足になっていた。
ボクの頭の上に小さなワッカが浮かんでいた。
ああ、そうか、ボク天使になったんだ。
このままお空を飛んでいったらがるふぉーどさんに会えるんだ!!
ボクは頑張ってお羽を羽ばたかせようとした時、何処からともなく声が聞こえた。
『待ちなさい』って声、初めて聞く声、だけどどこか懐かしいような声・・・・
ボクは声がしたほうに振り向いた、そこにはお髭を生やしたおじさんが立っていた。
『貴方はだあれ?』ボクは聞いた。
『それは秘密じゃよ』お髭のおじさんは微笑みながらそう答え、ボクをそっと抱きしめる。
とっても暖かかった、ああ、そうか、この人が神様なのか。白い服の人たちが読んでくれた絵本に出てくる犬福の神様にソックリだ。
『お前はとてもよい子にすくすく育っておるなぁ・・・前のご主人様は一流の犬福ブリーダーじゃったんだろうなぁ・・・』
"いぬふくぶりーだー"っていうのは良く分からないけど、がるふぉーどさんはとってもいい人だったよ?会いたいよぉ・・・
『ねえ神様,ボクがるふぉーどさんに会いたいにょ・・・会わせてほしいにょ・・・』
『それは無理じゃ、お前はまだ彼の元へ逝く時期ではないからのぉ・・・さて・・・ワシはそろそろ消えるとしようか・・・』
そう言ってお髭のおじさんはボクを土の上に降ろす。
『お前は色々な可能性な可能性を秘めておる優秀な犬福じゃ』
ボクの頭をなでながらお髭のおじさんは続ける。
『お前なら何にでもなれるじゃろう、戦闘機福にも、ヒーロー福にも、伝説の天使福にも・・人間にもじゃ!』
お髭のおじさんはそう言って僕の前からすっと消えていった────────
────ボクは目を開ける、あれ?お髭のおじさんは?
僕は周りを見渡す、誰もいない、いる気配がない。
夢・・・だったのかな?おなかも空いたままだし。
そう思って僕は背中を見る、羽は生えてない・・・けど
アンヨがキュラキュラしていない!?──────
ケーブルは目的地に一瞬で場所に到着した。
やはりまだボディスライドを使うと負担がかかるな、そう思いながら回りを見渡す。
「確か・・・ここのはずなのだが・・・」
テレパスを感じたのは確かこの辺のはず・・・
再び周りを見渡すと、草むらに丸っこい物体があるのをケーブルは発見した。
「あれか!」
ケーブルはその丸い物体に近寄る、その丸い物体はフラフラとしていた。口には何か布みたいなものを咥えている。
「・・・これか・・・大分衰弱しているようだが生きているようだな・・・」
そしてその物体を抱き上げ、じっくりと見てケーブルは軽い衝撃をうけた。
「この白く丸い体に黒い模様、大きな耳に太い眉・・・・まさか、こんな所で見る事になろうとは・・・」
昔、ミュータントについて詳しく書いてあるファイルで目にした事がある・・・・犬福・・・・
元は軍事利用目的で開発されていた生物、時と場所によりさまざまに変化する不思議な生き物、いや、新たなミュータントの一種と言っても過言ではない。
日本の一部の地域では愛玩動物として実験的に売られているらしいが基本的には非常に珍しい生き物・・・・
「とにかく、いったんエッジと合流した方がいいな」
そう思い、ボディスクライドを行おうとした時、何者かが突然ケーブルの肩に触れた。
「・・・!?」
突然の事にケーブルは多少衝撃を受けた。
『バカな!ここで感じる事が出来たテレパスはこの犬福のみ!?それを差し引いたとしてもこの俺が後ろをこうも簡単に取られるとは!?』
後ろを向き身構える、そこにはトランクス一丁の髭親父が突っ立っていた。
後ろを向き身構える、そこにはトランクス一丁の髭親父が突っ立っていた。
「・・・っな!?」
余りの衝撃で声もでないケーブルに向け笑顔を見せながら、髭オヤジはデカパンをもぞもぞさせ、何かを置いた。
そして呆けているケーブルにヂュワッ!と敬礼をした後、そこから一目散に走っていった。
「・・・な、何だったのだ・・・!?心を読む暇すらなかった・・・」
我に返るケーブル、髭オヤジが置いて行った物に恐る恐る近寄る。
「・・・・!?こ、これは・・・?」
そこには一丁のサブマシンガンが置かれていた。
重火器のプロフェッショナルであるケーブルにとってはとてもありがたいものではあった。
「・・・・トラップらしき物も無い・・・・しかし・・・彼は一体・・・・?」
とりあえずホテルに戻ってから考えるとしよう、まずはこの犬福とやらに何か食べさせてやらないと。
そう思い、ケーブルは犬福とサブマシンガンを抱え、改めてボディスクライドを行った──────
【22:10】あのオッサンが出かけるって行ってから10分ほど立った。何か腹が減っている奴を助けに行くって言うようなことを言ってた。
オッサンもお人よしだよなあ・・・・まあだから一緒にいるのかねえ?っと、お湯が沸いた、カレーカレーっと、米がねえけどしかたねえよな?
【22:15】レトルトのカレーが出来たので皿に盛る、う〜ん、辛そうな良い香りだ、この香りに騙されて俺は近所の喫茶店でいつもカレーを頼んでた。
畜生、レトルトカレーだったんなら頼まないぜ!絶対帰ったら文句言ってやる!!
【22:20頃】おっそいなあ・・・とか思ってたらオッサンが帰ってきた。帰ってくるのは嬉しいんだがオッサン突然俺の目の前に来るもんで心臓が口から出るかと思った。
で、その腹減ってる奴って誰よって聞くとオッサンは何かよくワカラネエ丸い物体を俺の目の前に差し出した。
何だこれ?そう思ってよく見ると生き物だった、白く丸い体に黒い模様、大きな耳に太い眉、そしてとってもプリティな目!!
その生き物は俺を見て「にょー・・・・」と弱々しく鳴いた、うわぁお!かぁわいいいいい!
俺はオッサンに「何この可愛いの!?何食べるの!?俺カレーしか作ってねえけどこいつ食べれるの!?」と聞いた
するとオッサンは「この生き物の名前は犬福と言って元々は軍事利用目的で・・・・」とかよく分からない事を話し出した。
俺は「そんな事は良いからよお、何食べるか教えてくれよ」って言ったんだ。
オッサンは少しムッとした顔をして答える。
「基本的には人間の食えるものは何でも食べる、しかも胃腸が異様に発達しているようでな・・・・
一説によるとアブラソコムツのワックスとか主にフグ目フグ科の魚がテトロドトキシンでも消化、栄養にしてしまうらしい・・・しかし・・・」
おっさんの話は長い!とりあえずこいつは何でも食うんだな?俺はオッサンの話半分でその可愛い犬福って奴の口にスプーンですくったカレーを口に入れてあげた。
するとどうだろう、その可愛い犬福って奴が突然。
「にょぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
と叫んだと思った瞬間、俺たちは光に包まれた、一瞬、犬福って奴に羽が生えたような気がした────
にょー!!ボク、また飛んでる!
あ!がるふぉーどさんだ!!ちゅんりーさんまでいるー!!
あれ?がるふぉーどさん達がが何かいってるぞ?
『NO!パピィ!!そんな事でこっちにきちゃダメだ!!』
『そうよパピィ!!急いで戻りなさい!!早く!!』
二人とも凄い必死でボクの事を追い返す、仕方が無いからボクは戻ることにした────
────
「ふぅ・・・辛いものはダメって早めに言ってくれよ、オッサン・・・・」
「エッジ、お前が人の話を最後まで聞かないからだ!」
あの光から数分、犬福は発光したと思ったらそのまま気絶してしまった。
ケーブルが応急処置として犬福にチョコレートをあげて居なければ犬福はガルフォードの元へ本当に逝っていたかもしれない、今ではすーすーと寝息をたてながら熟睡している。
「そういやさ、さっき犬福に羽が生えなかったか?」
エッジはさっきの閃光の中で一瞬見えた犬福の羽についてケーブルに話した
「羽?気のせいだろう」
それを見ていないケーブルはそう素っ気無く答えた。
「それはさて置き・・・エッジ、お前はそろそろ睡眠を取れ。」
「あ、ああそうだったな、ちくしょう!貴重な睡眠時間1時間もつかっちまったよ!
俺後3時間しか寝れねえよ!!」
「ふふっ、エッジ、お前は数学は苦手のようだな、4時間は寝れるぞ」
笑いながら答えるケーブル
「へッ・・・?あ、ああっ!!お、おっさん、俺の睡眠時間1時間も多かったんじゃねえか!!」
「結局同じになってしまったがな、さあ、見張りは俺に任せてエッジは寝るといい。」
そう言ってエッジに寝る事を勧める。エッジは悪い!おっさん!とか言いながらなかなか寝ようとはしなかったが、布団に入った瞬間爆睡を始めた。
「・・・・さて・・・と」
エッジと犬福の寝息をBGMに、ケーブルは犬福が咥えていた地図に書かれている血文字のメモを読み出した。
【ケーブル(負傷&消耗) 所持品:衣服数点、忍者刀青龍、忍者刀朱雀 目的:犬福が咥えていたメモをとりあえず読む】
【山田栄二(エッジ) 所持品:十徳ナイフ・衣服類多数・食料多数
目的:第一目的、今居るホテルでゆっくり休む 第二目的、出来れば信用できる仲間を探す。第三目的、いつも行く喫茶店に文句を言いに行く為に生き残る。】
【現在地:2区、リリス達が泊まっていたホテル】
【備考:犬福のパピィはホテルで爆睡にょ!!】
くそう・・・修正前張ってしまった・・・
>>54 ×主にフグ目フグ科の魚がテトロドトキシンでも消化、栄養にしてしまうらしい・・・しかし・・・
○主にフグ目フグ科の魚が持っている猛毒、テトロドトキシンでも消化、栄養にしてしまうらしい・・・しかし・・・
もう一回修正・・・・
×【ケーブル(負傷&消耗) 所持品:衣服数点、忍者刀青龍、忍者刀朱雀 目的:犬福が咥えていたメモをとりあえず読む】
○【ケーブル(負傷&消耗) 所持品:衣服数点、忍者刀青龍、忍者刀朱雀 サブマシンガン 目的:犬福が咥えていたメモをとりあえず読む】
重要なことなのでこれを最後に名無しに
備考:犬福は現在ノーマル犬福です・・・_| ̄|○
フィオは午後10時に仮眠を終え、一階の化粧室に行くと洗面台の前で歯を磨いていた。
アランは熟睡していたのでそのままにしておいた。
彼と言えば。
窓際で眠る彼の頬には涙が流れていた。その涙の真意は自分には伺い知れない。しかしそれは
決して詮索してはならないのだと思った。屈託なく笑う彼の表情に、時折苦悩が影をちらつか
せるのをフィオは知っていた。
皆、それぞれ違う思いを抱えている。自分も、エリも、そしてきっと彼も。
上に戻って身辺の整理をしたらここを出て霧島翔の元へ向かうつもりだった。
1区から5区の地理は行きに大体把握出来たので、今から出発すれば合流の時間までにかなりの
余裕を持って現地に到着出来るだろう。
右腕でが再び痛み始めている。5時間前に注射したモルヒネの効果は既に切れていた。
もう一度注射が必要だと思いながらフィオは化粧室から出た。
こんこん。
店の入口のガラス扉を叩く音である。
(…………?)
反射的に商品棚の後ろに身を隠し、音のした方角へ神経を向ける。凝然と息を詰めていると、
ごんごん、と音は先程より大きくなった。
誰かいる────
「フィオ、あたしよ。ここを開けて」
扉の外の囁くような鋭い声に耳を疑った。
まさかそんな筈はない。だがその声は絶対フィオが聞き間違える事のないものだった。
半信半疑な気持ちを拭えず、棚の脇から入口に目をこらした。
扉の外に人間が一人、街灯の淡い光に照らされて立ち尽くしている。それは────カーキの
戦闘服、ウェーブのかかった金髪、頭に巻かれたバンダナ。
まさしく彼女の戦友、エリ・カサモトであった。細長い剣のような物を引き下げている。
「エリ!?」
フィオは慌てて入口に駈け寄り、鍵を外す手ももどかしくガラス戸を開いた。
エリは険しい面持ちのまま剣を引き下げて店の中へと入ってきた。するといきなり脱力し、
糸の切れた操り人形のようにその場にヘたり込んでしまった。
その口から擦り切れた呟きが漏れる。
「よかった……フィオ……あんた生きてたんだ」
「ちょっ、大丈夫ですか!?」
思わずフィオは明らかにいつもと様子の違うエリの肩に手を掛けた。その時初めて彼女の全身
を子細に見て────瞳が凍り付いた。
凄絶の一言だった。
手足の皮膚は広範囲が火傷によって剥がれ落ち、そうでない部分も
無数の裂け傷だらけになっていた。顔の面積の半分は焼け爛れて原型を失い、右目を覆う眼帯
は血でどす黒く染まっている。
「ひ、酷い……一体何が………」
再会を喜ぶ事も忘れ、フィオは声を震わせた。
エリは力なく笑い、彼女の手を肩から外しながらゆっくり言った。
「何か化物じみた力の連中とやり合っちゃってさ。でも見た目程ヤバくないし心配しないで。
……ちょっと何シケた面してんのよ」
「だ、だ、大丈夫なわけないじゃないですか!今すぐ治療を…」
「もういいから。それよりあたし聞きたい事があるの」
「聞きたい事……?」
フィオが小首を傾げるとエリは無表情に頷いた。「今、あんたは誰かと一緒にいるの?」
「ええ。昼間ここで偶然会ったんですけど、凄くいい人です。今二階で寝てますよ」
「ふうん。相手は男?一人?装備は?」
「男性が一人です。装備はとかは詳しく知らない……何で?」
別に、とエリは口の中で呟きながら封雷剣を掴んで立ち上がった。崩れかかった顔に柔らかな
笑みを貼り付かせてフィオを顧みる。
「せっかくだし、ご挨拶しないとね。……彼は二階ね?」
目だけが笑っていなかった。
青空の下に林立する高層ビル群。四方を飛び交う車のクラクション。大通りの絶えない人の波。
見覚えのある煩雑な風景と、聞き覚えのある耳障りな喧騒。
自分がゾーン・プライムのど真ん中にいると気付くのに、多少の時間を要した。
アランは困惑して周囲を見渡した。
一体いつからここにいたのだろう。自分は別の場所で大切な事をしている最中だった気がする
のだが、記憶も思考も靄がかかったようで何も思い出せない。
踏み締めるアスファルトもすれ違いざまにぶつかった他人の肩も空気の感触しかない。
全てが不自然で、リアリティを失っていた。
そして行き交う人々の流れの中、譲刃漸は少し離れた所に立っていた。いつもと同じ、狷介さを
滲ませた仏頂面を無言でこちらに向けている。
アランは彼に声を掛けた。
────あれえ、ゼンじゃねえの。どうしてこんな所にいるんだ。FFSはもう終わったろ。
ゼンは問いを無視し、嘲りと棘の入り交じった口調で言い放つ。
────お笑いだな。てめえがあそこまで昔を引きずっているとはな。
────うるせえ。お前なんかに何がわかる。俺の過去なんか何一つ知らないくせに。
アランが噛みつくと、ゼンは僅かに眉間に皺を寄せた。
────いいか、これだけは覚えておけ。
刹那、彼の瞳に哀しい色が走ったのは気のせいか。
────純粋は美徳じゃねえ。勘違いをするな。
ゼンはそれだけ言うと踵を返し、人混みに向かって歩きだした。
────おい、何の事だ。お前偉そうに俺に説教する気か。
アランは遠ざかる彼の背を引き留めようとした。
待てよ。大声で叫んでも彼は決して振り返ろうとはしなかった。
そこで目が醒めた。
積まれた段ボール箱と錆びた窓枠が視界に映って、意識は完全に現実へと引き戻された。背中
合わせの壁は不愉快に冷たかった。
あのまま寝入ってしまったらしい。
随分長い間眠った気がしたが、携帯電話の画面を見ると一時間程度しか経っていなかった。
それにしても、何故今更譲刃漸が夢に出てきたのだろうか。彼とはFFSの期間中に起きた一連
の出来事を通じて関わった程度の間柄だった。
だが夢とはそんなものだ。
日頃忘れていたり気にも留めない事が、突然脳内のフィクションとして現れる。そこには深い
意味合いも大したきっかけもない場合が殆どで、ゼンの登場も多分同様なのだと思う。
「純粋は美徳じゃない」
ゼンの言葉────実際に彼が言ったわけではないが────を反復する。
それは違うよ、とアランは思った。
彼の発言が正しければ、今頃自分はここまで苦しまずにフィオを殺せている。
少し眠ったせいで幾分落ち着きを取り戻してはいたが、これからの自分の行動について考える
気力は完全に失せていた。切迫する残り時間に反し、色々と思い煩うのが億劫になっている。
ふと顔を上げると、フィオの姿がない事に気付いた。
床には彼女の被っていた野球帽や地図が置かれたままになっている。
便所にでも言ったのだろう。自分も顔を洗ってきた方がいい。
そう思って重い腰を上げて部屋を出た。
電気の消えた廊下は暗かった。だが窓から入り込む街灯の灯りで辛うじて視界は利く。
階段を降りてゆくと、下から段差を駈け上がる音が近づいていた。
アランは眉をひそめた。
「おいフィオ、もうちょい静かに……」
眼前を薙ぐ、青白い閃光。
それが自分めがけて振り下ろされた剣の軌跡だと認識する前に、反射的に後ろへ飛び退いていた。
狙いを外した残撃は一秒前まで彼のいた空間を両断し、足元のコンクリートを砕いた。
バランスを崩し、階段に尻餅をつく。顔を上げると全身血まみれの金髪の女が、大太刀を振り
かざしてアランに斬りかからんと跳躍していた。
鬱気も眠気も一瞬で彼の中から吹き飛んだ。
突然の襲撃にわけがわからず混乱しながらも何とか立ち上がり、紙一重で攻撃をかわす。
しかしすぐさま、目にも止まらぬ速さで女の剣から喉元を狙った突きが繰り出される。それを
避けると別方向から脇腹を狙った突き。避ける。突き。避ける……
「おいコラ!誰なんだお前は!?答えろ!」
女は黙している。
羅刹の如き形相で無言のまま距離を詰めてくる女の姿は、恐怖を通り越して不気味だった。
こいつはそもそも何処から建物に侵入したのか。一階は全て施錠してあったし、窓が割れる
音も聞いてない。……もしやピッキングか?そう言やあいつ、フィオは!?
様々な疑問が一斉に頭を駆け巡る。
そうこうする間に少しずつ二階へ追いやられている。しかし女の太刀筋を見切るのが精一杯で
反撃はおろか、銃を取り出す隙さえない。
「エリ!やめなさい!やめてー!!」
階下から悲鳴が上がった。フィオの声である。
(エリだと……!?まさかこいつ……っ)
アランの注意が階下に逸れた一瞬を見逃さず、エリは踏み込んで渾身の一振りを放つ。
「死ねえええええ!!」
「くっ!」
封雷剣の切っ先がとっさに身を引いたアランの頭上を掠めた。
カチューシャが弾け飛び、切り裂かれたヘイゼルの髪が宙を舞う。垂れ下がった前髪に視界を
塞がれ、よろめいた時だった。
「やめてってば!」
いつの間にか階段を上がってきたフィオがエリの背中に思い切りタックルを食らわせていた。
流石のエリも予想外の攻撃にひるんだ。段差を踏み外しフィオに覆い被さる形になると、二人
は階段を転がりながら二階と一階を繋ぐ踊り場へ転落した。
アランはすかさずジャケットの下からPPKワルサーを抜き取り安全装置を外す。
エリも素早く受身を取って起き上がり、アランが彼女に銃の照準を合わせるより早く封雷剣
の先端を二階側へと向ける。
すると剣先から眩く光る雷の球が勢いよく立て続けに発射された。
光の塊は引金を引こうとしていたアランの真横の壁を、凄まじい速さでぶち抜いた。
それはエリの精神力から生成された『弾丸』だった。
既にエリは己の意志である程度封雷剣をコントロール出来るようになっていた。そこで彼女は
封雷剣を単なる剣としてだけでなく、自身が慣れ親しんだ武器である銃として使ったのだ。
精神力が昇華し、弾丸と言う形で具現化する為、彼女自身が戦意喪失しない限り弾切れの心配
もない。形状から来る使い勝手の悪さを除けば、実存の銃より遥かに機能は高い。
(畜生、何なんだ今のは!?)
アランは床にへばりついて信じられない攻撃に目を見張った。
よくわからないがあの剣は機関銃の役割も果たすらしい。となると、兵士である彼女に正面
から銃撃戦を挑むのは無謀過ぎる。
再び光が頭上を通過する。
これ以上の直線上での戦いは不利だと悟り、攻撃の途切れた隙に二階の廊下へ走り込んだ。
エリも逃がすまいと剣に力を込め、アランに連射を加えた。
彼を捕らえ損ねた雷撃で壁は砕け、階段も手摺りも火花を上げて穴だらけになる。
エリは忌々しげに奥歯を噛みしめた。
まだ……力を制御しきれていない。これが本物の銃だったら、今の状況なら片目がなくとも奴
を楽々蜂の巣にしてやれたのに。
エリは床にうずくまるフィオを助け起こしながら睨み付けた。
「……邪魔するなって言ったじゃない」
「私は止めた筈です」
右腕を押さえながらフィオはエリを見上げた。
自分に向けられた抗議と避難の視線に、エリは気色ばんだ。
「ゲームのルールを忘れたの!?自分以外は皆殺すべき敵なのよ」
「私は……二人が戦う所は見たくありません」
「……甘えだわ」
「それなら。最後に私と貴女が残ったら貴女はどうするって言うんです」
「あたしが自殺する」
フィオの目が大きく見開かれた。エリの手が素早く動き、彼女の首筋に手刀を叩き込んだ。
フィオは意識を失い、がくりと床の上に崩れ落ちた。
「……ごめんね。すぐ終わらせてくるから」
エリは申し訳なさそうにフィオを一瞥し、封雷剣を握り締めて二階へと向かった。
「くそ、あいつ危ないぞ……色んな意味で」
扉の開け放たれた給湯室に転がり込み、入口横の壁にもたれるとアランは喘ぐように毒づいた。
あのエリとか言う名前の女はわけが違う。
彼女がここに現れた経緯も自分に殺意を向けてくる理由も皆目見当がつかないが、少しの判断
ミスが即刻死に直結する相手である事だけははっきりしていた。
それにしてもまさかフィオに自分が助けられる羽目になるとは、情けないの一言だ。あの時に
彼女がエリに背後から奇襲を掛けてくれなければ今頃自分は脳天真っ二つだろう。
ひとまずはフィオに感謝すべきだ。そんな事を考えていると────
階段の方向から、殺意が接近してくるのを感じる。
アランは静かに拳銃を構え直し、廊下に意識を集中させた。
階段を上がりきった所の脇に、この部屋の入口に面する形でスチール製のロッカーが置かれて
いる。エリがこの部屋に仕掛けてくるのであれば、そこを盾にしてくる筈だ。
相手もこちらの動きを窺っているのが感覚で分かる。息をするのもためらわれる緊迫感の中、
互いに沈黙し銃撃の機会を待つ。
数十秒が過ぎる。
先に動いたのはエリの方だった。
ロッカーの影からやにわに身を踊らせ、入口の壁へ剣を向ける。
アランが反応して床に伏せると同時に、青い雷光が矢継ぎ早に頭上の壁を貫通する。エリの
攻撃をやり過ごしつつ、彼もためらわずワルサーの引金を続けて引いた。
バン!バンバン!
エリはロッカーの陰に身を引いた後で再び激しい掃射を行い、アランもそれに応酬する。
狭い廊下に無数の弾が夕立のように飛び交う。天井の蛍光灯が割れ、窓は粉々に飛び散る。
雷光に穿たれた給湯室の壁がコンクリート片となり、雹の勢いでアランに降り注いだ。
(そろそろヤバいな……)
弾薬を装填しながら彼は焦った。
壁は次第に遮蔽物としての役割を失いつつある。その上こちらの弾薬の数には限りがある。
このまま撃ち合いを続けても自分が手詰まりになるのは時間の問題だった。
突然、攻撃が止んだ。
(…………?)
アランは訝しんで階段の様子を窺った。
踊場で気を失っていた筈のフィオが後ろからエリに組み付いていたのだ。
封雷剣を握るエリの手を掴み、肘を押さえて関節をねじ伏せる。
「エリ!いい加減に……!」
「な!?何のつもりよあんた!」
フィオのまさかの行動に驚きつつもエリは動じる事なく、左肘で彼女の脇腹に一発入れた。
しかしフィオは苦悶に表情を歪めながらも決してエリの腕を離そうとはしなかった。
「ふざけんじゃないよ!手を離しな!!」
「離すもんですか!!」アランは数メートル先で繰り広げられている行動を呆気に取られて眺めていた。
何故か仲間割れを起こしているようだ。あの女の注意は完全にフィオに向けられている。
今なら……やれる。今しかない。
揉み合いの末、フィオは二階の廊下へ転がり出た。
反動を付けて立ち上がった時に、アランが構えたワルサーの銃口がエリに向けられているのを
彼女は目の端で見た。
「だ、駄目────!!」
バン。
耳をつんざく銃声。
その場にいた誰もが一瞬何が起こったか理解できずにいた。
「え……?」
アランの前に立ち塞がるように駆け出そうとしたフィオは、数歩よろめきながら前進した所で
脇腹を押さえ、前のめりに倒れた。
アランは状況を呑み込めずに目をしばたかせた。
俺が……撃った……?
「いやああああああああああああ!!?」
エリが喉が張り裂けんばかりの悲鳴を迸らせて二階に飛び出してきた。剣を構える事も忘れて
廊下に倒れ伏すフィオに走り寄ろうとする。
アランは瞬時に我に返るとエリに発砲した。
頭を狙った弾丸は彼女の右手を直撃し、指を何本か吹き飛ばした。
衝撃で封雷剣はエリの手から離れ、放物線を描いて回転しながら一階へ落ちていった。
(……しまった!)
焦って階段の方を向きかけたエリの右肩を二発目の銃弾が貫く。
三発目が襲う前にエリは体を捻り、給湯室の隣にある従業員控室へ全力で駆け込んだ。
一旦体制を立て直す為である。
アランはエリの後を追わなかった。
彼女が隣室に消えるのを視認するとフィオを給湯室に運び込み、床に仰向けに寝かせた。電灯
のスイッチを入れてから彼女の傍らに屈んで傷口を探る。
被弾した箇所は左脇腹より少し上の部分だった。
白いTシャツはどっぷり血を吸い赤黒く染まっている。本人は目を閉じ、ぜいぜいと苦しげな
息を不規則に吐き出していた。
輸血をしない限り助からないのは明白だった。
「……意味わかんねえよ」
アランは俯き、呻いた。
際限なく頭の悪い女だ。これがお前の言う『自分にしか出来ない』事なのか。
お前は5区に戻って仲間と再会し、ゲームを止めるんじゃなかったのか。
それを放棄してまであの女を守りたかったのか。
俺達が殺し合うのをやめさせるのがそこまで大事なのか。
綺麗事だ、全て。笑わせやがって。
冷蔵庫の発する低い機械音のみが細長い空間の中で唸っている。
最期を看取ってやる事は出来ない。隣の部屋にはエリが潜んでいる。あの女が親友を撃たれて
このまま逃げる筈がない。彼女が再び持ち直す前にカタを付ける必要があった。
その時フィオが微かに目を開いた。唇が弱々しく動く。
「……お願いが……」
注意しなければ聞き漏らしそうな程補足小さい声である。
「もう……エリと戦わないで……」
アランはたじろいだ。
(俺は……こいつをどうするつもりだ?)
────このまま放置すれば。
体中の血液が失われ体温が下がってゆくのを感じながら、意識が続く限り彼女は苦しむ筈だ。
そして自分の力で争いを止められなかった無力感ね絶望の中で死ぬ。たった一人で。
フィオが再び声を押し出した。
「戦うのは…やめて……」
揺らいでいたアランの心は決まった。
楽にしてやるべきだ。彼女にエリと殺し合う様を見せない為にも。
「わかった」
穏やかに答えた。
「彼女とは戦わない。安心してくれ」
「……よかった」
フィオは満足げに目を閉じて呟いた。
アランは今まで他人に沢山の嘘をついてきた。殆どの理由が愚かな自分を守るための下らない
ものだったが、こんなに心苦しい嘘をついたのは初めてだった。
だけど、これでいい。
一人頷くとシンク下の引き出しを開けた。
中をまさぐると、大量のスプーンや栓抜き等に紛れて小さな折り畳み式ナイフが入っているの
を見つけた。刃を伸ばして手に取る。
10cm程度のそれは軽く、電灯の光を反射させて本来以上の鋭利さを放っていた。
フィオの頭を片手で固定し、ナイフを逆手に持って彼女の喉に当てた。
僅かに力を入れると刃の先端が皮膚を破り、白い肌の上に血の球が浮き上がる。
ためらいはなかった。
「Arrivederci,Fio」
耳元で囁き、一気にナイフを刺し込むと手前に引き寄せるようにして強くえぐった。
ぶしゅ、と鈍い音を立ててフィオの喉から血しぶきが上がった。
赤い雨は床と言わず壁と言わず、室内全体に降り注いだ。
アランは暖かい血液を全身に浴びながら、ナイフをシャツの裾で拭いて上着の中にしまった。
彼女は既に死んでいた。
悲しみや同様と言った感情は湧いてこなかった。ただ、空虚だった。
あれだけ彼女の殺害について煩悶いたにも関わらず、いざ必要に駆られて実行に移してしまう
と酷く呆気ないのが意外だった。
舌で自分の顔に飛び散った血を少し拭い取ると錆の味がした。
一瞬逡巡した後、死体の首元へ手を伸ばした。
死体の首には、軍内の認識番号と姓名の刻印が入った銀色のプレート型のネックレスがかけら
れていた。俗にドッグ・タグと呼ばれるものである。
アランはそれを外して自分の首に掛けると銃を拾って立ち上がった。
「必ず祖国に帰してやるからな」
死体からは目を背け、自分に言い聞かせるようにして給湯室を後にした。
廊下は静まり返っていた。
開け放たれたままの従業員控室の扉に近寄り、ワルサーの引金に手を掛けて室内を見渡した。
僅かな動き、音の変化も神経を尖らせる。
薄暗い部屋の様子は自分が出た時と比べて特に変わった形跡はなかった。
しかしバリケードを張り巡らせたように棚や段ボール箱が無秩序に置かれたこの空間には、
エリが身を隠せる場所は幾つも存在している。
(……何処に隠れてる?)
あの険と片腕の機能を失った彼女に派手な立ち回りは出来ない筈だ。
物陰から隙を付いて急襲してくる作戦だろうか。
慎重に一歩、室内へと踏み込んだ。二歩。三歩。────
足首に糸状に張り詰めた物が触れた。
ワイヤーだと直感すると同時に、頭上で重い物体が倒れる鈍い音。すると大量の冷たい液体が
滝のようにアランの全身に降り注いだ。
「うわ!?」
激しく咳き込みながら独特な匂いを放つその液体の正体に気付き、思わず血の気が引いた。
灯油である。
見上げると自分の横の棚の上に、倒れたポリタンクが液を滴らせていた。
その時肩から血を流したエリ・カサモトが棚の後ろからおもむろに姿を現した。
しかしアランは彼女を撃つ事が出来なかった。何故なら彼女の左手には、封雷剣の代わりに
着火されたライターが握られていたからだ。
(……ハメられた)
アランは焦燥した。全てはエリが仕掛けた罠だったのだ。
仕掛けは簡単だ。
ポリタンクを縛ったワイヤーを、足元に張り巡らせたワイヤーと連結させておく。そしてポリ
タンクを倒れやすい状態で棚の上に配置する。
後は侵入者がワイヤーに足を引っかければ、その力でポリタンクは倒れると言う寸法である。
エリはくるりと回り、退路を塞ぐ形でずぶ濡れのアランの前に立ちはだかった。
そして口元を吊り上げ、侮蔑と憐憫の入り混じった笑みを投げ掛ける。
丁度、断頭台に立たされた囚人を見物する女王のように。
「ふふふ、こんな単純なトラップに引っかかっちゃって。バッカじゃないのお?」
心底面白そうにクスクス笑う。
「うふふ、あんたフィオを殺したね」
「お前を殺す予定だったんだが手元が狂った。介錯はしてやったよ」
アランは悔し紛れに鼻で笑って返した。するとエリは唐突にとんでもない行動に出た。
アランの周りに出来ていた水溜まりの中に自ら両足を踏み込んだのだ。
「何の真似だ?引火すればそっちも死ぬぜ」
エリはライターの揺れる炎を恍惚と見つめる。
「ゴミが一つ増えたって変わらないわ」
「……成程。真性のキチガイってわけか」
エリの顔から笑みが消えた。
「あたしね」
言いながら、アランを見据える片目は呪詛の影を作り出している。
「フィオが撃たれた時にね、彼女が助からないってわかったわ。
だからあたし……ずっとここに隠れてたの。あんたを道連れにする為にね。
フィオが隣の部屋で死んでいくのを知ってながらずっと隠れてたのよ。その気持ちがわかる?
ねえわかる?ねえ?」
焦点の定まらぬ視線を彷徨わせ、譫言のように繰り返しながらアランに近付いてくる。
アランは思わず気押され後じさる。
「だからねえ。あたし決めたの」
エリはどんどん部屋の奥へと歩み寄ってくる。
「あんたをさあ」
崩れた顔が溶けて歪む。
「一番苦しい方法で殺してやる」
外では通り雨が降り始めている。
髪の先を伝って落ちる灯油の一滴づつが自分の余命を刻んでいるようだった。
アランは自嘲した。
所詮、こんな無様な死に方がお似合いだ。
フィオを祖国に云々とかほざいてから5分と経ってないわけだが(笑)。
シスター、貴女と再会する前に俺は天に召されるらしい。ああ天国は行けねえか。
どっちでもいいや。もう考えんのもしんどい……
エリの唇が三日月形を作り、手にしたライターがゆっくりと振り下ろされる。
アランは脱力し、壁にもたれ掛かった。
ところが。
本来壁がある筈の場所に壁がなかった。背中に伝わって来たのは冷たい夜の外気である。
左手に手をやると、ざらついた鉄製の窓枠に触れた。
────窓。そう言えば開けたままにしていた。
目の縁で外を見ると、窓の外はゴミ捨て置き場にだった。黒いゴミ袋が渦高く積まれている。
これはもしかすると……。
「おい」
アランはぞんざいな口調でエリに呼びかけた。
「命乞いなら聞かない」
「違う。お前とフィオの違いを教えてやる」
「…………」
フィオ、と聞いてエリの動きが止まる。
「いいだろ?逝く前に話位聞いてけよ」
「……さっさと言いな」
エリは手を下ろした。さかし依然ライターに火は付いたままである。
アランは心密かに安堵した。少しは時間稼ぎが出来そうだ。
「フィオはお前より立派だよ」
「はあ?」
「あいつはな、お前が撃たれないように体張ったんだ。そんな事しても役に立たないのにな。
意味がないとわかってても命を捨てた」
「……何が言いたいの」エリが低く威嚇した。
アランは彼女に気取られぬよう、少しずつ窓枠に体重を掛けながら喋り続ける。
「ところがお前はどうだ?あいつが助からないと判断した瞬間、あいつを放棄した。
……俺を道連れにする事だけを考えてな」
「違う!あたしは彼女の為に何でもするつもりだった!」
「詭弁だぜ。最終的にお前はあいつを捨てた」
「違う!違う!」
エリは髪を振り乱し、首を激しく横に振る。
「あたしはここへ辿り着くまで出会った人間は皆殺しにしてきた!
あの子の為に!彼女以外は全員殺して自分も死ぬつもりだった!」
「やっぱりお前は俺と人種が同じだ。自分の独善に酔ってるだけだ」
「うるさい!言うな!」
エリに言った内容の半分は自分自身に向けたものだった。
単に逃亡の隙を作るつもりで喋っていたのが、知らぬうちにアランは本気で怒鳴っていた。
「あいつを守りたかったなら、あの時本気で俺を殺しに掛かれ!
クズ以下の俺にこんな事を言わせるな!」
「黙れ!」
エリが目を見開き絶叫した。
瞬間。
アランは手にしていた銃をエリに向け、引金を引いた。同時に後ろ向きに窓から滑り落ちた。
落下の直前に目にした光景は、まるでスローモーションだった。
弾丸がライターを握ったエリの手首を掠める。
手元が揺れ、彼女の衣服にライターの火が燃え移る。彼女は驚いて口を開く。
草原に火を放ったかの如く、足元まで一気に炎が走った。
そして。
深夜の空気を引き裂く断末魔の叫びが谺した。
アランは窓下のゴミ置き場に背中から思い切り突っ込んだ。
背骨に鈍い衝撃があったが痛みは殆どなかった。
ゴミ袋の山に埋もれたまま、轟音を上げて炎上する建物の二階を力無く見上げた。
火の海と化した二階の窓枠に人の形を黒い塊が炎に包まれて寄りかかっていた。
自分の信念が正しいと信じて疑わなかった人間の哀れな末路である。
「……ルガール、てめえ見てんだろ」
アランは掠れた声で呟いた。
「……これで満足か?あいつら全員……皆殺してやった」
空は炎を映して昼間の明るさを呈している。
遠くから異変に気付いた誰かがここに向かう可能性があったが起き上がる気にならなかった。
雨に打たれるまま体に溶けていく雨を感じた。
結果的に彼はフィオを殺害した。贖罪として彼は自身に一つの枷を与えた。
それは彼女の願いを自分なりの形で引き継ぐ事だった。
このゲームを内側から、壊す。
勿論プローブの情報を掠め取る当初の目的は捨てたわけではない。
ルガールによると、今回のプログラムに抵抗する無謀な勢力が少なからずいるらしい。しかし
彼らが正面からぶつかった所で勝てる道理はない。内部から手を貸す人物が必要だ。
それが出来るのは自分しかいない。
無論二つの目的を同時に実現するのは困難を極めるだろう。ルガールに忠実な配下として認め
られるまでは理不尽な殺しも再び強いられる筈だ。
殺人を止める為に殺人を犯す。普通から見たら狂った理屈だ。そんな矛盾で何が守れる?
だけど自分は正しい人間ではない。一人も犠牲を出さずに完璧にやり遂げるのは不可能だ。
『役に立つか分からない、どんな些細な事でも構わない』
フィオが死の直前に遺した言葉を忘れてはいなかった。
だから自分は自分なりのやり方で。自分にしか出来ない事を今、する。
その為ならば全ての罪も汚れも引き受ける。汚れを恐れる心はもう捨てた。
赦しなど、得られる筈もなく。ただ必要なものはこの償いを成し遂げる為の救済。
だから。
物言わぬ天上の神。ほんの少し、俺に力を貸せ。
降りしきる雨すら呑み尽くし、天を突き破る勢いで炎は燃え続けた。
He don't cry. He don't stop.
Because he have already obtained REASON.
【アラン・アルジェント 所持品:PPKワルサー(残り7発)、主催連絡用携帯、折り畳みナイフ
目的:プローブの情報を盗む為に本部へ潜入、ゲームを内側から壊す
場所:1区北部商店のゴミ置き場
備考:ジョーカー、鬱回復】
【死亡:エリ・カサモト
フィオリーナ・ジェルミ】
>>40-41間に以下挿入↓
『諸君、ご機嫌よう……』
二人は耳だけに全神経を集中させてルガール・バーンシュタインの言葉を待った。
『さて、三回目の放送だ。そろそろ人数も減ってきた。
隣にいる者を殺す日も近いかもしれんな……ククク』
この男は何かにつけて芝居がかった調子で下らない題目ばかりをならべる。
それが放送になると一層酷くなるので、アランは柄にもなく苛立って舌打ちをした。
やがていつものように死亡者の発表が始まった。フィオは祈るように胸の前で指を組み、放送に耳をじっと傾けている。
アランも脈々と読み上げられていく死者達の中に顔見知りの名前を探した。
100回殺しても生き返りそうなガーネット。祭りの主役となるべく、人間狩りを心底楽しんで
いるであろうヴィレン。そしてディアブロ────譲刃漸。
結局彼らの名前が呼ばれる事はなかった。
最後にルガールは何を思ったか、数人の参加者の名前と居場所を公開した。どれも二人の知らぬ
人物だったが、ルガールが『素晴らしい殺しぶりだった』としきりに
感服している所から察するに、戦慄すべき罪状の持ち主である事は把握出来た。
『さて、それではまた明日の朝の放送で。せいぜいよい夢を……ハッハッハッ』
けたたましい哄笑を残し、二日目の定時放送は終了した。
空が白む。
片手でしなやかなブロンドの前髪をかき上げて時計を見る。
AM04:28。
もとは夫婦の寝室であったのだろうか、ホテルとまではいかずとも、休息をとるには今のこの街では十分すぎるほどの部屋の中。
セミダブルのベッドが二つ並ぶその間のサイドボードに置かれたデジタル時計は夜明けが近いことを示していた。
視線を滑らせると奥のベッドには相棒が寝息を立てている。長い付き合いでわかったことだが彼女の眠りは深く案外寝起きが悪い。
約束した見張りの交代までは30分以上あるが、起こすのは早目がいいだろう。と、思った。
しかしマチュアの足はベッドには向かわず、その視線が次に移されたのは開け放たれた寝室のドアだった。
ドアの向こうには廊下、それを挟んでもうひとつの開け放たれたドア。
ここが夫婦の寝室ならば、ほぼ間違いはなくその部屋は二人の子供の部屋であった。
中には舞が寝ているはずである。
マチュアは見張りの都合もあるのでこの寝室、バイスの隣のベッドで休むように言ったが、舞は極力角を立てないよう
それを断って、ひとり子供部屋で休むと言った。
それでも見張り役が咄嗟の行動を起こせるようにと二つの部屋のドアは開けられ、雨が止んだ後の湿気た空気は
かつて暖かい家庭があったことを思わせる二つの部屋に流れ込んできている。
鏡台の前の椅子から立ち上がり、ドアのほうに歩みを進める。
バイスが起きる気配はないが、気配は消して歩く。開いたドアをくぐる。廊下に出る、また、ドアをくぐる。
一歩、子供部屋に入ったところでカチャリ、という音がした。
子供用ベッドが不便なので床に掛け布団を敷いて寝ていたはずの舞が、横にいる。マチュアのこめかみに銃をつきつけながら。
「いまさら寝込みなんて襲わないわよ」
「でしょうね。じゃあ、なにか御用かしら、見張り役のあなたが。まさかこの時間におしゃべりもないでしょう?」
「そのまさかよ。中、いいかしら」
すこしキョトンとした表情の舞を尻目にツカツカと部屋の中に入っていくマチュア。
舞は小首をかしげて銃を仕舞い、床に敷いた布団に腰を下ろした。
マチュアは部屋にあった椅子に腰掛けている。少し舞が見上げる形での対話。
「で、何かしら?」
少し緊張、いや、まだ警戒しながらマチュアにたずねる舞。
「ごめんなさいね、疲れてるのに」
囁くように答えるが、その答えは舞の問いかけとは別のベクトルを向いたものである。
舞が再度たずねる。はぐらかされているのか、それとも何か、そう思って軽くカマをかける。
「社交辞令はいいわ、この時間、相棒の目を盗んで私に話・・・私に有利になるようなお話かしら」
言われてマチュアは舞から視線をはずす。数瞬その視線を中空に漂わせてから向き直り、軽いため息をついてから切り出す。
しん、とした部屋にマチュアの声だけが聞こえた。
「あなたに、バイスを殺してもらいたいの」
舞は答えない。静かにマチュアを見つめる。
その目に促されるようにマチュアは続けた。
「もちろん、今じゃないわ。でも最後の3人になったときでもない」
舞はまだ答えない。その目はマチュアの心を探るように瞳を覗き込むが、小さな電灯がひとつついただけの部屋ではそれは難しかった。
「今後あなたは私たちと行動を共にしてもらう。他の参加者と戦闘することもあると思う、
その時、誤射でもなんでもいいわ。彼女を殺して」
「何故?あなた、彼女のパートナーじゃないの?」
やっと発した舞の言葉を受けて、また視線を漂わせるマチュア。今度は舞の目を見ないで返す。
「そうよ、まわりの信用ならない連中とは違う、唯一無二の親友よ、世界で」
じゃあなんで、と言おうとした舞の言葉は、マチュアの次の一言で喉の奥へと飲み込まれた。
「2番目に大切なパートナー」
言葉を探しているのか、今度は少し困った表情で黙っている舞。
マチュアは舞を見つめ、問いかける。舞にとって残酷な質問だった。
「あなたは何のために殺すの?」
舞は答えに窮する。
今度はマチュアの視線が舞の心に絡みつく。
意を決するように舞は言葉を発する。
「この子のためよ」
自分の腹に手を当て、睨むようにマチュアを見据える。
それは決意であり枷であり、まぎれもなく愛情をあらわした言葉だった。
「今初めて、あなたの変貌に納得がいったわ」
舞は視線を逸らさない。
「この部屋を選んだのは、その子のためなのね」
「意味がないことくらいわかってるわ、でも私よりも、この子を休ませたかった・・・」
もちろん、まだ生まれていない子供に、子供らしい環境など無意味だ。
そして本当にそのことを思うならばきちんとベッドで休むべきだったのだろう。。
マチュアたちへの不信もあっただろうが、それ以上に、舞は精神的に「子供を想っている」ことを感じたかった。
そして視線を下に落とした舞の、その顔は殺し合いの場に不釣合いな、慈愛に満ちた母のものだった。
「私もね、愛する人のために、生き残らなきゃならないの」
静まっていた部屋に発せられる声。
舞が視線をあげる。今日はマチュアに驚かされてばかりだった。
「意外かしら。そうね、そうかもしれないわね」
ウフフ、と笑うマチュア。
「私はね」
薄暗い部屋に二人の女性の視線が絡む。
「ルガールを、愛していたの。いいえ、今でも、愛しているのよ」
「あの男を・・・?」
「ええ、そうよ。確かに、私はオロチの女、ルガールの監視のために、その元へ送り込まれたはずだったわ」
しばし目を瞑り、想いを蘇らせているのだろうか、マチュアはそのまま天井を仰いでいた。
「愛されたわ、そして、いつしか私も愛した」
短い言葉だった、しかし、その言葉は重く、真実を告げていることを感じさせていた。
「多分、ゲーニッツにはバレていたのね、だから今回、ここに送り込まれた」
「他にも、オロチの関係者はいたじゃない」
舞は言い、放送を思い返した。あの山崎も、クリスも、そして八神庵も、死んだと放送された人間にはオロチの関係者が何人かいた。
「もう、必要ないのかしらね。単にゲーニッツの暴走かもしれないけど」
あっさりと言うマチュア。
「まあ、どうでもいいのよ、もうオロチのことなんて。私はあの人にもう一度愛されたいだけ、そのために」
「そのために、相棒も殺すの?」
遮った舞の言葉に黙ったまま頷いて、改めて言う。
「でもね、やっぱり私バイスを殺せないわ。だから、あなたにお願いしてるの」
「都合のいい話ね。生きたい、でも殺したくない、だから、だなんて」
言いながら舞は密かに自嘲していた。自分もそうだったじゃない、子供は、テリーは殺したくないなんて。と。
そして思う。彼女は自分と同じだ、愛する人のために闘い、殺し、傷つき、生きる。生きようとする。
テリーが死に、誤魔化してはいたが子供を殺した今、自分にかかる枷は彼女より軽いかもしれない。
考え込んで、決める。同類相憐れむと言う奴かもしれないが、彼女の枷もはずしてやろう、そう思った。
「わかったわ、引き受けてあげる、その代わり」
再び銃を取り出し、構える舞。
「その代わり、私にも死んで、かしら?言っておくけどそれはお断りよ」
「でしょうね、だからせめてもよ。あと2時間、ゆっくり寝かせて頂戴」
険しい表情になっていたマチュアがきょとんとしている。
一拍置いて声を殺して笑う舞。
「まだ疲れてるの、そのくらい、いいわよね?」
マチュアに驚かされてばかりの舞の、ちょっとした仕返し。
いたずらっぽい顔で微笑む舞を見て、ああ、やられたとマチュアも微笑む。
「わかったわ、お邪魔して御免なさいね。バイスが変なことしないようにちゃんと気をつけておくわ」
立ち上がり、くるっと振り向き、頭上で手をひらひらとさせて部屋を出て行くマチュア。
舞はその背中が向かいの部屋のドアをくぐったのを確認して、布団へと入った。
もし自分がバイスを殺したら、マチュアは容赦なく自分を殺そうとするだろう。
それは判っていたが、何故だか今は安心して休める気がした。
AM04:58
時計の表示は交代時間寸前だ。
マチュアはあわててバイスを揺する。
「バイス、見張り交代よ。起きて」
出先でたまにあった、ありふれた光景。
ウーンウーンと嫌そうに唸ってからむっくりと身体を起こしたバイスが不機嫌な顔でマチュアを見る。
「あー、わかったよ・・・ックソ、やっぱ安物のベッドはダメね」
吐き捨ててゆっくりベッドから下りるバイス。どうやら本当にきちんと寝ていた様子だった。
「顔だけ洗ってくるわ、悪いね」
「はいはい、待ってるわよ」
ガシガシと頭をかきながら洗面所に向かおうとするバイスが、相棒の顔を見てふと言う・
「マチュア、あんたこれから休むのに顔洗ったの?」
「あ、え、ええ。途中でちょっと眠くてね」
「ふーん、まぁ、ちゃんと休んどきなさいね。今日こそは誰かをバラしてやるんだから」
はいはい、と手を振りながら答えたマチュアの頬には
バイスが勘違いした水滴がひとつ、小さな電灯を受けて光っていた。
【バイス 所持品:斧 目的:ムカツク連中を殺す。怪しい動きをしたら舞を殺す】
【マチュア 所持品:鎌 目的:ルガールに愛されるため生き残る。舞にバイスを殺してもらう】
【不知火 舞 所持品:使い捨てカメラ写るンDeath、IMIデザートイーグル 目的:休息】
【現在位置:6区公園近くの民家】
【備考:夜明けまで2時間ほど、交代してマチュアが見張り中】
既に深夜も過ぎ、夜明けも近くなろうかという頃。
地に倒れ伏したまま大いびきをかいていた炎邪が、もぞもぞと目を覚ました。
「グオルァ……」
ぶんぶんと頭を振る。
立ち上がり、未だ身体に濃く残る疲れを追い払うかのようにぐるぐると腕を回し、ゴキゴキと首を鳴らした。
ふと、何かが聞こえたような気がして、炎邪はあたりをぐるりと見回した。
が、誰もいない。
というか、何だか頭の中がざわざわするような……
――……おい……このっ……
「……グォ?」
ざわめきが、次第に形を取っていく。
やがて、それははっきりとした声となり。
――ぅおいゴルアァァーッ!!テメェいい加減に俺の身体返しやがれぇっ!!
「ぐるじおっ!?」
突如意識の中に響き渡った大声に、炎邪は思わずよろめいた。
その声は紛れも無く、この身体の本来の主だった風間火月の声。
「ウゴァ……ドグラグゴゴガァアッ!?」
どうやら、大幅な力の消耗のせいで、意識の奥底に抑えつけていた火月の魂が目を覚ましたらしい。
身体の支配権こそ奪い返されていないが、これはかなり騒々しい。
――好き勝手暴れてくれやがって!大人しく封じられてろよっ、大体何で出てきてやがるんだ!
「グジョラァッ!ドゴグラッシャアー!」
――うるっせえ!力を貸してやってるだぁ?テメェが暴れたいだけだろうが!
「ボッグラドゴッシャア!ジョラァ!グオォ?」
――そりゃあ……葉月もあんな風に死なせちまうんじゃないかって、怖かったよ。自分の力が足らなくて悔しかった……
火月の意識の中に、目の前で倒れたかすみの姿がフラッシュバックする。
その姿が、最愛の妹である葉月と重なった。
かすみと同じように、守る事ができずに葉月を死なせてしまうかもしれない。
自分の無力が憎く、呪わしく、力が欲しいと切に願った。
――だけどなぁ……
火月の声が、一段とドスの利いたものになる。
――いくら何でもテメェの力なんざいらねぇんだよ!ふざけんな、ガルフォードの奴まで殺しちまいやがって!俺が一発ぶん殴ってやらないと気が済まなかったってのによ!
「ガススゼゴングラァアアー!デッシャートラァ!」
――じゃかあしい!テメェどうせ葉月も殺す気でいるクセに!
喧々囂々と喧嘩――もし他に見る者がいれば、炎邪が一人で大騒ぎしているだけに見えるのだが――を続ける炎邪と火月の視界に、ふっと黒い物が入ってきた。
揃って注意を向けると、それは見るも無残に焼け爛れたガルフォードの死体で。
明るかった金髪もすっかり焼け焦げ、端正だった顔立ちも火傷で醜く歪んでいた。
――ちっ……
「ゴァ?」
炎邪の足が、よろけながらガルフォードの元へ向かう。しかしそれは炎邪の意思ではなかった。
「グラッシャ!ズゾボングラドッゴラァ!」
火月の意思が、身体の主導権を握ろうとするまでに強くなってきている。
炎邪は火月と自分の足を押しとどめようとしたが、とうとうガルフォードの真横まで辿りついて、その場に膝を突いた。
――っくそ……確かにコイツはかすみを殺したけどよう……やりすぎってもんだぜ。せめて俺の炎で弔うぜ、許せよ。
火月の意思に動かされた炎邪の腕が、ガルフォードの身体に置かれる。
その腕から灼熱の炎が噴き出した。
炎は瞬く間にガルフォードを包み、焼き尽くし、やがて骨まで灰と化して、消え失せた。
薄闇の中へ四散していく灰燼を呆然と見送った炎邪だが、我に返って火月の意識に猛抗議を開始した。
「ボッゴラァ!グジジンゴゴゴガアーッ!!」
どうにかまた彼の意識を抑え込もうとするのだが、なかなかどうして火月も譲らない。
――んのぉーっ……ま、け、る、かぁぁあああああ!!
炎邪の意識と火月の意識が火花を散らす。
一方身体の方はと言えば、二つの意識が主導権を争っているおかげで、あっちにふらふらこっちにふらふらと、酔っ払いの千鳥足のごとく面白い歩みをしていた。
しまいには、ごく僅かな段差に足をひっかけて派手に転倒する。
「ぐるじおっ!?」
――ぐわっ!?テメェがいつまでも譲らないから変な動きするんじゃねぇか!
「ゴングラドドガー!ダイボバドンガァッ!」
やむなく身体はそのまま地に伏せさせたまま、炎邪と火月の精神喧嘩はまだまだ続いた。
やがて、太陽が東の空にその姿の端を見せ始めた頃。
ついに、人知れず行われていた壮絶な闘いに、決着がついた。
「ドララッシャァ!テアァァァ!ドルァ!ゴルァ!チェストォォ!」
――ぐあぁーっ!は、葉月ぃーーー!!
いくら疲れていると言っても、炎邪は千年以上の時を生きてきた魔族だ。
封印の媒介となる朱雀も無く、封魔の術に長けた葉月の力も無い上に、自身は封魔の術が苦手という火月一人では抑え込めるものではなかった。
再び火月の意識を奥底へと押し込め、完全に身体の主導権を握ると、炎邪はガバリと立ち上がった。
とにかく苛々している。
鬱憤晴らしに高々と空を舞おうと炎を纏い、宙に舞い上がって一気に加速し。
空中でバランスを崩してあらぬ方向に軌道が曲がり、脇のビルに思いっきり頭をぶつけて落下した。
「グオオオー!ゴグルアアー!!」
頭を抱えてのたうちまわる。
強敵との激しい連戦、海への落下、ガルフォードを三千大千世界全焦土で焼き尽くそうとして倒れ、目覚めたら火月との精神合戦……
それらは確実に炎邪の体力と気力を奪い取っていた。
そのため自在に空を飛ぶ事すらできない自分の現状に、炎邪の怒りはみるみるうちに募っていった。
体色は赤みを帯び、口からはぶすぶすと煙が漏れ出す。
「ンゴオオォォォウ!! ディゥグシャアァゥッ!!」
魔界生命体炎邪、ただいま最高にご機嫌斜めである。
【風間火月(炎邪) 所持品:なし 目的:ンドゥオッッゴルルァラアァァ!! 現在位置:九区と八区と五区の間】
【備考:怒りゲージMAX状態。また、何らかのきっかけで再び火月の意識が表に出てくる可能性があります】
ホシュしておく
ホシュをするのが俺のSADAME!!
