まんこ
ヴァンパイア:バレッタ、リリス
龍虎の拳:ジョン・クローリー、リョウ・サカザキ、藤堂竜白
餓狼伝説:タン・フー・ルー、双葉ほたる、不知火舞、ロック・ハワード、アルフレッド、山崎竜二、テリー・ボガード、ブルーマリー、ビリー・カーン
KOF:アッシュ、草薙京、レオナ、矢吹真吾、シェルミー、K'、ウィップ、八神庵、クーラ、マチュア、バイス、神楽千鶴、七枷社、クリス、二階堂紅丸、椎拳崇
マブカプ2:ケーブル
月華の剣士:一条あかり、真田小次郎(香織)、高嶺響、鷲塚慶一郎、楓(覚醒前)、御名方守矢
ジャス学:鑑恭介、エッジ、水無月響子
バーチャ:日守剛、梅小路葵、結城晶、ジャッキー・ブライアント、サラ・ブライアント、リオン・ラファール
DOA:かすみ、エレナ、あやね
サムスピ:ガルフォード、六角泰山、風間蒼月、風間火月、橘右京、タムタム、ナコルル、リムルル、緋雨閑丸、牙神幻十郎
ギルティ:ブリジット、紗夢、ミリア
SF:火引弾、ガイル、春日野さくら、かりん、春麗、リュウ豪血寺:クララ
ランブル:ガーネット、アラン、ゼン、ヴィレン
FHD:カルノフ、溝口誠
サイキックフォース:エミリオ
ワールドヒーローズ:ジャンヌ
ソウルキャリバー:ソフィーティア
式神の城2:ニーギ・ゴージャスブルー
ぷよぷよ通:アルル・ナジャ
メタスラ:フィオリーナ・ジェルミ、エリ・カサモト
ファイナルファイト:ハガー
わくわく7:ライ
悪魔城ドラキュラ:シモン=ベルモンド
KOF:アッシュ、草薙京、レオナ、矢吹真吾、シェルミー、K'、ウィップ、八神庵、クーラ、マチュア、バイス、神楽千鶴、七枷社、クリス、二階堂紅丸、椎拳崇、霧島翔
クイズ探偵ネオ&ジオ:ネオ
4様
+基本ルール+
・参加者全員に、最後の一人になるまで殺し合いをしてもらう。
・参加者全員には、<ふくろ><地図・方位磁針><食料・水><着火器具・携帯ランタン>が支給される。
また、ランダムで選ばれた<支給品>が1つから3つ、渡される。
<ザック>は特殊なモノで、人間以外ならどんな大きなものでも入れることが出来る。
・生存者が一名になった時点で、主催者が待っている場所へワープ
・日没&日の出の一日二回に、それまでの死亡者が発表される。
支給品はAcゲームにあるものを基本とするが完全にその限りではない(銃とかは出典なくてもOK、など)
支給品はそのキャラをはじめて書く人が説明を入れる
+首輪関連+
・参加者には生存判定用のセンサーがついた『首輪』が付けられる。
この首輪には爆弾が内蔵されており、着用者が禁止された行動を取る、
または運営者が遠隔操作型の手動起爆装置を押すことで爆破される。
・24時間以内に死亡者が一人も出なかった場合、全員の首輪が爆発する。
・無理に外そうとしたり、首輪を外そうとしたことが運営側にバレても爆発する。
・なお、どんな技に巻き込まれようと、誘爆は絶対にしない。
・たとえ首輪を外しても会場からは脱出できない。
+必殺技に関して+
・必殺技を使う=疲れる。
・超能力やD&Dの召喚系などのそういうのは多少の制限があります
・パワーアップは時間制限が原作に無くても、あり。
・回復系は効果半減
・キャラの必殺技などは書き手の判断と意図に任せます。
・全体技は使用者の視界
+戦場となる舞台について+
このバトルロワイヤルの舞台はサウスタウン。
主催者はルガールバーンシュタイン。
━━━━━お願い━━━━━
※一旦死亡確認表示のなされた死者の復活は認めません。
※新参加者の追加は一切認めません。
※書き込みされる方はCTRL+F(Macならコマンド+F)などで検索し話の前後で混乱がないように配慮してください。
※参加者の死亡があればレス末に、【死亡確認】の表示を行ってください。
※又、武器等の所持アイテム、編成変更、現在位置の表示も極力行ってください。
※人物死亡等の場合アイテムは、基本的にその場に放置となりますが他キャラによる強奪か拾得は自由です。
※本スレはレス数500KBを超えると書き込みできなります故。注意してください。
※その他詳細は、雑談スレでの判定で決定されていきます。
※放送を行う際は、雑談スレで宣言してから行うよう、お願いします。
※最低限のマナーは守るようお願いします。マナーは雑談スレでの内容により決定されていきます。
書き手の心得その1(心構え)
・この物語はリレー小説です。
みんなでひとつの物語をつくっている、ということを意識しましょう。一人で先走らないように。
・知らないキャラを書くときは、綿密な下調べをしてください。
二次創作で口調や言動に違和感を感じるのは致命的です。
・本スレにUPされた作品は、原則的に修正は禁止です。うpする前に推敲してください。
・巧い文章はではなく、キャラへの愛情と物語への情熱をもって、自分のもてる力すべてをふり絞って書け!
・叩かれても泣かない。
・来るのが辛いだろうけど、ものいいがついたらできる限り顔を出す事。
できれば自分で弁解なり無効宣言して欲しいです。
書き手の心得その2(実際に書いてみる)
・…を使うのが基本です。・・・や...はお勧めしません。また、リズムを崩すので多用は禁物。
・適切なところに句読点をうちましょう。特に文末は油断しているとつけわすれが多いです。
ただし、かぎかっこ「 」の文末にはつけなくてよいようです。
・適切なところで改行をしましょう。
改行のしすぎは文のリズムを崩しますが、ないと読みづらかったり、煩雑な印象を与えます。
・かぎかっこ「 」などの間は、二行目、三行目など、冒頭にスペースをあけてください。
・人物背景はできるだけ把握しておく事。
・過去ログ、マップはできるだけよんでおくこと。
特に自分の書くキャラの位置、周辺の情報は絶対にチェックしてください。
・一人称と三人称は区別してください。
・極力ご都合主義にならないよう配慮してください。露骨にやられると萎えます。
・「なぜ、どうしてこうなったのか」をはっきりとさせましょう。
・状況はきちんと描写することが大切です。また、会話の連続は控えたほうが吉。
ひとつの基準として、内容の多い会話は3つ以上連続させないなど。
・フラグは大事にする事。キャラの持ち味を殺さないように。ベタすぎる展開には気をつけて。
・ライトノベルのような萌え要素などは両刃の剣。
・位置は誰にでもわかるよう、明確に書きましょう。
FFDQ板からのコピペを一部修正
以上基本的なルールなどですが状況に応じて変わってゆきます。
細かなことはこのスレで話し合ってACBRを作り上げましょう
舞台、サウスタウンについて
ttp://www.geocities.jp/ffdqbr3rd/ac/battlemap.gifより 1PAOPAOカフェ 一番分かりやすいのでは
2地下鉄駅、とてもアンダーグラウンドな駅、イケナイ薬売りやらキマッテるバンドマンが居そうなところ。少し行けばビル街が立ち並ぶ。
3ハワードアリーナ とっても勘違いな日本風のでっかい屋敷がある、土地の無駄遣いとしか思えん
4 ボーナスステージ 腕相撲マシーンがおいてある。好意的に考えてゲーセンがあると思おう
5 ? 道? 2、3、6、7で見える壮大なビル街がこの道沿いにあると思えばいいと考えるといいかも知れない
6 幸せ公園 フランスの様な家が立ち並ぶ石床の町、いや、けどPARKって書いてるし公園なのか?
7 ビーチ ヤシの木が並ぶビーチ ビーチから町の明りが見えるのだがどこの明りだろう・・・
8 夢の遊園地 遊園地、その名の通り遊園地、岩だらけの自然を利用した素敵な遊園地、遊びてぇ
9 サウスタウンブリッジ前 その名の通り、サウスタウンブリッジ前初代餓狼伝説のビリー・カーンのステージは10のサウスタウンブリッジだが、本当は此処をさしているのではなかろうか。
10 サウスタウンブリッジ サウスタウン名物の橋、ギース・タワーを繋ぐデカイ橋、かなりでかい
11 ギースタワー 説明不要と思われ、ギースタワーの周りにも建造物が結構ある。そう思うとここ、サウスタウンはかなり大きな町なのか?
また、
ttp://roku2.hp.infoseek.co.jp/ACBR/ACBR.swfのフラッシュをみれば誰がどこにいるか、ナニをしてるかが一目瞭然、使おう
以上!テンプレでした!!
乙
現在の死亡者一覧
麻宮アテナ 花小路クララ クーラ・ダイアモンド 一条あかり
橘右京 ブリジット 真田小次郎(香織) 神月かりん カルノフ
八角泰山 蔵土縁紗夢 タン・フー・ルー ソフィーティア
藤堂龍白 八神庵 春日野さくら 西園寺貴人 山崎竜二
鑑恭介 アッシュ・クリムゾン クリス ジャッキー・ブライアント
ジャンヌ エレナ 双葉ほたる 鷲塚慶一郎 あやね シモン ウィップ
レオナ リオン・ラファール ジョン・クローリー 爆皇雷 リムルル
草薙京
PM1:15
「真吾、あの女知り合いか?」
「はい、草薙さんや八神さんのええと、よくわかんないけど遠い親戚みたいな人です」
「そうか、胴着の方は前から言ってたイケすかねえ野郎なんだが・・・」
怪訝な顔をするダンを不思議そうに横目で見て駆けていく真吾。
「でも頼りになる人なんでしょ?おーい、神楽さんとええと、鉢巻の人ー」
建物の影から出る瞬間、追いついたダンが全力で真吾を横へ蹴り飛ばした。
「バカヤロウ!最後まで聞けよ!」
「なにするんですかダンさん!」
地面に倒れた真吾が怒りを含んだ表情でダンのほうを見た。そして、目線を横にそらした。
真吾が見たのは今しがた自分が通り抜けた建物だった。しかし違った。
その壁は何かに削り取られたような、何かが通ったような大きな跡、
大きなくぼみがあった。
「え、えと、ダンさん。これ、何スか?」
冷や汗をかきながら尋ねた。
「いいか、こんどはよく聞けよ」
ずしり
「リュウの野郎の流派はな、極意と隣り合わせに殺意の波動ってのがあるんだ」
ずしり
「飲まれたが最後、理性がふっとんで相手をブッコロすことしか考えなくなっちまう」
ずしり
「今のアイツはその状態だ!雰囲気でわかれ!それと」
ずん
「もう一回横に飛べ!」
ドゴッ
声に弾かれて転がるように横に飛ぶ真吾。
そして数瞬前に真吾がいた地面にはリュウのかかとがめり込んでいた。
姿を見てすぐに放った波動拳がかわされ、倒れこんでいる真吾の息の根を直接止めにきたリュウのその足を見て、
真吾はここでやっと背筋が寒くなった。
「だ、だだだだダンさん!!」
「矢吹君落ち着いて!」
「あ、神楽さん!」
「あっちは話がわかる人、でいいんだな真吾?」
リュウに対し一定のまあ今で近づき神楽と目をあわせるダン。
「あなた達と戦う意思はありません。今はこの人を」
「ああ、このバカをなんとかしないと」
立ち上がり、顔をパンパンと両手で叩いて真剣な表情になる真吾。
「やります!」
三人はリュウを中心に三角に包囲した。
PM:1:18
じりじりと動く4人。
やはり最初に動いたのはリュウだった。
「来るぞッ!!」
一足飛びにちづるへの間合いを詰め、拳を突きだすリュウ。その一撃一撃が必殺であり、ちづるの腕では防御できるものでもなかった。
「ハッ!」
踊るような動きでその拳をかわすちづる。華麗な動きではあるがその実徐々にリュウはその動きに順応しつつあった。
「真吾!合わせろ!」
「はい!」
「だっ、だっ、ソリャア!」
「真吾キィーック!」
リュウの両サイドに回りこんだダンと真吾が同時に蹴りを放つ。リュウはそれぞれを片腕で受け止め打ち払う。
ちょうど両腕をあげた状態になる。
「もらった!」
その無防備に見えるボディにちづるが手刀を打ち込む。いや、打ち込む寸前、ちずるは吹き飛んでいた。
意識を両側に向けていたとは思えない速度の前蹴り。
げほげほと胃液を吐きだすちづる。一瞬で眼前に迫るリュウ。
体勢を立てなおし走りこんだ真吾がリュウの足を払いダンがちづるを抱いて横に飛ぶ。
3人は一旦間合いをはなし、ダンと真吾が出てきた路地まで戻る。
「神楽さん、これを」
「真吾、俺達も1本ずつ飲むぞ」
置いておいたバッグからドリンクを取り出し一気に飲み干す真吾とダン。
二人の纏う気が増大したのを確認し、なるほどとちづるも一気に飲み干す。
「ヨッシャア!これならイケそうだ!」
「ま、負けないっスよ!」
「すごいわね、これ」
リュウはそんな三人に向け、ずしずしと歩みを進めてきていた。
PM1:25
「俺が正面からやる、フォローをたのんだぜ!」
「はい!」
「気をつけて」
そして歩いてくるリュウに向かい突っ込むダン。
「滅」
「我道拳!!」
眼前でリュウの波動拳を相殺し打撃戦に持ち込むダン。
リュウの攻撃はドリンクの力でさらにタフさを増したダンには決定打とならず、
ダンの攻撃もまたリュウに大きなダメージを与えることは出来ない。
真吾もちづるも隙をついて攻撃しては弾き飛ばされるのを繰り返すこと数度。
タンタン、とダンが間合いをとる。
リュウが腰溜めに構え、気を練ったのだ。相手の打撃が決定打に足りぬと知ったリュウの真空波動拳の構えである。
「こりゃ食らったらシャレになんねえな・・・」
ぼやきながら構えに入る。真空波動拳に対し震空我道拳では相殺しても間合いに入る隙を与えるだけだと判断し、
「食らいやがれッ!!」
「シンクウ・・・!」
「我道・・・翔吼拳!!」
二人の間で巨大な気の塊がぶつかり合う。
大きさ密度ともにほぼ互角。普段のダンであったら完全に押されていたであろうこの勝負を五分に持ち込んだことで
ダンの心にほんの余裕が生まれた瞬間。
ずおっ
「な!?」
「ダンさん!」
「逃げて!!」
まだぶつかり合う気の塊をぶち破って突っ込んできた黒い影。
その影からのびた手刀がダンのみぞおちに決まり、そしてそのまま貫いた。
我道翔吼拳を飛ばすため、防御に回っていたはずの気を使ってしまったための惨劇。
真吾とちづるの慟哭が響いた。
「ダンさぁぁぁん!!!」
「いやぁぁぁぁ!」
ぺたんとすわりこんでしまう真吾、足が震え動くことのできないちづる。
リュウはその手をダンから引き抜き、ずしずしと二人に近づいた。迫った。殺そうとした。そのとき
「し・・・真吾ォォ!!テメェ男だろ!!草薙って奴の跡を継ぐんだろ!」
リュウが振り返る。
「だったら・・・ここで死ぬわけにいかねえだろ!!」
腹を貫いたはずのダンが立っていた。
真吾はダンの方を見つめ、ちづるはその言葉に弾かれたように構えをとる。
「真吾ォ!ドリンクをよこせェェ!!」
ダンのほうを見ていぶかしんでいるリュウの前、なきそうな顔で座りこんでいた真吾はハッとしてバッグからドリンクを取り出し、
言われた通りにダンに投げつけた。
かろうじて受け取り、栓を空け飲み干すダン。
「さあ、リュウよぉ・・・かかってこいやぁ!オラオラァ!!!サイキョー流の真髄、てめえに見せてやる!!」
腹から血を流し、満身創痍の彼の、命を賭けた挑発。誰の目にも彼が死に瀕しているのは確かだった。だが
「ゴァァァ!」
リュウを包む殺意の波動が、その純然たる殺意が、ダンを包むまばゆいまでの命の輝きを滅することを優先した。
ダンに向き直り再び気を練るリュウ。もはや迎撃も防御もかなわないダンに放たれる絶望の一撃。
「その力、封じます!!」
その刹那飛び込んだのはちづるだった。
リュウが溜めていた気がフッと消える。
「グォォォ!」
その体に満ちる気は一時的に封じても
いまだ残る殺意の波動、そして、己を鍛えることに人生を賭けた男の拳は
自分に触れてきた女を死に至らしめるには十分な威力だった。
大きく吹き飛び、地面に叩きつけられるちづる。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
息を切らし、女の倒れた方向から顔を向けた時、リュウが見たのは、
涙を流しながら突っ込んでくる学生服の男だった。
PM1:58
「ダンさん!神楽さん!しっかりして!しっかりしてください!!」
涙をボロボロとこぼしながら二人を抱える真吾。だが二人とももう助からないことは誰の目にも明らかだった。
「やったじゃねえか・・・真吾・・・おめえなら、サイキョー流を継がせてもいいと思ったんだがな・・・」
「ダンさん!何言ってるんスか!帰って教えてくださいよ!サイキョー流カッコイイッスよ!!」
「そうだろ、なんせサイキョーの俺のサイキョー流だからな、ハハハ・・・」
「矢吹君、これ・・・」
懐から何かとりだすちづる
「これ・・・草薙さんの!」
「彼の、後を継ぐんですってね。がんばってね」
微笑んで、ちづるの体からガクリと力が抜ける
「神楽さん!神楽さん!!!」
そして
「じゃあな、さくらとかりんを紹介してやりたいところだが、まだテメェはくんじゃねえぞ」
「ダンさん!ダンさぁぁぁぁん!ダンさぁぁぁぁぁぁん!!!!」
二人の亡骸を抱いて泣き続ける真吾。その数メートル後ろで、さっきリュウを叩きつけて崩れた壁の瓦礫が、
ガタガタと音を立てた。しかし真吾はそれに気づくことは出来ない。
瓦礫から立ち上がった影は真吾の後ろに立ち、影を作った。
そこで振り向いて絶望的な顔をする真吾。
「生きてた・・・スか・・・でも!!」
二人の遺体を地面に横たえ構えるがもう動く力は残っていなかった。
手をあげたその影に反応もできず、目を閉じてしまった真吾が次に感じたのは肩に置かれた暖かい手の感触だった。
「本当にすまない・・・俺が、俺が未熟なばかりに!!」
号泣するその男からはもはや殺意は消え失せていた。
「ダン、名も知らぬ人、あの少女、それに・・・さくらくん。俺は償うことの出来ない罪を犯した・・・」
「リュウ、さん・・・」
リュウはダンとちづるの遺体にそっと触れ、詫びた、そしてちづるの傍らに落ちていた竹槍をとると
「俺にはもう、生きる資格はない!」
そう叫んで自分の胸を突こうとしたその手を、真吾が止めた。
「リュウさん、あんた正気に戻ったんでしょ。だったら・・・生きて償わなきゃダメッス!」
「だが俺は、またいつ殺意に飲まれるかも知れない」
「だったらその時は俺がアンタを殺します」
リュウから奪った竹槍を突きつけて真吾は言った。
「まだ俺に、生きろと言うのか・・・」
リュウは呆然と空を見上げ、右の拳を軽く握ってみた。
「ならばこの命、捨てたと思ってやらねばならないことがある・・・」
「俺は主催者を、ルガール・バーンシュタインを倒します」
「俺にこれを言う資格はないのはわかっている、だが」
リュウが言葉を発する前に真吾が言った。
「一緒に行きましょう。アンタを許すことは出来ないけど、このゲームを止めるには俺だけじゃ無理ッス」
背を向けた真吾を見てリュウは涙を一つこぼして呟いた
「ありがとう・・・」
PM3:15
雨雲が東の空に見えはじめた。
しばらくしたら雨が降るだろう。
何もかも流してくれたらいい、真吾は空を見上げて、京のグローブをつけた拳を握った。
【矢吹真吾 所持品:釣竿、竹槍、ホアジャイ特製スペシャルドリンク(残り1本)、草薙京のグローブ(炎の力がちょっとあるかも)
目的:1.仲間集め 2.敵本部を探す 3.ルガールを倒す】
【隆 所持品:なし 目的:命を賭けてもルガールを倒す】
【火引弾、神楽ちづる 死亡】
【現在位置:6区公園最東部】
【真吾、リュウともにかなりの疲労状態、ケガも大きなものはないですがそこらじゅう痛めてます】
21 :
業務連絡:04/11/30 03:06:25 ID:???
前スレ
>>693-695の話につきましては、現在審議中です。
明日の19時までに作者FMJ ◆R0aSYZxqgEご本人様が
いらっしゃらなければ、この話は無効とさせて頂きます。
22 :
21:04/11/30 03:09:04 ID:???
プローブネクサス社。
広告業、遺伝子工学等多方面に渡り強い影響力を持つ国際的企業連結体である。
アラン・アルジェントはある理由でその本社の正体を追い続けている。
FFS大会以降自分がプローブの監視対象となったのは承知している。
気付いていないように装っているだけの話だ。
丁度今も……
サウスタウン北部の一角に佇む古びた商店。
その二階にある埃まみれの一室で、アランは脚を組んで床に寝転がり天井を見上げている。
この場所は身を隠すには好都合だった。必要物資は全て調達出来るし電気や水道も生きている。申し分ない。
ただ……
アランは足下に無造作に置かれているデジタル時計を一瞥する。
あれは監視カメラだ。
外面から判別が付かぬよう精巧に偽装されているが、独特の作動音でわかる。
大方主催者側が参加者を監視する為に設置したのだろう。この様子では街の至る所隠しカメラだらけと考えるべきだ。
プローブに四六時中見張られる習慣がついてから、どうも敏感になり過ぎてしまっている。
他人から必要以上に干渉されるのは大嫌いだった。
アランは気だるそうに立ち上がると、支給品の布袋を時計に被さる位置に移動させた。何の疑いようも無い程自然な動きで。
部外者の視線を遮ると、アランは先程と同じ体勢で再び天井を見つめた。
ブリジットと名乗ったあの少年の姿が脳裏を締め付けている。
あれは自衛なのだ。
一晩中言い聞かせても、己を責め立てる罪の意識が和らぐ事はなかった。
殺さずとも相手の動きだけを封じる事も出来た筈だ。まるで俺は…
「違う!」
堪えきれずに吐き捨てる。
今朝の放送を思い出せ。あの死亡者数はゲームに『乗った』連中がいかに大勢いる証拠だ。
俺にはやるべき仕事がまだ残されている。成し遂げるまでは絶対死ねない。
だから全て、忘れ去れ。
頭蓋が壊れた感触。暖かい脳髄。路上を塗り潰す赤。
色美しい殺人の記憶に無理矢理蓋をして、アランは目を閉じた。
通信機器の作動音のみが心音の様に規則的に響くモニター室。
ルガールはこの時のアランの挙動を一部始終観察していた。
「2C-35番カメラに不具合発生。どうなさいますか?」
オペレーターが正面のモニターを見つめたまま問い掛ける。
ルガールは口元の髭を弄りながらさして興味も無さげに言い放った。
「構わん、捨てておけ。私も男の雑魚寝を観察する趣味は無い」
「……了解しました」
部屋を去り際ルガールは独りで考える。
成程、あの若者の勘の鋭さはプローブ会長秘書から聞いていた通りだ。早速監視カメラの存在に気付くとは。
プローブ本社情報機関の監視すらかいくぐる彼には、この程度の小細工を見破るのは容易いのだろう。
会長秘書はあの青年に関してこうも語った。
──彼は目的達成には手段を選ばない。現にFFSでは教会奪還の為に本戦会場に殴り込んだ手荒な面も見せている。
ただ彼は女子供に危害を加える事だけは極度に嫌っていた。
それが今回は14歳の子供を明確な殺意を持ち殺害している。ゲーム開始から僅か40分後と言う異例の早さで。
いくら極限状況下でもそこまで簡単に信条を捨て去れるだろうか?
恐らく彼は単なる生存以外に何か他の理由がある──と。
この話はルガールの好奇心を強く刺激した。
所詮チンピラ風情の若造と鷹を括っていたが、思わぬ食わせ者だ。
だがそう言う輩は生憎嫌いではない。
「殺人すら厭わない程の強い目的……面白い。是非とも私の前に曝け出して貰おう」
(ルガール・バーンシュタイン……やっぱり間違い無いか)
実はアランにとってルガールとは過去に聞き覚えのある名前だった。
以前情報屋のガーネットと取引した際、プローブの対外関係者データを閲覧した事がある。
そこであの主催者の名前を確実に目にしたのだ。
つまりだ。
ルガール本人に直接接触もしくは彼の周囲を調べ上げる事で、プローブの内部情報を得られる可能性が高い。
それも通常のルートでは入手困難な。
だとすればこの好機を逃してはならない。その為にも…彼のお遊びに付き合ってやる必要がある。
ただあの男の異常性を考慮すると、例えゲームに勝ち残ったところで命の保証は全く無い。
(大方ぶっ殺された後に遺伝子採取でもされるオチだろうな)
頭のイかれた野郎が考えそうな事だ、とアランは苦笑する。
その時であった。
『お早う幸ある青年よ。目覚めの気分はいかがかな?』
「……っ!?」
聞き覚えのある低い中年男の声。
思わず弾かれたように起き上がり、振り返り様に声のした方向へと反射的に蹴りを放つ。
しかしアランが捉えたのは壁際に渦高く積まれた本の山だった。大量の雑誌が音を立てて四散する。
……誰もいない。
代わりに眼前に現れたのは壁に埋め込まれた液晶テレビである。
小さな画面に映し出された声の主は、スピーカー越しにも伝わってくる高揚感を隠しもせずアランに語り掛けた。
『ふふ…実に素晴らしい反応だ。君に敬意を表しよう』
「……お前は……」
『改めて紹介しておく。今回のゲームの主催者…ルガール・バーンシュタインだ』
突然の事態に唖然としているアランをよそにルガールは語り続ける。
『驚かせて済まない。
今こちらで通信回線を操作している。君に重要な話があるのでな』
「話……だと?」
『簡潔に言おう。放送で伝えた通り、参加者の中には主催側の協力者がサクラとして紛れている。
しかし一人死亡したので穴埋めとして君を雇いたいのだ』
「ふざけんな。人材派遣会社にでも頼んでくれ」
アランは取り合う事無く申し出を一蹴する。
『君の能力を総合的に見込んで依頼している。勿論報酬は出す』
「つまり俺に取引を持ち掛けてるのか」
『好きに解釈しろ。何しろ…君の目当ては生還だけでは無いだろう?』
「……それは一体どう言う意味だ」
アランの声が僅かに剣呑な空気を帯びる。
図星だったらしい。ならば彼はこの誘いに必ず乗る筈だ。ルガールは確かな手応えを感じた。
『君自身が一番よく判っている筈だ。
どうだね?悪い条件では無いと思うが』
「具体的には何をするんだよ。割に合わない仕事はしたくない」
『参加者に混ざって指示通りに動くだけだ。特定の人物を始末に行く事もある。
ある程度参加者が減って来たら身柄は本部に回収してやる。無論それまで生き残ればの話だが』
「だけど…今の話を信用出来る根拠がない」
『確かにいきなり信用しろと言うのは無理だ』
ルガールは同調して頷く。
『しかし断った所で自分以外を全員殺せなければ結局死ぬんだぞ。
それなら少しでも生還する確率が高い選択をするのが賢明ではないか?』
そこでしばしの沈黙。アランの方は複雑な表情で何やら思案している。迷っているのだろう。
期待通りの反応だとルガールはほくそ笑んだ。さあどうする。
やがて大分時間を置いてからアランは面倒臭そうに口を開いた。
「わかった…引き受けるよ。あんたに雇われてやる」
【アラン・アルジェント 行動指針:生存、主催者側への侵入及びプローブの情報収集
所持品:PPKワルサー
場所:古びた二階建ての商店】
信じる心
午後2時前後
「聖ナル戦イヲ汚シシ悪魔ニ神ノ裁キヲヲヲヲヲヲヲォォォォィィーーーーーアッ!!
邪気ニ汚サレタ者タチニ裁キヲアタエヨアイィャーーーーアッ!!」
寂れた遊園地から自らの神に祈る雄叫びが聞こえる。
もし、本当に彼が狂信している神が居るとするのならば
彼の呪われた祈りが神に通じたと言えるのであろうか・・・・。
午後2時30分前後
「・・・もう・・・もう帰りたい……」
響は5区にあるビルとビルの合間の路地で一人膝を抱え震えていた。
助けは呼べない、誰も信じれないから。
移動できない、周りに居る人は全員敵だから。
眠れない、寝込みを襲われるかもしれないから。
そんな彼女の精神は限界にまで達していた。
どうしたら良い?分からない、とりあえず休みたい、眠りたい、帰れない・・・
あれ・・??どうして帰れないんだったっけ・・・?
彼女の思考は、もう朦朧としていた。
そこへ、ケモノの様な唸り声と、真夏の様な熱気を感じた。
朦朧とした意識を無理やり叩き起こす響。
ビルの陰からそっと様子を見る。
男が居る・・・
猫背で歩く男がいる、炎を纏ったような男がいる。
だが男の風貌なんてどうでもいい。
あの男が誰だかなんてどうでもいい!!
やらなきゃ・・・・殺らなきゃ此方がやられる・・・・!!
響は少し変わった鉄砲〜M16ライフルをその人に向け・・・
静かに、引き金を引いた。
弾丸は男に向かって放たれた。
が、その弾丸は男に当たる事無く、自分の存在を男に伝えるだけの存在となった。
「グルルルルルルルルルルルァァァァァァッッダァァァァァァァ!!!!」
その男は実際に炎を纏い、人外の言葉を叫びながら響に向かって襲い掛かってきた。
「アアッ!」
響はバランスを崩し、自分の武器〜M16ライフルを落としてしまう。
「グルァァァァァァァ・・・・」
男はその武器をつかみ
「ボッゴラァッ!!」
一瞬にして溶かしてしまった。
その様子を見て響は本能で感じた。
逃げないといけない、と。
午後3時20分頃
「ジャッキー・・・・リオン・・・」
結城晶は自分が知っていた仲間の名前をつぶやきながら4区周辺を歩いていた。
仲間の半分が死んでしまった。もし自分がその場に居たのなら・・・そう思うと悲しみが、悔しさが、無力さが自分の胸の中で暴れだす。
自分の支給品、大学ノートを見る。そこには今まで放送されてきた死亡者の名前が書かれている、晶が供養のつもりで書いた物だ。
この中には自分と死んでいった仲間達の様な関係の人達も居ただろう、まだ生きている者の中に、自分と同じ悲しみを、悔しさを、無力を感じている人間もまだ居るだろう・・・
「・・・そんな奴等を、これ以上増やす訳にはいかない・・・!!」
晶はそう決意した。せめて、せめて自分が見える範囲では、誰も殺さない、殺させはしないと!!
そう決意し、握り拳を固める晶の瞳に血相を変えて走っていく着物姿の女性が見えた。
ならば、やる事は一つ!!
【タムタム 現在地:八区、夢の遊園地の観覧車の上 支給品:ガダマーの宝珠(パレンケストーン) 目的:悪魔の意思を持つ者を滅ぼす(響が最優先)】
【高嶺響:現在位置 4区北 所有品:なし 目的:炎邪からの逃亡 会場からの脱走 備考 誰も信じない。】
【結城晶 現在位置 4区北所持品:大学ノートと鉛筆(死亡者の名前を記入) 目的:仲間探し、人を守る】
【風間火月(炎邪火月)現在位置 4区北、響を追いかけている 所持品:なし 第一目的:ボッゴラァァァァ!!】
修正です
>>30 晶はそう決意した。せめて、せめて自分が見える範囲では、誰も殺さない、殺させはしないと!!
を
せめて、せめて自分が見える範囲では、誰も殺さない、殺させはしないと!!
に変更してください・・・消し忘れた・・・_| ̄|○
「ジョン先輩…死んでしまったか」
空を見上げ、ガイルはジョンのことを思う。
機密を売り、軍を裏切った男の末路は此処だったのかと思うと、少し悲しいようななんだか微妙な気分になる。
「あら…貴方確かアメリカ空軍の…ガイル少佐、いやガイル大佐ね?」
聞き覚えの有る声がする、後ろを振り向くと金髪のあの女性が立っていた。
空軍でも幾度となく顔を合わせたフリーの調査員、ブルー・マリーだ。
「あんたも…このゲームに巻き込まれてたのか」
「ええ、お陰で結構必死よ?」
笑える会話ではないのだがなぜか彼女の顔には笑顔が有る。
「ところで…貴方も気にならない?」
すると、いきなりマリーが上空を指差す、何も見えないのだがガイルにはそれが何を意味するのかはすぐに分かった。
「ああ、どうも飛行機音がするな」
「ルガールは幾つもの空母を持ってるわ、それなら、放送も上空から電波で送信すればサウスタウン全体に聞こえる。
居場所はわかったとしても問題は二つ、どうやって乗り込むのかとこの首輪ね」
そこから、マリーが指をパチパチと鳴らした。
ガイルは首を傾げたが、その音に法則性があるのに気がつき、ガイルも同様に音を鳴らす。
モールス信号を使っての会話、いや会話と呼ぶのだろうか。
勿論モールス信号だと気が突かれないように歌などを歌ってごまかしている。
(―――どうやら此れは機械的な仕掛けの様ね。内部から少し何かをすれば簡単に外れるみたいだけど…
十分な設備が必要ね、それと…乗り込む方法は飛行機を探せば貴方操縦できるわね?)
(――デスクワークばかりだったが、飛行機の操縦はまだ覚えている。操縦程度なら何とかできるだろう
…だがどこに――)
ガサリ、と音がする。そして、振り向くまもなく……一発の銃弾の音がする。
だがこのとき幸運が一つ有った、彼らが重なるように立って居なかったのと、ガイルの戦い方の戦法上、先ずしゃがみを先にやっていたのだ。
それが幸いし、彼は銃弾を避けることが出来た。
「どうやら…近くに居るようだな…そ」
「ええ、気をつけましょう。相手は本気でやるつもりみたいよ?」
姿が見えない相手に対し、彼らは警戒の態勢を取った。
外には、一人の少年が銃を構えていた。ただ、その目には殺戮だけを浮かべて。
【ブルー・マリー 支給品:火炎放射器(魂斗羅シリーズ)
現在地:七区の北部建物内
第一行動方針:何者かとの交戦
第二行動方針:ロック・ハワードを探す
最終行動方針:ゲームから抜ける】
【ガイル 支給品:バズーカ砲(スペースハリアー)
現在位置:七区の北部建物内
第一行動方針:何者かとの交戦
最終行動方針:ゲームから抜ける
備考:怪我は微妙に回復】
【椎拳崇 所持品:ワルサーPPK
現在位置:5区中央部から北・ハワードアリーナへ移動中
基本行動方針:ルガールに信用されるため戦う
備考:左肩に傷あり】
「どうやら…近くに居るようだな…そ」
の最後のそはミスですorz
正午を回った頃、二区の東側。
不知火舞は懐かしい建物を見つけていた。
いつだったか、アンディとこの街に来た時に宿にしたホテル。
こんなホテルでごめん、あんまり手持ちがないんだと、申し訳なさそうに微笑んだ彼の顔を思い出す。
彼がいればどこに泊まっても平気なのに、気を使ってもらえたことがとても嬉しかったのを、覚えている。
「懐かしいな…」
こんなことで再び訪れることになるとは思っていなかったけど。
第二次放送で、また知り合いが随分死んだ。
自分が殺した少年の名が呼ばれるのは、わかっていてもやはりショックだった。
「…少し、休もうかな…」
そういえば一睡もしていない。また誰かと戦う可能性を思うと、この状態でいるのは危険だ。
舞は懐かしいホテルに一歩、足を進めた。
「いらっしゃいませ〜、お泊りは二名様ですか?」
エントランスホールに入ると、メイドに出迎えられた。
一瞬、戦いが終わったのかと錯覚する。…いや、まさか。
では街の住民が戻ってきた?それとも、もともと残っていた?
「お客様、いかがなされました?」
それにこのメイドは二名と言った…まさか、誰かに付けられてた!?
慌てて周囲を見回す。…誰もいない。
メイドの少女が首を傾げている。…首。そうだ、少女の首にはあの、首輪がある。
「…お嬢ちゃんも、ゲームの参加者ってわけね」
我に返り、舞は身構える。
「あ、つまんないの。もうばれちゃった。」
「子供は殺したくないの…このままどこかへ行ってくれない?」
その言葉に、むっとした表情でリリスは答えた。
「えー、そんなのずっるーい!後からきたのはおばさんのくせに〜。」
「お、おば…」
思わず顔が引きつる。
「それにここはホテルだよー。寝るんじゃないなら帰った帰った!」
しっしっ、と手を振られる。
「…戦うつもりは無いの?」
「う〜ん、おばさんが遊んで欲しいんなら、相手してあげても良いけど…」
…遊ぶ?おかしな少女だ。
大体殺すか殺されるかと言うこの状況で、そんな表現をこんな少女が使うだろうか。
そうだ、大体この子はこんなところで、こんな格好で何をしている?
「………」
…悩んでも答えはでるわけがない。
だが、この得体の知れない相手に構うなと、第六感が告げている。
少女はこちらが相手をしなければ何もしないと、確かに言った。ならば…。
「…わかったわ、お邪魔しました。」
舞は手を振り、ホテルの出口へと向かった。だまし討ちを受けないように、隙を見せず。
「うん、リリスも今忙いし、またねー」
リリスは立ち去る舞に、ぶんぶんと手を振る。
(…変な子…)
舞はいぶかしげに振り返る。
「あ、そうだおばさん」
「…それ、やめてくんないかしら」
「おばさんはいいけど、坊やのほうがすごく疲れてるみたい。休ませてあげたほうが良いよ」
「…ぼうや?」
…そういえば、この子は始めに『二名様』といった。
青ざめ、下腹のあたりに手をやる。
”坊やがすごく疲れている”
…思い当たることは山ほどある…確かに、これ以上は…無茶出来ない。
「…ありがとう、そうするわ」
しかし、ならば向かってくる敵をどうすればいい?どうすればこの子を守れる…?
目の前が暗くなるのを感じながら、舞はホテルを後にした。
「またお越しくださいませ〜」
その後に、リリスは明るく声をかけた。
【不知火舞 現在地:5区を西へ、持ち物:使い捨てカメラ写るンDeath、IMIデザートイーグル
目的(優先順):休息、生き残り、帰ること(ただしテリーや子供は会っても殺さない)】
【リリス 所持品:? 現在位置・2区東側ホテル内 目的:ヴィレンを守る】
37 :
忠告:04/11/30 16:27:06 ID:???
訂正
不知火舞 5区を西へ→2区東から5区西方面へ
「……ギ! ニーギ! 起きてよ!」
「……ん」
億劫だが目を開けると、アルフレッドの焦った顔が飛び込んできた。
「何……」
ギースタワーの客室を無断借用し、眠りについたのが昨晩10時程度。
枕が替わった上に、色々と考え込んでいたアルフレッドは夜空が白むまで寝付けなかったというのに、
傍らの女の子はベッドに入るや否や、ちょっと幻滅せんばかりの高いびきをかき始めた。
あまりの無防備さに、ここで僕が襲い掛かったらどうするんだろうと
アルフレッドが変に意識してしまったのも、寝られなかった理由に含まれたりするのだが
彼女には関係ないらしい。
そして、朝になってようやく寝付いたアルフレッドと、やたらと寝つきの良いニーギがコンビを組んだ結果は、
「放送聞き逃したァ!?」
と、なんとなく惨憺たる結果だった。
「ま、過ぎたことはいいか」
「いいの!?」
「いいのいいの。細かいこと気にしてると老けるの早いよ」
ニーギは落ち着いたものだった。
「放送聞き逃して困ることって、誰が死んだかわからないぐらいでしょ?
死んだ人にはお気の毒様だけど、まず私たちがどうやって生き延びるか考えなきゃ」
置いてけぼりのアルフレッドを尻目に、ニーギは部屋の内装を手当たり次第に集め始めた。
「これからどうしようか?」
「ん?」
室内雑貨を集めながら、アルフレッドが呟く。
「最後の一人になるまで、殺し合いさせられるんだよね……」
なんとなく忌避してきた話題だが、いつまでも女の子一人とここで隠れているわけにも行かない。
「何、ゲームに乗るの?」
部屋をあら探ししつつポケットから出した携帯食料をもそもそほおばりながら、ニーギが尋ねてくる。
「べつに私は構わないけど。うん、みんな自分の幸せだけ考えてりゃいいのよね。
そうすりゃ、こっちはこっちで勝手にやれるから」
言いながら向ける背中は無防備そのものである。
「ただ、相手にする奴は選びなさいね。あと、不幸を支えきれない人に、自分の不幸を押し付けるのも。
そういうのを見過ごせない、どうにもならないお人よしってのは、確かに存在するから」
「い、いや、そんなつもりじゃないよ」
何となく不穏な話題になりかけたところを、慌てて否定するアルフレッド。
「ただ僕だって、死ぬのは嫌だから」
「そりゃ、誰だってそうでしょ」
集めた雑貨をぽいぽいとベッドに投げつつ、ニーギはちょっと考えるしぐさを見せた。
「あんた、私についてくる?」
「え?」
「私はさ、こんなフザけたゲームに乗ってやる義理ないし。あのルガールっておっさん、見るからに悪い奴だったし」
ニーギは窓を覆ったカーテンを開いて、外を見る。
「それに、集められた人の中には、わけもわかってない女の子もいた。
そういう子を見捨てる女は、あの人には相応しくないからね。だから私は」
「……あの人?」
つかつかと、部屋に備え付けられていたテーブルに歩み寄った。
インテリアのつもりなのか、豪華なチェス盤が駒を並べられておいてある。
その盤をニーギは掴んだ。
「だから私は、ゲーム盤をひっくり返す。そうすれば」
象牙製の駒がばらばらに飛び散った。
「みんな、家に帰れる。家に帰って、大好きな人にただいまって言ってあげられる」
で、ベッドに広がる雑貨群。
ボールペン、歯ブラシ、剃刀、タオル、ライター、灰皿、燭台を模した電気スタンド。
「これ、どうするの?」
「どうするって……使えそうな物を持っていくんだけど」
ニーギが答える。
「とりあえず、この辺は使えるよね」
と、ボールペンや歯ブラシをポケットに突っ込んでいく。
「……そうなの?」
「そ。あーっと、電気スタンドはちょっとでかいかなあ」
などといいながらも、バトン程度の手ごろな金属棒ということもあってかベルトに燭代スタンドを突っ込むニーギ。
ついでに、何かの用意にとザックにタオルとライターを放り込む。
「はい。そんなデカブツより取り回しのいいやつも持っといた方がいいからね」
言われるままに、アルフレッドもボールペンやら歯ブラシやらをポケットに押し込む。
「さて、それで、よ」
どしっとベッドに腰を並べて、ニーギが取り出したのは何かのコントローラ。
レーダー部分には相変わらずきらめいている幾つかの光点、それとstand by OK の文字。
「ずばり聞くけど、これなんだと思う?」
「何かのリモコン……」
まぶたに甦るのは、天地を貫く光の柱。
あれがただのこけおどしでなければ、おそらくSFでよく見る衛星砲か何かだろう。
自分でも馬鹿げていると思いつつニーギに告げると、あっさりと肯定された。
「なにびっくりしてんのさ」
「……いや、馬鹿なこと言うなって言われるかと思って」
「? ああ、実はあんなの、昔いたところでバケモノコンビが振り回しててさ。見慣れてるのよ」
もっとも衛星砲じゃなくてバズーカだったけどねーと笑っているニーギに、なんとなくアルフレッドは疲労感を覚える。
「使うの?」
「嫌な奴には使うかもね」
さて、リモコンである。
「こういうのって、大抵この光の点が人の位置ってのがお約束でね」
レーダー部を指でなぞりながらニーギが言う。
「それじゃあ、この2個並んでるのが?」
「そ。私たち」
今のところ、タワー周辺に他の人間はいないようだが――
「それじゃ、とりあえずこれに当たってみよっか」
タワー内に、彼女達と別の光点が1個輝いていた。
「……大丈夫かな。あっちがゲームに乗る気だったら……」
「そん時はそん時!」
力一杯の無為無策を吐き出して、ニーギは元気よく客間のドアを蹴り開ける。
ギースタワー高層部のバルコニーにその姿はあった。
手すりに体重を預けて、じっと海を見る金髪の男。
その背を物陰から窺う二人の人影。
「……ニーギ?」
相棒の空気が尋常ではなくなったのを見て取って、アルフレッドは恐る恐る声をかける。
シッ、と鋭い叱咤。
子供を叱る母親のようでありながら、その鋭い吐息で鋼くらいは切り落とせそうな緊張感。
数時間にも渡る数秒の後、ニーギが殺気を解いた。
「知ってる奴に似てると思ったけど、気のせいだったわ」
趣味から擬装までよく似てるんだもんなあ、とぼやいて頭を掻くと、
あとは元々からそうであるように、金髪の男に大股に歩み寄っていく。
「ちょっとそこのカン違いニンジャ!」
びくりと男の背が跳ねる。
「こっちに人を殺す趣味はないわ。やる気がないなら話がしたいからこっち来なさい!
やる気なら、ブッ飛ばして目ェ覚まさせてあげるからこっち来なさい!」
素直にこっち来いでいいじゃないか、と思うアルフレッドをよそに、ニーギは無闇に自信満々である。
「Oh...」
対して振り向いたニンジャは、どこか覇気がなかった。
ニンジャの説明は要領を得ないが、どうやら間違って無抵抗の人間を斬ってしまったということらしい。
彼はガルフォードと名乗った。
「聞くけどさあんた、人殺したの初めてじゃないのよね?」
「ちょっとニーギ……」
制止しようとしたアルフレッドの顔面を、ニーギの手のひらがめしょッと押しやる。
「確かに俺は……今まで何人も斬ってきた。悪を成敗する正義のニンジャだった……でも、これじゃあ」
拳を握ってうつむくガルフォード。
「こんな、罪もない女の子を斬ってるんじゃあ、俺に正義を名乗る資格はない……
そればかりか、これじゃあ悪い奴らと何も変わらないんだ……」
悔しそうに顔を伏せてしまった。
「今まで俺が信じてきた正義は、もしかすると間違いだったんじゃないか、って……」
根が素直なガルフォードにしても、初対面の人間にこんな心情を吐露するあたり、
かなり精神的に参っていたのだろう。
そんな彼に、ニーギは酷く冷淡だった。
「あ、そうなの? でもそれじゃあ、あんたに殺された人たち全員ムダね、ムダムダ。ぜーんぶムダ」
「……!」
「ニーギ!」
ガルフォードが弾かれたように顔を上げる。
食って掛かったアルフレッドが、再び押しやられた。
「相手がいい奴なら殺されそうになっても殺しちゃいけないわけ?
殺す殺さない死ぬ死なないは、いい悪いで決まるもんじゃないでしょ」
呆然としているガルフォードの瞳に、太い杭のようなニーギの視線が正面から突き刺さる。
「そんなこともわからないから、人殺したぐらいでそんなに落ち込むのよダイバカ。
落ち込むって言えばあんた、私が来たの気付いた? あんな隙だらけだったら猫にだって殺れるわよ」
「だ、だけど……俺は何もしていない子を」
なおも言い訳を探すガルフォードに鉄拳が入った。
手首の入った理想的な右フック。
ガルフォードが吹っ飛ぶ。あまつさえ、手すりに頭をぶつけて転げまわっている。
「Noooooh!?」
「ちょ、ちょっと!」
「あんたが殺した人たちのためにも、自分は正しいんだって胸張っていきなさいよ。
そうじゃなきゃ意味もなく死んだ人たちに失礼じゃない?」
振りぬいた拳を胸元で握り締め、ニーギが唸る。
バルコニーに転がったまま、ガルフォードは答えない。
「自分が正しいって信じて、邪魔する奴はブッ飛ばせばいいじゃない。
それであんたが間違ってたら、正義の味方がブッ飛ばして目ェ覚まさせに来るから……今みたいにさ」
突っ伏したまま反応を見せないガルフォードを置き捨てて、ニーギは踵を返した。
屋外から屋内へ。
追いついたアルフレッドが非難を投げかける。
「ちょっとひどいよ、ニーギ! それに放っておいていいの、あの人!?」
アルフレッドに振り向いたニーギは、やっぱりいつもの彼女だった。
「大丈夫。あいつバカだけど、だからこそ立ち直る。だから、明日はきっといい日だよ。あんたにも、私にも、あいつにも、ね」
そう言って振り向いた顔には、ぱっと見ただけではわからない程度に優しい微笑が満ちている。
ガルフォードにはわかる。
それは、どんな悪党より身勝手で無茶苦茶な論理だ。
だが、なんと清々しいのだろう。
あの娘は、悪党の論理を以って、きっと正義を行っているのだろう。
「HERO......か」
ふと、かつて憧れた存在の名を呟いた。
【ニーギ・ゴージャスブルー 行動方針:ゲーム盤を覆す 所持品:ゼロキャノンコントローラ、雑貨、燭台型スタンド】
【アルフレッド 行動方針:生き残る 所持品:チェーンソー、雑貨 位置:ニーギと同行】
【ガルフォード(左腕を負傷、殴られた頬が地味に重症) 所持品:小太刀 目的:模索中】【位置:11区ギースタワー高層部】
午後3時45分前後
「グルァァァァァァァッ!!!」
「い、いや・・・い・・・あっ!ぁぁぁっ!!」
男〜炎邪火月は左手で響の右腕をつかむ。
ただそれだけ、それだけの動作なのだが、響の腕に高熱が襲う。
「アッ・・・・・ああああああぁあぁぁぁぁっ!!!!」
あまりの熱さに響は叫び声をあげる。
「グルルロロロロロ・・・・」
そんな叫び声など聞こえんと言った風情で炎邪火月は右腕を響にかざした、高熱をともう右腕を。
そして恐怖に怯えた響に、高熱を伴う男の右腕が振り落とされそうになったその時───
「裡門頂肘!!!!」
白い胴衣姿の男が炎邪火月の横腹に肘鉄を打ち込む。
「グルァ!?」
火月はその衝撃でつかんでいた響の腕を離す。
腕を離された響はその場でへたり込んでしまった。
「その子から離れろ!!俺の目の前では誰一人殺させやしない!!」
肘鉄を打ち込んだ白い胴衣姿の男〜晶は炎邪火月に向かってそう言い放った。
が、炎邪と化した火月にその言葉は届かない。
「グルルルルルルァァァッ・・・・!!」
火月は攻撃目標を響から晶に変え、爆炎と化した拳を晶に向け放つ。
攻撃自体は単純であり、避けるのは容易ではあった、が、拳が通り過ぎた後の物凄い熱気に対して晶はよろめいてしまった。
「・・・・っく!!?聞く気は無いと言う事か!!」
よろめいた体制を再び立て直す晶。
「なら、少し眠ってくれ!!」
気絶させる!!そう思い肘を突き出し踏み込もうとする晶。
が、踏み込めなかった、踏み込む事が出来なかった。
「グガァァッァァァアァァァァァッ!!!」
天を向き唸り声をあげる火月、その周りの大地は正に溶岩の様に赤く燃えていた。
「・・・・ば、化け物か!?」
踏み込めば大火傷は確実、そして自分の技は踏み込みを基本にした八極拳、圧倒的に相性が悪すぎる・・・
「・・・・だが!」
晶は赤い大地を避けるように軽く飛ぶ
「少なくとも、俺の見える範囲では誰も殺させやしない!!」
火月の顔面に二段蹴りを当てる。着地した瞬間、つま先が焼け付く大地に一瞬触れる、晶は痛みに耐え後ろにジャンプする。
「・・・ッく!」
しかし・・・
「ブロログルァァァァァ・・・・ァァァッッ!!」
熱さに耐えて与えた攻撃だったが火月に対してはあまりダメージを与えては居ないようだった。
午後3時50分頃
有効な攻撃手段が使えない晶は火月の攻撃を避ける事に集中していた。
幸い火月の攻撃は単純な攻撃ばかりで避ける事自体はそう難しいものでは無かった。
が、しかし彼が発する炎の熱で素足の晶の体力は徐々に奪われていった。
『このままじゃ・・・いつかやられる!!』
一撃でいい・・・渾身の踏み込みによる一撃を当てれたら・・・・!!
そう考えて居たのだが・・・・
「・・・くっ!!」
晶はいつの間にか壁際にまで追い詰められていた。
「グルァッジャァ!!」
「・・・ッ!!グアァァァアアァァァァッ!!!!」
炎を纏った火月の腕が晶の肩をつかむ。
力もさる事ながら、果てしない熱さが晶を襲う。
『く、くそぉ・・・俺は・・・俺はこのまま誰も守れず・・・死ぬのか・・・!?』
自分の無力さが、悔しさが晶を襲う・・・
が、その時、ちょっとした奇跡が起きた。
ポツ・・・ポツ・・・ポツ・・・・ザーーーーーーー!!
「・・・・グルジォ・・・?」
突然振ってきた雨に火月は上空を見上げる。
晶は朝の放送を思い出した、確か今日は雨が降るとか言っていた。
その雨が偶然、そう、偶然この窮地に振ってきたのだ。
自分を掴んでいる火月の腕の熱さが徐々に引いていくのが分かる。
火月のせいで赤くなっていた地面が水で徐々に冷やされていくのが分かる。
雨により自分の周りを覆う熱が引いていき、少し混乱している火月の様子が分かる。
「今だ!!」
晶は自分の肩を掴んでいる火月の腕を強引に引き離し
「ぐぅっ!!」
まだ、熱が残っている大地へ踏み込み
「うおおおおおぉぉぉぉっ!!!!!」
渾身の鉄山靠を火月に決めた。
「グルオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
火月はぶっ飛んだ、ビルの壁をぶち破った。
「はぁ・・・・はぁ・・・・」
体力を消耗しすぎた・・・その上、雨で冷えたとは言え高熱の大地に踏み込んでしまった・・・・
これで立ち上がられたら・・・いや、立ち上がれる筈は無い・・・俺の渾身を込めた・・・・
ガラッ
「・・・ま、まさか・・・?」
渾身を込めた鉄山靠を喰らったんだぞ?
ビルの壁をぶち破る位の衝撃だったんだぞ・・・?
「グルルルルルルァアッァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「くっ、くそぉ!!」
「ヴェェェェェッハッハッハッハッハァァァァァッ!!」
先ほどより熱が上がっている・・・・!?
再び構える、仕方ない・・・!この足が文字通り燃え尽きようとも再び打つまで!!!!
しかし・・・
「ドッゴオォォォラァァァァァッ!!」
気まぐれか、それとも意外に鉄山靠のダメージが大きかったのか、火月は炎を纏い、上空へと舞い上がっていった・・・・
「・・・・お、終わった・・・・のか?」
晶は火月が飛び立った上空を見上げながらつぶやいた・・・
そして、火月に襲われていた少女の事を思い出した。
午後4時頃
少女が火月に襲われていた周辺を探していた晶、少女はビルとビルの間の影に隠れていた。
「こ・・・来ないで・・・・!!」
「・・・大丈夫だ、君を襲っていた化け物は此処にはもう居ないから」
そう言って少女に手を伸ばそうとした晶、しかしその動作は少女の投げた石によって妨げられた。
「来ないで!!お願い!!来ないで!!」
「だ、大丈夫だ、俺は君を襲ったりはしない!!」
「嘘!嘘よ!!!私を殺すんでしょ!!イヤよ!私は騙されない!!」
「本当だ!!俺は君に限らず誰も殺さない!!」
晶は必死に響に訴える、が、響の心には届かない、人間不信に陥った彼女の心には届かず、晶に石を投げ続ける。
「そんな嘘、誰が信じるの!?殺し合いをしてるんでしょ!!私を殺さない理由は何よ!!」
「それは・・・人が死んで悲しい思いをするのもされるのも嫌だからだ!」
「嘘!そんなの偽善よ!!」
「本心だ、誓ったんだ、このゲームで死んでいった仲間に・・・仲間が死んで苦しんだ俺自身に!!」
その言葉に響は石を投げる動作を止める。
しばらくの沈黙───そして響がその沈黙を破る。
「・・・・私が死んでも・・・悲しんでくれる人なんて居ないのよ・・・・だから──」
貴方に殺される。そう続けようとした響、がそれは晶の平手打ちにより遮られた。
「──この馬鹿野郎!!!誰が悲しんでくれる人が居ないだ!!」
「・・・・!!」
「誰も悲しんでくれる人がいないだぁ!!そんな事言うのは100年はええんだよ!!じゃあ俺が悲しんでやる!!君の名前は!!」
「・・・・ひ・・・響・・・・高嶺響・・・」
「響か・・・よーく聞け響!!響と俺はもう出会ったんだよ!!俺と響はもう知り合いなんだよ!!知り合いが死んだら悲しいだろう!!悔しいだろ!?殺したく無いだろ!?!?
だから俺は殺さない!!響を殺させない!!だから俺を信用しろ!!俺に響を守らせろ!!」
言いたい事が上手くいえない、何行ってるんだか自分でも分からない。ただ、ただ誰も信用出来なくなっているこの少女を助けてあげたい。そう切に願った。
「・・・本当に・・・・守ってくれるの・・・・?」
「ああっ・・・守ってやる!!」
「・・・・・・私・・・人殺しているのよ・・・・?それでも・・・・?」
「過去の事は知らない、ただ俺を信用してくれるなら俺も響を信用する!!」
「私を・・・信用して・・・・くれる・・・・」
そういって響は晶に倒れ掛かった。顔には一筋の涙を流して・・・
「・・・・響!?おい響!!!!」
響は晶の胸の中で寝息を立てていた、緊張がほぐれ、疲れが一気に出たのであろう・・・
「寝てるだけかよ・・・・仕方ないな・・・・よいしょっと!」
晶は響を背におぶり、雨宿りが出来る場所を探した。
【高嶺響:現在位置 4区北 所有品:なし 目的 会場からの脱走】
【結城晶 現在位置 4区北 所持品:大学ノートと鉛筆(死亡者の名前を記入) 目的:休憩が出来る所を探す、人を守る、仲間探し】
【風間火月(炎邪火月)現在位置4区上空 所持品:なし 目的:ボッゴラァァァァ!!】
>>50 【備考 高嶺響:右腕に火傷 結城晶:肩、足に火傷】
望んでいた回答を得たルガールは感嘆の声を上げた。
『君なら必ず受けてくれると信じていた』
「好きであんたに使われるわけじゃねえ。俺もくたばるのは嫌だからな」
言いながらそっぽを向く。
『構わんさ。但しこれだけは明言しておく。
雇用関係を結んだ以上私の指示には絶対服従だ。殺害対象が例え友人恋人であっても』
「……わかってる。何でもするよ」
『いい返事だ』
「だがウンコ喰えとかそう言う命令は…」
『誰がするか馬鹿。そろそろ接続を切るぞ』
呆れたルガールが通信を終えようとすると、ふとアランは真顔に戻って問い掛けた。
「最後に一つ教えてくれ。……何故俺を敢えて指名した?」
『君の能力に惚れ込んだと言った。…それに』
意地悪く笑い揶揄する様に付け足す。
『他人の目を騙すのはお得意だろう?』
アランが反論する前に画面は切り替わり砂嵐となった。
再び静けさを取り戻した部屋の隅でアランは今後の行動方針を朧気に描いていた。
ルガールが自分を雇う本当の理由は解らない。むしろ罠の可能性が濃厚である。
だが彼と接点が出来るのは大きい。例え罠であっても自分が求めていた機会には変わりない。
目標は本部に入り込み重要情報を盗み出す事だ。本心は報酬云々等どうでもいい。
計画の布石として、これから暫くは従順な犬としてあの男に利用され信用を得る。
不本意な殺しを命じられた時は……その時は……実行する。
(お前に出来るのか?)
ほんの一瞬。
嘲笑うような自分自身の声をアランは心の何処かで聞いた気がした。
ルガールは自室の椅子にもたれると大きく嘆息した。
あのアルジェントとやらはどうも扱いにくい。ふざけているのか真面目なのか微妙に掴めない。
ただ彼がいとも簡単に誘いに乗ったのは些か予想外だった。
初めはいきがっていたのが報酬をちらつかせた途端に態度が変わった。
あの程度の餌に釣られるのは未熟な証拠だ。自分が余興のネタにされているとも知らずに。
だが油断は禁物だ。何しろあのプローブが警戒する程の人物である。
どちらにせよ一度彼の真意を試す必要がある。
ルガールは机に積まれた紙の束に目を落とす。参加者の詳細な個人情報が記載された資料である。
適当に束を掴み取りページを捲る。
取り敢えず現在1区から3区の辺りで単独で行動している者を探した。
「出来れば歳が近い女がいい…そうだな、こいつに決めた」
ルガールは一人の女性参加者のプロフィールを抜き取った。
それらに目を通し終えて思う。
あの青年は何を考え、どんな顔をして彼女を殺すのだろう?
想像するだけで楽しい。背筋を快感が駆け抜ける。
彼が目的の為に何処まで冷酷な殺人者になれるか見届けてやろう。
もし彼自身が罪の重圧に耐えきれず壊れてしまったならば仕方あるまい。
人間の精神力の限界を知るにはいい実験だ。
「おめでとうフィオリーナ。君は祝福と共に選ばれた」
ルガールは資料の物言わぬ顔写真に向かって恍惚と微笑んだ。
大きな建物の前、今にも泣きだしそうな空の下、二人は対峙した。
それは運命だったかもしれない、ただの偶然だったかもしれない。
しかし出会ってしまった。道が交差してしまった。
テリー・ボガードは戸惑っていた。
朝の放送にロックの名前がなかったことを確認し、
ゼンとミリアと共に大きな建物の方向に進んだ。
警戒しながら進んできたため昼を過ぎていたが、
そのうしろ姿を見つけた時、テリーは叫んでいた。
「ローック!」
振り向いたロックはどこか虚ろで
「テリー・・・」
とだけ呟いた。
その違和感に気づいたテリーは、駆け寄ることができなかった。
これが、俺の育てた少年か。これが、長年俺といた、あのロックか?
違う、この感じ、これはまるで・・・
「ギース・・・親父みたいだって言いたいんだろ?テリー」
「ロック・・・お前・・・!」
ロック・ハワードは葛藤していた。
沸きあがる力を感じてはいたが、誰も戦う相手はいなかった。
あてもなく歩き、この建物の前で夜を過ごした。
放送を聞き、死んだ人間の中にテリーがいなかったことに複雑な感情を抱いた。
死んでほしくはないと思っていたが、生き残るにはテリーも敵だった。
弱い人間は死ぬ。テリーは強い。でも自分も強い。闘ったらどうなるんだろうか。
答えはわかっていた。テリーのほうが強かったら自分が死ぬ。
自分のほうが強ければテリーが、死ぬ。それだけだと。
だが割り切れてはいなかった。そしてまたあてもなく歩きだした途端、その声を聞いた。
「ローック!」
一瞬、夢かと思った。しかし、その人はそこにいた。
「テリー・・・」
答えは出ていたはずだった、だが躊躇した。
テリーが目の前にいる、その事実に一瞬戸惑った。
ロックは思った、テリーは駆け寄ってくるだろう。
修行中にケガをしたあのときのように。旅先ではぐれて泣いていたあのときのように。
しかし、テリーは立ち止まった、そしてなにか探るような目で自分を見た。
そうか、わかったんだ、俺の覚悟が。テリーにはきっと今の自分は・・・
「ギース・・・親父みたいだって言いたいんだろ?テリー」
「ロック・・・お前・・・!」
走り出したテリーを追いかける形でついたゼンとミリアは感じた。
テリーと向き合う少年から禍々しい殺気を。そして、それを見て拳を固めるテリーを。
「ロック・・・お前・・・!」
怒りとも悲しみともとれない声で相手の名を呼ぶテリーを。
「テリー、この子が」
「ああ、ロックだ。だが、俺の知ってるロックじゃない」
ミリアの問いに答えるテリー。その目は決してロックから離さない。
「俺は親父じゃない、でも今は親父の言ってたことがわかるよ。弱いやつは死ぬ、強いやつは生きるんだ」
「ロック、本気で言っているのか?」
「本気さ。だから・・・」
ロックは疾走した。
「俺よりテリーが強ければ俺が死ぬ!それだけだ!!」
「ゼン!ミリア!手を、ださないでくれ・・・」
テリーはロックの拳を受け止め、弾いた。
後ろへ飛んで体勢を立てなおすロック。
「テリー、俺はアンタを超える、アンタを殺す。アンタを殺したら!」
「迷いが消える、か?お前が感じてるのは迷いじゃない!ヘイ!目を覚ましてやるぜ、ロック!」
「烈風拳!」「パワーウェイブ!」
二人の中心で技が相殺したと同時に走りこみ打撃を合わせる。
「ハードエッジ!」「バーンナッコォ!」
ぶつかる拳と肘。そして互いに弾かれ、倒れる。
すぐに立ちあがり向き合う二人。
「ダブル烈風拳!」「ラウンドウェイブ!」
相殺したテリーに飛び込むロック。
「ライジングタックル!」
「ガッ!」
迎撃され弾かれたロックに今度はテリーが駆け込む。
「クラックシュー!」
「ハッ!」
当て身からのかかと落とし。今度はテリーが叩き落とされる。
すぐさま受身をとって後方へ逃れるテリー。
二人が構えたのは同時だった。
「シャイン!」
「バスター!」
「ナックル!!」「ウルフ!!」
「おい、あれ、止めないとマズいんじゃねえか」
へー、という顔をしてミリアが答える。
「あら、アナタあれ止められるの?」
柄にもないことを言ったのか横を向きながらゼンが答えた。
「・・・できるならとっくにやってらあ」
「でしょ?それにほら、テリーの顔」
「笑ってやがる・・・相手は本気だぞ・・・」
「本気だから、でしょ」
「ヘイ!ロック!それで終わりか!」
肩で息をしながらテリーが叫ぶ。
「テリー、なんで笑ってるんだよ・・・俺はアンタを殺すんだぞ!」
「息子が親を超える瞬間がうれしくないわけないだろ」
「・・・わかってるじゃないか!アンタはもう、俺には勝てない!」
泣きそうな声でロックが叫ぶ。
「それでもな、やっぱりうれしいんだ」
「アンタが俺に負けるならあんたは死ぬんだ!なのに!」
「殺す?まだ言ってるのか、お前に俺は殺せない。お前がロックだから!」
まっすぐロックを見つめるテリー。そしてその目を見るとができないロック。
「違う!違う違う!負けたら死ぬんだ!弱い奴は生き残れないんだ!
