店員が持ってきた新しい烏龍茶を
市井から受け取り
辻は歌いまくり、踊りまくって
乾いた喉を潤す。
曲を選んでた矢口が
フと顔を上げて、
市井に聞く。
「そういえば、紗耶香」
「ん?」
「事務所との話、どうなったの?」
「あぁー」
事務所。
お仕事の場所。
たぶん、矢口が言ってるのだから
UFAなのだろう。
そことの話。
市井が。
今は芸能界にいない
市井が事務所と話してる。
そんな事をダーっと考えてる辻に気付き
市井は笑いかけた。
「復帰するかもしれないんだ」
「おめでとうございますっ」
「早いよ、辻ぃ」
「あ」
「へへっ、ありがと」
そう言って、はにかみ笑顔の市井。
「レコーディングとか決まってないのかい?」
「まだ来てないけど、
まっ、忙しくなるだろうな」
「じゃー、御飯とか行けないんれすか?」
辻のなにげない一言で
一瞬だけ空気が冷たくなった。
市井は辻の頭を撫でる。
「だーいじょぶ、どんな状態であろうと
私は辻とうまいもんを食いに行く!」
顔を見合わせて、笑ってると
安倍が辻をからかう。
「で、辻ちゃん、紗耶香の事
どう思ってるのさー?」
「え?」
「告られたんでしょー、もう」
まるで女子中学生のノリ。
「やめてよ、なっちー」
「えと、、、、」
辻の顔が真顔になる。
少し俯いて
恥ずかしそうにつぶやく。
「好きですよぉ、、、、」
「!?」
「へ?」
「す、好き?」
「おしゃれだし、綺麗だし、、、、」
好きなところを一生懸命数えてる。
なんかその姿が可愛くて
可笑しくて、お姉さん3人は
笑ってる。
「辻ー、矢口は?矢口の事どう思ってる?」
「なっちと辻ちゃんはマロンメロンだもんねー」
「はんっ!ユニットだったら、こっちはミニモニ。だぞ!」
安倍にヒョイと抱きかかえられ
安倍と矢口の間に座らされる辻。
反対側の席から市井はその様を傍観してると
辻は自分の取り合いをする2人の顔を
ボーっとした顔で眺めてる。
苦笑してると、辻もこっちに気付いて
なにやらくすぐったげな笑みを浮かべた。
少し進展。
ちっちゃなちっちゃな辻の歩幅程度の。
甘っ!!LOVEさんのなち真里の影響からかめちゃ甘いよ、、、
さすが師走やね。小説の更新もままならないぐらい忙しい、、、
たーしかに。
>>774なんかLOVEの文かと思ったよ(w
まあいつも言ってるけど無理せずマターリ行きましょうよ
その日の夜遅く
辻から来たメールに気付いて
市井はキーボードを叩く指を止めた。
「復帰しても、遊んでください、、か」
うつむきながら、『好き』とつぶやいた時の
姿を思い浮かべる。
その言葉が少し浮ついて
どれほどの重さか分からなくなる。
好きってどれぐらい好きなんだろうか。
辻の事だ。
もしかしたら、お友達としてなのかも知れない。
急に不安になる。
そうだとしたら、ぬか喜びだ。
「あぁっ・・・・・・」
メールで聞いてみたい。
どんな答えが返ってくるんだろう。
思い違いだったら恥ずかしい。
こんなに年の差があるし
しかも、女同士だし。
市井の中で色んな思いが駆け巡る。
「違ったら、嫌だなぁ」
小声でつぶやいて
少し力んでた身体から
力を抜いてみる。
手を伸ばして
CDを鳴らす。
ミディアムテンポの黒人女性シンガーのバラード。
スウィングするリズム。
心もそれと同じように
揺れ動いていた。
「はぁ・・・・・・」
大きな溜息。
自信なんてない。
なにせ、あの子はとんとにぶい子だから。
あの仕種は好きという事を恥じらっただけなのかも知れない。
こんな相談、誰にすればいいのか分からない。
その瞬間、手の中で携帯電話が鳴った。
「後藤・・・・・・」
『あれ?いちーちゃん、暗いね?』
「いやぁ・・・・・・」
『喧嘩した?ってわけでもないよね?
なっちとかも自慢してたし・・・・』
「辻がさぁ、、好きって言ってくれたんだけど」
『よかったねぇ』
「ほんとに私の事、好きなのかなぁ?」
『ハァ?』
「恋人として好きなのかなぁ?」
『あー、、、辻だもんね』
「な、心配だろ?」
『・・・・・・っていうか』
「?」
電話の向こうの後藤は少し不機嫌な声を出す。
『私も、いちーちゃん好きなんだけど』
「お前なぁ・・・・・・」
『でも、いちーちゃんは辻が好きなんだよね』
「あぁ・・・・・・」
『バイバイ』
「ちょ!ちょっと待て!!」
『なに?』
「なんだよ、そりゃ。勝手じゃん!」
『いちーちゃんの方が勝手じゃん!!
ずっと好きだったのにさぁ!!』
「そんな事言ったって・・・・・・」
『応援してあげたいけど辛いんだもん!!』
電話は切れてしまう。
電源ごと切ってしまったのか
壁に叩き付けて壊したのか
その後、後藤の携帯はつながらなかった。
携帯を握りしめたまま
立ち尽くす。
今、後藤に会いに行けば
抱き締めてしまいそうだ。
後藤だけじゃない
みんな好きだった。
それぞれに好きだった。
だけど、その中で辻は1人
心の底までやってきて
新しい冒険への扉を開けるための
鍵を一つ置いていってしまったのだ。
キュッと唇を噛み締める。
ダイヤル音が聞こえた。
つながったのは、保田。
『どうしたの?』
「お願いがあるんだ」
『なに?』
「後藤に会ってきて」
『なんかあったの?』
「怒らせちゃった」
『そ』
「お願い」
保田は黙ってる。
好敵手だと思いながら
親友だって信じてるから
その沈黙の意味を知ってる。
『あんたは?』
「辻に、、会いに行く』
『ねぇ』
「ん、、、?」
『今の紗耶香、すごくいい歌が歌えそうだね』
「そっか」
『いい恋してるじゃない』
「うん」
『まだ始まったばかりだけどね』
「うん」
『誰かいないかなぁ・・・・・・』
「いないね」
『なんでよ!!』
電話口で怒る保田の声を聞いて涙が出てきた。
涙を拭いたら、走り出そう。
まだ起きてるだろうから
タクシー掴まるかな。
そんなに手持ちないし
電車、まだあるな。
急いで行けば間に合うかな。