小説練習用スレッド α

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1名無しさん
練習でも本番でも移転でも、どうぞ御利用下さい。
2名無し募集中。。。:01/12/19 04:12 ID:???
昔昔、あるところに
3名無しちゃんいい子なのにね:01/12/19 05:04 ID:???
おばあさんと、おばあちゃんがいました
4名無し募集中。。。:01/12/19 15:13 ID:???
おじいさんは山へ芝刈りに
5JM:01/12/20 01:49 ID:???


?凍える太陽 完全版?


序章

スペアパーツと壊れた心が、この地球を動かしている

?ブルース・スプリングスティーン?


「そういう事だ、な、来てくれるだろう。」

その台詞は断言だった。俯いている彼に言葉を投げ込むと、
男は返事を聞かずに去っていった。選択は、1つしかない。
もちろん、その言葉に従うより手段はなかった。

雨の降りしきる午後。都会のど真ん中にあるとは思えない
静けさに包まれた境内の片隅。剥げかかった朱色の杭に寄
りかかりながら彼は沈黙を続けている。

紫陽花に落ちる雨粒の音のみがこの空間を支配し、まだ春
の残り香が漂うこの場に身を潜める。

壊れかけたビニール傘をさし、彼は彷徨う。回答は一つの
み。ついぞ求め続けていた唯一無比の答えに辿りつく為の
旅路の末路。いよいよ「その時」が来た事を雨の東京は、
彼へ静かに告げていた。
6JM:01/12/20 01:58 ID:???

まだ冷たい雨の残る早朝、この町の全てを威圧するかの様
に聳え立つ真新しい高層マンションの前に、立ちすくむ彼
の姿があった。 彼は運命の引き金を静かに下ろした。

「おう、やっぱりきてたな・・・」

昨日の男は、シルバー色の大きなワゴン車から軽やかな足
取りで出てきた。先に待ち構えていた大学生風の容姿をし
た男女2人を引き連れその要塞に消えていく。

マンション前のやや細い道は、人の影がまばらに増え始め、
そして引いていく。さすがに雨の冷たさは幾分かは和らい
でいたが、それに反し雨粒の方は次第に大きくなっていく
ようであった。

時が滞る。

朝の街に雨音のみが静かに伝わる。苛立ちが彼の心に芽生
え始めたその時、要塞の門から漸く男が一人でスゴスゴと
出てきた。 男の顔には明らかに先程までとは違う険しさ
が刻み込まれている。この要塞の中で「何か」があった事
は誰の目で見ても明白だった。

「すまない、・・・ちょっとあってな。それよりお前が帰ったん
じゃないかと思って心配したよ」
「…」

男の言葉を待つまでもなく少し遅れて先程の2人に引きつら
れて出て来たその「相手」の態度は「何か」があった事を見
事に物語っていた。

空から落ちる雨粒が次第に大きくなって来る中、彼はワゴン
車の前でイラつくその「相手」に、慰めだとは知りながらも、
自分の傘を差し出した。

「どうぞ」
「…」

「さすがのお前だって、この娘の名前くらい知っているだろう?」
「え?…」
「何だ、知らないのか?」
「いや…」

男の問い掛けに彼は困惑していた。その「相手」の顔は
何かで見た事はあったが、正確な名前までは知らなかっ
た。ただ今の彼にとっては、彼女が何者であるかなどは、
どうでもいい事でもあった。
7JM:01/12/20 03:02 ID:???

彼は無意識の様に漠然と頷き「相手」に対し軽い会釈
をしたが、その「相手」は彼に一瞥もくれず、左右に
纏わりつく男女の腕を振り払うと、乱雑にワゴン車の
中に消えていった。

「なんだ、お前も俺と同じで、随分と嫌われたな…
まぁ話はついているから安心してくれ。詳しい経緯は
後で話すから。ちょっと今、時間がないんだ。すまない」
「・・・」

男はそう言い残すとワゴン車には乗らず、小走りに200
m程度先にある大通りへと向かった。どうやらそこに車を
待たせてあるらしい。走りながら、せわしなく携帯電話に
向かい大声で叫んでいる。その野太い男の声が静かな街並
みに反響していた。

その残響音と共にその場に残されたのは、連れの2人と彼、
そして車内にいる「相手」だけであった。

「…じゃぁ、あなたも乗ってください、急ぎますから」
「…」

連れの片方である若い女性は彼の返事を待つまでもなく
彼を急かす。彼は即されるままにその「相手」が先に乗
り込んでいるワゴン車の後部座席に座る。

シートの隙間から窺える運転席では、連れのもう片方で
ある学生風の青年がブツブツと小言を口走りながら、慌
てながらエンジンをかけていた。

青年は漸くとワゴン車を走らせ始めると、瞬間的にスピ
ードをあげ往来の激しい大通りへと向う。助手席に座っ
た女性は苛立ちを隠さず、忙しない様子でハンドルを握
る青年に指示を与えると、バッグから携帯電話を取り出
し、どこかへと電話を掛け始めた。

そうした前部座席の忙しなさとは対照的に、後部座席で
は、白けきった「相手」と沈黙を保つ彼との二人の間に、
何ともいえない重苦しい空気が醸造されている。

しかし彼は、どうするでもなく車窓の外に眼を遣り、た
だこの沈んだ空気に身を沈めていた。激しさを増し降り
しきる雨音が、車体を、そして車窓を強く叩いている。

(確か、あの日もこんな天気だったな・・・)

彼は、追憶の彼方に残るあの日の事を思い出していた。
全ての「終わりの始まり」であった、あの日の事を思
い出していた。

「やっぱり嫌!私には関係ないじゃない!」
「何をいっているの!ここまできて!もういい加減にしてよ!」

物思いに耽る彼を尻目に突如、目の前に座っている「相手」
と助手席に座る女性が座席越しに口論を始めた。しかし彼の
耳にはその内容は入ってこない。遂にはその口論に運転席の
青年までもが加わり、車内は激しい言葉の応酬の洪水と化し
ているにも関わらず彼の耳には3人の話は何一つ届きはして
いなかった。

唯一彼の耳に届いていたのは、彼らの喧騒にまぎれながら、
かすかながらに聴こえてくるFMラジオからの物憂げな音
楽だけだった。

(ビリー・ジョエルか・・・)

車内には、彼とは無関係の3人の人間が口々にわめき散ら
す罵声と、車体を叩きつける雨音、そして悲しいピアノの
音色が溢れていた。

「・・・・・」

激しい雑言の飛び交う車内。猛狂うかのごとく降りしきる
雨音。 彼の心は今日の天気のように重く沈んだままだっ
た。あれから何も変わらない、いや変われない。彼の心に
は、深遠なる虚無感が支配している。

FMでは悲しげな曲が終わり、明るいダンスナンバーが流
れ始める。彼の心はその曲を聞く事を拒否した。彼だけに
再び沈黙が訪れようとしていた。

彼は悲しげな微笑を一瞬だけ浮かべると、喧騒の最中、そ
して静かに目を閉じた。

<序章 了>
8INDEX:01/12/20 03:05 ID:???

<凍える太陽 完全版>

第1章…>>5-7


次回更新予定 今週中を予定
9名無しちゃんいい子なのにね:01/12/21 03:23 ID:???
hozen
10名無しちゃんいい子なのにね:01/12/21 18:18 ID:???
hozen
11名無しちゃんいい子なのにね:01/12/22 02:59 ID:???
hozen
12名無しさん:01/12/23 01:32 ID:???
Hozen
13名無しさん:01/12/24 02:53 ID:???
hozen
14第1章:01/12/24 04:31 ID:???

第1章

誠実、なんと言う、悲しい言葉なのだろう・・・

-ビリー・ジョエル-


「もう少し掛かりそうなんです・・・」

足元を照らす薄明かりのみが光る暗い地下駐車場。そこに
ポツンと停車しているワゴン車。彼女は関係者専用の出口
から小走りに近寄ってくると徐にドアを開け、後部座席で
本を読んでいる彼の姿を確認した。彼女は一瞬息を呑んだ
後、彼に対して静かに言葉をかけた。

「あと1時間程度なんですけど・・・」
「・・・」

彼はほんの一端彼女に視線を送ったが、気持ちだけ首を
傾け了解の意思を示した。彼女は何か言いたそうに、彼
を見つめていたがほんの一つ小さな溜息をつくと、ドア
を閉め今来た所へ戻って行った。

彼は、横目でそうした彼女を見やりながら車内の時計を
確認する。午前1時。いつもの時間、今日も深夜までこ
の場所で、いつもの体勢で「相手」を待っているのが彼
の日課だった。

ただいつもと違うのは、いつも金魚のフンのように付き
まとっている片割れの若い男がいない事だった。

「結局、こんな時間になっちゃって。真希は、局が用意した
隣のホテルに泊まる事になりましたので・・・」
「・・・」

午前3時、街中は静まり返っている。結局待つべき「相手」
は現れず、ワゴン車は疲れ切った二人を乗せ街中を走って
いた。

運転席でハンドルを持つ彼女の背中は、憔悴の色を感じ取る
のが容易であった。彼は後部座席に身を沈め、静寂に包まれ
ている東京の街並みを窓越しに焦点なく眺めていた。

過ぎ去った時間を取り戻すかの様に車は猛然とスピードを上
げると、靖国通りを素早く抜けて、左へ大きくカーブを切る
と、前方に三方交差の交差点が見えてくる。しかし煌々と燈
る赤色の信号を前にしても車のスピードは、変わらぬままで
あった。

すると二人を乗せたワゴン車は、そのまま何の躊躇いもなく
交差点を通り過ぎたかと思うと、突如キキキッ、という激し
いブレーキ音を立て、交差点横に伸びる舗道に片輪を乗り上
げ、急停止した。

誰もいない交差点の先端、再び周囲には静寂が訪れている。
彼女はハンドルに頭をもたげて、苦しそうにうめいた。
15第1章:01/12/24 04:39 ID:???

「すいません。今信号が・・・」
「運転替わりましょう」

彼は後部座席から勢い良く身を乗り出すとドアを開け表に
出た。そしてウインドウ越しに手振りで彼女に降りるよう
に即すると、改めて運転席側から座席に飛び乗った。

憔悴した彼女は促されたままに、そのまま助手席に乗り込
むと、俯き加減に目を落す。彼はシートの位置とバックミ
ラーの角度を直すと、静かにアクセルを踏み込んだ。二人
を乗せたワゴン車は、再び静かに走り出した。

「あなたの家はどちらですか?先にそちらに行きましょう」
「でも・・・」
「いいから。何処ですか?」
「・・・江古田です。ご存知ですか?」

「江古田、池袋の先の?大丈夫、知っていますよ。
昔知り合いが住んでいましたから」
「そうなんですか・・・。それじゃ、お願いします。」

車は先程抜けた靖国通りに戻ると、新宿方面に進路を変え
た。昼間の喧騒がウソのように静まり返るその町並みを見
遣りながら、車は夜の東京に溶け込んでいった。

ハンドルを握る彼の眼には頭を小さく振りながら、自分を
責めている彼女の姿が入っている。彼は意を決したように
小さく咳払いをすると、珍しく、いや出会ってから初めて、
彼の方から彼女に話し掛けた。

「お仕事大変ですね」
「そんな事も無いですよ。慣れましたから」

「そうとは言え、派手そうに見えても、実は地味で大変な
仕事ですね」
「そうかしらね。そういえば、あなたはこういう仕事、経
験はないの?」
「まさか。ありませんよ」

彼女は、彼ときっちりとした話をするのは、これが初めて
と言う訳ではなかったが、いつも彼に感じる無機質で、ま
るで機械相手の様な無味乾燥的な口調との違いに少々驚い
ていた。車は幾分スピードを緩め、更に西へ向かっていた。

「ずっとこんな感じなんですか。夜も遅い訳で」
「ええ、そうね。私も真希についてから、まだ日が浅いから
分からないけど ずっとこんな感じかな」

「それじゃあ、チーフも自分の時間が持てずに大変ですね。」
「そうね。でも今のところ、特にないし・・・。それにいいの。
今は真希の事だけ考えなきゃいけないんだし」

彼女に先程まで容赦なく襲っていた睡魔はどうやら少し晴れて
来たようだった。少し打ち解けた空気もそれに後押しさせたが、
彼女の頭の中に今まで抱えていた彼への興味に俄然と湧き出し
てきた。それとなく彼女は言葉を繋げ、彼の事を探ってみた。

「そう言えば…あなたの本職は、なんなの?」
「え?」
「会社の人は、元ボクサーの警備員といっていたけど…」
「会社の人?」

「ええ。あなたに初めて会った日に来ていたでしょう?
マンションに」
「ああ、あの人ね」
「それで…どうなのかしら?」

ワゴン車は、左手に首都高速のバイパスを見ながら、大きく
右にハンドルを切った。車影もそして人影もない静まり返っ
た交差点に近づくとユックリとそのスピードを落とす。無人
の交差点に備え付けられている信号機が、空しく赤色のライ
トを照らし出していた。


<続・次回更新 5日後予定>
16名無しさん:01/12/26 03:34 ID:???
ホゼン
17名無しさん:01/12/27 02:49 ID:???
hozen
18名無しさん:01/12/28 04:47 ID:???
hozen
19名無しさん:01/12/29 04:09 ID:???
ホゼン
20名無しさん:01/12/30 01:25 ID:???
hozen
21第1章:01/12/30 04:44 ID:???
「ボクサーといっても練習生ですよ。それに警備員でもないですし」
「そうなの・・・。それじゃあ、あなたは一体?」

「そうですね。何でも屋って、いるでしょう?例えば、
下水が詰まったとか、ネコがいなくなったとか、
ちょっとした瑣末な事があるとそれを手助けするみたいな、
まぁそんな様なもんです」

「そうなの。でも失礼な言い方かもしれないけれど、何で
そんな人がこのような仕事を?」
「さぁ。それは私に聞かれても。それこそ会社の人に聞いたら
どうですか?」

「…まぁ聞かなくて、分かっているわ。思い当たる事だらけだから」
「…」

彼女は重い溜息をつくと、首を傾け車窓の外を焦点なく眺めた。
彼は、横目でそうした彼女の様子を確認しながら、車を静かに
走らせ続けていた。

再び車内が無音に包まれる。彼女はそんな空間を嫌がるかのよ
うに、ポツリと呟いた。

「そういえば…この間、あなた真希と話していたわね」
「話し?いや、あの程度のことを会話とは言わないですよ。
それとも、いけませんでしたか?」

「ウウン。そうじゃないけど、でも何か随分と楽しそうな
感じがしたから」
「楽しそうでしたか?そうでもありませんでしたが」
「何を話していたの?」
「たいした話じゃないですよ。」
「それだったら尚更いいじゃない。教えてよ」

彼女は笑みを浮かべて少し彼の顔を覗き込んだ。彼も彼女の
視線に気付き、一つ軽く咳払いをすると、その問いに答え始
めた。

「いや読んでいる本の話とか、私が飼っている猫の話とか…
どうでもいい話ですよ」
「あの娘、貴方いつも何かしら読んでいるから、気になって
いたんでしょ」
「そうですかね…」
「そうですよ。大きな体を丸めて、いつも窮屈そうにして。
で、それから?」

「それからと言われても、それだけですよ。別に、それに
彼女は私には余り興味は無いようですから」
「それは違うかもよ。あなたが一人で車にいる時に聞いて
いる音楽とか、本の事とか、やたらに私に聞いてくるもの」
「そうですかね」

「何かしらあなたの事、気になるみたい。それに自分のこと
を監視している人間な訳だから。興味がない訳ないでしょう?」
「それはそうかもしれないですね…」

「それにあなたは、少し変わった感じがするから」
「・・・真希さんにも言われましたがそんなにわたしは、
変ですかね?」

「変ですよ。それに変わっている人ほど、自分では気づかない
ってよく言うから」
「そうかな…そんなに俺は変わっているかな?」

一気に打ち解けた彼女と彼はその他愛のない話を楽しんでいた。
今まで数週間の間、義務的な会話しかしていなかったのがウソ
のように、車内には楽しげな会話が弾んでいた。緊張の解けた
彼女に、再び眠気が襲ってくる。彼女は無意識の内に小さく欠
伸をした。
22第1章:01/12/30 04:59 ID:???

「やっぱりお疲れのようですね。」

彼は横目で彼女を見ながら声をかける。彼女は慌てて
口を手で押さえると、申し訳なさそうに答えた。

「えっ?ええ・・・ゴメンナサイ。いつもに比べれば
そうでもないんだけど。今日はあいつがいなかったから、
特別かも」
「そうですか。却って、彼のいない方が、精神的には楽
なんじゃないですか?」
「!?」

彼女はとめどなく饒舌に語る彼にも驚いたが、急所を
突くようなその質問に驚きを禁じえなかった。

「・・・そう言う風に見える?」
「誰だって分かりますよ。あれくらい露骨ならね。」
「やっぱり・・・。そうかな・・・。」
「・・・彼は年下なんですか?」
「ええ。」

「失礼ですが、あなたはおいくつで?」
「24歳です。今年でね。」
「そうですか・・・そうは見えないな」

車は青山通りを横切ると、進路を変えて小道を通りな
がら脇道を走り抜け、やや交通量の多い大通りにでた。
すると前方にはビルの谷間に空が広がっている。先程
まで暗闇に包まれていたその空は漸くと白みがかって
きていた。

「そうは見えません?ふけてるかしら・・・」
「いえ。その逆ですよ。20そこそこにしか見えな
かったので。」
「ホントに?それは喜んでいいのかな?・・・」
「さぁ・・・。どうでしょう・・・」

彼は少し返事に窮しながらも、彼女の話に合わせていた。

(意外だな。こんなにしゃべる人なんだ。)

彼女は思わぬ彼の反応の鋭さに驚きながらも眠さを忘れ
彼との会話を続けていた。
23第1章:01/12/30 05:00 ID:???

「それでは、チーフは・・・」
「ねぇ。その呼び方は止めて貰えません?」
「えっ?あぁ、じゃあ、どういう風にお呼びすれば?」
「後藤で結構ですよ。・・・それより聞きたい事があるの」

「なんでしょう?」
「本当の貴方の名前は、なんて言うんですか?教えて
貰えないのかしら?」
「名前ですか・・・一応それは遠慮させて頂きたい伝えて
あったと・・・」
「うん、聞いているわ。でも、こうして一緒にいるのに、
名前も知らないなんて、なんだかおかしな感じだわ」

「確かにそれはそうですが・・・。警備上の秘密という事で
勘弁して貰えないでしょうか?」
「・・・秘密ね。ウンわかったわ、仕方ないわね。でも、
いつかは・・・教えて貰えるかな?」

「・・・約束は出来ません。・・・でも、まぁ考えさせてください」
「フフフ。いいの、無理に言いたくなければいいの。それに
誰にだって言いたくない事はあるもの・・・」

彼女は過ぎていく景色に目を遣りながら独り言のよう
に呟く。彼は敢えてそれ以上、その言葉の意味を探ら
なかった。 ただ沈黙を保ち、続く彼女の言葉を待っ
ていた。

「私も・・真希みたいになりたかったなぁ・・・」
「・・・」
「でも、世の中にはなれる人となれない人がいるんだもんね。
しょうがないか・・・」
「そうですね。どうにもならない事ばかり、世の中はそんな
もんですね、確かに・・・」

彼女は再び彼の顔を見つめ直した。返事を返したその一瞬に
よぎった冷めた寂しげ顔色を即座に見つける。彼女は、彼の
見せたその表情に自分と似たような感覚を感じ取っていた。

「・・・あなたは?」
「何ですか?」
「何かになりたい、とか、そういうのあるのかしら?」
「わたしですか・・・別に・・・。まぁ、昔だったらこの世界で、
というのはありましたけど・・・」

「へぇ。じゃあ俳優さんか何かに?」
「いや、音楽関係でね、飯を食えたらよかったんですけど」
「でもまだ若いんだし。もう諦めたわけじゃないんでしょ?」
「この世界は…夢見るだけではどうにもならない事も
ありますから」

「それってどういうこと?」
「こういう世界では特にね。それに・・・消したくても、消せない
事っていうのもあるでしょう?過去は、消せないんですよ。例え、
時間がいくら過ぎようともね・・・」

「・・・そうだね。私もそう。消せないわよね自分の事・・・。
もう私のせいで真希にはもう迷惑かけられないから」
「・・・」

彼は彼女と同様に、彼女の心の奥底に眠るやるせない
気持ちを感じ取っていた。 そのハンドルを握る手が少
しだけきつくなる。

彼は車内に流れ始めた重い空気を切り裂くかのように
少しだけ声のトーンを高く上げると、再び話を続ける。
車のスピードを少しだけ上げながら・・・。

<続 年内更新はこれにて終了。次回更新、年明け後予定>
24JM:01/12/30 05:02 ID:???
保全して頂きサンクスです。良いお年を。

因みに推敲版の方は、当作品が完結後にこのスレで掲載するか
シークエンスのみどこかのスレに貼り付けておきます。
25名無しちゃんいい子なのにね:01/12/30 05:25 ID:???
追っかけてきました(w
今度は無事に行くといいですね
26名無しさん:01/12/31 03:49 ID:???
>>25
保全サンキューです。一応約束した手前これは仕上げます。
ここなら大丈夫だと思いたいですね。

年明けのブルーノート公演もいいですよ。
私は今の所、ジョンスコ観に行く予定です(w。
27名無しさん:01/12/31 16:43 ID:???
hozen
28名無しさん:02/01/01 03:23 ID:???
hozen
29名無しさん:02/01/02 03:14 ID:???
hozen
30名無しちゃんいい子なのにね:02/01/03 01:47 ID:???
ホゼン
31名無しさん:02/01/04 03:15 ID:???
ホゼン
32名無しさん:02/01/05 03:53 ID:???
保全
33名無しさん:02/01/06 03:14 ID:???
Hozen
34名無しさん:02/01/07 02:50 ID:???
保全
35JM:02/01/08 00:03 ID:???
明日より更新再開。
36第1章:02/01/09 03:07 ID:???

「只今お掛けになった電話は、電波の届かないところか・・・」
「・・・」

漆黒の闇に浮かぶ星屑の光がやんわりと顔を照らす。
寂しげな眼差しが宙を彷徨う。窓の外には、遥か彼
方に見える船舶の光が、ゆっくりと動いているのが
見て取れていた。

そこは昼間には富士山までもが見渡せるその高層ホ
テルの最上階、まるで宮殿の応接間の様な空間の中、
少女はたった一人、窓際に置かれている大きなベッ
ドの片隅で、応答のない携帯電話を手にしながら蹲
っていた。

「ひとり・・・だもん」

彼女は悲しげに一人呟くと、携帯電話の液晶部分を
ただ虚ろに眺めていた。つまらないメールが処理し
きれない程、受信BOXに溜まっている。 彼女は
それらの一つ一つを確認しながら、消去のボタンを
押し続けていた。

いつの間にか窓の外に広がる暗闇の向こうから、白
みがかった光の気配が押し寄せてくる。そんな事を
感じずに続く、彼女の機械的な動作がふと止まった。

「けーちゃんだ!」

彼女は、その親しげな呼び掛けが刻まれた件名をみ
つけると、それまでの無表情な顔色が一変し、可愛
らしい笑顔を浮かべた。

「ごっちん、元気かぁい?今日のTV、カッコよかったよ!!
疲れていると思うけど、頑張ってね!それから、この間のメール、
あれ、なにぃ?驚いちゃったよぉ、もう、ごっちんは・・・」

真希は、その他愛のない言葉が書き連ねられた文面
を何度も読み返しながら一人で笑っていた。しかし
その笑顔には、いつもの様な悲しい色が付き纏って
いるのは変わらない。

いつからだろう、心の底から笑えなくなってしまっ
たのは・・・。真希は自分で自分に問い掛けて見たが、
当然のことながら、その答えを見出せずにいた。

「けーちゃん・・・。寂しいよォ」

真希は携帯電話を抱き締め、両足を抱えながらベッ
ドの隅で小さくなっていた。壁面に据え付けられた
大時計の秒針の音だけが部屋中に響き渡る。やるせ
ない気持ちだけが急いて真希の心を掻き毟る。

何もない、そう何も見えなく何も掴めない、そんな
空虚な時だけが無情に過ぎていく。真希は自分の中
の何かが崩れていく怖さと、それを止められない虚
しさを噛み締めていた。
37第1章:02/01/09 03:23 ID:???

「…それで、何を目指していたの?」
「いや、私の話はいいですよ」
「いいじゃない。ここまで話したんだから。教えてくれない?」

彼は即されると、少しハニカミながら言葉を選びな
がら彼女の問いを返して始めていた。車は静かに高
層ビルの谷間を進む。

コンビニに配送するトラックが何台か反対車線を通り
過ぎていくものの相変わらず車影もそして人影もまば
らな大通りを、彼とマネージャーである真希の姉を乗
せ、ワゴン車は快適な速さで西へ西へと進んでいる。
車内では、すっかりと打ち解けた二人の会話が先程来、
止む事無く続いていた。

「実を言いますと私は・・・、本当はピアニストになりたかったんですよ」
「ピアニスト?本当に?あなたピアノ弾けるの?」
「ええ、まぁ」
「凄いなぁ 私たちも小さい頃習ってたけど…バイエル止まりよ」

「いや、別に凄くはないですよ。ただ楽しくピアノさえ弾けて
いれば、それで良かったんですけどね」
「ふ〜ん。すると楽しく弾けない・・・何かがあったのかしら?」
「…」

彼は沈黙で彼女の問に答える。そして空気を替える
かのように少し大きく息を吐くと、やや上ずった感
じの口調で彼女に問い返した。

「それよりも、ピアノ、あなたも弾けるんですか?」
「ウン、少しだけね。姉妹でね。小学校の時、エレクトーンを、
ホンの少しだけ」
「そうですか・・・。今はもう興味はないのですか?」
「そんな事ないわ。音楽は聴くのもそれから弾くのも、でも・・・」
「でも?」

「ウン。でも、あなたみたいにプロ目指していたわけじゃ
ないから。大して上手くはないし・・・でも弾くのも大好き。
あなたはどこか学校で勉強を?」

「私ですか。学校と言う訳ではないですけど、ある有名な
ピアノ教師の元で弟子みたいな事をしてたんですよ」
「そうなの・・・今は、もうそこは辞めてしまったの?」

「いや・・・嘱託みたいな格好で籍だけは未だあるみたい
ですけど。 随分と回り道をしてしまってね。ナカナカ
先生に顔向け出来ませんよ」
「そうなんだ・・・あなたもいろいろとあるんだね」

彼は少し苦笑いを浮かべながら、ハンドルを大きく
左に切った。車は無人の巨大な高層ビル群をくぐり
抜け、北へと進路を変える。遠くからカラスの鳴き
声が響く中、暗く覆われた夜空の向こうが、少しだ
け明るさを帯びてきている。間もなく夜は明けよう
としていた。

彼女は窓の外に目をやりながら、先程から続く彼と
の会話を続けたがっていた。それは眠気をはらすと
いう以上に、彼への興味が湧いて来ている事に他な
らなかった。

「・・・その先生て、厳しい人なの?」
「厳しいですよ。言葉使いからしてね。辛らつですし、
でも言う事が正論だから、こちらとしては悔しい訳でね。
あんな人が母親だったら、私なんかとっくに家出してますよ・・・」

「母親?それじゃ女性なの?」
「ええ、勿論。でも・・・先生として、音楽の師匠としては
素晴らしい人ですよ。俺みたいな落ちこぼれを未だに面
倒見ていてくれるんですから」

「ふ〜ん。面白い関係ね、あなたとその先生って」
「そうかな。そうだ、もしよければ一度お会いになりますか?」
「え?」
「ピアノお好きなんでしょ?教えてもらったら如何ですか?」
「イヤダ。そんな厳しい人になんて…」
「イヤイヤ。プロ目指そうと言う人間には厳しいですけど
趣味で楽しみたいという人には至って優しいですよ。そういう
生徒さん、たくさんいますし」
「そうなの…う〜ん」
「まぁ興味があればいつでもおっしゃって下さい。紹介し
ますから」
「そうね。仕事が一段落ついたらお願いしようかしら」
「ええ、遠慮なさらず。まぁ私はご遠慮しますがね」

彼はそういうと少し悪戯っぽく笑って見せた。彼女は今ま
で感じ得なかった彼の違う側面を見て少なからず満足して
いた。これほどまでに見た目の印象と話しての印象が変わ
るとは思っても見なかったが、それと同時に根本的な疑問
が浮かび上がってきていたのも事実だった。

彼女は一瞬だけ言葉を淀み掛けたが、勢いに任せてその思
いをぶつけ、言い放ってみた。
38第1章:02/01/09 03:26 ID:???

