1 :
え:
テス
2 :
名無し募集中。。。:02/01/08 01:05 ID:dZNyUP87
ネヲエクステス
3 :
名無しちゃん&rlo;ステ:02/01/08 01:29 ID:IfwrOeIP
テス
てすと
てすとん
保全
『ナノの歩み』
朝、冷蔵庫を開けると中に女の子がいた。
思わず力一杯閉めてしまい、中で「がっ」と小さく聞こえた。
もう一度おそるおそる開けてみると、その子は足を折り曲げて器用に収まって
こっちを見ていた。何も身につけてない。素っ裸。
なにやってんの? そう言おうとしたけど驚いちゃって出てこない。そんなわた
しをちらと見て、彼女はもぞもぞと出てきた。わたしを平然とすりぬけて台所か
ら出ていく。
「何? 何?」冷蔵庫の中を確かめると中の物が無い。「あれ?」中の物を周り
に放り出した形跡もない。つまりからっぽ。ただの箱。
ばんと閉めて居間に向かう。ちょっと! そう言おうとしたけど。
「どうしたの?」
焦るように辺りを見回している彼女に言った。
「水」
「水? 水は台所に…」
聞くや否や彼女は台所に戻っていく。
なんなの? どういう事? なんでよその子が。そもそもなんで冷蔵庫に。
台所に入ると、流しに頭を突っ込んで水を浴びている。
「あの…」
「ちゃう。こんなんじゃなくて、もっとたくさんの水。そうお風呂…お風呂」
「お風呂? お風呂に入りたいの?」
「どこ? お風呂」
「お湯入ってないけど」
「入れて」
「入れるの? お風呂入るの? 何なの?」
「水…」
「水? 水入れるの? お湯じゃなくていいの? ちょっと待ってよ!」
駆けていく彼女を追いかける。大急ぎで浴室に飛び込んだって水は無い。
「そっちは水だってば!」
必死になって蛇口を回す彼女を止めに入るが、だだをこねるように振り払われ
る。
彼女は水を出すとすぐにバスタブに飛び込んだ。「ざぶーん」
「ざぶーんじゃないよ」
バスタブ一杯に張った水につかった彼女は満足気に笑ってる。
「ねえ、寒くないの?」
「ちょうどええわ」
「風邪ひくよ」わたしは呆れてバスタブにもたれた。
「あのさ…」
わかった、きっとわたしがこのコになにかしたんだ。それで仕返しに嫌がらせす
るんだ。
なんでこんな事するの? 言ってやろうと思ったんだけど、彼女は潜ったきり浮
いてこない。
それから約5分。ぷくぷく浮いてた空気が途切れて、静かになって、さすがにあ
わてた。引き上げようとしたんだけどその途端、彼女は勢い良く立ち上がって、
一杯の水が全部私の服に浴びせられる。
「ねえ、氷」
「なに言ってんの?」
「氷。入れてよう」
「タメ語?」
「何が」
「いきなり出てきて、そういう言い方…」
「氷入れてください」
可笑しそうに見下ろす彼女を見て、わたしは白痴って言葉を思い出した。
わたしが寝てるときに忍び込んだんだわ。と思って玄関を確認したけど、鍵はか
かってた。
忍び込んだらとりあえず冷蔵庫のものを全部食べて、そしてあわててそこに隠れ
たんだわ。そう考えて冷凍庫から氷を取り出すとき、もう一度冷蔵庫の方を開け
てみた。けど、やっぱり何も無かった。そうすると食べ物の残骸は?
あのコの服は?
とにかく、あんな頭のおかしいコは一刻も早く追い出さなきゃ。抵抗したら…警
察に電話よ。身柄を引き渡す。
「ばかじゃないの!」氷を欠きながら小声で呟いてた。
バスタブに氷を投げ込んだ。
「痛い痛い!」
彼女の頭に当たろうが、かまわず全部放り込んで容器を投げた。
「これでええわ。ありがとお」
「で、何が目的なの?」
「え?」
侵入娘のとぼけ顔に、なぜかわたしは溜めてた力をゆるめて、そこにしゃがみこ
んだ。ついお尻をつけてしまって冷たい。
「名前は?」
「名前は?」
「わたしが聞いてるの。名前は?」
「先に名乗れ」
「ちょっと! タメ語やめなさいよ!」
頭に来てた。
「愛です」
「ねえ、なんでうちに居るの?」
詰め寄るわたしに怯えてるのに気付いて、少し声を抑える。なによ、はじめから
そういう顔を見せれば、わたしだって考えるものを。
うつむいて氷をいじる横顔をみつめながら、なんとかいらいらを抑えた。
「わたしは亜弥」
「亜弥?」
「愛ちゃんはわたしの事知らなかったのよね。初めてよね?」
「亜弥もね」
「愛ちゃんは何歳? あたしよりも年下でしょう? 何歳?」
「さあ。亜弥やて。くふふふ」
お腹が冷えてきた。はあとため息をついて、天井を見つめる。えらい事になっち
まった。こんのにかまってる場合じゃないってのに。
「ねえ、あがったら? もう充分じゃない。死んじゃうよ」
「いや」
堪忍袋の尾が切れそうで、なんでわたしが、なんて怒りがわたしの手を動かし
て、それを見てびくっとたじろぐのが見えたけど、かまわずわたしは彼女の脇を
抱えて強引にバスタブから引きずり出した。すごく冷たかった。
「震えてんじゃん!」
「震えてへんよ。はなしてよ」
彼女はびしょ濡れのまま居間に座ってしまう。そのじゅうたん高いのに。
「ねえ、服は? どこよ」
その辺を探してみたけどそれらしいものはみつからなくて、振り返ると彼女は
ゲームをやってた。「おい!」
テレビの前に立ちはだかると、不思議そうに見上げる彼女。その目から悪意みた
いなものは感じられなかったけど、今はそんな事どうでもよかった。それより状
況を理解したい。
ぐう、とお腹が鳴る。わたしじゃなくて彼女の。
「もう!」とわたしはまた天井を仰いだ。
捨てようと思ってたダサイ古着を着せて、ゆうべの残りものを与えてあげた。い
いものなんかあげるとクセになるから。せきを切ったように食べるのを見て、あ
んたなんか子犬よ子犬。そう小さく呟く。彼女の向いに座って顔をあげると、彼
女はじっとこっちをみつめていてぎくっとした。
「あの、はっきりいって何だかさっぱりわかんないんだけど、うちに何しに来た
の?」
「あなたにいろいろ学ぶよう言われて」
「誰に?」
「先生」
「はあ? なんの先生?」
「アイドル先生」
わたしが眉をへの字に曲げるのを、なぜか彼女も真似ようとする。
「……何だかわかんないけど、わたしそんなの知らないし。どこの誰かも知らな
いコに教える事なんか何もないし」
「高橋愛、A型です。好きな食べ物は…」
「そういう事じゃなくって、順序を追って話したって無理なものは無理なの!」
「なんでやの」
「当たり前でしょ。第一そういう話がわたしに伝わってきてないわけでしょう?
知らないもん。こう見えてもわたし忙しいんだよ」
はあ、と彼女は何か珍しいものを見る目になって。「忙しいんや」
「そう、忙しいの」
「アイドルは忙しい…」とメモを取る。
「ちょっと、どこから出したのそのメモ!」
「じゃあ、帰る」
そう言って彼女は台所に入っていって服を脱ぎ出した。
「帰るって、ちゃんと帰れるの? 何やってんのよ」
「何って服燃えちゃうから」
「燃えちゃうんだ! どこ行くのよ!」
彼女は冷蔵庫を開けて、何もない中にすっぽり収まると扉を閉めてしまう。
「ちょっと待ってよ…」
冷蔵庫を開けてそう呟いた。中には買っておいたプリンが入ってた。要するに元
に戻ってた。
「えーと…」何度も開け閉めしたけど、からっぽにならない。足元には彼女の脱
いだ服とメモ帳(わたしの)が残されている。
「なんなのよ、何も言わないで。失礼しちゃう!」
わたしはばんと扉を閉めた。
おもろい。頑張れ
眠い目をこすってはっきり開けると、目の前に顔があった。
「うわあ! びっくりした!」飛び起きて顔から1メートルくらい身を引くと、
昨日のあのコが裸で立ってた。
「亜弥ちゃん、水出ない」
「水? ちょっといい加減にしてよ…今、何時だと思ってるのよ」
ふらふらと起き上がって時計をさがす。
「3時? 夜中じゃない!」
しぶしぶ浴室に入って蛇口を回すと、確かに水は出なかった。
「断水じゃないかな」
そう言って振り返ると愛ちゃんは仰向けに倒れてた。
「ちょっと! 大丈夫? しっかりして!」
肌に触れると火傷しそうな熱さで、愛ちゃんはふうーふうーと苦しそうにしてい
る。「あー、どうしよう…」
とりあえずバスタオルで彼女の体を巻いて、そこで、あ、と思った。急いで愛
ちゃんを背負って、パジャマ姿で家を飛び出る。走りながら大丈夫? と声をか
けても反応がなくて、これはいよいよまずいです! と、わたしは速度を上げ
る。案外愛ちゃんは重くて、わたしも苦しくなってくる。近くの小学校の門をな
んとか乗り越えてプールに忍び込み、愛ちゃんを力一杯水の中に投げ込んだけ
ど、その重さに引きずられてわたしもそのまま頭から落ちた。
なんでわたしがこんな目にあうんだろう。
愛ちゃんの頭や腕にアイスノンを巻きながらため息をついた。今度はこっちが
やばい。深夜のプールに全身つかるなんて人間のやる事じゃないよ。「寒!」わ
たしは震えながらストーブをがんがんに焚いて張り付いた。
「で、今度は何」
彼女を見ないで言った。
「亜弥ちゃん、怒ってないかなぁ思うて」
「は? 何が?」
「そやから謝ろう思うて」
「えぇ〜? それだけ? それだけで来たの?」
愛ちゃんはうなずく。わたしは深くうなだれた。「こりゃまたびっくりだよ」
仕事帰りについてきた加護ちゃんは、わたしの家に入ると「シャワーを浴びた
い」と言い出した。
「稽古でべたべたになったので。いいですか?」
「どうぞ」と勧めてわたしは着替えをしようと部屋に向かう。と、ふと足を止め
て「あ」と思った。浴室に戻ろうとすると案の定「亜弥ちゃ〜ん」と声がする。
「なんや、この水?」
「それはねえ、防火用にためてるの」
「なんで氷が入ってるんですかね」
「ス、ス、スイカ冷やすため!」
「ほう〜、なんか風流ですねぇ」
髪の毛を拭きながら台所に入っていく加護ちゃんをみて、またハッとなった。す
ばやく冷蔵庫の前に割り込もうと思ったけど、一足遅かった。冷蔵庫を開けられ
てひやっとしたけど、中を覗くといつもと変わらず、ほっとした。そういや加護
ちゃん専用の飲み物が入ってたんだっけか。加護ちゃんはボトルを取り出してが
ぶ飲み。
「これ、なんでこんなとこ服飾ってるん?」
と、加護ちゃんは冷蔵庫の横に吊るされた古着を指す。
「匂いつくやろ、汚いで」
「あの、それはねえ」
「これ、あまりセンスよくないですね。けど、きちんとたたんどきましょう」
そう言うと加護ちゃんは愛ちゃん用の服を丁寧にたたみはじめた。ふと半分開い
た冷蔵庫の中に愛ちゃんが見えた。いつのまに!? おもわず強く閉めてしま
い、大きな音で加護ちゃんが飛び上がる。
「びっくりするやんか」
わたしはえへと笑ってごまかした。
加護ちゃんはでけたでけたとわたしに古着を渡し、再び冷蔵庫に手をかける。開
いた隙間から愛ちゃんの笑顔が見えて、わたしはとっさに扉を蹴る。
「何? しまわせてーな」飲み物を掲げる加護ちゃん。
「だ、だ、だめだよ! これ賞味期限いつだと思ってるの? こっちによこしな
さい!」
「まだ平気やろ。なんでやねん!」
奪おうとするの振り払って、飲み物を窓の外へ全力で放り投げた。
追記:飲み物「ポカリ」
ボトルにサインペンで「かご」と表記。
トリップを変更。
不思議な感じがしますね…。
test
そのとき冷蔵庫が開いて愛ちゃんがのそのそ出てくるのが見えて
「わあーーーーーーー!!」
と大声を出して加護ちゃん押して台所を飛び出た。そのまま押していって、彼女
をトイレに閉じ込めてすばやくドアノブにヒモを巻き付ける。
「何すんねん! いやや! 開けてえぇ!」
ドアを叩く加護ちゃんにかまわず、ADみたいに腕を回して愛ちゃんを浴室へ誘
導。えへへとのんきに歩いてくる愛ちゃんをたまらず押して「熱っ! 早く入っ
てよ!」と浴槽に入れて、扉を閉めた。
一回息を整えてから、トイレから加護ちゃんを解放。怯えた顔で飛び出してき
た。
「こ、こ、怖かったです。というか亜弥ちゃんが…」
「悪いけど加護ちゃん帰って」
「なんでやねんな。来たばっかりやん」
「ごめんね。急な用事が入ったの。お願いだから帰って」
わたしの理不尽さに眉をしかめる加護ちゃんにさっさと服を着せて、家から追い
出してしまった。
お風呂から上がってきた愛ちゃんは、不機嫌なわたしの顔をちらとみただけで、
特に気にする様子もみせず、たたんである服を着始める。
「今日はな、来ただけちゃうよ。亜弥ちゃんに質問いっぱい持ってきたから、
じゃあ、さっそくいくよ」
「愛ちゃん、その前にさ」
「あと亜弥ちゃんについていく。愛の密着体験取材いうて」
「えっ? ついて行くってどこに?」
「亜弥ちゃんのお仕事してるとこ」
「ダ、ダメだよ!」
「ゲンコくらう?」
「ゲンコ?」
「コラァ! 言われる?」
「うん」
「コラァ! みゃとぅうりゃぁ! 言うて」
「言われるよ」
「言われる…」とメモを取る愛ちゃん。とっさにわたしはテーブルを叩いて立ち
上がった。
「いい加減にしてよ! 愛ちゃんわたしをバカにしてるんでしょ!」
わたしが大声を出すと、とりあえず愛ちゃんはたじろいでくれる。けど、そうい
うつもりで叫んだわけじゃないんだけど。単純に声がお腹から上ってきたので。
「そんなにおもしろい? ひとの事からかって」
「そんなつもりじゃあ…。ウチは先生に教わってこい言われて」
「じゃあ、わたしを怒らせないって勉強をまずしてきて。わたしだってなんとか
愛ちゃんを理解したつもりなんだから。でも教えるなんて言ってないよ。いい?
はなしはそれから!」
そこまで言うと彼女はうつむいてしまった。言い過ぎちゃった? わたしが悪い
の? なんで。わたしじゃない。
それから数日、愛ちゃんは出てこなかった。
わたしはというと、そりゃもうせいせいとしたもので、ひまなときは雑誌読んだ
り買い物に行ったりして、普段の生活はこんなにすがすがしいものなのかと思っ
た。
買ってきたプリンを冷蔵庫に入れるとき、これこのまま消えてしまわないかな、
食べたい時食べれないんじゃ困るな。予備の小さい冷蔵庫買っといたほうがいい
かななんて、いつのまにかつぶやいてる自分にハッとなって、なんでわたしがそ
こまで考えるの、と急激に冷めて、プリンを放り込んで部屋にこもった。
机に向かい、一週間くらいメールを見てない事を思い出して、パソコンの受信ボ
タンをクリックした。未開封メールが山のように出てきて、ひとつひとつチェッ
クしていく。
わたしが怒ってないか、それだけで愛ちゃんはやって来て、結果失神までし
ちゃった。そこまで気にするコなのかなあ。――知らないけど。
机を指で連打しながら開封作業していると、なんだか奇妙なメールをみつけて、
目を細めた。メッセージの欄に「ここをクリック」
と、ただそれだけ。普段なら即ごみ箱行きなのになぜかクリックしてしまったの
は、なんとなくいらだっていたからでしょう。
「あ、亜弥ちゃんだ」
と画面に現れた女の子が顔を上げる。
「は?」
「はろー。あ、その服買ったの?」
と、こっちを指をさす愛ちゃん。わたしは着てる服を思わず見た。昨日買ったや
つ。
「愛ちゃん?」
「なに?」
「どうなってんのこれ?」
驚いてパソコンの周りにカメラがあるのか確認したけど、そんなものは見当たら
なく、あわてるわたしにはお構いなしに、やっほーと手を振る愛ちゃんが画面の
片隅にいた。
「なんで見えてんの? ねえ」
「知らない」
「も、むっちゃ嬉しい。メール見てくれるなんて思てなかったから、どうしよ
う。待って、ウチ今、動揺しとる」
「なんなのこれ。動揺はいいから説明してよ」
彼女を見た途端いらつくわたしは、結局何も変わってないし。
「みてみて、亜弥ちゃんに渡そう思て買うたんよ。かわいいでしょ」
そう言って、クマの人形を抱えているのが見える。
「かわいいけど、燃えちゃうんでしょ」
「そうなんよ。だからね、窪塚君の画像集めたよ。全部でフォルダ20個。容量
2GB! 亜弥ちゃん欲しいでしょ」
「いいよそんなの」
どこかずれてる彼女なりの気づかいを見て、あながちわたしの予想が間違ってな
いんだなと思った。やっぱり彼女は気にしてた。大胆なようで、実は繊細な神経の持ち
主。わたしは思わずうつむいてしまった。
「やっぱり、前の事気にしてる? あんな事言うつもりじゃなかったんだ。わた
し大人げなかったよね。――許してね」
ささやきに近かったかもしれないけど、たぶん聞こえたと思う。ほてった顔を上
げると、愛ちゃんは画面から消えていた。
「うわ…、今必死だったのに…」
「みてみて、ウチ作ってみた」
しばらくして、持ってきたノートを掲げる愛ちゃんが映る。
「ウチ、亜弥ちゃんに言われて悪いな思て、亜弥ちゃんが怒らない勉強をした
よ。亜弥ちゃんに迷惑かけないよう必須項目。そのいち!」
「わかったよ。もういいから、来たらいいよ」
「なに? 聞こえない」
画面に鼻を近付けて魚みたいな顔になる彼女。
「遠慮なくおいでって言ったの」
聞こえたらしく、笑顔を見せる愛ちゃん。うれしそうに「マジで…!」と叫んだところで、わたし
は電源を落とした。
次の日愛ちゃんは夜にやってくるということで、わたしは食事を済ませてそのま
ま台所で待ってた。ところが、約束の時間になっても現れず、結局食卓でひまを
もてあます。
夜の静けさが、ここ数カ月のざわめきに慣れてしまった耳には、とてもひさしぶ
りに感じて新鮮だった。
とかそんな感傷にひたってる場合じゃなくて、まただんだん腹が立ってきて。
どうしてこうなんだろうか。もっと内面処理しっかりしないと。内面処理。
音のない空間でぴくっとなった。
わたしは冷蔵庫の前に立って、なんとなく扉を体で押さえる。どんと音がして、
わたしの体が揺れる。冷蔵庫がどかどかと暴れ出したところでわたしは体を離し
た。
「死んじゃう…死んじゃう…」
げほげほともがきながら出てきた愛ちゃんに、わたしは悪魔の笑みを浮かべて浴
室の扉を開けに行った。
愛ちゃんは体をさましたあと机について、わたしへの質問をメモ帳に整理しはじ
めた。わたしは部屋の中をうろつきながら、愛ちゃんの古着に油のシミがついて
いるのをみつけて、さすがにこれはひどいな、なんて思いながらそこをみつめて
いた。
「では、質問します。やっぱり大変ですか?」
「大変だけど、わたしが選んだ道だから。楽しさの方が上かな」
「勉強してますか?」
「まあ、なんとか気持ちを切り替えてがんばってる。大変なのは実はこっちだっ
たりしてね。次」
「好きな食べ物は?」
「メロン。次は?」
「し、醤油って書けますか?」
「ちょっと待ってよ」
そう言うと愛ちゃんはびくっとメモ帳を隠す。
「ねえ、なんか気になるの? ビミョーにやりにくそうだよ」
「そんなことねえよ」
「じゃあ次」
「50メートル何秒ですか?」
「ちょっとそれ見せて」
抵抗する愛ちゃんから強引にメモ帳を奪い取ってひろげた。
カレシはいますか?
