冷静さをなくした行動から我に返って、紺野さんの手を放し、身を引いた。
ぼーっと窓の外、穴の開いてる後藤さんの部屋をそのまま眺めた。窓の奥に後片
づけをしてると思われる後藤さんの姿が小さく見える。
わたしがひどくみじめに見えるのか、わたしを穴が開くほどみつめたあとは紺野
さんも同じように落ち込んでしまった。人形の顔とにらめっこ。
愛ちゃん、だめだって。やっぱり。
「紺野も」
「………」
「みんなのように楽天的に……、その、仕事ができるようになればいいなと、い
つも思うんですが……」
我に返って紺野さんに顔を向けた。
差し出された人形。
わたしの顔まで両手を突き出し、人形をこちらに突き出す紺野さん。
「はい?」
「どうぞ」
よく見ると人形の口の中に、あれが入っていた。オレンジ色のあれ。そうジェネ
レーター。
「転送は服務規程第16項でしてあげる事は出来ませんが……」
ジェネレーター。
「どうぞ。物資提供の禁止は特にないですので……」
「だって」
「保険で買ったものですが……、実は修理できたんで」
「冷蔵庫?」
紺野さんはうなずいて、人形を手にぐいぐい押し付けてくる。
「いいの?」
「要りません」
紺野さんはうっすら微笑み、目をそらす。
「ありがとう……」
「競争相手なんて死ねばいいんです」
「え」
ジェネレーターを手にとった途端の急な言葉にどきっとして顔を上げると、紺野
さんはわたしの顔を凝視していた。
そのときドアが開く音がして、わたしたちは慌てて物陰に隠れた。その際紺野さ
んが棚に頭をぶつけて大きな音をたててしまった。入ってきた誰かの野太い声。
「誰かいるのか」
「ちゅうちゅう」
「なんだねずみか」
驚いて隣を見ると、紺野さんは必死な顔でねずみの物まねをしていた。
社員らしい男の人は安心したように資料捜しを始めている。
よく理解できない光景に首を傾げて、紺野さんをまた見つめた。
「そうみんなは言うけど……」
彼女は縮こまったまま、伏し目がちにつぶやく。
「競争に勝てば、それでいいんでしょうかね……」
半分ほど言ってる事はわからない。ただ彼女ではどうしようもできない何かに左
右されて、孤独に、彼女なりに、それをなんとかしようとしているということは
理解できた。
そして愛ちゃんも。
彼女の場合は――紺野さんの言うようにかなり楽天的ではあるなと、わたしでも
思うけど。
「なにやってんですか、はやく持ってってあげてください」
どんと押されて段ボールを倒してしまい、あわててふたり縮こまる。
「だれだ」
「ちゅうちゅう」
鳴き続ける紺野さんの横顔。その必死な顔。
それはたぶん、ずっとあとになっても覚えてるんじゃないでしょうか。