「どうしてなのかな?そんなあなたが今、こんな仕事し
ているのは、どういう事なのかしら?」
「…」

彼は瞬間浮かんでいた笑顔を戻すと、少し遠い目を
しながら再び硬い表情で言葉を選び問に答えた。

「・・・何ででしょうかね?偶然の積み重ねと言うか、
運命というか、そういうもんじゃないですかね」

「運命・・・。それってどういう運命なのかしら?」
「さぁ、それこそ神様に聞かなければ分らないですよ。
運命とは何かなんていう難しい話は・・・」

彼は核心を鋭く突いてきたその問いをかわした。動き
出した歯車は止まらない。運命と言うより必然の集積
が今の状況である事を彼は把握している。それである
が故に、この問いにはどこまでも逃げなければならな
かった。

彼は気持ちアクセルを踏み込むと、車は幾分とスピー
ドを速めて、夜の東京を走り抜け続けていた。

漆黒の空が漸く白みがかかって来る。車は狭い江古
田駅の前に差し掛かった。彼女の案内で、狭苦しい
路地を抜け細い道を何度もくねる。すると車は、少
しばかり広い通りに出たかと思うと二人の眼の前に
はこじゃれた高層マンションが視界に入ってきた。

「あそこなの。意外に立派なマンションでしょ。」
「そうですね・・・」
「でも、こういうとこに住めるのも真希のおかげなのよね・・・」
「・・・」

自虐的に笑う彼女の声を聞きながら、彼は静かに建物
の裏側にある車庫に車を入れた。二人は朝焼けの眩し
いマンションの前に降り立った。

「・・・少し休んでいって。汚いけど・・・」
「いえ。帰りますよ。駅まで歩いていけば、もう始発が
出ているでしょう」
「じゃあ駅まで、送っていくから・・・」
「大丈夫ですから。それより早く寝たほうがいいですよ。
今日も早いんでしょ?」
「でも・・・」
「いいですから、私の事は。今夜、またお会いしましょう」

彼は、彼女へ静かに別れを告げると今、車で来た道
を歩き戻っていった。彼女は一度、マンションに向
ったが、ふと思い直したかのように歩みを変えると
その背中を追うように、彼を呼び止めた。
39第1章:02/01/09 03:35 ID:???

「お願い・・・があるの・・・」
「え?・・・なんですか?」
「真希の事・・・これからもお願いしますね。」
「お願いといっても。私はただ彼女の護衛をしろと
言われているだけで・・・」
「護衛じゃないでしょ。監視でしょ?」
「ええ。まぁ・・・」

彼女の言葉は核心を衝いている。彼はある程度までの
自分の役割を彼女は把握している事を理解した。あえ
て否定せず、彼はその言葉を流した。

「そうですが・・・」
「だから、お願いしたいの」
「何をでしょう?」

彼女は改めて彼の前に立つと彼の眼を見つめた。彼は
180cmを雄に超えるその体を少し丸めると、彼女を
見つめ返した。

「もうね…これ以上真希に苦しんで欲しくないんだ」
「・・・」
「真希は今、付き合っている男の子がいるの。知って
いるでしょう?あなたも・・・」
「・・・」
「・・・いいわ答えなくても。でもあの男の子以外ともね、
いろいろとあって・・・」

彼は厳しい視線を彼女に投げかけた。そして重くなった
口を漸くと開いた。

「この間、マンションの地下の駐車場で騒いでいたあの
中年の男ですか?」
「ん?それは誰だか知らないけれど・・・。まぁあなたも、
これだけ一緒にいたら分かっているでしょ。何となくは」

「まぁ確かに何も知らないとはいいません。ですが、これは
私の様な部外者が関われる話ですかね?」
「部外者だから出来るんじゃない?だって会社の人は勿論、
私なんかのいう事、真希が聞く訳ないでしょ?」

彼女は、自らを蔑んだ言葉で表すと、その吐き捨てた
言葉の重さに耐え切れず思わず彼から眼をそらした。
そして俯きながら搾り出すように話し続けた。

「あなたも聞いていると思うけど・・・。私はチョイ昔、
イロイロとあったから。こういうことに関しては私の
言う事は説得力なし、だし」
「・・・」
「とにかく、もうこれ以上自分を傷つけるような真似は
しないで欲しいんだ」
「傷ですか・・・」

「そう。結局ね・・・自分に返ってくる」
「・・・」
「まぁ真希なら、体の関係だけでも、心までは大丈夫だと
思うんだけど。でも・・・」
「でも?」
「でも、体を傷つけていくうちにいつの間にか心までもが
おかしくなっちゃうの。だから怖いの…」
「・・・」
「お願い。真希を守って。ね、お願い」
「…後藤さん」

彼女は乾いた笑顔と哀しい言葉を残したまま、彼の
返事を待たずその場を立ち去った。彼は返す言葉も
なく、ただ、彼女の姿を見送るより他は無かった。

重い足取りで駅へ向かう道すがら、眩しい程の朝日
が彼を照らし出す。思い立った様にふっと後ろを振
り返ると、その朝日の中に彼女の住むマンションが
溶け込んでいた。遠くから列車の走る音が聞こえて
くる。彼は踵を返すと、更に足取りを重くさせ駅へ
と向かった。

彼女はだれもいない自室に戻ると、洋服のままベッ
ドに横たわった。そして天井を見やりながら、空虚
な気持ちが波の様に襲ってきているのを感じていた。

(このままで、いいのかな・・・)

消せない想いを残しつつ、彼女はいつの間にか眠り
についていた。
40第1章:02/01/09 03:38 ID:???

「・・・俺だ。ウン、何、そんな事ないさ。スマナカッタな。
迷惑を掛けたよ・・・そうじゃないさ。まぁ俺の事情も・・・。
それはわかってる、悪かったのは俺さ・・・」

やや沈んだ調子の声色が重く響く。くすんだガラスに四方
を囲まれた公衆電話のBOXの中、彼はいんぎん丁寧に会
話を続けていた。

「そうさ、君には迷惑はかけないよ。安心してくれ、・・・
ああ、明日にでも・・・そうさ・・・その時に会えるじゃないか」

鮮烈な太陽の照射が彼の身を包む。まだ人通りのない
駅の前、ポケットにある小銭をチャラつかせながら彼
は話し続けている。

首を傾けながら焦点なくウインドウの外を眺めがらの
会話は続いた。

「そうじゃないさ・・・。絶える事のない痛みは、誰か
が引き受けるモノだよ…つまりはそういう事だよ」

彼は最後の言葉をぶっきらぼうに投げ出すと、その
まま受話器を置いた。頭を少し落としながらふっと
溜息をつき、BOXの扉をゆっくりと開く。いつの
間にか真上の空には暗闇が消え薄白色の雲が靡いて
いた。

BOXの隣にあるコンビニの前では、店員が気だる
そうにホウキでゴミを掃いている。彼はその店員を
横目で眺めながら、誰もいない駅舎に歩を進めた。

古びた自販機で切符を買うと、やる気なさそうに欠
伸を繰り返す駅員にそれを差し出す。その駅員は機
械的にその切符に鋏を入れた。

彼は一人きりのプラットホームで錆びたベンチに腰
を下ろす。やや肌に纏わりつくような湿気に包まれ
薄い朝もやに覆われた朝の駅。彼は俯き加減にフッ
と息を吐く。そして鋭い眼光を放ちながら、コンク
リートの地面を睨んでいた。

「漸くと・・・始まったよ」

重く冷たい呟きが空に浮く。彼は地面のただ一点を
見つめながら頭を上げる事無く、一人無人のプラッ
トホームに佇んでいる。暫し緩やかな時の流れを感
じながら、彼は何かを決したかのように冷たい笑顔
を浮かべ小さく息を漏らすと、ゆっくりと凍てつく
その眼を閉じた。

<第1章 了>
41名無しちゃんいい子なのにね:02/01/09 03:41 ID:???
<凍える太陽 完全版>

序章…>>5-7
第1章…>>14-15 >>21-23 >>36-40

次回更新 今週中予定
42第2章:02/01/10 02:52 ID:???

第2章


君がいないと、いや例え君と一緒でも、僕はもう生きていけないんだ・・・

-ボノ・U2-


「フフフフゥ」

冷たく笑う彼女の顔には、悪魔の影が潜んでいた。彼は、
そうした彼女の態度に努めて無関心を装っていた。

「あの男、きっと誰かに言いふらすよぉ、バカだよねぇ」
「いきましょうか・・・」

彼女の刺のある台詞が耳に響き渡る。つい先程まで背後
で繰り広げられた醜悪な音が車内にこびりついている。
男女の舌と舌が絡み合い纏わりつく、官能的で厭らしい
あの音がまだ車内に残っていた。

「今日は、あなた一人?」
「ええ。お二人とも、今は大変みたいですから」
「そうぉ?やっぱネ・・・。私のせいなんだぁ・・・」
「・・・」

彼女は無邪気に笑って見せた。そして手足をパタパタさせ
ながら、まるで子供のように話を続けた。

「ねぇ、さぁ。今の事もやっぱ報告するのぉ?」
「・・・いえ、別に。それは、私の仕事じゃないですから。」

「ウソぉ?じゃぁさぁ、どうしてあいつとの事バレたのよぉ?。
あなたが言ったからじゃないの?」
「別に私が言わなくて、あれだけ大騒ぎになれば、誰だって
知るんじゃないですか?」

「そうかぁ。そりゃそうだよね」

彼女の乾いた笑い声が響いた。彼は、何事もなかったかの
ように、あくまでも機械的に黒塗りの大き目のワゴン車を
静かに走らせる。今日もまた、いつもの同じ様にあの要塞
のような彼女の自宅に滞りなく向かっていた。

暫くすると、耳障りな笑い声も消え、静けさが車内を支配
し始めた。多分彼女は寝ているのだろう。湾岸線を新宿方
向へ向かう。この道は彼の一番好きなコースだ。彼は徐に
内ポケットからMDを取り出すと、それをコンポに差し込
んだ。

車内には、先程までの殺気立った空気から一転し、切ない
ピアノに縁取られた甘い女性の歌声が満たし始めた。彼は
その静かな曲に浸りながらゆっくりとアクセルを踏み込む。
ワゴン車は少しだけ揺れながら、夜の高速を静かに滑って
いた。
43第2章:02/01/10 03:00 ID:???

「これ誰の歌?」
「!!」

不意だった。後部座席からのその呼びかけに、彼は
ギクッと身を硬直させた。恐る恐るバックミラー越
しに後部の様子をうかがうと、寝ていたものとばか
り思っていた真希が横になりながら、脚をパタパタ
させていた。

「起きていましたか・・・。消しましょうか?」
「いいよ、そのままで」

彼は、慌ててMDをEJECTしようとデッキに手を
伸ばした。すると彼女は後部座席から身を乗り出し、
か細い腕で彼の手を制してみせた。

「いいから、そのままでいいよ」
「・・・」

彼女は彼の左手をキツク握り締めて囁いた。バックミ
ラー越しに見える彼女の表情は妖しく光っていた。

「いつも一人でいる時、洋楽聞いているよね?これは誰なの?」
「サラ・マクラクラン、という人です。」
「ふ〜ん、そうなんだ。この人の事好きなの?」
「えぇ、まぁ・・・」

少し激しめのナンバーが終わり、再び静かなピアノの
イントロが流れ始める。

"I Will Remenber You"

と囁きながらリフレインするサラの歌声が車内に響き
渡り始めた。

「けっこう、いい歌じゃん、でも、英語じゃ意味がわかんないや」
「そうですね、確かに歌詞の意味がわからなきゃ、つまらないですね」
「そうねぇ。でも、別に、つまんなくはないよ」

ワゴン車は、他の車影もまばらな高速道路の上を静か
に走り続ける。夜は深まり、刻々と時がただイタズラ
に過ぎていく。

真希は少しの沈黙の後、彼に対し唐突に核心をつく問
いを投げかけた。

「あなたは、なんでさぁ、こんな仕事やってるの?
お金いいの、やっぱり?」
「・・・」
「それとも、やっぱモーニング娘。の傍にいたいんだぁ?」
「・・・」

「いつもこの車、運転しているのいるじゃん。あいつさぁ、
いつも私をみてんのよね〜。いやらしい眼をして・・・。バレ
バレなんだよね。あんたも同じぃ?」
「・・・」

「やっぱ、私としたいんだ。別にいいよぉ〜。したいんでしょ?」
「・・・」

彼女は、問を止めなかった。ただ、いつもの彼ならば、
彼女の投げかける言葉をそのまま流すのだが、今日に
限ってその先の言葉を継ぐ「何か」があった。

「真希さんには、私も彼と同じ様に見えているんですか?」

彼の言葉は、少しの笑みが含まれていたが、それだ
けにその言葉は宙に浮かんだまま、なかなか消えず
にいた。真希は気持ちシートに背をもたれかけると、
窓の外に目を遣った。そして少し間隔を開けその問
いに答えた。
44第2章:02/01/10 03:09 ID:???

「ウウン、そうは見えないけど・・・。じゃあ・・・、どうして
この仕事してるのぉ?」
「・・・頼まれまれたからですよ。」
「誰に?会社のエライ人?」
「いや、あなたが知らない人じゃないかな」
「ふ〜ん。誰だろう?まぁいいや、難しいね。」

車内には変わらずサラの歌声が響いている。車は
ジャンクションを抜け、漸く下の幹線道路に降り
た。車内の時計はとうに12時を回っている。彼
は無機質に時を刻みつづけるそのデジタル時計に
目をやりながら静かに話しを続けた。

「真希さんは、毎日が楽しそうですね」
「・・・そういう風に見える?」
「えぇ、忙しくて大変でしょうけど、楽しそうですよ」
「そうかな・・・。あんな、つまらない男と、ああいう事
していても?」

彼女は、窓の外に顔を向けながら言葉を投げた。バック
ミラーから窺うその眼は冷たかった。先程彼の背後で晒
した醜態の時にミラー越しに見えたあの眼と同じ温度を
していた。彼は言葉を一つ飲み込んだ。

「そうですね。人の気持ちなんて、誰にも分かりはしないですね。」
「・・・」
「分かったフリして、すみませんでした。」
「別に、いいよぉ・・・、謝らなくても」
「自分にだってわかりやしないんだから・・・自分の心は…」

彼の呟きが車内にこだまする。知らぬ間に、MDは
演奏を終えていた。沈黙が再び車内を支配する。彼
は、もう一度MDのプレイボタンを押した。

再びスピーカーから流れる曲は、地上のどこかにい
るという秘密の天使に、魂の救いを求める悲しい人
の事を歌っている。

「この歌は悲しすぎるな」

彼の呟きが車内に悲しく響く。曲は滞ることなく流
れている。二人を乗せたワゴン車は、いつの間にか
彼女の家に近づいていた。
45第2章:02/01/10 03:11 ID:???

目の前にいつもの見慣れたマンションが視界に入る。
彼はいつものようにマンションの玄関先にワゴン車
を止めるとエンジンを速やかに切り、ミラー越しに
真希へと話し掛けた。

「そういえば明日は、9時だそうです。いつもの二人が
来るそうですから」
「うん。分かってる。・・・あなたは?」

「私ですか?どうも休んでいいみたいですね。まぁ家で
ゴロゴロしていますよ。」
「あのさぁ、遊びとか、いかないの?友達とか彼女とかと
一緒に・・・。そういう人、誰もいないの?」

「彼女ですか?アハハ、いないですよ。それに休みの日
くらいは一人でね。それに一人が好きなんですよ。」
「ふ〜ん。そうなの・・・」

彼は、静かに車を止めると運転席から降り、後部座
席の引きドアを開けた。彼女の大きなショルダーバ
ッグを一緒に持って、外で待ち受けていた。

「他に荷物はないですか?」
「ウンないよぉ。大丈夫、ありがとう。」

真希は彼からバックを受け取ると、重たそうに肩に
かけてマンションの中へと消えていく。彼は何気な
く上を見ると、暗闇の空の中、月明かりだけが妖し
く光っているのが見えた。

彼は一つ溜息をつくと、運転席に戻りエンジンをか
ける。するとマンション内に消えた筈の真希が運転
席の傍らに小走りに駆け寄ってくるのが眼に入った。

その真剣な眼差しを見れば何かを話したそうなのは、
容易に分かる。彼はウインドウを下げると真希に声
をかけた。

「どうしました?」
「さっきはゴメン。なんか言い過ぎちゃった。」
「何をですか?別に気にすることなんか無いですよ。」
「うん、ありがと・・・。それから・・・まぁいいや。とにかく、
じゃあ、さよなら。」
「さようなら。」

真希は別れ際俯きながら、彼に名残の言葉を告げた。

「・・・ねぇ、寂しくないの?」
「寂しいのかな、どうなのかな。自分でもよく分かりませんよ。
・・・それより真希さんは、どうですか?」
「わたし?」
「ええ。寂しくないですか?」
「・・・わかんない」
「それじゃ私と同じですね・・・それでは、お先に失礼します」

投げられた言葉は置き去りにして、エンジンが再び響
き、彼は車と共に夜の街に消えていった。

走り去る車を眺めながら、重い足取りで自分の部屋に
戻った真希は、そのままベッドに寝転び、先程の彼の
言葉を心の中で反復していた。

(わたし、寂しいのかな・・・)


<続>
46第2章:02/01/11 00:42 ID:???

真希は、ベッドの脇にあるチェストから一冊の
本を取り出した。その本は、先日ちょっとした
イタズラのつもりで、助手席においてあった彼
の本をくすめたまま、そのままにしていたもの
だった。

真希は仰向けになりながら、その本を読むとなく
漫然とページをめくっていた。一気に最後のペー
ジまで捲り終わると、そのまま本を胸において視
線の焦点をぼかしながら、ただ天井を見つめてい
た。

(やっぱり、返さなくっちゃ、マズイかな・・・)

「ピンポーン」

物思いに深けている真希の耳に、金属音が伝わる。
しかし真希はその音に何の反応を示さず、相変わら
ず天井を見遣っていた。

(あの人、ホントはどんな人なのかな・・・)

「ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン」

真希の想像を消し込む様にベルはなり続ける。
そしてガチャガチャとドアのノブがこねくり回
される音が重なって聞こえてくる。

真希は、しょうがないな、という表情を浮かべ
ながら気だるそうに立ち上がり、玄関に向かう。
ドアの向こうからは、聞きなれた少年の声が聞こ
えてきた。

「何だよ、真希。鍵、空けとけよ。早く開けろよ!」

忙しない音が冷たい鉄板の向こうからこだまする。

(あ〜あ。あいつって、暇なんだな。たるいよ)

真希は体全体で倦怠感を醸し出しながら歩き出す。
暫くドアの前で何をするでもなくただ立ち尽くして
いたが、次第に高まるドアノブを回す音を聞きなが
ら諦めたように無造作にドアの施錠を外すと、漸く
と玄関を開放した。

「な〜にぃ?」
何じゃねえよ。おい、カギ開けとけよ。となりに
部屋の奴にばれそうになったよ」

挨拶も程々に少年は、ズカズカと真希の部屋に
入ってくる。

(いつの間にか、ずうずうしいじゃん)

真希は不服そうな表情を見せながらドアを閉め
後ろを振り返る。既にその"男の子"はTシャツを
脱ぎ捨て、上半身を晒していた。

「え〜何よ!もうやるの?」
「いいじゃん、最近してないジャン。我慢してたんだからさ・・・」

上半身を晒したまま少年は、獰猛な欲望を剥き出し
にして真希に襲い掛かってきた。乱暴な手つきで真
希の衣服を剥ぎ取ろうともがいている。真希はやる
せなくその行為をただ受け入れていた。

(同じ事の繰り返し、つまんない…)

真希の気持ちを置いてけぼりにしながら少年の
喘ぎ声だけが響く部屋の中、真希は冷たい笑顔
を浮かべ、そして静かに目を閉じた。
47第2章:02/01/11 00:48 ID:???

「やめてください・・・」
「なんでさ、いいじゃないか・・・」
「・・・やめて!」

梨華は怪しげに笑い絡みつくその男の腕を激しく
振り払うと、そして目に涙を一杯と浮かべ走り出
した。

(絶対に・・・イヤ!)

梨華は心の中で叫んでいた。暗く冷たい地下駐車
場を走り抜け、緩やかなループを昇り切ると地上
に出る。しかしその外は、激しい雷雨が鳴り響い
ていた。

梨華はその気配に思わず立ち竦み躊躇した。する
と背後から黒塗りの高級車が近づいたかと思うと、
梨華の右横に停車した。

ウインドウが静かに下りる。先ほどのニヤケタ笑
顔を晒す男がヒョッコリと顔を出した。

「ホラ。この雨の中、どうする?いいから乗りなさい」
「結構です。タクシー呼びますから・・・」
「ハハハッ。こんな時間にしかもこんな雨で直ぐに来る
訳ないだろ。いいから乗りなさい」
「いいです。大丈夫です。」

「いいから心配するな、今日は何もしないよ、家まで
送るだけだから…、ホラ、いいから乗りなさい」

男は冷たく笑いながら梨華の手を取った。その手の
引き付ける強さに梨華は萎縮した。

(また・・・あの時・・・。イヤ!)

心で幾らそう叫んでも、その叫びは声になら
ない。男は梨華のそうした態度を見透かすよ
うに、ドアを開けるといやらしい手付きで梨
華の腰に手を回しその身を自分に寄させる。
梨華は、本当に聞こえないような位の小声で
抵抗をしめすのが一杯だった。

「・・・イヤです。一人で帰ります」
いいじゃないか。俺たちの関係なんだから、遠慮なんか
するなよ」

「俺たちの関係」という言葉は梨華の心に一層
の嫌悪感を込み上げさせる。梨華は、その男の、
喋り方も、匂いも、そしていやらしい顔付きも
その全てが嫌いだった。

いや今は、という但し書きが必要なのが、哀し
かった。なぜならば、あの時、そうではない自
分が少しだけ、いたからだった。 その悔恨が梨
華の小さな胸へ確かに刻まれている。だからこそ
梨華は、この男同様に自分自身の事を認めたくな
かった。

あの時の嫌悪感とそして恐怖感、耐え切れない
この気持ちを精一杯の抵抗で示そうしたが、そ
の脂ぎった男は造作なく引きずる様にして易々
と梨華を助手席に連れ込もうとする。か細い梨
華の抵抗は、その全てが無駄に終わろうとして
いた。

漆黒の暗闇の中、土砂降りの雨は止まず、そし
て雷鳴は遠く轟く。梅雨の終わりを告げ、夏が
来た事を知らせる夜だった。
48第2章:02/01/11 00:50 ID:???

<続>
49名無しさん:02/01/12 03:23 ID:???
hozen
50名無しさん:02/01/13 03:08 ID:???
hozen
51名無しさん:02/01/14 02:53 ID:???
保全
52第2章:02/01/14 23:33 ID:???

「もう一つ、お願いがあるんだけど、いいかなぁ?」
「…何でしょう?」

モダンな趣を保ちながら聳えるビルディングの前、
降りしきる雨がフロントガラスに叩き付けられて
その残音が耳にこびりついて離れない。今日もま
た、ワゴン車内には真希と彼が二人きりだった。

彼は何故か帰宅を嫌がる真希の願いを聞き入れ、こ
の豪雨の中、むやみに車を走らせるのを諦めて、レ
コーディングスタジオが入っているこのビルの前で
時が流れていくのを漫然とやり過ごしていた。車内
には沈黙とともに静かな英語の曲が充たされ、彼の
選んだ音楽を真希は素直に聞き入っていた。

真希の二つ目の願い・・・。彼にはその願いが何なのか、
何となく理解していた。多分雨粒のシャワーの向こう
で微かに見て取れる「騒ぎ」の事なのだろう。

「あのバカ・・・、早くやめさせて。」
「・・・お知り合いですか?」
「そんな事いいから。とにかくお願い、早く!
どんな事してでもいいから!」

真希のせかす声が車内に鳴り響いた。彼の眼が
バックミラー越しに真希の眼と合う。その眼は
いつにも増して冷たく哀しげに光っていた。彼
は全てを含めると、物事を了解した。

「分かりました。何をしてもいいんですね?
・・・で、彼女の名前は何て言うんですか?」
「知らないの?もう・・・。んとね、梨華ちゃん。同じメンバー
なの、石川梨華ちゃん」

「石川さんですか…それで男のほうは?」
「それはわかんないけど・・・とにかく早くして」

何気なく真希が言葉を濁した事を彼は聞き逃さ
なかった。しかし敢えてそれを咎めずに言葉を
継いでいた。

「分かりました、石川さんですね・・・」

彼は助手席に置いてあった英国製の大き目の傘
を取り、そして自分のキャリングバッグにしま
われていたキャップを取り出すと目深に被り徐
に豪雨降りしきる外に出た。
53第2章:02/01/14 23:44 ID:???

彼はその豪雨に打たれながらも敢えて傘はささずに、
帽子ひとつだけの格好で土砂降りの雨の中を歩き出
し始めた。

人影の無い大きな通りを横切ると、彼の眼には全身
で嫌悪の感情を爆発させている梨華をどうにかして
コントロールしようと、もがいている男の姿を鮮明
に捉え始めていた。

(…なるほど…そういう事か…)

彼は心の中で呟く。余りにも予想通りの展開に思わず
笑いそうになるくらいのこの状況に驚きを禁じ得なか
った。深く心の奥底ににしまっていた感情が大きく弾
ける。彼の眼に飛び込んできた男こそ、彼の目的であ
り終着点だった。

静かに沸々と「あの時」から今まで昏睡していた意識
の全てが覚醒し始めゆっくりと全身を衝撃が貫く。し
かし彼は、そうした気持ちを敢えて完全に密封し、一
切の表情を変えずに男へ近づく。そして雨のシャワー
の中から、恐怖で縮こまる梨華に向けて言葉を放った。

「あなたが、石川さんですか?」
「・・・ハイ、えっ、でもあなたは、だれ?」

強烈に地面を叩く雨音に押され、梨華のか細い声は掻き
消されそうだった。梨華は眼の前にいる見知らぬ男性の
問いかけに困惑の色を濃くしていたが、今のこの状況を
抜け出せる一筋の光をその男の登場に見い出そうとして
いた。

「私は関連会社のものなのですが…。お話中にすみませんが、
よろしいでしょうか?」
「ハイ…なんで…しょう」
「実は後藤さんが一緒に帰ろうと、言っておられるのですが。
どうですかね?」
「え・・・ごっちんが?」

梨華の掠れる様な細い声を制して、男の野太い声が空気
を切り裂く。

「何だ、お前は。邪魔なんだよ、分からんヤツだな、一体誰だ!」

男は訝しげに彼を見ながら威嚇した。しかし彼は表情を
一切変えずに、キャップを目深に被ったまま言葉を続け
た。

「どうしますか。あちらの車に真希さんは、いますけど」

視界も侭ならない豪雨の中、彼の指差すその先に大きな
黒いワゴン車の中から顔を出し、手を振る真希の姿を梨
華は見つけた。それまで硬直していた梨華の顔が一瞬だ
け緩んだ。

「そうですね。それじゃあ…、私も帰ります。さよなら…」

そういうと梨華は、渾身の力を振り絞り男の手を振り払う
と彼のもとに近づいた。邪険にされた男は怒りを見せなが
らその後を追おうとすると、彼は手にしていた傘の先をふ
いに男の眼前に突き出した。

すると男は自分の勢いが御せずに、躓きそうになりながら
も、どうにかして体を捻りそれを避ける。一瞬の間の後に、
怒りの矛先を彼に向かわせようと思った刹那だった。

男は彼の無表情でいて冷たく光るその眼の鋭さに恐れをな
し言葉を飲んだ。そして改めてその彼の顔を見据えると、

「アッ」

と小さく驚嘆の声を上げ、その表情を怒濤の驚愕へと変
化させた。

「そんなバカな…お前が・・・なんでここに」
54第2章:02/01/14 23:51 ID:???

「石川さん。傘を。」

彼は男の言葉を遮り、その眼前に差し出されていた傘
を開いて、梨華に手渡した。梨華は、この二人の間に
あるのは何なのか、その想いを必死にめぐらせていた
が、今時分が置かれている状況を再確認すると、慌て
て彼の差し出す傘を手に取った。

「どうぞ、お先に・・・行っていてもらえますか?」
「でも・・・。それだとあなたが、ぬれちゃいますよ・・・」

彼は、この期に及んでも、彼の事を慮ろうとする梨華に
少し心を惹かれたが想いを振り切ると男を眼だけで制し
語気を強め、梨華を車に向かわせた。

「いいから、早く行きなさい!」
「ハイッ!」

彼は、梨華の確かな返事を聞き終えると肩の力が少しだ
け抜けた。暫くするとその背後から豪雨の音に混じりワ
ゴン車後部座席の閉まる音が聞こえてくる。それと同時
に、彼はニコリと笑い、男に告げた。

「驚いただろ。でもそれは俺も同じだよ。相変わらず屑な事
しているようで安心したよ。まかり間違って聖人にでもなら
れていたら困るとこだったからな」
「何でお前が・・・。そんなバカな」

「バカな事ね。まぁこの世の中はそんな事ばかりだよ。
近々、また会える日を楽しみにしてるよ・・・それまで精
々足元に気をつけておいた方がいい。夜は暗いからね…
何が起きるか分からないさ…」
「…そんな…そんな」

彼は妖しい笑顔を残しつつ、ずぶ濡れになりながら豪
雨の中にその姿を消した。一人残された男は、ただ呆
然と彼の姿を見届けながらその場に立ち尽くしたまま
であった。


<続>
55名無しさん:02/01/16 03:28 ID:???
保全
56 ◆KOSINeo. :02/01/16 18:17 ID:???
>JMさん
小説総合スレッドで紹介&更新情報掲載しても良いですか?
http://tv.2ch.net/test/read.cgi/ainotane/1000493808/
今度は最後まで読めることを期待しています。
57名無しさん:02/01/17 03:23 ID:???
>>56
構いませんよ。向こうでは大変な事になってるみたいですが(w
余り気にせずにして下さいね。
58名無しさん:02/01/18 05:17 ID:???
保全
59名無しさん:02/01/19 03:35 ID:???
hozen
60名無しちゃんいい子なのにね:02/01/20 03:49 ID:???
保全
61第2章:02/01/21 00:43 ID:???

