グレアムは独自の調査により、闇の書が次に出現するのが第97管理外世界であるとほぼ目星をつけていた。
アルカンシェルによって闇の書を破壊し、エスティアが消滅した際、周辺空間に伝播していった重力波が、アルカンシェルのものとは別に観測された。
次元航行艦隊司令部に提出したものとは別に、グレアムもまた独自に、自分の部下たちと共に分析を行い、この波動が闇の書が放ったものであると確定した。
闇の書が展開する次元間ネットワークは、魔導書端末の破壊を検出すると、すぐに近傍ノードから起動可能な端末を検索する。そして周辺のノードからバックアップデータを集め、稼動に必要なライブラリをそろえた上で再起動する。
第511観測指定世界の発見に伴ってクライス・ボイジャーに恒星間暗黒物質の観測依頼を出したユーノは、かつてギル・グレアムが同様の依頼を送ってきたことがあると聞かされた。
グレアムもまた、未知の次元世界の存在に気づいていた。
「闇の書はまだ生き続けているということですね」
「管制人格は、今は無い状態ですが。はやてはツヴァイを暫定的に使ってましたが、やはり最初から管制人格として作られたものではないので、能力不足は否めません」
リインフォース・ツヴァイはいわゆる融合型デバイスであり、主たる機能は使用者の身体能力の増強、魔法演算のアクセラレーション、および物理的な魔力付与である。そのため、夜天の書を制御する能力はもともとそれほど高くない。
初代リインフォースが消滅して以降、夜天の書は単なる巨大ストレージデバイスと化し、現在管理局で使われているデバイス用のオペレーティングシステムではそのハードウェアスペックを持て余し気味になっていた。
仕様上の制限からアクセスの出来ないモジュールやメモリ領域などが存在し、また闇の書のアーキテクチャに適したコード設計ではないためエミュレータを組みこんだ仮想マシンを間に入れなくてはならず、そのオーバーヘッドから性能が大幅に低下していた。
「アーキテクチャが違うんですか?古代ベルカ式ではない?」
「ベルカ式で組まれているのは、古代ベルカ時代に後付けされた管理者権限システムです。これも、言ってみればユーザーインターフェース部分だけがベルカ式で、闇の書の機能へ操作を要求するアプリケーションをベルカ式で組んだということです。
古代ベルカ時代、当時の魔導師たちがなんとか闇の書の力を押さえ込むためにかけたリミッターのようなものです。当時のアナログコンピュータとそのプログラミング技法ではこれが精一杯でした。
魔法を扱うデバイスとしての機能の制御はほとんど管制人格任せでした。デバイス単体で動いている状態では、これは今まであるどの術式にも当てはまらないものです」
闇の書のいわゆるユーザーコンソールは魔導書型をしており、これは管制人格が無くても単独で動作可能である。魔法を蒐集する機能は魔導書型端末だけでも動作でき、これで最低限の戦闘行動をとることはできる。
ただし、これの内部構造や術式のコードなどは外部からはまったく見えない。
術式を実際にデバイスに読み込ませるための制御APIは初代リインフォースが知っていただろうが、その知識は彼女の消滅と共に永遠に失われてしまった。
ただし、今やっているバイナリ復元作業が成功すれば、この情報を取り出せる可能性がある。
「コアの構造が違うんですね。今使ってる夜天の書や、銀十字の書も」
「CPUだけを交換したようなものです。シャーシ側である程度のエミュレートは出来ますが、完全ではないですね」
ミッドチルダ式、ベルカ式のどちらにもいえることだが魔法の術式によって必要なデバイスのハードウェア構造も決まってくる。
すなわちデバイスにも、ミッドチルダ式とベルカ式があるということである。インテリジェントデバイスやアームドデバイスというのはその機能目的などからみた分類であり、ハードウェア・アーキテクチャではない。
現在規格化されているのはミッドチルダ式をあらわす「FM-x86(フォーミュラ・ミッドチルダ・エックスハチロク)」であり、これをもとに近代ベルカ式「FB64(フォーミュラ・ベルカ・ロクヨン)」、地球式「FT-86(フォーミュラ・テラリア・ハチロク)」がある。
数字部分がデバイスコアの構造をあらわし、地球式はミッドチルダ式に準じた形式を取っている。
闇の書はこれらのいずれにも当てはまらない。
ハードウェアとしては分散コンピューティングに最適化された設計がなされており、これは単体ではそれほど高機能なものではないが各ユニットが連携して動作したときに強力な並列処理能力を発揮する。
計算を行うコアが分散しているため、多数の目標、あるいは広範囲の領域に効果が及ぶ魔法を高速で構築可能である。
これによって次元間航行能力を手に入れ、蒐集した魔法の運用を行うことができる。
単独の携行型戦闘用デバイスとしては、各ユニット間の通信に伴うレイテンシの大きさ、タイムラグとネットワークの帯域幅などの観点から通常型デバイスに比べると魔力変換効率はかなり悪く、魔法の発動も遅いが、それは闇の書にとっては問題とされる要素ではない。
闇の書はそれ自体が多数のデバイスの集合体である。
また、各ユニットが連絡を取り合う際に大量の魔力通信を行うため、魔力残滓や次元干渉などの痕跡を大規模に残す。
次元空間に流れる背景輻射ともいうべき常在魔力光は、そのうちの数パーセントほどが闇の書によるものである。
これは電磁波としてはノイズでしかないが、闇の書はこの揺らめく光の中に信号を紛れ込ませ、次元間通信を行っていた。
闇の書の出現に伴い、次元震が発生したり次元間通信に不調が発生するのはこれが原因である。
ユーノ自身が遭遇した、地球での魔力不適合や次元間通信の不調は元をたどれば近くに闇の書が存在していた影響だった。
「僕やなのは、はやてが遭遇し、そしてなのはたちがこの次元世界で生きていくきっかけになった事件──そのいくつもが、遠因をたどっていけばこの第511観測指定世界、惑星TUBOYの存在に行き着く。
ミッドチルダ政府でさえ想像しきれていないだろう、管理局でも、レティ提督もだ。この世界を考えるとき、現実は想像よりもはるか上をいっているということを常に、肝に銘じておかなきゃいけない。
ここ数ヶ月で明らかになった事実を目の当たりにして改めてそう思いましたよ」
マリーは、無表情でキーボードを打ち続けているユーノの口元が、かすかに引きつっているのを見て取った。
薄暗い事務室の中で、光の加減でそう見えただけだったかもしれないが、ユーノがこれほど、怒りや悔しさといったネガティブな感情を表に出すのは珍しいことだ。
無限書庫でも、懐の大きい、気配りの出来る優しい人間として司書たちの信頼も篤い。
そのユーノでも、旧知の仲である自分や、たとえば悪友のような間柄のクロノやヴェロッサの前では、このように黒い顔を見せることがある。
次元世界の、文字通りすべての情報が無限書庫では手に入る。
主だった管理世界や管理外世界では、無限書庫の保有するサーチャーが大規模なクローラーとして探索を行い、定期的に情報収集を行っている。
読み込まれる情報量は膨大な量であり、これらを自動選別していくシステムも、闇の書事件以後にユーノの手によって組まれた。
アークシステム社とはその頃からの付き合いであり、同社はとくに高性能デバイス用の魔法術式プログラムで高い技術力を持つ。
無限書庫とは管理局のいわゆるシギント任務を担う、第97管理外世界でいえばエシュロンのような組織である。この世を行き交うあらゆる情報を収集し、分析し、国家機関、国際機関の施策の指針に役立てている。
無限書庫は、単なる大規模データベースではない。
おそらくは、過去の人間が闇の書に対抗するために建造した広域次元間捜索システムである。
それがいつしか、平和目的として書物の収集のために使われるようになった。
「惑星TUBOYの正体をつかめたら」
床に何台か放り置かれている端末が、他の司書たちや技官たち、アークシステム社の社員たちが書き上げたそれぞれの担当部分のソースコードを魔力回線経由で受信して、時折インジケータを光らせている。
ユーノはそれらを自分の端末に転送し、大きなライブラリを組み上げていく。
戦闘用デバイスのオペレーティングシステムともなると、その規模は巨大であり、数十万から数千万ものファイルが連動して動く。
これらは主な役割として、魔力素から変換された電力を受け取るための電源回路、魔力供給回路を制御する入力部分、魔法の術式プログラムを格納するストレージ部分、魔法演算を行う中央処理部分、空間への魔法の形成を行う出力部分に分けられる。
さらに魔法演算には魔力を配置する座標を決定するジオメトリエンジン、さらにそれぞれの魔法陣を描画するベクトルエンジン、シェーダーなどがあり、これらがマギリングパイプラインを形成して最終的に空間に投影する魔法陣の生成とそこからの魔法発射を行う。
闇の書自体は、攻撃魔法はベルカ式、ミッドチルダ式を問わず蒐集したものを使うことができていたが、代償として常にソフトウェアエミュレーションを行っていたために、消費魔力に比して効率が著しく悪化し、動作速度やレスポンスが非常に遅かった。
今回復元される闇の書は、まず第一の目的として蒐集蓄積された観測情報を入手することを目標にしているため、戦闘能力は二の次にされる。もし闇の書を戦闘に用いることになれば改めてプログラムを組めばよい。
新たにつくる管制人格は、闇の書のすべての機能を掌握し、未知のマトリクスが存在しない状態に持っていくことを目的とする。
闇の書事件の際には、防衛プログラム以外にも、初代リインフォース自身でさえ機能を把握していないモジュールがいくつもあり、これもあって当時のその場での復元は断念された。
「おそらくミッドチルダも管理局も、惑星TUBOYを滅ぼそうとする」
「バイオメカノイドを殲滅し、次元世界人類の安全を確保するために……ですか?」
机の上に置かれた端末が、ストレージアクセスを示すオレンジ色のインジケータを点滅させている。
「それだけじゃあない。恐怖だ。理屈じゃない、本能的な。自身の生存をおびやかす、いや存在意義さえおびやかすものが見つかってしまったんです。
これをそのままにしておくことはできない、そのためにはどんな手を使ってでも理屈を捏ね上げる。それは必要だという理屈じゃなく、感情が先に来ているんです。
たとえ彼らがミッドチルダに侵攻してこなかったとしても、“それ”がこの世に存在するというだけで攻撃する理由になります。人間の、ヒトという種族の存在意義がおびやかされているんです」
「バイオメカノイドはそれほどまでに……」
「あれが単なる宇宙怪獣というのがそもそも相手を見くびっている。闇の書の実体が惑星TUBOYのシステムに似すぎている、近すぎる。
闇の書は惑星TUBOYで生まれ人類を観察していた。そしてエクリプスウイルスはいわばヒトをバイオメカノイドに作り変えてしまうようなものなんです」
「エグゼキューターの生体魔力炉は」
「現状、機械で作った魔力炉じゃ誘導式でも触媒式でもリンカーコアの高効率にはどんなに逆立ちしてもかないません。ならリンカーコアをそのまま使えばいい。実に単純なアプローチですよ」
「倫理的にはとんでもない発想ですけどね」
「科学技術ってのは、最前線の研究者からすれば思いついたアイデアのうち実際に実用化できるのなんてほんのごくわずかです。使い物になるかどうかじゃない、“使っていいかどうか”です」
リンカーコアは人間ないし動物の体内に存在するが、物理的な臓器ではなく細胞が魔力を帯びた状態で結合したものである。
そのためメスで胸を切り開いても目視では見えず、抽出には魔法を使用する必要がある。
このリンカーコア抽出能力を標準で搭載していた闇の書は、それゆえに古来より人間に恐れられてきた。魔法技術が未発達だった時代には、蒐集という現象そのものがわからず、それに耐える防御魔法を使えなかった。
またリンカーコア自体の仕組みも解明が進んでいなかったため、魔法が使えなくなったり魔力が弱まったりする理由がわからず大変に人々を悩ませた。
バイオメカノイドは、強い魔力のみならず、リンカーコアを持っている生命体に特に強く誘引される。
単に強い魔力を追うようにプログラムされているなら、無人の魔力炉プラントや、放射性元素の鉱脈などに集まることも考えられるが、実際には、たとえば次元航行艦のように多数の魔導師が乗っている船や、人間がたくさんいる大都市などに集まってくる。
そして、人間よりも強力なリンカーコアを持つ生物が生息する世界にも集まってくる。
第511観測指定世界に残っていたミッドチルダ海軍の駆逐艦が、次元間航行を開始したバイオメカノイドの艦船群を発見し、それはアルザス周辺域から希少生物が生息するいくつもの観測指定世界へ進路をとっていることを観測した。
「キャロちゃんのことは、なのはちゃんたちには」
「──どういうことです?」
「もしかして──聞いてませんでしたか。アルザスにバイオメカノイドが現れたことを」
現在、ユーノは管理局本局の査察部内に事実上軟禁された状態にあり、技術部での業務を行うユーノはヴェロッサを含む査察部局員たちによる24時間監視の下にある。
「────そうでしたか。ヴェロッサの奴も僕には知らせてきませんでしたね。まあ確かに、さしあたって僕の業務に不要な情報ではあります。
たぶん、いずれスピードスター三佐経由で情報がいくでしょう」
連絡が届く限りの自然保護隊には緊急帰還指令が出され、彼らがバイオメカノイドに急襲されることを避ける。
この際、希少種の保護がなどとは言っていられない。自然保護隊はあくまでも密猟者などからの保護を任務とされており、強力な外来種生物との交戦は考慮されていない。
動物よりも優先すべきは人間である。
自然保護という行動は、人間がその文明活動を余裕を持って行えているうえで初めて可能になることであり、生活レベルを犠牲にしてまでやるべきことではない。
管理局として、キャロやタントたちのような犠牲者をこれ以上出すわけにはいかない。
そして、ミッドチルダの不穏な動きをなんとしても解明し、バイオメカノイドのこれ以上の侵攻を防がなくてはならない。
極夜によって一日中太陽が昇らない北極圏の暗闇の空、アメリカ第2艦隊の空母“ジョン・C・ステニス”は護衛のミサイル巡洋艦3隻を従え、グリーンランド西方、バフィン湾を通過してクイーンエリザベス諸島沖に展開していた。
ジョージ・H・W・ブッシュ搭載のX-62試験部隊はイギリスへ向かったため、本艦が北極海から敵巨大要塞インフェルノを監視する。
冬の北極海では吹雪と嵐が吹き荒れ、戦闘機の発着艦は困難を極める。
それでも、乗り組むパイロットたちは風の合間を縫って飛び立ち、上空警戒を続けていた。
所属しているF/A-18F艦載機にはASM-135対宙核ミサイルが装備され、着艦のたびに整備士たちが北極の寒気で故障を起こしていないかどうかを念入りに調べる。
随伴するタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦も、搭載したスタンダードミサイルをいつでも撃てるように戦闘配置で待機している。
光学望遠鏡での観測により、インフェルノは次に7時間後、グリーンランドのほぼ真上を通過して大西洋からアフリカ大陸上空へ向かう軌道を通るとみられている。
ジョン・C・ステニスの航空団司令は、F/A-18F戦闘機による高高度偵察を発令した。
現在、敵巨大要塞インフェルノは近地点高度を2000キロメートル程度に上げ、軌道を次第に円軌道に近づけつつある。すなわち、ソ連の水爆ミサイルを浴び、異星人艦隊との激しい戦闘を経てなお、エンジンが生きており航行能力を保っているということである。
最初に地球に接近したときにはぎりぎりまで高度を下げ、大気圏によるエアロブレーキを使用して速度を落としていったが、そこからエンジンをふかして高度を上げたのである。
もし無動力で慣性にしたがって飛ぶだけなら、大気圏近く(高度700キロメートル以下)を通過するだけで次第に空気抵抗によって速度が落ちていき、やがて地上に墜落してしまうだろう。
機動要塞が地球周回軌道に残り続けているのは、それが未だ機能を維持し生き続けていることを意味する。
スタンダードミサイルでは、低軌道高度よりも遠くにいる目標には届かない。そのため、北海に出現した大ダコのように、巨大要塞から発進してくる宇宙怪獣を地表到達前に空中で迎撃する作戦となる。
ASM-135ならば軌道上の巨大要塞を直接狙えるが、異星人の艦隊が未だ要塞周辺に留まっているため、巻き添えの危険から攻撃が出来ない。
目下、米国防総省が管理局──異星人の母星における国際特務機関──と作戦方針について協議を行っているとの事である。
ジョン・C・ステニスの任務は、敵巨大要塞の監視と、地球への降下を試みる敵宇宙怪獣の迎撃である。
『自分はエイリアンシリーズのファンなんですよ。リマスター版は全巻そろえました』
上空警戒中の機との交信も、従来からの無線電波ではノイズが大きい。大気中の雪や氷の粒に散乱されて受信レベルが上がらなくなる。
宇宙探査機やスペースプレーンで実用化されている量子スピン通信も、米軍でも未だすべての艦には配備が完了していない。
「敵はクイーンよりもずっと大きいぞ。しかも光線を撃つんだ、ゴジラのようにな」
『腕が鳴ります』
F/A-18Fのパイロットは、北極の雪氷を吹き飛ばすように威勢がいい。
本機が搭載可能なASM-135は2発(F-15は6発)であり、もし敵を発見すれば直ちに2発のミサイルを連続発射する。
弾体は巨大要塞への攻撃を考慮して衛星攻撃用の中性子弾頭から核出力5キロトンのW82熱核弾頭に換装されており、これはもともと核砲弾として開発されていたので硬い弾殻を持ち、装甲貫通能力に優れる。
敵巨大要塞のみならず、異星人の宇宙戦艦は次元干渉によるレーダー欺瞞能力を持っており、これを展開されている状態では地球の保有するミサイルは誘導が狂ってしまう危険がある。
もちろん、これは彼らの艦が持っている防御兵装なので、一時的でも止めてもらうことはできない。
よって、上昇限度ぎりぎりまで高空へ上がり、空母との連携をとった軌道計算の上でほぼ直線射撃で狙うことになる。
敵巨大要塞──管理局からの情報提供により、“インフェルノ”という呼称を共通して用いることが決まった──は現在、高度8500キロメートルでベーリング海上空にあり、F/A-18Fからは地球の地平線から昇ってくるように見えていた。
『現れました。この距離でも形がはっきり見えます、先端が尖った菱形の、スポーツカイトのような形をしてます』
「奴の同類が何隻も、異星人たちの惑星に向かっているとのことだ。今いる艦隊の助力は当てにできないぞ」
『望むところですよ』
「エコーパターンをもう一度確認しろ、コンピュータの解析を鵜呑みにするな。間違って異星人の戦艦を撃たないようにしろ」
『了解──』
電波によるミサイルの誘導というのは、あらかじめ登録した目標でなければ追尾できない。たとえば空対空ミサイルは鳥や野球のボールを追いかけるようには作られていない。
地球の航空機とは異なる形状を持つ相手には、ミサイルが目標を誤認してしまう危険がある。
そのため、F/A-18Fは攻撃前にレーダー照射を行い目標の正確な形状をミサイルのコンピュータに入力してから発射を行う必要がある。
そうしないとミサイルが目標を見失って迷走したり、近くにある他の大きな物体に向かってしまう危険があるのだ。
過去にも、演習で撃ったミサイルが民間の旅客機に命中してしまうような事故は何度か起きている。
北極海上空、シベリア方面からもソ連機が発進してきた。
ちょうど敵巨大要塞を前方左右から挟む位置取りになる。
ハバロフスク基地所属のMiG-25SFRが、海鳴市に降下したヴァイゼン艦にミサイルを発射したという報告は太平洋艦隊経由でジョン・C・ステニスにも伝わっていた。
