1 :
名無し募集中。。。:
>>1 乙です!
ついにキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
>>1 本当にありがとうございます。
よし!ガンバロッ!
【目次】
プロローグ〜
第一話「折れた傘」
第二話「トメコの家族」
第三話「世界一のクリスマス」
〜幕間@「手紙」〜
第四話「修学旅行 前編」
第五話「修学旅行 後編」
第六話「石川家の悲劇」
第七話「最後の夏休み」
〜幕間A「辻と加護」〜
第八話「」*ネタバレの為タイトル省略
第九話「」*同上
第十話「AS FOR ONE DAY」
〜エピローグ
プロローグ
いつか大人になっても
もう二度とこんな恋はできないだろう…そんな風に思わせる恋をした
まだ青くて、何の力も持ってなくて
だけど彼女が好きで、ただ、ただ彼女が好きで
その為なら他の何を捨ててもいいって…どんなことでもしてやるって…
そんな風に思わせる恋をした。
彼女の名前は…
第一話「折れた傘」~The gave umbrella~
トメコはかわいい。
授業中、気が付くと僕はいつもトメコを見ている。
そんなときトメコはたいがい壁さんとお話している。
トメコはいつも一人でいる。
友達がいないからだ。
いじめられている訳ではないけれど、みんなトメコを避けている。
盛り上がっているおしゃべりにトメコが加わるとすぐ寒くなる。
会話を止める子。だから「止め子」と呼ばれている。
トメコは色が黒い。
冬なのに日焼けしてるみたいに見える。
髪の毛もまっくろで、おしゃれもほとんどしていない。
おまけに性格も暗いから、男子も誰も見向きもしない。
でも僕だけはそんなトメコがかわいいと思う。
僕は変わってるのかな?
男子が集まって、クラスの女子で誰がいいかなんて話題で盛り上がったりする。
美人でスタイルも良く頭もいい学級委員長の飯田圭織。
いつもニコニコ笑ってるクラスのアイドル的存在、安倍なつみ。
男友達みたいに気軽に話せてとっても明るくおもしろい矢口真里。
性格キツそうで近寄り難いけど超美形の高嶺の花、藤本美貴。
大体男子に人気あるのはこの辺りだ。トメコの名前なんて誰も出しやない。
トメコの声は変わっている。
妙なアニメ声というか違う所から聞こえているみたいというか。
そんな声で寒いこと言うもんだから、クラスの皆もすぐ引いちゃうんだ。
最初は面白がっていた先生達も、しまいには生徒と同じ様に身震いする。
それでもトメコはめげずに寒いセリフを続けるんだ。だから誰も彼女に近づかない。
今日もトメコは壁さんとお話している
来年は高校受験だ。
トメコは高校に行くのだろうか?
先生達が話しているのを偶然聞いたことがある。
トメコの家は貧乏だから、高校へは行けないかもしれないって。
トメコの成績は中の中。良くもなければ悪くもない。
それに生真面目だから授業をさぼったことなんか一度もない。
だから成績的には何の問題も無い。だけど行けないかもしれないって。
もし高校へ行かなかったらトメコはどうするんだろう?働くのかな?
5時間目は英語の授業。
トメコは黒板に書かれた教科書の和訳をせっせとノートに書き写してた。
でも時折、壁の方を向いてはしばらく身動きしなくなる。
そして気が付くと授業が進み黒板が消されトメコは慌てるんだ。
トメコには友達がいないから、誰にもノートを見せてもらえない。
だから彼女のノートはどれも中途半端なんだ。
放課後、トメコはいつも一番最初に教室を出る。
一年生のときはテニス部に入ってたけど、今はもう辞めている。
頑固なお父さんに反対されたって噂。
家が貧乏だからラケットやウェアを買うお金がないって。
僕はたまたま見てしまった。
退部届けを出した日、校舎の裏トメコが一人で泣いているのを。
どんなに相手にされなくてもめげずに頑張るあのトメコが泣いていた。
後にも先にも彼女の涙を見たのはそのときだけだ。
多分、僕が彼女のことを気にし始めたのもそのときからだと思う。
それ以来トメコはずっと帰宅部だ。
おしゃべりする相手もいない、だからトメコは一番最初に教室を出る。
誰もトメコが教室を出ることに気が付かない。
友達としゃべりながら、僕だけがそっと彼女の背中を見送る。
寂しそうなその背中を見ると、いつもあの日の姿が思い浮かぶんだ。
トメコ…。
その日は午後からひどいどしゃぶりだった。
野球部やサッカー部等、グラウンドの連中は廊下で筋トレをしている。
僕はバレー部だから体育館で普段通りの練習だった。
放課後は毎日6時頃まで練習している。
だけど僕はその日、居残りで個人練習をすることにした。
春の新人戦レギュラー取りに燃えていたからだ。
気が付くと時計の針は午後7時をまわっていた。
今は12月なので日はとっくに落ち外は真っ暗。
しかもどしゃぶりの雨が視界をほとんど遮っている。
さすがに嫌な気分がし、僕は練習を切り上げ帰ることにした。
今朝家を出るとき母親に手渡された安物の傘を手にし、僕は生徒玄関を出た。
すると生徒玄関の外に女子が一人立ち尽くしていた。
トメコだった。
どうやら傘を忘れて立ち往生しているらしい。
友達がいないから、誰にも入れてと言えなかったのだ。
走っていこうにも彼女の家は片道3kmあるらしい。
この雨の中じゃ間違いなく風邪をひいてしまうだろう。
どうすることもできず、トメコは放課後からずっとこうしていたのだ。
周りには僕以外誰もいない。雨も止みそうにない。
やがてトメコが僕の視線に気が付いた。
僕は慌てて視線をトメコから外した。
何か言おうと思ったけど、どうしてか言葉が出ない。
トメコも何も言わない。僕から視線を外して下を俯く。
――――――――――――――あの日の、泣きじゃくる背中が脳裏に映った。
気が付くと、僕は傘を持った右手をトメコの方に伸ばしていた。
トメコはびっくりした顔で首を振り、あくまで傘を受け取ろうとしない。
もどかしくなった僕は傘を広げ、強引にトメコの上に押し付けた。
そしてそのままどしゃぶりの雨の中を走り出した。
「待って」
遠い後ろであの変わった声が聞こえた。
でも僕は止まらない。
どしゃぶりの雨の中をビショビショになりながら走ってやった。
だからトメコがその後どうしたのかなんて知らない。
知ってるのは、傘を失くした僕が母親にこっぴどく怒られたってことだけだ。
翌日は昨日のどしゃぶりも嘘みたいなすっきりした青空になった。
僕は近所の友達グループ5人と登校した。
学校の前まで到着すると、校門の所に誰か立っているのが見えた。
トメコだ。その手には昨日の傘が握られている。
しまったと思った。
友達連中に、昨日トメコに傘を貸したなんてことが知れたら恥ずかしいと思った。
やはり彼女は僕達が近づくと、ピクリと肩を震わせた。
でも何故か悲しそうな顔をしている。いつもそんな顔だったかな?
「あのぅ…」
あの甲高い声がいつもよりその高度をさらに増した感じで、トメコの口から漏れた。
友達連中は不思議そうな顔を浮かべる。
どうしてあのトメコが俺達に声を掛けるんだ?と思っているのだろう。
僕も必死で知らん振りした。
トメコは突然おじぎをすると、傘を前に出し言った。
「ご、ごめんなさい。私嬉しくて嬉しくて今朝スキップして歩いていたら
電柱に傘をぶつけてしまってそれで…ごめんなさい」
よく見ると、あの安物の傘はゆるい曲線を描いて折れ曲がっていた。
何言ってんだトメコの奴?誰に話してんの?
友達連中はみんな口々にそんなことを言っている。
そして僕も…
「さぁ、知らねぇ」
その瞬間、トメコの眼が大きく見開いて歪んだ。
僕達はトメコを無視して校門をくぐっていた。
トメコは折れた傘を握り締めたまま、ずっとそこに立ち尽くしていた。
(トメコは待っていたんだ。こんな寒い中、僕に傘を返す為に)
(あんな安物の傘なんかどうだっていいのに…)
(折っちゃたこと…本当に申し訳なさそうにしてた…)
(ごめん…トメコ)
たったそれだけ、その一言を口に出すことができず。
折れ曲がった傘の痛みが、まるで僕の心に乗り移った様に…痛かった。
第一話「折れた傘」終わり
僕トメ裏話(その1)
この小説は本当に即興の産物だった。
結構自分は何日(ときには何ヶ月)も前から構想を練ってストーリー固めてから書き始め
るタイプなんだけど、この物語は本当に思いついたその日の夜に即書き始めた。
あんな気分になったのは「娘切草」以来だ。
きっかけは御存知ハロモニのコントで登場した頑固一家です。
普段コントは嫌いなんだけど、あの回だけはめちゃくちゃ気に入った。
やっぱり四期はいいなーって思った。
特に電信柱の後ろで応援している頑固トメ子(石川梨華)が気に入ってしまって。
見てすぐ小説にしようと思った訳じゃなくて、翌々日くらいにふと浮かんだ。
一旦トメコというキャラクターが浮かんだら次から次へとアイデアが溢れ出てきて、
こりゃあ書くしかないなと。
本当は全然別の小説をやるつもりでいて、実際すでに書き始めてあった(多分次回作)
そこへトメコが急に割り込んできて、こっちも腹をくくった。
やるからにはいいもん書こうと。
しかし最初は全5話くらいだろうと軽く見ていたのだが…案の定。(続く)
復活おめでとう(^▽^)ゴザイマース
前スレの続きが楽しみです
裏話もついて(・∀・)イイ!!
从‘ 。‘从<スレを長生きさせよう。40前なので一応保
>>1 乙&グッジョブです
>辻豆さん
番外編も期待してます
(0^〜^)<保全だYO!
第二話「トメコの家族」~Your family~
ある日、僕は駅前の本屋に立ち寄った。
毎週読んでいる漫画雑誌の発売日だったからだ。
店内に入りかけた途端、中から大きな罵声と子供が二人飛び出てきた。
「万引きだぁ!!誰かそいつら捕まえてくれぇ!!」
本屋の親父の怒鳴り声だ。僕のすぐ横を二人の子供が駆け抜ける。
僕はバレー部だけど足には少し自信があった。踵を返し二人を追いかける。
小学生くらいのくせにやけに素早しっこいガキ共だ。
小さい体をフルに生かし、商店街の人並みを駆け抜けてゆく。
(こいつら慣れてるな)
思った。尚更捕まえて反省させなければ。これじゃロクな大人にならない。
僕はスピードを上げた。いくら何でも小学生には負けられない。
アメフトばりのタックルで片方の子供を飛び押さえる。
ムニュ。
すると手のひらに柔らかいゴムマリの様な、妙な感触が飛び込んで来た。
「あいぼん!!」
もう片方の子供が叫ぶ。僕は押さえ込んだ子供の顔を覗き込んだ。
男の子みたいな格好をしていたので男だとばかり思っていた。
ところが僕の下でもがいている子供の顔は、可愛らしい女の子のものであった。
「いつまで乗ってんねん!ええ加減どけぇ!!」
手のひらに伝わる感触の正体に気付いた僕は慌てて手を離した。
その頃には、息を切らして追いかけてきた本屋の親父や野次馬達が周りを囲んでいた。
商品を取り返した本屋の親父は、警察を呼び二人は交番に連れて行かれた。
状況説明という名目で僕も同行することになった。
話を聞くとこの二人は双子で、やはり万引きの常習犯らしかった。
警察のおじさん達が優しい声と厳しい声を使い分け、双子を叱り落とす。
しかし当の本人達にはまるで反省の色が見られない。
「うるさいねん!関係あらへんやろ!」
「やりたくてやってるんじゃねーのれす!」
ところが、保護者を呼び出すと言うと二人は急に黙ってしまった
僕は何となく気になって、しばらくその場で成り行きを見守ることにした。
しばらくすると電話で呼び出された双子の姉が交番に駆けつけてきた。
その顔を見て僕はあっと声をあげた。
双子の姉も僕の顔を見てあっと声をあげた。
なんという偶然、この万引きした双子の姉はトメコだったのだ。
だけど互いに言葉を交わす間もなく、双子が彼女に泣きついてしまった。
「姉ちゃん、姉ちゃん、おとんは呼んでへんやろな?」
「一徹にはいわないれくらはい!」
双子の姉は、今にも泣き出しそうな二人の頭を撫であやしていた。
そうしながらまた僕の方を見た。
先週の傘の件があったので、僕は何となく気まずく首だけで挨拶する。
トメコもまた複雑そうな表情を浮かべ、小さく頭を下げた。
それからトメコは本屋の親父と警察、順に深々と謝罪してまわった。
あの悪ガキ双子はずっと姉の腰にしがみ付いたままだった。
数十分の問答と謝罪の後、ようやくトメコと双子の妹達は交番を退出した。
何となく僕も彼女達と一緒に交番を出た。
「なんやこいつ、姉ちゃんのクラスメイトか」
「もう少しらったのに…こいつのせいれ…」
交番を出た後も、双子はトメコの腰にしがみ付いたまま僕の方を睨みつけてくる。
そんな妹達をトメコはあの甲高い声で叱る。
「コラ!こいつじゃないでしょ!お父さんに言いつけるよ」
「ダメダメダメ!ごめんなしゃいれす!」
「姉ちゃん、それえだけは堪忍してえな」
警察にも物怖じしなかった二人だが、父親の名を出すとやけに怯える。
トメコと双子の父親、一体どんな人物なんだろうと少しだけ興味を覚えた。
それから僕はトメコに視線を移した。
学校のトメコからは想像もできない、いいお姉さんぶりだと思った。
「凄いしっかりしてるんだ、トメコって」
「えっ!?…あ」
予想以上の狼狽ぶりで、トメコは少し強張った表情を浮かべこちらを覗き見る。
「怒ってないの?」
「怒る?」
「だって私…君の傘を折って…だから怒ってるんだって」
そうだった。僕はトメコに酷いことをしてしまったのだ。
傘のことを謝る為、ずっと校門で待ち続けた彼女を僕は知らん振りした。
だから怒っていると勘違いしているんだ。
それから一週間経つ今まで、わざと避けている様な態度に見えたのかもしれない。
「怒ってないよ。それより謝らなきゃいけないのは僕の方なんだ」
「え?」
「ちょっと恥ずかしくなって嘘付いたんだ。知らないって…」
「本当に?」
「うん、だから傘のことなんか気にしなくていい。捨てちゃっていいよ」
「捨てないよ、まだ使えるし。私大事にするから」
「プッアハハ…やっぱりトメコは変だ」
「そ、そうかなぁ?」
「変だよ…アハハ」
「エヘヘ…もうそんなに笑わないで」
僕はトメコと仲直りしてる間、後ろで訝しげに聞き耳立てる二人を忘れていた。
「何やこいつ?姉ちゃんの何や?」
「ろうゆう関係なんれしょうか」
「気に入らへんなぁ。そや、のの。こいつうちに呼んだれ」
「一徹に叱ってもらうんれすね」
「当たりぃ。うちのおとん見たらこいつもきっと逃げ出すで」
「お姉ちゃんの悪い虫はののとあいぼんれ始末するのれす」
まさか、こんな恐ろしい会話を交わしているとは露知らず。
お詫びがしたいから家においでという双子の誘いに僕の心は揺れた。
トメコもまんざらではない顔をしている。
僕は二つ返事でその誘いを受けた。
「おおきに。姉ちゃんの手料理食わしたるでぇ」
「こっちれすよ〜。はやくはやくぅ」
先ほどまでとは一変した双子の態度に、少し戸惑いも覚えたが、
それ以上にトメコの手料理という言葉が僕の興味を惹いていた。
トメコの家は、商店街から住宅街を抜けさらに雑木林を抜けた奥地にある。
築何十年か分からない木造の小さなアパートの一室だった。
六畳一間に申し訳程度の台所と洗面所と小さなお風呂だけの部屋。
お世辞にも良い住まいとは言えない、生活の厳しさが滲み出ていた。
「ごめんね、こんな汚い所で」
「ううん、そんなこと…」
ねぎらいの言葉が続かない。トメコは本当に恥ずかしそうに俯いていた。
それでも双子が僕の両手を引くので、僕は言われるままに部屋の中へと入った。
入り口から向かって右側に小さな台所、左側に洗面所とお風呂に続く扉がある。
部屋の中央には丸い木のちゃぶ台がある。ここで一家はご飯を食べているのだろう。
部屋の片隅には小学校の教科書類が乱雑に山積みされている。間違いなくこの双子のだ。
対照的に反対の本棚には、トメコのものと思われる教科書ノートが丁寧に並んでいた。
漫画や雑誌の類は一切ない様に見えた。テレビもない。ラジオが一つあるだけだ。
生活用品も本当に必要最小限しか置いていない感じだ。
ここでトメコが起きて寝て暮らしているのだと思うと、少し胸がキュッとした。
「お母しゃん、ただいまぁ」
「今日は珍しくお客さんや。姉ちゃんの友達やで、おかん」
双子はちょこんと正座して、誰もいない所にそう報告した。
(トメコのお母さん?何処に?)
僕は首を伸ばして二人の前の壁を見た。小さな位牌が飾られていた。
家族は皆健康で何不自由ない家庭で育った僕は、その意味を理解するのに時間を要した。
(嘘だ…)
彼女達には母親がいない。その事実がどんなに辛いことか僕には想像すら及ばない。
なのに彼女達は少しもそんな素振りを見せない。トメコも…。
トメコを見ると台所の前に立ち、何かを作ろうと手を動かし始めている。
僕はその細い背中に目を奪われてしまった。
おそらく家事全般をトメコがあの細腕で全て賄ってきたのだろう。
そんな境遇を学校では微塵も感じさせていなかった。
どんなにサムくても、誰にも相手にされなくても、めげずに頑張るトメコだった。
感情の高ぶりを抑えながら、僕はトメコの横に立ち言った。
「手伝うよ」
「ううん平気。それよりご飯できるまで、妹達の相手お願いしていいかな?」
これは料理のサポートより何倍も大変な仕事を任されたなと思った。
言われたとおり、トメコが夕食を準備している間、僕は双子と遊んだ。
しかしこの二人よく似ている。同じ背格好に同じ髪型なので区別がつかない。
唯一違うところといえば…僕は右手の感触を思い出す。
まだ小学生だというのにまったく末恐ろしい。
末恐ろしい方があいぼん。ペッタンな方がのん。僕は何とか二人の名を覚えた。
やがてトメコがちゃぶ台におかずを並べ始める。
尿意を感じた僕は、食事の前にトイレを借りることにした。
扉を開けた途端に芳香剤の匂いが鼻に付く。狭い部屋だから気を使っているのだろう。
和式便所を見て、トメコもトイレするのか、なんて下らないことを考えちょっと落ち込む。
「おかえりなさい」
便座にまたがっていると、扉の向こうからトメコの甲高い声が聞こえた。
僕は急いでズボンを上げる。きっと父親が帰ってきたんだ。何だか緊張してきた。
「今日はクラスの子が遊びにきてるの」
「お、おじゃましてます」
トメコに紹介された僕は、トイレから出てすぐに挨拶した。
一徹は無言だった。いかにも頑固な感じで一昔前のスポコン漫画の親父に似ている。
(この人がトメコのお父さん…)
唾を飲み込む。僕はすっかりその迫力に飲まれていた。
よく見ると、先程までふざけあっていたあいぼんとのんが怯えている。
一徹は僕に一瞥くれると、無言のままちゃぶ台の前に腰を落とし静かに口を開いた。
「座りなさい」
低く太い声だった。
その一言であいぼんとのんがちゃぶ台に並ぶ。トメコも座る。僕もその横に正座した。
何かただ事ではない空気を感じる。すると一徹は真一文字の口を重々しく開いた。
「希美。亜依。何か言うことはないのか」
のんとあいぼんの表情が強張る。二人は目を落としたまま何も答えない。
(まさか、知っているのか?あのことを…)
フォローに回ろうとするトメコを、一徹は腕で制す。
「お父さん、あの…」
「お前は黙っていなさい。私は希美と亜依に聞いているんだ」
頑として聞き入れない口調であった。のんとあいぼんはもう完全に震えてしまっている。
僕は何だか凄く場違いな感じがして気がひけた。トメコを見る。
トメコは目を伏せてじっと押し黙っていた。
少しの静寂、しかしのんとあいぼんは何も言わない。いや言えないのだ。
そのときであった。一徹の眼がかっと見開いた。両腕でちゃぶ台を豪快にひっくり返す。
上に並んでいた茶碗や皿が、食事と共に崩れ落ちた。
「馬鹿娘が!!」
大音量の怒号と共に、ビシィビシィと立て続けに二発の張り手がのんとあいぼんに落ちた。
二人は頬を押さえたまま床に転がる。一徹はさらに立ち上がって吼える。
「人様の物を無断で拝借するとは何事か!!」
「やめてお父さん!」
「うるさい!わしはお前達をそんな風に育てた覚えはないわ!」
「暴力はやめて!希美も亜依もちゃんと反省してるから!」
「親に口答えするなっ!!」
「キャッ!」
一徹は、止めに入ったトメコにまで平手を打ちつけた。
その勢いでトメコはちゃぶ台の上に倒れ、ぐしゃぐしゃの夕食が服に付いた。
それを目の当たりにしたとき、なんだか僕は胸の中がかっと熱くなった。
「うわあああああああああああぁぁぁ!!!!」
我を忘れた僕は一徹に向かってぶつかっていった。
一徹は本当に凄い。
毎日バレーで鍛えているから少しは抵抗できつつもりでいたのに、
そんな僕をまるで問題にせず跳ね除け、ひっくり返す。
でもすぐに立ち上がってまた向かって行った。
不条理に暴力を振るう大人が許せなかったんだ。
「大の男が娘に暴力ふるうなよ!!」
「うるさい!!悪事に女も子供も関係ないわ!!」
「やめて!お願いだからもうやめて!」
僕等の間に入ったのは、立ち上がったトメコだった。
今にも泣き出しそうなトメコの顔が僕を正気に戻した。
一徹は息一つ乱さず、こちらを見下ろしていた。
「らって…」
束の間の静寂の後、口を開いたのは泣きじゃくるのんだった。
「らって、馬鹿にされたんらもん」
「アホ!言うな、のん!」
泣きながらあいぼんが止める。それでものんは涙ながらに訴え続ける。
「おまえのうちは貧乏だから二人揃ってバカ女なんだって」
「言うなって!」
「貧乏だからナナメショーシェキも知らないんらって」
「…のん、夏目漱石や」
「らから二人でお小遣い全部持ってショーシェキ買いにいったの…でもお金足りなくて」
そこであいぼんがのんの口を塞ぎこんだので、言葉はそこで終わった。
トメコは下を向いたまま黙り込む。細い肩が小刻みに震えていた。
のんとあいぼんのすすり泣く声が狭い部屋に響いた。
一徹は口を硬く結んだまま、また静かに腰を下ろした。
「梨華、片付けなさい」
それだけ、ポツリと言った。
薄々予想をしていたのか?トメコは夕食をもう一食分用意していた。
ちらばった食事を片付けたトメコはそれらをもう一度並べる。僕も手伝った。
「いただきます」
「ごちそうさま」
食事の時に交わされた会話はたったそれだけだった。
あれだけ泣きじゃくっていたのんとあいぼんも、御飯はしっかりと食べていた。
食事を終えた僕は、そろそろ帰宅する旨を伝えた。
「私、途中まで送るよ。もう暗いから迷うといけないし」
僕はトメコの申し出を快く受けることにした。
のんとあいぼんが姉の代わりに片づけを始める。
玄関で靴を履き、僕はトメコの家族に挨拶し、ドアノブに手を掛けた。
すると不機嫌な顔のまま、一徹があの太い声で言った。
「また、きなさい」
雑木林を抜け、川の袂の端までトメコは送ってくれた。
「お父さんね、嬉しそうだったよ」
「へ?あれで?」
「うん、前から息子が欲しかったって言ってたし。うち女ばかりだから」
「ちょっと、息子って僕のこと?勘弁してよ」
「ウフフ…だって男っぽかったもん。あのお父さんに立ち向かっていくなんて」
「それは褒め言葉かなぁ?」
僕とトメコは声を出して笑った。
そしてあのトメコと自然におしゃべりしている自分に気が付いた。
(全然普通の可愛い女の子じゃないか)
「また明日、学校で」
「うん」
橋の袂で別れた。トメコは見えなくなるまで手を振ってくれていた。
トメコと友達になれた日。僕は多分この日をずっと忘れない。
第二話「トメコの家族」終わり
僕トメ裏話(その2)
短編小説の予定だったこの話が全十話にまでなったのも、濃いサブキャラ達のせいだ。
特に二話で初登場するトメコの妹、希美と亜依が引っ掻き回してくれた。
これは石川梨華の小説なんだからお前等は脇で大人しくしてろと小一時間問い詰め…。
けどやっぱり、このコンビを大人しくさせとくというのがそもそも無理な訳であって。
おかげで中盤から後半にかけては完全にトメコを喰う勢いだった。
作者が一番好きなシーンも第七話でこの二人絡みの所。(その話はまた後で)
結局、根っこは辻オタ、ぶりんこオタという訳ですよ。
よく辻オタの作者がここまで石川梨華を書ききれたなと自分で感心してます。
いつどこで「僕」がのんと駆け落ちしてしまうか一人でドキドキもんだったよ。
一方加護の方は、単品ではそんなに好きじゃない。
だけど辻の隣ではしゃいでいる加護はかなり好き。あれは反則だ。
だから将来もし加護の人気が落ちて、辻だけ美人になって人気出てたら、多分ヘコむ。
辻のパートナーでライバルである加護には、いつまでも“最強”であって欲しい。
話の方向がズレて来た…。あの二人について語らせるとキリがなくなる。
ごめんなさい、次からはちゃんとトメコについて語ります…多分。
(続く)
保全
第三話「世界一のクリスマス」~No.1 X’mas~
「あんた、最近噂になってるわよ」
放課後の廊下、そう声を掛けてきたのは委員長の飯田圭織であった。
彼女は家も近所で幼稚園の頃からの幼馴染だ。
なのに背も高くリーダーシップもある圭織はいつもお姉さん風に声を掛けてくる。
まるで世話の焼ける弟を相手にするみたいに。
「噂って何だよ」
「トメコと仲良くしてることよ。急にどうしたの?」
「別に、僕が誰と仲良くしたっていいだろ」
「まぁそうだけど…ほら矢口さんとか安倍さんがさ…」
圭織の口から出たのは、クラスの男子人気を二分する女生徒の名前だった。
その二人がトメコをあまり好意的に見ていないという話はよく耳にする。
僕は「ほっといてよ」と圭織の忠告を無下に返した。
他の誰がどう見ても、僕だけはトメコの良さを知っている。
それでいいと思っていた。
また、別の日、男友達にも言われた。
そいつはニヤニヤと可笑しそうな笑みを浮かべて言う。
「お前、そういう趣味があったんだ」
「なんだよ」
「トメコのこと、好きなんだろ?」
僕は飲んでいたジュースを吹き出しそうになった。
一体どこからそういう話が出てきたのか検討もつかない。
「バ、バ、バカ言え!いつ?誰が?何処で?そんなこと言った!」
「なんか噂になってるぜ。さっき女子がコソコソしゃべってた」
まったく噂というのは恐ろしいものだ。
僕はトメコと仲良くなって、休み時間にしゃべったり、たまに家に遊びに
行っているだけなのに、気が付くと付き合っていると広まっている。
こっちは一言だってそんなこと言ってはいないのに。
「なあんだ、やっぱりただの噂か。まぁだと思ったぜ」
「当たり前だ」
「女ってのは、そういう噂が好きだからな」
僕とトメコが付き合っている。
そんな突拍子も無い噂がクラスに流れているらしい。
僕はトメコのことをどう思っているのだろう?
