小説 『ふるさと』

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1AB-LS
登場人物未定
細かい設定ミスはご容赦
2名無し募集中。。。:02/02/08 22:41 ID:Zj48I73c
2
3AB-LS:02/02/08 22:41 ID:M231i/ND
 − 2001年12月 成田空港 日本 −

 無機質な光を瞳に湛えた一人の少女が空港に降り立った。
 平均的な日本人に比して彼女の肌は心持ち浅黒く、またその健康的
 な色合いからはこれまでの生活環境の一端を窺い知る事が出来る。
 季節柄厚手の衣服を身に纏ってはいるが、全体的に華奢な構成であ
 る事は容易に想像出来る。
 物腰には無駄が無く、ともすれば機械的と受け取られそうな、いや
 正確には一般人が見たら間違い無くそのような印象を持つであろう
 が、その内側には尋常ならざる気を、常に縦横無尽に張り巡らせて
 いた。
 この平和な日本という国では、少女の放つ独特の空気を感じ取れる
 人間は皆無に等しかったが、それは少女にとっては寧ろ好都合であ
 った。

 入国手続きを迅速かつ極めて事務的に済ませた少女は、周囲の雑踏
 など全くといっていい程意に介さず、そのまま空港の外へと歩を進
 める。
 彼女がこの場所を訪れたのは初めての事だったのだが、僅かながら
 の既視感があったのは事実だ。
 それは恐らく自らのルーツに関する理由からであり、実際にはその
 事を客観的事実として知覚しているが故の思い込みに過ぎないであ
 ろう事も、彼女は理解していたが、その真意を探り出す事に然程の
 価値も見出せなかった。
4AB-LS:02/02/08 22:42 ID:M231i/ND
 少女の両親はこの国に生を受け、この国で育ち、そしてこの国で出
 会った。
 ただし彼女にとってそれはあまり意味を成さない過去の履歴の一つ
 にしか過ぎず、殊更感傷的な気分に浸るような事はなかった。

 屋外へと続くドアを潜り抜け、その端正な顔立ちに冷たい外気を受
 け止める。
 それは彼女が初めて感じる冷気であり、初めて知覚する臭いでもあ
 った。
 頭の片隅で、遠く離れた暖かい故郷の事を思い出しながら、誰かを
 捜すように彼女はあたりを見回した。
 周囲には車が数台停まっており、また帰国者の出迎えと思しき人々
 が忙しそうに移動しているのが確認できた。
 彼女の求める人物はその視界にはいないようであり、終始無表情と
 思えた顔に刹那焦燥の色が浮かんだが、すぐに元の落ち着いた表情
 を取り戻し、思い出したように天を仰ぎ見た。
 目を閉じて、しばらくそのままの態勢で周囲の喧騒から乖離した世
 界に浸る。
 思えばこれまで常に自分の周囲の世界に神経を張り巡らせて生きて
 きた。
 意図的にその防衛線を解除する日が来るなどとは、夢にも思ってい
 なかった。
5AB-LS:02/02/08 22:43 ID:M231i/ND
 瞼で暗幕が張られた何も無い空間に流れだす映像、音声。
 この地を踏むまでに経た単調ながら特異な生活、出会った人々、離
 別した人々、これまで体験してきた出来事が浮かんでは消え、消え
 ては浮かび、徐々に全身が不思議な感覚に支配され、時間軸の存在
 から切り離されていく。
 これまで艱難辛苦の連続ではあったが、可能な限りその中で光彩を
 放つ僅かばかりの幸せな記憶だけを紡ぎ、夢のような世界にその身
 を沈め込む。
 
 (こんな世界が、まだ私の中には残ってたんだ。)
 素直な喜びとも、自嘲ともとれる思いを抱きつつ、再び甘美な微睡
 のような領域に戻る。
6AB-LS:02/02/08 22:44 ID:M231i/ND
 永遠に続きそうな気さえした彼女の安穏の時間であったが、右腕を
 背後から掴む何者かの手によって突如打ち破られた。
 手からは明らかな攻撃的意図が伝わってくる。
 頭で考えるよりも速く、条件反射的に自己防衛回路がオンになる。
 振り向きざまに左手で相手の手首を流麗な動きで捻りあげる、と同
 時に左足が相手の両足を薙ぎ払う。
 
 見事としか言い様の無い一連のアクションの結果、次の瞬間には彼
 女の足元に“突然の襲撃者”が、完全に攻守を入れ替えられ横たわ
 っていた。
7AB-LS:02/02/08 22:46 ID:M231i/ND
「や、保田さんっ!」
 襲撃者の顔を確認した後、彼女は一際甲高い声をあげた。
 見事投げられながらも寸前でなんとか受身を取った保田と呼ばれる
 女性は、腰のあたりを押さえながら、苦悶と喜びの入り混じったよ
 うな表情を見せた。

「相変わらず腕は一級品みたいね、石川。安心したわ。」
「全く、2年振りの再会だというのに、もうちょっとマシな登場の仕
 方はできないんですか?」
 先程までの驚きの表情を薄らと残したまま、呆れたような口調で問
 い掛ける。
「ゴメンゴメン。久し振りにあんたの動きを見ておきたかったのよ、
 なんてお気軽に手を出していい相手じゃなかったけどね。
 随分高くついちゃったわ。」
 堅いアスファルトに叩きつけられた腰を擦りながら、保田は皮肉交
 じりに言った。
「…ご、ゴメンナサイ。」
 少し間を開けてそう申し訳なさそうに呟いた石川に対し、保田は多
 少の責任を感じたのか、すぐさま本来の用件を切り出した。
「ま、いいんだけどさ。今のは私の方にも責任あるんだし。
 それよりもビックリしたわよ、突然日本に来るなんて手紙遣すから。
 オマケにマトモな説明も殆どないのに、厄介なお願い事ばっかり書
 かれてるんだからさ。」
「それも…ゴメンナサイ。保田さんぐらいしか頼める人がいなかった
 んです。」
「ぐらいは余計よ。」
「ゴメンナサイ…」
8AB-LS:02/02/08 22:47 ID:M231i/ND
とりあえずココまで
次回は気が向いた時にでも
9名無し募集中。。。:02/02/09 13:37 ID:AYODM3yI
ほぜむ
10ねぇ、名乗って:02/02/10 15:34 ID:mLZfQglK
とりあえず、更新を待とう……
11AB-LS:02/02/10 17:28 ID:9j5e+t9s

 普段表情すら変える事が殆ど無い石川であったが、どうもこの保田
 圭といる時は勝手が違った。
 石川の素性を知る数少ない人物であり、同時に石川にとっては元上
 司にあたる人物でもある。
 そして石川が多少なりとも心を開く数少ない相手でもあった。

「とりあえず、住むところは手配してあるわ。一応私の名義になって
 るけど、別に構わないわよね?」
「ええ、結構です。」
「あと、仕事だけど…その前に確認なんだけど、石川あんた本当に抜
 けたのよね?」
 その表情からは明らかな疑念が見て取れる。
「そう手紙に書いたはずですけど。」
「それは読んだわよ。ただ、イマイチ解せないのよね。
 確かに私達は組織から見ればただの手足に過ぎないかもしれないけ
 ど、それでも一応はエージェントよ。
 組織の情報を相当量は把握しちゃってるわけだから、そんなに簡単
 に抜けられるわけないわよね、普通は?」
「その部分については私自身にも詳しい事はわからないんです。
 ただ、お父さんが生前からそういうふうに、それもかなり上部にま
 で手配していたらしいという事しか。」
「…んんん、まあ石川がそういうなら私は別にそれでいいんだけどね。
 ただ、一応それなりの相手に紹介するつもりだから確認しておきた
 かっただけ。
 あとから『ごめんなさい。知りませんでした』が通用する世界じゃ
 あないのは、石川自身がよ〜くわかってるでしょ。」
「はい、ただ…」
12AB-LS:02/02/10 17:30 ID:9j5e+t9s

 石川の様子からは、本当に細かい事情を知らないらしい事が窺えた
 ので、遮るように保田は続けた。
「いいのよ、事情は理解してるから。
 とりあえず、今日はゆっくり休んで、明日になったら相手のところ
 に挨拶に行きましょ。」
 石川は無言で頷く。
「あとは、これね」
 そう言うと保田は周囲を注意深く見回してから、バッグから包みを
 取り出し、石川に手渡した。
「これが一番苦労したわよ。
 この国はウルサイからね、これに関しては。」
「ありがとうございます。」
「グロック18、一般には出回っていないその銃を入手するのは、さ
 すがの私でもちょっと苦労したわ。ま、殆ど組織の力だけどね。
 でも石川、この国じゃあまり使う機会ないわよ、それ。」
「それは私もわかってはいるんですけど、なんというか私にとってこ
 の銃はお守りのような存在で、使う使わないは別として常に携帯し
 ておきたかったんです。
どうしてもこれじゃないとダメみたいなので…」
13AB-LS:02/02/10 17:55 ID:9j5e+t9s

保田にとってはあまり触れたくなかった話題であり、石川にとって
は触れられたくなかった話題なのだろうが、ここで有耶無耶にする
とこの先もっと聞き難くなるであろう事も明白で、保田は少し表情
を固く変化させ、意を決して切り出した。
「……あの娘が使ってたのと同型よね、その銃?」
 途端に石川は俯き加減で黙り込む。
「という事は、まだあの娘の事諦めてないのよね?」
「………」
「別に答えなくていいわよ。
 そんなに簡単に忘れられないのは、私にもなんとなくだけどわかっ
 てたし。
 それより、わざわざ日本を選んだって事は、それなりの根拠があっ
 ての事なのよね?」
 暫く考え込んだ石川だったが、意を決したのかその口を開いた。
「……いえ、そういうわけじゃなくてただの勘です。
 私の中では確信と言っていいかもしれませんけど。
 元エージェントの私が、何の根拠も無く、オマケにひどく感情的な
 結論を出すなんて、自分でも笑っちゃいますけど、それもいいかな
 って思ってます。」
14AB-LS:02/02/10 17:56 ID:9j5e+t9s

これも言うべきか否か迷ったのだが、ここまで来たら後には退けな
いと考えたのかどうかは定かではないが、保田は更に続ける。
「こんな事、あまり言いたくはなかったんだけど、私個人はもう彼女
には会えない方がいいと思ってる。
石川には酷な話かもしれないけど、訓練を受けたとはいえ、あの歳
の女の子が追手の影に怯えながら生きていくのなんて、並大抵な事
じゃないはずよ。
よしんば追手もなく暮らしているとしても、身寄りも無い彼女が毎
日の糧を得ていくのは大変よね。
今どこで何をしているのかは知らないけども、昔のままの底抜けに
明るいあいつのままでいるとは思えないのよ。
もし、私の想像が正しかったとして、そんな姿を目の当たりにする
のが石川の為になるとも思えないし、彼女にとってはそんな姿を石
川に見られるのは、もっと辛いはずよね。」
15AB-LS:02/02/10 17:57 ID:9j5e+t9s

「……そういう可能性も考えなかったわけではないんですけど、それ
でも私はもう一度会いたかった……」
歯切れ悪くそう言った石川が気の毒になった保田であったが、ここ
で止める訳にはいかない。
「石川は、彼女に会ってどうしたいわけ?」
「正直、私にもわからないんです。
会えば、彼女の為に何かが出来るかもしれない、最初はそう思って、
いえ、思い込もうとしてました。
でも、多分それは逆なんです。
両親が亡くなって、何も縋るものが無くなった私が、本当は彼女に
何かを与えて欲しかったんだと思います。
勝手ですよね。私なんかより彼女の方がずっと厳しい環境にいたの
に。」
言葉を失った保田をチラリと見やり、石川はどことなく覚悟を決め
たような、そんな不思議な微笑を浮かべた。
「でもね、今は動機なんてどうでもいいと思ってます。
大切なのは、結果がどうなるかじゃないかと。
組織と無関係になった私にどれ程の事が出来るのかは、今はまだわ
かりません。
ただ私は、彼女が両親の思い出が残ったこの国で、今も哀しみを背
 負いながら暮らしている、そんな彼女に再び会って、何か成したい、
そう思ってます。」
そこまで一気に話し切ると石川は一呼吸入れ、自らも微かな記憶を
 辿るように近いはずなのに遠く離れてしまった過去に思いを馳せた。

−−−
16AB-LS:02/02/10 17:59 ID:9j5e+t9s
更新しました
とりあえずプロローグ終了って感じ

遅筆につき、次回更新は大分先になりそうな予感…
ストックはもうちょっとあるけど
17 ◆KOSINeo. :02/02/10 23:54 ID:l65Pq/gY
小説総合スレッドで紹介&更新情報掲載しても良いですか?  
http://tv.2ch.net/test/read.cgi/ainotane/1013040825/
18AB-LS:02/02/11 13:30 ID:CyS8OT5K
>>17
OKです
「駄文で申し訳」ですがよろしくお願いします
19ねぇ、名乗って:02/02/13 00:23 ID:icZtORni
ほぜーむ
20名無し募集中。。。:02/02/13 22:31 ID:nMV7YJst
保全しとこう
21名無し募集中。。。:02/02/16 04:36 ID:AAzFtTCP
よかった、生きてたw
22AB-LS:02/02/16 22:27 ID:EXajCZOe

1999年 エルサレム イスラエル

「梨〜華〜ちゃん、梨華ちゃんってばぁ!」
 自分の名を呼ぶ、聞き慣れた低目の甘い声で、梨華は現実に引き戻
 された。
 見慣れた殺風景な内装の部屋、いつも通りの人懐っこい笑顔で話し
 掛けてくる友。
 何年も繰り返されるありふれた光景なのだが、決して飽きる事はな
 く、その都度新鮮で楽しく大切な時間を過ごしているような気持ち
 を味わう事が出来た。
23AB-LS:02/02/16 22:28 ID:EXajCZOe

 エルサレム某所にあるモサドの秘密施設。
 梨華は物心付いた頃から、ここでエージェントとしての英才教育を
 受けていた。
 彼女には両親の記憶は一切無く、親と呼ぶには少し年配のユダヤ人
 夫妻の手によって育てられた。
 夫はイスラエルの誇る対外情報機関モサドに所属しており、腕利き
 の諜報員としてその名を馳せる程の人物であった。
 そして、妻もまたモサドの所属しており、今でこそ第一線からは身
 を引いてはいるが、やはり一度はその名を轟かせた女性諜報員であ
 った。

 梨華に対して親としての愛情を一定量は注いだ夫妻であったが、他
 の多数のユダヤ人と同じように、それを遥かに凌駕する民族愛・愛
 国心をその心中に漲らせていた。
 自らの所属する組織で極秘裏に進められていた、諜報員養成の秘密
 プログラム。
 夫妻が梨華の名を所属者リストに刻むのは、至極当然の流れだった
 のかもしれない。
 言語・国際情勢・情報収集方法・暗号・武術・武器の扱い方、数え
 上げれば暇が無いほど、ありとあらゆる事を、梨華はその小さな身
 体に否応無しに叩き込まれた。
 幼い梨華にとって、それは受け入れ可能な限界値を超過していた事
 は疑いようも無く、それでも外部から流入し続ける、侵食性の強い
 情報から己を防衛する為、自ら人間的な部分の感情を閉ざすように
 なるまで、そう時間はかからなかった。
24AB-LS:02/02/16 22:32 ID:EXajCZOe
 
 夫妻と過ごす時間は、几帳面なまでに正確な一定間隔で手配されて
 いたが、これまでに構築された関係はある時にはほぼ終着点を迎え
 ており、それ以上の前進も後退も発生し得ない事はお互いが認識し
 ていたようだ。
 もっとも、母親はエージェント養成プログラムの武術指導担当員を
 務めていたので、あくまで訓練という名目ではあるが、ほぼ毎日顔
 を合わせていたのだが。

 それでも、元々にして生みの親の記憶の無い梨華は、子宝に恵まれ
 なかった夫妻を本当の親と思って生活してきた。
 おそらく梨華の側から夫妻に向いた愛情という名のベクトルは、夫
 妻の側から梨華に向くそれよりも、値が大きかったようで、定期的
 に訪れる家族との時間は、梨華にとって比較的心が和む一時であっ
 た。
25AB-LS:02/02/16 22:33 ID:EXajCZOe

 夫妻と血のつながりが無い事は勿論わかってはいたが、梨華にとっ
 ては、血や民族の違いが、夫妻との関係を必要以上に稀薄ならしめ
 るファクターにはならなかった。
 『パレスチナ組織のテロ行為に巻き込まれ、梨華が幼い頃に亡くな
  った。』
 いつだったかに聞かされた、飾り気の無い簡易な説明。
 生みの親に関して梨華が保有している情報は、ほぼこの一言に集約
 されていた。
 その後、死んだ両親と親交の深かったユダヤ人夫妻が梨華を引き取
 る形となったのだ。
 モサドの腕利きエージェントと親交のある人間、或いは梨華の両親
 も同じ仕事を生業としていたのかもしれないが、それに関しては夫
 妻が語る事はなかった。
 ただ、かつて武術(合気)の訓練中に育ての母がこう言った事があ
 った。
「さすがに上達が早いわね梨華。やっぱりこれも血の成せる業かしら。
 あなたの母親は日本でも指折りの使い手だったようだから。」
 スポンジが水を吸収するかのごとく、教えた事を悉く、いや教えた
 以上の事を身に付けていく梨華に感心する余り、うっかり漏らして
 しまったのだろうか。
 いずれにしても、母が合気の達人クラスの使い手であった事は間違
 いなく、それはモサドと関わりのある人間であった可能性も高い事
 を示唆している。
 だが、それ以上の情報を望む気持ちは当時の梨華には湧いてこなか
 った。
 両親の事について、夫妻に対して梨華の側から能動的に尋ねる事は
 なかった。
26AB-LS:02/02/16 22:33 ID:EXajCZOe

 日々連綿と続けられる訓練漬けの毎日に埋没するように、徐々にで
 はあるが、確実に梨華の精神は蝕まれていった。
 
 破綻という名の終着点への一本道、誰もが予想し得る明白な負の結
 論を払拭したのは、梨華と境遇を近しくして、唯一の“友人”(梨
 華にとってはそのような使い古された陳腐な言葉で表現出来る存在
 ではなかったが)といえる訓練生、吉澤ひとみの存在であった。
27AB-LS:02/02/16 22:37 ID:EXajCZOe
少ないですが更新しました
保全に協力いただいた皆様ありがとうございます
たまには注意してセルフ保全してみる事にします
28名無し募集中。。。 :02/02/18 17:34 ID:bBdcRlll
保全してみるか
29名無し募集中。。。:02/02/19 14:08 ID:U9ka3V5I
生きててよかった保全と
30AB-LS:02/02/20 16:52 ID:Cr/CdKVD

 ひとみも幼い頃この国でテロによって両親を失った。
 生まれた年も同じで、国籍も同じ日本、そして同じ場所で同じ訓練
 を受けていた。
 永遠に交わる事のない平行線を辿るかのように、ひとみと梨華が歩
 んできたこれまでの人生曲線は酷似していた。
 しかし、一つだけ、そしてそれこそが2人の人格形成に大きな差異
 を生み出した一要因でもあるのだが、その曲線の開始地点付近に大
 きな違いが存在した。
 ひとみには両親の、そして生まれてから数年間を過ごした“ふるさ
 と”の記憶が残っていたのである。

 生まれ育った土地の風の臭い、逞しかった父さんの背中、温かかっ
 た母さんの優しさ、そんな微かながらの記憶が、ひとみの気性には
 しっかりと受け継がれていた。

 常に明るく、誰に対しても壁を作らず接してくる、そんなひとみの
 性格を梨華は当初疎ましく思い、意図的にひとみを避けていた。
 他者との触れ合いを極力避ける事により自我を保ってきた梨華にと
 って、至極当然の選択であり、それによって自分と吉澤ひとみとの
 関係は完結するものだと安易に思っていた。
 だが、吉澤ひとみは当時の梨華の思考範疇内に収まりきらない人間
 だったようで、来る日も来る日も事務的な対応を演じつづける梨華
 に対して、人間的な触れ合いを試み続けた。
 長い時間を要しはしたが、遂にひとみの弛まぬ努力は、梨華の見え
 ない壁を溶かすという形で結実する。
31AB-LS:02/02/20 16:52 ID:Cr/CdKVD

 そこからの梨華の変節振りは極端で、まるでこれまでのロスを取り
 返すかのように、ひとみとの関係を大事にした。
 或いは、ひとみに依存していると言っても過言ではなかったかもし
 れない。
 このような精神的な変節はエージェントとしての弱さに繋がるもの
 だが、梨華の場合は訓練とひとみとの関係については見事なまでに
 区別していた。
 ひとみといる時に限定すれば、梨華はエージェントして弱くなった
 と言えるかもしれない。
 夫妻もその事は認識していたが、訓練の表層には現出しなかったし、
 そこには親としての温情が混在していたのかもしれないが、殊更に
 梨華を咎めるような事はしなかった。
 
 友情なのか、愛情なのか、親近感なのか、それらが複雑に入り混じ
 った感情なのか、最早梨華にもわからなくなっていたが、そういっ
 た理屈抜きにして、ひとみが近くにいてくれれば、厳しい訓練も、
 そして近い将来訪れるであろう現実の諜報活動もやっていける、梨
 華はそう思っていた。
 
32AB-LS:02/02/20 16:53 ID:Cr/CdKVD
 
「梨華ちゃん、昼間っから何ボケーッとしてるんだよ〜」
「あっゴメン、ちょっと考え事しちゃってた。」
 そう言って微笑んだ梨華は、隣に座るひとみの顔をあらためて眺め
 てみる。
 透き通るような白い肌(これは梨華の羨望の的だった)、整った顔
 立ち、普段表向きは粗雑なところも見せているが、実は梨華以上に
 キメ細やかな性格、それでいて少年のような魅力を兼備している。
 女の梨華から見ても恋愛対象として成立しそうな存在である。
 
「梨華ちゃん、なんかさっきから変だよ。
 いつもそうなのかもしれないけど。」
 おどけた表情でひとみが言う。
「ひっど〜い、ひとみちゃんはそうやっていつも私をからかってばか
 りなんだから」
 梨華はわざと口を尖らせて、拗ねたようでいて鼻にかかった独特の
 甘えた声で返す。
「冗談だよ〜。もしかして本気にした?
 梨華ちゃんって、ほんっと可愛いね。」
 真顔でそう言うひとみを正視出来ず、梨華は顔を赤らめて俯いてし
 まう。
 
33AB-LS:02/02/20 16:54 ID:Cr/CdKVD

「もうぅ〜、今日はそんな話がしたかったわけじゃないの!」
 いつもの流れから脱却する為に、そして半分は照れ隠しだったのだ
 が、ともかく梨華は強い口調で言った。
 
「今日はね、ひとみちゃんに聞きたい事があったんだ」
 少し迷い気味に梨華が切り出した。
「なに? また日本の話?」
 ひとみは相変わらずニコニコした表情で、冗談交じりに聞き返す。
「違うよ〜。
 なんかいつも私が同じ事ばかり聞いてるみたいじゃない。
 その話もまたゆっくり聞きたいんだけど、今日はね…違うの。」
「じゃあなんだよ〜?
 もしかして、私の性感帯とか?」
 より一層笑みを増した顔で聞くひとみだったが、それに対して生真
 面目な梨華は耳まで真っ赤に染めてしまう。
「もうぅ、いっつもそうやって茶化すんだから!」
「ゴメンゴメン、じゃあなに?」
 一転して真剣な眼差しで梨華を見据えるひとみに対して、梨華はこ
 れ以上は怒りをブツける事が出来なくなった。
 そして、これもいつもの光景の一部分でしかないのだが。
34AB-LS:02/02/20 16:55 ID:Cr/CdKVD

「……ひとみちゃんはね、どうして私に話し掛けてくれたの?」
 モジモジしながらも、やっとの事で梨華は本題を切り出した。
「今みたいな梨華ちゃんの女の子らしい仕種が見たかったからだよ。」
 臆面も無く簡単にこういった事を言い切れるひとみが、羨ましくも
 あり、小憎たらしくもあり、魅力でもあると梨華は認識していた。
「真剣に聞いてるんだよ、私は?」
 梨華は明らかに不機嫌そうにそう呟いた。
「ゴメン。
 でも後付けだけど、半分ぐらいは本気だったんだけどなぁ。」
 ここまで話すと、梨華から先ほどの不満な感情が消えているのを確
 かめて、再び口を開いた。
「悲しそうだったんだよ。」
「へ!?」
 呆気に取られる梨華に構わず、ひとみは続ける。
「なんかね、あの時の梨華ちゃんはいつも悲しそうだったんだよ。
 あんまり上手く表現できないけど、前を見てなかったような気がし
 たんだよ。
 でね、私に何が出来るのかはわからなかったけど、とにかくなんと
 かしてあげなきゃって、そう思ったんだ。」
 
35AB-LS:02/02/20 16:57 ID:Cr/CdKVD

 梨華は当時の自分の状態を思い出し情けない気分になると共に、そ
 んな自分をちゃんと見ていていくれたひとみの存在が堪らなく嬉し
 くもあり、俯いて涙が零れ落ちるのを必死に我慢していた。
 
「でもね、今の梨華ちゃんは違うよ。
 私なんかがいなくても、ちゃんと前を見て生きてるよね。
 そんなのは梨華ちゃん自身が誰よりもわかってるはずだけどね。」
 
「ひとみちゃん…やっぱり優しいね。」
 その時梨華が言えた精一杯の言葉であった。
 
「さっ、もういいでしょ。
 私だって、本人を目の前にして真顔でこんな事言うの恥かしいんだ
 からね。」
 梨華の状況を察してか、ひとみは話題を変えようとする。
「うん。なんかね、凄いスッキリしたよ。
 じゃあ…また日本の事、聞かせてくれる?」
 瞳にはまだ涙が潤んでいるが、それとは対照的に晴れやかな笑顔で
 梨華はそう答えるのだった。
 
−−−
36AB-LS:02/02/20 17:00 ID:Cr/CdKVD
更新しました
次回からは舞台が“現在”に戻る予定です
37名無し募集中。。。:02/02/21 23:11 ID:Rfyl02ZT
なんか、これ書いてる作者って頭良さそうだ
期待sage
38名無し募集中。。。 :02/02/22 19:02 ID:V1KmtrEw
保田
39 :02/02/23 01:38 ID:7cxxnvSf
ホゼソと言ってみた
40名無し募集中。。。:02/02/24 23:49 ID:T7J6XAch
まだかな保全
41ねぇ、名乗って:02/02/26 07:06 ID:SMOKZ0ae
保全する
42AB-LS:02/02/27 01:12 ID:Joq9pvSv
 
「着いたわよ。ここが今日からあんたが暮らす部屋。」
 空港から保田の愛車(軽)で数時間、東京の郊外に位置する閑静な
 住宅街に、保田が手配してくれた小綺麗なマンションがあった。
 保田に言わせると、この国では派手なカーチェイスなどは殆ど無く、
 小回りの利く軽が仕事にはベストだそうだ。
 既に時間が遅いせいもあり、周囲は人通りも殆ど無く、静かな空気
 を望む梨華にとっては言う事の無いロケーションである。
「最低限生活に必要なものは揃えてあるから、暫くは困らないと思う
 けど、他に何かあったら言ってちょうだい。」
「何から何までありがとうございます。
 部屋の分も含めて、全部保田さんが立て替えてくれたんですよね?」
「そう。まあいつでもいいからちゃんと払ってね…と余裕を見せたい
 とこだけど、今月ピンチなのよ。
 悪いけど、明細回すからなるべく早く振り込んどいて。」
 わざと苦しそうな表情を作ってみせた保田が窮状を訴える。
「……また、毎日飲み歩いてるんですか?」
「うっさいわね、いいじゃないのよ別に。」
 図星だったようで思いの他保田が動揺しているようなので、梨華は
 それ以上の追求をしなかった。
 
