亀井絵里小説

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35作者エリ
石川梨華はそっと顔をそむけた。もうこれ以上見ていられなかったのだ。
辻と加護は同期で数々の苦しみと喜びを超えてきた仲間だった。
この広いステージの中たった二人、頼りない声でメインパートのない歌を歌い続ける。
誰の眼にも明らかであった。勝負なんてものじゃない。
(よっすぃーを裏切って…辻ちゃんと加護ちゃんまでも…)
(私は…私は…私は…最低)
今すぐ飛び出して二人の横に並び出したい衝動に駆られる。
しかしそれが何の意味も持たないことは理解している。
(自分は新モーニングの一員だ。もう逃げ出す訳にはいかないんだ)
(でも、できるなら…もう一度)
石川梨華の脳裏に先日のあの光景が蘇る。
一人の少女を中心に、バラバラになりかけた皆が輪になって唄い合うあの光景。
できるならばもう一度…
叶う事のない想いを胸に押し隠し、石川梨華はそっと目を閉じた。
その時、場違いな足音が耳に入ってきた。
石川梨華が目を開けたとき、そこに現れたのは―――――。
36作者エリ:03/05/20 23:18 ID:???
高橋愛は悔しさに身を振るわせる。体が動かない、声が出ない。
(どうして?どうして自分もあの二人と一緒に歌わないの?)
自分自身に問いかける。何度も何度も問いかける。
歌には自身があったはずだった。いっぱい練習したはずだった。
辻ちゃんと加護ちゃんだけに辛い思いさせたくない、自分も一緒に歌わなければと思う。
それでも、勝てっこないという本能が体の自由を許さない。
高橋愛は自分の唄の欠点を知っていた。
ただ上手に唄えるだけ、誰かを救える唄じゃない。モーニング娘を救える唄じゃない。
(あの子ならば…)
脳裏に一人の少女の顔が浮かんだ。自分に勝った娘のことである。
声量も技術も決して負けてはいない。だけど彼女はそうじゃない何かを持っているんだ。
それはそう…人に笑顔を与えるチカラ。
でももう遅い、辻ちゃんと加護ちゃんが歌い終えたら全部終わってしまうから。
(バカ、どうしていないんだよ…こんな大事なときに)
(私に勝ったんやから、お前がモーニング娘を救ってみせろ!)
叫び出したい気持ちで高橋愛は天を仰ぐ。
そのとき、激しく波打つ息遣いが聞こえた。
高橋愛が顔を下ろしたとき、そこに立っていたのは―――――。
37作者エリ:03/05/20 23:18 ID:???
吉澤ひとみはまだ、会場外のバスの中でモニターを眺めていた。
新しく生まれゆくモーニング娘と、消えてゆくモーニング娘。
止めることも、逆らうこともできなかった自分。何もできない自分。
やっと気付いた。自分は本当は弱い、流されているだけの存在だと。
(梨華ちゃんはモーニングの為に悩んで考えて動いている)
(ののとあいぼんも、あんな小さな体で必死に戦っている)
(私は何をしている…?こんな場所で縮こまって震えているだけか?)
(何が男前だバカ。一番情けなくて弱々しいのは、この吉澤ひとみじゃないか!)
ふっきれた。
天才的美少女と呼ばれたあの…
ミスタームーンライトで華やかにセンターを舞ったあの…
吉澤ひとみの眼が、最強のかっけー吉澤ひとみの眼に戻ったのだ。
立ち上がった。
走り出した。
時同じくして、モニターに映る会場内に異変が起こる。
吉澤ひとみがロケバスを飛び出したとき、そのステージへ飛び出したのは―――――。
38作者エリ:03/05/20 23:19 ID:???
安倍なつみにも。
矢口真里にも。
後藤真希にも。
福田明日香にも。
小川麻琴にも。
新垣里沙にも。
田中れいなにも。
道重さゆみにも。

会場にいる全ての観客にも。
会場の外へ駆けつけてきた大勢のファンにも。
テレビでその光景を見守る日本中の人々にも。

つんくと新モニプロデューサーにも。

辻希美と加護亜依にも。

その瞬間、すべての人に届いたその声の主は―――――。