【書き手の方々ヘ】
(投下前の注意)
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・レスは60行、1行につき全角128文字まで。
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注意書きをすると良いでしょう。(上記と同様に推奨ではありません)
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不満があっても本スレで叩かない事。スレが荒れる上に他の人の迷惑になります。
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議論が起こった際には必ず誘導があり、意見がまとまったらその旨の告知があるので、
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・書き込みの際、とくにコテハンを付けての発言の際には、この場が衆目の前に在ることを自覚しましょう。
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・盗作者は言わずもがな、盗作を助長・許容する類の発言もまた、断固としてこれを禁じます。
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追及する際は必ず該当部分を併記して、誰もが納得する発言を心掛けてください。
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3 :
代理投下:2012/03/21(水) 08:41:03.42 ID:f5FOJpye
973 :枕 ◆ce0lKL9ioo:2012/03/18(日) 23:17:46 ID:JGKLrFc6
何度やっても、エラーが出てしまい、対処法がわからないので、すいませんが、こちらに続き投下します。
974 :枕 ◆ce0lKL9ioo:2012/03/18(日) 23:19:09 ID:JGKLrFc6
「これ、運転する必要ないんです。自分で走りますから」
昌浩が妙なことを言って、左前輪のタイヤを示す。タイヤのホイール部分に、鬼の顔がついていた。スバルは少し趣味が悪いと思った。その時、鬼の目がスバルを見上げた。
「うわ! 動いた」
「これ、車之輔っていう、家に先祖代々使える車の妖怪なんです」
昌浩の前世が仲間にした時は、牛車の妖怪だった。牛車とは貴族の乗り物である。時代に合わせて姿を変え、現在ではベンツになっているのだ。
勾陣が乗っているのは、形だけだ。
車之輔はスバルとティアナにぺこりと頭を下げ、なのはを送るべく出発した。
「おい、スバルとティアナと言ったな」
朱雀がやや横柄な感じで声をかけた。
「お前たちの部屋に案内する。ついてこい」
スバルとティアナが案内されたのは、屋敷の一角にある畳敷きの部屋だった。安倍邸の部屋は、ほとんど和室で構成されている。
「ここにいる間は、俺たちがお前たちの担当だ。自分の部屋だと思ってくつろいでくれ」
スバルたちより先に天一が正座する。その膝を枕に朱雀は寝そべる。
「どうした? ゆっくりしてくれ」
スバルたちは部屋に入ることなく扉を閉めた。
二人が恋人同士なのはよくわかった。しかし、客の前では自重して欲しい。
そこに晴明が通りかかった。
「すいません。担当替えてもらえますか?」
半裸やら、人前でいちゃつく奴らやら、十二神将にもう少しデリカシーを求めても罰は当たらないだろうと、ティアナは思った。
975 :枕 ◆ce0lKL9ioo:2012/03/18(日) 23:22:57 ID:JGKLrFc6
以上で投下終了です。
二回コテトリ入れ忘れました。すいません。
前回は短めでしたが、今回は十話は余裕で越えます。
4 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/21(水) 11:46:47.10 ID:JS0iDAnz
乙
乙
こっちが本スレでいいんだよね
こっちが先だからこっちでいいだろ
ちょっとage
7 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/28(水) 10:59:51.69 ID:ZaG2U0ZK
現行スレその121が過去ログ倉庫に格納された。
現行スレ送信頼むわ
遅くなりましたが、代理投下ありがとうございます。それから、容量のことを知らずご迷惑おかけしました。
本日23時より、リリカル陰陽師StrikerS第二話投下します。
時間になりましたので、投下開始します。
第二話 力の限りにぶち当たれ
その日、機動六課ではフェイトの指示のもと、いつも通り訓練が行われていた。
しかし、エリオとキャロは戸惑っていた。
内容自体はいつもと変わりないのだが、どれもかなり軽減されている。いつもの訓練がフルマラソンなら、今日の訓練は学校のマラソン大会だ。
「フェイトさん。午前の訓練はこれで終わりですか?」
エリオが質問した。
「うん。そうだよ。物足りない?」
「ええと……はい」
「もっと人数がいれば、それでもいいんだけど、今は四人しかいないから。何時でも出動できるよう備えておいて」
ファイトが優しく答える。
敵の数によっては長期戦も考えられる。疲れを残さず、かつコンディションを整えるとなれば、これくらいが適量だろう。
「待機も任務のうちだから。今のうちに覚えておいてね」
「はい」
その日の機動六課は、穏やかな時間が流れていた。
はやてたちが安部家に到着した翌朝、六課の制服に着替えながら、はやては頭を悩ませる。はやてと守護騎士たちには、大部屋があてがわれていた。
「どないしたら、昌浩君、首を縦に振ってくれるやろ」
ヴィータは家の中をぶらぶらしているし、シャマルは家事の手伝いに行っている。リインはまだ夢の中だ。
「これ以上待遇向上もできへんし」
「主はやて。無理強いしても逆効果では?」
シグナムがやんわりと注意する。その横には、ザフィーラが座っている。
「せやかて他に手も……」
はやては何気なくシグナムに視線をやり、にやりと笑った。
「その手があったか」
「あ、主?」
はやての視線はシグナムの胸に注がれている。嫌な予感がした。
はやてがワイシャツの上二つのボタンを外す。豊かな胸元がシャツの隙間から覗く。
「色仕掛けや! 純情な中学生くらい、おと……、もとい、お姉さんの魅力でイチコロや!」
はやてが勢い込んで立ちあがる。
「落ち着いて下さい!」
「ええんや。この際、出番が増えるんやったら、何でもやったる。私は本気やでー!」
首筋に冷やりとした感触が触れた。
「すまん、はやて。もう一度言ってくれ。よく聞こえなかった」
いつの間にか戻ってきたヴィータが、ハンマー型デバイス、グラーフアイゼンを突き付けていた。目が完全に座っている。
「まあ、今のは軽いジョークとして……何かええ手はないかな〜?」
はやてはボタンをはめ直すと、いつも以上にきっちりと制服を着込んだ。
安倍家の食卓は、昌浩の母親とはやて、十二神将たちが腕によりをかけたので、とても豪華な物だった。
昌浩を加えた六課のメンバーで、にぎやかに食事をとる。
「朝からこんなに食べたら、太りそうね」
昨日の夕飯に続いて、朝食もボリュームがある。顔を引きつらせるティアナの横で、スバルが三杯目のご飯をお代わりしていた。
朝食が一段落したところで、はやてが口を開いた。
「調査の方やけど、まだ手がかりが少ない。しばらくはシャマルの広域探査に頼ることになると思う」
「任せて、はやてちゃん」
「後は地道に探すしかないけど、午前中はいつも通り訓練に当てようか。昌浩君に対魔導師戦も教えなあかんし」
「……別に必要ないんじゃないですか?」
ティアナがぼそりと言った。
「ティアナ、どういう意味や?」
「この場いるメンバーだけで戦力は足りていると思います。昌浩君をわざわざ巻き込む必要はありません」
「おい、ティアナ。それを判断するのはお前じゃねえ」
「まあ、待て」
釘を刺すヴィータを、もっくんが押しとどめる。
「こういう時は、はっきり意見をいた方がいい。かくいう俺もずっとイライラしてたんだ」
もっくんは語調をがらりと変え、ティアナに向き合う。
「お前、昨日からちょくちょく昌浩を睨んでるな。どういう了見だ?」
「ティアナが? まさか」
ティアナと昌浩は間違いなく初対面だ。恨むような理由はないし、そもそもほとんど会話をしていない。だから、誰も気がつかなかった。
この場でティアナの視線に気がついていたのは、もっくんだけだろう。
「ティアナ。言いたいことがあるなら、はっきり言え」
ヴィータが強い口調で促す。人間関係の問題を放置すれば、今後の作戦行動に支障が出る。
「……私は昌浩君の実力を知りません。役に立つとは思えないんです」
「よっしゃ。実力がわかればええんやな。それなら模擬戦が一番や」
はやてが膝を叩いて宣言した。
展開された封鎖領域の中で、昌浩とティアナが向かい合う。
封鎖領域とは、空間を切り取り異界となす魔法だ。この中ならば、どれだけ暴れても現実世界に影響を及ぼさない。かつてヴィータが、なのはを襲撃した際に使用した魔法だ。
場所は安倍邸の庭にある森の中。手入れはしていないので、木々がうっそうと茂っている。
他のメンバーは、大広間でシャマルの映す模擬戦の映像を眺めている。
「本当にやるの?」
昌浩は赤い古めかしい赤い衣装に着替えている。安倍家の少年は戦う時はこの衣装に着替える風習があるのだ。
「ええい、そんな覇気のない様子でどうする! お前は舐められてるんだぞ。悔しいと思わんのか。遠慮はいらん。ぶっ倒せ!」
もっくんが映像越しに地団太を踏んで憤る。
「ティアナはバリアジャケットを着てるから、威力を抑えてくれたら、怪我の心配はない。存分にやるといい」
シグナムも一緒になって励ます。
「ティアナさんは模擬弾を使って下さいね。昌浩君、バリアジャケット着てないんですから」
「わかってます」
ティアナは赤と黒を基調にした服に、白い上着を羽織っている。両手には二丁拳銃型デバイス『クロスミラージュ』が握られている。
「ルールは簡単。実戦形式で、どんな手を使っても、相手に先に一発当てた方が勝ちや。攻撃方法に制限はなし。ただし、もっくんは手を貸したらあかんで」
「ちっ」
「ほな、試合開始」
はやての合図と共に試合が始まる。
模擬戦を見守るはやてたち。そこに実家から戻ってきた、なのはがやってきた。
「封鎖領域なんて張って、どうしたの?」
「ティアナが昌浩にいちゃもんをつけてな。それでこれだ」
空間に投影された映像を、ヴィータは顎で示す。
「ふーん。どっちが勝つと思う?」
「ティアナだろうな」
ヴィータは迷わず言った。
いくら昌浩でも初めての魔導師戦だ。上手くやれるわけがない。
対して、ティアナは情報分析能力に優れている。手の内のわからない相手と戦うのは、彼女の得意分野だ。
「と、言うより、あれだけ鍛えてやったんだ。これくらい勝ってもらわないと困る」
「それもそうだね。ところでヴィータちゃん、ここお願いしていいかな?」
「用事でもあるのか?」
「うん。せっかくだから、決着をつけておきたいと思って」
封鎖領域は広範囲に張られている。少しくらい本気で暴れても大丈夫だろう。
なのはは杖型デバイス、レイジングハートを起動させ、白を基調としたバリアジャケットに着替える。
なのはが振り向くと、身の丈ほどもある大鎌を持った青龍が立っていた。
血みどろの決戦が避けられたわけではない。ただ翌日に持ち越されただけだ。
「それじゃ、全力全開で行こうか」
なのはと青龍が離れた場所に移動する。因縁の戦いの火ぶたが切って落とされた。
「臨める兵戦う者、皆陣列れて前に在り!」
昌浩の放った術と、ティアナの銃撃が正面からぶつかり合う。
ティアナは木陰に移動しながら、昌浩の様子を窺う。
相手も物陰に移動しているが、こちらの動きを把握せずに隠れているだけだ。どうにも素人くさい。
(陰陽師。データがないのは、やりづらいわね)
デバイスもなしで使える魔法。どの程度のことができるのか、どんな隠し玉があるかわからない。
ティアナは木から木へと走りながら銃を撃つ。
「禁!」
昌浩が指で地面に線を引く。発生した力場が弾を防ぐ。
(防御力はありそうね)
持っている魔力がケタ違いなのだから、それも当然だ。反射神経も悪くない。
「裂破!」
昌浩が投げた紙が空中で白銀の鳥になりティアナに飛びかかる。ティアナは冷静に銃でそれを撃ち落とす。
散発的な攻撃を繰り返しながら、ティアナは段々相手の術の正体がつかめてきた。
音声や手で組んだ印で発動する魔法。必ず呪文を唱える必要があるだけ、瞬発力ではこちらに劣る。
はやてがあれだけ熱心にスカウトしていたから、どれだけ強いのかと思ったら、たいしたことはない。力任せなだけのアマチュアだ。
(一気にけりをつける)
昌浩がティアナを探して、開けた場所に進み出てくる。
その瞬間、昌浩を取り囲むように無数のティアナが出現した。
「幻術!?」
昌浩が驚愕に目を見開く。
無数のティアナが一斉に銃を構える。どれが本物か見分けようがない。
ティアナは自らの勝利を確信しながら、銃の引き金を引いた。
「万魔挟服!」
弾が命中する寸前、昌浩の術が発動した。昌浩を中心に魔力の衝撃波が発生する。銃弾もティアナの幻霊もすべてがかき消される。
「そんな!」
ティアナは愕然とその場に立ちつくした。衝撃波はティアナを飲み込む寸前に消滅したが、それは運が良かっただけだ。あと一歩踏み込んでいたら、間違いなくやられていた。
昌浩がこちらを向く。
ティアナは脱兎のごとく走りだした。安全な場所に逃げ込むと、座り込んで動悸を鎮める。
(何なのよ、あの術!)
額から流れる冷や汗を拭い、ティアナは内心で毒づく。
大量の魔力光を同時に操ったり、あるいは、高火力で複数の敵をなぎ払う術なら見たことある。しかし、今の術はまったく違う。
自分を中心に、あらゆる敵をなぎ払う魔力の衝撃波を放つ。有効範囲は半径十メートル。手加減しているはずなのに、ティアナの銃撃を相殺した。
全力で撃てば、どれだけの威力で、どれだけの範囲を誇るのか。
あれを破るには、ディバインバスターのような、高威力の攻撃で一点突破を図るしかない。
そんな魔法は今のティアナにはない。
(むかつく)
ティアナは奥歯を噛みしめた。
昌浩はすべてを持っていた。
類まれな才能。両親や祖父、家族から優しく見守られ、隊長たちからも一目置かれている。
ティアナはそのどれも持っていない。昌浩を目の前にしていると、自分がたまらなく惨めになってくる。
実は、それはティアナの思い込みだ。天涯孤独ではあっても、才能を持っているし、隊長たちも認めている。しかし、それを実感できていないだけなのだ。
(絶対に負けない)
新しい作戦を構築しながら、ティアナは動き出した。
「ティア、大丈夫かな」
スバルが心配そうに相棒を見つめる。どうもティアナの様子がおかしい。変に思い詰めた表情をしているのだ。
「大丈夫ですよ。模擬戦なんだから、怪我の心配はありません」
リインがスバルを励ます。しかし、ピントがずれていた。
「それより……」
リインが後ろを振り向く。
「エクセリオンバスター!」
「剛砕破!」
桜色の魔力砲が大地を焼き、青い光弾が空に無数の花火を打ち上げる。立て続けに起こる爆音が、大気を震わせる。
なのはと青龍の激闘が続いていた。
「私、思ったんですけど」
リインにつられて背後を振りかえったスバルが、遠い目をした。
「能力限定解除した隊長たち三人がいれば、小さな世界の一つや二つ、簡単に滅ぼせますよね?」
リインはそれには答えなかった。
昌浩は早鐘を打つ鼓動を鎮めるべく、深呼吸を繰り返していた。
(危なかった)
幻術に囲まれた時は、もう駄目だと思った。呪文の詠唱がぎりぎり間に合ったが、一瞬早く撃たれていたら、やられていた。
それにあの術は、放った後に隙ができる。ティアナが距離を取ってくれたから助かったが、あの時撃たれていても、やられていた。
あの攻防で昌浩は二回死んでいた。
相手は強い。しかし、昌浩は段々戦いのコツがつかめてきていた。
ようするに、これはシューティングゲームだ。相手より早く目標を見つけ、先に撃った方が勝ち。
素早く木陰を移動しながら、ティアナの姿を探す。
やがて大きな岩の陰にティアナを見つけた。さっきまで昌浩がいた辺りに顔を向けている。昌浩は慎重にティアナの背後に回り込んだ。
「オンアビラ……」
昌浩が小声で詠唱する。その時、背筋に悪寒が走った。
「やっぱりアマチュアね」
声は背後から聞こえた。
振り向くと、銃を構えたティアナが立っていた。
銃声が森に響き渡った。
ティアナは勝利を確信していた。
幻術に惑わされ、昌浩は完全に不意を突かれた。呪文の詠唱中では、防御も間に合うまい。
模擬弾が命中し、土煙を舞い上げる。
「!」
煙を突き破って、魔力光がティアナに飛来する。
軽く突き飛ばされるような衝撃。しかし、予期していなかったティアナは、無様に尻もちをついた。
(どうして!? 絶対に勝ったはずなのに)
ティアナは混乱していた。
煙が晴れ、昌浩の姿が現れる。
その隣に二十歳くらいの男が立っていた。十二神将、太(たい)裳(じょう)。中国の古い文官風の衣装をまとい、片目の下に銀の飾りをつけている。
「勝負あり。昌浩君の勝ち」
「待って下さい。反則じゃないですか!」
ティアナは猛烈な勢いで、はやてに抗議した。
ティアナの一撃は、あの十二神将の結界によって防がれたのだ。それさえなければ、ティアナは勝っていた。
「最初に言ったやろ? 勝負は実戦形式で、どんな手を使ってもいい。ただし、もっくんの加勢はなし」
つまり、もっくん以外なら誰の手を借りてもよかったのだ。
「そんな……」
「えっと……」
呆然とするティアナと、決まり悪げな昌浩。
昌浩は最初から、はやての意図を呼んでいた。昌浩は普段タヌキ爺の晴明にいじられているので、引っかけ問題に強い。できれば、自分一人の力で勝ちたかったのだが、無理と判断し十二神将、太裳の力を借りたのだ。
「納得できません!」
ティアナはそれだけ言うと、荒い足取りで去って行った。
「あちゃー。失敗やったか」
はやては頭を抱えた。
はやてが昌浩を買っているのは、強いからだけではない。昌浩は自分に出来ないと判断したら、躊躇なく他人の手を借りられる。
何でも一人でやろうとするティアナに、その柔軟さを学んで欲しかったのだが、結果は大失敗だ。
昌浩とティアナの仲はますますこじれ、思いも伝わらなかった。
「ティアナは真面目だからな。こんな方法じゃ、怒って当然だ」
出来れば事前に相談して欲しかったと、ヴィータは不満顔だ。
「私、ちょっと様子見てきます」
スバルがティアナの元に走っていく。
入れ違いになのはが帰ってきた。青龍の姿はない。
「青龍さんは? まさか、なのはちゃん……」
シャマルの脳裏に、閃光の中に消える青龍の姿が浮かぶ。
「そんなことしないって。結局、引き分けでね。怒って帰っちゃった。模擬戦の結果はどうだったの?」
はやての説明を聞き、なのはも手で顔を覆う。
「それはまずいね。フォローしたいけど、余計なことはしない方がいいかも」
昌浩とティアナを同じ班にするのは避けた方がよさそうだ。後は時間が解決してくれるのを待つしかない。
「ティアナさん、待って下さい!」
「ティアナ殿、お待ち下さい!」
「落ち着いてよ、ティア!」
昌浩と太裳がティアナを追いかけ、頭を下げる。しかし、ティアナは聞く耳を持たない。スバルがどうにか間を取り持とうとするが、効果はない。
ティアナには、はやてが昌浩をえこひいきしたようにしか感じられなかった。怒りがどうにも収まらない。
「本当にごめんなさい! ティアナさんがそこまで怒るなんて思わなかったんです」
何度も何度も昌浩が必死に謝罪する。
「……はあ」
ティアナはため息をついた。
これでは年下の少年を苛めているようようだ。模擬戦の結果には納得していないが、昌浩にあたるのは大人げなかったかもしれない。
「そこまで謝らなくていい」
ティアナは立ち止まると、右手を差し出す。
「私もカッとなって悪かったわ。はい、仲直りの握手」
「ありがとうございます!」
心からほっとした様子の昌浩に、ティアナも和む。
「それにしても、あんたの術、すごかったわね」
「ティアナさんこそ。幻術には冷や冷やしました」
昌浩も右手を伸ばす。ティアナはふと疑問に感じた。
「そう言えば、あんたの術……万魔挟服だっけ。あれって味方が傍にいたら、使えないわよね。そういう時はどうするの?」
「それなら大丈夫。あれ、敵味方識別できますから」
つまり味方の中心で使っても、敵だけ殲滅できるのだ。
ティアナの手が、昌浩の手をすり抜け、その首をつかむ。
「ふざけんな! このチート野郎!!」
渾身の力を込めて、昌浩の首を絞め、さらに前後に激しく揺さぶる。
「何、あんた、サ○バスターなの? サ○フラッシュとか叫ぶの!?」
「ティ、ティアが壊れた!」
スバルと太裳が必死に抑えるが、ティアナの狂乱は止まらない。それは、駆けつけたなのはたちが、ティアナを気絶させるまで続いた。
以上で投下終了です。
これからは、多分週一くらいで投下できると思います。
乙〜
本日23時半より、リリカル陰陽師StrikerS第三話投下します。
時間になりましたので、投下開始します。
第三話 はるかな過去を思い出せ
「では、主はやて、先に風呂に行ってきます」
「うん。私も通信が終わったら行くから」
はやてがシグナムたちが出て行くのを見送る。昌浩の家の風呂は広く、五人くらいなら余裕で同時に入れる。
ザフィーラは昌浩の部屋でもっくんと語り合っている。部屋には、はやて一人だけだ。
フェイトに空間を超えた通信を送る。通信画面が開き、フェイトが顔を出す。
「フェイトちゃんか。そっちの様子はどうや?」
『ガジェットが少し出ただけ。みんなが頑張ってくれたおかげで、すぐに片づいた』
「それは何より。こっちはティアナと昌浩君が喧嘩してしまって、てんやわんやや」
『そうなんだ。あ、でも、早く帰ってこないと、書類がどんどん溜まっていくよ』
「え〜? フェイトちゃん処理しといて」
『駄目だよ。部隊長の承認が必要な書類なんだから』
「ハンコなら、私の机の引き出しに入っとるから、私の代わりに、な?」
『ダーメ。そんな不正はいけません』
「フェイトちゃんの意地悪」
『ふふっ。はやて、なんだか学生時代みたい』
宿題を忘れた時、よくこうやって泣きついたものだ。
「学生か。四年前まで学生やったのが、嘘みたいやね」
『今じゃ機動六課の隊長だもんね』
時空監理局に入ったはやてたちを待っていたのは、天才魔道師としての重圧だった。 特に過去に犯罪に加担したはやてとフェイトには、様々な陰口がついて回った。
かけられる期待に、押し寄せる課題。必死に課題を解決すれば、より困難な課題がやってくる。あっという間に出世し、気がつけば、天才の名にふさわしい功績を、はやてたちは上げてしまっていた。
他者がうらやむ才能が、普通の生活を、はやてたちから奪ってしまった。
「……もし私らが普通に高校や大学に行ってたら、どうなってたかな?」
大学に行って講義を受けて、テストやレポートに追われ、時折、入ってくる時空管理局の仕事を片づける、そんな穏やかな日々。
「そしたら、私ら、もう彼氏とか出来とったかも」
『そんなことになったら、シグナムたち大騒ぎだよ』
「ほんまやな」
血相を変えて反対する守護騎士たちの姿が目に浮かぶ。もしその男が、はやてを泣かせようものなら、即座に血祭りにあげられるだろう。
はやてもフェイトも時空管理局に入ったことは後悔していない。もしもう一度やり直せるとしても、同じ道を選んだだろう。
しかし、砂漠の旅人を惑わす蜃気楼のように、選ばなかった道が時折ちらつくのだ。
はやての顔から笑みが消える。
「フェイトちゃん。ちょっと弱音吐いてもいいかな?」
『うん』
「……私、毎日、スバルたち四人が死ぬ夢を見るんよ」
『……私もだよ。なのはもきっと同じ。ううん。多分なのはが一番つらい』
新人の教育担当は、なのはだからだ。
「ごめんな。私が失敗したせいで」
『誰のせいでもないよ。はやてのせいでも、昌浩君のせいでも』
機動六課。レリック捜索は表向きで、真実は来るべき災厄の日に備える為の部隊。スカリエッティこそが、その災厄をもたらす者だと、はやては睨んでいる。
しかし、機動六課の運営は、昌浩と十二神将の参加が大前提だったのだ。
守護騎士たちは、はやての保有戦力ということで、簡単に同じ部隊に組み込めた。つまり、昌浩が入れば、十二神将も一緒に六課に組み込めるということだ。
昌浩が六課に入れば十二神将を好きに使っていいと、晴明との約束はすでに取りつけてあった。
戦いにおいて、もっとも重要なことは生き残ることだ。しかし、生死の境界線の見極めは、訓練だけでは身につかない。経験がものを言う。
現に、スバルとティアナが訓練で無茶な戦い方をした。訓練だからよかったが、もし実戦でやっていたら、敵を道連れに二人とも死んでいただろう。
報告を聞いた時、はやては心臓を氷の手で、わしづかみにされたような恐怖を感じた。なのはのお仕置きが適切だったとは、はやても思えないのだが、気持ちは痛いほどわかる。
あの時、なのはの目には、血まみれで横たわる二人の姿が見えていたのだろう。
その点、昌浩は、幼少より晴明に厳しく鍛えられ、妖怪相手にそれなりに実戦経験を積んでいる。ある程度の訓練で戦力として使えるだろう。
そして、十二神将は、千年以上の時を生き続ける歴戦の勇士だ。簡単なレクチャーだけで、完璧に任務をこなしてくれるだろう。
はやての最初の案では、現在の隊長たちと昌浩と十二神将の数名でチームを組む予定だった。
そして、スバルたち四人は補欠として、裏方仕事をしながら、ゆっくり訓練と調整を繰り返し、時期を見て作戦に参加させる。
特異な生い立ちと能力ゆえ、戦う道具としか見られていなかったエリオとキャロには、裏方の仕事を教えることで、戦い以外の選択肢を与えてやりたかった。
はやては昌浩を追いかけまわしていた日々を思い出す。表面的にはおどけた様子でも、はやては内心ではすがるような、祈るような思いで、昌浩を勧誘していたのだ。
『なあ、昌浩君。今度新しい部隊ができるんやけど、よかったら入らへん?』
(お願いや……)
『給料はずむで』
(後生やから……)
『いやー。昌浩君は商売上手やな』
(頼む……)
『よっしゃ、全員分の最新型デバイスでどや!』
(うんって言って……)
『隊長の地位もつけるで!』
(私のせいで誰かが死ぬとこ、見たくないねん!!)
しかし、幼い昌浩は隠された意図を汲むことができず、はやての必死さは裏目に出た。
絶対に間違えてはならない一手目を、はやては間違えたのだ。
結果、新人たちに課せられたのは、限界ぎりぎりの過酷な訓練。時期尚早な実戦投入。綱渡りのような部隊運用。上手くいっているのは、各人の努力と才能、運の賜物だ。
エリオとキャロに戦い以外の選択肢を与えるどころか、より洗練された戦いの道具へと育て上げるしかなかった。
そして、これから起きるかもしれない大きな戦いに、否応なくスバルたちを巻き込もうとしている。
もちろん、昌浩なら絶対に死なないという保証はない。単にリスクが少ないだけだ。
リスクが少ない方法を取るのは、隊長としては当然だろう。しかし、はやての心の奥底にあったのは打算だった。
四人より一人の方が、心の痛みが少なくて済む。そんな気持ちでいたから、昌浩の心を動かせなかった。もし昌浩一人の心を動かすこともできないようなら、十二神将を扱う資格はない。晴明との約束は試練でもあったのだ。
はやてはそれに合格できなかった。
「…………最低やな、私」
はやてが静かに嗚咽を漏らす。
今からでも遅くはない。昌浩が参加してくれれば、前線部隊の負担をかなり軽くすることができるのに、それにも失敗しようとしている。
フェイトは黙って聞いていてくれた。
やがて、にぎやかな足音が近づいてきた。シグナムたちが風呂から帰ってきたのだろう。
はやては涙を拭い、赤くなった目を見られないよう目を細めて笑顔を作る。
扉が開いて、寝間着に着替えたシグナムたちが入ってくる。
「やだもー。フェイトちゃんたら、冗談きついで。ほな、またな」
「主はやて。随分長く会話していたのですね」
「いやー。話がはずんで。どれ、私も風呂入ろ」
はやてはいそいそと風呂場に向かう。
この苦しみはシグナムたちには言えない。この仕事を続ける限り、決して終わることのない苦しみだからだ。
おそらくシグナムたちも、はやての心情は察している。だが、言葉にすれば、それは重しとなって、シグナムたちから笑顔を奪ってしまうだろう。
「じゃ、行ってきまーす」
皆の笑顔のため、涙を隠して、今日も八神はやては笑うのだ。
山の中に不思議な施設があった。
巧妙にカモフラージュされた施設は、明らかにこの世界の技術体系と違うものだった。
稀代の広域次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティの研究所だ。ただし規模は小さい方で、重要な設備もない。ここはダミーの意味合いが強い施設だった。
六課が検出したレリックとエネルギーの反応は、ここから漏れたものだ。
「面白い」
モニターを見ながら、スカリエッティは笑みを浮かべる。
白衣を着た端正な顔立ちの男だが、どこか邪悪さがにじむ。
スカリエッティがここを訪れたのは偶然だった。長らく放置していた施設に、問題がないか確認しに来ただけ。
「まさか辺境世界で、こんな逸材に会えるとは」
モニターには、今朝の模擬戦の様子が映されている。ティアナと戦う昌浩と、なのはと戦う青龍。
今まで見たこともないタイプの魔法を使う魔導師たち。
「ぜひ研究したい」
『音声を拾いましたが、オミョージと言うそうです』
彼の秘書を務める戦闘機人ウーノが、通信画面越しに報告する。
「オミョージ? 変わった名だな」
『この世界のデータベースにアクセスすれば、すぐに詳細がわかりますが?』
「まあ、名前などどうでもいい。データ採取も直接やればいいだけの話だ。これより計画を変更し、ナンバーズはオミョージの調査に当てる」
『今は手薄になったミッドチルダを優先すべきでは?』
「そう言うな。こういう一見関係なさそうな研究が、目的達成の早道になることもある」
『わかりました』
ウーノが予想した通りの答えが返ってくる。スカリエッティは一度言い出したら聞かないタイプだ。
『では、レリック捜索はガジェット部隊に任せ、ナンバーズを招集します』
研究所のカモフラージュの強化に、戦力の増強。やることが一気に山積みになった。
「都合のいいことに聖王の器も一緒だ。そのうち、奪取させてもらおう。では、これよりオミョージ計画の準備を始める!」
スカリエッティは堂々と宣言した。
この数日後、オミョージではなく、陰陽師であるという事実が発覚する。その時、その場にいたナンバーズたちが一斉に噴き出した。
スカリエッティの生涯で、最も恥ずかしい瞬間だった。
「いけね。ネクタイ、忘れた」
はやてが入浴を終え、電気を消そうとした矢先、ヴィータが慌てたように言った。
「明日でもいいんじゃない?」
「いいよ。すぐだから」
ヴィータは部屋を出た。
安倍邸の広い廊下を歩きながら、ヴィータは沈んだ顔をしていた。昌浩と一緒にいることで、複雑な感情を抱いていた。
嬉しいと思う反面、酷く辛い。まるで心が二つに引き裂かれそうだった。
千年以上前の戦いで、ヴィータは昌浩に惹かれていた。あの日々の記憶は、宝石のようにヴィータの中で輝いている。
しかし、それはあくまで昌浩の祖先だ。あの日々を、今の昌浩は知らない。
出会ったばかりの頃は、昌浩の生まれ変わりだと素直に信じられた。しかし、成長するにつれ、実はただ似ているだけではないかという疑問が頭をもたげてくる。
昌浩が笑顔で話しかけてくるたび、あの日々の輝きが鋭利な刃物のようにヴィータの心を抉るのだ。
「私はどうしたらいいんだろう」
考え事をしている間に風呂場に辿り着く。
扉を開けると、下着姿の昌浩が立っていた。
「「うわああああああ!!」」
二人の悲鳴が響き渡る。
「なんで、そんな恰好してるんだ!」
「もう上がったんじゃなかったの!?」
どちらも赤い顔で怒鳴る。
「忘れ物をしたんだよ」
「忘れ物? もしかしてこれ?」
昌浩が置きっぱなしになっていたネクタイを拾い上げる。
「ああ、それ……」
ヴィータの声が不自然に止まる。
ヴィータはのしのしと昌浩に近づくと、体を両手でつかんだ。
「ヴィ、ヴィータちゃん?」
「お前、この傷」
昌浩の脇腹のあたりに、巨大な刃物で貫かれたような傷があった。うっすらと肉が盛り上がっているだけで、ほとんど目立たない。ヴィータが気づいたのも偶然だ。
「ああ、これ? 最近自然に浮かび上がってきたんだ。怪我なんてしてないのに、不思議でしょ?」
もっくんに心当たりがないか聞いてみたが、懐かしそうにするだけで答えてくれない。
それは先代の昌浩が、ヴィータをかばって受けた傷痕だった。
「ヴィータちゃんは心当たりない?」
「ヴィータだ」
「えっ?」
「ちゃんはいらねえ。昌浩は、ヴィータって呼ぶんだ」
昌浩を見上げるヴィータの顔が、泣きそうに歪んでいる。それなのに、とても嬉しそうだった。
「それって、どういう……」
今度は昌浩が不自然に言葉を切る。昌浩は入口の扉を見つめていた。
ヴィータが振り向くと、口に手を当てて笑っているシャマルの姿があった。悲鳴が聞こえたので、念の為、様子を見に来たのだ。
「アイゼン!」
「ちょっと待って! やり過ぎだよ、ヴィータ」
グラーフアイゼンを構えるヴィータを、昌浩が後ろから羽交い絞めにする。
「お前は奴の怖さを知らねえんだ! 離せ、手遅れになる前に」
昌浩たちが揉めているうちに、シャマルは部屋に引き返す。
「待て!」
「そんなに焦らなくても……」
昌浩はすぐに服を着ると、ヴィータと共に後を追った。
「心配のし過ぎだと思うよ。いくらシャマルさんだって、そこまで悪質なことは……」
『それでね、それでね、下着姿の昌浩君にヴィータちゃんが迫って行ったの』
『おー! 大胆やなあ』
はしゃぐシャマルとはやての声がする。
『しかも、その後、ヴィータちゃんを昌浩君が後ろから抱き締めたのよ』
『なんや、私がやらんでも、ヴィータがやってくれたんか。それならそうと早く言ってくれたらええのに』
昌浩とヴィータの顔が、怒りを通り越して無表情になる。
「シャマルがどういう奴がわかっただろ?」
「うん。よくわかった」
昌浩たちは部屋に入ると、両側からシャマルの腕をつかむ。シャマルの顔から、血の気が引いていく。しかし、はやては、にこにこと笑顔を崩さない。
「あの、はやてちゃん? 助けてくれると嬉しいんだけど……」
「自分の発言には責任持たなあかんよ、シャマル」
はやてがこんな時だけ真面目な表情をする。
「いーやー!」
廊下の奥にシャマルの姿が消えていく。やがて悲鳴が聞こえた。
別の部屋に移動した昌浩とヴィータは並んで座った。時刻は夜の十一時を回っている。
「昌浩、お前に聞いて欲しい話があるんだ」
「うん」
ヴィータは先代の昌浩と一緒に過ごした日々のことを、大切に、大切に話し始めた。
昌浩が初めて聞く話なのに、ひどく懐かしい。自分が先祖の生まれ変わりという話も、真実だと素直に信じられた。
二人の話題は尽きることなく、静かに時間が過ぎていく。
隣の部屋では、ずたぼろになったシャマルが無残に打ち捨てられていた。
以上で投下終了です。
GJ!です!
一週間ぶりです。
前回は特に気合を入れた話だったので、楽しんでくれた方がいたようでなによりです。
本日、23時よりリリカル陰陽師StrikerS第四話投下します。
時間になりましたので、投下開始します。
第四話 彼方の思いをすくい取れ
安倍邸に滞在して数日が経過した。
なのはが朝食の片付けを手伝っていると、隣の部屋から言い争う声が聞こえてきた。
扉を開けると、両側から玄武の頬を引っ張っている太陰とヴィヴィオの姿があった。
「どうしたの?」
なのはが声をかけるが、興奮している太陰とヴィヴィオは気がつかない。どうやら、二人のつかみ合いの喧嘩を、玄武が押し留めているらしい。
「やーめーなーさーい!」
なのはが声を張り上げると、ようやく二人が制止する。五歳くらいの少女の姿をした太陰が玄武から手を離し、不機嫌に腕を組む。
「ママ〜」
ヴィヴィオが涙目で駆け寄ってくる。その頭を撫でながら、なのはは玄武に顔を向ける。
「何があったの?」
「話せば長くなるのだが……」
十歳くらいの少年の姿をした玄武が、赤くなった頬をさすりながら言った。
事の発端は、朝食を食べ終わってすぐのことだった。ヴィヴィオが太陰に腕相撲の勝負を挑んだ。
太陰とて十二神将、腕力は常人より上だ。手加減して、いい勝負を演じてやれば、ヴィヴィオが満足するだろうと考えた。
しかし、ヴィヴィオの力は太陰の予想を上回り、太陰はあっさり敗北した。その時、太陰の中で本気のスイッチが入った。
次の勝負では、太陰が圧勝。その後、一進一退を繰り返し、むきになった二人は、ついにつかみ合いの喧嘩に発展した。
玄武の説明を聞いたなのはは、ため息をついた。
「どうして、こんな負けず嫌いになっちゃんたんだろう」
「なのは、お前に似たのではないか?」
新聞を読みながら、聞くとはなしに会話を聞いていたシグナムが言った。なのはは聞こえない振りをした。
「いい、ヴィヴィオ。喧嘩は駄目だよ。ちゃんと太陰に謝りなさい」
「でも〜」
「でもはなし。ほら」
なのはに押し出され、ヴィヴィオは渋々太陰の前に行く。
「ごめんね、太陰」
太陰は腕を組んだままそっぽを向いている。
「太陰よ。少々おとなげないのではないか?」
「ああ、もう、わかったわよ! 私が悪かったわよ!」
太陰がやけくそ気味に謝る。
「さあ、ヴィヴィオ。また一緒に遊ぼうか」
「うん」
玄武に促され、太陰とヴィヴィオが再び遊び始める。それをなのはは満足げに眺めていた。
ガジェットが大量に発生したと報告があったのは、ヴィヴィオたちの仲直りのすぐ後だった。
緊張した面持ちで、昌浩たちは大広間に集まった。
「かなりの数のガジェットがこちらに向かっているわ」
「レリックの反応は?」
「今のところ、ないわ。ただガジェット部隊は二つ。海と山に同時に出現した。進行方向を調べると、ちょうど安倍邸で交差するのよ」
「狙いは私らかもしれへんってことか」
「ガジェットって何?」
昌浩がヴィータに質問した。
「私らが追ってる犯罪者、スカリエッティが使う戦闘機械だ。結構厄介な相手だぞ」
同時に出現した部隊だが、数はだいぶ違う。山側の方が町に近く、二倍くらい数が多い。
「こちらの分断が狙いか。どっちか罠も知れへんな」
「考えてる時間はないよ。早く行こう」
なのはが立ちあがる。この町には、なのはの家族を初め、学生時代の友人など、たくさんの大事な人が住んでいる。絶対に傷つけさせるわけにはいかない。
「チーム分けはどないする?」
「海側は私が行く」
なのはが宣言した。
「ほな。スターズはそっちやね」
「ううん。行くのは私ともう一人だけでいい」
「ならば、俺が行こう」
背後から青龍が現れた。この前の引き分けを根に持っているのか、眉間の皺がいつもより深い。
「決着をつけてやる」
「そっか。機械相手なら、青龍さんも本気出せるもんね。じゃあ、どっちが多く倒すかで勝負しよう」
これまででお互いの戦い方は熟知している。連携もこなせるだろう。
「じゃあ、先に行くね。片づけ次第合流するから」
「頼むで、なのはちゃん」
なのはと青龍は海めがけて出発した。
目的地に辿り着くと、シャマルがすでに封鎖領域を張ってくれていた。
港の倉庫街を埋め尽くすように、ガジェットの群れが出現している。円筒形のT型、飛行機のようなU型、巨大な球形のV型。山側よりは少ないとはいえ、かなりの数だ。
「青龍さん、ガジェットはAMF(アンチマギリングフィールド)を持って……ようするに、魔法が効きにくいから注意して」
「ふん。ならば直接切り裂けばいい」
「それじゃ、地上はお願い」
青龍が大鎌を構え走り出す。なのはも空に飛び立つ。
青龍は攻撃をよけながら、大鎌で次々とガジェットを切り裂いていく。
なのはの放つ光球が飛行型のU型を撃ち落としていく。
(あれ?)
戦いながら、なのはは違和感を覚えた。
今日はやけに視界が狭い。いつもならもっと広い視野で戦えるのに。
仲間たちと敵の動き。攻撃方法の選択。回避と防御。どんな機動をすれば最も効果的か。すべてを同時に考えながら戦える。
なのに、今は目の前の敵しか見えない。死角からの攻撃を慌ててバリアで防ぐ。
(おかしいな。集中できてないのかな)
こんなことは初めてだった。原因がわからない。
なのはは後ろの町並みを振り返る。大切な思い出がつまった故郷。
地上で戦う青龍は、まだ一度も勝ったことのない相手。
(違う。逆だ。集中し過ぎてるんだ)
絶対に守りたい町。絶対に勝ちたい相手。それらがなのはの余裕を奪い、視野を狭くしているのだ。
普段のなのはの戦い方を知る者がいたら、目を疑っただろう。
ペース配分を考えず、撃ちだされる大技の数々。高出力のバリアで攻撃を防ぐだけで、ほとんど回避機動も取っていない。
まるで素人のような力押しの戦い方。エースオブエースの戦い方ではない。
スバルたちがいなくてよかったと、なのはは安堵する。とても見せられる姿ではない。
レイジングハートが凄まじい勢いで、カートリッジを吐き出していく。敵の数が四分の一まで減った時、ついにカートリッジが切れた。
なのはは不思議そうにレイジングハートに話しかける。
「そういえば、最初はカートリッジなんて、なかったんだよね」
『Yes, my master』
一番、最初の気持ちを思い出す。
ユーノを助けたいと思った。敵として現れた寂しい目をした少女を救いたいと思った。忘れたことなんてないのに、いつの間にか曇っていた。
この力は、大切な誰かを助けるために、使うと決めたのだ。
「青龍さん、時間稼ぎお願い」
青龍は不機嫌になのはを見上げ、なのはに近づくガジェットを撃ち落とす。
なのはの周囲に、まるで星の光のように無数の光球が現れる。やがて光がレイジングハートの先端に集中する。
これが誰かを助けるための、最初の全力全開だ。
「スターライトブレイカァー!!」
光が空を切り裂いた。
敵を壊滅させた後、なのはは倉庫の屋根の上で大の字になっていた。魔力のほとんどを使い切り、空っぽだった。
青龍がなのはの隣に立つ。傷はないが、さすがに疲れたらしく、肩で息をしている。
「貴様はいくつ倒した? 俺は……」
「……ごめんなさい。途中から数えてない」
青龍の不機嫌度が一気に上がる。
「うん。だから、私の負けでいいよ」
なのはは、妙に晴れ晴れとした顔で言った。
立ち去ろうとする青龍に、なのはは声をかけた。
「ありがとう」
青龍が怪訝な顔で振り返る。
「青龍さんのおかげで大事なことを思い出した」
成長するにつれ色々なことができるようになり、いつの間にか、部隊も新人たちもすべて背負ったつもりになっていた。
自惚れたものだ。自分に出来るのは、誰かを助けるために全力を尽くすことだけだというのに。
「間に合わなかったか」
風に乗って十二神将、白虎が飛んでくる。筋骨隆々とした壮年の男性だ。
「晴明に様子を見てくるように言われたのだが、無駄足だったな。昌浩たちもそろそろ決着がつくらしい」
「余計な真似を」
「まあまあ。ありがとう、白虎さん」
白虎は片目をすがめた。これまでなのはが青龍に放っていた殺気がなくなっている。青龍は相変わらず素っ気ないが。
「どうやら和解できたようだな。よかったじゃないか、青龍」
「白虎。余計なことを言うな」
「どういう意味ですか?」
なのはが起き上がる。
「こいつ、昔戦った時に脅かし過ぎたと言って、気にしていたんだ」
「白虎!」
「心配してくれてたんですね」
なのはが青龍の顔を覗き込む。てっきり、なのはのことなど眼中にないと思っていたので、意外だった。
青龍が隠形する。照れているのだろうか。
「優しいところもあるんだ」
昔、友達が力説していた。
普段冷たい男が、たまに見せる優しさにぐっとくると。なのはは少しだけその気持ちが理解できた気がした。
六課メンバーと、昌浩、もっくん、六合たちは、あっさりガジェット群を壊滅させた。少し戦力を偏らせすぎたようだ。
「いやー。やっぱりたまに体を動かすと気分ええなあ」
六枚の黒い翼の生えた騎士甲冑に着替え、リインとユニゾンした、はやてが肩を回しながら言った。
「はやてさん、めちゃくちゃ強かったよね?」
「うん」
スバルとティアナが耳打ちする。あれで能力制限がかかっているのだから、本気を出したらどれほどなのか。
かつて、はやてはガチンコで勝てるのはキャロぐらいではないかと言っていたが、絶対に嘘だと思う。
「何が目的だったのかな?」
「それがわかれば苦労しないわよ」
ガジェットの残骸を調べる昌浩に、ティアナがつっけんどんに言い放つ。
今日の戦いでわかったのだが、昌浩のポジションは、ティアナと同じセンターガードのようだった。
もっくんや六合に支えられている面はあるが、要所要所で指示を出し、戦況を有利に導いていた。正式な訓練を受けずにそれらをこなしているのだから、空恐ろしい印象を受ける。
もし昌浩が六課に入隊していたら、自分はお払い箱になっていたのではないかとティアナは危惧する。
「でも、とにかく片づいたし、帰ろ……」
「へえ、結構やるじゃないっスか」
突然響いた声に、全員が身構える。
青いボディスーツに身を包んだ三人の少女が立っていた。
「戦闘機人!」
戦闘機人とは、人工的に培養した素体に、機械を埋め込み強化した人間、一種のサイボーグのことだ。スカリエッティの忠実な配下で、スバルたちは以前一度だけ交戦したことがある。
少女たちとは初対面だが、着ている服が似ているので、仲間だと推察できる。
眼帯に銀色の長い髪、灰色のコートを着た小柄な少女、チンク。巨大な盾ライディングボードを持ち、赤い髪を後頭部でまとめたウェンディ。そして、髪の色こそ赤と違うものの、スバルによく似た容貌のノーヴェ。
「あいつ、スバルに似てるな。偶然か?」
もっくんが首を傾げる。
「似てて当然だ。そいつも私も、同じ遺伝子データから作られた戦闘機人なんだからな」
ノーヴェが嫌悪感もあらわに言う。
「えっ?」
「くらえ!」
全員にかすかに動揺が走った瞬間、ノーヴェの腕に装備されたガンナックルから、マシンガンのように弾丸が吐き出される。それを皮切りに、チンクが投げナイフ、スティンガーを放ち、ウェンディがライディングボードから光弾を撃ち出す。
防御の構えを取った時、昌浩の背後に青い人影が現れる。
「この子はもらって行くよ」
おどけたような声は、地面から発せられた。
青いスーツに身を包み、水色の髪をした少女。かつてスバルたちの前に現れた戦闘機人、セイン。IS(インヒューレントスキル)はディープダイバー。無機物を透過、潜行することができる。
「昌浩!」
全員が駆け寄るが、間に合ない。昌浩が地面に引きずり込まれ消えていく。
地中を移動しながら、昌浩は抵抗を続ける。
「離せ!」
「駄目だよ。君はドクターのところに案内するんだから」
セインが余裕の表情で告げる。ノーヴェたちは陽動だ。適当に戦って切り上げる手はずになっている。
「オン……」
「それも駄目」
呪文を唱えようとする昌浩の首を絞め、声が出ないようにする。
頭突きや蹴りを繰り出してはいるが、セインはやすやすとかわしてしまう。
昌浩は魔力はともかく、身体能力は人並みだ。後ろから羽交い絞めにされたら、どうしようもない。
「諦めて、大人しくしててよ。オミョージ君」
言いながら、セインは笑いを堪える。
地中を抜けて、地上に出る。それを繰り返すと、やがて、町の外に出た。
「ここまで来れば、もう大丈夫」
「止まれ」
セインを、彼女の姉であるトーレが待ち受けていた。女性にしては背が高く、短い髪に鋭い目をしている。その両手足には虫の羽根のような刃がついていた。
「あ、迎えに来てくれたんだ」
「止まれと言ってるんだ、この馬鹿者!」
トーレの一喝に、セインは足を止める。
「敵を研究所に連れ込むつもりか」
トーレが戦闘態勢を取る。
「あーあ、もうちょっとだったのにな」
「うわっ!」
昌浩の襟首から、白い動物が滑り出てくる。セインは驚いて手を離しそうになる。
「もっくん!」
白い物の怪は悠然と大地に降り立つ。昌浩がさらわれる一瞬の間に、服の中に忍び込んでいたのだ。なるべく魔力を抑えていたのだが、隠しきれなかったらしい。
「一匹で何ができる。セイン、陰陽師を捕まえておけ」
「あいよ」
「戦う前に質問だが、お前ら、この世界の出身か?」
もっくんがトーレと向き合う。
「違うよ」
「セイン、答えなくていい」
「それはよかった。実は十二神将には掟があってな。人を傷つけちゃいけないんだ」
十二神将が人を傷つけてはならないのは、十二神将が人の想念から生まれたからだ。親である人を、子である十二神将は傷つけられない。
「しかし、この掟、結構ゆるくてな」
「あー。俺、朱雀に叩かれて、太陰に殴られて、勾陣に投げ飛ばされたことあるしね」
昌浩が過去を振りかる。どうやら、このくらいでは掟に抵触しないらしい。
「晴明が調べてわかったことだが……俺たちはこの世界の人間の理想と想念によって形作られている。つまり、この掟、他の世界の人間には通用しないんだ」
もっくんが歯を向いて笑う。
危険を感じたトーレが、飛び出して拳を振るう。
「紅蓮!」
昌浩が叫ぶ。
炎が噴きあげ、もっくんの姿が、赤いざんばら髪に褐色の肌の男に変わる。額には金の冠をはめている。十二神将、最強にして最凶の存在、騰蛇。またの名を紅蓮。
姿を現した紅蓮が、トーレの拳をやすやすと受け止めた。全身から莫大な魔力が放射される。
「甘く見るなよ、女」
「馬鹿な」
トーレは自分の拳が小刻みに震えているのを感じた。
紅蓮の魔力は凄絶にして、苛烈。生物に根源的な恐怖を植え付ける。それと無縁でいるには、昌浩のように紅蓮に近い魔力と、存在を許容する優しさ、懐の深さが必要になる。
そのどれも持っていなければ、人間を元にしている以上、いかに戦闘機人と言えど、恐怖からは逃れられない。
「ひい!」
トーレより意志の弱いセインが、恐怖に身をすくませる。その隙を逃さず、昌浩はセインの腕を振り払う。
「砕!」
放たれた昌浩の術を、セインは地中に潜行してかわす。
トーレの隣に現れたセインめがけて、紅蓮は炎蛇を放つ。
「IS発動、ライドインパルス!」
二人の体が霞み、はるか後方に移動する。
「ほう」
紅蓮が感心したように呟く。
トーレの能力、高速移動だ。
「セイン、撤退するぞ。貴様、名は?」
トーレが苦渋に満ちた顔で問う。ナンバーズが恐怖を感じるなど、あってはならないことだ。
「騰蛇だ」
「覚えておこう。私はナンバーズ、トーレ。いつかこの屈辱は晴らす」
二人の姿が地面に消える。
「敵ながら、あっぱれな奴だ」
紅蓮がもっくんに戻る。不利を悟るや、即座に撤退を決断した。簡単にできることではない。
あれだけ派手に魔力を解放したのだ。すぐに迎えが来るだろう。
そこに白い鳥が飛んできた。鳥は昌浩の上空で手紙に変化する。
「げっ」
手紙は晴明からのものだった。
『まったくさらわれてしまうとは情けない。気が緩んでいる証拠じゃ。これは一から修行し直しじゃのう。ばーい晴明』
手紙を読むにつれて、昌浩の肩がぴくぴくと痙攣する。読み終わると、昌浩は手紙を握りつぶし、絶叫した。
「あんのくそ爺ー!!」
絶叫が消える空に、迎えに来たはやてたちの姿が映っていた。
以上で投下終了です。それではまた。
投下乙
定期的なのはよいことだ
どうもおひさしです
22時からEXECUTOR17話を投下します
■ 17
時空管理局本局は、次元世界人類が建造した史上最大のスペースコロニーであり、人工天体である。
その建造に際しては、従来の宇宙船の常識をはるかに超えたいくつもの要素があった。
この世のどんな物質でも、自身の持つ質量に応じた万有引力を発生させ、重力によって周辺の空間を、わずかながら歪める。これが重力場である。巨大な質量を惑星の至近に置くということは、惑星の重力場に影響を与えるということである。
惑星が、主星の周りを安定して公転できるのは、互いの質量によって引き合う重力が釣り合っているからである。
もしここに、外部から物質を持ち込むなどして質量が増加すると、この重力の均衡を崩してしまう恐れがある。
この種の多数の天体の運動を扱う軌道計算は多体問題とよばれ、扱う変数パラメータの数が莫大であり最新のコンピュータをもってしても計算が困難な問題である。
万が一、軌道上に大きすぎる物体を置いてしまうとミッドチルダの軌道が乱され、太陽系の中で生存に適した領域からはじき出されてしまう恐れがあった。
本局構造体はミッドチルダ地表から高度3万6千キロメートルの赤道上空を周回しており、いわゆる静止軌道上に位置している。
クラナガンは北半球中緯度地方の都市のため、おおむね、南の空を見上げれば、視力のよい者なら昼間にはうすぼんやりと空がにじむ本局の影を見ることが出来る。
夜間の場合、本局は外部への光の反射を抑える防御フィールドを展開しているので地上から見えることはない。
定期便シャトルなどの窓から見ると、本局構造体は靄のようなガスを纏い、周囲に孫衛星を配置した、棘状の構造物が生えた金平糖のようなシルエットをしている。
このガスは暗黒物質であり、物体のエネルギーを非常によく吸収する性質によって本局を防御する。またこのガスの内側には、本局表面を取り巻くシールド魔法が展開されている。
地球においても、他のあらゆる次元世界においても、宇宙空間に滞在する施設や艦船にとって最も重要で困難な問題とはいわゆるスペースデブリの防御である。
本局施設は差し渡し数十キロメートルに及ぶ巨大なサイズと質量を持っているため、第97管理外世界で運用されている宇宙ステーションのように都度都度軌道を変更するというようなことは行えない。
そのため、あらゆる防御魔法を用いてデブリの衝突に耐えられる構造として設計、建造が行われた。
新暦20年代、本局施設が宇宙空間に移された当初は直径数キロメートルほどの球形構造であり、全体を通常のシールド魔法によって覆っていた。
当時の魔法で、秒速3キロメートルで衝突する直径10ミリメートルまでのデブリを防御できた。これはおおよそ、当時使われていた標準的な野戦砲の魔力弾の運動エネルギーに相当する。
これ以上の大きさや速度のデブリないし流星体が衝突した箇所は、宇宙服バリアジャケットを装備した魔導師が船外活動によって定期的にパネルの張り替え作業を行っていた。
さらに管理局の規模が増大するにつれ、建築構造物は幾何学的に延びていき、増築を繰り返した結果形状も複雑化し、単純なプロテクション系のシールド魔法で防御することは難しくなっていった。
衝突時の破片の飛散を予測しやすくするため、本局の増築は90度ないし45度の角度の鉛直方向のみに限定された。そのため、離れたところから見た本局の全景は巨大な刺胞生物のようにも見える。
腕部の長いヒトデやサンゴのような姿をしている。外壁は完全な平面ではなく、岩石質の材料で表面を覆い、シールド魔法を貫通してきた物体に対して内部の構造を防御している。
この構造はいわゆるアステロイドシップと呼ばれ、当初は宇宙を舞台にしたSF小説などで発想が登場した、小惑星に推進装置を取り付けて宇宙船とするアイデアである。
本局の場合は、建造資材の節約と工期短縮のために採用された。外装が岩石ならば、材料の調達や修理も容易である。また複雑な加工をするための手間も少ない。
インフィニティ・インフェルノも、当初は類似の設計思想を採用したものであると考えられた。
本局よりも巨大な100キロメートル以上ものスケールを持つ宇宙船の構造体を作るには、外壁の表面積も大きくなるので人工的なパネルやタイルを貼り付けていくやり方では手間が掛かりすぎると考えられた。
しかし実際のインフェルノの構造は内外まで完全に一体化したたまねぎ状の層構造をしており、木が年輪を重ねて生長していくように、船体そのものが中まで詰まった金属結晶を成長させていきその内部をくりぬいて通路や部屋を作っていた。
スバルらヴォルフラム陸戦隊が振動破砕で採取したデータを分析した結果はそのようにはじき出された。複雑な配管のように見えていたのは、金属結晶内部に取り込まれた水やガスなどが抜けた跡であった。
内部構造を分析し、それが従来の水上艦や宇宙船とは全く異なっていたことで、インフィニティ・インフェルノとは惑星サイズの巨大生命体であるという可能性が高まってきた。
彼らは惑星内部に埋めて育てた巨大生物を自由に操れるように寄生する形でスペースコロニーとしていたのである。
バイオメカノイドには人型サイズの“グレイ”、自動車程度の大きさの“小型バイオメカノイド”、艦船サイズの“大型バイオメカノイド”があることがこれまでの遭遇で知られていた。
ここに新たに、天体サイズの“超大型バイオメカノイド”が存在する可能性が浮上してきた。
インフィニティ・インフェルノをはじめとして、現在、ミッドチルダおよび本局に接近しつつある大型輸送艦もそれに類されるであろう。
一般的に、生物は宇宙空間では生存できない。
強力な宇宙線などもあるし、空気がない状態では水はあっという間に沸騰ないし蒸発して失われてしまう。また宇宙空間は低温であり、生物の肉体に普遍的に含まれる水分が凍りつく、あるいはゼロに近い気圧すなわち真空の影響で蒸散してしまう。
そのためごく一部の昆虫や細菌など以外は宇宙空間では生存できない。
人間ももちろん、全身を空気で包み込む宇宙服ないし同等の機能を持つバリアジャケットを装備しなければ宇宙空間での活動は出来ない。
しかしバイオメカノイドはこれまでのところ、そのような水と空気を保持する装備を持たないまま、生身で宇宙空間を泳いでいる。
また構成元素としても水分は含んでいるが化合物(いわゆる水酸化物)の形で持っているため、バイオメカノイドの肉体は真空中でも脱水を起こさない。
人間が宇宙で活動する場合、絶対必要になるのは酸素と水である。
酸素は呼吸のために必要である。また生命活動を維持するには体内の水分量を保つことができなければならない。
これらの機能を魔法によって実現するには大変な術式計算負荷と魔力量が必要であり、術者自身の魔力ではまず維持できない。そのため、従来の物理宇宙服以外では、電池によって魔力を供給する宇宙服、もしくは独立したエンジンを持つ航宙機や航宙艦が必要になる。
すなわち次元航行艦や魔力戦闘機である。
「見えるかマリー、クラナガンから発進してきた艦隊がバイオメカノイドに向かってく──本局とミッド海軍の連携は取れてるんか?
