( ^ω^)私立VIP学園のようです

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1以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
第一話 人形







プロローグ


台風一過の澄きった星空の下、懐中電灯を手に一人の男性が愚痴りながら歩いていた。

暦の上ではもうとっくに秋だと言うのに、あたりに立ちこめた熱気は未だ盛夏のものと比べて何の遜色もない。

地球の温暖化に対する有効で迅速な対策は見つかっておらず、気温は年々あがるいっぽうだ。

おとこは、三十代前半くらいに見える。

その服装から警備員であることが見て取れた。

この熱帯夜に黒を基調としたその制服はいかにも暑苦しい。

なまじ暦の上では秋になったばかりに、制服も中間服に模様替えされてしまったのだ。
2以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 05:11:28.78 ID:Ce6G3XSl0
「まったく、なんて蒸し暑さだ。早く戻って冷たいビールで一杯やりたいぜ」

シャツの長袖をまくりあげながら、そう悪態をつく彼の顔には玉のような汗が浮かんでいる。

それを、ポケットから出したハンカチで乱暴に拭うと、彼は歩調を早めた。

いつもの巡回コース。

入社以来何度も歩いた道筋だ。

その間、小さな出来事はいくつか体験したが、それは事件と呼ぶのさえはばかられるほどの、本当に小さな事件だった。

今歩いているのは、学園の校舎が建ち並ぶ東地区の東端。

理工学関係の校舎のあたりだ。
3以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 05:14:19.07 ID:EVjvy4nH0
sien
4以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 05:14:36.88 ID:Ce6G3XSl0
私立VIP学園は大きく、生徒たちの寮やアパートや生活に必要な物品を調達するための商店街等の建つ、学園関係者の生活に密着した西地区、文化施設が点在する北地区、
そしてグラウンドや体育館、スタジアムにはては遊園地など、運動や娯楽のための施設がある南地区の四地区に大別される。

その広大な敷地を往来するための手段は学園内を網の目のように縦横に走るリニアによって行われていた。

きぃぃんっ。

不意に警備員の耳に甲高い音が聞こえてきた。

その音は金属同士を打ちつけるような耳障りな音で、途切れることなく断続的にあたりの森閑とした空気を引き裂いて鳴り響いている。

ちらりと確認したところ、時計の針は既に午前三時をまわっていた。

理工学部の生徒が残っているにしても遅すぎる時間だった。
5以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 05:17:58.67 ID:Ce6G3XSl0
大学部の研究室になら何人かは泊り込みの学生もいようが、第一、その音自体が校舎の、というよりは東地区を少々外れたあたりから響いてくるようである。

「今日は、特に工事の予定なんか無かったはずだよな」

そう一人ごつと、彼は不審な音の響いてくる方へと足をむけた。

ぎぃぃぃんっ。

金属的な騒音はもはや耐え難いほどの大きさで夜の大気を震わせている。

「なんて煩いんだ」

音が大きくなるのはそれだけ中心に近づいてきたということだった。

発生源とおぼしきたどり着いた警備員は鼓膜を叩く音に顔をしかめた。

その口から出た独語は誰かに聞かせるものではなかったが、周囲の音に影響されてか、かなり大きなものになっている。

夜の静寂を破っている張本人は確かにそこにいた。

投げかけられる月と星明りの下、人影がうごめいている。

手に持った棒状の物体を。自らの足元に何度も何度も叩き付けている。

その足元には、リニアのレールが横たわっていた。

この場所自体は地区的には何もない辺鄙な場所だが、このレールは学生の居住区である西地区と校舎のある東地区を結ぶ大切なものだ。
6以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 05:21:55.84 ID:w5fZIRje0
支援
7以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 05:22:05.17 ID:Ce6G3XSl0
がきぃんっ!!