レオナさんも!いままで放送で名前を呼ばれた奴も!弱いから死んだんだ!!」
「・・・」
テリーは言葉を発しない。じっとロックのほうを見る。
「俺が、あんたの育てたロックだから殺せないというなら!」
ロックはジャケットを脱ぎ捨て、それを炎にも似た気で焼き払った。
「ここからは俺とテリーじゃない!ハワードとボガードの殺し合いだ!」
「ロック!バカヤロウ!」
テリーが歯軋りし、拳に力をこめる。
テリーが歯軋りし、拳に力をこめる。
「パワー・・・ゲイザー!」
「レイジング・・・」
叩きつけた拳から伝わった気がロックの目の前で力の柱となり吹き上がる
「ストーム!」
それをさらに地面から吹き上がる力の嵐が相殺し、テリーは地に膝を付いた。
「アンタの技は全部知ってる。アンタも俺の技は全部知ってるだろ?」
ロックは完全に泣いていた。その目からポロポロと涙を落としながらテリーに近づく。
「でも、純粋に、力に・・・差がありすぎるんだよ!」
ロックはテリーまで一足で踏み込める間合いで立ち止まった。
「テリー!」
ゼンが叫んだ。
「手をだすな!俺とロックの闘いだ!どうなっても、俺は後悔しない!!」
「バッカヤロウ!!」
叫ぶゼン。黙って見つめるミリア。
「ホントに、バカだよテリー!さよならだ・・・」
「フッ」
テリーは笑った。
「デッドリーレイブ!」
ロックの拳が、蹴りが、全てテリーにクリーンヒットする。
その連撃によろめくが、テリーは倒れない。まっすぐ、ロックを見ていた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
最後の打撃を決めるとロックは叫びと共にテリーの腹に両手を重ねた。
亡きギースの最高の技、デッドリーレイブの完全なる止め、密着して直接叩きこむ気をこめた発徑。
しかしそれは発せられなかった。
「なんで・・・なんで避けない!なんでアンタは恐怖しない!なんで俺は・・・アンタを殺せないんだ!」
ボロボロと亡き崩れるロック。テリーはフラフラとロックの右肩に手をかけ、笑って言った。
「それはお前が、ロック・ハワードだからさ」
「テ・・・」
「テリーーーーーーーッ!!!」
叫んだのはロックではなかった、それはこちらに走ってくるミリアだった。
「ミリア、ゼン、なんとかおわっ・・・ガフッ」
肩に一瞬の振動。テリーの腕が動いた、感じてテリーのほうを見るロック。
その胸から
血に濡れた
凶刃が伸びていた
「阿呆がっ!弱者が死に、強者が生きるは自然の理!甘っちょろい男、斬らずにおれんわ!」
着物の男は言い放ってテリーの体から刀を引き抜いた。
ロックは眼前の光景に呆然とした。
ライバルだった、目標だった、親だった、親友だった、師匠だった、そして数秒前まで敵だった男が、
ゆっくりとその場に倒れる。
「ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!」
倒れたテリーの体を抱き起こし、聞くものの心さえ張り裂けそうな悲痛な叫びをあげるロック。
「テリーが・・・死んだ・・・?テリーが、死んだ、テリーが!テリー!テリィィィィィィ!!ぐわっ!!」
沸騰しそうな血の逆流、その体に再び戻りかけていた光をかき消すような血の奔流。
「やっぱり・・・死ぬんだ・・・」
テリーを抱えたまま、ふらりと立ち上がるロック。
「やっぱり、甘い奴は死ぬんだ・・・弱いやつは生きられないんだ・・・」
絶叫するロックの体から青紫の炎に似たオーラが吹き上がる。
「さよならだ、テリー・・・俺はアンタと違う道を行く」
テリーの体を横たえ、歩き出す。
眼前のサムライは、襲ってこなかった、いや、踏み込めずにいた。
「俺は何をした・・・貴様はなんだ!なんなのだ!!」
吼えるその男、牙神幻十郎の目に映った少年は
「この街の覇王、ギース・ハワードの後継者さ」
自虐的な笑みを浮かべて手を横に薙いだ。
「ぐぶあっ!!」
吹き飛んだ幻十郎を瞬時に追い、踏みつけるロック。
「テリーは弱いから死んだんだ、アンタもそう言っただろ。だから弱いアンタはここで死ぬ」
そう言うといつの間にか手に持ったバッグからとりだした銃で幻十郎を撃った。
「ガアッ!!」
幻十郎は足を撃ち抜かれもがき、手にした刀を振る。自分を踏みつけている足を狙う。
踏んでいる足をひょいとあげてそれをかわし、もう一発の銃声。
刀を持っている手を撃ち抜いた。そのままあげた足をその手に踏み降ろす。
「グアアアア!貴様ァ!!」
痛みに刀を取り落とす幻十郎。冷たい瞳でそれを拾い、構えるロック。
「ただでさえ弱いアンタが武器を落としたらダメだろ。返してやるよ」
振り上げ
「テリーのほうが強かったぜ、あの世でぶちのめされるんだな」
その胸に突き刺した。
テリーと幻十郎の死体に背を向けて歩きだすロック。
ゼンも、人殺しが生業のミリアですら動くことは出来ない。
それはロックの禍々しい気迫によるものだけではない。
一緒に暮らし、愛した者を、自分の目の前で失う喪失感を知っているから。
今のロックを動かしているのは深い悲しみと裏表の殺意だと知っているから。
それでも絞りだすように、かろうじて声をかけた。
「ロック!」
「あんたらも弱い、放っておいても誰かに殺される」
いつの間にか降りだした雨に打たれながら振り返った。
「テリーを、頼む」
雨に打ち消されそうな小さな声で言った。
そして再び歩き出す。
ロックは思う。
この雨は俺の涙だ。
優しくて女の子が苦手でよく笑った、
今はもう、二度と泣くこともない冷酷な、
ロック・ハワードの最後の涙だ。
【ロック・ハワード 所持品:デリンジャー、ワルサーP99 目的:全て殺す】
【ミリア・レイジ 所持品:闇の幸運種のぬいぐるみ(ドラゴンクロニクル) 目的:1.仲間を集める 2.ゲームを潰す】
【ゼン 所持品:折りたたみ式ボウガン(組み立て方わかってない) 目的:1.仲間を集める 2.ルガールを倒す】
【牙神幻十郎 死亡】
【備考:牙神と戦闘中だった御名方守矢がどうなったかは不明。幻十郎の紅鶯毒、テリーのリボルバーはその場に放置】
書き忘れました
【テリー・ボガード 死亡】
_| ̄|○一番重要なのを
モウダメダ俺。
【現在位置 3区ハワードアリーナ正面広場】
ザーーー・・・・
御名方守矢はハワードアリーナの直ぐ傍にある大きな木の下に居た。
御名方守矢は瀕死の重傷を負っていた。
今日の朝の事、御名方守矢は髪を後ろに束ねたあの侍と戦い、そして敗北した。
自分の獲物が短刀だったからだ、という言い訳はしない、自分の獲物が愛刀だったとしても勝てるかどうか難しい相手だった。
守矢は思った。
このまま私は朽ち果てるだろう・・・だが、一つだけ、一つだけ心残りがある。
楓の事だ、アイツはまだ生きているのだろうか・・・?出来る事なら我が足で探したい所だが、この傷ではそれもままならない・・・
では、せめて最後にあの放送を聞いてから朽ち果てる・・・そう、思っていた。
落ちかけている夕日を見る・・・もう直ぐだ・・・あの放送を聴けば私は逝ける・・楓の名が呼ばれなければ希望を胸に逝ける・・呼ばれたとしたら楓の元に逝ける・・・
そう、思っていた。
が
それを待たずに楓の安否が分かった。少なくとも守矢はそう思った。
目の前に自分を見下すような冷たい赤く光る瞳、金髪の髪、そして青黒い闘気の持ち主の少年、覚醒した楓に瓜二つの少年〜ロック・ハワードが守矢の前に立っていたのだ。
「・・・死にそうだな・・・アンタ・・・」
「か・・・・えで・・?」
「弱いからそうなるんだよ・・・・俺が手を下すまでもねえか・・・じゃあな・・・」
そう言うとその少年は守矢から離れようとした。
そうか・・・楓・・・覚醒したのか・・・その金髪の髪、冷たい瞳、そしてその青龍の力・・・それがあればこの異様な空間を当分生き残る事ができるだろう・・・
だが・・・・
「ま、待て・・・楓・・・」
「・・・俺の事か?・・・俺は楓って名前じゃねえよ・・・」
「・・・どうした・・・楓・・・何か悲しい事でも・・・あったのか・・・?」
「・・・・っ!?」
「何があった・・・か・・は・・・知ら・・・ないが・・・何故・・・覚醒・・・を・・・?」
ロックは動揺した、何故この男は俺の暗黒の血の事を知っているんだ!?
「何なんだアンタは!!俺は楓って名前じゃねえって言ってるだろうが!!アンタ!!」
「・・・フフッ・・・覚醒して・・・いても・・・昔から・・・お前は分かりやすい・・・・」
守矢は微笑んだ、そうだ、根本的に変わっていない・・・昔からやさしい楓、止めを刺そうとして結局止めをさせない優しい楓
楓が覚醒するとき、それは何かを守る時、何かに怒る時、そして、何かを失った時・・・
「・・・だから・・・まだ・・・甘い・・・・!!」
そう言うや否や守矢は自分の武器である短刀の刃を左手で持ち、右手でそれを抜いた。
一筋の閃光がロックの腕を切りつける。
「・・・っく!?」
「・・まだ生きて・・・・いる者・・・に・・・止めを・・・刺さない・・・と言う・・事は・・・傲慢だと・・・言う事を・・・覚えて・・・おくがいい・・・!!」
御名方守矢は立ち上がる、左手からはボタボタと血が滴り落ちる。
「そうかい・・・いいよ、分かったよ!!今すぐ死にたいんだな・・・あんた!!」
ロックは臨戦状態に入る。
『そうだ楓・・・それで良い・・・』
守矢は短刀の刃を先ほどの素手での居合い抜きで血まみれとなった左手で再び掴む。
「・・・・楓・・・来い!!」
「ウゼえよ・・・・俺は楓って名前じゃねえって言ってるだろうっ!!」
ロックは居合いが出来ない間合いまで一気に近寄り、右手で守矢の顔面を掴む
「・・・・望み通り殺してやる・・・・!!」
邪悪な笑みを浮かべ左腕に暗黒の闘気を溜めた。
そして振り下ろそうとした。
が
「・・・・っ!?」
その手は振り下ろされはしなかった。
「こ、コイツ・・・・!?」
守矢の顔面から手を離す
「・・・結局・・・アンタは何だったんだよ・・・?」
どさり、と守矢はその場に倒れこむ
「俺は・・・楓って奴じゃねえよ・・・」
彼は すでに息絶えていた
「最後まで勘違いしやがって・・・・」
満足そうに
「・・・・だが安心しな、楓って奴にあったらアンタの元へ送ってやるよ・・・」
微笑すら浮かべながら
「・・・・クソッ!!・・・なんだよ・・・!!・・・・何なんだよこのイラツきは!!」
雨に濡れ、息絶えていた。
【ロック・ハワード 現在位置:3区北東 所持品:デリンジャー、ワルサーP99 目的:全て殺す (右腕を負傷)】
【御名方守矢:死亡(短刀は放置)】
あばば
降りしきる雨の下、響子は傘も差さずに歩いていた。
とても楽しそうに、嬉しそうに、
まるで仕事の合間に取れた短い昼休みに晴れた町を散歩でもしているかのような気楽さで。
うきうきとした足取りに鼻歌が混じる。
「……♪」
彼女は人を探している。ただ純粋な思いの元に、一人の人間を探している。
この極限状態で響子を浮き立たせているものは、その人に会えるという純粋な期待だった。
「うふふ…」
今からデートにでも出かけるかのような雰囲気を纏わせていながら、しかし彼女の実態はそれとは大きく異なる。
彼女の纏った雰囲気は確かに日常のそれだが、いでたちがそれを真っ向から否定していた。
手には血塗れの出刃包丁。その背に負うのはリュックサックではなく鈍い鉄のスナイパーライフル。
身につけるは帰り血を転々と飛び散らせた白衣。
左手の包丁を教鞭に見立ててリズムを取りつつ、響子は歩く。軽やかに。
歩きながら、彼女は早朝出会った男の言葉を思い出していた。
「動かないで」
そう言っていきなり包丁を突きつけた響子に向かって、その男はごく素直に両手を挙げて見せた。
殺気も抵抗する意思も微塵も感じられない男の様子を見て、響子はひとまず安堵した。
突きつけた包丁をそのままに、視認できる範囲の状況を検分する。
物言わぬ二人の横に物言わぬひとつの遺体。
青を中心に意匠を凝らした不思議なデザインの着物は、口から胸から溢れた少女自身の血にぬれて真っ赤に染まっている。
響子は職業柄、この年頃の子供には馴染みが深い。それだけに、他人事として看過することは出来なかった。
「これはあなたがやったのね?」
震える声で問い詰める。男は真摯な目をして心外だといわんばかりに首を横に振った。
「とんでもない、俺にはとてもこんなことは出来んさ」
男が少女の遺体を見やる。
死んでいる少女はあちこち傷だらけだったが、その中でも致命傷になったと思われるのは胸部をほぼ貫通した大きな傷で、
しかもその形状から刃物などによるものではないと知れた。
拳か…それとも蹴りか。どちらにせよ尋常な力ではない。目の前にいるこの男の膂力ではおそらく足りないだろう。
「俺は柔道家だからな。こういうことは専門外だ」
両手を挙げたまま、淡々と言う男。
「そう…悪かったわね、疑って」
響子は期待を裏切られたかのような顔をして男に突きつけていた包丁を下ろした。
「じゃあ、私は行くわ。あなたは人を殺そうなんていう気は起こさない方がいいわよ?」
「何処に行く気だ?」
立ち去ろうとする響子の背中に、男が声をかける。
「とりあえず、この子を殺した人間を探すわ。探して、それで…」
「やったやつなら見当が付いているぞ。俺はこいつを殺したやつが逃げるところを見たんだ、間違いない」
響子の歩みが止まった。
「…その話、聞かせてもらえる?」
「日本人、額には鉢巻、白い薄汚れた胴着、短い黒髪……うふふ」
雨は相変わらず降りしきっている。だが、心はそれをものともしないほど高揚していた。
あれからあちこちを歩いて回った。幸いというか不幸というか生きている人間には全く会わなかったが、
無残な死体にはいくつか出会うことになった。
どれが「リュウ」という男に殺されたものなのかは分からない。だが、そんなことは響子にはどうでもよかった。
「リュウ」は絶対悪だ。だから、全て、「リュウ」がやったものだと思えばよかった。
理屈はめちゃくちゃだが、そういう次元ではない。
あんないたいけな子供を、彼女の生徒よりもまだ幼い子供を、その「リュウ」とか言う男は殺したのだ。
彼女には許せない。許せるわけがない。彼女は教師、聖職者なのだから。
歩くリズムにあわせながら、思考は進む。
「リュウ」に会ったら。「リュウ」に会ったらどうしてやろう?
土下座させて己の非をわびさせなければならない。
全てをかけて償わせなければならない。
命をかけるだけじゃまだたりない。
地獄の苦痛を持って償わせなければなるまい。
雨と歩調が刻むリズムにあわせて、思考は進む。狂った方へ。
あの子の遺体のように胸をえぐってやろうか?
路地裏で死んでいた少女のように頭を吹き飛ばしてやろうか?
それともあの死体のように首筋にナイフを突き刺してやろうか?
それとも?それとも?
「ふふ、うふふふ……」
雨音と包丁が刻むリズムに合わせて、復讐の妄想は進む。狂ったほうへ、狂ったほうへ。
「リュウ」はどんな悲鳴を上げるだろう?
「リュウ」はどんなに赤い血を流すだろう?
「リュウ」の骨はどんな音をして折れるんだろう?
そして、「リュウ」の肉はどんな味がするのだろう?
「うふふうふふふふふうふふふふふふふあははははあはっははははは!」
響子は哄笑した。
彼女は人を探している。ただ純粋な殺意の元に、一人の人間を探している。
この極限状態で響子を浮き立たせているものは、その人を殺すという純粋な狂気だった。
彼女は知らない。「リュウ」が、今は少女を殺した「リュウ」でなくなっていることを。
彼女は知らない。自分が、「リュウ」を狩る為ではなく、狩られるために差し向けられたことを。
【水無月響子 現在位置:2区と3区の間あたり? 所持品:レミントンM700、出刃包丁
目的:1.リュウを探し殺害する 2.殺人者を殺害する】
「だー! もうダメ!」
溜めに溜めた鬱憤を吐き出し、ガーネットはデスクに額を打ち付けた。
どちらかと言えば頭突きに近いそれに、デスクからべきっと音がする。
「……ばっきんぐ失敗、ですか」
平静を装っているが、一昼夜を費やしただけに蒼月も落胆を滲ませている。
「やっぱ、ネットワーク切られてるわ。どこかからなのか知らないが、どうやら独立したサーバからしか
受け付けないようになってるみたいでな」
同じようにぐったりした風情でネオが蒼月に説明する。
蒼月がコンピュータ知識ゼロということへの気配りがおろそかになるほどの疲労状態だった。
「……では、先ほどもう少しと言っていたのは?」
「ダミーよ、ダミー! 期待させてくれちゃって! お陰で徹夜よ、肌が荒れるじゃない!」
「頭に響くから静かにしてくれないか……」
デスクを蹴りまくるガーネット。
「ま、そんなわけでハッキングやるならマザーに繋がってるのを探し出して、そこからってことになるな。
あー、頭痛え……」
ネットカフェのドリンクバーからコーヒーをとってきて、3つ並べる。
「あー、気が利くのね」
さんきゅと手を振って、ガーネットも手をつける。
蒼月はカップを睨んだまま、まんじりともしない。
「……あ、悪ィ悪ィ。レモン派?」
「いえ……」
「紅茶党か。悪ィけど、自分で行ってくれ」
「いえ、そういうわけでも」
「じゃあ何だよ」
徹夜明けの頭痛と、この状況下での神経過敏があいまって、歯切れの悪い蒼月にネオは苛立つ。
その様子を見て、蒼月は慎重に口を開いた。
「……これは、何という飲み物なのですか?」
「…………」
二人の疲労感が割り増しになった気がした。
76 :
諍いの枷:04/12/02 23:51:51 ID:???
気まずいな…
放送が終わって以来、ナコルルとビリーは何も語らずただ海沿いの道を歩いていた。
リムルルの死は当然知っていたが、ビリーとしては同じ妹を持つ身として、
迂闊に声はかけたくなかった。
ナコルルの表情は相変らず硬いままだ、が、ビリーが覗きこんだ時、不意にその表情が
少しだけ柔らかくなる。
見ると1羽の鷹が彼女の目の前に舞い降りていた、飛行には支障なさそうだが
片足を失っている、ナコルルはその鷹を抱き寄せなにやら言葉を交わしているようだったが…。
「ビリーさん…お願いがあります」
不意にビリーに話しかけるナコルル。
「これから私のやることに一切口を挟まないでいただけますか?」
「これから…って何が」
「来ます…お願いしますね」
ビリーが頷くのを確認してナコルルは先に進んでいった。
一方、砂浜を歩くリュウと真吾、こちらも言葉を交わす事はない。
時折真吾が誰に聞かせるでもなく独り言を大声で言うのだが、リュウは相変らず
無言のままだ。
さくさくさくと砂浜を歩く音だけが周囲に響く中。
「?」
真吾が何かを見つけたようだ、見ると一人の少女が東の太陽に照らされて佇んでいる。
遠目とはいえその美しさに思わず息を呑む真吾。
「び…美少女発見!ダンさ…」
そこで真吾は思い出す、ああもうダンさんも京さんもいないんだっけ?
だがそれでも、あんな可愛い女の子を危険な戦場に置いておくわけにはいかない。
「ですよね京さん、というわけで真吾ダッ〜〜〜〜シュ!!」
「なるほど、強壮薬のようなものなのですね」
「……そう言われるとそんな大層なもんじゃねえけど」
ようやくコーヒーを理解した蒼月は、ブラックのまま何度かすすっている。
「うるさいわよ男ども」
デスクに突っ伏したまま、苛立っているガーネット。
ネオも、ガーネットよりは受け答えもしっかりしているがグロッキー状態には違いない。
蒼月ばかりが平然としているのは、忍の修行の賜物の上に、知識がないからと
コンピュータに向かっていなかったことが原因として挙げられるだろう。
「これからどうするのさ。アタシ眠いのよ」
「かと言って、ここでは無用心すぎます。移動しましょう」
決断早く蒼月が促すが、徹夜明けの生きゾンビ2体はそう簡単に動かない。
「あと5分〜……」
「あー、世界が綺麗だ……」
早くも眠りだしたガーネットと、疲れ目のあまりガーネットの支給品である多目的ゴーグルの
サーモグラフィモードを覗き込んで癒されているネオ。
「……あなたがた、もう少し危機感を持ったほうがいいと思いますが」
「眠り姫はいい男のキッスで目覚めるのよー……」
「生きてるってすばらしいなあチクショー……」
いい加減こいつら置き捨てようかと蒼月が真面目に考え出した頃、
椅子の背もたれにだらりと寄りかかって上を見上げたネオが、跳ね起きた。
「うおわあああっ!?」
「!?」
反応したのは蒼月のみ。
だがネオはそれで十分だったらしい。
ガーネットに飛び掛って片腕を引っ掛け、ラリアット同然に床に押し倒すついでに
彼女を抱えてネオ自身もデスクの下に飛び込む。
ネオの動きの意図を見て取って、蒼月も素早く物陰に退避している。
直後天井が割れ、三人のすぐ近くに光の弾が突き刺さった。
「どうかね、ウォン卿。名乗りを上げたネズミの始末は、どの程度進まれましたかね」
「これはお恥ずかしい」
ルガールの皮肉にも、ウォンの声はどこ吹く風といった様子である。
「少々の予定外がありましてね……未だ達成されていませんが、間もなく再開する心積もりです」
「そうか、それは何より。手勢を失って、御自ら出るような気であれば、是非お止めせねばと構えていたところですよ」
ルガールの哄笑が響く。
「御心配ありがたく承っておきますが、それは杞憂……私の手駒は未だ盤上に健在です。
それに、彼が敗れれば私は手を引くのみですよ。
別の駒たちにはもっと相応しい晴舞台を用意してあげたいですからねえ」
逆に趣味の悪さを揶揄されて、ルガールは鼻白む。
「今から負け戦の話とは、弱気なものですな。何ならこの話、降りても一向に構いませんぞ」
「お心遣いだけ受け取っておきますよ。戦場では常に最悪に備えているように、との定石に従っているまでです。
それに、私の駒もそろそろ調子を取り戻しているでしょう」
多少露骨かと思われたルガールにも、ウォンは一切動じた様子を見せなかった。
「ほう? ではこれからすぐに?」
「一気呵成……手勢の数があるわけではありませんが、好機を逸するような興ざめなことをするつもりもありません」
「……狐め」
連絡石版の浮いた部屋から中座し、ルガールは吐き捨てる。
心の中だけで留めるつもりだった言葉は小さく外へ出た。
あの無機質な石版を通してさえ、ウォンの悠然とした態度が目に浮かぶようだった。
天井の真ん中に穴の開いたネットカフェ。
瓦礫と衝撃波にやられて、コンピュータ端末の大半は機能を停止した。
「なになに、何なのよ!?」
「痛てて……無事か、二人とも!」
瓦礫から這い出てくる二人に、蒼月は舌打ちする。
光の弾丸なんてものに撃たれたなら、それは間違いなく自然現象ではない。
地震、雷、火災に洪水、暴風など様々あるが、古今東西で光が人を殺めるなどという現象は雷ぐらいである。
雷は、弾丸にはならない。
黙って隠れていれば、蒼月だけは敵と「双方未発見」の状況を保てたかもしれない。
だが、その微妙なリターンに対して、リスクが二人を見捨てることでは割に合わない。
「お二人とも、気をつけて! 敵ですよ!」
カッターナイフを片手に、天井の穴から上が見える位置へ。
「ひとり、ふたり……ああ、確かに3人」
華奢な体躯、緑色の髪、両性的な薫りを漂わせる繊細な顔立ち。
それは、黄金色の翼を広げて宙に浮いていた。
「……天使?」
「知らねーよ……宇宙人なら見たことあるけど」
「…………切支丹、ですね」
キリスト教徒の祭礼具の中に、ああいう翼を持った人間を描いたものがあることを
蒼月はしっかりと覚えている。
「ねえお兄さんたち」
少年はどこか悪魔的な笑みを浮かべながら、天井の穴の淵に降り立つ。
「ちょっと死んでよ」
友への挨拶より気安く、輝く光弾が投げ込まれた。
「じょぉぉぉぉぉだんだろぉぉぉ――!?」
「なんなのよ、あーもー!」
滅びの閃光に舐め取られる寸前、辛うじて三人はネットカフェから飛び出した。
ネットカフェの建物が、入り口窓廃棄ダクト、ありとあらゆる通路から光を漏らし、爆裂する。
「鬼ごっこかい? いいよ、愉しもうか」
背後から天使が追ってくる。
武器らしい武器を持っているのは蒼月のみ。
加えて、少年は飛行しながらも間断なく光球や光線を放ってくる。
飛行しているのが、最大のネックであろう。
「おい蒼月! 俺の銃返せ!」
走りながら怒鳴るネオに片耳だけ意識を割く。
「このままじゃこんがり焼かれてロースト人間だぞ!」
「……あなたが、その銃を私に向けない保障は?」
「言ってる場合かァ―――!?」
ネオの足元に光線が着弾、炸裂。
香港カンフーアクションばりの見事な吹っ飛びを見せるネオ。
確かに、それどころではなさそうだ。
仮にネオが二人の首を手土産に降伏を申し出ても、あの少年はすぐに三人とも合流させるだろう。
「仕方ありません! これを!」
懐から、魔銃クリムゾンを取り出して放る。
「オッケェェ!」
ネオ、キャッチ。
「あっ、ずるい! アタシに使わせなさいよ!」
「うわバカやめろ、お前が使ったって話にならん! 俺に任せろ!
探偵たるもの一度や二度は拳銃を撃ってみたい!」
「撃ったことないのかッ!?」
「…………」
すぐさま内輪もめを始めた二人をどことなく冷めた視線で流し、
カッターを片手に蒼月は踏みとどまった。
蒼月に合わせるように、少年も空中に静止する。
銃を奪い合う二人も、つられて走りを止めた。
「あれ? 鬼ごっこはもう終わり?」
「ええ。子供の遊びに合わせるのも、そろそろ疲れますから」
カッターの刃をできるだけ延ばす。
たいした長さはない上に、使い方をしくじればすぐに折れるだろう。
ここは、生得の忍術で凌ぐ。
「そうか、残念だなあ」
少年の唇の裂け目がきゅうと吊り上がった。
「たいして遊べなかったけど、さよならだね」
その手に光の棒。
真ん中を片手で握ったそれを縦に構え、もう片手が棒をつまんで引いた。
「……弓!」
「じゃあね」
先ほどまでの射撃を軽々と凌駕する速度で、槍に匹敵する大きさを持った光の矢が飛来する。
横に飛んで回避。
矢は脇腹の皮一枚を焼き過ぎる。
「ははは、いいねえそう来なくちゃ!」
続いて第二矢。同、第三矢。
なおも降り注ぐ光の雨を、曲芸のような身のこなしで蒼月は次々に回避していく。
蒼月は、相手は素人だと見切っていた。
光を操る力は強いが、目線と矢の向きで射線は十分わかる。能力を強化する訓練は受けたかもしれないが、
凡人が受けるような基礎的な訓練など受けたこともないに違いない。
その推測の正否は、蒼月の被弾率を見れば一目瞭然であろう。
ともあれ、このまま避け続けていても、こちらから攻撃を仕掛けられないという事実は
揺るがしようのない不利であったが――
「……飽きちゃった」
光弓が縮んで消える。
足を止める蒼月に薄笑いを向けながら、少年は光塊を掌に生み出した。
無造作に左へ放る。
先ほどのような炸裂光弾か、と警戒した蒼月の予想は外れ、光塊はある程度の距離をゆっくり進んで止まった。
蒼月が少年に視線を戻すと、ニヤつきながらもう一塊が生まれ出でる。
睨み合いであった。ただし、限りなく蒼月に不利な。
ところかわって、すみっこのほう。
「……何やってるのネオ、撃つなら今じゃない!」
クリムゾン争奪戦に敗北したガーネットは、
さっきから魔銃を構えたまま一向に撃とうとしない、にっくき勝者の尻を蹴飛ばす。
「ハハハ、わかってないなガーネット。今出て行けば確かに注目を浴びられるかもしれないが
あそこで浮いてるキラキラに狙われるのは俺になるんだぜ!」
「一発で撃ち落しゃいいじゃないの!」
「無茶言っちゃいけねえな! 俺は平和主義者だぜ?」
自信たっぷりにへらへら笑っているネオ。
「あーもう役に立たない奴! 銃は撃てないハッキングは並程度、追っ手も撒けないで、あんたそれでも探偵!?」
「当たり前だ! 俺にだって得意なものはある!」
「例えば何」
「…………クイズとか、だ。さあ来い、クイズ探偵の実力を見せてやる! さあカマンカマン!」
強がるところが違う。
「……パンはパンでも食べられるパンは?」
「ハハハハハハ、簡単だ! フライパンに決まっているだろう!」
「はい、お手つき」
「……しぃぃまったぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「……うるせーな、外野……」
「同感です」
既に10を数える光塊が、通り全体に撒き散らされていた。
「これなら、避けられるかな。楽しみだよ」
少年が光球を目の前に置く。
球は伸びて太い光線となり、真っ直ぐに蒼月に向かう。
先程の矢より、格段に遅い。当然、蒼月は軽く避ける。
その直線状に、光塊があった。
「蒼月!」
ガーネットが叫ぶ。
咄嗟に振り返る、と同時にその場から全力で飛びのいていた蒼月が見たものは
光線を反射する光塊だった。
道路に転がった蒼月に、再反射した光線が迫る。
「くっ!」
地を舐めるように迫る光線に対し、腕の力だけで倒立跳躍。
光線は頭を掠めて通り過ぎる。
立ち上がった蒼月の目の前で、少年がさらに2つ光球を生んでいた。
「さあ、これで逃げ場はないよ」
「ちっ!」
合計3本に数を増やした光線は、少年の操る光塊に軌道を曲げられ
前後左右上下あらゆる方向から蒼月に迫る。
しかし、蒼月とて修練を積んだシノビであった。
もはや回避不能と思われる角度からの光線でさえ、恐るべき身体能力の前に直撃を取るに至らない。
「ちぇ……」
つまらなそうに少年が呟く。
そしてちょい、と光塊を、少年の背後からの光線の軌道から逸らした。
その先にはビル。
これで一本減るか、と一瞬ありえない安堵が蒼月の脳裏をよぎる。
無論、そんな楽観は許されない。
もし、蒼月がその安易な想像で警戒を怠っていたなら、その光線は間違いなく致命打となっていただろう。
跳び下がった蒼月の足元に、光塊を介さずして軌道を曲げた光線が突き刺さった。
「あれぇ? しつこいよ、あんた」
苛立った声が降り注ぐが、蒼月の視線はそちらには向いていない。
光線を曲げたモノの正体は、おそらくビルの窓ガラス。
太陽の光を反射するように、あの光線を捻じ曲げたのだろう。
これで光線が2本に減ったとはいえ、まだこちらから仕掛ける余裕はない。
このままではジリ貧である。
銃声。
「!?」
少年が反射的に、光塊に手をかざす。
光塊がくるりと回転し、蒼月に向かうはずだった光線を少年の間近に向けた。
そのエネルギーの中で消えていくのはおそらく銃弾。
「ほぉぉらやっぱりダメだったぁぁぁ!」
「あーもう何やッてんのよヘタクソ!」
クリムゾンを構えて開き直るネオを、ガーネットが後ろから殴りつけている。
「ウザいよ」
そちらへ向けて、新たに4本に増えた光線が殺到した。
「うおわあああああ!?」
「ちょっと、なんとかしなさいよ!」
撃つな、と言っておくべきだったか。
そんな暇も余裕もなかったことは百も承知ながら、蒼月は奥歯を噛み締める。
撃てば目を付けられ、そして少年の攻撃は彼らには避け得まい。
慌てているネオとガーネットに、あの三次元的に迫る光線を無傷で避けきるなど不可能だ。
二人を見捨てて少年を討つか。
せめて手持ちに、この距離でも人を確実に殺傷できるように作られた武器があれば蒼月はそうしただろう。
どうする。何ができる。光球光線窓ガラス反射鏡…………水。
閃きが、蒼月の脳裏を貫いた。
逃げ場を見失ったガーネットとネオを、今まさに光線が焼こうとした瞬間、
二人の周囲に水柱が立ち上った。
「うわああああああ!? って、あああ!?」
慌てていた二人が、呆然と見上げる。
「……え?」
そして、光線を放った少年も。
次々に水柱に屈折させられ、光線はことごとく天へ上っていく。
「……お前」
目論見を外され、決定的に機嫌を損ねた少年が蒼月を睨みつける。
「うまく行きましたか」
そこに立った蒼月。
既に周囲に、無数の水球が浮かんでいた。
「何のマネだよ……」
「この光線に限り、光と同じように屈折する作用があるようですね。先程、あなたが窓ガラスを利用したので気付きました。
そして、そこかしこに浮かべた光の玉は、あなたの意思で光を屈折させる効果があるわけですね」
見上げる双眸は既に狩人のそれである。
「……ならば、私の水でも、私の意志で、その光線は曲げられる」
「馬鹿にして……!?」
天へ上ったはずの光線が、少年に降り注ぐ。
「何……!?」
「今説明したとおりです」
光塊を呼び寄せ、辛うじて反射しきった少年にかかる声は、あくまで涼しげ。
「こちらからそちらを攻撃する手段はありませんでしたから……
あなたの技を、利用させてもらいました」
そううそぶく蒼月の手に合わせて、無数の水球が一斉にあたりに散らばった。
形勢は逆転した。
正確には未だ五分であったが、気の赴くままに力を振るっていればそれでよかった少年では
風間の里随一の切れ者と言われた百戦錬磨の風間蒼月に、狡猾さで及ぶべくもない。
次第に少年が押されてきている。
光線は未だ4本。
10個程度の光塊を、自分の身の周りに防御がちに集めている少年に対して
蒼月は既に20を数える水球を、通りに広く散開させている。
さらに空中にいる少年は、自分の真下の水球にも意識を払わねばならない。
一弾また一弾と、少年への至近弾が増えていく。
さらに光塊に鉄壁を築かせる少年を嘲笑うかのように、蒼月の水球はどんどん展開半径を広げていっている。
光線を曲げる少年だが、時間差で迫る次弾に気を取られ、光線の軌道の操作までは至らない。
その流れ弾を、抜け目なく蒼月の水球が捉える。
「ふ、ざ、けるなぁああああ!」
遂に少年が癇癪を炸裂させた。
光塊が全て消える。
光線から無防備になった少年に、蒼月はむしろ警戒した。
予想通り圧倒的な気の高まりが、少年を超新星のような輝きに包んでいく。
少年を狙った光線が全て打ち消されて超新星に巻き込まれた。
光を浴びて、蒼月の水球がひとつひとつ蒸発していく。
「……まずいですね」
その前方で、少年が十字に光る。
その姿は磔刑に処されたメシアであろうか。
「もう消えろよ……!」
その十字架から、極大の閃光が放たれた。
精神力全集中、眼前に水の壁。
直後、蒼月は圧倒的な光に飲まれていった。
焼けた鉄板に水を垂らしたような音がした。
巨大なクレーターを残し、光は収束する。
荒い息をつきながらも、少年は未だ空に健在だった。
「……おい、蒼月は?」
眩む目をスコープでごまかしているガーネットに、ネオが尋ねる。
「…………」
返事はない。
「おいガーネット! 蒼月は!?」
「蒸発したよ。虫けらの癖にしぶとい奴だった」
代わりに答えたのは、少年。
未だ浮遊していながらも、ビルに片手を突いて体を支える姿に疲労の色が見て取れる。
「本当か、ガーネット!?」
「……見つかんない」
声は沈んでいる。
「悲しいのかい? 心配いらないよ、すぐに会えるからさ」
少年の手に、光が集うのがわかる。
先程の極大光線で目を焼かれた二人には、その僅かな輝きさえ痛覚神経を刺激する。
「うわー、神様ァなんでこんなんばっかりなんですかー!」
「ネオ、銃貸しなさい!」
ガーネットがクリムゾンをひったくるが、多目的スコープごしでもその光は目に刺さる。
照準がつかない。
「ご、ごめんダメかも……」
「勘弁してくれよォォォ!?」
めくら滅法に撃った数発は、いずれも少年をかすりもしない。
「じゃあね……」
光の弓を引き絞り、少年がささやく。
「そこ、危ないですよ」
別の方向から声がかかった。
「!?」
直後、ビルの壁から噴出した水柱が少年を吹っ飛ばした。
「蒼月!?」
「おい、足見ろ足! ついてる!?」
「問題ありません。この通り、健在ですよ」
両手をひらひらとさせてみせる蒼月。
「すげえ! どうやって助かったんだ!?」
「それは、里の秘伝なので教えられません」
「そんなこと言わずにサ、お姉さんだけに教えて欲しいニャー」
「ダメです」
風間忍術・月隠れ。
自らを水柱に溶け込ませて瞬時に居場所を変える、水忍ならではの技である。
少年に一度も技を見せておらず、かつ極大光線に隠れての使用であったために成功した奇襲だった。
「さあ、今のうちに逃げましょう」
「……え? 逃げんの?」
ぽかんとするネオ。
水柱に吹き飛ばされた少年は、反対側のビルの窓に突っ込んでいった。
「やっつけたんじゃないのかニャー?」
「あの程度で死にはしないでしょう」
「でもまた来たって楽勝じゃない?」
「そうとも限りません」
今回は運良く少年が放ちっぱなしの光線を利用できたが、次はそうは行かないだろう。
おそらく、反射できない技で攻めてくるに違いない。
それを相手にするには、使い方のわからない武器と、到底殺傷力に期待できない刃物では分が悪すぎる。
「……しかし、ああいう場合って大抵自分が撃ったビームって吸収したりとかしねえ?」
「それは、あなたが自分を殴って傷が治るかどうか、という問題ですよ」
ネオの疑問に答えてやりながら、蒼月は少年が消えていった窓を見上げる。
勝ちの勢いに乗じて追撃し、止めを刺すのが定石だが、それには条件が多い。
今の立ち合いで少年が極度の消耗をしていること、少年がいる場所まで蒼月が間を置かずに直行できること、
少なくとも彼の愛刀である青龍がなくては、飛ばれた時にどうにもならない。
「さ、追いかけてくる前に急ぎましょう」
「……つってもどこへいくのよ」
「さっきも言ったけどよ、マザーに直結してる端末がありゃ、なんとかなるはずなんだよ」
「わかりました。私も弟を探す都合がありますが、余裕がある間はそれを探しましょう……ところで、アテは」
「無いニャー」
「可愛く言うな」
ビル高層階。
エミリオはダメージであちこち痛む体を何とか床から引き起こす。
「くそッ!」
ダメージらしいダメージは受けていないが、アークエンゼルまで放ったというのに一人も殺れていない。
苛立たしい。
あまつさえ、プリズムレイを逆に利用されて追い詰められるなど、馬鹿にしているにも程がある。
腹立たしい。
そして、戦闘の消耗が思ったより激しい。
このままでは、奥に押し込めた「あいつ」がいつ出てくるか知れたものではない。
その前に一人でも殺してやると、エミリオは自分が突き破った窓に近づいて、やめた。
どうせ当たるまいが、銃で狙い撃ちされるのも気に入らない。
「……くそッ」
そんなくだらない気遣いをしている自分さえ呪わしい。
消耗した体力を回復する意味も込めて、ビルから飛んで降りるのはやめた。
【風間蒼月(消耗中) 所持品:カッターナイフ 目的:ハッキング幇助、火月捜索 位置:5区西部、目的地は特になし】
【ガーネット 所持品:多目的ゴーグル(赤外線と温度感知) 目的:中央に対してハッキング 位置:蒼月と同行】
【ネオ 所持品:魔銃クリムゾン 目的:外のジオと連絡を取って事件解決 位置:蒼月と同行】
【エミリオ・ミハイロフ(消耗中) 所持品:不明 目的:ハッカーを優先に参加者の始末 位置:5句西部】
90 :
諍いの枷:04/12/03 00:09:15 ID:???
気まずいな…
放送が終わって以来、ナコルルとビリーは何も語らずただ海沿いの道を歩いていた。
リムルルの死は当然知っていたが、ビリーとしては同じ妹を持つ身として、
迂闊に声はかけたくなかった。
ナコルルの表情は相変らず硬いままだ、が、ビリーが覗きこんだ時、不意にその表情が
少しだけ柔らかくなる。
見ると1羽の鷹が彼女の目の前に舞い降りていた、飛行には支障なさそうだが
片足を失っている、ナコルルはその鷹を抱き寄せなにやら言葉を交わしているようだったが…。
「ビリーさん…お願いがあります」
不意にビリーに話しかけるナコルル。
「これから私のやることに一切口を挟まないでいただけますか?」
「これから…って何が」
「来ます…お願いしますね」
ビリーが頷くのを確認してナコルルは先に進んでいった。
一方、砂浜を歩くリュウと真吾、こちらも言葉を交わす事はない。
時折真吾が誰に聞かせるでもなく独り言を大声で言うのだが、リュウは相変らず
無言のままだ。
さくさくさくと砂浜を歩く音だけが周囲に響く中。
「?」
真吾が何かを見つけたようだ、見ると一人の少女が東の太陽に照らされて佇んでいる。
遠目とはいえその美しさに思わず息を呑む真吾。
「び…美少女発見!ダンさ…」
そこで真吾は思い出す、ああもうダンさんも京さんもいないんだっけ?
だがそれでも、あんな可愛い女の子を危険な戦場に置いておくわけにはいかない。
「ですよね京さん、というわけで真吾ダッ〜〜〜〜シュ!!」
91 :
諍いの枷:04/12/03 00:10:25 ID:???
特に興味無さそうなリュウを残して走る真吾。
「お、俺っ矢吹真吾っていいます」
息を切らせてナコルルの元に辿りつく真吾、ぜいぜいと胸を押さえながらもまずは自己紹介
「こんにちわ、私はナコルルっていいます」
笑顔で応じるナコルル、その微笑にぐらりとこない男子などいない。
「あ…あのですね…もしよければ」
友を失った悲しみを暫し忘れ、赤面しながらも話しかける真吾だったが。
「折角だがまにあってんだよ!金魚のフンが」
そのトゲトゲしい声…まさか…。
そのまさか、振り向いた真吾の目に映ったのはビリー・カーンその人だった。
「げぇ!あんたまだ生きていたんですか!」
「生きてて悪いか!!まぁ…でも京の奴は気の毒だったな…」
やや伏せ目がちにビリーは真吾に悔やみの言葉をかける。
「もう…それはいいっス…でも…そのうビリーさんもお友達が死んでしまって大変っスよね」
「ナヌ?ともだちぃ」
思い当たる節はない…いや…もしかすると。
「おい…それってまさか山崎と八神のことじゃないだろうな!」
「ちがったんスか?」
「ちがう!あんな奴ら友達じゃない!」
真吾とは逆の意味で顔を真っ赤にするビリー、それを見たナコルルがぼそっと突っ込む。
「ビリーさんってお友達が多いのですね…くすっ」
『誰がこんな奴と!!』
2人同時に反論するビリーと真吾だったが、ナコルルは不意にその場を離れる。
いつのまにかリュウがすぐ近くまでやってきていたのだ。
「お待ちしてました…リュウさん」
「君は…」
92 :
諍いの枷:04/12/03 00:11:27 ID:???
いつかの格闘大会で出会ったことがあったような…確か名前はナコルルとか言ったか?
「リュウさん…これに見覚えがありませんか?」
ナコルルはポケットから血に染まった1枚のバンダナを取りだし、リュウに見せる。
「それは…どうして君がそれを…」
「私の名前はナコルル、あなたが殺めたリムルルの姉です」
その言葉につかみ合っていた真吾とビリーも動きを止める。
「テメェ…」
ずいと進み出たビリーを目で制するナコルル、ビリーは大人しく引き下がった
先ほどの約束を思い出したのだ。
「お聞きしたいことが少々ありまして…リムルルは正々堂々戦って死にましたか?」
静かな瞳でナコルルはリュウに問いかけた。
「ああ…彼女は未熟だったが立派に戦って死んだ」
リュウの言葉に頷くナコルル
「なら、それがあの子の定めだったのでしょう」
「た、大切なのはこれからっス!そりゃあ」
「お前は黙ってろ」
口を挟もうとした真吾をビリーが嗜める
「すまない!!」
リュウはナコルルの目の前で土下座する。
「俺の心の弱さが招いた過ちだ!だから君が望むのなら命を絶っても構わない!」
「だが…今少しだけは猶予をくれないか!…償いたいんだ!!」
「償い?」
その言葉を聞いたナコルルの瞳が僅かに曇る。
「ならばまたその拳を血に染めるのでしょうか?」
「それは…」
93 :
諍いの枷:04/12/03 00:12:11 ID:???
リュウは答えに窮した、
「俺は…拳でしか語れぬ男だ…拳の過ちは拳で解決するしか思い浮かばない…」
「それでルガールさんを討ち、争いを争いでもって制する…というわけですね…リュウさん」
そこで間を置き、ナコルルはリュウの顔を覗きこむ。
「償いという言葉を簡単に思っていませんか?」
瞬間、ナコルルはリュウの喉に容赦なしの蹴りを放つ、つま先が喉仏に食い込み
ゴリゴリと音を立てる。
その凄惨な眺めに真吾は思わず目を塞ぐ。
「リムルルはカムイの戦士として正々堂々戦ってその結果、力及ばなかったのです、
私は何も責めません…ですが」
「あなたの言う償いが、ただの自分が許されたいだけの自己満足でしかないのならば」
「私はあなたを許しません」
自分が許されたいだけの自己満足…その言葉はどんな鋭き刃よりも深くリュウの胸に突き刺さった
「今後あなたが何をしようとも、あなたが私の妹を殺した事実は永遠に消えないんですよ」
「ほんの一時魔性に魅入られたとはいえ、あなたは立派な戦士です、ですから、わかって…いるのでしょう」
「もう自分は許されないことを…」
まさに死刑宣告だった。
「だが…だが俺は…それでも出来ることはやりたいんだ!これから先、罪を背負って
生きる覚悟は出来ている!!、だからっ!!」
その目に涙を浮かべ叫ぶリュウ
「自己満足でもいいことなら、それでいいんじゃないっスか!」
「だからお前は黙ってろ!俺だって我慢しているんだ!!」
また口を挟もうとする真吾の頭を小突くビリー。
「なら…手を出してください」
「あなたが本当に己の罪を償いたいと望むのなら…これから先、もう拳を振ってはなりません」
ナコルルはリュウの小指と薬指を伸ばした状態で布でぐるぐると固定させる
この状態では拳を作ることができない。
94 :
諍いの枷:04/12/03 00:13:21 ID:???
しかも小指は気を練る上でも重用な箇所の1つ、それを満足に扱えなくなった以上。
手技のみならず足技も満足には使い得ないことになるのは明白。
それはリュウのような男にとっては死にも等しい罰だった。
「そしてあなただけではなく。今後その瞳に映った全ての人を誰も殺さず、そして殺させないこと」
これで、ただの傍観者として見て見ぬふりもできない。
「なおかつ最後まで生き残ること…守れますか?」
静かに、だが厳しくナコルルはリュウに語りかける。
暫しの沈黙。
「わかった…俺は今この時をもって全ての戦いを放棄しよう」
リュウは決意の表情で頷く。
それは死よりも険しき生を選んだということでもあった。
「そんな!こんなのいくらなんでもあんまりっスよ!これじゃリュウさんは…」
「道半ばで力尽くのならば…それはそこまでの人間だというだけです」
真吾の叫びにナコルルは非情なまでの宣告で応じた。
その冷たい眼差しに見つめられては何も言い返すことが出来なかった。
「ここで別れましょう」
分かれ道、ナコルルらは西に、そしてリュウらは北にそれぞれ進路を取る。
無言で彼女らに背中を向けるリュウと真吾、その背中が見えなくなるまで立ち止まって眺める、
ナコルルとビリー、ナコルルがその肩に止まってるママハハにそっと話しかける。
「ママハハ、私の目となり耳となってあの人たちを見ていて下さい…」
抗議するように鳴き声を出すママハハ。
「え、私なら大丈夫、それにこんなに傷ついたあなたを戦わせるわけにいかないもの」
「それにあの人ならきっと乗り越えられるはず…」
ママハハはまだ何かを言いたげだったが、やがて一声吠えるとそのまま空高く舞いあがっていった。
95 :
諍いの枷:04/12/03 00:19:11 ID:???
「なぁ…あれで本当に」
「少し風にあたって来ますね」
ビリーの言葉には応じず、ナコルルはそのまま踵を返し海へと向かう。
その後を追おうとしたビリーだが。
「…」
砂浜に転々と印を残す血痕にその足を止める。
その源は固く握り締められたナコルルの掌からだった…。
「大馬鹿野郎だ!俺は!!」
やはり平気なはずがない、当たり前だ…やはり無理してでも声をかけておくべきだった。
だが遅かった…あわてて走るビリーの耳に。
「定めなわけないじゃない!! どうして私より先に死んだの!!」
張り詰めていた糸が切れたのだろう、ナコルルの嗚咽の声が砂浜に響く。
潮風に乗って流れる悲痛な叫びをただ黙って聴くしかないビリーだった。
【矢吹真吾 所持品:釣竿、竹槍、ホアジャイ特製スペシャルドリンク(残り1本)、草薙京のグローブ(炎の力がちょっとあるかも)
目的:1.仲間集め 2.敵本部を探す 3.ルガールを倒す】
【隆 所持品:なし 目的:不戦不殺】
【ナコルル 所持品:不明 目的:リムルルを探す】
【ビリーカーン 所持品:物干し竿 目的:リムルルを見つけた後、ロックを探す】
【現在位置 7区と6区の中間】
【ナコルル 所持品:不明 目的:不明】
【ビリーカーン 所持品:物干し竿 目的:ロックを探す&ナコルルを守る】
【現在位置 7区と6区の中間】
先に修正。60-64を破棄でお願いします。
男、牙神幻十郎はいらついていた。
眼前の男、御名方守矢は確かに強い。斬りがいのある男だった。
しかしこの男、何かおかしい。
数度切り結んだが、違和感を感じる。
「貴様、逃げる気だな」
「!」
悟られた、守矢は思った。
「俺を前にして逃げおおせる気でいるか・・・下郎ッ!!」
振り下ろされる刃。
逆手に持った短刀で受け、流す。
刀身が違いすぎる、片手持ちの短刀では弾くこともままならない。
そして鞘からの抜剣によりその剣撃を極限まで早めた居合いはこの刀では使えない。
さらに悪条件は重なっていた。人を斬った年季が違う。
「あなたは、私の時代の剣士ではない・・・」
「時代?剣士?何を抜かす、俺は人斬り!この刀とこの身があれば俺はいつでも・・・」
遮って守矢が続ける。
「私の時代には、あなたのような人はほとんど残っていない。いるとしても、狂人じみた者だ」
「貴様の話はわけがわからん、判らんが・・・俺を狂人と言うか・・・そんな扱いは慣れたものよ」
笑いながら幻十郎は構え直す。大振りではこの男を捉えるに至らない。
バッサリとやる感覚が好きな幻十郎にはさらに苛立つことであったが、
自分を嘗めているとしか思えない冷静さのこの男を斬らずに済ますのはもっと我慢がならなかった。
「楓・・・兄は、お前に会えぬかもしれん」
自分にも聞こえるかわからないような声で守矢が呟く。
何とか隙をついて逃げたいが目の前の男がそうはさせてくれない。
守矢の体力は限界に近かった。かすめてはいるが致命的な攻撃は受けていない、
しかしながら心のままに愛刀を振る幻十郎と、慣れない獲物で間合いにも入れてもらえず、
ひたすら避け、流し、逃げることに気を張って戦うことは動いている幻十郎よりもずっと早く
守矢の体力を限界たらしめた。
「終わりだ!ずえりゃあああ!」
「無念・・・」
避けることも、受けることも、もう間に合わないことを悟った。
「何の音だ・・・」
眼下に血に染まった守矢が倒れている。
「手元が狂ったわ」
「かえ・・・で・・・」
虚ろに呟く守矢を見て、幻十郎は背を向けた。
「下らん男だ。向こうにいる威勢のいいのをバッサリ斬るとするか」
幻十郎は抜き身の刀をぶら下げて轟音のしたほうへと歩んでゆく。
その先に待つのは修羅の道を選んだ少年とその道を阻む狼。
ここに残されたのは弟を思う一人の剣士。
消え行く命を必死に抱え、御名方守矢は空を見上げていた。
「なあ、お前こうなると思ってたのか?」
微笑んでいるような、泣いているような瞳でロックとテリーを見つめるミリアに、
隣で不機嫌そうな顔をしたゼンが尋ねる。
「あのロックって子、あんなこと言っても覚悟ができてないのがわかるじゃない」
「覚悟?」
「そ、人を殺す覚悟。あの子まだ誰も殺したことないわよ」
どこか寂しげなその瞳、おそらくは自分が歩んできた道を振り返っているのだろう。
「あそこでテリーを殺していたら、あの子はもう戻れなかったでしょうね」
「テリー、俺・・・俺!!」
「ロック、お前は怯えていただけさ。お前は確かにハワードの血に目覚めたのかもしれないが
お前はロック・ボガードじゃない。ロック・ハワードなんだ。その血もお前の一部。ただの力さ。
それを受け入れて、どう使うか、それが大事なことさ」
「テリー・・・」
そこでカサッ、という音。
最初に気づいたのはミリアだった。
「テリー!誰かいるわ!」
振り向き、木の影に人の気配を確認し、テリーも叫ぶ。
「ヘイ!コソコソしてないで出てきたらどうだ!」
満身創痍の体を向け、強がるように挑発する。
静かに向かってくるのは赤髪のサムライだった。
「おっと、テリーとガキは下がってな。やるなら俺が始末をつける」
「あら、勇ましい。私のサポートはいらないかしら」
テリーとロックの前に出て構えるゼンと攻撃の体勢もとらず立ったままのミリア。
その実この体勢であっても攻撃をしかけるならば髪を自在に動かすミリアのほうが初撃は早いのだが。
「で、そこのオッサン。やる気か?それとも・・・」
ゼンの言葉を遮って怒号が飛ぶ。
「阿呆がッ!!」
「あん?アホ?」
「アナタのことじゃない?」
ミリアがゼンからかうように見る。
「っんだと!?」
ゼンはミリアを睨んだが当のミリアは既に相手を見据えている。
「そこな異人!!」
「ほら、俺じゃねえ」
「私、でもなさそうね」
サムライ、牙神幻十郎の目はミリア達の後ろ、テリーの体を支えているロックを見ていた。
「貴様!その力、その衝動、何故抑える!殺したいならば殺せばいい!親兄弟であることなど理由にもならぬ!」
「俺は、テリーを殺すことなんか出来ない!」
「下らん・・・愚劣極まる!弱肉強食を唱えておいてそのザマ。迷いなき強き貴様との殺し合いを想い待ったが
とんだ茶番であった・・・この怒り、貴様ら全て切り伏せねば収まらぬ!」
「来るぞッ!!」
刀を脇に構え駆け出す幻十郎。
「刀と拳じゃ分が悪いわね。私が前に出るわ」
「ばっ、お前も丸腰じゃ・・・ね・・・えか・・・あ!?」
いいかけて途中から素っ頓狂な声になってしまったゼンの言葉。
無理もない、目の前で女の髪がスルスルと伸びて剣をかたどったのだから。
「あんまり手の内は見せるもんじゃないのよ?そうもさせてくれない相手のようだけ・・・ど!」
最後の一音と共に相手の刀を受け止めるミリア。しかし男のひと振りはあまりに重い、弾かれるミリア。
「どぉりゃぁぁぁ!」
下から上への斬りあげ、しかしそれは空を切る、紙一重で飛びのくミリア。しかし・・・
「カード!?」
「斬震拳!!」
横からゼンが拳を突きだす。
拳の周りから渦を巻いた空気は荒れ狂うつむじ風となって、幻十郎の刀の切っ先から放たれた花札の形の気を消し飛ばす。
「驚いた・・・ビリヤードの玉を撃つヤツは知ってるけどカードなんてね」
「ジャパニーズ花札ってヤツだ。これで手の内の見せ合いはチャラだ」
「律儀なのね。まあ、お礼を言っておくわ」
どこまで本気なのかわからないミリアの言葉を受け流してゼンが男と対峙する。
「貴様らは人を斬ったことのある目をしているな」
じっと目を見合い幻十郎の言葉を聞く。
「・・・戦った結果、な」
「生きるため、よ」
「ならば、大切なものをその手で殺した気分はどうであった?」
「「!?」」
生粋の人斬りである幻十郎にはわかっていた。この二人は強い、あの餓鬼にくらぶれば迷いもほとんどない、
しかし、その目は人斬りの目ではない、と。何人も殺しておいてこの目、殺すことを悲しむような目。
だから判った、この二人は忘れられない殺しを、親殺しをしている、と。
「阿呆がッ!!」
一瞬の動揺を突いて幻十郎が切り込む。咄嗟に髪を硬質化させてガードするミリアだったが、もとよりのパワーの差と
対応の遅れが災いし、ゼンを巻き込んで吹っ飛ばされた。
「さあ、最も斬りたきはその甘ったれた性根。閻魔に叩きなおされるがいい」
そのままの勢いで幻十郎は、ロックとテリーの前に立った。
ロックはその男の目を見て動けなくなった。これは人殺しの目。人殺しが楽しくて仕方のない目。
俺がなりたかったのはこんな目の人間なのか。俺がなっていたかもしれないのはこんな目の人間なのか。
そう思うと体が硬直した。男の刀は今にもロックを貫かんと構えられていた。
「ローーーーック!」
次にロックが見たものは、
不満そうに舌打ちをする目の前のサムライと、
起き上がってこっちに走ってくるゼンとミリアと、
胸を血に染まった刃に貫かれたテリーだった。
「ウワァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
聞くものの心さえ張り裂けそうな悲痛な叫びをあげるロック。
「この男も腐れる程に甘い・・・案ずるな、今貴様も一緒に冥土に送ってやる」
テリーの体からその刀を引き抜く男。ゼンとミリアが幻十郎に仕掛けられる位置まで来た所でそれは起こった、
「テリーは、俺が殺したんだ」
呟いて立ち上がったロックの体から立ち上る闘気は幻十郎の刀を、ミリアの髪を、ゼンの拳を、全て静止させていた。
「弱い俺を庇って、強いテリーが死んだんだ。弱い俺が、弱い俺が死ぬべきだったんだ!」
足元に倒れるテリーを見てロックが叫ぶ。
「俺は強くなる、今度こそ本当に」
幻十郎が我に返る。数瞬、その気に見惚れていた自分に気づく。
あまりに強く、あまりに美しい青黒い炎。それを纏った少年が迫る。
「そうだ、それでいい。俺が斬りたかったのは今のお前だ!!」
「黙れ」
言ってその手を振るう。
暴れる気は烈風となって幻十郎を襲った。
「なにっ!」
刀を振るいその気を打ち消さんとする幻十郎だったが完全には相殺できずに力の奔流によろめく。
「その力・・・斬りがいがあるわ!!」
立てなおし、全力で振りかぶり、その刃をロックに振り下ろす。
受けねば真っ二つ、受けてもその部位が斬りおとせると確信する幻十郎だった、が、
「な、何事だ!?」
その体は宙に舞っていた。
叩きつけられる寸前かろうじて受身をとり向き直る幻十郎。
「何をした!」
言って斬りかかる。再び地に伏せたのはやはり幻十郎だった。
「受け流したと言うのか・・・その細い腕で!俺の刃を!!」
「親父が、得意だったらしい」
それだけ言ってつかつかと歩み寄るロック。
拳を固めるその姿に、幻十郎は思わず防御の姿勢をとった。
「フンッ」
今度は何もしていない、なにも攻撃していない。なのになぜだ、何故俺は宙にいる!
幻十郎が思った時には眼下の少年は円の動きをする腕を止め、両手にためた闘気を地面に叩きつけていた。
「レイジングストーム!」
「殺せ、貴様のほうが強かった」
「ああ、そうだ、アンタは俺より弱かった」
「待ちなさい」
ミリアがロックに言う。その言葉には感情が読み取れなかった。
「その道は、戻れない道よ」
数瞬の沈黙、眼下の幻十郎はもはや動けず、しゃしゃり出てきた女を呪うような目で睨みつけた。
「黙れ女!俺を、いや、この男をも愚弄するか!」
冷たい瞳でミリアを一瞥し、ロックは静かに言った。
「わかってる。俺はテリーと違う道を行く」
「そうだ!いい人斬りになれよ!フハハハハハハ!」
手にした銃で幻十郎の眉間を打ち抜いた。広場にこだまする乾いた音。
「俺はアンタみたいにはならない。殺すことを楽しいとは決して思わない。でも、俺は生き残る」
ロックはミリアたちを残し、歩き始めた。
いつの間にか降りだした雨に打たれながら、一度だけ振り返った。
「テリーを、頼む」
雨に打ち消されそうな小さな声で言った。
そして再び歩き出す。
ロックは思う。
この雨は俺の涙だ。
優しくて女の子が苦手でよく笑った、
今はもう、二度と泣くこともない冷酷な、
ロック・ハワードの最後の涙だ。
【ロック・ハワード 所持品:デリンジャー、ワルサーP99 目的:自分より弱いものは全て殺す】
【ミリア・レイジ 所持品:闇の幸運種のぬいぐるみ(ドラゴンクロニクル) 目的:1.仲間を集める 2.ゲームを潰す】
【ゼン 所持品:折りたたみ式ボウガン(組み立て方わかってない) 目的:1.仲間を集める 2.ルガールを倒す】
【御名方守矢 所持品:短刀 目的:まだ死なない(瀕死の重傷)】
【牙神幻十郎 死亡】
【テリー・ボガード 死亡】
【現在位置 3区ハワードアリーナ正面広場】
【備考:幻十郎の紅鶯毒、テリーのリボルバーはその場に放置。ロックの移動方向は守矢のいる北、そのあとは次の人に任せます】
【7:00〜】衣料品店の中で隠れて寝ていた俺。
あの胸糞悪いルガールとか言う奴の放送で目が覚める。知り合いの名前は居なかった。よかった。
【7:30〜】とりあえず朝飯を食べる。今日の朝飯は支給品のカロリーメイトみたいな塊と水。
正直マズい、もっと味がするものが食べたい、アキラのゴテゴテチーズケーキが懐かしい。正直帰りたい。
【8:00〜】今日の目的が決まった。とりあえずちゃんとした飯を食べよう。
繁華街かどっかいきゃあ何かあるだろう。俺の支給品は十得ナイフ、カンズメだろうが何でも空けれる。
へへっ、もしかしてこの支給品、大当たりじゃねえのか?
【8:30〜】地図とコンパスと睨めっこして飯がありそうな所に目星を付ける。正直こういうのは好きじゃねえが仕方がねえ。
そして俺は2区と3区の間にある喫茶店に行く事にした。5区にも飯屋はたくさんあったが死体も沢山ある。あんな物は見たくねえ。
【9:00〜】とりあえず今居る店の中にある服を何枚か頂戴した。服なんてあって困るものじゃないし、布としてみたら色々使い道はありそうだ。
【9:30〜】まず5区を北に出た、途中何人か人影が見えたような気がしたがその度に俺は物陰に隠れた。
一人が怖いのは確かだが、この前のお侍さんみたいに突然襲われたらタマンねえ、君子危うきに近寄らず!お、俺ってもしかして文学的かもしれない。
【10:00〜】3区南周辺を道沿いに歩いていたら南から突然dでもない光が見えた。ビックリしてその方向を見ると何か羽の生えた人が空に浮いてた。
いや、そんな事あるはずは無い、うん、気のせいだ、さっきからチカチカ光っているのも、ドカンドカン音がしているの俺の気のせいだ。目的地に急ごう。
【11:00〜】目的地までもう直ぐという所で人影が見えたので隠れる。明るい金髪のおっさんと綺麗な金髪のねーちゃん、そして怖そうなもみあげの兄ちゃんだった。
会話の内容が聞こえた。金髪のおっさんが自分の笑いながら息子とかの自慢話をしていた。
この人のよさそうなおっさんなら怖くないかなと声を掛けようと思ったがモミアゲの兄ちゃんが怖かったのでやめた。
【11:30〜】目的地に到着、喫茶店やファーストフード店が並ぶ此処にきた、此処なら食べ物も大量に仕入れる事が出来るだろう。
そう思い目ぼしい喫茶店を探そうとする俺、しかし裏路地の方でふと人の気配がした。
【11:40〜】人の気配がする方へ勇み寄る俺、無論、隠れて。
そこには何人かの軍人みたいな人達が何かを囲んでいた。目を凝らしてよく見る、囲んでいたのは首が無い女性の死体だった。
そいつ等は俺には気付いていないようなので俺は聞き耳を立てていた。
『オロチの血のサンプルを確保』とか言っていた。俺には良くわかんねえ。
【11:50】そいつ等は俺には気付く事無く女性の遺体を持ってどっかへ行きやがった、へへっ、隠れるのは得意なんだよ!!・・・情けねえ・・・
そして俺はふと気付く、あいつ等は何であの女性の遺体だけ持っていったんだ?他の遺体は丸一日放置されているのに・・・
と、考えを侍らしたが俺一人が考えても分かるものじゃないと判断して俺は本来の目的、食糧確保に専念する事にした。
【山田栄二(エッジ) 場所:5区と3区の間の繁華街 所持品:十徳ナイフ 目的:食料の確保】
やヴぇ・・・誤字だらけだった・・・
【10:00】
ドカンドカン音がしているの俺の気のせいだ
ドカンドカン音がしているのは俺の気のせいだ
【11:00】
×金髪のおっさんが自分の笑いながら息子とかの自慢話をしていた。
○金髪のおっさんが笑いながら自分の息子とかの自慢話をしていた。
・・・ごめんなさい・・・
アイター・・・また見つけた・・・本当にごめんなさい・・・
【8:00】
×カンズメ
○缶詰
ぽつり、ぽつり、と冷たい雫が空から落ちてくる。
次第にそれは勢いを増し、結構な降りの雨となった。
雨に体を打たれだしても、K'は未だ泥のように眠りこんでいた。
その眠りを破ったのは。
「ヴェェェェェッハッハッハッハッハァァァァァッ!!」
雄たけびとも哄笑ともつかない、奇妙な大声。
そして、その身に降りかかる雨をことごとく蒸発させていく炎の音。
ゆっくりと目を覚ましたK'は、眠たげな顔を上空に向けた。
彼が見た物は、炎を纏い飛び去っていく……人間?だった。
それは結城晶と交戦し、そこから飛び立った炎邪火月なのだが、無論K'は知らない。
呆然と非現実的な(彼自身も十分に非現実的な存在なのだが)光景を見送った。
これも悪夢の続きか。
被りを振って立ち上がる。
が、足に上手く力が入らずによろめいた。
全身に強く残る疲れとけだるさ……一連の戦闘・追跡がフラッシュバックする、そうだあの悪夢は現実。
荒ぶるままに無関係の人間を殺した自分、再会する事もならないまま死んだ仲間、もう追う事のかなわない仇敵……
「俺……は……」
ポケットの中の手榴弾に、服の上から触れて。
「そうだ……ルガール……」
あらゆる物を失った彼を、再び動かす最後の火種。
ルガールを殺す。
仇討ちとか復讐とか、そういう言葉は浮かんでこなかったが、どうしてもやらなければならないと思った。
ふらつく体を引きずり、ぼんやりとした思考を抱え、どこへという意思も別になくK'は歩き出した。
無意識のうちにだが、彼は炎邪が飛び去った方角を目指していた。
炎使いの本能が、強大な炎の力に引き寄せられたのであろうか。
ところでどうすればルガールを殺しにいけるだろうか。
だいぶ歩いたところでようやく、K'はそこに思い至った。
「……みんな殺せばいいんだっけ」
虚ろに呟く。それが一番確実なのだが―――
軍服の女性の影が、浮かんできた。
「何だよ……死んでもお説教にくるのか、アンタは……」
苦笑。
「じゃあどうしろって?」
幻影は答えない。ただ悲しげな目で見つめるだけ。
「わかったよ……マキシマもうるさそうだしな……」
それ以外の方法は何かあるだろうか。
そうは思うものの、考える事自体がひどく億劫だった。
なるようになれ……面倒くさそうに呟き、K'はまたノロノロと歩き出した。
雨は容赦なくK'を濡らし続け、髪を伝って雫が目に入ってくる。
ぬぐってもキリがなく、K'はさすがにどこかで雨宿りをする気になった。
幸い近くにオープンカフェがあった。
パラソルの下に入り、どっかりと椅子に腰を下ろす。
大して歩いていない気がするのだが、ひどく疲れている。
ずぶ濡れになったおかげで寒い。
せめて髪は乾かせないかと、右手に炎を呼ぶ。
しかし疲れのせいか、思ったように火を調整できない。
うっかり盛大に炎を噴出させてしまい、パラソルに着火した。
「あ……」
メラメラと燃え上がったパラソルは、雨によっていくらもせずに鎮火したが、K'の真上の部分に派手に穴が開いてしまった。
仕方なく隣のパラソルに移ろうとしたK'の目に、通りの向こうからこちらを見つめている少女の姿が映った。
少女は躊躇していたようだが……タッとこちらに走ってくる。
敵だろうか。さすがに、向こうが仕掛けてきた場合はやられる気は無かった。
「あ、あの、ボクは戦う気はないから!だから構えないで!」
慌てて呼びかけた少女は、魔道の力を操るエキスパート、アルル・ナジャだった。
草薙京の死を知った彼女は深く悲しんでいたが、命を賭して救ってくれた彼のためにも、霧島翔という男を探し出そうと奔走していたのだ。
降りしきる雨をものともせずに歩き続けていた時、通りの向こうに見えた炎。
見ると、燃え上がるパラソルの下に、炎を腕に宿した男がいた。
外見も何だか不良っぽいし、間違いない、この人が霧島翔って人だ!
そう確信して、アルルはその男に接触しようと決断したのだった。
「あの、君は霧島翔さんでしょ?ボク、草薙京さんに言われて君を……」
そこまで言って、アルルは目の前の男に違和感を覚えた。
どこか生気のない、ぼーっとした印象を受ける。こんな人を、京さんは紹介したのか?
それに、男はアルルの言った事に疑問を持ったように首をかしげた。
「きりしま……?」
誰だっけ。草薙に言われて……?K'は霞がかかったような思考を無理矢理めぐらせた。
「ああ……草薙にそっくりな奴」
ようやく思い出して、ぼそりと呟く。
何でこの少女は、全く似ていない自分をアイツと間違えたのか。
「え、あの……霧島さんじゃないの?」
アルルは慌てたが、冷静に考えると炎を使える人がもう一人いたという事で。
二人分の炎の力、それに自分の魔道力を合わせれば、きっとこの首輪だって外せる!