おちょぼ口のやりかた
生理のときのイライラかいしょう
ガイハンボシ 痛いんよ
ごまき なんかのキャラクター?
ながたにえん
アイドルのこころえ
思わず頭を抱える。こういうのを後悔というんだろうか。そこでそうか、と思っ
た。まだわたしへの恐れみたいなものが残っている。質問の内容を気にしての事
かな?
気を取り直して愛ちゃんの方に向き直ってメモを返した。
「最後の教えてあげる。アイドルの心得」
無理矢理声を上げた。
「自然体と造型物、この境界線の使い分け。恥も外聞もかなぐり捨てる」
「……」
指を鼻の前でびしっとそらせるわたしを凝視する不可解のまなざし。
「書いておきなさい」
「うぇ〜」
しぶしぶ愛ちゃんはメモをとる。
それから次の日に届いた予備の冷蔵庫は、メインの横に置いた。
独特の雰囲気がイイ!
伏線いっぱいで期待してます
「誰かに会えるかな」
仕事に出る時に愛ちゃんが聞くので「会えるかもね」なんてつい言ってしまい、
すぐにしまったと思った。愛ちゃんはギャーと絶叫する。
「行く。ええでしょ」
「ダメだってば」
当然聞こうとせず、うんざりしながらなだめるものの、そんなことしてる間に家
を出る時間が過ぎてしまう。
押し問答の末にわたしは言った。
「わがまま言うと冷蔵庫処分しちゃうんだから」
わたしの言葉に動きを止めて、さすがにかちんと来たのか、愛ちゃんはわたしを
突き飛ばして出ていってしまった。追わなかったのはやっぱり彼女より仕事が大
事ということになるんでしょう。わたしはかばんを取って仕事に向かった。
スタジオの廊下で後藤さんが見えて、挨拶しようと近寄る。後藤さんは気付いてくれて、こっちに来てくれた。
「え…と…」
「松浦です。松浦亜弥です」
指を振ってたぶん名前を思い出そうとしているに違いない後藤さんに答える。
「やつれてる。なんかあった?」
真っ先に言われ、どきっとした。
「そんなことないです」
「ほんとはさ、言いたくても言えないのさ」
「は?」
この人は唐突にこういう事を言う。意図してる事、実際は意図してない事、こっちであれこれ詮索してしまう。正直疲れてしまうけど、それは決して気分の悪い事じゃない。
「あ、ごめん、加護の事言ってるんだけど」
加護ちゃんが何か? と言おうとしたとき、突然キスの真似をされてがちんと固まってしまった。後藤さんの向こうから巨大なうさぎのぬいぐるみが歩いてくるのが見えた。
「悩みあったら、あたしに言って。じゃあね」
そう言って部屋に入っていく後藤さん。
低い声で言われて顔があげられない。ふと隣に気配を感じて、見るとうさぎのぬ
いぐるみがいた。うさぎの口からのぞいてるのは愛ちゃんの顔。
「あ、愛ちゃん?」
突然、大きな音が鳴って飛び上がった。
愛ちゃんの手に銃が握られていて、煙が上がっている。思わずそれを叩き落とし
た。
「な、な、何やってんのよ!」
撃たれた部屋のドアには穴が開いている。何事もなかったような顔の愛ちゃん
と、その状況に混乱しながらも、わたしは彼女をつかんで必死で逃げた。
>>37 がんばります。伏線は張ってるようで張ってないですが。
スタジオを出ると愛ちゃんは手を振り払って逃げ出した。すぐに追いついて捕ま
えたけど、うまいことひっくり返された。ぬいぐるみなんかに負けるはずない。
すぐ起き上がって後を追った。
こしゃくな事に愛ちゃんは人通りの多い道を走るもんだから、なかなか追いつけ
なくて、こっちも息が上がってしまう。
もう面倒なんかみてやるもんか。
1キロ近く走って住宅街に入ったところでやっと捕まえた。引っ張り倒して馬乗り
で、後頭部を何度も殴った。
「冷蔵庫処分に決定だから!」
「やめてよ!」
「なんであんな事すんのよ!」
「だって、あの人すごい邪魔やんか。早めに殺しといたほうが…」
わたしはハッとして、とっさに愛ちゃんの顔を地面に押し付けて振り返った。後
ろに立っていたのは警察の人だった。二人。
「何やってるんですか?」
暴れる愛ちゃんをさらに押さえつける。
「あの、なんでもないんです」
不思議がる警察官を前に、必死で取りつくろう。
「でも、これキミ」
「この辺一画で30分以内にうさ次郎君を捕獲せよ50万円争奪ゲームです」
警官二人は顔を見合わせる。
「テレビ?」
「そういう企画なんです。お仕事なんです。どっかで撮ってます」
声を張りながらわたしは愛ちゃんの背中を強く踏み付けた。
「熱いよう」
「えっ?」
「体が熱いよー」
下から力のない声が聞こえて、足をどける。
「そりゃ暑いだろう。早く脱がせてやんなさい」
「えーと、たぶんその暑いじゃないと思うんですけど」
年輩の警官は愛ちゃんを覗き込む。苦しそうな顔の愛ちゃん。
「こんな女の子に…。どこか悪いんじゃないのかい。顔が真っ赤だ」
「救急車呼ぼうか?」
「いえ! 大丈夫です!」
「だって、これキミ」
「あの、妹なんです! 帰らせますので、ほっといてください」
愛ちゃんを肩に担いで警官の手を振り払う。
下手したら連行されてたかも知れない。
どっちにしても、うまい手だね愛ちゃん。
愛ちゃんの顔に手を当てると、確かに熱かった。
「あーん、もう」
どうしよう。家に戻るにはここからじゃ遠すぎるし、小学校のプールに乱入する
わけにもいかない。うめきながら愛ちゃんはわたしの肩に重くのしかかる。
「どないしたん? 誰このコ」
目が飛び出しそうなわたしの顔を見て、加護ちゃんはけたけた笑った。
「なんでこんなとこにいるの?」
「それはこっちのセリフだよ。亜弥ちゃんそれステージ衣装ちゃうの。これもス
タジオのもん。えっ、もしかして収録ですか? カメラは?」
辺りを見回す加護ちゃんの肩を、わたしは揺さぶった。
「今、この辺りで水のいっぱいあるところ、探してるんだけど」
「水? 川とか?」
「川だったら流れてっちゃうな」
「流れたらダメなんですか? そうかそういう企画ですね?」
「うーんと、どうしたらいいんだろう…」
「あんね、風呂やったらウチ今ホテルやし、あるで」
「ほんと? 全然オッケー、願ってもないです」
「すぐそこ」
二人がかりで愛ちゃんを担いでホテルに向かう。あれですと指さすホテルは、い
かにも一流ですというような大きなホテルで、その広いロビーに入っていくと、
即従業員に止められた。
「加護様、そちらの方はちょっと…」
「政伸ケチやねん」
加護ちゃんが間に割って入って、やけに作り笑顔の従業員の方に向き直る。
「あの、ちょっと遊びに来ただけなんです。加護のお友達なんです」
「申し訳ございません。御宿泊でない方は…ましてやそのような格好の方は…」
「あとでアイスあげます」
「そう言われましても」
「カプリコもつけます」
「そう言われましても」
「どケチ。末っ子ロボ」
「加護様、そのようなお言葉は社交界デビューに向けて支障があるかと」
「社交界じゃないです、誰が社長令嬢やねん。芸能界。モー娘」
「申し訳ございません。ホークスといえばダイエー、ダイエーといえばローソン
でございますね」
「あかん」
加護ちゃんに案内されたのはホテルのプール。肌寒いせいか誰も泳いでないのが
都合よかった。
「ほら水いっぱいですよ。で、どうするん? ……わわ!」
ハンマー投げの要領で愛ちゃんをプールに放った。しぶき上げるといったん沈ん
で、すぐに浮き上がってくる。水面に浮かぶうさぎの背中。
「ありがとう」
「いいんです」
「よかった…」
「よいんですか? あれで」
「ぶへあッ!」
息を吹き返したらしい愛ちゃんはしばらくごぼごぼともがいたあと、しだいに大
人しくなって浮力に身を任せる。
「加護ちゃん、なんか心配なの?」
「何が?」
後藤さんの気になるひとことが脳裏に浮かんだ。
(言いたくても言えないのよね)
「何か気になることがあったら、遠慮しないで言ってね」
「なんのこと」
「後藤さんが…」
「知らんわ」
加護ちゃんの目が急に真面目になったような気がした。
「亜弥ちゃん、氷…」
浮いたままの愛ちゃんから声が聞こえる。
「そうか! 謎解けたわ。あのコや、この前亜弥ちゃんとこにいたコ。せや。
じっちゃんの名にかけて」
「知ってたの?」
「せやったんや! 亜弥ちゃん、もうわけわからんわ」
どんと押されてプールに落ちそうになる。
なんだろう。何が疑問だったんだろう。とりあえず、心配させてたなら謝りま
す。
加護ちゃんはなんだかうれしそうにわたしに笑顔を見せた。
前作も大変面白く読ませていただきました。
今回も楽しみに、今後とも読ませていただきます。
くたくたで家に帰ってきて、ソファーに腰を降ろして、ぼんやり天井を見つめ
た。しばらくすると顔がほころんでくる。
プールサイドで眠ってしまった愛ちゃんの顔を氷で冷やしながら、こっちもぐっ
たりしていると、加護ちゃんが不思議そうに覗く。
「誰なんですか?」
「え…友達。居候かな。田舎から出てきて、なんでも芸能界の事を知りたいん
だって」
でも、わたし忙しいし、わたしの手には負えない。そうグチをこぼすと、加護
ちゃんはあはと笑った。
「あのね、なんならウチが預かりましょうか? ばあちゃんおるしそんなに困ら
んよ」
手が冷たくなって氷を容器に戻した。
そうなると、絶対愛ちゃんは口を滑らせる。まあ、口止めなんてしてないけど。
そうなった場合――それは自分が悪いんじゃない。わたしは知らない。最悪の場
合=冷蔵庫処分。
「それにね、なんだかウチとおんなじ匂いすんねん。アイドルの事ならウチが懇
切丁寧に教えますよ」
加護ちゃんの声にハッとなって、思わず「うん」と答えた。「お願いできるか
な」
目をさました愛ちゃんにその事を言うと、喜んでうなずいて、なんだか即答だっ
たんでそれに少しかちんときたけど、これで肩の荷が降りると思って、思わずそ
の場で小さく万歳してしまった。
今日はゆっくり眠れるな。わたしはそのままソファーで眠ってしまった。
>>49 ありがとうございます。今回はどうなるんでしょう。
ひとつ言えることは一体何書いてるんだと言うことです。
>>51 一体何書いてるんだと、思うから、面白いんだよ。
ノックの音がして、目がさめる。のそのそ起き上がっていってドアスコープから
外を覗くと愛ちゃんが立ってた。
なんなの。もう帰ってきたの? あんなに早くOKしたくせに。わたしは、そっと
ドアから離れると居留守を決め込んだ。しばらく音をたてないようにじっとして
いると、ドアの向こうから気配が消えて、外を覗くと愛ちゃんは背を向けて戻っ
ていくところだった。これでいいのだ。心配なのはわたし自身の方なのだよ。加
護ちゃんの方がいいと思うよ。
飲み物を取ろうと思って、メインの冷蔵庫の方をつい開けてしまった。中には何
も無かった。食べ物は予備の方に移したから、それは当たり前なんだけど。
「なんですかこりゃ?」
それはからっぽの箱というかんじではなくて、真っ白な本当に何も無い状態で、
眩しかった。
手を入れてみた瞬間、もっと眩しくなって、床も真っ白になった。振り返ると
やっぱり白。全部白。大きな白の中にわたしひとり。台所はどこ?
何も無い空間にしばらく真っ青になって辺りを見回したけど、状況は変わらなく
て、背中に急な寒気を感じる。
あーと言うと、大きな会場みたいにずーっと響いた。
「えー?」
しだいに不安になってきてわたしは走り出す。その瞬間、眩しさが弱くなった。
「あれ…」
また、おかしな空間に出た。床が柔らかくて歩くと体が浮いてしまう。今度はオ
レンジ。蛍光色に近くて、いくらなんでも目が痛いくらい。オレンジの壁がわた
しの方に押し迫ってくるかんじで、触ってみるとちょうどバルーンで出来てるみ
たいに柔らかい。部屋の向こうに出口をみつけて、わたしは足を取られながらも
必死にそっちに向かった。なのに全然前に進まなくて、四つん這いになってもが
いた。もがくほどぼんぼん体が跳ねる。
「すいませーん!」
出口に向かって叫んだけど、思った通り反応は無くて、恐怖がだんだんと増して
くる。
「誰かいませんか?」
はあはあともがいて出口にやっとたどり着いたときには、わたしの息はすっかり
上がってしまってた。
バルーン製のドアに手をかけると、ドアはぱちんと破裂してわたしはもんどり
うって前に倒れて、固い床に胸を打った。
「いたた…」
辺りを見回すと狭い部屋の中だった。まるで宇宙船の操縦席みたいな、席がふた
つ向こうを向いて、大きな窓の向こうは……宇宙のようだ。小さな物体が飛び
交っていて、すごいスピードでこっちに向かってくる。小惑星? 何かで見た。
でも無数に飛び交ってるそれは、なんだか人の顔のようにも見えた。目をこらし
てよく見るとあれは……後藤さん?
がんと衝撃を受けて部屋が揺れ、起き上がろうとしていたわたしは再び床に転が
る。
後藤さんがぶつかってる! なんで? どうなってんの? 警告音が室内に響
く。
なんとか起き上がって顔を上げるとさっきの10倍くらいある後藤さんの顔が、
まっすぐこっちに向かってくるのが見えた。
わたしはどうしようもできずに、あああと小さくうめきながらただ壁にはりつい
てるしかなかった。
機内がどんと揺れて、何かがこっちから飛んでいくのが見えて、途端に目の前が
真っ白になる。
眩しさに目を閉じて、激しい衝撃に体をこわばらせる。目を開けたらまた場所が
変わってるんだろうなと思ったけど、違った。目の前は宇宙のまま。
後藤さんが消えた宇宙は信じられないくらい星が散らばっていて、すごくきれい
だった。
わたしが動かさなきゃなんないのかな。そう気付いてあわてて操縦席につくと、
隣に宇宙服の女の子が座ってて、飛び上がる程びっくりした。操縦かんを握る小
さな黒髪の女の子。
「えっ、誰ですか?」
年齢は3、4歳くらいのそのコはただわたしをみつめてる。
「こんにちは」
おそるおそる声をかけても、彼女はその大きな目をわたしからそらさず、余計に
不安になる。急に顔がふにゃと泣き顔になって
「せんせー」
「あ、ちょっと待って」
「せんせー!」
「せ、先生って誰? わたし、怪しいもんじゃないよ」
なおも先生と叫ぶ女の子の口を思わずふさいでしまう。
「お願い、誰も呼ばないで。大人しくするから」
そりゃこのコにとっちゃわたしは突然現れたエイリアンだろうけど。わたしだっ
て怖い。
「いい? 呼ばないでね。何もしないから」
女の子はただわたしをみつめているだけなので、不安だったけどそっと手を離し
た。
「先生はどこ?」小さな声で聞かれる。
「知らないよ。わたし会ってないもの」
「ウチ、戻らな」
「えっ、どこ行くの?」
「科目終わったから報告せな」
「先生んとこ? 行っちゃうの?」
「ほな」
「こんなとこにひとりにしないでよ」
年とかプライドとか気にしてる場合じゃない。わたしなんか目に入ってないよう
にさっさと出て行く彼女を見て、急激に不安がつのる。
「わたしも行っていい?」
女の子は少し迷惑そうな顔をみせたけど、わたしの顔があまりにもみじめに思え
たのか、ええよと小さく言ってくれた。
操縦室を出て、狭い船内を行き、女の子は廊下を頑丈そうなドアを全身を使って
開ける。
部屋の中は六畳程の和室だ。机があってベッドがあって机の横にはなぜか赤いラ
ンドセルなんかかけてあって、どう見ても普通の家庭の子供部屋。
ミッキーのぬいぐるみとか壁に貼ってある時間割りとか、なんだか実家の部屋を
思い出して、思わず見回した。
「ここは?」
「ウチの部屋。宿題忘れたから、待っとって」
彼女は机の上を探っている。机の横の窓には家屋が並んでいて、その上は青い
空。
頭がこんがらがるところなんだろうけど、わたしはいたって普通に外を眺めた。
何をしてるんだろう。明日も仕事あるのに。でも帰れなければ休めるじゃん。
ここも悪くないかななんて、本心ではないけどそう少し思ってみた。
「おねえちゃん、そこにお菓子あるから食べとって。飲み物やったらあっちにあ
るから」
そう言いながら彼女は青ざめたように机に向かう。
「どうしたの」
「宿題、やり忘れたところがあった」
「わたしならかまわないでいいよ」
そうわたしが言い終わる前に彼女はもう問題をにらんでいた。
ベッドに腰を降ろす。テーブルにキャンディやらスナック菓子が積まれている。
ベッドの横には小さな冷蔵庫があってちょっとどきっとした。
冷蔵庫を開けてみた……。
飲み物が入ってるだけで、すぐに閉める。
「将来アイドルになるの?」
答えないかと思って軽く聞いたけど、女の子は机に向かったままうなずいた。
「それで、一生懸命頑張ってるんだ」
「先生がやれって言うの」
「楽しいんだ」
彼女は首を振る。
「そうか。でも案外ああいうのってなってからでも遅くないと思うな。今からそ
んなに必死になる事ないと思うけど」
「……」
「ごめんね。宿題続けて」
「別に必死やないよ」
「うん、まあ、でも一般常識とかは最低限必要かと思うんです」
女の子が誰なのかは大体察しがついていた。
「それはちゃんと教わって、わたしん家に来るときまでは、そのへんはきちんと
しといてくれると助かります」
「家に来る?」
「そうだよ」
「誰が?」
「あなたが。たぶんそういう指示があるんでしょう。あなたが大きくなったらわ
たしの家に来るの。それも冷蔵庫から」
不思議そうにわたしを見て、首をかしげてからまた机に向かう彼女。別に切実に
訴えるつもりはないんだけど。ただ、なんとなく過去の彼女に忠告しておきた
かった。彼女が理解できなくても。
「いいや。とにかく、そうだ。その今の調子だよ。今のあなたはとても素直そ
う。できればそんな大人なかんじを保っててよ」
「……」
「ね、愛ちゃん」
わたしは無理に笑顔を作ってみる。鉛筆を止めて、わたしをみつめる目。やっぱ
り不思議そうな顔で。
「ふうん、誰か行ったん?」
「うん。たぶんあなただと思う」軽く彼女を指さした。
なんでそう思ったのかは、よくわからない。なんとなくそんな気がした。このコ
は幼少期の愛ちゃん。この支離滅裂な世界の中で、わたしの頭の中もちょっとお
かしくなってる可能性は充分考えられるけど。
「で、どういう事」
「何がやの」
廊下を愛ちゃんのあとについていく。ちなみに廊下はさっきの宇宙船の中だった
のに、今度は乳白色の洞くつに変わってた。触るとつるつるしてて気持ちいい。
どうでもいい。もうそんな事には驚かなかった。
「ここにはそういう制度というか、授業みたいなものがあるわけ? ひとの迷惑
も考えない授業がさ」
「知らん」
「今、知ってるようなかんじだったじゃない」
「忘れた」
「なめてんの」
愛ちゃんの頭を軽く小突く。
特に詳しく聞きだしたいとも思ってなかった。どんなに筋の通った説明でも(チ
ビ愛ちゃんができるわけないけど)この意味不明ワールドでされたって、わたし
の方が信用できないし。
愛ちゃんがこれからどういう教育を受けるのか知らないけど、わたしにはとうて
い面倒みきれないおかしなコに変化していくのは事実なわけで。
かといってこの世界でわたしがしてやれる事なんて、何もない。
「それはね、あせってるんだよ」愛ちゃんがつぶやく。
「誰が?」
「その人。だって、そっちに行くの大変ちゃうの」
「大変そうだね」
「そこまでして行くかなあ。よっぽど好かれてるんちゃう」
「え?」
「ここで待っとって」
いつのまにか南国の宮殿風な空間にわたしたちは居て、愛ちゃんが立ち止まる。
先生のところへわたしは連れて行けないらしく、手で制された。
「愛ちゃんの部屋で待ってるよ」
戻ろうとするわたしの腕をけっこうな力で引き寄せる愛ちゃんに少しびっくり。
わたしに顔を近付けようとするので、耳を傾けた。
「近付きたいの」
そうささやいて愛ちゃんは駆けていった。わたしは耳をさすった。
つながった!
