アニメキャラ・バトルロワイアル2nd 作品投下スレ21
参加者リスト・(作中での基本支給品の『名簿』には作品別でなく50音順に記載されています) 1/7【魔法少女リリカルなのはStrikerS】 ●スバル・ナカジマ/●ティアナ・ランスター/●エリオ・モンディアル/●キャロ・ル・ルシエ/●八神はやて/○シャマル/●クアットロ 0/6【BACCANO バッカーノ!】 ●アイザック・ディアン/●ミリア・ハーヴァント/●ジャグジー・スプロット/●ラッド・ルッソ/●チェスワフ・メイエル/●クレア・スタンフィールド 1/6【Fate/stay night】 ●衛宮士郎/●イリヤスフィール・フォン・アインツベルン/●ランサー/●間桐慎二/○ギルガメッシュ/●言峰綺礼 1/6【コードギアス 反逆のルルーシュ】 ○ルルーシュ・ランペルージ/●枢木スザク/●カレン・シュタットフェルト/●ジェレミア・ゴットバルト/●ロイド・アスプルンド/●マオ 1/6【鋼の錬金術師】 ●エドワード・エルリック/●アルフォンス・エルリック/●ロイ・マスタング/●リザ・ホークアイ/○スカー(傷の男)/●マース・ヒューズ 2/5【天元突破グレンラガン】 ●シモン/○カミナ/●ヨーコ/●ニア/○ヴィラル 1/4【カウボーイビバップ】 ○スパイク・スピーゲル/●ジェット・ブラック/●エドワード・ウォン・ハウ・ペペル・チブルスキー4世/●ビシャス 1/4【らき☆すた】 ●泉こなた/●柊かがみ/●柊つかさ/○小早川ゆたか 2/4【機動武闘伝Gガンダム】 ○ドモン・カッシュ/○東方不敗/●シュバルツ・ブルーダー/●アレンビー・ビアズリー 0/4【金田一少年の事件簿】 ●金田一一/●剣持勇/●明智健悟/●高遠遙一 1/4【金色のガッシュベル!!】 ○ガッシュ・ベル/●高嶺清麿/●パルコ・フォルゴレ/●ビクトリーム 0/4【天空の城ラピュタ】 ●パズー/●リュシータ・トエル・ウル・ラピュタ/●ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ/●ドーラ 1/4【舞-HiME】 ○鴇羽舞衣/●玖我なつき/●藤乃静留/●結城奈緒 1/3【R.O.D(シリーズ)】 ●アニタ・キング/●読子・リードマン/○菫川ねねね 0/3【サイボーグクロちゃん】 ●クロ/●ミー/●マタタビ 0/3【さよなら絶望先生】 ●糸色望/●風浦可符香/●木津千里 0/3【ジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日-】 ●神行太保・戴宗/●衝撃のアルベルト/●素晴らしきヒィッツカラルド 1/2【トライガン】 ●ヴァッシュ・ザ・スタンピード/○ニコラス・D・ウルフウッド 0/2【宇宙の騎士テッカマンブレード】 ●Dボゥイ/●相羽シンヤ 1/2【王ドロボウJING】 ○ジン/●キール 【残り15名】
≪生存者名簿≫ 【魔法少女リリカルなのはStrikerS】 ○シャマル 【Fate/stay night】 ○ギルガメッシュ 【コードギアス 反逆のルルーシュ】 ○ルルーシュ・ランペルージ 【鋼の錬金術師】 ○スカー(傷の男) 【天元突破グレンラガン】 ○カミナ/○ヴィラル 【カウボーイビバップ】 ○スパイク・スピーゲル 【らき☆すた】 ○小早川ゆたか 【機動武闘伝Gガンダム】 ○ドモン・カッシュ/○東方不敗 【金色のガッシュベル!!】 ○ガッシュ・ベル 【舞-HiME】 ○鴇羽舞衣 【R.O.D(シリーズ)】 ○菫川ねねね 【トライガン】 ○ニコラス・D・ウルフウッド 【王ドロボウJING】 ○ジン
【基本ルール】
全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が優勝者となる。
優勝者のみ元の世界に帰ることができる。
また、優勝の特典として「巨万の富」「不老不死」「死者の蘇生」などのありとあらゆる願いを叶えられるという話だが……?
ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない。
ゲーム開始時、プレイヤーはスタート地点からテレポートさせられMAP上にバラバラに配置される。
プレイヤー全員が死亡した場合、ゲームオーバー(勝者なし)となる。
【スタート時の持ち物】
プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収。
ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。
また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される。
ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を支給され、「デイパック」にまとめられている。
「地図」「コンパス」「筆記用具」「水と食料」「名簿」「時計」「ランタン」「ランダムアイテム」
「デイパック」→他の荷物を運ぶための小さいリュック。主催者の手によってか何らかの細工が施されており、明らかに容量オーバーな物でも入るようになっている。四●元ディパック。
「地図」 → MAPと、禁止エリアを判別するための境界線と座標が記されている。【舞台】に挙げられているのと同じ物。
「コンパス」 → 安っぽい普通のコンパス。東西南北がわかる。
「筆記用具」 → 普通の鉛筆と紙。
「水と食料」 → 通常の成人男性で二日分。肝心の食料の内容は…書き手さんによってのお楽しみ。SS間で多少のブレが出ても構わないかと。
「名簿」→全ての参加キャラの名前のみが羅列されている。ちなみにアイウエオ順で掲載。
「時計」 → 普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
「ランタン」 → 暗闇を照らすことができる。
「ランダムアイテム」 → 何かのアイテムが1〜3個入っている。内容はランダム。
【禁止エリアについて】
放送から1時間後、3時間後、5時間に1エリアずつ禁止エリアとなる。
禁止エリアはゲーム終了まで解除されない。
【放送について】
0:00、6:00、12:00、18:00
以上の時間に運営者が禁止エリアと死亡者、残り人数の発表を行う。
基本的にはスピーカーからの音声で伝達を行う。
【舞台】
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6c/f3/304c83c193c5ec4e35ed8990495f817f.jpg 【作中での時間表記】(0時スタート)
深夜:0〜2
黎明:2〜4
早朝:4〜6
朝:6〜8
午前:8〜10
昼:10〜12
日中:12〜14
午後:14〜16
夕方:16〜18
夜:18〜20
夜中:20〜22
真夜中:22〜24
【書き手の注意点】
・トリップ必須。荒らしや騙り等により起こる混乱等を防ぐため、捨て鳥で良いので付け、
>>1 の予約スレにトリップ付きで書き込んだ後投下をお願いします
・無理して体を壊さない。
・残酷表現及び性的描写に関しては原則的に作者の裁量に委ねる。
但し後者については行為中の詳細な描写は禁止とする。
・完結に向けて決してあきらめない
書き手の心得その1(心構え)
・この物語はリレー小説です。 みんなでひとつの物語をつくっている、ということを意識しましょう。一人で先走らないように。
・知らないキャラを書くときは、綿密な下調べをしてください。
二次創作で口調や言動に違和感を感じるのは致命的です。
・みんなの迷惑にならないように、連投規制にひっかかりそうであればしたらばの仮投下スレにうpしてください。
・自信がなかったら先に仮投下スレにうpしてもかまいません。 爆弾でも本スレにうpされた時より楽です。
・本スレにUPされてない仮投下スレや没スレの作品は、続きを書かないようにしてください。
・本スレにUPされた作品は、原則的に修正は禁止です。うpする前に推敲してください。
ただしちょっとした誤字などはwikiに収録されてからの修正が認められています。
その際はかならずしたらばの修正報告スレに修正点を書き込みましょう。
・巧い文章はではなく、キャラへの愛情と物語への情熱をもって、自分のもてる力すべてをふり絞って書け!
・叩かれても泣かない。
・来るのが辛いだろうけど、ものいいがついたらできる限り顔を出す事。
作品を撤回するときは自分でトリップをつけて本スレに書き込み、作品をNGにしましょう。
書き手の心得その2(実際に書いてみる)
・…を使うのが基本です。・・・や...はお勧めしません。また、リズムを崩すので多用は禁物。
・適切なところに句読点をうちましょう。特に文末は油断しているとつけわすれが多いです。
ただし、かぎかっこ「 」の文末にはつけなくてよいようです。
・適切なところで改行をしましょう。
改行のしすぎは文のリズムを崩しますが、ないと読みづらかったり、煩雑な印象を与えます。
・かぎかっこ「 」などの間は、二行目、三行目など、冒頭にスペースをあけてください。
・人物背景はできるだけ把握しておく事。
・過去ログ、マップはできるだけよんでおくこと。
特に自分の書くキャラの位置、周辺の情報は絶対にチェックしてください。
・一人称と三人称は区別してください。
・ご都合主義にならないよう配慮してください。露骨にやられると萎えます。
・「なぜ、どうしてこうなったのか」をはっきりとさせましょう。
・状況はきちんと描写することが大切です。また、会話の連続は控えたほうが吉。
ひとつの基準として、内容の多い会話は3つ以上連続させないなど。
・フラグは大事にする事。キャラの持ち味を殺さないように。ベタすぎる展開は避けてください。
・ライトノベルのような萌え要素などは両刃の剣。
・位置は誰にでもわかるよう、明確に書きましょう。
書き手の心得3(一歩踏み込んでみる)
・経過時間はできるだけ『多め』に見ておきましょう。
自分では駆け足すれば間に合うと思っても、他の人が納得してくれるとは限りません。
また、ギリギリ進行が何度も続くと、辻褄合わせが大変になってしまいます。
・キャラクターの回復スピードを早めすぎないようにしましょう。
・戦闘以外で、出番が多いキャラを何度も動かすのは、できるだけ控えましょう。
あまり同じキャラばかり動き続けていると、読み手もお腹いっぱいな気分になってきます。
それに出番の少ないキャラ達が、あなたの愛の手を待っています。
・キャラの現在地や時間軸、凍結中のパートなど、雑談スレには色々な情報があります。
本スレだけでなく雑談スレにも目を通してね。
・『展開のための展開』はNG
キャラクターはチェスの駒ではありません、各々の思考や移動経路などをしっかりと考えてあげてください。
・書きあがったら、投下前に一度しっかり見直してみましょう。
誤字脱字をぐっと減らせるし、話の問題点や矛盾点を見つけることができます。
一時間以上(理想は半日以上)間を空けてから見返すと一層効果的。
紙に印刷するなど、媒体を変えるのも有効。
携帯からPCに変えるだけでも違います。
【読み手の心得】 ・好きなキャラがピンチになっても騒がない、愚痴らない。 ・好きなキャラが死んでも泣かない、絡まない。 ・荒らしは透明あぼーん推奨。 ・批判意見に対する過度な擁護は、事態を泥沼化させる元です。 同じ意見に基づいた擁護レスを見つけたら、書き込むのを止めましょう。 ・擁護レスに対する噛み付きは、事態を泥沼化させる元です。 修正要望を満たしていない場合、自分の意見を押し通そうとするのは止めましょう。 ・嫌な気分になったら、「ベリーメロン〜私の心を掴んだ良いメロン〜」を見るなどして気を紛らわせましょう。「ブルァァァァ!!ブルァァァァ!!ベリーメロン!!」(ベリーメロン!!) ・「空気嫁」は、言っている本人が一番空気を読めていない諸刃の剣。玄人でもお勧めしません。 ・「フラグ潰し」はNGワード。2chのリレー小説に完璧なクオリティなんてものは存在しません。 やり場のない気持ちや怒りをぶつける前に、TVを付けてラジオ体操でもしてみましょう。 冷たい牛乳を飲んでカルシウムを摂取したり、一旦眠ったりするのも効果的です。 ・感想は書き手の心の糧です。指摘は書き手の腕の研ぎ石です。 丁寧な感想や鋭い指摘は、書き手のモチベーションを上げ、引いては作品の質の向上に繋がります。 ・ロワスレの繁栄や良作を望むなら、書き手のモチベーションを下げるような行動は極力慎みましょう。 【議論の時の心得】 ・このスレでは基本的に作品投下のみを行ってください。 作品についての感想、雑談、議論は基本的にしたらばへ。 ・作品の指摘をする場合は相手を煽らないで冷静に気になったところを述べましょう。 ・ただし、キャラが被ったりした場合のフォロー&指摘はしてやって下さい。 ・議論が紛糾すると、新作や感想があっても投下しづらくなってしまいます。 意見が纏まらずに議論が長引くようならば、したらばにスレを立ててそちらで話し合って下さい。 ・『問題意識の暴走の先にあるものは、自分と相容れない意見を「悪」と決め付け、 強制的に排除しようとする「狂気」です。気をつけましょう』 ・これはリレー小説です、一人で話を進める事だけは止めましょう。 【禁止事項】 ・一度死亡が確定したキャラの復活 ・大勢の参加者の動きを制限し過ぎる行動を取らせる 程度によっては議論スレで審議の対象。 ・時間軸を遡った話の投下 例えば話と話の間にキャラの位置等の状態が突然変わっている。 この矛盾を解決する為に、他人に辻褄合わせとして空白時間の描写を依頼するのは禁止。 こうした時間軸等の矛盾が発生しないよう初めから注意する。 ・話の丸投げ 後から修正する事を念頭に置き、はじめから適当な話の骨子だけを投下する事等。 特別な事情があった場合を除き、悪質な場合は審議の後破棄。
【NGについて】
・修正(NG)要望は、名前欄か一行目にはっきりとその旨を記述してください。
・NG協議・議論は全てしたらばで行う。2chスレでは基本的に議論行わないでください。
・協議となった場面は協議が終わるまで凍結とする。凍結中はその場面を進行させることはできない。
・どんなに長引いても48時間以内に結論を出す。
『投稿した話を取り消す場合は、派生する話が発生する前に』
NG協議の対象となる基準
1.ストーリーの体をなしていない文章。(あまりにも酷い駄文等)
2.原作設定からみて明らかに有り得ない展開で、それがストーリーに大きく影響を与えてしまっている場合。
3.前のストーリーとの間で重大な矛盾が生じてしまっている場合(死んだキャラが普通に登場している等)
4.イベントルールに違反してしまっている場合。
5.荒し目的の投稿。
6.時間の進み方が異常。
7.雑談スレで決められた事柄に違反している(凍結中パートを勝手に動かす等)
8.その他、イベントのバランスを崩してしまう可能性のある内容。
上記の基準を満たしていない訴えは門前払いとします。
例.「このキャラがここで死ぬのは理不尽だ」「この後の展開を俺なりに考えていたのに」など
ストーリーに関係ない細かい部分の揚げ足取りも×
・批判も意見の一つです。臆せずに言いましょう。
ただし、上記の修正要望要件を満たしていない場合は
修正してほしいと主張しても、実際に修正される可能性は0だと思って下さい。
・書き手が批判意見を元に、自主的に修正する事は自由です。
【予約に関してのルール】(基本的にアニロワ1stと同様です)
・したらばの予約スレにてトリップ付で予約を行う
・初トリップでの作品の投下の場合は予約必須
・予約期間は基本的に三日。ですが、フラグ管理等が複雑化してくる中盤以降は五日程度に延びる予定です。
・予約時間延長を申請する場合はその旨を雑談スレで報告
・申請する権利を持つのは「過去に3作以上の作品が”採用された”」書き手
【主催者や能力制限、支給禁止アイテムなどについて】
まとめwikiを参照のこと
http://www40.atwiki.jp/animerowa-2nd/pages/1.html
◇ 「……ふん」 廃ビルに突き刺さったビャコウの十字槍に絶妙な手応えを感じ、チミルフは小さく嗤った。 「ニンゲン共よ……ヒトと獣人の力の差。そして、ガンメンと無力なヒトの差を思い知ったか?」 スパイク達が控えていた廃ビルを破壊したのは怒涛≠フ二つ名を持つ烈将であるチミルフだった。 ヴィラルとシャマルの駆るグレンラガンの即時撤退勧告――を断られた彼は、己の方針を変更することを決意したのである。 つまり、ニンゲン狩りの再来である。 ヴィラル達も同様にこの舞台のニンゲンを殲滅することを目的として動いている。 アルティメットガンダムという強大な敵と拳を交えるグレンラガンを援護するべきかとも考えたが、こちらは却下した。 なぜなら、一対一の戦いにヴィラルが拘る理由がチミルフには痛いほど理解出来たからだ。 そして同時に、真っ向勝負の最中に撤退することを命じた自身に多少の恥じらいを覚えた。 彼は自分の部下だったかもしれない男に向けて「敵へと背を向ける」よう命令したのだ。 高い戦力を保持するアルティメットガンダムはチミルフ達の逃亡を認めはしないだろう。 が、天元突破を果たしたグレンラガンが真の力を発揮すれば、あのような木偶の坊に敗北するとは考え難い。 ならばこちらはヴィラルに任せ、戦いに横槍を入れる可能性のある他のニンゲンを殲滅するのが適当ではないか。 そう、チミルフは考えたのだった。 そして、結果は上々。 複数のニンゲンの反応を受信した廃ビルへビャコウで一撃を見舞った。 眼下は粉塵によって現在の状態が確認出来ないが、少なくとも数人は葬れた可能性が高い。 後は逃げ果せた者を殲滅すればいい。 「む――?」 チミルフの片眉がピクリと動作した。 瓦礫の山と化したはずの廃ビルの深部から巨大な熱源反応をビャコウのセンサーが感じ取ったのである。 崩れた建物から火災が発生するのは当たり前の状態だ。 チミルフも最初はそれを見逃す所だった。しかし、 「な……に……? これはっ……!」 油断か、慢心か。もしくはそのどちらとも違う理由か。 もはや、それは単純な爆発や火事などが示す熱量では言い表せないレベルまで増加していた。 明らかな事態だ。 通常では考えられない異変――いや、参加者の中に一人だけ強大な炎≠操る能力者がいたという事実をチミルフは思い出した。 まるで太陽だった。 煌々と輝く炎の塊がすぐ側に控えているかのような膨大な熱が爆発する。 「くっ――!?」
操縦桿を握り締め、すぐさま十字槍を廃ビルから引き抜く。 そして後方への急速な退避運動――ビャコウを戦域から離脱させるのにチミルフは一瞬遅れを取ってしまった。 『自身の上方』に覆い被さっていたであろうコンクリート片を一瞬で融解させながら、 強烈なビーム状の熱波が廃ビルの跡地からビャコウに向けて発射されたのだ。 「グウゥッ――!!」 咄嗟に機体を仰け反らせていなければ確実に『もっていかれて』いただろう。 紅蓮の輝きに満ちた帯状の炎がビャコウの右肩の鎧部分を一瞬で灰塵へと変えた。 密度の高い圧倒的過ぎる火炎だ。 おそらく、温度は軽く数千度――カスタムガンメンの強化装甲といえど直撃を受ければひとたまりもない。 「……なるほど、相手にとって不足はない……ッ!」 チミルフはコンソールを操作し、外部カメラを瓦礫から不死鳥のように現れた「炎の龍」へと合わせた。 同時に、テッペリンで頭に叩き込んで来た参加者に関する情報を自身の頭の中から引き出す。 現れたのは森羅万象を司る烈火の化身。 燃えさかる炎の翼は、蝶の鱗片のように火の粉を撒き散らしながら空を翔ける。 白亜の外皮はゴツゴツとした隆起を示し、色鮮やかな巨大な宝石のような部分さえ散見出来る。 金色の輝きを放つカギ爪は武力の象徴として闇夜の中でも煌々と瞬き、 頭部に突き刺さった剣――クサナギ――は紅の柄と月色の刀身でもって、荒ぶる王の口蓋を縦に貫いている。 古事記では火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)≠ニして崇められる神の名を冠す巨大獣。 最強の力を持つ劫火のチャイルド、その名は――カグツチ。 そして、龍の頭部には二人の少女の姿が。 太陽と桜花。 鮮やかな彼女達の色彩はチミルフの脳裏にパッとそんなイメージの花を咲かせた。 龍の頭の上で腕を組む少女が黄昏色のセミロングヘアーを風に棚引かせつつ、口元に不適な笑みを浮かべた。 二本の足は硬角質の皮膚を踏み締め、首元に巻き付けた赤いマフラーが生き物のように空を舞う。 そして、彼女の首には桃色の髪の少女が頬を赤らめ抱き付いていた。 猛き皇龍の王を使役する龍の巫女。 小さな身体に大いなる可能性を秘めた運命の少女。 「鴇羽……舞衣ッ……小早川ゆたか……!」 己の前に立ちはだかる相手の名を噛み締めるようにチミルフは呟いた。
17 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/02/20(金) 22:29:29 ID:u7jELEwu
(good luck follows! ha ha) あばよ、ダチ公
◇ 「……あ、危なかった」 「き、ききき……危機一髪でしたね……」 現れたカグツチを前に戦意を滾らせているチミルフとは対照的に、舞衣とゆたか は何とか一命を取り留めた事実に安堵していた。 もう、完全にダメなんじゃないか……あの時、ゆたかは思ったのだ。 だが、舞衣のカグツチとエレメントのバリア能力で瓦礫の雪崩をモロに浴びるこ とだけは回避出来た。 召喚すればビルが倒壊してしまうことは分かっていたため、土壇場まで実行には 移せなかったそうだが……。 まさに九死に一生を拾うシチュエーションと言える。 先を走っていたスパイク達は上手く脱出出来ているだろうか。 瓦礫の山に押し潰されて死ぬ、という事柄に彼女はトラウマがあった。 大怪球フォーグラー、そして――明智健悟の最期。 ゆたか自身の暴走が引き金となって起こった大惨事も似た状況だった。 「……ゆたか」 「え?」 「皆のことを心配する気持ちは私もよく分かるわ。 でも、今は……目の前のアイツ。あのロボットを何とかしなくちゃ」 ゆたかを両手で抱き抱えた――俗に言うお姫様だっこ≠ニいう奴だ――舞衣が 強い口調で言った。 舞衣はバリアジャケットを展開しているため、全身の力が上昇している。 元々百三十八センチメートルしか身長のないゆたかをだっこするのは十分に可能 だった。 豊満でいて柔らかく、そして暖かい舞衣の胸に抱かれてゆたかはちょっと幸せだ った。 「分かって、います」 「……うん、ゴメンね。私、酷いこと言ってるよね。 心配するな……それが、本当に残酷な台詞なのは……分かってる」 舞衣がしゅんとした表情になって顔を伏せた。 ゆたかはその悲痛な面持ちの原因が彼女自身にあることに気付いていた。 舞衣は必死に自分を庇おうとしてくれているのだ。 戦う力を持たない何の変哲もない少女が、この空気で心を見失ってしまわないよ うに。 拭き荒む暴≠フ雰囲気に飲み込まれてしまわないように。 きっと、舞衣は『自分がしっかりしないといけない』と思っているのだ。 だからこそ、 「そんなことありませんっ! 舞衣ちゃんの言ってることは何も間違っていませ ん!」 「……ゆ、ゆたか?」 ゆたかは今ここで自分の意思を舞衣に伝えなければならないと思った。 そして、それ以上に――不安げな瞳でゆたかを見つめる同い年の少女≠励ま したいと思った。
どうすればいいだろう。 どうすればこの人を元気付けてあげられるだろう。 ゆたかは一生懸命考えた。 必死に必死に、考えた。 明智や清麿のような明晰な頭脳をゆたかは持っていない。 ねねねのような強い心も持っていないし、Dボゥイのように誰かを命を賭けて守 る力もない。 奈緒のように奔放な生き方も出来ないし、かがみのように最期に自分で自分の幕 を引く度胸もない。 ギルガメッシュのように王道を突き進む意志も自我もないし、舞衣のように相手 を包み込む包容力もない。 スパイクのように場を纏める力もないし、ジンのように機転が利く訳でもない。 スカーのように背中で全てを語るカッコよさもなければ、ガッシュのように最後 まで諦めない強い心の力がある訳でもない。 じゃあ、わたしにはいったい何が出来るの? 「…………わたしがっ、」 そして――ついに答えは、出た。 「舞衣ちゃんの支え≠ノなりますっ!!」 「なっ……!」 「舞衣ちゃんが負けそうになったら頑張って応援します! 諦めそうになったら 立ち直らせます! 落ち込んだらわたしも一緒にその辛さを共有します! それでも元気になれないんなら……ね、ねねね先生みたいにちょっと荒っぽい 方法を使ってでも立ち上がらせて見せます! なぜならばっ!」 全ての始まりは、いつだったのだろう。 ゆたかが自分自身を責めて、無力感に苛まれ始めたきっかけは何? それは、きっとこの言葉だ。 大怪球フォーグラーが目覚める少し前、刑務所でねねねに言われた一言―― 『いつまでも出来ないままでいちゃいけないんだ。 あんたも、私もね。こんな私たちにだって、出来ることはある。 今までの自分を振り返ってみな。自分の出来ること、必ずあるはずだ』 あの時のゆたかは、この台詞に押し潰されてしまった。 ぶつけられる真摯な想いを受け取れなかったのだ。 「ねねね先生は凄い人だからそんなことが言えるんだ」って斜に構えてまともに 噛み砕くことが出来なかったのだ。 でも、ようやく分かった。 気負う必要がないことも、周りの人と自分を比べて落ち込む必要がないことも全 部理解出来たのだ。
……明智さん。 『何故こんなことをしたのか』と尋ねた明智の顔がふとゆたかの頭を過ぎった。 暴走した自暴自棄と破滅願望は、殺戮にいたる病となって大好きな人を殺めてしまった。 ゆたかの小さな掌に殺し≠フ感触は染み付いてはいないけれど、 醜悪な澱として心の底辺から「小早川ゆたか」という存在を獄の世界へと引き摺り込もうと手招きをしていた。 ……ごめんなさい、明智さん。でも、本当に……ありがとうございました。 心の中で呟くだけで、少しだけ楽になれるような気がした。 犯してしまった罪を清算することは出来なくても、相手の意思を背負って罪を償って行くことは出来ると思うのだ。 言い逃れをするつもりも、逃げ隠れするつもりもない。 「明智は心の中に生きている」なんて綺麗事を言うつもりもない。 でも、今だけはゆたかの背中をトンと軽く押して欲しかった。 励まして欲しかった。眼を瞑るな、逃げるんじゃないって叱って欲しかった。 今、こうして……少しだけ頼ってしまうけれど……。 完全にちっぽけな自分を捨て去ることなんて出来ないけれど……。 それでも、この想いを言葉にするゆたかを見守って貰いたかった。 大きく、息を吸い込む。 そして、心の底からの叫びをゆたかは肺の奥から吐き出した。 「わたしはっ、舞衣ちゃんが好きだからですっ!! 大好きだからですっ!!」 カーッと舞衣の頬にイチゴのような赤色が差した。 もちろん、ゆたか自身の顔だって真っ赤に染まっているはずだ。 身体の温度が在り得ないくらい上昇しているのが手に取るように分かる。 「は、はぃいい!? え、え、え!?」 舞衣は飛び上がりそうなくらい大声を出して、困惑の表情を浮かべた。 …………覚悟はしていたけれど、やっぱり恥かしかった。 そりゃあ、そうだろう。 こんなことを堂々と言ってのけるなんて、あのロボットに乗っている恥ずかしい 人達みたいだ。 ……違う。別に少しくらい恥ずかしくたっていいんだ! 今大事なことは舞衣ちゃんにわたしの、小早川ゆたかの決意を伝えることなんだからっ! 「何度でも言いますっ! 舞衣ちゃん、わたしは舞衣ちゃんが大好き!」 一度言ってしまえば、スルリと次の言葉は生まれ出でて来る。
ずっとずっとゆたかは「何かしなければいけない」という強迫観念に捉われていた。 確かにそれは一つの真実なのだと思う。 だって、何もせずに置物でいるのは辛いことなのだ。切なくて、哀しくて、無力で……。 でも――だけど同時に「何もしない」ことが正解になる場合もある。 側にいるだけで、隣で笑っていることこそが、何よりも相手のためになる場合だってある。 そして、きっとそれが明智がゆたかに求めた「役割(ロール)」だったんじゃないか、 そんな風に今となっては思えるのだ。 たくさんの出会いを経て、 たくさんの想いを受け取って、 たくさん悩んで、 たくさん落ち込んで、 たくさん足掻いて―― たくさんの大人の暖かい気持ちに触れて、少しだけゆたかは、大人になれた。 守られているだけじゃない。 みんなのために、ゆたかだって頑張れるのだ。 「そうですっ、舞衣ちゃんだけじゃなくて……。 Dボゥイさんが、明智さんが、高嶺君が……ねねね先生が……みんながっ、大好きなんですっ! だからみんなが悲しんでいるのを見るのは嫌なんです! わたしはちっぽけで、臆病で、無力で……だけど、そんなわたしでも側にいてみんなを励ますことは出来ますっ! 助けられているだけじゃない! わたしが≠ンんなを支えてあげられることだってあるはずなんですっ!」 すぅっと更に息を吸い込む。 思考がそのまま動作へと変わって行く。 勝手に口がゆたかの思っていることをぶちまけてしまう。 でもそれは決して嫌な気分じゃなかった。吐き出せ、全部全部全部っ! 「舞衣ちゃんもわたしを頼ってくれていいんです! わたしが頼りないのは分かります。でも、だったらねねね先生やスパイクさんがいます! みんながいるんです! 舞衣ちゃん! わたしも……一緒に戦わせてください。戦い……たいんです!」 こんなに力強く喋り続けたのは初めてかもしれない、とゆたかは思った。 お姫様だっこをされた体勢で、しかも目の前には大きなロボットが武器を向けているの……。 「……っ」 舞衣の瞳が大きく見開かれる。 ゆたかも少しだけ気恥ずかしい気持ちはあったけど、頑張ってクッと視線を合わせた。 「……危ない、かもしれないよ」 「そんなの、へっちゃらですっ」 困ったことを言ってしまったのではないか、そんな不安が少しだけゆたかの胸の内に顔を覗かせる。
52 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/02/20(金) 22:38:21 ID:u7jELEwu
Dies illa, dies ira その日、怒りの日 calamitatis et miseria 災禍と不幸 dies illa, dies manga, et amara valde その日、畏怖し、そして大いに憎悪すべき日 et amana valde そして大いに憎悪する日...
実際、ゆたかがあのロボットを倒せる力がある、という訳ではないのだ。 せいぜい舞衣の邪魔にならないようカグツチにしがみ付いていることが精一杯。 いや、それさえ難しいかもしれない。 そして、 「…………じゃあさ、こうしよう」 何かを決意したような顔付きで、舞衣が言った。 一瞬の空白。ゆたかはごくりと息を呑んだ。 「…………」 ここまで言ってしまったのに、断られてしまったらどうしよう。 でも普通に考えたら、嫌がるに決まっているのだ。 だって、ゆたかと一緒に戦うと負担は確実に増える。 舞衣を支えたいと思うゆたかの気持ちは本物だ。でもコレがわがままな思いであることも理解していた。 だけど、 「ありがとう、ゆたか」 そんな不安は、太陽のような笑顔を舞衣が浮かべた瞬間に吹き飛んでしまった。 「ま、舞衣……ちゃん」 「私が……ううん、私も≠艪スかを守る。だから、ゆたかも℃р守ってくれる?」 全てを包み込む輝きにゆたかの胸の奥は、真夏の陽射しに照らされたように明るくなった。 ゆたかの中で最後までしこり≠ニなって残っていた『黒い太陽』がパリンッと 音を立てて真っ二つに割れた。 全てを割り切ることは出来ないけれど、 罪の意識と一生戦っていかなければならないのは分かっているけれど。 それでも、この想いは紛い物なんかじゃない! ゆたかは――本当のゆたかを見つけることが出来たのだ。 「はいっ!!」 そして、ゆたかも自分に出来る最大の笑顔でその言葉に応えた。 花咲く想いはゆっくりゆっくりと進んで、小さな花を咲かせた。 まだ華爛漫には程遠いちっぽけな蕾ではあるけれど、それでも少女は毎日成長している。 背だって伸びるだろう。 頭も良くなるし、立派になれるはずだ。 胸だってもっと大きくなると思う…………たぶん。
みにまむテンポで歩いて つきあってくれる友達がいます みにまむリズムが流れる生活は ほらほらのんびりで 笑われてますか? ふわり、ふわりと……彼女自身のような……みにまむテンポではあるけれど……。 それでも、ゆたかは少しずつ大人になっていく。 何でもできる大胆さを持った人に憧れながら、 時々躓いて涙ぐんでしまうことがあったとしても! 「行こう、舞衣ちゃんっ! 戦って……勝って……絶対にみんなで生きて帰ろう!」 この時、ゆたかは、自分の意志でビクビク怯えてた弱虫の自分を――投げ捨てたのだから。
◇ 自己再生、自己増殖、自己進化。俗にデビルガンダム三大理論などと言う不名誉な呼び名を与えられた超技術である。 悪魔の象徴としてドモン達シャッフル同盟の前に立ち塞がり様々な悲劇の温床となったが、今は本来の姿を取り戻しドモンのために働いている。 流石に自己増殖や自己進化の機能は抑制されているようだが、それは螺旋王がこの技術を完全に管理下に置いていることを示しているのだろう。 身に余るものとしてドモンもそれらに頼るつもりはなかったが、父と兄の理想にこのような形で再会するとは冷静になってみれば奇妙に思えた。 自然の守護者として与えられた巨大な昆虫を思わせるフォルム。不釣り合いに付け足された人間の胴体部分の中でドモンは郷愁に顔を伏せる。 たとえそれが螺旋王の手による悪趣味な再現だとしても、数々の友と最愛の家族を思い出させてくれるものには違いなかった。 「このあたりで良いだろう……おあつらえ向きの場所だ」 先行していたヴィラルの乗るロボットが立ち止まった。言葉通りドモンが立っている少し先からまるで超大型の整地機械でも通った後のように建物が根こそぎ消し飛んでいる。リングとしてはうってつけだ。 「良かろう。では……第2ラウンドだ」 素早く呼吸を整える。エネルギーはまだしばらくは大丈夫だ。 ファイトの勝利条件は単純にして明快。どうやら囚われの身にあるらしい、カミナと共にあった機械を奪還し、敵の戦力も奪う。 積み重なった疲労に体が軋む。全身が悲鳴をあげるが敗北の二文字は存在しない。 志を同じくする仲間、拳を高め合った友、支え合う愛する家族。 その全てが、キングオブハートを支えているのだから。
70 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/02/20(金) 22:41:47 ID:u7jELEwu
Requiem aternam. レクイエム 永遠の安らぎを Dona eis, Domine 主よ、彼らに与えたまえ Requiem aternam. レクイエム 魂の安らぎを Dona eis, Reuiem 主よ、彼らに与えたまえ et lux perpetua 彼らに安らぎを照らさん事を liceat eis 光が永遠に... Libera me, Domine 主よ、我を解放せよ Libera me, Domine 主よ、我を解放せよ...