「ごっちんアリガトネ。」
「ううん。わたしはいいけど、梨華ちゃんダメだよぉ。
夜遅い時、一人で帰るのは・・・」

「うんデモネ・・ううん、わかってるの、私が悪いの。
…でも本当にありがとうね。」
「私は大丈夫。それより、この人のおかげだよ。ねぇ?」
「うん。本当にありがとうございました」
「…」

梨華は、頭からバスタオルを被りながら、ハンドルを操
る彼のその背中越しに、深々とお辞儀をし感謝の念を
伝えている。彼はバックミラー越しに、その梨華の健気
な姿を捕らえる。

その時だった。彼は初めて梨華の顔をハッキリと確認
したのはその時が始めてだった。そして彼はその顔立
ちに息を呑んだ。

(ウソだろ…似ている…)

彼は、明らかに動揺していた。が、そうした心の"ゆ
らぎ"は一切表に出さずただ漫然と車を走らせていた。

「ごっちん。今日の事…みんなに言わないでね。お願い…」
「ウン?もちろんだよぉ。いわないよ」
「ありがとね…」
「それより、もうアイツとは、関わっちゃダメだよ。」

「…ごっちん、あの人の事、知ってるの」
「ウン、まあね。・・・本当に嫌な男だよ。」

真希は吐き捨てるように言葉を投げた。梨華はその語
気の強さに驚いたが、自分と同じ気持ちを共有している
仲間を見付けた嬉しさを感じた。しかしその瞬間、やる
せない気持ちが頭を擡げた。

(もしかしたら、真希ちゃんも、あの男に…)

荒れ狂う窓の外を漫然と見やる真希の眼は、いつに無く
虚ろだった。ここ最近真希の心を襲い続ける、投げやり
な空しい気持ちが覆い被さっている様だった。

梨華は真希の虚ろげな表情を眺めながら、気持ちだけ
真希の身体に身を寄せた。肩と肩が微妙に触れ合う感
じまで近づく。梨華のつく悲しげなため息が真希の聴
覚を刺激している。

(もしかしたら、やっぱり梨華ちゃんも…)

すると真希は少しの笑みを浮かべながら梨華の頭に覆
い被さっているバスタオルを手に取り優しく梨華の頭を
撫でた。

「梨華ちゃん、まだ濡れてるよ」
「ありがとう、ごっちん…」

ミラー越しに二人のやり取りを眺めていた彼の顔に、
まだ拭き切らない雨の雫が頭からポタポタと落ちてい
る。何とも表現できない感情が心の中を渦巻いていた。

彼はフロントウインドウに絶え間なく叩き付けられる
雨を睨み付けながら、心の中で呟いた。

(もしかしたら、ふたりとも、そうなのかな・・・。)

彼の心がいつになく乾き始め、その両眼が冷たく光る。
3人の重く、切なく、そして虚ろな気持ちを載せたまま、
ワゴン車は雨降る夜の東京の街を走り抜けていた。
62第2章:02/01/21 00:58 ID:???

「本当にありがとうございました。」
「いえ。余り気になさらないで下さい」

梨華は改めて深々とお辞儀をした。今春越して来たばかりと
いう真新しいマンションの前、未だ止まぬ雨の中、梨華は何
度も何度も運転席の彼に頭を下げた。彼はウインドウをあけ
その都度、梨華を制していた。

「早く中に入ったほうがいいですよ」
「ごっちんもアリガトウネ。」
「ウン。梨華ちゃん、わかったから早く入って。風邪引くから。」
「ウン。本当にアリガトウ・・・」

梨華の眼から大粒の涙がこぼれていた。彼は慌てて運転席の
ドアを開けると、胸のポケットからやや大きめのハンカチを差し
出した。梨華はそのハンカチで自分の顔を拭った。

「…すいません」
「いいですから…」
「そうだよ、梨華ちゃん。また明日会おうね!」
「ウン…」

彼は黙って梨華に一礼をすると、すぐさま運転席に戻り、エ
ンジンをかけ直した。後部座席の窓際では、梨華と真希は何
事か笑いながら話していたが、それも終わると、窓越しに肩
と肩とを抱き合い、別れを惜しんでいた。

彼は、梨華が名残惜しそうに手を振りながらマンションの中
に消えるのを確認すると、静かに車を走らせた。

63第2章:02/01/21 01:00 ID:???

「あの子もメンバーなんですか?」
「ホントに何も知らないんだね。テレビとかあんまり見ないのぉ?」
「いや、見ているほうだと思うんですけどね・・・」
「ウソぉ?どうせニュースとかばっかでしょ」

「いえ、ニュースなんか殆ど見ませんよ。」
「じゃあ何みてんの?」
「…そうですね。見てる、て言うより眺めているのかなぁ」
「それって、どう違うのぉ?」
「さぁ…うまく説明するのは…難しいな」

車はいつもの見慣れた通りに差し掛かると、あの要塞の様な
マンションに近づいた。先ほどまで荒れ狂ってた空は落ち着
きを取り戻し、雷鳴は消え、漸くと雨も小ぶりになっていた。

「明日は9時です。お二人が来られますから」
「ウン。・・・あなたは休み?」
「ええ。」
「ふ〜ん。また休みなの」

真希の言葉には何かしらの意味が含まれていたのを彼が
気付かない訳がなかったが、敢えてそこには触れず、少し
話の向きを変えてみた。

「そう言えばこの間の本は読まれましたか?真希さんが
持っていったんでしょ?」

真希は突然の彼の言葉に身じろぎそして驚いた。急に全てが
見透かされているような気分になり恥ずかしそうに俯きながら
正直に告白した。

「え?あぁ、ウン。ゴメンネ、黙って持っていって」
「別に構いませんよ。それより読まれました?」
「え?・・・ウン面白かったよ。それに絵も可愛かったし。」

「ああいうのなら、本読むのも楽しいでしょ?」
「そうだね。あれからね、・・・あなたに黙っていて悪かったん
だけど、よっすぃ〜にも貸してあげたんだ。面白かったって」

「そうですか、それは良かった。あれは真希さんにあげますから、
お好きにして下さい」
「でも・・・いいの?ちゃんと返すから、今取ってくるね」
「いいですよ。別に、気にしないで下さい。そんな値段のするもの
でもないですから。ああ、そうだ。それから・・・」

彼は真希との会話の中で良く出てくる"よっすぃ〜"というのが、
果たして誰なのかは皆目分かってはいなかったが、いつもの様
に話の流れを折らずにそのまま言葉を続けた。

64第2章:02/01/21 01:01 ID:???

「そうだ。それじゃ、今日はこちらを・・・」

そういうと彼は助手席に置いてあったバッグの中から、シン
プルな包装紙に包まれた少し大きめな書物を取り出して、真
希に手渡した。

「これはぁ?」
「写真集ですよ」
「写真集?女の人の?」
「まさか・・・猫のですよ。世界中の猫が写ってますから。
それに詩も載ってるんです。それからイラストも。可愛いですよ。」
「ふ〜ん。本当にいいの?」

「構いませんよ、どうぞ」
「あなたホントに猫が好きなんだね」
「…そうですね。でも、まぁ暇な時とかにでも見てください」
「でもやっぱ。ホントに、いいの?」
「どうぞ、どうぞ。面白いし可愛いですから、楽しめると思いますよ」
「ウン。アリガトネ。なんか貰ってばかりで」
「いえ、いいんですよ。人にプレゼントするのが趣味なんですから」

彼はそういうとエンジンを切り運転席のドアを開けた。しかし
真希は彼に即される前に自分でショルダーバッグを持ち出すと、
彼がその後部座席のドアを開けるのを待つまでも無く、自分で
開けて外に出た。

「すいませんでした。大丈夫ですか?」
「自分の荷物くらい自分で持つもん。大丈夫だよぉ」

真希は重たそうにショルダーバッグを抱えてマンションに消
えていった。彼は運転席に戻り、ハンドルを握りなおす。す
ると真希がマンションの入り口でくるりと回転して、車のほ
うに向きを直して、少し大きめな声で彼に問い掛けた。

「ねぇ!・・・あなたはいつまで、この仕事するの?」
「・・・前にも言いましたけど、そうは長居しませんから」
「そうなの・・・。別にさぁ、私は迷惑じゃないから、他に仕事
なけりゃいてもいいよぉ。」
「大丈夫ですよ・・・ご心配なく。そのうち、仕事も見つかるでしょうから」

彼は今まで真希に見せた事のないような底抜けに明るい笑顔
を残し、夜明けを静かに待つ町の中に消えていった。真希は
一つ溜息をつくと、静々とマンションの中に消えていく。 一人
その場に残された真希は、いつまでもその車の行き先を眺めて
いた。その視界から完全に車が消え去ると、真希は哀しげな溜
息をついて空を見上げた。

未だ少しの雨粒が下りてくる深い夜。ふと何気なくマン
ションの最上階を見ると、自分の部屋の明かりだけが
煌々と照らされている。

真希はその灯りを見つけると、その顔付きを一瞬に曇
らせる。そして手足をブラブラとさせながら、けだるそう
にマ ンションの中に消えていった。

<第2章 了>
65名無しさん:02/01/22 03:22 ID:???
保全
66   :02/01/23 23:50 ID:???
保全
67名無しちゃんいい子なのにね:02/01/26 03:42 ID:???
hozen
68名無しちゃんいい子なのにね:02/01/27 04:34 ID:???
保全
69第3章:02/01/28 04:31 ID:???

第3章 序編

もしも今夜、あの冷たい雨が降ってくれれば、僕らを過去に
誘ってくれるのに…

― カンザス ―


「この曲、いいな」
「でしょ?なんだかんだ言って、サイモン&ガーファンクル
を聞くと心が落ち着くもの」

「これ最近出たベストですか?」
「ウウン、MDよ。自分で編集したの。」

「そうですか。…そうだ、今度アート・ガーファンクルの
ソロアルバム持ってきましょうか?なかなかいいんですよ」
「ホントに?楽しみだなぁ」

レコーディングスタジオの地下にあるメニューの少ない
この喫茶店は、関係者以外に入れないある種の隠れ家の
ような存在だった。最近の彼は、この場所で仕事帰りの
真希たちを待っている事が多くなっている。

彼はお気に入りのウィリアム・メリット・チェイスの絵
画集を読みながら、いつものようにマズイ紅茶を飲んで
いた。また最近親しくなったウエイトレス兼店長でもあ
る快活なこの若い女性との会話も彼の楽しみの一つに増
えつつあった。

そうした時間を楽しんでいた彼の眼の片隅には、先程か
ら先日の雨の中、救い出した少女の姿が入っていた。
  
  少女が自分に何か言いたそうな気配を醸し出している
  のは分かっていたが、こちらから声を掛ける義理もなけ
  れば、そうした仲でもないだろう。彼はそう決め込んで、
  その気配を無視して、音楽と彼女との会話を続けてい
  た。
70第3章:02/01/28 04:32 ID:???

暫くするとその少女の直ぐ隣の席に、だらしなく
Tシャツを外にだし、一見して直ぐ分かるように
如何にも業界人の気配を漂わせている干からびた
中年男が腰掛けようと近づいた。

その瞬間、少女は突如立ち上がり、その男との距
離を開けるように遠くの席に移動した。彼は眼の
片隅でそうした少女の行動を捉え続けていた。

ある種の感慨が彼の胸の中を去来したが、その想
いは心の中に閉じ込めた。彼は何事も見なかった
かのように、ウエイトレスとの会話を続けていた。

そうしている内に彼女の元には、上のスタジオか
らの注文が来たようだった。彼との会話と中断し、
忙しなくカウンターの中を動き回る。彼も会話を
止めると、心地よい音楽に身を沈めながら、再び
手元にある絵画集を読み耽っていた。

「すいません、ちょっと上に行ってきますから」
「わかりました」
「お客さん来たら、よろしくね!」

「え?チョット、よろしくって困りますよ。いったい、
私は、どうすれば?」
「どうにかして、お願いね!」
「お願いって・・・」

そういうと彼女は幾分速足で店を出て行ってしまった。
彼は途方に暮れてその場に立ち竦んでいた。そして不安
そうに辺りを見回すと、喫茶店の奥で小さく身を丸めて
いる梨華と眼が合った。するとどちらともなく互いに目
を逸らす。梨華の小さなため息が彼の耳に届いた。

梨華はずっと趣味の音楽の話ですっかり意気投合してい
た彼とウエイトレスの会話を喫茶店の片隅で耳を済まし
て聞いていた。先程梨華に対し嫌悪感を漂わせていたあ
の中年男の姿も今はもうない。

梨華はこの少し狭苦しい一室に二人きりとなった事を認
識した。すっかり挨拶をするタイミングを無くして、ど
うしていいか困っていた梨華とって、絶好のチャンスが
訪れていた。
71第3章:02/01/28 04:35 ID:???

梨華は息を整えるかのように目の前に置かれている水に
口をつけて喉を適度に湿らすと、座りながらではあるも
のの心の底からの勇気を振り絞り、彼に話し掛けてみた。

「あのぉ・・・、こんばんは」
「こんばんは。確かあなたは・・・石川さんでしたっけ?」
「そうです。…この間の雨の日は、本当にありがとうございました」

「いえ、大した事をした訳ではないですから…。
そういえば…、あれから大丈夫ですか?」
「…ハイ。もう大丈夫です」
「そうですか、…それは良かった」

喫茶店の隅と隅で梨華と彼の言葉が飛んでいた。彼はなるべく
梨華の顔を見ない様に努めて話していたが、途切れ途切れの話
にぎこちなさは拭えない。梨華の眼差しをかわしながら、改め
て見るその彼女の顔は、彼の心の中に住み続けている、かの女
性に瓜二つであった。

彼は梨華との思わぬ邂逅に喜びを噛み締めていたが、かと
いってその気持ちを表に出すわけでなく、逆にそれを押し
隠すかの様に、極めて平坦な口調で語り続けた。

「今日は、もうお仕事、終わられたんですか?」
「ハイ・・・。」
「そうですか・・・」

彼は、どうしても梨華の顔を見つめ続ける事が出来なか
った。一つしゃべる度に俯いて梨華の顔から目を背けて
しまう。

しかしそうした態度とは裏腹に彼の本心は梨華の事を見
詰めていたくて仕方がなかった。しかしその先の言葉は
続かず、ただただ俯いて残り少ないティーカップをスプ
ーンで空しく撹拌させていた。

梨華も何となく二人の間に流れ始めてきた気まずい雰囲
気に少し飲み込まれ掛けている。何もいえずにピンク色
のカッターシャツの端をモジモジとさせながら、続ける べき
言葉を懸命に探す。

しかし頭の中には何一つ気の効いた言葉は浮かんでこな
かった。それでもこの沈黙を破るため、梨華は後先を考えず、
口を開いてみた。
72第3章:02/01/28 04:36 ID:???
「あの…」
「あの…」

彼の考えも同じだった様だ。後先を考えていない繋ぎの
言葉が口をつく。苦し紛れの同じ言葉が宙に浮く。する
と梨華と彼はお互いの顔を見合わせ、少し微笑んだ。

「石川さん、どうぞ。なんでしょう?」
「いいえ、どうぞ。そちらこそ…」
「いや、大した話じゃないですから」
「私の話も大した話じゃないですから…」

「…なんだ。それじゃあ、お互いに大した話じゃないんですね」
「フフフ。そうみたいですね」

今までの少し刺々しい空気が幾分和らいだ気がした。彼は
思い切って梨華に話し掛けた。

「今日はレコーディングですか?」
「ハイ。」
「大変ですね、こんな遅くまで」
「でも、私が悪いんです。私のパートだけ上手く取れて
いないみたいなんで…この後も居残りなんです」

「そうですか…頑張ってくださいね」
「…ありがとうございます」

彼は当然ながらこの間の「事件」については触れなかった。
触れたくもなかったし、触れるべきでもないだろう。全て
を忘れようと心の奥にあの時の記憶をしまい込んでいた。

しかし梨華の気持ちは違っていた。いや忘れたくても忘れ
られない「雨の記憶」の衝動を抑えきれないでいた。

「…この間は、アリガトウございました」
「いいえ。大した事していませんから…」
「そんな事ありません。ありがとうございました」

梨華は立ち上がると彼に対して深々とお辞儀をした。彼も
それにつられ、恐縮そうに大きな身体を丸めながら、梨華
の動きに呼応して頭を下げていた。

「そんなに御気になさらないで下さい。それよりも…」

彼は先程まで心の奥にしまいこむと決め込んでいた感情を
一時だけ解き放ち、気になっている事を問いただした。

「それよりも…あれからは大丈夫ですか?」
「ハイ…」
「とにかくあんなゴミ屑みたいな男には近づかない方が良いですよ」
「ハイ…」

梨華は明らかに毒々しくあの男の事を評する彼に対して喜
びと同時に少なからずの疑問がわいていた。

(あの人のこと、知っているみたい…でも、どうして)

梨華が言葉を掛け様とした瞬間、彼のほうからの問い掛
けが続いた。


<続>

73名無しちゃんいい子なのにね:02/02/01 04:56 ID:???
hozenn
74第3章:02/02/02 03:37 ID:???

「石川さん?」
「ハイ、なんですか・・・」

「いや・・・でしゃばるようですが、もしまた・・・ああいう事が
あったら、ご両親なり、事務所の人に話した方が良いですよ。
いや、そうなる前に話すべきだと思いますよ」
「それは・・・出来ません・・・」
「どうしても?」
「出来ません、絶対に・・・言えません・・・」

梨華は思わず下を向いた。言える訳などない。何故ならば
・・・。言えない事を知っているからこそ、あの男は私に付き
纏うのだから・・・。

梨華の瞳に雫が溜まる。その大きな珠がポロリと落ちそうな
その刹那、廊下の先から愉しげに談笑している真希の声が聞
こえてきた。

梨華は慌てて、彼に気付かれぬように涙を拭うと、一礼をし
て喫茶店から飛び出した。

「あれ〜、梨華ちゃんどうしたのぉ?」

真希の軽い声が廊下に鳴り響く。梨華は真希とすれ違い様、

「何でもないよ」

という言葉をか細く残し、上にあるスタジオに小走りに向
かっていった。真希は小首を傾げながら、喫茶店に入って
くる。その横には彼の見慣れない女性が一緒にいた。真希
はその女性の腕に自分の腕を絡めてしな垂れかかっている。

誰もが一目見てわかる様に真希がその女性に甘えているの
は明白であった。

「今、終わったようぉ。ねぇねぇ、梨華ちゃんどうかしたの?」
「え?いや、別に何でもないですよ」

彼は慌てて嘘を付いた。真希はそうした彼の変な素振り
を見逃さずすかさず茶々をいれた。

「まさか〜、なんか変なことしたぁ?」
「してません!何もしてませんよ!」

彼は少し上気させながら言下に否定した。真希はそうした
彼の様子を見て笑いながら話を続けた。
75第3章:02/02/02 03:38 ID:???

「ウソだよ〜。わかってるよ。あ、そうだ、紹介するね。
この女の人はね・・・私の恋人の圭ちゃんで〜す!」
「ごっちん、何言ってるの。バカなこと言って」

正直に言えば彼は少し戸惑っていた。真希のこうした女の
子らしい様子を見たのが始めてであったからに他ならない。

16歳というよりもそれより更に幼児化した様に、その傍
らにいる女性に全面的に甘えている。今まで彼の見ていた
少し斜めに構えて、物事に頓着しない様と、今眼の前で見
せているこうした真希の違う側面を垣間見たのは意外でも
あり、面白くもあった。

「私たち結婚の約束してるんだもんね〜」
「もう、ごっちんたら、・・・変に思われたらどうするの?」
「変に思われるって、な〜にぃ〜。フフフフ」

いつも聞く真希の声とは明らかにトーンが違う。まるで
アニメーションのキャラクターのように変幻自在に声の
高低を操っている。

彼は見慣れないそうした光景にしばし呆然としていたが、
気を取り直し背筋を伸ばすとその女性に挨拶をした。

「私は事務所の方から頼まれまして後藤さんの身辺警護を
しているものです」
「私は保田圭と言います」
「保田さんですか、始めまして」
「圭ちゃんね、この人名前言わないんだよ。警備上ダメな
んだって。それにね・・・圭ちゃんの事もきっと知らないから
・・・失礼だよねぇ」

真希の言葉が店内に広がる。彼は慌てて否定するも、真
希の言うとおり、その女性が何者であるか等全く把握し
ていなかった。
76第3章:02/02/02 03:39 ID:???

「そんな事ありません。存じ上げています」
「ウソー!ウソついちゃいけないんだよぉ。じゃあ、どんな人?」
「えっとですね・・・確か・・・」
「フフフ、もういいよォ、無理しなくてもぉ。教えてあげる。
4月まで娘。にいたの。私の先生!」
「先生って・・・ごっちん、やめてよ」
「そうですか・・・。正直にいますと芸能界の事に疎くて
大変申し訳ありません」

彼は改めて保田に向かい頭を下げた。そうすると保田は
恐縮そうに彼に向かい言葉を掛けた。

「そんな気にしないで下さい」
「圭ちゃんね、この人ね、私の事も知らなかったんだよ。
面白い人でしょ?」
「そうなの・・・」
「いや、大変失礼を・・・」

彼も保田同様恐縮しながら、頭を下げていると彼女は彼を
制しながら言葉を繋いだ。

「気にしないで下さい。それよりも、いつもこの子が迷惑
かけているみたいで、ごめんなさい」
「そんな事はありません。随分と楽をさせてもらっています」

彼はウソをついた。そう、明らかなウソを。真希の妖しげ
な微笑が彼の眼に入る。もはやこれ以上この会話を続ける
のは難しい、そう判断した彼は話の向きを変えてみた。

「お仕事は、これで終わりですか?」
「ウン。後は帰るだけ!でもこの後圭ちゃんと食事に行く
んだよぉ、ね?」
「そうだね。でも、よろしんでしょうか?ごっつあんを
連れて行っても?」

「それはいいんじゃないですかね。何も聞いていませんし。
それに、他の現場にいたチーフマネージャーも戻ってきた
みたいですから。私の役目はここで終わりですので、後の
事はそちらに・・・」
「そうですか、それなら・・・」

「そうだ、真希さん。ワゴン車にチーフがいますからそち
らに話を通されてみては?」
「え〜、いいじゃん。あなたが言ってきてよ。お願い!」
「それはダメですよ。どの道、真希さんが来たら、一度
車まで来るようにとおっしゃってましたので。これから
出かけるなら尚更ですよ」
「ん〜。わかったよ。じゃ圭ちゃん待っててね。ちょっと
話してくるから」

「ウン。わかったよ、早くイッといで」
「ウン!」

真希は笑顔を残しながら足早に駐車場に向けて走り出した。
喫茶店に残された彼と保田はどちらともなく改めて挨拶を
すると話始めた。
77第3章:02/02/02 03:40 ID:???

「保田さんも今日はレコーディングだったんですか?」
「ハイ。まだ取り残してあった部分があって。そうしたら
娘。の取りと重なったみたいで」

「なるほど、それでですか・・・。それから先程は大変失礼
しました。あまり芸能の事は詳しくなくて・・・」
「そんな事ないですよ。気にしないで下さい」

彼は保田が醸し出す落ち着いた大人の女性の雰囲気に少
なからず感心していた。グリーンのキャミソールに白の
パンツが良く映える。

すらりと伸びた両腕はか細く、女性らしさを感じさせる。
ほのかに香るパフュームも如何にも大人の女性が身につ
けるそれであった。

「しかし少し驚きました。ああいう甘えた彼女を見るのは
初めてなので」
「そうですか?私の前ではいつもあんな感じですよ」
「本当ですか?」
「あの子は、人見知りするタイプだから。良く誤解される
んですけど、本当は真面目で素直な子なんですよ」

「何となくわかりますね。なかなか自分から心を開けない
のかな?」
「そうですね。大人びて見えるけど、中身は子供っぽいし、
だけど大人びているし・・・。それが後藤のいい所なんですよ」

彼は真希の事を愉しげに笑みを浮かべて語る保田の顔を
しばし眺める。他人には分からない二人の間にだけ流れ
る特殊な時間があるのだろうか・・・。

彼にしてみれば真希にとって保田の存在がいかに大きい
のかが、垣間見れた貴重な瞬間でもあった。

「まるでお二人は姉妹みたいですね」
「そうですかね」
「もっと言えば、恋人みたいだ」
「そんな事・・・」

彼と保田は顔を見ながら声を出して笑っていた。すると
真希が駐車場の入り口から駆け足でこの場所に戻ってく
るのが見える。

「な〜にぃ?二人で話してたの。ゲラゲラ笑って」
「何でもないですよ」
「ウソ。圭ちゃん、なに話してたのぉ?」
「別に大した事じゃないよ」
「何で隠すのよぉ。大した話じゃないなら、教えてよぉ〜」

真希は保田の腕にしがみつきながら、じゃれあっている。
彼はそうした二人の愉しげな光景を見ながら、最近感じて
いなかった柔らかな気持ちに包まれていた。
78第3章:02/02/02 03:41 ID:???

「真希さん、チーフにはお話してきました?」
「え?ウン、良いって。圭ちゃん、イコ!」
「そうだね。あなたは、この後?」
「私はチーフと一緒に未だ仕事が残ってますので・・・」

「そうですか。それじゃあ・・・」
「ええ。お気を付けて。真希さんも」
「わかってるよ、じゃあね」

愉しげに笑いながら二人の女性がホールにあるエレベータ
ーへ向かい歩き出す。彼は二人に向け一礼をすると、それ
に気付いた保田は合わせる様に頭を下げ、真希は彼に向け
て手を振った。そしてドアを開けて待っていたエレベータ
ーに乗り込んで階上に向け上がっていく。

誰もいなくなった喫茶店で彼は一人佇んでいた。店内のス
ピーカーからは男性のデュオの声が悲しげに響いている。
「沈黙の音」と名づけられたその曲を聞きながら、彼は一
人静かに歩き出した。


<第3章 序編 了 続>
79名無しちゃんいい子なのにね:02/02/05 03:08 ID:???
hozen
80名無しちゃんいい子なのにね:02/02/07 16:43 ID:???
保全。

この板は保全少なめで大丈夫なのかな?
81JM:02/02/10 03:01 ID:???
保全感謝。2日後更新予定
82第3章:02/02/11 04:08 ID:???

第3章 本編

暗闇が再び訪れ、悲しみと苦しみは静かに迫る。今宵も彷徨う。
街並みに聞こえるのは、沈黙の音だけなのだ・・・

−ポール・サイモン−
83第3章:02/02/11 04:09 ID:???

「わたし帰ります」
「いいから、遠慮するな。少し休んでいきなさい」
「でも、明日の朝早いですから・・・」
「梨華ちゃん。嘘を付いちゃいけないよ。明日は夜まで
仕事はないじゃないか」

「でも、ボイトレしなくちゃ・・・」
「いいから、お茶でも飲もうじゃないか。夜は長いさ・・・」

ニヤ付いた男の顔が梨華の眼の前に突き出される。梨華は
相も変わらない自分自身の優柔不断さを呪い、そして自分
で自分を嫌悪していた。
84第3章:02/02/11 04:09 ID:???

深夜にまで及んだ一人きりのレコーディングが終わり、
家路に急ぐために階下の駐車場に向かった梨華の眼に、
いるはずのマネージャーの替りにいた、この男の姿が
入った時の絶望感が脳裏に再び甦る。

この間のように助けてくれる救世主はいる筈もなく、
梨華は男の強引な手招きで車に連れ込まれていた。高
級車の助手席から眺める深夜の東京の街並みがいつに
も増して悲しげに映る。

あの場所に行くのは、あの時以来・・・。梨華の心にしっ
かりと植え付けられた悪夢の記憶が鮮明に頭の中でエン
ドレスにリプレイされていた。

巨大な高層マンションの地下駐車場。高級外車のドアの
向こうで梨華を待つ男の姿。梨華の懸命な拒否に苛付い
たその男は、電話を取り出し何やら話していた。梨華の
耳には何一つその会話は入ってこない。ただただ、必死
に車のドアノブを掴んで、外に出る事を拒絶していた。
85第3章:02/02/11 04:10 ID:???

「オイ!」
「?」
「こっちだよこっち!」
「誰?」
「・・・俺だよ。わかんないかよ?」

真希は、自宅マンションの前にある小さな植樹の影から
聞こえてきたその音に驚いて振り返った。聞き覚えのあ
る声が真希の耳に響く。この声は、アイツの横に付き纏
っているあの少年に違いない。真希の直感はそう確信した。

その声の主、それはいつも真希とアイツが二人きりになる
のを邪魔してくれる少年・・・。そしてアイツと同じ事務所の
仕事仲間・・・。でもアイツと二人きりになるのを邪魔してく
れる少年の存在は、今の真希にとっては大切だった事に違
いはない。

ただしそれは、あくまでもアイツとの時間から逃れるため
に大切なのであって、この少年単体での存在は、真希にと
っては何の意味も持っていないのも事実に違いなかった。
86第3章:02/02/11 04:11 ID:???