艦がばらばらにうごいとったら敵を押さえきれんよ」
エネルギー吸収ガス帯の領域を抜け、宇宙空間に出たはやては三日月形に輝くミッドチルダの惑星の姿を見た。
「私たちのとこから外は見えません、中に浮かんでるだけです。ともかく技術部では外の詳しいことは聞いてませんでしたが、レティ提督がミッド政府との折衝をやってるらしいです」
「レティ提督が」
「この状況ではどうもこうも言ってられません、少なくともあの船団がミッドの観光にやってきたわけではないのだけは確かです」
「距離4万の領空内に入り込んだら即撃ち始めるか」
「たぶん、ですね。レティ提督の出したGS級2隻がいるはずです、おそらくもうすぐ接敵します」
「そこに私も突っ込むのはさすがに無茶やな」
今のはやては、外部から見れば人間の姿ではない。平滑な表面で全体が淡く発光する葉巻型UFOのような姿になっている。
防衛プログラムは単体では固定された姿を持たないため、蒐集された魔法が1つもない状態ではただの光球のような外見になる。
内部は無重力の空間になっておりマリーとユーノはそこに収容されている。
「まずは、ユーノ君とマリーを安全な場所まで運ばなあかん──」
マリーは比較的軽傷だが、ユーノは実験モジュールが衝撃を受けたときに吹っ飛んできた机に押し潰される格好になったため、両脚が折れているようだった。
ひとまずフィジカルヒールで応急処置をし、バインドを自分にかけて足が動かないように固定している。また逆向きのシールドを皮膚の上に密着させることで止血しているがこれも短時間しか維持できない。
上半身が無傷だったのが不幸中の幸いといえたが、その分、大きく損壊した自身の肉体を目の当たりにする異様な感覚に耐えなくてはならない。
「できれば安静にさせてほしいな。このまま重力下に入ったら痛みで転げまわりそうだ」
「その減らず口、いつまでたたいとる余裕あるかな」
ガス帯の外に出たことで本局からの距離が離れ、はやての姿は本局に設置された警戒レーダーに探知される。
未確認飛行物体の出現を探知して、本局構造体に埋め込まれた自動迎撃レーザーが魔法陣を出現させて射撃の構えを見せる。
「発進しますか?」
「いや、たぶん本局は私の正体をつかめてない。下手に動くと混乱させる」
「おとなしく待ってるしかないですね。折角私たちが命がけで復元した“夜天の書”です、本局艦隊とミッド艦隊の助太刀に向かいたいのはやまやまですが──」
「極秘の計画やったんやろ。今頃んなって“闇の書”が出てきたゆうたところで、頼もしい思うよりやばい思う人間のほうが多いわ」
マリーは『夜天の書』と言ったが、はやては『闇の書』という呼び名を自ら使った。
この魔導書は本来は夜天の書として作られたが、悪意を持った改変によって災厄を撒き散らすロストロギアとなり、闇の書と呼ばれて恐れられた──従来よりいわれてきたこの伝説は、真実ではなかった。
はやては闇の書のすべてを知り、それに気づいたのだ。
闇の書は最初から闇の書だった。誕生したのは古代ベルカ時代ではない、先史文明時代。
最初からこの姿を持って生まれ、本来は、人類を観察し情報を収集する単なる装置であった。
その秘められた力に恐れをなした人類が、勝手に恐怖を抱いて呼び名をつけただけだ。
途中で改変されたのではなく、機能を発揮できないよう枷がはめられた。そのために闇の書になった。
最初から、この機能を持っていた。
次元世界のすべてを見通すアカシックレコードである。
闇は、それ自体が悪ではない。ただ、人間にとって都合が悪いから、人間が勝手に扱っているだけだ。
闇の書という呼び名を使ったからといって、それをはやて自身が言うぶんには、それはネガティブな意味を持たない。
あくまでも自分自身の名前である。
かつて闇の書事件の際、アースラのサポートを行ったマリーは、夜天の魔導書というのが本来の名前であると管制人格が主張したと伝え聞いていた。
何代にも渡って闇の書と呼ばれ恐れられ続けたことで、人間たちに不当な誤解を受けていると感じていたようだ。
しかしそれは、闇の書が嘘の名前ということではない。
人間を、恐れをなしながらしかしそれでいて自分を利用しようとしている人間を試しているのだ。
闇の書とてデバイスである。
デバイスの動作は、書き込まれた術式──すなわち厳密なプログラムに従う。
それがじゅうぶんに複雑かつランダム性を持っていれば、人間との見分けを難しくする。
今の闇の書は、はやての一部になった。
最後の夜天の主とは、闇の書の最後のひと欠片となった人間が闇の書に帰ってくるという意味である。失われた先史文明人の遺伝子を、何代にも渡って受け継いできた人間が次々と闇の書の主になり、少しずつ復元していく。
はやての復活により、それは成された。失われた先史文明人のDNAが、はやてによって最後のひとピースをはめられ、完全に復元されたのだ。
先史文明が遺したロストロギアの一端を、復元解明したことになる。
はやては闇の書を真の意味で自分のものにした。
そして同時に、この次元世界に、人類が抗うことの出来ない力の一端が現出したことになる。
自分たちがやろうとしていたことの意味を本当に理解しているのか──レティや、管理局、ミッドチルダ政府。そして、マリーでさえも、ユーノでさえも。
そして、自分とともに戦ってきた、高町なのは、フェイト・T・ハラオウン。
かけがえのない親友である。
今の自分の姿を彼らに見せたらどんな感情を抱くだろう、とはやては思っていた。
生還を喜ぶか、それとも恐れをなすか。
彼らがはやてを恐れてしまうようでは、残念ながら、今の人類にはこの次元世界で生き延びていく力がないということになる。
エグゼキューターとなったティアナ、闇の書となったはやて。
この次元世界の真実を知るためにクロノは旅立った。
そして管理局はその真実を追っている。
ミッドチルダはどうか知らない。ヴァイゼンと組んで、あくまでも世界支配のために、権益確保のためにやろうとしているのか。
だとするなら、真に遺憾ではあるが、管理局はミッドチルダに対し制裁を発動する必要がある。
もし管理局にそれだけの実力がないのであれば、はやてを──闇の書の力を、利用しようとするだろう。
今後、はやてを継続して管理局員の身分に置こうとするならば、管理局は闇の書という次元世界最大の武力をその支配下に置くということになる。
はやては管理局員としての命令を受け、任務として闇の書の力を振るうことができる。
そんなことを、ミッドチルダが許すか。
管理局が強大な武力を持つことを許すか。それは管理局による国家間安全保障と治安維持を、その実力による支配を受け入れるかどうかということになる。
あくまでも治安維持機構であることが管理局の本分であり、闇の書の存在は管理局には過ぎた力と見なすか。
そうなった場合、ミッドチルダやヴァイゼン、オルセアなどの次元世界大国が取りうる行動──管理局を解体するか。もし管理局がそれに応じない場合、実力行使によって制圧する事も考えられる。
それは人間同士の戦いである。
全次元世界を巻き込む戦争である。
多くの次元世界で、危機の責任を回避する事が望まれる。それはバイオメカノイドという外敵の存在によって可能になる。
しかし、ミッドチルダが不用意にバイオメカノイドを目覚めさせてしまった事から、この災厄がミッドチルダの責任にされてしまうおそれがある。
追い詰められたミッドチルダがとるであろう行動は、他の次元世界国家を捨て石にしてバイオメカノイドに殲滅させることだ。
他の次元世界がいくら滅んでもミッドチルダさえが残ればよく、またミッドチルダに賛同する世界のみを残せば良い。
しかし現実にはそのような作戦は非常に困難である。バイオメカノイドの増殖はおおむね取り込んだ物質の量に比例するため、よりたくさんの惑星や次元世界が襲われると、それだけ敵の総戦力が増大していく。
ミッドチルダは、末端の戦闘要員はともかく首脳部がこの問題に目を向ける事が出来ていない。
生き残る事よりも自分たちの保身が優先してしまっている状態である。
バイオメカノイドという危機を目の前に、次元世界人類の生き方が試されているのである。
見物につめかけた大勢の市民たちが見守る中、総勢5名のイギリス空軍軍人たちが、空港のエプロンに着陸した次元航行艦に向かって歩いていく。
次元航行艦は重力制御(飛行魔法)による浮遊能力があり、ランディングギアなどの降着装置を持たない。
そのため、ちょうど飛行船を繋留するように、艦そのものは地上すれすれに静止したまま、地上に設置したおもりにワイヤーバインドを繋ぎ、乗り降りのためのウイングロードの設置作業を甲板員が行っている。
本局のドックや次元世界の宇宙港では、次元航行艦の繋留設備として上甲板の高さまで登れる桟橋があるが、地球にはそのような設備はないので、艦後部のメンテナンスハッチを臨時の出入り口として使う。
集まったロンドン市民たちは、宇宙船は円盤型じゃないのかとか、光に包まれて空中に吸い上げられるんじゃないのかとか口々に言っている。繋留用ワイヤーバインドの基部にある魔法陣を見て、あれでミステリーサークルを作っていたんだなどと言っている者もいる。
21世紀ももう四半世紀が過ぎようとしているが、なかなか、異星人の宇宙船というものもレトロな認識がぬぐいきれていないようだ。
市民たちの中でも、地球周回軌道に入っている巨大要塞を、ただの珍しい天文現象としかとらえていない者もまだまだ多い。
インフェルノは軌道を上げて地上から見える範囲が広がったので、イギリスでは、空を高速で移動する赤い彗星のように見えている。
南米や中東などで、パニックを起こして教会に駆け込む人々の様子が報道されたりなどしたが、少なくともロンドンではまだそういった様子を、科学知識に乏しい後進国の人間だからなのだと、遠い世界の出来事のようにとらえている。
北海やバフィン湾で戦闘が発生した事例は、米軍およびイギリス軍が報道管制を行っているのでまだ大きく取り上げられてはいない。
北海での大ダコ型バイオメカノイドとの戦闘ではドイツ海軍のフリゲートが損傷したが、ドイツ海軍は高波に遭遇したことによる破損と発表した。
バフィン湾では空母ジョン・C・ステニス艦載機のF/A-18F編隊が発射した核ミサイルによりドラゴン型バイオメカノイドを撃破することに成功し、続いて現れた小型バイオメカノイドのユスリカをソ連空軍との共同作戦でどうにか凌いでいる状態だ。
イギリスでは昼間だが、アメリカでは早朝でありまだ人々は眠りから覚めず、どの局も朝のニュースの時間になっていない。さらにジョン・C・ステニスが進出しているバフィン湾は北極圏に入り、この季節は一日中太陽が昇らない。
暗闇の中、空を覆う極夜の雪雲の向こうに瞬く粒子砲の閃光を見上げながら、アメリカ空母機動部隊はバイオメカノイドの大群を食い止めている。
それでも一部は、艦隊を迂回して南下を始めていることが確認された。
敵はあまり積極的に攻撃をしてこないようだったが、とにかく数が多く、レーダー電波が乱反射を起こしてまるでチャフが撒かれたかのように対空捜索や通信に支障が出ており、ジョン・C・ステニスでも敵の正確な動きを掴みきれていなかった。
敵の体躯がレーダー電波をすべて遮ってしまい、反射波を拾うことが困難になっている状態である。
空母に随伴していたタイコンデロガ級3隻のうち『プリンストン』は早々に対空ミサイルの残弾が尽き、速射砲の弾丸も少なくなったため海域を離れて敵の捜索に専念し、残る『シャイロー』、『ゲティスバーグ』もミサイル節約のために速射砲での攻撃に移行した。
北極の空を埋め尽くすほどのユスリカの群れは気象衛星の撮影画像にもはっきりと写り、速射砲を無照準で撃っても命中するほどだった。
巡洋艦は敵が近づくと、速射砲に加えてCIWSパルスレーザーでも攻撃する。
ユスリカはプラズマ砲以外には攻撃手段がないようで、時折巡洋艦の甲板に降りてきて張り付いたりしたが、艦を左右に振って波しぶきをかけるとすぐに飛び立っていった。
乗組員たちは、敵バイオメカノイドは機械(この場合は戦闘機や水上艦)が何物なのかを判別できていないようだという印象を持った。
動いている物体であるということ程度は理解しているようだが、その機械に自分たちが攻撃されていることを認識できないようだということを、群れの動きからは読み取れた。
レーダー画面上ではユスリカの群れは大きな塊のように映り、ひとつひとつの個体がどのような動きをしているのかはつかめない。
しかしそれでも、上空から観測しているF/A-18FやSu-35からの報告で、群れ全体が次第に南下し、ハドソン湾方面へ移動しつつあることが確かめられた。
ユスリカのプラズマ砲で撃墜されたのはF/A-18Fが16機、Su-35が3機にのぼり、ジョン・C・ステニスでは当初ドラゴンに対し核攻撃を行ったステイン小隊12機のうち4機を含む全搭載戦闘部隊の3分の1が損耗していた。
ドラゴン撃破後、破片が降り注ぐ中を強行発艦したプラッツ小隊、ポリッシュ小隊も、発艦直後の戦闘突入で空中で陣形を整える余裕がなく多くが非撃墜を喫した。
大ダコが撃破された翌朝──1月1日の時点で、ムルマンスクの北方艦隊基地からソ連海軍の航空戦艦『ミンスク』が出港していたが、今のところソ連首脳部は同艦をノルウェー沖に待機させ、本格的な戦闘突入を決断しかねていた。
バイオメカノイドの戦闘力を相手にしては、いかに強大なソ連海軍といえども損害を受けることは必至である。
それに対し国民や議員からの支持は得られるのかという心配がある。
連邦構成各国、特に東欧方面のグルジアやオセチアなどでは、インフェルノが天王星宙域に出現した当初、アメリカがなかなか詳しい情報を明かさなかったことに不信感を持っている。
アメリカの作戦に付き合って戦力を消耗した場合、今後の大西洋および北極海での軍事バランスが崩れる恐れがあるということを中央共産党では危惧していた。
いずれにしろミンスクがバイオメカノイドを追うにはアイスランド沖を通過する必要があるため、NATOとの協調をとることが必然的に導かれる。
20世紀ならいざ知らず、少なくとも現代では表面的には冷戦は終結したというのが国際的な認識である。
いかなる出来事が──宇宙怪獣の襲来であろうと──起きようと、ソ連とアメリカが争うことはない、という姿勢をアピールし続けることが、国際関係の中でソ連がとるべき方針である。
光の階段──クラウディア乗員が設置した移動補助魔法ウイングロードを登り、2名のイギリス空軍将官と、彼らを護衛する兵士3名が、大勢のロンドン市民たちが見守る中、異星人の宇宙戦艦、次元航行艦へ乗り込んでいく。
人々は、先頭に立ってまず着陸した白黒ツートンの艦と、それとはややシルエットが異なる白色の艦3隻、合計4隻が、空港のエプロンに停まっているのを見ていた。
今のところ、空軍と交渉をしているのは先頭の艦だけである。
見た印象として、他の白い3隻は搭載している武装が多く、本格的な戦闘艦であるとみられた。
白黒の艦(クラウディア)が旗艦であり、他の艦は護衛だろうか、と一般の市民たちは推測した。
空港の広い平坦な地面を流れる風は、艦の下に入ると勢いを増して吹き抜けている。
少なくとも、今目の前にある巨大な宇宙戦艦は現実に存在する物体であり、UFO否定派の科学者たちが言うような幻覚などではない、と、クラウディアを見上げる空軍将官たちは思っていた。
やってきた二人のうち、年長の将軍はかつてこのブライズ・ノートン空軍基地でNATO駐留時代に航空団司令を務めていたことがある。
20世紀、米ソ冷戦の激しかった時代、時折やってくるソ連空軍の偵察機ではない、異質な特徴を持つ飛行物体をレーダーに捉えたことが何度もあった。
それらは当時のジェット戦闘機やレシプロ偵察機などを圧倒する速度を持ち、迎撃に上がった戦闘機を振り切って逃げたり、逆に近づいたりした。
レーダー画面上には至近距離で並走しているように映っているのにパイロットの目には見えないということもあった。
逆に、パイロットは光る飛行物体を目撃していても地上基地のレーダーや機上レーダーでは捉えられないということもあった。
それらが、すべてとは言わないが今、目の前にいる異星人の宇宙戦艦や、その艦載機である魔力戦闘機なのだ。
次元航行艦や魔力戦闘機は、飛行には空力を用いない。地球の航空機のように、翼に空気を受けることで揚力を得る必要がないのだ。飛行魔法とは重力制御技術であり、クラウディアや他のミッドチルダ艦が地面すれすれに浮かんで静止していられるのも飛行魔法ゆえだ。
ウイングロードを形成しているのは魔力によって固定された大気分子であり、これは足をかけて踏み切ることが出来る。
表面に描かれている幾何学模様は魔法陣と呼ばれ、魔力を行使するための出力装置のようなものだ。クラウディアの乗組員が先導し、歩いて大丈夫ですと手招きする。
ウイングロードの表面は魔法陣部分以外は透明で滑走路のコンクリートが見えているため、慣れない身には、足を踏み出すのにやや思い切りがいる。
そっとブーツをのせると、確かに踏み応えがあり、少なくとも人間の大人の体重を支えることが出来るのだということが感じられる。
護衛の兵士3人のうちひとりがまず先に出て、安全な通路であることを確かめる。
防弾チョッキ入りの野戦服と自動小銃の装備は、兵士の体重と合わせて100キログラム近くの重さになるが、それだけの重さが乗ってもウイングロードは微動だにしていない。
ご心配なさらずに、とクラウディア乗組員が言った。
大丈夫だ、と空軍将官は答えた。
若い方の将官はこの基地の現職の情報将校で、民間の某セキュリティ企業から登用されてイギリス空軍におけるC4Iシステムの開発を担当していた。
その縁で先端技術に触れることが多く、イギリス空軍が管轄してのエグゼクター発掘復元計画をスタートさせることができていた。
ブーツの裏に伝わる感触で、ウイングロードの表面は極めて平坦度が高く、また適度なたわみを持っていることがわかる。敷きたてのアスファルトのように非常に理想的な路面である。大気分子を魔力で固定している、という説明がなるほど、しっくりくる感触だ。
ウイングロードで登った先は、XV級では艦載艇格納庫であり艦尾に位置する、バイタルパート外の部分である。
軍艦の場合、民間の旅客用次元航行船に比べて燃費効率よりも抗甚性を重視するため多軸推進が一般的で、XV級でも艦の竜骨をはさんで左右に推進器が配置されている2軸推進である。
水上艦との違いは舵板がないことくらいだ。代わりに、重力制御装置の部品のようにも見える、テーパーのついた細い板状のスタビライザーフィンが艦尾左右の斜め下にそれぞれ突き出ている。
視界の左右に、飛行魔法発生器のノズルが大きく口を開けており、ロケットエンジンやジェットエンジンとは異なる、光沢のある金属結晶のような噴射口が艦尾に突き出ている。
竜の腹の中に潜っていくようだ、と将官たちは思っていた。
「こちらです」
「随分広いな」
「散らかった場所で恐縮です」
クラウディア乗組員の言葉に、若い情報将校はこの艦──クラウディアが自分たちイギリス軍を欺くつもりはないのだろうと察していた。
どうやら本当に、迅速な会見をセッティングするならこの場所から乗せるしかないのだろう。異星人は自力で──おそらくはごく小さな装置だけで──空を飛べるが、地球人はそうではない。
このウイングロードなる仮設タラップを艦橋まで伸ばしてもいいのだろうが、それでは慣れない人間を歩かせるのがいささか危険である。
よって、早く艦に乗せるにはなるべく地面に近い側の扉を使うしかない。
艦載機の格納庫の中を通らせるというのは、確かに要人を艦内に迎えるにあたっては失礼なものだろうが、しかし今回に限っては事情が異なる。格納庫の中を見せる、つまり積んでいる武器を見せるということは自分たちの手の内を明かすということである。
だとすれば、この宇宙戦艦──次元航行艦の艦長は、自分たちが地球人に隠すべきことは何もないのだということをその態度で示しているのだということになる。
格納庫の中は広く、横幅が5メートルほどの短艇のような機体が2台と、もう1つ、隅の方に布をかぶせられた人型ロボットのような機体がある。
関節部が折り畳まれてシルエットが変わって見えるが、あれがおそらく、北海で大型バイオメカノイドを撃破した異星人の人型機動兵器だ。あれはこの艦の艦載機だったというわけだ。
二人の将官はクラウディア艦内に乗り込み、後ろを警戒する空軍兵士が艦外を念入りに調べながら、やがてウイングロードを収納してクラウディアの艦尾ハッチが閉じられる。
イギリス軍人たちの姿が艦内に消え、それまで固唾を呑んで見守っていた市民たちの間に再びざわめきが戻っていった。
次元航行艦の内部は、一見して、地球の軍艦と変わりないように見える。
宇宙空間では、水に浮かぶための形状は必要ないので、このクラウディアも上下左右がそれぞれ対称に近い形状をしている。
乗組員の話では、もっぱら宇宙空間もしくは大気圏内でも比較的高い高度に限って運用し、着陸や着水をすることはまれであるという。
後続してきた別の3隻はもともと5隻の戦隊だったが、北海での戦闘で1隻が敵大型バイオメカノイドの攻撃によって沈没し、もう1隻が残って救助活動を続けている。
大まかなところは似ているが、よく見ると違いが見えてくる。地球の艦に比べて、通路や室内の構造材に継ぎ目が非常に少なく、平滑に作られており、突起物がほとんどない。
金属を一体成型する技術は地球よりもはるかに優れていることが見て取れる。
空軍情報部の分析では、魔法を用いて金属を原子レベルで接合することができると予測されている。地球では、金属どうしをくっつけるにはリベット留めや溶接といった加工が必要だが、魔力を使うと、もとからひとつの金属の塊であったように作れる。
20世紀中ごろから各地でイギリス空軍が回収してきた、UFOの残骸とされる金属片を分析してそのような結果が得られていた。
この艦も、あたかも各辺300メートルの高張力鋼のインゴットを削り出して作ったような見た目をしている。もちろん実際には金属のパーツを組み合わせているが、溶接のように高熱で金属を変質させてしまうことがなく、非常に強度が高くなっている。
「艦長がお待ちです。こちらへ」
「失礼します」
若い方の将官が、ドアの上に掛けられたプレートを見上げる。
「作戦会議室、ですか」
「読めますか」
「簡単ですが、単語程度ならば読み替えが可能な対照表を頂いております」
ミッドチルダ語のアルファベットは地球のものとはかなり書体が異なる。それでも使用する文字体系は同じであり、綴りも似ているので意味を類推することが出来る。
会議室では、クラウディアの乗組員たちが入り口の警備をしている。
ミッドチルダ──次元世界では、一般的な歩兵用の携行武器は杖のような外見をしている。ただしこれも、老人が歩行の補助に使うようなものではもちろんなく、全体的なシルエットはどちらかといえば杖というよりはメイスやモーニングスターなどの棍棒に近い。
杖の頭部には、機種にもよるが小型の粒子加速器や電子銃が仕込まれ、武器としてはいわゆるアサルトライフルにカテゴライズされる。
発射するのはレーザーやプラズマ弾などである。民間向けなどは純粋な打撃武器として弾丸発射機能を持たないものも多いが、軍用のものではいわゆる魔力弾を発射する機能を持ち打撃武器としての使用を考慮していない機種が多い。
イギリス空軍の兵士たちとクラウディアの水兵たちは、それぞれ互いの持つ銃身を交差させる交代の合図をし、一人ずつドアの両側について警備位置につく。
作法はやはりミッドチルダと地球では異なるが、おおむね、どちらもそれは理解している。
会議室に入った将官たちは、四角いテーブルを囲み、一番奥の上座の席の横に立って待っていた、礼装の軍服を纏った若い男の姿を見た。
この艦の艦長である。
若輩であろうが、しかし実戦経験は自分たちと同じくらいか、それ以上あるかもしれない。
同時に、軍人としてどこか違う、組織のシステムに縛られていない、若い煽動家のようなカリスマ性を持っていると嗅ぎ取っていた。
「ようこそ、“クラウディア”へ。私が本艦の艦長、クロノ・ハラオウンです」
クロノの英語は、今までアメリカやイギリスを訪れていた他の異星人に比べてずっと流暢でなめらかだ。教養ある者から学んだであろうことがよくわかる、正統派のクイーンズイングリッシュである。
かつてギル・グレアムに師事したというこの異星人の提督が、自分たち地球人をどのように見ているのかというのはイギリス軍人たちにとっても興味をひかれる事柄である。
異星人、すなわち他の惑星に住む人類。
それが今この場にいるということは、彼らは何万光年もの距離を航海して自分たちの母星から地球までやってきたということである。
しかし地球の宇宙船では、彼らの船についていくことができない。何光年どころか、1天文単位を飛ぶのにさえイオンエンジンをちびちびと噴射して何日もかけなければならないのである。
グレアムは、西暦2005年末に日本で起きた異層次元航行型機動兵器の暴走事件に際してその責任を問われ、管理局を退いたと聞いていた。
実際にはそのとき管理局とイギリス政府の間に何らかの取引があり、グレアムは次元世界各国の追及を逃れるべくこの地球──彼らの呼び名では第97管理外世界──に隠遁した。
その後も、表向きには医療福祉活動に携わる資産家という暮らしを送っていたグレアムだったが、西暦2023年、ついにその活動の実態が次元世界の多国籍大企業の幹部たちの知るところとなり、地球と管理局のつながりを挫くべく刺客が送り込まれた。
もともとイギリス軍人ではない民間の人間であったが、アメリカが主導した管理局との交換留学計画──民間の都市伝説ではプロジェクト・セルポというのが著名であろう──に参加するにあたり、グレアムも短期間ながらイギリス海軍で幹部養成課程を受けている。
年長の将軍の方はグレアムとは直接面識はなかったが、名前程度は耳にしていた。
その彼が、異星人の暗殺者に襲われ、命を落とした。
夥しい短機関銃の弾を撃ち込まれ、自宅ごと爆破された。異星人たちの星──ミッドチルダでは、拳銃サイズの携帯武器であっても粒子砲の類が使われ広く普及しているが、ずっと入手しやすいであろうそれを使わず、あえて地球製の銃を使って殺害した。
地球上に存在しない武器を使っては、異星人の関与がすぐに疑われてしまう。これも当然のことだ。
事件後、イギリスに派遣された異星人の捜査官はアメリカFBIと協力し、問題の暗殺者──“キャンサー”という暗号名で呼ばれている──を捜索している。
少なくとも、イギリス国内に未だ潜伏していると考えられる。
これまで太陽系内には管理局の巡洋艦が常時滞在しており、それらの警備艦艇が取り締まっている航行艦船記録によれば、2023年11月以降、民間の次元航行船が地球を訪れた事例はない。
地球と次元世界の間にはもちろん定期便などは運航されていないし、次元世界の人間が地球を訪れるには厳しい審査を経て承認されなければ宇宙船を飛ばすことはできない。また、その審査も実質パスできる人間はいない。
もし企業がひそかに送り込んだ工作員がいるならばこれより前のことであり、またグレアム殺害事件以降管理局は民間船の渡航を全面禁止したため、異星人の暗殺者は地球から外に出ていないと考えられた。
いかに異星人でも星から星への移動には宇宙船が必要であり、転移魔法などのいわゆるテレポーテーション技術を持つ者でも単独での次元間ワープは不可能である。
FBIによる捜査の結果、イギリス本土には現在稼動している転送ポートもなく、次元世界の人間が立ち入ることは不可能であると結論付けられた。
闇の書事件に先立つPT事件で、次元航行艦を使わずに移動可能なよう設置されていた転送ポートは海鳴市内のものを含めてすべて破壊処分され、これ以降、次元航行艦によるサポートなしに人間の魔導師が地球に侵入することはできないようになっていたはずである。
当直のために発令所にいるヤナセ航海長を除くクラウディア幹部士官たちが会議室に集まり、イギリス空軍将官たちはクロノの正面の席に案内された。
クロノの隣には、軽いウエーブのかかった青い髪の副官がいる。ウーノという名前の彼女は他の幹部たちと同じように礼装の軍服を着ているので、彼女がこの艦のナンバー2であるということだ。
「どうぞ、掛けてください」
ウーノが着席を促し、二人の将官は席につく。
既に現場の諜報員などから聞き及んでいたことではあるが、同じヒューマノイドであっても地球人と異星人(次元世界人類)では外見に若干の差異がある。
皮膚は角質の含水量が多く表面の皺状構造が目立たない膜状であり、体毛は色素の種類が多く多種多様な色をしている。地球人では基本的にメラニンのみが発色しているが、次元世界人類ではこの他にもいくつかの色素がある。
また骨格としては四肢が良く発達し頭部が大きく、感覚器の中で特に眼球が大きく逆に鼻と耳は小さめである。
これらの特徴はミッドチルダ人でとくに顕著であり、古代ベルカ系の遺伝が濃い人種では若干地球人に近い、鼻筋の通った彫りの深い白人系の顔である。
並んで立てば、確かによく見ればわかるといった程度だが、この程度の差異では街の人ごみに紛れ込んでいても気づかれないだろう。
地球の一般的な人間からすれば、宇宙人といえば往年のタコ型火星人や、SF映画などで描かれるグレイタイプを思い浮かべることが多いだろう。
しかし少なくとも次元世界人類は、地球人とほぼ同じ外見をし生物学的にも、遺伝子分析などの結果から見ても同じヒトと呼んでよい種族である。
異星人研究ではノルディックと呼ばれているタイプに該当するであろう。
次元世界──ミッドチルダという異星人たちの星間国家の中心となる星では、これら様々な星に住む人類たちの似通った形質についても研究が進んでおり、あるひとつの超古代文明が現在の人類の祖先として存在したという仮説が立てられている。
その超古代文明は何らかの原因で既に滅びたが、彼らはさまざまな惑星に子孫を残しており、それぞれの星で再び文明を興したというものだ。
この説に基づけば、高々1万年程度では、人体の形質はさほど大きくは変わらず、交配不可能なほどに種が分化してしまうこともない。
ミッドチルダ人の滑らかな皮膚形質は、魔法使用に適した変化であると考えられている。
「我々が最優先すべき目標は地球軌道に滞在している敵機動要塞の破壊です」
若い空軍将官が先に発言した。
この場で、話し合いの主導権を握ることがまず重要である。ただでさえこちらは科学技術的に、戦力的に不利な立場である。
異星人が何らかの要求をしてくるのかわからないが、それに簡単に応じることはできない。
「われわれの艦隊は300隻近い戦闘艦をあの要塞に向かわせました。しかし、要塞の破壊は未だなされないままです」
クロノが応じる。われわれとはミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊であり、地球人に対する次元世界人類である。管理局ではない。
地球からは、ソ連のR-7熱核弾頭ミサイルを12発も命中させている。ソ連だけでなく、現在の地球が保有するほぼ最大といっていい威力を持つ兵器だが、これをもってしてもインフェルノを完全破壊するには至らなかった。
しかもこの攻撃の際に異星人の艦隊を巻き添えにし、そのうちの1隻が日本に墜落した。正確なところはまだ伝わってきていないが、死傷者も当然出ているだろう。
ソ連による再攻撃、もしくはアメリカのミサイルによる追撃は困難である。
「ミッドチルダとヴァイゼンの連合艦隊です。ミッドチルダについては既にいくらかをご存知かと思いますが」
ヴァイゼンというのはイギリスにとってもほぼ初めて聞く国名である。
異星人の星間文明、次元世界連合ではそのほとんどで惑星1個につき1つの政府を持つ統一国家であり、次元世界では一般的にはひとつの有人惑星をひとつの国家とみなす。
次元間航行によって様々な技術レベルの星の人々が互いに行き来できるという事情から、発展途上国などでは大都市に作られた中央政府が各地の町や村を都市国家群としてまとめあげる政治体制をとるケースが多い。
次元世界はそれぞれの番号を持っており、ミッドチルダは第1世界、ヴァイゼンは第3管理世界である。
これは若い番号のほうは管理局に加盟した順番とほぼ一致しているが、後のほうになるほどその規則は崩れ、再発見や分類変更などで順番が入れ替わった世界が多い。
地球は、管理局による正式な呼称では『第97管理外世界テラリア』という。
「同規模の機動要塞は既に他の次元世界各国へも進出が確認されています。敵は、地球だけではなく全宇宙の人類を絶滅させることを目的にしているというのがこれまでの接触および交戦で得られた予測です」
「そのような敵が……ハラオウン艦長、彼らはエイリアンなのですか。それとも米軍の情報どおり、宇宙怪獣なのですか」
「彼ら、バイオメカノイドは人間ではありません。また有機生命体でもありません」
「無機物、機械であると」
「無機生命体である可能性があります。これに関してはわが管理局でも分析の途上ですが、彼らは概ね、人間を識別し狙うことができる能力を備えた非常に攻撃的な性格を持つロボットです。
また生命体としてみた場合の耐久力も高く、一般的な対人武器では倒しきれません。艦砲や戦車砲などの大口径の武器を使用する必要があります」
地球の英語と比較した場合のミッドチルダ語との差異を吸収できるよう、クロノはそれぞれ『バトルシップに装備されたガン』、『ビークルに装備されたガン』と表現した。地球では、武器を指してデバイスという呼び方はしない。
また、ミッドチルダ語ではバトルシップという言葉は特に断りがない限り次元航行艦のことをさす。次元航行艦は多くの艦種で大気圏内飛行能力、水上航行能力、またある程度の潜水能力を持っている。
バイオメカノイドは人類の持つ力をたやすく超えてくる敵である。インフェルノは全長100キロメートル、全幅全高25キロメートルの威容を持ち、内部の体積は小国の領土がすっぽりおさまってしまうほどだ。
その中に、人類を殺戮する本能を持ったロボットや怪獣たちが無数にひしめいているのである。
「アメリカが打ち上げた宇宙探査機──ボイジャー3号が彼らの巣となる惑星を発見しました。ミッドチルダの探査機も同時にその惑星に向かっており、現在、共同で観測を行っています」
「NASAが調べているのですね」
「そうです──そのように、伺っているはずです」
アメリカとイギリスは完全に連携が取れているわけではない。クロノもそのあたりの感触を、会話の流れから探っている。
空軍将官たちも地球の内部事情をあまり探られてしまうわけにはいかない。あくまでも地球は統一された意思を示すことが必要である。
既に着陸作業中の間にも、バフィン湾にて交戦中の米第2艦隊から連絡が届いており、想像を絶する数の小型バイオメカノイドが大気圏内に降下しつつあると報告されていた。
ユスリカのような姿をした羽虫型の個体で、口吻のような部分から高速プラズマ弾を発射する。
その威力はジェット戦闘機を容易に粉砕し、米ソあわせて20機近くの戦闘機が撃墜された。
現在、バイオメカノイド群は海上を飛びバフィン湾を南下、一部は既にラブラドル半島に上陸した。
バイオメカノイド群が飛ぶ様子を目撃した住民からの報告では、まるでイナゴの大群のようだったという。
アメリカは陸軍部隊をカナダに移動させ、防衛陣地を構築している。
これも、人間の兵士が生身を敵前に晒すことは非常に危険な行動である。バイオメカノイドは艦艇や航空機などに対してはただの金属物体としか見えないのか積極的に攻撃してこないが、人間に対しては非常に高い攻撃性を持つ。
ジョン・C・ステニスでも、甲板に出ていた作業員がユスリカに飛び掛られ、4人が頭や手足を食いちぎられ、他にも何人かが海に転落していた。敵は空母そのものには興味を示さず、乗っている人間だけを攻撃してきていた。
兵装が攻撃されにくかったのが幸いし、現在ジョン・C・ステニスはCIWSで艦そのものは防御できているが甲板上の作業は不可能になっていた。ファランクスとパルスレーザーで自艦の甲板上を掃射したため甲板員が巻き添えになり、露天繋止していた機体も破損した。
人間相手の戦い方は通用しない、特殊な性質を持つ異形の生物である。
突如宇宙より飛来した。地球のほとんどの人間にとってはそのような印象であろう。アメリカや日本などの一部の政府高官や軍司令部の人間などは知っていたか、予想していたかもしれない。
しかし、少なくとも単なる基地司令のレベルには情報が降りてこなかった。
イギリス政府中枢はバイオメカノイドの存在を知っていて、それで管理局艦をこの空軍基地へ迎えるよう指示したのかもしれない。
今、この場で自分たちが出来ることは、敵バイオメカノイドへの対処方法について管理局に仰ぎ、指南を受けることである。
クロノは手元の情報端末を操作し、会議卓の中央に立体映像を投影した。
これはティアナが撮影した、アルザスにおける撤退戦の様子である。
ティアナの操縦するエグゼキューターは、クラナガン中央第4区での戦闘の後、惑星TUBOYに立ち寄ってから敵輸送船団を追跡してアルザスに向かい、派遣されていたL級の戦闘の様子をひそかに撮影した後で第97管理外世界を訪れた。
アルザスでのバイオメカノイドの侵攻速度や移動パターンなどを観測した後、インフェルノ追撃を開始したということである。
アルザスに現れたのは小型個体とドラゴンなどの大型個体であり、輸送船団が直接地表に降下はしなかった。
軌道上にいた管理局のL級巡洋艦にも向かっていかなかったことから、おそらく敵輸送船は対艦攻撃能力が低いとみられた。
キャロのヴォルテールをはじめとした、アルザスの地元魔導師たちが使役する大型竜によるブレス攻撃で、カメラの画角いっぱいの範囲がいっきに爆発した。
地球で用いられるサーモバリック爆薬にも匹敵する規模である。
「これは地球時間で60時間前に撮影されました。われわれの次元世界連合に加盟する世界──第6管理世界です。
バイオメカノイドは最初の出現から24時間以内に、直径7200キロメートルの大きさを持つこの惑星すべてを埋め尽くしました」
空軍将官たちは表情を強張らせ、それでも動揺を押し殺して映像を見つめる。
わずか1日で惑星全土を埋め尽くすということは、地表全域にわたって同時多発的に出現したということである。
現時点の地球に、もしこれと同じ規模で敵が出現すれば、おそらくどこの国の軍隊も対応できないだろう。それは、地上最強を誇るアメリカ軍であっても同じだ。
「これは7日前の第6管理世界の衛星画像です。そしてこれが──現在の様子を、同じ位置から撮影したものです」
最初にかつてのアルザスの様子が翡翠色の惑星として映し出され、次に赤黒い血液の滴のような画像に切り替わった。
バイオメカノイドの個体量が増え、地面に堆積したことで、惑星の形状が完全な球ではなく表面がでこぼこになっている。
この色は削られて深成岩までが露出した地殻と、ワラジムシなどの節足動物型の個体の体表の色が混ざり合ったものである。地下から摂取した鉱物元素の結晶が赤い色を出し、光を吸収して星全体を黒く見せている。
地球は、宇宙空間からは大気の反射で青黒く見える。かつて世界初の宇宙飛行士ガガーリンが言ったように、地球は、宇宙からはとても美しい青い星に見える。
このアルザスという次元世界も、かつては美しい翠の星だった。
それが、バイオメカノイドによって見るもおぞましい姿に変えられてしまった。
赤褐色の星は、たとえば火星や金星のように、生命の存在を許さない苛酷な環境という印象を与える。
わずか1日間で、人間が住む惑星1つが壊滅してしまった。
それはこれまでの地球人の認識では、“世界が滅亡した”と表現されるだろう。
まさに恐るべき力である。第6管理世界の人口がどれくらいかは地球では知られていないが、それでも、想像するのも厭になるほどの数の人間が死んだだろう。
「現在、ミッドチルダ海軍ではこの第6管理世界において生き残った全住民を別の世界へ避難させ、バイオメカノイドに対する有効な兵器や戦術を探る実験を行おうとしています」
「実験……実験ですか!?あの星を使って!?」
思わずイギリス空軍将官は聞き返した。
つい数日前まで人間が暮らしていた星に、あらかじめ住民は避難させるとはいえほぼ好き勝手に兵器を撃ち込むというのである。敵を倒すためではなく、兵器の威力を確かめるために。
かつての地球でも、南太平洋の島などで米英仏など各国が核実験を行い、放射性降下物をはじめとした環境汚染によって大変な非難を浴びている。その影響は2024年の現代でも残り続けている。
アルザスは既にバイオメカノイドによって蹂躙しつくされ、もはや人が再び住めるように環境を復元することは不可能になっている。
バイオメカノイドを倒しても、彼らの死骸が地表を埋め尽くし有毒物質に大地が汚染されている。
都市は全くの更地になり、また地表を更地にしてしまうほどの威力の攻撃でなければ敵は倒せないだろう。
人間や他の動植物は、液体の水や酸素の大気がなければ生きていけない。
しかしバイオメカノイドの生存にはそれらは必要ない。岩石や金属を噛み砕いて直接肉体に作り変える。それは機械をつかって鉱山の資源を掘りつくすように、惑星を穴だらけにしていく。
アルザスはもはや人の住める世界ではない。
地球でも、鉱物資源を月や他の小惑星などから採掘しようというアイデアが宇宙開発の意義として提唱されていた。
現代人類はそこまで無茶はしないかもしれないが、かつての産業革命時代の頃は、あのように乱暴に地球を掘り、鉄や石油や、銅や石炭を掘り出し、木々を切り倒して土砂を積み上げ、地球を穴だらけにしていたのだ。
「現実には兵器の性能、カタログスペックだけでは戦えません。配備されているというだけなら、惑星を一撃で吹き飛ばすミサイルもミッドチルダは保有しています。
しかし、軍縮の流れからその実戦使用は厳しく制限され、現時点でもそれを使用するための各国のコンセンサスは得られていません」
「確かに──いくら危急のときであっても、現場の人間の判断だけで核ミサイルを撃つことは──できませんね」
言いかけて、イギリス将官はソ連のR-7発射を思い出し言葉をやや止める。
あれは実質的にはソ連が独自に行った攻撃だが、最終的にはアメリカと日本が承認した。
米ソを含む核保有国はホットラインで核使用の認識を確かめていたし、いったんはミサイル防衛の手順に従いスタンダードミサイルが発射されたが、ホワイトハウスの直接命令により迎撃は中止された。
次元世界で少なくとも公式にバイオメカノイドの襲撃が認知されたのは新暦83年12月8日、クラナガン宇宙港での戦闘が最初だ。地球時間でもまだ1ヶ月ほど前のごく最近である。
バイオメカノイドの存在そのものはすでに知られ、民間企業を使って調査を行っていたが、その過程で不意の事故によりバイオメカノイドが目覚め動き出した。
当初想定していたよりもそれははるかに強大であり、敵の本格的起動をさせずに破壊しようとしたLZ級戦艦アドミラル・ルーフによるアルカンシェル砲撃にも、惑星TUBOYは耐えてしまった。
初手で敵を抑えきれず、その後の増殖を許す猶予を与えてしまったことになる。
ミッドチルダも、まだ対応方針を打ち出すことができないでいる。
しかし管理局の捜査に対抗しなければならないという事情から、ほぼ泥縄的に艦隊は編成され出撃した。
それがインフェルノを追って第97管理外世界までやってきたのである。
クロノはそんなミッド・ヴァイゼン連合艦隊の決断の遅さを利用して、彼らを戦いに駆り立てることに成功した。
ミッドチルダ、そしてヴァイゼンは、いよいよ本気になって対バイオメカノイド作戦を検討しなければならなくなっている。
最初に考えていたように、あくまでも秘密裏にサンプルを持ち帰るということはできなくなった。管理外世界への正規軍進出が知られてしまった以上、これに正当性をもたせることができなければ、ミッドチルダはこれ以上戦うことが出来なくなってしまう。
軍を動かし続けることに、各国からの、ひいては自国民からさえも信用が得られなくなってしまう。
体面を気にして生存競争などやっていられるかとも、前線の人間ならば考えるだろうが、実際、現場と政府首脳の認識の違いが、クロノに付け入られる隙であったことは事実だ。
次元世界連合と管理局理事会の決議を待たず独断専行で次元世界各国へ介入し、それでバイオメカノイドを撃破できたとしても、その後数十年、下手をすれば数百年以上も、ミッドチルダはその十字架を背負い続けなくてはならなくなる。
古代ベルカのように、国が消滅したから責任も消滅した、というわけにはいかない。
敵が現れたからといって、ではすぐに最大戦力で迎え撃て、ということは現実的には、事前の情報があったとしてもとてもではないが不可能なことである。
「ハラオウン艦長、我々は少しでも戦力の拡充を急ぎたい。わがイギリス以外にも、世界各国で先進兵器や古代の発掘兵器などの研究が行われています。
管理局は、それらを承認しているという認識でよろしいのでしょうな」
「ええ。──地球は、大変優れた技術を持っています」
クロノは、言葉をゆっくりと、かみ締めるように述べた。
それは今でも次元世界の一部過激派に屯する、魔導兵器をもって地球を属国化し、質量兵器を駆逐すべしという旧態依然とした考えを挫くという意志の現れである。
確かに、現在の管理局の公式見解では地球に魔法文明はない。
しかしそれはあくまでも表面的なものである。
同じ技術でも、次元世界では魔法と呼ぶものを地球では魔法と呼ばない。
粒子加速器やレールガンなどは、次元世界では電撃魔法や砲撃魔法として扱われている。魔導兵器、質量兵器という区分は純粋に政治的な都合であり管理世界、殊更にミッドチルダの都合による呼び名である。
たとえば、明らかに航空母艦としての能力を持つソ連キエフ級が、ボスポラス海峡通過のために対外的に巡洋艦を名乗っているようなものだ。もしくは日本における護衛艦という呼び名もそうだ。
ズムウォルト級が装備するプラズマレールガンや、各国戦闘機のパルスレーザーなどをミッドチルダの市民が見ればあれは砲撃魔法だと認識するだろう。
地球における魔導兵器開発において、ほぼ唯一といっていい最後の技術的関門であった飛行魔法についても、X-62の実戦テストによりクリアされた。
あとは大量生産の習熟に専念すればよい。
現在ですら、軍が用いる兵器の中で最も最先端のテクノロジーを注ぎ込まれる戦闘機なら、パイロットは超音速で飛びながら各種の情報を処理するまさに魔法のような技術に囲まれている。
大推力を発生するエンジンは、古くから使われてきた石油燃料を使用するジェットエンジンだけでなく熱核タービンエンジンが作られており、航空機における機内容積と重量を大きく占める燃料タンクを不要にすることで戦闘機の能力は格段に向上している。
さらに宇宙船用として普及したイオンロケットから派生したプラズマロケットエンジンも、次世代型SSTOのメインエンジンとして有力視されている。
古くはRQ-1プレデターに始まり、RQ-170センチネルやX-47ペガサスなどで完成された無人自律飛行能力も、パイロットの負荷を軽減し、結果として一人のパイロットがこなせる作戦任務の範囲が大きく広まった。
デジタルコンピュータとそれがもたらす情報処理能力はまさに魔法と呼べるだろう。そして地球人はそれを使いこなすノウハウを、どこの次元世界よりも蓄積している。
かつて人間が搭乗する有人戦闘機はパイロットの肉体的な限界があるので無人機に取って代わられると考えていたが、この現代では数々の技術的ブレイクスルーによって、再び有人機が戦場の主役になろうとしている。
ミッドチルダ陸海軍および管理局における航空隊の訓練では、空中戦闘機動による荷重制限を27Gと定めている。また空戦魔導師が使用するバリアジャケットは最低限27G機動に耐える慣性制御能力を備えることとされている。
地球製戦闘機の場合、米空軍および航空自衛隊のF-15で18G、F-22で21.5G、ソ連空軍Su-35で16G程度が目安とされている。
例外的にX-62では、試験機のため構造強度に余裕を持たせ機体そのものは180G程度まで耐えるが、操縦システムに制御が入るため掛けられる荷重は70Gまでに設定されている。
単純に魔導師と戦闘機を比較はできないが、おおむね、地球由来の技術は次元世界でも高い評価を受け、それだけにミッドチルダやヴァイゼンからしてみれば少々非合法な手段を使ってでも手に入れたい、まさに垂涎の的である。
「あなたがた管理局の取り締まりにもかかわらず、地球に──密入国する者は後を絶たないと」
「そのために“我々”は、管理局の改革を図る必要があります。今後、地球が次元世界に係わっていく上でです」
将官たちはクロノの言葉にかすかな違和感を覚える。
この提督は、管理局の任務として地球を訪れたのではないというのだろうか。
管理局が地球に協力するために艦を派遣したのではないというのだろうか。
「わがクラウディアは管理局所属艦ですが、今、隣にいる3隻の艦は、ミッドチルダ海軍の艦です。所属が異なる、すなわち複数の次元世界の艦が集まっているのです」
「多国籍軍であると。管理局というのは、地球でいう国連のような組織ということで間違いはないのですな」
「ええ。加盟各国の意向に足を引っ張られがちであるということも、地球の組織と似ています」
この艦長はまるで、自分が新しい組織を作ろうとしているかのようだと将官たちは感じていた。
基地内で、新たな部隊を立ち上げるために案を持ってくる空軍委員会(イギリス軍における組織人員の編成管理を行う部署)の人間のような顔つきと印象を与えてくる。
「ハラオウン艦長、──あなたは、ご自分の組織に不満をお持ちで?」
若い将官が尋ねる。
「今回の件に対する対応も、もしかしたらもっとよいやり方が出来たかもしれない」
「確かに管理局の対応の遅さは次元世界でも問題になっています──しかし、わが艦はエグゼキューターなる戦力を擁しています。幾度かの実戦出動により、予想をはるかに上回る戦闘力、優秀な任務遂行能力を発揮しました。
北海での戦闘の報告はご覧になられたでしょう。これは従来の管理局システムを超える力を持ち、全次元世界に調和をもたらすことを可能にします」
「超えるということは、何万隻あるのか存じませんが、そちらの宇宙戦艦、その艦隊と、乗り組んでいる兵──いえ、魔導師、それらよりも強いと」
「予想をはるかに上回る優秀な戦闘力です」
「それにわがイギリスも──いえ、地球も参加せよというのですか」
「現状の次元世界情勢では、地球にとって不利な条件での次元世界連合加盟となることは免れないでしょう」
「それは──どういうことですかな?ハラオウン艦長」
「互いの世界の市民感情はさておき、現時点でこうしてわれわれが地球に赴いている通り、こと次元間航行能力において地球は劣ります。
これではミッドチルダやヴァイゼンなどの強硬な次元世界大国に有利なように外交を進められ、次元世界から持ち込まれる物資や通貨によって経済も影響を受けるでしょう。
ミッドチルダは第97管理外世界で自由に活動できますが、地球は各次元世界ではなかなか思うように活動できないでしょう。
そうなれば、すべてにおいて地球の立場は弱くなります。これは管理局の権限にはないものです。いかに管理局であっても、各次元世界の内政に干渉することはできませんから」
「つまり──ハラオウン艦長、あなたはあなたの従える“エグゼキューター”と、ご自分の艦、この“クラウディア”で、新たな防衛力をこの地球に与えようというのですな?」
「そう受け取っていただいて結構です。あなたがたイギリスだけではない、アメリカも日本も、いきなり宇宙の彼方からやってきた異星人に、いきなり従えと言われて従うことはできないでしょう」
それはもちろんだが、という言葉を二人の将官はなんとか飲みこんだ。
魅力的な提案を目の前に並べ、意識を高揚させていくやり方である。
その若輩な見た目からはにわかに想像しがたい、一杯も二杯も食わせてきそうなしたたかな男である。
単なる軍人ではない、政治家としての才覚さえあるだろうと、二人の将官は思っていた。
「確かにそのような“お心遣い”がいただけるのなら我々としても悪い話ではありませんが」
通訳を介さない、互いに英語を用いた会話である。
管理局は組織としては国際機関だが本局施設そのものはミッドチルダ軌道上にある。国連本部がアメリカ領土内たるニューヨークにあるのと同じだ。
ミッドチルダ人に対し、英語で交渉が成り立つか。ミッドチルダの人間がどのように受け取るのか。
若い将官は、これこそ自分が最も適した任務だと考えていた。
地球の先進諸国の中で、イギリスが地位を高めるために、そして次元世界に対して発言力を持つために、利害をうまく調整した立ち回りが必要である。そして、これは管理局にとっても損な話ではない。
ミッドチルダと管理局は必ずしも一枚岩ではない。次元世界における軍備、経済などの面でまさに宇宙最強を誇る超大国と、国家間の治安維持と紛争調停が任務である国際特務機関。反りが合わないのはある意味当然である。
もし地球と管理局が独自に結びつけば、ミッドチルダによる地球への介入に口実を与えてしまうだろう。
次元世界連合の加盟国であるミッドチルダは、その権限を超えた次元世界(地球とて数ある次元世界の1つである)への干渉を行った管理局を批判することが出来る。
ミッドチルダは確かに管理外世界への不用意な進出をしてしまったが、管理局も出過ぎたことをしてしまった以上それを表立って追及できない。
逆にここであくまでもミッドチルダを抑えようと管理局が狙うなら、その権限と戦力をこれまで以上に高め、次元世界各国をたとえミッドチルダであっても実力で押さえつけることが必要になる。
「確かに、地球は外宇宙航行技術において遅れを取っていますから、次元世界全体としては発展途上国であるでしょう。
しかしそれは、先進国の介入を甘受すべき理由にはなりえません」
かつて大航海時代、イギリスがアフリカや南米の植民地経営で経験した事と同じだ。
若い将官の言葉に、クロノも目を見据えつつ深くうなずく。
「もちろんです。あらゆる次元世界はその独立を尊重されなければなりません」
「これまでのように、地球にあくまでも不干渉の姿勢を取ることはできないと」
「管理局として不干渉を保っても、次元世界独自の介入を止めることはできません。またそうなれば、管理局は次元世界正規軍を相手に戦わなくてはならなくなります──今の管理局にはそのような決断は不可能でしょう」
「ましてやバイオメカノイドが地球に襲来した現在となっては──ですね」
将官たちはあくまでも落ち着いた姿勢を崩さず、思考を加速させる。
いずれにしても国務の重大事項である。一軍人である自分たちにそれを決定する権限はない。この話を、イギリス政府とそれから少なくともアメリカ政府へ伝えなくてはならない。
事ここに至り、次元世界──それは宇宙全体と言い換える事もできる──の中で、地球だけが知らぬ存ぜぬを突き通すことはできない。
他の星での事件だから、自分たちは関係ないからなどとは言っていられない。
もしミッドチルダが地球併合を強行しようとするなら、安全保障理事会の開催が不可能であると認められれば管理局最高評議会の権限により、運営理事国各世界の同意なしに第1世界ミッドチルダへ対する制裁発動が可能になる。
ただそれでも、現在の管理局の戦力ではミッドチルダと正面から戦っては勝ち目はないだろう。
また、もし地球近辺で次元世界軍同士の戦闘が発生すれば、遠からず地球を巻き添えにする。そうなれば地球としても、ミッドチルダへの、ひいては次元世界全体への不信感が募るのは避けられない。
もちろんミッドチルダとしても正面切って戦端を開くのは他の次元世界の非難を受ける行為であり、可能な限り、相手に先手を打たせるための姦計を巡らせるだろう。つまり、最初に攻撃してきたのは管理局でありこちらは防衛行動をとったまでだと主張するためである。
そこに、ある意味では正面戦力だけでは判断できない勝敗の分かれ目がある。
いかにミッドチルダ軍の装備数量が強大であろうとも、次元世界国家正規軍であるという立場上、必ずそこには付け入る隙があるということだ。
翻って地球には、最後まで不利なカードが残り続ける。それは惑星TUBOYと戦っていた超古代先史文明が所在した星が地球であるという可能性である。
これがもし事実であるなら、バイオメカノイドによって起こされた事件のすべての責任が地球に押し付けられる危険がある。いくらその文明が1万数千年前に消滅し、今の地球人はそれを知らないとしても、ミッドチルダは巧妙に論理をつくるだろう。
たとえば自分たちの領土内に存在していた物体を正しく把握せず他の次元世界に被害をもたらした、などといった口実である。
管理局としてはそれは阻止しなくてはならない。
本来の紛争調停の任務としてなら、第1世界ミッドチルダと第97管理外世界の間に紛争が発生する事を未然に防がなくてはならない。
将官たちも考える。
この話をイギリス政府に取り次いだところで、議会も内閣も同じ答えしか返せないだろう。
地球が生き残りを図るなら、たとえばミッドチルダに下り、軍部隊の地球への駐留を受け入れた上で次元世界連合へ加入するのが最も楽で労力の少ない道かもしれない。ミッドチルダに取り入れば、少なくとも生存はできる。
だがそれでは、安全は保障されるかもしれないが自由はない。地球は常にミッドチルダの支配下で、文明の進歩は閉ざされてしまう。
死ぬよりはまし──確かにそうかもしれないが、それでは、生きていることにさえ意味がなくなってしまうかもしれない。
ミッドチルダとて仮にも先進国家を標榜するならば人道的な考え方を持っている──だとしても、自らへりくだって這いつくばるのは、人間の誇りを捨てた選択肢だ。
少なくとも今はそういう答えしか出せない。
今持っている情報では、これ以上の答えを出せない。
「わかりました。ハラオウン艦長、貴官の提案は我々にとっても、またあなたがたにとっても有益なものとなるでしょう。
この危機を乗り越えるため、政府にも伝え、働きかけます。前向きに検討させていただきたい」
「良い返事を期待しています」
地球は、ミッドチルダにもヴァイゼンにも与しない。
地球は地球のやり方で生き残りを目指す。
そしてそれは管理局によって道が切り開かれる。クロノは、その道を半ば無理やりに、地球の前に置いてみせた。
第97管理外世界として地球は、管理局ならびに全次元世界に対して対等な地位を築かなくてはならない。
そうでなければ、戦いに向かう人間の心はいずれ錆び付き崩れてしまう。
少なくとも“現時点”では、地球人の誰もがそう思っていたはずだった。
ロンドン市内では、いつもどおりに新年を迎えて人通りが戻り始めている。
冬の冷えた空気は、テムズ川から昇ってくる湿り気を霜として道路や建物に吹き付けている。
黒い厚手のコートを着た男が二人、川沿いの道を歩いている。
彼らは、仕事に向かうビジネスマンを装っていた。
通り沿いに並んでいる証券会社のオフィスを訪ねるふりをして、20分ほど前から通りの往復を繰り返している。
やがて彼らが5軒目のオフィスビルに向かったとき、そこはエントランスがやや奥まった位置にあり通りの両側からは見えなかった。
立っている警備員たちに朝の挨拶をする。同じく二人いる警備員はやや怪訝な表情を浮かべながら挨拶を返す。
昨年頼んでいた手形の件で、と二人の男は警備員に言った。
御用でしたらこちらから、と透明ガラスの自動ドアを案内する。もう一人の警備員はイヤホンマイクで屋内の守衛室へ来客を知らせる。
『来たのは二人だったか?』
「ええ」
『アメリカ人か』
「おそらくは」
『わかった。そのまま仕事に戻ってくれ』
当直の守衛はインターホンを置き、監視カメラのスイッチを切り替える。
取引に訪れる客たちがフロアに集まっている様子が映し出され、いくつも並んでいるモニターのうちの1つには、電光掲示板の下に位置する通用口を中央に捉える角度で設置されたカメラの映像が映されている。
「来ましたよ、主任。録画の準備を」
わかってる、と苦々しげに呟く警備主任の背後に、黒いフォーマルスーツの女が立っている。
今朝方、ロンドン証券取引所の立会時間が始まる直前に突然やってきて、情報局保安部発行の捜査令状を見せて乗り込んできた。
事前の予告なしに彼らが押しかけてくるのはいつものことだが、今回も、ただ彼女の指示に従い監視システムを操作することを命ぜられた。
主任も、外で立っている警備員も、いったいMI5が何をターゲットに監視を行っているのかは知らされない。
ただなんとなく、どういった情勢の捜査なのかということは察していた。今やイギリスだけでなくヨーロッパ全土、いや世界中があるひとつの事件に対処するための体制を整えつつある。
「彼らは手形の換金を?」
「そう言ってました。今、社の人間が対応してます」
警備主任は証券会社の社員だが、外に立つ警備員は専門の外注である。
いわゆる民間軍事企業は警備業務も業種として手がける。軍事が必要とされるのは何も戦場だけではない。紛争地域での要人警護などで培ったノウハウを、機密度の高い民間企業へもフィードバックしているのだ。
「尻尾は見せてますか」
主任の質問に、女はモニターを見上げたまま返事を返さなかった。
主任もモニターから目を離すわけにはいかないので、前を向いたまま声を掛けた。
ふと、隣の席に座っていた別のオペレーターが主任に声を掛けた。
「あれ?主任、例の保安部の、彼女どこ行きました?」
そこでようやく主任も振り向く。つい1分前まで後ろに立っていたはずの女は忽然と姿を消していた。
部屋を出て行ったのかもしれないが、その気配を全く感じさせなかった。
監視カメラのモニターには、やってきた二人組みのアメリカ人が相変わらず映っている。持ってきたかばんから書類の束を出して、様式に間違いがないかどうかの検査を受けている。
少なくとも映像で見る限りでは不自然なことをしているようには見えない。
「どうします、保安部に照会してみます?」
「確かにちょっと妙ではあるが……ただ、この身分だって、伝えてもわからないだろうさ。それに本当のことを私らに教えるとも思えん」
女が提示した身分証のコピーが、入館者リストのいちばん上にピンで留めてある。
所属は確かにイギリス情報局保安部である。氏名欄には、“ティアナ・ランスター”とある。
ていねいな筆記体のサインが記されている。人間が書いた署名であることは間違いない。
「MI5が何をしようと、私らは自分の仕事をするだけさ」
主任は監視カメラの撮影データをバックアップする日次作業の準備にとりかかった。
今のところ、ロンドンの町は落ち着いている。
空軍基地に異星人の宇宙船を見に行った者がちらほらいる程度で、多くの企業はいつもどおりに営業しているし市民もいつもどおりに生活している。
ただ、かすかに漏れ聞こえるうわさから、北極海に派遣されている米海軍部隊がこれまでにない苦しい戦闘に突入しているという予感はある。予測は立てられる。
それは取引のフロアに訪れる客たちが、普段とは違う様子を見せて歩き回っていることから見て取れる。
何の銘柄をどれくらい取引しているかというのは渉外の人間でなければわからないが、その分、こちらでは人々の群集心理のようなものが、カメラのレンズ越しに浮き上がって見えてくる。
隅のモニターで、通用口のドアの曇りガラスがかすかに揺らぐ光を反射した。
同時刻、通りからオフィス街の裏手に入った細い路地で、一人の清掃員が作業をしていた。
朝の収集の時間で、自分で運転する小型トラックの荷台に据え付けたコンテナにゴミ袋を投げ込んでいく。
無造作にポリエチレン製のゴミ袋を持ち上げてトラックの荷台へ放り込むが、やがてその中のある一袋が、妙に重いことに気がついた。
袋の中に入っているのはファストフードの紙箱や空き缶などで、取り立てて重いものが外からは見えない。
また一般ごみに紛れ込ませて廃家電でも捨てようとした輩がいたのか、とその若い清掃員は袋の結び目をちぎり、中を改めようとする。食べ残しのフライドポテトが、酸化して腐りかけた油の臭いを放っている。
ボール紙でくるまれた、青い結晶状の石がその中にあった。
宝石か、と思ったが、見た目は鉱物のように見えず、樹脂のような奇妙な人工物のような感覚があり、さらによく見るとほのかに発光している。
まさか放射性物質、と脳裏をよぎり、思わず袋を放り出す。
確か南米のどこかで、不法投棄された医療用放射線源が被曝事故を起こしたという事件を聞いた事があるのを若い清掃員は思い出していた。
「何だ……刻印がある、エックス……いや、ローマ数字か……?」
言葉に出すうち、その声が自分の口とは異なる場所から聞こえるように移動しつつあることを感じ、やがて意識が失われる。
目に見えるものは変わらず、音も聞こえるが、しかし、その清掃員は意識を乗っ取られた。
何事もなかったかのようにゴミ袋の口を結びなおし、荷台へ投げ込むと、清掃員はトラックの運転席に戻り、エンジンを掛けて車を発進させた。
しかし、中に入っていた青い結晶石は自分の作業着のポケットに入れたままである。
“XXXIX”すなわち39の刻印が刻まれた結晶石は、青白い光をかすかに放ち続けている。
一方、とりあえず保安部の女が戻ってくるかもしれないと監視カメラのチェックを行っていた警備室の要員たちは、結局何事もなくこの件は終わりそうだという認識を高めていた。
やってきた二人組みのアメリカ人のうち一人が、そろそろ時間なので予定より少し早いが、と言って商談を切り上げ、帰る準備を始めた。
カメラで見ていた限りでは、二人組みはこのオフィスに入ってきてからずっとフロアにいて、担当の社員とずっと一緒にいた。彼らが妙なことをしようとしているのであれば社員が気づくし、またフロアには他の客もおおぜいいる。
彼らが何らかの工作を行った形跡は発見できなかった。
最初に彼らが来たときに持っていたビジネスバッグの中身はそのままで、フロア内で開けたときも担当職員が中を見ている。
何の変哲もない書類の束で、その中に新しい何かを詰めたり、中から取り出したものを置き残していったりなどはしていない。
アメリカ人の二人組みがフロア内にいたのは7分程度だった。持ち込まれた手形は間違いなく正規の手続きで発行されたもので、ロンドンに事務所のあるNGO団体の出資者の一人が寄付のために振り出したものだった。
主に遺伝子医学の研究サポートを行っていたこの団体では、多くの資産家や実業家たちが社会貢献として寄付を行っていた。
もし必要であれば手形の署名や、入手経路などを調べて追跡することができるが、その指示を出すと思われていた保安部の女はどこかへ消えてしまった。
何かがあったとしても自分たちからは口は出せない、と考えていた警備主任たちはそのまま、いつもの業務へ戻ろうとしていた。
それから、おそらく数分程度だったが、経過した後、外から大爆発の音が響いてきた。
何事かとあたりを見回す。監視カメラのモニターの中でも、あわてて物陰に隠れようとする客たちの姿が映し出されている。
フロアでは、普段は株価情報などを表示しているテレビが、L字帯を使って緊急ニュースを流していた。
テムズ川下流、タワーブリッジで自動車爆弾と思われる爆発が発生。橋桁が一部損壊し、爆発した車両を含め自動車数台が川へ転落した。
西暦2024年1月2日、日本時間で午後7時12分。丁度夜のニュースの第1陣が始まっていた時間であり、ロンドンで発生した爆弾テロ事件としてそれは報道された。
各家庭のテレビでは、テレビ局スタッフが横からアナウンサーに原稿を手渡し、緊急ニュースを読み上げる様子が見られた。
タワーブリッジという、歴史的な観光名所でもあるロンドンのシンボル的建造物が被害を受けたという事でどの局も大きく扱った。
1ヶ月前にも郊外の住宅街で爆弾が使用される殺人事件が起きており、しかも新年早々に立て続けに首都ロンドンで爆発が発生したことで、イギリスを標的にしたテロが展開されているのではないかとの予測をジャーナリストらが発表した。
新年早朝の、しかも交通量の多いタワーブリッジでの爆弾テロ事件ということで市民への不安も広がっていると報道された。
桃子をいったん自宅まで送り、ハラオウン邸に泊り込んでいた士郎とデビッドも、このニュースをエイミィと共に見た。
リンディからの連絡で、早ければ明日にも海鳴へ戻るとの言伝を受け取った。
ミッドチルダ国務省のカワサキ次官は1月2日午前中の緊急会見で、第97管理外世界への艦隊派遣を正式に認める発表を行い、1月第1週中の開会を目指して議会招集を発令した。
これに連動する形で時空管理局最高評議会は安全保障理事会の開催を発表する。形式的な措置であるが、即日、ミッドチルダ政府から不参加の返答が行われ、これを受けて時空管理局は管理局法に基づく第97管理外世界への緊急介入を自動採決した。
いつまでも艦隊派遣を秘密にしておくと、万が一軍事衝突に発展した場合にミッドチルダが不利な立場になる。
そのため、形式的ながら管理局安保理の要請に基づいたという形をとることで他次元世界へのアピールを行う意味がある。
今回第97管理外世界へ艦隊を派遣したのなら、この事例を認めると他の次元世界も同様に、ミッドチルダによる予告なしの軍事介入を受ける懸念が広まる。
それを事前に牽制する意味がある。
しばらくして、エイミィに今度はアメリカから、ロンドン市内に別の指揮系統下にあるFBI捜査官が潜入している可能性が高いと連絡が入った。
この情報はエリオら管理局捜査官と行動を共にしているマシュー・フォードからもたらされたものである。
FBI局内でも、かねてより次元世界による介入をよしとしないグループが、管理局の行動は地球への侵略行為だとして秘密裏に人員を集め、捜査を行っていたことが知られていた。
これについてはKGBやNSAなどの関係各省が共同で証拠隠滅などの対処に当たっていた案件である。
今回、地球への次元航行艦着陸および軌道上への巨大戦艦インフェルノの出現という事象が立て続けに起こった事で、彼ら一部のFBI捜査官たちが大規模な異星人の侵攻が迫っていると考えて行動を起こした可能性が非常に高いと推測された。
フォードが取り急ぎ聞き込みを行ったところ、車に乗ってちょうどタワーブリッジに差し掛かるところで爆発の瞬間を目撃したドライバーからは、爆発したのは高級セダンでありテロリストの使用する自動車爆弾とは異なる印象があったという証言が得られた。