43AB-LS:02/02/27 01:13 ID:Joq9pvSv
 
「それより、これも渡しとくわね。」
 保田はそう言って梨華に薄いピンクの携帯電話を手渡した。
「こっちで生活するんなら、必要になるでしょ。
 あんたのリストにはなかったけど、勝手に用意しといたわ。
 ちゃ〜んと、私の番号がメモリの一番最初に登録されてるから、寂
 しくなったらいつでも連絡しなさい。」
 登録されたメモリを確認すると、確かに先頭に保田のものと思われ
 る番号が登録されていた。
 ただし、その登録名は『圭ぴょん」…。
 
「……これ新手の呪いかなにかですか?
 恐いから…後で消去しておきますね。」
ほぼ期待通りに淡々と語る梨華に保田が反論する。
「失礼ね〜。
 あんた、それが色々と骨折らせた相手にかける言葉?」
「それとこれとは話が別ですから。」
 メモリの消去は冗談としても、登録された名前だけはすぐに変更し
 ようと堅く決意する梨華であった…。
44AB-LS:02/02/27 01:14 ID:Joq9pvSv

「全く、呪いだなんて元エージェントの言葉とは思えないわね。
 とにかく、明日のお昼に迎えに来るから、準備しときなさいよ。」
 その表情にはまだ不満の色を濃く残しつつ、保田は言った。
「はい、わかりました。
 保田さん、本当に色々とありがとうございました。」
 梨華は本当に申し訳無さそうに頭を下げる。
「いいわよ、別に。
 それより振込金額に色でもつけといてちょうだい。
 じゃあ、また明日ね。」
「はい、おやすみなさい。」
 愛車で遠ざかる保田を見えなくなるまで見送った梨華は、疲れた脚
 を部屋へと急がせる。
45AB-LS:02/02/27 01:15 ID:Joq9pvSv
 
 エレベーターを降り、教えられた部屋番号の前で一旦脚を止める。
 入口には表札の類は一切無く、勿論これは梨華が希望した事でもあ
 るのだが、ドア・窓の格子ともに頑丈な作りになっており、セキュ
 リティ面は日本の一般住宅としては申し分無いレベルにあると言っ
 てよいだろう。
 周囲に人影は無かったが、それでも一定量の気を配りながら、梨華
 は鍵を開けて部屋の中に脚を踏み入れた。
 無意識のうちに足音や気配を殺して玄関に入った梨華は、手探りで
 灯りのスイッチを探し当て、やはり神経を前方に集中させ、気持ち
 不測の事態に身構えつつスイッチをオンにする。
 
 急激に明るくなった視界にもすぐに順応した梨華は、まずは部屋の
 構造や設備等を納得がいくまで点検する。
 十数分をかけて一通り見終わった梨華は、先程冷蔵庫の中に確認し
 た紅茶のペットボトルを取り出し、ようやく腰を下ろした。
 (もうすっかり癖になっちゃってるな、こういうの。
  昔と違って、今はもうそこまでする必要はないんだって、頭では
  わかってるんだけどなあ…。)
 
46AB-LS:02/02/27 01:16 ID:Joq9pvSv
 
 部屋には飲み物の他にも、日持ちのする冷凍食品やインスタント食
 品の類が相当量備蓄されていて、保田の言った通りしばらくの間は
 普通に生活していけそうである。
 電化製品や生活雑貨等も一通りは揃っており、中にはこれまで梨華
 がエルサレムでの生活で殆ど目にした事の無いものまであった。
 テレビやビデオは言うまでもなく、オーディオからPC、洗濯機に
 至るまで、几帳面にその取扱説明書とセットで備え付けられている。
 電気製品の取付や配線等も完了しているし、CDやビデオ、果てに
 はDVDのソフトまでが疎らではあるがオーディオラックに収納さ
 れている。
 全て開封されている事から、恐らくは保田の私物も混在しているで
 あろう事が想像されるが、それにしてもよくもここまで取り揃えた
 ものだ。
 短期間ではあるが、保田自身がここに寝泊まりしていたのではない
 かとさえ梨華には思えた。
 (その疑念は数日後に戸棚の奥の方から見つかった開封済のアルコ
  ール類の瓶によって確信に変わる事になるのだが。)
 
47AB-LS:02/02/27 01:17 ID:Joq9pvSv
 
 窓から落ち着いた雰囲気の周囲の景色を一瞥した梨華は、寒風に揺
 れる木々から屋外の厳しい寒さを部屋の中にいながらにして体感し
 たような感覚に襲われる。
 (少し疲れてるみたいだし、今日はシャワー浴びて寝ようかな。)
  
 唯一自ら部屋に持ち込んだバッグから着替え一式を取り出し、無造
 作に寒色系で統一されたカーテンを閉じる為窓際へと向かったその
 足で、浴室へと向かう。
 浴室はいわゆるユニット式ではなく、都会では稀な程ゆったりとし
 たスペースが確保されていた。
 タイルや浴槽等の色彩感も程よく調和を保っており、それは浴室以
 外の部屋のインテリアとも意志統一が図られていた。
 アイテムごとに見ると質素ではあるが、細かい部分への気配りやパ
 ッケージ全体として捉えた際に感じ取れるイメージはいずれも高水
 準にあると思えたし、そこからは設計者の誠実な仕事振りが窺える。
 
 (長く暮らしていても飽きのこないデザインっていうのは、こうい
  うのを言うんだろうな。)
 訓練所で梨華に割り当てられた部屋は、一面剥き出しの灰色のコン
 クリートで構成され、飾り気など皆無であったせいも多分にあるの
 かもしれないが、それを差し引いても正統な評価と思える素直な感
 想であった。
 
48AB-LS:02/02/27 01:18 ID:Joq9pvSv
 
 身体が疲弊していた事もあり、梨華は湯船にゆっくりと身を浸した
 いという衝動に駆られるが、ボンヤリとし始めた思考回路は結局そ
 の選択肢を否定し、当初の予定通りシャワーのみで済ます事にした。
 
 長旅の疲れを癒すように全身を伝う柔らかく暖かい水流。
 その流れに抗うかのように、上方から絶え間なく供給される水流に
 対して目を閉じた状態で顔を正対させ、現在、そして数日単位の近
 い将来の事について漠然と思いを巡らす。
 
 これから始まる日本での生活に対する期待感・不安感、明日の昼頃
 には判明する新たな仕事の事、そこで出会う事になるであろう人々、
 生まれ育った国を捨ててまで日本へとやってきた真の目的、様々な
 思考が梨華の脳裏にある時は鮮明に、またある時は不鮮明に浮かん
 では消えていく。
 
 恐らくは良い事ばかりではないであろうし、自らの生い立ちや求め
 る人の事情から鑑みるに、艱難辛苦も待ち受けているであろう。
 それでも、自分の意志で少しずつでも前に進む道を選んだ事、これ
 までの生活には有り得なかったこの事実が、梨華の心を充足感で満
 たしていた。
 
49AB-LS:02/02/27 01:18 ID:Joq9pvSv
 
 シャワーを終えた梨華は軽く髪を乾かし、オーディオラックに並べ
 られたCDの中からインスピレーションで一枚を掴み取り、プレイ
 ヤーにセットすると、そのままベッドへと向かう。
 ベッドに潜り込み、見慣れない天井を眺める。
 初めて聴くスローテンポのリズムに乗せられた優しい日本語の曲を
 BGMに、目を閉じた梨華が遠ざかりつつある意識の中で考えるの
 は、やはりひとみの事であった。
 
 果てしなく続く暗闇の世界から自分を救い出してくれたひとみ、幼
 い頃からずっと同じ場所に立ち止まり続けていた自分に、しっかり
 と未来を見据え前に進む事を教えてくれたひとみ……梨華の脳裏に
 去来するのは、どれも闇に生きてきた梨華には眩し過ぎる程光り輝
 いた姿であった。
 その光が今も輝きを失っていないのか、梨華には否定的な答えしか
 導き出せそうもなかったが、今の梨華にとってはひとみの存在自体
 が重要であって、もう一度彼女に会えるのであれば、梨華の記憶に
 残る昔のひとみである必要はないように思えた。
 
 ひとみが梨華の元を去って以来、毎日のように反芻されてきた思考
 ではあったが、現実に再会に向けて自らの脚で歩き出したからであ
 ろうか、これまでにない心地良さを感じながら梨華は眠りに就いた。
 
50AB-LS:02/02/27 01:21 ID:Joq9pvSv
桃板フカーツ記念更新 < おせーよ

本業の方の都合でなかなか時間が取れず、今後も
インターバルは長くなるかもしれませんが、保全して
くださる方々がいる限りは続けていく所存ですので、
よろしくお願いします。
( `.∀´)の車が軽ワロタ!
スズキのKeiかな?
続き期待ほぜむ
52いちびりヤグたん ◆145cmgdM :02/02/28 13:36 ID:uE5D/aV6
(〜^◇^)<ほぜむ
53いちびりヤグたん ◆145cmRZE :02/03/01 20:41 ID:c8Vh9EyH


54AB-LS:02/03/02 21:53 ID:AvWRVrty

 窓外で奏でられる鳥の囀りに促されるように梨華は目を覚ました。
 カーテンの隙間から差し込む僅かばかりの光によって、朝の訪れを
 認識した梨華は、静かに身体を起こして活動を開始する。
 保田が迎えにくる時刻まではまだかなり余裕があったが、厳しい訓
 練所暮らしの中で、すっかり早起きが身体に染み込んでおり、頭も
 体も覚醒してしまっている。
 
 手早く朝食を済ませた梨華は、これまた素早く身支度を整えた。
 テレビを点けてこれといった目的も無くボンヤリと眺める。
 流されている番組はどれも日本という国の平和さを如実に物語る内
 容であった。
 中には深刻なニュースもあるにはあったが、テロやそれに対する軍
 の報復が日常茶飯事となっていた故郷のそれを思えば、平和そのも
 のであると断言して間違い無いだろう。
 同時に、日本人の両親を持ちながらその平和さを享受する事なく育
 った自分とひとみのこれまでの人生を思うと、複雑な心境にならざ
 るを得なかった。
 
 故郷で命を落とした産みの親、育ての親、そしてひとみの両親、み
 んな民族・宗教的対立という自分にとってはあまり価値観を見出せ
 ないイデオロギーの犠牲者である。
 今の梨華はそれら過去のしがらみを全て振り払い、新しい生活を求
 めてこの国へとやってきたはずだった。
 しかし、ここまでやってきた主目的が「ひとみを捜し出す事」であ
 る以上は、むしろ本当の意味で過去の呪縛から逃れる為に、行動し
 ているのではないか。
 ふとした事から、本当の答えから目を背けていた自分に気付き、シ
 ニカルな笑みを浮かべる梨華であった。
55AB-LS:02/03/02 21:56 ID:AvWRVrty
 
 数時間後、梨華は保田の愛車の助手席にいた。
 保田の口利きで働き口の世話になるのだが、その勤め先の話はまだ
 何も聞いていなかった。
「あの、保田さん。
 これから行くところって、どういうとこなんですか?」
 さすがに事前情報ゼロでは不安だった梨華は、隣でハンドルを握る
 保田に尋ねてみた。
「そういや、まだ何にも話してなかったわね。
 これから行くところは、一般の探偵事務所でそこの所長さんと私は
 ちょっとした知り合いなのよ。」
「探偵事務所ですか…。」
 梨華の歯切れの悪さを感じ取ったのか、保田は補足するように説明
 を続ける。
「所長さんはね、元内調の腕利きで…ちょっと変わった人だけど、腕
 の方はとにかく信用していいわよ。
 表向きは他のところとなんら変わらない探偵事務所だけど、裏では
 色んなところからヤバい仕事も受けてるようね。
 かくいうウチもたまに使ってるんだけどね。」
「変わってる、っていうのはどういう意味ですか?」
「う〜ん、あれこれ説明するよりは、実物に会って話してみれば大体
 わかると思うわ。
 それに、変わってるって言っても悪い意味じゃないから、安心して
 ちょうだい。」
「そうですか。」
 正直、まだ不安が払拭されたわけではないが、保田の言う通りで、
 実物を見もしないで文字情報のみで判断する事の危険さを、梨華は
 嫌という程教え込まれていたので、ここは素直に納得しておく事に
 した。
 
56AB-LS:02/03/02 21:58 ID:AvWRVrty
 
 車は都心近くのとあるビルの駐車場で止まった。
「着いたわ、ココよ。」
 逸る気持ちを抑えつつ、梨華は保田の後ろに付き建物の入口へと向
 かう。
 4階建ての洗練されたデザインのビルは、全フロアが件の探偵事務
 所によって使用されているようで、然程の大きさでは無いとは言え
 金回りの良さが窺える。
 保田の言う通り、ヤバ目の仕事を法外な料金で受けているというの
 も納得である。
 
 入口の自動ドアを抜けると、正面には小じんまりとした受付が設置
 されていて、受付嬢と思われる女性が2人座っている。
 向かって左側の女性は印象的なロングの黒髪に、ともすれば冷たい
 イメージを与えかねない程整った顔立ちをしている。
 一見寡黙そうに見えるその女性ではあったが、その反面周囲の目を
 惹きそうな魅力を持ち合わせている。
 右側にいる女性はそれとは対照的で、暖かさを見ているものにも伝
 達しそうな、全体にふっくらとした顔立ちから常時放たれる柔らか
 い笑顔が印象的である。
 右側に位置する受付嬢が梨華と保田の存在に気付いたようで、ペコ
 リと控え目に頭を下げる。
 物腰には無理が無く、それは彼女の持つ独特の空気のせいもあるの
 だろうが、とにかく流れるような自然な雰囲気を醸し出している。
57AB-LS:02/03/02 22:00 ID:AvWRVrty

 保田が二言三言受付嬢と言葉を交わすと、受付嬢は素早く手元の受
 話器を取り、恐らくは所長にであろうが、二人の訪問を告げる。
 その間もう一方の女性はほとんど微動だにせず、いや正確には梨華
 がこのビルに足を踏み入れた時点から、ほとんど動きらしい動きを
 見せていない。
 
 (ただの受付じゃなさそうだな。)
 視覚から取得した情報、多くの只者じゃない人物の中で揉まれてき
 た経験、そしてそのような生活の中で培われた勘が指し示している
 結論から、梨華は警戒レベルを一段上にシフトする作業を無意識的
 に行っていた。
 
「お待たせしました。ご案内させていただきます。」
 そうこうしているうちに連絡がついたようで、梨華と保田は先程の
 受付嬢の案内でエレベーターへと導かれる。
 受付カウンターを離れてからの彼女は、着座時と変わらぬ自然体を
 崩さず、相変わらずどこかフワフワとした動きで先頭を歩く。
 受付で見たもう一人の女性の動き(実際にはほとんど動作を見せな
 かったわけだが)や張り詰めた空気からは、ある意味梨華が見慣れ
 た人種・職種の匂いが感じ取れたが、こちらからは全く異質な何か
 が流れ込んでくる。
 それはひとみと過ごした時間とはまた別の意味で心地良い空気でも
 あり、そのような空間を意識せず作り出してしまう彼女に対して、
 梨華は言葉にならない不思議な感情を抱いた。
 勿論、そのような心の揺らぎを表情にはおくびにも出しはしなかっ
 たのだが。
 
58AB-LS:02/03/02 22:01 ID:AvWRVrty
 
 エレベーターは緩やかな上昇を続け、やがて4階で動きを停止した。
 その間、受付嬢がずっと視線を向けていた事に違和感を感じた梨華
 ではあったが、絶えず表情から零れ落ちる不思議な笑顔故か、不信
 感を募らせるまでには至らなかった。

 フロアの入口をくぐり、所員が忙しそうに動き回るオフィスを通り
 抜け、入口から見て最奥に位置するパーテーションで区切られた一
 画へと足を踏み入れる。
 パーテーションの奥にもいくらかのオフィス区画が確保されており、
 数人の所員らしき人物が確認出来た。
 そして、そこで働く人々がパーテーションの手前にデスクを構える
 人々とは、明らかに違う人種である事も、梨華には直感出来た。
 仕事の様子などは何ら変わりはないが、周囲への気の配り方や微妙
 な動き等から、そこにいる人々が自分と同様の、またはそれに近し
 い訓練を受けている事が読み取れる。
 恐らくはパーテーションの手前側と向こう側では、担当する仕事の
 性質が全く異なっているであろう事が、容易に想像できた。
 
59AB-LS:02/03/02 22:01 ID:AvWRVrty
 
 既に頭の中には事務所についての様々な仮説が理論立てて構築され
 つつあったが、結論を出すのは中心人物である元内調の腕利きとい
 う所長と話をしてからという事になるだろう。
 
 監視カメラの位置を気にかける職業病的部分に心の中で苦笑しつつ、
 梨華はパーテーション内側の一番奥にある部屋の前で歩みを止める。
 恐らくはここが所長の執務室という事なのであろうが、想像してい
 たような立派な造りではなく、視覚情報のみで「ここが所長室」と
 識別可能な表示も一切なかった。
 ドア前の天井に設置された監視カメラや、部屋のすぐ横に非常口が
 あるという事実からは、この部屋の中に常駐している人間の用心深
 さが窺える。
 そして、それは同時に用心する必要のある環境で暮らしている事を
 示唆している。
 
 相変わらずのホンワカした雰囲気で先頭を歩いていた受付嬢が、躊
 躇う事無くドアをノックした。
 中からは少し遅れて女性らしき声で返答が確認出来たが、彼女はそ
 の返答が耳に入った時には既にドアを開け放っていた。
 
60AB-LS:02/03/02 22:05 ID:AvWRVrty
更新終了です。
昨日のロック様のカッコよさで、まだ興奮気味です。

>>51-53
毎日ありがとうございます。
Keiについては「気付く人がいればいいな。もうちょっと
主張しといた方がヨカータかな。」
ぐらいの気持ちだったんで、ちゃんと読んでくれてる人が
いたんだなと、非常に嬉しかったです。
61いちびりヤグたん ◆145cmRZE :02/03/03 22:42 ID:O2rqPT8F
更新乙彼様です。
保全。


(〜^◇^)ノ<狙ってたのかよっ!
62いちびり ◆YaGTaNpk :02/03/04 18:09 ID:miyc0BUg
一日一保全。
63いちびり ◆YaGTaNpk :02/03/05 18:38 ID:7mWV3q/i
一日一保。
64いちびり ◆YaGTaNpk :02/03/06 21:44 ID:Z7FoyQ8D
( `.∀´)<保!

( ^▽^)< 全♪
65いちびり ◆YaGTaNpk :02/03/07 21:47 ID:dav8txKU
ほぜむ
66いちびり ◆YaGTaNpk :02/03/08 21:55 ID:JIXaKbct
(〜^◇^)<保全!
67いちびり ◆YagtanCQ :02/03/09 22:07 ID:4jL17p4d
(〜^◇^)<保全!
68AB-LS:02/03/10 16:19 ID:J2zdRJ0V
 
「ああ〜、なっちかぁ。
 ちょっと今手ぇ放せへんから、隣で待っといてもらってんか。」
 よくある事なのか、所長と思しき女性は早過ぎるドアの開放は気に
 も留めず、受付嬢(“なっち”と呼ばれているようだ)に冷静な語
 調で答えた。

 (関西地方の人か。多分この声の主が所長さんなんだろうけど、随
  分と砕けた感じの人みたいね。
  それにしても、女性だなんて聞いてないわよ、保田さん…。
  それぐらいは事前に話してくれればいいのに。)
 保田の更に後ろに位置する梨華には姿は確認出来なかったが、短い
 言葉から迅速に人物像の組み立てを開始する。

 しかし、梨華の作業を遮断するかのように、入口から向きを変えた
 “なっち”と呼ばれる女性が隣室への移動を促す。
「申し訳ありません。
 声が大きいのでお聞きになられたかと思いますが、所長は今手が放
 せないようなので、少しの間隣でお待ちいただけますでしょうか?」
 梨華も保田も無言のまま頷くと、隣にある部屋へと案内された。
 
69AB-LS:02/03/10 16:20 ID:J2zdRJ0V
 
 通された部屋はシンプルな内装の小規模来客用会議室といった風情
 で、部屋のほぼ中央に置かれた黒いテーブルの左右、及び奥に揃い
 のソファーが設置されている。
 右隅にはありふれた観葉植物の類が慎ましやかに存在を主張してお
 り、壁には現代風な印象を与える適度な大きさの絵画が、過剰な高
 級感を感じさせない為であろうか、意匠も色彩も大人し目な額に収
 められた状態で掛けられている。
 向かって左側の壁の一部は埋め込み式の書架になっているようだが、
 本は疎らにしか収納されておらず、空間を埋める目的で造花が挿さ
 れた花瓶が複数飾られている。
 全ての家具・装飾品は「どこにでもある接客室」を意図して選別・
 配置されているように感じられ、かつその設計者の意図がここを訪
 れる大部分の人間に伝達するであろう出来映えである。
 
70AB-LS:02/03/10 16:20 ID:J2zdRJ0V
 
 しかしながら、全体を一瞥した梨華はすぐにこの「どこにでもあり
 そうな部屋」に強い違和感を感じた。 
 個々のアイテムも、デザインの総体的な意図も、全体的なバランス
 感も、とにかく目に映る全てが、ともすればあざとさに転化されか
 ねない程のシンプルさであったが、そのようなある意味強烈な個性
 を遥かに凌駕する違和感が、梨華の思考をあっという間に支配した。
 
 (これは…明らかに……。)
 再び花瓶に挿された造花に視線を移した後、梨華はチラリと隣に座
 る保田を見やった。
 保田も梨華と同様特殊な訓練を受けているモサドの一員であり、表
 情に出さないのは当然としても、この部屋の違和感には気付いてい
 るはずだが、梨華の視線に気付いても全く変化が見られない。
 
71AB-LS:02/03/10 16:21 ID:J2zdRJ0V
 
「すぐにお茶をいれますから、もう少々お待ち下さい。」
 そう言って、ここまで案内してくれた受付嬢は部屋を出ていった。
 間髪入れず梨華は保田に尋ねる。
「あのぉ保田さん……なんか変じゃないですか、この部屋?」
「そう?私は別になんとも思わないけど。
 どこにでもある部屋だと思うけどね。」
 視線を外したまま答えた保田の素振りが意図的に見えて、梨華は大
 体の事情が飲み込めたように思えた。
 (私の考えている通りだとすると、何を聞いても無駄かな。)
 
 それ以上の質問・詰問を諦めた梨華は、その他に出来得る限りの作
 業を迅速に開始した。
 再び部屋の内部の気になる部分を観察し、これから起こると予想さ
 れる事態に備えて頭の中で考えを整理する。
 この中には当然予想される外的変化と、それに対するアクションの
 シミュレーションのようなものも含まれてはいたが、過剰なまでの
 決め付けは己の行動範囲を狭める事にも繋がり、予想外の出来事に
 対する対応力を弱める事にもなりかねない。
 梨華にとっては至極当たり前の事ではあったが、あくまで考えられ
 る事は全て考えるが、あとは臨機応変というのが常に危険と隣り合
 わせの世界で生き残る為の行動規範となっていた。
 
72AB-LS:02/03/10 16:22 ID:J2zdRJ0V
 
 保田は先程から言葉を発する事なく、じっと正面を見つめているだ
 けだったし、梨華も自分から沈黙状態を打ち破るような事はしなか
 った。
 
 時計の針が正確に時を刻む音だけが共鳴する部屋で、どれぐらいの
 時間が経過したであろうか。
 このまま破られる事がないかと思えた均衡は、しかし突然のアクシ
 デントによってあっさりと崩壊の時を迎える。
 
 室内を照らしていた唯一の灯りが消えた事によって、外界の光を取
 り入れる設備が一切無い空間は、一瞬にして暗闇に覆われた。
 梨華が先程から感じていた違和感とは、正に完全に外界との窓口が
 全く存在しない空間に対してであり、自分がいる場所の本質を考え
 ると、今起こっている事態そのものは予想範囲内の事であった。
 
 頭で考えるよりも早く、梨華は危機回避の行動に移っていたが、同
 じ立場に身を晒しているはずの保田は、
「ちょっ…なによ、これっ!
 石川!石川、大丈夫?」
 と事態が急転した直後に興奮気味に声を発しただけで、その場を動
 いた気配は感じられなかった。
 
73AB-LS:02/03/10 16:23 ID:J2zdRJ0V
 
 大体の事情を自らの内側で解決しつつあった梨華は、それに対して
 答えを返さなかった。
 既に最初に腰を下ろした位置からの移動を完了していた梨華にとっ
 て、緊張感が増した状況で自分の位置を公表するような真似は出来
 ない、という理由もあったが、それは便宜上の理由でしかなく、実
 際にはこの瞬間にはずっと抱いていた疑問が氷結しており、保田も
 また自分の解釈の中では純粋な味方ではなかったから、というのが
 本当の理由だろう。
 (予想はしてたけど、本当にくるとはねえ……)

 気配を完全に絶ちつつ、暗歩と呼ばれる無音歩行で部屋の左奥に移
 動した梨華は、その間も室内の(この時点では特に保田の)気配を
 注意深く感じ取っていた。
 相変わらず保田に動きはない事を確信した梨華は、視覚が全く意味
 を成さない空間で、普段は見せた事の無いような心からの苦笑を薄
 っすらと浮かべつつ、部屋の片隅で次の変化をただ待っていた。
 
 しばらく真っ暗な世界でいたずらに時間が経過するだけであったが、
 耐えかねたように開かれた入口のドアから僅かながらに射し込む人
 工的な光によって、事態は新しい展開を見せる事になる。
 
74AB-LS:02/03/10 16:24 ID:J2zdRJ0V
1週間開いちゃいましたが更新です。
次も同じぐらいの間隔かもしれませんが、よろしくです。
75いちびり ◆YagtanCQ :02/03/10 19:25 ID:m23gn9uu
更新乙です。
例え遅くとも待っております。
76いちびり ◆YagtanCQ :02/03/11 18:34 ID:a3j7dDA5
今日も保
77いちびり ◆YagtanCQ :02/03/12 17:24 ID:1uHtY5F2
定期保全
78名無し募集中。。。:02/03/13 22:18 ID:dFWWQ589
↑今日はオランのか?保全
79sage:02/03/15 02:01 ID:XmdyadeE
保全
80川σ_σ|| ◆24.5cm2w :02/03/15 18:41 ID:HZIsFkkG
代理保全
81◇konKon/6:02/03/16 03:44 ID:tjF47+7Y
  
82◇konKon/6:02/03/16 03:45 ID:tjF47+7Y
    
83名無し娘。:02/03/16 17:09 ID:Bm1Pe7yo
圧縮目前につき前倒し保全
84いちびり代理 ◆GYAGtan. :02/03/16 21:40 ID:5XypjCKP
使命を受け保全
85AB-LS:02/03/17 00:14 ID:+YSDaSlk
 
 ドアから射し込む光量自体はそれ程でもなかったが、室内との相対
 的な光量差が、そしてその空間に時間にして数十秒間ではあるが、
 身を置き眼が順応してしまったせいもあるだろうか、眩いばかりの
 光の中に、メリハリのあるボディラインを持った女性のシルエット
 が浮かび上がる。
 姿こそ確認はしていなかったが、状況からは先程隣室にいた所長ら
 しき人物である事は容易に想像できた。
 そしてその傍らに寄り添うように中を窺がっているのが、自分をこ
 の特殊な目的遂行の為に用意された部屋に導いた女性である事も、
 梨華には即座に理解できた。
 
