亀井絵里小説

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53作者エリ
「ごめんなさい!遅くなりました!!」

中澤に着せられた派手なコートを身に纏ったエリの、ステージに飛び出すと同時に
放たれたその明るい声は、マイクも通していないのに何故かしっかりと聞こえた。
あまりに場違いな声色と登場に、会場は少しの間静寂を余儀なくされる。
勢いの吐き場を失ったエリは首をちょこんと横に傾けてはにかんだ。

「あれ?エヘヘ…」
「エヘヘやないわゴラァ!」

加護亜依の容赦ない突っ込みがエリの額を襲う。
辻希美も唄うのを止め、涙交じりの双眸でエリを睨みつける。

「おそいのれす」
「本当にごめんなさい…色々、いろんなことがありまして…」
「言い訳聞いとる暇あらへん。唄えるんやろな?唄えん言うても唄わすけど」
「はい!その為に来たんです!」
「よう言うた、待ってた甲斐があったもんやで」
「ほへ?あいぼん、エリちゃんを待てったんれすか?」
54作者エリ:03/05/24 16:23 ID:???
「当たり前やろ、うちは負けの決まった喧嘩はせえへんねん」
「テヘテヘ…のの何にも考えてなかったのれす」
「うん知っとる」
「あいぼん!」
「まぁまぁ…ほな行くでぇ。唄いなおしや!」
「音声さんストーップ!もう一回さいしょからおねらいしま〜す」

前代未聞、ライブの途中で曲を強引にリプレイさせてしまう。
しかもこの二人だから、それも何だか許せてしまう。これぞ辻加護節。
エリの登場が、何でもありのぶりんこコンビに拍車をかけたのだ。
二人の怖さを一番身近で見てきたあの娘が、それを阻止しようと前に出てきた。

「ちょっと亀井!あんた約束忘れたの!?」
「矢口さん…」
「うちらとそっち、どっちに着く気?」

小さな体から想像もつかない程の大きな声で、矢口はエリに迫った。
しかしエリは全く迷うことなくこう答えた。

「私は矢口さんの味方です」
55作者エリ:03/05/24 16:23 ID:???
「…そして辻さんと加護さんの味方です」

笑顔のエリは、まっすぐな気持ちでそう答えた。

「モーニング娘はみんな味方です。だから矢口さん達も一緒に歌って下さい」

物凄い歓声が会場を埋め尽くす、その歓声と同時に新曲の前奏が再び奏で始まる。
金色のスポットライトがエリを中心に照らす。両脇を辻加護が固める。
矢口真里は返す言葉を見つけることができずに、その場でその光景に見とれてしまった。
(これが本当にあの亀井?苛められてビクビク怯えていたあの…)
そんな矢口の肩に石川はそっと手を重ねた。その手が小刻みに震えている。
石川は自分自身気が付いていない、そのとき自分が歓喜の表情を浮かべていたことを。
同様に高橋もまた喜びに全身を震わせていた。
(終わりじゃない!そうだ!終わらせるもんか!みんな仲間やよ)
歌が始まる。エリがセンターの新しいモーニング娘の歌。
歓声を体一杯に受け止め、エリは笑顔のまま口を大きく開けた。
唄い出しはエリのソロパート、その瞬間、殺伐としていた空間がリズムに包まれる。
すべての人に夢と希望を送る笑顔のリズム。エリの唄声。

『あ〜なたの声が〜聞〜きたい〜♪』
56作者エリ:03/05/24 16:24 ID:???
その声を聞いた瞬間、高橋愛は飛び出していた。エリの後ろに並び、口を開く。
辻と加護と高橋の三重音がエリのメインパートに美しいハモリを加えた。