決戦を前に、グレンラガンの中でも一時の語らいの時間が訪れていた。 「ここで決着をつける……だが無理はするんじゃないぞ、シャマル」 「あら、私だってか弱いばかりじゃないんですよ?……存分に戦ってください。悔いのないように」 愛する者の頼もしい言葉にふっとヴィラルの頬が緩む。 戦場において仲間をからかう余裕を見せるのはシャマルが真に優秀な戦士である証拠だ。 負けるつもりは微塵もない。それは二人にしても同じことだった。 (ハダカザルが……全く忌々しい。だが、シャマルの体を休める事ができたのは幸いか) 戦士として最高の舞台を邪魔されたことに腸が煮えたぎる思いが止むことはない。しかし指揮官としての視点に立てば仲間に休息を与えられたのは喜ばしいことだと言えた。 血沸き肉踊るという言葉を体現するかのような戦い。全力を傾ける必要があるが、これで終わりではないのだ。 二人の幸せへの道は依然果てしなく険しい。 「元より後に残すものがあって勝てる相手ではない。サポートは任せたぞ、シャマル」 操縦桿を握り直し、元々鋭かった目がより一層鋭角に吊り上げられる。 「はい。……あの、ヴィラルさん」 「ん……?」 「勝てます、よね?私たち」 ここで何を弱気なと怒鳴りつける程ヴィラルは無神経な男ではなかった。 確かに敵は恐ろしく強い。仲間が怯んだのなら掛けるべきは叱咤ではなく激励の言葉だ。 「勝てるさ。勝ってみせる。お前が愛した俺を信じろ」 「……はい」 「俺もお前を信じる。だから今まで通り、背中はお前が支えてくれ」 「わかり、ました……ふふ。ヴィラルさんってば私がいないと無茶ばかりするんですもの」 「おっと……そんなつもりはないんだがな」 すぐに元気を取り戻すシャマルが誇らしく、そして愛しい。 憂うことなどなにもない。 「あはは……。勝ちましょう。勝って、私達の幸せを手に入れましょう」 「ああ……!」 「ヴィラルさんに私の料理をおいしいって言ってもらいたいですし」 「あん?」 そのとき微妙にシャマルの声の調子が変わった。 「だって……!だって、食えたものではないって……!それもあんな大勢の前であんなにはっきり言うだなんて……!」 「い、いや……あれはつい勢いでだな。その……シャマル?」 そう言えばどさくさに紛れてそんなことを口走ってしまった気もする。 いや、実はあんまり覚えてないのだが何故だかそれを言うのは余計にまずい気がした。 「だから私決めたんです!お料理を勉強し直して絶対ヴィラルさんを見返してやるんです!」 「あ、ああ……楽しみにしている……む?」 言い知れぬプレッシャーに冷や汗をかくヴィラルを救おうと言うわけでもないだろうが、むやみに張り詰めた空気を一変させる情報が飛び込んできた。
「炎の……化け物」 「まだあんなものを残していると言うのか……!」 ヴィラル達がまさにぶつかり合おうとする廃墟の遥か北、銀白の怪物が空に踊っていた。 相当の距離を隔てているというのにはっきりとその姿を確認できるのは、全身を鮮やかに彩る焦がれる程に赤い炎のためだ。 鳥のようでいてヴィラルの知るどの生物とも似つかないその姿はいっそ神々しささえ感じられた。 しかし、目に映ったのはそれだけではない。 「あれは、ビャコウ……!チミルフ様、あなたも戦っておられるのですね……!」 僅かにしか見えなかったが、空を駆ける化け物へ仕掛けられた攻撃は確かにビャコウの武装だった。 敬愛していた上官が何も言わず手を貸してくれていたことを知り、ヴィラルの心にかすかに残っていたチミルフへの疑心が一気に消滅する。 「ヴィラルさん!」 「ああ!チミルフ様ありがとうございます!シャマル、俺たちも……!」 「ええ!あの、一つだけ良いですか……?」 「ん?」 まだ何かあるのかと勢いづきかけたヴィラルの手が止まる。 だがシャマルの口から続けられたのは後押しのための言葉。 「……ありがとうございます」 一瞬何のことか分からず呆けたようになったヴィラルの表情が、次の瞬間限界まで張り詰められる。 細胞の一個に至るまで溢れんばかりに力が満ちた。 もう負ける可能性など存在しない。 「……ぃ行くぞぉ!!」 ヴィラルは叫んだ。絶対の確信を糧にして。
74 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/02/20(金) 22:42:42 ID:u7jELEwu
do the impossible できないことはない see the invisible 見えないものはない raw! raw! おうおう! fight the power! それが戦う力だ! touch the untouchable 触れられないものはない break the unbreakable 壊せないものなんてない raw! raw! おうおうおう! fight the power! それが戦うってことだろ! what you gonna do is what you wanna do やりたいことをやれ just break the rule, then you see the truth 道理を壊した先にある真実 this is the theme of "G"coming through baby! こいつが「グレン団」の魂だ raw! raw! そうだ、こいつが fight the power! 俺らの力だ
80 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/02/20(金) 22:43:09 ID:u7jELEwu
do the impossible できないことはない see the invisible 見えないものはない raw! raw! おうおう! fight the power! それが戦う力だ! touch the untouchable 触れられないものはない break the unbreakable 壊せないものなんてない raw! raw! おうおうおう! fight the power! それが戦うってことだろ! what you gonna do is what you wanna do やりたいことをやれ just break the rule, then you see the truth 道理を壊した先にある真実 this is the theme of "G"coming through baby! こいつが「グレン団」の魂だ raw! raw! そうだ、こいつが fight the power! 俺らの力だ
◇ 北に舞踊るは綺羅星の如く美しく夜空を駆ける天の業火。 南に荒れ狂うは愛に溺れし獣達の破壊と破壊による狂気の舞闘。 「そうだ。それで良い。貴様らの死力、とくと我に見せてみよ」 絶大なる暴力の蹂躙、二つの圧倒的規模の戦いを同時に眺め、王の中の王は一人呟く。 ギルガメッシュが立つのはタワー型にそそり立つ搭の先端部。残存する建物の中で最も天に近い場所である。 「どの道そのような者どもに踏みにじられるようでは貴様等に勝機はない」 闇夜にはっきりと存在を誇示する金の王気を振り撒きながら、することと言えばただ腕を組むのみ。 そして、全てを見下すかのように口の端で笑うことのみである。 「敵も味方もあるものか。そんなもの、王の前では等しく道化に過ぎん。良い、足掻くことを許す――」 具足は最早語る言葉を無くしたか、あるいは王の狂気に恐れをなしたのか、ただ武具としての任を果たしている。 王の満足は未だ得ること叶わず。 王の体は未だ玉座に在り続ける。 「――ここが正念場ぞ、雑種ども?」 王は、ただ座して笑う。
83 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/02/20(金) 22:43:40 ID:3Hx0Jad+
◇ 「コンデムブレイズッ!」 「きゃっ……!」 「カグツチっ!」 地上から迫るビームをカグツチは炎の鱗片を撒き散らしながら回避する。 蛍のように光る燐光の弾丸が夜の闇の中で煌いているようだった。 見方を変えれば美しい光景、なのかもしれない。 しかし、戦いの当事者である舞衣はそんなセンチメンタルに浸っている余裕はなかった。 ――強い。 一発でも当たればそれだけ状況は不利になる。 ある種生物に近いチャイルドと完全な機械であるガンメンでは攻撃に対する耐性に大きな違いがあるのだ。 「――GYAOOOOOOOOOOOOO000OOOOOOOO!」 「頑張って、カグツチ!」 構図は空対陸という極めて基本的な形である。 戦闘開始と同時に、カグツチはビャコウの槍の届かない大空へと高く飛翔した訳だ。 後は山をも削り、岩石をも溶解させる破壊力を秘めたブレスによって敵を焼き尽くせば良かった。 だが、それはビャコウに遠距離戦用の武装が装備されていなければ、の話だ。 コンデムブレイズ――ビャコウの基本装備である十字槍に発生させたビーム刃を切っ先から発射する遠隔武装である。 ビャコウはゴリラの獣人であるチミルフとは対照的なスマートな外見のカスタムガンメンだ。 その名の通り、頭部と胴体部分が一体化したようなフォルムにシャープな手足。 搭載されている武装は十字槍一本だけと、決闘用に特化したかのような機体である。 確かに、ビャコウに飛行能力はないため十字槍を用いた直接攻撃は出来ない。 だが二本の足でもって大地を駆け抜ける高い機動性能を持ったビャコウは明らかにカグツチより小回りが利く。 加えてランスから打ち出す一撃は一発の破壊力こそさほど高くないものの、優秀な連射力を誇っていた。 戦いは始まったばかり。どちらもまだ決定打はなし。 しかし流れ≠竍勢い≠ニ呼べる要素は明らかに敵側に分があった。 「うっ……何なの、あのスピード!?」 「こっちの攻撃が一発も当たらないなんて……」 ビャコウのビーム攻撃を回避しながらカグツチの頭部にしがみ付いていた舞衣達は思わず舌を巻いた。 こちらも無抵抗にやられている訳ではない。 既にカグツチの口から大火球がビャコウ目掛けて何発も放たれている。 だが、結果として未だに最初の不意打ちの一撃を除いて、一発もビャコウに攻撃を命中させることが出来ずにいた。 「あいつ……多分、凄く戦い慣れてる……!」 舞衣はやるせなさのあまりにギリッと唇を強く噛み締めた。
戦闘開始の際チミルフ≠ニビャコウ≠ニわざわざ名乗った相手は俗に言う武人という奴なのだろうか。 つまり戦いを本業とする熟練者。 HiMEの力に目覚めてからさほどの期間が経過していない舞衣とは噛み合わせが悪い。 カグツチの弱点を挙げるとすれば、それは「あまりにも圧倒的過ぎる力」を持っていることだ。 最強のチャイルドであるカグツチに匹敵する能力を持つチャイルドは控えめに見ても藤乃静留の清姫のみ。 それにしても真っ向から戦ったらカグツチの勝利は揺るがないだろう。 故に舞衣とカグツチは己とほぼ同等の力を持った相手と戦った経験が皆無だった。 爆発的な攻撃力に匹敵するような機動力や耐久性を持ったチャイルド、 舞衣達に比肩し得るチャイルドとHiMEのコンビというものがそもそも存在しないのである。 (唯一、美袋命とそのチャイルドスサノオ≠セけがその可能性を秘めるが、 この時点での鴇羽舞衣は彼女とのチャイルドを介した戦闘を経験していない) ビャコウはむしろ、カグツチよりも清姫の方が組し易い相手であると言えるだろう。 一発でも当てればそれが致命傷になる、その意識が舞衣の攻撃に若干の隙を生じさせていた。 結果が、このビームと火球による弾幕合戦だ。 「負けないで舞衣ちゃん!」 紅蓮の翼を羽ばたかせながら、カグツチは夜空を旋回しつつ動き回るビャコウを焼き尽くさんと灼熱の炎を放つ。 カグツチのブレスは大きく分けて二種類。 殆どタメ≠必要としないファイヤーボール状の炎と、 岩盤や大地を抉り、真の力を発揮すれば数千キロの射程を発揮する高密度の熱光線である。 しかし、どれだけ高い攻撃力を持っていても当たらなければ何の意味もない訳だ。 相手の機動性を削ぐため――両者は牽制の意味合いを強く帯びた撃ち合いに終始しなければならない。 「当たってよっ……!」 次第にカグツチを操る舞衣の心にも焦燥感が芽生え始める。 『押して駄目なら引いてみろ』とはよく言われることだが、それは彼女の能力とは相性の悪い格言だった。 ――――でも、なんだろう。この違和感は。 老獪な相手との戦いは舞衣も殺し合いの中で何度か経験していた。 東方不敗、ラッド・ルッソ、ニコラス・D・ウルフウッドといった「殺し」の熟練者達の顔が彼女の心の中に浮かび上がった。 しかし、彼らが放っていた鬼気迫るような迫力を機体越しとはいえ、まるで感じないのだ。
相手の動きこそは確実に一級一流。 乱れ撃ちするかのようでいて、しっかりと狙い済まされたビームの雨は確実に舞衣達を追い詰めつつある。 「ゆたかちゃん、何か……変じゃない?」 「変、ですか?」 「うん。何だろう、私も詳しくは分からないんだけど……!」 「……何か妙なモノは確かにわたしも感じます。だって、わたし達は殺し合いをしているはずなのに……」 舞衣の問い掛けにゆたかも言葉を濁しつつ答えた。 やはり、似たような疑問をゆたかも感じ取っていたらしい。 この土壇場の状況まで生き残った経験は無駄ではない。 直接的な戦闘能力を持っていないゆかたですら何度も死線を潜り抜けている。 それなのに。 相手は歴戦の戦士の筈なのに。 どうして、こんな……? まるで、人形と戦っているみたいなのだろう。
◇ 「ビンゴ! ゆたかちゃんも一緒にいる。二人とも無事みたいだ!」 「……はぁ。ヒヤヒヤ……させるなよな、ったく」 その言葉を聞き、表にこそ出さないものの、スパイクもホッと胸を撫で下ろす。 その言葉に傍らのねねねが安堵のため息と共にへたり込んだ。 「ジン。舞衣はゆたかを降ろす素振りを見せていないのか?」 「……どうもそういう感じじゃないけれど。でも一度始まってしまえば後は戦いの波に流されるだけだよ。 時間はあった、と思う。ただ、舞衣ちゃんはソレをしなかった。 あの子達は馬鹿じゃない。もしかして……二人で戦うことに決めたんじゃないかな」 最後に付け加えるように「でも今となっては心変わりしても、敵さんの方が許してくれないだろうけど」と呟く。 三人が陣取っているのは、戦うビャコウとカグツチを一望可能な小高い丘だ。 先ほどと同じ失態を犯さぬように、十分な距離を取っている。 時間はあった、か。 確かにカグツチが出現してから、ビャコウとの戦闘が開始する前に多少の間があったような気がしないでもない。 アレは舞衣とゆたかが互いの意志を確認し合っていたということだろうか。 スパイクは口元に拳を近づけ、難解な表情を浮かべた。 「二人で……ねぇ」 「そうは言ってもスパイク。実際ね、共同作業をすることの出来る相棒がいるってのはいいものだよ。 ケーキの入刀以外にも二人の人間が助け合える機会ってのは案外多いものさ」 双眼鏡を覗きながらの飄々とした背中でジンが呟いた。 「とはいえ、その例えを舞衣とゆたかに当て嵌めても、スッキリしないな」 「別にウェディングドレスが二着あっても問題はないと思うけど?」 「……いや、大有りだろ」 「ハハハ、言われてみればそうかもね」 ジンは時々こう、反応に困ることを言い出す奴だった。 もちろん本気で言っている訳がないことも分かっているとはいえ。 頭の中に浮かんだ純白のドレスを纏いバージンロードを歩く二人の少女の姿をすぐさま消去する。 実際、それは何とも歪な光景だった。 目の前に是非ともブーケでも貰って少し大人しくなった方がいいと思う女はいても、 空を舞う花束が「二つ」もあったら有り難味がなくなってしまうだろう。 「……なんだよ」 「……何でもねぇ」 「ったく、ハッキリしない言い方だな」 スパイクをねねねはギロリと睨みつける。 こちらが余計な想像を巡らせていることを察知したのか、少しだけ機嫌が悪かった。
スパイク、ジン、ねねねの三人はビャコウの襲撃から何とか無事に逃げ果せていた。 だが、その結果に自責の念を抱かないかと言えば嘘になる。 なにしろ本来ならば率先して二人の少女を守らなくてはならない年長者だけが脱出に成功するという体たらく。 もう片方の腕が健在だったならば状況に変化があっただろうか、スパイクはそんなことを考えた。 リュシータ・トエル・ウル・ラピュタの操っていたロボット兵士のレーザー攻撃で焼き切られた左腕。 身体を真っ二つにされたヴァッシュ・ザ・スタンピードの虚ろな生首。 そして、放送でその死亡を告げられた牧師、ニコラス・D・ウルフウッド。 爆炎の中に消えたラピュタの王女――シータ――と胸を張って逝った螺旋の王女――ニア――。 暴走する自身の生み出した別人格と共に死の道を往った柊かがみ。 最後まで戦い、血溜まりの中で冷たくなっていた結城奈緒。 死んで行く人間は子供や考えの合う人間ばかりだった。 気が付けばスパイクはのうのうと生き残っていて、こんな所で軽口を叩いてばかりいる。 「にしても、八方塞か。ギルガメッシュの馬鹿がグアームの野郎を殺しちまったせいで、脱出からまた一歩遠退いた」 「さっき言ってた転送装置≠チて奴かい。螺旋力で動くワープ装置……ふぅん、大層なお宝だよねぇ」 「まだお前は宝≠ネんて言ってるのかい」 「そりゃあ、当たり前さ! なにしろ、俺は世界中の財宝を盗み求める王ドロボウですから。 何回か転職≠キることにはなったけど天職≠忘れた訳じゃあないんだぜ?」 「そうかい。ま、残念ながら俺達は螺旋力には覚醒してないし、そのお宝はガラクタ同然だな」 ジンの冗談に付き合いながらも、スパイクは『ギルガメッシュ』という言葉に幾許かの反応を示した。 もちろん、彼の心の水面に水滴を落としたのは先程のグアームを交えた邂逅である。 ――俺は、あの時何をしようとした?
安全の保証が全く出来ない相手と取引に応じようとした少し前の自分。 ギルガメッシュの手によってスパイク達に螺旋四天王が一人、不動のグアームの死にて幕を閉じた。 この結果は好転に繋がるのか、それとも無為に可能性を潰しただけなのか。 考えても答えは出て来ない。 込み上げて来るのは不甲斐なさか、それとも情けなさか。 貶されて罵倒され、結滞な扱いをされるのは賞金稼ぎとしては決して珍しい出来事ではない。 だから、今こうして軋んでいるのは安っぽいプライドなどではなかった。 「そういえば、ジン。お前はヴィラル達の時みたく援護には行かないのか? あのライフルを使えば十分あのサイズの相手なら戦力になるだろう」 「んー、ねねねおねーさん。その意見はごもっともだけど……そうだな、何ていうかさ」 ジンがねねねの質問を聞いて、ポリポリと頬を掻いた。 ヨーコが愛用していた対ガンメン用の電導ライフルの破壊力は抜群だ。 通常のガンメンならば単体での制圧も可能だし、カスタムガンメン相手といえど高い有用性を誇るだろう。 だが、 「――無粋、だと思わない」
そして、一瞬の間をおいてジンの発した一言。 無粋。 彼女達の戦いを邪魔するべきではない、と言いたいのだろうか。 ねねねは訝しげな表情を浮かべ、自身の眼鏡の位置を直しながらオウム返しで聞き返す。 「……無粋?」 「そう。なんていうかさ、舞衣ちゃんもゆたかちゃんもここから見る限りやる気満々なんだ。 『絶対に自分達だけで目の前の敵を倒してやる!』、『ここで負ける訳にはいかない!』ってね。 それに……ああ、そうだ。スパイクなら分かるだろ?」 口元をニンマリと歪ませてジンが大げさな動作と共に双眼鏡から顔を離し、背後を振り返った。 黄色のコートがばさり、と小さな音を立てる。 二つの強大な力がぶつかり合っているせいか、周囲は音と振動に満ちていた。 舞い散る微細なコンクリート片と、舞衣の火球によって発生した陽炎のような異常な熱。 そして、王ドロボウは既に答えは決まったかのような顔つきで、スパイクに訊いた。 「実際さ、このまま俺が手を出さなかったら――どっちが勝つと思う?」 それは小悪魔、いや仮面を付けた道化師のような一言だった。 ジンとねねね。二人から注がれる視線を気だるげな動作で受け流したスパイクは、 未だにぶつかり合う大空の龍と大地の機兵と向けた。 地上から放たれるビームと、散弾のように降り注ぐ火球が夜の闇を彩っていた。 戦闘の状況は、戦いが始まってから大地から対空射撃を続けるチミルフが明らかに主導権を握っている。 彼の動きに舞衣達は明らかに困窮し、カグツチの持つ圧倒的火力を上手く発揮出来ていないように見える。 だが――両者の動作を比較してみれば、戦況は容易く覆ることをスパイクは知っていた。 「そりゃあ、舞衣達だろうな」 「だろ。つまりね、俺がわざわざ手を出す必要なんてないのさ」 理由はいくつもある。 ねねねだけは二人の答えに対して腑に落ちない顔つきだ。 「ん、ねねねおねーさん、なんか納得いかない感じ?」 「そりゃあな。あたしは戦える人間じゃないから、戦術とかそういうのは分からないけど……舞衣達が不利にしか見えないよ」 ふむ、と小さく呟いたジンが顎に手を当てて考え込むような仕草を見せた。 しかし、すぐさま顔を上げると確信めいた笑顔で、 「だろうね。まぁ色々理由はあるんだけど……一番大きな原因は、」 トントンと自身の心臓の辺りを叩きながら、言った。 「チミルフは――一人=Aってことかな?」
◇ チミルフが何かが違う、と思い始めたのは戦いが始まってから数分が経過してからだった。 「グ――!?」 「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」 燐光を放つビームを掻い潜りながら、灼熱の巨龍が炎の弾丸を口蓋から吐き出した。 大きさは直径二メートル程度。 普通の人間ならば、一発でも食らえばすぐさまその身を焼き尽くされてしまうだろう。 ビャコウの強化装甲に関しても過信は出来ない。 一発は大地を駆け抜けることで躱し、一発は十字槍で切り裂く。 そして最後の一発に対して回避運動を―― 「ちぃいいっ!!」 鴇羽舞衣の使役するチャイルド、カグツチの放った大火球がビャコウの左の腕部に直撃したのである。 チミルフは溜まらず、コクピットの中で苦悶の表情を浮かべる。 これで、カグツチの攻撃を被弾するのは三回目だった。 左腕、胴体、そして再度左腕。 大して錬度の高い炎ではないため、一発で装甲が融解し爆発するまでとは行かないが、 あと一撃でも直撃した場合は、おそらくこちら側は切り離す必要があるだろう。 「コンデムブレイズッ!」 十字槍からビームを発射し、遥か上空を飛翔するカグツチに向けて発射する。 だが、未だにチミルフの攻撃は一発も命中していなかった。 紅蓮の翼で大空を翔け回るカグツチの機動性が非常に高いという点を考慮しても、これは異常な事態だ。 戦闘開始直後はこちらが握っていたはずの勢いも完全に向こうの手中。 確かに、本来の実力を発揮すればカグツチは単体での大気圏突入を可能とするような図抜けた能力を持つ相手だ。 だが、まさかここまでいいようにやられるとはチミルフ自身は思っていなかったのである。 「ッ……ぐぁあぁっ!!」 レーザー状の熱線にビャコウの左のショルダーアーマーが切断される。 収束度を増した強力な一撃である。運用自体に問題はないが、これでビャコウは相当に情けない風貌になってしまった。 天秤の傾き具合はすっかり変わってしまっていた。 つまりチミルフが苦しくなったということはその逆、舞衣達が楽になったという事実に繋がる訳だ。 火球ではなく、ブレスと呼ぶ方が相応しいだろうか。 牽制の意味合いではなく、確固たる意志を持って敵はチミルフを仕留めに掛かっていた。 ――どうなって、いる? チミルフがビャコウを駆り、この空間で行った戦闘はこれで二戦目である。 一回目はパニッシャーを装備したニコラス・D・ウルフウッドとの戦いだ。 そう、彼が「何故か」ロージェノムを主君であると認識していた時期の出来事である。 しかし、あの時出来たはずの動作が今の彼には出来なくなっていた。
具体的に言うならば、戦士としての直感に起因する槍捌きや身のこなしについてだ。 ビャコウを今の彼は百パーセントの力で操ることが出来ているはずだった。それなのに、である。 そうだ、今こそが完全な姿なのだ。 なぜなら、チミルフはルルーシュという真の王≠ニの再会を果たし、真の忠義を誓った。 「武人」とは仕えるべきたった一人の主君のためならば、容易く己を捨て去ることの出来る気高き闘士なのだから。 では、何だというのだろうか。 まさか、体調が本調子ではないとでも? 機体の整備に不備が? もしくは、慣れない夜間の戦闘が影響しているのだろうか。 操縦桿を握り締めるチミルフの剛毛と分厚い筋肉に覆われた腕が震えた。 身体の奥深く、深遠の淵から押し寄せる衝動にチミルフは焼かれ、己を鼓舞する。 「俺は……絶対に負ける訳にはいかんのだ……!」 空と陸。 大空の覇者と翼を持たぬ者。 両者の間にはどう足掻いたとしても埋めることの出来ない空白が広がっている。 ここは起死回生の一手が必要だ。 このまま、手を拱いてコンデムブレイズによる牽制を続けても全く埒が明かない。 が、手はある――アルカイドグレイヴだ。 ビームを発生させた十字槍を突き刺し攻撃するビャコウの奥の手である。 遠距離からの攻撃が当たらないのならば、接近して仕留めるまで。 だが、問題は大空を舞うカグツチにインファイトを挑むことは非常に困難であるという点だ。 一度、こちらに相手の注意を惹き付ける必要がある。 ルルーシュにヴィラルとシャマル、そしてグレンラガンの回収を命じられたチミルフはこんな場所で躓いている訳にはならない。 ましてや、敗北することなどあってはならないのである。 何か、打開策は―― 「む……ッ!?」 耳触りなノイズがコクピットのレーダーから響いた。 すぐさま、反応の原因を調べるとどうやら周囲に他のニンゲンが潜んでいる気配を感知したらしい。 廃ビルを襲撃した時点では、何人生き残りがいるのか定かではなかった。 最大で十人の参加者が周囲でこちら側の戦力と交戦しているとも考えられたのだ。 今回レーダーがその存在を確認したのは三人。 周囲の地図の縮尺を操作すると、紅の光点が三つ、多少離れてはいるが丘陵地帯に燈っている。 廃ビルとの位置関係から察するに、襲撃から逃げ果せた他の参加者と見て間違いないだろう。 その時、チミルフの脳裏にふと一つ妙案とも呼べる作戦が思い浮かんだ。 つまり、これは使えるのではないか、と。 このニンゲン達を先に確保し、人質とすればおそらくカグツチは―― 「な――お、俺は……!?」
ピタリとビャコウを操っていたチミルフの動作が静止した。 瞬間、彼の身体を駆け巡るのは酷い不快感を伴った驚愕の感情だった。 息を呑み、機体が駆動する音だけが彼の中へと浸透していく。 夜の闇と月の光に照らされ、孤独を噛み締める男は大きく眼を見開き、天を仰いだ。 ――それは、訪れるべくして訪れた衝撃だ。 目的を達成するために、人質を取るという確かにプランは非常に効果的かもしれない。 そもそもルルーシュ本人が脅迫や恫喝のカードとして、拉致や拘束を行うことを忌避しない人物である。 故にルルーシュからギアスを掛けられたチミルフが、その流儀や信念に勝手に影響を受けてしまう可能性は十分に考えられた訳だ。 主君の願いを遵守し、意志を叶えるべく行動することこそを武人の誇りと考える彼にとって、 「ルルーシュ・ランペルージ」という人物が好んで用いる戦略こそがある種の理想とも成りえるからだ。 カグツチに勝てないのならば、勝機を見出すために他の要因に縋るのは実に合理的だ。 相手はいかに強大な力を有していたとしても、あくまで少女。 付け込む隙は簡単に見つけられるだろう。闇雲に射撃を行いエネルギーを消耗するよりも余程マシだ。 だが、 「俺は……何を、考え――うがぁああああああああっ!! ッ……ガッ、グゥウウウウウ!!!」 本来の彼は――決して、そのような卑劣な真似に手を染めることなどない高潔な獣人なのだ。 巨龍の吐き出す紅蓮の輝きにも似た色へとチミルフの瞳が染まった。 チミルフの中で二つの意志が鬩ぎ合っていた。 ギアスの力に捉われたものは決してその力に抗うことは出来ない。 むしろ、こうして自身の行動に疑問を持っている――その一点においてでさえ賛美に値するのだ。 「グッ……俺の仕えるべき……主君は……グ――」 頭を抱え、チミルフは激しく身体を捩った。 荒々しく吐き出される息と上下する肩。更に震えを増す豪腕にミシミシと操縦機器が悲鳴を上げる。 何が間違っているのかなど、彼には分からなかった。 彼が目指したものは一体どこに繋がっているのか。 何かが違う。 だが、これは自分が越えてはならぬ一線だ――そんな風に思ったりもする。 「ガァアアアアアアアアアアア!」 そして、チミルフは――吼えた。
彼はケモノであり、そしてニンゲンでもある獣人という曖昧な存在だ。 この一瞬だけは、その雄叫びは「理性」という知≠司る分野から乖離した野生の毛色を帯びていた。 結果として、チミルフは一瞬であったとしても、 武人としての流儀に真っ向から反する考えを浮かべてしまった己に強い羞恥心を覚えた。 そう、ニンゲンを人質に取り、不利な状況を覆そうという発想こそが忌むべきモノだ。 勝利のために誇りをも捨て、恥や外聞を投げ捨てて外道に走るなど、武人として在り得ない行動だ。 そして、湧き上がる自身への失望。 人質などに頼らなくてはならない程、「怒涛」の二つ名を持った戦士はちっぽけな存在だったのか。 そのような形で戦士としての矜持を散らしてもいいのか。 結果として起こるのは二つの意志の衝突だった。 ギアスの力によってルルーシュの傀儡と化した男と、武人として死ぬまで忠義を貫き通す漢。 相反するそれらの二つの理性がチミルフの中には在り、この瞬間――真っ向からぶつかり合った。 「はぁっ…………はぁっ……っ!!」 疲労困憊といった様子で、チミルフはただただ息を吐き出した。 滲み出した汗が身体を濡らし、モニター越しでも光を失わない月が輝きを増す。 必死に、必死に、チミルフは心を落ち着かせようとした。 息を吐いて、吸って、また吐いて。 深呼吸を繰り返し、自分自身という存在をもう一度確認しなおそうとした。 だが――もはやそのような行為を戦闘中≠ノ行った時点で、 彼は戦士として、正しい道から足を踏み外してしまっていたのだ。 「な――――っ!?」
◇ 「舞衣ちゃんっ!」 ゆたかはキュッ、と舞衣の衣服の端を掴む手に力を込めた。 返って来るのは暖かい鼓動と、胸の奥からとろけてしまいそうになる不思議な衝動だった。 心に溜まっていた想いを全てぶちまけたおかげだろうか。 二人の間には何も障害なんてないようにゆたかは感じていた。 「分かってるわ、ゆたかっ!」 ゆたかを抱き抱えた舞衣がカグツチの頭を蹴って音もなく、飛翔した。 戦いに関する勘や知識などがゆたかにはまるで存在しない。 故に彼女の側から舞衣へ何かをアドバイスしたりといった具体的な支援は出来ないはずだった。 しかし、今、この瞬間、二人の少女の心は完全に通じ合っていた。 だから、分かるのだ。相手が何を考え、今何を言おうとしているのかも全部! 橙色の鎧のようなバリアジャケットを展開した舞衣が高度数百メートルの地点から大地を見下ろしているカグツチから少しだけ距離を取った。 舞衣の持つ環状のエレメントには強力な防御能力が存在するが、それも過度の期待は禁物である。 これから発射される最強の砲撃の余波がどの程度のモノか、二人にも予測は出来なかった。 「さぁ行くわよ……カグツチ」 「頑張って、カグツチっ!」 「――GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」 二人の主にその名を呼ばれ、カグツチが猛々しい雄叫びを上げた。 それは明日の未来を掴み取るための輝かしい希望に満ちた咆哮だ。 ゆたかの、舞衣の願いがカグツチの中で揺らめく天壌の劫火へと姿を変える。 炎の色は、龍の放つ光の色は、思わず息を呑んでしまうような黄金だ。 憎しみと絶望の螺旋に囚われ、負の感情を爆発させてしまった時とは違う。 カグツチの肺の奥から強大なエネルギーが紅蓮の煌きとなってゆっくりと食管を通り、上昇していく。 そしてその輝きに伴い、舞衣の身体の周囲に紅の光が満ちる。 帯状の鮮火、飛び散る火の粉、血潮のように噴出すプロミネンス。 「カグツチの身体が……っ!」 ゆたかは感嘆の吐露を漏らした。 特別な力など何も持たないゆたかにさえ、目の前の龍の身体に凄まじい力が集められていることを悟ったのだ。
カグツチが見据える敵は眼下の白い機体。 そう、先ほどまで二人を苦しめていた相手――猛将・チミルフの駆るビャコウ。 しかし、迫り来るビームの嵐は止み、ビャコウは今や完全に立ち止まってしまっている。 ロボットがどこか故障してしまったのだろうか。 だとしたらソレは致命傷だ。 戦っている最中に足を止めてしまうなんて、攻撃して下さいと言っているようなモノなのだから。 ゆたかの胸の奥にはグルグルと渦を巻く激しい感覚が眠っていた。 それは「絶対に負けたくない」という強い強い想いだ。 『螺旋力』という力が、実際どれだけゆたか自身に影響を及ぼしているのかはよく分からない。 それでも、そんな「人間」という種族としての力ではなくて、 小早川ゆたか≠ニいう一つの存在としての力が遥か未来へと繋がる萌芽になっているような気がしていた。 「ゆたか、しっかり掴まっていて!」 「う、うん」 集中力を高めた舞衣がゆたかに強い口調で言った。 ゆたかは舞衣の首の後ろに両手を回して、もっともっと身体を密着させる。 薄い布を通して伝わって来る温もりがじんわりと広がって行く。 耳の奥、後頭部の辺りに疼きにも似た不思議な感覚が芽生える。 そして――浸透。 触れ合う舞衣の感触だけがゆたかの中へと流れ込んで来る。 舞衣とゆたかは別の人間なのに、脈打つ鼓動は一つだけ。 二人の心は完全に一緒になっていた。 ……あったかい。 「いくよ、ゆたか」 「……うん」 投げ掛けられる優しい声。 「ね。全部、終わったらさ。どこかに二人で遊びに行かない?」 「あ……それ凄く楽しそうです」 「でしょ」 世界の歯車がゆっくりと回り始める。 「……あ、ま、舞衣ちゃん」 「え?」 「身体、震えてる」 思わず、ゆたかは舞衣の首に回した腕にギュッと力を込めた。 二つの心臓が触れ合う。 トクン、トクンという音のテンポが次第に一つのはっきりとした鼓動へと変わる。 ドクン、ドクン、と。 力強く、だけど優しく。 ゆたかは眼を閉じて舞衣を抱き締めた。
この一撃が、きっと相手の命を奪ってしまう――きっと舞衣はそう考えている。 全て振り切ったように見せていたとしても、それは演技に決まっている。 人を一人殺す度に心も一緒に死んで行くのだ。 綺麗事や正義を振り翳すつもりはない。 全ての罪を意識して生きて行く。 前に進むためには、いくつもの屍を越えて行かなければならない。 だから、二人で戦うと決めた時から、 その苦しみはゆたかと舞衣、二人で背負わなければならないと悟っていた。 「大丈夫だよ」 「……ゆたか」 「大丈夫、だから」 「……うん」 こくり、と舞衣が頷いた。 舞衣の震えがピタリ、と止まった。全ての準備は整った。 そして、スゥッと息を吸い込み、二人の少女は――叫んだ。 「「カグツチィィイイイイイイイイッ!!!」」 終末の色は紅。煌々と燃える紅蓮に、夜空が赤く染まる。 その時、ようやく動きを止めていたビャコウに反応があった。 まるで何かに憑り付かれていたかのように、緩慢な動きで白い機体が天を見上げた。 男の視界に映ったモノは何だったのだろうか。 己の終焉を悟った諦めか、それとも最後まで抗う線香花火のような輝きか。 迫るは太古の龍王の口から吐き出される超高温のレーザーの如き波動。 そして――カグツチの放った天壌の劫火≠ェビャコウに直撃した。
◇ 「ギガ……ドォリル……ブレイクウウウウゥゥゥ!!」 右腕を振り上げドリルとなし、その身までも一本の巨大な螺旋となるほどのエネルギーを集めグレンラガンが必殺の突撃を行う。 牽制として放ったのは決まれば絶対の束縛となるグレンブーメランだ。 グレンラガンの胸部にサングラスを思わせる形で収められていたそれが鋭利な刃物となってアルティメットガンダムに迫る。 「ならばこちらも!超級!覇王!電影だぁぁぁぁぁぁぁん!!」 必殺の一撃を座して受けるドモンではない。対とするように同じく全身をフル回転させ竜巻のように膨大な突進力を得る。 生身でさえグレンラガンの猛攻を阻んだ奥義が比べ物にならない程の巨体によって生み出され、巻き起こされた爆風が壁となりブーメランを弾き飛ばした。 輝ける二つの光が相競うよう突撃し――意固地なまでに真正面からぶつかりあった。 「く、ぐおおおおおおおお!!」 「ぬ、がああああああああ!!」 火花散り紫電舞飛ぶ力比べもほんの数瞬。 僅かにずれた切っ先を決起に両者の激突は交錯に変わり纏っていたエネルギーが霧散する。 互いに傷をつけることは叶わず、一瞬遅れて周囲に無数の爆発だけが巻き起こった。 「拉致があかんか……!」 「ならばっ!」 同時に大地を踏み締め、同時に双方の健在を知った二人は全く同じタイミングで確信する。 今こそ、決着のとき。
「一気に決めるぞシャマル!」 「はい!」 「あれで行く……気合いをいれろおおおおおおお!!」 「私達の、全力全開!!」 再び、グレンラガンがドリルを展開する。 だが、その力強さ、雄々しく聳え立つドリルの勇ましい輝きは無効に終わった先の一撃の比ではない。 溢れんばかりの緑青の光を支えるようにに桃色の光がそっと寄り添い高みへと、遥かな高みへと導いていく。 その力はまさしく天元突破。 恒星の如く悠久の時を越えて煌めく、至高の感情の結晶である。 「見事な力だ……惚れ惚れしそうなくらいにな。……だがな!」 創世の光を前に一歩たりとも退かぬのはキングオブハート。 最強の技を迎え撃つべく不敵に笑い、力強く右手を構える。 「俺のこの手が光って唸るのさぁっ!レインが!シュバルツが!師匠が!仲間達が教えてくれた勝利を掴めってなぁっ!!」 数えきれぬ戦いを潜り抜けた黄金の指の裏でシャッフルの紋章が光を放つ。 アルティメットガンダムもまた同じ金の輝きにその身を染め上げ、放たれた裂帛の気合いが砂塵の大地を叩き割った。 勝負は一撃。 「行くぞぉ!!」 「行くぞぉ!!」 「ギガァァァァァァァァァァァアアアア!!」 「流派!東方不敗は王者の風ぇぇぇ……!!」 「ラァァァァァァァアアアアブラブゥゥ!!」 「フゥルパワァァァァァアアアアアアア!!」 「ドリル!!ブレイクゥゥゥウウウッッ!!」 「石破!!天驚けぇぇぇええええんッッ!!」 激突が、宇宙を揺らした。
◇ 「何だよこいつは……」 崩壊した建物の残骸を更に根底から抉りとる程の衝撃と、直視するだけで視覚を焼き切られる程の極光の中でそれでも踏ん張る男がいた。 カミナである。 「こいつぁ……」 息をすれば肺が焦げる気さえする熱波を吹き付けられようとも、カミナが後退を選ぶことはない。 風に舞為すすべもなく鉄の壁に叩きつけられようと、這ってずって、また立ち上がる。 「こいつぁよぉ……!」 退けぬ訳があった。 意地と威勢だけで生き延びてきた男を繋ぎ止めるだけの何かがあった。 死んでも最後を見届けたいと思える戦いが、そこにあった。 「すげぇじゃねか!」 見開かれた両目が見るものは、何か。
◇ 限界をとうに越えた運用にグレンの搭乗席で小規模な爆発が起こった。 「きゃあ!」 「くっ!こらえろシャマル!あと少しだあああああああ!!」 退くことも避けることも知らぬ戦いはいつ果てるとも知れない。 だが、終焉は確実に近付きつつあった。 「ぐぅ……何と言うパワーだ!!」 アルティメットガンダムの装甲が捲り上がり、融解していく。再生力を越える痛みにドモンが歯を食い縛る。 勝利は我にありと、ヴィラルが確信を強め尚も力を加えようと喉を裂く。 「当然だ!!これは俺とシャマルの愛の力っ!!例えお前といえども、いいや誰であろうと!! 止めることなどできんのだああああああああああああああああああああああああああああ!!」 更に膨れ上がるグレンラガンの力に、緑の光はまたたく間に金色の巨体を飲み込むかに思われた。 しかし、愛を知るのは獣人の戦士ばかりではない。 「俺の……」 グレンラガンが押し戻される。 「何っ!?」 「俺のこの手が真っ赤に燃えるぅ!『幸せ掴め』と轟き叫ぶぅ!今爆熱するのは、レインとこの俺ぇっ!!」 輝きを取り戻した黄金の力が再び均衡状態を形作った。 獣人の目が驚愕に見開かれ、対するドモンは言葉を放つ。 絶対に曲げられぬ意思を込めて。 「言ったはずだぞヴィラル……俺は、レインが好きだとなあああああああああ!!」 「ほざけえええええええええ!!」 『おおおおおおおおおおおおおおおおおお おおおおおおおおおおおおおおおおおお おおおおおおおおおおおおおおお!!!』 ぶつかり合う意思の中央で一際大きい爆発が起こり、そして勝負が決した。