「いやぁ、スマンかったなぁ。
 もうわかっとると思うけど、一応ウチの恒例行事みたいなもんやか
 ら、悪いけど試させてもらったわ。」
 所長と思しき女性が歩み寄りながら張り詰めた緊張感の糸を緩めた
 時には、既に部屋の灯りは再点灯されていた。
 
86AB-LS:02/03/17 00:16 ID:+YSDaSlk
 
「それで、テスト結果はいかがでしたか?」 
 梨華はあくまで冷静さを保ったまま尋ねてはみたが、答えには別段
 興味は無く、どちらかと言えば正面に立つ女性の観察作業に重点を
 置き始めていた。
 
 黒の目を惹くスーツに身を包み、獲物を狙う狩人のような鋭い目付
 の女性は、なるほど気配からも切れ者である事が充分感じ取れる。
 (若造りしてるけど、年齢は30歳前後かな。
  化粧の濃さからして、年齢の話には過敏になってそうだし、あま
  り触れない方がいいかも。
  言動からは豪放な印象を受けるけど、動き見てる限りは只者じゃ
  なさそうだな。)
 なおも観察を続けようとしている梨華だったが、それを嫌うかのよ
 うに所長が制止する。

「ああ、テスト結果は文句なしや。
 顔も別嬪さんやし、胸もおっきいし、おまけに若い。
 いや、最後のはちょっと気に入らんけど、まあウチの好みのタイプ
 なんは間違い無いな。」
「………」
 予想だにしなかった回答が返ってきた事に対して、梨華は珍しく動
 揺しているようで、呆気に取られて適格な言葉を返せないでいた。
 
87AB-LS:02/03/17 00:18 ID:+YSDaSlk
 
「なんや順番がバラバラになってもうたけど、ウチがここの所長やっ
 てるビューティー中澤こと、中澤裕子や。
 よろしくな。」
「……い、石川梨華です。
 よ、よろしくお願いします。」
「ホンマやったらここらで一発握手でもするとこやけど、あんたはア
 レやろ、握手は嫌いなタイプやろ?」
「……はい、極力避けるようにはしています。」
「やっぱりそうか。ま、それはどうでもええけどな。」
 
「ちょっと裕ちゃん、そんな事よりどうだったのよ、テスト結果は?」
 このままでは確実に中澤のペースで話が脱線し続けると思った保田
 がソファーに鎮座したまま会話に割って入る。
「さっき言った通りや。文句無し。
 特にその柔らかそうな胸の形なんかはもう…」
『裕ちゃん!』
 中澤の言葉を最後まで聞く事なく、保田からそして同時に中澤の後
 方にいた女性からストップがかかる。
「……冗談やん。
 なんや、アンタら揃いも揃って心狭いなあ。」
「はいはい、どうせ私は心が狭いですよ。
 それはわかったから、結果!」
 半ば呆れ気味に言う保田の様子を見て、仕方なくといった表情で中
 澤は再び梨華に向き直った。
「心の狭いアイツがああ言うから、まあ聞くまでもないと思うけど、
 いくつか質問させてもらってええかな?」
 保田の表情が険しく変化していたが、そんな事には委細構わず中澤
 は自分のペースを守り通している。
「はい、真面目な質問であれば何でもどうぞ。」
 先程から進展しない状況に多少の苛立ちを覚えていたのであろうか、
 梨華も保田と同様に、あらかじめ釘を刺す。
 
88AB-LS:02/03/17 00:21 ID:+YSDaSlk
 
「圭坊……アンタ立派な教育しとるようやなあ。
 じゃあ、ウチが部屋に入った時、石川はなんであの場所におった?」
「暗闇でじっとしている事の危険性は元内調の方に説明するまでもな
 いと思います。
 書棚の花瓶に挿された造花のところに、恐らくは赤外線監視カメラ
 があったので、これを壊してしまっても良かったんですが、そこま
 でやる必要性は無いと思ったので、カメラの死角に移動しました。」
「カメラ壊さんといてくれたんは有り難いけど、その必要性が無い思
 たんはなんでや?」
「保田さんがあの状況で全く動かなかったので。」
「圭坊が動かんかったら、なんでカメラ壊す必要がないんや?」
「あの状況で、訓練を受けた人間が動かないという事は普通はあり得
 えません。
 という事は、保田さんは知っていたんです。
 動かなくても危険が無いという事を。」
「石川はなんで圭坊が動いてないってわかったんや?
 自慢やないけど外光は一切入らんように作ってあるはずやで。
 圭坊かてこんな顔しとるけど、音立てんと動くぐらいできんのはあ
 んたも知っとるやろ?」
89AB-LS:02/03/17 00:21 ID:+YSDaSlk

「気配です。」
「けはいぃ?
 気配言うたかって、そんなんで確信持てるもんなん?」
 ここまでは極めて事務的に質問していた中澤だったが、一転して興
 奮気味な語調になる。
「日本の武道の本質は、視覚だけに頼らず相手の気配を感じ取る事に
 ある、と認識しています。」
 事も無げに答える梨華に、さすがの中澤も脱帽したようで、両手を
 挙げるようなジェスチャーを見せ言った。
「だから言ったやん、聞いても無駄やって。
 圭坊が絶賛してたから本物やとは思っとったけど、ちょっと想像し
 てたより上行っとったわ。」
 
「だからこんなチャチなテストなんか必要無いって言ったじゃない。」
 自暴的でもあり、どこか誇らしげでもある表情で保田が言い放つ。
「認めたないけど、今回ばっかりは圭坊の言った通りみたいやな。
 無駄な労力使うてもうたわ。」
「ゴメンね、石川。
 私は止めたんだけど、裕ちゃんは一度言い出したら聞かないから。」
「別に気にしてないからいいですよ。
 それに、保田さんがいたからカラクリにも気付けましたし。」
90AB-LS:02/03/17 00:22 ID:+YSDaSlk

「とにかく、文句無しの合格や。」
「ありがとうございます。」
「すぐにでもウチで働いてもらいたいところやけど、昨日日本に来た
 ばっかりやねんて?
「はい。」
「ほんなら、まだ落ち着いてないやろうから、そうやな一週間後あた
 りから来てもらうって事でええか?」
「はい、そうさせていただきます。
 お気遣い感謝します。」
「なんや、礼儀正しいな……。圭坊の紹介やとは思えへんな。
 お堅いのは苦手やから、これからはもっと普通に喋ってええで。」
「……はい。
 でもいきなりは難しそうなんで、徐々にそうさせてもらいます。」
「まあそれもそうやな。
 いきなり圭坊やなっちみたいな口聞かれてもこっちが引くしな。」
91AB-LS:02/03/17 00:24 ID:+YSDaSlk

「ほんっとに、一言余計ね。」
「なっちがこうなったのも、裕ちゃんに問題があるんだからね。」
「そういう口の聞き方がって今言うたばっかりやのにコイツラは…。
 あ、紹介が遅れたな。これ、安倍なつみ。
 ガキみたいに見えるし、しかも田舎もんやけど、これでも一種の天
 才ってやつでな、経理的な事から調査のサポートまでやってもらっ
 とる。
 勘の鋭いやつでな、今日受付におったんは石川の観察してもらう為
 やってんけど、『どうやった?』って聞いたら、『可愛い子でした』
 って笑顔で答えるような天然やけど、仲良うしたってや。
 あとで事務所の説明させるから、詳しい話はそん時に本人に直接聞
 いてええから。」
「安倍なつみです。よろしくね石川さん。
 みんなは“なっち”って呼ぶから、石川さんもそう呼んでね。」
 不思議な魅力を秘めた笑顔を湛えた安倍の言葉は、どこか優しい雰
 囲気に満ちたイントネーションを微かに含んでいる。
「石川梨華です。こちらこそよろしくお願いします。」
 あまり人との触れ合いに慣れていない梨華は、少し当惑気味ではあ
 ったが中澤からも安倍からも人柄の良さが見て取れたので、ここな
 らなんとかやっていけそうだと、珍しくポジティヴにそう考え始め
 ていた。
 
92AB-LS:02/03/17 00:27 ID:+YSDaSlk
更新です
もしかして読者1人しかいないんじゃ?
とか思ってたので、保全してくれる人が複数いて
チョト嬉しかったり

来週は仕事の方が忙しい予定なんで、更新でき
ないかもしれません
そん時はゴメンナサイ
93ねぇ、名乗って:02/03/17 08:29 ID:xKzlU0aq
>作者
無駄な保全レスを付けたがらない優秀なROMが多かったってことやね。
94いちびり代理 ◆GYAGtan. :02/03/17 16:06 ID:BMZtwqIt
気長に待ってます。
95いちびり代理 ◆GYAGtan. :02/03/18 13:27 ID:AaF1lBkT
代理定期保全
96名無し募集中。。。:02/03/19 15:52 ID:wsOBLIGv
代理の代理保全
97いちびり代理 ◆GYAGtan. :02/03/19 18:57 ID:g+08XtIn
代理ありがとう
( ● ´ ー ` ● )
98いちびり代理 ◆GYAGtan. :02/03/20 16:13 ID:SNG8F4+a
仕事中に保全
99いちびり代理 ◆GYAGtan. :02/03/21 13:55 ID:hz+Pl7H1
休日返上保全
100いちびり代理 ◆GYAGtan. :02/03/21 13:56 ID:hz+Pl7H1
ついでに100!
101いちびり代理 ◆GYAGtan. :02/03/22 13:08 ID:1RtDnRY6
雨の一日保全
102いちびり代理 ◆GYAGtan. :02/03/23 16:49 ID:KxcdZlK4
寒の戻り保全
103いちびり代理 ◆GYAGtan. :02/03/24 12:07 ID:GTbywqkW
会えない会えない日曜日保全
104まだ来てないならやっておくよ:02/03/25 15:09 ID:DEerefhb
高校野球がはじまった保全
105いちびり代理 ◆GYAGtan. :02/03/25 15:31 ID:+r5pIk6M
>>104 スマソ
今年の阪神はやらかす保全
106AB-LS:02/03/26 02:06 ID:gh2XHVON
 
「ほんなら、ウチは仕事の続きがあるから戻るから、あとは頼んだで、
 なっち。」
 そう言い残して、中澤は部屋を後にした。
「じゃあ、私もこれで仕事に戻るから、帰りは裕ちゃんにでも送って
 もらいなさい。
 それと、見たまんまだけど、裕ちゃんは酒癖と女癖が悪いから気を
 付けんのよ。」
 満足げな笑顔のまま保田も部屋を出る。
 
「じゃあ早速で悪いけど、始めるべ。」
 二人きりになって先程より訛りが強くなった安倍によって、その後
 小一時間程事務所の説明が行われた。
 内容は事務的な部分が多かったが、独特のイントネーションと安倍
 自身が放つ雰囲気によって、常にリラックスムードが漂う中で、話
 は進んだ。
 時折混ぜられる冗談にも誘われて、梨華は徐々に自然な笑顔を見せ
 るようになっていた。
 
 −−−
107AB-LS:02/03/26 02:08 ID:gh2XHVON
 
「以上で大体終わり。
 もうちょっと時間かかるかと思ったけど、梨華ちゃん飲み込みが早
 いから早かったわ。」
「いえ、安倍さんの説明の仕方が良かったんだと思います。」
 お世辞ではなく、本心からの素直な感想だった。
「具体的な仕事の話なんかは1週間後に来た時になると思うけど、他
 になんか聞いておきたい事ある?」
「………」
「……さっき裕ちゃんが言ってた事でもいいべ。」
 話を切り出せなくて思い詰めたような梨華の状況を察して、安倍の
 方から声を掛けた。
「すいません。気を遣わせてしまって。
 ……じゃあ、この事務所に所属する人の事、聞いていいですか?」
 安倍の表情を覗き込むようにして梨華は訊ねた。
「なっちが知ってる範囲だったら、なんでもいいべ。
 ヤバい話もあるんだろうけど、これからそこで働く人に隠しても仕
 方ないからね。」
「ここに来た時に感じたんですけど、このフロアのパーテーションの
 手前にいる人達って、あ、勿論中澤さんも含めてなんですけど、み
 んな普通じゃないというか、特別な気を放っているような、そんな
 気がしたんです。
 あの人達も、やはり特殊な経歴を持っているんですか?」
 徐に一息付き、それでもいつもの表情を崩す事無く、安倍は語り出
 す。
「裕ちゃんが元内調ってのは知ってたよね?
 残りの人達も同じ穴のムジナってヤツで、裕ちゃんの元後輩だとか
 元公安の強面だとか、あと変わったとこでは射撃の元オリンピック
 代表選手なんかもいるべ。」
「オ、オリンピックですか?」
 それは、自分の生きてきた道とはあまりにもかけ離れた、イリーガ
 ルな匂いのしない表舞台であり、かつその道の頂点に位置する誰も
 が知っている存在の持つネームヴァリューに、梨華は驚きと同時に
 ホンの少しの羨望と、さらに少しの嫉妬感を覚え、思わず声を詰ま
 らせてしまう。
108AB-LS:02/03/26 02:09 ID:gh2XHVON
 
「そ、ビックリした?」
「ええ……少し。」
 予想通りとといった梨華の反応を確かめた後、安倍はより一層表情
 を柔らかく変化させ、いやそれはヘンガオと表現した方がいいのか
 もしれないが、とにかく冗談交じりという事をアピールするかの如
 く梨華の顔を覗き込み続ける。
「梨華ちゃんの経歴の方がビックリだと、そうなっちは思うけどね。
 それに銃を撃つ事以外は普通の人だべ。
 裕ちゃんの酔狂でここにいるけど、はっきり言って普段は役立たず
 だな。」
 そう言って微笑むと、安倍は不意に席を立った。

「ちょっと、飲み物持ってくるね。
 梨華ちゃん、何が飲みたい?」
「あ、それなら私が……」
 実際には弛まぬ訓練の賜物か、梨華の語調には殆ど変化は見られな
 かったが、中澤が表現するところの“鋭い勘”で、明らかに遠慮が
 ちなトーンを感じ取った安倍は、すかさずフォローに回る。
「いいの、いいの。
 今日はまだお客さんなんだから、なっちに全部任せるっしょ。」
 そう言い残して梨華の答えを聞かずに安倍は部屋を出た。
 
109AB-LS:02/03/26 02:11 ID:gh2XHVON
 
 数分後、ペットボトルを2本と過剰なまでにお菓子の詰まった袋を
 抱え、安倍が戻ってきた。
 その表情は部屋を出る時よりも一層柔らかみを増していた。
「ごめんね、話中断しちゃったね。
 何の話してたっけ?」
「ええとお、ここで働いてる人の話を私が聞いてました。」
「ああ〜、そうだったな。
 で……まだ聞きたい事あるっしょ。」
「……安倍さんと一緒に受付にいた方はどういう人なんですか?」
 恐る恐る聞いてみる。
 事ここに及んで梨華はまだ踏み込んでいいラインを見極められない
 でいた。
 それはこれまで生活してきた環境が作り上げた部分も随分とあるの
 だろうが、生まれ持った性格という問題もかなりあるのだろう。
 自己の精神分析は十分過ぎる程出来ていた梨華だったが、だからと
 いって急には変えられないものが有る事も理解していた。
110AB-LS:02/03/26 02:13 ID:gh2XHVON
 
「わからない人って現実にいるの?」
 安倍の好奇心は尽きない。
「ええ、そうやってある程度相手の事がわかるようになると、今度は
 如何にそういう人の目を躱すかという事を、その上を行く人は考え
 ますから。」
「そういう人達は、梨華ちゃんにもわからないんだべか?」
「その中の…う〜ん、そうですねえ、何割かはわかりません。
 でも気配でわかる場合もありますね。」。
「さっき裕ちゃんをビックリさせてたけど、どうやったらそんな事で
 きるようになるの?」
「う〜ん、正確にはさっきのとはちょっと違うんですけど……。
 さっきの保田さんの時は、ただ人の存在を感じ取るだけですけど、
 今言ってるのは、その人が持つ気の質のようなものを識別するんで
 す。」
 さすがに話が抽象的になってきたので、梨華も言葉での説明に窮し
 始めた
 しかし、安倍の瞳は更にピュアな輝きを増し、続きを心待ちにして
 います!と語り掛けてくるような錯覚にさえ陥りそうだ。
 
111AB-LS:02/03/26 02:14 ID:gh2XHVON
 
 その惹き込まれそうになる瞳の輝きに負けたのか、梨華は説明を続
 ける。
「…ここからはあまり上手く説明できないかもしれないですけど、人
 によって纏っているオーラが違うんです。
 例えば、安倍さんの場合は独特の優しい雰囲気を持ってて、中澤さ
 んは……表現しにくいですけど、攻撃的で影響力の強い気を放って
 ました。
 で、私と同じような人種は大抵の場合、冷たい……そうですねえ一
 般に殺気と呼ばれるものに近い感触を受ける事が多いです。
 飯田さんのそれも、私に近かったと思います。」
「へえ〜、そこまでわかるもんなんだな。
 特に裕ちゃんのとこは、妙に納得しちゃったかも。
 なっち、ちょっとビックリしちゃったべ。」
 梨華の説明に余程感心したのか、安倍は丸い目を余計に丸くして感
 嘆の声をあげた。
「でも、あくまで『多い』ってだけで、そうじゃない人もいますし、
 そういうオーラを完全に消し去る人も、今まで何人か見た事あるん
 で……」
「ん〜ん、それでも凄いべさ。
 圭織に関しても大体正解だし。
 ……圭織もね、ちょっと特殊な環境で育ったんだ。
 生まれはなっちと同じで北海道なんだけど、その後コロンビアに家
 族で渡って、そこでちょっと事情があって…詳細はなっちも知らな
 いんだけど、反政府ゲリラに囲まれて育ったらしくて。
 そこで一通りの戦闘訓練は受けたって言ってたべ。」
 
112AB-LS:02/03/26 02:15 ID:gh2XHVON
 
 すぐには反応できず、押し黙ったまましばらくの間考え込むような
 表情を見せた梨華だったが、ようやく重い唇によって閉じられた口
 を開き、一言ずつゆっくりではあったが、しっかりとした口調で話
 し始める。
「…少し…私と似てるかもしれませんね。」
 自分よりも寧ろひとみの境遇に近いのかも知れないと思った梨華だ
 ったが、それは口に出さなかった。
「そんな事情があるからか、性格的にもちょっと変わったとこはある
 し、なっちにもわからない面はあるけど、でも今は圭織本来の明る
 い面も出てきてるし、女の子らしいとこもあるし、ホントにいい娘
 だべ。」
「……私も…いつかはそうなれるのかな……」
 その瞳には半ば諦観が現れているように感じた安倍は、梨華が急激
 に自分に近しい存在だと感じたのかもしれない、励ますようなトー
 ンを意識的に言葉に込めた。
「当たり前だべさ。
 ってか、梨華ちゃん今でも充分可愛い女の子だべ。」
「あ…ありがとうございます。
 ……ホントにそうなれればいいですね。」
 思わず頬を薄赤く染めて、そう答えるのが精一杯だった。
113AB-LS:02/03/26 02:15 ID:gh2XHVON

「大丈夫だって。
 なっちだって、一時期心を閉ざしてた頃があったからね。」
「そうなんですか?
 あ、悪い意味じゃなくて、安倍さん周りまで幸せな気分になるよう
 な笑顔だから。」
「そういや、まだなっちの事は話してなかったべな。
 梨華ちゃん程じゃないけど、なっちも普通の女の子とはちょっと違
 う人生歩んできたんだ。
 …あ、梨華ちゃん時間大丈夫だべか?
 ちょっと長くなるかもしれないんだけど……。」
 珍しく少し心配そうな雰囲気がなつみの表情を覆う。
「中澤さんのお仕事が終わるまでは私も帰れませんし、他にやる事も
 ないですから大丈夫です。
 それに、安倍さんのお話には私も興味がありますから。」
 梨華がそう答えると、なつみは途端に安堵の色、そしてその直後に
 いつもの零れ落ちそうな笑みを取り戻し、虚空を見上げ記憶の糸を
 手繰るように、自らの過去を語り始めた。
「どっから話し始めればいいのかな。
 そうだな、なっちがあ……多分3歳か4歳ぐらいの頃からになるの
 かな………」
 
 距離的にも時間的にも遠くを眺めているような、そんなやや焦点を
 外し気味の瞳で語り出すなつみ。
 今までのホンワカした空気とはまた違った、不思議な雰囲気を醸し
 出すなつみの瞳に吸い込まれるような感触を覚えながら、梨華はな
 つみの話に引き込まれていった。
 
 −−−
 
114AB-LS:02/03/26 02:19 ID:gh2XHVON
やっとこさ更新……
正直、もうだめかもヴァー
という状態ですが、休筆とかはしない予定です。

>>104
スマソ
助かります

>>105
いつもスマンこってす
イチ阪神ファソとして、私も今年は期待しております。
いや、優勝は考えてないけど、某お金持ち球団に
煮え湯を飲ませる存在程度ではあって欲しいです。
115いちびり代理 ◆GYAGtan. :02/03/26 13:47 ID:+a1uz4dK
いちびり復活保全
116いちびり代理 ◆GYAGtan. :02/03/26 16:37 ID:+a1uz4dK
>AB-LSさん
遅ればせながら更新乙です。
ゆゆたん、なっち、いいらさん
次に誰が出て来るか楽しみ。
なっちの小一時間の説明・・・ワロタ
117いちびり代理 ◆GYAGtan. :02/03/27 13:22 ID:mbLgiX+U
雨上がり保全隊
118いちびり代理 ◆GYAGtan. :02/03/28 11:19 ID:KO0o0Piv
(‘ ε ’)<今年は生まれ変わったモナ

(☆_☆)<あみちゃんの為にもがんがる!

(`・Å・´)<禿しく板違いだっぺ

普通に保全出来ない
119あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/03/29 12:06 ID:aj01bikK
ペナソト開幕前日保全!
120あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/03/30 12:58 ID:48ORQIBe
いよいよ今夜開幕保全!

(`・Å・´)<開幕投手はオラだっぺ!

(‘ ε ’)<先発出場出来るかなモナ?

(☆_☆)<あみチャソガンガルよ!
121名無し:02/03/31 23:43 ID:BOm8c4Ag
保全
122あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/01 21:56 ID:Cqg65bIw
すまん・・・ハソシソの変貌ぶりに浮かれてここ二日ばかりサボッてしまいました。
許して保全!
123作者:02/04/02 09:19 ID:+soYf7tX
>>122
スマソ…私も同じだ。
もうちっと待ってね。

あと、いつの間にスレがこんなに上に…
別に位置は気にしてないからいいんだけどね。
124あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/02 12:56 ID:NzeYLJ9v
>>122
( ´ Д `)<僕には分かるよ・・・
TBSベイスターズは手ごわいぞ保全
125あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/02 13:20 ID:NzeYLJ9v
>>123だった・・・欝氏・・・。
126あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/02 17:47 ID:NzeYLJ9v
カナーリ申し遅れましたが、コテハソとトリープが変わっております。。。
どうでもいい事書き込んで申し訳ないです。
127あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/03 11:46 ID:jwJuC/YG
更新とハソシソが負けるのとが、どっちが先かと書き込んでみるテスト(別に煽ってるんじゃないですよ〜)
128あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/03 21:31 ID:jwJuC/YG
46年鰤の開幕4連勝だ!保全。
129作者:02/04/04 01:04 ID:npYsKVb6
虎ガンガレと言ってみるテスト
130あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/04 10:13 ID:Lyu+dFK3
(☆_☆)<なんか野球板の阪神スレみたいななって来てると思われ…。

(`・Å・´)<正直、申し訳ないだっぺ

(‘ ε ’)<モナーリ モナーリ更新を待つモナ
131あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/04 22:07 ID:Lyu+dFK3
64年ぶりの開幕5連勝!?
キタ━━━━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ッ!!!!!!

保全。
132あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/05 12:55 ID:Qb6d53nT
またまた関係無い事で申し訳ないが
本日行われる選抜高校野球決勝鳴門工×報徳学園
徳島生まれ兵庫のド田舎育ちの私としては複雑な心境・・・
どっちもガンガレ!保全
133あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/05 17:29 ID:Qb6d53nT
( ^▽^)<今日はM捨てSP見てくださいね〜♪

( `.∀´)<駄目よ!サソTVで対ヤクルト戦を見るのよ!M捨てはビデヲ録画で上等!

( ^▽^)<モーヲタでハソシソファソだなんて・・・そんなの(ry

((((♯`.∀´)<キィーーー!!石川コロヌ! ((((;^▽^)<じょ、冗談ですよ〜♪


スレ汚しばかりしてスマソ…逝きます。
134あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/06 05:38 ID:QM9/oaj+
( `.∀´)ノ[★]<今夜も勝利の美酒に酔うわよ!

( ^▽^)<それじゃ、石川が6連勝を祝って「六甲おろし」を歌います♪

( ^▽^)<ろっ〜こう〜〜颪に〜さぁ〜〜そ〜〜おぅ〜〜とぅ〜〜♪

(;`.∀´)<あ、ありがとう・・・もういいわ・・・それで十分よ・・・(汗)


スマソ
135あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/06 21:22 ID:QM9/oaj+
【保全劇場】

( `▽´)<中澤さんは、野球どちらのファソですか?

从#~∀~#从<愚問やな!阪神にきまっとるやろ!
マツーラは何処のファソやねん?

( `▽´)<勿論、トラKittyですよ〜♪
虚塵槇原から放ったバース、掛布、岡田のバックスクリーソホームラソ最高でしたね!

从;~∀~#从<お、お前そーとー歳ごまかしでるやろ?