誰が何に近付きたいっていうのボランティアなんてやってる場合じゃないのそ
りゃ忙しいふりして見え張ってるけど、そりゃまだ北海道に行ってカントリーさ
んと一緒にうんこ踏みながら農道走らされるぐらいの仕事しかないけど、そうい
うわけで世間の認知度はまだまだでわたしは自分の事で頭いっぱい。もしかした
らこのままフェイドアウトするかも知れないしそんな状態だから、わかるで
しょ? それでもいいんですかわたしでいいんでしょうか愛ちゃん。
しばらく宮殿のロビーに立ち尽くしてた。床に落ちていた紙切れを拾う。愛ちゃ
んのテスト用紙のようだ。
あわててやっといて何やってんの?
愛ちゃんの入っていった部屋にこっそり入る。大きなドアの隙間から体を滑り込
ませると、そこはだだっ広い西洋風の浴場で、蒸気と熱さで軽くめまいがした。
「終わったの?」
「はい」
「どうだったの? 僕の出した点数超えました?」
宮殿の大浴場。湯気の向こうに見えるのは愛ちゃんと、長椅子に寝そべってる男
の人。誰?
「ダメでした」
「でしょう」
二人の会話を聞き取ろうと、わたしはできるだけ近寄って柱に隠れた。
「当たり前じゃないですか。だってあれ僕の最高点だもの。そうやすやす超えら
れてたまるもんですか。先生を簡単に超えられるもんですか」
あれが先生? 一瞬ブタが口をきいてるのかなと思った。上半身裸の汗ダラダラ
の、どうみてもあれは、イベントではちまき巻いて踊ってる人じゃない。
「勘弁してあげます。先生こう見えても決して優しさは忘れていないつもりです
から。ただし宿題のテスト。これが平均点を下回ってたら」
「……」
「わかってますね? 前回言った通りですよ。さ、提出してください」
ノートを探ってた愛ちゃんは、用紙がない事に気付いて青ざめてる。
「忘れました」
「なんと! 台本通りのようですね。じゃあちょっと待ってて下さい」
男は立ち上がるとパンツを脱ぐ。わたしは思わず目をそむけて、愛ちゃんを見
た。こころなし後ずさってる愛ちゃん。どんな先生に習ってるわけ? こんがら
がってるうえに怒りまで注がれてきて、ほんとにおかしくなりそうだった。
男は鼻歌を歌いながら全身に石鹸をこすりつけ、泡まみれになってる。
「もうちょっと待ってて。今、洗わせてあげるから。これでやっと洗ってもらえ
ハァハァ…」
わたしは横にあった蛇口から、バケツに熱湯を汲んで男の元に駆け寄り、彼の背
中にぶちまけてやった。この行動は自分ではほとんど意識してなかった。
「あっつ!」
男は暴れて、自分の泡で足を滑らせ、床に顔を打つように転んだ。そのお尻を蹴
りあげるとうまい具合にむこうに滑って行ってくれる。
わたしは愛ちゃんの手を取り、必死で浴場から出た。
廊下はまたさっきと違ってる。なんだか透明なパイプの中みたいだけど、よくわ
からない。とにかく走りにくかった。
うしろからびちゃびちゃと音をたててデブが追ってくるのがわかる。怖くなっ
て、ちょっと振り返ったのがいけなかった。わたしは足をからませて転んでしま
い、愛ちゃんの手が離れた。
「行って!」
「いや!」
「いいから走って!」
愛ちゃんは首を振るものの、あいつが目に入って怖くなったのか、走り出した。
振り向くと、フル○ンのあいつが(ルチオ・フルチ)よくわからない雄叫びをあ
げて、もうそこまで突進してきていた。わわわわわ。お母さーん。
いい意味で、これ絶対自分には書けないなあ
発想、アイデア、展開すげえよあんた
「どんな夢よ」
重い体をソファから起こし、台所に行って冷蔵庫を開ける。中はいつもと変わら
ず(からっぽ)少しほっとした。何度か開け閉めをくり返す。
台所を出ると、玄関の方が少し気になって、なんとなくドアスコープを覗いてみ
た。
誰もいないのは当たり前だった。
訂正
息を大きく吸い込むと同時に、見なれた場所が目に飛び込んでくる。
しばらくそこから動けず、目を動かして自分の部屋って事をようやく確認する
と、体を起こした。
「どんな夢よ」
重い体をソファから起こし、台所に行って冷蔵庫を開ける。中はいつもと変わら
ず(からっぽ)少しほっとした。何度か開け閉めをくり返す。
台所を出ると、玄関の方が少し気になって、なんとなくドアスコープを覗いてみ
た。
誰もいないのは当たり前だった。
――
加護ちゃんの家のインターホンを押そうとして手が止まる。
何しに来たの? そんな事は言われないと思いつつ、わたしが自分にそう言って
る。
わたしは、加護ちゃんに用があるんです。遊んでる程ひまじゃないんですよ。
ふいに後ろから叫び声が聞こえて、振り返る。加護ちゃんと愛ちゃんの姿が見え
て、なんでか知らないけどわたしはとっさにものかげに隠れてしまって、ふらふ
ら買い物袋なんかを押し付け合ってる彼女達の姿を目で追った。
紙袋から洋服を出して、愛ちゃんの体にあてがってる加護ちゃん。誰に見繕って
もらったんだろう。かっこいい(加護ちゃんはあんなの選べない)。愛ちゃんが
今着てるシミつきの古着が、泣けてくるぐらいダサく見える。
あれ高いな。ていうかわたしあれ試着したような気がする。買えなかったんだよ
な。
じゃれ合って笑い合って、いつまでたっても二人ともこっちに来る様子がなく
て、それがだんだんと腹が立ってきて、落ちていた空き缶を二人めがけて投げた。
届かずに手前で落ちたけど。
>>71 自分自身よくわかってないですからねー。いやほんとに。
私の目に狂いはなかった。ものすごく面白い。
>>67が特に今すごく好きだ。
あやあいの同じ服って、マジ似合いそう。
悩みはありますか?
「あるよ」
どんな?
「え〜」
どんな悩みです?
「肉ついてんな〜とか」
それだけ…ですか?
「それじゃまるっきりくるくる○ーじゃん。そこまでバカじゃないよ、後藤」
すいません。
「ねえ松浦」
はい。
「なんかあった?」
じゃあ、例えば後藤さんのワンちゃんが人を噛んだらどうしますか?
「殴るね」
じゃあ…
「ちょっとってば。どうしたのよ」
どうもしないですよ。
「思う事あれば後藤に言ってみ」
なにもないです。
「なんか怒ってる?」
怒ってなんかないです。
「あ、わかった。その顔」
なんですか?
「恋煩いでしょ?」
こいわずらいって何ですか?
「え〜と…恋を煩うのよ」
そんなんじゃないですよお〜。
「仕事のキャラになったって無駄だって。で、誰? 誰なのよ」
ちがいます。
「まあ、いいや。犬はさ」
犬?
「犬のはなしじゃなかったっけ?」
そうです。
「ほんとは叩いちゃダメなのさ」
どうすればいいんでしょう。
「押さえ込むのね。上から、ガッと。そうすれば『僕は下なんだ』って思って、
しだいに服従するようになるから。そうすればしめたもんだね」
ほんとですか。
「ほんと」
後藤さんって、悩んだときどうするんですか?
「あ〜?」
どういう人に相談するんです?
「相談しないよ」
しないんですか。
「しないなあ…」
そうですか。
「前にしたのはねえ…いつだっけか」
……。
「誰だっけなあ」
……。
「……」
けがないですか?
「あ〜?」
けがないですかっ?
「ないよ。何言ってんの?」
そうですか。よかった…。
「松浦さあ」
はい。
「へんだよ」
ありがとうございました。
>>77 狂い無かったですか?
本編自体は狂ってますが…
実際にカントリーと走ったのは福井らしいので、それに訂正。
頭を下げて楽屋を出ようとすると
「亜弥ちゃん」
どきっとして振り返った。
後藤さんは座ったまま手を伸ばして、何かを差し出していた。
「これ」
「なんですか?」
「加護の携帯。加護ん家行くでしょ?」
「はい…いえ…はい」
「こっそり置いてきて」
「わたしがですか?」
後藤さんは苛立たしげに腰を上げ、わたしに携帯を握らせる。
「あの、行きません。加護ちゃんに特に用は…」
両手で顔を挟まれた。
「さっきのうそ。押さえ付けもよくない」
「ふえっ?」
「忘れて。そりゃときには必要だけど、大切なのは、わかるよね?」
わたしの頬を揉みながら、低音でつぶやく後藤さんを見て、わたしは首をかしげ
て引きつり笑いするしかなかった。
「いや…はあ…え?」
なぜか後藤さんは宙をみつめて揉む手をぐりぐりと強める。わたしの顔が醜く変
型するのがおかしいのか、ぶははなんて吹き出す始末。
そのうちに、なんとなくだけどわかったような気がしてきて。
猫みたいなひんやり目を見てうなずき返すと、後藤さんは微笑んだ。
「携帯よろしくね」
そう言うとさっさと椅子に戻っていき、わたしが入ってきたときと同じ、ご就寝
の格好をごそごそ取り始めた。
「うさぎって寂しいと死んじゃうんだよ」
「うさぎ…ですか?」
「あ、犬か…」
>>83 狂い、ないでしょ。面白い小説を嗅ぎ付ける天才かもよ? 私。
っていうか、こういう言われ方イヤかも知れないんだけど、
ねぇ、萌えてもいい? この話。
>>71ってコテハンなのかな?
顔の前で携帯を揺らすと、加護ちゃんは右、左、右、左、顔を振って「あ!」と
やっと気付いた。
「どこにあったん?」
「ここ」加護ちゃん家の棚の上を指す。
「そんなわけない。なんでこんなとこ」
ぶつぶつと携帯をみつめる加護ちゃんのうしろ、居間を見た。
「うっかり置いたんやろか。まあ、ええわ」
「愛ちゃんは?」
「部屋にいるんじゃないですかね。遊び疲れて寝てますよ」
「どうだった? なんかおかしな事してない?」
「おかしな事? 特に変わらへんけど、なあばあちゃん。亜弥ちゃん来たで」
その言葉に少し安心した、やっぱり加護ちゃんのほうが合うんでしょう。別にい
いです。気にもならなかった。
「ばあちゃんはどこ行ったんでしょうか。いてない。ばあちゃん? どこにおん
ねん、ばばあ!」どたどたと奥に入っていく加護ちゃん。わたしは愛ちゃんを見
に行った。
加護ちゃんの部屋のドアを開けると、愛ちゃんは机に向かってた。そっと近寄っ
て見ると、何やら黙々といじってる。糸と針を持って、何、それはお裁縫?
暗っ…。後頭部ごしによく見ると、それはわたしの古着で、破れたところを縫っ
ているようだった。
せこくない? 新しいの買ってもらったんじゃないの? その丸まった背中をわ
たしはしばらく眺めてた。
縫い終わったところを見計らって「わー」とその背中に覆いかぶさると、当然の
ようにあわてふためく愛ちゃん。
「何? 何?」
かまわず全体重をかけて机に押しつぶすと、ますます暴れるのが笑える。
「亜弥ちゃん?」
「はい」
なんか、やるタイミングがちょっと違う気もしたけど、一応ここはねじふせてみ
る。
しばらくそうやって押さえつけてたけど、そのあいだ何も、ひとことも発しない
愛ちゃんが不思議に思えてきて、さすがに体を離す。あれ、離れねえ。
わたしが引いても、愛ちゃんは離れなかった。ただ何も言わず、わたしのそでに
しがみついたまま。力を込めて握ってて、少しびっくりした。
「ちょっと愛ちゃん」
もしかしてあのとき、愛ちゃんは本当にドアの外にいたのですか?
わたしはというとそこから動けず、伏せられた愛ちゃんの頭をただみつめてるし
かなかった。
>>89 そう見られるのがもしかしてイヤな人かな、と思って
今までギリギリのとこで我慢してたんだよ。
萌えても、いいかな?
せめて朝食はさわやかに…。
閉じたわたしの口に、今ぐいぐいスプーンを押し付けてるのは愛ちゃんの手。口
に運ばれるオートミルはあごから全部流れて、わたしの皿にしたたり落ちる。
「ほれ、ほれほれ。だめだよ、ちゃんと食べなきゃ。しっかり採らんと倒れちま
うんだから」
愛ちゃんの手を素早く振り払う。
「今日のテレビのお仕事はどんな事するの?」
「さあ…、今のわたしはどうせ自己紹介ぐらいしかする事ないから」
「やってみて」
「いやだよ」拒否とおねだりをくり返すうちにお決まりの落ち込みモードを見せ
つけられて
「ウチどんなふうにやるか、まだようわからんから。ウチ喋り下手やし…」
「わかったよ」
満面の笑みを作る。馬鹿馬鹿しい。
「こんにちは松浦亜弥です。まだデビューして日も浅く、右も左もわからないわ
たしではありますが、日々精進して頑張っていきたいと思います。それでは札幌
駅前のあさみさん、どぞ!」
「ほぇ」
「どうでしょう」
「気持ちわる」
「いくらなんでも自己紹介の仕方くらい習ってるでしょ?」
「習っとらん」
「どんな事習ってんのよ」
「抹殺関係」
思わず食べ物を噴いた。
「やっぱり後藤さんを狙ってるわけ? なんで後藤さんなの? 殺して何の得があ
るってのよ」
「ウチも亜弥ちゃんも活動しやすくなるのは明らかやんか」
思わずそのまま倒れそうになる。
「そんな事したら許さないから。こっちには手段があるんだからね」
「手段?」
「あれ」台所の冷蔵庫をあごで示した。
「あれが何よ」
「こう」
牛乳のパックを握りつぶすと、残った中身がぐじゃと飛び散る。
むっとする愛ちゃん。
とにかく、今大事なのは、このコの正体を解明する事じゃないって事。先にやる
べき事はこのコ自身を変えなきゃならない。くじけるな、わたし。
「わかった?」
愛ちゃんはふくれっつらのままうなずいた。
「ほんとに? 約束だよ」
確かにうなずいた。おもわず顔がゆるむ。こんなにすんなり聞くとは思ってな
かったから。なんでこんなバカな説得わたしがしなきゃなんないんだろう。で
も、わたししかいない。先行き不安。
テレビ収録直前、ロビーでスタジオ見学の通行許可を受けている一般の人たちを
をくぐり抜けて、なんとかトイレに入る。ああ娘目当ての人たちか。こんな近く
をわたしが歩いても誰も気付かないのは、まあ、当然ですけど。
ひとりでは無理。所詮プロデュースしだい。思うべきじゃないそんな事をうじう
じ考えるクセは早いとこやめなきゃいけない。わたしはわたしなりにやるべき。
そうつぶやいて小さくため息をつく。
手を洗ってるとふと何かが視界に入った。
トイレの隅で携帯をいじってる女の子に気付いて、少し驚く。いつからそこにい
たのだろう。女の子はわたしの視線に気付くと、軽く頭を下げた。わたしが会釈
し返すと、「あ」と目を見開く。
「ええと」
携帯でわたしを指しながら、そろそろと近寄ってくる。
「最近デビューされた、ええと、松浦さん」
「はい!」
つい大声を出してしまった。
彼女の見開いた目がすぐ元に戻る。その目はなんとなく冷たそうな、良く言うと
落ち着いたかんじ。年はわたしより少し下のように感じた。
「小川さん?」
「麻琴です」
「あなたもこの世界に?」
「まだです」
「まだ?」
「今日は観覧なんで」
「ああ」
「でも、入れてくれないんです。あそこのバイト達が」
小川さんは観覧の通知を忘れてきたらしく、ここで途方にくれていたとの事。
ロビーに出て観覧の人たちを眺める。
忙しく動き回る観覧者の視線に比べると、小川さんの目はなぜか、常にスタ
ッフや関係者の方に注がれているように感じるのは気のせいでしょうか?