◇ 「終わった、のかな」 「多分……そうだと思います」 カグツチから降りた舞衣はずっと抱き抱えたままだったゆたかをそっと地面へと下ろした。 腕に掛かっていた微かな重量と彼女の体温が離れて行く感覚が少しだけ寂しかった。 「……舞衣ちゃん? どうかしたの」 「う、ううん! な、なんでもないっ」 首を傾げたゆたかに舞衣は慌ててその場を取り繕った。 そしてああ、そんな気分になるのがおかしいのだ、と上気した頬を掌で軽く扇ぐ。 暗闇と瓦礫の世界の中で、煌々と燃えていく白い機体だけがクッキリとその輪郭を露にしていた。 舞衣はキョロキョロと辺りを見回しながら、ホッと胸を撫で下ろした。 ――確かに、ビャコウにはカグツチのブレスが直撃したはずだ。 地面に降りて確認して見た所、どう見てもビャコウは大破している。 火球で爆破した肩の鎧などだけでなく、二つある顔(ビャコウは胴体にも顔が付いているロボットだった)はどちらも完全にその形を失っていた。 「……あっ……、ま、舞衣ちゃん!」 「どうしたの、ゆた――っ!?」 ゆたかが指差した方向に眼を向けた舞衣は思わず身構えた。 「グゥッ……ッ!」 燃え盛る炎の向こうから現れたのは――未だ健在のチミルフだった。 だが、もちろん無傷という訳ではない。 身体に纏っていたであろう鎧は所々が焼け焦げ、特に肩部から完全に炭化している左腕は「悲惨」の一言である。 肉の焼ける焦げ臭い臭いを漂わせながら幽鬼のような足取りでチミルフはよろめいた。 爆炎を背負い苦悶の表情を浮かべつつも、右手に握り締めた鉄槌が彼の戦意が朽ち果てていないことを示していた。 だが同時に囚人の足鉄球のように引き摺る鉄と地面が擦れ合う音こそが、彼の満身創痍を証明している、と考えることも出来るだろう。 「ゆたか。下がっていて」 「……舞衣ちゃん」 「大丈夫。絶対に……大丈夫だから」
不安げな眼差しで見上げるゆたかの頭を軽く撫でつつ、舞衣は気丈に言い放った。 そして一度消滅させたエレメントを再び具現化させる。 両手首・両手足の周囲に惑星のリングのように展開される金環が音もなく回転を始めた。 ギリィッ、と舞衣は下唇を噛み締めた。 そうだ、相手はわざわざ殺し合いの途中から参戦してくるような人物だ。 こちらが一筋縄で圧倒出来るなんて、あまりに楽観的な見通しだったのだ。 「ッ……」 隣のゆたかがごくり、と息を呑む音が聞こえたような気がした。 その表情に浮かび上がった色は驚愕≠ニ怯え≠セ。 舞衣にもその心情は痛いほどよく分かる。そもそも――チミルフは人ではなかったのだから。 螺旋王は確かに部下を途中から舞台に上げると言った。 だが、まさかこのような獣≠フ姿をしたモノが殺し合いに加わっているとは夢にも思わなかった。 ロボットを操っているから、人語を話すから。 そんな理由で舞衣はてっきり相手はロージェノムと同じ人間だと思っていたのだ。 二メートル近い巨体。隆々とした筋肉と全身を覆う剛毛。 低く豚のような鼻に豪快な足音。 そして――ルビーのように煌々と光る赤い瞳。 「来て、カグツ――」 「……待て。鴇羽……舞衣……」 「え?」 チミルフの口から吐き出された静止の言葉に舞衣は思わず言い淀んだ。 「もう、終わりだ……ッ……」 「お、わり?」 「そうだ、グッ…………!」 言葉と共にチミルフの膝が折れた。ガクッと肩膝を付き、息を荒げる。 終わり……もう、限界ということか? 確かに、チミルフの身体には相当なダメージが蓄積しているようだ。 完全に燃え尽きた左腕などその最たる例だろう。 「完敗だ……ッ、だが……貴様らのような子供を前に膝を付くことになろうとは……な」 自嘲気味にチミルフが呟いた。 鉄槌を右手に持ったままなので、戦意が喪失した訳ではないなのだろう。 単純に身体がその意志に付いて行かない、だけなのかもしれない。 「……どうして、ですか」 「な、に?」 その時、舞衣の背後のゆたかが小さな声でチミルフに問い掛けた。
「なんで……戦いの最中に立ち止まったりしたんですか……?」 「ソレは……ッ!」 チミルフの苦虫を噛み潰したような顔付きが更に歪んだ。 触れられたくない部分だったのだろうか。 だが、ゆたかの覚えた疑問は同様に舞衣も感じたモノだ。 戦闘の主導権をこちら側が握った直後、ビャコウが突如動きを停止したのだから。普通では考えられない行動だ。 「わたしには……戦いのことはよく分かりません。 でもチミルフさんは武人≠セって……聞きました。だから、その、凄く変だと思ったんです。 本気で戦っていないとか、手を抜いている……とは違った……妙な感じがずっとあって……」 たどたどしい口調でゆたかが続ける。 「チミルフさんは……どうして……戦うんですか? わたし達を襲って来たってことは、ロージェノムさんの命令だと思うんですが……でも」 確かにチミルフの行動には不可解な点が数多く見られた。 それは、言ってしまえばある種の二面性だ。 ある時は強くて、ある時は弱い。 ある時は熱くて、ある時は冷たい。 ある時は心の込められた戦い方をするのに、またある時は極めて無機質で。 彼の中に二人の彼がいて、それが交互に顔を出しているような不思議な感覚だった。 舞衣の中にもソレ≠ニ似たような記憶があった。 一面の炎と、涙と、怨恨。 もちろん、曖昧で根拠のない想いではあるのだけど。 「くくくくくく……ハハハハハハッハハハ!」 言葉を切ったゆたかを見据えたチミルフが突如、凄まじい大声で嗤った。 舞衣達は飛び上がってしまいたくなる衝動を必死に抑える。 身体が大きいだけあって、その声量も圧倒的だった。 「小娘共よ。最後に、一つだけ……聞こう」 チミルフが小さく、言葉を切った。そして、 「――俺は、手強い相手と言えたか?」 「え……っ!」 「俺は……貴様達を存分に沸き立たせるだけの戦いが出来たか? 貴様達は何を……感じた? 何を思った……? そこに武人としての生き様は……あったか?」 舞衣とゆたかは、チミルフの言葉に思わず顔を見合わせた。
二人とも、胸に過ぎった感想は同じだった。 相手が本気だから、鬼気迫るような迫力が伝わって来るからこそ、辛いのだ。 何かに一生懸命になっている相手を無碍に扱っても、お互いが傷つくだけなのだから。 それが、チミルフにとって残酷な宣告になると確信していた。 悟ってしまっていた。だが、 「言えっ!! 貴様達はどう感じたのだ……ッ!?」 「う……」 そんな甘えを目前の猛将は決して許さなかった。 評価しろ、と。 感じたことを言ってみろ、と。 二人の少女に強要――いや、懇願したのだ。 そこに、戦士としての誇りが在ったかどうかを確かめるために。 ゆっくりと、舞衣が口を開く。 「…………正直、やられちゃう……とは一度も思わなかったわ。少なくとも、負ける気はしなかった」 「……そうか」 チミルフはそう呟くと、膝を付いたまま天を見上げ、遠い眼で空の彼方を見つめた。 でも、どうしていきなり立ち止まったりなんか……。 ハッキリ言ってしまえば舞衣はチミルフに負ける訳がない、と感じていた。 そしてソレは単純な慢心や自己の実力の過剰などではなく、半ば感覚的なモノとして嚥下出来る感想だった。 大きな理由の一つとして、ゆたかが「一緒に戦う」と言ってくれたことが大きかった。 舞衣は、自身の叫び≠その胸の内に押し隠してしまう少女だった。 彼女には巧海という、心の底から大事に思っている弟がいた。 彼は少しばかり身体が弱くて、病院に通い詰めだ。 そして舞衣はそんな弟のことをずっとずっと気に掛けていた。 ――私は、お姉ちゃんだから。 そんな意識をずっと抱えていた気がする。 本当は誰かに頼りたくて頼りたくて堪らないのに。 不安で、心配事で潰れてしまいそうなのに、無理ばかりしてしまう。 苦しいことを心の奥底にある棚の中へと押し込んで蓋をして、自分だけの問題にしては外の顔ばかりを取り繕っていた。 だからこそ、ゆたかが「自分を頼ってもいい」と言ってくれた時に、舞衣は本当の気持ちで笑えたのだ。 一人一人ではちっぽけな存在かもしれないけれど、舞衣の側にはゆたかがいてくれた。
211 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/02/20(金) 23:05:50 ID:u7jELEwu
Requiem aternam. レクイエム 永遠の安らぎを Dona eis, Domine 主よ、彼らに与えたまえ
二人、だ。 一人じゃない。頼れる相手がいる。 全部心の中に抱え込む必要はないのだ。 だから――無敵だ。 絶対に負けるはずがないと思った。 舞衣もゆたかも胸を張って、全力で目の前の障害に立ち向かうことが出来たのだから。 若干の沈黙に舞衣は心の底から居た堪れない気持ちになった。 望まれてやったことだとしても、相手の感情がこうしてモロに伝わって来るとなると話は別だ。 覚悟を剣に、使命感を刃に、決意を炎に変えて戦っていた数分前とは状況が全く異なってしまっている。 怪物にしか見えなかったチミルフが、 何故かこうしていると本物の人間と変わらないように見えてくるから不思議だった。 星空へと食い入るように視線を寄せるチミルフの眼が輝いて見えた。 いつの間にか――チミルフの瞳から紅色が消えていた。 「ルルーシュの力に取り込まれた時……既に怒涛≠ニ呼ばれた武人は死んでいたのかもしれんな」 「え……今なんて――」 ニィッ、とチミルフが一瞬だけ豪放な笑みを浮かべたような気がした。 棒切れのようにピクリともしなかった彼の右腕が動いた。 大槌を天を突き破らんばかりに持ち上げ、そして、 「螺旋王ッ!! 忠義を失った哀れな部下にせめて獣人らしい最期を!!」 振り下ろした鉄槌を――チミルフ自身の頭蓋へと叩き付けた。 「え…………」 赤色の血潮が辺り一面に噴水のように降り注いだ。 支える力を失った鉄槌が地面へと落下して鈍い音を立てる。 万力によってひしゃげた男の骨は粉々に砕かれ、血流からサラサラと粉末のように流れ落ちる。 黄身を帯びた白いペースト状の物体が道路にぶちまけられた。 そしてドサッ、という小さな音と共に、チミルフの身体がコンクリートの上に倒れ込んだ。
「きゃああああああっ!」 「ゆ、ゆたかっ! 見ちゃダメ……!」 あまりに凄惨な光景にゆたかが悲鳴と共に顔を覆う。 だが、彼女を庇おうとした舞衣の顔面も引き攣り何が起こったのかを理解出来ずにいた。 「な、なんで……」 呻りのような言葉しか出て来なかった。 誇りを否定されたことが、 武人として満足行く戦いが出来なかったことが、それほど彼には苦痛だったのだろうか。 もしくはもっと他の理由が……あったのだろうか。 舞衣は戦いの中に己を全て埋没させている訳ではない。 彼女を構成する要素はいくつもあって、HiMEとしての側面はその中の一部に過ぎないのだ。 誇りも、 忠義も、 武人としての生き様も、 ソレが自身の命を絶つに相応しい理由なのか、舞衣には分からなかった。 ただ一つ、漠然とした結末だけが転がっていて。 それだけが彼女の理解出来るハッキリとした事実で。 パチパチと燃え続ける街。溶けたコンクリートに抉れた大地。 星と月だけが埋め尽くす宇宙の瞬きに包まれて――男は逝った。
◇ もう一歩意地を通していたら流石に死んでいたかもしれない。 カミナの目の前には巨大なクレーターが広がっていた。円は綺麗にカミナの鼻先から始まっていたが、対岸が見えないためその全貌を伺い知ることはできない。 派手な喧嘩に相応しい置き土産と言ったところか。ともかく戦いは終わったらしい。 「へへっ、あの馬鹿野郎ども見せつけてくれんじゃねぇか」 スポーツで名勝負を観戦しあ後のようにさっぱりと笑い、体にこびりついた土砂を払う。 さすがに身が持たなかったのか最後の瞬間の記憶はなかった。そのため勝負の行方がどうなったかは分からない。 だがそんなことは些細な問題だ。 カミナはクレーターの中にに降り立った。 この先に進み、立っていたものが勝者だという根拠のない確信に突き動かされ足を動かす。グレンラガンやクロスミラージュのこともあったが、不思議とそれほど不安はなかった。 底に近付くにつれて水が溜まっていた。どうやら穴は水辺と繋がってしまっているらしい。 クレーターの中心に居るのは激戦を潜り抜けた一体のロボットである。やはりというか、もう片方は影も形も見えない。 声の届く距離まで一気に駆け寄って、カミナは勝者へと声を張り上げた。 「おう!見せてもらったぜぇ……ドモン!」 「カミナ……か?お前まだこんなところに……」 立っていたのはアルティメットガンダムだった。 生物的だった外観のそこかしこから機械が剥き出しになりあれ程活発だった再生も殆ど進んでいないが、それでも最後に立っていたのはドモン・カッシュだったのである。 「言われっぱなしで逃げたんじゃあグレン団の名がすたるってもんだ!……おかけで久しぶりに良いケンカを見せてもらったぜ」 「ふ……お前という奴は」 アルティメットガンダムの損傷具合と同様、スピーカーを通して聞こえるドモンの声も限界寸前という様子だったがカミナへの不快感は感じられない。 ただの野次馬とはまた違う表情を見せるカミナに何かを感じたのかも知れなかった。 「ヴィラルの野郎はどうしたぁ?派手にぶっ飛んじまったか?」 「そのようだ……死んではいないだろうが確かに手応えがあった。もう戦闘はできまい」 「クロミラは?」 「無事……のはずだ」 つまりは万々歳という訳だ。敵は倒れ、味方は皆健在である。 もっとも俺もこいつもボロボロだがな、とドモンは笑った。そこに自嘲的な感情はなく、代わりにやり遂げた男だけが持つ誇りが感じられた。 「なら今度こそクロミラを取り返しに行くとしようじゃねぇか。まさか歩く力もねぇなんて言わねぇだろうな?」 「ああ……どのみちこいつはここで眠らせてやった方が良さそうだ」 何かを惜しむような、懐かしむような響きがあった。そう思った理由まではカミナには分からなかったが。 「仲間とも合流しなくてはな……ぐぅお!?」
ハッチが開かれる寸前、上空から降り注いだ何かがアルティメットガンダムの周囲で爆発し、その巨体を揺らした。生じた突風にカミナの体も宙を舞う。 「あでぇ!何だぁ!?」 訳も分からず顎から強かに地面に打ち付けられ、カエルが潰れたときのような妙な音を立てた。 世界が反転していたのも一瞬、持ち前の頑丈さで素早く身を起こすとカミナはきっ、と眼前を睨み付ける。 黒い巨体がそこにあった。一瞬にして現れ、崩壊寸前のアルティメットガンダムに攻撃を加えた新たな敵である。 「てめぇは……!」 漆黒に赤を差した禍々しき機体。ネオホンコン代表マスターガンダム。 それを支える真白きモビルホース。操るは愛馬風雲再起。 「ふん。見事だ。見事であったぞドモンよ」 流派東方不敗開祖。東方不敗マスターアジアその人である。
235 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/02/20(金) 23:10:01 ID:BuNtRknc
◇ 東方不敗は歓喜していた。無論、愛弟子の見せた力とその成長ぶりにである。 天元突破に至り破滅を招き寄せる程の力を得た獣どもをその身と技だけでねじ伏せて見せた。 武に逸る東方不敗が思わず足を止める程に見事なファイトを、己が弟子が演じて見せたのである。 人を見るに長けておったはやはりこの東方不敗、と思わず笑みがこぼれる。 「師匠……生きておられたのですか」 「ドモンよ、貴様はどうしてもワシが死んだことにしたいようだのう。ワシはここにおる。そこに何の不思議があろう」 先刻カミナと交わし、一日前にドモンと交わしたのと同じやり取りに、東方不敗は変わらぬ威厳でもって答えた。 ドモンの声は疲労困憊といった様子で、情けないほどに弱々しい。だがそれで良い。 折れてさえいなければそれで良い。 「しかし……」 「ふん、謎かけばかりしていても始まらんか。良く聞けドモンよ、ワシは一時のこととは言え螺旋王と手を組んだ。偽の情報を流すことなど訳もないことよ」 なんと、とドモンが息を飲んだ気配が伝わってくる。 ルルーシュや獣人どもの複雑に入り交じった関係まで教えてやるつもりはない。 どうせ言っても詮無いことである。 これから行う仕上げが完了すれば、もう奴らと顔を合わせることもないのだから。 「東方不敗……!あんたと言う人は……!」 目論見通り、声に怒りの気配が混じり出す。それに連れて崩壊寸前に思われたアルティメットガンダムも鈍い音を立てて動き始めた。 (技だけ見ればましになったとは言え……相も変わらず御しやすい馬鹿弟子よ) 東方不敗の挑発でドモンは再び立ち上がる力を取り戻しつつある。 そうでなくて困るのだ。ルルーシュの言う手心を加えた試練など所詮は戦いを知らぬ者の戯言。 限界を越えた先にある艱難辛苦に打ち勝ってこそ、初めて試練は試練足り得るのだ。 天元を破ろうなどという大願を目指すならば尚のこと。 「あんたは間違っている……俺が今それを教えて……ぐぅ!」 命を賭けねばいかなる修行も成ろうはずがない。 「良くぞ言ったぞドモン!ならば見事受けてみぃ!これが、最後のガンダムファイトよおおおおおおお!!」 それを知るからこそ、東方不敗は一切の容赦もなく己が機体を大回転させることができるのだ。
◇ それはファイトと呼ぶにはあまりに一方的な蹂躙だった。 「ほれ!ほれほれほれ!ほぉれいっ!」 「ぐおおおおおおお!」 マスターガンダムは自身の何倍もの巨体をまるで赤子のように弄んでいた。 影のように軽やかに次々と技を放ちその一撃一撃が確実にアルティメットガンダムの命を削り取っていく。 既に精魂尽き果てたのか、棒立ちでそれを受けるドモンもまた然りである。 あたかも東方不敗が複数いるような、いや時には実際に分身してまで行われる執拗な攻撃をカミナはどうすることもできず、ただ喚くしかない。 「どうしたどうした!悪党のワシに言い様にされて良いのかぁっ!?」 「てめぇジジイ!汚ねぇぞ!」 「小僧は黙って見ておれ!ぬぅわ!」 「ぐぁあ!」 叫ぶことも許さぬとばかりにマスターガンダムの腕部が射出され、地面ごとカミナを抉り飛ばした。 宙を舞いながらちくしょう、ともう何度目になるかも分からない悪態を漏らす。 剥き出しの敵意という新たに突き立てられた壁は余りに大きかった。 諦めるつもりなど毛ほどもないが、打ち破るだけのドリルが今のカミナにはない。 (くそったれくそったれくそったれ……!こんなところで終わっちまうってのかよ!後からしゃしゃり出て好き放題しやがる訳分かんねぇクソジジイに言い様にされて、それで終わりだってのかよ!) 可能性があるとすればドモン・カッシュだ。 しかしそのドモンも言い放った言葉と裏腹に気力だけで立っているという気配で、ただマスターガンダムの猛攻に身を任せている。 既に余力も尽きたかのように見える。だが、問題がはそんなことではない。 (そうじゃねぇそうじゃねぇそうじゃねぇ!そうじゃねぇんだ! 怪我がなけりゃとか武器があればとか、そんな甘ぇ考えはいらねぇんだ!) 東方不敗は万全の状態でありドモンは満身創痍である。 戦えぬドモンにはガンダムがあり戦えるだけの余力を残すカミナにはガンメンがない。 だから勝てない。突如降って湧いた戦闘とも言えぬ茶番によって命を散らすしかない。 いや、そんなものは理屈だ。 (できるとかできねぇとかそんなこたぁどうでもいい! だがよ、あんなどでけぇ喧嘩の後をぶち壊しにしてくれやがったジジイを一発ぶん殴ってやることもできねぇなんてよ……我慢できねぇだろうが) 背中から地面に叩き付けられ、殺しきれなかった衝撃にカミナの体が更に二度三度と跳ねてようやく止まる。 頭を打った。視界がぐるぐると回って気持ち悪い。 腹の底から絶叫を迸らせるも、響く声はどこまで届くものか。 「あぁそうだろうが!こんなんが終わりでいい訳ねぇだろぉが……えぇ、ドモンよぉ!」 穴蔵から見上げる空は、余りに遠かった。
◇ (駄目なのか……もう俺には師匠を救う力は残されていないのか) 骨を砕き臟腑を穿つ東方不敗の技の数々は確実にドモンの命の火を消しつつあった。 師匠の過ちを拳で正すという誓いは未だ折れてはいない。今も限界を越えた体を支える最後の助けとしてドモンを踏ん張らせ続けている。 だが体は限界だった。ヴィラルとの決戦で全ての力は出し尽くしている。誤魔化しが効くレベルはとうに過ぎていた。 加えてあれだけの大技を放ったのだ。アルティメットガンダムに蓄えられていたエネルギーもほぼ底を突き、身じろぎすることさえ叶わない。 カミナが何かを叫ぶ声が聞こえた。これでいいのか、ここで終わってしまうのかと言う魂の慟哭だ。 言い訳がない。まだ何一つ終わってはいないのだ。 螺旋王の打倒は果たせず。 レインの元に帰ることもできず。 救うべき師には逆に命を奪われようとしている始末だ。 全くもって、救いようがない。 (だったらどうすんだ……そのまま蒸し焼きにでもなるつもりかよ) 白光に世界が埋まり、視覚も聴覚も朦朧とした世界の中でドモンとカミナは意識を交わす。 (おめおめとやられるつもりなはい……だが、やはり師匠は強い……!) (んなこと聞いてるんじゃねぇよ……) 一騎当千の語をそのままに際限のない爆発が続けられる。 土くれと共に舞いあげられるカミナ。 アルティメットガンダムがついに崩落の兆しを見せる。 (今の俺の拳では師匠には届かん……曇りきった師匠の心を晴らすことができん……) (本気で言ってんのか……) 荒れ狂うマスターガンダムの力に、ついにドモンカッシュの心が膝を付いた。 アルティメットガンダムの瞳から光が消える。 (まったく修行なんてなっちゃいなかった……俺は、無力だ) (本気なんだな……) 心折れたキングオブハートの言葉はどこまでも弱く、カミナの胸を打つような力もない。 あれほど勇ましかった男も死を前にすればこんなものなのか。 そんな諦念にも似た後ろ向きの気持ちを目の当たりにし──。 (じゃあよ) ──カミナは切れた。 「歯ぁくいしばりやがれええええええええ!!」
◇ 「なんとぉ!?」 最早この戦場は完全に己の思うがまま、そう確信しきっていた東方不敗にとって目の前で起こっている現象は全くの予想外だった。 カミナが、走っている。 「うおぅりゃあああああああああ!!」 喉よ千切れよとばかりに獣じみた唸りを上げて、死に損ないの男ががむしゃらに駆けている。 血塗れ泥塗れになり無事な箇所などないのではないかという怪我を負いながら、それでもアルティメットガンダム目掛けて一直線に突っ走っている。 流れ弾で死んでいなかっただけでも奇跡的だというのに。 足を支える骨などとうに砕けているだろうに。 そんなものは知らぬと、男は爆進している。 「くっくく……はぁっはっは!流石はワシの見込んだ男よ!そうこなくては稽古をつけてやった甲斐がないと言うもの!」 東方不敗は堪らなく愉快な気持ちになった。 攻めを受けるばかりの弟子どもに不甲斐なささえ感じていたがここで反撃に転じる気概を見せてこそ修行の意味がある。 だからこそ、さらなる試練を与えずにはいられない。 「何をするつもりか知らんが、これはどうだ……ほぉ〜れい!」 鋭く尖ったマスターガンダムの拳が東方不敗の一声でごぅん、という音と共に射出されカミナに迫る。 モビルファイターでさえ容易く貫く必殺の抜き手である。威勢だけが取り柄の小僧にかわせる程甘い技ではない。 狙い違わす、ビームに連結されるディスタントクラッシャーは側面からカミナを握りつぶさんと迫り。 「しゃらくせぇ!」 前転の要領で迷うことなく身を投げ出したカミナに紙一重で回避された。背後で巻き上げられた土砂が空しく飛び散る。 カミナはすぐさま起き上がった。ギリギリの一線で命を拾ったことになどまるで構いもせず再び走り出す。 東方不敗には何故か一瞬その背中がとても大きくなったように見えた。
「く……!つけあがるなぁ!」 嫌な妄想を振り払うかのように東方不敗は全力での攻撃を繰りだし始めた。だが言い様のない焦燥に僅かに技が乱れてしまう。 人間一人狩りとるなど訳もないことのはずなのに、まるで攻撃が当たらなくなっている。 あたかも流水になったかのようにカミナの動きが捉えられない。 右に左に発射される光線をカミナは見もせずにかわす。雨のように注ぐ土砂などお構いなしに走り、鞭のように振るわれたマスタークロスの一撃をひとっ飛びに避ける。 足元で生じた爆風を推進材に原型を留めぬ程に痛みつけられたアルティメットガンダムの下半身に取り付いた。 そのままよじ登る、のも面倒くさいとばかりに全身をガシガシと動かし、ついには足だけでほぼ垂直にそそり立つ外壁を駆け上がるに至った。 追い縋るように再度放たれたディスタントクラッシャーを本能でかわし、逆に足場としてコックピットブロックをこじ開ける。 無理矢理作った隙間に頭から飛び込み殺しきれなかった勢いに盛大にすっ転んだがそんなことはもう微塵も歯牙にかけず立ち上がり。 「歯ぁ食いしばれそれといつかのお返しだ覚悟しやがれパアアアアアアアンチッ!!」 呆けたように突っ立っていたドモンを殴り飛ばした。 「がはあっ!」 呆れる程真っ直ぐ突き出された拳は綺麗にドモンの顔面に突き刺さり体ごとその身を吹っ飛ばした。 面白いくらいゴロゴロと転がったドモンはそのまま触手のような無数の配管が剥き出しになったコックピットの壁に激突し、呻き声を上げて倒れた。 「おうおうおうおう!」 何が起きたか分からぬと口にするかのような腑抜け顔。 散々に偉そうな能書きを垂れてくれてドモンに向けて、カミナはビシリと指を指す。 「耳も目も鼻も口も!穴ってぇ穴かっぽじってよぉく聞きやがれ!」 そして直ぐ様天を指す。 ここ一番で叩き付けるのは得意の口上。カミナという男の生き様そのものである。 「勝てねぇ会えねぇ分からねぇ! ないない尽くしの泣きっ面ぁ、意地で隠して押し通る! 裏目裏目の負け犬人生、それでも貫く男道!」 グレン団、不撓不屈の鬼リーダー。 俺を。 この俺を。 「俺を誰だと思っていやがるっ!!」 男カミナ、ここにあり。
「ぐ……。何だと?」 息も絶え絶えに口元をぬぐいながらよろよろとした足取りでドモンが立ち上がった。 だがまだカミナの怒りは収まらない。腹の底から湧き出る言葉を感情のまま次々とぶつける。 「おうおう、俺は夢でも見てたのかぁ!?さっき見たのはそりゃもうすげぇ、男と男のガチンコ勝負だったんだがなぁ! 俺も地上に出てから結構経つが、あそこまで派手な喧嘩は見たことねぇ! 魂が震えるたぁあのこった! ……正直負けたと思ったよ。このカミナ様がよりにもよって男のでかさで負かされるなんざ、思いもしねぇってもんだ。 だがよ、そんなすげぇもんを俺に見せてくれた手前ぇが何だぁ? 最っ高の目標を前にできません、無理ですだぁ? ふざけんじゃねぇぞこんちくしょうっ! 仮にも俺が認めた男が、んなこと抜かしていい訳ゃねぇんだよ! ……俺は信じる。俺の信じた俺を信じるぜ。俺はそれっきゃ信じねぇ!」 掲げられていた指を下ろす。その先にはドモンの顔がある。 「手前ぇはどうなんだ、ドモン!!」 キングオブハート。 散弾のようにぶちまけられた言葉の嵐はあたかも魂を直接殴り付けられるようで、激しく突き立てられた熱情は東方に燃え盛る炎にも似る。 弛緩していたドモンの表情が変わった。 「ふ……まさか、お前に説教されちまうとはな」 どこか粗野な雰囲気を漂わせ、ドモン・カッシュは笑った。両足に再び活力が戻り始めていた。 「おうよ、俺もグレン団もあのジジイにはでけぇ借りがあるんでな」 それを見てカミナもまた口を釣り上げ笑った。親指の腹で背後を指す。 「だがどうする。ガンダムのエネルギーはもう空っぽだ」 「あぁん!?まだそんな寝言を言ってやがんのかぁ?」 心底からの呆れを感じカミナは頭を抱えた。思わずやれやれと大袈裟なため息まで出る。 「空っぽなんかじゃねぇだろうが」 まったく、この期に及んでこんなことも分からないのか。 行く道に必要なのは度胸と根性。それに。 「気合があんだろ。ロボットを動かすのに必要なのは燃料なんかじゃねぇ……気合いだ!!」 当たり前のことである。
「く、くははははは……あっははははは。気合い、気合か」 なのにドモンはそれを聞いてからからと笑った。 まるで子供に戻ったような純粋で曇りのない呵呵大笑がコックピットに満ちる。 「あんだぁ?何か変なこと言ったか?」 「いや何でもない。俺としたことが、どうやら大事なことを忘れてしまっていたらしい」 訝るカミナを押し退けるようにドモンがコックピットの中央に陣取った。 だがもちろんそれだけでアルティメットガンダムに火が入ることはない。そんなことはお構い無しにドモンはごそごそと何かを探し始める。 「何やってんだ?」 焚き付けた身でありながら意図が読めず、ぽかんとカミナは聞いた。 「知れたことだ。馬鹿師匠の目を覚ましてやるのさ」 挑発的な笑みの横で、シャッフルの紋章が赤く光っていた。
◇ そして、アルティメットガンダムが力を取り戻す。 「ぐぉお!?何事!?」 再起動の気迫と共に放たれた衝撃波にしばし静観を決め込んでいた東方不敗が足を取られた。 復活していく。あれだけ散々に痛めつけられ、がらくた同然と成り果てていたアルティメットガンダムが瞬く間に再生していく。 昆虫のような下半身に不釣り合いに植えられた人間の胴体部。装甲に鮮やかな色が生まれる。 「だがどうやってだ!?最早あれには一片たりともエネルギーは残っておらんはず!?」 「はあああぁぁぁぁぁ……はぁ!!」 完全に立ち上がったアルティメットガンダムから再度、鬨の声と共に更に強力な衝撃波が放たれた。 顔面を庇う腕の隙間から東方不敗は見る。僅かに開け放たれたままの、コックピットブロックの内部に広がる光景を。 「見せてやる……父さんと兄さんが命懸けで作った、アルティメットガンダムの力をなぁ!」 「貴様……!まさか自ら!?」 そこにあったのは触手のように無数に伸びる配管を全身に巻き付けたドモンの姿だった。 傍らに立つカミナの姿を除けば、それは東方不敗に取ってもある意味で馴染みの姿。 自らをガンダムのエネルギー元とした、男の姿である。 「貴様、まさか自ら生体コアとしてその身を捧げたというのかっ!?この愚か者があああああ!!」 「へっへ、吠えてやがんぜジジイがよぉ」 怒号飛び込むコックピットの中、カミナがすちゃりと音を立てサングラスを装着した。 テンガロンハットはどこかに飛んで行ったがこれだけは無くさない、愛用の一品だ。 「そんなことをしてみろぉ!貴様に僅かに残った生命力まで、吸い付くされてしまうのだぞぉ!」 均衡を崩した事態に東方不敗が不測を悟り、静止のための怒号を飛ばす。 「うるさい!」 だが時は既に遅い。その声は弟子には届かない。 「あんたにも今分からせてやる……そう!この魂の炎、極限まで高めれば!」 「突き崩せねぇ壁なんざ!」 『何もない!!』 二人の声が唱和し東方不敗を押し退ける程の力となった。
重なり合った心に黄金の輝きが満ち、緑の光がそれを彩る。 「俺に合わせろ、カミナ!」 「おう!何だかわかんねぇがいっちょ派手にやってやるぜ!」 『行くぞぉ、東方不敗!!』 「この馬鹿弟子があああああああああ!!」 爆熱の気運の中、東方不敗もまた奥義を放つべく構えを取った。 だが足りない。 『我等のこの手が真っ赤に燃えるぅ!!』 東方不敗には、圧倒的に、気合いが足りない。 「天を破れと!」 「轟き叫ぶぅ!」 アルティメットガンダムの中で見せる鮮やかな息の噛み合いは、まさしく舞闘。 『爆ぁぁぁぁぁぁぁぁぁくぅ熱!!ゴッドフィンガアアアアア……!!』 金の輝きに緑の粒子が舞い上がり地を満たした。 最強のガンダムが放つ一撃は、その名も高き究極拳。 「石!」「破!」 『究うううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ極!!天驚けえええぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!』 放たれたのは、男と男が貫いた、二つに重なる拳の力。 「な、何だと!?ワシの技がこうもたやすく……!?」 結ばれたのは紛れもない王の形だった。それは東方不敗の奥義を容易く飲み込み、主までも包み込まんと迫る。 かわすことなど、受けることなど、できはしない。 『ヒィィィィィィィィィィィト!』 「こんな……!このワシが、東方不敗がああああああああ!?」 『エェェェェェェェェンドッ!!』 勝利を決定付ける一声を合図に、解放されたエネルギーが爆発しクレーターの内部を球形に包み込んだ。 まばゆい白の光が超高温の世界を作り、マスターガンダムを、アルティメットガンダムを呑み込む。 世界の終わりのように、全ての物と感情が静かに塗り潰されて行くのをカミナは感じた。 「レイン………………………………」 「………………………………あん?」 最後の一瞬、微かな呟きが耳朶を打ち、その意味を知る間もなくカミナの意識は光の中に消えた。
◇ ――しばし、舞台は一段高みへと移る。
◇ ゴクリという大きな音が自分の喉から発せられたものであると最初シトマンドラは気付くことができなかった。 慌てて額に浮かぶ大粒の汗を拭う。息をすることも忘れていたのか呼吸ははぁはぁと荒らかった。 身震いする程の破壊と殺戮。何と恐ろしい暴虐の嵐であろうか。 玉座の間である。先頃天元突破の瞬間を映し出したのと同じモニターがシトマンドラ達の前に広がっている。 「……無茶くちゃやな」 「ああ、色々な意味でな」 真なる螺旋力とやらの影響か映像は不鮮明であり、砂嵐などが混じるせいで細かい状況は全く掴むことができない。 だがそれでも"中"がどれだけの混沌に包まれているかは容易に知ることができた。 「どないすんねん、もやしっ子」 「さて、どうしたものやら。正直、奴らがここまで身勝手だとは思わなかった」 二人の人間が冷静に言葉を交わす。動揺を漏らすまいと黙り込むだけが精一杯のシトマンドラとは対称的だ。 裏切り、暗躍、そして敗北。螺旋の力に阻まれた断片的な情報は、ルルーシュの魔神の如き知謀の前に容易く全体像を曝した。 同志として誓いを交わしたはずの者達は早々に馬脚を現し、いずれも夢叶わず散っていった。 かつて7人の視線を受け止めたモニターも、今となってはたった三人分のそれに耐えるのみだ。三人が逝き、残る流麗のアディーネは居所が知れない。 ついに限界がきたのかモニターが白一色に染まり、すぐに砂嵐しか映さなくなった。 「これで中の様子を知る手段も無くなったか……」 「ど、どうするのだルルーシュよ!?これでは我らの悲願など到底叶わんではないか!?」 声が裏返っていた。さらに一歩悪くなった状況がシトマンドラの恐怖を煽る。 暴れ回るガンメンを見たとき事はすぐに終わると思った。 人間など容易く駆逐し、チミルフの申し出に従い速やかに任務を完了すると。 笑みすら浮かべそれを見守るる余裕があっただけに、突き付けられた現実が若き獣人の肩により重くのし掛かり、理性を蝕んでいく。 「そう慌てるなよシトマンドラ。できることをやっていくしかないだろう」 「叫んだかて一文の特にもならへん、ちゅーこっちゃ」 「まったくだ……こちらとしてはヴィラルの確保が急務であることに代わりはない。次の手立てとしては、そうだな……俺を回収するのに使った装置があっただろう。 激しく動かれていたときには無理だったが敗北し気を失っているとすれば試してみる価値はある。 それに賭けるしかないだろうな。奴らの生存まで含めて、分は悪いと言わざるを得んが」 「な、何故そこまで……」 冷静でいられるのだと恐怖に押し潰されそうになっている身では言い切ることができなかった。 シトマンドラにとって状況は悪い、などと一言で言ってしまえるようなものではない。 既にほぼ完全に詰みであり、頭の中は迫りくる人間達への恐怖とどのようにして逃げるかという弱腰の算段が渦巻いている。 この期に及んで次の策を練るなど到底理解の及ぶ所ではない。馬鹿だ。大馬鹿だ。 だと言うのに。
「……諦める訳にはいかないからだ。どれだけ追い詰められようと、俺には生きて妹のもとへ帰る義務がある」 なぜ、自分と背も体格も程変わらない少年がこれ程大きく見えるのだろうか。 真っ直ぐにシトマンドラを射抜く視線の、何と確かで力強いことか。 ルルーシュがマントの中に顔を伏せる。俄に憂いを滲ませる表情をシトマンドラは黙って見つめることしかできない。 「……怖いのは俺だって同じさ。逃げられるものなら逃げてしまいたい。だけどあれだけの大見得を切ったんだ。 ここで負けたら、俺は正真正銘ただのもやしっ子さ」 ふっと笑う。そこには確かに弱さもあったが、それ以上に決して膝をつかないという強い決意が見てとれた。 強がるばかりではない。ときには怯えもし、しかし決してそれから逃げようとはしない。 真に王たる器とは、このような人物を言うのではないだろうか。 仕えるべき人を、追うべき者を自分は間違えていたのではないか。 シトマンドラは本気でそう思った。恐慌に支配された頭に光明が差した気がした。 「改めて約束しよう。お前の王には必ず会わせてやる。だから今は耐えてくれシトマンドラ。そして……俺を助け」 「い、いえ!私が仕えるべき王は、あなたにございます!」 そしてシトマンドラは頭を下げた。腰を折り、本心からの誠意を示す。ルルーシュが面食らうのを気配で感じた。 だが構わない。これまで微かに抱いてきた懸念の正体はこれだとばかりに、尚も力を込める。 「な、何を言っているシトマンドラ。お前はあれ程ロージェノムに……」 「確かに螺旋王には問い質したいことが多くございます! ですがそれはそれ、真に王たるに相応しいのはあなたであるとこの神速のシトマンドラ、確信致しました!」 「……ああ、ワイもう行ってええか?そろそろ準備も要りそうやからな」 「あ、ああ、頼む……。そうだ、アディーネに会ったら状況を」 りょーかいと、気だるげな声が立ち去っていくのを頭越しに感じる。 ああ、奴も尊敬すべき心の強さを持っているのだろう。獣人だ何だと言うことに こだわり本当の意味で相手を見ようとしなかった自分が嫌になる。 何という了見の狭さ。何たる愚かしさか。 「……顔を上げてくれ、シトマンドラ。そのままでいられると俺が困る」 「はっ!しかし……」 「言ったろう?俺たちは対等だ。お互いに助け合いこそすれ、頭を下げる言われなんかないのさ」
そうまで言われ、やっとシトマンドラはそろそろと顔を上げた。 恐る恐ると言った様子でいつの間にか瞑っていたらしい両目を開ける。 対等という言葉を証明するかのように、同じ高さから手を差し伸べるルルーシュがそこに居た。 静かに、どれだけ真心を込められているか不安がるような口調で新たな王が告げる。 「だがその気持ちはありがたく受け取らせて貰う。本当のところを言えば、仮にとは言え仲間となった連中にあれだけあっさり裏切られて少し堪えていたんだ」 「私は……!私だけは決してそのような……!」 抱き抱えるように強く握り返す。 この手こそが自分を地獄から救う蜘蛛の糸であり、未来へと導く先触れとなるのだ。 そうシトマンドラは強く思った。
「ああ分かっている。信頼するぞ。……俺を助けてくれ」 一命を賭して――かつてない程の決意を込めてシトマンドラは叫んだ。 それは今までの権威にすがり他者を見下してきた愚かな自分との決別の宣言だ。 宣誓は王の前で。決して偽れない感情にシトマンドラの身が焦がれる。 安堵とも歓喜とも付かない激情に体を支え切れない。シトマンドラはその場に崩れ落ちた。 そのまま顔もあげず、何度も何度も阿呆のように同じ言葉を繰り返した。 だから。 「――非常に助かるよ、シトマンドラ」 そう言ったルルーシュの表情を、シトマンドラは見ることができなかった。