あぁ…7連勝
この勢い、春のせいかな〜?
( ´ Д `)<止まんな〜い♪
136AB-LS:02/04/06 23:22 ID:V64eD1Za
 
 1984年 北海道 日本
 
「なっちはホンットにおりこうさんだな〜。」
「よかったわね〜、なつみ。」
「えらいぞ、なつみ。」
「なっち…なっち……」
「なつみ……」
  
 
 お母さんの満面の笑顔、お父さんの感心したような笑顔、家族みん
 なの喜ぶ姿、全てが忘れられない思い出のはずなのに、その表情を
 はっきり思い出せないのは何故なんだろう。
 まるで、その部分にだけ、ワタシにとって最も大切な部分にだけ、
 記憶に濃い霧がかかってしまったように………

 『イツマデモ、イツマデモ、コノママデイラレタライイノニナ』
137AB-LS:02/04/06 23:23 ID:V64eD1Za

 北海道のごく普通の一家族の団欒風景、その中心にいるのはまだ幼
 い一人の女の子、安倍なつみであった。
 幼いなつみに寄せられる美辞麗句は、この時点ではまだ年端もいか
 ない子供に対する大人の、そして家族の贔屓目もあって、大袈裟で
 もなく、普通に子供を誉める時のそれに過ぎなかった。
 しかし、程なくなつみの両親もそこから驚異的なスピードで、そし
 て止まる事なく、むしろ加速し続ける愛娘の学習能力に驚きを隠せ
 なくなる。
 
 最初は文字を覚えるのが早かった、足し算が出来るようになるのが
 他の子よりも早かった、という小さな兆しに過ぎなかった。
 だが、なつみの才能は両親の予測を遥かに凌駕した高みにあり、小
 学校に入る頃には天才少女として評判になるほどであった。
 なつみ自身も勉強が好きで、自ら進んでどんどん高度な知識を身に
 付けていくようになっていた。
 
138AB-LS:02/04/06 23:24 ID:V64eD1Za
 
「今日は連立方程式の勉強をしたべやぁ。」
 この頃になると、もう両親も愛娘の驚嘆すべき才能に慣れていて、
 然程驚く事もなかったが、それでもなつみの成し得た偉業について
 は、常に公平に評価を与え、誉める事を忘れなかった。
「もうそんなとこまで、すすんでんのかあ。
 なっちがこんなにお利口さんになってくれて、母さん嬉しいべ。
 おまえは母さんの誇りだよ。」
 そう言って、いつものようにくしゃくしゃと頭を撫でてくれる母が、
「ホンットに誰に似たんだべ?
 お父さんにとってもこんなに嬉しい事はないべや。」
 と言って、優しく抱き上げてくれる父が、なつみの生来の頑張り屋
 さんな性格に加速を与えた。
 
 難しい問題を解いてみたり、難しい漢字を覚える事で、誰よりも大
 好きな両親が凄く誉めてくれる。
 幼いなつみは単純にそれが嬉しかった。
 両親の喜ぶ笑顔が見たくて、その優しい笑顔で頭を撫でてくれるの
 がたまらなく嬉しくて、なつみは進んで勉学に励んだ。
 
 『ナッチ、モットモットガンバルネ!』

 無邪気に笑うなつみの表情が最も輝いていたのは、恐らくこの時だ
 ったに違いない。
139AB-LS:02/04/06 23:24 ID:V64eD1Za
 
 その才能はとどまる事を知らず、小学校を卒業する頃にはマスコミ
 にも何度か取り上げられ、誰もが知るところとなっていた。
 しかし、当の本人は幼い頃となんら変わるところも無く、明るく健
 やかに成長していた。
 そこには優しい両親の影響があった事は疑いようもない。
 なつみにとってはマスコミも含めて周囲の評価はあまり問題ではな
 く、どこまで行っても両親を喜ばせる事以外には目的感を見出せな
 かったし、自分を突き動かす原動力であると確信していた。
 
 しかし、中学に入り彼女の周囲を取り巻く環境が変化し始める。
 勉学には相変わらず励んでいたし、その能力は日増しに上昇の角度
 を増していたが、同級生が、そして近所の友達が彼女を見る目が変
 わりだした。
 なつみ自身の性格には変化は見られず、むしろ温厚な部分が際立っ
 たようにさえ思えるが、周囲の人間からは奇異の、そして嫉妬の目
 を徐々に向けられるようになり、気付いた時にはなつみには友達と
 呼べる人間がすっかりいなくなっていた。
 
140AB-LS:02/04/06 23:25 ID:V64eD1Za
 
 学問に関しては突出した才能を持っていたなつみだが、こと人間関
 係に関しては一般の同年代の子供と変わらずか、若干劣っている程
 度であり、それはこれまでただひたすら前だけを見据えて一つの事
 に打ち込んできた代償でもあるのだが、とにかくなつみは急速に自
 分の進むべき道に迷いを感じ始め、同時に自らが歩んできたこれま
 での道程に疑問を感じ始める。
 コミュニケーション力は然程周囲の子と変わりはしないが、このよ
 うなこれまで経験した事の無い、何より教科書や参考書といったこ
 れまでなつみが一心不乱に読み漁ってきた類の書物には、決して掲
 載されていない事態に、どうしても解決策、もしくは解決の糸口に
 なるであろう対処法さえも見つからず、ただひたすら鬱積し続ける
 負の感情の真っ只中を徒に漂い、次第に口数を減らしていき、自分
 の最も好きな場所であるはずの我が家でさえも、居心地の悪さを感
 じるようになってしまった。
 
 『ナンデダロウ、ドウスレバイインダロウ……
  オトウサン、オカアサン、オシエテヨ…タスケテヨ……』
 
141AB-LS:02/04/06 23:26 ID:V64eD1Za
 
 大好きな両親もこの頃には仕事が忙しくなっていたせいもあり、そ
 んななつみの変化を薄々は察しつつも、明確な救済の手を打ち出せ
 ない状況であり、それは更になつみの憂鬱を助長する事になった。
 学問以外に頼るものを持ち合わせていなかったなつみは、考えてみ
 れば安易な結論かもしれないが、やはり学問に縋るより他に選択で
 きず、これまでより更に黙々と机に向かう日々が続くが、それは勿
 論何の解決策にもならず、刹那的な逃避策に他ならなかった。
 この頃には以前のふくよかな体型も影を潜め、病的と描写される一
 歩手前あたりまで痩せ細っており、見た目の悲壮感さえも漂わせ始
 めていた。
  
 中学を卒業する前には既に大学卒業レベルの学力を有していたなつ
 みだったが、彼女を取り巻く環境は一向に改善される事は無く、心
 の支えであったはずの両親をも含めての、極度の人間不信に陥り、
 精神に失調を来す一歩手前にまで到っていた。
 
142AB-LS:02/04/06 23:27 ID:V64eD1Za
 
 そんななつみにある日突然転機が訪れる。
 政府が秘密裏に進めていたエリート養成プロジェクトなるもののテ
 ストケースとして、なつみがピックアップされたのだ。
 話を持ち掛けられた両親は、なつみの複雑な現状を考えしばらくは
 結論を出しかねていたが、最終的にはなつみ本人にその決断を委ね
 る事にした。
 なつみの人生を左右しかねない、非常にデリケートな問題であり、
 それをまだ中学生の娘に判断させるのは忍びないという思いも両親
 にありはしたが、さりとて親のサイドから最適解を導き出す為の材
 料が有るわけでもなかった。
 
「なつみ、お前の人生だから、自分自身で結論を出しなさい。」
「なつみがどんな答えを出そうと、お父さん、お母さんはあなたの味
 方だから、それだけは忘れないで。」
 
 『ワタシハ…ヒトリボッチダ……』

 父にも母にも他意は無く、ただなつみの能力を信じての言葉だった
 のだが、この申し出を受ける事はイコール両親と離れての生活を意
 味していただけに、なつみは両親にすら見放されたような悲哀を、
 この瞬間心に深く感じた。
 同時に、今の暗闇の底のような環境から抜け出せる事への期待感が、
 なつみの小さな背中を後押しした。
 結局、なつみはこの申し出を受領した。
 
143AB-LS:02/04/06 23:28 ID:V64eD1Za
 
 中学を卒業すると同時に一人上京し、政府が用意した施設での生活
 が始まった。
 なつみと同じように全国各地から集められた十数人程度がそこには
 いて、個々の能力やその当時の学力に応じて精緻なカリキュラムが
 組まれ、徹底した英才教育が施された。
 そして、なつみの能力は、厳選された才能だけが集められたこの施
 設の中でも、常に先頭を争うものである事が判明するまで、それ程
 の時間はかからなかった。
 
 周囲の人間との親交は当初皆無に近かった。
 それは、なつみが対人恐怖症に近い状態まで追い込まれていたから
 というのが主因ではあったのだが、自分のアイデンティティともい
 える勉学だけに打ち込める環境は、なつみにとって居心地の悪いも
 のではなかった。
 本来の笑顔を取り戻せるまでには至らなかったが、確実になつみの
 精神状態は回復への道を辿っていた。
 そして、その流れを決定的にするような出会いが、この無機質な施
 設に待っていたのは皮肉な事なのであろうか。
 
144作者:02/04/06 23:35 ID:V64eD1Za
更新です。
遅くなってホンットすいません。
年度変わりの前後で色々バタバタしてたんで…
幸いにも虎が負けるよりも先に更新出来ましたが。

虎は今日も勝って7連勝。
17年も前の色褪せた幸せな思い出を細々と紡いで
生きてきた虎ファンにとって、今年は本当に久々に
訪れる、新しい至福の時なのかもしれません。

仙ちゃんありがとう
145あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/07 00:09 ID:M+1Sg4o6
2週間ぶりの更新

キタ━━━━━━━━(●´ー`●)━━━━ッ!!!!!

お疲れ様です。いつも普通に保全出来なくてスマソ
146あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/07 15:17 ID:M+1Sg4o6
 【保全劇場】

( `.∀´)<今日勝てば、球団新の8連勝よ!新人安藤はどうかしら?

( ^▽^)<序盤ボールが浮き気味ですし、矢野がもう少し上手くリードしてやらないと

( `.∀´)<ここ3試合ばかり攻撃力が低下してるわ!

( ^▽^)<1、2番の二人が塁に出ませんし、アリアスに元気がないですから・・・

若干の不安材料を残し甲子園に帰還しる ハァ
147あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/08 13:14 ID:pPigw+Rb
( ^▽^)<とうとう負けちゃいましたね〜

( `.∀´)<そんなもん、長いシーズンなのにいつまでも勝続けないわよ!

1敗したぐらいでギャーギャー騒ぐ俄ファソはすっこんでろっとマジレスしる!保全。
148あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/09 07:06 ID:uPOMTu5l
( `.∀´)<いよいよ甲子園開幕よっ!

( ^▽^)<けど、今日は雨ですよ〜!

( `.∀´)<フンッ!雨なんぞ「保田大明神」の力で吹き飛ばしてやるわよ!

( ^▽^)<そんな力があるんだったら阪神をもっと楽に勝たしてくださいよ〜♪
149あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/09 21:03 ID:uPOMTu5l
甲子園開幕戦勝利!保全。

イマオカモナーありがとう(‘ ε ’)
150あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/10 12:23 ID:CG++kbjS
(´┏┓`)<今日ハ ミーガ保全シルネ!
頑張ッテ広島打線ヲ抑エマス!
151あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/10 21:10 ID:CG++kbjS
感極まるサヨナラ勝ち!連日のヒーロー(‘ ε ’)マンセー!保全
152あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/11 11:22 ID:UJQi5v9V
(;´┏┓`)<昨日ノ先発ハ谷中サンデシタ!
ミーハ今夜投ゲルノデス!
広島相手ニ3タテ保全デス!
153あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/11 21:05 ID:UJQi5v9V
(‘ ε ’)<雨で中止モナ!水入りモナ

(・ ε ・)<兄ィちゃん…雨も滴る(・∀・)イイ!男だよ!
154あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/12 10:09 ID:pkfL4hlM
(;´┏┓`)<昨日ハ 雨デ投ゲレマセンデシタ
今日コソ登板出来マス様ニ!保全。
155あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/12 21:29 ID:pkfL4hlM
(`・Å・´)<今季初完封で10勝1番乗りだっぺ保全。
156あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/13 06:19 ID:nJikc83H
今から甲子園に逝きます保全
157AB-LS:02/04/13 10:43 ID:s0Cmr+X1
 
 福田明日香、なつみよりも更に年下のその少女こそ、なつみの少女
 期において最も大切な友人であり、なつみに数多くの事を教えてく
 れたかけがえのない存在であった。
 年齢の違いもあり、当初はなつみとは進行度において差があったが、
 本質的な能力は決して劣る事は無く、寧ろその成長速度はなつみを
 も凌ぐのではないかとさえ思えた。
 幼いとはいえ、その瞳は一途なまでに真っ直ぐ先を見据えており、
 学問に取り組む姿勢にも一切妥協がなかった。
 なつみと明日香の最大の違いは、学問に取り組む目的感の強さにあ
 り、然したるヴィジョンを持たずにここまでやってきたなつみに対
 して、明日香は明確な目的を持ち、このプログラムにも自らの意志
 で、そして自らの目的達成の為に参加していた。
 程なく明日香はなつみと共に最上級レベルのクラスに編成される事
 になる。
 ここで、明日香はなつみの才能を知覚し、ライヴァルとして、時に
 は身近な目標として意識し始める。
 一方のなつみも自分より年下ながら既に自分と遜色無い学力を有す
 る明日香に驚かされる。
 そして、本人に自覚はなかったが、この頃から勘の良さを備えてい
 たなつみには、明日香が学問に取り組む姿勢に、恐ろしい程の純粋
 さを感じ取り、徐々に気になる存在になりつつあった。
158AB-LS:02/04/13 10:44 ID:s0Cmr+X1
 
 口火を切ったのは明日香の方だった。
 最初は何気なく、その日教わった内容について質問してみただけで
 あった。
 しかし、ここから二人の距離は一気に縮まった。
 元々、この二人にはシンクロする部分が少なくなかった。
 二人の少女が有する能力は、一般社会では滅多に目にかかれない程
 の高みにあり、普通に暮らしている中で触れ合う同年代には、自分
 と同じ視点で物事を捉えられる人間は皆無であり、ともすればそれ
 はフラストレーションの蓄積に繋がっていた。
 自分と同じ高みにいて、自分と同じ景色を見ている、そのような友
 人を得られた事は、二人の人生でも稀有な事であり、無常の歓びで
 もあった。
 
「明日香、夜部屋に勉強しに行ってもいい?」
「ウン、待ってるよ。
 一緒の方が効率いいもんね。」
 
 『ワタシハ、ヤットイバショヲミツケタンダ』
 
159AB-LS:02/04/13 10:45 ID:s0Cmr+X1

 お互いをライバルと意識し切磋琢磨する事で、そして何よりも精神
 面での安らぎを得る事で、二人の習熟度は更に増していき、選りす
 ぐりの優秀な人材が集められた施設の中でも、誰の目から見ても飛
 び抜けた存在になりつつあった。
 
 それは当然施設を統括する立場にある上層部も認めるところで、そ
 の事実はこの後二人が歩む道を決定する上で重要なファクターとな
 った。
 日本政府の要請により(といっても機密プロジェクト故に表向きの
 動きではないが)、ENA(フランス国立行政学院)へ異例の低年
 齢での二人の派遣が決定したのである。
 ENAはフランスのエリート養成機関としてその名を馳せており、
 大統領・首相を始めとして、数多くの要職にその卒業生(エナルク)
 を送り出している。
 
160AB-LS:02/04/13 10:46 ID:s0Cmr+X1
 
 勉学こそ自らのレゾンデートルだと意識していたなつみと明日香は、
 ENAへの派遣に選ばれた事を誇りに思い、即決でフランス行きを
 承諾した。
 勿論互いに“もう一人の派遣者”の存在を知っていたからこそ、即
 決するに至ったわけだが。
 
 しかしながら、フランスでの二人の生活は日本でのそれを上回る程
 の苛烈さを極めた。
 幾分かのカルチャーショックはあるにはあったし、元々親元を離れ
 て生活していた二人ではあったが、相対的な距離の問題も多分にあ
 ったに違いない、軽いホームシックのような状態に陥った。
 だがしかし、多少の犠牲は覚悟の上で険しい学問の道を志した二人
 にとっては、そのような感傷的な問題は些細な事であり、もっと深
 刻な問題に直面していたのである。
 
161AB-LS:02/04/13 10:47 ID:s0Cmr+X1
 
 それは、ここでの学習カリキュラムについてであった。
 なつみも明日香も純粋に修学を志向しており、それは例えば科学や
 物理学、あるいは医学や薬学等、最終的には人々にその恩恵を還元
 出来る道を模索していたと言って良いだろう。
 特に明日香はそのような傾向が強く、この時点では漠然とではあっ
 たが、自らが見据えた大枠での方向は常に一定であった。
 なつみが明日香に惹かれていったのは、このような自分には無い将
 来的なビジョンの部分が大きかったわけで、当然明日香と出会った
 後のなつみはその考え方にも影響を受けており、自分も彼女と同じ
 ような道を歩むんだと決意していた。
 
 だが、ENAはそのような幼い二人の希望をあっさりと打ち砕いた。
 そこでは政治学を中心に、それも学問としての政治学というよりは
 権謀術数の世界がメインで、表現は悪いが純粋な二人にとっては薄
 汚れた大人の世界の話であった。
 しばらくは理想と現実とのギャップの大きさに悩まされる日々が続
 いた。
 特に明日香の精神状態は日に日に悪化の一途を辿っていたが、ギリ
 ギリのラインでなつみに支えられ、なんとか正気を保っていた。
 勿論、なつみが明日香に支えられていた部分もあったが、それは日
 本にいた頃とあまり変わっていなかったのかもしれない。
 
162AB-LS:02/04/13 10:49 ID:s0Cmr+X1
 
 危ういが微妙なバランスを保っていた明日香の精神状態だが、それ
 が脆くも崩れ去る日が、遂に訪れた。
 日本政府のエージェントから、なつみと明日香のENA卒業後の道
 についての情報がもたらされたのである。
 なつみはDGSE(フランス対外治安総局)、明日香はDST(フ
 ランス国土保安局)で諜報活動の基礎を学び、帰国後は内閣調査室
 のブレインとして活動する事を進められたのである。
 DGSE、DSTはフランスにおける主要な情報機関であり、それ
 ぞれ海外・国内の活動を担当している。
 なつみも明日香も、DGSE・DSTは当然として、内閣調査室に
 ついての詳細な情報は持ち合わせていなかったが、それがどういう
 場所かは当然理解できた。
 そして、言うまでも無く、それは明日香の理想とは著しく乖離した
 世界であった。
 
「わたし、もうダメだよ……
 わたしには、もっとやらなきゃいけない事があるはずなんだ……」
163AB-LS:02/04/13 10:50 ID:s0Cmr+X1
 
 ここまでなつみに支えられつつも、なんとか決められたレールの上
 を進んできた明日香だったが、ここで遂に臨界点を突破する。
 
「明日香、一緒に頑張ろうよ。
 今までだってそうしてきたじゃない。
 なっちも、明日香がいないとやっていけないよ……」

 なつみの懸命の呼び掛けに対しても、明日香はもう答えなかった。
 いや、正確には答えを返す余力を持ち合わせていなかった。
 明日香は翌日から自室の入口の鍵を閉ざし、一歩も外に出てこなく
 なってしまった。

 それでもなつみは毎日、それも一日に何回も、それこそ自由な時間
 が見つかる度に部屋のドアの前に立ち、明日香の名を呼び続け、食
 事や飲物を部屋まで運び、何とか八方塞がりの局面を打開しようと
 孤軍奮闘した。
 しかし、そのようななつみの思いも当時の明日香の傷付いた心に届
 く事は無かった。

 明日香は、遂に日本への帰国を決意した。
 
164AB-LS:02/04/13 10:54 ID:s0Cmr+X1
  
 出発の日、泣きじゃくるなつみを前にしても明日香は気丈な表情を
 崩さなかった。
 或いは注視すれば涙を堪えている様子は窺えたのかもしれないが、
 涙で視界がボヤけ、さらに精神状態も普通ではないなつみには、そ
 れが認識できなかったとも言える。
 とにかく、明日香は最後まで涙を見せなかった。
 
 これが最後じゃないのかもしれない。
 必死で自分にそう言い聞かせようとするなつみであったが、一方で
 もう遭えないような予感が脳裏を過ぎっていたのも確かで、それが
 瞳から零れ落ちる涙を一層助長する。
 
「……ゴメンね。
 もっとそばにいたいけど、もう旅立つ時間……」
 
 遠ざかる明日香の背を見つめながら、なつみは目の前で起こってい
 る事態を、未だ飲み込めずにいた。
 そして、最後に一言だけこう呼びかけるのが精一杯だった。

「きっとまた逢えるよね?」

 明日香は振り返り、何も言わずに微笑み、小さく頷いて、そしてそ
 のまま去っていった。

 『ワスレナイワ アナタノコト ……
  ワスレナイデ アタシノコト ……』
 
 
 −−−
165作者:02/04/13 10:58 ID:s0Cmr+X1
会社に泊ってもうた…というか寝てね〜
疲れたんで帰ってねまちゅ

井川=神
166名無し募集中。。。:02/04/13 22:05 ID:N2snHGYS
ホゼムしとく
167あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/13 23:33 ID:nJikc83H
更新お疲れ様です。
(0 ゚−゜0)<I`ll Never Forget You 忘れないわ あなたの事

明日香が卒業して丸3年の月日が流れたんですね。



甲子園今年初見参にして痛い敗退・・・(#T▽T)<矢野さん大丈夫かしら?
168あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/14 18:04 ID:crelkKF0
ヒヤーマありがとう(?_?)勿論、安藤も保全。
169あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/15 12:10 ID:h1NcGsnb
今日は休刊日なんやね…忘れとった保全。
170あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/16 12:55 ID:JthEHV3S
今日は中止かなぁー保全。
171あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/16 21:30 ID:JthEHV3S
今日は雨で中止になってたら良かったのに・・・ハァ
172あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/17 13:57 ID:d1tngcNl
連敗は無いと思うが保全。
173あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/17 22:33 ID:d1tngcNl
阪神星野監督が作り上げた中日は強いです。(涙
174あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/18 12:12 ID:2bQh2MbT
まさか、3連敗はないやろね?保全。
175あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/19 12:36 ID:v8ZuAoLW
あと1点が取れない・・・地元で虚塵戦保全。
176名無し募集中。。。:02/04/20 06:30 ID:MY9K9K1Z
なにやら忙しそうだがガンガレ保全
177あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/20 10:03 ID:hXzGNC+m
矢野に続き赤星までも・・・井川好投虚しく一発に泣く(T・Å・T)
今日こそガンガレ!
178あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/20 22:12 ID:hXzGNC+m
ここ数日の鬱憤を全て吐き出してくれる様な試合でした。
(‘ ε ’)(´┏┓`)ありがとう!
179あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/21 18:16 ID:Zvd0YRwd
雨降って地固まる保全。
180あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/22 14:29 ID:fNKhuKBM
39ノハ53
( ‘д‘)<NEVER NEVER NEVER SURRENDER保全。
181あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/23 13:18 ID:EL5aRLgF
打ノハヽ倒
(鯉`.∀´)<保全よ!
182AB-LS:02/04/23 22:28 ID:78ut6kH8
すいません、いまさらですけど間違い発見。

>>109>>110の間にこれ↓が入ります。

「ありゃ、そっちできたか。
 彼女は飯田圭織っていって、なっちと一緒で普段は受付にはいな
 いんだけど、梨華ちゃんが来るから特別にあそこで張ってたんだ
 べ。」
「あの…飯田さんという方も普通の人では無いですよね?」
「そういうのって、見る人が見たらやっぱりわかるもの?」
 興味津々といった顔つきで安倍は逆に質問する。
 あたかも子供が大人に知らない事を尋ねる時のような表情で。
「そうですねえ、全部が全部わかるわけではないんですけど、大抵
 の人は仕種とかでなんとなくは。
 自分が相手の立場だったらどうするかって考えると、それに当て
 はまる行動をマークすればほぼ間違いないです。」




…ゴミンナサイ
更新はもうちょっとかかりそうデス…
183AB-LS:02/04/24 09:02 ID:PDJaYaaZ
さらにいまさらですが
他にも間違いとかあったら
遠慮なく指摘してくらさい
184あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/24 11:49 ID:O1SBYoMU
>>182-183
違和感がなかったから気付きませんでした。(゚Д゚)ポカーン
気長にまってます保全。
185名無し募集中。。。:02/04/25 06:09 ID:JR7LtZ0U
つーか、>>184 おまえ邪魔
他スレで怒られてたよな

ひっそりと行うがヨロシ
186あつすぃー ◆TORA9cx2 :02/04/25 11:42 ID:K2y4CJ9v
邪魔なんでROMってます。
187 :02/04/26 23:21 ID:UXVyWj2T
188sage:02/04/29 00:10 ID:XA1PF4+4
sage
189 ◆F5NattiE :02/04/30 13:13 ID:NEVvUjIY
hozenn
190AB-LS:02/04/30 22:01 ID:odA3M86T
  
「結局、そのちょっと後にはなっちもカリキュラムの途中でリタイヤ
 して日本に帰ってきたべ。
 情けない話だけど、なっちは明日香がいなくなって、またそこにい
 る理由を失った事に気付いたんだ。」
 
「安倍さんは、その後会ったんですか?
 ……あっ、その明日香さんに。」
 少し上目遣いになつみを見遣り、遠慮がちな言葉遣いで、梨華がな
 つみに尋ねる。
 
 なつみはカラッとした笑顔であらためて梨華を見詰め、こう続けた。
「うう〜ん、それがそれっきり。
 日本に戻ってきて、ここで働くようになって、裕ちゃんは元内調だ
 し、国の情報を手に入れるのなんてワケないから、ホントは調べた
 んだ、明日香の連絡先は。
 でもね、連絡取る事は1回もなかったべ。」
 
「ど…どうしてですか?」
「この事務所は、多分ね良くも悪くも裕ちゃんのせいだと思うんだけ
 ど、なんか胡散臭い事やってる割には、すっごくリラックスできて、
 なっちにとってはかけがえの無い場所だべ。
 だけど、それでも明日香が嫌ってた類の仕事には違いないから。
 なんか矛盾してるかもしれないけど、この事務所の事は大好きだけ
 ど、それでもなんとなくここにいる間は、明日香には会えないなっ
 て、そう思うんだ。」
 
191AB-LS:02/04/30 22:02 ID:odA3M86T
 
 淡々と過去の思い出を語るなつみが、ここで一呼吸置いて飲物を口
 にし、先程までの遠い視線から一転して、眼前の梨華を不思議な笑
 顔で見遣る。
 
「結局ね、幼すぎたんだよ、なっちも明日香も。
 お勉強は出来たかもしれないけど、社会がどういうものかもわかっ
 てなかったし、自分の人生を左右する程の決断をする為の思慮って
 いうのかな、そういうのはぜ〜んぜん足らなかった。」

「なんだか、私に似てるかもしれませんね……」
 自分の過去とシンクロする要素も多分にあるなつみの話を聞き、そ
 れでも今は自分より遥かに明るく強く生きているなつみが、梨華の
 中ではさらに眩しい存在になりつつあった。
 
「そっかな。そう思う?
 でもね、なっちはちょっと違うと思う。
 なっちはね、ただ何かから逃げ回ってただけなんだ。
 逃げ出した先に良い事なんてありはしないのにね。
 梨華ちゃんは…自分の意志で日本に来たんでしょ?」
 やや自嘲気味になつみは微笑んだ。
 
「ええ、それはそうですけど……でも、やっぱり似てると思います。
 私も、あの人がいなければ、あ…安倍さんにとっての明日香さんの
 ような人が私にもいたんですけど、その人と出会うまでは、私も私
 を囲む全てのものから逃げてましたから。」
「そっか……。
 じゃあ、ちょっとは似てるのかもね。」
192AB-LS:02/04/30 22:03 ID:odA3M86T
 
「それに……私は今でも本当にやりたい事がなんなのか、自分でも全
 然わかってないですから。
 こんな事言うと、ここで働いてる安倍さんや中澤さんに失礼かもし
 れないですけど、ここで働く事が目的ではなくて……そのぅ…人探
 しが目的というか、今の私にはそれしかやる事が思い浮かばないだ
 けなんです……」
 梨華の心は申し訳ないという気持ちで満たされていたが、なつみは
 大して気にした様子でもなく、寧ろ安心したような笑顔を丸い顔に
 浮かべた。
 
「別に悪い事じゃないべさ。
 たとえ1つであっても、やりたい事を、やるべき事をやればいいべ。
 それに、ここで働いている間に他にも見つかるかもしれないでしょ、
 梨華ちゃんがやりたいと思う事。」
「……安倍さんは…強いですね。」
「そうかぁ?
 なんか、そんな事今まで言われた事ないから照れるべ。」
 なつみの表情には本当に少しはにかんだような笑いが見られる。
「私にもいつか見つかるのかな、やりたい事……。」
 消え入りそうな弱々しい声で呟く梨華だったが、なつみの体験や、
 そこから生み出される言葉を聞いているうちに、徐々に気持ちが前
 向きになりつつあるのも事実だった。
193AB-LS:02/04/30 22:04 ID:odA3M86T
 
「絶対みつかるべ。
 なっちが保証する!」
 特に根拠があるわけではないだろうが、なつみにそう言われると本
 当に見つかるような、そんな気にさせられるのは、やはりなつみの
 持つ人柄の為せる業だろう。
 