わたしの事知っててくれた嬉しさもあって、いけない事とは知りつつ内緒でスタ
ジオへ連れて行ってあげた。なんとなくあか抜けない、田舎から出てきたように
も思える彼女に、愛ちゃんに似た雰囲気を感じた。
「わたしを知ってるってすごい。デビューといってもまだ売り出してないんです
よ」
嬉々として話すわたし。おそらくみっともなくニヤけてる。
「おサムい路線で売り出そうとしている人ですよね。大変ですよね」
一瞬聞き違えたかと思った。わたしの顔を見て小川さんは少し笑った。
「いいですよね」
「何が?」
「楽でいいですよね」
「……」
「例えば渡された原稿読んだり、与えられた曲指示通りにコピーしたり、割り当
てられた時間に動かされたり、そこに自分なりの知識を活かす余地なんてないん
ですよね。ある意味、かわいそう…」
わたしが足を止めると、彼女も少し先で止まった。
「あ、誤解しないで下さい。もちろん個人の考え方ありますし、松浦さんだけの
事言ってるわけじゃないです。ただ、あたしはそういうの疑問に思うわけです。
あたしだったらその立場、有効に利用したいと思いますね」
いたって真剣に、わたしの目を見て(たぶん)話す小川さんに、反論しようと思
えばできない事はなかった。でもやめた。むしろあなたなら充分やっていける。
アイドル目指しているのなら、その気構えで頑張って下さい。
わたしには無い考えが、すごく怖かった。
「わたしはここで」
そう言って小川さんと別の方向へ向かう。
「ありがとうございました。あ、あたしは応援してますよ」
聞こえないふりをしたけどしっかり聞こえた。でも早足で立ち去った。
>>95 こちらこそ、ありがとう。それでは遠慮無く萌えさせていただきます。
queさんの松浦語り、激萌え。
>わたしの目を見て(たぶん)話す小川さん
にも萌え!
リハ中はずっと観覧席でこっちをみつめてる小川さんがいやでも視界に入ってき
て、ときにニヤニヤ、ときにあの目。
そんな状況で集中できるわけがなく、自分でだんだんいらついてくるのがわか
る。横にいた加護ちゃんに耳打ちしようとしたけど、やめといた。
「愛ちゃん元気?」加護ちゃんに逆に耳打ちされる。
「さあ、どうしてるんでしょうね。今頃水に浸かってうすら笑いでも浮かべてる
んじゃない」
「ええコやんか」
「もう、頭がおかしいんだよ」
「…なんちゅう事言うねん」
「いや、わたしの」
「どういう事?」
「もう最近、わからない事だらけで、なんていうか…まあ、いいですよ。ほら始
まるよ」
「いじめたらダメですよ」
「そんなこと…愛ちゃんが言ったの?」
「冷蔵庫壊すは、えらいえげつない言うか…」
わたしは首をひねりそうな勢いで顔を向けた。加護ちゃんはしまったというよう
に口を押さえる。
「知ってるの?」
「何も知らへん」首をぐるんぐるん振る加護ちゃん。
「うそ!」
「知らんて!」
「うるさいそこ!」
台本に目を通してた中澤さんに鬼のような目で睨まれて固まる。
「おいねえちゃんコンビ、本番やで」
「いい、加護ちゃん。この事は誰にも言っちゃだめだよ」
うんうんとうなずく加護ちゃん。どこまで知ってるのか。愛のバカ。
あとで加護ちゃんを軽くきゅっとしめ…いや、詳しく聞き出さなければいけな
い。そしてもう一度釘を刺しておかないと。
「本番いきまあす」
その声にあわててカメラを見ると、なぜかうさぎのぬいぐるみが前を横切る。途
端にスタッフに取り押さえられて……うさぎ…。
「うわっ!」
「なんやの!」
思わず叫んだわたしに向けられる、中澤さんのびっくりするぐらいひんむかれた
目。
なぜだかひどく胸がした。
「本番5秒前、4、3…」
スタジオの横に連れていかれたうさぎをなんとか確認する。その口からのぞいて
いたのは愛ちゃんの顔で…
「わあっ!」
カットが告げられて、振り向くとこの世のものとは思えない顔(ゴーゴン中澤)
があり、腰を抜かしそうになった。
「どないしたん?」
心配そうな加護ちゃんの顔が、続いて目に入る。
もう一度うさぎをよく見ると、なんのことはないADさんの顔がのぞいていた。
椅子にもたれてほっとしたものの、また…。なんだろう。額に手を当てた。どう
かしちゃったのかな。
なんだか全身の毛が逆立つかんじがして、観覧席の小川さんを見た。やっぱりと
いうかまさかというか、そこに小川さんの姿は無くって。
「く、苦し…」
さすがに目が飛び出そうになって、本意気でわたしの首を締め上げる中澤さんの
腕を必死に振り払った。
「ちょっとどこ行くねん!」
「あの、すいません。お腹痛いです、休憩とります。休憩でぇす!」わたしは前
かがみになりながら、逃げるようにセットから出た。ゴーゴンの怒声を背中に受
けつつ、今はそんな事にかまってる場合じゃないんです。小川! とにかくあの
コが消えた事が気になってしょうがなかった。
急いでスタジオを出て辺りを見回す。スタッフに聞くとそれらしい子が出ていっ
たとの事。気付くと加護ちゃんがいつのまにかついてきていた。
「大丈夫ですか?」言葉とは裏腹に、妙に楽しそうな様子。
「加護ちゃん、後藤さんの部屋は?」
「二階ですね」
「出番は? まだいるかな」
「いると思います。寝てるんやと思います。なんや、なんかあんのか?」
なんかってあなた、あいつが後藤さんを殺しに来た!
そんな事は言えなかった。
歩く速度を上げてとにかく楽屋へと急ぐ。
いつのまにか後藤さんが後ろから駆けてきて。
後藤さんは軽く微笑むとそのままわたしたちを追い抜いていく。笑顔を返すわた
しら二人。
「あ、あれ?」
それでもまだ何か妙な雰囲気を背後に感じて、振り向くとはるか後ろから、まる
で何かに憑かれたような無表情の小川さんが全速力で走ってくるのが見えた。そ
の冷ややかなまなざしは、全く光が感じられなかった。
加護ちゃんがうわと驚いて速度を上げる。怖くなってわたしも必死に後を追っ
た。
「わわわわわ」
長い廊下をスタッフを避けながら、3組の意味不明のマラソンがしばらく続いた。
しだいに後藤さんはぐんぐんとわたしたちを引き離していって、小川さんもわた
したちを颯爽と追い抜いていく。
「なんやねん…誰やねん…」
「加護ちゃん、あいつ止めて! あのコ、あのコ…」
「だめでございます」
加護ちゃんはその場でばったり力尽き、二人が見えなくなったところで、わたし
もその場にへたりこんだ。
――日本からケアンズまでは約7時間。ハミルトン島という島はですね、ウィッ
トサンデー諸島の中のひとつでありまして、プ…プ…プロサパインの東約40km沖
合いに位置する島です。
無事本番にはみんな間に合った。
カメラの前で淡々と原稿を読む後藤さんは別段何事もなかったようで、そのい
たって変わらない様子がわたしの疑問を更に深める。
ただ小川さんの姿はどこにも見当たらなかった。
収録が終わってスタジオを出ると、丁度ロビーを出ようとしている彼女を見かけ
た。こころなしかがめられたその背中を見て、わたしはなんとなくそばに近寄っ
た。
「小川さん」
ゆっくり振り向いた彼女の顔はおたふくかぜみたいに膨れ上がってて、ぎょっと
した。
「どうしたの?」
血の付いたハンカチで鼻を抑えて、わたしを見る。
「失敗したの?」
言ってからいかんと思った。キッと睨みつけられる。
恐怖を感じて次の言葉を探した。
「バ、バカじゃないの? やめてよこんなこと」
ふふと小川さんは笑う。わたしの言葉がおかしいのか。ただ、その目はあの背中
が冷たくなるようなものではなかったけど。
「亜弥ちゃん、帰ろう」
背中にぶつかってきた加護ちゃんが、小川さんを見てわっと声をあげる。
「い…家帰ったら冷やすといいです」
「ちっ、青ガキ」
「……」
泣きそうになる加護ちゃんの頭を抱えた。
「また来ます。あなたがフェイドアウトする頃にまた来ます。そのときはあなた
がわたしを見る番ですから」
「待ってます」
「……じゃ、頑張って下さい」
ずり落ちたバッグを肩にかけなおして、早足で出て行く小川さんの背中が愛ちゃ
んの姿と重なって見えた。
「げはははは。んなわけないやろ」
加護ちゃんは帰り道笑いながら言った。
「じゃあ、信じてないの?」
「冷蔵庫が愛ちゃん家の玄関。亜弥ちゃんが先生。愛ちゃんが生徒。それで教わる事
は、え〜とアイドルの心得」
「そうよ」
「新しいままごとやろ? 愛ちゃんの考えた」
「違うってば」
加護ちゃんはからっぽの冷蔵庫の中に頭を突っ込んでくまなく見回した。
「なんもないやんか」
「だって、あったら困るでしょ?」
「誰が」
「愛ちゃんがだよ」
「なんで困んねん」
「帰れないじゃない」
わたしがそう言うと加護ちゃんは頭を出して、けたけた笑った。
「ほんとなんだって」
「おーい、誰かいますか?」
見当違いの声が冷蔵庫の中に空しく響く。
何をいらついたのか、加護ちゃんは奥の内壁を乱暴に蹴りだした。
しばらくして、どんどんと響く音の合間に何かが聞こえた。
「待って」
うめいてるような小さな声。それは冷蔵庫の奥からではなく、わたしの部屋の方
から聞こえた。加護ちゃんに蹴るのをやめさせて部屋を見に行く。
そっとドアを開けると、薄明かりで、わたしのベッドで愛ちゃんが寝息をたてて
いるのが見えた。
その呑気そうな寝顔を見て、小川さんのあの目。それが強く焼き付いていたせい
かもしれない。内心ほっとした。
「なんの夢見てるんでしょう」
加護ちゃんがドアの隙間から覗きながら言った。
話す前、「信じないならいい」そう言ってわたしがふくれると、謝りながら加護
ちゃんはすがりついて、最初はなんとか聞く態度をとってくれたものの、今は食
卓に頬をくっつけたまま、まるで聞こうとしていない。
それもそのはず、わたしが告白してるのは愛ちゃんの殺意についてだから。殺
意。愛ちゃんがあの日とったバカな行動、発言を洗いざらい話した。
「さっき走ってたコ」
「……」
「見たでしょ、あの顔」
「……」
「返り討ちにあったのよ。後藤さんに」
真剣に話してるというのに、突っ伏したままの加護ちゃんは肩を震わせている。
「じゃあ愛ちゃんはどんなことしたん?」上げた顔は笑ってた。
一瞬言葉に詰まったけど、わたしはすかさず指をL字に作った。人さし指を加護
ちゃんに向けてから上に向ける。
「あぁ?」
眉をへの字に曲げる加護ちゃんの顔に、もう一度同じ事をした。
ぽかんとした表情から徐々に、いやらしそうな笑顔に変わり、それに対してわた
しも歯を見せた。
「んなわけないやろ! 信じろ言うほうがどうかしとるわ!」
「大きな声ださないでよ!」
びっくりしたけど、できるだけ声を押さえて言った。
「ああもう、亜弥ちゃんのモーソーヘキには到底加護ついていけませんです」
そう言ってへっとバカにしたように白目をむく加護ちゃん。
なんだかよくわからないけど、胸がどきどきした。
「ならもういいよ」
「おうなんや逆ギレか」
「そうだよ」
「一体どうゆう理由でそんな事する必要あんのか、それをゆうてください。加護
はよくわかりませんので」
わたしは腕を組んで無視した。
……無視ではなくて説明できる言葉が見つからなかったんだけど。
「なんでそんな事するんですか?」
「知らない」
「聞いてへんのかいな」
「聞けると思う?『あなたなんで後藤さんを殺すんですか?』『いっひっひ〜、
あいつを消してウチがのし上がるんやー。これがアイドルへの早道やよー』わた
しが聞いたら大体こんなとこだよ。加護ちゃん聞いてよ」
「いややわ」
「そこ入っていって聞いてこい」加護ちゃんの指は冷蔵庫をさしている。
「なに言ってんの?」
「愛ちゃんの家行って、それにまつわる理由、証言、ウラとってくるんです。移
動できるんやろ?」
また突飛な発言に、わたしは眉をしかめた。
「いやだよ、なんでわたしが? 第一危ない…」
「ゲンインキュウメイなのです」
「いやだよ!」
「大きな声出したらだめです」
指を口に当てるのと同時にわたしも口を抑える。
「そんな事したって、愛ちゃんのバカぶりが止まるわけじゃないでしょ?」
「ほんならもう、亜弥ちゃんが先生になってしっかり教育するしかないわ」
勝手な事情を聞いてもらっておいて、こんな態度はないと自分でもわかってた。
わかってるんだけど、でもひとりで考え込むのはもういっぱいいっぱいだから、
どきどきしながら言い争いじみた話しをしてるだけでも、それはそれで何かつっ
かえ棒みたいなものが取れていく気がして、安心できたんです。
わがままでごめんなさい、加護ちゃん。
明日早いのに遅くまで話しを聞いてくれた、それだけでもありがたかった。玄関
で靴を履いているその背中にひそかに感謝する。
「でもね〜、ウチ愛ちゃんならちゃんと言って聞かせればきっとわかってくれる
と思うんです」
「何を?」
「…アホな考え改めるゆう事やがな」
「ありがとう」
振り返った加護ちゃんの手を思わず握った。
「きもいです…」
「わたしの話、信じてくれたんだね」
そう言うとぱっと加護ちゃんの顔が明るくなって
「愛ちゃん家行って証拠持ってきたらな。写真とか。あとおみやげとか」
わたしの頭のどこかでぶちんと音がして、素早く手を振り払って玄関から追い出
した。
>なんだかよくわからないけど、胸がどきどきした。
…読んでるこっちも。
わわわわわ。お母さーん。
パイプ状の廊下で尻もちをついたわたしは、貞操の危機ってやつを感じていた。
今まさに、全裸の男に襲われるところ。
冗談でしょ!
突然、男の胸に数カ所穴が開いたかと思うと、血しぶきがわたしの顔に飛び散る
がわかった。
男はそのまま覆いかぶさるように倒れてきて、わたしはもろに押しつぶされ、そ
の重さに胃の物が逆流するのを感じた。
「重ーい!」
手に力を入れてもびくともしない。
顔を手で拭うとべっとり赤いものが付いた。改めてその生々しさに驚いて悲鳴を
上げて、もうパニック。必死で男の下から這い出た。
なんとか離れ、うつぶせの男から血がどんどん流れてくるのを呆然と眺めてる
と、その視界にガチャガチャと音を鳴らして歩いてくる革靴が入ってきた。
見上げるとそれは白い革のスーツをぴったりと着た後藤さんだった。
脇にライフルを抱えて無表情で男を見下ろしながら、近寄ってくる。
「ごと…」
言おうとしたけど声が出なかった。
わたしは上げられない腰でなんとか彼女すら避けようと、もがいて後ろに下がっ
た。
「あは、当たった当たった。タマ噛んじゃってさ、どうしようかと思っちゃっ
た」
後藤さんはライフルと男を交互に見ながらはしゃいでいる。
「あのー…」
声はやっぱりかすれてた。
「ヲタ上がりに教師の資格取らせる自体問題あんだよね。いつか殺してやろうと
思ってたけど、やっと念願叶ったってかんじ。誰あんた」
「あの」
「あ、えーとえーと…」
と例によって、指を振りながらわたしを思い出そうとするしぐさ。
「松浦亜弥です。あの…これ…」
「いいよ、こっちで処理しとくから。今ちょっと立て込んでてね。ごめんね。は
い行って行って。邪魔だから」
手で払われて、わたしはなんとか立ち上がって、ふらつきながらも逃げた。
まただ。なんでまた、よりによって。でもあれだ。
知ってる。これは夢。悪い夢だ。この中で何が起こったってわたしには関係ない
んだ。
「ハアハア、もういやだ」
走りながらつい言うと、ちゃんと声になってた。
振り返ってみると、後藤さんが男の足を持って引きずるっているのが小さく見え
た。
夢。わたしには関係ない。そう思うと少し気が楽になった。
そうだ思い出した。愛ちゃん。
チビ愛ちゃんを探さないと。
ひたすらパイプ廊下を走って行きついた先は、これまた重そうなドア。と思った
けど近付くと自動で開き、いきなり真っ白になった。
これは? 前にも見た。ちょうど前の夢と同じ眩しさ。
あ、これは元の入口に戻ってきたんだ。夢が終わる。早く醒めて。
なんて思ったけど、どうやら違った。
前と違ったのは、白い空間の中に何百、何千、いや何万という数えきれないくら
いの透明なケースが縦に並んでいた事だった。
ひえー、まさに壮観。その異様な列の中にわたしだけがぽつんといた。
丸みの帯びたカプセル状のケースの中には、ひとりひとり女の子が入れられてい
て、足下に水が溜まっているのが見えた。
みんな何も身に着けてなくて肌が白の光に反射していた。目を閉じて眠っている
ようにも死んでいるようにも見える。
それでも全員に見つめられているようで、背筋が少し冷たく感じた。
夢なんて所詮理解できないものだとはわかっているけど、こんなに不安な気持ち
は何だろう。いやに現実感があってそのうえひどい事に、醒めないじゃない!
ケースの列の中を進むうちにいやでも目についたものがあった。
たったひとり、キャミソールに白パンツのコ。
近くに行ってやっぱりと思った。
愛ちゃん。
今の愛ちゃんだ。
15歳。
さほどわたしは驚かなかった。
それにそのキャミソールは見覚えがある。その薄いバラのプリント。それってわ
たしのやつじゃない。
思わず吹き出してしまった。
夢にだんだん馴れてきているのがわかって、なんとか余裕が出てきた。
それにしても下から湧いてる水かさがどんどん上がってきているのが気になる。
このままだとみんな溺れてしまうんじゃない? でもわたしにはどうすることも
できない。わかんない。
愛ちゃんは唐突に目を開けた。
一瞬どきっとした。
そしてにっこり笑って何か喋り始めた。
「!!!」
「なに? 聞こえない」
突然、警報みたいな音が鳴り響いて飛び上がった。
途端に白の空間が赤に変化した。
空間もケースも女の子たちも全て真っ赤に染まる。
すでに水は愛ちゃんの首まで沸き上がっていた。
「なになに、何なのよもう!」
その表情が苦痛に歪んでいるようにも見えて、わたしはさすがに落ち着いていら
れなくなった。
「割るもの、割るもの…」
探したけど白い空間にそんなものは見当たらなくて、わたしはケースを手で叩く
事しか出来なかった。
だけど頑丈でびくともしなくて、水はついにケース中に溢れてしまった。
「愛ちゃん!」
赤の液に溺れ、大きな泡をごぼっと吐き出した愛ちゃんは目を見開いたたまま、
ぴくりとも動かなくなってしまった。
どうしようもできないのをわかっていながら、わたしはケースを叩き続け、やが
ては腕が上がらなくなった。生気のなくなったその表情がとても見ていられなく
て目を背けた。なんでこんな夢。早く醒めてよ。
その場にへたりこんでケースに寄り掛かかると、しだいに力が抜けていくのを感
じた。
いったいどうしろって言うのよ。わたしにどうしてほしいわけよ。
ふと見ると床にびしょ濡れの愛ちゃんが倒れているのが見えて、ぎょっとした。
愛ちゃんは顔を上げてわたしを見る。今にも泣きそうな顔だった。
「愛ちゃん」
呼ぶとなんとか体を起こして這ってくるのが見えて、わたしも行こうとしたけど
なぜか腰を上げられず、その場から動けなかった。
急に青になった。
今度は周辺が月明かりがさしたような、そんな青。
なんだか目の前にテーブルがあって、横に流し台が見えて、その間を愛ちゃんは
こっちに這ってきた。
やがて目の前にたどりつくと、わたしの名前を呼ぶ。
「亜弥ちゃん、亜弥ちゃん」
すぐに答えようとしたのにまた声が出なかった。手を伸ばそうとしてもなぜか動
かない。
愛ちゃんはわたしの肩を揺するものの、反応がないのを不安に思ったのか、しび
れを切らして頬を何度も叩いた。
そうしてもらってようやく手が動いた。声も出た。
「痛……」
「どうしたの、こんなとこで。風邪ひくよ」
わたしはいつのまにか冷蔵庫に寄り掛かっていた。
ここは…台所?
