渡された地図を頼りに回った店はどれも裏通りにある部品屋さんで、何軒回って
もちっとも手ごたえはなかった。
外はすでに暗くなっていた。表通りのネオンがこちらに少しもれているだけ。
愛ちゃんはといえば最初はうかれてたくせに、怪し気な場所にいる今は、そばで
警戒するように歩いてる。
手の中の発電機をもう一度みつめた。そもそもこれは存在しない、やっぱり愛
ちゃんの世界の物だ。地図をくれたおじさんには悪いけどきっと似たような物と
見間違ったんだろう。なかば諦めかけていた。
「帰って何かあるの?」いらだたしさをごまかすように、愛ちゃんに話しかけ
た。
「何かって?」
「帰らなければならない理由って何かなと思って」
「先生に報告せな」
うなじの毛が逆立った。またあの肉感がよみがえる。寒気がして腕をさすった。
――そんなのやめたら。やめなよ。
そう言おうとしたけど愛ちゃんの言葉の方が早かった。
「いいの亜弥ちゃん?」
「えっ」
「あんなに冷蔵庫壊したがってのに」
「壊すなんてそんな。そういうつもりじゃなくて、わたしは」
「どうして探してくれるの?」
そう、探さなければ帰れない。わたしがわざわざ探してやる理由なんかない。こ
の部品を遠くに放り投げて、一目散に駆け出す。なんて。それが出来たらどんな
に楽か。
「愛ちゃんさえよければ」目を見据えて言った。「――やめるけど」
わたしの視線に愛ちゃんは目を伏せる。その顔にとっさにまずいと思った。素直
じゃない。どうしてわたしはこうなんだろう、なんて思いながら自然に彼女の肩
に手をかけてた。
「なんて言えると思う?」
本音なんだかフォローなんだか自分でもよくわからなくなってた。
地図にある店はとうとう残り一つになってしまった。最後の店は年期とヒビの
入ったビルの二階。抜け落ちそうな階段を上って入ったその店は、店というより
は小さな倉庫のようだった。尋ねようにも店員の姿が見えなくて、しかたなくほ
こりのかぶった棚を眺めながら狭い通路を進んでいくけど、それらしい物は見当
たらない。何人か客が棚の間で商品を見ていて、そのうちのひとりの間を「すい
ません」と言って通り抜けた。そのときその人の手にそれが見えた。わたしは
はっとなって振り返った。
オレンジ色のプラスチックカバー。
「すいません、それ…」
思わずかけたわたしの声に、振り返る顔の丸い女の子。ほっぺが赤い。大きな目
でこちらを見つめたまま固まっている。わたしと同年代だろうか。あまりに見つ
めるので、その眼の玉ふたつ一緒にぽろんと落ちるんじゃないかと思った。
「……はい?」
「それ、どこにありました?」
なぜか一緒に周囲を見回す。だけど同じ物は見つからなかった。
「ここにありました…」
「その…、これって、なんですか?」
女の子はわたしの指さす先に目線を戻す。そのまま指を左右に振れば目で追って
きそう。
「……ジェネレーターです」
「ジェネレーター? コンピュータ系のものだとか」
「……違います。テスト信号を発生させる為のものです……」
「ちょっと見せてくれますか?」
それを受け取って、焼けた「発電機」と見比べてみる。全く同じ。あった。これ
だ。ようやくみつけた嬉しさに顔がゆるむ。
もっとよく見ようと新品の方を眺めようとした時、そこにゆっくりと手が伸びて
きて、取られてしまった。
「ショートしたんですか……?」
「うん、よくわからないけど、あの、それ」
「すいません……」
そう言うと彼女はジェネレーターを持って避けるように離れていった。
まずかった。これを見せるべきじゃなかった。要するに先を越されてしまったわ
けだ。
店のレジで会計をしている彼女にそろそろと近寄った。
「これ、もうないんですか」
金切り声に近いわたしの声に、けだるそうにレジを打っていたお兄さんは一瞬た
じろいでから、女の子におつりを渡しながら聞いた。「まだ、ありました?」
「なかったと思います……」かすかな声で答える女の子。
「じゃあ無いっす」
「じゃあ無いっすって、取り寄せとかは?」
「うちはそういうのやってないっす。たまたま買い取った物を置いてるだけっす
から」
「すいません……私はこれで……」
わたしはとっさに彼女の服をつかんだ。
「待って。申し訳ないんだけど――」
「譲る事は出来ません……わたしも……これが要るものですから……」
彼女はそう言うと、入口で中古部品の詰まったバケツを探っていた愛ちゃんを突
き飛ばし、足早に出て行ってしまった。
また、軽いめまい。それに耐えて、お尻のほこりを払っている愛ちゃんを見た。
何かあったの? そんな表情にわたしは「どうやら望みは断たれたようですよ」
そういうつもりの視線を返した。