 その後も、取り止めも無い話は暫く続いた。
 
 −−−
194AB-LS:02/04/30 22:04 ID:odA3M86T
 
 なつみとの会話に夢中になっている間に時は過ぎ、早くも陽が傾こ
 うとしていたが、外光を取り込む窓が存在しないこの部屋にいると、
 そのような屋外の変化を肌で感じ取る事も出来なかった。
 来客を迎える為の部屋なので、大仰な時計が備え付けられてはいた
 が、梨華はなつみの生い立ちを聞き始めてから一度も時刻を確かめ
 なかった事に気付いた。
 
「あっ、なっちまたどうでもいい長話しちゃったべ。
 ごめんね、梨華ちゃん。」
 
 梨華の時間を気にする仕種に気付いたのか、なつみも部屋の時計を
 あらためて見た。
 既に事務所の定時間近になっており、彼此3時間程はここにいた事
 になる。
 なつみは如何にも『またやっちゃった…』といった表情をみせてい
 るが、それは裏を返せば梨華との会話に没頭していたという事であ
 り、そして同じ事を梨華にも当てはめる事が出来た。
 口数の多いなつみと無口な梨華という、役割分担のはっきりした組
 み合わせである事、そしてお互いがお互いの持つ雰囲気を心地良く
 感じているからこその結果であろうが、この時点でなつみはそこま
 での考察に至っていなかった。
195AB-LS:02/04/30 22:05 ID:odA3M86T
 
「いえ、私も時間が経つのを忘れてましたし、楽しかったですよ。」
「そう言ってもらえると、救われるべ。
 もうすぐ裕ちゃんも仕事終わってこっち来ると思うから。」
 当然の如く言い切ったなつみであったが、梨華にはその言葉が少し
 引っ掛かった。
「でも、中澤さんは所長さんですし、その何て言うか、そんなに早く
 仕事が終わるものなんですか?
 もし、お忙しいようなら、私終わるまで待ってますし、なんなら一
 人でも帰れますし、あまり気を遣わないで下さい。」
 
 なつみは、この後に及んで自分や中澤に気を遣っている梨華を愛く
 るしく思い、その不安を取り除くべく口を開いた。
「だ〜いじょうぶ、裕ちゃん仕事キライだから寧ろ喜んでるべ。
 堂々と早く帰る口実が出来たって。」
「へっ……?!」
 梨華は予想しなかった答えに思わず目を丸くしてしまう。
「フフフ、まあ半分は冗談だけど、裕ちゃんいつも帰りが早いのは本
 当だべ。
 元々が要領人間みたいだし、自分は方針だけ決めてあとは人にやら
 せる事が多いかな。
 部下には厳しく、自分には優しくって感じ。」
196AB-LS:02/04/30 22:06 ID:odA3M86T
 
 なつみは相変わらずの笑顔で、梨華はどこまでが冗談で、どこから
 が真実なのか掴めないでいた。
 何より、そのような事を所員が笑顔で話すメンタリティというもの
 が、イマイチ理解出来ないでいたのだ。
 
「そ、それで所員の人達から不満が出たりしないんですか?」
 梨華にしては珍しく、ストレートに疑問をブツけてみる。
 
「う〜ん、別に裕ちゃんのやり方が間違ってるわけでもないし、仕事
 では寧ろ頼りに人だし、何よりみんなから好かれてるからかなあ、
 裕ちゃんの文句言う人は見た事ないべ。
 なんでかは説明しにくいけど、ここで働いてるうちに梨華ちゃんに
 もきっとわかるようになると思う。」
「そうですか…。
 安倍さんが言うんなら、そうなんでしょうね。」
 
 そうこうしているうちに、廊下の方から一際大きな足音が、それも
 小走りしているのであろうか、通常歩行のそれよりも短いインター
 バルで聞こえてきた。
197名無し募集中。。。:02/04/30 22:06 ID:52GQlIaG


         ____
       /     \
     /  / ̄⌒ ̄\
     /   / ⌒  ⌒ |   | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    | /  (・)  (・) |   |
  /⌒  (6     つ  |   | こんな糞スレageるなんて、かあさん許しませんよ!
 (  |  / ___  |  < 
  − \   \_/  /    \__________________
 //  ,,r'´⌒ヽ___/     ,ィ
   /    ヽ       ri/ 彡
  /   i    ト、   __,,,丿)/        ζ           
 |    !     )`Y'''" ヽ,,/      / ̄ ̄ ̄ ̄\        
  ! l   |   く,,   ,,,ィ'"      /.         \ 
  ヽヽ  ゝ    ! ̄!~〜、       /           |    
  ヽ  / ̄""'''⌒ ̄"^'''''ー--、 :::|||||||||||||||||||||||||||||||||   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   Y'´          /    """''''〜--、|||||||||||||||||) < スマン!許してよ、母さん。
   (      丿  ,,;;''  ....::::::::::: ::::r''''"" ̄""ヽ   |    \___________________
    ゝ   ー--、,,,,,___      ::: ::,,,,,ー`''''''⌒''ーイ  ./      
    ヽ      \  ̄""'''"" ̄   \____/-、
     ヽ       ヽ  :::::::::::::::::::: /          `ヽ
      ヽ  丿   )       /    ノ   ゝ ヽ ,〉
       ゝ      !      /            ∀
        !     |      /   人     ヽ   ヽ
        |     ,;;}      !ー-、/  ヽ _,,,-ー'''''--ヘ
          |ノ    |      |  /    Y        ヽ
         {     |      |   j      )  作者    ヽ 
         〈     j      ト-.|    /          )
198AB-LS:02/04/30 22:07 ID:odA3M86T
 
「噂をすれば、だべ。
 ほらね、なっちの言った通りだったでしょ?」
 得意満面のなつみの言う通り、足音は二人のいる部屋の前で止まり、
 (勿論ノック無しで)豪放に開け放たれたドアの陰から息を切らし
 気味の中澤の姿が確認できた。
 
「スマン、待たせたなあ石川。
 なんとか定時前に帰ろうとしたんやけど、周りが煩そうてな。」
 
「……安倍さんが言ってた以上ですね。」
 梨華はなつみの方を向いてボソッと小声で呟いた。
 その顔には笑みが溢れていて、なつみを思わず吹き出しそうになっ
 てしまう。
 
「なんや自分ら、二人してなんか感じ悪いんちゃうか。
 なっち、また裕ちゃんの悪口言うてたやろ。」
 語調はキツいが、怒っているわけではなさそうだ。
 
「あら、よくわかったね〜。
 裕ちゃん、ちょっと賢くなってきたんでないかい。」
 なつみもイツモの事のように、素早く答える。
 
199AB-LS:02/04/30 22:08 ID:odA3M86T
 
「やっぱそうなんか……って後半部分は大きなお世話や。
 全く、ウチの従業員はみんな裕ちゃんの事バカにし過ぎやで。
 所長をなんと思とるんや……」
「冗談だよ、じょ・う・だ・ん
 そんなにボヤかなくてもいいじゃない。」
「いや、わかっとるんやけどな。
 それでも、なっちにヒドい事言われたら、落ち込みもするやろ。」
 
 二人の速いテンポの掛け合いに対して、梨華は全く蚊帳の外状態で、
 ただただポカンと呆気に取られているだけであった。
 (私もここで働けば、いつかはああなれるんだろうか……)
 
 仕事とはまた別の次元で不安になる梨華であったが、それを察する
 ように、中澤が声を掛ける。
「言うまでもないと思うけど、石川はこんなんなったらあかんで。
 あんたは今のまんまでええんやからな。」
「は、はい…。」
「ほんじゃ、行こか。
 て、そうや、こんなとこでなっちと遊んどる場合やあらへん。
 石川、あんた今日この後なんかやる事あるんか?」
「いえ、別に何もないですけど。」
「そやったら裕ちゃんの家けえへんか?」
200AB-LS:02/04/30 22:09 ID:odA3M86T
 
 突然のお誘いに正直梨華は戸惑った。
 これまでの生活で、他人の家に招待されるような事など一度もなか
 った。
 唯一、訓練所時代にひとみの部屋に遊びに行っていた事ぐらいだが、
 これは次元が違い過ぎて比較対象にはならない。
「あの…いいんですか?
 私、あまりそういう経験ないんで……。」
「ああ、遠慮せんでええよ。
 一緒に晩飯食べるぐらいやから、ええやろ?」
「は、はい。
 じゃあ、お邪魔させて頂きます。」
 
 中澤の意図まではわからなかったが、梨華は内心これまで経験した
 事のない出来事に、心地良いドキドキ感を味わっていた。
 そして、自分でも驚くほど短絡的な思考パターンではあったが、中
 澤に対して親近感を感じ始めている事も否定できなかった。
 ただし、殆ど職業病ではあるのだが、併行して中澤の意図を探る為
 の観察は、無意識的に行ってはいた。
 そこにネガティヴな結果は待っていない予感はしていたのだが。
 
「ほな、早速行こか。
 あ、なっちも一緒にどや?」
 既に仕事に戻ろうとアクションを起こし始めていたなつみを、中澤
 が不意に呼び止める。
 なつみは一瞬考えるような仕種を見せたが、迷いを断ち切るように
 わざとおどけた表情を作り答えた。
「なっちは遠慮しとくべ。
 裕ちゃんが昼間サボってた分の仕事片さなきゃいけないしね。」
「ほうか、なんかもう突っ込む気力も失せてきたな……。
 ほなまた明日な、なっち。」
 
 −−−
201AB-LS:02/04/30 22:09 ID:odA3M86T
 
 梨華はその後中澤の車に同乗し、道中街道沿いのスーパーで買い物
 を済ました後、中澤の住むマンションへと向かった。
 スーパーは事務所とマンションの丁度中間地点あたりに位置し、事
 務所〜スーパー間、スーパー〜マンション間がそれぞれ10分程の
 道程で、まだ土地勘の無い梨華にも、そのマンションが都心から然
 程離れていない、所謂一等地と呼ばれるロケーションにグルーピン
 グされている事は理解できた。
 梨華の住む街とはまた違った意味でだが、マンションの周囲は喧騒
 とは一線を画しており、周辺の建造物に視線を移すと、ゆとりを持
 った区画割りや、各々の造りの絢爛さからは、ここに住む人々の生
 活レベルが相当に高いものである事が容易に想像できる。
 
 (事務所も凄いと思ったけど、お家の方も……。
  イリーガルな部分の収入ってヤツかなあ。)
 
 いつもの事なのだが、梨華は集められるだけの視覚情報を収集し、
 その分析作業を半ば無意識的に行っていた。
 中澤は先程から何か考え事をしているようで、それは恐らく彼女の
 部屋の中にある何か(或いは誰か)に関する事であろうと、梨華は
 そう予想していたのだが、ともかく梨華に近しい特殊技能を有して
 いる中澤であれば、本来梨華の行動(という程表出してはいないが)
 からその思考内容を読めても不思議無い場面であり、何らかの説明
 があってもいいはずだが、実際に梨華に投げかけられた言葉は、そ
 れとはかけ離れた内容であった。
 
202AB-LS:02/04/30 22:10 ID:odA3M86T
 
「石川ぁ、自分ガキ、いや子供はアレかな……あ〜その、苦手やった
 りせえへんか?」
「へっ??」
 予想していたのとはあまりに異質な質問に、梨華は思わず素っ頓狂
 な、いつもより更に甲高い声をあげた。
 
「こ、子供ですか?」
「そう、子供や。
 実はな、家におるんや一人、それもトビっきりアクの強いのが。
 それでやな、別に石川が子供苦手やったら、あ、なんかそんな感じ
 するんやけど、そやったら無理して相手せんでもええんやけど、嫌
 やなかったら、その……仲良うしてやってくれへんかな思てな。」
 事務所での開けっ広げな中澤はすっかり影を潜め、まるで奥歯にモ
 ノが挟まったような話し方である。
 ここまで見てきた中澤の態度との大きすぎるギャップが、梨華には
 なんだかとても可笑しいものに思えて、笑い出しそうになったが、
 ここで笑ってしまうと気を悪くすると思い、必死に堪えながら、出
 来るだけ表情を悟られないように、意識して視線を下方に向けなが
 ら梨華は尋ねた。
 
「それって、もしかして中澤さんのお子さんなんですか?」
 この時点で既に少し頬を赤く染めていた中澤だったが、梨華の言葉
 に反応して更に、そしてそれは今迄とは違った理由で、顔中を紅潮
 させた。
 
「アホ言うな!
 どないしたらウチが子持ちに見えんねん。」
 わざと大袈裟なアクション付きでそう答えた中澤のその様子は、こ
 の上なくコミカルに見え、梨華はより一層笑い出しそうになるのを
 堪えていた。
 そして、関西出身の人間の身体にはそういう動きが生まれつき染み
 込んでいるのかも、と本気で思い始めていた。
203AB-LS:02/04/30 22:12 ID:odA3M86T
 
「いや、そういうわけではないんですけど、子供がいるって言われた
 ら、普通はそう考えるのが自然かなと思ったんで。」
「ああ、そうか、そう言われりゃそうかもな。」
「で、おいくつなんですか、そのお子さんは?」
「今年で12、いや13歳やったかな…とにかく中学生の女の子や。」
 中澤は漸く普段のリズムを取り戻しつつあった。
 
「その年齢だと、さすがに中澤さんの子供っていうのには無理があり
 ますね。」
 梨華は事務所で見聞きしたなつみや保田の仕種を思い浮かべつつ、
 冗談っぽく言ってみる。
 
「そやろ…って歳に関係なく、ウチにはまだ母親は似合わんっちゅう
 ねん。」
 期待通りの答えを、それも予想とほぼ寸分違わず返してくれる中澤
 を見て、なつみや保田に聞いた事に間違いが無いという事をあらた
 めて梨華は確信する。
 
 (ホントに楽しい人だな)
 
204AB-LS:02/04/30 22:17 ID:odA3M86T
「それで、中澤さんのお子さんじゃないとして、じゃあどういうご関
 係なんですか?」
「姪っ子や。
 ウチの姉の子供で、詳しい事はまた後で説明するけど、ちょっと事
 情があって今はウチが引き取っとるんや。
 さっきも言うた通り、ちょっと癖あるんやけど、根はホンマにエエ
 子やから、いっちょよろしゅう頼むわ。」
 
 子供と触れ合う機会など、これまでの人生では皆無だっただけに、
 漠然とした不安はあったが、不思議と中澤がそういうなら、そして
 中澤と一緒に暮らしている、しかも中澤の血縁者とくれば、仲良く
 なれるような、そんな楽観的な考えが梨華の思考を支配していた。
 
「正直言うと、あんまり子供と遊ぶ事なんてこれまでなかったんで、
 苦手なのかどうかもよくわからないんですけど、でも年齢も私と近
 いみたいだし、大丈夫だと思います。
 中澤さんもいる事ですし。」
「そっか、いや〜そう言うてもらえると助かるわ。
 なんや強引に連れてきた上にガキのお守りみたいな事させて、石川
 が嫌な思いしたら、さすがに悪いしな。」
 中澤から先程までの心配そうな表情はすっかり消え失せ、それと同
 時に精神状態も平常時のそれに戻ったようで、急速に冷たい外気が
 肌を刺している事に気付かされた。
 
 事務所を出発した時刻が早かったせいもあり、まだ6時を少し回っ
 たところだが、冬至周辺のこの時期は陽が落ちるのもまた早く、あ
 たりはすっかり暗闇に覆われていた。
 気温も時間を追う毎に下降しており、何気なくマンション前で話す
 二人の息も、まるで煙草の煙のようにはっきりと白く見える。
 
「遂々長話してもうたな。
 寒なってきたし、とにかく中入ろか。
 ごちゃごちゃ説明するよりも、実物見てもろた方が早いと思うし。」
 
 二人は厳重なセキュリティに守られたドアを抜け、小綺麗なエレベ
 ーターで最上階へと昇り、さらに最奥にある中澤の部屋へと続く質
 素な廊下を歩いていった。
205作者:02/04/30 22:20 ID:odA3M86T
クッ…ageてもた……上に、そのせいでヘンなの挟まれてる…
新参みたいでスゴイ鬱
逝ってきます
206名無し募集中。。。:02/05/01 00:45 ID:Ih7WQb4j
更新お疲れです。
めげずに頑張って下さい。
207 ◆F5NattiE :02/05/02 17:24 ID:9fyf38yB
保全
208 :02/05/02 21:00 ID:qdDrtMND
更新乙津ー。
面白いですねえ。更新マターリ待ってます。
209 ◆F5NattiE :02/05/05 12:28 ID:KoXwGipg
保全
210__:02/05/06 21:13 ID:46UMcfSF
保全
211番長(略:02/05/08 13:36 ID:NZfs4qi5
保全
212sage:02/05/10 03:44 ID:vLLFV8uk
保全
213 ◆F5NattiE :02/05/12 01:00 ID:pY4fBXcq
保全
214名無しさん:02/05/13 08:57 ID:IX93nB7Z
保全
215 ◆F5NattiE :02/05/14 20:17 ID:I5et+MYC
保全
216 ◆F5NattiE :02/05/15 23:10 ID:KeTkgTnD
保全
217 :02/05/17 20:51 ID:qQvArDzX
イ呆全
218綾尾(あやや軍団):02/05/19 14:57 ID:QLozFXyc
短編エロ小説「ふるさと」全3話
なつみは故郷の古里町に5年ぶりに帰って来た。
なつみ:ああ、ここはあの頃と全然変わってないな・・・
なつみは、15の時、家出で上京してから、この町に戻って来なかった。
しかも、父とはまだ喧嘩中。
なつみ:許してもらえるかなー・・・・・
そう独り言を言ってる間に家に着いた
ピポーン
母:はい、え・・
ドアが開く、5年ぶりに再開した親と娘だった
母:お帰り・・
しかし、母の顔に笑顔はなく泣き出してしまった
なつみ:どうしたのさ、母さん
母:なんで、もっと早く帰ってこんとねん、父ちゃんが死ぬ前に
なつみ:ええ!?
綾尾:あれ、その方は誰ですか?
筋肉質でかっこいい男だ。なつみは熱いものを感じるほど。
母:なつみ、紹介するは養子の綾尾さんよ
綾尾:綾尾です。21歳。大学3年生だす。
笑う3人
母:あらやだ、こんな時間、今日は同窓会で、家には帰らないから。
あとは2人で留守番よろしくね
なつみ:ちょっと・・
綾尾:なつみさん、長旅疲れたでしょう?お風呂でもどうです?
なつみ:沸いてるんですか?
綾尾:はい、さっき、沸かした所なので、あったかいですよ
なつみ:じゃあ、お言葉に甘えて・・
なつみは、脱衣場に向かった
続く・・・


219 :02/05/19 15:25 ID:6lhnb07w
うむ、ただエロを書けばイイってもんでも無いのだよ。
220綾尾(あやや軍団):02/05/19 21:07 ID:QLozFXyc
短編エロ小説「ふるさと」第2話

なつみは服や下着をかごに脱ぎ捨てた。胸はさほどないものの、
体全体のスタイルは最高だ
なつみ:なつかしい・・・・・
さすがに5年ぶりの我が家があの頃の我が家と何も変わらぬことに、
しばしば、感激だった。
持ってきたせっけんで体を洗っていると・・・
コンコン
なつみ:はい
綾尾:入りますよ
なつみ:ええ!?
続く
221sage:02/05/20 22:19 ID:b0VJS/f2


222あやや軍団:02/05/20 23:08 ID:wj8jcA/H
>>220
なつみ:なんで入ってくるのよ
綾尾:君が好きだからに決まってんだろう?
そういうと胸を揉んできた
なつみ:ああ、もう止めて・・(ああ、もうすごく感じて来たよ)
綾尾:嘘つけ、マンコが濡れてるじゃないか!
そういうと指にも手を入れてくる
なつみは気持ちよくなってこういった
なつみ:綾尾のチンチン入れて・・・・・


めんどくさいから終了。
223 ◆hozenLyY :02/05/21 16:10 ID:NDIKlCQZ
 
224 ◆HOzENDAE :02/05/22 12:58 ID:V5g4bi8b
 
225 :02/05/22 21:48 ID:PAnczVLQ
イ呆へ
   王
226AB-LS:02/05/25 14:22 ID:MYP/xw8W

 フロア内でもエレベーターから最も遠く離れた位置にある中澤の部
 屋だが、そのすぐ脇には非常階段へと続くドアが設置されており、
 またドア自体の重厚な造りから、中澤のセキュリティへの気配りが
 はっきりと窺える。
 仕事上、危険な橋を渡っている事を考慮に入れても、事務所から自
 宅に至るまでのこの国の常識を逸脱した用心深さに、梨華は幾許か
 の疑念を中澤に対して感じつつある事を完全否定出来なかった。
 
 テキパキとドアを開錠し、事務所で何度か目にしたのと同じ様に繊
 細さを微塵も感じさせずに開け放つ中澤。
 まだ会って半日も経過していないが、このような中澤のある種男性
 的なアクションは、彼女のキャラに見事なまでに調和しているよう
 に思えて、梨華は一人こみ上げてくる笑いを堪えていた。

 梨華の変移には全く気付いていない中澤は(常人に気付かせるよう
 な梨華ではないが)、手招きで梨華を室内に導きいれる。
 マンションとは思えないゆったりとした空間が玄関から広がってお
 り、まだ住み慣れたとは言い難い自分の部屋のそれを思い浮かべな
 がら、梨華はそのギャップの大きさに驚きを感じた。
 玄関は割り当てられたスペースは広いものの、そこにある家具類等
 は一般家庭と然程差異は無く、ドア部に大きな鏡が張られた靴入れ
 兼傘立てだけが、相対的に存在感を主張している。
 事務所の例の部屋に見られたような装飾品の類はここには一切無く、
 事務所の方が中澤以外の人間によって内装が決定されたという事が
 推測出来る。
 あの部屋はカメラやマイク等の偽装の為に、用度品を設置している
 とも考えられるが。
 ともあれ、本来の中澤の嗜好が質素というか、外見に拘りが無いと
 いうのは間違いなさそうで、その思いは玄関から先に進んだ際に確
 信に変わる事になる。
227AB-LS:02/05/25 14:22 ID:MYP/xw8W
 
 自分の家なのだから当然なのだが、中澤はスイスイと奥に進み、リ
 ビング兼応接室といった風情の広い部屋に梨華を案内した。
 あまりに殺風景な玄関に比べれば幾分装飾された感はあるが、それ
 でも落ち着いた配色やシンプルな家具の造り、配置からは機能性重
 視な中澤の気質が感じ取れる。

「ちょっと散らかってるけど、そのへん座っといて。
 ちょっと例の姪呼んでくるわ。」 
 
 そう言って中澤は元来た廊下を少し戻り、玄関に向かって左側にあ
 るドアを、壊れるのではないかと思える程強くノックした。

「加護ぉ〜、帰ったで〜!」

 …………

 その呼び声も梨華が驚くぐらい大きかったが、部屋からは何の反応
 も返って来ない。

「こぉ〜らぁ〜加護! 聞いとんのか!」
 数秒後、全く躊躇う事無く、中澤は再びガナリ声を上げながら部屋
 のドアを開け、中へと入っていった。
228AB-LS:02/05/25 14:23 ID:MYP/xw8W
 
 なんとなく心配になった梨華はソファーから腰を上げ、ドアの方へ
 と向かった。
 半開きのままにされたドアは、他の内装と変わらず質素なもので、
 それ自体には何も思うところはなかったが、ドア中央やや上部にか
 けたれた部屋の主を示すカードには、ここに“女の子”が住んでい
 る事を伝達する要素があった。
 なんらかの動物を模したキャラクターの形状をしたそのカード(そ
 のキャラクターがなんなのかは梨華にはわからなかった…)には、
 女の子らしい丸い崩れた文字で「あいのへや」と書かれていた。
 おそらくはこの部屋にいる中澤の姪である加護亜依という少女が自
 分で書いたものであろう。
 一部分だけ突出してメルヘンチックなカードが、ドア全体を眺めた
 場合には何とも言えないミスマッチ感を漂わせてはいたが、それは
 心地良い類の感覚であり、梨華にとっても受け入れ難いものではな
 かった。

 
229AB-LS:02/05/25 14:24 ID:MYP/xw8W
 
 梨華はドアの開放されたサイドに回り、恐る恐る部屋の中を覗いて
 みる。
 部屋にはベッドや机、ミニコンポ等、普通に家具類が設置されてお
 り、残されたスペースのほぼ中央部に、ちょこんと(この表現がこ
 れ程似合う人は他にはいないのではないかと、梨華には思えた)一
 人の少女が座っていた。
 梨華の位置からは中澤が少し壁になっていて、さらに後ろ姿しか見
 えないのだが、髪を左右の高い位置で纏め、ヘッドフォンを装着し
 た少女は、未だ中澤の入室に気付かないのか、リズムを取るように
 小刻みに体全体を揺らしている。
 その仕種が人形のようで、たまらなく愛くるしい。
 
 呼びかけに対して気付いているのかいないのか、全く反応しない少
 女に痺れを切らした中澤が、正面に回り無造作にヘッドフォンを剥
 ぎ取ると、漸く事態に気付いた少女は小さな顔をやや斜めにしなが
 ら中澤を見上げ、得も言われぬ笑みを満面に浮かべた。
 
 その理由までは特定できなかったが、少女の仕種一つ一つが何故か
 梨華の琴線を殊更に刺激してくる。
 それは自分には無いものへの憧憬なのかもしれないし、自分でも気
 付いていなかった妹的な少女に対して発現した家族愛のようなもの
 なのかもしれない。
230AB-LS:02/05/25 14:26 ID:MYP/xw8W
 
「おかえり、今日も早いんやな。」
 初めて耳にした少女が発した声は、その外見に違わぬ愛くるしい印
 象を梨華に与えるものだった。
 そして、そのアクセントは中澤のそれと同じく、いや正確には中澤
 よりも人懐っこいイメージを感じさせる関西訛りであった。
 
「おかえりやないやろ、あんたは。
 お客さん来てるから挨拶し、ほら。」
 そう言って中澤は少女の丁度背後に佇む梨華の方を指差した。
 
 少女は突如として殆どノーモーションで立ち上がり、ダンスでもし
 ているかのようにフワリとターンして梨華に正対した。
 先程から梨華の心を擽る微笑みに、初対面の人間に対する興味から
 からくる瞳の輝きが加わり、さらに小悪魔的な魅力に満ちていた。
 顔立ちそのものは歳相応というか、むしろ同年代の女の子よりも幼
 さが色濃く残っているようにも思える。
 
「はじめまして、加護亜依です。」
 さすがに先程中澤に対して発していた声とは若干トーンが違ってい
 たが、それでも独特の絡みつくようなキーは変わっていなかった。
 梨華も小さい頃から嘘みたいなアニメ声を散々揶揄されたものだが、
 その経験がより一層加護亜依への親近感となって発露しているのだ
 と、この時確信した。
231AB-LS:02/05/25 14:27 ID:MYP/xw8W
 
 そのような事をなんとなく考えていたが為に、肝心の亜依へのレス
 ポンスを梨華はすっかり忘れていた。
 自分では時間にしてホンの数秒のように感じられたが、それは待つ
 側(亜依)及びその様子を眺める側(中澤)にはもっと長く体感さ
 れたようで、不自然な静寂に耐え切れず中澤が口を開いた。

「加護、あんたそれだけやのうて、他にもあるやろ、ほら年齢とか、
 趣味とか……ってそれじゃお見合いみたいやな。
 ……あー、とりあえず何でもええから、ほらはよしいやぁ。」
 本来であれば沈黙した梨華に対して発言を促すべきであろうが、こ
 の時点で中澤も梨華のキャラを掴みきれておらず、また突っつく相
 手としては梨華よりも亜依の方が遥かに好都合だったのであろう、
 その曖昧な矛先は亜依に向けられた。
 
