>96のつづき
「おおっ、みっちゃんやないか。久しぶりやなー。今日は何の用や?」
「カオリがな、ウチんとこの部室荒らしとっつかまえてくれるっちゅうから、
ほれ、陣中見舞いや。」
「そーかそーか、いつもすまんなー。」
「なんでいきなりあんたが手え出してんねん!これはな、カオリたちのために
持ってきたんやで!」
「その一升瓶は何や。教師が未成年に酒飲ますんか?」
「ちっ……ばれたか。ああそうやそうや。姐さんの分もちゃーんとあるでー。」
わたしたちの下宿屋へやってきたのは、平家先生でした。
「キャハハー。あたしらの分まで珍味ばっかしじゃん。」
「なんやとー矢口!あんたには食わせへん!」
先生は、わたしたちのためにいろいろ差し入れをもってきてくれたのです。
「ふーん、監視カメラかいな。よっしゃ!夜中の電池交換は
センセがやったる!あんたらは寝ててもええで。」
「でも、寒いですよー。それに、犯人に気づかれたらおしまいだしー。」
飯田さんは、平家先生にまかせるのがしんぱいなようでした。
「なんやー。このみっちゃんが信用でけへんのかいなー!」
「まあええやろ。こういうもんは圭織にまかしとき。ほら、もう時間やろ?
甘酒作っといたるさかい、風邪ひかんようにぱぱっと済まして来ぃ。」
こうして、わたしたち4人はカメラをセットしに学校に向かいました。
ほとんど夜のように暗くなった学校は、ちょっとこわくて、
昼間とはぜんぜんちがう場所のような気がしました。
「ここにセットするからね。ほら、ちょうど部室が見えるよー。」
飯田さんがカメラをセットしたのは、体育館と校舎のあいだの
細い通路でした。体育館の角から顔を出すと、部室は目の前でした。
「うまく街灯が部室に当たってるから、夜景モードにすれば
バッチリ映りそうだよ。」
飯田さんは、モニタを見ながらしんちょうに向きを合わせて、
カメラの入った箱をおきました。
「これでよしっと。」
「圭織、いよいよじゃん。」
「ウチもわくわくしてきました。」
「うまくいくといいれすね。」
その夜、わたしたちの下宿屋は、とってもにぎやかでした。
カメラをセットしたわたしたちが帰ったときには夕食の準備が
できていて、二人はすっかり酔っぱらっていました。
平家先生は仕事がきついとかいい男の人がいないとかいう
ぐちを言っていて、中澤さんは、それにとんちんかんな返事を
しながら、わたしたちにしきりに料理や甘酒をすすめました。
そのうち平家先生が来たときに自分が言ったことも忘れて、
ほんとうのお酒までむりやり飲ませようとしはじめて、
それにこたえた矢口さんが酔っぱらって物まねを始めたりして、
ほんとうに宴会のようでした。
おなかがいっぱいになると、亜依ちゃんと矢口さんは
「夕飯代のかわりや」と中澤さんに言いつけられていた
風呂そうじをはじめましたが、「うわー!めっちゃ冷たいやん!」
「加護ぉー!ちっとは手ぇ動かせよー!」とさわぐ声が、
2階にひなんしたわたしと飯田さんにも聞こえていました。
そんなことをしているうちに、9時の電池とテープの交換のじかんに
なりました。
「うわー!寒い!」
わたしたちはすっかり部屋のなかであたたまっていたので、
冬の寒さがとってもこたえましたが、犯人を見つけるために
みんなではじめたことなので仕方ありません。
校門を入ると、飯田さんは言いました。
「静かに!犯人にばれないように、こっちを通るようにするから。」
わたしたちは飯田さんのあとについて、グラウンドとは反対側の、
校舎のおもてのほうをぐるりとまわって、カメラのところに
たどり着きました。
「ねえ圭織、もう犯人は来ちゃったかもよ?そうだったら
もう夜中に来る必要ないじゃん。一度部室見てみようよ。」
「でもね、もしもカオリたちが部室に近づいたとこを
犯人に見られたら、作戦がおじゃんだよー。」
「じゃあさ、誰かが部室見てる間、ほかの誰かがまわりを見張ってれば?