確かにトメコのことは好きだ。でもその好きというのが恋愛のことなのかは理解らない。
偶然家に誘われたあの日以来、気になる存在となっているのは間違いない。
12月の木枯らしが容赦なく僕の頬を突き刺す、クリスマスが近づいていた。
街中では今ブレイク中のアイドル松浦亜弥の新曲があちこちで流れている。
そんな歌を口ずさみながら帰り道、ショーウインドウに映る自分の横顔にふと目をやった。
(こんな僕があの可愛いトメコと付き合う?わかってるよ、馬鹿馬鹿しいお伽話だって)
(第一トメコが僕を好きな訳がない。どう考えたって只のお友達だ)
(僕が悩むような問題じゃないってことだ。忘れよう)
ショーウインドウから目を離す。僕はそれきりその下らない妄想を頭から捨て去った。
僕とトメコはただの友達だ。それでいいんだ。
「にぃちゃんが来たのれす。にぃちゃん」
部活が休みの日、僕はトメコの家にちょくちょく遊びに行く様になった。
雑木林を抜けると、早速のんがバレーボールを抱え駆け寄ってきた。
以前僕がバレー部だということを話したとき、のんは自分も同じだと騒いだ。
それ以来彼女は僕が訪れるたびに、バレーを教えてとせがんで来る。
「バレーで世界一になって、お金持ちになるのれす!」
目をキラキラさせて夢を語るのん。
それがどれだけ荒唐無稽な話か知らず、叶うと信じて疑わない瞳。
僕も合わせて「のんならできるよ」なんて調子のいいことを言う。
八重歯を隠すように口元を手で覆い、照れ笑いするのん。
胸が痛くなるくらいまっすぐな子だ。
トメコと同じまっすぐさだ。
のんとバレーの相手をしている間、あいぼんは近くの木陰に座り何かを読んでいた。
僕はなんだろうと隣に腰掛け、声を掛けてみる。
するとあいぼんは持っている本を自慢気に広げてみせた。
「夏目漱石やで」
「ほんとだ、どうしたんだよ?まさかまた…」
「ボケェ!もう万引きなんてしてへんわ!朝起きたら枕元にあったねん」
「嘘?誰が置いたんだ?」
「さあ?おとんに聞いても知らんゆうとるし…」
一徹だ。あの人の性格なら間違いなく自分だと言うはずない。
嘆く娘の為に、苦しい家計からそっと割り引いて買ってきたに違いない。
僕は一徹の優しい面を知り、少し可笑しくなった。
「きっと神様が可哀想なうちの為に送ってくれたんや!」
そんなことにまるで気付かず、あいぼんは無邪気にうかれる。
こういうマイペースな所もトメコに似ているなと思った。
気が付くといつも僕はトメコのことを考えている。
「どうしたの?」
僕はわっと声をあげてひっくり返った。目の前にいきなりトメコの顔が現れたからだ。
僕の気持ちも露知らず、トメコはケラケラと笑っている。
その笑顔も息が止まりそうなくらいかわいい。
「ご飯できたよ。食べてくよね」
僕はもちろん首を縦に振った。年末で忙しいのか、このところ一徹は帰りが遅い。
だから僕がいると三人は凄く喜んでくれる。
「もうすぐクリスマスだねぇ」
トメコが言った。のんとあいぼんもつられて騒ぎ出す。
「今年こそケーキ食いたいで」
「のんは七面鳥が食いたいのれす」
クリスマス。トメコと一緒にいれたら…僕はまたそんなことを考え始めていた。
帰り道はいつもの様に、トメコがあの橋の袂まで僕を見送ってくれる。
あいぼんとのんが騒ぐ家とは異なり、これが唯一二人きりで話せる時間だ。
「ねぇ、キミはクリスマスどう過ごすの?」
「う〜ん、特に予定もないし。多分家にいると思うよ。トメコは?」
「私も。クリスマスだけは毎年お父さんプレゼントくれるんだ」
「あの一徹がプレゼント?想像できないなー!見てぇ!」
「ウフフ…見にくる?」
「いいの?行くよ!それじゃあ僕もプレゼント持ってく」
「うん、来て来て。私もキミにプレゼント用意しておくね」
「マジ!楽しみ!」
「私もー」
トメコとクリスマスを過ごせる。
トメコとプレゼントを交換し合う。
僕は心から嬉しかった。トメコも嬉しそうにしていた。
こんなにクリスマスが待ち遠しい年は初めてだった。
翌日の放課後、あんなことになるまでは…。
「イブの日、うちでパーティーするから皆来てね〜!」
教室全体によく通る声で、矢口さんは招待状を配り回っていた。
矢口さんは男子からも女子からも好かれるクラスのムードメーカー的存在だ。
家はお金持ちで性格も明るく、とっても可愛い彼女に誘われて断れる奴はいない。
男友達と話している僕の所にも、彼女は招待状を持ってきた。
周りの奴はみんな喜んで応じている。当たり前だ。申し出を断れるムードはどこにもない。
だけど僕の頭の中にはトメコとの約束が浮かんでいた。
「来てくれるよね」
さも当然の様に、矢口さんが言う。
断っている奴は一人もいない。男友達連中も僕が断る訳ないと思っている。
僕はなんて弱い…。いやこの様な状況で誰が断れるだろうか。
「…もちろん」
トメコの顔が見れなくなった。
矢口さんはクラスの全員に声を掛けている。
トメコにも招待状を渡していた。
「トメコっちも、おしゃれして来てね〜」
矢口さんに悪気があった訳ではないのだろうが、それが少し嫌味に聞こえた。
裕福な矢口さんと異なり、トメコは私服をあまり持っていない。
おしゃれな服なんてそれこそ皆無といっていいはずだ。
そういえば休みの日はいつも、お母さんのお下がりというピンクのワンピースを着ている。
トメコと小学校が同じ奴にトメコの印象を聞くと、私服のセンスが悪いと返ってくる程。
だから矢口さんに誘われたトメコは明らかに動揺していた。
「あの…私…その日…」
「無理なら別にいいよ。来れたら来てねぇ〜」
矢口さんは笑顔でそう言って、また別のクラスメイトに声を掛けて行った。
トメコは招待状を握り締めたまま、席に座り俯いていた。
僕は堪りかねてトメコの元へ向かった。
「ごめん。僕やっぱり矢口さんに断るよ。トメコとの約束が先だし…」
「ううんいいよ。行きなよ。私の家なんて来たってなにもないよ」
「トメコはどうするの?」
「キミが行くなら…私も行こうかな」
そう言ってトメコは笑った。
その笑顔がどこか引きつっていた。
嘘だ。僕は直感的に思った。トメコは嘘をついている。
多分僕を矢口さんのパーティーに行かせる為に嘘を付いているんだ。
トメコが父親と妹達をほうっておいて出かけるはずがない。
トメコの優しさは痛々しすぎた。
「おいらの誘い断るなんて、あいつやっぱムカつく!」
そのとき矢口さんの声が聞こえた。
僕は最初トメコのことを言っているのかと思ってドキッとした。
でも違った。トメコではなくもっときっぱり断ったクラスメイトがいたらしい。
「藤本の奴、ちょっと美人だからって調子に乗りやがって!」
「真里やめとくべさ。あの子悪い連中と付き合っているって噂だから」
「もう二度と誘ってやるもんか!」
憤る矢口さんを友人の安倍さんがなだめていた。
藤本美貴。彼女もトメコとは違った意味で、クラスでは浮いた存在だ。
美人で気が強そうで高嶺の花と称され、男子も女子さえも近寄りがたくなっている。
半年以上同じクラスにいるのに、僕はまだしゃべったこともない。
だからそのとき僕は、彼女が僕とトメコに深く関わることになろうとは想像もして
いなかった。
それに僕の頭の中は「トメコの家に行くか、矢口さんのパーティーに行くか?」の
ことで一杯だったから、余計にそれ所じゃなかったんだ。
そして12月23日、イブを明日に控えた祝日のこの日。
まだ迷いを抱きながら僕は、トメコへのプレゼントを買う為少ない小遣いを手に街へ出た。
クラクション、人のざわめき。ジングルベルジングルベルと流れる音楽。
これまで女っぽいものを買ったことのない僕は、当てもなく流れるまま歩き続けた。
するとそこで僕は偶然に、意外な人物を見つけた。
藤本さんだ。藤本さんが行きつけの本屋の親父に捕まっている。
それを見た僕はすぐに駆け寄り、本屋の親父に事情を聞いた。
「おおっ、あんたはこないだの!」
「おじさん、彼女がどうかしたの?」
「また万引きだ。こいつがうちの本をカバンに入れたんだ」
「違う!手が滑って落ちただけだ!放せ!」
藤本さんは手を振り解こうと叫んでいた。
しかし疑い深くなっている本屋の親父は放さない。また警察を呼ぶ気だ。
そこで僕は言った。
「おじさん、彼女は本当に手を滑らせただけだよ。僕見てたから」
「そ、そうかい?あんたが言うなら…」
以前、双子の万引き犯を捕まえたおかげで僕は信用されているらしい。
本屋の親父は藤本さんの腕を放した。藤本さんは怒って本を親父に押し付けた。
逃げるように出て行く藤本さんを僕は追った。
「危なかったね」
「うるさい!余計なお世話だ!」
声を掛けると、藤本さんはかなりきつい口調で言い返してきた。
ちょっとムッとした僕はそこで言い返す。
「なんだよ、僕が来なかったら警察に連れてかれてたんだぞ!」
「誰が助けてなんて頼んだ?勝手に恩作んないでくれる」
なるほど。これは気難しい。矢口さんと衝突するのも分かる気がする。
だけどきつく文句を言う割りに、僕から逃げる気がない様にも見える。
外面を強く装っているだけで、実はいい子なんじゃないかと僕は思った。
「じゃあさ、代わりに一つお願いしていい?それでチャラにしよう」
「ハァ?何よそれ」
「クリスマスプレゼントなんだけど…女の子って何貰うと嬉しいか教えてよ?」
「ハァー?知らねえよ!そんなもん自分で考えろ!」
と文句を言いながらも藤本さんはしっかり付いてきてくれた。
藤本さんは道端のアクセサリ屋で足を止めた。
「これなんかいいんじゃん?」
「へー藤本さんでも、こういうの好きなんだぁ」
「お前喧嘩売ってんのか?」
「違う違う。ありがと、うん、確かに可愛いな。似合いそう」
「誰に送るの?まさか自分で付けるんじゃないよな」
「へへ〜内緒」
「ケッ、勝手にしろ!これで借りはなしだ。私はもう行くよ」
すると、プイッと顔を背けて藤本さんは行ってしまった。
その後姿はまるでモデルみたいに颯爽と格好良かった。
僕は藤本さんが選んだイヤリングを手に取った。
「お兄さん、これいくら?」
たった2000円の安物だけど、中学生の僕には結構な買い物だ。
僕はそれを耳に付けたトメコの姿を思い浮かべた。想像するだけで頬が和らぐ。
この時点でもう、僕の中には結論が出ていた。
(明日は…トメコの所へ行く)
そして12月24日、クリスマスイブの日。
終業式で学校は昼に終わり、パーティーは夕方から始まる。
一旦帰宅するその路上で、近所で幼馴染の圭織が僕を誘ってきた。
「矢口さんのパーティー行くんでしょ。一緒に行こう」
「そのことなんだけど…圭織、ごめん。お願いがあるんだ」
僕は両手を合わせ、頭を下げた。
こんな頼みができるのは幼馴染の圭織しかいない。
「急な腹痛で残念だけどパーティー欠席するって、矢口さんに言っておいて!」
「ええっ?どうして?」
「本当にごめん!訳は聞かないで欲しいんだ」
「う〜ん」
「お願いっ!!このお礼は必ずするから!」
「銀霊堂のモンブランとクリームチーズ」
「おごる!おごるから!」
「しょうがないわねぇ〜ほんとに世話の焼ける。はいはい分かりましたよ」
「ほんと!ありがと!助かるよ!」
「カオリンにお任せ。その代わり約束は絶対よ」
プレゼントの包みを抱えた僕は浮かれ心を堪えながら走った。
トメコの家へ。もう小慣れたその道を。
僕の姿を見たらきっとトメコはびっくりするはずだ。
そしてプレゼントを見せたらきっと喜んで笑ってくれる。
僕はそんな妄想を膨らませながらトメコの家へと足を急がせた。
雑木林を抜けた先、木造の小さなアパートの前で僕は立ち止まる。
しばらく息を落ち着かせた後僕は、意を決してトメコの部屋をノックした。
返事がない。僕はもう一度ノックした。
すると扉が内側から開いた。出てきたのは覇気のない表情のあいぼん。
「あれ、何しとん?」
「え?」
予想外の言葉に僕は戸惑いを覚えた。
部屋の中は薄暗かった。ちゃぶ台の上はご馳走どころか何も置かれていない。
あいぼんの後ろでのんが仰向けに転がり崩れている。
トメコの姿はなかった。一徹の姿もない。双子の二人しかいない。
「おとん、急な仕事で今夜は帰れへんやて」
「のん達は世界一不幸なクリスマスを送る子供なのれす」
「ト、トメコは?」
「姉ちゃん?姉ちゃんならとっくに出かけたで」
「いつものワンピースにピンクのリボンまで付けて出かけたのれす」
そのときの僕の衝撃、言葉にできるであろうか。
嗚呼、何と言うことだ。トメコは矢口さんのパーティーに行ったのだ。
(キミが行くなら…私も行こうかな)
あの言葉は嘘でも何でもなかった。
家族想いのトメコが、妹達にこんな想いをさせてまで出かけた。
それは何の為に?…僕だ。
トメコは僕の為に、苦手なおしゃれをしてまでパーティーに出かけたのだ。
友達もいなく、僕の他に話し相手もいないトメコが…。
今はっきりとわかった。
僕がトメコを好きな様に、トメコも僕をどれだけ大切に想ってくれているかを。
震える手がプレゼントの包みを握りつぶす。
どうしようもない気持ちが胸を張り裂く程に吹き荒れる。
僕は走り出した。あいぼんとのんが呼ぶ声を無視して。
走って走って走った。
そしていつもトメコと分かれるあの橋の袂に着いたとき――――。
橋の向こうから誰かが歩いてくる。
僕は足を止めた。すると向こうも歩みを止めた。僕らはお互いの存在に気がつく。
パーティーを一人抜け出してきたトメコ。トメコの家を飛び出した僕。
ちょど真ん中に位置するこの場所で、同じ刻、僕らは巡り会う。
なんて偶然だ。この聖夜の奇跡に僕の胸の高鳴りはいよいよその強さを増す。
しばらくの沈黙の後、やがて涙交じりの声が向こう側から聞こえる。
「本当は行くつもりなかったのに…キミが行くから…無理して」
胸が熱くなる。その瞬間僕はまた走り出した。
「なのに、どうして…どうして…いないんだよぅ」
ワンピースの裾を握り締め、絞り出す様に言葉を吐き出すトメコ。
僕は彼女の前で止まり右手を差し出した。
その手の平の上には、ぐしゃぐしゃになった包み袋。
「プレゼント。これ渡したかったから…」
「え?」
僕はそれをトメコの手の上に乗せた。
ボロボロのゴミみたいになった包み袋を、トメコはそっと開く。
中を見た瞬間、トメコの顔がクシャっと歪んだ。
テニス部を辞めたときに校舎裏で一人流した涙。
あのときと同じ涙を今トメコは僕の目の前で流している。
「これ…?私に?」
「メリークリスマス」
僕はイヤリングを袋から取り出すと、そのままトメコの耳に付けた。
頬を紅く染め、恥ずかしそうにうつむくトメコ。
もう泣いていない。だけどその瞳はまだ宝石みたいにキラキラしている。
「似合う?」
「うん」
「私の為に…パーティーに来なかったの?」
僕は小さく頷いた。代わりに尋ねる。
「僕の為に…パーティーに行ったの?」
トメコは小さく頷いた。そのはずみでイヤリングが揺れる。
あの宝石のような瞳で真っ直ぐ僕の目を見つめ、トメコは微笑んだ。
「トメコは…トメコは世界一の幸せ者です」
「じゃあこれから一緒に、世界一不幸な妹達の相手をしにいく?」
トメコはゆっくりとおでこを僕の胸に当てる。
僕はそんなトメコの黒髪を優しく撫でた。
「うん…でも、もう少しだけこのまま」
満天の夜空は、聖夜と呼ぶに相応しき輝きに満ちている。
さらさらと流れる川のせせらぎと、トメコの吐息だけが耳に入る。
いつまでもいつまでも僕達はそうしていた。
第三話「世界一のクリスマス」終わり
僕トメ裏話(その3)
ここで終わってもいいくらいの気持ちで第三話は書き上げました。
まぁ色々と伏線も詰め込んでいる訳ですが。
さて今回はトメコの家族以外のサブキャラの話。
まずクラスメイトの飯田、安倍、矢口、藤本について。
どうしてこの4人になったか?特に理由はありません。
元々4期の頑固一家が頭にあったので、必然的に残りの年上メンバーを集めただけ。
5期以降だとどうしても石川と同級生というより、辻加護と同級生っぽくなるから却下。
後藤とか保田とか卒メンはなるべくレギュラーキャラにしたくなかった。
どこかでゲストキャラとしてちょこっとおいしい所持って行くような方がいいと。
クラスメイトの4人も元々、1人を除いて完全に脇役にするつもりでした。
ところが細かい設定を与えていく内に、勝手に動き始めるんですよこれが。
きっかけは第三話で矢口と藤本を絡ませてしまったことです。
(続く)
幕間@「手紙」~Letter~
(さよなら…)
君の告げたあの言葉が頭から離れない。
どうして…どうして…いなくなってしまったの?
私はただの一度だって、君を邪魔に思ったことなんてないよ。
ううん、私がどれだけ君に救われてきたか…知らないでしょ。
だからお願いだよぉ、そんなこと言わないで。行かないで。
お願い…。
祈るような気持ちで、私は手紙を開きました。
君が残した最後の手紙を。
『 トメコへ
もしトメコがそれでも僕を必要としてくれるなら
僕は三日だけ待つ 想い出のあの場所で 』
第四話「修学旅行 前編」~School excursion~
僕は三年生になった。
うちの学校は二年生から三年生に掛けてクラス変えがない。
だから可愛い子の多いうちのクラスの男子達は皆喜んでいた。
でも僕だけは、またトメコと同じクラスになれたことを喜んだ。
クリスマスイブの日以来、僕とトメコの仲はさらに親密になった。
教室で誰の目も気にすることなくおしゃべりし、家に遊びに行く回数も増えた。
他のクラスメイトも少しずつトメコとしゃべってくれる様になってきた。
トメコの顔にも段々と笑顔が増えている。
僕はそれが何より嬉しかった。
そうそう、矢口さん家のパーティーの件だが、僕が欠席しトメコが出席したから、
誰にも僕がトメコに会う為欠席したと疑われることはなかった。
頼んだ相手が圭織だったことも大きかったと思う。
委員長の圭織はみんなに信頼されており人望もある。
その代わり、お礼のケーキのせいで僕の財布はしばらくピンチが続いたが。
三年生になったので進路の話も少しずつ増えてきた。
僕は地元の高校に進むつもりでいた。
だけどトメコはその類の話になると曖昧に言葉を濁す。
やっぱりトメコは進学しないのだろうか…?
気になってはいたが、なんとなく僕は突っ込んで聞くことができなかった。
「もうすぐ修学旅行だねっ」
そう言ってトメコは微笑む。
そんな笑顔を見せ付けられると、悩むことさえバカバカしく思えてくる。
気のせいだろうか、最近以前に増してトメコが綺麗になっている気がする。
トメコと修学旅行…本当に楽しみだ。でも…。
「修学旅行に行くこと、一徹は許してくれたの?」
「ん〜」
トメコの家は貧乏だ。夜遅くまで仕事の父とまだ小さい双子の妹。
だから家事のほとんどはトメコが一手に引き受けている。
そんな家庭の事情もあり、トメコが三泊もする修学旅行に行けるかは微妙だった。
「僕も一緒にお願いしようか」
「ううん、いいよ。いくらお父さんでもきっと許してくれるから」
家庭の問題だし、トメコにそう言われては僕もそれ以上口は出せない。
一緒に行けることを強く願うのみだ。
「オラー!席つけぇ!ホームルームすんぞぉ!!」
関西訛りが混じった派手な姉御が、突如教室に乱入してきた。
実はこの金髪の派手なお方こそ、3年になってからの新しい担任中澤先生である。
少々柄は悪いが、気風が良く生徒と友達のように向き合ってくれる人気も高い先生だ。
ただ「三十路」と「結婚」の話題を出すとすぐキレることがたまに傷だが。
「全員そろっとるなぁ!今日はお待ちかね修学旅行の話だぁ」
教室から歓声が沸き起こる。みんな待ちに待っているんだ。
さっそくクラスのムードメーカー矢口さんが、中澤先生にちょっかいをかける。
「裕ちゃんの結婚もお待ちかねなんですけど〜」
「うっさい矢口!しばくでほんま」
クラス中に笑い声が響く。中澤先生の怒りが収まるまでホームルームは中断された。
矢口さんは頭に思いっきりゲンコツをくらっていた。
ようやく気を取り直した中澤先生が、本当におおざっぱに説明を始めた。
集合日時、スケジュール、持ち物、注意事項、etc…
そして最後にグループ分けについて説明する。
「適当に三人一組のグループ作っとけぇ!特別に男女関係なしや。良かったなぁ矢口」
「ちょっとぉ!なんでおいらだけに言うんすか!」
また笑い声が沸き起こった。中澤先生の仕返しだ。
ホームルーム終了後、僕はすぐにトメコの席へ駆け寄った。
「あと一人誰にしよっか?」
「え?私と組んでくれるの?だって…」
「当たり前じゃん。それより問題は三人目なんだよなぁ」
僕は辺りを見渡した。男友達連中はそれぞれ男友達でグループを作っている。
さすがに男女でグループを作っている所はあまりない。
女子で特別仲が良いのはトメコ以外には圭織しかいないので、なんとなく圭織を捜した。
ところが圭織は意外な人たちとグループを組んでいた。
「なんかさー、あの二人と組んでって皆に頼まれちゃってね」
圭織はそう言った。あの二人とは矢口さんと安倍さんのことである。
僕は何となく他の女子達がそう頼む理由を分かる気がした。
アイドル並のルックスを誇るあのコンビと組んだら、他の子では明らかに見劣りする。
負けないのは圭織か藤本さんくらいのものだ。
藤本さんは矢口さんと犬猿の仲だから、適任は圭織しかいないという訳だ。
しかしこれで当てがなくなり、僕は少し困った。
でもクラスはちょうど3で割れ、絶対誰か1人は余るはずなのでそれを待つことにした。
そしてグループがどんどんできていくにつれ、その1人がなんとなく見えてきた。
やっぱりあの人だ。僕はその人に声を掛けることにした。
彼女とはイブの前日に偶然街で会って話したきりである。
その後冬休み明けに声を掛けたのだが、やはり相手にはしてもらえなかった。
でも今回は状況が状況だし、さすがに無視されることはないだろう。
僕は意を決して、その子の名前を呼んだ。
「まだかなー」
修学旅行当日、目的地は京都・大阪・奈良方面。
集合時間は過ぎている。もう学年のほとんどがいて列に並んでいる。
だけどトメコの姿がまだ見えなかった。一体どうしたのだろう?
電車の時間は迫っている。僕は中澤先生に聞いてみた。
「ああ、石川なら父親から連絡あって、諸事情により欠席やて。ほんと残念やわぁ」
脳天から爪先に向けて太い槍を突き刺された様な衝撃だった。
(もうすぐ修学旅行だねっ)
この旅行をあんなに楽しみにしていたトメコの笑顔が脳裏に浮かぶ。
(ううん、いいよ。いくらお父さんでもきっと許してくれるから)
無理にでも一緒に頼み込めばよかったという後悔の念が頭を支配する。
同時に、修学旅行すら行かせない一徹への怒りが込み上げてきた。
トメコが修学旅行に来れない。
ワクワクとドキドキが一気に消えうせてしまった。そんな出発になってしまった。
列車の中、友達の会話に空返事を返す。
大阪に着いた。たこ焼きを食べた。おいしかった。
ユニバーサルなんとかっていう遊園地に来た。
たくさん乗り物に乗った。クラスの友達はみんなはしゃいでいる。
僕も楽しいはずだ。きっと僕は今楽しんでいるはずだ。
なのにどうしてだろう、胸がこんなに苦しいのは?
僕らがこうして遊んでいる今、トメコは何をしているのだろう?