ソ連は、異星人への不信感から攻撃を行ってしまう危険がある。
F/A-18F編隊は進路を北極寄りに変え、ソ連機を牽制する。
ソ連機の出現とほぼ同時に、ジョン・C・ステニスでは敵巨大要塞からさらに大きな破片が分裂したことを探知していた。
インフェルノと同じ進路を加速して、F/A-18F編隊に向かってくる。
「敵が来るぞ」
『異星人の艦隊は』
「インフェルノ後方に集結しつつある」
『こちらから撃てばインフェルノが盾になるか』
「おそらくは、だが一度NORADに報告が必要だ」
『こちらのレーダーでも探知した、速いぞ。あと4分で交差する、急いでくれ』
このまま向かい合って進んだ場合、ボーフォート海上空で遭遇する。
こちらはF/A-18F戦闘攻撃機が12機、MiG-25SFR邀撃戦闘機が2機。敵の正体は不明だ。同じく大ダコか、それとも別の種類の個体か。
ジョン・C・ステニスではただちに大西洋艦隊司令部へ敵大型バイオメカノイド出現の可能性を報告し、上空に上がっている艦載機全機に対してミサイルの安全装置を解除するよう発令する。
状況は一刻を争う。
F/A-18F編隊の隊長が僚機全機の戦闘準備完了を確認したとき、ソ連機側からの通信が入ってきた。
管理局艦クラウディアからの指示に基づき米ソ両国が開いていたオープンチャンネルである。この回線は秘匿されていないため、管理局、ミッドチルダ、ヴァイゼン、そして米ソのみならず地球上のどの国の軍でも受信できる。
「わが軍は敵巨大要塞への攻撃を試みる」
ソ連機パイロットの攻撃予告に、F/A-18F編隊の隊長は注意を返した。
「異星人の戦艦が近くにいる、危険だ」
「しかし、敵が地球に迫っている。わが軍では先に北海に落下した大型個体を確認している、奴らは通常兵器では倒せない。わがスラヴァ級のヴルカーンミサイルを直撃されても耐えたのだ」
「こちらも司令部に検討を急がせている、まもなく攻撃許可が下るはずだ」
「大型個体の出現はわが方のレーダーでも探知している、そちらへ向かっているぞ」
「わかっている、しかし許可なく攻撃は出来ない」
米軍とソ連軍の意識の違いである。
もちろん部隊ごとの司令官の裁量はあるが、ソ連軍の場合は基地を離陸する時点で既にパイロットの判断で攻撃してよいという許可が下される。
米軍では、あくまでも攻撃に正当性を持たせるために必ず管制とパイロットの両方による確認が必要である。
「わがR-37の射程距離にあと30秒で入る、阻止限界点までは猶予は0.7秒しかない」
ソ連機パイロットの声は切迫していた。
地上基地から発進したMiG-25SFRは距離が遠いため、全速で飛んできても攻撃可能位置に到達するのがぎりぎりになってしまう。
もし宇宙空間で迎撃できなければ、大気圏突入フェーズに入った大型バイオメカノイドを空中で撃破することは不可能だ。
F/A-18Fの高度計は9万フィートを超えた数値を示しており、従来型のジェット戦闘機が飛べるほぼ上限の高度だ。
これほどの高度では大気が希薄になることで揚力が急激に減少し、水平舵や方向舵の効きがぐっと弱くなってしまう。スロットルを常に全開にし、推力で機体を支えなければ失速してしまう。
「高度を下げろ、そちらはもう限界のはずだ」
MiG-25SFRは高度10万フィートを突破し、大型バイオメカノイドに向けてさらに上昇していく。本機は熱核ロケットエンジンを搭載するため高空でも推力による姿勢制御が可能だ。
動翼による機体制御が行えない超高空では、MiG-25SFRに限らず推力偏向装置による機動を行う。
F-104では尾翼付け根に追加したパドルで、X-62では慣性制御装置の指向性を変化させて推力のかかる方向を変える。
高度13万8千フィート、エルズミーア島上空で、2機のソ連MiG-25SFRはR-37ミサイルを大型バイオメカノイドに向けてロックオンした。
既に巨大要塞インフェルノからは800キロメートル以上離れており誤射の危険はないとの判断だ。
「フォックススリー、ミサイル発射、ブースター作動を確認!そちらへ8発向かった、右側を注意してくれ!」
一度の攻撃で全弾発射である。2機のMiG-25SFRから4発ずつ発射されたR-37ミサイルは中間誘導を慣性航法で、終末誘導をアクティブホーミングで行う。
シーカー視野角の中に入ってくるであろうF/A-18Fにホーミングしないよう、ソ連機パイロットは無線で注意を促した。
「了解した、右下方へターンする」
ミサイルに向かって正対する姿勢をとり、バイオメカノイドの方がミサイルの視野に大きく映るようにする。
一般的にアクティブホーミング方式のミサイルはより大きな目標に向かって進むようプログラムされている。
「全機ブレイク、高度7万まで降下!パルスレーザーを用意しろ!」
F/A-18F編隊の隊長は陣形を組みなおしての迎撃戦を指示した。
敵大型バイオメカノイドは高度80キロメートルを切り、濃い下層大気に突入してオレンジ色の衝撃波を纏いはじめる。
流星のように輝き始める目標へ、8発のR-37ミサイルがマッハ6の最高速度で突進する。
ミサイルの排炎が高空に瞬き、大型バイオメカノイドを捕らえる。
だが、命中寸前、ミサイルは砂を散らすように空中で爆発した。
誤爆か。信管の故障か。
MiG-25SFRの火器管制装置では、目標までの距離120メートルのところで弾頭に掛かった加速度6万3千Gを記録したのを最後にミサイルとの通信が途絶えていた。
敵が、ミサイルを迎撃した。
発射された8本のうち、5発までが空中で次々と迎撃され、残りの3本が大型バイオメカノイドの後部に命中した。
空中に火花のような炎の破片が飛び散り、ロケット燃料が付着したミサイルの筐体のかけらが燃えながら散らばっていく。
高度50キロメートル、プラズマの衝撃波を纏っていた大型バイオメカノイドが急激に速度を落とし、空中に展開する。
勢いをつけて上昇していたMiG-25SFRのパイロットは、頂上が吹き流された積乱雲の上に立つ、三つ首の巨大な竜を見た。
レーダー上では、敵大型バイオメカノイドの速度がゼロになっていた。空中に完全に停止している。
地球の航空機では不可能な機動だ。ヘリコプターなどのVTOL機でもなく、また鳥のようにその場で羽ばたいているのでもない。
翼のように見える構造を動かさず、その場に浮いている。
成層圏、極夜ジェット気流の猛風の中、ドラゴンは三つの首をゆっくりと動かし、周囲の米ソ戦闘機を見渡していた。
「でかいぞ……これは」
旋回して下方から見上げる形になったF/A-18Fのパイロットは、酸素マスクを付け直しながら気圧されるように呟いた。
巨大である。
高速で飛ぶ戦闘機からは、通常相手はとても小さく見える。20メートルの大きさを持つ戦闘機でも、何キロメートルも離れていれば芥子粒のように小さく見える。
しかし、ドラゴンは太く短い4つの足、コウモリのような長い支えの入った翼、それぞれ独立して蛇のようにうねる3本の首、それらの様子がはっきりと見えている。
100メートル近い大きさがある。
翼を一杯に広げればどれほど巨大だろうか。自分たちが乗り組んでいる空母よりさえ大きく見える。これほど巨大な生物は地球にはいない。そして、これほど巨大な物体が空を飛ぶこともない。
太陽の光が無い、暗闇の中にドラゴンの姿が淡い光を浮かべている。自己発光能力を持ち、それは伝説の幻獣のような、ファンタジー映画に登場する魔物のような、魔法の力を示していた。
大型バイオメカノイドの存在感は、米ソのパイロットたちを一瞬としても圧倒していた。
極夜の黒い空に、深い紫色の魔力光を放って飛ぶドラゴンが、地球の戦闘機たちを見下ろしている。
日本時間で1月1日の夕方、海鳴市にあるハラオウン家邸宅で、デビッド・バニングスはイギリスとの国際電話に出ていた。
先月のグレアム提督爆殺事件の捜査のためにロンドンに滞在しているエリオたちからの緊急連絡が届いたのだ。
海鳴市には、先のソ連防空宇宙軍による巨大要塞インフェルノへの核攻撃の巻き添えを食って不時着したヴァイゼン所属の次元航行艦がおり、現在乗組員たちの移送手続きが行われている最中である。
このヴァイゼン艦に続いてさらに、インフェルノから次々と大型バイオメカノイドが飛び出し、地球に降下してきている。
まず大ダコ型個体がイギリス沖の北海に落下し、警戒のために出撃していたドイツ、イギリス、ソ連の各海軍艦艇と交戦した。この戦闘にはミッドチルダ艦隊の艦艇および管理局艦クラウディアも参加した。
戦闘で損害を受けた艦はミッドチルダ艦隊XJR級巡洋艦レパードが沈没、クーガーが中破。ドイツ海軍ザクセン級フリゲート艦ケーニヒスベルクが中破、イギリス海軍トライトン級アヴェンジャーが小破した。
ケーニヒスベルクでは後部ヘリ甲板付近に大ダコのプラズマ砲が命中し、航空科員8名が吹き飛ばされて壁などにぶつかって骨折、またはプラズマの大電流によって感電し重軽傷。
アヴェンジャーでは乗員への被害は無かったが舷側が一部割れたり外板がはがれたりなどし、電子機器に故障が生じた。
積極的な接近戦を行ったミッドチルダ艦隊は被害が大きく、レパードでは右舷後部の機関室付近にプラズマ弾が命中し、装甲隔壁が貫通されて魔力炉のシリンダーを破壊、これにより機関室で発生した火災で機関科員5名を含む21名が負傷、7名が死亡していた。
クーガーでも死者こそ出なかったものの倒壊したマストの重みで艦内通路が潰され、1名が足を挟まれ切断するという事態になっていた。
バイオメカノイドとの戦闘において、生身で相対する魔導師だけではなく、強大な攻撃力を備えた艦艇であっても重大な被害をこうむりうるということがわかったのだ。
当然ではあるが、魔導師が生身で魔力機械と交戦するということは考慮されていない。アインヘリアルのような地上砲台、防衛用の戦車などを攻略するには、歩兵の魔導師であっても対人用デバイスではなく対戦車ライフル級の大型デバイスを使用する。
JS事件の際も、ゆりかごの迎撃に上がった魔導師たちは空戦用バリアジャケットを装備し、これは地上用とは異なる空中戦用の、いわば人間サイズの魔力戦闘機とも呼ぶべき装備である。
アルザスの現地自治体が当初考えたように、野生の魔法生命体を地元猟友会が駆除するというようなわけにはいかないのだ。
人類の力を明らかに超越した宇宙怪獣が相手なのだと、はっきりと認識しなくてはならない。
海鳴市北部に不時着したヴァイゼン艦では乗員が救助されているが、墜落時の衝撃で死亡した乗員もいる。
彼らの遺体は上空に待機している旗艦チャイカが用意した棺にひとりずつ納められ、同艦に運ばれている。
輸送のためには、周囲の市街地から見えてしまう場所であるという都合上ヴァイゼン側の上陸艇を使うわけにいかず、航空自衛隊のUH-60Jを使用して輸送を行っている。
各所から知らされる状況を整理していくにつれ、現在、地球と次元世界はこれまでにない緊張状態にあるということをデビッドは実感していった。
デビッド自身は技術者ではなく、あくまでも人を集めて組織をつくる実業家である。
業務を進める上でデビッド自身がクライアントと営業交渉を行うことも多い。相手になるのはアメリカのいわゆるコングロマリットや政府機関の人間などである。
彼らから、事業ロードマップの参考にしてくれと渡される資料──広報資料として一般公開されているものだけではなく機密に類されるものもある──を見るだけでも、アメリカが行っているさまざまな秘密の計画が浮かび上がってくる。
それは一般の市民からしてみれば、政府の陰謀と喧伝されたり、都市伝説と一笑に付されたりするだろう。
エリオ・モンディアルは、北海に落下した大型バイオメカノイドの個体は管理局の機動兵器により破壊され、現在イギリス海軍とドイツ海軍が共同で残骸処理にあたっていると伝えた。
かつて機動六課時代、六課フォワード陣が海鳴市を訪れた際にはエリオたちはデビッドとも面識があった。
機動六課の頃はまだ幼さが抜けない少年魔法戦士だった彼だが、今は立派に成長し管理局捜査官として活躍している。
デビッドが知りうる情報としては、今回のミッション──異星人たちの世界では“次元世界”と呼ばれている外宇宙進出を目的にしている第2次ボイジャー計画を進めるにあたり、NASAだけではなく国防総省が絡んでいるというものだった。
すでにアメリカは、20世紀中ごろから地球を訪れていた次元世界の航宙機を観測、もしくは事故などで墜落した機体を鹵獲し、分析、研究を進めていた。
それら、次元世界のいわゆる魔力機械から取り出された技術がアメリカ軍の最新装備に反映されているというのは、ある一定以上のレベルの業界人にとっては公然の秘密である。
北海では撃沈されたミッドチルダ艦から、僚艦が乗員の収容を行っているが、彼らもイギリス海軍による救援の申し出は断っている。
少なくとも現時点では、地球と次元世界は正式に国交を開いておらず、互いの世界の人間が接触するのは後々面倒なことになるのだろう。
「ミッドチルダの艦は地球に滞在を?」
『ロンドン郊外の空軍基地に、まもなく入港予定です。巨大要塞インフェルノが未だ地球軌道上にある以上、これへの対処を行わなくてはなりません』
「インフェルノが地球上空に現れてからもう3日がたちますが、戦況はどうですか。地上からは双眼鏡で覗いても見えません」
『厳しいと聞いています。こちらの武器でも彼らを倒すには威力、手数とも不足気味です』
「イギリスではM機関なる組織で超古代文明の機動兵器を作っていると聞いています」
『復元作業で手一杯です。とても実戦投入は無理です』
「そうですか……」
日本でも、海鳴市に墜落する次元航行艦の様子はアマチュアカメラマンによって撮影され、当初は巨大隕石の落下として報じられた。
しかしそれからまもなく、捜索のためにやってきたヴァイゼン艦が海鳴市上空に現れたことによって、もはや異星人の来訪を国民に隠し通すことは不可能になった。
これまで、航空自衛隊やアメリカ軍などがスクランブルを行ったUFOは、こちらが接近すると猛スピードで逃げたり、レーダー上で突如反応を消したり、目視できるところまで接近してもまるで透明になるように姿を隠したりしていた。
異星人の乗り物、すなわちエイリアンクラフト──次元航行艦は地球の兵器では相手にならない超高性能がある。
しかし、今回海鳴市に降下してきた艦はそれらの防御装置を、あえて使用しないようにしているように見えた。
地球の宇宙船、ソユーズやSSTOなどは大気圏突入の際には時速2万キロメートル以上の高速で突入し空気抵抗で減速しなければならないが、ヴァイゼン艦は大気との摩擦を起こさない程度の速度でゆっくりと降下してきた。
さらに地上近くまで降りてきてからはこちらのジェット戦闘機に合わせたような亜音速で飛行し、航空自衛隊によるF-15発進にも応じてゆっくりと飛んでいた。
レーダーにもしっかりと映り、各地のレーダーサイトからの追尾は続けられていた。
異星人は、自分たちの姿を現そうとしている。これまでのように隠れてはいない。
それは、地球人に対して自分たちの存在を知らせるべき時が来たということだ。
深夜0時を回り、日付が1月2日に変わった頃、高町士郎・桃子夫妻がハラオウン家邸宅を訪れた。
デビッドもバニングス邸からこちらに詰めており、ノートパソコンを持ち込んで関係各省との連絡を取っている。
高町なのはが管理世界に渡るにあたり、日本における身元の処理は不可欠な手続きであった。もともとミッドチルダ人であったフェイトはともかく、なのはとはやての二人については住民登録があるのに本人がいないという状態を解消する手続きが必要になってくる。
はやては、グレアムの助言を得て戸籍を削除し、ミッドチルダへの永住を決めた。
なのはは、それよりも後、11歳のときの撃墜事件を機に、この問題を真剣に考え始めた。これまでのように、戸籍を日本においたまま、長期旅行というような形で次元世界に行くというわけにもいかない。
もし次元世界で作戦任務中に殉職となった場合、地球ではその情報が伝わらないため、行方不明者扱いになってしまう。
次元世界とは広大な星間文明国家である。元々人類が居住していた星だけでなく、いくつもの惑星に進出し、開拓していった。
未知の世界を目指して探検に出かけようとするのは、地球人も次元世界人類も変わらない冒険心である。
その中で、彼らはいわゆる“エイリアン”に、この現代に至るまでついに遭遇しなかった。
広大な宇宙──次元世界には、しかし人類しか住んでいなかったのである。
天文学、進化生物学に基づくならば、宇宙に存在する恒星系はさまざまなものがあり、そこに存在する惑星もさまざまな環境を持っている。そのような多様な環境で、生物が画一的な進化をするというのはにわかに考えにくい。
まったく違う星で生まれた生き物が、出会ってすぐに意思疎通が可能なほど、知的文明は宇宙の別々の場所で発生するのだろうか。
そういった疑問はさておいても、当初の次元世界は転移魔法によってそれぞれの世界を行き来することが出来、交易を持っていた。
当時は、まだ天文学が発達していなかったこともあり世界はすべて地続きで、次元世界というのも世界はテーブルを何台も積み重ねたような層構造をしておりそれを行き来しているのだといわれていた。
旧暦以前の時代に描かれた宇宙の想像図を見ると、第97管理外世界でいうジッグラトやピラミッド、バベルの塔のような、数十階程度の石積みの建物の中に各次元世界が収まっている様子が描かれている。
あるいは、平たい身体をした竜の背中が大地であり、竜が何匹もおぶさっている様子が描かれている者もある。
しかしそれも、転移魔法を船に施した次元航行船の発明により、しだいに広い海に浮かぶいくつかの島というような描かれ方をするようになった。
やがて科学技術文明が発達し、航海技術も発達して高精度な測量が可能になると、まず1つの次元世界には1つの地球が存在するということが判明した。次元世界とは、それぞれ別個の有人惑星ということである。
確かに各世界では、観測される他の惑星や太陽の様子なども若干異なっており、それはそれぞれの次元世界は独自の太陽系を持っているからだということがわかった。
惑星の配置が似通っているのも、ハビタブルゾーン(生命の存在に適した領域)という考え方によって説明されるようになった。
すなわち太陽に近いほうに小さめの岩石惑星が、太陽から遠いほうに大きなガス惑星が形成されるというものである。
このガス惑星の配置が適切であれば、内惑星領域への彗星や隕石の爆撃を避けられ、さらに内側の岩石惑星は太陽からの適度な熱を受ける位置に安定した軌道を保つことができ、液体の水と二酸化炭素の大気が生まれ、その中で生命が誕生するというものである。
旧暦時代ではおよそ20個程度の次元世界が知られており、それは20個の太陽系と地球がそれぞれ存在したということである。
イギリスにいるエリオたちからの連絡を待つ間、士郎と桃子はそれぞれ、エイミィから渡された次元世界の歴史書や科学史書を読んでいた。次元世界の成り立ちを、即席ながら学ぶためである。これから次元世界に関わっていく上で、そこがどんな世界なのかを知る。
娘、なのはが生きている世界がどのようなものなのか。単なる異星人の星、ではない、独自の世界を持った領域である。
次元の海を渡る航海技術が発達し、各地の次元世界の探査が進んでいくにつれ、この宇宙というものがどのような有様をしているのかというのが次第にわかっていった。
地球たる惑星は太陽たる恒星の周りを公転し、恒星は数光年から数十光年の間隔をもって星団をつくり、数千億個の恒星が集まって銀河をつくっている。
銀河はさらに数百万光年の範囲で銀河団をつくり、銀河団がいくつも集まった超銀河団は実に数億光年もの大きさを持っている。