あやしいやつが来たらさ、ケータイで知らせるってことにして。」
「そっかー。そうだよ矢口。その手があったじゃん。」
飯田さんがたてた作戦は、飯田さんが西門、矢口さんが東門を
見張って、わたしと亜依ちゃんが部室を見るというものでした。
・門を見張る寸前に犯人が入ってしまったばあいのために、
飯田さんと矢口さんが門に向かってから3分間は、
わたしと亜依ちゃんはカメラのところで部室をみはり、
だれもこないのを確認したあとで部室に向かうこと。
・万が一、部室のなかに犯人がいた場合にそなえて、わたしたちは
合いかぎでドアを開ける前に、一度ノブをまわしてみて、
もしも鍵があいていたら全速力で部室から近い西門にいる
飯田さんのところへ逃げること。
・もしもとちゅうでだれかが門から入ったら、
西門の飯田さんはわたしに、東門の矢口さんは亜依ちゃんに、
ケータイ(わたしと亜依ちゃんははPHSですが)で5回コールする。
そのとき犯人に気づかれないように、ケータイは
マナーモードにしておいて、さらに画面の光を見られないように
ポケットに入れたままにしておく。
どちらの門から人が入ったのかは、わたしと亜依ちゃんの
どちらに着信したのかではんだんして、わたしたちは
そちらの門から見えない側の部室のかげにかくれる。
「あのー、はんにんが門じゃなくってフェンスをのりこえてきたら
どうするんれすか?」
わたしはしんぱいになって聞きましたが、飯田さんはちゃんと考えていました。
「だいじょうぶ。北側は部室からは門より遠くなるし、カオリか矢口のところを
通らないと部室には行けないから平気。東は野球場の高いフェンスがあるから無理。
西は植え込みが邪魔だし、フェンスの外に水路があってなかなか入れない。
南の部室の裏は、国道が通ってて目立ちすぎる。だからね、犯人はわざわざ
門以外から入ろうとなんてしないと思うよー。」
全員、飯田さんがたてたこの作戦をしっかりと覚えて、いよいよ作戦開始です。
飯田さんと矢口さんが、それぞれの門のほうに向かいました。
わたしと亜依ちゃんは、カメラのそばにかくれて、PHSの時計を見ています。
3分たちました。わたしと亜依ちゃんは、音をたてないように小走りに
部室へ向かいます。
わたしがノブに手をかけました。なんだかとってもドキドキします。
ノブをいっぱいに回してそっと引くと……かぎはかかったままです。
亜依ちゃんが鍵を開けて、ゆっくりとドアを開きました。
部室の中は真っ暗です。
ドアを開けていくにつれて、街灯の光が部室の中をてらしていきます。
そしてやっと見えたボールのかごは……ちゃんと棚にのったままでした。
わたしたちは、またそっとドアをとじて、かぎをかけると、来たときと
同じように、音をたてずにカメラのところへもどり、飯田さんと矢口さんに
合図の5回コールを送りました。
「残念、まだ来てなかったか……。夜中にも来なきゃなんないじゃん。」
「次はカオリと矢口だけだから、部室チェックできないしねー。」
「うーん、加護たちは明日学校あるもんなー。あ、平家先生やってくれるって
言ってたじゃん。」
「あ、そうだねー。じゃあ12時は平家先生と来ようかー。」
ところが、わたしたちが帰ったときには、平家先生と中澤さんはすっかり
よっぱらって、こたつにはいったままかんぜんにねむってしまっていたのでした。
「先生、いったい何しに来はったんや?」
「オイラたちの顧問なのになー。自分の差し入れ飲み食いしただけかよー。」
すっかり静かになった下宿屋で、わたしたちは遅めのおふろをすませたり、
テレビを見たりしていましたが、10時を過ぎると、わたしと亜依ちゃんは
飯田さんと矢口さんに寝るように言われて、部屋におしこめられて
しまいました。
でも、眠ろうとしても、修学旅行みたいにわくわくして、なかなか
眠れません。となりにいる亜依ちゃんとのおしゃべりは、いつまでも
つづきました。
ほとんどはどうでもいいような話ばっかりだったのですが、
わたしがふと矢口さんのことについて聞いてみると、
亜依ちゃんはこんなことを話してくれました。
「ウチな、小学1年んときに越してきたやんか?そんでな、
最初は友達おらんかった。近所の子らもな、はじめはウチのこと
避けとるみたいやったし。ほら、ちっちゃい子ってよそもんに対して
そういうとこあるやろ?
そんなとき、ウチに声かけてくれたんが、ガキ大将の矢口さんだったんや。
そのころ近所に"たんぽぽ公園"ってのがあってな、そこでいっしょに
野球とかして、そうやってウチもだんだんと友達増えていったんや。
矢口さんおらんかったら、ウチ、もっと暗なってたかもしれんで……。」
わたしは、亜依ちゃんにもそんなころがあったなんて、
このとき初めて知りました。