一際大きな音が響き、時季はずれの花火が初秋の夜の闇に散る。

それはさながら光の精霊のように辺りを照らし、自らの召喚者の姿を浮かび上がらせた。

一瞬だけ闇に浮かんだその人影は、精巧に人の姿を模して作られてはいた。

だが、どことなく無機的なフォルムは人間のものではない。

その動きもどことなくぎこちなく、生命の躍動といったものからは無縁のように思えた。

「なんだ?作業用ロボットか」

中年の警備員は安堵の声ととも大きく息を吐き出した。

そして、我ながら今日は独り言の多い日だ、と内心舌打ちする。

彼の心配と不安はどうやら杞憂に終わったようだった。

作業用のロボットならばこの時間に働いていても何の不思議もない。

事実、VIP学園内で今だ建設中の施設では、作業用ロボットによる工事が夜通し行われている。

しかし、この辺りはすでに完成し、工事中の箇所はなかったはずだ。
8以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 05:25:17.28 ID:Ce6G3XSl0
今のところ、そんな情報は彼のところへは届いていない。

しかも、そのロボットが行っているのはとても工事と呼べるものではないのだ。

足元のレールを破壊せんと、一心に手にした金属棒を降りおろしているだけ。

彼は訝し気に作業用ロボットへと近づいていった。

警備員がはっきりとそのロボットの全貌を見て取れる距離に近づいたとき、レールはもはやその乱暴な扱いに耐え兼ねたように歪曲し、原形をとどめていなかった。

「あぁあ、レールをこんなにしやがって。すぐにでも修理を始めないと、明日の授業に間に合わないじゃねえか。どこか壊れてやがるな」

肩に取り付けられたホルスタから無線器を取り出しながらうんざりと呟く。

(やれやれ。でも不謹慎だがこのくらいのアクシデントなら、あっても退屈凌ぎにちょうど良いな)

受付との型通りのやりとりの後、担当の人物が呼び出されてきた。

「もしもし、こちら警備主任。斉藤さん、暑い中ご苦労さん。何かあった?」

無線機越に警備主任の上機嫌な声が聞こえてくる。

少し酒が入っているようだ。

だが呼びかけられた方はそれに応えることが出来なかった。

無意識にふと上げた視線が、迫り来るロボットを捉えたからだ。
9以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 05:28:29.47 ID:Ce6G3XSl0
彼は確かに体中から血液が引いていく音を聞いた気がした。

無線機の声は相変わらず応答を求めているが、彼にはそれに答える余裕などどこにも無かった。

大きく見開かれたその瞳は一歩一歩こちらへと歩み寄る「もの」を見つめている。

「ひぃっ?」

彼はけして臆病な男ではなかったが、理性を上回る恐怖に耐えうるほどの強靭な精神力の所有者でもなかった。

彼の膝は持ち主がいくら命じても力が入らず、ついには砕けたようにその場にへたり込んでしまう。

その手にレールを破壊した金属棒を握り締め、ロボットは彼の目前で歩みを止めた。

(こ、殺される!!)

眼前に迫る実体を持った「死」に脅え、警備員の身体は所有者の意志に従う様子がない。

雨後でぬかるんだ地面を無様に後じさりながら、彼は泥だらけになりながら必至に逃亡を企てた。

そのすぐ背後で足音が止まる。

「た・・・・・・助けてくれ・・・・・・!」

引きつった表情で振り返った彼の眼には金属棒を振りかぶったロボットの姿が映っている。
10以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 05:32:13.73 ID:Ce6G3XSl0
一瞬とも数分とも思える時間が経過した。

その間、どちらもぴくりとも動かない。

二人の間を生ぬるい晩夏の風が吹き抜けていく。

「?」

凶器が自分の頭上に振り下ろされる事を覚悟していた警備員は恐る恐る瞼を開けた。

その顔に、一瞬安堵の表情が浮かぶ。

ロボットは活動を停止していた。

「電源が切れたか・・・・・・」

「おい、どうした!?応答しろ、何があった?」

不意に無線機の音声に気がつく。

見ると、それもまた今の彼と同じように泥にまみれ、それでも自分の責務をまっとうしようと管制室の必死の声を届けている。

ようやっと自分の責務を思い出した斉藤と呼ばれた警備員が、のろのろと無線機に向かって手を伸ばそうとした、その瞬間。

彼が指先に風を感じたのと、恐るべき速さで振り下ろされた金属の棒が無線機を粉砕したのはほぼ同時。
11以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 05:34:15.44 ID:Ce6G3XSl0
グシャッ。

粉々になった無線機を呆然と見下ろした彼は、一瞬恐怖を忘れて不思議そうに呟いた。

「電源が切れた筈じゃ・・・・・・?」

彼は気づいていなかった。

VIP学園建設に用いられている作業用ロボットは、ほぼ全て外部電源方式が採用されていることに。

そして、この周囲には備え付けの電源の供給装置など無いということに。

幸か不幸か、彼は自分の間違いに気付く事はなかった。

自分の方に差し伸べられるロボットの指先を無感動に、他人事のように眺める。

指先が泥の跳ねた警備員の額に押し当てられた。

ロボットにしては妙に柔らかく、暖かい。

そんな場違いな印象を受ける。

びくんっ!!