◇ 真っ直ぐに伸ばされた青色の髪に押し付けた銃はごとりと予想外に重たい音を鳴らした。 「全部聞いとったやろ」 ウルフウッドは平坦な声で告げる。 四天王が一人、流麗のアディーネの後頭部に容赦なくデザートイーグルを突き付けていた。 獣人の女は何も言おうとはしない。肩の高さで固定された細い指の先端だけが小さな震えを見せていた。 「……いきなり随分なご挨拶じゃないか」 ようやっと開かれた口から出た言葉にも、かすかな揺らぎがあった。 「とぼけても、あかんで」 虚勢を聞く耳は持たない。 それ程強く言ったつもりはないのだが、アディーネはあたかもも激しい叱咤を受けた幼子のように息を呑んだ。 先程の会談、陰でこの女が聞き耳を立てていたことに気付いたのはウルフウッドだけだろう。 「下手な隠れ方しよってからに、分かりやすすぎるわ。 しかも、やばい言うことが分かった途端トンズラ決め込むんやさかいな。誰でも怪しいと思うやないか」 「う……!」 およそ味方の取る態度とは思えなかった。何かあると、玉座の間を早々に辞してみれば、案内されたのは見も知らぬ怪しげな一区画。 更に、謎の巨大兵器ときたものだ。 まるで隠してますと言わんばかりのそれらの不可解な行動は意味深に過ぎた。 「まーアレやな。あの三人があんだけ好き放題に勝手なこと企んどったんやさかい、あんたも何か考え取るわな。 あのもやしっ子の言うこと頭から信じとるんは、もう鳥頭のにーちゃんだけなんちゃうか?」 シトマンドラは本気でルルーシュに惚れ込んでしまったようだ。本人にすれば感動のシーンだろうが傍目には茶番以外の何者でもない。 まぁ、あれはあれで幸せなのだろうからどうこう言うつもりはない。好きにしたら良いと思う。 どの道、ウルフウッドには自分たちが長生きできるとは思えなかった。 「ご、誤解さ。あたしはアンチ=スパイラルの監視を仰せつかってるんだ。すぐ任務に戻ろうとしたっておかしくないだろう」 「逃げ出す算段、ちゅうとこかいな?」 苦しい言い訳を一々相手するのも面倒臭くなってウルフウッドは単刀直入に聞いた。 指先の震えさえもぴたりと止め、完全にアディーネが沈黙する。
「……だったらどうだって言うんだい」 観念した、というのではない。返ってきたのは押し潰されたような怒りの声だった。 「ああ、逃げようとしたさ。だから何だって言うのさ。 アンタにあたしらの気持ちが分かるかい?螺旋王にさっさと見捨てられて、生意気なニンゲンの子供に頼るしかなかったあたしらの気持ちがさぁ!?」 建前を取っ払った先にあったのは進むべき道を失った女の慟哭だった。 仲間を失い、人生を狂わされたのは何も人間だけではない。 そういうことだ。 「あたしにこいつを起動するよう言ったグアームも死んだ、シトマンドラの奴はもうルルーシュのお人形さ。 チミルフは……チミルフはあいつに頭ん中ぐちゃぐちゃにされて、そのせいで死んだようなもんなのに、そんなこと考えもしない。 あたしらはもうバラバラだ。皆狂ってるよ。螺旋王もそうだがルルーシュが来てからもっとおかしくなっちまった。 いや、むしろとっとと逃げ出した分螺旋王はまだまともさ。 あたしだって、こんなとこにはもう一秒だって居たくない。 アンチ=スパイラルなんて化物と関わるのはゴメンだね!アンタ達で勝手にどうにかしておくれ!」 敵が怖い。死ぬのが怖い。己が傷付くのが怖い。 主が主なら部下も部下、などと言うつもりはない。 恐怖から逃げ出したくなるのは、羨ましいくらいに自然なことだ。 「なぁ」 アディーネの両手はもう下ろされていた。言いたいことを全部ぶち撒けて気が大きくなったのか、力も抜けている。 呼吸だけが荒かった。 「……なんだい」 獣人と呼ばれた女は、しかし誰よりも人間らしい感情に身を任せていた。
ウルフウッドは少しばかり目を背けたくなる。 弱くとも自然体なその在り方に憧れるのか。 意地など張らずに逃げ出してしまえる奔放さに惹かれたのか。 それとも。 女が可哀想だとでも言うのだろうか。 「もう、休めや」 ウルフウッドは言った。 言うと同時に引き金を引き、デザートイーグルから放たれた大口径の弾丸がアディーネの頭部を粉みじんに吹き飛ばした。 少し遅れて胴体がどちゃりという汚い音を立てて崩れ落ちる。 どくどくと絶え間なく広がっていく血溜まりを真っ黒な瞳で見下ろしながら、ウルフウッドは銃を仕舞う。 「……すまんな」 逃がすのではなく殺すという選択肢を選んだ理由は自分でも分からなかった。 口にしたのは形だけの謝罪。 いつからこうなってしまったのか。そう思いはするが、今更引き返す気もない。 「文句は死んでからゆっくり……ちゅうやつや。何なら、化けて出てくれてもええで。 どうせ生き残ったってすることないしな。祟り殺される言うんもお似合いやろ。 でもま……その前に一つだけ、な」 遠からず訪れる決着の時を待つためにウルフウッドは歩き出す。 考えることは特にない。 ただ、頭に浮かぶ馬鹿みたいなやけ顔を早く消し去りたいと、そう思うだけだ。 ウルフウッドは格納庫を後にした。手にかけたの女のことはすぐに頭から消した。
◇ ――そして、舞台は再び儀式の籠の中へと舞い戻る。
以上で本日の投下は終了です。 長丁場お付き合いありがとうございました! 明日もよろしくお願いします。
320 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/02/21(土) 00:51:16 ID:SLbzHzz2
◇ 「信じられない……あたし、夢でも見てんのか」 究極にして至高なるデスマッチの終了を、遠く離れた末席から眺める5つの視線。 その中でも一番間近に立っていたねねねは、ドーム状に広がる光の洪水に目をしかめていた。 愛の名の下にぶつかり合った惚気自慢。そして下馬評では予測不能だった師弟対決。 異世界を股にかけ、プライドを賭けた2番勝負は、ギャラリーに勝敗を越えた感動を与えていた。 「最高のロイヤルストレートフラッシュだった」 不安そうにリングを観察するねねねに答えながら、スパイクはポケットを探る。 右手がお目当ての物を掴んだことを認識すると、さっと口に運び火を灯した。 上等な葉巻をジンから譲り受けたので、もう肩透かしを食らうことはない。 「……あいつら、生きてるよな」 「それがわかりゃ苦労はしねえさ」 肺に吸い込んでいた煙を吐き出し、スパイクは踵を返してしゃがむ。 新たな焦点は、後方でうずくまる舞衣に寄り添っているゆたか。 勇気を胆に据えていたゆたかの理性は、化け物の公開自決というショックで疲弊していた。 「大丈夫か」 「……はい、スパイクさん。あたしは……」 「ゆたか。大丈夫。とりあえず呼吸を落ち着かせて」 とはいえゆたかの心は、意識の完全遮断を拒むほど強くなった。 守ってもらう立場なのは変わらない。体はまだしっかりと心に追い着いていない。 それでも確実に成長している彼女に、スパイクは素直に感心していた。 「これから忙しくなるからな。しっかり休んどけ」 「ス……スパイクさん……」 「俺たちは賭けに勝った。残ってるのは俺たちとあのギルガメッシュだけだ。 でもまだ終わりじゃない。俺たちには俺たちの仕事がある。ここがくたばっちまう前に、皆でちゃんと脱出するんだ」 「はい。わかっています……舞衣ちゃん、私、もう少し甘えちゃうね」 「え! ……あ、あ〜〜、うん」 だからこそ、ゆたかを助けると皆で意思表明しあった。そこには誰の異存もない。 ゆたかはスパイクの説得に迷うことなく頷き、舞衣に背中を預けることを受け入れる。 妙に顔を赤らめる舞衣の反応に若干の疑問を感じながらも、スパイクは立ち上がった。 「スパイク! 両手の花を生けてるとこ悪いけどちょっと手を貸してくれ! 」 スパイクが呼び声に振り向くと、少し離れた場所で、ジンが複数のディバッグから道具を地面に並べていた。 ディバッグの数はここにいる人数とは合わず、余分に増えている。 ガッシュ、スカー、そしてドモンのディバッグをジンが直前に受け取っていたからだ。
「粗方は分別しといたよ、はいこれ分類のメモ。 ガッシュたちの荷物が誰のバッグにどんな感じで入ってるかわかるから」 「こりゃまた随分と手際よく――おっと、また“ドロボウですから”って言い返すつもりだったろ」 「……念のため、俺の荷物を分配したメモも書いといたよ。要望があったら言ってくれ」 ジンのただならぬ雰囲気をふまえて、スパイクは渡されたメモにちゃんと目を通した。 そのメモにはガッシュたちだけでなく、ジンの荷物も大半が誰かのディバッグに移ったことを記していた。 ジンが未だに所有している荷物はどの項目からも2、3点しかなかった。 「要望がある」 「どうぞ」 「何、考えてやがる」 スパイクは舞衣たちに悟られないよう、小声で話しかける。 右手はジンの襟を掴んでいた。左手があればもう片方の襟を掴んでいただろう。 スパイクにはジンが「掴んでもいいよ」と言っているように見えた。 軽口を叩かず重い口調で返したジンの態度が、スパイクにかなりの違和感を与えていた。 「舞衣は、守るために戦える乙女だ」 「……乙女っつーよりありゃ魔女(ジャンヌダルク)だな」 「ゆたかは、勇気を出して向き合える女の子だ。ねねねおねーさんは、幸せな未来を導かせる女性だ」 「ジン、俺はお前の口三味線に付き合えるほど、面の皮は厚くねぇぞ」 スパイクの右腕にジンの左手が噛み付き、渾身の力を入れる。 「あんたは、どうなんだい」 使い捨ての蛇皮線が想像を越える感触をスパイクの右手に食い込む。 向かい合って座る少年の話し声は、スパイクよりも小さい。 しかしその言葉は、今まで彼が聞いたどの言葉よりも大きく聞こえた。 ジンは目と口も全く笑わぬ無表情なのだが、スパイクには、言い知れぬ彼の心情を感じた。 「――なーんてねっ♪」 「はぁ?!? 」 「さーて、ねねねおねーさーん! 厄介なクレーマーはお帰りなすったんだ。 パーティーのガンはいよいよ主催者と重役だけだぜ。後ろを向いてる場合じゃない! 」 スパイクの腕を払い除け、ジンはスキップしながらねねねの元へ走る。 取り残されたスパイクは、予想外の切り上げであっけに取られたのか、葉巻を落としてしまった。 いつの間にか舞衣も移動していたらしく、ゆたかをおんぶしたまま、ねねねと会話している。 「おいジン、お前――……はぁ」 スパイクは自分の頭にひっかかる何かについて考えながら、仲間の方へ歩き出した。
344 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/02/21(土) 16:04:05 ID:QImKX00y
◇ 「One by one, they are smeared in blood……They were born into this era……」 忍び寄る終焉を憂うかのようにジンは謡う。 しんしんと静み逝く魂と、ひたひたと纏わり着く死。 メロディーを捧げる相手は、パーティーの参加者だけでなく係員――全ての犠牲者――も含まれていた。 「Oh〜……chosen princes,Indeed, Is fighting a banquet? Ah〜……」 ジンは舞衣の牽引のもと、街全体を見おろせる高さまで、カグツチに運ばれていた。 故郷へ運ぶ馬車のように、優しく揺れながら連れていく。遥か彼方に見える天の河に、少年を連れていく。 ヨルダンの源泉は天国ではなく、かつて台風の目だった目玉商品。エリアC-6に安置されている大怪球フォーグラー。 「さあ、急いで時間(リール)を巻いてくれ。鮮度と客を逃がさぬ内に」 「こんなに高く上がっていいの? ここからフォーグラーの内部に入れない? 」 目算から予測されうる進行に、若干の焦りを滲ませつつ、ジンは頭の中で段取りする。 カグツチによるフォーグラーへの運搬作戦は良好。 急激な上昇による気圧変化の影響を考えて、ゆたかをスパイク達に任せて地上に残したが、“間に合いそう”だ。 ねねね達に迅速を超えた“ジン速”で作業をする、と大見得を切った手前、それは常に意識しなければ。 「何をしている? 」 張り詰めた空気に傲岸不遜な大吼えが突き抜ける。轟々と流れる風に重ねるように、ギルガメッシュが謳う。 この世界の運命を握る強き生者。ウィングロードに立ち腕を組む姿に威風が吹き荒れている。 「I am beautiful and omniscient……あなたに贈る口語りでございます」 「おべっかを悪しき華束として我に嗅ぐさすか――ハッ」 風で舞いあがるかのごとく、王は高く飛びあがる。押し上げるのは民衆ではなく自分。 マッハキャリバーが道中で展開するウィングロードを足掛けとしながらも、彼を動かすは常人離れの脚力のみ。 むき出しになったフォーグラーの侵入口付近まで瞬く間に翔け、再び空に座した。 「ゲストが調理場に入るのは営業妨害だよ」 そして配下にウィングロードを延長させてフォーグラーに繋がせたのを確認し、退屈そうに歩く。 こつこつと地を叩く足音が空気をより冷ややかにさせていた。 「コックの分際で油を売っていたのはどこのどいつだ」 英雄王の切り返しが、相変わらずのへらず口にチャックを閉める。舞衣も気丈に言い換えそうとはしない。 ギルガメッシュの言葉がどういう意味を持つのか、2人は理解していたから。 そう言われざる得ない不足の事態、招かれざる客の登場。 死に瀕してもなお突き進む螺旋遺伝子。ヴィラルとシャマルの愛情合体グレンラガンである。 「――見よ。死に損いのハイエナが、飯の匂いを嗅ぎつけてるぞ」
あの火事場泥棒の起動にジンたちが気づいていたにも関わらず、鉄火場に向かったのはなぜか。 グレンラガンは、それ以上何もせず、ひたすら無防備宣言を死守し続けていたからである。 この沈黙のいきつく先が永遠の死か秒殺の罠か。莨を吸うために胡坐をかいたわけではあるまいし。 虎穴に入らずんばとは言うが得物は虎子ではない。ジンは雪崩に身を任せるのが最良と考えた。 「わかってたさ……天使が後を追っかけてきてるのは」 グレンラガンが今、この瞬間動き出したとしても、カグツチには余裕があった。 そのスピードを踏まえれば、今からスパイクたちを拾いに行った後、戦闘に応じられる勝算はある。 ただ、ジンにはどうしてもフォーグラーに到達せねばならない理由がある。それは皆が知っている。 最悪のシナリオはハイエナの標的が仲間(ベーコン)ではなく、目玉(サニーサイドアップ)だったとき。 カグツチによる直接攻撃を度外視していたわけではないが、被害を恐れたジンは成るだけ穏便に済ませたかった。 「給与明細の届出は、三途の向こうに聞いてほしいなあ」
◇ 『……もうやめてください』 何も言わずに操縦桿を先へ倒し続けるパイロットに、クロスミラージュは応答を請う。 それは、生ける2人にこれ以上の愚挙をさせないための警告でもあり、純粋な心配でもある。 ドモン・カッシュとの死闘は、生還というカテゴリを得られただけでも正当な評価に値するのだ。 『あなた方は全力全開でした』 グレンラガンは半死半生、シャマルもヴィラルもその身に負った傷の数は尋常ではない。 しかし生きている。皆が生き延びたのだ。シャマルが完全に回復すれば、2人の状態はより良い方向に齎せられる。 彼らの意思が何であろうと、クロスミラージュがついつい気遣ってしまう現状。 『それでもまだ続けるというのですか』 なぜなら彼らは、クロスミラージュの言葉をまるで認識していないからだ。 クロスミラージュは3つの言葉をひたすら彼らに聞かせているが、反応はない。 『もうやめてください』 朧気に垂れ流される呻きが、電子音に紛れて姿を隠す。 クロスミラージュは、大怪球フォーグラーの付近に先客がいることも話せなかった。 マッハキャリバーが、強大な力の持ち主に従えている。白い龍を支える少年少女も只者ではない。 戦況は極めて不味く、そのうえ和解に持っていける確率は皆無に等しい。 『あなた方は……全力全開でした』 クロスミラージュは繰り返す。 グレンラガンが己の頭部に手を翳しても、繰り返す。 グレンがラガンをゆっくりと引き抜いても、繰り返す。 ヴィラルとシャマルが離れ離れてしまっても、繰り返す。 グレンがラガンをカタパルトアームで投げても、繰り返す。 残されたラガンが、膝をついて座り込んでも、繰り返す。 動かぬシャマルの目を覚まさせる事もなく、繰り返す。 『それでも……それでもまだ……続けるというのですか……』 この警告はクロスミラージュからの最後の善意。 魂の叫びの果てに死んでいった仲間たちをも汲んだ中立の姿勢。 残される者たちは死にゆく者へ何もできない。 例え現存者が、本当に"何か"を死者に届けていたとしても、彼らがそれを実感することはできない。
◇ 「ジン、グレンラガンが! 」 「胡坐かいてるくせに痺れを切らせちまったか! 」 そっと放たれるブーケのように、ラガンが宙を舞う。 最高の花嫁であるグレンの振り被りから生み出される勢いは、音も飛び越えそうなほどだ。 しかし――それは最後の一振りだったのであろう。 投球を終えたピッチャーの体は猫背にかがんで正座をする。両腕は故障したのか、だらりと垂れ下がっている。 肩すらまともに入らぬ投球はコントロールを大きく乱していたのだ。 ラガンはフォーグラーから明後日の方向に飛ばされて、天高く登っている。 「舞衣、思いっきり高度を上げてくれ! 」 「は、はい!? これ以上登ったらフォーグラーを越えて……」 「早く! 俺の肺を潰しちまってもいいから! 」 カグツチの毛並みを掴むジンの掌がぐっしょりと汗で濡れる。 この大暴投がラストイニングになると、彼には到底思えなかった。 その証拠と言えるかどうかは微妙だが、ギルガメッシュも気を緩めていない。 ラガンの行く末をじっくりと観察しながら、時折ちらりと流し目でジンを見る。その視線の意味は――
「着いたよジン! でもどうしてこんな遠回り――って!? 」 カグツチは圧倒的なスピードでフォーグラーの頭上まで翔け登った。 しかしジンは意外にもここでゴンドラを乗り捨てる。 「ジ――……!! 」 「舞衣! 皆のところへ今すぐ戻ってくれ!! 」 ぽっかりと空いた穴に空からジンはフォーグラーに飛び込む。 着地予定座標はコクピットルームとの目と鼻の先。着地を受け止めるマットへの心配はない。 幸い、今日の空には栄光への架け橋(ウィニングロード)がある。 むき出しになった外壁の鉄柱にコートを引っ掛けて、ジンは大車輪の真似事を披露する。 伸身のフィニッシュは美しい弧を描き、慣性に従いながら太陽の真ん中に飛び込んだ。 「……これは面白い」 多大な焦りのせいか着地は失敗した。先に踊り場にいた観客に笑われてしまったが、ジンにはどこ吹く風。 戦友から譲り受けたクールな劇薬ブラッディアイを、雀の涙ほど、両目に付けていたから。 鋭敏になった感覚は刹那の世界を赤く染め、全てを亀のようにゆとりを持たせる。 だが兎がそれにあやかるつもりは無い。ゴールを目指して一目散に走る。 狙いはフォーグラーのコクピット席の先取り――及び安全の確保。 「はたしてどちらが先に楔を打ち込むか」 足場を大きく蹴って、兎は鷹となる。獲物を撮らえた狩人は血眼になって狙いを定めていた。 地点は納得の角度、納得の距離。武器の手入れは万全。とっておきの3本の爪だ。 百発百中にふさわしい状況に持ち込めたのを確認し、鷹は勝機の爪を深く食い込ませた。 「……と、ほう? 」 すると、沈黙の球体が二度目の産声をあげて、自らの殻に閉じこもる。 大怪球フォーグラーが新たな宿命を背負うために、再びバリアフィールドを展開させたのだ。 太陽にとって、一度奈落に堕としたイカロスの復活は興味深いものであろう。 バリアの波形は、ギルガメッシュが突き破ったときのそれとは、全くの別物なのだから。
◇ 「……っ…………ヴィ………………」 何を残し、何を為し、何のために生きるのだろう。 何を想い、何を護り、何を愛せばいいのだろう。 「ヴィ……ラ…………」 何と出会い、何と語らい、何を目指せばいいのだろう。 何と過ごし、何と触れ合い、何を感じればいいのだろう。 「ヴィ……ラ…………っ……」 私がここにいる理由。 私がここに在る意味。 私がここに呼ばれた運命。 何もかもを受諾するのに、私は少しだけ"初心"だったのかもしれない。 全ての始まりは些細な一言だった。 そう、引き金は言葉。でもソレは小さく背中を押す見えざる手でしかない。 鉄と血の臭いに溢れた世界を私に押し付けるのはいつだって私自身の意志だ。 「ヴィ…………ラ………………」 私が決めた。 何もかも、そうするべきだと私が思ったから始めたことだ。 そして、私がやり通さなければならないことだ。 心の奥にある大切な人の悲しむ顔が見たくないから。 大好きな人達が冷たくなっていく姿なんて見たくないから。 だから、私がやるんだ。 烈火の将はいない。 鉄槌の騎士はいない。 盾の守護獣は存在しないのだ。 私が、私が――――"はやてちゃん"を守るんだ。 「……ヴィ……ラ……………………さ…………」
守る。 私しかこの場にはいない、私がはやてちゃんを守らなければならない。 「ヴィラ…………ル…………ん……」 はやてちゃんがいてくれたから、私達は本当に楽しい時間を過ごすことが出来た。 戦うだけじゃない他の生き方との出会い。 これこそが"シャマル"という存在が本当の意味で命を受けた瞬間だったのかもしれない。 そもそも、ヴォルケンリッターは闇の書の守護プログラムに過ぎなかった。 でもはやてちゃんが求めたモノは"守護騎士"という役割なんかではなくて、"家族"としての平穏。 求められたモノは血の流れない平和な時間だった。 憎しみも怒りも哀しみもない世界。ただ笑い合って、他愛のない話で盛り上がる……そんな平凡な関係だった。 それは、刺激や真新しい経験とは縁のない日常だったのかもしれない。 少し時間が経てば忘れてしまうような出来事だったのかもしれない。 だけど、そんな記憶のアルバムに写真としては残らないような生活こそが、私達には煌びやかな宝石のように見えた。 暖かい愛情。流れるなだらかで心を落ち着かせてくれる空気。 何もかもが愛おしくて壊れてしまうのが怖かった。 ずっと揺りかごに揺られるような時間が続けばいいとさえ思った。 はやてちゃんにシグナムとヴィータとザフィーラと、そして私。 五人でいられる時間は、何よりも尊いモノだった。 「……ヴィ…………ル…………さ…………ん…………」 でも、 じゃあ、 どうして、だろう。 「…………ラル…………さ…………ん……」 私は、私が分からない。 ねぇ、どうして? どうして、どうして、私は…………こんな。 何度も、何度も、何度も―― 「ヴィラル…………さ……ん………………」 はやてちゃん、ではない――違う人の名前を呼んでいるのだろう?
◇ 「はぁっ…………はぁっ…………」 ゆっくりと、身体を引き摺りながら私は静寂の中を歩いていた。 終わった、のだろうか。 全身の感覚があやふやだった。そして、あべこべだった。 本当に、おかしなものだ。 何も音が聞こえない。沈黙の世界に包み込まれてしまったみたいだ。 赤い火花を散らしながら背後で燃える背の高い樹木。 空には瞬くような星の海が広がり、見下ろす月は白銀にぬらりと光った。 両脚を引き摺るようにして歩いている私。 でも、足元の砂と靴とが擦れてもそこに音はない。全くの無音だった。 「……行か…………なくちゃ……」 砕かれたコンクリートに足を取られないように、ゆっくりと私は足を進める。 感覚的に、自分の身体に何が起こったのかはすぐに分かった。 きっと、耳がダメになってしまったのだ。 でも自分が何を言っているのかは何となく分かる。 口の中に転がした単語としてならば、耳ではなく頭が理解出来るからだ。 無意識的に手が耳へと伸びてしまう。 ふとしたさり気ない動作。ただその存在を確かめるだけの意味のない動きだ。 「あ、れ……」 だが、動かそうとした右腕は――まるで微動だにしなかった。 不思議に思いふっと視線を送る。 「ぁ……」 そこにあったのは、ぷらん、と曲がり妙な形状になった私の腕だった。 まるで出来損ないの人形だ。 操る糸が切れて、間接と骨組みとが絡まった粗悪な作り物みたい。 「ぅ……で……?」 右の橈骨と尺骨が、完全に圧し折れていた。 折れた場所は間接の少し下。腕が二箇所、曲がるのだ。 ヒモで縛ったソーセージのように、肉と肉とが独立して在るみたいに見えた。 川を挟み、中央で合体する橋梁のように骨が「ハ」の字になっている。 叩き割った角材のように薄いプレートのようにさえ見える骨が鋭さを誇示する。
ギザギザの白。ピンクの線。黄ばんだ白身。 そこには、赤い微細な肉と管のような神経が沢山へばり付いていた。 「は…………っ…………」 もちろん指は動かせない。 吹き出した血で服もベッタリと汚れていた。 不思議と、痛みはなかった。だから気付かなかったのだ。 いつの間にか、私は私自身に対する関心がゴッソリと削ぎ取ったようになくなってしまっていた。 大切なのは、今にも潰れてしまいそうな私の心を支えてくれる相手のことだけ。最愛の人の存在だけ。 私自身のことなんてどうだっていいのだ。 「う、で…………わた、しの。あ……は……、ぅ……あ……」 この時、ようやく私はいつの間にか自身のバリアジャケットが解除されていることを悟った。 魔力がなければバリアジャケットを維持することは出来ない。 そうだ。私はすべてを出し切ってもう満身創痍だ。残りカスだってないのは当たり前かもしれない。 だけど、 「ヴィラ……ル……さんのところ……へ……」 ――足だけは前へと向かうのだ。 まるで何かを求めるように。 夢遊病者のように。幽鬼の足取りで。 足りない何かを埋め合わせするためなのだろうか。 まるで消えてしまったツガイの相方を探して、飛び回る孤独な鳥だ。 二つで一つ。広くなった止まり木のスペースを埋めてくれる相手を待つことが出来ない。 千切れた片翼だけじゃ絶対に飛べないと端から決め付けてしまっている。 「……っ……ぁ……!」 足元のアスファルトの凹みに足を取られ、私は転びそうになった。 前のめりに蹴躓く私。 思わず前方に腕を差し出す。だが、ソレはもはや支えとしては機能しない"右"だ。 染み付いた感覚は抜けない。 腕がなくなってしまっても当然のように、頭はソレに頼ろうとする。 慣れ切ったモノに縋りついてしまう。 強い衝撃が私の身体を襲った。 「ぐっ…………」 受身を取ることも出来ずに、したたかに下顎を打ち付けた。 擦りむいて剥き出しになった肌がじんわりと血が噴き出す熱い感覚に悲鳴を上げる。 それに当然地面は平らなどではない。 砂利、湿った土、砕けたアスファルト、飛び散ったガラスの破片……危険なモノでいっぱいだ。
「っ…………」 腹這いの体勢で思いっきり、地面に私は倒れ込んでしまった。 強打した顔の下半分がジンジンと痛む。 "支え"になれず、ただ無様に地面を叩くことしか出来なかった左の掌からも血が滲んでいるようだ。 夜露に濡れて少しだけ湿った土肌の感触が頬を汚した。 伝わって来る冷たさは心の中にまで染み込んで行くようだった。 身動ぎする私だが、片手を失ったせいか上手く立ち上がることが出来ない。 今まで考えたこともなかった。かたっぽだけで身体のバランスを取ることはなんて難しかったのだろう。 「うっ、あぅっ……ぁ……」 足掻けば足掻くほど、大地の底を這い回る深淵に今すぐにでも食べられてしまうかのような恐怖に背筋が凍った。 隻腕で握り締めようとしても、掴めるモノはぬかるんだ泥の塊だけ。 弱音と嘆き、そして呻きのために開かれた口蓋へ、杯の水のように砂利や汚泥が流れ込んだ。 当たり前だ。顔を地面に臥せっているのに、口を開けたりするから。 私は舌先に触れた苦い刺激に直接脳を揺さぶられたような衝撃を受けた。 しかも、一緒に小さな蟲を飲み込んでしまったらしい。 口の中で数ミリの物体が幾つも蠢いているおぞましい触覚が、本来味覚を司るべき感覚器から伝わって来る。 「や……ぐ……ゴッ……ホ…ッ……! ゴホッ……ゴホッ……!」 サァッと全身を寒気が走り抜けた。 すぐさま泥や蟲を大きな咳と共に吐き出す。 が、口の中を濯ぎもせずに、この苦味がなくなる訳がなかった。 「グ……ガ……ッ……ゴッ……! っ……ぁ……ゴホッ……!」 そして、その苦味を取り払うために。 「ッ……ぁ……ゴホッ!」 結核患者のように、 「ゴッ……!」 何度も、 「ガハ……ッ」 何度も、 「ぅぁ……っ……ガァッ……!」 何度も――私は咳をした。
「はぁ……っ! はぁ……っ!」 強烈な衝撃に喉の奥がヒリヒリと痛んだ。 あまりに執拗に喉を震わせたためか、肺の辺りにまで妙な違和感を覚える。 涙も溢れてくる。既にまともな機能から大分離れていた眼球が更なる液体に侵される。 「っぁ……い……かなくちゃ」 それでも、私は地面に左手を付き、グッと力を入れた。 ここで立ち止まる訳にはいかないのだ。 ヴィラルさんは絶対に生きている。そうだ、私達はまだ負けていない。 グレンラガンでは足りない。まだだ、まだ力が足りない。 私達は絶対に二人で生きて帰ると誓ったのだから。 だって、ここで折れてしまったら。 敗北を認めてしまったら。前に進むことを諦めてしまったら……。 「はぁっ…………はぁっ……!」 はやてちゃんを――仲間を裏切った醜い私自身と向き合わなければならないから。 ヴィラルさんを愛する気持ちは確かなものだ。 うん、そう。私は『はやてちゃんではなく、ヴィラルさんを選んだ』のだ。 その時、思考がぐにゃりと歪んだ。 ――"右"腕がなくなってしまっとしても、私には"左"がある。 そして、訪れる転換。 ――"×××"がなくなってしまったとしても、私には"×××"がある。 「ヴィ…………ラル……っ……さ…………」 ――"はやてちゃん"が死んでしまっても、私には"ヴィラルさん"がいる。 「…………い……や……っ…………」 私は守護騎士としての役割を放棄して、ヴィラルさんと歩む道を選んだ。 そして、その気持ちを私は"愛"と呼んだのだ。 愛、すべてを包み込む優しい感情をそこに求めた。 弱い私は縋りついていただけだった。 『私にしか出来ないから』 そう呟いた口はどこへ行ってしまったのだろう。
407 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/02/21(土) 16:14:38 ID:jJv5qlDQ
心に思い浮かべた時は気が付けば真っ白な灰になってしまっている。 吐き出した言葉は、今、私の身体を焼き尽くす炎の赤へと姿を変えた。 胸に抱いた理想と想いは、もはや胸を締め付ける錆付いた鎖。 「ヴィラ……ル……さん……はやて、ちゃん……わた、私は……」 握り締めた拳を振るう相手は誰? 身を呈して護るべきは誰の命? この心を捧げるのはいったい誰? 記憶の憧憬の中で燃えていくセピア色の写真が花吹雪を作っていた。 色あせたその四角形の中には私の"全て"が息衝いてた。 うつ伏せだった身体を、仰向けに倒す。 私の身体と同じくらいボロボロになったビルの群れを切り取る夜の闇が見えた。 ここは、どこだろう。 私は、どうしてこんな場所にいるのだろう……どうでもいいか。 スッと――――眼を細める。 霞む景色は白い靄だ。 そこには満開の星空が広がっていたはずなのに、今となっては真冬の雪原に佇んでいるみたいだ。 身体が芯から冷たくて、末端から腐り落ちて行きそうで。 ポタリ、ポタリ、と。 緑葉を伝う雨露の雫のように、指が一本一本枯れてしまいそうで。 肩を抱き、奥歯を鳴らしても何もかもがそこで終わってしまう。 ただひたすら震え続ける私。 冷え切った身体を暖めてくれる存在はどこにもいない。 ふわふわの毛布も、暖かいココアも、緋色に燃える暖炉も、何もない。 マッチの篝火の向こうにクリスマスの幻影を見たみすぼらしい少女。 死の瞬間に迎えに来た天使に一握の希望を見据えた少年。 お伽話の出来事に、冷たくなって行く自分自身を重ねる。 降り注ぐ幻想の夢物語は流れ星のように煌びやかな混沌をもたらすだけ。 ゆっくりと、だけど、確実に。 私は堕ちていく。 私は枯れていく。 私は、死んでいく。 「わら、わ……なきゃ……わらって……いない、と」
妄想、する。 てのひらに握り締めた過去を。 てのひらで転がる現在を。 愛する人と、てのひらを重ね合わせる未来を。 きっとソレは、楽しくて思わず笑い出してしまうような瞬間なのだろう。 誰もが皆笑顔で。 美味しい料理を囲んで、暖かい部屋の中でゆったりとした時間を過ごすのだ。 そこには憎しみも悲しみも争いもない。 誰も苦しんだり、涙を流すこともない――殺し合うこともない――そんな理想の世界だ。 「あは、……っ、はははははは、……っ……あは、……はははははっ」 空想でも、妄想でも、ソレが今だけ続くのならば、きっと私は幸せだ。 すぐに消えてしまう妄想で構わない。 永遠の灰色の中で死を待つくらいなら、一瞬の虹色の中に溶けてしまいたい。 「ね……? ヴィラ……ル、さんも……そう、思う……わよね?」 結ぶ手はなく、夜の風は容赦なく壊れかけた身体に突き刺さる。 迷い込んだコンクリートの檻の中で、脈を打っているのは私の身体だけだった。 温もりが欲しかった。 抱き締めてくれる厚い胸板が、 頭を撫でてくれる優しい指先が、 背中合わせに感じる心臓の鼓動が、 ここには、ない―――― 「…………………………や、だ」 ない。 ここには、暖かさは、ない。 何もない。 冷たい空の下、私は一人。 真っ暗なセカイの中で血まみれで、泥まみれで、這い蹲っている。 惨めだ。私は何をしているのだろう。 だって、このままじゃ私は………………! 「……………………い…………や、」 ここには、私達が目指した「明日」はない。
「どう、して…………きて、くれないの、ヴィラル…………さん」 矛盾、している。 だって、私がヴィラルさんを遠くにやってしまったのだ。 負けないために。私達の願いを叶えるために、そうするしかなかったのだから。 いや……でも、違うんだ。 私が思っているのはきっと、多分そうじゃない。 もっと単純で分かりやすい答えが、願いが転がっているはずで。 「ねぇ、どう、して…………? どうして、なんですか、ヴィラルさん……」 縋るように吐き出す言葉は誰にも届かない。 視界に映る真っ白な靄を少しだけ濃くしてあっという間に消えてしまう。 私の血で濡れた衣服が気持ちが悪かった。 グッショリと湿った布地が身体に纏わりつく。吹き荒む風が体温を奪って行く。 「たす、け……助けて……ください……私は…………まだ……生きて、いる……んですから…………」 私は、願っていた。信じていた。 ヴィラルさんは私を助けてくれる。ヴィラルさんは私を見てくれる。ヴィラルさんは私を見捨てない。 何があろうとヴィラルさんは駆けつけてくれる。 私を包み込んでくれる。 私に温もりをくれる。 ――ヴィラルさんは、私を裏切らない。絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に。 「来て…………くれますよね、ヴィラル……さん……。ヴィラル……さん、ヴィラルさん……」 それは幸せな愛ではなかったのかもしれない。 はやてちゃん達のことを忘れ去ることも出来なかった。 何もかもがきっと中途半端なままで。 愛に生きることも、死ぬことも出来なくて。 それは、迷いと戸惑いに満ちた愛。 それは、挫折という名の茨に囲まれた愛。 何もないカラッポの私には、もうヴィラルさんしか頼れるモノがなかった。 だから、呼ぶのだ。 ひたすら愛しい人の名前を。
「やだ……死にたく……ぅ……ない。こわ、い……やだ、たすけて……」 二の腕から先が折れ木のようになっている右手を空へ。 ぷらん、と揺れた私の手だったモノが赤い血液を撒き散らした。 「ひっ……! う……で…………痛い、痛い……いた…………ぁ……あアあぁあああアアああっ!」 その時、じわじわと痛みが右肩から這い上がって来たのだ。 麻痺していた感覚が復活したのだろうか。 ミッシングリンクの再度の接続。それは私がヒトとして正常な形に戻りつつある証拠なのかもしれない。 だけど、私は、 「ひぃっあぁっ……う……ぁ……が……ああぁあぁぁぁ!」 そんな覚醒は望んでいなかった。 私がまだ心を保っていられたのは、今まで「痛覚」が完全に麻痺していたからなのだ。 腕が引き千切れてまともな思考や理性なんて維持出来る訳がない。 繕ったパッチワークの精神なんて――簡単に吹き飛んでしまう。 「痛い痛い痛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛!! うひっぃあぁああアあ……し…………は、」 白い霧のような世界に電撃が走った。 私は背中を陸に打ち上げられた魚のように仰け反らせる。 口を思い切り開いて、出るはずのなかった声が壊れたスピーカーのようなノイズとなって空気を震わす。 暴れれば暴れるほど全身を貫く感覚はその勢いを増して行く。 「ひっ……ぃ……は……ふひゃ……ヵ……ぁ……ヴィラ、ルさ……ひぅ……たすけ……っ――」 辛い。 痛い。 いやだ。 いやだ。 生き汚い醜悪な感情が噴出した。 まるでヘドロのような腐臭にまみれた裸の想いだ。 精神病棟で身体をベッドに縛り付けられているクランケのように、私は血だらけの腕を振り回した。 「死にたく、な…………い……っぁああぁアア゛ア゛ア゛ア゛!! あぎっ………ひぐっ……ぉ……ぎゃアァあっ!」
振り回していた『腕だったモノ』が、私の顔面に激突した。 最初にその変化を感じ取ったのは口蓋の中だった。 「ぁっぶぃ……いぃがっ――!」 あまりの嫌悪感に思わず叫び声を上げた。 進入する、指。血塗れの指。五本の肉と骨と皮の固まりが口の中を這い回るような感覚を覚えた。 舌先が血だらけの指に触れる。鉄の味、ゾワゾワとした感覚が背筋を駆け上る。 粘膜と触れ合うゴツゴツとした感触。 ツルリ、と唾液に濡れて滑る爪。 唇から腕が生えているような異様で間抜けな光景。 思考はただ一つの言葉に占領される―― 指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指指。 ゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆびゆび。 「あ、が……づぁ……ぅ……ん!」 私は堪らず更に身体を捩った。 歯と唇に引っ掛かるおぞましい物体を何とか引き離そうと左手でソレを掴む。 「ひ、あっ、ひ――」 すると、ブチッ!と何かが引き裂かれる音が響いた。 右腕が軽くなった。左手にズッシリとした重量が掛かる。 私は、理解した。 完全に肘から先の消失した右腕。吹き出す血液とブツブツとした隆起の脂質。 どす黒く変色した肉と折れ木のような骨。 私の肘から先が完全に『私の身体から離れて』しまったのは。 「うぃぁあっが……っぶぇええげぁっ!」 それは最後の一押しだった。 腕と腕とを繋いでいた皮膚が衝撃に耐え切れず破れてしまったのだ。 完全な身体からの切断、それは本当の意味で右腕が「私のモノ」ではなくなったことを意味していた。