はるか遠方の銀河を観測するときに、銀河が高速で移動することによってスペクトル吸収線がずれて見えることから宇宙が膨張していることが判明し、この膨張を逆算していった結果、宇宙の年齢は137億年と計算された。
この数値はどの次元世界で観測した赤方偏移の値でも同じである。
第97管理外世界と呼ばれる地球は、天の川銀河に所属している。ここからほかの、たとえばアンドロメダ大銀河などを眺めた場合、そこには220万年前の光が見えている。
同様に、アンドロメダ大銀河に所属する地球に住む次元世界人類からは、220万年前の天の川銀河の光が見えている。
人類はさまざまな星に住んでいるが、しかし、この第97管理外世界で恒星間宇宙船を仕立ててアンドロメダ大銀河に向かっても、そこに人間の姿を見ることはできない。
異なる次元世界に住む人類は、次元間航行なしには互いを見ることができない。
このような現象は、スーパーストリングス理論が導き出すブレーンワールドの存在によって説明される。ヘテロティック弦理論が示す26次元時空によって分割された一つの宇宙空間であり、それはドメインウォール、あるいは虚数空間と呼ばれる。
次元世界とは、さまざまな星に住む人類がひとつの宇宙を共有している姿である。
それぞれの星に住む人類からは、宇宙には満天の星があり、ひとつの太陽があり、ひとつの地球がある。他の星に住む人間──いわゆる宇宙人はいない。
しかし次元間航行を用いると、あたかも並行世界に移動したかのように、もともといた世界では何もなかった場所に、人間の住む惑星を見つけることができる。
それでもなお、この宇宙とはただひとつ存在するものであり、いわゆるパラレルワールドの様相を呈してはいない。
人間以外の現象は等しく観測されるのである。
たとえばアンドロメダ大銀河はどの次元世界からも見えるし、第97管理外界の暦で西暦1987年に発見された大マゼラン銀河の超新星SN1987Aは、周辺のすべての次元世界からも同様に観測されていた。
人類はひとつの宇宙に、それぞれの星に分かれて暮らしているのである。
この宇宙の有様の原因は長らく不明であったが、ここ数年の最新宇宙論によれば、位相欠陥と呼ばれる次元のひずみがこのような光景を見せているのだという説が地位を上げてきていた。
次元世界同士を隔てているのが位相欠陥と呼ばれる天体である。
もっとも天体といっても惑星や恒星ではなく、空間がいきなり割れたり壁のようになっているものである。次元断層が線状に伸びている場所ならば宇宙ひも、断層でずれた時空が平面を成していればテクスチャーと呼ばれる。
特にこのテクスチャーの存在によって、実数空間と虚数空間、そして深宇宙の成り立ちが説明できる。
次元間航路とはヘテロティック弦理論が説明する26次元時空のうち、コンパクトに畳み込まれた余剰次元に開いた空間でありこれが実数空間に出現するとそこがドメインウォールとなり、それぞれの次元世界をあたかも並行宇宙のように分割する。
次元断層や次元震動などの次元間物理現象の発生機構には、次元膜(ブレーン)を移動する素粒子グラビトンが深く関わっている。現代では、グラビトンの波動、すなわち重力波を用いることで次元を超えた宇宙方程式を記述することが可能になる。
ミッドチルダでも未だ研究途上であるこの分野では地球も高い技術力を持ち、地球発の最新宇宙論は次元世界の魔法技術にも大きな貢献を残している。
超高次元の存在がもたらすこの原理がわかっていれば、未知の次元世界をより効率的に探索することが可能になってくる。
次元世界では今、この宇宙の大規模構造を経て出現した異質存在により、未曾有の危機を迎えている。
人間は、新たな現象に遭遇したときまずそれが既知の現象のどれかに該当していないかどうかを調べようとする。それが未知の事象であるかどうかを、すぐに判断することができない。
バイオメカノイドへの対処が遅れたのは、それが未知の存在であるということに気づくのが遅れたからだ。
士郎自身はすでに引退した身であるが、現在もSPの仕事をやっている知人などから、かすかに伝え聞いてはいた。
現在報道されている、地球周回軌道に入った巨大隕石の正体が、バイオメカノイドなる宇宙怪獣が巣食う巨大人工惑星であるという事実。
米軍はすでに異星人──なのはたちが所属している管理局を組織しているミッドチルダ人──と連絡を取り、対処を検討している。
それに伴って、互いにその正体を知らない人間同士が衝突から混乱を招かないよう、海鳴市には急遽、人員が投入されつつあった。
北部の温泉地帯に墜落した次元航行艦の救助に向かったイギリスSASの派遣に、上院議員アルバート・クリステラの意向が反映されていることは間違いない。さらに米CIA、香港警防などの各国工作員が続々と日本に入国している。
普通の市民には気づかれないだろうが、士郎には、ここ数週間で明らかに“その筋”の人間が街に増えているということが実感されていた。
エイミィの話では、彼らはかつてのPT事件、闇の書事件の痕跡を調べていたという。士郎の娘、高町なのはが関わった事件である。この事件ではジュエルシード、そして闇の書という次元世界由来の物体が海鳴市に持ち込まれ、魔法を用いた戦闘が発生した。
それは海鳴市にわずかな痕跡を残し、アメリカはその痕跡を追ってついに、次元世界の存在を突き止めたのだ。
なのはは今、時空管理局本局におり、巨大戦艦インフェルノ攻略作戦のために準備をしている。
本局は、地球から何万光年離れているのだろうか。少なくともこれまでの観測データからは、同じ天の川銀河に属するらしいということはわかっている。
日本で夜が更けていくとき、ヨーロッパではまだ日中である。
デビッドのノートパソコンで受信したメールで、ロンドン郊外、ブライズ・ノートン空軍基地へのミッドチルダ艦隊所属巡洋艦の着陸作業が始まったことが伝えられた。
イギリスは、異星人を自国領土内に迎えたことになる。
空軍基地の周囲には、異星人の宇宙戦艦、今までUFOといわれていたものの正体を一目見ようと見物にやってきた市民がちらほら集まっていた。もし万が一、彼らの中に暗殺者などが紛れ込んでいないとも限らない。
警察だけでなく、軍による警備が必要になる。
「デビッドさん、あなたはもうこの仕事に携わって長いのですか」
士郎は質問した。なのはやアリサがまだ小さいころは、同じ学校に通う娘を持つ親として近所づきあいはあった。
過去はともあれ今の士郎は喫茶店を経営する一自営業者であり、片やデビッドは日米にいくつも企業を所有する実業家である。
互いの仕事を深く詮索しないというのは、日本の都会に暮らす人間としてはごく普通の心理だった。
受信したメールにフラグを立てて、デビッドは顔を上げ、頬を爪で掻いた。
「ええ。私が最初に作った会社というのが、航空機の部品を製造しているんです。そこで、7年──いえ、8年ほど前ですか、新しく打ち上げる探査機の機体を作ってくれという案件を受注したんです」
第2次ボイジャー計画は、米国議会においては2014年に予算が承認され、翌2015年よりプロジェクトチームが発足している。
「その探査機というのが」
「──はい。ボイジャー3号は現在、キグナスGII──第511観測指定世界に到達しています。打ち上げからわずか半年でです」
外惑星領域に向かう探査機というのは、打ち上げから目的地にたどり着くまで何年もかかるのがこれまでは普通であった。
しかしボイジャー3号はわずか半年で太陽系を脱出し、人類史上初となるワープ航行を成功させた。
NASAのプレスリリースでは海王星付近に遠地点を持つ楕円軌道に投入されたと発表されているが、実際の機体は既に太陽系にはいない。地球を離れること170万光年、銀河系外の虚無の淵にその星はある。
いわゆる次元間航行については、理論的には、もうじゅうぶん基礎が出来上がっていた。あとは投入するエネルギーをどうするかが問題であった。
そこへ、異星人──次元世界人類の用いる魔力というエネルギーが浮上してきた。
「その頃から既に──いえ、ハラオウンさんがこちらにいらした頃にはもう?」
士郎の推測を、エイミィも否定はしない。なにより彼は、エイミィやリンディとしても近しい人間である高町なのはの父親である。
彼に情報を隠して都合がよいということはない。むしろ、隠し事をして不信感を持たれる事はマイナスである。
アメリカにはアメリカの都合があるのだろうが、管理局にも管理局の都合がある。
8年前といえば、なのはたちが丁度、“レリック”なる物体の調査を行っていた時期である。
さまざまな世界で分散して発見されていたレリックを捜索するため、一度海鳴に戻ってきたこともあった。
そのとき既にリンディは第97管理外世界での統括官の仕事をしていたので、顔見世程度で特に一緒に行動したりということもなかったが、この時期の符合に士郎は引っかかるものがあった。
士郎はSP時代のいくつかの仕事から、アメリカの裏の顔、性格というものを知っている。
アメリカが行動を起こすとき、それは必ず情報を入手したときである。
アメリカは、殊にアメリカ軍は、推測だけでは絶対に動かない。情報による裏づけがあってはじめて何らかの計画をスタートさせる。
2015年、新暦では75年というこの時期にアメリカが第2次ボイジャー計画をスタートさせたのは、ミッドチルダにおける何らかの事象に進展がありそれがアメリカにとって信じるに値する何らかの情報をもたらしたからであると士郎は考えた。
「ご推察、恐れ入るばかりです。確かに──JS事件と管理局では呼んでいます──当時、レリックなる純粋魔力電池とその由来について、管理局技術部では分析が行われました。
そして、戦闘機人というサイボーグ技術の由来を調べていくうちに、それが先史時代──おおよそ1万年以上前にまで起源をさかのぼることが判明したのです」
「魔力電池、ですか」
「私たちが使う魔力というのは、特別に精製した結晶鉱物に溜め込むことができます。私たちの世界で電池(バッテリー)と呼んだ場合一般的にはこれをさします」
「ちょうど、電気自動車の燃料電池のようなものですよ」
デビッドが補足する。燃料電池を用いた電気自動車では、モーターを回す電気を作るのに水素を使用するが、水素は気体や液体の状態では取り扱いが困難である。そこで特殊な合金に水素を吸い取らせることで安定した状態で搭載している。
同じように魔力素を大量に含むことのできる物質が次元世界では作られているということだ。
「サイボーグというのはわれわれ地球人が想像するものと同じと考えてよいのですか」
「その通りです。私たちが用いる魔力は、機械によってある程度の平均化はできますがどうしても使用者の熟練度や個人の能力差によるところが大きく、戦闘技術としては不安定でした。
そのため、機械によって強化した兵士というものが考案されました」
「それが戦闘機人と──名前からして、戦闘目的での身体能力強化というわけですね」
「はい。もっとも、医学的なハードルもさることながら倫理的な面からの反対も大きく、広く実用化に至ったとはいえません。
しかしその基礎研究の段階で、かつて昔──こちらでは中世に相当する時代──、既に人類はサイボーグ技術を実用化しており、諸国の王族がそれを用いて戦線に立っていたということがわかったのです」
「数百年ほども前ですか。しかしそんな昔では、精密な医療技術や、金属加工などの技術もなかったのでは」
「ええ。もちろん当時の魔法技術も、現代とは比べるべくもありません。これに関してはいまだに、ロストテクノロジーと呼ぶべきものです……。
さらに調べていくうちに、恐ろしいことがわかりました。当時用いられていたのは、人機融合技術──すなわち有機物で機械を作り、これを人間に移植するものです。
人間が、機械を生体内で生産し、組み立ててしまうのです。当時の王たちは、もはやヒトとは呼べない存在にまで昇り詰めようとしていました」
デビッドも士郎も、思わず唇を締め、息を呑んだ。
よくSF映画などでデザインされるような、生き物のように振舞う機械の怪獣。それはバイオメカノイドと呼ばれた。
ここでようやく、エイミィがこの話をした理由がわかってきた。
現在、地球に降り注ぎつつある宇宙怪獣バイオメカノイドは、まさに人機融合技術によって誕生した改造生物であり、機械怪獣なのだ。
報道で見た、北海で撮影された大ダコ型のバイオメカノイドは、明らかに金属質の身体を持っていた。
士郎、デビッド、エイミィが向かい合っているテーブルの後ろで、桃子はそっと話を聞いている。
カレルとリエラを寝かしつけたアルフが一度キッチンに戻ってきたが、マグカップを流しで洗って片付けてから、何も言わずに寝室へ戻っていった。
「なるほど……それで、私が呼ばれたというわけですね」
士郎がかつて請けていた仕事に関わる組織の中で、そのような人機融合技術に触れていたものがあった。
これに関してはもともと日本政府が絡んでいたこともあり、アメリカとのやりとりの中ですぐに判明した。
何よりも士郎は、高町家は管理局内での実力者高町なのはの実家であり、ここが押さえられてしまうと管理局での彼女の行動に支障を生じる可能性がある。
そのような事態を未然に防ぐためのリンディの判断であった。
レティからの報せで本局に召還される際、リンディはエイミィに言伝を残した。現在第97管理外世界に滞在している管理局員に加えて、彼らが身を寄せている現地人の保護も並行して進める。
殊に、高町家はこの世界で現時点において唯一、現役の管理局員がいる家族である。
ここを衝かれ、高町なのはが行動の自由を奪われることは多大な損失につながる。
「この件に関してはCIAと管理局は協調をとっています」
「私自身も、それなりの準備はできています。恭也と美由希にも伝えます」
「わかりました。エリオ君にも、合わせて二人へ連絡するように言っておきます」
深夜の町は静かに、沈黙している。
駅から離れたバイパス道路を、トラックが時折走り抜けていく。冬の冷たい空気に、遠くの音が響いて聞こえてくる。
このような環境の中でも、気配を隠すことができる技術を持つ者たちが海鳴市内に数え切れないほど潜んでいる。
彼らは一見普通の市民に成りすまし、ひそかに目標に近づき任務を遂行する。一見平和な町の中で、数々の事件や陰謀が進んでいく。
もう何十年も前から、この中京地方の小さな観光都市、海鳴市とはそういう町だった。
何の因果か、この地に生まれた健気な少女、高町なのはは、今は異世界へ飛び出し手練の戦士として戦場を駆け巡っている。
今更それをどうこうできる義理は士郎にはないのかもしれないが、力を持つ者がそれを正しく役立てることができるということが、ミッドチルダという世界に暮らす人間にとって最上の幸せであるという価値観は、結果的にはなのはにとっては幸運だったと士郎は思っていた。
ひたすら世界の闇から目をそらして、何も知らないまま怠惰な人生を送るよりはよほどいいのかもしれない。
投げやりに、不貞腐れてしまうのは自分や恭也が男だからなのだろうか、なのはには自分たちにはない芯の強さがある──と、士郎は思っていた。
再び、デビッドのノートパソコンが新着メール受信を知らせるアラームを鳴らした。
メールソフトを開き、文面を確認するデビッドの表情を、エイミィと士郎は固唾を呑んで見守る。
「──2体目の大型個体が現れました。北極海上空で、米軍空母部隊と交戦中との事です」
地球の艦や戦闘機が、バイオメカノイドにどこまで対抗できるか。ミッドチルダ艦隊とクラウディアはイギリスへ向かっており、他の艦も現場には急行できない。
ほとんどの艦がインフェルノを離れてアルザスに向かっているはずだ。
デビッドに知らせてきたのは、アメリカのオフィスで仕事をしているバニングス・テクノクラフトの社員だった。
アメリカでは、上空に現れた大型バイオメカノイドの姿が市民に目撃され、ニュースでも大きく報道されていた。
いずれ、ヨーロッパや日本のマスコミもこれを無視できなくなるだろう。大型バイオメカノイドがインフェルノから飛び出してきた瞬間は米軍の偵察機、偵察衛星によって撮影されている。
アメリカだけでなく各国でも、あの物体は隕石などではなく人工的な物体、エイリアンの宇宙船だ、それを認めて情報を公開しろという追及が厳しく上がっている。政府、そして軍はこれを無視できない。国家として対策を取らなくてはならない。
そして、アメリカだけでなく世界中のどの国の空にも、大型バイオメカノイドが現れる可能性がある。
日本とて例外では、ない。
成層圏の黒い空に、アフターバーナーの輝きが舞う。
ミサイルを発射するために距離を離そうと、12機のF/A-18Fは全速力で飛んでいた。現在搭載しているASM-135ミサイルは熱核弾頭を搭載しているため、至近距離で発射すると自機も吹っ飛んでしまう。
ソ連MiG-25SFRはミサイルを撃ち尽くしたためいったん帰還し、入れ替わりに別のMiG-25SFRとSu-35がR-73対空ミサイルを搭載して向かってくる。
W82核弾頭を撃つ場合、安全距離として20キロメートル程度をとるよう定められている。
ドラゴンはまだ空中でゆっくり漂うように飛んでおり、時折口からプラズマ弾を吐いているが、本格的な攻撃態勢に入っていないと思われた。その間に安全圏まで退避し、F/A-18F戦闘機12機によるASM-135の一斉射撃を行う。
合計24発の核ミサイルをぶつける。この際、上空のインフェルノは後回しだ。大気圏内に降りてきたドラゴンの撃破が優先される。
「全機反転!俺の左右に従って攻撃隊形をとれ!」
隊長機が指示を飛ばす。高度6万8千フィートで12機のF/A-18Fは大きく180度ターンし、ドラゴンに向かい合う。
ドラゴンは直立した姿勢のまま、ゆっくりと高度を下げつつあり、風に吹き流された巻雲に脚が触れそうになっている。
「目標、正面前方距離27マイル、ミサイル発射準備完了です!」
「ステイン1よりコントロール、全機攻撃準備完了した!」
『了解、ミサイル発射コードを確認する』
「発射コード、ノヴェンバー・アルファ・ノヴェンバー・オスカー・ホテル・アルファ、セブン、ゼロ、エイト!」
『発射コード、ノヴェンバー・アルファ・ノヴェンバー・オスカー・ホテル・アルファ、セブン、ゼロ、エイト、コード確認よし、コントロールよりステイン1へ、ミサイル発射を許可する』
「了解、これよりミサイル発射を行う。ステイン1より全機へ、ミサイル安全装置解除せよ」
空母戦闘管制室と編隊長の間で管制コードの復唱が行われ、核ミサイルのロックを解除する。
「ステイン2、目標ロックオン」
「ステイン9、ロックオン完了、いつでも撃てます!」
各パイロットたちからの、攻撃準備が完了したという報告が編隊長に届く。この準備作業の間、F/A-18F編隊はドラゴンに次第に近づきつつあり、視界の遥か彼方で、雲を淡く照らすドラゴンの発光する姿が見えている。
「攻撃開始!」
距離35キロメートルをとり、横一列に並んだ12機のF/A-18FからASM-135ミサイルが発射される。
成層圏高度では水平発射も可能なこのミサイルは重力を振り切って飛ぶために非常な超高速での飛行が可能であり、近接信管によって目標に直撃しなくとも起爆する。
F/A-18F編隊はミサイルの近接信管を500メートルに設定し、また信管が作動せずとも発射から36000メートルを飛んだ時点で起爆するように設定した。
もし目標を大きく外しても、大気圏内核爆発による熱線の放射で敵を攻撃する。
大推力ロケットモーターによってASM-135は瞬時にマッハ7を超える極超音速に達し、ソニックブームを纏いながら突進する。
これほどの速度では信管に求められる精度は非常に高くなり、弾頭に取り付けられたシーカーは短波長レーザーによる測距を電波誘導と併用して行いながら起爆を制御する。
「ミサイル発射を確認、全機反転離脱!」
それぞれ左右に135度ロールをかけ、スライスターンで反転していく。