「そんなん急に言われてもなあ……。
 とりあえず歳は13歳、中学2年生です。
 趣味は……えーとぉ…シールを集める事かな?」
 たどたどしくではあったが、とりあえずは中澤に求められた最低限
 の答えを返した亜依は、少し困ったような斜め上方を眺めるような
 表情から、一転通常時の笑顔に戻る。
「シールってあんた、そんなんが趣味なんか?」
 これが日常なのだろう、すかさず中澤が横から突っ込みを入れる。
「別にええやろー、趣味が何でも。
 おばちゃんみたいに、年中若い女の尻追っかけ回してるよりもよっ
 ぽどええやん。」
「アホ、誰が若い女のケツ追っかけ回しとんねん!
 ……ってそれより先に、ウチはまだ『おばちゃん』ちゃうって何回
 言うたらわかんねん。」
「おばちゃん、おばちゃん。」 
「このガキャァ…」
 
232AB-LS:02/05/25 14:28 ID:MYP/xw8W
 
 延々と続きそうな仲が良いのか悪いのかわからないやり取りに、こ
 のまま聞いているのも楽しそうだなと梨華は思ったが、いつまで経
 っても終わらない罠かもしれないとも思い、覚悟を決めて割って入
 った。
 
「あ、あのぅ……まだ私自己紹介してないんですけど……」
 その間も展開されている夫婦喧嘩のようなやり取りに掻き消されそ
 うな程弱々しい声ではあったが、その助け舟を待っていたかのよう
 に、中澤はその声を聞き付けた。
「ああー、そやな、スマンかったな。
 オマエがイラン事ばっかり言うからやで、ったく(ブツブツ)」
「そっちが先にちょっかいかけてきたんやん……」 
 加護もまだ決着はついていないとばかりに不満の声を漏らす。
 
「ええと……いいですか?」 
 徐々に2人の行動パターンを把握しつつあった梨華は、流れを変え
 るべく、未だ燻り続ける亜依と中澤の口論を半ば無視するように、
 話し始めた。
233AB-LS:02/05/25 14:29 ID:MYP/xw8W

「石川梨華です。 
 今16歳だから、亜依ちゃん…て呼んでもいいかな?(梨華はココ
 で亜依が黙って頷くのを確認する)
 亜依ちゃんより3つお姉さんになるのかな。
 来週から中澤さんのところでお仕事をさせてもらう事になってます。
 ちょっと事情があって、ずっと海外で暮らしてたんで、こっちに知
 り合いがほとんどいないから、仲良くしてね。」
 
 梨華の精一杯の笑顔に釣られてか、亜依も見る見るうちに最初の笑
 顔を取り戻し、顔を横に傾け輝かんばかりの瞳で梨華を見詰める。
 
「ほら、あんたもよろしく、やろ。」
 中澤が促すと、亜依は少しモジモジしながらも、
「よろしくお願いします。」
 と礼儀正しくお辞儀をした。
 その仕種は、これまでに負けず劣らず梨華の心を掴んで離さないも
 のだった。
 
234AB-LS:02/05/25 14:34 ID:MYP/xw8W
 
「それと、いつもみたいなしょうもない悪戯はなしやで。」
 中澤はそれがあたかも亜依のライフワークであるかのように言う。
「悪戯なんかしてへんやろ。
 ヘンな事言わんとって。」
 亜依も負けずに言い返す。
「まあええわ、どうせあんたの浅はかな悪知恵が通用する相手とちゃ
 うからな。」
 
 亜依は中澤の言葉の意味するところを咀嚼し切れていないようで、
 ポカンとした表情で若干首を傾げている。 

 梨華は亜依が醸し出す、なつみとはまた違った不思議で和やかな世
 界で、ゆっくりと進む時間を楽しんでいた。
 日本に来るまでは、ひとみは例外としても、その他の周囲の人間は
 多少の振幅はあれ、ほぼ均一と言って良いぐらい単調な人ばかりで
 あった。
 特殊な訓練によって意図的にそのように仕立て上げられたのは、同
 じ訓練を施された梨華には充分過ぎるほど理解出来たが、その原因
 がどうこうではなく、もたらされる結果に対して梨華は退屈さを覚
 えていたものだ。
 そのような環境にいたからこそ、明らかに違う種類の空気を持つひ
 とみに惹かれていったのだとも言える。
 それが、この国に来てからというもの、なつみも中澤もそして今眼
 前で微笑んでいる亜依も、梨華に次々と新しい発見、体験をさせて
 くれる。
 唯一飯田だけは梨華にとっての常識の範疇に収まっていたが、まだ
 一言も言葉を交わした事もなく、彼女とて今抱いているイメージと
 は違う人種なのかもしれない。
 そして、それに近い事は確かなつみから昼間聞いたはずだ。
235AB-LS:02/05/25 14:35 ID:MYP/xw8W
  
 本人が自覚しているかどうかは微妙なところだが、梨華は確実に日
 本での生活に充足を感じていた。
 生活環境や仕事内容などは梨華にとってはあまり問題ではなく、そ
 れよりも出会う人々(しかも個性的)から得られる新しい発見が、
 そして何よりもそのような人々が自分と好意的に接してくれる事が
 純粋に嬉しいのだ。
 ただし、そういう事象に対する免疫、もしくは概念といった方が適
 切かもしれないが、ともかくそのようなものを持ち合わせていない
 梨華には、自らの感情の揺らめきの正体が見極められなかったのだ。
 
「石川、あんたどっか具合でも悪いんか?
 さっきからなんか様子おかしいで。」
 夢想の世界から梨華を引き戻したのは、またも中澤の声だった。

「え? あ…あの、別になんでもありません。
 スイマセン、スイマセン。」
 突然の事だったので、思わず顔を赤らめ、脚元に敷かれている淡い
 ピンクの絨毯に焦点を合わせ答える。
236AB-LS:02/05/25 14:35 ID:MYP/xw8W

「そうか、大丈夫なんやったら別にええけど。
 それより、お腹空いたやろ?
 晩飯にしよか。」
「ウン!」 
 中澤は明らかに梨華に問い掛けていたのだが、梨華に考える間を全
 く与えずに、亜依が歓喜の声を上げた。
 さすがの中澤も呆れ気味だ。

「……あんたはこんな時だけしっかり返事すんねんなぁ。
 まあええわ、裕ちゃんも腹減ってきたし、今日は裕ちゃん特製ワン
 ダフル水炊きや。
 加護ぉ、オマエはお手伝いな。」
「ええぇ……」
 一転腰が引け気味の亜依だったが、中澤には容赦という言葉は無い。
「働かざるもの食うべからずや。
 それでもイヤやったらええねんで、残念やなあ、奮発してええ地鶏
 の肉を仕入れたのに。
 いや、ホンマ残念やわ。」
「わかったわ、手伝えばええんやろ、手伝えば。
 人使いの荒いオバチャンや……」
「余計な事は言わんでええねん。
 さあ始めるで。」
 
237AB-LS:02/05/25 14:35 ID:MYP/xw8W
 
 渋々の亜依を引き連れ中澤はキッチンに向かう。
 亜依はこれから行う労働への倦厭感と、その直後に控える食事への
 期待感が入り混じって、複雑な表情、というよりもはっきりヘンな
 顔と表現した方が適切な、そんな顔をしている。
 
「あのぅ中澤さん、私もお手伝いします。」
 特段気を遣ったわけではなかったが、他人の家で一人でジッとして
 いるのも退屈そうなので、梨華は恐る恐る申し出てみた。
 
「気持ちはありがたいけど、石川はお客さんなんやから座ってテレビ
 でも観とってや。」
 概ね予想通りの反応だったので、梨華はすかさず予め用意してあっ
 た次の言葉を声にする。
「いえ、待ってるのも退屈なんで、是非手伝わせて下さい。」

「……そうか、そこまで言うんやったらしゃあないなぁ。
 じゃあ、悪いけど手伝ってもらおか。」
「その割には顔は嬉しそうなんやな……」
 亜依が鋭い突っ込みを入れる。
「あちゃ〜、顔に出んようにしたつもりやけど、バレてもうたか。」
「予定通りみたいな顔して、よう言うわ。」
 
 3人は和やかな雰囲気でキッチンへと移動した。

−−−
238AB-LS:02/05/25 14:38 ID:MYP/xw8W

 室内の他の施設同様、キッチンスペースも広く取られていた。
 見た目の派手さや、驚嘆に値するような高機能があるわけでは無い
 が、大抵の要望には答えられるだけの機能が慎ましやかに備えられ
 ており、梨華は特に痒いところに手が届くような、何気ない機能性
 に溢れたシステムキッチンに感心させられた。
 
 中澤は先程から奥でワンダフル水炊きとやらのの仕込みに注力して
 おり、リビング寄りの位置で食器類の準備をしている亜依にも、野
 菜の皮剥きや刻むのを担当している梨華には全く注意を払っていな
 いようである。
 何やらお呪いのようにブツブツ呟いているが、梨華の位置からは良
 くは聞き取れなかった。
 自ら手伝いを名乗り出た事もあり、梨華も慣れない作業ではあった
 が一心不乱に野菜の仕込みを続けていた。
 そんな梨華の背後から忍び寄る人影にも、素人目には全く気付かぬ
 ように……。
 
239AB-LS:02/05/25 14:39 ID:MYP/xw8W
 
 足音を完全に消し去り、どこから持ってきたのか頭には漫画に出て
 くる泥棒のように布を巻きつけた亜依が、あからさまに怪しげな忍
 び足ながら注意深く、梨華の背後にゆっくりとだが確実に忍び寄っ
 て来た。
 梨華が振り返らない事を入念に確認しつつ、亜依は梨華の丁度後方
 で歩を止め、低く腰を落として両の手を合わせ、左右の人差し指以
 外を握りこんで、予備動作を始動させた。
 乾坤一擲、梨華のふくよかな臀部を目掛け亜依の手が力強く突き上
 げられた。
 
 亜依は勝利を確信したような笑みを半ば浮かべ、計画完遂の時を迎
 えようとしていた。
 そこには先程まで対梨華という局面で見せていた控え目な少女の姿
 は無く、純粋にこれから起こるであろう出来事に瞳を輝かせた悪戯
 な少女の一面だけが、亜依の全てを支配していた。
 
240AB-LS:02/05/25 14:42 ID:MYP/xw8W
 
 しかしながら、亜依の完全なる計画は最後の最後で覆された。
 亜依の手が梨華の体に届く寸前、梨華は右脚を軸に時計周りに素早
 く体を反転させ、造作も無く亜依の手をキャッチし、さらに勢い亜
 依の脚を後ろから払い、その小さな体を宙に浮かばせた。
 相手が誰なのかは梨華には全て、それも足音を消して忍び寄ってき
 た時点でわかっていただけに、このまま硬いフローリングに激突さ
 せる気は無く、亜依の手をキャッチした逆の手をお尻のやや下のあ
 たりに滑り込ませた。
 亜依は未だ自分の身に起こった事象を咀嚼しきれてなくて、最初の
 歓びの表情・かわされた際の驚きの表情が入り交じったまま固まっ
 ている。
 その後の出来事については、ただ自分が宙を舞っている事だけは理
 解しているようだが、何故そうなったのか、そして自分が今どのよ
 うな角度でどれぐらいの高さにいるのかまで考える余裕はなかった。
 
 亜依はほんの僅かな間自然落下し、梨華の腕に無事収容された。
「悪戯しちゃダメでしょ!」
 梨華の生来のアニメ声のせいも多分にあるが、それ以上に実際に怒
 っているわけではない為、その言葉は構成される語句のみを見た字
 面の印象よりも、ずっと柔らかいものであった。
 そして、その表情も柔らかな笑顔であった。
 
241AB-LS:02/05/25 14:43 ID:MYP/xw8W
 
 亜依はまだ前後不覚の状態で、梨華の言葉にも全く反応できず、な
 すがままに梨華に床に脚を降ろされ、食器の準備を続けるように指
 示されたが、その場に突っ立っているだけだった。
 
 こちらの様子に気付いたのか、丁度鍋の仕込みが一段落ついた中澤
 がやってきて、茫然自失の亜依を確認する。
「やっぱりな。
 こうなると思っとったわ。
 だから、しょうもない事すんなて言うたのに。」
 半ば呆れ気味に言い放った。
 
「ちょっと…やり過ぎたでしょうか……」
 フリーズしたままの亜依を見て心配になったのか、梨華が不安そう
 に中澤に聞く。
 
「ああ、ええねん、ええねん。
 たまにはこういう事がないと、このあふぉは全然言う事聞かんから。
 ええお灸やわ。」
 梨華に気を遣っている様子ではなく、事も無げに言い放つ。
 そのまま今度は亜依の眼前に立ち、軽く両の頬を叩き、反応を確か
 める。
 ここで亜依は漸く我に返ったようで、一連の出来事についてはなん
 とか理解できたらしく、必死に何かを言わんとしているが、ただ口
 を魚のようにパクパクさせているだけで、声にならない。
242AB-LS:02/05/25 14:46 ID:MYP/xw8W
 
「はいはい、言いたい事は大体わかるから、何も言わんでええよ。
 後で飯食いながら、ちょっとずつ説明したるから。」
 
 亜依はまだ少し納得し切れないという表情をしていたが、食事の魔
 力もあったのだろうか、中澤に従い大人しく食事の席に着いた。
 
 梨華も中澤も、その奇妙な様子に堪え切れず、亜依に気付かれぬよ
 うに笑った。
 いや、中澤のそれは明らかに亜依に聞えていたように、梨華には思
 えたが…
 
 −−−
 
243AB-LS:02/05/25 14:47 ID:MYP/xw8W
 
 中澤が豪語するだけあって、鍋は素晴らしく美味しかった。
 正直半信半疑であった自分が恥かしくなる程のレベルだ。
 梨華が体感したその鍋の味には、実際には気の合う人と一緒に楽し
 く食べたから、という鍋独特の理由での上積みがあったのだが、梨
 華にはこの時そのような概念は無く、さらにそれを差し引いて単体
 として捉えても、このワンダフル水炊きとやらは抜群である。
 
 梨華がしつこいぐらいに絶賛する為、中澤はすっかり良い気分に浸
 っているが、亜依は楽しみにしていた食事の事なんかよりも、梨華
 の特異な能力の方に興味をシフトさせていて、止まらない梨華の水
 炊き讃辞と、それに対する中澤の蘊蓄話の間隙をついては疑問を投
 げかけてみたが、一向に取り合ってもらえず、ただ流されるだけだ
 った。
 
244AB-LS:02/05/25 14:47 ID:MYP/xw8W
 
 亜依のイライラは結局食事が終わるまで続いた。
 女3人でそんなに大量に食べられる訳が無い、と梨華に思わしめた
 食材は、きっちりと3人の胃袋の中に納められた。
 中澤が後片付けの為席を立つと、亜依はもう待ち切れないといった
 表情で梨華に詰め寄り、何故か梨華の膝の上に座り、マシンガンの
 ように質問を投げかけてくる。
 
 さすがに全てを正直には答えない方がいいと梨華は判断し、差し支
 えのない部分だけを上手くその他の部分とリンクさせながら説明し
 てあげた。
 亜依は常時興味津々といった表情で、この時だけは真剣に話を聞い
 ていたように思える。
 大体の説明を終えた後(と言っても、聞かれた事の半分以上は誤魔
 化したのだが)も、完全に懐いてしまったようで、亜依は梨華の傍
 を離れない。
 梨華にとっては可愛い妹が出来たような感覚であり、家族愛を渇望
 していた梨華にとっては、素直に嬉しいと思える事であった。
 
 しばらくの間梨華と遊んでいた亜依であったか、疲れ果てたのか徐
 々に瞼が下がり始め、梨華に寄りかかったままウツラウツラとする
 ようになった。
245AB-LS:02/05/25 14:48 ID:MYP/xw8W
 
 亜依の世話を梨華にお任せにしていた為、束の間の休息を満喫して
 いた中澤だったが、遂に寝始めた亜依を放置しておくわけにもいか
 ず、仕方ないなといった表情で重い腰を上げる。
「こらっ、アンタこんなとこで寝たらあかんで。
 寝るんやったら、ちゃんと部屋行って寝〜や。」
 
 亜依は眠い目を擦りながらなんとか身体を起こし、一言呟いた。
「…シャワー浴びてくる。」
 
 言うが早いか、そのままバスルームへと歩いていってしまった。
「ええ加減な子やけど、ああいうとこだけはきっちりしとるんや。
 風呂入らんと寝られへんらしいわ。」
 
「ホントに可愛い子ですね、亜依ちゃん。」
 亜依がいなくなり突如として静けさが増したせいか、梨華の声も今
 迄以上にはっきりと部屋中に届き渡る。
 そこに素直な感情しか存在しない事を感じ取った中澤は、少しいつ
 もよりトーンダウンした声で、やや俯き加減で話を切り出した。
 
246AB-LS:02/05/25 14:53 ID:MYP/xw8W
 
「そうやろ、石川やったらそう言ってくれると思てたわ。」
「別に気を遣っていってる訳じゃなくて、正直な感想ですよ。」
「ああ、それはわかっとる。
 ……でもな、みんながみんな、そう言ってくれるわけやないみたい
 でな……」
 中澤の声が一層暗さを増す。
 
「…今日、私を呼んだのもそれと関係あるって事ですよね?」
「……石川には、隠し事でけへんな。
 あの子な、学校で周りの子らと、なんちゅうか、その上手くいって
 へんみたいやねん。
 別にな、あからさまなイジメを受けとるわけやないみたいやねんけ
 ど、あ、みたいいうのは直接あの子に聞いたんやなくて、担任の先
 生からちょっと聞いた話やからやねんけど、つまり、なんや、無視
 いうんか、みんなに口聞いてもらわれへん、そんな状況らしいんや
 わ。」
 普段ハキハキと力強く喋る中澤が、この時だけはところどころ言葉
 が詰まり気味で、その口調は消え入りそうな程弱々しかったのが印
 象的だった。
 
247AB-LS:02/05/25 14:55 ID:MYP/xw8W
 
 梨華は瞳を閉じて、亜依の身に起きている惨劇について考えてみた
 が、その愛くるしい表情が苦しみに歪められるのは、想像するだけ
 でも耐え難いものであった。
「どうして、そんな事になってしまったんですか?
 まだ、会って数時間しか経ってないですけど、私には亜依ちゃんが
 そんな目に遭う原因が全く見つかりません。」
 梨華はあらためて亜依を初めて見てから今までの事を事細かに思い
 出してみたが、惹かれる点はあっても倦厭する点は見つからなかっ
 た。
 
「これが全部なんかどうかはわからんけど、言葉みたいやわ。
 あいつ、見事なまでの関西弁やろ?
 あれがどうも評判悪いみたいでな……」
 中澤自身が関西弁なせいなのか、より一層落胆の色が随所に見受け
 られ、悲愴感が増したように感じられる。
 
「私には、日本語の方言に対する偏見のようなものの知識は殆どあり
 ませんけど、亜依ちゃんがそんな仕打ちを受けるほど、大きな問題
 なんですか?
 もし、もしそうだとしても、私には納得できそうもないですけど。」
 梨華は既に亜依の苦しみを自らの苦しみのように感じ始めていた。
 
248AB-LS:02/05/25 14:55 ID:MYP/xw8W
 
「関西弁にガラ悪いイメージがあんのは否定せんけどな、ウチもそん
 なしょうもない事が原因やとは思いたないな。
 ホンマはウチが学校乗り込んで、片っ端からシメたろか思うんやけ
 ど、子供の事に大人が出てくんは、ええ事やないからな。
 そんなん何の解決にもなってへんし、そもそも加護自身が望んでへ
 んやろから。」
 中澤の瞳には薄っすら涙が浮かんでいるようにも思えるが、俯いた
 ままの態勢だったので、はっきりとは確認出来なかった。
 
「…それで、中澤さんは……私に何を期待してるんですか?」
「別にな、石川に今の状況を変えてもらおうとは思てへんよ。
 ただな、普通にあの子と仲良うして欲しかっただけなんや。
 あの子な、ホンマは凄くツラいんやと思うけど、ウチの前では全然
 そんな素振り見せへんのや。
 母親になったつもりで接してきたつもりやったけど、こんな大事な
 時にどうもしてやれへん自分が情けのうてな……。
 そんで、自分勝手もええとこやけど、ちょっとでもあの子の苦しみ
 を和らげられるんやったらと思って……」
 それ以上は声にならないようで、更に俯く首の角度がキツくなった
 ように見える。
 
249AB-LS:02/05/25 14:56 ID:MYP/xw8W
 
「私には亜依ちゃんが抱えている問題の本質を変える事は出来ないか
 もしれませんが、可愛い妹が出来たと、そう思ってます。
 これは中澤さんに頼まれたからとか、そういうの一切抜きにして、
 私自身が考えて出した結論です。
 勿論、今の話を聞いたからでもありません。」
 
 中澤は終始俯いていた顔を上げ、突如梨華を正視した。
 その表情には今迄の中澤には無い真剣さが溢れていた。
「十分理解してもらえたと思うけど、あの子は、加護はな、身内が言
 うのもナンやけど、ホンマにエエ子なんや。
 ホンマはなんかツラい事があったら相談してもらいたいんやけど、
 それもあの子なりに考えて、ウチに心配かけんとこって思てるから
 やと思うねん。
 子供やねんから、そんなしょうもない気遣わんでもええのにな。」
 
250AB-LS:02/05/25 15:03 ID:MYP/xw8W
 
「ええ、ちょっとの間でしたけど、それは私にも良くわかりました。
 頭の回転も速いし、憎めないとこのある、ホントに良い子だと思い
 ますよ。」
「なんか、あれやな。
 表向きは加護の為に石川に来てもろたって言うてるけど、ホンマは
 ウチがツラかったから、ウチが背負ってるモノを石川にシェアして
 もらう為に、呼んだんかもしれんな。
 スマンな、石川にはホンマに悪いと思っとるけど、それでも来ても
 らって良かったと思ってる。」
 ここまでは半信半疑だったが、中澤が涙を瞳に浮かべているのは最
 早疑いようも無く、そこまで自分を追い込んでしまう中澤もまた、
 亜依と同様に自分で何でも背負い込んでしまう人なんだなと、梨華
 は思った。
 
「私は、別に気にしてませんから。
 むしろ、亜依ちゃんや中澤さんの為に、私に何が出来るのかはわか
 りませんけど、とにかく何かお手伝いがしたいです。」
 しんみりした空気を払拭するべく、梨華は意図的にただでさえ高い
 声のトーンを更に上げて答えた。
 
251AB-LS:02/05/25 15:04 ID:MYP/xw8W
 
「ありがとお、あんたに相談してホンマに良かったわ。
 別に無理せんでええから、たまに遊びに来てくれるだけで十分やか
 ら、よろしく頼むわ。」
 中澤の表情に少し安堵の色が窺え、そしてそれは徐々にいつものニ
 ヒルな笑顔に変化していった。
 
 同時に部屋中を支配していた悲哀に満ちた空気が消え去り、再び緩
 やかな時間が流れ始める。
 バスルームから発せられていたシャワーの音が消え、亜依がもうす
 ぐ出てくる事が予想された。
 
「亜依ちゃんがシャワーから戻ったら、私も帰りますね。」
 ふと梨華は随分と長居してしまった事に気付いた。
 
252AB-LS:02/05/25 15:05 ID:MYP/xw8W
 
「なんやったら泊まっていってもええんやで?」
「いえ、そこまでしていただくのは申し訳ないので。
 それに、中澤さんは明日もお仕事でしょうし、私も身体に染み付い
 た嫌な習慣なんですけど、寝る時は少しでも慣れた場所の方が安心
 出来るみたいなんです。
 たとえそれが1日の差であっても。」
 魅力的な提案ではあったが、今日始めて会った人にそこまで甘える
 わけにはいかない、という梨華のMYルールというか、倫理観のよ
 うなものが働き、本能的に危機回避の計算も行ったのか、やはり自
 分の部屋で就寝するのがベターだと判断した。
 
「そうか、まあ無理強いするのもナンやから、石川がそう言うんやっ
 たらしゃあないな。
 じゃあ、加護が出てきたら車で送っていくわ。」
「すいません。」
「ええって、別に気にせんでも。
 それより、石川は免許は持ってんのか?」
「あ、はい。
 車もバイクも大抵の車種は運転できますし、勿論、国際免許です。」
「なんとなくそんな気はしたけど……ウチより凄いな。
 今後車なりバイクなりが無いと不便やろうから、もし石川さえ良か
 ったら、事務所で車手配するけど、どや?」
「す、凄くありがたいんですけど、さすがにそこまでしていただくの
 は悪いような気が……」
「気にせんでもええんやって。
 仕事の関係でな、車もバイクも新車やないけどほとんど無料同然の
 値段で仕入れるルートとかあるんや。
 今でも事務所所有で浮いてる車両が何台かあるし、所長としては石
 川には車ぐらい持っててもらわな困るぐらいの気持ちやからな。
 なんやったら、石川の家の近くで駐車場も手配するで。」
253AB-LS:02/05/25 15:06 ID:MYP/xw8W
 
「ええっと…でもやっぱり……」
 それでも決断しかねていた梨華だったが、その言葉を遮るように中
 澤が畳み掛ける。
「どうせやから、車も駐車場も纏めて任せときって。
 別にウチもウチの事務所も懐はちっとも痛まんし。
 て言うか、むしろそれで石川の仕事がしやすくなったら、益々ボロ
 儲けモードが…くっくっく、こら笑い止まらんなあ。」
 
「……じゃあ、お願いしてもいいですか?」
「裕ちゃんに任しとき。
 明日事務所行ったら早速手配しとくから、多分明日の夕方か明後日
 の朝にはなんとかなると思うわ。
 あ、車種とかスペックに関してなんかリクエストあるか?」
「車種は、異常に大きいとか目立ち過ぎるとか以外なら、別に何でも
 結構です。
 あとは、可能な範囲でいいんですけど、オートマチックは出来れば
 避けたいのと、パワーはあればある程いいですね。
 ハンドルの重さなんかはなんとでもなりますから別に拘りはありま
 せん。
 あと、サスペンションはやはり柔らかい方がいいですね。」
「ふんふん、ま大体そんなもんか、意外と普通やな。
 って、誰に聞いても大概一緒になるか。
 大丈夫、事務所で使てるのは車種はバラバラやけど、スペックだけ
 はどれも一流やから、なんとかなる思うわ。」
254AB-LS:02/05/25 15:10 ID:MYP/xw8W
 
 そこに、眠い目を擦りながら、亜依がバスルームから出てきた。
 赤いチェック柄の、身の丈よりも幾分大き目のサイズのパジャマに
 身を包み、もう眠る事しか考えていないのか、髪を乾かした様子も
 なく、表情もどこかぼやけていた。
「ウチ、もう寝るわ。」
 心なしか声からも眠気が伝わってくる。
 
「わかった。
 ウチは今から石川を家まで送ってくるから。」
「ええ〜、梨華ちゃん泊まっていかへんの?」
「梨華ちゃんてあんた、ちょっと油断してるうちにエラい馴れ馴れし
 くなったんやな。
 石川にも色々と事情があるんやから、それぐらいはわかるやろ?」
 亜依は完全には納得し切れないといった様子だったが、だからと言
 って筋の通らない我侭を言う事もなかった。
 
 その様子が梨華の目には堪らなく寂しげに映り、救いの手を差し伸
 べずにはいられなかった。
「また今度遊びに来させてもらうから。
 そうだ、今度は亜依ちゃんを私の部屋に招待するよ。」
「ホンマに?」
 亜依の瞳の輝きが突如として戻った。
 