窓から月が見えた。真夜中かな。
なんでこんなとこで寝ちゃったんだろう。こんなとこであんな夢……。
「ウチがベッド取っちゃったもんだから」
心配そうに見つめる愛ちゃんの顔や体を、思わず触って確かめた。
濡れてはいなくて、ほっと一安心。
けど、彼女が着てたのはあのキャミソール。あのパンツ。
呆然としていた。きっと抜け殻みたいに見えてるんでしょう。
不安そうな目の前の顔を、なんとか安心させてやらなきゃいけない。
そう思った。
「これはですね、わたしのお気に入り」
わたしがそう言ってそれを引っ張ると、ばつが悪そうに愛ちゃんは謝った。
加護ちゃんの言ってた通り、ほんとにへんかも。
ただ加護ちゃんの言ってた妄想癖とこれは、また意味が違ってくるんだけど。
ここまでリアルな夢を立て続けに見るあたり、正直なんのせいか疑ってしまう。
二度とあんなの見たくない。
どうせだったらもっと…。
あんまりいらいらしないで あなたはいつでもぷりぷり
マジギレからだによくない 案外輝きないかも
あやや あやや あやや (ドッキュン)
デビュー デビュー デビュー (売れるかな?)
やすし やすし やっさん (おこるでしかし)
ロリコン ロリコン ロリコン
標的はぱっと消しましょう 邪魔者は容赦しないわ
だけども諦めきれない任務 いつしかウチが邪魔者
あーあー 芸能人ってー 消耗品ってなんやろか?
あーあー 目指すのねいつかは 高額納税者
うる星やつら…? 更衣室のドアを開けると、浴室の中から歌声が聞こえた。
こっちはというといたってごきげんなご様子。すりガラスの向こうにひとりは
しゃいでる姿が見える。いい気なものね。乾いたタオルをカゴに放ってドアを閉
めた。
台所で皿を洗っていると軽くたちくらみがして、皿を落としそうになった。
いけない、まじで不安になる。いや、倒れるんじゃないかとか、病気になっちゃ
うんじゃないかとかそういう事よりも、こんなんじゃアイドルとしてこの先やっ
ていけないじゃない。ハブにされちゃうじゃない。といった不安なのだけど。
自分を管理するって点では自信あったのに。
そうだよ。
精神力は人一倍強いってのが自慢のはずじゃない?
などと自問自答してみる。
実に暗い。
愛ちゃんが亜弥ぢゃん亜弥ぢゃんと叫びながらびしょ濡れのまま台所に入ってく
るのを見て、再びめまいがした。
「あんたほんとぶっとばされるよ?」叫ぶとついへんなソプラノになった。近く
にあったタオルを思いきり投げつける。
「帰ろう思て」
「帰る? ……そう」
「補習あんのやって今思い出したよ。うああ、つい寝ちまって、先生怒っとるや
ろか。やばいなあ…」
急にあの妙にリアルな肉感を思い出して、ぶるっと震えた。
「怒られるって、なんかされるの…?」
「なんかって?」
目を見開いたその顔にはとくに嫌悪感のようなものは感じられなかった。
それ以上聞く事はせず、わたしは首を振って皿洗いを続けた。
「そしたら今夜、また来る」
冷蔵庫に入っていく愛ちゃんを見て思わず「ああ!」と冷蔵庫の扉を手で止め
た。
「なに?」
(ゲンインキュウメイなのです)
冷蔵庫から出ている愛ちゃんの顔の前に加護ちゃんの顔が出てきた。
(そこ入っていって聞いてこい)
わたしも行く…。
えっ亜弥ちゃんが? なんでよ。
ひとこと言いたい事あんの。知りたい事はもっとあんの。この目で見てやる。
だって…ひどいじゃない!
……だからなんでわたしが行くのよ。加護ちゃんの笑顔がぐるぐる渦を巻いてぱ
んと消えた。あ、明日でいいや。こうみえても忙しいんだから。見上げる愛ちゃ
んの頭を押し込んだ。
「どうしたの?」
「なんでもない」
そのまま強く扉を閉めるとにぶい音がした。
閉めてからふと思った。
もしかしてもう来ないかも。根拠なんてないけど。
ケースの中のあの顔が急によぎって、なぜかこのままもう会えないと――そんな
気がしたんだよ。
気晴らしにコンビニに行った。のはずだったのに、途中あれこれ、小川さんの目
の理由。後藤さんの冷酷さ。愛ちゃん。なぜわたし? 愛ちゃん家とやらに行っ
てはみたい。行ったところでどうにもならない。などとぐるぐる考えているとタ
クシーにはねられそうになった。怒られて、去り際にドロをかけられて、それか
らはいっさい考えるのをやめて、はみ出てくる思考を押し戻しながらなんとか部
屋に帰った。
買ってきた飲み物を入れようと、またしてもメイン冷蔵庫を開けてしまった。
「このクセ治さなきゃ」
なんて思う間もなく中から大量の水が一気に溢れ出し、わたしの下半身を濡ら
し、それと一緒に大きな何かがごろんと出てきて足にぶつかった。
悲鳴をあげるところだったけど、寸前にその物体が愛ちゃんだと気付き、なんと
か声を押しとどめる事が出来た。
しばらく水たまりの中で暴れたあと彼女は辺りを見回す。「あれ」
わたしは一瞬震え、濡れたズボンをつまんで気色悪い感触にただ茫然としなが
ら、水たまりの中に座る彼女をみつめてるしかなかった。
「やっぱりだ。やっぱりおかしいと思た」
「何がよ」
「いつまで経ってもそのままなんよ」
「どういう事?」
「溶液の中で一分我慢。一分したら液は消え、そしたらもう家なんやけど」
「だけど?」
「液がなくならん」
「という事は?」
「壊れちゃった」
まるで他人のものをついうっかり――そんな口調。わたしは半ば呆れてそれって
大変な事なんじゃないの? そう言おうとしたとき「帰れなくなってしもた。ど
うしよう。帰れん」
ふと真面目な顔に戻ってつぶやく。
「ウチ帰れん。一生帰れんのや、うーわー」
「ええ? ちがうよそれはその、わたしがつい開けちゃったから…ごめんね、も
う一回試してみよう。ね?」
べったり座り込んだまま泣き出す愛ちゃんに、ズボンをつまんだまま必死になだ
める事数十分。
(いいよ、帰らなくて)
ちょっとそう思った。泣きやまない愛ちゃんを前に、わたしも水びたしの床に座
り込んだ。
彼女に服を着せて髪を拭いてやった後は、二人で床を拭いた。
愛ちゃんが言うにはおそらく移動に使う部品の故障、との事。何の事だかよくわ
からないまま、冷蔵庫に頭を突っ込んで奥を調べるていると、温度調節の目盛り
の横にへんな部品をみつけた。蛍光色の四角いその部品は、プラスチックの表面
が黒く焼けただれている。どうみても前から付いていたとは思えないそれに触っ
てみると簡単にとれてしまった。
「これ?」
愛ちゃんはそれを手に取ると悲しそうにみつめた。
「なんなの?」
「発電機」
発電機? よくわからない。こんなおもちゃが? なんて思ってつい笑ってし
まったけど、愛ちゃんの真剣に手をみつめる顔を見て、すぐやめた。
「どうしよう…」
「それが無かったら帰れないの? 絶対? どうしてもだめなの?」
こくこくとうなずく愛ちゃんは長い事固まったまま、わたしもかける言葉が見つ
からずそのままでいた。
やがて愛ちゃんがどうしたらいいか、教えを乞うような表情でこっちを見るの
で、あわてて手を振る。
「知らないよわたしは。そっちの世界の事だもん」
「困ったときは亜弥ちゃんに頼めって」
「誰が言うのよそんな事」
「先生が」
呆れて白目を向いてしまった。
「……あのね言ってる事ヘンだよ。そっちの世界を見たこともないわたしがなん
で解決できると思うわけ?」
彼女はうなずく。
「おかしいでしょ?」
彼女はうなずく。
「で、これは?」愛ちゃんの手から発電機だかを取って目の前に掲げた。「これ
はもう手に入らないの?」
頭をぶるぶる振る愛ちゃんの髪から水がはね、わたしの顔にかかった。
「どっち? 入るの入らないの?」
ふと思い出した。
――小川さんの顔だ。
「そうだ」
あのコなら。
彼女も愛ちゃんと同じようにこっちに来た人(のはず)。たぶん話しが通じる。
事情を話せばきっとわかってくれるはず。ぱっちり開いた小川さんの目とくっき
りと白い歯が浮かぶ。悪いコじゃないんだ。悪いのはあっちの世界。白い歯、少
し伸びた。口が開いた。目の白い部分が広くなってわたしを見下ろす。そしてこ
の世のものとは思えない耳をつんざく声で笑い出した。わたしは耳を塞いだ。
「なに?」
気付くと愛ちゃんが不思議そうに眺めていた。
「なんでもない」
やっぱりだめだ。居場所もわからないし。
どうすれば……。
電車を降りるともう陽が暮れ始めていた。
駅から出た途端に、たくさんの人の群れの中にぽんと二人放り込たのはちょっと
びっくりした。辺りを見回しながらほえほえとうるさい愛ちゃんの手を引っ張っ
て、すばやくそこを抜け出す。
行き交う人たちは会社帰りのサラリーマン、散歩がてら出てきたような軽装の若
い人。外国人の集団もいる。たいていの人は手に電気屋さんのロゴが入った紙袋
を手に下げたり、中には大きなダンボールを重そうに担いでる人もいる。
夕暮れの赤い空に、どのビルにも掲げられている派手なネオンの看板が映えて、
この時間帯いかにも目によくないパンクな街。それを愛ちゃんはただ口を開けて
見上げている。
「秋葉原っていうんだよ」
「知っとるよ。バカにせんでください」
とにかくその焼けた「発電機」を持ってこの街をうろつくという案しか、わたし
は思いつかなかった。この部品があっちで作られた純正のものなのか、こっちに
もある既製品なのか、部品のどこを見ても手がかりになるようなものは書かれて
なくて、ただこの街にくればその手がかりもつかめるかもしれない。そんな簡単
な考えなんだけど。
携帯やテレビに目を奪われている愛ちゃんの服を引っ張り、冷蔵庫のコーナーを
訪ね歩いた。どこもそれは冷蔵庫の部品ではない、さあわかりませんといった、
当然の答えが返ってくる。
大きなビルの中に小さな店鋪がたくさん詰まっている、その中の家電屋さん。そ
この奥で暇そうにしていた眼鏡のおじさんは「発電機」をみつめると「これは
コンピュータ系のものだ」と言った。
「じゃあそういうとこに聞けばわかりますかね?」
つい浮かれて、声が裏返る。
「うーん、ただ…」
「ただ?」
「最近こういうのは見ないね。どこのメーカー?」
「わからないです」
「まあ、あるかどうかわからないけど一応あたってみなさい。ちょっと待って
て」
そう言うとおじさんは秋葉原の店鋪地図に、見当のつく店の印をつけて渡してく
れた。おかげで失せてたやる気が少し出て、おじさんにおおげさなお礼を言っ
た。
気付くとさっきまで横にいた愛ちゃんがいつのまにか消えていて、あわてて店を
出ると、顔に大きなゴーグルのようなものをはめて、ふらふらこっちにやってく
るのが見えた。
「うっひょー、この中でな、すんげえでっけえ怪獣が街をぶっ壊しとるでの」
「それは亀なの?」
「いや恐竜みたいだな」
「そこは日本なの?」
「違う国みたい。怪獣ビルの上走り回っとるな」
「ちょっと! 誰のためにこんなとこ来てると思ってんのよ」
ゴーグルを引き剥がして返しに行く。とにかく店が閉まるまで全部回ってこなく
ちゃいけない。
>(いいよ、帰らなくて)
ちょっとそう思うところに萌え!
秋葉原デート…に萌え!
渡された地図を頼りに回った店はどれも裏通りにある部品屋さんで、何軒回って
もちっとも手ごたえはなかった。
外はすでに暗くなっていた。表通りのネオンがこちらに少しもれているだけ。
愛ちゃんはといえば最初はうかれてたくせに、怪し気な場所にいる今は、そばで
警戒するように歩いてる。
手の中の発電機をもう一度みつめた。そもそもこれは存在しない、やっぱり愛
ちゃんの世界の物だ。地図をくれたおじさんには悪いけどきっと似たような物と
見間違ったんだろう。なかば諦めかけていた。
「帰って何かあるの?」いらだたしさをごまかすように、愛ちゃんに話しかけ
た。
「何かって?」
「帰らなければならない理由って何かなと思って」
「先生に報告せな」
うなじの毛が逆立った。またあの肉感がよみがえる。寒気がして腕をさすった。
――そんなのやめたら。やめなよ。
そう言おうとしたけど愛ちゃんの言葉の方が早かった。
「いいの亜弥ちゃん?」
「えっ」
「あんなに冷蔵庫壊したがってのに」
「壊すなんてそんな。そういうつもりじゃなくて、わたしは」
「どうして探してくれるの?」
そう、探さなければ帰れない。わたしがわざわざ探してやる理由なんかない。こ
の部品を遠くに放り投げて、一目散に駆け出す。なんて。それが出来たらどんな
に楽か。
「愛ちゃんさえよければ」目を見据えて言った。「――やめるけど」
わたしの視線に愛ちゃんは目を伏せる。その顔にとっさにまずいと思った。素直
じゃない。どうしてわたしはこうなんだろう、なんて思いながら自然に彼女の肩
に手をかけてた。
「なんて言えると思う?」
本音なんだかフォローなんだか自分でもよくわからなくなってた。
地図にある店はとうとう残り一つになってしまった。最後の店は年期とヒビの
入ったビルの二階。抜け落ちそうな階段を上って入ったその店は、店というより
は小さな倉庫のようだった。尋ねようにも店員の姿が見えなくて、しかたなくほ
こりのかぶった棚を眺めながら狭い通路を進んでいくけど、それらしい物は見当
たらない。何人か客が棚の間で商品を見ていて、そのうちのひとりの間を「すい
ません」と言って通り抜けた。そのときその人の手にそれが見えた。わたしは
はっとなって振り返った。
オレンジ色のプラスチックカバー。
「すいません、それ…」
思わずかけたわたしの声に、振り返る顔の丸い女の子。ほっぺが赤い。大きな目
でこちらを見つめたまま固まっている。わたしと同年代だろうか。あまりに見つ
めるので、その眼の玉ふたつ一緒にぽろんと落ちるんじゃないかと思った。
「……はい?」
「それ、どこにありました?」
なぜか一緒に周囲を見回す。だけど同じ物は見つからなかった。
「ここにありました…」
「その…、これって、なんですか?」
女の子はわたしの指さす先に目線を戻す。そのまま指を左右に振れば目で追って
きそう。
「……ジェネレーターです」
「ジェネレーター? コンピュータ系のものだとか」
「……違います。テスト信号を発生させる為のものです……」
「ちょっと見せてくれますか?」
それを受け取って、焼けた「発電機」と見比べてみる。全く同じ。あった。これ
だ。ようやくみつけた嬉しさに顔がゆるむ。
もっとよく見ようと新品の方を眺めようとした時、そこにゆっくりと手が伸びて
きて、取られてしまった。
「ショートしたんですか……?」
「うん、よくわからないけど、あの、それ」
「すいません……」
そう言うと彼女はジェネレーターを持って避けるように離れていった。
まずかった。これを見せるべきじゃなかった。要するに先を越されてしまったわ
けだ。
店のレジで会計をしている彼女にそろそろと近寄った。
「これ、もうないんですか」
金切り声に近いわたしの声に、けだるそうにレジを打っていたお兄さんは一瞬た
じろいでから、女の子におつりを渡しながら聞いた。「まだ、ありました?」
「なかったと思います……」かすかな声で答える女の子。
「じゃあ無いっす」
「じゃあ無いっすって、取り寄せとかは?」
「うちはそういうのやってないっす。たまたま買い取った物を置いてるだけっす
から」
「すいません……私はこれで……」
わたしはとっさに彼女の服をつかんだ。
「待って。申し訳ないんだけど――」
「譲る事は出来ません……わたしも……これが要るものですから……」
彼女はそう言うと、入口で中古部品の詰まったバケツを探っていた愛ちゃんを突
き飛ばし、足早に出て行ってしまった。
また、軽いめまい。それに耐えて、お尻のほこりを払っている愛ちゃんを見た。
何かあったの? そんな表情にわたしは「どうやら望みは断たれたようですよ」
そういうつもりの視線を返した。
わたしの部屋でパソコンのモニターをみつめる愛ちゃんの、その視線を追う。
キョロキョロと視点が定まらない。探してたのはメールのアイコンらしく、わた
しがマウスを取って起動してやる。それでも、どういじっていいかわからないよ
うで、ここにアドレス、ここにメッセージ、そして送信を押す、そこまで教えて
ふと気付いた。「そういえば、こないだちゃんと送ってきたじゃない。あれどう
やったのよ」
先生すいません 帰れなくなってしまいました
すぐ変心ねがいます キウをようします 高橋
おぼつかない手つきでゆっくり打っていってやっと送信を終えると、わたしを見
上げて可愛く笑う。
「じゃ、ここに先生が出てくるってわけ?」画面を指すわたしに愛ちゃんは手を
振る。
「あ、先生とはしゃべれんよ。外の世界から直接交信は禁じられてんです」
「じゃあ、誰が出てくんの?」
「先生の助手やと思う」
どきどきしながらわたしは画面を見つめた。
怒鳴ろうか。助手でもなんでもいい。やんわり挨拶してから、しだいに厳しく行
こうか? そのときは愛ちゃんには席をはずしてもらって、とにかくたまったも
のをその人に吐き出さなければ、気が治まらない。出て来い! 早く!