近くの安いスーパーで買い物をしているのか。
一家全員の洗濯物をコインランドリーへ運んでいるところか。
のんとあいぼんが溢した床の染みを拭いているところか。
トメコのいない修学旅行。まさかこんなにせつないものだとは…。
夕暮れ過ぎ、一行を乗せたバスは初日の宿に到着した。
ここでそれぞれの部屋に分かれるのだが、僕らのクラスだけ何故か呼び出された。
中澤先生がニヤニヤとやらしい笑みを浮かべ待っていた。何か企んでいる顔だ。
だが僕はどうにでもなれという少し自棄な気持ちになっていた。
「部屋割りまだ言うてなかったなぁ。こないだ決めた三人一組で分けるからなー」
生徒から驚きと罵倒が飛び交う。僕も眼が覚めた。当たり前だ、だって…。
「裕ちゃん、男女関係なしってゆったじゃんか!」
「おお言うたで。そっちのがおもしろいやろ。なんや矢口は女三人か…つまらん」
数は少ないが、うっかり男女三人で組んだチームは大騒ぎだ。
いや一番問題あるのは僕だ。だってトメコが来ていないから…。
藤本さんが心なしか冷やかな視線で僕を睨んだ。
そう、トメコが来ていないから、僕は藤本さんと二人きりの部屋だ!気まず過ぎる。
僕は大慌てで中澤先生にくってかかった。しかし全く聞き入れてもらえない。
「お前と藤本なら別に問題ないやろ」
その一言でおしまいだ。
同じグループとはいえ、僕はまだ藤本さんと一言もしゃべれていない。
頑張って話しかけても相手にしてくれないんだ。
多分嫌われている。イブの前日、変な頼みをしたからに違いない。
嗚呼、せっかくの修学旅行がこんなことになろうとは…。
僕の憂鬱はさらに膨れ上がっていた。
ベットが三つ並んだ洋風の個室に、僕と藤本さんの二人きり。
僕はバックを無造作にベットへ放り投げる。
藤本さんは口を真一文字に結んだまま一言も発さない。
まだ「変なことしたら殺すから」とでも脅された方が幾分マシだ。
食堂での夕食と大浴場では、まだ他のクラスメイトがいるので救われた。
だけどそれらを終え、いざ個室に戻るとまたあの緊迫した空気が僕を襲う。
さすがにこのままの沈黙は我慢できず、僕は果敢に会話を挑むことにした。
何かきっかけはないものかと辺りを見渡す。
そのとき藤本さんのバックの隙間から一枚のCDが見えた。
本当はウォークマンは違反なのだが、僕はそんなことよりその中身に驚いた。
「へえ、藤本さんもそんなの聞くんだ」
カッと顔を紅潮させた藤本さんは、慌ててバックのチャックを閉じ僕を睨む。
「ひ、人の物勝手に見るな!」
「ごめん、つい…」
「私が聞いちゃ悪い?」
「ううん、僕も好きだよ。ゴマキの曲」
ゴマキ。金髪で大人っぽい13歳という話題性で一気にブレイクしたトップアイドル。
本名は後藤真希。僕らと同年代ということもあり、クラスの男子にもファンは多い。
でも藤本さんまで聞いているとは、イメージと違い少し可笑しい。
僕が笑いを堪えていると、藤本さんは一瞬睨み付けそして顔を落とした。
「私と…どっちが可愛い?」
「ハァ?」
「一回で聞け!私とゴマキのどっちが可愛いかって聞いてるの!」
「どうしたの急に?」
「うるさい!もういい!」
藤本さんは頬を赤らめて、プイッと向こうを向いてしまった。
僕はまた藤本さんの意外な一面を見つけて驚いた。やけに可愛いらしいぞ。
そのまましばらく藤本さんの背中を見ていると、やがて彼女はまたこっちを見た。
「相談、聞いてくれる?」
俯きがちで頬を真っ赤に染めたその表情からは、あの気の強いイメージが見えてこない。
僕は肯定の意を含む相槌を打った。
「好きな人がいるんだ…だけど告白していいか迷ってる」
藤本さんの口から出た台詞に、僕は素直に驚いた。
こんなに美人で綺麗な藤本さんでも恋の悩みを持っているなんて。
その相手はなんて幸せ者なんだろう。
相談されたことが嬉しくなった僕は、調子に乗って返答していった。
「それは絶対告白すべきだよ。藤本さんなら100%大丈夫!」
「でもその人には、他に好きな子がいるみたいで…」
「じゃあ強引に奪っちゃえ。藤本さんの魅力に断れる奴なんていないさ」
「ほんと?」
「本当だって」
僕は無責任に胸を張って答えた。
すると藤本さんは、いきなり着ていたTシャツを無造作に脱ぎ始める。
突然の出来事に僕は思わず部屋の端まで転げ下がった。
14歳とは思えない、均整のとれた藤本さんのプロポーションが露になる。
「…お前だ」
「え?え?え?」
「私が好きなのは…お前だ」
頭がゴチャゴチャ混乱し過ぎて、何が起きたのかよく分からない。
あの藤本さんが僕のことを…何かの間違いだ。そんなことあり得ない、だって…
「…藤本さん」
下はジャージ、上は紺のスポーツブラ一つという姿で藤本さんが近づいてくる。
僕は壁に背中をくっ付けたまま身動きがとれなくなっていた。
顔を真っ赤にし瞳を潤ませながら、藤本さんは少しずつ擦り寄ってくる。
「あの日からな…ずっとお前が好きだったんだ」
「あの日?」
「イブの前日。初めてだった、誰かにあんな風に助けてもらったことは…」
「……」
「それにこの旅行も。一緒に組もうって誘われたこと。すごく嬉しかった」
ポツリ、ポツリと、彼女の口から漏れる言葉の数々。
まだ信じられなかった。藤本さんがそんな風に僕を見ていたなんて。
だって僕が話しかけても、相手にもしてくれなかったし…
あれは全部。ただ照れていただけなのか?まさか、嘘だ。嘘だろ。
「そうか!わかったぞ!これはドッキリだ!クラスの誰かに頼まれた?」
「違う!本当だ!どうすれば信じてもらえる?」
「どうすればって…だってこんなこと…」
「私のすべてを見せれば…納得してくれるか?」
すると藤本さんはおもむろにズボンを脱ぎ出した。
健康的な脚線美とブラと同じ色の下着が、僕の視界に入る。
大声で叫んでしまいそうになった。
胸の鼓動がもう信じられないくらい高まっているのが分かる。
完全にズボンを脱ぎ捨て、下着姿となった藤本さんが今度は背中に手を回す。
ブラジャーを外す気だ。僕は辛うじて残る理性を振りしぼり慌てて上体を起こした。
藤本さんの前へ詰め寄り彼女の両腕を掴み、動きを止めた。
背中に回っている彼女の右腕を僕の左腕で、彼女の左腕を僕の右腕で掴んでいると、
眼と鼻先に彼女の肢体が位置し、まるで抱きしめている様な体勢になってしまう。
身長は彼女より僕の方が10cmくらい高い。
藤本さんは上目遣いで僕の顔を覗き込み、なまめかしい唇をそっと開いた。
「…いいよ」
もはや、何がいいのかとつっこむ気さえ起こらない。頭の中が真っ白だ。
「ジャーン!遅くなりましたぁ梨華でぇ〜す。心配かけて本当にごめんね。
お父さんを説得するのに凄く苦労して、でもやっとわかってくれたから。
一日遅れちゃったけど、あーUSJ行きたかったぁ。もうお父さんの馬鹿プンッ
でも明日からは一緒だから大丈夫だよ。色んな場所行っていっぱい遊ん…」
バックが床に落ちる音。
扉がバタンと閉まる音。
その妙な甲高い声。
これらが僕の背中で同時に聞こえた。真っ白な頭の中が真っ暗に変わった。
嘘だろぅ、トメコって奴は本当に何てタイミングの悪い…。
個室に二人きり、僕の腕の中には下着姿の藤本さん。
これが今入ってきたトメコの眼に一体どんな風に映るのだろうか?
違う!違う!決してトメコが今想像している様なことじゃない!
藤本さんの腕を放し、互いに距離を置き僕は後ろを振り返った。
「…トメコ!違うんだ!」
いつものピンクのワンピース。いつもの黒髪に、いつもの黒い肌。
ただ僕を見つめるその眼だけが、いつものトメコじゃなかった。
まるで何か汚いモノを見るような眼…。そんな眼で僕を見ていたんだ、トメコが。
彼女はそのまま部屋を逃げ出した。僕は慌てて追いかける。
部屋を出る直前、後ろから藤本さんの声が聞こえた。
「私、負けないから」
僕は聞こえてない振りをして、そのまま廊下へ飛び出した。
逃げるトメコの腕を掴み引き寄せる。トメコは目を合わせようとしてくれない。
「違うから!本当に何でもないって!」
「うん。わかってるから」
目を合わせないでトメコはそう頷く。唇が小さく震えていた。
第四話「修学旅行 前編」終わり
第五話「修学旅行 後編」~School excursion~
「ダメー!おいらもう歩けない〜!」
「さっきからうるさいんだけど。じゃあそこで一人座ってれば?」
「なんだとー!」
「二人とも!こんなときにまで喧嘩しないで!」
「…おなかすいたべさ」
矢口さんと藤本さんの喧嘩を止めた圭織が、不安気な顔で僕を見る。
草木を掻き分けて先頭を進む僕は、一旦立ち止まり皆の顔を見渡した。
圭織も矢口さんも藤本さんも安倍さんも、一様に疲れと不安に苛まされた顔をしている。
一番後ろにトメコ。トメコはまだ一言も口を開いていない。
修学旅行が始まってから、僕はまだ一度もトメコの笑顔を見ていない。
「もう少しがんばろう。暗くなる前にせめて安全な所まで行かないと」
僕はそう言って、また前を向いた。
自分で言いながら、本当にそんな所に辿り着けるか不安で仕方ない。
行けども行けども視界に映るのは草と木のラビリンスのみ。
僕達は遭難していた。
修学旅行初日、大阪の夜は今思い返しても最悪だった。
あの後、トメコと藤本さんと僕の三人、気まずい空気での就寝。
二日目は奈良、クラス単位の団体行動。
僕は二人を避ける様に、男友達連中とわざと騒いで回った。
だけどちっとも気持ちは晴れない。そして夜はやはりあの微妙な空気。
三日目は京都、例の三人一組でのグループ行動が予定されていた。
何とかしなければと思い、僕は幼馴染の圭織に相談を持ちかける。
もちろん三角関係のゴタゴタした話までは語らなかったが。
すると圭織も、安倍さん矢口さんと三人だけの行動に不安を覚えていたらしい。
じゃあ一緒に行こうよと、トントン拍子に話は進んだ。
しかし僕は焦るあまり重要なことを忘れていた。
藤本さんと矢口さんが犬猿の仲だということ。
そしてこのことが、まさに遭難のきっかけとなったのだ
「痛〜っい!ちょっとぉ、ぶつかったんだけど、謝りなさいよ!」
「ごめん。ちっちゃくて見えなかった」
「何だとコラァ!なによその態度は!」
「本当のこと言っただけなんだけど」
地図を見ながら、各チーム京都の山寺を回るという企画。
僕と圭織と安倍さんが無理やり会話を繋ぎ、そこまでは何とか持ちこたえた。
事件が起きたのは、かなり山奥の細い細い獣道に差し掛かったとき。
藤本さんの腕が矢口さんの腰に当たったことが発端だ。
気がつくと二人はとっくみ合いになっていた。
細く足場の悪い獣道。僕らが止める前に藤本さんが足を踏み外した。
「きゃー!!」
藤本さんと矢口さんはもつれあったまま、山の斜面を転げ落ちた。
驚きと焦りに顔を見合わせた後、僕らは大急ぎで坂を下り二人を追った。
藪の中に二人はうずくまっていた。
ゆるやかな斜面だったこともあり、二人は幸い大きな怪我もなく、すり傷程度で済んだ。
ただ矢口さんが若干足首を捻り、少し痛むと述べる。
失敗だったのは、焦ったあまり全員が斜面を降りてきてしまったことだった。
「矢口の足もあるし、ここから戻るのは無理そうね」
「ちょっと行って、道に戻れそうな所を捜そうか?」
「それがいいべ。ほら、真里立てる?」
このときはまだ誰も、帰れなくなる心配なんてしてなかったんだ。
実際、道はまだ上に見えていたし、陽は明るかったから。
少し進めばまたさっきの道に戻れるって、誰もがそう思っていた。
ところが、進めど進めど上に行けそうな場所が見つからない。
それどころかさっきまで見えていた道も、もう見えなくなっていた。
「多分、逆だ。戻ろう」
「そうね」
僕達は来た道を戻ることにした。
少しずつ、皆の顔に不安の色が現れ始めていた。
「おかしいね、もうそろそろさっきの所じゃない?」
「うん、結構歩いたから道が見えてきてもいいはずだけど」
圭織の問いに答えた僕も、薄々気付き始めていた。
同じ様な景色の続く山中だ。戻っていたつもりが全然違う方へ進んでいたのかもしれない。
そして僕達は本格的に遭難してしまったのだ。
やがて陽が暮れてきた。遭難してから3時間近く過ぎている。
午後5時にバスの待つ駐車場に集合のはずが、もう午後6時を回っていた。
先生達心配して救助依頼を出しているかもしれない。
みんなの疲労と精神状態も限界に近づいてきている。
苛立つ矢口さんと藤本さん、お腹を抱え嘆く安倍さん、黙り込むトメコ。
リーダーシップを持って皆を励ます圭織がいてくれたおかげで、かなり助かっている。
だけどその圭織も段々と口数が減っている。重いムードが漂う。
何となくみんなの期待を背中に感じる。僕が何とかしなければ!
そんな気持ちで、先頭に立ち前へ前へと草木を掻き分けているのだが…。
「待って、何か聞こえたよ」
今までずっと黙っていたトメコが、一番後ろから口を開いた。
僕達は一斉に足を止め、その何かに耳を傾ける。
「水の音…みたい」
「水?じゃあ川かな?川があれば目印になる!行こう!」
川は確実に下へ向かって流れる。
沿って進めば、当てもなく迷ってグルグル同じ所をさ迷わずに済む。
僕達は水の音が聞こえた方角へ足を速めた。
「なんか暑くない?」
「うん、なっちも思った」
矢口さんと安倍さんが言う様に、近づくにつれ気温が増している気がする。
いやもう気のせいじゃない。うっすら湯気が見えている。
辺りの景色もゴツゴツした大きな岩が目立ってきた。
これは川じゃない。岩の向こうに見えたのは小さな池。いや、池というよりこれは…
「温泉だぁ!」
誰かが声を張り上げた。
砂漠の中にオアシス見つけたみたいに、みんなの顔が綻んでいる。
トメコや藤本さんまで笑顔を浮かべている。
(こんな状況で温泉みつけても…)
僕一人だけが冷静に思考を巡らしている。
だが次の瞬間、そんな冷静さを一発で吹き飛ばす台詞が、矢口さんの口から飛び出た。
「入ろうぜぃ!」
どうかしている。そりゃヒト気はないけど、男の人に見られたら?僕だって…
いやそれ以前に僕達は今遭難しているんだ。
遭難者がのんびり温泉につかるなんて聞いたこともない。
なのに誰も矢口さんの意見に反対しない、圭織も藤本さんさえも。
そりゃ疲れて汗だくだから、温泉でリラックスしたいってのは分かるけど。
それにしたって非常識すぎる。考えられない。
こんな状況のせいで、きっとみんな精神状態がおかしくなっているんだ。
落ち着け。僕だけでも冷静でいなければ…。お、おちけつ…。
「ぼ、僕は向こうで見張ってるから」
すでに矢口さんと安倍さんは服を脱ぎ出している。
僕は適当に理由をつけて、その場から逃げ出そうと思った。
しかし駆け出そうとした所を、藤本さんに捕まえられてしまった。
「なんで?入ろうよ」
「そうそう、何照れてんの?昔はよく一緒に入ったじゃない」
藤本さん!それに圭織まで。一体何を言っているんだ。
『一緒に入った』というフレーズで、トメコがチラリとこっちに視線を送った。
違う!トメコ!それは幼稚園の頃の話…。
「いやっほ〜い!一番のりぃ!」
「あー真里、ずるいべさ」
みんなリュックにタオルを持っていたので、それ一枚持って飛び出している。
クラスのアイドル、安倍さんと矢口さんの裸が一瞬視界に入った。
岩を一つ隔てた先で圭織と藤本さんが着ているモノを脱いでいる。
さらに向こうでは、トメコも脱いでいる。
嗚呼、気がつけば僕も何故か服を脱ぎかけている。
やっぱりダメだ。断るんだ。絶対に間違っている。まだ間に合う、断れ!
「まだぁ〜?遅いよ」
「おいらの温泉に入れねえってのぉかぁ?」
(二人喧嘩してたんじゃないの?何で息が合ってるんだよ。ていうか矢口さんの温泉?)
気がつくと、僕以外の五人はもう温泉でくつろいでいる。
当たり前のことだが、みんな裸だ。申し訳程度にタオルを一枚添えているだけ。
矢口さんに至ってはそれすらなしで、はしゃぎまわっている。
僕はリュックからタオルを取り出すと、目をつぶって岩陰から飛び出した。
タオルで前を隠しながら、勢いよく温泉に飛び込んだ。
(覚悟は決めた。ああ、もうどうにでもなれ!)
というものの本当に目のやり場がない。
すぐ左に藤本さん。すぐ右に圭織。向かい側に矢口さんと安倍さん。
そして、一番離れた所にトメコ。みんな裸だ。
僕はずっと視線を真下に向けていた。にごり湯なのがせめてもの救い。
しかしこのまま何事もなくという僕の願いは、すぐに崩れ落ちることとなる。
「あんた昔から小さかったからねぇ。ちょっとは大きくなったぁ?」
前置きもなくいきなり、圭織が僕の腕に腕を絡めてきた。
何を言い出すんだと僕は動揺しまくり、腕を振り払う。
圭織が水に濡れた長い髪を掻き揚げる。
ただの幼馴染だと思っていたのに、その仕草が色っぽ過ぎて僕は焦った。
「なになに、何の話ぃ〜」
案の定、こういう話題に矢口さんが喰い付いて来た。
嬉しそうにお湯をバシャバシャ掻き分けて、近づいてくる。
(そんなに激しく動いたら、胸が見えてしまう)
「ほらぁいいじゃん、見せてみなさいよ」
「馬鹿!誰が…」
「じゃあさ触りっこしよ、おいらのもいいよ」
「や、そん…」
言葉に詰まる。圭織と矢口さんに絡まれ、僕は危機に陥った。
そのとき奥の方からトメコが冷たい視線を投げかけていることに気付く。
(なんで、なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ…)
僕は背を岩にくっ付けたまま、とことん後悔を重ねた。
すると、僕と二人の間に一つの影が割り込む。
「嫌がってるだろ、やめろよ」
藤本さんだった。藤本さんは僕の胸に肩を当てる形で割り込んできた。
僕の腕が藤本さんの背中から腰までに触れる。文字通り、肌と肌が触れ合う距離。
(言動と行為が反対なんですけど…)
僕は岩を背にしていた為、さらに逃げ場を失う形となった。
少しでも身動きすると、僕と藤本さんの肌がこすれ合う。
(誰か…助けてくれ…)
藤本さんのこの行為に、当然矢口さんが牙を剥いた。
「何よおいらの邪魔して!自分もどけよ!」
「ちっちゃい貴方より、セクシーな私の方を選ぶって」
藤本さんが頭をちょこんと僕の肩に乗せる。
もう僕は身動きができなかった。トメコの方を見ることもできない。
(違う…違うんだぁ…トメコ)
だがこの発言に矢口さん、それに圭織までがエスカレートしてゆく。
「セクシー隊長ヤグッチに喧嘩売ってんのかぁ!」
「あら、セクシーなら圭織も負けないわよ」
「なっちは〜?なっちは〜?」
「お子ちゃまは引っ込んでろ!」
セクシーポーズを披露する二人に釣られてピョコピョコ近づいてきた安倍さんだったが、
三人に一喝され肩を落とし去っていった。
「なちこだって、ちょっとはあるべさ…」
「誰が一番セクシーか、お前が決めろ」
僕の耳元で藤本さんが囁く。そのはずみで彼女の胸が僕の腕に触れた。
柔らかい。あまりに柔らかいので僕はもうおかしくなりそうだ。
とっくに限界は超えている。こんなのありえない。
「ま、どう見ても私でしょ」
「ねぇー、おいらの魅力がわかんないのぉ?」
圭織が自慢の曲線美をお湯の中から伸ばす。ふとももが眩し過ぎだ。
矢口さんが僕の手に自分の手を絡め出す。手つきと表情が妙にエロい。
藤本さんはまだ頭を僕の肩に乗せたまま肌をくっつけている。
(なんなんだこの世界は?一体どうして僕はこんな所にいるんだ?)
頭がグルグル渦巻いている。なんかもうどうでもよくなってきた。
「一番セクシーなのは…」
僕は口を開いた。皆どんな答えが来るか緊張した顔で見ている。
(知るか、もうどうにでもなれ!)
「僕だぁ!!」
僕は三人の目の前で勢い良く立ち上がって温泉から逃げ出した。
岩に隠れた僕は急いで服を着た。しばらくして、みんなも温泉から出る音が聞こえてきた。
みんなの着替えが終わった頃合を見て、僕は岩陰から顔を出した。
すると藤本さんと矢口さんと圭織が僕の方へやってきた。
何を言われるかと僕は顔をすくめる。背中をと肩をポンと叩かれ、こう言われた。
「確かに、お前だ」
さて、温泉から出た僕達は気を取り直して山を進む。
もう辺りは真っ暗になっていた。月明かりだけが頼りである。
温泉を出て30分程過ぎた頃であろうか、ようやく僕達は待ち焦がれた声を聞く。
「おーい」と、山々に呼玉する声。
いつまでも戻らない僕達を捜すため、先生が呼んだ救助隊の声だ。
僕達は互いに顔を見合わせ微笑んだ。そして疲れも忘れ、一目散に声の方へと駆け出した。
助かった。そう思った。これが思わぬ油断を生んだ。
辺りは暗く、すぐそばに崖があることなんて気付きもしなかった。
まず先頭にいた僕が足を滑らせた。だけど手近な草を掴み辛うじて落下を免れる。
それを見て気付いた周りの子達も間一髪で止まることができた。
唯一人、少し離れて走っていた彼女を除いて。
「きゃーーー!!」
甲高い悲鳴。トメコの悲鳴。転げ落ちる音。
必死で草や木の枝に捕まろうとしているが、落下は止まらない。
そのままトメコは、約5m下にある激流に身を落とした。
頭が考えるよりも先に、僕は掴んでいた草を放し激流に飛び込んだ。
水泡の中、激流に流されるトメコの姿が見えた。
僕は必死で掻き進みトメコを追った。流れが速く、なかなか思うように進めない。
背中を思い切り岩にぶつけた。痛かった。痛かったけど構ってられない。
「トメコ!」
僕は叫ぶ。きっと声にはなっていない。口を開けると水が入ってくる。
一瞬、流されながらもトメコが僕に気付いた様に見えた。
(そうだ、僕はここだ。すぐにいくから待ってろ!)
僕は必死で腕を伸ばした。伸ばしながら掻き進む。トメコへ向かって掻き進む。
そのとき目の前に現れた大きな岩の塊!ダメだ。間に合わない!
激流の勢いそのまま僕は巨大な岩に激突した。意識が抜けかける。
全身が壊れてしまいそうだ。いいや壊れたっていい、トメコを助けるんだ!
もう一度腕を伸ばす。届け!消えかけの意識を振り絞り願う。
指先が触れ合う感触。
(これだ。もう少し、あともう少し、間に合え!)
声にならない声を叫ぶ。薄れ行く意識の中強く願う。最後の気力をその手に集中させる。
触れた。僕の手とトメコの手が重なった。僕はそれを強く握った。
もう離さない。絶対に離さない。激流に逆らう様に僕はその手を引き寄せる。
トメコの腕、トメコの体…流されながら僕は彼女を強く抱きしめた。
(絶対に離さない!!)
そこで意識は深淵へと落ちた。
(熱い…なんだかひどく熱い…)
(息苦しい…胸がつぶれそうだ…やめろ)
(誰かが僕の胸を押し潰そうとしている…吐き出しそうだ…)
(今度は口の中が膨張する…息ができない…やめてくれ…苦しい)
喉から液体が逆流する。僕はたまらずそれを吹き出した。同時に大量の咳が出る。
(頭がボーっとする…一体何が起きているんだ)
(誰だ…?そこにいるのは誰だ…?もうやめてくれ…まだ僕を苦しめるのか?)
その誰かは、また僕の口を塞ごうとする。呼吸が遮断される。しかし…。
(あれ?何だか楽になってきた?胸がすっきりしてきた?何だ…?)
(唇…僕の口を塞いでいたもの…。息ができる?この唇は…)
僕は再び込み上げてきた水を吐き出した。徐々に視界が開けてくる。
目の前にある顔。僕はその顔を見てようやく意識を取り戻した。
(トメコ…)
トメコの泣き顔に一輪の歓喜が咲く。
仰向けになったまま僕はトメコの頬を撫でた。
「ここは天国?」
「違うよぉ…バカ」
生きている。僕は生きている。
正直天国でもどっちでもいいと思った。そこにトメコがいたから。
ゆっくり上半身を起こし、辺りを見渡す。
すぐ足元にあの激流があった。下は小石と砂利の小さな川岸だ。
僕は溜息をついた。
「かっこ悪い、助けに来て助けられるなんて…」
「ううん、君だよ。私を抱えてここまで助けてくれたの」
「嘘…。覚えてない」
「命の恩人だね。本当にかっこよかった」
「命の恩人はトメコだよ、今だって人工呼吸で…」
人工呼吸と自分で口に出し始めて、僕は唇の感触を思い出した。
思わずトメコの濡れた唇に目がいく。視線に気付いてかトメコは唇を手で覆う。
(僕の唇にトメコの唇が…これってもしかして…)
「あー!ショック!せっかくのキスも全然覚えてない!」
「キ、キ、キスじゃないもん!あ、あれは人工呼吸だよ!」
「一緒だろそんなの」
「一緒じゃないよ」
「ファ、ファーストキスだったのに…」
「私も…」
トメコは頬を真っ赤にしていた。きっと僕も同じ顔をしているのだろう。
何故だか、トメコの唇を見るだけで照れてしまう。
僕達はお互い言葉に詰まり、何も言えなくなってしまった。
長いような短いような沈黙の後、トメコがちょっと顔を曇らせて口を開いた。
「ショックだよね。初めてのキスが…藤本さんじゃなくて、私なんかで」
「な、何いってんだよ!そんなことない!」
「いいんだよ、無理しなくても。私だって藤本さんとっても素敵だと思うし」
「私なんか、寒くて、変な声で、貧乏で、センス悪くて、キショクて…」
「…トメコ」
「修学旅行来なきゃよかったね私。君と藤本さんの邪魔をしただけだったよ」
僕は腹が立った。
藤本さんに告白され、困った振りしていい気になっていた自分に腹が立った。
他の女子と温泉で騒いでいた自分に腹が立った。
トメコをこんな悲しい気持ちにさせていた自分に腹が立った。
「トメコ」
「え?」
トメコの細い肩を掴むと、僕は半ば強引に彼女の唇を奪った。
一秒もない、ちょっと触れただけのキス。
だけどそれはきっと一生忘れることのできない…。
トメコは目を見開いたまま固まっていた。僕は彼女の肩を両腕で掴んだまま笑って見せた。
「よーし、今度こそファーストキスだ」
「…どうして?」
「寒くても、キショクても、僕が好きなのはトメコだから」
トメコは俯いて口をパクパクさせた。
きっとどんな顔していいのかわからないんだ。
僕だって胸がバクバクしている。ついに言っちゃった。
顔を上げたトメコは顔を真っ赤にしながら口を尖らせていた。
「…ひどいよ。私のことキショイって思ってたの?」
「自分で言ったんじゃん」
「私はいいの!…自分だから。でも君はひどい!」
「嫌いになった?」
「バカ、ならないよ。好きだもん。ずっとずっと好きだもん!」
押さえ込んでいた気持ちが一気に弾け飛んだ。
真っ暗な山奥、何もない小さな川原、ビショビショに濡れた僕等。
僕はトメコを抱きしめた。トメコも僕を抱きしめる。
「修学旅行、来て良かった?」
「うん」
僕の腕の中でトメコは笑った。
それはこの修学旅行でようやく見ることのできたトメコの笑顔。
世界で一番かわいい笑顔だ。
「こんな川原が、想い出の場所になっちゃったなぁ」
「そうだね、忘れられない場所…」
両脇を山々に囲まれた、誰も訪れない様な辺ぴな所。
だけど、僕等の思い出の場所。
もし二人すれ違うことがあったとしても、きっとここに来れば今の気持ちが戻るはず。
またいつかトメコと二人でここに来たい。そう思った。
それから僕等は川に沿って山を下り、しばらくして救助隊の声が聞こえた。
圭織達はすでに助かっていて、僕とトメコの姿を見て泣いて喜んでくれた。
それが何だかとても嬉しかった。六人で、先生や他の生徒が待つ宿に帰った。
「裕ちゃん、どんな顔してるかねぇ」
「鬼の形相で怒ってるんじゃない?覚悟した方がいいよ」
「案外ボロボロに泣いてたりして」
ところが実際はそのどれでもなかった。
中澤先生は僕らの顔を見てもずっと悲痛な表情を浮かべ続けていた。
心から心配している親の顔だった。そして六人を順番にギュッと抱きしめた。
なんだかとても嬉しくて申し訳なくて、さっきまでの出来事が怖くなってきた。
不覚にも泣いてしまった。でもそれは僕だけでなく6人全員が子供みたいに泣いていた。
帰ってきたんだって、助かったんだって、思った。
これが修学旅行最後の夜。色んなことがあったけど、今思うと素敵な旅行だった。
でも翌日、帰宅した僕達に最悪の知らせが待ち受けているとは、
この時はまだ何も知らなかったんだ…。
第五話「修学旅行 後編」終わり
僕トメ裏話(その4)
キャラ造りで気をつけたのは嫌なキャラを造らないこと。
特に恋のライバルなんかは嫌な奴になりやすいんだけど、
むしろ魅力的に描くように心がけた。
だから藤本のシーンは結構力が入っていたりする。
問題の温泉イベントですが、あれがこの小説で一番苦労したシーン。
色々気を使った訳ですよ、物語が破綻しないように。
次回以降の話がアレなんで、修学旅行の回はとにかく騒いでやろうと。
ただ失敗だったと思ったのが温泉と海の順番。
温泉→海じゃなく海→温泉にすべきだった、インパクト的に。展開上仕方ないんですけど。
さてここまで裏話を書いてきて、実はあまり裏を書けないことに気が付きました。
だってまだエピローグとサイドストーリーを書いてないから。
困ったことにあんまりぶっちゃけられない。
という訳で「本当の裏話」は最後の最後までできません。
(続く)
乙!