旋回中、機体の腹側を敵に向けることになるのでコクピットから敵の姿は見えない。この距離での発射では、発射から命中までにかかる時間は30秒足らずだ。
核爆発の熱線をコクピットにもろに受けないよう、機体姿勢を制御する必要がある。
「操縦桿をしっかり掴め!フィードバックに注意しろ」
「着弾します!」
黒い空が、黄金色に染まった。
夜空に突如太陽が出現したように、北極の空にまばゆい火球が出現する。
24発のASM-135ミサイルはドラゴンの周囲を取り囲むようにして爆発し、弾頭に詰め込まれたプルトニウムの核分裂エネルギーを解き放った。
核分裂によって放射されたガンマ線の高エネルギーは周囲の粒子にぶつかって光子や電子を発射させ、これらは強烈な電磁波となって放出される。
電磁波は、荒れ狂うエネルギーの奔流ですべての粒子を溶かし、分解し、発散させる。
大気が燃えるほどの高温が、北極の空に出現する。
駆け抜ける衝撃波が、戦闘機たちの翼を揺さぶり、パイロットたちは下方へ叩きつけられるような加速度を感じた。
W82核弾頭はこの空気の薄い成層圏にあっても強烈な爆風を発生させ、眼下に広がる白い雲が、綿を吹くようにゆっくりと、ちぎれて散らばり、広がっていく。
「ミサイル起爆を確認、戦果確認を」
『こちらでも爆発を確認した、電磁パルスが通過しきるまでもう数分かかる』
「機体に異常がないか調べろ。雲の下はマイナス50度の極寒だ、ベイルアウトしても誰も拾ってくれないぞ」
「こちらステイン3、自分は大丈夫です」
「ステイン7、尾翼エンジンともに異常なし」
「光が引いていきます」
総核出力50キロトンにも達したW82の爆発は、1分以上をかけてゆっくりと減光していく。
その間にF/A-18F編隊のパイロットたちは機体を立て直し、敵が万が一生き残っていないか注意して再び上空へ向き直った。
「うおっと、おいハマー、爆心地を見ろ、ドラゴンの破片だ」
編隊長と同期のパイロットが、眼前に広がる光景を見て思わず言葉を漏らした。
「本当だ──敵は粉々に吹っ飛んで──いや、あれだけの核爆発を浴びて固体が残っていること自体が驚異か──」
高層大気に広がったウィルオーウィスプのようなガス塊の中から、輝くように燃焼する粒々が噴出してきていた。
爆発によって生じた火球がゆっくりと発散していくにつれ、プラズマの中から燃え残ったかすのような、きらめく小さな固体が現れた。それはゆっくりと放物線を描いて落下をはじめ、輝きを保ったまま雲の中に落ち込んでいく。
あれは流れ星ではない。大気との摩擦で光っているのではない。
核爆発の余熱で発光しており、熱と光を纏いながらエネルギーを放っているのだ。
出力を上げたF/A-18Fの索敵レーダーで、それまでドラゴンがいた空中の地点には、直径が1メートルを超える大きさの物体は存在しないことが確かめられた。
ASM-135ミサイルによる攻撃で、大型バイオメカノイドを殲滅したことになる。
ドラゴンを形作っていた物質は粉々に砕け散り、対流圏に向かって落下していく。
「こちらステイン1、目標の破壊を確認した」
『コントロールよりステイン1了解、こちらでも敵大型バイオメカノイドのレーダーからの消失を確認した。
敵は消えたか?それとも残骸が残っているか』
「いや──」
ジョン・C・ステニスの管制官は、敵が消えたかという言葉を、“存在を失ったか”と表現した。
すなわち、まったく影も形も残さず消滅したか、もしくは死骸が残っているかである。
F/A-18F編隊のパイロットたちの周囲を、燃える軽金属のような、手持ち花火のような炎を輝かせながらドラゴンの残骸が散らばり、大気圏に落ちていく。
「ステイン1よりコントロール、敵大型バイオメカノイドは砕け散った。破片が大気圏に落下していく、破片はおそらく核の余熱で燃えている」
『──了解した。バイオメカノイドの死骸が地上ないし海上に降り注ぐ恐れがある。ただちに降下し追撃せよ』
「なんだって?」
編隊長は思わず聞き返した。やっとの思いで敵を振り切り、核を撃つという決断をして敵を倒したというのにまだ戦闘は終わりではないというのだ。
他のパイロットたちも、仕掛け花火を眺めるように緩みかけていた意識を何とか持ち直す。
核爆発によって放たれた大量の電磁波が電離層を刺激し、北極の空を覆いつくすようにオーロラが広がっている。
最初に散らばっていった破片は既に雲の中に消えており、高度10キロメートル以下まで落ちている。
地球重力と空気抵抗から考えられる落下所要時間では、おそらくあと2分ほどで最初の破片が北極海に落ちる。
『バイオメカノイドはとても小さな中枢組織(コア)を持っている。管理局からの情報によれば身体を破壊してもコアが無事なら再生するおそれがあるとのことだ』
「Holy shit──アメーバかプラナリアかよ」
「了解した、ただちに追撃に向かう。全機、俺に続いて高度1万まで急降下!対空ミサイルは無い、パルスレーザーで狙うぞ。プラド、お前の射撃の腕を見せてやれ」
「仕方ないな、わかったハマー、どっちが沢山落とせるか競争だ」
ハマーと呼ばれた編隊長と、プラドと呼ばれたF/A-18F編隊2番機のパイロットは海軍航空隊では同期で幼馴染だ。
階級上、ハマーの方が上司にはなるが現場でも時折じゃれつくような軽口のやり取りをする。
「気を抜くなよ、空中で触手が生えてきて叩き落されないとも限らん」
『こちらジョン・C・ステニス管制室、ステイン小隊は敵バイオメカノイドの残骸掃討へ向かえ。迎撃エリアをバフィン湾上空、高度8000から25000フィートに設定。
湾の外に落ちてくるものはこちらのシースパローとスタンダードで狙う、無理に深追いはするな』
「了解、全機湾内で索敵開始せよ。勢いあまって味方のミサイルに突っ込むなよ」
隊長機の指示に従い、F/A-18F各機はほぼ垂直降下でバフィン湾へ急行する。
北東、グリーンランド側から向かってくるソ連機編隊に対しては、破片との誤認を避けるため高度6000フィートで湾内に進入するようジョン・C・ステニスから要請された。
破片の数と散乱した広さから、すべてを迎撃することは困難だ。戦闘機の飛べる高度を下回ってしまった破片は無視して、とにかく上から降ってくる破片を片っ端から破壊していく。
Su-35が搭載するR-73ミサイルは追尾性能が高く、また戦闘攻撃機としての性格を持つ同機種はミサイルの搭載量が多く迎撃戦闘に有利とされた。
「こちらレッド1、破片迎撃作戦を支援する」
ロシア訛りの英語で、ソ連機編隊のパイロットが通信を送る。
極夜の北極海、高高度核爆発の余波で深い赤紫色に澱む空の中で、米ソの戦闘機たちはそれぞれに散らばり、敵バイオメカノイドの破片を追う。
パイロットたちはそれぞれに目ざとい破片を自機の正面に捉え、レーダーを照射して目標をスキャンする。これによって火器管制装置に目標の形状や特徴を覚えこませ、追尾やロックオンができるようにするのだ。
今回の出撃ではASM-135対宙ミサイルのみを装備し空対空ミサイルを積んでこなかったため、F/A-18F編隊は航空機銃であるR-150パルスレーザー砲で攻撃を行う。
レイセオン社によって開発されたこのレーザー砲は米海軍艦艇の個艦防空システムとしても従来のCIWSファランクス20ミリ機関砲を置き換えつつあり、高速パルスによる超高密度照射はレーザー対策として鏡面加工を施されたICBM弾頭であっても破壊可能とされる。
レーダー画面上で、ドラゴンの破片は燃える彗星のようにガス状の物質を噴出しているのが映し出されていた。
大型バイオメカノイドの肉体を構成していた物質が燃焼して、ハロゲンガスを放出してそれが燃えている。大気の濃い対流圏下部に入り、核の余熱で発火し酸素によって燃え始めている。
「塵も残すな!」
Su-35はR-73ミサイルで比較的大きな破片を狙い、破壊する。MiG-25SFRは長射程の大型レーザーで遠距離から破片を狙い打つ。
雲の水分に触れて、雷が鳴っているように激しく内部から発光している。
『ジョン・C・ステニスよりステイン小隊全機へ、上からさらに降ってくるぞ!破片じゃない、小さい個体だ!全機上空からの砲撃に注意せよ!』
空母管制室からの警告が編隊全機に送信される。大型バイオメカノイドに続いて、さらに小型の個体がインフェルノから飛び出してきた。
あたかも、夏の沼地に沸くユスリカのように、レーダー画面が砂を撒いたように無数の反応を拾い上げている。
エコーパターンは大きさが4〜6メートル程度、鳥や無人航空機に近い反応を見せている。
大きな2枚の扇型翼を持つ、双翅昆虫のような個体だ。空中からも、黒い空にきらめく銀色のダイヤモンドダストのような塊が見えている。
「ものすごい量だ」
「レッド1よりステイン小隊へ、わが方のMiG-25はパルスキャノンを積んでいる、これを遠くから撃ち込む」
「レーザーの大砲か!?」
「戦艦の装甲でも撃ち抜ける」
ソ連編隊の隊長機からジョン・C・ステニスに主武装の情報が送られる。管制はアイスランド上空に待機したA-50AWACSから行っているが、現場に近いジョン・C・ステニスに情報を集約したほうが効率がいい。
『こちらジョン・C・ステニス、全機火力を惜しむな、全力で撃て!誤射にだけ気をつけろ!』
「了解!」
ミサイルの数にも限りがあるので、Su-35も翼下に抱えたレーザーキャノンによる攻撃に切り替える。こちらはジェットエンジンの軸出力で発電機を回してチャージできるので、撃てる弾数が多い。
ジョン・C・ステニスに随伴する3隻のタイコンデロガ級も、スタンダードミサイルの上昇限度ぎりぎりを狙って、上空のユスリカの大群に照準を合わせた。
「バイオメカノイドからの攻撃が来るぞ」
黒い空に閃光が走る。
戦闘機のパイロットたちは反射的に、操縦桿を倒したりラダーを蹴ったりして機体を振る。
空中戦において攻撃を回避する方法のひとつは、急機動によって敵の狙いを外すことである。
敵の飛行型バイオメカノイド、ユスリカは大気の希薄な宇宙空間でも、耳障りな羽音を出す。平衡感覚を狂わせる騒音に乗って、青いプラズマ弾が上空から撃ち下ろされてくる。
「くおっ……とと、やばいぜハマー、こいつは途轍もなく速い!」
実弾銃の飛ぶ速度は秒速数百メートル程度、ミサイルでも秒速2000メートル程度である。
これらに比べるとレーザーやプラズマなどの光学兵器は非常に弾速が速い。レーザーはその名の通り光線なので光速で飛ぶ。プラズマの場合大気中では大気分子にぶつかって速度が大きく落ちるが、それでも秒速数万キロメートルの速度で飛んでくる。
発射の瞬間を見て回避することは不可能だ。
とにかく機体をランダムに動かし、敵に狙いをつけさせないようにするしかない。
ユスリカは機動性はそれほど高くないがとにかく発射する攻撃の速度が高く、回避は困難を極める。
常に機体を左右に振り、射線をはずす。もし敵のプラズマ弾発射の瞬間に敵の正面に位置していれば間違いなく被弾する。
F/A-18F編隊がユスリカの群れの中に突っ込んで、1分も経たないうちに1機目が撃墜された。プラズマによって瞬時に加熱されたF/A-18Fの機体は機内燃料が爆発を起こし、主翼や尾翼がちぎれてくるくると舞いながら落ちてくる。
「クソっ、墜ちたのは誰だ!」
「囲まれるな、アフターバーナーを全開で焚け!振り切れ!」
「多すぎます隊長、どっちを見ても敵しかいません!」
さらに1機が撃墜され、ジェット燃料が燃える黄白色の炎が空中から落ちていく。
数え切れないほどの、無数の小型バイオメカノイドが戦闘機編隊に群がっている。
ジョン・C・ステニスに随伴するタイコンデロガ級から、スタンダードミサイルとシースパロー対空ミサイルが続けて連続発射される。スタンダードは高空のかたまりになっている群れを狙い、シースパローは低空に降りた敵を狙う。
さらに各艦の127ミリ速射砲でも、低空まで降りてきたユスリカを狙い撃つ。
誘導性能のあるミサイルはともかく、北極海の荒波で艦が動揺する中では艦砲の命中率は著しく落ちるが、攻撃の手段を選んでいる余裕が無い。
とにかく全力で攻撃することが必要だ。
ジョン・C・ステニスでは大西洋艦隊司令部へ敵バイオメカノイドの大規模な地球降下を報告し、第2艦隊の他の艦へも応援を要請した。
最新型のズムウォルト級巡洋艦は太平洋に主に配属されていたが、ノーフォークにドック入りしていた1隻が緊急出撃を行うことになった。本級はレールガンのほか、長射程の誘導砲弾、荷電粒子砲を搭載している。
またインディペンデンス級沿海域戦闘艦も、最高速度50ノット以上と優速であり、プラズマ速射砲を持っているためバイオメカノイドとの戦闘が可能であると見積もられた。
F/A-18Fのパルスレーザーで撃ち抜かれたユスリカが羽を散らばしながら落ちていく。ユスリカの羽から鱗粉のような金属のかけらがちらばり、これがレーダーにノイズを浮かべていた。
ユスリカはとにかく数が多く、米ソ戦闘機編隊は圧倒されつつあった。
Su-35が遠距離からレーザーキャノンを撃ち込み、白い光条が空を貫く。200体以上のユスリカがまとめて撃ちぬかれて、空に銀色の破片が吹雪のように吹き流されている。
「敵の残骸に突っ込むなよ、インテークに吸い込んだらオシャカだ!」
3機目の被撃墜機が出て、炎のすだれが海に落着する。
いつの間にか戦闘空域がかなり高度が下がっており、海面付近での戦いに持ち込まれていた。空気抵抗が大きく、上空とは飛行特性も変わってくる。プラズマ弾を避けるには、じれったいほどに機体の反応が鈍い。
ユスリカたちは海面に沿って飛び、砂漠に現れる砂塵嵐のように、雲のような灰色の集団を作って海面を覆い突き進んでいた。
「敵が多すぎる、このまま空母に到達されたらひとたまりもないぞ」
「速射砲の弾はじゅうぶんにあるのか!」
パイロットたちの焦る声が通信で交わされる。
パルスレーザーは携行弾数が多いがそれでも限りはある。ある程度撃つと電池の役割をするキャパシタが消耗してしまい撃てなくなる。
今海域にいる空母1隻に巡洋艦3隻では多勢に無勢であるという恐れが出てきた。
既にタイコンデロガ級プリンストンがMk41VLSセル内のミサイルをすべて撃ちつくし、速射砲による砲撃に切り替えているがこれもこのまま全力砲撃を続ければもう3分もしないうちに弾切れする。
ソ連機編隊も、基地から遠いため燃料の問題があり、あまり長時間戦闘が出来ない。
Su-35はほとんど無照準でありったけのレーザーキャノンを撃ち、敵を多数撃墜しているが、これもとにかく敵の数が多すぎ、まるで雲を撃つように手ごたえが感じられない。敵は確かに破壊できているがそれ以上に大量の個体が、爆炎を乗り越えて進撃してくる。
北極海バフィン湾から、ジョン・C・ステニスの防衛線が突破され大西洋に出られてしまうとそこはニューヨークの目と鼻の先である。
何百万人もの市民がいる大都市が、バイオメカノイドに襲撃される。
1ヶ月前のクラナガンを襲った悪夢が、地球にも確実に迫りつつあった。
次元航行艦隊司令部ではようやくミッドチルダ海軍との連絡を取り、第97管理外世界に降下した艦からの報告を受けた。
大ダコ型の大型バイオメカノイドとの損傷でXJR級巡洋艦が沈没1、中破1の損害を受けた。残った3隻はクラウディアに続いてイギリス国内の空軍基地へ着陸している。
現地ではまずクラウディアがイギリス空軍との対応を行い、続くミッドチルダ艦の受け入れ準備を進めているという。
今回ミッドチルダ艦隊との連絡がついたのは、アルザスに転進した艦隊主力のほか、地球上空に待機したXV級巡洋艦が3隻残っていたからである。
インフェルノ内部での制圧戦の結果、ひとまずは敵バイオメカノイド群は組織的な行動をとれなくなっていると判断された。
インフェルノは戦艦というよりは人工惑星に近く、艦の運動を司るのは脳のような中枢組織ではない。各部に設置された兵装も互いの連携は取らず、独自に駆動している。内部に住むバイオメカノイドたちがエンジンを直接動かしている。
動力炉も数千基に分散されており、内部を次元航行艦によって掘り抜かれたインフェルノは今のところ外部の状況がつかめない盲目飛行の状態であるとみられた。
この状態に持ち込めれば、外部から力を加えない限り数十周(3週間程度)は放っておいても地球軌道に滞在できるため、あとはインフェルノが地球周辺を漂っている間にこちらが体勢を立て直すことが出来る。
ミッドチルダ艦隊司令トゥアレグ・ベルンハルト少将は配下の主力戦艦および空母を率いて第6管理世界アルザスに向かい、インフェルノの監視および地球の支援はヴァイゼン艦隊より抽出された巡洋艦戦隊が行う。
指揮をとるのはヴァイゼン海軍のユーリィ・A・ニーヴァ一佐であり、彼の乗る33級巡洋艦“ウリヤノフ”が臨時の旗艦となり、残っているヴァイゼン艦とミッドチルダ艦を指揮する。
ヴァイゼン艦隊司令イリーナ・M・カザロワ少将は現在こちらも地球に降下しており、墜落した33級71番艦の乗員を収容し次第ただちに発進すると伝えてきている。
さらにインフェルノ内部から次々とバイオメカノイドが地球大気圏内に降下しつつあり、一部では地球軍との戦闘が生じていると報告された。
次元航行艦でも魔力戦闘機でもない、地球の艦や戦闘機ではバイオメカノイドを相手にしては苦戦は必至である。
最も戦闘力の高いアメリカ軍でも、魔法技術を応用した装備はX-62を除いて未だ実験段階を出ておらず、実戦投入は難しい。既存のミサイルや実弾砲、光線砲や粒子砲で戦うしかない。
次元航行艦隊司令部に赴いて、現場のオペレーターから報告の提出を受けていたレティは、彼らとほぼ同時に、戦術レーダー大スクリーンに映し出されるアラートを見た。
ミッドチルダより公転軌道を先行した距離770万キロメートルの宙域に大規模次元断層出現。
そこから現れた数百隻以上もの未確認大型艦が、本局およびミッドチルダへ接近しつつある。
ただちにエコーパターンの照合が行われ、初めて遭遇する艦種であることを確かめると管制室のオペレータは索敵コンピュータへデータを登録する。
本局周辺の対地同期軌道に配置された偵察衛星、およびミッドチルダ〜太陽間のL4ラグランジュポイントに配置された天文衛星による撮影がただちに行われ、16分後、画像が艦隊司令部に届けられた。
「これは……ロウラン総長、これを見てください!」
画像を受け取った管制官のひとりが、慄いた声で、手を震わせながら空間ディスプレイを取り出してきた。
レティもその画像を見て、眼鏡の奥で目じりを顰める。
映し出された艦影は、全長8500メートル以上、オレンジ色の菱型船体を持つ、インフェルノをそのまま小さくしたようなものだった。
特徴的な艦首のシアーとナックルラインのシルエット、艦尾に集中配置された推進ノズル、そして艦底部に伸びるスタビライザーは、かつての“ゆりかご”を髣髴とさせる。
「間違い、ありませんね。“ゆりかご”の準同型艦──敵大型バイオメカノイドを積載した輸送艦です」
「やつらはついにミッドチルダを見つけたんですね──」
「総長、これはミッドチルダが敵に発見されているということですか」
「先月のクラナガンでの戦闘で、大型個体を含め数千体がミッドチルダに上陸しています。彼らが自分たちの所在を何らかの手段で知らせ、惑星TUBOYにいる本体がそれを受信できていたとしても不思議はありません」
「──侵攻は時間の問題だったというわけですか」
管制官たち、司令官たちは唇を噛んだ。事ここに至ってなお、管理局とミッドチルダは互いの足並みをそろえることが出来ていない。
艦隊を出撃させようにも、どこの基地からどの艦を出すのか、乗せる魔導師は誰を配置するのかなど打ち合わせが出来ていない。
レティはすぐさま月面泊地のドックに連絡を取り、強行偵察任務を与えてGS級巡洋艦2隻に出撃命令を伝えた。
これらの艦を指揮する提督たちはリンディの同期であり、レティとも親交がある。この際、管理局上層部の裁定を待っている猶予はない。