たとえば、実際に爆発したのはスーツケース爆弾でありその自動車に乗っていた人間は何らかの謀略によって爆弾を持たされ、車ごと爆破されたのではないかという推理が成り立つ。
「もしかするとこの爆発事件はFBIが」
「──あるいは、その捜査官を暗殺するために仕組まれた可能性もあります」
「それはミッドチルダ軍が実行を?」
「現時点ではなんともいえません──確定できる情報が少なすぎます」
エイミィは再び重く俯き、唇をかみ締めた。
たしかに危急の事情であることはわかる。だが、こんな荒っぽい手段に訴える必要があるのか。これでは、第97管理外世界からの信頼が得られないおそれがある。
ミッドチルダは地球を手荒に扱っていると見られてしまう危険がある。
管理世界同士においてさえ、一部の過激派──それは往々にして巨大複合企業の支援を受けた結社団体であったり、あるいは企業そのものであったり──は次元世界各地でテロリズムを含む事件を起こし、各地の警察や軍とたびたび衝突している。
王政国家や古い共和制から、一段飛びに科学技術を手に入れてきたという次元世界ならではの背景がある。
2年前のEC事件などもその最たる例であろう。
ロストロギアは、それを最初に発見するのが必ずしも管理局員や、個人の探検家であるとは限らない。企業が最初からそれ目当てで捜索隊を組織し、あるいは探険家を雇い、ロストロギアを発掘する。
そしてそれを管理局に届け出る事もなく秘匿所持し、それによって巨大な武力を手に入れる。
そのような事件は枚挙に暇がない。管理局が設立されたのも、国家ではそれぞれの利害から行動してしまい、中立的な立場で紛争調停を行えないという理念による。
いかにミッドチルダ強大なりといえども、ある特定の国家による秩序維持体制では、遠からず専制支配に至ってしまう。
今回も、第511観測指定世界が発見された事によって、次元世界大国政府の支援を受けたいくつもの企業が同世界での権益確保を目指し、そしてカレドヴルフ社がバイオメカノイドを掘り起こした。
しかしそれはこれまでのロストロギアに関する次元世界人類の知識を全く凌駕し、凶暴な力を持って次元世界人類に襲い掛かってきた。
管理局と、第97管理外世界。
もしこのまま、地球を管理外世界のままにしておくなら管理局は積極的な防衛行動が取れない。管理外世界とは次元世界連合においては末席とされており、次元世界によってはそもそも正式な国家として承認していない場合さえある。
しかし、今ここから地球を管理世界へ分類変更するというのもまた困難な作業である。
管理世界になる条件として、少なくとも次元世界連合への加盟が必要であり、あるいは理事国である先進諸世界の承認を受ける必要がある。
現在の情勢では、クロノが言うように地球にとって不利な条件での加盟を強要される危険性が非常に高い。
こうした次元世界の情勢の中で、レティ、リンディそして三提督が考慮するプランとは、管理局として第97管理外世界の次元世界連合からの独立を承認し次元世界における独自の行動を認めるというものである。
すなわち次元世界連合の以降に縛られない行動を可能にするという意味だ。
次元世界連合だけが宇宙のすべてではないということである。
ミッドチルダ政府内でも、カワサキ次官がまとめるチームが閣僚たちへの説得を進めている。
ミッドチルダとしての方針表明をきっちりと行わなければ、他の次元世界にも混乱が広まってしまう。ミッドチルダに、地球の現在の様相と次元世界進出をそのまま認めさせるということである。
レティらによる分析では、クロノは最初から第97管理外世界と管理局が同盟を結ぶことを目的にしていると結論付けられていた。
「私たちにとっては、政府の対応を期待することしかできませんね」
エイミィも静かにうなずく。エイミィやリンディはともかく、デビッドと士郎はあくまでも民間人の立場である。
さまざまな事情はあるにせよ、本来的には日本もアメリカもイギリスも、バニングス家や高町家に対して特別扱いはしてはくれないことを覚悟しておかなければならない。
もし地球側がそのような対応を取っていればミッドチルダから追及される。
よって、地球としてはあくまでも独自に行動しており管理局が処遇を引き受けるという形をとる必要がある。
クロノの行動がなければ、管理局は決断できなかっただろう。
レティはまだ、エイミィに直接自分の予想を話したわけではない。レティ自身もクロノの口から直接聞いたわけではないのであくまでも予想である。あくまでも予想ではあるが、それでも、これまでクロノが見せた行動はすべて、この目的に合致していると分析された。
信頼できる管理局情報部の局員たちが下した判断である。
管理局に限らずミッドチルダでは、血統を重視する文化から有力な提督の下に集まる派閥というくくりが大きな力を持つが、特にレティの周辺に集まる有力な局員たちも、それぞれの立場から検討を重ね、クロノの行動を分析していた。
おそらくミッドチルダも早晩この事に気づくだろうが、しかし、管理局とはまた異なる性質を持つ、巨大国家たるミッドチルダがどう動くかというのはさらに不確定な事象である。
「管理局として、私たちは地球を──もちろんあなたがたを含みます──支援します。今回のバイオメカノイド事件への対処だけではない、これから次元世界に係わっていく上での支援を行います」
エイミィの言葉は、奇しくもクロノが言った言葉とほぼ同じ内容だった。
海鳴市と、ロンドンと、遠く離れたそれぞれの場所で、二人のミッドチルダ人は、地球人類に対してそれぞれの立場から意志を述べた。
彼女の夫はこれを見越していたのだろう、と士郎は察した。
総務統括官として基本的には海鳴市で業務を行っていたリンディとエイミィには比較的会う機会が多かったが、艦隊勤務のクロノとは、士郎もあまり話した事はない。
それでも、あの若い執務官──当時はまだ見かけも小さな子供で、なのはより4つか5つ上の程度だった──は、今は管理局を代表する提督となり、次元世界という無限にさえ思えるような人類文明社会の中で頭角を現している。
あの男が、クロノ・ハラオウンが行動したというのならそれは必ず確固たる意志と目標がある、と士郎は考えていた。
クロノが提唱するエグゼキューター計画とは、今一度、真に国家間の利害から解き放たれた抑止力を管理局が発揮しなくてはならないということである。
どんな強大な国家に対しても通用する抑止力を作らなくてはならないということである。
これまでのような、ミッドチルダとヴァイゼンの二大超大国による軍事調和ではなしえないことである。
そのような、人類がこれまで見たこともなかったような存在を、新暦84年のこの現代に、クロノは現出させようとしているのだ。
改ゆりかご級の出現が探知されたとき、なのは、フェイトらはクラナガンの地上本部へ戻り、教会での戦闘の報告と事後処理を行っていた。
ミッドチルダ陸軍に対する聖王教会および管理局からの抗議、そして管理局による事実確認のための捜査を伝達する。
地上本部より査察官が派遣され、今回の事件を起こした陸軍情報部の責任者と実行部隊の指揮官に対して事情聴取を行う。
ミッド陸軍の側からも、査問会を開くとの返答がなされた。
少なくとも軍上層部は今回の事件の責任をとる姿勢は見せている。
聖王教会本部の施設が戦闘によってかなりの範囲にわたって損壊し、シスターに負傷者が出ている。
また、教会に居合わせた女性一名──ディエチのことだ──を、突入部隊の兵士が殺害したことが確認された。
イノーメスカノンに残されていたログから戦闘記録が読み取られ、突入部隊が使用したバレルショットにより胸膜破裂、粉砕骨折を起こした肋骨が肺を傷つけたことが致命傷になったと判定された。
フェイトは、突入部隊の隊員たちがフェイトの説得を拒否し、バインドによる捕縛をも実力で拒んだことを報告した。
相手が管理局執務官であるとわかった上で逮捕を拒否したことになる。
陸軍情報部に対し、厳しい処分と綱紀粛正を求める、と地上本部の担当官は言った。
『ところで、高町くん、ハラオウンくん。既に知っていると思うがバイオメカノイドの大艦隊がミッドチルダ軌道上に現れた。
敵はまっすぐクラナガンに向かってきている、ここに多数の次元航行艦が配置されていることを嗅ぎつけているのだという分析が出ている。
バイオメカノイドは人間のリンカーコアに誘引されるということで間違いないようだ』
「市民の避難は進んでいますか」
『先月の戦闘で損壊したシェルターも多い、今のところ郊外部の住民に対しては自宅待機勧告にとどまっているが」
人間のリンカーコアを、バイオメカノイドはどれくらいの優先度で追うだろうか。
次元航行艦のエンジンよりも優先して追うだろうか。
高い魔力資質を持つ人間が惑星ミッドチルダ地上を移動した場合、バイオメカノイドはそれを追いかけるだろうか。
人間がどこへ逃げようと、バイオメカノイドはどこまでも追ってくる。
市民を、一箇所に集めて守りやすくするか、それとも一度に襲撃されることを避けて方々に散らばせるか──管理局、ミッドチルダ陸軍は、恐るべき、そして重責のある判断をしなくてはならない。
もともと、ミッドチルダはつい四半世紀ほど前までヴァイゼンとの冷戦下にあったので、その当時には住宅メーカーや警備会社などが個人用シェルターを宣伝して売り出し、それなりに多くの家庭が導入している。
庭や地下室などに設置され、じゅうぶんな強度のシールド魔法で防御されている。
ただし、これがバイオメカノイドに対して有効かどうかは未知数である。
シェルターに閉じこもったが最後、周囲をびっしり囲まれて出るに出られなくなり中で飢えて干からびるということにならないとも限らない。
アルザスの事例からしても、バイオメカノイドの個体量いかんによってはミッドチルダ全域が埋め尽くされてしまう恐れがある。
そうなれば、シェルターなど無意味だ。生き延びるためには惑星を放棄して宇宙へ逃げるしかない。
ミッドチルダを放棄しなければならないなど、この数十年で生活基盤を築いた市民たちにとっては受け入れがたい選択であろう。
現に今、いまだバイオメカノイドは宇宙空間にあり、街で空を見上げても姿は見えない。
まだ、危機を実感しきれている人間は少ない。
緊急出撃したGS級が2隻あり、まもなく接敵する。
これはレティがほぼ独断で出撃させた艦だ。現在管理局はミッドチルダ側との作戦方針のすり合わせにてこずっており、互いに命令系統が共有できていない状況だ。
艦数だけはたくさんあっても、力を合わせることができない状態に陥ってしまっている。
地上本部からもミッドチルダへの協調を促すと事務局長が言った。
レジアス・ゲイズ亡き後、本局地上本部では特に現場レベルでの情報共有と連携が重要であると認識されていた。
そしてそれを実現するには、互いのトップが歩み寄ることが必要である。
『ミッドチルダ政府に働きかけて、Sランク防衛体制の発令を促します』
防衛体制ランクとは第97管理外世界でいえばアメリカのデフコンに相当する。Sランクとはまさに戦争状態にありすべての国家機関および指定を受けた基幹企業が戦争行動を前提とした活動を優先する体制である。
JS事件の際でも発令されたのはAランクであり、国内の甚大災害もしくは広域テロリストに対する体制であった。
ベルカ衰退からミッドチルダ建国がなされ、管理局が設立されて以降、初めてとなる発令である。
既にミッドチルダは、人類は戦争に突入した。
それをミッドチルダ政府に認めさせなくてはならない。
『陸軍には、市民の安全確保を。海軍および空軍はミッドチルダ上空および周辺宙域にて敵バイオメカノイドに対する防衛線を張ります』
「わかりました。私たちもクラナガン宇宙港より出撃します」
『地上本部でも、陸軍前線部隊からの出撃命令を早く出せという要請があがってます。政府もいずれ決断するでしょう』
市民を守るために戦うことは軍人の任務であり誇りである。
多くの兵士たちは、そんな誇りと正義感を失っていない。
ミッドチルダの人々に、その意志が残っていることは幸いだと、フェイトは少し緊張を解いた。
セインとシャンテは、感情に配慮して教会の最寄の病院ではなく、クラナガンの西区病院に収容された。
既に冷たくなったディエチのそばにいさせることは忍びないと思われた。
ディエチが死んだことを知らされたとき、セインは地面にくずおれて泣き伏せ、シャンテは茫然自失となっていた。
やり場のない気持ちを、爆発させてはならない。今は、静かに心を休めることが必要である。
そして彼女たちを守るために、なのは、フェイト、ヴィヴィオは出撃する。姉妹たちの無念を晴らすためにも、オットーとディードも、教会を離れて戦いへ向かう。
『ハラオウン執務官、新たな連絡です。管理局本局技術部棟内で魔力炉爆発事故が発生、これに伴い修復作業中だった闇の書が宇宙空間に放出され──、現在、八神はやて二佐が闇の書を制御下に置いている状態とのことです』
連絡を受け取り知らせてきた司令官の言葉に、なのはとフェイトは思わず目を見開いて顔を上げた。
つい先日、はやてを見舞うために技術部に赴いたとき、闇の書の修復作業が極秘に行われていると若い技官から教えられたばかりである。
もうそのことが知れ渡ったのかと驚くと同時に、闇の書が解放された状態にあるということはなのはたちに戦慄をもたらした。
闇の書とは恐るべき力と悲しむべき歴史を持つ強大なロストロギアであったはずだ。
18年前、海鳴市沖で戦った相手だ。はやての元に転生し、何年にも渡ってはやての魔力を吸い取り、足を麻痺させ、蝕み続けていた忌むべき魔導書であった。
しかしその実態は人間たちの悪意によって歪められた管制人格たちの悲しみの叫びであり、はやての説得によって闇の書はその闇を振り払われた。
管制人格は機能の破損が大きく助からなかったが、それ以降、はやては足も治り元々持っていた高い魔力資質によって魔導師として成長し、管理局に入るきっかけとなった。
そんな闇の書が、今再び目覚めたのだという。
技官は、復元作業の内容がどういうものかを詳しく語らなかった。
闇の書は管理局に認知され対抗作戦を取られるようになる以前にもいくつもの次元世界を渡り歩いており、そこで収集した情報に、過去のバイオメカノイド出現などの情報があるのではないかという推測を立てられていた。
その情報を入手するために復元作業が行われていたと技官は語った。ただし、それがどのような手段を用いて行われるかということについては、なのはもフェイトも技術者ではないのでわからなかった。技官も、詳しい内容を話すことは避けた。
なのはは、まさか闇の書を丸ごと復元するとは思ってもみなかった。中のデータを見られるように少しだけページをめくるようなものだと思っていた。
しかし、続けて地上本部に送られてきた報告はさらに驚くべきものだった。
本局より緊急射出された実験モジュールは内部に闇の書を抱えたまま本局を包むガス防御帯に接触し、分解されて消滅すると思われたが、ガス防御帯を突破して巨大な航行物体が現れたというのだ。
それは闇の書の防衛プログラムの──おそらく新たに作成された──戦闘端末とみられ、現在本局そばに滞空している状態だという。
実験モジュールの内部には、事故直前まで復元作業を行っていた技術部の職員十数名が残されていた。
彼らの救出は放棄された。管理局員十数名の命と、本局全体が被害を受ける危険性を天秤にかけ、いくらかの命を犠牲にしても本局全体を守る選択肢を選んだということだ。
実験モジュールに取り残された人間の中には、技術部第二局技師長マリエル・アテンザ、さらに無限書庫司書長ユーノ・スクライアの二名も含まれていた。
彼らが、本局のガス防御帯に接触して生きていられたかというのはまだ確認が取れていない。
なのはとフェイトは血の気が引いて唇が冷えていくのを感じ取り、震えを押し殺しながら、聞き返した。
「はやてちゃん──っ、八神二佐の状態は、どうなんですか?スクライア司書長も……」
後ろで、ヴィヴィオも驚きながらも取り乱さないよう努めているのを気配で感じ取る。
ヴィヴィオは小学生の頃からずっと、ユーノを慕っていた。書庫の業務が暇なときにはユーノと一緒に古代ベルカ王朝の文献を探したりもしていて、ヴィヴィオにとっては優しいお兄さんといった感じの人物であった。
『現在のところ、確認がとれません。本局至近に出現した航行物体が闇の書によるものであれば、その中で生存している可能性はありますが──』
「それに賭けましょう。急ぎ本局へ連絡を、八神二佐の捜索を要請します。レティ・ロウラン軍令部総長へ伝えてください」
『わかった』
フェイトたちのやりとりが終わる頃合を見計らい、ヴィヴィオが通信スクリーンの前にやってきた。
オットーが後ろから手を引いて止めようとするしぐさを見せたがディードがそれを制した。
「司令、スクライア司書長は、どうして技術部に!?しばらく前から、無限書庫に出勤していないと聞きました」
通信に割り込んできたヴィヴィオをなのははさすがに止めようとしたが、地上本部の幹部の前であまり騒ぎ立てるわけにはいかない、と思いとどまった。
『聖王陛下……──、これも我々にはほとんど知らされていません、スクライア司書長の身柄については管理局内でも機密ランクが高く──、申し訳ありません、地上本部では情報が得られませんでした』
さらに言い返そうとしたがヴィヴィオは言葉を飲み込む。
なのはの仕事ぶりから管理局の組織の雰囲気をなんとなくは見て、この窓口からこれ以上は突っ込めないと察した。
「そうですか……すみません。八神さんは、一緒にいるんですよね?」
『はい。八神二佐は本局技術部において闇の書復元作業を行っており、本局から切り離された実験モジュールにはアテンザ技師長とスクライア司書長が一緒にいました。
少なくとも直近30分以内にモジュールから脱出した人間は確認されていません』
仮に宇宙服バリアジャケットを装備して脱出したとしても、本局構造物とガス防御帯の間のわずかな隙間に身体をひそめていなければすぐに致命傷を負ってしまう。
ガス防御帯は分子間力(ファンデルワールス力)に作用して物体を構成する分子の結合を切り離して分解してしまう高エネルギーがあり、よほど強力な魔力で結合を維持しなければ触れるだけであらゆる物体が砕かれてしまう。
次元航行艦や地上との往復シャトルが発着するポート以外は、防御帯の隙間はない。またそのような場所へ移動できる動力をモジュールは持っていない。
「じゃあ、八神さんと司書長、マリーさんは一緒にいる可能性が高いってことですね──」
「あの、司令、闇の書は現在どのような状態ですか。本局から観測できていますか?」
フェイトが質問する。この場では執務官であるフェイトが最も上級の権限を持っているため、なのはやディードたちを指揮し引率することになる。
『本局からの報告では、全長80メートル、最も太い部分の直径が10メートルほどの、葉巻型の発光体が観測されているとのことです。
これがおそらく闇の書の機能で作成された戦闘端末である可能性が高いと、技術部ではみています』
「戦闘端末──何か、動きは?何らかの攻撃をしようとしている兆候は」
フェイトやなのはが最も恐れるのは、この闇の書がかつての海鳴市での事件のときのように、制御のできない暴走状態に突入してしまうことである。
もしくは既に闇の書は暴走状態に陥っており、本局に狙いを定めているのか──はやてと連絡を取ることができない以上、闇の書の状態は外部からはうかがい知れない。
通信スクリーンの向こうの司令官は、作戦司令室のオペレーターから渡された情報端末に目を落とし、やや逡巡するように口元を動かした。
スクリーンの解像度では、わずか数ピクセル程度の動きだ。それでも、そのわずかな動きからなのはたちは彼の戸惑いを感じ取る。
『葉巻型発光体は現在、本局第27区画表面から北東側へ5キロメートルの位置に停止しています。
発光体の先端──光り具合がやや強まっている方がおそらく前方にあたります、頭を軌道ポイントに向けています。今のところ、魔力量はおよそ1億を検出、波動は平坦で落ち着いています。何らかの動きをする様子は見せていません』
「魔力量1億──」
人間の魔導師とすれば常軌を逸した出力だ。
艦船のエンジンに比べれば小さいが、そもそものサイズ自体が違う。これを制御しているのがはやて一人だとすると、あの発光体の中で何が起きているのか──それはなのはたちの想像をはるかに超えるだろう。
フェイトが捜査していたアレクトロ社に対する破壊工作の一環で、炉心爆発を起こしたノースミッドチルダ第1魔力発電所。
誘導式高圧魔力炉から漏れ出した魔力素は、高剛性の耐熱金属をいともたやすく溶かし、飴のようにひしゃげさせ、人間を瞬時に乾燥した消し炭へと変えた。
ノーヴェら特別救助隊は、もはや死体運びしか出来ることがなかった。
発電所作業員たちの遺体は、手で触れるだけで砂のように崩れてしまい、もはや生きていた人体の名残さえ見えなかった。人型をした煤の塊になってしまっていた。
特別な装備をしていない人間の魔導師が発揮できる魔力量の限界は、およそ1500万程度とされている。
これ以上の高出力を発揮すると、リンカーコア周辺の体温が上がりすぎ、たんぱく質が変質して凝固し最終的に死に至る。
もちろんこれ以下の出力でも、長時間にわたって発揮し続けると人体に深刻な後遺症を引き起こす。
そしてこの1500万という魔力値の目安は、一般的な戦闘魔導師用バリアジャケットの冷却能力を目一杯引き出してリンカーコアの冷却を行ったうえで発揮できる量であり、冷却能力の低いバリアジャケットでは当然限界はさらに低くなる。
実用的でない冷却手段──たとえば氷結魔法を自分の身体にかけ続けるとか、転送魔法を用いて液体ヘリウムを体内に送り込むといったような──を用いれば瞬間的にはもっと高い魔力値を出すこと自体はできるかもしれない。
しかしそれを行った人間の肉体は再生不可能なダメージを受けるだろう。
マリーが言う、人体の負荷を考慮しなければ──とはそういう意味である。
ユーノ以外にも、マリーはリンカーコアの概要をなのはたちに語ったことがあった。なのはは11歳の頃の撃墜事件で入院していた際、魔法の連続使用で疲労が限界に達していたということを説明される話の流れで聞いたことがあった。
もちろん影響は熱だけではないが、民間レベルではない軍事組織に所属する戦闘魔導師が用いるほどの高出力魔法は多かれ少なかれ、人体に負荷を蓄積させていく。
「魔力量は発光体内部から?」
『周辺に他の魔力炉はなく、次元航行艦も出動していません。技術部のほかの棟にあった魔力炉もバイオメカノイド出現の際の次元震の余波を受けて出力の急な変動が起きましたが、どうにか緊急停止に成功しています。
配管が破れた炉もありますが、今のところ状況は落ち着いています。
放出されたモジュールについてはガス防御帯に接触して消滅したので、事故を起こした魔力炉はすでに消滅し残っていた燃料もすべて反応しきっています。
つまり今検出されている魔力は──、八神二佐が生きているなら、彼女の魔力です。だとすれば魔力が検出される限り、八神二佐は生存している可能性が高いです』
デバイスも、あくまでもリンカーコアからの魔力供給を受けて稼動する装置なのでそれ自体に魔力を発生させる仕組みはない。闇の書もそれだけは普通のデバイスと同じだった。
「わかりました──バイオメカノイドに対しての布陣は」
『今のところ本局近衛艦隊のXV級が先行して出ています、あとは月面泊地からロウラン総長麾下のGS級が、バイオメカノイド大型輸送艦を囲んでいる小型個体に、既に攻撃を開始しています』
「戦艦は」
『ミッド海軍でも準備はしていますがどうしても時間がかかります、一部の艦では乗員が独自に出港準備をしているようですが』
「猶予はないですね……」
戦艦クラスの次元航行艦は、魔力炉を起動させて出力が安定し、航行可能な状態になるまでにも小型艦艇よりもどうしても時間がかかってしまう。また炉を複数積んでいる場合は同調を取るためさらに時間がかかる。
機関停止状態で停泊していた場合、どんなに急いだとしても30分はかかってしまう。
バイオメカノイド群は大型輸送艦の周囲を小型バイオメカノイドが取り囲み、全体が同じくらいの速度で進撃していた。
ミッドチルダに向かってくる群れの場合、小型個体が大気圏に突入し、対流圏高度まで降りてくる頃に大型輸送艦が大気圏突入を開始する計算だ。
ただし大型輸送艦に関しては、軌道上に留まり内部の大型個体を放出してくることも考えられる。
どちらにしろ、第97管理外世界での戦闘事例からバイオメカノイドは、少なくとも大型個体は単独での大気圏突入能力を持っていることは確実だ。
宇宙空間から時速数千キロメートルもの速度で突っ込んでこられれば、空戦魔導師では迎撃が追いつかない。地上に下ろしてから戦うか、あるいは次元航行艦を使用して大気圏外で撃破するか。
地上で迎え撃つ場合は水際作戦である。防衛線が突破されたら、そこに待っているのは無差別殺戮である。
市民をひとつの場所に集めておけばバイオメカノイドの進む場所を限定できるかもしれない。あちこちにばらけさせて避難させると、バイオメカノイドがそれぞれに分散して向かっていってしまい手が回りきらないかもしれない。
誘い出すために。
ミッドチルダ海軍は、クラナガン市民の郊外への脱出を控えさせ、敵バイオメカノイド群の進路を限定した上でクラナガン上空低軌道での迎撃戦を展開することを決定した。
もしバイオメカノイドが、クラナガンの市街地──そこには大勢のリンカーコアを持った人間がおり、また大量の魔力機械がある──をまっすぐ目指してこようとするなら、おのずと大気圏突入軌道も限定されてくる。
そこへ艦を集中配置し、バイオメカノイドを正面から打ち破る。
今後の対バイオメカノイド作戦に対し、戦闘員の士気を高める上でも、敵を力でねじ伏せる経験をさせておくことが必要だとミッドチルダ海軍司令部は考えた。
これまでの戦闘で、バイオメカノイドを相手にした魔導師は最初のうちこそ高火力の攻撃魔法で威勢よく敵を撃破していくが、倒しても倒しても湧き出てくる敵に次第に疲労し、魔力が尽きてやがて押し潰されるという末路をたどっていた。
地上で戦う場合、遮蔽物などに隠れた目の届かない場所でバイオメカノイドが増え続けていってしまう可能性がある。
また地上では視界が限られるため、敵群の全体が見渡せず、あとどれくらい敵を破壊すればいいのかという目安がつけにくい。
敵が無限に湧き出てくるように錯覚させられることで魔導師たちは焦りを生み、精神をすり減らされ、やがて魔力も弱まって力尽きてしまう。
それを避けるためには、敵の全体がよく見える宇宙空間で、敵をまとめて相手にできるよう陣を敷き、圧倒的な攻撃力の武器で確実に仕留めることが必要だ。
次元航行艦の火砲で、敵バイオメカノイド群に対する全力砲撃を行う。
宇宙空間では、バイオメカノイド群がどれくらいの範囲に広がっているかというのはレーダーで探知しマッピングできている。
どれくらいの個体がどこへ向かっているのかを常に把握できる。
まさに総力戦である。
『転送ポートの使用許可は出ているが、ハラオウン執務官、一度本局へ戻りますか。
こちらでも、できれば地上、ないし成層圏に待機する魔導師を用意したいのですが』
フェイトは頭の中で戦力を計算する。
現在使えるオプションの中で最も攻撃力が高いのは次元航行艦の艦砲射撃である。これをかいくぐって大気圏に突入したバイオメカノイドがいた場合、地上砲台で狙い撃ち、さらにそれも突破してきたら空戦魔導師の出番である。
このあたりの高度では敵は既に突入を終えて大気圏内航行に移っていると考えられるので、空中で敵を迎撃する。
クラナガンの沿岸地域に陣を構えた陸戦魔導師が地上から砲撃を行う場合、だいたい高度6000メートルあたりがどんなにがんばっても狙える限界だ。
砲撃魔法の弾が飛ぶ距離はともかく、携行型デバイスの照準装置では数千メートル以上もの交戦距離では実用的な精度は出せない。10キロメートル以上先の目標だと、ほとんどめくら撃ちに近くなる。
そうなってくると、地上本部の魔導師たちを残らず全員出撃させクラナガンを囲むように配置した場合、どうしても隙間が出来る。防衛ラインの長さに対し人数が足りない。
たとえばトーチカを100メートル単位で設置し魔導師を配置していくと、せいぜい3〜4ブロックぶん程度しか守れないだろう。
もちろんなのはやフェイトがこれに加勢したところでまかなえる戦力とは微々たるものである。
しかしなのはたちが本局へ向かいたとえば次元航行艦に乗ったとして、ではそれで艦の攻撃力が上がるかといえばそうではない。
なのはたちは艦載魔導師ではないので、宇宙空間での戦闘はできない。
SPTがあれば、というが、しかしそのものも本局のヴォルフラムに残しているので取りに行っている余裕もない。
別スクリーンに中継されている月軌道宙域の映像で、既に発進しているGS級の発射した長距離対艦ミサイルがバイオメカノイド群に命中した様子を映し出した。
小型個体が次々と破壊され、連鎖爆発が起きている。
敵は数に物を言わせて、体当たりでミサイルを壊しにかかっている。
10秒程度、だっただろうか。横で聞いていたヴィヴィオや、なのは、オットー、ディードは無限の熟考をフェイトがしていたように感じていた。
「──わかりました。私たちはクラナガン上空にて敵バイオメカノイド迎撃戦を展開します。ヴィヴィオたちは、地上から援護を」
『はっ──聖王陛下も出られるのですか』
司令官が驚きを顔に張り付かせて聞き返す。ミッドチルダでは聖王教は生活の中に自然に溶け込んでおり、ヴィヴィオ──すなわち聖王に対して敬語を使うことは人々にとっては自然な言葉の使い方である。
なのはが慎重に、ヴィヴィオに視線を向ける。
「ヴィヴィオ」
「大丈夫。今のセイクリッドハートなら支援魔法が使える、これでみんなを援護する」
「司令、私たちの方でセイクリッドハートとのデータリンクチャンネルを作成します。可能な限りの砲撃魔導師に統制攻撃を」
『……わかりました。支援、感謝します』
セイクリッドハートは本局から転送された索敵魔法をインストールしており、これによって成層圏までカバーできる正確な射撃諸元を得ることが可能になっている。
これで地上本部の魔導師たちの攻撃を補助し、敵をより効率よく撃破できるようにする。
オットーとディードは取り急ぎ陸士部隊の予備デバイスを持ち、支援砲撃を行う。
なのはとフェイトは空戦魔導師たちと共に空へ上がり、高高度で敵バイオメカノイドを迎え撃つ。
管理局では、少数の有志たちがそれぞれに立ち上がり、ミッドチルダを守る構えを作っていった。
ミッドチルダ軍もまた、遅まきながらも着実に準備を整えている。
バイオメカノイド群はミッドチルダと月軌道の中間点を通過し、クラナガンまであと19万キロメートルに迫った。
静止軌道上に艦列を並べた管理局近衛艦隊XV級が、艦首大型魔導砲の発射準備を整え、照準をバイオメカノイド群に向ける。
狙うは、改ゆりかご級大型輸送艦。これさえ撃ち減らせば、小型個体は対空砲火で弾幕を張って食い止めることができる。
太陽の光は管理局艦隊から見て左手側から差し、ほぼ真横から照らされたXV級は上甲板の白色と艦底部の黒色が強いコントラストを放っている。
星が、瞬く。
バイオメカノイド群までの距離、約15万キロメートル。
管理局艦隊XV級は、統制射撃によりアウグスト艦首魔導砲の発射を開始した。この距離では、魔導砲の弾速でも発射から着弾まで1秒近くかかる。大気などの抵抗がない宇宙空間でも、圧縮されて密度が高くなっている魔力弾の飛翔速度は光速をわずかに下回る。
新暦84年1月2日、クラナガン上空3万6千キロメートル。
次元世界人類の命運をかけた生存競争の、“最初の”戦役が火蓋を切った。
17話終了です
はやてさん復活ッッ復活ですッッ
ま、まだみんなあちこちに離れていますがきっと戻れると信じて
そしていよいよクロノくんとティアナさんが地球での任務を開始します
数字の刻印が入った青い石ってまさかですよ奥さん
地球は狙われている!
ではー
GJ!です!
すいませんが、ちょっと健康を害してしまい、リリカル陰陽師StrikerSの投下をしばらく延期します。
治ったら、また帰ってきますので。
枕さんお大事にです!
さて、みなさんお久しぶりです。
21時頃からマクロスなのは第30話を投稿するので、よろしくおねがいしま〜す!
それでは時間になったので、投下を開始します。
マクロスなのは第30話「アースラ」
『誰かいませんか!?』
数台のエンジン音と共に、拡声器を介したティアナの声が耳に届く。
彼女の後ろにはEMPで立ち往生してしまった自動車を路肩に除けて、後方の輸送隊に道を作っていくバトロイド形態の消防隊所属VF-1C。
ここは先の防空戦闘によってめちゃくちゃになってしまった、三浦半島の南端に位置する町だ。
―――――いや、だったと言った方が正確か。
ティアナの声に続いて上空からは消防隊のヘリとガウォークのVF-1Cの爆音が轟き、抱えていた水をぶちまけていく。救助活動が開始されてから今
までの数時間に、数千トン以上の水を投下したと聞く。しかし完全に焼け石に水。周囲どこを見ても炎の壁が家だったものを包んでいた。
その中の一軒に大量の水が降り注ぎ、その延焼の度合いを弱める。そこでスバルは気づいた。
(あの家、ビーコンが発信されてない!)
そこには救助隊が突入して、生存者の有無の確認を行ったというビーコンの発信がなかった。どうも周囲の火災の度合いが強すぎて、先遣の救助隊
が近寄れなかったようだ。
『(ティアナ、ちょっとそこの家の中を確認してくる!)』
『(わかった。5分以内に戻ってきなさい。ここにそう長く留まれそうにないから)』
ヴァイスのバイクに跨りながら小回りを武器に、バルキリーを含む輸送隊の先の方で誘導するティアナは、少しだけ速度を緩めながら念話で返してきた。
『(了解!)』
輸送隊から離れたスバルは、その民家の玄関を拳撃で吹き飛ばし、内部に突入する。
周囲の温度は極めて高く、バリアジャケットなしではとても入れなかっただろう。そして同じように、この家の住人が簡単な魔導士であってくれたなら、
対煙、対熱のシールドを張って未だに救助を待ってくれている可能性があるのだ。魔力反応はまったく感知できなかったが、あのEMP(電磁波ショック)
の後では機器は信用できない。
もっとも、だれもいないことに越したことはないのだが―――――
「誰かいませんかぁ!?」
返事はない。
それに肉が焦げるような嫌な臭いが鼻につく。
(でも!!)
踏み抜きそうな脆くなったフローリングの廊下をさらに奥へ。
倒れた家具が道を塞ぐ。・・・・・・家具?いや、家の支柱だ。どうやらそれを隠していた壁は崩れたか、燃え尽きたかしたようだ。
本来壁だったのだろうその場所を、さらに奥に進んだ彼女が見たのは、1人の焼死体だった。全身炭化し、もはや性別もわからないその遺体に思わ
ず歯がみする。
しかしその時、パチパチと家が焼ける音以外の声≠ェした。その声は幼いを通り越して赤ん坊の声だった。それはどうやら遺体近くの金庫から出て
いるようだ。ドアの前には入っていたのだろう貴金属の姿。代わりに中に何か入っているのは明白だ。しかし開けるためのダイヤルの数字など知ったも
のでない。
(壊すか・・・・・・でももし中身が生き物なら、衝撃が危険すぎる)
加えて、天井から聞こえる建材が折れる音はまだ断続的なものだが、だんだんとその間隔は連続的なものになってきている。この家がその重量に耐
えられない時が来ようとしているのだ。
猶予はない。ダメもとでノブに触れる。
「熱っち!」
素肌の部分が焼けるような痛みを訴えるが、この皮膚は人間のような脆弱なタンパク質ではない。戦闘機人の強靭な人工皮膚なのだ。
熱さに耐えてノブを捻ると、その強力な筋力を―――――使うまでもなかったようだ。それは何の抵抗もなくするりと開き、同時に泣き声のボリューム
が上がる。
「よ〜しよしよし・・・・・・」
スバルは水でぐっしょり濡れたタオルに包まれたその子を抱き上げると、対熱シールドで包み、自分のバリアジャケットの生命維持システムに組み
込んだ。
「もう、持たないか!」
崩壊の音はすでに爆音に近い轟音を放っている。これに崩れられたらさすがに助からない。かといって来た道を戻って脱出するには遅すぎる。
こんな時どうするか?
スバルは1つしか回答を持ち合わせていなかった。
「最短を一直線に、抜く!」
右腕のリボルバーナックルのカートリッジが数発ロードされ、そのフライホイールが高速回転する。
「ディバイィン、バスタァー!」
よく制御された魔力砲撃は六課に入る前のそれとは違い、ムラなく直線的に進路上のものを吹き飛ばした。
元から崩れそうなものをさらに壊したのだ。モタモタできない。砲撃を放った次の瞬間にはウィングロードを展開し、自ら切り開いた道を進む。その間も
雪崩の如く建材が頭上に降り注ぎ、その進路を妨害する。
それらを撥ね退け、すすむ! ――――― ススム! ――――― 進む!
しかし、あと5メートルというところで再びその道は瓦礫によって埋め戻されてしまった。
(畜生!)
この崩壊の度合いでは退ける暇も、砲撃をする暇もない!
やはり軽率だったと思わずにはいられない。一人ならともかく、救助した者の命も預かっているこの身なのだ。
あの時砲撃で壊さず、来た道を戻っていればあるいは―――――
後悔の念に押しつぶされそうになったその時、行く手の道に巨大な手≠ェ差し込まれた。そしてその一掻きは瞬時に脱出ルートから障害物を消し
去ってくれた。
「脱出!」
煙と粉塵を払いのけて屋外へ。そのままウィングロードは上空まで伸びていく。
助けてくれたバルキリーは消防隊のVF-1Cではなく、フロンティア基地のVF-11のようだ。バトロイドの機首には獰猛なサソリを思わせるノーズアート
が見えた。
すれ違いざまコックピットのパイロットに片腕を上げて礼を言う。
ここまで来ると助かったと油断するのが人の性。だがまだ終わってない。
「か、瓦!?」
向き直った目前には降り注ぐ無数の瓦。一時期ブームになった建材だが、今は勘弁してくれ。それにその後ろには倒れ掛かってくる家本体。
バトロイドの人はコックピットでコンソールを叩いている。どうも武装が動かずに悪態をついているようだ。
反射で頭と、抱いている形で確保されている赤ん坊をそれぞれ両腕で庇う。そして魔力障壁を展開。PPBSを最大出力!
数十を超える無駄に重い瓦で叩かれ、息つく暇もなく、倒れ掛かってくる家の屋根という物理的な圧迫力を前に、どこまで耐えられるか自信はない。
しかし、それが己にできる精いっぱいの対策だった。
(どうかこの子だけでも!)
・・・・・・衝撃!
自身の上昇速度と、瓦の自由落下とで弾丸並みに重い衝撃が魔力障壁に降りかかり、フィードバックが体力と魔力を、そしてカートリッジを削ってい
く。しかし屋根はこんなものではないはずだ。瓦が割れていく轟音の中、覚悟を決める。
(あと屋根1つくらい・・・・・・このまま押し返す!)
根拠ゼロの覚悟の中、目標である屋根を見据えようと頭上に振り返ると一転
「あれ?」
そこには瓦とともに倒れてくる屋根など存在せず、大きく抉られた屋根だけが存在していた。
(あの抉り方は砲撃・・・・・・?)
角度から砲撃ポイントと思しき公道付近を見ようとすると―――――
『(スバル遅い!もう10分以上経ってるわよ!)』
バイクのアイドリング音と共に付近の公道から放たれた相棒の念話は、スバルに今度こそ、助かったのだという事を実感させた。
(*)
「まったく、フロンティア基地の人に気づいてもらえなかったら、どうする気だったのよ!」
「いやはや、面目ない」
2人乗りするバイクの前部で運転する、相棒の叱責すら心地よい。
あのフロンティア基地航空隊の人は防空戦からそのまま救助活動に参加していたそうで、今回は魔力砲撃の魔力を探知して、単体だった事から応
援に来てくれたそうだった。
消防隊は魔力を探知する事はともかく、どのような魔法なのか、場所及び個数など、そんな分解能のいい装置なんて持ってない。そのためまさに幸
運と呼ぶにふさわしい生還劇だったようだった。
「・・・・・・もっとも、スバルが1人で行くなんて言い出した時に、念話で周囲に展開してた部隊へちょっと口添えはしといたけどね」
前言撤回。
幸運なんかじゃない!やっぱりこの相棒は最高だ!
「やっぱりティアは凄い!大好き〜!」
「こ、こら!いくら私でも事故る!お腹を必要以上に押さえるのはやめなさい!私達2人だけじゃないのよ!」
「そ、そうだね」
今背中には、あの火事場から救出した小さな命がある。この命を救えたことこそ、自分達がここに来た甲斐があったというものだった。
「・・・・・・それにしてもアルト先輩大丈夫かな?」
「そうねぇ。ライアンさんも他の同僚の人から撃墜されたとしか聞いてなかったみたいだし・・・・・・やっぱり通信網が回復しないとなんとも言えないわね」
「・・・・・・うん。でも今回の攻撃、何かおかしい。通信が遠隔地のどこにも繋がらないなんて・・・・・・」
今回の通信途絶問題、EMPによる通信機器破壊だけがその原因とは考えられなかった。事実、EMP範囲外で故障していないはずの自分達の機器も、1キロを超える電磁波無線通信を完全に断たれていた。
ミッドチルダ全域に有線網を持つMTT(ミッドチルダ電信電話株式会社)による調査では、自分達が知る限りでもこの現象は関東全域に及んでいるらし
く、未確認だがそれ以上の範囲に及んでいる可能性があるそうだった。
おかげで現状使えるのは念話、半径1キロ未満の電磁波通信、あまり広まっていないためほぼ管理局のJTIDS(戦術統合分配システム)に限定される
フォールド通信。そしてMTTの有線通信網だけという、新暦100年とは何だったのかと突っ込みたくなるようなお粗末なことになっていた。
それに問題は通信だけではない。
「追いついたわね」
先ほど誘導していた輸送隊のトラックが見えてくる。大部分がコンテナ設備を積んだ大型トラックだ。
後方の中型トラックには道すがら回収した避難民が乗りこんでいるが、それはバスのようなものではなく、ディーゼル駆動≠フ中型コンテナトラック
だ。別にバスなどの車が徴用できなかったわけではない。
先のEMP攻撃は、この町を含めた半径10キロメートルにわたって軍用でないすべての電子機器を破壊しつくした。しかし、被害はそれにとどまらない。
通常EMPはマイクロ秒単位で発生して瞬時に消えてしまうが、今回はそれの後、継続して被害を与えていた。先ほどの電磁波による通信と、次世代型
大出力大容量バッテリーだ。
このバッテリーは従来の物と違って化学反応を用いないことで、一つで最大数百ボルトの電圧を得たり、充電することができる。
最近では原料から、どこかの世界の呼び方を踏襲して「フォールドカーボンバッテリー」と呼ぶそうだが、このバッテリーはクラナガンではシェア70%に
及ぶ電気自動車に搭載されてる。具体的には民衆車、バス、通常2輪などの馬力を要求されない車だ。
ここで本題だが、今回、このフォールドカーボンバッテリーがこのEMP範囲内に入ると、たった数分で使い物にならなくなる現象が起こっていた。
おかげで災害出動した陸士部隊の輸送隊は軒並み立往生を喰らい、代わりに水素・石油など化石燃料車に依存する民間輸送業者が各地からかき
集められていた。そのため目前を列を組んで走るトラックには「クール特急便」やらド派手な電飾を施した族仕様のトラックなど、シュールな光景が
広がっている。自分達が乗るこのロータリーエンジン式バイクも現在水素で稼働しており、ヴァイスの趣味が功を奏した結果となっていた。
「前の方が騒がしいわね・・・・・・」
ティアナが言う通り輸送隊の前の方で人と救助ヘリの行き来が激しく起こっている。どうやら目的地だった小学校に到着し、先遣隊との合流を果たした
らしかった。
先遣隊は消防隊の大部分のVF-1Cとともに本職の消防救助隊が初動で動いたもので、本格的な病院設備は自分達がこのトラック達のコンテナ設備
として持ってきた。
「先遣隊には転送でシャマル先生達も先に来ているはずだし、行ってみましょう!」
「うん。この子も預けなきゃいけないし!」
「そうと決まれば!」
アクセルを吹かして小学校への道をひた走る。そこに地獄が待っているとも知らずに―――――
(*)
5時間後 三浦半島緊急避難指定小学校
楽しい休日になるはずだったこの日は、スバルにとって忘れられない地獄となった。
最初に言おう。はっきり言って自分の無力さを痛感させられた。
意気揚々と小学校に踏み入れてみれば、当然だが校舎が野戦病院と化していた。普段子供たちが学友達とともに学ぶ教室は集中治療室になり、
「ろうかは走らない!」と書かれた廊下は、患者達の病室と避難民の収容設備となった。そして体育館は遺体安置所としてその機能を果たしていた。
空調がEMPでやられていたため形容しがたい悪臭がそこかしこから漂い、阿鼻叫喚の悲鳴がどこからともなく聞こえた。それでも合流したシャマルさ
ん曰く、自分達が麻酔を始めとする様々な医療物資を補給して、改善された結果だというから二の句がつげない。
私達が来る前は一体どうだったというのか・・・・・・
自分はその身体能力を買われて救助隊の手伝いをしたが、その仕事はなのはさんがデパートでの火災の時、自分を助けてくれたように、劇的で感動
を呼ぶような憧れていた物では到底なく、ひたすら、ただひたすらに泥臭い仕事だった。名目こそ生存者の捜索と救助だが、実質遺体の捜索と鎮火へ
の協力だった。
時間が経ち過ぎている。
それは痛いほどわかってる。だが、もっと他に、何か、こうならない方法がなかったものなのか?
そう自問せずにはいられない。
『ガジェットは用がなければ家の中まで入ってくる可能性は極めて低いので、家の中で待機するようお願いします』
これは管理局が民間人に向けて行った行動指針だ。まぁ、その理屈はわかる。事実最前線で戦ってガジェットが理由なく故意に民間人の家を襲撃し
たりしたことはない。
今日自分達が少女を助けるために陸戦型ガジェットと召還魔導士と交戦したのは、ここから十数キロの地点。
次善の策として民間人が家の中に閉じこもるだろうこともわかる。
だが、その結果がこれだ。
防空ラインが少しずつ後退して、ついにはこの上空が戦闘空域となり、ガジェットとゴースト、バルキリーの墜落で発生した火災は、当たり前だが局所
集中していないため鎮火には膨大な人手を要した。職務を離れる前に見た集計表によれば、他の避難所も足すと死者200人超、重軽傷者6000人弱、焼
け出された避難民は約10万人らしい。
それにEMPによって通信網がマヒしていることが悔やまれる。あれがなければ発覚が速まって初動から大規模転送で救助隊を緊急投入できたはず
だし、火災で有線通信網がズタズタになったここでも、リアルタイムで情報を共有することができたはずだ。バッテリーにしても陸士部隊などの災害出
動した部隊が立ち往生せずに来てくれたらなど、ifは尽きない。
頭がこんがらがり、フラッシュバックする救助活動時の凄惨な現場のイメージを頭を振って振り払う。しかし簡単には離れてはくれない。助け出した人
は十人以上。だけど―――――
「結局、命まで助けられたのは最初の1人だけだったな〜」
思い出すは金庫に入っていた赤ん坊のこと。
今思えば金庫の前にあったあの焼死体は、あの子の母親だったのだろう。おそらく火災にまかれて進退極まった彼女は、子供だけでも助けようと思い、
あの中に入れたに違いない。
赤ん坊が酸欠にならなかったのは奇跡に近いが、状況が状況だけに最善の策だっただろう。
救えたのはたったの1人だったけど、その存在はスバルにとって大きな救いとなった。
「なのはさんも、こんなこと思ったのかな・・・・・・?」
以前自分が被災した火災について調べたことがある。確か店側の避難指示が功を奏して死者はなく、避難時の混乱で骨折などのケガ人を数十人出
す程度だったと記憶している。だが彼女のキャリアの中には、他の次元世界での時空震に対する災害派遣など、今回の都市災害を凌駕するような経
歴が存在する。自分と同じとは言わないまでも、同じような経験をしているのは間違いなさそうだった。
「それでもなのはさんは、あんなに笑顔でいられるんだ・・・・・・やっぱり敵わないよ・・・・・・」
思わずため息が口をついて出る。
自らが憧れる人物の器の大きさに改めて感嘆し、自らが志望していたレスキューという仕事をこの心境で改めて六課を卒業した時、志望できるか不
安になった。それどころかこの管理局という仕事に関しても、だ。
そう考えると意図せず頭が真っ白になり、その視線が外に向く。
小学校の屋上というロケーションは、残暑の暑さを感じさせぬ涼しげな風で額をなで、意識をその視界に集中させる。周囲は未だ所々で火災の跡がま
だくすぶっており、先ほど交代した陸士部隊と、消防団のVF-1C。4時間前にやってきたフロンティア基地航空隊のバルキリー隊が生存者の救助、もし
くは焼失・倒壊した民家からヒトを探していた。
ここから見るとバトロイド形態のバルキリーしかその姿を確認できず、暗い中をサーチライトで照らしながら作業する姿は孤独に思えた。
そこで、背後の扉を開く音に振り返る。
「ティア・・・・・・」
この最高の相棒は、今は珍しい化石燃料式バイクという小回りのきく乗り物を持ちこんでいたことから、伝令を行わされ、それぞれの避難所と救助活
動の最前線、そして管理局地上本部のあるクラナガンとを繋いでいた。
「伝令はもういいの?」
「うん。治安隊の白バイと交代してきた。でもバイクは傷だらけにしちゃったし、燃料はすっからかん。ヴァイス先輩怒るだろうな〜」
そう笑いながら隣に座る。
「・・・・・・それでさ、あんた、なんでこんなとこにいるの?何とかと煙は〜って―――――!」
煙≠ニ聞いた瞬間、こちらの表情が曇るのがわかったのだろう。冗談は通じないと努めて明るく接してくれていた相棒はその表情を深刻にして、正
面から両肩を掴む。
「ねぇスバル?まさかとは思うけど、バカな真似は―――――」
「大丈夫だよ。なのはさんが、ティアが、みんなが生かしてくれた命なんだ。粗末になんかできないよ。でもね・・・・・・でも、これからどうしたらいいのか
わからないんだ。ねぇ・・・・・・わたし、何になりたかったんだっけ?」
「そんなの、私にはわかんないわよ」
「・・・・・・え?」
「私が知ってるのは人を助けよう、守ろうって努力するあなたの後ろ姿だけ。そりゃ今まで一緒にいてレスキューに携わりたいとか、なのはさんみたいに
なりたいとか、いろいろ聞いたわよ。でもね、それって私がちっちゃい時に『お兄ちゃんのお嫁さんになる!』って言ってたのと大して変わらないのよ。何
になるのか、そういうことを考えるために、憧れのなのはさんがいる六課という研修所を選んだ。違う?」
「そう・・・・・・なのかな?」
「うん!まだ私達は何にでもなれるんだから!」
「そうだね・・・・・・これから、考えていけばいいんだ」
そう考えると、少し心が軽くなった気がした。
「・・・・・・そう言えばティアって昔の夢、お嫁さんだったの?」
「う、うっさいわね!そうよ!悪い!?」
「ううん。全然」
やってしまったという顔になって頬を赤らめるティアの姿に、いつの間にか笑顔にさせられていた。
救助活動を終えてからようやく笑えた気がする。本当にありがとう、ティア。
(*)
「そう言えばね、伝令やっている間に分かったことなんだけど、アルト先輩、やっぱり見つからなかったんですって」
あれからすぐ打ち明けられた真実に、スバルは思ったより冷静でいられた。
「そっか・・・・・・結局、あの時の恩返しできなくなっちゃったか」
「―――――意外ね、あんまり驚かないの?あんな殺しても死にそうになかった人なのに」
「まぁね。今回痛いぐらいわかったけど、人間って簡単に死んじゃうんだよ。「奇跡の生還」なんてのはアニメやドラマみたいなもんだけ。大抵はよほど準
備してた結果であって、奇跡なんかじゃないよ」
「なんだ、醒めてんのね。弄りようがない」
ティアの肩をすくめる様子に一気に頭が過熱する。
(まさか死んだアルト先輩をダシにしようと?いくらなんでもそれは!!)
「ティア、いくらなんでもそれは酷いと思う。アルト先輩はそんな悪い人じゃなかったし、私達、何度も助けてもらって―――――」
言い終わらないうちにティアの右手が優しく左頬に添えられる。しかし肌に感じたのは相棒のぬくもりではなく、冷たい金属的な何か。
「ごめんなさい。そういう意味で言った訳じゃないの」
気付いてみればティアの顔には、自分に付けたのと同じであろう耳に掛ける方式のインカムがあった。
「ティア、これ・・・・・・?」
「JTIDSの端末機よ。陸士部隊の備品から貰ってきたの。これがないと、電磁波通信できない今の状態じゃ私達の座標を掴めないからね」
「??・・・・・・それって?」
どうも状況を上手く理解できない自分がもどかしい。頭を冷やさないと・・・・・・
「まぁ、ちょっと待ってなさい。―――――はい、私です。―――――はい、もう見つけました。JTIDSの端末をつけさせたので、座標はえっと・・・・・・
JMG00658の端末で固定してください。―――――はい、それでは転送2名、お願いします」
そうしてティアは、私の耳に掛けたインカムの番号を再確認しながらインカムの通話ボタンから手を離すと、面白そうに言う。
「スバル、じっとしてなさいよ。じゃないと何か置いてきちゃう≠ゥもしれないから」
「へ?」
(ただの転送魔法にどんな危険があるの?)
回転が遅い頭で疑問に思ったが、すぐに理由を知ることとなった。
突然体を包むように展開される円筒状のシールド。それに反応する間もなく、自らの体が青い粒子となって分解していく。
(え、えぇ!?)
もはや喋る口もない。数瞬後には視界と意識は閉ざされていた。
(*)
スバルとティアナだった′の粒子達はシールドの内部で徐々に不可視の波へと変換され、シールド展開から1.5秒後、この世界から消滅した。
2人がいた場所は何事もなかったかのように、静けさに包まれていた。
(*)
あれからどれぐらい時がたったのだろう?
スバルは気づくと、光の粒子になった体は再生され、しっかり光るパネルの上に立っていた。
(パネルの上!?)
周りを見回す。そこは辺りが見渡せる開放的な小学校の屋上ではなく、無骨な隔壁が覆う、少なくとも室内だった。
「どうやらちゃんと揃ってるみたいね」
ティアナが後ろから肩を叩いて言う。
「え、ティア、これは─────」
「見ての通り転送機≠諱v
狼狽する自分を見て面白がるティアナは、足元の床と天井に付く丸い小さなパネルを指差して言った。
ただの転送魔法ならスバルはこれほど狼狽しなかっただろう。転送魔法は科学的には空間歪曲による空間の置き換え≠ェその原理であり、最初
から最後まで意識と実体を保ったまま転送座標の空間と自分の空間が置き換えられる。そのためほとんど自覚することなく転送は終始する。
エレベーターを想像してもらえばわかりやすいだろう。我々は階数を映すディスプレイと重力加速度の変化によって移動を自覚するが、それらが全く
ない場合、完全に自覚することなく移動を果たすだろう。つまり、エレベーターのZ軸(高さ)移動だけでなく、X,Y軸(平面)移動を可能にしたものが転送魔
法だ。
しかしこの「転送機」は第6管理外世界が発案、製作したものだ。彼らは魔法が使えないため、まったく別の方法を編み出した。それにはフォールド技
術である次元航行技術が用いられた。
転送シークエンスとしてまず、気流による物質欠損をなくすため円筒状の気密シールドを展開。次に分子レベルにまで転送物を分解する。そして構成
情報をフォールド波に変換し、それを再物質化点に送る。再物質化時にはフォールド波の次元干渉する特性を使って、無から元素を生み出し再構成す
るという方法を採っている。
つまり転送魔法のように実体が行き来するのではなく、構成情報が行き来するためエネルギー量は圧倒的に少なくてすむ。
これは当に革新的な技術であった。
この技術があったからこそ第6管理外世界の住民、ベリリアンは恒星間戦争を有利に戦えたと言えよう。
しかし管理局では特定の次元航行船しか採用していない。なぜなら魔法が使える彼らには、どこでもある程度手軽に使える転送魔法の方が使い勝手
がよかったためだ。
この転送機の真価は3つ。1つは情報の行き来のため転送可能距離が次元空間を介してさえ数千キロ単位であること(転送魔法ではエキスパートで
も1人では百キロ前後が限界)、2つ目は魔法でないためAMF下にも対応できること、そして最後に、最大一括転送可能人数が20人を誇るため、部隊の
高速展開ができることと言えよう。
「それで、ここはどこなの?」
その質問に答えたのはティアではなかった。
「L級巡察艦の56番艦、『アースラ』や」
「や、八神部隊長!?」
部屋の外から突然現れた上官に、ティアとともにあわてて敬礼した。
「うん、なおれ」
はやての許可に腕を降ろした。するとティアは物珍しそうに周りを見渡す。
「しかしL級巡察艦なんてまだ運用されていたんですね」
自分が知る限り、L級巡察艦は40年以上前に設計された次元航行船だ。
当時警察としての側面が強かった次元パトロール部隊(時空管理局・本局の前身)は、乗員が20人程のパトロール挺しか配備していなかった。しかし
ロストロギアを狙う次元海賊の勢力は強大になっていき、人数も艦自体に武装がない事も問題になってきた。
そんな背景から作られたL級巡察艦は、150メートルを越える当時としては大船だった。この艦は初めて常時2個小隊(50人)の武装隊と乗員を1年間
無補給で養える空間が設けられており、当時輸送船に任していた武装隊の輸送と展開を円滑に行えるようになった。
そのため当時初めて採用された転送機と相俟って事実上の強襲揚陸艦≠ニ呼ばれ、海賊達の恐怖を誘った。
またこの艦には様々な魔導兵器が搭載されている。特に有名なのは『アルカンシェル』と呼ばれる魔導砲だ。この殲滅兵器は現在も管理局で最も高
い威力を誇り、最新鋭のXV級戦艦でもこの砲は踏襲されている。
また、このL級巡察艦は全部で56隻が造られたが、ロストロギアに侵食・汚染されて自沈処理された1隻以外は対外攻撃によって撃沈された事はなく、
生存性の高さは折り紙付きだった。
確か20年前より老朽化から、順次退役していったはずだった。
「違うんよ。本当ならアースラは、1カ月前に廃艦になる予定だったんや」
「じゃあどうして?」
この問いにはやては微笑むと、
「その辺の事は食堂に行ってから話そうか」
と告げ、廊下を歩いていった。
(*)
はやてに連れられ来た食堂は、艦内とは思えぬほど広い空間に作られていた。
すでに席には、どんな理由か知らないが、今回の救助活動に前半しか参加していなかったなのはを初めとする隊長、副隊長陣にヴァイスやふくれ
ている<宴塔J、そして早乙女アルト≠ェいた。
「アルト先輩!?」
「・・・・・・いよぅ」
どうやらすでに、ここにいる者の誰かから手厚い歓迎≠受けたらしい。彼の左頬には真っ赤になった平手打ちの後があった。
「大丈夫ですか?」
「ああ、撃墜寸前にはやてに転送されたんだ。それで『死後の世界って案外に俗っぽい所だったんだ』って無駄に感心したりして─────」
「いえいえ、そうじゃなくて、ここ≠フ事です。」
自分の左頬を指差す。
アルトは左頬を抑えて押し黙ると、ふくれている緑の髪した少女を見る。しかし彼女は
「アルトくんなんか、大っキライ!」
とそっぽを向いてしまった。
(*)
幾何学模様に変化する空。
次元空間内に設けられた巨大な空間には、中規模の次元航行船用停泊ドックが浮いていた。
以前は本局の前身である次元パトロール部隊が母港としていたが、組織の格上げと船体の大型化に伴い、20年前から管理局は使っていなかった。
今では第1管理世界に2番目に近い大型次元航行船の受け入れ港(1番目はミッドチルダ国際空港)のため民間船の多く停泊するこの港には、久しぶ
りに管理局の艦船が入って来ていた。
胴体に2本の腕を着けたような意匠のこの艦は、20年前まで造船されていたL級巡察艦という型だ。1番艦からの運用期間が40年以上という非常に息
の長いこの型は、ここにある改修用ドックで運用できる170メートルにギリギリ収まっており、往年は軽快艦として活躍した。
そして今、このドックに停泊しているのは、この型の最後の船、56番艦『アースラ』だった。
(*)
「・・・・・・それで、なんでここに集めたんだ?」
アルトが少し不機嫌に、はやてに問う。
スバル達が来てからも、まだフロンティア基地航空隊の上級士官(ヴィラン二佐やミシェル)が、このアースラの食堂に集められていた。
アルトとしては戦死騒ぎで、来る人来る人の悪い意味での手厚い歓迎≠ノ辟易していた。
「うん、まずはレジアス中将の話を聞いてくれるか?」
はやてはそう告げると席に着いた。
レジアスは食堂に併設されている小さな舞台に上がるとスピーチを始める。
「あー、諸君。こんな大変な時になぜ突然、こんな所に呼び出されたか疑問に思っていると思う。だがそれだけ重要なことであると考えてくれ」
レジアスは公聴者達を見渡すと続ける。
「知っての通り、我が地上部隊はミッドチルダを守護するために設立された組織だ。しかし最近の情勢は良くなく、六課と、フロンティア基地航空隊のお
かげで地上の治安は維持されている。だが諸君、あとたった半年≠ナ双璧の1つ
である六課は解体されてしまうのだ!残念ながら地上部隊には、今まで通り、現在の戦力をクラナガンに釘付け≠ノし、維持させることはできない」
現在六課戦力はクラナガンに釘付けになっているが、他の方面部隊も強力な戦力である彼女らを必要としており、一点集中には限界であった。
「そこで、我々地上部隊は半年後をめどに、地上部隊の保有する六課戦力を合わせ、本艦≠ベースに特別部隊を編成する!」
レジアスの宣言に動揺が走る。これまで地上部隊は艦艇を採用したことはなかった。しかし問題はそれだけにとどまらない。六課と合わせる特別戦力。
ここにフロンティア航空基地の面々がそろっているといことは─────
「特別戦力にはバルキリー隊を使う。そのためアースラは今から1カ月の改修をもって、バルキリー隊の移動航空母艦≠ニして運用する!」
─────もはや誰も止められないところまで事態は進行していた。
(*)
「しかし、よくこんなお誂え向きの船を見つけられたな・・・・・・」
アルトの呟きに、隣りに座るランカが耳打ちする。
「この船はね、出張中私の艦隊の旗艦だったの」
かいつまむとこういうことらしい。
第6管理外世界へのランカの貸し出しを決定した本局は、ランカ座乗艦はいざ危険になった時に、安全に戦線離脱できる次元航行船がよいと考えた。
しかしサウンド仕様(大型フォールドスピーカーやフォールドアンプ、ステージの設置など)への新鋭艦の改装は元に戻す時に困難を極めるため、解体
寸前のこの艦に白羽の矢がたったのだ。
そうして何事もなく戦争が終結し、最後にランカをミッドチルダまで輸送する任務を達成した後、このドックで解体される予定だった。しかしレジアスがラ
ンカを招待した会食の折りに、彼女が
「古くなったからって、解体されてしまうのはやっぱり寂しいですね。機関長さんが『まだ十分動けるんだ!』って座り込みをやってました」
という話題を提供したという。するとレジアスは食い付き、本局からアースラに残りたいという乗員込みで破格の値段で買い落とし、今に至るという。
(なんて大胆な男なんだ・・・・・・)
アルトはある意味感心した。
彼が視線を舞台に戻すと、今度は技術士官が改装の概要を説明しているところだった。
「─────アースラにはディストーション・シールド(次元歪曲場)、サウンドシステム、航法システムなどがすでに完備されており、この辺りの改装は
行いません。主な改装部はバルキリー用の格納庫の増設で、現在10〜14機程度の運用を想定しています。また既存の対空魔力レーザーCIWSに加え、
自己完結のブロック型ミサイルランチャーを─────」
そんな中、ミシェルが話しかけてきた。
「おまえ、これからどうする?俺としてはおまえには3期生の教導に回ってほしいと思ってる。そうすりゃあのヒヨコどもでも2〜3週間ぐらいで─────」
ミシェルはそこまで言ってアルトの放った鋭い眼光に、言葉を発せなくなった。
「・・・いや、ミシェル。俺は前線を退くつもりはない。確か格納庫には予備のワルQ(きゅー)=iこの世界でのVF−1の愛称)があったはずだ。あれを
貰う」
アルトの視線が、隣に座る少女に注がれる。
彼女は壇上で、復活に涙するアースラ機関長の話に夢中らしい。まったく気づかない。
「俺はコイツを─────ランカを守ってやらなきゃいけないんだ。今日の事でよくわかった。俺はできる範囲でもいいからコイツを他人任せにしたくな
い。この手で守ってやりたいんだ。も─────」
もちろん、なのはやさくら達だって同じだ。≠ニ言おうとしたアルトだが、ミシェルの手が肩に置かれ、言えなかった。ミシェルはかつてないほどの笑
顔を作る。
「そうか、やっとお前も心を決めた≠謔、だな。あのプレイボーイが、うん、うん。」
なんだかわからないが、ミシェルはしきり感心する。アルトにとっては、ただ自らの手で大切な人達 ≠守る事を、新ためて決意しただけなのに。
しかしミシェルは、両方が勘違いしていることに気づかないうちに話を続けた。
「よし、お前の一世一代の決断に俺は乗ったぞ。今日、基地に帰ったらすぐ、技研の田所所長に連絡を入れろ。『例の計画の件で、ミシェルから推薦さ
れました』って。」
「そうするとどうなるんだ?」
「まぁ、見てからのお楽しみだ。とりあえず、(ランカちゃんを)しっかり守ってやれよ。」
「なに言ってるんだ。当たり前だろ。(みんなを守っていくなんて。)」
色恋に関して天然バカの早乙女アルトと、勘違いしてしまったミシェル。まったくもってお似合いの相棒だった。
(*)
その後、今後の計画についていろいろと話し合われ、地上時間2200時をもって終了。
各自部隊へと帰還していった。
(*)
2314時 聖王教会中央病院
そこにはなのはとランカの姿があった。
2人の目的の1つは突然幼生化したアイくんの精密検査。そしてもう1つは保護された少女に関するものだった。
この時間の病院は消灯後であり、通常静かなもののはずだ。しかし三浦半島の市街地で出た重篤患者がここに集められて治療が行われていたた
め、今も忙しく人が行き交っていた。
「こんなに怪我人が出たんだ・・・・・・」
ランカは病院のロビーで全身に包帯を巻かれた人や、虚ろな目でベンチに寝かされながら点滴を打たれている人、etc、etc・・・・・・を見て呟く。
皆顔は暗く、項垂れていた。
「ランカちゃんがいなかったらもっと被害が出てた。だからランカちゃんのせいじゃないよ」
だがなのはのフォローもあまり効果ない。
確かにアルトが生きていたことは言葉に表せないほど嬉しかった。しかし今回の事件で200人以上の死者が出たことには変わりなかった。
ランカは俯こうとして自らの抱く緑の物体と目が合った。
それは愛らしく
「キュー?」
と鳴く。
「アイくん、励ましてくれるの?」
「キューッ」
アイくんは喜色をあらわに、肩に飛び乗ると、頬をすりつけた。
「にゃはは、かわいいね」
なのははアイくんだけではない。そんな緑色の1人と1匹を見てそう言った。
(*)
アイくんは精密検査では異常は何も発見されず、ランカの持つバジュラの幼生に関する科学的データと比べても同じだった。唯一わかっているのは、
縮んだのは元素分解による質量欠損であること。これは体表面にエネルギー転換装甲を物質操作魔法した時と同様の特殊な反応があったためだ。し
かし『魔法を介さない元素操作は不可能』なはずだが、ランカには物質操作魔法の素養もなく、デバイスもシャーリーによると対応していないそうだった。
謎を呼ぶアイくんだが、動く生物(質量)兵器≠ェ無害化したのと同意のため、周囲は無条件で受け入れていた。
(*)
清潔な白一色の部屋。
俗に病室と呼ばれるその場所は、通常ベッド数が4の広い病室だったが、今ベッドは中央に1つしかなかった。
そしてそのベッドにも、不釣り合いなほど小さな女の子が1人、眠っているだけだった。
その部屋の唯一の扉が開かれ、2人の人影が部屋に入る。しかしそれでも少女は目を覚ます様子はなかった。
「・・・この子がそう?」
ランカはなのはの問いに頷くと、アイくんを伴って少女をのぞき込む。
医師によれば衰弱の度合いは低く、今日、明日にでも意識を回復するという。
まだ精密検査は行われていないが、この子が通常とは違う人の手によって作られたという可能性が第108陸士部隊のギンガ・ナカジマ陸曹からもた
らされていた。現場から1キロ離れていないところで輸送業者の事故があり、そこで密輸されていた生体ポットの主が、あの少女だと言うのだ。
ギンガはベルカのボストンで唯一生体ポットと関係のある「メディカル・プライム」が何らかの事情≠知っていると見て調査しようとしたが、それはな
のはによって止められていた。なのはにはメディカル・プライムとの独自のパイプがあり、「公式の調査で相手を硬化させるより、そこから聞いたほうが
よい」との判断であった。
まだ向こうとは通信していないが、なのは自身は恩人≠ナあるあの企業を疑いたくなく、少女が人造であるとはっきりするまでは聞かないつもり
だった。
閑話休題。
アイくんは寝ている少女が心配なのか「キューッ」と鳴きながら張りついた。
そんなアイくんのぬくもりを感じたのだろうか?少女が口を開いた。
「ママ・・・」
だが意識が戻ったわけではなく、目を閉じたまま手が宙をさまよっている。なのははそんな少女の手を握り、
「大丈夫、ここにいるよ」
と呼び掛ける。
すると少女の腕の力は抜け、また眠りの底に沈んでいった。しかしその少女の顔は、なのは達が入ってくる前よりいくぶんか微笑んで見えた。
―――――
以上、投下終了です。
レポートとかリアルが大変ですが、頑張ります。
ではでは(^^)ノシ
乙!
しかし、ここもすでに過疎化してしまったなあ。
かつての全盛期の勢いが懐かしいよ。
GJ!