喜んだアルルだが、K'はさっさと隣のパラソルに移動して、その下のテーブルにつっぷしていた。
「ちょ、大丈夫!?」
「……眠い」
万全じゃない体調で、思いっきり炎を噴出させてしまったおかげで、K'の疲れは一層募っていた。
「こんなトコで寝たらやばいから!あのそれと、霧島さんの居場所知らない?」
うるさい。霧島。どこ行ったっけ。
「……たぶん」
ゆっくりと、自分が来た方向を指差す。
顔は机に伏せたままだ。もう起こすのも面倒くさい。
「ありがとう、あの、できれば君もボクと一緒に来てほしいんだけど。首輪の解除方法を―――」
指差された方向から視線をK'に戻したアルルは、思わず絶句した。
K'はすうすうと寝息をたてていた。
「ど、どーしようこの人……というか大丈夫なのかなあ……」
【K' 目的:漠然ながらルガールの殺害? 所持品:手榴弾 三区・五区間オープンカフェ
思考力低下気味、またしても睡眠中】
【アルル・ナジャ
所持品:1/10ウォーマシン(持って三日の電池、充電可能)
第一行動方針:とりあえずK'が目を覚ますまで待ってる
第二行動方針:霧島翔(京そっくりらしい)に会う
第三行動方針:首輪を外す
最終行動方針:生きてゲームから抜ける
現在地:三区・五区間オープンカフェ】
【風間火月(炎邪火月) 所持品:なし 目的:ボッゴラァァァァ! 現在地:五区・六区・七区の間あたりの上空】
「ゴォォォゥルァァァァァァァァ!」
サウスタウン上空を縦横無尽に、傍若無人に飛行する灼熱の炎。
その炎塊が飛び過ぎる後に、蒸発した雨滴が霧となり、雲を作る。
見上げれば誰しもが、その赤い姿を目にすることができたであろう。
「……グゥゥゥゥゥ」
サウスタウン8区大観覧車頂上部。
太陽の蛇を身に纏う、神の戦士。
見上げれば誰しもが、その神気により存在を感じ取ることができたであろう。
炎が、神気に気付く。
戦士が、炎に目を移す。
両者の視線が、期せずして絡んだ。
「ドッッッゴォゥラァァァァァァァァ!」
「アオォォォォォォォォォォォォォン!」
大義も遺恨も信念も義理も、遂にはその理由すらなく。
その衝突は、ただの摂理であった。
その日、大観覧車は精緻なシンメトリーを失い、倒壊の危機に瀕した。
あるものは強大な力で歪められ、あるものは焼け熔けて垂れ落ちんばかりである。
「ジョラジョラァァッハァァァァァァァ!」
「アオアオアオォオォオオオオオオオオ!」
その大損害の元凶は、絡み合い弾き飛ばし合いながらも、次第に戦場を東へ移していく。
「……なあニーギ、なにも雨の中歩き回ることはないじゃないか」
ギースタワーからサウスタウンブリッジへ向かう道すがら、すでに4度目を数える愚痴がアルフレッドから提案される。
「何言ってんの。雨降ってても濡れるだけじゃない。何か問題ある?」
その濡れるのが嫌なのだが、こうもそっけなく返されては、それ以上抗弁する気になれない。
「あのさ、これ殺し合いなんだから、私たちが呑気に雨宿りしてる間に死んでる人もいるかもしれないでしょ」
一応、ニーギからもフォローが入る。
ふと、無作為に歩いているにしてはニーギが早足であることに気がついた。
「ところでニーギ、もしかして何か企んでるのか?」
「うん。まあね」
悪びれた様子もなく、ちょっとアルフレッドを振り返って返事をする。
なんとなく嫌な予感がする。
「なあ、何をするつもりなんだ?」
「んー、実はサウスタウンブリッジに行ってみなきゃわかんない」
なんとも適当。
「それ……危ないんじゃ?」
「危なかったら、アル君は隠れてていいから」
嫌味でも皮肉でもなんでもなく真っ直ぐな顔で、ニーギはきっぱりとそう言い放った
戦場は東の果て、サウスタウンブリッジに移っている。
道路の舗装さえ熔ける熱気と、それを打ち払う神気がなおも互いを弾きあう。
「アオッ!」
「ゴルァ!」
投げられる髑髏を叩き潰し、炎邪は一気に間合いを詰める。
大加速のついたスライディングを、タムタムは跳び上がって回避した。
ついでに炎邪の後頭部を蹴りつける。
「ヴァァァァッ!」
蹴った足は、直後に炎邪に掴み取られた。
「チェストォォ!」
フルスイングで、橋に叩きつける。
「ブギャッ!?」
「ガアアアアアッ!」
倒れ伏すタムタム目掛け、炎邪は大きく跳ぶ。
急降下の勢いを載せたハンマーナックルは、すんでのところで転がったタムタムを捉え損ねて橋を大きくひび割れさせる。
そこに、タムタムの蹴りが突き刺さる。
「グルジオッ……!」
「アオオオオオオオオン!」
追撃に吐き出される、精霊の炎。
大きく地滑りながら橋に踏みとどまり、炎邪はその弱い炎を掴んで焼き尽くした。
双方、互いを消滅させんと大きく跳ぶ。
じゃり、と迷いを捨てた女の足音。
炎邪とタムタムは動きを止めた。
雨の中でも空気を焼き焦がさんと燃え上がる熱気にも、
その存在の卑小さを悟らせ押し潰そうとする神気にも、
女は一歩も引くことはない。
「そこまでよ」
そして女は、2体の神の前に立ちはだかった。
いつものように。
なんてことだ。
あんな、なんだか常識を19世紀に置き忘れてきたような何かに向かって、ニーギは臆するどころか
堂々と進んでいっている。
その後ろをおっかなびっくりついてくる自分も、一体何なんだ。
言われたとおりにさっさと逃げれば、何も問題はないはずなんだ。
「な、なあニーギ……」
「神が2柱、ね。ちょいキツイけど、なんとかなるかな」
「ナニ……モノダ……」
「ボッゴォォォォルァァァァァァァ!」
問答無用で襲い掛かってくるかと思われた例の「2柱」は、
戦いの邪魔をされた怒りを滲ませながらも、どうやら対話を持つつもりはあるらしい。
「ニーギ・ゴージャスブルー! 豪華絢爛にしか生きられない女!」
「太陽ノ神ケツァルクアトル……聖ナル戦イノ邪魔、相応ノ理由ガアッテノコトダロウナ」
「ヴァァァァァァァァァァァァァァ!」
一人言葉が通じない神がおわすようだが、他の二人は気にしていない。
「悪いけど、その聖なる戦いはやめてもらうわ」
神気が膨れた。
「理由ヲ聞コウカ」
だが炸裂の前に自制し、タムタムもといケツァルクアトルが応じる。
「このゲーム、悪趣味なオッサンの仕掛けた蠱毒だってのはわかるわよね?
最後の一人まで殺し合いさせられるのよ」
ニーギは説得の対象をケツァルクアトルに搾っているらしい。まあ当然だろう。
除け者の炎邪は、どうやらニーギの演説を聴いているのか、律儀に待っている。
「聖ナル戦イ! 最後ノ一人マデ戦ウ! 我ニ捧グ最高ノ供物! アオーン!」
「その聖なる戦い、捧げられるのはオッサンによ。あんたも供物一号」
ぴた、とケツァルクアトルが動きを止める。
「蠱毒ってのはそういうもの。途中で死んだらそれまで、
あんたが最後の一人になっても、あんたがかき集めた聖なる戦いの力は
術者であるオッサンが全部吸い上げるのよ。それでもいいの?」
じっとその仮面の奥を見据える。
o
「……ナラバ我ガ勝者トナリ、ツイデニオヤジモ倒スマデ」
「完成しちゃったらそれができないから、蠱毒ってのは厄介なの。
私はこのどうしようもないゲームをひっくり返す。だから、あんたたちの戦いはどう転んでも無意味になるのよ」
説明を重ねても、戦意は失われない。ケツァルクアトルの説得は失敗、と見ていいだろう。
次の説得は俺の番か、と炎邪が身構える。
「ゴラッ! ドルァ!」
「ごめん言葉わかんない」
「ぐるじお」
がっくり。
「トモカク、邪魔ダテスルヨウナラ貴様モココデ殺ス」
「ゴォォォォォォォォォォッッ!」
「待った。最後にもうひとつだけ聞いて」
戦闘を続けることに炎邪も異存はないらしい。
それでも、ニーギは食い下がった。
指を差した先には、サウスタウンブリッジの支柱のうち、今にも崩れ落ちそうな一本。
「あんたたちの戦い、余波がすごいの。このままじゃ関係ない人が怪我するかもしれないじゃない」
「戦イニ必要ナ犠牲ダ」
「グジジンゴゴゴガァァァァ!」
対話はまだ成立している。無論1柱は除くが。
だがそれは、いつ破れてもおかしくない危ういバランスの上に成り立っている。
それをニーギは承知なのだろうか。
「あんたたちの言う戦士ってのは、自分のせいで無関係な人が死んでっても
心も痛めないような薄情モンのことを言うの?」
「何ッ……!」
「ゴォォォォルァッ!」
闘気が膨れ上がるにも構わず、ニーギは続ける。
「あんたたちが気にもしなかったこと、ついさっきまで悩んでた奴がいた!
関係ない女の子を殺しちゃったって! 死にそうな顔で海なんか眺めちゃってさ!
それなのに何さあんたたち! ちょっと態度でかいんじゃない!?」
「人間風情ガ……!」
「人間風情が何よ!? 神だなんて偉そうにして、そうやって人を馬鹿にしてるほうが馬鹿じゃないこのダイバカ!
あんた程度の神様なんかねえ、私の国には掃いて捨てるほどいるってーの!」
言ってしまった。
ケツァルクアトルの怒気が、今度こそ爆発した。
「吼エタナ人間ッ!」
ケツァルクアトルが飛ぶ。
「アル君!」
突然呼ばれてびくっと振り仰ぐと、ゼロキャノンのコントローラが飛んできた。
「それ持って危なくないとこに隠れてて!」
言い捨てるとそれきり振り向きもせず、ニーギは神々に真正面から突撃していった。
その姿を、無数の青い光が追っていく。
「ゥアオオオオオオオオオオン!」
振り下ろされる豪腕を、ベルトから抜き放った燭台で受け流す。
あくまで、受け流すのみ。受け止めれば、諸共に吹っ飛ばされる。
続く薙ぎ払いをしゃがんで回避。
ついでに足払いを入れる。
「アオッ!?」
綺麗に入った足払いも、素早い側転によって効果を薄められる。
ニーギが右拳を振りかぶった。
「ボッゴルァァァァァァァァ!」
直後、二人を一挙に爆散せしめんと、高速で飛び込んでくる灼熱の魔神。
「うわあっ、説得されなかったからってひがまないでよね!」
「ジェィアアアアアアアアアアアア!」
別に関係ないらしい。ただ、何でもいいから焼き尽くしてやろうという、それだけの話だった。
「ヴァアアアアアアアアアッ!」
ニーギは炎邪の豪炎を後ろに飛んで避ける。
間合いは十分すぎるほどにとってあったが、炎邪の体から発せられる熱気がちりちりとニーギの肌を焼く。
空振りで隙を見せた炎邪に、ケツァルクアトルが突進。
「アオッ!」
肉を抉らんと突き出された鉤爪は、辛うじて炎邪の横腹に血の筋をつけるにとどめる。
炎邪がケツァルクアトルを払いのける。
顔の前を熱気であぶられて、のけぞったケツァルクアトルの腹にニーギの靴が打ち込まれる。
「ガフォッ!?」
「ドルァァァァァァッ!」
その好機を逃すまいと、炎邪の右手に炎の塊が集まっていく。
「っとぉ!」
ケツァルクアトルの決定的な隙を敢えて無視して、ニーギはポケットの中身を一閃させた。
「ゴォッ!?」
突如顔面を狙って飛んできた弾丸を、とっさに焼き払う。
意識が乱れ、集結途中だった炎が霧散した。
放った弾は、ただのボールペン。
ギースタワーで集めたあれである。
そのプラスチック製の短い棒は、ニーギの手から放たれることによって殺傷力を秘めた弾丸となる。
「ゥアオオオオオン!」
体勢を立て直したケツァルクアトルが、腕を振ってニーギを追い払う。
雨が止まない。
隠れていろといわれたアルフレッドだが、橋と手すりと支柱のみで構成されるサウスタウンブリッジに
隠れるような場所があろうはずがない。
それゆえにアルフレッドもニーギを援護しようとしたのだが。
「ドドドドドドドドドルァ!」
「アオアオアオアオアオアオォォォォン!」
自分の未熟な格闘技であの2体を相手にすることは、無理だろうと傍目からでもわかる。
それなのに。
「凄い……」
その2体が未だ三つ巴の状態から脱出できない、最大にして唯一の要因。
自分が狙われては小動物のように駆け回り、
ある時はケツァルクアトルの背を駆け上がって炎邪を奇襲し、
ある時は炎邪に気を取られたケツァルクアトルの足を払う。
この戦場を引っ張っているのは、おそらくこの場でもっとも身体能力に劣っているはずの彼女であった。
片方の意識が必殺に向かないように、常に走り、常に仕掛け、常に誘う。
片方の隙を作って、もう片方にその隙を突かせることは簡単である。
その後、生き残った神を相手に回して、自分が無事ですまないであろうことをニーギは理解しているようであった。
故に双方を生き残らせたまま、注意を引いて大技を出させず、双方の体力を根気よく削っていく。
だが、それは常に自分の身を刃に晒しているようなものである。
自分を囮に誘い出す攻撃の一発でも貰えば、彼女の華奢な体躯はひとたまりもないだろう。
それを顔色ひとつ変えず。しかも、この戦いは自ら飛び込んだものである。
恐るべき豪胆さであった。
「オウッ!?」
「ヴォォッ!?」
ケツァルクアトルの腿と炎邪の上腕部に、一本ずつボールペンが突き立っている。
橋上の水溜りを走るニーギの右手には、
数度の打撃と数度の炎熱を受け止めて、奇怪なオブジェと成り果てた燭台が残っている。
そして、それを支える肉体は擦り傷と火傷と過酷な運動で、疲労困憊の態をなしていた。
ずしゃ、と水溜りを跳ね上げながら止まるニーギ。
ずぶ濡れの体がアルフレッドから近い。
「ニーギ!」
うつむき加減だった白い帽子が跳ね上がる。
自分にもなにかできることは無いか、との目顔の問いかけに、簡潔に応じる。
「戦闘装備着てゴブリンとやりあった経験は?」
「……何それ!?」
「ああいうのと戦って勝った経験はある?」
「ない……けど」
それがどうしたんだよ、と聞こうとしたアルフレッドに、平手打ちのようなニーギの声。
「あれと戦って生き残れる自信は!?」
あるわけがないが、だからと言ってニーギだけに任せておけるものでもない。
「チェーンソーがある!」
その言葉の裏の意味を明確に察した彼女の返事は凄絶だった。
「隠れてなさい! 邪魔だから!」
叫んで神々に向かって走りこんでいく。
ニーギにはニーギの打算があって、アルフレッドを邪魔と言ったのだろう。
いや、もしかしたら打算などないのかもしれない。
先程、ここの怪物たちの反応をコントローラで見て、会ってみようと雨の中を散歩気分で歩いていたニーギが
焼け焦げねじれた支柱を見た途端、纏う空気を変えた。
打算などないが、戦いの余波で関係のない人間があの支柱のようになる可能性を消すためだけに
彼女は走り続けているのか。
それならば、たとえ慣れぬチェーンソーが逆に枷になろうとも、
ここでのうのうと見ていることはアルフレッドにはできない。
「何か……何かないのか!?」
燃える双眸と、炯炯と光る双眸が、同時にニーギを捉えている。
2柱はようやく、この戦いを長引かせる要因を悟った。
取るに足らぬと思ってた人間をさっさと始末して甘美な闘争を続けるために、一瞬だけ連携を意識する。
倍加する神気を受け止めて、ニーギはなお不屈。
「ヴァァァァァァ!」
「アオオオオオオオオン!」
一斉突撃。
先んじた炎邪を避け、続けて迫るケツァルクアトルを捌き、炎に背を向けて大きく駆ける。
振り向きざまに、追いかけてきていた精霊の炎を手の燭台で打ち返す。
それで、燭台を失った。
歯ブラシを投げつけて炎邪を牽制するが、疲労が動きを鈍らせる。
ケツァルクアトルへの対処が遅れ、投げつけられた髑髏にまともに吹っ飛ばされた。
「アオーン! 勇者ノ魂! 最高ノ捧ゲ物!」
「ヴァ――――!」
勝利を確信し、今度こそ止めを刺すべく神が走る。
その絶望的な光景を前に、なおその眼は死ぬことはない。
「負けるもんか」
頭を振って手に力を入れる。
歯を食いしばって立ち上がる。
血を吐きながら、準備オッケー。
「最後の大逆転、決めてみせる……!」
赤い仮面と、赤い炎がニーギに迫る。
そして、突如天から降り注いだ閃光に、諸共に飲まれた。
閃光は、サウスタウンブリッジの横幅を半ばほどまで呑み込んで消えた。
丸い損壊口から海が見える。このまま柵を取り付ければ名所になりえるだろう、とジョークのわかる人間なら言うかもしれない。
ゼロキャノンによる衛星軌道上からのピンポイント射撃。
無論、ニーギを巻き込むことを恐れたアルフレッドが、誰もいないところへコマンドセットしておいてある。
「ニーギ! 今だ!」
極大の光で未だ視力を回復しきれないが、アルフレッドは彼女へ叫ぶ。
小さく、靴音が返事をした。
「ゴゥオッ……」
狼狽している炎邪の声。
靴音がそちらへ向かう。
「グジジンゴゴゴガァァァァァァ!?」
ごすっ、と鈍い音がして、何か燃え盛るものが、できたばかりの名所から海に落ちていった。
そして、やっと視力を取り戻したケツァルクアトルが目にしたものは
今にも打ち下ろされんと青く輝くニーギの精霊手。
その輝きは万物の精霊の加護の証。
「精霊……万物ノ……」
「人間なめすぎ!」
啖呵一閃。
型崩れの右ストレートが、ケツァルクアトルをぶっ飛ばした。
二つ目の着水音。
「ニーギ! 大丈夫か!?」
「あー、アル君……助かったわナイスタイミング……」
走り寄るアルフレッドに、かなり力なくにへらっと笑う。
小さな火傷や擦り傷は言うに及ばず、打撲や切り傷が体中についている。
何より酷いのは、髑髏を受けての腹部のダメージだろう。
だが、その髑髏でさえ、あの神にとっては牽制に過ぎないに違いない。
神々が叩き込まれた海面を覗き込む。
一部が凄まじい勢いで蒸発していっている以外、いつもの海であった。
流石に足場のない海からでは、サウスタウンブリッジまでの高度を飛び上がることはできないだろう。
「……すごいね」
それしか言葉が出てこない。
「あー、まーね」
ニーギは聞いているのかいないのか。
「努力してる、か……ら……」
最後まで言えず、倒れた。
「ニーギ!?」
返事はない。
抱き起こすと、気を失っている。
当たり前だろう。自分を一撃で粉砕できる存在を2体も相手に、あれだけの長丁場を凌ぎきって見せたのだ。
「どこかで、休ませないと……!」
傷だらけのニーギを抱えて、アルフレッドは立ち上がる。
たった今目の前で神を追い払って見せた女の子は、思ったより軽かった。
【アルフレッド 所持品:雑貨、チェーンソー、ゼロキャノンコントローラ
目的:ニーギを休ませる、とりあえず生き残る 現在地:サウスタウンブリッジ中央付近】
【ニーギ・ゴージャスブルー(大消耗、気絶) 所持品:なし 方針:ゲーム盤をひっくり返す 現在地:アルフレッドが保護】
【タムタム(腿に軽傷) 所持品:ガダマーの宝珠 方針:響を優先に、悪魔の意思を持つものを滅ぼす
現在地:サウスタウンブリッジ付近の海中】
【風間火月(炎邪火月、上腕に軽傷) 所持品:なし 目的:ぐるじお 現在地:サウスタウンブリッジ付近の海中】
手を広げる。目を閉じる。
目の前に広がる母なる大海原に向けて、意識を拡散させ、耳を澄ます。
「やっぱり…だめなのね」
そして、そこに何の意思も感じられないことに落胆した。
ここで出会ったビリーと言う男性は、自分によくしてくれる。まるで兄のように接してくれる。
だが、それでもこの根源的な心細さは消えない。
欲望と退廃に塗れきったこの町の海には、レプンカムイの加護は届かないのか。
カムイコタンでは当たり前のように聞こえていた自然の声が聞こえなくなって、
ナコルルは己がいかに矮小な存在であったかを改めて痛感していた。
浜辺にたたずむナコルルのもとに、革ジャンを頭からかぶったビリーが駆け寄ってきたのは、
彼女がすでに身体の芯までずぶぬれになってからだった。
「おいナコルル、神様のお祈りでも何でもいいが、せめて雨の当たらないところでやれよ」
「レプンカムイの声を聞こうと思ったの、だから…」
水を拒絶してはいけない、と彼女は主張する。
ビリーが物干し竿でこめかみを押さえた。過去からやってきたというこの巫女のことはギースからよく聞いていたが、
そのビリーとてアイヌ神話の真髄まで知り尽くしているわけではない。
「世界の海とつながっているレプンカムイなら、もしかしたら伝えてくれるかと思って…」
「伝えるって、何をだ?」
「リムルルは、水の神の守護を受けていたの…」
それきり黙ってしまうナコルル。
(妹の声を聞こうとしたのか…いや、それとも妹に話しかけようとしたのかもな…)
徹底的に現実主義なビリーだったが、目の前で起こっていることに目を背けてまで
既存の価値観を固持するほどに頑迷な人間ではない。
ナコルルにとっての世界が、自分が見ているそれとはほんの少し異なっている事を、ビリーは既に受け入れていた。
(まぁ俺には死人の声なんざどう転んでも聞こえねえけどな……)
まだ未練があるかのように海の方を見つめるナコルルの肩を押して、
ビリーが雨宿りに使っていた海の家に戻ろうとした、その時だった。
「……!」
衝撃に、ナコルルがびくりと身体を震わせた。
久しく聞こえなかった自然の声。それが突然ナコルルの耳朶を打ったのだ。
しかしそれは、必ずしも彼女が待ち望んでいた物ではなかったのかもしれない。
(これは…この暗い声は……?)
自然を汚す悪い人間に壊されてしまった森。
育んでいた命を根こそぎ奪われた大地のあげる怒りと嘆きの声を、ナコルルは今まで何度も聞いてきた。
ナコルルの脳裏に閃くイメージ。
それは荒涼とした大地。
乾いた大地。
一方ビリーは、そんな超自然的なものではなく、その目に映る現実の男に対して声を荒げていた。
山崎と同じ穴の蛇。ビリーが敬愛するギースのみならず、人類全てに仇成す忌まわしい存在。
「てめえ……七枷!何しに来やがった!」
「いや別にな。アンタとやりあう気はこれっぽっちもないが…そっちのお嬢さんにちょっと用がな」
白髪の男は、そう言って不敵に唇を吊り上げた。
実のところ、社はなかなかシェルミーと出会えないことに苛立っていた。
オロチ四天王の一角を背負うクリスが、こうもあっさりと殺されたのだ。
シェルミーが簡単に殺られるとは考えたくないが、殺られないとも言いきれないのが現実だった。
できるだけ早く、彼女に会わねばならない。
オロチとしての力を精神体として切り離し、人間として潜伏していたときにこのゲームに放り込まれたのは、
社達三人にとって不運としか言いようがなかった。
そして今、この少女が生きて社と出合った事、これは少なくとも社にとっては幸運に違いなかった。
……少なくとも、社だけにとっては。
「それ以上近寄るんじゃねえ、この蛇野郎……」
「まあそういきり立つなよ、俺はお前とやる気はないって言ってんだろ?」
物干し竿を構えるビリーの殺気を軽く受け流し、社は無造作にナコルルのほうに近寄っていった。
「おい何してる、ナコルル!さっさと下がって……!」
下がっていろ、と言おうとしたビリーの口が、ナコルルの様子の奇妙さに気づいて止まった。
「シリコロ、カムイ……?」
ナコルルは動かない。
いや、ナコルルは震えている。まるで子供が、母親に叱られるのを恐れているかのように。
ビリーが狼狽した声を上げる。
「おい、ナコルル!」
当たり前だ、と社は思う。オロチはこの地球の自然全ての意思であり、自分たちは言わばその端末である。
目の前にいる少女は大地の気を持つ聖女だ。ならば彼女にとっても、オロチは絶対的な神性だ。
―――――それが例えどれほどの暗い怨嗟に染まっていようとも。
「ナコル―――――!?」
「デリカシーってもんがねーなぁ、アンタも」
無造作なモーションから目にも留まらぬ速度で走った裏拳が、
ナコルルから社を引き剥がそうとしたビリーを物干し竿ごと吹き飛ばした。
「ナコルルというのか、あんた」
「俺は七枷。まあよろしくな。」
「でさ、いきなりでなんだが、ちょっと俺と来てもらいたいんだが、かまわねえよな?」
社をじっと見上げたまま、動かないナコルル。
「……おい、ダメだ、ナコルル、そいつは……」
「……ありがとう、でもごめんなさい、ビリーさん……」
ナコルルは振り向かない。震える唇が、切れ切れに言葉をつむぐ。
「私は、大地に仕える者……自然の意思には、逆らえません……」
「だそうだ、振られちまったなビリーさんよ。それじゃナコルルちゃんは借りてくぜ?」
「てめ…っ、待ちやがれ…!」
動けないビリーに背を向けると、社はナコルルを伴ってさっさと歩き出した。
これでいい。クシナダには及ばないが、この娘はとても清らかな大地の力を持っている。
しかも彼女は力を自分とは違うベクトルに向けるのに長けているようだ。少しは生き残るのに役に立ってくれるだろう。
そして本当に破壊の力が必要になったら、そのときは自分のための贄にしてしまえばいい。
社は自分の幸運に感謝した。そして、シェルミーにも同様の幸運が訪れることを切に願った。
【七枷社 支給品:ショットガン(弾6発) 目的:1.仲間(シェルミー)と合流、ゲームには乗らない 2.クリスの仇討ち】
【ナコルル 所持品:不明 目的:シリコロカムイ(社)に従う】
【ビリー・カーン 所持品:物干し竿(破損) 目的:ロックを探す、社とナコルルを追う】
【現在位置:7区海沿いにある海の家付近】
とりあえず保守しておこう
サウスタウンの地下鉄駅付近は、治安の悪さで非常に悪名が高い。
今となっては治安も何もあったものではないが、駅付近の雰囲気は今でも他の区域に比べると暗澹としていた。
どこかで野良犬がゴミ箱をあさる音がする。
今ここに、そんな周囲の空気には全く似合わない可憐な美少女がいた。
少女は木製の机に腰掛けて、傘で避け得なかった雨粒に湿った前髪を指先でいじっている。
「……ふぅ…」
小さな愛らしい唇から、物憂げなため息が漏れる。
「おばあちゃん……アタシ、何やってるのかな……」
フリルのスカートから伸びる小さな足先が床の上をふらふらとゆれている。
「……アタシは狩人よ?それがなによ?ガキのお守りをしに来たわけじゃないってのよ?」
フードの下のくるくるとした愛らしい瞳から、やたらと剣呑な光が漏れた。
「手がかりすら見つからないじゃないのよ……あのガキ、出鱈目言ってんじゃないんでしょうね…」
手にしたライフルの柄が、どがん、と彼女の座る木の机を叩く、
……それはそれはそんなこの町の空気に似合う仕草で。
それほど丈夫な作りでない机が、悲鳴を上げておもいきり軋んだ。
朝から、連れの(僕の?)小さな侍の言う魔物を探して奔走しているが、今までその手がかりの片鱗すら見つからない。
だが過去の世界、しかも日本から来た閑丸は言うまでもなく、バレッタもこの辺りの土地勘はゼロに近い。
何処に何があるかはっきりしないうちに遠出するのは得策でないとして、
2区5区辺りを適当にうろついた後、結局、拠点としていた警察署に戻ってくることになったのだ。
収穫は、わずかにライフルと拳銃が一丁づつと、アーミーナイフが一本。狩れた獲物、今だ無し。
「ちょっとアンタ!聞いてるの?みんなアンタのせいっつってんの!ねえ?」
バレッタがシャワー室のほうに向かって怒鳴る。
シャワー室では、閑丸がずぶぬれの着物を絞り終わったところだった。
道中で雨が降った際、バレッタに傘を問答無用で奪われた彼は雨に濡れるがままになるしかなかったのだ。
流される生き方には慣れている。だが、これはちょっとどうも非道いような気がしないでもない。
「……はぁ……」
彼女と同行してからもう何度目になるか分からないため息をついて、閑丸は無造作にくぐった後ろ髪を絞った。
数分後。二人は警察署の軒下に並んで立っていた。
バレッタが署内の時計を見やった。その短針は、そろそろ7を指そうとしている。
(エミリオは、無事かな……)
あの時エミリオが飛び去った方角の空を見ながら、閑丸は傘を持った右手で額を拭った。
「もうすぐ放送の時間ね」
バレッタが珍しく神妙な表情で一人ごちる。
その横顔が何故か少し憂いを含んでいるように見えて、閑丸が何事かと目を見張る。
「そ、そうですね……人、あまり死んでないといいですね……」
「まあ、アタシには知り合いなんかいないから?それはなんでもいいんだけど」
「あ、そ、そうですか………それは、よかったですね…」
笑うのが苦手な閑丸であったが、それでも精一杯の愛想笑いを顔に貼り付ける。
だがそんな彼の涙ぐましい努力も、彼女の圧倒的な暴力の前にはまるで無力であった。
バレッタの顔に鬼相が浮かぶ。閑丸の血の気が夜目にも分かるぐらいあからさまに引いた。
「そういう問題じゃない!何が『よかったですね…』だぁ!?」
「うわぁぁぁ!」
これももう何回目か分からない容赦なしのチョークスリーパーを食らう閑丸。
「わかってんの?アタシが追ってる魔物が先に他の誰かに狩られちゃってるかも知れないのよ!?
そうなったらアタシのお金をどうやって取り戻せってゆーのよっ!」
「だ、だって、放送で流れるのは名前だけで……バレッタさん、聞いたってわからないじゃ……」
「そういうあからさまに変なやつはね!あーかーらーさーまーに変な名前してるって決まってるのよ!
パイロンとかフォボスとかデミトリとかアナカリスとかサスカッチとか!」
右京の居合いよりも速く閑丸の言葉を斬って捨てるバレッタ。
………当たってる。なんだか分からないが、この人のいうことは当たっている。
閑丸は改めて恐怖した。言動は理不尽極まりないが、狩人としてはこの人の勘は本物だ。
このまま彼女を野放しにしておいたら、タムタムさんどころかエミリオまで殺されてしまうかもしれない。
かなりの実感を伴った不安を閑丸が抱き始めたとき、カタストロフは唐突にやってきた。
「……あれ、なによ?」
垂れ込めた雲しかないはずの漆黒の夜空。
そこに、月を思わせる冷たい白銀の光がビルの陰からふらりと現れたのを視認したのは、バレッタの方が先であった。
遅れて、バレッタの腕を振り解いた閑丸がそちらを見、そして驚愕の声を上げる。
現れた光は、翼の形を成していた。
そしてその双翼の間に、緑の髪の、閑丸にとって大切な人の姿。
「エ、エミリオ君!」
「エミリオ?エミリオだって言ったわね、今?」
あわてて口を押さえる閑丸だったが、一度口から出た言葉はもう戻ってこない。
「そう、エミリオ……そっか、アンタやっぱり隠してたのね?」
青ざめる閑丸の前で、猟銃を構えるバレッタ。その唇は、間違いなく笑みの形につりあがっている。
「こんなところでこれ程の上玉に合えるなんてね……」
「待って!待ってバレッタさん」
「あぁん!?」
すさまじい眼光にねめつけられ、背筋が凍るような感覚に襲われながら、それでも閑丸は引かない。
「壁に穴を開けたのは、エミリオ君ですけど……でも殺すことないじゃないですか!
お金を台無しにしたのは、僕も同じだから!謝るから!僕も一緒に謝りますから!」
懇願する閑丸に、バレッタは目をくれようともしない。
「バレッタさ……」
「アンタさぁ、何も分かってないようだから教えるけど」
「あいつは悪名高い化け物よ?『光翼の魔人』っていわれてるけど」
閑丸の思考は、その瞬間停止した。
………なんだって?
「そ、自分の家族と、確保しに来た警察官と軍人ざっと数十人を虐殺して逃走した化け物」
「どーも最近になって活動再開したらしいからねー、犠牲者と一緒に賞金も膨れ上がってんのよ」
…そんなの、うそだ
「ロシア政府に首持っていけば、あいつとアンタが台無しにした分取り戻しておつりが出るわ。
ほらあんた、謝る気があるならちょっとぐらいは役に立ちなさいよ!」
閑丸がバレッタを制止する前に、彼女のライフルが天使に向かって火を噴いた。
「うわああああああああ!」
喉も避けよと叫ぶ閑丸。
「エミリオ君は!エミリオ君はそんなのじゃない!」
彼と肩を処せあって過ごした時はそれほど長かったとはいえない。
寧ろ、彼が生きてきた人生から見れば吹けば飛ぶような短い時間だった。それはエミリオにしても同じだろう。
だが、それでも、彼は自分に限りなく近い魂を持ち、限りなく近い境遇を負った仲間だ。友達だ。それ以上の何かだ。
絶対に、彼を殺させるわけにはいかない。
サムライとしての思考の片隅にちらついた、あのときのエミリオの様子からすればそれも納得できるなどと言う考えは、
圧倒的な感情の波の前にあっさりと黙殺された。
一人で騒ぎ立てる閑丸を戦力外と見たのか、バレッタはふらふらと降下するエミリオに向かって駆け寄ろうとしていた。
そのバレッタを、閑丸が後ろから傘で突き倒す。
いや、突き倒そうとした、と言うのが正しいだろう。
「―――――――!?」
「何するんじゃてめー!」
閑丸の視界で赤いワンピースが翻る。
軽やかなステップで閑丸の突進をかわしたバレッタは、振り向きざまに手にした猟銃の銃身でしたたかに閑丸を打ち据えた。
吹っ飛ぶ閑丸。だがそれは、体躯の貧弱な戦士が殴られた衝撃を受け流すための常套手段だ。
そんなことで油断するほど、バレッタは素人の戦士ではない。
彼女は油断なく構えながら、エミリオを背にかばうようにして起き上がる閑丸を見て、
そして半瞬の驚愕の後何故か獰猛な笑みを浮かべた。
「へぇ、キミもあいつと同類の化け物だったのー。そっかそっかぁ〜そうだったんだ〜」
バレッタも伊達にダークストーカー狩りを生業としていたわけではない。
多くの狩りをこなすうちに、人間に化けたダークストーカーとも数多く対峙してきた。
だから、いくら人の姿をしていようと、彼女の嗅覚はその下の本性を正確に見抜く。
今目の前にいる少年は、明らかに人外の気配をその身に纏わせ始めていた。
「人間を狩る趣味はないんだけどねー?でもアンタが化け物なら話は別よねー?」
のんびりと間延びした歩調で閑丸に近づくバレッタ。
口調が普通の女の子らしいものになっているのが閑丸にとっては返って怖い。
一方、バレッタは閑丸から視線を外さずに、視界の端でエミリオの動向を確認していた。
エミリオは地面付近まで降下しており、こちらに向かって来る様子はない。
ライフルの一撃は、確かに天使を捕らえていたようだ。
ライフルをその場に放り出すと、会心の笑みとともにバレッタは水を蹴立てて閑丸に向かっていった。
「あたしねー、キれるとヤバいから大注意よ!」
足元を狙う、と見せかけて地面すれすれからから振り上げられたバスケットが、閑丸の顔面を正確に襲う。
何時だってあなたはきれてるじゃないですか、と減らず口を叩く余裕は閑丸には無い。
とっさに左腕でバスケットを受け止め、右手の傘でバレッタの胴を狙おうとした閑丸は、
次の瞬間左腕に走った激痛に息を呑んだ。
見れば、バスケットの底を突き破って生えたアーミーナイフが己の腕を深くえぐっている。
「こんなの……こんなもの!」
気丈に叫んで突き出したジャンプ傘は、しかし虚しく空を切った。
「素直じゃない男の子って、かわいくないよ?」
傘を避けるとともにその場に座り込むようにして繰り出されたバレッタの足払いが、
閑丸の両足首を激しく打ちすえたのだ。
「うっ!」
バランスを崩し、閑丸の体がぐらりと傾く。
「よし、一丁あがりぃ!」
(ダメだ、まだ、まだ僕は―――!)
下がってきた自分の顎を正確に狙うバレッタのナイフをぎりぎりのところで弾くと、
閑丸は飛び退って何とか傘を使えるだけの間合いをとった。
戦いは、常にバレッタ優勢で進んでいた。
バレッタを殺すことにまだためらいのある閑丸に対して、バレッタにはその躊躇が全くといっていいほど無い。
それだけで、実力が伯仲していてもそこには大きな差が出てくる。
幾つめかの傷を閑丸に刻んだバレッタは、エミリオが降りた地点を見て舌打ちした。
白銀の光が、再び動き出そうとしている。
何度目かの斬りあいの結果、閑丸の全身は傷だらけになっている。
だが、彼の闘志はまだ折れてはいない。バレッタに押されつづけてはいるものの、
その動きには少しづつついていけるようになっていた。
まだいける、間合いを取ってもう一度仕切りなおしを―――そう思った閑丸だったが、しかし彼は完全に失念していた。
相手がサムライではなく、銃器の使い手であったということを。
バレッタがポケットに手を突っ込む。
「そろそろ遊んでられないのよね、悪いけど」
広げた傘でバレッタを上から打ち据えようと遠い間合いで再び傘を構えた閑丸は、その声に愕然とした。
バレッタの持つ黒光りする拳銃の銃口は、正確に閑丸の胸を捉えている。
「弾がもったいないから、あんまり使いたくなかったんだけどな〜」
閑丸に銃器の使い手と戦った経験は皆無だが、その恐ろしさはバレッタに付き従っている間に十分学んでいた。
両者の間は5メートル弱。バレッタほどの使い手であれば、確実に閑丸の心臓なり頭なりを貫くだろう。
「どこか狂ってます、あなたの剣は……」
「狂っててもなんでもいいわよ。こっちは生活かかってるんだから」
バレッタは平然として言う。揺るがぬ瞳で。
「アタシは、自分で手に入れた財産以外は信じないの」
それはある意味、人を斬り己を斬って貫き通す、侍魂に通じるほどの信念で。
閑丸は思った。この人には敵わない。
でも同時に思った。例え敵わなくても、負けてはいけない。
「鬼の力でも何でもいい……僕はどうなってもいいから、エミリオは……!」
その刹那、天が吼えた。
暗転。そして、静寂。
バレッタが放った六発の銃弾が閑丸の身体を貫くのと、
閑丸の身体を苗床にして爆発的に膨れ上がった鬼気が物理的な力としてバレッタを貫いたのは、
ほとんど同時のことだった。
断続的な落雷が響いている。閑丸の耳には、落雷の音よりも雨音の方がやたらと強く響いていた。
仰向けになって、赤い水溜りの中に倒れている。身体は、もう動かない。
(そうか、僕はもう、逝くのか…)
全身にぼうっとした痺れが残るだけで、不思議と痛みは無かった。
それに、死んでいくことに後悔は無かった。
自らが鬼であったということを認めてしまったという多少の苦味はあるものの、それ以上に彼は満足していた。
初めて出来た友達を守って、それで死ねるのだから。
サムライの運命としては、上出来の部類に入るのではないのだろうか。
霞んだ視界に、不意に入ってくるシルエット。その影には、人のものならざる翼があった。
「エ、ミリオ、くん……」
声はもうほとんど声にならない。
「きみ、や、ら、れて……だい、じょう、ぶ……?」
閑丸の声が聞こえてかそうでなくてか、躊躇いがちに人影はうなずく。
友へと全てをかけた侍への手向けは、それで十分だった。口の端から血を流し、満足げに笑う閑丸。
「さ、よ、なら…きみは、いき……」
君は生きて、静かに暮らして。
言葉は、最後まで紡がれることはなかった。
どうしてこんなことになったんだろう。
少年と少女の遺体を前にして、エミリオは首を傾げる。
自分はただ、あのハッカーたちを追っていただけだ。
追っている途中で見失って、ウォンの制止も聞かずにやっきになってビルを探し回っていただけなのだ。
いきなり銃撃されはしたが、そんなものを食らう自分ではない。
ただ、ちょっとムカついたからやつらより前にこいつらを血祭りに上げてやろうとして、
そのまえに顔を拝んでやろうとしたらこんなことになっていたのだ。
「………一体何がしたかったんだこいつら?」
エミリオはバレッタの死体を蹴転がす。
「どうしてこんなことになったんだ?」
閑丸の遺体を引き起こす。
「僕のせいか?」
その顔についた泥を拭ってやる。
「僕の………せ、う、うぁぁぁ」
そして、閑丸の横に膝をついた。ばしゃん、と軽く水音が鳴る。
「うわあああああああああああ!」
そして、心の限りに慟哭した。
「僕のせいだ!僕のせいでこんなことになったんだ!」
「僕さえいなければ、こんなことにはならなかったんだ!」
「閑丸くん!お願い、起きてよ!もう一度僕と話してよ!」
閑丸は答えない。ただ、ただ満足そうな笑みを浮かべたままで――――――
「一人は、嫌だよ…」
閑丸はやはり答えない。答えられるはずがない。
その代わり、彼の背後の何者かがそれに答えた。
「あ、あの…どうか、されたんですか?」
それは、閑丸の導きか、それとも鬼の悪戯か。
雨と涙で一面濡れた顔を上げたエミリオが振り向くと、
そこには閑丸と似た雰囲気を持った、黒髪をポニーテールにした剣士が心配そうにエミリオのほうを見つめていた。
【緋雨閑丸:死亡】
【バレッタ:死亡】
【エミリオ・ミハイロフ(通常ver) 所持品:不明 目的:今のところなし】
【楓(通常ver) 所持品:レイピア 目的:今のところなし】
【現在位置:2区ビル街】
エミリオは覚醒中の記憶はありません。
但し、段階的に覚醒が解けたため自分のせいで閑丸が死んだことは理解しています。
楓は覚醒中の記憶ありです。
一定期間敵と出会わなかったため(?)通常状態に戻っていますが、何時覚醒するか分かりません。
水無月響子は困惑していた。
目の前には屈強な男が2人、土下座をしている。
「あんた医者だろ!お願いだ!この子を助けてくれ」
男たちの肩の上には血に染まった少女が荒い息を吐いていた。
話は数十分前に遡る。
「なぁあんたどっから来たんだ?」
「家族何人だ?」
ビリーからナコルルを強奪して以来、社は後ろめたさを隠すように延々とナコルルに
話しかけていた。
だが、ナコルルは一言も返事をしない。
(参ったなァ…)
ただ粛々と自分の後ろをついてくるだけだ。
と、ここで初めてナコルルが立ち止まる
「邪悪な気を感じます…」
ナコルルの指差した先には、路地裏に転がっている少年の骸があった。
「クリス!!」
だが、クリスの亡骸を抱えた刹那、社は愕然と立ちすくむ。
躯に残ったわずかな気が教えてくれる…このクリスはあの陽気なクリスではないと
(お前は負けてしまったんだな…)
クリスは自分たちの中で最も魂が暗黒に近い、覚悟はしていたが…やはり衝撃だった。
「お墓を作りましょう…死ねばみな同じです」
ナコルルは街路樹の下の植込みを指差し、率先して自分から土を掘っていく。
「ようやくしゃべってくれたな」
ナコルルと一緒に地面を掘りながら社が問いかける。
「なあ、何で俺についてくるつもりになったんだ」
それは自分が言わば神の化身だから、という答えが返ってくるのはわかっていたが
それでも聞かずにはいられなかった。
「荒ぶる神を鎮め、そして悪しき神を戒めるのも巫女の役目です」
ナコルルは社の顔を見つめる。
「カムイよ、あなたの心は一見するとすでに枯れ果て、どこまでも乾いています…ですが私にはわかります
その奥底には暖かい緑の息吹が潜んでいることを」
「だからあいつよりも俺を選んだのか」
「はい、それもまた巫女の使命と、それにあの方は私がいなくとも大丈夫です」
「使命ねぇ」
社は思い返す…口癖のように人は滅ぶべきだ、それが我らの使命なのだと、
繰り返すいけ好かない牧師の姿を。
そして自分の目の前にも使命を口にする巫女の姿がある。
(こいつも同じなのか…そして俺も)
くだらない使命や宿命から逃れたくって仕方がなかったくせに、結局の所
またもとの場所に戻ってしまったような気分だ。
なら…自分もシェルミーもいずれ暗黒に魂を飲みこまれるというのだろうか?
「恐ろしいのですね…自分が」
ナコルルがそんな社の手をそっと握る、
「ですが…私が居ます、荒ぶるカムイよ…どうか鎮まって」
「俺を心配してるわけじゃないんだろ!」
八つあたりに等しい叫びを社は上げていた。
「何が宿命だ!使命だ!もうたくさんだ!!こんなくだらない定めのためにクリスは死んじまった!」
社はショットガンをナコルルにつきつける。
「巫女だっつったな…荒ぶる神を鎮めるのがお前の役目だと、ならよ!だったら俺がお前の命を欲したら、
お前はその命を差し出すんだな!」
(こいつ…本気で)
身体が恐怖ですくむ…、この娘は自分のような存在には眩しすぎる。
このままではその眩しさに絡め取られてしまう…。
社は指に力をこめる、だが…。
(震えてる…)
しかしその瞬間、小刻みにナコルルの体が震えていることを社は見逃さなかった。
(俺は…何をしているんだ)
そうだ、彼女だって運命や使命をただ受け入れているわけなんかじゃないのだ。
その震えが抵抗の証だ、こんなに華奢な身体で彼女は己の運命に立ち向かい
精一杯殉じようとしている、比べて自分たちはどうだ?
ただそれを逃げ道にしているだけじゃないのか?
「できねぇよ…俺には…」
社は観念したかのように銃を足元に投げ捨てる。
「何を迷われるのです…荒ぶるカムイよ…さぁ早く!」
ナコルルは社に背を向け、かたくなに叫ぶ。
「あんたも…怖いんだろう?」
「そんなことは」
「嘘つけ…肩が震えてるぜ」
その言葉にはっ!と振り向くナコルル、その瞳には涙が光っていた。
「短い付き合いだったけどな、もう…やめようぜ、こんなの」
今度は社がナコルルの手を握る。
「俺はお前の言う神なんかじゃない、ただとてもケンカが強くて世界一男前なだけの
ただの人間だ」
「ですが…」
ナコルルは未だに戸惑っているようだ、社は続ける。
(こいつ…本気で)
身体が恐怖ですくむ…、この娘は自分のような存在には眩しすぎる。
このままではその眩しさに絡め取られてしまう…。
社は指に力をこめる、だが…。
(震えてる…)
しかしその瞬間、小刻みにナコルルの体が震えていることを社は見逃さなかった。
(俺は…何をしているんだ)
そうだ、彼女だって運命や使命をただ受け入れているわけなんかじゃないのだ。
その震えが抵抗の証だ、こんなに華奢な身体で彼女は己の運命に立ち向かい
精一杯殉じようとしている、比べて自分たちはどうだ?
ただそれを逃げ道にしているだけじゃないのか?
「できねぇよ…俺には…」
社は観念したかのように銃を足元に投げ捨てる。
「何を迷われるのです…荒ぶるカムイよ…さぁ早く!」
ナコルルは社に背を向け、かたくなに叫ぶ。
「あんたも…怖いんだろう?」
「そんなことは」
「嘘つけ…肩が震えてるぜ」
その言葉にはっ!と振り向くナコルル、その瞳には涙が光っていた。
「短い付き合いだったけどな、もう…やめようぜ、こんなの」
今度は社がナコルルの手を握る。
「俺はお前の言う神なんかじゃない、ただとてもケンカが強くて世界一男前なだけの
ただの人間だ」
「ですが…」
ナコルルは未だに戸惑っているようだ、社は続ける。
「だから、お前ももう俺に仕えるとかそんなの面倒なこと考えなくってかまわねぇ」
「俺の運命や行く末とかよりも、まずは自分の運命や使命を越えてみせろよ…でも…よ」
ここで社はやや伏せ目がちになって小声で呟く。
「使命とか宿命とかそういうこと関係なしに…俺のそばにいてくれって言ったら怒る…かな」
「へ!変な意味じゃないぞ!!友達を助けたいんだ…あいつも俺やクリスと同じ定めの下に生きている
だからもう戻れなくなる前に…」
照れた態度だが、ナコルルには社の決意が痛いほど理解できた、もし最悪の事態となっていれば
迷うことなく刺し違えるつもりだということを。
(荒ぶるカムイよ、やはりあなたの心には暖かい大地の息吹が潜んでいたのですね)
ナコルルはようやく安堵するかのような微笑を見せる。
「わかりました…あなたがカムイではなく、ただの人だと仰せならば私もそのように
接しさせていただきます」
「おっ!やっと笑ってくれたな!!」
「ですが…」
ナコルルが次に何を言おうとしているのかは社にはお見通しだ。
「わかってる…俺は心が広い男だと世界でも有名なんだ…まぁ向こうがどう言うかはわからないけどな…」
ここで場面は少し離れた地点に飛ぶ
椎拳崇はあせりを隠せなかった。
「なんでや、なんでだれもおらへんねん!」
不眠不休でさまよっているにも関わらず、クリスを仕留めて以来まるでだれとも遭遇しない。
「わいは鬼にならなあかん、鬼にならへんとあかんねん」
悲しい叫びが街中に響く、そんな中路地裏に動く人影
「あれは…」
大声でしゃべってるの大男は言わずとしれた七枷社、もう一人はわからないが…
「社さん…」
拳崇と社はそれほど親交があるわけでもないが、それでもクリスやシェルミーにいつもせっつかれてたり
荷物持ちをさせられてる姿は何度も見ている。
聞けば人類の敵だそうだが、どこか憎めない…そんな男だ。
「けど…堪忍してや」
拳崇は呼吸を整え、様子をうかがう
PPKは射程も威力も不充分だ、一撃離脱の一発勝負しかない
社の身体が大きく沈みこむ、拳崇はパーカーのフードで顔を隠す。
今だ!
拳崇が大通りから路地裏へと姿を現す、
「そういえばまだ俺の名前を名乗ってなかったな」
そのまま拳崇は社へと駆ける。
「俺の」
拳崇の指が撃鉄を起こす。
「名前は」
「あぶない!!」
パンパンと乾いた銃声が2つ、路上に吹っ飛ばされる社。
脱兎のごとく逃げる拳崇。
そしてその体から血をあふれさせ…ナコルルが倒れた。
「何で…どうしてだよ」
社は血に染まるナコルルを見ておろおろとするばかりだ
「よかった…けがはありません…ね」
逆に社を元気付けるかのように微笑むナコルル。
「俺は…もういいって言ったのに…俺はただの」
「そんなんじゃ…ないんです…私が助けたいから…それは誰でもかわりありません…」
傷の痛みは酷いだろうに、ナコルルはそれでも気丈に振舞う。
その姿をみた社は、また自分を恥じた。
(俺は…俺は)
その時、横合いから飛びげりが社の顔面に炸裂する。
「てめぇ!!よくも!」
そこには凄まじいまでの怒りの表情のビリーがいた。
「そんなこと言ってる場合じゃねぇ!」
「んなことたぁわかってる!!」
意外な言葉に動きを止める社
「お前にナコルルをどうにか出来るわけないだろう?いつもクリスやシェルミーの尻に敷かれてるくせに」
ビリーはナコルルを素早く担いで走り出す。
「いくぞ!この近くに病院があったはずだ、付いてくるなら付いて来い!」
「いかいでか!この娘は死なしちゃいけねぇ!俺の誇りがそれをゆるさねぇんだ!!」
そして現在
戦闘に備え休息と医薬品の補給に立ち寄った病院にて、水無月響子はビリーらに鉢合わせしたのだった。
正直、面倒なことは抱え込みたくは無い、自分にもやらねばならぬことがある。
だが…断れば目の前の男たちが何をしでかすかわかったものではない
それに…楽しみは後においておいてもいいだろう…自分も医者の端くれ
やはり殺すよりも救う方を優先すべきだろう。
(待った分だけ楽しみも増えるから…ふふふ)
こうして心の中の邪悪な計算をおくびにも出さず、響子は善良な女医の顔で
2人に告げるのだった。
「わかったわ…早くベッドに寝かせなさい」
【七枷社 支給品:ショットガン(弾6発) 目的:1.ナコルルを助ける 2.仲間(シェルミー)と合流、ゲームには乗らない 3.クリスの仇討ち】
【ナコルル(重傷) 所持品:不明 目的:社に従う】
【ビリー・カーン 所持品:物干し竿(破損) 目的:ナコルルを助ける】
【水無月響子 所持品:レミントンM700、出刃包丁
目的:1とりあえずナコルルを治療 2.リュウを探し殺害する 3.殺人者を殺害する】
>>142-143の間に挿入お願いします。
そんな社を一瞥しナコルルは微笑むと、そっと社の前に跪く。
「荒ぶる神よ、どうか私の血を以ってして、あなたの乾いた心に花が芽吹きますように
そして、私の流す血があなたにとって最後の血でありますように」
そう小声で呟き、ゆっくりと背中を向けたのだった。
ビル内の人影二つに向かって発砲し、椎拳崇はわざと追跡できるように下手な逃げ方をする。
向かう先は、程近くに建っている別のビル。
2対1では分が悪いが、それを補うために障害物の多い建物に誘い込む作戦である。
「アテナ……見とれや」
ワルサーを握り締め、祈るように囁く。
「……舐められたものね」
「敵が素人の場合なら、十分考えられる行動だ」
建物に誘い込もうとするその背を見送りながら、エージェントと軍人は冷静に分析する。
建造物内に限らず銃を使用した戦闘なら、それを扱う者の技量に差があろうとも
さしたる問題にならないと思われがちだが、実は違う。
市街戦を例に取って言うならば、民間人に毛が生えた程度の反体制グループや武装強盗団と
正規訓練を受けた鎮圧部隊では、負傷者も作戦行動スピードも、格段の開きがある。
近代戦になろうとも、それが白兵である限り、技量や習熟度の差から人は逃れることができない。
「どうする大佐殿?」
「敏腕エージェントの意見を伺おう」
にこりともせず返したガイルに、ブルーマリーは苦笑いする。
「おそらく罠。でも、相手は素人よ」
反応を窺うマリーに、ガイルは目で続きを促す。
「あからさまな攻撃、あからさまな逃走。おそらく最初のスナイプで私たちのどちらかを倒したかったんでしょうけどね。
それで、残った一人が慌てて追ってきたところを、ビルに誘い込んでBANG!」
片目をつぶり、人差し指を立てて銃を撃つしぐさ。
「屋内戦で我々を始末できるほどの戦力を伏せている可能性は十分考えられる」
「それなら、その人数で急襲してくればひとたまりもなかったでしょ」
マリーが襲撃者素人論を出している以上、ガイルの役は反対意見を出して矛盾を探すことである。
その点において、ガイルは冷静にして優秀な軍人であった。
「壁の弾痕は調べたかしら? 7.65ミリ口径弾よ。こんなので殺そうなんて、お笑い種でしょ」
「マグナム弾でなくて一安心といったところか。だが、射撃技量に自信があった可能性も否定できん」
「一発しか撃たれなかったのに?」
必殺を期すために一つの目標に対して二発の銃弾を放つのは、訓練を受けたものにとっては常識である。
大口径高精度のスナイパーライフルなら一発のみでも理解できるが、
7.65ミリ口径など、二発撃ちを徹底させられる拳銃にしか使われない。
相手の持ち物が軽機関銃ならば、射撃一発で済むはずもない。
「手持ちの弾丸が一発しかなかった場合も考えられる」
「脅威かしら?」
「いや」
愚問だった、とガイルは素直に詫びる。
「それにね」
マリーの素人論、最後の根拠である。
「あの後姿の男の子、何度か顔を合わせたことがあるのよ。拳法なら侮れないけど、
エージェントだったとも軍隊所属だったとも聞いてないし、射撃や屋内戦に長けているとは思えないわ」
「わかった」
これに関しては、拳崇を知らないガイルが反対意見を出すことはなかった。
「で、どうしましょっか大佐殿」
見上げるマリーに、ガイルは即答する。
「追撃し無力化する。状況によっては殺害も止むを得ん」
こちらの武装は、ダメージとするためにある程度の時間を必要とする火炎放射器と
威力が高すぎて、近距離戦が多くなる屋内には向かないバズーカ砲である。
使いやすさという点においては、相手の小口径拳銃に及ばない。
が、どちらも隠れた敵を部屋もろとも吹き飛ばすという意味においては
軽機関銃よりうってつけであった。
「相手は素人だけど?」
「常に最悪を予測して行動しろ」
つまりマリーが論破したガイルの慎重論を念頭に置けと言う意味。無論、感情論ではなく気を抜いて失敗しないようにである。
言い捨てようとして、ガイルはふと気付き、マリーに向き直った。
「エージェント・ブルーマリー。君の助けが必要だ」
「オッケィ任せて。ただし、私は高いわよ」
「感謝する」
短く言葉を交わし、二人のプロフェッショナルはそれぞれ反対側の側面から、
拳崇の逃げ込んだビルに進入する。
ドアを蹴破ると同時に、素早く身を引いてドア枠から隠れる。
マリーはともかく、拳崇と面識のないガイルは射撃が返ってきたら手持ちの火器を容赦なく撃ち込むつもりであった。
幸か不幸か、今のところ応射はない。
火器を構えたまま部屋の中を窺う。
不審な物音、不穏な気配、身じろぎひとつ見落とすまいと神経を研ぎ澄ませ、
何もないと判断してから次の部屋へ移る。
マリーと顔をあわせたら、引き返してそれぞれの側の階段から次のフロアへ。
地上1階、問題なし。
地上2階、同上。
地上3階。
部屋を同じように捜索しながらも、ガイルにはあるひとつの予感がある。
このビルは4階建てである。
このフロアをガイルたちに明け渡せば、相手はもはや袋のネズミになる。
仕掛けるならこの階であった。
バズーカを構えながら、ドアへ向かう。
部屋の中が見えるようにガラスを張られたドア。
「……予想通りだ」
そのガラスに、拳崇の姿が映りこんでいた。
窓の縁に手をかけて、鉄棒の大車輪の要領で窓を蹴破り、飛び込みざまにガイルを狙った蹴りを放つ。
ガイルの振り向きは間に合ったが、バズーカを使うには距離が近すぎる。
砲身で蹴りの威力をずらしながら、後ろへ跳んだ。
壁に背を打ち付けて止まる。
拳崇も似たような状況である。ガラス片の飛び散った床に、尻から着地。
即座に立ち上がって拳銃をガイルに向けた。
この距離はまずい。
「くたばりや!」
叫ぶと同時に、拳崇のワルサーが三発の弾丸を吐き出す。
ガイルは、砲身で頭と胴体をかばいつつ、逆に前に出た。
こうすることで、面積としての射角は狭まり、むしろ当たりにくくなるのである。
そして拳崇は、やはり射撃に関しては素人であった。
「……な、なんや!」
「……くっ」
銃弾の一発が、肩先を少し抉って通り過ぎる。
被弾はそれのみ。
そして、拳崇が戸惑った一瞬に、ガイルの膝が拳崇を捉える。
「がふっ!?」
よろめいたところをバズーカ砲身で殴りつけられ、横に流れた顔に靴の爪先が突き刺さる。
「っ、なん……!」
だが拳崇も一端の拳法家である。
即座に体勢を立て直し、再びガイルに拳銃を向けた。
いや、本当に拳法家であるならば、拳銃に頼ろうとする気持ちを捨てるべきだっただろう。
ガイルは、拳崇が銃を突きつけるのを待ち構えていた。
バズーカ砲身のアッパースイングが、拳崇の手からワルサーを弾き飛ばす。
同時に、砲身も宙に浮いている。
「しまっ……!」
ガイルの両拳が弧を描いた。
「ソニックブーム!」
「うげっ!」
真空波が拳崇のみぞおちを抉る。
拳崇が吹き飛ばされた間に、ガイルはバズーカをキャッチ。
「ガイル大佐! 敵!?」
ガイルの背後から、マリーの声が聞こえる。
バズーカの狙いをつけたまま、ガイルは拳崇が止まるのを待つ。
が、止まらない。
不自然なほどに転がる拳崇の意図に気付いたガイルが、距離とバズーカの爆風範囲で逡巡している間に、
拳崇は跳ね起きて、傍らの窓を破って階下へ飛び降りた。
思わず窓を覗くと、1フロア下のガラスが破られて飛び散っていた。
墜落死を恐れて下の階に逃げ込んだのだろう。拳崇の落としたワルサーを拾い上げ、ガイルは駆け寄ってきたマリーを見る。
「見ての通りだ」
2階に飛び込んで、階段を駆け下りて1階へ。
倉庫らしき部屋へ転がり込み、扉を閉めて暗闇の中へ身を潜めた。
「しくじった……」
歯を食いしばる。
拳銃があれば、不意さえつければ大抵の相手は仕留められるとタカを括っていたのに、この状況はどうか。
作戦を考え直さなければならない。
いや、その前にこの状況を、果たして生きて抜けられるのだろうか。
どうせ、あの逆毛男はまたここへ来るだろう。
武器はないが、せめて物陰に隠れて、覗き込みに来た時に死に物狂いで突破するしかない。
このとき、拳崇は隠れることしか考えていなかったが、
実は階上からガイルがバズーカを構えて出てくるのを待っていたのだった。
走って逃げていた場合、狙い撃ちになっていただろう。
そして拳崇が隠れている倉庫の重い鉄扉が遂に開いた。
自分の傍を照らす光の筋を睨みつけながら、拳崇は拳を握る。
靴音が、こつ、こつ、こつ。
あと5歩か。あと4歩。3歩。2歩。
「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるの」
拳崇の間合いまであと一歩というところで、長身の女の影が声を発した。
「…………」
先程の逆毛男ではない。男にガイルと呼びかけた女……今思えばブルーマリーか。彼女とも違う。
聞き覚えのある声に、拳崇はうかうかと物陰から顔を出した。
「ねえ、もう一回言うけど聞きたいことがあるの。危害は加えないわ。出てきてお話しない?」
拳崇を目ざとく見つけて、前かがみに覗き込んできた女を、拳崇は幾許かの恐れと共に知っていた。
「シェル……ミー?」
「覚えててくれたのね」
前髪に隠れていない顔の下半分が、にこっと笑みを形作った。
「クリス……覚えてる?」
形の良い唇が、笑った形のまま、名を呼ぶ。
拳崇が殺した少年の名。
一瞬背筋に電流が走った感触を覚えたが、すぐに平静を取り戻す。
彼女達が放送を聞いていたなら、用件はひとつだろう。
下手に動揺しては疑われる。
「ああ。あのボンがどうした?」
「死んだのよ。それで、手を下した相手を探してるの」
「そか」
なるべく不自然にならないように、ぶっきらぼうに言う。
「すまん、知らんねや」
「あらあ、残念ね」
だってさ、とシェルミーは倉庫の入り口に手を振る。
そこにいた逆毛男に拳崇は思わず身構えたが、よく見れば逆毛の質が違った。
「どうしようか、紅丸。社と合流する?」
「さあねえ。俺としちゃ、俺以外の男の話はしてほしくないんだけどな」
「うふふ」
どことなく御しかねている感のある紅丸の声に構わず、シェルミーは拳崇に視線を戻す。
「ねえ、さっき誰かと戦ってたわよね?」
「……ああ。それがどないしたん」
「せっかくだから、少し参加者の数を減らせるといいかなと思って、ね」
そう言ったシェルミーの、髪に隠れて見えない目が、鋭く光った気がした。
「なんやて?」
拳崇は思わず身構える。
「そんなに固くならなくてもいいわ。今の状態で、ひとりで頑張ってるあなたの敵に回っても面白くないもの」
ね、と傍らの紅丸に振り返るシェルミー。
紅丸の苦笑を肯定と受け取り、シェルミーは胸をはって小さく伸びをした。
「じゃあな、拳崇。次に会ったら、もしかしたら敵同士かもな」
「それまでは、仲良くしましょ。フフフ……」
紅丸の捨て台詞に続き、シェルミーは含み笑いを残して部屋を出て行く。
ほっとした。
自分がクリスに手を下した犯人だと、どうにかばれずにやり過ごせた、と安堵して
顔を上げると、シェルミーが待っていた。
「そうそう、私でも社でもいいけど、クリスを殺した人のことが何かわかったら教えてね」
体が凍りついた。
皮膚の下に潜り込む針のような彼女の気、一歩踏み込まれるだけで押し潰されるような錯覚を生むプレッシャー、
それ以上に「シェルミーの瞳が見えてしまった」ことが、拳崇にとって何より恐ろしかった。
身動きひとつ取れないカエルにそれ以上構わず、蛇はたっぷりお礼をしてあげなきゃ、と言い残して出て行った。
その足音、話し声、気配が消えて、さらに時間が流れてから
ようやく拳崇は身じろぎをすることができた。
「マリー、これは君が持っていたほうがいい」
ガイルが渡してきたのは、まだ数発弾丸が入っているワルサー。
「レディーファースト、ってことかしら?」
「構わない。君にはマンストッピングパワーが必要だ。それに、俺には自前の銃がある」
と、ガイルは腕を回してみせる。
マリーは思わず絶句した。
マンストッピングパワーのくだりはいい。火炎放射は、割り切って突撃してきた相手を止める効果はない。
そこを見れば、小口径拳銃であっても、衝撃で人を止められるワルサーは火炎放射器より優秀といえるだろう。
だが、自前の銃とは何か。
レディーファーストに応じたジョークなのか。
この固い空軍大佐がそんな話題を出すとは。
……ついでに、腕を回したのは何なのだろうか。
今夜あたり試してみるかいベイベーとか、そんな感じなのだろうか。
「……あの、どういう?」
「ソニックブームで代用が利く」
おそるおそるの質問への返事は、あっさりと片付けられた。
「……マリー、どうした。体調不良か?」
自分の想像力の豊かさにうなだれるマリーだが、ガイルは最後まで察さずじまいであった。
「待ってたわ」
「らしいな」
ビルの外で、四人は邂逅した。
「あら紅丸、あなたと同じ趣味の人がいるわ」
「そりゃないぜ。俺のほうがファッショナブルさ」
「…………」
ガイルは無言で櫛を取り出し、髪をセットしなおす。
「で、その様子では平和的に済ませるつもりはないようだな」
「ええ。ちょっと生き残ってる人間が多いかしら、と思ってね」
「ゲームに乗ったのね」
さらりと言うシェルミーに、マリーが火炎放射器を構えかけて、やめた。
向かって立つシェルミーは、あくまで徒手空拳。
「お、話がわかるね。さすがマリー」
「使わないのか?」
紅丸の軽口を無視して、ガイルが尋ねる。
「ええ……」
返事はいくらか歯切れは悪い。おそらく素手の相手に重火器を使いたくないという感情論が後ろめたさになっているのだろうが
シェルミークラスの相手に重火器を取り回すのは逆に不利だろう。
ガイルも、バズーカを脇に置いている。
「バックファイアが危険だ」
「そちらの人も、話がわかるね。スタイルは俺ほどじゃないけどな」
紅丸も、素手で構えた。
対峙する。
誰かが地を蹴る音を皮切りに、4人は一斉に走り出した。
外では戦闘が始まったらしい。
激しい踏み込み、拳が空を切る音、地面に叩きつけられる重い音、そして人の声。
何故か発砲音は聞こえない。
そちらへ向かって、拳崇はそろそろと歩み寄っていた。
「雷靭……」
拳に稲光を集めようとした紅丸に、マリーが飛び掛る。
「おっと! 情熱的なアプローチじゃないか!」
「大人しくしてれば命まではとらないわ!」
「そりゃ残念! 女の子に天国に送ってもらえるなら悪くはないんだけど、な!」
ギリギリ目視できるかどうかのレベルの、居合蹴り。
マリーは跳び下がって回避。
再度タックルを匂わせてのバックナックルを、紅丸は危なげなく回避。
少し離れて、悠々と歩き回っているシェルミーを前に、ガイルはせわしなく拳を振るっている。
「そんなに嫌がらなくてもいいじゃない?」
「あんたのデータは聞いたことがある。投げ技を得意とする相手は、間合いに入れないに限る」
シェルミーを近づけまいと、ほとんどマシンガン同然にソニックブームが飛び回っている。
ソニックブーム弾幕にも、シェルミーはたいして慌てず、ブロックを固めていた。
「なかなかやるじゃなぁい?」
袖口が、数度の真空波で破れている。
その程度のダメージだが、牽制に惜しげもなく音速の拳を振るっているガイルは
次第に疲労を蓄積しつつあった。
「どうしたの? キレがなくなってるわよ」
「そうだな……さすがに、チキンが過ぎたようだ」
ガイルがソニックブームを止めた。
「思い切りがいいわね。そういう人は好きよ」
シェルミーも立ち止まる。
双方、構えたままじっと睨みあう。
シェルミーが動いた。
ガイルが応じる。
「はああっ!」
ガイルのストレートパンチを絡め取ろうと、シェルミーが飛び上がった瞬間。
その足元が、爆発した。
「大佐!?」
「シェルミー!」
傍らで戦いに興じていた二人も、動きを止めた。
振り向いた視界に、ビル陰からガイルが置き捨てたバズーカを構えた拳崇の姿。
「……危ない!」
「きゃ!?」
マリーを押し倒す紅丸の後頭部すれすれをバズーカ弾が飛び去る。
「無事かい、マリー!」
「なんとかね……」
素早く飛び起き、紅丸は拳崇の方を睨む。
「あいたたた……」
未だ消えない粉塵から、シェルミーの声。
「大丈夫、あなたたち!?」
マリーが走り寄るのを見て、紅丸は拳崇へ向かって走る。
「てめえええええ!」
「アテナのためや! 許しや!」
さらにバズーカが一射。
ヘッドスライディングですり抜ける。
「ちぇっ!」
バズーカを持ったまま拳崇は背を向けた。
紅丸を狙ったらしい一弾は、後ろの三人に当たることなく遠くの建物を爆破して終わる。
「……くそっ」
ヘッドスライディングは弾を回避し得たが、その減速は拳崇の逃走に決定的な好機を与えてしまっている。
空しく引き上げてくる紅丸を出迎えたのは、飛び上がっていたお陰で何とか動けるシェルミーと
ガイルを支えているマリーだった。
「なんかしらけちゃった。その人、結構素敵だったのに」
シェルミーは大丈夫な様子だが、ビルに背を預けている姿は間違いなくダメージの蓄積を物語っている。
「つまらねえ邪魔が入ったし」
紅丸がマリーを辛そうに見下ろす。
「……また今度な。行こうぜ、シェルミー」
「そうね」
シェルミーが面倒くさげにビルから背を離した。
「……ねえ紅丸、お姫様だっこっていうの、やってくれないかしら」
「……ああ」
気が乗らない様子だが、女の頼みを断らない当たり、さすが紅丸である。
その二人を見送って、マリーは自分が膝枕をしている男に目を落とした。
「……行ったか」
「ええ」
至近弾を浴びたガイルのダメージは、空中にいたシェルミーよりもひどかった。
手当てはしていない。
静寂が吹き抜ける。
ガイルが目を開けた。
「……早いとこ、楽にしてくれ」
「…………」
その言葉に、見るまいと思っていたガイルの体を見た。
足はほとんど火傷でぼろぼろになっている。
腹部も少し破れていた。
出血は、止めようがない。
手当てはしていない。
無駄にしかならない。
マリーは唇を噛む。
こんな時に、何もできないのはいつものこと。
殺し殺されることがあるのもいつものこと。
何回やっても、慣れないのもいつものことだった。
ワルサーの安全装置を上げる。
「ああ、エージェント・ブルーマリー」
ガイルが、聞き取りづらくなった声で囁く。
「何かしら?」
「高額らしいが……報酬は、払えなくなった。すまない」
「いいわ。気に入った相手には、サービスすることにしてるの」
そっとワルサーをガイルのこめかみに当てる。
「バイ、大佐。良い夢を」
「ありがとう」
【ブルー・マリー 所持品:火炎放射器、ワルサーPPK 現在地:7区北部 目的:ロック・ハワードを探す、ゲームから抜ける】
【椎拳崇 所持品:スペースハリアーバズーカ 現在位置:3区南部 目的:ルガールに信用されるため戦う 備考:左肩に傷あり】
【二階堂紅丸 所持品:画鋲50個 目的:シェルミーに引きずられるまま、拳崇をシメる】
【シェルミー(全身打撲) 所持品:果物ナイフ 現在位置:5区中央部
目的:社と合流、クリスの仇討ち、ついでに拳崇をシメてルガールにお仕置き】
【ガイル 死亡】
響子はナコルルのレントゲンを見て顔をしかめる。
急所は奇跡的に外れているが、弾丸が身体の中に残っている
(やはり手術しかなさそうね…けど)
響子は不安で仕方がなかった、自分のスキルの問題もある。
一応医学は1通り収めているものの、現場を離れて久しい…しかも、
「おい!この数字どこをみりゃいいんだ!!」
「ええとこのハサミが何で、それからこのドリルが…」
この男どもの役に立たないことといったらない…それでもバンダナの男はマシなようだが
白髪の男はまるでダメだ。
「覚えたぜ…」
ようやくはぁはぁと息をしながらビリーが手に道具を並べて立っていた。
手術は1人ではできない、人の身体を触るのだ、道具や患者の状態になど気を配る余裕など
執刀医には存在しえない。
せめて道具出しと計器確認の合計2人の助手は必要だ。
「じゃあ1番」
ビリーは左端のハサミを手渡す
「5番」
真ん中の鉤状の棒を渡す
「7番」
ピンセットを手渡す、どうやら1人は目処がついたが…
「ええっと〜〜〜これが心拍数でこっちがいや違う…」
社は未だに苦しんでいた…もう待ってはいられない
「あなたもういいわ…」
響子は溜息交じりで社の肩をたたく。
「いや先生待ってくれ…俺だって」
「気持ちだけ受け取っておくわ、あとは祈っててね」
無情な言葉をかけて、響子は社を手術室から追い出そうとしたが
「…参ったわ」
その手を止めてまた憂いの表情を見せる。
「この子はAB型だけど血液のストックが少ないのよ…これでは手術は無理ね」
「誰かAB型かそれともO型の人はいない?」
そこで社の顔が輝く、
「先生!俺O型!O型だけど」
「よかったな、テメェも役に立てたじゃないか」
からかうでもなくビリーが声をかける。
「でもいいの?」
響子がやや含みのある質問をする、輸血は当然のことながら提供した側の体力を著しく奪う。
この戦場と化した街では命取りになりかねないのだ。
だが社は迷わなかった。
「こんな俺の血でナコルルが助かるんなら一滴残らず搾り取ってくれてもかまわねぇ!」
そうだ、女のコ1人救えないようで何が運命を変えることが出来ようか。
「わかったわ…じゃあ腕を出して」
響子はど太い輸血針を社の腕に突き刺すのだった。
そして数時間後、手術室のランプが消え、ドアが開かれる。
「ぎりぎりで急所を外れていたのが幸いしたわね、あとは彼女の回復力次第よ」
疲れきった表情でソファに腰掛ける響子。
それに続いてビリーと社も部屋を出る。
「やったなぁ…俺たち」
「ああ、やった」
人を傷つけるしか能の無い自分たちでも誰かを救うことができた、その充実感に
2人は満ち満ちていた、増して敵同士だったというのに。
2人はナコルルの寝顔を眺める、この少女にはやはり不思議な何かが備わっているように思える。
だが笑顔もつかの間、社はふらふらと崩折れてしまう。
「あれ…」
「いくら血を抜いたと思ってるの…あなたも絶対安静ですからね」
ひきずられるように響子に病室へと連れていかれる社だった。
待合室でタバコの煙をくゆらせる響子
響子もまた充実感に満ちていた、殺すのもなかなか楽しいが、助けるのもなかなかいいものだ。
さて、と
響子がバックに手を突っ込んだ時だった、玄関の扉が軋みながら開く男が聞こえる。
首を伸ばすとそこにはボロボロの胴着を纏った男がいた。
あの男!と響子は一瞬思ったが…よくみるとかなり特徴が異なる。
やはり人違いはいけない、いや人殺しはもっといけないわね…と心の中でうそぶく響子。
「ちょうどいいわ、あなたにお願いが」
「断る」
その言い方にはかなりカチンときた、こんな断り方があるだろうか?
