「取り付けるの手伝ってくれないの?」
「ごめんなさい」
鼻水をまっすぐ伸ばした愛ちゃんにハンカチを渡してから、わたしは草の生えて
ない適当な場所に腰をおろした。瞬間的だったけどもつかえてた胸の何かが消え
ていくのがわかって、大きく息を吐いた。
「取り付けたって無駄やって」
「なんで? あいつは――」鼻を拭いたハンカチを返そうとする愛ちゃんの手を
拒否する。「あの助手は付けるだけでいいって言ってたよ」
立ったまま、また何かをみつめてる。
「補習受けるんじゃないの? それとも何か帰れない理由でもあんの?」
「亜弥ちゃん、ほらほらあれ!」
無邪気に愛ちゃんが指さすのは、飛んでいく二羽の鳥。
それはやっぱり夕陽の逆光を受けていて。目が痛かった。
「補習なんてとっくに終わっちまったし、やっぱり課題をクリアせな帰れないん
です。向こうの方でそう設定してあんです」
「なんでそんな事がわかるのよ」
思いきり不機嫌に返すわたしの目の前に一枚の紙切れが差し出される。
差し出す愛ちゃんの手からそれを奪い取って目を通した。
それは、わたしのパソコンからプリントアウトしたと思われる、例の「あっち」
からの指令書。
MGのまっさつおよび キーカードのだっしゅ
もはや きげんにゆうよなく さっきゅうなにんむかんりょうをのぞむ
なお いじょうをみたさないばあいのきかんをみとめず
「やるんよ」
「殺すの」
「でないと他の人に先越されちゃうんで、他の人もまだ成功してないみたいなん
で、ここまできたらウチが」
「そう」
「ウチは……きっとこれ成功させて一等賞になるんです。で、アイドルにな
る!」
身上げると口一文字。拳握って。
もうわたしは力が抜けてしまい、返す言葉もなかった。
その勇ましい顔は、しだいに不安げにわたしを見る。
「おこらないの?」
「知らないよ」
いつまでたっても同じ事の繰り返し。もうわたしの手に負えない。
まじに勝手にやってください。
そんな投げやりな心境だった。
結局無駄。全部無駄。
わたしのいままでやってた事なんて、全部無駄なんだ。
悲しくはなかった。涙も出てこなかった。
まだ水辺を飛んでいた二羽の鳥を見つめた。
大きい鳥と小さい鳥。
小さい鳥はこころなしふらふら飛んでいた。
やっぱりあれは、あのときの親子なのかな――。
ふと愛ちゃんを見ると、こっちをじっと見ていてどきっとした。
その顔はなんていうか、何か乞うような、わたしに何かを求めているような、そ
の疑問にしばらく立てなかったけど、気まずさにわたしは腰を上げて草を払っ
た。
「どうしたの?」
目を伏せ、持っていたコンビニの袋を握りしめている愛ちゃん。
わたしはなぜだか一瞬、氷が溶けたようなかんじがした。そしてそれが溶けてし
まう前にわたしは口を開いていた。
「なんか……ほんとはこんなことしたくないんじゃないの?」
わたしの言葉に愛ちゃんは少し、視線を上げた。
そして何も返してこない。
やっぱり――そうなんだ、と思った。
「いやなんでしょ」
袋の握られる音だけが響く。
そうだったんだ。
じっとうつむくままの彼女の肩に触れようと手を伸ばすと、なぜか愛ちゃんはそ
の手をとって自分の顔を押し付ける。
わたしは愛ちゃんの意志を感じた。やっとわかった。
今までは理解できなくて、わかろうともしてなくて。
わたしはショックと、なぜだか少しの嬉しさとで動けなかった。
手の甲にあたたかいものを感じる。愛ちゃんは泣いていた。
どうしたらいいか、そんなのはさっぱりわからないけど、わたしはこのとき、こ
のコの為に何か力になりたいと、初めて思ったのかもしれない。
夕陽の映った水辺、その眩しさに目を細めたけど、鳥たちはいつのまにかいなく
なってた。