これはあの展開が来るな。
シレンヤさん、お気遣いありがとうございます。
みなさんお久しぶりです。ようやく治りましたので、本日23時よりリリカル陰陽師StrikerS第五話を投下します。
それでは、時間になりましたので投下開始します。
第五話 優しき声を抱きしめろ
なのはは縁側で夕暮れを眺めていた。白に花の模様が描かれた華やかな浴衣を着ている。なのはに寄り掛かってヴィヴィオが眠っている。ヴィヴィオもなのはの物とよく似た浴衣を着ている。
蚊取り線香の煙が風に揺られてたなびく。近くに森があるので、虫が多いのだ。夕方になって暑さもだいぶ薄れたが、まだ少し蒸し暑い。
なのはヴィヴィオを起こさないように小声で、ミッドチルダとの通信画面を開く。
「フェイトちゃん、そっちの様子はどう?」
『それが変なの。ガジェットの出現率がどんどん減ってる。それに新しいレリックもほとんど運ばれてきていないみたい』
「じゃあ、やっぱり」
『うん。スカリエッティは多分その世界にいる』
先日の戦闘報告書はすでに六課の本部に送ってある。ナンバーズまでいるとなれば、ほぼ間違いない。スカリエッティの現在の目的は、昌浩や十二神将の調査なのだろう。
スバルが、過去に保護された戦闘機人だったことには驚いたが、特に問題なくみんな受け入れている。ティアナは前から知っていたので、黙っていたことを平謝りしていたが。
フェイトが思案顔になる。
『私もそっちに行った方がいいかな?』
「ううん。敵がいつミッドチルダに戻るかわからない。フェイトちゃんはそっちをお願い。それにもしかしたら……」
「フェイトママ?」
ヴィヴィオが目をこすりながら起き上がる。小声だったのに、フェイトの声に反応したらしい。
仕事の話はここまでのようだ。
『久しぶりだね、ヴィヴィオ。元気だった?』
「うん。フェイトママは?」
『私も元気だよ』
会話ができて嬉しいのだろう。フェイトが優しい笑顔をヴィヴィオに向ける。しばらくそっとしておこうと、なのはは席を外した。
「ちょっといいか?」
真紅の浴衣を着たヴィータがやってくる。
「ティアナのこと、気づいてるか?」
「うん。ちょっとまずいね」
表情こそ変わらないが、なのはの言葉からは苦悩が感じられた。
ティアナは最初から昌浩を敵視していた。ただライバル視しているのだろうと、問題に思わなかった。むしろ、いい刺激になるのではと歓迎していたくらいだ。
「まさか、こんなことになるなんてな」
「昌浩君が、あそこまで成長してるなんて想定外だからね」
なのはも、昌浩をティアナと同じセンターガードに分類しただろう。しかし、二人の適性はまるで正反対だ。
多彩な攻撃手段を有し、敵の情報を分析、作戦を立てることが得意なティアナは、チームの核として行動してこそ、最大の力を発揮する。
それに対し、昌浩の最大の武器は直感だ。
陰陽師は独自の修行法で、直感を鍛えることができる。任意で使える力ではないが、時として発揮される直感は、未来予知や千里眼のような、己の知覚をはるかに超越する結果を指し示す。さらに昌浩は神の力を借りて、術の威力を底上げできる。
直感を頼りに力押しで戦う昌浩。フロントアタッカー寄りのセンターガードとでも言うべきポジションだ。
知恵のティアナと力の昌浩。真逆の適正なのに、ティアナは昌浩に自分の理想とする戦い方を重ねている。
「事故が起きてからじゃ遅いしね」
こういうことは口で言っても伝わらない。自分で悟るしかないのだが、このままではティアナがまた無茶をしそうだ。
将棋を指していて、席を離れている間に、相手が二手も三手も先に進めていたような心境だった。事態が悪くなっているのに、解決策が思いつかない。
なのはも昌浩を認めているが、単純な戦闘の才能ではティアナの方が上だと思っている。ティアナが己の長所をもっと磨けば、数段格上の相手に勝利することも容易だろうに。
これも直接言っても伝わらないどころか、ただ慰めているだけだと取るだろう。
ティアナの向上心は素晴らしいが、あの思い詰める癖は、なのはたちも手を焼いている。
「こういう時は二人を引き離した方がいいんだけど……」
この状況ではそれも無理だろう。
本音を言えば、なのはは昌浩の勧誘に、はやてほど熱心ではない。
確かに部隊設立当初に、昌浩たちがいてくれれば初動は楽だっただろう。しかし、その時期はとうに過ぎた。
新人たちはまだまだ危なっかしいが、それなりに実力をつけてきた。よほどの危機的状況にならない限り、現在のフォワード部隊で戦っていける自信が、なのはにはある。
今から昌浩が六課に参加したら、せっかく軌道に乗り出した訓練からチーム分けまで、一からやり直しだ。徹夜を三日は覚悟しないといけないだろう。その手間を考えるだけで頭が痛い。
これは部隊全体のことを考えているはやてと、新人たちの成長をつぶさに観察しているなのはとの立場の違いだった。
人間、どうしたところで木を見れば森が見えず、森を見れば木が見えないものだ。
もっとも、なのはにしても、今回の任務は渡りに船だったのだが……。
「お待たせしました」
青い浴衣を着スバルと黄色い浴衣を着たティアナがやってくる。なのはは思考を中断した。
「おい、あんまり動くと浴衣が乱れるぞ」
「あ、すいません」
ヴィータに注意され、スバルが歩調を緩める。
今日は近くの神社で盆踊り大会が開催される。はやての命令で、全員強制参加となったのだ。
これだけの浴衣をよく用意できたものだが、昌浩の母親が頑張ってくれたらしい。安倍邸に取ってあった浴衣をそれぞれの丈に合わせてくれたのだ。
「ところで、どういうお祭りなんですか?」
「お盆って言ってね。ご先祖様の霊が帰ってくる日って言われてるんだ」
「ご先祖様?」
「死んだ人って言った方がわかりやすいかな」
「馬鹿馬鹿しい。死んだ人は帰ってきたりなんかしないのに」
ティアナは誰にも聞こえないように小声で呟いた。
「準備はええな」
黒地に金魚をあしらった浴衣を着たはやて。その横には、薄紅色の浴衣を着たシグナムと若草色の浴衣を着たシャマルが控えている。
「おい、リイン。お前も行くのか?」
もっくんがやってくる。後ろに渋い緑色の浴衣を着た昌浩を連れている。
「はいです。私も行きますです」
リインは水色の浴衣を着ていた。普段と違い、子どもくらいのサイズになっている。
ティアナは視線を感じて、そちらを向いた。
「何よ?」
「いえ、別に」
ティアナをじっと見ていた昌浩が目をそらす。模擬戦以来、昌浩もティアナに苦手意識を持つようになってしまった。仲直りしたと思った矢先に首を絞められれば当たり前だが。
「さ、行くでー」
はやての号令のもと、一行は神社に向けて出発した。
提灯に照らされて、神社は幻想的な赤い光に包まれていた。祭囃子(まつりばやし)が気分を盛り上げる。
「こんなことしてていいのかな?」
「敵の狙いはどうせ私ら、と言うより昌浩君や。警護さえしっかりしてれば、少しぐらい息抜きしたって構へん」
昌浩の浴衣の下には大量の護符が隠されている。ディープダイバーは魔力防御のある相手には効果がないようなので、これで前回のようにさらわれる心配はない。
地道な捜査で、徐々に捜索範囲の絞り込みは行えている。順調と言ってもいいだろう。
「ヴィータ。迷子になるといけないから」
「子供扱いすんじゃねえ!」
手を差し伸べる昌浩にヴィータが怒鳴り返す。しかし、手はしっかりとつないでいた。
「ええで。ええで。その調子でしっかり昌浩君のハートをつかむんや」
はやてが拳を握りしめる。
スバルとティアナはやや後方でそれを眺めていた。いつも明るいスバルがやけに沈んだ顔をしている。
「どうしたのよ?」
「いや、昌浩君とヴィータ副隊長、いい感じだなって」
「はっ?」
「シグナム副隊長も六合さんといつも一緒だし」
「いや、あんた、一片道場覗いてきなさいよ」
シグナムと六合はよく道場で稽古をしている。しかし、二人の気迫は実戦さながらで、ティアナはとても近づくことができなかった。色恋など甘酸っぱい要素の入る余地など微塵もない。
それに六合とだけいつも一緒にいるわけでもない。シグナムの稽古の相手は、六合、勾陣、朱雀の三人が交代で行っているようだった。
「あーあ。落ち込むなあ。エリオとキャロもこの前デートしてたし、なのはさんもユーノさんといい雰囲気だったし。恋人いないのが、私だけみたい」
「フェイト隊長は?」
「なのはさんがいるじゃない」
「言ってること、おかしいからね?」
なのはの相手はユーノではなかったのか。
「それに、私はどうなるのよ」
ティアナが言うと、スバルはますますむくれた顔になる。
「私知ってるんだからね。最近、ヴァイス陸曹とよく話してるの」
「違う。違う。ヴァイス陸曹とはそんなんじゃないから」
「この前、ヴァイス陸曹の経歴調べてたくせに。いーよねー。バイク貸してもらったり、アドバイスしてくれたり、頼れる先輩って感じで」
慌てて否定するが、ティアナの顔が少し赤くなっている。まったく変なところだけ目ざとい。
「置いてっちゃうですよー」
皆、随分先に行っている。リインに促され、二人は慌てて後を追った。
一行は参道を進んだ。
スバルは、綿あめやたこ焼きなど、両手いっぱいに食べ物を抱えている。さっきまで落ち込んでいたのに、笑顔全開で食べ続けている。
一番、はしゃいでいたのはヴィヴィオだった。出店を片っ端から覗いている。温かく見守っているなのはは、本当に母親のようだ。
広場には櫓が組まれ、楽器の音色に合わせて大勢の人たちが踊っている。
「行くで、シグナム、シャマル」
「わ、私もですか?」
はやてたちが早速踊りの列に加わる。はやてとシャマルは楽しげだが、シグナムは少し恥ずかしそうにしていた。
「私も行こうっと」
スバルが遅れて参加する。見よう見真似だが、運動神経がいいスバルはすぐにコツを覚えたようだった。
「元気よね」
「お前はいかねえのか? ティアナ」
「……すいません。そんな気分じゃないので」
「別にいいけど、たまには肩の力を抜かねえとばてちまうぞ」
「わかってはいるんですけど……ね」
ティアナは、ヴィータたちから少し離れた場所で広場を眺めることにした。日はすでに落ちているので、少し涼しくなってきた。
ぼんやりと観察しながら、ティアナは妙なことに気がついた。
昌浩が時折誰もいないのに、人を避けるように体をねじっているのだ。最初は浴衣が慣れないのかと思ったが、昌浩は毎年着ていると言っていたので、それはない。
「ティア、はい、これあげる」
踊りの輪から戻ってきたスバルが、ティアナに丸石のついた首飾りを渡した。スバルも同じ物をしている。
「これは?」
「お守りだって。えへへ、おそろいだね」
「そう、ありがとう」
ティアナは首飾りを受け取り、首から下げた。
「じゃあ、私、もう少し踊ってるから。ティアも楽しんでね」
「そうさせてもらうわ」
踊りの輪に戻るスバルを見送り、ティアナは参道に戻る。
喧騒の中を、ティアナはのんびりと歩いた。一人になるのもたまにはいいものだ。
(にしても、人が増えたわね)
いつの間にか、人数が先ほどの倍くらいに膨らんでいる。ぶつからないように歩くだけで一苦労だ。
その時、ふと背後に気配を感じた。出店を覗くふりをしながら、横目で窺う。
勘違いかと思ったが、一人の男がティアナを尾行していた。
年齢は二十歳くらいか。人込みのせいで顔は判別できない。
敵か、あるいはただの変質者か。まずは正体を見極めねばならない。
味方といつでも通信できるよう準備をしつつ、参道を外れて森へと入る。明りから遠ざかり、周囲の闇が密度を増す。
木々が影を落とす中、ティアナはクロスミラージュを起動させた。周囲に人がいなくなった頃を見計らい、振り向きざま銃口を男に突きつける。
「止まって。言っとくけど、これ当たるとかなり痛いわよ」
男の顔は暗闇でよく見えない。ティアナは油断せずに指示を出す。
「両手を上げて、ゆっくりと前に進んで」
「久しぶり」
ティアナは耳を疑った。それは聞き慣れた声だった。忘れたくても忘れられない大事な人の声。
「嘘」
手が震えて、狙いが定まらない。
月明かりに照らされて、男の顔がティアナの視界に入る。
「兄さん」
それは子どもの頃に死別したはずの兄、ティーダ・ランスターのものだった。
ティアナの兄、ティーダ・ランスターは優秀な時空管理局職員だった。しかし、ティアナが幼い頃に、違法魔導師を追跡中に戦闘になり、犯人に手傷を負わせるも殉職した。
しかし、その死は上司から無意味で役立たずと切って捨てられ、それ以来、ティアナは兄の魔法の有効性を証明するため、兄と同じ執務官を希望している。
その兄と同じ姿をした男が目の前に現れた。
ティアナは混乱しながらも、頭を働かせる。
敵が心理的な揺さぶりをかけてきた可能性はほとんどない。ティアナの過去をスカリエッティがわざわざ調べるとは思えないし、やるとしても、なのはや、はやてを狙った方が効果的だろう。
ティアナの過去を知っているのはスバルや六課の仲間たちだが、彼女らがこんな悪質ないたずらを仕掛けるわけがない。
「こうやって、またお前と話せる日が来るなんて……」
「兄さんは死んだ! 会えるわけがない! あなたは一体誰なのよ!?」
話しかけられるたびに、ティアナの心が揺らぐ。子どもの頃のように、その胸に飛び込んで行きたくなる。
「まったく、昔から変わってないな。思い通りにならないことがあると、そうやって泣き喚いて」
兄の面影を持った男が、懐かしそうにした。
「それ以上、近寄らないで!」
ティアナは引き金に指をかける。しかし、指に力が入らない。
男がティアナの胸元を指差す。そこにはスバルからもらった首飾りがあった。男はそれを外すように伝える。
警戒を解かないまま、ティアナは言われたとおりにする。
首飾りを外した途端、目の前の男が消失した。
「えっ?」
戸惑いながら、首飾りを再びつける。さっきと変わらぬ場所に男は立っていた。
ふと今日がどんな日か思い出す。死者の霊が帰ってくる日。
「その石をつけていると、幽霊が見えるようになるんだ」
「まさか……」
ティアナは参道を見ながら、首飾りを外した。参道を埋めていた人混みがいきなり半分になる。どうやら見えていた人の半分は幽霊だったらしい。
ティアナは首飾りをつけて、男と向き合う。
「じゃあ、本当に……本当に兄さんなの?」
「ああ」
ティーダが記憶と寸分違わぬ微笑みを浮かべる。
「兄さん!!」
ティアナはティーダに駆け寄る。しかし、触れることなくティーダの体を突き抜ける。
「ごめん。さすがに触るのは無理なんだ」
「そんな……せっかく会えたのに」
「ずっとお前に伝えたい言葉があった。ティア、あの日、帰って来れなくてごめんな」
座り込むティアナを、ティーダは包み込むように抱きしめる。こんなに近くにいるのに、触れることも出来なければ、温もりも伝わってこない。
「俺の力が足りなかったばかりに、お前に余計な物を背負わせた」
「そんなことはいい。触れなくていいから、幽霊でいいから、お願いだから、ずっとそばにいて」
ティアナが泣きながら、ティーダにすがる。
「それも無理なんだ。これは神様がくれた今日だけの奇跡だから」
「私は、兄さんさえいれば……他に何もいらない。だから……」
「ティア!」
兄の叱責に、ティアナはびくりと身をすくめる。
「お前には、もう大切な仲間がいるじゃないか」
ティアナの脳裏に、六課のメンバーの顔が次々と浮かんでいく。最後に残ったのは、ずっと一緒に戦ってきた相棒だった。
可能性と才能に満ちあふれていながら、どこか危なっかしい。食べることが大好きで、普段は明るいくせに繊細な心の持ち主。
一緒に戦おうと言ってくれたスバル・ナカジマの姿を思い出す。
「……うん。そうだね」
「わかってくれたか」
「兄さん……体が」
ティーダの体がうっすらと光を放ち始めた。
「ごめん。もう時間みたいだ」
自分のせいで苦しんでいる妹に一言謝りたい。その願いがティーダをここに留めている。その願いが叶った今、ティーダの体は小さな光の球となって少しずつ天に昇っていく。
「待って、兄さん!」
「勝手な兄貴でごめんな。俺のことはいいから、幸せになってくれ」
ティアナの手が必死にティーダをつなぎ止めようとする。ティーダの手もティアナに重なるように動く。しかし、互いの手が触れることはない。
ティーダの体から無数の光が舞い上がっていく。それはまるで蛍の光のようだった。時間が尽きる最後の瞬間まで、何かを遺そうと輝き続ける蛍。
ティーダの瞳から涙が流れる。優しくて強かった兄が見せた初めての涙だった。
「お願い、神様! もうちょっと、もうちょっとだけでいいから!!」
ティアナの絶叫が響く。
「ティア、俺はいつも、いつまでもお前のことを……」
「兄さん!」
二人の祈りも虚しく、ティーダは光の粒子となって空に還っていった。
ティアナは兄が消えた虚空を泣き腫らした目で見上げていた。
参道からは、変わらず楽しげな喧騒と祭囃子が聞こえてくる。
「いるんでしょ?」
ティアナが声をかけると、二か所から同時に音が聞こえた。一人は足元の枯れ枝を踏み、一人は慌てて逃げようとして木にぶつかったらしい。
「出てきなさい」
やがてばつが悪そうに、昌浩とスバルが出てくる。二人とも赤い目をしている。
ティアナはのろのろとしたしぐさで涙を拭う。
「あんたたちは……」
「ごめんなさい! 俺の発案なんです」
昌浩がスバルの前に出て頭を下げる。
「わかってるわよ。それくらい」
ティアナは首飾りの石を握りしめる。こんな不思議な力を持った石が、露店に売っているわけはないし、スバルが手に入れられるわけがない。
レアスキル、見鬼(けんき)の才を昌浩は持っている。読んで字のごとく鬼を見る力なのだが、幽霊や妖怪なども含まれる。
なのはたちのように魔力を持っていれば、妖怪や怨霊など一定以上の力を持ったものは見えるのだが、魔力が微弱な普通の霊などは、見鬼の才を持つ者にしか見えない。
昌浩には、今日の夕方ごろから、ティアナに寄り添うようにしているティーダの霊が見えていた。昌浩はティーダから事情を聞き、願いを叶えるべく宝物庫から、人に見鬼の才を与える出雲石を探してきた。
しかし、直接渡すことができないので、スバルに頼んで渡してもらったのだ。
「…………」
ティアナが無言で昌浩を見つめる。
「ティ、ティア、盗み聞きしたのは謝る。でも、昌浩君はティアの為を思って……」
「それもわかってる」
心配で見に来てくれたことくらい察しが付く。それにほんのかすかだが、昌浩の呪文の詠唱も聞こえていた。少しでもティーダが長くこの世に留まれるよう、力を貸してくれていたのだろう。
「ところで昌浩君、この首飾り、もらっていい? お金なら何年かかっても必ず払うから」
「いいですよ。元々差し上げるつもりでしたし。じい様も許してくれます」
「そう。じゃあ、遠慮なく」
ティアナは昌浩の脇を通り過ぎながら、その肩にそっと手を置いた。
「……ありがとう」
消え入りそうな声でティアナが呟く。
「えっ?」
昌浩が振り向くが、ティアナはすでに参道に戻った後だった。
人込みの中を歩くティアナの後ろから、スバルが追いかけてきた。出雲石の首飾りはつけていない。昌浩に返したようだ。
「ティア」
「今日はもう帰るわ。こんな顔じゃ、さすがに出歩けないしね」
「じゃあ、私も」
「あんたはお祭りを楽しんだらいいでしょ」
「いい。今日はティアの側にいる」
「まったく。お節介なんだから」
ティアナは出雲石を握りしめながら、夜空を見上げる。満天の星がきらめいていた。
この石を持っていれば、いつかまた兄に会えるだろうか。
ティアナは首を振って甘い幻想を打ち消す。ティーダは今日だけの奇跡だと言っていた。おそらく二度目はない。
(兄さん。私はもう大丈夫)
ずっと孤独だと思っていた。でも今は違う。スバルがいる。六課の仲間たちがいる。そして、兄がいつも見守ってくれているから。
ティアナは勢い良く右手を上げた。
「よーし、明日からまた頑張るわよー!」
「おー!」
スバルも元気に追従する。
二人は笑顔で安倍邸までの道を走り続けた。
以上で投下終了です。
これからはまた週一ペースでお送りできると思います。
皆さんも健康には気を付けてくださいね。
本日23時よりリリカル陰陽師StrikerS第六話を投下します。
それでは時間になりましたので、投下開始します。
第六話 秘めたる思いを解き放て
祭りから戻ったザフィーラは、居間でのんびりとくつろいでいた。
なのはたちは、なのはの実家の喫茶店『翠屋』を貸し切ってパーティーをやっている。なのはの家族だけでなく、学生時代の友人のアリサやすずかも来て旧交を温めているはずだ。さぞ賑やかなことだろう。
こんなに心安らぐ時は久しぶりだった。この家には晴明や十二神将たちがいる。守りだけでいえば、六課本部など比べ物にならない。
心強い仲間が大勢いるせいか、はやてたちもいつもより気が抜けているようだ。残ったライトニング分隊には悪いが、この機会に主たちには羽を伸ばして欲しい。
「お、ザフィーラ、こんなところにいたのか」
酒瓶を抱えたもっくんがやってくる。
「晴明から酒をもらってな。よかったら一緒に飲むか?」
「いや、せっかくだが遠慮しておこう」
襲撃される危険があるので、さすがにそこまで羽目は外せない。その点、十二神将は普通の酒ならまず酔わない。
「そうか。だが、一人で飲むのもなんだし、茶でいいから付き合え」
「心得た」
ザフィーラの前に皿が置かれ、ペットボトルから茶がなみなみと注がれる。
もっくんは長い爪を器用に使って、おちょこで酒を飲んでいる。
「せっかく付き合ってもらってるんだ。日頃の憂さはないか? この機会に晴らすといい」
今、この家にいる六課メンバーはザフィーラを除けば、スバルとティアナだけだ。その二人も自室に戻っているので、話を聞かれる心配はない。
「憂さではないのだが……」
ザフィーラが重い口を開いた。
「最近、どんどん扱いがぞんざいになっている気がするのだ」
「それは犬扱いが嫌ということか?」
「いや。守護獣だから、それはいい。もっとなんというか……」
「あー。マスコットのような扱いになっているということか?」
「そうだ」
もっくんにも経験がある。昌浩の扱いがどんどんおざなりになり、危うく十二神将ではなく、ただの防寒用えりまきになりかけたことがある。
「それなら、答えは簡単だ。たまに人間形態になるといい。それだけでグンと待遇が良くなる」
相手が人間と同等の存在だと認識させればいいのだ。
「…………」
しかし、ザフィーラは渋い顔をしている。
「どうした?」
「いや、前から思っていたのだが……昌浩もエリオも、よくあの環境に耐えられるな」
六課フォワード部隊の男女比率は男一人に対して、女七人だ。はやてやリインが参加すれば、さらに差は開く。ロングアーチやバックヤードスタッフには男性もいるが、やはりフォワード部隊で一緒にいることがほとんどだ。
「ザフィーラよ。もしやお前が人間形態にならないのは、男の姿だと居づらいからか?」
「…………」
沈黙が肯定だと告げている。
「ならば、言っておく。昌浩とて、かなり苦労したんだぞ」
小学生の頃、はやてやなのはたちと一緒にいるところを級友に見られ、冷やかされること星の数、喧嘩になること数十回。
昌浩がヴィータと特に仲良くなったのは、幼い容姿のヴィータならば近所の子供の面倒を見ていると言いわけできたせいもある。
ちなみに昌浩をからかった連中を、怒ったヴィータが叩きのめしたことがある。おかげでヴィータは、昌浩のクラスメイトから紅の鉄騎ならぬ、紅の悪鬼の二つ名で恐れられている。
「今、昌浩が平気でいられるのも平常心を保つ修行の賜物だ。後は慣れと諦めだな」
もっくんが目元を覆って涙をこらえる。
そこに勾陣がやってきた。一足早くパーティーから帰ってきたシグナムも後ろにいる。
「酒盛りか?」
「勾か。お前も一緒にやるか?」
「ああ。シグナムはどうする?」
「私も茶でよければ付き合おう」
四人で机を囲む。もっくんは机の上に座っているが、ザフィーラは人間形態になって湯飲みに持ち替えている。慣れるために努力することにしたらしい。
「お前のその姿も久しぶりだな」
シグナムがからかうように告げる。どうやらザフィーラが人間形態を取らない理由を薄々察していたらしい。
「しかし、こうしていると、あの日々を思い出すな」
「私たちには数年前でも、騰蛇たちにとっては千年以上も昔なのだな」
大妖怪窮奇との死闘。先代の昌浩や晴明との出会い、別れ。
ふとシグナムの表情に影が落ちる。
「お前たちは……どうやって」
「シグナム」
ザフィーラが制止する。
それだけでシグナムが何を言おうとしたか、場の全員が理解する。
シグナムたち守護騎士と十二神将はよく似ている。しかし、違うのは、心から慕う主との別れを経験したことがあるかどうかだ。
これまでの闇の書の主は、守護騎士を道具としか扱わなかった。もしかしたら、優しい人もいたのかもしれないが、システムの欠陥で覚えていない。
シグナムは時々怖くなる。はやての死と共に自分たちも消滅できればいいが、もし万が一、生き延びてしまったら、自分たちははやての喪失に耐えられるのだろうか。
十二神将たちは一体どんな心境で、先代の晴明や昌浩を看取ったのか。主との別れをどれだけ経験したのか。
それでも以前と変わらずにいられる十二神将を、シグナムは心から尊敬している。
もっくんが酒を一息に煽りながら言った。
「たいした助言はできんが、ただ受け入れるしかない。こういうことは各自で乗り越えていくしかないんだ」
「そうだな」
もっくんと勾陣が寂しげに眼を閉じる。その胸中にどんな思いが渦巻いているか、シグナムには計り知れない。
「すまない。盛り下げてしまったな」
「気にするな。どうせ、この面子(めんつ)で、そこまで盛り上がるわけないし」
「酒を飲んでいるのか」
そこに十歳くらいの黒髪の少年、玄武が現れた。
「我もいただいていいか?」
「お前は駄目だ」
「何故だ? 騰蛇よ、我も十二神将だぞ」
「見た目を考えろ!」
言い合いを始めるもっくんと玄武に、シグナムは思わず笑みをこぼす。ザフィーラも珍しく肩を震わせていた。
賑やかではなくとも、心温まる時間が過ぎて行った。
スカリエッティの研究所では、陰陽師と十二神将のデータの解析が急ピッチで進められていた。
スカリエッティは陶酔したようにキーボードを叩き続ける。
「素晴らしい。陰陽師の性能も素晴らしいが、特にこの男」
画面に紅蓮の姿が映し出される。
「人間の根源的恐怖を呼び覚ます魔力。まさか私の作ったナンバーズが恐怖を感じるなど、ふふ、まったく想定していなかった」
脇に控えていたトーレが悔しげに歯がみする。
『ですが、これでは今後の作戦行動に支障が出ます』
「わかっているよ、ウーノ。だが、十二神将、人間の想念の具現化。これは私もまだ研究したことのない分野だ。どれだけの可能性を秘めているのか、ああ、考えるだけでわくわくする」
ナンバーズ十二機も全て稼働状態に入った。準備は着々と進行している。
『もう一つ問題があります。聖王の器はどうされるのですか?』
ウーノがヴィヴィオの姿をディスプレイに移す。
安倍邸の守りは強固だ。強力な結界に守られ、昌浩と晴明、十二神将の他に六課のメンバーまで滞在している。ヴィヴィオの護衛には最低でも数名の十二神将が付き、確保に手間取れば、すぐに増援が駆けつけるだろう。
フォワード部隊が出撃すれば手薄になる六課の本部とは大違いだ。
ガジェットとナンバーズすべてをぶつけても突破できるかどうか。
「そちらは地道に隙を窺うしかないな。あるいは思いがけない抜け道が見つかるかもしれないがね」
スカリエッティは不敵に笑った。
自室で、昌浩は陰陽師の勉強をしていた。時刻は夜の十二時。なのはたちもとっくに帰宅している。
窓から星を見ながら、本を読み進める。陰陽師たるもの、占いができなければ話にならない。寝る前に占いの練習をするのが昌浩の日課だった。
「えーと……あれ?」
昌浩は本と占いの道具を見比べ困惑する。
「未来が……読めない?」
「おいおい、星読みは陰陽師の基本だぞ。しっかりしてくれよ、晴明の孫」
「孫言うな!」
からかうもっくんに怒鳴り返しながら、昌浩は首を傾げる。
「おかしいな。昨日までは占えたのに」
「わからないなら、晴明に聞いた方がいいんじゃないか?」
「……いい。もう少し自力で頑張ってみる」
昌浩は唸りながら、本を読みなおす。しかし、その日、占いが結果を示すことはなかった。
同じ頃、晴明も自室で占いの道具を前に唸っていた。
「どうしました、晴明様?」
銀色の長い髪をした優しい風貌の女性、十二神将天(てん)后(こう)が顕現する。
「未来が読めん。どうやら大きく運命が動いているらしい」
不吉な前兆でなければいいのだが。せめて手がかりでもつかめないかと、再び占いの道具と向き合う。
「すいません。少しいいですか?」
その時、扉の向こうから、ためらいがちな声がした。
「入りなさい」
天后が扉を開けると、思い詰めた表情をした、なのはが立っていた。勧められるまま、晴明の前に座る。
「そろそろ来るころだと思っていました。ヴィヴィオ殿の件ですな」
「お見通しなんですね」
「だてに年は取っておりませんよ」
晴明は好々爺然とした笑みを浮かべる。
「なら、話は早いです。ヴィヴィオを引き取っていただけませんか?」
なのはは単刀直入に言った。
ヴィヴィオを今回の任務に同行させたのは、安倍邸が理想的な受け入れ先だと思ったからだ。フェイトもそれには同意している。
晴明も昌浩もその両親も、ヴィヴィオに優しくしてくれるし、十二神将とも相性がいいようだ。ちょくちょく太陰と喧嘩しているが、それも友達だからこそだ。
安全面、経済面ではこれ以上望むべくもないし、もしヴィヴィオが魔法に興味を持っても、ここなら教えてもらえる。
ここしばらくの滞在で、まったく心配はないと確信できた。
「私もフェイトちゃんもできる限りの協力はします。だから、よろしくお願いします」
なのはは深々と頭を下げた。
晴明は無言で扇を閉じたり開いたりしていた。
やがて、
「本当にそれでいいのですかな?」
「考えるまでもないです。私のような人間が預かるより、ずっと幸せになれます」
なのはは即答する。
なのはの仕事は常に危険と隣り合わせだ。いつ死んでもおかしくないし、仕事によっては、いつ帰れるかもわからない。安倍家ならば、優しい誰かが常に見守っていてくれる。
なのはが顔を上げると、晴明と視線が合う。まるで心の奥底まで見通すような深いまなざしだった。
「急いで結論を出す必要はありますまい。ゆっくり考えるといい。もし、ミッドチルダに帰る時までに考えが変わらないようでしたら、その時は、我が家で責任持って預かりましょう」
「ありがとうございます」
これで心のつかえがとれた。なのはは晴れ晴れとした顔で、晴明の部屋を後にした。
以上で投下終了です。
それでは、また来週。
つまんね
>>94 定期的な投下乙!これからも頑張って!
>>95 最近投下する人めっきり減ったからね・・・
全盛期が懐かしい・・・
97 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/24(木) 14:11:53.40 ID:JNlMq0uf
なのはとのび太って早撃ちではどっちが上なの?
本日23時より、リリカル陰陽師StrikerS第七話投下します。
それでは、時間になりましたので、投下開始します。
第七話 儚き炎を救い出せ
ミッドチルダ。深い森の中に、洞窟が口を開けていた。
「ここで間違いないな」
緑の髪をした青年、アコース査察官が魔力で出来た複数の猟犬を従えながら言った。
「では、突入します。ギンガ、エリオ、キャロ、準備はいい?」
軍服風のバリアジャケットを身にまとい、フェイトが突入部隊の面々を見渡す。ライトニング分隊の他にも、地上部隊の精鋭たちが揃っている。
これまでの地道な捜査が実を結び、ついに広域次元犯罪者ジェイル・スカリエッティのアジトを突き止めたのだ。
「作戦開始!」
フェイトたちはスカリエッティのアジトへと乗り込んで行った。
戦いはそれほど時間をかけずに決着した。敵はガジェット・ドローンのみ。どれだけ警戒を厳重にしても、経験を重ねたフェイトたちを撃退するのは不可能だった。
アジトに仕掛けられていた自爆装置には肝を冷やしたが、解除に成功。大量の証拠物件を押収し、人造魔導師素体の実験体たちも救出した。
スカリエッティ本部襲撃の翌日、フェイトとエリオとキャロは安倍邸を訪れていた。
「お久しぶりです。フェイトさん」
「昌浩君、こんにちは。こっちはエリオとキャロ、仲良くしてあげてね」
「よろしくお願いします。昌浩さん」
竜召喚師、キャロがぺこりと頭を下げる。その肩には小さな白銀の竜が乗っている。
「よろしく、キャロちゃん、エリオ君」
昌浩が右手を差し出す。その手をエリオが両手でがっしりとつかんだ。
「昌浩さん。六課に入っていただけるんですよね?」
「えっ?」
エリオの顔が感激に輝いている。
「よかった。これで男一人じゃなくなる」
「エ、エリオ君?」
昌浩が後ずさるが、エリオは手をつかんだまま離さない。
「仲良くしましょうね、昌浩さん」
エリオは感極まって、とうとう泣き出してしまった。
エリオも六課のみんなは大好きだ。しかし、女の子たちのノリに、時折ついていけなかったのだ。心の慰めは、キャロの連れている白銀の竜、フリードリヒのみ。そんな日々からようやく解放される。
エリオの肩に大きな手が置かれた。
筋肉質な体に、褐色の肌。精悍な顔立ちをしているが、狼の耳と尻尾を生やしている。人間形態になったザフィーラだった。
「すまない、エリオ。苦労をかけた」
「ザフィーラぁぁぁ!!」
同じ苦労を抱えた男たちが、一瞬で友情を芽生えさせていた。
「エリオ君。そんなに辛かったの?」
「ご、ごめんね。気づいてあげられなくて」
キャロとフェイトがおろおろとエリオを慰める。
「しもた。同性から攻めるという手があったか」
そして、はやてが聞こえないように舌打ちしていた。
「うわ―。疲れたー」
朝の訓練を終えた昌浩は、庭に大の字に寝そべる。
日頃から晴明や十二神将たちに鍛えられてはいるが、なのはのトレーニングはこなすのがやっとの厳しいものだった。
「エリオ君もみんなもすごいね。毎日こんなハードメニューをこなして」
「昌浩さんの方が凄いですよ。僕たちは毎日しごかれてやっとここまで来たのに、昌浩さんは始めたばかりで、このメニューについてこられるんですから」
「ほら、あんたたち、ちゃんとクールダウンしなさい。体、壊すわよ」
「はい、ティアナさん」
昌浩とエリオがランニングを始める。
ティアナも祭りの一件以来、随分昌浩に優しくなった。目つきや言動は相変わらずきついままだが。
「お疲れ様です。スバルさん」
「ありがとう。太裳さん」
十二神将、太裳が渡すタオルを、スバルが受け取る。ティアナと昌浩の模擬戦以来、スバルたちの世話は太裳に任されていた。太裳なりの罪滅ぼしらしい。
「どうされました?」
走る昌浩を眺めていたスバルに、太裳が話しかける。
「いや、陰陽師っていいなって」
スバルは両腕に装備されたリボルバーナックルを撫でる。左腕のは姉ギンガの物だ。現在、ギンガはミッドチルダで事後処理に追われている。自分が来られない代わりに、これをスバルに届けてくれたのだ。
「私たちの魔法って、ミッド式もベルカ式も、戦闘に特化したものばかりなんですよね」
攻撃魔法は言うに及ばず、回復魔法も兵隊を効率良く運用するための手段でしかない。
「でも、陰陽師の術は、未来を占ったり、病を治したり、祈願したり、一つ一つの効果は薄くても、人の幸せの為に使える術だと思うんです」
ティアナと兄の再会。あんなことはミッドチルダのどんな魔導師にも出来ないだろう。
「では、スバルさんも目指してみますか? 晴明様ならば、きっと喜んで弟子にしてくれますよ」
「……遠慮しておきます」
昌浩の読んでいた膨大な書物を思い出し、スバルの顔が引きつる。
「うらやむ必要はありません。どんな術も使う者の心次第で、人を不幸にも幸福にもするのですから」
陰陽師の術の中には、人を呪うものも多く存在する。人の心の光と闇を司るのが陰陽師だからだ。
「少なくともスバルさんは、人を助けるために魔法を学んでいるのでしょう?」
太裳がスバルの手の上に自分の手を重ねる。
「……はい」
「なら、それでいいではありませんか」
至近距離で太裳が二コリと笑う。
「わ、私、シャワー浴びてきます!」
スバルがダッシュで安倍邸の中に戻っていく。顔が赤く染まっている。
「おい、太裳」
もっくんが太裳の背後に立つ。
「騰蛇。私はスバルさんに何か失礼なことをしたでしょうか?」
「いや、もういい」
一言言ってやろうと思ったが、その気も失せた。もっくんは昌浩が練習を終えるのを待つことにした。
朝の訓練を終えた後、安倍邸の大広間では、隊長たちが集められ、フェイトからの報告を受けていた。
「大手柄やな、フェイトちゃん」
はやては満足顔で、晴明から借りた扇をあおぐ。
「はやてたちが、スカリエッティを引きつけてくれたおかげだよ」
「それは、昌浩君と十二神将のおかげやな」
「でも、喜んでばかりもいられない。時空管理局は大混乱だから」
押収したデータには厳重なプロテクトがかけられていたが、時間をかけて少しずつ解除されている。ところどころ抜けているデータはあるが、事件の全容をつかむのに不足はない。
そこでわかったのは、時空管理局地上本部の事実上のトップ、レジアス・ゲイズ中将が、スカリエッティの協力者と言うことだった。それだけでなく、最高評議会の三人こそが、スカリエッティ事件の黒幕らしいという真実だった。
彼らは正義の名の元、悪事に手を染めていた。例え何人犠牲にしても、より大勢の人が救われるならそれでいいという傲慢な理屈。
しかし、はやてたちには身につまされる話だった。自分たちもいつ同じ轍を踏むかわからない。
現在、彼らは更迭され、時空管理局は伝説の三提督の元、再編成を急いでいる。だが、しばらくは落ち着かないだろう。
「これで後は、スカリエッティを逮捕すれば、事件は解決。どうやら予言は阻止できたようやね」
スカリエッティがこの世界にいるのは間違いないのだ。押収したデータから、他の施設も次々と制圧できている。逃げ場はない。
「でも、気になることがある。聖王の器と聖王の揺りかご」
押収したデータに、幾度も出てくる名称だ。ただし、名称のみで、データはどこにも見当たらない。その警戒心の高さから、おそらくスカリエッティの最終目標だと思われた。
『そっちは僕が話すよ』
「ユーノ君」
通信画面が開き、眼鏡をかけた青年ユーノ・スクライアが顔を出す。無限書庫の司書長だ。背後には巨大な本棚が映っている。画面の隅では、狼の耳と尻尾を持った幼い少女、フェイトの使い魔アルフが手を振っている。
『あまり多くはなかったけど、情報の抽出に成功した。聖王は先史時代の古代ベルカに存在した偉大な王のことだね。そして、これが聖王の揺りかご』
画面に飛行戦艦の見取り図が映し出される。
『聖王を鍵に起動する超巨大質量兵器。もしこれが動き出していたら、時空管理局の全戦力を持っても、破壊できるかどうか。そんな化け物戦艦だ』
表示される詳細な性能に全員が戦慄する。
『それで聖王に関して、興味深い記述があったんだけど』
ユーノはなのはとフェイトを交互に見る。
『聖王は緑と赤の瞳を持っていたらしいんだ』
「まさか?」
二人の脳裏に、ヴィヴィオの姿が浮かんだ。
『確証はないけど、多分ヴィヴィオは聖王のクローンだ』
ヴィヴィオが古代ベルカ時代の人間のクローンだとは知らされていたが、まさかそんなに重要な存在とは思わなかった。
「こっちに来といてよかったー」
はやてが冷や汗を拭う。もしフォワード部隊が不在の時に、スカリエッティ一味に襲撃されていたら、守り切れたか自信がない。
「でもよ、聖王の揺りかごはヴィヴィオがいねぇと起動できねぇんだろ。なら、あたしらがヴィヴィオを守ればいい。それだけだ」
「ヴィータの言う通りや。聖王の揺りかごの発見と破壊は、ミッドチルダの地上部隊に任せるとして、今後はヴィヴィオの護衛を最優先に、スカリエッティ捜索を行う」
「はやてちゃん! 大変よ。魔力反応がこの町に」
シャマルが息せき切って部屋に駆け込んでくる。
「敵か? 数は?」
「反応は二つ。一つは以前戦闘したことがあるわ」
アギト。古代ベルカ式ユニゾンデバイスで、悪魔のような羽と尻尾を持ち、露出の高い恰好をしたリインと同じくらいの背丈の少女。スカリエッティの仲間だ。
「よし、シグナム、ヴィータ、リイン、様子を見てきてくれるか?」
「わかりました。主はやて」
シグナムたちはすぐに出発した。
人気のない裏路地に、敵は潜んでいた。
シグナムとヴィータは用心深く路地を窺う。かすかだが話声がする。かなり切羽詰まっているようだった。ここまで血の臭いが漂ってくる。
シグナムたちは路地に飛び込んだ。
「お前はバッテンチビ!」
「人を変なあだ名で呼ばないでください!」
叫ぶアギトにリインが抗議する。アギトの背後では、ロングコートを着た大柄な男が、壁にもたれかかっていた。男の名はゼスト。血まみれでひどい傷を負っている。
「この際、誰でもいい! 旦那を、旦那を助けてくれ!」
アギトが悲痛な声で叫んだ。
話は今朝にさかのぼる。アギトは仲間の騎士ゼストと召喚魔導師の少女ルーテシアと、スカリエッティの研究所に呼び出された。
出迎えたのは、スカリエッティと十一機のナンバーズだった。
「状況はおおよそ把握している。どうやら尻に火がついたようだな。スカリエッティ」
ゼストが皮肉交じりに言った。一応、協力関係にはあるが、ゼストもアギトもスカリエッティを毛嫌いしている。
「これで後は、スカリエッティを逮捕すれば、事件は解決。どうやら予言は阻止できたようやね」
スカリエッティがこの世界にいるのは間違いないのだ。押収したデータから、他の施設も次々と制圧できている。逃げ場はない。
「でも、気になることがある。聖王の器と聖王の揺りかご」
押収したデータに、幾度も出てくる名称だ。ただし、名称のみで、データはどこにも見当たらない。その警戒心の高さから、おそらくスカリエッティの最終目標だと思われた。
『そっちは僕が話すよ』
「ユーノ君」
通信画面が開き、眼鏡をかけた青年ユーノ・スクライアが顔を出す。無限書庫の司書長だ。背後には巨大な本棚が映っている。画面の隅では、狼の耳と尻尾を持った幼い少女、フェイトの使い魔アルフが手を振っている。
『あまり多くはなかったけど、情報の抽出に成功した。聖王は先史時代の古代ベルカに存在した偉大な王のことだね。そして、これが聖王の揺りかご』
画面に飛行戦艦の見取り図が映し出される。
『聖王を鍵に起動する超巨大質量兵器。もしこれが動き出していたら、時空管理局の全戦力を持っても、破壊できるかどうか。そんな化け物戦艦だ』
表示される詳細な性能に全員が戦慄する。
『それで聖王に関して、興味深い記述があったんだけど』
ユーノはなのはとフェイトを交互に見る。
『聖王は緑と赤の瞳を持っていたらしいんだ』
「まさか?」
二人の脳裏に、ヴィヴィオの姿が浮かんだ。
『確証はないけど、多分ヴィヴィオは聖王のクローンだ』
ヴィヴィオが古代ベルカ時代の人間のクローンだとは知らされていたが、まさかそんなに重要な存在とは思わなかった。
「こっちに来といてよかったー」
はやてが冷や汗を拭う。もしフォワード部隊が不在の時に、スカリエッティ一味に襲撃されていたら、守り切れたか自信がない。
「でもよ、聖王の揺りかごはヴィヴィオがいねぇと起動できねぇんだろ。なら、あたしらがヴィヴィオを守ればいい。それだけだ」
「ヴィータの言う通りや。聖王の揺りかごの発見と破壊は、ミッドチルダの地上部隊に任せるとして、今後はヴィヴィオの護衛を最優先に、スカリエッティ捜索を行う」
「はやてちゃん! 大変よ。魔力反応がこの町に」
シャマルが息せき切って部屋に駆け込んでくる。
「敵か? 数は?」
「反応は二つ。一つは以前戦闘したことがあるわ」
アギト。古代ベルカ式ユニゾンデバイスで、悪魔のような羽と尻尾を持ち、露出の高い恰好をしたリインと同じくらいの背丈の少女。スカリエッティの仲間だ。
「よし、シグナム、ヴィータ、リイン、様子を見てきてくれるか?」
「わかりました。主はやて」
シグナムたちはすぐに出発した。
人気のない裏路地に、敵は潜んでいた。
シグナムとヴィータは用心深く路地を窺う。かすかだが話声がする。かなり切羽詰まっているようだった。ここまで血の臭いが漂ってくる。
シグナムたちは路地に飛び込んだ。
「お前はバッテンチビ!」
「人を変なあだ名で呼ばないでください!」
叫ぶアギトにリインが抗議する。アギトの背後では、ロングコートを着た大柄な男が、壁にもたれかかっていた。男の名はゼスト。血まみれでひどい傷を負っている。
「この際、誰でもいい! 旦那を、旦那を助けてくれ!」
アギトが悲痛な声で叫んだ。
話は今朝にさかのぼる。アギトは仲間の騎士ゼストと召喚魔導師の少女ルーテシアと、スカリエッティの研究所に呼び出された。
出迎えたのは、スカリエッティと十一機のナンバーズだった。
「状況はおおよそ把握している。どうやら尻に火がついたようだな。スカリエッティ」
ゼストが皮肉交じりに言った。一応、協力関係にはあるが、ゼストもアギトもスカリエッティを毛嫌いしている。
「情けない話だが、全くその通りだ。劣勢を挽回したいが、戦力が少々足りなくてね。協力してもらえると助かる」
ゼストは眉を潜める。言葉とは裏腹に、スカリエッティからは余裕が感じられる。
「俺たちがここに来たのは、こちらも聞きたいことがあったからだ」
ゼストたちがスカリエッティに協力していた目的の一つは、ルーテシアの母親だった。
彼女の母親は人造魔導師素体で昏睡状態にあり、特定のレリックがないと目覚めないという話だった。
「どういうことだ? 時空管理局に保護された人造魔導師素体たちは治療を受ければ、レリックなしでも回復する見込みがあると言っているぞ」
現在の混乱した時空管理局から情報を調べるなど、ゼストにしてみれば朝飯前だ。
「ドクター。私たちを騙していたの?」
ルーテシアが悲しげにスカリエッティを見上げる。
「それは誤解だよ、ルーテシア。君の母親を目覚めさせるには、レリックを使うのが一番確実だったんだ」
「ふん。だが、ルーテシアの母親は、時空管理局に保護されてしまった。今の貴様がそれを奪回できるとは、とても思えん。悪いが協力はできんな」
「ガジェットの七割は、すでにこちらに移送済みだ。それでは不服かい?」
「あんなクズ鉄に何ができる。俺は、俺の目的を果たしに行く」
ゼストは一度死に、人造魔導師として蘇った。彼の目的は、かつての友レジアス・ゲイズに会い、自らの死の真相を知ること。時空管理局が混乱している今が、レジアスに会う絶好のチャンスだった。
「そうか。残念だよ。クアットロ」
スカリエッティの指示を受けて、大きな丸眼鏡をかけてケープを羽織ったナンバーズ、クアットロが手もとのコンソールを操作する。
「きゃあああああああ!!」
「ルーテシア!?」
突如、悲鳴を上げたルーテシアに、ゼストが駆け寄る。
その前にトーレが滑り込んだ。トーレの一撃をゼストは槍で受け止める。
「ルーテシアに何をした!?」
「何、ちょっと協力的になってもらっただけさ」
ルーテシアはふらふらとした足取りで、スカリエッティの元に歩いていく。その目はうつろで正気ではない。
ルーテシアのデバイス、アスクレピオスはスカリエッティの作った物。洗脳できるよう仕掛けがしてあったのだ。
「アギト!」
ゼストの合図で、アギトがゼストとユニゾンする。ゼストの髪が金色に変わる。
「おや、たった一人で我々と戦うつもりかい?」
スカリエッティが嘲笑う。
「だが、君と戦って、貴重な戦力を消費するわけにはいかないんだ。ああ、お帰り、ドゥーエ」
ゼストの背中から鮮血が吹き出す。
振り返ると、長い金属製の爪ピアッシングネイルを右手にはめた蟲惑的な女が立っていた。女は爪についた血を舌で舐めとる。
それと同時に、正面のナンバーズたちが武器を構える。一斉射撃がゼストに襲いかかる。
ゼストは即座にフルドライブを発動。はるか後方に退避する。
「逃がしません」
ゼストの懐に、ドゥーエが飛び込んでくる。刃がゼストの体を逆袈裟に切り上げる。
『旦那!』
「撤退するぞ、アギト!」
槍でドゥーエを弾き飛ばし、ゼストは研究所から命からがら逃げ出した。
「追跡しますか?」
「放っておけ。もはや何もできん。それにこの研究所の役目も終わった」
「ドゥーエお姉さま!」
「久しぶりね、クアットロ、みんな。それから初めまして新しい妹たち」
ドゥーエはクアットロを抱きしめ、ナンバーズたちを幸せそうに見渡す。ついにすべてのナンバーズが集結した。
「ドゥーエ。長い潜入任務ご苦労。すまなかったね。君の任務の大半を無駄にしてしまったのは、私の落ち度だ」
「いいえ。ドクターの夢が叶うなら、それで十分です」
「ありがとう。さあ、準備は整った。最終ステージを始めるとしよう!」
スカリエッティが両手を広げ、堂々と宣言した。
ゼストとアギトは安倍邸に保護された。
ゼストは重症だったが、シャマルの回復魔法によってどうにか一命を取り留めた。意識はまだ戻っていない。
はやては、大広場に集められた昌浩ともっくん、六課のフォワード部隊を見渡す。
「アギトからの情報で、ついにスカリエッティの所在が判明した。ヴィヴィオの護衛は晴明さんと他の十二神将に任せ、私らは全員でスカリエッティ逮捕に向かう。それでは……」
その時、緊急コールが鳴り響いた。
「もう、誰や、この忙しい時に。ちょっと待っとって」
興を削がれて、はやては不満顔で、隣の部屋に行った。
「うっ」
突然、昌浩が頭を押さえてうずくまる。
「どうしたの? 気分が悪いの?」
隣に座っていたスバルが心配そうに肩を揺する。
「……待って」
昌浩の脳裏に幾つもの光景が浮かぶ。この感覚は前に経験したことがある。直感が未来を指し示す時のものだ。
「なんやて!?」
悲鳴のような叫びが、隣の部屋から響く。
「「海鳴市が滅ぶ!?」」
昌浩とはやてが口にしたのは、まったく同じ言葉だった。
以上で投下終了です。
ミスって101と102に同じものを投下してしまいました。読むときにはご注意ください。
厳しい評価もあるようですが、精進します。
それでは、また来週。
本日23時より、リリカル陰陽師StrikerS第八話投下します。
それでは時間になりましたので投下開始します。
第八話 望まぬ運命(さだめ)を覆せ
「大変や、みんな。今騎士カリムから連絡があった」
はやてが隣の部屋から戻ってくる。
騎士カリムは聖王教会に所属する六課の後見人の一人だ。彼女のレアスキルは未来を予知することができる。
「新たな予言や。この町が滅ぶかもしれへん」
「俺も同じ未来が見えました」
昌浩が立ち上がる。見覚えのある家屋が次々と倒壊していく不吉な未来だった。最後には焼け野原になってしまった。
「二人の予知した未来がまったく一緒。こうなるとほとんど確実だね」
フェイトが緊迫した面持ちで唸る。
「しかし、敵はどうやってこの町を破壊する?」
敵の戦力はガジェット・ドローンとナンバーズ。強敵だが、現在の戦力で負けるとも思えない。
その時、部屋が激しく揺れた。地震かと思ったが、少し様子が違う。
『ごきげんよう、諸君』
新しい通信画面が開き、白衣を着た男が映る。
「ジェイル・スカリエッティ」
フェイトが憎しみをこめた眼で男を睨む。
「あれが……」
『君たちはなかなかよく頑張った。おかげでこちらの計画には大幅な狂いが生じてしまった』
「へっ。泣き言でもいいに来たのか」
ヴィータが挑発する。
『いや。感謝を言いたくてね。君たちのおかげで、私は新たな力を手に入れられた』
振動がさらに強くなっていく。大地から巨大な何かがせり上がってくるような振動だった。
『ところで君たち、不思議に思ったことはないかね。ジュエルシードに闇の書。過去、この町には、強力なロストロギアがいくつも流れついた。これがただの偶然だと思うかい?』
スカリエッティは勝利を確信した恍惚とした笑みを浮かべた。
『すべてはこの偉大な力に引き寄せられたのだ!!』
映像が切り替わり、海の底が映し出される。巨大なカブトムシのような化け物が何匹も集まり、海底を隆起させていた。ルーテシアの召喚獣、地雷王だ。
海底から現れた物を見て、なのはたちは息をのむ。
白く鋭角的な形。一緒に移っている地雷王がけし粒に見えるほどの巨体。
「聖王の揺りかご」
古代ベルカにおいて、聖王の揺りかごはミッドチルダに墜落したのではない。最後の力で次元転移を行い、ミッドチルダから遠く離れたこの地球、海鳴市が面した海の底へと没していたのだ。
「なんでや? 何で聖王の揺りかごが? ヴィヴィオはここにおるのに!」
はやてが机を拳で叩く。聖王の揺りかごがこの海鳴市にあったのも誤算だが、敵がどうやって起動させたかがわからない。
『どうやって聖王の揺りかごを動かしているか? それは私からの宿題だ。存分に悩みたまえ』
「どこまでも人を馬鹿にして」
『聖王の揺りかごが地上に出るまで、まだ一時間の猶予がある。この町を焼き払った後は、時空管理局地上本局だ。止められるものなら止めてみたまえ!』
哄笑を残し、スカリエッティとの通信が途絶える。
「もっくん!」
「わかってる!」
昌浩ともっくんが晴明の元へと走る。すぐに町中の住民を避難させなければ。それに情報管制も必要だろう。それらの手配を晴明にしてもらわないといけない。
「なのはちゃん、フェイトちゃん、増援の手配急いで! フォワード部隊は待機。いつでも出れるようにしといて」
「了解」
「これが聖王の揺りかごの詳細なデータだ。全員、頭に叩き込んでおけ」
シグナムが厳しく言い放つ。隊長たちの顔から完全に余裕が消えている。誰もが不安を抱えた最悪の一時間が始まろうとしていた。
時間は刻々と過ぎていく。どうにか増援の手配が整ったのは、三十分を回った頃だった。
「そんな……」
はやては通信画面を前に、力なくへたり込む。
フェイトの義兄、クロノ提督からの知らせでは、回せるのは時空管理局の艦隊の四分の一のみ。到着はどんなに急いでも翌朝以降。この町が滅ぶには十分な時間だ。
晴明の手配で、住民の避難は迅速に行われているが、一時間ですべての住民の脱出など不可能だ。
「せめて艦隊全部を回すことは?」
『スカリエッティは、同時に時空管理局にも宣戦布告をしているんだ。今は管理局の防衛に専念すべきという意見が根強くて、これ以上は無理だ』
「管理外世界はどうなってもええと!?」
食ってかかるはやてに、クロノは沈黙する。
クロノとて、なのはやフェイトと出会ったあの町を守りたい。だが、時期が悪すぎた。
時空管理局が万全な状態ならば、聖王の揺りかごの危険性を説き、全艦隊を差し向けることもできたかもしれない。しかし、最高評議会を失い、指揮系統が混乱した今の状態では、むしろ四分の一もよくそろえられたものだと言わざるをえない。
『六課の隊長たちの能力限定はすべて解除した。僕たちに出来るのはここまでだ』
現在のメンバーだけで、翌朝まで聖王の揺りかごの攻撃から、町を守らないといけない。仮にそれができたとして、やってくるのは艦隊の四分の一。聖王の揺りかごを破壊するどころか、返り討ちにあう公算の方が高い。
『はやて。悔しいのはわかるが、ここは諦めて撤退を……』
「クロノ提督。それ以上言ったら……殺すで?」
氷のような冷たい眼差しがクロノを射すくめる。はやてが初めて見せた本気の怒りだった。
『すまない。勝手な願いだとは思うが、みんな、生き残ってくれ』
通信画面が閉じる。万策は尽きた。
「はやてさん。ここにいたんですね。増援はどうなりました?」
駆け寄ってきた昌浩が、憔悴したはやての様子に戸惑う。
「すまんなぁ、昌浩君。増援は明日の朝やって」
「それじゃあ、とても……」
「せや。全部私のせいや」
はやてが、この世界にやってきた主な理由は、昌浩たちの勧誘だった。
おそらく最初の模擬戦で、スカリエッティは昌浩と十二神将に興味を持ったのだろう。それを知りながら、アジト捜索の間の陽動になると利用した。
スカリエッティにとっては、取るに足りない少年と町のはずだった。その認識を変えさせたのは、はやてだ。
最初に昌浩を勧誘できていれば、もしくは昌浩の勧誘をすっぱり諦めていれば、こんな結果にはならなかった。
仮に聖王の揺りかごが起動したとして、一直線に時空管理局を目指したはずだし、時空管理局の魔導師が力を合わせれば、勝算はあった。
守るために、この仕事を選んだはずなのに、大切な人と故郷をもっと大きな危険にさらしてしまった。
「……まさか、はやてさん。俺に?」
ふと昌浩の頭に閃くものがあった。はやてがあれだけしつこく昌浩を勧誘していた理由に、ようやく思い当たったのだ。
「……私らの世界で予言があった。陸士部隊の全滅と管理局システムが崩壊するってな。六課はそれを阻止する為に設立した組織や。でも、その予言、真に受けてくれる人があんまりおらんでな。今の戦力を集めるのが、やっとやった」
はやては立ち上がり、力なく笑う。
「昌浩君と十二神将に手伝って欲しかったんよ」
昌浩はその場に立ちつくした。口の中が異様に乾く。それでもどうにか言葉を紡いだ。
「……だったら、最初からそう言ってくれれば」
「機密事項で言えんかった。これ以上、一般人を危険にさらすことはできへん。昌浩君は避難して。今からでも、昌浩君となのはちゃんの家族くらいならミッドチルダに避難させられる」
「はやてさん!」
部屋に戻ろうとするはやてを、昌浩は腕をつかんで止める。
「これは私の責任や。私の手で落とし前をつける」
「はやてさん!!」
「…………って言えたら、格好いいんやろな……」
はやては泣いていた。うつむき震える手で、昌浩の両手を取る。
「お願いや……助けて」
無茶苦茶なことを言っている自覚はある。誰にもどうにもできないから、困っているというのに。
はやての手から、昌浩の手がすり抜ける。
(ま、当然やな)
これまでわがままばかり言ってきた。愛想をつかされても仕方ない。
はやての頬に、昌浩が両手を当てる。はやてが顔を上げると、目を閉じた昌浩の額と額が合わさる。
「うん。わかった。はやて姉ちゃん」
それは出会ったばかりの頃の呼び名だった。はやてが照れ臭かったので、変えてもらった呼び名。
「俺はね、はやて姉ちゃんのこと、ずっと前から家族だと思っていたよ」
今のしぐさは、昔、昌浩が熱を出した時に、はやてが熱を計った時のものだ。心安らぐしぐさとして、昌浩の記憶に残っていたのだ。
(なんや。これだけでよかったんや)
説明はいらない。たった一言、助けてと言えばよかったのだ。そんな簡単なことに今の今まで気がつかなかった。
時空管理居に入ってからというもの、他人に弱みを見せまいとするばかりで、いつの間にか誰かに頼るということを忘れてしまっていた。
「待ってて、はやて姉ちゃん」
昌浩は晴明の部屋へと向かった。
六課のメンバーは隊長たちの命令で、全員が自室に戻っていた。理由は、隊長たちの不安をスバルたちに伝播させないためだ。
守護騎士たちは自室で車座になって座っていた。
「くそ、情けねぇ」
ヴィータが床を殴りつける。こういう時こそ、隊長たちが部下を安心させてやらないといけないのに、そんな余裕が誰にもない。
「海上には、すでに先発隊が上がっているわ。ガジェットが百機以上、その後もどんどん増え続けている。私たち、勝てるのかしら?」
シャマルが不安そうに言った。
「どちらにせよ。戦うしかない」
「そうだな」
シグナムもザフィーラも厳しい顔のままだ。
「だ、大丈夫ですよ。私たちならきっと勝てます」
リインが声を張り上げるが、体は小刻みに震えている。
聖王の揺りかごの見取り図を投影する。
「聖王の器か動力炉を破壊すれば、揺りかごは止まるはずです」
「あるいはその両方だな」
「ほう、それはいいことを聞いた」
もっくんが前足で扉を開けて入ってくる。
「随分しけた顔をしてるな。いつもの威勢はどうした?」
「けどよ、もっくん。予言が……」
カリムの予言は難解で、解釈のしかたによって意味が変わる。しかし、二人の預言が一致したとなれば、それは確実に起こる未来だ。
「ふざけるな!」
もっくんが声を荒げる。
「お前らはもう忘れたのか。俺たちにとっては千年前でも、お前らにとっては数年前だろうが!」
先代の昌浩には好きな人がいたが、彼女は別の人の元に嫁ぐことが運命で決まっていた。しかし、昌浩のひたむきな思いは、その運命を変えたのだ。
「決まった運命だって変えられる。先代の昌浩は、それを俺たちに教えてくれた。屈するな、抗え、望まぬ運命を覆せ!!」
守護騎士たちの面々に活力が戻ってくる。
「へっ。もっくんの言うとおりだな」
ヴィータたちとて、闇の書に蝕まれた主を助けようと、運命に抗った身だ。弱気になる必要などなかった。
「ヴィータ。もっくん言うな」
「うむ。では、檄をとばしに行くとするか」
守護騎士たちはスバルたちの部屋へと向かった。
「てめえら、準備はできてるか!」
ヴィータが扉を乱暴に開けて部屋に押し入る。
「はい!」
スバルとティアナの部屋に、エリオとキャロもいた。
全員すでにバリアジャケットに着替えていた。それだけでなく、開かれた画面には、敵の予想配置図と進路、これまでに入手したナンバーズの性能などが表示されていた。アギトが提供したルーテシアの詳細なデータもある。
「これは?」
「時間がありましたので、立てられるだけの作戦を立てておきました」
「聖王の揺りかご内部は高濃度のAMFが予想されますが、私の戦闘機人モードなら問題なく動けます。突入部隊は私とティアナが適任だと思います」
ティアナが答え、スバルが後を引き継ぐ。
ヴィータはシグナムと顔を見合わせる。
隊長たちよりも、よほどやるべきことを見据えている。技術では、まだ隊長たちに及ばないが、精神面では向こうの方が上かもしれない。
「お前となのはの指導の賜物だな」
「違えよ。こいつらが凄いんだ」
シグナムに褒められ、ヴィータが鼻をこする。涙がこぼれないように、上を向くしかなかった。
その頃、なのはとフェイトはヴィヴィオの説得に手を焼いていた。
「ママ?」
ヴィヴィオなりに緊迫した空気を感じているのだろう。不安そうに、なのはとフェイトの顔を見上げる。
「大丈夫。なのはママもフェイトママも強いんだから」
「だから、今はわがままを言わないで。ねっ?」
「やだ。私も一緒にいる」
増援の手配をした後、ヴィヴィオだけでも逃がそうとしているのだが、どうしても納得してくれない。ここで別れたら、一生離れ離れになると子ども心に感じているらしい。
「でも、ヴィヴィオ。ママたちと一緒にいると、怖い思いも痛い思いも、いっぱいするかもしれないんだよ。それでもいいの?」
「いい。ママたちと一緒にいる」
子どもに慣れているフェイトもお手上げだ。やりたくはないが、無理やりにでも避難させるしかない。
なのはは困り果てて、ヴィヴィオの顔を見下ろす。その目は不安に揺れていても、信頼に裏打ちされた強いまなざしだった。まるで本当の母親に向けるような。
その目を見ていたら、なのはの中で決意が固まった。
「よし、じゃあ一緒にいようか」
「なのは!?」
なのははフェイトに念話を送る。
(フェイトちゃん。私ようやくわかった。私はこの子のママでいたい)
(でも……)
(私はこの子を守るためなら、どんな敵だって倒してみせる。ママってそういうものでしょ?)