「俺は常に万全の状態で備えて置きたい」
男はけんもほろろに言い返す。
「それはわかるわ!でも」
社とビリーの献身的な態度を見ているだけに余計に腹が立つ。
だが男はそんな響子の不満などまったく聞こえていないようだ。
「人を探している」
「ひとぉ?」
「青い柔道着にシルバーのアクセサリーを付けた男だ」
その言葉に響子は息を飲む、その男はつい数時間前出会ったばかりの男ではないか。
だがこの男にそれを教えてはならない、不吉な予感がする。
響子はあわてて話題を逸らそうとするが遅かった、
「知っているんだな!言え!」
響子が反射的に身を伏せるのと同時に、男の蹴りが響子の頭のあった付近を一蹴する。
その技のキレは凄まじいものがあった、これではしゃべる前に頭を割られてしまうだろう。
それにこの圧倒的な威圧感は何だ。
「いえっ!いえええっ!!」
男はゆっくりとしかし確実に響子を追い詰める、響子は何もできない。
「ひぃぃぃ」
それはこの街に来て以来味わう、狂気では決して乗り越えられない根源的な恐怖だった。
その時、待合室のドアが急に開かれる。
「先生、タバコわけてくれねぇか」
ビリーがもしゃもしゃと頭を掻きながら部屋に入ってくる。
男の動きがそれを見て止まる。
「ビリー・カーンか?」
「リョウ・サカザキ…」
男たちが暫し見詰め合う最中だった、その瞬間窓から逃げ出す響子、
無論それを追うリョウだったが、
「待てよ!!なんでこんな真似を!」
リョウの様子が尋常でないことはビリーにもわかったらしい、リョウの前に素早く立ちはだかる。
「邪魔をするな!!」
強烈な膝蹴りがビリーの腹部を襲う、それを辛くも避けながらビリーは響子に叫ぶ
「裏のガレージに鍵のついた原付があった!それで逃げろ!!」
「させるかぁ!!」
尚も追いすがろうとするリョウの足を掴み、行かせまいとするビリー、
そして原付のエンジン音が響くと、それが彼方へと遠ざかっていった。
「よくも…よくも…」
ビリーを睨みつけるリョウ、その顔は今だ見た事のないほどの怨嗟の感情に満ちていた。
「おい、どうしたってんだよ、らしくねぇぞ」
行方を突如くらませたとは聞いている、だが…今のリョウはビリーが知っているリョウとは
まるで違う、まさに獣といっていいほどの殺気に満ちていた。
「まさか…」
「お前の考えている事はわかる、だが少し違うな…俺はもう迷わない、それだけだ!
そして俺を惑わし迷わせるもの全てが俺の敵だ!」
まさに恐るべき言葉だった。
そう彼は自分に復讐のチャンスを与えてくれたルガールに感謝すらしていたのである。
「だからどいてくれないか?」
その言葉に戦慄するビリー…まさに自分の目的以外の全てをかなぐりすてた鬼の言葉としか思えなかった。
リョウの言葉に物干し竿を構えるビリー、こいつを野放しにはしておけない。
「そうか…おまえも俺の邪魔をするのか…ならお前は俺の敵だ」
リョウの瞳がまた怨念に染まっていく。
「喰らいなっ!」
ひび割れた竿を突き出すビリー、得物が違うとはいえ技のキレは申し分ない。
しかしリョウの技のキレはそれを上回っていた。
極限流を捨てて以来世界各地で血みどろの思いをして来たのだ、その泥を舐める苦しみと、
技の冴えは見事に比例している。
壁を蹴りビリーの頭上に跳躍するリョウ、三角蹴りか!
防御の構えを取るビリーだが、リョウの狙いは違う…リョウの視線の先にあったもの
それは壁に立てかけてあった社のショットガン、ビリーがその狙いに気がついた時は遅かった。
ビリーが振り向いた時には、リョウはもうショットガンを手にしていた。
「悪い、どうやら技を多用しすぎると消耗が激しくてな、これで終わらせてもらうぞ」
そしてリョウは迷うことなくビリーに向かってショットガンの引金を引いた。
「なぁ…なんでこんな余裕のないやり方すんだよ…やっぱ…らしくねぇ…ぞ」
冷たい床に横たわりリョウを見上げるビリー、その下半身はミンチと化している。
「妹の敵を討たないといけないんだ」
リョウは簡潔に答える。
「妹の敵か、ならよ…しかたねぇ、な」
頷くビリー、なら納得がいく…自分もリリィにもしものことがあれば、相手がギースであろうとも
迷うことなく挑みかかったに違いない。
「でも奥の部屋には入らないでくれねぇか…」
「どうしてだ?」
「妹が…いるんだ…」
「リリィか」
「いや…違う…昨日、もう1人増えたんだ…」
リョウは何も答えなかった、だが外へと向かう背中がその答えを示していた。
「ありがとよ…」
朦朧とした意識の中で社は病院の廊下を歩いていた
なにやら戦いの物音をすぐ近くで聞いたような気がしたのだ。
ふらつく足取りで待合室に足を踏み入れる社、そこにはビリーがいた、上半身だけで。
「誰だ!誰がやった!!」
半分になってしまったビリーを抱きかかえ叫ぶ社。
「そいつは…いぇねぇ…」
だがビリーは笑顔で否定する。
「盗人にも3分の理って言うだろ…みんなワケありなんだ…」
社もそれ以上は聞かなかった。
「俺はもう…だめだ」
「んなこたぁわかってるよ…せっかくいい仲間になれるとおもったのによう」
社はその巨体を揺らし、ぽろぽろと涙をこぼす。
「テメェみたいなデカブツに泣かれると気持ちわりいな」
「抜かせ、バンドに誘ってやろうと思ったのに」
「いいのか?俺が入ったら…お前の居場所はなくなるぞ…」
「ほざけ…お前なんかアンプの後ろでしこしこ弾いてりゃいいんだ」
「……」
「おい…」
「……」
「おい!」
「何だよ?」
ビリーの言葉に安堵する社
「くたばったのかと思ったぞ…」
「頼みがある…タバコくれ…」
社はビリーの口にタバコをくわえさせて火をつけてやる。
「妙な話だよな…たった数時間一緒にいただけで、俺たちもうまんざらじゃなくなってる」
「あの娘のおかげだな」
「後は頼んだぞ…でもおまえはよう、威勢がいいくせに肝心なところで弱腰だからな…」
社はもう返事ができない、ぐすぐすと鼻を鳴らしている。
「もう一つ嫌な頼みするけど…俺の死体隠しといてくれ…俺のためにナコルルが泣くところをみたくねぇ」
「ナコルルが…お前のため…なんかに泣くかよ…あの子の涙は俺のものだぜ…
だから…俺が代わりに…泣いてやってるんだ…」
「勝手にうぬぼれてろ…ああテリー…お前も先に行ってたのか」
テリー?社は周囲を見渡すが誰もいない。
「俺だってやっぱり打倒ギースを夢見ていたんだぜ…それを、あの世でも俺はお前の後ろ姿を見ることになるのかよ…
でも…わるかねぇぜ…」
「おい!しっかりしろ!!しっかりしろよ!!」
社はビリーの体を必死で揺り動かすが、その身体が冷たくなっていく
「最後に…生きて帰れたら…リリィに伝えてくれ…格闘家とは一緒になるな…貧乏でも…不細工…でもかまわねぇ
普通の…男と…ちっぽけでも普通の幸せを…掴んでほしい…と、それが…お兄ちゃんの望み…だと」
その言葉を最後にビリーの身体から力が抜けた。
そして社の嗚咽だけが部屋の中に響いていた。
【七枷社 支給品:なし 目的:1.ナコルルを守って.仲間(シェルミー)と合流、ゲームには乗らない 3.クリスの仇討ち】
【ナコルル(回復中) 所持品:不明 目的:不明】
【水無月響子 所持品:レミントンM700、出刃包丁
目的:1原付で逃走 2.リュウを探し殺害する 3.殺人者を殺害する】
【リョウ・サカザキ 支給品:火薬 ショットガン(残り弾数5発) 現在の目的:日守剛への復讐】
【ビリー・カーン 死亡】
雨に濡れた街を、春麗と犬福のパピィは歩き続けている。
探知機の画面を30秒おきに反応が無いか睨み、まっさらな画面に溜め息をつく事数度。
「にょー……」
パピィが心配そうな鳴き声をあげて春麗を見上げる。
不安を打ち消すように、春麗は微笑んだ。
「大丈夫よ、きっともうすぐ彼は見つかるわ」
そして、また歩き回ること十数分。
「!」
探知機の画面に、一つの光点が現れる。そして、そこに記された名前。
「パピィ、ご主人様が見つかったわよ!」
「にょー!」
光点の記す位置へ、彼女たちは走り出した。
「春麗!!」
何故だか鳥居やら仏像やらが立ち並んだ広場に、彼、ガルフォードは居た。
こちらを見つけて走りよってくるその表情は、別れた時よりもすっきりしているように思える。
「にょにょにょー!」
てけてけとパピィが走り、かがみこんだガルフォードの胸に飛び込んだ。
「パピィ、心配かけたか?ごめんな。春麗も、すまない」
「にょー!」
「無事で何よりだわ。私の方こそ、ごめんなさい」
春麗の言葉に、ガルフォードはかぶりを振る。
「確かに俺は、罪の無い子を斬ってしまった……正義に反する事をしてしまった。でも、それを悔やんで立ち止まってたんじゃ駄目だって教えられたよ」
「教えられた……?」
「ああ、随分乱暴なお説教をくらってね」
苦笑いして、ガルフォードは頭をさする。手すりにぶつけた場所は、結構なこぶになっていた。
ギースタワーで出会った二人組みの事、そしてその片方の少女から浴びせられた厳しい言葉と鉄拳の事、それが自分に喝を入れてくれた事。
ガルフォードは、春麗たちと別れていた間の事を語った。
「言ってる事は無茶苦茶だったけど、彼女には信念がある。俺も……俺の信念にもう一度従おう。そして、俺が斬ったあの子のために、俺が今できる事をしようと決めた」
ガルフォードの瞳には、強い光が宿っていた。
「あの子だけじゃない、今朝の放送で大切な友人の妹も呼ばれた。これ以上の犠牲を出さないためにも、死んでいった者たちのためにも、一刻も早くルガールを討つ!」
拳を力強く握る。
春麗も、その様子にうなずく。
「そうね……必ず、あの男を捕まえてやりましょう!それが私たちにできるせめてもの手向けだわ」
「ああ。また、力を貸してくれるか?」
「ええ、勿論よ。パピィもよろしくね」
「にょー!」
ガルフォードが、パピィを抱えた両手を春麗に差し出す。
春麗は一瞬きょとんとしたが、すぐに微笑んで自分の両手をそれに重ねた。
「にょ!」
パピィを挟んで、一風変わった握手。
コンビ、もといトリオ再結成だ。
「あちこち調べたが、あの塔では敵の本拠地らしき物も、それに関する情報も得られなかった」
ガルフォードの報告にうなずき、春麗が今後の方針を考えようと俯いた時。
サウスタウンブリッジの方角に、天から光の柱が降ってきた。
「な、何だ!?」
「あの光!誰かが戦闘しているんだわ、行ってみましょう!」
「ああ!助けを求めているかもしれない!」
二人と一匹は揃って駆け出した。
彼らが橋に到着した時には、既にそこには誰も居なかった。
橋には大穴が開き、欄干はあちこち焦げており、酷いものなどは溶けていた。
余程激しい戦闘があったのだろう。
「あの光がこの穴を開けたのか?凄まじいな……」
穴の縁に立って、そこから海を覗きこむガルフォード。
あの光を喰らった者がいたとしたら、海の藻屑となっているのだろうか。
「厄介なものも有るのね……どうしましょう、ここまで戻ってきちゃったし、街の中心部にでも行ってみる?」
他にアテも無い、ガルフォードも春麗の提案に従うことにした。
大穴を後にして歩き出した彼らだが。
「……何だか、嫌な予感がしないか?」
「……やっぱり?何故か嫌な感じが……」
「にょー……」
そう、例えるなら、地獄の底から悪鬼が這い出してくるような、そんな感覚。
「急ごう、急いで街へ行こう、ここを離れよう」
「そうね、急ぎましょう」
「に、にょ!」
足早に橋を渡りきろうとする。しかし。
「ドッ……ッゴラァアアアアア!!!」
人ならざる咆哮に振り返ると、大穴から炎色の髪をなびかせた男が飛び出してきていた。
ダンッ!と橋に着地し、大きく身震いする。海水と雨でずぶ濡れになっていた身体が、あっという間に乾いた。
その姿は、炎の化身と呼ぶにふさわしい。
「な、何なの!あんな奴参加者にいた!?」
狼狽する春麗、こんなに目立つ男なら一目みたら忘れないだろうし、見落とす事も無いはずだ。
そしてガルフォードは……春麗とはまた別の理由で狼狽していた。
「まさか……風間火月!?」
「な、何ですって!?」
風間の一族が封魔の術を扱う忍者であることは、ガルフォードは同じ忍者としてもちろん知っている。
そして、かの一族に伝わる封じられし魔族……炎邪・水邪の事も、その器となり得る人間の事も、噂とはいえ聞いていた。
だが、なぜ今ここで炎邪が覚醒しているのだ。
「俺のせいか……っ?あの子の事が引き金に……!」
ぎり、と歯軋りするガルフォード。自分への怒りがまたこみあげてくるが、今はそれどころではない。
「グジジジンゴゴゴガァーーーーッ!!」
吼え猛り、こちらを燃え盛る瞳で睨んでくる炎邪がご機嫌斜めを通り越して垂直なのは、誰の目にも明らかだ。
彼の纏う炎が、一層激しく燃え上がる。
「火月!話を聞いてくれないか!俺たちは……」
「ジョラッ!!」
言い終えないうちに突進。話し合いは不可能のようだ。
ガルフォードに思いっきり拳を叩きつけるべく、炎邪が腕を高々と振り上げる。
受けきるには重い!
ガルフォードは後ろに跳びすさる。橋にめりこみ、それを焼き焦がした炎邪の拳の強力さに肝が冷える思いがした。
「プラズマブレィド!」
「ドラァァアー!!」
稲妻の力を込めたキーホルダーを、炎邪は無造作に叩き落す。
間髪居れずに春麗が蹴りを、パピィがどこから出したのやら忍者刀での攻撃を加えるが、さしたるダメージは与えられなかったようだ。
これでは、大人しくしてもらう事もままならない。
この荒ぶる力を鎮めるには……!
「春麗ー!」
ちょこまか動きまわる犬福を踏み潰さんと、足踏みをする炎邪に再びキーホルダーを投げて注意をそらさせ、ガルフォードは叫んだ。
「俺たちじゃ彼は止められない!だけど同じ風間の一族なら何とかできるかもしれない!」
向かってきた炎邪の拳を小太刀でいなし、蹴りを側転して避ける。
「風間蒼月って男を探してくれ!火月の兄だ!ここは俺が引き受ける、頼む行ってくれ!」
「ガルフォード!……わかったわ、必ず探し出す!」
走り出す春麗を追おうとする炎邪の後頭部を、小太刀の柄でしたたかに殴りつける。
「必ず戻る、死なないでね!」
「ああ!……Hey!お前の相手は俺だ!Come on!」
春麗と別方向に走り出すガルフォードとパピィ。
「グルジョアラァッ!」
雄たけびと共に追ってくる炎邪に、ガルフォードは呟く。
「お前をそんな姿にしてしまったのは俺だ……だからせめて、お前を元に戻す事に、俺は命を賭ける!」
ぐるっと相手に向き直り、小太刀を構える。
「それが俺の責任だ!パピィ!Here we go!」
【ガルフォード(左腕を負傷&消耗) 所持品:パピィ(現在しのび福)、小太刀、鉄製キーホルダー数個 目的:火月を元に戻す】
【風間火月(炎邪火月)(連戦のため消耗) 所持品:無し 目的:ジョラジョアラ!】
【現在位置:九区から八区方面へ移動】
【春麗(足を負傷&消耗) 所持品:探知機(効果範囲1km、ジョーカーには反応せず)、ボウガン残り9本、腕輪(ジャマー効果あり) 目的:風間蒼月を探し出す】
【現在位置:九区から五区方面へ移動】
日が頭上の真上に来た頃、ヤッと目を覚ました男が居た。
知り合いがあの胸糞悪いデブ以外に居ない彼にとってしてみればルガールの放送など気にするに足らず、胸糞悪くなるだけの代物だった。
だからルガールの放送を聞こうともしなかった。
その名は溝口、ケンカ百段の28歳高校生。
ケーブルとの戦闘が終わった後、溝口はギースタワー付近のビル内に宿を取っていた。無論、第一次放送を聞く事も無く、付いた早々睡眠を取った。
約17時間の睡眠を取った溝口、目を覚まして早々に溝口は考え事をしていた。あの男に言われた事がいまだに忘れられないでいた。
「あのおっさんは結局何じゃったんや・・・?」
ワシの攻撃を紙一重でかわし、その上にワシの前から消えよった・・・なんやったんや・・・?
『考えて分かる訳無い!もう一度おっさんに会えば分かる!!そうや!ワシは何頭を使うなんぞと言う慣れない事しとったんや!!』
やることは決まった、あの不思議なオッサンに再び会ってみる、会ってからの事は後で考える!!
それが溝口の出した結論であった。
結論を出した溝口の行動力は凄い。顔も洗わずにビルを出る。
「多分こっちじゃあ!!」
そう言って溝口は適当な方向に歩き出した。確信も無いのに、ただの感なのに、自信たっぷりに。
2時間後
「・・・・此処はどこじゃーい!?」
道に迷った。
「くそう・・・このままじゃあ何時になってもあのオッサンに会えんワイ・・・」
そう言って溝口は地図を出した。
「えーっと・・・今ワシが居る所が此処で・・・・あのクソ高いビルがあそこじゃから・・・多分こっちジャイ!!」
再び適当な方向に歩き出した。
さらに2時間後
「・・・此処はどこじゃーい!!!?」
再び道に迷った。
「くそう・・・雨まで振ってきよった・・このままじゃあ何時になってもあのオッサンに会えんワイ・・・」
そう言って溝口は再び地図を出した。
「えーっと・・・今ワシが居る所が此処で・・・・目の前にあるデカイ橋此処じゃから・・・多分橋の向こうジャイ!!」
そして11区から適当に橋を歩き出したその時。
「ドッゴラァァァァアァァァッ!!」
「アオアオアオアオアオア!!」
突然2体の神が目の前の前に降り立った。
「な、なんじゃーい!!」
炎邪光臨の際に起きた爆風が溝口を吹き飛ばす。
溝口は、橋の下の海へ落ちていった。
数分後
「ハァ・・・ハァ・・・死ぬかと思ったわい・・・!」
溝口は死に物狂いで海を泳ぎ切り、再び11区のサウスタウンブリッジ前に立っていた。
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・イキナリ断りも無くワシをぶっ飛ばしよったあの馬鹿者に一発ど根性を見せたる!!」
そう言って再び橋を歩き始めたその時
「最後の大逆転、決めてみせる……!」
「ニーギ! 今だ!」
突如天から閃光が降り注いだ。
「な、なんじゃーい!!」
ゼロキャノンによる衛星軌道上からのピンポイント射撃の爆風が溝口を再び海へと吹き飛ばした。
さらに数分後
「ゼェ・・・ゼェ・・・ハァ・・・ハァ・・・・ど、ど根性じゃい・・・・」
溝口は再び死に物狂いで陸に到着した。
「あ・・・あの橋は如何してもワシを通さんつもりじゃな・・・」
そういって溝口は橋を見る。
「み、見とれや・・・後で絶対に渡ったる・・・そしてあのオッサンに会ったるからな・・・・!!」
そう言って溝口はその場に倒れこんだ。
その倒れこんだ先が、橋を渡りきった9区だと知らずに。
【溝口 誠 支給品:ウージー(ほとんど使う気がない)、現在の目的 サウスタウンブリッジを意地でも渡る ケーブルに会う 現在位置:9区サウスタウンブリッジ前 備考:体力をかなり消耗】
178 :
ゲームセンター名無し:04/12/08 00:17:12 ID:e2N1EGgV
糞作家&住人晒しage
179 :
ゲームセンター名無し:04/12/08 00:19:22 ID:e2N1EGgV
あーあ
なにこの厨房くさいスレ
パクりに怒った善良な市民により全員殺された!
おわり
安倍なつみと共にみんな氏にました
石川梨華ちゃんの写真集「華美」を買って詫びろ
ナコルル「ぶひいっ」
アルル「ぶひぶひ」
ニーギ「ぶりぶりぶり」
おしまい
こうして、アケ板の面汚しスレは終了した。
アーケードバトルロワイアル 完
今からやおいの世界
あかりのまんこ
一週間後のアク禁裁定を待つようにw
再開↓
これより本編を再開いたします。
なお荒らしなどには反応しないようお願い致します。
「あー、あー、もし、お嬢さん」
葵は降り返る。
大男が立っていた。
「はぁ、市長はん・・・」
「うむ、マイク・ハガー。メトロシティ市長だ」
葵は今、広い遊園地を歩いていた時に遠くから拡声器で声をかけてきた大男とともに昼食をとっていた。
「言うても、こないに皆さん殺気だっとるいうのに無用心やあらしまへんか?」
「む?ああ、人の気配がほかにないし、一人で歩いているお嬢さんを放っておけなくてね
拡声器を使ったのは逆に警戒心の現われだと思ってもらいたい。」
大きな体と凄い格好をしてはいるが意外と紳士なのだな、と葵は思っていた。
「朝の放送は聞いたかね?」
「放送・・・ああ、リオン君、うちと一緒におったらこないにさせへんかったのに」
「お友達かね」
葵はリオンのこと、手から火を出す人(アッシュ)に襲われたこと、仲間を探していることをハガーに告げた。
「仲間探しは私も同じ。もっとも私に知り合いはいないから協力者と言ったほうがいいかもしれん。
それに、さすがにお嬢さん一人を歩かせるのは忍びない。ご一緒しよう」
「そうどすな、あんさんのような人と一緒やったらそうそう変なんも襲ってこれへんやろし」
「決まりだな、ならば一緒に」
「待ってくれはります?」
ハガーの言葉を遮る葵。うしろめたい者が見れば逃げ出しそうな瞳をハガーに向けて言った。
「うちはあんさんをまだ信用しとりまへん。なんせ声かけはったんもあんさんからやし、
だまされてズドン、で次の放送で名前呼ばれるんも御免どすえ?」
うーんと唸ってハガーが考え込む。
前回優勝者とはいえ、前回は協力と言うものをほとんどせずに戦っていた。
無我夢中で娘以外とはほとんど会話もせず問答無用であった。
唯一一緒にいたジェシカは家族であり、疑う余地もない相手であったし、さっきあった二人、
ダンと真吾といったか、彼らは素直で案外あっさりわかってもらえたからだ。もちろん前回の話のせいも大きかったが。
仕方がない、気は進まないが前回の話をして、と顔をあげると葵は既に立ち上がって背を向けていた。
「行きますのやろ?市長はん?」
「いやしかし、信用を」
「ああ、それはもうよろしおす」
再び葵の言葉が遮る。
「あんさん、嘘がつけへんタイプでっしゃろ?それに、そのでっかいので撃とうとおもえばいつでも撃てたやろし」
じっとハガーの顔を見る。先ほどとは違って確認するように。
「い、いや、取り入ってだますつもりかもしれないじゃ」
「あははははは」
今度は笑い声で遮られた。ハガーがキョトンとして葵のほうを見ている。
「決まりや、あんさんええ人どすな。誠実なお人、さすが市長はんや」
「む、そ、そうか」
「それにあんさん、なんか悲しい目をしてはる。うちを見る時なんか特に」
「悲しい目・・・」
一瞬考えた。自分は何度も死地をくぐり抜けた男。何人も何人も殺した男。
女性を怯えさせこそすれ、同情されるような悲しい目など・・・
そこで思い当たった。思わずそれが口をついて出ていた。
「そうか、ジェシカと同じ年頃なのだな」
そうか、自分はこの女性にジェシカの影を見ていたのか。ちょうど同じくらいの背格好の、亡き娘の影を。
「娘さんどすか?」
こんどはハガーが身の上話をする番だった。結局前回の話も全て聞かせることとなった。
立ち上がった葵も、話が長くなりそうと見るや腰掛けなおし、真剣に聞き入っていた。
「最後に、ジェシカは『お父さん・・・』って言って引き金を引いたんだ。なにか、何か言おうとしていたが、言葉を飲み込んで・・・」
ハガーは知らないうちに泣いていた。ダンと真吾に話した時は冷静だった彼だったが、葵にジェシカを重ねて見ていたのだろう。
ボロボロと涙を流しながら話すハガーを見て葵もまた静かに涙していた。
「きっと娘さんは『ありがとう』言おうとしたんやおまへんか?でもそれを言うたらあんさんがまた気に病むさかい・・・」
「おぉ・・・ジェシカ・・・ジェシカアァ・・・」
ハガーはすっかり号泣していた。葵は自分の父親ほどの男の後ろに回って、自分も涙を拭いながらぽんぽんと背を叩いていた。
「恥ずかしい所をみせたな」
「そないなことおまへんで、やっぱりええ人どしたな、市長はん」
いいながら、建物を出る。
お世辞にも顔が似ているとは言いがたかったが、並んで歩く二人のシルエットは親子のようだった。
着物と半裸のその姿をはっきり見たらそう言う人は皆無であったろうが。
ハガーの目標であるギースタワーの方向に向けて歩く。
途中、雨が降りだしたが、半裸のハガーは気にしない。とはいえそこは親心、葵を気遣う。
「その服、キモノだったか。濡れたらたいへんであろう」
「そうどすなあ。でも乾かすにしてももう橋がみえましたえ?」
「うむ。ならば渡ってから考えるとするか。すまないがしばらく我慢を」
いいかけた瞬間まだ遠くに見える橋に轟音と共に光の柱が降りた。
「なんですやろ、えらいきれいどすな」
「なにか、巨大な光線兵器か・・・あんなものまであるのだな、今回は」
「まあ、被害のある距離やおまへんな。様子もみんとあかんやろし」
「そうだな。警戒しながら近づくとしよう」
一旦立ち止まった二人だったがそのまま歩みを進める。
橋の前まで来た頃には、あたりは暗くなりかけていた。
「ふむ、もう戦いは終わっているようだ」
「市長はん、あれ」
指差した先にいたのは、びしょびしょになって、といっても上半身は裸で、仰向けで倒れている鉢巻の男だった。
「君、大丈夫かね?」
「な、なんじゃいオッサン・・・」
強がる声に力がない、どうも相当疲れているようだった。
「ふむ、ケガはないようだな。立てるかね?」
差し伸べた手をパーンと払って男は悪態をついた。
「うっさいわ!だれも手ぇ貸せいっとらんじゃろうが!」
言って跳ね起きるが足元がふらついていた。
「あんさん、無理したらあきまへんで?」
心配というよりはからかうような口調で言う葵に、男はどなった。
「じゃかあしいわい!」
葵とハガーが身構える。
男は葵に向かって歩き、目の前まで来たところでふらりとなった。
それは単純に疲れから来るよろけであったのだが・・・
葵は反射的に
投げた
「「あ」」
ドシンと地面に落ちる男を見て葵とハガーから同時に声が漏れた。
男は動かない。もちろん死ぬような投げ方はしていないのだが、
疲れきった彼を気絶させるには十分だったらしい。
「あ、葵くん?」
「あー・・・つい」
「むぅ、す、過ぎたことは仕方ない。彼も疲れていたようだし君の服のこともある。とりあえず近くの建物に入ろう」
「お、おおきに」
ちょっとバツの悪そうな顔をして葵が男を担ごうとするがハガーが手で遮る。
そして自分で男のからだをむんずと掴んで肩に乗せ、建物のあるほうに向かって歩いていくのだった。
雨の夕暮れを半裸を担ぐ半裸と、美しい着物が並んで歩く。それはやはり、珍妙な組み合わせであった。
【マイク・ハガー 所持品:バルカン付拡声器 目的:1.建物にはいる 2.仲間を集める 3.本部の場所を探る 4.ルガールを倒す】
【梅小路 葵 所持品:投げ竿 目的:ハガーについていく。仲間を探す】
【溝口 誠 所持品:ウージー(使う気ほとんどなし) 目的:サウスタウンブリッジを渡る、ケーブルに会う】
【現在位置:9区ブリッジ前から5区東端の建物があるところに移動
備考:溝口は気絶中。ハガーが担いでいる。】
はじめて気がついたのはなんか光るものがたくさんある部屋だった。
そこには白い服を着た人がいっぱいいて、ボクが目を覚ますと
「成功だ!成功だ!」
と口々に喜んでいた。
しばらくして、僕はいろんな実験をされた。
電気をながされたり、水に沈められたり、動く床で延々走らされたこともあった。
でもボクはそんなことを辛いと思ったりはしなかった。
ボクががんばったら白い服の人たちがうれしそうにするし、優しくしてくれた。
終わったらみんながボクを心配してくれた。だからボクはへっちゃらだった。
ある日、白い服の人のなかに、黒い服の人がやってきた。
何をいっているのかムズかしくてよくわからなかったけど
ボクがどこかにつれていかれること、それに白い服の人たちが反対していたようだった。
でも黒い服の人は全然気にしないで、白い服の人たちをじっと睨んで黙らせた。
ボクは黒い服の人を怒ってやろうと思ったけど、いつものところから出してもらえなかった。
それからしばらくして、僕は黒い服の人たちに連れられていった。
最後に部屋を出るとき、白い服の人たちがボクに何か言っていた。
なんて言ってたんだっけ・・・?
気がつくとボクは眠っていた。
いや、眠っていたらしい。本当に気がついたときは目が覚めてるもんね。
で、気がついたら、なんかぎゅうぎゅうしていた。
身動きが取れなくて、狭いところにいるのはわかった。
ここは暗くて狭くてなんか揺れる。ボクは、目が回ってきた。
思わず声をあげる。動きが取れないから、必死の抵抗だった。
ちょっとしたら、トン。と、地面の感触。
そして、上の方からかすかに光が入ってきた。
ボクは喜んで狭いところを飛び出した。
「にょ〜〜〜!」
思わず声が出た、ふと目の前に影があった。
「な、なんだYOUは!」
「にょ?」
目の前の影がしゃべった、よく見たら人だった。
今度は青い服の人だ。この人はどう言う人だろう?
しばらくボクと青い人(なんか頭はきんきらしてた)は見つめあった。
「で、一体なんていう生き物なんだ?これ」
「にょ?」
どういう?どういうもこういうもボクはボクなんだけど。首をかしげる。
しばらく考え込むボクと青い人。
「見捨てるわけにもいかないな。とりあえずは連れて行くとしよう。さ、行くぞ、えーと・・・」
「にょ?」
「よし、ここを出るまでの相棒だな、来いパピィ!」
ボクのほうを見て青い人が言った。パピィ?
そうか、ボクはパピィになったんだ。白い服の人たちはボクをイヌフクとかよんでたけど。
思い出した、白い服の人たちはボクにこう言ったんだ。
「せめて君のご主人様が、いい人であることを祈っているよ」
そうか、これがご主人様。この人についていけばいいんだね。ボクは元気よく返事した。
「にょ!」
いろんなことがあった。
もう一人の青い服の人、ちゅんりーさんと会ってしばらく歩いた。
外はとっても広くて、あの部屋でいろんな物をみたけど、そんなものはほんのちょっとのものだったんだと知った。
それから、これまた青い服の人に襲われたりした。
その青い服の人にちゅんりーさんはつかまるし、ご主人様はいじめられてるから
やっつけてやろうと思ってぶつかった。でもダメで、ボクまでやられそうになった。
悔しくて、悔しくて、そしたら体が熱くなって、気づいたら今の格好になってた。
ご主人様は「ニンジャ」っていってたけど、ニンジャってのがよくわからない。
ご主人様もニンジャらしいけど、ボクとはちっとも似てやしない。
そのあと、やっぱりニンジャらしい赤い人と、これまた青い人が襲ってきて。
よくわからないけど世の中には青いニンジャと赤いニンジャがいるのかな、と思った。
で、ご主人様は青い人の方をやっつけて、なんかすごく悲しそうになって。
ボクをちゅんりーさんに預けたままどっかにいっちゃったんだ。
ちゅんりーさんがボクのご主人様になるのかと思ったけど、ちゅんりーさん
「ご主人様を探さなきゃ」
っていってたから、やっぱりあの青い人がボクのご主人様なんだと思った。
ちゅんりーさんはすごく悲しそうな顔をしながら歩いてたけど、急に大きな声を出して
「パピィ、ご主人様が見つかったわよ!」
なんてボクにいったんだ。わかってるよちゅんりーさん。
だってちゅんりーさんの顔が一気にうれしそうになったのを僕は見ていたから。
そしてやっぱりご主人様はいた。いなくなったときより元気になって帰ってきた。
でも、すぐにそのうれしい気持ちもどこかにいった。
ご主人様とちゅんりーさんは離れ離れになってしまったんだ。
今目の前にいる、あの赤い人のせいで。
「ドグゴゥラァ!!」
赤い人が吠える。すごく怖い。でも、ご主人様が戦っているのにボクが逃げられるわけはない。
「パピィ!jump!!跳べ!」
ご主人様の言う通りに横に跳ぶ。ご主人様は反対に跳ぶ。
ボクたちのいた場所を赤い人がさらに赤くなって走り抜けていった。
赤い人はすっごく熱くて、近くにいると溶けてしまいそうだったけど、ボクはがんばった。
「プラズマブレイド!」
「ゴガァッ!!」
ご主人様の攻撃を叩き落として赤い人が迫る、ボクは勇気を出して赤い人の足元に突っ込んだ。
「ぐるじおっ!」
赤い人がふらついた!いまだご主人様!
「ナイスだパピィ!」
ご主人様が手に持った刀を振る。でも赤い人は斬れない。いや、あれはご主人様が斬ってないんだ。
「ダメージを与えてなんとか気絶させるしかない!運がよければこの状態もなおってくれるかもしれない!
パピィ!一旦離れるんだ!」
言われて数歩さがった。ご主人様と赤い人が激しくぶつかり合う。
赤い人ははぁはぁいってたけど、それでもご主人様が徐々に押される。
あの赤い人が熱いのがいけないんだ。攻撃を避けても、逆に攻撃をしてもご主人様は倍疲れるんだ。
何とかご主人様を助けたい!でも今間に入ってもご主人様の邪魔になる。どうしたらいい、どうしたら。
この場所からご主人様を助けられればいい。あの赤い人をここから攻撃できたら・・・
そう思うとボクの体が熱くなった。あの時と同じだ。ボクはご主人様を助けられるような姿になるように念じた。
「ドゥラァァァァ!!」
「SHIT!カタナが!!」
ご主人様、危ない!カタナを落とされた!危ない!助けなきゃ!ご主人様ー!!!
「ドラァーッハッハッハ!ハグゴッ!?」
やった!ありがとう神様。ボクは気づくと何か弾を撃ちだしていた。
振り向いた赤い人の顔面に弾が当たって赤い人がひるんだ。
あの部屋で見たことがある。これは「センシャ」ってやつだ!
「パピィ・・・!」
赤い人がボクを睨んで駆け出すより先に、ご主人様がカタナを拾って赤い人の胴を払った。
よろめいて倒れる赤い人。ご主人が赤い人を追い抜いてボクに駆け寄ってくれた。
「パピィ、お前また変わったのか!アンビリーバブル!」
「にょ!!」
びっくりするご主人様、すごいでしょ。ボクも戦えるんだ!
得意な顔でひと声鳴いて気づいた、ご主人様の後ろでさっきの赤い人が起き上がっている。
「にょーーーーー!!!!!」
全力で叫んだ。ご主人様は気配を察したのかスッとかがんでくれた。
渾身の力を込めて弾を撃ち出す。駆け出しだ所を狙われて赤い人がまたよろめく。
「すまない、火月!」
ご主人様は今度は赤い人の首筋をカタナで打った。今度こそ倒れるかと思った赤い人が次にとった行動は、
「グ、グルァ・・・」
自分に打ちつけられたカタナを手で掴んで体を支えた。そして・・・
「ブロロロロロ・・・グルァァァァァッッ・・・・・」
吠えた。それと同時にカタナを掴んだ手から、打ちつけた首筋から、さっき払った胴から
赤い人の全身から真っ赤な炎が噴き出した。少し離れていたボクでさえ、体がチリチリした。
その炎はご主人様に燃え移って・・・ご主人様!ご主人様が燃えちゃう!!
ボクは走った。ニンジャだったときみたいに速くないけど必死に走った。
赤いヤツに体当たりする。ご主人様を放せ!ご主人様がしんじゃう!!
「パ・・・ピィ・・・NO・・・来ちゃダメだ」
ご主人様!今助けるから!こんなヤツボクがやっつけて・・・
「にょぶっ!」
気づいたら地面に倒れていた。どうやら赤いヤツがボクを殴り飛ばしたらしい。
おなかのあたりが熱い。ヒリヒリする、チリチリする。痛い、泣きそうだ。
でも、目の前で火の玉になっているご主人様を放っておけやしない。
助けなきゃ、ご主人様を・・・
ボクの意識はここで途切れた。
次に気がついた時、ボクが見たのは、地面に倒れているご主人様と赤い人だった。
青かったご主人様は、すっかり肌色と赤と黒になっていた。
赤い人は見た目はあんまり変わらないけど、もう熱くなくなっていた。
ボクは急いでご主人様に駆け・・・よれなかった。体が重くて熱い。
でも必死に歩いて、ご主人様をつつく。
「Hey・・・パピィ・・・」
よかった!生きてる!ご主人様!
「俺は、もう・・・。でも、火月も・・・力を使い果たしたらしい・・・。俺が消し炭になる前に・・・アイツが倒れて」
ご主人様の目がボクを見ていない。僕の方向は見ているけど、もうぼんやりとして・・・
「にょぉ!にょーー!!!」
泣いた。ポロポロ涙が流れた。ご主人様は困った顔をして言ったんだ。
「Don't cry.泣くなパピィ。・・・俺は、自分のすべきことができて満足だよ・・・」
「にょおおおおお!」
泣くなって言われたって無理だ。ご主人様が、ご主人様が死んじゃいそうなのに・・・!
「火月はしばらく起きないだろう。・・・それまでに、春麗が蒼月を見つけてきてくれれば、こいつは元に・・・」
「にょぉぉぉ!にょぉぉぉ〜〜!!」
ボクは泣き続けた。ご主人様の目は今にも閉じそうになっている。ボクにはどうすることも出来ない。
ご主人様を救える体になりたいと何度も何度も願ったけど、ボクの体はセンシャのままだった。
「そうだ、パピィ。春麗にこれを、渡してくれ・・・」
もうほとんど動かない腕で、傷口に巻いてあった布をほどいたご主人様がそれをボクに渡す。
ボクの口?よくわかんないけど弾が出るところにかけてくれた。
「たのんだぜ、パピィ・・・マイ・・・パート・・・ナー」
「にょ!?にょお!にょおおおおお!!」
ご主人様は目を閉じた。何度呼んでも、必死に揺さぶっても、目を開けることはなかった。
ボクは泣いた。しばらくそこで泣いていた。
でも、ご主人様は言ったんだ。ボクにこれをちゅんりーさんに渡してくれって。
だからボクはいかなきゃならない。ちゅんりーさんの所へ。
ちゅんりーさんを助けなきゃならない。ご主人様は立派だったよって言わなきゃならない。
だってボクは、ご主人様のパートナーなんだから。
だからボクは歩き出した。ちゅんりーさんが向かったほうに。キュラキュラ言う新しい足音を立てながら。
歩き出した頃、街から声が聞こえてきた。
ご主人様が言ってた「ホウソウ」ってやつだ。
何度か聞いた声が、何か言っていた。よくわからなかったけど一つだけは聞き取れた
「ガルフォード」
ご主人様の名前だった。
【ガルフォード 死亡】
【風間火月(炎邪) 所持品:なし 目的:気絶中】
【現在位置:9区と8区の間】
【備考:炎邪は火月に戻っていないが力を使いきって気絶中。
パピィ(現在戦車福)はガルフォードのマフラーを持って春麗を追っている】
結局眠っちまってたのかオレは。
ホテルの一室の天井を見つめて、ヴィレンは冷静に自分の状況を分析する。
だいぶ長いこと寝ていたのか、身体の疲れはかなり取れている。
左足の骨折は、まあ当然治っていないが、腫れはやや引いていた。
それどころかご丁寧に骨折した部分にタオルをあてがってダンボールを副木代わりにに添え、包帯と腿に巻いていたリムルルのリボンでしっかりと固定してある。
(あのガキか……?そういや、どこへ行きやがった)
部屋を見回しても、あのリリスとかいう赤い服の少女は見当たらない。
応急手当だけして、自分を置いていったのだろうか。
いや別に、居ると色々と疲れるので、それはそれで構わないのだが。
あっさりとリリスの不在を割り切ると、とりあえず飯を食おうと身を起こしたヴィレンだったが。
「はーい、お薬の時間ですよぉ♪」
ガチャリと部屋のドアを開けて、リリスが入ってきた。
何故か、薄桃色の看護士の制服を着て。
「……」
表情筋が強張るヴィレン。
以前ガーネット相手に遠慮なく武器を振るい、挙句ダウンした彼女を蹴り飛ばした事すらあるこの男にナース姿を嗜好する性癖などあるはずもなく。
そんな彼の反応を見てリリスははっとしたように「ごめんねっ」と言って、一言。
「女医の方が萌えた?」
返事の代わりに、枕が飛んできた。
「放送、もうすぐみたいだよ」
外はもう夜の帳が降りだしている。雨は未だに止まない。
窓の外を眺めながら、ヴィレンはワンピース姿に戻ったリリスから、自分が寝ていた間の話を聞いていた。
女が一人来たらしいが、リリスはちょっと話して追い返しただけだと言う。
何故殺しておかなかったのかと問うと、彼女は
「だって、戦う音でボクが目を覚ましちゃうかもしれないでしょ?」
とクスクス笑い、「それに、あの人はまだゲームを面白くしてくれそうだもの」と楽しげに付け加えた。
「それからねー、ほんの少し前に、西でちょっとした戦闘があったの。バレッタと男の子が、それで死んじゃった。
バレッタは強い子だからもっと頑張ると思ってたのになー、ざーんねん」
バレッタって誰だよと思うヴィレンをよそに、リリスはごそごそとワンピースのポケットを探る。
「でねー、さらに男の子が二人その近くに居たんだけど……うふふ、あの子たちもとっても面白そう!素敵な力を持っているけどそれに振り回されちゃって……可愛いなぁ。
あ、心配しないでも大丈夫よボク?リリスはボクを捨てたりしないから」
「捨ててくれて結構。というかいい加減”ボク”ってのやめろ。……何だそりゃ」
「おみやげ。勿体無いから拾ってきちゃった」
リリスがヴィレンに差し出したのは、バレッタが使用していたアーミーナイフだった。
ヴィレンは無言で受け取り、鞘から抜き放って刃にこびりついていた血を袖でぬぐうと、十分使えることを確認して服の中に仕舞いこんだ。
「……銃とかは無かったのか?」
「有ったけど、あれうるさいからきらーい」
完全にマイペースな言動を振りまくリリスに、ヴィレンはもはや「もう好きにしろ……」と呻くことしかできなかった。
それからまた、いくつかの戦いの話、参加者たちの動きをリリスは語った。
その中のサウスタウンブリッジでの大激戦など、明らかにここから短時間で行けるはずもない遠くの地点での話だが、ヴィレンはあえて何故知ってるのかとは訊かなかった。多分余計に頭が痛くなるだけだろう。
ある程度おしゃべりを終えると、リリスは「これ以上は秘密ー。予測できない事があった方が、ゲームは面白いでしょ?」といたずらっぽくウィンクしてみせた。
彼女はアラン=アルジェントがルガールからジョーカーにならないかとの打診を受けているのも知っているが、それも語らなかった話の一つだ。
「しかし、随分とつるんでやがる連中が多いんだな……一人しか生き残れないって話を聞いてねぇのか」
打倒ルガールだとか、お気楽なアホどもばかりだとはな、と毒づく。
「そうねー。ボクは、最後の一人になるまで殺し合いするつもり?」
「当然だろうが。それにそう簡単に出し抜けるような奴じゃねぇぞ、あのヒゲの片目野郎は」
「ね、もし最後に残ったのがボクとリリスになったら?リリスの事殺しちゃう?」
「テメェは首輪外せるだろ。そのときになったら外してさっさと帰りゃあいい」
「いやん、そんなのつまらなーい。どうせなら最後までたっぷり遊びましょうよぅ」
「けっ、つまり今からテメェを殺す算段をつけとかなきゃならないワケか」
軽い口調と淡々とした口調。しかし、どちらも冗談で言っているわけではない。
ヴィレンは折れた脚を抱えてどうやってこの少女を殺すか本気で策を練りだしていたし、リリスも今はヴィレンを気に入ってくっついているが、そうした方が楽しくなると判断したら、彼女は躊躇せずヴィレンを殺すだろう。
「それにしても、刺激がもうちょっと欲しいよね。もっともっとかき回して、混乱させて、悲しませて、殺して……うふふ、まだまだ楽しくなりそうなのに」
無邪気な笑みで、そう言ってのけるリリス。
それを聞き流して、ヴィレンは別の事を考えていた。
第五回F.F.S.優勝者、魔獣<ディアブロ>の異名を持つ男、譲刃 漸。
長くF.F.S.の頂点にいた闘神グリードを打ち倒し、彼から『最強』の二文字を受け継いだ男。
奴なら自分と同じように、その二つ名のごとくに、このゲームでも暴れまわっているのだろうと思っていたのだが。
聞けば一人殺したっきり、その後は見知らぬ女とつるんで、他のアホ共と同じようにこのゲームを潰してルガールを倒すつもりらしい。
ガーネットやアランならわからなくもない。だが、常に戦いの中に身を投じ、戦いの中で生きてきたあの男が、どうしてその力を存分に振るおうとしないのだ。
正義漢気取りにでもなったか?何にせよ、ゼンとなら心底楽しんで殺し合いができそうだと思っていたヴィレンにとって、彼の動向は落胆すべきものだった。
「おい……ユズリハは今、三区のあたりにいるんだったな?」
地図を眺めてリリスに問いかける。
「うん、確かその辺にハチマキの子居たよ?ボク、彼のところに行きたいの?」
「何だか苛々してくるんだよ、今のあいつの話を聞いてると……オレは魔獣と恐れられたあいつと戦いたかったんだ、それがこんな時に仲良しごっこしてるような奴に成り下がりやがって」
三区ならそんなに遠くはないが、折れた脚で向かうのはかなり時間と体力を食いそうだ。
だが、ゼンの顔を一発殴ってやらなければ気が済まない。
いや一発などと言わず、何度も何度も、その肉が裂けるまで、その骨が砕けるまで。
そうしたら、奴は全てを食い破る魔獣の心を取り戻すだろうか。再び、触れれば焼けるような荒々しい闘気を身に纏うだろうか。
ヴィレンは折れた左足を憎々しげに見下ろす。
こいつのおかげで、追う事も戦う事も、逃げる事さえもままならない。
突如、その足が見えなくなった。リリスが顔を割り込ませてきたのだ。
「ねえ、リリスが連れていってあげよっか?」
「……は?」
つい、間抜けな声が出る。
連れて行くって何だ。まさかオレをおぶっていくとでも言う気か、そんな細い身体で―――
そう考える彼の目の前で、リリスの服が一瞬にして無数のコウモリに変化する。
そして次の瞬間には、そのコウモリたちは再びリリスの身体を覆った。ただし以前とは違う形で。
羽飾りの付いた赤いレオタード、コウモリの模様が浮いたタイツ。
そして背中には赤く大きな、コウモリに似た翼。
頭にも、小さな翼が一対。
「うふふ、面白くなりそうだもんね。どぉ?可愛いでしょ?」
くるり、とリリスは一回転してみせる。
「……化け物の正体がようやくおでましか」
さすがに、ここまで来るとヴィレンはもう驚かない。
いっそ完全に人外と納得できてすっきりした。
「化け物なんて品の無い呼び方しないで。リリスはサキュバスなのよ」
ふくれっ面をしながら、リリスは窓を開ける。
そして、そこから雨の中へと身を躍らせた。
一瞬、ヴィレンはリリスがまっ逆さまに落ちていくのかと思ったが、彼女はそのまま宙をふわりと泳いでみせる。
「ボク、高いトコ平気?」
「平気だが……まさかテメェ、オレをぶら下げて飛ぶ気か」
「そ。やだなぁ、落としたりしないよぅ?」
リリスが手を伸ばす。が、ヴィレンはその手を取るのを迷った。
今の脚では、ゼンと会えても上手く戦えない。わざわざ殺されにいくようなものだ。
奴と戦いたいのは山々なのだが……
「大丈夫。言ったでしょ?リリスが守ってあげるって」
リリスが、魔性の笑みを浮かべる。
その笑顔に、ヴィレンは不安が溶かされていく気がした。
そういえば、そんな事を言っていたかこいつは……なら存分に利用させてもらおう。
ヴィレンは、右手をリリスに向けて伸ばした。
「濡れるけど我慢してねー、行くよーっ!」
「おあぁっ!?」
当然、ヴィレンには妖魔にぶら下がって空を飛ぶ体験など無い。
さすがに驚愕の声が漏れる。
「あ、そうそう、殺してみたい人見つけたら寄り道するからねー♪その時はリリスのお手伝いしてね♪」
「は!?テメェ何を……」
「嫌ならハチマキの子の所まで連れてってあげなーい!」
「……クソがっ、もう好きにしやがれっ!!」
雨の中を、紅い翼の夢魔と紅い瞳の悪魔が行く。
静かなるサウスタウンの夜に、惨劇の花を飾るために。
【ヴィレン(左脚骨折) 所持品:チェーン・パチンコ玉・鉄釘など暗器・アーミーナイフ 目的1:ゲーム参加 目的2:ゼンに会う】
【リリス 所持品:? 目的:ヴィレンを守る】
【現在二区から三区方面へ飛行中】
【12:00〜】とりあえず目的地の喫茶店に入った。ビンゴ!缶詰とかレトルト食品とか缶ジュースとかが大量だった。
けどその反面喫茶店というのはこういうレトルトで済ませているのかと思うとちょっと悲しくなった。帰ったら喫茶店でカレーは頼まない。
【12:30〜】レトルトカレーを暖めてカレーを食べる。う〜ん、喫茶店の味だ、畜生。喫茶店で美味い美味いと言って食べていたのはレトルトだったのか、絶対カレーは頼まない。
帰ったらいつも行く喫茶店に文句言ってやる!
だから、絶対生きて帰ってやる!!
【12:35〜】食事中、さっき見た首の無い死体の事を思い出して吐きそうになる
ここに来てから結構な数の死体を見て割り切ろうって思っていたのにそう簡単には行かないらしい。
早く帰りてぇ・・・
【12:40〜】休憩も終わる。ここで隠れてるのも悪くないかなって思ったけどもし見つかったら逃げ場がない。
食料を詰めるだけ詰め込んで南に移動する事にした。何で南かって?この前助けてもらったマッチョなオッサンに再び会えるかなって思ったからさ。
あのオッサンについて行けばとりあえず当分は死ぬ事はなさそうだしな!!
【13:00〜】6区と5区の間らへんかな?青い胴衣の強面の兄ちゃんが居た。
ヤッベェ!このにーちゃんはヤッヴェ!何か普通に人を殺してますって雰囲気を醸し出している。
さっさと逃げようと思った矢先、そいつは携帯電話を取り出してどっかに電話しだした。
って・・・あれ・・?携帯電話?昨日携帯電話を使っても『申し訳ありませんが個人所有の携帯での連絡は不可能となっております』とか言う訳わかんねえメッセージが出たのに・・・
ちょっと気になったのでそいつに近寄る。無論、隠れて。
そして聞き耳を立てる・・・・
「・・・って奴に隆を・・・・すりゃあ・・・・OK分かっ・・・ルガールさ・・・」
ちょっと遠いので全ての会話は聞き取れなかったけどこの青い胴衣の野郎、確かにルガールって言いやがった!!ヤヴァイ!コイツは一次放送の時言っていた【ジョーカー】って奴だ!!
そいつは電話が済んだら西の方に歩いて行った、俺には気付かなかったようだ・・・そいつが見えなくなるまで離れていったのを見計らって俺は再び歩き出した。無論、隠れて。
【14:00〜】目的地も無く歩いていたらあの半裸のオッサンにあった7区の海岸に到着。
あのオッサン、また会えるかな〜とか思ってウロウロしていた。
と、そこに白い胴衣の兄ちゃんと俺と同い年くらいの学生服の奴が歩いてきた。
白い胴衣の兄ちゃんもいい感じだったし、学生服の奴も弱そうだし怖くないかなと声を掛けようと思ったその時、可愛い女の子と物干し竿をもった強面の兄ちゃんがその二人と合流した。
可愛い女の子はともかく物干し竿を持った兄ちゃんがヤヴァそうだったので様子を見ることに、無論、隠れて。
会話は聞き取れないが胴衣の兄ちゃんが可愛い女の子に平謝りをしていた。最後には土下座までしていやがる・・・
しかしその可愛い女の子は土下座までしている兄ちゃんにケリまで入れやがった・・・
しかも強面の兄ちゃんと学生服の兄ちゃんは悲痛な顔でその様子を見ているだけだ・・・
ヤヴァイ、あの女の子はヤバイ!!会話の内容はきっとこうだ!!
『私は30人は殺せと言った筈です、しかし貴方は一体何をしているんですか?』
『も、申し訳ありません女王様!!俺の実力が至らなかったばかりに・・・!!」
『流石女王様だ・・・容赦がねえ・・・・』
『つ、次は俺の番だ、どうしよう・・・ガクガクブルブル』
か、関わったらいけない!!そう思って俺は速攻で逃げた。
【15:00〜】あの場から離れ、ひたすら歩く俺。そこで突然歌声が聞こえた。
こんな時に歌を歌っている奴なんてどんな奴だろう、ちょっと気になったので俺は様子を見に行く。
変な髪形のオッサンと綺麗なパッキンのねーちゃんがリズミカルに歌っていた。
こんな時に歌を歌ってるって事は・・・駄目だ、いい考えが思いつかない、それ以上に関わったらヤバイ気がする。
そう思って俺はその場から離れた、その後、後ろの方でドッカンドッカンバズーカー音が聞こえてきた。
ほ〜らね、関わらなくて正解だったぜ!
【15:30〜】結局あのオッサンには会えなかった、まあ良いや、明日また探そう。
それよりもそろそろ今晩の宿を探そう、そう思って俺は再び地図を広げる。
どうせなら布団の上でゆっくり眠れ、しかも広くて逃げ道がある所が良いなと思ってホテルを探す。
でっけえホテルなら非常口もあるし、そう簡単には見つからねえよな!
えっと・・・現在が5区の中心で・・・一番近いホテルは・・・2区にあるな。
よし!目的地は2区にあるホテルに決定した!
雲行きが怪しくなってきた、そういや雨が降るとか放送で言っていたなあ・・・
そう思って俺は脚を早める。
その道の途中で倒れている2m近いガタイの青い服装のオッサンを見つける。
かなり重症を負っている様だったけどまだ息はあった。
助けてやろうかな・・・?いや、駄目だ!!この前の侍のオッサンみたいに突然襲われるかも知れねえ!!それに生き延びれるのは1人だけだぞ!
他人に情けかけれるほど俺は強くはねえ!!
そう思ってオッサンを無視して歩き・・・
歩き・・・・
だぁぁぁぁっ!死にかけの人間見て無視できるほど俺は冷たくはねえんだよ!!
くそう・・・黙って去る事が出来ない俺はオッサンに簡単な応急処置を施した・・・ってこのオッサン、半分機械じゃねえか・・・!!
け、けど俺は応急処置をすると決めたので出来る限り応急処置をしてやった。
そしてさっき手に入れた食料と衣服をおいてオッサンが目を覚ます前にその場からさっさと去った。
チクショー!俺のお人よし!!
【16:00〜】もうすぐ目的地のホテルって所で雨が本格的に降ってきた。
雨に当たるのはまずいかなと思って俺は適当なビルで雨宿りをする事にした。
そこで俺はちょっと休憩をとる事にした。
一人でこんな場所に居ると色々考えてしまう・・・・
・・・・総番長・・・何しているのかな・・・?
岩・・・・今頃おにぎり食ってるんだろうな・・・?
アキラ・・・俺・・・お前に会いてぇよ・・・お前のこってりチーズケーキが食べてぇよ・・・
【18:50〜】・・・・はッ!!やべえ!寝ていた!!
時計を見る、とりあえず放送の時間はまだらしい。
雨はまだ止んでない、どうしようかな・・・とりあえず雨が止むまで移動するのは止めて置こう。
そう思って俺はブラインドの隙間から外を見てみる。
・・・・羽の生えた女の子が空を飛んでいる・・・・しかも人をぶら下げて・・・・
俺はブラインドを閉めた。
気のせいだ。俺は何も見てない。疲れているんだ、ホテルに着いたらゆっくり休もう。
【16:59】そろそろか・・・
俺はビルの中であの放送を待った。
知り合い・・っても後一人しか知り合いは居ないのだが死んでいないと良いな・・・いや、本当は誰も死なないのが一番だってのに・・・
そして、放送が始まった
「諸君、ごきげんよう──────
【山田栄二(エッジ) 場所:2区、リリス達が泊まっていたホテルの直ぐ近くのビル 所持品:十徳ナイフ,衣服類多数、食料多数
目的:第一目的、ホテルでゆっくり休む 第二目的、出来れば信用できる仲間を探す。第三目的、いつも行く喫茶店に文句を言いに行く為に生き残る。】
修正です
【16:59】
を
【18:59】
に・・・
うわぁ・・・もうだめぽ
sage
かすみはぷかぷかと波間に漂うまま、流されていた
流れこそ緩やかで水温も暖かだったが、もう陸地は見えなくなってしまってた。
どうやら海流に乗ってしまったらしい。
(どうしよう…)
彼女も過酷なまでの忍術の訓練を生き抜いた者、これくらいならまだ何とかなるものの
このまま陸にたどり着けなければやはり最後は溺れるか、凍えるか、鮫の餌だろう。
かすみは夢うつつで聞いたあやねの言葉を思い出す。
「あやねちゃんにもらった命だから…ちゃんと後悔しないように使わないと」
かすみは計ったようにボウガンの刃先が刺さった、あやねの形見のイヤリングを握りしめる。
そんな中、前方に明かりが見える…。
「船?」
霧がやや立ち込めてはいるものの、朝日に照らされややこじんまりとした船が。
かすみの前方に停泊している。
「た、助かる…これで」
ばしゃばしゃと波しぶきを上げて船に近寄るかすみだったが、船の手前で動きを止めてしまう。
なぜならその船の船体には、あの忌まわしきRのマークが刻まれていたからだった。
一方、船の中では、
「なぜこんなことをしなきゃならないんだか」
スーツを着用した技術者風の男が、同僚にぼやく
「単純に衛星を使うと傍受されてしまうからな…こうやって海上で一旦中継する方が安全なんだ」
「傍受ったって、社長に逆らえる連中がいるのか?」
「逆らえないのと敵がいるいないは別の話さ、ま、余計なことは考えず仕事するこった」
スーツの男はそれでも何か落ち着かないようだった。
「ば…ばけてでないかな…あいつら…」
「でるかもしれねーな」
同僚がそれを聞いてからかう。
「勘弁してくれよぉ、いくらリモートで動いてるとはいえ、この船4人しか乗っていないんだぜぇ」
それから数分後
「お…お前死んだはず…ぐわぁ!」
船尾から進入したかすみと鉢合わせした警備員が、何の抵抗も出来ず海に放り出される。
ここらから海流が激しくなってるのだろう、みるみる間に遠くへ流されていく。
さらにもう一人警備員が現れたが、彼もまた
「で!でたぁあ〜〜〜」
攻撃すらせず、両手を合わせるとそのまま自分から海に飛び込んでしまった。
「人を幽霊みたいに言って…失礼しちゃうな」
そう言うかすみの風体は、潮に濡れてびしょびしょな上に、髪も解けてだらしなく
でろんと頭から垂れ下がっている。
事情を知らないもの、いや知っているからこそ彼らにとって彼女はまさに幽霊そのものだった。
「…ま、いいか」
それ以上は深く考えることなく彼女は船の内部に入っていく。
船はやはり狭く、階段を降りればすぐの場所に扉があり
扉を開くとそこは所狭しと電子機器が立ち並んでいた、そしてその中で、
「ほんとにほんとに大丈夫かな…」
「心配症だな…って誰だアンタ!!」
かすみは男たちと鉢合わせしたのだった。
男は警備員よりは職務に忠実だったらしい。
「う、動くな撃つぞ!!」
がくがくと震えながら懐から取り出した拳銃をかすみに構える。
「まって!こんな狭い場所で射ったりなんかしたら!!」
「うるさい!」
テンパッた男はかすみの忠告に耳を貸さず引き金を引く
あわててかすみは身を伏せる、数回の金属音とくぐもった音
起き上がったかすみの足元に男の同僚ががくりと倒れる。
跳弾のとばっちりを受けたのだ。
「だから言ったのに…」
あわわと混乱する男の銃をつかみ、かすみはあくまでもやさしく話しかける。
「ここはどこ?あなたたち何してたの?」
もう男に抵抗する気力はなかった。
「データ収集だ…社長、いやルガール様の命令で」
「どうやったら出られるの?」
いきなり確信をつくかすみの質問。
「そ、そこのノートパソコンの中に脱出方法が書いてある…自分でみろ!」
かすみは自分の背後のロッカーにおいてあるノートパソコンに手を伸ばそうとした。
そのときだった、自分の背後で撃鉄を起こす音。
「何度も言うようだけど撃たない方がいいよ」
「やかましい!背中を向けたのがお前の油断だ!なめやがって!!」
男は容赦なくかすみに向けてトリガーを引いた、だが…
くぐもった音と同時に倒れたのは男の方だった。
暴発した弾丸が男の頭を吹き飛ばしている、銃をつかんだときにかすみは銃口を塞いでいたのだ。
「だから言ったのに…」
かすみはとりあえずノートパソコンを起動してみるが、
機械オンチの彼女にはあたりまえだがさっぱりわからない。
そもそもあの脱出方法云々の言葉自体本当かどうか…
そしてこれからどうする、彼らの口ぶりからいって自分は脱出に成功しているらしい
このまま逃げるか?だが…眼前に広がるのは果てしない大海原…
しかもまだ遥か彼方だが黒雲が立ち込め始めている。
残念だが戻るしかなさそうだ、少なくとも鮫の餌にはならないですむだろうし。
それに。
「火月さんが心配してるかも」
粗野でぶっきらぼうだが心優しいあの男をかすみは決して嫌いではなかった。
今ごろ自分のことを探しているに違いない、早く安心させてやらないと。
かすみは男が持っていたノートパソコンと拳銃、そしてBrunStein-Corpと記されたIDカードなどを
防水ケースに入れ、さらに着替えのシャツ等もバッグに放り込む。
そして船尾に備え付けられていた救命ボートのエンジンをかけると
かすみはまたサウスタウンへと向かうのだった。
【かすみ 所持品:ノートパソコン 拳銃 IDカード 衣類等 第一目的:サウスタウンに戻る】
(最短でも上陸できるのは12時間後(放送終了後)、上陸地点は2区最西部とします)
ルガールとの交信終了から約5時間後の午後3時頃、彼のメッセンジャーを名乗る黒服の男が
アランが引きこもっている部屋に訪れた。『職務』連絡用の携帯電話を渡しに来たとの事だ。
用件を済ませた男が立ち去ると、早速ルガール本人から着信があった。
『いきなりだが仕事を頼もう。ある参加者を消去してもらう。期限は今から12時間後だ』
始末、と聞いてアランは一瞬硬直した。出来るだけ感情を出さないように問う。
「……相手は?」
『女だ。お前がこの世で最も好きな生物だ』
「気が聞いてんな。嬉し過ぎて失禁しそうだ」
『名前はフィオリーナ・ジェルミ。知り合いか?』
初めて耳にする名前だ。多分。
「いや、知らねえ」
『…そうか。後で顔写真を転送しておく。因みに標的は現在3区南西部を北上している。丁度
お前のいる地点に次第に接近している形だ』
「へー…予定時間よりかなり早く片付きそうだな。まあ移動の手間は省けていいか」
『油断はするな。相手は女とは言え一応兵士だ。今までの行動を見る限り他者と自発的に交戦
する意志はないようだが、お前のやり方次第では返り討ちに遭うぞ』
「ご忠告どうも。ところでそいつは一体何をやらかしたんだ?今の話だとわざわざ俺なんかを
差し向ける理由がある人物にも思えないぞ」
訝るアランに対してルガールは悪びれる素振りも見せず、
『彼女を選んだのは私の気紛れだ。何故お前がそんな事を気にする?