「バカな・・・!」
手元の紙束に目を向けてアンディが叫ぶ。
そこに並ぶ名前にはほとんど見覚えがあった。
「ひでぇな、テリーや舞だけじゃない。タン老師にマリー、山崎・・・」
声を出してそれを読むジョー。その声には驚きと共に多分の怒気を含めて。
「KOFの常連もかなりの数だ、草薙に二階堂に八神、極限流の面子もいる」
補足するように目の前のデスクに鎮座するハイデルンが言う。
「我々にも判らない名前もかなり多い、がそれだけの人間、そしてサウスタウンの住民全てが行方不明だ」
ハイデルンの言葉に息を呑む二人。
「しかし・・・いや・・・」
いいかけて止めるアンディ。この二日で嫌と言うほど思い知らされた。
相手はこれだけの規模の誘拐を行え、且つその報道すらも圧殺できるほどの力を持っていると。
「ハイデルンさんよ」
「諸君は軍属ではない、呼び捨ててもらって構わんよ」
感情の読み取りにくい声と視線でハイデルンは促す。
「んじゃ、ハイデルン。これをやってんのは誰だ、ネスツか?」
ジョーが問う。
「ネスツも、そのひとつだ」
ハイデルンが答える。
「ひとつ、と言うことは複数の組織がかかわっている、と?」
アンディが問う。
「そうだ」
ハイデルンの答えは簡潔だった。
世界に名だたる秘密結社、裏社会に影響力の強い企業、犯罪組織、マフィア、大富豪
ハイデルンの挙げる名前は、さらわれた人間の名前よりも衝撃の強いものではあるのだが、
裏社会にそこまで詳しくない人間にとっては、最近よく聞くブローブネクサスの名前に反応するのがやっとだった。
アンディが当然の疑問を口にした。
「それだけの力が動いて、これだけの人をさらって、一体なにをしようとしているんですか・・・!」
「調査中だ」
「調査中って、これだけの部隊と設備があってかよ!」
「有形無形の妨害が激しくてな、強制査収できる相手でもない」
「じゃあ結局何一つ・・・!」
コンコン
ジョーのイライラが沸点に達するかと言うところで後ろのドアがノックされる。
「入れ」
「失礼します!」
ドアをくぐり直立不動の体勢から敬礼をした兵士が声をあげる
「報告します!・・・」
兵士はちらり、と目の前の二人と上官を見やる。
「この二人は大丈夫だ、続けろ」
ハイデルンに促され、ハッ、と言う兵士。
「調査中のネスツ拠点のひとつへの進入に成功しました!」
「ご苦労」
言って立ち上がるハイデルン。いつもの帽子を脇に置いた帽子かけから手にとり、かぶりながらアンディとジョーの方に歩く。
二人の立つ間を通り抜けながら声をかける。
「現在ネスツが動くとしたらその件だろう。一緒に来るかね?」
二人は無言で首を縦に振り、ハイデルンの執務室を後にするのだった。
「こちらです!」
兵士に案内され、爆破したのであろう、バチバチと火花を散らす電子ロックの扉をくぐる。
「隊長、ここはなんの拠点ですかね」
ラルフが周りを警戒しながら先頭を歩く。
ハイデルンがその後ろ、両脇にアンディと東、後ろにクラークといった形で建物の奥へ進む。
「中継基地、といった風体だな」
「中継基地、ですか。一体なにの」
クラークが疑問を口にする。
「ふむ、それはこの奥といったところか」
傍らに多数倒れるネスツの兵士から目を上げたハイデルンの眼前には、いまだ開かない強固な扉とそれに挑む兵士の姿があった。
「隊長!ご苦労様です!」
振り向き敬礼する兵士たち。
「状況を報告せよ」
「ハッ!この扉ですが、電子ロックではなく、特殊な合金による一枚の板でありまして、爆破の衝撃でも効果は薄く・・・」
「ロックの位置は」
「ハッ!このあたりで」
そう言ってドライバーやら爆薬やらの詰まった足元の箱からペンを取り出し丸を書く兵士。
「判った、離れていろ」
前にいるラルフと兵士たちを後ろに下げ、手を軽く振るハイデルン。
その手を手刀の形にして、弧を描いて振り下ろす。
先ほど兵士の書いた丸の部分を手がスウッとすり抜けたように見えた。
「行くぞ」
扉に手をかけガラガラと開ける。もはや扉はその重み意外に抵抗もなくすんなりと開いた。
扉を通り抜けるときにラルフはスッパリと切られた扉のロック部分を見てヒュゥ。と軽く口笛を鳴らす。
ここがこの建物の制御室のようだな。とつぶやいてハイデルンが周囲を見渡す。
明かりがつかない室内にいくつもの計器やボタン、コンソールの画面が光っている。
と、周りに気配。
「3人、といったところか」
「気をつけろよ、あんたら」
ラルフが注意する。5人は背中を向けあい警戒をする。
室内の明かりがつくと同時にそれは襲い掛かってきた。
咄嗟に三方に散る5人。
それぞれ対峙する形となったのは
ハイデルンとゼロ。
ラルフ、クラークとクリザリッド。
アンディ、東とグルガンだった。
「ち、クローンか、厄介な」
「排除、排除、排除」
「抹殺、抹殺、抹殺」
「グルルルルル」
クローンたちは生気のない、殺意だけの目で互いの目標を睨む。
おそらくは闘争本能と指令のみで動く低級のクローンであろう、
ジリジリと間合いを詰めてくる。
「「「グガァッ!」」」
同時に襲い掛かる2人と1匹。
しかし勝敗は瞬時に決した。
「ガッ!?」
「感情もない木偶風情ではいくらゼロとはいえ、この程度か」
空を斬ったゼロの拳の先に姿はなく、その背後からその手刀を突き刺すハイデルン。
「ストームブリンガー!!」
ゼロのクローンは見る見るうちに生気のない顔になり、その場に崩れ落ちる。
「ゴァッ!?」
「2対1ってのもあれだが、まあ逝ってくれや」
初撃をガードしてニヤっと笑うラルフ、クリザリッドが気づいたときには背後のクラークにより空へと飛ばされていた。
「いくぜクラーク!うまく避けろよ!」
「トアーッ!」
スーパーアルゼンチンバックブリーカーの2発目を放り投げたところでスッと身体をスライドさせるクラーク。
空中で体勢を整えようとしたクリザリッドのクローンが最期に見たのはガードも敵わぬラルフ必殺の拳、ギャラクティカマグナムだった。
「グルァッ!?」
「なめられたもんだ、ネコ相手とはよ」
「獣程度に不覚をとることはない!」
アンディの肘が飛びかかろうとしたグルガンの無防備な腹に突き刺さっている。
倒れこむその巨体を避けるように身を引いたところに
「タイガーキィーック!」
カウンター気味に炸裂したジョーの膝にもはや黒色の獣は立ち上がることはなかった。
足元に倒れるゼロ。
壁に張り付けのようになっているクリザリッド。
ジョーが足蹴にしているグルガン。
そのどれもがもう攻撃できないことを確認するハイデルン。
このランクのクローンでは情報も聞き出せない。ハイデルンは仕舞っていた銃を取り出し、3体のクローンに止めを刺した。
「解析は?」
「なにもデータなし、ですね。ほぼ完璧な証拠隠滅です。」
「・・・クッ。レオナ・・・ムチ子・・・」
あっけらかんとしていたラルフが一瞬悔しげな表情になる。
アンディはそれを見て同じような顔をする。
「何の手がかりもねえのか・・・」
「機器が破壊されたわけではない、時間はかかるが復元も不可能ではないだろう、だが」
「そんな悠長なこといってられませんよ!アイツらが連絡も入れずにいるなんてどんな状況か!!」
「落ち着いて下さい、大佐」
「これが落ち着いて・・・!」
クラークの手を振り払おうとしたときにラルフの目が機器の一つを捕らえる。
「隊長、これ!」
指差した先を見てハイデルンが唸る。その片目に困惑が宿る。
「・・・ヤツが黒幕、ということか」
その画面には丸に囲まれたRのロゴ。
KOFの際何度も見たあの男のマークだった。
「ホントに護衛はいいのか?」
「おいおい、おれはハリケーンアッパーのジョーだぜ?」
豪快に笑うジョー。ひとしきり笑ってから真顔にもどる。
「レオナちゃんと、ウィップ、だったか。無事だといいな」
「ん、ああ。こっちも何かわかったら必ず連絡する」
「力になれることがあったら言ってくれ」
言って手を差し出すアンディ。
「ああ、気をつけろよ。相手はネスツだけじゃない。」
握り返すクラークと、その向こうではジョーとラルフがハイタッチで別れを告げていた。
「ルガール・バーンシュタイン・・・」
遠目に4人の姿を見ながら拳を握るハイデルン。
必ず追い詰める、そう誓う。
しかし彼らが真相にたどり着くのは、全てが終わった後である。
彼らが悲しみに暮れるまで、今しばらく、希望と祈りの時間は続くのだった。
ひゃく?
ルガールの個室──────
「ルガールよ、私からの贈り物は届いたかね」
殺人者達の宴の観覧中、小さな小包と低い声の通信がルガールの元へと入ってきた。
「ふん、ウォンといいお前といい私を使い走りや何かと思っているのではないか?」
ルガールは性行為を途中で止めさせられたような、そんな不機嫌な声で声の主──イグニスと会話をしていた
「えーッと・・・これかしら?エミリオさん」
「ち、違うよ!これは唐辛子ペーストだよ!!こんなもの塗っちゃ楓さん死んじゃうよ!!!」
楓、響、エミリオ達は1区から離れ、2区北部にあるコンビニ内に居た
大した傷じゃないと楓は言っていたのだが、二人が半ば強引に治療すると言って聞かず、コンビニで薬を探すことになっていた。
楓はこうやって自分の為に薬を探してくれる二人を見ていると、少しだけホットした・・・そう、昔に戻れた気がした。
「結局ここにはお薬なかったよ・・・楓さん・・・・」
しょぼくれて楓の元へ向かうエミリオ。
「・・・だからいらねえって言ったんだよ、余計なお世話だよ!」
キツい口調をエミリオにぶつける楓、しかし口調とは反対に顔は穏やかだった。
「お役に立てないで申し訳ないです・・・け、けど包帯とお酒ならならありましたから!」
響はそう言いながら楓の少しこげた袖を捲る。手元にお酒と包帯を持っている。
「い、いらねえって!!アデッ!し、染みる・・・・」
「我慢してくださいね?化膿したら大変ですから・・・・」
そう言いながら楓が火傷している個所にアルコールを染み付けた包帯で丁寧に消毒しつつ手際よく綺麗な包帯を巻いて行った。
「響さんって・・・・包帯巻くの上手だよね?」
「ふふっ、お父さんが仕事上こういう火傷を良くしてましてね?はい!これでいいですよ楓さん!」
「ちっ・・・・余計なお世話なんだよ・・・」
ブチブチ言っている楓、その様子を見てエミリオは
「あー!楓さんもしかして染みるの嫌いなんだー!?」
と、楓を茶化した。
「ち、ちげーよ!馬鹿野郎!!」
図星を突かれたのか、顔を真っ赤にして必死で否定する楓。
「ふふっ、楓さん、以外です、染みるの苦手なんですね〜♪」
「クスッ、楓さんの意外な弱点発見だ〜♪」
「ち、違うって言ってんだろ・・・・プッ・・・アッハッハ!」
照れくさくなって否定しようとしていた楓だったが、今までの緊張が一気にほぐれ、吊られて笑ってしまう。
殺伐としたこのサウスタウンに、少しだけ和やかな空気が流れた、そんな一瞬だった。
──────
「・・・・これから如何しましょうか?」
コンビニ内にある休憩室に移動し、軽い休息を取る事にした楓たち。
まず最初に響が楓に問い掛けた。
「・・・・・・決まっている、ロックって野郎を殺しに行く・・・・!!」
「仇打ち・・・ですね?」
「ああっ!!そうだ!!奴が何処にいるのかは知らないが・・・仇を討つ!!」
そう強く言う楓、その瞳は赤黒く、殺意に燃えていた。
「あ、じゃあね?楓さん!ボク良い物持ってるんだ!!」
エミリオはそう言いながら楓たちにチュンリーからルートした探査機を見せる。
「?何ですか之は?」
「・・・・機械って奴だよな・・・?エミリオ、何だこれは?」
怪訝とした顔の二人、エミリオはそれについて嬉しそうに話し出した。
「えっとね!僕も仕組みはよく分からないんだけど・・・・近くにいる場所が分かるらしいんだ!!」
「な、何!?」
「・・・・これから如何しましょうか?」
コンビニ内にある休憩室に移動し、軽い休息を取る事にした楓たち。
まず最初に響が楓に問い掛けた。
「・・・・・・決まっている、ロックって野郎を殺しに行く・・・・!!」
「仇打ち・・・ですね?」
「ああっ!!そうだ!!奴が何処にいるのかは知らないが・・・仇を討つ!!」
そう強く言う楓、その瞳は赤黒く、殺意に燃えていた。
「あ、じゃあね?楓さん!ボク良い物持ってるんだ!!」
エミリオはそう言いながら楓たちにチュンリーからルートした探査機を見せる。
「?何ですか之は?」
「・・・・機械って奴だよな・・・?エミリオ、何だこれは?」
怪訝とした顔の二人、エミリオはそれについて嬉しそうに話し出した。
「えっとね!僕も仕組みはよく分からないんだけど・・・・近くにいる場所が分かるらしいんだ!!」
「この点とこの点が楓さんと響さん!!けど何故か僕は写らないん・・・」
「俺たちはいい!ロックって奴は何処だ!!!」
説明しているエミリオの首元を掴み凄い形相で問い掛ける楓。
「く、苦しいよ・・・!!」
「あっ・・・す、すまない・・・」
そう言って首から手を離す。
「ゴホッ・・・えっとね・・・近くに居ないと分からないんだけど・・・・えーっと・・・チョットまってね・・・」
なれない手つきで探査機を操るエミリオ。
「・・・この点はKEN・・・違う・・・ARA・・・これじゃない・・・あっ、居た!!」
そう言って2区のハワードアリーナ地点で光っている点を指指すエミリオ。
「そうか・・・・そこに居るのか・・・・ロック・・・・!!」
自分達から丁度真南に付いている点を見つめながら楓は呟く。
「ウン!3人でそいつを殺そうね!!」
無邪気な笑顔で狂気的な発言をするエミリオ。
「ええっ!楓さんの為なら!!」
その狂気的な発言に同意する響。
「3人一緒・・・だと・・・?ふざけるなぁあ!!!」
その発言に対して怒りをあらわにする楓。
一瞬何を言われたか分からなかったかのように硬直する二人。
「こいつは・・・・俺の仇なんだ・・・・だから・・・・俺が殺すんだ・・・・そう・・・俺が・・・・」
そう呟く楓、その姿は2人の狂気など赤子のような・・・どす黒い狂気であった。
──────
ルガールの個室──────
「まあ、そう言うな。せめてもの詫びだ」
「中継基地のことか」
「ああ、たかが一つの基地ではあるが、ハイデルンの部隊が相手となればリスクも出てこよう」
今日の夜の出来事である、NESTSの基地の1つが襲撃された。それだけならば別に対した事ではない。
ただ今回は違った、彼ら──ハイデルン部隊の目的は多分自分達が行っているこのゲームの真相を知る事だろう。
「つけいられる余地は」
元々険しい顔をさらに険しくしてルガールは通信相手に語りかける。
「ない、とはいえないが数日は持つだろう。ゲームの完成に手間取れば邪魔が入る可能性は0でない」
「で、このコントローラというわけか」
手元の小包の中身をとりだし、イグニスに問い掛ける。
小包の中身はウォンがあの少年──エミリオという少年を操って居た時に持っていたそれとほぼ同じ物であった。
「そう、ウォンの商会から入手した技術をネスツで練りなおしてね。あの少年を操れるはずだ」
「ウォンのコントロールに対する優先度は上なのか?」
「もちろん。君もあの狐に一泡吹かせたいだろう」
「ふん、あいつが狐ならば貴様は宇宙人だな」
何を考えているのか今一分かりづらい、ウォンとは別の意味で。そういう皮肉をイグニスにぶつけた。
「極上のほめ言葉だ。さて、ウォンが出てくる前に通信を切るとしよう。せいぜい有効に使ってくれよ」
そう言ってイグニスは通信機を切った。
「ふん・・・貴様が何を考えているのかは知らんが・・・・」
聞こえる筈が無い通信機に向かって誰と言う訳ではなく話し掛けるルガール。
「使えるものは有効に使わせて貰うとしようか・・・フッフッフ・・・・」
彼は薄ら笑みを浮かべながら、そのリモコンのスイッチに手をかけた───
────────
「・・・・それにしても凄いカラクリですね・・・?」
響は通信機を手にとり呟く。これを使えば晶さんの場所と行動が分かるかもしれない。
本当は私を探しているのかもしれない・・・あの人なら私たちと一緒に行動してくれるかもしれない。
「あの・・・エミリオさん・・・この点の中に晶さんって人は・・・・」
英語が分からない響は、自分達から丁度東側に晶達の点が移っている事が分からずエミリオに聞こうとした。
が、質問を問い掛けることはなかった。
「あ・・・ッ!!アガッ・・・・・!!」
エミリオが突然頭を抱え、苦しみ悶えだした。
「ど、どうかされたんですか?エミリオさん!?」
突然の変調に驚き、声をかける響。
『何をしている、その女を殺せ、早く殺せ』
そういう声がエミリオの頭の中に響いてくる。
「い、嫌だ・・・こ、殺したくなんて・・・・」
「どうしたエミリオ!!!しっかりしろ!!」
「か、楓さん・・・・僕から・・・に・・・逃げて・・・!!」
脳内で聞こえる邪神の声に必死に抵抗をするエミリオ。
自分から逃げて、早く逃げて、僕はまたおかしくなっちゃう・・・だか・・・ら・・・・
プツッ────
突然エミリオの動きが止まった。
「フフ・・・・フフフフ・・・・」
不気味な笑い声と共に、頭からそっと手を下ろす。
「え、エミリオ・・・・・さん・・・・?」
「あはは!!あは!!!アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」
狭いコンビニの休憩室でエミリオは狂った様に笑い出した、いや、実際に・・・・・
「だ、大丈夫か、エミリオ?」
心配そうに声をかける楓、その声を無視し手のひらに光の塊を溜める。
「了解、あの女を殺す、殺すよ、殺すよ、殺す。アハハハハハハ アハ ハハハハハハハ!!」
狂った笑い声を上げながら光の塊を放つ。響に向けて、仲間だった者に向けて。
「エッ・・・?」
響は突然のエミリオの変貌に対し理解が出来ないといった様子で硬直する。
「危ない響!!」
響に向けて放たれた光の塊を押したおす形で間一髪で避ける楓。
「あっ・・・ああっ・・・・」
仲間だと思っていた人間?に攻撃されたショックだろうか、響はその場でへたり込んだ。
光の塊は楓達の後ろの壁をぶち抜いた。もしこれが直撃したとしたら、食らった人間は即死だろう。
「エミリオ・・・てめぇ!!どういうつもりだ!!」
楓はレイピアを構え狂神に魅入られてしまった者に問い掛ける。
「楓さん、どいてよ、僕は彼女を殺さないといけないんだ、はは あはははは」
狂神に見入られた彼はそう、笑顔で答え再び光の塊を打ち出そうとした。
「ちぃ・・・!響!逃げるぞ!!!」
そう言って腰を抜かしている響の手を掴み先ほどの光の塊で出来た穴から外に出る楓。
「あれ ? 何処行くの?」
狂った者は逃げて行く者の様子を見つめていた。
「逃げちゃだめだよ響さん 楓さんもどいてよ、あはハハハハ アハはハハ」
二人を追いかけるため、それは背中から美しき金色の羽を生やした。
「糞ッ!エミリオ・・・・!!」
響の手を掴みながら逃げる楓、その場で戦う事も出来たのだろうが、自分には彼を殺すイメージが湧かなかった。
「・・・・そんな・・・・エミリオさんが・・・何で・・・・?」
青い顔をして父の形見を持ち走りながら呟く響、二人にはあの変貌振りを理解することが出来なかった。
「考えても仕方ねえ!喋る暇があるなら走れ響!!」
覚醒楓なりの励まし方で響を励まし、エミリオから逃げようとする。
が・・・・
「か、楓さん!上!!」
響が上空を指さす、そこには黄金の翼を持つエミリオが居た。
「何処に行くの?響さん殺さないと行けないのに行けないから逃げないでよ響さん楓さん少し待って」
そう言いながら彼は手のひらに光の弓を作り出す。その光の弓を縦に構える。
「よけないでね響さん、楓さんに当たったら大変だし響さんを殺さなくちゃいけなくなってるから死んでよ」
早口で今一聞き取りづらい言葉を発しながらその矢先を響に向ける。
「じゃあね〜」
そしてその矢を放とうとする、その瞬間。
「ちぃ!!させるかぁぁあっ!!!」
楓はエミリオが居る上空に向け雷を落す。
「あうっ!」
その雷が直撃した訳では無いが、エミリオの気をそらすには十分のものだった。
「響!!エミリオは俺が何とかする!!今は逃げろ!!!」
「か、楓さん、私も戦います!!」
響は父の形見の刀を構える。
「いいから逃げろ!!相手は空飛んでんだ!!響じゃ無理だ!!!!俺も後で追いかける!!!」
自分が居たら足手まといだと言いたいのだろうか。確かに自分を守りながら上空の相手をするのは不可能だろう。
「楓さん・・・後で必ず!!!!!」
響は後で追いかけるという楓の言葉を信じて、その場から離れた。
「ああっ・・・逃げちゃったよ響さん・・・何で邪魔するの楓さん!!」
エミリオは買ってもらったおもちゃを取り上げられた子供のような表情をして楓に問い掛ける。
「・・・わかんねえなら良いよエミリオ・・・・冗談にしてはやりすぎだ・・・・だから俺が殺してやるよ!!!」
そう、冷たく言い放ち楓はレイピアを構える。
「楓さん、僕にはサッパリわからないや、けどそういう事ならいいよ?アハハハハハ」
そういってエミリオは楓に向けて光の塊を放ち始めた。
「ッく!!」
ルガールの個室
確かに効果は絶大だ、ネスツの技術力は認めないと行けない・・・
が、しかし強すぎの様だ、彼の自我が壊れてしまっている。
このままでは楓という面白い駒が消えてしまう、それは面白くも何とも無い。
「ふん、ワザワザ命令しなくてはならんのか・・・・手間のかかる。」
ルガールはコントローラーに再び指示を送り出した。
「アハハハアハハハ」
上空で光の塊を連発するエミリオ、避けられ無い事はない、だが有効なダメージを与えることが出来ないで居る。
『・・・糞ッ!!この戦い、俺には武が悪い・・・・か・・・!』
青龍の力を自分が持っているレイピアに集中させる。
それに応じて雷がレイピアに集まっていき、まさに天にも届くような青く巨大な光の剣を作り出した。
「青龍の名にかけて・・・・負けられねえんだよぉぉぉぉっ!!!」
その巨大な剣をエミリオに向けて振り下ろす、が、しかしエミリオはそれを軽く横へ避けた。
「ハァ・・・ハァ・・・くそっ!」
「あはは、ハズレ♪じゃあ楓さん、次は僕の番・・・・ウッ!!」
最大の技を外し、精神的にも肉体的にも疲労がたまっている楓に止めの一撃を放とうとするエミリオ、しかしそれは頭に響くあの声によって止められた。
『もういい、こいつはまだ殺すな、彼にはまだ利用価値があるのでな。』
「分かった、楓さんはまだ殺さないんだね?」
その声に素直に答えるエミリオ。
『ああそうだ、お前は次の指示があるまで上空で待機だ。』
「了解、じゃあね楓さん、アハハハハハ!アハ!アハハハハハ!!」
エミリオは狂神の指示に従うため、黄金の翼を羽ばたかせ、さらに上へと上っていった
「行った・・・のか・・・・」
どんどん小さくなり、最後には夜空との区別がつかなくなるまでエミリオを見つめつづけていた
「糞ッ・・・何でだよ・・・」
楓は小さく呟いた。
ここに来て初めて心を許せる相手に出会えたと思った。
覚醒していようがいまいがこの気持ちは本当だと思ってた。
「何で・・・・こうなるんだよ・・・」
楓はその場にしゃがみ、だんだんと明るくなって行く空を見上げた。
「・・・・こんな感情になるのは・・・・もう一人の俺の役目だろ・・・?」
再び呟く。
『・・・・・1つになりたいのか・・・・?』
「・・・!?」
何処となく声が聞こえた。少なくとも、楓にはしっかり聞こえた
「・・・・誰だよ・・!?」
『再び、1つになりたいのか・・・・?』
「くそっ!誰だよ!!何処にいるんだ!!」
また聞こえる、今度ははっきりと。
『再び、東の守護神としての力が欲しいか・・・・?』
「ああ欲しいさ!!分かったから姿を見せろ!!」
声がする方に移動する楓。木が焦げた臭いがしてくる。
「・・・・・何だ?火事でも起きてたのか・・・?」
そこは誰かが戦っていたのだろうか、黒くこげ崩れでいる家があった。
『再び1つになりたいなら・・・・』
声は確かにここから聞こえる、楓は崩れかけた家の中に入る。
その中には一本の白い剣がスス1つ付いていない美しい姿で地面に刺さっていた。
「・・・・剣・・・・?」
『再び元の姿に戻りたいのなら・・・・この剣を使え』
楓は、その美しき剣を地面から抜いた。
【楓(軽度の負傷) 所持品:レイピア 目的:最優先でロックを殺す。現在位置、一区北、封雷剣と対面(アランとは接触していない)】
【現在位置、一区北、封雷剣と対面(アランとは接触していない)】
『・・・ここは、何処なのでしょうか・・・』
響は階段を上っていた。
ここがどこかも分からない、ただ、外にいるのは危険だ、そう思い建物の中に入る。
そして楓さんが来るまでどこかの部屋に隠れていよう。そう思っていた。
しかしどこの建物のどのドアも鍵が閉まっていた。
階段を上がりきる、最後の部屋の前にたどり着く、そこのドアは開けっ放しであった。
その部屋の中に入る、すると目の前には響が慣れ親しんできたふすまで区切られていた。
ふすまに手をかけようと近寄る、すると自動的にふすまが開いていく。
それ驚き引き返そうとする響、しかしそれは男性の声により止められた。
「凄い暗黒の力だな・・・誰だ?」
人がいる!!そう思い父の形見、八十枉津日太刀を構えた。
やられる前にヤる!そう思い刀を抜こうとした、が、声の主を見た瞬間、その抜く手を止めた。
「楓・・・・さん・・・・?」
美しくなびく金髪、悲しみを帯びた赤い目、その姿は先ほどまで一緒に居た楓そのものだった、服装以外は。
「またか・・・」
「そいつに間違えられるのは2度目だ、俺の名前は・・・・」
【高嶺響 所持品:八十枉津日太刀 目的:エミリオから逃げる】
【ロック・ハワード 所持品:デリンジャー、ワルサーP99 火炎放射器 ワルサーPPK 目的:自分より弱いものは全て殺す 楓を待つ】
【現在位置::3区ハワードアリーナ内ギースの隠し部屋】
「あはははは!あは!アハハハハハハハ!!」
エミリオは命令どおり上空を飛んでいた。
狂神の指示があるまで、出てきたばかりの朝日を浴びて飛んでいた。
その姿はまさしく天使そのものであった。神の指示には絶対的な、狂信的な天使そのものだった。
【エミリオ・ミハイロフ(かなり消耗)所持品:無し(探査機はコンビニに放置)目的:ルガールの指示を待つ(自我は殆どない。)】
【現在位置:1区上空】
修正
>>103で同じ文を繰り返し書いている。
>>111 ×【楓(軽度の負傷) 所持品:レイピア 目的:最優先でロックを殺す。現在位置、一区北、封雷剣と対面(アランとは接触していない)】
【現在位置、一区北、封雷剣と対面(アランとは接触していない)】
○【楓(軽度の負傷) 所持品:レイピア 目的:封雷剣との接触。】
【現在位置、一区北、封雷剣と対面(アランとは接触していない)】
蒼月は夢を見ていた…そこは荒涼とした何も無い荒野、しかしその荒野の中心だけはまばゆいばかりの
光に満ちている、その中心にいたのは
(火月っ!)
そう、いままさに業火に飲みこまれんとしている弟の姿。
「兄貴っ来るんじゃねぇ、兄キィ〜〜〜」
凄まじい熱風に押されながらも手を差し伸べる蒼月を拒絶する火月。
「俺はもういい…けど…を頼む」
火月の口がぱくぱくと動くが、蒼月には何も聞こえない。
「何っ!何を言ったんです!火月っ」
必死で弟の名前を呼びつづける蒼月…だがその言葉も虚しく、火月の姿は完全に炎の中へと
没しようとしていた。
「火月ぃぃぃぃっ〜〜〜」
そこで蒼月の視界は一変する、先ほどまでのまばゆい光はもはやなく、そこにあるのは高層ビルに囲まれた
狭い星空だった。
「夢…ですか…」
はぁはぁと息を荒げる蒼月、その身体は汗でびっしょりだ。
視線を感じ振り向くと、ネオとガーネットが心配げにこちらを見ている。
「何でも…」
「火月って言うんだ…弟さんの名前」
ぽつりと呟くガーネット
「どうしてそれを?」
確かまだ教えてはいなかったはずだ。
「すごくうなされて叫んでた…何度も何度も」
言葉もなく黙り込む蒼月にガーネットは続ける。
「それでネオと相談して決めたんだけど…」
「あなたもういいわ…もう充分助けてくれたから…そろそろ自分のやりたいことをやりなよ」
その言葉は蒼月にとってはまさに渡りに船だった。
だが、自分の中の忍びとしてのプライドがそれを許さない。
「冗談を言ってもらっては困ります、行きがかりとはいえ私は貴方に仕えると決めた以上
最後まで従うのが忍びの定めです」
普段の蒼月ならばそのまま押しとおすことも出来ただろうが、何分あんな夢を見てしまっている以上
動揺は隠せない。
「弟も忍びの端くれ、どこでどのように生き、そして死のうがそれは弟の…」
「バカッ!」
ぱぁんと蒼月の頬が鳴る。
「私は他人!ただの行きずりの他人よ!!…そんなのに関わって…たった弟さんを見殺しにするつもり!!
…それにね」
「私は…自分の一番大切なものが何なのかもわからないような朴念仁に、守ってもらいたくなんかないわ!!」
感情剥き出しに叫ぶガーネット、その目には涙が光っていた。
その涙を見てまた苦渋の表情を浮かべる蒼月…その心の中では兄としての自分と忍びとしての自分とが
せめぎあいを続けている…そして。
蒼月はガーネットとネオに深く頭を下げる、それは決別の印だった。
それを見て心からの笑顔で応じる2人、本当は心細いにも関わらず…
そのまま無言で2人に背を向ける蒼月、本当は別れの言葉を伝えたかった、だが振り向いてはいけないような気がした
振り向いてしまえば自分は…。
そして霧のような飛沫が2人の頬に散ったかと思った瞬間、すでに蒼月の姿はビルの谷間へと、
消えてしまっていたのだった。
「2人っきりになっちゃいましたね」
「きっとまた出会えるわよ…その時はきっと彼、弟さんも連れてくると思うわ」
「ですよね…」
心細さを隠すように言葉を交わすネオとガーネット
あえてまた会おうとは言わなかった、それは向こうも同じだろう、今の状況での約束事は
負担にしかならないのだから。
そして2人は行く当てもなく街をさ迷っていたのだが、やがて雑居ビルの一角におあつらえむきなフロアを見つける。
ここならば1晩過ごせそうだ。
ネオはガーネットを部屋に残すと、そのまま買いだしに向かう…誰もいない街で買いだしというのも
変な話だが…
(ちなみにネオはここまで食料などを補給する際、きちんとレジや自販機にお金を律儀に入れています)
10分ほど歩くとコンビニが見える
「ごめんくださーい」
返事が無いのは分かりきっていたが、それでも一言断るのが人の道というものだろう。
やはり返事が無いのを確認して、それからネオはゆっくりと店の中に入る。
カップラーメン、サプリメント…手軽でかさばらない品々をいくらかチョイスすると、
ネオはレジの前で計算を始める
「合計で12ドル20セントですね…ここに置いておきます」
ネオはこれまでそうしてきたようにレジの前に自分のサインとお金を置いて行く、
そして立ち去ろうとしたときだった。
「あんた変わってるな」
唐突な声にぎょっとするネオ、振り向くとそこには空手着を着こんだ屈強な男がいた。
何時の間に…ときょろきょろと周囲を見渡すネオ、見るとトイレのドアが開いていた、
どうやら彼が先客だったらしい。
「あ〜余計な世話かもしれんがカップラーメンはやめておけ、湯がいつも用意できるとは限らんからな」
男はそう言うといくつかの品物をネオへと投げてよこす。
「これなら場所を選ばず食べられるぞ」
慌てて受け取りながらネオはまたレジの前で計算に精を出し始める。
「えっと…」
それをみて男は愉快そうに笑う。
「ははは…やっぱりアンタ変わってるぜ」
つられてネオも笑う、先ほどまで心細い思いをしていただけに今の雰囲気は有り難かった。
(この人なら…)
「あの…」
「青い柔道着を来た男を知らないか?」
「!?」
一瞬、強烈な殺気を感じたが…そのまま気のせいと割りきるネオ
「知らないです…それよりもお願いがあるんです、もしよければ一緒に行きませんか」
「いや、悪いが俺にはやらねばならないことがある…気持ちはありがたいんだが」
そう行って男はネオに背中を向ける。
「で…でもっ」
普段のネオならもっと慎重に言葉を選んだだろう…だが不安な状況が彼の心を先走らせてしまった。
彼の口から出た言葉…それは
「もうすぐ脱出できるかも、このばかげたゲームとやらを終わらせることができるかもしれないんですよ!」
脱出…その言葉を聞いた時だった。
「脱出するのか…なら」
男の手が背中に伸びる、ネオにはまるでスローモーションがかかったのような動きに見えた。
「死んでくれ」
あまりにも脈絡無い行動だった…男は、リョウ・サカザキは容赦なくショットガンの引金を
ネオに向け引き放った。
ぶしゅるっと肉と血が弾ける音。
「悪いな…まだ終わらせるわけにはいかないんだ…」
己の血に塗れのたうつネオに向かって冷然と告げるリョウ、そんなリョウを見つめるネオ
この男がジョーカーか…いや違う…何故なら…
「あなた…いいんですか…それで…」
苦しい息の中ようやく立ちあがりリョウに話しかけるネオ…
「さっきのあなた…とても優しい目をしていた…本当はこんなこと…」
さらに銃声が店内に轟く,
それはあたかも己の迷いや優しさからの決別の叫びにも聞こえた。
「優しさなど、無駄なだけだ…中途半端な情が人を滅びに導く」
「そうだ、俺に今の非情さがあの時にあれば、俺は…」
ユリをあんな目に合わせることもなかったと心の中で続けるリョウ
その目にふらふらと外に逃げ出すネオの姿が入る、また銃を構えるリョウだが…。
その時唐突にレジに備え付けの電話のベルが鳴る。
最初はそれを無視し、ネオの後を追おうとしたリョウだったが…ベルはけたたましく鳴りつづける
まるでリョウを呼んでるかのごとく
軽く舌打ちをしてリョウは電話に出る。
道路にはネオの流した血が道標のごとく点々としている、夜道とはいえこれなら見失うことはないだろう。
「何だ?」
「リョウ・サカザキだな…お前に頼みたいことがある」
受話器の向こうから聞こえるのは若い女性の声…しかも聞き覚えがある、確か
「お前はルガールの腰巾着か」
「ご挨拶だな、まぁいい私の名前はヒメーネ」
「で、何の用件だ…俺はお前たちに関わる暇など」
「ありはしないのだろうが…まぁ聞け、いい話を持ってきた…これ以上無駄な殺しをするのも面倒だろうと思ってな」
ヒメーネの挑発めいた言葉にリョウは少しだけ興味を引かれる、引き続き受話器を持つリョウに
ヒメーネは勿体つけながら本題を話していく。
「お前の探し物を見つける手伝いをしてやろう…ただし」
「誰を殺せばいい?」
予想された問題を予想した答えで応じるリョウ、受話器の向こうからクククと笑い声が聞こえる。
「察しがいいな…待っていろ」
その言葉から数秒後、FAXから1枚の顔写真と地図が吐き出される。
その写真の主を見て怪訝な顔をするリョウ
「仲間なんじゃないのか?」
「ああ、以前はな」
即答するヒメーネ、リョウもそれ以上は詮索しない。
「まぁいい、俺の目的は一つだ…貴様らが手助けしてくれるのならそれもまた、ありだ」
怨恨は人をここまで変えてしまうのだろうか?
リョウは表情一つ変えず、さも当然とばかりに受話器の向こうに告げる。
それを聞いてまた陰惨な含み笑い。
「そうだ…一つだけ訂正しておく、とりあえず殺す手前で止めておいてくれるだろうか?
手足の数本壊してそれから連絡してくれれば、後はこちらで処理する」
それはどういう…と言いかけたリョウだが、疑問はそのまま飲みこむ、どうせ答えてくれるまい。
ただ分かった、とだけ呟くと、相手の受話器が切れるのを確認し、そして自分も受話器を置いて
コンビニを後にするリョウ、もはやその心の中からネオのことは消えうせていた。
一方…オフィスの片隅で携帯電話のスイッチを切ったヒメーネ
全開の窓から頬に当たる風は心地いいが、その顔はすさまじいまでの憎悪とそして嫉妬に溢れんばかりだ。
話は数時間前に遡る。
メイドらと共にルガールに夜食を届けたヒメーネ、その最中、ルガールが珍しく紅茶を飲みたいと言い出す。
早速その準備をしようとするメイドらを手で制すると、ヒメーネは直々に紅茶をカップに注ぎ
うやうやしくルガールに差し出す。
だが、ルガールはヒメーネの容れた紅茶を一瞥するなり、そのままトレーへと戻してしまった。
「下がっていい」
その言葉に信じられないといった風に立ちすくむヒメーネ。
だがメイドたちに促され渋々ながら部屋を出ていこうとしたときだった。
「やはりマチュアを手放したのは失敗だったか…あれは仕事は並みだったが、容れる紅茶だけは実に上手かった」
それは聞こえるか聞こえないかの小声だったが、それでもヒメーネの耳にしっかりと届いていた。
がちゃんと食器が割れる音
「ヒメーネ様、私が…ひっ!!」
慌ててメイドの1人が駆け寄るが、ヒメーネの顔を見て悲鳴を上げてそのまま去っていく。
それほどまでにヒメーネの表情はおぞましいまでの嫉妬の表情に満ちていたのだ。
ルガールに対するヒメーネの想いはもはや忠誠という概念を飛び越え、崇拝といってもよい
そして自分がルガールを想うように、ルガールもまた自分を想ってくれている
そう信じて疑わなかった…だが、違った。
やはりルガールは自分よりも…
他人から見れば他愛なく、そして身勝手な想いに過ぎない。
そんなことは分かっている…だが、それでも
(殺してやる…いやそれだけでは物足りない…)
自分の手で嬲って、いたぶって…どうか殺してくださいと彼女の口からその言葉が出るまで
加虐の限りを尽くしてやる。
だが…どうやって…
今、自分が使える手駒を考えるヒメーネ
アランは信用できない、エミリオは得体が知れない…剛は論外だ
あの鮫に弱みを見せれば、命まで噛み砕かれる。
あやねが生きていれば適任だったのだが…
モバイルを操作し、生き残りたちの個人情報を検索していくヒメーネ
めまぐるしく動いていた手がやがて止まる。
「リョウ・サカザキか…」
参加者データの欄に、日守剛に怨恨ありと記載されている。
事実、今でも躍起になって彼の居場所を探しつづけているようだ。
この男使える…それに上手く行けばあの目障りな剛も始末できる、一石二鳥とはこのことだ。
くくく…と喉を鳴らすとヒメーネは早速ポケットから携帯電話を取り出す。
そこから先のやり取りは前述の通りだが
果たしてヒメーネの提案を受け入れたリョウの手の中のFAXには、
マチュアの顔写真と現在位置がしっかりと記されていたのだった。
(知らせなきゃ…逃がさなきゃ)
ネオは脇腹を押さえ、ふらつきながらガーネットの元へと急ぐ。
散弾にごっそり削り取られた脇腹をちらりと見て、ネオは悟る…もう自分は長くない。
だが、死ぬ前にやらねばならぬ事がある…。
ふらふらになりながらも…ようやくガーネットの元に辿りついたネオ。
ドア越しにあらん限りの声で叫ぶ。
「そのままで聞いて…追っ手が迫ってます…早く逃げて」
やはり溢れる血の匂いは隠しようが無い。
ネオの耳にもドア越しに取り乱しまくるガーネットの声が聞こえる。
「いいん…ですよ、これがポリスメンの宿命って…やつですよ、人のために生きて人のために死ぬのが…ね」
またドア越しに声が聞こえ、それから鍵を開ける音、しかしネオは血に塗れた手でドアノブを握り
ドアが開くのを制する。
「だから…どうしてなんて聞いてくれなくても…いいです…だから」
「早く…逃げて…ください……どうしても逃げられないなら…こう言いましょう」
「僕の死を無駄にしないで…ください」
その言葉から暫くして、ドアの向こうの泣き声が遠ざかり、それから裏窓の割れる音
どうやら彼女は決断したようだ。
ふぅ…と息をつくネオ…床はもうすでに赤いプールとなってしまっている。
そのプールに身体を浸し、最後の時を待つネオ
「ガーネットさん…泣いていたな…蒼月さん、結局僕は…あなたみたいにはなれませんでした」
結局最後までまるで決まらない人生だったと思う…それでも
「たった一つだけ…誇れることがあるかも…」
ポケットの中の魔銃をそっと握り締めるネオ。
「短い刑事生活だったけど、憎しみで人を裁いたことが最後まで無かったのは…自慢にして…いいよね」
その言葉を最後にネオは自らの血潮のプールに沈み、もう浮かび上がることはなかった。
13日金曜日23時59分59秒、ネオ刑事、サウスタウンにて殉職
【風間蒼月 所持品:カッターナイフ 目的:火月捜索 位置:目的地は特になし】
【ガーネット 所持品:多目的ゴーグル(赤外線と温度感知) 目的:中央に対してハッキング 位置:5区中央】
【リョウ・サカザキ 支給品:火薬 ショットガン(残り弾数3発)現在の目的:マチュアを追う、日守剛への復讐】
【ネオ:死亡】アイテムは放置
蒼月は夢を見ていた…そこは荒涼とした何も無い荒野、しかしその荒野の中心だけはまばゆいばかりの
光に満ちている、その中心にいたのは
(火月っ!)
そう、いままさに業火に飲みこまれんとしている弟の姿。
「兄貴っ来るんじゃねぇ、兄キィ〜〜〜」
凄まじい熱風に押されながらも手を差し伸べる蒼月を拒絶する火月。
「俺はもういい…けど…を頼む」
火月の口がぱくぱくと動くが、蒼月には何も聞こえない。
「何っ!何を言ったんです!火月っ」
必死で弟の名前を呼びつづける蒼月…だがその言葉も虚しく、火月の姿は完全に炎の中へと
没しようとしていた。
「火月ぃぃぃぃっ〜〜〜」
そこで蒼月の視界は一変する、先ほどまでのまばゆい光はもはやなく、そこにあるのは高層ビルに囲まれた
狭い星空だった。
「夢…ですか…」
はぁはぁと息を荒げる蒼月、その身体は汗でびっしょりだ。
視線を感じ振り向くと、ネオとガーネットが心配げにこちらを見ている。
「何でも…」
「火月って言うんだ…弟さんの名前」
ぽつりと呟くガーネット
「どうしてそれを?」
確かはっきりとはまだ教えてはいなかったはずだ。
「すごくうなされて叫んでた…何度も何度も」
言葉もなく黙り込む蒼月にガーネットは続ける。
「それでネオと相談して決めたんだけど…」
「あなたもういいわ…もう充分助けてくれたから…そろそろ自分のやりたいことをやりなよ」
その言葉は蒼月にとってはまさに渡りに船だった。
だが、自分の中の忍びとしてのプライドがそれを許さない。
「冗談を言ってもらっては困ります、行きがかりとはいえ私は貴方に仕えると決めた以上
最後まで従うのが忍びの定めです」
普段の蒼月ならばそのまま押しとおすことも出来ただろうが、何分あんな夢を見てしまっている以上
動揺は隠せない。
「弟も忍びの端くれ、どこでどのように生き、そして死のうがそれは弟の…」
「バカッ!」
ぱぁんと蒼月の頬が鳴る。
「私は他人!ただの行きずりの他人よ!!…そんなのに関わって…たった弟さんを見殺しにするつもり!!
…それにね」
「私は…自分の一番大切なものが何なのかもわからないような朴念仁に、守ってもらいたくなんかないわ!!」
感情剥き出しに叫ぶガーネット、その目には涙が光っていた。
その涙を見てまた苦渋の表情を浮かべる蒼月…その心の中では兄としての自分と忍びとしての自分とが
せめぎあいを続けている…そして。
蒼月はガーネットとネオに深く頭を下げる、それは決別の印だった。
それを見て心からの笑顔で応じる2人、本当は心細いにも関わらず…
そのまま無言で2人に背を向ける蒼月、本当は別れの言葉を伝えたかった、だが振り向いてはいけないような気がした
振り向いてしまえば自分は…。
そして霧のような飛沫が2人の頬に散ったかと思った瞬間、すでに蒼月の姿はビルの谷間へと、
消えてしまっていたのだった。
「やれやれ、2人っきりになっちまったな」
「きっとまた出会えるわよ…その時はきっと彼、弟さんも連れてくると思うわ」
「だよな…」
心細さを隠すように言葉を交わすネオとガーネット
あえてまた会おうとは言わなかった、それは向こうも同じだろう、今の状況での約束事は
負担にしかならないのだから。
そして2人は行く当てもなく街をさ迷っていたのだが、やがて雑居ビルの一角におあつらえむきなフロアを見つける。
ここならば1晩過ごせそうだ。
ネオはガーネットを部屋に残すと、そのまま買いだしに向かう…誰もいない街で買いだしというのも
変な話だが…
(ちなみにネオはここまで食料などを補給する際、きちんとレジや自販機にお金を律儀に入れています)
10分ほど歩くとホームセンターが見える。
「ごめんくださーい」
返事が無いのは分かりきっていたが、それでも一言断るのが人の道というものだろう。
やはり返事が無いのを確認して、それからネオはゆっくりと店の中に入る。
まずは適当なリュックサックを物色するネオ
支給品のバックがあるにはあるのだが、背負えないのが難点で、それがどうもネオには気に入らなかったのである。
そこそこの大きさのリュックを入手すると今度は食料品売り場に向かう。
「疲れた脳細胞にはこれが一番なんだよな、たっぷり補給しとくか」
ネオはまずは、「あるもの」を大量にリュックの中に放りこむと、
それからカップラーメン、サプリメントなど手軽でかさばらない品々をいくらかチョイスし、
レジの前で計算を始める。
「合計で217ドル20セント…」
ネオはこれまでそうしてきたようにレジの前に自分の名刺とお金を置いて行く、
そして立ち去ろうとしたときだった。
「あんた変わってるな」
唐突な声にぎょっとするネオ、振り向くとそこには空手着を着こんだ屈強な男がいた。
何時の間に…ときょろきょろと周囲を見渡すネオ、見るとトイレのドアが開いていた、
どうやら彼が先客だったらしい。
「あ〜余計な世話かもしれんがカップラーメンはやめておけ、湯がいつも用意できるとは限らんからな」
男はそう言うといくつかの品物をネオへと投げてよこす。
「これなら場所を選ばず食べられるぞ」
慌てて受け取りながらネオはまたレジの前で計算に精を出し始める。
「えっと…」
それをみて男は愉快そうに笑う。
「ははは…やっぱりアンタ変わってるぜ」
つられてネオも笑う、先ほどまで心細い思いをしていただけに今の雰囲気は有り難かった。
「探偵としてのプライドの問題でね」
「あの…」
「青い柔道着を来た男を知らないか?」
「!?」
一瞬、強烈な殺気を感じたが…そのまま気のせいと割りきるネオ
「知らないな…それよりもよければ一緒に行かないか?…あんた」
「いや、悪いが俺にはやらねばならないことがある…気持ちはありがたいんだが」
そう行って男はネオに背中を向ける。
「でもっ」
普段のネオならもっと慎重に言葉を選んだだろう…だが不安な状況が彼の心を先走らせてしまった。
彼の口から出た言葉…それは
「俺たちは脱出に向けて動いてる、このばかげたゲームとやらを終わらせることができるかもしれない」
だから力を貸して…とネオが続けようとした時だった。
「脱出するのか…なら」
男の手が背中に伸びる、ネオにはまるでスローモーションがかかったのような動きに見えた。
「死んでくれ」
あまりにも脈絡無い行動だった…男は、リョウ・サカザキは容赦なくショットガンの砲門を
ネオに向けた。
「悪いな…まだ終わらせるわけにはいかないんだ…」
「なぁ…考え直す」
ネオはリョウの目をちらりと見て、慌ててそらす…リョウの瞳はもうすでに…
「つもりはないんだろうな…多分」
「ああ」
「お前たちが脱出を諦めないのと同じようにな」
「いえてる」
苦笑するネオ、しかし笑ってばかりもいられないし…笑っているだけのつもりもない。
慎重にリョウの表情を観察するネオ、この男ジョーカーか…いや違う…何故なら…
「いいのか…それで…」
「あんたの瞳は誇りに満ちている…簡単に魂を売り飛ばせるような男じゃない」
「誇り?魂?そんな物は無駄なだけだ…中途半端な情が人を滅びに導く」
「そうだ、俺に今の非情さがあの時にあれば、俺は…」
ユリをあんな目に合わせることもなかったと心の中で続けるリョウ
沈痛な表情でうつむくネオ。
おそらくは自分の想像を超えた恐るべき運命がこの目の前の男を襲ったのだろう。
でなければ…今のような言葉が出てくるはずがない。
それでも目の前の男に同情して殺されてやるわけにはいかない。
ネオはそっと自分の背中に右手を隠す、その手にはビールのボトル缶が握られている。
親指でキャップを外すと、ゆっくりゆっくりと缶をシェイクしていくネオ…気取られればおしまいだ
やがて指先に炭酸の泡が感じられるようになる。
「殺すのか!でも待ってくれその前に!!」
ブシュッ!!
ネオは絶妙のタイミングで背中に隠していたビール缶をリョウに向け解放する。
シェイクにシェイクを重ねた炭酸の泡が一気にリョウへとぶちまけられる。
「それがどうした!!」
しかしそんな子供だましに引っ掛かるリョウではない、幾分びっくりはしたが
リョウはショットガンのバレルを引き、リュックを背負ってすたこら逃げるネオの背中に標準を合わせ
トリガーを引く、弾けるような嫌な金属音
そしてネオは背中を紅に染め、店外へと吹き飛ばされる。
さらに追撃を掛けようとするリョウ、しかしその時だった。
その時唐突にレジに備え付けの電話のベルが鳴る。
最初はそれを無視し、ネオの後を追おうとしたリョウだったが…ベルはけたたましく鳴りつづける
まるでリョウを呼んでるかのごとく
軽く舌打ちをしてリョウは電話に出る。
道路にはネオの流した血が道標のごとく点々としている、夜道とはいえこれなら見失うことはないだろう。
「何だ?」
「リョウ・サカザキだな…お前に頼みたいことがある」
受話器の向こうから聞こえるのは若い女性の声…しかも聞き覚えがある、確か
「お前はルガールの腰巾着か」
「ご挨拶だな、まぁいい私の名前はヒメーネ」
「で、何の用件だ…俺はお前たちに関わる暇など」
「ありはしないのだろうが…まぁ聞け、いい話を持ってきた…これ以上無駄な殺しをするのも面倒だろうと思ってな」
ヒメーネの挑発めいた言葉にリョウは少しだけ興味を引かれる、引き続き受話器を持つリョウに
ヒメーネは勿体つけながら本題を話していく。
「お前の探し物を見つける手伝いをしてやろう…ただし」
「誰を殺せばいい?」
予想された問題を予想した答えで応じるリョウ、受話器の向こうからクククと笑い声が聞こえる。
「察しがいいな…待っていろ」
その言葉から数秒後、FAXから1枚の顔写真と地図が吐き出されるが、
排紙不良を起こしたらしく、読めはするがかなりしわくちゃになってしまっていた。
リョウはその紙を丸めて外に捨てると、新しいものを要求する。
そしてさらに数秒後、今度はシワ一つなく鮮明なその写真の主を見て怪訝な顔をするリョウ
「仲間なんじゃないのか?」
「ああ、以前はな」
即答するヒメーネ、リョウもそれ以上は詮索しない。
「まぁいい、俺の目的は一つだ…貴様らが手助けしてくれるのならそれもまた、ありだ」
怨恨は人をここまで変えてしまうのだろうか?
リョウは表情一つ変えず、さも当然とばかりに受話器の向こうに告げる。
それを聞いてまた陰惨な含み笑い。
「そうだ…一つだけ訂正しておく、とりあえず殺す手前で止めておいてくれるだろうか?
手足の数本壊してそれから連絡してくれれば、後はこちらで処理する」
それはどういう…と言いかけたリョウだが、疑問はそのまま飲みこむ、どうせ答えてくれるまい。
ただ分かった、とだけ呟くと、相手の受話器が切れるのを確認し、そして自分も受話器を置いて
コンビニを後にするリョウ、もはやその心の中からネオのことは消えうせていた。
ホームセンターを後にするリョウ、もはやその心の中からネオのことは消えうせていた。
一方…オフィスの片隅で携帯電話のスイッチを切ったヒメーネ
全開の窓から頬に当たる風は心地いいが、その顔はすさまじいまでの憎悪とそして嫉妬に溢れんばかりだ。
話は数時間前に遡る。
メイドらと共にルガールに夜食を届けたヒメーネ、その最中、ルガールが珍しく紅茶を飲みたいと言い出す。
早速その準備をしようとするメイドらを手で制すると、ヒメーネは直々に紅茶をカップに注ぎ
うやうやしくルガールに差し出す。
だが、ルガールはヒメーネの容れた紅茶を一瞥するなり、そのままトレーへと戻してしまった。
「下がっていい」
その言葉に信じられないといった風に立ちすくむヒメーネ。
だがメイドたちに促され渋々ながら部屋を出ていこうとしたときだった。
「やはりマチュアを手放したのは失敗だったか…あれは仕事は並みだったが、容れる紅茶だけは実に上手かった」
それは聞こえるか聞こえないかの小声だったが、それでもヒメーネの耳にしっかりと届いていた。
がちゃんと食器が割れる音
「ヒメーネ様、私が…ひっ!!」
慌ててメイドの1人が駆け寄るが、ヒメーネの顔を見て悲鳴を上げてそのまま去っていく。
それほどまでにヒメーネの表情はおぞましいまでの嫉妬の表情に満ちていたのだ。
ルガールに対するヒメーネの想いはもはや忠誠という概念を飛び越え、崇拝といってもよい
そして自分がルガールを想うように、ルガールもまた自分を想ってくれている
そう信じて疑わなかった…だが、違った。
やはりルガールは自分よりも…
他人から見れば他愛なく、そして身勝手な想いに過ぎない。
そんなことは分かっている…だが、それでも
(殺してやる…いやそれだけでは物足りない…)
自分の手で嬲って、いたぶって…どうか殺してくださいと彼女の口からその言葉が出るまで
加虐の限りを尽くしてやる。
だが…どうやって…
今、自分が使える手駒を考えるヒメーネ
アランは信用できない、エミリオは得体が知れない…剛は論外だ
あの鮫に弱みを見せれば、命まで噛み砕かれる。
あやねが生きていれば適任だったのだが…
モバイルを操作し、生き残りたちの個人情報を検索していくヒメーネ
めまぐるしく動いていた手がやがて止まる。
「リョウ・サカザキか…」
参加者データの欄に、日守剛に怨恨ありと記載されている。
事実、今でも躍起になって彼の居場所を探しつづけているようだ。
この男使える…それに上手く行けばあの目障りな剛も始末できる、一石二鳥とはこのことだ。
くくく…と喉を鳴らすとヒメーネは早速ポケットから携帯電話を取り出す。
そこから先のやり取りは前述の通りだが
果たしてヒメーネの提案を受け入れたリョウの手の中のFAXには、
マチュアの顔写真と現在位置がしっかりと記されていたのだった。
一方、そのころ
「ううっ…俺はもうだめだ」
ようやく帰りついた雑居ビルの一角にて、カーネットの目の前で倒れ伏しはぁはぁと息を荒げるネオ
「ちょっと!ねぇ…どうしたのよ!!」
慌てて駆け寄るガーネット、ネオの身体を抱き起こそうとするとにちゃりと赤い液体がその手を濡らす。
「敵だ…この近くに…早く…」
息も絶え絶えのネオ。
しかしガーネットは何故か怪訝な顔をしている。
ふにっ、さわさわ…
「ねぇ?」
「も…もうだめだ…せめて最後は」
もみもみ、すりすり
「いいかげんになさい!!この死にぞこない!!」
ガーネットの稲妻のような膝がネオのみぞおちにめり込む。
「ぴぐはっ!」
「悪い冗談にもほどがあるわよ!!大体この赤いのだって血じゃなくって、トマトジュースじゃないの!!」
「ああせめてあと5秒…」
トマトジュースまみれのネオはそれでもガーネットの豊かな胸に手を伸ばすが
「くどいっ!!」
その手ははるか手前で阻まれてしまう。
「奇跡の生還を果たした不死身の名探偵に対する扱いがそれか?でもまぁ」
ネオはショッピングモールでの出来事を思い出す。
「相手が銃に関して不慣れで助かったぜ」
ショットガンの破壊力・殺傷力は確かに凄まじい、しかしそれは至近距離に関しての話だ。
たった数Mその有効距離から離れるだけでも、その凶悪な力は半減する。
まぁ、その分攻撃範囲は倍増するわけだが…ともかくネオは賭けに勝った。
あの猫だましの後、リョウはその場でショットガンを装填し、トリガーを引いた。
もし銃の扱いに慣れた相手なら、そのまま確実に殺せる距離までネオを追いかけたに違いない。
その時はその時で手はあったのだが…
かくして散弾はトマトジュースを満載したネオの背中のリュックに炸裂したのだが
充分に距離を稼げたおかげでその弾は貫通せず、トマトジュースを全滅させるだけにとどまったのだった。
もっとも無傷とはいかなかったが、事実ネオの手足には無数の掠り傷が出来ている。
「それでも死ぬよりはマシだからな」
さて、どうする?
