「何故、殺さなきゃなんないの?」
う〜ん……でもですね、重要なのはキーカードなんです。
「キーカード?」
そりゃ当局は、その際に後藤さんを消せれば都合がいいですし、なにしろ殺しで
もしなきゃカードは奪えないです。
「だからって――」
空中(水中?)をゆっくりと泳ぐ彼に対し、わたしの方はどこか固い床に腹這い
に寝てる、そんな感じ。わたしは彼に言い返そうと息を吸った。
また台所で目をさました。
あの宇宙服から手を滑らせて倒れた場所で、床に顔をつけたまま。
また例の症状か出たのか……。これで何回目だろう。
もうどうでもいいや。うんざりしながらも、すぐに記憶をたどった。
あのあと大量の拳銃は、かき集めて袋に入れて冷凍庫に放り込んだ。そこまでは
覚えてたから、すぐに体を起こし、冷凍庫を開けた。そして目を見開いた。
そこには何も、氷ひとつもなくて(移したから)いつものまま。
ほっと胸をなでおろした。
いや、それはいいけど……。
どっち?
現実? わたしの夢?
馬鹿な事だけど、現実だと思ってた。
「なにそれ」
朝の水風呂に浸かる愛ちゃんにかまわず、わたしは浴室を占拠した。彼女は疑問
に顔をゆがめながら浮かぶ氷をいじっている。
「はやく。言ってみてよ。これはね、必ず覚えなきゃいけないんだから」
わたしは例の、彼に教えられた言葉をちゃんと覚えてた。それを目の前の解せな
い顔に教えて、うながした。またついお尻を床につけてしまい飛び上がる。
「それがなんやの」
「だから通して言ってみて。何回も。忘れないように」
「いや」
「なんでよう!」
「言いにくい」
「どこがだよ……いいから言いなさいってば!」
「いや!」
ああ、そうか。言う順番がいけなかったんだ失敬。
「先生きたんだから」
「え?」
愛ちゃんは目を丸くして振り向いた。
「昨日きた」
「でへへ」いやらしく笑ってまた氷遊びに戻る。「亜弥ちゃん寝ぼけてたんでね
えのか。来るわけない。第一、来たらだめな事になってんです」
「ちゃんと来たんだから。ちびで宇宙服着て、それでもってピストルなんかいっ
ぱい――」
「………」
そこまで言ってあわてて口をつぐんだ。
愛ちゃんはというと呆気に取られた顔でこっちをみつめてる。これはわたしが思
うに、驚いてる顔。容姿を言い当てたから驚いてる。わたしは愛ちゃんに、待っ
ててと制して台所に走った。
台所をゆっくり見回す。
昨日の夜がもし現実であれば、あの人の言った事が、策のないわたしたちにとっ
て唯一の希望になるんだと、いまさら気付いた。
で、自分にちょっと笑って。
みつけた。
テーブルの上。彼が使った湯呑みが無造作に置いてあって、わたしはそれを手に
とった。
「冷た」
テーブルからこぼれたお茶が床に伸びていて、それを踏んだ。濡れたままだっ
た。
昨日はやっぱり現実だ――!
確信を持ったわたしは自信満々に浴室に戻って、再度愛ちゃんに迫った。嫌がる
彼女に水をかけられる。
「長くて覚えらんないんです」
「どこが! 素晴らしいマリンよ永遠なり。はい。あれ? き…き、だっけな?
ちょっとまって」
「がちょーん」
にこにこと愛ちゃんはわたしの顔をみると、わたしが寄せた眉間のしわに青ざめ
て水に潜った。
「ふざけないでよ、大事な事なんだから」
愛ちゃんは水の中でがばがばと笑ってるんだかわたしを馬鹿にしてるんだか、し
ばらく上がってこなかった。
これは……わたしの事じゃないのに。
ウォークマンにカセットを入れ、蓋を閉めて、イヤホンを愛ちゃんの耳に装着す
る。
ボリュームを上げてわたしもイヤホンに耳を近付けた。「どう?」
「わっ!」
思わずイヤホンを投げ捨てる愛ちゃん。
ちゃんと録れてるのが聞こえた。カセットテープ両面に延々とあの言葉を吹き込
んだのだ。こんなの一日中聞いてたらおそらくノイローゼになってしまう。
「しばらく取っちゃだめだから。覚えるまで」
「鬼畜生っ!」
「なんとでもいえば」
これだけでは終わらない。