……やはり女を殺すのは気が引けるかね?』
冷笑を含んだ声。アランは不快感を露骨に出して応えた。
「別に。ただの興味本意だ。大体性別どうこうの話じゃない」
『ほう、邪推だったか。…さて忙しいのでそろそろ切るぞ』
「クライアントに信用されないのは寂しいもんだぜ、おっさん」
『フッ、言う通りだな。それでは期待している』
電話は切れた。
通話終了のボタンを押すと、アランは小雨の降る窓の外へ視線を移した。
夜明け前のように外は暗い。灰色の雲が幾重にも渦巻く空の下には、雲と同色の建物が軒を
連ね、モノクロフィルムでも見ている錯覚に陥る。
今自分が置かれている状況と同じ位非現実的な風景。胸糞悪い。
ルガールは今回の仕事でこちらを試すつもりらしい。標的にされた女はその生贄なのだろう。
気に障るジジイだ、と思う。相手が女だからと言う理由で自分が今更殺すのをためらうとでも
考えているのだろうか。確かに内心まだ抵抗はある。だが甘えた持論はもう捨てた。計画を成し
遂げるまでは誰にも容赦はしない。
手にしていた携帯電話の画面が明滅した。添付ファイルを一件受信している。
ルガールが標的の手配写真を送信してきたのだ。
ファイルを開くと写っているのは戦闘服姿の若い女性だった。栗色の長い髪を頭の高い位置で
一つに束ねている。しかし意志の弱そうな瞳や色白で華奢な骨格からはおよそ軍人には程遠い
印象を受ける。寧ろ地味な大学生と言ったところだ。
フィオリーナ・ジェルミ……殺すべき、ターゲット。
美しい響きの名前だと場違いな事を思う傍ら、アランは既に彼女を殺す計画を算段していた。
最初のブリジットのケースは運が良かった。だが彼のように彼女もガチで勝負に応じるとは
限らない。まして職業上、彼女が銃の類を装備していた場合、素手は当然ながら銃撃戦に縺れ
込んでも勝機はほとんどゼロに等しい。
やはりここは味方を装って共に行動し、相手が油断した隙に殺害するのが安全策だろう。
ふと我に帰り、意外な程冷静な思考力を保っている自分にアランは少し驚いた。
これから殺人を犯そうとしている実感に乏しいのか、或いは殺人に対して既に不感症になり
つつあるのか。恐らく両方だろう。
どちらにせよ、声を聞いた事も会った事もない人間の殺し方を喜々として妄想している自分は
頭が狂っているのだと思う。
きっと。
午後5時30分。
フィオは1区北西部の寂れた商店街の裏通りを歩いていた。
腕の火傷は予想以上に酷かった。ケロイド状に表皮が爛れた腕を空気が撫でる度に激痛が走った。
本来ならばすぐにでも手近な民家なり薬局で治療をするべきだった。
しかし昨夜3区周辺では激しい交戦状態と思わしき爆発音や怒号が鳴り響いていた為、利き腕の
負傷に加え丸腰と言う絶望的状況で危険地帯に居座るのは無理だった。
そこで街を迂回し、先程1区に入ったのだった。
しかし彼女は自分よりも霧島翔の安否が気になっていた。
今朝放送された死亡者の中に彼の名前は無かったものの、彼が無事でいる保証にはならない。
未だにあの炎を操る男と鬼ごっこをしている可能性もある。そう考え
ると次の放送までの時間がもどかしく、居ても立ってもいられない気持ちになった。
ひとまず彼との待ち合わせ時間まで何処か安全な隠れ場所が欲しかった。
丁度顔を上げると、目の前に鉄筋コンクリートの薄汚れた建物が彼女の目に止まった。
文字の剥げ落ちたブリキの看板を見上げると、どうやら小さな商店らしき事がわかる。
フィオは表通りの正面入口に回り込むとガラス張りの扉を覗いて店内の様子を伺った。日用品
や食料品を扱う店らしい。幸いな事に医薬品の類も置いてあるようだ。
本来は不用意に空家等に入る事は絶対控えるのが市街地戦の基本とされている。大抵の場合は
何処かしらにトラップが仕掛けられていたりするからだ。
だがこれは戦争とは種類が異なる。通常あるべき後方支援もない現状ではやむを得なかった。
フィオは裏口に戻り、一応トラップの有無を点検してから静かに店内へ足を踏み入れた。
狭く薄暗い店内全体を注意深く見回す。自分以外に誰もいる形跡は見当たらない。
安堵して店の奥に入っていくと雑然とした商品棚から包帯や消毒液を拝借する。
その時だった。
「動くな。抵抗したら撃つ」
背後に若い男の押し殺した声。同時に後頭部に、固く冷たい金属製の何かが触れた。
フィオは凍り付いた。
馬鹿な。店内には誰もいないのを確認した筈だった。何処に相手は隠れていたと言うのか。
(まさか……二階!?)
迂闊では済まされなかった。疲れによる気の緩みから二階の存在を完全に忘れていたのだ。
新兵でも犯さない初歩的なミスだ。一体自分は何を考えて行動していたと言うのだろう。だが
今更後悔しても既に遅い。
「そのまま壁の方を向け。それから手を上げて頭の後ろで組め」
自身の軽率さを呪いながらもフィオは男の命令に大人しく従った。
「降伏します。捕虜として適切な処置をお願いします」
返答がない。
妙な沈黙が辺りを漂う。
すると突然、背後の男が弾けたように爆笑し始めたのだ。
「あっはっはっはっは、まさか今の本気にしてたのかよ!?」
「…………はい?」
事態を飲み込めず、フィオは思わず目を見開いて後ろを振り返った。
唖然とするフィオを指差して笑いまくっているのは青いジャケットの青年。
「うわやべえ腹痛え。俺役者になれるじゃん!」
役者?
「……あの……」
「あー…さっきのは気にしないでくれ。映画の台詞を真似てみただけだ。からかった事は謝る。
悪かった」
笑いが収まると青年は少し照れた様に言ってから、銃を構えた手を下ろした。
「あの、じゃあもしかして今のは……」
「全部俺の演技。あんな事本気でやれるわけねえじゃん」
フィオが反応に窮して黙りこくっていると、青年は彼女に向かって軽く手招きした。
「来いよ。腕、怪我してんだろ。上で手当してやる」
その頃一方のエリ・カサモトは2区の薬局を後にし、1区に向かって移動を始めていた。
ひたすら、北へ。何故そちらに足が向かうのかはわからない。ただ漠然とした予感があった
のだ。北へ向かえばフィオに会えると。
(…馬鹿みたい。何一つそんな根拠ないのに)
シモン・ベルモンドと草薙京との戦闘で彼女が被ったダメージは相当な物だった。通常の人間
ならばとうの昔に死に至っているだろう。にも関わらず彼女がこうして生き、剣を振るう事が
出来るのは軍人として鍛え上げられた体力でも自身の生命力による物でもなく、フィオを守り
再会したいと言う一心から来ていた。
その凄まじい執念のみが今の彼女を突き動かしている。
エリは思う。あの子の為ならば、まだ立てる。まだ走れる。まだ、戦える。
とは言え重傷の体を引きずっての移動はエリにとって相当過酷な物
だった。歩みは遅く、途中で何度か意識を失った。
身の丈と同じ程の長さの封雷剣が肩に重くのし掛かる。
持ち運びだけでも無駄に体力を消費するので本当は置いていきたかったが、立ち寄った薬局
には今の彼女が武器として使えそうな物は置かれていなかったので、諦めた。
理由は他にもう一つ有った。
ある世界において至高の力を持つと言われるこの剣の新たな使い方を、彼女は見いだしつつ
あった。それは本来の流儀とは全く異なる使い方ではあったが、会得さえすれば彼女を確実に
より強くするはずの物だった。
複雑に入り組んだ住宅街を抜けると高速道路に続く道路が横たわっている。
その道路を挟んだ対岸の白いビルに、赤い字で何か書かれている事にエリは気付いた。片目
では遠近感すらろくに掴めず、書いてある内容をここからはっきり確認は出来ない。繁華街に
たむろしている連中の落書きとは違うのは何となくわかる。
訝しく思ったエリは道路を横切り、ビルに近付いていった。
途中で彼女は異変を感じ取った。ビルの近くから臭うのだ。動物性の、べっとりした独特の
生々しいあの臭い。彼女が最もよく知る臭い。
それが何処から来ているのかはビルを見上げた瞬間、すぐに分かった。 愕然とした。
滴る血液で書き殴られた一文。それは
『Fio was DEAD』
データが全て消失したパソコンの様にエリの頭の中は真っ白になった。
【アラン・アルジェント 目的:フィオの暗殺、ルガールの本拠地への潜入
所持品:ワルサーPPK
場所:1区北部の商店 備考:ルガールからジョーカーになる契約を結ぶ】
【フィオリーナ・ジェルミ 目的:霧島翔との合流、傷の手当
所持品:なし
場所:1区北部の商店
備考:右腕火傷】
【エリ・カサモト 目的:フィオ以外は全員皆殺し(自分とフィオが残れば自分は自殺)
所持品:封雷剣
場所:2区と1区の境界線
備考:瀕死の重傷】
「ふむ・・・」
溜息をついた男、ルガール・バーンシュタイン。
この狂気のゲームの主催者である。
彼には今2つの誤算と1つの苛立ちがあった。
1つ目はうれしい誤算だった。
ロック・ハワードおよび炎邪の覚醒である。
ハワードの血は確かに強力ではあるが、制御しきってしまっていると思っていたのだ。
そして炎邪に関しても、資料にはあったがかなりの禁術、まさか発現するとは思っていなかった。
あの力は是非ほしい、いや、このゲームが進めば確実に手に入る。だからそれがうれしかった。
2つ目はとるに足らない誤算だった。
自分の関与していない支給品に関してである。筆頭はあのおかしな生き物、犬福といったか。
データがとりたいといってブローブの連中が押し付けてきたがまったくワケがわからない。まあ放っておいて害はなさそうだが。
他にもいくつか予想外の支給品、開発中のバズーカやらどこぞの部族の宝珠やらはある。
ほとんどが出資者のデータ取りなんぞが目的であり、影響はそうないだろう。だからとるに足らないと考えた。
そして1つの苛立ちはこの流れだった。
もちろんこのゲームの真意は最後の一人を決めることにある。
しかし単純に、普段は偽善ぶっている人間が裏切り殺し会う姿が滑稽でたまらなかったのも事実だ。
ところがどうだ、ここしばらく偽善を通すもの達が集まりだしている。
反抗自体は予想の範疇であったし、万が一ここに乗り込まれるようなことがあっても自分が全て始末する気だった。
しかし、このまま偽善者どもがが殺し合いをやめる方向に動いたら・・・いや、それならまだ爆破やジョーカーで何とかできる。
最も厄介なのはあのニーギとかいう女達のようなもの。ゲーム自体を崩壊させんとする者であった。
このゲームが完成しなくなること。それは自分も、そして他の出資者達も望むところではない。
この状況を打破するためにいくつか動いておいた。
減ったジョーカーは補充したし、剛を使ってリュウを狙わせるよう誘導たりした。
これには殺意の波動を得る者のサンプルがほしかったと言うのもあったのだが。
「コレクターの性というヤツかな」
自嘲気味に笑って、椅子に深くもたれる。
手にはいったサンプルは暴走したオロチ、そして三種の神器の残り2つだった。
草薙京のサンプルなどネスツが腐る程持っているし、制御できるオロチの血などとうの昔に手に入れた。
ゼロが面白半分に私の元へ送ってきたクサナギの小隊は不愉快だったので全て殺して捨てた。
青龍の力、ハワードの血、殺意の波動、そして禁術炎邪降臨。まだまだ欲しいものは多い。
ケツアルコァトルの憑依も意外ではあったがアレのもっていた宝珠も他の出資者がゴリ押しで支給品に入れたものだ。
どうせ予定通りなのだろう。自分はサンプルを手に入れられればそれでいい。まあ、面白くないわけではないのだが。
ブローブの連中やネスツ、シャドルーあとはJ6あたりの魂胆は大体わかっているからいいとして、
自分から手駒をわざわざ送ってきたウォンや、参加者選別の会議にも出ず、派遣要請さえ突っぱねて
出資の見返りのデータのみ要求してきた三島財閥あたりはどうも気にいらなかった。
気にいらなかったが、まあ今どうこうすべきこともない。行動するならゲームの後だ。
「ルガール様、そろそろ」
ヒメーネが放送機器を運び入れる。
「もう少し、水溜りに広がる波紋を大きくしてやらねばならんか」
呟いてからルガールはマイクのスイッチを入れた。
「諸君、ごきげんよう」
演技じみた挨拶だ。思いながら続ける。
街の空気がざわめきだしたのがこの場にいてもわかる。
「さて、3回目の放送だ。そろそろ人数も減ってきた。隣にいるものを殺すのも近いかもしれんな、ククク」
今頃組んでる輩は顔を見合わせているのだろう。そして仮初の信頼を確認しあっているだろう。滑稽な連中だ。
「では、例によって死亡者の発表をさせてもらおう。
ガイル、神楽ちづる、ガルフォード、牙神幻十郎、テリー・ボガード
バレッタ、緋雨閑丸、火引弾、ビリー・カーン、御名方守矢、以上の10人だ、さて・・・」
そして少し間をとる。聞く側の注意を引くためにわざと長めに、
「まだ一人しか生きられないという自覚の薄いクズどもが多いようだ。これから夜、なかよしこよしでぐっすり眠るのもいいが
すこし、情報をやろう。見所のある連中に私から敬意を表し・・・」
口の端を歪ませ、もう一度間を置いた。
「すこし紹介してやるとしよう。クックック」
すこし芝居がすぎるか、あまり警戒させても意味がない。最後の笑いには自嘲が含まれていた。
「ジャンヌ、ウィップを殺した楓、現在は2区か。いやはや、慈悲のかけらもない殺し方、感服したよ」
これでK’あたりが殺しにいってくれるかもしれない。しかし念を入れることにした。
「テリー・ボガード、牙神幻十郎、御名方守矢を殺したロック・ハワード。貴様も素晴らしい。
育ての親を殺すことも厭わないとは、現在は3区だな」
ルガールはウソをついた。ロックが実際に殺したのは牙神だけである。
だが兄を殺された楓が行くかも知れない。そうすれば、ハワードの血と青龍の力、その激突を見ることができるやもしれない。
テリー・ボガードはついでだったのだが、まあカリスマ的格闘家であるがゆえ、影響も少なからずあるだろう。
そしてもう一人・・・
「春日野さくら、リムルル、火引弾、神楽ちづるを殺したリュウ。現在7区か。いやはや、素晴らしい殺しっぷりだったよ」
これでいい。なにやらあの巫女に吹き込まれていたようだが、殺人者として晒されてなお、殺意が抑えられるものか。
再び目覚め、殺戮の限りを尽くしてもらうもよし。危険人物と狙われ、サンプルと成り果てるもよし。
剛に誘導させた女もいるにはいるが、まあ保険と言うやつだ。
「さて、それではまた明日の朝の放送で。せいぜいよい夢を・・・ハッハッハ」
悪魔の意思が人々を困惑させる。怨嗟と疑念が人々を走らせる。
問われるのは信頼、疑われるのは絆、償うも犯すも全ては罪。
今宵の闇は、一段と深い。明日の夜明けは、一段と、遠い
【第3回放送終了 これより2日目夜〜早朝】
朦朧とした意識がかすかに目覚めたとき、彼は誰かに背負われていた。
背中に当たる日差しが暖かい。身体に伝わる規則的な振動が心地いい。
薄く開けた目からのぞける視界から、麻の質素な服を着た男の大きく暖かな背中が見える。
それは自分に何もかも任せておけばいいと、言葉なくして語ってくれる父の背中。
(……?)
彼がかすかに身じろぎしたのを敏感に感じ取ったのか、父親が狼狽気味の声を上げた。
「いけない、起こしてしまったか?」
彼の姉と戯れていた母親が、苦笑とともに夫を嗜める。
「もう、もっと静かに歩いてあげないからでしょう?相変わらずおおざっぱなんだから」
買い物籠を片手にした母親が、いつものように夫をからかう。
籠の中にはじゃがいもと人参、そして玉ねぎ。今夜の夕食はカレーなのだろう。
「起きたんだ『 』、お歌を歌ってあげるから一緒に遊ぼう?」
足元から、まだ小さいのに精一杯お姉さんぶろうとしている彼の姉が彼をあやそうと手を伸ばしていた。
(……!)
彼は反射的に父の首筋にすがりついた。
怖い夢を見ていたのだ、思い出すのもはばかられるほどに怖い夢を。
「ほら、おきたんだったら降りておいでよ『 』。お父さんが重たいでしょ?」
姉が彼を下ろそうと手を伸ばす。だが、彼は父親から決して離れようとしない。
彼女は何度か彼を父から引き離そうとがんばっていたが、やがて諦めたのか小さく息を吐き出して父親から離れた。
「もう、しょうがないなぁ……じゃあおやすみ、『 』」
背中に当たる日差しが暖かい。身体に伝わる規則的な振動が心地いい。
全てが彼のまぶたを再び引き摺り下ろそうとしている。
眠りたくない。このままでいたい。もし眠ってしまったら――――――――
眠ってしまったらどうなるのかを自覚することは、彼にはとうとう出来なかった。
遠くで誰かの呼ぶ声が聞こえる。
まだ、自分に都合のいい夢を見ているのだと、最初はそう思った。
確か自分はカフェテラスの安っぽいテーブルに突っ伏して寝ていたはずだ。
運良く目を覚ますまで生きていることが出来たら、疲労に軋む足を無理やり動かして、
何処か暫く安全に休める場所を探すために徘徊せねばならないと思っていたのに。
(……どうなってやがる?)
だが、K´が目覚めたのは、多少小さいながらもちゃんとスプリングの利いた柔らかなベッドの上だった。
周りを見回せば、暗い室内の本棚には子供向けの本が並び、
棚や机の上には古びたぬいぐるみや人形が点々と置かれている。
どうやら、ここはどこかの民家の、それも子供部屋らしい。
なぜ、自分が民家の、それも子供部屋などに寝かされているのか。
ある程度の休息をとったためか、思考は以前よりは多少はっきりとしている。だがそれでもこの状況は全く理解できない。
(こんな時に、見ず知らずの人間をわざわざ運んで世話する馬鹿が何処にいる……?)
とりあえず周囲の安全を確認するため、かけられていた毛布をはがして身を起こそうとした、まさにその時である。
「あー!目、覚めたんだ!」
いきなりかかった甲高い声に弾かれたように目を向けると、
そこには青いスカートをはいた栗色の髪の少女が湯気の立つ皿を片手に突っ立っていた。
「お前は……確か」
何度目かの眠りに落ちる前に会った、自分と霧島とか言う男を取り違えた間抜けな女。
その名を呼ぼうとしてはたと詰まる。確か、俺はこいつの名前をまだ聞いてない。
「ボクはアルル。さっきは自己紹介も出来なかったからね、よろしくね、けーだっしゅさん?」
名を聞きだすべきか否か。ほんの一瞬K´が躊躇していた間に、問題は向こうの方から解決してくれた。
それは傍から見ればとてつもなく奇妙な光景だっただろう。
ほぼ真っ暗な部屋の中、小さなスタンド一つを明かりに、カレーを食べる無愛想な青年とそれを見やる無邪気な少女。
「えっと、人に見つかるとまずいから、明かりはこれだけしかつけれないんだって、ごめんね?」
兵士として訓練を受けていたK´にとってそんなことは至極当たり前だったが、あえて口にはしない。
「ケーダッシュさん……んー、呼ぶときは名前でケイさんって言ってもいいのかなぁ」
実際のところ苗字も名前もなくK´で一つのコードネームなのだが、やはりあえて口にはしない。
「でもそこまで夢中で食べてくれるなんて思わなかったな。ちょっと大変だったけど作ってよかったよ」
確かにカレーは美味しかった。だが、それをほめるだけの言葉と精神的な余裕を彼は持たない。
ベッドの下のほうに腰掛けて自分に話しかけてくるアルルを傍目に、K´は黙々とスプーンを動かし続けている。
聞きたいことはいろいろあったはずなのだが、今は疲労困憊した身体が食事に専念することを欲していた。
「これだけで足りるかなぁ……でも材料足りなくて一人分しか作れなかったんだ。
我慢してくれたリュウさんと真吾くんに後でお礼言ってね?」
「……シンゴ?」
覚えのある名前に、スプーンを動かす手が止まった。要領を得ない顔をしているK´に、アルルが首を傾げて見せる。
「あれ、知らないの?矢吹真吾くん。お友達なんでしょ?
確か……『けーおーえふ』とか言うお祭りに一緒に出た仲間なんだって聞いてるよ?」
「……ああ……」
以前、ネスツ主催のKOFでチームを組んだあの暑苦しいほど騒がしい高校生のことを忘れていたわけではなかった。
ただ、彼の存在とこの血みどろの舞台が全く結びつかなかっただけだ。
ルガールの面前に引き出されたとき、彼は草薙やクーラ、ウィップと言った面々ばかりを注視していて
真吾の存在は気にも留めていなかったのである。
しかしよくもまあ今まで生き残ったものだ、あの草薙でさえ何者かにさっさと殺されてしまったというのに。
(救いがたいほどの馬鹿ではあるが……見ず知らずの人間ではなかった訳か……)
薄く霞のかかった思考の片隅で、K´は奇妙な感慨を覚えていた。
だが、それも一瞬のことで。
「………」
「あー、ちょっとまってよ!」
無言のまま、空になった皿とスプーンを乱暴に置いて再びベッドに倒れこもうとしたK´の肩を、アルルが掴む。
何事かとアルルを見るK´に彼女は、
「食べ終わったら手を合わせてご馳走様ってちゃんと言うの!」
K´は茫洋とした目でアルルを見ていたが、やがてのろのろと手を合わせてぼそりと言った。
「………ごちそうさま」
「あ、あとね、キミの炎の…………って、また寝ちゃったの?しょうがないなぁ…」
アルルは小さくため息をつくと、もうすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てているK´に毛布をかけなおしてやった。
「起きたらキミの炎のこと、聞かせてね?じゃあ、おやすみ。K´さん」
彼女がK´から炎のことを聞きだすには、まだ暫く時間がかかりそうだった。
周囲がすっかり闇に包まれた中、街路樹の一本の下に、黒い影が一つ立ち尽くしている。
普通の人間が見れば、それを木の一部か何かと間違えたかもしれない。
その人物はそれほど完璧に気配を殺していた。
「…………」
リュウがK´を背負ってきたその足で見張りに立ってから既にかなりの時間がたとうとしていた。
ろくな休息も食事もとっていない彼の体力は、雨風に晒されて少しづつ削られている。
単調な雨音を破って、控えめな水音とともに彼に駆け寄る影が現れたのは、そんなときだった。
「矢吹君?」
「お疲れさまっス、リュウさん。そろそろ俺、交代しますよ」
雨の帳の向こうを見つめるリュウを上目遣いで見やる真吾。
その手には、いつも彼が京に対してしていたようにパンとペットボトルが握られている。
「いや、このままで構わないよ。今俺にできることはこれくらいだからな。
見張りは俺に任せて、少しでも身体を休めておくといい」
「……そうっすか……それじゃあ、お言葉に甘えます。あと、リュウさん」
「なんだい?」
「すまなかったッス、こんな時にわがまま言って」
彼らの背後の民家の窓からは、言われなければ気づかないほどのほんの小さな明かりが漏れている。
そこには、真吾がリュウに頼んで連れてこさせたK´と、彼に付き添っていたアルルという少女がいるはずだった。
リュウは悲しげに微笑むと首を横に振った。
「いや、彼とは知り合いなんだろう?こんな状況だからこそ、人と人との絆は大切にした方がいい」
「そう、そうっすよね……」
握り締められた真吾の拳の中で、京の形見のグローブがぎちりと鳴った。
目の前の誠実な求道者に、自分とダンとの絆を容赦なく断ち切った狂気の格闘家の姿がオーバーラップする。
そう、絆は大切にしなければならないのだ。
それはほんのちょっと力を加えただけでいとも簡単に壊れるものだから。
理性に反して小刻みに震えだそうとする膝を無理やり止めて、真吾はリュウの作りの大きな手に視線を落とした。
その薬指と小指は、ナコルルと名乗る少女との誓いによって硬く封印されている。
今でも真吾がリュウに対する恐怖を押さえ込んでいられるのは、
もしかしたらこの封印のお陰なのかもしれない。
だがリュウから己が生き残るための手段すら奪う彼女の所業は、真吾の中に釈然としないものを残していた。
「人を傷つけたらだめ、自分も殺されたらだめ、そして人に人を傷つけさせてもだめ」
「うん?」
真吾の口からこぼれた言葉を聞いて、リュウが怪訝な目をする。
「いつものときはそりゃあ当たり前のことで
……でも今は、死んだり死なせたりするほうが当たり前のことになってるんですよね」
殺したり殺されたり、という言葉をあえて真吾は避けた。
最初の放送で八神庵の名を聞いた。
その次の放送で草薙京の名を聞いた。
そして前回の放送でテリー・ボガードとビリー・カーンの名前が流れた。
真吾の目の届かないところで、
目標にしていた人が、自分には到底敵わないと思っていた人が、当たり前のように死んでいく。
「………」
「そんな時に、そういう生き方って、できるもんなんですかね」
「………」
「……やっぱりきれいごとじゃないんですか、それって」
「そうだな、確かにそうかもしれない…」
しばしの沈黙の後、リュウがようやく口を開いた。
「だが、きれいごとをきれいごとだといって、実現させる努力をしなければそこまでだろう。
例え届かない理想でも追いかける努力をしなければ、人間は進歩しないさ」
「…………」
「それに彼女も言っていただろう?道半ばで倒れるようならば、俺もそこまでの人間だったということだよ」
「強いっすね、リュウさんは」
「……俺は強くなどないさ。そのことは、君が一番よく知っているはずだろう?」
真吾は答えない。言葉のかわりに持ってきた食料をリュウに渡して、彼は民家へと引き返した。
内に戻ると、真吾はK´とアルルの様子を見に行くのもそこそこにして近くにあったソファーに倒れこんだ。
あれから敵らしい敵には会っていない。だが常時油断の出来ない環境で、真吾の神経は確実にすり減っている。
「……草薙さん、教えて下さいよ。本当にあの人がちづるさんやダンさんを殺したんですか?」
仰向けのまま右手のグローブを見つめ、真吾は独白した。
蓄積した疲労のせいか、今になって真吾には目の前で見たはずのことが時々分からなくなることがある。
ダンは、リュウのことをいけ好かないながらも頼りになる人間だと評していた。
事実、リュウの態度は徹底的に誠実だった。意識のないK´を連れて行くよう真吾が頼んだときも、
そのまま全員が休めるような適当な場所を探して欲しいと頼んだときも、
彼は文句一つ言わずに真吾の望みにこたえてくれた。
それがこの状況下でどれだけ無理な頼みだったか、真吾自身が重々承知している。
「オレやっぱ分かんないっすよ……殺意だか何だかしらないっすけど、
あのリュウさんが、どうやったらあんなになるんですか?」
真吾は、今ではリュウと言葉を交わすことにそれほど抵抗がない。
ほんの数時間前にダンとちづるを目の前で惨殺した人間に向かって、
敬愛していた師匠にしていたように気を使い、ぎこちないながらも笑顔を作って見せることすらできる。
それは一重にリュウという男の持つ人徳のなせる業なのだろうが、
その人徳すら無にしてしまうほどの闇を彼が抱えているということを、真吾は身に染みて知っている。
真吾は自問した。どちらが彼の本質なのだ?
何度となく繰り返されたこの問いは、メビウス状にねじれながら思考回路を巡り、
結局最後にはいつも最初と同じ場所に戻ってきてしまう。
「ダンさんとかちづるさんなら、もっとよく分かってたかもしれないのに……」
今はリュウの言うとおり、少しでも疲れた心身を休めねばならないのに、彼はまだ暫く眠れそうになかった。
【矢吹真吾 所持品:釣竿、竹槍、ホアジャイ特製スペシャルドリンク(残り1本)、
草薙京のグローブ(炎の力がちょっとあるかも)
目的:1.仲間を集める 2.敵本部を探す 3.ルガールを倒す】
【リュウ 所持品:なし 目的:1.外敵の監視 2.不戦不殺】
【K´ 所持品:手榴弾 目的:ルガールを倒す(?) まだ思考力低下気味】
【アルル・ナジャ 所持品:1/10ウォーマシン(持ってあと2日の電池、充電は可能)
目的:1.K'から炎のことを聞く 2.霧島翔(京そっくりらしい)に会う 3.首輪を外す
4.生きてゲームから抜ける】
【共通の行動方針:とりあえずK´が回復するまで待機】
【現在位置:3区ハワードアリーナ近くの民家】
夕暮れ時の街角、一雨きそうな雰囲気の中、
「ほう…前回の優勝者?」
「そうだ、どうやら手違いで参加していることが判明した」
受話器を片手に剛は皮肉に微笑んでいる、その足元にはエレナとほたるの無残な亡骸があった。
「始末を頼みたい」
受話器の向こうの女が冷徹な口調で命令を伝える。
「俺はお前の命令を受ける立場ではないのだが?」
だが、剛はまったく動じていない。
死体の傍らのバックをがさごそと漁りながら平然とかわす。
「ルガール様の御為だ…それが貴様の仕事だろう?」
女も負けじと押し返す。
「わかった…情報をよこせ…やってみよう」
剛が根負けしたかのように受話器の向こうへと告げる。
そして僅かばかりの話をして、電話は切れる。
DLされた情報を液晶画面で確認しながら、剛は呟く。
「行き過ぎた忠誠は時として、不快に思われることもあるぞ…気をつけるんだな…さてと」
剛は標的を確認する。
「3人か…」
実際の標的は1人だが、2人ほどオマケが付いている
しかも1人は自分の知り合いでもあった。
剛はルートしたばかりのエレナとほたるの所持品を見て暫し考える。
「この手でやってみるか…」
そして数時間後。
放送が終わり、ハガーら一行は西へとまた移動を開始していた。
「でなワシはいうたんや」
「ほう〜」
ハガーと溝口はすっかり打ち解けていた。
硬派一直線の溝口にとってハガーのような男こそ、まさに理想といっても良い存在であることは
想像に難く無い。
漢は漢を知る…ハガーを見る溝口の視線は明らかに憧れの視線だった。
そんな溝口がやや緊張した面持ちで呟く。
「なぁ…おっさん…兄貴っていうても…」
「楽しそうでんな?」
横合いから葵の声
「やかましい、おどれはだまっとれ!!」
怒声で溝口は応じる。
この手の男は往々にして男尊女卑の風潮が強い、とくに投げ飛ばされたこともあって
葵を見る溝口の態度はまさに敵視といってよかった。
そんな時だった。
「梅小路葵か?そうだろう?」
暗闇から声がする、振り向いた葵の目に写ったのは、
「日守はん…」
この地にいる葵の数少ない知己の1人、柔術家の日守剛だった。
無論、葵は剛の正体など知る由もないし、剛も明かすつもりはない。
ちなみに世間一般では、剛は数多い新進気鋭の柔道選手というカテゴリーの中の1人としてしか、
まだ認知されていない。
「よかった、仲間を探していたんだ」
「うちもどすよ」
再会を素直に喜ぶ2人、もっとも片方は演技だったが。
「おう兄ちゃん!わるいんやけどな」
今度は溝口が割って入る、すかさず剛が溝口に話しかける。
「あなたは溝口誠さん?」
「わ、ワシを知っとるのか?」
「喧嘩殺法で関西では有名だそうですが」
単純な男はヨイショに弱い、剛の一言で溝口の疑いは完全に晴れてしまった。
「おう有名やでえ!!ワシを知ってるとは隅におけんな!!」
バシバシと上機嫌で溝口は剛の背中をたたく。
「いずれ是非お手合わせを」
「おう!やったるわ!まぁ」
ここで溝口は葵を見る。
「こんな女とやりあうより数倍おもろいやろからな」
こうして一行は一軒の民家に辿りつく。
とりあえずここで1夜を明かそうということで意見がまとまったのだ。
リビングルームで一息つく一行、剛が目ざとく冷蔵庫の中をチェックする。
「丁度いいこれだけあれば、なかなかのものが作れるぞ」
そう言って台所に立とうとする剛とハガーだが、溝口に制止される。
「剛はんはええねん、未来のメダリストに飯炊きなんぞさせられまっかいな」
そう言うなり溝口は葵にエプロンを投げて渡す。
「これは何でおます?」
意味はわかるが流石に面白くないのだろう?わざと空とぼける葵
「飯炊きは女の仕事じゃろが!」
そう吠えると溝口は剛を引っ張り庭へと出ていくのだった。
「彼を悪く思わないでくれ…男は誰でもああいう時期がくる、私にも経験がある」
結局ハガーが葵の手伝いをすることとなった。
当然ながら、葵は終始むくれっぱなしだ。
「ハガーはん、もう手伝いはよろしおますから」
葵はハガーの方をちらりと見て冷たく言い放つ、そしてハガーは以外にもすごすごと引き下がる
何故ならハガーの指は血まみれで、そしてジャガイモは皮を剥く前の1/10ほどの大きさになっていたのだった。
そしてようやく食卓に何品かの料理が並べられる。
その匂いでハガーらもダイニングに集まってきた。
「美味しそうだな」
待ちきれないといった感じで一足先に剛がスープをひとさじ口に含んだその時だった。
「ぐ…くわぁぁぁぁ!!」
葵の料理を一口食べたとたん、剛が口元を押さえ苦しみだす
その口元から鮮血がだくだくと溢れ出す。
剛は葵を指差し、何かを言いかけるとそのままテーブルに突っ伏し、そしてずるずるとうつ伏せで
床に倒れこんでしまった。
その間僅か数秒…誰も動けなかった…そして
「おいワレ!毒盛ってわしら殺すつもりやったんか!!」
まずは溝口が吠える
「そんな!毒なんてうちはしりまへん!!」
溝口はスープを金魚鉢の中に一さじほど入れる、と金魚はみるみる間に腹を上にして浮かび上がっていく。
「これが動かぬ証拠じゃ!!ついに正体を見せよったな!こん女狐!!」
怒り心頭の溝口が包丁を構える。
「待ち給え!」
ハガーが溝口を制止しようとする、しかし。
「ハガーはん、どいたってや!!こん女狐だけは殺したらなあかん!!」
「いや!どかん!!たとえいかなる理由があれど、私の前で争いは許さん!」
威厳に満ちた声で大喝するハガー、下院議員出馬も噂されるだけあって、
その迫力は凄まじいの一言だった。
「ハガーはん、あんたは立派な人や…でもこれは譲られへん!」
だが溝口も踏みとどまる。
硬派を気取る溝口にとってハガーは自分の理想ともいえる人間だ、わずかな時間だがバカの溝口でも
それくらいはわかる、だからこそ目の前の狡猾な狐を許すわけにはいかない。
「あんたのような人を生かすためには、この手を血に染めなあかんときもあるんや!!」
溝口は包丁を腰だめに構え、そのまま葵へと突っ込む。
ここまで平常心を貫いていた葵も気が動転しているのか、凍りついたように1歩も動けない。
そこにハガーが割って入り、溝口を取り押さえようとする。
その時だった、ハガーの足が何かに引っ掛かる、よろめくハガー。
そして、溝口の構えた刃が…無情にもハガーの心の臓を貫いたのだった。
ダイニングルームにまた血臭が漂い出す。
「わ…わし」
自分のしでかした行為に、恐怖の表情を隠せない溝口。
だが、ハガーは溝口を抱擁する。
「気にするな…これが報いなのだ」
苦痛に顔をゆがめながらも、ハガーは言葉を続ける。
「若者たちよ、己の手を血に染めてまで生き残る生に何の意味がある…罪は償われなくてはならない」
ハガーの脳裏にあの忌まわしい数日間が甦る。
「そして私にもその時が来ただけだ」
もともとハガーは生き残るつもりなどなかった、無論生きて帰る努力を惜しむつもりはなかったが、
次代を担う若者たちの人柱となって戦って死ぬ、それこそが彼の望みだった。
「どうか憎まないでくれ…絶望にその身を焦がさないでくれ…絶望に負けそうになったときは
愛する人を思い出してくれ…そして君たちが戦おうとしている相手にも同じように愛する人が
いるかもしれないということを…少しでも考えて…くれ」
苦しい息の下でも微笑を絶やさないハガー。
少々不本意な結末だが、それでもいくつかの種を巻くことは出来た。
あとは天上にて見守ることとしよう、そろそろ仲間たちが恋しくなってきたこともあるし。
「ジェシカ…ガイ…コーディ…これで私もそばに…」
そう呟き、崩れ落ち息絶えるハガーだった。
どれくらいの時間が経過したのだろうか?
溝口が葵を見る…その目は殺意と怒りに満ち満ちていた。
その目を見た瞬間、葵は逃げ出した…彼女も我慢の限界だった、
そしてその行為は、溝口の怒りの炎にさらなる油を注いだ。
「やっぱりワレか!!またんかい!!」
葵の後を追う溝口、その手から包丁が放たれ、包丁が葵の肩口に突き刺さる。
「がっ…」
玄関を出たところでつんのめる葵、そこに溝口が迫る。
「お前だけは…許さん!!」
「違う!うちやあらへん!!信じておくんなまし!!」
「聞く耳もたんわ!!覚悟せい!!」
ハガーの言葉が何度もリフレインするが、溝口は頭を振ってそれをかき消す。
「これは弔いや…かんにんしたってや…それに」
「ワシアホやから、立派な理屈はわからへんのやあ!!」
涙声でそう叫ぶと、溝口は葵に襲いかかる。
葵は何とか応戦しようとするが、片腕の自由が利かない…追い詰められていく葵
その背後に川の水音が聞こえる。
そして溝口の右腕が唸りを上げる。
「通天砕!!」
天に届かんかとばかりの渾身のアッパー、葵は無残にも川の中へと吹き飛ばされてしまうのだった。
だが溝口は、葵が落ちた水面を怪訝な表情で見つめる。
「女狐が…」
その時、背後で乾いた音が響いた。
そして溝口の身体に激しい痛みが走る。
ワケが分からないまま、溝口は痛みの走った個所に手を当てる…ぬるぬるとした感触。
恐る恐る手を見て…。
「なんじゃこりゃあ!!」
溝口は己の掌を彩る自分の鮮血を見て、悲鳴とも憤りともつかぬ叫びをあげる
それに呼応するかのように、また銃声が響き、弾丸が溝口の体を貫いていく
そしてようやく振り向いた溝口の前に立っていたのは…
「剛はん…なんでや…」
種明かしはこうだ。
剛がエレナの残された荷物から回収したのは致死性の毒薬。
それを葵の作った料理の中に入れたのだが、しかし剛が飲んだ時点ではまだ毒は入っていなかった。
では、あの吐血は何か?
その種はほたるの支給品だったコンドームにある、剛は苦しむ振りをしてあらかじめ用意していた
血の入ったコンドームを口に含みそれを噛み潰した、そうすれば臨場感たっぷりの苦悶シーンの出来上がりだ。
そして最後の仕上げに本当の毒をそっと料理の中に今度こそ忍ばせる。
普通に毒を混ぜる方がはるかに簡単だったのだが、不確実だし、
それに確実に混ぜられるだけの時間もなかった。
だがこの方法なら確実だし、それに最初に死んだやつをだれも疑いはしまい。
万が一疑われようとも、毒は確実に入っているのだから。
ばれたらばれたで仕方が無い、命を奪う以上は奪われるリスクを当然負うべきだ。
今回は久々の綱渡りだったが…こういうのもいい。
いや…こういうのだからいいのかもしれない。
「まさかここまで踊ってくれるとはな」
剛はにぃと歯を剥き出して笑う、その表情はまさに鮫を彷彿とさせた。
そしてようやく溝口は悟った自分はこの狡猾な鮫にはめられたのだと。
「ワレ!ワレェェェェ!!」
怒りの突撃で剛に迫る溝口、さらにその身体を弾丸が貫いていく。
だが溝口はふらつきながらも止まらない。
「こんなハジキごときでな!この溝口様の怒りを止めることはできんのじゃあ!!」
「何が怒りだ、早とちりで2人も殺しておいて…早く死ね」
剛はしれっと言い返す。
「ワシは不死身じゃ…死ぬかよ…」
不死身という言葉で剛の目が意地悪く輝く。
「ほう?ならお前の不死身ぶりを確かめさせてもらおうかな」
そう言うなり剛は溝口の懐へと滑りこむ、その速度はもはや半死人の溝口には捕らえられない。
まず剛の片手が溝口のどてっぱらの傷を貫く、そしてさらに片方の肘が剛の肋骨を砕く
そして傷口に手を突っ込んだまま、剛は溝口を投げ飛ばす
傷口が大きく裂けて内臓が傷からバラバラと落ちた。
「外道の腐れた技なんぞ、なんぼくろうたかてワシはしなへんぞ…」
だが…溝口はもう立ち上げれそうになかった、しかし剛は容赦が無い。
「おいどうした?不死身だろ…立て」
振り上げられた踵が溝口の鎖骨を砕く。
「こん…ど外道が…」
もう溝口は悪態をつくのがやっとだった。
「もういい…ラクにしてやる、そのまま眠っていろ!!」
期待外れな口調で呟くと剛は手にもった先ほどの毒入りスープを溝口の口の中へ流し込んでいく。
「グッ…ブベラッ」
途端に先ほどとは次元の違う苦悶の表情を見せ、
大量の鮮血を身体の穴という穴からあふれさせる溝口…その様子はまさに赤い噴水だった。
「ワレ…このままですむと…思うな…この恨み…必ず…」
「そう言って俺に殺された奴はお前で何人目だろうな?もう数えるのも大変でな」
もう剛は溝口など見ていなかった、足早にその場を離れていく、その背中に断末魔のうめきが聞こえる。
「ワレ…待たんかい…ワレ…」
「勝てるとでも思ったのか?」
そう呟き、剛は振り返ることなく去っていった。
だが…
梅小路葵は生きていた…通天砕を受ける寸前で自分から川に飛びこんだのだ。
よろめく足取りでようやく川から岸に上がり…そしてそこで見た光景は
ハガーと、そして溝口の無残な死体だった。
そして葵も悟った…自分たちがあの男に躍らされていた事を。
「剛はん…あんたは大した役者や、うちらを見事におどらせよった…でもなぁ…一つ失敗してもうたな
それは…うちを生かしておいたことや」
だが、葵の脳裏にもハガーの最後の言葉が甦る、葵は微笑んで頷く。
「そやな…憎しみでは何も解決せえへん…悲しみが増えるだけや…でもあいつだけは別や…
ハガーはん…あいつは人間やない、人の皮を被った鬼や…生かしてはおけん」
葵はハガーの亡骸の前でそっと頭を下げる。
「ハガーはんの残したタネ…きっと育てるから…でも今だけは堪忍してや」
跪きぽろぽろと涙をこぼす葵、」その時ハガーのズボンのポケットが不自然に膨らんでいる事に
気がつく葵、いそいそと取り出すとハガーメモと書かれたノートが出てきた。
振るえる手でノートを開く葵…まず最初に飛び込んできた言葉、それは…
『おそらく会うこともなかったであろう見知らぬ君へ、このノートを君が読んでいるということは、
私はもうこの世にはいないということだろう、だから伝えたいことを全て君に託そうと思う』
そこから先は涙で読めなかった。
【梅小路葵 (負傷、左腕の使用に制限) 所持品:投げ竿 ハガーのメモ 目的:仲間を探す・ハガーの意志を継ぐ・日守剛を倒す】
【日守剛 支給品:USSR マカロフ、ウージー 現在の目的:J6の意向を受けゲームを動かす】
(現在位置 3区中央)
【マイク・ハガー】:死亡
【溝口誠】:死亡
「くだらねえ」
放送終了後、夜空の沈黙を破ったのはただのチンピラだった。
その彼を抱えるように、蝙蝠じみた翼を持った少女が飛ぶ。
「もう飽きちゃった?」
ヴィレンを抱えて飛行しているにもかかわらず、リリスは疲労で揺らぐ様子も見せない。
何か超常の力で飛んでいるのだろうか。
もはや考える気も起きない。
「あー、無視しないでよー」
その声さえ無視して、ヴィレンはリリスが飛ぶに任せる。
相手をしたところで、いいようにあしらわれるだけだ。
相手に舐められたら終わり、というスラム街鉄と血の掟の中で生きてきたヴィレンにとって
食い物にするでもなく言葉で嬲られるのは、どうにも我慢がならない。
暴力でも口先でも、負けた奴は食い散らかされるという鉄則が染み付いている以上
どちらも上回っていながらヴィレンに手を出さないリリスは、薄気味悪くて仕方がない。
あの胴着を着た化け物と違った意味で、この女は苦手だ。
「おい、まだか」
いらいらとヴィレンは声を上げた。
時間がかかっている苛立ちよりも、間が持たなくなったという理由の方が大きいかもしれない。
「もうちょっとだよう」
その苛ついた声さえ愉しむ風のリリスの返事。
「チッ」
唾を吐いて黙ることにした。
「あ、ねえねえボク」
ところがリリスは、そうはさせじと話しかけてくる。
「うるせえな」
応じてしまう辺り、実は人の良さのようなものが自分にもあるのではないかと思い至って胸が悪くなる。
「ハチマキの人のところに行ったら、戦うの?」
「当たり前だろ。イイ子ちゃんゴッコなんざ、反吐が出る」
「ふうん。その足で?」
言われて、ヴィレンは左足を見た。
ごく浅めの刺傷と、脛部の骨折。
添え木もつけて両方とも縛り上げてある。歩くには、まあ問題ないが
戦闘となるとどうしても大きなハンディとなるだろう。
沈黙したヴィレンを見て、リリスがくすくす笑っている。
それも気に入らない。
「何がおかしい、テメエ」
「ううん」
なんでもないよという素振りを見せながらも、リリスはなおも笑っている。
「ねえねえ、戦うの?」
「うるせえ」
へそを曲げたヴィレンを手近な建物の屋根に降ろし、リリスは正面に座り込んだ。
「何してやがる」
こんなところでもたついてる時間があるのかと言おうとしたヴィレンのジャージのジッパーが、少し下ろされる。
「何のつもり……!」
「ん〜」
夜風に晒されたヴィレンの唇に、リリスのそれが重なった。
「あれ、もしかしてこっちも初めてだった?」
もはや一言も返してこないヴィレンを元のように吊り下げて飛びながら、リリスはまだ笑っている。
「今の、ちょっとしたおまじないだよ。女の子のためなら、男の子はがんばれるんだよね?
でも無茶はしないでね。キックしたりはダメだよボク?」
ヴィレンはやはり無言。
普段から必要以上に上がっているジャージの襟がさらに引き上げられ、目元までくまなく覆い隠している。
夜の闇を歩く人影二つ。
ひとつは男、ひとつは女。
会話はない。
二人の目には、昼間見た青年の苦悩が焼きついて、互いを視界に入れる余裕を失っていたのだった。
その二人と、その青年の境遇は同じ。親の背を追ってばかりの人生だった。
青年は親を愛していた。そして、彼は敬愛した親の背を、自らの力で越えることができた。
直後に親が凶刃によって倒れたことで、彼は親が持っていた優しさを、弱さと割り切って捨てることができた。
果たしてそれが幸せだったのかどうかは、二人にはわからない。
なぜなら、境遇は同じとは名ばかりで、二人は親を敬愛していなかったからだった。
つい、と女が離れる。
向かう先は、土産物売り場と思しき小さな建物。
気付いた男が、上の空ながら声をかける。
「……どこへ行くんだ?」
「……トイレ」
「……俺も」
夜の和風建築群の中、二人揃って幽鬼のように土産物売り場へ歩いていく。
トイレはきちんと男女別に分かれていた。
構造の都合上、女より男の方が小用を済ませるのが早い。
さっさと男性用トイレを出て、ゼンは土産物売り場をうろついていた。
照明は、所在がばれないように街灯から差し込む光だけに頼っている。
土産物はそのまま陳列されている。
いくつか傷んでいるものもあったが、基本的に土産物は保存がきくようにできている。
当面、食料の心配はないだろう。
そう考えながら振り向いたところに、売り子がいた。
「いらっしゃいませー」
「…………」
さあ、リアクションに困った。
ゼンから数歩の距離の陳列棚から、割烹着を着た少女がしゃもじを振りふり笑顔を撒き散らしている。
「もうすっかり外が暗いのに、お兄さん、ひとり?」
ゼンのしかめ面にも構わず、少女は人懐っこく聞いてくる。
聞きたいことはゼンにもある。
民間人はこの街から追い出されたのではないのか、とか。
なんで売り子をしているのか、とか。
だが生来が口下手のゼンである。
「……何だ、お前」
全ての質問が、その一言に集約された。
尋ねたいことに対して言葉数は圧倒的に足りていなかったが、少女はその答えが気に入ったらしかった。
「あ、お兄さん、意外と聡いんだね」
くるりと陳列棚を飛び越え、無防備にゼンに近づいてくる。
「普通みんな『誰』って聞くのに。『何』って聞いてきたのははじめてかな?」
目が合った。
愛らしいはずの顔立ちは、どこか背筋を凍らせるような空気を漂わせている。
ただものじゃない、とゼンの直感が、その体を身構えさせた。
「ふふふ、ほら。そんなに怖がらなくても、リリスはなんにもしないよ?」
ほら、と両手を可愛く挙げて振ってみせるが、ゼンの構えは崩れない。
もう、とむくれた顔を作って、すぐに気を取り直したのか表情を変えた。
「ねえ知ってる? 今日みたいな冷たい雨の降る夜って、いやな夢が形になって歩いてるんだって」
ゼンは出方を決めあぐねていた。
倒すべき相手なのか。放っておいても問題ないのか。
それを見極めるために、じっとリリスを正面から見据える。
それ以外が何も目に入らなくなるほどに。
「気をつけてね、お兄さん。いやな夢っていうのはね、いつも誰かをつれて行こうとしてるんだよ」
足音。
土産物売り場の入り口に、人影。
「それはね、その人が一番尊敬してて、その人が一番怖がってる人の姿をとるんだよ」
いつの間にか少女の姿は消えている。
変わって、ゼンは新たに現れた人影から目を離せなくなっていた。
「そうだね。あなたのお父さん」
構造の都合上、男より女の方が小用に手間がかかる。
加えて、ミリアは洗面台で申し訳程度に身の汚れを洗っていた。
ペーパータオルがくずかごの半分を埋めた時点で、紙の無駄を思ってそれ以上体を拭くのを諦める。
アームガードを付け直し、顔を上げて鏡を見た。
少しやつれた感のある自分の顔。照明は、街灯から差し込む光に頼っているためどうにも迫力のある風貌になっていた。
その端で、何かが動いた。
振り返る。
髪は何かがあった場合いつでもそれを貫けるように、一気に身長ほどまで伸びた。
振り返った場所は、先程見たときと同じように清掃の行き届いた女性用トイレ。
いや。
「はいはーい、ちょっとお掃除しますねー」
バケツとモップを携えた、作業着姿の少女がいた。
「誰、あなた」
髪の警戒は解かない。
その姿を見て、少女はつまらなそうに手の道具を片隅に放る。
「やっぱりお掃除おばさんじゃ、可愛くないよね」
「そういう問題じゃないの」
ミリアの一言を気にする様子もなく、少女は狭いトイレ内でくるりと回ってみせた。
一回転して、ミリアの顔を覗き込む。
「気にしてるんだよね?」
ミリアは応じない。
ただの頭の弱い娘にしては、不自然な要素が多すぎる。
「もしかしたら、自分が殺したのはウソで、本当は『あの人』は生きてるんじゃないか、って」
突然、少女の容が影に崩れた。
「!?」
「気にしてるんだよね? もしかしたら、自分が『あの人』を殺したのって間違いだったんじゃないかって」
別の方向から少女の声。
振り向くと、差し込む街灯から影になっている部分から、少女の上半身が生えていた。
「貴様……!?」
ミリアの動揺を反映して、髪が攻撃的に動く。
「きゃっ、こわーい」
少女が影に引っ込んだ。
彼女は面白半分の風であるが、ミリアは平静ではいられない。
髪が全方位へいつでも繰り出せるよう、戦闘態勢を完成させる。
「自分が我慢していれば、みんな幸せだったんじゃないかって、後悔してるんだよね」
「ッ!」
動いた影を、髪の槍が貫いた。
だが、あくまでそれは影でしかない。ミリアの攻撃は壁の破片を撒き散らしたのみに終わった。
少女の声は止まない。
「『あの人』を裏切っちゃったこと、ずっと気にしてたんだよね」
「黙れ!」
遂に怒号とともに髪を繰り出した。
自分では割り切ったつもりだったが、その怒りは彼女は未だに過去に囚われていた証拠だった。
ミリアの怒りと破壊が撒き散らされる中で、
それだけは何一つ変わらず少女の声が淡々と響く。
「許されたいんだよね。お父さんの代わりだった人を殺したこと」
ゼンは、生まれたときから闘士だった。
言葉より先に拳の握り方を覚え、人との付き合い方より先に人を打ち倒す術を覚え、
いつしかゼンは、闇の格闘界で魔獣と恐れられるほどの高みに至った。
彼が他に何も教えられることがなかったが故、彼はその道を上り詰めるしかなかったのだ。
それほどまでに拳を鍛え上げ、それでもその先を常に歩く背があった。
彼に拳の握り方を教え、彼に人を打ち倒す術を教え、彼に他の何も教えることがなかった男。
その背は、ゼンにとって常に越える事叶わぬ断崖であった。
例えつい先日、万全の体勢で挑み、その背を遂に打ち倒すに至ったとしても、
彼をしてそれを奇跡と思い込ませるほどに、その脅威は深く深く、彼の魂に食い込んでいた。
「グリィィィィイド!」
絶叫とともに、ゼンは数度目を数える突進を敢行する。
眼前に立つグリードは、悠然と待ち構える。
突進の勢いを乗せて、ゼンは牽制も何もない全力の正拳突きを放つ。
グリードはそれを腕をあげていなした。
構わず、上半身を狙った連打を繰り出すが、ひとつとしてクリーンヒットを取り得るものはない。
グリードは打ち返してこない。
ハイキックを受け止め、ガードを固めたまま軽く間合いを離した。
「なめやがって……!」
なおも追いかける。
またもフェイントを通さぬ跳び蹴りを、ガードの上からグリードに叩き付けた。
はずだった。
「ぐ!?」
その瞬間に、脇腹に鈍痛を受けて吹き飛ばされる。
転がって構えると、いつの間にか横に回りこんでいたらしいグリードが
手のひらをゼンに向けて立っている。
蹴りを当てたグリードは残像か何かだったというのか。
攻撃を受けた部分の痛みが引かない。
肋骨が折れたかと手を当てて見ると、生暖かい感触で濡れた。
刺傷だった。
「……くそ!」
無理やり立ち上がる。
ここで逃げるという選択肢は存在しない。
開いた傷から、血とともに体力が流れ出ていく感触がしている。早く勝負を決めなければならない。
全身の気を高め、腰を落とし、拳を溜めて構える。
ゼンの渾身の構えだった。
眼前のグリードは、初めて自ら動いた。
その突進に、満を持したカウンターを合わせる。
風を巻き、闘気を込めた正拳は、寸分違わずグリードのみぞおちを捉えた。
ばん、と金属的な破裂音。
決まった。
吹き飛んだグリードを見た直後、ゼンの喉に強烈な一撃が決まった。
「がふ……」
比喩抜きで血を吐く。
喉が破れたか。出血が多すぎる。何があった。
体から失われていく力を総動員して、横からの攻撃者を視界に捉える。
グリード。
「…………」
声は出ない。
結局、最後まで、グリードには敵わなかった。
絶望とある種の納得を抱きながら、ゼンは床に伏せる。
ミリアがどう生まれ育ったかは、もう覚えていない。
両親を失い、孤児となったミリアを引き取ったのはザトーという男だった。
暗殺組織の首領をしていた彼は、ミリアに髪を操る暗殺術を叩き込み、自らの組織で使おうとしていたのだった。
機械のように扱われたわけではない。
ザトーはミリアをよく気遣い、行く末は優秀な暗殺者になるだろうと期待を込めて彼女を育てていた。
それを、ミリアは裏切った。
人を殺したくないという、それだけで。
ともすれば父性を越えそうであったザトーの愛情は十分に承知していた。
そして、彼女の裏切りを知ったザトーが、一転して憎悪に燃えていたことも。
確かにザトーは殺したはずだが、それでも手を下した彼女をして
その事実がまやかしではないかと疑わせるほどに、その愛憎は深く深く彼女の心に爪痕を残していた。
「うあああっ!」
喉が破れんばかりの絶叫を上げながら、トイレ隅の影を狙い打つ。
ザトーの技は、影を操るものであった。
今は夜。
トイレに街灯が差し込んでいるとはいえ、ザトーに絶対有利の時間である。
彼がミリアに報復に来るのなら、これほど絶好のコンディションもないだろう。
後ろの影が少し動いた気がした。
例えそれが光の加減だったとしても、神経質を通り越してヒステリックになっているミリアは見過ごせない。
また、内装が一部砕け散った。
「ダメだよ。なんで殺しちゃったの?」
「うるさい!」
少女の声が聞こえてきた方へ、もう見当もつけずに髪の大鞭を叩きつける。
間仕切りが粉砕された。
その破片でさらに増えた影が動いて、少女の形を作る。
「誰も殺したくないのに、お父さんを殺しちゃったの?」
「黙れ!」
破片の山を一撃。さらに微細になった破片が飛び散る。
それでもなお、影は少女の姿を取ろうとうごめき続ける。
「ずっと大事に育ててきたのに。ずっと愛していたのに」
「言うな!」
「裏切られたら悲しいよね。殺したいくらい憎いって思ってもしょうがないよね」
「黙れ!」
「でも、もういいよ」
ふっと、空気に張り詰めていたとげとげしさが緩んだ。
ミリアの目の前で
「大っ嫌いと大好きって、どっちも相手しか見えないからそうなってるんだよ。
だから、あなたの大っ嫌いは、大好きって言うことだったの。それがわかったの。だからもうこわがらなくてもいいんだよ」
そっと両腕を広げてミリアを優しく見つめる少女。
「う……」
その姿に、在りし日のザトーが重なって、ミリアは遂に決壊した。
嗚咽を抑えてその胸に飛び込む。
「私は……殺してしまった……あなたを……」
「もういいの。ぐっすり眠れば、こわいことなんて何もなくなるよ」
「……うん……」
リリスの胸で目を閉じるミリアの額に、夢魔の唇がそっと触れた。
「おやすみなさい」
自らの血の池に伏せたまま動かなくなったゼンを見下ろしながら、ヴィレンは今さらのように寒気を感じていた。
横には適当に投げつけたスチールのゴミ箱が、原形を留める事もできず破裂している。
これにゼンが羅喉を打ち込んで隙を晒していなければ、近づきもできずうろつき回るばかりだっただろう。
ちょっとお話したいなと勝手に先行したリリスは、囮の役を果たしておらず結局正面から戦う羽目になったのだが。
予想に反して、生き残った。
ゼンを放置して、アーミーナイフの血を拭いながらヴィレンは戦いの気配のしていた女性用トイレを覗き込んだ。
ヒステリーを起こした女を、リリスがそっと抱きしめているところだった。
その唇が女の額に触れると、女のシルエットが崩れて消えていく。
一瞬、女が安らいだような表情をしていたような気がした。
「……お前、何かしたな」
「ん?」
顔を上げるリリスを睨みつける。
今の光景だけでも問い詰める価値は十分にあろうが、怪物じみた姿を一度ならず見せた相手が
人を食っていようと、もうヴィレンは気にするつもりはない。
それよりも、先程のヴィレンの戦いの方に問題がある。
まともに立ち合えばおそらくゼンの方が上であろうに、左足のお陰で蹴り技を封じられているヴィレンにも
どうにか受け流せるほどにゼンは恐慌していたように思う。
いや、ゼンだけではなく、或いは自分も。
足の骨折痛も、がちがちに固めているからという理由以上に痛みを感じなかった。
これはある種の精神昂揚薬をキメた時の症状に似ている。
間違いなく、冷静ではなかった。
落ち着いて考えれば、ゼンもそういった昂揚状態で、何か違うものを見ていたのではないだろうか。
「うん。だって、あの人たちとっても素敵だったんだもん」
ヴィレンの眼光を平然と受け流し、リリスは可愛く頷く。
「……今の女は?」
「うーん……大人の味、かな。ねえねえ、それより次は誰のところへ行くの?」
ぴょこぴょこはねるリリスを面倒くさげに見下ろす。
実は考えていない。
「……殺せる奴を殺していきゃあいいだろ」
殺せそうもない相手からは逃げ回って、そいつを誰かが殺してくれるのを待つ。ヴィレンの基本姿勢である。
それをリリスに告げると、何が楽しいのかくるくる回りながら、早く行こうとせっついてきた。
「人間って面白いね」
通りがかりに、リリスはゼンの死体を寝かしつけでもするかのように優しく撫でる。
「セイギだとかオモイヤリだとかが大事なんだーって言ってるのに、セイギとかオモイヤリとかを捨てちゃったあの子が生き延びて
そういうのを大事に持ってたこの子たちが死んじゃったんだもんね」
何かを指しているようだが、ヴィレンには何のことかわからない。
ただ、言えることはあった。
「そんなもんは知らねえな。弱い奴は死ぬしかねえんだよ」
死体の頬を蹴りつける。
まだ乾ききっていない血溜まりの飛沫が、ヴィレンの裾を水玉に染めた。
「あっ、キックしちゃダメって言ったのにい」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!?」
【ヴィレン(左脚骨折) 所持品:チェーン・パチンコ玉・鉄釘など暗器・アーミーナイフ 目的:ゲーム参加】
【リリス 所持品:不明 目的:ヴィレンを守る】
【譲刃漸 死亡】
【ミリア=レイジ 死亡】
静まり返った町にエンジン音が響く。
白衣の裾を翻しながら、水無月響子は原付を駆って夜の街を疾走していた。
追われる獣であった身として、そして今は追う狩人として。
どちらにせよ、彼女の感覚は針のように研ぎ澄まされている。
「………全く酷い目にあったわ………」
最初のうちは、今にもあの恐ろしい男が後ろから襲い掛かってくるような感覚に襲われ、
何度も振り向きたい衝動にかられたものだったが、今ではその恐怖もなりを潜めていた。
「でもあの程度で逃げ出すようじゃ、子供たちの敵は討てないわよねえ……いけないいけない」
いや、潜めさせられていた、といった方が正しいか。
かつて、『陽のあたる場所ばかり見ていれば、影は見えません』などと言ったのは誰であったか。
響子は、目標に向かってあと一歩が踏み出せないという生徒の相談を受けたときによく引用したものだった。
だが彼女の今の目標は、すなわちリュウという男の命を奪うことに他ならない。
影を無視するために陽のあたる場所だけを見続けようとした結果、
彼女のリュウに対する執念は、リョウへの恐怖を打ち消してさらに膨れ上がることになったのだ。
「ええそうよ今度は逃げたりしないわ私は医者だものどこを治せば人が生きるかどこを壊せば人が死ぬかちゃんと分かるわ」
医師としての自信の復活すら糧にして、殺戮の衝動は甘い毒のように響子を蝕んでいく。
恐怖も倫理観もなにもかも塗りつぶして、一途な恋の如く彼女をリュウの下に走らせる。
「あははははは!」
それが愛情にせよ憎悪にせよ、人の執念というものは、時に人間の能力の範疇を超えた結果を生む。
だから彼女が、何故か遠目に見える街路樹の一本に違和感を感じてそちらに車輪を向けたのも、
あながち偶然ではなかったのかもしれなかった。
首輪を外すための魔導術式を一通り書いていたアルルがスタンドを持って一階に降りてきた時、
真っ先に彼女の目に入ったのはソファーに仰向けに倒れたままなにやらぶつぶつつぶやく真吾の姿だった。
「真吾くん、眠れないの?」
「あ、アルルさん。俺なーんか疲れてるみたいで、ちょっと当分眠れそうにないっすね……」
真吾の顔色は、窓から差し込む街頭の光だけを頼りに見てもかなり悪い。
彼はのそのそと上体を起こすと、右手でアルルに隣に座るよう促した。
「疲れてるんだったらなおさら寝ないとダメだよ。いつ何が起こるか分からないんだから」
「それは、分かってるんすけどね……」
真吾の態度ははっきりしない。だがそういうアルルも昨日の夜はほとんど眠ることが出来なかったのだ。
既に何人も以前からの知り合いを亡くしている真吾が、眠れなくなるのも仕方がないように思えた。
アルルはスタンドを置いて明かりをつけると、かなり傷んでしまった栗色の髪を弄りながら問いかけた。
「……ね、リュウさん様子どうだった?」
「どうもこうも、戻って休む気は全然ないみたいで。
少しでも休まないと、あの人がいくら鍛えてるとは言ってもやっぱもたないっすよ……」
真吾は深くため息をついた。本当なら引きずってでもつれて帰って休ませなければならないところなのだが、
それを出来るだけの強さは残念ながら真吾にはまだない。
「そうだね、心配だね……もう少ししたら、ボクも戻ってきてもらえるように頼んでみるよ」
「その……アルルさんは、いいんですか」
「なにが?」
「リュウさんのこと、気にしてないんですか?」
手櫛で髪を整えていたアルルの手が、ぴたりと止まった。
「………ボクには、リュウさんが悪い人には見えないよ」
「それだけっすか?でも実際あの人は………」
真吾のそれ以上の言葉を、アルルは左手で遮った。実のところ、彼女がリュウを信頼した理由は「それだけ」だった。
それを言わなかったのは、真吾が問いかけの形をとって
真吾自身ががリュウを信頼する理由を見つけようとしているのを見抜いていたからである。
アルルがもともといたのは、平和という概念すら麻痺してしまいそうなほどに平和な世界だった。
時折人外の化生との小競り合いはあったものの、その勝敗の行方は殺し合いよりも
専ら一種のゲームによって決められており、死人が出る事態にまで発展することは皆無だったのだ。
だから、今自分が何を言ってもずれた観点からの発言にしかならないことは分かっている。
分かっていても何か言ってあげたかったから、彼女はその分慎重に言葉を選んだ。
「それは……ボクが何も知らないで放送聞いて、それでリュウさんに会ってたら
もちろん逃げてたと思うよ。ボクだって死ぬのは怖いし」
嘘だった。例え放送を聴いていても、裏切り裏切られることに慣れていないアルルは
どのみちリュウを疑いきれなかったに違いない。
「でも、リュウさんはボクにもK´さんにも親切にしてくれたんだし……
だからせめて、もらった親切の分はお返ししなきゃいけないと思うんだ」
「お返しっすか……リュウさんのあれも、死なせてしまった人へのおわびになるんですかね…」
アルルはうつむいて暫く何事か考えていたが、やがて顔を上げて前を向いたまま話し出した。
「……あのね、ボクの友達にルルーって子がいるんだけどね、カレー作るのがすっごく下手だったんだ。
一度ご馳走になったことがあったんだけど、もうほんとにフォローできないぐらい不味くって」
「……はぁ」
いきなり友人の料理の腕について話し出したアルルに唖然とした真吾が、曖昧な相槌を打つ。
「それでね。前に、そのルルーが、一度友達に迷惑かけて、おわびの代わりにカレーをご馳走したっていう話を聞いたの」
「それは……もらった友達は災難っすね」
「ううん、でもその人……牛、かな。どっちでもいいか。
ミノタウロスはね、ルルーのカレーをおいしいおいしいって言って食べてくれたんだって。
そのことをすっごく嬉しそうに話してたんだ、ルルー」
「………」
「しばらくしたらね、ルルーのカレーはボクでも食べれるぐらいにはおいしくなってた。
もう少したったら、もうみんなが認めるぐらいおいしいカレーになってた。」
ずっと闇を見つめていたアルルは、そこで一息ついて真吾の方を見た。
「ミノタウロスが最初にルルーのおわびを受けとってあげなかったら、ルルーのカレーはずっと不味いままだったと思うんだ」
「………」
「ごめんね、いきなりこんな話しして」
真吾の表情を伺うアルルに、真吾はふるふると首を振って見せた。彼女の言いたいことは、ちゃんと伝わっていた。
「まずは受け取ることから、っすか。
で、リュウさんの誠意を受け取ってあげられるのって、今は俺らだけってことっすよね」
「うん、お礼はキャッチボールしながら大きくなっていくものだしね。まずは受け取らなくちゃ」
こくこくとうなずくアルル。
「『情けは人のためならず』って話っすよねー」
そんな無邪気なアルルの仕草につられて笑い出す真吾。
だが、そんな和やかな時間は長くは続かなかった。
きひぃっ――――――――!!!!!