本来の管理局の命令系統では防衛出動のためには支局統括官(本局の場合は直轄ではなく同じ場所に形式的な支局がある)からの要請が必要だが、事後承諾になるのは仕方がない。
全責任は自分がとるとレティは提督たちに伝え、月面泊地から2隻のGS級がL4ラグランジュポイントへ向かい緊急出撃した。
次元航行艦隊司令部では、最初の探知から45分以内の間に連続して、ミッドチルダ、アルザス、リベルタ、カルナログ、ヴァイゼン、オルセアの6つの次元世界に進出している哨戒艦および現地海軍から、“改ゆりかご級”バイオメカノイド大型輸送艦の出現報告を受けた。
スカリエッティが予想していた通り、惑星TUBOYを飛び立ったバイオメカノイドたちはついに全次元世界へ向けて全面的な進撃を開始したのだ。
さらに査察部のオペレーションルームに詰めていたヴェロッサから、秘匿回線で技術部内に異常事態が観測されたとの報せがもたらされた。
バイオメカノイドの接近を探知し、闇の書が再起動プロセスを開始した可能性がある。
「八神二佐の容態に変化は」
『わかりません。魔力残滓の流出が激しく、アテンザ技師長、スクライア司書長ともに連絡がつきません』
ヴェロッサの声は珍しく焦りが出ていた。彼が動揺するということはよほどの事態である。
『今外部モニターのログを洗ってますが、おそらく、闇の書に連動して八神二佐の意識も戻るはずです。そのとき自分がどういう状態に置かれているか理解したら──、あとは、はやての冷静な行動を期待するしか』
「工程表のチェックは」
『予定通りなら、管制人格の作成を行っていたはずです。ただ、現時点ではまだすべてのモジュールがそろっていません』
「強制的に起動したとしてもシステムクラッシュから暴走あるいは機能不全に陥る?」
『ユーノがどういう組み方をしてたかによりますが──』
「それもはやて次第ということね」
『ええ』
闇の書の復元計画においては、ユーノが主管となって無限書庫においてプロジェクトの計画案を作成し、レティが管理局最高評議会へ提出した。
かつて自分が手がけた事件である闇の書事件において、レティもまた闇の書の恐ろしさは目の当たりにしている。
それでも、管理局は、次元世界人類はこのロストロギアの力と存在に向き合い、克服しなければならない。
それを避け、ただひたすら敵対するものを破壊し殲滅しようとするだけでは、人類は永遠に戦乱と災厄から逃れることはできないだろう。
闇の書の存在は、人類にとって恐怖だけではない。
管理局が擁する大魔導師八神はやての存在が、人類がロストロギアの恐怖を克服するための希望となる。そしてそれは同時に、自らの殻に閉じこもろうとする古い人間にとっての絶望となる。
破壊と再生。そのために闇の書は復元される。
それが成されたとき、人類は新たな力と意識を手に入れるだろう。
管理局本局内の実験棟では、他の部署から駆けつけた技官や魔導師たちが状況収拾のために結界魔法の操作を行っていた。
闇の書を格納していたフロアで大規模な魔力素の流出が起き、空調設備から出火した。火災検知器が作動してフロアへの通気口が閉鎖され、自動的にAMFが展開された。
ここまでは施設に設置された機械が自動で行う操作である。
この状態で、内部に取り残された人間が生存できるかは酸素が残っているかと、高濃度の魔力素を浴びていないかどうかに左右される。
魔力素は通常の大気中に存在する濃度では人体への影響はないものだが、魔法の使用に伴う魔力残滓の飛散や魔力炉内部での加圧などによって高度に濃縮された場合、人体や金属などを構成するバリオンを非常に強く励起する。
魔力素は素粒子としては自由電子と陽電子が対になったポジトロニウムなので、これが物質を構成している原子に衝突すると、原子核と対になっている電子とポジトロニウムの中心にある陽電子が対消滅を起こしてフォトンを放出し、これが魔力となる。
通常空間内では魔力素は数ナノ秒程度と非常に寿命が短く、密度も小さいため物体への衝突はごくごくまれであり、リンカーコアのような特殊な器官でなければエネルギーを取り出せないが、高濃度の魔力素を浴びると通常原子にも衝突して対消滅を起こすことがある。
そうなると人体そのものが反応消滅を起こし、これによるガンマ線の高エネルギーで人体が内部から焼き上がってしまうことになる。
高圧魔力素の流出は、魔力炉を用いた発電所では最も恐れられる重大事故である。
バイオメカノイドの関与が疑われる、ノースミッドチルダ第1魔力発電所での炉心爆発事故でも、この魔力素流出が起きていた。
実験棟の内部にももちろん魔力炉はある。出力自体は商用のものに比べて非常に小さいが、それでも爆発すれば大量の熱と電磁気エネルギーを放出するだろう。
闇の書、そしてはやて、ユーノ、マリー、作業をしていた技術者たち。
数十名を内部に残したまま、実験モジュールの隔壁は魔力光によって不気味に輝いている。
「まずいです、このままでは結界が持ちません」
実験棟を防護する結界魔法は、モジュールの周囲をぐるりと囲んで設置された、60基を5層掛けで重ねた結界発生装置から展開されている。
最初の魔力素流出によってこれらのいくつかが損傷し、結界網に穴が開いた状態になっていることが予想された。そうなると魔力の集中が起こり、特定の結界発生装置に異常な負荷がかかることが考えられる。
「炉は止まってるのか!?でないといつまでも反応が収まらないぞ」
「回線が断線してます、緊急停止信号をこちらからでは送れません!安全装置が作動していれば、自動停止するはずですが」
「主任、こっちで受信したデータでは、3号魔力炉の運転は止まってます、停止時刻は15時37分49秒、おそらく事故発生直後に緊急閉鎖されてます」
「だとすると今のこの反応は何だ!?魔力炉の停止は計器の誤作動か、それとも──」
避難してきたアークシステム社の社員が、闇の書を固定していたケージが開放されていると伝えてきた。
この実験棟の内部では闇の書の復元作業を行っており、システムにアクセスするためにユーノが回線を接続していた。
「闇の書を──」
技官たちを除く、何人かの魔導師たちが慄いて呟きを漏らした。
闇の書、それは管理局が把握する中でも最大級の災害をもたらした強大なロストロギアである。18年前、リンディ・ハラオウン提督の指揮の下ついに無力化・封印に成功し、闇の書は破壊された──というのが、多くの魔導師たちの共通認識であった。
しかし闇の書は未だ存在しており、そしてこの管理局本局の中で復元作業が行われていたというのだ。
いったいなぜそのようなことをしていたのか。
もし万が一、また暴走を起こすようなことになったら、危険を承知していたのか。
本局武装隊から駆けつけた魔導師のひとりが、技術部主任技官の白衣を掴んで質している。
このプロジェクトの責任者は誰か。管理局の正式な許可をとっているのか。許可した担当者は誰なのか。
本局施設内での死傷者を伴う重大事故であり、管理局の責任が問われる。
アークシステム社としても、自社が関わるプロジェクトで重大事故が起きたとなれば業界内での信頼、また今後の社の存続にさえ関わってくる。いかに管理局の後ろ盾があるといってもミッドチルダ政府に睨まれればただではすまない。
ステアウェイ・トゥ・ヘヴンは緊急停止し、現在電源は落ちている。
「レティ・ロウラン提督に報告は行っている」
「ロウラン提督が指示したのか」
「まさか、バイオメカノイドの出現と関係があるんじゃないだろうな」
別の武装隊魔導師が声を上げた。
確かにそれは最も可能性の大きい予測である。
闇の書がもし起動状態にあったのであれば、接近する敵性存在を探知できる。そしてそれは本局に施されているAMFとは干渉しない。つまり、ここにいる魔導師はAMFに阻まれて探索魔法で外を見ることが出来ないが、闇の書には外が見えているということだ。
事故発生から12分が経過し、実験棟周辺では依然、高い魔力量が検出されている。
8分程度が経過したあたりから、魔力量の上昇は頭打ちになり、およそ9600万前後で推移し続けている。
通常の誘導コイル式魔力炉では、第1段コンプレッサーでの圧縮比はおよそ30程度であり、ここを通過した後に漏れ出したとしてもせいぜい2000万程度である。
この実験棟にある小型魔力炉でも、使用しているのは通常の発電用燃料であり特に高濃度の魔力溶液を注ぎ込んでいたというわけでもない。
計測されている魔力量が正確であるなら、魔力量をおよそ1億程度に維持する何らかの機構が、停止した3号魔力炉とは別に存在することになる。
闇の書が生きている可能性がある。
この魔力の奔流は、闇の書が放っているのか。
しかし18年前の戦闘データでも、闇の書の発揮した魔力量は1億には遠く及ばない。
防衛プログラムはリーゼ姉妹の活躍によってシステムに不整合を起こした状態であり海鳴市沖の海上から飛び立てず、ユーノ、アルフ、シャマルの3人による転送魔法で軌道上のアースラ正面にまで移動させられ、アルカンシェルの直撃を浴びた。
このときも防衛プログラムは自力ではほとんど動けない状態であり、なのは、フェイトら管理局部隊の攻撃により大きく損傷した。
闇の書がその瞬間魔力発揮値以上に脅威なのは、人間の魔導師とは比べ物にならない吸収融合能力、自己再生能力である。
技術部で研究されていた闇の書の分散ネットワーク機構を利用すれば、ある次元世界で攻撃され魔力を消耗したとしても、別の次元世界から魔力を転送して補給できる。
波動制御機関を組み込んだ魔力炉──エグゼキューターに搭載されているのと同じものである──がAMF影響下でも出力を落とさずに運転できるのと同じ原理である。
高次元干渉により、実数空間で破壊するだけでは本体に影響できないのだ。
そしてこの恐るべき動力は、オリジナルのエグゼクターにはないものである。
カレドヴルフ社が、惑星TUBOYの衛星と化していたエグゼクターを発見した当初は、化石となったこの機体の中に搭載されていたのはあくまでも熱核タービンエンジンである。ケロシンの代わりに原子炉で加熱を行うガスタービンエンジンである。
しかし、惑星TUBOYから同社の輸送船団によってミッドチルダに運び込まれ、クラナガン宇宙港上空での戦闘で戦技教導隊高町なのは一尉以下首都防衛隊42名によって破壊されたエグゼクターは、墜落して爆発した際に巨大な重力波を放った。
ただの核爆発では、重力波は微々たる量しか出ない。
この爆発時に放出された重力波の量は、破壊されたエグゼクターの期待が波動制御機関を搭載していたことを意味する。
波動制御機関を積み込んだのは誰なのか。少なくとも、その見た目や成り立ちからして、エグゼクターは過去の先史文明人の間でもただの探索用搭乗型ロボットとして扱われていたはずであり、それ単体で巨大な戦闘力を持つ意味はない。
残された可能性とは、バイオメカノイドたちが破壊したエグゼクターを取り込み、自分たちが使えるように改造した結果、動力炉に波動エンジンが追加されたというものである。
バイオメカノイドたちの宇宙戦艦が次元航行能力を持っていることからもそれは予想が可能である。
現代次元世界で用いられる次元間航行は、魔法により実数空間内にコンパクト次元への通路を形成することによって行われる。一般的にはそれは“次元の壁に穴を開ける”と表現される。
これを実現するには次元属性魔法、すなわちカラビ=ヤウ空間を記述する宇宙方程式とその演算が必要である。魔力素のエネルギーを、次元膜(ブレーン)を超えて移動できる重力子に変換する操作が必要になるからである。
バイオメカノイドが誕生した当時の人類──超古代先史文明人も、おそらくこの方法を使ってワープ航行を行っていたと思われる。
彼らが滅びた後、何らかの原因で宇宙は数百以上もの次元世界に分かたれ、それらを行き来するにはワープ航法を使用しなくてはならず、しかしその技法そのものは原理が忘れ去られても人々に魔法として受け継がれ、そして現代に至る。
もし先史文明人とバイオメカノイドが大規模な戦争状態にあったとすれば、バイオメカノイドたちに破壊されあるいは鹵獲されたエグゼクターの機体もかなりの数にのぼることが考えられる。
惑星TUBOYが現代に至るまで沈黙していたことから、おそらく先史文明人は戦争には勝利しバイオメカノイドたちを沈黙させることには成功したのだろうが、その過程において損失がゼロであったとは考えにくい。
どれほどの戦力が惑星TUBOYに投入され、そして帰還できたのはどれくらいか。
現在、惑星TUBOY周囲に残された2個の残骸以外にも、相当数のエグゼクターが撃破されているはずである。
また、そのエグゼクターを搭載して惑星TUBOYに向かった船は最終的に帰還できたのかということも不明である。第97管理外世界に当時の記録が残っていない以上、これを解明することは不可能である。
「本局の艦隊でバイオメカノイドを防ぎきれるのか!?」
「ミッドチルダ艦隊も、第511観測指定世界での戦闘で大損害を出したと聞いています、本局は大丈夫なんですか」
「アルザスもですよ、管理世界が、全滅したと言うのは本当なんですか!」
次々に声が上がる。エリート部隊である本局武装隊の魔導師たちにさえ、情報不足からくる不安と憶測が広がっている。
この状態では、こちらの士気は削がれるばかりだ。
かといって、未だ魔力素を垂れ流し続けている実験モジュールにも不用意に近づけない。
生身でこの魔力素の流れに触れれば、人間の身体はあっというまに燃え、焼け焦げてしまう。
魔力素から放出されるエネルギーは主に魔力光として可視光線領域で観測されるが、極端に濃度の高いものではごく狭い範囲内でガンマ線を発して電子と陽電子の対生成を起こし、これに触れれば人体が発火する。
電撃属性魔法は基本的にこの原理を用い、対消滅・対生成サイクルを比較的容易に構築できることから魔力は一般的に電気に変換されてから利用される。
技術部とやりとりを行っていた本局司令部から各隊員に念話連絡が入る。
『本局武装隊および非戦闘員はただちに実験棟より退避せよ!繰り返す、本局武装隊および非戦闘員はただちに実験棟より退避!これより当該区画を放棄、本局施設内より外空間へエジェクトする。
各部署の責任者は退避完了を確認し報告せよ、繰り返す、これより当該区画を外空間へエジェクトする、各部署責任者は退避完了を確認せよ!』
実験モジュールを、区画ごと本局外の宇宙空間に放り出すということである。この魔力暴走に対し現時点でうてる手立てがない。
武装隊の魔導師たちも、この中に突っ込んでいったところで何も出来ることはない。
歯噛みしながらも認めるしかないことだ。館内放送は続けて、次元断層からのバイオメカノイドの出現と、敵大型輸送艦が本局に接近しつつあることを伝えた。
敵輸送艦はざっとみて250隻ほどがあり、内側の月軌道を通過したあたりで大きく半分に分かれ、それぞれクラナガンと本局に向かっていた。
すなわち、大きな魔力機械のある場所に引きつけられているということである。
クラナガンには多数の次元航行艦が停泊する軍港があり、大出力の魔力炉を据え付けた発電所もある。本局内にも同様に次元航行艦が駐留し、大勢の魔導師──すなわち高出力のリンカーコアの群れが存在している。
あるいはクラナガンの一般市民も、他の世界に比べて比較的戦闘魔法を習得している者が多いため、バイオメカノイドには彼ら一般市民もリンカーコアの出力が高い、優先度の高い攻撃目標として映っているかもしれない。
本局武装隊の隊員たちと、技術部の技官、それからアークシステム・マイスターの社員たちが実験棟の別フロアに退避を完了し、闇の書が収められたモジュールが爆破ボルトによって切り離され、放出レールの上を滑り始めた。
技術部の実験棟は万が一の事故に備えて、区画ごとに宇宙空間へ投げ出すことが出来るようになっている。
「あの中にはアテンザ技師長が……」
人工重力が切られて無重力空間に浮かび上がり、爆破ボルトの破片を漂わせながらゆっくりとレールの上を動き出すモジュールを分厚い強化ガラスの窓の向こうに見ながら、技官の一人がつぶやいた。
マリエル・アテンザは本局技術部の中でも指折りのデバイスマイスターであり管理局の貴重な人材であった。壊れた魔力炉はまたつくることが出来ても、彼女の頭脳を失ったら、もう二度と戻ってこない。
同様に、一緒にいるはずのユーノ・スクライア無限書庫司書長、八神はやて二佐。彼らも、宇宙空間に放出されるモジュールの中で生きていられるのか、そもそも、この事故で生存できていたのか。
モジュールが本局を離れると、外殻表面からおよそ300メートル程度の領域にエネルギー吸収ガスによる防御幕が展開されている。
迎撃レーザーが対応しない数センチ程度の小隕石やスペースデブリなどがこのガス帯に接触すると、物質を固めているエネルギーすなわち分子間力が吸収されてばらばらに分解され、本局構造体へのデブリの衝突を防ぐようになっている。
1メートル以上の大きな物体が接触した場合、裁断機に掛けられたように接触面から物体が削り取られ、チリになって消えていく様子が観察される。もちろん、金属だろうが岩石だろうが、人間の肉体だろうが同じように粉砕される。
誰もが、マリーたちの死を覚悟した。
目の前で仲間たちが死んでいくのを何も出来ずに見ているしかないことを悔やんだ。
その思いとはある意味で裏腹に、はやては、ようやく目を覚ました寝起きで、自分の身体が大きく変容しているのを感じ取っていた。
皮肉ながら、遠ざかっていく本局構造体の外殻を目に、多分自分は死んだと思われているだろうと、他の局員たちの状況を案じる余裕もあった。
「──ユーノくん、聞こえるか?」
念話で、実験モジュールの中にいるユーノを呼び出す。ややあって、同じく念話での返事が返ってくる。モジュールの人工重力が切れたため、機材や書類がそこらじゅうに散らばって漂っており、ユーノもなんとか飛行魔法を起動させて足場を作っていた。
吹き飛ばされた衝撃で骨が折れたのか足が動かず感覚がないが、重力がなくなったので床に立つのに足を使う必要もない。ユーノはそのままはやてに念話回線を繋いだ。
「ああ、聞こえてるよ。はやて、具合はどうだい」
強烈な加速度の後に急激な重力の減少があり、脳の中で血流が偏っているような感覚がある。痛覚さえが麻痺する、頬と背中からの冷や汗を感じながらユーノは念話を送る。
「おかげさまでアタマはすっきりや。技術部の連中はしっかり処置をしてくれたようやな。おおきにな、マリー」
「ありがとうございます、おかげさまで頭がジンジンします」
爆破ボルト作動の衝撃でマリーはコンソールに頭をぶつけ、とりあえずガーゼを絆創膏で額に固定して応急手当をし機器のチェックを行っていた。コンソールに落ちた血のしずくを、白衣の袖口でごしごしとふき取る。
次元断層の出現と同時に、680万キロメートルも離れていた本局内部に次元干渉が起こり、魔力炉の出力が急上昇した。
これにより炉心温度上昇を検出した緊急停止装置が作動、その揺り戻しで炉内圧力が設計限界を超えたごく短時間での急減圧と急加圧に見舞われ、誘導コイルの焼損を起こして気化した冷却材が噴出した。
安全装置そのものは作動していたが、その作動によって止まった魔力炉が次元干渉の余波から強烈なサージ電流を発して周辺の補機類にダメージを与えたため、配管が破損して元栓の後ろ側に残っていた魔力溶液が飛び散り、発火、爆発に至った。
「はやてちゃん、このままだとあと1分でモジュールがガス防御帯に接触するわ。何もしなければ私たち全員、文字通り煙になって消えてしまう」
「他に区画内に取り残されとる局員は」
「私とユーノ君のほかには、技術部の子が6人、別のフロアにいるはずだけど呼び出しに応答がないわ。区画は──ここから見ても梁が大きく歪んでる。多分、押し潰されてる──」
魔力炉爆発によって巨大な荷重がかかった壁や天井の変形具合を見回し、マリーは無感情に言葉を述べた。