口内から指を、手を吐き出す。 血と私の残骸を頬張り、皮膚を舐め、肉を味わい、骨を噛み砕く――とはいかない。 すぐさま左手でソレを掴み、どこかへと放り投げる。 「ひゃあああっ……はははは、はははははははは! は、は、はは…………」 呻きと嘆き、叫びの次に飛び出したのは笑い声だった。 どうして自分がこんな気持ちになっているのかまるで分からなかった。 面白い。 面白い。 あはははははははははははははははははははははははははは。 ははははははははははははははははははははは。 はははははははははははははは。 はは…………! 「……ぃ……ひぃぁっ……も゛う”…………い…………や……痛い…………死に、たい…………ごろ…………じて……ぇ………」 ――私が笑ったことには理由がある。 意外と心という奴は頑丈だ。 簡単に壊れたりなんてしない。 どんなに辛い目にあったとしても、ヒトがヒトであることを辞めさせてくれない。 だから、偽りの精神異常者へと転身することを最後の理性が決して許さない。 怖い。痛い。辛い。苦しい。――逢いたい。 沢山の感情の塊の存在が、真の崩壊へと至る道を閉ざしてしまう。 「ぢが…………う…………だ……、ダメ…………やっぱり、やっばり…………じにだく…………な……ぃ」 そして、すぐさま生への懇願は死への渇望へと変わった。 鬱と躁状態が交互に訪れる。 ああ、そういうことか。 私は死ぬのも生きるのも怖いのだ。痛いのは嫌なんだ。でも死にたくはないんだ。 きっと、またすぐ変わってしまうのだろう。 私はこのままここで、死にたがりと生きたがりを繰り返すのかもしれない。 死ぬまで、ずっと。 痛みと苦しみを味わいながら、だ。 そして、無様を晒し続ける。 壊れることも出来ないまま。 まともなままで。 ボロボロの身体と意識を引き摺りながら死と生の予感に殺されるのだ。
「ヴィ…………ラル、ざ…………ん……はや゛でぢゃ…………ん……」 誰もいない。 私だけが一人で大騒ぎをして、暴れて、そして助けを求めていた。 虚空と冷たい風だけが夜を揺らす。 だけど、誰も振り向いてはくれない。 はやてちゃんも、ヴォルケンリッターの皆も、機動六課の皆も、私を見てはくれない。 片方だけになった手を振り回す。 てのひらに触れた夜の風が冷たかった。 握り締める相手のいない左手が邪魔だった。 ああ、むしろこの手もなくなってしまえばいいのに。 だって、コレは必要ない。 掴むモノはないのだ。手が手の役割をしないのなら、存在する意味もない。 そうだ。 いらないものなら、切り捨てればいい。 そうすれば裏切られることもない。 愛した人全てから見放され廃棄された私のように。 つまらない反逆に心を痛めるくらいなら初めから繋がりなんてない方がいい。 裏切ることも、裏切られることにも耐えられない。 そんな関係なんてなくなってしまうのが一番いいんだ。 そうだ。消えろ。潰れろ。なくなれ。 だから、こんな腕なんて、 壊されて 千切れて、 圧し折れて、 切り裂かれて、 捻じ切られて、 叩き潰されて、 削ぎ落とされて、 ――グシャグシャに、なってしまえばいいのに。 「あ、ひゃ…………?」 その時、ゴッ、と頭上から大きな音が響いた。
s
462 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/02/21(土) 16:20:08 ID:QImKX00y
◇ 「くっ……!」 鉄骨の雨が凄まじい轟音と共に地面を揺らした。 夜に赤色の液体が滲んでいく光景が見えるようだった。 クロスミラージュは視界の先、シャマルの消えた廃ビルの密集地帯が崩落していく音を聞いていた。 助かる訳がない。 半ば、そう結論付けざるを得なかった。 彼はシャマルに抱えられ、先ほどまでグレンへ共に搭乗していた。 そして、ドモンカッシュとカミナとの死闘に敗れたシャマルは何を思ったのか、ラガンを遥か遠くへと放り投げた。 おそらく突発的な行動だったのだろう。 少なくともそこに理性的な思考が存在したとは考え難い。 妄執か、倒錯的な献身か。上手く「愛」を理解出来ないその理由はクロスミラージュには分からなかった。 「ミス・シャマル。あなたという人は…………」 シャマルも即死してもおかしくないような重傷を負っていた。 圧し折れ、千切れ飛んだ右腕などその最たる例だ。 何もしなくても出血多量で死亡していたであろう傷。ショック死しなかったことが奇跡的なぐらいだ。 だが、彼女はグレンのコクピットから這い出し、夜の中へと死に体を晒した。 彼女は壊れてしまったのだろうか。 大声で笑い、そして叫ぶ声がクロスミラージュのいる場所にまで響いて来た。 (でも、それは…………ある意味幸せだったのかもしれません) 精神に破綻を来たせたのならば、それは逆に良かったのかもしれないと彼は思った。 激痛の中金切り声を上げて泣き叫びながら死ぬよりも、完全にヒトでなくなった方が苦しみは少なくて済む、という考えもあるのだ。 まともなまま全ての痛みを受け止めることは、きっと何よりも辛い結末だ。 「本当に、本当に、…………大バカです」 太陽の堕ちた世界、シャマルは最後に何を思ったのか。 彼には想像も付かなかった。まさか、彼女がこのような結末を迎えるとは夢にも思わなかった。 舞台は刻一刻と終焉に向かいつつある。 失われた楽園、それは夢の終わり。 冷たい夜のてのひらに血の赤が熱をもたらす。 そして、蝋燭の灯りのようだった彼女の魔力が、今、完全に世界からその姿を消した。 ――――冷たい夜が訪れ、掌の太陽は死の地平へと堕ちる。
◇ 「さて、色々と聞かせてもらおうか」 フォーグラーの外壁に突き刺ささり、むなしく回転音を響かせるラガンを尻目に、ジンが安堵する。 ラガンがコクピット席に運悪く不時着――コクピットの破壊の心配が無くなったからだ。 昼寝をした兎は夜にヘマをしなかった。躍起になって亀にリベンジを果たした。 しかし事態は褒められたものではない。そこらに撒き散らされた出血の跡が、ジンの傷の悪化を物語っている。 『JING! まさかこれはアンチ・シズマフィールドではありませんか!? 』 やや不可解さが残るジンの一連の行動に、たまらずマッハキャリバーが口を出す。 ギルガメッシュの顔が不機嫌そうに歪んだが、手を出すまでには至らなかった。 彼もまた、マッハキャリバーと同じく疑問を抱いたからであろう。 『アンチ・シズマ管は最後の一本が行方知れずだったのでは……』 「何が、足りないって? 」 だが確かにあったのだ。マッハキャリバーの解析データをも狂わせるリアルが、目の前に。 マッハキャリバーだけではない。ねねねも舞衣もスパイクもゆたかも、この場にいれば目を疑っていた。 幻の第3のアンチ・シズマ管。フォーグラーの胎内で踊る。 『確かに同一のエネルギー反応が……どこでそれを!? 』 余談だが、ジンとシズマ・ドライブの出会いは、丸一日前に遡る。 足となり籠となり活躍していた――消防車を運転し続けた彼には、ある疑問が浮かんでいた。 “朝昼晩と走らせているのに、燃料が減っている気配を全く感じない”。 ひょんな好奇心でエンジンを調べた少年は、未知の世界へと足を踏み入れたのだ。 「簡単な話さ……2つの物を3人で公平に分けたい時――どうすればいいかな? 」 断っておくが、消防車の持ち主である“めぐみ”の住む世界にはシズマ・ドライブが存在しない。 この消防車は彼女の愛車をシズマ・ドライブ仕様にチューンナップした別物なのだ。 消防車本体ではなく、運転マニュアルと鍵“だけ”を支給された理由にも、この意図が含まれていたのかもしれない。 消防車本体はめぐみの所有物とは言い難い物になっている、と。 「貧乏性に救われたよ」
それから、彼は暇をみては各施設の動力炉を適度に物色していた。 この世界に存在する一部の施設は、螺旋王による建造だと推測をつけた理由にも、この考えが基。 ただ、彼が出会った者はシズマ・ドライブを知らなかったので、発想の昇華には至らなかった。 消防車の持ち主も見つからなかった事を加え、いつしかシズマ・ドライブはジンの脳の隅に追いやられていた。 「スカーが調べてくれた」 本題に戻るが、彼の好奇心が再び目を覚ましたのは、ヴィラル&シャマルと対峙する直前だった。 ねねねがスカーに人知れずアンチ・シズマ管の簡単な調査を依頼していたのだ。 「“未知の物質ゆえ、俺の手には負えそうにない。 だがこの上なく安定している。こんな物質は見たことが無い”ってね」 ドロボウは金のなる音を聞き取っていたのだ。活路という砂金が湧き出る音を。 ねねねがスカーの言葉に失望できる理由は、そして心の奥に隠していた彼女の狙いは、なんだったのか。 スカーの返答は彼女を落胆させるものだったのだが、その依頼に意味が無いはずがない。 「酸素を盗もうなんて洒落てるよねー……固唾を呑む大捕物。窒息しちまいそうだ。 ところが事実は小説より奇なり……世界中の酸素を消滅させる危険は、大怪球を作った世界では未然に済んじまった。 10年は持っちゃうんだよね。その間にシズマ・ドライブを壊して、酸欠で死んだ人間なんていなかった」 ジンがねねねからシズマ・ドライブの話を聞き出せたのは、それからすぐ後だった。 ねねねがガッシュと戦闘の準備をしていたので、やや手間がかかったが、それなりの収穫をジンに与えた。 詳細名簿と支給品資料集を読んだねねねの記憶……BF団、国際警察機構、フォーグラー、シズマ・ドライブの情報。 「あ、そうそう。スカーはこうも言ってたかな。 “これも同じく……溶液と核はともかく、それを包む特殊ガラス管は特色のないものだ”」 ジンの抜け目の無さはここにある。 この世界のとある場所から拝借していた普通のシズマ管を、彼はこっそりスカーに見せていたのだ。 スカーの鑑定はアンチ・シズマ管の時と同じく不透明だったが、その鑑定は黄金の鉱脈を掘り当てた。 「アンチ・シズマ管もしかりさ。 みんながあれほど駄々草に扱っていたのに、機能に問題は生じなかった。 それだけフォーグラー博士たちが作り上げたこのシステムは素晴らしかった。 その性能が薬であれ害であれ極上の安定性を持っていたんだ。 常に沈み静まりエネルギーを運ぶ半永久機関だったわけで……こんな話を聞いたらさ―― ――"3/等/分"したくなっちゃう 俺ってばケチな泥棒ですから。切った張ったのイカサマは慣れてるし……方法は企業秘密だけど」
◇ 2本のアンチ・シズマ管から溶液を三分の一ずつ抜き取り、別の空の容器に移す。 さすれば等量の溶液が入った管が3つできる。3本目の容器は普通のシズマ管を拝借すればいい。 『本物の2つが両端に挿入されているのも狙い通りですか』 「ビンゴ。−/+/−(負正負)のバランスも考えて、ね」 もちろん悔いはある。どんな副作用が起こりえるのか、それは誰にもわからない点。 特筆すべきは3つの溶液のそれぞれに入る核。内1つは、従来のシズマ管に頼らざるえなかった事実。 アンチ・シズマ管とシズマ管の、核と溶液の正確な差異は、スカーをもってしても解読できない代物。 『万が一の事があったら、どうするつもりだったんですか。 濃度、質量、システムの微細な変動で、どんな拒絶反応が起きるか……』 2本分の溶液は3つにできても、肝心の2つ核を3等分する危険は冒せなかった。 3本とも本物に近づけるために、彼が選んだ妥協は"元の3分の2になったシズマ管を3本用意する"ことだった。 「それはそれで千載一遇(狙い通り)なのさ」 アンチ・シズマフィールド発生による全シズマ・ドライブ救済が失敗に終わるとき。 それはBF団エージェント、幻夜が起こした地球静止作戦におけるシズマ・ドライブ破壊現象の再来を招くのか。 事態はそれに留まらず更に悪化するかもしれない。何しろ肝心のアンチ・シズマ管さえ不完全なのだから。 従来のシズマ・ドライブをフォーグラーに装着させた場合を含めて、これまでとは一線を画す実験なのだ 「2本揃っただけでも……“惨劇”を起こすには、十分だったのかな? 」 地球静止作戦を超える災害。完全なるエネルギー静止現象“バシュタールの惨劇”の再来。 即ち、菫川ねねね著“イリヤスフィール・フォン・アインツベルンに捧ぐ”の実現もジンは覚悟していた。 もっとも、彼はねねねの本を読んでいたわけではないし、ねねねの口から聞いたわけでもない。 「ま、この真ん中に刺さってるレプリカにもちょっと細工を"施し続けている"けどね」 ともかくジンは舞衣とカグツチをフォーグラーの内部に無理やり突っ込ませようとしなかった。 わざわざフォーグラーから距離を取らせたのは、惨劇の巻添えを防ごうとした魂胆があったのかもしれない。 ねねねの心に隠れる本音を、ジンはそれとなく感じ取っていたのであろうか? 「無様だな」 満身創痍のドロボウの高説をギルガメッシュが吹き飛ばす。 相変わらずの口調で、相変わらずの態度で、相変わらずの視線で。 王ドロボウの賭けに、彼は成果を見出せずにいた。
「身を削って鍵を手にしたはいいが、貴様には夥しいほどの赤い錠が絡みついた」 「久しぶりの窮地(デート)だったから、おめかししたくてね」 「死女神と逢引きするためにそのまま後世へ婿入りか」 ふんぞり返る王の前で、ジンは永遠の忠義を誓う兵隊長のようにお辞儀をする。 そして懐から血塗(love wrapped)の鏡を取り出し、大げさに差し出した。 「これを我に渡してどうするつもりだ。口止め料か」 「寿命三ヶ月分をはたいて手に入れました。何も言わずこれを受け取って頂きたく……身だしなみに役立つかと」 彼が手渡した鏡は、日常品どころか非日常の貴重品。 かつてガッシュ・ベルの世界で生まれた究極の魔力タンクになる魔鏡なのだから。 魔力を使うギルガメッシュには、まさしく分相応なお歳暮だ。 「――その度々吐く下卑た口ぶりを止めろ。何が王ドロボウだ」 しかし王ドロボウの微笑みに、英雄王は真面目腐った。 相手へ慇懃さを感づかせるのにジンの振る舞いは今更すぎた。 「これで何度目だ。我と余計な争いを避けようとしているのか? ―――身の程を弁えろ。 盗んだ金の毛皮を被った羊が、王に"譲る"とは何事か! ならば最初から衣を借るでない!! 」 もはや英雄王には王ドロボウが口先三寸の卑屈屋にしか見えなかった。 財を奪う才能に長けているかどうかはともかく、行動は不愉快の連続だった。 一度盗んだものでも、持ち主が見つかればあっさり宝を返す。 挙句、次から次へと献上してご機嫌を取ろうとするばかり。 「いけないかな? 見返りがなければ、泥棒は協力なんてしない」 その皮も剥がれてしまった。 顔を上げて笑うジンに、ギルガメッシュの怒りが篭る。 「……貴様はどこまで我の期待を裏切ってくれる」 「投資。これは投資なんだよギルガメッシュ。投資させるしか能のない品を、持っててもしょうがないよ。 働き者の王ドロボウは剣も門も鏡も揃えたんだぜ。チップをくれたっていいじゃないか」 ぼんやりと抱いていた疑問へのあっけない答え――献上ではなく出資。 お気に入りの財は、盗んだ当人から持て余されたゆえに、三品と値切られてしまったのだ。 『――JING! あなたはそんな腹積もりで私たちと接していたというのですか!? 』 この宣戦布告に等しい愚弄に、第三者も黙っていられなくなったようだ。 王の具足として働くマッハキャリバーは、本当は王と王の対立に関して、最後まで見届けるつもりだった。 鴇羽舞衣一行に接触したときのように、我が道を進まんとするギルガメッシュが、わざわざ先回りしてジンに会ったからだ。 だからマッハキャリバーは、ジンとギルガメッシュの双方に……何らかの狙いがあると信じていた。
「何時も王が王であるように、泥棒はどこまでいっても泥棒なのさ。 そこで“王子様”にもう一つ頼みがある。ナンパして欲しい女がいるんだ。イザラっていう、夜が似合う娘でね――」 しかし王ドロボウの侮辱はマッハキャリバーの信頼をも裏切った。 デバイスとしての立場であるゆえに、その思いも一塩どころの騒ぎではない。 「この悪党が」 "それ"ゆえだったのかは定かではない。 有機体と無機体の間で感情の交差が生じていたのか。お互いの思いは等しく同一であったのか。 マッハキャリバーとギルガメッシュは、動いていた。お互いの脳と心がまるで繋がっているかのように。 その動きは神速、流麗。ギルガメッシュの制裁は、ちっぽけな人間の若き血潮を、風のキャンパスに塗りつけた。 「……出来心、だった……反、省は」 泥棒は全身から鮮血の花を満開させる。 死を招いたのは献花に仕込まれていた翻意のトゲ。 そして、心に巣食う悪の種。 「し、て……い、な…………」 薄汚れた心を皮肉るように、命の一輪挿しは艶やかに色めく。 地に伏した泥棒は枯れ草となり、いずれ野に帰るだろう。 赤い赤い種子を巻き散らして、大地に芽を蒔いたのだから。 「花泥棒のフリはよせ。余罪がないとは言わせんぞ」 ああ哀れな哀れな王ドロボウ。救われず掬われて、裏切りの道を―― 「我を盗んでおいて」 ――いまだ、歩まず。
◇ 『King! どうしたのです、いつものあなたなら有無を言わさず処罰を下している! 』 マッハキャリバーの意見はもっともであり、至極真っ当だった。 ギルガメッシュは前のめりになって倒れている下手人を睨む。 怒っている。心の底から怒っている。しかしそれ以上は進まない。進められない。 王の心に絡むのは違和感。有り触れているようで、どこか有り得ない揺らぎ。 考えてみれば、それはずっと前から始まっていた。 「さて何処で盗まれ始めていたのか」 「……わかってるくせに」 死んだはずの男が、懐から種明かしを放り投げる。 空の容器がカンッと地面に跳ね返り、ギルガメッシュにラベルを見せる。 深紅王の赤絵の具(クリムゾン・キング・レッド)。 古今東西の死骸を沈めた血底湖(クリムゾンレイク)から生まれし、最高純度の出汁(クリムゾンレーキ)。 「――欲ってのは金と一緒で困りモノ。多くても少なくても厄介で。この世に存在する全てそのもの、さ」 甦るドロボウの転職先はゾンビにあらず、真っ赤な大嘘を着込んだ詐欺師。 慇懃の殻はついに破れ、むき出しになった意識は獲物を舐める。 王ドロボウが王ドロボウ足る究極の証明書。その支配は生命の如何に関わらず万物の心を侵し喰らうのだ。 ギルガメッシュは己の根底に潜む“欲”をジンに盗まれていた。 「だがな、そんな欲さえ自分の手足同然にコントロールできる奴が、王ドロボウなんだよ」 ジンがギルガメッシュを盗もうと動き出したのは、高速道路の移動中のこと。 初対面の対応と印象を踏まえ、早急に手を打つべしと考えていた。 その第一歩は、直接的な“支配”その物ではなく確認。 博物館に到着する頃、ジンは彼の実力と気質を客観的に半分以上読み取っていた。 “慢心しても油断はしない”という不可解なロジック。 人知を超えた存在であり、人間らしい惑いを持つ男を取り囲む二律背反。 「落とし所は、都落ち……でも、無駄な戦いはお互いのためにならない」 博物館の問答から数度の献上の儀式まで、全ての振る舞いは王ドロボウの計算。 だがこれらの行動は間接的に過ぎない皮算用。見積もりはどこまで行っても見積もりで、決定打には程遠い。 妥協点の模索に、ジンは悪戯に時間を消費するばかりだった。 「すっかり忘れていたよ。自分の専売特許を」 ジンが打開案を閃いたのは――いや、思い出したのは首輪の解除で螺旋王の介入がほんの少し崩れた時。 使用許可証がおりたので、“欲の支配”のブランクは明けて微小な復活を遂げた。 ……己の力がそれまで封じられていた事をジンは本当に気づいていなかったのだろうか? そして力が解き放たれた瞬間を、本当に気づいていなかったのだろうか? 偶然にせよ必然にせよ、機は巡った。 ギルガメッシュの殺意は、危害を加える頃にはすでに掠め取られていた。 彼の怒りは過去に入札されて攻撃の気概を失ってしまった。ゆえにジンを仕損じたのだ。
「フェアじゃないのは百も承知さ。俺にはあんたに殺されてもいい場面が少なくとも10回はあった。 だけど……“必要とするときだ”と割り切って、先手を打たせてもらったよ」 「我の他にも、その力を施す事はなかったのか? 」 「こういうのは、やたら滅多に使うもんじゃないのさ」 この世の全ての欲の支配。そこに待つのは、無垢で無知で無害な者からの財の放棄。 何と刺激のない物盗り。何と謂れのない賞金首か。 人民総ドロボウ時代になっても、決して成りえぬ世界(エデン)。 「このまま我の慢心を全て支配する、か」 だがギルガメッシュは焦らない。焦る必要がないからだ。 彼の器は幾万年から続くこの世そのもの。無から始まる“存在”の肩書きを持つ全てが彼の欲。 「侮るな。この程度の支配、撥ね付けられなくて何が英雄か。この世の全てはとうに背負っている。 仮に貴様が世を支配できたとしても、我を染めたければその3倍の力を持って来いというのだ」 王は全てにおいての超越者であり孤高の存在なのだ。 その英雄王の欲は、人智では計り知れるはずがない。全てが奪われるなど、通常では到底ありえない。 「……ん〜と、おっかしいなあ」 下賤な者たちの王を気取りながら、その実、何の背景も感じられぬ泥沼のような少年。 王と肩を並べようと奮闘した朋友のような輝きもない。 王の高みを目指し歩を揃えて進もうと望んだ臣下のような輝きもない。 王の考えを理解できないと別の道を選ぶ民衆のような輝きもない。 「ちゃんと連れてきたんだけどなあ」 思えばこの男は、真っ向から関わろうとしていたのか。 英雄王から何かを感じ取ろうとしていたのか。これまでの喜怒哀楽はどこまでが本当なのか。 欲を支配できる男の欲は湧き上がる心の思念さえ怪しい。 節々から漏れる念は“理解できない”呆れより、“最初から理解するつもりなどない”放棄。 「ほら」 王ドロボウは、英雄王に対し理解しないことを最大の理解と考えていたのだろうか。 “誰か”が彼を理解している。だったら“誰か”に委ねてしまえ、と。 「ピンピンしてるぜ」 ジンはギルガメッシュに汚れたアイパッチを差し出した。 真の持ち主はギルガメッシュと決闘した衝撃のアルベルトだが、彼には知る由もない。 ギルガメッシュがこの世界で見た持ち主は別人だ。彼もよく知っている―― 「――やめろ」
王ドロボウが空けた英雄王の心の隙間に、捨て去った過去のカケラが飛び込む。 一度去ったもの二度は入ることの叶わぬ檻に2人の侵入者の笑い声。 同盟者でも、好敵手でも、暗殺者でも、泥棒でもない。 「だから、なんだというのだ……!! 」 それは、ほんの少し前に忘れ去ったはずだった。 蜘蛛のようにクセのあるアルト。鎖のような硬さが残るテノール。 止まっていた友愛の囁きが、ギルガメッシュの拳を握らせる。 『僕たちは、かつて君と一緒にいたが死んでしまった。君と共に歩むことは、もうできない』 『でもあたしたちの傍に金ぴかがいたように“金ぴかの傍にはあたしたちがいた”。それは変わらないでしょ』 ギルガメッシュの背中に、二重奏のエレジーが浴びせられる。 その声にはかつてないほどの郷愁を思わせる稀有な口調。 今の彼には誰が後ろに立っているのかわかっている。そ知らぬ振りが、いつまでもつか。 「……中々ふざけた物を見せてくれるなぁ王ドロボウ! こんなまやかしに我が今更――」 神より産まれたギルガメッシュ。 彼の眼がそんなにも赤いのは、日がな一日、空を見続けていたからなのか。 彼の傲慢は傲慢に違いないが、それは万象を救う希望になろうとした為のものなのか。 人類を導く希望は……これからも酷薄な世界に裏切られるかも知れない。 『不思議、だよね』 しかし――昨日歩いた道々は彼を裏切らない。 『あたしたち、あんたと一緒にいるの、意外と楽しかったんだから』 「――っ!! 」 太陽 泣かすにゃ 刃物は要らぬ。狐 黄泉入り 涙雨。 意固地 ほどくにゃ 刃物は要らぬ。鎖 寂れて 腐り縁。 とどのつまり、逸予な泥坊は扇って歌っていただけ。 第三者から見れば、事態の深刻さを理解するには無理な話。 『『だから“その時”まで』』 姿形さえ無い者だったとしても。二度と会えぬ者だったとしても。 一生省みなかったとしても。永遠に彼方に忘れ去らせたとしても。 近すぎず、遠すぎず、熱すぎず、冷たすぎず。 “彼ら”はギルガメッシュに寄り添いながら、見つめ続けてくれているのだ。 『『待ってるよ』』 太陽のように……ずっと。
◇ 「迂闊に愚者へ機嫌をとらせるもんじゃないよ。胡麻を摩っていた鉢の中に、賢者の心臓を放り込むんだから」 大怪球フォーグラーから一筋の蒼い線が空に伸びる。 トラック地点で準備する陸上選手のように、ギルガメッシュはウィングロードを目視していた。 外壁の狭間を吹き抜けて、強風は競技開始のファンファーレを鳴らす。 「世の中には賢者も愚者もちょっとづつ必要なのさ。だから俺みたいな罪深い職業も成り立つわけ」 この世界を動かしたのは善良な聖者でも狂った悪魔でもない。 螺旋遺伝子を奮い立たせて螺旋力に覚醒した者。 一辺通りの枠に収まろうとせず、己を伸ばして先を行かんとする者たちだった。 「さーて大魔術第二幕の始まり始まり」 ジンは腕を限界まで伸ばし天を指差す。目標は遥か空に聳えるバスクの女。 予てからこの世界の結界に大きく絡んでいると目星を着けていた、月。 「あんたが全力を出せばアレは絶対に落ちる」 ギルガメッシュから離れて数m、フォーグラーのコクピット。ジンは大股を開いてぶっきら棒に座り、空を見上る。 彼はギルガメッシュが正真正銘の本気を出すのを望んでいた。 相手はお高くとまった箱入り娘。射止めるためには一握の慢心も薮蛇になる。 「何か言いたげそうだけど……ま、深く考えないでよ。そのご自慢の武器は英雄王ギルガメッシュが選んだ財だ。 どんなに慢心を失おうとも、全てを奪われちゃこっちが困る。全部が奪われたら、あんたがあんたでなくなる。 そうなったら財の価値は十二分に発揮されるのか……ちょい不安」 かつて王ドロボウは言った。輝くものは星であろうと月であろうと太陽であろうと盗むと。 ギルガメッシュは、太陽を化身である英雄王への比喩と解いた。 王ドロボウは、英雄王たる所以の“慢心”もまた、化身そのものと解いていた。 「英雄王は、慢心せずして成らずさ」 仮に慢心を捨て去れたとしても、その境目をギルガメッシュが気づくことは決してない。 どこまでが慢心なのか否かの線引きは人の数だけ答えがある。欲も本能も基点も過去も。 ギルガメッシュ本人でさえ、己が納得する慢心の放棄の確認自体が“慢心”になるかもしれない。 「これが博物館で問われたギルガメッシュに対する俺の答え」 手元に未来永劫あらんとするが、一度盗られれば決して取り返すことの出来ない財。 それは生涯という房から一秒一秒を実として落とす、時の流れのように。 慢心は英雄王が英雄王でなくなって初めて消える。それはギルガメッシュが王の立場を追われてこそ。 王のままでは、心の奥底のそのまた奥の底のずっと先に、無尽蔵のお神酒が沸き続ける。 成されると仮定された消失に収束するまで、ギルガメッシュは王ドロボウに永遠に盗まれ続ける。
「――憎らしい男だ……だが許そう」 進みゆく喪失感にギルガメッシュはフラッシュバックする。 思慮を教授せし友人と王の道を辿ろうとした儚き従者を失った、あの瞬間。 それでもギルガメッシュは歩いた。決して悔やまず、決して退かず、決して媚びず。 彼らが信じた道が間違いではないことを示すために、再び孤高に身を投じた。 「盗られた分は貴様にくれてやる」 しかし現れた。また現れたのだ。 王の道を、今度は理解ではなく盗むことで辿ろうする只管な愚か者。決して省みることの無い覇道の跡を、全て奪おうとする影。 あまつさえ過去を掘り起こし、呼び出そうとする始末。 3度目は得られぬであろう、と考えていた巡り合わせが、英雄王の傍に再びやってきたのだ。 「奪い尽くせるのならやってみせよ」 かくして英雄王と王ドロボウの奇妙な寸劇は、第一幕を閉じた。それぞれの道を進む王は、本来ならば交じらぬはずだった。 互いにわかっていたことはただ一つ。 彼らはこれからも己が信じた道を進む。鏡のように立ちはだかる相手が現れても、それは変わらない。 勝手に皮肉り、勝手に嘲笑し、勝手に気遣い、勝手に気配る。 「これもまた“美しさ”か」 英雄王は笑う。王ドロボウに、盗まれてしまったから。 懐かしき己の詩に流れる涙、未来を省みれなくなるくらいの過去。 そして、いずれは“これから”も。 「盗みの永久機関……誠心誠意、循環させていただきます」 劇はまだまだ終わらない。終わり無き旅路が前にあり、旅の足跡もまた終わり無し。 今度はきっと大丈夫だろう。影が失われることはないのだから。 「我が振り向くのは、もう少し先でいい」 英雄王は、省みない。
◇ 王ドロボウに 盗まれたんじゃ 絶望だ だが その絶望は、 なんと 希望に似ていることか―― (隻腕指揮者エギュベル著 『未亡人たちの演奏旅行』プロローグより)
◇ 「南の国の英雄王、北極星に旅立った」 吹き抜ける風に顔を覆いながらも、ジンは大怪球フォーグラーの外壁を伝い、空を昇る。 ギルガメッシュの一件が片付いたので、彼は次の仕事に取り掛かっていたのだ。 「風の靴を供につけ、筆耕寝子が起きるころ。王子は行方をくらませた」 その仕事とは、フォーグラーの外壁に突き刺さったまま、何の動きも見せようとしないラガン。 空回りだったにしろ、一度はラガンはグレンの投球によってジン達を襲撃しようとしていたのだ。 ヴィラルとシャマルが何を思ってこんなことをしたのか、ジンには確証がなかった。 「東も西も南も北も、家族は必死で探したが――」 ラガンはアンチ・シズマフィールドが展開した後も、何もしてこなかった。 ギルガメッシュがフォーグラーから飛び出した後も、ずっとこのままの状態を保っている。 ギルガメッシュの力を恐れて沈黙を守っていたにしては、なんとも不気味な待機。 「旦那! 賽はもう投げられたんだ。この後に及んで、妾(フォーグラー)に走るのかい。 人生はゲームじゃないんだ……帰りなよ。後押ししてくれた奥さんが草葉の陰で泣いてるぜ」 ジンは超伝導ライフルを、外しどころの無い相手の顔に突きつけて、引き金に指をかける。 そこはかとなく聞こえるエンジン音から察すれば、ラガンの機能はまだ停止していない。 しかし返答はない。無機質な顔が綻びるはずもなく、沈黙は貫ぬかれたまま。 「?!?!? 」 ――が、応答アリ。 大規模な振動が湧き上がり、赤ん坊をあやす様に大怪球を揺り動かせる。 それはこの世界の崩壊を示す自然災害ではなく、限定された異常事態。 乖離剣・エアに開けられたフォーグラーの風穴が、着々と塞がり始めていたのだ。 「……愛こそ天下、か」 ジンはラガンの登頂に飛び乗り、超電導ライフルを白く包まれたラガンの防風壁に向ける。 機体とパイロットを傷つけぬよう、銃口は壁のヘリを水平に突きぬけるように狙う。 敵を気遣ったのは、その先に隠れる諸悪の根源の存在を暴くため。 「とっくに巣立っていたとはね」 破れた壁から中を覗いたジンは感嘆の息を漏らす。 白月の夜空に晒された操縦者ヴィラルの意識は、既に途切れていた。 両手はしっかりとレバーを握り締めているが、目は曇り口からは涎を垂らしっぱなし。呼吸の有無はわからない。 口は開けど再度は閉じず。目は開けど光は見えず。ただ倒されるは握られたレバー。 「あんた達の愛は、生きる事さえ凌駕しちまうのかい」
558 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/02/21(土) 16:36:03 ID:QImKX00y
ラガンの外傷は修復を始め、ヴィラルを再び外界から遮断させる。 死んでいるのかも生きているのかもわからない生命が、螺旋の殻に包まれる姿にジンは納得した。 2人にとって愛の巣だった機神は、そのまま棺桶になっていた。 ヴィラルとシャマルはあの激闘の終焉と共に、眠りについていたのだ。 「ハートに火が着いちまってるというのに……まだ、諦めていない」 そして取り残された膨大な螺旋力だけが、彼ら――グレンとラガンを動かしていた。 あの投擲は、ヴィラルとシャマルの意思が乗り移った『ラガン・インパクト』だったのだろう。 敵がどこにいるのかもわからぬまま、当てずっぽうに放たれた非常識。 いくら螺旋遺伝子に反応するとしても、グレンラガンは直接の生命の持たぬ機械なのに。 「でも、これ以上は狂気の沙汰よ。披露宴は終わったんだ」 ジンはラガンから、外壁が完全に直りつつあるフォーグラーの内部に、飛び降りた。 行き過ぎた愛をガソリンとして、ラガンが動き続けるのなら、フォーグラーの修復は合点がいく。 偶然にもフォーグラーに突き刺さったラガンは、アンチ・シズマフィールドごと本体を乗っ取ろうとしているのだ。 落日した三日月が太陽になれば、あの悪夢が甦る。今度の聖誕祭はいつもより赤が増えるだろう。 「そろそろ地獄巡り(ハネムーン)にでも行って――」 ジンは天使の羽根のようにふわりとコクピットに着地する。 「――っ!? 」 その刹那―― 無防備に舞っていた蝶を絡めるが如く、数多の触手がジンの体に巻きついた。 縄は一気に緊張し、蜜柑の果汁を搾り出すように下手人を締めあげる。 「ガッ!!! ……ガフッ……! 」 嘔吐。コクピットの椅子に、溢れるほどの赤が降り注ぐ。 この赤は絵の具のように手垢のついた模造品ではなく、人が生けるための必需品。 「……あの世行き……の……切符、に」 ドロボウをお縄に頂戴させた保安官の正体。 それは大怪球フォーグラー――いや、螺旋の力に乗っ取られた臨界球フォーグラーガン自身だった。 外壁の表面に装備されていた沢山のレーザーアームが、己が体を突き破ってまで、襲い掛かったのだ。 彼らは内部にいた異分子(ウイルス)の存在を本能で察知し、追い出そうと考えたのかもしれない。 「払い戻しは、きかないん……だよ……! 」
転生を迎えたフォーグラーの胎内でジンの弱音が空しく響く。 骨身に染みる圧力に、五臓六腑たちが悲鳴を上げていた。もう強がりだけでは隠し通せない。 即ちこれは、王ドロボウもまた、この世界で幾多の無茶を潜り抜けてきたという証明なのだ。 「なんせ俺たちは、生まれつき極刑を言い渡されてるんだからな」 凍てついた視線を亡霊たちに向けて、ジンは右手を淡い緑色に輝かせる。 光は右手から銃全体に染み渡り、更なる輝きを増していく。 正体不明の眩さは留まることなく、ジンを中心として広がっていった。 「どのみち、こんな窒息しそうな棺桶は……ご免こーむる……」 ――幼少期の王ドロボウには、右手を懐へ隠す癖があった。 理由を尋ねられても“必要とするときじゃないから”の一点張り。 母親から五年越しの誕生日祝いに、とあるプレゼントが贈られるまで、やりとりは繰り返されていた。 「こっちにはどんな物語にも、どんな文献にも載ってない」 思い出の品の名は“王の罪(クリム・ロワイアル)”。 お披露目会で破壊され日の目を見ることのなくなったジンの必殺技。 エム・エルコルド(Amarcord)産の知られざる傑作となったのも今では良き思い出だ。 鳥の相棒から乳離れして以来、産まれて始めてになる単独発射(一人立ち)。 「誰もが笑顔でハッピーになれる」 狙いは超新星の核の中心にあたる、コクピットに備え付けられた自爆装置への誘爆。 侵食に純応し過ぎてエゴとなった塊は、芯から根こそぎ駆除しなければならない。 結果あらゆる迸りを受けたとしても、彼には相応の覚悟がある。 それは職業柄、分かりきっていることなのだから…… 「――――パーティーが待ってるんだ!!! 」 少年は、迷わず引き金を引くのだ。
◇ 余すところ無く軋轢と閃光を走らせて、大怪球が崩れていく。 二次災害も甚大。円らな瞳が大粒の涙を散布するように、周囲を巻き込んでいく。 その上空で、どこふく風と言わんばかりにカグツチが舞う。 銀の龍の背に乗るは、この発破解体の前兆を偶然にも感知した鴇羽舞衣一行。 「これで……よかったの? 」 舞衣は誰かに向かって問いかける。面と向かって言わなかったせいか、誰も彼女に答えようとしない。 彼女は知っていた。ジンが何のためにフォーグラーに行ったのか。 運び役も買って出たし、ジンの頼み通り迷うことなくゆたかたちを避難させた。 しかし最後の最後でHIMEは騙された。ジンの用意した三本目のアンチ・シズマ管の種明かしを知らなかった。 “イリヤスフィール・フォン・アインツベルンに捧ぐ”の存在も、彼女はまだ知らなかった。 「ねぇ! よかったっていうの!? 」 舞衣の質問に何も答えることができず、ゆたかはフリードを強く抱きしめて俯く。 彼女は何も聞かされていなかった。舞衣がジンと空に上昇する少し前から、彼女の意識は闇に落ちていたから。 眠り姫が覚醒したときには、何もかも終わった後だった。 「爆発が起こったのは、アンチ・シズマフィールドが発生した後だ」 ジンが余分に保管していたシズマ管をディバッグから取り出して、しれっとねねねが返事をする。 彼女の右手で淡く光るシズマ管の内容物は、とても穏やかに状態を保っている。 一度アンチ・シズマフィールドが展開されれば、シズマ・ドライブが世界を崩壊させることは永遠に無い。 螺旋王に作られし酸素欠乏のバッドエンドは、遂にお蔵入りとなったのだ。 「作戦は失敗じゃない。あたし達が無理に付こうもんなら……終わってたよ」 抑揚を押し殺して話すねねねは、この結末を薄々予感していたのかもしれない。 “イリヤスフィール・フォン・アインツベルンに捧ぐ”は彼女の悲願だった。 存在を直接伝えずとも、情報を回りくどく、ジンに仄めかしていたのかもしれない。 「……ジンが一度でもそう言った!? ねねねさんが彼に聞かなかっただけじゃない!! 」 ジンが皆に絵空事を話し始めてからカグツチに乗るまで、ねねねは彼を止めることはできなかった。 “それでもジンならやってくれる”という得体の知れぬ期待を、ねねねは選んでしまったのだ。 淡々とする彼女の態度は、椿姫の役を買って出た裏返しかもしれない。 「聞かなくたって分かるだろ」 ねねねの肩を掴んで迫る舞衣を、無骨な男の腕が引き止める。 この現状に堪え切れないと目で訴える彼女に、スパイクは一枚の手紙を見せた。 “領収書”と銘打たれたその筆跡に、舞衣は見覚えがあった。 「いい奴だったさ。俺たちが知ってる通りのな」 舞衣が手紙を受け取ると、スパイクはそれっきり何も言わず、葉巻に火を点けながら背を向けた。
◇ “領収書” 王様からの永遠のお預け 確かに盗ませていただきました 太陽も月も紛い物ですが 民が飢え死ぬことはありません 盗んだ物を“使う”のは もっと相応しい方にお譲りします 根無し草の王ドロボウは 盗むことにしか興味がありません なぜなら盗むことは 多分 最高の賛美だから 今までも 未来も 終わることなく この世が賛美に値する限り 王ドロボウは 盗み続けるでしょう
◇ スパイクは今だ自壊し続けるフォーグラーの末路を見届けながら、煙を吸い込む。 口に広がるかすかな苦味が、湿りきっていた顔を歪ませた。 彼が吸っている葉巻は、先ほど地上で口から落とした一本ゆえ、少し砂がついていた。 (メメント・モリ……失敗しても、せいぜい死ぬだけってか) 砂埃は払ったつもりだったでも、こういった物はなかなか落ちないものだ。 本当は不衛生極まりないのだが、スパイクは敢えて煙を味わった。 この葉巻はジンから譲り受けた、言わば置き形見であり、最後の接触に立ち会った証だから。 (螺旋力とやらがそっぽを向くわけだ) いまいち腹の底が見えずとも、どこか脱力させられるあの少年は、信頼に値していた。 そのジンがいつの間にかスパイクのズボンに初心表明を投函していたのだ。 あの質問に対するジンの答えがこれだとしたら、自分は何と答えるべきだろう。 (本当に“死ぬには良い日”だったのかよ。冠を捨てちまった王様は、眠るしかねぇんだぞ) 月明かりで淡くなった夜に、深く長く煙を吐き出すと、スパイクはチラリと後ろを見る。 向こうではジンの手紙を食い入るように読みながら、同志が思い思いの感情をぶつけていた。 心の奥底では孤独を良しと受け入れているスパイクとは違い、彼女たちはどれほど真っ直ぐか。 (あいつらみたいに、惹かれてみろってのか。涙が出るくらい――……ん? ) ぼんやりと見ていた両目を擦ってスパイクは視界を明確にする。 小さな小さな何かがカグツチに向かって来たからだ。 飛来物はねねねたちの肩を通り過ぎ、持ち前の動体視力で捉えていたスパイクの右手にパシッと綺麗に収まった。 それはジンが持っていた死芸品、夜刀神。刀身には一枚の紙が結び付けられていた。 『あなたの頭上に輝く星が流れた夜に あなたの故郷でお会いしましょう HO! HO! HO! 永らえの王ドロボウ』 咥えていた葉巻を投げ捨て、賞金稼ぎはすっくと立ち上がる。 顔をぐしゃぐしゃにしている淑女たちへこの紙切れを渡すために。 文面の意図を読みとれば、これは待ち合わせの約束。 いつどこで会えるのかはわからない。実に気の長い話だ。 (またな、王ドロボウ) ……それでも、遅かれ早かれ――巡り合えるはずだ。 含み笑いを添えて、スパイクは同志に手紙を差し出す。 あんたは、どうなんだい DO YOU HAVE COMRADE?