分かったことは2つ、あの男が青い柔道着の男に執着していることと
それに関して主催側から何らかの取引を持ちかけられていること…
ネオの手にはぐしゃぐしゃに丸められたFAX用紙があった、排紙不良を起こした例のものだ。
広げるとそこには金髪の美女と、その美女がいるであろう場所の地図が記されていた。
事務所には自転車がある、あの男が徒歩ならば
充分先まわり出来る距離だが…。
「探偵の性か…面倒からはとことん逃れられそうにないな」
【風間蒼月 所持品:カッターナイフ 目的:火月捜索 位置:目的地は特になし】
【ガーネット 所持品:多目的ゴーグル(赤外線と温度感知) 目的:中央に対してハッキング 位置:5区中央】
【ネオ 所持品:魔銃クリムゾン・食料等 目的:外のジオと連絡を取って事件解決 位置:ガーネットと同行】
【リョウ・サカザキ 支給品:火薬 ショットガン(残り弾数4発)現在の目的:マチュアを追う、日守剛への復讐】
134 :
404:05/01/31 00:42:19 ID:???
楓に脇腹を刺され重傷を負ったサラは、ビル街周辺にあった民家に立ち寄り応急処置を施した。
その家を選んだことに深い意味は無かったが、部屋に飾られたぬいぐるみや
暖かな色のカーペットなど、ほんの数日前まで幸せな家庭が
暮らしていたであろう痕跡を見つけるたびに、失われた記憶が刺激されるのを感じた。
もしかすると無意識に兄を、幼い日の思い出を求めていたのかもしれない。
「兄さん・・・私、どうすればいいの・・・?」
まだ真新しいソファにずるずると腰掛ける彼女の顔は、絶望の色で染まっていた。
突き攻撃による刺し傷は、見た目の傷は小さく出血も少ないが、体の奥にまでダメージを与える。
本格的な治療が望めない今の状況で内臓が傷つけば、いつまでも血が止まらずいずれ死に至るだろう。
こうして座って体を休めていても、体力が回復するどころか、
砂時計の砂のように流れ続ける血が彼女に残された時間を少しずつ削っていく。
それだけではない。
もはや満足に動かすことも出来ないこの体で、どうやって「あの女」を殺すというのか。
兄と仲間を失ったサラに残された生きる目的、果たすべき希望・・・
あの女を殺す。そして二人の分まで生き残る。・・・そのどちらもが失われてしまった。
疲労と痛みと出血が彼女の意識を混濁させる。
このままただ死を待つくらいなら。
・・・死のう、とサラは思った。
そうすればきっと兄に、ライに逢える。
復讐は果たせなかったが、きっと二人とも許してくれる。
うつろな目でふらふらと、吸い寄せられるように台所に向かった。
サラは台所で自分を殺すための道具を物色し始めた。
コンロで家に火を放つ?
コンセントに導線を差し込む?
包丁で喉をかき切って左胸をえぐる?
ガスの元栓を開けてホースを引っこ抜く?
それとも・・・このダイナマイトで何もかも吹き飛ばす?
・・・
・・・・・
ダイナマイト!?
テーブルの下にさりげなく落ちていた、あまりにもその場にそぐわない物体への驚きに
半ば朦朧としていたサラの意識が一気に覚醒した。
おそるおそる手に取る。元暗殺者の彼女に見間違えるはずがない、確かにダイナマイトだ。
何故こんなものがここにあるのか、という疑問は不思議と湧かなかった。
この家を選んだのは偶然ではない。
兄とライがここに導いてくれた・・・サラはそう解釈した。
・・・これで、あの女を殺せる。
大量のダイナマイトの束を抱え、台所を後にする彼女の足取りは
先程までよりもしっかりとしたものになっていた。
ロープでダイナマイトを縛り、帯状にして胸と腰に巻きつける。
同様に作った輪を左右の二の腕に巻きつける。
最後に残った一本を二つに折って左右のブーツに仕込み、
仕上げにクローゼットから見つけた厚手のコートを着込み、胸ポケットにマッチを放り込んだ。
完璧だ。
姿見に映るシルエットからは、コートの中に仕込まれた凶器はうかがい知れない。
何も知らずあの女が銃を撃てば、あの女の前でマッチを擦れば、全て終わらせられる。
もう休んでいる暇は無い。
早く、早くあの女を見つけなければ。
命の火が燃え尽きるその前に。
ダイナマイトの重みによろめきながら、サラは再び歩き出した。
【サラ・ブライアント(重傷。歩くのがやっとの状態)
所持品:ドラマニスティック(1本)、かなづち&釘抜きセット(ライからルート)ダイナマイト(恭介からルート)
※胴体、上腕部、両足のいずれかに銃撃もしくは炎・雷による攻撃を受けると、
全てのダイナマイトに発火してかなり広範囲にわたる大爆発を起こします(その場合サラは死亡)
目的:舞を巻き込んで自爆】
【現在地:2区ビル街付近の民家 南へ向かって移動】
楓に脇腹を刺され重傷を負ったサラは、ビル街周辺にあった民家に立ち寄り応急処置を施した。
その家を選んだことに深い意味は無かったが、部屋に飾られたぬいぐるみや
暖かな色のカーペットなど、ほんの数日前まで幸せな家庭が
暮らしていたであろう痕跡を見つけるたびに、失われた記憶が刺激されるのを感じた。
もしかすると無意識に兄を、幼い日の思い出を求めていたのかもしれない。
「兄さん・・・私、どうすればいいの・・・?」
まだ真新しいソファにずるずると腰掛ける彼女の顔は、絶望の色で染まっていた。
突き攻撃による刺し傷は、見た目の傷は小さく出血も少ないが、体の奥にまでダメージを与える。
本格的な治療が望めない今の状況で内臓が傷つけば、いつまでも血が止まらずいずれ死に至るだろう。
こうして座って体を休めていても、体力が回復するどころか、
砂時計の砂のように流れ続ける血が彼女に残された時間を少しずつ削っていく。
それだけではない。
もはや満足に動かすことも出来ないこの体で、どうやって「あの女」を殺すというのか。
兄と仲間を失ったサラに残された生きる目的、果たすべき希望・・・
あの女を殺す。そして二人の分まで生き残る。・・・そのどちらもが失われてしまった。
疲労と痛みと出血が彼女の意識を混濁させる。
このままただ死を待つくらいなら。
・・・死のう、とサラは思った。
そうすればきっと兄に、ライに逢える。
復讐は果たせなかったが、きっと二人とも許してくれる。
うつろな目でふらふらと、吸い寄せられるように台所に向かった。
ひょこ、とボートのへりから頭を出す。
素早く辺りを見回したが、誰かがいる様子はなし。
慣れない船の操舵に加えて監視船を避けねばならず、残念ながら十分に休息になったとはいかない。
ついでに海流に流されて最短距離では帰れなかったらしく、思った以上に時間がかかってしまっていた。
当面の指針とするためにも、今どの辺りかの見当をつけなければならない。
「……でも、当分休めそうにないよね……」
眼前の建築物群に、あと何人が生き残っているか。
濡れた服は、ボートで着替えてある。
監視だか警備員だか知らないが、彼らに支給されている戦闘服である。
一応防弾耐刃の強化繊維を使っているようだが、至近距離の発砲、あるいは遠距離でも大口径弾は受け止められないだろうし、
それなりの刃物ならやはり切り裂かれるだろう。
こういうものは普通のものより破りづらい程度に過ぎない、とはその筋の人間には常識である。
とは言っても、どうやらプロテクターじみたものが関節や急所に当ててあるらしく、それなりに無茶は利きそうだった。
色はねずみ色の市街迷彩。そして今は夜間、かすみは忍者である。
移動するには絶好の状況だろう。
ノートパソコンがかさばるが、せめて安置できる場所までは持って行く必要がある。
海岸線などに放置しては、水気も危なければ潮風で動作不良を起こすかもしれない。
最後に、拳銃を調べてみる。典型的な対人用オートマチック。
なんという型かまではわからないが、弾数15発といったところか。
戦闘服に、弾層交換用カートリッジが一個ついている。
「よし」
まずは、見知った人間を探すのが常套だろう。
彼の健在を疑うわけではないが、やはりどうにも不安は拭いきれない。
「無茶してないといいけど……」
どこか憎めない豪快開けっぴろげの、到底忍者とは言えそうもない熱血忍者。
今まで遭った数人は皆悪人ではなさそうだったが、やはり一緒に行くなら彼がいい。
船旅で固まった筋肉を数度素早くほぐし、かすみはコンクリートの海岸に降り立つと
眼前の建造物群へ向かって疾駈けで移動を始めた。
一人となってから、数分。
風間蒼月は、先刻までの仲間への懸念を一切捨てた。
こういう時、情を殺しきれない彼の弟なら、例え彼らが十分な戦力を持っていたとしても
いつまでもぐずぐずと気にし続けるのだろうが、既に別れてしまった以上
こちらが何をどれほど悩もうと、一片も彼らの助けにならない。
それならばこちらも、こちらの用事に全力を傾けてしまった方が効率がいい。
まとまった休息をとることもなく既に2昼夜。
途中でガーネットに勧められるまま仮眠を取ることもしたが、忍の習性上、熟睡はしていない。
あくまで睡眠不足をごまかす程度。
熟睡なら、夢を見る余裕もないほど深く眠るのが忍の努めである。
それでもまだ動けないこともないが、明日もまる一日まともに休めなければ
流石に蒼月といえども、いつものキレを保てる自信はない。
だが火月の無事をこの目で確認するまでは、休む気もなかった。
足りない情報は、足で稼ぐしかない。
ガーネットの例もある。話の通じそうな相手なら会話を持つのもいいだろう。
基本的には、一人で全てを片付ける気概で行かなければならないという思想は、考えるまでもなく蒼月の体に染み付いていた。
余計な期待を挟んで、過大評価した仲間と共に博打に打って出るような馬鹿な真似をしてはいけないという忍の鉄の掟だった。
信を置けるのは、鍛えぬいた己の五体のみである。
さて、この時間なら火月はおそらく、休息をとるべく建物にでも拠っているだろう。
居場所が全くわからず、しかも目印やのろしの代わりになるようなものは見つからない以上
しらみつぶしに探して歩くしかないだろう。
そうして歩き回って、かなりの時間が経過した。
気配を察知されて無用の遭遇をしないようにと、普段から気配を極力殺す訓練を己に課していたために
蒼月はひたすら気を抑え、影に紛れて河水が流れるように走っている。
そうした移動中の心得は、明文化されていないがまだまだある。
それらを自らの思考で必要性を見出し、実体験で体得できることが、
人間以上の存在を相手にする風間の忍として生き残る最低条件であった。
そして今。
「…………」
人の気配を感じる。
人通りの多い昼間なら狭い範囲しか感じ取れないが、しんと静まり返った夜では町の反対側の物音でも容赦なく聞こえる。
それでも、結構近づいてしまったか。
これほど近づいた理由としては、恐らく向こうも気配を隠すという行動を日常的に行っていると考えられる。
蒼月は立ち止まって自らの気配を絶った。
気配遮断中は激しい運動はできないが、どうせ次に激しい運動をするのは
気配の主と戦闘距離に入ったときぐらいだろう。
さて、敵なら後ろから悲鳴も上げさせずに仕留めればいいのだが、
相手が火月の情報を持っていたりすると面倒である。
そして先程も考えていたことだが、先刻までの仲間達のように脱出を計画している人間なら、ここで協力するのも大切だろう。
とりあえずは、押さえつけて武装解除をさせる。
そう決めて、蒼月は静かに滑り始めた。
はたと、かすみは身動きを止めた。
誰かいないかと期待と不安を抱きながら、そろそろと歩いていたところに小さな気配を感じたのがつい数秒前。
人間にしてはあまりに微かすぎて、弱った野良犬でもうろついているのかなと思ったところで、気配が消えた。
弱った動物が衰弱死するような、そんな段階的な消え方ではない。
文字通り、その一瞬から先が刃物で斬り落とされたかのように全くなくなっている。
「…………何?」
嫌な予感を覚えて、邪魔になる雑多な荷物を近くのゴミバケツに放り込む。
なんらかの原因で場所を移動したにしても、魔法などで一瞬で移動させない限り「気配の移動」はある。
命を落としたなら、少しずつ弱っていって、最後に感じられなくなるという段階的な消え方をする。
それでは、この断絶は何か。
ひとつだけ、思い当たるものがあった。
それなりに慣れている人間が気配を消す場合、一瞬でその存在が小さくなる。
もし、気配を完全に知覚可能以下のレベルにできる人間が存在するならば。
反射的に拳銃を抜き放ち、振り向きざまに構えた先に、うすぼんやりと人影がいた。
理知的で整った顔立ちの、長髪を大雑把にまとめた美男。
能面のような無表情に、眼光だけが明確な意思を持ってかすみを刺し貫いていた。
かすみと目が合うや否や、その姿が掻き消えた。
まだ距離のある状態で、刹那にして死角へ。
横の移動ではありえない。
上と察して後ろへ飛ぶかすみの視界に、案の定ビルの壁を足場に彼女の頭上を狙う蒼月の姿。
垂直の壁を3メートルも駆け上がるという離れ技を用いての強襲は、ただ間合いを詰めるのみに留まった。
「誰!?」
拳銃を向けて問い質すも、蒼月は応えない。
無視して再び歩法で幻惑する蒼月に対し、かすみは相手の真意を質そうとしたお陰で
着地を狙うという僅かな好機を逃す結果になってしまっていた。
反復横跳びも、高速で行われては照準を定める余裕を取れない。
相手は、かなりの手練らしい。相手の意図がどこにあるにせよ、どうにかこの劣勢を跳ね返さなければ。
ほんの一瞬、横跳びを切り返す瞬間の体の停止を狙って、撃つ。
だが、引き金にかかる指に力が篭った瞬間、蒼月の体がぐんと前に伸びた。
要するに、こちらからの挙動を誘われていた。
発砲衝撃ですぐに反応できない腕に、蒼月の両手が絡む。
「っ……くうっ!」
関節を極めようとする蒼月の腕から、どうにか自分の腕を引き抜く。
顎へ畳み掛けるような足尖蹴りを辛うじてかわし、かすみは少しだけ間合いを取った。
かすみとて戦いのやり方を知らないわけではない。
蒼月の更なる攻め手の起こりを待って、同時に前へ出た。
拳銃は、握ったまま。
銃を振りかぶる素振りを見せつつ、腿を蹴りつける。
蒼月は脛を上げて防御。
肘を打ち込む際に、拳銃を意味ありげに動かす。
肘に肘を合わせて受け流し、蒼月の手刀が弧を描く。
これは銃のグリップで難なく受け止められた。
やはり、推測したとおり、相手の男は拳銃に重点を置いている。
ならば、と一旦間合いを離そうとして、ようやくかすみは肘をとられていることに気がついた。
「しまっ……」
腕に、糸を切るような独特の痛みが走る。
取り返しがつかなくなる前になんとかしなければならない。
相手には申し訳ないが、自分はまだ死ぬわけにはいかなかった。
かすみは拳銃を蒼月の胴体に向けた。
直後に浮遊感。
世界が逆転する。
腰に受けた衝撃の意味をかすみが理解する頃には、うつぶせに寝かされて銃を持つ右腕を背中にねじり上げられていた。
「必要以上に短筒にこだわりすぎましたね」
かすみの背を自らの体重で押さえつけながら、蒼月が淡々と論評する。
「その身のこなし、一応は一端の忍のようですね。どこの手の者かはこの際尋ねません」
「……何が目的……?」
腕を極める力は全く変わらない。
一瞬でも抵抗の意思を見せたら、この男はこの淡々とした調子のまま、
みかんの皮をむくのと同じ気安さでかすみの腕を使い物にならなく出来る。
「赤い逆毛の、威勢のいい青年を見ませんでしたか?」
変わらず淡々と尋ねる声。
赤毛で逆毛で、威勢がいい青年。
かすみが思い浮かべるのは一人しかいない。
「……あの」
「質問には簡潔に答えてくださいね」
腕を絞める力が僅かに増す。
「あなた、もしかして蒼月さん……いっ!?」
火月から聞かされた名を口にした途端、腕が更に強烈に引き絞られた。
「あなたに質問の権利はありません」
あと数ミリグラムの圧力を加えるだけで、かすみの腕のダメージは甚大なものになる。
その寸前のところで、蒼月は止めた。
かすみの次の答えを待っている。
「……火月さんのことなら、わたしも探してます」
「どういった目的で?」
質問の間隔が狭まっていた。
「……火月さんは」
思い出すのは、最初に会ったときのこと。
同じ抜け忍で、追っ手も同じ兄弟で。
似たもの同士だな、とやけにぎこちなく笑っていた顔はすぐに思い出せる。
殺し合いに放り込まれて、誰も信用できないと一人で逃げ隠れていた自分を、外へ引っ張り出して手を差し伸べてくれた。
「火月さんはお友達なんです。私が死んだって思ってるはずだから、早く会って安心させてあげなきゃ」
「…………」
蒼月は黙り込んだ。
その間、かすみは腕をねじり上げられたままじっと待っている。
彼が火月の言ったとおりの人柄なら、きっとわかってくれるだろう。
「それで、蒼月という名は誰から?」
「あの、火月さんから……」
「…………そうですか」
深々と溜息をついて、蒼月はかすみを解放した。
ヽ从从 しばらく炎邪でお待ちください...
ヽ(゚∀゚#)ノ
( へ ) ゴルァァアァァ
< =3=3=3
先刻のゴミバケツからかすみの荷物を取り出し、ひとまず準備を整える。
「それじゃあ火月さんはまだどこにいるか、わからないんですね?」
「そうです。せめて何か連絡手段でもあればいいのですが」
ノートパソコンと拳銃と戦闘服と、比較的大荷物のかすみにくらべて、蒼月は徒手空拳もいいところである。
辛うじて、帯にカッターナイフが挟んである。
「あの……」
呼びかけようとして、かすみは続く言葉に詰まった。
「何か?」
「いえ、あの、名前は……蒼月さん、でいいんですよね?」
本人からまだ肯定も否定もされていない。念の為聞いてみる。
そういえば敬語を使う必要もないのだが、火月の兄という一事でなんとなく尊敬対象になってしまうのだろうか。
すっかり火月と似通ってきている。
蒼月は苦い顔。
「……名を軽々しく他人に明かすなと普段から言いつけてあるのですが……」
自分の名の責任を自分で取れる蒼月はまだしも、火月は半人前である。
しかも自分の兄の名を明かすなど何事だろうか。
眉間にしわを寄せる能面を見ながら、その表情でかすみはこの男こそが火月の兄だと確信した。
名前については、どうやら合っているようだが蒼月ははっきり肯定したくないらしい。
それならそれで、仕方ないだろう。
「それでお兄さん、これなんですけど……」
お兄さん呼ばわりされて、一瞬変な顔をした蒼月だが、特にそれ以上突っ込むこともなく
かすみの示したノートパソコンを覗き込む。
「これは……こんぴゅー太という絡操と似ていますね」
おそらくディスプレイのことだろう。
その言い回しに一抹の不安どころか、確信的な何かを覚えながらもかすみは続ける。
「この中のデータを呼び出せれば、このゲームを止めさせられると思うんですけど……」
「…………それでは、扱える人間を探さなければいけませんね」
蒼月もかすみの雰囲気を十分察しているが、扱えないものは扱えないのだからしょうがない。
「幸い、心当たりはないこともありません。彼女らに会えたら任せてみましょう」
そう言って、ノートパソコンをかすみのザックに戻した。
「それではアテもないことですし、この出島を一周してみましょう。火月なら、どこかで必ず騒ぎを起こしているはずです」
その確信に満ちた信頼や、出島という言い回しとか、色々と突っ込みどころはあるのだが
かすみは素直に頷いた。
言い回しは珍奇だが、思考は冷静で理知的であり、加えて火月の性質は彼の方がよくわかっているだろう。
「こちらの街道は私が来た道ですので、もう火月がいないことはわかっています。ですから……そうですね」
「あの、お兄さん。私は」
「もちろん一緒に来てもらいます」
素早い断言でかすみはほっと胸をなでおろすが、蒼月の心中はかすみが思っているほど単純ではない。
彼が本当に信頼を置いている相手なら、連絡方法を決めて別行動を取る。
最後の一線を容易に譲らないのも、忍に必要な慎重さであった。
目の前で無邪気に安堵の表情を垂れ流しているくのいちにも、そこが欠けている。
「なるほど、類が友を呼んだわけですね」
この娘も同じように忍の資質が半人前なら、自分の心配はただの取り越し苦労で済むだろう。
「? お兄さん、何か言いましたか?」
「いいえ。ただ、身のこなしからの推測ですが、あなたも忍ですね」
「はい。自分の身は自分で、ですね」
ちくりと刺した嫌味は、彼の弟に対した時と同じように、やっぱり理解されなかった。
【かすみ(戦闘服) 所持品:ノートパソコン 拳銃(残り14発+1カートリッジ) IDカード 衣類等 目的:火月捜索】
【風間蒼月 所持品:カッターナイフ 目的:火月捜索、ノートパソコンを扱える人間(できればガーネット)に預ける】
【現在位置:2区西ブロック】
※拳銃弾の予備カートリッジは、オートマチック拳銃であれば流用可能、また弾丸に分解すればリボルバーも可能とします
「ふぅ…やれやれ、本当にすぐ戻ってくるかなぁ?」
ケツァルクアトルが部屋から颯爽と飛び出してゆき、部屋には未だにぐっすりと寝ているニーギと、その横に座るアルフレッド。
ふと、彼はゼロキャノンコントローラーに手を伸ばす、何か…何かあるかもしれない。当ても無い希望を探る為に、色々と弄繰り回してみた。
結果は解りきっていたのだが。しかし予想だにしなかった収穫があった。
オートホーミング、ある一つの点を発射まで追いつづけるというのだ。
そして、もう一つ。このコントローラー、無論発射している本体もだろうが作っている組織の名前も判った。
以前、マリーから聞いたことのある名前「NESTS」その組織の兵器が何故此処にあるのかなんて、考えても判るわけが無い。
「そういえば…テリーやマリーやビリーはどうしてるんだろう?」
彼は知らないが既にもうこの世に居ない人物の名前を呟き、空を見上げる。
一度も放送を聞いていないのは彼にとっての幸福だったのだろうか、不幸だったのだろうか。
「――――――トォォ!」
耳にどこかで聞いたことのある声が滑り込んでくる。
「確かこの声は…さっきニーギと闘った炎の…?ハハ、そんな訳…無いよな…」
自嘲を含めた笑いをこぼした後、もう一度空を見上げる。
「―――――ルアアー!!」
段々近づいてくる…まさか、嘘だろ?
「――――シャアァゥッ!!」
声が近くなってくる…アルフレッドは窓をほんの少し開けて見てみた。
前から口から煙を吐きながら突進してくる人物が居る、間違いない、アイツだ。
「ニー――――」
咄嗟にニーギを起こそうとした、しかしその手は寸で止まる。
(また俺は…ニーギに頼るのか?いつも誰かと一緒で、誰かに頼って…俺は一人じゃ何も出来ないのか?
サウスタウンのときも、テリーたちが居たから出来た。俺一人じゃ結局何も出来なかった。
俺は役立たずなのか?単なる荷物なのか?…………)
―――――EY!
「…………えっ?」
思わず振り向く、其処には………テリー、テリー・ボガードが立っていた。
「テ、テリーッ!何時の間に…というかどうやって?」
「HAHAHA!スーパーヒーローは意外な方法で現れるんだぜ?」
何時ものように豪快な笑いを飛ばすテリー、こんな場所でもそんな屈託の無い笑いを飛ばせるテリーが少し羨ましかった。
「OH!アルフレッド!俺には時間が無いみたいだ、言いたいことを先に行っておくぜ!」
何かおかしいテリー、すこし…透けてるような…いやそんなはずは無い。だって、今目の前に居るんだから。
「いいか?自分に自信を持つんだ、そうすれば相手がどんなモンスターだって勝てる。
いつでも自分のハートに勇気をもつんだ!」
最後にもう一度ニッと笑うテリー、そしてアルフレッドは頷く。
「ああ、有難うテリー」
気がつけば、其処には誰も居なかった。もう一度見てみても、其処にテリーは居ない。
時間が無い…?どういうことだったんだろう。
その疑問を胸に、もう一度窓をのぞく………。
そこにはもうはっきりと肉眼視出来るほどの距離に、あの化け物が居た。
アルフレッドは、咄嗟に窓を閉めた。目が合った…どうしよう…。
一つ、大きな深呼吸をする。そして…何を思ったのかゼロキャノンを弄り始めた。
「ニーギ…行ってくるよ」
涙を溜めた、ゴーグルをニーギの胸に置き、彼はチェーンソーを片手に民家を出て行った。
「ドグゴラァッ!ドララッ!グルアアッ!」
一方炎邪は、何者かに睨まれたが、今はそれ所ではなく飛べないストレスから、地を駆けている。
今の気分の事もあり、手当たり次第に民家を破壊していた。
そこに―――――。
「其処の化け物ぉぉぉぉぉ!かかって来ぉぉぉぉぉい!!」
腹の其処から出した声が当たり一面に響き渡る。
その声とほぼ同時に、炎邪は超速で声の方角へ向かった。
そして、繰り出される蹴り、体を後ろのめりにそらすアルフレッド。
そのまま体を起こすと同時に両手を目の前で交差させ、風の刃を生み出す。
それと重なるように、炎邪も炎を出した。ぶつかり合う炎と風、巻き起こる熱風。
その出した炎と共に炎邪は地を滑ってきた。アルフレッドはチェーンソーを炎邪に向けて振った。
だが、それは一足遅く、炎邪のスライディングを諸に食らってしまう。
「しまっ―――」
地に伏すよりも早く。炎邪の拳がアルフレッドを襲う。
アルフレッドは思いっきり遠くに吹き飛ばされ、民家の壁に打ち付けられる。
頭から血が出ているがまだ大丈夫、だが目の前からは炎邪が迫ってきている。
逃げないと…だが、体が思うように動かない。
――――10m
早く…早く起き上がらないと…
―――5m
まずい、間に合わない?
――1m
もう駄目だ…やっぱり俺は駄目なのか?
―50cm
…ゆっくりとアルフレッドは目を開ける、すると其処にはギリギリのところで拳が止まっている。
「おい…お前…聞こえるか?」
炎邪の顔が苦痛に満ちている、どうやら火月の意識が戻ってきたようだ。
ゆっくりと火月の顔、体に戻っていく、そしてアルフレッドにこう言った。
「こいつが…また暴れるかも判らない…しかも暴れたときの酷さは…お前を見れば判る。
俺が…こいつを抑えてる間に…あそこにある刀で…俺を殺せ!」
何が起こってるのか全く判らない、何をしたらいい。
何よりもまだ体が動けない…そこに飛び込んでくる怒号。
「早く…しろっ!!…ぐっ…何時まで持つかわからねぇ!」
もう何がどうなってるかわからない、でもチャンスは今しかないかもしれない。
ギシギシ言う全身に鞭を打ち、アルフレッドは起き上がった。
大分遠くまで吹き飛ばされている、チェーンソーが遠く見える。刀と言っていたのはアレの事だろう。
「うっぐぁぁっ!!…畜生、もう入り込んできやがった…早くしろ!時間が…ねぇ!」
そんな苦痛の声を背に、アルフレッドは走った。速さは歩くような物だが。
本当に遠くまで吹き飛ばされている、チェーンソーを手にしたのは大分後だった。
来た道を引き返す、よく見れば自分が歩いた道は赤い血で一本の線が出来ていた。
戻ってみれば、炎邪がのた打ち回っている。
「おい!…早く…しろっ!……ぐああああっ!」
アルフレッドは、最後の力をこめ人間だった怪物にチェーンソーの刃を向けた。
「うぉぉぉぉぉぉっ!!!」
何もかもがスローに見えた、チェーンソーの刃が奴に食い込むとき、もう一度化け物の顔が見えた気がした。
それは幻ではなかった、チェーンソーは食い込んでいる筈、なのに今、もう一度化け物の顔に戻り、チェーンソーを持った腕は圧し折られ、チェーンソーはどこか遠くへ飛んでしまった。
「グルドグラァッ!!」
もう…駄目かもしれない、でも後一つ、こいつを倒す方法はある、たった一つだけ、ある…やるしか――――ない。
「へへっ、どうしたぁ!化け物ぉ!かかって来なよ!」
もう一度挑発するように手招きをし、不敵に笑う。
炎邪はすかさず近寄り、一撃一撃を放っていくのだがギリギリのところで避けられる。
それも、何度も、何度も。
「ドグラァッ!グルァァッ!」
当たらない怒りも乗せて、炎邪は拳を振るう。しかし全てがギリギリで見切られていく。
今のアルフレッドの眼は何よりも鋭かった、貫き通せぬ物が無いほど。そして、唐突に空を見上げる。
全てを揺るがす大声でアルフレッドは叫んだ。
「さぁ!最後の大飛行の始まりだぁっ!」
その声と共に、圧し折られたはずの腕と共に炎邪の両腕を掴む。
(―――数々の人が死んでるこの場所で、助けられてばかりで何もしないで助かるぐらいなら………
一人でも多く生き残れるように…何かしてから俺は死んでやる!)
全ての思いと、力をその両腕に秘める。その決意は固い。
炎邪が必至で振りほどこうとする、しかしアルフレッドの固い決意の力がそれを上回っていた。
「逃がす…もんかぁぁぁっ!!」
その後、空がキラリと光った気がした、最後に見たのがそれだった。
意識と景色が、真っ白の白一色に染められて行った。
一方その頃―――――――
「ん……あれ?…アル君?」
ニーギが起きたとき、外には一条の光が降り注いでいた。
そして、彼女はベッドの上にあったアルフレッドのゴーグルを見つける。
その意味を…彼女が理解するのは、時間がかかりそうだ。
【ニーギ・ゴージャスブルー(疲労回復) 所持品:ゼロキャノンコントローラー アルフレッドのゴーグル 雑貨 方針:ゲーム盤をひっくり返す 現在地:四区民家】
【アルフレッド:死亡】
【炎邪:死亡】
チェーンソーは四区住宅街に放置、アルフレッドと炎邪はゼロキャノンで木端微塵です。
暗き刃は認めない。
自ら以外の存在を。
眼前の男に流れる血を許さない。
暗き血は認めない。
自ら以上の存在を。
眼前の刃に宿る暗黒を許せない。
常世の気を放つ魔剣と帝王の血、
その所有者の意思もその身体の主の意思をも凌駕し、お互いに来るべき時に向け暗き力を漲らせる。
その時とは、二つの闇が死合う時に他ならなかった。
「楓…さん…?」
眼前の少女の呟きに、少年……ロック・ハワードは顔をしかめた。
「またか…」
どうやら俺はカエデって奴とトコトン似ているらしい。相手にしてみれば皮肉なモンだな。
「そいつに間違えられるのは2度目だ、俺の名前は…」
そこまで言って、なぜか言葉が途切れた。そして再び少女の携える刀に目がいった。
僅かながらに既視感があったが、それ以上に感じるモノがある。
自らを上回るであろう、暗黒の闘気を。
そして自分に向けられた刺すような殺意を。
それは少女から発せられているのではなく、刀自身から発せられている様な…そんな感じだ。
ふとロックは気付いた。自らの血の昂ぶり…それも今までにない程の昂ぶりを。
目の前の少女がそれ程の相手だというのだろうか。
いや違う。この昂ぶりはあの刀へのモノだ。
刀が俺の血へ殺意を放つように、俺の血もあの刀へ殺意を放っているというのか。
そしてロックは予感した。俺が名乗った瞬間この女は俺に向かってくるだろうと。
それがこの殺し合いの合図になると。
名乗るのを躊躇ったのはその為か。
しかし……
ふと、部屋の隅に目をやる。
そこには、自らの手で殺めた義父の恋人があった。
何を今更…
そう苦笑して、ロックは言葉を続けた。
「またか…」
そう言った少年を見て、響は我が目を疑った。これはどういう事なのか。
先程別れたばかりのはずの楓が目の前に居る。
しかしこの妙な違和感は何だろう。
そして響は違和感の正体に気付いた。服装が全く違う。
しかしそれ以外は眼前の男は確かに楓と瓜二つであった。
その赤い目も、その流れるような金の髪も、何よりその身に纏う昏い闘気も。
(…え?)
ふと、何かを感じた。
自らに湧き上がる感情。得体も所以も知れぬ、暗い意思を。
響はそれを自らのモノではないと意識しながら、何処から湧いたのかも判らず、困惑した。
その時響は、自らの刀を握る手の震えに気付かなかった。
父の形見である、八十枉津日太刀を握る手の震えを。
(な…何コレ……?)
困惑しつつも必至で感情を抑えようとした時、少年が言葉を続けた。
「そいつに間違えられるのは2度目だ、俺の名前は…」
瞬間、響の心がざわついた。
なぜだろう、続く言葉が待ち遠しい。
なぜなら、それが合図になるのだから。
「ワタシ」と、「オマエ」との、闇同士の殺し合いの。
響の心が、刀を握る手が、その言葉を待った。
「ロック…ロック・ハワードだ」
瞬間、響は飛んだ。
一瞬でロックを間合いに捉え、刀を抜く。
必殺の居合い、それはロックの首を確実に捉えて…
人を斬った馴染んだ感覚が無い、それを感じた瞬間響はそのまま刀で背後を払った。
僅かながらに感触、見ると男はそこにいた。
「…見かけによらずエゲツないな。いきなり斬りかかってくるなんてさ」
首筋に僅かながら赤い線、そしてその金色の前髪が散った。
「これじゃあの人斬りの方がもう少し礼儀正しかったぜ?」
初撃も完全には避けきれず、レイジランで背後に回るも、瞬間斬り返された。
あの刀の影響もあるのだろうが、この女自身の腕も甘くは見れない。
「貴様が…ロック・ハワード!!守矢さんの仇……」
軽口も響の耳には届いた様子は無い。その目にはもはや正気の色は無い。
完全に刀の気に当てられているな、ロックはそう思った。そして自らの血の昂ぶりも感じた。
響の心は殺意で満ちていた。
目の前に居るのは守矢さんを殺した男だ。
「貴様が…守矢さんの……!」
楓さんの敵だ。
「楓さんの………!!」
だから私が殺すんだ。そういう考えだ何の問題も無いハズだ文句なんてダレにも言わせないさコイツは私の敵だコイツハ
ダカラオマエハコイツノ【血】ヲコロスンダ
「「!!!『ワタシ』の敵!!!」」
はっきりそう言い放ち、殺意の塊となって響は踏み込んだ。
「そうだ、俺は【お前】の敵だ」
響の『ワタシのテキ』という言葉の真の意味を想い、ロックは答えた。
「俺と『オマエ』の、二つの闇の闘いだ!」
「「コロス!!」」
強烈な殺意を纏い、響が迫る。
「烈風拳!!」
牽制に烈風拳を放ち、ロックは距離を置こうとした。
流石に生身で”あの刀”を相手にするのはマズい。正面切って戦うのは…
「!?」
ロックの目が信じられない物を捕らえた。
それは、自らが放った烈風拳を突き破ってきた刃だった。
「クッ!」
紙一重でそれをかわしたロックの腹部に、重い衝撃が刺さる。
「!?」
刀を投げると共に踏み込んだ響が鞘でロックの腹を突いたのだ。
「は!」
響はそのままにロックを投げ、硬い床に叩きつけた。
「グハ…!」
苦痛の息をもらし、ロックは一瞬意識が遠のく。しかしすぐに覚醒する。
なぜなら、眼前に白刃が迫っていたから。
転がってそれをかわし、苦し紛れに再び烈風拳を放つ。
響も今度は地面に刀を突き刺す体勢になっていた為、流石にそれを横に避けた。
「チィ…!ちょこまかと…」響は舌打ち、標的を睨む。その仕草と言動は、共に普段の響のモノではなかった。
「ガ…ハァ…!」本当にエゲツない…ロックはそう思い、標的を見る。
サムライというのは刀を自らの命とみなすモノだと聞いていたが、まさかその刀を投げてくるとは思いもしなかった。
事実ロックは知る由もないが、確かに居合いを心得る彼女が刀を投げるということ事態、確かに有り得ない事なのである。
油断していた…いや、相手が相手だ、それは無い。あの暗い気を放つ魔剣が相手なのだ…
刀に意識を向けた瞬間、ロックは再び自らの血が昂ぶるのを意識した。
体は正直なもんだな。
心の中でそう苦笑し、意識を眼前の敵へと戻す。
先ほどは思考が中断されたが、やはりあの刀相手に真っ向から戦うのはマズいだろう。
ならばどうするか。
今まで敢えて使わなかったが、銃を使うか。
それともこのビルを利用して、なにか罠に嵌めるのか。
だが、どれもしっくり来ない。やはり、自分で納得できる答えは一つしかないのだ。
…いや、本当は最初から答えが出ていたのかもしれない。
しかし、それをどこかでまだ否定したがっていたのか、わざと答えを遠ざけていた。
その答えとは…
「…俺も、アンタを見習ってやるよ……!!」
この血の昂ぶりに、全てを任せる事だった。
響は内心驚いていた。自らの行動全てに。
あろう事か居合いの使い手である自分が刀を投げ、目くらましに使うなど、普段の自分では考えられない。
恐らく思いつきもしなかったであろう戦法を取った自分に違和感を感じつつも、それとは別に馴染むものがあった。
それは、この刀。
我が父の遺作、八十枉津日太刀。なんと我が手に馴染む事か。
まるで十年来使いこんできた愛刀のような
まるで自らの四肢の一部のような
まるで、今の自分自身のような。
響の顔に、狂気が走る。
「「……あなたを、生かしておくわけにはいきません」」
なぜなら、楓の敵だから。そう思っていた。
「「なぜなら…」」
しかし、それは事実では無い。本当の理由は
「「アナタは、ワタシの敵だから」」
再び、ロックへと踏み込む。
もはや響は、どこか別の所でこの光景を見てる様な気分だった。
殺意が、自らの元へと走ってくる。
その速度はもはや人の物では無い。
放つ殺気も、もはや人間の物では無い。
ロックはそんな光景をじっと見ていた。
まだだ。動くな。
血が、そう囁いた。
お前からは動くな。相手の動きを待つんだ。
血が、そう告げた。
お前は、何もしないでいい。
そしてロックは、静かに目を閉じていた。
「「ハァッ!」」
必殺の刃が、一条の光となって暗き部屋に奔る。
響は、相手の首が飛ぶ映像を明確に意識した。
勝った!
殺した…!
浮遊感と、右手の感覚、逆転した風景に気付いた時、響は我に帰った。
「え…?」
そう声を上げた瞬間、ロックの肘が響の胸に刺さった。
ダァアンッ
響は壁に叩きつけられ、そのまま床に落ちた。
「ガフ…ウ…ァァ…」あまりの苦しさにただ呻く事しかできず、その手に刀が無い事さえも気付けないでいる。
「何が…起こったの?」
「親父の真似をしたのさ」
ロックは、響の消え入りそうな呟きに答えた。
全身に汗をかき、息を荒げ、血を流す右手には八十枉津日太刀が握られている。
響が刀を抜いた瞬間、ロックは自ら前に出て刃の間合いの内側へと入りこみ
そして響の右手を受け刀を奪い、そのまま宙へと投げ捨てる。
そして宙を舞う響にハードエッジを叩きこんだのだった。
「相手の力を利用して投げ捨てる…親父が得意だったらしい……」
そういえばこの台詞も二度目か、そう気付いて内心で苦笑した。
自らの、ロック・ハワードの感覚を捨て、全てを血の感覚に委ねたからこその勝利。
帝王の血の勝利であった。
そしてもう一方の闇は今は自分の手の中だ。
つかつかと響の元へと歩む。
「…!い…嫌…!」
ロックの意図…自らに止めを刺す…に気付いた響は恐怖した。その様は、もはやただの少女である。
「こ、来ないでぇ!!」
「うるせえよ」
泣きじゃくる少女を見下ろし、ロックは刃を降りおろした。
そのとき聖なる光が響をつつみロックを燃やした!
「ロック!死ぬなァ!42点だ!」
ドスリ
一瞬して、絶叫。
「アアアアアァアァアアァ!!」
痛みのあまり、響は絶叫していた。
しかし、それは生きているという事である。
響の右肩から刃を抜き、ロックは響に話かけた。
「…アンタ、カエデって奴の知り合いなんだよな?」
激痛に耐えながらも、てっきり殺されると思っていた響は驚いた。
「…?え…?な、何で…」
ドスッ
無表情に、ロックは右肩の傷へ再び刃を突き刺す。
「!!ギャアアアア!!」
「答えろよ」
目の前で泣き叫ぶ少女を見ながら、ロックは感情の無い声で言った。
「イイイイ…ヒィィィ…」痛みと恐怖のあまり、響は頷くのが精一杯だった。
「そうか……」
響の右肩から刃を抜き、ロックは少し思案した。
沈黙……
響には耐え難い、地獄のような沈黙。
そして、ロックは口を開いた。
「…俺さ、正直、アンタみたいなザコとやりあうのはいい加減ウザッたくなってんだ」
響の目の前まで迫り、淡々と話す。
相手の目は完全に恐怖に染まっているが、ロックは続けた。
「だからそろそろ、そのカエデって奴と闘りあいたいと思ってるんだよ…」
顔を相手の鼻先まで近づける。顔面で相手の恐怖の息遣いまで感じれる距離だ。
そして、真っ赤な目で、響の目を見つめながら、こう言った。
「だからお前がカエデをここに連れてこい」
…数分後、右肩を押さえながら、ヨロヨロとビルを出て行く影が一つ。
「もう…嫌……」
涙を流し、恐怖に引きつった顔で高嶺響は街を彷徨う。楓を見つける為に。
「楓さん…晶さん…」
「お父さん……」
ロックの申し出を聞いた時、響は戦慄した。
この男と楓さんを会わせるわけにはいかないと、直感的に思ったからだ。
「……い…嫌…」
しかし拒絶しようとした時、ロックの口が開かれた。
「断れば、アンタの死体をこのビルの前に晒してカエデへの目印にしてやるよ」
あいつは鬼だ。悪鬼だ。羅刹だ。人の皮を被った妖魔だ。
いくら楓さんといえども、あいつに勝てるとは思えない。
だって、楓さんは人間で、あいつは鬼なんだから。
人間は鬼に勝てないから人間なのだから。
絶望を引きずりながらも、響は行くしかなかった。
希望と絶望を引き合わせる為に。
「……」
再び一人になったロックは、その手の中の刀を、闇を見た。
この刀を手にした時、ロックは確かに感じたのだ。
自ら以外を認めない殺意を。
その殺意に乗り、自分はあの少女の元へ行き、止めを……
「…俺は、お前の言いなりにはならねえよ」
それは、もう一つの闇との闘いだった。
この刀の気に飲まれる事なく、俺は俺の意思であの女を生かしたのだ。
しかし、尚も刀は語りかけてくる気がした。
全てを殺せ、と。
自分以外の全てを消せ
俺とお前ならそれができる
何もかもをコロ……
「…うるせえ!!」
絶叫し、刀を背後に向けて投げ放つ。
魔剣は背後の壁へと突き刺さり、それきり沈黙した。
「…お前は、そこで黙って見てるんだな……自分以上の、闇の力の闘いを!!」
言い放ち、ロックは一瞥をくれた。そして二度とそれを見なかった。
――だから、私が負けるわけにはいかないわ!
響の目から七色の光線が飛び出した!
「ぉぎょいあういぎゃああがかが」
それを受けたロックの身体は…溶けていく、溶けていく。
いい加減にしろ
響「ロックは42点のニートよ」
ロックは悲しみのあまり死んだ
「晶さんと組みたいので葵にはしんでもらいます」
「いやあああああ」
響はロックの死体を刃にくくりつけ葵に投げた。葵もふっ飛ぶ。
「響つえー」
「さあいきましょう」
彬が仲間になった!
「俺は…俺だ!」
俺は自分の意思で人を殺すんだ。
そう言い聞かせた心は、しかしなぜか静まらない。
「俺は…ギースの…魔王の血を引くモノだ!!」
涙を絶叫で誤魔化し、少年は自らに再びそう言い聞かせる。
どこまでも下手で、どこまでも悲しい嘘と知りながら。
この街の最も暗い場所に、二つの暗黒。
暗い部屋の中で、明ける事泣き暗黒に彷徨う昏き血を、暗き刃はいつまでも見つめ続けていた。
【高嶺響(右肩に負傷) 所持品:無し 目的:楓をロックに会わせる】
【現在位置::3区ハワードアリーナ付近】
【ロック・ハワード(それなりに消耗) 所持品:デリンジャー、ワルサーP99 火炎放射器 ワルサーPPK 目的:自分より弱いものは全て殺す 楓を待つ】
【現在位置::3区ハワードアリーナ内ギースの隠し部屋】
【備考:八十枉津日太刀はギースの隠し部屋に刺さったままです】
この街の最も暗い場所に、二つの暗黒。
暗い部屋の中で、【明ける事泣き】暗黒に彷徨う昏き血を、暗き刃はいつまでも見つめ続けていた。
【無き】が【泣き】になってますね…
【明けること無き】に修正おねがいします……
午前0時30分。
1区の南側、ショッピングモール裏手にある納品所の入り口に2人の男が佇む。
「なあ、これから何かおっ始めるんかい?」
「さあな…」
そわそわと落ち着かない素振りの椎拳崇をはぐらかすかの様に、ぶっきらぼうに呟く日守剛。
先程から幾度となくこのやり取りが続いている。
剛の携帯電話が鳴ったのは、今から1時間ほど前のこと。
短い会話を交わしスイッチを切った後「行くぞ」とだけ拳崇に伝える。
彼のアシスタントとして雇われた拳崇には、どんな用件だったのか尋ねる余地もなく
その言葉に従う以外になかった。
主催者のえらくお気に召す所の、凶悪な輩共と遭遇しないよう細心の注意を払いつつ、
彼等は3区のハワードアリーナから少しずつ1区に向かって北上し、指定された場所に辿り着いたのである。
ぽん、
いきなり肩を叩かれ、何事かと振り向いた拳崇の背後に立っていたのは
あたかも血の池地獄から這い上がってきたような、全身が真っ赤に染まった1人の男。
「うぎゃあああああーーーーー!!!」
これまた断末魔の様な絶叫に、周囲に潜む者がいれば確実に目を覚ましていただろう。
「やっぱり驚いた?…悪い、まだ幽霊じゃないから、一応」
だがその凄惨な姿とは裏腹に、口から出たのは能天気な返答である。
「今夜最大の功労者のお出ましか…思ったより元気そうじゃねえか」
激しい戦闘を果してきたばかりのこの者に付着しているのは殺害した相手の返り血であり、
本人にはほとんど外傷がない事を剛は見抜いた。
もちろん、馬鹿でかい声をあげるなと、拳崇に釘を刺すのも忘れてはいない。
「まあその道に関してはそっちが先輩だからな、とにかくよろしく頼むぜ」
かくしてアラン・アルジェントが剛たちと合流する事により、
ゲームが始まって以来初めてジョーカー同士、直接の顔合わせを果す事になったのである。
バトルロワイアルにおける参加者の動向は、大体以下の3つに大別される。
出会った相手を見境なく殺そうとする俗に言うマーダー、積極的ではないものの場合によっては殺害も辞さない者、
そして、ゲームを放棄し会場から逃げ出そうとしている消極派。
最後の一人になるまでゲームを滞りなく進行させるには、殺し合いをする意志がある者だけが残れば良い。
だが、不測の事態は常について回るもので、そうそう思い通りに事は運ばない。
そこでゲームの進行を妨げる選手を始末する役目を担った、ジョーカーと呼ばれる者達が会場に送り込まれる。
闇雲に殺せばよい訳ではない。あくまでも一般の選手に紛れ込み、主催者からの刺客だと悟られぬ様実行する。
時には第3者を利用し、更なる不穏な要素を振り撒く知恵も必要である。
もちろん自らの命も安全ではないので、身の危険を回避する事は言うまでもない。
ゲームも2日目から3日目にさしかかろうとしている中、
参加者は3分の1近くになった一方、未だに消極派に属する者達が生存している。
中にはゲームそのものを転覆させようと企てる者さえ出てきており、
いざとなれば参加者の首輪爆弾で全員処分してしまえば済むが、
つまらない結果に終わってしまえば、主催者ルガール・バーンシュタインの威信に係わるというものである。
ジョーカーは剛の他にも送り込まれていたが、あやねは早々に死亡、
エミリオは特殊な操作が必要なため、扱いが厄介としか言いようがない。
そこでルガールは、新たに参加者の中からアランをジョーカーとして選出する。
最初の殺人指令はなかなか手こずった様だが、彼がとりあえず与えられた任務をこなした直後、主催者側は一つの判断を下した。
すなわちそれまで互いに面識もないまま単独行動をとっていたジョーカー達に手を組ませ、
連携を取りながらゲームに乗らない不穏分子を一掃させようという事である。
そして、剛とアランのそれぞれの携帯電話に指定された場所で合流する様にというメッセージが入り、今に至る。
ショッピングモール専用納品所の地下には、建物の設備点検を行う作業員の事務所及び宿直室があった。
彼らは場所をそこに移動し、現在の状況や今後の予定など簡単に打ち合わせを済ませた後、
3人のうち1人が入り口で見張りを行ない、交替で休息を取ることにした。
見張りの役目を終えたアランは、部屋に戻る前にシャワールームへと直行した。
身体と衣服にこびりついた汚れを洗い流すためである。
状況が状況だけに、着の身着のまま数日間過ごす事自体に別段抵抗はない。
だが、付着しているのが灯油となると流石に気持ちの良いものではない。
ショッピングモールの店舗から調達してきたボディソープを、全身とその場に脱ぎ捨てた衣服にふりかける。
実の所、武器と携帯電話を除く荷物は、入れていた布袋を含め全て元居た戦闘場所に置いてきてしまっていたので、
必要な品をショッピングモールで改めて揃え直した。
灯油を浴びせられ、あわや焼き殺されそうになったのである。炎上する商店から命からがらの脱出だったので
この際悠長な事は言ってられない。
一通り洗い終わると、シャワーのコックを捻る。温かな雨に打たれながら、彼はぼんやりと思いを巡らせた。
ジョーカー同士手を組む。活かし方次第でチャンスにも破滅にもなり兼ねない、危険な賭けであった。
あの剛という男は、最初からジョーカーとして派遣されており、これまでに邪魔になる者達を何人か排除している。
奴の動向を把握し、封じ込める事に成功すれば、少なくとも反主催者側にとって一つ脅威が減る事になる。
だが動向が知られてしまうのはこちらも全く同じ条件である。
協力し合うという事は、裏切りを出さない様互いに監視しあうのも意味していた。
そして、予想外だったのがケンスウとかいう若者の存在である。
ジョーカーは自分も含めて現在3人と聞いていたが、送られてきたデータと彼とは一致していなかった。
恐らく剛が己の負担を軽減するために臨時に助っ人として使っているだろうが、どう見ても殺し屋としての素質があるとは思えない。
先程も背後から近づいていったが、プロなら周囲の気配を読み取りそこで気付くはずである。
実力を見込まれてというよりも、捨て駒として利用されているに過ぎない事は明らかであった。
続いて、会場に残っている生存者の面々が頭の中を過ぎる。
この中には年端もいかない少女達がいまだに存在する、ほとんどが反主催者の側として。
ゲーム開始後、同じ層がたて続けに命を奪われていっただけに、その心細さはいかなるものであろう。
あのルガールの事である、親切に手助けする振りをして始末してこいと、命令を下すに違いない。
それとフィオが深夜5区で合流する予定だったという日本人も気になる。
自分に手にかかっていなければ、今頃は再会できていたのだろうか…とこれ以上は深く考えないようにする。
そして、数少ない顔見知りの中では、ガーネットとヴィレン、ハッキングによりデータを盗もうとする不穏分子と、
残虐の限りを尽くす賞賛されるべき殺人者、それぞれ正反対の立場で主催者側の注目を集めている。
顔見知りであるのを利用し、ガーネットの殺害命令も出るであろう事も念頭に入れておいた方が良いだろう。
ふともう1人の顔見知りである譲刃漸の名前が、送られてきた人名リストの中になかった事に気がつく。
人生のほとんどを格闘に費やし、FFSで優勝した男が注目されないはずはない、となると考えられる事は一つ。
放送があった後に、死んだ…?
意外に思う一方で何故か不思議と納得できていた。
グリードとかいう者を倒すためだけに、ただひたすら闘い続け、FFSに出場し、そして…
最大の目標を見失ってしまった魔獣と呼ばれた男は、果たしてどんな思いでこのバトルロワイアルに臨んだのだろうか。
シャワー室から出てタオルで余計な水分を拭き取ると、備え付けのハンガーを取り出す。
洗ったばかりの衣服をそれにかけ、再びシャワー室にぶら下げて乾燥のスイッチを押す。
明け方の出発までには乾いているはずである。
これまた店から調達してきた服に着替えると、隣に置いてあるタオルの包みに手を伸ばした。
その中から大きさの異なる二つの十字架をモチーフにしたシルバーアクセサリーを取り出し、紐の部分を左の手首に巻きつける。
再びタオルを包み直すと、新品のザックの中に注意深くしまい込んだ。
ひとまずここで一旦区切り、続きは後ほど投下致します。
自分の前を歩く、親しい女性の後姿。
(アテナ!そっちに行ったら危ない!戻ってくるんや!)
止めようと必死になって叫んでいるのに、全く届いていないのか彼女は構わず進んでいく。
(駄目だ!戻れ!アテナ!)
いきなり彼女の動きが止まったかと思うと、鈍い音とともに首が弾け飛ぶ。
その瞬間、辺りは真っ暗となり、自分が手にかけた見知らぬ少女とクリスが、虚ろな目でこちらを睨み付けたまま転がっている。
「許サナイ 貴様ヲ 殺ス!!!」
オロチの力を解放した社とシェルミーがクリスの亡骸を取り囲み、何かを唱えると、
突如オロチの姿に変貌し、己に向かって襲い掛かってきた。
「ーーーーーっ!!!」
拳崇が目を覚ました場所は、一晩過ごす事になった納品所の宿直室。
今まで孤独な闘いを強いられていただけに、まともな休息は久し振りだというのに、悪夢を見てしまった。
大きなため息をつくと、額にかいた汗を手の平で拭った。
自分のおかれている状況を改めて考えると、暗澹たる思いにさせられる。
ルガールに信用されるためには多くの殺人を繰り返さなければならないが、副産物として敵も作ってしまった。
社とシェルミー、そして紅丸、いずれも殺害に失敗し、しかもクリスを殺したのが自分だと分かれば、
恐らく次に出会ったときは容赦はしないだろう。
今は剛と行動を共にしているため身の危険は回避されているが、それも一時的なものであって、
役立たずと判断されれば、結局は切り捨てられるか、口封じのために殺されてしまうのだろう。
それとは別に、主催者側では、殺意の波動、暗黒の血の力、青龍の力といった
人間をはるかに上回る、驚異的なパワーを秘めた選手達が注目を集めているという。
彼等と闘う羽目になったら果たして勝算はあるのだろうか、それを考えると更に苦い思いが押し寄せてきた。
拳崇にも超能力というものが存在する。
アテナとは反対にあくまで主体は中国拳法で、超能力は飛び道具などの補助的手段に過ぎないのだが、
それでもサイコソルジャーの肩書きの下で、平和を守るために邪悪な敵と戦ってきた。
だが、その超能力も今では全く当てにならないものになってしまっている。
きっかけは師匠の鎮元斎が、包という名前の少年を新しいメンバーとして連れてきた時から始まった。
超球弾をはじめとする超能力を駆使した技が急に使えなくなった。
その直後、包がサイコボールを会得したので、もしや己の能力が移ったのではと思いもしたが、
何回かのKOF出場により、いきなり力が暴発したり、今度は包までもが超能力が使えなくなったりと
紆余曲折を経たものの、結局元には戻らないまま今に至る。
あの時、超能力が使えれば危険を察知し、アテナを死なせずに済んだのだろうか…?