ぎゃりぎゃりぎゃりぎゃり――――――――!!!!!
化鳥の断末魔にも似た甲高い音が二人の鼓膜に突き刺さる。
反射的に耳をふさいだ二人は、動転した声を上げて青ざめた顔を見合わせた。
「ちょっ……何なんすか、さっきの音!」
「確か…確か、バンシーたちの鳴き声がこんなのだったけど………!」
何気なく言ったアルルの一言が、真吾の心臓をわしづかみにした。
バンシー。それは死を予兆して泣き叫ぶ、女の姿の不吉な精霊。
「俺、ちょっと様子見て来ますよ!」
「ちょっと待って、ボクも行く!」
二人はもつれるようにしてドアから雨の降りしきる外へと駆け出した。
真吾を多少の罪悪感とともに追い返してから、いくらかの時間がたった。
実際のところ、見張りに立ったのは三人の休息時間を確保するのが主目的だったわけではない。
ただ、とにかく己の命を危険に晒していたかったのだ。
独りで、いつ襲われてもおかしくない立場に身をおくことで、
ともすればすぐに殺意の深淵を覗き込んでしまいそうになる思考を常に外部に向けておきたかった。
ナコルルがそれを見ていたら、やはりただの逃避だと責めただろうか?
『いやはや、素晴らしい殺しっぷりだったよ』
ルガールの声がまだ耳の奥で反響しているような錯覚は未だ消えない。
殺してしまった全ての人に対して一生償い続ける覚悟はしていたリュウだったが、
このような形で己の罪状を晒し上げられたことには諦めとともにやり場のない悔しさを感じていた。
まだ一つ救いがあるとすれば、自分が殺人者であることを知りつつも
何も言わずに同行してくれているアルルや真吾の存在だが、その二人とて内面にどれだけの不信感を
渦巻かせているか分かったものではない。
それ以上に、とリュウは思う。この二人を自分が殺してしまう可能性も無いとはいえないのだ。
「…………」
放っておくと、内面に沈んだ思考はどんどん悪い方向へと向かう。
リュウが身を震わせて髪や胴着についた水滴を振り落し、
再び仮想の外敵に注意を振り向けようとした、まさにそのときだった。
白衣の悪魔を乗せた原付のライトがリュウの目を射ったのは。
「見つけたわ!見つけたわよリュウ!!あははははは!」
余りのスピードに、響子の歓喜の声は全て風に流されて明確な音声にならない。
見張り役を自らかっておきながら周囲への注意を一瞬でもおろそかにした自分を呪う前に、
響子を乗せた原付は普通一般道ではありえないスピードで一直線にリュウに向かって突っ込んできた。
「くっ!」
一瞬前までリュウのいたそのスペースを、殺意の塊となった白い烈風が駆け抜ける。
「逃がさないわよ!」
距離が離れたその隙にとにかく何か行動を起こそうとしたリュウだったが、それを許す響子ではない。
リュウを通り過ぎた直後、響子は車体を極端に寝かせてUターンをかけた。
凄まじいブレーキ音とともに、タイヤに削られたアスファルトがけたたましい悲鳴を上げる。
急な制動に耐え切れなかった原付は、バランスを失いスピンしながら闇の向こうへと滑っていったが、
その前に響子は車体を蹴ってリュウの前に降り立っていた。
前触れも何もなく、振るわれた出刃包丁の一閃が正確にリュウの首筋を狙う。
とっさに響子の両手首を掴んで押し返すリュウ。彼女の手に構えられた刃が、常夜灯の光を受けて鈍く輝いた。
「君は……一体誰だ!?」
「あら白々しい。自分の胸に聞いてみたらどうなの?」
リュウが命をかけた戦いを挑まれたのは一度や二度ではないが、これ程の戦慄を感じたのは初めてだったかもしれない。
「あれだけ殺しておいて、自分は死ぬのが怖いの?本当に身勝手ねえ!」
赤い三日月の如く吊り上げられる響子の唇。それは歓喜の笑みか、それとも嘲笑か。
「――――!」
普段のリュウであれば、こんな正面からの押し合いで負けることは決してなかっただろう。
だが薬指と小指を伸ばした状態で正常な握力が保てるはずもなく、
ましてや響子の膂力は狂気のなせる業か普通の女性のそれではなくなっている。
強引に刃を首に押し込まれそうになったリュウは、やむを得ず普段とは程遠い完成度の背負い投げで響子を投げ飛ばした。
そんなもので彼女が落ちる筈もなく、投げられた響子は、猫科の肉食獣を思わせるしなやかさで身を捻り四足で器用に着地する。
「話し合いは……できそうにはないな…」
話し合いでの停戦は不可能と見たリュウが半身になって構えを取る。無論、こちらから攻める気はない。
守りに徹した上で相手が攻め疲れるのを待つか、
他力本願になるが三人が駆けつけるのを待って相手に戦意を喪失させるかするつもりだった。
だが。
「あなた、自分がさくらさんにどんな酷いことをしたか分かってる?」
投げつけられた言葉はリュウに一瞬の隙を作るには十分な威力を持っていた。
狙い済ましたようにそこに響子の足が吸い込まれる。
「ダン君もちづるさんも痛かったでしょうにね」
決して戦闘向きではない筈のハイヒールも、響子の足技に付随すればそれは立派な凶器と化す。
防御に回すだけの気も満足に練ることが出来ないリュウは、肝臓の真上に突き刺さったヒールのダメージを
軽減する術を持たなかった。
「ぐぁっ……」
苦鳴が漏れる。それは、必ずしも肉体的なダメージだけによるものではない。
「リムルルちゃんも可哀相にね、心臓を胸骨ごと蹴り潰すなんて。人間のすることじゃないわよねえ」
言葉のナイフとともにリュウの懐にもぐりこんだ響子は止めを刺さんと出刃包丁を突き出したが、
それはしかしとっさにかざされたリュウの右手に阻まれて心臓までは届かない。
その代わり、刃はリュウの薬指と小指を封印していたリムルルのバンダナをざっくりと切り裂いていた。
「…………!」
リュウが小さく息を呑む。体中を巡る気の流れが、半分ではあるが急に潤滑になったのを感じた。
何かを感じたらしい響子が、頬をひくつかせてリュウから跳び退る。
距離をとってから、今までただのお荷物になっていたレミントンでリュウを撃とうとする響子だったが、
その前にリュウの足刀がその銃身をしたたかに打ち据えるほうが当然速かった。
銃身が曲がり、使い物にならなくなったレミントンが響子の手を離れる。
(……いける!)
一足飛びで間合いを詰めつつ、リュウは少なからず安堵していた。これで三人を守ることが出来る。
このまま当身でも入れて気絶させることが出来れば、
あとは多分当初の予定通りにことを進めることが出来るだろう、
いやそれより今の彼女を見るに力を見せ付けたほうが戦意を失わせるには有効のようだ、
せめて今の足刀を銃身に当てるよりはあの娘の時のよウニ心臓ニでモイレテイレバハヤクオワッタモノヲ……
(――――――――!!!)
リュウの目が大きく見開かれる。
いつの間にかその左手は、手刀の形をとって響子の腹を貫こうとしていた。
真吾とアルルが外に飛び出したとき、目に入ったのは道路の中央でもみ合う二人の姿だった。
「リュウさ―――」
叫ぼうとしたアルルの口を、真吾が強引に塞ぐ。
「なにするの!?」
「だめっすアルルさん、今声かけたりしたらリュウさんのほうに隙作っちゃいます!」
「勝てるかも知れない」という一瞬の安堵がダンの命を奪った。今のリュウでも、恐らくそれは同じだ。
幸い二人は互いに互いを見るのが精一杯で、こちらには気づいていない様子である。
真吾は、リュウがまだ善戦しているのを確認すると、アルルを伴って姿勢を低くし玄関脇にあった門柱の陰に姿を隠した。
「アルルさんって魔法使いなんですよね、ここから何とかできないっすか?」
「うん、ここからなら、何とか魔法は届くとは思うけど」
返事はしたものの、アルルは暫時逡巡していた。
いくらすさまじいキャパシティを持つ魔導士であるとはいえ、彼女はまだ見習いの身である。
魔道の力をそのままぶつけることはできこそすれ、細かなコントロールには自信がもてないのが実情だった。
「ファイヤーはこの雨の中じゃ威力が出ないし、
アイスストームやジュゲムはリュウさんまで巻き込んじゃうよ?」
アルルの友人たちであれば、彼女の魔法を正面から食らっても割と平然として立ち上がってきただろう。
だが、ここは魔導の法則が存在しない世界である。リュウや彼が闘っている女がそうである保障はない。
「何とか怪我させないで止められないっすか?ゲームでよくある、ほら麻痺させるとか、眠らせるとか」
肉体的にダメージを与える魔法では、惨事を引き起こす可能性が高い。
となれば、アルルにできることはそう多くなかった。
「………わかった、あの人を『のーみそぷー』にしちゃえば、きっとなんとかできるよね」
「の、のーみそぷーってあのですね」
脱力する真吾をよそに、アルルの唇から、囁くような声で真吾の知りえない言葉が発せられる。
魔力そのものの具象化である呪文は、たちまちのうちに精神を砕く不可視の矢をアルルの手の間に紡ぎ上げた。
「いくよ……ブレインダムドっ!」
滑るような手の動きで軽やかに弾かれた魔力の矢が、女の眉間に向かって飛ぶ。
矢は自ら意識を持つかのように空を翔け、確かに女の精神を貫いた、はずだった。
だが、貫かれたはずの女に変わった様子はない。
かわりに、アルルが自らの口を押さえてうめくような声を上げた。
「………えっ?」
「アルルさん?効いてないみたいっすよ!?」
「この人、魔導防具もつけてないのに…どうして!?」
「………!リュウさん!」
自分がさっきとった行動も忘れて真吾が叫ぶ。二人の前で、突然リュウが右手を押さえて膝を突いたのだ。
リュウの姿に重なる、リュウその人が殺したピンクの胴着の格闘家の姿。
「アルルさん、リュウさんを頼みます!」
門柱の影から躍り出る真吾。
その行動に、迷いは一切なかった。
「あらあら、そろそろ自分の罪を悔い改める気になったのかしら?殊勝じゃないの」
そのまま決まっていれば確実に自分を死に至らしめていたであろう手刀を、何故かこの男は寸前で止めた。
己の罪状を悔いる気になったからなのか、自分に被害者を重ねて罪悪感にとらわれたのか、
あるいはただのミスなのか。考えられる理由はいろいろあったが、響子には関係のない話だった。
手刀を外して姿勢を崩したときにクリーンヒットした膝がきいているのか、
目の前でリュウは荒い息をつきながら何故か怪我もない右手を押さえてうずくまっている。
「そうよ、そうやってはいつくばるのが罪人のあなたにはお似合いよ!」
ヒールでリュウの頭を精一杯の憎しみを込めて踏みにじる。
既に観念したのか、これ程屈辱的な仕打ちを受けていながらリュウに抵抗の意思は全く感じられない。
少々拍子抜けした感があったが、まあいいと響子は思った。これでこの男に罪を償わせることができる。
(本当はもう少しいたぶってやるつもりだったけど、あまり追い詰めすぎても……ね)
心の中で舌を出す。リュウとの戦いの高揚感で塗りつぶされていたが、
リュウと少し似ていたあの空手家のことを忘れていたわけではなかった。
「……そろそろ終わりにしましょうか。地獄に落ちてせいぜい苦しむといいわ、殺戮者」
勝利の笑みとともに凶刃が振り上げられたそのとき、その紺色の影は弾丸のように突っ込んできた。
「リュウさんーっ!」
「!?」
真横から駆け込んできた真吾に対応し切れなかった響子が、彼の駆け鳳燐をまともに受けて吹っ飛ぶ。
「おまえっ、リュウさんから離れろ!」
倒れた響子にスピードを落とすことなく駆け寄った真吾は、
立ち上がりかけた彼女の手から凶器をもぎとろうとその右手首をひっ掴んだ。
「そんな物騒なもの……!」
「何よ…なによなによなによ!」
響子には真吾の顔は逆光になっていて見ることはできないが、
それが自分を邪魔する存在であるということぐらいは認識できた。
今までリュウしか見ていなかった―――それこそ複雑な思考力を奪われても気づかないほど一つのものしか見ていなかった
響子も、そこまでされて黙っているわけにはいかない。
「貴方、一体何なの?邪魔をしないでくれる!」
手首を掴んだ手に構わず真吾の顔面に刃を突き立てようとした響子だったが、
真吾は眼前に迫ってきた刃先をもう片方の手で押さえると全身の力で押し返した。
「痛っ……」
「邪魔しないって言ってるでしょ…?そう、貴方も死にたいの!」
刃先をおさえ響子の手首を掴んでいる真吾と、包丁の柄を握り刃の背を押さえている響子。
てこの原理で言うと響子の方が部が悪い。舌打ちした彼女が、刃先を大きく振って真吾の体勢を横に崩す。
ばしゃぁん!
もろともに水溜りに倒れこんだ二人だったが、
どちらもそれが生命線だと認識しているのか決して包丁を離そうとはしなかった。
真吾の指に食い込んだ刃から血が一滴二滴と滴り落ち、水溜りに赤い波紋を作る。
「あの男の味方をする貴方も同罪よ!死になさい!死んでさくらちゃんに詫びなさい!」
「………確かにそうかもしれないっすけど……それでも俺は、まだ負けられないんですよ!!」
それは志半ばで逝った京の為か、自分に全てを託して逝ったダンやちづるのためか、
それともこれから全てを償おうというリュウのためか。
「リュウさん、ボクも行ってくるよ!」
精神的にぼろぼろのリュウを引きずるようにして戦場から遠ざけたアルルは、
そう言い残して彼の元から駆け去っていった。
「……………っ」
本来なら最も戦闘経験の豊富な自分が何とかせねばならない場面であるのに、リュウの足は動かなかった。
一旦膨れ上がって再びリュウを支配しようとした殺意の波動は、
響子の殺意が真吾の方に向けられたことで共鳴の相手を無くしひとまずは静まりつつある。
だが、自分は何をすればいいのだ?
今のリュウの混濁した意識では答えが出せない。
あの女性は強かった。まともに闘えば真吾の敵う相手ではないが、しかし自分は今は闘ってはならないのだ。
闘ってしまったらどうなるのか、それは先刻の自分があきらかに証明している。
下手に二人の間に割り込んで、それで殺意を再びこちらに向けられてしまったら、
その時は恐らく最悪の事態が待っている。
それは予感の域を超え、リュウにとっては確信といってもいいほどの現実感を伴っていた。
だからリュウは動けなかった。動かないことが、悲劇的な事態を引き起こすことを予想できていながら。
「……アンタ、ここでなにやってんだよ」
黒い皮のズボンに包まれた足が抑揚に乏しい声とともに彼の背後に現れても、彼はそれには答えられなかった。
アルルは途方にくれていた。真吾を何とか助けようとはしたものの、
組み合って転がり回る二人に、どうやって介入したらいいものか分からなかったのだ。
自分に真吾ほどの膂力は無い。何とか魔法で援護する術は無いものか、アルルは懸命に考えをめぐらせた。
さっきの呪文はこの女には効果が無かった様子だ。だが、あれは本当に効かなかったのか?
(………効いてるけど、分からないだけなのかもしれない)
あの呪文は標的の複雑に思考をする力"を壊す。思考を木に例えるなら、その枝葉をまとめて駆り払う。
その結果相手は自分が何をしたらいいのかわからなくなって無防備な姿を晒す。そういう原理の魔法だった。
だが、この女性が最初から一つのことしか考えていなかったとしたら、
効かなかったように見えるのも無理はない。まっすぐ伸びた槍の、枝葉を払えといわれてもどだい無理な話だ。
だが今、彼女は真吾という新たな存在に気を向けている。一本にまとまっていた意思は、二股に分かれている。
(……今だったら、もしかしたら……)
「ダダダダダイアキュート!」
しくじれば、恐らく後はない。ありったけの魔導力を込めて、アルルは呪文に集中した。
それは、ただ偶然の出来事だった。
包丁を挟んでもみあい続けていた二人が、くんずほぐれつの末にたまたま常夜灯の作る光の輪の下に出たのだ。
丁度最初と同じような姿勢で押し合いをしていた響子は、そのとき初めて相手の姿を明るい光の下で見ることになった。
傷だらけで、ガクラン姿で、そして鉢巻を巻いた黒髪の少年である真吾の姿を。
「ブレイン、ダムドーっ!」
そして間髪おかず、アルルの必死の声が狙い過たず響子に突き刺さる。
(バツ、くん?ひなたちゃん?)
「響子センセー、こんなところでなにやってんだ?」
「響子先生、私ちょっと筋肉痛になっちゃったみたいで。診察してくれないかな?」
聞こえるはずのない声が聞こえる。耳を塞ごうにも両の手は包丁で塞がっていた。
「響子さんってさ、な〜んか見た目怖そうなんだよな。本当は優しいのによ」
「バツ、失礼なこと言わないの!先生はいつでも優しいよ!」
「先生」
「先生」
「センセー」
「先生先生せんせい先生センセイ先生センセイせんせい先生センセイ先生センセイ……」
やめてやめて、自分はもう優しい保険医ではいられないのに。何人も何人も人を殺して食った殺人者なのに。
そんな考えがよぎったとき、響子の中でふと何かが腑に落ちた。
「私は………」
許されるのではなく、裁かれたかったのか。
そのとき、彼女が何を思ったのか、真吾にもアルルにも知る術は無い。
ただ、事実として、響子の腕から何の前触れもなく力がふっと抜けた。
直前まで全力で包丁を自分から遠ざけることに専念していた彼に、その力をどこかに逸らすような芸当ができるわけも無い。
一瞬の後、何人もの血を吸った出刃包丁は大した手ごたえも無く響子の喉に深々と突き刺さっていた。
「………嘘、だ」
己の行動が引き起こした結果に、アルルは呆然としていた。
ただ足止めするだけのつもりだったのに。傷つけないですむように選んだ呪文だったのに。
「どうしてこんな……」
押さえた口の奥で、泣き出す寸前のように喉が痙攣する。だが、意に反して瞳はカラカラに乾いていた。
京やシモンが自分のために死んだと知ったとき、アルルは涙し、胸が張り裂けそうになるほどに悲しんだ。
だが、今は言葉も涙も悲しみもどこか手の届かない場所に行ってしまっていた。
ただ、痛い。自分の奥底の何かが針でざくざく突き刺されているかのように痛い。
ぶれた視界の中央で、真吾が自分と同じように立ち尽くしているのが見える。
同じ?いや、同じなはずはない。
「…………真吾くん!」
人を殺した、という事実に苛まされながらも、アルルは真吾に駆け寄った。
遠くから魔法を当てただけの自分と違い、真吾はあの女性と直接闘って、そして直接止めを刺したのだ。
体のダメージは当然、精神的なダメージもアルルより大きいはずだった。
「……………」
雨でも洗い流しきれないほどべったりと染まった両手を見つめ、物言わぬ亡骸となった響子を見つめ、
真吾は凍りついたかのように動けないでいる。
雨に濡れた手で真吾の顔を拭ってやるが、彼の反応はない。
血と汗と雨で紅く濡れた目は、焦点を失ったまま震えている。
「真吾くん!真吾くん!しっかりして!」
アルルが真吾の肩を掴んでがくがくと揺さぶる。
そこまでされて、やっとのことで真吾の目が理性の光をわずかに取り戻した。
「あ、アルルさん………リュウさんに、K´さんも」
ぼそぼそとした真吾の言葉にアルルが振りかえると、
いつの間にやってきていたのか、白髪の青年がリュウを伴って立っていた。
無言のままK´がリュウを二人の方へ押しやる。
「あ………K´さん、起きたんだ……リュウさんも…」
どう反応したらいいのかわからず戸惑うアルルと、まだぼんやりとしている真吾に、リュウはがばと頭を下げた。
「矢吹君アルル君、本当に済まない!俺は………!」
リュウはどれほどの罵詈雑言を浴びせられることも覚悟していた。
殺意の誘惑に負けかけたうえ、二人が殺されてもおかしくない状況にいたのをただ傍観しているだけだったのだから。
だが謝罪の声をさえぎったのは、非難でも慰めでもなく、謝罪された当人の信じられないほど能天気な声だった。
「あれ?リュウさん、起きちゃったんすか。まあとりあえず、おはようございます」
この場にまるで似合わない真吾の言葉に、全員の目が、彼をいっせいに注視する。
何かが、おかしい。
「よく寝られたっすか?見張り張り切るのもいいっすけど、ちゃんと休まないと体壊しますよ?
またどのみち交代頼むことになるんですから…その時ダウンされてたらどうにもならないっすよ」
真吾の顔を覗き込んだアルルとリュウは、背筋に冷水を浴びせられたようなショックを受けていた。
表情だけ見るなら、特に違和感はない。いつもどおりの彼の笑顔だ。
だが、今彼はその双眸から滂沱の如く涙を流している。あくまでいつもの笑顔を顔に貼り付けたまま。
「でもほんとリュウさんが寝てるときでよかったっすよ、
リュウさんがいる時にこんなことがあったら、ナコルルさん怒ってたでしょうからね」
あはははは、と乾いた笑い声をあげる真吾。彼が通常の精神状態にないのは誰の目にも明らかだった。
「アルル……って言うんだったな、あんた」
「う、うん」
ずっと無言だったK´がアルルの肩を叩いた。貼り付けられたように真吾から目を離せないでいたアルルがかろうじてうなずく。
アルルがまだ真吾より軽症なのを見て取ったK´は、自分が少し前まで寝ていた場所を指差した。
「連れて行って、少し休ませてやれ。初めて人を殺した奴は、よくあんなふうになるものなんだ。
行っちまったっきり戻ってこない奴もいるにはいるが、まあ大抵の奴はそのうち治る。心配するな」
「治る」「心配するな」というK´の言葉に、アルルの心のどこかがほんの少しだけ楽になった。
「うん、わかったよ。K´さん、ありがとう」
まだ正気と狂気の狭間に彷徨っている真吾の肩を支えて、アルルは民家へと引き返していった。
彼女自身も、どこかに行ってしまいたい気持ちを懸命にこらえながら。
二人の姿が雨の向こうに見えなくなってからも、K´とリュウはその場に立ち尽くしていた。
リュウの背中に、K´が抑揚に乏しい、だがどこか苛立ったような声を投げつける。
「あんた、何やってたんだ。あいつらが殺されるのを、黙って見学してるつもりだったのか?」
リュウは無言のままだ。
そんなつもりはなかった、しかたなかったんだ、と言う弱音が脳裏を回っている。
だが、それが言い訳にしかならないことを彼はよく分かっていた。
元はといえば、殺意に飲まれるようなやわな精神しか持たない自分が悪いのだ。
だから、何も言わなかったし、言えなかった。
本当は、リュウは真吾やアルルに責めてもらいたかったのかもしれない。
だが、アルルは一言もリュウを責めず、真吾に至っては全てを飲み込んだ上で精神の平衡を崩してしまった。
責められない罪は、すなわち誰にも許されることがない。
今になって分かる。物言わぬ死者に代わってリュウを責めたあのナコルルという少女は、
本当はとてもとても優しかったのだ。
「その拳、ナコルルとかいう女との約束か?」
K´がリュウの左手を見る。いまだ残る封印は、血と泥に汚れてどろどろだった。
「聞いていたのか?」
K´の眠りは決して深くはない。どうしても休息が必要なときには集中して眠ることもあるが、
わずかな物音でも目を覚ますし、悪夢にうなされて飛び起きることも多い。
もともとネスツの尖兵として生死をかけた戦いを繰り返していた彼にとっては当然のことだった。
「何をつまらないことにこだわってやがる?死んだ人間にかかずらっても仕方ないだろうが」
「だが……これは誓いだ」
「相手も殺すな、自分も死ぬな、目に映る全ての人を殺させるな、か。どうしようもない奇麗事だな」
「……奇麗事を実現する努力を、俺は惜しみたくはない」
「あんたがそうやってできもしない奇麗事を守ろうとするのはまあ勝手だがな。その尻拭いは誰がする?
あいつらにまたこんな思いをさせる気か?」
リュウが血がにじむほどに拳を握りしめる。K´のいうことは間違っていない。
「つまらねえ誓いを立てたところで、死んだ奴は生き返ってこねえよ。それより目の前の生きている奴を見たらどうなんだ」
「だが………」
「失くしてからでは、遅いんだ。そのぐらいてめえも分かってるだろうが」
クーラ、そしてウィップ。草薙もあるいはそうなのか。K´の言葉には、重い実感がこもっていた。
リュウが何も答えないのを見て、K´はそれ以上彼を責めるのを止めて小さく舌打ちした。
「………楓とかいう奴があんたみたいな腑抜けでなければいいんだがな」
「楓?」
「あんたの知ったことじゃない……」
とK´は吐き捨てたが、楓という名は前回の放送でリュウも聞いている。
恐らく、その人物に身内の誰かを殺されたのだろうということは容易に察しがついた。
「君の目的はなんだ?その楓という人物に復讐することなのか?」
「復讐、か。楓とかいう奴に会ったらその時はそいつを許す気はないがな……」
言葉を切ってK´はわずかに苦笑した。それは違うわ、というウィップの声が聞こえたような気がした。
(あんたいいかげんおせっかいだぜ……?いつまでそうしてるつもりなんだ)
「元締めを押さえねえとこのまま悪循環が続くだけだ。あのアルルとかいう女、首輪を外す算段があるらしいな。
あんたらがあいつを倒すっていうんなら、暫くは……力になってやってもいい」
一気に言い切ったK´は、くるりとリュウに背を向けて民家の方に向かって歩き出した。
「俺はあいつらの様子を見てくる。あんたはここでこれからどうするか考えてろ。足手まといは必要ないんだからな」
一人残されたリュウは、雨雲に覆われた空を見ながら嘆息した。先刻から断続的に猛禽の啼く声が聞こえる。
そういえばあの少女も鷹を連れていた。もしかすると、この鳴声はあの少女の鷹のものなのかもしれない。
「…………」
死者に誓った理想と、容赦なく押し寄せる現実と。
リュウの行く道はいまだ定まりそうになかった。
【矢吹真吾(心神喪失中)
所持品:釣竿、竹槍、ホアジャイ特製スペシャルドリンク(残り1本)、
草薙京のグローブ(炎の力がちょっとあるかも)
目的:1.仲間を集める 2.敵本部を探す 3.ルガールを倒す 】
【リュウ 所持品:なし 目的:1.不戦不殺?(ちょっと揺らいでます)】
【K´ 所持品:手榴弾 目的:1.ルガールを倒す 2.楓に会うことがあれば彼を倒す】
【アルル・ナジャ(疲労中)
所持品:1/10ウォーマシン(持ってあと2日の電池、充電は可能)
目的:1.K'から炎のことを聞く 2.霧島翔(京そっくりらしい)に会う 3.首輪を外す
4.生きてゲームから抜ける】
【水無月響子 死亡】
【現在位置:3区ハワードアリーナ近くの民家】
全く酷い目に遭ったものだと、傷だらけの全身を見下ろしケーブルはごちる。
左半身が血の通わない機械でなければ、今頃出血多量で死んでいただろう。
長年自分を苦しめてきたこの機械の身体のおかげで助かろうとは、何とも皮肉な話だ。
しかし生身の部分に負った傷も多く、深いものもある。機械部分もあちこちが削れ、断裂し、左腕一本動かすのもぎこちない。
テレキネシス能力で補助する事はできるだろうが……体力を大幅に消耗してしまっている今、できる限り能力の発動は抑えたい。
それでなくても、常日頃から身体を侵食し続けるテクノオーガニック・ウィルス―――有機生命体を機械に置き換える恐るべきウィルスだ―――を押さえ込むのに能力を費やさねばならないのだ。
それにしても。
「これは一体誰が……?」
ケーブルが目覚めた時、既に身体のそこかしこに包帯が巻かれ、バンドエイドが貼られていた。少し消毒薬臭い。
さらに厚手のジャンパーが彼の身体に毛布代わりにかけられていた。おかげで、あまり雨に傷口を曝さずに済んでいる。
この狂気のゲームに呑まれず優しい心を持ち続けていられる人物が居た事にケーブルは感謝し、また安堵した。
更に自分の傍らには食料と、このボロボロな姿に気を使ってくれたのか衣服も数点置かれていたが、身長2mを越す巨漢である彼にはどれもいささか小さかった。
それでも見知らぬ人物がしてくれた親切を思い、ケーブルは衣服も持っていく事にした。
さて動けるだろうか。まずは立ち上がろうとする。
その動作だけで全身の傷が悲鳴をあげる。さらにテクノウィルスが侵食を進めようとする激痛も襲ってきた。
「くうっ……」
並みの人間であれば、その痛みに耐えかね再び膝を地についていただろう。
だが彼にも最強のミュータントと称される男の矜持があった。
「この程度っ!」
気合を込め、ケーブルはしっかりと両の足で地を踏みしめて立った。ウィルスの進行も阻む。
いつまでもここで大人しくしているわけにもいかないだろう、そろそろ何か行動を起こさなければ。
自分が気絶していた時間はどうやら相当長かったようだと考える。わずかでも今現在の状況の情報が欲しい。
テレパス能力で周囲に誰か居ないか探りながら、ケーブルは歩を進める。
この程度のサイオニック能力の使用なら何とかなりそうだ。とはいえ普段と比べれば、その感知範囲は格段に狭まっているのだが。
体力の消耗のせいもあるだろうが、この世界では何故か能力の使用に制限がかかるようだ。
あのエミリオという少年を追ってボディスライドを連用していた時も、普段なら有り得ない程の体力の消耗を要した。
となると、銃火器の類が有った方が心強い。サイオニック能力が使えなくとも、ある程度の武器があれば戦士としての経験で切り抜けられるだろう。
そういえば自分に支給された道具を未だに見ていない事にケーブルは気付いた。
先ほど衣服と食料をしまう時に、初めて支給品袋を開けたくらいなのだ。
自分の装備は常に把握しておくべきだろう、と袋の口を開けて中を探ってみる。
布や缶詰を掻き分けているうちに、手先が硬い物に触れた。
これか?と引き出そうとしたその時。
「諸君、ごきげんよう―――」
サウスタウンの空に響き渡るルガールの声に、ケーブルは動きを止めた。
(これは何度目の放送だ?そういえば、俺は放送をゆっくり聞くのは初めてか……)
空を仰ぎ、不愉快な放送に耳を傾ける。
まず十名の死者の名が告げられた。
(多いな……今までもこのペースで死人が出ていたのなら、相当な数が死んでいるはずだ……)
むごい、とケーブルはやりきれなさに拳を握る。
続いて告げられる、殺人者の名と居場所。
慈悲のかけらもないと称された者、親を殺したという者、そしてあの邪悪な男をして『素晴らしい殺しっぷり』と言わしめる者。
―――放送が終わった後、街の闇は一層濃く、深くなったような気がした。
義憤がケーブルを突き動かしていた。
ルガールという男は危険だ、そしてそれ以上に許しがたい。
命はチェス盤の上の駒ではないのだ。
他者に自分の運命を大きく捻じ曲げられる辛さを、ケーブルは身をもって知っていた。
怒りにまかせ、進展を求め、歩み続ける。
「!」
意識の網に、何かが引っかかった。
近くに誰かが居る。これは……まだ若い男のようだ。少年と言ってもいいかもしれない。
微かに流れ込んでくる思念に意識を集中させる。
次第に、彼の意識の中にはっきりとした声が響きはじめた。
―――うげぇ、何だよ素晴らしい殺しっぷりって!リュウって奴ヤベェ!会ったらどーしよ……どんなカッコしてるかも教えろよヒゲ親父!
―――そいえば楓っての……二区ってここじゃねえか!く、くそ、俺だって『アーミーナイフのエッジ』って呼ばれた男だぞ!?これ十徳ナイフだけど!
―――って言っても本物の人殺しとなんか戦った事ねぇっての……襲われたらヤベェよな……
(……随分と騒がしい思考だな)
明らかにこんな状況に慣れていない一般人のようだ。
多少ケンカ慣れはしているようだが、本人が自覚している通りケンカと殺し合いは全く別物だ。
―――そういや……あのおっさん大丈夫か!?もし気絶してるまんまだったら危ねぇなぁ……楓ってのに見つかったら殺されちまうかも……
―――つってもあんなデカいおっさん運ぶの無理だし、ああもうおっさん見つかりませんよーに!!
デカいおっさん。
少年の思考の中に浮かぶイメージは、間違いなくケーブルだ。
どうやら自分の手当てをしたのはこの少年らしいとケーブルは納得する。
ケーブルの安否も含めて随分と不安がっている少年の思考に、彼は一つ安心させてやろうと思い立った。
今、自分がどの程度のサイオニック能力の使用に耐えられるかのテストも兼ねて、彼は少年の元へとボディスライドを試みた。
エッジは隠れていたビルを出るか出ないか決めあぐねていた。
目指していたホテルはすぐ近くなのだが、無慈悲な殺人者がこの辺りをうろついているかもしれないのだ。
「どーしよ……」
呟いて、視線を窓の外から部屋の中へと戻す。
と、その視線の先に。
突如として、全身傷だらけの、2mを越す巨漢が出現した。
「……うぎゃげはうええええっ!!??」
思いっきり取り乱すエッジ。
よくよく見ればそれは数時間前に自分が手当てしてやった男だ。
ああやっぱ親切したの間違いだった!?とうろたえる彼の目の前で、男は足元をぐらつかせた。
「!?」
倒れるか?と思ったが、男はぐっと踏みとどまる。
そして、エッジに向けて笑みを向けた。……傷のおかげでどうにも怖い笑顔だったが。
「落ち着け少年。俺はお前の敵じゃない」
男、ケーブルはそういうと、エッジの肩をぽん、と叩いた。
「この通り俺は大丈夫だ、お前のおかげでな。……できれば、少し話を聞かせてもらいたいんだが」
【ケーブル(負傷&消耗) 所持品:衣服数点(支給品は不明) 目的:未定】
【山田栄二(エッジ) 所持品:十徳ナイフ・衣服類多数・食料多数
目的:第一目的、ホテルでゆっくり休む 第二目的、出来れば信用できる仲間を探す。第三目的、いつも行く喫茶店に文句を言いに行く為に生き残る。】
【現在地:2区、リリス達が泊まっていたホテルの直ぐ近くのビル】
女が歩く。
漆黒の闇に死神の鎌を携えて。
女が歩く。
降り止まぬ雨に血塗れの斧を洗わせて。
女が歩く。
戻れぬ道に銃身を鈍く光らせて。
女たちは歩く。
金髪の女は思う。
自分はこのままでいいのかと。
一緒にいる女はゲームに乗っている。
自分も一人斬り捨ててはいるが状況が状況だった。
このままこの女と一緒でいいのか。
それは恐怖ではなく不安。
いつかこの女を殺すのかと言う不安。
短髪の女は思う。
あの放送はなんだと。
3種の神器がすべて死んだ?
考えられないことだった。
天敵であり怨敵であり宿敵である一族。
標的は尽きないが目下の目標が消えて失せた。
自覚のできないほど薄く軽い喪失。
黒髪の女は思う。
愛する人の兄が死んだと。
殺したのはその人の子だと聞いた。
何度かあったあの少年が。
あの純粋そうな優しい少年が。
あの人の兄を殺さなくてすんだ安堵。
親を殺す子という現実を思う絶望。
金髪の女が立ち止まる。
気配を感じた。
短髪の女が立ち止まる。
殺気を放った。
黒髪の女が立ち止まる。
武器を構えた。
「アナタ、不知火だったかしら。KOFで何度かあったわね」
目の前の影に金髪の女が問う。
「ええ、あなたたちはルガールの秘書だったわよね、なんで参加側なの?」
相対する闇に黒髪の女が返す。
「うるさいねェ!その頭をブチ割ってやるからあの世で考えな!」
軋み出した空気に短髪の女が吠える。
「待ってバイス」
金髪の女が制する。
「なんだい!あっちはヤる気じゃないのさ!」
短髪の女が憤る。
「不知火、アナタ何人殺した?」
金髪の女が再び問う。
「・・・二人よ」
黒髪の女が答える。
そこでしばしの沈黙。
動こうとするものはなかった。
金髪の女は思案する。
あの甘ちゃんの一派だったコイツが二人も殺している。
嘘ではない、あれはそういう目だ。
覚悟を決めた目、背負うことを決めた目。
今の彼女はバイスよりも危険かもしれないと感じた。
そしてひとつ思いつく、ここで戦うよりも・・・
黒髪の女は焦燥する。
少し休んだとはいえこれはマズい。
疲労しているところに2対1。
勝ち目は薄い、限りなく薄い。
だが生きて帰ると決めた、やるしかない。
そして覚悟を決める、やらなければやられる・・・
短髪の女は血気に逸る。
なにが二人殺しただ。
自分たちだってガイデルの娘を殺った。
気に食わない形ではあったが。
こいつを殺せばうちらだって二人殺しだ。
3つの影が動いた。
疾走する短髪の女。
手に持った斧を軽々と振りかぶり駆けてゆく。
身構える黒髪の女。
手にした銃を構え相手の動きを追う。
同じく駆け出す金髪の女。
しかしその動きは短髪の女と合わせたものではない。
ガキッ
バシッ
振り下ろされた斧がとらえたものは相棒の鎌。
蹴り上げられた足がとらえたものは相手の銃。
見上げられた視線がとらえたものは金髪の女。
「何するんだいマチュア!アンタ、アタシとやろうってのかい!」
「待ってって言ったでしょバイス・・・」
「どういうつもり?」
女たちの視線が交錯する。
「単刀直入に言うわ、不知火、アタシ達とこない?」
「マチュア!あんた何言ってるのかわかってるかい!?」
「それは、ちょっと予想外の申し出ね」
女たちの言葉が交錯する。
「あたしがついていくメリットは?」
「殺したい相手がいたら手伝うわ。逆にこっちのことも手伝ってもらう」
「マチュア!アタシは御免・・・」
金髪の女が睨む。
「だったら、バイス、ここで別れる?」
「なっ!?」
短髪の女がたじろぐ。
「少し、考えさせてもらえる?」
黒髪の女は銃を拾う。
そして警戒を解かずに思案する。
「あたしがあなたたちを背中から撃たない保証はないわよ」
「撃たれなかったほうが地の果てまでも貴方を追い詰めるわ」
「今殺してやってもいいんだよ!」
女たちは歩く。
一人は今だ悩みながら。
一人は微かに微笑みながら。
一人は殺気を纏いながら。
雨の中を歩く。
金髪の女は思う。
不知火舞は危険だ、しかし利用できる。
いざと言うとき、バイスを殺してもらおう。
自分の手で唯一無二の相棒を殺すよりはマシだ。
それに今は力がほしい。
放送に名前のあった殺人者たち。
特に神楽を殺してのけたと言う男に相対するのに。
短髪の女は思う。
マチュアの考えていることはよくわからない。
まあいい、もし不知火が何かしたら即殺そう。
唯一無二の相棒の言うことだ、聞いてやるのもいい。
それに今は囮がほしい。
放送に名前のあった殺人者たち。
どいつも一筋縄ではいかなそうであったから。
黒髪の女は思う。
この二人に同行することは危険だ。
しかし殺すならさっきしたらいい。
きっと自分には利用価値があると踏んだのだろう。
それに今は休息がほしい。
放送に名前のあった殺人者たち。
今眠りこけたらその誰かに殺されるかもしれない。
「ここでいいかしら」
たどり着いたのは公園近くの民家。
「大丈夫そうね」
周りに人の気配がないことを確認してはいる。
「見張りはどうするんだい」
短髪の女は黒髪の女をギロリと見る。
「最初はアタシがやるわ。次の放送までだいたい4時間。2時間はアタシ、2時間はバイス」
金髪の女が進み出た。
短髪の女が舌打ちした。
「あら、ずっと休んでていいのかしら」
黒髪の女が皮肉めかす。
「貴方を信用して誘ったわけじゃないからね」
「寝首かかれる心配するなら連れてこなきゃいいのに、アタシにゃさっぱりだよ」
金髪の女と短髪の女は顔を見合わせる。
しばらく見つめあって、短髪の女が息を吐く。
「あー、マチュアにまかすよ。寝る寝る、とっとと休むよ」
「じゃ、あたしもお先に失礼するわ」
「ええ、おやすみなさい・・・」
女たちは歩く、この狂ったゲームで。
女たちは歩く、しばし同じ道を。
女たちは歩く、首筋に刃を当てあいながら。
女たちは眠る。
不安と謀略と殺気とが混沌となったこの夜に。
【バイス 所持品:斧 目的:ムカツク連中を殺す。怪しい動きをしたら舞を殺す】
【マチュア 所持品:鎌 目的:敵を減らす。舞にバイスを殺させる】
【不知火 舞 所持品:使い捨てカメラ写るンDeath、IMIデザートイーグル 目的:休息】
【現在位置:6区公園近くの民家】
【備考:夜明けまで4時間ほどで2時間ずつマチュアとバイスが見張りをして休息中】
未だ混乱しているエッジにケーブルはひとまず名乗り、自分はサイオニック能力を持つミュータントだと告げた。
「さいお……ミュータント?よ、ようするに超能力者ってヤツか?」
普段のエッジなら「うさんくせぇ」の一言で切り捨てるところだが、目の前でそれを見せ付けられては信じるしかない。
まさかこんな時に大掛かりなイリュージョンを仕掛ける奴もいなかろう。
「まあそういう事だ。驚かせて悪かった、手当てをしてもらった礼を言いたくてな」
「はぁ……ってちょい待て、何で俺が手当てしたって知ってんだよ!?」
「それもサイオニック能力の一つだ。テレパスぐらいは知っているだろう?」
テレパスと聞いて、エッジは思わず頭を見えない何かから守るように抱えて後ずさる。
「つまりおっさん、人の心が読めるってヤツ!?うわぁ!」
「安心しろ、不必要に人の心を覗いたりはせん。まあついでに余計な事も読んでしまう事もあるがな。お前のなかなか可愛いガールフレンドの事とか」
「あああアキラはそんなんじゃねェッ!!てか話聞きたいんだろっ、何の話だよ!」
慌てふためくエッジに促され、ケーブルは一つうなずき切り出す。
「このゲームが始まってから、放送は何回行われた?」
「え、あーっと……さっきので三回目」
「そうか。それから先程読み上げられた三人以外に危険人物と思われるのは―――」
エッジの説明の仕方は決して上手くはなかったが、ケーブルはこっそり彼の思考を読み、話を補完しながら更にいくつかの質問を重ねた。
この少年は驚くほどに多数の人間や戦闘を目撃しており、おかげでケーブルは自分が意識を失っていた間の出来事をかなり幅広く知る事ができた。
ジョーカーの存在、首の無い死体を持ち去った軍人たち、光の翼を背負った少年……おそらくエミリオか、バズーカーの音、赤い翼の生えた少女。
「死体を持ち去ったのはゲームの参加者ではない人間なんだな?つまりルガールの私兵か。外部から入ってきた可能性は低いな、地下トンネルでもあるなら話は別だが。
おそらく街のどこかに潜伏していたのだろうが……そうすると、その場所に上からの指令を受信する端末があるはずだな。脱出の手がかりになるかもしれんぞ」
「あ……あーっ、そっか!!バッカでぇ、何で気付かなかったんだよ俺!」
自分の頭を叩いて悔しがるエッジを尻目に、ケーブルは情報をまとめる。
敵に回すと厄介なのは、強力なサイキッカーであるエミリオと、得体の知れない赤い翼の少女か。
前者の力量は自分の身で十分味わった。後者は……彼女もミュータントなのだろうか?そんなミュータントは聞いた事もないが。
それにバズーカーなどのかなりの破壊力の武器を持っている者もいる。
対して自分は、短距離のボディスライドを一回使っただけで足に来るほど疲労している。
迂闊には動けない……とそこで、ケーブルは自分の支給品を確認する途中だった事を思い出した。
がさごそと袋の中を漁りだしたケーブルに、エッジが不安そうな視線を向ける。
「だから心配するなと言っているだろ。自分の支給品をまだ確認していないんだ」
ようやく目的の物を探り当て、外へと引き出す。
それは、一振りの日本刀だった。
……いや、日本刀にしてはだいぶ軽い。片手でも振り回せそうだ。
しかもこれはただの刀ではない……ケーブルは、それに宿る微かな力を感じ取った。
炎をイメージさせる力。本来ならもっと強力な力だったのであろうが、今はその残滓しかないようだ。
「あれ、おっさん、まだ入ってるぜ」
何時の間にか勝手にケーブルの袋を覗き込んでいたエッジが、底の方にあったもう一つの刀を引っ張り出した。
二本とも造りのよく似た刀だ。対となる存在なのだろう。
「すげーな、二刀流か」
感心したように言うエッジから刀を受け取った瞬間、先の刀とは比べ物にならない程の力の気配がケーブルの意識に流れてきた。
例えるならば、凍えるほどに冷えきった流水。あるいは全てを押し流す洪水。
「これは……凄まじいな」
「へ?」
これほどの精神エネルギーが宿った武器など初めて見た。
ひょっとすると、普段の自分やエミリオに匹敵するほどかもしれない。
だが……この力を引き出す事は自分にはできないようだ。
「当たり武器なのか?」
「ある意味では、な。これは持つべき者が持てば、このゲームをひっくり返すほどの力になる」
エッジは今ひとつわからなかったようで、「そうなのか」と呟いてみるものの眉間に皺が寄りっぱなしだった。
だがその『持つべき者』が殺戮者だった場合は……何としても、その人物にこの刀が渡るのを阻止せねばなるまい。
希望にも絶望にもなりうる、ある意味ではとても厄介な代物だ。
「まあ普通に刀として使う分にも良さそうだ。日本刀というのは非常に優秀な刃物だからな」
「弾丸でさえも真っ二つにできるんだっけ。前にテレビで見たぜ」
エッジはだいぶケーブルへの警戒心が薄らいできたらしく、表情がいつもの不敵な不良のものに戻ってきていた。
「これからお前はどうする。このまま、ゲームが終わるまでどこかに身を潜めているのも一つの手だと思うが」
とりあえずこの刀を使いこなせる人物を探し、協力を見込めそうな人物であれば共にゲームを終わらせてルガールを討とうとケーブルは考えていた。
この少年には荷が重い戦いが待ちうけているだろう。
そう思って、エッジに隠れているよう提案したのだが。
「うーん、隠れてても何かジョーカーとかに見つけられて追い回されそうな気がするんだよなあ……」
それも有り得る。
どうも彼はかなりの強運の持ち主らしいが、ジョーカー連中などは運だけでどうにかできるものでもないだろう。
「なあ、アンタ、このゲーム潰す気なんだろ?」
唐突に、遠慮がちにエッジが問いかける。
その思考を覗いて、ケーブルは軽い驚愕を覚えた。
そこに有ったのは、強く固められた、戦士の決意。
「あのさ、足手まといにならねぇようにするから、俺も連れてってくれよ!いや一人が怖いとかそんなんじゃ……いやそれもあるけど」
上手く言葉がまとまらない様子だ。
だが、ケーブルにはエッジの覚悟がひしひしと伝わってきた。
仲間を失った悲しみ、ルガールへの怒り、そして大事な人の元へ帰りたいという思い。
それらが、きっかけを見つけてエッジを突き動かそうとしていた。
「……俺と来た方が危険かもしれんぞ」
「へっ、いつまでも逃げてんじゃあ、ゲド高斬り込み隊長の名が泣くってもんだぜ!」
恐怖は確かに彼の中にある。
だが、彼は戦おうとしている。
未来を諦めない者は、いつの時代でもどこの世界でも、眩しく力強いものだと改めてケーブルは思う。
「……俺はこの通りけが人だからな。自分の身は自分で護れ」
「お……おう!」
ふっ、と笑ってケーブルはエッジと握手を交わす。
「死ぬんじゃないぞ、エイジ・ヤマダ」
「ヤマ……悪ぃけどその名前で呼ばないでくれ。エッジって呼んでくれや」
EDGE―――刃、か。
なかなかぴったりなニックネームを付けたものだ。
「悪くないな。その名の通り、お前の運命を切り開いていけ。まあまずは、お前の言っていたホテルに行くか―――」
そう、俺も自らの名の通りに、今を未来へと繋ぐ者であろう。
この少年の、いや全ての希望を持つ者の未来へと。
【ケーブル(負傷&消耗) 所持品:衣服数点・日本刀二本(朱雀・青龍) 目的:第一目的、ホテルでゆっくり休む 第二目的、青龍の持ち主を探す 第三目的、ルガールを倒す】
【山田栄二(エッジ) 所持品:十徳ナイフ・衣服類多数・食料多数
目的:第一目的、ホテルでゆっくり休む 第二目的、ケーブルに着いていく 第三目的、いつも行く喫茶店に文句を言いに行く為に生き残る。】
【現在地:2区、リリス達が泊まっていたホテルの直ぐ近くのビル】
修正
状態欄のケーブルの所持品を
日本刀→忍者刀に変更お願いします
「ごめんね…私が至らないばっかりにあなたまで…」
幸せ公園に無事辿り着き、ライの遺体を兄の墓の横に埋める。
涙は出なかった。 いや出せなかった。
どんなに苦しくなっても生き延びるためには全ての感情を抑えようと今誓ったから。
誰もいない廃墟で少し休息を取った後、
真っ直ぐ北へ向かいながら、彼女はこれからの計画を考える。
仲間集めは一旦止めた方がいいかもしれない。
ここで生き残っている者は強い。 だが決して安全なわけではない。
かなりの確立でマーダー・もしくはジョーカーの可能性がある。
放送で聞いた殺された者、そして殺人者の名。
少なくとも信用できそうな人間に出会う可能性は、この先低い。
なおさら自分の身が危なくなる事もあるのだ。
兄さんのために生き残ると誓った以上、この先はなにがなんでも生き残る。
そのためには、常に予断を逃さない様にするしかない。
ここで生き残れるのはたった一人だ。
ゲームに乗ったわけではないが他に脱出する術を思いつかないサラには
その選択肢しか残されていなかった。
いや…もしかしたら、まだ脱出出来る方法があるかもしれない。
私と同じ考えを持つ人間もきっと生き残っているはずだ。
考え、また考え…気がつけば時は夕暮れ。
サラは気付かぬまま殺人者がいるという2区まで歩きついていた。
「まずい事になったわ…殺人者に会わないように一旦引いた方がいいかしら」
十分に気を配りながら歩いていると、とある道端で少年に出会う。
サラは一瞬身構えたものの、すぐに警戒を解いた。
この少年からは殺意、覇気すらも感じられないからだ。
「兄さん…兄さんが…」
そう、呟きながら歩いている少年。
この人ならひょっとして大丈夫かもしれない。
そう思い、意を決して少年に声をかけるサラ。
「あの…あなた、大丈夫? 随分やつれている様だけど」
黒髪の少年はこちらに気付いた様で、おそるおそる近づいてきた。
「あなたは…僕の話を聞いてくれるんですか?」
弱々しい少年の声。きっと酷い目にあったんだろう。
そう思ったサラは彼に優しく問いただした。
「ええ、私で良かったら話して頂戴。 その方が気も晴れるでしょ?」
それを聞いた途端、少年の顔は少し明るくなった。
どうやら安心したらしい。
「良かった…やっと、やっと僕の話を聞いてくれる人が出来た…」
その様子を見て、サラも安心しようだ。
この少年なら、共に戦い脱出が出来るかもしれない。
少しの希望にかけてみようとサラは決意したのだ。
「そう、安心してくれた? 私はサラ。 サラ・ブライアント。 あなたは?」
「ぼ…僕は…楓と言います…」
「楓!?」
その名を聞いた時、一瞬サラの体が怯んだ。
自分の耳が確かならこの少年は確かにあの放送で「殺人者」として流されていた。
その少年が今目の前にいる。
とても信じ難いが放送が嘘をついてるとも思えない。
疑心暗鬼を続けるサラに向かって楓は不信感を感じたのかこう告げた。
「あなたは…僕の事を信用してくれはしないんですね…」
サラはハッと我にかえる。
少なくとも今の少年は何もしていない、名前だけで人を判別していいものか。
だがその一瞬で彼を疑ったのも事実だ。
「…仕方ないって分かってるんです、僕は事実、殺人者だ…放送でもそう呼ばれた。
僕もどうしてこんな事になったのかさっぱり分からなくて…でも」
と少し口をつぐむ楓。
サラは後から出てくる言葉を待つしかなかった。
「分かっている事は…誰も僕の話を聞こうともしなかった事…」
だんだんと口調が激しくなってゆく。
「あなたは聞こうとしてくれた、だけど名前を聞いただけで僕の事を疑った!」
どんどんと、強く。
「あなたも…僕の事を裏切ろうとしたんですね…?」
サラはとっさに言葉をかける。
「そうじゃないわ! 確かに少しビックリしたけど今のあなたには全然…」
「もう結構です…、僕は疑われて当然の人間なんだ、そんな人間だから…
なんで僕がこんな事を…うわあああっ!」
とうめいた瞬間、楓は地面にうねりながら崩れていく。
サラは楓の様子をうかがうように地面に崩れた楓を見た。
気がつけば、それはもう彼女の知ってる「楓」という少年ではなかった。
「かえ…で…?、うっ!」
「だから…てめえにも用はねえ、死ねよ」
彼の頭が金髪に変わっていたその時に、何かがひゅん、と動く音がした。
サラはそれに気付き軸移動をしかけたが遅かったらしい。
気がつけばサラは脇腹をレイピアで刺されていた。
「ぐっ…」
「チッ、腹にブッ刺してやろうと思ってたんだけどよ」
楓はレイピアをサラの脇腹からぐっ、と引く。
引いた脇腹部分のボディスーツにはじわじわと血痕が広がっていった。
そしてきっ、と楓を睨む。
「あなた…一体どういう事?」
楓は答える。
「アンタも俺の事疑ってんだろ? だったら信用出来るはずもねぇ、つまり死ね、だ」
むちゃくちゃな理屈だが、楓の言っている言葉に嘘はなかった。
只でさえ殺気立っているのに兄の死のせいでイラつき、怒りはますます高まっている。
それを脇腹の痛みでなかなか動けないサラは、黙って聞くしかなかった。
ふと、サラは自分の息が速まるのに気付く。
段々と微かに意識が飛んでいくのも分かる。
「その様子じゃ次で終いだな」
楓は名残惜しそうな顔をしてレイピアを揺らす。
ほんの少しずつ薄れいく意識を必死でサラは繋ぎとめていた。
駄目だ。 こんな所で死ぬものか。
そんな事で死んだら先に死んだ兄と仲間に申し訳が立たない。
それにあの女への復讐もまだ…。
「死なない…私は、絶対死ぬ訳にはいかない…」
震えた手で、サラは自分のカバンを開けた。
とっさに何か手を思いついたらしい。
「今更何やったって無駄だぜ、異人さんよ」
それと同時に楓が勢いをつけて前にやって来る。
レイピアがサラの前に伸びてくる。
「じゃあな」
ヒュッ、とレイピアが伸びる。
明らかに自分の敵であるサラを貫いていると思われた。
が。
「ぐ…っ!?」
楓のレイピアがサラに当たる直前に、楓は突如極度の息苦しさにみまわれた。
楓の喉に何かがつっこんで来たようだ。
そして目の前のサラと同じく意識を失いかけた楓はぐらりと体制を崩す。
コトリと落ちたのはドラムスティックだった。
それはサラの所持品、ドラムマニアのスティック。
楓のレイピアが当たる直前、サラは死に物狂いで懐にはいり
スティックを楓の喉元に向かって突き刺した。
「賭け…やってみるものだわ…こんなものでも、役に立つ事があるのね…」
サラは楓が体制を崩した隙を見てふらふらと逃げ出した。
「待て…まだ殺しきれて…ゲホッ」
一方の楓はなんとか意識は戻ってきたものの、やはり息苦しくなっているらしい。
狩ろうとしたものを追えぬまま、その場で呼吸をするのが精一杯だった。
薄れていた二人の意識の中で、二人が思い描くのは亡き兄の姿。
「あんな子までいるなんて、恐ろしい所へ狩り出されたものだわ…けど兄さんの分まで…」
「チッ、あの女…だが…守矢の仇を討つまで…」
「まだ…まだ死ぬ訳にはいかない…」
思考は違えど二人の思っていることは一つだった。
【サラ・ブライアント 所持品:ドラムマニアについてるスティック1本、サラからルートかなづち&釘抜きセット(ライからルート)現在脇腹を刺され重傷
第一目的:脱出、もしくは生き残る 第二目的:舞を殺す】
【楓 所持品:レイピア 目的:なし(できれば守矢の敵討ち、覚醒時の制御) 現在意識が朦朧としている】
【現在地:2区ビル街 サラは東へと移動中】
「う・・・ウン・・・ここは・・・?」
高嶺響はふと目を覚ました、見慣れぬ天井、湿気た布団、いつも自分が寝ている場所ではない。
寝ぼけた頭を呼び覚ます・・・・そうだ、自分は良く分からない場所に連れてかれて・・・人殺しを目撃して・・・
その人殺しを殺して・・・・そして炎の化け物と対峙して・・・そして・・・
「お、目を覚ましたか!響!!」
「あ、お、おはようございます!!」
条件反射的に挨拶をする響、何言ってるんだろう、そとはもう真っ暗なのに・・・
そうだ、思い出してきた・・・・炎の化け物に襲われていた私を助けてくれた人がいて
その上この狂った世界でも私を信用してくれる人で、私もこの人を信用しようって決めて・・・・名前は・・・
「そういや私・・・貴方様の名前をまだ聞いていない・・・・」
「ん、ああ、そうだったな!アッハッハ!」
響の質問にその殿方は爽快に笑い出した。
「俺の名前は結城晶と言うんだよ」
「あ、わ、分かりました、晶様・・・ですね?」
「お、おい!様付けなんて止めてくれよ!!アキラって呼び捨てで構わないぜ」
「じ、じゃあ・・・晶さん・・・・」
「か、硬いなあ・・・ハハッ」
「申し訳ありません、性分で・・・フフッ」
そう言いながら晶は苦笑する、それにつられて響も苦笑する。
そして晶が真顔になり響に告げる
「・・・響が寝ている間に、あのムカツク放送終わったよ・・・」
「・・・・そうですか・・・・・」
「放送で名前を呼ばれた人達の一覧、このノートに書いてあるんだ・・・俺の知り合いは居なかったが・・・誰か・・・知り合いは居るか・・・?」
そう言って先ほどの放送で名が告げられた者を書き移したノートを響に渡す。
「・・・・一人・・・いました・・・」
「・・・そうか・・・名前は?」
一息おいて響は答える
「御名方・・・守矢様・・・とても強い方でした・・・・」
「御名方守矢・・・そうか・・・・彼はロックと言う人に殺されたらしい・・・・」
「・・・?何故殺したお方の名前まで?」
「さっきの放送でね、残酷な殺人者の一部の名も放送されたんだよ、そのページの裏にそいつらの名前が書いてある」
響は自分の名が載っていないか、不安を胸にノートをめくる。
そこには自分の名は無かった、が信じられない人の名が乗っていた。
「そ、そんな・・・嘘・・・!?」
「ん?誰か知り合いが居たのか?」
そこには無慈悲な殺し方をしたと言う走り書きの横に楓の名が載っていた。
漂さんの友人として知り合い、それから何度か手合わせをした事がある人間だった。
普段は真面目で気が弱く、とても優しい青年。
そして彼にはもう1つの人格がある。東の青龍に選ばれし金髪の戦士。
しかしそちらの人格も好戦的ではあるが、明るく、気高く、そして優しい人格・・・
どちらの楓でも無慈悲に人を殺すなんて考えられない。
「あの・・・あの優しい楓さんが・・・・嘘!?嘘よ・・・」
誰が殺されてもそれは受け入れるつもりではあった、が、あの青年が残酷な殺人者として放送されてしまう、そんな異様な現実が響には受け入れづらかった。
「・・・・その楓って奴はこの異様な空気の毒気にやられてしまっただけだよ・・・」
そう言って錯乱している響を励ます晶。
「でも・・・あの楓さんが・・・!!」
「とりあえず朝になったらその楓って奴の元に会いに行こう、知り合いなんだろ?一度話をしたら元に戻るかも知れないぜ?だから落ち着け、な?」
「え・・・?あ・・・・は・・・はい・・・・」
晶の言葉に落ち着きをとりもどす響。
「よーし、とりあえず落ち着いたな。よかった」
響に笑顔を向ける晶。私は運が良かった、この人に会えて・・・この人を信用して・・・あの響がそう思える笑顔だった。
「さて!響が落ち着いたところで・・・・」
「・・・・?」
「ちょっと夜の仕事をしてくれるか、響?」
笑顔のまま晶が言った。
「・・・・・!!!!?」
響は言葉が出なかった。
「ん?どうした?嫌なのか?」
ああ・・・そうか・・・そうよね・・・・こんな空間で無償で人を助ける人なんて居るわけ無いわよね・・・・
この人は私の体目当てで助けただけ・・・劣情の捌け口として私を使おうとしただけ・・・
響はそう、自分の中で解釈した。
「・・・分かり・・・ました・・・」
けどもう良いや・・・私はこの人を信じるって決めた・・・たとえ私の体が目当てなだけだとしても・・・
私の純白で・・・それで私を守ってくれる・・・もう・・・それで・・・いいわ・・・・考えるの・・・・疲れたわ・・・
そんな考えに行き着いた。
「私、そういう経験・・・無いですから・・・できるなら・・・優しく・・・」
「あっはっは!そりゃそうだ、こんな経験することはないだろうなあ〜
っても大した事しなくていいよ、俺が寝てる間・・・・ってお、おい!ななななななにをしているんだ!!」
響は晶の目の前で着ている服を脱ぎだした、響の小ぶりながらも美しい曲線の乳房を持つ純白の裸体が晶の目の前に広がる。
「・・・・衣服を着ていたほうが・・・お好きなのですか・・・?」
酔っ払った漂から聞いたことはあった、世界には服を着たままの方が良いと言う無粋な人間も居ると。
きっと彼はそういう人間なのだ・・・父が生前買ってくれた最後の衣服が汚れるのは気が進まないけど・・もう・・・考えるのは疲れた・・・・好きにして・・・
そう、諦めた
「できるなら・・・あまり汚さないでください・・・」
そう言いながら全てをあきらめた顔をする響。
「な、何を誤解してるんだ!!」
「・・・・?」
「お、俺はただゆっくりと寝たかっただけなんだよ!!!!」
「・・・・えっ?」
そして響はやっと気づく、自分がものすごい勘違いをしていたことに。
「えっ・・・よ、夜のお仕事って・・・・」
「そう!ただ見張りをしてほしかっただけだ!」
「あ、そ、そ、そう・・・・なの・・・」
自分の勘違いにより取った行動を思い出し顔を真っ赤にする響。
「と、とりあえず俺は3時間位寝るから!!何かあったら起こしてくれ!!」
そう言って布団の中に潜りこむ晶であった・・・・・
────数分後
「んがー・・・グガー・・・・」
響が見張りをしている横で、安心して睡眠についている晶が居た。
人を殺している私を信用しきっている、そんな寝顔だった。
?
この人になら最後まで信用できる・・・けど・・・最後になったら・・・・?
私たちが最後の二人になったら・・・・?
私は自分をここまで信用している人を殺すことができるのでしょうか・・・?
ここまで信用している彼は私を殺すのでしょうか?
私は・・・・どうしたら・・・・いいのでしょうか・・・?
【高嶺響:現在位置 4区北、民家内 所有品:なし 目的 晶に付いていく、楓に会う】
【結城晶 現在位置 4区北 民家内 所持品:大学ノートと鉛筆(死亡者の名前を記入) 目的:休憩が出来る所を探す、人を守る、仲間探し、楓を探す】
修正
>>301の一番下の ? はコピペ失敗です
>>302の題名
: 迷う心3/5 は: 迷う心5/5の間違いです、ゴメンナサイ
304 :
ゲームセンター名無し:04/12/19 20:49:36 ID:IBPj0U9S
ふむ??
嫌な予感がするので保守
楓が、周囲に自分の存在を知らしめることも意に介さず泣き叫ぶ青年を見つけたのは、
林立するビルとビルの狭間の路上でのことだった。
(な…こんな時に、こんな大声で泣くなんて…)
最初楓は、無防備を装って近寄ったものを襲う罠なのではないかと疑っていた。
だが、その翠緑の髪を持つ青年は、楓が背後から、しかも至近距離まで近寄っても彼の存在に気づいた様子がない。
これは罠にしてはあまりにお粗末だ。この距離であれば、例え楓でなくても簡単にこの青年を刺し殺すことができる。
罠でないとすれば、基本的にお人よしで優しい青年である楓に、
目の前で泣き叫ぶ人間を無視して立ち去るようなことはできなかった。
「あ、あの…」
意を決して声をかける。肩越しにゆっくりと振り向いた青年は、よほど泣き腫らしたのか酷い顔をしていた。
「どうか、されたんですか?」
「う、ううっ…僕のせいで、僕のせいで…」
青年はうわごとのように自分のせい、自分のせいと繰り返している。
何が「自分のせい」なんだろう、と疑問に思いつつ、青年の前に回った楓の目に飛び込んできたのは、
青年がその腕に抱えていたものだった。いや、それは「もの」ではなく、人間の形をしている。
(―――――ひと?)
一見、仲のよい兄弟か友人を膝枕で眠らせているような光景。
だが、青年の膝に身を預けている緋色の髪の少年の体からは、生命の息吹が全く感じられない。
(死んでる!?)
「僕の、せいで…僕のせいで…閑丸くんが、死んでしまったんだ……」
一瞬身をこわばらせた楓だったが、青年の切れ切れの言葉を聴くと少しの戸惑いの後緊張を解いた。
少年の死に顔はとても穏やかだった。
恐らくは彼のために少年は死んだのだろう、そのことをこの青年は悲しんでいるのだろうと、そう憶測したのだ。
もし守矢がここにいれば、義弟の楽観的な考えを戒めたかもしてないが、今ここに彼はいない。
楓は青年の肩に手を置くと、勤めて優しい声で話しかけた。
「あの…気をしっかり持って下さい。あなたがしっかりしないと、その…閑丸って言う人も、浮かばれないと思います」
「……………」
涙を涸らしてしまったのか、心を涸らしてしまったのか、とにかく泣き止んだ青年は、
ようやくにして闖入者の顔を冷静に見ることができた。
一括りにして上のほうでまとめた黒髪。まだ幼さを残した顔だちと、どこかはかなげな雰囲気。
閑丸によく似ているとおもったのは、彼の感傷だったのだろうか?