ぢつは微妙にリファインされてたりするのね
サイドストーリーは気長に待っとりますので適当に頑張ってね
第六話「石川家の悲劇」~Her tragedy~
「あれって、のんじゃない?」
「ほんとね。どうしたのかな?」
修学旅行の帰路、僕とトメコはいつもの橋でのんを見つけた。
両手で膝を抱えて顔をうずめている。何だか様子がおかしい。
声を掛けるとのんはパッと顔を上げた。その顔が涙に濡れていた。
「おねいちゃん!おねいちゃん!」
その狼狽ぶりが尋常でない。
のんはトメコにしがみ付き、声を上げて泣き出した。
何があったのと尋ねても泣くばかりで分からない。
とりあえずのんを引き連れてトメコの家に向かうことにした。
本当はそこで分かれて帰宅するつもりだった僕も、一緒に向かった。
雑木林を抜け、いつもの古びた木造アパートが見える。特に変わりはない。
トメコはそっと玄関のドアを開けた。
誰もいない。
するとのんがやっと呟いた。
「病院れす」
「あのぅ私…石川梨華と言います」
「ああ、一徹さんの娘さんね。たった今緊急治療が終わった所ですよ」
「お父さんは!?お父さんは無事なんですか!?」
「とりあえず一命は取り留めたわ。だけど、まだ意識が戻らないから…」
「そんな…」
「471号室、小さなお子さんがずっと付いていて…。こっちよ」
アクの強い顔の看護婦さんが、親切に僕達を病室まで案内してくれた。
病室に入った僕は戦慄に身を捕らわれた。
全身に何かしらの医療器具を付けたまま、仰向けに横たわるその姿。
呼吸する為のパイプが口と鼻に、点滴のパイプが腕に、包帯だらけの体。
あらかじめ聞いていなければ、それが誰だかとても分からなかったと思う。
(あの一徹が…?嘘だ…、そんなことある訳…)
とても信じられない。僕は首を振った。つい先日まで煩いくらい元気だったのに。
ベットのそばであいぼんが沈んでいた。
いつも元気でみんなを笑わせてくれるあのあいぼんが、死にそうな顔で固まっていた。
「一徹、起きるのれす。おねいちゃんが帰ってきたれすよー」
のんが父の眠るベットを小さく叩いた。その肩が小刻みに震えている。
トメコがそっと前へ足を進めた。後ろにいる僕からはトメコの表情が見えない。
一体トメコは今どんな顔をしているのか?
見てはいけない気がした。それほどにこれは衝撃的すぎた。
トメコが父の名を呼び続けるのんの肩に手を置く。
「やめて希美」
「なんれれすか!?ねいちゃんも一徹におかえりのあいさつするのれす!」
悲痛な顔でのんは父のベットを揺さぶり続ける。
トメコはのんを抱き、強引に止める。
「お願いだから…やめて、希美」
「いやら!いやら!はやくみんなでおうちに帰るのれす!」
「お願い…」
「やめろ!のん!」
「ねいちゃん、あいぼんまれ…ろうして!うっ、うっ、うわああああああん!!」
「泣くなバカ!泣くなって…グスッ、うちかて、泣き…ウエエエエエエエン」
病室に二人の鳴き声が鳴り響く。トメコはそんな二人をギュッと抱きしめた。
自分だって死ぬほど泣きたいくせに、お姉ちゃんぶって…無理して…。
「悪質なひき逃げです。昨晩遅く、一徹さんは仕事帰りでしょう。
乱暴な運転による人身事故、残念ながら犯人は逃走したまま身元は判明していません。
夜間で人通りも少なかった為、一徹さんはそのまましばらく放置された模様ですね。
偶然通りかかった仕事仲間が救急車を呼び、当病院に運ばれました。
もう少し遅かったら本当に危なかった。それと、これは手術後判明したことですが…。
かなり無理していた様ですね。体のあちこちに不調が見られる。
栄養失調気味でもありました。事故を引き金にそれらが一気に出た様です。
一徹さん、ほとんどお休みをとられてなかったのではないでしょうか?」
淡々と語る医師の言葉に、トメコはひとつずつ頷きを返してゆく。
そういえば僕は、一徹が仕事を休んでいる日を見たことがなかった。
毎日朝早く家を出て、帰ってくるのも本当に夜遅くである。
食事も最低限しかとらず、娘たちに優先して与えていた。
三人の娘の為に自分の体に鞭打って、たった一人で戦っていたのだ。
(気難しくて…いつも怒っていて…本当に娘想いな…頑固親父)
医務室からトメコが出てきた。かなり顔色が悪い。
のんとあいぼんは泣き疲れて病室で眠っている。
僕とトメコは休憩室のベンチに並んで腰を下ろした。
彼女への励ましの言葉が何一つ思いつかない。
「私、学校やめる」
唐突にトメコの口から出た言葉に、僕は耳を疑った。
ベンチに座り俯いたままのトメコに僕はそっと聞き返した。
「やめるって…今すぐ?」
「うち貧乏だから、お父さん何にも保険とか入ってなかったんだ」
「えっ!」
「手術代と入院費、これからの生活費とアパート代、のんとあいぼんの教育費」
石川家にはほとんど貯金もない。これまで全て一徹の給料で賄われてきたのだ。
一徹が倒れ、残されたのは中3のトメコと小6の妹二人。のんとあいぼんはまだ小学生。
実質トメコの肩にこれらの負担が圧し掛かってきたと言って過言でなかった。
「学校辞めて働くよ」
「そんな…」
「今のアパートも出て、もっと安い所探さないと…」
僕は止めたかった。だけどそんな力は何もないことに気付き、愕然となる。
何もできず帰路につく。何もできない自分が悔しくて悔しくて歯がゆかった。
休日明けの教室にトメコの姿はない。そして噂はクラス中に駆け巡っていた。
「トメッち、可哀想」
「うちらに何かできることないかしら?」
矢口さんや圭織が僕に尋ねてきた。
答えられなかった。今のトメコに僕等ができること?
ホームルームで中澤先生がトメコの家庭事情を語り、クラス中から同情の声があがる。
様々な意見が飛び交い、クラス全員がお金を出し合って援助しようという結論になった。
(僕にできること…お金…しかないのか)
クラスメイト達の気持ちが嬉しかった反面、なぜか寂しかった。
放課後の部活もなんだか身が入らない。
夏の大会、僕達三年生にとっては最後の舞台が近いというのに。
居残り練習するチームメイトを尻目に、僕は早々と切り上げた。
生徒玄関で靴を履き替え踏み出したとき、後ろから声を掛けられた。
「よお」
「…藤本さん」
藤本さん、僕を待っていたのだろうか?
横に来ると並んで歩き始めた。相変わらず溜息の出る美しさだ。
「一緒に帰ろう」
「う、うん。でも家の方向が違うんじゃ?」
「細かいこと気にするな。それとね、いい加減さん付けはやめて。余所余所しいから」
「じゃあなんて呼べばいいの?」
「美貴って、呼び捨てでいい」
「わ、わかった。…美貴」
言って僕は何だか恥ずかしくなってきた。
美貴も少し照れている。自分で言わせたくせに。
僕は横目で美貴を見た。制服の裾から見える白い肌が眩しい。
その肌が修学旅行での記憶を蘇らせ、僕は胸がドキドキしてきた。
見とれていると、美貴が僕の視線に気付きキッと睨んできた。
「何見てんだ、お前」
「み、見てないよ!ていうか僕のことも名前で呼んでよ」
「うるさい!お前なんかお前で十分だ!」
叩かれそうになって、僕は逃げるように少し駆け出した。
住宅街は大きな下り坂となっていて、下から吹き突ける風が心地よい。
僕が振り返って見ると、美貴はじっと立ち尽くしていた。
「どうしたの藤本さ…あー、…美貴?」
うっかり癖で呼び間違えた名前を言い直す。
だけど美貴はそんなことお構いなしでうつむいていた。
白いセダンが一台僕達の横を通り過ぎる。
もう一度呼ぼうと口を開きかけると、美貴はあのきつい目つきでまた僕を睨んだ。
「嘘つき」
「え?嘘?僕嘘なんてついてない…」
「言った。とっても大きな嘘」
「いつ?なんて?」
「藤本さんなら100%大丈夫だよって」
「…!!」
(私が好きなのは…お前だ)
あのときの光景が蘇った。下着姿で詰め寄る美貴。うろたえる僕。
「正直、あれはきついな」
「え?」
「好きな人が他の子の為に命がけで飛び込む」
そのとき、あの気の強い美貴の眼から涙が滴り落ちた。
僕の動揺はそれでピークに達する。何も言い返すことができない。
そして美貴の言葉の意味が段々とわかってきた。
激流に落ちたトメコを追って飛び込んだ、あのことを言っているのだ。
「あれは、ふられるよりきついよ」
「いやそれは…」
「お前がどれだけトメコを好きなのか分かった。私に勝ち目が少しも無いことも」
「…美貴」
「トメコはお前が守ってやれ。お前にしかできない」
胸を弾丸で打ち抜かれる想いだった。胸にうずまく迷いの答え。
(僕にできること…僕にしかできないこと)
美貴はクルッと回れ右して来た道を去っていく。
坂の向こうに見えなくなるまで、僕は彼女の背中を見つめ続けた。
これを僕に伝える為に、彼女はどれだけの勇気を使ったのか。
(ありがとう)
美貴の後ろ姿に僕は誓う。どんな困難からもトメコを守り抜くことを。
一徹が入院した後すぐ、トメコは住んでいたアパートを出た。
本当に少ない手荷物を抱え、月一万円という激安のアパートに移った。
泣きたくなるくらい不憫な住まいであった。
三畳一間、トイレは共用、風呂はない。
壁中シミだらけで、所々ヒビが入っており、すぐに虫が湧く。
窓のすぐそばを線路が走っており、一日中電車の騒音が鳴り響く。
例のちゃぶ台と赤いランドセルが二つ、部屋の隅に置いてある。
ちゃぶ台の上には、母親の位牌と家族5人で撮ったという昔の写真が飾ってあった。
トメコとのんとあいぼんはこの部屋で、一枚の毛布にくるまって眠る。
「背が低くてよかったのれす」
狭い部屋でも足を伸ばせるからと、のんは健気な台詞を吐いた。
のんもあいぼんも、こんな過酷な環境でも不平不満を言って姉を困らせはしない。
本当に強い子達だと思った。いや強い振りをしているだけかもしれない。
(僕が守るんだ!彼女達を僕のこの手で守るんだ!)
日曜日、僕はトメコのアパートを訪ねたが誰もいなかった。
それで一徹の入院する病院を訪ねることにした。
病室では一徹に寄り添う様に、のんとあいぼんがうたた寝していた。
あの部屋では満足に眠れないのだろう。
起こすのは気がひけるので、僕は彼女達が目を覚ますまで待つことにした。
病院の廊下に出ると、見覚えのある顔の看護婦さんに声を掛けられた。
一徹の病室へ案内してくれたあの看護婦さんだ。アクの強い顔で記憶に残っていた。
「あなたは石川さんのお友達?」
「は、はい。そうですけど…なにか?」
「こないだも一緒にいたし、よくお見舞いにも来るわね」
「…ええ、まあ」
「親友?もしくはそれ以上の関係って奴?」
「どうしてそんなこと聞くんですか?」
「石川さん、他に身内がいないみたいだから、あなたに相談があるの」
談話室に入る。彼女は保田圭と名乗った。
仕草も格好もおばちゃん臭いから、多分結構年上の人だろう。
一徹の担当看護婦をしているそうだ。保田さんは真剣な顔つきのまま、再び口を開いた。
「梨華ちゃん、がんばってるみたい」
そう切り出された。担当だけあって家庭の事情にも詳しい様だ。
学校を辞めて働くとトメコは言っていた。
実際に何をするのかは知らず、本当に働いていることを知り僕は少し驚いた。
だけど中学生がまともな職につけるとは思えない。まさか…。
僕の心配そうな顔を見た保田さんが、少し表情を崩し答えてくれた。
「大丈夫、お水や風俗なんてしてないわよ。あの子もそれだけは嫌って言ってたし」
「何をしているか知ってます」
「新聞配達とか内職とか、本当にアルバイトの手前みたいなことばかり掛け持ちで」
「そうですか…」
少しほっとした。
だけど保田さんの表情は険しいままであった。
「今はなんとかなってるみたい。一徹さん人望はあったのね」
そういえば病室にはたくさんの見舞い品があった。
仕事仲間が余ったおかずを持ってきてくれることもあると、あいぼんが以前言っていた。
クラスで集めた援助金もあるはずだ。そういうので何とかやっているのだろう。
「だけどね、それでいつまでもやってけると思ったら大間違いよ」
「え?」
「梨華ちゃんの稼ぎなんかたかが知れてる。他人の親切だって結局最初だけ」
「それに病院もボランティアじゃないの。入院費がどれくらいになるか分かる?」
「い、いえ」
「このままじゃあの子達、間違いなく破滅するわ。そうなるとどうなるか?」
「どうなるんですか?」
「借金に走る。中学生じゃまともな会社は無理だろうから、それもかなり悪徳な。
もちろん返せるはずがない。そしてお決まりね、次は犯罪よ。」
「そんなことする訳ない!」
「梨華ちゃんがしなくても、妹達が苦しむ姉を助ける為にするかもしれない。
そして彼女は間違いなく妹達を庇い立てするでしょうね。例え自分が罪を被ってでも」
保田さんの口から湧き出る最悪のシナリオが、僕の視界を真っ暗に落とす。
僕が守ると口先だけで言った所、一体何ができるというのだろうか?
(トメコを守る、だけどどうすれば…?)
「だから、あなたに相談があるの」
「相談?」
「もちろん私達もこのまま見過ごすつもりはないわ。なんとかしたいと思ってる」
さっきまで悪魔の様に映っていた保田さんの顔が、急に天使の様に映った。
だがそれも一瞬のことだった。その内容があまりに残酷すぎたんだ。
「自己破産の申告をさせるの。そうすれば借金は全てなくなる」
「破産…?」
「それからね。妹たちを孤児院に預ける」
「のんと?あいぼんを?」
「そうよ。そうすれば二人分の生活費は必要なくなるわ」
「彼女達姉妹をバラバラにしろと言うのですか」
「ええ、私から言っても分かってくれないから。だからあなたの口から…」
なんてことだ。彼女達を守る為に僕の手で彼女達姉妹をバラバラにしろと。
それしか方法がない…と。
保田さんは僕の肩を軽く叩き仕事へ戻っていった。
一人残された僕は頭を抱え、どうしようもない苦悩に陥った。
「あっ、にぃちゃんれす!にぃちゃん」
「お弁当分けてもらってん。うち帰って一緒に食お」
病室に戻ると、お日様みたいな笑顔でのんとあいぼんがじゃれついてきた。
彼女達が無邪気に笑えば笑うほど、僕の胸は締め付けられていく。
僕は右手でのん、左手であいぼんと手を繋ぎ、三畳一間の部屋へと向かった。
線路沿いの道を唄いながら帰る二人。まるで本当に妹ができたみたいだ。
(だけど言わなくちゃいけない。僕が…)
アパートには電灯が点っていた。トメコも帰ってきたみたいだ。
「ただいまぁ!」
「あ、お、おかえりなさい」
トメコは狭い部屋で内職をしていた。紙袋の取っ手を糊付けしている。
僕の顔を見ると恥ずかしそうに、それらを奥へ片付け出した。
気のせいか、少しだけやつれてきた様に見える。
あいぼんが貰った弁当をビニール袋から取り出して、ちゃぶ台に乗せた。
「ごはんにしよう!」
三畳しかないから、ちゃぶ台を囲んで座ってもすぐ足が当たる。
のんとあいぼんがすぐ足をバタバタさせるから、トメコは叱っていた。
いたずらっ子の二人だけど、お姉ちゃんの言うことはちゃんと聞くからおもしろい。
きっと二人ともお姉ちゃんが大好きなんだろう。
そんな風に三人を見ていると、あいぼんがじっと僕を見つめて言った。
「なんかこうしてると家族みたいやなぁ」
「れすね。にぃちゃんが本当の家族らったらいいのに」
「コラ、二人とも。変なこと言わないの、困ってるでしょ」
「ううんいいよ。僕も家族になりたいなー」
「ほんま!毎日一緒におれるん?」
「ワーイワーイ、もっとバレー教えてもらえるのれす」
「もぅ。君まで言うから二人が調子に乗っちゃったよ」
「だって本当だもん」
頬を膨らませながらも、トメコはどこか嬉しそうだった。
のんもあいぼんもはしゃいでいる。どんなに貧しくても明るく元気に。
(言えない、とても言い出せないよ、あんなこと…)
トメコ達を守る為に、この家族を引き裂くか?選択の刻は迫っていた。
第六話「石川家の悲劇」終わり
第七話「最後の夏休み」~Last summer vacation~
「里沙ちゃん、麻琴ちゃん、あさ美ちゃん、プール行こうよ!」
「うん、愛ちゃん。でもせっかく夏休みになったんだし海行きたいなぁ」
「もぅ里沙、わがまま言わないの。ねぇあさ美はどっちがいい?」
「えーと、かき氷?」
小学生の女の子4人組が僕の傍を通り過ぎてゆく。
照りつける日差しが眩しい。今年も夏がやってきた。
僕は夏が好きだったが、こんなに気分が優れない年は初めてだ。
一徹が入院してもう1ヶ月が経つ。
トメコはほとんど学校に来ない。休学扱いになっているらしい。
僕はまだトメコ姉妹に例の話を言えずにいた。
「ねぇねぇ明日みんなで海水浴行くんだけどどう?矢口や藤本も来るよ」
家を出ると、近所で幼馴染の圭織に呼びかけられた。
修学旅行の一件以来、あのグループで仲良くなったらしい。
犬猿の仲と呼ばれた矢口さんと美貴も、今では親友の様にじゃれあっている。
ただ、そのグループにはトメコの姿はなかった。
「うーん、僕はいいよ」
「そう…またトメちゃんの所に行くの」
頷くと、圭織は心配そうに眉をひそめる。
この誘いもきっと彼女なりに気を使ってくれたのだろう。
無理もない。最近の僕はとり憑かれた様にトメコと付き合っている。
「気持ちはわかるけどさ、あんまり無理は…」
「わかんないよ圭織には!」
「あ、ちょっと待っ…」
僕は圭織の忠告も無下に走り出した。
同年代の他の子達は、夏休みだとはしゃぎまわっている。
なのにトメコだけが炎天下の中、一日中働き続けている。
(どうして?どうして彼女だけがこんなに苦しまなければいけないんだ?)
(僕にもっと力があれば…。でも僕には何もしてやれない)
(だからせめて少しでも長く傍にいるんだ)
保田さんから知らせがあると言われていたので、僕は病院に向かった。
担当の看護婦とはいえ赤の他人なのに、保田さんは本当に良くしてくれている。
「孤児院じゃなくてね、養子の引き取り手が2軒見つかったの」
この日、彼女はいくつかの書類を手にしていた。
激務の中、トメコ姉妹の為にわざわざ捜してくれたのだろう。
顔は怖いけど本当にいいおばちゃんだ。僕は向かいの椅子に座り、書類に目を通した。
『東京都 辻家』『奈良県 加護家』
いずれも僕らの町とは異なる都道府県の家だった。
「こちらのご両親はお子さんに恵まれなくてね。でも本当に優しい人達よ」
「そうですか…」
「何不自由ない生活が送れるわ。二人ともきっと幸せになれると思う」
保田さんが言うのならば間違いないだろう。
だけど僕は明確に賛成することはできなかった。
本当の家族がバラバラになって、幸せになるなんて思えなかったんだ。
病院を出て、トメコのアパートに向かう。
冷房も何もない蒸し暑い部屋の中では、あいぼんが一人で内職していた。
おもちみたいなあいぼんのほっぺも、今では薄っすら皮だけに見える。
僕が家から持ってきたお菓子を手に扉を開けると、あいぼんは弱々しく微笑んだ。
するとあいぼんのお腹がグゥ〜っと鳴った。
彼女は恥ずかしそうにお腹を押さえて、ぺロッと舌を出した。
その仕草が堪らなく愛くるしかった。
「あいぼん一人?のんは?」
「バレークラブの練習。のんは世界一の選手になるんやから」
「そっか」
「うちは何の才能もあらへんから、代わりにこうしてお仕事やねん」
「そんなこと言うな。少なくとも僕はあいぼんのいい所いっぱい知ってる」
「えへっ、ありがと。お世辞でも嬉しい…」
渡したお菓子を三分の一だけ食べ、あいぼんはまた内職を始めだした。
どんなにお腹がすいていても、彼女は他の二人の分を必ず残しておく。
本当に優しくて可愛らしい良い子だ。
同じ年頃の子は海だプールだと遊びまわっている、それが普通だ。
なのにあいぼんはサウナみたいな三畳の部屋で、黙々と割り箸を袋詰めしている。
遊ぶ時間も、満足な食事も、居心地の良い部屋も、何も無い。
(何不自由ない生活が送れるわ。二人ともきっと幸せになれると思う)
保田さんの台詞が頭をよぎる。
僕は間違っているんじゃないかという気持ちが沸き起こってきた。
彼女達を想って黙っていて、実はそれが苦しめているだけなのではと。
「ねぇ、あいぼん」
「ん、なぁに?」
心を決めた。僕はバックから保田さんに貰った書類を取り出した。
あいぼんは虚ろな瞳で僕を見つめている。
保田さんの受け売りをそのまま、僕はできるだけわかりやすく話し始めた。
その間、大きな黒目で瞬きもせず、あいぼんは僕をじっと見つめていた。
(ううんいいよ。僕も家族になりたいなー)
(ほんま!毎日一緒におれるん?)
いつかの会話が僕の頭に鳴り響いた。
(嘘つき…誰かにも言われたな…僕は最低の嘘つきだ)
説明を終えてもまだ、あいぼんはその大きな黒目で僕を見つめ続けていた。
内職の手も止まり、唇を噛み締めている。本当に辛そうな…辛そうな表情。
堪った息を吐き出し、あいぼんはようやく口を開いてくれた。
「にぃちゃん、お願いやからその話、姉ちゃんとのんにはせんといて」
「でも…」
「わかってる、わかってるもん。うちらが姉ちゃんの負担になってるって」
「いや、そんなつもりじゃ…」
「でもどんなに辛くても苦しくても、離れ離れはやだよぅ。みんな一緒にいたぃ…」
あいぼんが泣きながら僕にそう訴えかける。
後悔した。こんな話を彼女にしてしまったことを。
僕は彼女が泣き止むまで、ただ黙って傍にいた。
(当たり前だよな。あいぼんはまだ小学生、家族とバラバラなんて辛すぎるよ)
あいぼんの咽び泣く声が、まるで僕を責めている様に聞こえて苦しかった。
(でもどうすれば…どうすればいいんだよ。このままじゃ…)
ヒビだらけの三畳一間、こんな暮らしがいつまでもつものか。僕も泣きたくなってきた。頭をかかえその場にうずくまる。しばらくすると騒がしい足音が聞こえてきた。
「ねいちゃんが!ねいちゃんが倒れたのれす!」
汗と涙と鼻水でグシャグシャの顔、のんだった。
トメコのアパートには電話がないので、病院からのんの学校に電話があったそうだ。
クラブ中ののんが練習を切り上げ、大急ぎでアパートまで駆けつけてきた。
そのときの僕の動揺は言葉にできるものではなかった。
未だ意識の戻らず眠り続ける一徹の姿が、トメコにだぶったんだ。
「トメコが!何処に!?」
「病院れす!」
僕は無我夢中で走り出した。のんとあいぼんも後に続いて走り出した。
(トメコが…トメコが…倒れた)
(そんな、まさか…トメコまで。お願いだ、お願いだから無事でいてくれ!)
笑ったトメコ、怒ったトメコ、悲しむトメコ、はにかむトメコ、色んなトメコが浮かぶ。
(神様、お願いだからトメコを…トメコを助けて)
喉から心臓が飛び出そうなくらいの勢いで僕は走った。
病院に着くと、僕は辺りを見渡しトメコの行方を捜した。
そうしていると受付のお姉さんが居場所を教えてくれた。お礼を言ってまた急ぐ。
泣きながらのんとあいぼんも後に続く。僕は叫んでいた。
「トメコォ!!」
「フフッ、どうしたのみんな。そんなに慌てて」
憎たらしいくらいあっけらかんとトメコは答えた。
僕達が駆けつけたとき、トメコは長イスに腰掛け点滴を受けている所だった。
のんとあいぼんは顔を涙で濡らしたまま、トメコの腰にしがみついた。
「だって…ハァ…ハァ…倒れたって…ハァ…ハァ」
「もう大げさね。お仕事中にちょっと貧血になっただけよ」
僕はその場に座り込んだ。安心と不安が半々に入り混じっている。
(良かった、とにかくトメコが無事そうで良かった。だけど…)
すると看護婦の保田さんが現れた。いつもより顔つきが険しい。
「大げさじゃないわ。今回はたまたま貧血で済んだだけ」
「え?」
「このままの生活を続けていたら、次は貧血じゃ済まないわよ」
脅しではない。保田さんの声色が本当に危険を予告していた。
それを聞いたトメコの表情が固まる。のんとあいぼんの顔色も青ざめていた。
のんが僕の方を見た。目が合うと彼女は泣きながら僕にしがみ付いてきた。
「にぃちゃん!たすけてくらはい!ねいちゃんをたすけれくらはい!」
「…のん」
「もうやらぁ!ママが死んで、一徹が倒れて、ねいちゃんまでいなくなったら…」
「やめなさい希美!君も気にしなくていいから」
「のんは何でもします。何でも我慢しますから、ねいちゃんを助けてくらはい!」
のんの叫びが胸を打つ。止める姉に逆らってでも彼女は訴え続けた。
僕はふとあいぼいんを見た。彼女は小さく頷いた。
(無理だ…もうこれ以上は)
「保田さん、例の話を…お願いします」
僕は保田さんに頭を下げた。彼女もそれを理解し養子の書類を取り出してきた。
あいぼんは俯いて黙っていた。のんは僕にしがみ付いたまま黙っていた。
トメコだけが、その話をまるで童話を聞くように可笑しそうにして聞いていた。
「え?何を言っているんですかぁ。もう君まで、冗談はやめてよね」
「トメコ。真面目に聞いてくれ。これは冗談でも何でもないんだ」
「だってそうじゃない。希美と亜依が違う家の子になるなんて、そんなの馬鹿げてる」
「石川さん。このまま子供三人で生きていく方が馬鹿げているのよ」
「やだ!嫌だよ!そうでしょ。亜依!希美!」
トメコは同意を求めたが、あいぼんも、のんも、何も答えない。
(わかってる、わかってるもん。うちらが姉ちゃんの負担になってるって)
(のんは何でもします。何でも我慢しますから、ねいちゃんを助けてくらはい!)