一瞬だけ、闇の中に青白い火花が咲いた。

同時に不幸な警備員の身体が跳ね上がり、痙攣し・・・・・・それっきり動かなくなる。
12以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 05:37:38.43 ID:Ce6G3XSl0
身体からうっすらと立ち上る白煙が風に舞い、そして散っていく。

冷然とした、だが何処となく意志を感じさせる動きで横たわった警備員の身体を抱え上げた「ロボット」は

「ユルサナイ」

そう一声呟いて溶け込むように夜の闇に消えた。


やがて辺りには静寂が満ち、沈黙の支配する闇の中で、後に残された懐中電灯の明かりが無残に破壊されたレールと無線機の残骸を空しく照らしていた。




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13以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 05:39:45.29 ID:Ce6G3XSl0
-1-


「ただ今、レール事故のため予定の時間より大幅に遅れて運行しております。申し訳ありませんが暫くそのままでお待ち下さい。繰り返し、お伝えします・・・・・・」

リニア内に何度目かのアナウンスが流れていった。

日常生活の場である西区から、校舎へ直結するこのリニアの乗客のうち、九割は学園の生徒、他は教師や一般事務員という構成である。

朝の通勤、通学時間にも関わらず、彼ら乗客の顔に焦りや苛立ちの色はない。

それどころか、学生の中には明らかな笑顔さえ見うけられた。

VIP学園の運営は生徒に一任されている。

しかし、さすがに物流、警備等まで生徒任せというわけにはいかず、それらは全て内藤財団系列の会社が担当しているのだ。

学園内を網羅しているリニアの運行も例外ではない。

そのためリニアの遅れは学園側の不手際とされており、遅刻とは見なされない、と規約に明記されている。

もちろん、生徒のみにとどまらず教師や事務員など学園関係者全般に適用されるのだ。

さすがに、あからさまに喜ぶ教師はいないが、かといって不機嫌かというとそうではなく、つまるところ、月曜の憂うつな一時限目を公にサボタージュできるというささやかな幸運を、乗客の誰しもが享受しているようである。

そんな中、二人の女生徒の顔には明らかに違った種の表情が浮かんでいる。

混雑するリニアの中で、一際目立つ二人組みだった。
14以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 05:43:00.68 ID:Ce6G3XSl0
一人は栗色の髪をさっぱりとしたショートにしている、いかにも活発そうな少女だ。

制服のリボンと襟に光るバッジから高等部の一年生だとみてとれる。

その顔にはまったく化粧気はないが、くりくりとよく動く強い光をたたえた瞳と、制服からすらりと伸びた白い手足が年齢に相応の健康的な色香をただよわせていた。

彼女の名前はハインリッヒ・高岡という。

高等部生徒会において、一年生ながら会計を務める彼女は高等部の運営にまわされる莫大な量の資金を正確に管理、配分するという重要な役目を見事にこなしている。

厳密に言えば、彼女が構築したシステムが、ではあるのだが・・・・・・。
15以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 05:49:13.86 ID:Ce6G3XSl0
幼時より機械工学の分野に傑出した才能を示した彼女は、小学校を卒業する頃には様々な発明品を世に送り出し、脚光を浴びていた。

だが、彼女が中学3年生に進級するのとほぼ同時に、多額の特許料を巡って両親が争い、離婚する事になってしまう。 

それを機に彼女は自身の発明品の特許料を生活費にして一人暮しを始め、その一年後にVIP学園の門をくぐることになる。

一説によるとハインリッヒの存在を知った現生徒会長である内藤ホライゾンが直接スカウトに出向いたと噂される女性で、天才鬼(奇)才の巣窟と言われるVIP学園のなかでも白眉と言っていい一人であろう。