先刻までバレッタと雨宿りしていた警察署。いまエミリオの前にある机には、彼女の代わりに楓が座っている。
二人とも、今までに比べれば、ほんの少しだけ表情に明るさが戻っていた。
「そう…じゃあ君は、お兄さんを探してるんだ」
「うん、兄さんはとても便りになる人だからさ。この状況を打破する何かを考えてくれると思うんだ」
「信用してるんだね、お兄さんのこと。僕にもウェンディーかバーンがいてくれたらな…」
放送までの短い間、エミリオは話した。兄や姉のように自分を可愛がってくれた人々の事、サイキッカーの事、
ここに来てからの事、怖かったバレッタのこと、死んでしまった閑丸のこと。
自分の内側に、恐ろしい何かを住まわせていることを言えないまま。
「でも、君のお兄さんやお姉さんはここにこないで済んだんだ。よかったじゃないか」
「うん、そうだね、そうだね…」
放送までの短い間、楓は話した。頼りになる義兄の事、母親のように優しかった義姉の事。
師匠と守矢と雪と、四人で暮らした楽しかった日々の事、ここに来てとても心細かった事。
自分が無慈悲に屠った二人の女性のことを、一言も口には出さないまま。
そして、短いようで実際はもっと短かった時間はあっという間に過ぎ去る。
街灯にとりつけられたスピーカーが、耳障りなノイズとともにルガ―ルの声を吐き出し始めた。
『ガイル、神楽ちづる、ガルフォード……』
ルガールの声が死者を一人一人読み上げていく。
「楓君…」
「大丈夫だよ、兄さんはそう簡単にやられはしないさ…」
「………」
ここに知人のいないエミリオは、ルガールの声よりもむしろ楓の様子を注視していた。
祈るように両手を胸の前で組む楓。その指先は、力が入りすぎているのか血の気が失せて白くなっている。
もしも彼の知人が殺されていたら、さっき楓が自分にしてくれたようになんとか慰めてやるつもりだった。
それが、死んでいった閑丸のためにもなるのではないかと、エミリオは漫然と考えていた。
『緋雨閑丸、火引弾、ビリー・カーン……』
『御名方守矢』
「………!!」
楓の喉から声にならない嗚咽が漏れる。
「楓君……」
「兄さん………嘘だろ?あなたが、なんでそんなに簡単に…っ」
楓は、まだエミリオのように大声で泣き叫んだり取り乱したりはしていない。
しかしその心が爆発寸前であることはテレパスではないエミリオにでも容易に分かる。
何か声をかけてやろうとしたエミリオだったが、ふさわしい言葉は何も出てこない。
せめて小刻みに震える背をさすってやろうと手を伸ばしたとき、ルガールの声が残酷な事実を告げた。
『ジャンヌ、ウィップを殺した楓、現在は2区か。いやはや、慈悲のかけらもない殺し方、感服したよ』
「………楓、くん?」
エミリオの怯えを含んだ目が楓を見る。
『テリー・ボガード、牙神幻十郎、御名方守矢を殺したロック・ハワード。貴様も素晴らしい』
(ロック、ハワード……そいつが、殺した?兄さんを…?)
楓の、涙をためた目がエミリオを見て、震える唇が何かを言おうとして、そして凍りついた。
本能と理性が彼に警鐘を鳴らしていた。
闘え、話し合え、相手を殺せ、自分が退け。
いつも逆方向を向く楓の中の青龍と人間は、今は楓に同じ警告を発している。
いわく、離れろ、この男から離れろ、と。
「楓君……殺したって…本当に?」
エミリオの声は平静を装おうとしているものの、やはり動揺している。
せっかく仲間になれそうな人に会うことができたのに、という落胆を自覚することは、
楓にはほとんどできなかった。
訳の分からない深層意識からの警鐘が、それを無にするほどに彼を支配していた。
エミリオから離れなければならない、という衝動に耐え切れず、彼の足が二歩、三歩と下がる。
「楓君!まってよ、僕は君を信用してないわけじゃなくって…!」
楓はもはやエミリオの言葉を聞いていなかった。
『『この男から離れなければ、一刻も早く!』』
『『さもないと……』』
『俺は…』『僕が…』
楓の思考が分裂する。千々にちぎれて乱舞する。
目の前には心配そうな目をしたエミリオの顔。それに、ジャンヌとウィップの血まみれの顔が重なる。
『エミリオ君を殺してしまう!』『この男に殺される!』
「うああああああああああああああああああっ!」
「か、楓君!」
悲鳴とも絶叫とも取れる声を上げて警察署から飛び出す楓。
呆然としたエミリオが彼を追おうとするより早く、その姿は闇の向こうに掻き消えていた。
エミリオは、暫くの間楓が走り去っていった方を見つめたまま座り込んでいた。
今度こそ仲間になれそうな人に出会えたと思ったのに。
楓が感じられなかった分の落胆を、エミリオが代わりに受けているかのようだった。
「楓君……」
どれほどの間そうしていたのか、エミリオにもよく分からない。
ほんの少しだったのかもしてないし、あるいは何時間もたっていたのかもしれない。
やがて、混迷したエミリオの思考は一つの結論に行き着いていた。
「楓君の話を聞いてあげなかった僕が悪いんだ……楓君に、謝らなくちゃ……」
ふらふらと警察署から出たエミリオは、ふと何かに気づいて雨ざらしのままになっていたバレッタの死体に歩み寄った。
(楓君は侍だったって言ってたから…刀を持っていけばきっと役に立つよね……)
彼が手に取ったのはバレッタがさくらの死体から奪った黒塗りの鞘の日本刀だった。
バレッタの血に濡れたそれをズボンの布地で数回磨き、ベルトに挟んで固定する。
もはやエミリオの死体や血に対する嫌悪感は、ウォンのコントロールを受けていないときでさえほとんど麻痺しつつあった。
「会って、ちゃんと一緒に行こうって言おう……もう一人は嫌だよ……」
死に対する恐怖よりも、孤独になることに対するそれの方が、エミリオには耐え難いものだった。
だが、同行することを許してもらおうにも、エミリオは楓の心を一度裏切っている。
どうやって楓の信用を得るか。エミリオには一つしか思いつかなかった。
「楓君のお兄さんの敵を一緒に討つんだ……そうしたら、楓君は僕を信じてくれる……!」
エミリオの背に、彼があれほど忌み嫌っていた光の翼が広がる。
その黄金の色は、彼の心を映したのか、ほんの微かに色褪せている。
「待っててね、楓君…!」
一人ごち、ふわりと舞い上がるエミリオ。
その声には、友という希望を追う少しだけの明るさと、そして少しだけの純粋な狂気が含まれていた。
【楓 所持品:レイピア 目的:なし?(錯乱中、エミリオから離れる)】
【エミリオ・ミハイロフ 所持品:日本刀(八十枉津日太刀)
目的:1.楓を追って刀を渡す 2.楓が戦闘していたら無条件で加勢する(殺害も辞さず)】
【現在地:2区ビル街(二人の距離は今のところかなり離れてます)】
抱きかかえていた女の子を、走りながら背負い上げる。
女の子に禁句だというのはわかっているが、やはり30キロを越えている時点で長時間持つには「重い」のである。
腕は痺れ、肺は過負荷に軋り上げる。
どこをどう走ったか、もう覚えていない。
気がつけば、目の前は行き止まりだった。
背後から近づいてくる長身の影。
それを先程退けた頼りの彼女は、背で気を失っている。
じり、と、影が止まった。
「…………」
その生まれでは神とされている赤い仮面は、夜の闇に照らされる悪魔の容貌。
「……来るか」
集めた雑貨をポケットで転がす。
ニーギほどうまく使えないだろうが、このままむざむざやられる気はない。
ボールペンを握りこみ、アルフレッドは身構える。
長身痩躯が背筋を伸ばした。
「……何だろ、この展開」
ぼやくアルフレッドの前では、長い足を曲げて虫のような歩き方をしている異国の神。
荷物でも担ぐように、肩にニーギを引っ掛けている。
「ツイテ来ナクテモ構ワンノダゾ」
我ガ用ガアルノハコノ娘ダケダ、と言い残して、それきりアルフレッドを見ようともせず歩き続ける。
先程、サウスタウンの本道へ足を踏み入れた二人を追って来たのは、先程海中に叩き込んだはずの神のうち一柱。
あれだけの激戦でありながら、驚くほどの短時間で追いすがられていた。
もっとも今思えば、炎の怪物の打撃はいずれも当たりが浅く、ニーギの攻撃はさして効くとも思えない。
つまりきちんとしたダメージはなかったのではないだろうか。
アルフレッドは気付いていないが、ニーギがケツァルクアトルを海に落とした精霊手の一撃は
海面への落下も相まって、ケツァルクアトルをしばらく前後不覚に追い込む程度の威力を発揮していたが、
追いつかれた今となってはもはや関係ないだろう。
「なあ、何のつもりなのさ」
「傷ヲ治ス! 疲レヲ取ル! 決着ヲツケル! アオーン!」
「……決着って」
口ぶりと今までの発言から見て、どうやらこの神は戦士の礼を重んじるらしい。
それゆえにこの発言なのだろうが。
「コノ娘、勇者ノ魂! 勇者ト戦ウ、戦士ノ喜ビ! 勇者ヲ倒ス、戦士ノ栄光!
相手ノ元気イッパイ、待ツ! ソレマデ預カル!」
「……て、ちょっと待ってよ! 勇者って……ニーギは女の子だよ!?
それに橋でわかってるだろ、まともな勝負になるわけないじゃないか!」
サウスタウンブリッジでニーギが最終的な勝者たり得たのは、炎邪との三つ巴をうまく利用したことと
アルフレッドの援護射撃があったからだろう。
正面から正々堂々、などとやってしまえば身体能力で劣るニーギが敵うとはとても思えない。
「ライオン、ウサギ倒スニモ全力! 戦ウコト意味アル! 勝チ負ケ、全テ違ウ!」
気炎を上げる神の戦士は、こうなれば放っておくしかないだろう。
アルフレッドだけでどうにかできる相手でもない。
未だ気を失ったままのニーギは、この際そっとしておくしか手がない。
彼女が目を覚ました後、何とか隙を見てとんずらするぐらいか。
「オ前、先行ケ。勇者休マセル場所探ス。我モ探ス。オ前モ探セ」
「…………」
逆らったところで仕方がない。元々、アルフレッドもそのつもりだった。
深々と夜気が鳴る。
晶の低いいびきを聞きながら、響はじっと夜を眺めていた。
一人で何もせず、ただ起きているのは少し辛い。
響の故郷なら夜風になびく草の色だけでも心を安らがせることが出来たが、この都市はひどく荒んでいる。
傍らに眠る晶を見下ろす。
今、響が刃物を突き立てれば、容易に彼の命を奪うことが出来るだろう。
もっとも刃物は手元にないが、窓に張られたギヤマン(ガラス)を割れば、十分代わりは務まる。
それなのに彼は無防備に眠っている。
胸が痛くなって晶から目線を外した。
今、手元に武器はない。
居合の心得があるが、逆にそれ以外は何一つ満足にこなせない自分には危機的な状況だろう、と響は自嘲する。
晶なら、武器がなくとも何とかなるのだろう。
もし今、武器がない状態で敵が襲ってきたら、晶は自分を助けてくれるだろうか。
あの炎の怪物の時のように。
それが勝てる見込みのない相手でも、晶は自分のために戦ってくれるだろうか。
そこで考えるのをやめた。
せっかくよく眠っている晶を起こすには忍びない。
それに、そんなことになって、見捨てられたらなどと考えたくも無い。
実際、響を見捨てて逃げるのが自然だろう。
気がつけば、また晶の顔を眺めていた。
胸の痛みと上気する頬を意識しないようにして、窓の外へ目を移す。
だから、高嶺響はこれでよかった。
もうおかしな殺し合いも何もかもなくなって、この故郷とは少し違う匂いのする夜のまま
眠る晶の代わりにずっと起きていられればよかった。
夜に浮かぶ二つの光。
目を凝らした響は、それが目の輝きであることを理解する。
そしてそれが、最初に彼女に恐怖を塗りこめた、あの長身痩躯の獣の眼光であることも。
響が諦めようとしていた疑問は、実戦を以って検証されることになる。
「ゥアアアアアアオン!」
咆哮で窓ガラスにひびが入った。
鼓膜が痛む。
「ッ、何だ!?」
後ろで晶が跳ね起きる気配がするが、響はもうそれどころではなかった。
あの血に染まった獣の目が、響の視線をがっちり捕まえて離さない。
「見ツケタ! 見ツケタゾ!」
ガラス越し、しかも距離はかなりあるにもかかわらず、その呪詛は響の魂に喰らいつく。
「戦イヲ穢シタ悪魔ノ魂! ゥアオオオオオン!」
炸裂音がした。
家数軒分は離れていたはずの怪物が、一気に間合いを詰めてくる。
響は動かない。
動けない。
武器もなく、対抗手段もなく、恐怖に駆られて暴発させるものも存在しない。
窓ごと民家の壁を突き破って、怪物が飛び込んでくる。
飛び散るガラスと建材の破片をまとって、怪物が腕を振り上げる。
一打ちで響を打ち据え、引き裂くはずの鉤爪が
「ゴアアアアアッ!」
打ち下ろされることなく吹き飛ばされた。
「大丈夫か!」
響の傍らから突き出される逞しい腕、肩。
崩拳。
結城晶。
「邪魔スル許サナイ! 悪魔ヲ守ル者、ソイツモ悪魔!」
「何のつもりだ! 響が狙いか!」
地を踏む足は八極。
「ソイツハ戦イヲ穢ス悪魔! 我ガ裁キ討チ果タス!」
「何が悪魔だ! 武器も持たない女の子に向かって!」
そびえる長身は太陽の神気。
晶が少しだけ響に視線を流す。
「こいつの相手は俺がする。その間に、君は安全なところまで逃げるんだ」
「え……」
「早く!」
晶が叫ぶ。
「サセヌ!」
その気勢に応じて、ケツァルクアトルが飛び掛った。
突き出される鉤爪を受け流し、続く爪も捌く。
連撃の隙を突き、両手の鉤拳でケツァルクアトルの腕を跳ね上げ、両手をその胴に叩き込む。
「ゴベッ!」
「早く!」
二度目の叫びは、上半身ごと振り返って投げられた。
跳ね飛ばされるように、響は民家の奥へ逃げ込む。
「破ァッ!」
「アオッ!」
歩法の深い音と瓦礫を蹴散らす音。
それから逃げるように、さらに奥の部屋へ。
奥で物陰に隠れるようにして、ようやく考える余裕が頭に戻ってくる。
ここで逃げていいのだろうか。
今、晶は自分のために戦ってくれている。
打撃音が響く。
晶は、響の期待を裏切ることなく、あの怪物と戦ってくれている。
それなのに自分はどうか。
勝てるかどうかもわからない相手を晶に押し付けて、一人で安全なところへ逃げようというのか。
そんなことは、できない。
少しだけ、と戦場の様子を覗き込んだ響の目に飛び込んだのは、劣勢の晶だった。
「噴ッ…!」
あご狙いの掌底は、あと一歩で捉えきれない。
そればかりか避ける動作をそのまま蹴りに乗せられ、カウンター気味に脇腹にもらってたたらを踏む。
「アオッ!」
そこへ迫る精霊の炎。
「……っく!」
足元に着弾。上がる火柱をどうにか後転でかわすが、無傷というわけにはいかない。
体勢を立て直そうとした晶の足を、火柱を目くらましに飛び込んできたケツァルクアトルの鉤爪が捉えた。
「っ……!」
すぐさま飛び下がる。
胴着の裾が赤い。
深手ではないが、無視できるダメージでもないらしい。
晶の技量は確実に太陽の神を上回っていたが、昼の火傷のひきつれが、晶の反応速度をコンマ数ミリ秒遅らせていた。
それはこの高レベルの応酬では、致命的に十分な遅れであった。負傷数創、火傷は炎でさらに酷くなっていた。
これ以上続ければ、彼は負ける。
「……待ってください」
それ以上見ていられなかった。ゆっくりと、二人の間に割って入る。
歩くときに足は震えたが、もう響はこれでよかった。
自分のために命がけで戦ってくれる人がいた。それがわかった。
そんな人のためなら、響は命を投げ出しても惜しくない。
「駄目だ、響!」
晶は叫ぶが、傷は浅くない。
割り込むにも速度も距離も足りなすぎる。
「アアオオオオオオオン!」
立ち尽くして断罪を待つ響に、ケツァルクアトルが腕を振り上げる。
響の命の灯火を消し散らすべく振り下ろされる神の右腕は、しかしその目的を遂げることなく止まる。
「そこまでよ」
凛と響く、ただの女の声。
ケツァルクアトルは目を見開いたまま凍りついたように動かない。
晶には、どうしてケツァルクアトルが爪を止めたのかわからない。
ただ響だけが、ケツァルクアトルが青い首輪をつけていることに気がついた。
いや、それは、ゴージャスブルーの輝く精霊手。
完璧に決まったスリーパーホールドでケツァルクアトルの背中にしがみつきながら、ニーギが辺りを睥睨していた。
「やっと見つけた……! こんなところで何を暴れてるのさ!」
民家の外、夜の領域から走り寄って来る人影。
ケツァルクアトルが振り向こうとして、精霊手に締め上げられた。
正体不明の少年に晶と響は警戒するが、ニーギは振り向きもせずに声をかける。
「ナイスタイミングよ、アル君。衛星砲の照準を私に合わせて」
「え、ちょ……」
「何を……!?」
響には彼女が何を言っているのか理解できない。
晶には女の声が何を考えているのか理解できない。
構わず、ニーギはケツァルクアトルへ矛先を向けた。
「ねえ、ケツァルクアトルだっけ? 今、アル君に衛星砲の照準をつけさせてる。
覚えてるよね? 橋を半分吹っ飛ばした光の柱よ。下手に動いたら、アレがあんたに降り注ぐわ」
「で、でもニーギ……」
アルフレッドが抗弁しようとするが、ニーギの眼光で言葉を呑み込ませられた。
すごすごとゼロキャノンのコントローラを取り出す。
「いい? あんたが変な動きしたら、まず私があんたの首を折る。
それでも動いたり、私が振りほどかれたりしたら、アル君に衛星砲で私ごとあんたを吹っ飛ばしてもらう」
晶が見上げると、やっと長身の首にしがみつく女の子を見つけることが出来た。
年のころは響とそう大差ないだろうが、折るといったら折る凄みが目元にある。
衛星砲とやらの操作が彼女の手元にあったなら、彼女は躊躇いなく自分もろとも吹き飛ばすだろう。
「ちょっと待ってくれ、君たちにそこまでしてもらうことは……」
「いいの。助けてあげるって言ってるんだから、黙って助けられなさい」
晶にもぴしりと言いつける。
晶たちにとって都合が良すぎるその提案は、反論の一切を許さない。
「……まったく。人がいい気持ちで寝てるところを。人攫いみたいに担がれた挙句に
担いだまんま振り回されてさ。落ちないように必死だったじゃないさ」
調子が一気に砕けた風になったが、ちょっとでも動けば容赦なく首を折りそうな雰囲気は変わっていない。
「で、どしたのさ。戦士だ勇者だってドラクエみたいなこと言ってたわりに、丸腰の女の子襲うなんて
言ってることとやってることが違わない?」
相手の耳が近いのも構わず、世間話のような調子でニーギはケツァルクアトルに話しかける。
「邪魔スルナ……コノ女、戦イヲ侮辱シタ悪魔。我ガ滅ボス」
「はあ?」
あからさまに馬鹿にしたような声。
「意味わかんない。あんた、そんな説明じゃ今これ誰に見せてもあんたが悪者よ。わかってる?」
「悪魔ニ味方スルカ!」
「知らないわよそんなこと。弱いものいじめしてる神様が言えた義理?」
「喧嘩したってしょうがないじゃないか」
コントローラを握ったまま、手持ち無沙汰にアルフレッド。
「もしかしたら、その……」
「ケツァルクアトル、ダ」
「ケツァルクアトル……さんが気分悪くするようなことしたのかもしれないし」
と、一同の視線が響に集まった。
「……あ、あの私は」
「コノ女突然我ヲ撃ッタ! 不意ヲ突イテ逃ゲル、卑怯者!」
「それは! ……あなたが、人を……」
抗弁する響に、熱の入ったケツァルクアトルが身を乗り出す。
「はいはい、動かない動かない」
それを腕に力を入れて制止するニーギ。
「それじゃ、まずそっちの彼女の話から聞きましょうか」
「……はい」
深呼吸をひとつついて、響は前に出た。
全ての発端は公園での出来事。
血にまみれた男を抱えたケツァルクアトル(その時はまだタムタムであったが)の姿に恐怖した響が
支給品であったM16ライフルを発砲し、逃げ去った。殺し合いの最中ならたいしたことのない、ただそれだけの出来事だった。
「オオオ……ソレハ右京ダ……『たむたむ』ノ知ッタ顔……」
「それではあなたは……知己の方を」
「見クビルナ!」
言いかけた響を大喝する。
「右京、病気ダッタ! 咳デ血ヲ吐イタ! イツ死ンデモオカシクナイ体ダッタ!」
「肺病……」
響にも心当たりがないわけではない。
彼女の時代にも肺病といえば不治の病として、未だ恐れられている。
「右京、強イ戦士! ソノ戦士、戦イデ死ネズ病イニ倒レル、コレ悲シイコト!
ダカラ『たむたむ』見送ッタ! 見送ル者イナイ、コレモ悲シイコト! ソレヲオ前ハ……!」
牙を剥くケツァルクアトルを、ニーギの精霊手が輝きを増して引き戻す。
「それでは私は……」
何も悪意のない知己の邂逅を、ただそのうちの一人が異相であったというだけで撃ってしまったのか。
「……なんと詫びればいいのでしょうか……」
「詫ビ、イラナイ! 戦士ノ魂、戦イソノモノ、オ前ドッチモ穢シタ! 許シテオケナイ!」
ケツァルクアトルがいきり立つ。
ニーギの腕のクラッチが外れかける。
「アル君! 衛星砲……!」
「え、でもニーギ……」
「待て!」
その時、いち早く響の前に立った男がいた。
「事情は聞いた。不幸な巡り合わせだった、としか俺には言いようがない……
だが、響はそれを悔やんでいるんだ。反省している人間に、無理やり罪を償わせるのが正しいなんて思えない」
「晶さん……」
あちこちの傷から血が滲んでいる。
手当てをしなければいけないはずなのに。
「アオーン! 悪魔ノ味方スルナラバ、オ前モ倒ス!」
「……いいだろう! 響を手にかけるというのなら、その前に俺を倒していけ!」
再び、晶の両足が大地を噛み締めた。
「はいはーい、だから待ちなさいってば」
ケツァルクアトルの背中にへばりついたままのニーギが姿勢を直した。
「いい? あの子はあんたのコワモテにビビっただけなのよ。たまたま武器を持ってただけ。
戦士でもなんでもない、戦うつもりもなかったただの女の子なの。わかる? あんたはそれを殺そうとしてんのよ」
「……ダガ、アノ女ハ戦イヲ」
「黙んなさい」
今までの怨讐が揺らいでいるのか、ケツァルクアトルがその一言で言葉を止める。
「右も左もわからないで怖がってる女の子を、いきなり死ぬ死なないの世界に引っ張り込んで
ルール破ったから殺す? バカじゃない?」
「……オ前ノ言イ分、ワカッタ。ダガ、襲ワレタ決着ハツケナケレバナラナイ」
戦士として、響と戦うという宣言。
もう何度目になるか、ニーギは前に出ようとするケツァルクアトルを引き戻す。
「今あの子なんにも武器持ってないじゃない。あんたのとこの戦士ってのは、明らかに自分より弱くて
しかも逃げようとしてる相手も捕まえるような奴のことを言うの?」
「…………」
場合によってはそうするが、今の響と戦うのは確かに戦士と誇れる行動ではない。
我知らず晶に視線を移していたケツァルクアトルの雰囲気を、ニーギは鋭敏に察する。
「それもダメね。あの子と戦わないなら、あの人とも戦う理由なんてないでしょ。
要するにあんた、ウサ晴らししたいだけじゃないの。みっともないわよ、カミサマのくせにさ」
「……ヌウウ、愚弄スルカ」
「おあいにくさま、私は自分に正直なだけ。
これ以上ガタガタ言うようなら、お空の大砲が火を吹くわよ」
言われて、ケツァルクアトルは天井を見上げた。
夜空は見えないが、横の少年がコントローラのスイッチをひねれば
一瞬でケツァルクアトルの宿るこの肉体は消滅する。
おそらく、背に乗せたニーギも含めて。
「……オ前、何故ソコマデ?」
「私の好きな人は、こういう時に自分は関係ないって顔は絶対しない。だから、よ。
私はあの人に相応しい女でいたいから」
宣言する声に震えはなかった。
遂に、ケツァルクアトルは根負けした。
「……ワカッタ。オ前ノ魂ノ輝キニ免ジテ、今ハ見逃ス。ダガ次ニ会ッタラ、今度コソ滅ボス」
「そ。じゃあ、次も私が止めてみせる。それでいいよね?」
「わかってるよ……ニーギはそういうの放っておけないんでしょ」
諦め気味にアルフレッドは答える。
「だってさ」
長身痩躯の肩越しに言われ、晶と響はなんとなく呆気に取られている。
「次に会ったら、多分武器があってもなくても戦う羽目になると思うから、準備だけはしておいて」
「あ、ああ……すまない」
「その……お礼の言葉もありません」
「いいって」
ケツァルクアトルの髪の毛でよく見えないが、背の女の子はくすぐったそうに笑っているらしい。
「俺は結城晶。で、こっちは響」
「……高嶺響と申します」
「ニーギよ。あっちがアル君、こっちはケツアル……なんだっけ」
「ケツァルクアトル」
「そうそうケツアルクアトル。よろしくね。もし良かったら、また会いましょう。
私さ、このゲーム壊すつもりだからさ、知ってる人は多いほうがいいしね」
二人で歩く夜空は曇っていたが、切れ間から差し込む月明かりが目に眩しい。
「いい子がいて、助かったな」
「……ええ、本当に」
街のネオンサインは灯されず、街灯はところどころ電球が切れかけて心許ないが、田舎育ちの響には何の問題もない。
「すまない、俺ばかり休んでしまって」
「いえ……」
それは気にしていない。むしろあの場面で、二度も響の前に立ってくれたことに響から礼を言いたいほどだった。
「それより、傷の御手当てを……」
「ん、ああ……いや、大丈夫さ。かすり傷だ」
「いえ、膿んでは後に障りますから……」
袖を切って足跡の包帯を作り、膝を突いて晶の足に巻く。
「せめてこれだけでも……」
「ん、ああ……ありがとう」
響が立ち上がると、ちょうど晶と向かい合う形になった。
沈黙が流れる。
「さっきの子、ゲームを壊すって言ってたよな……」
「そ、そうですね……」
「あの子も、誰かのために戦っているんだろうな」
自分の声が上ずっているのがなんとなくわかる。
晶が気付いていなさそうなのが、なんとも歯痒い気分だった。
「響」
「は、はい」
「生き残ろう」
「はい」
「これ以上、誰も死なせやしない。もちろん君もだ」
「はい……」
まだ、戦える。
響はそう思った。
二人が行ったのを見届けた後、ニーギが背中からずるりと落ちた。
走り出そうとするアルフレッドに先駆けて、ケツァルクアトルが支える。
「ニーギ!?」
「気ヲ失ッタダケダ……タイシタモノダ」
元のようにニーギを担ぎなおし、ケツァルクアトルは半壊した民家を後にする。
満足に休息できたわけもなく、ニーギは精神的にも肉体的にもサウスタウンブリッジでの疲労を引きずっているはずである。
「……小僧、衛星砲トイウノ、本当ハ撃テナイダロウ」
「……なんでそれを?」
フム、と鼻を鳴らして、アルフレッドがついてくるかどうか確認もせず、ケツァルクアトルは喋り続ける。
「コノ女、気ヲ失ウチョット前、アノ二人ガ出テ行ク時、全身ニチカラ入ッテタ。
我ガ殺気出シタラ、腕チギラレテモ我ノ首ヲ折ル覚悟、シテタ。ソレ、我ヲ止メル手段、コノ女シカイナイカラ。違ウカ?」
「…………」
押し黙ったアルフレッドの様子を勝手に解釈したのか、それ以上ケツァルクアトルはその話題を出そうとはしなかった。
幸いにして住宅街だったため、休めそうな民家を適当に見繕って進入する。
「小僧、コノ女、名ヲ何ト言ウ」
顔を上げるアルフレッドに、ケツァルクアトルは反応を気にせず続ける。
「名前、ソノ者ヲ示ス。名前覚エラレル、認メラレルコト。我、コノ女勇者ト認メタ」
「……ニーギだよ。ニーギ・ゴージャスブルー」
フム、と鼻で返事をしてケツァルクアトルは教わった名を口の中で噛み締める。
「ごーじゃすぶるー。ごーじゃすぶるー」
数度繰り返し、うつむいて押し黙る。
しばらくして、太陽の神は顔を上げた。
「良イ響キダ。ソウ思ワンカ、小僧」
「……そうだね」
なぜ敢えて呼びづらい方を呼ぶのかがまず理解できないが、適当に相槌を打っておく。
「なあ、やっぱりニーギが回復したら、戦う?」
「当タリ前ダ。ごーじゃすぶるーダケデハナイ。サッキノ男ト、サッキノ女ト、炎ノ悪魔トモ決着ツケル。コレ戦士ノ定メ」
「そんなことよりさ……せっかくしばらく一緒にいることになったんだし、ゲームを何とかしない?」
「ゲーム! ゲーム! アオーン! 戦イ、我勝チ残ル! オヤジモ倒ス! 円満解決アオーン!」
昨日はあれだけ高いびきだったニーギは、今はかすかな寝息を立てるのみ。
彼女が目覚めるまで、ほぼ一晩中この微妙に信用ならない生物と睨み合いかと思うと
とても眠くなってくるアルフレッドであった。
そういえば、ケツァルクアトルから逃げるのに必死で、また放送を聴き忘れていた。
【高嶺響 現在位置:4区から移動 所有品:なし 目的 晶に付いていく、楓に会う】
【結城晶(火傷、右脛に軽傷) 現在位置:響と同行 所持品:大学ノートと鉛筆(死亡者名を記入)
目的:休憩ができる場所を探す、楓を探す、人を守る】
【アルフレッド 所持品:雑貨、チェーンソー、ゼロキャノンコントローラ 目的:とりあえず生き残る 現在地:4区民家】
【ニーギ・ゴージャスブルー(大消耗、再気絶) 所持品:なし 方針:ゲーム盤をひっくり返す 現在地:アルフレッドが保護】
【タムタム(ケツァルクアトル) 所持品:ガダマーの宝珠 方針:悪魔の意思を持つものを滅ぼす、響・晶・ニーギ・炎邪と再戦
現在地:アルフレッド・ニーギ組に無理やり参加】
ハワードアリーナ・・・・サウスタウン住民の催し会場的な存在。そこは善良な市民達の憩いの場として親しまれていた。
表向きは・・・・・
ロック・ハワードはハワードアリーナ内部の最上階にいた。
最上階の奥には無骨な扉が1つあった。
扉の横には暗証番号式のキーロックが掛かっている。
キーに手を当て、数字を入力する。
液晶に『パスワード確認、キー解除』の文字が浮かび上がると共に目の前の無骨な扉が開く。
「・・・覚えているもんだな」
ボソリと呟き開いたドアから中へ入っていく。
鍵はあえてしめない、つまらなくなるから。
何十もあるふすまが自動的に開いていく。
幼い頃を思い出す、父の事、そして母の事
幼い頃母と共にハワードアリーナに連れられた事がある。ここは親父──ギース・ハワードの隠し部屋の1つ。
ハワードアリーナに連れられてきた時は決まってこの部屋に連れていかされた。自分を下種な人間から隠す為か、それとも父がただこの空間を俺に見せたかっただけか、今になっては知るすべも無い。
最後のふすまが開く。
それに反応してたいまつに火が灯される。
暗い部屋にたいまつの明かりが広がる。
そこにはたいまつに照らされた仁王像が立ち並ぶ広い空間があった。
「昔と変わっていないな・・・・・・」
当然だ、最後に連れられた日から数日後、俺は家を出た、その数ヶ月後、親父はテリーに殺された。当然だ、親父はテリーよりも弱かったからだ。
ロックはさらに奥へと足を進める、向かった先には父が愛用していた椅子があった。ロックはそこに腰掛け、もたれかかる。
「・・・・」
ロックがここに来た理由は周りに居る人間から戦いを逃れる為ではなかった。
深い意味は無い、強いて言えばルガールが設置していると思われる隠しカメラがウザかったから。
殺し合いをするのは別にいい、が、あんなヤツの為に殺し合いをするのはシャクだった。
ギースタワーにある親父の私室でも良かったのだが、流石に遠いし2区から移動すると折角の放送が台無しになる。
あのルガールの放送で自分の名前が呼ばれた、凶悪な殺人者として・・・自分が殺したのは本当は一人だ、だがそんな事はどうでもいい。
「早くこいよ・・・俺はここに居るぞ・・・・楓・・・!!」
あの勝手に死んでいった男は自分の事を楓という奴と勘違いしていた。奴はこう言って居た。
『何があった・・・か・・は・・・知ら・・・ないが・・・何故・・・覚醒・・・を・・・・』
『・・・フフッ・・・覚醒して・・・いても・・・昔から・・・お前は分かりやすい・・・』
と・・・
自分と良く似た男が居る、そしてそいつは俺にソックリで、何かに覚醒できるらしい。
是非会いたい。
俺が仇なんだろ?だから待っててやる。
待って。
会って。
足掻きあって。
俺が勝って。
俺が殺して。
俺が生き延びてやる。
「・・・・俺は待っててやるよ・・・お前が来るまで・・・・!!」
そう、楓だけじゃない、テリーの知り合いも沢山居た、テリーの敵討ちとして俺を狙う奴も居るだろう・・・そいつ等も待っててやる・・・・
そんな事を思い、ロックはそこで待っていた。
数十分後────
足音が聞こえる、ふすまが開く音が聞こえる。
誰かがこの部屋に向かっている。。
ロックは無言で立ち上がる。そしてその誰かが来るのを待つ。
楓か・・・?それとも別の誰かか?
楓じゃ無くてもいい。誰でもいい。
そいつと戦って、勝てばいい。それが自分の証明。
最後のふすまが開く、そこには銃を構えた金髪の女性が立っていた。
「・・・動かないで・・・・貴方に聞きたいことがあるの・・・・!」
【ロック・ハワード 所持品:デリンジャー、ワルサーP99 目的:自分より弱いものは全て殺す 楓を待つ】
【ブルー・マリー 所持品:火炎放射器、ワルサーPPK 目的:ロック・ハワードを探す、ゲームから抜ける】
【現在位置 3区ハワードアリーナ内ギースの隠し部屋】
「じゃあ、まずどこへ行く?」
リリスはヴィレンに微笑む。
人を殺しても少女の様子は変わらない。むしろ楽しげだ。
それにもう慣れつつある自分に、違和感を感じなくなっている。
もしかして自分も人間じゃないんだろうか。ヴィレンはそんなことを考える。
「…どこでもいい」
「わ、じゃーねえ〜、ん〜と…」
と、言いかけ、リリスが突然倒れた。
「…あ?」
何の冗談かと、地面に横たわる少女を睨む。
「…オイ、ふざけてんじゃねえぞテメエ」
つま先で倒れた少女をつつく。反応は無い。
「………」
しゃがみこむ。首筋を触ってぎょっとする。まるで氷のような冷たさだ。
鼓動は…いや、もともとこいつにそんなもんあるのか?
揺さぶってみる。反応は無い。
「…マジか」
予想も出来なかった事態に、ヴィレンは眉根を寄せた。
あれえ、あれえ、おかしーなあまっくらだよ?
なんだかつめたいな、だれもいないのかな。おーい、おーい。
やだなあ、やだなあ、これじゃまるで…ひとりぼっちだったあのときといっしょだよ…。
おーい…ねえ、だれか…さみしいよう、さみしいよう…。
「リリス」
暗闇に人影が浮かびあがる。
真紅のドレスに翡翠色の髪。整いすぎた体と顔立ちは人を思わせない。
あ、モリガン!モリガンだ!!わーい。
「悪いコね…どれだけ寄り道をする気なの?」
あ…怒ってる?
「あたりまえでしょう?きちんと"お使い"も出来ないなんて…何のために人間界に送ったと思ってるの?
そこに紛れ込ませるのも結構面倒だったのよ。」
ごめんなさーい…。
「それに…ちょっと食べ過ぎよ、貴女。太っても知らないんだから」
ふえええええ。
「とにかく…ちゃんとお使いの続きをなさい。浮かれる気持ちもわかるけど…人間に干渉しすぎだわ」
…だって、楽しいんだもん…。
「ええ、だから気持ちはわかるわ。私は貴女ですもの。だけど…今は我慢しなきゃ駄目よ。
これ以上遊んで…貴女の存在が気付かれたら、予定が狂ってしまうわ。」
そっかあ…。
「よくって、しばらく力を使うのは禁止」
ええ〜っ!そんなあ。怖い人たちにリリス痛いことされちゃうよう。
「痛いのは嫌いじゃないでしょ?」
そうだけどぅ…お使い終わる前に、殺されちゃうかもぉ…。
「ただでは死なないくせに。
それにそうしたら私に戻ってくるだけじゃない…死ぬのなんて一瞬だけのことでしょ。
…まあ勿論、そんなことになったらお仕置きだけど?」
あうううう。
「それに…可愛いナイト様がいるじゃない。頼りにしたら?」
ないと?
「そうよ、良い女は自然に良い男が守ってくれるものなのよ」
…ボクのこと?
「守ってもらうのも悪く無いものよ…ふふ」
う〜ん…そうなの…?
「さあ…わかったらお使いの続きよ。
ルガール・バーンシュタインの魂を「最高の状態」で持ち帰ること。
でも、人間の前で力を使っては駄目。いいこと?」
わっかりましたー!
「イイコね…じゃあ、行きなさい。」
リリスが目覚めると見慣れない天井があった。
「…ふにゃ?」
布団の上に寝かされている。ここはどこだろう?
「起きたか」
傍らにヴィレンがいた。酷く不機嫌そうな顔をしていた。
「あれえ…ここどこ?」
「さっきの店の二階だ」
従業員用の仮眠室だろうか。だが…二階?
「あれ…ボク、その足で二階に登ったの?」
「悪いか」
意外だ。
「…リリスのこと、捨ててっちゃえば良かったのに」
「お前は色々と使えるからな…まだ捨てるのは勿体無い」
その答えにリリスは頬を膨らませる。
「そんなモノみたいにぃ…ひっどーい」
「それよりなんで急に倒れたんだ」
「うーん、えっとねえ…うん、まあ色々あって」
「…んだ、そりゃ」
「女の子には秘密があるものなの!」
「ふざけんな」
「ぶー」
ここまで話してリリスはふと、気付く。
いつになく彼は饒舌ではないか?対応はぶっきらぼうではあるが、こんなに会話をしたことはない。
そうだ、顔も態度も酷く不機嫌だ…だが、もしかして。
「…ね…ボク、心配してくれたの?」
「うるせえ」
そんな返事も嬉しくて、リリスは微笑む。
「あのね、ボク」
「…ヴィレンだ」
予想外の返事にリリスは面食らった。
「…やっと名前教えてくれたね?」
「いい加減おかしな呼び方されるのも癪だからな」
「ツギハギの名前だねえ。ヴラジミール、イリチ、レーニン」
「………」
…力を使わないっていったら、どうなっちゃうかな?怒られちゃうかな?
使わないより使えないって言ったほうがいいのかな…うーん…。
まあいいや、「使えない」で。
「あのね、ヴィレン君」
「……」
「リリスね、普通の女の子になっちゃったよ」
「…は?」
「あ、普通の女の子よりはちょっと可愛いけど」
「おい」
「ううん、だいぶ可愛いけど」
「待て、どういう意味だ」
「だって可愛いでしょ?」
「そっちじゃねえ…力が使えないって」
ヴィレンの質問に、リリスは満面の笑みで答えた。
「リリス、ヴィレン君と同じ普通の人間になっちゃったよ」
【ヴィレン(左脚骨折・リリスの能力で痛みはなくなってる)
所持品:チェーン・パチンコ玉・鉄釘など暗器・アーミーナイフ 目的:ゲーム参加】
【リリス 所持品:不明 目的:おつかい完了・ヴィレンに守ってもらう】
現在位置:3区中央土産物屋2階
放送を三度も聞き逃していると、さすがに不安になってくる。
アルフレッドはとりあえずケツァルクアトルに「放送を聞いていたか」と訊いてみたが、彼も全く気に留めていなかったらしい。
「別ニ聞イテイナカッタカラト言ッテ、困ル事ハ無イダロウ」
「いや……知り合いが無事でいるか気になるんだよ……」
先ほど出会った結城晶と高嶺響の二人なら聞いてるかな、とちょっと考えたが、今から二人を探しに行く気にはなれない。
ニーギをケツァルコアトルに任せて置いていくのも、何だか心配だ。
多分テリーなら無事でいるんだろうけど……と口の中で呟く。
既に彼がこの世の人物ではない事を知るのは、いつの事だろうか。
しかし、既に五十人近くもの死者が出ているという過酷な状況を知らずにいるおかげで、アルフレッドはさほど神経をすり減らさずに済んでいる。
唐突に殺し合いの中に投げ込まれ、衛星兵器の威力に度肝を抜かれ、二柱の神の凄まじい力のぶつかり合いを目の当たりにしても、まだ心のどこかで「何とかなるだろう」と思っていられるのも、一つにはそのせいだろう。
そして何より。
アルフレッドは、傍らで眠っているニーギを見やる。
このどこまでも強気で快活な、神をも恐れない豪華絢爛な魂の少女の存在が、アルフレッドの支えになっていた。
言動は破天荒だが、とても頼りになる人だと改めて思う。
「……そう言えば僕、全然役に立ってない気がするなぁ」
彼も上手いタイミングでゼロキャノンで援護射撃をしているが、それが霞むほどに、ニーギの強さは彼に鮮烈な印象を与えていた。
「女の子に戦わせて、僕は引っ込んでるだけか……」
少し自己嫌悪。
足を引っ張るくらいなら、手伝わない方がよっぽどマシなのはわかっている。
それでも、自分の無力さが歯痒い。
戦の神に『勇者』と呼ばれた彼女が、少し羨ましかった。……彼女にはいい迷惑かもしれないが。
暗がりの中、膝を抱えて溜め息をつく。
僕は、このまま彼女と一緒に居ていいんだろうか。
と、ニーギが目を覚ましたのかもぞもぞと動いた。
「ん……あー、アル君……」
だるそうな声でアルフレッドを呼び、ベッドの脇に置かれていた自分の支給品袋を指差す。
「悪いんだけどさ、私の袋から水取ってくれない?」
「あ、うん」
袋の中身をかき回す音が少し、ほどなく「はい」という声と共にペットボトルが差し出された。
「ありがと」
受け取ろうと相手の方を見て、ニーギはアルフレッドがどこか元気がないのに気付いた。
「どうしたのさ、何か浮かない表情してるよ」
「え!?そんな事無いよ」
顔をそむけたアルフレッドに怪訝な表情のニーギ。
寝返りを打って、反対側に居たケツァルコアトルを見やる。
腕組みをして座り込んだまま微動だにしない神の姿に、勝手に納得したようにうなずく。
「そりゃこんな怖い顔のおっさんと一緒に起きてるのも嫌だよね。見張りはこの人に任せて、アル君も寝ちゃえば?」
「いや別にそういうわけじゃ……」
「そう、ならいいけど」
ニーギはあっさりと引き下がった。
怖い顔と評されたケツァルクアトルは黙ったままだ。
再び、部屋は静寂に包まれた。
本当は、少し弱音を吐きたい。
でも彼女は慰めてくれたりしないだろう。
優しくないわけじゃない。下手な同情はしないだけだ。
やっぱり強いんだな、とアルフレッドは思う。
また自分と比較してしまって、またそんな考え方をする自分が嫌になって、ぐるぐる思考は回り続けている。
「……おーい、やっぱり沈んでるぞー」
ベッドから声がかかる。
振り返ると、ニーギが真っ直ぐにこちらを見つめていた。
暗がりの中でも、輝いて見える瞳。
「……ごめん、ちょっと考え事してた」
視線を合わせられない。彼女の視線に負けて、何もかも吐き出してしまいそうだった。
黙りこくってしまったアルフレッドに、ニーギは眉根を寄せる。
「ふうん?まあこう言っちゃ無責任かもだけどさ、あまり落ち込まないでよ。頼りにしてる人がそんなんじゃ、こっちも不安だしさ」
予想だにしなかった彼女の最後の一言に、アルフレッドは膝に埋めていた面を上げた。
「え……頼りにって……僕?」
「そりゃそうでしょ。もしここにあんなおっかない仮面男だけしか居なかったら、私落ち着かなくて眠れないわよ。アル君って何か安心できるんだよね、寝てる女の子を襲ったりもしないだろうし」
うんうんとうなずくニーギに、アルフレッドはぽかんとする。
おずおずと、疑念を言葉にしてみる。
「頼りに……なるのかな。僕はニーギやケツァルさんみたいに強くないし……」
「何、もしかしてそんな事気にしてたの?強いとか弱いとか、そんなしょうもない事にばっかこだわってるんじゃないわよ」
やっぱりばっさりと言ってのける。
しかしその言葉に敵意はない。
「こんな状況で、こうやって気楽に話せる相手が居るだけでも随分こっちは助けられてるんだからさ。ケンカの腕前の一つや二つでうじうじ悩むなダイバカ」
「……励ましてるんだかけなしてるんだかわからないよ」
反論するものの、怒る気はしない。
にっ、とニーギは笑って、アルフレッドの顔に手を伸ばし頬をくいっと引っ張る。
「私もう少し寝るから。明日もまたよろしく頼むよ、相棒」
言うだけ言って、ニーギは布団をかぶりなおして、また寝息を立て始めた。
アルフレッドは、沈んでいた気分が上昇してくるの感じていた。
随分単純なものだ、と自分でも呆れる。
それでも彼女の口から『相棒』という言葉が出たのは、嬉しかった。
「……戦士ノ資格、戦イノ強サダケ違ウ」
それまで黙りこくっていたケツァルクアトルが口を開く。
驚いて視線をこっちに向けたアルフレッドに、そのまま続ける。
「戦士ニ必要ナモノ、魂ノ強サ。ごーじゃすぶるーモ強イ魂ノ持チ主、ユエニ我モ勇者ト認メタ。小僧、オ前ハごーじゃすぶるーノ相棒ニフサワシイ魂カ?」
問われ、アルフレッドはニーギを見やる。
自分には彼女ほどの強さも度胸も無いけれど……それでも、彼女が『相棒』と呼んでくれた。
「ああ、そうありたい。こんな素敵な女の子の相棒の座、放棄する気なんてないよ」
しっかりと、言葉に思いをこめて、自分の魂を示す。
ニーギが、彼女の好きな人にふさわしい人物でありたいと願うように。
アルフレッドも、例えこのゲームの間だけでも、彼女の相棒にふさわしい人物であろうと思う。
ニーギは自分の支えになっていてくれているのだ。自分も彼女がその心のままに在れるよう、彼女の支えになろう。
ケツァルクアトルが仮面の奥の眼を、すっと細める。
「……小僧、オ前ノ名前モ聞イテオコウ」
真正面からその視線を受け止め、力強く答える。
「アルフレッドだ」
【アルフレッド 所持品:雑貨、チェーンソー、ゼロキャノンコントローラ 目的:ニーギと一緒に行く 現在地:4区民家】
【ニーギ・ゴージャスブルー(大消耗、睡眠中) 所持品:なし 方針:ゲーム盤をひっくり返す 現在地:アルフレッドが保護】
【タムタム(ケツァルクアトル) 所持品:ガダマーの宝珠 方針:悪魔の意思を持つものを滅ぼす、響・晶・ニーギ・炎邪と再戦
現在地:アルフレッド・ニーギ組に無理やり参加】
「雨、止んできたな」
空を見上げて紅丸が言う。
すっかり雨にぬれて降りてしまっているトレードマークの金髪を手で触りバサバサッと水を払う。
静電気で立たせるにはもう少し乾かさないとダメのようだ。
「あら、そのままでもステキよ、紅丸」
もともと目にかかる髪型なのでほとんど変わらないその髪から同じように水を払い、
紅丸の方を向くシェルミー。一瞬髪をかきあげたようだったがやっぱりその瞳は見えなかった。
「そりゃどうも」
気のない返事をして歩く。
決してシェルミーを邪険にしているわけではない。むしろ先の戦闘でのダメージを心配していた。
今後の動き方を考えながらであるがゆえのうわの空である。
とりあえずは拳崇を追う。そう思っていたのだが冷静に考えると非常に危険な行為だった。
相手の武器はバズーカ。こっちには画鋲と果物ナイフ。物陰に待ち伏せられたら終わりだ。
だいぶ距離は離れただろうが、やはり同じ道を行くのは危険と判断した。
「シェルミー、すこし遠回りしよう」
「あら、なにか考えがあるのかしら?」
「拳崇の裏に回ろう。あの状態で遠くまで逃げるとは思えない、この区画のどこかに潜むはずだ。
待ち伏せもありえる。ならばこの区画を回って裏から狙う」
紅丸の提案に唇に人差し指を当てて考えるシェルミー。
「わかったわ。頼りにしてるわよ、紅丸♪」
この期に及んでも軽い口調のシェルミーだったが、その言葉の端に疲労を感じ取る紅丸。
拳崇をシメたら休まないと体がもたないな、それに・・・
「あの放送、どう思う?シェルミー」
放送の間も黙々と歩いていた二人はお互いの胸に秘めていた考えを少しずつ吐露していった。
「三種の神器が死んだわね」
「ああ、ちづるちゃんだな。あとは知った名じゃテリーか・・・」
華麗に舞う黒髪の美女と、KOFで何度も激戦を繰り広げた金髪の男の顔を思い浮かべた。
一緒に、ライバルであり親友の顔も浮かんだ。そいつを狙ってた赤髪の男の顔も。
アイツにもう会えない、しかしあまり時間は沸かなかった。
もし亡骸を見つけたらバカヤローと言ってやる、とだけは決めていた。
「あと、ルガールの言ってたヤツらだけど・・・」
「ええっと、カエデにロックにリュウだったわね。どれも知らないわ」
紅丸もあの放送以来考えていたがどの名前も知らないものだった。
つまり、知らない相手に出会ったらそいつらである可能性を考慮しなくてはならない。
「どんなヤツだろうな。カエデは日本人ぽいけど」
「案外、カワイイ女の子かも、浮気しちゃやーよ紅丸ゥ♪」
そう言って体をクネらせるシェルミー。紅丸はああ、状況と相手が然るべきものだったらなあとため息をついた。
しばらく放送の話をしたあと、話は今後のことに移っていた。
「シェルミー、君はどうする。ケンスウを追って、そのあとは?」
「あのボウヤをとっちめたら、そうね、もうほとんど知り合いもいないし・・・
とりあえずは社を探すわ、あとは、ルガールにオ・シ・オ・キ♪かしらね」
「そうか。そうだな、俺もできれば誰かを、って言ってももう真吾とK'のヤツくらいしか・・・」
いったところで気配を感じる。これは強烈な殺気。
しかし自分たちに向けられたものではない。それは焦りにも似た、空気に溶けた殺気。
近づくことさえはばかられるオーラというのか、建物の一角から放たれるそれは徐々に近づく。
向こうも気づいているだろう、どうする。逃げるか、いや、背中を撃たれるのはゴメンだ。
そう思い、紅丸は機先を制することにした。
「よぅ、ゴキゲンかい?」
精一杯明るい声で話しかけてみた。もしも無差別な殺人鬼ならば問答無用で襲い掛かってくるだろう。
戦闘体勢をとりながら相手の反応を待った。
「・・・二階堂か」
現れた男を見て紅丸は目をこすった。
自分の知っている彼とは違う、そう思った。しかし確実に本人である、それも間違いなかった。その男は
「リョウ・サカザキ・・・」
知り合いではあった。だが、今の彼はKOFの時に会う彼とはあまりに違う。容姿以外は全て別人に思えるほどに。
「アンタらしくないな、そんなに殺気をふりまいて。まるで人殺しだ」
「ああ、二人殺している」
リョウが一歩近づいたのに合わせ半歩下がる。その言葉がウソでも本当でも、警戒すべき相手であることは確定した。
「俺達と、ヤる気か?」
「俺の道を阻まねばよし、もし阻めば容赦はしない」
チラリとシェルミーを見る紅丸。いつものように目は見えない。そして少しクネクネしているが、これは彼女のスタイルだ。
いつでも戦闘に移れる体勢、彼女もまた警戒していた。
「ひとつ聞きたい」
リョウが切り出した。空中の殺気が何割増しかになったのを感じる。気の弱い人間ならこれだけで逃げ出しそうなほどの威圧感だった。
「青い胴着の男を見なかったか」
「さあ、見てないな」
簡潔に答える紅丸、リョウはその目を見つめる。万が一ウソでもつこうものなら即座に殺されそうな視線だった。
「アタシもよ、でも、その男が何か?」
「・・・妹の仇だ」
短く言った。紅丸は黙っていたがシェルミーはさらに問いかけた。
「他に情報は?」
「人体の破壊を楽しむ、関節や骨を狙う。あとはわからん」
「そうか、やっぱり俺たちは」
「知ってるわ、そいつ」
空気が揺れた。紅丸ははっとしてシェルミーの方を向く。
すでにリョウはシェルミーの目の前にいた。速い。
「二階堂は見ていないと言ったが?」
「アタシも見てはいないわ」
おてあげのポーズをするシェルミー。殺気と怒気を入り混じらせてリョウがシェルミーの首を掴んだ。
「はっきりしろ、言ったはずだ。道を阻めば容赦はしない」
リョウの手に力がこもる。もう少しの力でそのまま首の骨をへし折ることができるだろう。
しかしシェルミーは汗ひとつかかない。いや、実際雨に濡れた顔では汗をかいているのか定かではなかった。
「ガイデルの娘。レオナだったかしら、彼女をね、いたぶってオロチの血に覚醒させた。多分そいつよ」
「確証は」
「ないわ、でもあの娘相当陰険なやられ方してたから。条件もそろってないオロチの血を目覚めさせるなんて相当の苦痛よ」
相当の苦痛。聞いてリョウはユリの姿を思い浮かべた。
精神が崩壊するまでの苦痛。たしかにやり口が似ている。まだ見ぬヤツの姿を思いまた腕に力が入る。
「いたっ、ちょっとはなしてよぉ。教えてあげたじゃない」
「まだだ、ヤツはどこだ」
「知らないわ、あの娘を見たのだって昨日だもの」
「チッ」
舌打ちをしてシェルミーを乱暴に離す。
ドサッとシェルミーの体が道路に崩れる。
「シェルミー!」
紅丸が駆け寄り抱きかかえる。そしてリョウを睨む。本人は嫌がっていたはずだが、その姿はさながら姫を守る騎士の様相だった。
「サカザキ、あんたには同情するが、女の子に手をあげるのはいただけないな」
「同情などいらん。俺がほしいのはヤツの命だけだ」
言ってバッグからショットガンを取り出す。紅丸にその銃口を向ける。
「行け」
そう言って首で指図する。早く消えねば撃ち殺すという意思表示だった。
「どうにも、スマートじゃなくなっちまったな。もともとバタくさいヤツだとはおもっちゃいたけど」
シェルミーを抱えたまま銃口を睨む紅丸。その頬を汗とも雨の雫ともとれない水滴が滴る。
紅丸につかまって起き上がりながら、シェルミーは口を開いた。
「あら、自分だけ聞きたいことを聞いてズルいわよ?アタシたちの質問にもこたえて頂戴」
「・・・」
銃口を向けたままリョウは答えない。
紅丸は起き上がったシェルミーをかばう形でリョウに向きあっていた。
「クリスを殺したのは貴方?」
「違う。七枷にも聞かれたな」
短い問答だが、何か間違えれば引き金が引かれかねない緊張感が場を支配していた。
シェルミーはその伺い知れない瞳でリョウを見つめながら、なおも問うた。
「あら、社にあったのね、彼どこ?」
「わからん。俺も奴に会ったのは昨日だ」
実際は先刻、病院での邂逅がありえたのだが、それは為されぬままに終わっていた。
「そう、ありがと。アタシはもういいわ。紅丸は?」
「え、あ、ああ」
突然話を振られ困惑しつつも、気になる相手について尋ねておいた。
「真吾かK’・・・」
「見ていない」
質問も途中で返され、ふぅ、とため息をつく紅丸。
「OK、とっとと退散させてもらうよ」
リョウは答えない。ショットガンの引き金に指はかかったままだ。
シェルミーと紅丸はリョウに背を向ける。
立ち去りながら、振り返らずにシェルミーが言う。
「そいつ、ルガールの手下かもしれないわ。オロチのことを知っていてやったなら、ね。
だとしたら、さっきの放送、ルガールの言っていた殺人者の中にはいないでしょうね」
「そうか」
短く言ってリョウは向けていた銃をおろす。
少しずつ遠くなる背中を見つめるリョウに、紅丸もまた、振り返らずに言った。
「邪魔する奴を蹴散らして、レディに手をあげて、で、妹さんの仇を討ったら、アンタどうするんだい?」
答えを待つように歩みを止めた。シェルミーも紅丸に倣う。
リョウは答えなかった。しばらく紅丸の背中を見つめ、銃をバッグにしまい。背を向けた。
雨の上がりかけた空に月が見え隠れする。
まだ霞む月光の下で、お互いはそれ以上言葉を交わすことなく歩き出した。
【二階堂紅丸 所持品:画鋲50個 目的:シェルミーに引きずられるまま、拳崇をシメる、出来たら真吾とK'と合流したい】
【シェルミー(全身打撲) 所持品:果物ナイフ
目的:社と合流、クリスの仇討ち、ついでに拳崇をシメてルガールにお仕置き】
【リョウ・サカザキ 支給品:火薬 ショットガン(残り弾数5発) 現在の目的:日守剛への復讐】
【現在位置:5区東寄り】
【備考:シェルミーと紅丸は5区から移動、3区の東側を回って拳崇を3区北から狙う予定】
響です。あれから私たちは三区の方へ向かおうとしています。
「響、怪我は平気か?」
「はい、晶さん」
あんなことがあった後でも晶さんは優しいです。
晶さんはなんでこんな私を守ってくれるのでしょうか?
「晶さん…」
私が彼に声をかけようとしたその時、背後から声がしました。
「晶ちゃん?」
「その声は…葵!?」
晶さんが振り向いたので私も振り返りました。
「うん、葵。…よかった、晶ちゃんが生きてて…もう死んじゃったんじゃないかって心配したんやで…?」
葵と言う名前の着物を着た綺麗な女の子はそういうと晶さんに抱きつきました。
私どうすればいいのかしら?心がもやもやします。
「おい葵、怪我してるのか?」
「ええ、でもこれくらいなら大丈夫。」
「大丈夫じゃないだろ?ちゃんと手当てしないと」
「そういう晶ちゃんやって怪我してるやんか…」
「でも俺はちゃんと手当てしてあるから!」
晶さんのその手当ては私がしたんですが…。
「で、こちらの子はどちらはんどすか?」
私はとっさに晶さんの後ろに隠れてしまいました。
「あ、怖がらせるつもりはあらへんから安心してな。私は梅小路葵、晶の幼馴染みどす。」
葵さんはにっこりと微笑んでいます。しかし目は少し警戒しているようでした。
私のことを疑うのはわかります。ですがわかってください。
私は晶さんの友達を殺す気はありません。傷付けたくありません。
「た、高嶺、高嶺響です」
「響ちゃん、ね。素敵な名前どすな」
「あ、ありがとうございます」
「よろしくね、といいたいところなんやけど…」
葵さんは声のトーンを落として言いました。
「単刀直入に聞くわ。晶ちゃんたちはこのゲームに乗る気?」
「乗るものか、みんなを俺は守りたいんだ…大切な仲間をこれ以上失うものか、な?響」
私はうなずきました。
「よかった。晶ちゃんがいつもの晶ちゃんで…じゃ、私も一緒にいてもいい?」
「もちろん!」
取り残された気分。私、葵さんにやきもちやいてるのかしら?
「なあ響…葵の手当てもしなきゃならないし、今までのお互いの状況も話したいし、どこかで一休みしようか?」
違います、これは焼きもちじゃありません。でも、なんだか辛いんです。
晶さんは葵さんのことよっぽど心配なんですね、心配するなとは言いません。
でもそのうち晶さんは私を捨てて葵さんだけを守るんでしょうね。見ず知らずだった私よりも幼馴染みの葵さんのほうが大切なのは当然ですから。
わかってます。私がおかしいって。晶さんも葵さんも私のこと信じてくれてます。私も二人を信じて…信じてっ…。
違う違う違う、信じてるけど、でも私は…!
「響ちゃん、行きましょう?」
「私のことはほっといてください!二人で行動すればいいじゃない…!」
「響!?」
私は最低だ。葵さんも晶さんも悪くないのに。私は二人から…二人の優しさから…逃げてしまった。
二人が私の名前を呼ぶけど私には聞こえません。どこまでも走った私は、一人になりました。一人ぼっちです…。
「これでよかったのよ…」
涙で前が見えません。晶さん、葵さん、ごめんなさい…ごめんなさい…。
【高嶺響 現在位置:三区中心部 所持品:なし 目的:喪失中。一人で泣いています】
【結城晶(響に手当てしてもらいました) 現在地:四区の境 所持品:大学ノートと鉛筆 目的:響を追うかはお任せします】
【梅小路葵(左腕を負傷 現在地:晶と一緒に四区の境に 所持品:釣竿とハガーのノート 目的:晶と同行、今までの経緯や目的を語る。響についてはお任せします。)】
ちょっと疑問が・・・
アルフレッドって一人称「僕」なのだろうか?
こいつの台詞って公式じゃあんまり無いけど
「大した事ないねぇ」、「行くぞぉ!」、「皆ありがとう!」等から考えると結構勝ち気で一人称も「俺」って感じがするんだが
すいません。感想版と間違えましたorz
「・・・・やはり画像が悪いな・・・・」
ルガールはモニターの前で呟く。
まさかハワードの隠し部屋に入る者が居たとは・・・いや、私のミスだ。予想できた範囲だ、あのギースの犬も居たのだ。ありえる話だ。
急遽リモコン式の小型ラジコンカメラをそちらに向かわせたのは良いが、画像が悪い、部屋の中が暗がりという事もあり尚見難い。しかも音が割れている。
「・・・・後でどうにかしなければいけないな・・・」
そう、早めにどうにかしなければならない、ここでは血の宴がまだまだ続くだろうから・・・。
────
「あんたは・・・・!」
ロックは軽い衝撃を受けた、この女性は・・・・
「・・・・私はこんな殺し合いゲームには乗る気は無いわ・・・・」
ガイルの事を思い出したのか、マリーは暗めの口調で話し出す。
「私の名前はマリー、エージェント・ブルー・マリー、貴方に2,3点質問したいことがあるの」
マリーは銃を構えたまま話を続ける。
そうか・・・この女性がブルー・マリー、テリーの財布に入っていた写真の女性・・・・テリーがよく会いに行っていた女性・・・
まさか、こんな形で出会うなんてな・・・・
「・・・質問・・・?」
「そう、質問。私がこのゲームに参加させられる前に受けた依頼。貴方を探せっていう依頼があってね・・・」
マリーは正直に答えた、こういう事は下手に隠すよりも先に真実を話たほうが良い。
「・・・・いいよ、聞いてやるよ・・・エージェント・マリー」
「・・・光栄だわ・・・まず1つめ・・・」
マリーが銃の構えを解き話し出す。
「・・・貴方がギース・ハワードの息子、ロック・ハワードね?」
「・・・そうだ。」
事実を答えた、隠す内容じゃないから。
「・・・・二つ目の質問。この部屋は何?ここに噂のギースの遺産が有るの?」
「いや、違う。この部屋は親父の私室みたいなモンだ、家族なら誰でも入れるような部屋。親父はこんな所に遺産を隠すような馬鹿な真似はしないと思う。」
「そう、じゃあこの部屋に来た理由は?」
「深い意味は無いよ、強いて言えば隠しカメラがウザかったから。」
事実を答えた。隠す必要は無いから。
「そう、じゃあ3つ目の質問、ギースの死後、何処に居たの?」
「・・・・あの放送、聞いていないのかい・・・?」
答える前に質問をした。
「・・・・貴方の口から聞きたいの・・・・」
少しの間続く静寂。
「・・・・テリーに育てられていた。」
真実を答えた。
真実を答えた。
「・・・・そう・・・テリーから養子を迎えたとは聞いていたけど、貴方だったなんてね。」
マリーは何かを思い出すように軽く微笑んだ。
「・・・・テリーは俺の事、何か言ってた?」
「・・・・とてもいい子だって、二人っきりの時でも私に貴方のことを話してた時期もあったわ、私が貴方に嫉妬しちゃってから余り話さなくなったけどね・・・・」
「・・・・とってもいい子・・・か・・・」
「ええ、明るくて、そして強い子だって・・・」
「そっか・・・・テリーが・・・」
ロックも何かを思い出したように少し微笑んだ。
「で、聞きたいことは終わりかい?」
微笑を消しロックが聞く。
「いいえ、後1つだけ有るの・・・凄く個人的な事なんだけどね・・・」
顔付きを変えマリーは再び銃を構えた。
「本当に・・・貴方がテリーを殺したの?」
再び続く静寂。
「・・・・ああそうさ・・・・」
ロックの声で破られる静寂
「俺が、テリーを殺した!!!」
嘘を答えた。
「そう・・・・じゃあ!!!」
マリーはワルサーの引き金に指を当てた。
「あの世でテリーに謝ってきなさい!!!!」
パン、パンと乾いた音が部屋中に響いた。
が、その弾丸の目標であるロック・ハワードはそこには居なかった。
「!?」
「・・・殺し合いゲームには乗らないんじゃなかったのか?」
気が付けば目標はマリーの後ろに居た。銃を打たれた瞬間、ロックはレイジランでマリーの背後に移動していた。
「・・・これはゲームじゃない、個人的な復讐よ!!」
マリーはロックから離れ再び銃を構える。
「私はテリーの事を愛していた!!」
再びロックに向け銃撃を放つ。
「ああ、知っている。」
銃撃の全てをレイジランで避けながら淡々とした物言いで答えるロック。
「そのテリーを貴方は殺した!!」
銃撃は無駄だと悟り関節を取るために間合いを詰めるマリー。
「ああ、その通りだ。」
再び淡々とした物言いで答え、暗黒の闘気を纏いマリーの方向へ踏み込むロック。
「だから、私がテリーの仇を討つ!!!」
ロックの腕を捕らえるために飛び込もうとするマリー。
「それは無理だ、あんたは俺より弱い!!」
マリーが飛ぶより先に暗黒の気を纏ったロックの掌底がマリーの腹部に衝撃を与える。父ギースが得意としていた必殺技、邪影拳・・・
「・・・ふぐッ・・・!!」
掌底の勢いを利用して掌底ごと床にマリーを叩きつける。逃げ場の無い掌底の力がマリーの内臓に壊滅的打撃を与える。
「が・・・っ!」
叩きつけられた内臓から血が逆流する。ゲハッと言う音と共にマリーの口から大量の血が噴出す。
内臓が破裂した証拠だ。
意識が・・・遠のいていく・・・・ダメ・・・マダ・・・・────────
「・・・・」
血を吐いて倒れているマリーの顔を掴みあげるロック。
「・・・・止めを・・・・さすなら・・・刺しなさい・・・よ・・・」
マリーは最後の力を振り絞り血だらけの口から声を出す。
「ああ、そうさせてもらう。」
淡々と答える。
「・・・・あの世で・・・テリー・・・・と・・・・待ってるわ・・・・」
「残念ながらテリーやあんたとは会えない、悪いな」
「フフッ・・・凄い・・・・強気ね・・・・・・・・・」
そう言ってマリーは微笑む。
「じゃあ・・・・・・・・早く・・・・・・・テリー・・・に・・・会わ・・・・せ・・・て・・・・?」
「ああ、テリーにヨロシク言って置いてくれ」
そう言ってマリーの顔ごと上に振り上げる。
「あばよ・・・!!」
振り上げたマリーの顔面ごと床に叩きつける。
ギシャリと言う音と共に、マリーの顔から血の薔薇が咲いた。
「俺は・・・テリーやあんたと違って、天国には逝けねえよ・・・」
そう言って、ロックは顔についたマリーの血を拭った。
【ロック・ハワード 所持品:デリンジャー、ワルサーP99 火炎放射器(マリーからルート) ワルサーPPK (左に同じ) 目的:自分より弱いものは全て殺す 楓を待つ】
【ブルー・マリー 死亡】
【現在位置 3区ハワードアリーナ内ギースの隠し部屋】
「おい女、いきなりだが死ね」
剛が泣く響の首を締めてきたので響は剛の金玉を蹴りあげた。
「うぐっ」
「奇襲なんて卑怯よ」
口ではそういうが響は笑っていた。石を剛の目にぶつけ、剛が苦しんでいる内に響は転がっていたビールの瓶を剛にぶつける。
「ぐわあああああ」
剛の頭と瓶はわれた。
「弱いからそうなるのよ。あなたは強いフリをしているだけの弱者。死がおにあいよ」
響は高笑いをした。愛らしい凶器がここに生まれた。人を信じられなくなった彼女はもう戻れない。
「勝つのは私。お父さん見ててね」
【高嶺響 現在地:3区 武器:割れた瓶 目的:皆殺し】
【日守剛 死亡】
目を開く。
そこはよく知る街だった。
女、ブルー・マリーは目を瞑る。
もう一度開く。やはりここは愛する人の故郷。
ついさっきのことを思い返す。
あの後、一人一人バッグを手渡されて変な機械に入れられた。
まばゆい光に包まれ、次に目を開いたらここにいた。
「トランスポーター・・・ってわけね。大層なもの持ってるじゃない」
テリーは先に名を呼ばれ、機械に入った。
ジャパニーズで言う50音順だったらしい。
他にも知り合いはちらほらいたが、山崎を残してみんな先に出発させられた。
いや、全員ではない。あの金髪の少年、いや青年か。テリーの方を気にしていた彼もまだあの部屋に。
考えても仕方ない、どうせ転送位置はランダムだろう。何をするにももう少し後だった。
頭を切り替える。マリーは周囲の様子を伺い、人の気配がないことを確認してから入念なストレッチを行った。
殺し合いをするわけではない。しかしいついかなる時にでも万全の体勢で行動を起こせるようにしておく。
長年のエージェント稼業で学び、身体に染み付いていた。安全の確保、行動の準備、そして、
「状況の再確認及び対策、ね」
いつもの手順を復唱し、ルガールの言葉を思い出す。
これはゲームだという。最後のひとりしか生き残ることの出来ないゲーム。
首輪ははずせず、爆弾入り。何かの間違いで外れても脱出は不可能。バッグには必要最低限の物資と支給品。
ため息をひとつつく。
「つまり、アイツの掌ってことね。さて、どうしようかしら」
ぐるりと周辺を見回し、一番背の高そうなビルに目をつけた。
「乗り気のヤツがいたら、建物の影なんかは逆に危険、か」
勝手知ったる街とは言え、隅々まで把握しているわけではない。
「OK、とりあえずはあそこね」
そのビルの屋上を見上げながら、マリーは歩き出した。
会場のあちこちに、参加者が転送され終え、本格的な殺し合いが開始される、ほんの数分前の出来事である。
街はまだ、平穏を保っていた。
目を疑う。
目の前にある、これらは一体なんだ?