「なんだぁ、アンタかぁ」
「何だよ、俺じゃ悪いかよ」
「別に。で、何の用?」
「いや、別に・・・。用って訳じゃないけどさ、あれ、アイツは
今日、いないの」

「ウウン。知らない。来てないよ」
「そうか、そうなんだ・・・」

わかっている。そう、真希は明確に認識していた。アイ
ツの友人であるこの少年がこの場所にいる理由が。

いつも真希に優しく話し掛けてくれる、そしていつも冗
談を言っては場を和ませてくれているその理由も・・・。

(私と・・・したいんだ。結局はこいつも同じだね)

少年のギラついた眼差しが薄いオレンジ色のサングラス
越しに妖しく光る。真希はふとため息をつくと、気だる
そうに少年に向け声をかけた。
87第3章:02/02/11 04:12 ID:???

「なんか、アイツに用でもあるの?携帯はぁ?」
「捕まらないんだよ、それでここに来たんだけど、ちょっと
渡したい物があってさぁ。まいったなぁ、終電も近いし・・・」
「そうなんだ」

モットもらしくもワザトらしい言い訳が少年の口から放た
れる。真希は、直ぐにその嘘を見抜いていたが、敢えて追
及はしなかった。いや、最早そうした気力すら失いかけて
いた。底なし沼の泥の中にその身が沈んでいく様な感覚に
囚われていた。

「ふ〜ん、じゃあ、どうする?私へ部屋で休んでいく?」
「えっ?マジで?そうしてもらうと助かるな・・・いい?」
「いいよ、別に」

真希はそう言うとオートロックのあるプレートの前に進ん
だ。少年は口笛を吹きながら素直に真希の後ろをついて来
た。真希は背中でその気配を確認すると、やるせなくため
息を一つついてみせた。

「・・・今日もかぁ」
「ん?何か言った?」
「別に」

雨の後のむせ返すような暑さが夜の街にこびり付く。真希
と少年は各々に違う思いを抱きながら、大きく聳える高層
マンションの中にその姿を消しこんだ。

<続>
88第3章:02/02/12 03:36 ID:???

「イヤ!止めてください!!離して!!」
「いいから大人しくしろ!」
「やめて…お願い…、やめて…」
「お前そっち持て、俺はこっち持つから…。ほら暴れんなよ、
静かにしないと、ぶん殴るぞ!」

若い男らの恫喝に梨華は全身が硬直した。その瞬間だっ
た。いとも簡単に梨華の身体は、男二人に抱えられると、
車内から出されてしまった。

梨華は屈強な若い男たちに抱えられたまま、地下駐車場
の片隅にある専用エレベーターに連れて行かれる。その
入り口には、いつものようにニヤけた笑いを見せるあの
男が立っていた。
89第3章:02/02/12 03:36 ID:???

「おっ!ご苦労。そのまま部屋まで運んでくれ」
「わかりました」
「止めてください」
「ダメダヨ梨華ちゃん。我儘なんだから、ハッハッハッ」

中年男のふざけきった笑い声が地下駐車場に響き渡る。
すると梨華の脚を抱えていた若い男が、その男に話し掛
けた。

「我々もいいんですか?これから」
「ウン?今日はダメだな。まぁいつかな。」
「いいじゃないですか。一回で良いですから。じゃあ見
るだけでも…」
「何言ってんだ、見世物じゃあねえぞ。ダメだ。まぁ、
今日はこれで勘弁しろ」

そういうとニヤけた中年男は、財布から大量の札束を無
造作に取り出すと梨華の脚を掴んでいる男のズボンのポ
ケットに突っ込んだ。
90第3章:02/02/12 03:38 ID:???

「あとで二人で分けろ。な?」
「こんなにッスカ…有難うございます」

現金を見て男たちの態度は豹変した。そして抱えている
梨華の脚を舌先でペロリと舐めると厭らしい声で囁いた。

「今日はこれだけで勘弁してやるよ!」

最悪の光景が梨華の前で繰り広げられている。これから
始まるであろう悪夢が梨華の頭の中でリプレイが始まる。
梨華は自身の意識が次第に遠のいていくのを感じていた。

エレベーターの到着を告げるチャイムが駐車場内に鳴り
響いた。梨華の眼にまるでスローモーションのようにユ
ックリとそのドアが開くのが入る。まるでコマ送りのよ
うにユックリとユックリとエレベーターのドアが開いて
いく。

梨華は心の中でいる筈もない、いやくる筈もない「彼」
の事を思い出し、声にならない声で叫んでいた。

「お願い、助けて。お願い…」

届かない梨華の叫びが悲しくこだまする。剥き出しの
コンクリートに囲まれた地下駐車場にニヤけた男の乾
いた笑い声を残し、屈強の若い男二人に抱えられ、梨
華の悲しげな姿がエレベーターの中に消えていった。


<続>
91名無しちゃんいい子なのにね:02/02/13 03:36 ID:???
保全
92名無しちゃんいい子なのにね:02/02/14 00:44 ID:???
保全
93第3章:02/02/14 01:12 ID:???

「ンンン・・・」

真希は、少年に胸を揉みしだかれながら、虚ろな眼で天井
を見やった。もはやどうにも興奮を押さえ切れない少年は、
乱暴な手付きで真希の衣服を引き千切ろうとした。

「破んないでよ、この服気に入ってるんだから!」
「ああ。うん・・・」

少年は、声にならない返事をして、真希の衣服を脱がす
ことに集中していた。とにかく真希の全てを見たがって
いた。

彼女の静止は、全く耳に入らなかったらしい。少年は赤
いワンピースのボタンを無造作に引き千切り、その豊か
なバストにむしゃぶりついた。ブラジャーのフックも外
さず、そのまま剥がしにかかる。ナカナカ思い通りにな
らない自分自身に苛立ち、手付きは更に乱れていた。
94第3章:02/02/14 01:13 ID:???

「やめて、て言ってるじゃない、聞こえてんの、ねぇ?」
「あぁ、チクショウ。どうなってんだよ!」

真希は的を得ない返事の応酬に、どうでもよくなっていた。

(もう、いいや)

心を覆い尽くす虚ろな気分は、更に増していた。

「ヒュー!やっぱデカイネ!真希の胸は。見たかったんだよ!!」

力づくでブラジャーを剥ぎ取る事に成功した少年の眼には、
薄く赤く色づいた乳首、そして大きすぎず、小さすぎず、
それでいて弾力性のある真希の乳房が飛び込んできた。
漸くと目標を達せられ、いよいよ少年の興奮はレベルを上
げた。

「ハァハァ・・・、どうだいいだろ?」
「・・・」

少年は、乱暴に乳房をもみし抱きながら、両方の乳首に
交互に吸い付いた。真希にとって、快感というよりもむ
しろ苦痛を伴うような愛撫が続く。暫くすると少年の乳
房への興味は薄れ始め、いよいよ真希の股間を弄り始め
た。乱暴にパンティーを剥ぎ取ると、いきなり陰部に食
らいついていた。
95第3章:02/02/14 01:18 ID:???

「ア、ンンン・・・」

激しい愛撫に真希は堪らず声を上げた。が、それは義務
感を伴う、儀礼めいたものであった。それでも、真希の
下半身を舐め回し続ける少年の感情を揺さぶるには十分
なものだった。

「何だよ、もう感じてんのかよ、やっぱおまえ厭らしいな」

真希の演技に疑うことを知らない少年は、更に激しく陰部
をなめ続けた。漸く陰部の中に埋もれていた柔らかいヒダ
を自身の舌で探し当てると、今度はそこばかりを集中して
責め続けた。

遠慮を知らない少年は、そしていきなり秘部に2本ばかり
指を挿入して、激しくその指を上下させ始めた。

「うぉー、おまんこの中、もうびしょびしょジャン。もう一本入れるぜ」

少年はその指使い同様、言葉使いも荒さを増してきた。

(やっぱ、コイツも同じなんだ・・・)

真希の心は、セックス時に感じるいつもと同じ様な虚無
感に包まれている。確かにそこは濡れ始めていた。でも
真希にとってそれは、あくまでも条件反射の一種のよう
なもので、決して歓喜の表現ではなかった。

<続>
96名無しちゃんいい子なのにね:02/02/16 02:33 ID:???
hozen
97第3章:02/02/17 01:46 ID:???

「ン、あぁ、んんん・・・」
「おぉ、お前ホントエッチだな、ほらこの音、聞こえんだろ、
お前のだぜ」

真希の愛液と少年の唾液の絡み合う音がジュルジュルと響
き渡る。少年の興奮はピークを迎えていた。もはや極限ま
で膨張したそのペニスは、既に短パンの脇からその先を覗
かせている。当然ながら真希の眼にも入ってきたその陰茎
は、その少年の容姿には似つかわしくない程グロテスクで、
肉棒自身も意外なほどの大きさを備えていた。

(ふ〜ん、デカいじゃん)

真希は、その客観的事実に感心したが、かといって、それ
以上の興味が湧いた訳でもなかった。

「今度は、俺のを舐めろよ」

興奮の度合いを高めている少年は、命令口調で命ずると、
自分でパンツを脱ぎ捨て両手で真希の肩を押さえつけそ
の場に膝まづかせた。こうした一連の少年の行動に真希
は少し躊躇の表情を見せた。いやそれは躊躇というより
も、何もかも、あなたの言う通りにはならない、という
意思の表明でもあった。

真希は押し黙り顔を横に背けたまま、その場に座り込ん
で少年の命令を拒否し続けていた。
98第3章:02/02/17 01:47 ID:???

「・・・」
「おい、舐めてよ。ホラ・・・」
「・・・」
「なぁ、いいじゃん。咥えろよ、ホラさぁ」
「・・・」
「頼むよ、真希ちゃん。ねぇ、お願いだよ」

チッポケな真希の抵抗だったが、効果は覿面だった。いき
なりに彼の口調を優しくさせ、そして彼女に同調を求めて
くる。
この男は、もう私に逆らえない、真希はそう結論付けると、
言われるがまま、少年のペニスに食らいついた。そしてジ
ュルジュルと厭らしい音を立て扱き始めた。

「サンキュ!・・・うぉー、いいぞ」

少年は少し興奮気味に叫んだ。真希は舌を巧みに操り、
肉棒に絡ませる。赤づいたカリ頭にただ唾液を絡ませる
だけで、少年のペニスは激しく真希の口の中で上下して
いる。

少しの刺激でも、そのペニスからは十分すぎるほどの反
応が返ってくる。割れ目に舌を這わせて、厭らしい音を
わざと立てながら、口を上下させる。もう少年の肉棒が
頂点を迎えそうなのは明白でだった。
99第3章:02/02/17 01:49 ID:???

「あぁ、もう駄目だ・・・」

その瞬間、少年のペニスが真希の咥内で激しく屹立する。
真希はギラついた暴発寸前のそのペニスから口を離すと、
傍においてあったティッシュボックスに手を伸ばす。

真希はすばやく右手でティッシュを数枚取ると、彼の亀
頭に軽く押し付けた。すると亀頭の先から白い上バミ液
が出たかと思うと、一気に大量の白濁色の液が放出され
た。真希は冷静に少年の陰茎から出された大量のスペル
マを拭き取ると、サービスだと言わんばかりに、早くも
うなだれた少年のペニスを咥え、まだ肉棒の中に残る残
液を吸い取った。

この行為が彼にとっては至福の喜びを与えたようだ。ペ
ニスから真希が口を離すと少年は口元をダラシナク緩め
ながらその場にペシャンと座り込み、一人で感慨に浸っ
ていた。

「やべーよな、皆にバレタラ。俺に殺されちゃうかもよ」

少年の乾いた笑い声が空しく響き、その満足そうな笑顔が宙に浮く。
少年は喜色の面持ちを保ちながらその場にうつ伏した。その
全身からは、達成感と征服感がみなぎっている様だった。そうした
態度に真希は、何の関心も示さなかった。

暫くすると真希はイキナリ彼の上にまたがり、耳元で囁い
た。

「どうする?いれなくてもいいの?」
「えっもう?マジで・・・。ちょっと待ってよ、少しタイム、タイム」

少年は、よろめきながら立ち上がると、次なる体勢を整
えるために台所へと向かった。真希は静かに立ち上がり、
身体にまとわりついていた衣装をその場に脱ぎ捨て全裸
でベッドに横たわると、先程来から続く虚ろな目で天井
を見つめ続けた。

(私・・・何やっているんだろ・・・)


<続>
100名無し募集中。。。 :02/02/19 02:12 ID:???
ほぜん
101名無しちゃんいい子なのにね:02/02/20 23:35 ID:???
hozen
102名無し募集中。。。:02/02/23 04:07 ID:???
保全
103名無しちゃんいい子なのにね:02/02/24 03:35 ID:???
保全
104第3章:02/02/26 17:21 ID:???

若く青く、そして苦々しいスペルマの匂いが充満している
部屋の中で、真希はこの本をくれた「あの人」の事を思っ
ていた。 真希は体勢を横に崩し、ベットの横においてある
絵本を手にとり、眺めた。

(・・・あの人が私にくれた本)

先日「彼」が再びくれたこの日記帳タイプの絵本は、真希
のお気に入りになっていた。

一人ぼっちの捨て猫が、心優しい人に拾われる。やっと安
住の地を得たのに、今度はその飼い主が死んでしまう。そ
れに気づかない猫は、ひたすらと飼い主を待ち続ける。餌
もなくなり、ひもじさと寂しさに耐えながら優しくしてく
れたその飼い主の思い出を一生懸命頭の中で紡ぎながら、
その猫は死んでいく・・・。

救いのない哀しい話だが、それでも真希はこの本が好きだ
った。真希は虚しい気持ちを紛らわすかの様に、パラパラ
とページを捲るが、ただ虚しさが増すだけだった。

真希はその絵本をベッドの横に置き直すと、再び天井を眺
めた。その刹那、急に何故か悲しみが押し寄せ、涙が零れ
そうになる。心の奥底が叫んでいた。

(あの人・・・今・・・どこに・・・いるのかな?)
105第3章:02/02/26 17:22 ID:???

「これは、何に使うんだい?」
「・・・」
「答えなきゃ、売らないとは言わないけど・・・」
「・・・」

「それにしても・・・」
「あなたは、それをホントに知りたいのかい?」

若からず、それでいて老いてもなく、年齢不詳のその男は、
商売相手となる細身でありながら上背のある青年から鋭く
返された言葉の勢いに完璧に飲み込まれていた。

窓の外には、幾重にも重なり、網の目のよう道標が張り巡
らされている日本最大の首都高速のジャンクションが見え
る。暗闇の中に、時折光る車のライトと規則正しく並んで
いる街灯の明かりが、儚くも美しかった。

時折、そばを走り抜ける大型トラックの騒音に邪魔をされ
ながらも、男達の相談は極めて静かに進んでいた
106第3章:02/02/26 17:24 ID:???

「いや、別に。・・・ただ、」
「ただ、何だ?」
「いや・・・、でも、まぁいいか・・・」
「それが互いのために賢明だよ」

「・・・それにしても金のほうは、ホントにあれでいいのか?」
「昨日、指定の当座口座に外貨預金で振り込んでおいたが・・・。
何か問題でも」
「いやいや、とんでもない。その逆だよ。あんなにいいのかい?
かなり多かったが・・・」

「あれは、ボーナスだよ。随分とあなたには迷惑を掛けた
訳だしね。それに、もう今の俺には、そんなに金は必要ないしね」
「それならいいんだが・・・。それにしても金に用がないなんて
羨ましい限りだね。、しかしこれだけのものを一体に何に…」

売る側の男は、少し言葉が淀んだ。それは、得も知れぬ
恐怖がそうさせたのかもしれない。長身の男は冷たい笑
いを浮かべ、その男の質問を制した。
107第3章:02/02/26 17:25 ID:???

「興味はないんだろ。何でもないさ。そうだろ?」
「ああ・・・そうだな。」

怯え切った返事をするその男の振る舞いに、細身の男は
少しだけ頬を緩めた。そして徐に足元に置かれた桐製の
大きなケースの一つに打ち込まれていた杭をレンチで引
っこ抜く。その中には、新聞紙と細かく切り刻まれた木
片に塗れて透明な液の入ったボトルが何本も入っていた。

「これで全部かい?」
「そうだよ。おまけつきさ」
「おまけ?」
「そっちの箱がね。おまけ。」

売人は少し茶目っ気を帯びた感じに言葉を放った。そして、
アルミ製の大きなケースを指差し、注意した。
108第3章:02/02/26 17:38 ID:???

「信管は抜いているけどね。気を付けてくれよ」
「分かっている」
「それから・・・」
「それから?」

売人はやや声のトーンを落として囁くように話し掛ける。
細身の男は、売人の顔に浮かぶ険しい表情を凝視した。

「くれぐれも、取り扱いには注意してくれ。足がついたら
シャレにならなくなるから」
「ああ」

「本当に頼むよ。あんたがこれで何をするかは知らないが
・・・いや知りたくもないが、騒ぎに巻き込まれるのだけは
ご免だ。それに・・・金の為とはいえ俺としても・・・ね。なる
べく穏便にしてくれないか?」

「これ使って、穏便に済むのかな?」
「まぁそれはそうだが・・・とにかく俺は関係ないから」

売人の無関心さを熱心に訴える姿を見て彼は苦笑を浮か
べた。そして俯きながら、ため息を吐く。誰に言うとで
もなく、言葉を投げる。少しだけ鋭利さを感じさせる物
言いは、その場で滞る空気を更に重くさせた。

「あんたは、心の中にくすんでいる物はあるかい?」
「くすんでいるもの?」
「そう燃え切れず、そして吹き飛ばされもせずに、心の奥底で
燻り続ける様な深い想いを持った経験はないかい?」
「いや、そんな深い経験はないよ。こんな時代でさ、それに…
と言うよりも、それじゃあ、あんたの胸にはあるのか、そういう
重たく燻っている物がさ?」

男は訝しげに聞く売人を沈みがちの瞳で斜に見つめながら、
冷笑を浮かべつつ言葉を返した。

「消したくても消せない、そういう焔みたいな芯がね・・・。
ナカナカ消えなくて困っているんだ」
「・・・」

いつの間にか窓の外からは、車の走る音が消え、この夜に
再び静寂が訪れようとしている。

先程まで会話を交わし、忙しなく動いていた売り手の男の
姿も消えていた。長身の男性は、自らが運転してきた小型
トラックに荷物の全てを載せ終わると、荷台の上でそのケ
ースを布団にして大の字に寝転び、満天の夜空に広がる星
屑を漫然とただ眺めていた。

「来るべき時が来たな」

長身の青年は、謎めいた言葉を一人呟き、相変わらず夜空
を眺めている。川の上を走ってきた少しだけ温い風が優し
く吹き抜けた。これで今日を以って全ての手筈が済んだ事
を静かに喜んでいた。

しかし、時間がない事も急がなければならない事に変わり
はない。心の奥に静かに眠る焔を消す為に、一刻の猶予も
許されない。それは自らに残された時間の少なさを確認す
る作業でもあった。

青年は大きく背伸びをし、真一文字に口を噤むと、運転席
に戻りエンジンを架けた。その車は、止まる位慎重にユッ
クリと真っ暗な砂利道を走り抜けると、シフトを変えスピ
ードを上げた。

車は闇から一転して眩しく光るその集団の中へと溶け込み
消えていく。纏わりつく様な夏の熱気を帯びた川面にその
影を残しながら。


<続>
109名無しちゃんいい子なのにね:02/03/03 04:00 ID:???
hozenn
110名無しちゃんいい子なのにね:02/03/07 04:47 ID:???
HOZEN
111名無しちゃんいい子なのにね:02/03/08 04:01 ID:???
今週末、更新予定…。て、誰も読んでないか(w
112名無しちゃんいい子なのにね:02/03/09 15:42 ID:???
読んでるよ、がんばれ。
113名無しちゃんいい子なのにね:02/03/10 14:42 ID:???
漏れも読んでるよ。もうそろそろ更新かな?
114第3章:02/03/12 02:50 ID:???

「よ〜し、やろうぜ!」

虚ろな真希の哀しい心を置き去りにするかの様に、少年は
漸くと体勢を整え徐に全裸の真希の上に乗りかかってきた。
少年は、真希の返事も聞かぬまま部屋の電気を消すと、そ
の薄暗闇の中で真希の全身を貪り始めた。

真希の顔、唇、肩、乳房、下腹部、そして秘部、脚先の指
の間まで不作法なまでの稚拙な愛撫は、止め処なく続いた。

「いいだろ!真希!」
「ン・・・アン・・・」

条件反射的に真希は喘ぎ声を出した。その声に反応し、少
年の乱暴な振る舞いは更に激しくなった。欲望を剥き出し
にしながら真希の陰部を執拗に舐め続ける。指先で割れ目
を探し、懸命に舌を入れる。「俺がいかせてやるぜ」とい
う、少年の自己満足感だけが、真希に伝わっていた。

真希は漫然としながらも少年の舌の動きに合わせる様に、
わざと喘ぎ声を重ねて見せる。それは単なる儀礼に過ぎ
なかったが、少年は知る由もない。止まらぬ自らの欲望
に一人勝手に溺れていた。
115第3章:02/03/12 02:51 ID:???

「真希、どうだよ」
「アッ・・・ウン・・・」

少年には、そうした真希の反応が心地良く伝わる。少年は
頼まれてもいないのに、真希の肛門の穴まで舌を入れよう
とする。さすがの真希もそれは拒否した。腰をあげ両手で
少年を少しだけ突き上げた。

「ちょっと待って。ヤメテよ。それから・・・ゴム、用意するから」
「何だよ、ゴムかよ。生でヤラセテよ」
「駄目だよ、絶対」

真希は頑なに拒んだ。しかし少年は早くも極限まで屹立した
ペニスを立たせながら頑強なまでの自己主張を繰り返してい
た。

「いいじゃん、大丈夫だよ、外に出すからさぁ、信じてよ」
「駄目、ゴムつけないんじゃ、今日はここまでだよ!」
「いいじゃん、大丈夫だよ、じゃぁさ、取りあえず、生で
入れさせてくれるだけでいいから・・・」

少年はとにかく真希の中にそのままの形でペニスを入れる
事に拘っていた。しかし真希は断固拒否した。そしていき
り立つペニスを振り払うかのように、パンと起き上がると
窓際に駆け寄り、少し大きめな声で少年に言った。
116第3章:02/03/12 02:52 ID:???

「駄目!もし、いれるんならやめるよ。外にいる人呼ぶから」
「そんな・・・」
「どうする?私マジだよ」
「・・・分かったよ。じゃあさぁ、今度は口に出させてよ。
それ位ならいいだろ?」
「・・・まぁ、いいよ」

少年は余程、先程のティッシュへの放出が不本意のようだ
ったらしい。真希は止む無く少年の申し入れを許諾した。
そして洗面所の一番上の棚奥からゴムを取り出してきた。
ベッド上で呆けていた少年を寝かせて、二、三回、肉棒を
口で扱いて唾液でペニスを湿らせてると徐にそのペニスに
ゴムを装着させた。

「ぴったりだね」
「ウッ。そうでもねえよ。チョット痛て〜な」

真希は、少年の上にまたがり自分で少年の陰茎を陰部に導
いた。少年はそれに呼応し、すかさずあわてて腰を動かそ
うとしたが上に乗っかる真希に諌められた。
117第3章:02/03/12 02:55 ID:???

「ゆっくり!だから、そんなに急がないで」
「分かってるよ!・・・どうだ?」
「ウン。いいけど・・・、もう少し優しくしてよ」

明らかに少年のテクニックは稚拙であった。きっとこうい
う男にヤラれることのみを生きる糧にしているような、取
り巻きの女の子相手への自己中のセックスしか経験がない
のだろう。

彼女たちは、この少年のペニスを受け入れただけでオルガ
ズムを迎えるような単純思考の人間なのかしら・・・。

でも真希は違う。いや、逆にいえば、いまベッドの上で必死
の形相で真希の胸にむしゃぶりつき、乳首を摘み、乳房を
揉みしだき、絶叫を上げているこの少年こそが、真希とやれる
というだけで全てが頂点に達している単純思考の人間に他なら
なかった。

「すげ〜よ、真希、すげーよ」

もはや少年には、同じ言葉を何度も繰り返すしか術はなか
った。少年は、何度も挿入しなおしながら、騎乗位からバ
ックに回り真希を突き上げる。なまじ陰茎が大きいだけに、
真希の奥までペニスが到達する。さすがの真希も堪らず喘
ぎ声が漏れてしまった。
118第3章:02/03/12 02:56 ID:???

「ア〜ン。アァ・・・。ウ〜ン」
「真希、真希!中に出してーよ!」

少年のその声に我を取り戻した真希は、すかさず体勢を入れ
替えると正常位になった。そして自ら腰を動かし、少年が絶
頂を迎えるのを早める。
両手で少年の上半身を愛撫し、上胸のあたりを軽く舐めた後、
乳首に軽いキスをした。少年の顔から判断するに、その時を
迎えるのは時間の問題であった。

「駄目だ・・・、もうイクよ!」
「・・・約束だもんね。口でして上げる」

少年は言うがままにピストン運動を止め、限界までに勃起
したペニスを真希の目前に差し出た。すると真希は、ゴム
の上から肉棒をさすり続け、裏筋にキスを重ねた。そして、
その下の袋にもそのキスを移すと、優しく袋を揉み出した。

「真希!いくよ!!もうダメだっ!!真希!」

少年は絶叫に近い叫び声で真希の名前を呼び続けた。その
まますれば精子が出るのはわかっていたが、真希はさっき
の約束を果たすべくゴムを剥いだ。

そして亀頭の先の割れ目をチロチロと数回舐める。更に陰
茎を激しく扱き上げペニスの赤みを増長させつつ、いよい
よ口に含もうかと構えた瞬間、割れ目から液が数滴垂れた
かと思うと、勢いよく白濁色のスペルマが真希の身体にシ
ャワーされた。

119第3章:02/03/12 02:57 ID:???

「ちょっと、顔に出していいなんていってないよ!」
「ハァハァ、ハァハァ・・・」

少年は荒々しいうめき声を発しながらその場に倒れこんだ。
そのペニスの先からは、まだ残るスペルマがニョロニョロ
と噴出していた。

「ハァハァ・・・。よかっただろう?真希」
「・・・」

真希はその問いには答えず、顔にかかったスペルマを落とし
に洗面所に向かう。石鹸、そして洗顔液で、入念に何度も何
度も顔を洗った。それでも少年の精液の匂いが消えなかった。

「シャワー浴びるから」

真希はベッドの上に座り込んだままの少年に声をかけ、その
ままバスルームに入った。ボディシャンプーで何度も身体を
洗い流し、髪の毛にもシャンプーを施した。

その様は、スペルマの匂いだけでなく、肉欲の塊だった少年
自体の匂いを消すかの如く執拗であった。バスルームに備え
付けられている鏡に、そうした自分の姿を見つけた時、真希
の心に物凄い嫌悪感が棲み付いた。そして鏡の中の自分を見
つめると、心の中で呟いた。

(この女、ブス)

真希は浴槽につかりながらしばし呆然としていた。煙にく
もり、鏡の中の自分が消えていく。何故か無性に悲しくな
った。

(もう・・・ダメかな?)

ふいに真希の眼から涙が零れる。家族にも、事務所の人間
にも、仕事の仲間にも、そして真希に纏わり続ける「下ら
ない男ら」にも見せた事のない「心の叫びの涙」だった。

(もう、疲れたよ・・・)

蒸気で煙るバスルームの中、そして彼女は、静かに目を閉じた。


<続>
120第3章:02/03/12 06:57 ID:???
「キャー!ヤメテ!!!」
「叫んでも無駄だよ。この階には俺しか住んでいないんだ。
もっともっと叫んで良いよ」

梨華は叫びながら部屋中を走り回る。どうにかして玄関先
まで辿り着くと、震える手つきでチェーンを外し鍵を開放
しドアノブを必死に回した。

しかし一向にそのドアは開かない。梨華は華奢な身体で
荘厳な造りの玄関ドアに体当たりをして、もがいていた。

「どうしたの、開かないの?ほら梨華ちゃん、そのキーパット
見える?番号を押さないとこのドアは開かないんだよ」
「えっ?番号」

梨華は闇雲に番号を押し続けては、ドアに体当たりを繰り
返す。何度も何度も繰り返すうちに、梨華が着ている白
のカッターシャツの右肩部分が赤く滲んで来た。鈍い痛
みが梨華を貫く。それでも梨華は痛みを振り払い委細構
わずにドアに体当たりを繰り返していた。

121第3章:02/03/12 06:58 ID:???

