テス

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150 ◆queOS382
彼女に服を着せて髪を拭いてやった後は、二人で床を拭いた。
愛ちゃんが言うにはおそらく移動に使う部品の故障、との事。何の事だかよくわ
からないまま、冷蔵庫に頭を突っ込んで奥を調べるていると、温度調節の目盛り
の横にへんな部品をみつけた。蛍光色の四角いその部品は、プラスチックの表面
が黒く焼けただれている。どうみても前から付いていたとは思えないそれに触っ
てみると簡単にとれてしまった。
「これ?」
愛ちゃんはそれを手に取ると悲しそうにみつめた。
「なんなの?」
「発電機」
発電機? よくわからない。こんなおもちゃが? なんて思ってつい笑ってし
まったけど、愛ちゃんの真剣に手をみつめる顔を見て、すぐやめた。
151 ◆queOS382 :02/04/07 01:10 ID:???
「どうしよう…」
「それが無かったら帰れないの? 絶対? どうしてもだめなの?」
こくこくとうなずく愛ちゃんは長い事固まったまま、わたしもかける言葉が見つ
からずそのままでいた。
やがて愛ちゃんがどうしたらいいか、教えを乞うような表情でこっちを見るの
で、あわてて手を振る。
「知らないよわたしは。そっちの世界の事だもん」
「困ったときは亜弥ちゃんに頼めって」
「誰が言うのよそんな事」
「先生が」
呆れて白目を向いてしまった。
「……あのね言ってる事ヘンだよ。そっちの世界を見たこともないわたしがなん
で解決できると思うわけ?」
彼女はうなずく。
「おかしいでしょ?」
彼女はうなずく。
「で、これは?」愛ちゃんの手から発電機だかを取って目の前に掲げた。「これ
はもう手に入らないの?」
頭をぶるぶる振る愛ちゃんの髪から水がはね、わたしの顔にかかった。
「どっち? 入るの入らないの?」
152 ◆queOS382 :02/04/07 01:10 ID:???
ふと思い出した。
――小川さんの顔だ。
「そうだ」
あのコなら。
彼女も愛ちゃんと同じようにこっちに来た人(のはず)。たぶん話しが通じる。
事情を話せばきっとわかってくれるはず。ぱっちり開いた小川さんの目とくっき
りと白い歯が浮かぶ。悪いコじゃないんだ。悪いのはあっちの世界。白い歯、少
し伸びた。口が開いた。目の白い部分が広くなってわたしを見下ろす。そしてこ
の世のものとは思えない耳をつんざく声で笑い出した。わたしは耳を塞いだ。

「なに?」
気付くと愛ちゃんが不思議そうに眺めていた。
「なんでもない」
やっぱりだめだ。居場所もわからないし。
どうすれば……。
153 ◆queOS382 :02/04/07 18:01 ID:???
電車を降りるともう陽が暮れ始めていた。
駅から出た途端に、たくさんの人の群れの中にぽんと二人放り込たのはちょっと
びっくりした。辺りを見回しながらほえほえとうるさい愛ちゃんの手を引っ張っ
て、すばやくそこを抜け出す。
行き交う人たちは会社帰りのサラリーマン、散歩がてら出てきたような軽装の若
い人。外国人の集団もいる。たいていの人は手に電気屋さんのロゴが入った紙袋
を手に下げたり、中には大きなダンボールを重そうに担いでる人もいる。
夕暮れの赤い空に、どのビルにも掲げられている派手なネオンの看板が映えて、
この時間帯いかにも目によくないパンクな街。それを愛ちゃんはただ口を開けて
見上げている。
「秋葉原っていうんだよ」
「知っとるよ。バカにせんでください」
154 ◆queOS382 :02/04/07 18:02 ID:???
とにかくその焼けた「発電機」を持ってこの街をうろつくという案しか、わたし
は思いつかなかった。この部品があっちで作られた純正のものなのか、こっちに
もある既製品なのか、部品のどこを見ても手がかりになるようなものは書かれて
なくて、ただこの街にくればその手がかりもつかめるかもしれない。そんな簡単
な考えなんだけど。
155 ◆queOS382 :02/04/07 18:02 ID:???
携帯やテレビに目を奪われている愛ちゃんの服を引っ張り、冷蔵庫のコーナーを
訪ね歩いた。どこもそれは冷蔵庫の部品ではない、さあわかりませんといった、
当然の答えが返ってくる。
156 ◆queOS382 :02/04/07 18:04 ID:???
大きなビルの中に小さな店鋪がたくさん詰まっている、その中の家電屋さん。そ
この奥で暇そうにしていた眼鏡のおじさんは「発電機」をみつめると「これは
コンピュータ系のものだ」と言った。

「じゃあそういうとこに聞けばわかりますかね?」
つい浮かれて、声が裏返る。
「うーん、ただ…」
「ただ?」
「最近こういうのは見ないね。どこのメーカー?」
「わからないです」
「まあ、あるかどうかわからないけど一応あたってみなさい。ちょっと待って
て」
そう言うとおじさんは秋葉原の店鋪地図に、見当のつく店の印をつけて渡してく
れた。おかげで失せてたやる気が少し出て、おじさんにおおげさなお礼を言っ
た。
157 ◆queOS382 :02/04/07 18:04 ID:???
気付くとさっきまで横にいた愛ちゃんがいつのまにか消えていて、あわてて店を
出ると、顔に大きなゴーグルのようなものをはめて、ふらふらこっちにやってく
るのが見えた。
「うっひょー、この中でな、すんげえでっけえ怪獣が街をぶっ壊しとるでの」
「それは亀なの?」
「いや恐竜みたいだな」
「そこは日本なの?」
「違う国みたい。怪獣ビルの上走り回っとるな」
「ちょっと! 誰のためにこんなとこ来てると思ってんのよ」
ゴーグルを引き剥がして返しに行く。とにかく店が閉まるまで全部回ってこなく
ちゃいけない。