「じっと待ってても来んよ。いつメール見るかわからんし」
振り向いたわたしの顔がどんなだったのか、愛ちゃんは「ひっ」とたじろいだ。
「そのひとになんて言うの?」待ってる間、無心に爪をいじる愛ちゃんを見下ろ
した。
「発電機をなんとかしてもらう」
「ジェネレーターだよ。なんとかってどうするのさ」
「実はウチもようわからんの。けど、こっちを治さなくてもむこうでなんとか出
来るかもしれない」
「そんな都合よく行くもんなの」
「わからん…」
メールの着信音が聞こえたのはそれから数分後。愛ちゃんより先にわたしが飛び
ついて、前と同じくテキストの一部分(なぜか英語)をクリックすると自動的に
ウィンドウが開いた。そこには青い椅子だけが写っていた。
「誰もいないよ」
しばらくして画面の横から犬が駆けてきて椅子の上にちょこんと乗った。白に黒
ぶち。あれは確か、ダルメシアンか。
「何あれ?」
ダルメシアンはこちらをじっと見据えたまま動かない。
「助手。先生の助手」
「ちょっと愛ちゃん、ああいうのはね、ペットっていうの。飼い犬ね飼い犬」
「失礼な事言うたらだめ。ひでえ頭ええんやから。ねえ…先生は?」
犬に話しかけてる愛ちゃんの肩を揺すったけど、邪魔くさそうに払われた。
「近くにいないの?」
犬は前足を動かして、何かをさぐる動きを見せた。ポンと音がしてウィンドウの
隅に「Y」と表示される。
「イエスやて。いないんやわ」
「ちょっと待ってよ…」
「先生、講議行ったの?」
また音がして今度は「N」の文字。ああ…そうか、犬はキーボードを叩いてる。
「ノーやて」
「わかったよ…」
「ごはん中なの?」
__N
「おねんね?」
__N
「出張中?」
__Y
「出張なの?」
__Y
「今日は帰らない?」
__Y
「ねえ、メール見たでしょ。帰れなくなってしもたんよ。発電機がね……」
「ジェネレーター」
「ゼネレーターが壊れたでの」
ダルメシアンは首を傾げる。
「ゼネレーター」
更に首を傾げる。
「可愛い」
「違うでしょ」
「先生すぐ帰ってくる?」
__N
「とうぶん帰ってこない?」
__Y
「他にわかる人は?」
__N
「いないの?」
__Y
「誰かいないの?」
__Y
「これ、わかる? これがこうなったの」焼けたジェネレーターを見せる愛ちゃ
ん。
……
「あの……」
首を傾げるダルメシアン。更にあくびして、そっぽを向き始めた。
「先生にこの事を伝えて下さい。その出張先に伝える事、出来る?」
わたしがたまらず愛ちゃんの前に割り込んで言うと、ダルメシアンは驚いたよう
に首を元に戻した。
「松浦です。よろしく」
そう言うとすぐさまポンと音がして「Y」と返ってきた。
「あ、可愛いかも〜」
「でしょ、でしょ」
「キミのやることはジェネレーターの故障って事を伝えるんです。いますぐだ
よ。そして修理をしてもらうんです。じゃないと愛ちゃん帰れないんだから。い
い? わかりましたか?」
……
「……無理か」
「たいした事ない助手ね」言いながら半分諦めて愛ちゃんを見た。
「もっと賢いはずやったのに……」
「ペディグリーチャム一日食べ放題…」
なんとなしにつぶやいて画面に目を戻すと、ダルメシアンはくしゃみをひとつし
てキーボードに手をかけた。
__Y
わたしは画面に食い付いた。
「ほんと? 出来るの?」
__Y
「今すぐだよ」
__Y
ダルメシアンはそう打つと椅子から降りて駆けてった。
「やったあ!」
思わず手を取って喜び合った。頭の片隅のほんとにこれでいいんだろうか? と
いう疑問はこのさい無しにしといて。
スタジオに向かう道の途中、わたしの顔色をうかがう愛ちゃんが視界の端に見え
た。隣でわたしの眉間のしわをみて明らかにおびえてる様子。
スケジュール帳を盗み見てついていきたいとねだる彼女に
「魂胆みえみえなんだから。後藤さんなんでしょ目的は」
そう言うと彼女はあわてて首を振る。
「ちゃう」
「残念でした。今日は誰もいないもん。無駄だよ」
「そんな事考えてない!」
その切実な顔を見てまあいいか、おおごとにはならないか。とそう判断して許可
した。
ただ、今はその事で不機嫌なわけじゃない。
ダルメシアンとの約束が二日経っても果たされないばかりか、なんの連絡もない
ままだった。
おまけにいくら呼び出しても、画面にはただ青い椅子が写っているだけで、その
事を考えていた為に一時的にひどい顔になっていたのだと思う。
「あのバカ犬」
「……」
「ほんとにちゃんと伝えたのかな」
「先生忙しい人やから」
「別に先生に伝える必要ないじゃん。直せる人に伝えればいいんだから。いるん
でしょそういう人」
「いる」
「修理状況とか教えてくれてもいいじゃない。何回も呼んでるのにさ」
「そんなに邪魔?」
「え?」
「そんなに帰ってほしい?」
「いや、そういうわけじゃ……」
言葉に詰まって時計を探した。携帯を取り出す。遅れる。急がないと。
だって帰れないって泣いてたのはキミじゃない。思い出して言おうとした。
「亜弥ちゃん、あれどう思う?」
愛ちゃんの指さす方を見上げてると太陽が直接目に入った。
「う、見えない」
「あそこの鳥」
電柱の上、なんの鳥かはわからないけど、羽ばたきながらホバリングして何かを
つついているように見えた。
「あ…」
しばらく見ているとそこから何か落ちた。目をこらすとそれはぼろぼろになった
小鳥だった。
まだ動いてる。思わず足が動いて拾いに行こうとしたとき、大きな鳥が小鳥をさ
らっていった。
高く羽ばたいていく鳥は、つついていた鳥とはちょっと違っているように見え
た。
みるみる小さくなっていく鳥はビルの向こうに消えた。
たぶんあれは親鳥だったんだと思う。
「あれが何?」
振り返って愛ちゃんに言うとわたしはペコちゃんに向かって話してた。すでに愛
ちゃんはスタジオに着いていて興奮したように手招きしていた。
スタジオの入口で見学用のIDを作ってもらってるところで目をうたがった。
わたしの目に写ったのは廊下をゆっくりと歩いていき、奥に消えていく後藤さん
の姿。
「これつけてたら3、2、1キューとかできんの」
出来上がったIDを首からぶら下げてる愛ちゃんの腕をとっさにつかんでスタジオ
を出る。
何事かと足を踏ん張る彼女を強引に外へと引っ張り出した。
「なんやの」
「ちょっと待って。えーと…」
急な冷や汗が気持ち悪く引いていく。
「そうだ」
スタジオの向いにある喫茶店に愛ちゃんを連れ込んだ。できるだけ窓から離れた
奥の場所に座らせてメニューを突きつける。
「何がいい? どれでもいいよ」
「亜弥ちゃん、朝ごはん食べなかったの?」
わたしは財布から3000円を出してテーブルに叩きつけた。
「ごめんね。すぐ戻ってくるから。おとなしくここで待ってるんだよ。いい?」
不可解の表情でうなずくのを見ると喫茶店を出た。
どうなってんのよ。
そのままスタジオ内に飛び込んで後藤さんの姿を探す。
廊下を歩く限り、他のメンバーは見当たらない。
わたしの見間違いかな…?
また例の幻覚症状が出たのか。
スタッフの人には聞けず、ドキドキしながら歩き回った。
くまなくスタジオ中を歩いた結果、後藤さんの姿は見当たらなかった。
そうだ。だって今日の歌録り(仮)ってわたしだけなはずじゃない?
後藤さんがひとりで録る必要なんてない。
やっぱりわたしの見間違い。
そう思うと少しほっとした。自分の症状の事なんてこのさいどうでもよかった。
「よ」
背中を叩かれて口から心臓が飛び出た。思わず「グェ」と言った。
そこには飲み物を片手にこっちを見下ろす悪魔? 天使?
やっぱり居たんだ…。
「松浦も歌録り?」
「な、なんでここにいるんですかあ!」
「ボイトレ。なんなの、どんなびっくりのしかた」
そう言って笑う。
「す…すいません」
そのまますーっと奥に行ってしまう後藤さん。わたしはあわてて後を追った。
「まずかった? ここにいたら」
落ち着きはらった言葉とは裏腹に後藤さんはコンビニの焼そばをすすっていた。
ボイトレには時間があるらしく、それまでの間この休憩室(ほとんど楽屋)でひ
とり休んでいるらしい。ソファにはまた毛布がかたまりになって置いてある。
わたしは廊下を見回してドアを閉めた。
「聞こうと思ってたんです。後藤さんに」
反応はなく、もぐもぐと口を動かしてる。
「どうしてへんなのに狙われてるんですか? わたしよくわからないですけど、
どういう事なんですかあれは。教えてくれませんか?」
口いっぱいに詰め込み、不思議そうにわたしを見る。
言ってる意味がわからない。
そんな表情。
そうですね。順序よく説明していって、ちょっと待って、わたしにも順序がわか
らなーい!
皿をテーブルに投げ出すのを見て思わず身を引いた。
「後藤は悪くないよ」
「………そ、そりゃあ悪いのはあのコ達です。後藤さんは何もしてないのに」
「あのコ達?」
「例えば……小川さん」
すぐさま愛ちゃんの名を上げなかったのは、小川さんに悪いと思った、けど。
「誰だっけ」
「廊下で追われてたときの、追ってたあのコです」
「ああ」
ははと明るく笑う。
「ひっぱたいちゃった。ちょっとのつもり」
「大丈夫そうでしたよ」そうでもなかったかな。「ちょっと腫れてましたけど」
ソファに身を任せて宙を見る表情がしだいに沈んでいくように見えた。
「後藤さん?」
「後藤は悪くない」
つぶやく声は急に低くなってた。
「だってあたしがやらなかったら誰がやんの? あたしばっかり悪者扱いで……
まったく感謝してほしいくらいだわよ」
「あの…」
後藤さんはわたしの事を忘れているようにつぶやく。悪者扱い。感謝ってなんだ
ろう。
「亜弥ちゃん」
再びトーンが高くなった。
「なんだか知ってるようだね」
「いえ! ほとんど、まったく、知りません!」
「聞いてくれる?」
「……はい」
立ち上がって服を払う後藤さんにわたしは何度も首を縦に振った。
そのときパリンと何かが割れる音がして後藤さんが前につんのめった。
続けざまパリンパリンと音がして後藤さんは二度つんのめり、今度は床にどさっ
と倒れた。
一瞬何が起こったのかわからなかった。
――後藤さん!
叫んだつもりが息を激しく吸っただけで声にもならない。…まただ。
横向きに倒れた後藤さんの表情はわたしとは反対の方を向いていたのでわからな
い。
――血。
ただ壁に飛び散った少量の血と、倒れた体から流れる血は見えた。
わたしはどう動いていいのか判断できず、左右に、意味不明に動いてから後藤さ
んに近付こうとしたとき、またガラスが割れてわたしの立ってた近くの壁にピ
シッと穴が開いた。
「伏せて」
いつのまにかこっちを見ていた後藤さんに言われて、ようやくその場に伏せた。
「頭上げたらだめだよ」
後藤さんはほふく前進で部屋の隅にあったボストンバッグを手に取ると、ジッ
パーを開けて何かを取り出す。それをガチャガチャと何やら組み立て始めたかと
思うと、次の瞬間にはライフルを構えていた。
――なんでそんなもの。
一瞬白いスーツ、前に見た夢を思い出した。
窓から頭を少し出して外を覗く後藤さん。その近くのガラスが割れる。わたしは
頭を抱えて縮こまった。
「あは、へたっぴ」
狂ってる。何もかもが狂ってる。
どうしても後藤さんを殺したいっていうの。何がそうさせるわけ。
それにしたって、むこうがおかしいなら後藤さんだっておかしい。
ばかばか! なんでこんなことしなきゃいけないのよ!
なんなの!?
わたしの頭上を弾がかすめ飛んで2つ3つ穴が開いた。
「やめてーー!!」
後藤さんが割れた窓にライフルを置き、3発撃った。
それを見るとわたしはまた頭を抱えて伏せた。
それから数秒の間、静かだった。
しばらくしても相手は撃ってくる様子はなかった。
顔を上げると壁にもたれてる後藤さんと目が合う。
「当たった」
「あの…」
「あそこ」
後藤さんが窓の外を指さす。わたしはなんとか起き上がると、その方向に目を細
めた。
向いの…すぐ近くのビルの、4階。
窓に蜘蛛の巣みたいな模様が出来ているのが見えた。
「それ、本物ですか…」
「うん」
「その…」
「痛…」
後藤さんの押さえた肩から血が出てた。
あわててタオルを探す。
「こっちはいいよ」
「でも!」
「騒ぎになってないか見て」
「大丈夫なようです」
廊下を見ると意外と落ち着いていた。
ドアを閉めて部屋を見回す。ガラスの散らばった部屋。
後藤さんはすでに解体したライフルをバッグに入れるとそれを持って立ち上が
る。
「逃げよ」
「はい」
「ボイトレもうそろそろ始まるし」
「それどこじゃないです」
わたしたちは部屋を出て周りをうかがった。
あのビルにいる誰かが気になった。
あそこにいたのは誰なのか。
小川さん? それとも他の誰か。
今、瀕死の状態? もしかして死んでるかも。仮に見に行ったとして。わたしが
第一通報者。マスコミ。目撃者。後藤さん。
一気にそれらが頭に並んで、わたしの足がすくむ。
行けるわけない。
このまま何事もなかったように歌録りに行くのがいいと思った。
――愛ちゃん!
突然彼女の顔が浮かび、顔が熱くなる。
まさか違うよね。おとなしく待ってるよね。
「松浦悪い。見てきてくんない」
「ええ?」
やっぱりそうなるんですか? ででででももしかしてわたし殺されるかも知れな
いじゃないですか! そう言おうとあたふたしていると
「へんなとこ当ててないか心配。大丈夫だったら電話して」
「……」
「ごめんね、松浦しかいないから」
ついバッグを肩に抱えてしまい痛みに顔をゆがめて言う後藤さん。
わたしをみつめる目。でももう、わたしは決心していた。
落ち着いてわたしはうなずいたものの、正直頭の中はまだ混乱していた。
「じゃ。ボイトレまだかな…」
部屋を去る後藤さんに背中を向けた途端、わたしはスタジオの入口に向かって
走ってた。
向かいのビルの4階。ビルはいわゆる社屋ビルってやつで、廊下には普通に会社
の人が歩いてたりして、顔を伏せて急ぐわたしはすれ違うたびに違和感の視線を
浴びせられた。
4階もちゃんと会社があって、どこの部屋にそいつが潜んでいるのかよくわから
なかった。
よくもまあこんなとこから撃ってきたこと。
こそこそ隠れながら探し回った結果、人がいないと思われる部屋はただひとつ。
地図倉庫と書かれた暗い部屋――。
「失礼しま〜す……」
ドアの隙間から覗くと誰もいなくて並んでいるのはスチール製の棚ばかり。その
奥の窓が割れてるのが見えた。
「あの、撃たないでくださいね。怪しい者じゃありません」
姿の見えないその人にささやいた。というかそれしか声が出なかった。
窓のそばに近寄ってみると、床に結構な大きさの血だまりを見つけた。それは引
きずられて、棚の奥の方へ伸びている。
「あなたの怪我がひどいことになってないかなと思って見にきたんです。あ
のー、今この血ををずっとたどっていきますから、絶対、絶対撃たないで下さ
い」
震える足でおそるおそる血の跡を追った。
血はうねうね曲がって、やがて一直線にダンボール箱が積まれている方へ。
後悔。
決心。
なんでわたしが…。
その人はダンボール箱の隙間に静かに潜んでた。こっちをじっとみてるのはわ
かったけど、頭から布のようなものをかぶっていてどんな人なのかはわからな
い。
「大丈夫ですか?」
「………」
「怪我してるんなら、み、みせてください」
その人は横にあったライフルに手をかけた。
わたしは一瞬緊張して肩をすくめたけど、その人はそれを構えようとはせず後ろ
に隠したので、それで少しほっとした。
隙間にそろそろ近付いていって覗き込んで、驚いた。
「あなたは…」
ジェネレーター。
丸い顔に大きな目。こぼれるような目。
秋葉原で出会った、ジェネレーターのあのコだった。
「どうして…?」
「………」
おとなしそうな顔からは想像もつかなかった。
稀少なジェネレーターを買っていく理由は、わたしたちと同じ理由。
そもそもあんなものに他の用途なんて、すでになかったんだ。
冷静に考えればわかる事だったのに。
「あなたも…?」
「……え?」
顔を上げた為にかぶってた布が少しずり落ちて、大きな目がきらきら光った。
「いいや、とにかくおいでよ」
少し強引に腕を引っ張ると彼女は痛そうに顔をしかめた。
わたしはかまわず隙間から引きずり出した。
「う」
「ご、ごめん痛かった?」
「ううう」
急に彼女の呼吸がはあはあと荒くなったかと思うと、隙間から出した途端べ
ちゃっとうつぶせに倒れてしまった。あわてて仰向けにするとますます苦しそう
にうめきだす。
「苦しいの? どこ撃たれたの?」
「あう……」
あえぐ呼吸はどんどん弱まっていくように見え、わたしはどうしていいかわから
ず、とりあえず彼女の黒い服を脱がそうと、襟元のボタンに手をかけて止めた。
見ると手に血。
とっさに背中を支えるとふっと体から力が抜けた。目はすでに閉じられていて
「やだあ! 死なないで!」
「………お水をください」
「お水?」
「お水が飲みたいです……」
「わかった、今持ってくる」
立ち上がったけどすぐ足を止めた。
「でも、わたしが離れてる間に死んでるなんて、そんなのだめだからね。それだ
けはやめてよね」
「いえ、ただのどが乾いたもんで……」
給湯室で水のペットボトルと一緒に救急箱もみつけたので、急いで持っていく。
急ぎすぎた為そのまま彼女のところにたどりついた途端、転んで全部ぶちまけて
しまった。
彼女はというと瀕死の状態。ということもなくただ半分口を開けながらわたしを
みつめていた。
すでに彼女は自分で持参の薬を肩に塗っているところだった。床に転がったペッ
トボトルをみつけると飛びついて飲む。
「薬持ってきてるんだったら早く言ってよ」
それでも肩の後ろには手が届かないようで、わたしが塗ってやった。塗ってから
驚いた。傷口に目をこらして、そむけた。
かすり傷じゃないの?