男、鷲塚慶一郎は目を瞬く。
じっと考える。ここはどこだ、あれはなんだ、一体どうなったのだ。
名前を呼ばれたのは最後だった。
布の袋を渡され、なにかキラキラ光る箱に入れられた。
入れられる前に、促した女に問いかけてみた。
「女、げぇむとは何だ?なにをたくらんでおる」
女の答えは簡潔だった。
「貴方たちの言うところの遊戯です。趣旨は説明したとおり、最後のひとりまで殺し合ってください」
その後の鷲塚はというと殺し合いが遊びとは何事だと掴みかかり、複数の男に取り押さえられて箱に入れられた。
気がつくと不思議な形の建物と異国の文字が並ぶ街に放り出されていたのだった。
とりあえず、如何すべきか。幕末の維新の志士は、サウスタウンに佇んでいた。
「ルガール様、全参加者の転送、完了しました」
ヒメーネがうやうやしく礼をする。
わかった、と短く答えてルガールが放送機器のスイッチを入れる。
「それでは、スタートだ。健闘を祈るよ」
芝居がかった声でそれだけを通達する。
モニターに映る街に声が響いただろう。
さて、あとはしばらく高見の見物といこう。
運ばれてきたブランデーがグラスに注がれる。
掌でそれを弄びながらモニターに目をやり、口の端をゆがめた。
グラスに揺れるブランデーは、さながら参加者の運命を暗示するかのようだった。
【Absolute Code Battle Royale プログラム開始】
外の雨は、少しづつ小降りになってきている。そろそろ止みそうな気がしないでもない。
「…………」
昨日も今日も、実にいろんなことがありすぎた。
神を名乗る異形のものとの戦い、手にした神をも断つ光の刃、そして神をも恐れぬ少女との出会い。
今、光の刃を操る術はアルフレッドの傍らにあり、神をも恐れぬ勇気を持った少女は彼の目の前で無防備な姿を晒している。
そして数奇なめぐり合わせの末に同行することになった異相の神は、その長身を丸めて窓際の机の上に座り込んでいた。
一旦起きて少しの会話は交わしたものの、やはり疲労には勝てなかったのだろう、
アルフレッドの横で、ニーギはまるで死んでいるかのように眠っている。
一方のケツァルコアトルに目を移せば、こちらには疲労の欠片も見受けられない。
流石は神を名乗るものといったところか。恐らくは睡眠も休息も彼には無用のものなのだろう。
ニーギのいっていた通り、見張りをケツァルコアトルに任せて自分も休もうかな、とアルフレッドが考え始めたとき、
窓の外をじっと見たまま彫像のように動かなかったケツァルクアトルが不意に身じろぎした。
「……どうしたんだ、何かいたのか?」
「……フム、ドウヤラ野暮用ガ出来タ様ダナ」
「野暮用?」
「神ノ眷属ガ目ヲ覚マシタ」
いつも人間的な感情をあまり感じさせないケツァルクアトルの声には、
珍しくアルフレッドには読み取れない何かの感情が滲んでいた。
神を模した仮面の下の目は、針のように細められている。
「神の眷属って、あの炎の……?」
あの炎の化け物もまた自分たちを追ってきていたのか、と青ざめるアルフレッドだったが、
ケツァルクアトルの返答は彼の予想とは異なるものだった。
「イヤ、アレトハマタ違ウ。アレハ純粋ナル炎ノ化身、タダ破壊ノ為ニ存在スル者。亜奴ハ、ソレト違ウ。」
「でも、あんたらと同類なんだろう?」
何が違うのか、と問いただすアルフレッドに、ケツァルクアトルは首を降る。
「雷鳴ノ眷属、ソノ点、我等ト似テイル。ダガ亜奴ハ己ノ意思ヲ持タヌ。名ヲ青龍ト言ウガ、ソレ自体ハ戦士デハナイ。
ソノ資格ヲ持ツ人間ニ戦士トシテノ意思ト力ヲ与エハスルガ、アクマデ人間ノ意思デ動ク」
「人間の意思で?」
ニーギが起きていれば、それは万物の精霊、あるいは式神というものだと言ったかも知れない。
「人間ノ意思ニヨリ動ク故、本来ハオ前タチ人間ノ味方。ダガ……」
その先は言われずとも想像がついた。
人間の価値観の通じない相手の厄介さはケツァルクアトルとのやり取りで痛感していたが、
神の力を持った人間がいたとしてそれが本物の神よりも話が通じるという保証はない。
しかも、今は殺さなければ殺されるといった状況下である。アルフレッドに未だ実感はないが。
ケツァルクアトル同様の強大な力を持ったまま、ゲームに乗ってしまった「人間」がいるとしたら…想像するだに恐ろしい。
「………で、あんたはどうするのさ。まさか、今から戦いに行くなんて言わないでくれよ?」
残って見張りを続けて欲しいというアルフレッドの期待は、実にあっさりと裏切られた。
「戦イニ行ク。ごーじゃすぶるーハ、一度オ前ニ任セル。何ガアッテモ守レ」
「ちょっ……勝手だぞ!?」
「我、闘イヲ司ル神。ソレガ戦イヲ望ムナラバ、行ッテ相手ニナル、当然ノコト」
言うが早いか、ケツァルクアトルは長い黒髪をなびかせて窓から身を躍らせた。
「おい!ちょっと待てってば!」
「案ズルナアルフレッド、スグニ戻ル」
アルフレッドが、ケツァルクアトルが己を名で呼んだ事に驚く暇もあればこそ。
人にあらざる速さで夜の街を駆ける神は、あっという間にアルフレッドの視界から消え去ってしまった。
「何考えてるんだ……」
残されたアルフレッドは、暫く呆然と空っぽになった机の上を見ていた。
「……………」
あまりに早く静寂が戻りすぎて、まるで最初からそこには何もいなかったかのようだった。
開け放たれた窓が風に煽られてキイキイと小さく軋んでいる。
「後先考えないで……ほんと、勝手な……」
太陽の神がいなくなった部屋は、急にがらんと広くなったように感じられる。
夜風の肌寒さに肩を震わせて、アルフレッドはぱたんと窓を閉めた。
金髪の青年が血を吐くほどに激しく咳き込む音が、周囲の静寂をささやかに破っていた。
休息はある程度とった。だが金髪の女に棒のような物で突かれた喉はまだ呼吸をするたびに痛む。
「あの女…全くえげつないところ狙いやがって…」
自分がウィップという少女の喉をいたぶりながら刺したことも棚に上げて、楓は憎憎しげに毒づいた。
自分が誰よりも慕っていた兄は殺された。もう自分には知った仲の人間は残っていない。
ロック・ハワードとかいう、名前しか分からない男をどうにかして殺さねばならない。
そのためには何としてでも生き残らなければならない。そう、何をしてでも。
楓を取り巻く全ての要因が、彼に目に映る全ての人間を切り裂くよう囁いている。
そして、「今の」楓にそれを拒む理由は何処にも無かった。
「あの女はこっちに行ったか……まあ後顧の憂いは断たねえとな」
血と脂で濡れたレイピアを持って、楓は東へと歩を進めた。
「しかし、話を聞いても何も、いまさら何を言っても聞いてもらえるわけがねえだろうが……」
楓は自戒した。普段の自分の行動に情けなさを感じるのは一度や二度のことではなかったが、
ここに至ってそれは度を増してきている。
というよりも、あの哀れな黒髪の青年が自分自身だとは信じたくない気分だった。
いっそ本当に別人であればよかった。もしそうだったら今の楓は「普段」の楓を真っ先に斬っていただろう。
だが、皮肉なことに、肉体のみならず、楓の記憶は覚醒している時もそうでないときも一貫している。
「そういえばあいつ、俺のことをそれほど怖がってなかったよな…?」
言い知れぬ不吉な予感に追い立てられるように逃げてきてしまったが、多少怯えてはいたにせよ
あの緑の髪の少年は放送を聞いた後でも楓のことをそれほど恐れていなかったように思える。
寧ろ、必死に何か話しかけようとしていた。今考えてみると、あれは自分を引きとめようとしていたのではないか?
「……ま、そんなこと俺の知ったことじゃないがな」
今は、効率よく参加者を始末することを考えていればいい。
つぶやいて、楓は割り込んできかけた「普段の」楓の思考を振り払った。
【アルフレッド 所持品:雑貨、チェーンソー、ゼロキャノンコントローラ 目的:ニーギと一緒に行く 現在地:4区民家】
【ニーギ・ゴージャスブルー(大消耗、睡眠中) 所持品:なし 方針:ゲーム盤をひっくり返す 現在地:アルフレッドが保護】
【タムタム(ケツァルクアトル) 所持品:ガダマーの宝珠 方針:青龍と闘う、響・晶・ニーギ・炎邪と再戦
現在地:4区から高速で西に移動中】
【楓 所持品:レイピア 目的:最優先でロックを殺す。出会った参加者は殺す。 現在地:2区ビル街から東に移動】
八十枉津日太刀。
神代の時代の邪神の名が冠されたそれは、かつて全ての存在を憎み、全ての存在を破滅せんとした一人の黄泉の剣士が振るった刀である。
漆黒の刀身は禍々しい怨念と殺意を孕み、見る者に死と絶望を想起させる。
この刀を打ち上げた刀工自身がその魂を蝕まれて床に伏せり、ついには死へと追いやられたほどの邪悪な存在だが、何者かによって主の手から引き離されてしばらく人の血を吸う事が無かったためか、最近までその邪気はなりをひそめ普通の刀と変わらぬ外見となっていた。
その眠りを覚ましたのは、異国の街で開かれた血と硝煙と殺戮の宴。
怨嗟、憎悪、悲哀、絶望、ありとあらゆる負の情念に八十枉津日太刀は呼応し、緩やかに目を覚ます。
そしてここに居ない本来の主に代わり、自分に血を吸わせてくれる者を欲した。
春日野さくらが八十枉津日太刀の邪気に呑まれなかったのは、単純に所持していた時間が短かったためと、彼女が強烈なまでに真っ直ぐな正の魂の持ち主であったからだろう。
そして彼女は殺意の波動に目覚めたリュウと出会って殺され、八十枉津日太刀はしばらくその場に放置されていた。
この時は完全に目覚めていなかったせいか、その刀身は未だごく普通の鋼の色であった。
のちにこれを拾った緋雨閑丸とバレッタが、業物ではあるがただの刀と見たのはそのせいだった。
だがリュウの纏っていた殺意の波動、バレッタのどす黒いまでの凶暴な魂に触れ、八十枉津日太刀は確実に覚醒していった。
そして。
「楓君……待っててね楓君……僕も一緒に行ってあげる……!」
今、八十枉津日太刀はエミリオ・ミハイロフの手の中にある。
力は力を呼ぶ。
強力なサイキッカーである彼に触発され、八十枉津日太刀は完全に覚醒した。
もはやその刀身は夜の闇よりも暗い黒。纏う気配は純然たる悪意。
「楓君を助けなきゃ……許してもらうにはそうしなきゃ……楓君の敵を、僕も一緒に倒すんだ……そうだ、僕も一緒に殺すんだ!あはははは!」
一人になりたくない、楓と友になりたい、その一途な思いを八十枉津日太刀の邪気が絡め取り、増幅させて捻じ曲げた。
「楓君の邪魔をする人は僕が殺すんだ……!」
今の彼はウォンの操作を受けていない、気弱で優しい人格の状態のままだ。
だが八十枉津日太刀はその優しささえも利用して、エミリオを狂気と殺戮の道へと誘おうとしていた。
三度目の放送は、春麗に深い衝撃をもたらした。
「死なないでって言ったのに……必ず戻るからって言ったじゃない……」
ガルフォードが死んだ。ようやくショックを乗り越え、また一緒に戦おうと誓ったばかりなのに。
彼の頼みに逆らって、一緒に残るべきだっただろうか。……いや、きっと結果は変わらなかっただろう。
それがまた春麗をやりきれない気分にさせた。
そして、追い討ちをかけるように晒された殺人者の名。
それこそ信じたくなかった。まさかリュウが、さくらとダンを殺しただなんて――!
殺意の波動に目覚めてしまったのか、何故こんな時に――いや、こんな時だからこそか。
この場に居た数少ない友人の一人が殺人者へと変貌している事実に、春麗は愕然とする。
もう誰を信じていいのか……春麗はビル壁にもたれてうなだれたまま、動けなかった。
どれくらい、そうしていただろうか。
かすかな物音を耳にして、春麗ははっと顔を上げた。
探知機には自分以外の光点は無い。ジャマー機能のある腕輪はザックの中にしまってあるので、そのせいでもない。
音は次第にこちらに近付いてきている。
ジョーカーか!?戦慄し、瞬時に身構える。
どれほど落胆していようとも、そこは流石に元ICPO特別捜査官だ。
物音に耳を澄まし――そこで彼女は、違和感を覚えた。
足音にしては随分異質だ。どちらかと言えば、機械音に近い。
訝しく思い、さらに神経を研ぎ澄ませる。
キュラキュラという音に混じって、何か聞き覚えのある音……いや、これは鳴き声だ。
「……にょ……にょー?……にょお……」
弾かれたように、春麗は鳴き声のする方へ走り出した。
「パピィ!パピィなの!?待って、私よ!」
「にょ?……にょー!」
鳴き声と奇妙な音が近付いてくる。
やがて角を曲がって現れた影に春麗は走り寄り……かけて止まった。
「パ、パピィ……なの?」
「にょ?」
鳴き声と太い眉と大きな耳は確かにパピィだが、あの忍者然とした姿とは丸っきり違う。
足はキャタピラ口は砲門、まるで戦車だ。
戸惑う春麗だが、砲門にかけられた焼け焦げた布に目を留めた。
かなり煤けてしまっているが、黒のまだらの間からのぞく橙色は、間違いなくガルフォードのマフラーの物だった。
よく見るとパピィも腹部に火傷を負っていた。
「また姿が変わったのね……あなたも戦っていたのね、パピィ」
歩み寄って、抱きしめる。
「生きてて良かった……あなただけでも……本当に……っ!」
声がかすれる。例え犬福でも、心を許せる存在が無事でいてくれたことに、酷く安堵した。
「にょおー……」
マフラーを差し出すように、パピィが砲門を動かす。
「……そうね、私たちが彼の遺志を継がないと」
マフラーをしっかりと握りしめる。
泣くのも後悔するのも絶望するのも、全部後回しだ。
今自分にできる事をする。命を懸けたガルフォードのためにも、あの火月という青年を元に戻してやらねば。
パピィを連れ、春麗は再び歩き出した。
探知機のおかげで、他の参加者と鉢合わせて時間を食う心配はない。
後はジョーカーと、居るかはわからないが自分のようにジャマー系の支給品を持っている人間にさえ気をつければいい。
神経を尖らせ、慎重に進む。
幸い、他人の足音は聞こえてこない。
足音は。
のしかかる疲労をものともせず、エミリオは飛び続けていた。
彼の心を占めているのは、ただただ楓を助けたいという思い。
それは純粋なのだが、薄ら寒い狂気を孕んでいる。
まるで、一点の曇りも無い抜き身の刀身ごとく。
どれくらい飛んだだろう。
まさか楓を追い抜いてしまったのではないか、あるいは自分は違う方向に向かっているのではないかと不安が脳裏をかすめ始めたその時。
眼下に女性が一人いるのを見つけた。
じわりと、黒い意識がエミリオに囁きかける。
――ナア、コノ刀ガドレホドノ斬レ味カ、知リタクナイカ?
――そうだね、きちんと使えるかどうか確かめておかなきゃ。なまくら刀渡されたら、楓君が困るよね。
――デハ、アノ女デ確カメルノハドウダ。
――そうしよう、ちょっと試し斬りするくらいなら、殺さないならいいよね!
自分を支配しようとする狂気をもはや疑問に思うことなく、エミリオは翼を傾けた。
上空に何かの気配、そしてかすかな羽ばたきの音。
鳥だろうか?と春麗は何の気なしに空を見上げる。
その目が驚愕に見開かれた。
上空から舞い降りたのは、光の翼を背負った美しい少年。
――まさか、天使!?
思わずそう思う。
だが、その腰にあるのは黒塗りの鞘の刀。
そして降り立った少年は、呆気に取られている春麗たちにまさに天使のような微笑みを見せ、
「ごめんなさい、ちょっとこの刀の試し斬りをしたいんです……殺しはしませんから」
柔らかな声音で告げて、カチリと鯉口を切った。
「な……何なのあなた……」
あまりにも突拍子もない事態に思考が追いつかない。
春麗は、先ほどまで確かに自分の周囲には誰もいない事を示していた探知機の画面を一瞥する。
画面中央の自分の光点の周囲には、今も反応は全く無い。
そして目の前の少年の首には、確かに首輪がある。
冷や汗が伝う。ボウガンを構え、春麗は慎重に問うた。
「探知機にあなたの反応が無いの……あなたの首輪からは信号が発せられていない……あなた、ジョーカーなの?」
「ジョーカー?何ですかそれは……僕の名前は、エミリオですよ?」
すらりと、エミリオは刀を抜き放った。
現れた暗闇よりもなお暗い刀身に、春麗はぞっとする。
「ふふふ、どこを斬ったらいいのかなあ……腕かな、足かな?胴は死んじゃうかもしれないよね……」
ずしりと重い刀をしっかりと握り締め、エミリオは相変わらず優しい微笑みを浮かべて踏み出す。
ジョーカーだろうがそうでなかろうが、彼は自分に危害を加えるつもりだ……春麗の身体に力が入る。
エミリオは大きく刀を振りかぶって斬りかかった。
およそ洗練された動きとは程遠いそれを、春麗は横っ飛びにかわす。痛めた足は、今はさほど動きの妨げにはならない。
足払いをしかける。だがエミリオは飛び上がり、今度は上空から斬撃を放つ。
大振りなおかげで動きが読み易い。落ち着いてボウガンの狙いをつけて矢を放つ。
エミリオはどうにか刀の軌道を変えて矢を叩き落とした。
「殺す気で撃ってるの……?やめてよ、僕は殺さないって言ってるじゃない!」
再び滑空してくるエミリオに蹴りを放つ。
それもひらりとかわされ、春麗は唇を噛んだ。
「ちょこまかしないで……っ」
「あなたこそ大人しくしててよ!」
攻防は次第にヒートアップしてきた。
春麗は苛々とエミリオを遠ざけ、狙い撃ち、蹴飛ばそうとする。
何なのこの子、いきなり試し斬りしたいとか私を襲うとか、何よ邪魔しないで私にはやらなければならない事があるのよだからだから――
――邪魔スルナラ、殺シテシマエバイインジャナイ。
「にょーっ!!」
矢を弾いて体勢を崩したエミリオに必殺の蹴りを叩き込もうとした春麗を、パピィの必死な鳴き声が止めた。
振り返る。パピィは、怯えたような目をしていた。
(わ……私、今何を考えていたの……?この子を殺そうと……)
自身の思考に驚愕し、隙ができた春麗に、エミリオは容赦なく斬りかかった。
「にょ!にょーっ!」
させじと、パピィが大砲をぶちかます。
「うわあっ!」
致命的ではないがかなりの痛みを与えられた少年は、きっとパピィの方に向き直った。
「どうして邪魔するの……僕の邪魔をしないで!!」
標的をパピィに変え、刀を振り上げ飛行する。
パピィは慌てて逃げようとするが、キャタピラの足では素早い移動はままならない。
「やめてーーーっ!」
ざしゅっ、という音と、赤い血飛沫。
必死に走ってパピィを抱えて跳び退った春麗の左腕を、刀は深々と切り裂いていた。
「くぅっ……!」
「にょ!にょにょー!にょおお……」
痛みに脂汗を流し、春麗はエミリオを振り仰ぐ。
「ふうん、斬れ味は十分だね」
エミリオが自分の袖でぬぐった刀身からは、禍々しい気が発せられているのがありありとわかる。
この少年は刀の邪気にあてられているのか……そして恐らくは、自分も。
「その刀は危険よ、あなたはそれに狂わされているっ……手放しなさい!」
「何を言っているの……?駄目だよ、これは楓君に渡すんだから……邪魔する気ですか?」
ぴたりと、刀が春麗の首筋に当てられた。
が、すぐにそれは下げられた。
「そうだ、こうしてる間に楓君、困っているかも……早く行かなきゃ……楓君を探さなきゃ……どこなの楓君……」
うわごとの様に、エミリオはぶつぶつと呟く。
その表情が、ぱっと明るくなる。
「あなた……最初に探知機の事言っていましたよね?あなたは楓君を探せるんですね?そうでしょ?」
子供らしく、期待に満ちた表情をするエミリオだが、春麗はそれすら恐ろしく感じた。
「楓君を探して。助けてあげないといけないんだ……」
「……駄目よ、私にも探している人が……」
言い終えないうちに、エミリオが春麗の腕を掴む。
切り裂かれた左腕を。
「っああっ!」
「急いでいるんだ、楓君がどこかへ行っちゃう、許してもらいたいんだ、助けないと……探してよ、探して、探して!」
腕を強く掴んだまま、エミリオは激昂する。
このままでは殺されるかもしれない……春麗はついに折れた。
今ここで自分が死んでしまったら、ガルフォードの遺志を継げる人物がいなくなってしまうのだ。
「わかった、探してあげる……ただ、少しだけ待ってちょうだい」
エミリオは顔を輝かせた。うなずいて、手を離す。
ザックを引っ掻き回して、何か紙の類が無いか探す。
生憎、支給品の地図しか使えそうなものはなかった。
仕方なくその裏面に、春麗は流れ出る血を指に取り、簡潔な文を書く。
そしてもう一つ思いつき、表の地図の一点に赤い印を付け、更に文を書き足す。
「パピィ、これをお願い」
不安げに自分を見上げてくるパピィの砲門に、地図をガルフォードのマフラーでくくりつけた。
そしてそっと囁いた。
「もし私が駄目だった時のために、これを持っていって。そこに、火月を助けるために蒼月という男を捜しているって書いてある。怖くなさそうな人を選んで渡してね」
「にょ!?にょー!!」
「ごめんね、一人にさせてしまうけど……どうか、無事でいてね……行きなさい、あなたのご主人様のためにも」
最後にパピィの頭を撫でて、春麗は立ち上がった。
エミリオは待ちきれない様子で、彼女を引っ張る。
「早くして、早く……」
一度だけ春麗はパピィを振り返ったが、すぐにエミリオに引っ張られるまま、行ってしまった。
パピィはその後姿を追おうとしたが……くくりつけられたご主人様のマフラーと、もう一人のご主人様とも言うべき春麗から託された地図が視界に入って、踏みとどまった。
キュラキュラと方向転換し、ゆっくりと歩き出す。
どうか、どうかまたちゅんりーさんと会えますようにと、ひたすらに祈りながら。
【春麗(足、左腕を負傷&消耗) 所持品:探知機(効果範囲1km、ジョーカーには反応せず)、ボウガン残り5本、腕輪(ジャマー効果あり) 目的:1、楓を探す 2、パピィと再会し風間蒼月を探し出す】
【エミリオ・ミハイロフ(かなり消耗) 所持品:日本刀(八十枉津日太刀) 目的:1.楓を追って刀を渡す 2.楓が戦闘していたら無条件で加勢する(殺害も辞さず)】
【現在地:1区と3区の間】
【備考:犬福のパピィは春麗のメモを持ってその場から西南方向へ移動】
修正
>>368 16行目(改行によるスペースは含まず)
誤:一点の曇りも無い抜き身の刀身ごとく
正:一点の曇りも無い抜き身の刀身のごとく
ぎゃああああ致命的なミスをっ
修正
あちこちにある「砲門」という単語を「砲身」に。
…砲門は発射口の事だよ己の阿呆……_| ̄|○
テスト
ホシュ
378 :
アランの苦悩:04/12/30 01:20:07 ID:s/31rqDh
(…?)
ふと、アランの足が止まる。彼は何を思ったか、目を閉じて天を仰いだ。
格好つけている訳ではないだろう。…彼が何を考え、何を見ているのか…それは彼にしか判らない。
…はずだった。
それははたして、どれほどの時がたったころだっただろうか?
アランの表情が誰の目にも明らかに、変わっていったのだ。
その目に宿る光は、殺意でも凶器でも正義でもない。
――――そう、それはただひとつ、明らかな――――
379 :
アランの苦悩:04/12/30 01:22:05 ID:s/31rqDh
「…なぜ…こんな時に…ッ」
そう、アランは便意を催したのだ。
あせってズボンを下ろそうとする!間に合わない!
ブリブリブリブリブリジット♪
「と、止まらねえ…ウンコ、が」
それが彼の最期の言葉となった…
【アラン ウンコが土石流みたく止まらなくて死亡】
知的障害者は氏ねよ
通報するのでよろしく。
「畜生、あの女…逃げ足だけは速い…」
神々しささえ感じさせる黄金の髪、神秘的な紅玉色の瞳。
見るもの全てに神性を感じさせずにはおかない類まれなる容貌を持つ青年は、今となっては神聖さからは最も遠いところにいた。
「何処に行きやがったんだ…」
青龍に象徴される天の力はとても純粋だ。純粋であるがゆえに、また汚されやすいということなのだろうか。
あるいは、神の力を振るうものに人間の価値観を押し付ける方が間違っているのか。
楓の心は、その外見とは裏腹に暗い殺意に澱みきっていた。
やはり喉にダメージを折ったとはいえ、異人の女をすぐに追跡しなかったのは失策だった。
考えてみれば、この見通しの悪い街には、隠れるところはいくらでもある。
恐らくは、林立する建物にまぎれてもう楓の手の届かないところまで逃げ延びてしまったのだろう。
これで一人、殺しそこなったことになる。もしかしたらあの女が、ロック・ハワードであったかもしれなかったのにだ。
「……ちっ」
どれだけ歩いたのか、気がつけば、周囲の雰囲気は大分変わっていた。
舌打ちして空を仰ぐ。雨はもうほとんど降っていない。大分薄くなった雲の切れ間から、蒼い月の光が漏れていた。
「うっ、っ……ううっ…」
特に目立ったところのない使い込まれた赤い着物。後ろで二つにくくった艶やかな黒髪。
一見すれば誰もがはかなげな印象を持つその少女は、涙で頬をぬらしながら街を歩いていた。
「晶さん…葵さん…」
一度人を信じられなくなった心は、そう簡単にこじ開けられるものではない。
それでも最初響は、もしかしたらあの男性――結城晶がすぐに追いかけてきてくれるのではないかというほのかな期待を抱いていた。
自分は何て醜い女なのだろうと自己嫌悪に陥りながら、
彼が泣きながら逃げ出した自分をすぐに追いかけてきて、あの頼れる腕で後ろから抱きしめてくれるのではないかと夢想した。
だが、自己嫌悪も期待も所詮無用の長物だった。何故なら、
「晶さんは、追って来てくれなかった……」
実際のところ、本当に彼が追ってこなかったのかどうかははっきりしない。
もしかしたら、晶は突発的に駆け出した響を闇の中で見失ってしまっただけなのかもしれない。
事実は闇の中だ。だが、晶がすぐに彼女の元に現れなかったという事実は、元来かたくなな響の心をもう一度閉ざすには十分であった。
「…………」
泣きながら、四角く切り取られた空を仰ぐ。あれだけ降っていた雨はもうほとんど上がりかかっている。
そして雲の隙間から月の光が漏れるその空を、何か黒い影が横切るのを響は見た。
「ねえまだ見つからないの、ねえまだ見つからないの??どこ、楓君はどこなの??」
「……あせっても…見つかる、訳じゃないわ……」
一人は黄金の翼の無邪気に狂った天使、今一人は半身に赤く血化粧を施された美しい女。
目にした誰もが瞠目するであろうその二人は、焦りと苦悶の声を軌跡に残しながら、夜空を舞っていた。
「ねえ、楓君は何処……ドコ!?」
「………痛っ!」
未だ鮮血が止まらぬ左手をぎりぎりと強く掴まれ、春麗が唇から出かかった苦鳴をかみ殺す。
強引に宙に引き上げられてからずっと、彼女は傷ついた腕で探知機を持ち、
無事な方の右腕で何とかエミリオの肩にしがみついていた。
眼下には立ち並ぶ家々の屋根が小さく見えている。落ちてしまうようなことがあれば、まず命はないだろう。
そんな状態をちゃんと分かってるにも関わらず、エミリオは春麗の左腕の傷をを平然と突き、叩き、つねり、抉る。
楓君は何処、まだ見つからないの、と、時に楽しげに、時に苛立った声で、延々と繰り返しながら。
言動と行為が完全に矛盾している。
そんな筈はないのに、まるで春麗が耐えかねて手を離し、頭からまっさかさまに墜落するのを楽しみにしているかのようだった。
それだけでも春麗には耐え難い苦痛であるのに、エミリオの腰にささった日本刀からの妖気もまた、じわじわと春麗を苛んでいる。
(少しでも気を緩めれば、あの刀に理性を持っていかれる…!)
むしろ苦痛を感じている方が、今の自分にとっては好都合なのだ。
そう自分に言い聞かせて、春麗は失血のためともすれば遠のきそうになる意識を繋ぎ止めた。
そして道は交わる。翼持つ天使と、純潔の乙女と、神の龍の化身と、そして。
何かが凄まじい勢いで動いている。
最初にその存在に気づいた楓は、しかし一瞬後に認識を改めた。
何者かが、凄まじい勢いで自分のほうに向かってきている。
「………なんだと?」
楓が「それ」に気づいてから、目の前に「それ」が来るまでにできたことは、
せいぜい横に下げていたレイピアを構えるぐらいだった。
剣の達人たる楓がその程度のことしかできない、つまりそれほどの速度だったということである。
右手に怪しい光をたたえた宝石を持ち、顔を異相の仮面で隠したその異形は、砂煙を巻き上げて楓の目の前に降り立った。
「今代青龍ノ力ヲ使役シタルハ…オマエカ」
姿も人間離れしているが、楓に語りかけるその声も、全くといっていいほど人間味を感じさせない。
「………青龍?青龍って行ったな、今…」
楓はレイピアを下段に構えたまま、四つんばいのままこちらをねめつける異形に問いかけた。
「お前、まさかとは思うが俺のことを知っているのか?」
異形は楓の疑問には答えない。
「青龍、常世ノ守護者タル汝ガコンナ所デ何ヲヤッテイルノカ我ハ知ラヌ」
「………?」
「ダガ、我等ガ出会イタルモ何カノ定メ。神ハ互イニ相容レヌモノ」
異形は…太陽の神ケツァルクアトルは、長身を伸ばして背を反らせると、
話の通じないことに苛立ちを隠そうともしない楓に向かって高らかに咆哮した。
「アオーン!戦エ青龍ノ戦士!我、オ前ガ真ニ青龍ノ依代タルカ確カメル!!不相応ナモノニ神ノ力、重スギル!」
「不相応…だと?」
楓の心の奥で何かがぴしりとひび割れる。
朱雀の造反は止めた。常世の門が開かれるのも唯一の姉の命と引き換えに阻止した。
そして、守矢の弟として、彼の敵を討つために生き残ろうとしている。
その自分が、青龍の力を振るうには、不相応?
ケツァルクアトルの「不相応なもの」という言葉が、楓の神経をやすりで逆なでした。
「神だかなんだか知らないが、勝手に話を進めるんじゃねえよ!お前が確かめようが何だろうが、これは俺の力だ!」
楓の敵意を乗せた紫電が、レイピアを取り巻いて空気を弾く音と共に火花を散らす。
「アオオオオオオオーン!!」
楓の敵意と青龍の戦意を受けたケツァルクアトルは、空に響きわたる咆哮と共に炎の塊を放った。
太陽とも見紛うその光が、神と神人との戦いの始まりの合図だった。
堕天使の翼で、一体どれだけの距離を飛んだだろうか。
「………あっ」
「どうしたんですか?」
春麗が小さく声を上げたのに気づいたエミリオが、空中で急停止した。
春麗の見ていた探知機のモニターのマップの端には、ぽつんと赤い光点が二つ灯っている。
光点の横には、「kaede」「tamtam」と確かに表示されていた。エミリオの探していた楓は、恐らくこの光点に間違いないだろう。
「…………」
だがそれをエミリオに伝えるべきか否か、春麗は決めかねていた。
前の放送で楓の名は聞いていた。ルガールの言う事を鵜呑みにするわけではないが、
もしエミリオの言う楓が本当に冷酷な殺戮者であったら、エミリオ自身も彼の持つ刀も、その手に渡す訳にはいかない。
「ねえ、どうしたんですか?ねえ?」
エミリオが、明らかに何かを期待した声で春麗をせかす。
数秒迷って、春麗はエミリオに事実を伝えることにした。どのみち空中にいるこの状況では、彼女は何をすることもできない。
楓が見つかったことを告げて地面に下ろしてもらってから、エミリオを気絶させて楓から引き離し、自分は逃げる。
幸い、先刻の戦いの中で、エミリオの格闘技能はさほど高くないということは分かっている。
一対一の地上戦に持ち込むことができれば、軽く押さえつけられる筈だった。
「……見つかったわよ、楓って言う人。」
「本当ですか?」
エミリオの声がぱっと明るくなる。
「ええ、本当よ。でも、彼、誰かと一緒にいるみたいよ?」
「誰かと……?」
エミリオを地上に下ろすべく、慎重に言葉を選ぶ。
このまま楓の元まで引っ張っていかれるようなことになれば、状況は余計に悪化するばかりだ。
だが、敵の存在を匂わせて一緒に楓を助けることを持ちかければ、あれだけ楓に熱狂しているエミリオの事である。
一度地上に降りて春麗と協力することに同意してくれる筈だった。
「……でもね、この状況よ。もしかしたら一緒にいる人は楓君の敵かもしれないわ」
――――確かに同意する筈だった。それが、いつものエミリオであったならば。
「もしそうだったらいけないから、一緒に助けに……」
その直後春麗を襲った浮遊感の意味を、彼女はついに理解できなかった。
彼女の視界の端にちらりと映ったのは、禍々しくも美しい黒き刃と、探知機を手にしたエミリオ。
そして血しぶきを虚空に撒き散らす、切断された自分の腕。
「この光の点が楓君なんだね…待ってて楓君、今助けに行くから!」
まだ春麗の手首に握られたままの探知機を食い入るように見つめて、エミリオは翼を全力ではためかせた。
その思考からは、既に春麗のことは綺麗に抜け落ちている。まるで何かに切り取られたかのように。
彼の右腕に握られた八十枉津日太刀が、哀れな犠牲者を嘲笑うように鳴っていた。
「食らえーっ!」
楓の気合と共に、天から落ち、あるいは地から駆け上がる幾条もの雷光。
乱立する木々ををものともせずに密林をかける獣を思わせる動きで全ての雷をかわしきるケツァルコアトル。
神が空を行く炎を放てば、神人は地を這う雷を飛ばして応戦する。
「ソンナモノカ、青龍ノ戦士ヨ」
「黙れ!」
放たれた雷光に対し、ケツァルクアトルが防御もせずに突っ込んでくる。嫌な予感にかられた楓が防御を固めるよりも前に、
ケツァルクアトルの顔面を狙った電撃はマヤの人々の信仰心を吸った聖なる仮面に弾かれ霧散した。
「アオーンッ!」
「ぐ……てめぇ…!」
容赦なく胸部に飛んできた炎を纏った神の拳を、前面に構えたレイピアで受ける。
ある程度の威力は殺せたものの、所詮は細身のレイピア。大きくしなった銀の刃が耳障りな悲鳴を上げる。
殺しきれなかった拳の余波で、楓の細身の体がぼろきれのように吹き飛んだ。
「マダソンナモノデハアルマイ?オ前ノ全力、我ニ見セテミヨ!!」
「……そこまで言われれば…やるしか、ねえよな」
拳を受けた痕をさすりながら、楓がさしたるダメージを受けた風もなく立ち上がる。
「ホウ、神器ニモ頼ラズ、人ノ身デ大シタモノダ」
ケツァルクアトルの目の前で、楓が頭上に掲げたレイピアに雷光が収束する。
無数の雷光をその身に宿したレイピアは、またたくまに青とも紫とも付かぬ色彩を宿す巨大な光の剣と化した。
「これが受けられるか!」
「ソレガ勇者ノ一撃デアレバ、受ケテ立ツマデ!」
ケツァルクアトルの吐き出した精霊の炎が、見る見るうちにヒウンヴェ・ファンヴェ・ズァンヴェの形をとる。
闇を断つ刃の名を冠する宝剣の写し身は、振り下ろされた紫電の剣を真正面から受け止めてのけた。
「器用なこと、しやがる…!」
実体のない剣同士の、奇妙に静かな鍔迫り合いが続く。
戦いは一見互角のように見えた。
だが、ケツァルクアトルと青龍の間に優劣はなくとも、
完全にケツァルクアトルと同化しているタムタムと、暴走する青龍を制御できていない楓の間にはやはり歴然とした差がある。
(ソレダケノ力ヲ持チナガラ、人ノ意思ニ拠リテシカ戦エヌトハ。ホトホト因果ナモノダ…)
いまだにその真価を振るえてはいない青龍に、戦いの神なるケツァルクアトルは少なからず物足りなさを感じ始めていた。
この依代にはあまりにも雑念が多すぎる。
青龍にも、例えばタムタムのようなもっと相応しい器を与えれば、良い戦いができるだろうに。
正面きって楓と睨み合っていたケツァルクアトルは、小さく息を吐き出した。
「……ヤハリ汝デハダメダ」
「何!?」
「青龍ニ必要ナモノ、余計ナ激情ヲ持タヌ依代。オ前、ソレニ値シナイ」
「馬鹿なことを言うな……俺に操り人形になれっていうのかよ!」
「今ノオ前ナラバ、操リ人形ノ方ガマダマシダ」
冷酷に宣告したケツァルクアトルが、今度こそ手加減無しの巨大な炎を吐き出した。
「あ、あれは……楓さん?楓さんよ、そうよ!」
闇を照らし出す雷と天を揺るがす咆哮に誘われてやってきたその先で響が見たものは、
そんな人知を超えたもの同士の凄絶な戦いであった。
どこかでどさ、と鈍い音がした。
「……なんだ、今の音……」
雲の下を一人で歩いていた黒髪の青年が、その音を聞いて立ち止まる。
無理に表現するならば、何かそれなりに硬いものが、何かに叩きつけられて壊れたような音だった。
「誰か、いるのか……?」
冷たい雨で目を覚まして以来フィオを探して街をさまよっていた霧島は、
その音に何か不吉なものを感じながらもそちらの方へふらふらと引き寄せられた。
「おい、誰かいるの……っ!」
言葉は最後まで続かない。霧島は息を呑んでその目に映ったものの下へと駆け寄った。
霧島の目の前で、女が放射状に飛び散った血だまりの中で仰向けに倒れている。
どこか高いところから突き落とされたのか。そう思った霧島が辺りを見回すが、それらしき高層建築は見当たらない。
のみならず、彼女の両腕は、鋭利な刃物で切断されていた。
「……おい、お前!大丈夫か?!」
見ただけで彼女が致命傷を負っている事は分かっていたが、それでも霧島は声をかけずにはいられなかった。
「……ぁ」
女の、シャドウを塗られた瞼がかすかに震える。うっすらと開かれた目は、だが焦点を結んでいない。
「俺が分かるか?しっかりしろよ、誰にやられたんだ!」
「………パ」
「ぱ?」
手首から先のない左腕が、もどかしげにのろのろと上がって、そしてある一方向を指し示す。
「パピィを、お願い……」
「……………?」
霧島には当然何のことだか分からない。だが、死にゆくものの必死の願いは、彼の首を半ば機械的に縦に振らせた。
「…………」
肯定の返事を見届けて安心したのか、腕が力尽きたようにぱたんと落ちる。女はそれきり、二度と霧島に答えることはなかった。
「puppy…?子犬??訳わからねえよ…」
本当はもっと話が聞きたかった。だが、これだけの傷を負って、一言でも喋る事ができたという方が奇跡だろう。
「まあ分かったよ、ここで会ったのも何かの縁だしな。引き受けてやるぜ…」
霧島は女の持ち物らしいボウガンを拾ってザックに入れると、彼女の指し示した方向に向かって歩き出した。
フィオの手がかりはまだ見つからない。だが、ルガールの放送が正しいならまだ死んではいない筈だった。
彼女も伊達にプロの軍人なわけではない。極限状態において生き残ることにかけては、
自分や草薙よりもずっと上手の筈だった。
探していれば、歩みを止めなければ、フィオにも、その子犬にも、いつかは会えるだろう。
霧島は、胸に手を当てて、そう自分に言い聞かせた。
「アオアオアオアオーン!」
じゅっ!
蛋白質の焦げる嫌な匂いが楓の鼻腔を突く。黄金の髪の一房が精霊の炎で焼き焦がされ、灰も残さず空中に飛び散った。
ケツァルクアトルの吐く精霊の炎はただの炎ではない。嘉神や李の使う炎にも似ていたが、威力そのものが段違いだ。
まともに食らえば火傷どころでは済まないだろうが、連続して吐きつけられる火球は間合いを離すことも楓に許してはくれない。
「こいつ、手加減してやがったのか……?」
一瞬前に楓がいた空間で、再び火球が炸裂した。飛び散った炎の飛沫が、楓の服の裾を焼き焦がす。
本来静と動のはっきりした日本刀での戦闘に慣れていた楓にとっては、
間合いも何もなく常に動き回ることを強いられるこの戦い方は著しく不利であった。
(守矢が、雪がいてくれたら……)
ともすれば頭をもたげそうになる弱気な思考を無理矢理押し込める。
「オ前ガ生キテイル限リ、青龍ハオ前ノ中カラ動ケヌ!」
近距離から足元に向かって吹き付けられた炎を回避しようと飛び上がった楓は、一秒もしないうちにそうしたことを後悔した。
触れただけで焼け付くような炎の神気を纏い、ケツァルクアトルが飛び掛ってくる。
楓は避けるまもなく頭部を地面に全力で叩きつけられ、そしてケツァルクアトルの片腕で吊り上げられた。
「ソレハ、我モ、他ノ全テノ者モ望ムトコロデハナイ!」
「……だがな、俺がここで死ぬことも……守矢の望むことじゃねえんだ!」
絶望的な一撃を前にして、なお楓は闘志を収めない。
エゴに塗れた哀れな型代を清き灰燼に帰すため、ケツァルクアトルが炎を叩きつけようとしたその瞬間。
「楓君っ!」
「ナニ…?」
「エミリオ、お前……?」
予想もしなかったところからの予想もしなかった声に、楓は瞠目した。
神の戦場の上空から、漆黒の閃光が稲妻の様に走る。
エミリオの投げつけた八十枉津日太刀は、あたかも磁石が引き合うようにケツァルクアトルに向かって加速し、
ぱきんっ!
そして、神の力の源たるパレンケストーンをいともあっさりと打ち砕いた。
「グアアアアアアアアッ!」
依代から引き剥がされそうになったケツァルクアトルが苦悶の声を上げる。
エミリオは、楓に向かって手を差し出し叫んだ。
「楓君、今のうちに逃げよう!」
「あ、ああ!」
仮面を押さえて苦しみだしたケツァルクアトルの手を逃れて、楓はまだ痺れる足で飛び退った。
「お前、なんで…なんで追ってきたんだ……」
「だって僕は……うわぁっ!」
楓に自分の意思を伝えようとしたエミリオは、
仮面の奥からこちらを睨むケツァルクアトルの目に凄まじい怒りが宿っているのを見て悲鳴を上げた。
「貴様、聖ナル戦イ、汚シタ……」
楓を連れて飛び立とうとしても、力はとうに使い果たしている。本当のところは、自分が立つだけでも精一杯だった。
「許シテ、置カヌ!」
ケツァルクアトルが大きく胸を膨らませる。必殺の意思を込めた精霊の炎が、口から溢れて、そして。
ぱきぃんっ!
神の宝玉を打ち砕く澄んだ音。
それを反射してなお済んだ音を鳴らす日本刀が彼女の眼前に突き立った時、
響は自分がつい先刻まで神と楓との戦いの恐ろしさに物陰で震えていたことも忘れてそれに駆け寄っていた。
「…お父様の…お父様の遺作!」
響が見間違う筈もない。夜においてなお暗く、闇においてなお深き漆黒の刀身。その名を八十枉津日太刀。
いとおしげに八十枉津日太刀の柄を撫でて、響は思った。
ああ、楓さんはやはり無慈悲な殺人者などではなかった、だって自分にお父様の刀を持って来てくれたのだ、
それにあの人は私の敵とあんなにぼろぼろになって戦ってくれている、そんな彼が悪い人である筈がない。
あの人の元に行かなければ、助けなければ。あの化け物を討たなければ。
何処からが響本来の思考で、何処からが妖刀の魔力に取り付かれた思考なのかは判然としない。
とにかく彼女の行動には一切の迷いがなかった。八十枉津日太刀を地面から抜いて、腰に構えて、そして。
ざんっ!
神の器は三人が見守る中、綺麗に十字に断ち割られ、そして自らの炎で骨も残さず燃え尽きた。
二人一緒に焼き殺されると覚悟していた楓とエミリオは、何の前触れも無く現れた救世主の姿に声を失っていた。
「高嶺、響……?」
楓が呆然と響の名を呼ぶ。響は返り血まみれの顔のまま、にっこりと笑って二人に礼をしてみせた。
「羽の方。お怪我はありませんか?」
「あ。はい……僕は大丈夫ですよ。ありがとうございます、助けていただいて……僕、エミリオっていいます」
エミリオは春麗の手にいまだ握られたままの探知機を持ったままぺこりと一礼した。
見た目よりもいささか子供らしいしぐさに、響がくすりと微笑む。
「良かった……私は高嶺響と申します。宜しく、エミリオさん」
差し出されたエミリオの手を握り返した響は、今度は楓のほうに向き直った。
「ほら、楓さん。一度どこかで手当てをしないといけないわ」
「馬鹿、いらねえ世話だ」
血と脂に塗れたレイピアを腰に挿しなおしながら、楓がぷいとそっぽを向く。女に助けられたのが悔しいらしい。
「やせ我慢は良くないわ、酷い火傷じゃない…」
「だからいらねえって」
楓の態度はかたくなというより、まるですねた子供のようだ。おそらく緊張の糸がぷつりと切れてしまったのだろう。
そんな楓の姿が、また響の苦笑を誘った。
「しょうがないですね……エミリオさん、落ち着いたらどこかでお薬を探しましょうか」
「ええ、そうですね!」
「おいエミリオ、お前どっちの味方だ……」
言いかけて口をつぐむ。暫く迷って、楓は彼らしくもない遠慮がちな口調で二人に問いかけた。
「お前らさ、何のつもりなんだ?まさか俺についてくるつもりなのか?」
エミリオと刀について何事か話していた響は、楓の声に振り向くと八十枉津日太刀を頬に寄せてほんの少しだけ顔を赤らめた。
「私も……誰かと共にいるなら、やはり旧知の方と共にいたいですもの……。それとも、私ではお嫌ですか…?」
「いや、そんなことはないが……」
ひるんだ楓に、エミリオが無邪気な声で追い討ちをかける。
「僕も行くよ、楓君。三人でいれば、きっと何があっても怖くないよ!」
生き残るのは最後の一人なのに。もし自分たち三人だけが生き残ったらどうするつもりなのか。
結局、楓はそうは言わなかった。それを聞いて、二人が手のひらを返すのが何故か少しだけ怖かったので。
楓は、やはりどのような姿であっても楓であった。
【楓(軽度の負傷) 所持品:レイピア 目的:最優先でロックを殺す。生き残るため、出会った参加者は殺す。】
【高嶺響 所持品:八十枉津日太刀 目的:楓に捨てられないため彼のために戦う(殺害も辞さず)】
【エミリオ・ミハイロフ(かなり消耗)
所持品:探知機(効果範囲半径1qほど)目的:楓に捨てられないため彼のために戦う(殺害も辞さず)】
【現在位置:1区】
【霧島翔 目的:1.フィオと再会し首輪の解除法を探る 2.パピィ(正体不明)を保護する
所持品:ハーピーの歌声入りラジカセ、ボウガン(矢残り5本)
位置:1.3区境界付近から西南に移動】
【タムタム:死亡】
【春麗:死亡】
ホシュ
ホシュ
ホス
ほしゅしておきます
せめて保守
保守捕手補修補習
400
保守
保守
保守
保守
保守
保守
保守
保守
保守
保守
「どういうことだ・・・なんで手がかりすら・・・!」
苛立ちを隠そうともせず、アンディ・ボガードは拳をテーブルに打ちつける。
「落ち着けアンディ。気持ちはわかるけどよ・・・」
「落ち着いていられるか!舞は身重なんだぞ!兄さんやマリーさんも・・・いったい何が・・・!」
対面して座るジョー東は親友をなだめたが、彼の苛立ちは当然だった。
一昨日の夜のことである。
アンディから妻である不知火舞が居なくなったと連絡を受けた。
どこかに行ったのではなく、それこそ痕跡を残さず「消えた」というのだ。
おかしな話だった。子供が出来て喜びと不安でノイローゼにでもなったか、からかい半分で答えたが、事態は深刻だった。
舞が向かいそうな場所や心当たりがありそうな人間を全てあたってみたが手がかりがない。
真っ先にセカンドサウスにいるアンディの兄テリーに聞こうと思ったが、一向に連絡がつかない。
テリーの知人を数人あたっても、肉親のアンディが無理なのに他人にわかるわけもなかった。
しかし、聞き込みの範囲を知人からテリーのファイトをよく見ている子供にまで広げた時、こんなことを聞いた。
「テリーとロックがね、車に乗ってたんだ。まっくろの車でね、二人とも寝てたみたいだったよ」
ジョーとアンディは青ざめた。テリーが拉致された?
普通に考えてあのテリーが、そして、テリーがそのセンスを褒めるほどの力の持ち主、あのギースの息子のロックまでもが。
「まさか舞も・・・」
「テリーとロックが本当にさらわれたんならあるかもしれねえ・・・」
ジョーは以前にもらったブルー・マリーの電話番号に連絡した。
彼女もまた連絡はとれなかったがエージェントである彼女はそういう時期もあるだろう。
しかし、律儀な彼女が電話に残した伝言にすら丸1日応答しないだろうか?
今日になっても連絡がこない。
そして昨日から二人で駆けずり回って、あまりに遅い朝食をあんでぃととっていたところである。
と、ジョーの携帯が鳴った。
マリーか?テリーか?舞か?アンディが携帯を覗き込んだ。
画面に表示された名前は「リリィ」だった。
「兄と連絡がとれないんです、ジョーさん何か知りませんか?また格闘技の大会とか・・・」
いよいよもってこれはおかしい、アンディはついに頭を抱えてしまった。
「なにかヤベェことになってるんじゃねえのか・・・これは」
「舞・・・兄さん・・・」
アンディの声が悲壮になってくる。無理もない、兄と妻。最愛の人間を二人もさらわれたとなれば気が気であるわけがない。
ジョーは考える。
マリーとビリーは保留にしても、テリー、ロック、舞の三人が誰かに連れ去られたとしたら、いや、保留とはいったが
3人がそうならおそらくは前述の2人もそうだろう。そんな事が出来るヤツ、いや、ヤツらか。
今は亡きギース・ハワードならば出来たかもしれない。しかしギース亡き今、彼の街だったサウスタウンはただの都市で・・・
「サウスタウン?おいアンディ、おまえサウスタウンのヤツだれか連絡ついたか?」
「いや、そういえばダックとかもぜんぜん・・・」
なにか考え込み、思い立ち、声をあげるジョー。
「サウスタウンにいくぞ!」
ジョーが勢いよく席を立った。
うなだれていたアンディの腕を無理やり掴んで勘定を払わせ、店を飛び出す。
と、後ろに気配。カチャリという音が聞こえた。
横でアンディが身体をこわばらせていた。
何かが背中に当たる。おそらくは銃だ。チッと舌打ちをして後ろを見ずにジョーが尋ねる。
「何モンだ?」
「少し嗅ぎ回りすぎだぜ・・・」
「てことは・・・やっぱり舞たちは・・・」
「ああ、こいつらに・・・ハッ!」
一瞬で背中に当たっていた銃を叩き落として振り向き様に相手の顔面に拳を・・・
打ちつける前に眼前に逆の手で持っていたであろう銃が突きつけられる。
「チッ!!」
目をあげて初めて相手の顔を拝む。
「あぶねえだろ!まったく!」
「あ?」
そこにあったのはKOFでよく見る顔だった。
「だから俺はやめようって言ったんですよ大佐」
「ちょっと脅かしてやろうって言っただけじゃねえかよ!まったく手のはええ・・・」
帽子とサングラスでアンディと向き合っているのがクラーク、
バンダナを巻いてジョーに銃を突きつけて冷や汗を書いているのがラルフだった。
おっと、といってあわてて銃を腰に戻し、ジョーが叩き落としたほうも拾って仕舞う。
「悪かったよ。まあつまりはそう言うことだ。あんたらが首つっこんでるヤマはな」
「ハイデルンだっけ、あのオッサンの部隊が動いてるってことか」
「そうだ、それだけ危険で大きい事件だということだ」
サングラスで表情はわからないがクラークが補足した。
「隊長!アンディ氏と東氏をお連れしました!」
「ご苦労、大佐。ああ、クラークから報告は受けている。あとでもう一度来たまえ」
「うへぇ・・・お説教か・・・」
「減給のほうがいいと言うならば・・・」
「失礼しました!」
ビシッと敬礼をして逃げるように部屋をでるラルフ。アンディとジョーはデスクを挟んでハイデルンと対面した。
「さて、君たちが知りたいと思っているだろうこの事件の話をしよう」
唾を飲むアンディとジョー。
ハイデルンは静かに語りだすのだった・・・
S-1 2日目深夜、病院内
「なぁ…機嫌直してくれよ」
社はベッドの前で頭を下げる。
「怪我もなおったんだしよ…考え方次第じゃねぇか」
「社さんに私の気持ちがわかるもんですか!」
泣き声と同時に枕が飛んでくる。
「分かる!いやわかんねぇけどよ…それでも分かるから…な」
いったい彼らに何があったのだろうか?
S-2 ゲーム開始直後
話は開始直後にまで遡る。
ソフィーティアは夜道の中を心細げに歩いていた、一体ここはどこなのだ?
彼女にとっては雑居ビルすら、神か悪魔が創りたもうた巨大な遺跡か何かに思えてならない。
それに…彼女はバックを引きずりながらため息をつく、このバッグの中には一体何が入っているのだ?
意を決して彼女はバックの口を開く、中は夜の闇と同じほどの暗闇…そして何かが光った。
「いっ…いやぁぁぁぁぁぁ!」
いかに神の加護を受けた剣士でも、突然の状況ではこうならざるを得ない
ソフィーティアはバッグを放置したままあらぬ方角へと全力で逃げ出していく。
そしてバッグの中からもぞもぞと抜け出してきたのは…。
S-3 2日目深夜、病院内(S-1の1時間前)
社はナコルルの病室の扉の前で門番のように座りこんでいた。
考えているのはシェルミーのこと、やはり心配でたまらない…だが、
長い付き合いだがシェルミーがしくじる姿など社には想像できなかった。
贔屓抜きで彼女ほど抜け目の無いという言葉が似合う女性はいないように思える。
それが良い方向に向かっていてくれればいいのだが…。
社は最悪の事態を考える。
もし戦うとして…お互い持てる力をフルに出したとしても自分の方が強いと言う自負はある、
だが、所詮自分は力勝負しか出来ない男だ。
頭脳戦、心理戦では勝負にならない。
それに今の自分は自分だけの命ではない、社はビリーの最後の言葉を思い出す。
ビリーは苦しい息の下、頼むと言い残したのだ、そして自分ははっきりとそれに頷いた。
生きている人間との約束は例えやむなく違えたとしても、いずれ償える時が来る。
だが死者との約束を違えるわけにはいかない。
だから…
(ああ…頼む、妙な気は起こさないでいてくれ…ってうん?)
掃除用具を入れたロッカーの中から何やら音が聞こえる。
「?」
社は耳を澄ます、確かに聞こえる…慎重に近づき一気に扉を開いた。
「てめぇ!何してやがる!!」
しかしそこから出てきた物体の正体を見て社は思わず絶句する。
何と出てきたのはガラパン一枚のみずぼらしい髭面の男だ、しかも両手と胴体は縛られており
見た感じ一人SMの真っ最中としか思えなかった。
「おおおお…おまえ誰だ!」
髭男は動揺しまくりの社の言葉に縄を解いてくれといわんばかりのジェスチャーで応じる。
「おまえも?俺たちと同じなのか?」
それについて男は何も答えない…ただ背中の結び目をアピールするだけだ。
社は無言で縄を解いてやる、どうせ何もできそうにないだろうという判断だ。
「サンキュウ」
自由になった髭男は礼を言うと、もぞもぞとどこからともなくお礼の品々を取り出す。
その目線の示す先にはベッドに横たわるナコルルがいた。
彼女にやれ、ということらしい。
「それはいいんだけどよ、おまえパンツ一丁のくせに何処からこれ出してきたんだ…まさか…」
髭男はそれには応じず、ヂュワッ!と敬礼するとそのまま病室の扉から外に飛び出していく
社が後を追いかけて廊下に出たときには、もう髭男の姿はどこにもなかった。
「なんだったんだ…」
そして社の前に残されたのは肉まんだのパンだのといった膨大な食料だった。
とりあえず恐る恐るながら、湯気をあげる肉まんを一口かじってみる。
美味い…それにどうやら毒も入ってなさそうだ。
「ごはん…」
社の耳にドアの向こうの呟きが聞こえる、ようやくお姫様のお目覚め…といったところか?
社がドアを開くと、ナコルルは包帯でぐるぐる巻きになった自分の姿を不思議そうに眺めている。
その姿を見て、社は数年前ブームになったとあるアニメのヒロインを思い出していた。
(にんにくラーメンチャーシュー抜きだったか?…それはともかく)
「傷は思ったよりも浅かったそうだ…血がちょっと多めに出ちまったくらいで
まぁ戦うのはちときついけど、動く分には問題なさそうだってよ、よかったな」
「ビリーさんは?」
いきなりの言葉に、口篭もる社…気まずい沈黙。
「遠いところにいったさ…あんたが無事生きてかえれるようにお願いにな」
それだけを答えるのがやっと。
「そうですか…」
社のような男は総じて嘘が苦手だ、そしてナコルルのような少女は総じて勘が鋭い。
ナコルルは何も言わずそれっきり黙ってしまっていた。
社はまた余計な気を女の子に使わせてしまった自分の至らなさをまた恥じた。
(なさけねぇ…)
無言のまま起き上がろうとするナコルル、慌ててその身体を支える社。
「お…おい大丈夫か?」
「私一人こうして安穏としてはいられません、早く回復しないと…」
その瞳に山積みになった料理が入る。
「あれ…いただいてもいいですよね?」
(うわ…)
社は目の前で繰り広げられている光景を唖然として見つめていた。
その視線の先ではナコルルが巨大なパスタの山にかぶりついている。
先ほどからのナコルルの食べっぷりはまさに凄まじかった。
その様子を見ながら社はとあるアニメ映画を思い出していた。
詳しい話は忘れたが、確か泥棒が囚われのお姫様を救い出す話だ。
作中で重傷を負った怪盗がやはりこんな風にドカ喰いをするシーンがあったはずだ。
(何て映画だっけ…よく金曜の夜にテレビでやるんだよな)
それにしてもと改めて社は思う、あの小さい体のどこにあれだけの料理が入るのだろうか…
だから社は気がつかなかった…ナコルルの身体が少しずつだが膨らんできていることに…
そしてナコルルが全ての料理を完食したその時…窓ガラスに映った自分の姿を見た瞬間
凄まじい悲鳴が病室に響いたのだった。
そして話は冒頭に戻る。
いまやナコルルはまさに数倍に膨れ上がった己の肉体を見て途方に暮れている。
数字に換算すると0.1t増といったところか。
器用なことに服までも身体に合わせて大きくなっている。
その姿を見て社は今度はとある格闘マンガの敵キャラを思い出していた。
(いてえよだったか…いや、息をするのもめんどくせーとか言ってたよな…)
「急激に摂取すると一時的に体重が増加する可能性ありって皿の裏側に書いてるな…いまさらながらだが」
「ま、一時的なんだからそのうちに戻るだろうよ」
「一時的ってどれくらい何ですか!?1日?1時間?1年っ!?」
己の肉体を見て嘆きの声を上げるナコルル、
それを見ながらも俺の責任じゃないと心の中で思う社だった。
その時だった。
くすくす、くすくすと窓の外から笑い声が聞こえる
そこには蝙蝠を思わせるシルエットの一人の少女がいた、その正体は言うまでもなくリリスだ。
「でぶ」
「でーぶでーぶ」
リリスは窓枠に腰掛けたまま、容赦無い罵倒をナコルルへと浴びせ掛ける。
「きれいな心を感じたから奪ったげようかなーって思ったけど、こんなデブの夢なんかつまんないや」
「こっ…こっ…こっ…」
ナコルルの顔が怒りと屈辱でニワトリのトサカよりも真っ赤になっていく。
そしてそのままリリスへと躍り掛かろうとしたのだが…。
ギシギシと安普請のベッドがきしんだかと思うと、ナコルルもろともベッドはぺしゃんこになってしまう
その無様な様子を見て、さらにリリスは意地悪く呟く。
「あなたの夢って考えるだけで胸焼けがしそうね」
そう吐き捨てるようにさらに追い討ちをかけ、リリスは翼を広げ空へと舞いあがる。
「ま、そゆわけだから、せいぜい食べ放題の夢でも楽しんでてよ」
そう言って飛び去ろうとしたリリスの背中に社が声をかける。
「おい?」
「なーに?」
「こんな顔した女見なかったか」
社は髪にシェルミーの似顔絵を書いてリリスに見せる、目が隠れるほどの前髪と
括った後ろ髪の特徴はとてもわかりやすい。
「昨日だったら見たよ、金髪のとんがり頭と一緒だった」
金髪のとんがり頭、社の脳裏に浮かんだのは一人しかいなかった。
(あいつか…)
二階堂紅丸、軟派な外見や言動とは裏腹に、かなりの切れ者だ。
あの男が一緒ならシェルミーも勝手はできまい。
「わかった…すまないな」
リリスは社の顔を数回繰り返し見ていたが、
「1/3人前…くらいかな?」
そう呟いてから飛び去っていった。
その後ろ姿を見ながら社は言い様の無い嫌な気分になっていた。
相手が化け物ということもあったが…。
(あの蝙蝠…)
そんな風に沈んだ気持ちでいる社とは違い、ナコルルはかなりハイテンションになっているようだった。
その手に光る何かが握られているのにようやく気がつく社、だが慌てて止めたりはしない。
「何すんだよ…そんなの持って」
「わ…私も侍です!かかる屈辱は腹をかっさばいて」
「無理だ!その腹じゃ脂肪に阻まれて痛いだけだ」
「な…なら枝ぶりのよい木を探して」
「その体重でロープがもつと思うのかよ…」
「それに今死んだらデブのまま死ぬことになるんだぞ」
残酷な現実だった…つまりナコルルに残された道は何が何でも痩せて、
もとの美しさを取り戻す以外には残っていなかったのだ。
「なぁ」
社はナコルルの肩を持ち、その顔を覗きこむ。
「あんたは俺の恩人だ!あんたに出会わなきゃ俺はどうなっていたかわからねぇ、ビリーの奴だってそうだ!」
あのギース・ハワードですら、彼女には何かと便宜を計っていたのだという。
やはり彼女にはそういう不思議な力が備わっているのだろう。
だからこんなところで躓かせるわけにはいかない。
「こんなくだらない」
「くだらないとは何です!!」
「人間大切なのは心だ!体重が増えたくらいでくよくよすんじゃねぇよ…ふぐやカバだってあんなに」
言ってしまってから社はしまったと思ったがもう遅かった。
ナコルルは眼に涙を浮かべると、社を突き飛ばしそのまま外へ飛び出そうとして
病室のドアにその巨体を引っ掛けてしまっていた。
社はため息をつきながらナコルルの背中を押してやるのだった。
そして病院の外には
(おい…何でだよ)
入るときには誰も気が付かなかったが遠大な下り坂が広がっている、いわゆるダラダラ坂というやつだ。
「今、転がった方が速いって思ったでしょう?」
ナコルルが恨めしそうに社に言う。
「そ、そんなことねぇよ」
思ったけど、と心の中で付け加えながらも社は弁解する。
「まったく…あら?」
結びそこなったリボンがはらりと地面に落ちる。
ナコルルはしゃがみこんで拾おうとするが、届かない。
皮下脂肪が邪魔をして、手が地面に届かないのだ。
やっと指先がリボンに届く、だがリボンはするりとまた風にさらわれ数メートル先に転がっていく。
デブル…いやナコルルはさらに身体を屈めていく、その時何かがずれる音、そして
「あら…あら…あらららららららっ…」
数歩たたらを踏んだかと思うとナコルルはそのまま、まさに転がるように坂道を滑り降りていく。
その様子を見てまた社は例の映画を思い出していた。
「確か屋根の上をぴょーんぴょーんと飛び跳ねるんだよな」
そしてナコルルの転がる行く手にはまるで狙ったかのように川があった。
しかしナコルルは転落の勢いそのままにぴょーん、と川を飛び越え…ることはできなかった。
例の映画の主人公とは違い、あまりにも体重が重すぎたのである。
哀れにも派手な水しぶきを上げてナコルルは川に転落してしまう、社がビリーの形見でもある
物干し竿を伸ばして救出を計ろうとするが、ナコルルが竿をつかんだ途端
「っわわわわっ!」
自分もバランスを崩して川に転落してしまう、雨上がりということもあって流れはかなり速い
2人は岸に上がるタイミングを掴めないまま、下流へと押し流されていく。
「ダイエットになっていいじゃないか」
社は元気付けようとあくまでも気楽な発言に徹する。
だが、ナコルルはそこまで楽観的になれないようだった。
「じゃあふぐは!カバはどうなんですかっ!」
こんな時でもやはり体重の心配をするのが、年頃の女の子らしいといえばらしいのだが
こんなことでは先が思いやられるのだった。
こうして社とナコルルが川下りをしているころ
髭男はまた己の身体を縄で縛り、街角に座りこんでいた。
自分の縛めを解いてくれる親切な誰かを待ちながら…。
【七枷社 所持品:物干し竿 目的:1.ナコルルを守って.仲間(シェルミー)と合流、ゲームには乗らない 3.クリスの仇討ち】
【デブルル(全回復) 所持品:不明 目的:ダイエット】
(肥満は最大で24時間経過で元に戻ります、肥満中は運動能力がUPしますが
当たり判定が大きくなります)
【リリス 所持品:不明 目的:おつかい完了・ヴィレンに守ってもらう】
(作中時間は「はじめてのおつかい」の前になります、あと登場してませんが
ヴィレンもいました)
髭男(メタスラ捕虜)について
縄を解いてくれた親切な人にアイテム進呈、ただしメタスラに登場した物のみ
残り回数は2回
彼本人はアイテム扱いなので、それ以外の自発的な行動は不可とします。
かすみはぷかぷかと波間に漂うまま、流されていた
流れこそ緩やかで水温も暖かだったが、もう陸地は見えなくなってしまってた。
どうやら海流に乗ってしまったらしい。
(どうしよう…)
彼女も過酷なまでの忍術の訓練を生き抜いた者、これくらいならまだ何とかなるものの
このまま陸にたどり着けなければやはり最後は溺れるか、凍えるか、鮫の餌だろう。
かすみは夢うつつで聞いたあやねの言葉を思い出す。
「あやねちゃんにもらった命だから…ちゃんと後悔しないように使わないと」
かすみは計ったようにボウガンの刃先が刺さった、あやねの形見のイヤリングを握りしめる。
それにしても彼女は自分の運のよさを実感せずにはいられない。
あの時、海からの風が一瞬逆風になり、矢の威力と狙いが微妙にずれ
そのおかげで矢は身体に刺さらず、さらにあの忍者の攻撃が峰打ちだったことも幸いした。
気を失っていたのはどれくらいの時間だろうか?
気がついたときにはまだ陸が見えていたのだから、それほど長い時間でもないだろう。
離岸流に流され戻れなかったが…。
そんな中、前方に明かりが見える。
ホシュ
そういやこの質問ってやらせじゃねえの?質問を送ったけど答えてもらえたってレス見たこと無い、やらせじゃねえの?
↑ゴメソ、ゴバク