このリニアの設計を行ったのも彼女である。

未だ中学校在学時に設計を依頼され、その重責を果たした彼女には内藤財団から膨大な謝礼金が支払われている。

そのことが皮肉にも両親の離婚を早める一因になってしまったわけだが、ハインリッヒはそのことでホライゾンを責めたことは一度もない。

その才能に反して家庭的に恵まれなかったせいか、彼女は自分の作品に過剰な愛着を持つようになった。

いわゆる「メカフェチ」で、リニアの遅れの原因あるレール破損が明らかに人為的なものだという結論にいたって、不機嫌さを隠そうともしていない。

だが、目立っているのはそのせいだけではない。

と、言うよりむしろ彼女の連れ合いのほうにより原因がある。

そのもう一人。

ハインリッヒの傍らで、時折彼女をなだめながらも何となく心ここにあらず、と言った態の女性。

その容貌は人込みの中でさえ衆目を集めずにはいれないだろう。
16以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 05:49:21.06 ID:YCK51nAjO
支援
17以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 05:52:49.60 ID:Ce6G3XSl0
美女である。

それも、あたまに絶世の、と言う形容詞がつくほどの。

好みもあろうが、ハインリッヒも十人に聞けば八人は平均以上との評価を下すであろう。

だが、その女性は間違いなく十人が十人とも美人と答えるはずだ。

それはもはや好み云々の問題ではない。

長く伸ばされた艶やかな黒髪にはなんのクセもなく、その抜けるような肌の白さとあいまって神秘的な雰囲気さえ漂う。

黒目がちの瞳は物憂げな光を宿し、見る者を引き付けて止まない。

不機嫌なハインリッヒのとなりに腰を下ろし、彼女の言葉に

「そうね」

とか

「ええ」

と、当たり障りの無い返事を返しているその声も、容姿に違わず美しい落ち着いたものだが、誰の目から見ても彼女の心が現実世界から遊離しているのは明らかであった。

怒りに目が眩んでいるハインリッヒを除いては。
18以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 05:55:12.04 ID:SYoEO06m0
この時間帯は支援少ないな
19以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 05:56:13.55 ID:Ce6G3XSl0
「私が精魂込めて設計した可愛いリニアちゃんにこんな酷い事するなんて絶対に許せないと思いませんっ!?」

「えぇ、そうね」

何度目かのハインリッヒの問いかけに、これまた同じ返事を繰り返す美女。

ここにきて、ようやくハインリッヒは相手が他の事に気を取られているという事実に気づいた。

「クール先輩、私の話聞いてますっ!?クールせんぱいったらぁ」

彼女―素直 クール―は大声で名前を呼ばれ、不意に思考の海から引き上げられた。

「ごめんなさい、ちょっと考えごとしてたものだから・・・・・・。で、何だったかしら?」

微笑んでハインリッヒに問い掛ける。

その微笑は春の木漏れ日の如く、同性のハインリッヒでさえついみとれてしまうほどだ。

クールは生徒会書記を務めるVIP学園高等部の二年生だ。

彼女の家は古くから続く剣術道場で、昔気質の父は彼女に茶道、華道、香道に百人一首など、およそ時代遅れと思えるような教養全般を習わせたらしい。

その甲斐あってか彼女は滲み出るほどの気品と教養を兼ね備えた、才色兼備という語句が顔を赤らめて恥じ入るほどの女性に育った。

ただ一つの点を除いて。
20以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 05:59:27.86 ID:Ce6G3XSl0
だが、たった一つのその欠点は限られた人にしか知られておらず、学園の男子生徒の中では

「日本最後の大和撫子」

「生徒会(唯一)の良心」

などと呼ばれ、絶大な人気を誇っている。

現「ミスVIP学園」である彼女のファンクラブは人数も多く、今年もミス当選は間違いないというもっぱらの評判だ。

生徒会長である内藤ホライゾンとの交際が明るみにでてからも、その人気は衰えるところを知らない。

ハインリッヒも人気はある方だが、クールとは比べるべくもない。

それは本人も納得しているようで

「クール先輩には敵いませんよ」

といつも口にしている。

二人の性格はまるで違うし、学年も違うのだがなぜか気が合い、生徒会活動のみならず登下校の時も一緒にいる事が珍しくない。

今まで喧嘩はおろか、口論さえしたことのない二人だった。

だが、虫の居所の悪い今朝のハインリッヒの口撃に容赦の二文字はなかった。
21以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 06:01:38.08 ID:Ce6G3XSl0
「もぉ、どうせホライゾン先輩のことでも考えてたんでしょ!?」