(……もう、しょうがないな)
フェイトは産みの母親であるプレシア・テスタロッサのことを思い出した。彼女は娘を理不尽な事故で失い、取り戻すために、狂気の研究へと没頭して行った。その過程で人工的に生み出されたのが、フェイトだ。
彼女はフェイトを娘の紛いものとして、愛してはくれなかったが、母親の愛情の強さだけは教えてくれた。
(私も守るよ。ヴィヴィオと、どうせ無茶するなのはを)
(む、無茶なんて)
しないと言いかけて黙る。おそらく、なのはの人生でも最大級の無茶をする羽目になるからだ。
なのはとフェイトが両側からヴィヴィオを抱きしめる。
「よし、じゃあ、ママたちの最高の全力全開、行ってみよっか!」
「「おー!」」
なのはの振り上げた手に、フェイトとヴィヴィオが唱和する。
きっと晴明は、なのはの本心に気がついていたのだ。だから、猶予をくれた。
母親に資格なんていらない。子どもを愛して、子どもが愛してくれればいい。後は努力で何とかなる。してみせる。
晴明は占いの道具を広げ、顎を撫でる。
どんな方法で占っても、この町の破滅と出ている。
「どうしたものか」
「じい様!」
昌浩が勢い良く部屋に飛び込んでくる。赤い衣をまとい、持てるだけの護符と道具を持っている。完全武装だ。
「なんじゃ。騒々しい」
「お願いがあって参りました」
昌浩は部屋に入るなり、両手をついて、頭を地面に叩きつける勢いで平伏する。
「十二神将、全部貸して下さい!」
晴明は持っていた扇を取り落とした。
「これはまた大きく出たのう」
「お願いします!」
昌浩は自分の不甲斐なさが許せなかった。
昌浩が目指すのは、最高の陰陽師だ。なのに、すぐそばで助けを求める声に気がつけなかった。あまつさえ、その人は今泣いている。
今からでも遅くない。その涙を止める。その上で、この町を救ってみせる。
「よしんば、わしが許可したとして、お前は十二神将をどう使うつもりじゃ?」
「聖王の揺りかごを破壊します」
昌浩はきっぱりと言った。
増援が到着する明朝まで、戦い抜くことは不可能だ。ならば、今ある力で敵を倒すしかない。
これまで十二神将が、一丸となって戦ったことはない。青龍や天后に至っては、昌浩を主としてまったく認めていない。もし十二神将と六課が、本当の意味で力を合わせることができれば、あるいは奇跡を起こせるかもしれないと昌浩は考えたのだ。
「ふむ。十二神将だけでいいのか?」
「えっ?」
昌浩が顔を上げると、晴明は眠るように目を閉じていた。その横に、二十歳くらいの青年が立っていた。古めかしい白い衣をまとい、長い髪を後頭部で括っている。
離魂の術。晴明が使う奥義の一つ。魂を切り離し実体化させ、全盛期の実力を発揮する技。
「けちなことは言わん。この安倍晴明と、十二神将の力、お前の好きに使うといい!」
晴明の背後に十二神将が続々と顕現する。
「ありがとうございます!」
昌浩は改めて平伏した。
以上で投下終了です。
では、また来週。
本日22時半より、リリカル陰陽師StrikerS第九話投下します。
それでは時間になりましたので、投下開始します。
海に面した高台に、六課メンバーと昌浩、晴明、十二神将が勢ぞろいしていた。アギトもついでに一緒にいる。
「これだけ揃うと、さすがに壮観やな」
メンバーを確認し、はやては感嘆する。
「どうやら、吹っ切れたようですな」
若晴明がはやての隣に並ぶ。
「建前、虚勢、体面。それらは組織を生きてく上で、必要なものです。ですが、それらがいらない相手を見抜く目も、同じくらい必要ですぞ。その人たちを頼ることも」
「はい。勉強になりました」
「おい、お前ら、本当にルールーを助けられるんだろうな」
アギトが口を挟んだ。
戦力差はアギトもおぼろげに理解している。助けるなど無駄な手間を省いて、殺してしまうのではないかと危惧しているのだ。
「安心してええよ。時空管理局は……六課はそんな薄情な組織やあらへん」
時空管理局の薄情さを、重々承知しているはやては言い直した。騎士甲冑をまとい、リインとユニゾンし、戦闘準備は整っている。
ティアナの原案を元に、六課隊長たちと晴明が作戦を立てた。絶望的な状況には変わりないが、光明は見えてきた。
「昌浩君。エリオ。キャロ。任せたよ」
「はい。ルーちゃんは必ず助けます」
強力な召喚魔導師ルーテシアの無力化は作戦の第一段階だ。
その時、海を割って、無数のガジェットを従えた聖王の揺りかごが姿を現した。
「では、まずは私からですな」
晴明が結跏趺坐(けっかふざ)の姿勢を取る。
「この安倍晴明の最大の術をお見せしよう」
晴明を中心に魔力が迸る。
わずかな違和感と共に、虫や鳥の声が途絶える。聖王の揺りかごと敵勢力をまるごと異界に引きずり込んだのだ。
「これで気兼ねする必要はない。全力で戦ってきなさい」
「晴明とヴィヴィオはわしに任せよ。指一本触れさせん」
目を閉じ白い見事なひげを蓄えた老人が、晴明に寄りそう。十二神将、天空。十二神将の長にして、最強の結界能力を誇っている。
「……よろしくお願いします」
天空の威厳に、全員が気圧されていた。
「状況把握の準備も完了。後方の作戦指揮は任せて」
シャマルが無数の画面を空中に表示する。
「前線の指揮は私が取る。それでは機動六課、ええと、それから……」
はやては口ごもる。今回のメンバーを何と呼べばいいのか。
「八神部隊長。我々一同の入隊を許可していただきたいのですが」
昌浩が敬礼を取る。真面目な顔でふざけている。はやては最後の緊張が取れるのを感じながら、昌浩に返礼する。
「許可します。それでは機動六課全員出動!」
はやての号令の元、六課は先発隊のガジェットの集団へと飛び込んで行った。
キャロが召喚した巨大な白銀の龍、フリードリヒが戦場を飛翔する。その背には、キャロと昌浩、もっくんが乗っている。
「サンダーレイジ!」
近寄るガジェットを巨大な槍型デバイス、ストラーダを駆るエリオが撃墜していく。
他の戦場でも、空では六課隊長たちと飛行能力を持つ太陰と白虎が、地上では他の十二神将とスバルたちが戦っている。
ルーテシアの魔力は膨大だ。居場所はすぐに判明した。昌浩たちはまっすぐそちらに向かう。
「昌浩さん。大丈夫ですか?」
ルーテシアの洗脳を解く方法は、説明する時間がなかったので、昌浩に一任されている。
「うん。大丈夫」
言葉とは裏腹に、昌浩は視線を泳がせる。策はあるのだが、その術は得意でも好きでもないのだ。
「おい、ルールーに傷をつけたら、承知しないぞ」
どこに隠れていたのか、アギトが現れ昌浩の髪を引っ張る。
「ええい、騒ぐな。この将来多分きっとおそらく最高の陰陽師になる半人前を信じろ」
「信じられるかー!」
もっくんとアギトがつかみ合いの喧嘩を始める。
「二人とも、そんな場合じゃ」
キャロがおろおろしながら仲裁する。
「見えました!」
エリオの言葉に前方を見る。
ガジェットU型に乗った、紫色の髪をした少女。後ろには巨大なカブトムシのような召喚獣、地雷王を従えている。
「ルールー、目を覚ませ!」
アギトの呼びかけにも、ルーテシアは反応しない。
その時、黒い影が上空からエリオを襲った。
忍者のような姿をした四つ目の黒い召喚獣、ガリューだ。
「エリオ君!」
「こっちは僕に任せて。キャロたちはそっちをお願い」
エリオとガリューが空中で交差する。両者の実力はほぼ互角。すぐにやられる心配はない。
「キャロちゃん。ルーテシアになるべく接近。お願い」
「わかりました」
キャロが手綱を振るうと、フリードが速度を上げる。
ルーテシアに近づくにつれ、ガジェットの攻撃が激しさを増す。
「おい、お前も協力しろ!」
「しょうがねぇ!」
もっくんとアギトが同時に炎を放ち、ガジェットを焼き尽くす。しかし、いくつかの炎がガジェットを素通りする。
「幻覚か!」
もっくんが舌打ちする。
クアットロのISシルバーカーテンは虚像を映し出す。話には聞いていたが、本物と区別がつかない。幻覚も本物も等しく攻撃するしかないので、こちらの消耗を強いる厄介な能力だった。
飛翔するするフリードの前に、召喚虫インゼクトに操られたガジェットV型がまるで壁のように立ち塞がる。
「ブラストレイ!」
「オンアビラウンキャンシャラクタン!」
フリードの炎が、昌浩の術が、正面のガジェットを粉砕する。
ルーテシアの姿がどんどん近づく。
「今だ!」
昌浩がフリードの背を蹴って跳ぶ。魔力を右手に集中させ、ルーテシアの胸に叩きつける。
「縛(ばく)魂(こん)!」
「きゃあああああああ!」
「ルールー!」
ガジェットの背中から落ちる昌浩とルーテシアを、フリードがどうにか空中で受け止める。
「昌浩さん。跳ぶなら跳ぶって一言言って下さい!」
「ごめん。そこまで気が回らなかった」
キャロの文句に、昌浩は謝る。
「おい、ルールー、しっかりしろ!」
アギトが揺さぶると、ルーテシアがうっすらと目を覚ます。
「アギ……ト?」
「正気に戻ったんだな」
アギトはルーテシアの頭に抱きついた。
「よかった。上手く言った」
昌浩はほっと息をつく。
昌浩が使ったのは、縛魂の術。人の魂を縛り、意のままに操る忌むべき術だ。しかし、使い方次第で、他人の洗脳を相殺したり、心の傷を癒したりすることもできる。
昌浩はむしろ嫌いな術なのだが、どんな術でも覚えておくものだ。
「早く召喚獣を止めてください!」
フリードの下では、エリオとガリューが戦ったままだった。
ルーテシアを天空の元に送り届けてすぐナンバーズの反応が出現した。
「次は俺の番だな」
もっくんが準備体操をしながら言った。作戦の第二段階はもっくんの双肩にかかっている。
「頼むぜ。もっくん」
ヴィータがもっくんに声援を送る。
「そっちこそ、晴明の孫を頼んだぞ」
「ああ、晴明の孫は任せておけ」
「孫、言うな!」
もっくんとヴィータが昌浩をからかう。状況が切迫しているからこそ、冗談で気分を和らげるのだ。
「では、行ってくる」
もっくんが単身走り出した。
「おいおい、白いの一人に任せていいのか?」
アギトが首を傾げた。
「心配いらないよ。もっくんは強いから。でも、もしよかったら援護してあげてくれるかな。もっくん一人だと無茶するから」
「……あんたらには旦那とルールーを助けてもらった借りがある。それくらいならお安い御用だ」
アギトがもっくんを追いかける。
もっくんは戦場の端へ端へと移動していた。
やがて海岸沿いの砂浜で、もっくんはナンバーズに囲まれる。
ブーメラン状の武器を構えたセッテ。巨大な盾ライディングボードに乗って飛行するウェンディ。それにチンクとトーレだ。
「大歓迎だな」
もっくんが毛を逆立てる。
「最大の敵を確実に排除する。作戦の基本だ」
トーレが感情を交えぬ声で言った。トーレとて、出来れば一人で戦いたかった。そうでなければ、あの日の屈辱は晴らせない。しかし、命令は絶対だ。
「そうだな。だからこそ、読みやすい」
戦闘機人に恐怖を与える紅蓮を狙うことなど、最初からお見通しだ。だから、もっくんはあえて他の仲間から離れた。そうすれば、敵は陽動とわかっていても応じざるを得ない。
「おい、そこのチビ、怪我をしたくなければ離れていろ」
「チビって言うな。烈火の剣聖、アギト様だ!」
もっくんの全身から炎が噴き上がり、紅蓮に変化する。
紅蓮目がけて、ナイフが投げ放たれた。
「IS発動、ランブルデトネイター!」
ナイフは地面に刺さるなり爆発する。金属を爆発物に変える、チンクの能力だ。
「エリアルキャノン!」
「スローターアームズ!」
ウェンディの砲撃に続いて、セッテがブーメランの動きを操り、不規則な軌道を取らせる。
紅蓮は砲弾を避け、炎蛇でブーメランをからめ捕る。動きの鈍った紅蓮にトーレが追撃をかける。
ナンバーズたちの動きに遅滞はなく、恐怖を抱いてはいないようだった。
「まさか私らが対策を取っていないとでも思ったっスか?」
「我らは恐怖心を抑える薬をドクターより投与されている。もはや貴様など恐れるに足りん!」
ウェンディとトーレの波状攻撃を、紅蓮はぎりぎりで回避する。
「おいおい、偉そうなこと言って、苦戦してんじゃねぇか」
「離れていろ!」
加勢しようとするアギトを制止する。
「どうやら、本気でやれそうだ」
紅蓮が不敵な笑みを浮かべ、額の冠を外す。それまでとは桁違いの、天を衝く巨大な火柱が噴き上がった。
「あ、あれ? 変っスね」
ウェンディは足を止めた。膝が震えて、前に進めない。
「馬鹿な。我らは恐怖心を克服したはず」
チンクも震える腕を抑え込む。
「薬如きで、俺をどうにかできると思ったか? 甘く見られたものだ」
地獄の業火を身にまとい、紅蓮が進み出てくる。額の冠は、紅蓮の強すぎる魔力を封じている。それが外され、真の力が解き放たれた。
「下らん掟には、俺も飽き飽きしていたんだ。これで思う存分楽しめる。さあ、貴様ら、どんな死に方が望みだ?」
まるで力とともに、隠されていた本性が露わになったように、地獄の鬼そのものの形相で紅蓮は笑う。
ウェンディもセッテも及び腰だ。守るようにトーレとチンクが立ちはだかる。
「逃げてもいいぞ。狩りも乙なものだ。一人ずつゆっくり引き裂き、焼き殺してやる」
「怯むな! 敵は一人だ。一斉にかかれば倒せる」
トーレが妹たちを鼓舞する。ここで逃げれば、妹たちは恐慌を起こす。そうなれば、各個撃破される。
「はい!」
セッテが己を奮い立たせる。
ナンバーズ四人が同時に紅蓮に襲いかかる。
「なんてな」
声はまったく別方向からだった。
完全な不意打ちに、なすすべなくチンク、セッテ、ウェンディが昏倒させられる。トーレだけはどうにか避けたが。
「見事な演技だったぞ。騰蛇」
「からかうな。勾」
突如、現れた勾陣に紅蓮は渋面になる。いくら戦闘機人とは言え、年端もいかない女の子たちを怖がらせたとあって、紅蓮はだいぶ傷ついていた。
紅蓮が全魔力を解放したのは、他に注意を向けさせないためだった。紅蓮がナンバーズを脅している間に、隠形した勾陣が接近していたのだ。
「……卑怯な」
「悪いが手段を選んでいる余裕がなくてな」
うめくチンクに、勾陣が悪びれずに答える。チンクはその言葉を最後に気を失う。
「貴様ら!」
トーレの刃、インパルスブレードを紅蓮はかわす。
「勾、後は任せろ」
「いいのか?」
「こいつの執念には付き合ってやらんとな」
紅蓮が半身に構える。
勾陣は倒したナンバーズを一人で担ぎ上げると、その場を去って行った。
「待て!」
「貴様の相手は俺だ!」
トーレの拳と紅蓮の拳が打ち合う。
まっすぐな一撃に、紅蓮は怪訝な顔になる。
「貴様、恐怖を感じていないのか?」
「怖いさ。だが、妹たちを助けるためだ。恐怖になど負けていられるか。ライドインパルス!」
トーレの動きが加速する。手足に発生させたインパルスブレードが、紅蓮の腕を、足を浅く切り裂いていく。
恐怖を克服する方法をトーレは会得した。無理やり抑えつけるのではなく、呑まれるのでもなく、ただ恐怖する自分を受け入れればいい。後は大切な妹たちを守ろうとする強い気持ちが、この身を奮い立たせてくれる。
紅蓮の身体能力は人間を凌駕している。力は向こうの方が上だが、速さはトーレが圧倒している。
「私の勝ちだ!」
しかし、時間が経つにつれ、トーレの攻撃が当たらなくなっていく。
紅蓮が速くなったわけではない。なのに、繰り出す攻撃が次々と空を切る。
「何故だ!?」
「どんなに速く動いても、紙一重で見切れば避けられる」
紅蓮は五感を極限まで研ぎ澄ませていた。トーレの一挙手一投足に目を凝らし、風を切る音に耳を澄ます。
迫る刃を必要最小限の動きでかわしていく。
「そして、どんなに速く動いても、予測できれば対応できる!」
紅蓮の拳が、トーレを捉える。咄嗟に防御したが、体が後方に流れる。
トーレはナンバーズの中で、誰よりも長く戦ってきた。どのナンバーズよりも多彩な攻撃パターンを持っている。しかし、紅蓮とでは経験値の差があり過ぎた。
紅蓮は、攻撃を右に避けるか左に避けるか、あるいは受け流すか。そんなわずかな運動で、相手の攻撃パターンを誘導しているのだ。
「騰蛇ぁぁああああ!」
トーレが全力を込めた体当たりを仕掛ける。体全部を使ったこの攻撃は絶対に避けられない。
「はあぁぁああああ!」
紅蓮の体から魔力の衝撃波が迸り、トーレと激突する。
「貫け、ライドインパルス!」
インパルスブレードが高速で振動し、衝撃波を切り裂いていく。
「うおぉぉぉぉおおおおお!」
衝撃波に打たれ、トーレの全身が悲鳴を上げる。紅蓮の胸板に届く直前、インパルスブレードが粉々に砕け散る。ライドインパルスが停止し、速度が鈍る。
紅蓮はトーレの腕をつかむと、勢いのまま投げ飛ばす。トーレは背中から地面に叩きつけられた。
「がっ!」
衝撃で肺の中の空気が全部吐き出され、四肢から力が抜けていく。
紅蓮は安心したように頬の血を拭う。皮を切られただけだが、紅蓮は血まみれになっていた。
トーレを連行しようとすると、その腕をトーレがつかんだ。
「……妹たちは殺させん」
「驚いたな。まだ意識があるのか」
人間に耐えられる勢いではなかったはずだが、トーレは執念だけで体を動かしていた。
「安心しろ。さっきのは演技だ。俺は誰も殺すつもりはない」
「…………誓うか?」
「我が主、安倍晴明と昌浩の名にかけて誓う。お前の妹たちに、これ以上危害は加えん」
紅蓮の誠実さが伝わったのだろうか。トーレの腕の力が緩んだ。
「……そうか。これで心残りはなくなった。殺せ」
「あのな。俺は誰も殺さないと言ったはずだ。もちろんお前もだ」
紅蓮は過去に何度か掟を破り、人を傷つけ、あまつさえ殺したことがある。あんな嫌な思いは二度とごめんだ。掟がなくとも、紅蓮は誰も殺したりしない。
「……情けをかけるつもりか?」
紅蓮は生真面目なトーレに付き合うのが、段々面倒臭くなってきた。この手の相手が満足しそうな回答を瞬時に組み立てる。
「文句があるなら、もう一度挑戦して来い。俺は逃げも隠れもしない。何度でも叩きのめしてやる」
「…………」
トーレはいつの間にか意識を失っていた。
紅蓮はトーレの体を担ぎ上げると、勾陣の後を追った。
以上で投下終了です。
それではまた。
本日23時より、リリカル陰陽師StrikerS第十話投下します。
それでは時間になりましたので投下開始します。
第十話 悪夢の戦場を生き延びろ
聖王の揺りかご最深部にて、クアットロが小首を傾げる。
「あらら、もう終わり?」
画面には救助されたルーテシアと、連行されていくトーレたちが映っている。
「本当に役に立たない連中ばかり」
ルーテシアを洗脳したのは、海底に埋まっていた聖王の揺りかごを掘り返すためだった。聖王の揺りかごが蘇った今、彼女は用済みだ。最初から使い捨てにするつもりだったが、それにしても早すぎる。
姉妹たちにしても、不甲斐ないの一言に尽きる。
「それにしても、こいつらも正義の味方にあるまじき戦法ばかり取りますわね」
クアットロは画面に映る昌浩を憎々しげに指ではじく。
勾陣の不意打ちももちろんだが、まさか昌浩が洗脳に洗脳をぶつけて相殺してくるとは、予想もしなった。ミッドチルダで使えば、確実に重犯罪者の仲間入りだろう。
「ま、いいですわ。どうせ無駄なあがきですもの」
いくら精鋭ぞろいでも、二十名そこそこで対時空管理局用に用意した戦力を全滅させられるわけがない。
「次は私のターン。まずは弱いところから」
クアットロの前に、晴明たちのいる本陣が映し出される。
本陣は、揺りかごからの断続的な砲撃を、天空、太裳、天一、玄武の張った四つの結界によって防いでいる。しかし、結界の強度には、露骨に差があった。
「ディエチちゃん」
『何、クアットロ?』
クアットロの通信に、聖王の揺りかごの上部で待機していたディエチが応える。巨大な大砲イノ―メスカノンを持ち、長い髪をリボンで括ったナンバーズだ。
「一番左の結界を撃って。あなたのヘヴィバレルなら破壊できるから」
『了解』
画面の向こうで、ディエチはイノーメスカノンを構える。彼女の目には狙撃用に望遠機能が搭載されている。敵に照準を合わせ、ディエチは狼狽する。
「どうしたの?」
『だって、あの子、まだ子供だよ?』
ディエチの目には十歳くらいの黒衣の少年、玄武の姿が映っていた。
「はあ? 何、寝ぼけてるの。あれは十二神将。子どもどころか、人間ですらないわ」
『でも……』
「これは任務よ。撃ちなさい」
『う、うん』
ディエチのISヘヴィバレルが発動し、撃ちだされた砲弾が、玄武の結界を粉砕する。
「よくやったわ。次は……ディエチちゃん?」
ディエチは凍りついたように、自分が撃った玄武を見つめていた。血を流し、苦痛にうめく少年。ディエチは罪の意識にからめ捕られていた。
『よくも玄武を!』
ディエチめがけて敵が接近してくる。ディエチは武器をそちらに向け、敵が五歳くらいの少女、太陰だとわかり咄嗟に銃口を背けた。
太陰の放つ竜巻がディエチを打ち倒す。
クアットロは呆れたように、ため息を漏らす。
「本当に愚かな姉妹ばかり。まあいいわ。ガジェットだけでも十分戦える」
クアットロは眼鏡を放り捨て、結んでいた髪をほどくと、次なる獲物を映し出した。
高速で戦場を駆けるエリオだ。
「どんなに速く動いても、避けられなければ意味がない」
皮肉げにクアットロは紅蓮の口真似をする。
瞬時に大量のガジェットがエリオを包囲する。同士討ちも辞さない全力の一斉射撃がエリオを襲う。
クアットロの指が、流れるようにコンソールの上を走る。次にフリードに乗るキャロが映し出された。
「どんなに竜が強くても、召喚師を倒してしまえば意味がない」
キャロめがけて豪雨のように弾丸が降り注ぐ。
「そーして」
次に映ったのは、シャマルの姿だった。
「回復役から倒すのが、ゲームのセオリーよね」
クアットロは楽しげに舌なめずりする。弱者を蹂躙する喜びにうち震えていた。
「玄武君!」
シャマルが傷ついた玄武に駆け寄る。傷はもちろんだが、魔力ダメージがとにかく酷い。下手をすると命に関わる。
「お願い、クラールヴィント」
シャマルが玄武に癒しの魔法をかける。
しかし、その間、後方の作戦指揮官が不在になった。
「シャマル!」
ザフィーラがシャマルの前に出て、突如飛来した光線を防ぐ。
指揮官不在の隙をついて接近してきた、少年のような外見をしたナンバーズ、オットーが右手を構える。
「IS発動レイストーム」
オットーの手から無数の光線が放たれる。それをザフィーラはバリアで受け止める。
「ザフィーラ!」
「玄武を連れて結界内に退避しろ」
「そうはさせない」
赤い光を発する双剣を構えたナンバーズ、ディードが急接近する。剣が一閃し、シャマルを切り裂き、鮮血が服を赤く染める。
「レイストーム」
容赦ない光線の嵐がザフィーラを襲い、その場に縫いつける。
「ツインブレイズ」
動けないザフィーラの脇にディードが移動し、剣で切り上げる。
「盾の守護獣を舐めるなぁぁあああ!」
ザフィーラが吠える。地面から巨大な棘が生え、ディードの双剣の片方を砕く。それと同時にレイストームがザフィーラを飲み込んだ。
「ディード、大丈夫?」
シャマルとザフィーラの二人を倒し、オットーはディードを無表情のまま気遣う。
「怪我はない。それより次だ」
ディードたちが振り向くと、怒りに燃える朱雀と、厳しい瞳をした天一が立っていた。
「貴様ら、覚悟はできているんだろうな?」
力なく横たわるザフィーラ、シャマル、玄武を見ながら、まるで鉄塊の様に巨大な剣を朱雀は構える。
オットーは無言でレイストームを放ち、天一の結界がそれを受け止める。
朱雀の大剣と、一本だけになったディードのツインブレイズが火花を散らす。朱雀の力任せの一撃に、ディードは逆らわずに後ろに跳ぶ。それと同時に急加速。一息に朱雀の懐に飛び込んだ。
ディードには朱雀の武器が理解できなかった。あれだけ巨大な剣では、小回りが利かない。間合いと威力を重視するにしても、槍など別の武器を使った方が効率がいい。
ディードのツインブレイズが、がら空きになった朱雀の腹に突き出される。
朱雀の剣が炎をまとい変化し、ツインブレイズと同じ大きさになる。朱雀は剣の大きさを自在に変えられるのだ。
小さくなった剣を朱雀は高速で振り下ろす。
ディードがぎりぎりで後ろに下がると、朱雀の剣が再び巨大化し、横薙ぎに払う。受け止めるも勢いに負け、ツインブレイズが手から離れる。
朱雀は神足で走り、ディードの腹部に剣の柄を叩きこむ。
「ディード!」
立ちつくすオットーに朱雀の当て身が炸裂し、二人は意識を刈り取られた。
「天貴(てんき)。みんなの傷の具合はどうだ?」
ナンバーズ二人を倒し、朱雀が愛する天一に呼びかける。天貴とは、朱雀のみに許された天一の愛称だ。
「一命は取り留めていますが、このままではみんな死んでしまいます」
天一は悲しげに顔を振る。
「よせ。天貴」
天一の思惑を察し、朱雀が止める。この状況で皆を助ける方法は一つしかない。しかし、それは朱雀が絶対に許容できない方法だった。
「朱雀。私を信じて」
天一はシャマルに手をかざす。
天一の手から淡い光が放たれ、シャマルの傷がみるみる塞がっていく。それに反比例するように、天一の顔が青ざめていく。
十二神将で唯一の回復の技、移し身の術。相手の傷を自らの体に移す術だ。つまり命に関わる大怪我を移せば、天一の命を危うくする。しかも移し身の術で移した傷は、あらゆる回復魔法を受け付けない。天一が自力で治すしかないのだ。
十二神将は人間よりも頑丈で治癒力も高いが、過去に天一はこの術で何度も死線をさまよった。その度に朱雀は、天一を失う恐怖に苛まれてきたのだ。
だが、天一の心を曲げることも朱雀にはできない。今はただ天一を信じ祈ることしかできない。
シャマルの傷のほとんどを引き受け、天一が倒れる。その体を朱雀が抱き止めた。
シャマルが意識を取り戻す。倒れる天一を見て、おおよその事情を理解する。
「……天一さん」
「シャマル。みんなの治療を頼む。天貴の思いを無駄にしないでくれ」
朱雀の真剣な眼差しに頷き返し、シャマルは治療を開始した。
朱雀がディードたちと戦っている頃、空中ではエリオとキャロに、ガジェットの集中砲火が浴びせられていた。
二か所同時に巨大な爆炎が発生する。
「いやぁぁああああああ! エリオ! キャロ!」
「落ち着け! フェイト!」
恐慌をきたすフェイトを、白虎が叱咤する。
「でも、エリオが! キャロが!」
背中から黒煙を上げながら、フリードが墜落していく。あれだけの火力を防げるバリアをエリオもキャロも持っていない。絶望がフェイトの心を覆う。
「ストラーダ!」
『Sonic Move』
聞き慣れた声が響き、電光が爆炎を突き破る。
「エリオ!」
「来よ、ヴォルテール!」
地面に魔法陣が出現し、巨大な黒き龍が出現する。
「キャロ!」
「フェイトさん。僕たちは絶対に死んだりなんかしません!」
エリオは左半身がぼろぼろになっていた。特に左腕の怪我は酷く、力なく垂れ下がっている。
包囲された瞬間、防御も回避も不可能だと悟り、左腕を犠牲に一点突破を行ったのだ。
「その為の力を、フェイトさんたちからもらいました」
傷だらけのフリードが小さくなり、優しくキャロに抱き止められる。
キャロは、敵の集中攻撃よりわずかに速くフリードの背中から飛び降りたのだ。しかし、すべてを避けられたわけではない。バリアジャケットをところどころ破損し、決して軽くない怪我を負っている。
コンマ一秒遅れていたら、二人とも死んでいた。そんなぎりぎりの状況判断だった。
(二人とも本当に成長したんだ)
フェイトはわずかな感慨に浸る。
ずっと子どもだと思っていた。それなのに、いつの間にか立派な魔導師に成長していた。欲を言えば、もっと平和で穏やかな人生を選んで欲しかった。でも、あの二人は、もう自分で道を選べる。フェイトの手助けは必要ないのだ。
今日が子どもたちの巣立ちの日だった。喜びと寂しさが同時に去来する。
フェイトは決然と顔を上げた。
「二人とも、撤退して。キャロはヴォルテールで、本陣の守備を。白虎さん、シグナム、二人の援護をお願い」
「おう!」
「心得た!」
生き延びはしたが、さすがにこれ以上の戦闘は二人には無理だ。ヴォルテールの手に乗り、エリオとキャロが撤退していく。
矢継ぎ早に味方に指示を下しながら、フェイトはガジェットの群れと戦う。
セインはISディープダイバーを使い、地中を潜行していた。
(あちゃー。間に合わなかったか)
セインの目的は敵のかく乱。敵を倒さずとも、神出鬼没に行動し、敵の戦線を乱す。その途中で、オットーとディードの援護に行こうとしたのだが、敵の強さが予想以上で二人ともあっさりとやられてしまった。
(でも、今がチャンスだよね)
敵の後方はまだ混乱している。畳みかけるなら今しかない。
セインは地中からゆっくりと傷の治療を行うシャマルに近づき、いきなり壁にぶつかった。
(ぷぎゃ)
妙な悲鳴を上げ、セインはぶつけた鼻をさする。
目の前は普通の地面だ。ディープダイバーで透過できないわけがない。
セインの背筋に、得体の知れない悪寒が走る。セインは慌てて地上に逃げた。
「水!?」
地上に出たセインを、水で出来た矛が追いかけてくる。さっきぶつかったのは、水で出来た盾だったのだ。
「見つけましたよ」
十二神将、天后がセインと対峙する。天后は水の矛と盾を操る。水ならば大地の中でも自由に動ける。まさにセインの天敵だった。
「あなたは私が倒します」
天后は戦う力を持つ十二神将の中では最弱だ。だが、この厄介な相手だけは倒してみせる。
「ちっ」
左右から水の矛が、同時にセインを襲う。セインは地中に逃げようとして、踏みとどまる。地中に逃げれば、敵の攻撃が認識できない。ここは走って逃げるしかない。
「波流壁!」
「しまった!」
足を踏み出したセインを、球状の水の結界が捕らえる。
天后はやや不満げに後ろを振り返った。
「玄武。邪魔をしないでください」
「我も見せ場が欲しいのでな」
玄武が横たわったまま、結界を発動させたのだ。全力を使い切った玄武は、今度こそ眠りについた。
勾陣は一人森の中で、ガジェットと戦っていた。
十手によく似た筆架叉(ひっかさ)と呼ばれる武器を両手に構え、ガジェットを切り裂いていく。
「片づいたようだな」
そこに紅蓮がやってきた。
「敵はまだまだいる。早く次の戦場に向かおう」
「ああ、急ごう。勾陣」
勾陣は足を止め、振り向きざま筆架叉を振るう。紅蓮の腕が浅く切り裂かれる。
「気でも狂ったか、勾陣!」
「不勉強だな。騰蛇は私のことを勾と呼ぶのだ」
「……互いの呼び名ね。やっぱり付け焼刃は上手くいかないわ」
紅蓮の喉から女の声が発せられる。その姿がナンバーズ、ドゥーエのものに変化する。ドゥーエのISライアーズマスク、他人に変装する能力だ。
「名は?」
「ドゥーエ」
「二番と言う意味か。奇遇だな。私も十二神将の中で二番目に強い」
「あらそう。それにしても、愛称で呼ぶなんて、あなたたち、もしかしてそういう関係?」
「さて。ご想像にお任せする」
会話の途中で、ドゥーエがピアッシングネイルを突き出す。勾陣が筆架叉で爪を上下から挟みこむ。
「ふっ!」
勾陣が瞬間的に横の力を加え、澄んだ音を立ててピアッシングネイルが砕ける。
「はあぁぁあああ!」
続けて迸った衝撃波が、ドゥーエを吹き飛ばし背後の大木に叩きつける。
「惜しかったな」
勾陣は、脇腹に突き刺さっていたドゥーエの爪を引き抜く。もう少し踏み込まれていたら、危なかった。
ドゥーエの敗因は、トレーニング不足だ。長い潜入任務で体がなまっていたのだろう。万全の状態ならば、結果は変わっていたかもしれない。
ISも恐るべきものだった。もし紅蓮以外に化けていたら確実に騙されていた。
「あいつに感謝しないといけないな」
勾陣は目元を和ませると、聖王の揺りかごを見上げた。
「露払いは終わった。次はお前の番だ。なのは」
以上で投下終了です。
それではまた。
GJ!です。
Forceのおかげでとりあえず管理世界でSAAでredEyesしてダカッOKとなったな。
本日23時より、リリカル陰陽師StrikerS第十一話投下します。
それでは時間になりましたので投下開始します。
第十一話 空の道を駆け抜けろ
はやての放つ広域殲滅魔法フレースヴェルクが、聖王の揺りかごを守るガジェット群の一角を消滅させる。
「なのはちゃん、今や!」
「行くよ。スターズ出動!」
その空隙を縫って、なのはとヴィータが聖王の揺りかごに接近する。
「ラケーテンハンマー!」
ヴィータが高速で回転しながらアイゼンを振り下ろす。聖王の揺りかごの外壁に穴が開いた。
「スバル、ティアナ」
「ウイングロード!」
スバルの作る空色の光の道が、大地から揺りかごへと延びる。ティアナを背負ったスバルと、昌浩を背負った太裳が光の道を上っていく。
「後は頼むで」
総勢六名の突入部隊。作戦が最終段階に入ろうとしていた。
揺りかご内部に入った六人を強烈なAMFが出迎える。
飛行魔法を阻害され、なのはとヴィータの体がふらつく。しかし、すぐに持ち直した。
ここで魔法を使うと、魔力の消耗がいつもより数段激しい。
「予測はしてたけど、やっぱりきついね」
「ああ、ここはスバルが頼りだな」
「はい。任せてください!」
スバルが戦闘機人モードを発動し、瞳が黄色に変わる。
聖王の器と動力炉は反対方向にある。ここで分散しないといけない。
「行くぞ、昌浩。私らは動力炉だ」
「うん」
正体不明だが、聖王の器こそ最強の敵だと昌浩の直感が告げている。
動力炉の破壊は昌浩とヴィータのみ。残りの四人で聖王の器を破壊する手はずになっている。
「なのは、そっちは頼んだぞ」
「うん。ヴィータちゃんも気をつけて」
なのはとヴィータはそれぞれの目標に向けて進んで行った。
通路にはびこるガジェットたちを、なのは、スバル、ティアナは次々と倒していく。
太裳は攻撃力を持たないが、結界能力は十二神将の中で天空に次ぐ。全員の防御を一人で担ってくれるので、なのはたちは攻撃に専念できる。
やがて通路の分岐点に差し掛かった。これはユーノが送ってくれた地図には記載されていなかった。
「時間が惜しい。右の道は私一人で行くから、スバルたちは左の道をお願い」
「一人で行くんですか? 危険過ぎます」
「こら、生意気言わないの。本気になったなのはさんは、まだ二人に負けるつもりはないんだから」
なのはの言葉は真実だった。本当にエースオブエースの名は伊達ではない。
「ティアナ、お願いね」
「わかりました」
ティアナが真剣な顔で頷き走り出す。スバルと太裳がその後に続く。
スバルたちは巨大な通路を延々と走り続け、辿り着いた先は行き止まりだった。
「外れですか」
「すぐになのはさんを追いかけましょう」
落胆する太裳をスバルが促す。
「そうはいかねぇな」
「危ない!」
太裳がスバルをかばうように前に出る。展開した結界の表面で弾丸が爆ぜる。
三人の前にノーヴェが立ち塞がる。
「タイプゼロセカンド。お前たちはここで潰す」
「太裳さん。ティアナをお願いします」
スバルが前に出る。太裳とティアナは結界の中で、スバルを見守る。
「おもしれぇ。一人で戦おうっていうのか。タイプゼロセカンド」
「私はスバル・ナカジマだ! ウイングロード!」
「エアライナー!」
通路の中に、空色と黄色の光の道が網の目のように交差する。ノーヴェが拳を打ち鳴らし、戦闘が開始された。
六合とシグナムは背中合わせに立っていた。周囲にはガジェットたちがひしめいている。
「六合、私はよく仲間からバトルマニアと言われる」
レヴァンティンが炎をまとい、ガジェットを切り裂く。
六合はシグナムの話に耳を傾けながら、銀槍を振るう。
「確かに命がけの戦いも嫌いではない。いや、好きなんだろうな」
極限状態の緊張感は、これはこれで悪くない。
「だが、私が本当に好きなのは、ただ技を競い合うような……無心でお互いを高め合えるような、そんな戦いなんだ」
「……俺もだ」
六合が口を開く。寡黙な六合が喋るのは珍しいことだった。
「そうか。では、この戦いが終わったら、また手合わせをしよう。り……」
「彩輝(さいき)だ」
かぶせるように六合が言った。
「晴明からもらった俺のもう一つの名だ」
「わかった、彩輝。では、約束だぞ!」
シグナムが心にその名を刻む。二人はどこか楽しげに、まるで優雅に踊るように戦い続けた。
戦闘開始からすでに二時間が経過しようとしていた。
聖王の揺りかごからは、雲霞(うんか)のようにガジェットが湧き出している。
本陣は天空の結界とヴォルテールによって守られているが、攻撃部隊の疲労が濃くなってきていた。
「申し訳ありません。晴明様」
力を使い果たした天后が、晴明に謝る。
「よい。お前はよくやった。しかし、このままでは戦力が足りぬ」
白虎と太陰の限界も近い。負傷したメンバーは、シャマルの回復魔法で命の心配はないが、戦線復帰はとても無理だ。
「私が行きます」
紫色の髪をした少女が立ちあがった。意識を取り戻したルーテシアだ。
「よろしいのですか?」
「うん。あなたたちには、私もアギトもゼストも助けられたから」
「ルーちゃん。お願い」
「ガリュー、頼んだよ」
キャロとエリオが声援を送る。
「うん。任せて!」
期待したよりも力強い返事と、明るい笑顔が応える。
「白天王! 地雷王! ガリュー! インゼクト!」
白き魔人が、黒い甲虫が、四つ目の人型が、小さな虫の群れが、ルーテシアを取り巻く。
全ての召喚獣を従えて、ルーテシアは戦場に舞い戻って行った。
「……ルーちゃん。少し感じ変わった?」
キャロが首を傾げる。もっと大人しい少女だと思っていたのだが。
「昌浩め。後で説教だ」
ルーテシアの変貌の原因に思い当たり、晴明はうめく。
ルーテシアは悲しい影をまとった少女だった。
おそらく昌浩は縛魂の術で洗脳を解く際に、もっと明るくなればいいのにと、心の片隅で思ったのだろう。それがルーテシアの心に潜んでいた明るい部分を全開放してしまったのだ。
縛魂の術は、当面使用禁止にしようと晴明は決めた。
聖王の揺りかごの最深部では、クアットロが不機嫌顔で戦況を眺めていた。
後一押しで勝負が決まるその瞬間に、ルーテシアが参戦したのだ。おかげで敵は勢いづき、まだしばらく持ちこたえそうだ。
「ま、私たちの勝ちは揺るぎませんから、いいですけど」
丸一日戦える生き物など存在しない。ほんの少し生きられる時間が延びただけだ。
「まったく。どうしてこう愚か者ばかりなのかしら」
クアットロは通路で戦うスバルとノーヴェを鼻で笑う。
ガジェットを信用していないのか、あるいは自分の力を過信しているのか、ノーヴェはガジェットを使わず、一人で敵を倒そうとしている。それに応えて、スバルも一人で戦っている。
正々堂々。一対一の決闘。どれもクアットロには理解しがたい概念だ。
戦いなど、いかに自らの手を汚さずに相手を倒すか。それに尽きるではないか。
「本当にお馬鹿さんたち」
クアットロは画面に映るティアナと太裳を指でつつく。
スバルとノーヴェの実力に大差はない。三人がかりならすぐに勝てるだろうに。
「好きにすればいいわ。どうせ死ぬんだから」
ノーヴェが勝てるようなら、それでよし。もし負けてもあの三人の運命は変わらない。
すでに真上の通路にガジェットを大量に配置してある。
ノーヴェ敗北と同時にガジェットたちは床を破壊。大量のがれきがスバルたちの頭上に降り注ぐ。AMFが充満したこの空間で、すべてのがれきを防ぐすべはない。
「無様に負けるくらいなら、華々しい引き分けをプレゼントしてあげる。優しいお姉ちゃんに感謝しなさいね。ノーヴェちゃん」
「クロスファイヤー」
己の策略に酔いしれるクアットロは、突如、冷水を浴びたような衝撃を受ける。振り向くと、クロスミラージュを構えたティアナが立っていた。
「シュート!」
ティアナの放つ弾丸が、クアットロを打ち倒す。
「そんな……どうして……」
画面の向こうのティアナが姿を消す。
「……幻術。私が騙されるなんて……」
「知ってる? 一番騙しやすい人間って、自分を賢いって思ってる人間なんだって」
クアットロの指が無意味に宙をかく。それを最後にクアットロは意識を失った。
ティアナはクロスミラージュに目を落とす。クロスミラージュはところどころショートしていた。
「これ以上の戦闘は無理そうね、クロスミラージュ」
『Sorry』
「いいわ。無理させたのは私だし。ゆっくり休んで」
『Yes, sir』
ティアナが使ったのは、十二神将の隠形と陰陽師の術を参考に改良を加えた幻術だった。持続時間は飛躍的に伸びたのだが、それでも長時間の使用には耐えられなかったらしい。ティアナの戦いはここで終わりだ。
昔のティアナならば、最後まで戦うことにこだわっただろう。しかし、今は仲間を信頼し後を託すことができる。
「頼んだわよ、みんな」
ティアナは祈るように天井を見上げた。
「クアットロ? おい、クアットロ、返事をしろ!」
クアットロとの通信が途絶したことに、ノーヴェは動揺する。
太裳の隣に立っていたティアナの幻影が消える。
「てめえら、騙しやがったな!」
なのはと同時に、ティアナも別行動を取っていた。スバルたちの元に幻影を残し、自分は姿を消して、敵指揮官の一人、クアットロを倒しに行ったのだ。
敵指揮官の居場所は、あらかじめいくつか目星をつけてあった。タヌキ爺の晴明とタヌキ娘のはやてにかかれば、相手の心理を読むことなど造作もない。
「私たちは負けるわけにはいかないんだ!」
スバルの拳とノーヴェの蹴りが激突する。
拳主体と蹴り主体という違いはあっても、お互いに似た能力と装備を持つ二人。ローラーブーツのタイヤが回転し、高速で光の道を走り抜ける。
「お前のISは振動破砕だってな」
ノーヴェがスバルに言った。
相手の体内に振動を送り込み破壊する能力。体内に精密機械を抱える戦闘機人には、特に効果が高い。
「なら、攻撃させなければいい」
ノーヴェのガンナックルから弾丸が吐き出される。スバルとノーヴェの決定的な差。射撃能力だった。
『Protection』
スバルのデバイス、マッハキャリバーが展開したバリアが弾丸を防ぐ。
足の止まったスバルに、ノーヴェが連続で蹴りを繰り出す。
一撃目を受け流し、二撃目を左腕で受け止める。重たい蹴りに腕が痺れる。
「やっぱり旧式だな。私の方が強い」
ノーヴェの挑発に、スバルは歯がみする。一刻も早くなのはの援護に向かいたいのに、こんなところで足止めされるわけにはいかない。
「マッハキャリバー、最速で行くよ」
『All right buddy』
レクチャーを受けただけで試運転もしていないが、やるしかない。
「フルドライブ!」
『Ignition』
「ギア・エクセリオン!」
マッハキャリバーから空色の翼が生え、スバルの体が急加速する。刹那で間合いを詰め、全力のストレートを放つ。
「なっ!」
ノーヴァの顔が驚愕に染まり、左腕の小手が砕ける。
「もう一度!」
左足を軸にターンをする。
『Danger!』
マッハキャリバーからの警告。しかし、一足遅かった。左のローラーブーツがひしゃげ、火花を散らす。
今のマッハキャリバーは戦闘機人モードを想定していない。戦闘機人モードとフルドライブの相乗効果にフレームが耐えられなかったのだ。
制御を失い、スバルが転倒する。それでも止まらず、地面に何度も叩きつけられる。
「はっ。自滅しやがった」
ノーヴェが鼻で笑う。
衝撃で頭が朦朧とし、スバルは体を動かせない。
「これで終わりだ!」
ノーヴェのかかとが、スバルの頭めがけて振り下ろされた。
二人の間に太裳が割り込み、結界を張る。ノーヴェの強烈な蹴りが結界を激しく歪める。
「邪魔するな!」
「太……裳さん」
スバルはまだ起き上がれない。情けない姿をノーヴェが嘲笑する。
「それでも戦闘機人か! 男に守られるしか能のない非力な旧式が!」
「違います!」
太裳が腹から声を発する。こんなに声を荒げた太裳を見た者はいない。
「スバルさんは守られることができるんです!」
「はっ?」
意味不明な叫びに、ノーヴェは呆気に取られる。
「守ることしかできない私とも、敵を倒すことしかできないあなたとも違う。スバルさんは守ることも、倒すことも、救うこともできる。神でも機械でもない、人間だからです!」
いつだって太裳の目に人間は眩しく映っていた。不器用で間違いを犯すが、様々な可能性を秘めた人間。
いかに強い力と命を持っていても、永遠に変化しない太裳には、それは羨ましいことだった。
「随分かばうな。まさかお前、そいつに惚れてるのか?」
「はい。好きです」
照れもためらいもなく太裳は答えた。
「ええっ!?」
むしろ慌てたのはスバルだった。顔が真っ赤に染まる。
「い、いつから?」
「わかりません。気がついたら好きになっていました」
いつもひたむきでまっすぐなスバル。その明るさが太陽のように、太裳を惹きつけた。
「よければ今度、でえと、とやらをしていただけませんか?」
「ええと……わ、私でよければ」
「いちゃついてんじゃねぇ!」
ノーヴェの蹴りが太裳の結界を破壊する。続けて放たれた上段蹴りが太裳を壁に叩きつける。
「いいぜ。そんなに好きなら、まとめて殺してやる。あの世でデートしやがれ!」
スバルがはね起き、ノーヴェの蹴りを蹴りで相殺する。しかし、その一撃で左足のローラーブーツは完全に使い物にならなくなった。ウイングロードも展開不能だ。
「速さを失ったお前に勝ち目はねぇ!」
ノーヴェがエアライナーを走り、上空に駆け上がる。制空権はノーヴェが支配している。
「とどめだ!」
ノーヴェが高速でエアライナーを下ってくる。スバルには打つ手がない。
「スバルさん」
太裳が痛む体を引きずって、スバルの隣に並ぶ。視線だけで互いの意思を伝える。
スバルのリボルバーナックルが回転し、カートリッジをロードする。魔力を右腕に集中させ、ノーヴェめがけて跳ぶ。
ノーヴァはエアライナーの軌道を変え、スバルの真横を狙う。
その時、太裳が結界を張った。スバルの足元に。
「一撃必倒」
太裳の結界を踏み台に、スバルの体がノーヴェに向けて矢のように放たれる。
「しま……」
意表を突かれたノーヴェは反応が遅れる。
「ディバインバスター!」
空色の拳がノーヴェに炸裂した。
ノーヴェを倒し、着地したスバルがふらつく。まだダメージが回復しきっていないらしい。太裳が横から体を支える。
スバルは太裳から顔をなるべく離した。突然告白されて、どんな顔を向ければいいか、わからなかった。
「……だから、いちゃついてんじゃねぇ。私はまだ負けてねぇぞ」
かすれた声を絞り出しながら、ノーヴェが立ち上がる。直撃を受けた両腕は力なく垂れ下がり、膝も笑っている。強がりなのは明白だ。
「あなたの負けです」
「負けてねぇ! 私らは負けられねぇんだ!」
ノーヴェが血を吐くように叫ぶ。
「私は戦闘機人だ。勝たなきゃ、勝ち続けなきゃ、意味がねぇ。それ以外の生き方なんて、出来ねぇんだ!」
叫び続けるノーヴェの姿が、スバルに幼い頃に巻き込まれた空港火災を思い出させた。
あの日、スバルは迷子になり、一人ぼっちで泣いていた。その姿がノーヴェに重なる。
(そっか。あの子も私と同じ迷子なんだ)
どっちに行けばいいかわからず、寂しくて苦しくて、泣くことしかできなかった。
あの時、スバルを助けてくれたのは、なのはだった。あんな人になりたくて、スバルはこれまで頑張ってきた。
今度は自分の番だ。
「大丈夫だよ。きっとやり直せる。新しい道が見つかる」
スバルは一歩踏み出す。
「気休め言うな!」
「気休めじゃない。私だって見つけられた」
「私とお前は違う!」
スバルが近づくたびに、ノーヴェは叫びを上げる。
「うん。違う。だって、あんた、私より強いじゃん。だから、きっと大丈夫だよ」
スバルと、ノーヴェには決定的な違いがある。
誰かが道を示してくれるまで、スバルは諦めて泣くことしかできなかった。だが、ノーヴェは己の力で道を切り開こうとあがいている。
「あんたの強さがあれば、きっと大丈夫。辛い時、苦しい時には、私も手伝うから。だから、一緒に行こう。ね?」
スバルが優しくノーヴェを抱きしめる。ノーヴェは抵抗しなかった。
「……う、うぁああああああああ!」
堰を切ったようにノーヴェが泣き出した。
「うん。もう大丈夫」
(なのはさん。私、あの日の、なのはさんに少しは近づけたかな?)
夢が少しだけ近づいた実感を、スバルは初めて得ていた。
「スバルさん!」
緊迫した太裳の声。太裳の結界が、光弾を防ぐ。
「何!?」
通路に突然、ガジェットが出現する。カマキリのような姿をした新型だ。光学迷彩で隠れていたらしく、通路はすでに埋め尽くされていた。
「おい、お前ら、退け!」
ノーヴェの指示に、新型ガジェットは反応を示さない。
「くそ。識別機能が壊れたか」
ナンバーズは、ガジェットに攻撃されないよう敵味方識別機能がついているのだが、スバルの振動破砕で丸ごと機能停止していた。
「やるしかないってことか」
スバルが苦しげにうめく。戦えるのはスバルだけだ。ウイングロードもローラーブーツもなしで、どこまでいけるか。
「これを使え」
スバルは飛んできた物体を空中でキャッチする。それはノーヴェの左のローラーブーツ、ジェットエッジだった。
「強度はお前のより上だ。多少の無茶には耐えられる」
「あはは。助けるどころか、先に助けられちゃった。あんたって本当に強いね」
さっきまで号泣していたくせに、もう勝気な表情が戻ってきている。
「うん。ありがたく使わせてもらう」
リボルバーナックルは、助けてくれた母の形見だった。左のリボルバーナックルは姉ギンガからの借り物だ。なのはや六課のみんなが作ってくれたマッハキャリバーに、今はノーヴェのジェットエッジ。
みんなに支えられて、スバルは今ここにいる。
「太裳さん。ノーヴェをお願い!」
「任せてください!」
太裳がノーヴェを抱き上げる。
「でも、変な所触ったら、後で殺しますから!」
「ええええ!?」
太裳の情けない悲鳴を背に、スバルは走り出した。負ける気はしなかった。
以上で投下終了です。
それではまた。
137 :
一尉:2012/06/26(火) 22:44:55.21 ID:9M1RCmLM
支援
本日22時半より、リリカル陰陽師StrikerS第十二話投下します。
それでは時間になりましたので、投下開始します。
第十二話 光と闇を司れ
聖王の揺りかご内部では、スカリエッティが通信画面越しに、ウーノからの報告を受け取っていた。
『私以外のナンバーズはすべて捕縛されたようです』
「そうか……死者は出ていないのだな?」
『はい。その点は、敵に感謝しないといけませんね』
「そうだな。奪われた物は取り返せばいい」
スカリエッティは気だるげに告げる。目も焦点が合わず、どこかぼんやりとしている。
『どうやら、私もそろそろのようです』
断続的な破壊音と振動が、ウーノの画面を揺らす。敵が近づいてきていた。ウーノのISフローレス・セクレタリーは隠蔽と知能加速能力のみで、戦闘能力を持たない。誰が突入してきても、勝ち目はない。
『ドクター。また髪が伸びてきましたね』
ウーノはスカリエッティを見て言った。
言われるまで気がつかなったが、前髪が目にかかっている。
「本当だ。また君に切ってもらわないといけないね」
『わかりました。では、この戦いが終わりましたら……』
「ああ、お願いするよ、ウーノ……今までご苦労だった」
『ドクター。あなたの勝利をお祈りしております』
ウーノの手が画面に置かれる。スカリエッティはその手に自らの手を重ねた。
衝撃と煙が画面を覆い尽くし、通信は途絶した。
「こちらもそろそろか。切り札を使う時が来たようだな」
スカリエッティはまだ自らの勝利を疑っていなかった。
戦闘開始から二時間半が経過し、ついに太陰と白虎が力尽き戦場から離脱する。
敵は空を先に制圧することにしたらしく、攻撃の手が空に集中する。
六合も勾陣も朱雀も遠距離攻撃を持っていないので、空で戦う連中の負担が激増していた。
ルーテシアのインゼクトたちが、ガジェットを乗っ取り、こちらの手勢にしているが、焼け石に水だ。
白炎の龍で空を焼き払いながら、紅蓮は舌打ちした。
「くそ、俺も空を飛べれば」
地上からの援護では限界がある。
「泣き言を言うな、騰蛇!」
剛砕破でガジェットを撃ち落としながら、青龍が怒鳴る。
「黙れ、青龍! こんな時まで突っかかってくるな!」
「二人とも、そこまでだ。余計な体力を消耗するな」
勾陣が苛立ちを露わに注意する。勾陣は腹に包帯を巻いただけで、戦線に復帰していた。
紅蓮と青龍は十二神将の中で、もっとも仲が悪い。距離を取ろうと、紅蓮はきびすを返した。
その時、小さな影を弾き飛ばしそうになった。
「お前か」
直立不動の姿勢を取ったアギトだった。やけに真剣な顔をしている。
「どうした?」
「師匠と呼ばせて下さい!」
アギトが直角に腰を折る。
「はっ?」
突然の申し出に、紅蓮は呆気に取られる。
「師匠の炎を見ていて感動したんです。苛烈にして繊細、大胆にして優美。それに比べたら、私の炎なんて…………へっ、ただの花火さ」
アギトは手に灯した炎を寂しげに見つめる。
「それは俺を主に選ぶということか?」
「いえ、主じゃありません。師匠です」
違いが紅蓮にはわからないが、アギトの中では明確な区分があるらしい。
「悪いが、俺は弟子は取らん。そもそも俺の力は生まれつきで、何も教えてやれん」
「それでいいです。盗ませてもらいます」
「お前は俺が怖くないのか?」
紅蓮は全ての魔力を開放している。怖くないわけはないのだが。
よく見ると、アギトは小刻みに震えていた。
「もちろん怖いです。でも、それ以上に師匠を尊敬してるんです。お願いします。私を弟子にして下さい!」
「ああもう、勝手にしろ!」
「はい、わっかりました。ユニゾン・イン!」
アギトが勝手に紅蓮とユニゾンする。紅蓮の髪が金色に変化し、四枚の炎の翼が背中から生える。
翼が羽ばたき、紅蓮の体が宙に浮く。
「これは……」
『私と師匠の力が合わされば、空を飛ぶくらい、どってことないですよ』
頭の中から他人の声が聞こえてくるので、とても気持ち悪い。だが、贅沢は言っていられない。
「行くぞ、アギト!」
『はい、師匠!』
紅蓮が炎の龍を召喚する。黄金の炎龍は先ほどの倍以上の大きさだった。増援のガジェットが一瞬にして灰塵となる。
「すごい威力やな」
広域殲滅魔法が得意なはやても呆れる威力だった。
炎の龍を次々と召喚し、敵を焼き尽くす。形勢が徐々に好転していく。
『師匠、武器持ってないですか?』
「武器だと? これでいいか」
紅蓮が真紅の槍を召喚する。
『うーん。出来れば剣がいいんですが』
「ええい、注文の多い奴だ!」
黙っていろと一蹴したいが、ユニゾンも飛行も経験したことのない紅蓮は、アギトに従うしかない。これではどっちが師匠かわからない。
真紅の槍がほどけ、長く鋭い両手剣に再構成される。紅蓮の武器は魔力によって形作られているので、意思一つで好きな形に変化するのだ。
『師匠、最高です!』
炎をまとった剣を紅蓮は構える。
『技名はどうしますか?』
「知らん。お前が勝手に考えろ」
『わかりました! では、即興で、業竜一閃!!』
炎の斬撃が聖王の揺りかごの外壁を一文字に切り裂く。
聖王の揺りかごにしてみれば些細な傷だが、紅蓮は確かな手応えを感じていた。
「フェイト、はやて、ここは俺たちに任せて昌浩たちの援護に行ってくれ。どうにも時間がかかり過ぎている」
「でも……」
「行こう、フェイトちゃん。私らがいたら、騰蛇の邪魔になる」
初めてのユニゾンで、紅蓮もアギトも制御が上手く出来ていない。近くにいたら巻き込まれる危険性が高い。
はやてとフェイトは揺りかご内部へと突入した。
その頃、ヴィータと昌浩は揺りかごの駆動炉に到達していた。
駆動炉は巨大な四角錐を上下にくっつけた形をしている。その前に、白衣を着た男が簡素な椅子にもたれて座っていた。
「スカリエッティ。お前の野望もここまでだ」
「それはどうかな?」
スカリエッティの右手には、デバイスらしき鉤爪のついたグローブがはめられ、左の二の腕と、右足を黒い装甲に覆われている。バリアジャケットのようだが、それにしては覆っている部分が偏り過ぎている。
スカリエッティが右手を上げると、立方体型の迎撃装置が多数出現する。
「昌浩、思いっきりやれ!」
「万魔挟服!」
衝撃波が部屋の中を荒れ狂う。迎撃装置がすべて爆発する。
そんな中、スカリエッティは涼しい顔で衝撃波を浴びていた。
「馬鹿な!」
「面白い術だね。だが、もう学習した」
黒い甲冑が生物のようにうごめき、スカリエッティの体を侵食する。
「気持ち悪りぃんだよ!」
ヴィータが鉄球を打ち出す。スカリエッティはそれも体で受け止める。
攻撃を受けるたびに、黒い装甲が増殖し、スカリエッティを覆っていく。
「ああ、ようやく馴染んできた」
やがて歪な装甲が、スカリエッティの全身を包み込んだ。
「攻撃が効いてないのか?」
「ヴィータ」
昌浩がヴィータの肩をつかむ。直感が全力で警鐘を鳴らしていた。理屈ではなく、直感が真実を指し示す。
スカリエッティは体の上に、薄い虹色の光の膜をまとっていた。
「あれが……あいつが聖王の器だ」
玉座の間に辿り着いたなのはは、ウーノと対峙する。ウーノは抵抗せずあっさりと捕縛された。
「あなたが聖王の器じゃないの?」
「違います」
他に何も喋るつもりはないらしく、ウーノはそれきり黙ってしまった。
ここが聖王の揺りかごの中枢のはずだが、作り変えられているらしい。たいした設備が見当たらない。
新しい中枢を探すべく、なのはは通路を戻った。
「なのは!」
途中でフェイトと合流する。
「フェイトちゃん、外は?」
「騰蛇とアギトが頑張ってくれてる。怪我人は多いけど、誰も死んでない」
「そっか。よかった」
信じてはいたが、なのはは胸をなでおろした。これで心のつかえが一つ取れた。
「はやては、ティアナとスバルの救出に向かってる。昌浩君たちは?」
「まだ見てない。駆動炉に急ごう。凄く嫌な予感がする」
なのはとフェイトは頷き合うと、駆動炉へと向かう。
通路には無数のガジェットの残骸が散らばっていた。それらを乗り越え、なのはとフェイトが目的地に辿り着く。
「ヴィータちゃん!」
「昌浩君!」
なのはとフェイトが悲鳴を上げる。
そこには折り重なるように、血まみれの昌浩とヴィータが倒れていた。胸がかすかに上下しているので、かろうじて生きているらしい。
「ああ、ようやく来たかね?」
黒い全身鎧をまとった男が、くぐもった声を漏らす。
「スカリエッティ!」
フェイトが鋭く睨みつける。顔はマスクで見えないが、覗く眼光と声に覚えがある。
「陰陽師とは、つまらない人種だね。理屈もなしに答えに辿り着く。おかげで私が答えを言う暇がなかったじゃないか」
とっておきのなぞなぞを解かれて、拗ねている子どものようだった。
「まさか……あなたが?」
「そう、新たな聖王の器だ」
見鬼の才を持つものなら、スカリエッティの体を取り巻く光の膜が見えただろう。
人の想念を具現化する技術を用いて作った魔力の聖王の器。聖王の器の贋作だが、これをかぶったおかげで、聖王の揺りかごは、スカリエッティを聖王と誤認している。
本来なら、スカリエッティが逮捕されてもいいように、別の安全策を講じていたのだが、残念ながら間に合わなかった。野望実現のためには、スカリエッティ自らが無敵の聖王の器となるしかなかったのだ。
「贋作でも、性能は本物と変わらない。まあ、少しばかり見た目が悪くなってしまったがね」
「なら、あなたを倒せば終わりだね。エクセリオンバスター!」
なのはが抜き打ちで、魔力砲を放つ。スカリエッティは軽く体をよろめかせただけだった。
フェイトが踏み込み、ザンバーを振るう。手応えはあるのに、傷一つつかない。
「これが聖王の能力、聖王の鎧だ。あらゆる攻撃を学習し、無力化する。さあ、もっと私に学習させてくれ!」
スカリエッティが愉悦に満ちた声で言う。
「何が聖王の鎧だ。どう見ても悪魔の甲冑じゃないか!」
「フェイトちゃん、リミットブレイク、行くよ!」
「わかった。魔力ダメージであの鎧を破壊する」
なのはがブラスターモードを、フェイトが真・ソニックフォームを開放する。
なのはの周囲に四基のブラスタービットが舞い、フェイトのバリアジャケットがレオタード状の物に変化する。
フェイトの姿がかき消える。トーレのライドインパルスを超える速度で飛行しているのだ。フェイトのデバイス、バルディッシュが二本の剣、ライオットザンバーに形を変える。
フェイトはあらゆる角度から、スカリエッティを切りつける。ライオットザンバーの斬撃に鎧の表面に亀裂が走る。
「なのは!」
フェイトが距離を取った。
ブラスタービットがスカリエッティを包囲し、魔力をチャージする。
「スターライトブレイカァァー!!」
まるで瀑布のように、全方位から魔力砲がスカリエッティに降り注いだ。
床が陥没し、スカリエッティの鎧が砕けていく。威力に耐えかねたかのように、スカリエッティが膝を折る。
「やった!」
なのはとフェイトは肩で息をしていた。ブラスターモードも真・ソニックフォームも高い威力と引き換えに、著しく体力を消耗する。その上で最大の必殺技を放ったのだ。これで倒せないわけがない。
「素晴らしい技だ。学習させてもらったよ」
「「!」」
スカリエッティがゆっくりと立ち上がる。破損していた鎧も、すぐに修復される。
「そんな、どうして!?」
あれだけの攻撃を受けたのだ。スカリエッティには、もう欠片も魔力は残っていないはずなのに。
「不思議かね。では、ヒントだ。私がどうして玉座の機能をここに移したと思う?」
「まさか……」
答えに思い至り、なのはとフェイトの顔が青ざめる。
「そう、私と駆動炉を直接つないだのだよ。私は今聖王の揺りかごすべての魔力を、この身に宿している。もはや誰にも倒すことはできない」
「そんなことをしたら……」
「ああ、一カ月と生きられないだろうね。だが。それだけ時間があれば十分だ。管理局を破壊し、私の記憶を持ったクローンを作り上げる。それを繰り返せば、私は死なない。誰にも邪魔されず、永遠に研究を続けられる!」
「狂ってる」
わかっていたが、フェイトは改めて口にせざるを得なかった。
「君たちは頑張った。だが、私の勝利は絶対に揺るがない」
「そんなことない。まだ手はある。ディバインバスター!」
なのはの魔力砲が駆動炉を狙う。駆動炉を破壊してしまえば、スカリエッティへの魔力供給も止まるはずだ。
駆動炉が展開した漆黒のバリアが、ディバインバスターを防ぐ。
「対策を立てていないとでも? 駆動炉ももちろん聖王の鎧によって守られている。さて、もう諦めたまえ」
「私たちは絶対に、諦めない!」
打開策が見つからない絶望的な戦い。なのはとフェイトは、それでもうつむくことなく、スカリエッティに挑んで行った。
爆音と叫びが、昌浩を覚醒させた。
なのはとフェイトがスカリエッティと戦っている。余裕で迎え撃つスカリエッティと違い、なのはとフェイトには焦燥と疲労が色濃く出ていた。
昌浩は自分の胸に手を当てた。深い裂傷があり、鮮血が手を真っ赤に染める。
(そっか。俺、負けたんだ)
昌浩とヴィータのあらゆる攻撃は無効化された。スカリエッティの放つ光弾が、結界を破砕し、昌浩とヴィータは倒された。
昌浩に覆いかぶさっているヴィータも、重傷を負っている。昌浩はヴィータをどうにか横に寝かせると、傷口に血止めの符を張っていく。シャマルの回復魔法には遠く及ばないが、止血と痛み止めくらいはできる。
手当の途中で、ヴィータはうっすらと目を開けた。昌浩の手をつかんで止める。
「……昌浩、私はいいから、お前の手当てをしろ」
ヴィータは人間よりよほど頑丈に出来ている。手当てをするなら、昌浩が先だ。しかし、昌浩は首を横に振って、儚げに微笑む。
「できないよ。だって、俺、ヴィータに死んで欲しくないから」
「……馬鹿野郎」
ヴィータは泣きそうな顔で怒る。昌浩の笑顔は、先代の昌浩がヴィータをかばった時に浮かべたものと全く同じだった。
「あんなに説教したのに、お前、ちっとも反省してねぇじゃねぇか」
「ごめん。だから、帰ったら、また説教してよ」
「いいぜ。覚悟しておけよ」
ヴィータの手当てを終え、昌浩は自分の治療を始める。
その時、なのはたちの戦いに終止符が打たれようとしていた。スカリエッティが右手を動かすと、赤い光の線がなのはたちを拘束する。カートリッジはまだ残っているが、もう振り払う体力が残っていない。
「……スカリエッティ」
ゆっくりと昌浩が立ち上った。流れ出た血が赤い衣をどす黒く染めている。止血が完全ではないのか、歩くたびに血が滴る。
「昌浩君、動いちゃ駄目!」
「ゆっくり寝ていたまえ。君の体は人造魔導師素体として有効に活用してあげよう」
昌浩はふらふらと体を左右に揺らしながら、スカリエッティに近づいていく。
「スカリエッティ、今日初めてお前に感謝する」
「おや、出血で気でもふれたかね?」
「お前のおかげで、俺たちは勝てる!」
昌浩は額から流れる血を拭い去る。その目には、勝利を確信した輝きが灯っていた。
戦闘開始から、そろそろ三時間が経とうとしていた。
駆動炉の前で、昌浩とスカリエッティが睨みあう。
「ハッタリにしても笑えないな。満身創痍で、どうやってこの聖王の鎧を破壊する?」
「破壊する必要なんてない」
昌浩の歩いた軌跡が光り輝く。光は北斗七星を描いていた。素早く呪文を唱え、術を完成させる。
「急々如律令!」
光の柱が、スカリエッティを包み込んだ。
「ふん。どんな攻撃も無意味……何!?」
スカリエッティが驚愕する。
聖王の鎧が少しずつほどけ、消えていく。
「これは攻撃じゃない。浄化だ!」
人の心から生まれる邪念や、穢れを浄化するのも陰陽師の仕事だ。
スカリエッティの無限の欲望は、聖王の鎧を侵食し汚染した。それなら浄化し消滅させることができる。
他のナンバーズでは、こうはいかなかっただろう。残忍な性格の者もいたが、どれもスカリエッティが植え付けた紛い物でしかない。
マスクが消え、スカリエッティの顔が露出する。しかし、鎧が再生を始める。消えるそばから再生し、両者の勢いが完全に拮抗した。
(魔力が足りない)
昌浩の術が徐々に押し返され始める。
「なのは! フェイト!」
ヴィータが、ひび割れたグラーフアイゼンを掲げる。
「わかったよ、ヴィータちゃん!」
「これを使って!」
なのはとフェイトがそれぞれのデバイスを昌浩に投げ渡す。
左手にレイジングハート、右手にバルディッシュを受け取り、体の前で交差させる。
「カートリッジ、ロード!」
昌浩の指示で、装填されていたカートリッジがすべて吐き出される。膨大な魔力が昌浩に流れ込み、髪が突風に煽られたようになびく。
体内を魔力が暴れ狂い、昌浩の口から血が溢れる。
(やばい、意識が……)
出血で視界が暗くなる。ふらついた昌浩を、後ろから誰かが優しく支えた。
「どうやら、間に合ったようやな」
夜天の書を携え、翼を羽ばたかせた、はやてだった。
「はやて姉ちゃんに任せとき。リイン!」
「はいです。祝福の風、リインフォースU、行きますです。ユニゾン・イン!」
リインと昌浩がユニゾンする。全身に活力がみなぎり、昌浩の髪が白銀に、瞳が蒼く、体が光に包まれる。
黒き翼の堕天使に守られた、光り輝く少年。まさに光と闇を司る陰陽師の体現だった。
『魔力制御完了。いつでも行けます!』
「スカリエッティ。あんたは最高の科学者なんだろう」
昌浩が言った。
どんなものも突き詰めれば最高になる。スカリエッティは研究の為に、あらゆるものを傷つけ、他人の命すら平然と犠牲にした。それは最高の一つの姿だ。
「でも、俺は違う。俺が目指すのは、誰も傷つけない、誰も犠牲にしない、最高の陰陽師だ!」
この力は守るために、救うために使うと誓う。
「やめろ、やめろぉぉぉー!」
スカリエッティが断末魔の悲鳴を上げる。
「これで終わりだ、スカリエッティ! 急々如律令!!」
純白の光がスカリエッティを飲み込む。
光が晴れた先には、すべての力を浄化され、骨と皮だけになったスカリエッティが倒れていた。
聖王の揺りかごとガジェットの群れが停止する。
はやてから通信を受け取り、シャマルが晴明を振り返る。
「全員脱出完了。晴明さん、みんな無事です!」
「晴明、最後の仕上げだ」
「わかっているよ、天空」
晴明は両手を打ち鳴らした。
「謹んで勧請し奉る……急々如律令!」
神の力を借りて、晴明が術を放つ。
聖王の揺りかごとガジェットの残骸が、次元の彼方へと強制的に転送される。
後は次元航行艦隊が、破壊してくれるのを待つだけだ。機能停止した聖王の揺りかごなら、四分の一の艦隊でも容易く破壊できる。
「やれやれ、老体に無茶をさせる」
「私たち、勝ったのね」
シャマルが感極まって泣き出す。あれだけの死闘を潜り抜け、一人の死者も出していない。まさに奇跡だった。
「私たち、負けたっスね」
捕縛されたウェンディが、複雑な表情を浮かべる。ナンバーズたちは皆似たり寄ったりの表情だ。
「ま、はやてたちがいるんだ。それほど悪いようにはせんだろう」
いつの間にか戻ってきたもっくんが、頷きながら言った。
「あー」
もっくんを見るなり、ウェンディ、チンク、セッテ、セインが卒倒する。
「おいこら。人を見るなり気絶するとは、どういう了見だ。お前ら、あれは演技だと言ったろーが!」
もっくんが憤慨するが、その声は届かない。
真夏の強い日差しだけが、戦いを終えた勇者たちを見守っていた。
以上で投下終了です。
ヴィータのウサギのぬいぐるみと少年陰陽師のもっくんって少し似てるという、安易な発想から生まれたこの作品も長くなりました。
次回最終話です。
それではまた。
146 :
◆jTyIJlqBpA :2012/06/29(金) 02:05:16.88 ID:xLAzFFmW
突然ですが投下します。
新参者なのでよろしくお願いします。
あとクロス先の名前は伏せますのでご了承ください。
147 :
◆jTyIJlqBpA :2012/06/29(金) 02:23:03.91 ID:xLAzFFmW
『こちらライトニング分隊分隊長、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。現地時間23時49分、まもなく××県上空に到達します』
機動六課本舎、司令室であるロングアーチにライトニング隊隊長、フェイト・T・ハラオウンの淡々とした報告が流れた。
ロングアーチの巨大なモニターには、通信によりフェイトの視界が映し出されている。
第97管理外世界『地球』。その中のアジアと呼ばれる地域にある小さな島国、日本。
フェイトは日本の地上より遥か上空、雲の中を滑空していた。
その時刻、日本国の内陸部は厚い雨雲に包まれており、深夜ということもあって視界は最悪だった。
「ティアナとキャロの様子はどうや?」
六課の部隊長である八神はやてがオペレーターのシャリオに聞いた。
「ガジェット相手に空中戦を展開中。二人とも善戦していますよ」
シャリオの返答を聞いていたスターズ隊長、高町なのはは安心した表情で、副隊長であるヴィータに笑いかけた。
「よくやってるみたいですね」
「だな」
ヴィータも満足げに頷く。
十数時間前、管理外世界である地球、日本国の内陸部にて遺失物の微弱な反応が感知された。
僅かな反応はすぐに消失してしまったが、それから間もなくレリックの可能性が高いという報告を受け、
スターズ、ライトニングの隊員であるスバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター、キャロ・ル・ルシエ、エリオ・モンディアルの四名は直ちに地球へ向かいレリックの探索を開始。
その監視役として、隊長であるフェイトも地球へ向かった。
148 :
◆jTyIJlqBpA :2012/06/29(金) 02:25:51.13 ID:xLAzFFmW
そしてスバルとエリオ、ティアナとキャロの二手に分かれての探索中、数時間前にティアナとキャロがレリックの微弱な反応を再び探知した。
両名で反応元に向かったところ、例の大量のガジェット達に遭遇。
現在は雨の中、ティアナとキャロは、キャロの使役竜であるフリードに乗ってガジェット相手に空中戦を展開している。
フェイトは現場からかなり離れていた場所にいたものの、加勢と様子見を兼ねて現場を目指して飛行していた。
「うーん、やっぱり地元ではあんまり厄介ごとは起きてほしくないかなぁ」
なのはがモニターを眺めながら、溜め息まじりにそう呟く。
それを聞いていたはやてが「そうやな」と言って小さく笑った。
「幸いなんは相手側も事を大きくしたくないのか、あんま派手な動きをしてけえへんってことやな」
現状、ガジェット達は地上に降りての戦闘はしようとせず、基本的に空中から動こうとはしない。
攻撃も、派手な爆撃などはしてこず小さな攻撃を繰り返している。
はやて達からすれば、現地の文明に戦闘を気付かれることを極力避けているように見えた。
「ま、事を大きくしたくないんはこっちも同じやけどな」
ただ、大技を使えないのは六課側も同じだ。
はやての言葉を聞きながら、なのはは嬉しそうに笑った。
「二人ともその制限の中でよく頑張ってるね。力の加減が上手いよ」
「ああ、ティアナもキャロも成長したな」
シグナムもそれに同調して頷いた。
そんな中、再びフェイトの声がロングアーチに流れる。
『現場に到着しました』
それと同時にモニターに映像が映し出される。
闇夜と雨により不明瞭な画面の中、無数の小さな赤い光が飛んでいた。
ガジェット達の目が放つ光だ。
そして一際明るい光が、その中でぽつぽつと灯っては消えた。
光の正体は爆発や発射されたエネルギー弾であることはすぐに分かった。
キャロの使い魔である白竜のフリードに、キャロとティアナが跨り、雨の中滑空しながら無数のガジェットを撃墜しているのだ。
149 :
◆jTyIJlqBpA :2012/06/29(金) 02:28:58.15 ID:xLAzFFmW
「フェイト隊長から見て状況はどうや?」
『……まだ私の出る必要は無さそうですね』
その声調は、やはりどこか嬉しそうだ。
その間にも優雅に舞うフリードの背中からエネルギー弾が発射され、ガジェットを一体一体確実に仕留めている。
「まだ、か。ティアナとキャロで終わってまうかもしれへんよ?」
『ふふっ、だといいんですけどね。
とりあえず私は様子を見ています。
相手がガジェットだけとは限りませんから』
「そうやな、頼むわ」
現時点ではガジェット以外の反応は一切無い。
それに反応があったとしても、その場合はすぐさま撤退するようにティアナとキャロには伝えてあったし、そのために高速移動を誇るフェイトがいるのだ。
加えて肝心のレリックの反応は現在消失しており、大量のガジェットがいる辺りからして罠の可能性も否めなかった。
「油断は禁物だからね、フェイト隊長」
『大丈夫だよ、なのは隊長』
少し心配そうにフェイトに呼び掛けたなのはの横で、ヴィータが目を細める。
「アナタが言えることですか……」
そんなヴィータに、なのはは眉を下げながら微笑みかけた。
「一度失敗したからこそ、だよ」
「わかってますって」
苦笑いしながら、ヴィータはひらひらと手を振った。
「どうや?レリックの反応は」
はやてがシャリオに聞いた。
「未だ感知……できません、ね」
「じゃあ例の戦闘機人は?」
「依然、反応はないです」
淡々と答えたのはオペレーターの一人、ルキノだった。
それを聞き届けると、はやてはモニターに向き直った。
「フェイト隊長、現地でなにか変化は?」
すぐさまフェイトの通信が返ってくる。
『いえ、特になに――ありません』
150 :
◆jTyIJlqBpA :2012/06/29(金) 02:32:02.38 ID:xLAzFFmW
ザザッ
不意に通信の中にノイズが入った。
『やっぱ――罠――じゃないで――うか?』
立て続けにノイズが走り、フェイトの声が掻き乱される。
「ん?」
「どうした?」
『あれ?聞こえ――悪い――うですが……』
「……通信状態が悪いのか?」
ヴィータがルキノに聞いた。
「いえ、状態は決して悪いわけではないんですが……」
ザザッ
言い掛けている最中、映像に大きなノイズが走った。
ノイズは徐々に増え、画面を大きく乱している。
「おかしいです、通信状態に問題はありませんし普通はこんな状態には……結界反応もありません」
ルキノの不安げな声が聞こえ、はやては胸の中に言い知れぬ焦燥感を感じた。
マイクを握り締め、フェイトへ語り掛ける。
「隊長?フェイト隊長?聞こえます?」
乱れる画面を見つめて一拍置くとフェイトから反応があった。
『えっ?な――ですか?なん―――よく――聞き取れな――――』
音声の乱れも酷く、フェイトの反応からロングアーチからの声はほとんど届いていないことが伺えた。
「スカリエッティのジャミングか?」
「可能性は否定できないですけど」
淡々とした様子のシグナムになのはが不安げに返した。
「でもこれは……」
「み、見て下さい!ガジェット達の様子が!!」
今まで黙々とキーボードを叩いていたオペレーターのアルトが叫び、全員の視線がモニターに集中する。
乱れた画面の中、赤い光が続々と落下しては消えていく様子が見えた。
ガジェット達が機能停止を引き起こして墜落しているのだ。
それは明らかに異様な状況だった。
その異様な状況とともにただならぬ予感が全員の胸中に芽生える。
151 :
◆jTyIJlqBpA :2012/06/29(金) 02:34:54.27 ID:xLAzFFmW
『ガジェ――が突――落―――』
フェイトからも恐らく報告であろう通信が届く。
しかしノイズに掻き乱されてほとんど聞こえない。
(やっぱり罠やったんか?いや、それにしては何なんやこの違和感は……)
「ティアナとキャロは?」
なのはが毅然とした声で問いかけた。
「墜ちてません。飛行を続けています」
「ということはAMFではないのか」
表情は険しいが、相変わらず冷静な様子でシグナムは呟いた。
そこでシャリオが「あっ!」と上擦った声をあげた。
「部隊長、現地より新たな反応が!」
「なんや?」
「これは……次元震!?」
シャリオの口から飛び出したワードに、にロングアーチがどよめく。
「ウソやろ!?」
なにかがおかしい、その予感が的中した。
「フェイト隊長!!フォワードの子達を連れてすぐにそこから離れて!!」
『な―――変――――空気が―――』
はやてがマイクに向かって叫ぶ。
しかし応答はノイズだらけでもはや言語が聞き取れない
「現地に膨大なエネルギーを観測!更に増幅しています!!」
「フェイト隊長!!」
「フェイトちゃん!!」
「テスタロッサ!!」
必死の呼び掛けも全く通じない。
映像は乱れによりほとんど見えなくなり、砂嵐状態になっている。
152 :
◆jTyIJlqBpA :2012/06/29(金) 02:36:42.89 ID:xLAzFFmW
『地震――すご―――揺れ―――――っあ!!―――サイ――ン――音――――――――あっ―――落ち―――――ああ!―――あああ!!――』
激しいノイズの中、フェイトの悲鳴が途切れ途切れに聞こえた。
ぶつっ
それを最後に映像と音声が途切れた。
全員が確信した。これはただ事では無いと。
ザーーーーーーーッ
スピーカーから流れる砂嵐の音だけが静かになった室内に響いている。
「エネルギー反応、消失」
その中、呆然とルキノが呟いた。
「……現地との通信が、完全に遮断されました」
直後、はやてが勢いよく立ち上がり、足にぶつかった椅子が大きな音をたてた。
ロングアーチにいた全員がはやてに注目する。
「反応の消失した地点は!?」
唾の飛ぶ勢いでオペレーターの三人に聞いた。
「××県、三隅郡、羽生蛇村上空です」
「スターズとライトニングの隊長、副隊長は直ちに現地へ!」
「はい!」「了解!」
「シャリオとルキノとアルトは通信の回復を。急いで!!」
「了解しました!」
はやての指令を皮切りになのは、ヴィータ、シグナムは司令室を飛び出して行った。
オペレーターの三人も慌ただしくキーボードを叩き始める。
153 :
◆jTyIJlqBpA :2012/06/29(金) 02:38:28.23 ID:xLAzFFmW
はやては椅子に座り込み、通信途絶前の状況を思い出した。
途切れる直前の通信の中で断片的に聞こえた単語。
それにフェイトの、悲鳴。
(まさかレリックの暴走?)