今更どうにもならない問いかけが、彼の頭をぐるぐると回り続ける。
(こんなんで、アテナの仇を本当に討てるんか、オレは…!)
己の無力さを呪いながら、拳崇は唇を噛み締めた。
「…大丈夫かい?大分うなされていたぜ」
その声にはっと我に返ると、濡れた髪をタオルで拭き取りながら、アランが傍らに立っていた。
「大丈夫や…心配はいらん」
返答とは裏腹の、力の抜けた抑揚のない声。
初めての接触に続き、今回も自分が部屋に入ってきた気配を全く読み取っていなかった。
こいつは殺人稼業には不向きだと思う一方で、何やら深刻な悩みを抱えているこの若者を、何となく放っておけなくなった。
備え付けの冷蔵庫に先ほど入れておいたカクテルのミニボトルが、ちょうど良い飲み頃となっている。
その中から2本取り出し、1本を拳崇に向かって放り投げる。
「…おおきに」
右手でキャッチして蓋を開け、一口飲むとコーヒー牛乳をうんと甘くした香りが広がってくる。
服を着替えてきたアランの印象は、入り口で出くわした時とまるで異なる。
何でも相談に乗ってくれそうな、人の良い、それでいて頼りがいのある青年に見えた。
「兄貴と見込んで話があるんや、ちょっと、ええ?」
年長者として慕われるのは悪い気はしない。彼は頷くと、向かい側に来るよう促した。
「オレ、好きな人がおったんや」
取りとめのない世間話が一通り済むと、拳崇は低い声でぼそりと呟く。
「好きといってもこっちが一方的に思っていただけで、向こうはただの修行仲間程度にしか思ってなかったかも知れへん、けど…」
楽しかった。厳しい修行も困難な戦いも、共に過ごしていたからこそ乗り越える事が出来た。
今まで続いてきた幸せなひと時は、この先もずっと、ずっと続くだろうと信じてやまなかった。しかし、
一瞬にしてそれは打ち砕かれ、二度と手に入らなくなってしまったのである。あの男によって。
「あいつが死んだ時、オレは…何もできなかった、守って…やれなかった…」
今まで誰にも語らなかった、語るまいとしていた本心を打ち明けた途端、緊張の糸がぷつりと切れた様に、
堰を切ったように涙があふれ出て止まらなくなった。
「あいつの無念を晴らすまでは…まだ、くたばる訳にはいかんのや!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を懸命に拭いながら、やっとの思いで拳崇は顔を上げるとはっとする。
無言で話を聞いていたと思っていたアランもまた、泣いていたのである。
「あ…あれ?」
「ああ、悪い、悪い。こういう話に弱いんだよ、俺」
慌てて目をこすり苦笑でごまかしながら、彼は確信していた。
ゲームが開始される直前、参加者達が一箇所の部屋に集められた時に起こった惨劇。
見せしめのためにルガールに殺された若い女性、その傍らで彼女の首を抱え号泣する若者。
拳崇はその時の若者と同一に違いない。
もちろん彼女の死因をはっきりと語っていた訳ではないが、
あの時の現場と、彼が何故躍起になって無謀ともいえる殺人行動を繰り返しているかを考えれば辻褄は合う。
殺し合いのゲームに乗っているのは、ルガールを欺くための隠れ蓑に過ぎない。
間違いなく、拳崇はルガールを憎んでいる。
仮に打倒ルガールを目指した計画が出来るとすれば、確実に乗ってくるだろう。
「お前、彼女の無念を晴らしたいと本気で思っているんだな?」
アランの問いかけに拳崇は真顔で頷く。
「なら、やってみろよ。絶対無理だとか失敗したらどうしようとか、余計な事は考えるな。
人間、死ぬ気になれば何だって出来るもんだぜ?」
その挑発的とも取れる台詞は、まるで自分自身にも言い聞かせている様でもあった。
「あとこれだけは言っておく。ゲームの結末は、一つだけとは限らないぜ」
「何やて?一体、それはどういう…」
最後の一人になるまで、殺し合いを続けるのではなかったのか。しかし今考えてみた所で、すぐに結論が出る物でもない。
「本来の目的を見失わなければ、何をすべきなのか自ずと分かってくるはずさ。自分自身を信じるんだ」
「…せやな、自分を信じて頑張ってみるわ」
自分自身を信じる、結局今はそれ以外に道はないのである。
「もしどうにもならない窮地に立たされた時、俺が近くにいるなら、一度だけ、お前に力を貸してやろう。但し、一度きりだぞ」
「それ、ホンマやろうな」
その言葉が、拳崇に更なる勇気を与える事になる。
「本当だ。男と男の約束だからな」
「男と男の約束か。よし、じゃあオレもあんたがピンチになったら、一回だけ駆け付けたるで」
「おいおい、さっきまで落ち込んでたのに、ずい分と威勢の良い事だな」
お互い顔を見合わせて笑う。ゲームが始まって以来、拳崇が見せた初めての笑顔であった。
壁に取り付けられた時計を見ると、見張りの交替の時間である。そのまま拳崇は見張りのため部屋を出て行った。
納品所の入り口で見張りを行う剛の元に新たなデータが送られてくる。
現時点における、全ての生存者とその位置を記した最新の情報であった。
(大分、減ったな…)
殺人者を発表した放送の影響か、放送後の死亡者は10名を越え、昼間よりも上回る数となっている。
それでもジョーカーとしての任務がまだまだ終わりそうにないのは、
生存者の中に含まれる厄介な面々のためである。
ゲームの進行を妨げる不穏分子、何の事はない、
殺すのも殺されるのも嫌で逃げ回っている臆病な連中に過ぎない。
本来ならばそんな参加者は、ゲームの序盤であっけなく脱落しているはずであった。
現在でも生き残っているいられるのは、強力な選手を引き入れて集団で行動しているからである。
だが、そんな集団も、仲間が離脱したり死亡したりと、今や少しずつ揺らぎを見せ始めている。
その隙を狙い、新たな徒党を組みなおす前に叩き潰しておくのが得策であろう。
その一方、彼らとは正反対に見境なく襲い掛かるマーダー達も常に頭に入れておかなければならない。
ゲームを円滑に行うため、極力手を出すなという指示は出ているものの、いざとなれば交戦も有り得る。
丁度、虫けらを一方的に始末する退屈な作業にも飽きてきた所だ。
死と隣り合わせの闘いというのも決して悪くはない。
今度は自分以外のジョーカー達について考える。
エミリオという得体の知れないガキは、始めから相手にするつもりはなかった。
主催者側の指示がなければ何もできない、要するに操り人形である。
向こうは指示通りに勝手に動くだけで、自分達を始末せよという指示が出ない限り、関知する必要はあるまい。
だが、ルガールが特別に抜擢したという、アランという野郎は全くもって油断がならない。
あの時、拳崇の落ち着かなさに感化されたのか、それとも奴が少しでも気配を消そうとしていたのか、
背後から近づいてくる気配を、ほんの一瞬、感じ取るのが遅れた。
へらへらとしたやる気のない態度の裏腹に、ゲーム開始直後に少年を1名、ルガールからの依頼で女性兵士とその同胞を2名
今までに殺した人数は3名である。相当な食わせ物だ。
その一方で最初と次の殺害の間、ほとんど行動らしい行動を起こさず、一箇所に隠れていたり、
今回の依頼でも殺害までに相当な時間がかかったのは、何か躊躇する動機があったのだろうか。
どうやら奴が生粋の殺し屋であるとは考えにくい、しかし何かを確実に企んでいる。
能天気の陰に隠れた本性をいつか必ず暴いてやろうと、剛は密かにほくそ笑んだ。
再び、今回の参加者に対して思考が辿り着いた。
生存者の最新情報を確認した後、己の行った唯一の誤算を見つけ出す。
すなわち、梅小路葵の存在である。
あの時、ハガーと共に溝口が殺したと思っていたが、実は助かっていたのだ。
現在、知り合いである結城晶と行動を共にしている。
己の正体を知らされる前に、何とかして始末せねばならない。
そして、リョウ・サカザキ。見逃す事のできないもう1人の存在である。
数年前、気まぐれで道場破りを行ない、師範代を務めていた娘を再起不能にさせた。
彼女の兄にあたるリョウは、復讐を果そうと躍起になって自分を探し回っているに違いない。
面白い事に、会場では誰とも組まずに単独行動を続けており、それを妨げる者を情け容赦なく次々と襲っている。
しばらく奴を泳がせておけば、邪魔者を消して回る事になるので、却って好都合である。
場合によっては、葵と晶を始末させるのにも一役買ってくれるかも知れない。
しばらくして、見張りの交替のために拳崇がやって来る。
「待たせたな、後はオレに任せて、ゆっくり休んだれや」
「……?」
今までとは明らかに違う、堂々とした彼の態度を不審に思いつつ、剛はその場を離れた。
午前6時30分
男達の束の間の休息が終わりを告げようとしている。
号令と共に街が動き出す前に、行動を起こさなければならない。
夜明けの空の彼方にあるのは破滅か、それとも再生か。
今は誰一人として知る由もなかった。
【日守剛 所持品:USSR マカロフ、ウージー、コンドーム、携帯電話(アランの連絡先登録済)
目的:連携を取りながらゲームに乗らない不穏分子の一掃、J6の意向を受けゲームを動かす】
【椎拳崇(左肩負傷、応急処置済) 所持品:スペースハリアーバズーカ 目的:ルガールに信用されるため戦う、男同士の約束を果す】
【アラン・アルジェント 所持品:PPKワルサー(残り7発)、携帯電話(剛の連絡先登録済)、折り畳みナイフ
目的:連携を取りながらゲームに乗らない不穏分子の一掃、ゲームを内側から壊す、プローブの情報を盗む為に本部へ潜入】
【現在位置:1区南側、ショッピングモール裏手にある納品所入り口】
【備考:今後不穏分子一掃の際、挟み撃ちなどを行うため別行動も取る事も有り得ます。何かあったらお互いすぐに連絡を取り合う様打合わせ済です。
付近の上空にエミリオが待機していますが、まだ彼等と接触はしていません】
「あー!春麗死んじまったかぁー。8億がパァだ。仕方ねえなあ全く」
「おやおや、私の賭けたロック、彼はいい。もっとも、一緒に賭けたテリーは死にましたけどな」
恰幅のいい初老の男性と、ヒョロ長い眼鏡の男が豪華なソファに座りながら笑う。
それは下卑た豚のような、狡猾な爬虫類のような笑い、己の欲に忠実な者の笑いだった。
手にはブランデー、指、首、腕にはゴテゴテとした貴金属、口には葉巻。絵に描いたような成金の姿だ。
いや、この二人だけではない。この薄暗い部屋のそこかしこに、同じような空間があった。
「いやはや、ギースの忘れ形見、侮れませんな」
「しかしあの炎の化身が一介の少年にねえ」
「犬福ってのはどこの企業に部門があるんだっけ?ひとつ欲しいんだがね」
「あのチンピラ、一緒になにかおらんか?」
「あー、さすがにもうエリはダメでしたか、まあたかが4億ですから、よしとしましょう」
「やはり本命はリュウでしょう」
「開発部に連絡だ、バズーカの出力調整が甘いと伝えろ」
「いや?あのチンピラはずっとひとりでしょう?」
「ミュータントの生命力には感服ですな」
「あのドリンクは?ほう、ああ、是非頼む」
「楓が封雷剣を持ったらわかりませんぞ。手元の資料にほら、雷の力とある」
「あの可憐な巫女がねえ。クックック」
「お遊びで山田に賭けた1億が無駄にならんかもしれんな」
眼前の巨大モニターは、中央に大画面。そしてその周囲を囲むように小さな画面が数十配置されていた。
ちょうど今、中央メイン画面には圧倒的な力で響を倒したロックの姿が、荒い画像ながらも映っていた。
数瞬前に決したその勝負を見てあがった歓声の余韻は今だ部屋に残り、
明け方にもかかわらず熱気が場の温度をいくらかあげているようだった。
彼らは画面をみながら思い思いに語り、笑い、とてつもない巨額をただの紙のように渡し、受け取っていた。
金を得て、欲を満たし、満足感を求める。金を失い、良心をドブに捨て、道徳を悪魔に売り渡す。
有り余る資産を人の生死に賭ける、下衆極まりない最高に豪勢な娯楽の場。
そもそもが暗黒に支配されたバトルロワイアルの、さらに暗部である。
メインモニターに一瞬ノイズが走る。
そして映されるルガールの秘書。
「お集まりの皆様、お楽しみいただけておりますでしょうか。4度目の放送の時間となりました。
お手元のオッズ表、そしてお賭けになった参加者の生死をご確認ください。
放送終了後、次のベットとなります」
ほぼ全員がテーブルに置かれたディスプレイに見入る。
現在の生存者一覧、オッズ、死亡者、そして自分の企業が何か支給品などを提供している場合、そのデータが送られていた。
画面を切り替える。そこには自分の賭け状況、当たり状況、払い戻し金額などが明細に映る。
放送間死亡者予想、全体優勝者予想、殺害数レース。賭けの対象は多種多様。
そして先ほどのロックと響のように注目の戦闘には急遽ベットを受け付けることもあった。
「おーい!ざけんじゃねぇぞおらぁ!」
一人の男が立ち上がる。見れば相当の酩酊状態である。
「おっめ、あれは、ねぇだろうが!ヒック、エミリオ、勝手に動かしてんじゃ、ねぇってんだ!」
男は画面に向かい怒鳴り散らす。おそらくはエミリオに賭けていたのだろう。
画面の向こうでは顔色も買えずにアヤが言葉を発した。
「それでは、ルガール様から放送を頂きます。ご静聴下さい」
言って、モニターの中の彼女が酔っ払った男を氷のような視線で一瞥し、画面はサウスタウン各所の映像へと切り替わった。
「諸君、おはよう。もうこの街に来て3日目となるわけだが、気分はどうかね?」
あいも変わらず芝居のかかった口調だった、そしてその威圧感も相変わらずであった。
「昨晩はいろいろと面白いことがあったようだ。明け方の分は私もまだ報告を受けただけでビデオをチェックしていないのでね
ぜひともゆっくり見させてもらうよ。まあ、君たちは気にせずともよい。最後の一人には、全記録を見せてやらんこともないがね」
フハハハハ、と笑い声。おそらくはこの声を聞いていい気分の参加者などほとんどいないだろう。
「無駄話もここまで、今朝7時までに死んだ者の名を告げるとしよう」
これまでと同じく一拍置く。
「アルフレッド、エリ・カサモト、風間火月、タムタム、春麗
フィオリーナ・ジェルミ、ブルー・マリー、マイク・ハガー
溝口誠、水無月響子、ミリア・レイジ、譲刃漸。以上12名だ」
そして軽く手を叩く。
「ここに来てこの人数とは、予想以上だよ。素晴らしい。今日は一段といいものが見れそうだ、楽しみにしているよ
それでは、次は19時にお耳を拝借しよう。さらばだ」
「いやあ、3日目は楽しみですな、危険な奴らばかりひしめき合っている」
「万が一ということもありますが首輪がはずされたらベットは払い戻しなのかね?」
「ルールでは脱落、死亡扱いとありますな。まあ、「死んでいる」以上ルガール氏も始末はするでしょう」
「それにしても・・・」
「いやはや・・・」
声が飛び交う。
ここには人の死を、己の損得以外で嘆く声などない。
彼らには全てがゲーム。
自らには何の危険も及ばない、これは滑稽なゲームだった。
モニターに今まで映ったことのない場所が出る。
周りの小さなモニターの一つにアヤの顔が映り、声が伝えられる。
「皆様、先ほどは大変失礼いたしました。ここで、臨時ベットを受け付けたいと思います」
メインモニターに映された場所は小さな部屋。
中には先ほどの酔っ払いとクネクネと動く白い何か。生き物だろうかヒュンヒュンと手のような部分を振り回していた。
その手は斧や鎌のようであり、酔っ払いは酔いも消し飛んだのか部屋の隅で命乞いをしていた。
「さて、先ほどの無礼なお客様ですが、この白い生物、トゥエルヴといいます某団体の生物兵器でございます。
このトゥエルヴに攻撃命令を出してから、かのお客様が何秒生きていられるか、心停止までの秒数にお賭けください!」
画面に映されるオッズ表。その無慈悲な倍率、絶望的な生存率を示すそれを上気した顔で見つめ、次々とベットする男たち。
「受付を締め切りました!それでは、スタートです!」
会場に哀れな男の断末魔が響いたのは8秒後のことだった。
【第4放送終了 これより3日目7:00〜19:00】
霧島を探しながら歩くうち、やがて、立ち並ぶ建物の向こうに海と砂浜が見え隠れし始めた。
「うわぁ、海だ」
昇る朝日を照り返す水平線を見て、アルルがひかえめな歓声を上げる。
「今こんなこと思うのは変かもしれないけど、やっぱりきれいだなぁ」
「俺は…この海見るのは二回目になるっすねぇ」
「真吾くんはこの辺りから回ってきたんだ?」
「ええ、まあ…」
アルルに応える真吾の声は、いささか歯切れがわるかった。
この先の砂浜には、ダンと、そしてハガーと過ごした海の家がある。
(ハガーさん…簡単に死ぬような男じゃないって言ってたじゃないですか……ちゃんと生きて会うって)
今回の放送でハガーの死を知ったこともあり、真吾の気持ちは複雑だった。
「「霧島さん、」」
偶然にもふと発した言葉が被ってしまい、二人は苦笑いを浮かべた顔を見合わせた。
アルルも真吾もある程度歩くごとに周囲を見回して確認してはいるが、探し人どころか人影一つすら見当たらない。
それは敵に会わないという点では確かに幸運ではあるが、彼らの目的からすれば根本的には不運なことであった。
アルルが、安堵と失望の混じった小さなため息をつく。
「……見つけられるかなぁ。それにボク霧島さんって人のこと全然知らないんだけど、大丈夫かな」
「アルルさん、草薙さんに会ったんですよね。じゃあ分かるんじゃないですか?」
「でも、ボク草薙さんとはすぐ別れちゃったから…」
K´の話によれば霧島は草薙京にそっくりな顔をしているらしいが、
アルルが彼と行動を共にしたのはあまりにも短い間のこと。とっさに見分けられる自信はない。
「ああそれなら、もし会えれば俺がすぐ分かる筈ですから大丈夫ですよ。なんせ草薙さんそっくりなんですから」
真吾は竹槍を両手で頭上に持ち上げ思いっきり伸びをすると、眠気を振り払うように頭を左右に振った。
「ま、気長に行きましょう。どうせ街一つの中なんですから、ここにいなくてもいずれ見つかりますよ。
それに事実K´さんは霧島さんに一度会ってるんだし」
ね、と真吾に見られて、それまで彼の横を無言で歩いていたK´はばつがわるそうに顔を背けた。
「……」
まさかこの二人の前で、草薙京と間違えて殺そうと付け回した挙句逃げられた、とは言えなかった。
「…………」
逸らした視線のその先にはリュウがいて、何故かちらちらと落ち着きなく上空を気にしながら歩いている。
(空なんか見ても何もねぇだろうがよ…)
リュウに罪はなかろうが、その仕草がますますK´の心を苛立たせた。
もともと、北の方角にいたはずの霧島を探すために、あえて南下することを提案したのはK´である。
朦朧とする意識の中で見た、雨空になお鮮やかな炎を纏い空を飛ぶ化け物。
アルルの言うとおり霧島が炎使いであるというのなら、自分と同じように南に引き寄せられていてもおかしくないと考えたのだ。
だが、あのあまりにも非現実的な光景が現実だとは、今になっては誰にも証明できない。
夢見がちな子供(といってもK´とそう変わらない歳なのだが)二人は何の疑いもなくK´の目撃談を信じていたが、
夢占いとそう変わらないレベルの判断で三人を引っ張って果たしてよかったのか、K´は今になって迷っていた。
迷ってみたところで、そのことを打ち明けて話せる相手は何処にもいない。そもそも誰かに話す気もない。
「あー……」
なんともすっきりしない思いを紛らすように銀の髪をぐしゃぐしゃとかき回したK´のその思考を、
「な!?」リュウの驚きの声と、
「K´さーん!」アルルの悲鳴と、
「K´さんよけて、よけてー!!」真吾の必死の警告と、
すこーん!
白い後頭部にものの見事に突き刺さった猛禽の嘴が順繰りにぶった切った。
「おい………?」
ぎぎぎぎぎ、と軋み音でも聞こえそうな動きでK´が顔を上げる。
本能的に危険を感じ取ったのか、三人がほぼ同時にあとじさった。
「何しやがるてめぇ!丸焼きにするぞこらぁ!」
うなじの辺りに血をにじませながら、鷹の首を引っつかみ凶悪な目つきでガンを飛ばすK´。
「キィーーーーーー!!キーーーーーー!!!!」
「キーキー五月蝿ぇ!人の話聞いてんのかてめぇ!あぁ!?」
顔色からは判別つかないが、鳥に向かって本気で怒鳴っているあたり
相当頭に血が上っているであろうことは誰の目にも明らかだ。
K´が怖いのか呼吸が出来なくて苦しいのか、
鷹はK´に左腕一本で吊り上げられたまま気も狂わんばかりにじたばた暴れている。
「K´君、いや気持ちは分かるがちょっと落ち着いてくれ!」
「K´さん、何でもいいですけど鳥と真面目にけんかしないでください、お願いですから〜!」
今にも全身から炎を噴出しそうなK´を諌めるリュウと真吾だったが、肝心のK´はどちらの声も聞こえていない様子だ。
「ちょっと、K´さん、いーかげんに……」
「真吾君危ない、下がるんだ!」
「え……うわちぃ!」
業を煮やしてK´の背中を叩きに行った真吾は、その目的を果たす前に情けない悲鳴を上げるはめになった。
見れば、K´の右手は何時の間に着火したのか紅蓮の炎に包まれている。
「大丈夫かい?!」
リュウは真吾に駆け寄ると、そのガクランの裾に移った小さな火を急いでもみ消してやった。
「うー、あつつつ……大丈夫っす、草薙さんの弟子に炎は効かないっすよ…」
草薙流はサイキョーっス、などとどこかで聞いたような強がりをする真吾をよそに、
リュウはあきれた顔でK´を見ている。
「彼は、いつもこんな感じだったのかい?」
「いやいつもはそんなことないんですけどね、なんか今は大分気が立ってるみたいで……」
『五月蝿い蝿を払った』ぐらいの認識しかないのか、当のK´はまだ鷹を振り回している。
「○△×d◆◎×j☆▼□ラg$Φ!!!!」
もはやリュウにも真吾にも興奮し過ぎたK´が何を言っているのか分からない。
「―――――――――!!!!」
そんな中、既に半ばぐったりしていた鷹が、再び激しく暴れだした。
「うるせぇ……うるせぇんだようぜぇんだよ手前ぇはよ!」
さらに苛立ったK´が炎に包まれた右手を鷹に叩きつけようとしたその刹那、
「………ばよえーん」
足音を殺してK´の背後から忍び寄ったアルルが、彼の耳元でそっと囁いた。
「リュウさん、これでよかったんだよね?」
うつろな目をして固まってしまったK´の腕から鷹を抱き取って、アルルはリュウに向き直った。
「ありがとう、アルル君。この鷹は訳ありでね、どうしても助けたかったんだ」
至近距離で鷹を見て、リュウの予測は確信に変わった。アルルの腕の中でうずくまるそれには、やはり足が片方しかなかった。
「やはり、ナコルル君か……」
「え、この鳥ナコルルさんのなんですか?」
K´の目の前で手のひらを往復させたり、その頬を突っついたりして魔法の効力に感心していた真吾が、
ナコルルの名を聞きつけて走り寄って来た。
「間違いないよ。多分、彼女の代わりに俺を見守ってくれていたんだ」
「へぇ、賢いんっすねー」
それは見守るというより監視というのでは、とは言わなかった。
真吾も二人と一緒に鷹を――ママハハを覗き込もうとしたが、やはりその嘴の鋭さに怯んでしまう。
結局、いくぶんか距離を置いて見ている事にした。
「でも、それじゃどうしたのかな?いきなり降って来るなんて……わぁ!」
アルルが鷹の頭を撫でてやりながら首を傾げる。と、ママハハはアルルの腕から身をよじって逃れた。
「どうしたの、痛いの?こっちにおいでよ」
地面に落ちたママハハは、差し出されたアルルの手から逃れるかのように
翼をばたばたさせて這い進むと、ある程度まで進んでぴたりと止まった。
一同がどうすればいいのか困っていると、しばらくしてまた同じことを繰り返しはじめる。
「ねえ、これって」
「ついて来いっていうことだろうな、多分」
「ナコルルさんに、何か、あったんですかね?」
真吾の口から主人の名を聞いて、ママハハはようやくアルルの所に舞い戻った。
ママハハを注視する皆の顔を、何か訴えるような目でじっと見かえしている。
「……彼女に何かあったのなら、急いだほうがいいだろう。行ってあげたいのだが、構わないかい?」
「もちろんですよ!ビリーさんがいなくなって、今あの子一人かもしれないし……」
リュウは思った。本当にナコルルが何か危険な目にあっているというのなら、
自分は率先して力にならなければならない。彼女には返しきれないほどの大きな借りがあるのだから。
だがママハハに向かって一歩進んだ彼は、それ以上前には進むことを許されなかった。
「――――――!!」
鷹の嘴から、甲高い威嚇の声が発せられる。
誰が見ても分かる。ママハハは、明らかにリュウを拒絶していた。お前は来るな、と。
リュウは封印のない右拳を握りしめ何か言おうとしていたが、やがて諦めたようにふっと力を抜いた。
「すまない真吾君、俺は行けそうにない。K´君は…」
「ま、さっきのあれがあるから流石に無理でしょうね……」
まだ焦点の定まらない目をしているK´を見て、真吾はひょいと肩をすくめた。
「俺とアルルさんで行ってきますよ。帰るまでそこの広場辺りで待っててください」
「二人だけで大丈夫かい?」
「はい、多分。……ま、そのときはアルルさん任せになっちゃうかもしれないですけどね」
派手な威嚇でずり落ちかけたママハハを抱きなおしていたアルルも、リュウに笑って見せた。
「大丈夫だよ。戦えって言われたらつらいかもしれないけど、逃げるだけならなんとかなるよ。
K´さんはもうちょっとしたら元に戻るから、帰ってくるまでよろしくね」
「そうか…それじゃあ君達に任せるよ。迷惑かけてすまない」
「あ、そうだ、行く前に…」
「ん?」
「リュウさん、足には自信ありますか?」
真吾に聞かれて、リュウは旧知達の顔を思い浮かべた。
自分には春麗のようなスピードに頼る戦い方は出来ないが、それでもケンと同じほどには走れると思う。
少なくとも、足の遅い方ではない筈だが…
「足……まあ、並程度には走れるとは思うが…どうしてだい?」
真吾は腰に下げた自分のザックをごそごそと漁ると、中から小さな茶色の瓶を取り出した。
「これ、リュウさんが持っててください」
「これは…?」
渡された瓶を大きな手で受け取ったリュウが、怪訝な声で問う。
「見覚え、ないですか」
「??」
「いや、いいんです。すみません」
真吾はそこで、笑ったまま少し悲しげな顔をした。
「それ、ダンさんの形見です」
リュウが息を呑む気配がする。
「飲むと少しの間だけものすごい力が出せるッス。もうそれで最後ですから、大事に使ってください」
「だが…」
自分は戦えないのに、と言おうとしたリュウを、真吾は制した。
「もし襲われるような事になったら、それ飲んで逃げてください。
逃げるからってそれの効果がなくなるわけじゃないし、多分、よっぽど足の速い人じゃない限り振り切れると思います」
リュウは自らの手の内の瓶と真吾の顔を交互に見た。
確かに、相手を振り切るのに十分な脚力を得ることが出来るなら、自分も相手も傷つかずに戦いを終わらせられる。
仲間が一緒のときなら、囮になって相手を皆から引き離すことも不可能ではないだろが…。
「……分かった、ありがとう。決して無駄にはしないよ」
ほんの少しの質量しか持たない筈の小瓶は、何故か鉄塊のように重かった。
K´が我に返ったとき、自分が絞めていた鳥や騒がしい子供二人の姿は何処にもなく、
自分はといえば何故か花壇のふちにちょこなんと座らされていた。
右を見れば、リュウが自分と同じように腰掛けている。プラスチックのコップを二つ持って。
「落ち着いたかい?」
「ああ…」
リュウに差し出された飲用水を受け取ると一気にあおる。
消しきれていないカルキ臭さが、朦朧としていた精神には逆に心地よかった。
「何をあんなに怒っていたんだ?いくら痛い目に合わされたとはいえ」
「………キレるのに理由なんてねぇよ……」
K´は背中を丸めて大きくため息をついた。
実際、理性を失うのに理由はなかった。
着物の女を殺したのにも金髪の男を殺したのにも、霧島を付け回したのにも、
草薙を殺さねばならないという強迫観念に駆られたのにも、特に理由らしい理由はなかった。
強いて言えば、それは
「NESTSのせいだ…」
「ネスツ?」
K´は両手で顔を覆った。
「……クーラにはね、形はどうあれトモダチが必要なの。でなければあの子は壊れてしまうから」
一度だけ、ダイアナが言っていたことがあった。K´やクーラ、K9999の様な能力移植型兵士…いわゆるKシリーズは、
ウィップやアンヘルのようなもともと持っていた能力を強化しただけの兵士に比べてずっと強力な力を持ち得る。
だがその代償として、重軽の違いこそあれ例外なく精神のどこかに異常をきたすのだと。
それゆえ、Kシリーズを安定した人間兵器として運用するためには、その弱点をフォローし助け合う、
悪く言うならば恒常的に精神のメンテナンスを行うパートナーは必要不可欠なのだというのだ。
「だからねマキシマ、とんだ我がまま坊やだとは思うけど、あのコの傍を離れちゃダメよ?」
「やれやれ、ま、そんなもん必要ねえとは思うんだがな?
そもそも俺がいなくなったからってうちのわんぱく坊やがピーピー泣き喚くのは想像つかんね」
「お前ら黙って聞いてりゃ……つーか坊やって誰だよ!」
クーラの年齢不相応な幼児性やK9999の盲目的な破壊衝動を見ていれは分かる話ではあったが、
自分までそんな欠陥品の人間だとは思いたくなかった。
思いたくなかったのだが、知己と引き離されたとたんにこれだ。今となっては認めざるをえない。
横目で見れば、マキシマの代わりにリュウが心底心配そうにこちらの様子をうかがっている。
「っは、だせぇぜ……」
自分が今のところ不安定ながらもまだ正気を保っていられるのは、もしかしなくても
このお人よし達のお陰なのかもしれないということに思い至り、K´は失笑した。
「K´君?」
「なんでもねぇよ。それよりあんた、そろそろ戦う覚悟は出来たのか?」
口ごもるリュウを見て、しかしK´は声を荒げたりはしなかった。
「まだなのか」
「死の絡まない仕合いをするには……ここには、殺意の波動の餌が多すぎる」
「気持ちは、分からないでもねえけど」
K´は顔を上げると、すらりと長い足を組み替えた。
「………四人か。少なくはないな」
「……ああ」
「記憶がないのも嫌なもんだが、忘れられねえのも困ったもんだな」
「……ああ……」
「だがな、聞いただろ?今も半日でこれだけ死んでるんだ。
殺る気満々の奴に会ったら、その状態であんたになにができる?」
「……囮になるぐらいであれば」
搾り出すように言いはしたものの、リュウの内側ではやはり何かがくすぶっていた。
囮になるとか逃げるとか、そんな根本的解決にならないことは本来リュウの望むところではない。
あと一歩、誰かに背を押してもらえれば。決定的な一つが、まだ足りない。
「俺に頼るなよ………」
見上げた空は悲しいほどに高く青い。烏が二三羽、小さくK´の視界を横切っていった。
「俺だってここでもう二人殺してる。襲ってきたわけでもなんでもない、ただの通りすがりをだ」
霧島も、あと少し放送が遅れていたら間違いなく踏み殺していた。
草薙は自分に会う前に死んでしまったが、会う事があればやはり殺していただろう。
「………あんたと、何も変わらねーよ」
「……そう、か。同じか…」
罪無き人間を無慈悲に殺した者の告白というには、K´の言葉には沈痛なものが滲みすぎている。
リュウは自分に照らしあわせて何か思うところがあったのか、K´のことを責めたりはしなかった。
「……君は、自分が怖くはないのか?何時また壊れるんじゃないかと、恐れたりはしないのか?」
「恐れも後悔もとっくに捨ててきたさ。後ろを向いたら即刻死ぬような世界で生きてきたんだからな」
K´は喉を鳴らして自虐的に笑った。
「あんたも嫌だろ?
やろうと思えば助けられた筈の奴が、自分がうだうだしてたせいで助からなかったなんていうのは」
「…………」
リュウはややあって何か思いつめたような顔をして立ち上がった。
年下の生意気な青年としてではなく、対等の格闘家として、戦士として、この男に本音を吐き出そうと思った。
「俺は、それでも……どんな理由があろうと、この拳で人を殺めたくはない」
「だろうな」
「だが、何も出来ないまま無為に死ぬのも、やはりごめんだ」
「……だろうな」
「もし俺が、殺意に呑まれるようなことがあったら……
その時君は、俺を殺せるか?それだけの力量を、持っていると言い切れるか?」
「安心しろよ、その時は骨も残らねぇぐらい焼き尽くしてやるから」
不敵な笑みを浮かべて、K´は即答した。
「真吾くん、どうして前閉めてるの?寒いの?」
「いや、ちょっと……シャツだと返り血目立つじゃないですか。ナコルルさんに見られたらまずいです、いろいろと」
「そっか、リュウさんのことだね」
「はい。……そうだアルルさん、ちょっといいですか?」
一方、こちらはアルルと真吾である。
そう長いこと歩かないうちに、真吾は思いもよらぬ人物の姿に素っ頓狂な声を上げることになった。
「な、七枷さん!?」
川岸で何かの様子を見ていたらしい社は、その声に振り返りこちらも驚いた声を上げた。
「お前、草薙の……まあ丁度よかった、なんでもいいから手を貸してくれ!」
「真吾くん、知り合い?」
「いや、ちょっと怖い人で……俺苦手なんですけど」
「おい!聞こえてんのか!?」
「は、はい、はいっ!喜んで!」
万年パシリの悲しい性か、こうなると真吾は逆らえない。
緩やかな下り坂を、足のもつれそうな勢いで社に向かって走っていく。
「すみませんアルルさん、ちょっと待っててもらえますかね?」
「ううん、鷹さんもこっちでいいみたいだよ真吾くん」
「あれ?じゃあナコルルさんもそこに……?」
社が座り込んでいた川岸まで来て、真吾とアルルは絶句した。白い球体が何かに引っかかって浮かんでる?
「え、えーっと……あれ、人だよ…ね?」
アルルが、それが脂肪ではちきれんばかりに膨れ上がった人体であるのに気づくのに約5秒。
「え、ええええええええええっ、ナコルルさん!?」
真吾が、それがかつての華奢ではかなげな美少女であることに気づくまでには、さらに20秒の時を要した。
「な、なな、何でそんなことになったんですか!?食べすぎかなんかですか?」
真吾の声を聞いて、水上の球体がくるりと回転した。どうやら顔を背けた…らしい。
「何デリカシーのないこと言ってんだ馬鹿!」
がす!
「事情は詮索するな!何でもいいから引っ張り上げろ!」
脳天をハンマーのようなパンチで殴られぐらぐらしている真吾の胸倉を掴んで、社は怒鳴った。
自分がついさっきまでデリカシーのない言葉を乱発していたことは、すっかり棚に上げていた。
結局、竿を掴んだナコルルのグローブが彼女の体重を支えきれずに破れたりするトラブルはあったものの、
真吾と社が竹槍と物干し竿をそれぞれ差し出し、アルルが二人を後ろから支え、
合計214kgの体重でもってなんとか彼女を川岸に引きずり上げることができた。
「ごめんなさい、ご迷惑をおかけしました……あら?」
耳まで真っ赤になりながら頭を下げたナコルルとは対照的に、真吾は顔色を失っている。
「どうされましたか?矢吹さん?」
「何でも…なんでもないッス、大丈夫ッス」
ナコルルを引き上げるときに尖ったほうを差し出すわけにもいかず、
結果手元に竹槍の切っ先を突きつけられる羽目になった真吾が平静を保てるわけもない。
「………やはりこの身体が可笑しいのですか?」
「違います違います、本当になんでもないんです」
事情を知らないナコルルに余計な気を使われたくはなかったが、
今は壊れた人形のように左右に首を振って見せるのが精一杯だった。
一方のアルルは、社からナコルルに起こったことを一通り聞き出していた。
「うーん……それやっぱり普通の食べ物じゃなかったんだろうね」
「あんたそのあたり詳しいのか?ちょっと見てやってもらえると嬉しいんだが」
「そうだね、じゃあ見てくるよ」
アルルがすたすたとナコルルに歩み寄る。
だが「見てくる」といった筈の彼女は、何を思ったのか彼女のまくれ上がった
上着の裾を引っ張り上げ露出した腹を手のひらで撫で回しはじめた。
様子のおかしい真吾ばかりに注目していたナコルルが、アルルの不意打ちに悲鳴を上げる。
「きゃ、な、なにをされるんです!」
「ちょっとごめんね、調べもの」
「や、やだ、ちょっと……や、止めてください!くすぐった…」
すぐ横にいる男二人と一匹が何故か尋常でない反応をしていたが、
もともとそういうことにあまり頓着がない性格なのかアルルは全く彼らのことを気にしていない。
暫くしてアルルが手を引いたとき、ナコルルは当然ながら真っ赤を通り越して完全に茹蛸になっていた。
「ん〜…キミ、元はこんなのじゃなかったんだよね。
弱いけど変な魔導力みたいなのを感じるし…やっぱり悪い魔法か何かにかかっちゃったんじゃない?」
「魔法……それは妖術の類ですか?」
「そんなもんなんじゃないかな?人を太らせる魔法なんて、ボクは見たことないから解除とかは無理だけど」
「なあ、それじゃこいつは当分元にはもどれねえのか?」
社が切羽詰った声を上げた。まずい、ここで十年戻らないなんて言われたらナコルルには死刑宣告だ。
「ううん、こういう類のはよっぽど強力なのじゃない限り三日もすれば元に戻るから、安心していいと思うな」
社とナコルルが、肺腑を絞りきるかのような安堵の息を吐く。
ナコルル達の当面の胸のつかえがなくなったせいもあってか、ほんの少しの間和やかなときが流れた。
「えーっと、悪いんですけど、俺たち人を待たせてるんです。もうそろそろ行かないと」
暫くして真吾が済まなさそうに言った。それを聞いて、ナコルルが彼をこちらに来るようにと手招きする。
「そうですか……それでは、その前に聞かせてください」
来た、と思った。真吾は無意識のうちにポケットに両手を突っ込んでいた。
体型から来るある種の滑稽さはぬぐえないものの、ナコルルの纏った空気が荘厳なものへとに変容する。
ついさっきまで見せていた少女の面は、大自然に仕える巫女の真剣な表情に取って代わられていた。
「今ここにママハハがいるということは…矢吹さん、まだリュウさんとは一緒にいるのですね?」
「ええ、そうです。頑張っていますよ、あの人は」
「そうですか…では、彼は誰も傷つけていないのですね?」
「ええ」
「誰一人見捨てもしていないのですね?」
真吾はちらりとアルルに目配せすると、すぐナコルルに向き直って彼女に応えた。
「………ええ」
嘘だ、とママハハに言葉があればそう叫んだだろう。
あの男はあの白い衣の女性を殺しかけたあげく、彼女が死ぬのを止められなかったではないか、と。
だが、ママハハがそうナコルルに伝えようとした寸前。
(――――――ごめんね、告げ口ってボクあんまり好きじゃないんだ)
アルルの魔性の囁きが、ママハハの意識を花を満載したゴミ箱に叩き込んだ。
リュウが自分達と共にいる限り、ナコルルは一緒には行けない。
アルルも真吾もそれを分かっていたから、あえてナコルルと社を誘うようなことはしなかった。
「それじゃあ、ナコルルさんも七枷さんもお元気で」
「みんなで生きのびようね!」
互いの存在を認めるようにかたく握手を交わし、二人と二人は手を振って別れた。
少年と少女は歩く。一人をかばって一人を騙した罪悪感と、ほんのちょっとの達成感にちくりと胸を刺されつつ。
「………って感じだったんすよ。あぶなかったっす、気付かれかけて」
「全く、嘘の一つもつけないような顔しやがってよくやるぜ」
K´はポケットに突っ込んでいた手を出すと真吾の頭を一つはたいてやった。
「ま、誉めておいてやるよ。今回はな」
「………K´さん、なんか変わりました?話しやすくなったっていうか…?」
「………あんたの気のせいだ、多分」
重い約束をその胸に、青年は歩く。自分の心を支えてくれる存在たちに、内心で感謝しながら。
「アルル君、ナコルル君は、何か言ってなかったかい?」
「ううん、なにも?というより、それどころじゃなかったみたい。まぁたいしたことなくてよかったよ」
「そうか………」
リュウは肩にとまっているママハハを見やり、小さく笑った。
「彼女は、きっと怒るだろうな」
「なにが?……そういえばリュウさん、なんかすっきりした顔してない?」
「………確かにそうかもしれないな」
罪の証を肩にとまらせ、青年は歩く。自分ととても近しき存在に出会えたことを感謝しながら。
希望の炎は、未だ彼らからは………遠い。
【矢吹真吾(尖端恐怖症気味)
所持品:竹槍、草薙京のグローブ(炎の力がちょっとあるかも)
目的:1.仲間を集める 2.敵本部を探す 3.ルガールを倒す】
【リュウ 所持品:釣竿、ホアジャイ特製スペシャルドリンク(残り1本)、ママハハ
目的:1.ルガールを倒す(基本的にスタンスは不殺ですが…)】
【K´ 所持品:手榴弾
目的:1.ルガールを倒す 2.楓に会うことがあれば倒す 3.リュウが殺意に呑まれたら殺害する】
【アルル・ナジャ(流血恐怖症気味、ごく弱いばよえーん二発で少々疲労中)
所持品:1/10ウォーマシン(持ってあと2日の電池、充電は可能)
目的:1.霧島翔(京そっくりらしい)に会う 2.首輪を外す 3.生きてゲームから抜ける】
【現在位置:7区】
「な、三日もすれば治るってよ。はやまらなくてよかっただろ?」
「………」
「なあ、ナコルル?まだ……怒ってるのか?」
ナコルルは応えない。
彼女は、じっと自らの手を見ていた。どうしたらいいのか分からない、といった表情のまま。
そんなナコルルの様子を不審に思った社はナコルルの肩越しにその手を覗き込み、そして息を呑んだ。
「おい!どうしたんだよそれ!いつの間にそんな…?」
「………分かりません」
白く柔らかかった手のひらは、まるで焼きごてでも押し付けられたかのように無残に赤く焼けただれていた。
【七枷社 所持品:物干し竿
目的:1.ナコルルを守る 2.仲間(シェルミー)と合流、ゲームには乗らない 3.クリスの仇討ち】
【ナコルル(デブルル) 所持品:不明 目的:社と行動を共にする】
【現在位置:7区川岸】
とある民家の一室。誰も居ない部屋。
……のはずだったが部屋の隅にある箪笥から、がたがたという音が聞こえてきた。
「……ぬっ……くっ、ふぬぅう!」
バタン!
派手な音を立てて箪笥に身を潜めていた者が転がり落ちた。
特攻服にも似た道着を着た、やや目つきが鋭い男、霧島翔。
「前代未聞! 箪笥から現れる男!! これで俺も大スターだぜ!!」
ポーズを決める霧島に返ってきたのは静寂だけだった。
――何やってんだよ、俺。
数時間前の放送で、フィオの名前が呼ばれた。霧島はそればかり考えていた。
こんな状況で、無事に再会できるわけが無いと思っていた。
『……わかりました。絶対無事でいて下さいね』
最後に聞いた彼女の言葉が浮かぶ。
「言わなかったか? …あんたの方こそ死ぬなよって」
霧島はぽつりと呟く。
やはり先程と同じく返ってきたのは静寂だけだった。
居間にある椅子に座り壁にかけてある時計に目をやると、すでに9時を過ぎていた。
あの放送が終わり……この家に入ってから2時間と、少しってとこか……。
箪笥の中での一時間半の仮眠。
「あまり寝た気にはなんなかったが、まったく寝ないよりはいいよな…」
霧島は布袋に入っていたペットボトルを取り出すと、中に入っている水を一口飲んだ。
民家から出た霧島は立ちあがると、大きく深呼吸をした。
そして上がり始めた太陽を、目を細くして見上げた。
「……とりあえず、あの姉ちゃんが言ってたぱぴぃって奴を探してやるか」
霧島はフィオとぱぴぃという二重の探し物を優先し、結局春麗の埋葬もしなかった。
残しておくには可哀想な気もしたが、もしかしたら彼女を殺した奴も近くに居たかもしれない。
ならば早々に去った方が自分の為だ。死ねば約束も守れなくなる。
(あのまま残しておいて悪かったと思う。その代わり、絶対見つけてやるから……)
霧島はそう考えながら少し下り坂になった道を歩いていると……
バシュッ―――
という乾いた音と共に霧島は、わき腹スレスレに何かが通り過ぎたのを感じた。
ちょうど身体をほぐそうと背中を伸ばしていた霧島は、姿勢を崩し坂を転がり落ちていった。
「うわっ、たったっ、だああああ!」
霧島の体は、坂の途中にあった電灯に、背中から思いっきり叩きつけられ止まった。
「げほっ、げほげほ! 何だ何だ、一体何が起こったってんだよ!」
電灯にぶつかった衝撃で、息が出来ない。
一瞬何が起こったか分からず、寝起きで鈍っっていた頭は状況の把握に少し時間をかからせた。
(さっきの音は…弓矢か何かで俺を狙ってたのか)
自分が転がってきたと思われる坂を見上げる。
(だったら、それ撃った奴は……どこだ?)
思ったよりも緩やかな坂たが、ここからは誰も確認する事が出来なかった。
このままではこちらが不利になる。
そう考えた霧島は民家の間にある路地裏に入り、なるべく目立たないよう逃げた。
霧島が走り去った遥か後方の、坂を登りきった場所に1人の男が立っていた。
折りたたみ式ボウガンを持ったヴィレンは軽く舌打ちをした。
暫く追跡から逃げていた霧島は、立ち止まり辺りを見回した。
(……ここは、ビル街か?)
布袋から取り出したボウガンを構え辺りを警戒するが、誰かが潜んでいる気配はない。
(さっきの飛び道具野郎、まだ追ってくるかもしれないな)
霧島がどこか隠れる場所を探そうとしたその時―――
『お兄さん』
自分を呼ぶ声が聞こえた。
「ああ?」
苛立ちを露にしながら声のした方を振り返ると、地下鉄に向かう階段を走っていく人影が見えた。
「………え」
人影が誰か分からなかったが、見慣れた学生服が瞳に映った。
「……お前…何で……」
一瞬、草薙かと思ったが彼は既にこの世には居ない。だとすれば……
「何でこんな所に居るんだよぉおおぉおおお!!??」
霧島は物凄い勢いで道を走りぬけ、階段を下りていき、声のした方に走って行った。
この時霧島は知らなかった、悪夢の幕がゆっくりと上がり始めたのを。
【霧島 翔
所持品:ハーピーの声(脱力効果あり)入りテープとラジカセ、ボウガン(矢残り5本)
目的:パピィ(正体不明)を保護する、首輪解除の方法を探す】
【ヴィレン(左脚骨折・リリスの能力で痛みはなくなってる)
所持品:チェーン、鉄針、鉄釘、パチンコ玉など暗器多数、アーミーナイフ、組み立て式ボウガン(組み立て済) 目的:ゲームに参加、隠れられる場所を探す】
【現在地:2区・霧島は地下鉄ホーム内 ヴィレンは霧島を追っかけて地下鉄方面へ向かっています】
昨日までの曇天が嘘のように、いつもどおり太陽の輝く朝が来た。
だが、今朝は少し趣が異なる。
朝日の織り成す金糸の隙間に、紛れ込むように青い光が漂ってきていた。
首に下げたゴーグルは、彼女には少し大きい。
青い光に導かれるまま辿り着いた場所は、大きく円く抉られた大地。
この円形の空間こそが、彼女の知己二人の墓標だった。
彼女を出迎えるように、盆状の墓標から青い光が溢れ出る。
死人が出ていることぐらいは、「新しく生まれた」万物の精霊を見ればわかる。
妖精や妖怪など、いわゆる超常生物の他にも、肉体を失い、それでも失えなかった人の思いもまた、精霊となって地上に残る。
ただ、初めて聞いた定時放送に、知った人間の名が入っているのはなんとも皮肉なものだ。
「まったく、向いてないことを無理してやるから」
昔、彼女が普通の学徒兵をやっていたときに友達がいた。
戦車の整備兵で、前線に出る皆に守られてばかりではきまりが悪いと、努力して戦車兵になった。
これでもう守られてばっかりじゃないよ、と嬉しそうに階級章を見せてくれたのが、友達と会った最後の日だった。
友達は、戦車ごと幻獣に叩き潰されて死んだらしい。
彼女の所属していた部隊なら、さほどの損害もなく倒せる程度の幻獣に。
「神様ぶん殴るのは私のほうが慣れてるじゃない。
何さ。整備兵だって、戦ってないわけじゃないでしょ」
整備兵が抜かりなく整備をするから、戦車兵は安心して戦場へ行けるのだ。
自分の代わりに強敵と戦ってほしいから、アテにしているなどと吐いたわけではないのに。
「……馬鹿ね」
昔の教官が言っていた。人は、もっと効率よく死ぬべきだと。
今なら、教官がどんな気持ちでその台詞を吐いたかよくわかる。
帽子を頭に押し付けるようにぐしぐしと掻き回し、うつむきかけた顎を上げる。
太陽の眩しい朝。
そう、どんなにどん底最悪の日を過ごそうとも、それでも朝はいつもどおりやってくる。
幾度の絶望の夜を越え、いつもどおりの希望の朝を持ってくるために、とうの昔に泣くのはやめた。
右手をかざすと、辺りの青い光が集まっていく。
「行くわ。ちゃんとついてきなさい」
拳に握り締め、新たな精霊たちを従えて、彼女は威風堂々と踵を返した。
【ニーギ・ゴージャスブルー 所持品:ゼロキャノンコントローラ、雑貨、ゴーグル 方針:ゲーム盤をひっくり返す 現在地:四区】
『怖い!
怖い!! 助けて!!
もう嫌だ!!
楓さんとアイツを会わせたら
楓さんは殺される けどこのままじゃ私が殺される
誰か助けて!!
もう 帰りたい!!』
ハワードアリーナ内から外に出た響は血が止まらぬ肩を抑えながら歩いていた。
体中がギシギシ言っている、動くだけで激痛が走る。だが止まればあの悪魔が追ってくる、楓さんを連れて来ないと殺される。
恐怖、只それだけが響の足を動かしていた。
彼女の恐怖による緊張はもうピークに達していた。
その恐怖に追い討ちをかける様に、あの悪魔の放送を聞くことになる。
知り合いの名は無かった、が、響の恐怖に追い討ちをかけるには十分であった。
『もう嫌だ!!!!死にたくない!!けど心を許した人を失いたくない!!
誰でもいい!!会いたい!!楓さんに会いたい、晶さんに会いたい、漂さんに会いたい、お父さんに会いたい・・・
誰でもいい、とにかく知り合いに会いたい・・・怖い!このままじゃ嫌!!
嫌!!!!
嫌!!!!!!』
響は走り出した、恐怖の為に。
響は走り出した、知り合いを求めて。
響は走り出した、痛みすら忘れて。
響は走り出した、自分の為に。
そして、見覚えがある服装をしている人間を見つけた。
その人は、木にもたれ掛かっていた。
「あ・・・あの人は・・・!!」
響は思い出す、その服装の人物を。
響は思い出す その人の名を
響は思い出す、その人が楓さんの兄である事を。
響は思い出す、その人が桁違いの剣の腕であった事を。
あの人の力添えがあれば、楓さんも私も死ななくてもすむかもしれない!
とにかく声をかけよう、楓さんの命が危ないと言えば助けてくれるかもしれない!!
そう思って響は彼に近寄る。
響は忘れていた、恐怖によって。
響は忘れていた、晶に見せてもらったあのノートの事を。
響は忘れていた、何故楓があの鬼畜を敵と思っていたのか。
「あ・・・あの!も、守矢さん!!」
声をかける、が、彼はピクリとも動く事は無かった。
寝ているのか、そう思い彼の肩にそっと触れる。
そっと触れただけで彼の体はゆっくりと傾き、横向けに倒れた。
響は思い出す、晶に見せてもらったあのノートの事を。
響は思い出す、楓があの鬼畜を狙う理由を。
響は思い出す、その人間がもう死んでいたと言う事を。
響は思い出す、この人を殺したのがあの悪魔だったと言う事を。
響の心の恐怖は限界値を軽く超えた。
響の中の何かを壊すのには十分の値であった──
目の前で守矢さんが寝ています。
起こしても起きてくれません、守矢さんの横にあった短刀で守矢さんの足を刺します、痛みに驚いて起きてくれるかなと思ったからです。
何度も何度も刺してみますが起きてくれません、とっても寝起きが悪い人なのでしょうか?
仕方が無いので守矢さんを置いて先に帰る事にします。
一人旅は怖いけど仕方がありません。
まず道を知るために地図を広げる事にします。
北東の方に一本橋がありました。ここを渡ればこの島から出れそうです。
目的地が決まりました、この地図を見てもそこから先の事は載っていません。
けど多分この先が私の家です、そんな予感がします。
女の一人旅は怖いのでさっき守矢さんを刺した短刀を懐にいれておきます、鞘がありませんが何とかなるでしょう。
それにしても晶さんも楓さんも酷いです、きっと先に行っているのでしょう。
もし途中で会ったら一言言わないといけません。
さあ、歩きましょう。ゆっくりノンビリ歩きましょう──
4区北東、サウスタウン、イーストアイランド境目
バトルロワイヤルの会場となっているサウスタウン、イーストアイランドと他の地域をつなぐ唯一の橋。
そこには何者も寄せ付けぬ壮絶な黒き鉄の門、いや、鉄の要塞と言った方がしっくり来るような物が出来ていた。
「なあ、知ってるか?選手の中に首輪を外そうとしている奴がいるって?」
その要塞の中で見張りをしている背の高いルガールの私兵の一人が隣にいる黒髪の相棒に声をかけた。
「ああ、知ってるぜ、バッカだなあ、首輪外してもこの門がある限り脱出不可能だって〜の!」
「それもそうだなあ、けど仮に首輪外したらここまでこれるんじゃねーのか?そうなると俺達がやばくねえか?」
「そんときゃアレだ!先に進みたければ俺たちを倒せって奴だ!」
「あっはっは!カッコイーぜお前!!!」
彼らが何気ない会話を楽しんでいた真っ最中、突然警報がなった。
「な、何だなんだ?」
黒髪の私兵ががモニターを見る、そこにはボロボロになった一人の少女がフラフラとこちらに向かって歩いているのが見える。
「アレか?さっき話していた首輪が無効化された奴か?」
もう一人の方がモニターを横からのぞき込む。
「えっと・・・・ちと待ってくれよぉ〜・・・・?っと、ああ、こいつ首輪無力化されてねえぜ?」
黒髪がそう告げる。
「アー・・・・んじゃあ道に迷ったか血迷ったかのどっちかだな・・・・報告書面倒だし、武器ももってねえ様だし追い払ってくるわ」
そう言って背の高い男は銃等武器の準備をし始めた。
「頼むわ〜、相手は怪我してるからって油断すんなよ〜?」
黒髪の男はそう言って背の高い男を見送った。
関所が見えてきました、とっても大きいです。
この関所を越えたらきっと我が家です、ゆっくり休もうと思います。
あったかいお布団で寝ようと思います。
関所に行くためにはこの橋を渡らなければいけません、とても大きい橋です、やはり都会は違います。
けど私は都会は嫌いです、早く落ち着いた我が家に帰りたいです。
橋を渡ろうとすると途中で見知らぬ殿方に声をかけられました。
その人は自分に長い筒を向けて、
「脱出しようとしても無駄だ!これ以上進むと只でさえ少ない生存率を下げる事になるぞ!!」
とか意味がわからない事を言っています。
きっと人違いだろうと思って無視する事にしました。するとその殿方は「おい!無視をするな!ゲームに戻れ!!」と言って私の肩を強引に掴んできました。
私は気づきました。
ああ、この人は暴漢なんだと、なんて失礼な人でしょうか。
私は懐に入れた短刀を取り出し、この暴漢に向けてその短刀を抜きました。
暴漢は何が起きたのか分からない顔をしていました、そうでしょう、私こう見えても居合は得意なんです。ほら、暴漢さんの首がキレイに飛びました。
けど鞘の無い短刀で居合抜きをしたからでしょうか、私の左手の中指から小指がとれちゃいました。
帰ったらお消毒をしましょう、きっと寝たら直ります。
さあ、旅を続けましょう、あの関所を越えたら我が家です。
黒髪の男は動揺した、まさか相棒があんなにあっさりと・・・・
このまま上に報告するか?