歪んだ鉄骨、砕けたコンクリートの中から流れ出す水やオイルに混じって、赤いぶよぶよした、肉片のようなものも周囲を漂っている。これは少なくとも自分の血ではない、とマリーは察した。
「この崩れ具合やと骨も拾えんな……おし、このまま防御幕を突破して外空間に出る。そこで救援呼んで、近くにいる艦に拾ってもらお」
「大丈夫?」
「このまま外殻にへばりついたら厄介や、本局の建物に傷つけたら始末書どころじゃすまんで」
「それも──そうですね」
「どっちみちバイオメカノイドどもが本局とミッドチルダにもうすぐそこまで迫ってきとる。これを見過ごして助けてくださいとは言えんやろ」
「出来る限り、サポートします」
ガーゼで吸収しきれない血がしずくになって、コンソールを操作しているマリーの顔の周囲を漂っている。
ユーノがフィジカルヒールをかけ、一時的な止血措置をとる。
「ほんなら──いくで。まずユーノ君、夜天の書の新しいカーネルをメモリ空間に配置、デバイスを起動や」
はやての指示に従い、新たに組み上げられた闇の書がついに起動を開始する。
「オーケー、メモリ空間展開、二次ブートローダ起動、シークエンス開始」
「続いてユーザーコンソールのデバイスドライバをロード。マスストレージ、ビジュアルサブシステム、スペルサブシステムのドライバをロード。スーパーユーザーからハイパーユーザーへの権限昇格、管理者権限の取得を」
「ドライバロード、権限昇格、問題なし」
「内部リンク確立、帯域はどんくらい出せる」
「24kHzでクアッドスペクトラム展開、9600kbpsまでいける」
手元に浮かべた端末で、ユーノは闇の書へコマンドを次々と送信していく。管制人格がない状態では術者もしくはその補助者が逐次コマンド入力を行うことが必要だ。
「管制人格起動、制御をそっちへ渡す」
「よっしゃ。これで外空間に出ても平気や、これからモジュール全体にシールドをかける、ごり押しで防御幕を突破するぞ」
「どっちにしても始末書ものですね」
「手がないので書けませんゆうとけや」
本局構造体の影から太陽が姿を現し、はやてたちを乗せたモジュールは太陽の直射光を浴びて白く輝く。
ミッドチルダの大気圏の縁のあたりに、きらめく惑星間塵の雲のようなものが見えた。
バイオメカノイドの輸送船団だ。搭載されているのは、インフェルノ内部で戦ったドラゴンのような、大型バイオメカノイドの個体である。
さらにミッドチルダの静止軌道上をぐるりと取り囲むように、本局、月面泊地から発進してきた次元航行艦たちの姿も見える。
艦列の先頭にやや離れて、GS級巡洋艦が2隻先行している。速度から考えておそらくレティが緊急発進させたものだ。
はやては改めて、自分の身体の感覚を確かめる。
意識だけが空間に浮かんでいるように感じられ、目を開けると、自分が入れられている治療ポットがシールドに包まれ、無重力となった実験棟のフロアに浮かんでいる。
この状態では飛行魔法を使わないと動けない。しかし、起動した闇の書によってポットごと移動できる。
闇の書が起動すれば、バリアジャケットの術式を読み込んで装着する。そこに自分の身体を入れれば、とりあえずは動けて戦闘行動が取れる。
「騎士甲冑はどうする?守護騎士システムはとりあえず止めたままにしておく。なにしろ急なことだったからまだテストが済んでない」
「なにはともあれ、この宇宙空間でユーノ君らを抱えて動けるようにせなあかん──ガス帯を抜けたら、外に出る。宇宙戦用バリアジャケットはもちろん組んであるな?」
「闇の書にインストールされているよ」
「よーし……。自分の身体が次元航行艦になったようなもんや。ユーノ君もマリーも、私の懐に入れ。私のバリアジャケットの中に抱えてれば呼吸はできる」
闇の書が作成可能な宇宙戦用バリアジャケットは数百メートルの巨大なものである。もはや防護服というよりは、艦船の制御装置に人間を詰め込むようなものだ。かつての防衛プログラムも、守護騎士システムの素体を基に、このようにして作成されたのだろう。
あれも巨大怪獣の頭部に人間が埋め込まれたような姿をしていた。
はやてが入れられている治療ポットを中心にして、魔法陣が次々と金属元素を配置し、魔力結合で固定していき、葉巻型の魔力装甲を形作る。
ユーノとマリーを内部に取り込んでシールドされた空間に保護し、はやては低出力バインドを使って実験モジュールの構造材をゆっくりとどかしていく。
「(私がなにもんかを──みんなわかって、レティ提督もクロノくんも──グレアム提督、ううん、グレアムおじさん──みんな、行動しとったんやな──私ももうすぐそこへ行く。
ティアナ──私も、あんたとおんなしようになったで──)」
高揚する意識の奥で、静かに親友たちに思いを馳せる。距離が、本局からミッドチルダ地表までの3万6千キロメートル、月までの38万キロメートル以上に遠く感じる。
自分は、遠いところへ来てしまった。
太陽のまばゆい輝きに、バイオメカノイドの艦の群れが瞬いている。
惑星ミッドチルダの影から姿を現したそれは、正しく宇宙を覆い尽くすように広がっていた。数百隻の改ゆりかご級大型輸送艦以外にも、多数のバイオメカノイドが周辺を航行している。
ミッドチルダは次元世界人類の本拠地である。ここを陥とされたら、いずれジリ貧に追い込まれる。
そうなる前に、なんとしてもこの船団だけでも押し返さなくてはならない。
出撃する艦たちにとっては背水の陣である。ミッドチルダの全人口12億を背に負って、無限の数にも思えるバイオメカノイドに立ち向かう。自分たちが倒れ突破されたら、次は無力な市民が蹂躙される凄惨な戦禍が待っている。
絶対に倒れるわけにはいかない。打ち勝たなくてはならない。
そして、この戦いにはやては加わらなくてはならない。
闇の書事件に、真の意味でけりをつけるために。ギル・グレアム、そしてクロノ・ハラオウン、彼らが垣間見た次元世界の真実に、今の次元世界人類が立ち向かうために。
未だ、この真実を知る者は少ない。
真実を知る者の戦いは、常に、孤独である。
16話終了です
…あれ?なんかレス数が増えてるよママン?(・∀・;)
エディタでのバイト数表示と実際に書き込まれるバイト数がズレていただと…(;゚д゚)
ようやく!はやてさん復活です!なんかすごいことになってますがはやてさんです
艦船型バリアジャケット?の見た目はけして某デン○ロビウムのようなものではありません
地球でもいよいよ本格的な戦闘が始まりました
F/A-18Fのパイロットたちはきっと葉巻をゲン担ぎに持っているのでしょう
ところで核ミサイルの発射コード、アルファベットはNATOフォネティックコードで発音されますが…NANOHA708?ナノハナノハ?
魔法のベルカ式ミッドチルダ式そして地球式…FT-86はちょっとアレ(汗)
ではー
今回登場した元ネタあり用語
・射撃管制装置Model-T ・・・ フォードT型
・アークシステム・マイスター ・・・ アークシステムワークス(EXECTORの開発販売元)
・フォーミュラ・ミッドチルダ・エックスハチロク ・・・ インテルx86(CPUアーキテクチャ)
・フォーミュラ・テラリア・ハチロク ・・・ トヨタFT-86
・インターナショナル・プロダクティブ・マジシャンズ ・・・ IBM(コンピュータ企業)、アイ・ピー・エム株式会社(アミューズメントベンダー企業、後のアイレムソフトウェアエンジニアリング)
不覚にもタイコンデロガ級空母で某UFOの夏を思い出してしまった。
この世界のスカンクはブラックマンタを製造しているのだろうか・・・
空母じゃなくてイージス艦のほうじゃね?>タイコンデロガ
しかし現実の米海軍でも、CGXがキャンセルされて後継艦がいない状態なんだよね…いつまで使い続けるつもりなんだろう
ヒラー大尉ならきっとバイオメカノイドが相手でも無双できるw
職人の皆々様、投下乙です〜
23時頃からマクロスなのはの第29話を投下するので、よろしくお願いします。
少し遅くなりましたが、投下を開始します。
マクロスなのは第29話『アイくん』
ランカが悲しみの歌声を発したのと同時刻 クラナガン上空200キロメートル(衛星軌道上)
「アイくん」は困惑していた。
さっきまであんなに嬉しそうに歌っていた愛しい人≠ェ、今度は心から悲しみに満ちた歌を歌っている。腸内(バジュラ)ネットワークを通して感
じる痛みに、アイくんは改めてヒトの心の痛みという物を認識した。
しかしアイくんも約1年前、フロンティア船団で起きたいわゆる『第2形態バジュラ暴徒化事件』のように、悲しみに任せて下界に広がるヒトの町を破
壊しないだけの分別はあった。
しかし何もしないのは嫌だった。そこで愛しい人≠ェなぜ悲しんでいるかを思考する。
喜びの歌と悲しみの歌との間にあった出来事は、極小の粒を粒子加速して目標を破壊せんとする稚拙な暴力機械である筒≠ゥら出た線≠ェ、
彼女の友人が乗るひこうき≠ノ命中したことだ。直後ひこうきからは、大量のフォールド波の奔流が異空間に流れ出たが、それは関係ないだろう。
人間はよく殺し合いをするが、こと味方や友人といった人種がやられることに関して敏感だ。自分がいた集団(惑星フロンティア防衛隊)≠ナも同
僚がやられると、弔い合戦だなんだと勝手に集まってきて不必要なまでの大きな戦力でその敵をねじ伏せる。バジュラは全体としてその感情につい
て完璧に理解したわけではない。彼らにとっての友軍(バジュラ)がやられたことを人間に当てはめると、腕や足を失くしたというものに近い。確かにそ
れなりには怒りや痛みを感じるが、結局代わりの効くものだ。
しかし、アイくんにはわからなくもないものであった。
これもまた自分がいた集団≠ノいた時の話だ。翻訳機の開発以来、編隊長として見た目にほんの少し差別化を図っていた自分に、いつも声を掛
けてきてくれるよく一緒に飛んでいた男≠ェいた。平時の彼の通信からは曰くろっく・みゅーじっく≠ネるものが流れており、哨戒任務中いつも
「いい曲だろ」
などど自慢されていた。
しかし彼は迷子になった大きな好戦的人間の集団(はぐれゼントラーディ艦隊)≠ニの戦闘中に撃墜。亡くなってしまった。それ以来哨戒任務中な
どにその曲や彼の声が聞こえなくなったことは、自分にとって大きな驚きと喪失感を与えるに至っていた。だからわかる。人間にとって仲間を失うことは、
丸ごとひとつ、世界を失うことに等しいとても悲しいことなのだと。
長くなってしまったが、その友人の乗るひこうきが破壊され、同時に友人を失った事に彼女の悲しみの根源があり、筒を持ったヒトが悪らしい。結論
の出たアイくんの行動は決まっていた。
『そのヒトを捕獲または殺傷する』
アイくんは戦闘用の特殊な電波≠ピンポイントでその地域に放射すると、赤いフォールド光の光跡を残しながら現場に急降下した。
(*)
早乙女アルト撃墜、死亡の知らせはほとんど伝播されなかった。なぜなら撃墜からすぐ、核兵器クラスの強力なEMP(電磁波ショック)とジャミングが
放たれ、一帯ですべての民間の電子機器がオーバーロードし、通信がダウンしたためだ。─────これをアイくんがやったとは誰も認識できなかった
だろう─────通信設備から機器まで全て民間のMTT(ミッドチルダ電信電話株式会社)に依存していた管理局はひとたまりもなかった。
軍用機である六課の輸送ヘリ(JF-704式)、バルキリー、AWACSはこのような事態に対応するために基盤レベルで対電子攻撃の対抗と強力な
ECCM(電子攻撃防御手段)を行っているため、EMPでオーバーロードしたMTT製の通信機器(ほとんど全て)以外はノイズ程度でなんとかなった。ちな
みに、デバイスは元々電子機器でないためまったく関係ない。
通信できないことで周囲が混乱する中、ヘリを狙撃した砲戦魔導士に対する管理局側のファーストストライクは、怒りから魔力炉の消耗を無視して行
われたさくらの大威力砲撃だった。
「破邪剣正、桜火砲神(はじゃけんせい、おうかほうしん!)!」
詠唱破棄した集束砲は非殺傷設定で放たれ、敵へと殺到する。だがそれはミッド、ベルカ両魔法でも、オーバーテクノロジー系列でもない別系統の
シールドによって弾かれてしまった。
しかし破壊設定にした第2射は、MMリアクターのオーバーヒートで放つことが出来なかった。
そこでさくらはスラストレバーを目いっぱい押し出して追撃に入った。元々Aランクのリンカーコアを保有する彼女は、機載のMMリアクターに頼らずと
も、ある程度の戦闘が可能なのだ。
「止まりなさい!こちらは時空管理局です!あなた方を、市街地での危険魔法使用と、殺人未遂≠フ罪で現行犯逮捕します!」
あれが未遂かはわからないが、さくらもアルトが死んだとは認めたくなかった。しかし今、撃墜現場は残った天城に任せるしかない。
『また今度にしておきま〜す!』
そう言いながら逃げる2人組。謎の赤い飛翔体を認識したのはその時だった。
「あれは・・・・・・?」
敵の召喚士の寄越した増援とも考えられたが、どうも違うようだ。そのバルキリーほどの大きさをもつ飛翔体は2本の腕から連射される青い曳光
弾・・・・・・いや、ビームを逃げる2人組に放つ。そのビームは少なくとも非殺傷設定ではないらしく、着弾したアスファルトを耕していく。
「ちょ、ちょっと─────!」
考えようによってはあの2人組よりヤバそうな攻撃に声も出ない。ただ1つ救いなのは、ここは郊外であり、道路には人影がなかった事だった。それに
それ≠ヘ決して′囎ィには当てようとしなかった。
しかし逃走者は突然姿を消した。
通常レーダー、魔力レーダー、ジャミングのせいでノイズは酷いが共に反応なし。フォールド式の方は、ジャミングの影響かなぜか画面の全面がホワ
イトアウトしている。どちらにせよ行き先がわからないので「逃がしたか!」と舌打ちする彼女だったが、赤い飛翔体には違ったようだ。
それは背中に担ぐ甲羅から生えた巨大な針がスパークしたかと思うとビームを射出した。ある世界では重量子ビーム≠ニ呼ばれるこの粒子ビーム
は、空中で弾ける。
果たしてそこには例のシールドを展開した2人組がいた。外部マイクが1人の声を拾う。
『私の迷彩が破られるなんて・・・・・・』
実はこの時、アイくんは彼女の固有武装であるシルバーケープ≠フ光学迷彩を破ったわけではない。彼女が併用して発動させた魔力の隠密装置
がいけなかったのだ。この装置はフォールド波≠応用して魔力の探知を不能にする。しかし代わりに大量のフォールド波を放ってしまうのだ。人間
の使用するフォールド式レーダーでは相手側の放射量が大き過ぎてオーバーロード。一時的にホワイトアウトするはずだったので問題はなかった。し
かしフォールド波を血とし、肉とするバジュラには関係ない。それどころか多すぎる放射は、よりアイくんの照準を確実なものにした。
また、ビーム出力を下げたのはアイくんの判断だ。でなければシールドなど関係なく貫通し、下界の町をも吹き飛ばしていただろう。しかし生身の人間
がシールドを張るなど思っておらず、最低出力で撃ったことが仇となった。かといって出力を上げれば周囲への被害は避けられそうにない。
こうして両者が手詰まりになった所に、管理局側のセカンドストライクが入った。ヘリの急を聞いてこちらに向かっていたなのはとフェイトが間に合った
のだ。
『トライデント、スマッシャァー!』
『ディバイン、バスタァー!』
同一直線上を対になって発砲された桜色と金色の魔力砲撃は誤たず、2人組のいた空間に着弾した。
「やったぁ!」
さくらが声を上げるが、なのはは否定する。
『違う、避けられた!』
続けてフェイトが補足する。
『直前で救援が入った。』
さくらは即座に上空で待機するAWACS『ホークアイ』に、頭部対空レーザー砲を照準。長距離レーザー通信で後を追うよう要請した。自ら探しに行か
ないのは、更なる懸案事項が隣に鎮座するからであった。
『・・・・・・それで、さくらちゃん。これ≠ヘ何?』
なのはが油断なくデバイスを飛翔体に突きつけて、その隣を飛ぶ自分に問うた。
(*)
時系列は少し戻って三浦半島上空
そこでは勢いづいたガジェット・ゴースト連合に対してフロンティア基地航空隊の必死の迎撃が続いていた。
EMPで軌道上のAWACSとのデータリンクを失い、乱戦になると、もはや編隊規模ですら組織立った戦闘行動は行いにくい。参加者の誰もが相手より
よい位置に着こうと無秩序なベクトルで飛び回る空戦なら尚更である。
その乱戦の中をカナード翼も映える1機のVF-11S(指揮官機仕様)が飛翔していく。そこへ上方から飛来したゴーストがガンポッドから20mm弾を放って
くる。
「そんなとこにいやしねぇんだよ!」
ガウォークの足を展開したVF-11Sは急速に進行ベクトルを変えて回避する。未来位置を追いきれなかった敵機の火線が過ぎ去り、ゴースト自身もそ
のまま擦過していく。それを見届けたVF-11Sのパイロット、バーミリオン小隊隊長アーノルド・ライアン二等空尉は機体の足首≠横に振って機体を
ハーフループさせる。続いてバトロイドに可変。狙い澄ましたガンポッドの狙撃は吸い込まれるようにゴーストの主機関に飛び込みそれを爆散させた。
バルキリー(人型可変戦闘機)という奇想天外な兵器が誕生したのは、SDF-01(初代マクロス)の本来の持ち主が巨人族である。と知れたことに端を
発する。当時、惑星間航行がやっとだった人類は慌てふためき、あらゆる局面に対応可能な装備の開発に着手した。こうして誕生したのがデストロイ
ド(人型陸戦兵器)とバルキリーだ。デストロイドは大火力・重装甲に代表される『モンスター』やフロンティア船団で主に使われる『シャイアンU』など歩
兵や戦車をスケールアップしたようなオーソドックスな設計思想に基づいている。しかしバルキリーは、宇宙・大気圏内両用の軍用戦闘機から機動歩
兵に変形することで多目的な任務に対応しようという野心的な兵器だった。
例えば敵陣地を制圧するにあたって、従来の方法だと、まず制空権確保のために航空機部隊が先行。対空火器や敵戦闘機を撃滅し、それから輸送
機で陸戦部隊を派遣する。しかし広大な宇宙空間、さらには移動する要塞である敵母艦を制圧するにはこんな時間的余裕はない。そこで考えた有識
者達は
『ならば制空権を確保してヒマになった航空機部隊をそのまま陸戦部隊にすればよいではないか』
という結論に到達したのだ。
まったくもって無理難題に聞こえるこの結論だが、マクロスのもたらしたオーバーテクノロジーはそれをいともたやすく可能にし、開発から5年ほどで実
戦に耐えうる人型戦闘機、『VF-0 フェニックス』や『SV-51』などを生み出した。だがこうして誕生したバルキリーは技術者や軍部が最初に想定していた
以上の働きを見せた。
ライアンは即座にファイターに可変。現域を急速に退避する。すると数機のガジェットがノコノコやってきた。
(やっぱりな)
速度が遅くなったかと思うと即座に集まってくるガジェット。おかげでバルキリーとは相性が良い。
彼はしたなめずりすると、鋭くUターン。慌てたガジェットが撃ってくるが、速度のついた回避運動する物体にそう簡単には当たらない。
VF-11Sは密集するガジェットの中に突入する寸前にバトロイドに可変。その拳にPPBを纏わせ逃げ遅れたガジェット達を撃破していった。
数ヶ月前の演習ではシグナムとタイマンを張ったライアンにとって、これらの敵はまったく脅威足りえなかった。
そこへ、友軍からデバイスを介した短距離通信が入る。
『メイデイ!メイデイ!こちらイエロー3、ゴースト2機に付かれた!誰か追い払ってくれ!』
ライアンの視界の端を1機のVF-1Aとゴースト数機がすり抜けていく。どうやらあれらしい。
「待ってろよイエロー3!」
ライアンは再びファイターに可変。友軍目掛けて邁進するゴーストに追いすがる。
(ったく、もっとガウォークを使えと教えただろうに!)