だが有り得ない話では無い。現に一級捜索指定の掛かっているロストロギア、レリックはこれまでに幾度となく暴走し、大事故を引き起こしてきた。
……しかし、現地でレリックの反応は消失していたはずだ。
故意に暴走させるにしても、ロストロギアであるレリックの反応を早々に隠せるものでもない。
(いや、可能性はあるにはある……けど、じゃああのノイズは一体……?)
はやてはフェイトとの通信が途絶した、その直前に入ったノイズに引っ掛かりを覚えた。
(それにフェイトちゃんの言うてた言葉……)
スピーカーから断片的に聞こえた地震、揺れ、音、落ちる………
考えれば考えるほど不吉な予感がとめどなく湧き上がる。
「一体なにが起こったんや……」
モニターの映し出している砂嵐を険しい表情で見つめながら、はやては絞り出すように呟いた。
はやて達は知る由も無かった。
フェイト達のいた現地がどういう場所なのかということも、そこでは怪現象が頻繁していたことも、
今さっきまで時空が何度も揺らいでいたことも、
画面の向こうで、けたたましいサイレンが鳴り響いていたことも………
新暦75年/22時34分27秒/ミッドチルダ六課隊舎
地球/日本時間 昭和78年/8月/00時00分00秒/羽生蛇村
絶望の物語が、幕を開けた。
規制を食らったので携帯から
投下は以上となります。
乙です!
これはレリックどころの話じゃねー!
直ったかな?
こんばんは
本日23時頃より、先日投下したリリカルなのはsts×SIRENの続きを投下します。
158 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/07/04(水) 23:03:29.36 ID:+LtejU/y
時間ですので、リリカルなのはsts×SIREN
題名、羽生蛇村調査報告書を投下します
159 :
◆jTyIJlqBpA :2012/07/04(水) 23:04:23.68 ID:+LtejU/y
ティアナ・ランスター
山中/分校付近
初日/2時14分48秒
意識を取り戻すと共に、ティアナは全身に鈍い痛みを感じた。
不明瞭な意識の中、自分がどこにいるかも分からない。
とりあえず自分が外で仰向けに寝転がっていることは分かった。
手を動かすと、少し湿った土と、濡れた木の葉の感触がする。
周りには雨が降っていた。
顔や手足を、細かい水滴が絶え間なく叩いている。
「うぅ……」
身体の至る所に走る鈍い痛みにティアナは呻き声をあげた。
目を開けても視界がぼやけてよく見えない。
仰向けになったままじっと空中を眺めていると、視界は徐々に回復してきた。
見えたのは夜空……と言っても生い茂った枝と葉に阻まれている上に
黒雲が垂れ込めていて、その様子は暗澹としていた。
「ここは……?」
思わず呟きながら、上体を起こす。
「っ……ててて」
ぴりぴりと身体に走る痛みに自然と表情が険しくなった。
(全身打撲か……まぁ、あの高さから落ちて死ななかったのが不思議なくらいね)
立ち上がって周りを見渡すと、自分が山の中にいることが分かった。
やや傾斜した地面には大量の木の葉や雑草、周りは樹ばかりだ。
雨が木の葉を叩く音が、暗闇の中で絶え間なく流れている。
あとは不気味なくらい静寂に沈んだ闇が辺りに広がっていた。
(そうだ、キャロ!!)
意識を失う直前に、共に戦っていた仲間のキャロ・ル・ルシエ。
彼女の存在を思い出した途端、ティアナの胸中が不安でざわつきだした。
(無事だといいんだけど……)
そう思ってとりあえずは通信と、状況整理の手伝いのためにと、
自身のインテリジェント・デバイス、クロスミラージュを求めて身体をまさぐる。
ところが
(あ、あれ!?)
「……ウソ」
暗闇の中、身体をまさぐって分かったことは、
バリアジャケットは解けて、今は元の私服姿に戻っていること。
そして愛機、クロスミラージュが少なくとも手元には無いこと。
「落としたとかシャレになんないわよ……」
突如として膨れ上がった不安に、ティアナは思わず独り言を呟いた。
(この辺りには落ちてなさそうだし……。
思念通話は………やっぱり駄目ね)
ということになるとキャロは近辺にいないか、気絶しているか、あるいは――
(……さすがにそれは無いわよね)
思わず考えてしまったネガティブな予想を脳内で打ち消す。
その代わりに、一刻も早くキャロを探し出して現状を打開せねば、という焦燥感に似た思いが沸き立った。
161 :
◆jTyIJlqBpA :2012/07/04(水) 23:08:26.50 ID:+LtejU/y
(とりあえず、ここにずっといても埒が開かないわ。
ここら辺には確か集落があったはず……)
任務前に頭に入れた現地情報を頼りに、とりあえず山を下りることに決めたティアナは、
溜め息を吐いてから、ゆっくりと斜面を下り始めた。
暗闇の中、手探りで木々や葉を避けながら、状況の整理を始める。
(私がキャロの操るフリードの背に乗って、
ガジェットと戦っていたのはさっきのことなのかな)
正直、気絶してからどれほど経ったのか、全く想像できなかった。
(でもまあそう遠い昔じゃないことは確か。
それで戦闘していたらガジェット達が突然堕ち始めて………)
そこでティアナは立ち止まった。
(…………あのサイレンは、一体なんだったの?)
勝手に出力停止して墜ちていったガジェット達を呆然と眺めていたら、妙な悪寒が身体を駆け巡った。
その直後だ。
つんざくような、それでいて身体の底から響くような爆音のサイレンが辺りに轟いたのだ。
その後すぐさま、フリードが錯乱したように暴れ出し、そしてティアナは振り落とされた。
(しかも気絶したのは地面に叩き付けられた衝撃のせいじゃなかった……)
そう、鳴り響くサイレンの中、ティアナは空中に放り出されてから遠ざかっていくフリードとしがみつくキャロを見ていた。
記憶がないのはそこからであって、地面に叩きつけられたことが直接的な原因ではない。
(あのサイレン……相手側の新手の兵器かなにかか。
どちらにしろ、良いものではないことは確かね)
ひとまずは結論付け、ティアナは再び山を下り始めた。
162 :
◆jTyIJlqBpA :2012/07/04(水) 23:10:03.82 ID:+LtejU/y
(とりあえず、ここにずっといても埒が開かないわ。
ここら辺には確か集落があったはず……)
任務前に頭に入れた現地情報を頼りに、とりあえず山を下りることに決めたティアナは、
溜め息を吐いてから、ゆっくりと斜面を下り始めた。
暗闇の中、手探りで木々や葉を避けながら、状況の整理を始める。
(私がキャロの操るフリードの背に乗って、
ガジェットと戦っていたのはさっきのことなのかな)
正直、気絶してからどれほど経ったのか、全く想像できなかった。
(でもまあそう遠い昔じゃないことは確か。
それで戦闘していたらガジェット達が突然堕ち始めて………)
そこでティアナは立ち止まった。
(…………あのサイレンは、一体なんだったの?)
勝手に出力停止して墜ちていったガジェット達を呆然と眺めていたら、妙な悪寒が身体を駆け巡った。
その直後だ。
つんざくような、それでいて身体の底から響くような爆音のサイレンが辺りに轟いたのだ。
その後すぐさま、フリードが錯乱したように暴れ出し、そしてティアナは振り落とされた。
(しかも気絶したのは地面に叩き付けられた衝撃のせいじゃなかった……)
そう、鳴り響くサイレンの中、ティアナは空中に放り出されてから遠ざかっていくフリードとしがみつくキャロを見ていた。
記憶がないのはそこからであって、地面に叩きつけられたことが直接的な原因ではない。
(あのサイレン……相手側の新手の兵器かなにかか。
どちらにしろ、良いものではないことは確かね)
ひとまずは結論付け、ティアナは再び山を下り始めた。
163 :
◆jTyIJlqBpA :2012/07/04(水) 23:11:20.59 ID:+LtejU/y
闇の中、自分がどこにいるのかも分からないまま宛もなく何分も歩き続けていると、
さすがのティアナも、自然と気分が不安な方向に傾いていった。
(今何時頃なのかしら……)
方向も、場所も、時間も。
現状が分かるものが何一つ無いという状況なのだから、不安になるのは仕方がないと言えば仕方がなかった。
幸いにも機動六課で毎日、隊長陣に鍛えられてきたおかげで
体力はまだまだ有り余っている。
少なくとも日が登った後までは歩き続けられるだろう。
そう考えながら、横たわっていた倒木を跨いで行った時だった。
――――せんせ―――たす―て―――
「……え?」
木の葉が擦れ合う音の中に、微かに何かが聞こえた。
ティアナは息を殺して、耳を澄ました。
――――せ―せい!―はやく―きて――
雨音の中、確かに聞こえた。
少女の声。
なにかの放送だろうか、声には雑音やハウリングが混じり合っていた。
放送はティアナの眼下から。
つまりティアナの下りている山の麓から聞こえてきた。
ティアナは不審に思った。
まずこんな深夜の山中で、少女が放送を流すこと自体おかしいし、
なにより少女の声からは焦燥感や恐怖といったものが感じられた。
(なにかあったのは確かね。でもこんな山奥で一体なにが……)
「ぅぐっ!!」
その時、頭の中に電気を流されたような、鋭い頭痛がティアナの身体を揺らした。
目をつぶり、歯を食いしばって頭痛に耐えようとする。
すると、酷い頭痛と同時に、奇妙なイメージが頭の中をよぎった。
(な、なにこれ……)
―――春海ちゃん!春海ちゃんどこ!?―――
(いやイメージというより、これは……誰かの視点?)
頭痛と共にティアナが視たのは、誰かが必死に
『春海』という人物を探している視点だった。
(も、もしかして、さっきの女の子?)
脳裏に流れる映像の中の声から、
その『春海』という、恐らく少女は先程放送で流れた少女のものだろうとティアナは推測した。
―――春海ちゃん!―――
声の主が女性だということは、声質からすぐに分かった。
女性は木造の建物の中を、懐中電灯と先の曲がった鉄棒のようなものを持ちながら必死な様子で動き回っている。
「……っ」
余りの頭の痛さに、ティアナは弾かれるように目を開けた。
すると目の前には相変わらずの静寂と闇に包まれた森が広がっており、
先程までの頭痛は嘘のように無くなっていた。
当然、周囲からはなんの声も聞こえない。
突然の頭痛から解放されたティアナは、自身を落ち着かせるように深い呼吸を繰り返した。
「今のは一体……」
(幻覚?いや)
ティアナにはとても幻覚には思えなかった。
頭の中に流れた女性の息づかいも、視点も、その全てが嫌に生々しかった。
(リアルタイムで起きてることだとしたら……)
いや、ありえる。
ティアナは自分でも不思議に思いながら直感した。
先程流れた放送。
あの少女が『春海』だとして、幻覚で視た視点の主が、
その助けを求める声を聞いて救出に向かっているのだとしたら、可能性は十分にありえる。
……しかしどうしてそんなものを視たのだろうか。
支援です。
(思念通話の類?でも魔力的なものは一切感じられなかった)
それに他人の視界を盗み見る魔法だなんて、
今まで魔導関連の勉強を熱心にしてきたティアナでも聞いたことがなかった。
(そもそもなんでいきなり……
もしかしてあのサイレンが?いや、でも)
わからない。
あのサイレンといい、放送と幻覚といい、理解のしがたい事象が続き、頭の中で整理が出来ない。
「……………」
少しの沈黙の後、ティアナは不意に頭をがりがりと掻いて、大きな溜め息を吐いた。
(考えてたって仕方ないわね。
……さっきの幻覚が本当だとしたら、その二人に会うまでだわ)
そうしたら、現状を取り巻く不気味な事象について何かが分かるかもしれない。
そんな期待を抱いて、ティアナは放送の発信源となったであろう山の麓を目指して再び歩み始める。
しかし何歩か歩いて、すぐに足を止めた。
「ん?」
斜面に立つ自分の目の前には、下の方で植わっている木々の葉が生い茂っている。
その葉と枝の間に、何かが見えた。
「あれは……」
眼下に広がる森。
目を凝らすと、その合間にわずかながら灯っている明かりが見えた。
火などの原始的な光ではなく、電気的な揺らがない光。
もしかして、あそこが放送の発信源かもしれない。
そう直感したティアナは、兎にも角にもその明かりを目指して歩みを早めた。
以上で投下終了とします。
途中連投してしまい申し訳ありません。
ちなみに前に投下した分はこれの序章に当たります。
ではまた次の投下で。
投下乙です。すごいのとクロスさせましたね。これからもがんばってください。
http://yaruo.wikia.com/wiki/%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%83%84%E3%82%A7%E3%83%AB_%E2%97%86a1H0Q8OEqo?oldid=21112 メルツェル ◆a1H0Q8OEqo
編集
2012年7月4日 (水) 13:46時点における202.71.91.111 (会話)による版
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メルツェル ◆a1H0Q8OEqoは、やる夫スレ作者。別トリップはボス ◆FS4Cgaa23U。
2009年10月3日よりやる夫スレの製作を行っている。
概要
他作者の作品とのクロスオーバー作品を積極的に発表しているやる夫スレ作者。
またやる夫以外でも幅広く創作活動を行っており、SSでは主に箱庭廻という名で多重クロス系SSを取り扱っているほか、自らが副管理人を勤める個人サイトも持つ。
そちらの代表作として「欠陥人生 拳と刃」「ミッドチルダUCAT」「SSS/RPW」「リリカル!夢境学園」などがある。
共用スレで行われる様々な企画に積極的に参加し、共用雑談スレにも積極的に顔を出すなど、他作者との交流も活発である。
その一方で、自身の作品を完結させたことはまだない。
SS界隈の人、ちょっとこいつ引き取ってよ(迫真)
失せろ
こんばんは。本日23時より、リリカル陰陽師StrikerS最終話投下します
それでは時間になりましたので、投下開始します。
最終話 輝く絆を握りしめ
あの戦いから半年が過ぎた。
ゼストは独房の中で、レジアス・ゲイズと面会したらしい。その時、どんな会話がなされたのか、公式記録には残っていない。ただその数日後、満足したようにゼストは息を引き取った。
ルーテシアは、無事意識を取り戻した母親と共に、別の次元世界で穏やかな日々を送っている。ルーテシアの性格は、原形をとどめていないほど明るくなった。その話を聞くたび、昌浩の胸はきりきりと痛む。
ナンバーズたちの更生も進んでいる。スカリエッティとナンバーズの一部は更生の意思を示さず収監されているが、大半は更生プログラムを終えて出所した。
チンク、ウェンディ、ディエチ、ノーヴェの四名はスバル・ナカジマの父親が引き取り、これでノーヴェとスバルは名実共に姉妹となった。出所した他のメンバーは聖王教会に預けられている。
ヴィヴィオは、なのはが正式に養子とし、高町ヴィヴィオとして幸せに暮らしている。
機動六課は任期満了して解散となり、メンバーはそれぞれの道を歩き始めた。ちなみにスバルは休みの日になると、太裳のところに通信を送ってくる。その日を太裳は一日千秋の思いで待ちわびている。
昌浩が中学二年の春休みに入った頃、なのはとフェイトとヴィヴィオ、はやてと守護騎士一同が昌浩の家を訪れた。
「その節はお世話になりました」
晴明と昌浩を前に、はやてたちは心からの感謝を述べる。スカリエッティ逮捕後のごたごたで、直接はやてたちが顔を合わせるのは、あの戦い以来だ。
ヴィヴィオの面倒は、いつも通り太陰と玄武に任せている。
「うー。昌浩さんを見ると、あの時の筋肉痛を思い出してしまいます」
「俺もだよ」
リインと昌浩は遠い目で腕をさする。あの戦いで無茶をし過ぎて、二人とも筋肉痛で一週間動けなかったのだ。昌浩の怪我の治癒には、さらに半月かかった。おかげで昌浩は、夏休みを大幅に延長する羽目になった。
ちなみに天一も昌浩とほぼ同時期に回復を果たしている。
半分近く残っていた夏休みの宿題は、六課のメンバーが総出でやってくれた。それが昌浩個人に支払われた報酬だが、少し割に合わないとは思ったのは、内緒だ。
「よく勝てたよね、私たち」
「うん。もう一度やれって言われても、たぶん無理」
なのはとフェイトが顔を見合わせて苦笑する。ルーテシアとアギトの協力がなければ、絶対に負けていた。それぐらいギリギリの勝負だった。
「あの時は、昌浩君にみっともないところ見られたな」
泣き顔を見られるなど、はやて、一生の不覚だ。
「いや、あれは俺が悪いんだよ、はやて姉ちゃん」
「うーん。やっぱり姉ちゃんは照れ臭いな。はやてでええよ」
「わかりました。はやてさん」
「さんもいらん。家族に遠慮は無用やよ」
「わかりました、はやて。じゃあ、俺も呼び捨てでいいです」
「了解や。昌浩」
はやてがウインクし、昌浩も笑顔を返す。
「粗茶ですが」
扉を開けて、白いワイシャツにパンツルックの長身の女性が入ってくる。女性ははやてたちの前に淡々と湯飲みを置いていく。
「おい、もう少し愛想良くしろ」
「こうか? 難しいな」
もっくんに注意され、女性はひきつった笑みを浮かべる。後ろでは、菓子を持った長い髪の女性が控えている。
「はやて。お前らに一言言ってやりたいんだが」
「なんや、もっくん」
「どうして俺が、こいつら三人の保護責任者をやらねばならんのだ!」
もっくんが机に置いた書類をばしばし叩く。保護責任者欄には、はっきり十二神将、騰蛇と記載されている。
茶を持ってきたのはトーレで、菓子を持ってきたのはセッテだった。
「つれないこと言わないで下さいよ、師匠」
さらにアギトがもっくんの背に乗っている。
トーレは騰蛇との決着をつけるためにここに来た。ついでにトーレを尊敬しているセッテも、一緒についてきた。
収監されているスカリエッティ、ウーノ、ドゥーエ、クアットロたちには悪いと思っているが、トーレたちは新しい目標を見つけてしまったのだ。
スカリエッティは更生したナンバーズを裏切り者と罵りながらも、新たな道を歩んでいることに、心のどこかで喜んでいるようだった。
「本人たちの強い希望なんやから、しゃあないやん。もっくん、自分の発言には責任持たなかんよ」
もっくんの己の軽口を後悔する。もう一度挑戦して来いなんて言うんじゃなかった。好きにしろなんて言うんじゃなかった。
「モテモテだな、騰蛇」
「勾、からかう為だけに出てくるな!」
突然顕現して笑いを堪える勾陣を、もっくんが怒鳴る。
「ところで、昌浩。管理局入り、考えてくれたか?」
「はい。やっぱり俺、高校までは、こっちで陰陽師の修行を続けます」
「そっか。まあ、当面、やばい事件はなさそうやし、好きにしたらええ。ただし、今から入ってきても、一般隊員や。こき使ったるから、覚悟しとき」
「はい、はやて」
「…………」
なのはが部屋の片隅をじっと見つめる。晴明につき従っていた青龍が不機嫌な顔で顕現した。
「何か用か?」
「こんにちは、宵藍(しょうらん)さん」
「晴明!」
青龍が激昂する。それは先代の晴明が、青龍に与えたもう一つの名だった。気性の激しい青龍が穏やかになるよう、願いの込められた名前。その名を呼べるのは、今の晴明だけだ。
「仕方なかろう。わし一人が言っても効果がないんじゃから。一人より二人じゃ」
「晴明さんから宵藍の名前を聞きだしたんだから、私の一勝でいいよね。これで通算一勝一敗三分け。次で決着だね」
なのはが満面の笑みで言う。
「今のを勝負と誰が認めるか。戦績は貴様の一分け三敗だ」
「最初の二戦、私、負けてないもん」
「なのは……どれだけ負けず嫌いなの?」
戦績でもめるなのはと青龍を、フェイトが呆れたように眺めていた。
一通り近況報告を済ませ、雑談に興が乗りだした頃、はやてが時計を見ながら言った。
「どれ、そろそろお暇しようか」
「え、もう?」
「事件は山積みなんよ。今度の休暇には、ゆっくりさせてもらうからな」
「彩輝。その時は、また手合わせ願おう」
シグナムが六合に告げる。六合が無言で首肯する。
「ザフィーラ。今度は酒に付き合ってもらうからな」
「心得た。騰蛇よ」
「もっくん、アギトたちのことお願いね?」
「…………」
フェイトに頼まれ、もっくんは苦虫をかみつぶしたような表情になる。放り出してしまいたいが、それができる性格でもない。当分は三人の面倒をみる生活が続くのだろう。
「晴明さんも体に気をつけて下さいね」
「シャマル殿、心遣い痛み入る」
「またね、宵藍さん」
「二度と来るな!」
笑顔のなのはに言い放つと、青龍は隠形してしまう。
「またね、玄武、太陰」
「うむ。ヴィヴィオも元気で」
「はいはい、またね」
子ども三人が別れの挨拶をする。玄武と太陰はヴィヴィオの一番の友達だった。
「またな。昌浩」
「うん。またね、ヴィータ」
昌浩とヴィータが笑顔で手を振り合う。
みんなの姿が道の向こうに消えるまで、昌浩は手を振り続けた。
帰り道の途中で、はやてが口を開いた。なのは、フェイト、ヴィヴィオは、別行動を取っている。
「なあ、ヴィータ。お願いがあるんやけど」
「なんだよ、はやて?」
「もしよかったら、昌浩、くれへんかな?」
「へっ?」
ヴィータだけでなく、守護騎士全員が凍りつく。
「いやー。年下に興味なかったんやけど、姉ちゃんって呼ばれたら、胸がこう、きゅんってなってな。イチコロやったわ」
「は、はやて?」
「あ、別に私、愛人でも全然構へんよ。もちろんその逆で、ヴィータが愛人でもOKやからな」
ヴィータは頭が真っ白になっていた。
はやては腕時計に目を落とすと足を速める。
「おっと、時間がやばいな。みんな走るで」
「は、はやて〜」
泣きそうな声を上げながら、ヴィータがはやてを追いかける。
「ははっ。主はやては冗談がきつい」
「まったくだ」
「もう、はやてちゃんったら」
「あはは。そうですね」
残された四人が乾いた笑いを上げる。守護騎士と主で三角関係など、修羅場過ぎる。あれははやての冗談だ。四人は精神衛生上、そう思い込むことにした。
以上で投下終了です。
今、もう一本別のクロスを書いています。
それではまた、なるべく近いうちにお会いしましょう。
二時半頃に、羽生蛇村調査報告書
ウェンディ 合石岳/三隅林道 初日/4時27分51秒
を投下します。
すいませんトリ付け忘れました
それでは時間になったので投下します
ウェンディ
合石岳/三隅林道
初日/4時27分51秒
「うぅ、頭が痛いっス……。
なんだったんスかあのサイレンは……」
雨が降る寂れた林道を、頭を抱えてとぼとぼと歩きながら、ウェンディは呟いた。
スカリエッティの作り出した戦闘機人作品群、ナンバーズの中で11という番号を付けられているウェンディは
仲間のナンバーズであるノーヴェ、クアットロと、魔導師のルーテシア、ゼスト
そして複合機のアギトと共にレリック捜索のため地球に来ていた。
機動六課も必ず現地に来るだろうと予測していたスカリエッティは送り込んだ大量のガジェットをナンバーズ達に引き連れさせ、
ウェンディ達は散開して各々で山中に身を隠していた。
レリックもそうだが、目的は他に六課の隊員達がガジェットと戦闘を繰り広げているところで襲いかかってちょっかいを出すことにもあった。
深夜になると、案の定機動六課の隊員が来てガジェットとの戦闘を開始。
ウェンディ達は山中に隠れて襲いかかる機を伺っていた。
しかし程なくして通信に原因不明の異常が生じ、ISも謎のシステムダウンを引き起こし始めた。
空を見るとガジェット達も次から次へと落下を始めており、しまいには地面が大きく揺れ出した。
次から次へと飛び込んで来る問題に、ウェンディが大慌てしていると、
どこからともなく爆音でサイレンが鳴り響いたのだ。
ウェンディはその場で気を失い、そしてついさっき目を覚まして、現在に至る。
「相変わらずISは発動できないし、通信回線は開けないし……」
ウェンディの固有装備であるライディングボードは、機動できない場合、移動の邪魔になるのは必須なので
既に目覚めた場所に置いてきている。
移動には徒歩、通信もできないので助けを呼ぶことはもちろん仲間の安否も確認できない。
加えて誕生してからのほとんどをスカリエッティのラボで過ごしたウェンディにとって、全く身に覚えの無い偏狭世界。
「大体、どこっスかここはーー!!」
ウェンディの叫び声が山間に切なくこだます。
状況は見るからに最悪だった。
「はぁ……やってらんないっスよ」
跳ね返ってきた山びこを聞いて、なんともやり切れない思いに駆られたウェンディは、溜め息を吐いて歩き出す。
その時だった。
「あ」
突然足元が、地面が無くなった。
支えを失った身体はバランスを崩して落下し始める。
―――ヤバい!!
なにも見えない真っ暗闇に身を投げ出され、わけもわからずウェンディはとっさに死を覚悟した。
しばしの浮遊感が身体を包み込む。
「うぉあがっ!!!」
そして間もなく、背中を起点として全身に衝撃が走った。
げほっ、ごほっ
もんどり打って咳き込む。
叩きつけられ、肺から押し出された空気が喉に絡まったのだ。
「いっつつつつ………」
何かの穴に落ちたのだろうか、完全な暗闇に包まれていて周りは何も見えない。
背中をさすりながら壁に手をつくと、ゴツゴツと固い感触がした。
足元には大量の石ころがあり、ウェンディが落ちてきた拍子に崩れたのだろう、
石ころが壁を転がって地面に落下する音がしばらく続いていた。
土埃が上がっているのか、息を吸うとたちまちむせる。
ウェンディは岩壁に手をつき、咳き込みながら立ち上がった。
「げほっ、げほっ、うぇ……もぉ、今度はなんなんスか!!」
洞窟か何かなのだろうか。
ウェンディの怒声は何度も反響した。
「……真っ暗で何も見えないっス」
あの気絶以来、戦闘機人の備えている暗視機能やその他視覚機能もほとんど失われており、
せめても暗闇の中で微かに補正がかかるぐらいである。
(こんなとこ、それこそ誰も助けに来やしないだろうし……)
「ホント、しっちゃかめっちゃかっスよ……」
自分の手が見えるか見えないかギリギリの闇の中、ウェンディは悲壮感溢れる声調で呟いた。
しかしその場に留まって朽ちるのを待つわけにもいかない。
ウェンディはとりあえず壁に手をつきながら歩み始める。
しかしまた穴かなにかがあっては堪らない。
一歩一歩、確かめながら歩みを進めた。
「……全く、作業内容としてはなんの問題も無いとか言っておきながらなんなんスかこの状況は。
問題ありありじゃないっスか」
一緒に来たノーヴェと自分に、相変わらずな飄々とした態度で指示を下したナンバーズ4番、クアットロの顔を思い浮かべながら愚痴をこぼす。
別にクアットロが嫌いだというわけではない。
単純にそうでもしていないとやり切れないからだ。
「相手側の手の内側は分かり切ってるとか余裕こいてて、
結局相手の新兵器かなんかわかんないの食らわせられてるようじゃ、クア姉もまだまだっスねぇ」
そう言ってウェンディは、脳裏に浮かんだ姉を鼻で笑った。
……いや、あのサイレンは本当に機動六課の兵器だったのか?
ウェンディは自分の耳に押し寄せてきた音のうねりを思い出した。
まるで猛獣の咆哮のような、鳴き声のような、あのサイレンからは有機的なものを感じた。
(……不気味っス)
思い出して背筋が寒くなり、そのまま歩みを進める。
「ん?」
不意にチカチカと発光するものが見えた。
足元に積み重なっているであろう石の間から光が漏れている。
ウェンディはかかんで光を覆いでいる石をどかした。
途端、目に強烈な光が飛び込んできた。
とっさに目をかばいながらも、恐る恐る光源に手を伸ばす。
平たいものに手が触れた。
手で探ると、どうやら光を放っているのはカード状の物体らしい。
掴んで拾うと、物体がなんなのかすぐに分かった。
「………デバイス?」
それは白いカード型のデバイスだった。
カードの対角線にはバツ印のように赤く太い線が入っており、中心には黄色い半球状の物体がついている。
(なんでこんな偏狭世界にデバイスが……)
インテリジェントデバイスなのか、ストレージデバイスなのかまでは分からないが、
その型のデバイスをウェンディはスカリエッティのラボで見た覚えがあっだ。
「おーいなんか喋るっスよ」
指で小突きながらデバイスに話し掛ける。
しかしデバイスはちかちかと光を点滅させるだけで、音声を発しはしなかった。
反応したということは、知能を持ったインテリジェントデバイスの類なのだろう。
「壊れてるんスかね?」
(……まあいっか。ちょうど暗くて困ってたところっスし)
ライト代わりにカード型デバイスを持ち替え、カードの光を周りに向ける。
周りには岩、岩、岩。
やはり洞窟だった。
そこそこ広い洞窟で、見上げると岩の天井が覆っており、その一部に穴が開いていた。
「あっから落ちたんっスねー……」
問題なのはここからどうやって出るかだ。
穴までの高さは六メートルほどあるだろうか、岩壁を登っていこうにも天井に張り付いて移動することはできない。
穴には絶対に辿り着けないのだ。
なにか脱出路はないのだろうか?
そう思い、周囲を見回す。
人為的に作られた空間なのだとしたら、なにかしらの通り道が存在していてもおかしくない。
デバイスを片手に、洞窟の中を丹念に探し回る。
「お?」
あった。
自然の産物である石と岩の地面の中に、明らかに人為的なコンクリートで固めてある地面が紛れていた。
その中央には取っ手のついた正方形の鉄蓋がしてある。
(マジでナイスっスよぉ!ツイてるツイてる!)
そこで志気が上がったウェンディは意気揚々と鉄の蓋の取っ手に手を掛けて、思い切り引っ張った。
「……っ……ぐぅぬぬ……」
体重をかけ、全力で鉄の蓋を引っ張る。
錆びているのか、蓋は有り得ない程重かったが、一応は開いているらしい。
戦闘機人であるウェンディの力を持ってしても蓋はかなり重かったが、それでも徐々に徐々に開いていき、
しまいにウェンディが「ふんっ」息を入れると同時に蓋は完全に開いた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
ウェンディは息を切らしながら、開いた鉄蓋に近付く。
デバイスで照らすと、そこには正方形の穴が空いており、その一面には鉄の梯子があった。
どこへ続くか分からないがとりあえずここに留まっていても仕方がない。
ウェンディは躊躇いなく梯子に足をかけ、穴の中へと降りていった。
足を踏み込むたびに鉄の音が寂しく穴の中に響く。
洞窟から下の階はさほど間が無いらしく、間もなくしてすぐに広い空間に出た。
梯子から降りて、明かりを周りに向ける。
先程の岩壁とは違って、コンクリートで固められた壁。
天井はあまり高くなく、ウェンディが手を伸ばして跳躍すれば届くぐらいだ。
「なんなんスか、ここ」
そこはトンネルだった。
天井に沿ってパイプと配線が何本か通っており、壁には現地人の文字で何かの単語が書いてある。
残念ながら他世界の語学教育を受けていないウェンディには、でかでかと白で書かれたその単語の意味は分からない。
(なんかの施設であるのは間違いないようっスけど……)
ウェンディのいる場所でトンネルは途切れており、立ちふさがっているコンクリートの壁に、先程の鉄梯子は設置してあった。
よって行き先は一方向に絞られている。
(まぁ、逆に分かりやすくていいっスね)
前向きに考えながら、ウェンディはデバイスを片手に、トンネルの向こうを包む濃厚な闇へと足を踏み出した。
185 :
◆jTyIJlqBpA :2012/07/09(月) 15:32:43.42 ID:d9L1TaMf
以上で投下終了します
ではまた
久しぶりに登場します、どう話を進めるかで迷ってて、中々書けない
状況でした。
ある程度は出来て来たので、今週末にUP致します。
長らくお待たせしてすみませんです。
>>184 投下乙です。まだ屍人との遭遇も、原作登場人物との邂逅もないようですが、これからの展開が
非常に楽しみな一作です。少なくとも、なのはさんたちとクロスする以上何人かは原作と違った展開を迎えることになるのでしょうね。
個人的には、SDKや宮田先生の登場が楽しみです。
188 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/07/16(月) 12:52:26.67 ID:XF+OHAPC
そういえばEXECTORやR-TYPEΛの人も結構顔出せてないね、
リアルが急がしいんだろうか?
>>188 TRANSFORMERSの人もまだ来てないみたいだし
少なくなったなぁマジで
.
ここも完全に過疎化したし、そろそろ終わりかな?
いまだに投稿してくれている人がいる中でその発言は失礼だろう
そんな人気あった訳じゃない書き手だけど、久し振りに投下してみようかなと企ててたり
書く暇あるか分からないし誰得かもしんないけどさ
何が来るのか楽しみ
>>193 ハリーポッターとのクロスとか…ってこれは自分が考えてたネタだけど。
JS&戦闘機人VS時空管理局&ハリー軍団VS例のあの人&死喰い人みたいな流れで
三つ巴的な。許されざる呪文に折り合いがつけられなくて結局諦めたんだけどね。
アバダ・ケダブラとかなのはさんたちの世界でもチートすぎるし
保守
ハリー世界の魔法とは毛色が違うから難しそうだな
よくよく考えるとハリー世界の魔法は相当なチートだよな
「アバダ・ケダブラ」のシングルアクションで人を殺せるんだもん
抵抗するには相手が唱えて魔法が飛んでくる間に抵抗の魔法を唱えないといけないとか鬼畜仕様
他にも空間移動とか武装解除とかチート魔法わんさかあるよね
なのは世界で運用するなら相手の魔法力によって障壁で防げるとかにしないと無理ゲーになる
なのは世界みたくやたら戦闘特化してる魔法なんてのは異常
世界そのものの在り方かもしれんけど、それにしたって魔法という道具だけが用途が歪み過ぎ
大抵のファンタジーの魔法は「道具」「行動」系が主体であって「戦闘」が主体なんてのはイレギュラーだから
まぁ、もともとがオタク向け作品だしねぇ
なのは世界の魔法は超科学って感じだからハイファンタジーと合わないのは仕方ない
ところで、以前、wikiにパシフィックストーム外伝91P付近の丸パクリを載せていたのが居たけど…何時頃削除されたんだろう?
お久しぶりです。
本日、23時半より、リリカルなのは劇場版1stとWORKING!!のクロス『リリカルWORKING!!』一品目を投下します。
それでは時間になりましたので、投下開始します。
なお、なのはとユーノが出会った時期が夏休み直前という設定になっています。
一品目
夏休みに入る直前、高町恭也、美由希、なのはの三兄妹は、自宅の居間で父親の士朗に頼みごとをされていた。
「北海道に行けだって?」
大学一年生の黒髪の青年、恭也は困惑する。夏休みは恋人の月村忍とデートの予定がすでに入っていたのだ。
「急な話で悪いんだが、実は昔の知り合いがファミレスの店長をやっていてな。今度の夏休みに人手が足りなさそうなんで貸してくれと……」
心底申し訳なさそうに、士朗は顔の前で両手を合わせる。
「翠屋はいいの?」
三つ編みに眼鏡をかけた高校二年生の女の子、美由紀が首を傾げる。高町家は商店街で喫茶店を経営している。忙しいのはこちらも同じはずだが。
「ああ。家の心配はしなくていい。バイトの子たちもいるから、どうにかなるだろう。向こうも別にフルにシフトが入ってるわけじゃないから、お前たちはついでに北海道旅行を楽しんできなさい」
「私も行っていいの? ユーノ君は?」
小学三年生の栗色の髪をツインテールにした少女、なのはが顔を期待に輝かせる。
「ああ、もちろんいいぞ」
「やったね、ユーノ君」
なのはが足元にいるフェレットに声をかける。
「でも、子どもたちだけで旅行なんて」
母親の桃子が苦言を呈する。
「恭也と美由希はもう大人だし、なのはだってしっかりしてるから平気だよ」
「父さん……もしかして母さんと二人っきりになりたかっただけじゃ?」
「そ、そんなことはないぞ」
士朗が慌てふためきながら弁解する。どうやら図星のようだ。
(よかったね、ユーノ君)
(うん。残りのジュエルシードが北海道にあるってわかって、困ってたからね。まさに渡りに船だよ)
なのはが他の人に聞かれないよう念話をユーノに送る。フェレットの姿をしてるが、ユーノの正体は魔法世界の住人だ。
なのははユーノとともに、危険な魔法のアイテム、ジュエルシードを人知れず封印している魔法少女なのだ。現在、なのはが持っているジュエルシードは二個。後十九個集めなければいけない。
こうして、高町兄妹は北海道へと旅立っていった。
北海道に着くなり、高町兄妹は目的の店へと向かった。
北海道某所、ファミレス、ワグナリア。
「店長の白藤杏子だ。よろしくな」
事務机に座った二十代後半の女性が告げる。髪を肩口で切りそろえたクールな雰囲気の女性だ。
「よろしくお願いします」
三兄妹が元気よく挨拶する。恭也は白いシャツに蝶ネクタイと黒いズボン、美由希となのはは白いシャツに黒いリボンとミニスカートをはき、エプロンをつけている。これがこの店のフロアの制服だ。
なのはは別に手伝わなくてもよかったのだが、本人の強い希望で、社会見学の名目で許可された。
ちなみに動物は入店禁止なため、ユーノは外で待機している。
夏休みに入り、バイトやパートたちがこぞって旅行や遊びに出かけてしまったのが、ワグナリアの人手不足の原因だった。
「ところで、宿泊先も白藤店長が用意してくれるという話でしたが、それなら別のバイトを雇った方が安上がりだったのでは?」
恭也が質問した。宿泊費にバイト代もちゃんと払う約束になっている。
「それなら、大丈夫だ。ほれ」
杏子は恭也に宿泊先の地図と鍵を渡す。
「ここのマネージャー音尾は、行方不明の妻を捜して旅に出ていてな。当分家に帰る予定はないから、好きに使っていいそうだ」
「………………」
つまりこのファミレスは責任者不在ということか。赤の他人を自分の家に泊めるというのも不用心な話だが、マネージャーは長い旅暮らしの為、貴重品はすべて持ち歩いているらしい。
「杏子さんはお父さんとどうやって知り合ったんですか?」
続いて、なのはが質問した。住んでいる場所も年齢も違う士朗と杏子の接点が、どうしてもわからない。
「ん? 私が高校生の頃、戦ったことがあるんだ」
「お父さんと?」
父親の士朗は、現在は引退しているが、小太刀二刀御神流の達人でかなりの実力者だ。恭也と美由希も幼少より習っているが、まだ父親の域には達していない。
「じゃあ、杏子さんも強いんですね」
「さあな。だが、お前の親父は強かったぞ。後にも先にも、私の釘バットを真っ二つにしたのは、あの男一人だ」
「釘バット?」
なのはには聞き慣れない単語だった。てっきり杏子も剣術を学んでいると思ったのだが。
「知らないのか? バットに……」
「白藤店長、それ以上の説明はいりません。なのはも気にしないでいいからな」
恭也が引きつった顔で、なのはを杏子から遠ざける。どうやら杏子は昔ヤンキーだったようだ。
「それと、最初に言っとくが、仕事に関して私は一切助言しないので、そのつもりで」
「それは見て覚えろと?」
随分厳しいファミレスだと、恭也と美由希は驚く。
「いや……あんまり仕事しないから知らないんだ、私」
「……恭ちゃん。この店、大丈夫かな?」
「さあ」
恭也も美由希もいきなり不安を感じていた。
「なので、仕事に関しては、こいつに訊いてくれ」
杏子に呼ばれ、ボリュームたっぷりの髪をポニーテールにした元気な女の子が事務室に入ってくる。どう見ても小学生くらいだ。
「私、種島ぽぷら。よろしくね」
「よろしくね、ぽぷらちゃん」
近い年齢の子がいると知って、なのはが喜んでぽぷらの手を取る。
どうして小学生が働いているのか不思議に思ったが、尋ねる前に杏子とぽぷらが話を先に進めてしまう。
「では、種島。他のメンバーの紹介をしてやってくれ」
「はーい」
恭也たちはぽぷらに連れられて、仕事場へと向かった。
フロアからは客席が一望できる。お昼時を過ぎて暇な時間帯らしく、客席には人がまばらにしかいない。その中を一人の制服の女性が動き回っていた。
長い髪に優しげな笑顔の美人だった。女性はてきぱきと慣れた様子で仕事を片づけていく。
その姿を見て、恭也たちは冷や汗を流す。
「ねえ、恭ちゃん。あれ、刀だよね?」
「ああ、間違いない」
女性の腰には日本刀が吊り下げられていた。それが歩くたびに、がしゃがしゃと音を立てている。
客たちの反応は二種類だった。まったく刀を気にしていない者と、不安そうに刀から目を離せない者。一人の勇気ある若者が質問しようとしたが、女性の笑顔に結局何も言えなくなってしまう。
「あれがフロアチーフの轟八千代さん」
「……あの人がチーフなんだ」
仕事を終えた八千代が恭也たちの方にやってくる。
「あら、あなたたちが新人さんね。杏子さんから話は聞いてるわ。これからよろしくね」
「よろしくお願いします」
三人並んで頭を下げる。すると、否応なく刀が目に入る。
「あの……どうしてチーフは帯刀しているんですか?」
「実家が刃物店なのよ」
答えになっていないと思ったが、口には出さなかった。
「ちょっと見せてもらっていいですか?」
興味津々な様子で、美由希が刀を指差す。美由希は刀剣マニアだった。
「お、おい、美由希」
「ええ、いいわよ」
恭也が止めようとするが、八千代は気にせず刀を美由紀に渡す。
美由希は刀身に息や唾がかからないようハンカチを口にくわえる。本当は懐紙でやるのだが、ないので代用している。慎重な手つきで、刀を鞘から抜く。摸造刀ではなく、ちゃんと刃のついた真剣だった。
美由希はうっとりとした様子で刀身を眺める。実戦を想定した質実剛健な造りで、観賞用の刀にはない迫力がある。
美由希の顔が少し引きつった。この刀、明かに使用した形跡がある。それも一度や二度ではない。刀を鞘にしまい八千代に返す。
「あの、八千代さん。八千代さんも剣術を習ってるんですよね?」
「いいえ」
「じゃあ……」
いつ使ったのか訊こうとするが、八千代は邪気のない満面の笑みを浮かべている。
「いえ、何でもありません」
先ほどの客と同様、結局美由希も何も言えなかった。
そして、恭也は、
「……あれがありなら、家でも試してみるか? 常に帯刀しているだけでも修行になるし」
新たな修行法を真剣に模索中だった。
「八千代、ラーメンできたぞ」
「はーい」
真っ白なコックの服を着た金髪の男がキッチンから顔を出す。長身で顔もいいが、どうにもヤンキーっぽい。かすかに香る煙草の匂いからヘビースモーカーであることも窺える。
「この人がキッチン担当の佐藤潤さん」
「よろしく」
佐藤は不愛想に挨拶する。こちらに興味がないのか、それきり厨房に戻ってしまう。
「ちょっと怖い感じの人だね」
美由希が言うと、ぽぷらは首を振った。
「そんなことないよ。そりゃ、ちょっと意地悪だけど、佐藤さん優しいよ」
ぽぷらは背も低いし力もないので、仕事の大半を佐藤に手伝ってもらっている。仕事を頼む時、佐藤は嫌な顔一つしない。
「……そうなんだ」
美由希はコップが置かれている棚を見上げた。確かにぽぷらの背では、踏み台くらい持ってこないと届かないだろう。
「ぽぷらちゃんは、どうして小学生なのにバイトしてるの? お手伝い?」
「小学生じゃないよ! 私、高校二年生だよ!」
「嘘、私と同い年!?」
衝撃の告白に美由希が驚く。
身長は、なのはより少し高いくらい。なのはと同い年と言われた方がよほど信じられる。しかし、よく見ると身長とは不釣り合いに、胸がやけに膨らんでいる。
美由希は自分の胸と比べてみて、
「ごふっ!」
取り返しのつかないダメージを受けた。
「おい、どうした?」
「お姉ちゃん、しっかりして」
「大丈夫ですか?」
倒れかける美由希を、恭也、なのは、ぽぷらの三人が支える。その時、美由希の腕がぽぷらの胸に当たった。腕に返ってくる柔らかい感触。それがとどめだった。
(……あ、本物だ)
美由希の意識は、深い闇の底へと沈んで行った。
休憩室の椅子を並べて簡易ベッドを作り、そこに美由希を寝かせた。
恭也は杏子に向かって頭を下げる。
「すいません、白藤店長。いきなりご迷惑をおかけして」
「まあ、今日は制服合わせと顔見せだけのつもりだったから問題ないが、高町姉は何か持病でも?」
「いえ、健康そのもののはずなんですが……長旅で疲れたのかな」
恭也としても首を傾げるしかない。
「ん……」
そこで美由希が目を覚ました。
「大丈夫か?」
「高町姉。体調悪いなら、無理しなくていいぞ」
「大丈夫です。ご心配おかけしました」
美由希は頭を振って立ち上る。あの身長の相手に負けたのはショックだったが、もう気持ちの整理はついた。それにスタイルならば、杏子の方が圧倒的だ。
「私、お水貰ってきます」
なのはが厨房へと走っていく。
「うおおおおおおおおお!」
その後すぐ、謎の雄たけびが響いてきた。
「なのは!?」
恭也は血相を変えて、なのはを追いかける。
「あはははははは! か−わーいーいー!」
眼鏡をかけた男が、左脇にユーノを抱えて、右手でなのはの頭を撫でまわしていた。
至福の表情を浮かべて撫でまわしてくる男に、なのははどう対処しようか困っていた。
男が変態であると恭也は即断定する。
「妹から離れろ!」
変態を取り押さえようと腕を伸ばす。しかし、変態は逆に恭也の腕をつかみ返し、関節を極めようとしてくる。どうやら変態は、護身術を習っているようだった。しかもかなりの熟練者だ。
恭也は必死に腕を振り払い、距離を取った。
御神流は、小太刀だけでなくあらゆる状況を想定した鍛錬を行っている。格闘技も下手なプロより強い自信があるが、相手は素手に特化した達人だ。負けはしないが、少々手こずるかもしれない。
「いきなり何するんですか!」
「黙れ、変態!」
変態の抗議に、恭也は怒鳴り返す。
「やめなさい!」
甲高い声が二人を仲裁する。ぽぷらが息を切らせて、二人の間に割って入る。少し遅れて美由希もやってくる。
「もう駄目だよ、かたなし君。いくらちっちゃい子がいるからって、いきなり撫でまわしたりしたら」
「すいません。あまりの感激に、つい我を忘れて……」
ぽぷらにたしなめられ、変態が素直に謝る。
「高町さんも駄目だよ。同じバイト仲間に暴力振るったら」
「バイト仲間? こいつが?」
「初めまして。小鳥遊(たかなし)宗太、高校一年生です」
変態が礼儀正しく一礼する。
「“しょうちょうゆう”とか、“ことりあそび”だとか言われますが、タカナシです!」
珍しい名字に苦労しているのか、やたら力説してくる。
「高町恭也だ」
「高町美由希です。名字だと兄と被るので、気軽に名前で呼んで下さい」
先ほどのやり取りを見ていない美由希が、笑顔で小鳥遊に挨拶する。
「……年増か」
二人を見て、小鳥遊が吐き捨てるように呟く。
美由希のこめかみに青筋が浮かんだ。
「八千代さーん。もう一度刀貸してもらっていいですかー?」
「落ち着け、美由希!」
「離して、恭ちゃん! 女には殺らなきゃいけない時があるの!」
いくら小鳥遊が強くても、刀を持った美由希なら一刀両断できる。恭也が美由紀を押さえている間に、小鳥遊は更衣室へと行ってしまう。
「ごめんなさい。かたなし君は重度のミニコンなんです」
ぽぷらが申し訳なさそうに謝る。ちなみにぽぷらはどうしてもタカナシと発音できず、かたなしと呼んでしまう。
「ミニコン?」
恭也も美由希もロリコンしか知らない。
「病的にちっちゃいものが大好きで、十二歳以上の人を年増扱いするんです」
「それはロリコンと違うのか?」
「いえ、ちっちゃいものが純粋に好きなだけで、恋愛感情とかは特にないみたいで……」
子供や小動物だけでなく、虫や微生物まで小鳥遊はこよなく愛する。
「ふーん。世の中にはいろんな人がいるんだね」
ユーノを取り戻したなのはが感心したように頷く。
「白藤店長」
「どうした、高町兄妹」
恭也に呼ばれ、杏子が歩いてくる。
「すいません。今日はもう帰っていいですか? 他のメンバーはまた後日と言うことで」
「? ああ、別に構わんぞ。どれ、高町姉の具合も悪そうだし、私が車で送って行ってやろう」
「ありがとうございます」
口で礼を言いながらも、恭也の顔は引きつっていた。こんな変態の巣窟に、なのはを一秒たりとも置いておきたくなかった。
以上で投下終了です。
今回は主役たちの出番が控えめでしたが、次回は活躍します。
後、ちゃんと戦います。
それでは、また。
乙でした、WORKINGとのクロスという時点で小鳥遊くんの暴走はある程度予想はできましたね。
まだ登場してない、伊波まひる、相馬博臣、山田葵、松本麻耶の登場が楽しみです。特に相馬くんが
WORKINGとのクロス、結構いけますね。なのはと並べると小鳥遊の危なさが際立って素敵です。
先輩風ビュービューな山田、危険なまひる、もしかしてなのはに秘密知ってるのか相馬くんなど
今後の展開が楽しみですね。
>>193 クロスオーバーなら、「裏閻魔」とか妄想することがある。
八神はやてと宝生夜叉が出会い、闇の書事件に巻き込まれていくとか。
夜叉とグレアム提督が実は旧知だったり、いろいろ思いついた。
鬼込めとか不死者とか、それ自体がロストロギア級のものだから、そうしたことで
いろいろな難題に巻き込まれたりするなど。
>>210 誤:もしかしてなのはに秘密知ってるのか
正:もしかしてなのはの秘密知ってるのか
失礼しました。
本日22時半より、『リリカルWORKING!!』二品目を投下します。
前話で、なのはの手持ちのジュエルシードを二個、残り十九個と書いてしまいましたが、三個、残り十八個の間違いでした。すいません。
それでは時間になりましたので、投下開始します。
二品目
高町兄妹がワグナリアを訪れた最初の日の夜、バイトを終えたぽぷらは、佐藤に車で家までも送ってもらっていた。家が近いので、たまに送ってもらうのだ。
「新しいバイトさん、いい人たちだったね」
「どうせ臨時だろ。まあ、仕事さえしてくれればどうでもいい」
「もう、佐藤さんは冷たいよ」
そうこうする内に、ぽぷらの家に着く。
「それじゃあ、佐藤さん。また明日ね」
「ああ」
ぽぷらは車から降りると、いきなり街灯の下にしゃがみこむ。
「どうした?」
「なんか落ちてる。宝石みたい」
菱形の物体が街灯の光を受け反射している。
「ガラスじゃないのか?」
興味をそそられて、佐藤も車を降りた。肩越しに覗きこむと、確かに青い宝石のような物が落ちている。
「落し物は交番に届けないとね」
ぽぷらが宝石を拾おうと手を伸ばす。その時、宝石が強烈な光を発した。
「危ない!」
佐藤がぽぷらをかばう。
膨大な光が二人を包み込んだ。
その頃、なのはとユーノは、部屋で魔法の修行をしていた。音尾の家では、高町兄妹にそれぞれ個室があてがわれている。
フェレットのユーノの髭がピクリと反応する。
「なのは、ジュエルシードの反応だ。それもすぐ近く」
「うん。わかった」
なのは首から下げていた赤い宝石を取りだす。
「お願い、レイジングハート」
『Stand by Ready. Set up』
宝石がなのはの声に反応して光を放つ。
なのはの服が白を基調としたバリアジャケットに、宝石が長い杖へと変化する。
肩にユーノを乗せ、なのはの足から光の翼が生える。
「行くよ。ユーノ君」
「うん」
なのはは、窓を開けて夜の空へと飛び立っていった。
ジュエルシードの反応があったのは、閑静な住宅街の一角だった。
しかし、その場所には何もなかった。
「移動しちゃったのかな?」
ジュエルシードは使用者を求めて徘徊したり、近くにいる生物を取りこみ暴走したりする。
「だとすると、早く見つけないといけないね」
「ポプランポプラン、ランラララン!」
突如、なのはたちの頭上から声が響く。
月をバックに一人の女の子がポーズを決めていた。
真夏なのに、なぜか冬用のセーラー服を着て、手には葉っぱが二枚だけついた木の枝が握られている。
「魔法少女ぽぷら参上!」
「俺のことは妖精シュガーとでも呼んでくれ」
魔法少女ぽぷらの肩には、手のひらサイズの小人が乗っていた。白いコック服に金髪の不愛想な男だ。
「あ、あなたたちは?」
先日、なのはは黒衣の魔法少女と遭遇し、ジュエルシードを一つ奪われている。目の前の魔法少女は、果たして敵か味方か。
宙に浮きながら、ぽぷらは盛大に戸惑っていた。
変な宝石を拾ったと思ったら、魔法少女になってしまった。しかも、佐藤はどういうわけか縮んでいる。
挙句に変な格好をした女の子まで現れた。今日会った高町なのはに似ているが、他人の空似だろうとぽぷらは思っていた。
「どうしよう、佐藤さん?」
「戦うしかないだろう」
肩の佐藤は気だるげに言う。
「でも、敵かどうかもわからないし」
「いや。奴は敵だ。ジュエルシードの力で、今の俺には未来が見える」
佐藤はなのはに指を突きつけた。
「あいつは将来、ちょっとやんちゃをしただけの部下を容赦なく叩きのめし、冷酷卑劣な犯罪者からも悪魔、悪魔と罵られる恐ろしい女になるんだ!」
「私、そんなことしないよ!?」
いきなり酷い予言をされ、なのはは涙目になった。
「いや、間違いない。ここであいつを倒す方が世界とあいつの為なんだ!」
「割とノリノリだね、佐藤さん!」
「なのは、あれを見て!」
ユーノが声を張り上げる。
ぽぷらの胸元、赤いリボンに隠れて見えにくいが、ジュエルシードがきらめいている。
「ねえ、ユーノ君。これってどういうこと?」
目の前の二人は、あえて指摘しないが、今日出会ったぽぷらと佐藤だ。
ジュエルシードに取り込まれているにしては、二人は意識をちゃんと保っている。多少ノリが良くなっているようだが。
「信じられないけど、彼らは二人でジュエルシードを制御しているんだ。女の子がジュエルシードから力を引き出し、男の方がデバイスの代わりに制御する」
「そんなことできるの?」
「そうとしか考えられない。でも、いずれ取り込まれてしまうかも。なのは、封印しよう」
「うん。わかった」
ユーノが広域結界を展開する。空間を切り取ることで、現実世界に影響を及ぼさないようにする魔法だ。
『Divine Shooter』
桜色の魔力光が三つ出現し、ぽぷら目指して飛んでいく。
「行くよ、佐藤さん。必殺ぽぷらビーム!」
木の枝にしか見えない杖の先から、魔力ビームが放たれる。
「嘘!」
ビームはディバインシューターを飲み込み消滅させ、さらになのはめがけて突き進んでくる。
『Protection』
レイジングハートがバリアを発生させる。
「駄目だ、なのは!」
ユーノの切迫した声に、なのは咄嗟に横に跳んだ。
ビームはなのはのバリアをやすやすと貫き、地面を鋭く抉る。あのまま防御していたら危なかった。
見た目は普通のビームだが、威力はなのはのディバインバスターに匹敵する。
「ど、どうしよう、佐藤さん。なんかすごい威力なんだけど」
撃った張本人が動揺していた。
「安心しろ。この魔法は非殺傷設定だ。直撃しても気絶だけで済む」
「便利な能力だね。それならもう一度、必殺ぽぷらビーム!」
再びビームが飛来する。回避するなのはを追いかけるように、連続でビームが放たれる。
いつまでも避けられないと悟り、なのははレイジングハートをぽぷらに向ける。
「それならこっちも」
『Cannon Mode』
レイジングハートの先が大砲へと変化し、引き金が出現する。
「ディバインバスター!」
なのはが引き金を引くと、砲口から桜色の光線が放たれる。
ぽぷらビームとディバインバスターが正面から激突する。しかし、ビームがバスターを切り裂いて突き進む。
「きゃあああああああ!」
ぽぷらビームが直撃し、なのはが吹き飛ばされる。バスターである程度相殺したが、バリアジャケットを損傷し、それなりのダメージを受けた。
最大威力に大差はないようだが、ぽぷらの方が魔力チャージにかかる時間が圧倒的に早い。
「そんな、なのはが撃ち負けるなんて……?」
ユーノが愕然とぽぷらを見上げ、怪訝な顔になる。
「あれ?」
ユーノはしきりに目をこすった。目がおかしくなったのかもしれない
「あれ?」
同じ言葉がぽぷらの口からも出た。
いつの間にかぽぷらの背が、肩に乗っていた佐藤と同じくらいに縮んでいる。
「ど、どういうこと?」
「説明しよう。魔法少女ぽぷらは魔力ではなく、身長を消費して魔法を使っているのだ」
佐藤が答える。
そもそもこの世界の魔力保持者は希少だ。その例に漏れず、佐藤とぽぷらも魔力を持っていない。ジュエルシードは、ぽぷらの身長を代価に魔力を与えてくれていたのだ。
「じゃあ、魔法を使えば使うほど、私、ちっちゃくなっちゃうの!?」
「そうだ。ちなみに魔力と違って身長は自然回復しない」
「佐藤さん! どうして最初に教えてくれなかったの!」
「今情報が送られてきたんだ」
「もおぉぉおおおおお! これじゃ私、バイトにも学校にも行けないよ!」
「安心しろ」
「えっ? もしかして解決策があるの?」
「俺もこのままだ」
「余計悪い!」
ぽぷらが佐藤に文句を言う。このままでは二人とも一生縮んだままだ。佐藤は普段と変わらないようだが、顔が青ざめている。相当困っているようだ。
「え〜と?」
「どうやら戦意を喪失したみたいだね」
口論を始めるぽぷらたちを、なのはとユーノはぽかんと見上げていた。
「ちょっとかわいそうだね。何とかしてあげられないかな? ユーノ君」
「もしかしたら、助けられるかも」
「ホント!?」
ユーノの一言を聞いたぽぷらが顔を輝かせて近づいてくる。
「うん。そのジュエルシードは身長を魔力に変換できるんだよね。それなら、逆に魔力を注ぎ込めば、身長に変換してくれるかも」
「お願い。助けて、フェレットさん。さっきまでのことは謝るから!」
「ねえ、助けてあげようよ」
「わかった。じゃあ、なのは。レイジングハートをジュエルシードにかざして」
なのはが教えられた通りに、杖の先からジュエルシードに魔力を注ぎ込む。するとぽぷらの背が元に戻っていく。
「よかった。成功した」
「やった!」
ぽぷらは両手を上げてはしゃいでいる。そこでふと気がついた。
「じゃあ、魔力を注げば、もっとおっきくなれるってこと?」
「それは無理だ」
佐藤の背もぽぷらと一緒に元に戻っていた。
「人間には容量ってものがある。風船と同じだな。しぼんでいる風船にはたくさん空気が入るが、限界まで膨らんだ風船にそれ以上空気は入れられない。無理して入れれば破裂してしまう」
「つまり、これが私の限界なの?」
ぽぷらは落ち込んで道端にうずくまってしまう。佐藤がなのはたちに顔を向ける。
「悪かったな。どうやらあんたらは敵じゃないようだ。それなら、事情を説明してくれないか? 正直、ジュエルシードがよこす情報は、断片的すぎてよくわからん」
「う、うん。いいけど……」
なのはとユーノからすれば、佐藤は雲を衝くような大男だった。不愛想に見下ろされ、なのはとユーノは少し怯えていた。
町を見下ろす高層ビルの上に、金色の髪をツインテールにした一人の少女が座っていた。黒いマントとレオタードのような衣装を身にまとい、手には長柄の黒い斧を持っている。
かつて、なのはと戦った魔法少女フェイト・テスタロッサだ。手持ちのジュエルシードは二個。
「フェイト。ただいま」
「お帰り。アルフ」
額に宝石がついたオレンジの毛並みの狼が空から下りてくる。フェイトの使い魔アルフだ。
フェイトは眼下に広がる町並みを眺めながら考え込む。
「それにしても、どうしてここにジュエルシードが集まったんだろう?」
「考え過ぎだよ。ただの偶然だって」
アルフはそう言うが、フェイトはどうも腑に落ちない。まるで何かに引き寄せられるようにジェルシードが北海道に集結しているのだ。
「まあいいや。ジュエルシードの反応は二つだね。片方にはあいつらが向かったみたいだよ」
「そう」
「あれだけ痛い目に遭ったくせに、まだ懲りないようだね。とっとと諦めればいいものを」
アルフが目に凶暴な光をたたえる。
「今日はいいよ。もう一つの方に向かおう」
「わかった」
フェイトとアルフは空を飛び、もう一つの現場へと向かった。
薄暗い路地に男がうずくまっていた。ジュエルシードの反応は男から出ている。
「さ、早く封印しちまおう」
フェイトたちが慎重な足取りで近づくと、男がすっくと立ち上がる。
「ふ、ふははははははははは!」
男がいきなり哄笑を上げる。黒ずくめの服に黒いマント。胸元にはジュエルシードが張り付いている。
「我が名は魔王小鳥遊! さあ、我が前にひれ伏せ!」
それは変身した小鳥遊宗太の姿だった。
「相当いっちゃてるね。フェイトは下がってな。こんな奴、あたし一人で充分だ」
アルフが、狼の耳と尻尾を残したまま人間の女性に姿を変える。
アルフが右手をかざすと、光の鎖がタカナシをとらえようとする。相手を拘束するバインドの魔法だ。
「ふん。年増がこの俺に敵うと思うか!」
小鳥遊が魔力を解き放つと、光の鎖が消滅する。
「消えた!?」
「もう一度!」
小鳥遊が手をかざす。
アルフが体を横にずらすと、背後の街灯がみるみる縮み、杖くらいのサイズになってしまう。
「物体を縮小する魔法!?」
「この力があれば、あらゆるものをちっちゃくすることができる。ふはははははは! この世を楽園に作り変えてやる!」
「アルフ。彼の体をよく見て」
目を凝らすと、細い糸が小鳥遊を拘束していた。アルフのバインドは消えたのではなく、縮んでいたのだ。小鳥遊は易々と糸を引きちぎる。
フェイトが四つの雷球を放つ。
「縮め!」
小鳥遊の直前で雷球が爪の先ほどの大きさになる。命中するが、静電気ほどの痛みも与えられていない。
物体だけでなく、あらゆる魔法を縮小、弱体化できるようだ。
「アルフ、下がって。こいつ、かなり強い」
フェイトは小鳥遊と対峙する。すると、小鳥遊がいきなりよろめいた。
「か、」
「か?」
「可愛い!」
小鳥遊が顔を紅潮させながら叫んだ。
「うおおおおおおおお!」
タカナシが雄叫びを上げながらフェイトめがけて走ってくる。
「ひっ!」
正体不明の迫力に、フェイトの腰が引ける。
「フェイトに近づくな!」
アルフが小鳥遊の懐に飛び込み、拳を胸に叩き込む。
「ぐっ!」
「耐えた!?」
アルフの全力の拳に、タカナシは足を止めただけだった。どうやらジュエルシードの影響で耐久力も向上しているようだ。
「アルフ、逃げて!」
小鳥遊が手をかざす。アルフは咄嗟にバリアを張るが、瞬時にバリアが縮んでいく。第二撃が放たれる寸前で、アルフは後ろに跳んで距離を取った。
「あの男、一体なんなんだい!」
たった一個のジュエルシードの暴走で、フェイトとアルフがここまで手こずったのは初めてだった。
「違う。彼、ジュエルシードに取りこまれてなんかいない」
「どういうこと?」
「たぶん彼の願望の強さが、ジュエルシードを上回ったんだ」
ジュエルシードを制御しているわけではなく、取りこまれたわけでもなく、暴走したジュエルシードと共生している。普通ならあり得ない現象だ。
「そんな馬鹿な! どんだけ強い願望なんだい!」
「分が悪い。アルフ、ここは撤退しよう」
人間の意識が残っているなら、放っておいてもそれほど影響はないだろう。
「バルディッシュ」
『Yes, Sir』
フェイトの指示で斧の形をしたデバイス、バルディッシュから強烈な光が放たれる。小鳥遊がマントで目をかばう。その隙に、フェイトとアルフは離脱する。
「ちっちゃいもの、カムバーック!!」
取り残された小鳥遊の嘆きが、夜空に吸い込まれて消えていった。
フェイトたちは根城にしている部屋に戻ると、ようやく一息ついた。
「ええい、忌々しい!」
アルフはドッグフードを取り出し口に含むと、バリバリと乱暴に咀嚼する。あの小鳥遊とか言う男のせいで、今日はジュエルシードを一個も回収できなかった。
こんなことがばれたら、あの女に何を言われるかわかったものではない。
「うん。本当に厄介だね」
攻撃にも防御にも転用可能な縮小魔法。アルフのパンチにも平然と耐える頑強な肉体。
ジュエルシードを封印する方法は二つ。直接接触で封印するか、大威力の魔法をぶつけること。大威力魔法は縮小されて効果がない。接近すればこちらが縮められてしまう。倒す方法が思い浮かばなかった。
『フェイト』
「母さん」
通信画面が開き、長い黒髪の女性が顔を出す。整った顔立ちをしているのだが、どこか不吉な影をまとっている。フェイトの母親、プレシア・テスタロッサだ。
フェイトが怯えた顔を、アルフが険悪な顔をする。今日の失態を叱られると思ったのだ。
『これから指示を出します』
二人の予想に反し、プレシアは淡々と言った。
以上で投下終了です。
今回の小鳥遊、ぽぷらのネタはWORKING!!単行本のおまけページからもらいました。
>>209 この四名はちゃんと出番があります。
それではまた。
本日23時半より、『リリカルWORKING!!』三品目投下します。
それでは時間になりましたので、投下開始します。
翌朝、佐藤がバイトに行くと、キッチン担当の相馬博臣と出くわした。にこにこと笑顔を絶やさない取り分け特徴のない男だが、この笑顔が曲者だ。
「おはよう、佐藤君。今日はお疲れみたいだね」
「まあ、ちょっとな」
ユーノからおおよその説明を聞き、ぽぷらはなのはに協力すると約束した。佐藤は面倒くさいと思ったが、さすがに人や町に被害が出るかもと言われて反対するわけにもいかない。
「へえ、もしかして変な宝石でも拾った? それとも不思議な女の子に会ったとか?」
「てめえ、どこまで知ってる?」
「何のこと? 俺は冗談を言っただけなんどけど……」
佐藤が胸ぐらをつかむと、相馬はだらだらと脂汗を流す。
相馬の情報網は凄まじく、他人の秘密をことごとく知っている。相馬なら昨日のことを察知していてもおかしくない。本当に油断のならない男だった。
「俺は何も知らないよ! まだ!」
まだと言うあたりに本音が混じっている。さすがに考え過ぎだったかと佐藤は、相馬を解放する。
相馬は襟元を直しながら、話を変えた。
「そういえば、新人さん、今日からだよね。どんな人たちか楽しみだな」
噂をすればなんとやら、そこに高町兄妹がやってきた。恭也も美由希も浮かない顔をしている。
「おはようございます」
たった一人、なのはだけが元気に挨拶する。恭也と美由希が来なくていいと説得したのだが、どうしても手伝うと譲らなかったのだ。恭也たちは小鳥遊になるべく近づかないという条件で渋々承諾するしかなかった。
なのはが手伝いにこだわった理由はぽぷらだった。一応封印を施したが、ジュエルシード暴走の危険性がなくなったわけではない。念の為、なるべくぽぷらの側にいるようユーノから言われているのだ。
「おはよう。俺は相馬博臣。よろしくね、なのはちゃん。それに高町恭也君と美由希さんだよね」
「よろしくお願いします」
ようやくまともそうな人に会えたと、恭也は少しほっとする。
「こいつは人の秘密を握って脅迫してくるからな。気をつける」
佐藤が忠告する。
「やだなぁ、人聞きの悪い。俺が知ってるのはせいぜい……高町恭也、大学一年生。父親から幼い頃より御神流の剣術を習う。恋人の名前は月村忍。夏休みのデートの約束断るの、大変だったんだってね。それから……」
「相馬、もういい」
「痛いよ、佐藤君!」
佐藤に引っ張られて相馬が厨房へと姿を消す。
「……恭ちゃん、私たち忍さんの話なんてしてないよね?」
恭也は無言で首肯する。こちらの個人情報をどこまで知っているのか。得体の知れない相手だ。
「あれ? 今相馬さんの声がしませんでしたか?」
「うわ!」
突然、天井が開き、梯子が下りてくる。そこから滑るように長い黒髪の女の子が下りてきた。フロアスタッフの格好をしているので、ワグナリアの店員だろう。どうやらここに住んでいるらしい。
「おや、あなたたちはどちら様ですか? あっ、わかりました。あなたたちが新人さんですね。私は山田葵。わからないことがあったら何でも聞いて下さい!」
女の子は胸を張って威張りだす。しかし、そのエプロンには研修中のバッチが取り付けられていた。
「ええと、山田さん?」
恭也が名前を呼ぶが、山田は不思議そうに首を傾げる
「山田さん?」
「はっ。そうでした。私、山田でした!」
(偽名!?)