ついつい大きくなったハインリッヒの声に、周囲の生徒間に緊張が走る。

言ってしまった後で、彼女の顔に後悔の色が浮かんだ。
ホライゾンとクールの仲を冷やかすものは少ない。

生徒会長にそんなことをすれば何十倍にもなって返ってくるのが目にみえていたし、クールはその人格から、からかうのが気が引けるという理由の違いはあるにせよ、だ。

そんなわけで、周囲の生徒も面白そうに事の成り行きを見守っている。

(ふぅ、困ったものね)

自分に寄せられる好奇の視線に慣れているクールは、自分の弁護というよりも、むしろ自責の念に駆られている可愛い後輩の窮地を救うためにやんわりと口を開いた。

「あのね、ハインリッヒちゃん」

ちょうどその時、微かな振動とともに周囲の景色が流れはじめた。

リニアが運転を再開したのだ。

「お待たせいたしました、これよりリニアの運転を再開いたします。なお、リニアの遅れによる遅刻はVIP学園規約により・・・・・・」

時刻は九時半を少しまわっている。

一時限目はどうやらさぼれたようだが、二時限目には間に合いそうである。
22以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 06:03:55.68 ID:Ce6G3XSl0
周囲から、意外と早い運行再開に対する落胆や文句の声が聞こえてきた。

再び喧騒に包まれた車内で、どうにか自分たちから興味が離れた事を確認すると、ハインリッヒはクールに小さく謝ったが、相手の方はというとやはり何か考え込んでいるようで、謝罪が耳に届いた様子はなかった。

(もし、このアクシデントがハインリッヒちゃんの言うように人為的なものなら、あの人がそのままにしておくはずがないわね)

美貌の生徒会書記の心を占めているのは、ハインリッヒの指摘どおり、恋人であるホライゾンの事ではあった。

だが、それは誰もが想像するような甘いものではなく、この偶然とは思えない事故に対して好奇心旺盛な生徒会長が首を突っ込まずにはいないだろう、という溜息まじりの予感である。

「まったく、VIP祭のプレイベントまであまり間が無いというのに・・・・・・」

校舎への到着を知らせるアナウンスにかき消され、小さく呟いた彼女の独白を聞いたものは誰もいなかった。

悩ましげに一つ息をつくと、ハインリッヒと連れ立ってシートから立ち上がる。

リニアから吐き出される人込みに流されながら、彼女は軽く頭を振った。

「先の事をあれこれ考えるには忙しすぎるわ」

21世紀に入っても女の勘というものは鈍ることがないらしい。

彼女が自分の悪い予感が当たった事を知るのは、その日の放課後の事である。

だが、いくら優秀な人材であるとは言っても、全能ならぬ彼女は、未だその事実を知る由もなかった。
23以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 06:09:15.55 ID:Ce6G3XSl0
-2-


キーンコーン・・・・・・。

学園中に奇妙に場違いなアナログチャイムの音が響き渡る。

リニアの事故によって一時限めがカットされたものの、そのあとはいつもの学園生活に戻り、廊下を歩くハインリッヒの眼前にも普段どおりの放課後の風景が広がっている。

部活動へと急ぐもの、友人との談笑に時を費やすもの、ひたすらに家路を急ぐものなど、十人十色だ。

そんな中、高等部の特別教室がおかれている区画に、周囲の物事には何ら注意を払うことなく、ひたすら先を急ぐ一人の女子生徒の姿があった。

VIP学園高等部一年、生徒会会計役のハインリッヒ高岡その人である。

虫の居所が良くないらしく、その表情は硬くていつもの彼女の明るさが微塵も感じられない。

すれちがう知り合いの生徒も、声をかける事を躊躇ってしまうほどだ。

その脚が止まったのは「生徒会室」と書いたプレートが掛けられた、そこだけ「浮いている」教室の前だった。

やや乱暴にそのドアを開けると、そこにはいやに前時代的な教室がある。
黒板、合板の机や椅子、はては棕櫚の葉の箒など、20世紀を最後に姿を消した物ばかりだ。

彼女は無言で教室の隅に設置された掃除用具入れを開くと、おもむろにそこに飛び込んだ。

中に本来あるべきはずの、掃除に用いる物は一切無い。

ただがらんとした空間があるだけだ。
24以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 06:09:55.29 ID:gGF9ATtJO
支援
25以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 06:11:20.36 ID:SYoEO06m0
ゲームの出来るサントラ
26以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 06:13:29.14 ID:Ce6G3XSl0
不意に、真っ暗な掃除用具入れの中に明かりが点り心持ち無機質な感じのする声が響いた。

