それから数日、愛ちゃんは出てこなかった。
わたしはというと、そりゃもうせいせいとしたもので、ひまなときは雑誌読んだ
り買い物に行ったりして、普段の生活はこんなにすがすがしいものなのかと思っ
た。
買ってきたプリンを冷蔵庫に入れるとき、これこのまま消えてしまわないかな、
食べたい時食べれないんじゃ困るな。予備の小さい冷蔵庫買っといたほうがいい
かななんて、いつのまにかつぶやいてる自分にハッとなって、なんでわたしがそ
こまで考えるの、と急激に冷めて、プリンを放り込んで部屋にこもった。
机に向かい、一週間くらいメールを見てない事を思い出して、パソコンの受信ボ
タンをクリックした。未開封メールが山のように出てきて、ひとつひとつチェッ
クしていく。
わたしが怒ってないか、それだけで愛ちゃんはやって来て、結果失神までし
ちゃった。そこまで気にするコなのかなあ。――知らないけど。
机を指で連打しながら開封作業していると、なんだか奇妙なメールをみつけて、
目を細めた。メッセージの欄に「ここをクリック」
と、ただそれだけ。普段なら即ごみ箱行きなのになぜかクリックしてしまったの
は、なんとなくいらだっていたからでしょう。
「あ、亜弥ちゃんだ」
と画面に現れた女の子が顔を上げる。
「は?」
「はろー。あ、その服買ったの?」
と、こっちを指をさす愛ちゃん。わたしは着てる服を思わず見た。昨日買ったや
つ。
「愛ちゃん?」
「なに?」
「どうなってんのこれ?」
驚いてパソコンの周りにカメラがあるのか確認したけど、そんなものは見当たら
なく、あわてるわたしにはお構いなしに、やっほーと手を振る愛ちゃんが画面の
片隅にいた。
「なんで見えてんの? ねえ」
「知らない」
「も、むっちゃ嬉しい。メール見てくれるなんて思てなかったから、どうしよ
う。待って、ウチ今、動揺しとる」
「なんなのこれ。動揺はいいから説明してよ」
彼女を見た途端いらつくわたしは、結局何も変わってないし。
「みてみて、亜弥ちゃんに渡そう思て買うたんよ。かわいいでしょ」
そう言って、クマの人形を抱えているのが見える。
「かわいいけど、燃えちゃうんでしょ」
「そうなんよ。だからね、窪塚君の画像集めたよ。全部でフォルダ20個。容量
2GB! 亜弥ちゃん欲しいでしょ」
「いいよそんなの」
どこかずれてる彼女なりの気づかいを見て、あながちわたしの予想が間違ってな
いんだなと思った。やっぱり彼女は気にしてた。大胆なようで、実は繊細な神経の持ち
主。わたしは思わずうつむいてしまった。
「やっぱり、前の事気にしてる? あんな事言うつもりじゃなかったんだ。わた
し大人げなかったよね。――許してね」
ささやきに近かったかもしれないけど、たぶん聞こえたと思う。ほてった顔を上
げると、愛ちゃんは画面から消えていた。
「うわ…、今必死だったのに…」
「みてみて、ウチ作ってみた」
しばらくして、持ってきたノートを掲げる愛ちゃんが映る。
「ウチ、亜弥ちゃんに言われて悪いな思て、亜弥ちゃんが怒らない勉強をした
よ。亜弥ちゃんに迷惑かけないよう必須項目。そのいち!」
「わかったよ。もういいから、来たらいいよ」
「なに? 聞こえない」
画面に鼻を近付けて魚みたいな顔になる彼女。
「遠慮なくおいでって言ったの」
聞こえたらしく、笑顔を見せる愛ちゃん。うれしそうに「マジで…!」と叫んだところで、わたし
は電源を落とした。