僕は知っている。二人だって嫌に決まっているんだ。
だけどこのままだとトメコが死んじゃうからって、必死で堪えているんだ。
「どうして?もう嫌になったの、私の妹でいること…」
トメコのその台詞に、あいぼんとのんがバッと顔を上げる。
(嫌じゃない!そんなはずない!一生姉ちゃんの妹でいたい!)
どんなに、どんなに二人はそう叫びたかったであろうか。
口元を震わせ、目を潤ませ、それでも二人は黙り続けた。
「私がんばるから!もっともっと働いて、もっと広い部屋に住むから!
希美と亜依にもっとおいしいモノ食べさせて、素敵な服買うから!」
「…トメコ」
「だから行かないで!お願いだから、私を置いていかないで!」
「いい加減にしなさい!まだ分からないの?あなたが二人を苦しめているのよ!
「そんなの…」
「もしあなたまで倒れたら、残された二人はどうなるか考えたことある?」
「…っ!!」
訴え続けるトメコを保田さんが叱り付けた。
理屈では分かっているが感情までコントロールできない。トメコは声を上げて泣き出した。
これじゃ話もできそうにない。僕らは彼女を残し部屋を出ることにした。
「にいぃちゃんはねいちゃんに付いていてあげて」
「うちらがいなくなった後、姉ちゃんのこと頼むで」
のんとあいぼんが僕にそう言う。僕はわかったと答える。
「最後の夏休み…れすね」
「姉ちゃんの妹で、おとんの子供で、石川家で最後の。…せやな」
「そうだ!みんなで海へ行こうよ!最後の想い出作りに!」
「うん!!行きたい!」
「う〜み〜♪」
少しでも皆を元気づけ様と僕がそう提案すると、彼女達はようやく笑みを見せた。
二人は無邪気を装い無理してはしゃぎまわっている。その姿が無性に痛々しい。
僕はトメコの残る部屋に戻った。彼女は泣き止んで、じっと正面の虚空を見定めていた。
地黒の肌がさらにあさ黒く、華奢な手足がさらに細くなった様に見える。
じっとしたまま一言もしゃべらず、何の感情も持たぬ人形みたいに。
部屋に入るとトメコは一瞬ビクッと怯え、僕と分かるとまたさっきの顔に戻った。
僕はただ「ごめん」とひとこと言った。他に言葉が思い浮かばなかった。
トメコは僕を見た。憂いと怒りと絶望に満ちた双眸が僕を見た。
「どうして君が謝るの?」
「…ごめん」
「謝らないで!そんな眼で私を見ないで!」
「トメコ?」
「他の誰に同情されてもいい!可哀想って思われてもいい!でも、でも君だけは…」
「君だけはそんな眼で私を見ないで!お願い…」
大粒の涙がトメコの頬を止めどなく流れる。彼女は僕の両手を掴み訴えた。
こんなに感情を剥き出しにしたトメコを見るのは初めてだった。
「何も…何もなくなっちゃって。お父さんも希美も亜依もいなくなっちゃって…」
「トメコ」
「もう君だけが…君といる時間だけが、私が普通の女の子として生きれる証なの」
背筋がゾクッときた。僕は精一杯の力でトメコを抱き寄せた。
魂を吐き出す様に言葉を紡ぐトメコ。そこには本心以外の何者も存在しない。
平凡な生活を失い、自由な時間を失い、愛する家族までもを失った。
感情を捨てて働き、羞恥に耐えて生き抜く生活の中で…
トメコがどれだけ僕を必要としてくれているか。
感情が烈火の如く高ぶる。僕はさらに強くトメコを抱きしめた。
(守りたい!守りたい!彼女を悲しませる全てのことからトメコを守りたい!)
「僕もだ」
「うん」
「僕もトメコのことしか考えられない」
「…うん」
「好きだよ」
こんな恋は間違っているかもしれない。
だけど他の何を捨ててでも、トメコのことを守り抜きたいと思った。
その日の夜、家に帰った僕は圭織に電話を掛けた。
「もしもし、圭織?その…さっきはごめん!」
「フフフ…大丈夫、気にしてないわよ。銀霊堂のミルフィーユで許してあげるから」
「ウッ、きついなぁ。それでさぁ、明日の海水浴なんだけど…」
「やっぱり行く気になった?」
「うん。僕と…トメコもいいかな?」
「もちろん。みんなトメちゃんに会いたがってたよ。これで修学旅行のグループ揃うね」
「それとさ。トメコの双子の妹達も連れてってあげたいんだけど」
「あー知ってる。お見舞いのとき会ったよ。すっごい可愛い子達でしょ。呼んで呼んで」
圭織の優しさに僕は少し元気付けられた。本当にいい幼馴染を持った。
これでトメコとのんとあいぼんと、最後の夏の想い出を作ることができる。
翌朝、僕達は矢口さんの家に集まった。
金持ちの彼女の家の大きな車で、運転手さんに海まで乗せてってもらえるんだ。
元気いっぱいで駆けて来たのんとあいぼん。
その愛らしさに早速圭織や安倍さんは魅了されたみたいだ。すぐ打ち解けていた。
だけどトメコだけ何故か浮かない顔している。僕は声を掛けた。
「どうしたの?せっかくなんだし今日くらい楽しもうよ」
「違うの。あのね…恥ずかしいんだけど、うち今…水着が一枚もないの」
「なあんだそんなこと!ダイジョビ!おいらにお任せ!」
「えっ!矢口さん?」
「おいら使ってない水着、いっぱいあるから使っていいよ」
聞き耳立てていた矢口さんがピョンと家に駆け込み、たくさん水着をもって戻ってきた。
可愛い水着がいっぱいで、のんとあいぼんが嬉しい悲鳴をあげる。
「子供用でちょうどいい大きさなのれす」
「うちは胸がきついかもしれへん」
「なんだとコラァ!ガキどもー!」
「ニャハハハハ!ごめんなさ〜い!」
さすがのんとあいぼん。あの矢口さんをからかっている。
矢口さんの方がちっちゃいから、なんだか見てておもしろい。
でもよく見るとビキニとかセクシーな水着ばかりだ。自称セクシー隊長なだけある。
トメコは恥ずかしそうにお礼を言いながら、一番露出度の低い水着を選んでいた。
三人とも昨日の悲しみを忘れたみたいに笑顔を見せていて、僕は少し安心した。
(そうだよな…今日くらいは嫌なこと全部忘れて楽しもう!)
そうこうしている内に遅れていた美貴も到着し、いざ出発となった。
修学旅行遭難チーム6人にのんとあいぼんを加えた総勢8人での海水浴。
大きな入道雲、青い海と白い砂浜が否応なしに胸をワクワクさせる。
「あーあ!海つっても女子ばっかだしなぁ…」
とセクシーな水着姿でぼやく矢口さん。
「何言ってんの真里。ここに男前がいんじゃん」
そう僕の肩を叩いたのは美貴だった。赤いビキニが眩しい。
でも矢口さんは「えーっ」と口元を歪め、不満そうに僕を眺め回す。
それで美貴は可笑しそうに笑った。なんか馬鹿にされているみたいでムカつく。
だからお返しに、海の水しぶきを浜辺に居る彼女達に思いっきりぶっかけてやった。
髪まで濡れた矢口さんと美貴の表情がみるみる豹変してゆく。
二人が海辺まで追っかけてきたので、僕は踵を返して逃げる。
「コラー待てぇ!!」
「まてぇ!まてまてぃ!ニャハハハハ…」
何故かのんとあいぼんまで一緒になって僕を追っかけてきた。おいおい…
圭織は浜辺で笑って見てる。笑ってないで助けてくれ。
「キャ」「うわっ」
余所見しながら走っていた僕は前方に居る子に気付かず、ぶつかって転んでしまった。
おとなしめなワンピースに身を包み、髪を束ねた安倍さんの顔が僕の目の前にあった。
気がつくと僕の手が彼女の胸元に触れていた。
「ご、ごめん!」
慌てて手を離す。クラスのアイドルがほっぺを真っ赤にして眼をそらした。
こういうことに慣れてないのか、照れる仕草がめちゃくちゃかわいい。
ハッと我に返り、僕を追っかけていた四人の冷たい視線に気付く。
「おいら見ちゃったー。トメッちにほうこ〜く」
「姉ちゃんに告げ口やな」
「フーンそうなんだー。今度はなっつぁん?」
「ねいちゃん!ねいちゃん!たいへんれすよ〜!」
「ウワー!ちが〜う!やめてくれー!」
僕は全力でなんとかタチの悪い4人組を引き止めた。そして安倍さんに謝る。
幸いトメコはまだ更衣室で着替えている所だった。
なかなか出てこないので、僕は様子を見るためにトメコの所に向かった。
「トメコー!まだ着替え終わってないの?どうかした?」
「あ、ダメ、来ないで、恥ずかしい!」
確かそんな派手な水着じゃなかったはずだけど。どうしたのだろう?
何度も呼んでやっとトメコは出てきた。その姿に僕は思わず息を呑んだ。
普通の水着だけど矢口さんサイズで、薄く伸びきってまるでハイレグみたいになってる。
トメコの美しいスタイルがくっきりと映し出され、ほとんど眼のやり場がない。
「すげえセクシー」
「ほらー!恥ずかしいよぉ、もぅ!」
「大丈夫かわいいって。おいで、泳ごう」
泣きそうなトメコを、僕は無理矢理海へ引っ張り出した。
トメコの水着姿を見てやっぱり矢口さん達が騒ぐ。
「トメっちエロ〜い!」
「ちがうよ〜!」
最高に楽しかった。
海でいっぱい泳いで。浜辺で砂のお城を作って。海の家で焼きそばを食べて。
みんないっぱい笑っていた。
昨日までずっと憂い顔だったのんとあいぼんも笑っていた。
圭織も、矢口さんも、安倍さんも、美貴も笑っていた。
僕とトメコも笑っていた。
束の間のだけど、悲しい現実を忘れ、心から笑うことができた。
これがいつまでも続けばいいなって思った。
素敵な仲間達と、こんな風に遊んで笑っていられたらいいなって思った。
だけど現実はすぐにやってくる。
これがのんとあいぼんのいる、最後の夏休みなんだ。
そして僕とトメコにとっても…。
第七話「最後の夏休み」終わり
僕トメ裏話(その5)
(嫌じゃない!そんなはずない!一生姉ちゃんの妹でいたい!)
本当はそう言いたくて仕方ないのに、姉を想いじっと黙って耐え忍ぶ二人。
ここが前述した一番好きなシーンです。
恥ずかしながら、書いてる自分が涙ぐんでいました。
かなり感情移入して下さる読者の方もいましたが、この辺は作者自身もそうでした。
トメコ姉妹を焼肉食いに連れて行ってやりてえ!とか。
泣きながらキーボード叩く姿は人に見せられんな。
5期はトメコ姉妹と普通の小中学生の比較を描く為に登場させました。
紺野はやっぱりボケキャラなんですけど。
この4人ここ一回きりの出演予定のはずが、やっぱり出しゃばってくるんですよ。
終いにはラストのあんな重要な所にまで。
6、7話間での三姉妹を描いたサイドストーリー「一杯のかけそば」も
本編終了後に載せます。うぅ考えただけでまた泣きそうだ。
第八話「奇跡のオーディション」~Miracle audition~
夏の終わり、のんとあいぼんが遠い町へ行ってしまう。
最後にトメコは二人をギュッと抱きしめた。
のんも、あいぼんも、トメコも、ずっとずっと泣き続けた。
迎えに来てくれた辻さんと加護さんのご両親はそれをずっと待っていてくれた。
優しそうな人たちでよかった。
この人達ならきっと、のんとあいぼんを大事に大事に育ててくれるだろう。
トメコは二人の顔を交互に見渡し、別れの言葉を述べた。
「元気でね。わがまま言って向こうの家族を困らせちゃダメよ」
「うん…」
「へい…」
「何かあったら電話でも手紙でもいい、いつでも頼ってきて。
たとえ住む場所が違っても、苗字が変わっても、あんた達は私の妹なんだから」
「姉ちゃん!」
「ねいちゃん!」
車に乗り込んでも、二人はずっと泣き続けていた。
僕は彼女達を乗せた車が見えなくなるまで、手を振り続けた。
(にいぃちゃんはねいちゃんに付いていてあげて)
(うちらがいなくなった後、姉ちゃんのこと頼むで)
のんとあいぼんと交わしたこの約束、これだけは絶対に守り通す。
泣き続けるトメコを抱きしめ僕はそう誓った。
(バイバイのん、バイバイあいぼん)
トメコから妹達を引き離したことが失敗だったと気付いたのは、それから一週間後。
二人分の生活費や教育費が減った分、トメコの負担は減り、働く量も減った。
学校へ来る時間も少しずつ増えてきた。
だけど、トメコはあれから笑わなくなった。
いや笑顔を見せるときもある。でもそれは心からの笑顔じゃない。
周りに合わせて無理に作る、偽りの笑顔。
「トメコ、大丈夫?」
「どうして?私は大丈夫だよ…」
心配になって僕が聞いても、あの偽りの笑みを浮かべてそう答えるんだ。
(ちっとも大丈夫なんかじゃない)
放課後、僕はトメコと一緒にトメコのアパートへ帰る。
あんなに狭かった三畳一間が、何だか広々と見える。
騒がしかったあの声たちが幻の様に、静寂とたまに電車の音だけ聞こえる部屋。
たった一人で、黙々と内職を続けるトメコ。
笑いもせず、怒りもせず、泣きもしない。ただ黙って生きるために手を動かすだけ。
(僕がトメコから奪ったのは妹達だけじゃなかった…)
後悔してももう遅い。他に道もない。どうすることもできないんだ。
僕はただ傍に居て彼女を守り続けるだけ。それすら正しいのか分からなくなっていた。
「駅裏に新しいケーキ屋さんができたんやってぇ。ねぇねぇ言ってみない?」
「本当?愛ちゃん。でも私ダイエット中だしなぁー」
「もー里沙、別に太ってないじゃん。愛、私は行くよ。あさ美は?」
「…犯人はあの看護婦ですね」
道行く子供達は楽しそうにおしゃべりしている。
「あの…こんなのもらったんだけど、なっち、どうすればいいかわかんないべさ」
「…ってラブレターじゃん!うわっしかも隣のクラスでサッカー部のキャプテンの…」
「圭織ぃ嘘でしょぉ!ショック!おいら密かに狙ってたのにぃ…」
「あーでもアイツ、寝相悪いし足臭いからやめといた方がいいよ」
「…おい。何でそんなこと知ってんだ美貴」
クラスの皆も普通の学生生活を、普通に楽しんでいる。
「さぁ今日のゲストは超スペシャル!後藤真希ちゃんと松浦亜弥ちゃんだぁー!」
「こんばんはー後藤真希です」
「あややですぅ〜。よろしくお願いしますぅ〜」
テレビの中では、キラキラとした衣装を纏ったアイドルが笑っている。
みんな、みんな楽しそうなのに…トメコだけが、こんなに辛い目に合って。
「さて、中高生のカリスマと呼ばれるスーパーアイドル後藤真希ちゃんと、
昨年大ブレイクして一気にトップアイドルに上り詰めた松浦亜弥ちゃん。
夢の競演という訳ですが、今日は何か重大なお知らせがあると?」
「そうなんですぅ〜。実はですねぇ〜」
「今までソロだったんですけど。今度私達ユニットを組むことになったんです」
「本当ですか!これは本当にビックニュースですね!」
「しかも三人組なんですよ」
「えっ?じゃああと一人は誰なんですか?」
「エヘヘへ〜。あややとぉ〜ごっちんとぉ〜あと一人はですねぇ〜」
「なんと!オーディションで一般募集するんです!」
ウトウトしながら聞いていたテレビの声に、僕はパッと顔を上げた。
司会者が驚き顔で何か叫んでいる。
『史上最大のオーディション大発表』という字幕がテレビの下方を流れる。
その後に流れる応募資格と応募方法。僕は急いでペンと紙を探しそれを書き写していった。
(アイドル…しかもヒット間違いなし…年収何千万)
(まさか…そんなの無理に決まってる…でも、だけど…)
(それだけお金があれば…一徹の手術代も…のんとあいぼんの養育費も…)
(トメコ…トメコなら…もしかして…)
夢みたいな話だってのは重々承知している。アイドルなんて夢みたいな世界だ。
だけどもう、トメコを救うにはこれしかない気がしたんだ。
(トメコをアイドルに!)
最初にまず写真同封の書類審査があるらしい。
僕はトメコに話さず、勝手にトメコの書類を作ることにした。
生年月日も、身長体重も、住所も、家族構成も、トメコの事で知らない事なんてない。
アルバムから一番かわいく写った(どれもかわいいが)写真を探しだす。
完成した書類を改めて見直し、あて先に投函した。
(だめで元々、落選なら黙ってればいい。だけどもし…もしこれが通ったら…)
翌日の学校は、その話で持ちきりだった。
ゴマキとあややのスーパーユニット。そして史上最大のオーディション。
クラスの男子達は勝手に浮かれ、女子達は私もなんて騒いでいる。
トメコはこの日、仕事で学校を休んでいた。僕は放課後アパートに立ち寄る。
僕はあえてその話題を出すことはしなかった。トメコの方からもしてこない。
多分、彼女は知らないのだろう。テレビもラジオも何もない部屋だし。
トメコは相変わらず偽りの笑顔で、元気がなくなってきているみたいだった。
(こんな暮らしがあとどれくらいもつだろう…?変えるから…変えてみせるから)
それから半月ほどしたある日、トメコの家に一通の封筒が届く。
中には二次審査の案内状が入っていた。
「ねぇ、これ何だろう?」
僕は焦った。トメコの住所で書いたんだからトメコの家に届くの当たり前だ。
でも彼女はいまいち良く分かってないみたいだった。そりゃそうか。
封筒の中身を見せてもらうと、二次審査では歌を唄ってもらうとあった。
(歌?トメコの歌?)
そういえば僕はトメコの歌声を聴いたことがない。
(肝心なこと忘れてたなぁ。でもアイドルなんだし、ある程度唄えれば別に…)
僕は適当に言い繕いトメコをカラオケに誘うことにした。そして考えの甘さを知る。
「とぅーきーにぃやぁーひとーぎゃ♪」
夢の階段がガラガラと崩れ落ちる。トメコはありえない程歌が下手だったのだ。
いや、きっとこの唄がトメコに合わないだけで、他の歌なら…。
「トュ、トュ、トュラニュラ、テューリャーヒャー♪」
どこをどうすればそんなになるか問い詰めたくなる程、脅威的音痴であった。
(そうだよな、世の中そんな都合いい話は無いよなぁ…)
僕は半ば諦めモードで、トメコに尋ねた。
「これは十八番だ…って歌ある?」
史上最大のオーディション、なんと応募総数が三万を越えたらしい。
そして二次審査に進むことができたのは、1%にも満たないたったの282人。
東京の特設スタジオにて、それがさらに絞り込まれることになる。
僕はまた嘘を付いてトメコを会場まで連れていった。
電車の中、ちょっとデート気分でトメコは嬉しそうにしていた。
これからやることも知らないで…。
「六甲おろしに〜颯爽と〜♪」
これが、トメコが唯一まともに唄える歌だった。
審査の人達の唖然とした顔が忘れられない。終わった。
「新庄、オマリー、パチョレック」
帰りの電車で嬉々として語るトメコ。一徹の影響で小さい頃から阪神ファンだったそうだ。
阪神サポーターガールオーディション、という無茶苦茶な嘘を付いてトメコを連れて来た。
それも何故か東京で…。しかしトメコは全く疑おうとせず気持ちよく歌って帰った。
アイドルオーディションで「六甲おろし」。間違いなく終わった。
ところが数日後、奇跡は起きる。
二次審査通過の知らせ、そして三次審査の案内状が届いたのだ。
(このプロデューサーは一体何を考えているのだろう…)
甚だ疑問に感じたが、このチャンスを逃す訳にはいかないと感じた。
僕はトメコを連れて第三次オーディション会場へと乗り込んだ。
三次審査は歌に加えてダンスも見るらしい。282人がすでに17人にまで絞り込まれている。
やはりここまで残るくらいだから、どの子も可愛くて、歌も上手だ。
(特に一番奥のあの子…凄い上手いなぁ…って、あれ?え!)
「美貴っ!」
「っ!!…お前、トメコも!何してんの?」
「そっちこそ…」
「嘘でしょ」
美貴だった。アイドルなんかとは一番縁遠そうな美貴がそこにいたのだ。
このオーディションに出てるなんて、学校では一言も言ってなかったくせに。
僕と同様に美貴も驚きを隠せない様だ。明らかに動揺している。
「まさか、お前達もここまで残ったのか?」
「僕はトメコの付き添い。トメコを合格させるんだ」
「そう…なんだ」
美貴は僕とトメコの顔を交互に見て少し考え込んだ。
やがていつものきつい眼差しに戻り、決意のこもった言葉を返す。
「合格するまで秘密にするつもりだったんだけど…仕方ないね。
夢だったんだ。小さい頃から…。だからこれだけは譲れない、負けないよ」
美貴が競争相手になるなんて、夢にも思わなかった。
審査が始まる。一人一人順番に名前が呼ばれ個室へと入ってゆく。
そして美貴の番が来た。僕は彼女の歌声を聞く為に個室のドアに近寄った。
また驚いた。上手かった。美貴がこんなに歌えるなんて知らなかった。
(そういえば彼女は修学旅行のとき後藤真希のCDを持っていたな)
(ずっとずっと練習していたのか?いつか本物のアイドルになる為に…)
後藤真希と比べても、松浦亜弥と比べても、まるで遜色ないアイドルに見えた。
(決意が違う…。騙し騙しでここまで来た僕とトメコとは…)
美貴だけではない、ここにいる他の娘全員がそれだけの覚悟で臨んでいるんだ。
敗北感が目の前を覆う。場違いな場所に来てしまった気がしてきた。
そんな僕の苦悩も知らず、トメコはのん気なコメントを吐く。
「藤本さんも…阪神ファンだったんだぁ…」
「トメコごめん、阪神じゃないんだ」
「えっ?」
これ以上、騙し続けることに限界を感じた僕は真実を述べることにした。
トメコの名で勝手にアイドルオーディションを応募したこと。これまでの行動の訳。
ところが、それを聞いたトメコの反抗は僕の予想を覆すものだった。
「なあんだ。どうりで何かおかしいと思ってたんだよねぇ」
「ごめん。トメコの気持ちも考えないで勝手に…」
「何で?君は私を思ってしてくれたんでしょ。嬉しいよ」
「…トメコ」
「それに凄いじゃない私。いつのまにか三次審査なんてさ」
「でもここからは…。他のみんなは僕達と違って凄い覚悟で望んでいるから」
「覚悟もないくせにここまで来た私達の方が凄くない?」
そのポジティブな考えに僕は驚いた。
これまで絶望に顔を落としていたトメコと同一人物とは思えないくらいの変化。
希望だ。アイドルになればまた元の家族と暮らせるという希望が、彼女を変えたんだ。
「次、石川梨華さん」
審査室からトメコの名前が呼ばれる。ついに順番が回ってきた。
内容は歌とダンスと、希望動機等を語る面接だ。
ここからはもう僕は何もできない。すべてトメコ次第である。
「ありのままの私を見せるよ」
微笑んで、トメコは審査室へと消えていった。
その華奢な背中を見ていると、何故か彼女が遠くの世界へ行ってしまう気がした。
(何を考えているんだ僕は…トメコがアイドルになることを望んでいるんだろ?)
審査を終え部屋から戻ってきたトメコは、いつものトメコだった。
「えへっ、踊りは自信あるの。でも歌はほんのちょっと失敗しちゃった」
少し照れながら、屈託のない笑みを浮かべるトメコ。
(ほら、変わらない。どこへも行かない。いつもと同じ、僕のトメコだ)
こうして17人全員の審査が終了。休憩を挟み最終審査へと進む娘が発表される。
「1人目、市井紗耶香」
にわかに注目が、ショートカットの女性に集まる。
やや年上、女子校生だろうか。明るくかわいくポップな印象を受ける。
三人組ユニットの中央に置かせたら大ヒットしそうな逸材だ。
「2人目、藤本美貴」
その名が呼ばれたとき、まるで自分のことの様にドキッとした。
やっぱりという声がアチラコチラで聞こえる。他の候補者も注目していたんだ。
確かなビジュアルに歌唱力、まちがいなく合格大本命の一人だろう。
美貴は嬉しさを堪える様に、唇を噛んでじっと押し黙っていた。
「3人目、高橋愛」
雷音の様な歓声が響く。振り返ると、高橋と付き添いの友達連中が大騒ぎしていた。
17人の中では最年少だが、最も正統派アイドルとしての資質を感じる。
まるでもう合格したみたいに友達3人とお祭り騒ぎだ。
(でもあの4人組、どっかで見かけたことあるような…気のせいか)
「4人目、福田明日香」
彼女は候補者の中でもダントツの存在感を放っていた。
自分の名が呼ばれても、まるで他人事みたいに表情を変えない。
その歌唱力を審査員達はこぞって絶賛していた。
(同い年なのに、まるでトメコと対極に位置するなぁ)
「5人目、石川梨華。以上」
(そうか五人目は石川梨華さんか…って、えっ?)
(たしかトメコの苗字は石川で、トメコの名前は梨華だった様な…)
ハッとした僕は隣に立ち尽くすトメコを見た。トメコも僕の方を見た。
何が起きたのか信じられない顔をしている。本当に最終審査に残った?
夢なんかじゃない。奇跡でもない。トメコがやった!やったんだ!
「やったー!!」
僕達は嬉しさのあまり抱き合って叫んだ。
のんとあいぼんと一徹を救うことが、現実味を帯びてきた。
(あと一つ!あと一つでアイドルなんだ!)
最終審査に進む5人の発表はテレビでも放送された。
翌日の学校は大変な騒ぎとなった。
なんといっても同じクラスから二人も候補者が出たのだから。
「藤本もトメちゃんも凄いやねー。ここまで来たら二人とも合格だ!」
「いや圭織、それは無理だべさ」
「ちぇー。あんた達程度でいけるんならおいらも受けときゃ良かった」
「矢口は身長制限で引っかかるんじゃない」
「あーそっかぁ!…って何だとぉ!圭織ぃ!!」
矢口さんや安倍さんや圭織はともかく、
今までトメコを避けていた人たちまで急に態度を豹変して、皆がチヤホヤしだした。
「俺は昔からトメコはのファンだったんだぜー」
「受かったら、ゴマキとあややのサインもらってきてくれぇ」
もう違う世界の人みたいな目で見られている。それは美貴に対しても同じだ。
本当のアイドルになってしまったら、一体どうなるのだろうか?