「ハロー、マスター。一応網膜照合を行いますのでご協力をお願いします」

一瞬の時をおいて、再び響く声。

「はい、終わりました。本部の方でよろしいですか?」

「うん、お願い」

彼女らが実際に生徒会業務を行う「生徒会本部」は地下に建設されており、そこに至るもっとも正統かつお手軽な手段が、校舎内のいたるところにカモフラージュして設置されているエレベータなのだ。

ちなみに、20世紀然とした生徒会室の方はダミーなのだが、地下に本部がある事は、VIP学園の学生にとっては公然の秘密である。

これらの「しょうもない」設備の数々は、生徒会長の発案、ハインリッヒの設計で作り上げられている。

ハインリッヒ自身も当初は面白がって色々と設計したものだが、今となっては少々煩わしく感じる。

とくに、今日のように機嫌の悪い時には・・・・・・。

「ご機嫌斜めですね、マスター」

そんなハインリッヒの内心を見透かしたように、先ほどの声が話し掛けてきた。
声の主は、彼女が生み出した最高傑作で、生徒会の電子的な制御を一任されている"ノア"。

旧約聖書に名高い箱船にその名の由来を持つ独立思考型第七世代コンピュータだ。
27以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 06:14:01.46 ID:/juehasSO
眠いけど頑張る
28以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 06:16:28.30 ID:Ce6G3XSl0

「ま、ちょっと、ね。ところで、あなたの調子はどう?」

「はい、自己診断プログラムに異常は見うけられません、午前中に38件の不法アクセスを受けましたが」

「ふぅん、恐いもの知らずね。で、そいつらは?」

「はい、経路を追跡してみたところ、カモフラージュはされていましたが・・・・・・」

いくつかの有名企業の名が読み上げられる。

内藤財団と非友好的な関係にある企業は数多い。

その中には、VIP学園経由で内藤財団のデータを狙ってハッキングを繰り返している会社もあった。

「で、障壁を抜けたものは?」

「ありません。ダミーの情報を流したものが16件、お土産を持たせて帰っていただいたのが22件です」

「ご苦労様」

ハインリッヒの顔がほころび、やっと少しだけいつもの表情が戻った。

「お土産は何を持たせたの?」

「簡単な自己繁殖型のデータ破壊ウィルスですが?」

「うん、今はそれで良いわ。今度同じのが来たら、もっと強力なのをお願いね」

「了解です、マスター」
29以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 06:21:55.83 ID:Ce6G3XSl0
二人(?)のやり取りがちょうど終わると同時に、微かな音を立ててエレベータが停止した。

「B16」

そう表示されているパネルには一瞥もくれず、ハインリッヒは生徒手帳から学生証を取り出してスリットに通す。

そこに登録されているパーソナルデータが間違いなくハインリッヒのものである事を瞬時に確認すると、「生徒会本部」と大書された扉が音も無くスライドした。
30以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 06:24:50.95 ID:Ce6G3XSl0
VIP学園高等部生徒会本部。

学園の地下に建造された広大な施設は高等部運営の拠点である。

何のためにこれほどまでに大規模な施設が必要なのかはホライゾン以外の誰も正確には知らないが、会長の趣味で建設されただけ、という意見が大半を占めている。

生徒会役員が普段仕事をしている「メイン・プラント」は、中央に設置された巨大な3Dディスプレイ、所狭しと並べられた用途不明の機器の数々で、まるっきり一昔前の特撮物に出てくる秘密基地、といった風情だ。

ぐるりと本部内を見渡したハインリッヒは、三人の人影を認めてそちらに走りよった。

生徒会長の内藤ホライゾン、副会長のジョルジュ長岡、そして書記の素直クール。

これに会計を務めるハインリッヒ高岡を加えた四人が生徒会執行部と呼ばれている。

生徒会には他に20を超える各委員の委員長が業務をこなしているが、生徒会活動の中枢となるのはこの執行部であり、彼らにかかる責任は重い。

「あぁ、ハインリッヒちゃん。ご苦労様だお。それで、情報収集の結果は?」

「情報収集」という単語を舌の上に乗せる時、皮肉な笑いが薄く浮かぶ。

最初に彼女に気付き、声をかけたのはホライゾンだった。

肩口まである髪を蒼のリボンで結び、背中に流している。

涼しげな目元、すっと通った鼻筋、中性的で整った容姿は、間違いなく絶大な(特に女性の)生徒の支持を集める一因になっている。

残暑の為未だ夏服のままのVIP学園制服が良く映える。

本人は容姿を鼻にかける気が毛頭無く、人当たりも良いのでその点での嫌みの無さが同性にも受け入れられるのだろう。
31以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 06:27:34.45 ID:Ce6G3XSl0
一年の頃から圧倒的な支持率で四度の会長選を勝ち上がっている。