偽名を使い、ここに住んでいるとなると、家出少女だろうか。
ワグナリアには、変人しかいないのかと恭也と美由希は頭を抱えた。
メンバーに不安を抱えたまま開店したが、仕事は滞りなく進んで行く。どうやら能力は案外高いらしい。
「高町さん。洗い物が重くて持てないのでお願いします」
「はい」
「美由希ちゃん。高くて届かないので、コップをお願いします」
「……はい」
ぽぷらに仕事をちょくちょく頼まれるが、これくらいならご愛嬌だろう。後、たまに山田が皿を割っているが、それも多分きっとご愛嬌だろう。
客の入りも思ったより激しくなく、店内はどこかゆったりと時間が過ぎていく。
(そうなんだ。なのはちゃんには敵がいるんだ)
(敵……なのかな? とにかくその子もジュエルシードを狙ってるの)
ぽぷらとなのはは並んでお皿を吹きながら、念話で会話する。服に隠れて見えないが、ジュエルシードは細い紐で、ぽぷらの首から下げられている。変身を解除したら自然とこの形に変わったのだ。
(多分悪い子じゃないと思うんだけど……)
(どうして?)
(……その子、とっても寂しくて綺麗な目をしているの。それに私を倒した時に、ごめんねって呟いたんだ。何か理由があるんだと思う)
(そうなんだ)
(おい、7卓の料理できたぞ)
「はーい」
突然割り込んできた佐藤に、ぽぷらは返事をする。
「佐藤さん。横着しないで、ちゃんと口で言ってよ」
「これ便利だな」
「もう!」
ぽぷらは料理を運んでいく。ぽぷらが一定範囲内にいれば、佐藤も念話が可能だった。
(じゃあ、バイトが終わったら、ジュエルシード集めだね。今日から頑張ろう。なのはちゃん)
(うん。頑張ろうね。ぽぷらちゃん)
(次の料理もそろそろできるぞ。種島)
「さとーさーん!」
ぽぷらの文句もどこ吹く風で、佐藤は淡々と仕事をこなしていた。
「高町さん。ちょっと野菜を持ってきてもらっていいですか?」
「わかりました」
八千代に言われ、恭也は裏に向かう。そこで従業員用入口から入ってきた高校生の女の子と出くわした。
オレンジっぽい茶髪をショートカットにし、ヘアピンをつけた、スレンダーな体系の女の子だった。
「あ、君もバイトの……」
「いやああああああ!」
恭也が口を開くなり、女の子は悲鳴を上げ、すくい上げるようなボディブローをお見舞いしてきた。
「!?」
恭也は咄嗟に腕で防御するが、あまりの威力に腕がしびれ、体がかすかに宙に浮く。
「恭ちゃん!?」
悲鳴を聞きつけ、フロアの女の子たちが駆けつける。
「伊波ちゃん、ストップ!」
ぽぷらが恭也と女の子の間に割って入る。
八千代とぽぷらの二人になだめられ、伊波と呼ばれた女の子は落ち着こうと深呼吸している。
「恭ちゃん、この子に何したの?」
美由希が目を釣り上げて詰問してくる。明らかに誤解している。
「違う。俺は何もしていない」
「何もしていないのに、女の子が悲鳴を上げるわけないでしょう。事と次第によっては忍さんに……」
「いきなり殴られて、訳がわからないのは俺の方だ!」
「違うんです。美由希さん」
遅ればせながら小鳥遊と杏子がやってくる。同情するような眼差しを恭也に向けていた。
「あの人は伊波まひるさん。極度の男性恐怖症で、怖さのあまり男と見れば見境なく襲いかかってくるんです」
「ごめんなさい! どうしても男の人が怖いんです!」
(どっちがだ!)
恭也は心の中で叫ぶ。伊波の一撃はとても重く、受け止めた場所は確実に痣になっているだろう。力だけなら、恭也すら凌ぐ。
「最近、少しは男に慣れてきたと思ったんですが、やっぱり初対面の人だと駄目ですね」
「小鳥遊君。もしかして、君は伊波さんに……」
「ええ。シフトが同じだと、日に四回は殴られてます」
恭也はさすがに小鳥遊に同情した。よく生きていられるものだ。
小鳥遊は振り返って杏子を見た。
「店長、またシフト間違えましたね? 駄目じゃないですか、男の人と伊波さんを一緒にしたら」
「間違えてない。こいつの親父が、高町兄なら殴られても防御できると言ったんだ」
杏子がしれっと言った。
それなら事前に教えて欲しかったと恭也は思う。
「……お互い、殺されないように頑張りましょう」
小鳥遊がしみじみと言った。恭也は返事をすることができなかった。
夜、ワグナリアになのはとぽぷらたちは集合していた。
店内の明かりは消え、周囲に人の気配はない。屋根裏には山田がいるはずだが、今の時間に外には出てこない。
「なのは、早速ジュエルシードの反応だ!」
「レイジングハート、お願い」
『Set up』
なのはがバリアジャケットを装着する。
「ポプランポプラン、ランラララン!」
「それ、必ず唱えないといけないのか?」
ぽぷらが元気に、佐藤がげんなりと光に包まれる。ぽぷらはセーラー服に木の枝、佐藤はキッチンの制服を着て、手の平サイズまで縮んでいる。
「魔法少女ぽぷら参上!」
「……ま、魔法少女リリカルなのは見参!」
二人並んでポーズを決める。
「なのは、別に付き合う必要はないんじゃ?」
「にゃはは。つい」
なのはたちは星の瞬く夜空を飛行する。
反応があった場所は、ワグナリアからそれほど離れていない路地だった。
なのはたちは地面に下り立ち目を丸くする。
マントを羽織った小鳥遊が、黒衣の魔法少女、大型の狼と一緒にいた。ユーノが感知したのは、小鳥遊のジュエルシードだったのだ。
時間は少し前にさかのぼる。
バイトを終えて帰路についた小鳥遊は悩んでいた。
「高町さんも美由希さんも、絶対俺のことロリコンだと思ってるよな」
兄と姉の鉄壁のブロックに、小鳥遊は今日一度もなのはと会話できなかった。
「せっかく先輩以外の心のオアシスができたのに、酷い!」
どうにか誤解を解かねばならないが、小鳥遊の問題はそれだけではない。
「それにしても、これ、どうしよう?」
小鳥遊は首から下げていたジュエルシードを取り出す。
昨日はやけにテンションが上がって気にならなかったが、現実にはあり得ないことの大連発だった。
魔法の使い手となり、同じ魔法使いの女の子と戦った。しかも狼女まで現れた。普通なら夢だと思うところだが、この宝石が確かな証拠だ。
この宝石を使えば小鳥遊の夢は叶うかもしれない。だが、冷静になった今では得体の知れない力に頼る気にもなれない。
「こんなこと、誰にも相談できないし」
その時、電信柱の裏で影が動いた。
「猫? 犬?」
覗きこむと、昨日出会った女の子がいた。今日は黒い普通の服を着ている。寄りそうように狼形態のアルフもいた。
「私の名はフェイト・テスタロッサ」
「小鳥遊宗太です」
名乗られて、反射的にこちらも名乗る。
「今日はあなたにお願いがあって来ました」
フェイトがおずおずと言う。人にどう接したらいいかわからない。そんな戸惑いが伝わってくる。
「喜んで!」
小鳥遊は鼻息荒く頷いた。
「……まだ何も言ってない」
「どんなお願いだって聞きます!」
詰め寄ってくる小鳥遊に、フェイトは若干後ずさりする。
アルフが小鳥遊とフェイトの間に強引に体を割り込ませ、毛を逆立てて威嚇する。しかし、小鳥遊の視界にアルフは入っていない。小鳥遊の趣味からすると、狼アルフは大型過ぎる。
フェイトは小鳥遊から少し距離を取り、ジュエルシードと小鳥遊に起きた変化について説明をし、最後にこう付け加えた。
「私はジュエルシードを回収しています。あなたにもそれを手伝って欲しいんです」
昨日のプレシアの指示は、小鳥遊の手を借りろというものだった。
それを聞いた時、アルフは最初耳を疑った。
普段、プレシアは母親でありながら、フェイトに冷たい。それなのに、協力者を指示するなんて珍しいこともあるものだ。
(まあ、あの女なりに、娘を心配していたということか)
アルフは少しだけプレシアを見直した。小鳥遊の性格はかなり変だが、実力は折り紙つきだ。後は、自分がなるべくフェイトに近づけないようにすればいい。
「はい。わかりました!」
フェイトの頼みを小鳥遊は快諾する。
「あの、集めている理由を訊かないんですか?」
「必要ありません!」
小鳥遊の胸のジュエルシードが光り輝き、魔王へと変貌する。
その直後、なのはとぽぷらが現れた。
フェイトが無言でバルディッシュを構える。
「……もしかしてあの人たちって、フェイトちゃんの敵?」
だらだらと脂汗を流しながら、小鳥遊が訊く。
「うん。右の子は初めて見るけど」
「……俺の知り合いなんだけど、戦わないといけないんだよね?」
「そうだよ。協力するって言ったんだ。手伝ってもらうよ」
アルフが牙をむき出して前に出る。
フェイトたちを前に、ぽぷらが右肩の佐藤に話しかける。
「ねえ、佐藤さん。あの人、かたなし君だよね?」
「間違いない。あいつもジュエルシードを拾ったか」
さすがのぽぷらも、今回は他人の空似とは思わなかったようだ。
「小鳥遊さん。あの子もジュエルシードを持ってる」
「え、じゃあ……」
「うん。早く回収しないと」
ぽぷらも小鳥遊も、互いにジュエルシードに取り込まれていると誤解していた。
「〜〜〜〜先輩、なのはちゃん、ごめんなさい!」
小鳥遊が両手をかざす。
危険を察知して、なのはとぽぷらが左右に跳ぶ。背後の塀が縮んで行く。
「縮小魔法? なのは、気をつけて!」
ユーノが広域結界を展開する。
「ぽぷらちゃん、一気に封印行くよ!」
「うん!」
「ディバインバスター!」
「必殺ぽぷらビーム!」
二人の放つ光線が小鳥遊に迫る。
「縮め!」
細く小さくなった光線を、タカナシは肉体で受ける。小さくなったとはいえ、まだそれなりの威力を維持していたはずだが、びくともしていない。
「ぽぷら、上!」
「ジュエルシード封印」
フェイトがバルディッシュを振り上げていた。
ぽぷらは咄嗟に木の棒で受け止める。
「きゃー! きゃー!」
木の枝が折れそうで、ぽぷらが半狂乱で泣き喚く。
「嘘」
フェイトは唖然としていた。
火花を上げながら、木の枝はバルディッシュの刃と拮抗している。これもジュエルシードのなせる業か。
「撃て!」
「ぽぷらビーム!」
無理な体勢から、ぽぷらがビームを撃つ。フェイトは横に移動するが、マントの端がビームに消滅させられる。尋常な威力ではなかった。
「フェイトちゃん! 邪魔しないで、なのはちゃん!」
タカナシがなのはの攻撃を受けながらも、フェイトの加勢に行こうとする。
「もしかして……」
「この子……」
小鳥遊とぽぷらの表情を見て、なのはとフェイトが同時に言った。
「「ジュエルシードに取り込まれていない?」」
「「へっ?」」
全員が動きを止めた。
とりあえず一時休戦となり、互いの変化について説明しあう。
フェイトとアルフは遠くから話し合いを見守っていた。話し合いなどするつもりはなかったのだが、小鳥遊が頼んでどうにか武器を納めてもらった。
「なるほど、小鳥遊はそっち側に付いたか」
「はい。すいません。約束してしまったので……」
正座した小鳥遊が、佐藤にそっと手を伸ばす。
「どさくさにまぎれて撫でるな」
佐藤が小鳥遊の手を叩き落とす。小鳥遊は悲しげに手を引っ込めた。
「でも、まさかジュエルシードと共生できる人がいるなんて」
ユーノは興味深そうに小鳥遊を観察する。どれだけ強い願望を持っているのか、計り知れない。
「ところで提案なんだが、この休戦もうしばらく続けないか?」
佐藤がフェイトとアルフにも聞こえるように言った。
「俺たちは互いにジュエルシードを集めている。それなら、まずはジュエルシード集めに専念し、集め終わったら、それを賭けて勝負すればいい」
「同時に見つけた場合は?」
「じゃんけんでいいんじゃないか?」
「ふざけるな。こっちは遊びでやってんじゃないんだよ!」
アルフが激昂する。
「ジュエルシードを一刻も早く集めたい。そこまでは一致しているはずだ。いちいち戦っていたら、時間と労力のロスだ」
そう言われると、アルフは反論できない。
手分けして探索した方がより早く終わるが、さすがにそこまで慣れ合う必要もあるまい。
「ねえ、そうしようよ、フェイトちゃん」
なのはも必死に呼びかける。
「目的があれば、ぶつかり合うのは仕方のないことかもしれないけど、何度も何度もフェイトちゃんたちと戦うなんて、私、やだよ」
「…………」
「お願いします!」
小鳥遊が頭を下げる。バイトの同僚と険悪にならないためには、これが最善の策だった。
「……わかった。それでいい」
「フェイト?」
「早く集められるならその方がいい。平気だよ。私は強いから」
フェイトが優しくアルフの頭を撫でる。
「決まりだな」
話し合いが終わるなり、フェイトとアルフは夜の闇に消えていく。
「ありがとう。佐藤さん。おかげで初めてフェイトちゃんと話し合いができました」
無邪気に喜ぶなのはに、佐藤は微妙な表情を浮かべた。
まさか、変身していると煙草が吸えないので、早く解決したいとは口が裂けても言えなかった。
以上で投下終了です。
それではまた。
226 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/18(土) 00:07:05.85 ID:c+GBQUTU
復帰age
リストまたとんだかな
本日23時より、『リリカルWORKING!!』四品目投下します。
それでは時間になりましたので、投下開始します。
四品目
翌日、小鳥遊がバイトに出ると、なのは、佐藤、ぽぷらがフロアで待ち受けていた。
「皆さん、お、おはようございます」
「おう」
「小鳥遊さん」
なのはが真摯な瞳で小鳥遊を見上げる。奥では、小鳥遊が変な動きをしたら即座に反応できるよう、恭也と美由希がナイフとフォークを構えていた。
「フェイトちゃんは、どうしてジュエルシードを集めているんですか?」
「……ごめん。言えないんだ」
「それはわかってます。でも、小鳥遊さんが協力するってことは、それだけの理由があるんですよね?」
小鳥遊が理由を言えないのは、フェイトに義理立てているからではなく、本当に知らないからだ。どう答えようか考えあぐねていると、来客を告げるベルが鳴った。
「あ、俺、行ってきます!」
小鳥遊は逃げるように速足で入口へと向かう。
「いらっしゃいませ。ワグナリアへようこ……」
「おはよう、宗太」
客は小鳥遊の姉の梢だった。長身の美人だが、まだ日も高いのにお酒の匂いを漂わせ、全体的にだらしない雰囲気がする。職業は護身術の講師。宗太が護身術を扱えるのも、梢の影響だ。
「ここには来るなって言っただろ。梢姉さん」
「宗太が冷たーい。私、お客なのに」
「そうだよ。お客は丁重に持てなさいとね」
梢の背後から現れたのは、人間形態のアルフだった。耳と尻尾を隠して、Tシャツにジーパンというラフな格好をしている。
「ア、アルフさん!?」
「あれ、宗太、アルフちゃんと知り合いなの?」
「梢姉さんこそ、どうしてアルフさんと?」
「いやー。店の前にいるのを話しかけたら意気投合しちゃって。ねー、アルフちゃん」
「おお、小鳥遊、あんたいいお姉さんがいて幸せだねぇ」
梢とアルフは肩を組んで笑いあう。
入口にずっと陣取っているわけにはいかないので、小鳥遊は二人を客席に案内する。騒いでも被害が少ないよう、なるべく端の席に座らせる。
「とりあえず、ビール! じゃんじゃん持ってきて!」
「昼間っから飲むな!」
「おや。お客の言うことが聞けないのかい?」
「くっ!」
梢一人なら、家族特権で強気に出れるが――ほとんど効果はないが――アルフがいるのでそれもできない。これでは完全に嫌な客だ。
さっさと酔いつぶして寝かせた方が静かになると判断し、小鳥遊はビールを取りに戻った。その途中で、念話をアルフに送る。
(どういうつもりですか?)
(鈍いねぇ。あんたが不用意なことを喋らないように、監視だよ)
(俺、何も知りませんよ?)
(そんなことないさ)
小鳥遊の知っているフェイトとアルフの能力をばらされるだけでも、いずれ戦う時に不利になる。
フェイトは小鳥遊を疑っていないようだが、アルフは違う。いざとなれば、付き合いの長い、なのは、ぽぷら側と結託する危険性があると考えていた。
(どんな些細でも、あんたがフェイトの不利になるようなことを言ったら、その時はガブッといかせてもらうよ)
アルフが低い声音で恫喝する。
(もう少し信用して下さい。俺は約束を破ったりしません)
(そういう台詞は、証を立ててから言うもんさ)
小鳥遊は梢のテーブルに大ジョッキに入れたビールを二つ置いた。
「よーし。それじゃあ、今日は飲もう、アルフちゃん!」
「いいねぇ。今日はパーッとやろう、梢ちゃん!」
「ただ飲んで騒ぎたいだけじゃないですよね?」
すでに宴会モードに入っている二人を見ながら、小鳥遊は静かに溜息をついた。
店の一角を占拠し、アルフと梢がどんちゃん騒ぎをしている。従業員は梢で慣れているのか、とりわけ大きな反応をしていない。小鳥遊は頭痛を堪えていたが。
「ねえ、恭ちゃん」
「どうした?」
「このお店って、カップル多くない?」
やたら嬉しそうに美由希が耳打ちしてくる。古今東西、女性は色恋の話が好きだ。
「そうか?」
恭也に思い当たる節はまったくない。
「ほら、見てよ」
今オーダーは入っていないので、厨房で佐藤がぼんやりとしている。その視線が自然と八千代を追っている。言われてみれば、佐藤は八千代には優しい。
「それから、ほら」
伊波がフロアの片隅を指差す。
仕事をする小鳥遊を、物陰から伊波が荒い息で見つめている。
「ね? 熱い視線でしょ?」
小鳥遊はミニコンを治す為、伊波は男性恐怖症を治す為、なるべく一緒にいるよう杏子に指示されている。
最初は犬猿の仲だったのだが、殴る伊波に小鳥遊が我慢強く付き合い続けた。やがて伊波家の問題を小鳥遊が解決し、それがきっかけとなって伊波は小鳥遊に惚れてしまった。
「きゃあああああああ!」
後ろを振り返った小鳥遊に、伊波が殴りかかっていく。小鳥遊が店の奥へと飛んでいく。どんな鍛え方をしたらあんな腕力がつくのか、恭也は教えて欲しいくらいだった。
小鳥遊の技量なら防御くらいできそうなものだが、どういうわけか常に無抵抗で殴られている。
「きっと今のは照れ隠しだね。伊波さん、可愛い」
「俺には獲物を前に舌なめずりしている猛獣にしか見えん」
殴られる恐れがないせいか、美由希の伊波の評価はやけに甘いようだった。
「そう言えば伊波さんって、私を見るたびに、悲しそうな顔するんだよね。何か悪いことしたかな?」
美由希が首を傾げる。まさか美由紀の胸を見るたびに、スレンダーな伊波が敗北感に打ちひしがれているとは夢にも思っていなかった。
「あー。腹減ったなぁ」
杏子がフラフラと恭也たちの背後を通り過ぎる。初日に宣言した通り、杏子はこれまでほとんど仕事をしていない。
「八千代ー。パフェ」
「はい、杏子さん。ただいまお作りします」
八千代が慣れた様子でパフェを杏子に差し出す。ちなみに今日これで五杯目だ。他にもせんべいなど、ひっきりなしに食べている。どれだけ巨大な胃袋なのだろうか。
パフェを食べる杏子を、八千代はうっとりと眺めている。
「あの二人、十年来の付き合いなんだって。ラブラブだね」
「……女同士だぞ?」
「だから?」
美由希はこともなげに言う。
「あ、でも、そうなると、佐藤さんと三角関係か。うわ―。恋愛小説みたい」
美由希まで赤い顔で喜んでいる。
「仲がいいと言えば……」
これ以上踏み込んではいけない気がして、恭也は厨房に目を向ける。
「彼らも仲がいい……な!?」
厨房の中で、相馬が山田をおぶっていた。いや、おぶっているのではなく、山田が無理やりしがみついているようだ。
「山田を、山田を甘やかしてください! 甘え界のホープ、や、ま、だ!」
「山田さん。仕事ができないんだけど」
相馬は迷惑そうにしているが、山田はまったく気にせず同じ台詞を連呼している。
「恭ちゃん。あれは恋愛じゃないよ」
「……そのようだな」
直球過ぎるが、妹が兄に甘えるような感じだ。もちろん美由紀となのはがあんな甘え方をしたことはない。
「で、誰から聞いたんだ?」
美由希は恋愛に聡い方ではないので、情報源がいるはずだ。
「ばれちゃったか。山田さんだよ。八千代さんと白藤店長って仲がいいねって言ったら、この店の恋愛模様を全部教えてくれた」
佐藤にばれたらお仕置きを受けるだろうが、自業自得だろう。
ふと美由希が悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ねえ、私となのはに彼氏が出来たらどうする?」
「お前はともかく、なのはは早すぎるだろう」
「そんなことわからないよ。女の子は早熟なんだから」
「確かに大人びているが、さすがに恋人となるとな」
恭也は時々、なのはが小学三年生だと忘れそうになる。なのはだけではなく、友人のアリサとすずかも年齢以上にしっかりしているので、尚更だ。いくら子供っぽいとはいえ、高校生のぽぷらとなのはが対等の関係を築いているのがその証拠だろう。
「なのはちゃーん!」
「ぽぷらちゃん、どうしたの?」
ぽぷらがなのはに泣きつく。
「さっきのお客さんがね、『君、中学生?』だって!」
「ぽぷらちゃん、高校生なのに失礼しちゃうね」
よしよしとぽぷらを慰めるなのは。確実に間違っている光景だ。
しかし、どんなに大人びていても、なのはには親しい男友達がいないので、恋人のいる状態が想像しにくい。
「あ、それなら、ユーノ君は? ユーノ君を人間の男の子だと考えてみたら?」
「蛙じゃなくて、フェレットの王子様か。ファンタジーだな」
恭也は苦笑しながらも、もしユーノが人間だったらと考えてみた。
きっと金髪の可愛い男の子だろう。何故かパーカーに半ズボン姿まで詳細に想像できた。
なのはとユーノが二人で手をつないで歩いている光景を思い浮かべてみる。
(うん。なかなかお似合いだな)
なんだか楽しくなってきて、恭也はさらにユーノを人間に置き換えてみる。
二人で一緒に食事をし、お風呂に入り、同じ部屋で寝る。この前、ユーノがなのはの頬を舐めていたが、あれはつまりキスということか。
「…………美由希、ここ任せていいか?」
「どこ行くの?」
「ちょっとあのフェレットを三枚に下ろしてくる」
恭也の両手にはいつの間にか、二刀の小太刀が握られていた。
「ねえ、どこから刀を出したの? さっきまで持ってなかったよね!?」
「じゃあ、すぐ戻る」
「待って! 今のはただの空想だから! ユーノ君はただのフェレットだから!」
「放せ、美由希! 男には殺らなきゃいけない時があるんだ!」
「それ、前に私の使った台詞!」
血気にはやる恭也を美由希が押しとどめる。その姿を、客たちが諦めたように眺めていた。すでに二人とも、ワグナリアの変人リストに名を連ねていることに、当人たちだけ気づいていなかった。
その頃、音尾の家では、ユーノが得体の知れない悪寒に襲われていた。
時空管理局所属、L級次元巡航船アースラ。
艦長室の赤い敷物の上で、リンディは静かに緑茶を湯呑に注いでいた。緑茶の中に大量の角砂糖を投入し、おいしそうに飲む。
『どうもー』
そんなリンディの横に通信画面が開いた。ただし、画像は真っ黒で何も映っていない。聞こえてくる声も音質が悪く、会話に支障はないが、相手の年齢どころか性別さえも判別できそうにない。怪しさ満点の通信だった。
「あら、久しぶりね。元気にしてた?」
しかし、リンディはにこやかに通信画面に話しかける。
『ええ、それはもう。実は今日はお願いがありまして』
「あなたがお願い? 珍しいわね」
リンディは姿勢を正した。ただ事ではなさそうだ。
『地元の知人が厄介事に巻き込まれてしまって、解決して欲しいんです。ロストロギア絡みと言えば、興味がおありでしょう?』
「ええ。もちろん。詳しく聞かせて欲しいわ」
『名称はジュエルシード。数は全部で二十一個。使い方次第では、次元震どころか、次元断層すら引き起こす危険な物です。これを二人の魔導師が奪い合っています』
次元震と聞いて、リンディの顔が険しくなる。下手をすれば、幾つもの次元世界が滅びかねない。
「他に情報は?」
『奪い合いをしている魔導師の写真は後で送ります。でも、俺が教えられるのはその程度ですね』
「どうして?」
『巻き込まれた知人が二派に分かれてしまって、どちらかに肩入れするわけにはいかないんですよ。こちらに来れば、すぐにわかると思いますので、それじゃあ、よろしくお願いします』
通信画面が消えると同時に、艦長室の扉が開く。入ってきたのは、黒いロングコートを着た少年だった。リンディの息子、クロノだ。
「母さ……艦長、今、謎の通信が。一体誰からですか?」
「そうね。一言でいえば情報屋さんかしら」
「情報屋? 魔導師ですか?」
「いいえ。次元移動したこともない一般市民よ」
「それがどうして僕らのことを知ってるんです?」
「さあ、どうしてかしらね。それより任務です。アースラはこれより第97管理外世界『地球』北海道へと向かいます」
アースラは進路を北海道へと向けた。
ワグナリアで、相馬は一人携帯電話をロッカーにしまう。やたらとごつい、まるでトランシーバーのような携帯電話だった。
山田が休憩室に入ってくる。まだ休憩時間ではないはずなので、さぼりだろう。
「おや、相馬さん。どなたに電話を?」
「うん。昔の知り合いにね」
「えっ? 相馬さんにお友達がいたんですか? かわいそうまさんのはずなのに?」
「勝手に可哀想にしないでもらえる? さてと仕事に戻ろうかな」
相馬は笑みを顔に張り付けたまま厨房に戻っていった。
その日の夕方からジュエルシード集めが始まった。
森の中で、怪鳥が羽ばたく。
「ぽぷら、右だ!」
「必殺ぽぷらビーム!」
敵の飛ぶ先を佐藤が予測し、ビームが怪鳥を貫く。
怪鳥が鳥とジュエルシードに分離する。
「ジュエルシード封印っと。やったね、佐藤さん」
ぽぷらはジュエルシードを拾い上げる。
ぽぷらが使える魔法は、飛行と直射型ビーム、念話だけだ。防御はバリアジャケットのみという貧弱さだが、そこはスピードと佐藤が敵の行動を予知することでカバーしてくれていた。
今日はほとんど縮んでいない。初戦では常に最大出力のビームを撃ってしまったので、あっという間に縮んでしまったが、最近では威力の調整もできるようになり、戦闘持続時間も延びていた。
「これで今日の仕事は終わりだな、ぽぷら」
「佐藤さんって、普段は種島って呼ぶのに、変身してる時だけぽぷらって呼ぶね。どうして?」
ぽぷらが不思議そうに佐藤の顔を覗き込む。
「当り前だ。変身してる時は、魔法少女が名字で、ぽぷらが名前なんだから。なのはと被るから名字では呼べん」
「そうなの!?」
「そうだ。つまり、変身したなのはを英語名風に表記すると、なのは・リリカル・魔法少女になる」
「リリカルってミドルネームだったんだ」
「略すと、なのは・R・魔法少女だな」
「佐藤さん。リリカルの頭文字はLだよ」
「……略すと、なのは・L・魔法少女だな」
「何事もなかったかのようにやり直した!」
「さっさと戻るぞ」
佐藤は少し赤い顔をしていた。
住宅街の片隅で、まだ発動していないジュエルシードを前に、なのはとフェイトは向かい合っていた。
なのはは唾を飲み込む。休戦条約はかわしているが、前は同じ状況で、問答無用で戦闘になった。どうしても身構えてしまう。
フェイトがバルディッシュを左手に、ゆっくりと近づいてくる。
(左手?)
フェイトの利き手は右だったはずだが。
フェイトが無造作に右拳を突き出し、
「じゃんけん」
「へっ?」
「ぽん」
反射的に、なのははグーを出した。フェイトはチョキだ。
「……私の負け」
フェイトは意気消沈して去ろうとする。
「待って!」
約束を守ってくれたことが嬉しくて、なのはは思わずフェイトを呼び止めていた。
「何?」
「もし良かったら、私たち、友達になれないかな?」
なのはは自然とそんな言葉を紡いでいた。
「……さよなら」
しかし、フェイトは最後まで聞かずに飛んで行ってしまう。
夜も深まり、フェイトは集合場所に帰ってきた。
アルフも小鳥遊もまだ戻っていない。
「あの子は……どうして」
なのはの顔を思い出す。敵である自分と友達になりたいと言う少女。どうしてそこまで他人の為に必死になれるのか、フェイトには理解できない。
「ただいま」
「フェイト〜。こいつ、何とかしておくれよぉ」
小鳥遊と一緒に帰ってくるなり、気味悪そうにアルフがフェイトの後ろに隠れる。アルフには魔法の知識のない小鳥遊についてもらっていたのだ。
「どうしてですか? 可愛いじゃないですか」
小鳥遊は両手に目玉のついた綿飴のような物体を抱えていた。暴走したジュエルシードだ。魔法で小さくされて、小鳥遊に頬ずりされている。
ジュエルシードは悲鳴を上げて嫌がっていた。
小鳥遊の攻撃魔法は縮小のみで、ジュエルシードの封印はできない。
「ジュエルシード封印」
「ああ、酷い!」
フェイトがいきなりジュエルシードを回収する。フェイトも少しだけかわいいと思ったのは内緒だ。
「アルフ、小鳥遊さんはどうだった?」
「う〜ん。とにかく偏ってるねぇ」
アルフが困ったように頭を描いた。
防御は鉄壁だが、縮小魔法は射程距離が短く、飛行速度も遅い。相手がスピードで勝っていた場合、追いつく術がない。
今夜の戦いでも、逃走しようとするジュエルシードに置いて行かれそうになり、アルフがバインドで足止めしてどうにか捕獲できたくらいだ。
高速戦闘を得意とするフェイトとは真逆の能力だ。小鳥遊の当面の課題は、スピードアップと補助魔法の習得になるだろう。
「フェイトの方はどうだったんだい?」
「ごめんね。私はじゃんけんに負けちゃった」
「フェイト〜。そんな約束守らなくても……」
「いいんだよ。私も母さんの為に早く集めたいし」
「母さん?」
小鳥遊の疑問に、フェイトとアルフは顔を見合わせる。
「ちょうどいいかも」
「フェイト、まさか」
「うん。小鳥遊さん、明日、時間ありますか?」
「朝ならバイト入ってないけど」
「よかった。じゃあ、明日、母さんに会ってもらえますか? 小鳥遊さんと協力するように言ったのって、母さんなんです」
「わかった。フェイトちゃんのお母さんか。きっと優しい人なんだろうね」
フェイトの頭を撫でながら承諾する。小鳥遊の言葉に、アルフは複雑な面持ちをしていた。
「それじゃあ、アルフ帰ろうか」
「先に行ってておくれ。あたしは少しやることが」
「? わかった。じゃあ、先に帰るね」
フェイトは一足先に隠れ家に帰っていった。
二人きりになり、アルフは小鳥遊に指を突きつける。
「単刀直入に訊くよ? フェイトのことをどう思ってるんだい?」
アルフにはどうしても不安なことがある。もし小鳥遊がフェイトに邪な感情を抱いているようなら、ここで倒しておかないといけない。
「どうって?」
「どうもこうもない。あんた、フェイトと恋人になりたいなんて考えてんじゃないだろうね?」
「まさか。むしろ父親になりたいです」
「はっ!?」
返答は、アルフの想定のはるか斜め上だった。
「ええと……つまり……付き合うつもりはないってことだね?」
どうにかそこだけ理解する。
「だから、そう言ってるじゃないですか」
「……なら、いいのかな?」
釈然としないものはあるが、アルフは無理やり自分を納得させた。
「その言葉、忘れるんじゃないよ!」
捨て台詞を残し、アルフもフェイトを追って夜空に消える。
小鳥遊にとって、ちっちゃいものはすべて愛すべき対象である。子供だろうと、小動物だろうと、虫だろうと、ミジンコであろうとそれは変わらない。
「さすがにミジンコと付き合えるわけないでじゃないですか」
もし最後の言葉を聞かれていたら、小鳥遊は今頃土の下に埋められていただろう。
以上で投下終了です。
『WORKING!!』を文章で表現って、予想以上に難しいですね。努力します。
それではまた。
本日23時半より、『リリカルWORKING!!』五品目投下します。
それでは時間になりましたので、投下開始します。
五品目
朝、自宅の前で、小鳥遊はフェイトたちと合流する。
フェイトの手には甘いお菓子の入った箱が握られている。母親へのお土産だ。
「母さん、喜んでくれるかな?」
「心配いらないよ。この短期間に四つもジュエルシードを集めたんだ。あの人だって、きっと褒めてくれるさ」
フェイトたちは会話をしながら、人気のない空き地に移動する。
「フェイトちゃんのお母さんって、どこに住んでるの?」
「次元の向こうさ」
小鳥遊の質問にアルフが答えると同時に、フェイトが転送魔法を発動させる。小鳥遊たちは次元の彼方へと転送された。
高次元領域、時の庭園。
小鳥遊とアルフを扉の外に待たせ、フェイトは一人母親と会う。
「これがジュエルシードです」
フェイトがジュエルシードを三つ空中に浮遊させる。
「小鳥遊さんの分を入れて、全部で四つ集まりました」
「……確かにジュエルシードね」
プレシアは椅子に座ったまま、ジュエルシードを無感動な目で眺めている。
「でも、フェイト。私は何と言ったかしら?」
「……すべてのジュエルシードを集めるようにと」
「これだけの時間をかけて、協力者までいながら、たったの四つしか集められないの?」
口調は静かだが、不穏な気配が漂っている。フェイトは怯えたように身をすくめる。
プレシアはフェイトの持つ箱に目を向けた。
「それは何?」
「か、母さんへのお土産」
「……そんな暇があるなら、ジュエルシードを探してきなさい!」
プレシアが声を荒げ、手にした鞭でフェイトを打つ。
焼けつくような痛みに、フェイトは悲鳴を上げて倒れる。
「母さんには時間がないって言ったでしょう。残念だわ、フェイト。私はあなたにお仕置きしないといけない」
プレシアが再び鞭を振り上げる。フェイトは思わず目をつぶった。
室内に響き渡る鞭の音。しかし、予期した痛みは襲ってこなかった。
恐る恐る目を開けると、大きな背中がフェイトの前にあった。
「大丈夫、フェイトちゃん?」
小鳥遊が優しく声をかける。中から鞭の音が聞こえるなり、小鳥遊は部屋へと踏み込み、フェイトをかばったのだ。
「は、はい」
「邪魔をするな!」
プレシアの鞭が小鳥遊の頬を浅く切り裂く。それでも小鳥遊は怯まず、相手を睨みつける。
「おい、年増」
「と……!」
どすをきかせた小鳥遊に、プレシアは鼻白む。
「お前、今自分の娘に何をした?」
「あなたが小鳥遊ね。私たちの問題に口出ししないでちょうだい」
「ふざけるな!」
ジュエルシードが輝き、小鳥遊は魔王モードへと変身する。
小鳥遊は年増を嫌っている。しかし、この世で最も憎悪するのは、ちっちゃいものを虐げ傷つける存在だ。
「いいか、ちっちゃいものは可愛いんだ! ちっちゃいものは正義なんだ! それをぶつ権利なんて誰にも……特に、お前のような年増にはない!」
「刃向う気?」
プレシアも鞭を杖へと持ちかえ戦闘態勢を取る。
一触即発の雰囲気の中で、フェイトが小鳥遊のマントの裾をつかんだ。
「やめて、小鳥遊さん」
「でも」
「お願い。ジュエルシードを集められなかった、私が悪いんです」
フェイトに懇願され、小鳥遊は渋々引き下がる。プレシアも杖を収め、とりあえず戦闘は回避された。
「ジュエルシードを集めればいいんだな?」
「ええ、そうよ」
「待っていろ。すぐに集めてきてやる」
小鳥遊は吐き捨てるように言うと、フェイトを抱き上げ、時の庭園を後にした。
隠れ家で、アルフはフェイトの傷の手当てをする。
「やるじゃないか、小鳥遊。まさか、フェイトの為にあの鬼婆に挑むとはね」
今回の一件で、アルフの小鳥遊の評価はかなり上がっていた。
小鳥遊はアルフの賛辞も聞かずに、室内を調べていた。整理整頓されているが生活感がなく、どこか寂しい。
「本当は優しい母さんなんです。ジュエルシードを全部集めれば、きっと元の優しい母さんに戻ってくれるはず」
フェイトが小鳥遊に一枚の写真を渡す。そこには、優しい微笑みを浮かべたプレシアとフェイトが写っていた。絵に描いたような幸せな親子の図だ。
その写真が小鳥遊にはとても信じられなかった。今日会ったプレシアとは他人の空似ではないかと疑ってしまう。アルフを窺うが、黙って首を横に振る。どうやらアルフも昔のプレシアを知らないらしい。
「アルフ。小鳥遊さんにも手当てを」
「いや。俺はこれでいい」
小鳥遊の頬には、おざなりに絆創膏が張られている。この程度の怪我など慣れっこだ。時の庭園から戻ってからというもの、小鳥遊は厳しい表情を崩していない。
冷蔵庫を開くと、中には必要最低限の食材しか入っていなかった。
「普段、食事はどうしているんですか?」
「それは……」
アルフは目を伏せる。こちらに来てから、フェイトはあまり食べていない。
「アルフさんは?」
「私は、ほら、これがあるから」
出しぱっなしになっていたドッグフードの箱を掲げる。
小鳥遊は拳を握りしめた。フェイトがどんな暮らしをしているか、考えもしなかった自分に腹が立つ。母親がいると聞いて、てっきり二人で暮らしているのだろうと思い込んでいた。
小鳥遊はソファーに横たわるフェイトの手を取る。
「フェイトちゃん。俺の家に来ない?」
「えっ?」
「ちょっと、いや、かなり騒がしいけど、こんなところにいるよりずっといい。部屋は余ってるし、食事も俺が用意するから」
「でも、迷惑なんじゃ?」
「気にしないで」
「フェイト。そうしなよ」
アルフもフェイトの体調はずっと気がかりだったのだ。小鳥遊が作るなら、フェイトも食べないわけにはいかないだろう。少々危険な気がしないでもないが、小鳥遊の恋人になるつもりはないという宣言を信じることにする。
小鳥遊は腕時計に目を落とす。帰って昼飯を作るには丁度いい時間だ。
「いいよね?」
「わかりました」
フェイトはおずおずと頷いた。
その頃、一人の女子高生がワグナリアの従業員用通路を通っていた。
赤縁の眼鏡に、前髪の左側が激しくカールして渦を巻いている。フロアスタッフの松本麻耶だ。
名前も普通。容姿も普通。仕事も普通。普通を人生の至上の目的とし、山も谷もない平坦な一生を送ることを夢見ている。
「こんにちは。種島さん」
笑顔で休憩室にいたぽぷらに挨拶する。
「こんにちは。今日はご機嫌だね、松本さん」
「まあね」
常日頃、松本の機嫌はあまり良くない。ワグナリアは変人の巣窟で、松本は同類扱いされないよう、バイト仲間からなるべく距離を置いているのが原因だ。
しかし、この前、初めて高町兄妹と一緒に仕事をしたのだが、とても普通の人たちだった。
(ようやくワグナリアに普通の人たちが。これをきっかけに、もっと普通の人たちがバイトを始めてくれれば)
松本は鼻歌を歌いながら、更衣室でウェイトレスの制服に着替える。
ただし、下の妹だけは別だ。
少し大人び過ぎているのも気になるが、それ以上に松本はなのはを警戒していた。これまでとは別種の普通じゃない気配がする。一番近づいてはならない相手だと、松本の直感が告げていた。
いつもよりも軽い足取りで、仕事場へと向かう。
「あ、松本さん」
「高町さん……!?」
松本が声のした方を見て絶句する。
恭也が床に手をついて、棚の下に落ちたフォークを拾っていた。服が汚れないように、袖をまくっていたのだが、腕に無数の刀傷があった。
恭也は気まずそうに袖を直すと、すたすたと歩いて行ってしまう。
(刀傷……。いいえ、剣術を習ってるなら、それくらい普通よね?)
松本は自分を無理やり納得させながらフロアに出た。そこでは美由希が、うっとりと八千代の刀を眺めていた。
「美由希ちゃんは本当に刀が好きねぇ」
「はい!」
刀を鞘にしまいながら、美由希が嬉しそうに頷く。
「あ、松本さん、こんにちは」
松本はふるふると全身を震わせていた。
「松本さん?」
美由希がいぶかしげに、松本の顔を覗き込む。
「この裏切り者ー!」
「ええっ!?」
突然罵倒されて、美由希が目を白黒させる。
刀を持った美由希に詰め寄る松本を、客は奇異の目で見つめていた。
松本も普通にこだわり過ぎる変人なのだが、本人はまったく認めようとはしなかった。
八千代が松本をなだめている横で、伊波がパフェの作り方をなのはに教えていた。
「こうやって、アイスとフルーツを……後は生クリームで飾り付けをして完成。ね、簡単でしょ?」
「はーい」
なのはは教えられた通りにてきぱきとパフェを作っていく。
「すごい。一度見ただけなのに」
生クリームの飾り付けに少々コツがいるのだが、なのはは完璧に仕上げていた。
「家でお母さんに教えてもらったことがあるから」
「そっか。高町さんのお母さん、パティシエだったっけ」
伊波の作ったパフェはすでに杏子が食べ始めている。なのはのパフェもすぐに杏子の胃の中に消えていくだろう。
「杏子さん。言って下されば、私がお作りしますのに」
八千代が少しむくれて言った。
「んー? ところで、八千代。高町兄妹は使えるか?」
「はい。もう教えることがないくらいです」
普段から翠屋を手伝っているだけあって、恭也も美由希もすでに仕事をほとんど覚えてしまった。
伊波は男性恐怖症の為、女性の接客しか、つまり半分の仕事しかできない。新人に追い抜かれてしまったようで、肩身が狭い。
そこに恭也が通りがかった。
「きゃあああああああ!」
伊波の拳が恭也の顔面に迫る。恭也は横から伊波の腕を押し、軌道をそらせる。拳が顔の横を通過し、ワグナリアの壁を粉砕する。
伊波の二発目が来る前に、恭也は伊波の射程圏内から離脱する。
「こら、伊波。店を壊すな」
「ごめんなさい!」
恭也と杏子に、伊波は謝る。
「お兄ちゃん!」
「心配するな。怪我はしてないから」
駆け寄ってくるなのはを安心させるように、恭也は笑顔を作る。なるべく接近しないようにしているのだが、伊波は気配が薄く、どうしても日に何度かは接触してしまう。
「山田、つまずきました!」
突如、頭上から水の入ったバケツが降ってくる。
「!」
恭也の視界から色が消え、バケツの速度がスローモーションになる。次の瞬間、恭也はなのはを抱きかかえて、水のかからない場所まで移動していた。
「はっ! 高町さんが消えました!」
バケツを飛ばした犯人、山田が驚く。
「恭ちゃん、神速使ったでしょ」
「なのはを守るには、これしかなかったんだ」
恭也は呼吸を整えながら言った。
神速は御神流の奥義の一つで、瞬間的に己の知覚力を極限まで高め、高速移動を可能にする。山田の目には恭也が消えたようにしか見えないだろう。
「やっぱり普通じゃないしー!」
遠くから松本の嘆きが響いてきた。
「ひょっとして父さんは、修行の為にここに送り込んだんだろうか?」
恭也は最近、真剣に考えてしまう。どうもワグナリアで働きだしてから、実戦の勘が磨かれている気がするのだ。
昼食時、食卓に小鳥遊姉妹が集合する。小鳥遊姉妹は四人とも背が高く、揃うとなかなかの迫力がある。
気圧されないよう活を入れながら、小鳥遊は食卓の前に立つ。
「食事の前にちょっと話があるんだけど」
小鳥遊が手招きすると、アルフとフェイトが部屋に入ってくる。
「こちらは、アルフ・テスタロッサさんと、フェイト・テスタロッサちゃん」
ややこしいので、二人には姉妹の振りをしてもらうことにした。
「今日からこの人たちを家に泊めたいんだけ……ど!」
小鳥遊が言い終わる前に、顔面に六法全書が炸裂する。
「まず理由を言え。話はそれからだ」
六法全書を投げたのは、長女の小鳥遊一枝だ。年は三十一歳で、眼鏡をかけて口元にはほくろがある。職業は弁護士。ちなみにバツイチだ。
小鳥遊が痛みに呻きながら、話を続ける。
「ちょっと問題があって、彼女たちの家の改修工事をしなきゃならなくなったんだ。その工事が終わるまでの間、泊めてあげてくれないかな?」
ここに来るまでの間に、必死に考えた嘘を口にする。平静を装っているが、嘘がばれないかと内心冷や冷やしている。
「ご両親は?」
「母親は仕事で海外に。当分帰って来れそうにないって」
これは嘘ではない。ただし海は海でも、次元の海の外側だが。
「私は賛成。アルフちゃん、仲良くしよう」
ビールを片手に、三女、梢が朗らかに手を上げる。
(梢姉さん、ナイス!)
梢がいち早く賛成してくれたことで、場のムードが一気に賛成側に傾く。
「……私も。恋の話とか聞かせてもらえると……嬉しい」
黒ずくめの女性が掠れた声で喋る。次女、泉だ。二十八歳で、職業は恋愛小説家。常にネタに飢えて苦しんでいる。滅多に部屋から出ずに原稿を書いている為、運動能力は極限まで低く、歩行すらままならず這って移動する。
「お泊りかぁ〜。楽しそうだね。フェイトさん、年はいくつ?」
最後の一人、髪を肩口で切りそろえた女の子が楽しげに質問した。
「九歳です」
「そっか。私は妹のなずな。十二歳、小学六年生です」
「えっ?」
フェイトは驚いた。なずなは小鳥遊よりわずかに背が低いだけで、ほとんど変わらない。てっきりなずなも小鳥遊の姉だと思っていた。
「ねえ、アルフ。私も三年したら、あんな風になれるのかな?」
「た、たぶんね」
絶対に無理だと思ったが、アルフは言えなかった。夢を持つのは人の自由だ。
「工事期間はどれぐらいだ?」
「長くても一カ月はかからないんじゃないかと」
「はっきりしないな。業者を教えろ。私が直接聞いてやる」
一枝が立ち上って電話へと向かう。
「……ご迷惑でしたか?」
不機嫌な一枝に、フェイトはおずおずと言った。
「………………」
一枝はフェイトをじっと眺めると、いきなり両腕で抱きしめた。
「あの?」
「はっ! すまない、つい」
一枝は慌ててフェイトを解放する。
「ふっふ〜。フェイトちゃん。可愛いよね〜。こんな可愛い子のお願い断れるわけないんだから、ほら、一枝姉も無駄な抵抗はやめて許可しちゃいないよ」
梢が勝ち誇ったようにフェイトに頬ずりする。一枝は何かを堪えるように手で顔を押さえている。どうやら小鳥遊家は全員ミニコンらしい。
「……一カ月だな。それくらいなら、まあいいだろう」
一枝がどうにか体面を取り繕いつつ着席する。
「宗太! 早く食事にしろ!」
そして、小鳥遊に八つ当たりをするのだった。
各自の前にサンドイッチが乗った皿が置かれる。具は、卵やハムにチーズ、野菜など、栄養のバランスが考えられており、種類も豊富だ。
フェイトは別次元の人間なので、どんな食器が使えるか小鳥遊は知らない。素手でも食べられるようにサンドイッチにしたのだ。
箸やスプーンを使えるか、好き嫌いはないか、質問しようかとも思ったが、フェイトは遠慮して本当のことを答えなさそうだ。後でアルフに確認しておかないといけない。
「嫌いな物があったら無理しなくていいからね。好きな物だけ食べて」
「いえ、大丈夫です」
小鳥遊に返事をしながら、フェイトはイチゴジャムのたっぷり入ったサンドイッチを手に取る。
一口かじると、ジャムの風味が広がる。ミッドチルダのパンとジャムとは少し味が違う。咀嚼していると、フェイトの頬を一筋の涙が伝う。
「宗太ー!」
再び六法全書が空を舞い、宗太の顔面を直撃する。続いて梢が立ち上り、宗太の腕を捻じり上げる。
「こんな小さい子泣かすなんて、あんた何してんの!」
「フェイトを泣かす奴は、あたしが許さないよ!」
アルフも立ち上って小鳥遊の首を絞め上げる。
言い訳も反論もできず、小鳥遊が酸欠と痛みに顔を青ざめさせる。
「ち、違うんです!」
フェイトが声を張り上げた。
「あんまり美味しくて、つい」
「そうだったのか。気に入ってもらえたようで何よりだ」
一枝がほっとしたように胸を撫で下ろす。
「大げさだな。ただジャムを塗っただけなのに」
小鳥遊がヒューヒューと妙な呼吸音をさせながら言った。
「いえ、本当です」
小鳥遊のサンドイッチは、急きょメニューを変えたせいか、そんなに手の込んだものはない。しかし、真心のこもった優しい味だった。
それが幼い頃に食べたプレシアの手料理を思い出させ、思わず涙ぐんでしまったのだ。
「ねえ、お兄ちゃん。後で宿題見て欲しいんだけど」
「バイト終わってからならいいよ」
「宗太。ビールおかわり」
「これ以上飲むな!」
「……アルフさん。恋愛経験って……ある?」
「う〜ん。残念ながら」
泉は次にフェイトの黒い服を見た。
「……あなたとは……趣味が合いそうね」
「こら、お前たち。お客さんの前だぞ。はしゃぎ過ぎるな」
一枝が静かに注意する。
食事は、遠慮のない罵倒や怒声を交えながら賑やかに進む。少し変だが、家族の団欒がそこにはあった。
「うるさくてごめんね。美味しい?」
小鳥遊が尋ねる。フェイトには、その顔が一瞬、優しかったころの母の面影と重なって見えた。
「はい。とっても美味しいです」
小鳥遊にフェイトは笑顔で答える。心がほのかに温かい。こんなことは久しぶりだった。
ジュエルシードを集め終わったら、きっとまたプレシアともこんな時間が過ごせる。フェイトはそう信じて、こぼれ落ちそうになる涙を堪えた。
昼食が終わり、小鳥遊はバイトへ行く準備を始めた。
フェイトとアルフはジュエルシード探索だ。アルフが家にいるので、梢も今日は家で飲むだろう。
「それじゃあ、行ってくるね。今日はそんなに遅くならないから」
見送りに来てくれたフェイトとアルフに小鳥遊は言った。
「あの小鳥遊さん」
フェイトがためらいがちに口を開く。
「何?」
「小鳥遊さんのこと……宗太さんって呼んでもいいですか?」
「もちろん。ここで小鳥遊さんだと紛らわしいからね」
小鳥遊が頭を撫でると、フェイトははにかむ。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい……宗太さん」
小鳥遊を見送ると、アルフとフェイトはあてがわれた部屋に入る。そこは小鳥遊の両親の部屋だった。父親は早くに亡くなり、母親は仕事が忙しくて滅多に帰ってこないので、好きに使っていいと言われている。
どこかフェイトと似た境遇だ。だからこそ余計に同情したのかもしれない。
「アルフ」
「なんだい?」
「宗太さんって優しいね」
「まあ、悪い奴ではないんだろうけど」
優しいのはちっちゃいものに対してだけで、十二歳以上の女性にはとことん冷淡だ。
アルフはフェイトの様子を窺う。心なしか赤い顔をしている。
(まさか……)
アルフの直感が警鐘を鳴らしていた。このまま行くとまずいことになるかもしれない。
いくら小鳥遊に付き合う気がなくても、もしフェイトの方から告白なんて事態になったら、どう転ぶかわからない。
(フェイトを変態の恋人になんてさせない。あたしが真人間に戻してみせる!)
アルフはひそかに決意を固めていた。
以上で投下終了です。
それではまた。
>>243 乙。フェイト小鳥遊家に居候するの巻。心配はいらないとはわかっていたけど、やっぱり温かく受け入れてもらえる場面は読んでてほっこりする。
>(フェイトを変態の恋人になんてさせない。あたしが真人間に戻してみせる!)
『変態の恋人』が一瞬『変態の変人』に見えてしまった。
……が、ワグナリア関係者に関わっている以上、そっちでも意味は通ることに気付いたw
>>243 お疲れさまでした。
では、7/10の投下予告以来、ずっと途絶えたままだった自分の出番になります。
23:10より投下いたします。
囚人・職員・施設…刑務所の全てを管理する中央管制室は、刑務所の中央部にエレベーターを挟んで魔力炉と相対する形で
配置されている。
普段は静かでまったりとしているこの場は今、警戒レベルの引き上げに伴う人員の配置替えに関する指示が飛び交い、職員が
忙しく行き来する賑やかな場となっていた。
「17区の配置は完了したと報告がありました。エレベーターはどうしますか? と、聞いてきてますが」
浅黒い肌に類人猿の顔立ちをしたオペレーターからの質問に、触角の生えた頭に焦点のない眼と黒い筋肉質体型の外骨格の、
一等陸佐の階級章と刑務所の所長である事を示すプレートを付けた士官は少しの間考え込む。
「まぁ、脱走の心配はないと思うが、念の為上に引き上げておくように伝えてくれ」
オペレーターが指示を受けてモニターに向き直ったのを見届けてから、所長は曇硝子で仕切られた自分のブースへと足を向ける。
と、その時、右足のつま先に何かを蹴る感触を感じた。
「!?」
怪訝な表情で足元に視線を向けると、折りたたみ式の携帯電話が一個、少し先に落ちているのが目に入った。
所長は電話を拾い上げると、周囲を見回しながら大きな声で言う。
「おーい、誰かこの端末を落としたか?」
その声に部屋の全員が視線を上げて、所長が持つ携帯電話を見るが、誰もが首を横に降った。
「そうか…、まぁ、全員デバイス持ちだもんな…」
所長はそう呟きながら携帯片手に自分の席へ戻る。
ドアを閉めて自分の席へ座ると、所長は持っていた電話を前後にひっくり返してじっくりと観察する。
「携帯型の通信端末か、今どき珍しいな…」
書類の作成を始めた所長の傍らでは、“デストロン軍団リアルギア部隊ワイヤータップV20”が音も無く変形を始めた。
一仕事を終えて一息つくオペレーターの目に、テーブル上に一台のゲームプレーヤーが置いてあるのが
見えた。
つい今しがたまでここには何もなかったはず。
どういう事なのか訝しむオペレーターの前で、突然プレーヤーが分解を始め、瞬く間に小型の機械人形に
姿を変える。
「…!!」
びっくりしたオペレーターを人形はきょとんと見上げる。
「おい、どうした?」
オペレーターの様子に不審を感じた同僚が声をかけると、オペレーターはハッと我に返った。
「み、見ろ! 通信端末が突然小型のロボットに変形を始めて――」
そう言いながらテーブルの上に視線を戻すと、ロボットはプレーヤーに戻っていた。
「はぁ? 何言ってるんだお前」
同僚は怪訝な表情で言う。
「本当だって、つい今しがた――」
話を続けようとするオペレーターを、同僚は手で制した。
「ハイハイ、それより早く仕事に戻れよ」
「いや、でも――」
尚も言葉を続けるオペレーターの耳元を何かが掠めて、自分の席に戻ろうとした同僚の後頭部
に命中。
同僚の頭が弾けて、地と脳漿と肉片をあたりに撒き散らした。
「え!?」
眼前で起こった惨劇に動転したオペレーターが周囲を見回すと、どこから現れたのか似たような姿の多数
ロボット達が、一斉に管制室の職員達に襲いかかっていた。
あるロボットはミサイルを、またあるロボットは機関砲を乱射し、職員達を次々と血祭りに挙げて行く。
オペレーターはオペレーターは所長用のブース目がけて死に物狂いに駆け出し、体当たりでドアを開けて
中に転がり込む。
深呼吸して何とか自分を落ち着かせると、オペレーターは周囲を見回す。
ブースはマジックミラーとなっていて、周囲の状況が見て取れる。
管制室はすでに制圧されていて、ここが破られるのももうすぐだが、せめて警報だけでも発する事が出来れば…。
オペレーターはそう考えながらテーブルへ向かおうとすると、床に転がるものに足を取られた。
下を見ると、自分がつまずいたのは喉を掻き切られた所長の遺体である事に気付く。
オペレーターは恐怖に目を見開き、反射的にテーブルの上に視線を向けると、そこにはワイヤータップV20が
いて、空間モニターを開いて色々と弄くりまわしている。
ワイヤータップV20は立ちすくむオペレーターに振り向くと、悪意に満ちた厭味たっぷりな笑みを見せる。
オペレーターが最後に見たものは、ワイヤータップV20の腕に握られたナイフの鈍い光だった。
中央管制室が惨劇に見舞われた直後、エレベーターが何者かによって不正操作されているのを警備システムが検知、
自動的に刑務所の全域へ警報が発令された。
緊急事態を告げるアラームが鳴る廊下を、武装した二十名の魔導師達が慌ただしく駆けて行く。
突然、彼らの眼前に空間モニターが警告音と共に出現した。
“警告! 前方の丁字路左側に正体不明の魔導師集団あり、要注意!”
内容を読んだ指揮官が、左手を上げて部下達を止める。
指揮官は後ろを振り向くと、廊下の左右に半分ずつ分かれるよう手振りで指示する。
音を立てないようゆっくりと丁字路の角近くまで来ると、指揮官は右側最前にいる部下へ様子を見るよう命令を出す。
それを受けて魔導師はおっかなびっくり顔を出そうとした時、前方奥から魔力弾が一発撃ち込まれて右頬を掠めた。
魔導師は背後に仰向けに倒れ込むと、身振りで“敵”がいる事を示す。
それを受けて指揮官は自分を含む廊下左側の部下たちに突撃を、右側に援護射撃を行うよう指示を出す。
右側が援護射撃を始めるのに都合のいい位置に付き、左側の突撃準備が整ったのを確認すると、指揮官は手を下げて
攻撃開始を合図した。
左手の魔導師たちが様々なデバイスを構え、魔方陣を展開しながら前方に魔力弾を撃ちまくり、続いて指揮官を先頭に
右手の陸士部隊が廊下へと出る。
援護射撃にめげずに雨あられと撃ち込まれる魔力弾に、指揮官たちは床に伏せた。
魔力弾が飛び交う戦場と化した廊下を、指揮官たちは攻撃魔法を撃ち返しながら匍匐前進してじりじりと進む。
交戦中の“敵”の姿が見えるぐらいに距離を詰めた時、指揮官は驚愕で目を見開いた。
「攻撃中止! 攻撃中止だ!!」
指揮官は撃たれる覚悟で立ち上がって、手を振りながら大声で叫ぶ。
「撃つのを止めろ、同士討ちしてるぞ!」
その声に部隊の射撃が止まり、戸惑ったようなざわめきが広がる。
反対側でも攻撃が止み、魔導師たちが立ち上がってこちらを見ると、同じように驚愕の表情を浮かべた。
「一体どういうつもりだ!? 何でいきなり撃ちかけて来たんだ?」
向こう側の魔導師部隊の指揮官が抗議すると、こちら側も負けじと怒鳴り返す。
「そりゃこっちの台詞だ! 最初に撃って来たのはそっちだろ!!」
それに対して向こう側が
「侵入者が来ると管制室から連絡があったんだぞ! ちゃんと報告はしたのか!?」
それを聞いた指揮官は驚いた表情を浮かべた。
「ちょ、ちょっと待て、それは確かなのか?