(…また気の早い心配をしている。次が一番大変だってのに)
あんな凄い四人を相手に…。付き添いもできない、完全にトメコ一人の戦いとなる。
最終審査は泊り込みの合宿オーディションである。
「他の子は全員できたぞ!どうしてお前だけ歌えないんだ!」
ブラウン管の中で、歌の先生がトメコをきつく叱り付ける。
美貴は課題曲を堂々と歌いきった。
市井さんは自分流にアレンジする余裕すら見せている。
高橋さんは最初つまずいたが、メキメキと上達している。
福田さんは歌唱力を絶賛されただけあって、歌の課題を一発でクリアした。
トメコだけがほとんど歌えないままだった。
廊下に居残り、泣きながら反復練習を続ける。
どうしてもこのキーが出ない。どうしてもここのリズムを取ることができない。
歌以外にもダンスや演技の課題がある。その合間合間を見て、とにかく歌の練習を続けた。
トメコは必死でがんばっていた。
僕はテレビの前で、泣きながら歌うトメコを応援することしかできなかった。
歯がゆくて歯がゆくて、仕方なかった。
トメコはたった一人でこんなに頑張っているのに、何もできないことが。
「頑張れ、トメコ」
最終審査は3泊4日の合宿オーディション。
その模様は生放送で毎晩スペシャル番組として放送される。
それだけでもこのオーディションがどれだけ注目されているかが分かる。
視聴率も日増しに伸び、ついに30%の大台に達したそうだ。
巷では合格者トトカルチョで賑わっている。
トメコだけ倍率が高く、他の4人はほぼ横一線らしい。
(みんなトメコの気持ちも知らず、勝手なことばっかり言って…)
三日目の夜、いよいよ明日が合宿最終日、課題発表の日である。
トメコはたった一人、歌の先生に呼び出され居残り練習を受けていた。
しかし依然としてトメコの歌は上達しないままだった。
喉も枯れ果てて声が出なくなり、歌の先生は仕方なく居残り練習を終えた
「石川くん。君は何で歌ってるんだ?」
「何でって…喉と口で」
「それじゃダメだ。大切な誰かの為に歌ってみろ」
「大切な…」
「気持ちが入ってりゃ下手でも上手く聞こえる。唄ってのはそんなもんだ」
「…」
「はい、これでレッスン終了。明日がんばれよ」
鬼の様だった歌の先生は、最後にいいこと言って去っていった。
それから他の4人の状況を順に映し、放送は終わった。
トメコがどう思ったのか、僕には知る術もない。
最終日のテレビ放送が始めるまで悶々とした時間を過ごす。
そのとき突然、家の電話が鳴った。
家族は皆出かけていたので僕が出ると、愛しいあの高い声が聞こえた。
「もしもし、君なの?あーよかった。家にいなかったらどうしようって…」
「トメコ!」
「合宿所の電話を借りてるの。あのね、これから発表なんだ」
「うん、ずっとテレビで見てたよ」
「本当に?なんか恥ずかしいな。あんまり見ないでよぉ」
「ヤダ見まくる」
「もぅ、いじわる」
「へへっ…それより歌の方、大丈夫なの?ずっと居残りで…」
「多分。ほら、昨日先生にアドバイスもらって」
「大切な誰かの為にってやつ?」
「きっと阪神の為に歌ってたから、六甲おろしは上手に歌えたんだと思う」
「そうかな〜?」
「だから発表のときも、大切な人の為に歌えば…あ、いけない。もう時間」
誰の為に歌うのか?聞きたかった。だけど無常にも時間は来た。
「じゃあ切るね」
「ああ、がんばれよ!」
「うん、声聞けて良かったよ」
ガチャン。ツーツーツー…
電話の音が、何故かいつまでも耳に残った。
オーディション最終日の放送が始まる。
なんとプロデューサーすんく氏までが、合宿所にやってきた。
最終候補者の5人が並ぶ。流石にみんな顔つきが緊張している。
まず課題演技の発表。
トメコは棒読みだったが、他の子も素人なのでそんなに差はなく見える。
次に課題ダンスの発表。
他の子より練習時間が少なかった割に、トメコは見事にこなしていた。
そして最後に問題の課題曲発表である。
市井さんが明るく元気に歌う。気に入ったのかすんく氏は指で丸を連発していた。。。。。
次に美貴が歌う。その姿はもうアイドル歌手そのものだった。
テレビで彼女の姿を見ていると、修学旅行や海水浴の想い出が蘇ってきた。
(こんな素敵な子に僕は…信じられないな)
(だけど僕はトメコを選んだ。トメコを守るって約束したんだ…)
(トメコは絶対に負けないからな、美貴)
高橋さんが歌う。動くたびに長いストレートの黒髪が揺れる。
ビジュアル、歌、ダンス…美貴と並んで完璧に近い位置までいる。
この合宿で一番成長したな、とすんく氏は褒めていた。
福田さんが歌う。すんく氏やスタッフから溜息がこぼれた。
圧倒的な歌唱力。しかし本人は大したことではないと言いた気に表情を変えない。
(こんな歌声の次に、トメコか…)
いよいよ最後はトメコの番である。
結局、昨日までのレッスンでは一度もまともに歌いきることはできなかった。
トメコがおずおずと前に出る。緊張がテレビ越しにでも伝わる。
(くそっ、トメコの苦しみを少しでも僕に分けることができたら…)
「えっ?」
流れてきた心地よいメロディ。どこか胸をくすぐる様な声の旋律。
決して上手と言い切れるものではない、だけど歌えている。しっかりと歌えている。
(大切な誰かの為に歌う気持ち…)
僕は感動していた。あんなに下手で、怒られて泣いてばかりいたトメコの歌に。
努力と、諦めない心、そして強い気持ち。それで人は確かに成長できるのだということ。
僕のいない場所で…たった一人で…トメコは成長したのだ。
こうしてオーディションは終了した。
合宿から帰ってきたトメコに、僕はいの一番で会いに行った。
たった4日会ってないだけなのに、トメコがまるで見違えて映った。
そして最終審査から一週間後、ついに運命の合格発表の時が来た。
スタジオに5人は再び集まる。そこには後藤真希、松浦亜弥の両名も姿を見せた。
「なんかこっちが緊張するなぁ〜」
「ドッキドキですぅ〜。でも楽しみぃ〜♪」
市井紗耶香。藤本美貴。高橋愛。福田明日香。そして石川梨華。
合格者はたったの一人だけ。
プロデューサーすんく氏がスタジオに登場。
彼の口から、その一人が発表される。日本中が注目するその名が…。
「合格者は…!!」
第八話「奇跡のオーディション」終わり
第九話「アイドルトメコ」~She is idol~
商店街にジングルベルが鳴り響く。
今年もまたこの季節がやってきた。
去年のクリスマスは色々あったけど、だけどとっても幸せだった。
僕は足を止めた。大型モニターにクリスマススペシャルライブの模様が中継されている。
去年僕の隣にいた子が、今はこのブラウン管の向こうで笑っている。
「後藤真希でーす!」
「松浦亜弥でぇ〜す!」
「い、石川梨華、で、です!」
この冬、ついに始動したスーパーユニット真梨亜(まりあ)
デビュー曲がいきなりのミリオン。現在もチャートの1位を独走している。
紅白を含めた年末の特番に数多くの出演が決まってる。
まさに分刻みの殺人的なスケジュールで3人は動き回っていた。
それに加えてトメコは、二人に追いつく為のボイトレやダンスレッスンもこなしている。
「合格者は…石川梨華!!」
合格発表されたあの日から、僕は一度もトメコに会っていない。
会えるはずもない。トメコは休日どころか睡眠さえままならない暮らしを送っているんだ。
「よっ、どした?元気ないじゃん」
「…別に」
家路へとトボトボ歩いていると、幼馴染でクラスメイトの圭織が声を掛けてきた。
元気がないのは事実だった。どうやら彼女に隠し事はできないらしい。
「ちょっと寂しいな…って」
「トメちゃん?何言ってんのさ。あんたが応募したんでしょ」
「それはそうなんだけど」
「落ちた人達に悪いよ。もっとも藤本は諦めてないみたいだけど…」
「え?」
「あの後事務所から連絡来たんだって。今回は落選したけどレッスン受けてみないかって」
「へーそうなんだ。よかった。美貴、小さい頃からの夢だって言ってたし」
「うん。まぁでも寂しいってのも仕方ないか」
圭織が後ろを振り返る。それに合わせて僕も振り返る。
坂の向こうに町が一望できる。僕とトメコが住んでいた町。
今やこの町からトメコの足跡は完全に消え去っていた。
合格と同時にトメコは仕事の為、東京のマンションへと移らされた。
一徹も東京のもっと大きな病院に移され、そこで手術を受けているらしい。
あの三畳一間も、その前のアパートも、今はからっぽである。
「ねぇ、笑って」
「え?」
「あんたがそんな顔してると、頑張ってるトメちゃんも悲しがるよ」
「…え、うん…そっか、そうだな」
「よし!」
「ありがとう圭織、ちょっと元気んなった」
「ほおんと面倒かかる、弟みたいな子ね」
「弟かよ!」
学校は冬休みに入るが、僕達受験生にはそんなの関係ない。
大晦日はこたつに入り参考書を開きながら、紅白を見た。
トメコはどんどんきれいになっていく。
正月の特番なんかでトメコの姿はほとんど毎日見かけることができた。
僕もトメコに負けず頑張ろう。そんな気持ちでノートにペンを走らせる。
今まで生きてきた中でこれだけ集中して机に向かうのは、初めてかもしれない。
休み明けの学校、ひさしぶりに見かける仲間達の顔。
圭織は名門の女子高、矢口さんと美貴は近所の公立を受験するらしい。
安倍さんは僕と同じで隣町の三流高。(彼女、意外に頭悪いんだな。人のこと言えないけど)
受験勉強もラストスパートに入る。
だけどトメコのことを考えない日なんて一度もなかった。
高校に合格したら、誰より一番にトメコに伝えたいと思っていた。
ある日、帰宅すると家の前に高級タクシーが一台停まっていた。
僕は訝しげに思いながら、その脇を通り過ぎる。
すると車の扉がいきなり開き、中からあの甲高い声が届いた。
「ひさしぶりぃー!」
色黒の華奢な体が僕の胸に飛び込んで来たのだ。
その声、その顔、その黒さ、見間違えるものか。
この一ヶ月、会いたくて会いたくて仕方なかった僕の大切な…。
「トメコォ!!」
名前を呼ぶとトメコは僕の胸からゆっくりと顔をあげる。
間近で見て僕はその美しさに息を呑んだ。鳥肌すら立った。
元々きれいだったけれど、少しのメイクとセットだけでこれほど変わるとは。
いつも同じセンスのない服を着て、暗い表情を浮かべていたあの頃とはまるで別人。
まぎれもなく、今日本中の男を魅了するスーパーアイドルだ。
そのスーパーアイドルが僕の腕の中にいる。夢じゃない。
「お仕事が突然キャンセルになってね。それで少し空き時間ができたの」
「それでわざわざ東京からここまで?」
「うん、だって逢いたかったんだもん。ずっと連絡もできなかったし」
「僕も会いたかった。寂しかったよ…トメコが僕を忘れたんじゃないかって」
「何言ってるの?私が君を忘れる訳ないじゃない!」
堪らなかった。彼女がそんな顔で、そんな台詞を、僕の為に…。
人目もはばからず抱きしめたい欲望をなんとか抑え、家の中へ入ろうと誘った。
両親は仕事、兄弟は学校で、家にはまだ誰もいなかった。
僕とトメコの二人きり。僕は緊張している自分に気付いた。
(何緊張してるんだ?トメコと二人きりなんて今まで何度だってあったじゃないか)
自分の部屋に入ると僕はベットに座る。トメコもすぐ隣に座る。
自然と僕達は互いの顔を見詰め合っていた。ちょっと動けば触れてしまいそうな距離で。
話したいことがいっぱいある。聞きたいことはもっとある。
なのにそのどれも言葉にならない。
話す時間も惜しいくらい、トメコを感じていたいと思った。
テレビの中、手の届かない距離で輝き続けるトメコの、その美しい顔立ちを…
上手にセットされた黒髪を…宝石のような瞳を…濡れた唇を…華奢な手足を…
トメコの全てを…このままずっと感じていたいと思った。
誰にも渡したくない、自分だけのモノにしてしまいたいと。
唇を重ねた。修学旅行の夜、あの河原で交わしたファーストキスとは違う。
トメコの唇に自分のそれをねじ込む様に、何度も何度も強く強く。
放してしまったらこのままトメコが何処かへ行ってしまいそうな気がして。
(嫌だ!嫌だ!離れたくない!ずっと…ずっとこのまま…)
力任せに僕はトメコをそのままベットに押し倒した。
その衝撃で、仰向けになったトメコの瞳が視界に入る。
拒絶するでも非難するでもない瞳が、じっと僕を見つめていた。
その目が、何だかとても悪いことをしている様な気に僕をさせて、動けなくなった。
ピロロロロロロロ…
携帯の着信音が、僕を現実に戻す。
「はい、はい…わかりました」
「マネージャーから。ごめんね、仕事に戻らなくちゃ」
電話にでたトメコは、着信を切ると少し俯きながら答えた。
その一言でほんの数分間のランデブーが終わってく。
下に待たせていた高級タクシーに乗り込むトメコ。
携帯番号をメモに残し、僕の手のひらに乗せた。
「また連絡してね」
「うん」
「受験がんばって」
「トメコもがんばれ」
ニコッと微笑んで、トメコはまた僕の前から去っていった。
僕はトメコを乗せた車が見えなくなるまで手を振り続けた。
その日の夜の歌番組に「まりあ」が出演していた。
後藤真希、松浦亜弥と並んでキラキラ輝くステージに立つトメコ。
大勢のファンの歓声に応えるトメコ。
もう僕なんかとは違う世界へ行ってしまったんだと、改めてそう思った。
そしてそれを望んだのは…そうさせたのは…他の誰でもない、この僕だ。
(受け入れろ。トメコはもうトメコの道を…僕は僕の道を行くんだ…)
唇の感触と手のひらに残る感触を、ギュと噛み締める。
テレビを消し、携帯のメモを机の引き出しにしまい、教科書を開いた。
「やった!あった!あったべさ!」
「本当!?安倍さん!僕もあったよ!!」
月日は流れ、高校受験合格発表の日。
同じ学校を受けた安倍さんと僕は、共に見事合格を果たした。
名門女子高を受けた圭織も、近所の高校を受けた矢口さんと美貴も合格したそうだ。
矢口さんの家で合格祝いパーティーが開かれた。
ようやく受験勉強から解放された僕達は、鬱憤を晴らす様に遊びまくった。
当たり前だけど、その中にトメコの姿はない。
やっぱり仕事が忙しいのか、トメコの携帯はなかなか繋がらなかった。
たまに繋がっても、二言三言話しただけで、時間だからと切られてしまう。
(仕方ない、トメコは今忙しいのだから…)
自分にそう言い聞かせても、やっぱり寂しさは募っていった。
「まりあ」はセカンドシングルを発売。
これが再びミリオンを記録。オリコン3週連続1位を獲得する。
さらに初の武道館コンサートが決定する。三日間で10万人を動員するらしい。
アイドルグループ「まりあ」の人気はもはや国民的なものにまでなっていた。
石川梨華個人としても、後藤真希や松浦亜弥に劣らぬ人気と知名度を得ている。
本当にトメコは年収何千万というスーパーアイドルになったのだ。
「お父さんが!お父さんが目を覚ましたの!」
泣きそうな声でトメコから電話がかかってきたのは、卒業を間近に控えた土曜日の夜。
もうトメコとは会えないかもしれないと思っていたから、
一徹が目を覚ましたことと相まって、その電話の喜びは二重に感じた。
「明日は特別にお休みもらったの。お見舞い行こうよ。のんとあいぼんも呼んだよ」
「行く!」
即答した。
僕とトメコとのんとあいぼんと…みんなで一徹に会いに行く。
まるであの頃の、家族みたいだねと言われたあの頃に戻れるみたいで胸が躍った。
(ううん、きっと戻れる。またトメコと前みたいに…)
(のんとあいぼん、元気にしてるかなぁ。二人とも喜ぶだろうなぁ)
(嗚呼、明日が待ち遠しい)
興奮してその日はなかなか寝ることができなかった。
それでも翌朝はパッと目覚め、勢いよく家を飛び出した。
東京へと向かう電車の中も、ワクワクとドキドキで落ち着かない。
一徹が入院しているという大病院の最寄り駅に降りると、懐かしい声が聞こえた。
「にぃちゃん!にいぃちゃんれす!」
「うちもいるでぇ〜」
「のん!それにあいぼん!奈良から?」
「そや、おとんが目ぇ覚めたてじっとしてれんわ!」
改札口を出ていきなりの歓迎に、ひさしぶりに心からの笑顔が出た。
二人ともとっても元気そうでよかった。肌もピチピチで…胴回りも…
「っていうか、二人とも太ってないか?」
「あー言ってはいけないことを言ってしまったのれす」
「たくさん食べさせてもらってるんだ」
「しゃーないやろ。今まで我慢してた分、栄養取らなあかんかってん」
トメコは人目につかない様、直接病院に向かうらしい。
僕達は三人でまた昔みたいに手を繋いで病院に向かった。
「でもね、びっくりしたよー。姉ちゃんがアイドルなってんの」
「ののも、ののもー。CD買っちゃった」
そりゃ驚くだろう。知らない間に姉がアイドルになってるのだから。
病院の待合室にトメコがいた。まるでドラマのワンシーンの様に佇む美女。
僕は思わず息を呑む。何度見ても美しい。寂しくなるくらい美しい。
「姉ちゃんや!」
「ねいちゃん!」
「あいぼん!のん!ひさしぶり!」
抱き合う三姉妹。彼女達がこんな風に元気な姿で再会できたことを、僕は嬉しく思った。
二人の頭を撫でながら、トメコが僕に目配せする。僕もそれに応える。
それから四人で一徹の病室へ向かった。一徹はベットに横になっていた。表情が暗い。
だけど娘達の声を聞くと慌てて振り向き、そして恥ずかしそうに微笑んだ。
三人が一斉に父親の胸に飛び込む。僕はそれを入り口で見守った。感動の再会ってやつだ。
まだベットから起きることはできないけれど、一徹は三人の娘を順に抱きしめた。
それからトメコとのんとあいぼんは色んな話をいっぱいする。
一徹は、養子の話のときは少し寂しそうな顔をした。
だけど自分で責任を感じているのか、何一つ文句は漏らさなかった。
トメコがアイドルになった話は流石の一徹も目を丸くしていた。
のんがゴマキ、あいぼんがあややの振り真似して三人で踊って見せる。
僕はそれが妙におもしろくて爆笑した。一徹も苦笑していた。
でもその後ウルサイって看護婦さんに怒られたけど。
ひさしぶりの家族の団らんは日が暮れるまで続いた。
「じゃあ、お父さん。そろそろ行くね」
「早く良くなって遊び連れてってやー、おとん」
「一徹、のんは家近いから毎日お見舞い行くれすよ」
トメコ姉妹が立ち上がる。僕も後に続く様に立ち上がる。
すると一徹に呼び止められた。
「私が居ない間、娘達を守ってくれて、ありがとう」
僕は驚いた。あの頑固な一徹の口からそんな言葉が出るとは。
でもそれで何だか救われた気がした。僕がしてきたことは間違いじゃなかったと。
「はい」
心からの返事だった。僕はトメコ達を守ることができたんだと。
病院を出た僕達4人は夕食にすることにした。
「それじゃあ高級レストランで食事しよっかー」
「うわ〜い!」
トメコの提案にのんとあいぼんは大はしゃぎする。
テーブルを埋め尽くす程の豪勢な料理の数々。
3人で一杯のかけそばをすすっていたあの頃とは、まるで別世界だ。
一体どれだけの額になるのか心配したけど、トメコは事務所のツケであっさり済ませた。
お腹がパンパンになるくらい堪能した後はトメコのマンションに向かう。
「すっごーい広〜い!まるで芸能人の部屋みたいなのれす」
「いや芸能人やろ。あ〜このソファふかふかや〜」
部屋の数もその広さも、とても一人暮らしとは思えない豪勢さであった。
三畳一間に三姉妹が固まって寝ていたあの部屋とは天と地の差。
改めて、トメコがどれだけの待遇を受けているかわかった。
「今日はみんな泊まってくよね。それから明日、私の仕事見に来る?」
「いきたい!」
「いきたいのれす!」
翌日、トメコは朝からテレビの仕事が入っていた。
僕はのんとあいぼんと共に、トメコの関係者ということで特別に局内へ入れてもらえた。
「のん!兄ちゃん!見てみぃ!まりあやで!」
「ふわぁ!後藤真希ちゃんらー。ほんものなのれす」
「あややもいるで。顔ちっちゃ〜い」
あいぼんとのんは完全にミーハー化していた。
かくいう僕も似た様なものだ。見たこともない世界にただ騒ぐしかできない。
スタジオ隣のガラス越しにある世界があまりに遠く…。
「あっ、ねいちゃんれす!」
「うわぁ〜きれえ〜」
メイクをして衣装に着替えたトメコがスタジオに入り、後藤真希と松浦亜弥の間に立つ。
あの二人に挟まれてもまるで見劣りしない。むしろ一番輝いてさえ見える。
(あれが本当にトメコなのか!?)
堂々とした立ち振る舞い、怖いくらいの美しさ、テレビで見るのとは全然違う。
オーラが出ていた。僕の様な一般人とは違う。アイドルスターのオーラ。
ガラス一枚へだてたすぐ近くにいるのに、絶望的な距離を感じた。
あれは僕の知っているトメコじゃない…。
石川梨華という国民的スーパーアイドルなんだ。
トメコは自分の力で成長して、オーディションを合格して、アイドルになった。
いい部屋に住んで、きれいな服を着て、おいしい料理を食べる。
全部、トメコの力で叶えたこと。
トメコにとって僕はもう何の必要もない存在…。
のんもあいぼんも幸せそうに暮らしている。一徹も目を覚ました。
僕の役目は終わったんだ。
「娘達を守ってくれてありがとう」って一徹に褒められた。それだけでいい。
トメコを守りたかった。ただそれだけの気持ちで頑張ってきたんだから。
見返りが欲しかった訳じゃない。恩を受けたかった訳じゃない。
トメコが幸せになってくれれば、僕はそれだけでいいんだ。
これ以上関わるのはむしろトメコの邪魔になるだけ…。
(もう僕は…)
夕暮れの帰り道、いつかもこんな風に三人手を繋いで帰ったな。
まだ仕事の続くトメコに別れを告げ、僕はのんとあいぼんと共にテレビ局を出た。
二人はまだはしゃいでいる。だけど僕はそんな気にはなれずにいた。
駅が見えてきた。また別れの時が近づいている。
あいぼんは奈良の加護さんの家へ、ののは辻さんの家へそれぞれ帰る。
僕はそこであいぼんの様子がおかしいことに気付いた。
やっぱり別れが悲しいのかなと思ったけど違った。
「姉ちゃんかっこよかったけど…ちょっと寂しいかった」
「あいぼん?」
「もう昔の姉ちゃんと違って何でも一人でできて。うちらはいらんみたいで…」
驚いた。あいぼんも僕と同じ気持ちを抱いていたのだ。
のんは黙って考え込んでいた。気付かされていなかった想いを気付かされた感じ。
「あっ、ごめん!今の聞かんかったことにして!エヘヘヘヘ」
場の空気が変わったことを察し、あいぼんは笑ってごまかした。
二人の妹達とはそこでまた別れる。僕も彼女達ももうトメコにとって必要のない…
僕の中で形成されつつある考えが決意に変わる。
(少なくとも、もう僕はいらない。必要のない存在だ)
さよなら…トメコ。さよなら。
第九話「アイドルトメコ」終わり
143 :
保全:03/08/05 21:17 ID:xf6p7kbi
僕とトメコ復活オメ!!!
とりあえず保全
,,,--─===─ヽ/へ
/iiiiiiiiiiiiii彡≡≡≡|≡ヾ ヽ
iiiiiiiiiiiiiiiiiii彡≡≡≡≡|≡ミミヾ丶
iiiiiiiiiiiiiiiiiiii/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ミiiiiiヽ
iiiiiiiiiiiiiiiiii/ \iiiiiiiゞ
iiiiiiiiiiii/ \iiヽ
iiiiiiiiiiiiiii《 ━━━'/ ヽ━━━ ヽミヽ
...iiiiiiiiii彡/ __,.:: :: __ ヽiiiii|
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iiiiiiiiiiiiiii《《《ヽ 》 / ̄ ̄\ 《 |iiiiiiii|
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最終話「AS FOR ONE DAY」~as for one day~
いつもと同じ通学路も今日だけは何か違って見える。
毎日当たり前のように見慣れた風景が、明日からは当たり前でなくなる。
桜並木を抜けると見えてくる「卒業式」という看板の文字。
誰にでも訪れる人生の分岐点の一つ。数々の別れ。
でも僕にとってはそれ以上に大きな決意を秘めた別れの日。
「ウッウッウッ…寂しいよぉ〜」
「ったく、矢口泣くの早すぎ」
「だってぇ〜」
早くも泣きじゃくる矢口さんを圭織がなぐさめている。
二人に声を掛けた後、僕は男友達連中の所を回った。
「来たぁー!!」
式の直前、にわかに校門付近が騒がしくなる。
すでに野次馬だらけで近寄ることもできず、僕は教室の窓からそれを見届けた。
テレビ局や新聞社の人たちを引き連れてトメコが姿を現したのだ。
トップアイドルの卒業式はそれだけでニュースになる。
目の色を変えた男子に囲まれながら、なんとかトメコは教室まで入ってこれた。
キョロキョロと教室を見渡し、僕を見つけた彼女はニコッと微笑んで寄ってきた。
僕もトメコの元へ駆け寄る。トメコの制服姿を見るのは本当に久しぶりだ。
あの頃とは違って、今ではこうして普通におしゃべりすることも困難になった。
(彼女はもう違う世界の住人なのだから)
僕はトメコと他愛もない会話を交わす。すると他の皆も集まってきた。
担任の中澤先生はビシッとドレスアップして教室に入ってきた。
今までお世話になりましたって皆でお礼に行くと、ハンカチで口元押さえ泣いてしまった。
卒業式が始まる。
卒業生代表の答辞をしっかりと読み上げる圭織。
始まってからずっと泣きっぱなしの矢口さん。
いつも笑顔の安倍さんも目に涙を溜めていた。
美貴は口をキュッと結んでまっすぐ前を見ていた。
残念ながらトメコがどんな顔をしているのかは、僕の位置からは見えなかった。
(卒業式…これが終わったら本当に…)
式は幕を閉じる。別れのときは刻一刻と近づいていた。
「みんな〜写真撮ろう!」
式の終わり、矢口さんの呼びかけで例の修学旅行チームが集まった。
僕とトメコと圭織と矢口さんと安倍さんと美貴、みんなバラバラの道を行く。
同じ高校へ行く安倍さん以外とは、なかなか会えなくなるかもしれない。
(いや、少なくともこの中の一人とはもう…)
僕が暗い顔をしていると、トメコがギュッと僕の手を握ってきた。
決意を鈍らせるくらい柔らかくて温かい手だった。
僕はその手を強く握り返す。これが最後なのだから、最後くらいは笑顔で…
「そこのおばちゃ〜ん!写真撮ってくれませんかぁー!」
「誰がおばちゃんよ!!!…って、アレあなたは」
矢口さんが呼び止めたおばちゃんに何故か見覚えがある。
そう、その人は一徹担当看護婦の保田さんだったのだ。
「保田さん!!」
「あら、ひさしぶりじゃない。たまにテレビで見てるわよ、梨華ちゃん」
「ありがとうございます。どうしたんですか、こんな所に?」
「お祝いに来たんじゃない。二人とも卒業おめでとう」
「わざわざありがとうございます」
「気にしなくていいの(出番欲しかっただけだから)。ほら、カメラ貸しなさい」
おそらくこれがトメコと一緒の、最後の写真になるだろう。
僕はトメコと手を繋いだままとびきりの笑顔を造った。
保田さんが撮ってくれた卒業写真。僕とトメコの卒業写真。
「あのね、この後雑誌の撮影で行かなくちゃいけないんだ」
式の後すぐにトメコは仕事で行かなければならないらしい。
あんまり手を繋いでいたり、見つめあったりしていると記者の人達に怪しまれる。
(もうトメコの邪魔にはなりたくない)
ひと気の多い所に出る前に、僕は繋いだ手を放した。
その瞬間、何か別のものまで放してしまった様な気がした。
何も知らずに僕の方を振り返るトメコ。
「それじゃあ、またね」
「バイバイ…」
本当に…バイバイ、トメコ。
この卒業を機に、僕は彼女の前から姿を消す。今日が僕とトメコの最後の想い出。
トメコは大勢のスタッフやカメラマンに囲まれて学校を去っていった。
僕の前を去っていった…。
「どうした?」
桜舞う花吹雪の帰り道、背後から聞こえたのは美貴の声。
あの後遊びにいくも気が乗らず、途中で抜け出た僕を追いかけてきたのか?