創立二年目のVIP学園において彼が今のところ初代にして、これから先いろんな意味で彼以上の生徒会長は出ないであろうと言われている人物である。

「やはり、レールの破壊は人為的な原因によるものでした。方法は原始的ながら棒状の物体による打撃。ただしそれにはとてつもない衝撃が必要です。
第一、総重量500tもあるリニアを差さえてるんですよ。本来ならこんな手段で破壊されていること自体、私には信じられません」

「そう、常識的に考えれば、普通の人には、ね」

悪戯っぽくそう言うと、ハインリッヒに椅子を勧めつつ残るメンバーの方を振り返る。

「二人も知っていると思うけど、今朝、リニアのレールが何者かの手によって一部破壊されているのが発見されたお。そのおかげ・・・・・・もとい、そのせいで一時限目の授業がカットされることになったお。」

そこまで一息に言って三人の表情を見渡す。

三者三様の表情だが誰も何も言おうとしない。

ホライゾンは気にする素振りも見せず、先を続けた。

「そこで、設計者でもあるハインリッヒちゃんに情報収集に行ってもらったんだけど・・・・・・」

この点、ホライゾンは故意に事実をぼかしている。

ハインリッヒが呼ばれたのは「査問会」と言って、事件が発生した時に生徒会役員に落度がなかったかどうかを審議する会なのである。

「生徒だけによる学園運営を快く思わないお偉いさんによる重箱の隅を突つく会」

とはやや毒が過ぎる、ホライゾンがつけた名であるが事実とそう遠いわけでもない。
32以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 06:30:51.36 ID:Ce6G3XSl0
実際、これまでも幾度か小さな事でねちねちと「言い掛かり」をつけられた事もあった。

そのため、査問会に対しては皆一様に一ミリグラムの好意も抱いてないので、ホライゾンのぼかしは瞬時にクールとジョルジュの理解するところとなり、二人はハインリッヒに同情の視線を送った。

「さっきのがその報告と言う訳ですね」

なんとなくいやな雰囲気になりかけた場をとりなすようなクールの相槌に、ハインリッヒが小さく肯く。

「そして、これは極秘情報なんだけど」

そういって得意げな顔で続けるのはもちろんホライゾン。

「実は昨日、巡回中の警備員さんが一人、行方をくらませてるんだお。しかも、担当地区は事件のあった区域」

「つまり、その警備員が怪しいってわけか?」

手を挙げて質問したのは、髪を短く刈り込んだ一見体育会系のジョルジュ長岡副会長だ。

彼は学園近くにある全国的に名の知れた、由緒ある神社の跡取りなのだが、外見からはとても未来の聖職者には見えない。

問われた生徒会長は人差し指をちっちっと左右に揺らす。

「もっと頭を働かせるんだね、ワトソン君。さっきのハインリッヒちゃんの報告によれば、人の力では到底無理な手段だったそうじゃないかお。しかも、現場にはその人の懐中電灯と、破壊された無線機も見つかったそうだお」

「と、言う事は何かの事件に巻き込まれたってわけか・・・・・・」

「その可能性が高い、ってことだお。もっとも、居なくなった警備員さんが僕らみたいだったら、保証の限りではないけどね」
33以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 06:32:26.74 ID:Ce6G3XSl0
「探偵ごっこはお終いですか?言いたい事があったらはっきりおっしゃったら良いでしょう。行方不明の捜索なんて警察のお仕事ですよ」

盛り上がる二人の表情がいきなり凍りついた。

お調子者の男子役員二人を一言で黙らせたのはクールだ。

しかし冷たい口調とは裏腹にその表情には半ば諦めの色がみてとれる。

彼女は今朝のリニア事故の時点でこうなるであろう事を予測していたのだ。

(やっぱりね・・・・・・)