『いつも〜隣で〜笑って〜泣いて〜最後〜にぜったい〜唄ったね〜♪』

小川麻琴と新垣里沙は互いに顔を見合わせた。そして少し照れながら頷いた。
(…ったく、あのいじめられっこがいつの間に…尊敬するよ)
高橋愛に続き小川麻琴も列に加わる。
(悔しいけど私、あんたの歌、好きだ)
そして新垣里沙もまた、その横に続き声をあげる。
これがエリの唄の力、自然と皆を引き寄せてしまう、唄に参加したくなる力。
(それでこそ私が認めたライバルたい。待ってろ、すぐに追い越してやるんだから)
田中れいながその得意の歌声を奏で始める。
(私もいつかきっとエリちゃんの様に…)
エリの声が道重さゆみに夢を思い出させる。
いつしか、向こう側にいた7人全員がひとつとなって歌っていた。
(あのときと同じだ…)
石川梨華が思い描いていたそれが、まさに現実となって目の前に蘇ったのだ。
さらに、石川の耳に別の声が届く。
57作者エリ:03/05/24 16:25 ID:???
「なんだぁ!おもしれえことになってんじゃん!」

吉澤ひとみが駆けつけてきたのだ。矢口と石川が彼女に声を掛ける。

「よっすぃー!!」
「悪いね、吉澤はこっちに付くから。だって、おもしろそうなんだもん!」

辻加護に続き吉澤まで、同期の仲間達が笑いながら歌う姿を見て、石川は…
(私…私も…よっすぃー…あいぼん…のの…私も…)
泣き出しそうな石川の背をポンと押し出す娘。

「梨華ちゃん。素直になればぁ」
「…ごっちん」
「私はいくから。止めないよね、なっつぁん、ヤグっつぁん」

後藤真希は安倍なつみと矢口真里に言う。
矢口は立ち尽くしたまま動かない、安倍は答えず顔を背けた。
石川は涙を堪えながら、二人に頭を下げた。そして勢いつけて駆け出した。
同期の3人が歌いながら、笑顔で梨華を迎える。
58作者エリ:03/05/24 16:25 ID:???
「オーオー音痴が来たでぇ」
「音痴ってゆうな!あの…私も唄っていいですか?」
「トイレ臭いれすよ梨華ちゃん」
「それを言うなら水臭いでしょ!もう…」
「何泣いてんだよ。ウンコでも洩らしたかぁ?」
「しないよ!!よっすぃーのバカ!プンだ」

輪が広がる。エリの声を中心にたくさんの声と声が重なり合う。
さらに歩み出そうとする後藤に、福田明日香が声を掛ける。

「これが…あんたが言ってた小さな希望ってやつ?」
「はい、ごめんなさい」
「何で謝るのよ、あんたは行きなよ。まだやり直せるからさ。私と違って」
「福田さんも一緒に歌いませんか?」
「冗談、私は消えるよ。ちょっとの夢だったけど楽しかったわ」

それだけを言い残し、福田明日香は人知れずステージの奥へと姿を消した。
後藤真希はエリ達の輪に加わり歌う。彼女一人増えるだけで声の厚みが一気に増した。
ステージを降りると、終始無表情だった福田明日香が突然吹き出した。
59作者エリ:03/05/24 16:37 ID:???
「何してんの?お揃いで」
「明日香!そっちこそ何やってんのよ!私聞いてないわよ!」
「まぁまぁ…って。こんな面子が集まるとなんかOG会みたいだね」
「ちょっと紗耶香!圭織はまだ現役ですよーだ!」

福田明日香が吹き出すのも無理はない。
そこに顔を並べていたのは保田圭、市井紗耶香、飯田圭織という旧知の仲間達だったのだ。
福田が不思議そうな顔をしていると、飯田がおおざっぱに説明を始めた。

「あのね、凄いの。こっそり応援に来てた二人とバッタリ会っちゃって」
「偶然ね」
「だって圭織、その前に裕ちゃんと彩っぺにも会ってるんだよ。これ凄くない!?」
「マジ!あの二人も来てるの!おー怖」
「こりゃ本気でOG会だ」

4人は顔を見合わせて笑った。笑い終わるとすぐに真面目な顔に戻り、福田が言った。

「なっちとマリッペをお願い。あの二人暴走してるから…」
「やれやれ、あの二人には昔から世話焼かされっぱなしだ」
「じゃあ行くかい!モーニングOG組!」
「圭織は違〜う!!」