いや、それをすると自分達の職務怠慢がばれてしまう、それはまずい!!あのルガールにばれてしまう!!
ではどうするか・・・・事実をでっち上げるしかない!!
まず彼女を首輪が発動する前に殺し、首輪をどうにかして外して首輪をどっかに捨ててしまおう!!
そして報告書にはこう書けば良い、首輪を外した人間がここまで侵入、相棒がやられるも門までの進入を阻止と!!
そう思った彼は部屋からでて彼女に気づかれないように近づき銃を向ける。
だが彼は知らない、彼の行為を初めからルガールの監視カメラは監視している事を、そして彼の行動自体が臨時トトカルチョとして大量の金が動いている事を。
そして、彼の死が一番人気だと言う事を。
「死ねや!!!」
銃の引き金を引く、ライフルから高速の弾丸が放たれる。
その高速の弾丸は響の腹部を貫く、彼女がその場で膝をつくのが分かる。
「ちぃ!急所を外した!!」
彼は二発目を放つために再び銃を構えようとした。
彼女にねらいを定めようとする。その時、彼女が自分に向けて何かを投げた。
目の前で何かがキラリと光った。
次の瞬間、彼の頭に短刀が突き刺さった。
トトカルチョの結果は一番人気が正解だった。
突然お腹が痛くなりました、変なものでも食べたのでしょうか?
早く家に帰って休みたいです。
もう直ぐ関所です。この関所を越えたら自分の家です。
きっとみんな待っています。
この橋を越えたらきっとみんなが迎えてくれると思います。
晶さんや楓さんは先に帰ったのかな?
帰ったら何をしようかな?
お部屋のお掃除をして、ご飯を作って、お魚を焼いて食べて、お風呂に入ろう。
うん、その後ゆっくり寝よう。とっても疲れました。
起きたらお父さんの仏壇に手を合わせて、朝ご飯を食べて、それから町にでてお昼ご飯を
ボンッ
ドサッ コロコロ・・・
【高嶺響 死亡】
記憶が再生される。
その断片には草薙京の姿が記録されている。
いつかの大会で戦った彼の姿は、ぼやけた姿で脳裏に再生される。
霧島は何度も何度も再生させる。
その姿を克明に編み上げた。のされた自分を見下ろしながら草薙京は笑っていた。
ざわざわと苛立ちが現れたが、気づかない振りをして押さえ込む。
宿命も試練も何一つ与えられない霧島は荒々しい。
いま記憶越しに草薙京を眺め、憧れ、時々妬む、自分に正直な男。
それが霧島翔。
草薙京は一種家に祭り上げられた贄だった。
家柄に縛られていた故に、何もない自分から遠ざけたかった。
草薙を祭り上げる周囲の意思が彼に何かを望むほど、自身は誰からも相手にされず孤独が増すほど、
草薙京の存在そのものは翻って霧島翔の滑稽さを鮮明に映し出す鏡になっていた。
それは霧島の苛立ちの種となりうるには充分だった。
草薙との確実な差を見せつけられた様で、少々不快だったのだ。
種は霧島自身すら気づかぬ内にゆっくりと沈み、侵食を始めていく。
霧島はボウガンを握りしめ自動改札を抜けて行った。
恐らく、後ろからは自分を殺し損ねた敵が追いかけてくるだろう。
だが止まる事はできなかった。
どうしてもあの人影の正体を確かめたかったのだ。
「何でだよ……お前も……参加してたのか……?」
霧島は走りながら振り返り、さっきの奴が追ってこないか確かめ、さらにホームに入っていく。
しばらくホームを走りまわった霧島はついに足を止めた。
「…………」
霧島は肩で大きく息をしながらベンチに座った。
「は、ははは。……そう、だよな。俺の見間違い…」
そう思った霧島がうなだれながら、真っ直ぐ自分が通ってきた道を見つめていた時だった。
その呟きに、思わぬ答えが背後から返ってきた。
「見間違いじゃないよ」
「!!!」
いつの大会の事だったのろう、あの少女と出合ったのは。
奴を模した服を恥ずかしげも無く着ていた恥知らずな少女は。
草薙京に優しく抱き締められたい。その欲望を最大限に表した代償行為をした少女は。
その少女は矢吹真吾という少年の隣りで無邪気な笑みをその顔に宿していた。
猫のような瞳は定まりなく周囲を見ながら、まだ間近で見たことの無い祭りに期待していた。
暫くして、特に何もする事が無く客席で試合を見ようとした時。
ポツンと一人で座っていたあの少女を見つけた。霧島は声を掛けてしまった。
否、意図的にかけた。
霧島はびくっと驚き、顔を上げ振り返る。
「………な……」
見知った顔の少女が立っていた。
霧島をにこにことで見つめる少女は再び「見間違いじゃないよ」と言った。
「お前、な、なん、何で……ここに……」
なるべく表面でも平静を保とうと声を抑える霧島だが、それも長くは続かなかった。
「いやですね、そんなにおかしいことなんですか?」
そんな彼をあざ笑うかのように、薄笑いを浮かべた少女は霧島の額を小突く。
目の前の少女は手ぶらだが何をやるか……自分を殺そうとするなら容赦無くボウガンを撃つつもりだった。
だが、霧島の想像もしない行動を少女は起こした。
「んーっと……これがいいかなあ?」
何を考えているのか、少女は品定めするように床に打ち込んである時刻表の立て札を見ると、それに手を触れた。
嫌な予感がして霧島は素早く手に持っていたボウガンを構えた。
べきゃっ、メキメキメキメキ……
少女は当たり前の様に、
時 刻 表 を 床 か ら 引 き 抜 い た 。
霧島が目の前の光景を認識するためには暫くの時間がかかった。
おいおいおいおい、アンタ何者デスカ?
お前、そんな力があるならKOF出ろよ。あの矢吹って野郎以上に活躍出切るぜ?
ガシャンッ!
あ、やべえ。ボウガン落とした。
何つーか前に何かのアニメでこういう場面あったなあ。
攻撃しようとしていたら相手がとてつもない変貌を遂げて、ぽかーんとして武器のレーザーガン落としちまう奴。
今の俺の顔、そいつみたいに馬鹿みたいな顔だろうな……。
ずがぁんっ!という音と同時に足下の床が欠片となり舞い上がる。
「……畜生っ!」
避けようとして体勢を崩しかけた霧島は落としたボウガンも拾わずに逃げ出した。
今更思い出した様にさっきの敵の様子も気になり後ろを見ようとしたが、少女の投げた公衆電話が飛んできてそれどころではなくなった。
「あははっ、待て待て待てぇ〜♪」
「待てるかあああああああああああああああっ!!!」
飛んでくるベンチやらゴミ箱やらを必死で避け、自動改札に続く階段の陰に隠れ、少女の位置を確認する為に耳を澄ます。
軽やかな足音も、手当たり次第に飛んでくる物も、楽しそうに追いかける鬼の声も、聞こえてこない。
ひとまず追跡をやり過ごした、そう考えた霧島は苛立ちながら思考を巡らせる。
(何であの女がこの会場内に居るんだ……?)
選択肢は三つ。
1・参加者としてこのゲームに参加していた
2・ゲームを止めようとしてどこからか侵入した
3・実はルガールに雇われた
1はありえないわけでもない。自分の様な知名度の低い格闘家まで参加されているのだから。
2はどうだろう、それなりの実力を持つ奴等と徒党を組み会場に乗り込んだ。しかしそれでは自分を襲ってきた行動の説明がつかない。
3は例外だ。ルガール共がそこまで人材不足だったらこんな大会も開かれはしないだろう。
(……だとすれば1か?)
その結論がでた途端、霧島は背後からとんととん、と肩を叩かれた。
「???!!」
すぐ後ろに猫のポーズを取りながら「にゃおん♪」と笑うあの少女が不気味に存在していた。
「えへへっ、見つけました」
少女の両腕に何かがぶらさがっている。
(…………?)
それを見ようと眼を向けた霧島に、風を切る鋭い音が聞こえた。
ぶうぅんっ!―――と風音。
その瞬間、何か黒い固まりが霧島に向かっていった。
「な、何だあ!?」
少女は霧島に狙いを定めて持っていた何かを振り回していた。
霧島は反射的に身をかがめながら避ける。
ぶぅん! ぶぅん! ぶぅん! ぶぅん! ぶぅん! ぶぅん! ぶぅん!
(いつの間に? 何故だ? どうやって? やばい! 当たる! 振り回すな! くそっ!)
「あはははははは、ぐるぐるぐるぐるぐる〜!」
ぶううぅん! ぶううぅん! ぶうぅん! ぶううぅん!
(何だこれ! ちょっと待ってくれよ! やべえ当たる! だから回すんじゃねえっての!)
ふと何かが霧島の顔に当たった。赤い小さな肉片の様なもの。
「!」
出所は勿論、少女が振り回している物体。
避けるのに夢中になっていた霧島は初めてそれの正体に気づいた。
(……………………………………………死体だ)
既に少女の握力で裂け頚骨が出かかっている首根っこを掴みながら、人間であった物が振り回されている。
少女はそれを辺りの壁に叩きつけながらクルクルと踊るように回転した。勢いで頭皮がむしりとられ、四肢がこぞって胴体から離れようとしてる。
ついには鼻が潰れ、額に亀裂が走り、その裂け目から詰まっていた物が飛び出る。
ぼふしゅっ!!
ぱくぱくと金魚の様に口を開けて呆然としていた霧島に、胴体から離れ遠心力で飛んだ生首が当たる。
「やったやったー! 命・中!」
少女が顔を抑えている霧島を見て喜んでいる。完全に遊んでいた。
霧島は顔を引きつらせながら自分のすぐ足元に落ちた首に視線を向けた。
「!!」
それは、滅茶苦茶にされた、大きくて柔らかいドロドロとしたものだった。
腐食が始まっているのか白い小さな虫があちこちから出入りしていた。
だが霧島を驚愕させたのはそれが原因ではない。
原因の一つは生首が明らかに意思を持ってこちらを見ていること。
もう一つはかろうじて分かった顔が霧島のよく知っている人物だったこと。
「ぃよお、霧島」
その声は、
草薙京のものだった。
夜。
自分と少女以外は誰も居ない。
荒々しい排気音、バイクに乗っている自分を記憶の中の少女が驚いた顔で顔でこちらを見た。
バイクを降りて少女の元へ向かう。メット越しに不思議そうな表情が映った。
少女がこちらに何かを必死で問い詰めている。
片手で肩を抱き、もう片方の手をを広げ炎を見せる。草薙と同じ灼熱の炎を。
驚き、そして涙を流しながら霧島に抱きつく。
けれどそれは霧島に向けられたものではない。決して霧島に向けられたものではない。
『自分が草薙京と同じに成る』――――それは霧島にとって最大の禁忌。
霧島の中で、理性が、価値観が、良心が、ぐにゃりと揺らぎ始めた。
その感情が、卑劣な腐ったものではなく、とても当たり前のように思えてきたのだ。
霧島はその華奢な腕を掴む。目の前の少女を逃さないように。
そして、メットを外した。
メットの落ちる音。
記憶はそこで一度途切れている。
「そこの女から聞いたぜぇ……随分と勝手な真似したんだなあ、霧島」
「な……」
「俺に嫉妬してあんな事したのか? 馬鹿じゃねえの?」
そう言って霧島に歪んだ笑みを見せる草薙。
まさにそれはホラー映画にありがちなゾンビそのものだった。
「……草薙、てめえは何も出来ずに死んだだろうが」
「へっ、いずれお前にも番が回ってくるぜ。いずれな」
「……俺はあんたと違う」
「どうだかな、昔と何も変わっちゃいないお前が、生き残れると本気で思ってるのか?」
「…………何、だと」
霧島は少し目眩がした。狂っている。何かが狂っている。
相変わらずヘラヘラと半笑いで何か呟いている首だけの草薙。
「聞こえなかったか? 生き残れると、明日の朝日を見られると思ってんのかよ。
テメエは死ぬ、必ず死ぬ、芋虫の様に地面を這いずり、はらわたを犬に食われてな!」
「うるせえ、うるせえ、うるせえ、うるせえ……!」
「いい加減分かったらどうなんだ? テメエハ所詮ソノ程度ノ男ナンダヨ!!!」
「うるせえぇぇえぇえええぇぇぇええぇっ!!!」
ぐちゃっ!
足元でゲタゲタと笑う草薙を踏み潰した。
箱が潰れたかの如く頭蓋が歪み、顔に着いていた部品が居場所を失い脇に溢れ出る。
「……畜生……畜生……ちくしょぉ……」
それだけ呟くと、霧島は頭を抱えて壁に寄りかかる。
鼓動が霧島の耳にうるさく響く。
と同時に、肩の辺りを前から優しく押されるような感じがし、そのままゆっくり床に倒れこんだ。
霧島はすでに状況への危機感などほとんど感じなくなっていた。
(……何だよ、もう放って置いてくれ)
仰向けで天井を見ていた霧島が視線を移すと自分の胸の辺りに、少女がいるのが見えた。
「お兄さんは京様みたいになりたかったの?」
「………」
「だったらあたしがあなたを京様にしてあげる」
「………」
「あたしだけの京様に」
少女の吐息が甘く零れ、細い指がそっと胸板を伝う。
何か言おうとした霧島の唇にそっと少女が口づけした。
見開かれる瞳。
手が汗ばんでいき湿る。
胸元の指先が探っている。
とろとろと零れ、絡み付いてくる感情。
白くて暖かな光。
冷水から徐々にぬるま湯に浸らされる感覚。
まるで何もかも捨てて生まれ変わったかの様な気分になってくる。
こんなにも気持ちよくさせてくれる眼前の少女がまるで聖母のようにも思えてきた。
霧島は瞳を閉じた。
記憶は矢吹真吾という記号を表す映像から再び再生される。
映像が極限まで目を見開き泣きそうな表情でこちらを見ている。
それに対して何か言ったがそこはもやがかかっていた。
何の前触れも無く頬を痛覚が襲う。
殴られた痛みを和らげようと、そこをさする。
視界が歪み、同時に記憶も歪む。
矢吹が血反吐を吐きながら何かを叫んでいる。
そして無様に倒れながらなおもこちらに向かってくる映像。
このあと霧島は矢吹を打ちのめし向こうに去っていく。
矢吹の元に少女を残して。
当時矢吹は霧島とは面識が全く無かった。
矢吹が彼の名前を知り得なかったのは不幸でもあり、そして幸運にもなるのかもしれない。
洗面台で血を流す。
鼻や口から血液が溢れて排水溝に流れていく。
目から溢れている透明な液体も一緒に混じって流れていく。
後悔や自責等の感情は不思議と残っていない。残っていないはずなのに。
霧島は頭を抱えただ呻いているだけだった。
ここまでだった。霧島翔人生最大の汚点の記憶は。
霧島は我に返る。
視線を感じたからだ。目の前の少女ではない、もう一つの視線。
(……誰かが……俺を見ている?)
耳を済ませる。
「『どうしたの、お兄さん?』」
聞こえる、少女の声に重なるもう一つの声が。
「『大丈夫、苦しいのは最初だけだけだから』」
止まりかけていた思考が動き出す。
「『お願いだから、私と一つになって……』」
そして思考は一つの可能性を導き出した。
少女が、霧島の顔に手を伸ばした。
―――――刹那。
グゴォアッ!
「!!」
あわてて少女は立ち上がり、その場を離れようとするが少々遅かった。
放たれた炎に襲われ、少女の体が1メートルほど後ろに飛んだ。
「俺の拳が真っ赤に燃える……」
霧島は炎を放っている拳を握り、少女を睨みつけていた。
4・誰かの作り出した幻
それは、霧島がこの馬鹿げた寸劇の中で見出した、最後の選択肢だった。
少女はよろめきながらなんとか立ち上がった。左手が赤く焼け焦げ、口の端に血がにじんでいる。
「ひ、ひどい、よ…お兄さん…」
その声にためらったのは一瞬だけだった。
「……ああ、そうだな。俺はひどい奴だ」
霧島は軽く一歩踏み出す。
「結局、俺のやったことは見当違いだったんだからな」
あの時、少女が無意識に呼んだのは草薙京ではなかった。
「だからって同じことをやると思うか? 今でも思い出すと吐き気がするってのによ」
悲しそうに自嘲気味で笑う。
「………そん、な」
「―――ああぁあぁぁあああっ!!」
叫ぶと同時に大きく踏み出し、一気に間を詰める。一瞬にして、少女との間合いがゼロになった。
勢いを殺さないままに、思いっきり右手を振るう。
「燃えてなくなれえええええぇえぇぇえええぇぇ!!!」
閃光。
赤い炎が全てを焼き尽くした。
「きゃあっ!」
発せられた灼熱の炎に少女は悲鳴をあげ、抱き寄せていた人物を慌てて突き飛ばした。
アメジストを思わせる短い髪に移りそうになった炎を必死で払い落とす。
身体のいくつかに出来た軽い火傷を見ながらリリスは「む〜」と子供のようにふくれていた。
「痛いなあ、もう。乱暴な男はきらわれちゃうよ?」
不満と驚きが入った瞳で倒れている霧島を覗き込む。
先程の少女と草薙は彼女が見せた夢。
普通ならあのまま魂を飲み込まれるはずが意外な反撃を食らい、リリスは少々驚いていた。
その原因は二つに絞られる。
霧島がかなりの強靭な精神力を持っているか、それとも……
「……本当に力が弱くなっちゃってる、モリガンのケチ」
モリガンに「おやくそく」を言われた時から何となく予想は着いていた。
元々リリスは自分の欲求に素直な分、あまり約束は守ってない。というより進んで守らない。
例えばもし霧島の魂を食べてそれについて言及されてもリリスはこう答えるだろう。
『人の前で使ってないならいいんでしょ? それにごはんとお菓子は別腹なんだもん』と。
それを見越した上でいくらか能力へ制限がかけてあり、有事の時の為に半分の力しか出せないようにされているのだ。
「あーあ、疲れたぁ。いつもならこんなの簡単に出きるのに」
本当かどうか確かめようと適当な人間に試したが、火傷と疲労と言うお仕置きをされてしまいリリスは軽くため息をつく。
単なる実験とちょっとした味見、それが霧島に夢を見せた理由だった。
「……まあ、いっか。ヴィレン君がいるんだから。この子の夢もなかなか面白かったしね」
倒れている霧島の様子を見て、リリスが悪戯を成功させた子供のように、くすくすと笑い始めた。
いくら力が制限されているとはいえ、あのまま抵抗していなかったら確実に鑑恭介の二の舞だった筈だ。
「はい、努力賞あげる♪」
霧島の横にぬいぐるみを置いてリリスは外へ出ようとした。だが、その前に後ろを振り返る。
「おもちゃは二つもいらないもんね、バイバイ」
赤い瞳が深みを増して霧島を映していた。
眼を開けるとそこはベンチの上だった。
「………」
霧島は辺りを見回す。
少女も、草薙も、全てが消えていた。
変化は何も無い、最初にここでうなだれていた時と全く同じだ。
「……夢……か?」
ふと傍らに何かがあるのが見えた。
ドラゴンの姿をしたぬいぐるみがぽつんと、霧島を見つめていた。
「お前がぱぴぃ……じゃ、ないよな」
霧島はぬいぐるみを指で小突き、小さく息をついた。目を細めて宙を見る―――睨むように。
どれだけ時間が流れただろう。
実際には数分だったが、霧島には数十分と言う時間だったかもしれない。
しばらく何も考えれなかったが、やがて意識を現実に呼び戻した霧島は額を抑えた。
「………っ………」
頭を抱えながら霧島は呻いていた、あの時のように。
ヴィレンは路地の死角に隠れながら息を潜める。
「………」
獲物が地下鉄に降りていくのを見たが、あえて追いかけずそのまま待っていた。
あまり自分らしいやり方ではないが、骨折した左脚が気になっていたのだ。
かなりの距離を追いかけていたせいか、さっきから時々軽い痛みが走っている。
その足を気力で動かしてまでホームに降りるより、ここで待っていて狙撃した方が体力も減らない。
誰かがホームを走る電車を操作さえしていなければ、のこのこと階段を上がり戻ってくるだろう。
かつかつかつ……。
「!?」
誰かが階段を登ってきている。ボウガンを構えて狙いをつけたヴィレンの眼に意外な人物が映った。
(アイツは……)
階段を登ってきたのは追っていた男ではなく、かつて行動を共にしていた少女だった。
(まさか、さっきの奴を殺ったのか!? それとも……)
自分を見限り、あの男と行動を共にしているかもしれない。だとしたら厄介なことになる。
だがヴィレンのその考えも杞憂だった。
「すーっ……」
リリスは大きく息を吸い込み、
「ヴィ〜〜〜レ〜〜〜ン〜〜〜く〜〜〜ん!」
探し人の名前を大きく叫んだ。
「なっ!?」
自分の名を呼ばれた当の本人は、驚きに一瞬反応が遅れた。
(あの馬鹿! そんなことしたら殺されるぞ!?)
その考えがリリスへの心配だとは気づいていない。
「ヴィ〜〜〜〜〜レ〜〜〜〜〜ン〜〜〜〜〜く〜〜〜〜〜ん!!」
名前を呼びながらリリスは隠れている自分を楽しそうに探している。
「くっ……!」
ヴィレンはたまらずその場を離れようと無意識に逃げ出す。
先程まで重くて動かなかった左足が、意思に反して進んでいった。もちろん痛みはあったが、思った程ではない。
(何故逃げるんだ? 利用できないなら殺せばいいじゃないか!)
いくら考えてもその問いに答えは出てこなかった。
再び巻き戻される記憶。何度も再生される音声。
「許せない……許さない……よくも彼女を……」
それは矢吹という単語の音声。
「許せない……許さない……よくも彼女を……」
地べたを這いずりながら去ろうとする霧島を見てる少年の音声。
「許せない……許さない……よくも彼女を……」
涙、悔しさ、怒り、それらが全て交じり合う音声。
「許せない……許さない……よくも彼女を……」
霧島は振り向かない。振り向けない。振り向きたくない。
「……まれ」
黙れ。
「……謝れ」
黙れ、黙れ、黙れ。
「……きょ……子さんに、謝れ」
黙れ黙れ黙れダマレダマレダマレ……
「あやまれええぇぇえぇえぇぇえぇぇえええぇぇぇ!!!」
だまれええぇぇえぇえぇぇえぇぇえええぇぇぇ!!!
霧島はうずくまりながら嗚咽とも呻きともつかぬような声を上げていた。
「………っ、うっ…ううっ…………くうう」
まるで自らの顔を削り取ろうかとする様に両手に顔を押さえつけている。
抑えていた爪が刺さる。一筋の血が流れて落ちる。
「………………く、くく」
肩の震えが余計に一層激しくなった。
「……くははは、ははははは……」
霧島は嘆いていたわけではない。
「あっははははははははははははははあぁぁあぁあぁああぁ!!!」
笑っていたのだ。
「ははは! はっははは! ひひはふははぁぁあぁぁあああぁぁ!!!」
はたから見たら狂っているかのような笑い声。
だが霧島はあくまでも正気で居た。
下手な狂人には成り下がらず正気だからこそ、自分の咎を受け入れているのだ。
いつかツケを払わされる時が必ず来る。それを自覚する為に笑っていたのだ。
今だ止まらぬまま暴走する電車がホームを通り過ぎる。
だがその通過音に霧島の笑い声がかき消されることは決してなかった。
【霧島 翔
所持品:ハーピーの声(脱力効果あり)入りテープとラジカセ、ボウガン(矢残り5本) 闇の幸運種ぬいぐるみ
目的:パピィ(正体不明)を保護する、首輪解除の方法を探す】
【ヴィレン(左脚骨折・やや痛みが出始めている)
所持品:チェーン、鉄針、鉄釘、パチンコ玉など暗器多数、アーミーナイフ、組み立て式ボウガン(組み立て済) 目的:ゲームに参加、隠れられる場所を探す】
【リリス(能力抑えられ気味・少し疲弊) 所持品:支給品は不明 目的:おつかい完了、ヴィレンに追いついて守ってもらう】
【現在地:2区・霧島は地下鉄ホーム内 リリスとヴィレンは地下鉄から少し離れてます】
238 :
ゲームセンター名無し:05/02/05 11:16:43 ID:tg1P4p6o
>>239 の破棄宣言は感想スレでの議論を反映したものではありません。破棄宣言は無効とします。
>>209-219 響 か ぬ 心は有効な投下であることをご確認下さい。
晶と葵は適当な建物に身を潜め、体を休めていた。
結局あれから、響を見つけることは出来なかった。
晶も葵も、響を探すことに必死で、一時は実に無防備な状態だった。
もし、その時に殺意を持ったものに出くわしていたら彼らは今、ここに生きて存在はしていないだろう。
空が水色へと変わり始める頃、またあの放送が流れてきた。
晶はすらすらとノートに放送の内容を書き込む。
見知らぬ、散った者たちの名を真っ白な紙に綴るのにも大分慣れてきた。
そこにはまだ高嶺響とサラ・ブライアントの名前はなかった。
無意識のうちに安心してしまう自分に、晶は敢えて気付かない振りをしていた。
「うちのせいや」
不意に、仮眠をとっていたはずの葵の声がぽそっ、と静かな建物に響く。
しかし、そこにはいつもの彼女の快活な輝きはない。
そしてそれは疲労のみによるものではないということは、晶にも容易に理解できた。
「うちがもっと早く、日守はんの本性に気付いとったらハガーさんたちは死なへんで済んだ」
その声は普段の彼女からは想像も出来ない、血を吐くかのように苦しげなものだった。
「リオン君のことだってそうや」
その声はますます暗く、深淵へと沈んでいくかのようだった。
「あの時叱らへんかったらリオン君は今も生きてたかもしれへん」
その声は彼女自身の心を『後悔』という刃で突き刺そうとしているかのようだった。
「もういいから!」
晶は声を荒げた。葵の言葉と、放送が書き消される様な己の大声に、彼自身もハッとなる。
「もういいから……葵は休んでろって。あと少ししか寝ていられる時間はないんだからさ、な」
平静を装い、葵の気持ちを落ち着けるかのように出来る限り明るくつとめるが却って不自然で滑稽だった。
「うちだけ寝てなんて……いられへんよ……」
葵が起き上がり、晶の胸にしなだれかかる。確かな命の温もりと、その体の軽さが晶に直に伝わってくる。
「ねえ晶ちゃん、響はんと一緒にいなくてよかったん?」
肩が微かに震えている。
「後悔、するかもしれへんよ」
自分の胴着のちょうど胸元の部分が湿っているように感じられる。
「響さんを守れなかったら、後悔するのは晶ちゃんやよ」
葵が顔をあげる。
彼女は泣いていた。
晶をじっと見つめる、そのぱっちりした瞳からは、とめどなく涙が溢れている。
「……葵……」
肝心なことは何も言えぬまま晶は彼女の名をただ呼ぶ。
「もうこんなのいやや」
なぜ今まで気付けなかったのか。
彼女の抱えていた苦しみや、悲しみや、恐れや、葛藤や、怒りや、不安や、悔しさや、後
悔や――弱さに。
「人を救えへん弱い自分も、平気で人の命を奪えるあいつらも、何も悪い事してへん人た
ちと殺しあわなければならへん現実も、全部っ、全部……全部いやや!!」
子どものように晶に強くしがみつき、震え、閉じ込めていた弱さを声にして泣き叫ぶ。
「晶ちゃん、うち本当は怖い」
初めて耳にする本当の彼女の『気持ち』。
「死にとう……ないし…、もうこれ以上大切な人を死なせとうもない……」
初めて口にする自分の本当の『思い』。
「晶ちゃんや……響さんは死なへんよね…? 一緒に……っ、…一緒に生きてっ……」
そこから先は声にはならなかった。
晶は葵の頭を子どもの頃のように撫で、彼女のか細い体を強く抱き締めた。
『響と、絶対また会えるから』
『その時は俺が葵と響を守るから』
『お前たちを死なせはしないから』
様々な言葉が頭の中に浮かんでは消える。
しかし、言葉には出来なかった。
それを口に出来るほどの強さも、資格も、今の自分にはなかった。
ただ黙って彼女を抱き締めることしか、今の自分には出来なかった。
彼は願った。『強さ』が欲しいと。
彼女は呪った。自分の『弱さ』を。
彼はまだ知らない。
熱き太陽がこの戦場を眩しく照らす頃には、守ると誓った、あの儚げな少女が一人寂しく
荒れ地に転がっているということを。
そして彼女もまだ知らない。
彼女に背負わされた『現実』という名の宿命は、その小さく華奢な身体には、あまりにも重く、残酷すぎるということを。
「晶ちゃん……」
そのことをまだ知らぬ彼女は彼に、今は亡き人の遺してくれた『希望』の紡がれた紙の内
容について語り始めた……。
願わくば、彼等の未来に陽の光の加護があらんことを――。
【結城晶 現在地:三区・建物内 所持品:大学ノートと鉛筆 目的:葵の話を聞く。響を探し出し、葵と響を守る】
【梅小路葵 現在地:三区・建物内 晶と同行中 所持品:釣竿とハガーのノート 目的:晶にハガーのメモの内容を語る。響を探し、晶たちとともに生きて帰る。剛を倒す】
狂気に押し遣られ深いトコロに沈んだ心は想う
【ここはドコだろう】
彼は自らの存在を感じれずにいる。
【僕の身体はドコだろう】
自らの四肢が何処に在るのかも感じていない。
【ボクは何なんだろう】
…いや、そもそも、自らが誰なのかをとうの昔に見失っているのか。
しかしそれがいつだって少年の……エミリオ・ミハイロフの正しい在り様だったのかもしれない。
なぜなら、彼はいつだって誰かの操り人形だったから。
操り人形とは、きっと自らを操る糸無しでは自分の手足すら認識できないのだろう。
そんなモノが自分を意識するなどおこがましい事だ。
エミリオは、いつからかそんな風に思っていたかもしれない。
だけど、その事を思うとふっと感じるモノがある。
それは、炎と風。
しかしその二つの印象も、次の瞬間には瞬く間に消え去ってしまう。
自らを吊る、糸の存在によって。
「しかしあの響とかいう娘の最後はガッカリでしたな」
「いや、アレはアレでなかなかの風情がありますぞ?可憐な少女が狂気に耐え切れずに壊れていく様など特に…」
「そういえば最初の首輪による死亡者になりますなぁ、あの娘は」
「これではあのカエデというのとの対決はまだまだ先になりますかねぇ…」
薄暗い部屋にドス黒い感情が渦巻いている。
悪趣味な権力者達はそれぞれの欲望に忠実な感想を述べている。
その話題の中心は、巨大なモニターに表示されている【高嶺響 死亡】の文字であった。
響のその予想だにしなかった結末に、あるものは『金が無駄になった』と愚痴り、
またあるものは彼女の壊れ行く様を見て『実に美しかったな』などと賞賛し、
様々な感想を漏らしていた。そのどれもが、実に悪趣味な物ではあったが。
そして、響の死によりやおら話題に昇るようになった名がある。
「しかしカエデ少年にとっては実に不幸な自体だ。折角の肉親の仇との殺し合いが伸びてしまったのだから」
「ギースの忘れ形見に言わせれば、きっと『使えない女だ』とでも言うんじゃないですかな?」
「違いありませんな!!クッハハハ!」
それは、カエデという名と、ロックという名。そしてそれに付随してもう一つの名。
「カエデといえば、アイツが殺した女の一人はたしかK´の知り合いか何かではなかったかね?」
「おお、そうだそうだ!楓はK´の仇でもありましたな!」
「ここの三人の関係は実に素晴らしい。全く、こんな三角関係もあるもんですなぁ…」
ロック・ハワード。
楓。
そしてK´。
今、この胸の悪くなる連中の関心は、この三人に集まっていた。
それぞれが暗黒の血、四神・青竜の力、そして草薙の炎のコピーという人間を凌駕する力を秘めており、
尚且つそんな三人が、ロックは楓に、楓はK´にと敵意を抱かれているのだから。
どこまでも凄絶な戦いを望むここの者たちが、この三人の衝突を期待しない筈がないのだ。
しかし今、響の哀れな結末によりそれが更に先延ばしとなった。これについて落胆の声を漏らす者も少なくはなかった。
「このゲームのルール上、仕方ない事とはいえ…少々勿体無い気がしますなぁ」
「まあ、焦らされるのも嫌いではないですがねぇ」
「ハハハ!そうですな!これもこの遊びの醍醐味でしょう!」
そして、そんな感想を持ったのは、何も悪趣味な客ばかりではない。
それはこのゲームの支配者……ルガール・バーンシュタインにとっても同じであった。
全く、使えない小娘だ。
それが、ルガールの響への感想であった。
自らの部下の職務怠慢などよりも、楓とロック……二人の邂逅が先延ばしになったという事実をルガールは問題視した。
「焦らされるのも嫌いでは無いが……」赤い液体を飲みながら一人ごちる。
「弱者の都合で私の楽しみが邪魔されるというのは、実に気に入らんな」
一つしかないその目で宙を睨む。
その視線に射抜かれた者は、それだけで命を落としてしまうのではないか…そんな事を思わせる眼。
そして、それとは別にルガールには憂鬱がある。
それは……
「ルガール様、ウォン様とイグニス様から……」
「フン、来たか」
ルガールの言うところの狐と宇宙人、
この二人からの干渉であった。
『おやおやウォン君、一体どうしたと言うのかな?ルガール君と一緒に、私にまで用があるというは』
自らを神と信じて疑わない男……イグニスの態度は不遜で尊大であった。
『いや何…どうやら私の駒に何か細工した無粋な者が居たようでしてね。少し皆様にも注意を促しておこうかと……』
会話一つとってもつねに自らの優位を保つ男…ウォンも、今回ばかりは少し歯切れが悪いようだ。
『ああ、あの少年の事かね?それなら感謝してくれたまえ』
『…感謝とは?』
ズン、と空気が重くなる。
『聞けばあの少年、どうやら性能に多少の問題があったそうではないか。あれではルガール君も御するのに一苦労というモノだ。
そこで私は例の失態の件への君たちへの侘びも含め、我がネスツの技術で君のコントローラーの問題点を改良したのだよ』
チリチリ、と空気が熱を帯びてくる。
『ゲームが滞るのは、君にとっても不本意な筈だ。それに、あの少年の失態の尻拭いをしてあげたのだよ。
ああ、これは私の純粋な善意からの行動なのだから、君の商会からの見返りなど求めはしない。安心してくれたまえ』
『…これはこれは、何から何まで痛み入りますよイグニス閣下。しかしどうやらアナタには”無駄”な気苦労をさせてしまったようですねぇ。』
無駄、という単語を殊更強調して、ウォンは礼を述べた。
通信を介しての会話であったが、その場の空気は実に耐え難い殺気を孕んでいた。
『何、気にする事は無い。それに君にとっては実に”有益”な結果が出たろう?』
『…と、言われますと?』
『揺るがし難い、あらゆる【力】の差という物さ』
『……』
沈黙。それだけで人が死にかねない、そんな重みの沈黙。しかし、
『…フハハハハハハハハハハハ!!』
数瞬後のウォンの笑い声に、イグニスは怪訝な声を上げた。
『……どうかしたかな?ウォン君』
『ハハハハハ……いや!確かにその通りですよ!イグニス閣下!』
『アナタのそのジョークのセンス…これは誰も並ぶ者は居ないでしょう!!』
空気そのものが爆ぜる。そう思われた時、一つの声がした。
「おやおやお二人共…私抜きで話を進めないでいただきたいがね」
ルガールが現れた瞬間、その場の空気は一気に冷えていった。
『…失礼しました、閣下。少しジョークに花を咲かせてしまったようです』
ウォンに今までの会話をジョークとして扱われたイグニスは少し不機嫌な声で答えた。
『……少し遅かったようだな、ルガール。何か問題でもあったかね?』
「何、ちょっと考え事をしておりましてな、お二人には遅れて申し訳ない」
穏やかな笑みを浮かべ、謝罪するルガール。その実内心は、先程の二人の会話を思い出し愉快でたまらなかった。
ウォンらしからぬ安い挑発、これは彼の心理を表すもの。
つまり、エミリオの一件はウォンに少なからず動揺を与えているという事。
そしてそんなウォンのわかりやすい挑発に乗せられかかったイグニス。
自分があのタイミングで現れなければ、何が起きていたかわからなかっただろう。
そんなワケで、この二人のやり取りはなんとも愉快であった。
そして、その会話を聞きながら、ルガールはある事を思いついていた。
奪われた楽しみの代償と、この二人の更なる衝突が見れるかもしれない、そんな提案。
「で、お話というのは?」
わざとらしくそう言って、ルガールはウォンに促す。
『…ルガール閣下とイグニス閣下の、私への”善意”について、是非お礼を申し述べたくなりましてね』
嫌味ったらしくウォンは言う。
「…ひょっとしてあのエミリオ少年の事ですかな?」
解りきった事をルガールは言う。
「それなら心配には及びません。イグニス殿のご好意により解決されましたよ」
『……ええ、そうらしいですねぇ。いやはや、お二人には真に申し訳ない』
声は平静を保っているが、この男は一体今どんな顔をしているのだろう。そう思うとルガールは自然と笑みが出た。
「何の何の、こちらこそウォンどのには人材派遣、イグニス殿には設備などの協力を得ているのです。お二人には感謝も絶えませんよ」
それに、ついさっき、実に面白い物が見れたのだから。
「そこで、折角ですから私からお二人にせめてものお返しを…と思いましてな」
そして、これから更に面白いものが見れるのだから。
ウォンとイグニスは黙って聞いている。続く言葉を待っている。
そして、ルガールが口を開いた。
「K´とエミリオ…この二人の特別試合を組もうと思っております」
空を往く道化はまだ知らない。
新たな炎との邂逅を。
【エミリオ・ミハイロフ(かなり消耗)所持品:無し(探査機はコンビニに放置)目的:ルガールの指示を待つ(自我は殆どない。)】
【現在位置:1区上空】
納品所を出て、無言で東へ。
先を行く青い胴着は、突然誰かに狙われるということをまるで意に介していない。
「行く先に不意を突くような甲斐性のある奴はいない」
アランたちには、そう説明した。
拳崇は腑に落ちない顔をしていたが、剛は気にかけてやるような寛容さとは生来無縁である。
懸念は葵の存在だが、あの女なら剛を見つけた途端に「ここで会ったが百年目」とやりだすだろう。
あちらが飛び道具を手に入れていても、よほど近づかなければ、素人が当てるなどはほぼ有り得ない。
どちらにせよ、あちらの居場所がわかったところで火力を集中させて終了、むしろ手間が省けすぎてつまらない。
「なあ、わざわざ遠い方を狙いに行く理由はなんや?」
拳崇の声。
そう、今回の狙いは、遠い。
距離差としてはたいしたことはないのだが、不穏分子を始末するのなら、葵の組の方が近い。
それに人数もおり、こちらをを襲っておけば、この急造チームの連携を試すいい機会になるだろう。
こちらの理由は、剛の意思ではなくクライアントの梃入れによるものだった。
「おい、アラン。データ見せてやれ」
「はいはいっ、と」
アランの携帯端末のディスプレイに、今回の標的のデータと備考が表示される。
「優先目標……」
「そういうことだ。今日の明け方の時点で、その女の道連れがくたばったんでな。
どこかに紛れ込んで厄介なことになる前に、始末しろってこった」
拳崇に見えるように端末を差し出しながら、アランも改めて標的のデータを観察する。
「なんでも、バケモノ2人相手にして生き延びたらしいからな。一筋縄じゃあ、いかねえかもな」
言葉と裏腹に、剛は楽しみでもあった。
画像を見る限りは、大学入りたて程度のただの頭の悪そうな女にしか見えない。
その頭の悪そうな女が、一体どういう手段で、大観覧車を半壊させるようなバケモノ相手に生き延びたのか。
そしてこの自信に満ち溢れた顔が、恐怖に晒されたときにどのように歪むのか。
一方的な殺しは飽きていたが、もしこの女が実力でバケモノを退けたのなら、三対一は決して過剰な戦力ではない。
「そろそろだな」
剛は足を止めた。
女を引っ掛けるのは慣れてるだろう、と無茶な理由で送り出されてしばらく。
標的と遭うまでの間、アランはふと手のひらを見た。
既に三人。
もはや血に塗れた両手で、今これからさらに一人を天国へ送ったとしても、
もうアランの手の穢れは大して変わらないだろう。
それは全て、このゲームを崩壊させるためであった。
が、今さらに殺そうとしている一人もまた、その志を胸に、今まで生き延びてきた者だ。
主催者をして優先消去対象と名指しさせる彼女が死ねば、おそらくゲームの崩壊は一歩遠くなる。
アランの目指す結末を手に入れるために、そこから遠ざからねばならないとは、皮肉な話。
いや、そもそも、自分の行動が矛盾しているのだろうか。
標的の姿が見えた。
精神の揺らぎで相手に不信感を抱かせないように、心に仮面を被せた。
「ヘーイ、そこの彼女」
喉から、場にそぐわない軽薄な声が出る。
もっとも、こんな状況でなければこういうアプローチはむしろ場に合っているのではないだろうか。
ただ単に、見ず知らずの人間と会うことが既に命に関るという異常な状況が、
正常な行動を異常に見せかけているに過ぎない。
「何?」
彼女の反応もそういった意味合いでは異常だった。
とりあえず、積極的に攻撃してくるということもなさそうだ。
もっとも、そうであったなら優先目標にされないだろうが。
「あんたは普通みたいだな。いやあ良かった良かった、俺今まで話しかけてきた子みんな
戦うハメになっちまってたから、ちょっと不安だったんだよ」
「あらそう? そりゃご愁傷様ね。それで何、ナンパ?」
当面は敵意がないと見て取った両者に、どことなく和やかな雰囲気が流れる。
横道に近いところにいたアランが無造作に歩み寄る。
会ったばかりの相手に近づかれたら、神経質な相手なら身構えるだろうが、幸いそういうこともなかった。
「その通りさ。君の魅r」
「あはは、残念だけどもう決めた人がいるから」
「……最後まで言わせてくれよ」
思わぬところでナンパ失敗速度記録2位を更新してしまったが、そもそもの目的でない以上
へこんでいるわけにはいかない。
ちなみに最速記録の時は、何故か顔をあわせた瞬間に断られた。
「まあそれは冗談としても……俺たちはここから脱出しようとしてるんだ。
よかったら、一緒に行かないか? 人手は多いほうがいい」
半分は本心だが、半分は偽りであった。それゆえに心情が出ることを恐れて、
なるべく軽い調子を心がける。
「たち、ということは他にもいるってこと?」
「ああ、まあそうさ。正直なトコ男ばっかりでさ、ちょっとムサくて困ってたんだ」
「そりゃかわいい女の子が歩いてたら声かけたくもなるよね」
へへへ、と笑いあって、学校の友人に会ったかのようにさしたる警戒もせず、二人は歩き出す。
「あんた、お名前は?」
「ニーギ。よろしく」
出されたのは右手。
「俺はアランだ。仲間は後で紹介するよ」
いい子じゃん、という率直な感想は、すぐにかみ殺した。
今までの集合に一人加わった以上、互いの自己紹介めいたものは必要だろうと
結局ハワードアリーナへ引き返している。
そういう小さな会合を持つなら、小さな建物が大層な数存在するアリーナ内は最適である。
アランが茶室を模した休憩所を示す。
「アレがお仲間? ……うわ、ムサ」
「だろ?」
開口一番言い放つあたり随分と毒が強いが、アランは笑って受け流す。
だが、気難しそうな剛が流せるかどうか。
アランは今から不安だった。
その休憩所は、一面にしか壁のない8畳程度の石の床張りに、柱で屋根を支えていた。
「おーい、連れてきたぞ」
あくまで軽いアランに比して、二人いる男の若い方の表情は固い。
「よう、来たな」
対して、ガラにもない愛想笑いなど浮かべて見せた剛が意外だった。
こういう細かい演出があってこそ、安定した殺害数を弾き出せるのだろうか。
「俺は日守剛だ。こっちは椎拳崇。悪いな、突然妙な誘いかけちまってよ」
「いいわ。こっちも人手が足りなくて困ってたとこ」
江戸時代の茶店風の長椅子に、向き合うように座る。
特に躊躇はない。
「おら、お前も挨拶ぐらいしろ」
「……拳崇や。よろしゅう」
剛につつかれて、拳崇もどこかよそよそしく会釈をする。
こちらは何を思いつめてしまっているのか。
「ほら、もうちょっと愛想良くしないともてないぜ?」
軽口を装って拳崇の演技下手を指摘するが、気付かないのか無視されたのか、はたまた努力が伴わないのか
拳崇の態度は特に変わらない。
「んで早速で悪いけど、脱出するんだって?」
「ああ。つっても、頭数あるだけで何もあてがないんだがな」
苦い顔で言う剛に、ニーギはあーやっぱりと苦笑した。
「ニーギ、だったか? あんたはどう思う。やっぱり首輪を外さないことには、
どうしようもないんじゃないかと思ってるんだが」
「うーん」
剛に話を振られて、腕を組んでいる。
「別に首輪にこだわらなくてもいいんじゃない? とりあえず、あのおっさんこらしめれば
後はどうとでもなるような気がするけど」
「おいおい……」
あまりの無策ぶりに、剛が心の底から苦笑していた。
確かに、こんな無鉄砲をよくもまあルガールが優先ターゲットにしたものだ。
だが潜められた悪意はうまく隠れている。
「まあ、それならいいか。今までどおり、ってことだからな」
少々の落胆を滲ませながらの表情は見事なものだった。
こうしてみれば、剛はただの見た目が怖いが人のいい若者にしか見えない。
「じゃ、足りない分は足で稼ぎましょっか」
立ち上がって、どこへ行く? と目顔で尋ねてきた。
先程も言ったとおり、ハワードアリーナ内には、小さな建物が多い。
逃げ場をなくし、押し包んで仕留めるような状況に持っていくために適している。
「しばらく、この区画を探してみようか」
剛の提案は至極当然なものと言えた。
「そうだね」
彼女にも拒否する要素はないだろう。
「おーし、決まりッと」
先行するのはニーギ。位置的に二番手のアランは、彼女のあとへ従いながら振り返る。
やや興醒めの剛と、結局最後まで硬い表情の拳崇がいた。
ニーギが先頭を歩いている。
散歩のようで早足のようでもあり、かと言って周りを見ていないかといえばそうでもないらしい。
だが、彼女が先頭であるお陰で、背を向けられている三人は自然と気が緩んでいるのだろうか。
振り向けば、鮫の歯を連想させるシャープな外観そのままに、
触れれば食い破られそうな雰囲気を放つ剛と
何か思いつめた表情で、妙に縦に長いザックを抱きしめている拳崇。
そういえば拳崇の武器はバズーカだったか。
あれではあからさまに怪しい人だろう。
せめてオレだけでも、とニーギに並ぶ。
「一人ってことは、今までどうしてたんだ?」
「あっちゃあ、いきなりきわどいところ聞くね。あんまりナンパうまくいかないでしょ」
「……鋭いとこ突くな……」
とは言え、確かに他の話題を振ったほうがよかったかもしれない。
今までどうしていたか、ということは、今一人でいる理由を求める質問に他ならない。
「初日からずっと一緒にいた男の子がいたんだけどね」
言葉を切った。
アランは知る由もなかったが、運命のゼロキャノンからまだ半日も経っていない。
さばさばと生きている彼女にも、まださらりと言い捨てられるほどの過去ではない。
彼とともに消滅した炎の魔物も、見た目どおりのわかりやすい奴だっただけに、
脅威だったとはいえ、その死を諸手を挙げて歓迎する気はまったくなかった。
「他にも色々と会った人はいたんだけどね」
彼女の仇敵によく似たアメリカ忍者。
戦いしか目に入っていない太陽の神。
確証はないが、彼らはもう生きていないだろうということは、何となく察している。
彼らの最期の地へ行けば、おそらくそこに残った彼らの「願い」が教えてくれるだろう。
あとは、地味な女の子と、修行バカ風の拳法家か。
「すまない……無神経だった」
「んーん、いいよ」
ニーギがあっけらかんと手を振る。
「でもそういう状況だからさ。私たちが頑張って、一人でも助けなきゃ
同じような気持ちになる人がどんどん出てくる」
「……そのために、ゲームをひっくり返す、か……」
「そう。昔から言うでしょ。勝てなきゃイカサマ、それでもダメなら盤ごとひっくり返せってさ」
「はは、そうだよな……」
ルガールが、彼女を危険視している理由がわかった気がした。
アランも拳崇も、ルガールに立ち向かうために、あくまでルガールの敷いたルールの中でどうにか反撃を狙っている。
実現性はともかく、彼女はそういうルールそのものを無視して、直接ルガールを撃とうとしているのだ。
そして彼女は、それが実現すると確信している。
その数パーセントの賭けが成功すれば、ゲームが台無しになるどころかルガールの身辺も危うくなる。
盤をひっくり返すとは、そういうことである。
そして、アランは彼女の恐ろしさを、今の数分の会話で体感した。
「こういう状況ってさ、マンガ読んでるとよく出てくるじゃない?