ファイターでエンジン全開、がむしゃらに振り切ろうとする友軍にライアンは舌打ちする。
そう、バルキリーが手に入れた付与機能、それは変形である。
空戦において形態を変えることによって得られる恩恵は計り知れない。大気圏内で変形することで急激なエアブレーキをかけることも可能であり、腕
や足を大きく振って、その反作用で推進剤をなるべく使わずに旋回できる。
また、魔導士のように武装をその腕に保持することで随時広い射角を得、足先の推進器を振り回すことで推進モーメントを変え、あらゆる方向への
加速を可能にする。
その最たるものがファイターから腕と足だけを展開したガウォークという形態だ。
開発の過程おいて偶然発見されたこの形態は、一見不恰好にも見えるがその用途は十二分に広い。推進モーメントを下に集中する事によってホバリ
ングしたり、前方に大きく足を振り出して急停止するなどのポピュラーな使い方だけではない。ある程度の速度を保ったままその腕に握る武装で全方位
を射軸に収め、足を振ることで、空中においてファイターでもバトロイドでも得られないヘリのような高機動を実現することができる。
VF-0、VF-1と乗り継いだ撃墜王ロイ・フォッカーやマクシミリアン・ジーナスなど黎明期のエース達によってこの形態の運用方法は昇華され、バルキ
リーの代名詞とも呼ばれるに至っていた。
しかしライアンもアルトから同じような叱責を受けていたことを思い出し、『まぁ、最初はみんなこんなもんか。』と経験不足な2期生に視線を送り、
ゴーストを流し見た。
彼は瞬時に未来位置を予想すると、ガウォークでフィギュアスケートのように空を滑り=Aまるで魔法のように友軍とゴーストの間に割って入った。
「喰らえ!」
ガンポッドを斉射。2機の内1機を30mm弾で撃破した。もう1機のゴーストがライアンを横切る。
「逃がさん!」
ライアンはMHMM(マイクロ・ハイ・マニューバ・ミサイル)を照準、連続発射する。都合6発ものMHMMが音速の5倍という圧倒的な速度で飛翔し、目標
に接敵した。
包む爆煙。
「・・・・・・他愛ない」
彼は撃墜を確信して再び索敵に戻ろうとする。だが次の瞬間には地獄の蓋を開けたような凄まじい音と衝撃が機体を揺らし、次には爆音が轟いた。
「なん、なんだ!?」
機位が乱れてキリモミ落下を始めようとする機体を抑え込み、出力に任せて退避する。
多目的ディスプレイに表示される転換装甲のキャパシティは大幅に削られていた。
「いったい誰が!?」
後ろを振り返った彼の目に映ったのは、先ほど撃墜したと思ったゴーストだった。しかしよく見ると、ゴーストの追加装備であるガンポッドどころか外装
されていたミサイルランチャーもなくなっている。どうやらこちらのミサイル回避のために装備を全てパージ。囮としたらしい。
「なんて思い切りのいいヤツなんだ!」
ライアンは感嘆の声を上げた。その間もゴースト内蔵の20mm機関砲(以前は魔力素粒子ビーム機銃だったが、対ESA弾を装備するために換装され
た)とマイクロミサイルの嵐が彼を襲う。
彼は機体を操作してなんとか振り切るが、そいつは用意周到だった。回避した先にすでにミサイルが撃ち込まれていたのだ。対応する間もなく着弾。
機体を再び激震が襲った。
(*)
(なんだ。俺もやればできるじゃないか)
こちらの攻撃を叩き込まれて満身創痍になった敵エース級バルキリーを眺めてユダ・システムである彼は満足した。
(小細工を使おうとするからいけなかったんだ。俺はユダ・システム、直接戦闘なら人間なんかに劣らん!)
彼は自信を取り戻し、それを見下ろした。
(*)
機体の被弾アラートがコックピットに鳴り響く。目前の多目的ディスプレイなど本機は撃墜されました。脱出を推奨します≠ニ告げる始末だ。
しかしエンジンはなんとか稼働しているし、ライアンもその闘争心を失っていなかった。
彼は機体のシステムを再起動して正確な被害状況を把握し始める。
ガンポッド以外の武装は使用不能。
レーダーはブラックアウト。『アクティブ・ステルスシステム』、『アクティブ・空力制御システム』、『イナーシャ・ベクトルキャンセラー』などは軒並み沈黙
していた。
しかし奇跡的にもエンジンも変形機構も生きていた。
ライアンは顔を上げると、先ほどのゴーストを探す。それはまるでこちらを見下ろすような格好で無防備な機体の腹を見せていた。
(勝ち誇ってやがる・・・・・・)
本能的に彼はそのゴーストが無人機であるという先入観を捨て去った。無人機はそんな無駄な機動は行わないし、結果的にそれは正しかった。
ライアンはスモークディスチャージャー(煙幕発生機)から黒煙を吹き出させ、スラストレバーを絞って機体をふらふらと降下させた。すると彼の狙い
通り故障で動きが遅くなったと見たゴーストは、ミサイルでなく機銃でトドメをさすために悠々と接近してきた。
「(かかった!)全ミサイルセーフティ解除!」
EXギアになったデバイスに命令を発して、ミサイルの信管を活性化させる。そしてゴーストの放った火線を、バトロイドに可変して紙一重で回避。そ
のままバトロイドの腕でパイロンに装備されていたミサイルランチャーを無理やり外して、ゴーストに投擲した。
「今だ!」
ライアンの指示と同時に遠隔操作によってランチャーに残っていたMHMMの全弾12発、都合大容量カートリッジ弾計96発が強制撃発。強力な魔力爆
発が気流をかき乱し、敵ゴーストの機位を失わせた。
「当ったれぇ!」
ガンポッドが必殺の30mm弾をばらまく。照準器がイカれたため狙いはテキトーだ。
だがさっきのライアンのように勝利を確信した人≠ヘ、敵の突然の反撃には脆いものだ。ゴーストはまるで人間のように驚いた挙動を見せると、逃
げていった。
駆け付けた友軍機がそれを追撃していく。ライアンも追撃しようとスラストレバーを上げるが出力が上がらない。どうやら機体は本当に限界らしかった。
彼は機体を降下させると、なけなしのエンジン噴射で三浦半島に着陸した。
「ふぅ・・・・・・」
思わず安堵のため息をつくが、機体の可変機構はバトロイドで固定されて、とても空戦には耐えられそうになかった。
(さてどうするか・・・・・・)
そう考えながら後ろを見ると、大規模な黒煙が幾重も空に延びていた。それら黒煙の出どころは・・・・・・民家にしか見えなかった。
(畜生!これだから防衛戦は!)
吐き捨てる間にも彼の近くにゴーストが墜落。紅蓮の炎が無傷だった民家を包んだ。
「なんてこった!」
ある理由のため住民達は、家屋の内部から逃げていない可能性が高い。そのままバトロイドで接近すると、外部マイクが声を拾った。
『お願い!─────を助けて!』
「何だって?」
ライアンはその民家の2階から、煙を避けるように叫ぶその少年をマニュピレーターで助け、コックピットに入れる。
「何だって?」
繰り返された質問に少年は必死に答えようとするが、泣き声になって聞き取れない。ライアンは彼を安心させるように抱くと、「大丈夫、大丈夫だから」
と言い聞かせた。
そうしてようやく得られた情報は、あの民家の二階にいるこの子の母親が、倒れてきた家具に挟まれ脱出できないという事だった。
「わかった。大人しくしてろよ」
ライアンは少年を後部座席に座らせ、バックドラフトが起こらぬよう細心の注意を払いながら民家の壁を破壊する。しかし内部はすでに黒煙にまみれ
て、バルキリーからではそれより先が見えなかった。
「仕方ないか・・・・・・」
彼はキャノピーを開いてEXギアで内部に飛翔する。バリアジャケットとして機能するこのEXギアは気密が保たれており、この黒煙の中でも酸素マス
クなしで入れた。
そして少年の情報を頼りに彼女を探すと、すぐにみつかった。しかしすでに大量の煙を吸い込んで意識不明だった。
「今助けるからな!」
EXギアのサーボモーターは彼の力を数倍にまで増幅し、その家具─────タンスを軽々持ち上げた。
(*)
「ありがとうお兄ちゃん!」
「ああ。次からはお前がお母さんを守ってやれよ」
「うん!」
と元気よく頷く少年。その後ろでは担架に寝かされ人工呼吸器を付けられた母親が『ありがとうございます』と小さく頭を下げていた。
その後すぐさま後部ハッチが閉められた救急車は病院へと走っていった。
しかしライアンの活動は終わってなかった。後ろからかけられる声。それを発したのは災害出動していた陸士部隊局員だった。
「あのバルキリーはお前さんのか?」
陸士の指先が道路の真ん中で片膝を着いて沈黙するVF-11Sに向けられる。
「そうだ。すまない、邪魔だったか?」
「いや、重機が入れない場所があって手伝ってもらいたいんだ。大丈夫か?」
「了解した。誘導してくれ。」
そう告げるとEXギアを介さない浮遊魔法で離床。続いてEXギアのエンジンで飛翔すると、頭部からコックピットに飛び込む。EXギア固定と同時にエ
ンジンが始動し、ディスプレイとライトに光が灯っていく。
「基地に戻ったらオーバーホールの続きをしてやるから、もう少し頑張れよ」
彼の呼び掛けに応えるように、多目的ディスプレイにREADY≠フ文字が躍った。
(*)
アルト撃墜後20分をピークに敵が撤退していく。
ヴァイスからAWACSからのレーザー通信によって戦闘が終わったとの知らせに、歌うのをやめ、ヘリのイスに座り込む。とても撃墜現場を返り見る勇
気は出なかった。
コックピットから悲鳴が聞こえたのはその時だった。
「・・・・・・どうしました?」
しかしヴァイスには見たものをどう表現していいかわからないらしく
「すまない、来てくれ」
と返してきた。
(なんだろう・・・・・・)
そうお思いつつも重りでも付けられたのではないか?と思う程重い腰を上げると、キャビンからコックピットに向かった。そこで見たものは、なのはと
フェイトによって幾重ものバインドで固められた成虫バジュラの姿だった。
「アイ、くん・・・・・・?」
何故だかわからないが、一瞬でわかった。そうわかるとデバイスを再起動し、マイクでなのは達に呼び掛ける。
「バジュラを、アイくんを放してあげて!」
フォールド波を介した声は即座になのは達の元に届く。なのはは拘束をフェイトに任せると、こちらへ飛翔してきた。
「ヴァイスさん、後ろのハッチを開けてください」
「お、おう」
ヴァイスの操作によって後部ハッチがモーターの軋み音とともに開いていき、吹き込んでくる冷たい強風に交じってなのはが乗りこんでくる。
「アイくんってリスみたいのじゃなかったの?それにバジュラって危ないんじゃ─────」
走り込んできたこちらになのははそう言い訳する。言い分を聞く限り、どうやら情報の伝達に齟齬があったようだ。
「アイくんは・・・・・・ううん、バジュラはね、そういう悪い生き物じゃないの!」
気が付くと必死にバジュラを、そしてアイくんを弁護していた。惑星フロンティア奪取作戦で、そして1年とアイくんと過ごした半年余りで知りえた
バジュラ≠ニいう生き物を。具体的にはアイくんはバジュラであり、手乗り小動物だったのは1年以上前の話であること。でもバジュラは決して好戦的
な悪い生物ではなく、以前人間を襲ったのは誤解であり、自己防衛であったことなどなどだ。
(これ以上なにも失くしたくない!)
その思いでいっぱいだった。
時空管理局には極端に保守的なところがある。一度危険と思うと、もうその判断はめったなことでは覆さない。例えば元夜天の書の主、八神はやて
も実は今でも完全には信用されてなかったりしている。この世界に来て日も浅く、少しおこがましいと思うが、彼女がいない会議の席で何度か庇って
あちらの無理な命令を撥ねさせたり、こちらの要求を通させたりしていた。はやてもそれを知ってか知らずか、よくしてくれているので、お互い持ちつ
持たれつなのだと思ってる。
管理局に青春を捧げる少女ですらそんな扱いなのに、アイくんは管理局にとっては質量兵器にしか映らないだろうし、その行動を理解してくれない
可能性が大いにある。なにしろあのOT、OTM(オーバー・テクノロジー、オーバー・テクノロジー・オブ・マクロス)を結集したようなギャラクシー船団を
壊滅させた生き物なのだ。その噂は何人か来ているという第25未確認世界の住人から筒抜けだろうし、最悪殺処分、もしくは厳重に封印されてしま
う。アイくんにそれに抵抗するななどとはとても言えない。となるとそれまでに管理局側に壊滅的打撃を与えるであろうことは自明なことだった。
アイくんだけでなく六課のみんななど、失いたくないものは無数にこの世界にもできてしまっていた。
真剣に安全を主張するこちらに根負けしたのか、なのはが頷く。
「・・・・・・わかった。でも念のためバインドは外せないよ」
「それは仕方ないかもしれませんね・・・・・・」
そしてなのはとフェイトの監修の元、ヴァイスに頼んでヘリを寄せてもらう。
「アイくん、私だよ!わかる!?」
渾身の声で呼びかけるが、腰に付けた命綱でお腹を押さえられて声はまともに出ないし、ヘリのローター音で自分の耳にすら届かない。しかし
フォールド波を通して感じたのか、アイくんは唯一動く首をこちらへと動かして応えた。
直後、腸内(バジュラ)ネットワークを通じてアイくんの感情が流入してくる。それは「会えて嬉しい」という類いのものだった。
(よかった・・・・・・いつものアイくんだ)
そんなかつての小動物に愛くるしさが込み上げ、その頭を撫でようと手を置いた。
支援です。
驚くべき事態はその瞬間訪れた。
光る手首。
そこにつけられたブレスレット型のデバイス『アイモ』が勝手に稼働を始めたのだ。
「・・・・・・え?」
血を抜かれるような肌寒さを伴って魔力が強制的に引き抜かれ、自分の魔力光であるエメラルド色の光がアイくんを包み込んでいく。
「ちょ、ちょっと待って!どういうこと!?」
デバイスに問うが、デバイス側は念話によって『I can't answer.(解答不能)』の音声を繰り返すだけだった。
(*)
エメラルド色の眩い光がアイくんを包み、その姿が完全に隠れてしまう。
一同固唾を飲んで見守る中、その光が突然四散した。しかしそこにいるはずのアイくんの姿はなく、金色と桜色のバインドが空中に空しく漂ってい
るだけだった。
(消滅?)