「梨華ちゃん、諦めが悪いなぁ。もういい加減にしなさい」

男が梨華の背後に立つと梨華の両肩を掴んだ。その瞬間、
梨華は身体を回転させるとその男の頬を目掛けて目一杯
の力を込めて張り手をした。

ピシッという鈍い音が玄関先に響く。今までニヤついて
いた男の顔色が一変した。

「やるな。面白いじゃないか」

そういうと男は両手で乱暴に梨華の着ているカッターシ
ャツを引きちぎった。パラパラと縫い付けられていたボ
タンが玄関に落ちるとその下に身に付けていた薄いピン
ク色のブラジャーが露になった。梨華は慌てて両腕で胸
を隠したが男はその腕をやすやすと掴み上げるとドアに
押し付けた。

「痛い・・・」
「どうした?ん?そんなもんか?」

男は梨華を挑発するような口調で語り掛けると、徐に唇を
重ねてきた。男は無遠慮に梨華の咥内に舌をいれようとす
る。梨華は歯を食いしばり必死の抵抗を試みるが、男は梨
華の髪の毛を少し後ろに引っ張り上げ、強引に口を開かせ
て舌先を絡めてきた。

ピチャピチャという唾液の絡まる音が室内に響き渡る。梨
華の瞳からは、枯れ果てることのない涙が延々と流れ落ち
ていた。
122第3章:02/03/12 07:00 ID:???

男はそうした梨華の感情などには一切興味を示さずただ
自分の欲望を満たす為だけに、更に乱暴な手つきで未だ
少し纏わりついていた梨華のシャツを完全に引き千切り
捨てると、両手を掴んで部屋の奥に連れ戻した。

「イヤです、やめて下さい。私帰りたいんです…」
「うるさい女だな。少しは言うことを聞かんか!」

男は梨華を大きな外国製のソファーに叩き付けた。そして
カウンターに置いてあった果物ナイフを手に取ると、梨華
の露になった上半身に密着させた。

「何するんですか!!」
「君が少しうるさいからだよ。大人しくしなさい!」

男はそう言うと冷たくとがったその刃を梨華の首筋に当て
た。梨華は恐怖に震え、全身を硬直させている。男はそう
した梨華の態度に満足そうな笑顔を見せると、刃を次第に
下へとずらす。

ブラジャーに覆われた乳房の付近でその動きが止まる。ナ
イフの先がブラジャーの中央で小刻みに動く。その刹那、
「ピンッ」という音と共に梨華のブラジャーが弾け飛んだ。

123第3章:02/03/12 07:01 ID:???

「イヤ…、ヤメテ…」
「おや、ナカナカいい胸してるじゃない」

男の纏わり付くような湿った声が梨華の耳に届く。男は
ナイフを部屋の遠くに投げると、服を着たままいきなり
梨華の乳房に食らい付いた。

「イヤダ!やめて下さい!!イヤッ!!!」

梨華の悲しい叫び声が虚しく室内にこだまする。手足を
じたばたさせながら必死の抵抗を見せていたが、男の豪
腕の前に次第になす術を無くし掛けていた。

「ハァハァ…」
「イヤ…、イヤ…、イヤ…」

男の獰猛な唇が梨華の全身を舐め尽す。強引に脱がされ
たパンツがソファーの横に置き去りにされる。梨華は脚
をバタつかせ男の行動を邪魔するが、いとも簡単にあっ
けなくその行為は覆される。

男の手が梨華のパンティ-に伸びる。嫌がる梨華の動きを
無視するかのように、男はそのパンティーを一気に破り捨
てた。

露になった梨華の秘部を眺めては独りニヤツク男の顔が
眼に入る。思わず梨華は顔を背けると、思い切り両足で
男の身体を蹴り続ける。しかし男は意に介さない表情で
バタついている脚を強引に腕力で捻じ伏せると、いきな
り梨華の可愛らしい陰部に顔を埋めた。
124第3章:02/03/12 07:02 ID:???

「イヤ!!!ヤメテ!!!」

梨華の絶叫が室内に空しく響く。男は自身の欲望を剥き出
しにして、身体ごと梨華に乗りかかる。そして自らの衣服
を乱暴に脱ぎ捨てあっという間に白のブリーフ1枚の姿に
なった。

男は厭らしい笑みを浮かべながら、顔を背け嫌がる梨華の
手を力付くで自身のブリーフの上に誘導すると、自分の手
を梨華の手に重ねた。そして早くも屹立している肉棒の上
で上下に擦る。梨華の掌は、嫌悪しか感じられない感触に
蝕まられ始めていた。

「ハァハァ…。ホラ、もっと速く動かして、もっとだ、もっと…」
「イヤ…」

梨華の掌にねっとりとした感触が伝わる。堪らず手を退け
様と思うが、男の腕力がそれを拒む。興奮の度合いを増し
てきた男は、いきなり自分でブリーフをズリ下ろすと、そ
のものに直接梨華の手を宛がった。

「ホラ、もっとだ!ちゃんと掴んで!上下に扱け!」
「もう、イヤ…」

梨華の涙だらけの顔が歪む。男は苦痛に歪む梨華の顔を
そそり立つ自らの肉棒の前に強引に寄せる。そして声を
荒げながら、男は梨華に更なる服従を迫った。
125第3章:02/03/12 07:03 ID:???

「咥えろ!早く!いいから、咥えろ、しゃぶれよ!!」
「イヤです。絶対にイヤ…」
「ホラ、ここまで来て何言うんだ!」
「イヤ・・・、イヤ・・・、イヤ・・・」

男は嫌がる梨華の口に指を突っ込みこじ開けると、その
勢いのままにキラついたペニスを梨華の咥内に差し込ん
だ。そして美しい茶色に染まっている梨華の髪の毛を掴
み、激しく顔ごと前後に動かす。梨華の咥内には、脂ぎ
った醜い塊が小躍りしていた。

「ホラ、舌を動かすんだ!音を立てて吸って!!」
「ウウウッ…」

梨華の悲しげな嗚咽が漏れる。仁王立ちの男の股間を自
身の意思とは関係なく咥え、扱いている。嫌がり拒絶し、
顔を離す度に、男の平手が梨華の頬に飛ぶ。

梨華は薄れ良く意識の中で、この男に屈服せざるを得な
い事実を感じていた。
126第3章:02/03/12 07:04 ID:???

「もっと広げて。そうじゃない、もっとだ…」
「・・・」
「もっとだよ、梨華ちゃん。もっとだ…」
「・・・」

20畳はあろうかというダークブラウンに統一されたフ
ローリングを施されたリビングの中央。薄明かりの間接
照明に照らされ一糸纏わぬ姿の梨華が、全裸で自身の肉
棒を扱いている男の前で、すらりと伸びた両足を開いて
いた。

男は露になった梨華の陰部を見届けると、狂喜の表情を
浮かべながら一層の早さで自身の肉棒を扱いている。

「よし、いいぞ!梨華!アウアウ…」
「…」

男の間抜けな喘ぎ声が梨華の耳にこびりつく。諦めの表
情を浮かべた梨華の瞳には、最早流れ出る涙すら枯れ果
ててしまった様だった。

男はブツブツとなにやらしゃべりながら、肉棒を扱きな
がら、梨華の曝け出された陰部に食らいついた。既に梨
華は、無抵抗に男の愛撫を受け入れていた。

その顔からは表情は消え、まるでマネキン人形の様な顔
付きで男の唇に犯されていた。
127第3章:02/03/12 07:06 ID:???

梨華の頬には、先程までの暴力の嵐の残骸が痛々しく刻
まれている。しかし右の胸の上に残された傷はもっと生
々しかった。

先程の事だった。無理矢理に男のペニスを咥内で扱いて
いた時、思い余ってその肉棒に歯を立てた際、怒り狂っ
た男がその前に遠くに投げた果物ナイフをもう一度拾っ
てきて、何の抵抗もなく梨華の身体に刃を走らせた、そ
の痕が…。そうクッキリと残っていた。

「梨華、梨華、梨華…。俺のモノになれ、俺のモノに…」
「…」

男はまるで呪文を唱えるように、梨華の名前を呟きなが
ら、股間を弄り続けていた。梨華は丸太の様に男の衝動
には無関心を決めていた。梨華の生気を失った眼は、頭
高く天井にぶら下がる高級そうなシャンデリアを焦点な
く眺めていた。

いつの間にか男は梨華の陰部にペニスを差しこみ、一人
悦に入りながら腰を振り続けている。欲望の欲するまま、
梨華の身体をくまなく貪り続ける。

男は梨華の気持ちなど微塵も感じ取らずに、ただただ肉
欲の塊をいち早く放出せんが為にペニスを差しこみ、激
しく突いていた。
128第3章:02/03/12 07:07 ID:???

「アッ…、イクゾ!アウアウアウ…、顔を出せや!」
「…」

男は四つん這いになって犯されている梨華に向けて叫ん
でいた。梨華は、力なく両手をだらりと床の上に投げ出
し、男の果てしない性欲の捌け口にその身を委ねている。

喘ぎ声もなく、拒絶する言葉もなく、終始無言で男の陰
茎を受け入れている。男は勝手に自ら果てると、梨華の
膣から肉棒を差し抜き、梨華の顔付近にその醜い棒を近
づける。

そしていともた易く片手で梨華の髪の毛を引っ張るとそ
の生気のない顔を自身のほうへ向けさせた。

「ホラホラ咥えろよ!、扱けよ!」
「…」

梨華は眼前にそそり立つペニスがあるというのに全く無
反応に座り尽していた。男はそうした梨華の態度に業を
煮やすと、無理矢理に梨華の口を手で開けるとその肉棒
を差し込む。

そして自分自身で激しく腰を振りながら、梨華の咥内で
肉棒が極限まで膨張するのを感じていた。感極まった男
は、梨華の頭を押さえ込み、激しくその頭を前後に動かす。

しかし梨華の舌は、男のペニスに絡みつく事を頑なに拒
絶していた。それながら男は耐え切れない欲望の果て、
梨華の咥内からペニスを引き抜くと、梨華の顔目掛けて、
一気にスペルマを放出した。
129第3章:02/03/12 07:08 ID:???
「アアアアッ!出る!出るぞ!」
「…」

男は自身の放出を終えると呆けたようにその場にしゃが
み込んだ。そして未だニョロニョロと亀頭の先から出て
くるスペルマを見て、座り込む梨華の胸に押し当て、そ
の乳房で扱くように命じた。

「梨華、最後まで出させろ。ホラ、手で胸を集めろよ…」
「…」

相変わらず梨華は男の要求に対して、全く反応をしなか
った。男は呆れたように一度天井を見上げると、肉棒を
無理矢理梨華の口に入れて、処理を済ませた。

「どうだ、おいしいだろ。飲み込んじゃえよ」
「…」

梨華はイキナリ、男の足元を目掛けスペルマ塗れの唾を
吐き捨てた。その様子を見た男は、冷たい笑いを浮かべ
ながら、しゃがみ込む。そして獰猛に梨華の口を貪るよ
うなキスをした。

「お前は見込んだとおりだな。気が強くて、俺好みだ」
「…」

男は立ち上がると、一人キッチンのほうへ歩き出す。梨
華はただぼんやりと前面に広がる大きな窓越しに見える
熱気で蒸しかえる夜の東京の街並みを眺めていた。その
時だ。暗闇の中から連続した無機質な機械音が聞こえて
きた。

「今日の記念にさ。二人の記念。まぁ記念写真みたいなもんさ…」
「…」

梨華は男に向け冷徹な眼差しをおくる。スペルマ塗れの
梨華の顔をポラロイドカメラで撮っている男の眼に、梨
華の凍える顔が飛び込んでくる。男は一瞬、ややその気
配に押されたが、何かにとりつかれたかのようにシャッ
ターを押し続けていた。

うだる様に暑苦しい都会の夜。外気の熱気に逆らうように、
凍えた眼をした一人の少女が佇んでいる。少女は瞬間的に
光り続ける閃光の波の中、静かのその美しい瞳を閉じた。



<第3章 本編 了>
130名無しちゃんいい子なのにね:02/03/12 12:20 ID:???
おつかれさま。
131第4章:02/03/14 01:05 ID:???


第4章

もう、ここで終わりなんだ。そう、無邪気なままでいられるのは、
ここまでなんだ・・・

? ドン・ヘンリー ?



「左を出せと言っているだろう、出さないから打たれるんだ。
そんな簡単な事も分からないかっ!」
「ハイッ!」

「だから出せよ!返事はいいから。そう、そうだ。パンチ
出さなきゃ相手は倒れないぞ!」
「ハイッ!」

すっかりと薄汚れた木製のプレハブ全体が軋む。ヘッド
ギアをつけた青年の繰り出す活きのいいパンチが、少し
贅肉をついた男の横腹を捉える。

埃塗れの全面ガラス張りのウインドウの外は、リング上
の熱さとはまるで反比例するかの如く、いつもとかわら
ない日常が続いている。

自転車の籠に荷物を目一杯詰め込んだ主婦が忙しな
く行き過ぎ、老婦人がよろよろと端を歩みながらやや
閑散とした魚屋の前で歩を止めている。

人々が当然として生活を営む中、ガラスの中の男達の
様は、まるで別世界に生きているかのように険しく、そし
て一切の頓着もなく、正に時間の流れが違っているよう
であった。

たったガラス一枚隔てているだけなのに、空気の密度さ
えも違うような緊迫感に包まれたそのリングで、外界と
は隔絶された男達の対峙は続いていた。

男の檄に感化され青年の鋭い拳が芯を食う。ガードを
着けているとは言え、男の顔がその重さに一瞬だけ歪
む。するとダラシナク垂れ下がったロープに寄りかかっ
て戦況を見つめていた長身の男性の声が飛んだ。
132第4章:02/03/14 01:06 ID:???

「なんだ、なんだ、効いてるぞ。そんな口ばっかりのヤツ
倒しちゃえ!ボディに打ち込め!右に回り込んで、そう、そうだ!!」

青年は男性の声につられる様にステップを刻みながら左に
回り込むと、ショートレンジながら角度のある鋭いアッパ
ーブローをスパーリングパートナーの脇腹に放つ。ヘッド
ギア越しに見える男の顔が苦悶に歪む。その瞬間、再び男
性の声が青年に向け飛んだ。

「ガードが下がったぞ!右だ!」

男性の声を聞き終えるまでもなく、青年の右ストレート
が男の顔面を捉えた。ヘッドギアが歪むほどの強烈なパ
ンチに男は思わず膝から崩れ落ちた。その時、タイムを
告げるゴングが鳴り響く。戦い終えた男たちの吐く息の
音だけが、リング上に漂っている。

そこではゴング音と同時にリング上に大の字になった男
の呟きのみが辛うじて聞こえて来るだけだった。
133第4章:02/03/14 01:08 ID:???

「ゴングに救われたみたいだねぇ」
「お前…余計なアドバイスするな…」
「いいじゃない。それにしても君、しかしナイスパンチだな!」

男性はリング下に引き下がってきた青年の肩をポンと叩
いた。青年は会釈をすると、マウスピースを外し、再び
深くお辞儀をした。

「アリガトウございます」
「いやいや、こちらこそ。でも、仕上がりいいね!次、新人戦
なんだろ?頑張れよ」
「ハイ、アリガトウございます」

青年はヘッドギアを外し、タオルを頭から掛けるとその
まま奥のシャワールームに向かっていった。男性はコー
ナーサイドに置いてあったミネラルウォーターを手にと
ると、寝転ぶ男の近くに歩み寄った。

「ホラ、飲めよ、朝倉」
「ハァハァ・・・。サンキューだ。」

男はヘッドギアを投げ捨て、グローブを無造作に解くと、
ばらついたバンテージをつけたままそのミネラルウォー
ターをグイグイと一気に飲み干した。
134第4章:02/03/14 01:15 ID:???

「いや、あいつのパンチは効くわ。今度はお前に頼むよ」
「勘弁してくれ。無理だよ、俺なんかには」

「まぁそれはそうだ。指の骨折れるからってボクシング
辞めた人間には務まらないな」
「まぁね。そんなところだ」
「よく自分のことがわかっているみたいだな」

男の乾いた笑い声が彼の耳に心地よく届いた。男は立ち上
がると、ロープに掛かっていたタオルを手にして頭から覆い
被せリングの片隅に座りなおす。すると朝倉は今までの口
調とはやや趣を変えながら敢えて彼の顔を見ずに話し掛けた。

「それよりお前…、今まで何処に行ってた?心配したんだぞ」
「…いろいろと思うところがあってね」

「まぁ、なんとなく事情があるのは分かるけど、それにしたって
急に消えるやつがあるか。」
「悪かった。なんか…考える事が増えてね」
「考え事か…。そりゃ分かるけどよ」
「とにかく…済まなかったな。いろいろと…。」

彼はコーナーサイドにある錆付いた丸椅子に腰掛けると、
やや目を落としながら物思いに耽るような感じで話を続
けた。
135第4章:02/03/14 01:22 ID:???

「人生は、なかなか思うように任せないな」
「そんな事、今になって分かった話でもないだろうが。
とにかく心配掛けんなよ…それよりもうあの事は決着したか?」

「ん?ああ、もういいんだ、あの事はね。いろいろと考えたしな」
「ホントか?…疑う訳じゃないが、よからぬ話を聞いたんだが…」
「どんな話だか知らないが、こうしているんだから大丈夫だったよ。」

男は奥底に残ったミネラルウォーターを名残惜しそうに
飲み切ると、空になったペットボトルを部屋の片隅にあ
るゴミ箱に投げ捨てる。

カラン、カランという虚しい音をたてて床の上に転がる。
その様子を眺めながら、男は言葉を繋いだ。

「それで…これからどうするんだ?今まで通りここで働いて
もらっても構わないよ。というか、手伝ってくれよ。健一も
新人戦が近いし、練習生も増えてきたしさ。俺とおやっさん
だけじゃ、体が持たないさ」
「…そういえば、おやっさんは?」

「赤坂にある川添さんのトコまで出稽古だよ。あそこなら
最新設備も整っているし…」
「そうか…。朝倉、お前や、おやっさんには悪いんだが今、
俺は仕事をやっているんでね」

「仕事?やっぱりピアノ教室に戻ったのか?淺川もそんな
事言っていたが…」
「いや、あれはそうじゃないよ。単なるお遊びと言うか、
留守番程度のもんだ。…ちょっと折りいっていてね」

「何だよ、それって俺にも言えない様な事なのかよ」
「そういうんじゃないんだがね」
「・・・ホントに関係ないのか。例の事と」

朝倉は洗濯のし過ぎで色褪せて元が何色だか分からなく
なってしまった大きなバスタオルを頭から被ると、心配そう
な顔つきをしながらリングからスゴスゴと降りた。


<続>
136ねぇねぇ名無しさん:02/03/14 19:20 ID:???
>作者
これってさぁ、前に発表してた<完全版>と微妙に違ってるよね?
137JM:02/03/15 05:04 ID:???
>>136
そうです。話せば長くなるので省略しますが、この話は、
掲示板に連続して掲載、という形なので、元来の手元
に仕上げてある原稿に手を入れながら、それ向きに起
こしているので、若干変わっていると思います。

元原稿をそのまま掲載するのは、掲示板で読む形には
不向きだと思い、そうしました。

ただ本当は過去ログを取っておけば良かったのですが、
dat逝きになってしまい消えてしまいましたので、再び元
原稿を掲示板用に草稿しながら更新しています。
今回掲載しているのは、ほぼ元原稿に近い形でのストー
リー構成となっていますが、結果的にそういう理由で完全
にそのままという形ではなく、微妙に変っております。

元原稿をそのまま下ろせば毎日というかいっぺんに更新
出来るのですが…。と、言う事で更新が遅れがちで申し
訳ございません。
138名無しちゃんいい子なのにね:02/03/15 12:56 ID:???
あの、JMさん他には何か書いてないの?
139JM:02/03/15 18:11 ID:???
>>138
ネットではこれだけです。あと一つ「亜流」がありますが、それは
冗談で書いたものなので、許してください。

あと「壊れた時計」という話が掲示板用に下ろせそうだったのですが、
他の人の目に触れる前にタイミング悪く3度もdat逝きにあってしまっ
たので、止めてしまいました。ゴメンナサイ。
140名無しちゃんいい子なのにね:02/03/16 00:17 ID:???
回答サンクスです。がんばれ!
141ねぇねぇ名無しさん:02/03/16 13:57 ID:???
レス39!>作者
『壊れた時計』も過去ログが手元に残ってる。
続きが読み多いんだけど、これが終わってからでいいから、
再開してくんない?
142JM:02/03/17 03:33 ID:???
>>141
わかりました。ただこの話同様、モーニング娘以外の人物
でまくりですが、許してくださいな
143名無しちゃんいい子なのにね:02/03/21 03:42 ID:???
保全。今週末更新予定
144第4章:02/03/25 00:45 ID:???

古びた長椅子に腰掛けるとテーブルの上に無造作に
置かれたクシャクシャになった新聞紙を手にとった。
彼も後を追う様にリングから降りると、部屋の片隅に置
かれた錆び付いたパイプ椅子を持ってきてそこに腰掛け
る。朝倉はバスタオルで頭を拭きながら、漫然と新聞紙
を眺めていた。

「まぁお前の方も元気でよかったよ。」
「まぁな。仕事とは言え毎日ボコボコ若い奴等に殴られて
いるけどな・・・。それにしてもなんとまぁ、物騒な時勢だよな」

「物騒ネ・・・何があったのか?」
「ン?ああこの記事だよ・・・いやね、暴力団の抗争だってよ。
頭をズドンと一発。白昼の喫茶店でさ、拳銃で撃ち抜かれたって。
まるで映画みたいだよ」

「そうねぇ。まぁでもよくある話じゃないか。それにあんまり
このジムには関係ない話だろ」
「ところがさ、先々月からずっと空いていた斜め前のテナ
ント、あそこにヤクザの事務所が入ったんだよ。大丈夫かなぁ、
こんな下町の商店街でドンパチでも始まったらかなわないよ。
勘弁してもらいたいなぁ」

「そうなのか・・・どこの系列の組なの?」
「さぁここいら辺だから、住吉じゃないの。良く知らないけど
・・・それよりもお前、今日はこれからどうする?その仕事が
あるんか?」

「ウン?まぁそう言う事だな」

彼は立ち上がると背伸びをしながら部屋の中を所作なく
歩き始めた。天井からぶら下がっている古ぼけたサンド
バッグを力なく叩きながら、うろついていた。
145第4章:02/03/25 00:51 ID:???

朝倉は新聞紙をテーブルの上に置くと、彼に向けて言葉
を投げた。

「・・・お前、もう大丈夫なのかい?ホントにさ」
「・・・」

「アンマリ詮索しても仕方ないけどさぁ・・・」
「分かっているよ。それに時計の針は元には戻らないからな」

「それならいいけどさ・・・」
「まぁ、確かにお前らには心配かけたな。スマンかった」

彼は笑みを浮かべながら部屋の奥にある冷蔵庫から余り
冷えていないミネラルウォーターを取り出すと朝倉に向
け投げると朝倉は驚きながらそれを受け取ると大きく右手
  を上げてそれに応えた。

「しつこいけど…ホントに大丈夫だな」
「ホントにシツコイな。まぁ安心しろや」

  朝倉は彼の答えを聞くと満足そうな笑みを浮かべて踵を
  返し、身支度を整えるため部屋の奥に消えていった。
彼はその朝倉の姿を見届けると誰にも聞こえない様な
  小さな溜め息を一つだけついてみせた。

物憂げな彼の瞳がウインドウ越しに見える街行く人の流
  れを焦点なく眺め始める。妙に湿った風が部屋の中を吹
  き抜け、気だるい熱気に包まれた昼間の空気を引きずっ
  たまま、そのウインドウの外には漆黒の夜が来ようとして
  いた。


<続>
146名無しちゃんいい子なのにね:02/03/28 02:25 ID:???
hozen
147名無しちゃんいい子なのにね:02/03/31 02:25 ID:???
がむばれ
148第4章:02/03/31 16:40 ID:???

「ごっちん・・・ちょっといい?」
「なぁ〜にぃ〜、梨華ちゃん」

いつものように深夜にまで渡ったTV番組の収録も終わり、
メンバーのそれぞれが帰路に着く中、梨華はスタジオの入
り口で半身を傾けながら、前室の片隅でひとみと楽しげに
話している真希に声をかけた。

「おっ、梨華ちゃん、今日の私服、白なんだぁ・・・珍しいねぇ〜」
「そうなんだよぉ。最近の梨華ちゃん、ピンクあんまり着ないんだよね」
「ウン・・・」
「似合ってるよぉ〜、可愛いよぉ〜」

ひとみと真希は、珍しく白いワンピースを着ている梨華
の服装にチャチャを入れた。梨華は恥ずかしそうに笑い
ながらも、手招きをして真希を呼び寄せた。
149第4章:02/03/31 16:41 ID:???

「ごっちん、ちょっといい?」
「何だよぉ〜梨華ちゃん、わたしは仲間はずれぇ〜?」
「よっすぃ〜違うの。ちょっとお仕事の事なの、ディレ
クターさんが呼んでるの」
「なぁ〜にぃ〜。めんどうくさいなぁ〜。タクシー着ちゃうよぉ」

真希はやや不服そうながら梨華の元に近寄った。そして
言われるがままに、梨華の待つスタジオへ足早に向かっ
た。

しかしスタジオの中には誰もいない。真希は首を傾けな
がら辺りを見回した。すると大きな照明機器が無造作に
置かれているその片隅で、梨華がぽつんと立っていた。

「なによ梨華チャン。誰もいないじゃない」
「ウン。実はね、私なの、話があるは・・・」
「・・・ふ〜ん、で、何の用なの?」

梨華は、もじもじとしてナカナカ言葉を言い出せなかった。
すると真希は梨華の傍らに近づき、眼を見つめながら言葉
を即した。
150第4章:02/03/31 16:42 ID:???

「なぁ〜にぃ〜、梨華ちゃん。どうしたの?」
「ウン・・・。ごっちん、この間の背の高い男の人って・・・
どんな人なのかな。会社の人なのかな?」
「え?・・・あぁ、あの人?そうね、そうみたいな、そう
じゃないみたいな・・・」
「ごっちんもよく知らないの?」

「うん。自分の事、よく喋らない人だし。一応雇われている
みたいなんだけど・・・。でもさぁ、名前だってわからないしぃ」
「あの人って、普段は、どんな事してるのかなぁ?」
「送り迎えの運転とか、今私についてるマネージャーさんの
お手伝いとか・・・。そんなトコかな。」
「そうなんだぁ・・・」

梨華は首を傾けて、モジモジと言葉を選んでいるようだ。
真希は、少し悪戯っぽい笑顔をみせて梨華の顔を覗き込
んだ。

「な〜にぃ、梨華ちゃん。あの人に興味あるのぉ?」
「違うよぉ〜。そうじゃないんだけど・・・」
「じゃあ、なあに?」
「・・・ウン。なんかね、あの人と、それから・・・あの男の人
・・・とね、知り合いみたいな気がしたから・・・」

「えっ、それホントなのぉ?」
「ウン・・・。あの時そんな感じがしたんだけど・・・」

真希は、やや意外そうな顔付きで思案を投げていた。

(あの人がアイツと知り合い・・・それってどういう事なのかな・・・)

真希が思いを巡らせている中、梨華は俯きながら話の先
を続けた。


<続>
151名無しちゃんいい子なのにね:02/04/02 23:08 ID:???
祝 47位保全
152名無しちゃんいい子なのにね:02/04/03 14:56 ID:???
おめでとう
153第4章:02/04/08 01:42 ID:???
「それでね。・・・ちょっとごっちんにお願いがあるんだけど・・・」
「・・・ん?なぁにぃ?」

真希は考えを一時止め、梨華の顔を見つめ直して言葉を
繋げた。

「梨華ちゃん、まだあの男となんか関係あるの?」
「ウウン、そんなことないよぉ。」

梨華はあからさまに言葉を濁した。もちろん真希には、
そこにある「何か」を感じ取るのは容易だった。真希
は、とっさに梨華の手を握りしめるとその悲しげな顔
を凝視した。

「梨華ちゃん、お願いって何?」
「えっ・・・ウン。ごっちんね、あの人に会わせてくれないかな?」
「どうして?」
「あの人に頼みたい事があるの・・・」
「梨華ちゃん・・・」
「・・・ごっちん、思い切って言うね・・・実はね、
私・・・、あの男の人にね・・・」

梨華はその美しい瞳に涙をため、少し嗚咽を漏らした。
梨華の悲しげな表情に心揺さ振られた真希は、思わず華
奢な梨華の体をぎゅっと抱きしめた。
154第4章:02/04/08 01:43 ID:???

「もういいよぉ、梨華ちゃん・・・。何も言わないでいいから・・・」
「ごっちん・・・誰にも言わないでね・・・」
「当たり前だよぉ」
「・・・アリガトネ」

普段は見せない真希の優しさに梨華は浸っていた。そして
最近感じていなかった、安らかな気持ちがその心を覆って
いた。

「頼んでみるね。・・・梨華ちゃん頑張ってね。あの人いい人
だから心配しないで話してみても大丈夫だよ」
「うん。実はね、この間、レコーディングの帰りに
ちょっとだけ話したの。」

梨華は恥ずかしそうに話し続けた。真希は笑顔で聞き返
した。

「ホントぉ?それでどうだったの?」
「うん。最初は話し掛け辛かったんだけど・・・でも思って
いた以上に優しくて、少し安心したんだぁ」
「でしょ?だから大丈夫だよ。きっと梨華ちゃんの話、
聞いてくれるから。私からも言っておくからね」
「ウン。アリガトウ。ごっちん、お願いね」

誰もいないスタジオ、薄暗闇の中、二人は抱き合いなが
ら互いの傷を慰め合っていた。その二人の様子を入り口
の大きなドアに隠れて見つめるひとみの姿があるのに二
人は気付いていなかった。

(・・・二人で何を話しているのかな?)