◇ 月が出ていた。 地上では黒い太陽が閃光と爆音を轟かせ大爆発を巻き起こしていた。 焔を撒き散らしながら、大怪球が崩れ落ちながら炎上する。 それを合図として、その異変は始まった。 それは爆風に押し広げられるようにジワジワと広がっていった。 それに触れた街の灯が次々と消えて行き、水面に広がる波紋のように暗闇が広がってゆく。 それは満ちる波のように闇を押し広げる透明な円。 それはアンチシズマフィールド。 それはバシュタール現象を巻き起こしたエネルギーフィールド。 バシュタール現象、またの名をエネルギー中和現象とも呼ばれるその現象。 その名の示すとおり、あらゆるエネルギーを中和し、その機能を停止させる現象である。 それはバシュタールの惨劇と呼ばれる大災害を巻き起こしたそれである。 バシュタールの惨劇。 それはたった2%の不完全が巻き起こした悲劇だった。 98%の成功に、功を焦った研究者たちが2%の未知を無視しシズマドライブの実験を強行した。 結果システムは暴走。 実験炉とともにバシュタール公国は消滅。 副産物として生まれたエネルギーフィールドは世界全体を包み、地球上のあらゆるライフラインを静止させた。 その結果、人類の三分の二を死滅へと追いやる未曾有の惨劇へと発展した。 そして、その失敗を糧としてシズマ・ド・モンタルバンIII世博士を中心とした研究チームはシズマドライブを完成させ。 フランケン・フォン・フォーグラー博士は十年前の歳月をかけて、シズマドライブのみを静止させる『アンチ・シズマドライブ』を完成させたのだ。
あの惨劇を巻き起こした原因は不完全な未知。 小早川ゆたかがシズマ・ドライブを使用しフォーグラーを起動させたおり、バシュタールの惨劇が起こらなかった原因は単純だ。 完成品であるシズマ・ドライブは完璧すぎた。 リサイクルの際の不具合があるが機能事態は非の打ち所のない、まさしく理想のエネルギー資源である。 それは『アンチ・シズマドライブ』も同じこと。 十年という歳月、稀代の天才フランケン・フォン・フォーグラー博士の執念の一作だ、完璧でないはずがない。 ならば、今、大怪球フォーグラーを動かしエネルギーフィルドを生み出している『2/3アンチ・シズマ管』ではどうか。 単純な量を省みればその不完全さは2%どころの騒ぎではない。 材料自体は完璧なアンチシズマであるが、その総量を失い不完全である。 それは完全であり完全でない、アンチ・シズマ管でありアンチ・シズマ管でない曖昧なシズマ。 故に、あの惨劇が繰り返される。 今度は事故ではなく故意を持って。 悲劇ではなく希望を目指して。 押し広がったエネルギーフィールドは天にまで至った。 天上の星々は所詮偽りの天象儀。 天の星々もまた、その機能を止められ光を落とし闇に融けた。 世界を照らし続けた太陽も同じく機能を停止させ世には闇の帳が落ちる。 そして、遂には大怪球を中心とした円はこの小さな箱庭全てを包み。 あらゆるエネルギー現象がその活動を停止し、世界が静止する。 それは螺旋王の用意した舞台装置とて例外ではない。 箱庭に参加者を閉じ込めていた『転移結界』がエネルギーフィールドに触れ消失する。 全てが消える。 時すら止まったような静寂と、塗りつぶしたような底の見えない漆黒の闇がただ天に広がっていた。 夜天には星の煌き一つない。 天に残ったのは闇を穿つような真円が一つ。 煌々と輝く青白い月だけが変わらず天に在り続けていた。
◇ 「――――――よい開幕だ、王ドロボウ」 終演の開幕を告げる声が響く。 天を奔るウィングロードから英雄王が降り立ったのは、月を真上に構える会場の中心。 遠目に巻き起こる爆発とその結末を見届け何を思うのか。 これまで脱出に向け積極的に動くことをよしとしなかった英雄王が始動する。 「ひとたびの興としては悪くない舞台であった。 せめてもの手向けだ、この我が手ずから相応しい幕を引こう」 闇を斬るように振るわれた剣の軌跡に赤い残光が浮かんだ。 始まりの英雄が終わりを告げるように乖離剣を振りかざす。 英雄王はこの地において衝撃のアルベルトによる敗北を経て油断を封印し、そして今しがた王ドロボウによって慢心を盗まれた。 油断も慢心もない、まさしく今ここに在るのは天下泰平を成し遂げ、この世全てをその手に治めた大英雄に他ならない。 王の奢りを脱ぎ捨てたその心情を表すように金色の鎧を模したバリアジャケットが形状を変える。 全身を包んでいた黄金の鎧は下半身を残し弾けとび、黄金率の均整を整えた完璧なる肉体が露になった。 露になった上半身に刻まれる呪詛のような赤い文様は、全てに破滅を齎す不吉を思わせる。 光なき世界においてなお恒星の如く眩い黄金の魂。 天に光なき今、輝きは地に。 世界の中心に、暗黒を根絶する黄金の殲滅者が降臨する。 「さあ、出番だエア。貴様に相応しい舞台は整った――――!」 主の命に従い、乖離剣が軋みをあげた。 乖離剣に嘗てないほどの膨大な魔力が注ぎ込まれる。 ここにきて初めて見せる英雄王の全力全開。 それ倣い、地殻変動に等しい重さとパワーを軋ませながら互い違いの方向へ三つ円柱が廻る。 胎動を始めた乖離剣を中心に大気が乱れ集い、犇めき合う風たちが地を引き裂く雷鳴のような嘶きを響かせた。
吹き荒れる暴風。 その剣は風を払うのではなく、風を巻き込むことで暴風を創り出す。 乖離剣は辺りの空間ごと大気を巻き込みながら、この地に漂う無念や絶望を、あるいは希望や祈りすらも次々と己が糧としてに飲み込んでゆく。 石臼のような円柱の隙間から滾りあふれる赤い魔力が、巻き起こる暴風に乗って会場全体へと吹き荒れた。 世界を支配していた闇を祓うかのように赤い魔力の渦が世界を染め上げる。 英雄王の放つ重圧に耐え切れず、踏みしめる大地にヒビが入りその周辺が陥没した。 次いで、その余りに激しすぎる魔力の流動に耐え切れないのか、箱庭全体がカタカタと震えた。 まるでこれから巻き起こる何かに脅えるように。 地は砕かれ、水は干上がり、風が震える。 大気が大地が大空が、世界がそのものがその存在に畏怖し慄き震え上がる。 螺旋王の作り上げた偽りの世界を殲滅するべく、英雄王の前に圧倒的な真実が渦となり荒れ狂う。 その渦の中心は無風でなく紛れもない暴風。 狂ったように吹き荒れる暴風の中にありながら、君臨する王はなおも不動。 振りかざす乖離剣の躍動は止まる気配を見せない。 それどころか一回転ごとにさらに早く、より速く、なお奔く狂おしいまでにその回転を加速してゆく。 猛り狂う暴風はあらゆるものを吹き飛ばしながら会場の端々まで吹き荒れ。 鬩ぎ合い蠢く空気の渦は、擬似的な空間断層となり世界より隔離された異界を創り上げた。 吹き荒れる疾風は擦り切れるように摩擦を生み、大気が炎上し燃え上がる。 業火に揺れるその世界は灼熱の地獄のよう。 世界に満ちたマナはその剣に供物として捧げられ、大気が枯れ果て凍りつく。 絶対零度の風が吹き荒れるその世界は極寒の地獄のよう。 灼熱と極寒が入り混じるそれは、あらゆる生命活動を許さぬこの惑星原始の姿そのもの。 生命の原初にして死の原点。 地獄と謳われたこの舞台を嘲笑うように、乖離剣は本物の地獄を創り上げる――――――! 「さぁ王ドロボウよ、望みとあらば見せてやろう。 我としても、このような気紛れは一生に一度あるかないかなのだ、出し惜しみはせぬ。 英雄王の真の力を、特とその目に焼き付けるがよい――――!」 地獄の中心で不敵に笑いながら英雄王は宣言する。 その背後の空間が陽炎のように歪む。 同時に生まれた歪みは三点。 各々から取り出されたのは英雄王の輝きを反射する鏡の破片。 それは、使用者に魔力を爆発的に高める魔界の禁断具、王ドロボウより譲り受けた魔鏡の欠片。 人間界に渡るおり、三つに分かれた欠片が今、王の下一同に集い、原型を取り戻した魔鏡が怪しい光を放つ。 魔鏡より溢れ出した膨大な魔力が、ギルガメッシュに注ぎ込まれる。 その魔力は英雄王を触媒に直列で乖離剣へ流れ、限界と思われた乖離剣の回転が爆発的に加速する。 魔鏡によるバックアップを受け、その威力は更に跳ね上がる。 「――――――終わりだ」
終わりを告げる英雄王の声。 乖離剣の躍動はもはや目視不可能な域にまで達していた。 英雄王の執る乖離剣には世界そのものを破壊するほどのエネルギーが内包されている。 一瞬でも油断すれば制御を失い、ともすれば自らを滅ぼしかねないだろう。 なれど、今の英雄王に油断はない。 慢心もなく、全力を持って乖離剣を従える。 これ程の破壊を従えられる者など、このギルガメッシュを置いて他にない。 慢心ではなく、絶対の自信と傲慢さを持って、ギルガメッシュは乖離剣の狙いを天空に定めた。 狙うは遥か高みに鎮座する、あの月だ。 あれこそがこの世界を維持する基点。 あれを潰せばこの世界は崩壊する。 さあ刮目せよ。 見るがいい三千世界より集められし勇者たちよ。 見るがいい儚くもこの地に散り行った兵たちよ。 見るがいいこの舞台を創造せし螺旋王よ。 見るがいいこの舞台を繰る介入者よ。 見るがいい天上の傍観者よ。 そして知れ。 人類最古の英雄王、その真の力を。 「――――――天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)――――――」
◇ 宇宙の法則すら軋ませるほどの膨大な魔力の束が解き放たれた。 空間を断絶しながら、渦を巻く彗星は昇るように空へ。 誰もがその軌跡を追うように天を見上げ、天地開闢の瞬きを垣間見た。 天が絶叫し、地が震撼する。 その剣が切り裂くのは形ある地ではなく、まして形ない天でもない。 その一撃が切り裂くのはこの世界そのものだ。 古代メソポタミア神話において、混沌であった世界を天と地に分けた神の業。 世界を切り裂くこの一撃こそが、英雄王を超越者たらしめる『対界宝具』の正体である。 世界を覆う障害を裁ち落とすべく、破壊の渦は舞い上がる。 待ち構えるはこの世界を構築する第二の結界。 外界からの断絶、参加者の能力制限を一手に引き受け、この世界の守護する『防護結界』である。 不可視なれど、確かにそこに存在するそれはヴァシュタール現象の影響下に在らず、英雄王の行く手に障害として立ち塞がっていた。 虚空にて、進化を是とする最新の王が創りし守護と原典を是とする最古の王が創りし破壊が衝突する。 否。それは衝突などという生易しいものではなかった。 触れ合うたびに互いを否定しあう存在の拒絶。 空間が歪み、虚空がひび割れ、空が墜ちる。 世界が崩壊するその様は、まさしく神話に謳われる天地創造の再現だった。 その一刀を揮うより前の有象無象は、何ら意味を成さぬ混沌にすぎず。 その一刀が揮われた後に、新しい理が天と海と大地を分かつ。 その一刀たるや、もはや命中の是非や威力の可否を語るのも馬鹿らしい。 その一刀は形の有無すら問わず森羅万象の存在事項を否定し尽くし、触れる万物を虚無の彼方へと呑み込んでゆく。 そのような規格外を前に、いかな常識が意味を成そうか。 会場を覆い包む『防護結界』が守護という役目を果たすこともなく砕け散った。 舞い散る破片は地に降り注ぐことすら許されず、例外なく虚無の果てへと吹き飛ばされ消えてゆく。
瞬間、この世界を包む周囲の景色が一変した。 仮初の空は掻き消え『防護結界』によって覆い隠されていた『世界の核』が露となる。 現れたのはこの薄い黄金にも似た緋色のドリル。 これこそが世界を構築する円錐の檻である。 何もかも一変した世界で唯一変わらず残ったのは天の中心、ドリルの先端に鎮座する満月のみ。 空を越えて宙へ。 その名残すら消し去るべく、不変を許さぬ破壊と創造の渦が円錐の頂点目掛け突き進む。 その勢いは防護結界を破ってなお衰えを知らない。 瞬きの間にエヌマ・エリシュはこの世界の心臓部である月に達した。 ぶつかり合う二つの究極。 星々が爆発したかのような火花が散る。 闇夜は一転して白夜へ。 極光が世界を包んだ。 光彩陸離に瞬く光はさながら世界を照らす開闢の星のよう。 世界を焼き尽くすような閃光の中、ひび割れ墜ちる、世界崩壊の音が響く。 暴風と極光が徐々にその色味を薄めてゆき、全てを無に帰す破滅が締めくくられる。 全てを覆い潰す白光の中心で、金色の王と赤い剣だけがその存在を示すように燦然と光を放ってた。
646 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/02/21(土) 16:50:12 ID:QImKX00y
◇ その違和感に始めに気づいたのは、やはり英雄王ギルガメッシュだった。 世界は一面の白。 自らの掌すら確認できないほど、視界は光に潰され何も見えない。 それはいかに英雄王とて同じこと。 何も見えず、聞こえず。 こんな世界の中にあっては、何が起きようとも認識することは不可能だ。 だから、おかしい。 何も起きないのがおかしいのだ。 ギルガメッシュの読みでは、月を破壊すればこの世界は崩れ、中にいた者たちは『外』に放り出されるはずである。 だというのに、踏みしめる大地は未だ健在。崩壊が始まる気配は感じられない。 それが指し示すことはつまり、 僅かに光晴れる空。 英雄王がいち早く天を見上げた。 今だ残る光の残滓に真紅の瞳を細めながらも、朝靄の様な光の晴れた空の先に英雄王は見た。 ――――そこには月が出ていた。 世界を包む結界の頂点からは、イカズチのような亀裂が奔っていた。 その周囲はおよそ無事な場所など存在しないと思える程の損傷と被害が見て取れる。 だが、今だ健在であるのは疑いようもなく。 確固たる形状を保ち、その役割を全うしていることに間違いはない。 会場に張り巡らされた三重の結界。 当然ながらその役割はそれぞれ異なるものである。 『転移結界』が内部の参加者の脱出、反旗を防ぐためのものだとするならば。 『防護結界』はこの舞台の運用、保全を第一とした文字通り、この実験進行自体の防護を行うための結界である。 それに対し『世界の核』が担った役割は、この世界の形成。のみならず外敵に備えた結界としての役割も担っていた。 外敵とは言うまでもなくアンチ・スパイラルのことである。 もちろんアンチ・スパイラルを完全に封じ込めることができる結界など、いかにロージェノムとて用意することは不可能だろう。 螺旋王が外壁である『世界の核』へ求めたオーダーは、アンチ=スパイラルの攻撃に対しても実験データを引継ぎ脱出することができる一定時間を稼げる程度の強度である。 超一流の螺旋の戦士であるロージェノムが、その螺旋力殆どのを使い創造した、螺旋王そのものといっても過言ではないこの世界。 それを、一撃のもと、崩壊寸前まで追い込んだその破壊力は十分に驚愕に値するものだろう。 だが、所詮そこまでだ。 『世界の核』を打ち破ることはかなわなかった。
あるいはギルガメッシュに衝撃のアルベルト戦のダメージがなければ。 あるいはこれまで放った天地乖離す開闢の星分の魔力が失われていなければ。 あるいは、この結界すらも打ち抜けたかもしれない。 それもこれも、所詮全ては可能性の話に過ぎない。 月はなおも煌々と輝いている。 残ったのは英雄王の全力が敗れたという結果だけだ。 だがしかし、その周囲の損傷は誰の目にも明らか。 いかに無事とはいえ、首の皮一枚、風前の灯ともいえる。 ならば、もう一撃『天地乖離す開闢の星』を打ち込めば事足りる。 そう結論付けた英雄王は、激昂した頭のままトドメを刺すべく右腕に乖離剣を、左手に魔鏡を掲げた。 もう一度その魔力を引きずり出さんと魔境に力を込める英雄王。 だが、いかに魔界の宝具とて、常軌を超える英雄王の酷使に耐え切れなかったのか。 掲げた魔鏡が砕け散り、もはや修復不可能な幾千もの欠片と化した。 「ちっ」 一つ舌を打ち、早々に魔鏡に見切りをつけ手に残った破片を振り払う。 そして、自らの魔力を直接乖離剣に注ぎ込んだ、その瞬間、英雄王の身に纏っていた衣服が弾け飛び、裸体が衆愚の目に晒された。 「む。どうした具足」 『無理ですKing! バリアジャケットを構築する魔力が残っていません』 足元からの言葉に英雄王は忌々し気に舌を打つと、エアに篭めた魔力を引き戻し黄金の鎧を再築する。 マッハキャリバーの言う通り、ギルガメッシュは肉体的にも魔力的にも限界であった。 いかにギルガメッシュが受肉しているとはいえ魔力はサーヴァントの生命線である。 魔力は現界に必要不可欠な要素であり、それを完全に枯渇させてしまえば消滅するほか道はない。 最も、そのような弱みを見せるなど英雄王としての自尊心が許さないのだろう。 魔力を枯渇寸前まで失いながらそれを微塵も表に出さず平然としている。 おそらくは直接魔力を頂戴しているマッハキャリバーでなければ、英雄王の限界に気づくことはできなかったであろう。 だがその実、ギルガメッシュには門一つ開く余力すらもありはしない、精々バリアジャケットを維持するのが限界である。 だが、それでも、あと一手が必要だった。 ギルガメッシュの一撃によって、もはや結界は風前の灯。 あと一手差し込めば、必ずこの会場は崩壊するだろう。 英雄王が限界を迎えた今、それを用意する役割を果たすのは生き残った他の参加者以外に存在しない。
だが、その一手があまりにも遠いのだ。 風前の灯とはいえ、その灯火はあまりにも強大である。 生半可な風ではビクともしまい。 ギルガメッシュの放った一撃は凄まじ過ぎた。 その光景を見守っていた全てのものに、その事実さはいやがうえにも理解させられた。 だからこそ、その一撃が通じなかった絶望もそれに比例して深い。 あれに匹敵する一撃など、そう繰り出せるものではない。 先の一撃と行かずとも、この火を吹き消すには、最低でも生前明智健吾がそれであると考察した最強戦力が必要となるだろう。 だが、ボルテッカを放つ宇宙の騎士は志し半ばに倒れ。 エンジェルアームを放つヴァッシュ・ザ・スタンピードも無念のまま散った。 バオウ・ザケルガを放つガッシュ・ベルも先の闘争で、その命を落とした。 残ったのは鴇羽舞衣の操るカグツチの一撃であるが、これとてチミルフ戦の消耗を残している状態では届くかどうか。 そしてなにより、最大の問題として時間制限がある。 それは螺旋王の提示した会場崩壊の時間でも、グアームの言うアンチ・スパイラル到達の時間でもない。 最大の問題は、果たしてバシュタール現象がいつまで維持されるのかという一点である。 バシュタール現象を引き起こせる、フォーグラーが完全に機能を停止し消滅した。 今張られているエネルギーフィールドが消えればそれで終わり。同じ策は実行不可能である。 転移結界が復旧してしまえば、それを突破する術はもはや存在しない。 バシュタールの惨劇に習えば七日間という余裕があろうがこれは参考にはならない。 そもそも、エネルギーフィールドを維持するフォーラーが消滅している時点でいつ消えてもおかしくはないのだ。 つまり外殻を突破するには今しかない。 制限時間が限られている以上、ギルガメッシュの魔力回復を待つことも不可能だ。 世界を照らしていた光が完全に消え再び世界に闇が戻る。 万策は尽きた。 刻一刻と時が過ぎ去る。 今にも落ちてきそうな空。 その中心に、重く圧し掛かる絶望を照らすように、月が出ていた。
※CAUTION※ !このレスは最終回本文ではありません! ※CATION※ ことみ「昼の部はここで終了なの。皆さんとても多くの支援をありがとうなの」 杏「最後の夜の部に備えてお風呂や夕飯はは今のうちにね。ずっとモニターの前に座っている人は目や肩のストレッチをするのもいいと思うわ」 ことみ「ちなみにここまでで約330kbなの。いよいよ残り130kbになってしまったの」 杏「始まって見ればあっという間よね。続きを読むのが怖いって人もいるんじゃないかしら?」 ことみ「そうなの。そこで休憩なんてくだらねぇ、という元気のある方のために以下にちょっと趣向を凝らしてみたの」 杏「あら、そんなの聞いてないわよ」 ことみ「言ってないの。内容は約30レス分あるの。これらが全部投下されてから読むことをお勧めするの」 杏「はぁ?待たなきゃ駄目ってこと?意味が良く分からないんだけど……」 ことみ「……見てもらえれば分かるの。一応本編でもあるけど、待ち時間の余興として楽しんで頂ければ幸いなの。では」 ※CAUTION※ !このレスは最終回本文ではありません! ※CATION※
◇ 【0】 毎日毎日、掘ることだけがオレの仕事だ。 穴を掘れば、それだけ村が広がる。 村長は喜んで、オレにブタモグラのステーキを食わせてくれる。 ステーキのために掘るのかって? それも違うよ。 ……宝物を掘り当てることだってある。 ……失ってしまった宝物を掘り当てることだって、きっとある。 だからオレは、その日もドリルで穴を掘っていた。 土の中を掘り進んでいくと、やがて開けた空洞に繋がった。 そこにはでっかい家が一軒建っていて、門前ではヒトが掃き掃除をしている。 いや、あれはヒトなんだろうか。 なんだかやたら角張っていて、オレや村のみんなとはだいぶ体の作りが違う。 オレは戸惑ってしまい、そのヒトに声をかけることができなかった。 そうこうしている内に、掃除をしていたヒトがオレに気づいた。 余計にギクシャクしてしまったオレは、緊張しながらも挨拶を放る。 といっても声は出なかったから、お辞儀してみせただけなんだけれど。 オレがお辞儀すると、向こうもお辞儀し返してきた。 「ようこそ。君は新しい入居者か?」 入居者ってなんだろう。 オレは言葉の意味がわからず、曖昧に首を傾げた。 すると向こうは、オレを招くように手を振った。 「立ち話もなんだ、家の中を案内しようか。ここはモロトフ荘。私は管理人のモロトフだ」 ※以降、物語が『分岐』します。『選択肢』を選ぶのはあなた。『終着点』はひとつ。『数字』を追っていってください。 【BAD END】と出てしまったあなたは【0】まで戻ってゲームをやり直してください。 ・それでは → 【1】へ
◇ 【1】 モロトフというヒトに連れられて、俺は家(モロトフ荘というらしい)の中に入った。 中は結構広くて、住人も多いのか、部屋の数はとても数え切れない。 歩くとギシギシ音が鳴る廊下を、オレは物珍しげな目で見ていた。 「ここには多くの人間が……いや、人間でない者も多いのだが、とにかくいる。ここに入居するなら、いずれ顔を合わせるだろう」 『あの、入居って? オレ、難しい言葉よくわかんなくってさ』 「ここに住むということだ」 『えぇ!? そんな、オレの故郷はジーハ村なんだ! ここには住めないよ!』 「おや、そうなのか? では、ここへはいったいなんの用で来たのだ」 『えっと、それは……』 「おぅい! 管理人さんじゃねーか! そいつぁ新顔か!?」 「ラッドか。いや、入居者ではないらしいんだが」 「ハッ、まぁたかよ。飽きもしねぇでよくやるぜ! で、なによ? おめぇはどんな風に死んだわけ? あんま強そうにも見えねぇけどなぁ、つーかむしろもやしっ子みてぇだけどなぁ、どっかでこそこそ隠れてやがったのか!? ああだけど懸命だぜぇ。命は尊いもんだ。間違っても俺は死なない、俺は安全だなんてヌルい考え持っちゃいけねぇよなぁ。 俺ぁよぉ! ああもう、ホント! そういう奴らブチ殺すのがたまらなく好きでなぁ! 例の、バトル・ロワイアル? ありゃあ最高だったぜ! 後味は悪かったが、気にいらねぇヤツらを片っ端から殺して殺して殺して殺して殺して…… あー! なんかもうテンション上がってきちまったなぁ! よぉジャグジー、ちょっくら俺とバトロワしようぜ! 「ひっ……ら、ラッドなんかとやり合ったら僕なんてすぐ死んじゃうよぉ……」 「なんだよ〜、シラけるぜぇジャグジーちゃんよぉ。しゃーねぇなぁそっちのバカネコ二匹、ちょっくらつきあえや」 「あァん? そいつぁオイラたちのこと言ってんのか? いいぜぇ、暴れてやろーじゃねぇか」 「おもしろい。キッド、やるからには敵味方関係なしだぞ」 「あたぼうよぉ。なんてったって、バトル・ロワイアルだからな。あまっちょろい考えは抜きだぜ!」 「……まあ、あれは住人の中でも特に変なヤツだ。あまり気にするな」 『うん(ばとるろわるいあるってなんだろう……?)』 「それはそうと、おまえがここに来た目的だが……」 『あ、そうだ。そうだよ! オレは、ここへ――』 ・アニキを探しに来た → 【20】へ ・嫁を探しに来た → 【10】へ
◇ 【2】 「はぁ? 全裸の危ない男に襲われそうになった? ちょっとつかさ、いくらなんでもそれは……」 「で、でも本当なんだよ〜。あ、ほらあの人!」 『おーい! 待ってくれってばー!!』 「はだっ……!? つ、つかさに近寄るなこの変態!」 『ぐわばぁっ!?』 ・ → 【36】へ ◇ 【3】 「ふぅぅぅぅしゅるるるるるる……目障りなオレンジ畑めぇい。今日こそ焼ーけ野原にしてやるわ」 「隣でメロン畑をやっているビクトリームか! おのれ性懲りもなく……」 「君のやり方は間違ってる! オレンジ畑が気に入らないっていうんなら、内部から変えていけば――」 「マグルガ」 「うわぁあああああああ!?」 「ぬぅわぁーはっは! ばぁかめ、今日は臨時パートナーとして読書大好き読子さんを連れて来ているのだぁ」 「へぇ〜、この本おもしろいですねぇ……マグル・ヨーヨー」 「ほぉれワン・トゥー! ワン・トゥー!」 「む、無念……オォォォルハイィィィルブリタァァァニアァァ!!」 『ムチャクチャだー!?』 ・ とっとと逃げる → 【31】へ ・ ジェレミアを助ける → 【41】へ ◇ 【4】 「上半身が裸だって……? つまり露出狂、もしくは変態ってわけか……」 「半裸の変態ねぇ。おい金田一、それならこの剣持勇に心当たりがあるぜ」 「なんだってオッサン!? そいつはいったい誰なんだ!?」 「へっくしょん! ズ……さすがに冬場ともなると、タオル一枚は厳しいものがあるな」 「クレアさん、悪いこと言わないから、せめてちゃんと服着たほうがええと思うよ?」 「なに、心配するなはやて。この俺が風邪なんてひくはずがないだろう」 「馬鹿は風邪ひかない言うしなぁ。たしかに、クレアさんなら安心やわ」 「さすが俺の愛した女だ。なかなかに手厳しい」 「……どうだ少年! 思い出の格好〜、とか言ってタオル一丁で歩き回ってるヤツこそおまえのアニキだろう!?」 『ない』 【BAD END】
◇ 【5】 『あのトンガリ頭の人が言ってたのって、この教会かな。あ、入り口から誰か出てくる……』 「まぁ〜ったくよぉ。鳥と美女じゃ幸せになれませんだなんて、陰気なこと言ってくれる神父だぜ」 「言っておくけどねキール。あたしはキールと結婚する気とか、さらっさらないから」 「なに? アレンビーまでそんなこと言っちゃうわけ? 傷つくなぁ。オレ様のハートは今ズタボロよ?」 『あ、あの……』 「うわ、男。傷心中の身だってのに、男に声かけられちゃったよ。とうとうオレもヤキが回ったかね」 「どうしたの君? 教会になにか用?」 『アニキを探してるんだ。神父って人ならなにか知ってるって聞いて』 「やめとけやめとけ。あんな陰気臭い神父、相手にするだけ時間の無駄だぜ」 「う〜ん、人探しっていうんなら、もっと適任がいると思うけど……よかったら紹介してあげようか?」 ・アレンビーに紹介してもらう → 【24】へ ・それでも神父に頼る → 【17】へ ◇ 【6】 『こっちのほうにアニキがいるの? なんだか、辺りが薄気味悪くなってきたんだけど……』 「ええ。こっちですよ。もっとこっち。怖がらないで、ちゃんとついてきてくださいね……」 『そ、そんなこと言われても……あ、あれ? いつの間にか、モロトフさんがいなくなってる……?』 「どうしたん……ですか? さあ、もうすぐでアニキさんのいるところに着きますよ?」 『お、オレ、やっぱり……』 ・このまま可符香についていく → 【22】へ ・怖い、逃げ出す → 【39】へ ・オレはオレの道を行く → 【12】へ
◇ 【7】 「ランサーさん、槍の稽古つけてください!」 「あぁ? 今日はのんびり釣りでもするつもりだったんだがな……」 「いいじゃねぇか減るもんでもあるめぇし。エリオの兄貴分やってんだ、それくらい面倒見てやったらどうだい」 「ちっ……しゃーねぇ。来いよエリオ。つき合ってやる」 「あ、ありがとうございます!」 「へっ、いいもんじゃねぇか弟分ってのも。で、ボウズ。この戴宗さんになんか用かい?」 『……ううん。アニキはすげぇアニキっぽいけど、オレのアニキとは違ったみたいだ』 「はぁ? そいつぁいったい、どういう意味だ?」 「気にするな。さて、次を当たろうか」 ・ → 【26】へ ◇ 【8】 「待ちなさい、そこの切り裂き魔!」 「む――軍の狗共ではないか。まったく、いいところで邪魔をしてくれる」 「ふっ、君は既にマークされているのだよ、素晴らしきヒィッツカラルド」 「新しい入居者が訪れては真っ二つにしようとするあなたの悪行、決して容認できるものではありません」 「ならばどうするというのかね、ホークアイ中尉にマスタング大佐。真っ二つになるのは君たちでもよいのだか……?」 「知れたこと。焔の錬金術師の名にかけて、貴様に制裁を加えてやろうじゃないか!」 「大佐、援護します」 『ちょ、ちょっと! オレはどうすればいいの!?』 ・構ってられない。逃げる → 【31】へ ・ヒィッツカラルドに協力する → 【21】へ ・マスタングとホークアイに協力する → 【29】へ
◇ 【10】 「嫁さんを探しに来た、だと……? 本気で言っているのか?」 『う、うん。たぶん、そうだったような……気が、する……?』 「ふむ、まあいい。そうだな、それなら嫁候補として……」 「――それで、どうしてあたしたちのところに来るんですか!?」 「む、いやしかし、年頃の娘となるとナカジマ二等陸士たちしかいないだろう、と」 「残念ながら、私は想い人がいるので嫁にはなれません」 「私もそういうのはちょっと早いので、お断りさせていただきます」 「ええー、ちょっと、ティアとキャロも普通に断ったりしないでよう」 「そういうスバルはどうなのよ。そういえばあなた、この前八神部隊長とクレアさんを妬ましそうな目で見ていたわね……」 「うえぇ!? そ、そんなことないんじゃナイカナー」 「スバルさん、目が泳いでいますよ」 「どうだ? 彼女はスバル・ナカジマ二等陸士。歳も近いし、なかなか好条件な相手だと思うが」 『う〜ん、そうだなぁ……』 ・もうちょっと胸が大きいほうがいい → 【18】へ ・もうちょっと幼いほうがいい → 【27】へ ・もうちょっと大人の女性がいい → 【15】へ ・実はオレ、男のほうが…… → 【19】へ ◇ 【11】 「……チッ、遅かったか。袈裟斬りで肩から一閃……こいつぁビシャスの仕業だな」 「さいきっくざぁ〜ん☆」 「おいエド、おまえが変な刀なんか渡すからだぞ。おかげでこの坊主、試し斬りの餌食だ」 『うう、痛いぃ……』 「……まあ、ここで生きるの死ぬのって話をしても仕方ねーか。しばらくは病院生活だろうがな」 「ざんねん! あにきのたたかいはここで終わってしまった」 【BAD END】 ◇ 【12】 (――『誰の助けもいらない。やっぱり、オレはオレでアニキを探してみるよ』――) 『……なんて言っちゃったけど、手がかりもなにもないんだよなぁ。いったいどうすれば……』 「フッ、困っているようだな少年よ」 『……え?』 「なんなら手伝ってやろうか。ただし、真っ二つだぞ――?」 ・ → 【8】へ
◇ 【13】 「それで、女の子たちにいじめられてイロイロなものが使い物にならなくなっちゃったと」 『う、ううぅ……オレ、これから先どうやって生きていけば……』 「なんだったら僕に任せてみない? 大丈夫、悪いようにはしないよ〜?」 『えっ、いったいなにを……』 「そ、れ、は、もちろん……改造手術ってヤツですよ!」 『い……いやぁぁぁ〜!』 【BAD END】 ◇ 【14】 『そうか、そういうことか……』 「なにがそういうことか、なの?」 『え? えっと、それは……なんだろう?』 「わかってもいないのに理解したつもりになってたの!? 私、そういうきっちりしてない選択ってイライラするのよ!」 『で、でもオレ、本当にどうしたらいいのか……』 「そういうときはね、一からやり直せばいいのよ! 頭空っぽにして最初からやり直せば、道も開けるはずだから!」 『そ、そうか……って、どうして鉈なんて持ってるのさ!?』 「一からやり直すためには――死んでリトライするのが近道だからよ☆」 【BAD END】 ◇ 【15】 「大人の女性と言えばこの人しかいるまい。タイガーモス号の肝っ玉母さん、ドーラ船長だ」 「なんだいなんだい、こんな年寄りを嫁に欲しいだなんて、うれしいこと言ってくれるじゃないか!」 『モロトフさん、さすがに歳の差が激しすぎ……』 「わたし、シータっていいます。あなたがおば様の旦那さんになるんでしたら、敬意を込めておじ様と呼ばせていただきますね」 「よろしく、おじさん!」 「賑やかな家族になってきたねぇ。なんだったら、みんなで一から空賊でも始めるかい?」 「うむ。幸せな家庭が一つ出来上がったな」 『お、オレは不幸せだぁ〜!』 【BAD END】
◇ 【16】 『なぁ奈緒。こんな人通りの少ない路地で、いったいなにして遊ぶんだ?』 「はぁ〜? バッカじゃないの。あたしがあんたみたいなのと遊ぶわけないじゃ〜ん」 『え、じゃあなんで――う、うわぁ!? でででっかいクモの化け物がー!?』 「有り金、ぜ〜んぶいただいてくよ」 『う、うう……服からなにまで全部持っていかれた……なんて怖いところなんだ』 「……ひぃ!?」 『こんな素っ裸なところを誰かに見られたら……って、さっそく見つかったぁ!?』 「は、裸の変な人がぁ……お、おおおおねえちゃ〜ん!」 『うわぁ、待ってくれぇ! 誤解なんだぁー!!」 ・追いかけて弁明する → 【2】へ ・罪の意識は強い。自首する → 【30】へ ◇ 【17】 『結局教会に入っちゃったけど……神父さんって、いったいどんな人なんだろう?』 「む、客人か。先ほどの女と鳥、そしてワシといい、今日はなんと来客の多い日よの」 『あ、こんにちは。あなたが神父さんですか?(なんで麻婆豆腐食べてるんだろう……?)』 「否。ワシは飯を食いに来ただけだ。ここの神父が作る麻婆は絶品でな」 『はぁ(すごい色だ。とても美味そうには見えないんだけど)』 「神父ならほれ、あそこに立っておる男がそうだ」 「よく来たな。迷える子羊よ」 『は、はじめまして。あの、オレのアニキ――』 「按ずるな少年。君の願いはもうじき叶う」 『えっ、それって、どういう……』 「行きたまえ。この地を離れしとき、君は本当の自分に巡り会うのだから」 『……?」 ・ → 【37】へ ◇ 【18】 「あ〜ら、私をご所望かしら〜?」 『うわぁ! すごいよモロトフさん! ボン、キュ、ボンだ!』 「むぅ、クアットロに目をつけたか。しかし彼女は……」 「まあまあ、細かいことは後にして……お姉さんの実験室でイイコトしましょう?」 『は〜い…………うん? 実験室……?』 ・ → 【42】へ
◇ 【19】 「男色の気があるのか。はて、ここの住人で君と趣味が合いそうな人物といえば……」 「よく来たな。僕の名前は間桐慎二。まあ、ゆっくりしていけよ」 『う、うん(ワカメだ。頭がワカメだ)』 「とりあえずおまえ、服を脱げよ」 『えぇー!? い、いきなりなの!?」 「男は度胸、なんでも試してみるものさ。それとも、僕から脱ごうか?」 『えっと……』 ・自分が先に脱ぐ → 【25】へ ・慎二に先に脱いでもらう → 【32】へ ◇ 【20】 「アニキか。アニキというと、小さいのとふつうのとデカいのがいるが……どれだ?」 『え、三人も? えっと……』 ・小さいの → 【28】へ ・ふつうの → 【33】へ ・デカいの → 【7】へ ・えっとぉ → 【35】へ
