テス

このエントリーをはてなブックマークに追加
217 ◆queOS382
冷静さをなくした行動から我に返って、紺野さんの手を放し、身を引いた。
ぼーっと窓の外、穴の開いてる後藤さんの部屋をそのまま眺めた。窓の奥に後片
づけをしてると思われる後藤さんの姿が小さく見える。
わたしがひどくみじめに見えるのか、わたしを穴が開くほどみつめたあとは紺野
さんも同じように落ち込んでしまった。人形の顔とにらめっこ。
愛ちゃん、だめだって。やっぱり。
「紺野も」
「………」
「みんなのように楽天的に……、その、仕事ができるようになればいいなと、い
つも思うんですが……」
我に返って紺野さんに顔を向けた。
差し出された人形。
わたしの顔まで両手を突き出し、人形をこちらに突き出す紺野さん。
「はい?」
「どうぞ」
よく見ると人形の口の中に、あれが入っていた。オレンジ色のあれ。そうジェネ
レーター。
218 ◆queOS382 :02/07/17 01:25 ID:???
「転送は服務規程第16項でしてあげる事は出来ませんが……」
ジェネレーター。
「どうぞ。物資提供の禁止は特にないですので……」
「だって」
「保険で買ったものですが……、実は修理できたんで」
「冷蔵庫?」
紺野さんはうなずいて、人形を手にぐいぐい押し付けてくる。
「いいの?」
「要りません」
紺野さんはうっすら微笑み、目をそらす。
「ありがとう……」
「競争相手なんて死ねばいいんです」
「え」
ジェネレーターを手にとった途端の急な言葉にどきっとして顔を上げると、紺野
さんはわたしの顔を凝視していた。
219 ◆queOS382 :02/07/17 01:26 ID:???
そのときドアが開く音がして、わたしたちは慌てて物陰に隠れた。その際紺野さ
んが棚に頭をぶつけて大きな音をたててしまった。入ってきた誰かの野太い声。
「誰かいるのか」
「ちゅうちゅう」
「なんだねずみか」
驚いて隣を見ると、紺野さんは必死な顔でねずみの物まねをしていた。
社員らしい男の人は安心したように資料捜しを始めている。
よく理解できない光景に首を傾げて、紺野さんをまた見つめた。
「そうみんなは言うけど……」
彼女は縮こまったまま、伏し目がちにつぶやく。
「競争に勝てば、それでいいんでしょうかね……」
半分ほど言ってる事はわからない。ただ彼女ではどうしようもできない何かに左
右されて、孤独に、彼女なりに、それをなんとかしようとしているということは
理解できた。
そして愛ちゃんも。
彼女の場合は――紺野さんの言うようにかなり楽天的ではあるなと、わたしでも
思うけど。
「なにやってんですか、はやく持ってってあげてください」
どんと押されて段ボールを倒してしまい、あわててふたり縮こまる。
「だれだ」
「ちゅうちゅう」
鳴き続ける紺野さんの横顔。その必死な顔。
それはたぶん、ずっとあとになっても覚えてるんじゃないでしょうか。