「これ、貫通してるんじゃない?」
「はい……」
そっと塗ると軟膏と血が混じってピンク色に変わっていく。めまいがして頭を
振った。
肩に包帯を巻こうとすると必要ないですと拒まれたけど、かまわないで巻いた。
巻く時に傷口を見ると気のせいかさっきより良くなっているように見えて一瞬手
を止めたけど、そのまま巻いた。
彼女は紺野さんという名前だった。わたしが聞くとそう名乗った。
「水、もっといる?」
「どうして私なんかを……」
「え?」
かなり距離を縮めないと聞き取れないくらい、彼女はささやくように話す。
「ありがとうごいます……。私なんかを助けていただいて……」
ペットボトルを胸に抱えたまま深々頭を下げる紺野さん。
「あのね、あたしあそこにいたんですね。超危なかったんだからね」
「え」
「頭の上数センチぐらいのとこ弾通ってって、このくらいよ」
「え」
「え、じゃないんだから」
「すいませんでした……」
「いいけど」
「やはり同志だったんですね……」
「はい?」
同志? ああ、暗殺の同志って事。
「秋葉原のお店で……」
「……お店で?」
「ジェネレーターがショートしたと聞いた時……もしかしてそうかなと思いました……」
「わたしも思った」
「すいませんでした……」
「いいの。それはいいんだけど」
「別の人の任務を邪魔をした事になります……減点3です」
「減点?」
「という事は……あなたのターゲットもあの方という事になるのですね」
「後藤さんの事?」
「はい……」
ちょっと笑いそうになった。
なんとわたしも後藤さん暗殺部隊の仲間に入れられちゃった!
それを阻止しようと駆けずりまわされてる方の人間なのに。
つまりあなたの敵なのに。
それでも真剣な顔でうつむく彼女。
「あの方のやりかたは……」
「うん」
「やはり許せません……」
「なぜ?」
「なぜ…といいますと……?」
紺野さんは顔を上げて不思議そうにわたしをみつめた。
なぜ? はまずいか。
そう思うと同時にそうかとひらめいた。
勘違いしているこのコにいっちょカマかけてやるのも手だと。それで何かわから
ない事、あれやこれや聞きだせるはず。
「あのねわたし、まだよく把握してなくて」
「何をですか……?」
「正直任務の事より帰らなきゃいけないっていう事の方で頭いっぱいで、なんて
いうかその」
「…………」
「そもそもなんで後藤さんを狙うのかがわからない」
「…………」
「よければ、教えてほしいんだけど」
無理に作って笑うわたしをみつめるその目は、明らかに不審な者を見る目に変わ
る。
またまずかったか? でもこうでもしないと誰も教えてくれない。このまま突っ
切れ。じゃないと。
「あたしたち、何をされたの?」
はらはらするのをごまかすように、包帯をいじりながら紺野さんの言葉を待った
けどなかなか答えは返ってこない。
ふと見ると彼女はわたしを見つめたまま大きな目に涙を溜めていた。
「ど、どうしたの?」
「転送する時に正常ではない負担がかかると……そうなります。そう聞いた事が
あります……」
「そうなるって?」
「プラットホーム症候群だと思います……」
「どういう事かな」
「かわいそうです……」
「いや説明してよ」
目を見開いたまま、溜まった涙を拭おうとしない紺野さんにわたしはハンカチを
渡した。
紺野さんはそれで鼻をかんだ。
スチール製のもたれて座っている彼女の横にわたしも腰を降ろす。
これで幾分聞き取りやすくなった。
「この世界へは……転送機に入り……スタッフの操作で送られてくるわけです。
松浦さんもそうやって送られてきたんですよ。覚えてますか……?」
首を振った。
また紺野さんの目に涙が浮かぶ。
「冷蔵庫から出るのよね」
「この世界に送られてくるのは選ばれた者だけです……」
「ところが転送する際……侵入者が……」
「侵入者? どこに」
「操作室です」
「侵入者って?」
「テロ集団です。彼らが転送機の発動を止めてしまったんです……。ここも覚え
てませんか?」
「うん……なんで止めたの?」
「私達を外の世界に来るのを阻止する為にです……」
「来たらだめなの? ……外って何だ?」
「彼らは……私達がこの世界に悪影響を及ぼす存在と考えています。私達が転送
される直前、彼らは操作室のスタッフを殺し掌握したあと、発動を止めました…
…。ですけどもう転送は始まっていましたし……慌てた彼らは転送自体は止めた
ものの、そのまま転送機に注入され続ける羊水を止める事は出来なかったんです
……」
「それで?」
「中に入ってる人は溺れて死にます……」
「死ぬの」
「羊水で酸欠になった私達は死ぬ寸前でしたが……なんとか助けられ、意識を取
り戻しました」
「助かったの?」
「他の人達の事はよくわかりません……」
「それから?」
「それから教育を受けました」
「暗殺の?」
「はい。元々私はアイドル科だったんです。本来の希望はそこだったんですが…
…」
「アイドル科……」
「その事件を機にそんな思いもよらない科に移されてしまって……」
「…………」
「それもこれもあの人のせいですから」
紺野さんは視線を宙にさまよわせ、かすれたような声で話し続けた。おかげで完
全には把握しきれなかったけれど、なんとなく見えてきたような気がした。
「私の事ばかり……すいません……」
「ううん、だいぶわかった。おかげで」
「たぶん松浦さんも私と同じ科に、一緒に居たのではないでしょうか。でもあん
まり面影ないですね……」
「面影? ごめん何回も聞くけど、どうして後藤さんなの」
「だって転送を止めたのはあの人ですから……」
「…………」
「でも紺野は無事に……こうして任務につけました。今こそ恨みをはらす時だと
思ってます……」
そこがどうしても納得できないなあ。そりゃ後藤さんにひどい目に合わされて、
報復措置。それをこんなコ達が実行させられて、第一本当にそれは後藤さんでい
いんですか。そしてあなた達は納得して行動してるんですか?
そういう疑問をひと思いにぶつけたかったけど、紺野さんのなぜか少し嬉しそう
というか、不敵な笑みというか、それを見てわたしは口を結んだ。
「頑張ります……」
「私達ってのはどういう事? そういうひと達は他に何人いるの?」
「確か4人だったと思います。リストがあります」
紺野さんは携帯のような機械をポケットから取り出すとボタンを何度も押した。
「コードネームMO、RN、AT、AK、の4人です。あれ……」
「………」
「松浦さんはMですよね……」
「うん……」
「コードネームってその人のイニシャルなんですよ。私ですとAKになるんですけ
ど……」
「ごめん、あたしじゃないの……」
ここまでだと悟り、わたしはいち早く白状した。
「あたしじゃないの。今うちにひとりいるの。実はそのコが紺野さんの同志」
「えっ……?」
「あたしは、そのコの……ただの知り合い。こっちの人間」
紺野さんは途端に青ざめて、口を小さくパクパク動かしはじめた。
「そのコ、あんまりよくわかってないと思うのね。たぶんあたしが聞いても支離
滅裂な説明になると思う。だからなんだか聞く気にならないっていうか、おそら
くさっき言ってたプラットホームっていうの……」
慌ててまくしたてるわたしを尻目に、紺野さんは部屋の隅に後ずさっていって置
いてあったバッグに手をかけた。その素早い動きにわたしも後ずさった。
紺野さんがバッグから取り出したのは、なんだか腕ほどの大きさの人形のような
もの。目をこらしてよく見ると、紺野さんにそっくりの人形だった。
必死に顔をわたしからそむけ、代わりに人形の顔をこっちに向けている。それが
何を表したいのかよくわからなかった。
「ごめんね。騙すつもりじゃなかったの。でもどうしても知りたかった」
紺野さんは人形の首をぐるぐると左右に振る。
どういう意味だろう。
「だって、こうするしかないでしょ。あたしがこっちの人だなんて言ったら紺野
さん何も言ってくれないじゃない」
人形の首が振られる。
「謝るよ。ごめん。騙してしまってごめんなさい」
首が振られる。
「それは、いいよって事?」
やっぱり首は振られた。
ホゼンナ
保全
そのときわたしの携帯が鳴り、ふたりして驚いた。
近くにあった紺野さんのバッグを踏んづけてから電話に出ると、後藤さんの声が
聞こえる。
「どんなかんじ?」
「だ、大丈夫でした。けして軽い怪我とはいえないんですけど」
案の定紺野さんはこのすきに逃げようと、わたしが踏んでいるバッグを引き抜く
のに必死になっている。わたしは足に力を込めた。
「わかった、ありがとう。戻っといで」
落ち着いた声はすぐに切られ、携帯をしまってすかさず紺野さんを捕まえる。
「待ってよ!」
「帰ります……はなして下さい」
「帰るって、向こうに?」
「こんなの聞いてません……はなして下さい」
「わたしでしょ? 原因は。第三者が存在してたって事ってことなんでしょ、ね
え」
わたしが手を離すと紺野さんはまた部屋の隅に駆け寄り、人形を盾にした。
むち。
「あたしだってひまじゃないんだから」
「…………」
「勝手にやってればいいじゃない、殺し合うなりなんなりさ。ばかばかしいで
す」
「え……」
「あたしにはまーったく関係ないもん」
「…………」
「お邪魔しました。お大事に」
さっさと出口に向かうわたしの背中にはなんの声もかけられなかった。
ちょっとこのままだとわたし帰る事になっちゃうじゃない。感情的に関係を断ち
切っちゃうわたしが馬鹿? 助け損てやつ? もう! と思って振り返った瞬間
「や、やっぱり!」
と裏返った声が返ってきた。
「やっぱりあのとき……ショートしたジェネレーターを見たとき、迷ったんです
……」
「何を?」
「ああ、同志だ。きっとみんな一緒に転送機が壊れたんだって」
「そうなの?」
「このまま私だけが帰っていいものなのか、同志を見捨てて自分だけ任務を果た
して、それでいいものなのかと、迷ったんです……」
「好きにしていいよ」
「え……?」
眠そうな目がわたしを見上げる。
あめ。
「そっちの事はよくわからないから」
「…………」
「無理強いはしないけど」
「…………」
「そっちはそっちの決めごととかあるんでしょ?」
「はい」
「え、あるの?」
「あります。割り当てられた転送機に、別の者を入れるわけには」
「うあーーーーっ!」
耳を塞いで叫ぶと当然のように紺野さんはたじろぐ。
後ずさる彼女にかまわず、わたしは近寄って手をとった。
「ごめんね撤回」
「は……」
「あたしの友達転送して」
「それは……」
「してやって」
「…………」
「くれるかな?」
「できません……」
「…………」
保全
冷静さをなくした行動から我に返って、紺野さんの手を放し、身を引いた。
ぼーっと窓の外、穴の開いてる後藤さんの部屋をそのまま眺めた。窓の奥に後片
づけをしてると思われる後藤さんの姿が小さく見える。
わたしがひどくみじめに見えるのか、わたしを穴が開くほどみつめたあとは紺野
さんも同じように落ち込んでしまった。人形の顔とにらめっこ。
愛ちゃん、だめだって。やっぱり。
「紺野も」
「………」
「みんなのように楽天的に……、その、仕事ができるようになればいいなと、い
つも思うんですが……」
我に返って紺野さんに顔を向けた。
差し出された人形。
わたしの顔まで両手を突き出し、人形をこちらに突き出す紺野さん。
「はい?」
「どうぞ」
よく見ると人形の口の中に、あれが入っていた。オレンジ色のあれ。そうジェネ
レーター。
「転送は服務規程第16項でしてあげる事は出来ませんが……」
ジェネレーター。
「どうぞ。物資提供の禁止は特にないですので……」
「だって」
「保険で買ったものですが……、実は修理できたんで」
「冷蔵庫?」
紺野さんはうなずいて、人形を手にぐいぐい押し付けてくる。
「いいの?」
「要りません」
紺野さんはうっすら微笑み、目をそらす。
「ありがとう……」
「競争相手なんて死ねばいいんです」
「え」
ジェネレーターを手にとった途端の急な言葉にどきっとして顔を上げると、紺野
さんはわたしの顔を凝視していた。
そのときドアが開く音がして、わたしたちは慌てて物陰に隠れた。その際紺野さ
んが棚に頭をぶつけて大きな音をたててしまった。入ってきた誰かの野太い声。
「誰かいるのか」
「ちゅうちゅう」
「なんだねずみか」
驚いて隣を見ると、紺野さんは必死な顔でねずみの物まねをしていた。
社員らしい男の人は安心したように資料捜しを始めている。
よく理解できない光景に首を傾げて、紺野さんをまた見つめた。
「そうみんなは言うけど……」
彼女は縮こまったまま、伏し目がちにつぶやく。
「競争に勝てば、それでいいんでしょうかね……」
半分ほど言ってる事はわからない。ただ彼女ではどうしようもできない何かに左
右されて、孤独に、彼女なりに、それをなんとかしようとしているということは
理解できた。
そして愛ちゃんも。
彼女の場合は――紺野さんの言うようにかなり楽天的ではあるなと、わたしでも
思うけど。
「なにやってんですか、はやく持ってってあげてください」
どんと押されて段ボールを倒してしまい、あわててふたり縮こまる。
「だれだ」
「ちゅうちゅう」
鳴き続ける紺野さんの横顔。その必死な顔。
それはたぶん、ずっとあとになっても覚えてるんじゃないでしょうか。
ジェネレーターを手に取り、目の前に掲げてみる。
あれから急いでスタジオに戻り、仮歌録って、帰りに喫茶店に寄ると、とっくに
帰ってると思ってた愛ちゃんはまだそこにいて驚いた。
テーブルに突っ伏して眠ったまま、わたしが向かいに座っても起きる様子はな
く。わたしは疲れた体をソファにうずめて、馬鹿みたいにしばらくその辺を見て
た。
また何の夢を見てるのか、のんきそうな愛ちゃんの顔をテーブルランプが照らし
オレンジ色に染めている。その明かりにジェネレーターを当てた。
――後藤さんが。
テロ……リスト。
テロリストぉ〜?
(あたしがやらなかったら誰がやんの? あたしばっかり悪者扱いで……)
どういう事だろう……。
(感謝してほしいぐらいだよ)
それに。
夢とリンクする部分。
なんでリンクしてるの。なんでわたしは似たような夢を先に見たのだろう。なん
にも聞かされてないのに。
紺野さんの涙。小川さんの憎しみのこめられた視線。
ふと赤く染まった愛ちゃんの顔がよみがえった。
水の中で見開いたままの目を向けたまま動かない愛ちゃんの顔。
その思い出したくない映像を、頭を振って消した。
いったいどんな目にあって彼女たちはここに来なければいけなかったのか。
目の前の愛ちゃんの顔を覗き、無意識にテーブルに投げ出された手に触れた。
紺野さんの話を聞く限り、どう考えても悲痛で、屈辱的で、理不尽な事のように
思える。そんな体験をしてきた彼女たちに、わたしなんかが何をしてやれるとい
うのだろう。
何も出来ない。それにはあまりにもわたしが知らなさすぎるから。
(いってこーい!)
加護ちゃんの顔が宙に出てきて、わたしを笑わせる。
嘘でしょ。
なんて思いつつ、触れた手をそっと握った。
( ゜皿 ゜)=○)ё)
(゜皿 ゜ )= (ё )(ё )(ё )(ё )(ё )(ё )(ё )(ё )(ё )=
保全失敗申し訳ない
パソコンの画面の中のダルメシアンに向けてジェネレーターを見せた。
「手に入ったよ」
ぶるぶる震わせると彼の首も振られる。
前回の愛ちゃんのやってた手順で彼を呼び出すと、案外簡単に現れた。
「こないだのちゃんと伝えた?」
わたしの質問に彼はそっぽを向いて無視。
いいですよ別に。所詮動物なんかに守れるわけない。
「これ、取り付けるだけでいいんだね?」
__Y
舌を出したままの彼の顔に少し軽蔑の視線をくれてやりながら、わたしは部屋か
ら出て台所に向かった。
冷蔵庫の中、焼けこげた部分にそれをあてがう。
「こんなの防水加工とかしてないと、また同じ事が起きるんじゃないの」
そのへんにあるはずのドライバーを手探りするもなかなかみつからず。
「ねえ」
冷蔵庫から顔を出してドライバーを取るついでに、そこにいるはずの愛ちゃんを
見た。
だけど、いつのまにか彼女は消えていて。
「愛ちゃん?」
家の中にはどこにも見当たらなくて、玄関を見に行った。
愛ちゃんにあげたわたしの靴。
やっぱりと思ったけど、それが消えていた。
何も言わずに出かけていくというのは、別に驚く事ではないけれど、なぜだか今
回は胸騒ぎがした。
どした?
――あたし、なんかした?
サンダルを突っかけて、わたしは玄関を飛び出した。
そんなに捜し回らないうちに、河川敷の草むら、腰ほどもある草の中に見なれた
後頭部をみつけた。
たしかあの頭――
やがてそのコはゆっくり立ち上がり、そのままじっとしていた。
なにか見つめる愛ちゃんの背中。
その背中は夕陽の逆光で黒いかたちにしかみえなかったけど、何を思っている最
中なのか、それを考えると、なんとなく声をかけられなかった。
帰れるようになったんだよ?