ひとみの眼には慰め合う梨華と真希の姿を捉えていた。今
まで見た事のない二人の様子を見ながら、ひとみの心の奥
底で「何か」が少しだけ揺れ動いた。

言葉で表現できないその「何か」がひとみの心を掻き毟る。
ひとみは、ふっと溜息をつくと、先程までいた前室の長椅
子に腰掛けた。

(何だろう・・・)

ひとみは、自分でも得体の知れない奇妙な気持ちを小さな
胸に抱えたまま、スタジオの隅で一人静かに竦んでいた。



<続>
155第5章:02/04/10 04:47 ID:???

第5章

いつまでだっても、この世は何も変わらない。それが現実さ・・・

― ブルース・ホーンズビー ―


そこは高層のビルディングが林立する一角とはいえ、そ
のビルディングだけは、余りの大きさ故に威圧感さえ漂
わさせて、周りの全ての建物を威嚇しているようだ。

何の季節感も感じさせない装飾が施された中庭を抜け、
厳つい門構えの玄関を通り、幾度かのセキュリティー
チェックを潜り抜けると、中一階に広がる吹き抜けの
ホールに出る。無機質なコンクリートで覆われた大き
な支柱をやり過ごすと、その奥に数台のエレベーター
が待っている。

ただ一番右端のエレベーターは、他の基とは違い、2
0階までノンストップで上がることが出来るのが大き
な特徴だ。他のエレベーターが止まることさえ許され
ない21階から25階まで階段を使わずに昇るには、
そのエレベータに乗るしか手段はない。
156第5章:02/04/10 04:51 ID:???

そのエレベーターを利用できる人間の数は、言うまでも
なく少ない。更に通常の通行パスと同時に、特製のIC
カードがなければ、乗る事すら出来なかった。

しかしだからと言って、そこの空間一帯が特別に豪華に
飾られているわけではない。逆に何の装飾もなくただ
白く塗られただけの吹き抜けに飾られた支柱同様、無機
質なコンクリートに覆われ、むしろ窓が極端に少ないせ
いか息苦しささえ覚える様なところでもある。

特に22階は更に他の階に比しても狭苦しい箱部屋の様
な区切りをされた空間が所狭しと居並んでいるが、そうし
た部屋が並立している廊下を通り抜けると、やや広めの
空間に踊り出る、しかしかといって、そこに視界が広がる
ような大きな窓がある訳でもなく、その密閉間が解消され
  るわけでもなかった。

人影もまばらな静かな回廊。空間の奥には、更にその先
に通じる少し広めの廊下がある。その最奥にある小部屋
は、珍しく窓のある"人間らしい時間"を過ごせる場所が確
  保されていた。
157第5章:02/04/10 04:58 ID:???

その開放された部屋は他と違い壁の色も完全な白では
  なく、ややつや消しと思われる鮮やかな色で彩られ、部
  屋の隅に置かれた重厚な木目調のデスクの横には少し
  小さめの観葉植物が居並んでいる。

デスクの傍に据えられたホワイトボードの横には大きな
  出窓が据え付けられ、夜の老境の町並みを展望する事
  が出来る。その窓の向こうには遠くに見える東京タワーの
明かりが、今日に限って鮮明に見えている。未だ窓の外は、
近づきつつある台風のせいか異様な蒸し暑さを漂わせ、もう
  深い時間だというのに未だ熱気は冷めず、本格的な夏の
  到来を前にして、既に数え切れない位になった熱帯夜を静
  かに迎えていた。

空調から押し出される冷気に包まれたその部屋の中、 重厚
  なデスクの椅子には、およそこの建物と雰囲気には似つかわ
  ない様な精悍な顔つきをした若い男が座っていた。そしてそ
  の男に対峙するかの様に、部屋の真ん中にある黒色の硬め
  のソファーでは、やや白髪交じりの中年男性が煙草を燻らせ、
  膨大な量になる書類を今、正に、読み終えようとしているとこ
  ろであった。


<続>
158第5章:02/04/16 03:22 ID:???

「ご苦労だった。」
「何か、飲みますか」
「ウン?いや、構わないでくれ」

中年男性は読み終えた書類をテーブルに置くと、短くな
った煙草を灰皿に押し付けた。男は、小さく息を吐くと
徐に立ち上がり窓際に近づいた。

遠くに見える東京タワーの灯かりをぼんやりと眺めなが
ら、物思いに耽るかのようにめを薄くしていた。

「実は君に、折り入って話があるんだが・・・」
「・・・何か報告書に不備がありましたか」
「いや、そうじゃない。完璧だよ、書類は。・・・まぁ君に
見て貰いたい物があるんだ」

そういうと男は、ソファーの片隅に置かれていた黒革の
カバンを手に取ると、その中から数枚の書類が入ったフ
ァイルを取り出すと若い男のデスクに置いた。
159第5章:02/04/16 03:25 ID:???

「高森君?」
「ハイ…。何でしょうか?」
「うん…。まぁいいか。取り敢えずこれを見て貰えるかね」
「これは?」
「まぁ、いいから。ちょっと読んでもらえるかな」

高森は訝しそうにその書類を手にとると、バインダーに
挟まれたそれをパラパラと捲って見た。乱雑な文字が踊
るその書類に書かれた文字列を漫然と眺めていた。

男は高森が読み終えるのを待ちながら、胸ポケットから
ショートホープを取り出すと火を灯すと煙を燻らせてい
た。

時が過ぎていく。

高森は読み終えた書類を何度か読み返すと、ふっと溜め
息をついた。少しばらけた書類をトントンとテーブルで
馴らすと、綺麗に整え、デスクの中央に置いた。


<続>
160名無しちゃんいい子なのにね:02/04/23 07:43 ID:???
まだかな?
161第5章:02/04/24 03:44 ID:???

「それで?」
「ん?どうかね?」
「どうかねと言われても…。何より部長はこれを・・・信じるんですか?」
「それをどう思うか。君の意見を聞きたいね」

男は胸ポケットから再びショートホープを取り出すと忙しなく
ライターを灯し、煙を燻らせる。男の吐く煙草の煙が高森を
包み込む。高森はやや斜めに目を落としながら静かに話し
始めた。

「よくある内部告発…というヤツですか」
「まぁね」
「にしては…」
「しては?」
「詳しすぎますね。確かに。ただ…」
「ただ?」

「ただ…ただ単なる告発文にしては、看過出来ない気が…
何となくの勘ですけど」
「勘かね?曖昧だね」
「ええ、これだけではさすがに…。しかし部長。部長自身が
私にこれを見せるという以上信じるに足りる何かが他にあ
るんでしょうか?」
「…さすが君だね。鋭いな」

男は更に短く灯されていた煙草を加えながら、ソファーに腰
掛けて再びカバン を取り出す。そして一枚の写真を取り出
すと、高森に投げ出した。

「これは何でしょう?」
「これが、その信じるに足りる何かだよ」

白黒の写真には、海上で撮られたらしく、豪華なクルー
ザーらしい甲板の上で大きな魚を持ち上げて笑い合って
いるサングラスを掛けた数名の男が映し出されていた。
162第5章:02/04/24 03:58 ID:???

「随分とむさ苦しくも豪勢な写真ですねぇ…」
「その右端の短髪の男だよ」
「顔色抜群で…これが?」
「それがその主役の男だ」

高森は、怪訝そうな顔をしながら写真をめくり続ける。
白黒の写真は暖炉の前で歓談する中年男性達の姿が
写っていた。

「しかし・・・どいつもこいつも警官とは思えない風貌ですね。
まぁ周りの男達も ナカナカの風体ですが」
「そりゃあ、そうだよ。左端の男はこの間、新宿のホテルで
頭撃ち抜かれたヤツだからな」

「この男がそうですか・・・。で、この写真は一体?」
「今日の午後、送られてきた。告発文と同じヤツだろう
封筒も何も同じモノだったからな」
「なるほど。これが来て…信じるに足りるモノになったと」
「まあね。そんなトコロだ」

高森はその送られてきた写真を書類の上に置くと、もう
一度、紙の角々を合わせる為に、テーブル上でトントン
と叩き馴らし、再 びデスク中央に置きなおした。

「それで・・・私に何の用でしょうか?」
「決着を付けてもらいたい」
「決着?」
「そう決着だよ。事が大きくなる前にね」
「部長は、大きくなる可能性があると踏んでいる訳で?」
「あの文章そのまんまならね。天地がひっくり返る話しだ」
「まぁそれはそうですが…」
「それに…」
「え?それに、何でしょう?」
「うん?いや、まぁ良いさ。こっちの話しだよ」

男は再び立ち上がると窓際に再び近寄った。窓ガラスに
寄りかかりながら、短くなった煙草をポケットから取り
出した携帯灰皿にしまい込む。すると意を決したように
一つ咳き込むと、高森に向けて静かに話し出した。

<続>
163名無しちゃんいい子なのにね:02/04/24 15:50 ID:???
この話、何か2ちゃんというかモー板に書かれているのが
不思議な気もするが…。いいんだろうか、この板で?
…とにかく保全しときます
164名無しちゃんいい子なのにね:02/04/25 08:13 ID:???
いいんじゃないすか?
なんかおもしろいし、がんばれ作者さん。
165第5章:02/04/26 04:22 ID:???

「そう。しかもこれは私の個人的な依頼だ。私の責任において
君に頼む。仕事としてでなく、私の願いとしてだよ。だから当然
命令する訳ではない。君に決定権を預けたい」
「私的、というのに拘るのには何か理由でも?」

「公的に動けば…例え我々外事が関わったとしても薄々気付
かれるからな。そうなってからでは遅い。それに担当が部内の
誰になるかは上層部が決める事だしね。私にはその決定権に
関われる資格はないからな」
「あなたが…関われないと何か不都合でも?」

高森は少々意地悪く聞き返すと、男は笑みを浮かべながら煙草
の煙を大きく吐き出しながら答えた。

「そうさ。エライ不都合が生じるからな。…多分、上にあがれば誰
もこの件を扱わないだろうからな」
「上は…見て見ぬ振りをするとお思いで?」
「内容が内容だけに、ある意味そうした態度も当然だろう。彼らは
警官の前に役人であるからな」

男の苦々しい口調が高森に突き刺さる、その言外に含まれるニュ
アンスがあからさまに高森にも伝わる言葉の吐き方だった。

「しかしだ。それでは絶対に済まなくなる。隠せなくなる、近いうち
にな。…どうやら彼らの歯車が少しだけ狂い始めた様だからな」
「仲間の一人がホテルで頭を打ち抜かれ…そしてこの告発文…
蠢いていると?」

「そういう事だな。点と点を結びつけて線に出来ないヤツラが上に
ドカリと溜まっている以上、絵を描けるものが仕事をしなければな
らない。そういうものだ」

男はそう言うとかばんの中にあった残りの書類を全て取り出し高
森に手渡した。

「これで関係書類は全部だ。調査を『私的』に行う以上、使える人員
は限られる。どうだ、君のチームに使えるのはいるか?」
「…その答えをする前に…。私はまだ返事をしていませんが。受ける
とも受けないとも…」

「そうだったかな?それでは聞こう。どうなんだ?」

男は高森の前に歩を近づけると静かに目を見据える。その瞳は
黒く薄く光り、細かな皺が刻まれた目じりが上向きに鋭く上がって
いる。高森は静かにその瞳を見つめ返すと、大きく瞬きを一つし
てみせた。

「そもそも私に拒否できる権利はあるんでしょうか?」
「権利も義務もないさ。君次第だよ」
「なるほど…」

高森はユックリと席を立つと、広く開かれた窓際に歩を進める。
窓の外は、熱気に包まれたまどろみの中、遠くに光るタワーの
イルミネーションがまどろんでいる。彼は焦点なくその景色を見
ながら男に背を向けながら言葉を選びつつ返事をかえした。
166第5章:02/04/26 04:23 ID:???

「秘密とは…得てして信頼の絆の隙間から零れるものです。身内の
不祥事を暴くのに無駄に大切な絆を失いたくは、ないのですからね」
「…」
「ですから…やるなら一人で…それでもよければ」

高森の言葉を聞き終えるや否や男の口元が少しだけ緩んだ。高
森はその気配を背中で感じていたが、視線はそのまま窓の外に
飛んでいた。

「勿論だ、構わないさ。君の好きなようにしてくれ」

弾んだ男の声が高森の耳に飛んでくる。その声の勢いとは裏腹に
高森の心は深く沈殿していった。

「頼むよ。急かす訳じゃないが、大事になる前にな。」

男は高森の肩をポンと一つ叩くと、勢い良く部屋を辞した。その遠
ざかる足音を聴いていると心持ち足取りは軽く思え、まるでスキッ
プを踏むように廊下の奥に消えていくようだった。

「絆か…俺は何を言っているんだか…」

高森は溜め息を一つ吐くと、やるせなく窓の外を眺め続ける。今年
もまた、雨の季節の真っ只中だというのに夏の熱気が前倒してこ
の都会を覆い尽くしている。光と影が交錯する夜の四十万が闇を包
んでいた。

<続>
167名無しちゃんいい子なのにね:02/04/30 00:45 ID:???
いいね。
168名無しちゃんいい子なのにね:02/05/04 01:16 ID:???
面白いので、保全。
169第5章:02/05/07 03:21 ID:???


「それで、わたしに何を?」
「ここに貴方の名前を・・・お願いします。」

彼女は土下座をせんとばかりに、テーブルの上に頭を押し付けた。
机の上には、細々とした言葉が書き込まれた一枚の書類が置か
れている。この書類が持つ意味の大きさは、彼にも、そしてこの紙
切れを持ってきた彼女にもよく分かっている。

だからこそ、言葉はより簡潔なセンテンスに凝縮された。

「真希の為なの・・・。お願いします」
「それは、担当マネージャーとしてですか、それとも姉としてですか?」

彼の言葉には、いつになく力があった。彼女は彼の言葉に押された
かのように押し黙った。沈黙は続く。階下にあるコンビニエンスストア
から聞こえてくる騒がしい有線の音楽とそれに被さって来る人の喧騒
とが部屋中の空気を支配していた。

パイプ椅子と会議用のテーブルが狭しなく並ぶ部屋の中。まるで街あ
いに潜んでいる予備校の教室の様な殺風景なその一室で二人は、細
長いテーブルを挟み、対峙している。窓の外に溢れかえる肌に纏わり
つくようなベタ付く熱気とは裏腹に、その中はピンと張り詰めた空気が
淀む。空調のスイッチはオフなのに、漂う空気は心なしか冷気を漂わ
せているかのようであった。

一瞬だけ時が凍る。しかしその静寂も冷気を引き裂くよう呻いた彼女
によって均衡は破られた。
170第5章:02/05/07 03:32 ID:???

「両方よ。姉として、そしてマネージャーとしても…。だからこそ
あなたに頼んでいるの・・・あなたにしか頼めないの」
「・・・」
「だって他の誰に言えると思う?こんなこと。勿論会社の人にだって、
それに母にだって…私には、どうにも、何も…」
「・・・」
「いいの。私の責任だもの。こうならない様に、って母や会社の人が
真希に私をつけたのに。」
「・・・」
「でもやっぱりダメだね。これで私もクビだわ。」

自嘲気味に繰り出される彼女の言葉は痛々しかった。彼は黙って
よりいるしかないと思ってはいたものの、その「痛み」に耐え切れず
言葉を重ねた。

「後藤さん。既にこの事は、誰か部外の者に知られているんですか?」
「ううん。真希と私、そしてあなただけよ・・・。そこは大丈夫。」
「相手の男は?」
「…」

彼女は首を傾け言葉を殺した。彼はそれで全てを了解すると黙って
立ち上がり部屋を出た。廊下からガタガタッ、という音がしたかと思
うと、手に同じ種類のお茶の缶を2つ持ち帰ってきた。黙って彼女の
前に一つ置くと、もう片方のタブを引き、それを自ら一気に飲み干した。

「相手の男には、言うべきではないですかね」
「・・・そうかしら。」
「せめて、今の状況くらいは…」
「そうは思わないわね。例え相手が知ってても、知らなくても、結論は
同じでしょ!意味なんかあるかしら!」

彼女は苛立ちを隠さなかった。そして目の前に置いてあったその缶
を乱暴に手に取ると一気に飲み干した。安手の長机にバンと置かれ
た空き缶の音が虚しく部屋の中に響く。彼女は落ち着きを取り戻した
かのように、口元をほんの少しだけ緩めて、彼を見つめた。
171第5章:02/05/07 03:47 ID:???

「ごめんなさい、少し興奮して・・・。でもね、うん、多分相手も薄々は
知っているとは思うわ」
「そうですか…で、彼の答えは、…聞くまでもないと」
「そういうことね。」

彼女は立ち上がると彼の横に座りなおした。そして少し椅子を動かし
二人の肩と肩が当たるほどにその間隔を詰めた。その時、彼の顔色
が少しだけ変わったのを彼女は見逃さなかった。彼は、かすかに一つ
息を整えると話し続けた。

「それで真希さんと話し合って…」
「ウウン。でも・・・もう答えは出ているの。話し合うまでもないわ」
「そうですか。…なるほど。」

彼は目の前にある書類を手前に寄せ、今一度眼を通した。そして
胸の内ポケットからボールペンを取り出す。聞こえるか聞こえない
か分からない程度に、軽く息を一つついた。

「・・・で、サインはどちらに?」
「男性の同意欄に・・・。保護者欄は、私の名前を書きますから・・・」
「偉そうな事を言う様ですが、ここに名前を書くだけなら、彼に頼ん
でもいいんじゃないですかね」
「・・・」

「それも彼は・・・ダメなんですか?」
「お金は出すって言ってるみたいよ。まぁでも仕方ないわ。真希も
そうだけど、あの男の子も所詮は子供なんだから」
「子供ですか…、それで手術はいつ?」
「今度の火曜日オフなの。だから月曜日の夜に。それで一晩入院
する形になるかしら・・・」
「なるほど・・・」

彼女は、口向きを更に重くさせて、彼に話し続けた。

「出来ればね・・・」
「出来れば、何ですか?」
「あなたにも、来て貰いたいんだけど・・・。いや、いいのよ、無理に
とはいわないから。これ以上は迷惑・・・」

思い返せば、彼はこれほど間近に彼女の顔を見たのは初めてだ
った。息遣いが手に取るように伝わる距離で見つ返す彼女の横
顔は、輪郭は似ているものの、真希とは違く眼が大きく、凹凸が
よりクッキリしている。大人の女性を感じさせる上品なパフューム
が彼の鼻腔を優しく刺激していた。

伏し目がちに語り続ける彼女の横顔を見つめながら、彼はその
言葉を強くさえぎった

「いいですよ。いかせて頂きますよ」
「ありがとう。助かるわ・・・。私も一人じゃ何かと心細くて・・・」
「私で良ければ・・・構いませんよ」
「ありがとう…ホントに。」

彼は感謝の言葉を素直に受け止めると、自分の名前をその用紙に
書きこみ彼女に手渡した。彼女はその紙に軽く眼に通すと微笑を浮
かべながら丁寧にバッグへとしまいこんだ。
<続>
172第5章:02/05/10 03:40 ID:???

彼は横目で確認していた彼女の微笑みを不思議そうに見つめながら
問い掛けてみた。

「何かおかしいかったですか?」
「え?ウウン。でもなんかね…フフフ」
「可笑しかったですか?」
「貴方の名前、本当はこうなんだ・・・」
「何か、おかしいですか?」
「ウウン。でもなんか変な感じ。想像していたのとまるっきり違って
いたから」

彼女はバッグを椅子に置くと立ち上がり、うろうろと部屋中を歩き
回った。部屋の片隅においてある古びたピアノの前にある椅子に腰
掛ける。そして造作なくパラパラと鍵盤を弾いてみた。聴き慣れた
メロディがたどたどしい指使いに乗せて部屋中に流れ始める。

「ここであなたは何しているの?楽器とか教えてるの?」
「いや・・・話を聞くだけですよ。」
「生徒たちの?」
「生徒、と言う訳でもないですが・・・。まぁそんなところですね。」

「どんな話?技術指導とか、進路指導とか?」
「まさか。単なる世間話みたいなもんです。愚痴を聞くみたいなね・・・」
「ふ〜ん。それじゃあ私もあなたに相談しようかな」
「私に…何をです?」

すると彼女は鍵盤から手を離し彼に正対した。その唐突な動きに彼は
少々戸惑いを見せた。しかし彼女はそうした彼の反応を意に介さず、
寂しそうな表情を俯きながら隠しつつ、ポツリポツリと言葉を繋げた。
173第5章:02/05/10 03:56 ID:???

「もうね、真希の傍にいるのやめようと思うの。やっぱり、私には
ダメみたいなんだ」
「どうして、そう思われるんですか?」
「だってさ、ツラいもの。真希の姿みているとね。でも、結局最後は、
真希に頼ってる自分が嫌なの。」
「・・・」

「それにね、考えてみれば私の存在は真希にとって迷惑なのよ。
だってね・・・、分かるでしょ?」
「・・・」
「会社だって分かっているから、逆に私を雇ったんだもの。私の事を
監視しておきたかった訳だしね・・・」
「・・・」

彼は押し黙ったまま、彼女の言葉を待った。

「だって、あなたの役目ってホントは真希じゃなくて、私の監視でしょ
それ位のこと最初からわかってるわ・・・」
「・・・」

彼女は彼の返らぬ反応を気にせず、心の奥底に溜まり続けていた
淀んだ感情を一気に吐き出していた。彼は黙って彼女の目を見つ
めながら、その感情を受け止めていた。

「でも大丈夫よ。辞めたからって、マスコミの人間にペラペラしゃ
べったりしないから…」
「…」
「だから安心して。私もそこまで馬鹿じゃないから」
「…私は後藤さんがそんな人だとは思っていませんよ」
「そう思ってくれている?…ウン、アリガトウ」

彼の言葉が優しく彼女の心に届く。彼女は少し目を潤ませながら
彼の顔を見つめなおした。

「後藤さん。どうでしょう、少し自分を責めすぎなんじゃないですか?」
「そうかな・・・」
「あなたはあなたで素敵な人ですよ…他の誰かと比べられるのでなくね」
「そうかな」
「一度しかない、かけがえのないあなたの人生…無駄にする事ないです」
「…」

彼は彼女の座るピアノの前にたち、そして彼女の横にピョコンと
腰掛けた。肩と肩が触れ合うような間隔で二人は椅子に腰掛けて
いる。彼女は膝に置かれた彼の手に少しだけ触れてみた。ひんや
りとした感覚が彼女の脳に鋭く届く。彼女は徐にその手を上げて、
たどたどしくながらも目の前にある鍵盤を奏で始めた。

再び部屋の中に不器用ながらも優しいメロディーが響き渡る。彼は
彼女の横顔を見詰めながら、少し大きなその瞳から悲しい雫が流れ
出るのを見て取った。彼女はそうした彼の視線に気付いたのか、目
のかゆみを抑えるかの様に目尻をコショコショと拭うと、努めて明
るい口調で彼に話し掛けた。

「下手でしょ、ピアノ。小学生の頃にチョコッとやってたくらいだから」
「いや、ピアノ弾くのに上手い下手は関係ないですよ。楽しければいいん
です」

彼は鍵盤に置かれた彼女の細長い指に手を合わせた。そしてユックリと
力を加えるとピアノは再び奏で始める。彼は指を離すと、1オクターブ
低い位置で同じメロディーを奏で始めた。彼女も彼の指に合わせながら
楽しげにピアノを引き続ける。乾いた部屋の中でメロディの調子とは裏
腹に悲しげに聞こえる連弾が鳴り響いていた。

<続>
174名無しちゃんいい子なのにね:02/05/16 17:03 ID:???
期待。
175名無しちゃんいい子なのにね:02/05/21 06:25 ID:???
まだかな?
176第5章:02/05/23 03:32 ID:???

「そういえば、ここで教えているのはどんな感じの人なのかな?」
「ここの先生ですか?年の割には若い感じがしますよ。ただ頑固でね、
元々はクラッシック畑の人なんですけど、少々突飛な所がありましてね」

「突飛な所?」
「ええ。日本の水にはなじめないみたいで今はヨーロッパに拠点に置いて
コンクールのコーディネーターみたいな事してますよ。
まぁここは教室というより出張所みたいなもんかな」

「ふ〜ん。それじゃあ、マネジメントなんかもしてるの?」
「なんかでなく、いまやそれが本業に近いですよ…どうです、今度会って
みますか?」

「え?」
「何か興味がありそうに見えたので」
「うん。どうせ、真希の事ばれたら私クビだし…。そうなったら暇だしね。
…会ってみようかな」
「…そうですか。変わった人ですけど心根はいい人ですから。
その気になったら、遠慮なくいつでも私に言って下さい」

「うん。ありがとう・・・。」

夜は深け、いつのまにか階下のざわついた音も消えていた。その部屋
の中は、哀しげなメロディーのみに包まれている。演奏を終え、彼女
は静かに立ち上がると、彼とキツク握手を交わした。

その最後、互いに何かを伝えたかったが、敢えて二人とも何も語らな
かった。暫くの時、キツイ握手を交わしながら二人は押し黙ったまま
見詰め合っていた。遠くからは車が国道を勢い良く走り抜ける音がこ
だましている。二人の重く沈んだ気持ちが瞬間、凍てついて部屋中に
充満した。

すると、その重さに耐え切れなくなった二人は、どちらともなく手を
離し目を逸らした。彼女は軽く会釈をするとそのまま急ぎ足で部屋を
出た。1人部屋に取り残された彼は、ふ〜と大きな溜め息を吐き再び
鍵盤に触れた。不規則に響くその音色が虚しく空気を引き裂いていた。

彼女は、振り向かず幾分とその脚を早めながら外に待たせてあったタ
クシーに乗り込んだ。欠伸をして呆けている運転手へぶっきらぼうに
行き先を告げると俯いたまま後部座席にその身を沈めた。

車も人も通りが空いた幹線道路をスピードを増してタクシーは突き進
む。まだ夏は来ないというのに暑く蒸す街並みを冷え切った車内から
眺める。彼女の気だるそうな顔色が窓ガラスに反射する。改めてみる
自分の顔に彼女は自身への嫌悪感を増していた。そして先程過ごした
彼との邂逅を再び思い出していた。 そして軽く一つ息を吐いた。

(この先、わたし、どうなるのかな・・・)

消せない不安を小さな胸に抱えたまま、そして彼女は静かに目を閉
じる。車内のラジオから流れる天気予報は、静かに明日の雨を告げ
ていた。

<続>
177名無しちゃんいい子なのにね:02/05/31 21:52 ID:???
期待してます。
178第6章:02/06/04 03:49 ID:???

第6章

甘く切ない音楽は、悲しみに酔う為のものなのだろうか

― イアン・マクドナルド ―




わからない。

意識が消え、記憶が擦り切れる。そして右手を見つめる。この手は
誰の手なのだろう?

わからない。

自分の中で動き始めた時計の針が、静かに時を刻む。それは、精
神の静寂を突き破り、心の安らぎを掻き乱す。証は何か?存在の
証は何なのか?生きていると言う証は何なのか?

わからない。

思い出せない歳月の積み重ね。消えた筈の痛みだけが残り、有る
べき筈の喜びは失せ、憎悪だけが支配する。全ては終わったはず
なのに、何故か、今、俺はここにいる。どうしてなのか?

