小説練習用スレッド α

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74第3章

「石川さん?」
「ハイ、なんですか・・・」

「いや・・・でしゃばるようですが、もしまた・・・ああいう事が
あったら、ご両親なり、事務所の人に話した方が良いですよ。
いや、そうなる前に話すべきだと思いますよ」
「それは・・・出来ません・・・」
「どうしても?」
「出来ません、絶対に・・・言えません・・・」

梨華は思わず下を向いた。言える訳などない。何故ならば
・・・。言えない事を知っているからこそ、あの男は私に付き
纏うのだから・・・。

梨華の瞳に雫が溜まる。その大きな珠がポロリと落ちそうな
その刹那、廊下の先から愉しげに談笑している真希の声が聞
こえてきた。

梨華は慌てて、彼に気付かれぬように涙を拭うと、一礼をし
て喫茶店から飛び出した。

「あれ〜、梨華ちゃんどうしたのぉ?」

真希の軽い声が廊下に鳴り響く。梨華は真希とすれ違い様、

「何でもないよ」

という言葉をか細く残し、上にあるスタジオに小走りに向
かっていった。真希は小首を傾げながら、喫茶店に入って
くる。その横には彼の見慣れない女性が一緒にいた。真希
はその女性の腕に自分の腕を絡めてしな垂れかかっている。

誰もが一目見てわかる様に真希がその女性に甘えているの
は明白であった。

「今、終わったようぉ。ねぇねぇ、梨華ちゃんどうかしたの?」
「え?いや、別に何でもないですよ」

彼は慌てて嘘を付いた。真希はそうした彼の変な素振り
を見逃さずすかさず茶々をいれた。

「まさか〜、なんか変なことしたぁ?」
「してません!何もしてませんよ!」

彼は少し上気させながら言下に否定した。真希はそうした
彼の様子を見て笑いながら話を続けた。
75第3章:02/02/02 03:38 ID:???

「ウソだよ〜。わかってるよ。あ、そうだ、紹介するね。
この女の人はね・・・私の恋人の圭ちゃんで〜す!」
「ごっちん、何言ってるの。バカなこと言って」

正直に言えば彼は少し戸惑っていた。真希のこうした女の
子らしい様子を見たのが始めてであったからに他ならない。

16歳というよりもそれより更に幼児化した様に、その傍
らにいる女性に全面的に甘えている。今まで彼の見ていた
少し斜めに構えて、物事に頓着しない様と、今眼の前で見
せているこうした真希の違う側面を垣間見たのは意外でも
あり、面白くもあった。

「私たち結婚の約束してるんだもんね〜」
「もう、ごっちんたら、・・・変に思われたらどうするの?」
「変に思われるって、な〜にぃ〜。フフフフ」

いつも聞く真希の声とは明らかにトーンが違う。まるで
アニメーションのキャラクターのように変幻自在に声の
高低を操っている。

彼は見慣れないそうした光景にしばし呆然としていたが、
気を取り直し背筋を伸ばすとその女性に挨拶をした。

「私は事務所の方から頼まれまして後藤さんの身辺警護を
しているものです」
「私は保田圭と言います」
「保田さんですか、始めまして」
「圭ちゃんね、この人名前言わないんだよ。警備上ダメな
んだって。それにね・・・圭ちゃんの事もきっと知らないから
・・・失礼だよねぇ」

真希の言葉が店内に広がる。彼は慌てて否定するも、真
希の言うとおり、その女性が何者であるか等全く把握し
ていなかった。
76第3章:02/02/02 03:39 ID:???

「そんな事ありません。存じ上げています」
「ウソー!ウソついちゃいけないんだよぉ。じゃあ、どんな人?」
「えっとですね・・・確か・・・」
「フフフ、もういいよォ、無理しなくてもぉ。教えてあげる。
4月まで娘。にいたの。私の先生!」
「先生って・・・ごっちん、やめてよ」
「そうですか・・・。正直にいますと芸能界の事に疎くて
大変申し訳ありません」

彼は改めて保田に向かい頭を下げた。そうすると保田は
恐縮そうに彼に向かい言葉を掛けた。

「そんな気にしないで下さい」
「圭ちゃんね、この人ね、私の事も知らなかったんだよ。
面白い人でしょ?」
「そうなの・・・」
「いや、大変失礼を・・・」

彼も保田同様恐縮しながら、頭を下げていると彼女は彼を
制しながら言葉を繋いだ。

「気にしないで下さい。それよりも、いつもこの子が迷惑
かけているみたいで、ごめんなさい」
「そんな事はありません。随分と楽をさせてもらっています」

彼はウソをついた。そう、明らかなウソを。真希の妖しげ
な微笑が彼の眼に入る。もはやこれ以上この会話を続ける
のは難しい、そう判断した彼は話の向きを変えてみた。

「お仕事は、これで終わりですか?」
「ウン。後は帰るだけ!でもこの後圭ちゃんと食事に行く
んだよぉ、ね?」
「そうだね。でも、よろしんでしょうか?ごっつあんを
連れて行っても?」