「別にどうもしないよ」
「嘘付け、死んじゃいそうな顔してる」
「みんなと別れるから、僕だって寂しいんだよ」
「また嘘だ。知ってるんだから、お前をそんな顔させられるのは一人しかいない」
「トメコはもう関係ない!」
「なぁんだ、やっぱりトメコのことか」
ハメラレタとそのとき気付いた。僕は嘘を付くのが下手らしい。
とても美貴に勝てそうにない。正直に言うしかなさそうだ。
「決めたんだ。卒業したら、トメコと別れるって」
「ハァ?何言ってんのお前?」
「だって彼女はアイドルだよ。僕なんかじゃ釣り合わないし、必要もない」
「マジで言ってんのか、それ?」
「ああ」
「呆れた!馬鹿とは思ってたけどこれ程とは」
「なんだよ」
「お前、私がどうしてお前から手を引いたか分かるか?」
「えっ!?」
胸がドキッとした。
「私が好きなのは…お前だ」
大胆な姿で強引に告白を迫られたのは、もう一年近くも前のことである。
しかしその後、美貴は身を引いている。
「トメコだから諦めたんだ。トメコは私なんかよりずっとお前を…」
「僕を何?」
「そんなこともわかんないの?トメコの気持ちも全然分かってないのね!」
「どうして美貴が怒るんだよ。関係ないだろ」
「ええ関係ないわ!だけどトメコに黙っていなくなるなんて絶対許さない!」
「…」
「アイドルがどうかなんて関係ない!好きかどうかだろ!」
そう言われて、僕の心は揺らいだ。
(好きかどうか?僕がトメコを好きかどうか?そんなの決まってる)
(でもトメコは僕のことを…?今でも…?)
「もういい。お前がそんな最低の奴だとは思わなかった。私の見る目がなかったのね」
「…美貴」
背を向けて去ってゆく美貴。
こんな別れ方したくない、そう思ったのに呼び止めることができなかった。
(自分の気持ちを隠してたこと、美貴に言われてやっと分かった)
(僕はトメコが好きだ。だからこそもう…)
悲しみと苦悩に才悩ませながら、僕は家路に着く。
夜のニュースに「まりあ」の武道館コンサートが報じられていた。
いよいよ明後日から三日間で10万人を動員する一大イベントが始まるのだ
これが成功すれば、まりあはトップスターとして不動の地位に着くと言われている。
そのとき、僕の頭の中にあまりに愚かな考えがひらめいた。
(何を考えているんだ僕は。どうかしている。こんなこと…)
(だけどこれなら…完全にトメコを諦めることができる)
苦悩の末、新しい決意が固まる。
翌日、僕は一通の手紙を手に、東京のトメコのマンションへと向かった。
インターホンを押すが応答はない。
ある程度予想はできた。仕事で留守にしているのだろう。
僕は持ってきた手紙をそっと彼女の郵便受けに入れ、マンションを出た。
駅の公衆電話に小銭を入れ、例のメモに記された電話番号に掛ける。
(出なければそれでもいい…だけどもし出たら…)
「はいっ!もしもし!」
予想に反してトメコの声が受話器の向こうから聞こえた。
僕は動揺していた。まさか仕事で出れないと思っていたから。
「君だよね。どうしたの?」
「…どうして僕って?」
「だってこの番号、君にしか教えてないもん。エヘヘ…」
胸がギュッと熱くなる。
(よせ、そんなこと言うなトメコ、僕はこれから…)
「今ね休憩中。明日からのコンサートのリハーサルだよ」
「そう…」
「チケット送ったの届いた?最終日の最前列だよ。絶対見に来てね」
「…ううん、行かない」
「え?」
電話越しだけど、空気の変化が分かった。
機関銃の様に鳴り響いていたトメコの声がピタリと音を止めた。
それを良いことに僕は一気に伝えるべきことを告げた。
「行かないし、もう会うこともない。さよなら…」
「え?何?ちょっと待っ…」
「さよなら」
僕は無造作に受話器を下ろした。
ツーツーツー。
無通音だけが春の空に空しく鳴り響く。もう戻れない。
自宅にも戻らず、僕はそのまま電車を西へと揺られ続けた。
目的地に着く頃にはすっかり日も落ちていた。
「懐かしい…」
去年の春、修学旅行で訪れた町、京都。
ここに僕とトメコが初めて互いの気持ちを結び合った想い出の場所がある。
家族には友達と旅行に行くと伝えてある。
たとえトメコが家に電話しても行き先は分からない。
彼女のマンションに残したあの手紙だけが唯一の手がかりである。
ふもとの町から歩いて約30分。
四方を山々に囲まれた小石と砂利の小さな川岸。
僕とトメコが流されたあの激流も、今はゆるやかな流れを続けていた。
こんな何でもない場所だけど、僕にとっては一生忘れることのない場所。
僕は手近な石に腰を下ろした。
(これから三日間、僕はこの場所で彼女を待つ)
それは何とも愚かな発想だった。
トメコは明日から三日間、大事なドームツアーが控えている。
もしもトメコがあの手紙を読んだなら…
もしもトメコがこの場所を覚えていてくれるなら…
もしもトメコが今でもまだ僕のことを愛しているなら…
ここに来てくれる。
全てを捨ててでも僕の為に来てくれる。
自分勝手で、わががまで、本当にどうしようもない発想、だけど…。
僕は他に術を思いつかなかった。
初日の朝、僕はふもとの町で購入した安い毛布をかぶり待ち続けた。
「寒い…」
3月中旬の京都、山にはまだ雪の名残がアチコチに見れる。
厚着の服は持ってきていたが、それでもどうやら足りなかったみたいだ。
寒さで痺れた手に息を吹きかけ、また毛布を深く被る。
(こんな場所に、本当にトメコが来ると思うか?)
後悔はしないつもりだったけれど、後悔している自分がいることに気付かされる。
日が昇ると気温も少し上がり、毛布なしでも平気になる。
時間を持て余すように僕は辺りを散策したり、河原に小石を投げたりしていた。
それでも何か物音が聞こえる度にハッとなって振り返る。
「トメコ!」
でも大概それは風で木々が擦れる音だったり、小動物の足音だったりした。
結局トメコは来ないまま、日はまた山の間に落ちる。
(まりあのコンサート始まってる時間だ…)
また毛布を被り、買い置きしていた菓子パンをほおばり思った。
(僕、何やってんだろ…)
夜が来た。暗闇と孤独の世界。
自分以外生者は何者も存在しないのではないかと思わせる世界。
身も心も凍りつきそうな世界。
そんな絶望の中でたった一つ、僕の心を灯すのは彼女の笑顔。
トメコと出会い、トメコと笑い、トメコと泣き、ずっと一緒に居た想い出。
「トメコ…トメコォ…トメコォォ…オッ…オオッ…ウウゥ…」
何度も何度もトメコの名を呼んだ。次第にそれはすすり声へ変わっていった。
泣きたくなんかないのに、次から次へと涙が溢れ出て止まらない。
眠ることもできず、僕は一晩中苦しみ続けた。
やがてまた日は昇る。二日目の朝。
全身の感覚が麻痺してきている様に思った。
少し温かくなっても昨日みたいに動き回る気がしなかった。
ある事実が僕の心をどうしようもなく縛り付けて離さないんだ。
(一日半待ってもトメコは来なかった。…トメコは来なかった)
(このままあと一日半待ち続けても同じ。来ないんじゃ…)
それでも待つしかできない。ただひたすらに願いながら待ち続ける。
しかしトメコは現れない。さらに孤独な夜の中二日目も終わる。
そして最後の一日、運命の三日目の陽が昇る。
寒い。手足の感覚がもうほとんどない。
眠い。もう丸二日寝ていない。
怖い。このまま何事もなく終わってしまいそうで怖い。
時間は刻一刻と過ぎてゆく。しかしトメコは来ない。
持ってきた腕時計に目をやる。時計は午後5時を回っていた。
(まりあのコンサート最終日…そろそろ始まる)
トメコは今何をしているのだろう?
トメコは今何を思っているのだろう?
この場所に向かっている所だろうか、それとも…。
山々の間に陽は落ち、またあの闇が訪れる。
僕は待ち続けた。毛布にくるまり石の上に座りじっと待ち続けた。
ふと天を見上げると黒い雲が一面に覆い被さっていた。
ポツリ…ポツリ…
小さい雨粒が肩に落ちた。また落ちた。その感覚が除々に短くなってゆく。
雨だ。雨が強く降り出した。
ゆるやかに流れていた目の前の川が、あの時の様な激流に変わる。
僕は慌てて近くにある大木の下に避難した。
雨はさらに勢いを増してゆく。
僕は毛布とバックを抱えたまま、大木の下から動くことができなくなった。
こんな豪雨の中、山道を進むのは危険極まりない。
「最低だ…」
「こんな所にトメコが来るもんか…」
そう口に出しながらも、ほんの僅かな可能性を期待する自分がいる。
こんな雨の中、危険を承知で僕を迎えにくるトメコ。
僕は飛び出してこの腕でトメコを抱きしめる。
そんな都合のいい、感動のシーンを思い浮かべる自分がいる。
もう一度時計を見た。午後8時前。まだトメコは来ない。
僕は大木の幹に寄りかかり腰を下ろした。
体が想像以上にダルい。疲労も眠気も限界を超えている。
でもそれ以上に僕を苦しめるのは、不安からくる精神的辛さだ。
(会いたい)
(会いたい)
(トメコに会いたい)
(今すぐここに来てほしい…トメコ)
目を閉じるとトメコと過ごした数々の想い出が蘇る。
始まりも雨の日だった。
校門の前で傘も持たず佇むトメコに、僕は持っていた傘を差し伸べた。
トメコと友達になれたのは、のんとあいぼんの万引きを捕まえたから。
それから僕等の仲は急速に近づいていった。
そして世界一のクリスマス。
聖夜の奇跡で、僕とトメコは互いの気持ちを知る。
修学旅行は色々あったけど、僕とトメコはこの場所で…
互いの想いを確かめ合い、初めてのキスを交わしたんだ。
すれ違いの続いた僕達がようやく心から一つになれた瞬間。
だけどその後、とんでもない不幸がトメコに舞い降りた。
一徹が倒れ、トメコは働かなくてはならなくなり、全てが狂った。
守りたい、トメコを守る為には何だってするって誓った。
最後の夏休み。今思えば、あれは本当に最後の夏休みだったんだ。
のんとあいぼんは別の家の子になり、トメコはアイドルになった。
国民的スーパーアイドルトメコ。
もう僕の助けがいるどころか、別世界の住人となってしまった。
普通にそばにいておしゃべりすることさえできない。遠い遠い存在。
戻りたい、あの頃に…
一緒にいるだけで幸せだったあの頃に…。
(トメコ)………………………
……………………
…………
…
ハッと気がつくと雨は止んでいた。最初自分がどこにいるのか分からなかった。
僕は大木の幹に横たわっている。辺りはまだ暗く、川の流れだけが聞こえる。
少しずつ思考が戻ってゆき、自分が寝てしまっていたことを悟った。
恐る恐る腕の時計を覗く。
(…午前3時!)
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!!」
僕は慌てて飛び起きた。そして辺りを見渡した。
落ち着きを取り戻しつつある河川、雨に濡れた小石、物音一つ立てぬ山々。
おぼろげな月の明かりだけを頼りに僕は探した。
ここにいるはずの彼女を!ここに来ていなければならないはずの彼女を!
「トメコ!!トメコォ!!トメコォーーー!!!」
―――――何度も何度もその名を叫んだ。涙が止め処なく出てきた。
「だって私…君の傘を折って…だから怒ってるんだって」
―――――けれど返事はない。
「本当は行くつもりなかったのに…キミが行くから…無理して」
―――――声が枯れ、涙が枯れるまで叫び続けた。
「バカ、ならないよ。好きだもん。ずっとずっと好きだもん!」
―――――やがてその場にへたり込む。想い出の数々がシャボン玉の様に…
「もう君だけが…君といる時間だけが、私が普通の女の子として生きれる証なの」
―――――消えてゆく。約束の三日間は終わってしまっていた。
「それじゃあ、またね」
―――――トメコは、来なかった。
「トメコォォォォォーーーーーーー!!!!!!!!」
トメコは来なかった。
まるで抜け殻の様だ。
何も考えられない…何も考えたくない。
山を下りた僕は始発列車で帰路に着いた。改札口を抜けるとまたいつもの光景が広がる。
見慣れた大通りに見慣れた店並、いつもの交差点が青に変わる。
世界は何も変わらず当たり前の日常を続けている。僕一人だけが取り残されたみたいに。
トメコは僕を必要としていなかった。アイドル「まりあ」として生きる道を選んだ。
もう会うこともできないだろう。トメコのいない世界。
そんな世界に一体どれだけの価値が…
「驚いたってのー。まりあがいきなり解散すんやもん」
瞬間。すれ違う子供達の会話に、僕はおぼつく足取りを止めた。
今耳に流れ込んだ言葉の意味を考え様とするのだが、なかなか定まらない。
「私もぉ私もぉ!ニュースで見たよ!二人はソロで一人は引退しちゃうんでしょ」
「もったいないよね〜。あんなに売れてるのにさぁ〜。ねぇあさ美」
「ゴマッコンの出番ですか?」
(何だよ、その会話)
(まるで…トメコが…)
(まるでトメコが僕を選んだみたいじゃ…)
「ちょっと待って!その話、詳しくて聞かせて!」
「キャッ!何この人?」
気がつくと僕はすれ違う子供達の間に、形振り構わず割り込んでいた。
悲鳴を上げて逃げられてもおかしくなかっただろう。その中の一人の子が言わなければ…
「あ、この人、オーディションで石川さんと一緒にいた人やよ」
「え?」
高橋愛。最終審査まで残りトメコと競い合ったあの娘だった。
近所でいつもすれ違う子供達の一人だったとは、今の今まで気付かなかった。
だが今はそれに驚いている場合ではない。
「ねぇ、その引退した一人ってもしかして?」
「うん、石川さんやよ。知らないんですか?」
「トメコ…」
「あっ、待って!どうしたんですかー!?」
全身に熱き血潮が舞い戻る。僕はお礼も言わずにすぐに向き直り走り出した。
(トメコが…トメコがまりあを捨てていた!)
(嘘だろ、そんな馬鹿なことあるかよ!)
(あれだけ凄い人達の中から苦労してやっと手にできたアイドルの座を?)
(CDを出せばミリオンなのに?コンサートで10万人も呼ぶのに?)
(日本中が認める国民的アイドルだってのに?)
(たった一人の僕の為に!それを全部捨てるって?そんな馬鹿なこと!)
(ありえない!ありえない!ありえない!そんなことって!)
(いるな!いるな!いるな!トメコいるな!僕の前に現れるな!トメコ!)
(…いてくれ!)
何かに誘われる様に僕はその場所へ辿り着いた。
昨晩の雨に桜の葉も濡れている、ヒト気のない春休みの学校。
いないでくれと願った。いて欲しいと願った。
息を切らして駆け込んだ僕の前、一輪の花の様に一本の傘が咲いていた。
少し折れ曲がった安物の花。
僕はその花を知っている。
いつか僕がここで彼女に差し出した花だ。
雨は止んだというのに、彼女はその花を大事そうに抱えている。
他の人にとってはガラクタに過ぎない骨の折れた花だけど。
僕とトメコにとって…それは世界に一つだけの花。
「トメコ」
その名を呼ぶ。
クルッと回った傘の下から愛しいトメコが顔を覗かせた。
それはまさしくアイドルのトメコだった。こんな所にいてはならない人物。
これからも日本中の男子を魅了し続けるはずのスーパーアイドル。
そんな彼女が骨の折れたビニール傘を差して、学校の玄関前で立ち尽くしている。
(僕の為に?)(何でいるんだよ…)
驚いて、微笑んで、はにかんで、ちょっと怒って、またはにかんで、もう一回怒って…
彼女が最初に出したセリフが…。
「わかんないよぉ」
「ん?」
「想い出の場所で待つって…」
「あぁ」
「だって!私にとって君と過ごした全部の時間が!大事な大事な思い出なんだから!」
「うん」
「それで必死で必死で考えたの!ドーム抜け出して一人で必死で!」
「へぇ」
「それで…これだった。この折れた傘だったんだ」
「おぉ」
「知らないでしょ!あのとき、君がこの傘を私に差し出してくれたとき!
一人ぼっちだった私が!どれだけ嬉しかったか!知らないでしょ!」
「…ん」
「なによ!人が真剣に話してるのに!空返事ばっかり!なんとか言ってよ!」
空返事のつもりじゃなかった。
トメコがいて、そこにいて、嬉しくて嬉しくて、胸がいっぱいで、
言葉にならなかっただけで…だけどこれだけ伝えたいってのはあって。
「なんでいるんだよ!?」
「えっ?」
「アイドルなんてもうなれないんだぞ!何で辞めるんだよ!もったいねぇ!」
違う、そんなことじゃない、伝えたい言葉は…
「ヒドイ!君があんな手紙残して!勝手にいなくなったからでしょ!」
「普通そんなんでアイドル辞めるか!?信じられねぇ!」
「なによ!私の気持ち知ってて…知っててこんなことしたんじゃ…」
知らなかった。気付いてやれなかったんだ。
あの折れた傘が、トメコにとってそんなにも大切な物になっていたこと。
国民的アイドルの地位よりも、たった一人の僕を選ぶくらいトメコが僕のことを…。
こんなに自分勝手な真似をして、こんなに迷惑をかけて、こんなに心配かけて、
それでもトメコが僕を待ち続けてくれるくらい…。
「悪かった、ごめん」
「今更謝ってももう遅…」
「トメコ好きだ!」
「な…!」
僕は言った。
トメコはその言葉を聴いた。
怒ってた顔が、照れて、はにかんで、微笑んで、隠そうとしても、結局頬が緩んで…。
嗚呼、トメコ、お前って奴は本当にめちゃくちゃ分かりやすい奴だな。
さっきまで怒ってたんじゃないのか?
勝手にいなくなった僕を許せないんじゃないのか?
何もうそんなとびきりの笑顔になってんだよ。かわいいんだよ。
「僕はトメコが好きだ!」
まったくこんな言葉だけで、どれだけ嬉しそうな顔するんだよ。
いいか、近づくぞ。抱きしめるぞ。そうしたら一体どうなっちゃうんだ?
そんなに僕のことが好きなのか。アイドル辞めてもいいくらい好きなのかよ?
僕だってめちゃくちゃトメコが好きなんだよ。何だってしてやる!
ほら、触れた。暖かい、トメコの体温。嬉しい。ヤバイ、泣きそうだ。
…ってトメコ、もう泣いてるのかよ。あ、僕も涙出てるなぁ。
いいや、それでいい。相思相愛でいい。
「私も君が好き」
まいった。人のこと言えない。嬉しい。
耳元でそんなこと言われたら嬉しいに決まってるじゃないか。
その声とか反則だって。可愛すぎるんだよ。
「もっとギュッとして!抱きしめてよ」
ちょっとトメコそんなこと言うなよ。ズルイよ。ズルい女だお前は。
僕だって今そうしたいなって思ってたんだ。ほらギュッとするぞ。
痛っ。傘、邪魔だ。お前はもういい。よくやった。後は任せろ。
もう僕だけだ。トメコを包むのは僕だけだ。
「そういえばさ、君は何処で待ってたの?」
「京都の河原」
「馬鹿じゃないの!そんな所まで行ってたの?」
「バカって何だよ。三日間ずーっと待ってたんだから!」
「君はやることがいちいち大げさすぎるんだよ。養子の件もオーディションもそう」
「悪かったな。あ、そういえばまりあは?どうしたの?」
「もう終わり。ゴッチンとあややは分かってくれたから大丈夫」
「本当にいいの?せっかく…」
「元々君に言われて始めたことだし、ある程度お金も貯まったし」
「ごめんね」
「ううん、本当はちょっと辞めたいって思ってたんだ」
「どうして?」
「…君に会えないから」
俯き加減に、頬を染めながら囁くトメコ。
嬉しくて堪らなくて、僕はまたギュッとした。
「もう何処にも行かないでね」
「うん、ずっと一緒だ。大好きだよトメコ」
嗚呼、何度だって言ってやるさ。
それでこんなかわいい笑顔が見れるんなら、死ぬまでずっと隣で言い続けてやる!
覚悟しろよ!トメコ。
「大好きだ!大好きだ大好きだ大好きだ大好きだ大好きだ大好きだぁ!トメコ!」
3月の空は青く、どこまででも飛んでゆけそうで。
まだ少し肌寒い北風も、キミとなら何の問題もなくって。
多分これから降りかかる難題障害も、今は全然気にならなくって。
ちょっと気がかりなことといえば…
今誰か人が来たら隠れなきゃいけないかなってことであって。
まぁそれまではこのままトメコを抱きしめているつもりだから。
とりあえず…
うん、とりあえず幸せだ。
僕は今、幸せだよ、トメコ。
最終話「AS FOR ONE DAY」終わり
僕トメ裏話(その6)
再読の方はわかると思いますが、最終話は大幅修正してあります。
特にラストシーンはほとんど丸々書き直しました。
僕自身、ラストシーンは書き足りない所が多かったと思っていましたので、
今回の加筆でかなり満足いく仕上がりになりました。
通常版既読者の方は最終話だけ読み直してもらっても結構です。
さてさて、これでようやく幻のエピローグに突入できます。
三篇に分けて今日明日中には完成させるつもりです。
エピローグ@「トメコの家族」
エピローグA「まりあ」
エピローグB「??と???」
という予定になっておりますので、あと少しだけお付き合い下さい。
( `◇´)<保全やで
170 :
ななし:03/08/07 13:25 ID:Txviys/9
エピローグ期待age
エピローグ@「トメコの家族」
「ごめんなさい。パパ、ママ、短い間れしたけろ、おしぇわになりました」
血の繋がらない両親に向けて、別れの言葉を放つ希美。
「いつでも帰って来なさい、それでも希美は私たちの大切な娘なんだから」
両親はそんなセリフで希美を送り出す。
感極まった希美は、もう一度パパとママに抱きつく。
「ののは幸せものれす。パパとママがふたりずついるのれす」
発車のベルが鳴る。扉が閉まる。電車は走り出す。希美は行ってしまった。
ホームに残された二人は抱き合い、愛する娘の幸せを願った。
懐かしい、だけど変わらない、駅のホームに希美は降り立った。
自動改札口をくぐると、駅のベンチに一人の女の子が座っていた。
ベンチに座る女の子は、希美を見るとちょっとすましてはにかんだ。
「姉ちゃんアイドルやのうなったみたいやし、一人できっと寂しいやろって」
「やっぱり双子ら。考えること同じなのれす」
同じ背格好した最強コンビは、半年ぶりに抱き合った。
「ほな、いこか?」
「ほな、いくれす!」
トメコの家は、雑木林を抜けた奥地にある小さな木造アパート。
大きなテレビも、ふかふかのソファも何もない。
六畳一間に台所と洗面所とお風呂だけの部屋。
「お父さん退院おめでとー!カンパーイ!」
「カンパーイ!今夜は無礼講やでぇ!」
「一徹おめれとうなのれす!」
「まったく、またやかましくなるわ」
嬉しそうな三姉妹の声。
素直に喜ぼうとしない相変わらず頑固な父、一徹。
そんな一徹をからかって遊ぶのんとあいぼん。
質素だけど、それでも愛情込めて作った料理を並べるトメコ。
僕はそれをおいしそうに食べる係。
トメコの家族は、今日もみんな元気です。
エピローグ@「トメコの家族」終わり
エピローグA「まりあ」
「合格者は…石川梨華!!」
ふ〜んって思った。あの子なんだぁって。
確かにかわいいけどさ、もっと歌える子とかいたじゃん。
言っちゃ悪いけど、あんまり歌上手くなかったよね。ていうか下手?
松浦はパチパチ拍手して歓迎してる。
あの子はああゆう子だからさ、だれが来てもきっと歓迎するんだろうね。
カメラの前だし私もとりあえず合わせるけど、う〜んって感じ。
「い、石川梨華です。よろしくお願いします」
「松浦亜弥だよ。あややって呼んで♪一緒にがんばろうね」
「後藤真希、よろしく」
引っ込み思案でなんか影が薄くて、本当にアイドルなんてやってけんのって思った。
ボイトレとかダンスレッスンとかさ、頑張ってるのは分かるけど何か空回りしてるし。
「ユニット名決定!まりあや!イェイ!」
プロデューサーのすんくさん、やっぱりネーミングセンスが分からない。
三人の名前を並べただけだって。そんなんでいいのかな〜?
梨華ちゃんを選んだ理由もイマイチ分かんないし、結構いい加減だよね。
まーね、名前なんかどうだって、私と松浦が歌えば適当に売れるって思ってるんでしょ。
はい、はい、頑張りますよ。
デビュー曲が三週連続一位でミリオン突破だって。
正直、こんなに売れるなんて思ってもいなかったよ。
いくら私と松浦が組んだからってねぇ〜。まさか梨華ちゃん?まさか。
トチらずに歌うのが精一杯のこんな子にそんな力あるわけないって。
「あれー梨華ちゃん!今の写真だれぇ?彼氏?彼氏?」
「ち、違うよ!彼氏なんていないもん!」
「あやしい〜な〜。すっごいニヤニヤして見てたよ〜」
「もうあややったら。これはその…違うの、もっと大切な人なの」
梨華ちゃんは辛いときとか落ち込んだとき、その写真を見ている。
それで元気をもらって、忙しい仕事を乗り切っているんだ。
私と松浦は気になって、よくその大切な人って奴の話を聞いたりしていた。
そいつの話をしているときの梨華ちゃんの顔は、一番輝いている。
紅白出場、年末年始の特番ラッシュを乗り切る。
梨華ちゃんの人気はどんどんどんどん上昇している。
その理由が少しだけ分かった気がした。うまく説明はできないんだけど。
梨華ちゃんをあんな顔にさせる奴、一体どんな奴なんだろう?
少しだけ梨華ちゃんがうらやましいって思った。
セカンドシングルもミリオン到達!