こっちは確かに報告したぞ。ほら」
そう言って指揮官は管制室との通信ログを表示する。
それを見た相手側は、首をひねりながら答えた。
「おかしいな、こっちも確かに指示があったんだが」
そう言いながら同じく通信ログを表示する、お互いにそれを確認した指揮官たちは首をひねって呟く。
「どういう事だ…?」
その時、丁字路右奥から何とも形容しようのない不気味な唸り声が聞こえてきた。
「!!」
その場にいた全員が、声のした方へ反射的にデバイスを構える。
一分、二分と時間は過ぎて行くが、声はそれっきり途絶え、何の姿も気配も感じられない。
「どう思う?」
指揮官がささやき声で問いかけると、相手側もひそひそと答える。
「何も見えないし聞こえない…空耳か?」
次の瞬間、頭上で先ほどの都唸り声が聞こえると同時に二人の首が胴体から離れる。
「なっ…!!」
何の前触れもなく指揮官が斃された事で、陸士部隊の間に動揺が広がる。
「ど…何処だ!? どこから攻撃――」
左右を見回しながらそう言いかけた魔導師の顔が上下に断ち割られる。
隣にいた魔導師が、天井を指差しながら叫ぶ。
「上だ! 頭上にいるぞ!!」
その声に陸士部隊の全員が、数撃ちゃ当たるとばかりに天井全体をデタラメに掃射する。
そのうちの数発が何もない空間で弾け、リードマンの姿が現れた。
リードマンは飛び回り、身体を素早くひねって、自分目がけて撃ち込まれる魔力弾を次々と避ける。
「全体に弾幕を張れ! 近寄らせるな!!」
陸士部隊は廊下全体に展開し、隈なく掃射する。
いくら回避能力に優れるデストロンと言えども、これでは斬り込むのは不可能だ。
猛烈な弾幕に手を焼いたリードマンは、突然三体に分裂する。
狙うべき標的が三つに分かれて分散した事に魔導師たちは惑わされ、弾幕が薄くなる。
その隙に一体が近くにいた魔導師に飛びかかり、ザクザクめった切りにされた。
「騙されるな! 数が増えても弾幕を張れば奴は動けん!!」
部隊は後退しながら態勢を立て直し、再度魔力弾による弾幕を張ってリードマンの動きを止める。
このままでは一進一退で状況がなかなか動かないと判断したリードマンは、合体を解除して無数の
インセクトロンに戻る。
インセクトロン達は雲霞のごとく陸士部隊に迫り、魔導師たちの全身に取りついて針で刺しまくり、口や
鼻から中に入り込んで気道を塞いで窒息させる。
部隊は逃げる間もなく、あっと言う間に殲滅された。
同じような酸鼻を極める光景が、刑務所のあちこちで繰り広げられていた。
なます斬りにされた遺体、口や鼻をインセクトロンに塞がれ、物凄い形相で窒息死した遺体、
インセクトロンが全身を黒く覆い、原子レベルに分解されてエネルギーに変換されている途中の遺体…。
襲撃から30分も経たないうちに、刑務所の職員と魔導師たちは皆殺しにされた。
管制室のリアルギア達は、刑務所を完全に制圧した旨をジャガー報告すると、施設のゲートをすべて
開放してから部屋を出た。
開け放たれたゲートから絶え間なく雪が吹き込み、床にうっすらと降り積もっている。
ジャガーはその上に座り、外をじっと眺めていた。
間もなく、ブリザードの唸りを圧する轟音と共に、小型シャトルが一機、ジャガーの眼前に着陸する。
タラップが下がり、黒いフード付きのローブを全身に包んだ人間が降り立つと、ジャガーは立ち上がって出迎える。
デストロン軍団から“案内人”と呼ばれている人間は、自分の犬を誉める飼い主のように、手を伸ばしてジャガーの
頭を優しく撫でる。
すると満足そうに尻尾を振りながら、ジャガーはゴロゴロと喉を鳴らした。
※※ ※※ ※※ ※※ ※※
エレベーターが開くと、案内人たちの眼前に長さ十メートル弱の、殺風景な監房区画への通路が現れた。
案内人がジャガーの身体に取りついているリアルギア達に視線を向けると、彼らは次々と通路へ降りて行く。
ベチャクチャとやかましく喋繰りながら、リアルギア達は通路を渡って監房区画側のコンソールに飛びつく。
ドアが解錠されたのを確認すると、案内人は通路を渡って監房区画に入って行った。
監房区画は通路同様殺風景な廊下と、左右に二つずつ、奥に一つ、計五つの独房の扉があった。
左右側の独房の扉は総て開け放たれていて、中はベッドすらない空部屋となっている。
案内人が唯一閉じられた廊下一番奥のドアを開けると、奥で揺らめく蝋燭の炎以外明かりのない暗闇が広がっていた。
目が慣れてくると、ここは他の独房よりも遥かに広く、様々な次元世界の神話に関するレリーフで埋め尽くされて
いるのが分かった。
独房の中心部には人が五・六人は寝れる大きなベッドが置かれ、周囲の床には脱ぎ棄てられた衣類が散らばっている。
一糸まとわぬ美女達に囲まれて眠っていた、同じく裸の紫色の長髪の男性“ジェイル・スカリエティ”が眼を開いて
起き上がった。
「見たところ管理局員ではなさそうだが、何者かね?」
案内人がフードを降ろして顔を見せると、スカリエッティは口笛を吹いた。
「これはこれは…二度と会う事もあるまいと思ってたが、どうやって戻ったのかね?」
案内人はスカリエッティの問いかけを無視して、侮蔑の感情を露わにしながら言う。
「呆れたものね、自分が創り上げた娘たちとお楽しみ?」
スカリエッティは悪びれる様子もなく、自分にすがり付いて来る眼鏡をかけた女性のゴールデンロッドの髪を優しく
撫でながら答える。
「こんな鉄と氷だけの場所では、他にやる事もないのでね」
案内人の全身を舐めるような眼で見上げながら、スカリエッティは言葉を続けた。
「君にも一つお相手を願おうかね、プレシア・テスタロッサ」
支援
本日はここまでになります。
投稿直前になって、一部の文章消えている事に気づいて、大慌てで残ったメモを基に掻き直したりで散々な状況に
なりました。
更にモブキャラのネタも尽きてきて、どうしたものだか…という状況で。
それでも出来るだけたくさん出したいと思います。
今回のオリキャラ元ネタ
浅黒い肌に類人猿の顔立ちをしたオペレーター:「星を継ぐもの(J・P・ホーガン 星野 之宣)」ジュヴレン人
触角の生えた頭に焦点のない眼と黒い筋肉質体型の外骨格の所長:「テラフォーマーズ(橘 賢一 貴家 悠)」テラフォーマー
??
支援
>>253 投下乙でした。
本日22時半より『リリカルWORKING!!』六品目投下します。
それでは時間になりましたので、投下開始します。
六品目
夜、ワグナリアの駐車場になのは陣営とフェイト陣営が集結する。どちらもジュエルシードの反応に導かれて来たのだ。
「発動してるね」
フェイトが明かりの消えたワグナリアを見上げる。
「ふはは、ふははははははっ、うっ! げほっ! ごほっ!」
高笑いが夜空に響き渡る。むせたらしく、笑いが途中で咳に変わる。
ワグナリアの屋根に人影が仁王立ちしていた。
白いマントに同色の学校の制服をきて、長い黒髪をなびかせている。
「魔法山田、山田推参!」
ジュエルシードを胸に張りつけた山田がふんぞり返る。
「あれ、葵ちゃんだよね?」
「ああ、間違いない」
ぽぷらの問いに、佐藤が答える。おそらく買い物に出かけた時にでも拾ったのだろう。比較的小鳥遊の状態に近いようだが、しっかりジュエルシードに取り込まれている。所詮は山田だ。
「余計な手間を増やしやがって。ま、山田なら大したことないだろう。なのは、とっとと封印してくれ」
「了解」
レイジングハートから、桜色の光線が発射される。
山田は動かず、勝ち誇った笑みを浮かべている。命中の瞬間、光線が拡散し、山田の横を素通りする。
「えっ?」
光線はさらに空中で乱反射し無数の光に分裂して、なのはたちに返ってくる。
「ぽぷらちゃん、私の後ろに隠れて!」
『Protection』
なのはがバリアを展開し、ぽぷらと佐藤をかばう。
「ふはは! 割りまくりクイーン山田を甘く見ましたね」
目を凝らすと、山田の周囲に小さな皿の破片が大量に舞っていた。
「山田は割れた皿の加護を受けています。どんな光線も反射しますよ」
「小鳥遊。あいつはどうして自分の能力を、べらべらと自慢げにばらしてるんだい?」
「気にしないで下さい、アルフさん。ああいう奴なんです」
「今度はこちらの番です。小鳥遊さん、佐藤さん、日頃の恨み思い知って下さい」
山田が仰々しく両手を構える。半端に意識が残っているのが、ますます腹立たしい。
「奥義、納豆バインド!」
「うわっ!」
魔法陣から納豆が飛び出し、糸が全員をがんじがらめにからめ捕る。納豆をこよなく愛する山田だからこそ使える魔法だ。
納豆は無尽蔵に湧いてくる。ワグナリアの駐車場が納豆の海と化し、小鳥遊たちが飲み込まれていく。眼下の光景を見下ろし、山田が己の力に酔いしれる。
「この力があれば、世界は山田の物。山田オブザワールド!」
喜びながら、屋根の上でクルクル回る。
踊る山田の後頭部を、誰かががっしりとつかんだ。恐る恐る振り向くと、小鳥遊が憤怒の形相で立っていた。
山田の顔から血の気が引いて行く。
もちろん納豆の糸に人間を拘束するような力はない。全員ネバネバになりながら、納豆の海から這い出し、山田を取り囲んでいた。
割れた皿の加護は人間には無害のようで、触っても皮膚が切れるということはなかった。
「この距離なら、反射は出来ないよね」
「山田さん。ごめんね」
「葵ちゃん。さすがに私も怒ったよ」
フェイトが、なのはが、ぽぷらが、零距離で三つの武器が突きつける。
「どれ、あたしも一発殴らせてもらおうかね」
「結界を張りました。これで店に被害は出ません」
アルフが指をパキパキと鳴らし、ユーノが静かに告げる。
小鳥遊同様、全員怒り心頭だった。
「た、」
おそらく山田は助けを求めようとしたのだろう。しかし、全力のスパークスマッシャーが、ディバインバスターが、ぽぷらビームが山田に炸裂し、夜空を明るく染めた。
じゃんけんの結果、山田のジュエルシードは、なのはが回収した。
フェイトが小鳥遊家に滞在するようになってから三日目の朝。
ワグナリア開店前に、スタッフが事務室に集合する。山田は昨日の戦闘の疲れが出たのか、屋根裏で寝込んでいる。ジュエルシードに取り込まれている間の記憶は、きれいさっぱり抜け落ちていた。
「えー、次は」
業務連絡を杏子が淡々と読み上げる。しかし、全員そわそわとしてどこか落ち着きがない。業務連絡の半分は耳を素通りしていた。
杏子は構わず連絡を続ける。
「最後に、今日からここで働くことになる新人を紹介する」
杏子の隣で、制服に身を包んだ金髪の女の子が微笑んで一礼する。
「フェイト・テスタロッサです。よろしくお願いします」
「…………ねえ、恭ちゃん。いいのかな?」
「いつものことだ」
厨房の制服を着た恭也が諦念を滲ませた。フロアスタッフが余ってきたので、恭也は今日からキッチン担当だ。料理ができないわけではないし、刃物の扱いは慣れているので、どうにかなるだろう。
銃刀法違反に労働基準法違反など、ワグナリアの法律無視は今に始まったことではない。細かいことをいちいち気にしていたらやっていけない。
ぽぷらとなのはは目を丸くしている。昨日やけに小鳥遊がここではお互いの事情を詮索しないよう念を押していたが、こういうことだったのか。
「テスタロッサは小鳥遊の知り合いだそうだ。小鳥遊しっかり面倒見てやれ」
「はい」
小鳥遊の生活は、週七日のバイトに家事に勉強、さらにジュエルシード集めと忙しい。多忙な小鳥遊を見かねて、フェイトが手伝いを申し出てくれたのだ。
伊波がぽぷらに話しかけた。
「嬉しそうだね、種島さん」
「えっ? そうかな? でも、(ちっちゃい)仲間が増えるのって嬉しくない?」
「そっか、そうだよね。(胸の小さい)仲間が増えるのは嬉しいよね」
伊波の胸も、ぽぷらの身長も、なのはとフェイトとほとんど変わらない。小学生と比べるしかない我が身に一抹のむなしさを覚えるが、もはや相手が何歳だろうと構っていられなかった。
それに将来的にも自分たちの仲間になってくれる可能性はある。
「すぐに手酷い裏切り者になるけどな」
十年後の二人の姿を予知している佐藤が小声で呟く。二人とも背も伸びるし、胸も成長する。スタイルは杏子に匹敵するかもしれない。
「よ、よろしくね。フェイトちゃん」
「う、うん。よろしく」
なのはとフェイトがぎこちなく挨拶を交わす。
まだ戸惑いの方が大きいが、フェイトと一緒に働けることを、なのはは喜んでいた。これをきっかけに和解できるのなら、最良の結末だろう。
(変人年増の巣窟だったワグナリアが、一気に楽園に。神様、ありがとう!)
そして、ちっちゃいものたちが戯れる光景に、小鳥遊は歓喜の涙を流していた。
なのはとフェイトが空いた席の片付けをしていると、キッチンの方がやけに騒がしくなる。戻ると、ぽぷらの髪形がヤシの木になっていた。どうやら佐藤がやったらしく、ぽぷらが文句を言っていた。
その時、すぐ近くでジュエルシードの反応を感知した。
フェイトが結界を展開する。ユーノのものに比べると範囲が狭いが、戦うには充分な広さだ。
『Set up』
なのは、フェイト、ぽぷら、小鳥遊、佐藤が変身する。
「行くよ、佐藤さん!」
「おう」
ぽぷらと佐藤が息ぴったりで戦闘態勢を取る。
「あれ? さっきまで喧嘩してたんじゃ?」
仲裁に入るべきか否か、なのはは迷っていたのだ。
「それよりジュエルシードが先だよ。ね、佐藤さん」
ぽぷらも佐藤もすでに喧嘩していたことを忘れているようだ。今後、この二人の喧嘩に仲裁の必要はないと、なのはは判断した。
店の外へ飛び出した五人を、強い日差しが出迎える。
結界の中、人通りの絶えた道に、たたずむ影があった。
オレンジっぽい茶髪にスレンダーな体型。ジュエルシードを発動させたのは伊波だった。外にゴミ拾いに出かけて拾ったらしい。
肩の大きく開いた服に、たれた犬の耳と尻尾。かつて梢に無理やり着せられたコスプレ衣装そっくりの姿に変身している。ヘアピンには燦然と輝くジュエルシード。
小鳥遊が恐怖に凍りつく。
「佐藤さん、あれはやばいです!」
小鳥遊が警告した時には、佐藤はすでにワグナリアの奥へと退避していた。
「一人だけずる――」
言葉の途中で、小鳥遊の姿がかき消える。次の瞬間には、道の向こうの建物の外壁に叩きつけられていた。
さっきまで小鳥遊がいた場所には、拳を突き出しコンクリートの地面を踏み抜いた伊波が立っていた。
「速い!」
スピードと動体視力には自信があったフェイトが驚愕する。油断があったとはいえ、全く反応できなかった。
伊波は技術はともかく腕力だけなら、人類でもトップクラスに位置する。それがジュエルシードで強化され、手のつけられない狂犬と化していた。
(なのは、フェイト、ぽぷら)
「佐藤さん?」
店の中から、佐藤が念話で助言を送る。
(奴の名は撲殺少女まひる。ジュエルシードの力で暴走し、視界に入った男に問答無用で襲い掛かる。行動はいつものあいつと変わらんが、威力は桁違いだ)
今の伊波を結界の外に逃がしてしまったら、平和な町が一転して地獄絵図に変わってしまう。どうにかしてここで倒さないといけない。
(女のお前たちなら殴られる心配はない。後はお前たちに任せた)
今の伊波に殴られたら、佐藤は一撃でひき肉になってしまう。さすがに戦場には出られない。
この場にユーノがいなくてよかったとなのは思った。
佐藤が話している間、伊波は壁に埋まった小鳥遊をサンドバックのように殴り続けていた。
「宗太さん!」
『Scythe Form』
バルディッシュが鎌へと姿を変え、伊波に振り下ろされる。
伊波の裏拳が、バルディッシュをフェイトごと吹っ飛ばす。
「ディバインバスター!」
なのはの砲撃を、伊波は無造作に殴り飛ばした。砲撃の軌道が捻じ曲げられ、青空へと吸い込まれていく。
「魔法を殴った!?」
なのはが素っ頓狂な声を上げる。
伊波の拳が建物を倒壊させ、小鳥遊ががれきの下敷きになる。
感情のない瞳で、伊波が次の獲物を探す。
やがて伊波の目がフェイトで止まった。
「えっ?」
正確には、伊波はバルディッシュを見つめていた。どうやら男性認定されたらしい。
『……Help me』
バルディッシュが珍しく気弱な声を出す。
電光石火の踏み込みで、伊波がフェイトの懐に入る。
「フェイトちゃん!」
なのはが伊波にバインドをかける。伊波の動きがわずかに鈍るが、光の輪があっさり引きちぎられる。
フェイトがバリアを張るが、伊波の右フックが易々と砕く。続けて放たれた左フックをバルディッシュで受け止めるが、あまりの怪力にフェイトごと壁にめり込む。
「ごめんね、伊波ちゃん。必殺ぽぷらビーム!」
「全力全開ディバインバスター!」
ぽぷらとなのはの全力の光線が、伊波に迫る。
「はあっ!」
気合いの声を上げ、伊波の回し蹴りが二つの光線を打ち落とす。
「これでも駄目なの!?」
伊波の拳がバルディッシュの宝玉を狙う。あの腕力では、バルディッシュごとフェイトが粉々になってしまう。
「ちょっと待ったー!」
血塗れになりながら、小鳥遊ががれきを押しのけ立ち上る。
「男ならこっちにいますよ!」
「男……いやああああああ!」
伊波が再び小鳥遊に襲いかかる。
「正気に戻って、伊波さん!」
「伊波ちゃん、今殴ってるの、かたなし君だよ!」
嵐のような連撃にさらされながら小鳥遊が、ぽぷらが叫ぶ。
必死の叫びが届いたのか、伊波ががくんと急停止する。朦朧とした顔で、小鳥遊を見つめる。
「……た、小鳥遊君?」
「よかった。意識を取り戻したんですね」
小鳥遊が安堵する。
「……私、どうしちゃったの?」
伊波が小鳥遊に尋ねる。しかし、互いの息がかかりそうなくらい顔が近い。意識した途端、伊波が赤くなり、頭から湯気が立ち上る。
「い、いやあああああああああ!」
「熱っ! 熱いです、伊波さん!」
伊波の体温が急激に上昇し、背中に日輪が出現した。錯乱した様子で、伊波は赤熱した右手の平を顔の前にかざす。
「私のこの手が真っ赤に燃える! 男を倒せと轟き叫ぶ!」
「やばい。この流れは……」
「爆熱、まひるフィンガァァー!」
「やっぱりぃぃぃー!」
伊波が右手で小鳥遊をつかみ天高く持ち上げる。
「ヒートエンドォッ!!」
小鳥遊が大爆発を起こす。
「宗太さん!」
「かたなし君!」
黒こげになった小鳥遊が無残に大地に倒れ伏す。
再び狂犬と化した伊波は、バルディッシュに次の照準を合わせる。
「なのは。大威力砲撃じゃ打ち落とされる。手数で攻めよう」
「わかったよ、フェイトちゃん」
三人の魔法少女が武器を構える。
「ディバインシューター!」
「フォトンランサー!」
「必殺じゃないぽぷらビーム!」
桜色の光球が、黄金の槍が、純白の閃光が、連続で撃ち出される。
伊波はマシンガンのようなジャブでそれらを迎撃する。伊波の拳は肉眼で捉えられないほど速い。どうにか足止めできているが、このままでは封印ができない。
「二人とも、時間稼ぎお願い」
伊波の足止めをなのはたちに任せ、フェイトは後ろに下がる。
フェイトの魔力が高まり、背後にいくつものフォトンスフィアが発生する。フェイトの最強の攻撃魔法フォトンランサー・ファランクスシフトだ。切り札はできるだけ温存したかったが、この状況で伊波を倒し、小鳥遊を助けるにはこれしかない。
「ファランクス、撃ち砕けー!」
三十八基のフォトンスフィアから、一斉にフォトンランサーが高速で連射される。伊波が必死に拳を繰り出すが、迎撃できる限界をはるかに超えていた。雪崩のようなフォトンランサーの群れに、伊波の両拳が跳ねあがり、防御ががら空きになる。
フェイトの手に魔力が集中し、長大な黄金の槍を形成する。
「スパークエンド」
投擲した槍が伊波の胸に突き刺さり、大爆発を巻き起こす。余波で結界がきしみ、空がひび割れる。
「ちょっとやり過ぎじゃないかな!?」
「いや、これくらいやらないと撲殺少女まひるは倒せない」
突風にあおられながら、いつの間にかぽぷらの隣に佐藤が浮いていた。
爆発が収まると、陥没した地面の底に、封印されたジュエルシードと元の姿に戻った伊波が倒れていた。
ぽぷらが伊波に、フェイトが小鳥遊に駆け寄って抱き起こす。小鳥遊も爆発でかなり派手に吹き飛ばされていた。
伊波は気絶しているだけで、外傷はない。小鳥遊はところどころ焦げて打撲だらけだが、思ったより傷は浅い。これならいつも伊波に受けている被害と同程度だ。
「いたたたた」
頭を振りながら小鳥遊が起き上がる。ジュエルシードで強化されていたとはいえ、頑丈なものだ。とりあえず心配はなさそうだと、フェイトは安心する。
「よかった。二人とも無事みたいだね」
「ええ、どうにか」
背後からなのはが話しかける。無事と言うには語弊がある気がするが、小鳥遊本人が肯定しているのだからそうなのだろう。
「はい、フェイトちゃん」
明るい顔で、なのはがジュエルシードを差し出す。今回は、封印したフェイトの物だ。
「でも……」
「フェイトちゃんがいなかったら、私もぽぷらちゃんも伊波さんを止められなかった。だから、受け取って」
「うん」
「ところで、さっきの戦闘中、フェイトちゃん、私のこと初めて名前で呼んでくれたね」
「そ、そうだったかな?」
「うん。それでちょっとお願いがあるんだけど……。フェイトちゃんにも譲れない願いがあるのはわかってる。いつか戦う運命だってことも。でも、それでいいから、ここに……ワグナリアにいる間だけでいいから、友達になれないかな?」
一見、平和ボケした少女の能天気な提案に思える。だが、笑顔の奥から驚くほど悲壮な決意がフェイトに伝わってくる。
ほんのわずかでも運命を変えられる可能性に賭けたい。変えられなくとも、少しでもわかり合いたい。なのははそう考えていた。
(この子は、どうしてここまで?)
フェイトは自問する。いや、それ以前に、どうして自分は彼女の決意が理解できるのか。
なのはの目を正面から見つめ返す。優しい家族に囲まれて幸せに暮らしているはずなのに、瞳の奥に孤独の影が垣間見える。
なのはが小さい頃、父親が仕事で重傷を負い、生死の境をさまよったことがある。母も兄も姉も、父の看病と翠屋の経営で手一杯で、なのはは一人ぼっちの寂しい日々を過ごした。
なのはの過去をフェイトは知らない。しかし、目の前の少女が、少し自分と似ていることだけは感じ取れた。だからこそ、なのはも友達になりたいと言ってくれたのだろう。
「わかった。ワグナリアにいる間だけ。それでいいよね、なのは」
気がつくと、フェイトはそう返事をしていた。
「うん!」
少しだけ泣きそうな、しかし、満面の笑顔でなのはは頷いた。
伊波の意識がゆっくりと覚醒する。
「目が覚めましたか? 伊波さん」
「あれ? 小鳥遊君?」
伊波は上半身を起こした。ワグナリアの休憩室で、伊波は椅子の上に寝かされていた。小鳥遊に目をやり、ギョッとする。小鳥遊はところどころ焦げていた。
「どうしたの!?」
山田同様、伊波に暴走している間の記憶はないようだった。
「色々ありまして。それより伊波さんです。どこか痛いところはありませんか?」
「うん。平気だけど」
「よかった。あ、でも無理はしないで、少し休んでて下さい。仕事なら俺たちでやっておきますから」
「ありがとう」
礼を言いながら伊波は再び横になる。どういうわけかやけに疲れている。目を閉じると、伊波はすぐに寝息を立て始めた。
和やかに話す二人を、壁にもたれたフェイトが少し複雑そうに眺めていた。
伊波が極度の男性恐怖症だと、フェイトはすでに知らされている。しかし、あれだけ酷い目に遭わされながら、どうして小鳥遊は伊波に優しく接するのか。
「フェイトちゃん、こっち、こっち」
なのはに呼ばれ、フェイトはフロアへと戻る。
「あの二人、仲がいいね」
二人並んでお皿を吹きながら、フェイトがなのはに話しかけた。
「お姉ちゃんから聞いたんだけど、伊波さん、小鳥遊さんのことが好きなんだって。小鳥遊さんには内緒だよ」
ワグナリアでは公然の秘密だ。知らないのは小鳥遊本人ぐらいだろう。
フェイトの手から、お皿が滑り落ちる。地面に落ちたお皿は乾いた音を立てて砕け散った。
「お皿を割りましたね!」
山田がほうきとちりとりを持って現れる。
「ごめんなさい」
「そういう時は、先輩に任せなさい」
破片に直接触らないよう、ほうきとちりとりで片づけていく。割りまくりクイーンを自称するだけあって手慣れている。
「では、後は先輩が捨ててきてあげます。破損報告書に書いておいてください」
「待て、山田」
ゴミ箱に向かおうとする山田を、フロアに戻ってきた小鳥遊がひき止める。小鳥遊はちりとりを山田から奪うと中を覗き込んだ。
「やっぱりな。出てくるタイミングが早すぎると思ったんだ」
ちりとりの中には二枚分のお皿の破片が入っていた。どうやらフェイトが割ったのを幸いと、利用する魂胆だったようだ。自分の割った分を隠蔽するか、あるいは破損報告書の数字を書き換えるつもりだったか。
「フェイトちゃん怪我はない?」
「はい」
山田が全力で逃亡を企てているが、小鳥遊はしっかりつかんで離さない。
「よかった。これからは気をつけてね」
「誰か、誰か山田を助けて下さーい!」
小鳥遊が顔に笑みを張りつけたまま、山田を奥へと引きずって行く。やがて小鳥遊の説教と怒声がかすかに響いてきた。
「ふえー。小鳥遊さんって怒るとあんなに怖いんだ」
なのはが少し首を縮める。
至近距離でやられたらかなりの迫力があるだろう。小鳥遊の説教に山田の泣き声が混じり始めていた。
時刻は夜の十時、小鳥遊家では、梢とアルフの酒盛りが行われていた。
いつもなら、夜にジュエルシードを探すのだが、伊波の一件で疲れたので今日は休みだ。探索が休みとあって、アルフはいつもより深酒をしている。
赤ら顔で楽しげに談笑しているが、小鳥遊が横を通り過ぎようとすると、アルフが横目で助けを求めてきた。
「?」
小鳥遊は梢たちの会話に耳を傾ける。
「でね、???が、○○○で――」
梢がノリノリで猥談をしていた。小鳥遊は思わず膝が砕けそうになる。どうやらアルフが赤い顔をしているのは、酒のせいだけはないらしい。
関わり合いたくはなかったが、このまま放置するとなずなやフェイトにまで飛び火しかねない。
「二人とも飲み過ぎですよ」
小鳥遊が救援がてら苦言を呈する。乱立するから酒瓶を片づけようとし、梢が食べている物の正体に気がつく。
「って、梢姉さん、何食ってんだ!?」
「おつまみ」
梢はろれつの回らない様子で、茶色いスナック菓子の様な物を食べている。
「それ、ドッグフードだぞ」
「知ってる。初めて食べたけど、結構おいしいね」
指摘しても構わず食べ続けている。
「宗太さん、お風呂空きました」
フェイトがパジャマ姿で部屋に入ってくる。
「ほら、梢姉さんも明日早いんだろ。とっとと風呂入って寝ろよ」
「ぶー。これから盛り上がるところなのに」
梢を風呂場へと追っ払う。明日は新しい彼氏とデートの予定だ。明日いっぱい持てばいい方だろうと、小鳥遊は考えている。
「助かったよ、小鳥遊」
アルフが額の汗を拭いながら安堵する。梢とはウマが合うが、さすがに猥談だけは勘弁して欲しかった。
「宗太さん、お休みなさい」
「お休み」
フェイトと一緒にアルフも寝室に戻っていった。
ベッドに入るなり、フェイトはため息をついた。
「フェイト、疲れてるのかい?」
最近は食事もしっかり取るようになったので、健康に問題はないはずだが。
「ううん。そうじゃないの。ただ、早く大きくならないかなって」
フェイトはアルフと自分の身長を比べて、またため息をついた。
「どうして?」
これまでフェイトがこんなことを言ったことはない。何か心境の変化があったのだろうか。
「ワグナリアの伊波さんって知ってる?」
「ああ、お店で何度か梢ちゃんと一緒に話したことがあるよ」
「あの人、宗太さんのことが好きなんだって」
「へ、へえ、そうなんだ」
実はアルフは梢から聞いてすでに知っている。
梢は小鳥遊と伊波をくっつけようと企んでいるのだ。利害が一致しているので、アルフは応援している。
「たぶん、宗太さんも伊波さんを好きなんだと思う」
「そうなのかい!?」
「でなきゃ、あんなに殴られてるのに気遣ったりしないよ」
フェイトは枕を抱きしめる。
男性恐怖症を治す一環として、小鳥遊は伊波と一緒に帰宅している。今日はフェイトも加わって三人だ。マジックハンド越しだが、手をつないで歩く二人の姿は、フェイトには恋人同士のように見えた。
例え虐げられても、フェイトが母の為にジュエルシードを探すように、小鳥遊もどれだけ殴られても、伊波の男性恐怖症を治そうと頑張っている。
その奥底にあるものは、形は違っても愛と呼ぶべきものだ。
「宗太さん、年上好みだったんだ」
しかし、フェイトの結論は少しずれていた。
本人は否定するだろうが、小鳥遊と姉三人は仲良しだし、アルフとも飾らずに接している。伊波は小鳥遊より一つ年上だ。
可愛がられる代わりに、本音で接してもらえない。蚊帳の外に置かれているような気分に、フェイトはなるのだ。
「私、大きくなりたい」
フェイトが毅然と言った。
小鳥遊の好みを誤解しているような気がするが、アルフに強く否定する根拠があるわけではない。張り切る主人を、アルフは生温かい目で見守るしかなかった。
バルディッシュの中でジュエルシードが、一瞬怪しげに輝いた。
以上で投下終了です。
今回はガンダムネタが少し混じりました。
それではまた。
本日、23時半より『リリカルWORKING!!』七品目投下します。
それでは時間になりましたので、投下開始します。
七品目
気がつくと、フェイトは大きくなっていた。すらりと伸びたしなやかな肢体。子供用の寝間着では丈が足りなくなり、胸元もはち切れそうになっている。
「やった。夢が叶った!」
フェイトは喜びながら、鏡で自分の姿を確認する。
「そっか。私、十九歳になったんだ」
大人用の服に着替え、家を飛び出す。目指す先はワグナリアだ。到着するなり、フェイトは店の扉をくぐった。
いつもの格好をした小鳥遊が出迎える。
「宗太さん、私、大きくなったよ!」
「年増」
小鳥遊の目は蔑みに満ちていた。
「きゃあああああああああああああ!」
「ど、どうしたんだい!?」
フェイトの突然の悲鳴に、アルフはベッドから跳ね起きる。時刻は深夜四時。空も徐々に白みだしている。
「な、何でもないよ。ちょっと怖い夢を見ただけ」
「怖い夢? どんな?」
フェイトは夢の内容を説明した後、額の汗を拭った。
「我ながらおかしな夢。宗太さんがそんなこと言うわけないのに」
(言う! 絶対に言う!)
アルフは心の中でつっこみを入れる。どうもフェイトの中では、小鳥遊は相当美化されているらしい。
その日のワグナリアは客がほとんど来ず、スタッフは暇な時間を持て余していた。
「あのね、杏子さんがね、杏子さんでね、杏子さんだったの」
こういう時、八千代は杏子の素敵な所を、佐藤相手に長時間喋り続ける。しかも何回も同じ話をだ。適当に相づちを打ちながら、佐藤は厨房の掃除を続ける。
時々、話を切り上げようとするのだが、八千代の幸せそうな顔を見るたびに、言葉は喉の奥に引っ込んでしまう。惚れた弱みだが、ストレスは溜まる一方だ。
「八千代ー。パフェー」
「はい。杏子さん」
杏子に呼ばれ、八千代が去っていく。
「お疲れ様。今日も大変だね、佐藤君」
それまで距離を取っていた相馬が、さわやかな笑顔で話しかけてくる。
「そう思うんなら、たまには代わってくれ」
「佐藤君が好きな人と語り合える時間を邪魔するなんて、俺にはとてもできないよ」
相馬が悲壮感たっぷりに言う。本当は、好きな人のせいで佐藤が苦しんでいる姿をみるのが楽しいだけなのだが。
佐藤が相馬の頭をフライパンで一撃する。
「酷いよ。俺はただ佐藤君を応援してるだけなのに」
相馬が涙目で頭をさする。これは嘘ではない。恋の応援することと、佐藤で楽しむことは、相馬の中では矛盾しない。
「本気で言ってるなら、神経を疑うな」
時間を確認すると、佐藤の休憩時間になっていた。厨房を相馬に任せて、佐藤は煙草の箱を取り出しながら休憩室に向かう。その途中、柱に背をつけてぽぷらが立っていた。どうやら身長を計測しているらしい。
「どれ、俺が見てやるよ」
柱にはボールペンで印がつけられている。これがこれまでのぽぷらの身長だ。印とぽぷらの頭の位置を比べる。
「おっ、少し背が伸びたんじゃないか?」
「ホント!?」
ぽぷらの顔が喜びに輝く。
「いや、嘘」
「もぉー!」
ぽぷらが突っかかって行くのを、佐藤は片手であしらう。ぽぷらをからかうことで、佐藤は日頃のストレスを発散しているのだ。
言い合いを続ける佐藤とぽぷらを、伊波が微笑ましく見つめていた。
「種島さんと佐藤さんって仲がいいよね」
「そうですね。からかったりからかわれたりですけど、仲はいいですよね」
床にモップをかけながら、小鳥遊が返事をする。
「最近、ますます仲が良くなってきてるよね。以心伝心ってああいうのを言うのかな?」
時折、言葉を介さずに二人で仕事をしている。念話を使っていることを、伊波は知らない。
かつて、ぽぷらは恋人に年下は遠慮したいと、伊波に言ったことがある。では、年上が好みなのだろうか。ちなみに佐藤はぽぷらより三つ年上だ。
(ま、まさかね。考え過ぎだよね)
「なるほど。それはいいことを聞きました」
いつの間にか、山田が伊波の背後に立っていた。
「では、行ってきます」
山田が佐藤とぽぷらに、とてとてと近づいていく。
「お二人はとても仲良しと、伊波さんが言っていました」
「いきなり何だ?」
佐藤が怪訝な顔をする。
「付き合えばいいと思います」
「山田さーん!?」
伊波の悲鳴は、三人には届かない。
「仲良しはお付き合いをするものです。好きな人がいたりいなかったりあるでしょうが、やはり気の合う者同士が一番です」
したり顔で山田が力説する。
佐藤とぽぷらが無言で見つめ合う。
(佐藤さんは八千代さんが好きだから付き合う気はないだろうけど、もし種島さんが佐藤さんのことを好きだったら……。切ない! 凄く切ないシーンだよ!)
伊波はハラハラしながら二人を見守る。
やがて二人は同時に言った。
「「こんなお子様やだ」」
伊波は思いっきりずっこけた。
互いの発言に二人してムッとなる。
「ほら、そうやってすぐ子供扱いするんだから。大人の人は、もっと私を女性として扱ってくれると思うの」
「三つも年上の人間に対して、その態度はなんだ。この前やったお菓子を返せ」
「そういうところがお子様なの!」
とっくに食べてしまったものを、どうやったら返せるのか。二人の口論がさらにエスカレートしていく。
(全然切なくなかった。なんて遠慮のない言い合い)
伊波は肩透かしを食らった気分になりながら仕事に戻ろうとし、最後にもう一度だけ二人を振り返って見た。
(でも、やっぱり二人はワグナリアで一番仲がいいよね)
夕方になり、なのはは更衣室に入った。今日のお手伝いはこれで終わりだ。後は夕飯まで家で夏休みの宿題を、夜になったらジュエルシード探索の予定だ。
着替えようとすると、更衣室の奥でぽぷらが膝を抱えてうずくまっているのが見えた。少し前に帰ったとばかり思っていたのだが。
「どうしたの?」
「うん。ちょっとね」
ぽぷらは暗い顔で落ち込んでいた。
「どうしたの? あ、わかった。佐藤さんでしょ。まったくいじめっ子なんだから。昔のお兄ちゃんみたい」
恭也は最近少し優しくなったが、昔は美由希もなのはもよくからかわれたものだ。
「違……わないか」
ぽぷらは否定しようとして、ますます表情を暗くした。
「?」
「なのはちゃんになら話してもいいかな。ここだけの話だよ」
誰も来ないのを確認してから、ぽぷらはそっと耳打ちする。
「私ね、佐藤さんが好きなんだ」
衝撃の告白に、なのはの頭が真っ白になる。
佐藤とぽぷらが、実は仲良しだと理解はしている。しかし、恋愛感情はないと今日言ったばかりではないか。
「そう言うしかないよ。だって佐藤さん、八千代さんのことが好きだから。それも私と会うずっと前から」
振られて今の関係が壊れてしまうくらいなら、ずっと友達でいる道を選択するしかなかった。ぽぷらは恋愛には疎い方だが、いつも佐藤を見ていれば、彼の目が誰に向けられているかくらいわかる。
「佐藤さんのどこが好きなの?」
なのはは内心の動揺を押し殺して尋ねる。恋愛相談など、正直手に余る。
「そりゃ、いつもはいじめっ子だけどね。本当は優しいし、一緒にいると楽しいから」
ぽぷらは胸元のジュエルシードを握りしめる。
「たぶん、これがなければずっと今の関係が続いたと思う。でも、一緒に魔法使いになって、町を守るために戦って、もしかしたら可能性あるかもって思ったのに……ああはっきり否定されちゃうとね」
話せば話すほど苦しさと切なさが募り、ぽぷらの目に涙がにじむ。
「私がもっとおっきかったら、佐藤さんも振り向いてくれたかな?」
我慢の限界を超えたのだろう。ぽぷらがせきを切ったように泣き出した。
このままでは泣き声を誰かに聞こえてしまう。慰める手段を持たないなのははおろおろした挙句、
「おーきなーくりのー木の下でー!」
泣き声をかき消すような大声で歌い出した。歌い出してから、これではかえって注目を集めてしまうことに気がついた。
(どうしよー!? どうしよー!?)
今更、歌を止めるのも返って不自然だ。八方塞になり、なのはまで涙目だった。
その時、かすかな笑い声がした。なのはが視線を下げると、ぽぷらは肩を震わせて笑いを堪えていた。
真っ赤になって歌うなのはがおかしくて、つい笑ってしまったのだ。
「あー! ぽぷらちゃん、ひどーい! 私、頑張ったんだよ!?」
「ご、ごめん、ごめん」
ぽぷらが笑いながら立ち上る。明るい表情が戻ってきていた。
「お詫びに、なのはちゃんが恋愛に困ったら、私が相談に乗ってあげる。おねーさんに任せなさい!」
胸を張るぽぷらが、なのはには初めて年相応のお姉さんに見えていた。
曇天の夜空を、魔法少女ぽぷらが舞う。肩にはいつもの様に仏頂面の佐藤がしがみついている。
今にも雨が降り出しそうだが、道にはそこそこ人通りがある。
「ジュエルシードの反応はこっちだっけ」
人目に触れないよう注意深く飛行する。
「とっとと回収するぞ。この前の伊波みたいな事態は二度とごめんだ」
撲殺少女まひるの恐怖は、直接戦っていない佐藤の脳裏にもこびりついていた。伊波を思い浮かべるだけで、佐藤の顔は少し青ざめる。
あれほどの強敵には二度と会わないよう願いたい。
「あっ。あれ見て」
街灯の明かりに照らされて松本が歩いている。
「まさかあいつが拾ったんじゃないだろうな」
「そのまさかみたい」
松本の手には、青い宝石が握られていた。時折困ったように宝石を眺めている。
ぽぷらと佐藤は人気のない路地へと降り立つ。
「どうやら発動してないようだな」
松本の様子は普段通りだ。着地すると同時に佐藤の変身が解ける。ぽぷらも佐藤と同じことを考えたらしい。
「じゃ、回収してくる」
「う、うん」
ぽぷらは微妙な顔で頷く。
「よお、松本」
偶然を装い、佐藤は松本に挨拶する。
「佐藤さん、こんなところでどうしたの?」
「ちょっと落し物してな。青い宝石なんだが、どこかで見なかったか?」
「もしかして、これ?」
松本がジュエルシードを差し出す。
「助かった。お前が拾っててくれたのか」
「誰かへのプレゼント?」
「……まあ、そんなところだ」
「ふーん。アクセサリーでもないただの宝石をプレゼントするのね」
松本は白い目を向ける
(怪しまれたか?)
佐藤が警戒するが、松本はあっさりジュエルシードを渡してくれた。
「せめてネックレスくらいにしなさい。その方が普通で喜ばれるから」
松本はそのまま歩いて行ってしまう。どうやら普通でないことがお気に召さなかっただけのようだ。
「相変わらず変わった奴だ」
佐藤はしみじみと呟いた。
同時刻、ビルの屋上ではアルフが広域探知でジュエルシードを探していた。
伊波のジュエルシードを回収してから数日経っているが、あれ以来収穫がない。
これまでジュエルシードが発見されたのはワグナリアより南側だけ。そちらを重点的に探しているのだが、今のところ反応がない。
アルフは屋上の床にあぐらをかいている小鳥遊を振り返った。
「あんたも少しは手伝いなよ」
「どうしろって言うんですか」
小鳥遊とて手伝いたいのは山々だ。しかし、探知魔法を使えず、ジュエルシード発動時の気配もごく至近距離でしか感じられない小鳥遊ではやれることがない。小鳥遊が役に立てるのは戦闘だけだ。
「役立たず」
「しょうがないじゃないですか」
小鳥遊とて他の魔法を習得しようと努力してみたが、まったくの徒労に終わった。先天的に魔力を持たない小鳥遊では、これ以上の魔法の習得は不可能のようだった。
「ジュエルシードが見つからないからって、俺に八つ当たりしないでください。これだから年増は」
アルフの額に青筋が浮かび上がる。
「年増、年増ってあんたは言うけどね、あたしはまだ二歳だよ」
「ええ!?」
衝撃の事実に小鳥遊が愕然となる。
(この梢姉さんの同類が二歳? ありなのか? なしなのか?)
人間形態のアルフをじっと観察し、小鳥遊は結論を出した。
「アウトォー!」
「どういう意味だい!」
「だって、どこからどう見ても年増だし……それによく考えたら、アルフさんは狼じゃないですか」
犬の二歳で、人間の二十三歳相当だ。使い魔にどこまで適用できるか知らないが。
「二人とも、喧嘩は駄目だよ」
フェイトが探索から戻ってくる。かなり探索範囲を広げてみたのだが、フェイトの方も空振りに終わっていた。
「止めないでおくれ。どうやら、こいつとは一度白黒はっきりつけないといけなさそうだ」
「臨むところです」
険悪に睨みあう小鳥遊とアルフを、フェイトは不安そうに見つめている。
「ちょうどいい。フェイトにもこいつの本性を知ってもらおうじゃないか」
「俺に勝てるとでも?」
小鳥遊は余裕に満ちていた。アルフの攻撃が通用しないことは、初戦で証明済みだ。
「いーや。あんたはあたしに勝てない。絶対にね」
アルフが狼の姿に戻り、獰猛に笑う。
「行くよ。対小鳥遊用新必殺!」
アルフは後ろ脚で直立し、左腕を腰だめに、右腕を斜めに振り上げる。
「変身、こいぬフォーム!」
アルフが光に包まれ、小型犬の姿に変わる。
「どうだ!」
「アルフさん可愛い!」
小鳥遊が興奮した様子で、アルフを抱き上げ頭を撫でる。アルフの新形態の効果は絶大だった。
「見たかい。こいつはちっちゃければ何だっていい、ただのミニコンなんだよ!」
勝ち誇りながら、アルフはふと違和感を覚えた。頭を撫でる手が二つある。アルフは恐る恐るもう一本の手の主を見上げた。
「アルフ、可愛い!」
フェイトが紅潮した顔で、一心不乱にアルフを撫でていた。
(ミニコンがうつった!)
アルフが説得を続けるが、フェイトは撫でるのに夢中でまったく耳に入っていない。アルフは子犬の手で小鳥遊の胸ぐらをつかみ、激しく前後に揺さぶる。
「返せよ〜! 元のまともだったフェイトを返せー!」
「あははは。可愛いなぁ」
アルフの涙ながらの訴えも、小鳥遊にはじゃれついているようにしか感じられない。
ダブルなでなでは、アルフがこいぬフォームを解除するまで終わることはなかった。
「まったく酷い目にあったよ」
「すいません。つい我を忘れて」
並んで夜の街路を歩きながら、アルフはダブルなでなでによって乱れた髪を直す。あの後、フェイトと別れて再び探索に出かけたのだ。
「この機会にちょっと相談したいことがあるんですが」
小鳥遊がうって変わって真剣な様子で口を開いた。
「フェイトちゃんのお母さんのこと、どう思ってますか?」
「嫌いに決まってるだろ。あんな鬼婆」
フェイトを傷つける者はアルフにとって全て敵だ。
「このままでフェイトちゃんは幸せになれると、本当に信じていますか?」
痛いところを突かれて、アルフは黙る。
フェイトは、ジュエルシードを集めれば元の優しい母に戻ってくれると信じているようだが、同じように思えるほどアルフは能天気ではない。フェイトとて心からそう信じているわけではなく、信じたいだけだろう。
「でも、どうすればいいんだい? 母親の望みを叶えるのが、あの子の願いなんだよ?」
「もちろんジュエルシードは集めます。でも、もしあの女がそれでもフェイトちゃんを傷つけるようなことがあれば……この手で倒します」
小鳥遊が決意を込めて拳を握りしめる。
「そんなことをしたら……」
「多分一生恨まれるでしょうね。でも、誰かがやらないといけないんです。もしもの時は協力してくれますか?」
「あんたは正直いけすかない野郎だけどね、フェイトの幸せを願ってくれている。そこだけは信じてやるよ」
アルフは不敵に笑い、小鳥遊と拳を合わせる。契約成立だった。
その時、アルフの尻尾の毛が逆立った。
「見つけた。ジュエルシードだ!」
小鳥遊とアルフは急いで現場へと向かった。
現場にはなのはとユーノも駆けつけてきていた。
「小鳥遊さん、こんばんは」
「お久しぶりです」
なのはとユーノがぺこりと頭を下げる。発動前のジュエルシードが草むらに転がっている。
「同時に到着ってことは、じゃんけんですね」
なのはが左手の甲を、右人差し指で押し上げる。できた皺の数で、相手の手を占うおまじないだ。
「行きます、じゃんけん……?」
なのはは首を傾げた。小鳥遊は両手をだらりと下げたまま、無言で立ち尽くしている。
「小鳥遊さん?」
なのはの呼び掛けに応じず、小鳥遊とアルフは目配せを交わす。アルフの結界が展開され、空の色が変わる。
「なのはちゃん、戦おう」
小鳥遊が戦闘態勢を取り、アルフも狼に変身する。
「条約違反だ!」
「知ったことか! あたしらはフェイトの為に戦う。そう決めたんだ!」
ユーノの糾弾に、アルフは怒鳴り返す。
「なのはちゃん、ごめんね」
決意の上とはいえ、約束を破ったことに小鳥遊は深い罪悪感を覚えていた。
鞭打たれていたフェイトの姿が脳裏をよぎる。あれだけ酷い扱いを受けながら、それでも母親を愛する健気な少女を思い出す。
「でも、じゃんけんで譲れるほど、俺たちの決意は甘くないんだ!」
小鳥遊が走り出す。馬鹿な真似をしていると自覚はしている。それでももう立ち止まることはできなかった。
「お詫びに、二人とももっとちっちゃく可愛くしてあげるから!」
「「遠慮します!」」
なのはは即答し、そのまま空へと飛び上がる。ユーノもアルフの爪をバリアで受け止めていた。
空中で小鳥遊となのはが激突する。速度は小鳥遊の方が遅い。なのはは近づかれないよう射撃で牽制する。
「小鳥遊さん、フェイトちゃんはジュエルシードを集めて、何をしようとしているんですか? 何が小鳥遊さんをそんなに駆りたてるの?」
「俺は何も知らない。フェイトちゃんだって何も知らないよ」
「じゃあ、誰が……!?」
「小鳥遊、余計なことを言うな!」
アルフが地上から叫ぶ。
小鳥遊となのはが、同時に魔法を放とうとする。
「そこまでだ!」
突如、二人の四肢を光の輪が拘束し、黒衣の少年が結界に乱入してくる。
「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。双方、事情を聞かせてもらおう」
クロノが堂々と宣言した。
以上で投下終了です。
ところで、次スレなのですが、前に重複して立ててしまった同じスレがあるのですが、そちらを使ったほうがいいですか?
それとも普通に123スレを立てるべきでしょうか?
重複の方を使えばいいと思う
とりあえずはここ埋まってからだけど
投下乙です
クロノが来たか
クロノは来てもいいけど…事態をよりややこしくしそうな性質があるからなあ。
今後の展開がどうなるか見ものかな
しかし小鳥遊はクロノ相手でも「ちっちゃい! かわいい!」とか言い出すのだろうかw
>>278 小さいもの全般が好きだから(性別などは明言されてなかったし)、言いそうではあるね。
無印A'sのクロノは、なのはと同い年(小3)でも通用する14歳(中2)だからなぁ……
殺される・・・レポートに殺される・・・
数ヶ月音信もなく、どの面下げて戻ってきた、なシレンヤです〜
今回はドラなのの第8章を23時頃から落としたいと思うので、よろしくです〜
では時間になったので投下しま〜す
ドラなの第8章「いざ、次元空間へ」
「いったいなにがあったの?」
疲弊した様子で床にへたり込んでしまったはやてに、のび太が心配そうに聞く。
「それが・・・・・・」
──────────
魔力サージ直後
「どうなっとるん!?」
守護騎士達と共に食堂にて待機していたはやては、全く状況がわからなくなっていた。
艦隊と合流したかと思えば、一緒にいたなのは達にアースラの直掩命令が下り、何事かもわからないうちに電源がダウンしてしまった。
「主はやて、大丈夫ですか?」
非常灯に照らし出されるシグナムが、その手にデバイスを待機させながらこちらの安全を確認して来た。
「私は大丈夫や。でも、この魔力サージは・・・・・・」
電灯が落ちる寸前に感じた、どこか懐かしく、しかし今感じるにはおかしい力の波動に言葉が濁る。
「間違いなく夜天の魔導書でしょうね」
すでに騎士甲冑を纏ったシャマルが、恐れていたその名を口にする。
この中で最も魔力に対する高い感知能力を持つ彼女が言うのだ。間違いない。
騎士達は瞬時に甲冑を纏って主の安全を確保するように周りに展開して警戒する。
すると沈黙が支配していた食堂に明かりが戻った。しかし同時に第一級の緊急事態を告げるレッドアラートの警報が鳴り響き、事態の深刻さを声高に
叫ぶ。
「一体なにが起こっているというの・・・・・・?」
惚けたようなシャマルのつぶやきに、彼女らの視線がそちらへと注がれる。そこには電源とともに機能を回復した窓に、外の様子が投影されていた。
薄暗い次元空間をバックに、アースラの2倍もあるような次元航行艦が大写しとなっていたが、その青白く塗装された外壁は、ツタのように伸びる茶色い
触手が覆っていた。
「そんな・・・・・・サージ前と位置関係が変わらなかったとしたら、あれは第3艦隊の旗艦だぞ!?」
現場の人間としてその艦の力を知っているらしいシグナムは、驚きを隠せない。
しかしツタによって主要な固定兵装を封印され、ツタ排除のため苦渋の選択か、友軍魔導士の魔力砲撃をその身に受ける戦艦は、どうしようもなく無力
な存在に見えた。
その時、
「我が名は大魔王デマオン・・・・・・」
突然窓と自分達の間に現れた影に、騎士達は一斉にそれぞれの得物を手に向き直る。
「今回の事件、貴様が黒幕か!?」
「・・・・・・その通り。そして君達は遂に忌々しきナルニアデスの夜天歴程の場所を探り当ててくれた。礼を言おうぞ」
シグナムの剣幕にも何処かの暗黒卿のような外套を纏った影はまったく動じず、いっそ愉快そうに言葉を紡いだ。すかさずシャマルが質問を繰り出す。
「その歴程は夜天の魔導書の破壊方法が書かれている書のはず。そんなものを使って何をするつもりなんですか!?」
「ふん、そんなもの遥か昔、ナルニアデスによって阻止された我が野望の成就。それだけだ!」
「野望って何をする気や!?」
「ほぅ、お前が魔導書の現管理者か・・・・・・それに免じて教えてやろう。我が野望は、真なる魔界の創生!」
「マカイってなんだよ?」
名詞から意味を繋げられなかったらしいヴィータが問うが、大魔王にはどうでも良かったようだ。
「人間の世はもうすぐ終焉を迎える!これからは我らが"悪魔族"が、貴様ら愚かな人間共を蹂躙するのだ!」
叫ぶとともにその身を包んでいた某宇宙戦争の暗黒卿の外套が吹き飛び、その恐ろしい姿を現した。
全身隈なく暗黒色に統一され、頭には鬼を思わせる2本の角。そして体格も空想上の鬼と言っても過言でない威様を誇る。そして何より、彼の纏った
圧倒的熱量を生み出す黒い炎は自分達の潜在意識に恐怖を呼び起こした。
一般人は尻込みしてしまうだろう神話に登場しそうな大魔王を前に、主を守ると誓った守護騎士達は一歩も引かず対峙する。
「ふん、意気はよし。だが、実力が伴わねばな!」
大魔王は腕を一振りすると、纏っていた炎を放って来る。
「ハァ!!」
気合いと共に放たれたシグナムの斬撃が、その炎を容易く打ち消す。しかし敵の本命は炎ではなかったようだ。
「まずは小手調べと行こうか・・・・・・」
何時の間にか出現した4体の魔物。一見人間に似た容姿をしているが、その肌は黒色で、目は赤く、とがった耳と、とがった歯を有する裂けた口を持って
いた。頭部には特徴的な三角帽子に、星2つが3体、星3つが1体それぞれ描かれている。見たところ、人間で言う階級を現しているようだった。
「やれ」
「御意」
大魔王の命に3つ星悪魔が恭しく頭を垂れると、配下をともなって突撃してくる。
守護騎士達は間髪入れずに主の前に出て、その身を盾に交戦を始めた。
特に得物を持っていないように見えた悪魔達だが、その身体は強靭で、シグナムの斬撃も、ヴィータのハンマーも、人間型になったザフィーラの徒手空
拳も、どれも期待した効果を発揮せずに受け止められた。
だが騎士達は、まだ単なる物理攻撃以上の事はしていない。
「「カートリッジロード!」」
シグナムとヴィータのデバイスから空のカートリッジが飛び出し、シャマル、ザフィーラ達と共に魔力が彼らの攻撃に付加効果を施す。結果、拮抗は
簡単に解消され、ある者は炎熱変換された炎で、ある者は質量増加したハンマーで、ある者は地面から出現した氷柱に貫かれて絶命していった。
「・・・・・・ふむ、噂通り実力も申し分ないか。見ての通り我らは物理攻撃には強いが魔力攻撃には弱くてね」
「ならば、喧嘩を売る相手を間違えたな。私は時空管理局地上部隊所属、陸士108部隊のシグナムだ。貴様を危険魔法使用及び公務執行妨害で逮捕
する!」
シグナムにヴィータが敵を確保せんと一歩踏み込む。しかし次の瞬間、大魔王を名乗る敵は爆発するように消えた。
「自爆!?」
「いや・・・・・・」
シャマルの驚きをヴィータが否定すると、念話で魔王の声が響いた。
『(あとしばらくの自由だ。精々謳歌するがいい!その時が来れば、貴様ら人間の世は終わり、我ら悪魔族の時代となるであろう!)』
捨て台詞のような言葉を残して、大魔王の気配が消える。どうやら当面の危機は脱したようだった。しかし局地戦に勝利したところで喜んではいられない。
奴は艦隊に攻撃をかけ、今にも艦隊を瓦解させようとしているのだ。だが、時空管理局は座して敗北を待つほど愚かではなかった。
「ん?動き出したみたいだぞ」
ヴィータの呟きを肯定するように、窓に映る第3艦隊旗艦『クレイトス』の後方から小さくも力強い推進炎が吹き出し、その巨体を震わす。推進ノズルを
覆っていたツタ状の触手が力任せに焼き切られ、ゆっくりと。だが、だんだんと速くに。
こうしてそれなりの巡航速度を得た艦体は、窓から見える範囲から消えて行った。
『全艦、対ショック態勢!本艦は艦隊の空間より緊急離脱する!』
船内アナウンスが警告を発し、窓の外の景色が歪む。シールド周波数を変更したことで艦隊のシールドが形成する宇宙からはアースラは異物となり、
空間が強制的に排除しようとしているのだ。
通常推進とは比較にならない加速度に艦の慣性制動装置がついに屈する。引っ叩かれたように床が進行方向へ吹き飛び、その場にとっさに伏せて
いたはやて達に大きな慣性が襲う。
それに必死に耐えていると、窓が突如として莫大な光を発し、クレイトス最後の抵抗を伝えた。
──────────
「こうして取り敢えずは悪魔族の連中から逃げたんやけど、結局艦隊には沈めることができなかったみたいで、今もアースラは交戦しつつ逃げまくっとる。
でも逃げるだけじゃいつか捕まるっちゅうことで、私だけここに逃げてきたんや」
はやての全身に残る煤や切り傷、そしてずっと後生大事に抱えていたのだろう、夜天の魔導書を抱く腕は、力が入りすぎて青白くなっていた。それだけ
見てもアースラの逃走劇が恐ろしく苛烈な物であることが伝わった。
「ごめんな、2人まで巻き込んでまって・・・・・・」
「やれやれ」
のび太がドラえもんに肩をすくめて見せる。ドラえもんもまた、同じ動作を返した。事情はともかく、厄介な事柄なのは確かだった。
「ユーノくんが見つけた夜天歴程を探し出せば、夜天の魔導書を破壊するだけじゃなくて、大魔王デマオンの野望を阻止する方法もわかる!それを
持って魔界星に乗り込めば・・・・・・」
「魔界星?」
まったく初耳の名称にのび太とドラえもんが反応する。はやては
「まだ話しとらんかったっけ?」
と戸惑うと、一通りの説明をしてくれた。
アースラでの逃避行中に大魔王デマオンから聞き出したことだが、次元空間に魔界星という悪魔族に守られた人工の要塞があるらしい。そこで
デマオンの野望の最終フェイズ、魔界の創生を行うという。具体的には魔導書のパワーを使った悪魔達の強化と拡散である。成功した暁には
強化された悪魔族の住む魔界が新たな次元世界として誕生し、次元空間を自由に渡って各次元世界への侵略を行うらしい。
「大魔王デマオンを倒さない限り、魔導書無しでも時間をかけて、他の方法で彼らは必ずここ(第97管理外世界)へもやってくる!それに、置いてきた
みんなを助けな・・・・・・!」
「「んん・・・・・・」」
なんだか話が大きくなってきたな・・・・・・とのび太達は難しい顔でお互いを見合わせる。
「お願いや、二人とも、力を貸して!」
話の流れからいえば当然の要請だが・・・・・・
「いきなりそんな恐ろしいこと言われても・・・・・・」
何と言ってもドラえもんすら任せておけば大丈夫だと思っていた、時空管理局の艦隊が敵わなかった相手なのだ。
「ああ!いや行かないとは言ってないよ!まだ・・・・・・」
どうしても尻込みしてしまう。ドラえもんの方も
「うんうん」
と無難な、しかし焦ったような相槌をうつ。
正直なところ、どうやって角の立たないように断ろうと考えているところだろう。その気の動転の様はセールスマンをどうやって追い払おうか考えている時
によく似ていた。と言っても見捨てたいというわけもない。はやては大切な友人で、まだ知り合って間もないが、なのは達にも強い絆を感じる。ただ・・・・・・
「ただ・・・・・・たった3人で何ができるのかなって・・・・・・」
最大の不安が頭をもたげる。そう、時空管理局という大きな組織が敵わなかった相手。それも悪魔のような連中だと言う。それだけでも忌避するに足る
要素でもあった。
「まぁまずは警察に相談してみるとか・・・・・・」
ドラえもんがまったく役に立たない提案をあげることで、はやては遂に肩を落としてしまった。
「そうやね・・・・・・これ以上2人やみんなを巻き込むなんて酷いわな。これは私の問題や」
その落胆した表情。そして気の落としように、のび太の心は引き裂かれんばかりに痛む。こんな事になるくらいなら、もしもボックスでこんな世界に
来なきゃ良かったと、本気で後悔し始める。このまま彼女を見送っては永遠に後悔する羽目になっただろう。
だからのび太は、次の瞬間訪れたイレギュラーに多いに感謝した。
『話は聞かせてもらったぞ!』
ふすま越しに聞こえた聞き覚えのある野太い声。そしてふすまが開きながら
「ガラッ、人類は滅亡する!!」
効果音をつけながらふすまを開け放った先には、スネ夫の姿。
そして一回やって見たかったんだよね・・・・・・と照れ臭そうに頭を掻く彼の後ろには、ジャイアンとしずかの姿があった。
「ちょっぴり怖いけど、やっぱりじっとなんてしてられないの!」
とはしずかの言。どうもはやて達が心配ということで皆が集い、ドラえもんへの直談判に来たところで、偶然はやての救援要請を聞いてしまったようだった。
そしてそれこそのび太、ドラえもんを含めたみんなの本当の気持ちであった。だから彼らはすぐに頷きあい、はやての救援要請を飲む事を決定した。
「それで、はやてちゃんは私たちに何をさせたいの?」
しずかの質問にはやては、ユーノが持っていたプラスチック板を取り出す。
「ユーノくんの解読が正しいとすると、夜天歴程は第12管理外世界の北極にあるみたいなんや」
プラスチック板からホログラムが飛び出し、その星の北極のある一点が小さく明滅する。
「でもナルニアデスさんは夜天の魔導書の力を悪用しようとする者の入手を避けると言う理由で、歴程の置いてある洞窟に夜天の魔導書の魔力がある者
と、リンカーコア保有者を弾く結界を張っているらしい。だからアースラが決死の覚悟で取りに行く案も上がったんやけど、アースラは艦全体が魔導書
の魔力サージを受けてしまったから、誰が行っても弾かれてしまうんや」
「それで俺達の出番ってわけだな!」
ジャイアンが腕まくりして声を張り上げる。
「そうや。みんなにはリンカーコアも無いし、魔導書からの攻撃も受け取らんから、結界に入って夜天歴程を持って来れるはず!あとは次元空間の移動
手段やけど、さてどうしたもんか・・・・・・」
「次元空間ならタイムマシンの機能で航行できるから大丈夫!」
「タイムマシンって、この中に置いてあった機械の事か?」
次元空間から直接来たはやては引き出しを開けると、中にある長方形の板に機械類が乗った物を指差した。ドラえもんがその問に頷くと、はやては
「あんなんで次元航行できるんか・・・・・・まるで魔法の空飛ぶ絨毯みたいやな・・・・・・」
と目を丸くした。
「となると他に問題は・・・・・・あれま、あられへん・・・・・・上手くいくで!この作戦!!」
はやて自身こんなに上手く行くとは予想外だったようだ。拳を突き上げて全身で喜色を現した。
「よし、そうと決まれば・・・・・・」
ドラえもんがポケットに手を突っ込むと、何かを漁る。一同その行方を見守っていると、くだんの通りどこからかの効果音と共に三角帽子が出てきた。
「魔法帽子〜」
「すごい!どんな魔法でも使えるようになる帽子!?」
しかしのび太達の期待は瞬時に裏切られる。
「ううん。ただの飾り」
これには絶好調のはやても巻き込んで脱力した。
「まぁ、気分の問題だよ。それと第12管理外世界だっけ?座標はわかる?」
「・・・・・・え?」
言われてみれば第12管理外世界という名しか知らない事にはやては頭を抱えた。
「しまったぁー!場所がわからんやん!」
この世の終わりだぁー!という絶望の表情をするはやてをしずかが背中をさすって慰める。しかしドラえもんにとっては想定範囲内だったようだ。
「そのホログラムパッドが第12管理外世界の物なんだよね」
はやての持っていたプラスチック板を指差すと、彼女は迷いながらも頷く。
「少なくともユーノくんはその世界で発掘したはずやけど・・・・・・」
「なら物質のエネルギー準位とかでわかるはずだ。ちょっと待ってて」
ドラえもんはそのまま引き出しの中へと入っていく。しかし次の瞬間には頭に捻じり鉢巻、手にはトンカチを持って出て来た。
「ふぅ・・・・・・これで大丈夫なはずだ」
ドラえもんが何事を成したのかのび太が確認に行く。
「あれ、いつものタイムマシンに何か着いてる?」
いつものタイムマシンは左右に2個の円筒型タンクのような物に、前部中央と右後方に制御盤、そして右側に街灯を1つ着けたような簡単な意匠のはず
だったが、今は違った。
タンクの上に装備したのか、シャッターを降ろした戦闘機のエアインテーク(空気取り入れ口)のような物に変わっており、そこから小さな翼が左右に
張り出している。そしてエアインテークにつながった2本の管は後方の装置に繋がっており、小さな推進器のように見えた。
簡単にいえば『カッコ良くなっている!』である。
「タイムスペースナビって装備でね。これでそのホログラムパッドを元に歴程がある世界まで行けるはずだよ」
こうして話はトントン拍子に進んで行き、そしてついに・・・・・・
「いざ、次元空間へ!」
「「「おぉー!」」」
次々と引き出しの中へと入って行くのび太達。
最後にはやても続こうとするが、ふいに立ち止まり部屋を一瞥する。
その瞳がネコを捉えた。
先程まで部屋に居なかったはずのネコ。
そのネコは眼光鋭くはやてを睨み返す。
「はやてちゃんどうしたの?早く行こうよ〜」
「忘れ物かぁ?」
机の中からのび太達の急かす声が届く。
「ううん、なんでもない。すぐ行く」
はやてはネコから視線を外し、机の中で待っているのび太達の元へと降りていく。
引き出しが閉められ、タイムマシンが航行を開始する。
単なる引き出しへと回帰した机の前でネコが二本足で立ち上がる。
「ムギーーー!」
鳴き声が響き、かの部屋にオレンジ色の光が満ちる。それを彼らはまだ知らない。
to be countune…
以上投下終了です。
忙しいので今後も不定期になりそうですが、よろしくお願いします〜
久しぶりの投下乙です
ノ}
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〃 ヘ _____メ}
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八 /:.厶孑: ´ : : : : : :` :>:.、 /r x=彡´
_. :-‐: : : ‐-r=Y: :.|´: : : : : : : : : : : : : : : : :丶. / ノ /
. ィ: x-‐ ‐-孑七ヾ: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : :ハ、/__≦、_____
i: 〃 /: /: /: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : }≧{《《}三ニニ=─: : : : `:>x
、{ /:// 〈:/ヘ-!: : :|: ハ: : |: :│: ヽ: :‐=ニノ!彡ハヽ`ヽ ̄ ̄ ̄¨¨≧x: : : :〉
` '/ /乂/_!___|. . ノl.| l: : |: : :|:ヘ: ハ: :l: : : :|:.:.:.| 乂_ >―x ,イ: :./
!| .' : ;': : |: : レへ!| !|、!、: :|、: x-|‐}: : :l:|:.:.,'  ̄¨¨T ) (: :'"´
|! |: :.l|: : |: : |!イチ芋ゞ 斗斧芋ミ!: | }}、/ } / ヽ!
|: :{ l: :|l: :.{〈{ ら心 kし心}〉:リ〉.} レ `
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リリカルなのはクロスSSその122
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