誰もが息を呑んだが、本当は違った。
「・・・・・・ん、あれは─────」
フェイトが何か見つけたのか、超高速移動魔法を起動し急降下。そして「キューッ」と鳴く何か≠、地面に落ちる寸前に抱き止めた。
「・・・・・・あら、あなたがアイくん?」
フェイトの腕の中で丸くなった緑色した生物は、間違いなく、かつての手乗り小動物の姿だった。
以上で投下終了です
ちょっと急いで投稿してしまったので改行位置が変(いつもですが)です。すいません・・・・・・
次回は来月かな?ともかくこれからもよろしくです!
投下乙です。
続き期待しています!
本日、23時より少年陰陽師とのクロス、『リリカル陰陽師StrikerS』第一話を投下します。
現代に転生した昌浩(前世の記憶はない)と機動六課の物語です。
一応、前のシリーズの続きですが、知らなくてもそれほど問題はないかと。
それでは時間になりましたので、投下開始します。
第一話 しつこい誘いをはね返せ。
古代遺物管理部、機動六課本部。
部隊長、八神はやての前に前線部隊の隊員たちが整列する。ザフィーラとシャマル、陸士108部隊から出向しているギンガ・ナカジマもその中に混じっている。
「今日、集まってもらったのは他でもない。私となのは隊長の故郷、海鳴市の近くで、レリックらしき反応と、怪しいエネルギー反応が検出された。これより六課はその調査に向かう」
「ミッドチルダはいいんですか?」
「もちろん。全員では行かへん。シグナムを除いたライトニング分隊とギンガにはここに残ってもらう。フェイト隊長、部隊長代行、頼むで」
「了解」
「レリック捜査の方は他の陸士部隊に任せるということで、よろしくな」
「まさか、八神部隊長も行かれるんですか?」
青い髪をしたボーイッシュな少女、スバル・ナガジマが聞いた。ギンガ・ナカジマの妹だ。
「せや。別件で用事もあるしな」
はやては意味ありげに守護騎士の面々を眺める。
髪をツインテールにした落ち着いた容貌の少女、ティアナ・ランスターは、はやての視線を追った。
シグナムは普段通りに見えるが、どことなく嬉しそうだ。ヴィータは落ち着きがないし、シャマルはそれを楽しげに見つめている。ザフィーラは……狼の表情はさすがに読み取れない。
こんなに浮ついた副隊長たちを見るのは、初めてだ。
その時、ティアナの背筋に寒気が走った。
ティアナの横には、スターズ分隊隊長なのはが立っている。隣のティアナしか気がついていないようだが、かすかな殺気が漏れていた。
(何!? なのは隊長の故郷に一体何があるの?)
「もしかしたら、長期出張になるかもしれへん。各自、そのつもりで準備してくれ」
「ヴィヴィオも連れて行っていいかな?」
なのはが意見した。
最近なのはたちが保護した女の子だ。なのはとフェイトをママと呼んで慕っている。
「せやな。連れてった方が安心やろ。フェイトちゃん、グリフィス君。留守は頼んだで」
「任せて。頑張ろうね。エリオ、キャロ」
「「はい、フェイトさん」」
フェイトが優しく話しかけると、十歳の少年と少女が元気に返事をする。
「出発は明朝。では、解散」
はやての号令を合図に、各自部屋に戻っていく。
自室に戻ったスバルとティアナは、早速準備を始めた。
「他の世界だって。楽しみだね、ティア」
鼻歌を歌いながら、スバルが鞄に着替えを詰めていく。
「あんたはいいわね。気楽で」
一方のティアナは浮かない顔だ。なのはたちの様子から、今度の調査には不安しか感じない。
「そりゃ、任務だから、物見遊山ってわけにはいかないけど。でも、なのは隊長の故郷だよ。楽しみじゃないの?」
「あんた、隊長たちの様子が変なの、気がつかなかった?」
「別に。いつも通りだったでしょ?」
ティアナはため息をついた。鈍いということも平穏に生きる為には、必要な技能なのかもしれない。
第97管理外世界『地球』海鳴市。
「さ、行くでー」
まるで旅行の引率のように、はやてが旗を振りながら故郷の町を案内する。季節は夏。蝉の声がやたらうるさい。
「なのはちゃんは、実家に帰らんでええのか?」
「今夜は実家に泊まらせてもらうけど、それより任務が先だよ」
「固いなあ。今日一日ぐらいゆっくり両親に甘えてきたらええのに。ヴィヴィオ連れてったら、きっと驚くやろな」
「こら、みんなが見てるよ」
和気あいあいと話すはやてとなのはを、スバルとティアナはキョトンと見つめていた。故郷の空気がそうさせるのか。こうしていると、エースオブエースも普通の女の子だ。
「この世界にいる間は無礼講や。スバルとティアナも隊長とか呼ばんでええからな」
「ですが……」
「構へん。構へん」
「わかりました……はやてさん」
口に乗せてから、ティアナは恐ろしく失礼な真似をしている気分になる。
「なのはさんの家に泊まるんじゃないんですか?」
スバルはすでに順応したのか、普通に話しかけている。
「うーん。簡単にいえば、現地の協力者やね。ほら、着いたでー」
「「て、ここですか!?」」
スバルとティアナはその家を見上げて唖然とした。
平屋だが、とにかく敷地面積が半端ではない。小さな道場が付属しており、庭は近くの森とつながっている。下手をしたら、機動六課本部と同じくらいの規模があるかもしれない。
ここなら、活動拠点としては最適だろう。表札には『安倍』と書かれている。
シャマルがスバルたちの隣に来る。
「実はここにどうしてもスカウトしたい人がいるのよ」
「そうなんですか」
「色んな意味でね」
シャマルはくすくすと笑う。それを険悪な目つきでヴィータが睨んでいた。
安倍昌浩。陰陽師の修行をしながら、地元の学校に通う中学二年生だ。学校は夏休みに入っている。
その日、昌浩は自室で寝転がってマンガを読んでいた。
「昌浩。お客さんだぞ」
扉の向こうで祖父、安部晴明の声がする。
「はーい」
昌浩は返事をすると、玄関に向かう。来客の心当たりはない。一体誰だろうか。
「どちらさまで……!」
玄関に立っていた大集団を見かけた瞬間、昌浩は飛び退いて戦闘態勢を取る。
「あちゃー。かなり嫌われとるな」
「彼がどうしてもスカウトしたい人ですか?」
ティアナは困惑していた。
目の前の少年はごく普通の少年だ。長い黒髪を後ろで束ねている。十四歳と聞いているが、平均より身長が低く、エリオたちと同い年と言われても信じただろう。
「はい。安倍昌浩さん。陰陽師と言って、この世界の魔導師で、SSランクの魔力保持者です」
まるで妖精のように小さな上司、リインフォースUがはやてのカバンから頭を出して説明する。
「SS!?」
「ふえー。はやてさんと同じランクの人、初めて見た」
スバルもティアナも呆気に取られるしかない。
「そないに嫌わんと」
はやてが近づくだけ、昌浩は後ろに下がる。
「あれだけしつこくすりゃ、嫌われて当然だ」
階段の上から、子どものような甲高い声が降ってくる。
白い影は軽やかに跳躍し、昌浩の肩に腰かける。
ウサギによく似た動物だった。尻尾が長いのと、首周りに赤い突起が一巡しているのが、特徴だ。
「あれは物の怪のもっくん。守護獣だと思っておいて下さい」
「こら、リイン! もっくん言うな!」
「もっくんも久しぶりやな。元気にしとったか?」
「誰かさんが来なくなったおかげで、随分平穏に過ごせていたんだがな」
もっくんも背中の毛を逆立てて威嚇する。
243 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 23:03:33.94 ID:cah/NBtz
「……随分嫌われてますけど、何かしたんですか?」
ティアナの問いに、リインは困ったように眉間に皺を寄せる。
「六課設立の際に、はやてちゃん、相当しつこく勧誘したんです。おかげで今じゃ、あんな調子で」
「もう、何が不満なんや? 昌浩君と十二神将、全員分の最新型デバイス。隊長の地位まで用意し取ったのに」
「だから、そういうところが嫌なんですよ!」
昌浩が怒鳴る。
最初は普通の隊員としての勧誘だった。時空管理局理局の仕事に興味はあったのだが、まずは陰陽師として一人前になってからと思い、昌浩は丁重にお断りした。しかし、昌浩が断るたび、まるで通販番組のおまけよろしく段々待遇が向上していったのだ。
昌浩は自分が半人前だと重々承知している。それなのに特別扱いされるのが、どうしても嫌だったのだ。
もし、はやてがあくまで一般隊員として昌浩を勧誘し続けていたら、折れていたかもしれない。
「六合、久しぶりだな。また貴殿と手合わせできるとは、光栄の極みだ」
シグナムが誰もいない空間に向かって話しかける。すると、まるで空間から溶け出すように長身の男性が現れた。夜色の外套をつけ、顔に黒い痣のような模様がある。
「彼は六合さん。彼らは隠形と言って、自分の姿を透明化できるから、ビックリしないで下さいね」
「彼ら? ということは、他にもいるんですか?」
「はい。昌浩君は十二神将……ようするに守護騎士を十二人連れているんです。厳密には、彼のお爺さんのものなんですけどね」
「「十二!?」」
夜天の書の主、八神はやての守護騎士でさえ、五人だ。単純な比較をすれば、倍以上の戦力だ。
「そりゃ、はやてさんが欲しがるわけだ」
スバルはもう開いた口がふさがらなかった。この家に来てから、まだ十分と経たないのに、まるでビックリハウスに長時間いたような気分だった。
「昌浩君、久しぶり」
「あ、なのはさん、お久しぶりです」
「こっちは私の部下のスバルとティアナ」
三人がそれぞれ挨拶する。
「それから……」
「なのはママ?」
緑と赤の瞳をした五歳くらいの少女、ヴィヴィオがなのはの後ろに隠れる。人見知りしているらしい。
「あ、もしかして、娘さんですか? ユーノさんとご結婚されたんですね。おめでとうございます」
昌浩が満面の笑みで祝福する。
「そう言えば、ユーノさんと声そっくりですもんね」
「……昌浩君、違うからね?」
なのはが微妙に引きつった顔で訂正する。
「おい、昌浩よ。なのはの娘だとすると、なのはは十五くらいでこの子を産んだことになるぞ。それはいくらなんでもまずい」
「あ、そうか」
もっくんの指摘に、昌浩はしまったという顔をする。
「ヴィヴィオは私とフェイトちゃんが預かってる子なの。実の子じゃないから」
やがて廊下の奥から、和服を着た白髪の老人が現れた。顔は皺だらけだが、背筋は伸び、老いを感じさせない。
安倍晴明。稀代の陰陽師にして、表向きは警備会社の取締役。その実態は政治の中枢にすら食い込む実力者だ。
「こりゃ、昌浩や。お客さんを早く客間に通さんか」
「でも、じい様」
「無礼な孫で申し訳ない。ほれ、早くせんか」
昌浩は渋々はやてたちを客間に案内する。
昌浩を背後から、鋭い視線で睨みつける者がいることに、昌浩は気がつかなかった。
宴会ができそうなほど広い畳敷きの部屋だった。そこに全員で腰かける。
ヴィヴィオは隣の部屋で子供の姿をした十二神将、玄武と太陰に遊んでもらっている。
244 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 23:04:04.38 ID:cah/NBtz
一通りの自己紹介を済ませ、上座に座った晴明が口を開いた。
「さて、ご用件はすでに窺っております。調査の間、我が家はご自由にお使い下さい。我が孫、昌浩も協力を惜しみませんぞ」
「じい様。俺、何も聞いてませんよ?」
「当然じゃ。行ったら、お前、逃げるじゃろうが」
図星を刺されて昌浩は黙り込んだ。
「仲良くしような、昌浩君」
「よろしくな、昌浩」
はやては朗らかに、ヴィータがぎこちなく挨拶する。
「それじゃ、はやてちゃん。今日のところは役割分担だね」
「せやけど、なのはちゃん、それは私と晴明さんでやっとくから、皆はゆっくりしててええよ」
なのはは、しばし逡巡したが、はやての好意に甘えることにした。
「それじゃあ、青龍さん、いるんでしょ?」
なのはの呼び掛けに、青い髪をした長身の青年が現れる。十二神将、青龍だ。青龍は腰巻と、肩に布をたすき掛けにしているだけという格好だ。
できれば、もう少しちゃんと服を着て欲しいとスバルは思った。
「久しぶりだね、青龍さん」
なのはが軽やかな足取りで青龍に近づいていく。
「あの時の小娘か」
青龍がぎろりと睨みつける。
「やだな。私、十九歳だよ。もう、おと……」
「なのはちゃん! それ以上は駄目!」
シャマルが必死に止める。タイトルに『少女』がついているのだから、大人発言はNGだ。
なのはは軽く咳ばらいして言い直した。
「とにかく、もうあの頃の私じゃないよ。証明してあげよっか?」
なのはが笑顔で青龍を見上げる。親戚のお兄さんに久しぶりに会ったような、微笑ましい光景に見えないこともない。
「ねえ、ティア。なんか寒くない?」
「私の後ろに隠れないでよ!!」
しかし、なのはと青龍の全身から発散される殺気が、体感気温を著しく下げていた。かつて、なのはに叩きのめされた経験のあるティアナの膝が、勝手にがくがくと震え始める。
「下らん。我らは人を傷つけてはいけない掟がある。戦いなどできるものか」
「大丈夫。あの時だって、青龍さん、私に傷一つつけられなかったでしょ?」
「貴様」
「それとも……負けるのが怖い?」
青龍の眼光となのはの笑顔が、正面からぶつかる。二人の殺気が一段と強まる。
過去になのはは青龍と戦い、苦汁をなめさせられたことがある。いつか雪辱を晴らす機会を狙っていたのだ。
その時、スバルの耳が、ある会話を拾った。
「久しぶりだね、ヴィータちゃん。そう言えば、新しいゲーム買ったんだけど、一緒にやらない?」
昌浩がヴィータを遊びに誘っているところだった。
「ま、昌浩君。私たちも一緒にいいかな?」
その場から逃げたい一心で、スバルは上ずった声で提案した。
昌浩はもっくんを肩に乗せたまま、自分の部屋にスバル、ティアナ、ヴィータを案内する。
「ここが俺の部屋だけど」
扉を開けると、そこは板間の部屋だった。
勉強机と、テレビとゲーム機。壁一面は本によって埋め尽くされていた。漫画はごく一部で、古くて難しそうな本ばかりだ。
「昌浩君、これ全部読んだの?」
「うん。でも、俺、じい様を超える最高の陰陽師になりたいから、まだまだ勉強しないと」
「あはは。私、陰陽師には、なれそうにないな」
「あんた、こういうの苦手だもんね」
顔を引きつらせるスバルに、ティアナが嫌みを言う。
「何よ。ティアならできるの?」
「そりゃ、あんたとは違うもの」
ティアナは自信満々に書棚の一冊を手に取る。本のページに目を走らせ、ティアナは顔を引きつらせた。
それは梵字で書かれていたのだ。ティアナは本を棚に戻した。
「昌浩君。日本語の本はないの?」
「それなら、こっちです」
昌浩が一冊の本を手渡す。
「……これ、漢字しか書いてないんだけど?」
「でも、日本語ですよ?」
「やっぱり、また今度にさせてもらうわ」
ティアナが本を棚に戻すと、肩にスバルが手を置いた。
「仲間」
「あんたと一緒にしないでー!」
「こら、二人とも、あんまり騒ぐな」
ヴィータがスバルたちをたしなめる。
「気にしないで。この家、防音はしっかりしてるから。それより、ヴィータちゃんが好きだったゲーム、新作出たんだよ」
昌浩がにこにことゲームソフトを見せる。
「お、おう」
昔からの付き合いなので、昌浩はヴィータを妹のように扱う。
「今、ヴィータ『ちゃん』って言ったよね?」
「うん。言った」
ひそひそとスバルたちが耳打ちする。厳しい副隊長が少年に子供扱いされる姿に、二人は目を丸くしていた。
(頼むから、少しは察してくれ)
部下二人の前で子供扱いされ、ヴィータは生きた心地がしない。このままでは、今後の仕事に差し障る。
「ほら、お菓子もあるよ」
「あ、ありがとう」
「あのヴィータ副隊長はどういう経緯で、昌浩君と知り合ったんですか?」
さすがに見ていられなくなり、ティアナが助け船を出した。
「あれは俺が小学生の頃だったかな」
昌浩はヴィータたちとの馴れ初めを話した。
まだ幼かった昌浩は、祖父の命令で妖怪退治に出かけた。その時、同じ妖怪を追っていたはやてたちに、ばったり出くわしたのだ。
それ以来、はやてがミッドチルダに行くまでの短い間だが、親しく付き合っていたのだ。なのはやフェイトとも面識がある。
シグナムだけは、それより前によく稽古に来ていたので知っていたのだが。
「でも、もっくんも人が悪いな。前から知り合いなら、教えてくれればよかったのに」
「いろいろ事情があるんだよ」
まさか千年以上前にタイムスリップした守護騎士たちと、昌浩の先祖が共闘したことがあるとは、口が裂けても言えない。
昌浩は祖父の知り合いなんだろうと勝手に解釈していた。
「おい、昌浩」
部屋に二人の人間が突然現れる。
ティアナと同じかやや年上の男女。赤い髪に白い鉢巻をした男と、まるで天女のような容貌の金髪の女だ。前者は十二神将、朱雀。後者は十二神将、天一だ。
「なのはとヴィヴィオが実家に戻るそうだ」
「分かった。すぐ行く」
昌浩たちは車庫に向かった。
車庫から出てきたのは黒塗りのベンツだった。後部座席になのはとヴィヴィオ、運転席には二十歳くらいの女性の十二神将、勾陣が座っている。
どうやら青龍との血みどろの一戦は避けられたらしい。
「それじゃあ、明日の朝、合流するから」
「別に急がんでええのに。まだほとんどすること無いんやから」
なのはと、はやてがドア越しに会話する。
「さすがお金持ち」
「こら、みっともないわよ」
スバルが好奇心丸出しで、ベンツの周りをうろうろする。
「フェイト隊長がいたら、きっと運転したがっただろうな」