わからない。そう、わからないのだ。

午前4時、昨日の夜から続く、蒸し風呂のような熱気は未だ冷
めていない。彼は一人、洗面所の鏡の前で屈みながら自分の
顔を見つめていた。

カチカチカチ・・・、リビングに備え付けられた古びた大時計が
危なげに時を刻む。彼は自分で自分の頬を張った。何度も何
度も、強く張った。そして口の端から一筋鮮血が流れる。彼は
Tシャツを脱ぎ、それで口を拭う。

鏡には剥き出しの上半身が晒される。その左胸の上には、何
かがはめ込まれたような生々しい傷跡が数点残されていた。
彼はその傷跡を改めて見直すと指でその跡をなぞった。

秋まで・・・。そう、あと少し、・・・。

彼は、蛇口を捻り温い水で顔を洗った。そして冷ややかな微笑
鏡の中にを残し、そして静かに目を閉じた。

<続>
179JM:02/06/14 04:19 ID:???
お知らせ

以前書いた分の内、推敲段階で完全に削除した部分は大まかに言って
ここで終了です。この後は5章にでてくる刑事が捜査する部分があります
が(実はこの部分が結構長いんですが)モーニング娘の掲示板で書いて
いる以上、あまり関係はないと思いますので省略しても問題はないと
判断しました。

その部分の内容に関しては最初に下ろした文の中で邂逅として
ダイジェスト掲載しましたのでご参考にして下さい。後で残した部分
では保田と後藤&石川との絡みが少々ありますが、全体への影響
は対してないと思います。

最近私自身2chに全く来なく、他の板やスレッドも全く見ていないので
どういう状況か分かりませんが、数人おられた読者の方も、既に書い
てあった「凍える太陽』の初回版を読まれていると思われますし、これ
以上需要もないと思われますので、ここで終了したいと思います。
180JM:02/06/14 04:33 ID:???
最後にこの話をここに書いた経緯を書いておきます。読まれた方は
何となく感じてはいたと思いますが実はこの話は当初、全くモーニ
ング娘に関係ない話として、推理小説として書いたものです。
私がある賞に応募しようと思い勢いで書いたやつだったのですが
少々筋に問題ありとして、捨ててしまったものでした。

ある時、そのボツを読んだ友人が登場人物をモーニング娘に置き換え
て読んでみたいな、という呟きにヒントを得て暇つぶしに書き替えたの
がここで書く事になった直接のきっかけです。
練習がてらに書き始めたら面白くなって自分でものめり込んでしまい
ました。

当初は彼から書く時の参考にと教えてもらった2ch、しかも
この板で物書きの卵として、なんとな読者の反応を知りたく
なって片隅で性懲りも無く書き始めたのが運の尽き。ズブズ
ブと1年間もここまで引っ張ってしまいました。

これまで数は少ないですが読んで頂きアリガトウ御座います。
感謝の念を込めつつ、お別れしたいと思います。ではでは。


<完>
181名無し募集中。。。 :02/06/14 18:07 ID:???

>当初、全くモーニング娘に関係ない話
やっぱり(w
teri時代から読ませてもらってたけど、やたら濃厚なエロシーン・
社会から遊離(脱落)した主人公・行き場所のない人物たち・
そして復讐という設定にリア厨時代に隠れ読んだ西村寿行とか
その辺を思い出してた。

ネタ小説は歓迎なんだけど単なる妄想を「小説」と銘打っているのが
大半の娘系小説という現状で、ひさぶりに「小説」を読めたという気がする。

以前「去年の娘。小説」というスレ(の後半部分)でかなり有意義な
議論がされてたんだけど、その中盤(*辺りは特定作品の叩きなので不毛だが)
からのコピペ
>小説を書きやがれ。小説を。エロ小説を。

…いや、別にエロじゃなくてもいいんだけどね。私は「小説」が読みたひ。
お疲れさまでした。

|◇´)<つぎ書くときはウチも出してや…
182JM:02/06/15 04:41 ID:???
>>181
読んで貰っていただきサンクスです。元々TVドラマのシナリオコンクール
に出す予定のモノだったので小説的でない状況説明の場面があったり
(笑)とか…という表現が多くて読みづらかったと思いますが(完全版の
時には抑えましたが)長い間のご愛読、改めて感謝します。
183名無しさん:02/06/15 06:38 ID:???
\(^▽^)/<完結おめどうございま〜す

次回作の予定はないの?>JM氏
184名無しちゃんいい子なのにね:02/06/15 14:39 ID:???
おもしろかったです、
一年間おつかれさま〜。
185JM:02/06/16 05:39 ID:???
>>183
どうも読んで頂きアリガトウ御座います。手元にある文で登場人物を娘に
変換できそうなのもあるにはあるんですが、(以前冒頭部分だけ発表した
のですが…)どうしてもこの話以上に娘とは関係のない人物を出さざるを
得ないので無理そうな感じです。

凍える太陽でも無理矢理に後藤のマネージャーに姉を登場させたりする
様な、かなり苦しい設定変更を余儀なくされたので、私が持っているモー
ニング娘の知識では、対応不可能の感じ濃厚ですw
という訳で、このスレの前に書いてみますとカキコミましたが、改めて元
原稿見直すと少々難しそうで…(幹になるトリックを大きく変更しなければ
ならなさそうで…)目測で期待させるような事を書いたのをこの場を借りて
お詫びします。
186名無しさん:02/06/16 21:02 ID:???
>>185
>原稿見直すと少々難しそうで…
そっか、残念…
でもまたが機会あれば、短編でも何でも載せてください

あと、せっかく完結したのにレスが少なくて
気落ちしてるかもしれないけど、
読んでる人は読んでると思うよ

ここは徹底sage進行なのと
>>181が書いてるけど、本格派っぽいんで
ちょっとレスつけにくいのかも

( ^▽^)<おつかれさま〜
187JM:02/06/26 19:39 ID:???
どうやら2ちゃんねるも閉鎖のようですね。寂しい事です。。。。
最後に手元にある「壊れた時計」書き換え途中バージョンを下ろして
お別れしたいと思います。
板が残っていれば、明日の早朝にでもおろしておきます。
188JM:02/06/27 01:29 ID:???
どうも早合点のようで…。年に一度の恒例の騒ぎだったようで。。。。
つまらぬ事をせずに静かに消えますね。今までサンクスでした。さようなら。
189名無しちゃんいい子なのにね:02/06/27 01:36 ID:???
まあまあ。とりあえず書きなされ。
190名無しさん:02/06/27 05:33 ID:???
おおっ、JM氏ハケーン

さよならなんて言わないで書いてください
お気に入りから外さずに、「もしや新作が?」と
毎日更新チェックしてる読者もここにいますよ
つーことで

( ^▽^)<まってる!
191JM:02/07/14 03:27 ID:???
2ちゃんのお別れ記念に「壊れた時計」途中書き換えバージョン次週
下ろします。終了後の続きを書きたい人は勝手に貰って構いません。
遠慮なくどうぞ。大して面白くも無いですけどね。では。
192名無しちゃんいい子なのにね:02/07/14 23:34 ID:???
>>191
JMキター!!ヽ(´ー`)ノ
193JM:02/07/19 00:24 ID:???


壊れた時計 〜 2 MINUTE WARNING 〜


プロローグ someone to watch over me/ 気配


私が、その少女に初めて出会ったのは、酷く暑かった夏が漸く終わりを
告げた頃だった。

今にして思う。

私の中から永遠に消える事がないであろう、その秋の記憶の始まりは、
唐突に訪れていた。

夏の盛りを終えたにも関らず、容赦ない冷気が吹き抜ける。私は温度
調節が壊れたかのように部屋の空気を冷やし続ける喫茶店の片隅で
二人の人物と対峙していた。

私の右斜め前方に座る、忙しなく喋り続ける中年の男性は、カラにな
りかけのコーヒーカップを惜しみそうに撫で回しながらチョビチョビと口
をつけている。喉を潤すというより渇きを断ち切るという表現が当て嵌
まるその男の様子を横目で眺めながら、私の意識はその隣に小さくな
りながら座っている儚げな少女に集中していた。

端正な顔付きに反比例して少し憂いを帯びた瞳が妖しく光る。少し茶
色がかった髪の毛を幾度が出て梳く仕草が私の眼に眩しく映えてい
た。年の頃は17,8だろうか?何れにせよ、こういう状況でなければ、
永遠に私とは交わる事のない煌きを持っている女性であるのは間違
いない。

ここに赴く前にスタッフから何かの参考にと渡された写真で見たとお
り、いやその写真以上に目の前に座る少女は、掛け値なしに美しか
った。

中年の男が私に向け話している最中、眼前の彼女は心ここにあら
ず、と言う表情で黄金色に染まり始めた大きく開いたウインドウの
外をやるせなく眺めている。彼女の瞳は幾分伏目がちに私の気配
を窺っているようでもあったが、私はそうした気配にわざと気付か
ぬ振りを決め込んだのも、彼女のそうしたやるせない立ち振る舞
いが心の奥底をやんわりと刺激してからに他ならない。

クーラーの冷気に乗って彼女の香りが鼻腔に伝わる。私は、久しく
鈍っていた「ある感覚」がホンの少しだけ胸の奥で目覚めていくのを
感じ始めていた。

それは、あくまでも心の奥底での一瞬の出来事ではあったが、私の
胸中は、まるで失っていた記憶の断片が繋ぎ合わさる様な奇妙な感
覚に囚われていた。
194JM:02/07/19 00:37 ID:???

「それで?」

空気を変えるかの様に、私は言葉を発してみた。勿論深い意味などは
ない。いつもの事だ。

「え?ハイ。それで、どうでしょうか?」

幾分が微笑を湛えた男性の顔が私の眼に飛び込んでくる。改めて考える
までもなく返事は決まっていた。

「いや、別に変わりませんよ、答えは」
「そう言わずに…」
「いえ、同じです」
「・・・大変な事をお願いしているのは承知していますが、そこを是非とも
お引き受け願いないでしょうか?折角こうしてお話を聴いていただけた
訳ですし」

「いや申し訳ないですがね」

私は一度言葉を切り、男性を見据えた。その顔にはそう簡単に納得
しませんよ、と言う強固な意志が刻み込まれていた、私は一つ咳き
込むと、その勢いにのせて言葉を繋いだ、

「まぁ…理由はともかくですが、残念ですけど、電話でもお話したとおり
やっぱりお断りさせて頂きます」
「いや、そこをなんとかですね・・・」
「申し訳ない。やはり無理です。お話はここまでに・・・」

男性の隣に座る少女の美しさが私の心を揺さぶった事と、話を受け入れる
とのは別な事だ。例えその少女が私の心を激しく乱そうとも、それとこれと
は何ら関係はない。

しかし男性の話はそこで終わる訳もないのも私は分かっているつもりだ。

「しかしですね・・・」
「とにかく、私は失礼します。それでは」

私は言葉を続ける男性の言葉を遮るように、こうした話に何ら無関心を決
め込んでいる彼女の表情を見遣りながら、複雑な思いを振り切るの様にや
や強い口調で男の申し入れを断ると、伝票を持って席を立ちレジに向かった。

こういう時は、しかも彼の様なかなり押しの強い相手との別れ方として、
後腐れのないほうがいい決まっている。極めて事務的な態度で接する
のもある意味では礼節だと私は勝手に解釈していた。

私は、レジの中でけだるそうに伝票を覗き込むバイトらしい女性の態度
に苛つきながら、釣銭を奪い取るように受け取ると、間髪を入れずにそ
の冷え切った喫茶店を辞した。

しかし男性の立場にしてみれば、そうはいかないのも、私なりの理解で
分かっているつもりだ。彼にしても縋る様な思いで私らの様な、いかが
わしいトコロにまで頼みに来たに違いない。先程来の話の内容から鑑
みても、相当な覚悟を決めて来たのは、容易に推測ができる。やはり当
然の如く、必死の形相で直後を追う様にして付いて来たのを、私は背中
越しに、そしてかすかによぎった左目で確認した。

しかし私は男が息を切らしながら背後に近寄ってくる気配を感じつつも、
振り返る事無く眼前に広がる大通りに出て、流しのタクシーが来るのを
待っていた。自分の車で来れば良かったなとほぞを噛みつつ、当然の
行為として、背後に近づきつつある男の存在には気付かぬ振りを決め
込んでいた。
195JM:02/07/19 00:40 ID:???

「ハァハァ…。ちょっと待ってください。もう少し、もう少しだけでイイです
から、私の話を聞いて頂けませんか」
「・・・」

一向に返事をせず、沈黙を保つ私に対し、それでも尚、男は私に縋って
きている。私は、男が放ち続ける重苦しい空気に押しつぶされる前に、
一刻も早くこの場から立ち去りたかった。

だがその中年男は、簡単にはそうさせてはくれない。それでも私は沈
黙を守り続けるしかなかった。

「・・・」
「お願いします。こうなった以上、最早アナタ方にしか頼めない訳でして」
「・・・」

明らかに私のほうが年下だと言うのに、その男は終始敬語で私に語り
掛けてくる。立場上とは言えその男の心中を慮れば、心苦しいのもま
た事実だ。

しかし男の頼みをそう簡単に素直に聞き入れる訳にはいかない事情
が私にもある。そうであるが故に、男の話は聞き流すより他がなかった。

「村岡から皆さんのご活躍のお話は聞いています。そこでアナタ方しか
いないと考えた訳でして・・・」
「・・・」
「あの先生が言うには、皆さんはこうした事のエキスパートということで
すから・・・」
「・・・」

私のいけないところは、今の自分を正当化する為に「多くの貸し」を見境
なく赤の他人へ作ることにある。それも短時間には返せない位の大きな
貸しを。

今の私にとって村岡という名前を出される事以上の免罪符は存在しな
い。この男性がそれを見越した上で意識的なのか、そうでなく単純に
無意識なのかは知らないが、その名を口にしてきた。

村岡は私の会社の顧問弁護士であると言うよりも、後見人、いや保証
人、いや監視人という表現があっているかもしれない。村岡を通じての
依頼であるが故に、こうして役不足は十分承知の内容でありながらも、
この男性に会う事になった訳でもある。

私としては、とにかく会う事の義務を果たしただけで、今日の役目は十
分だと理解していたが、男は全く納得はしていないようだ。この程度の
私の拒否反応では当然ながら男の気持ちを揺るがすには、程遠いの
は自分でも分かっている。

男の必死の粘りつく様な反駁が私の背後で続いている。私は次第に壁
際に追い込まれている気分になっていた。
196JM:02/07/19 00:47 ID:???

「スタッフの方も精鋭だそうで何でも大手のそうした類の会社よりも実
績も能力もおありになるというお話だそうですから・・・」

「いや。先生のお話は、腹8分で聞かれたほうが賢明ですよ。元々相
場を張っているのが専門なんですから、第一オーバーな事を言うのが
商売みたいなところもありましてね…」

「それはご謙遜ですよ。実際、こなされたお仕事お見受けしましたが、
完璧じゃないですか」

男の言い放つ大仰なお世辞に辟易しながらも、私は自分の気持ちを
無視しつづけながら、断る術を私の持つ少ないボキャブラリーの中か
ら手繰りよせていた

「まぁ確かにそう言って頂けると嬉しいですが・・・。ただ今までの仕事内
容と今回のご依頼の件は余りにもかけ離れていますし、何の参考にも
なりませんよ。それにですね・・・

謙遜は美徳ではなく単なる自己満足だというのは良く分かっているが
事の流れでせざるを得ない自分自身に腹を立てながら、言葉を繋ぐ。

「あのですね、先生を含めて、あそこの事務所の人間は私らを少し見
込み過ぎではないですかね」

「そんな事はありません。失礼ながらこうしたお話をお頼みする以上、
皆さんの事は私らでも調べさせて頂いています。実績は申し分ござい
ませんし、関係者のどこで聞いても、いいお話しか返ってきませんよ。
ですからこそ、そこを見込んでお願いをした訳なんですから。」

必死で探した言葉の倍の数が返ってくる不条理さ。自分の情けなさが
身に染みる。

「あのですね。でしたらお分かりだと思いますが、まぁ正直言いますと、
今は、少し休みたい気分というのもありまして」
「勿論その事は・・・、重々承知しております。ですからその代わりと言
っては何ですが、報酬の方は弾みますので」
「しかしそのお金につられて、しくじったばかりですから・・・。 とにかく
今日はこの辺で許して貰えませんかね」
「しかし…」

「それにチームでの仕事となれば私だけとはいきませんし、当方の事情
も慮っていただければと…」
「そうですか、残念ですね…。ですがね、しかし、そこを何とか、今回だけ
でも曲げていただく訳にはいきませんでしょうか?皆さん、というより、あ
なたを見込んでお頼みしたいんです」

「ですから・・・その…なんと説明すればよいのか・・・」

中年男の食い下がり方は、さすがああした業界で長い間培ってきた事は
あると感心せざるを得ない程、しつこくそれでいて丹念であった。

私は断る言葉が少なくなっているのを感じながらも、拒否を続ける。そう
するよりも道がないからだからだ。とにかく今の私達には、こんな複雑な
仕事を引き受けきれるほどの余裕が、物理的にも、そして精神的にも一
分の余地もないのは明白だった。

「申し訳ないですが・・・。しかし今日は、私も悪かったですね。最初から
お引き受けするつもりもないのに、来てしまって・・・」
「謝らないでいただきたい。無理を承知できて頂けただけでも有り難いの
ですから…」
197JM:02/07/19 00:51 ID:???

年下の私が年配の人間にエラソウに振るのは、正直本意ではない。
それにあくまでも個人的ではあるが依頼内容が些かの興味を引いて
いたのも事実だ。

だが、「前回」から日の浅い我々としては、リハビリがてらに引き受ける
仕事としては少々荷が重そうである状況から目を逸らす訳にはいかな
い。ただ・・・先程から喉元に引っ掛かる小魚の小骨のような現実を覗
いていなければ、の前提がつくが。

「・・・」

いやはや職業柄の感と言うのは詰まらない物だとつくづく思う。中年男
の申し出を断り続ける私の眼は、先程から通りの向こうでエンジンを架
けたまま停車しているスポーツカーの姿を無意識の内に捉えていた。

オフィス街、午後3時、公用車が数多く行き過ぎる国道。その街道の左
右には、規則的に立ち並ぶ桜の木々が緑に染まり、人影もまばらなそ
の歩道にハラハラと緑の葉が落ちている。取り立てて見るべき物のな
い無機質な高層ビル群のど真ん中、対向車線の向こう側の路肩にポツ
ンと停まる真っ赤に彩られたその車は、全てのウインドウにスモークが
張られて中の様子を窺い知る事は出来ない。

だが今のこの状況において、その存在が浮いているのは明らかだ。少
なくても私の感覚はそう読み取っていた。

私の大して当てにならないが唯一の頼りでもある「職業的直感」が、既
に頭の中で大音量の警告音を発し始めている。私は中年男との会話
を一端切ると、その車に向け厳しい視線を放ってみた。高級車は相変
わらずエンジンを吹かし続けている。

私は視線を逸らさずに、その車に向かい歩を進めようとガードレール
を跨ぎ掛けた、その瞬間、まるで何事もなかったかのように、その赤い
高級スポーツカーは突如、エンジンの音量を上げウインカーも出さず
に走り出した。

その高級スポーツカーの存在に気づかず道路の左側一杯に走行して
いたバイク便が慌ててハンドルを切る。しかしそのスポーツカーは驚く
バイクに一瞥もくれず、あっという間に、遥か前方を横切る幹線道路へ
と姿を消した。

「どうしました?何かありましたか」
「いや、別に」

私の行動と不可解な高級車の動きを見て中年男が、訝しそうに語りか
ける。私は敢えて平静を装うように、努めて事務的に応対した。

「あの車、誰かお知り合いで」
「いえ、別に。何でもありません。」
「そうですか…」

スタッフが調べ上げたプロフィールを読んだ限り、言外の言葉の意味を
汲み取るのは、この私の背後にいる中年男の主たる仕事といっても過
言ではないかもしれない。当然ながら、今の茶番じみた寸劇を何でもな
いとは思っていないだろう。

それとこれとは別だと割り切っても、非常に嫌な胸騒ぎが私の心に鳴り
響き始め出した。状況と場面の連鎖が、私を逡巡させる。中年男は、私
のそうした気持ちを見透かしたかのように、巧みに言葉を掛けてきた。
198JM:02/07/19 00:57 ID:???

「無理に、とは言いませんし、長期とも言いません。実際、警察にも相
談しているんです。ですから、それまでの繋ぎで構いませんから、お願
いできませんでしょうか?10日間、いやコンサートまでの1週間で構わ
ないですから」
「…」

事務所で待っているスタッフの顔が浮かんでは消える。しかし今の立場
は、引くに引けない状況であるのも事実だ。村岡の顔を立てて、礼を尽
くしたのが運の尽きだったのかもしれない。私は自分の愚かさを呪いな
がら、止むを得ない決断を下さざるを得なかった。

「…1週間ですか」
「そうです。たった7日間です。取り合えずそれだけでもいいですから」
「1週間か…念を押しますが。本当にそれまでの繋ぎで構わないんですね?」
「ハイ、勿論です。どうでしょう?」
「そうですね・・・。根負けですよ、貴方の勝ちだ。分りました、お話の続き、
お伺いしましょうか」

「ホントですか!助かりました。ありがたい。それじゃ…別のところでどう
ですか?」

「いえ、ここで構いませんよ。それに彼女はまだ店の中じゃないですか」
「ああそうだった。それじゃあ中で・・・」

私らは、一度は辞した喫茶店の中に再び舞い戻った。未だに俯きうな
垂れる彼女の前に座り直し、ウエイトレスにマズいストレートティーを再
び注文する。私は胸ポケットから旧式のやや大きめな携帯電話を取り出
し事務所に掛けた。

「あぁ・・・とにかく、そう言うことになったから・・・。文句は、後で聞く。いい
から準備整えて早く来い。時間がないんだ・・・」

明らかに電話の先のスタッフは、苛立ちと怒りを隠していなかった。それ
は私も同じであったが。
中年男の方も化粧室傍の踊り場で忙しなく電話をしている。多分会社の
上司か何かなのだろう。私はウエイトレスがぶっきらぼうに置いていった
お冷やに口を付け、喉を潤す。やや重苦しい空気がテーブルの上に流
れ始めている。

私はそうした空気を打ち消すかの様に軽く息を整えると、目の前に座る
美しい少女に話し掛けてみる事にした。思い返せば、それが彼女との
最初の会話だった事になる。

「あなた注文は?」
「わたしは、いいです」
「あ、そう・・・。貴方おいくつ?」
「・・・17歳です」
「あ、そう・・・」

「・・・」
「・・・」

情けない。それ以上の会話が何一つ広がらない。私はいつもの如く
情けない姿をかなり年下の少女の前で晒している。ただでさえ、見知
らぬ人との会話に難のある私には、ある意味この瞬間は苦痛以外の
何物でもなかった。

それでもどうにかして、上手い話をしようとは思うのだが、彼女の美し
い瞳が私の口をさらに重くさせる。悲しいかな、頭の中はカラカラと虚
しく回転するだけで、何一つ気の効いた言葉すら出て来なかった。私
は冷えすぎた喫茶店の片隅で違った意味での自分の情けなさに自分
自身で打ちのめされていた。

すると満足そうな笑みを湛えながら、電話を終えた中年男が席に戻っ
てきた。彼にとって十分に納得出来る報告が出来たようだ。徐に席へ
付くと大きく息を吐きながらウェットティッシュで顔を拭き出す。そして
横にいる少女に向け言葉を投げた。

「石川、お前は、なんか飲むか?」
「いえ、いいです。」
「そうか、それじゃあ、俺は何か飲もうかな?・・・すいません、コーヒーを
もう一杯追加で」
「…ハーイ」

ウエイトレスの気の抜けた返事が空しく店の中に響き渡る。石川梨華。
彼女との邂逅から始まった鮮烈な秋の記憶は、ここから続く事になる。

<序章 了/ 第1章、今週中掲載予定>
199JM:02/07/21 03:29 ID:???


第1章 In A Silent Way / 不穏


簡単に言えばストーカーを処理してくれ。クドクドと小1時間余りを費や
して中年男が私に語った話の内容は、その一言に尽きた。
偏執的な手紙に始まり、付き纏い、尾行、監視、更には盗聴。良く耳に
するストーカーと呼ばれる種の行為をこの「対象者」もご多分に漏れず
繰り返し受けていた様だ。参考の資料として提出された様々な証拠品
の数々は、私に不快な思いしか、させてくれなかった。

「しかしまぁ…。気持ち悪いもんですね。こうやって改めて見せられますと・・・」
「これはホンの一部ですよ。今日はこの子の手前もありますので」

「分かってます。それは後で見させてもらいますか。今の所は、これで
結構です」
「まぁタレントですから程度の問題はありますし、こうした事は多々ある
んですが、今回はちょっと質が違うと…」

「ナルホドねぇ。こういう事は日常茶飯事なんですか。ただ・・・」
「ただ何でしょう?」
「・・・」

言葉尻を捉えて男は直ぐに言葉を返してくる。彼が俊敏な言葉の反射
神経の持ち主であるというのを改めて思い直すが、私は空になったテ
ィーカップをスプーンで撹拌させながら、懸命に言葉を選んでいた。

状況は分かった。

しかしこれから引き受け様としている事は私達には未経験の領域であ
る。状況が分かったからと言って物事が前進しないのは明らかだ。しか
し眼の前に広がる現実が、そうした感覚をどこかに消し去ろうとしてい
る事実が重かった。

そういう自分の曖昧さに私自身辟易しながら、とりあえず今は動揺する
心を抑えながら話を続けるしかなかった。

「さてと。…どこまで具体的にというか、あなたが先程から言い続けている
差し迫っている状況というのは、どういう事なんでしょう?」
「来るところまでです。今、目の前まで来ています」
「う〜ん。ですから、そういう抽象的な話ではなくてですね、もっと具現的と
いいますか」

「わかってます。実は・・・彼女には黙っていたんですが、これが届きまして」

そういうと中年男は胸ポケットから一枚の紙切れを差し出した。可愛らしい
キャラクターが薄く刷り込まれている便箋には、それと対照的な汚らしい字
で、薄汚い言葉が書き連ねられていた。

「その手紙と共に…少しシャレにならない物も同封されていまして」
「・・・」

珍しく男はやや伏目がちに言葉を言い淀む。横にいる彼女の表情が更に
曇り始める。その表情が一瞬だけ冷徹に歪んだのを私は見逃さなかった。
200JM:02/07/21 03:48 ID:???

「ここで見せるのは、忍びないのですが…」
「いや!いいです。今見なくても」

男が古びた鞄から何やら取り出そうとするのを私は慌てて制止した。
彼女の瞳に淀む霞が私には気になって仕方がなかった。

「?」
「別にいいですよ。ここで見なくても。後で構いません」
「そうですか」
「いえ、何となくは分かりますから。いいですよ」

男に向けて差し出して手が宙に浮く。仕方ないので制したその手をその
まま伸ばし、テーブルの上に置かれた温くなり始めた紅茶で喉を潤した。
そして改めて手紙を読み返す。PCで打ち込んだと思われるその文章は
小さなフォントで便箋3枚にびっしりと書き込まれている。そこには同じ言
葉がイヤになる位繰り返し繰り返し並べられ、いんぎん丁寧に粘り付く様
な表現で、下世話なそして卑劣な言葉が刻まれていた。

私は読み終えた便箋を手繰りながら、ふと息を漏らした。同封されていた
物を見なくても、明らかに相手が「ある一線」を超え始めているのが、こう
したケースを始めて経験する私にも分かった。私はうめく様に言葉を発し
た。

「何と言うか…。つまり・・・その・・・コイツが言うのは、その少年と別れない
と、彼女を殺すという訳ですか?」
「ええ。つまりは、そういう事です」
「相手の少年でなく、彼女をですか・・・」
「実際、一昨日この子が不審者に尾行されたフシがありまして・・・ウチの
会社のものが気付いて事無きを得たのですが・・・」
「その話は村岡さんから聞きましたよ。それで私らに頼まれた訳でしょう?」
「ハイ。常識的な手段では対処できないと感じまして」

私は冷静に応対する男の表情を窺う。先程歩道で感じた感覚とは別な
意味での嫌な胸騒ぎが何故か心の奥底で生じたのを確認する。奇妙な
空気が私の心の中を蠢いていた。その正体が何なのか、勿論私自身に
わかるはずもない。今はただ、男との話しに没頭するより他になかった。

「ナルホド。・・・それで、その実在するんですか、この手紙で名指しされ
ている男というのは?」
「ええ。ウチのではないんですが、あるタレントスクールにいる学生らし
いんです」
「ほう・・・実際にいるのか・・・。それは意外だったなぁ」

男はやや斜に構えた風に私の様子を窺っている様だった。お互いに
テーブルを挟んで疑心暗鬼の暗中模索をしている。まるでチェスでも
打っているような感覚に囚われていた。私は一つ息をつき、徐に事の
核心に触れてみる。

「それでは、つかぬ事をお伺いしますが、実際には・・・どうなんでしょう、
そのお付き合いをされているんですか?彼女とその彼は?」

私が投げかけた問いは、予想もしない方向から、瞬間にして跳ね返って
きた。私の前方にいる美しい少女の口からであった。

「いません!そんな人いません!」

彼女の意思が強い口調で放たれる。思わず彼女の顔を見直すと鋭い
眼差しで私を見つめ返している。私は眼でその旨を了解した意向を示
すと、汚い言葉で埋め尽くされたその手紙を男に返した。男は黙って
頷くと、珍しく俯いて、言葉を飲み込んでいるようだった。微かながら気
まずい空気がテーブルの上を支配し始めていた。

彼女の強い口調が逆に事の深刻さを感じさせる。私には付き合いが
あろうとなかろうと知る由もない話だが、それとこれとは別に、先程揺
らいだ自分自身の気持ちを悔やみ始めていた。やはりこの仕事は、
引き受けるべきではない。私の本能がそう叫んでいた。
201JM:02/07/21 03:57 ID:???