「それはいいんじゃないですかね。何も聞いていませんし。
それに、他の現場にいたチーフマネージャーも戻ってきた
みたいですから。私の役目はここで終わりですので、後の
事はそちらに・・・」
「そうですか、それなら・・・」

「そうだ、真希さん。ワゴン車にチーフがいますからそち
らに話を通されてみては?」
「え〜、いいじゃん。あなたが言ってきてよ。お願い!」
「それはダメですよ。どの道、真希さんが来たら、一度
車まで来るようにとおっしゃってましたので。これから
出かけるなら尚更ですよ」
「ん〜。わかったよ。じゃ圭ちゃん待っててね。ちょっと
話してくるから」

「ウン。わかったよ、早くイッといで」
「ウン!」

真希は笑顔を残しながら足早に駐車場に向けて走り出した。
喫茶店に残された彼と保田はどちらともなく改めて挨拶を
すると話始めた。
77第3章:02/02/02 03:40 ID:???

「保田さんも今日はレコーディングだったんですか?」
「ハイ。まだ取り残してあった部分があって。そうしたら
娘。の取りと重なったみたいで」

「なるほど、それでですか・・・。それから先程は大変失礼
しました。あまり芸能の事は詳しくなくて・・・」
「そんな事ないですよ。気にしないで下さい」

彼は保田が醸し出す落ち着いた大人の女性の雰囲気に少
なからず感心していた。グリーンのキャミソールに白の
パンツが良く映える。

すらりと伸びた両腕はか細く、女性らしさを感じさせる。
ほのかに香るパフュームも如何にも大人の女性が身につ
けるそれであった。

「しかし少し驚きました。ああいう甘えた彼女を見るのは
初めてなので」
「そうですか?私の前ではいつもあんな感じですよ」
「本当ですか?」
「あの子は、人見知りするタイプだから。良く誤解される
んですけど、本当は真面目で素直な子なんですよ」

「何となくわかりますね。なかなか自分から心を開けない
のかな?」
「そうですね。大人びて見えるけど、中身は子供っぽいし、
だけど大人びているし・・・。それが後藤のいい所なんですよ」

彼は真希の事を愉しげに笑みを浮かべて語る保田の顔を
しばし眺める。他人には分からない二人の間にだけ流れ
る特殊な時間があるのだろうか・・・。

彼にしてみれば真希にとって保田の存在がいかに大きい
のかが、垣間見れた貴重な瞬間でもあった。

「まるでお二人は姉妹みたいですね」
「そうですかね」
「もっと言えば、恋人みたいだ」
「そんな事・・・」

彼と保田は顔を見ながら声を出して笑っていた。すると
真希が駐車場の入り口から駆け足でこの場所に戻ってく
るのが見える。

「な〜にぃ?二人で話してたの。ゲラゲラ笑って」
「何でもないですよ」
「ウソ。圭ちゃん、なに話してたのぉ?」
「別に大した事じゃないよ」
「何で隠すのよぉ。大した話じゃないなら、教えてよぉ〜」

真希は保田の腕にしがみつきながら、じゃれあっている。
彼はそうした二人の愉しげな光景を見ながら、最近感じて
いなかった柔らかな気持ちに包まれていた。
78第3章:02/02/02 03:41 ID:???

「真希さん、チーフにはお話してきました?」
「え?ウン、良いって。圭ちゃん、イコ!」
「そうだね。あなたは、この後?」
「私はチーフと一緒に未だ仕事が残ってますので・・・」

「そうですか。それじゃあ・・・」
「ええ。お気を付けて。真希さんも」
「わかってるよ、じゃあね」

愉しげに笑いながら二人の女性がホールにあるエレベータ
ーへ向かい歩き出す。彼は二人に向け一礼をすると、それ
に気付いた保田は合わせる様に頭を下げ、真希は彼に向け
て手を振った。そしてドアを開けて待っていたエレベータ
ーに乗り込んで階上に向け上がっていく。

誰もいなくなった喫茶店で彼は一人佇んでいた。店内のス
ピーカーからは男性のデュオの声が悲しげに響いている。
「沈黙の音」と名づけられたその曲を聞きながら、彼は一
人静かに歩き出した。


<第3章 序編 了 続>