>132のつづき
数日後、わたしたち4人は、以前タンポポ公園のあったばしょに来ていました。
「むかしはずっとむこうまであったのになー。」
と言って矢口さんが指さしたところは、鉄パイプのさくと道路のあいだに
ちょっとだけ残った草むらでした。
さくのむこうがわは、地面が深くけずられてしまっていて、
茶色い土が出ている工事現場が、ずっと遠くまで広がっていました。
ここには、こんど大きな団地ができるのだそうです。
「なるほどねー、タンポポがたくさんある。だからタンポポ公園っていうんだー。
それにこれって国産タンポポじゃん!?珍しいなー。」
飯田さんは、地面にはりついたようになっている緑の葉っぱをみて言いました。
「ぜんぜんかわってもうたんやなー。ほら、あのへんには林があったんや。」
「なんにものこってないね。」
「あ、そうや!矢口さん、あそこにあった『お化けの木』って覚えてはります?」
「いつもクワガタとってた木だろー?覚えてる覚えてる。」
「なんで、『お化けの木』っていうのれすか?」
「その木ってさあ、なんだかデコボコしてて、穴があいてて、
ちょうど顔みたいに見えたんだー。」
「ウチな、最初はこわくて、一人で近づけんかった。あ、ののっ!
笑うんやないっ!」
「それにしてもさあ、これが部室荒らしの犯人だったなんてねー。」
矢口さんが、むかしタンポポ公園だった工事現場を見ながら言いました。
あの日、飯田さんがだしたけつろんは、わたしたちをとってもおどろかせる
ものだったのです。
ちょうど「部室荒らし」がはじまったのと同じ日に、この団地の工事も
はじまっていました。
掘った土をつんだたくさんのダンプカーが、昼間に部室の裏の国道を走るようになり、
そのしんどうで、ちょっとかたむいていた部室の棚に置いてあったボールかごが
すこしずつうごいて、夕方の部活のころには床に落ちてしまっていたのです。
夜にはダンプカーが通らないので、朝にかくにんしてもなんともなっていなかったのです。
用務員さんにたのんで棚のかたむきを直してもらってからは、
ボールかごが床におちることはぱったりとなくなったのでした。
「ほらほら、矢口さん!」
亜依ちゃんが、タンポポ公園だった草むらから何か拾ってきました。
「ん?なんだよー!そんなの拾ってくるなよー!」
亜依ちゃんが手に持っていたのは、すっかりカビて黒ずんでしまった
野球のボールでした。
「ただのゴミちゃいますよー。ほらっ。」
「あーっ!これって……小学校のときなくしたやつじゃん!」
そのボールには、『やぐち』と、ちょっとまがった字で書いてありました。
「なつかしいなー。いまごろ見つかるなんてなー……。あ、そうだ!
これ、加護が持ってな。」
「ボロいからいらんっちゅうことですかー?」
「そんなことない…そんなことないよ加護。ほら、オイラもうすぐ卒業じゃん。
もう加護ともあんまり会えなくなるから、だから……。」
卒業したあとも今の下宿屋にのこって近所の学校にかよう飯田さんとちがって、
矢口さんはこの町をはなれて遠くへ行ってしまうのです。
「わかりました矢口さん。ウチ、このきったないボール、矢口さんや思うて
大事にしますっ。」
「うん、大事にして……ん?いまなんか変なこと言わなかったかー!?」
亜依ちゃんは矢口さんからタタターっと走って逃げるとさけびました。
「矢口さーん、キャッチボールしましょー!」
そう言って亜依ちゃんが投げたボールは大きくそれてしまい、
矢口さんは追いつけません。
「キャハハー、ノーコン!それでもソフト部かよー、大事なボールだろーっ!?
またなくしちゃったらどうすんだよー!」
矢口さんは転がっていったボールを追いかけてひろうと、投げかえしました。
それをまた亜依ちゃんも投げかえして、2人のキャッチボールが続きます。
わたしは、たんぽぽ公園があったころのことを知りません。
でも、このときの矢口さんと亜依ちゃんは、黄色い花にかこまれて遊ぶ
ちいさかったころの二人のすがたをはっきりと思い出していたんだと思います。
第2話 ボールかご おしまい