「どうですか・・・状況は切羽詰っているようですし、ここは筋通りに警察
に頼むべきではないですかね?ここまで証拠もありますし、最近の世
の中の流れを見ていても、さすがに警察もシッカリと動くと思いますよ。
それに・・・余りこういう事を言うのも何ですが、芸能プロならそれなりの
ルートもおありでしょう?プロに任せた方が・・・」

男は苛立ちを隠さずにやや強い視線を私に投げかけながら、強い口
調で言葉を返してきた。

「何度も同じ事を言わせないで下さい。それは分かった上でお話をして
いるんです。警察の力を借りる時は、当然マスコミにこの事が全部出る
んですよ。もしそうなったら、イメージダウンどころじゃないんです。御終
いなんです。こういう商売は!それに・・・、あなたの言うとおり、「ある筋」
には話しましたが、こういうの相手では彼らの力のなんか、何の役にも
立ちやしないんです。だから・・・貴方達にお頼みしているんじゃないですか。・・・正直、私も手詰まりなんですよ。実を言いますと、会長や社長に
は黙ってあなたにお会いしています。他のトップ連中は事の深刻さが分
かっていないんだ・・・」

強い口調の裏に潜む何かを感じる。私には伝え切れていない何らかの
出来事が明らかにあるようだ。この期に及んでも、話さないような出来事
とは一体なんなのか?

男の感情そっちのけで私の頭の中はその疑問で一杯になっていた。目
の前に座る少女の悲しげな表情も何か示唆させるに十分であったが、
今の私には知る術はない。

「♪♪♪」

突然、中年男の胸ポケットから携帯電話の鳴る音が響いた。無機質
な電子音に顔を顰めながら、男は電話を取り出し、声の調子を落とし
ながら話している。

手持ち無沙汰の私は目の前に散らばったままになっている数々の証
拠品をかたし始めた。考えてみれば、これらの代物は少女にとって不
快な事この上ないに違いない。
私はかたしながら、時折少女の顔色を窺ってみる。彼女は俯きながら、
窓の外の景色を眺めこれらの品物へ無関心を装っていた。

「すいません。少し席を外させて貰っても良いですか?」
「え?ああ、構いませんよ」
「少し現場でトラブルがあったみたいで。ちょっと込み入った話になり
そうなので、あちらで話してきます」
「どうぞ。そうして下さい」

男は慌てて席を立ち、一旦喫茶店を出ると店の前に置いてあった社
用車に乗り込んだ。忙しなく会話している様子が、ウインドウ越しに
見える。私は息を整えると、改めて目の前に座る少女を見つめた。
彼女も私の気配を感じたらしく、一度座り直す素振りを見せつつ私に
対峙した。暫くの沈黙の内、漸く彼女の重い口が開いた。

「すいません。ご迷惑をおかけしてしまって。別に私はいいんですよ。
無理をなさらないで下さい」

今にも消え入るような声で少女は私に語りかけてきた。私は返す言葉
もなくただ自分の手元を見つめるしかなかった。そこには先程片付けた
数々の悪意の証明が山積みされている。

私の眼に卑猥な言葉が羅列された忌々しい文章が容赦なく飛び込んで
くる。知らぬ間に私は無意識の内に言葉を発していた。

「大丈夫ですよ、ご安心ください」

今、私は余計な事をいっている大概において状況が悪化する時という
のはこんなものだろう。

「まぁ・・・大丈夫ですよ。そんなに大変な事でもないですから」
「でも・・・」
「お任せください。我々も一応はプロですから。どうにかなりますよ、
きっと・・・」

思いもしない様な、浮ついたウソ臭い言葉が自分の口から止め処なく
流れ出る。偉そうな事を少女に言いながら、心の中で私は自分自身へ
の嫌悪感でイヤになった。秋の夕陽が傾きかけてくる昼下がり。私の
つまらぬ偽りの正義感が引き金となり悪夢の日々は静かに幕をあける。
もう後戻りは出来なかった。その引き金を引いたのは、紛れもない私自
身であったのだ。
202JM:02/07/21 04:12 ID:???

「チーフ、どうして受けたのですか。第一、芸能人をストーカーから守る何て、
我々の専門外の仕事じゃないですか。それなのに・・・」
「まぁ、そういうなよ。行きがかり上なんだからさ。それに報酬は、破格だぞ」

「ったく、まだ懲りてないんですか?この間もそんな事言って、エライ目に
あったばかりじゃないですか」
「まぁそりゃそうなんだが、止むに止まれぬ事情もあったんでね」

高速道路の上を激しく揺れるワゴン車の後部座席で、私は部下の山岡
から叱責を受け続けていた。彼の言い分もよくわかる。ついこの間も50
0万という金額に目が眩んで、暴力団が経営している地下カジノクラブ
のセキュリティ調査を引き受けて、ドエライ目にあったばかりだった。

後部座席といってもモニターやら無線機やら我々の仕事に欠かせない
様々な機器が、所狭く居並んでいるその場所は、男二人が席を同じく
するだけで空間は一杯だった。狭苦しく息苦しいその場所で、5つ以上
も年下の少年に私は責められていた。

「チーフ、それってこの間と同じ台詞じゃないですか。お金に釣られるのは
やめましょうよ」
「いや、お前そう言うけどな。それに今回だけちょっと事情が違うんだ。金
の事よりも問題が・・・」

「何、言ってるの。お金はとても大事な話よ。それが一番。それで幾らなん
ですか」

助手席に座る我がチーム唯一の女性スタッフである、川上の声が飛んで
くる。山岡とさして年齢の変わらないのに、その口振りも、そして行動も、
私よりずっと大人の雰囲気を醸し出している。矢の様な鋭さで、彼女の声
が私の耳に突き刺さる。

「お金の問題じゃないですよ、これは、マズイッすよ、マジで」
「ホントに山岡君も甘いわ。今期の決算みてないの?」
「え?そんなに厳しいの。社長、どうなっているんですか?あんなに仕事
してきたのに・・・」
「わかった、わかったよ。心配するな、大丈夫だから。」

「社長、そんな事言って、何か根拠はあるのですか?支払いこれ以上、
待たせられませんよ。」
「わかってるよ。だから、この仕事を受けるんだよ。成功すれば400万。
受けただけでも100万だぞ。こんな割のいい仕事、滅多にあるか」

「なんだ、やっぱりお金じゃないですか。割りなんて全然良くないですよ。
ああいうアイドルに絡んでくる奴等は危ないですよ。止めときましょうよ。
怪我するだけですし。」

「でも400万は魅力ね。失敗しても100万でしょ?私は引き受けるべき
だとおもいます」
「オイオイ、川上さんこそ甘いっすよ。ああいう連中の怖さ知らないんだよ」
「なんだ、お前そんなに詳しいのか、そういう連中の事?」

「別に詳しくはないですよ。常識ですよ、そんなの。ヤバイですよ、ホントに。」
「常識ねぇ・・・。まぁ、とにかく詳しい話を聞いいてからだよ。彼女の家に
いってから、聞こうじゃないか。」


「・・・400万ね。すこし多くないか?」

今まで運転席で沈黙を守りながらハンドルを握り締めていた、高木が口
を開いた。私の様な何の財産もコネもない男がこうしてこの仕事を続け
られるのも、高木さんのお陰だった。私よりも一回り上の年齢であるにも
拘らず、常に陰となり日向となって我等の仕事を支えてくれている。複雑
な交渉や難しい揉め事の解決に高木の手腕は、なくてはならない。逆に
言えば、私はそうした揉め事への対応が全くの不得手であるのを証明し
ているのだ。

白髪交じりの高木を若い二人は愛情を込めて「ギッさん」と呼んでいる。
しかしその若い二人はいざ知らず、当の私ですら高木の詳しい素性は
知らなかった。元警察官という事くらいしか分らないが、別に今更その
過去を知った所でどうなる物でもないだろう。そんな高木と私のなり染め
は、何れ機会があった時に話すとしよう。

とにもかくにも普段から口数少ないギッさんの一言はとてつもなく重い。
私は直ぐ高木に聞き返した。
203JM:02/07/21 04:13 ID:???

「多いって、どういう事ですか?」
「ストーカーの処理だけにしては400万というのは払いすぎだよ。」
「裏があるかも、と思います?」
「さぁ、表も未だ見えないのに、裏の話をしても仕方がないだろう。お前の
言う通り、ここは少し様子を見ようじゃないか。」

「あれっすか、やっぱギッさんも何か嫌な予感がしますでしょ?」

相変わらず山岡は、高木や私との話になると敬語と日常語がごっちゃに
なる。しかし高木も私も、別に不快な思いはしなかった。逆にいえば、少し
でも会話の中に敬語を混ぜようとするヤツの気持ちが面白かった。私は
高木の忠告を聞き、思いを新たに引き締め直す。

「そうだね。まぁ確かに村岡先生の紹介だからといって、信じ切るのも危な
いな。ここは冷静になろうか。」
「そうですよ。無理してヤバイ橋渡らなくても良いですよ。そうしましょう」

結局私は、仲間にこの仕事を引き受けた「本当の理由」を言えずにいた。
言ったら何と言われただろうか?今となっては想像するしかないが、いえ
なかったということ自体が、その返ってくるべき反応を自身で感じていた
に他ならない。いつの間にか車は高速を降りて、彼女の家に近づいていた。
204JM:02/07/21 04:25 ID:???

「電話はここだけですか?」
「ハイ」
「ジャックもここだけ」
「ジャックですか?」
「そう、電話の線がある所。ここだけかな?」
「ハイ」

挨拶も程ほどに我々は準備に取り掛かった。戸惑う彼女と例の依頼人
である男性役員をよそに支度を続ける。

「異常なしだ。盗聴器はないな。」
「そうですか。高木さん、周波数変えました?一応、旧タイプという可能性
もありますから。」
「そうだな、その可能性もあるか。やってみるか・・・。それからあなた、あ
そこの収納の中に電化製品は、入ってないですか」
「ハイ・・・、入っていないと思います」
「時計とかは」
「多分ないと・・・」
「多分?」
「あの・・・引っ越してからあんまり見ていないんで」
「そうですか。一回全部出してもいいですか?」
「エッ?・・・ハイ、いいですけど」
「ありがとう。片付けますから、ご安心ください」

「社長、セッティング終わりました。このマンションは7階より上って何故か
電力の負荷への許容が少し弱いみたいなので、補助バッテリー持ってき
ます。」

川上のやや甲高い声が玄関先から聞こえる。私はいつもの様に冷静な
川上の手際に感心しつつ指示を与えた。

「分かった。それから自家発電機も手配しようか。電源ラインが集中して
いるようだからな。篠宮のトコに頼んでおいてくれ。」
「わかりました」

「ところで専務さん、このマンション全体の設計図は用意できませんかね」
「えっ?この部屋のモノだけじゃダメかね。それに自家発電って」
「電源の大元切られて、入ってこられたらどうします?それに水道管の配
置から、ダクトの数まで、正確な事を掴んで置きたいのでね」
「何もそこまで・・・」
「我々の仕事は石川さんを守る事ですよね?我々としては万全を期したい
それだけです。用意の方は?」
「わかった。管理人にもう一回聞いてくるよ」

依頼人である男は彼女の所属する会社の専務取締役という大職に
ついているのを高木から改めて聞かされていた。貰った名刺には、
そのような事なぞ一言も触れていなかったのが少々気になっていたが
大勢に影響はないだろう、とこの時は思っていた。

川上と入れ替わりに、山岡が帰ってくる。相変わらずの減らず口だが、
ヤツの能力は確かである。特にこういう「篭城戦」には打ってつけの存
在であった。
205JM:02/07/21 04:27 ID:???

「今帰ってきましたよ。しかしマズイッスね。」
「お帰り、で、どうだった?」
「チーフ、状況は良くないですよ。四方八方がマンションとか雑居ビルばかり
で、この部屋はある意味半径500mから見え放題ですわ。」
「それはオーバーだろ。そうでもないだろ。第一、屋上開放してあるマンショ
ンなんかないだろ?」

「いやいや〜どこもかしこもセキュリティが大甘ですよ。オートロックに
かこつけて、隙間だらけです。ちょっと俊敏なヤツなら、簡単に突破し
ますね。監視されていると考えてるべきです」
「そうか。それじゃ一応念のため各窓に反射シートを貼るかな。ワゴン
車にあるからとって来いや」

「わかりました。あと、それからここのエレベーター良くないですね。監視
カメラの位置が悪いですし、玄関からエレベーターまでの距離が有りすぎで。
あれじゃ・・・」

「それは分かっている。さっき管理人に話して、こちらで用意したタイプ4の
カメラを付け直す事にしたから。それから正面ロビーにもカメラをつけること
にした。」
「そうですか。それならいいか。わかりました」

先程から我々の行動の一部始終を見ていた彼女の姿が、私の横目に入っ
ていた。戸惑いながら、部屋の片隅で小さくなって佇んでいる彼女の姿は切
ない。感情に流されて引き受けた仕事であるが故に、私は感傷的な感情を
押し殺し仕事は仕事と自分自身に言い聞かせ、準備を続けていた。

「あの・・・」

彼女の声を聞く。何かを懇願するような口調が伝わる。私はテーブルの
上に広げた周辺地図やこの部屋の見取り図を見るのを止め、彼女のほ
うに向き直した。

「どうしました?」
「私が手伝う事ありますか?」
「別に、大丈夫ですよ」
「何かお飲み物でも…」
「お気持ちは有難いですが、御気を使わないで下さい。我々はあなたの
会社から高額な報酬で請け負って仕事をしているに過ぎません。確かに
これだけの機材やらに囲まれて普通にしている事も今後は難しいかもし
れませんが、出来うる限り自然でいて下さい。その方が我々も助かりま
すので」
「ハイ…、でも…」

私は彼女が何やら言いたそうにしていたのは分かっていたが、一方的
に話を打ち切り、再びテーブルに広がる各種の地図へ目を落とした。暫
くすると息を切らせながら、男が部屋に入ってきた。

「管理人から預かってきたよ。これで一式だそうだ」
「そうですか。ありがとうございます。…配電盤3つもあるのか。」
「周波数替えても大丈夫だったよ、異常なしだ。あなた、安心していいよ。
盗聴器は無かったから」
「ハイ、アリガトウございます」

「サンキューです。それよりこれ見てくれませんか。配電盤が3つある。主
電源と補助電源というのは分かるが、この裏手にあるのは何ですかね?」
「どれ…。エレベーター用のじゃないのか。」
「いや、それはメインパネルの横に…」

我々の会話を聞きながら、彼女は何を思っていたのだろう。今にして思えば、
我々のこうした備えは一方で的確に効果を発揮したが、その一方では何の
役にも立たなかった。我々の「無駄な抵抗」は、夜遅くまで続いていた。
206JM:02/07/21 04:35 ID:???

「随分と物々しかったですね。これで準備は終わったわけですか?」
「ええ。不審者の不法侵入は、かなり高い確率で防げると思います。
それから石川さん。プライバシーに関しては、最大限考慮したつもり
です。室内に監視カメラや盗聴用マイク等は設置していませんから
それだけは安心して下さい」

「ハイ。アリガトウございます」

明らかに彼女の顔色は悪かった。只でさえ苦しい筈の彼女の立場を
更に追い込む様な真似をしているのではないか、という申し訳ない
気持ちが私の心を覆い尽くすが、敢えて感情は表に出さなかった。
思案を続ける私に男が話し掛けてくる。

「それで、この次はどうするのですか?」
「先程頂いた証拠品を我々のチームで解析させてもらいます。そこから
犯人を推定できれば幸いですが、さすがに断定を期待されても困ります。
もちろん最善は尽くしますが」

「えっ?分かるのですか、その、犯人というのが」
「ある程度までですよ。ただこれだけの大量消費の時代に品物から
探っていくのは大変ですがね。ただ相手が行動を起こすのを待っている
だけでは、埒があきませんし。それにこんな状況が長く続けば、石川さん
も疲れてしまいますから。ね?」
「ハイ…」

「取り敢えず、あの写真をコラージュしたヤツは、足が付きそうですよ」
「本当にですか、もう?」
「ええ。ここに来るまでの間、スタッフが調べたんですが、あれはソニー
の純正プリンターで印刷されていましたね。そのソニーの純正プリンター
というのはなかなか流通していないらしいんですよ。ただそこから調べる
のは、ソニーに内通者でもいない限り民間の我々には無理筋ですが、
インクがね、ちょっと変わってましてね。昇華型というちょいとレアモノでして。
そこから探ろうかと」
「インク、ですか?」

「ええ、インクです。どうやら使われているのがそのプリンターの純正インク
じゃないらしいんですね。これが特殊でしてね。中国製の変わったモノという
か、早く言えばバッタもんらしいんです。
とにかく取り扱っている店が国内でも大阪の日本橋か秋葉原の数店しかな
いらしい代物なんですよ。まぁ今日は時間もあれなんで、そこまでにしました
が、数日中には目ぼしい店を洗い出しますよ」

「そうですか。いや、驚いたな。こんなに早く、そこまでして頂けるとは、
思っていなかったですから。嬉しい誤算ですよ」
「誤算ですか?」
「いやいや、そういうつもりではなくて…。とにかくお願いします」
「今の程度の事はちょいと見れば我々でも分かるんですけどね、そこから
個人を特定するのは困難だと思います。それからスケジュールの変更が
ある時は、必ず私らへ早めに連絡を下さい。先程1週間分のスケジュール
を頂きましたが、あれの変更点はありませんね?」

「ええ。今のところは大丈夫です。今週は収録とロケが続きます。それ
から週末にライブがあるので…その準備があるのかな、梨華?」
「ハイ。リハーサルがあります」
「そうですか。それで確認なんですが、我々の事は何処までの人が知って
いるのでしょう?」

「担当マネージャーには、私のほうからそれとなく伝えておきました。マネー
ジャーのルートである程度のスタッフには言っておくと思います。ですから
現場サイドでの各種の判断はマネージャーに一任させますので、彼女の
指示に従ってください。」

「わかりました。取り合えず、私と川上、あの女性ですが、暫くの間は彼女
と2人で身辺警護をさせて貰います。よろしいでしょうか」
「分かりました。伝えておきます。…とにかく梨華の事は貴方方にお任せ
します。お願いします」

男は深々と頭を下げたので私もそれにつられて頭を下げた。男の隣に
かしこまって座る彼女も頭を下げている。そうした甲斐甲斐しい様子を
見るにつけ私の心は少なからず動揺していた。

「それでは…、そうだ先ほど貴方に頼まれたカメラの件、管理人の所に
頼んでおきますので、行って来ます。ここで待っていて貰えますか」
「分かりました。待ってましょう」

足早に男は部屋を辞した。私はダダ広いマンションの一室に彼女と二人
きりにさせられた。話す言葉は当然の如く見つからないので、止むを得ず
窓際に行き、外の様子を眺めていた。しかし私は引き続く沈黙の時間に
耐え切れず、性に合わないのを承知の上で取り止めの無い話をする事に
した。
207JM:02/07/21 04:41 ID:???

「綺麗ですね。こうして高いところから見ると。東京も悪くない」
「…」

案の定、何の返事も返ってこなかった。心の奥底では、無理して失敗
したという敗北感が漂う。しかし私はここで話を止めれば更に惨めに
なるだけだと腹を括り、返事の無いのを承知の上で話を続けた。

「ご安心ください。このフィルムは向こう側からは見えませんから。例え
裸で歩いていても大丈夫ですよ」
「…」

つまらない冗談だった。大抵、つまらない冗談というのは言ってから気
付くのが常なのだが、ご多分に漏れず、今のもそうだった。更に深い
寂寥感が私の心を支配する。私の口は一層重くなっていた。

「えっと…、まぁ、明日から…、よろしくお願いします」
「…いつまでなんですか?」

漸く口を開いた彼女の言葉は、やや刺々しさを漂わせていた。彼女は
椅子に座り続けたまま、まるで私を睨み付けるような眼差しで見据え、
声を荒げながら問い掛けを続けてきた。

「わたし、何も悪い事なんかしてません。それに、…頼んだわけでもない
のに、こんな事になって。貴方達は私の事をずっと監視するのですか」
「…基本的にはそうなりますが」
「オフの時間もですか?」
「勿論です。逆にその時間のほうが危ない訳でして…」
「ただでさえ、息苦しいのに。電話も出来なくて、何処にも行けなくて、誰
にも会えなくて…。バカみたい!」

テーブルに置かれていた様々な書類の束が彼女の手によって空に飛ん
だ。辺り一面に散乱した書類に一瞥もくれず、彼女は私に最後の通告を
した。

「わたし、もう寝ます。はやくこの部屋から出ていって下さい。もう用は済ん
だのでしょう?はやく出て行って下さい!」

木製の大きな引き戸を叩き付ける様に閉めると彼女は隣の部屋に閉じこ
もった。私は一人残され所在無く立ち尽くしていたが、取りあえず状況を
認識した後、散らばった書類を拾い集め無言で部屋を辞した。

オートロックが閉まる音を聞きながら何となく不可解な気持ちを携えたま
ま、エレベーターに乗る。彼女の気持ちは分らないでもないが、あれほど
激するようなタイプには思えなかったので、その意外な反応に少なからず
驚いたのも事実だ。何はともあれ1階につくと、ホールで男がエレベーター
を待っていた。

「どうしました?梨華は?」
「ああ、疲れたから寝るそうですよ。私はお邪魔な様なので、退散してき
ました」
「そうですか。それじゃあ私も帰るかな、地下まで行きますか?」

私と男は開かれたままのエレベータに乗り込むとそのまま地下駐車場
のあるB2まで下った。このマンションの大きな特徴はB1に大きな娯楽
室があることだ。地下2階、地上33階立てのそのマンションは売り込み
の言葉どおり、高層高級マンションらしい風体を漂わせていた。

「専務さん、ところで彼女は、どういうタイプの子なんですか?」
「タイプ?それってどういう意味で?」
「え、性格ですよ。どんな感じですか、専務さんから見て」
「私は普段の梨華を知らんからね。まぁ素直で、優しい子だと思いますよ。
ただ・・・」
「ただ?」

「ただ少し思い詰めるところがあるらしいけどね。この間、担当マネー
ジャーと話した時に、ちょっとした事で不安定な精神的に脆い所がある
って。完璧主義なのに不器用だから時折空回るそうだよ。」
「ふ〜ん、そうですか。それからさっきは彼女がいてあれ以上話を出来
ませんでしたが、本当に男というのは、いないんですか」

「大丈夫だと思いたいですね。多分。」
「思いたい?多分?」
「そりゃあねぇ、幾らなんでも我々も完璧にメンバー全員の私生活までは
コントロールは出来ませんよ。一応彼女は16ですし、今は大切な時期だ
から男なんかとは付き合うな!とは表向きは言ってますが、こういう業界
ですから言い寄ってくる男も多いでしょうし、なんとも言えんですわ。ただ
今の所我々サイドには、そうした男の影は微塵も見えませんがね」
「そうですか。それならそれでいいのですが」

今の会話で少しは胸のつかえが取れた気もするが、これから続くであろう
仕事の大変さを思うと、気分爽快というわけにもならない、いやなる訳がな
い。

深い溜め息を吐き天井を見詰める。無駄に豪華な装飾が施されるそのエ
レベーターがB2につく。するとだだっ広い駐車場に高級外車が所狭しと並
んでいるのが眼に入る。そのなかで我々チームの古ぼけたワゴン車が一
際目立って中央に止まっていた。
208JM:02/07/21 04:44 ID:???

「しかし、高級車ばかりですね。」
「まぁね。入居するには年収条件があるくらいだからな。止むを得まい」
「らしいですね。確か3000万でしたっけ?」
「みたいだね。私も詳細は知らないが。ところで今、管理人にあった時に
思い出したんだが・・・」

そういうと男は徐に手に携えていたハンドバッグから一枚の手紙を取り
出した。

「これなんだがね。今日の朝、ポストに入っていたんだ。見てもらうのを
忘れていたよ」
「なんでしょう?また脅迫状みたいなもんですか?」
「それがね、訳がわからないんだ。見てもらえるかね?」

男から差し出された手紙は、無機質な茶封筒に細い芯の鉛筆で書いた
と思われる右上がりの特徴的な文字で 石川梨華様 御中と書かれてあ
った。切手はあるが消印はない。私はまずそこに注目すると、ハンカチを
取り出して指紋を残さぬ様にその中を取り出した。そこには男の言う通り
ワープロで書かれた要領を得ない文字列が、バラバラに並んでいた。


<168時間、数的優位は確保した。皇帝は8月と共に北へ向う。>


「168時間?数的優位?皇帝?なんだコリャ?」
「例の件とは違うかなとも思ったんですが、念のために」
「そうですね。今日届いたんですか?」
「ハイ。そうみたいだね」
「そうですか。しかしもしもこれが一連の犯人の物とすると、厄介ですね」
「え?どうしてですか」
「消印がない。と言う事は、当人が直接ここにきたという事になる」

俄かに男の顔色が蒼白になっていくのが見て取れた。私はその手紙を
ハンカチに包んで胸ポケットにしまい込んだ。

「これ預からせてください。指紋が取れるかもしれないので」
「指紋ですか?」
「ええ。ウチのチームでもその程度の事までなら出来るんですよ。まぁ
実際はあるトコロに頼むんですが・・・。それに例のコラージュ写真にも、
犯人の指紋と思われるものが数点ありましたから、それと照合してみ
たいのでね」
「そうですか・・・。犯人はここに来ているのか・・・」

指紋云々と言うより、犯人がここに来たかもしれないと言う事実が男の
気持ちを大きく揺らいでいるようだ。私は当然だと思っていたが、彼に
はそこまでの考えは至らなかったのであろうか?ややその男の浅はか
さに呆れながらも、余りの憔悴振りにいたたまれずに慰めの言葉を掛
けた。

「明日からはご安心ください。我々が監視しますから。そうですね、一応
郵便ポストにも監視用のCCDカメラもう一台付け加えましょう。」
「・・・そうですね。お願いします」

男の不可解なほどまでのヘコミ具合に私はやや嫌気が差したものの、
立場上を慮り取り敢えずその男を運転手の待つ黒塗りのベンツの前
まで見送った。漸く動転していたように見えた気持ちの整理も付いた
様で、先程来の落ち着いた口調で私に話し掛けてきた。

「それでは・・・、明日からお願いします。スケジュール確認しますが明日は、
朝9時に渋谷集合です。いつも通り会社からハイヤーが8時30分には来
ると思いますので、」
「その車のナンバーと、ここから渋谷までの道筋は、先程頂いた書類に書
いてある通りですか?」
「ええ。再度確認済みです」
「分りました。それでは、」
「お願いします」

私は男の差し出した手を握り返す。気持ち強めに握ってくるその男の眼
差しの強さに少し驚きを感じつつも、請け負った仕事の大きさを改めて実
感していた。セキュリティーチェックが主たる我々の仕事の中で、久方に
身辺警護、しかも著名人のというのは、異例中の異例であった。

収まらない胸騒ぎを抱えたまま、その男を乗せたベンツが静かに走り出す。
いよいよ、サイは投げられた。私は幾分重い足取りで、高木の待つワゴン
車に向った。



<了/書き換え分ここまで>
209JM:02/07/21 04:51 ID:???
<あとがき>

以上で書き換え分終了です。慌てて下ろしたので少々乱文になって
いますが、お許しください。続きを書こうという人がいれば、一向に構
いません。でも大して面白くもないので書きたいという意欲も湧きそう
にないかもしれませんが。

私的事情で2chに来る事も今後は激減すると思うので、一応書きかけ
文章を下ろしてみました。
今まで読んで頂いた皆さんに感謝を。なんか質問があれが書いて頂け
れば幸いです。返事は遅くなるとは思いますが来週中までのものなら
責任を持って返事をしたいと思います。では、今までサンキューでした
210  :02/08/12 03:39 ID:???
そして、誰もいなくなったか… 続き書く勇気あるもの、いないか?
211JM:02/08/28 23:57 ID:???
誰もいなかったようでw それでは今までアリガトウございました
羊の感想スレで名作だといってくれた人、サンキュー!
212名無しちゃんいい子なのにね:02/10/01 00:10 ID:???

和田アキコ紅白歌合戦追放キャンペーン投票会場
http://wn.31rsm.ne.jp/~branking/rank.cgi?cat3=ent03_78

213名無しちゃんいい子なのにね:02/11/16 18:05 ID:???
>211
どういたしまして
214名無しちゃんいい子なのにね:02/12/11 22:23 ID:???
・名前欄を空欄にすると「名無しちゃんいい子なのにね」になります。

・IDを表示させたい場合はアドレス欄を空欄にしておいてください。アドレス欄に何か書き込むとIDは隠れます。

・アドレス欄に半角で「sage」と入れると、スレを上げずに書きこむ事が出来ます。

・アドレス欄に半角で「0」と書きこむと、名前が緑色のままIDを隠す事が出来ます。
自分の考えに自信のない方はIDを隠してください。

・またここは狼や羊ではないので、いかに書き込みが少なくてもそう簡単に逝く事はありません。
215名無しちゃんいい子なのにね:03/01/07 20:29 ID:???
>212
無理だったな
216山崎渉:03/01/09 23:39 ID:???
(^^)
217名無し募集中。。。:03/01/20 00:27 ID:???
218名無しちゃんいい子なのにね:03/01/28 05:41 ID:???
質問でつ。ここはエロ禁止でつか?
219名無し募集中。。。:03/02/06 22:11 ID:???
エロOK
220名無しちゃんいい子なのにね:03/02/08 03:27 ID:???
エロじゃないエロならO.K.でつ。
221名無し募集中。。。
エロエロきぼんぬ