255AB-LS:02/05/25 15:10 ID:MYP/xw8W
 
「ウン、だからまたいつでも一緒に遊べるよ。
 あ、でも私の部屋は別に何にもないんだけど……。
 それなら、どこかに一緒に遊びに行く方がいいかなあ。」
「じゃあ、じゃあ、ディズニーランド行こっ!」
「ディズニーランドかあ、私も行った事無いし、いいよ。
 じゃあ、今度一緒に行こうね。」
「いつ、いつ行く?」
「あ、ええっとぉ、私は明日から1週間は特にやる事もないから、亜
 依ちゃんさえ暇だったら、別にいつでもいいよ。」
「今度の土曜日は?」
「大丈夫だよ。」
「じゃあ、決定!」
 亜依は先程までの眠気が吹き飛んだかのように、小躍りして喜んで
 いる。
 
 既に時間も遅かった為、とりあえず詳細は後程決める事にして、携
 帯番号だけを交換して、梨華は帰宅の途に就いた。
 亜依の喜ぶ顔だけが、妙に印象的で、中澤から聞いたネガティヴな
 話についても、この時だけは頭から離れ、ただただ幸せに満ちた不
 思議な気分を満喫できた。
 
 そして、梨華にとっては、本当にこの時が今後しばらくの生活の中
 で、最も幸せな瞬間だったのかもしれなかった。
 
 −−−
256作者:02/05/25 15:12 ID:MYP/xw8W
約1ヶ月…ホントにゴメンナサイ
なにかと忙しくてなかなか纏まった時間がとれません
次も大分先になるかもしれませんが…

保全してくださっている方々には、心よりお詫び&感謝です
257sage:02/05/27 12:38 ID:3/VqPA9m
更新お疲れ様でした。
かなりの長編になりそうですね。
頑張ってください。
258名無し募集中。。。 :02/05/30 12:13 ID:Ble7kjE6
マターリ保全
259 :02/05/31 21:07 ID:HhNaRvAH
保全
260 ◆HOzENDAE :02/06/01 16:25 ID:6h3YIfvc
 
261 :02/06/02 22:43 ID:0RScwtoG
保全
262名無し募集中。。。:02/06/03 20:23 ID:IEjrhKX6
続きが読みたい!
263 :02/06/05 20:28 ID:cZ0o6Ws7
保全
264作者:02/06/07 02:07 ID:xGX9TgE/
W杯期間中はダメかも…
265 :02/06/08 13:06 ID:fPZHCMGz
h
266名無し募集中。。。 :02/06/09 17:50 ID:KGUmcifB
日本も、作者もガンバレ!
267作者:02/06/10 01:12 ID:ZYJKpSQ9
>>266
スマン、オランダファソです私
出てないけど
268 :02/06/12 22:36 ID:PbpiyyNG
保全
269名無し募集中。。。:02/06/14 22:41 ID:6icppQHi
保全
270sage:02/06/16 01:21 ID:uXf+bf5Z
保全。
271 :02/06/18 15:03 ID:kJlUfvhN
hozen
272ねぇ、名乗って:02/06/20 22:18 ID:bIiLQFDt
保全
273名無し募集中。。。:02/06/22 23:26 ID:BZgtw4SI
保全
274名無し募集中。。。:02/06/25 16:19 ID:DuUpj1bR
保全
275名無し募集中。。。 :02/06/27 23:22 ID:DxF2pgBd
保全
276名無し募集中。。。 :02/06/29 01:40 ID:muJWf+DN
保全
277名無し募集中。。。 :02/07/02 17:26 ID:/SeO3i9O
保全
278名無し募集中。。。 :02/07/04 01:53 ID:xh7o4RH/
しつこく保全
279 ◆HOzENDAE :02/07/06 01:23 ID:n42KgoOV
 
280名無し募集中。。。:02/07/07 21:36 ID:T/XNJgCV
保全
281名無し募集中。。。 :02/07/09 16:04 ID:InYzJKLp
保全
282名無し募集中。。。 :02/07/11 02:42 ID:XDM6kf12
保全
283名無し募集中。。。 :02/07/12 22:15 ID:IilhLk7i
保全
284 :02/07/13 22:58 ID:kyE8cEY7
285@:02/07/14 21:19 ID:AQfo8V1u
ほほほぜ〜ん!
286名無し募集中。。。 :02/07/16 00:20 ID:4IJ/sPQ3
保全
287名無し募集中。。。:02/07/16 20:54 ID:pB1c6f8p
保全
288 :02/07/17 11:59 ID:n/HMbBy4
保全
289名無し募集中。。。 :02/07/17 18:18 ID:SNFWFHIN
hozen
290 :02/07/18 22:16 ID:pCOIpJSd
保全
291           :02/07/19 15:57 ID:GvzZGYmf
保全
292名無し募集中。。。 :02/07/20 23:19 ID:hswc9caa
保全
293名無し募集中。。。:02/07/21 16:44 ID:Qz7/vxG+
保全
294  :02/07/22 11:19 ID:LjrR1NT2
保全
295名無し募集中。。。 :02/07/24 01:57 ID:sFRqTYjh
保全
296名無し募集中。。。 :02/07/25 23:37 ID:2xhLOjzI
保全
297名無し募集中。。。:02/07/26 09:41 ID:dZPQiZf0
保全
298名無し募集中。。。 :02/07/27 16:56 ID:PGiYmPhh
保全
299名無し募集中。。。 :02/07/29 23:15 ID:aXedX7Zc
保全
300半自動保全エージェント ◆HOzENDAE :02/07/31 01:41 ID:17gmNMKT
保全書き込みを行います. 1028047287
301名乗れません:02/08/01 02:26 ID:IC+fXTSq
保全。
302名無し募集中。。。:02/08/02 12:33 ID:Ua5e3fzQ
保全
303名乗れません:02/08/04 01:47 ID:OQVerzKV
保全。
304名乗れません:02/08/05 12:24 ID:4nSl5d2W
保全。
305名無し募集中。。。 :02/08/06 01:14 ID:BHHVQde9
hozenndayo
306名無し募集中。。。 :02/08/06 03:26 ID:3vYbeJPa
test
307名も無い男:02/08/06 21:19 ID:PnNMLprW
保全しておきましょう。
308名無し募集中。。。:02/08/07 22:19 ID:c1iYnLKa
保全
309 :02/08/08 23:58 ID:qBhLLjlD
310名無し募集中。。。:02/08/09 01:34 ID:qjUZxrss
放置??
311名無し募集中。。。 :02/08/12 00:30 ID:A5RgAV7U
う〜む・・・
312ねえ、名乗って :02/08/13 20:06 ID:6jO37ryd
くじけず逝こうぜ保全
313作者:02/08/14 01:19 ID:u/G/9VJ1
ゴメンナサイ、書いてないわけじゃないのよ
ただ絶望的に時間が…

スマン、言い訳だな
10月過ぎれば仕事の方が楽になるはずです
314ねえ、名乗って :02/08/14 22:19 ID:cdtPy94q
仕事もがんがれ保全
315ねぇ、名乗って:02/08/15 19:59 ID:DVgSJ9g3
ほぜむ
316名無し募集中。。。 :02/08/17 03:07 ID:UAQuT893

( ´D`)ノ マターリ待つのれす
317ねえ、名乗って :02/08/18 21:15 ID:UCiJ6FNd
保全
318ねえ、名乗って :02/08/19 22:22 ID:cNHgPRdc
319名無し募集中。。。 :02/08/22 00:04 ID:HY2TQUl6
保全
320ねえ、名乗って :02/08/23 22:21 ID:/CBLvLGv
321 :02/08/25 01:13 ID:IRQ8SSMN
322ねえ、名乗って :02/08/25 22:50 ID:Y45jOjYY
323ねえ、名乗って :02/08/26 23:39 ID:mxxM7Qds
324名乗れません:02/08/28 00:11 ID:91a/4BEN
325保全:02/08/29 01:05 ID:JUPIzxoi
保全しとこう
326ねえ、名乗って :02/08/29 22:56 ID:Z3E+gC7j
327名無し募集中。。。:02/08/30 13:55 ID:MnfSDXIc
保全
328名無し募集中。。。:02/08/30 13:56 ID:MnfSDXIc
ごめん、あげちゃった
329ねえ、名乗って :02/08/31 01:38 ID:w1qv/D8V
330ねえ、名乗って :02/08/31 21:03 ID:w1qv/D8V
ほぜん
331名無し募集中。。。:02/09/01 02:51 ID:7JLwu0ux
保全
332名乗れません:02/09/02 02:42 ID:KuO8eBdU
333名乗る方向でご検討願います:02/09/03 01:56 ID:lHNfxd51
334ねえ、名乗って :02/09/04 00:42 ID:7qn8GgIf
保全
335名乗るわよ:02/09/05 02:23 ID:6YU6ylS0
( `.∀´)
336ねえ、名乗って :02/09/05 20:46 ID:fioPVmRi
川o・∀・)
337名無し募集中。。。:02/09/06 23:36 ID:gBw/CVu4
圃繕
338名無し募集中。。。:02/09/08 02:01 ID:DonrRNCW
ほぜん
339ねえ、名乗って :02/09/09 05:05 ID:MhzYPtGE
ho
340ねえ、名乗って :02/09/10 00:22 ID:ri3/5IJ+
ze
341ねえ、名乗って :02/09/10 23:19 ID:ri3/5IJ+
n
342名無し募集中。。。:02/09/12 01:29 ID:8RfB2TPy
(●´ー`●) <hozen♪
343名無し募集中。。。:02/09/13 16:14 ID:UXCdtVVv
保全
344名無し募集中。。。 :02/09/15 01:48 ID:ABa3kpWs
保線
345ねえ、名乗って :02/09/16 00:21 ID:pLosKpXp
保全
346自動保全エージェント ◆HOzENDAE :02/09/17 23:35 ID:LB362i2O
( ^▽^)ホゼ美 1032273310
347名無し募集中。。。:02/09/19 23:14 ID:XiEolSE1
保全
348名無し募集中。。。:02/09/21 00:09 ID:xncI8gPi
保全
349ねえ、名乗って :02/09/22 23:41 ID:aOPH1DLb
ほっぜん
350名無し募集中。。。:02/09/24 23:42 ID:OFgGefx3
保全します
351ねえ、名乗って :02/09/25 23:00 ID:848cTy/l
po
352名無し。:02/09/27 00:58 ID:giImmleK
ほぜむ
353ねえ、名乗って :02/09/28 21:40 ID:qls5hWvu
ホゼン
354名無し募集中。。。:02/09/29 22:18 ID:0V3ZItVu
ほぜむ
355名無し募集中。。。:02/10/01 02:10 ID:7hzIpDEd
356ねえ、名乗って :02/10/01 22:11 ID:1S1g8qNB
祝10月突入ホゼン
357名無しrom:02/10/02 22:16 ID:qzq2VnZ7
保全しておきます。
358名無し募集中。。。 :02/10/03 13:35 ID:da8d8HKt


30 :名無し募集中。。。 :02/09/26 05:44 ID:aYwUxyeF
【不幸のレス】
   このレスを見た人間は十三日以内に死にます。
      ※あなたに訪れる死を回避する方法が一つだけあります。
     それはこのコピペを一時間以内に7つ、別のスレに貼り付ける事です。


359名無し募集中。。。:02/10/03 23:05 ID:s4mxTd4O
保全
360名乗れません:02/10/04 00:20 ID:nmiIfOTu
>>358
あんたの、死の恐怖から逃れたいという気持ちは分かるが、
sage進行のスレッドは上げちゃ駄目だろ。
って、もう来ないだろうな(爆
361ねえ、名乗って :02/10/05 02:00 ID:3NaHCoOP
ほぜん
362だから名乗れません:02/10/05 23:37 ID:RPcCniQa
363だから名乗れません:02/10/07 19:42 ID:7pol2aHJ
364ねえ、名乗って :02/10/09 01:11 ID:3injn2wP
365だから名乗れません:02/10/09 20:36 ID:VJZlOk81
366名乗れませ:02/10/10 22:53 ID:9XCWrUGK
367名無し募集中。。。:02/10/12 02:59 ID:XFOuzFCV
保全
368名無し募集中。。。:02/10/14 01:07 ID:Zkwz1QQ8
保全
369ねえ、名乗って :02/10/14 23:55 ID:OT4+mJek
370名乗れません:02/10/16 21:47 ID:JP/zUaQ1
ほぜ
371だから名乗れません:02/10/17 20:19 ID:YtSRbNhU
ほぜん
372名乗れません:02/10/18 16:38 ID:Ns3XGO9i
ほぜん。
373名乗れって言ってるだろうが:02/10/20 21:03 ID:fq+uZyBA
保全
374だから名乗れません:02/10/21 20:53 ID:i5Y0YTWB
補善
375お兄さんこわいよぅ。。。:02/10/22 17:32 ID:P7wx0lJ/
保全。
376ねえ、名乗って :02/10/23 21:18 ID:4+dk9wyb
保全
377名無し募集中。。。:02/10/24 20:20 ID:cHNobgkW
歩善。
378名無し:02/10/25 22:17 ID:xazdLR0J
保全
379ねえ、名乗って :02/10/26 23:04 ID:t+YtjoVk
アパム!アパム!保全!
380ねえ、名乗って :02/10/28 01:31 ID:tylm89wx
保全
381名無し募集中。。。:02/10/28 03:59 ID:+nVdqQqN
保全
382名乗れません:02/10/29 23:42 ID:SP75v4ZF
保全
383名無し募集中。。。:02/10/31 01:07 ID:/jiSXoa0
保全
384ねえ、名乗って :02/11/01 00:50 ID:2QOXc15A
385だから名乗れません:02/11/02 21:49 ID:Eb3Be6wa
386名乗れません:02/11/04 22:29 ID:Ks1a+qMj
387ねえ、名乗って :02/11/06 00:28 ID:cIq8AbE5
ほぜん!
388名乗れません:02/11/07 01:49 ID:ExHRVzyi
389ねえ、名乗って :02/11/08 20:54 ID:1KUg8vZ+
390だから名乗れません:02/11/09 00:06 ID:PM0eiilo
391名乗らないと泣いちゃうぞ! :02/11/09 21:02 ID:XeoVxS2i
川o・∀・) <ほぜん!
392顔で笑って腹で泣く:02/11/10 23:52 ID:fn8vmgTH
オイさくら、保全やっとけヨ
393(=゚ω゚)ノぃょぅ :02/11/11 21:08 ID:vTIcxlJ7
(=゚ω゚)ノぃょぅ
394だから名乗れません:02/11/12 22:26 ID:5pq3dpAP
捕善
395ねえ、名乗って :02/11/14 23:39 ID:OOxQQZ75
11月中旬になったわけだが、作者さんの降臨キボン保全
396age:02/11/15 01:12 ID:YMgScgia
395hasine
397作者さまへ:02/11/15 03:12 ID:Q352uCfr
きょうはじめて全レスをよみました!正直、あんまり期待しないで、よんでたのですが、はまりました!
なにより、作者さんに、すべての登場人物に愛をそそいでいることに、すごい感動しました。
じっくりゆっくりむりしないで、更新してください!がんばって!
398ねえ、名乗って :02/11/16 00:19 ID:7Sek/sPG
ホゼン
399名乗れません:02/11/17 23:29 ID:56aZ3QRU
保全。
400だから名乗れません:02/11/18 18:39 ID:C66oGa/+
ほ。ぜん
401AB-LS:02/11/19 00:42 ID:I5GmGEcX
 
 翌朝、特に明確な目的があるわけではなかったが、やはり梨華はま
 だ朝靄がかかる時間帯に目を覚ました。
 
 昨夜、帰宅した後は長い一日を反芻し、その日に得た情報をもう一
 度整理した。
 ほぼ毎日繰り返されるこの行動は、すぐにその情報をどうこうしよ
 うとするものではなく、弛まず持続する事で徐々に効果を表す類の
 ものである。
 或いは、全くその効果が認められない事も有り得るだろう。
 それでも梨華は地味なこの作業が自らの命を救う可能性すら内包し
 ている事を理解していた為、無駄だと思った事はただの一度も無か
 った。
 寧ろ、地味な反復作業のお陰で危機を脱した経験だけが思い浮かぶ。
402AB-LS:02/11/19 00:43 ID:I5GmGEcX
 昨日は梨華にとって非常に長く感じられる一日であった。
 出会った人間は一癖も二癖もありそうな人ばかりであった。
 飯田や中澤については、これまでにも似た人種を数多く見てきたの
 で、それ程途惑う事はなかった。
 中澤は別な意味であまり触れ合った事の無い人種だったかもしれな
 いが、飯田は梨華が最も多く見てきた人種に極めて近い特質を有し
 ていると言えるだろう。
 安倍は中澤とある意味において近い存在で、彼女が有する体系化さ
 れた能力的な側面からは、その能力差はあれど、これまでにも多々
 見てきたタイプであったが、より精神的な側面からは、これまで同
 じカテゴリーに属する人間に出会った事がないように思えた。
 加護に至っては何もかもが理解の範疇外にあった。
 そして、全員が梨華に強い興味を抱かせる存在として、強烈な印象
 を残していた。
 
(亜依ちゃんは別として、残りの3人は今後私がお仕事をしていく
 上で大事な人達だから、情報はもっとあった方がいいかな)
 
 まだ会って一日でもあり、現段階では漠然とそう考えるだけであっ
 たが、それでも一日という短期間を考えると、有意義な使い方がで
 きたと満足する梨華であった。
 そのような思考とは裏腹に、梨華の潜在意識に最も強いインパクト
 を与えたのは実は加護亜依であったのだが。
 
 −−−
 
403AB-LS:02/11/19 00:46 ID:I5GmGEcX
 軽くシャワーを浴び汗を流し、身だしなみを整えた後、梨華は何を
 するともなく外に出た。
 いや、正確には「生活用品の買い出し」という目的が無くはなかっ
 たのだが、それよりも自分の生活圏を歩いて回る事の方がプライオ
 リティが高かったのだ。
 
 実際、勿論ショッピングはするのだが、それよりもマンション周り
 の地理を頭に入れたり、ちょっとした死角を探したり、遮蔽物の無
 い直線路を探し歩測してみたりと、無意識のうちに諜報員としての
 行動を優先させている自分に気付き、なんとなく暗い気分になり始
 めていた。
 と同時に、自分が暮らす街の利便性に驚きを隠せない気持ちも芽生
 えた。
 行き交う人も疎らであるし、狭い路地や慣れた人間にしかわからな
 いような抜け道も豊富だ。
 かと思えば、一見抜け道に見える小道が袋小路になっていたり、少
 し行けば一転して人通りの多い駅前のメインストリートに出る事も
 出来る。
 諜報員、工作員といった類の人種にとっては、非常に活動し易い構
 造といって間違いないだろう。
 
(普段はあんな人だけど、ここまでちゃんと考えてこの場所を選んだ
 のかな、保田さん…)
404AB-LS:02/11/19 00:46 ID:I5GmGEcX
 その自問に対する解答は、当人に直接問う事により、そしてその際
 の保田の反応を見れば容易に得られるのだろうが、梨華にはそれが
 然程重要な事とは思えなかった。
 保田が意図してこの場所を選んだか否かは問題ではなく、現実に今
 梨華が立っているこの場所が、梨華にとって非常に有益である事、
 その事実だけが大事だった。
 
 しかし、それは裏を返せば梨華の思考・行動を呪縛する諜報員とし
 ての意識から逃れられない証左でもあるのだが。
 
 それでも、生まれ育ったエルサレムの地よりも平和に満ちた空気に、
 そして、バラエティーに富んだショップや品揃えには満足を覚えて
 いたし、ショッピング自体は積極的に楽しんでいた。
 梨華自身にも自覚はなかったが、今迄抑圧されて表面化されなかっ
 た女の子の部分が、日本に来てからの梨華には確実に表出し始めて
 いた。
 
 食器やちょっとした小物、一目見て気に入ったピンクのレースのカ
 ーテン、バスルーム回りの用度品など、なんとなく外に出てみた梨
 華であったが、正午を少し回る頃には両の手に多くの荷物を抱える
 状態にまでなっていた。
 とは言え、まだキャパには多少の余裕があり、普通であればこのま
 まショッピングを続けるのであろうが、荷物によって完全に行動を
 抑制されてしまう危険性を梨華は嫌った。
 食事がてら一旦部屋に戻り、几帳面に今しがた買い揃えた品を部屋
 の適切な箇所に配置した後、再び街に出た。
405AB-LS:02/11/19 00:47 ID:I5GmGEcX
 周囲には午後の長閑な空気が微かに漂い、学校帰りの学生や夕食の
 買出しに出る主婦の姿が散見された。
 その中でも梨華の目を一際惹きつけたのが、自分と同年代ぐらいで
 あろう楽しげな女子高生の姿であった。
 幼い頃から諜報機関の養成所で過ごした梨華には、それは眩し過ぎ
 る程の羨望の対象であった。
 そんな梨華にもひとみという掛け替えのない存在はいたものの、梨
 華が後生大事にし続けているその思い出が、消費文化の中で不自由
 なく暮らしてきた彼女達の目には果たしてどのように映るのか。
 自分が大切にしてきた宝物の価値は、他人がどう評価するかには無
 関係であるという確信はあるにはあった。
 だが一方で、普通の人間からそれを矮小視される事への不安も否定
 出来なかった。
 相対的なものの見方が蔓延している現代社会において、それが正し
 いかどうかは別として、そこに完全には入り込めない自分への苛立
 ち、換言すれば或いはそれは只の嫉妬心なのかもしれないが、いず
 れにしてもそのような淋しさに似た感情が、否定しつつも湧き立つ
 のを梨華は冷静に感じ取っていた。
 そして、この期に及んでも冷静な分析的手法で物事に対峙してしま
 う事が、梨華の憂鬱を増幅させるもう一つの要因でもあった。
 
 勿論このような心的推移を表出させる梨華ではないので、時折すれ
 違う周囲の人間には読み取れるものではない。
 そして、そのような状態であろうとも、一通り周囲への警戒を持続
 してはいる。
 だが、この時の梨華の心を支配していたのは、確実に負の感情であ
 った事だけは疑いようが無い。
406AB-LS:02/11/19 00:48 ID:I5GmGEcX
 そして、そんな陰鬱なモードに拍車をかけたのが、午前中から微か
 に感じる尾行者の存在であった。
 それは、梨華にも確信が持てない程の微小な気配であったが、確か
 に違和感が漂っている。
 位置取りを完全には掴ませない事から、それなりの相対距離は取っ
 ているのだろうが、かと言って振り切る事も出来ないでいる。
 裏を返せば、相手側もこれ以上距離を詰める事は出来ないし、梨華
 を見失わないギリギリの距離で最大限の警戒を続けているという事
 に他ならないのだが。
 
 とはいえ、こちらから何かしらアクションを仕掛けて相手を捕捉す
 る事はおろか、視認する事すら難しそうだ。
 現段階では推測に過ぎない訳だが、相手も相当な腕利きだと思われ、
 今の立場の自分にそれ程の腕利きを送り込んでくる敵というのが、
 梨華には思い当たらなかったし、その理由もわからなかった。
 
(モサドが組織内の事情を少しでも把握している私を監視していると
 いう線は考えられなくもないけど、それならこんな回りくどい方法
 をとらなくても保田さんを使えばいい事だし……。
 根拠は無いに等しいけど、モサドの情報を欲しがっている第三国の
 情報機関の可能性が、現時点では一番高いか……。)
407AB-LS:02/11/19 00:49 ID:I5GmGEcX
 梨華にとっては「確たる根拠無し」というのが相当に耐え難い状態
 であったし、それ以前に敵の存在を完全には捉え切れない、100%尾
 行者の存在を確信しているわけでは無いという事実が、重く圧し掛
 かっていた。
 
 いずれにしてもこれ以上の詮索・工作ともに効果が期待できそうに
 なく、警戒レベルを数段階上げる程度に止め、梨華はショッピング
 を続ける事にした。
 相手の気配は時折強まり、またある時は殆ど感知不能なまでに小さ
 くなりながらも、決して消滅する事はなかったが……。
 
 −−−
408AB-LS:02/11/19 00:50 ID:I5GmGEcX
 
「……りた金がか……はどうい………」
「とっくに返済期……んだよ!こっちだって……てるわけ………」
 
 微かに路地裏から聞こえてくる強い語調の声。
 合間に鈍く響く打撃音と、それにシンクロして漏れる呻き声。
 
 少し離れた位置からでもその場所で何が行われているのか、そこに
 至った大体の事情までをも容易に想像出来る。
 事実、そこを通り掛る誰もが同じ方向に視点を向け、僅かに垣間見
 える視覚情報と、同じく嫌でも耳に入ってくる音声情報から、今し
 がた梨華が組み立てた推論と同等程度の考えは持っているように思
 える。
 だからといって誰一人として、止めに入る人間はいない。
 そして、梨華もまたこのちょっとした揉め事に関わる気など毛頭な
 かった。
 それは、他の通行人とは明らかに異質な理由からなのだが、いずれ
 にしても結果は同じであり、伝え聞いていた日本人の精神性を実感
 した事以上の意味は梨華には見出せなかった。
 そして、その他大勢と同じく(唯一違った点は、そちらに眼を向け
 る気すらなかった事)その場を通り過ぎようとしたその時、その場
 だけ明らかに沈んだ薄暗い空気に包まれた空間に割って入ろうとす
 る人影が僅かながら視覚に入った。
409AB-LS:02/11/19 00:53 ID:I5GmGEcX
「そのぐらいにしときなさいよ!
 それ以上やったら死んじゃうでしょ。」
 
 誰もが見て見ぬフリをして通り過ぎるだけであった日常からかけ離
 れた厄介事に敢然と立ち向かうその人影は、夕陽に照らし出された
 せいもあろうが、眩い程光を放っているようなそんな錯覚に陥らせ
 る程の凛とした表情で、まるで臆する様子も無くそう言い放ち、明
 らかに悪役然としたチンピラ風の男三人の前に立ちはだかった。
 
 そして、梨華を含めた周囲の人間を最も驚嘆せしめたのは、それが
 まだあどけなさが抜け切らない梨華と同年代らしき少女だという事
 であった。
 少女の視線は真っ直ぐに男達に向けられ、そこには明らかに攻撃的
 な色が覗えるが、それでもどこからか温かさが漏れ出しているよう
 な、見ていてホッとさせられるような雰囲気が、顔立ちや表情から
 は感じ取られる。
 
 強面の男三人に敢然と立ち向かう少女、その先には少女にとって好
 ましくないストーリーが組み立てられている、相対する両者を見比
 べた場合、その場にいる誰もがそう考えるのが自然である。

 只一人梨華を除いては。
410AB-LS:02/11/19 00:54 ID:I5GmGEcX
(何か…やってるなこの人。
 全く怖れを感じていないのはその証拠だろうし、ううんそれ以上に
 動きや匂いが普通の人とは異質だわ。
 最初は、さすがに見捨てるわけにはいかないと思ったけど、相手も
 大した事はなさそうだし、私が手出しする必要はなさそうかな。)
 