テレビ収録、お客さんの前で歌うときでも、梨華ちゃんは堂々としている。
もうまりあの三番目じゃない。後藤真希、松浦亜弥と並ぶ一人のスーパーアイドル。
その横顔が不覚にも、やけに輝いて見えたときがある。
負けたくないって思った。石川梨華に負けたくないって。
まりあ初のコンサート、三日間で10万人動員という物凄い規模だ。
「今ね休憩中。明日からのコンサートのリハーサルだよ」
「チケット送ったの届いた?最終日の最前列だよ。絶対見に来てね」
「え?」
「え?何?ちょっと待っ…」
それはリハーサル中の出来事だった。
突然鳴った梨華ちゃんの携帯、その電話の後、彼女の顔色が変わった。
梨華ちゃんを支えていた何かが全て崩れ去ったみたいな。
何処かへ逃げ出そうとして、スタッフに止められて、叱られていた。
まるで心だけ何処かへ行ったみたいに、梨華ちゃんから輝きが消えた。
初日のコンサートが始まった。
梨華ちゃんは明らかに精彩を欠いている。私と松浦の二人でなんとかカバーする。
なんとなく理由は分かってきた。どうせ例の「大切な人」って奴だろ。
しょうがねえ。石川梨華、やっぱりアイドルむいてないね。
「おい、松浦」
「何だ、後藤」
「二人でやりきる自信ある?」
「…あんたが足を引っ張らなければね」
「フン、決まりだ」
松浦も分かっている。こいつはそうゆう奴だ。
二日目のコンサート開始前、私と松浦は梨華ちゃんに言った。
「今日がまりあのラストステージ。明日、解散だ」
「え?え?ごっちん?あやや?二人ともどうしたの?何言ってるの?」
「迷惑なのよね〜。中途半端な気持ちの子と一緒に組まされるのって」
「松浦の言うとおりだ。もう愛想が尽きたんだよ」
「違うの!あの…私、そんなんじゃなくて…」
「事務所とすんくさんにはうちらから言っておく」
「梨華ちゃんは、明日解散発表したら何処へでも行っちゃっていいよ」
「ごっちん。あやや。もしかして…私の為に?」
「フン、だからせめて今日くらいはしっかりやってくれよな」
二日目、そして事実上まりあのラストステージが幕を開けた。
この三人で歌うのはもうこれが最後。別に感傷に浸る訳じゃないけど。
松浦、梨華ちゃん、ちょっとだけ楽しかったぞ。口には出さねえけどな。
「まりあ、解散します」
おもしろかったね。みんな驚いてた。観客もスタッフも、みんな。
三日目。ステージには二人しかいない。私と松浦だけ。梨華ちゃんはもういない。
嵐のように私達の前に現れて嵐のように去っていった女の子。
あれは夢だった。まりあっていう名の短い夢だったんだ。
これからはまた後藤真希として、ソロ活動に戻るだけ。
まぁこんな勝手しちゃったから、それもできるか分からないけど。
でもこれだけは言える。
石川梨華、あんたに会えてよかったよ。
「後藤、起きろ!新メンバーやぞ」
「んあ〜眠ってた?んん?すんくさん、今なんて?」
世の中わからないものだ。あの事件がさらに「まりあ」人気に拍車を掛けてしまった。
「まりあ」復活を望む声が事務所に殺到し、私はまた呼び出されたのだ。
なんてこった。松浦、またお前と組むことになったのかよ。で、あと一人は?
「ユニット名はもう決まっとるぞ!ごまっとうや!イェイ!」
あーあ、またやっちゃった。
エピローグA「まりあ」終わり
改訂版、良いですね。
通しで読み返して見ると、ぐぐっと来ます。
ところで作者さんは、今回登場していない、あるメンバーはお嫌いなんですか?
私は『いし??』オタの、??オタなので、脳内変換して読んでますが。(W
エピローグや番外編が完結したら、門外不出の『いし??』Ver.を作って保存しようかなと思ってます。
>>178 あのねぇ…実はねぇ…
続きをどうぞ
本日ラスト更新します。ここまで読んでくれてありがとうございました。
エピローグB「??と???」
「ねぇ、キミは女の子なんだからさ、自分のこと僕って言うのやめたら?変だよ?」
「別にいいだろ。昔からで、もう慣れちゃったし」
「ただでさえ男の子っぽいんだから…普通に私って言いなよ」
「僕が私ぃ?なぁんか気持ち悪ぃ」
「そんなんだから圭織に弟扱いされたり、希美達に兄ちゃん呼ばわりされるんだって」
「もぅ…しょうがねぇな。私は〜。これでいいんだろトメコ?」
「うん!あともう一つ!私のことも名前で呼んでよ」
「トメコってあだ名嫌だった?」
「嫌じゃないけど…だけど君には名前で好きだって言ってほしいの」
「え!ここで言うの?恥ずかしいよ」
「言って!梨華好きって言って」
「む〜〜………梨華好き」
「もっと大きな声で!」
「私は石川梨華が大好きだ!…これでいいんだろ」
「うん♪」
「それじゃあさ、僕の…じゃなかった。私のことも名前で呼んでくれよ」
「え?うん…いいよ」
いつか大人になっても
もう二度とこんな恋はできないだろう…そんな風に思わせる恋をした
まだ青くて、何の力も持ってなくて
だけど彼女が好きで、ただ、ただ彼女が好きで
その為なら他の何を捨ててもいいって…どんなことでもしてやるって…
そんな風に思わせる恋を私、石川梨華はした。
彼女の名前は…
「じゃあ、言うからね。ちゃんと聞いてよ」
「もちろん」
「エヘヘ…照れちゃうなぁ」
「ずるいぞ。私も言ったんだから、梨華もちゃんと言えよ」
「言いますぅ。いくよ」
「…ん」
「私、石川梨華は吉澤ひとみを愛しています。…大好きだよ、ひとみ」
エピローグB「梨華とひとみ」終わり
「僕とトメコ」完
僕トメ裏話(その7)
「最後の一行で物語を180度変えてしまうミステリーこそ、最高のミステリーである」
何処かでこんな文を目にした。
それが、この小説を書くきっかけとなったことです。
ちなみに石川の父「一徹」はあくまでただの父親役であり、娘とは何ら関係ありません。
「吉澤ひとみ」という存在を隠し通す為のカモフラージュでしかない脇役です。
初めから普通の恋愛小説を書く気なんてこれっぽっちもなかった。
この最後の一行を書く為に、伏線張って張って張り通した。
だから一回dat落ちしたときのショックは、想像以上でした。
あのシーンも、あのセリフも、あの行動も、全部この一点を伏せる為のものだったから。
完全版という形で完結できたこと、素直に嬉しく思っています。
また次回作でお会いしましょう。
一言
やられたーーーーーーー!
乙!
ハァ〜すっきりした。
わざわざ「主人公の部活をバスケ部→バレー部に修正して下さい」みたいなこと書いてあったのもわざと?
そうだったのか…
完璧にやられました
次回作、期待しています
まいった。
最初から読み直して、いろんな所に仕掛けられた物に気づいた。
作者さん最高!
またいいもん書いて下さい!
【解説】
蛇足かもしれないですけど、一応解説述べときます。
本文には随所にヒントが隠されていました。まず「僕」について。
・「僕」はバレー部である。
・「僕」には兄弟がいる。
・「僕」は藤本美貴より身長が10cm程高い。
・外面はおおざっぱだが、内面は繊細で一途である。
さらに僕が女性であるという点においては、より確信的な文もありました。
例として第二話、僕がトメコの家でトイレを借りるシーンをあげます。
>尿意を感じた僕は、食事の前にトイレを借りることにした。
>扉を開けた途端に芳香剤の匂いが鼻に付く。狭い部屋だから気を使っているのだろう。
>和式便所を見てトメコもトイレするのか、なんて下らないことを考えちょっと落ち込む。
>「おかえりなさい」
>便座にまたがっていると、扉の向こうからトメコの甲高い声が聞こえた。
>僕は急いでズボンを上げる。きっと父親が帰ってきたんだ。何だか緊張してきた。
ここでの一連の行動は「僕」が男性である場合、不可解なものとなります。
通常、男性は小で和式便器を使用する場合、ズボンを下げそれをまたぐことはないのです。
この様な例は他にも多々見られます。第5話の温泉シーンはその顕著な例でしょう。
作者自身、一番気を使い苦労した場面だと裏話にて漏らしています。
いくら小説とはいえ「僕」が男性である場合、あの様な流れになることは考え難いのです。
よってあそこは女の子同士でふざけ合っているシーンと見ることができます。
また、第8話アイドルオーディションで偶然出遭った藤本のセリフに注目してもらいたい。
>「まさか、お前達もここまで残ったのか?」
>「僕はトメコの付き添い。トメコを合格させるんだ」
>「そう…なんだ」
ここで藤本は確かにお前「達」と述べている。
「僕」と「トメコ」の二人をオーディション候補者と勘違いしたのだ。
女性アイドルオーディションであり、仮に「僕」が男性であれば間違えるはずはない。
男なら言われなくても付き添いだと分かる。
しかし藤本はここで説明を受け「そう…なんだ」と理解したのだ。
これより、「僕」がある程度端正な容姿を持った女性であることが伺える。
この様に「僕」=「女」であるという要素は物語のあらゆる所に隠されていたのだ。
登場人物のちょっとしたセリフの中にゴロゴロ見つかる。
>「お前と藤本なら別に問題ないやろ」
これは第四話、部屋割りに対する中澤先生の言葉である。
「女同士だから問題ないだろ」というニュアンスを含んでいる。
また第三話、藤本にプレゼントを考えてもらうシーン。
>「クリスマスプレゼントなんだけど…女の子って何貰うと嬉しいか教えてよ?」
>「ハァー?知らねえよ!そんなもん自分で考えろ!」
「(お前も一応女なんだから)自分で考えろ」と言いたかったのだ。
さらに最終話では、「僕」が男であっては成り立たない場面が存在する。
記者やマスコミが横行する場で、「僕」とトメコは手を繋いで写真を撮っていた。
この時点でトメコは大ブレイク中のトップアイドルである。格好のスクープ対象だ。
しかし物語ではその様な問題についてはまるで触れられていない。
「僕」が女だったからである。
男の友達は物語上一貫して「男友達」という表現が使用されてきた。
「僕」が男だったら同姓の友達にわざわざそんな表現を使ったりはしない。
「僕」が女だったからである。
あの頑固な父一徹が、いきなり娘が男を家に呼んでも何も言わない。
「僕」が女だったからである。
この様に、ありとあらゆるシーンでその事実は見受けられる。
吉澤ひとみの視点でこの物語を読み返してみるのも一興かもしれない。
吉澤ひとみは同姓に好かれやすい女の子だった。
クラスで一人ぼっちの子をほうっておけない女の子だった。
ちょっと情けなくて弱音を吐いたりもするけど、一途に頑張る女の子だった。
これはそんな吉澤ひとみと石川梨華の物語。
最後に一言。
ハロモニコントで頑固一徹一家の復活をキボンヌ。
190 :
sage:03/08/08 17:38 ID:TqYtl3/p
う〜む。
「和式便所」なのに「便座にまたがっていると」のところで
ん?
と思っていたが…
まさかまさか。完全に騙されたw
とても面白かった。ありがとう。
191 :
190:03/08/08 17:44 ID:TqYtl3/p
あまりの興奮で
sage位置間違えた。。。
すみません。
192 :
名無し男:03/08/08 18:30 ID:TdObJg9g
僕(ホントに男ですよ)は和式で小するときズボンを下げて便器を
またぐのですが・・・。和式で小っていうのはシチュエーションとしては少ないですからね。
ま、そんなことはどうでもいいですよね。
最高に面白かったです!
さすが辻豆。一筋縄ではいかんな。
でも完全版を最初から読み直してたら、泣きまくっちゃったよ。
むしろそっちのほうがくやしい。。。
完全に脳内俺にして読んでたヲレのバカバカ(w
まいった。しかし面白かった。
もう一回頭から読み直します。お疲れさんでした
前から桃板の小説感想スレで紹介されていたのは
ある意味正しかったのか…
最初スレ違いかと思ってたんだがw
辻豆さん
ごめんなさい!
そんなつもりでは無かったのですが、ネタバレしてしまいそうでしたね。
通常版から通して読んでいて、何故、吉が? と言う疑問が離れませんでした。
私はカオの弟のくだりでもしかして?と言う予感がしたのですが。
いずれにしても、『いし??』Ver.を作る必要が無くなり、ほっとしています。
やられました!
197 :
:03/08/09 02:32 ID:jdHPla7U
いい意味でだまされ続けました。
それにしても、ハロモニのあの一回の放送で、ここまで話を
膨らませるとは・・・・・こちらの方に脱帽です。
ちくしょー!まんまとやられた!
主人公を男と決め付けて最後の最後まで読んじまったよ・・・・
俺の負けだ。辻豆、アンタすげーよ。
やられた・・・マジで騙されてたw
主人公を自分に置き換えて感情移入されてたのに
今までの俺のこの感情はなんだったんだー
次回作も今回以上にイイ意味で期待を裏切る作品を期待しています。
我望、番外編
我望、大泣
保
う〜む
主人公の「君」はよっすぃ〜のことだとは薄々勘付いておりましたが
まさか女の設定だとは思いませんでした。
脱帽。すごい面白かったです。
204 :
名無し:03/08/11 22:10 ID:OR8OMvJl
保全!”!!
女の設定というところに少し萎えてしまう自分も居ますw。。。
最初から思い込みで吉澤を僕と置き換えて読んでいたわけだが・・・
とくに感慨もなく、普通でしたね
>辻っ子さん
めちゃくちゃ面白かったです。
ただ、この話ならよっすぃーは男でも良かったかな〜なんて思ったりもします。
(気に障ったらごめんなさい)
ただ、今までよっすぃーが男の設定の小説には拒否反応を起こしてたのですが
これはそれでも良いって初めて思った程
超傑作でした。
次回作期待してます。
最高。
>205
そんなネガレスして面白いか?
周りを盛りさげようとしてるんだろうが
かわいそうな奴と思われるだけだぜ。
>辻豆さん
>>5の過去ログでが、あのURLだと「モームス最大トーナメント」の
後半が見れません。
これはわざとそうしてるのですか?
まさか「後半は忘れてくれ・・・」とか?
正直に書いただけなのでどう思われようと関係ない
他の人の批評もあまり読んでないし、ただ純粋な作品への感想
温泉のあたりで気づいてもよかったはずなんだけど
某一緒にスレではこのぐらいの御都合主義は当たり前なのでスルーしてしまった
京極の新刊読み終わったばっかりなのにこのざまかよ俺
狼の4期スレで紹介したら
変なの(たぶん○期ヲタ)が混じってきたみたい
辻っ子さんすまぬ。
最初に書きはじめた日から見てるが
そんなに自分と違う感想持つやつが嫌なのか
作者が言うならともかく、なんでそんな思い込みで発言するのか
いろんな感想があってもいいじゃない
マンセーレスばっかじゃないのが飼育にはない面白さかもしれないよ
俺はこの作品大好き
番外編も期待
>>205 種明かしされた後に何を言っても遅いわけで・・・・・
ま、俺も気づかずに楽しんでいたから人のことは言えないが。
>>214 わざわざ蒸し返さなくても(ry
とりあえず番外編と前言ってたトメコ書く前に考えてたって話が読みたいなぁ
日本語すら理解できないのか
最初(1話更新時)からだと言うことだと思うが・・・
保全する?
馬鹿のせいでちょっと汚れちゃったね
放置もできないのか
いちいち反応するぐらいなら前スレもちゃんと保全くらいしとけよ
嘘でも最高と書いてとけば汚れないってのか
保全しよう
馬鹿とか自分を乏してるやつのほうが汚してると思うけどな
辻豆さん、
>>5で挙げたもの以外は見て欲しく無いのかな。
作戦会議とか好きだったのに。
(0^〜^)<保全だYO!
205じゃないけど何時の間に羊は好きな事を言えなくなったんだ?
昔からの辻豆の読者なら知っていると思うが、結構好き放題言われ来てたぞ。
205はかなり辻豆好きそうだし。
まー夏休みだからな。
今読み終えたものです。種明かしを読みもう一回最初から読もうと思ってますが
今更ですが「孤児院」って言葉は可笑しいというかキツくないですか
「施設」程度の言葉で良かったような。
あそこらへんのくだりでなんかヤスが悪い人かと思っちゃいましたよ。
だって人を簡単に犯罪者になるなんて決め付けるなんて。
まぁでもそこらへんは作者さんの味かもしれないので
聞き流してくださってかまいません。
ハロモニ。劇場〜駅前交番物語〜
頑固一徹ファミリーの秘密が徐々に明かされる・・・
来週は一徹ファミリー登場予定。期待sage
228 :
保全:03/08/18 01:08 ID:KXs0bScY
番外編希望
229 :
七氏:03/08/18 02:37 ID:Zk1xaQm2
はじめまして。
今、読み終わりました。
すっげぇー良かったです!
最後まで読んで更に最高に良かったです。
素敵なお話をありがとうございました。
思いっきり騙されてしまいましたw
久々にすげえなあって思った小説に出会えた気分
次回作楽しみに待ってます!
232 :
:03/08/19 14:08 ID:RItjReEd
233 :
sage:03/08/19 20:29 ID:E2SmNL/Y
234 :
保全:03/08/20 02:25 ID:9I3uUYUF
番外編希望
作戦会議懐かしいなぁ
240 :
保全:03/08/23 17:22 ID:GLq780YR
盛り上げていこう
盛り上がって参りました
下腹部だろ
>>238 もう2年前だからな
ところでちょっと前にどこかのスレで辻豆さんが
「今は別の名前で書いています」
みたいなことを書いていたけど、あれって偽物だったのかな。
ハロモニ。劇場〜駅前交番物語〜
頑固一徹ファミリーの日常生活が明らかに・・・
来週も一徹が登場。期待sage
保全
そういやこないだのハロモニで
藤吉石はこの小説そのものな構図だったな
保全
253 :
んぁ:03/08/29 00:46 ID:RqEMHBcv
ほしゅ
保守
番外編激しくきぼんぬ
数えていくと、実は出てきてない卒メンがひとり‥
と思ったら、トメコ母の写真に、鼻ピーがっ‥‥ってことでもいいですかね
辻豆さん。
いや〜感動しました!本気で泣けてきてしまいました。『よかったね。よかったね。トメコ!』と思ったのも
束の間..........騙された!!なんとなくおトイレのところが怪しかったが.......
是非とも次回作を希望します。
264 :
名無し募集中。。。:03/09/05 19:19 ID:VdV+vb0+
265 :
ナナシ:03/09/05 21:17 ID:vHd2xwdu
>>辻っ子氏
すべて読ませていただきました!!
ここ最近、小説スレをあちこち見てきましたが、ここまで感動した小説は初めてでした。
会社だってのに泣いちまった…。
もうこのスレには来ていただけないのかもしれませんが、これからもがんばってください。
今夜はぐっすり眠れそう。
幕間A「辻と加護」
「東京の辻さんと奈良の加護さんかー。なぁのんはどっちの家がええ?」
「ろっちれもいいのれす」
「いつまですねとんねん。自分で決めたことやろ」
「じゃあ加護さんれいいのれす」
「加護希美かぁ。うちは辻亜依になるん?変な感じやね」
「かろのろみ…れすか」
「言えてへんで」
「やっぱり辻さんにするのれす」
「言うてみ」
「ついののみ。言えたのれす」
「いや言えてへんて」
「いいのれす。ディズニーランドがあるから東京がいいのれす」
「ディズニーは千葉やで。まぁええわ。うちも関西行ってみたかったし」
「決まりれすね」
「そやな。これでもう石川亜依とはお別れや」
「バイバイ、いしからのろみ」
「それも言えてないんかい!」
どうもお久しぶりです。
通して読んでみたら完全版は幕間Aを入れ忘れていることに気付き、慌てて載せました。
目次どおり第六話と第七話の間の話と思って下さい。(この時点でもう完全じゃない…)
【ハロモニについて】
この作品を書き終えてから、ハロモニ見ていても変に意識してしまう様になりました。
藤本が吉澤にベッタリくっついたりすると「小説が現実に!」と大興奮。
そのあと石吉が「行くか」と仲良くするとキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
頑固一家の復活にはもちろん狂喜乱舞。
かわいそうな辻加護。玄関みたいな家。最後の夏休み。海に行きたい。
様々なフレーズが「僕トメ」とリンクしている様で過剰反応してました。
【番外編について】
さて番外編の件なんですけど、本当に申し訳ありません。
>>112の時点では確かに書きたいという気でいたんですけど、
エピローグまで書き終えた後、どうしても筆が進まなくなってしまいました。
あのラストにかなりこだわっていて、その後に何も加えたくないという気持ちが
湧き起こってきたのです。散々考えた挙句、書かないことに決めました。
「僕とトメコ」は本当にもう完結です。その後の彼女達は読者のご想像にお任せします。
待っていてくれた方、本当に申し訳ありませんでした。
その代わり次回作の方は鋭意執筆中です。トメコとはまるで方向性の違う内容ですが、
おもしろくなる様頑張りますんでよろしくお願いします。
近日中には公開したいと思っとります。
おで待ってる!いつまでも待ってんかんなーーー!
辻豆乙。
幕間Aは気づいてたけどツッコまなかったよ。何かあると思ってた。残念。
番外編も期待してたけど、そういう事情なら納得。
確かに付け足しするもんじゃないな。
次回作期待sage
辻豆さん、乙です。
頑固一家の復活は、この小説を彷彿させるものでしたね。
次回作期待してまつ。
273 :
名無し募集中。。。:03/09/09 20:13 ID:CKugSdX+
期待age
温泉のシーンで『いくらなんでも男女が一緒って・・・辻豆さんも落ちたな』とか思ってました。
完全にやられました、脱帽です。
275 :
ほぜん:03/09/14 00:08 ID:NPbfuWYo
番外編無いの、残念だな。
ま、仕方ないけど。。。
hozen!
278 :
辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/09/15 20:04 ID:4hpjuobC
キィィィィィタァァァァァァ━━━(゚∀゚)━( ゚∀)━( ゚)━( )━(゚ )━(∀゚ )━(゚∀゚)━━━ァァァァァァァ!!!!!
まだ読んでないけど
次回作期待sage
281 :
通行人:03/09/21 23:42 ID:jHr22z5n
保全
282 :
:03/09/22 14:19 ID:c5R5hfqP
このスレは今後どうするの??
最近駄文を書きはじめたんですが「」の台詞の文とそれ以外の
状況とか様子をあらわす文を書いてると視点?というか何か文体が
滅茶苦茶になって自分で読み返してもなんか読み辛いんですが
なんかスッキリ読ませるようにするにはどうしたらいいんでしょうか?
保全。。。
286 :
:03/10/01 01:29 ID:2oA11ql7
S.K.保
ho
今、話題の匿名掲示板で連載中の作品が小説化の見通しだ。
26日、講談社小説担当編集長、森宏治氏が朝日新聞の一面に以下のように語った。
「2ちゃんねるというサイトに、素晴らしい文才を持った作家がいる。
来月までには出版許可を取りたいが、作家が誰なのかいまだに掴めていない。」
2ちゃんねるというのは、一日に100万アクセスを超える巨大掲示板郡。
サイトの管理人とも協力し合っているが、匿名をウリに発展したサイトだけに、
作家を探し出すのは容易ではないようだ。
森氏は「非常にクオリティの高い作品。パソコンの画面上からあらゆる制限を乗り越えて、
人間を感動させてまでに到っている。
直木賞などにも推薦する」とも語った。(共同通信)
[9月26日10時58分更新]
289 :
名無し募集中。。。:03/10/10 20:28 ID:MRyI1+3e
ふーん
保守新党
保
石川梨華の「僕とトメコ」は完結したと言いました。
もし新しいヒロインを迎えての「僕とトメコ2(仮)」を始める
と言ったらどう思いますか?
あくまでもしも…の話ですが。
>>292 書きたいものを書けばいい
( ^▽^)<なんって直接顔見てっ言っえない ファイ♪
ので是非読ませてぷりーず
>>292 読まさしていただきます
『僕とトメコ』という題名にする必要があるのかないのか、
その辺をしっかり判断していただければそれで。
ゴロッキーズ見てこの小説読むと妄想がとまらない
レスありがとう。
問題点は今別の小説書いてるってこと。
昔ほど時間もないし。
ヒロインだけは決まってるんだけど。
気長に待ちますよ
マターリ行こうや
まぁ気をとりなおしてトリック劇場版でもみるか
見終わった。
売れないキショマジシャン石川と貧乳天才大学教授ののたんの推理小説でも書くか
「おまえらのやってることはじぇんぶまるっとおみとおしなのれす!」
「ちょっと!私のセリフとらないでよ!」
「ろんとこい!」
「辻!」
くぅーーー。何度もおかしいとは思ったんだよな。
トイレの描写も変だと思ったし
男子と同室になるわけないし温泉もありえないし…
でも
>>32の息子発言はトメコちゃんきっついなぁ。
303 :
名無し募集中。。。:03/10/20 10:31 ID:mmfMvdLv
一気に読んでしまいました。
そして見事にだまされました。
ミキティはレズということでよろしいんでしょうか?
すいません、sage忘れました。
普通に面白いなー、上手いなーって思いながら読んで
ラストでやられて、別目線でもう一度読み返しましたよ。
まさか僕=吉と気付かなかったのは、途中の裏話で
>いつどこで「僕」がのんと駆け落ちしてしまうか一人でドキドキもんだったよ。
とあったからで、吉辻読みすると、これって
県庁所在地の頃にののたんがなんか男の子っぽくふるまってた時に
「ののたん、よっすぃーの真似っ子してるみたい、可愛いvv」
とか思ってた私の理想そのもので萌えvv
偶然このスレを上げててくれた303さん、ありがとvv
辻っ子さんも素晴らしい作品をありがとうございました///
この小説見ながら”ケメ子の歌”を聴くと
しみるねぇ。
ホゼム
308 :
辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/10/26 10:26 ID:PK3YyT6A
>>303 ミキティはレズという訳ではなくて…僕(吉澤)だけが特別だったんです。
結局書けなかったけど、その後のエピソードとして、
高校に入ったミキティが男の彼氏を作って幸せになる、という構想がありました。
それで僕と久しぶりに再会したときの会話。
「どうだザマーミロ。お前よりかっこいい彼氏つくってやったぜ」
「だから僕は男じゃないっつーの!」
>>308 なるほど。そういうことでしたか。
勝手にアホな妄想を繰り広げてしまいました。
最終的に全員レズだと思った漏れって。。。
最高でした。
最後の裏話を読んで、筒井康隆のロートレック荘殺人事件を思い出しました。
>>313 それ読んだことないなぁ
参考に今度読んでみようかな
∋oノハヽo∈
∩ 、( ´D`)
⊂ ⌒ヽ,,,,,,つ つ..,,_
,. ‐''"´ ,,, ,,, ,,, ,,, `'‐.、 (○)
,.‐´ ,,, ,,, ,,, ,,, ,,, ,,, ,,,`‐ヽ|〃
保 全
ほ
318 :
313:03/11/09 04:04 ID:vJ2/J60l
まさに最後の一行で物語を180度変えてしまうミステリーです。
筒井康隆による徹底された文章の仕掛けを辻豆さんにも堪能していただきたいです。
余談です。当方梨華ヲタですが、
この作品ほど石川梨華が違和感なく忠実に表現された作品には
これまで出会ったことがありません。
またいつか別なシチュエーションで、石川梨華が主人公の作品を
辻豆さんが創作したくなってくれたらいいなと願ってます。
ありがとうございました。
ホゼン
ho
ze
n
>>318 基本的に辻オタなんですが、
この小説を書いている期間は、間違いなく石川梨華に恋をしていました。
そんくらいのめり込んで執筆してたから、多分同じ様にはもう書けなそうです。
324 :
名無し募集中。。。:03/11/23 23:03 ID:/+aCotLq
久々に
トメコキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
「ジブンのみち」から流れてきました。両方ともむっちゃ面白かったです。
辻っ子のお豆さんってコテハンは見覚えはあったけど何故か作家さんであることを今まで知らなかったw
嫌な奴がいないというのもDDの漏れには読みやすくて良かったです。
そろそろn-dayですか
じゃあほ
test
ほ
ze