クールの心中に、そういう思いが色濃くたゆたっている。

相手の表情を見たホライゾンの顔に生気が戻った。

「それはそうなんだけど・・・・・・。僕の勘では、何か面白い・・・もとい危険な香りがするから僕らの出番かなぁ、なんて」

気を取り直したように言葉を継ぐが、未だ語尾が弱腰で、らしくない。

そんな生徒会長の窮状に助け船を出したのはハインリッヒだった。

それまで黙って三人のやり取りを、聞くとは無しに聞いていた彼女は、一転強い決意を込めて口を開く。

「私は、この手で犯人を捕まえたいです。目的がはっきりしないですけど捕まえないとまたこういう事が起きないとも限らないし、第一、可愛い私の作品に手を出して無事に済ませる気はさらさらありません!!」

「良いじゃないか。こういう事件に備えて生徒会は俺達みたいなメンバー構成になってるんだし。第一、レールをへし曲げるような奴相手だと、逆に警察の方が危ないぜ」

続いてジョルジュも賛成の意を示す。
34以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 06:36:24.69 ID:Ce6G3XSl0
「別に、そうと決まったわけではないでしょう。機械を使えば普通の人にだってレールを曲げることくらい可能なはずです。第一、お祭りの方はどうするんですか。会長が御自分で提案されたんですよ」

「でも、現に原因は不明だし、放っておくとまた同じ事が繰り返されるおそれがあるんだお。そうなったら、色々と差障りが出るし」

二人の後押しを受けて、それでもすがるような視線でクールを見つめた。

頭脳明晰、容姿端麗、おまけに三男坊とはいえ実家は世界屈指の大財閥という向かうところ敵なしの内藤ホライゾン生徒会長が、恋人には全く頭が上がらないと知るものは、生徒会役員以外にはほとんどいない。

かというとそうでもなく、全校生徒が知る周知の事実である。

三人の視線を受けて、クールはまたも内心おおきな溜息をついた。

今朝の予感は見事に的中したというわけだ。

かといって、自分を誉める気には微塵もなれない。

彼女とて事件に興味が湧か無いわけではないが、校内行事スケジュール帳には、ほぼ全てがホライゾンの提案によるイベントで白い部分が無いほどなのだ。

自分たちがこの事件に関わって動けなくなってしまえば、他の役員の負担が大きくなるのは必定だった。

また、生徒会室に泊り込む役員が増えてしまう事だろう。

もっとも、超一流ホテル並みの設備を備えた豪華な宿直室完備のため、食事以外の不満は聞かれないのだが。

クールはどうにか譲歩を求めようと、三人の顔をもう一度見渡した。

そして、疲れたようにこめかみに長い指を当てる。
35以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 06:38:36.03 ID:Ce6G3XSl0
彼女は心の中で各委員長、さらには委員に不甲斐ない自分を詫びた。

どうやら、自分にはこの三人を止める事ができそうに無い、と。

半瞬の躊躇の後、どうにか絞り出した声には、常の艶やかさは微塵も感じられなかった。

「・・・・・・わかりました。ただし、今回の事件の調査は私たち四人だけで行います。他の役員の皆さんには、この前会長が決定されたVIP前前前祭の準備をしていただかないといけませんから」

その一言に飛び上がらんばかりに歓ぶ三人に、釘をさすようにそう付け加える。

ホライゾンに対するささやかな皮肉を織り込んだ事がクールの、他の役員に対する心ばかりの罪滅ぼしであっただろうか。

だが、しかめつらしく言ったクールも、実は彼女自身遠足を前にしたような、昂揚した気分を押さえ切れずにいたのだ。

小躍りして歓ぶ三人の様子に、人知れず微笑が浮かんでくる。

やはり、彼女も選ばれるべくして選ばれたメンバーなのだった。

しかしこの時はまだこの事件が、門外不出とされるVIP学園生徒会の事件ファイルにおいて一二を争う大事件に発展するとは、この中の誰も予想していなかった。
36以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 06:40:58.64 ID:Ce6G3XSl0
支援してくださってくれた方ありがとうございます。

ですが、睡魔が限界なのでこれで投下を終わりたいと思います。

また立てた時には読んで下さると嬉しいです。

お疲れ様でした。
37以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 07:10:59.26 ID:r86NZifr0
続きがきになるほしゅ
38以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/03/01(日) 07:33:34.38 ID:BF1uqCQaO
39以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
乙でした