 梨華の思考を裏付けるように、少女は無造作に男達の方向に歩を進
 める。
 そこには怖れや警戒感は微塵も感じられず、ただ自らの意思だけを
 貫く為に行動する強い眼差しが垣間見られた。
 その動きは緩やかなのだが、無駄がないせいであろうか、瞬く間に
 距離を詰めたような感覚に陥りそうにさせられる。
 それは男達の側からも同様のようで、呆気に取られていた先頭にい
 る男は完全にタイミングを逸しながら、咄嗟に少女の腕を取ろうと
 手を伸ばした。
 男の始動を瞬時に見極めた少女は、ほぼ同時とも思えるぐらいの反
 応速度で(実際周囲の梨華以外の人間にはどちらが先にモーション
 を開始したのかもわからないだろう。)、逆に男の手首のあたりを
 捕捉し、間髪いれず内側に捻り上げる。
 大の男がいとも簡単に地べたに倒れ伏し、苦痛で表情を歪めながら
 も自分の身に起こった事態を飲み込めないでいる。
 しかし、その状態も長続きせず、次いで男の頭部目掛けて放たれた
 少女の掌による一打によって、男の意識は寸断される事になる。
411AB-LS:02/11/19 00:54 ID:I5GmGEcX
 この期に及んで後ろに控える残り二人は眼前で起きた事象を理解し
 たようではあるが、その事象を引き起こした張本人である少女の本
 質を理解した訳ではなく、相手の実力・危険性を計りかねている様
 子である。
 かと言って、これまで自らが生業とする稼業のイメージに起因する
 ハッタリを主力として動いてきた人間にとって、理解したところで
 どうにもならないレベルの違いがあるのは歴然で、それでも己の身
 体に染み付いた行動を反復する男を、梨華は滑稽な思いで眺めてい
 た。
 
「オ…オイ、オマエ、俺達が誰だかわかってやってんだろうな?
 刃向かうヤツァ、たとえ相手がお嬢ちゃんでも手加減しねぇぞ。」
 
 少女は押し黙って相手を睨みつけたままである。
 完全に相手を飲み込んだ感があり、冷静さを欠いている男二人とは
 対照的に、相手を威圧しつつも心の内では冷静に状況判断を行って
 いるように思える。
 
(古流柔術か合気の類かな。
 型は私が教わったのに酷似してるし、恐らくは合気術、それも私と
 源流が近い流派かもしれないわね。)
412AB-LS:02/11/19 00:56 ID:I5GmGEcX
 確かに、少女の動きは梨華がエルサレムの訓練所で教わったそれと
 多くの共通点を持っていた。
 加えてその質も申し分ない。
 いや、むしろ合気の体術のみを比べれば、梨華をも凌駕している可
 能性すらある。
 それ程のハイレベルな、全くと言っていい程無駄の無い動きを眼前
 の少女は見せている。
 
 この様子だと残り二人も瞬殺されるのはほぼ間違い無いように思え
 たが、劣勢を覆すべく人ごみをスルスルと抜けその場に忍び寄る影
 がある事に、この時点ではまだ誰も気付いていなかった。
 
 −−−
413AB-LS:02/11/19 00:57 ID:I5GmGEcX
 最初に異変を察知したのは梨華であった。
 その男は強過ぎる殺気を全身から放っていた。
 梨華のような特殊な環境で育った人間にとってみれば、相手に殺気
 を気取られるのは得策ではなく、寧ろ全ての気配を消す為の修練に
 時間を費やすのだが、時折意図的に、相手への威嚇や威圧といった
 意味合いで全身の殺気・狂気を開放する人間がいる。
 勿論これは己の力量に絶対の自信があるから出来る行動であり、状
 況に応じて気の質・量を制御する事が可能である人種の特権のよう
 なものである。
 だが、今梨華が眼で追っている男は、ナチュラルに負のオーラを纏
 っているように思え、恐らくは梨華から見れば「あくまで一般レベ
 ルの修羅場」を潜り抜けるうちに身に付けた荒んだ気質であろう。
 
 男の通った径路を逆に追うと、そこには漫画にでも出てきそうな黒
 塗りの、ウィンドウにスモークが張られた仰々しいベンツが確認で
 きた。
 男が奮戦する少女に軽く捻られている男達の一味である事はその服
 装も加味して疑いようが無く、どうやら些末なしのぎは子分に任せ
 自らは車内に待機していたのが、まさかの緊急事態に慌てて出てき
 たようである。
 とはいえ、その殺気の強さは尋常ではなかったし、それでいて少女
 に気付かれないような歩様で距離を詰めたあたり、冷静な判断をし
 ているし、表情や動きからは子分共との格の違いも見て取れる。
 そして何より、ズボンのポケットに突っ込んだままの右手に何らか
 の武器を隠し持っているであろう事が、依然として強く発散されて
 いる殺気と相俟って男の危険さを物語っている。
 梨華はそれが恐らくナイフ等の比較的小型の刃物である事まで、ポ
 ケットの膨らみや微妙な手の向きや動きから看破していた。
414AB-LS:02/11/19 00:57 ID:I5GmGEcX
 騒ぎの中心を取り囲むようにして出来た人の群れ、その先頭にまで
 ゆっくりと達した瞬間、男は突如スピードを上げ右手をポケットか
 ら素早く取り出しつつ、少女に向かって一直線に歩を進めた。
 本当に有無を言わさず斬りつけるつもりなのか、この時点では定か
 ではなかったが、少なくとも男は狂気を秘めた微笑を浮かべながら
 少女に接近している事だけは間違いない。
 
 そして狂気の微笑が行動完遂を確信した表情に変わる瞬間、満足気
 な表情を残したまま男の視界は夕陽によって赤く染まり始めた空に
 移った。
 少女の背後からまさに襲いかかろうとした刹那、素早く振り返った
 少女の一撃により、男は後方に飛ばされ地面に倒れ伏したのだ。
 
(!!! あ、あれは!!)
 
 周囲の人間には最高のタイミングで強烈なカウンターが入ったよう
 に見えたに違いない。
 もし記憶があればだが、飛ばされた本人も同じように感じた事だろ
 う。
 しかし、梨華の眼に映った光景は違っていた。
 確かに少女の掌は男の胸部の辺りに触れたかもしれない。
 だが、圧倒的なウェイト差を跳ね返してなお数メートルも大の男を
 ふっ飛ばす程のパワーが、あの小柄な少女にあるはずがない。
 単純な打撃の類による物理的な力ではなく、反作用が生じない気の
 ような力を以ってしか説明できない現象である。
 そして、梨華にはそのような超常現象にも似た術理に確かに心当た
 りがあった、いや正確には自分もそのような訓練を受けたというべ
 きか。
 いずれにしろ自らの、そして顔もわからぬ母のルーツを辿る僅かな
 線を手繰り寄せる手掛かりが、そこにはあるはずなのだ。
415AB-LS:02/11/19 00:59 ID:I5GmGEcX
 一刻も早くこの場を離れ、少女に問いたい事が山程ある。
 少女の強烈な一撃の後暫く事態は膠着していた、いや或いは既に決
 着したものと見る向きもあろうが、その間隙をついて少女の背後で
 手にはそのあたりで拾った鉄パイプのような棒状の武器を持った、
 一旦は少女によって地に叩き伏せられた男が立ち上がっていた。
 梨華は既に少女が事態を収束させる時間さえ惜しくなっており、素
 早くかつ男の死角から瞬時に距離を詰めた。
 周囲がその動きに気付くより速く、梨華の繰り出した投げにより、
 男はアスファルトに腰・背中を強打し、かつその痛みを実感する前
 に、水月への加撃により意識を失った。
 
 時を同じくして群集の後方から笛の音が鳴り響く。
 騒ぎを嗅ぎつけたのか、或いは誰かが通報したのか、梨華の予想よ
 り幾分早く警察官が駆けつけたようだ。
 
(日本の警察は優秀だと聞いていたけど、強ち嘘ではないみたいね。)
 
 ゆっくり考えている暇も無く、梨華は若干唖然としている少女の手
 を取り路地裏へと駆け出した。
 
 −−−
416AB-LS:02/11/19 01:00 ID:I5GmGEcX
 梨華は念には念を入れて数分間走り続けた。
 手を引かれる少女も訝しげな表情ながら、必死で梨華の後を走って
 いた。
 既に体力の限界が近付きつつあるのか、少女にとってこの疾走の時
 間が永遠に続きそうな感覚が芽生え始めたあたりで、それを察知し
 たわけではないだろうが、梨華は徐々に速度を緩めやがて完全に歩
 を止めた。
 
「これだけ走れば大丈夫かな……。」
 
 驚いた事に梨華は殆ど息を乱していない。
 これも訓練の賜物であろうが、少女は息を荒げ懸命に体内に酸素を
 吸入しつつ、驚きの眼差しで梨華を見ている。
 
「突然でゴメンナサイ。
 ええと…何から話したらいいのかな……私は石川梨華といいます。
 あなたに是非聞きたい事があって、出過ぎたマネだと思いますけど、
 ちょっと手出しさせていただきました。」
 整然と話し始める梨華に対して、少女はまだ息が整っておらず、ま
 ともに受け答え出来る状態ではなかった。
 
「ハァハァ…チョ…ワカッタ…から、チョットだけ…待ってくれるか
 な?」
 少女は必死にそれだけを咽喉から捻り出すと、その場に座り込んで
 しまった。
417AB-LS:02/11/19 01:01 ID:I5GmGEcX
「あっ、ゴメンナサイ……それじゃあ、休憩がてらどこかでお茶でも
 飲みませんか?」
 梨華の問い掛けに対して少女は力なく首を縦に振り、ぐったりした
 様子でなんとか立ち上がり、謂われるままに梨華に続き近くの喫茶
 店へと入っていった。
 
 近くにあったので何気なく選んだ店だったが、小さいながらも店内
 には快適な空間が用意されていた。
 他に数組の客がいたが、それほど混み合っているわけではなく、梨
 華は迷わず入口からみて最奥の椅子席を選び腰掛けた。
 少女はまだ呼吸が乱れているが、先程までよりは幾分落ち着いた様
 子で、無造作に梨華の正面に座る。
 店内は木目を基調とした落ち着いた色彩で統一されており、カウン
 ターの奥に見える食器類も、決して高級品ではないだろうが、中々
 味のあるもので取り揃えられているように見える。
 カウンターでは店主と思しき二十台中盤から後半ぐらいの女性が、
 新たに店を訪れた客に対応すべく、水やおしぼりを準備している。
 見たところ他に店員はいないようである。
 
 程なく店主は梨華の席までやってきた。
 店主は常に落ち着いた物腰で、実に自然な空気を纏っている。
 店全体を包む柔らかな雰囲気は、唯店に存在するモノのみにあるの
 ではなく、この空間を構成する人とモノとの調和によって醸し出さ
 れているのであろう。
 店主は素早くオーダーを取ると、そのまま定位置なのであろうカウ
 ンターの奥へと戻っていった。
418AB-LS:02/11/19 01:01 ID:I5GmGEcX
「じゃあ、あらためて。
 私は石川梨華といいます。
 偶然あそこを通り掛って一部始終を見させてもらいました。
 それで、いくつか聞きたい事があって、ちょっと強引で申し訳ない
 なとは思ったんだけど……。」
 少女は体力的には随分落ち着いたようだが、未だ状況は飲み込み切
 れないようで、その表情には若干の疑念が見受けられる。
 
「え〜と、まずは私も名乗った方がいいのかな。
 私は柴田、柴田あゆみです。
 さっきは助けてくれたみたいで、ありがとうございます。」
 表情からは明らかに当惑しているのが窺えるのだが、その割には受
 け答えは実にしっかりしている。
 
「ううん、私が手出ししなくても結果は一緒だったと思うし、却って
 余計なお世話だったかな。
 それで…柴田さん…でいいのかな?」
「あっ、呼び方はなんでも…あんまり堅いのよりは、砕けた感じの方
 がいいかな。
 友達からは“柴ちゃん”って呼ばれてるから、それが一番しっくり
 くるんだけど……。」
「じゃあ、柴ちゃんは…ってなんか照れるね、今会ったばっかりで、
 しかもあんなカタチでなのに。
 で、聞きたかったのは、さっき柴ちゃんが使ってた技の事、その中
 でも特にナイフを持っていた男を倒した時の技について。」
「………ええっとぉ、どう説明したらいいのか迷うんだけど……多分
 そっち……あ、“梨華ちゃん”って呼んでいいかな?」
 梨華は黙って頷く。
「それで、その一瞬しか見てないんだけど、梨華ちゃんもなにか、多
 分私と似たような事をやってるんだよね?」
 先程までと一転してあゆみの受け答えがたどたどしくなる。
 梨華はそれを察してか、自ら話を進める事にする。
419AB-LS:02/11/19 01:02 ID:I5GmGEcX
「うん、私もちょっとしか見てないけども、柴ちゃんが使ってたのは
 合気の一種、それも恐らくは一般に広まってるのとは袂を分かつ古
 流の一流派ってとこだよね?」
 あゆみの回答を待つまでもなく、梨華は更に続ける。
「で、それ自体は特段珍しい事じゃないんだ。
 実際に柴ちゃんが言うように、私が使ったのも似たようなものだか
 ら。
 ただ、偶然では片付けられないぐらい、私が教わったものと型が似
 てたから、気になって見てたんだ。
 そしたら………あれ、遠当…だよね?」
 
 あゆみは予想外の言葉に驚きを隠し切れない様子で、どう答えたら
 いいのか迷っているようだ。
 暫くは俯き加減で思考を巡らしているようであったが、意を決した
 のか、周囲を一瞥したあと口を開いた。
「ちょっと…ビックリしちゃった。
 そこまでわかってるんなら話は早いんだけど、その前に一つだけ聞
 いいていいかな?」
 梨華には次にくる質問がなんなのか粗方予想はついていた。
 それが回答するのに、そしてそれ以上に相手に理解してもらうのに
 困難な事もわかっていたが、ここで拒絶するわけにもいかない。
 選択肢は一つしか用意されておらず、梨華は静かに答えた。
「うん。」
420AB-LS:02/11/19 01:02 ID:I5GmGEcX
「最初にことわっておくけど、別に疑ってるわけじゃないんだよ。
 さっきだって助けてもらったし、悪い人には見えないし。
 でもね、見た感じ私と同じぐらいの年齢だと思うんだけど、それで
 さっきのあれが遠当だってわかるなんて……ていうより、そもそも
 遠当を知ってる時点で、どう考えてもヘンだと思うの。
 私は自分の家族以外で、遠当を見破れるような人に出会うなんて思
 ってもみなかった。
 しかも周囲には分かり難いようにしたつもりなのに。
 梨華ちゃんって……一体何者なの?」
 
 予想通りの問い掛けに、梨華は困惑と安堵の入り混じった複雑な心
 境で周囲を見渡し、間を取る。
 丁度、オーダーした飲物を店主が運んでくるのが見える。
 自分にとってはあまり大っぴらに喧伝するような内容でもなく、反
 応を見る限りは恐らく相手にとってもそれは同じだろう。
 とりあえずは店主が再び席を離れるまで待ち、この後に控える説明
 作業の順序を頭の中で組み立てる。
 手元に置かれた素朴なカップに注がれた入れたてのコーヒーをブラ
 ックのまま一口飲み、徐に梨華は話し始めた。
 
「私は……今はある探偵事務所で働いてます。
 正確には、これから働く事が決まっただけで、今の時点ではまだ何
 も探偵のお仕事はやってません。
 だから、今日こうやって柴ちゃんに色々質問しているのも、仕事と
 かは全然関係無くて、全くの個人的な問題から。
 そこだけは誤解しないで欲しいの。」
 あゆみは神妙な面持ちでポツリポツリと話す梨華を見詰めている。
 どうやらここまでは信じてくれたように見える。
 普通なら本人の希望的観測に過ぎない懸念もあるが、徹底的に主観
 を排した見方が出来る梨華にはそんな独りよがりの可能性は皆無で
 ある。
421AB-LS:02/11/19 01:06 ID:I5GmGEcX
「じゃあ、どうして私が遠当を知ってたかって言うと……ここは全部
 は話せないんだけど、私ちょっと、いや相当かな、特殊な環境で育
 ったの。
 それも日本みたいな平和な国じゃなくって、もっと物騒なところで。
 そこで何をやってたかは想像に任せるけど、とにかくその中に大袈
 裟に表現すると“戦闘訓練”のようなものがあって、合気はそこで
 教わったの。」

「それって、どこの国なの?」
 あゆみは純粋な興味から質問するが、梨華は表情を曇らせる。
「それは……私には言えない…それに柴ちゃんも聞かない方がいい、
 ううん、聞いちゃダメなんだと思う。
 聞いちゃったら、多分柴ちゃんにまで迷惑かける事になると思うか
 ら……。」
 あゆみは一瞬残念そうな表情を見せたが、梨華の真剣な表情・口調
 から事の重大さは、なんとなくではあるが認識しているようであり、
 それ以上の質問を諦めた。
「うん、ゴメン変な事聞いちゃって。
 続けて。」
422AB-LS:02/11/19 01:06 ID:I5GmGEcX
 自分の目的の為に巻き込んでおきながら、むしろ相手に気を遣わせ
 てしまっている事に負い目を感じながらも、梨華は話を続ける。
「遠当の事もそこで知った、というよりはそこで教わったというべき
 かな。」
 あゆみは大きな瞳を更に大きく丸く開き、まるで目一杯に驚きを表
 現しているかのようだ。
「り、梨華ちゃん、つ、使えるの、あれっ?」
 梨華はあゆみの狼狽振りに内心微笑ましくなりつつも黙って頷く。
「うん、でも使えるって言っても、それがどの程度のものなのかは、
 正直なところ自分でもわかってないかも。
 もっと超能力的な力を使える人もいるって聞いたけど、私が使える
 のは離れた相手に対しても有効ではあるけど、密着した状態で気を
 放出しないと大した威力はないかな。
 丁度さっき柴ちゃんがやったような、あんな感じ。
 そういう意味からはドッチかと言うと、発徑に近いのかもしれない
 けどね。」
 
 あゆみはすっかり梨華の言葉に同調したようで、頻りに頷きながら
 興奮した語調で話し始めた。
「そう!
 私が教わったのもまさにそれなの!
 なんか言葉じゃうまく表現出来ないけど、そんな感覚。
 なんでかな、今までこんな事で話が合う人なんかいなかったのに。」
423AB-LS:02/11/19 01:07 ID:I5GmGEcX
「そう、私が柴ちゃんと話がしたかったっていうのも、そこに理由が
 あるの。」
「あれ、そうなの?」
 梨華は相手の機嫌を損ねてしまうかと多少危惧していたのだが、あ
 ゆみは思いの外あっけらかんとしている。

「私もね、ずっと見てて思ったんだ。
 柴ちゃんの流派は私が教わったそれと限りなく近いか、もしくは全
 く同一のものじゃないかって。
 そもそも今ある流派では当身自体が殆ど重要視されてないというか、
 長い時間の中で廃れちゃってるし、遠当みたいな普通に考えたら夢
 物語みたいな技をずっと伝承し続けてる流派なんて、それこそ2つ
 とないんじゃないかって。」
「そうだよねえ、私も最初は『そんな事出来るわけないじゃん』って
 思ってたよ。」
 あゆみは微かに笑みを浮かべて、頷いてみせる。
「私は…疑ってなかったんだけどね……。」
 ポツリと呟く梨華を見てあゆみが更に表情を緩ませる。
「ええ〜ほんとにぃ?
 私は最初親にからかわれてるんだと思ったけどなあ。」
「私の場合は他にももっと無理そうなこと実際にやってたから、不可
 能な事なんてないと思ってたのかもね。」
「ふ〜ん、梨華ちゃんってなんか面白いね。
 あっ勿論悪い意味じゃなくてね。」
 一瞬気不味い表情を浮かべたあゆみはすかさずフォローを入れる。
424AB-LS:02/11/19 01:14 ID:I5GmGEcX
 間を取る為なのか、これまで会話に夢中になっていたあゆみだが、
 手元の小洒落たカップに手を伸ばし、先程から良い香りを放つ紅茶
 を咽喉に通した。
 窓の外を見ると既に夕闇が周囲を覆い始めていた。
 つい数分前までは夕陽の赤いスペクトルによって、なんと言えない
 興趣を感じいたように思えたが、気付かぬうちに結構な時間が経過
 しているようだ。
「なんか…話の腰折っちゃったね。
 ゴメン、続けて。」
 
 釣られるように梨華もコーヒーを一口飲み、一息入れてから再び話
 し始めた。
「私ね、自分の事ほとんど何にも知らないんだ。
 ううん、物心ついた後の事は勿論わかってるんだけど、両親の顔も
 知らないし、どんな人だったのかもほとんど知らないの。
 唯一知ってるのが、母が私と同じ、ううん私なんかよりもっと凄い
 んだろうけど、とにかく同じ武術を使えたって事だけ。
 それでね、柴ちゃんは多分私と同じぐらいの歳だろうからわからな
 いと思うけど、ご家族の方なら何か母の手掛かりになるような事を
 知ってるんじゃないかと思って……。」

 梨華は同情を買うつもりなど一切なく、そのように受け取られない
 ようになるべく感情を込めずに淡々と話したつもりであったが、意
 図に反してあゆみはすっかり感情移入した様子で、僅かに瞳を潤ま
 せているようにさえ見える。
425AB-LS:02/11/19 01:16 ID:I5GmGEcX
「……あのね柴ちゃん、別に私は自分の生い立ちについて不幸だとも
 思ってないから、気にしないで。
 私はただ両親の、そして自分のルーツを辿っていけば、自分がこれ
 から何をすべきなのかわかるような気がしてるだけだから。
 て言っても、そんな大袈裟な事じゃないんだけどね。」
 すかさずフォローしてみるが、あゆみの様子にはその効果は全く見
 られず、やはり真剣な、そして慈愛に満ちた瞳で梨華の方を見遣り、
 まるで、
 『ウンウン、わかるよ梨華ちゃん、苦労してきたんだね。』
 と声を発していないにも拘らず脳に直接語りかけてきそうな程わか
 りやすい表情でゆったりと頷いている。
 
「………」
 これにはさすがの梨華もすっかり閉口してしまった。
(日本人って、みんなこんな感じなのかな……)

「梨華ちゃん……苦労してきたんだね。」
 一瞬置いてあゆみの発した言葉があまりに想像通りだった為、梨華
 は猛烈に噴き出しそうになったが、あゆみは至極真剣な表情なので
 なんとか表情を崩さずに堪えた。

(こんなところで表情を読まれない為の訓練が役に立つとは思ってな
 かったなあ。) 
 そう思うと更に笑いが込み上げてくるのだが、第二波もなんとか堪
 えきる事に成功する。
426AB-LS:02/11/19 01:18 ID:I5GmGEcX
「……あのね柴ちゃん、別に私は自分の生い立ちについて不幸だとも
 思ってないから、気にしないで。
 私はただ両親の、そして自分のルーツを辿っていけば、自分がこれ
 から何をすべきなのかわかるような気がしてるだけだから。
 て言っても、そんな大袈裟な事じゃないんだけどね。」
 すかさずフォローしてみるが、あゆみの様子にはその効果は全く見
 られず、やはり真剣な、そして慈愛に満ちた瞳で梨華の方を見遣り、
 まるで、
 『ウンウン、わかるよ梨華ちゃん、苦労してきたんだね。』
 と声を発していないにも拘らず脳に直接語りかけてきそうな程わか
 りやすい表情でゆったりと頷いている。
 
「………」
 これにはさすがの梨華もすっかり閉口してしまった。
(日本人って、みんなこんな感じなのかな……)

「梨華ちゃん……苦労してきたんだね。」
 一瞬置いてあゆみの発した言葉があまりに想像通りだった為、梨華
 は猛烈に噴き出しそうになったが、あゆみは至極真剣な表情なので
 なんとか表情を崩さずに堪えた。

(こんなところで表情を読まれない為の訓練が役に立つとは思ってな
 かったなあ。) 
 そう思うと更に笑いが込み上げてくるのだが、第二波もなんとか堪
 えきる事に成功する。
427AB-LS:02/11/19 01:20 ID:I5GmGEcX
二重スマソ
428AB-LS:02/11/19 01:21 ID:I5GmGEcX
「よし!私に任せて。
 私は昔の事はなんにも知らないけど、家に帰れば、あっ家は合気の
 道場みたいな事やってて、私も物心ついた時から家族に仕込まれて
 たんだけど、お母さんか、もしくはお祖母ちゃんなら何か知ってる
 かも。」
「ありがとう。
 ちょっと強引だったけど、柴ちゃんがイイ人で良かったよ。」
「じゃあ、今日はもうちょっと遅いから、明日の夕方、私が学校終わ
 った後で良ければ、家に招待するよ。」
「あっもうこんな時間か、ゴメンね時間取らせちゃって。
 じゃあ、携帯の番号教えとくから、明日学校終わったら電話して。」
「ウンそうする。」

 梨華は極めて事務的に(本人はそう見えないように振舞っているつ
 もりなのだが)あゆみと携帯番号の交換を行い、席を立ち店を出よ
 うとしたが、あゆみが間髪入れず引き止める。
「あっ梨華ちゃん、ちょっと待って。」
「え??」
「もしまだ時間大丈夫だったらでいいんだけど、もうちょっとココで
 お話していかない?」
「あ、私は別に大丈夫だけど…。」
「今まで私の周りに梨華ちゃんみたいな娘いなかったからさ、なんか
 もうちょっとお話したいなって。
 私海外にも行った事ないしさ、なんか色々と私の知らない面白い話
 聞けそうだから。
 それに、明日はゆっくり話できそうもないしさ。」
429AB-LS:02/11/19 01:21 ID:I5GmGEcX
 梨華は素直に嬉しかった。
 まだ友達とまでは言えないかもしれない、相手がどう思ってるかも
 わからない、それでもホンの数時間前に羨望の眼差しで見送った女
 子高生のように、自分にも普通に触れ合える同年代の相手が見つか
 った事には変わりない。
 この掛け替えのない時間を、梨華は時間の経つのも忘れ、思う存分
 堪能した。

 その裏には、昼間からずっと感じていた監視の気配があゆみと裏路
 地を疾走したその後から消え去っていたという事情もあったのだが。
 
 −−−
430作者:02/11/19 01:25 ID:I5GmGEcX
プロキシ制限ウザい

10月になったら…と思ってたんだけど更に忙しくなってやんの。
以前は仕事中にコッソリとか出来たんだけど、今はもう。

というわけで、今後も間隔はそうとぅに開くでしょうけど、
なんとか書き続ける所存です。
申し訳ない。

駄文を読んでくださっている方々に手間かけるのも申し訳ない
ので、どっか保全のいらないとこに移転する事もチョト考えてます。
431名無し募集中。。。:02/11/19 02:04 ID:jlVssaf+
キタ━━━(´D`)━━━( ´D)━━━(  ´)━━━(  )━━━(´  )━━━(∀´ )━━━(`.∀´)━━━!!!!!

更新乙れす
あまり気になさらずに
432名無し募集中。。。:02/11/19 02:49 ID:Uqq3Qa3I
更新喜多ーーーーー!
待ってますた。
433名無し募集中。。。:02/11/19 23:04 ID:1apABWmI
乙。
434名無し募集中。。。:02/11/21 23:17 ID:C3c/D1rE
保全
435名乗れません:02/11/23 02:06 ID:RiWSHlp6
すごくイイです保全。
436ねえ、名乗って :02/11/23 14:35 ID:rMTy4QCe
更新待ってました!
いししばイイっす!保全
437ねえ、名乗って :02/11/24 21:38 ID:YmZ2xzvC
438だから名乗れません:02/11/25 20:35 ID:M0tvY9O8
439名乗れません:02/11/27 01:21 ID:WWDuP2r8
440ねえ、名乗って :02/11/29 00:19 ID:k149J+4z
441だから名乗れません:02/11/30 18:20 ID:MxJGzQId
ふぉ
442い・け・ず:02/12/01 15:06 ID:+m89ioS6
ずうぇ
443名無し募集中。。。:02/12/03 14:39 ID:0P0vqtHN
保全
444名無し募集中。。。:02/12/05 01:54 ID:KaMoaeNk
ふぉずうぇんがぁ
445名無し募集中:02/12/05 22:46 ID:1ZqF0myj
今日初めて見つけて、一気に読みました。
頑張って下さい。
446名無し募集中。。。
HOZEN