◆寝屋川市ってDOーYO! PART 84だコロン◆
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ななしやねん:2009/08/05(水) 09:57:51 ID:DawTJGDk
[ p1195-ipbf615osakakita.osaka.ocn.ne.jp ] とは言っても、その半島人以外は東方の蛮族「蝦夷」だぞ。半島だとかチョンだとか聞くと叩いてばかりだなw
2ちゃんねるばかりやっているとそんな風になるw
そもそも江戸から明治になるのに天皇が東京へ行ったのも、近畿に比べて文化レベルが成熟していなかった
という理由もあるわけだし。
古代日本における中央の支配層は、自分たちの用いていた「日本語」の通じる地域を日本、「日本語」
の通じない地域は日本ではなく「外国」であると考えていた。日本の上流階級が自分たちの仲間と認め、
下層階級といえどもコミュニケーションして理解しなければならないと思ってきたのは、日本語の通じる
「日本語人」だけであった。それ以外は「外国」の異民族であるから、理解する必要などなく、何ら慈悲を
垂れるに値しなかった。『古事記』の倭建命は火焚きの老人とは歌を応酬できたが、熊曽建などに
対しては残虐としかいいようのない征服を行っているのである。
『続日本紀』には蝦夷と話をするのに通訳が必要であったことが明記されているし、さらに時代が下った
『日本後記』においても「夷語」は習得しなければ理解できない言葉とされている。つまり、大和朝廷にとって
蝦夷の住むところは「外国」である。そして、蝦夷は「生物」「獲物」であって人間などではない。弘法大師
空海も『性霊集』に、蝦夷を「羅刹の流(たぐ)いにして非人の儔(ともがら)なり」(人を食う鬼の類であって、
非人=悪鬼の仲間である。)とか「人面獣心」であると言っている。学問の神様菅原道真も、蝦夷の性は
「狼子」であり、「野心」をもっているとのべているのである(『菅家後集』)。さらに、帰服した蝦夷である俘囚
でさえも、律令国家の渡来系の支配層や平民とは民族的に違うことから、『類聚国史』には「夷俘の性、
平民に異なり」とかかれているし、『日本三代実録』にも、「夷俘の性、本より平民に異なる」などと記されているのである。
井沢元彦の「逆説の日本史」によれば、桓武天皇は、「平安京」を造営し、徴兵制による常備軍を廃止して、
死刑も事実上なくした。人間を殺すことによる怨霊化を恐れたためだという。一方で「蝦夷征伐」には熱心に
取り組んだ。つまり、桓武天皇は、古代世界の常識によって、蝦夷たちは「人間以外」であると考え、無惨に
殺せばタタリをなすのは「日本人」であって「異民族」ではないから、蝦夷を「征伐」できたというのである。