愛ちゃんは体をさましたあと机について、わたしへの質問をメモ帳に整理しはじ
めた。わたしは部屋の中をうろつきながら、愛ちゃんの古着に油のシミがついて
いるのをみつけて、さすがにこれはひどいな、なんて思いながらそこをみつめて
いた。
「では、質問します。やっぱり大変ですか?」
「大変だけど、わたしが選んだ道だから。楽しさの方が上かな」
「勉強してますか?」
「まあ、なんとか気持ちを切り替えてがんばってる。大変なのは実はこっちだっ
たりしてね。次」
「好きな食べ物は?」
「メロン。次は?」
「し、醤油って書けますか?」
「ちょっと待ってよ」
そう言うと愛ちゃんはびくっとメモ帳を隠す。
「ねえ、なんか気になるの? ビミョーにやりにくそうだよ」
「そんなことねえよ」
「じゃあ次」
「50メートル何秒ですか?」
「ちょっとそれ見せて」
抵抗する愛ちゃんから強引にメモ帳を奪い取ってひろげた。
カレシはいますか?
おちょぼ口のやりかた
生理のときのイライラかいしょう
ガイハンボシ 痛いんよ
ごまき なんかのキャラクター?
ながたにえん
アイドルのこころえ
思わず頭を抱える。こういうのを後悔というんだろうか。そこでそうか、と思っ
た。まだわたしへの恐れみたいなものが残っている。質問の内容を気にしての事
かな?
気を取り直して愛ちゃんの方に向き直ってメモを返した。
「最後の教えてあげる。アイドルの心得」
無理矢理声を上げた。
「自然体と造型物、この境界線の使い分け。恥も外聞もかなぐり捨てる」
「……」
指を鼻の前でびしっとそらせるわたしを凝視する不可解のまなざし。
「書いておきなさい」
「うぇ〜」
しぶしぶ愛ちゃんはメモをとる。
それから次の日に届いた予備の冷蔵庫は、メインの横に置いた。