彼女に服を着せて髪を拭いてやった後は、二人で床を拭いた。
愛ちゃんが言うにはおそらく移動に使う部品の故障、との事。何の事だかよくわ
からないまま、冷蔵庫に頭を突っ込んで奥を調べるていると、温度調節の目盛り
の横にへんな部品をみつけた。蛍光色の四角いその部品は、プラスチックの表面
が黒く焼けただれている。どうみても前から付いていたとは思えないそれに触っ
てみると簡単にとれてしまった。
「これ?」
愛ちゃんはそれを手に取ると悲しそうにみつめた。
「なんなの?」
「発電機」
発電機? よくわからない。こんなおもちゃが? なんて思ってつい笑ってし
まったけど、愛ちゃんの真剣に手をみつめる顔を見て、すぐやめた。
「どうしよう…」
「それが無かったら帰れないの? 絶対? どうしてもだめなの?」
こくこくとうなずく愛ちゃんは長い事固まったまま、わたしもかける言葉が見つ
からずそのままでいた。
やがて愛ちゃんがどうしたらいいか、教えを乞うような表情でこっちを見るの
で、あわてて手を振る。
「知らないよわたしは。そっちの世界の事だもん」
「困ったときは亜弥ちゃんに頼めって」
「誰が言うのよそんな事」
「先生が」
呆れて白目を向いてしまった。
「……あのね言ってる事ヘンだよ。そっちの世界を見たこともないわたしがなん
で解決できると思うわけ?」
彼女はうなずく。
「おかしいでしょ?」
彼女はうなずく。
「で、これは?」愛ちゃんの手から発電機だかを取って目の前に掲げた。「これ
はもう手に入らないの?」
頭をぶるぶる振る愛ちゃんの髪から水がはね、わたしの顔にかかった。
「どっち? 入るの入らないの?」
ふと思い出した。
――小川さんの顔だ。
「そうだ」
あのコなら。
彼女も愛ちゃんと同じようにこっちに来た人(のはず)。たぶん話しが通じる。
事情を話せばきっとわかってくれるはず。ぱっちり開いた小川さんの目とくっき
りと白い歯が浮かぶ。悪いコじゃないんだ。悪いのはあっちの世界。白い歯、少
し伸びた。口が開いた。目の白い部分が広くなってわたしを見下ろす。そしてこ
の世のものとは思えない耳をつんざく声で笑い出した。わたしは耳を塞いだ。
「なに?」
気付くと愛ちゃんが不思議そうに眺めていた。
「なんでもない」
やっぱりだめだ。居場所もわからないし。
どうすれば……。
電車を降りるともう陽が暮れ始めていた。
駅から出た途端に、たくさんの人の群れの中にぽんと二人放り込たのはちょっと
びっくりした。辺りを見回しながらほえほえとうるさい愛ちゃんの手を引っ張っ
て、すばやくそこを抜け出す。
行き交う人たちは会社帰りのサラリーマン、散歩がてら出てきたような軽装の若
い人。外国人の集団もいる。たいていの人は手に電気屋さんのロゴが入った紙袋
を手に下げたり、中には大きなダンボールを重そうに担いでる人もいる。
夕暮れの赤い空に、どのビルにも掲げられている派手なネオンの看板が映えて、
この時間帯いかにも目によくないパンクな街。それを愛ちゃんはただ口を開けて
見上げている。
「秋葉原っていうんだよ」
「知っとるよ。バカにせんでください」
とにかくその焼けた「発電機」を持ってこの街をうろつくという案しか、わたし
は思いつかなかった。この部品があっちで作られた純正のものなのか、こっちに
もある既製品なのか、部品のどこを見ても手がかりになるようなものは書かれて
なくて、ただこの街にくればその手がかりもつかめるかもしれない。そんな簡単
な考えなんだけど。
携帯やテレビに目を奪われている愛ちゃんの服を引っ張り、冷蔵庫のコーナーを
訪ね歩いた。どこもそれは冷蔵庫の部品ではない、さあわかりませんといった、
当然の答えが返ってくる。
大きなビルの中に小さな店鋪がたくさん詰まっている、その中の家電屋さん。そ
この奥で暇そうにしていた眼鏡のおじさんは「発電機」をみつめると「これは
コンピュータ系のものだ」と言った。
「じゃあそういうとこに聞けばわかりますかね?」
つい浮かれて、声が裏返る。
「うーん、ただ…」
「ただ?」
「最近こういうのは見ないね。どこのメーカー?」
「わからないです」
「まあ、あるかどうかわからないけど一応あたってみなさい。ちょっと待って
て」
そう言うとおじさんは秋葉原の店鋪地図に、見当のつく店の印をつけて渡してく
れた。おかげで失せてたやる気が少し出て、おじさんにおおげさなお礼を言っ
た。
気付くとさっきまで横にいた愛ちゃんがいつのまにか消えていて、あわてて店を
出ると、顔に大きなゴーグルのようなものをはめて、ふらふらこっちにやってく
るのが見えた。
「うっひょー、この中でな、すんげえでっけえ怪獣が街をぶっ壊しとるでの」
「それは亀なの?」
「いや恐竜みたいだな」
「そこは日本なの?」
「違う国みたい。怪獣ビルの上走り回っとるな」
「ちょっと! 誰のためにこんなとこ来てると思ってんのよ」
ゴーグルを引き剥がして返しに行く。とにかく店が閉まるまで全部回ってこなく
ちゃいけない。