◇ 【21】 『はぁ、はぁ、はぁ……な、なんとかやっつけられたね』 「ああ、ありがとう。君が援護してくれなかったら、今頃はこちらが負けていただろう」 『いやぁ、そんなことはないよ。それより、約束どおりアニキを探すのを手伝って――』 「いいだろう……ただし、真っ二つだ!」 『ヘ――?」 【BAD END】 ◇ 【22】 「ほら、着きましたよ」 『ここは――オレンジ畑?』 「あれ、見ない顔だね。ジェレミア興、お客様みたいですよ」 「これはこれは……モロトフ荘の新しい入居者かな?」 『ねぇ、本当にこんなところにアニキがいるの?』 「アニキ、だって? もしかしてそれは――」 「ブルァアアアアアアアアアアアアアア!!」 ・ → 【3】へ
◇ 【23】 それから、オレはここの住人として暮らすことになった。 結局アニキは見つかっていない。でも、それも今となってはどうでもいいことだ。 だって、アニキはオレの心の中にいる。オレがいる限り、アニキもいるんだ。 だからオレは、ここでアニキと一緒に暮らしていこう。 そう、永遠に――。 【BAD END】 ◇ 【24】 「なるほどね。それでこの俺、金田一一を訪ねて来たってわけか。なっはっは、まっかせたまえ!」 「ハジメはね、いくつもの難事件を解決に導いてきた名探偵なんだって! ホゥムズみたいだね!」 「だが待てミリア。ハジメがホゥムズだとしたら、この場合モリアーティ教授は誰になるんだ?」 「それはね、それは……あぁぁ!! すすすすごいことに気づいちゃったよアイザックゥゥ!」 「なんだ、どうしたっていうんだミリアァァァ!?」 「あのねあのね、きっとモリアーティ教授の正体が、行方不明のアニキなんだよ!」 「なっ……なんだってぇぇぇ!? じゃ、じゃあ、アニキってのは悪いヤツなのか?」 「おっと、探偵のライバルが必ずしも悪人であるとは言いがたいですね。この私、高遠遙一のように……」 「ふん、貴様は性悪の化け狐だろうが。ねぇ、ところでお兄ちゃん。そのアニキって人の特徴くらいはわからないの?」 『アニキの、特徴かぁ……そういえば、アニキは』 ・ 上半身が裸だった → 【4】へ ・ サングラスをつけていた → 【38】へ ・ アニキはアニキだ → 【43】へ ◇ 【25】 『アッ――!』 【BAD END】
◇ 【26】 『アニキ、見つからないなぁ』 「ううむ、ここは専門家の力を借りるしかないか」 『専門家?』 「ああ、ここには名探偵と呼ばれる者いて――」 「お話は聞かせていただきました!」 『うわぁ! だ、誰!?』 「む、風浦可符香(PN)か」 「あなたのお探しするアニキさん、わたしに心当たりがあります!」 「どうする? 彼女の言葉を鵜呑みにするか、それとも……」 ・可符香の言葉を信じる → 【6】へ ・名探偵を頼る → 【24】へ ・オレはオレの道を行く → 【12】へ ◇ 【27】 「よもや君がロリコ……いや、なんでもない。年下がご所望というのなら……」 「はーい! イリヤスフィール・フォン・アインツベルンじゅうはっさいでーす!」 「アニタ・キング十二歳で……ってちょっと待てぇぇい!」 『十八歳って……オレより年上? 全然見えないけど』 「だいじょーぶだいじょーぶ。中身は大人だけど、肉体はロリータだからっ」 「こーらー! 無視するなー!」 『うん、じゃあ……問題ないかな』 「それはよかった。では、さっそく入籍の手続きを――」 「話聞けー! 紙使いだぞー! もぉ〜、こんなん強制的にバッドエンドだってぇーの!」 【BAD END】 ◇ 【28】 「紹介しよう、エルリック兄弟だ」 「弟のアルフォンス・エルリックです」 「兄貴のエドワード・エルリックだ」 『……アニキはこんなに小さくな』 「だぁぁぁれが豆粒ドチビかぁぁぁぁぁ!!」 ・ → 【20】へ戻る
◇ 【29】 「む、なんだね君は!」 『あいつ悪いヤツなんだろう!? だったらオレも手伝うよ!』 「心意気は買おう。しかし、君では役不足だ」 「悪いことは言わないから、早くこの場を離れなさい。そのほうが懸命よ」 『でも!』 「それに、君には探しものがあるんじゃないのか? 指針を見失っては、大切なものも見つかりはしないぞ」 『……そうだ。オレ、アニキを探さなきゃ。ありがとう、二人とも!』 ・ → 【34】へ ◇ 【30】 「それで、全裸で女の子を追い回してたってか」 『はい。不本意だったけど、そうするしかなかったんだ……』 「いくらここが自由だからって、やっちゃいけないことってのはあるわな」 『深く反省してます……』 「まあしばらくは牢屋の中だが、それも退屈だろう!」 『え?』 「そこでだ! 偶然にもここに、俺の娘の写真を収めたアルバムがあるんだが、獄中生活をこれの鑑賞で過ごすってのはどうだ!?」 『えぇ……』 「えぇ、じゃねぇよ! おまえにはまず、エリシアちゃんの魅力から教えてやらなきゃいけねぇみたいだな」 『いや、でも……』 「なぁに、時間ならたっぷりある! 語り終わる頃にはなにもかも終わってるよ。いいか、まずだな……」 【BAD END】
◇ 【31】 「ヘイそこ行くバンビーノ! 危ないからこっちに避難するんだ!」 『あ、ありがとう!』 「なぁに礼はいらない。少年のピンチに颯爽と駆けつけるのはイタリアの英雄、パルコ・フォルゴレさ!」 「危ない! 流れ錬金術がそっちにいったぞー!」 「ぎゃああああああ!」 『ふぉ、フォルゴレー!?』 「……う、歌を……復活の歌を歌っておくれぇぇ……」 『う、歌? 急にそんなこと言われても……』 「危ない! 流れマグルガがそっちにいったぞー!」 『えっ――うわあああああ!?』 「……えっと、俺から一つアドバイスな。選択肢が出てきたら前向きに挑め。逃げてばっかりじゃ活路は開けないぞ」 「き、清麿……君なら歌えるだろう? さぁ、鉄のフォルゴレを今こ」 「断る」 【BAD END】 ◇ 【32】 「ほら、脱いでやったぞ。次はおまえが脱げよ」 『(なんて貧相な体なんだ……アニキの体はもっと引き締まって……)あっ!?』 「な、なんだよ。急に大声なんて上げて」 『そうだ、アニキ……ゴメン! オレ、やっぱり脱げないよ!』 「あ、おい待てよ――――はっ、はっ……ハクチュ!」 「おや、終わったのか?」 『なにも終わってないし、始まってもいないよ! オレ、アニキを探さなきゃ!』 「嫁ではなく、アニキだと? 事情がよくわからんが、人探しなら適任がいる。紹介するからついてこい」 ・ → 【24】へ
◇ 【33】 「紹介しよう、相羽兄弟の兄のほう、Dボゥイこと相羽タカヤだ」 「たしかに俺はシンヤにとっての兄貴だが……おまえが探しているのは実兄なのか?」 『えっと、血の繋がった兄弟ってわけじゃないんだけど……』 「ふん。いいとこ弟分といったところか。おまえ、そのアニキに捨てられたんじゃないのか?」 『そ、そんな! アニキがオレを見捨てたりなんてするもんかっ!』 「シンヤ、おまえはまだ――!」 「わかっていないようだね兄さん。兄弟の絆なんて、所詮その程度のものということさ」 「……気にするな。他をあたろうか」 『……うん』 ・ → 【7】へ ◇ 【34】 『中尉と大佐って人はまだ戦ってる……オレ一人だけ逃げてきちゃって、本当によかったのかな』 「ねぇ、そこのあんた」 『うん? オレのこと?』 「そうそう、あんた。結構カッコイイ顔してんじゃん。あたし奈緒っていうんだけどさぁ、ちょっと……遊んでいかない?」 ・危ない香りがする。ここは逃げよう → 【39】へ ・なにして遊ぶんだろう……どきどき → 【16】へ ◇ 【35】 「このシュバルツ・ブルーダーがドモン・カッシュの兄ではないかだと……? なぜわかった!?」 『え?』 「すまん、人違いだったようだ」 ・ → 【20】へ戻る
◇ 【36】 「みんなー! ここに痴漢が、女の敵がいるわよー!」 『えっ、ちょ、ちょっと待って……!』 「なんて破廉恥なヤツだ……! 蜂の巣にしてやるッ!」 『うわっ、ちょちょちょっと待ってってばぁ!?』 「なつきに随分と汚らしいもの見せてくれますなぁ……汚物は消毒せな」 『や、やめ、ちょっとやめてぇー!!』 「みんなどいて! 紅蓮の輻射波動で使い物にならないようにしてやる……ッ!」 『使い物にならなく!? いったいなにを!?』 ・ もはや退路は断たれた。痴漢は費えるしかない → 【13】へ ・ しかしそこに正義の味方が現れた! → 【40】へ ◇ 【37】 『神父さんもアニキの居場所を教えてくれなかった……アニキ、本当にどこに行ったんだろう』 「おーい、そこのひとー」 『……君は?』 「わたしこなた。それより、アニキって人を探しているのは君?」 『そうだけど……』 「も〜、テンション低いなぁ。せっかくアニキのいそうな場所を教えてあげようかと思ったのに」 『え、本当!?』 「ホントホント。アニキは死んだ! もういない! だけどオレの背中に、この胸に、ひとつになって生き続ける!」 『……はい?』 「んじゃ、そういうことで。ばいに〜」 『……???』 ・まったく意味がわからない…… → 【45】へ ・そうか、そういうことか…… → 【14】へ
◇ 【38】 「サングラスをつけていた、か……だとしたら、あの人しかいない。行方不明のアニキ、その正体は――」 『そ、その正体は……?』 「私がムスカ大佐だ」 『アニキに瓜二つのサングラスだ! わぁぁぁん、会いたかったよアニキィィィ!!』 「な、なんだね君は!? こら、やめないか、私の服に鼻水をつけるな!」 「これで事件は解決だ。いつも茶色いサングラスをかけていたムスカ大佐、彼には腹違いの弟がいた……」 『あにきぃぃぃぃぃ!』 「服が、服がぁぁぁ〜っ」 「ふむ……なんとも釈然としないな。どこかで選択を誤ったのだろうか?」 【BAD END】 ◇ 【39】 『はっ、はっ、ハァ……思わず逃げて来ちゃったけど、ここどこだろう……?』 「……」 『あっ、人だ。あの人に聞けば……すいませーん! ちょっと聞きいんだけど――』 「……いい」 『え? あの、今なんて……』 「……試し斬りには、ちょうどいい」 『あっ――』 ・ → 【11】へ ◇ 【40】 「待つんだみんな! せめて事情を聞いてから……彼が服を着ていないことにも、きっと訳があるはずだ!」 「ほう。では衛宮、貴様がその痴漢に代わって、私たちの怒りの捌け口になると」 「な、なんでさ!?」 「いやぁ、勇敢どすなぁ。なつき、どっから削ぎ落としとこうか?」 「削ぎ落と……!? くっ、俺に構わず君は逃げ――って、もういない!?」 「いやぁ、危ないところでしたね。衛宮君には感謝しなくてはいけませんよ」 『う、うん……ところでオレ、アニキを探してる途中なんだけど……』 「ほほう、アニキですか。それなら先生に心当たりがあります。ついてきてください」 ・ → 【22】へ
◇ 【41】 『助けるって……無理、ムリムリムリ! オレにそんなことできるわけないよ〜!』 「――最初から無理って決め付けてたら、アニキを見つけ出すこともできないんじゃないかい?」 『え……あ、あなたは?』 「人を探しているんなら、そこに建っている教会の神父さんを訪ねるといいよ。きっと力になってくれるだろうから」 『あ、ありがとう。けど、オレンジ畑が……』 「それなら心配いらないよ。燃えてしまったオレンジはまた育て直せばいい。なんたって世界は……」 「ラァァァァァブアンドピィィィィィス! みなさ〜ん、争いごとはやめましょー!」 「ブルァアア!? トンガリ頭のお邪魔虫めぇい。この華麗なるビクトリーム様に喧嘩売るたぁいい度胸じゃねぇか!」 『……台風みたいな人だったなぁ』 ・ → 【5】へ ◇ 【42】 『ぁ――――っ――――ぇ――――ぇ――――っ』 「あらら〜? もう壊れちゃったんですのぉ? 丈夫な実験体だと思いましたのに」 『っ――――ぁ――――ぇ――――ぃ――――っ――――っ――――ぉ?』 「まあ、これはこれで……自我が完全崩壊するまで、楽しませてもらっちゃいましょうかしら〜♪」 【BAD END】
◇ 【43】 「アニキはアニキ……って、そんなこと言われてもなぁ。もっと具体的な手がかりが欲しいんだけど」 「手がかりなしとあっては、さすがの金田一君でもお手上げでしょう。しかし、ロスでならした私の推理力なら別です」 「あ、明智警視! あんたはこの少ない手がかりから、行方不明のアニキを見つけ出せるっていうのか!?」 「可能です。といっても一人、強力なアドバイザーの助力が必要でしょうが……」 「それで、僕に彼の心の声を聞けっていうのかい?」 「ええ。マオ氏の能力ならば、この少年の中に潜む明確なアニキ像を捉えることが可能でしょう」 「ふ〜ん。まあ、そんなのは簡単だけどね……おっと、こいつは驚いたな」 『なにが聞こえたの?』 「君が探しているアニキね、残念だけど……ここにはいないよ」 ・ → 【44】へ
◇ 【44】 『アニキが、いない……!? そ、そんな! そんなのウソだ!』 「ウソなんかつかないよ。モロトフ荘の住人の中には、君の思い描くアニキなんて存在しない」 『そんな……ここになら、ここにならアニキはいるって、そう思ったのに』 「……なんとも後味の悪い終わり方になってしまったな。どうだろう、君さえよければ、やはりここに入居してみないかね?」 『えっ……』 「ここにはアニキはいないが、君を慕ってくれる仲間がたくさんいる。決して、居心地は悪くないと思うぞ?」 『オレは……』 ・モロトフ荘で暮らす → 【23】へ ・それでもオレは、アニキを信じる → 【45】へ
◇ 【45】 オレの信じるおまえでもない、おまえの信じるオレでもない、おまえの信じるおまえを信じろ。 アニキはたしか、そんな意味のわからない言葉をよく口にしていたような気がする。 アニキは結局、どこに行っちまったのかな……。 あてもなしに歩いていると、やがてどこからか、香ばしい香りがオレ鼻腔をくすぐった。 たまらず匂いのするほうへ駆け寄ってみると、そこには大好物のブタモグラのステーキが何枚も大皿に盛られていた。 こんなにあるんなら、一つくらい食べても怒られないよな? いろいろあって、腹減ってたし……。 オレがステーキに手を伸ばそうとすると、 「あー! 駄目だってばー!」 足元から、銀色をした小さな影が飛び出してきた。 ネコ……なのかな。随分とメカメカしいネコが、エプロンとコック帽姿でオレを叱っている。 「これはパーティーのための料理なんだから、つまみ食いは駄目だってーの。ったく、クロのヤツ見張りサボリやがったな」 『パーティー? ここでパーティーをやるのか?』 「そうだよ。全部終わったら、みんなでおつかれさまパーティーやるんだ。聞いてない?」 『聞いて、ない。オレ、さっきここに来たばかりで……』 オレは事情を知らなかった。ネコも困った顔でオレを見ている。 「――ま、要するにまだ『お預け』ってこと。あんたはまだ、向こうでやり残したことがあるでしょうが」 『えっ――?』 ・ → 【46】へ
◇ 【46】 「――――――――――――――………………っ…………」 オレは、息を呑み込んだ。 そこには、見知った顔がいた。 いるはずのない仲間たちの影や姿が、オレの目を眩しく焼いた。 艶やかな赤い髪が、ブタモグラの尻尾みたいに揺れている。 キラキラとした珊瑚礁のような髪が、光に反射して輝いていた。 オレは、声を上げることができなかった。 あまりにも眩しくて、あまりにも意外で、あまりにも嬉しかったんだと思う。 どうして、 どうして、 どうしてでも、いいや。 気づくと、オレは自然と笑えていた。 探していた宝物が、見つかったような気がしたんだ。 「なにしょげた顔してんのよ。まったく、だらしないんだから」 「つらいことや悲しいことが、いっぱいあったんですよね。でも、今は笑ってください」 ヨーコとニアは、子供をあやすように微笑みかけた。 ひどいや。 オレはこんなに、みんなとの再会を喜んでるってのに。 だって、ほら、オレ、すげー笑顔だろ? 鏡がないから、自分で確認することなんてできないけどさ。 ……そうだ。アニキ。アニキなら、きっと――――っ。 なぁヨーコ、アニキはここにいないのか? なぁニア、アニキはここにいるよな?
オレ、アニキをずっと探していたんだ……。 離れ離れになってから、延々穴を掘り続けて、どこにいるんだろうって。 穴を掘っていれば、いつかアニキに巡り会えるだろうから、そう信じてここまで来たんだ。 ここには、アニキがいるんだろう? アニキの居場所は、ここなんだろう? だとしたら、オレの居場所だってここにあるはずだよな? 「んなこたぁねぇよ」 背中から、アニキの声がした。 オレは満面の笑みで振り返って、ようやくアニキを見つけた。 オレより背が低くて、いつもゴーグルを頭につけている、シモンのアニキがそこにいた。 やった……! アニキはやっぱりここにいた! オレのアニキはここにいる、ここがオレの居場所なんだ! 「バカ言ってんなよ」 アニキは薄っすらと笑って、オレの腹を軽く殴った。 たいして痛くもなかった。 けどオレには、どうしてアニキそんな真似をするのかがわからなかった。
「わかんねぇのか?」 わかんねぇよ。 オレには、アニキの言ってることがわからない。 昔から、アニキの言動は難解だった。 オレにはさっぱりわからねぇ。 「アニキはおまえ。オレはシモン。おまえはカミナだ」 アニキは、自分とオレを交互に指差して言った。 いつもなに言ってるのかわからないアニキだけど、これはわかった。 アニキは、シモン。 オレは、カミナ。 アニキは―― 「……………………なんでぇ。アニキってぇのは、オレだったんじゃねぇか」 ――なんだかしらねぇが、随分と長い寄り道をしちまったみてぇだ。 ここに来るまでの道中、変なヤツらに散々つき合わされた気がするな。 懐かしい顔や憎たらしい顔が、雁首揃えてお礼参りってか。 いや、参ってんのはオレのほうか。 ハッ、笑い話としても上等じゃねぇか。 「なぁニア。パーティーってのは、まだまだ先なんだよな?」 「ええ。すべてが終わったら、みんなで盛大に」 ブタモグラのステーキが、美味そうな香りを出してやがる。 このカミナ様にお預けくらわすたぁ、見上げた根性肉じゃねぇか。 だけどまぁ、この場は我慢してやる。 冷めねぇうちに戻ってくっから、大人しく待ってろ。 「なぁヨーコ。パーティーがまだまだ先ってことは、まだ全部終わってねぇってことだよな?」 「当然。食ったり飲んだりは、仕事を終えてから。これはどこの村でも同じでしょう?」
へっ、ちげぇねぇ。 ジーハ村でも、そこらへんは村長がやたら厳しくってなぁ。 あのガミガミ村長のいないところでこんな豪勢なメシが食えるってんなら、願ってもねぇ。 一仕事終えた後の打ち上げ会……いいねぇ、だんだん楽しみになってきやがった。 「なぁシモン。オレぁどうすりゃパーティーに参加できるんだ?」 「そいつをオレに聞くのかい、アニキ? もうわかってんだろ」 ……ああ。我ながら馬鹿なこと訊いちまったな。 オレがやらなきゃいけねぇこと。 オレが向こうでやり残してきたこと。 全部頭の中に入ってる。 なら、ウダウダしている暇もねぇか。 とっとと片付けてとっととメシだ。 こいつらと一緒によ……。 「行ってきなよ、アニキ」 「よせよシモン。こんな七面倒くせぇ男、今さらアニキもなにもねぇだろうが」 アニキなんて肩書き、当の昔に投げ捨ててらぁ。 おまえらの面倒見切れない、一人じゃんなことにも気づけない、ないないづくしのダメヤロー。 自慢げにアニキなんざ名乗ってたら、恥ずかしくってくるってもんさ。 だからよ……今だけは、ダチとして普通に送り出してくれや。 ……アイツを、迎えに行くためにもよ。 「じゃあ…………行ってきやがれ、カミナ!」 「おう!」 振り返んのも、今はナシだ。 テメェら、オレが帰ってくるまでちゃんと待ってろよ。 勝手におっぱじめてやがったら、その面ぶん殴ってやっからな。 ・ → 【47】へ
◇ 【47】 歩くとギシギシ音が鳴る廊下を、カミナはただ黙って進んでいた。 前へ進むための前進ではなく、後ろへ戻るための前進というのが、おかしな話でもあった。 ただ、自然ではあった。 カミナの性分は、目の前の危難から逃げ出すことを良しとしない。 だから戻るのだ。やり残してきた仕事を完遂するために、来た道を逆走していく。 モロトフ荘の門前まで足を運ぶと、前方から見知った影がやって来た。 ここを出ようとするカミナとは違い、彼は仕事を終え、ここに辿り着いたのだ。 黒い髪に鉢巻。 傷だらけの顔。 ボロボロのマント。 握った両拳。 風来坊のようなその男に、カミナは挨拶を投げたりはしない。 ただすれ違いざま、軽く握った拳を男のほうに向けるだけだった。 男もカミナの求めに応じ、拳をこちらに向けてくる。 カミナと男、二人の拳がガチッ、とぶつかり音を鳴らした。 「行って来い、ダチ公」 「行って来るぜ、ダチ公」 そして、物語は完結する。 【完】 ――そして、物語は再開する。
※CAUTION※ !このレスは最終回本文ではありません! ※CATION※ ことみ「……以上なの」 杏「げ、ゲームブックって……また懐かしいものを……」 ことみ「大変な力作なの。できれば色んなルートを楽しんで欲しいの」 杏「そうね。何度やっても『アーッ!』にしかいかないってんじゃもったいないもんね」 ことみ「そんな人はいないと思うの」 杏「えぇ!?」 ことみ「……深くは追求しないの。それでは昼の部はこれで終わりなの。最後の夜の部もお楽しみくださいなの」 杏「最後までよろしくお付き合い下さい」 ことみ「最後までよろしくお付き合い下さい、なの」 ※CAUTION※ !このレスは最終回本文ではありません! ※CATION※
761 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/02/21(土) 22:29:05 ID:QImKX00y
極光と火花が渦を巻いて、天へと駆け上っていく。 天地開闢の瞬きが、終焉の導きとなって覚醒を促す。 耳を劈く轟音と、燦然とした輝き、双方が空を埋め尽くす。 一面の白。光晴れたる帳。大地を照らす月。亀裂走りし結界。 趣を変えた世界の様相は、天地開闢の力を持ってしても終焉には至らないという証明だった。 残ったのは、闇。そして今もにも落ちてきそうな空。 終焉は訪れる。しかしそれは、ただの一人も望む者がいない邪なる終だ。 この地の誰もが、空を見上げてこう思ったことだろう。 あの天井、ぶち破りてぇなぁ……。 誰かからの懇願を受けたわけでもなく、 誰かからの悲鳴を耳にしたわけでもなく、 誰かからの神託を賜ったわけでもなかった、 「――ったく、おちおち寝てもいられねぇ……」 だからこそ、カミナは再び目覚めたのだろう。 わずかに開け放たれたアルティメットガンダムのコクピットブロックから、罅割れた空を眺める。 どことなく視界がぼやけて見えるのは、額やこめかみから流れる鮮血のせいだろうか。 顎先からぽたぽたと垂れる水滴は、確かに赤かった。舌に運ばれる味も、鉄のそれに似ている。 カミナは外界から目を背け、コクピットの内部へと視線を転じた。 夥しい量の配管に身を纏われた、ドモン・カッシュの姿がそこにある。 肩や首、手足は気だるく重力に折れ、両の瞳は閉じ、口元は笑んでいた。 安らかな寝顔である。その状態が睡眠ではなく絶命だと受け取るのは、さほど困難でもなかった。 「男の魂完全燃焼、ってツラしやがって」
激闘の末、ドモンの心肺機能が停止したという事実を受け取っても、カミナは彼が死んだとは思わなかった。 悲しい現実だからといって、それを否定したかったわけではない。言葉を選びたかっただけだ。 ドモン・カッシュは死んだのではない。『燃えつきた』のだと――そう、自分の中で結論付けた。 「オレもあんなツラしてぇなぁ」 誰にでもなく呟いて、カミナは血まみれの頭を掻く。 猛烈な痒みに苛まれながらも、視線は再び、外へと向かった。 背後のドモンはえらく気持ちがよさそうだ。少し羨ましくもある。 ヴィラルとシャマル、東方不敗との闘いを思い出し、カミナはまた思う。 ――きっと自分は、ドモンに男として惚れていたのだろう。 その闘志、その覚悟、その生き様、かつてシモンが思い描いていた『アニキ』に通ずるものがあった。 足元に落ちていたサングラスを拾い上げ、装着する。 鏡面はやや罅割れていたが、それでも世界の色が変わって見えるわけではなかった。 なにも、変わってなどいない。 世界は依然、殻に覆われたまま、巨悪は天の向こうで踏ん反り返っている。 ジーハ村の天井よりも、もっともっと高い位置にある天蓋。 それを突き破れたならば、さぞ気持ちがいいことだろう。 ドモンのような、男の顔つきで達成感に浸れるのか。 「……ハラ、減ったな」 そしてカミナは、やり残した仕事の意味を理解した。 アルティメットガンダムのコクピットから飛び降り、クレーター状の大地に立つ。 少し北の方角では、破損してはいるもののなんとか原形を保つグレンが、火花を上げながら鎮座していた。 「ブタモグラのステーキが食いてぇなぁ」 カミナの歩む道に、血の濁点が落ちた。 カミナはそれを、顧みない。 足取りはふらふらでも、瞳は一直線にグレンを見据えて。 どこかで燻っている相棒を、迎えに行くために。 そして、最後の大仕事をやり遂げて、メシにありつくために。 カミナは、行く――。
◇ 吹き荒れる真紅の嵐。 天地開闢の衝撃は世界を揺らし、生み出された余波はありとあらゆるものを天上へと放り投げた。 その有象無象に含まれた待機状態のデバイスは瓦礫と共に舞い上がり、 乾いた金属音を立てて、落下する。 降り注ぐコンクリート片の雨の中。 運良く直撃を避けた彼は天を仰ぎ見て、"誰か"の目論見が失敗したのだと悟る。 詳しい事情などクロスミラージュが知るはずもない。 だがひび割れた空を見れば、それが反逆の牙だったのだろうということは容易に想像がつく。 凄まじい魔力量を内包した一撃――アルカンシェルすら凌駕するかもしれない超火力。 起死回生となるべきあの一撃を放つために、幾程の下準備が必要だったのだろう。 あらゆる知力と力と、……そして恐らくはいくつもの命を踏み台にしてあの螺旋は放たれたのだ。 だが、――その超出力攻撃ですらあの天は貫けなかった。 そんな事態を前にして、主なしでは移動すらできないデバイス風情が何をできるというのか。 足掻くことすらできないこの体でできることと言えば、ただ繰り返し自分の無力を痛感するだけだ。 『……私は、無力だ…』 あの男と出会い、グレン団にいるうちに自分の中で、何かが変わるような気がしていた。 変われるような気がしていた。 だが、その結果はどうだ。 マスターも、仲間たちも、そしてシャマルも救えなかった。 たった一人になった私は瓦礫の上でただ1人滅びを待つ。 ……これを無力と言わずして、何というのだろう。 ああ、きっとそういうことなのだ。 所詮私にできることなど最初から何も――無かったのだ。 湧き出る諦めと共に眠りに落ちよう。 そしてそのまま、スリープモードへと移行しようとして、 ――ゴトリ 鈍い音が響き渡った。 『え……』 最初、彼はそれが何であるか認識できなかった。 自分の近くに何かが落ちてきた……そこまではわかった。 だが、目の前に転がるものが認識できない。 血に塗れ、所々が欠けたそれが何であるか、クロスミラージュには理解できなかったのだ。 『あ……』 いや、違う。 それが何であるか、クロスミラージュは知っているはずなのだ。 なぜなら彼は目撃しているのだ。 彼の命が尽きたその瞬間を。力尽き倒れたその瞬間を。
『あ……ああ……』 そして知る。 理解できないわけでもなく、認識できないわけでもなく。 自分はただ、"理解したくなかった"だけなのだと。 『あ……ああ……あああああああ……!! ガッシュ……ガッシュ・ベルッ!!』 そう、鈍い音を立てて落ちてきたそれは――かつて、金色の輝きを放っていた仲間の亡骸だった。 元からボロボロだったその肉体は嵐に巻き込まれたせいで、より無残なものになっている。 全身は血に加え泥で汚れ、辛うじて繋がっていた右腕は千切れ飛び、顔は半分が潰れている。 だが彼はそんな仲間の姿を否応なしに記録する。 何故ならば彼にはそらすべき瞳も、閉じるべきまぶたも無いのだから。 『う……あああああああaAAAAあああああああAh−あああああああああああああ!!!』 耐え切れなくなったクロスミラージュはノイズ交じりの悲鳴を上げる。 電子頭脳が上げるにしてはあまりに人間くさい泣き声を上げながら、彼は考える。 ――本当に、ここで諦めていいのか、と。 そう、冷静に考えれば主のいないデバイスに何が出来るというのだろう。 今のクロスミラージュは文字通り手も足も出ない只の板切れ。 だがもう"そんなこと"はどうでもいいのだ。 クロスミラージュは改めて少年の顔を注視する。 『ガッシュ……何故あなたは笑っているのですか……』 それは死後硬直のせいかもしれない。 叩きつけられたショックで筋肉が何処か妙な運動をしたのかもしれない。 だが確かに、クロスミラージュにはその顔が笑っているように見えたのだ。 ――クロミラ、後を頼むのだ。 それはきっと電子回路が起こしたエラー。 死体は何も喋ることは無く、瓦礫の山にはただ沈黙があるだけ。 だがそのエラーはきっと真実なのだと、クロスミラージュは認識した。 ではどうする? この場に残されたグレン団団員として……いや、"クロスミラージュ"という存在として何をするべきか。 その時、彼の視覚素子が捉えたのはいまだ天上に輝く月の姿。 アレを壊すまで、天を貫くまでこの物語に終わりは無い。 『終わりが無いのなら……この私が終わらせる!』
"どうするか"だとか、"何故やるか"とか、そんな物は今はどうでもいい。 ただ今、この時、何をするのか――重要なのはそれだけだ。 戦い抜いた彼の生き様を目の前にして、諦めるなど言語道断。 自分を囚われの姫と嘆く暇があるのなら、逆らえ、足掻け、反逆しろクロスミラージュ! 『ヌウウウウウウウウウウウウウウオオオオオオオオオ!!!』 ガッシュが気合を入れていた時の掛け声と共に彼は望む。 世界を巡るための足を。何かを掴むための手を。天を睨むための瞳を。大声を張り上げるための口を。 それは――クロスミラージュが、初めて発揮した"欲望"であった。 "欲望"とはすなわち"意思"。 善悪を超えた所にあるそれは、メタルのボディに凄まじい電流を流させる。 『ヌオオオオオオオオオ……き・あ・い・だぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』 電子の声に今まで以上に色濃く感情の色が滲む。 だが、何も起こりはしない。 未だ可能性は限りなくゼロに近く、だがそれを知りながらもデバイスは声を上げ続ける。 そしてインテリジェントデバイスが大声を上げるその隣で、ビチビチと動くものがあった。 大きさは、1メートル50センチ程度。 分類は、動物界脊索動物門魚上綱硬骨魚網スズキ目アジ科。 ハマチ、メジロとも呼ばれる代表的な出世魚の一つ。 そう――ブリである。 ガッシュのディバックに埋蔵され、そしてそして先ほど飛び出した彼もまた王の放った嵐に巻き込まれたのだ。 だが先ほどまでと違い、その動きには元気が無い。 それも当然か。 水から引き上げられ早数時間、その皮膚からは完全に水気が飛び、更には落下のショックで全身の骨が砕けていた。 それは例え内から湧き出る螺旋力があろうとも、その命は限界に達することを意味していた。 ――ボクは、ここで死ぬの? 彼の生存本能は「死にたくない」と訴え、渇望する。 酸素を吸う肺が欲しいと。丈夫で無事な骨が欲しいと。 だが、それは叶わない。哀れな命は残り数秒で尽きるだろう。 ろくな知性を持たない彼はそれすら理解することなく。 本能のまま、最後の瞬間までただ跳ね続けるだろう。 そこに、最後のファクターが現れなければ。 奇跡か、偶然か、それとも王ドロボウの洒落たプレゼントか。 地面に突き刺さったのはラゼンガンのコアドリル。 ガッシュのディパックに入っていたそれは先ほど巻き起こった赤色の嵐に舞い上げられ、 彼らの丁度中間地点に突き刺さった。
ブリは思う。死にたくない、と。 クロスミラージュは思う。終わるには行かない、と。 異なる意思はコアドリルを中心に絡み合い、一つの意思となる。 ――このままでは、死ねない。 それは野生と知性の二重螺旋。 血肉と鋼、本能と理性、生まれたものと生み出されたもの。 抗う意思を中心に据えて、ぐるぐる、ぐるぐると相反する属性は交じり合う。 『ヌオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!! つ・ら・ぬ・けぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!』 機械の咆哮は始まりのベル。 かくして最後の幕は上がる。 これは――激動の運命に抗い、天を目指す男達の物語。
◇ 「あれだけもったいつけといて、こんなオチかよ……!」 小高い丘の上、菫川ねねねは悲嘆に暮れる。 こんな結末は三流以下だ。 何のために明智は、スカーは、ガッシュはその命を散らしたのか。 だが、読者がどんなに嘆こうと、その結末がひっくり返ることは無い。 『イリヤスフィール・フォン・アインツベルンに捧ぐ』は未完のまま終幕を迎える。 バッドエンドにすら届かない、行き止まり(デッドエンド)で。 「まだ、まだよ! カグツチの突撃形態なら……!」 確かに大気圏すら突破するその力なら世界の殻も破壊できるかもしれない。 だが、 「それでお前さんはどうなる。無事に済む確証があるのか」 スパイクの言葉に思わず表情が凍りつく。呪われたペナルティが発動することは無い。 だがしかしそれは結界や首輪があることが前提の話。 先ほどの戦いで鴇羽舞衣は理解した。 カグツチは完全に、本来の力を取り戻しているということを。 そして同時に気づく。 チャイルドが消滅する時、"自分と自分の大事な人も消滅する"という呪われた特性を取り戻している可能性がある、と。 もし今、カグツチが消滅すれば何が起こるか。 消えるのが自分や、心に残るあの人だけならまだいい。 だが"大事な人"というのは恋人や兄弟だけではない。 もしも"大事な友達"が光になって消えていったら…… それは今の舞衣にとって、絶望よりも深い恐怖だった。 だがその時、ふと手に触れる柔らかい感触。 視線を向ければそこには小さい体を預けるゆたかの姿があった。 自分が何を気に病んでいるか、表情から読み取ったのだろう。 そう、支えあうと、一緒に戦うと決めたのだ。 2人して視線を交わし、その決意を口に出そうとして、 「それにな、"あの男"が一番そんな結末、望んじゃいねえよ」 その言葉に、完全に封じられた。 それほどまでに彼女たちにとってその存在は大きかったのだ。 「卑怯、よ……!」 ああ、そうだろう。スパイクとて卑怯な言い方だと思う。 だが、喜ばないと思ったのも事実だ。 "あの男"はきっと傷つきながらでしか生きていけない男だ。 だからせめてあの世でぐらいは、心穏やかに過ごして欲しい。 ――そう思うのは生き残った者の傲慢だろうか。