もう駄目だもうみんな助からないっ、てドキドキする状況」
「ああ。大抵、奇跡が起こって助かるんだよな。っても、オレたちには奇跡なんか来ないみたいだけど」
「起きるわ。奇跡」
我が身の皮肉に笑うアランに、ニーギは冗談めかしもせずに真っ直ぐに応じた。
「起こすわ。だって、奇跡なんて低い確率しか持たされていないってだけの『未来』だもん。
99パーセントが全滅でも、1パーセントで誰かが助かるなら、その1パーセントのために戦えるでしょ?」
確固たる信念は、人の心を揺さぶる。
「ハッピーエンドがあるなら、そっちの方がいいに決まってる。
私はまだ、誰かの不幸な結末で喜ぶほど性格悪くないもん」
どんなに荒唐無稽でも、人が心に希望の欠片を残している限り、彼女の無鉄砲はその希望を呼び起こす。
彼女がこのペースで生存者全員と接触すれば、ルガールのゲームは目も当てられない茶番劇に成り果てるだろう。
「皆、生きて帰れるといいよな」
「そのためにこうして、手がかり探してるんでしょ」
「ああ……」
そう、彼女を誘う時に最初に言った。
一緒に、ここを脱出しよう、と。
本当にそうであったなら、どれほどいいだろうか。
「……あれ」
前方の何かに気付いたニーギが、ふと立ち止まった。
建造物の乱立する広大な日本庭園の、大きな盆栽にも似た松の木の陰。
彼女に気付いて、少年がふわりと「舞い降りる」
「ちょっとちょっと、人を見たから降りてくるってちょっと無用心じゃない?」
特に同意を求めずに、ニーギこそ無用心に近づいていく。
「……いや、待った」
思わずアランは彼女を止めていた。
エメラルドの髪と華奢なボディライン。
実際に見るのは初めてだが、データによれば、ぼんやりと飛んでいた子供はジョーカーのエミリオに間違いない。
確か、既に自我を失っており、手当たり次第に破壊に走る暴走特急と化しているとか聞いていた気がしたが。
「そっとしておこう」
「なんで? なんかぼんやりしてるし、このまま放っておいたら危ないよ」
ニーギの疑問ももっともだが、起こしたら起こしたでこちらが危ない。
「そいつ、サウスタウンの真ん中でビル壊しまくってた危険な奴だぞ」
「何か事情があるかもしれないでしょ。危ない奴だからっていきなり攻撃するのも危険じゃない?」
なんとなくそう言うだろうとは思っていたが、状況の流れがどうもよろしくないのではないだろうか。
振り返ると、剛は付き合いきれんといった表情で首を振っている。
これで寝ているのがただの参加者なら、どうせ殺すとかになるのだろうが。
「おーい? もしもーし?」
とか考えている間に、もうニーギはエミリオにアプローチにかかっている。
どういう根性か、ぺちぺちと音が聞こえる程度に頬を叩いていると、少年が小さく唸った。
「うん……」
「うわ、やべえ……」
ポケットに突っ込んだワルサーに手をかける。
一応同じジョーカーだから襲われないとは思いたいが、万が一ということもある。
気だるげに目を向けたエミリオは、目の前のニーギを見上げた。
「起きた? おはよ」
「……ウェンディ……?」
何故か嬉しそうに、彼女の腰に腕を回す。
「え? ちょっと、おーい?」
そのまま、じっと寄りかかっている。
抱きつかれたままのニーギは困り顔である。
「なんか、おっきな子供持った気分。まだそんな年じゃないのに」
「そういう問題かよ」
だが、迷惑と切り捨てているわけではないらしい。
「ねえ、この子も連れてってもいいよね。ここに置いてったら危ないし」
「別に構わないがな」
応えたのはアランではなかった。
いつの間にか松の木を取り囲むように立っている。
向こう側の拳崇は、ザックの口をあけていた。
「おいおい、何だよ……」
アランはすっかり気を抜いていた。
彼女を仕留めるときは、逃げられないように狭い建物に誘い込んでという話だったはずだ。
それが、この広い日本庭園で、たいした打ち合わせもなく事に及ぶとは思わなかった。
「作戦変更や。そのボンは連れてくが、あんたとはここでさいならや」
「ふうん」
エミリオを抱いたままのニーギは、取り乱すことはない。
むしろ、目がどんどん据わっていく。
もはや隠すつもりもない剛は、彼女の目の前で携帯端末を取り出していた。
「俺だ。見てるんだろ? 小僧を起こせ、と伝えてくれ」
一言で通話を終え、端末をザックに放り込む。
その手には、新たに拳銃が収まっている。
「やれやれ、やっと尻尾を出したわね」
後ろの拳崇がバズーカを取り出したのが見える。
アランもワルサーを取り出すが、これでいいものかどうか。
どことなくまだ迷いがあるのが、自分でもわかった。
「ほう、どこで気付いた?」
思わせぶりな言葉に、剛が嘲笑う。
「あんた、あからさまに悪人面してるじゃない」
真正面から受け止めて、ニーギも笑い返した。
と、エミリオが動いた。
「ぅぅぅううああああああああああ……」
「……? どうしたの、大丈夫?」
抱えなおそうとすると、先程までのぼんやりとした顔とはまるで違った、苦悶の形相の少年がいた。
精神操作が、効果を及ぼし始めてきているのか。
「いつまでも抱えてていいのか? そいつも『俺たちの仲間』だぞ!」
「何をッ!」
剛が撃った。
撃つ瞬間、銃口をわざとらしくニーギから逸らす。
狙った先は、エミリオ。
先程のアランとの会話で、剛は剛なりにニーギを観察していた。
彼女なら、例え無関係な人間でも身を挺して守ろうとする。
それが間に合わず、エミリオを傷つける結果になったとしても、理性も何もなくただ破壊をばら撒くだけの人型爆弾など
怪我で動けないぐらいが丁度いい。
死んだら死んだで、それこそ知ったことではない。
そして、剛の狙い通りニーギはエミリオを庇った。
「……痛ったぁ……」
自我への侵食による激しい頭痛で苦悶の形相のエミリオの前で、彼女は壁のように立ちはだかっていた。
その右手は、青く輝く精霊手。
「いきなり何するのよ!」
投げるしぐさの手のひらから、弾丸が一個飛んで落ちた。
「おいおい、マジか!」
戦闘状態にもかかわらず、ついアランは弾丸に目を注いでいた。
ひしゃげた様子はないが、不良品でもない。
怪物二体を退けたというデータも、あながち伊達ではないのか。
「兄ちゃん、ぼさっとしとったらあかんで!」
拳崇の叱咤で我に返る。
ニーギの腕がオーバースローで振りぬかれた。
直後、剛の目の前を、フォークが凄まじい速度で通り抜けていく。
当たり所が悪ければ骨を持っていかれそうな豪速弾だが、投げるモーションを見抜ければ、避けられないこともないらしい。
「食らいや!」
拳崇がバズーカを構えた。
「バカ、撃つな!」
慌てて制止する。
標的は、フォークで作った一瞬の隙に、剛の目の前まで滑り込んでいる。
拳銃弾でも躊躇する距離にバズーカ弾を放り込んだら、確実にまとめて始末できてしまう。
「今撃ったらあいつにも当たる!」
青い拳が無造作に突き出される。
体勢は悪かったが、剛は危なげなくいなした。
続く左フックも青い。
勢いとコンビネーションは悪くないが、格闘技の駆け引きにおいては、剛の方が上手のようだった。
避けるどころかフックを絡め取り、足払いを入れて地面へ倒す。
「ヤバッ……」
「まずは一本」
腕ひしぎ。
時間をかけるのは後でいいとばかりに、剛は素早く左肘を極めた。
「……ぎっ!」
奥歯が軋む音が、すぐ間近で聞こえる。
悲鳴を上げないのはたいしたものだが、三対一で左腕を折られてはもう、剛たちの勝利は揺らぐまい。
しかし、先程まで親しげに話していた相手が目の前で嬲り殺されていくのを見るのは
腹を括った今でもつらい。
せめて一思いに、とワルサーを片手に二人に駆け寄ろうとして、横で光が高まっていくのに気がついた。
やっと、精神操作が届いたらしい。
意図の通りに操作できるかは、別として。
「うあああああああああああああああ!」
「!?」
エミリオが、暴走している。
右手に溜めた光の塊が、剛とニーギをまとめて狙っていた。
「くそッ……」
気付いた剛がエミリオを撃とうとマカロフを上げた瞬間、エミリオの光とは違う色の光が剛の視界を押し潰す。
「がっ!?」
「いつまでッ……抱きついてんのよ!」
剛の腕から捕らえていた感触が抜ける。
目蓋を打たれたか、左の視界がぼやけていた。
ニーギが抜けたのにも構わず、剛たちの場所へ向かってエミリオが光の塊を投げつける。
「チィ!」
やや足元がおぼつかない様子だが、剛は光をかわす。
素早く抜けていたニーギは、一直線にエミリオの傍へ。
「一緒に行く!?」
この状況で誘いをかけるなどと、なんという女だろうか。
人間、追い詰められてこそ真価が発揮されるとはよく言ったものだが、
この状況でさえ彼女にとっては絶体絶命ではないのか。
いや、これが彼女の真価だと考える方が単純に筋が通るか。
「行かさんわ!」
エミリオもろともバズーカの照準に収めた拳崇が引き金を引くより早く、ニーギの右腕が投擲モーションに入る。
「行かせてもらうわ!」
投げられたのは歯ブラシ。
それでも、当たればやはり骨に来るだろう。
ニーギのモーションを見て、慌てて回避に移っていた拳崇は、幸い食らわずに済んでいる。
「どうする!?」
「だめなんだ……」
改めて尋ねたニーギに、エミリオは悲しそうに答えた。
細い体が小刻みに震えている。
「だめ、だめ、だめな、んだ。ぼくは、ころさ、ころさな、きゃ……」
「そう。それじゃ、またね」
「う、うん。また、ね」
別れの挨拶と同時に、両者の右腕がそれぞれ違った色に輝く。
弧を描く「投げつける」動作のエミリオより速く、ニーギの直線の「ぶっ飛ばす」動作が相手に突き刺さる。
「それじゃあね。生き残りなさい」
エミリオが崩れ落ちる。
「逃がすかァ!」
庭園を一直線に駆け抜けるニーギを、剛の怒号が追いすがった。
続いて駆ける銃弾は、目元を殴られたダメージと、そもそも慣れていても難しい距離まで逃げたお陰で狙いが甘かった。
その後しばらくは、わからない。
拳崇と鉢合わせたかもしれないし、剛から逃げ切ったかもしれない。
ただ、障害物の使い方が、剛が舌を巻くほどうまいということだけ印象に残っている。
要するに逃げ足が速いってことだよ、と、本人に言えば答えるだろう。
アランが彼女を見つけたときは、彼女は川べりで座っていた。
左肘は妙な方向に曲がっている。
聞いたところによると、剛は名うての柔道家らしい。
先程の腕ひしぎの流れるような動作を見れば納得がいく。
肘は綺麗に外されていたのか。負傷の度合いはわからない。
彼女はしばらく荷物を探っていたようだが、最後に首から下げていたゴーグルを手に取った。
口にくわえる。
左の手首を右手で掴み、一息に引っ張った。
「うぐっ……」
外された関節を戻したのか。
言うだけならたいしたことなさそうだが、痛覚神経に直接触れる可能性もある治療法で、その痛みは尋常ではないはず。
骨が割れているなら、むしろ気休めはおろか逆に治りを遅くさせかねない。
元に戻った肘はどうにか動くらしいが、それでも痛みが伴っているだろう。
ニーギがゴーグルを離して、元のように首から下げなおした。
「いるんでしょ? 出てきても大丈夫だけど」
「……っへへ、敵わないな」
ワルサーを握ったまま、物陰から姿を現す。
「そんで、どのくらいから気付いてたんだ?」
先程の剛と同じ質問。ただ、彼女の本心が聞きたいというだけだった。
「んー、まあ、割合最初かな。あの坊ちゃん刈りは初陣の兵隊みたいな状況だったし、あのサメ男、目が笑ってなかったし」
川べりに座ったまま、腰を上げない。
「アランだけなら多分、不意打ち受けるまで騙されてたと思う」
何が面白いのか、笑顔を崩さない。
この状況で生き延びられるとでも思っているのだろうか。
「信用してもらっておいて悪いけどさ、オレも死にたくなくてね」
銃を向ける。
が、撃つ前に好奇心が頭をもたげた。
「……ところでよ、さっきの話は本気か?」
「さっきって?」
「ゲームをひっくり返す、ってやつさ。こんな状況になっちまったけど、今どうかなって思ってさ」
その状況を作り出した張本人でありながら、アランの調子は嘲弄も何も含んでいない。
二人の年頃、雰囲気、互いに対する態度。場所がハイスクールならさぞや絵になっただろう。
「もちろん、やるわ」
「こんな状況だってば」
ワルサーをちらつかせると、ニーギは少々億劫げに立ち上がった。
「それじゃあ、賭ける? 私があのオッサンに勝てるかどうか」
疲れた様子はないが、体にキレがない。
腕の痛みは、随分としっかり響いてきているらしい。
無事な右腕でザックから万年筆を取り出した。
彼女にとっては弾丸一発に等しい重みを持つ武器。
「今、私はもうここから逃げる時間が欲しいだけ。だから、私はここから逃げる。
今からこのペンを放り投げて、地面についたら逃げるわ。アランは、私がペンを投げてからいつでも好きな時に撃っていい」
「へえ、そりゃどうも」
劣勢のはずの彼女が条件を出すなど、剛が聞いたら爆笑するだろうが、彼女はそれを自然に受け入れさせる何かがあるらしい。
爆笑している剛も見てみたいような気もするが。
「それで賭けの内容は?」
これは賭けであり、儀式である。
彼女の大それた目的が、成就するか否か。
「私が逃げ切ったら引き分け。私が死んだら私の負け」
「あんたの勝ちは?」
「あなたが、撃たなかった時よ」
ニーギが万年筆を投げ上げた。
二人の真ん中へ、放物線を描いてペンが落ちる。
着地まであと数センチ。
悪い、やっぱりオレはもう決めてるんだ。
心の中でそう詫びて、アランは引き金を引いた。
万年筆が落ちた。
銃声が響いた。
ぱん、とまた銃声と違う硬い音。
「痛ったああああっ!」
ヤケ気味に叫びながら、振りぬいた青い右腕をもう一度振り回す。
彼女が睨むのはアランの少し左。
後ろから、剛がマカロフを構えて駆け寄ってきている。
「チッ……何なんだ、あの手は!」
苛立たしげに剛が吠える。
更に放たれた一発は、狙いが甘かったのかかすりもしない。
「それじゃあね!」
「お、おいおい……」
仲間からあらぬ疑いをかけられては厄介である。
銃をあげて狙いを定めたアランは、引き金を引こうとしてふと気付いた。
ニーギは川へ飛び込んでいく。
それを追って、剛がウージーの弾を水面にばら撒くが、川に潜ったニーギを捉えることはなかった。
このまま川の流れに乗って、彼女は逃げ切るだろう。
「クソッ……」
忌々しげにウージーをしまう。
アランさえいなければ、最初からウージーで薙ぎ払って、彼女が川に飛び込むまでに数弾当てることができたのだろうが。
「……おい、何で撃たなかった」
獲物を逃した苛立ちを抑えきれずに、アランにぶつけてくる。
いや、どちらかというとアランに対する不信が噴出したというところか。
そんなことは、アランは今はどうでもよかった。
自分のワルサーを剛に示してみせる。
「……何がおかしいんだ」
自分は確かに撃つ気だったし、実際に引き金を引いたというのに、これが笑わずにいられようか。
アランが引き金を引いたのは、万年筆が地に落ちるまで十分な時間があった時だった。
にもかかわらず、恐らくニーギが弾き飛ばした銃弾は、剛の無粋な横槍だけだっただろう。
アランのワルサーは、不発弾で排莢詰まりを起こして、撃てない状態になっていた。
「オレ、負けちった」
彼女はやるだろう。なら、アランがやることは、少しでも助けとなるべく、彼女と同じ未来をひたすら目指すことのみ。
水面から頭を出して、周りを見回す。
追っ手はいなさそうだった。
「あー、またやっちゃったなあ」
勝算も何も考えずに飛び込むのは、昔から直さなければと思っている悪い癖である。
今回だって、一歩間違えれば死んでいた。
せっかくアルフレッドが温存させてくれた体力も、一気に使ってしまった。
騙されているとわかった時点でとっとと逃げていれば、こうはならなかったかもしれない。
今回の代償は、人死にこそなかったものの、自分の左肘。
骨へのダメージはわからないが、筋は確実に痛めている。
これで今後に影響が出るだろう。あと何日戦わなければならないかわからないが、少なくとも
肘を回復している余裕はないはず。
「ま、過ぎたことは仕方ないか」
そう、くよくよしていても仕方がない。
とりあえずは、少し時間が経ってからでいい。見所のありそうなアランとエミリオに、もう一度接触しよう。
「さて……どこで上がろうかな……」
川の水で冷やされているのに、左肘は飛び上がるほどに痛みと熱を孕んでいる。
【日守剛(左目視力低下) 所持品:USSR マカロフ、ウージー、コンドーム、携帯電話(アランの連絡先登録済)
目的:連携を取りながらゲームに乗らない不穏分子の一掃、J6の意向を受けゲームを動かす】
【椎拳崇(左肩処置済) 所持品:スペースハリアーバズーカ 目的:ルガールに信用されるため戦う、男同士の約束を果す】
【アラン・アルジェント 所持品:PPKワルサー(残り6発)、携帯電話(剛の連絡先登録済)、折り畳みナイフ
目的:連携を取りながらゲームに乗らない不穏分子の一掃、ゲームを内側から壊す、プローブの情報を盗む為に本部へ潜入】
【エミリオ・ミハイロフ 所持品:無し(探査機はコンビニに放置)目的:ルガールの指示を待つ(自我は殆どない。)】
【現在地:3区中央付近(エミリオは別行動)】
【ニーギ・ゴージャスブルー 所持品:ゼロキャノンコントローラ、雑貨、ゴーグル 方針:ゲーム盤をひっくり返す
備考:左肘損傷 現在地:川下り中】
ハッキリと思い出せる事は血と硝煙と炎の匂い。
それ以前の事は靄がかかったように曖昧だ。
それでも、ボンヤリと浮かぶ映像はあった。
それは、栗色の髪の、二人の少女。
一人は自分の姉弟であり、一人は自分の妹の様な存在。
いつも自分を守ってくれた。自分の代わりに涙を流してくれた。
いつも俺が守ってやった。アイツの前では涙は流さない。
だから俺は泣いちゃいけないんだ。そう心に決めていた。
その二人が居なくなった今も、遠い誓いはそのままに、彼は涙を流さなかった。
それは一体何の為の誓いだったのか、もう解らなくなりながら。
サウスタウンの第七区画。
色とりどりの花が咲く花壇の近くに四人と一匹の猛禽の影。
花壇の淵に地図を広げ、皆でそれを覗き込む。
「そんじゃあ、これからどうしましょうか?とりあえず今の七区から八区へ向かうか、それとも三区へ向かうか…」
頭にバンダナを巻いた学生服の青年…矢吹真吾は他の人間に問いかけた。
「K´君が霧島という人物を見たのは確か三区だったな?それじゃあ三区にはもう居ない確率が高いんじゃないかな」
頭に鉢巻、そしてボロボロの空手着を着た男…リュウがそれに答える。
「だったら八区に決まりだね!K´さんもそれでいい?」
溌剌とした様子で少女…アルル・ナジャが声を上げる。
「…さあな、それでいいんじゃねえか……」
最終的に皆の視線を浴びた青年…K´は、何となくバツが悪そうに答えそのた。
現在彼らは、霧島という青年を探すために島を巡っていた。
その霧島の手がかりについては、草薙に似ていて炎が出せる事、何となくガラが悪いという事以外にはK´が接触した事があるという事だけである。
しかしそれがK´にとっては悩みの種だったのだが、それを他の三人が知る由も無い。
「そういえば八区って何があるのかな?この街って何か区画ごとに特色があるみたいだし」
そんなK´の心情などお構いなしに、アルルはふと思いついた事を口にした。
「ええと、確か八区はテーマパークだったと思うッス」
「ふーん、なんだかこの街って立派なトコだったんだね」
そんなとりとめの無い会話をしている二人をリュウは促す。
「さて、それじゃ移動しようか。こんな開けたとこにいつまでも居たら危険だ」
そんな風にいつまでも会話しているべきではない、そんな含みを持たせたリュウの発言。
「…ハ、ハイ、そうっすね!」その含みに気付いた真吾は緊張感が足りないと心の中で自分を叱った。
「…そうだね、時間はいくらあっても足りないんだし……」真吾同様、アルルも内省している様だった。
「……行き先が決まったならとっとと行くぞ、テメエラ」
しかし実はそんな二人よりももっと居づらい気持ちのK´は、これ幸いと先を急いだ。
サウスタウン第一区画。とあるビルの上に、一人の少年。
スースーと静かな寝息を立てるその顔立ちは愛らしい少女の様である。
その体付きも華奢で繊細。その細い腕は人を殴るなどできないであろう事を予感させる。
つまり、一見すればその少年はおよそこの街には相応しくない存在であった。
暴力と狂気の渦巻くこのサウスタウンには。
しかし、彼には人を殴る力など必要ない。いや、腕さえも必要ないだろう。
彼がこの街に居るのは、ひとえにその狂気…その身に秘める異能故なのだから。
業火と風塵、そしてそれに宿る二つの意思。
全てが自分を脅かす刃。
少年は光の加護にてそれを打ち払う。
正気はそれらこそが救いと知りながら、狂気はその滅びこそを望みながら。
そして今は稲光に惹かれ、狂気を引きずり、殺意を垂れ流し、それを再び握り潰すのだろう。
そんな狂気の夢の下、少年は笑みを零す。その笑顔はとても残酷で美しい。
その閉じられた目からは一筋の光。その光はとても悲しく美しかった。
強大な殺意の下、少年……エミリオの心は夢を見続ける。
それは操り人形たる彼に与えられた、最後の慰めだったのかもしれない。
全力で休息をとっていた筋肉細胞が強制的に覚醒した。
ガバりと起き上がり、エミリオは目を開く。
「……何だよ、人が折角良い夢見てたのに」
そう一人ごちる。その夢とは、虫けらを握り潰す夢。
そして声が脳に流れ込んでくる。
「………フゥン、今度はソイツを踏み潰せばいいの?」
楓さんは後回しか。ちょっと残念。
「一緒に居る蛆どもも殺しちゃっていいのかな」
脳に流れこんでくる信号は、それを肯定した。
パァっ、とエミリオの目に狂気が宿り
「ああ〜!良かった!僕もさ、いい加減に誰か殺したかったんだ!」
無邪気そのものにそう言った。
そしてエミリオは立ち上がり、光の翼を広げた。
細胞が悲鳴をあげる。力を行使する事を拒否していた。
しかし狂気はそんな声を無視し
「今度こそ 誰か殺せたらいいなっ」
遊び場へと出かける子供のような心持ちで、エミリオは空へと踏み出した。
その目は狂気に爛々と輝き、しかし涙を流していたのだが、エミリオはそれには気付かなかった。
炎との新たな邂逅の予感に涙した事に。
「K´さん元気ないね?どうしたの?」
「…あ?」
アルルの突然の問いかけに、列の一番後ろを歩いていたK´は不意を喰らった。
「だってさ、さっきから黙ったまんまだしさ…大丈夫?」
「…い、いやアルルさん…それは……」
それはむしろK´のいつも通りの様子なのだが、と真吾は言おうとしたが、アルルは敏感にもその更に奥の感情を感じ取っていたようだった。
「…あんたの気のせいだ。ほっとけよ」
K´はとっとと話を切り上げようとするが、アルルは納得した様子が無い。
「……」
無言でK´を眺めながら、アルルはK´の隣に行った。
そのまま何を話しかけるわけでもなく、並んで歩く
「……」
「………」
「…………」
「……………」
「………………何だよ」
アルルの無音の呪文に、K´はついに折れた。
「……でね、そのドラコって子がしつこくってさ。事あるごとに『勝負よ!』なんていってくるんだよ」
「………」
並んで歩きながら、アルルは無言のK´にずっと喋り続けていた。
この女は何のつもりなのか。
自分を元気付けようとでもいうのか。
その心遣いが、なぜかわからないがK´を苛々させる。
それでもなぜか救われている感じがする。
ちょっと理由を考えてみた。
「勝手にボクのことをライバル扱いしてくるんだよ」
何で自分はこの話に食いついているのか。
そしてK´は、自分なりの答えをみつけた。
「…あ〜、あのですねアルルさん。K´さんも少し疲れてるみたいだすし……」
K´を気遣い(というよりK´の癇癪を恐れて)真吾がアルルを諌めようとした。その時、
「……俺にも似たようなヤツがいるぜ。」
真吾はギョッ、とした。
「俺を見るたびにキーキー吠えやがる」
「……」
K´はアルルに会話を返していた。
「ん?どうしたの真吾くん?」
自分に何事か言おうとしたまま止まった真吾に、アルルは声をかけた。
「え?ああ、いえいえいえなな何でもないですよ!ハイ!」
動揺した真吾は素っ頓狂な声を出す。しかしそれは続く事態で更に悪化した。
「…しっかりしろよ、ボケてるのはオマエの技だけで充分なんだからな」
K´に軽口まで言われ真吾はますます声を上ずらせ
「え、えええ!えーと、スイマセン!!」
染み付いた習性からか、真吾はなぜか謝っていた。
「でもよかったー。ボク、K´さんと仲良しになれて」
K´の愚痴に会話を返しながら、アルルは言った。
「…何だよ、今度は」
別段K´はアルルと仲良くなったつもりなどなく、ただ自分の愚痴を聞かせていただけのつもりだった。
「ただあんたに他人の愚痴を聞かせてただけだろうが」
その疑問をそのままアルルにぶつけたが、アルルは真顔で言う。
「だってK´さん、ボクに自分の友達のお話してくれたじゃない?」
ピシり、と真吾の動きが止まる。
「……」
K´にいたっては完全に時が止まっていた。
「それって、仲良しになれたって事だしさっ」
無邪気にアルルは言う。
K´が、重々しく口を開く。
「………………あんたなぁ」
「ケケケケK´さん!あああああのどどどうか落ち着いて冷静に……!」
K´が話していた相手の事を知っている真吾は、もうこの世の終わりのような気分で、K´を宥めようと声をかけた。
「……アンタ」
「……」
「…………」
しかし、
「…付き合いきれねえ……勝手に言ってろ」
「そそそんな事言わないでください!アルルさんはそのK9999さんの事なんにも………」
「…って…へ?」
K´は呆れたような、諦めたような顔でそう言った。
「あー!やっと笑ってくれた!」
アルルが嬉しそうにそう言って、K´の事を指さした。
K´は、少々マヌケな呆れ顔ながらも、確かに笑顔とよべなくはない表情をしていた。
「…なんだよその反応は」
K´はアルルの突然の発言に、また面食らった。
そして少し怒った。俺が笑うのはそんなに不思議なのかと。
「だってK´さん、まだボクに笑ってくれなかったんだもん」
「……それがなんだよ、重要な事でもなんでもねえだろうが」
そうだったろうか。K´本人は気にもしていなかったが。
「…うん。でもさ」
アルルの声が少し落ち、戸惑い勝ちに言った。
「……何が最後になるかわからないんから」
小さな声で、そう言った。
「……何がいつどうなるか、わからないから」
何時、何処で、誰が死ぬのかわからないのだから。
それだけで皆充分に解った。アルルの気持ちが。
「…安心しろ」
止まった時の中、K´が言う。
「……」
アルルは泣きそうな顔をして、K´を見た。
「俺は、負けた事がねえ」
そう言ってアルルの頭を叩いた。
「…ヒック……っウウ………」
アルルはK´によしかかり、そのまま声を殺して泣いた。
「……」
真吾も、無言でアルルの肩に手を置く。
真吾の表情もアルルと大差はなかったが、その手はアルルを勇気つけるだろう。
リュウは、無言で立っていた。K´達の方を見る事なく。その心情はいかばかりのものか。
ああ、なんでコイツを見てると苛々するのか、やっとわかった。
髪の色も、年も、アイツラを思い出させるからだ。
また俺は、背負っちまったってのか。
いつかの、遠い日の誓いを。
しかしその事実に感謝もしていた。
なぜなら、もう一度守る物が出来たのだから。
もう一度、その機会を与えられたのだ。
残酷な神へ感謝した。
次こそは守ってやるさ、と。
アルル・ナジャの言った言葉
何が最後になるかわからない
それはその通りだった。
この時みせた笑顔が、k´が彼女へ向けた最後の笑顔になったのだから。
1時間と数分後、K´と彼らは最後の別れを迎える事となる。
【矢吹真吾(尖端恐怖症気味)
所持品:竹槍、草薙京のグローブ(炎の力がちょっとあるかも)
目的:1.仲間を集める 2.敵本部を探す 3.ルガールを倒す】
【リュウ 所持品:釣竿、ホアジャイ特製スペシャルドリンク(残り1本)、ママハハ
目的:1.ルガールを倒す(基本的にスタンスは不殺ですが…)】
【K´ 所持品:手榴弾
目的:1.ルガールを倒す 2.楓に会うことがあれば倒す 3.リュウが殺意に呑まれたら殺害する 4.アルル達を守る】
【アルル・ナジャ(流血恐怖症気味、ごく弱いばよえーん二発でまだちょっと疲労中)
所持品:1/10ウォーマシン(持ってあと2日の電池、充電は可能)
目的:1.霧島翔(京そっくりらしい)に会う 2.首輪を外す 3.生きてゲームから抜ける】
【現在位置:7区から8区への途中】
【エミリオ・ミハイロフ(まだまだ消耗)所持品:無し(探査機はコンビニに放置)目的:K´の元へ行く(自我は殆どない。)】
【現在位置:1区上空を8区へ向かって飛行中】
放送を聞き終えてしばらく、ガーネットとネオの間には重苦しい空気が漂っていた。
「風間……火月か……これ、蒼月の弟の名前だよなあ……」
「そーね……間に合わなかったんだ……」
リョウ・サカザキとの一悶着のあと、軽く睡眠を取ってからビルを出て慎重に進み、今はネオが買い込んできた食糧で朝食をとっていたのだが……それが一気に味気ないものになっていく。
ガーネットは、はぁー……と、盛大な溜め息をついた。
「アタシが引き止めてなかったら、蒼月、弟さんと会えてたかにゃー……あー、やだなあもう。怒ってるかなあ……いい男に恨まれるのってヤな感じ」
ネオもさすがに暗澹たる気分だ。
あの冷静沈着冷酷非情な蒼月が、夢でうなされるほどに、弟の存在は大きかったのだろう。
「というか甘く見すぎてたわこのゲーム……まさかゼンも、アタシの知り合いの中で真っ先に死ぬなんてねえ……あの”魔獣”を殺せるなんて、本物の魔物くらいだと思ってたけど」
まさか本当にゼンが本物の魔物の助力を得たヴィレンに殺されてようとは、ガーネットは知る由もない。
絶望が、少しずつ彼女の心を蝕んでいた。
このまま、自分たちはあの隻眼の男に何もできずに、ただ死ぬしかないのだろうか。
と、ネオが、ポケットに突っ込んでいたぐしゃぐしゃのFAX用紙を取り出した。
マチュアという名の美しい女性の状況と現在地が記されているものだ。
「ね、本当にその女の人のトコに行く気?」
ガーネットが眉をしかめる。
もしも彼女がマーダーだったらどうする気なのか。
しかも向こうは三人組らしい。戦闘になれば人数的にこちらが不利。しかもネオは正直戦いには足手まといだ。
「だってよ……やっぱもう嫌だよ、こんなにバッタバタ人が死んでいくなんてさ。……何もできないままくたばっちまうのは、もっと嫌だ」
じぃっと、穴が開きそうなほどFAX用紙を睨みつけるネオ。
「俺たちが彼女の元に行けばさ、彼女は生き延びられるかもしれねぇぞ?俺たちの行動で、助かる命があるかもしれねぇんだ!」
ネオの熱弁に、しかしガーネットはふぅっと溜め息をつく。
助ける前にこっちが殺されるかもしれないのだ。
「ここでクイズですっ」
唐突に切り出したネオに、ガーネットは面食らった。
「主催者側がわざわざ参加者に働きかけて、参加者の始末を頼む。その理由は何か?」
そういえば、これは妙な話だ。
「そうね、何か主催者側にとって不都合な行動を取ったから……でも、それなら首輪を爆破すれば済む話で……って、アタシたちも思いっきり主催側に敵対行動取ってるのに首輪、無事ね……
おかしいわね、首輪はそうおいそれと爆破できないのかな?」
そこでガーネットはピンときた。
「きっとアタシたちの殺し合いを賭博の対象にしている連中がいるんだわ!F.F.Sでもそうだったもの!ムカつくなあ、でもそれなら首輪は簡単には爆破できないわね、あの手の連中は
そういうの面白がらないもの。じわじわドロドロした殺し合いを見たがるのよ、悪趣味ぃー!!」
「……そ、そーね……」
実はネオは首輪のことをさくっと忘れていたなんて言えない。
「と、とにかく!答えはやはり『主催側に不都合な行動をとったから』だろう!俺らのところに来たあの空飛ぶ子供も、きっとそれだったんだ。つまり彼女は主催に敵対する存在。
つまり俺らと志を同じくする人間だ。だから、話はきっと通じるだろう。……だから、行こうぜ。彼女を助けに、さ」
実際、マチュアが狙われているのは非常に個人的な嫉妬のせいなのだが、まさか主催がそこまで私情を挟もうとは彼には思いもよらない。
とにもかくにも、ネオはマチュアを助けると決意していた。
ガーネットはもう一つ溜め息をついたが……「しょうがないわね」という感じの笑みを浮かべた。
元々、裏家業の人間らしくもなく情の動きやすいタチなのだ。
それにネオの言うとおり、何もできないままくたばるのは嫌だ。
「どうするの?このFAX来たのって深夜だし……七時間近く経ってるんじゃ、彼女たち、移動している可能性大よ?」
「んー、まあとりあえずこの紙に載ってる場所に。夜だったし、俺らみたいに休息取ってて、まだここに居るかもしれない」
ビルの駐輪所から拝借してきた自転車にまたがり、ネオは方角を確認する。
後ろの荷台にガーネットが横座りに腰掛けて、ネオの肩に手をかけた。
「胸か腰に手ぇ回してもいいんだぜ?飛ばすつもりだから、安定悪いぞ」
「やぁよ、アンタ変に喜びそうだもん」
確かに身体にしっかり掴まれば、彼女の豊満な胸がネオの背中に押し当てられそうだ。
実はそれをこっそり期待していたネオは密かに溜め息。まあガーネットも男のサガをそこまで責める気はない。
「んじゃあ、行きますか!今日も俺らの上に幸運の女神様がありますようにっ!」
「だーいじょうぶ!アタシがその女神様だから!」
「言ってろ!!」
ぐいっとネオはペダルを踏み、西へ向けて自転車を走らせた。
ところでネオはすっかり忘れていた。
自分に支給された魔銃にまつわる謂れ――『この銃を持つ者は、ロクな死に方をしない』という呪いを。
彼らの行動も魔銃が死地に向かわせているのか、それともエミリオですら退けた彼らの幸運は死の呪いを上回るか。
最早全ての運命は、神ですら予想できない域にまで絡まりあっていた。
【ガーネット 所持品:多目的ゴーグル(赤外線と温度感知) 目的:中央に対してハッキング・マチュアたちに狙われている事を伝える 位置:五区中央から西へ移動中】
【ネオ 所持品:魔銃クリムゾン・食料等 目的:外のジオと連絡を取って事件解決・マチュアたちに狙われている事を伝える 位置:ガーネットと同行】
何時の記憶かはわからない。
わかりたくもない。
わかってしまえば、もっと色んな事をわかってしまいそうだから。
笑いあっていた気がする。
その青年と。
並んで歩いていた気がした。
その少女と。
それ以上の事はわかりたくない。
思い出したくない。
見たくない。
二度と手に入らない物を、見せられているみたいだから。
その平穏を握り潰したのが誰なのか、理解したくなかったから。
少年は狂気の下で正気の夢を見続ける。
最期に縋るべき、心の拠り所として。
光の尾を引きながら、少年───エミリオ・ミハイロフは空を往く。
───白髪の男と ヘアバンドのヘタレにぃー
頭の中で、新しい玩具達の事を思い浮かべる。
───ボロっちぃオジサン それと女の子
頭に流れてきた映像にあった玩具達に対し、エミリオの持った印象はそんなモノだった。
───なんだか つまんなそうだな
───とっとと終わらせて とっとと楓さんの所に行こう
数時間前まで行動を共にしていた金髪の青年の事を思い浮かべ、エミリオは笑みを浮かべた。
───きっと楓さんも一人で寂しがってるだろう
───そうだ コイツらの首でも持っていけば お土産にでもなるかもしれない
四人の首だけになった映像を思い浮かべる。
「………………ウフフフフフふはハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
───ああ 楽しみだ 喜ぶ楓さんの顔が目に浮かぶ
一気にご機嫌になったエミリオは、空中でクルっと回転した。
「───待っててね楓さん!たっくさんのオモチャを持って戻るからさ!!」
その目は狂気に歪み
しかし、光る滴を零していたのだが
それは光の尾に紛れてしまい、そのまま消えてしまった。
炎との邂逅
その刻は近い。
八区に近付くにつれ、四人は、一人残らず我が目を疑っていた。
「…………これは」
世界中を巡り、ありとあらゆる物をその目にしてきたリュウが、信じられないといった声を挙げた。
こういったテーマパークの象徴ともいえるモノが、遠目にもハッキリと異常を示している。
「……えーと…ぢ、地震でもあったんすかね?」
「……そんなもんこの三日間なかったろうが」
「じゃ、じゃあ怪獣でも出現したんすかね!?」
K´に当然の突っ込みを入れられ、ア、は、ハ、とぎこちない笑い方で真吾は言った。
「もういい…テメエは黙ってろ」
計算され尽した精度で直立しているハズのソレは、今やいつ倒れるかもわからない様な状態で、危ういバランスを保っている。
「ねぇねぇ、あれが真吾くんが言ってた”観覧車”ってヤツ?」
常識的に有り得ない光景を見て言葉を失っていた三人に、この世界の常識を知らないアルルはあっさりとその疑問を口にした。
「…でも、あんなのでどうやって遊ぶのかなぁ?」
そしてその観点も、やはり三人とは違っていた。
「…何にせよここでも何かしらの事があったのは確かなようだ」
何とか納得のいく解答を探していたリュウだが、結局は『此処で誰かが何かをしていた可能性がある』というところまでしか思考は巡らなかった。
しかし、この街で行われている事を考えれば、確かにそれが一番重要な事である。
「早い所、目的を済ませた方がいいな」
なんとか気を取り直したリュウが他の三人にそう提案する。
「………リュウさん凄いっすね……」
リュウに同意を示す前に、真吾はそんな感想を漏らしていた。
「あんなモノ見て、よくそんな冷静な事考えられますね…俺なんてまだよく理解しきれてないっすよ」
視線を観覧車に向けたまま真吾はそう続ける。
「…俺だってまだ動揺しているさ。しかしここでいつまでもアレを眺めていても仕方ないだろう」
「いやそりゃそうっすけど…」
一般人がこの光景を見れば、やはり真吾と同じ反応をするだろう。そういう意味では真吾は正常である。
しかし……
「…もういいだろが、とっとと行くぞ」
「…あ………K´さん……」
K´はリュウの後に続いて、とっとと歩いている。
「…ねぇねぇ、真吾くん」
一人取り残されていた真吾に、背後から近付いていたアルルがそっと囁いてきた。
「……観覧車って、どうやって遊ぶの?」
どうやらこの場に、そんな一般人は真吾しかいないようだった。
園内に入った彼らは、まずはここの見取り図を探す事にした。
アルルは周囲を物珍しそうに眺めている。そしてベチャッと水溜りに足を突っ込んだ。
「うわっ」
建物の影が多い事、地面がアスファルト舗装されている事から先日の雨の水溜りがまだそこかしこに残っている様だ。
「大丈夫っすか、アルルさん?」
「あ、うん。ありがと真吾くん」
それども渋い顔をしながら、アルルは跳ねた水を吸い込んだ服を見た。
「真吾君、俺と一緒に来てくれないか?」
その時、リュウが突然提案した。
「え?俺はいいっすけど」
「あ、ボクも行くよ」
真に続いて声を挙げたアルルの発言は、しかしリュウのその大きな手に却下された。
「いや、アルル君はK´君と一緒にここに残っていてくれ」
「は?」「え?」
ほぼ同時に…いや、アルルよりも先にK´が声を挙げた。
「…おいアンタ、何のつもり…」
「二人にはここを確保しておいてほしいんだ」
K´の非難を遮り、リュウが説明した。
「そこの入り口から誰か来ないかを見張っていてほしい。もし誰か来たなら、K´君の炎なりママハハなりを使って俺達に知らせてくれ」
パッとみた限り、ここの入り口はK´達が入ってきた所のみのようである。
もっとも、遊園地ならばそんな事はあたり前なのだが、こういう場所に疎いK´はそうは思っていなかった。
アルルにいたっては、そんな事知る由もないだろう。
「………」
K´は反論できず、そのまま近くの建物に入っていった。
「…あ、K´さん待ってよ!」
アルルとママハハもその後を追っていく。
その様を見ていた真吾は、笑いながらリュウに言った。
「……リュウさん、気が回りますね」
「…いつまでもギクシャクしていたらあの二人もやりづらいだろうしな」
実際、遊園地の案内板など入り口のドコか近くにあるものなのだが、そんな事はあの二人はやはり知らず、あっさりとリュウの策略にハマってしまっていた。
「それじゃ、俺達は”ゆっくり”と地図を探しましょうか」
「ああ」
笑いながら、二人は案内板を探しに行った。
…
……
………気まずい沈黙。
二人はつい30分程前の事を思い出していた。
30分程前に、アルルはK´の胸に顔を埋めて泣いていた。
その後、やっと話せるようになった二人の関係は以前の数倍ギクシャクしたモノになっていた。
流石のアルルも、もはや気安く話す事ができないでいる。
K´に至っては、何だか自分がアルルを泣かせた様な、そんなバツの悪さだった。
二人共、黙って入り口を見ている。
ママハハは大人しくしていた。
見張りという目的を考えればそれはいい事なのだが、アルルはなんだか逆に恨めしい。
騒いでくれれば、ちょっとは会話のキッカケになるかもしれないのに。
それでもこのままではいけないと思い、アルルは思い切って話しかけた。
しかし、
「ねぇK´さん」
「…なぁ」
…
……
………
…………さらに気まずい沈黙。
「……」
「……」
「………な、何?K´さん?」
今度は最初にアルルが折れた。
「……アンタこそ何だよ」
しかし、K´は視線をそらしながらそう言った。
「い、いや、えーとね…」
「…………」
「…こ、この鷹さん、ママハハっていうんだって」
「変わった名前だよね?」
言った後、アルルはしまったと思った。
「…あ」
K´の名前の事を思い出す。
「…………」
K´は沈黙したままだ。
「………ご、ごめんなさい…」
また静寂になった。
───あぁ、何やってんだろボク…
アルルは自分の迂闊さを悔やみ、もうK´の方も見れないでいた。
しかし、そのまま数分程経ったとき
「あんた」
「…え?」
不意に今度はK´から声をかけていた。
その手には銀色のアクセサリーが握られている。いつもK´が首から下げていたものだ。
「…な、何?K´さん」
アルルはK´の意図が掴めないでいる。
「コレ、受け取ってくれねえか」
「え?」
……
………
…………
「……え、えええええ!!?」
(ちょ、ちょっと待って。それってもしかしてまさかああいうそういう事!?)
そういう事に人一倍鈍感なアルルも、こういう行為が一般的に示す事柄くらいは知っていた。
真っ赤になりながらまくしたてる。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってよK´さん!?ボボボクはそんな風には」
「安心しろ、そんな意図はねえ」
「うう嬉しくないって事はないかもしれないけどでもそういう………って、え?」
しかし、K´はそれを音速で否定した。
そしてアルルは更に顔を赤くした。
「意味なんてねえ。安心しろ」
ぶっきらぼうにそう答える。
そう言われて、アルルは何だか逆にK´が失礼な気がしてちょっとだけ睨む。
でも、一体なんでだろう?その疑問をアルルは口にした。
「…で、でもK´さん、何で?」
「……………………」
K´は暫く沈黙して、やがて言葉を濁しながら言った。
「……意味はねえっつってんだろ」
返ってきた答えは、答えになっていなかった。
やっぱり失礼だ……アルルはそう思いさらにK´を睨んだ。
「いいから、ソレはあんたが持っててくれ」
そこで最後に、K´はポツリとそう言った。
「……え?」
その言葉に、何かが響いていた。
アルルは、相変わらず入り口を見ているK´の目を見る。
その目からは感情を伺えない。
でも、何か、悲しいモノが、
何かを後悔している様な、
今にも、泣き出してしまいそうな。
「………………うん」
もはやアルルもそれ以上は問わず、そのアクセサリーを受け取った。
握った銀色の十字には、僅かにK´の体温が残っていた。
10分程のちに真吾とリュウは戻ってきたが、結局K´とアルルはなんだかよそよそしいいままであった。
その様子を見て、真吾はあからさまに落胆したが、K´はお構いなしに聞いてきた。
「それで、次はどうすんだよ」
「ああ、ここはなかなか広いようだから二手に別れようと思う」
残念そうな様子の真吾とは対象的に、リュウはきびきび答える。
「俺とアルル君、真吾君とK´君の二手に別れて霧島君を探そう」
ここの地理を把握したリュウと真吾を分け、尚且つ戦力的な事を考えての振り分けだった。
「俺とアルル君は東から、真吾君とK´君は西からここを一周して、最終的には反対側の地点で落ち合おう」
説明して、リュウはアルルに「それじゃ、行こう」と促し、
一方はK´がいつもの調子で「オラ、行くぞ」と真吾を引っ張っていった。
20分程歩いた頃、K´と真吾は例の巨大なオブジェと化した大観覧車の前まで来ていた。
遠目からでもその異様は味わったが、改めてソレを目の前にした真吾はやはり圧倒されていた。
「ふえー………何があったんだろう……」
ひしゃげたり、溶けたりしているその骨組を見ながら、真吾はそんな事を言った。
「……や、やっぱ怪獣とか?」
「バカやろう」
再びK´に突っ込まれた真吾は、ふとK´に問いかけた。
「……そういえば、K´さん」
「…何だ」
真吾の様子が、少し変わった。
「……K´さんはこのゲームに巻き込まれてから、誰か殺したんすか?」
それは、禁断の問いだった。
「二人殺してる」
しかしK´は、あっさりとそう言った。
「……そうすか」
真吾も、そのK´の様子を不思議がる事もなく、更に問いかけた。
「……もし草薙さんと会えてたら……どうしました?」
「…………」
「…殺しにかかったろうよ」
この問いにも、K´は正直に答えた。
それは、罪の告白だったのかもしれない。
「…もし草薙さんがまだ生きてたら……それでも同じですか?」
「…………そんな事聞いてどうすんだ」
今度は、K´が逆に問うた。
「………いえ、何でもないっす………」
真吾はそう言ったが、
「……わからねえ」
K´は答えた。
「今も草薙が生きていたら…わからねえ」
「…………そうすか」
真吾はほんの少し安心した。
それは、少しズレてはいたが、真吾の望んでいた答えに近かったから。
「……俺からも、一ついいか」
今度は、K´が真吾に話しかけてきた。
真吾は少し驚いたが、なんとなく納得もした。
「オマエ、口は固いよな」
「ハイ!自慢じゃないけどかなり固いっす!」
何だかんだで、同じ年頃の男同士なのだ。真吾にしか言えない事もあるのだろう。
「…霧島ってヤツの事なんだが………」
「はいはい、霧島さんがどうしたんすか?」
話づらそうにしているK´を促す。
「………………」
ボソボソと、K´は口を動かす。
「………はいぃぃぃぃぃぃ!?」
しばらくして、真吾のマヌケな声が響き渡った。
「……あ、あ、あ、あ、アンタなんて事してたんすか!!?よりによって草薙さんと間違えて霧島さんを殺しかけたなんて…!!!」
「……」
下を向き、K´は実に居心地悪そうにしている。
その様は、イタズラして怒られてふてくされている子供の様である。
「どうするんですか!?それじゃ霧島さん、俺達を見た途端逃げ出しちゃいますよ!!」
怒っていいのか、呆れるべきか、真吾はよくわからないながらもK´を問い詰める。
「……だからオマエに話たんだろうが」
「はあ!?」
「……草薙の顔知ってんのはお前だけだからよ…………俺以外に霧島見つけられるのはお前だけだろうが」
「…あ」
それもそうか、と真吾は納得した。
しかし、その言葉の意味するところを知って、真吾はまた真剣な顔になった。
「…………まさか、K´さん………」
このまま、別れるつもりなんじゃ。
しかし、続くK´言葉は、真吾の予想を斜め上に裏切った。
「……だから、アイツに会えたら」
「お前から謝っておいてくんねえか…」
「………へ?」
今までで一番マヌケな声をあげ、真吾は固まった。
「……………」
「……………」
……
………
…………
「……オイ」
「は?」
「いつまで黙ってるつもりだテメエェェェ!!」
「うっぎゃあああああ!!ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいぃぃ!!?」
K´にしてみれば一大告白だったが、真吾にとってもそれは壮大なドッキリか何かの様なものだった。
K´は真吾を蹴飛ばしながら何事かを喚き散らし、真吾はもはや平謝りに謝るだけである。
「だいたいテメエがnau`sk○△×d◆◎×j☆▼□ラg$Φ!!!!」
「うぃだだだだ!K´さんかなり痛いっす!!」
ハァ…ハァ…ハァ…
数分後、ようやく落ち着いた(と、いうより気が済んだ)K´は
「……わかってんだろうな…………」
「誰にも言うなよ」
「……ち、誓います……」
ドスを利かせて、真吾を脅していた。
「…行くぞ」
まだ少しばつがわるそうなK´は、とにかく先に行こうと真吾を促す。
「あ、ははハイ!」
すっかり怯えている真吾は大人しくその指示に従う。
でも、なんとなく笑みがこぼれていた。
「へへ…」
「………気持ちワリィな……何だよ」
その様子に気付き、K´は真吾にその笑みの正体を問うた。
「いや、だってまさかK´さんが俺にそんな事打ちあけてくれるなんて思ってなかったし…」
ニシシ、と笑いながら
「なんかこういうの、男と男の友情!って感じじゃないっすか?」
「…………」
K´は無言で振り返り、真吾はビクっ、と身を固めた。
「い!いや!?K´さん!!あああの自分調子のってましたすすすすすんません!!」
頭を思いっきり下げた真吾を
「………テメェ……懲りてねえよう………!?」
K´は、思い切り蹴り飛ばした。
一瞬後、空から一条の光。
それは真吾の居た地点に正確に降り、そのアスファルト舗装された地面を砕く。
「っっっいったぁぁぁぁ!?」
そんな事には気付かず吹っ飛んでいる真吾は、軽く数メートル飛ばされた地点で起き上がった。
「いたたた……いくらなんでも強く蹴………え?」
粉々になった地面に、砕けて舞っているアスファルトの破片。
上空を鋭く睨むK´。
真吾もそれに習い、空を見る。
そこには、翼を広げた少年。
「………て…天使?」
真吾は、そう呟いていた。
リュウとアルルは、コーヒーカップの前に居た。
アルルは肩にママハハを止まらせながら、
「うわぁ!何コレ!?おっきいカップがある!!」
コーヒーカップが何なのかわからずに、声を挙げていた。
先ほどから、アルルはずっとこの調子である。
ママハハにしてもやはり初めて目にしたのだろう、警戒しているのか何だか鋭い空気を発している。
そんなアルルに、リュウはさっきからずっと丁寧に説明していた。
「アレは中に人を乗せながら、クルクル回るんだよ」
「…?人を乗せてマワル……?」
しかしアルルは、どうにも理解しきれていない様だった。
しかしそれ以上説明しているワケにもいかず、とりあえずはそのまま先へ進んでいた。
「うーん……よくわかんないや」
アルルは頭の中でカップが回る映像を浮かべたが、それは何だか妙な映像だった。
「大体、そんなのに乗ったら目が回っちゃうんじゃないのかなぁ……」
「ははは、確かにそんな子もいるな」
リュウは笑いながらそう言った。
「でも、風景がクルクル回っているのを見るのは楽しい物だよ」
「ふーん…風景が回る……」
もう一度、その様子をちょっと想像してみる。
次々移り変わる光景。
遠くに海が見えたと思ったら、次の瞬間には逆方向にある高い建物が見える。
そして次の瞬間には、他のカップに乗っている子供の笑顔。
……なんか楽しそうかもしれない。
「…でもやっぱり目が回りそうだよ」
しかしアルルは、最終的にそう結論した。
「なに、ソリ遊びのようなものだよ。そのスピードとスリルを楽しむ…」
引き続き説明しようとしたリュウは、しかし言葉を止めた。
「ああ、それならなんとなく解るよ!ボクもソリ遊びは……」
「リュウ……さん?」
リュウの只ならぬ様子に、アルルは緊張した。
バサッ、とママハハが飛び立つ。
「うわ!」
そしてそのまま、ある方向へと飛んでいった。
「………あれは?」
リュウはママハハが飛んでいった方向を見て、声を漏らした。
それは、あの倒れかかった観覧車のある方角。
アルルも、その方向に目を凝らす。
そして、呟いた
「……人影?」
宙に、何か人影がある様に見えた。
「………て…天使?」
「んなモン居るわけねえだろうが!」
真吾に三度目の突っ込みを入れたK´は、しかしその表情を強張らせながら真吾の元へ駆ける。
「…あーあ、外しちゃったか。」
天使はそう呟き、その手に再び光を集めて
「そういうのウザいから、とっとと死んでよ」
真吾に向けて放った。
「うえええええええ!!?」
「馬鹿野郎!!」
K´は真吾に飛びつき、そのまま一緒に数メートルを飛んだ。
一瞬前まで彼らが居た場所に光が突き刺さる。それはアスファルトを易々とえぐる。
「………チッ、ウザ……」
みるみる内に不機嫌になっていくその少年を見て、真吾は絶叫した。
「けけけけーだっしゅさぁぁぁん!!?なんなんすかあの人!?」
「俺が知るか!!いいからとっとと立て!!」
動揺しっぱなしの真吾にK´は渇を入れ、そのまま一旦逃走しようとした。
しかし、頭上の天使がある名前を口にした時
「僕さぁ!早く楓さんのトコに戻りたいんだから、大人しく死んでよ!!」
K´の時が止まった。
「……………」
ピタり、とK´は動きを止めていた。
「……え?」
真吾は数メートル先に行ってから、止まったK´を振り返る。
そして彼も気付いた。カエデという名前の意味を。
「……………カエデ……」
K´の心に、一瞬で黒いものが湧き出してきた。
右腕に力を込めた、その時
「K´さん!!駄目です!!逃げましょう!!」
叫んだ真吾の姿が目に入った。
そしてその後ろに、栗色の少女の姿が見えた様な気がした。
いつも口うるさかった、自分の保護者気取りの女性。
─── アンタ こんな時にまで口うるせえぜ
左腕を右腕にかける。
「K´さん……!?」
真吾が見ると、K´はなぜか笑みをこぼしていた。
───でも大丈夫だ 安心しろよ
そして、グローブに左手を当てる
───ちゃんと わかってるからさ
K´の顔は、数瞬前まで憎悪に満ちていたのに、今は何故か優しい顔をしている。
その表情に、何か不吉な物を感じた真吾は必死にK´に呼びかけたが
「K´さん!早く……」
ズンッ
真吾が叫んだ瞬間、光が巨大建築物を一閃した。
「こういうのはどうかなぁぁぁぁ!!!」
エミリオは、倒れ掛かっていた観覧車に止めを加えた。
「つぶれちゃいなよ!!!」
虫ケラどもに、相応しい最期を与える為に。
「うわわわ!?」
倒壊する大観覧車。
真吾は慌てて駆け出し、なんとか逃げ切った。
そして振り返った時には、目の前に瓦礫が重なっていた。
その瓦礫は完全に道を分断しており、もはや向こうへは戻れない。
そしてその瓦礫の向こうに、K´は居た。
「K´さん!!逃げて!!早く逃げてぇぇぇ!!」
真吾は叫んだ。あらん限りの大声で。
しかしK´は反応しなかった。
「何やってんすか!!あんなの相手にいくらK´さんでも無理っす!!早くそこからはなれて!!」
嫌な汗をかきはじめていた。
なんだか喉がむしょうにカラカラだった。
目の奥が熱かった。
「真吾」
K´が真吾に声をかけた。
「早く!!早く逃げて!!」
「真吾…」
「逃げてくださいよ!!お願いですから!!」
真吾はK´を無視して叫び続ける。
その予感を振り払う為に。
「真吾ォ!!」
「逃げろぉぉぉぉ!!」
二人の叫びが同時に響いた。
「いやです……!こんな……!!」
真吾は泣いていた。
「………真吾」
「だって!だってこんなのって無いじゃないですかぁ!!!折角…………折角…!」
折角、お互いに秘密を打ち明けられるような仲になれたのに。
K´は黙って聞いていた。
その背中からは、感情は読めない。
「真吾、よく聞け」
真吾に語りかける。
「俺は、草薙の代わりにはなれねえ」
真吾は、じっと聞いていた。
「だから、俺を頼るな」
じっと、K´の背中を見つめる。
「アイツの跡は、お前が継げ」
「…K´…さん………」
「安心しろよ、前にも言ったろ」
有無を言わさぬ調子で、K´は言った。
「俺は、負けた事がねえ」
その言葉を合図に、真吾は走った。
もう振り返らないと心に決めて。
─── 一応感謝しとくぜ 真吾
k´は思いだす。
───お前のお陰で 何とか戦えそうだ
カエデの名を聞いた瞬間、自分の理性が飛びかけたことを。
それを防いでくれたのは、あの青年だった。
「…あーあ、行っちゃったか。」
天使の呟きが聞こえる。
「まあ、いいや。他の奴等はついでだったし、僕の仕事は君を殺すだけだから」
k´は見上げて、不敵に笑う。
「…俺を殺すだ?テメエみてえな、ションベンくせえガキがか」
「…何」
グローブにかけた手に力を込める。
「やれるもんなら、やってみろよ」
ブチィ、と勢いよくグローブが外された。
「こっちもテメエにゃ、聞きてえ事がある」
「……虫ケラの…分際で……」
エミリオの体が輝きだす。
「調子に乗るなぁぁぁぁぁ!!!」
三方向に伸びる、光の軌跡。
それら全てがK´に降り注いだ。
K´の右腕に、業火が宿る。
その腕を振るい、炎の輪を造り出す。
三つの光線は、全てその炎の中へと消えていった。
「な…!?」
驚愕している少年をよそに、K´はそのまま造りだした炎を蹴りつけ
「ッラァ!!」
火球として、エミリオの元へ放った。
「!?」
何もかもが予測外だったエミリオは、それを避けるのが遅れた。
「っくうう!!」
顔のすぐ横を、炎が通り過ぎていった。
髪の毛が焼ける、嫌な匂い。
「……………!!」
しかし、そんな事よりも、嫌な事があった。
それは
炎を見た瞬間に
脳の奥が、 煮え返る様な
青年の顔が浮かんだ
ような
「ウ ア ア あ あ あ あ あああ あ ああ!!!」
エミリオの狂気が、跳ねた。
「ったく…コイツもかよ……!」
K´は腕に炎を纏い、愚痴をこぼした。
「全く手におえねえな!!ガキのヒステリーはよォ!!」
K´の獣性が、爆ぜた。
熾烈な運命を背負った道化は
光の尾を引きながら
遠い誓いを胸に抱いた獣は
火の粉を撒きながら
それぞれの命はそれぞれの終着点へと向かっていった。
【矢吹真吾(尖端恐怖症気味)
所持品:竹槍、草薙京のグローブ(炎の力がちょっとあるかも)
目的:1.仲間を集める 2.敵本部を探す 3.ルガールを倒す】
【リュウ 所持品:釣竿、ホアジャイ特製スペシャルドリンク(残り1本)、ママハハ
目的:1.ルガールを倒す(基本的にスタンスは不殺ですが…)】
【アルル・ナジャ(流血恐怖症気味、ごく弱いばよえーん二発でまだちょっと疲労中)
所持品:1/10ウォーマシン(持ってあと2日の電池、充電は可能)、K´のアクセサリー
目的:1.霧島翔(京そっくりらしい)に会う 2.首輪を外す 3.生きてゲームから抜ける】
【K´ 所持品:手榴弾 目的:アルル達を守る】
【現在位置:8区】
【エミリオ・ミハイロフ(まだまだ消耗)所持品:無し(探査機はコンビニに放置)目的:K´を殺す】
【現在位置:8区上空】
真吾とアルルを見送った後、ナコルルは思案に暮れているのかしばらく川べりにじっとしている。
社としては、感受性の豊かな彼女の邪魔をすることは本意ではない。
彼女の考えがまとまるまで、自分も彼女の手のひらの謎の火傷について思案を巡らせてみた。
もちろん何かを握った時に火傷がついたのだろう。
思い当たるのは先程の二人との握手の際だが、真吾は確か草薙に弟子入りの甲斐なく、型もろくに教えてもらえていない。
もう一人の小娘は、「悪い魔法」と言っているだけあってそちら方面なのだろう。
社もかつて神を背負っていた身である。
魔法使いの存在を丸々否定する気はない。
ただ、あの娘が悪い魔法使いなら、触診の時点でとっくにナコルルがピンクのブタさんに変えられたりとかしているだろう。
「…………」
なんとなく流した視線にナコルルが気付いたのを見て、慌てて目をそらす。
別に変えるまでもなかったか、とは例え八つ裂きにされても言ってはいけないことなのだろう。
さて、そうなると火傷の原因は竹槍にあるのだろうか。
ナコルルの体重が重すぎて手に摩擦がかかりすぎたとしても、それなら擦過傷に留まるはずだ。
いきなり火傷とは、なんというか、大気圏突入クラスの摩擦でなければ無理じゃないかと思う。
「…………」
「?」
なんとなくまじまじと見つめた視線にナコルルが気付いたのを見て、慌てて目をそらす。
もしかしたら可能な摩擦だったかも、とは例え挽肉にされても言ってはいけないことなのだろう。
「あの、社さん」
「うおおっ!?」
「……さっきから変ですよ?」
当の本人から声をかけられて飛び上がる社に、怪訝そうなナコルルが首をかしげる。
「いや何でもねえ! 大丈夫だ!」
「……そうですか?」
疑念は払えなかったようだが、ナコルルは気にしないことにしたようだった。
「それで、社さん。あの」
「お、おう。何だ?」
「少し、歩きませんか?」
「……お、おう」
歩けば当然、誰かと会う可能性は高くなる。
それに目的も決めずに歩き回るのは危険極まりない。
ナコルルからこう言い出すのは、よほどの理由があるのだろう。
それは敢えて聞かないことにした。
「それじゃあ、とりあえず俺の仲間を探しに行くことにするが……」
「はい」
ふと気になって言葉を止める。
「どうかしましたか?」
「……歩けるか?」
「ば、馬鹿にしないでください!」
最後の最後で地雷にストンピングをかました社であった。
東へ。
真吾たちの行く方向と被る部分もあるが、進路を少し北にずらしており、真吾たちが発ったときから時間が過ぎている。
「こちらに、行く、理由を、聞いても……」
歩きながらだと、ナコルルはしゃべりづらそうである。
そもそも歩くだけで息が切れているのか、なにやら肌が上気している気もする。
無理もないかもしれない。
元々華奢な体躯の彼女が、突然分不相応な肉を見に纏う羽目になったのだから、
要するに古い言い方をすれば大リーガー養成ギプス装着状態なのだろう。
「んー、まあ、俺の勘だ」
「そ、そう、ですか……」
「こっちにいる気がするんだよな」
一休みしよう、と言いたいところなのだろうが、彼女は健気に社の後をついてくる。
これが元通りの清楚で線の細い娘なら、同情とかそれなりに感じ入るものもあるのだろうが、
この巨体では圧倒されるばかりでそれどころではない。
「そういや、どっかのプロレスラーだったっけかな。ひとり民族大移動」
「あの、何か?」
「いや、悪ぃ。独り言」
「そ、うです、か」
ともあれ、ひとりで民族大移動クラスの体力を使っている彼女の努力を邪魔するわけにはいかない。
必要なとき以外は喋らないことにして、社は進行方向へ目を向けた。
なんとなくだが、シェルミーはあちらにいる気がする。
と言っても、サウスタウンを二つに割ったら東側、という程度の勘に過ぎない。
要するにコイントスと同じ的中率だった。
とにかく、そういう「確固たる目標」に基づき、東側半分の真ん中辺りでいいだろうと目星をつけて
そちらへ向かっている次第である。
もうすぐサウスタウンを東西に貫く大通りに出るはずだ。
「……ちょっと休むか」
「いえ、私は、まだ、大丈夫、です」
「いや、そうじゃなくてよ」
とりあえず手近の建物の裏口を蹴破って入り込む。
ところどころに弾痕や黒ずみがあるのを見ると、どうやら一度ここで銃撃戦があったらしい。
「さすがにもういねえよな……」
銃撃戦を演じた人間が残っていたら事だが、特にそういう音も聞こえない。
入ってすぐの扉のノブを回し、一気に開く。
「……何もいねえな」
倉庫らしき暗闇。
壁に手を這わせて照明をつけ、もう一度倉庫内を見回す。
「ほら、ここなら大丈夫そうだ。ちっとモノが多くて狭ッ苦しいけど、そんなに見つかりやすくはないだろ」
ちょいちょいとナコルルを差し招く。
「……それは私がこんなのだから、倉庫も狭くなるということですか」
「そ、そうじゃねえよ」
体型のことだけでなく、スペースのことまで気を配らなければならないのか。
女ってのは面倒くせえなあ、と社は苦虫を噛み潰す。
積みあがったダンボール箱を下ろして座れそうな台座を作り、腰を下ろした。
結構頑丈なことを確認して、ナコルルにも座るよう促す。
「この箱、何が入ってるんでしょうか?」
「ん、そういやそうだよな」
試しにガムテープを剥がして、箱を開けてみた。
中から出てきたのは、ビニールと発泡スチロールでクッション包装された鉄の塊。
「……どう見てもただの工業部品だな」
「あの、これは?」
「ああ、機械の部品さ。こういうののいろんな形のやつを組み合わせて、機械ができる」
「へえ……」
小さな袋にたくさん入っている小ネジをしげしげと眺めながら、ナコルルは正直に感動しているらしい。
「私には想像もつきません。これを組み立てられる人は、さぞ腕の立つ機巧師の方なのですね」
「うーん、まあ、な」
機械を作る機械のおかげで素人でもできるのだが、その話をするとナコルルが余計混乱するかもしれない。
第一、社はあまり口での説明が得意なほうではない。
適当にごまかすことにした。
「ところで、急に歩こうなんて言い出したのはどうしたんだ?」
目的を決めようというより先に移動を提案するのは、なんとなくナコルルらしくない。
何の気なしに投げかけた疑問だったが、ナコルルは真っ赤になって下を向いてしまった。
「歩けば、少しくらいはやせるのが早くなるかなって……」
下を向いたお陰でなんとなく全体シルエットが真球に近づいているとか考えてしまったが、
言った瞬間が七枷社最後の日のような気がする。
ここを凌ぎきっても、蛇女ことシェルミーに知れたら、死ぬまでいびられ続けるだろう。
「……ああ、まあ、ともかくだ。歩くこと自体は悪かねえんだが……」
ここを進めば、もうすぐサウスタウン最大の目抜き通りに出る。
見通しのきく場所をナコルルの巨体が通過すると、嫌が応にも目立ってしまう。
さっさと通り過ぎられればいいのだが、それにもやはりナコルルの歩行スピードがネックになるだろう。
さて、彼女の繊細な心を傷つけないように説明するにはどうしたらいいものか。
そういえば、以前シェルミーが「口で説明しづらいなら、絵とか使いなさいって」と言っていた。
「あーっとだな」
「はい」
地図を取り出してみせる。
「俺たちは今こっち向かってるんだが、この先にコレがあるだろ」
「はい」
5区の大通りを指差す。
「こんなところ歩いてると目立つから、さっさと通り過ぎたいんだよ」
「はい」
「ほら、視界遮るものとかないだろ」
「……はい」
「だからさっさと急いで通っちまった方がいいんだよ」
「……はい」
地図をしまう。
「そんで急いで通るために一休みして体力回復しようってわけだ」
「……あ、はい」
ナコルルは何か腑に落ちない顔だが、どうにか彼女のトラウマに触れずに説明できたようだ、と
ひっそりと社は汗を拭う。
「あ」
ナコルルの声にびくりと背筋が跳ね上がった。
こちらの真意に気付かれたか。
「社さんすごい汗です……そんなに、無理をしていたのですね」
「……あ、ああ」
「すみません、私ったら自分のことばかり……」
「お、おう、そうそうホント俺ってばやせ我慢する姿がかっこいいだろ?」
「でも、無理はよくありません。わかりました、私のことはお気になさらずに、ゆっくり休んでください」
「……ああ、すまねえ」
この汗はむしろナコルルのせいと言おうと思えば言えてしまうのだが、社はそれ以上の言葉を呑み込んだ。
休息も十分に取れ、ナコルルの疲れが見えない程度まで落ち着いたのを見て、社は出発を提案した。
蹴破った裏口から出るのはなんとなく危ない気がするので、建物の正面玄関へ回る。
「……お」
玄関に出る前に、社は立ち止まった。
「や、社さ、どうしたん……」
社の脇から外を窺って、ナコルルも状況を理解した。
前方で倒れた人間に向かって膝を突いている人影。
見張りの役目を終えたアランは、部屋に戻る前にシャワー室へと直行した。
全身にこびりついた汚れを落とすためである。
(これじゃ幽霊に間違えられても仕方ないな…)
シャワー室と扉を一枚隔てた、洗面台の鏡に映し出された己の惨憺たる姿に肩をすくめる。
状況が状況だけに、着の身着のまま数日間過ごす事自体に別段抵抗は感じていない。
だが、返り血だけならともかく、頭から灯油を被ったとなると話は別だ。
匂いが染み付いた衣服をゴミ箱に投げ入れると、彼は新品のザックから新聞紙やらタオルやら色々と取り出した。
実の所、武器と携帯電話を除く荷物は、入れていた布袋を含め全て炎上する建物に置いてきてしまっていたので、
必要な品はショッピングモールで改めて揃え直した。
あわや焼き殺されそうになった所から命からがら脱出したのである。この際悠長な事は言っていられない。
丸めた新聞紙で表面上の汚れを拭き取ってから、シャワー室の扉を開けた。
ボディソープやシャンプーなどを用い、それぞれの容器がほとんど空になるまで全身の汚れを根気良く落としていく。
一通り洗い終わり、シャワーのコックを捻る。
熱を帯びた土砂降りの雨に打たれながら、アランは目を閉じてぼんやりと物思いに耽った。
ジョーカー同士手を組む。活かし方次第でチャンスにも破滅にもなり兼ねない、危険な賭けであった。
あの剛という男は、最初からジョーカーとして派遣されており、これまでに邪魔になる者達を何人か排除している。
奴の動向を把握し、封じ込めに成功すれば、少なくとも反主催者側の脅威が一つ減る事になる。
だが動向が握られているのはこちらも全く同じ条件だった。
協力し合う一方、裏切りを出さない様互いに監視しあう意味も兼ねているのであろう。
そして、予想外だったのがケンスウとかいう若者の存在である。
ジョーカーは自分も含めて現在3人と聞いていたが、送られてきたデータと彼とは一致していなかった。
恐らく剛が己の負担を軽減するために臨時に助っ人として使っているだろうが、どう見ても殺し屋としての素質があるとは思えない。
先程も背後から近づいていったが、プロなら周囲の気配を読み取りそこで気付くはずである。
実力を見込まれてというよりも、捨て駒として利用されているに過ぎない事は明白だった。
続いて、会場に残っている生存者の面々が頭の中を過ぎる。
この中には年端もいかない少女達がいまだに存在する、ほとんどが反主催者の側として。
ゲーム開始後、同じ層がたて続けに命を奪われていっただけに、その心細さはいかなるものであろう。
あのルガールの事である、親切に手助けする振りをして始末してこいと、命令を下すに違いない。
それとフィオが深夜5区で合流する予定だったという日本人も気になる。
自分に手にかかっていなければ、今頃は再会できていたのだろうか…とこれ以上は深く考えないようにする。
そして、数少ない顔見知りの中では、ガーネットとヴィレン、ハッキングによりデータを盗もうとする不穏分子と、
残虐の限りを尽くす賞賛されるべき殺人者、それぞれ正反対の立場で主催者側の注目を集めている。
顔見知りであるのを利用し、ガーネットの殺害命令も出るであろう事も念頭に入れておいた方が良いだろう。
ふともう1人の顔見知りである譲刃漸の名前が、送られてきた人名リストの中になかった事に気がつく。
人生のほとんどを格闘に費やし、FFSで優勝した男が注目されないはずはない、となると考えられる事は一つ。
放送があった後に、死んだ…?
