>>96の続き あ、キリバンだ
「ガニメデ」(9)
壊れかけた揺り籠に突っ込まれたような気分だ。体がいつまでも上下に揺さ振られてい
る。その振動は荒々しいが、なぜか心地良かった。この乱暴なリズム。良く知っている。
体に染み付いている。これは……。ウィッテは、はっとした。レッドホーンが駆けるリズ
ム。レッドホーンは、まだ生きている。ウィッテは計器盤を見回す。異常はない。スピー
カーから何か喚き声がするが、聞き取ることが出来ない。
「状況知らせっ」
有らん限りの声でマイクに叫んだ。その尋常ではない怒鳴り声から、ウィッテの身に何か
異変が起きた事を察したクラウスが、大声で答えた。
「敵弾が頭部右側面に命中。損傷無しっ!」
レッドホーンを撃ったのは恐らくカノントータスの220ミリ突撃砲だろう。カノントータ
スの突撃砲は優秀だが、短砲身であるために弾丸初速が遅いという欠点があった。この砲
から徹甲弾を撃ち出しても弾速が足りず、厚い装甲を貫くことは出来ない。そのためカノ
ントータスは、対ゾイド戦には低弾速でも問題の無いHEAT弾(成形炸薬弾)を使用するのだ。
レッドホーンの装甲は、面に傾斜を付けて弾を逸らすように設計されている。最新の徹甲
弾には通用しないが、低速のHEAT弾には有効だった。もちろんそれは弾を弾くだけで、乗
員を衝撃から守ってくれるわけではなかった。損傷は俺の耳だけってわけだ。ウィッテは
自分の耳に軽く触れた。聞こえはひどく悪いが、何も聞き取れないわけじゃない。
「小隊停止!」
小隊長の命令が下る。馬鹿な。こんなところで立ち止まったらいい的だぞ。次も敵弾を跳
ね返せるとは限らない。ウィッテは苛立ちながら右に振り向き、そして気付いた。レッド
ホーン一列横隊の右翼側の部隊が後方に取り残されて、ウィッテ達の小隊だけ突出してし
まっている。右側側面を敵に晒す格好だ。あいつら、何をまごついているんだ。だがその
理由はすぐに分かった。停止したウィッテ機の3Dレーダーが右側に、右翼側部隊の前面に、
巨大な目標を捉えたのだ。半端じゃなく、でかい。ウィッテはその正体を確かめようとし
て、闇の向こうを見つめた。