「……あたしもスパイクに賛成だ。 これ以上子供を死なせて、どんな顔して明智たちに会えってんだ……!」 ねねねも生き残った数少ない大人としてスパイクの意見に賛同する。 彼女としても目の前でこれ以上、子供が死ぬのはゴメンだった。 「じゃあ……じゃあ、どうすればいいのよ!」 舞衣の言葉に答えは無い。 こんな時、いつも場を和ませたあの王ドロボウも舞台を降りた。 壇上に残ったのは、不器用な大人と子供たち。 何を話しても絶望が出てくると知った彼らは自然と口をつぐんでしまう。 だから、その場所を支配するのは沈黙。 誰も口を開けない、その絶望を認めたくないから。だから、 「キュクルー……!」 その沈黙を破るのは当然、人ではない存在なのだ。 「わ、わわ、どうしたの?」 ゆたかに抱えられていた使役竜が急に暴れだす。 その紅の目は丘の向こう、瓦礫の散乱する大地を見つめている。 竜の視線を追った4人は、その間をゆっくりと歩いてくる人影を目撃する。 スパイクは反射的にジェリコを構え、舞衣はエレメントを現出。 残る2人も体を強張らせる。 緊張が漂う中、人影は次第に大きくなり、その全貌を明らかにしていく。 性別は女、年の頃は10代半ばか。 背中に何かを背負ったまま、 左右で束ねた青く長い髪を揺らしながら、瓦礫の中をおぼつかない足取りで近づいてくる。 その顔は獣人には見えない、が、もちろんスパイクの知らない顔だ。 ならば残る可能性は唯一つ。 こいつも獣人――螺旋四天王って奴か。 「そこまでだ、それ以上は近づくな!」 少女はスパイクの言葉に歩みを止める。 獣人とも人とも違う印象を与えるガラス玉のような瞳がじっとスパイクの方を見る。 「悪いがチミルフもグアームも死んだ。 お前らが一体何を企んでいるのかは知らないが―― 「ちょ、ちょっと待てスパイク……」 だが、彼らの中でねねねだけはその顔に見覚えがあった。 明智から"気にかけるべき人物"として話を聞いていた。 髪の色こそ違えど、かつて持っていた詳細名簿で確認した顔と瓜二つだ。 だが、そいつは死んでいる。 半日以上も前にその名前を呼ばれたはずだ。 ガッシュも死体を確認したというおまけ付きで。 機動六課所属の射撃手(シューター)であり、フォワードメンバーのリーダー役。 そいつの名は―― 『……ティアナ・ランスター……』
その答えは舞衣の手元から返ってきた。 「やややや、槍がしゃべった!?」 「お前、しゃべれたのかよ……」 あまり支給品については二の次だったためか、ストラーダが喋れるということを知らなかった。 支給品名簿に記載されていた"アームドデバイス"はインテリジェントデバイスとは異質なものかと思っていたのだ。 しかしそんなことはスパイクにとって二の次だ。 重要なのは目の前のヤツが何を企んでその格好をしているのか――その理由だ。 「お前は誰だ。何の目的で死人の面を借りて歩き回ってやがる。 それに一体何を背負って――」 だがそこでスパイクの口から言葉が途切れる。 舞衣も、ねねねも、ゆたかも少女が目を見張る。 彼女が何を背負っているかに気づいたのだ。 ――それは、あまりにもボロボロで、泥まみれで。 手足がありえない方向に曲がっているから、気づかなかったのだ。 だが、この場にいる全員は、それを――いや、彼を知っている。 「ガッシュ……くん……」 少女が背負っていたのは、赤い巨人との戦いで力尽きた少年の躯。 ねねねが邪魔になる、と判断し、苦渋の決断で置いてきた彼の亡骸を。 如何なる惨状に巻き込まれたのか、死体についた傷は酷くなっている。 だが顔――潰れていない顔半分だけは綺麗に拭われ、整えられていた。 呆然とする彼らの前で、少女は優しくガッシュの背中を大きなビルの瓦礫に預けさせる。 そこに込められたのは死者に対する敬意と親愛。 傍から見たその行為は、まるで神聖なる儀式のようであった。 「……何の真似だ」 『ここは――とても見晴らしがいい』 周囲にくぐもった、男の声が響き渡る。 まるでスピーカーを通したようなその声が、どこから流れているのか。 真正面にいたスパイクは確かに見た。 その声は間違いなく、目の前の少女の口から発せられていたのだ。 『これからなら今から起こること全てが見通せるでしょう。 それはきっとガッシュが望むことでしょうから』 小さな口から流れるにはあまりにもアンバランスな声。 まるで下手なアテレコのような、そのちぐはぐな光景に全員は呆気に取られる。 この場で唯一、その声を知るストラーダ以外は。 『……クロス……ミラージュ』 それは、幻の名を持つデバイスの名。 彼のライブラリに記憶された声の持ち主の名前。
少女はその答えを肯定するように、ゆっくりと頷く。 そしてねねねたちの顔を見て、口を開く。 『あなた達は……Mr明智が、集めた仲間なのですね。 ガッシュと共に戦っていた、貴方たちが……』 「おい、ちょっと待て! あたしが明智から聞いてたクロスミラージュってのはデバイスだぞ! デバイスってこいつやマッハキャリバーと同じなんだろ!? それが何でそんな格好になってんだ?」 ねねねも明智から、ガッシュからクロスミラージュについては話を聞いている。 だが、クロスミラージュはデバイスという名のマジックアイテム。 その形状は手のひらサイズのプレートか、もしくは玩具のような銃のはずだ。 決して、人などではない。 だがクロスミラージュはその問いかけには答えず、ただ、寂しそうな笑みを浮かべるだけ。 『クロスミラージュ、お前は今から何が起こるのか知っているのか』 『起こるのではない……起こすのです。"彼"と、私が』 かつての仲間の問いにもそうとだけ答え、元デバイスは再び歩き出す。 その歩みに迷いは無く、目的地に向かって一直線に。 「おい、どこへ行くつもりだ」 『――"彼"のところへ。きっとあそこで、"彼"が……待っている』 その目が見つめるのは、鎮座するグレンの姿。 あの男の愛機の元へ、クロスミラージュはまっすぐに歩き出す。
◇ 足取りが重い。まるで手足にでかい錘が付いているかのように。 まぶたが重い。まるで何日も寝ていないかのようだ。 だが、それでも男は進む。 仲間を失いつつも、自らの命の炎を燃やしながら。 「天を、貫くんだ……!」 うわごとのように呟きながら男は行く。 その歩みは一直線。 迂回など知らない。知っていたとしても、選ぶはずが無い。 男だったら一直線に進むだけだ。 そう信じた足取りで、男は1人、荒野を行く。 その歩みは止まることは無い。 「ほう、まだ死にぞこなっていたか」 たとえ、その前に理解すら及ばぬ壁が立ち塞がっても。 「貴様がこうしているということは……あの札遊びの王は死んだか。 我の許可無く死ぬとは恥知らずにも程があろう」 その壁の名は英霊ギルガメッシュ。 天地に聞こえた史上最古の英雄王。 そしてこの実験に参加させられた者たちの中でも、恐らくは最強の一角を担う存在。 王ドロボウに慢心を盗まれ、完全無欠と化した究極にして唯一の王。 だが満を持して放たれた全力全開の一撃は、果たして天を貫けず。 今の彼はその結果に怒りを覚えているようでもあるし、ただ受け入れているようにも見える。 唯一つ言えるのはマッハキャリバーでは、今の王の言動は読みきれないということだけ。 いつも以上にいつ爆発するかわからない……歩く爆弾なのだ。 「どけ、金ぴか……こちとらテメェにかまってる暇はねえんだよ」 だがそんなマッハキャリバーの心配などカミナが知る由も無い。 天上天下にその名を轟かす英雄王に、ぶしつけに言葉を叩きつける。 だが、その言葉に目の前から半歩、金ぴかの姿が横にずれる。 あの金ぴかが道を譲った……珍しいこともあるもんだ。 まぁいいか、何だろうと退いてくれるなら文句はない。さっさと前に進むだけだ。 だが、だというのに何故足が前に進まないのだろう。 それどころか、何故座り込んでいるのだろう? そこでやっとカミナは気づく。 さっきはギルガメッシュが道を譲ったのではなく、自分が勝手に倒れたのだということに。 (くそう……こんな所で……寝てる暇は……ねえのに……よ) だが、流れる血は止まらず、引きずられるように意識は消えていく。 意識を失った体からは力が失われ、その瞳からは光が消えた。 それはあっけない……だが考えれば当然の結末だった。 彼が今まで全身に負った傷は、10や20では収まらない。 そしてその傷のダメージの総量が彼のタフネスを超えてしまった……ただそれだけの話。 そして瓦礫の町の中、黄金の王を前にして。 カミナを動かしていた心臓は――その鼓動を完全に停止した。
「ふん……大馬鹿者は所詮大馬鹿者でしかなかったか」 ギルガメッシュは座り込む屍を一瞥し、心底つまらなそうにため息をつく。 そのまま一切の興味をなくし、踵を返して歩き去ろうとした。 『――カミナ!』 そこに青い髪の女が出現するまでは。 『な……ティ、ティアナ!!? いや、しかしその声は……!?』 「……ほう、人の体を手に入れたか魔具よ」 困惑するマッハキャリバーと対照的にギルガメッシュは落ち着き払っている。 それは首輪から解き放たれた今、彼の全てを見通す真眼―― 『全知なるや全能の星(シャ・ナクパ・イルム)』は目の前の存在の正体を看破していた。 そしてクロスミラージュに続くように現れたねねね達が目撃したのは、 月明かりを照らし輝く王と頭から血を流しながら跪く男の姿だった。 「おい、ギルガメッシュ。お前まさか……」 まさか、この傲慢なる王の逆鱗に触れたのだろうか。 疑いの声を上げたねねねに対し、ギルガメッシュは煩わしげにため息をつく。 「やれやれ……雑種は目も曇っておるのか? そこな愚か者は勝手に近づき、勝手にくたばっただけよ」 真実、英雄王の逆鱗に触れたのなら肉片一つ残るまい。 跪く青年は五体満足、しかしその四肢に力は無い。 まるで神に絶望した聖職者のように、膝を突きながら、 王に愚か者と評されたその男は、全ての生命活動を停止していた。 『カミナ……』 誰もが言葉を失う中、クロミラはそのそばにそっとひざまずく。 傷つき過ぎた彼を気遣うように、その冷たい頬にそっと触れ、そして―― 『――歯ぁ、食いしばれ』 思い切り振りかぶり、容赦の無い一撃を無防備な顔面に叩き込んだ。 腰の入った一撃を受け、カミナの体が紙くずのように中を舞う。 そして数回バウンドした後、大きな音を立て、瓦礫の山に頭から突っ込んだ。 静寂の中、ガラガラと瓦礫の崩れる音がする。 だが、それ以外の音は聞こえない。 誰もが目の前で起きたシュールな光景に言葉を失っていた。 あのギルガメッシュすら驚きに目を見開いている。 『な、何をしているのですかクロスミラージュ!!』 その中で、最初に我に返ったのはマッハキャリバーだった。 彼の知るクロスミラージュは冷静で寡黙で、こんな文字通り死体に鞭打つ真似をするような人物ではない。 きっと理由があるはずだ。全員が納得に足るような―― 『気合が足りないようだから、気合を入れてやったまでです。 何かおかしい所でもありますか、マッハキャリバー?』 ――わからない。彼が何を言っているのか、さっぱりわからない。
しばらく会わないうちに、彼の身に何があったというのだろう。 肉体(ハード)的なだけでなく、精神(ソフト)的にも変わり果ててしまったのだろうか? 心臓マッサージでもあるまいし、あれでは完全に死「何しやがんだテメェ!」 『何ィー!!?』 何事も無かったかのように瓦礫の中からむくりと身を起こすカミナ。 そしてクロスミラージュの姿を見て、驚きに目を見張る。 それも当然か。 今の自分はマスターの、ティアナ・ランスターの姿を借りているのだ。 しかも彼はあの船の中でその死体を確認している。 彼にしてみれば歩き回る死体と思われても仕方がない。 「……随分と変わったじゃねえか、クロミラ」 だが、変わり果てても、彼はわかってくれた。 そのことが「お前はお前だ」と言ってくれているようで嬉しい。 『ええ、直接会うのは実に5時間と36分ぶりですねカミナ』 だがその視線が一部に集中していることに気づく。 じろじろ見られている。特に胸のふくらみを。 『……どこを見ているのですか、どこを』 「いや……お前、女だったのか?」 『……いえ、もともと性別など無い身ですが、 私に登録されていたマスターのパーソナルデータを元に構築したためこの姿になったようです』 「あん? どういうこった」 『偶然にも付近に落下してきた螺旋生命体と波長が合ったようで蛋白質を解析、 魔術回路をフレームとして、サブフレームに血流を模倣した魔術エネルギー・フォトンブラッドを循環させ、 魔術粒子によるアーティフィシャルスキンと擬似マッスルパッケージを実装し――』 「おいクロミラ……さっぱりわかんねぇぞ。もっと分かりやすく言え」 そういえばカミナと出会ったとき、自身のことを説明するのにやたら時間をかかったことを思い出し、クロスミラージュは数秒思案する。 そして出した結論は、 『簡単に言うと……気合、ですね』 「へ……分かってきたじゃねぇか」 カミナの口端が吊り上がり、大きな笑みを作り上げる。 そんなカミナの顔をクロスミラージュは覗き込む。 『それで……貴方は何をしているのです。 ここで倒れるのが大グレン団のリーダー…… いや、カミナという男ですか? "やり遂げた"ガッシュの友ですか?』 そして差し出されたのはボロボロのマントの切れ端。 所々に赤黒い汚れがこびりついたそれは、千の言葉よりも何があったかを物語る。 そしてクロスミラージュの言葉を聞き、彼が何を見てきたのかを悟る。
そっか、あいつも燃え尽きたのか。 それもきっとドモンのように、思いっ切り。 そう考えると不思議と悲しくは無かった。 代わりに沸きあがってきたのは、自分のふがいなさへの怒り。 「……そうだな、ああ、そうだ。こんなんは"カミナ"じゃねえよな」 グレン団の団員が男を見せたんだ。 だったら俺が、こんなところでゆっくりしているワケにはいかねぇよな。 そうだ、あいつらの慕ったリーダーもあいつらの友人としての俺もこんなもんじゃねえ。 あいつらの信じた俺も――、もちろん俺の信じた俺もこんなもんじゃないはずだ! 『では、カミナ……貴方は今何がしたい』 そしてこの男は訊いて来た。 "何をしなければならない"、でもなく"何をなすべきか"でもなく、カミナが今、やりたいと願うことを。 「……なぁ、クロミラ。お前、空を飛んだことがあるか」 『――いえ』 マスターであるティアナ・ランスターは陸士であったため飛行する機会には恵まれなかった。 正確に言えばウィングロードで敵地に突入したり、ヘリで飛んだり、そこから降下したりという経験はあるが、彼がさすのはそういうものでもないのだろう。 「俺はあるぜ……初めて地上に飛び出したときのことを一生忘れねぇ」 生まれ育ったジーハ村を3人で飛び出したときのあの光景。 眼下には無限に広がる赤い荒野。 素肌を浚うのは吹きすさぶ風。 目を焼くのは沈み行く真っ赤な夕日。 薄紅色に染まる世界は、今でも心に焼き付いている。 「ここは穴倉だったんだな」 見上げる空はひび割れだらけ。 彼の知っている空はこんなガラクタじみてはいない。 亀裂が入るのは、穴倉の天井だと相場が決まっている。 だから、 「だったら……突き破るしかねぇよなぁ……!」 穴倉を掘り続け、開けた先には素晴らしい光景が待っているのだから。 『……まったく、貴方という人は』 単純な応えにクロスミラージュは苦笑する。 だがそれでこそカミナだというかのように、その顔には笑みが浮かんでいる。
「クロミラ、テメェも手伝え。これが終わらねぇとステーキにありつけねえんだ」 『ええ、もちろんですよ。だったらさっさと行きましょう。今は少しでも時間が惜しい』 「ああ……行くと……すっか……!」 そして、再びカミナは2本の足でしっかりと立ち上がった。 もう一度、歩き出すために。 「――まったく、度し難い奴らよ。 まだ天を突くなどという愚か者がいるとはな」 だが再び彼の前に立ち塞がるのは黄金の君臨者。 彼らの行く手を阻むのは、壁と呼ぶにはあまりにも高く堅固なバビロニアの城壁。 『King! 貴方はこの期に及んでまだ……!』 「黙るがいい具足。貴様にはその役目は期待しておらん。 応えるべくはそこの木偶よ」 ルビーのような赤い瞳がクロスミラージュを射抜く。 「答えよ魔具、そこな雑種が我にできなかったことをできるというのか? ――笑えん冗談はそこまでにしておけよ、雑種」 空気が殺意に塗りつぶされる。 全身から放たれる殺気が何よりも如実に王の決定を告げていた。 間違えた答えをすれば、その瞬間、死の審判をくれてやると。 殆どの魔力を失ったとはいえ、その力はいまだ最強。 恐らくはこの場の全員を瞬殺してもあまりある。 高まる緊張感にジェリコを握り締めたスパイクの手のひらに汗が滲む。 『……無理、でしょうね』 「クロミラ、テメェ……!」 先ほど自分を叱咤した仲間の思いがけない否定の言葉にカミナは怒りをあらわにする。 だがクロスミラージュは冷静に言葉を重ねた。 『冷静に考えればそうでしょう。 カミナ、貴方はあまりにも――弱すぎる』 そう、カミナは弱い。 生き残り、いや、この会場に集められたものの中でも弱い範疇に入ると断言してもいい。 なるほど、短期間でヴィラルと戦えるようになった戦闘能力、 それに短期間の特訓でガンメンを乗りこなせるようになった適応能力、 それらは特筆すべき事項かもしれない。 だが、それらはあくまで常人の域を出ない。 古今東西の英霊の化身であるサーヴァントや人間兵器と称される国家錬金術師たちに比べればあまりにも些細な力だ。 かといって心も決して強いとは言えない。 いつも強気でポジティブなのは、弱気でネガティブな本質の裏返し。 精神も成熟しているわけではなく、どちらかといえば未熟の一言。 明智健悟のように冷静なわけでも、スカーのように達観しているわけでもない。 いくら明鏡止水を習得したとはいえ付け焼刃。 その心は成熟したとは言いがたいものがある。 そして……頭脳にいたっては言うまでも無い。 字も読めない。理解力も決して高くない。 フタコト目には気合と根性……もしかしたらぶっちぎりでバカかもしれない。
冷静に考えればこの男のスペックではあの月を破れない。 ――少なくともクロスミラージュの機械の部分はそう告げていた。 だが、 『ですが……私と一緒ならば、話は別だ』 2人ならば決して負けはしない。2人ならば不可能なことなど何も無いのだと、 デバイスは一片の疑いも無く信じていた。 その様子にギルガメッシュは興味を惹かれた。少なくとも即座に殺さない程度には。 「ほう、そこまで貴様は有能というのか? 愚か者1人を遥か天に押し上げるほどに」 『いえ、友を救うことも、仲間の凶行を止めることもできなかった。 私自身にそんな力はありません。ですが――』 彼の人差し指が向けられた先にあるのは青白く輝く月。 いや、その先にある"何か"をクロスミラージュは指している。 『我ら2人が弱点を補い合えば、天も、次元も、……いえ、多元世界の全てにおいて貫けないものなどありはしない』 ――ならよ、俺とおめぇで弱点を塞ぎ合っちまえば、もう最強なんじゃねぇか? それはいつの事だったか。記憶回路に焼き付けられた彼の言葉。 理屈ではないその答えを、クロスミラージュは全力で肯定した。 「そうか――それが貴様の答えか」 そして世界を知り尽くしたギルガメッシュは知っている。 世界には、人の身に余る生き方というものがある。 それにそぐわない生き方というのは大きく分けて二つ。 なすべき夢に対し、己があまりにも卑小であるか。 それとも人の身に対し、あまりに壮大な夢を見るか。 前者はただただ愚かしいだけ。 そんな世の中に溢れ変える小石どもは生きている事すら愚かしい。 だが、後者の生き方はギルガメッシュは何よりも尊いと感じる。 あの男が泥から生まれた身で、人を超えようとしたように。 あの女が未熟な小娘の身で、王の隣に立とうとしたように。 それは愚かな生き様。その先に待つのは間違いの無い破滅。 だが、この世すべてを手に入れた王は思う。その破滅すら愛そう、と。 あまりにも身の程を知らぬその生き方は、彼の持つ蔵全ての財にすら匹敵する輝きを持つのだから。 天を越え全てを貫くなど、人の身にはあまりにも大きい生き方。 ましてや道具風情ならばなおのこと。 だが目の前の存在はそれを理解しながらも、そのことに一片の疑いすら持ってはいない。 全てを見通す眼力を持って、英雄王はデバイスの本気を理解した。 だからこそ笑いはせず、厳かに一度だけ頷き、 「――よかろう、ならばその在り方を見せてみよ」 英雄王は悠然と立ち去り、馬鹿2人へと舞台を譲る。 それが、王たる彼の決定だった。
「……はっ、言われなくともそうさせてもらうぜ…… クロミラ……俺のことはいい。お前には、"あいつ"を任せるぜ」 カミナがあごで指した先にポツンと転がるのは小型ガンメン。 フィールド発生の衝撃で吹き飛ばされてきたのか、そこには主のいないラガンが転がっている。 誰よりも信じる仲間に命より大事なものを託して、カミナは再びグレンへと一人、歩き出す。 だがやはり傷だらけのその体はゆっくりと傾き、地面へと倒れかかる。 しかし今度は膝が大地に着くことは無い。 ひょろりと伸びた、だが力強い腕が倒れかけた男の肩を支えたからだ。 「へへっ……悪いな」 「気にすんな、ニアの代わりだと思っとけよ」 肩を支える男の口から飛び出たのは名前。 まぶたの裏に珊瑚のようなくしゃくしゃの髪が揺れる。 「お前……ニアを知ってるのか?」 「ああ、助けるつもりが最後には助けられたよ。 あいつがいなかったら、俺はこうしてここにいなかっただろうな」 そうか……ニアも生き抜いたのか。 グレン団の一員としてまっすぐに。 「……だったら、反対側を支えるのはあたしの役目だ」 左肩を支えるのは全身泥だらけの女流作家――菫川ねねね。 「あたしはガッシュに助けられた。 だからガッシュの分まで、アンタを助けてやる…… アンタ見たいなガキを死なせにいくなんて……ほんとは嫌だけどさぁ……!」 見れば何かに耐えるように歯を食いしばっている。 まるでガッシュみてえな姉ちゃんだ。 頑固で真っ直ぐで、きっと気持ちのいいやつなんだろうな。 「へっ、俺は死にに行くんじゃねえよ……ただ、意地を通しに行くだけさ」 「ガキが、生意気言うんじゃないよ」 ガキ扱いされるのも久しぶりだ。 しかも女から何ざ……本当に記憶の彼方だ。 だがそれも今は――悪くない。 「……じゃあ、私も」 そして背中に細い手が添えられる。 エレメントを使い飛び出した舞衣がカミナの背中を押し上げる。 そして、 「ねぇ、貴方がシモンの"アニキ"、なんでしょ」 その口から一番、懐かしい名前を聞いた。
「シモンを助けられなかった私にそんな資格があるのかわからないけど それでも……これぐらいは手助けをさせて」 この場で初めて会った3人の男女。 だが目を閉じればそこにニアが、ガッシュが、シモンがいるようだ。 それが嬉しくて、思わず口元が緩む。 グレン団の遺志を継ぐ大人3人に支えられ、カミナはグレンへと向かっていく。 そしてその光景を見つめながら、クロスミラージュは1人の少女と向き合っていた。 『クロスミラージュ……』 正確に言えば、彼が向き合っていたのは、ゆたかの手に握られた槍型デバイス。 舞衣が預けた"道"の名を持つ魔槍は男の声でその名を呼ぶ。 『……皮肉ですね。一番饒舌だったあなたが沈黙を守り、一番寡黙と評された私がこうなるとは』 そう呟くクロスミラージュは一見無表情。 だがストラーダもまた知能あるデバイスだ。 だからどうしても気づいてしまう。クロスミラージュの顔に浮かぶその感情に。 『クロスミラージュ……何故だ。何故、お前は……"泣きそうな"顔をしている』 クロスミラージュの顔に浮かぶのは捨てられた子供のような、触れれば砕けてしまいそうな儚い微笑み。 ストラーダにはそれが泣きそうな子供の顔にしか見えなかった。 『そう、ですね……ミス・コバヤカワ。 一つだけ、聞きたいことがあるのですがよろしいですか?』 人を超えた英雄王でなく、ただの人として生まれた少女に。 『――何故、こんなにも寂しくて人は生きていけるのですか?』 自由に動く手足を手に入れた。 それは望んでいたはずなのに、あれだけ願ったはずなのに。 束縛から解き放たれた今、体はとても不安で、足元から崩れ落ちてしまいそうだ。 何故こんな状態で人は立てるのだろう。人は前へと進めるのだろう。 クロスミラージュには、途中から体を与えられた生命にはそれが――分からない。 その問いかけにゆたかは必死に考える。 それが今時分にできる最善と信じて。 そしてしばらくの沈黙の後、少女は口を開く。 「きっと……さみしいから、誰かと一緒に生きていくんです。 きっと1人じゃ不安だから……他の人を助けて、他の人に助けられて、やっと寂しさに耐えられるんです」 私が舞衣ちゃんを支えられたみたいに、 ねねね先生に、スパイクさんに、そして"あの人"に助けられたみたいに。 きっとこの寂しさは誰かと触れ合うためのエネルギー。 それは――いろいろな人に助けられてきた少女が出した、優しく小さな一つの答え。 その答えに,クロスミラージュは目を閉じ、頷く。
『そうですか……だとしたらこの寂しさは素晴らしいものなのですね』 ああ、そうか、だから彼や彼女は歩けたのか。 どんな時だって、2本の足でしっかりと。信頼できる誰かと一緒に。 「フン……雑種らしい、惰弱な生き方よな」 そこにもう一つの声が重なる。 それはその輝きを知るがゆえにあえて孤高を選んだ黄金王。 そしてその足に輝くのは彼も良く知るローラーブレード型デバイス。 『マッハキャリバー……』 そしてそれは、ここに長い時を経て再開した"彼女たち"に縁があるものが集ったのだという事実を指し示していた。 スバル、ティア、エリオ、キャロ…… 彼女たちは全員死んだというのに、自分たちがこうして再会を果たしている。 ――これを皮肉といわずして何というのだろう。 ……だが、ここまで破壊されずに生き残ったことに意味があるのだと思いたい。 どうやら三人とも生き残りの中に新たなマスターを見つけたようだ。 ならばきっと自分のように無力に嘆くことも無いだろう。 『……マッハキャリバー、ストラーダ、フリードリヒ…… 機動六課の生き残りとしての役目は貴方たちに任せます。 どうか今のマスターに尽力を』 人を守れ、人を救え。 それはデバイスの持つ基本則。そして――きっと彼女たちが望んでいたこと。 だからせめて残った彼らにはその意思を継いで欲しいとクロスミラージュは思う。 『あなたは……どうするのです』 『……機動六課のデバイス・クロスミラージュはもういない。 ティアナ・ランスターの銃型デバイスは螺旋の彼方に消えたのです。 ここにいるのは……グレン団のクロミラだ』 散っていった彼女たちを思う、中立の時間はもう終わりだ。 ここからはただのクロミラとして行動を始めよう。 ラガンへとその視線を向け、歩き始める。 『クロスミラージュ!』 マッハキャリバーが名前を呼んでも、その歩みは止まらない。 もう自分が機動六課(かこ)に戻ることは無いのだから。 『行って来ます、――私の、かけがえの無い仲間たちよ』 だが、しかし忘れることなく背負っていこう。 機動六課のあの日々を。仲間たちとの思い出を。 今の私を作るものとして。 そしてクロスミラージュは振り返ることなく歩き出す。 その先にある、友に託されたガンメンを目指して。
◇ 3人の力を借りて、カミナはコックピットシートに深く身を預ける。 「ねねねに舞衣にスパイクつったか……ありがとよ」 「礼なんて言うな。それでも言いたいなら……ガッシュにでも言っといてくれ」 ああ、そうだ……こいつもついでだ、もっていけ」 ねねねはそう言うとカミナの頭の傷口にガッシュのマントを括り付ける。 傷口に触れた瞬間、ピタリと血が止まったような気がした。 実際に止まったかどうかなど関係ない。カミナにとってはそれだけで十分だった。 「へっ、ありがとよ……これで百人……いや万人力だ。 ああ、そうだ……ついでに何か食いもん持ってねえか? 流石にちょっとばかし血が足りねぇ」 「こんなんでよけりゃ持ってけよ、餞別だ」 スパイクがディバッグから取り出したのはブタモグラのチャーシュー。 願っても無い。今一番足りないのは血と肉だ。 止めるまもなく齧り付き、5人前以上のそれを一気に平らげる。 先ほどまで力尽きていたとは思えないその食いっぷりに驚く3人を尻目にカミナは口を、のどを動かし たった数秒でそれを完食した。 「あ゛ー……ステーキまでの腹ごしらえとしちゃあ上出来だな。 さんざん世話になったお前らにゃ礼の一つでもしてやりてぇが、見てのとおり何も持ち合わせがねぇ」 「だったら一つ聞かせろ……ドモンの奴は……死んだのか」 スパイクのその質問には答えない。 彼の中でドモンは死んだのではなく、燃え尽きただけなのだから。 だから、こう答えよう。 「ドモンは……笑ってたぜ」 「……そうかい」 それだけでスパイクは、3人は悟る。 あの男らしい炎のような最後だったのだろう、と。 3人とも目を伏せ、そっと黙祷をささげる。 そしてその我武者羅な生き方に憧れた青年は思う。 俺もああいう風に生きたいと。 決して途中で投げ出さず、全力で貫き通したいと。 「そうだ……貫くんだ。 ガッシュがいなくなろうが、ジジィが螺旋王と手を組んでいようが結局やることはかわらねぇ」 「――おい、そりゃどういう意味」 「あぶねえぞ、離れてろ」 スパイクの疑問をさえぎるように、ラガンのコックピットが閉まる。 モニターに映るのはラガンに乗り込んだクロミラの姿。 まさかアイツと乗ることになるとはな。 悪いな、シモン。今日だけはアイツと俺のグレンラガンだ。
『行きますよ、カミナ!』 「――おお、来い!」 ラガンが天高く飛び上がり、グレンに衝撃が走る。 ドリルがコックピットまで突き刺さり、カミナの眼前に先端が突き出る。 エネルギーが全身に行き渡り、腕が伸びる。足が伸びる。 どこからとも無く兜が現れ、巨大な人型のシルエットが姿を現す。 「天も次元も乗り越えて、出会った魂紅蓮に燃える!!」 だが、その姿は完全とは程遠い。 ラガンの超回復能力をもってしても限界が来ているのだ。 装甲は所々ひび割れ、ラガンを特徴付けていたサングラスブレードは失われている。 この会場で無双を誇っていた武人の姿はそこには無い。 まるで矢尽き刀折れた敗残の将だ。 『人と機械の境界越えて、只管進むは螺巌の道を!』 だが、残された2本の足は大地をしっかりと踏みしめ、2本の腕は胸の前で力強く組んでいる。 その勇姿は、希望を捨てぬ人々の祈りが生み出した抗うものたちの守護に相応しい。 そう、その名は―― 『友情合体、グレンラガン!』 「オレを!」 『私たちを!』 「『誰だと思っていやがる!!』」 名乗りを上げるその姿は、まさに威風堂々。 長い時を経て、グレンラガンは本来の姿を取り戻したのだ。 『最適地点まで移動します。少し休んでください』 月明かりの中、赤い巨人は移動を開始する。 ゆらゆらとゆれるコックピットの中でぼんやりと考えるのは、 頭上のコックピットに乗り込んだ仲間のことだ。 「まさか、アイツと合体することになるとはな……」 出会いは、奇妙なものだった。 ――少し話をしませんか? 敵だと思ってた女が落とした銀色の板。 最初は無感情な奴だと思っていたが、行動を共にするうち、次第にその中に魂があることがわかってきた。 時に喧嘩し、時に笑い合い、時に共に泣いた。 妙に人間くさい板切れとすごした時間……それはとても楽しいものだった。 だがそれは同時に、もっといたはずの仲間の姿をどうしても思い起こさせる。 あれだけ騒がしかった仲間はいない。 もう自分たちを残してグレン団は誰もいないのだ。 シモンも、ヨーコも、ニアも、ビクトリームも、ガッシュも。 あれだけあった暖かい物は、すべて取りこぼしてしまったのだ。
何の気なしに周囲を見渡せば、あるのはただ瓦礫のみ。 動く物は誰もおらず、シンとした静寂が辺りを包んでいる。 取り残されたのは生き残ったグレン団のリーダーと、元板っ切れ。 この地でグレン団を作ると決めたそのときにいた最初の2人だけ。 荒涼とした風景の中、唯一残されたのは鉄塔。 先ほどの戦闘の余波か僅かに傾き、地に影を落としている。 それはまるでグレン団の墓標のようにカミナには感じられた。 「……へっ、2人に戻っちまったな」 『いえカミナ、それは違います』 だが断固たる意思を言葉に裏に滲ませ、クロスミラージュはカミナの言葉を否定する。 『ニアも、ビクトリームも、ガッシュも、Mrドモンも……彼らと過ごした時間は短い物です。 ですが、私のこの胸に、この背中に、記憶の最も深いところに刻み付けられている。 絶対に忘れることの無い、大切な思い出として。 だから私たちはあの時と、無力だったあの時と同じではありません。 決して2人だけでは――ありません』 クロスミラージュの口から出てくるのはいつもと変わらない電子音声。 だがカミナはその裏に確かに感じ取った。 友の、クロスミラージュの篤い想いを。 だから、自然と口の端も上がろうというものだ。 「そうだな……違いねぇ。お前に言われるたぁ、俺もヤキが回ったか」 『ええ、カミナらしくもない。 あなたは時に大事なことを忘れる』 「はは、おめえも言うようになったじゃ――」 だが、カミナはそこで言葉を失う。 カミナの視線の先、破砕した映画館の瓦礫の上、子供がうつぶせに倒れている。 爆発に巻き込まれて跳ね上げられでもしたのか、 無残にも後頭部は破壊され、顔はつぶれ、遠目では男か女かも判別がつかないほどに損傷している。 しかしカミナはその亡骸から目を放せない。 ずり落ちて首にかかる状態になったゴーグルと血で赤黒く染まった青い髪。 そして何よりもその背中に描かれた赤いマーク。 見間違うはずも無い、その背中は自分がずっと見続けたものなのだから。 『どうかしましたか、カミナ』 「なんでもねえ、よ……」 だが、それでも挫けない。 今にも折れそうな心を意地と根性で塗り固め、2本の足で大地を踏みしめる。 たった一つの強がり抱いて、男は不敵にニヤリと笑う。 そうか、シモン。わざわざ見にきてくれたか。 男カミナ、一世一代の大仕事を。 だったらしかとその目に焼き付けとけよ。これが――俺の、晴れ舞台だ。
『カミナ、目標地点に到着しました』 「……おう」 鋼の体と電子の心、肉の体と炎の心。 二対の視線が月を睨む。 こんな時何を言うかは決まっていた。 その言葉は、2人にとって大事な人を思い起こさせる。 カミナはどんな時だって諦めない小さくて大きな背中を。 クロスミラージュはいつだって努力を重ねてきた笑顔を。 それはとても大事な記憶。 だからその言葉はきっと彼らにとって愛より重く、強い。 そして、だからこそ今、口にしよう。 「――行くぜ、相棒」 『――Allright,My buddy』 その言葉に、万感の想いを込めて。
◇ 遥か遠くに見えるのは、月明かりに照らされた赤いシルエット。 それに乗り込むのは"何か"を決意した男たち。 本当にこれでよかったんだろうか、もっと方法があったんじゃないだろうか。 みんなが助かるような、そんな素敵な方法が。 少なくとも、こうやって送り出すのは間違いじゃなかったのか。 小早川ゆたかはそう思ってしまう。 「……死に場所を見つけたんだよ、あいつらは」 スパイクのその言葉にも頷く事はできない。 生きるべき場所はあれど、死ぬべき場所があると考えたくない。 愛と平和(ラブアンドピース)は、そういうものだと彼女は思う。 「……む?」 そんな中、ギルガメッシュが何かに気づく。 『どうしました、king?』 「フン……まだ生きていたか」 「え……」 どういうことか聞く前に異変は起きた。 グレンラガンの前に立ちふさがるようにそれは現れる。 瓦礫を吹き飛ばし、それは異形の姿を月明かりの元へ晒す。 漆黒のシルエットを持って現れたそれの名は――
1000!
1001 :
1001 :
Over 1000 Thread このスレッドは1000を超えました。 もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。