近寄っていくと、斜め後ろから見たほっぺたが膨らんで動いているのがわかっ
た。
「愛ちゃん」
途端に彼女は口の中のものを吹き出す。
「あ」
振り返った彼女の鼻からは、ごはんつぶの混じった鼻水が垂れていた。
>>225 いえいえ自分のミスです。こんなに早いとわ。
二度と羊では書かない事を決めた。
池上署でのマサノブとの共演よりも先に書いてるのが、偶然というか
恐怖を感じます今日この頃。
>>46
「取り付けるの手伝ってくれないの?」
「ごめんなさい」
鼻水をまっすぐ伸ばした愛ちゃんにハンカチを渡してから、わたしは草の生えて
ない適当な場所に腰をおろした。瞬間的だったけどもつかえてた胸の何かが消え
ていくのがわかって、大きく息を吐いた。
「取り付けたって無駄やって」
「なんで? あいつは――」鼻を拭いたハンカチを返そうとする愛ちゃんの手を
拒否する。「あの助手は付けるだけでいいって言ってたよ」
立ったまま、また何かをみつめてる。
「補習受けるんじゃないの? それとも何か帰れない理由でもあんの?」
「亜弥ちゃん、ほらほらあれ!」
無邪気に愛ちゃんが指さすのは、飛んでいく二羽の鳥。
それはやっぱり夕陽の逆光を受けていて。目が痛かった。
「補習なんてとっくに終わっちまったし、やっぱり課題をクリアせな帰れないん
です。向こうの方でそう設定してあんです」
「なんでそんな事がわかるのよ」
思いきり不機嫌に返すわたしの目の前に一枚の紙切れが差し出される。
差し出す愛ちゃんの手からそれを奪い取って目を通した。
それは、わたしのパソコンからプリントアウトしたと思われる、例の「あっち」
からの指令書。
MGのまっさつおよび キーカードのだっしゅ
もはや きげんにゆうよなく さっきゅうなにんむかんりょうをのぞむ
なお いじょうをみたさないばあいのきかんをみとめず
「やるんよ」
「殺すの」
「でないと他の人に先越されちゃうんで、他の人もまだ成功してないみたいなん
で、ここまできたらウチが」
「そう」
「ウチは……きっとこれ成功させて一等賞になるんです。で、アイドルにな
る!」
身上げると口一文字。拳握って。
もうわたしは力が抜けてしまい、返す言葉もなかった。
その勇ましい顔は、しだいに不安げにわたしを見る。
「おこらないの?」
「知らないよ」
いつまでたっても同じ事の繰り返し。もうわたしの手に負えない。
まじに勝手にやってください。
そんな投げやりな心境だった。
結局無駄。全部無駄。
わたしのいままでやってた事なんて、全部無駄なんだ。
悲しくはなかった。涙も出てこなかった。
まだ水辺を飛んでいた二羽の鳥を見つめた。
大きい鳥と小さい鳥。
小さい鳥はこころなしふらふら飛んでいた。
やっぱりあれは、あのときの親子なのかな――。
ふと愛ちゃんを見ると、こっちをじっと見ていてどきっとした。
その顔はなんていうか、何か乞うような、わたしに何かを求めているような、そ
の疑問にしばらく立てなかったけど、気まずさにわたしは腰を上げて草を払っ
た。
「どうしたの?」
目を伏せ、持っていたコンビニの袋を握りしめている愛ちゃん。
わたしはなぜだか一瞬、氷が溶けたようなかんじがした。そしてそれが溶けてし
まう前にわたしは口を開いていた。
「なんか……ほんとはこんなことしたくないんじゃないの?」
わたしの言葉に愛ちゃんは少し、視線を上げた。
そして何も返してこない。
やっぱり――そうなんだ、と思った。
「いやなんでしょ」
袋の握られる音だけが響く。
そうだったんだ。
じっとうつむくままの彼女の肩に触れようと手を伸ばすと、なぜか愛ちゃんはそ
の手をとって自分の顔を押し付ける。
わたしは愛ちゃんの意志を感じた。やっとわかった。
今までは理解できなくて、わかろうともしてなくて。
わたしはショックと、なぜだか少しの嬉しさとで動けなかった。
手の甲にあたたかいものを感じる。愛ちゃんは泣いていた。
どうしたらいいか、そんなのはさっぱりわからないけど、わたしはこのとき、こ
のコの為に何か力になりたいと、初めて思ったのかもしれない。
夕陽の映った水辺、その眩しさに目を細めたけど、鳥たちはいつのまにかいなく
なってた。
うわ、むっちゃドキドキした
愛ちゃんを寝かせたあとは、居間にノートパソコンを持ってきて、例の手順でダ
ルメシアンを待った。
画面には彼専用の青い椅子が置いてあるまま。いつまで経っても彼は現れる様子
もなく。
今日も夜の静けさが部屋中に満ちた。
パソコンなんてものはもともと好きじゃない。更に、ここのとこ夜の台所も苦手
になってきて、またへんな夢を見るんじゃないかとか、そういう不安もあって冷
蔵庫にはあまり近付かないようにしてた。
そんな不安が何かに伝わったのか、台所から物音が聞こえた。音のない居間にそ
れははっきり届いた。
パソコンを抱えおそるおそる台所に足を踏み入れて、そっと冷蔵庫を覗いてみ
た。
冷蔵庫の扉が開き、その中から何本もホースのようなものが伸びていて、それは
宇宙服のようなものを着た人の背中に、全部くっついている。
宇宙服。どでかいヘルメットをふらふらさせて、背丈が――わたしよりチビ。
それが不気味に台所にいた。
その人はしきりに背中のホースをはずそうともがいている最中で。
我ながら抱えていたパソコンをよく落とさなかったなと思う。
案外冷静にわたしはその人を見てた。
彼は邪魔くさそうにようやくホースを全部はずすと、冷蔵庫に叩きつけてから振
り向いた。
「ご苦労さまです。亜弥ちゃん」
ふらつきながらおじぎするその人の表情は、ヘルメットの真っ黒バイザーにさえ
ぎられて全くわからない。
「……先生? もしかして」
たぶんそう思って言った。
「はい」
「愛ちゃんの?」
「はい。ねえ、すでに直ってるじゃないですか。これ」
彼は冷蔵庫の中のジェネレーターを指しているようだったけど、わたしはそんな
もの見てもいなかった。無意識に彼に襲いかかってたから。
「わっ!」
「なにもかもあんたのせいだ!」
「待って下さい! ゲッ! やめて!」
ヘルメットを脱がそうとしたけど、固くて取れず、両手で掴んで思いきり振っ
た。
「亜弥ちゃん怒るのも当然ですし言い分も相当ある事でしょうから先生ちゃんと
聞きますんで落ち着いて下さい落ち着いて下さい!」
こもった訴えを聞いて、手を放したものの、振り疲れたわたしはその場に倒れ込
んだ。
同じく倒れて大の字になった彼と、しばらく台所に倒れたまま数分、しばらくそ
うしてた。
食卓に座った彼にお茶を出す。ヘルメットを取らないまま飲もうとして、バイ
ザーにお茶をぶちまける彼を見て、ばかだなと思った。
「言い分っていうか……」
彼はバイザーを拭くときちんと背筋を伸ばす。
わたしの文句を聞く為にそう落ち着かれると、いろいろあったはずなのに、か
えって出てこなくなるというもので。
息を吸い、ゆっくり言った。
「ただひとつだけ」
「はい」
「あの任務……あれだけは勘弁してあげて下さい」
「先生も同様、酷だと思っております。しかしブレーンウォッシュはそりゃあ強
力なものでありまして、あれに対抗するのは相当難しいのですよ」
「ブレーンウォッシュってなんですか」
「教育です」
「教育」
「そです。殺しの」
落ち着きすぎの彼を、わたしは睨んだ。
「こら」
「……こらとはなんですか」
「いいかっこしないでくれる。あなたがその教育とやらの担当者でしょ」
「ちがいます。先生は愛ちゃんの担任じゃないですよ。先生はたまたま転送を受
け持ったひとです」
「じゃあ、愛ちゃんの担任は別にいるって事?」
「そうですよ」
いよいよ夢と重なってきて、もうあれは現実なんじゃないか。そうだとしても慣
れてきたせいか驚きはあまりなかった。
「あとありますか」
「それだけよ」
「そうですか」
「いったい何しに来たの」
「えーとですね、修理の依頼という事で」
「ああ……」
「もう直ってるじゃないですか」
あの犬……ちゃんと伝えたんだ。
「あ、時間が迫ってますんで、これで」
宇宙服は冷蔵庫を開けて、飛び出てきたホースを慌てるように背中に装着しはじ
める。
「あなた酷だって言ったよね」
わたしの言葉に彼は手を止めて顔を上げた。
「かわいそうだと思わないの。みんな、ひどい事やらされてるのは小さいコばか
りじゃない。どうせ、あなたじゃどうしようもできないって事は、わたしにもわ
かるけどさ」
「こう言うんです」
「なんて」
「素晴らしきマリンよ永遠なれ」
「す……え?」
「素晴らしきマリンよ永遠なれです。愛ちゃんは後藤さんの前に行くと、おそら
く教え込まれた通りの行動をとると思われます。その前にこれを言わせれば、な
んとかなるかもしれませんけどもこれは可能性の問題でしょうねえ。実行しない
かもしれないし――」
「殺しちゃうかもしれない」
「はい」
「言わせるだけ?」
「そです」
「言わせればいいんでしょ。簡単じゃない」
「言う前に殺しちゃうかもしれないですよ」
「えぇ?」
「あ、先生時間がありませんので、これで」
扉を閉める彼を見送るよりも、教えられた妙な言葉――素晴らしきマリンよ永遠
なれ
それを反復するのでいっぱいいっぱいだった。
彼が冷蔵庫を閉めたはずみで、その上の冷凍庫の方が開いた。
そこからどかどかと溢れ出てきた黒い物体。音からして重くて鉄製のもの?
反復しながらそれをよく確認すると、無数の拳銃。
だった。
いっぱい落ちてくるのを止めようと、あわててそれらをかき集めながら
「ばかやろーーー!!」
愛ちゃんが起きようとも、わたしはかまわず冷蔵庫に向かって叫んだ。
「何故、殺さなきゃなんないの?」
う〜ん……でもですね、重要なのはキーカードなんです。
「キーカード?」
そりゃ当局は、その際に後藤さんを消せれば都合がいいですし、なにしろ殺しで
もしなきゃカードは奪えないです。
「だからって――」
空中(水中?)をゆっくりと泳ぐ彼に対し、わたしの方はどこか固い床に腹這い
に寝てる、そんな感じ。わたしは彼に言い返そうと息を吸った。
また台所で目をさました。
あの宇宙服から手を滑らせて倒れた場所で、床に顔をつけたまま。
また例の症状か出たのか……。これで何回目だろう。
もうどうでもいいや。うんざりしながらも、すぐに記憶をたどった。
あのあと大量の拳銃は、かき集めて袋に入れて冷凍庫に放り込んだ。そこまでは
覚えてたから、すぐに体を起こし、冷凍庫を開けた。そして目を見開いた。
そこには何も、氷ひとつもなくて(移したから)いつものまま。
ほっと胸をなでおろした。
いや、それはいいけど……。
どっち?
現実? わたしの夢?
馬鹿な事だけど、現実だと思ってた。
「なにそれ」
朝の水風呂に浸かる愛ちゃんにかまわず、わたしは浴室を占拠した。彼女は疑問
に顔をゆがめながら浮かぶ氷をいじっている。
「はやく。言ってみてよ。これはね、必ず覚えなきゃいけないんだから」
わたしは例の、彼に教えられた言葉をちゃんと覚えてた。それを目の前の解せな
い顔に教えて、うながした。またついお尻を床につけてしまい飛び上がる。
「それがなんやの」
「だから通して言ってみて。何回も。忘れないように」
「いや」
「なんでよう!」
「言いにくい」
「どこがだよ……いいから言いなさいってば!」
「いや!」
ああ、そうか。言う順番がいけなかったんだ失敬。
「先生きたんだから」
「え?」
愛ちゃんは目を丸くして振り向いた。
「昨日きた」
「でへへ」いやらしく笑ってまた氷遊びに戻る。「亜弥ちゃん寝ぼけてたんでね
えのか。来るわけない。第一、来たらだめな事になってんです」
「ちゃんと来たんだから。ちびで宇宙服着て、それでもってピストルなんかいっ
ぱい――」
「………」
そこまで言ってあわてて口をつぐんだ。
愛ちゃんはというと呆気に取られた顔でこっちをみつめてる。これはわたしが思
うに、驚いてる顔。容姿を言い当てたから驚いてる。わたしは愛ちゃんに、待っ
ててと制して台所に走った。
台所をゆっくり見回す。
昨日の夜がもし現実であれば、あの人の言った事が、策のないわたしたちにとっ
て唯一の希望になるんだと、いまさら気付いた。
で、自分にちょっと笑って。
みつけた。
テーブルの上。彼が使った湯呑みが無造作に置いてあって、わたしはそれを手に
とった。
「冷た」
テーブルからこぼれたお茶が床に伸びていて、それを踏んだ。濡れたままだっ
た。
昨日はやっぱり現実だ――!
確信を持ったわたしは自信満々に浴室に戻って、再度愛ちゃんに迫った。嫌がる
彼女に水をかけられる。
「長くて覚えらんないんです」
「どこが! 素晴らしいマリンよ永遠なり。はい。あれ? き…き、だっけな?
ちょっとまって」
「がちょーん」
にこにこと愛ちゃんはわたしの顔をみると、わたしが寄せた眉間のしわに青ざめ
て水に潜った。
「ふざけないでよ、大事な事なんだから」
愛ちゃんは水の中でがばがばと笑ってるんだかわたしを馬鹿にしてるんだか、し
ばらく上がってこなかった。
これは……わたしの事じゃないのに。
ウォークマンにカセットを入れ、蓋を閉めて、イヤホンを愛ちゃんの耳に装着す
る。
ボリュームを上げてわたしもイヤホンに耳を近付けた。「どう?」
「わっ!」
思わずイヤホンを投げ捨てる愛ちゃん。
ちゃんと録れてるのが聞こえた。カセットテープ両面に延々とあの言葉を吹き込
んだのだ。こんなの一日中聞いてたらおそらくノイローゼになってしまう。
「しばらく取っちゃだめだから。覚えるまで」
「鬼畜生っ!」
「なんとでもいえば」
これだけでは終わらない。
事務所の屋上のドアを開けると雲ひとつない空が強い風と一緒に飛び込んで来
た。
連れてきた彼女はすでにそこにいる。仁王立ちの愛ちゃんは風に髪をなびかれ、
邪魔くさそうに頭に押さえつけながら振り返った。
「お待たせ」
「なんでこんなとこに用事なん? ウチ帰りたい。ああそうか、亜弥ちゃんここ
からウチを突き落とす気なんや」
「かもね。イヤホンしてる?」
わたしが聞くと愛ちゃんは耳を見せて、装着している事を示した。
「言ってみて」
「素晴らしきマリンよ永遠なれ」
わたしが笑顔を見せると愛ちゃんもにいっと歯を見せた。
親指を立てると彼女も立てる。
「ほんで、なんやの?」
「要するに後藤さんの持ってるキーカードが必要なんでしょ」
「あい」
わたしは下から運んできた後藤さんの等身大パネルを出入口から引きずり出し
て、愛ちゃんに向けて立てた。発声練習の次は、本人を目の前にしてのシュミ
レーション。その為に。
「愛ちゃんのその言葉に後藤さんがどう反応するのか、愛ちゃん自身はどうなる
のか、そのへんは聞かされてないし知らない。どうやら先生が言うには、『殺さ
ない為の言葉』、そうわたしは受け取った。とにかく、前から言ってるように妙
な気起こしたらとんでもない事になるんだから、絶対」
話をさえぎるように耳をつんざく破裂音が二回して、すぐ横の後藤さんの顔に穴
が二つ開いた。
わたしの顔からパネルの顔まで距離にして30センチ。
紙の破片が勢い良く風に舞う。
腰を抜かしたわたしなんか目に入らないかのように、愛ちゃんは仁王立ちのま
ま、リボルバーからあっというまに全弾撃ち尽くして、後藤さんのパネルを倒し
た。
大急ぎで愛ちゃんを連れ、なぜか後藤さんのパネルも抱えてその場から逃げた。
必死に愛ちゃんの手からもぎ取ってお尻のポケットにねじこんだ拳銃から熱を感
じる。
人通りの多い街中を走る途中、交番を横切るはめになってしまい、そのときはな
ぜかとっさに走るのをやめた。余計不自然だったかもしれない。お尻の拳銃を隠
すように手で覆ったのも不自然だったけど、おもてに立っていた警官はこっちを
見るだけで特に何の興味も示さなかった。
人気のない橋の上。その冊につかまって目を閉じて、ひどい呼吸を整えようと必
死になった。
横に置いた後藤さんパネルがふと目に入った。顔を重点的にやられてる。――顔
がない。おもわず寒気に震えた。
ようやく落ち着いて愛ちゃんを見ると、隣で四つん這いになってるものの、別段
苦しそうでもなく、ただ地面をみつめているだけだった。
――やってしまった。
たぶん、心境はそんなとこだろうか。わたしは冊の向かったまま腰をおろした。
「やっぢまった」
「………」
怒る事も出来ない。慰めの言葉もみつからない。こんな時は、何を言えばいい
の?
「やっぱりやっちまうんだな。ウチは……あたしは」
「………」
「あたしはあかんのやろか」
ただ意志は、愛ちゃんの意志は確実にこっち側に来てる。そう、わたしの方へ。
味方だよ。
そう思うと嬉しかった。意志があっても身体が言う事をきかないだけ。
だけ、ってのは目の前でおろおろしてる彼女には、実に失礼な話だけども。
「帰ろう」
そう言ってわたしは腰を上げた。
「軽蔑してるんでしょ」
パネルを拾いあげると同時に言われた。
「え?」
「あたしの事」
「……どうして?」
「だって――」
わたしは、今はただ
「だって、亜弥ちゃんいつも何も言ってくれないし、あたしの事なんて無関心だ
もの」
「へえ?」
今は言ってあげられる言葉が思いつかなかっただけだ。なのに。
「今は……何言っていいかわかんなかったんだよ」
「今だけじゃなく、前から」
「前から?」
「なんでいっつも無関心な振りすんのかなって、だからそう思ってあたしへんな
事ばっかりやって、ほとんどわざとじゃないけど、それでも亜弥ちゃんあたしの
方向いてくんなかった」
わざと? 何がわざとで、何が事故? いろんな愛ちゃんのやってきた事思い出
して。
だけど、今となってはもう、ごっちゃごちゃ。記憶の整理がつくはずもなかっ
た。
――そんなにわたしは、愛ちゃんを見てなかったのかな。
言われてみれば、そうかもしれない。
「じゃあどう言ってほしい?」
しまったと思った。
ここはおそらく何も言い返さず、受け止めとくのが大人なんだろうなと思った。
でも、もう遅い。思わず口をついて出た言葉がこれだった。もう遅いよ。
「今の場合なんてどう言えばいい? 思い通りにいかなかったのは例の教育って
やつでしょ。それにはやっぱり逆らえないんだよ。あきらめよう。これでいい
の?」
愛ちゃんは、例によってうつむきはじめる。
「わたしだってわかんなかったもん。愛ちゃんが何考えてたか。わかったのなん
て、最近だよ?」
嘘。最近じゃなくて、たった今だ。
要するにお互い、全然わかってなかったってわけだ。
わたしの言葉に愛ちゃんは顔を上げた。
「軽蔑なんてしてないよ」
わたしは落とした後藤さんを拾い上げると、彼女を通り過ぎた。
前より鮮明な愛ちゃんの思い。
しかし愛ちゃん、思った事口に出してぶちまけたのなんて、今がはじめてで
しょ。
しばらく歩くうちに愛ちゃんのついてくる音が聞こえてきた。
ごめんね。
そう呟いた。
γ⌒"ヽ
ノノノノノハ)
ノノ*‘ .‘ノ<読者@
作者さんは亜弥日記を書いてた人?
保全
保全
狩に誘導したほうがいいのでしょうか
test
>264
ここでいいよ。
268 :
名無しちゃんいい子なのにね:02/11/19 18:04 ID:VOWiH2QX
269 :
Y@GU:02/11/19 20:14 ID:b1W2eeke
ヤホーイ
・名前欄を空欄にすると「名無しちゃんいい子なのにね」になります。
・IDを表示させたい場合はアドレス欄を空欄にしておいてください。アドレス欄に何か書き込むとIDは隠れます。
・アドレス欄に半角で「sage」と入れると、スレを上げずに書きこむ事が出来ます。
・アドレス欄に半角で「0」と書きこむと、名前が緑色のままIDを隠す事が出来ます。
自分の考えに自信のない方はIDを隠してください。
・またここは狼や羊ではないので、いかに書き込みが少なくてもそう簡単に逝く事はありません。
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
Λ_Λ | 君さぁ こんなスレッド立てるから |
( ´∀`)< 厨房って言われちゃうんだよ |
( ΛΛ つ >―――――――――――――――――――‐<
( ゚Д゚) < おまえのことを必要としてる奴なんて |
/つつ | いないんだからさっさと回線切って首吊れ |
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(-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ…
(∩∩) (∩∩) (∩∩)
(-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ…
(∩∩) (∩∩) (∩∩)
(-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ…
(∩∩) (∩∩) (∩∩)
272 :
山崎渉:03/01/10 00:48 ID:???
(^^)
て
tes