意外に思う一方で何故か不思議と納得できていた。
グリードとかいう者を倒すためだけに、ただひたすら闘い続け、FFSに出場し、そして…
最大の目標を見失ってしまった魔獣は、果たしてどんな思いでこのバトルロワイアルに臨んだのだろうか。
お湯は身体の隅々を余すところなく伝い、血と油膜を包み込んだ石鹸の泡を流していく。
決して赦されるはずのない罪業の証も、泡と共に排水溝へ吸い込まれていった。
シャワー室から出て余計な水分をタオルで拭き取り、店から調達してきた新しい服に着替えると、
隣にあった別のタオルの包みに手を伸ばす。
その中から大きさの異なる二つの十字架をモチーフにしたシルバーアクセサリーを取り出し、紐の部分を左の手首に巻きつける。
そして再び包み直すと、タオルごとザックの中に注意深くしまい込んだ。
「気をつけろ。何があるかわかんねえぞ」
この状況なら、たった今仕留めた相手の死亡を確認している加害者、と考えるのが最も自然だ。
やむにやまれぬ事情もあるのかもしれないが、ここで姿を見せるのも軽率である。
「……いえ、あの人は大丈夫だと思います」
ナコルルが前に出ようとする。
「あ、おい」
玄関が狭くて、外へ出るのに難儀しているナコルルを見かねて、社はスペースを空けてやる。
「精霊が、あの人の周りを穏やかに巡っています」
「精霊だァ?」
よたよたと進んでいくナコルルの代わりに周囲に気を配りながら、社はついでに前を見る。
日の光の加減か、青いガスのようなものがところどころに見える。
「あの!」
「おい、ちょっと待てって……」
ナコルルの呼びかけに、膝をついていた人影が顔を上げた。
「おっと、ちょっとストップね」
敵意を見せるわけでもなく、かと言って警戒しないこともなく、
要するに初対面に見せる態度で彼女は応じた。
「慣れてなかったら、下見ないほうがいいわ。ちゃちゃっと埋めてあげようと思ってるから、向こうの海でも見ててよ」
「え?」
思わず下を向きそうになるナコルルの襟を、社が捕らえる。
「あの、社さ……」
「いいから海でも見ててくれ」
死体の側の彼女は危険ではなさそうなことを見て取って、社は最低限の警戒を残して気を静める。
死体は下半身を焼かれ、こめかみを撃ち抜かれた姿だった。
社が見た中ではまあ綺麗なほうだが、それでも慣れていない人間には火傷の時点でつらいものだろう。
「あの、私、大丈夫ですから……」
「見張りも要るんだ。力仕事は俺のほうが向いてるだろ」
ナコルルを無理矢理言いくるめて押しやり、先客と死体をはさんで向かい合うようにしゃがみこむ。
「それで、こいつは?」
「わからない。来た時は、もうこうだった」
埋葬してやろうというつもりなのだろうが、あいにく墓を掘るような道具がない。
「やっぱり、このままにしていくしかないね」
面白くなさそうに彼女は立ち上がる。
「野晒しはかわいそうだと思ったけど、やっぱり余計なお世話だったわ」
死体から、ふわりと青い光が舞い上がった気がした。
「……悲しいですね」
気がつくと、ナコルルが死体を見下ろしていた。
「この方も、こんなところで命を落とすはずじゃなかったでしょうに」
「そうね。それもこれもみんなあのオッサンが悪いのよ」
「……あの野郎、毎度毎度何考えてやがんだ」
「……神ね」
吐き捨てる社の言葉を、彼女が拾った。
「ああ?」
「このゲームの形態がなんだかわかる? 壺の中の生贄を最後の一人になるまで殺し合わせる。
そっちのあなたは心当たりがあるんじゃない? 精霊が見えてるんでしょ?」
「蠱毒……」
小さく答えたナコルルに、彼女は頷く。
「そう。名のある超人や神々100人を人柱に、町ひとつを丸々壺に仕立て上げた大規模蠱毒よ。
集めたパワーを使ってやることは、神になることかしら。そうね……具体的には『新しい世界を生むこと』」
「どういうことだ、それ」
彼女はちらりと死体に目を落とす。
「話をするなら場所を変えましょ。ここじゃ不用心だって」
「……ああ」
それなら、先程の倉庫がいい。
ナコルルを先に歩かせて、社は彼女を見た。
「お前、名前は?」
彼女に抱く疑惑全てをその一言に集約し、ナコルルに続いて歩き出した背中に投げつける。
「ニーギ・ゴージャスブルー。豪華絢爛にしか生きられない、そういう女」
「さて」
期せずして倉庫にとんぼ返りとなった。
同じようにダンボールに座る。
「それで、新しい世界を生むっていうのは……?」
あの程度の距離で呼吸を乱しながらも、ナコルルが尋ねる。
「さっきも言ったけど、要するに神になろうとしてるってこと。神なら思い通りの世界が作れるわ」
「……それであの野郎、オロチに成り代わろうとして……」
過去のKOFでのオロチの力抽出の事実を思い出し、苦々しく社は呟く。
「オロチ? ああ、八岐大蛇のこと? 違う違う、そんな同類が八百万もいるようなのじゃなくて
もっと他の宗教概念で言う、そうね……ヤーウェとかアッラーとか、その辺のが近いかな。実在するかどうかは別としてさ」
もう縁切りを決めたとは言え、自分が今まで所属していた神格を「その程度」扱い同然にされて
あまりいい気はしないが、彼女の話の腰を折るまいと自制する。
「あの手の絶対神の特権は、自分の世界を作れること。世界法則を力で塗り替えて、ね。
あのオッサン、自分が好き勝手できる世界を作るために、こんな馬鹿馬鹿しいことをやってるのよ」
「……あの人が世界を作ったら、どうなるのでしょう」
ナコルルが小さく呟く。
「絶対者とそれ以外、っていう単純な世界になるでしょうね。
今は人間が人間のために作っている世界だから、人間に不利益になることは人間の総意で排除されてる。
と言っても、利害とか信念とかで人間同士対立する部分はたくさんあるから、今の世界はうまくバランスが取れてるの」
「なら、あの野郎の世界じゃ、あの野郎のためにならないことは片っ端から排除されるってか」
面白くねえ、と社が唾を吐き捨てた。
面白くねえ、と社が唾を吐き捨てた。
「でもよ、人類全体とルガールの野郎でルガールに勝ち目があるように思えねえんだが」
「それに勝つための大規模儀式魔術よ。さっきも言ったけど、生贄は超人と神々合わせて100人。
これだけじゃちょっとキツイけど、これを何度か繰り返してみなさい。
3回分ぐらいのパワーがひとつの意思の元に統一された動きをとったら、バラバラの60億じゃ太刀打ちできなくなるわ」
何も返答できないのが苦しい。
ナコルルも不安そうだが、考えたことのない範囲まで話が及んでいる以上、聞き役に徹する心構えらしい。
「何かそういう催し、今までになかった? あのオッサン主催の」
真っ先に思い当たったのは、KOFだった。
KOFも、勝ち抜きの試合形式をとってはいたが、ルガールが主催した場合最後に必ず本人が現れた。
社たち自身も、参加者が放つ闘気のぶつかり合いを利用してオロチを甦らせようとしていたのではないか。
「……心当たり、あるみたいね」
「ああ……ありすぎて嫌になる」
生死がかかるかどうかの違いはあれど、既に数度似たような状況になっている。
その度毎に優勝者がルガールを倒してきたが、あのパワーが破られずに蓄積されていたらどうだろうか。
ただの悪趣味が、どうしようもない状況まで転じたものだ。
「それじゃあ、最悪の場合ここを逃したら終わりね。
その先にあるのは、天地草木ことごとくあのオッサンのために生きていく、地獄の世界よ」
沈黙が苦しい。
倉庫の重苦しさが、事態の重さを余計に引き立てている気がした。
「私は、これからこのふざけたゲームをひっくり返すわ。世界のためだけじゃない、ここでくだらない殺し合いを
強制させられてる人たちを、一人でも家に帰してあげるために」
それは宣言であり誘いである。
要するに彼らがついて来ようと来るまいと、彼女がその方針を変えることはない。
「私も手伝わせてください。一人の野望のために動く世界なんて、来させてはいけないんです」
思ったとおり、ナコルルは立ち上がった。
「ありがと。ナコちゃん、巫女さんだよね」
「ええ。そうです」
青く輝く右手を出す。
「いざとなったら、こっちの方も手ェ貸してあげられるね。よろしく」
その手に纏ったのは万物の精霊。
ナコルルは少し戸惑ったようだった。
「握手だよ、握手。相手の手を握る挨拶」
彼女の時代にはその方式もなかったのか、と社が教えてやる。
「え、ええ」
未だに動揺が残っていたが、ナコルルはニーギの手を握る。
あとは社。
「俺にはまだ生きてる仲間がいる」
「うん」
素直に頷く。
「そいつを探しながらでも構わないなら、手伝ってやってもいい」
「ん、ありがと。私も実はアテがないんだ」
同じように、右手を出す。
「だから、社に行く先があるならどこへでも行くわ」
「そうか。よろしくな」
ただ、社は握るなどという可愛らしいことはやってられない。
手のひらで差し出された手のひらを叩いた。
ぱあん、といい音がした。
「へっ」
「へへへ」
握手の挨拶を社がしなかったことを心配しているナコルルをよそに、ニタニタ笑っている人間が二人。
どうやら、根本的な部分では似たもの同志らしい。
そろそろ行くか、と腰を上げて倉庫の奥を見ると、
ダンボールから色々と取り出してザックにつめているニーギの姿。
「何やってんだ?」
「武器の調達。痛そうなの一杯あるからね」
次々と箱を開けていっているが、思うような形の鉄材は出てこないらしい。
「うーん。これぐらいかあ」
最終的に彼女がザックに入れたのは、数十本の長ビスだった。
「棒っきれがあれば、これから多少楽になったのになあ」
鉄棒でも、何か宝刀チチウシの代わりになるものがあれば、ナコルルも十分戦力になれるだろうに。
もっとも、例えここで鉄棒を手に入れても、この体では逆に足手まといにならないだろうか。
役に立たない我が身を少し疎ましく思う。
「どこ行く? なんか目的ある?」
「ああ、俺の仲間探しに4区の方へ行ってみようと思う」
そんな彼女の憂鬱をよそに、二人が行く先の擦り合わせを始めていた。
「私、そっちから来たんだけど」
「もしかしたらすれ違ってる可能性もあるだろ」
拍子抜け顔のニーギに無理を押す。
社の勘、というか当てずっぽうだが、シェルミーがここから北東あたりにいる気がするのだから
実際に行って自分の目で確認しないと気が済まない。
大体、彼女もシェルミーを探して歩いたわけではないだろう。となると、見落としがあるとも十分考えられる。
「んー……ま、いいか」
「おう。じゃあ、行こうぜ」
「……あ」
ニーギの視線の先には、まだ開封されていないダンボールが数個。
「あれも覗いてから行くわ。先出てて。なんかリクエストある?」
「……いや、別に」
そこまで念入りに調べなくてもいいだろとは思いつつ、ナコルルを促して倉庫の外を窺う。
何もいない。
一応慎重に見回す。
「あいつ、なんかオロチが安物っぽい言い方してやがったな」
倉庫を出て気分が開放的になったのか、なんとなく陰口が出た。
言ってしまってからナコルルにたしなめられるかと思ったが、
恐る恐る横を見た社の目に入ったのは、何か不興げなナコルルの姿。
「……どうした?」
「あの人は、万物の精霊の加護を受けています。ですから、彼女は信頼しても大丈夫です。でも……」
「?」
あの、見せるためだけに手に宿らせるという精霊の使い方。
彼女は精霊を「使役」しているように見えた。
ナコルルにとっては、精霊は敬い奉り、「力をお借りする」存在である。
彼女の、精霊を自分と同等に扱う振舞いは、ナコルルにとって見過ごせない要素ではあったが
それでも彼女が精霊と関わりを持てている純粋な心の持ち主であることは間違いない。
「いえ、なんでもありません」
今はまだ、折角得られた信頼に足る相手との関係に、早々からヒビを入れるのを防いだ方がいいとの配慮を働かせる。
この話題は地雷である、と心に鍵を掛けた。
目線を上げると、倉庫から出てきたニーギがこちらを見ている。
「何もなかったわ。あー、骨折り損って奴?」
「そうですか。お疲れ様でした」
「うん。お待たせ」
ひとつ頷いて、彼女はナコルルの歩調に合わせて歩き出す。
何気ない気遣いも、確たる志も、その精霊の力も、ナコルルにとって相乗効果を期待できる相性のいい相手である。
おそらくは大地の神であった社も、決して相性は悪くないだろう。
ニーギが彼女達にめぐり合ったのは天の配剤に違いない。
「それにしてもさ」
ただ、この出会いで唯一ナコルルにとって不幸だったことがあった。
「ナコちゃんすごいぷよんぷよんだよね。何食べたらそんなになるの?」
今日初めて会った精霊使いは、
普通は細心の注意で避ける地雷原を、構わず裸足で駆け抜けるタイプのバカだったということであった。
【七枷社 所持品:物干し竿 目的:1.ナコルルを守る 2.シェルミーと合流、ゲームには乗らない 3.クリスの仇討ち】
【ナコルル(デブルル) 所持品:不明 目的:ルガールの神化を止める】
【ニーギ・ゴージャスブルー 所持品:ゼロキャノンコントローラ、雑貨、ゴーグル、長ビス束 方針:ゲーム盤をひっくり返す】
【現在位置:7区北東端】
【備考:ゼロキャノン充填完了は第五放送直前、ナコルル体型回復は第五〜第六放送間深夜】
『おそらく会うこともなかったであろう見知らぬ君へ、このノートを君が読んでいるということは、
私はもうこの世にはいないということだろう、だから伝えたいことを全て君に託そうと思う』
そんな言葉で始まるメモ。
普通の小さなノートに普通のペンで普通に書かれたメモ。
『これを読む君は私と行動を共にした君だろうか、それとも野ざらしとなった私の死体を偶然見つけた君だろうか
私は願う、このメモが君の、そしてこの街にいる善意ある者の助けとなることを。』
ぱらり、とページをめくる葵に晶が言う。
「やさしい、人だったんだな」
葵は顔を上げ、涙に濡れた瞳で晶を見つめ、
「ほんに・・・」
と言うのが精一杯だった。
涙を拭き、大きく息を吐き、軽く頷いて葵は再び読み上げる。
『初日、昼。すでに何箇所かで戦闘が始まっているようだ。これがあのゲームと同じならば、多くの命が奪わるだろう。
私もまた、奪うかもしれない。しかし、今度は決してあんな結末に辿り着かせはしない。首輪は入手したアレと一致する。
とはいえアレによれば・・・難しいことは確かか』
「あんな結末?アレ?」
ハガーのことを前回の優勝者であるとしか聞いていなかった晶の疑問に、葵は応える。
またも涙ぐんでいたが、今度はこらえて続ける。
アレ、に関しては、もう少し後で、とだけ言った。
『初日、夜。日没前、少年を助ける。ジャパンのサムライのような男を結果殺してしまった。前回の記憶が蘇る。
あの時、私は命を奪うことに慣れてしまっていた。海岸に灯り、そして海産物の焼ける匂い。まだゲームを実感できぬ者だろうか。
見過ごすわけには行くまい。』
『初日、放送。やはりこのゲーム、この空気にあてられるものは多いのだろう。私の時ならば全滅しかねないほどの人数が命を落としている。
それと、放送とほぼ同時に海上に現れた光。あんな大規模な介入をするだろうか?意味もなく?まさかあれは支給品の武器か?』
『2日目、朝。昨日の二人、シンゴとダンと言ったか。誠実で純粋な少年と青年だった。
彼らのようなものがこんなゲームで未来を失うことがあってはならない。』
『2日目、昼。遊園地でキモノを着た女性を見つける。ジェシカくらいだろうか・・・なんとか穏便に助けたい』
「その着物の女性ってのが」
「ええ、うちどすな。ほいでな、晶ちゃん。この後が重要なんよ。よぉく聞いておくれやす?」
強い視線で晶を見る葵。
晶も姿勢を正し、葵の言葉に集中する。
『2日目、夕方。雨が降ってきた。例の、大規模な光線兵器だろうか、あの光をまた見る。その後、半裸の青年を助ける。民家に入り彼の手当て。今は葵君が隣で彼を見ている。目立った外傷もない。しばらくすれば目を覚ますだろう。』
「半裸の青年?」
「そこやおまへん。ここからどす」
溝口のことはあまり思い出したくないこともあり、半ば強引に続けた。
なぜか晶を隣に呼んで、一緒に読みながら、である。
以下は本当のハガーのメモである。『重要な点は3つ』に続く真実がここにある。
『1.このゲームの本質:この悪魔のゲームの本質は悪趣味な権力者の遊戯ではない。
これは前回のことについて全く判らない中、思ったよりあっさりと判明したことなのだが、
世界中のVIPがこのゲームを火の粉の降りかからぬ場所から見て、我らの生死に金を賭けているという。』
『2.首輪:これは私が手に入れたアレとほぼ一致する。アレ、すなわちこの首輪のマニュアルだ。
ハッキングや極秘調査でも全く手がかりのなかった前回の資料だったが、壊滅させたマッドギアのビルの
本当に何気ない机の奥に落ちていたアレ。存在を知るのも視察に行った時に見つけた私だけだ。
それによればこの首輪についているものは3つ、そのそれぞれがこのゲームの要となる。
2−1.爆弾:主催側の切り札。遠隔操作により爆破され、確実に参加者を死に至らしめる。しかしそれが使われることはまれだ。
なぜなら1に書いたようにこのゲームを賭け事にする連中が許さないこと。また、理由は判らないが主催側はどうにも、
自分たちの直接的な介入による死を快く思っていない節がある
2−2.盗聴器:これは気づく参加者もいるかもしれない。私も前回気づいたが、スタンスが生き残ることだったこと。
会話する相手が娘しかいなかったことを理由に、ほとんど気に留めていなかった。しかし反抗勢力にとってこれは致命的ともいえる要素だ。
意外とあからさまにある監視カメラとは違い、どこに隠れようと会話を行えば筒抜けである。
2−3.結界:信じ難いことだが、この首輪にはそれぞれ魔法がかかっているのだという。私も信じられなかったが、事実のようだ。
前回、爆薬かなにかで死亡した参加者がいた。その死体を見た時、私は妙な違和感を覚えた。爆弾が誘爆するどころか、
全身が焼け焦げているのにもかかわらず首輪だけ新品のように無事だったのだ。一定の衝撃を超えると全て無効化する、とマニュアルにはあった。』
『2日目、夜→放送が流れた。先ほどの彼はミゾグチというらしい。豪快な青年だ。それは置いて、今回の放送までで判ったことをこの機会にまとめよう
重要な点は3つ』
『1.ジョーカー:これは前回もいた。主催の思惑を代行する参加者。今回もいるようだ。出会ったら戦闘になるだろう。』
『2.首輪:反抗勢力や、逃走する者を主催が殺す最後の手段。なんとかはずせないだろうか。』
『3.マーダーの公表:これは意外だった。しかしこの中にジョーカーはいないだろう。』
『つまりはかなり難しい状況だ、と言うことだ。しかし希望を捨てず、なんとか道を探したいと思う。』
葵の声が止まる。パラパラと最後のページまでめくって見せる。
晶と葵は互いに顔を見合わせ。一つ頷いた。
晶は自分のノートの最後のページに、ハガーのメモの要点を書き写した。
>>328の前にこれが入ると思ってください。
_| ̄|○すまねえ
『3.主催者の所在:前回は空だった。巨大な空中戦艦というのだろうか、そういうものに乗ってゆっくりと優勝した私の上から降りてきたのを覚えている。
しかし今回は違う。あの光線兵器の存在である。あれはおそらく衛星兵器、だとすればこの街の上空にいれば高度に関わらずあの光線を
被弾する恐れがある。もちろん衛星の起動を確認してから移動することも可能ではあるだろうが、リスクが大きい。次に海。これも違うと考える。
なぜなら船は沿岸からの発見が容易であること、また、空と同様、例の光線兵器のみならず通常の兵器でも大型の火器ならば狙われる可能性があるためだ。』
『4.推論及び今後の方針:
4−1.首輪について、これをはずした場合、主催のとり得る行動はジョーカーによる処分、直接的な排除の2つしかなくなる
このゲームの要であり、このふざけたゲームの崩壊の要でもある。以下に無効化の手段を記す。無効化すれば普通にはずすことが可能だ。
1つは死ぬこと。といっても実際に死ぬことではなく、首輪のセンサーに死亡した、と認識させることである。
しかしながらこれは自分の心臓を止め、再び動かすことの出来る者などいないだろう。望みは薄い。
もう1つは手順に沿ってはずすことだ。2−3で触れたとおり、この首輪には魔法がかかっている。この魔法を同じく魔法を持って遮断する
マニュアルによると首輪回収用にだれでも使える魔法の杖のようなものがあるらしいが、そんなものが参加者の手にあるとは考えにくい。
非現実的とは思うが、魔法使いか、同じように魔力を含んだアイテムといった人か物が必要である。そして運良くそれがあったとして、
次に必要になるのが解除プログラムである。これを作れるものがいるかどうか。また主催側の人間、主に見張りと雑用をこなす兵士らが
死体や首輪を回収するためにこれを持っているとあったが、監視されている我々がそういった人間に出会う可能性も低いと言える。
4−2.主催者の所在に対する推論:主催者は今回、地下のシェルターのような場所にいると考える。
理由は上記の通り、そして直接介入のために必ずこの街のどこかにいるはずだ。もっとも、位置が特定できても首輪がある限り突入は望めないが。』
『以上が私がここまでで知りうる、考えうる全てだ。もし私が死に、このメモを読む者があれば、このことを出来るだけ多くの人間に、
脱出や抵抗の意思ある者に伝えてほしい。その時は決して声を出さないでもらいたい。理由は上記の通り、盗聴されているからだ。』
最後に走り書きでこうあった。
『途中まで読んでしまい、話さないことが不自然になった時のためにダミーのファクターを書いておく
1.ジョーカー・・・』
今これを知るのは2人と2冊のノート。
1人の男から放たれた希望の光はゆっくりと確実に広がってゆく・・・
【結城晶 現在地:三区・建物内 所持品:大学ノート(死亡者の名前とハガーメモの要点写し)と鉛筆 目的:響を探し出し、葵と響を守る】
【梅小路葵 現在地:三区・建物内 晶と同行中 所持品:釣竿とハガーのノート 目的:響を探し、晶たちとともに生きて帰る。剛を倒す】
「………」
ケーブルはあの妙な物体の持っていたメモに眼を通す。
『風間火月という若者を救うために風間蒼月という人物を探しています。
彼に会ったらこう伝えて下さい。
風間火月は仲間の少女を失った悲しみで、鬼と化した。風間火月を救うのは貴方しか居ませんと』
そして地図のサウスタウンブリッジという場所に点が打ってありこう書いてある。
『強大な光がここ一点を狙いながら落ちました。注意して下さい』
ケーブルは額を押さえた。
このメモを自らの血で書いた者はどの様な気持ちでこれを記したのだろう。
だがこのメモが読まれた時には既に風間火月はこの世にいない、その事実がひどく胸に痛んだ。
ともかくこのメモにより新たな情報が手に入った。
まずは風間蒼月。
名前からして彼は風間火月という人物の身内か何かだろう。
だがケーブルはそこで一つ、あることに気づいた。
風間火月という人物は仲間を失い鬼になったという文。
もしかしたら蒼月という者も鬼―具体的には何の事だか分からないが―になる可能性があるだろう。
そうだとしてもこのメモに書かれている言葉を伝えれば、もしかしたら……?
「伝えておく必要があるのかもしれないな……」
次に地図に書かれていた点と文章。
強大な光。どうしても自分を襲ったあの少年をイメージさせるが全く別のものかもしれない。
ピンポイントで狙える強大な力、それを持つ者が存在する―もっともとうに死んでいる可能性もあるのだが。
得られた情報を整理しながらケーブルは一つ目的を決めた。
まずは風間蒼月という人物に探し出し、メモに書かれていた言葉を伝えておこう。
危険かもしれないが、伝えないでいるよりはよっぽどマシだ。
とりあえず山田と犬福を起こそう。そしてこれからの方針を……
「おい、頼むから落ち着けって!」
「にょー! にょー!」
「……?」
何やら様子がおかしい、ケーブルは慌てて彼らの元に駆け寄る。
「一体どうしたんだ?」
その問いに山田は心底困った顔で振り向いた。
「……さっきの放送を聞いてから、コイツの様子がおかしいんだよ」
「にょぉおおお! にょおおお!!!」
「どこに行くんだ! 外は危険だって言ってるだろぉ!?」
「にょー! にょぉー! にょおぉー!!」
必死に何かを探すかのように犬福は外へ出ようとしている。
「………」
恐らく、この犬福の飼い主はもう……
犬福の様子を見ながらケーブルは、ほんの少しだけ、顔を歪ませた。
「にょ?」
ケーブルはドアへ向かう犬福の前に立ちはだかり、同じ視線になるようにしゃがんだ。
そしてはっきりと、犬福の眼を見ながら、口を開いた。
「お前のご主人様はな、もうここには居ないんだ」
その言葉に犬福は「にょー!」と必死で否定する。
「ここよりずっとずっと綺麗な所で、お前をちゃんと見守っているんだ」
その言葉に犬福は「にょー……」と弱々しく答える。
「お前が立派に役目を果たしたのを見ていて、きっと喜んでいるさ」
その言葉に犬福は「……」と黙り、
「にょおおおおぉぉぉーーーーー!」
わんわんとケーブルの腕の中で泣いていた。
それを見てもらい泣きするエッジ。
泣き声が収まるまでには暫しの時間が必要だった。
「……いつまでここに居るつもりだよ」
霧島はどこか呆けたような顔でベンチに座りそう自分に言い聞かせる。
ひとしきり笑い終わった後、襲い掛かってきた虚脱感に身を任せていた。
眼の前で電車が止まらずに何回も走り抜けていくのを、ただ見ていただけだったのだ。
どこか、遠くへ行きたい。ここではないどこかへ。
自分がそう願っていることに気づき、苦々しく笑う。
どこに逃げても、逃げられやしない。
どこへ逃げても、逃げられやしない。
罪からは、罰からは、逃げられやしない。
「くく……」
抑えきれず声に出し霧島は笑った。自分の愚かさを。
「何だあ、ここは?」
「良くは分からないが、何かを管理するシステムの様だな」
ホテルで十分に休息をとった彼等は動き出した。
蒼月という人物を探すために、ケーブルはそれらしき思念を手探りで探していた。
あのメモに書かれていた鬼という記述。
風間蒼月は人間から突然変貌するミュータントの様な者かもしれないと、ケーブルは考えたからだ。
そしてあちこちと足を進めた結果、たどり着いた場所。
それがこの精密な機械が溢れる部屋だっのた。
だが何者かによって部屋が破壊されており、今や見る影も無い。
「おっさん、こんな所に何の用があるって言うんだ?」
何だかんだ言ってついてきた山田がケーブルに尋ねる。
「何か、特別な残留思念が残っていたので、手がかりになるかと思ったが……」
ほんの僅かに残された、炎を思わせる特殊な思念。
何の因果か、そこに残る思念は風間火月のものだったがケーブルには知る由も無い。
「……無駄足だったか」
彼らがその場を立ち去ろうと背を向けたその時。
「にょー!」
エッジの足をぐいぐいと犬福が引っ張った。
「……ん? どうした?」
「にょー、にょー」
犬福がぽむぽむと何かの機械に足を載せる。
「んん〜?」
エッジはその機械のディスプレイをまじまじと覗き込んだ。
そのディスプレイには何かの状態が表示されている。
エッジの頭では内容がよく理解出来なかったが、とにかく二十四時間ノンストップで動いているらしい。
「……おっさーん、これ何の機械だ?」
見ていても不良の頭ではチンプンカンプンだったので、彼は間の抜けた声でケーブルに質問した。
その質問に答えようと、ディスプレイを覗き込んだケーブルは息を呑んだ。
「これは……!?」
無駄足では無かったかもしれない。
僅かな期待を抱きながらケーブルはキーボードを叩き始めた。
ちょうどその頃。
霧島が地上に向かって歩きだした時だった。
ゴオオオオォォォォ…
一つの車両がホームに向かって走ってきた。
(お前もどうせ、俺を無視するんだろう?)
そう考えた霧島が去ろうとする。
キィィィィィーー、プシュウ。
(……止まった!?)
後ろを振り向いた時には既に車両の扉が開かれていた。
「………」
自分の向かおうとした出口に光が射し込んでいても。
霧島はそこへ向かわなかった。
それが向かうのは真っ暗な闇だと分かっていても。
霧島はそれに向かって歩き始めた。
何かが闇の向こうで呼んでいる、そんな気がしたのだ。
霧島は何の戸惑いも無く電車の中へ足を入れる。
例えこの先に何が待っていようとも、全てを受け入れる覚悟が出来ていたのだ。
電車のドアが音を立てながら閉まる。
彼は知らなかった。その行動で近くにあった探し物が再び遠ざかったということに。
この電車はどこへ行くのだろうか、自分の行き着く先はどこになるのだろうか。
窓の向こうに見える底なしの闇を見つめながら、霧島はそう思った。
【ケーブル(負傷 消耗からは回復) 所持品:衣服数点、忍者刀青龍、忍者刀朱雀 サブマシンガン 目的:風間蒼月にメモの内容を伝える】
【山田栄二(エッジ) 所持品:十徳ナイフ・衣服類多数・食料多数
目的:第一目的、出来れば信用できる仲間を探す。第二目的、いつも行く喫茶店に文句を言いに行く為に生き残る。】
【霧島 翔
所持品:ハーピーの声(脱力効果あり)入りテープとラジカセ、ボウガン(矢残り5本)
目的:パピィ(正体不明)を保護する、首輪解除の方法を探す】
【現在地備考 ケーブル山田犬福は2区 地下鉄コントロールセンター内 犬福はノーマル犬福
霧島は2区の地下鉄の駅から電車に乗っています】
【地下鉄備考 地下鉄の路線は5区を中心に走っています。現在片道一時間程度で反対側の端に着く速さで走行中。
2〜9区に面している位置に駅が存在、各駅に5分程度停車します。ルガール側でも操作可能としておきます】
×「………」
ケーブルはあの妙な物体の持っていたメモに眼を通す。
○「………」
ケーブルはあの妙な物体の持っていたメモに眼を通す。
昨夜一通り読んだが、もう一度情報を整理したかったのだ。
>>332は上記の通りに文を追加して下さい。
彼を導くは天使の落とした光の導き。
彼を守るは紫電を纏う白き剣。
二つの支えをその手に得て、楓の足取りは揺るがない。
『再び元の姿に戻りたいのなら・・・・この剣を使え』
彼に囁いた剣の言葉に偽りはなかった。
いや、それともある意味偽りだったというべきか。
楓に、本来の楓を越えさせたという点で。
「…………もう少し早く、この剣が手に入っていればよかった」
あるべきところにあるべきものが収まった、強いて言うならそんな感じだった。
己に宿る雷光の力を、今までになく自然に感じる。
楓一人の身体には大きすぎる青龍の力を、恐らくこの剣は引き受けてくれたのだろう。
立ち並ぶ家々の窓に映る楓の髪色は、烏の濡羽の様な漆黒だった。
エミリオの残していった探知機を片手に、楓は響を探し続けていた。
だが探知機を手にしたとはいえ、光点と共に表示される名前はことごとく英語表記である。
点に付随する名前を読み取れない彼には、
とりあえず近くにいる反応を追いかけてみて自分の目で確かめるしか術がなかった。
(異人の文字、言葉……もっとしっかり学んでおけばよかった)
既に常世の住人になってしまった、「えんぐりっしゅ」が得意だった無邪気な陰陽師のことを思い出す。
誰も彼も、楓が己を見失っている間に、彼を置いて逝ってしまった。
響は、もはや楓にとって残された最後の知己である。
繊細な彼女は、きっと独りで泣いているだろう。一刻も早く迎えに言ってやらなければならない。
封雷剣を腰に差し、楓は歩みを早めた。
自分の前を行く赤い光点が、徐々に近くなって来る。
これが響ならば問題はないが、もし敵ならば、即座に戦闘に入らねばならない。
今の自分なら誰と戦っても負ける気はしないが、一応臨戦態勢はとっておくべきだろう。
「……………」
だが息を潜めて剣を構えた楓の目の前で、一つの命を示していた筈の反応が突然掻き消えた。
(………消えた?死んだ?誰が?)
楓は走った。言い知れぬ嫌な予感に追い立てられながら。
自分が地面に点々と滴る血を辿って走っていることに気付いたのは、
彼が巨大な関所の前、開けた広場に出てからのことだった。
「………………」
楓は言葉を失った。
地面に点々と残された血の道標は、鉄の要塞の壁面にまで至っている。
あたかもそれはこの出島を逃れ、自由の地へと手を伸ばそうとしたかに見えた。
そして、楓の手が決して届かぬそこ、道標の行き着いた先には、大輪の花が鮮やかに咲いていた。
かつて持っていた高嶺響という名を捨てた、紅い赤い一輪の花が。
「…………響さん」
普通の人間なら目を覆うような凄惨な光景だったが、
楓はむしろ黒い目を大きく開けてそれらを凝視していた。
悲しみも怒りも、不思議とわいてこない。
むしろ不謹慎にも、綺麗だなとさえ思っていた。
―――高嶺響は深手を負いつつも、最後の力で運命に抗おうとしたのだ。そして潔く散った。
―――これ以上なく立派な剣士の生き方だ、どうして目を背けることがあろう。
「ああ、そうだな」
己の内なる声に、楓は赤い瞳を伏せうなずいた。
黄金の髪が、静かに揺れる。
「守矢、響、敵は――――――必ず」
彼に与えられしは天使の残した光の目。
彼が振るうは雷光を統べる純白の刃。
彼を導くは乙女が残した緋色の道標。
三つの支えをその手に得て、雷神の足取りは、揺らがない。
【楓(軽度の負傷) 所持品:封雷剣、探知機(有効範囲1q程度、英語表記)(レイピアは焼け跡に放置)
目的:1.響の血痕を辿り彼女の敵を討つ。2.ロック・ハワードを討つ
現在位置:1区北東部】
それは、何時の記憶だったろうか。
ずっとずっと、遠い昔の事のような。
でも、つい最近の、つい先程の事のような。
つまらない事で少女を泣かせてしまった。
そしてそのまま謝る事もできないまま、少女は知らぬ間に自分の元を去っていた。
何時も何時も自分に口うるさい少女。
いつか文句を言ってやろうと思っていたが、それも叶わぬ内に彼女も行ってしまった。
どいつもこいつも、俺を置いて行きやがった。
だけどそれは、自分は誰も守る事が出来なかったという事。
心にポッカリ、大きな穴が空いていた。
失ったモノは、もう二度と戻らないのだから。
だけど、彼は新たに与えられた。
掛け替えの無い、大切なモノを。
いるとするなら、神様ってのは残酷だ。
だけど、今は感謝してやる。
もう一度、俺に守るモノを与えてくれた事を。
遠い昔の事のような、つい先程の事のような。
それはきっと、その両方なのだろう。
そんな思い出達を胸に抱き、一匹の獣は死地へと赴く。
デキの悪い自分に与えられた、掛け替えの無いモノを守る為に。
青年は走る。
もう振り返らないと心に誓い。
今はただ、前だけを見ていよう。
だけどその目は、なぜだか視界がぼやけて見えた。
───あれ?
おかしいな。俺、何を泣いてるんだろう?
何を泣く必要があるのか。
確かに相手は自由に空は舞い、観覧車をあっさりと破壊してしまうような化け物だ。
だけど、非常識さで言えばK´さんだって負けてはいない。
それになんてったって、
K´さんは、この世で最も草薙さんに近い人なんだから。
だから、K´さんは、必ず───
それ以上、思考は言葉を続けなかった。
続けたくなかった。
全力で走る脚も、
震える腕も、
握り締めた拳も
ぼやけた視界も、
全てがある結末を予感する中、せめて心だけは、嘘をついていたかったから。
知らぬうちに、真吾は空を飛ぶ猛禽の後に続いていた。
ママハハは、自分を仲間の元へ導いてくれているのだろう。
背後で、閃光。そして続く轟音。
しかし真吾は振り返らない。
今はただ、前へと進むのみ。
例えどんな結末が待っていようとも、あの青年の前でそう心に決めたから。
上空から幾つもの光が舞い、地上からはいくつもの炎が空へと昇っていく。
もし今が夜だったならば、それはかつて催されていたであろうアトラクションの様にこのテーマパークの夜空を美しく演出していただろう。
しかし、それは互いの命を奪わんとする閃光と炎。
人々に夢を与えるこの場所には相応しくない、人を殺す為に磨かれた異能。
二人の異端児の命の輝きであった。
「死ね!死ねっ!!死ぃねぇっっ!!!死ぃぃぃぃぃねぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」
天使の如く輝きながら宙を舞い、少年……エミリオ・ミハイロフは光球を地上に向けて放つ。
「……ったく、本当にどっかの誰かを思い出させやがる…!」
そう一人ごちながら、野を駆ける肉食獣の如く、青年……K´は、エミリオの猛攻を避けていた。
ある時は駆け、ある時は遮蔽物を利用し、またある時はその右腕で炎を描き。
「死ねェェェ!!!」
数個の光球が、K´の頭上に降りかかる。
K´は振り返り、その右腕を振るい、
「ッラァ!」
描いた炎を蹴り上げ、灼熱の壁を造り出す。
光は、全てその業火の中へと消えていった。
「……!!」
ワナワナと震えながら、エミリオはK´を見下ろす。
「っお前なぁぁぁぁ!!さっきからしつこいんだよっっ!!もういいからさぁ!!とっとと死ねよっっっっ!!」
そして、ありったけの感情をブチ撒けた。
「……人の頭の上でキーキーうるせえ」
K´はうんざりした様子でそう言い、更に感想を付け足す。
「まるで生ゴミにたかるカラスだな、テメエは」
「そういうお前は虫ケラだろうがぁぁぁぁぁぁ!!」
虫けらにカラス呼ばわりされた少年は、底なしに怒り狂った。
ヒステリックに喚き散らし、ワケのわからない力を振るい、オマケに光ながら宙に浮く。
───とことんあのデコ助を思い出させやがるな あのガキは
再び降ってきた光を避けながら、K´はどこかの誰かの事を思い出していた。
駆けながら、頭の中で状況を整理する。
確かに相手は強力無比な能力を持っている。
その破壊力も、射程範囲も、自分の炎とは比べ物になるまい。
そしてなんと言っても最大のネックは、少年は空を自由に飛行しているという事だろう。
これではK´は相手に致命傷を与えられない。
しかし、勝機が無いわけではなかった。
一つ、少年はただその力をやたらめったに振るうのみで、その戦い方は『戦闘』としては未熟であった。
ネスツの尖兵として戦場を駆けてきたK´にとって、少年の攻撃を読む事は容易い。
一つ、攻撃のリズムが単調である事。
どこで攻撃を放ち、そして攻撃が途切れるのか、激昂している事もあり、K´には手に取るように少年の呼吸がわかった。
それさえわかれば、最後の光球を炎でかき消し、そしてその炎を放ち少年を牽制する事は容易である。
そして最後、どうやらあの少年は、かなり疲労してきているという事。
先程少年は、光を一度に3発同時に打ち出してきた。しかし今は一発ずつ打ち出してきている。
それに、連続して打つ弾数も、じょじょにだが減ってきていた。
強力な力を振るう分、その消費エネルギーもやはり大きいのだろう。
そしてそれを決定付ける何よりの証拠があった。
じょじょにではあるが、少年はその高度を下げているのだ。
そしてそれこそが、K´が狙うべき最大の勝機であった。
このまま挑発を繰り返し、追いかけっこを続けて、少年の限界を待つ。
消極的ではあるが、それがK´の取るべき最良の作戦であった。
「オラ飛んで来いよ蚊トンボ!オレはここだ!!」
「黙れ黙れ黙れ黙れだまれぇぇぇぇぇ!!!」
スッっと建物の影に隠れる。
その壁ごと光は貫いてきたが、K´には当たらない。
そしてK´は再び炎をエミリオへと寄こした。
「オラァッ!」
「!っクゥアア!!」
エミリオはソレを必死で避ける。
見れば少年の体には、あちこちに焦げ跡がある。
K´の炎が、少しづつエミリオを捉えはじめていた。
それもその筈、エミリオの高度はもはや最初にK´達の前に現れた時の半分程の高さにまで下がっていた。
エミリオの全身は悲鳴を上げていた。
度重なるマインドコントロールによる能力の行使によって、もはやその体力は限界を超えていたのだ。
事実、エミリオはもう大技はつかえない。
アークエンゼルを放つのは愚か、シーカーレイも、いつかのようにプリズムリフレクターを張り巡らす事すら出来ない有様だ。
…ああ、忌々しい事を思い出した。
いつかの、あの水使いとの戦闘。
自分をバカにしくさった、あの男。
水を使って人の技を利用してくるなんて、なんてイヤなヤツなんだろうか。
今度会ったら殺さないといけない。
しかし今はそのまえに、この男を殺そう。
「ッッッああああああ!!」
エミリオは、もう何発目かもわからぬ光を放つ。
バカの一つ覚えが…!
K´はもう何度もやっているように、身を翻しそれを避ける。
イケる…!
