向かいのビルの4階。ビルはいわゆる社屋ビルってやつで、廊下には普通に会社
の人が歩いてたりして、顔を伏せて急ぐわたしはすれ違うたびに違和感の視線を
浴びせられた。
4階もちゃんと会社があって、どこの部屋にそいつが潜んでいるのかよくわから
なかった。
よくもまあこんなとこから撃ってきたこと。
こそこそ隠れながら探し回った結果、人がいないと思われる部屋はただひとつ。
地図倉庫と書かれた暗い部屋――。
「失礼しま〜す……」
ドアの隙間から覗くと誰もいなくて並んでいるのはスチール製の棚ばかり。その
奥の窓が割れてるのが見えた。
「あの、撃たないでくださいね。怪しい者じゃありません」
姿の見えないその人にささやいた。というかそれしか声が出なかった。
窓のそばに近寄ってみると、床に結構な大きさの血だまりを見つけた。それは引
きずられて、棚の奥の方へ伸びている。
「あなたの怪我がひどいことになってないかなと思って見にきたんです。あ
のー、今この血ををずっとたどっていきますから、絶対、絶対撃たないで下さ
い」
震える足でおそるおそる血の跡を追った。
血はうねうね曲がって、やがて一直線にダンボール箱が積まれている方へ。
後悔。
決心。
なんでわたしが…。
その人はダンボール箱の隙間に静かに潜んでた。こっちをじっとみてるのはわ
かったけど、頭から布のようなものをかぶっていてどんな人なのかはわからな
い。
「大丈夫ですか?」
「………」
「怪我してるんなら、み、みせてください」
その人は横にあったライフルに手をかけた。
わたしは一瞬緊張して肩をすくめたけど、その人はそれを構えようとはせず後ろ
に隠したので、それで少しほっとした。
隙間にそろそろ近付いていって覗き込んで、驚いた。
「あなたは…」
ジェネレーター。
丸い顔に大きな目。こぼれるような目。
秋葉原で出会った、ジェネレーターのあのコだった。
「どうして…?」
「………」
おとなしそうな顔からは想像もつかなかった。
稀少なジェネレーターを買っていく理由は、わたしたちと同じ理由。
そもそもあんなものに他の用途なんて、すでになかったんだ。
冷静に考えればわかる事だったのに。
「あなたも…?」
「……え?」
顔を上げた為にかぶってた布が少しずり落ちて、大きな目がきらきら光った。
「いいや、とにかくおいでよ」
少し強引に腕を引っ張ると彼女は痛そうに顔をしかめた。
わたしはかまわず隙間から引きずり出した。
「う」
「ご、ごめん痛かった?」
「ううう」
急に彼女の呼吸がはあはあと荒くなったかと思うと、隙間から出した途端べ
ちゃっとうつぶせに倒れてしまった。あわてて仰向けにするとますます苦しそう
にうめきだす。
「苦しいの? どこ撃たれたの?」
「あう……」
あえぐ呼吸はどんどん弱まっていくように見え、わたしはどうしていいかわから
ず、とりあえず彼女の黒い服を脱がそうと、襟元のボタンに手をかけて止めた。
見ると手に血。
とっさに背中を支えるとふっと体から力が抜けた。目はすでに閉じられていて
「やだあ! 死なないで!」
「………お水をください」
「お水?」
「お水が飲みたいです……」
「わかった、今持ってくる」
立ち上がったけどすぐ足を止めた。
「でも、わたしが離れてる間に死んでるなんて、そんなのだめだからね。それだ
けはやめてよね」
「いえ、ただのどが乾いたもんで……」