少年は明らかに限界が近い。
この状況を保ち続ければ……
そして今までと同じように、
再び右腕に炎を灯し
瞬間
背後から光を感じ
K´は更に身をよじった。
黒いレザージャケットが弾け
褐色の肌が吹き飛び
真っ赤な血が飛び散った。
いくつもの光が空中で交差しているのが見えた。
その付近には、先程まで巨大なオブジェが建っていたのだが、それはついさっき宙にある影の放った一条の光により倒壊した。
リュウとアルルは、今、全速でその現場へと向かっている。
光の片方……地上から放たれる光に、心当たりがあったから。
「待って!リュウさん待ってよぉ!!」
全速で駆けていたリュウは、その声に気付いた。
後ろから、アルルが息も絶え絶えといった呈でついてきていた。
「…ま…待ってよ……置いてか…ないで……」
ハァハァ息を切らしながら、アルルはリュウに抗議した。
全速で走るリュウに、肉体的にはただの少女のアルルが一緒に走り続けられるはずがない。
「…すまない、アルル君」
一方リュウは、アルルとは対象的にほとんど息を乱していない。
そのままの調子で、アルルに提案する。
「……アルル君、君はここに残っていてくれ」
「………」
「俺が一人で見てくる。君には、危険すぎる」
「…イヤだ」
息を切らしながらも、しかしアルルはそれを拒否した。
「……アルル君」
「だ…だって……相手は空を飛んでるんだよ…?そんなの…リュウさんにだって……戦えないでしょ」
最もだった。
確かに、空を飛ぶ相手ならば、相性的には魔導師であるアルルの方が良いだろう。
「しかし君は…」
「それにリュウさん、ナコルルさんとの約束はどうするの!?」
「………………」
リュウは答えられない。その拳には、未だ封印が施されたままだ。
「……とにかく…急ごう?」
アルルはリュウを促したが、その時前方から何かが向かってくるのが見えた。
「…!真吾くん!!」
「真吾君!無事だったか!!」
それは、ママハハに導かれここまで来た真吾だった。
「良かった!真吾くん…!?」
アルルが真吾の無事を喜び合おうとした瞬間、
真吾はそのまま二人の傍らを走りぬけた。
「!?真吾君!待つんだ!!」
リュウが真吾を呼び止める。
そうして、真吾もやっと止まった。
肩で大きく息をしているのが判る。
「真吾君…何があったんだ?」
リュウは問いかけた。
「………………」
しかし真吾は、荒い呼吸を繰り返すばかりで答えない。
「真吾…くん?」
アルルも真吾に呼びかけるが、真吾の反応は同じだった。
「……真吾君!答えるんだ!!何があった!?K´君は……」
リュウは一際大きな声で真吾を問い正したが、
「K´さんは!!!」
それ以上の大声で、真吾はリュウの言葉を遮った。
その名前を、最後まで言わせないように。
「K´さんは………!!」
真吾は肩を震わせ、続けた。
「KOFで…何度も一緒に闘って……!!その度に……強い相手をブッ飛ばしてきました!!」
決して振り返らずに、叫び続ける。
「ネスツって組織に体をいじくられて!!草薙さんの能力を移植されて!!」
その呼吸は、乱れきっていて。
「その親玉の計画で…!!人類最強の戦士になるように………戦わされつづけて………!!」
嗚咽を交えながらも、喋り続ける。
「何より…………あの人は…この世で一番……誰よりも………」
それは、リュウとアルルに言い聞かせているのではなく
「………草薙さんに…近い人なんです!!!」
自分自身に、言い聞かせている様だった。
真吾に圧倒された二人は、身じろぎ一つせずに聞いてる。
「…………だから!!絶対に!!負けません!!」
真吾は、叫んだ。
「K´さんは、負けない!!」
そして、再び走りだした。
「真吾くんどこに行くの!?まって……」
真吾を呼び留めようと、アルルが叫ぶが、
「!うわ!!」
突如、浮遊感が襲った。
リュウがアルルを持ち上げ、肩に担ぎ
すまない、
と一言漏らし、
真吾の後に続いて、走り出した。
「リュウさん!何するの!?」
自分を担ぎ、来た道を戻るリュウにアルルは声をあげた。
「K´さんは反対方向だよ!!戻って!戻ってぇ!!」
リュウは、答えない。
「離してよ!!ボクを降ろしてぇ!!」
アルルの必死の願いを、無視する。
「K´さんの所へ行くんだから!!降ろして!お願い!!」
アルルはなんだか、目の前が歪んできたような気がした。
「降ろして!降ろして!!降ろしてぇぇ!!」
ドンドンとリュウを叩きながら、叫ぶ。
「降ろせぇぇぇぇぇ!!」
アルルは涙を散らして、叫んでいた。
「………みんな…皆…酷いよ……」
小さな声で、嗚咽交じりに抗議する。
「K´さんを……一人ぼっちに…」
ミシミシ
バキバキ
アルルは、その音に気付いた。
リュウが、血を流しながら拳を握り締めている音。
血が滲む程に、歯を食いしばる音を。
「…………済まない……」
リュウが、噛み締めるように小さく謝った。
しかし、果たしてそれはアルルに向けられたモノだったのか。
「………」
もはやアルルは、じっと下を見ていた。
目に映るモノは、流れる地面と、自分がこぼした涙だけ。
そして銀色の十字を握り、一心に祈った。
銀の十字にはもう、K´の体温は残っていなかった。
「………!!」
わき腹をごっそり抉られ、K´は崩れ落ちた。
背後には、水溜りがあった。
それは先日降った雨が残したモノ。
エミリオは、あのいけすかない水使いの真似をしたのだった。
「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
狂ったように笑い続け、勝利を確信した。
今正に、虫けらが膝を付き………
踏みとどまり、K´は、右腕に炎を宿す。
そしてその腕を、抉られたわき腹にあてがった。
「………………ッ!!!」
肉のこげる匂いが辺りに漂う。
「ッッガアアアアア!!」
あまりの苦しさにK´は叫び声を上げたが、応急処置を完了させた。
自らの炎で自らの肉を焼き、傷を塞いだのだ。
「ッフウウ…………フウウ…………!」
K´は不自然な呼吸を繰り返していたが、なんとか踏みとどまっていた。
「…………………………っ」
エミリオは、言葉を失くしていた。
「…なんなんだ」
そして、湧き上がる二つの感情。
「なんで…いつも…”お前ら”は…」
右手は怒りに震え、
「そう…諦めが……!!」
左手は、苦悩のあまりに頭を抱えていた。
「「なんで!諦めないんだよっ!!」」
その顔は怒りのあまりに、
悲しみのあまりに、
「「どうしてボクの事を諦めないんだあああああ!!」」
涙を流していた。
エミリオの体は、『エミリオ』と『エミリオ』の、二人の感情を律儀に現していた。
「「うわぁぁぁぁぁぁああああ!!!」」
左手は涙を拭いながら、
右手は破壊を撒き散らしながら。
K´はなんとか近くの建物に避難する。
呼吸がつらい。
息を吸うたびに痛てぇ。
怪我をするというのはこんなにも痛い事だったっけ。
俺が殺したアイツラも、やっぱり痛かったんだろうか。
もし、会う事があるなら、ちゃんと謝っておかないといけない。
そんな事を考えながら、K´は泣き叫ぶ天使の声を聞いていた。
───ああ 俺 アイツから聞かなきゃいけない事があんだっけ
───その為には アイツを引きずり降ろさなきゃならないんだった
少年の高度は、もはや普段のK´ならば何の問題も無く飛びかかれるくらいまでに下がっていた。
しかし、今はそうはいかない。
───ああ どうしようかな 俺 どうすればいいかのな
K´は腕を下げた。
その時、右手がポケットに当たった。
そこには、二つの塊。
───ああ そっか
───コレがあったんだっけ
こんな土壇場でやっと思い出すとは、
やっぱり俺は、デキの悪い劣化品なんだな
そんな事を考えながら、K´は立ち上がった。
最後の力を振り絞って。
「「何処だぁあぁ!!!!炎!!どぉこぉおおおだぁぁぁあああ!!!???」」
叫び散らしながら、エミリオはあたり構わず光を放つ。
悲しみのあまり涙を流し、
怒りのあまり我を失い。
コッ、
なにかの影が飛び出した。
「「そこかぁぁぁぁぁ!!!??!!?!」」
エミリオは、その影に殺意をぶつけた。
刹那、
影が炸裂した。
「「!!??!?」」
爆発した影に目を奪われたエミリオは、後方からの存在に反応が遅れた。
「ッラアアアアアアア!!!」
K´は駆けた。
瓦礫と化したメリーゴーランドの頂上に飛び、
頂点から飛び出す。
限界以上の衝撃を受け、脚の骨が砕けた。
筋肉が裂けた。
神経が、イカれた。
「ッッアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
K´はそのままエミリオへと飛ぶ。
エミリオは反射的に防御の体勢を取って
K´が口から血を噴出しながら絶叫している。
その右手が業火を纏い
その炎の中心には
黒い塊が
………
エミリオは、寝そべって上空を見ていた。
上では、何かが爆発しているようだった。
そしてちょっとしてから、自分から離れた所に、何か黒いモノが落ちた。
右腕は肘から先が吹き飛び
左のわき腹は抉られ
両足はあらぬ方向を向いてる。
K´は、そのまま地面へと落ちていった。
サイキッカーは、その力の一部を常に防御に回している。
その気を充実させれば、小型ミサイルの直撃にだって耐えられる程だ。
もちろん、手榴弾も。
そして、爆発とはその衝撃は上に向かう物である。
全ての力を防御に回したエミリオは
バランスを失い落下していた。
K´がエミリオに与えたモノは
渾身の力を込めた拳だけであった。
しかしそれは、
『エミリオ』の目を目覚めさせるには充分の衝撃であった。
よろよろと、黒い物体に近づく。
顔を見る。
褐色の端正な顔は、今や血と焦げで台無しであった。
「…………」
腕を見る。
吹き飛んだ右腕を。
「…−ン…?」
その腕は炎を操っていた。
「バー…ン?」
自らの記憶の底にしまわれた、たった一人の人物と同じ様に。
「……バァー……ン……!」
エミリオの中で、ありとあらゆる感情が巻き起こった。
恐怖怒り憎悪歓喜悲しみ嫉妬不安……
「「……………・・・・・・・・・・・・!!!!!!!!!!!!!!」」
そして最後に、後悔が残った。
「バーン!バーン!!バァァァァアアアアアン!!!!!」
『エミリオ』が、長い夢から覚めた。
「ボクが…ボクが…!ボクはまた…君を!!!」
「うわぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!!」
エミリオはK´に抱きつき泣きじゃくる。
自らの、最愛の人物の姿を重ねて。
「ごめんなさい…ごめんなさい……ごめんなさい…………」
もう、謝る事しかできなかった。
ボクは、二度もこの人を…
───泣くなよ
エミリオは、思念を感じ取った。
今にも消え入りそうな、弱弱しい声を。
「……あ…あ…!」
───お願いだから もう泣かないでくれよ
そして抱きしめられた。
エミリオは必死に呼びかけた。
「ごめんなさい…ごめんなさい…ボク…ボクはぁ……」
そして、必死に謝った。
何時も自分を守ってくれた青年に。
───いいんだ だからもう泣くな
K´は、抱きしめようとして、自分の右腕が無い事に気付いた。
なんだ、あんな爆発で吹っ飛んじまったのか。
やっぱ、使えない腕だな。
そんな事を考えながら、K´は更に強く抱きしめた。
少年に、守れなかった少女の姿を重ねて。
そう言ったつもりだったが、もはや唇も動かせない。
しかしエミリオは、その思念をしっかりと聞き取っていた。
「謝るから…!何でもするから!!だから……だから死なないで…」
───もういいっつってんだろ
───俺の方こそ悪かったな
───お前の事 守ってやれなくて
───ごめんな
K´は、ずっと言いたかった事を伝えた。
「そんな事いいよ…!そんな事いいから!!だから!だから……」
エミリオは、どんどん弱くなる思念を止めようと、必死で呼びかけた。
───楓に つたえてくんねえか
そしてK´は、最後に伝えようとした。
───お前は 一体 ………を ……
最後の方は、殆ど言葉にならなかった。でも、エミリオは確かに聞いた。
彼の最後の願いを。
「うん!わかった!必ず伝えるから!安心して!」
───ああ ありがとな
安心したからか、K´はなんだかむしょうに眠くなってきた。
そういえば俺、この街にきてから寝てばっかだな
前は何だかイヤな夢を見た気がする
今度は いい夢が見れるといいな
そうしてK´は、静かに笑いながら、
目を閉じた。
七区の森の中まで走りぬけて、真吾達は止まった。
誰も何も言わなかった。
ただ一人、アルルだけは下を向いて、すすり泣いている。
皆、何かの合図を待っていたのだろうか。
ドォン
アルルはビクっ、と体を振るわせた。
遠くから、なにか低い音が響いてきた。
花火か何かが、爆発したような。
「……うっ」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああっ!!」
アルルは、声を上げて泣いた。
顔を両手で覆いながら。
その手には、銀の十字。
少女がひたすらに祈りを捧げた、十字架。
リュウは思う。
俺は、正しかったのか。
彼を見捨てるべきだったのか。
『俺に頼るなよ』
どこからか、そんな風に言われた気がした。
しかし、目を開ける事は無く、ギュッと拳を握りしめていた。
真吾は、拳を見た。
自分はこの手から、何て多くのものをこぼしてきたのだろうか。
そして、その背に、何て多くのモノを背負っているのか。
だから、必ず生きぬこう。
真吾はそう強く思う。
なのに、涙が止まらない。
思うだけなら簡単なのに、
生きていくって、どうしてこんなに難しいんだろう。
【矢吹真吾(尖端恐怖症気味)
所持品:竹槍、草薙京のグローブ(炎の力がちょっとあるかも)
目的:1.仲間を集める 2.敵本部を探す 3.ルガールを倒す】
【リュウ 所持品:釣竿、ホアジャイ特製スペシャルドリンク(残り1本)、ママハハ
目的:1.ルガールを倒す(スタンスは不殺 揺らぎまくり)】
【アルル・ナジャ(流血恐怖症気味)
所持品:1/10ウォーマシン(持ってあと2日の電池、充電は可能)、K´のアクセサリー
【現在位置:七区】
K´の思念が切れ、エミリオはしばらくそのままでいた。
でも、それじゃ駄目なんだ
だって、約束したんだから
楓さんに、必ず伝えるって
壊れた人形の行く末など子供でも判る。
しかしエミリオは立ち上がり歩き出した。
親友との約束を果たす為に。
【エミリオ・ミハイロフ(完全消耗 空は飛べないけどまだちょっと戦える)所持品:無し(探査機はコンビニに放置)目的:K´の言葉を楓に伝える】
【現在位置:8区】
【備考:自我を取り戻し、コントロールを受け付けなくなりましたが、かわりにほぼ戦闘力は皆無】
───ここはどこだっけ
K´は、どこか知らない場所に居た。
───俺は今まで 何してたっけ
思い出そうとして、背後から衝撃。
「やっほー!ケイダッシュ!」
栗色の髪の少女が、後ろから抱き付いてきた。
─── お前
「?どうしたの?何驚いてるの?」
そして、もう一つ少女の声がした。
「あらら、もしかして照れちゃったのかしら」
保護者きどりの、栗色の髪の毛の、少女。
─── うるせえ
K´は、そっぽを向いてしまった。
「そうだ!K´ったら酷いよ!あの女の子にアクセサリ−あげたでしょ?クーラが泣いても触らせてもくれなかったのに〜」
───うるせえってんだろ
K´は、居心地悪そうにした。
「K´」
─── 何だよ
「あなた、立派だったわよ」
「うんうん!カッコよかったっよ!」
───気色悪いんだよ
K´は悪態を垂れたが、やがて三人は歩きだした。
ふと立ち止まり、K´は振り返り、そして最後に呟いた。
「楽しかったぜ」
あばよ
そして二度と振り返らずに、少女達に続いて歩き出した。
【K´ 死亡】
薄暗い部屋の中、男が1人コンソールに向かいながら誰かと通信を行う
「もしもし?ええそうです私です」
「ゲームの進行状態のほうですが…」
「ええ現在は3日目、フフフ…大変ですね、その様子では私に連絡を取るのも一苦労でしょうに」
「…ええ身分は時に人を縛る、身分が高いのも時には行動の妨げになってしまいますからね」
「はい…ガイルは2日目の時点で死にましたご安心下さい…」
「ハッハッハ…『追善供養』ですかフフフ面白い」
「はい…ええ解りました…」
「あと私が気になる人物としては…」
男はコンソールのキーボードを打ち込むと参加者のデータを参照し始めた
「ケーブルという男ですね…彼の力には少し興味があります」
「あと、椎拳崇という男も超能力者のようですが…」
「彼は超能力者としては並程度のようですから別に絶対に欲しいという事はありませんね」
「…ところで例の儀式の事ですが…」
「ええ、そんなおとぎ話のようなものにどれ程の力があるかは解りませんが
どうやら全てが『流言飛語』とういう訳では無いようです…ええ解りました」
「…ええ、彼は未だに自分がプレイヤー…いや、ゲームマスターでいると思っているようです」
「ええ…ククク、実に滑稽なことです」
「最後に、エミリオ君についてですが」
「途中でルガールが彼の操作を行っていたようです」
「どうやら私の装置を元にイグニスさん達が別の
エミリオ君を操作する装置を作っていたようです」
「ええ…そうですネスツの…しかし彼らが作ったその装置は
もう1人のエミリオ君を解放するだけではなく私の装置よりも
さらに強制的に彼を動かす事が出来るようです」
「結果は…ええ、そうなりました、まったくおもちゃを渡せばすぐ壊す…」
「しかし、あの装置があるにもかかわらずエミリオ君が戻ったということは
もしかしたら本当の彼が目覚めるかもしれません…」
「ええ、もしそうなれば今まで以上のデータが取れるかもしれません」
「では次の連絡は…はい、2日後ですね…もっとも
その時にはもう既にゲームは終っているかもしれませんが」
「それではまた2日後に、シュバルリッツ・ロンゲーナ将軍閣下」
男は薄笑いを浮かべながら通信を切った
K´は、抱きしめようとして、自分の右腕が無い事に気付いた。
なんだ、あんな爆発で吹っ飛んじまったのか。
やっぱ、使えない腕だな。
そんな事を考えながら、K´は更に強く抱きしめた。
少年に、守れなかった少女の姿を重ねて。
───こんなにあったかいモンだったのか お前って
そう言ったつもりだったが、もはや唇も動かせない。
しかしエミリオは、その思念をしっかりと聞き取っていた。
「謝るから…!何でもするから!!だから……だから死なないで…」
上の
>>374は、364と365の間に一文を付け加えた(というか、貼りそこねてた…)物です。
お手数ですが、まとめサイトの方は上記のように
【───こんなにあったかいモンだったのか お前って 】
の一文を付け加えてください。
重ね重ね申しわけありません
秋風に、すすきが歌う。秋風に、彼岸花が揺れる。
子供のころ、楓は泣き虫で、いつだって守矢に慰められていた。
師匠は忙しい身だったから、守屋が楓を背負ってやることもたくさんあった。
あの時は守矢とて楓とそう変わらない子供だったのに、きっと無理をしていたのだろう。
兄と姉は屈託なく笑いあっていて、
楓を泣き止ませるのはいつでもそんな二人の幸せそうな姿だった。
それも何時のことだか分からなくなるほどに昔のこと。
記憶に霞がかかるほど昔のこと。
そして今、
「…………」
こんな形で兄を背負い返すことになろうとは、楓は思ってもいなかった。
「勝手に濡れ衣被って勝手に消えて、今度は勝手に死んだのかよ。馬鹿やろ……」
肩に担がれた守矢は答えない。
かつて力強く地を踏みしめていた足はぼろ雑巾と変わらぬ有様で、
所在なさげにぶらぶらと宙を揺れていた。
「悪いな、守矢。ちょっと寄り道するけど、許せよ」
「…………」
「いきなり斬ったりはしねぇよ。向こうにも…何かあったかもしれないんだしな」
「…………」
見上げれば目の前には長い長い階段がある。
降りる途中に何度か転がり落ちかけたのだろう。響の血痕はあちこちで乱れていた。
この上に、響を斬った奴がいる。
楓は左手で封雷剣を握りしめ、歩を進めた。
幾重もの襖と、立ち並ぶ仏像に守護された異様な部屋。
かつてこの街を統べていた帝王の部屋で、ロック・ハワードは待っていた。
鎖をつけて逃がした手負いの獣が、狩るべき相手を自らの元に連れてくるのを。
「来い、楓。俺は、ここにいるぞ………」
緋色の瞳に映る街のどこかにいるであろう見も知らぬ青年に向かい、ロックは独白した。
隠し部屋という性質上、この部屋に窓は全く存在しない。
にもかかわらず、この部屋は閉塞感とは一切無縁であった。
主の要望があれば、壁面に設置された大型スクリーンは
サウスタウンの要所に取り付けられたカメラからの映像を即座に映し出してくれる。
今スクリーンはロックの要望で、
もしここに窓があったら見えていたであろう景観をそのまま映し出していた。
おぼろげな記憶の中に、
スクリーンを指差しなにやら楽しげに語らう父母の姿があったように思えるのは気のせいか。
自分が街の全景をいながらにして捉えられる環境にあるということは、
時に自分こそがゲームの主催者であるような錯覚を生じさせる。
ロックはこめかみを押さえて首を振った。
「………支配とか君臨とか、そんな趣味俺にはないはずなんだがな」
今でも血腥い殺し合いが繰り広げられているはずなのに、
日の光に照らされたサウスタウンはかつて見た時と何も変わらず緑豊かで美しい。
ロックは思う。ギース・ハワードがこの部屋を気に入っていたのは、
自分こそがこの街を手に収めているといった実感をもっとも容易に得られたからなのだろう。
血は争えないということなのか、ロック自身もこの部屋は嫌いではなかった。
「……………?」
どん、どん、どん、どん……がらり。
襖の一枚が引き開けられる音に、ロックは眉を潜めた。
無遠慮な足音から見るに、相手は身を隠すつもりがないらしい。
かといって、正面からロックを圧倒できるような苛烈な気配を発しているというわけでもない。
(誰が来た?また鼠か?)
そうであれば暗黒の力を振るうまでもない、銃一撃で片をつけてやる。
袖口に仕込んだデリンジャーを確認し、ロックは気だるげに立ち上がる。
――――油断スルナ!
「………何だ、と―――!?」
そして暗黒の血の……いや壁に突き立った八十枉津日太刀からの警告を受け、
弾かれたようにその場を飛び退いた。
がががががががががっ!
きらびやかな襖をまとめて消し炭に変えた雷光が、ロックの頬を掠める。
とっさに腕で目をかばったものの、閃光で視界が一瞬白濁した。
「―――ちぃっ!」
目を奪われようと、どちらから攻撃が来たか位は容易に分かる。
ロックは禍々しい暗黒の闘気を宿した手を振り上げた。
「烈風拳!」
青い炎のようにも見える気弾が、正確に白煙の向こう側の人影に向かって床を駆ける。
影と気弾が重なり、腹に響くような重い衝撃音がした。
どんっ!
気弾は確かに影に命中した。衝撃と共に旋風が巻き起こり、白煙を残らず吹き飛ばす。
だが、ロックが想像したように鮮血と悲鳴が飛び散るようなことはなかった。
代わりにどす黒い血餅と肉片が申し訳程度に辺りにばらばらと散らばる。
「………!」
お返しとばかりに飛んできた一塊の火花を首を振ってかわしたロックは、
炭化した襖を踏み潰しながら歩み出てきた黄金の髪の青年をまじまじと見た。
「――――――お前が、楓か?」
疑問の形を取ってはいたが、それは事実上確認と変わらなかった。
「お前が、楓か?」
出会い頭に己の名を呼ばれ、楓は少なからず驚いた。
(悪い、守矢)
ロックの烈風拳で下半身を吹き飛ばされた守矢の遺体を壁際に置くと、
楓は半身に構えて己の鏡像を睨み付けた。
「ああ、そうだ―――――お前が、高嶺響をやったのか?」
「あの女か。……そうだ、といったら?」
「聞くまでもないだろ、そんなこと」
封雷剣を相手のの眉間にぴたりと向ける。
「無駄な殺しは好きなわけじゃない。だが……」
「それなりの報いは受けてもらおうか。腕の一本ぐらいは覚悟しろ」
「報い、か」
報い。
その言葉は、ロックの耳にはやたらと空虚に響いた。
はたから見れば、自分達は三文映画のクライマックスを演じているかのようにでも見えるのだろう。
ずっと友の仇を追ってきたヒーローと、
それを頂点から睥睨していた悪の親玉との対面といった構図である。
強大な敵に立ち向かう悲劇のヒーローを、神は決して見捨てない。
与えられた聖なる剣をその手に、英雄は悪に挑むのだ。
慈悲深き勇者は倒れた仇敵に手を差し伸べ、魔王は感涙に咽びながら許しを請う。
悪の栄えたためし無し、世は全てこともなし。おめでとう、神は全てを知らしめす。
かくして物語はハッピーエンド、めでたしめでたし。
吐き気が、した。
神などいないのに。
テリーは殺されてしまったのに。
ハッピーエンドを保障する、優しい神などどこにもいないのに。
気がつけば、ロックは笑っていた。
「く、くくっ……くくくく……そうか、仇討ちというわけか」
「何が可笑しい?」
笑いが止まらない。哀れで滑稽で仕方がなかった。
楓もロックもここに至るまでにその手を血に染めている。
それもルガールが賞賛するほどの無慈悲な手段で。
命を刈った手は自分も楓も何も変わらないというのに、
己が本質に目をそむけてまで何を正義面する必要があるというのか。
目の前の男は真実自分の鏡像だ。
何よりも遠いようで、実のところ背中合わせのように、近い。
「上等だ、やってみろ。あくまで自分こそが正しいと言い張りたいのならな」
「………何?」
楓の神気と殺気を受け、ロックの内の暗黒は戦いの予感に歓喜する。
圧倒的な力を持つ神人を前にしてなお、彼は不敵に笑っていた。
「……来いよ。お前も殺してやるさ、そこの赤毛の剣士のようにな」
「――――――――――!!」
―――――赤毛の剣士?守矢を?
―――――殺した!こいつが!
震える声で、楓は問いかけた。
「お前が、ロック、か?」
「ああそうだ。俺の名は、ロック・ハワード」
ロックの静かな声は、楓の意識を奥底から揺さぶった。
それは、ずっと凪の水面のように静かだった楓の心に細波を立てるには十分であった。
「そうか、お前が守矢を……」
ばち、と空気を弾く音を立てて封雷剣が震えた。
封雷剣は脈動する。
今代の主の心のざわめきに耳を傾ける。
楓もロックも知らなかった。封雷剣は、異界の神器のかけらだということを。
強大すぎる力ゆえに八つに分けられた、その神器名を、アウトレイジという。
その力の本質は、自らが雷光を発することではなく、
持ち主の精神力そのものを増幅すること。
楓が違和感に気付いたころにはもう遅い。
「―――――!?」
激怒の、そして背徳の名を冠する武器の一部は、楓の戦意を確かに受け取り、
今まで黙って受け止めていた青龍の力を何十倍にも増幅して楓に叩き返した。
「ぐおあああああああああああーーーーー!」
断末魔にも似た絶叫と轟音がハワードアリーナを揺るがした。
指向性を失い荒れ狂った雷が、部屋中のオブジェを次々に舐め吹き飛ばしていく。
過剰な電気に打ち据えられた計器が悲鳴を上げ、耳障りな音とともにスクリーンが暗転した。
彼の城が崩壊してゆく中、壊れていく英雄を、魔王は微動だもせずに見つめていた。
今まで一度たりともこの青年と会ったことはないのに、
いざ彼が壊れるのを見るのには奇妙な感慨があった。
「………楓」
「………て、やる」
「……ああ、そうだ。お前はそれでいいんだ」
それでこそ、俺を俺として存在せしめるには相応しい相手だ。
それでこそ、俺を俺のまま消し去るには相応しい相手だ。
「殺してやる……殺してやる、殺してやる!ロック・ハワード!」
目の前に転がってきた守矢の死体を躊躇いも無く踏み潰し、楓は吼えた。
激情に支配されたその声は奇妙に歪んでいて、彼が以前戦った炎の神にどこか似ていた。
【楓(軽度の負傷) 所持品:封雷剣、探知機(有効範囲1q程度、英語表記)
目的:ロック・ハワードを殺す】
【ロック・ハワード(それなりに消耗) 所持品:デリンジャー、ワルサーP99 火炎放射器 ワルサーPPK
目的:1.楓を殺す 2.自分より弱いものは全て殺す】
【現在位置:3区ハワードアリーナギースの隠し部屋(半壊)】
【八十枉津日太刀は壁に刺さったままです】
>>327 『2日目、夕方』より下を以下に差し替え
『2日目、夕方。雨が降ってきた。例の、大規模な光線兵器だろうか、あの光をまた見る。その後、半裸の青年を助ける。
民家に入り彼の手当て。今は葵君が隣で彼を見ている。目立った外傷もない。しばらくすれば目を覚ますだろう。』
「半裸の青年?」
「そこやおまへん。ここからどす」
溝口のことはあまり思い出したくないのだろう、先を続けようとする葵。なにか思い出し、せや、とつぶやく。
晶を手招きして自分の横に座らせる。二人でノートを覗き込むような形になる。
葵はチラ、と部屋の一部に目をやり、大きめの声で再び読み始めた。
晶がすこし怪訝な顔になる、葵の性格ならば、一緒に読む場合隣に来るのではないか。
それ以前に、隣に呼んでなお、朗読する意味があるのだろうか。
「葵・・・」
言いかけてノートの文字が目に留まった。晶の言葉は喉を逆流し、胸へ返る。
葵の澄んだ声が、ハガーの遺志を部屋に響かせていた。
>>329(順序は328の上)
以下に差し替え
『2日目、夜→放送が流れた。先ほどの彼はミゾグチというらしい。豪快な青年だ。それは置いて、
今回の放送までで判ったことをこの機会にまとめよう。重要な点は3つだ』
『1.ジョーカー:これは前回もいた。主催の思惑を代行する参加者。今回もいるようだ。出会ったら戦闘になるだろう。彼らは主催者の
指令なくしては動かないため、なんらかの目的がなければ接触してこないだろう』
『2.首輪:反抗勢力や、逃走する者を主催が殺す最後の手段。なんとかはずせないだろうか。外そうとすれば主催者側に伝わり爆破される
この首輪には盗聴器かショックに対するセンサーでもついているのだろうか?』
『3.マーダーの公表:これは意外だった。しかしこの中にジョーカーはいないだろう。しかしなぜ?
普通に考えたらこれはマーダーを避ける要因にしかならない。因縁のあるものでもいるのだろうか』
『絶望的な状況であることは間違いないだろう。打開策を見つけなければ、最後の一人になるまで・・・』
葵の声が止まる。残りのページをパラパラと最後までめくって見せる。
もう一度ページを戻し、噛み締めるように、黙って読み返す。それを終えると晶と葵は互いに顔を見合わせ。一つ頷いた。
晶は自分のノートの最後のページに、ハガーのメモの要点を書き写した。
ノートは晶の荷物袋の底に、用心深くしまわれた。
>>328 冒頭を以下に差し替え
しかしながら以上は真実ではない。
真実は薄い薄い扉に守られていた。
すなわち、次のページ。
『注意:善意ある君よ。この先に真実がある。ここから先、決して声を出して読んではいけない。』
>>同じく328
2−2を削除、2−3を以下のように変更
2−2.結界:この首輪にはそれぞれ特殊な力で作られたフィールドに包まれているのだという。これを裏付ける事実を思い出した。
前回、爆薬かなにかで死亡した参加者がいた。その死体を見た時、私は妙な違和感を覚えたのだ。
かなり大規模な爆発の跡にもかかわらず、首輪の爆弾が誘爆するどころか、首輪だけ、傷一つなく残っていたのだ。
マニュアルには、一定の衝撃を超えると全て無効化する、という説明があった。
>>330-331 以下に差し替え
『3.監視体制:気づいるだろうが、我々参加者の行動は監視されている。それは主に2種類。首輪による位置と生存の確認。
もう一つは街中に配備された監視カメラによる。逆に言うと、首輪にはこちらの詳細な行動を把握する機能はついていない。
現在いる家にもわかるだけで3つのカメラを確認した。数は半端ではないだろう。しかし、この広い街の全てをもらさず監視することは
きわめて難しいと想われる。死角があるはずだ』
『4.主催者の所在:前回は空だった。巨大な空中戦艦というのだろうか、そういうものに乗ってゆっくりと優勝した私の上から降りてきたのを覚えている。
しかし今回は違う。あの光線兵器の存在である。あれはおそらく衛星兵器、だとすればこの街の上空にいれば高度に関わらずあの光線を
被弾する恐れがある。もちろん衛星の起動を確認してから移動することも可能ではあるだろうが、リスクが大きい。前回と違い大規模で
何日かかるか判らないこのゲームで、ずっと空中にいるには燃料などの問題もあるだろう。次の候補は海。これも違うと考える。
なぜなら船は沿岸からの発見が容易であること、また、空と同様、例の光線兵器のみならず通常の兵器でも大型の火器ならば狙われる可能性があるためだ。』
『5.推論及び今後の方針:
5−1.首輪について、これをはずした場合、主催のとり得る行動はジョーカーによる処分、直接的な排除の2つしかなくなる
これこそが参加者を縛る鎖であり、このゲームの崩壊の要でもある。以下に無効化の手段を記す。無効化すれば普通にはずすことが可能だ。
1つは死ぬこと。といっても実際に死ぬことではなく、首輪のセンサーに死亡した、と認識させることである。しかしながら
意図的に心臓を止め、蘇生する。そんなことが可能だろうか?
もう1つは手順に沿ってはずすことだ。2−2で触れたとおり、この首輪は特殊なフィールドに覆われている。
これを解除するには同質のエネルギーをもって中和するしかないらしいのだが、このエネルギーというのが厄介である。
衝撃を無効化する故に、攻撃に向くエネルギー、炎や雷といったものは全て使えない。攻撃性を持たない純粋なエネルギーでのみ中和される。
多くの武道を極めたものがいると考えられる今回だが、それゆえに「戦わない力」を探すのは困難を極めそうだ。
運良くフィールドを消しても、次に必要になるのが解除プログラムである。これを作れるものを見つけることもまた、困難だろう。
一部の兵士が持っている可能性、ハッキングによる入手、解析した上での作成、全てを考慮してもやはり・・・
そして解除した後には例の監視カメラの問題がある。解除した場合主催側には死亡扱いになるはずだが、死んだはずの人間がカメラに写る、
そのスタンスが反抗であろうと脱出であろうと、確実な妨害が予想される。カメラは多すぎて破壊しても焼け石に水である。
監視のシステムそのものをなんとかせねばなるまい。
5−2.主催者の所在に対する推論:4で書いた理由から、主催者は今回、地下のシェルターのような場所にいると考える。
万が一の時に直接介入するため、必ずこの街のどこかにいるはずだ。もっとも、位置が特定できても首輪とカメラがある限り突入前に果てる可能性が極めて高い』
そしてさらにめくったページにある文が以下である。
『カメラのある場所で書いたため、このノートの存在は主催側にバレている。幸い内容が見えるような書き方はしてないが、前回優勝者の私が残したメモを主催側が放置するとは考えにくい。このノートを持った君に危険が及ぶだろう。
そこでだ、君はこのノートの文を、真実のページを除いてわざとカメラと盗聴器のある場所で読み上げてほしい。
このノートを、無価値な物であると主催側が認識すれば、少なくとも積極的に狙われる可能性は下がるだろう
君の安全のためにも、よろしくお願いしたい』
そこから数十ページの白紙。
裏表紙の直前。
ノートの最後のページ
『幸運を祈る
マイク・ハガー』
と書かれ、希望の扉は閉められていた。
知る者は2人。記された物は2冊。
1人の男から放たれた希望の光はゆっくりと確実に広がってゆく・・・
【結城晶 現在地:三区・建物内 所持品:大学ノート(死亡者の名前とハガーメモの要点写し)と鉛筆 目的:響を探し出し、葵と響を守る】
【梅小路葵 現在地:三区・建物内 晶と同行中 所持品:釣竿とハガーのノート 目的:響を探し、晶たちとともに生きて帰る。剛を倒す】
楓は吼えた。
守矢を殺したのが目の前の青年だと知って、もう何も考えられなくなった。
眼前で敵を討ってやろう、
そう思って持ってきていたはずの兄の遺体を自ら踏み潰したことにすら気付けないほどに。
「っがああああああ!」
激情の命じるままに封雷剣を振るう。青白い電撃が蛇のような軌道を描いてロックの元に殺到した。
少しでもかすれば、ロックの体は足元に散らばる仏像の残骸とそう代わらぬ有様になるだろう。
だが部屋のオブジェをいとも簡単に焼き砕いた雷光は、
その全てがロックの目前で奇妙に曲がり彼の元までは届かなかった。
「!?」
「……余計なことを」
ロックが不機嫌そうに鼻を鳴らす。
見れば、彼の斜め後ろの壁に、ロックのそれと同じほどに暗い気を纏った刃が突き刺さっている。
ロックに当たろうとした雷光は、全てそれに引き寄せられ漆黒の刀身の中に消えたのだ。
「常世の使いの剣……!何故こいつに味方する!」
猛る青龍を、八十枉津日太刀は嘲笑していた。
お前が無様に狂う様をじっくりと見たいだけだ、何が悪い、と。
「どうした楓。お前のその剣は飾り物か?」
ロックの声で、楓は我に返った。間髪いれず飛んできた銃弾を、封雷剣で受け止める。
「………馬鹿にしやがって!」
剣でなく、拳が飛んだ。虚をつかれたロックの対処が一瞬送れる。
ロックが楓の手を外すより早く、楓はロックを片腕で振り回し全力で床に叩きつけた。
細身の外見からは想像もつかないような腕力である。
肺の空気を無理矢理叩き出され、一瞬ロックの呼吸が止まった。
「死ねよ!死んで常世で守矢に謝れっ!」
床に縫いとめようと突き出された刃を、ロックは身をよじって避けた。
起き上がりざまに烈風拳を放ち、一旦楓と距離を離す。
「誰かと似たようなこと言う奴だぜ…」
床を転がったロックの視界の端に、
そろそろ胸の悪くなるような臭いを発し始めた金髪の女の死体がちらりと映った。
弾けたざくろの様な顔面は、ロックを恨めしげに見つめている。
あわよくばあの轟雷の中で消し炭になっていてくれればいいと思ったのだが、
世の中そう上手くはいかないらしい。
あるいは、死者の怨念という奴か?
―――――それにしても、次々厄介な剣に出会うもんだ。
ロックは己の運の悪さに苦笑する。
常時電撃を纏ったあの剣に、あの女や侍を退けたような戦法はうかつには使えない。
下手に刀身に触れるようなことがあれば、感電死するのが落ちだからだ。
剣の直撃こそ避け続けているが、その太刀筋がロックを掠める度に、
彼の身体や衣服のあちこちに痛々しい焦げ跡がひとつふたつと増えていく。
―――ダカラ言ッテイルダロウ、アノ雷ニ勝チタクバ我ヲ使……
「黙れよ」
魔剣の誘惑を、ロックは一蹴した。
状況は明らかにロックに不利だったが、それでも彼の心はこれまでになく高揚していた。
「どうした…」
太刀筋の一つ一つに込められた楓の敵意、殺意。
「来いよ」
剥き出しの心で向き合わねば意味がない。
「俺を…」
そうでこそロックは、
「……殺してみろ!」
ほんの少しの間だけでも全てを忘れて飛んでいられるのだから。
翼のような鈍い光をその背に背負い、ロックは雷の化身に向かって疾駆した。
――――殺せ、殺せ、殺せ、殺せ!己から全てを奪ったこの男を殺せ!
――――認めるな、その存在を認めるな!常世の瘴気にも等しき闇の存在を認めるな!
楓の意識は、限界を超えた激情の奔流に耐え切れず漂白し続けていた。
脳の内側で、ただ青白い火花が乱舞している。
「―――――!」
心を占めるのは唯一つ、この男を殺さねばならないという圧倒的な義務感のみ。
楓は目の前に迫ってきたロックに対し、半ば本能的に剣を振りぬいた。
「!」
封雷剣が薙いだのはロックの残像だけだった。
すれ違い様に身を沈め剣尖を交わしたロックの手が、楓の衣に伸びる。
投げられる、彼がそう自覚する前に視界が凄まじい勢いで一回転し、その体が宙に舞った。
「っらぁ!」
「――――!」
暗黒の気を宿した拳が、隙だらけのまま落下してくる楓に叩きこまれようとする。
だが、その拳が楓の体を貫く前に、楓の放った雷撃の刃がロックを打ち据えた。
「………っ!」
集中できない状態からのごく弱い雷撃ではロックを消し炭にすることは適わない。
それでも、彼の全身の筋肉に悲鳴を上げさせるには十分であった。
だぁん!
電撃を受け一時動けなくなったロックの横で、楓は背中から床に落ちた。
二人とも意識ははっきりしているが、すぐには次の攻撃には入れない。
荒い息をつきながらロックが体勢を立て直し、楓が幽鬼のように立ち上がる。
「…………殺してやる」
「………やってみろって、言ってるだろ」
触れれば切れるような殺意を宿し、二対の緋色の視線が交錯した。
楓が袈裟懸けに剣を振るう。
ロックが横に軸をずらしてそれを避ける。
剣を空振りして出来た隙に、ロックが突進し拳を叩きつける。
楓が空いている左手でそれを払いのける。
ロックの放つ銃弾は、ことごとく神剣に払われて楓の元までは届かない。
呪われた舞台の中心で、英雄と魔王は舞踏する。
銃声が響き、雷鳴が轟き、
剣と拳が交錯し、閃光と暗黒がぶつかり合った。
秋風に、さざなみが歌う。秋風に、リコリスが揺れる。
子供のころ、ロックは腕白で、いつだってテリーに諌められていた。
喧嘩をしてぼろぼろになって帰って来て、テリーに叱られることもよくあった。
彼とて父親の経験があったわけではなく、
自分を育てるのにはきっと苦労していただろう。
テリーの周りには何時だってサウスタウンの楽しい仲間たちがいて、
ロックを憧れさせるのはいつでもそんな彼等の楽しそうな姿だった。
それは、己と養父の血で塗りつぶした遠い思い出。
もう思い出せないほどに壊れた、遠い遠い思い出。
己の手で破り捨てた筈の、なによりも悲しい思い出。
『いいえ、あなたはテリーの息子。いくら頑張っても、ハワードにはなりきれない』
『………あの世で、テリーと待ってるわ』
闘い続けるロックの耳に、聞こえる筈の無い女の声が聞こえた。
「―――――!」
舞うように楓の斬撃を避け続けていたロックが、その時ぐらりとバランスを崩した。
何度目になるか分からない斬撃を跳んで避けられた楓が、
転がっていた女の死体をロックの着地点に向けて蹴り入れたのだ。
ただの障害物であればそうも行かなかったろうが、
踏み潰され飛び散った脳漿と脳髄が、ロックの足を滑らせる。
「てめっ………」
ロックが膝を突く。耳を塞ぎたくなるような嫌な音がして、
赤とも白とも突かない飛沫と金の髪の残骸がロックの服を汚した。
転倒こそしなかったが、それがロックにとって致命的な隙であることは
その場にいた二人ともが承知していた。
「終わりにしてやる……」
天井を破り、天から一条の雷光が下る。
それは楓が担ぐようにして背に回した封雷剣を直撃し、刀身に鮮やかな青白い輝きを添えた。
「―――――!」
神の怒りに、空気が白熱する。
その全身に全てを焼き砕く雷光を従え、楓はロックに向かって突進した。
青龍の咆哮を聞きながら、ロックは無意識のうちに右拳を引いていた。
拳に、陽炎のような気が宿る。
それは、闇を打ち払う輝きの拳。もう二度と使うまいと思っていた、テリーの教えてくれた技。
格闘家の拳が言葉ほどにものを語るというなら、
結局それがロック・ハワードの本質だったということなのだろうか。
「シャイン――――」
「おおおおおおおお―――――――っっ!!」
「ナックル!」
極限まで膨れ上がった二つの光が炸裂する。
閃光が、吹き飛ばされたロックの身体と、そして彼に弾き飛ばされた雷の剣を一瞬だけ照らし出した。
秋風に、彼岸花が揺れる。
「―――――――」
ロックは全身から煙を上げながら、壁に寄りかかって座り込んでいた。
あの瞬間、楓の纏った雷はロックの横にあった魔剣に吸い寄せられわずかに彼から軌道をずらした。
結果として一瞬で消し炭になるのは免れたものの、全身の火傷は既に致命的なレベルに達している。
もうどう足掻いても助かる見込みはないだろう。
肩越しに見れば、かつて魔剣が刺さっていた壁面は完全に崩壊し、
今までスクリーン越しにしか見れていなかった風景が見えている。
痛む身体に鞭打って深呼吸をした。
隠し部屋にこもっていた時間はそう長くなかった筈だが、
外気を吸うのは随分と久しぶりのような気がした。
「――――――?」
目にかかる前髪をかきあげようとして、右腕が根元からなくなっていることに気付く。
溜息をついて左手で前髪を上げたところで、かすれ気味の弱弱しい声がかかった。
「…………何故だ」
ふらふらと立ち上がった楓が、ロックの元に歩み寄る。
楓は怒りも悲しみも使い果たしてしまったのか、心底疲れきったような顔をしていた。
「…………」
「………なぜ守矢と響を殺した、ロック・ハワード」
なぜ、と聞かれても答えられるわけが無い。
守矢の死因を作ったのは、本当はロックではないのだから。
「………答えろよ」
口を動かすのも億劫だったが、それでもあえてロックは答えてやった。
「――――弱かったからだ。だから、そいつらは死んだ」
「それだけかよ」
「ああ、それだけだ。……どうした、何故殺さない?」
「……謝れよ」
楓がロックの胸倉を掴んで無理矢理引き起こす。
「謝れよ、謝れよ、謝れよ!………死ぬ前に守矢に謝れよ!」
言っていることがさっきと真逆だ。いまさら人を殺すのが怖くなったのか。
がくがく揺さぶられながら、ロックは心中で苦笑した。
それに、謝って済むものならば、最初から謝って終わらせている。
それが出来ていれば、テリーは死なずに済んだのだ。
テリーの命を踏み倒してまで自分はこの道を選んだのに、
最後の最後で道を逸れるような真似が出来るわけがあろうか。
焼けた唇を吊り上げ、ロックは笑った。
「……楓、そういえばあんたに言っておくことがあった」
「何?」
「まだ生きている者に止めを刺さないのは、傲慢なんだそうだぜ?」
「――――!?」
あいつの言うことは正しかったさ。
そう甘い態度でいるから、お前は目的の一つも果たせずに終わるんだ。
現実を知ったお前がこの先どうなるか、地獄の底から見ていてやるよ。
「あばよッ!」
どん!
ロックの焼け残った左腕が、楓を突き飛ばす。
予期せぬ抵抗に不意を討たれた楓は思わず手を離し、そして目を見開いた。
反動で仰向けに倒れるロックの背後には
――――――空が。
「ロック!貴様ああああああああ!」
楓は絶叫した。
「はははははははははははははははははははははははははっ!」
世界が反転する。視界いっぱいに青空が広がる。
気がつけば、ロックは狂ったように哄笑していた。
楓に対する嘲笑と、己のふがいなさに対する自嘲と、
復讐の連鎖から逃れられたことの歓喜がない交ぜになっていた。
道半ばだったが、これで終わりだ。
結局、自分は生き残れなかった。それだけでなく、最後の最後で結局テリーに甘えてしまった。
情けないことこの上ない。約束違いも甚だしい。
―――だからさ……
瞳を刺す太陽のまぶしさに、ロックは目を細めた。
―――だからさ、地獄に落ちる前に、一度だけでいいから思い切り叱ってくれよ、テリー
全身で自分の頭蓋を打ち砕く鈍い音。それがロックの聞いた最後の音になった。
楓はへたりこんだまま、呆然と虚空を見つめていた。
ばさばさばさ――――
ねぐらを乱された烏が数羽、楓の目の前を下から上へと舞い上がっていく。
「何でだよ」
追い求めた仇敵までもが、楓の手の届かないところに行ってしまった。
もう楓に守矢と響の敵は決して討てない。ロックに、何を償わせることも出来ない。
「何でこうなるんだよ」
「俺のせいかよ」
楓の言葉を否定してくれる相手は何処にもいなかった。
『生きている者に止めを刺さないのは、傲慢なんだそうだぜ?』
ロックの残した言葉が、楓の空ろな心にしこりのように引っかかっている。
「―――――――」
暫くして、楓は立ち上がった。
暗赤色の瞳に、理性の光は無い。人間としての心はとうに灼ききれていた。
このまま死ぬまでここにいてもいいとさえ思っていた。
だが、彼の内の青龍は望んでいない。
瑣末な、仁を忘れた一部の人間達のために、自らが常世に逝く事を望んでいない。
だから楓は殺すだろう。
ただ純粋に、悪意のかけらもないままに、目に映る人間たちを殺すだろう。
自分が生き残るために。
ロック・ハワードと、同じように。
秋風に、枯れ果てた金色のすすきが歌う。秋風に、不吉に赤い彼岸花が揺れる。
それは、昏い悪夢に塗りつぶされた遠い思い出。
もう思い出せないほどに壊れた、遠い遠い思い出。
楓は封雷剣を片手に、おぼつかない足取りで半壊した部屋を出て行った。
【楓(自我喪失、覚醒状態) 所持品:封雷剣、探知機(有効範囲1q程度、英語表記)
目的:参加者を全て殺し自分が生き残る】
【現在位置:3区ハワードアリーナ】
【八十枉津日太刀はハワードアリーナのどこかに落ちています。
ロックの所持品は全て放置、但し銃器類はほぼ全て弾丸切れです】
【ロック・ハワード 死亡】
『……ミリア・レイジ、譲刃漸。以上12名だ』
納品所宿直室の片隅で、アランは5回目の定時放送を聞いた。
ゼンが死んだ。
数時間前に送られてきた重要人物リストに彼の氏名が記載されていなかった時点で予測はして
いた事だ。今更驚きはしない。
ただ気体のように漠然とした喪失感だけが脳裏に滲んだ。
日守剛は分解したウージーの銃身を胴着の袖で隅々まで磨いている。行動一つ一つに全くと
言っていい程余念がない男である。
アランは机を挟んでその様子を眺めながら、ゼンが脱落したのはきっと剛のような賢しさとも
呼べるしたたかさが欠けていたからだと思った。
視線に気付いたのか、剛は手を止めずにアランを一瞥した。
「坊ちゃん刈りの奴はどうしてる」
「拳崇か。まだ表で見張りやってるよ。もう少ししたら戻ってくるだろ」
「そうか」
しばらくの沈黙の後、剛は再び口を開いた。
「12名か。順調なペースで死んでるな」
「順調どころか早過ぎる。序盤の死亡者数が以上だっただけだ」
「まあ今日明日以降はそうも行かなくなるだろう。俺達の仕事もそれまでだ」
「……不思議なもんだな」
ふっとアランは笑った。剛が微かに眉をひそめる。
「何なんだいきなり」
「あんたと喋ってると毎日ここで人が死にまくってる現状への違和感が薄くなる。二日前まで
は想像もつかなかった事だ。こうやって慣れていくんだな、自分でもわかる」
「環境に巧く適応した者が常に勝つ。順応性も一種の才能だ」
「その意味ではあんたに勝る奴はいないだろう」
「どうだか。俺の知ってる連中はまだほとんど生き残ってる。奴らも”適応”しているんだ。
そっちの知り合いは生きてるか」
「一人死んだよ」
「ほう。残念だったな」
「そうでもないさ」
倦怠そうに椅子から腰を上げる。
「何処へ行く?」
「外気に当たってくるだけだ。ずっと引きこもり状態だったせいでもやしになりそうなんだ。
何かあればすぐ戻る」
「死体になって帰ってくるなよ」
「はは、冗談きついぜ」
裏口から朝日が光り輝く外に出ると、涼秋の冷気が頬に当たった。
夜半の雨は上がり、広がる空は何処までも青く透明だった。所々水溜まりの残るアスファルト
の路面に、暖かい陽光が繊細な模様の影を描き出している。
街は静謐さに満ち溢れていた。
こんな清々しい天気の元で、今日も皆が互いに殺し合う。あまりにも醜悪なブラックジョーク
だとアランは思う。
北へ向かってしばらく歩いた後、彼が足を止めたのは商店の焼け跡の前だった。
忌まわしい墓場。
数箇所で未だくすぶる黒い煙が、あの陰惨な争いが決して幻ではなかった事を主張していた。
彼がここを再び訪れた理由は、エリ・カサモトの遺留品である封雷剣を回収する為だった。常識外の力を秘めたあの
武器がエリのような無差別殺人派の手に再び渡った場合、アランだけでなく参加者全体の脅威
になる。不安要素は事前に取り除いておきたかった。
当然ながら自分が殺した人間の死体が転がる建物に入るのは並ならぬ抵抗があったが仕方ない。
アランは意を決して半壊した入口に近付いた。
その時彼は積もった灰の中に一組の靴跡があるのを見つけた。
406 :
403:05/02/16 04:25:31 ID:???
後程続き貼ります(;´Д`)
『……ミリア・レイジ、譲刃漸。以上12名だ』
納品所宿直室の片隅で、アランは5回目の定時放送を聞いた。
ゼンが死んだ。
数時間前に送られてきた重要人物リストに彼の氏名が記載されていなかった時点で予測はして
いた事だ。今更驚きはしない。
ただ気体のように漠然とした喪失感だけが脳裏に滲んだ。
日守剛は分解したウージーの銃身を胴着の袖で隅々まで磨いている。
行動一つ一つに全くと言っていい程余念がない男である。
アランは机を挟んでその様子を眺めながら、ゼンが脱落したのはきっと剛のような賢しさとも
呼べるしたたかさが欠けていたからだと思った。
視線に気付いたのか、剛は手を止めずにアランを一瞥した。
「坊ちゃん刈りの奴はどうしてる」
「拳崇か。まだ表で見張りやってるよ。もう少ししたら戻ってくるだろ」
「そうか」
しばらくの沈黙の後、剛は再び口を開いた。
「12名か。順調なペースで死んでるな」
「順調どころか早すぎる。序盤の死亡者数が異常だっただけだ」
「まあ今日明日以降はそうも行かなくなるだろう。俺達の仕事もそれまでだ」
「……不思議なもんだな」
ふっとアランは笑った。「何なんだいきなり」
「あんたと喋ってると毎日ここで人が死にまくってる現状への違和感が薄くなる。
二日前までは想像もつかなかった事だ。こうやって慣れていくんだな、自分でもわかる」
「環境に巧く適応した者が常に勝つ。順応性も一種の才能だ」
「その意味ではあんたに勝る奴はいないだろう」
「どうだか。俺の知ってる連中はまだほとんど生き残ってる。奴らも”適応”しているんだ。
そっちの知り合いは生きてるか」
「一人死んだよ」
「ほう。残念だったな」
「そうでもないさ」
倦怠そうに椅子から腰を上げる。
「何処へ行く?」
「外気に当たってくるだけだ。ずっと引きこもり状態だったせいでもやしになりそうなんだ。
何かあればすぐ戻る」
「死体になって帰ってくるなよ」
「はは、冗談きついぜ」
「……?」
先客がいるのだろうか。
アランは屈んで、足跡を子細に観察した。
大きさからして男物の靴だ。靴跡に付着した泥が乾燥しているところからすると、何時間か前の物らしい。
そうなるとここを訪れたと見られる人物は既に立ち去っている可能性が高かったが、念の為
ワルサーの安全装置を外して中へ踏み込んだ。
鉄筋コンクリート製の外壁とは正反対に、内装はほぼ全焼だった。
焦げた臭いが辺りに充満している。
あの時もし部屋の窓が閉まっていたら、今頃自分も黒炭と化していたと思うと複雑な心境になる。
アランは注意深く店内を歩き回ってみたが、封雷剣とおぼしき物は何処にも見当たらなかった。
そんなはずはない。
エリとの戦闘中、弾き飛ばされた封雷剣が1階に落ちるのをこの目で確認した。床に落ちる音も聞いている。
となると残された可能性一つ。
持ち去ったのはおそらく例の足跡の人物と見て間違いないだろう。
(まずい事になったな…)
もっと早く来るべきだったと後悔しながら何気なく足下を見やると、倒れた商品棚の下から
レンズのような小型の機械が覗いているのに気付いた。ひしゃげて内部の部品が飛び出している。
アランはそれを拾い上げると指で軽く煤を払った。
超小型の監視カメラである。
多分本部が仕掛けた物だろう。表面は熱で溶解して形が崩れている。
他にも店内にはまだ至る所に設置されているはずだが、この火災では全て機能を失っているに違いない。
中からコードを引きずり出す。
色々いじり回した結果、高精度の集音マイクが内蔵されたカメラである事がわかった。
1台で盗聴器の役割も兼ねているわけだ。
今まで首輪に盗聴器が埋め込まれていると予想していたが、どうやら違うらしい。
有益な発見である。ここを訪れたのも全くの無駄足ではなかったようだ。
(……そろそろ出ないと怪しまれるかな)
あまり長居をしても本部からあらぬ疑いを掛けられる。
店内の監視カメラは機能していなくても、外のカメラはアランが建物に入る姿をしっかり映しているはずだ。
後で製造メーカーでも調べてやろう、と分解したカメラをポケットにしまい込んでその場を立ち去った。
銃のメンテナンスを終えた剛は壁の時計を見上げた。
8時50分。
アランはまだ戻らない。
「何処をほっつき歩いているんだか…」
彼の行動は予測がつかない。
会話の中でも色々探りを入れてみたが、何を考えているのか全く読み取れなかった。
自分自身の事は一切語らない。こちらが尋ねれば巧みにはぐらかす。厄介な手合いだ。
その点拳崇の方はかなり扱いやすい。思考と行動がダイレクトに直結している。
当人は一応隠しているつもりなのだろうが、剛には彼の思惑など手に取るようにわかっていた。
そう言えば昨晩から彼の態度が急に堂々としていた。
どうせアランに適当な事を吹き込まれて有頂天になっているのだろう。
まぁ捨て駒の事などどうでもいい。妙な真似をしたら殺すだけの話だ。
剛は携帯を取り出し、登録された番号をプッシュした。
短い呼び出し音の後、オペレーターの若い女が電話口で応答する。
「ルガールに繋いでくれ」
ややあって本人が出た。
――お前の方からとは珍しい。何かあったか。
声にやたら張りがある。シナリオ通りにゲームが進行していて御満悦と言った様子である。
剛は挨拶抜きで単刀直入に切り出した。
「頼みがある。始末させて欲しい奴がいる」
――ふむ、誰だ。
「梅小路葵と結城晶。
特に梅小路には俺の役割が知れている。今後生き残られると都合が悪い」
言ってはみたものの、まず拒否されるだろうと半分諦めていた。
死に損ないの葵の動向には、賭博に参加しているVIP達の期待が集まっているらしい。
それを主催側で簡単に殺してしまえば彼らの不満が噴出するのは明らかだ。
数秒間沈黙の後、ルガールから返ってきたのは意外な反応だった。
――構わんだろう。実はその2名は少々面倒な事になって来ている。
「と言うと?」
――彼らに本部の内部情報が漏れている。
どうも女の方が例のハガーと言う男と接触したのが原因らしい。
今のところ大した情報は把握されていないようだが、危険な芽は早めに潰すに越した事はない。
「成程…だが”連中”は文句を垂れないのか」
――彼らもゲームの内情が世間に露見する事を恐れている。自分達の地位が脅かされる可能性が
あるとすれば呑気な事ばかりも言っていられまい。
「いちいち自分勝手なものだな、金持ちとやらは」
――そうして姑息に振る舞いながら彼らは地位を築き上げて来たのだ。お前も少し見習うといい。
「反吐が出る。…じゃあ2人に関しては俺に一任でいいんだな?」
――許可しよう。だが連中を消しても気は抜けないぞ。
特にヒメーネはお前には死んでもらうつもりらしいからな。
「そりゃどう言う事だ」
――何やら裏で色々小細工をしているようだ。
私が関知していないと思っているのかね。あれの処遇は後程考える。
「ふん。いざとなればあの女にも首輪付けて会場に放り込んでくれてもいいんだぞ」
――くくく…なかなか言うな。
剛は電話を切る前に一つだけ質問をした。
「そうそう。禁止エリア発動の件はまだ先になりそうか?」
――ああ。この調子なら生存者数が20人を切ってからでも充分だろう。
「…わかった。また連絡する」
短く答えて電話を切る。
ひとまずはこれで目障りな邪魔者が消える。
待ってろ雑魚共。
暗闇のようなマカロフの銃身を見つめながら剛は1人で呟いた。
【日守剛 所持品:USSR マカロフ、ウージー、コンドーム、携帯電話(アランの連絡先登録済)
目的:J6の意向を受けゲームを動かす
現在位置:1区ショッピングモール内宿直室】
【アラン・アルジェント 所持品:PPKワルサー(残り7発)、携帯電話(剛の連絡先登録済)、折り畳みナイフ
目的:ゲームを内側から壊す、プローブの情報を盗む為に本部へ潜入
現在位置:1区北部商店の焼け跡】
>>408-409間に以下挿入
裏口から朝日が光り輝く外に出ると、涼秋の冷気が頬に当たった。
夜半の雨は上がり、広がる空は何処までも青く透明だった。所々水溜まりの残るアスファルト
の路面に、暖かい陽光が繊細な模様の影を描き出している。
街は静謐さに満ち溢れていた。
こんな清々しい天気の元で、今日も皆が互いに殺し合う。あまりにも醜悪なブラックジョークだ、とアランは思った。
北へ向かってしばらく歩いた後、彼が立ち止まったのは商店の焼け跡の前だった。
忌まわしい墓場。
塗装が剥げ落ちて煤けた外壁や、数箇所で未だくすぶる黒い煙が、あの陰惨な争いが決して
幻ではなかった事を主張していた。
ここへ再び足を運んだ理由は、エリ・カサモトの遺留品である封雷剣を回収する為である。
常識外の力を秘めたあの武器を現場に放置しておくのは危険極まりなかった。
もしエリのような無差別殺人派の手に再度渡った場合、アランだけでなく参加者全体の脅威に
なりうる。不安要素は事前に取り除いておくべきだ。
自分が殺した面々の死体が転がる建物に入るのは些か抵抗があったが、我慢せざるを得ない。
下を向いて半壊した入口に近付いた時、積もった灰の中に泥だらけの靴跡を見つけた。